渡邉哲也(経済評論家)

 国会で籠池問題に次いで、加計学園問題が話題になっている。この二つの問題の共通点は、その違法性が見いだせないことに加えて、重要な憲法違反であり、国民の権利を侵していることにある。

 日本国憲法では第16条で「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と請願権を認めており、請願をしたからといって、差別待遇をしてはいけないと規定している。

 これは国民の権利の問題であり、気に入らないからといってそれを批判することは間違いなのである。ただし、それが贈収賄など金銭を伴うものであれば別であるが、そうでないならば批判すること自体がおかしい。

 5月20日、この問題を追及している民進党の玉木雄一郎幹事長代理は、フジテレビの番組の中で、この問題に違法性はないとの見解を示している。違法性がないのであれば、それをことさらに問題視するのは間違いなのである。
加計学園疑惑調査チームの初会合で、発言する民進党の玉木雄一郎幹事長代理=2017年5月
加計学園疑惑調査チームの初会合で、発言する民進党の
玉木雄一郎幹事長代理=2017年5月
 国会での議論として成立するとすれば、加計学園の獣医学部設置が合理的な意味を持ち妥当であるかであり、国が許可するに値するかであって、それを政局の道具として使うのは明らかに問題がある。

 ならば、新規の獣医学部の設置が合理的な意味を持つかということが重要になるのだと思う。全国的なペットブームと口蹄疫(こうていえき)や鳥インフルエンザの流行などにより、地域格差はあるが、全国的には大きく不足しているとされており、特に獣医学部が存在せず、農業畜産業の盛んな四国においては、地元での獣医の育成は悲願だったわけである。

 実は、日本において1966年以降、50年以上獣医学部の新設が認められておらず、これが大きな既得権益化しているのである。言い換えれば、今回の加計学園の獣医学部設置は特区の制度を利用し、既得権益化した農獣医の世界に穴をあけるものであり、獣医師学校がない四国にそれを作ることで、地元の農業の発展にも役立てようとするものだ。そして、それは愛媛県の悲願なのである。ここに不合理な点は全くないといえる。

 ご存じのように、人間の医療費と違い、動物の医療費は保険点数制度のような基準となる料金がなく自由診療であり、その料金を動物病院や獣医師が決めることができる。獣医師会が調査した初診料だけを見ても、千円から4千円以上まで大きくばらつきがある。自由主義国である以上、獣医師が自由に価格を決めることができることは当然であり、これ自身には問題がない。しかし、獣医師の数が国により縛られ限られているとなれば別である。常習的な獣医師不足があるならば正常な市場原理が働かないからだ。