検索ワード:古谷経衡/59件ヒットしました

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    反安倍派のみなさん、解散はまたとない「大義」を問うチャンスです

    とは思えない。 ちなみに私見では、解散・総選挙をめぐる安倍首相を含めた各党派の思惑について、評論家の古谷経衡氏の発言ほど簡にして要を得たものはないので、最後に紹介したい。もっとも票読みについてはどう出るかは、私にはわからない。与党の大敗で終わっても不思議ではない。それが選挙だろう。 大義がない、党利党略だ、と言ってもこれが選挙。今解散すれば、自民党単独で270くらいは行くだろう。公明党と合わせれば300超で大勝利。これが選挙なのだ。こうやって冷徹に勝ってきたから安倍1強は実現している。情でも理でもない、票読みなのだ。選挙で勝つのが権力の源泉のすべてなのだ。古谷経衡氏の公式ツイッターより

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    「女難の安倍内閣」最大の鬼門は他ならぬ昭恵夫人だった

                       古谷経衡(文筆家) ここにきて安倍内閣の支持率が急落している。「内閣支持率と政党支持率の合計が50%を割り込むと政権運営の危機水準」とする青木方程式(元自民参院幹事長・青木幹雄氏考案)に照らし合わせれば、わずかにこの50の線は超えているものの、第二次安倍内閣発足当時はゆうにこの数字が100を超え、110などもめずらしくなかったのだから、この衰微傾向は如何ともしがたい。 とりわけ、安倍内閣への「女性離れ」が進んでいる。日経新聞の世論調査によると、第二次安倍内閣における女性支持率は全期間を通じて一貫して男性のそれより低い状態が続いている。ただでさえ男性支持に偏重していた安倍内閣は、ここにきてさらに加速した「女性離れ」に頭を悩ませている事であろう。 安倍内閣は、「すべての女性が輝く社会」通称「女性が輝ける社会」を標榜して、積極的な女性政策(社会進出策、雇用均等策など)を打ち出してきたのは周知のとおりである。その意気や良し、安倍内閣発足時の顔ぶれをみるに、女性閣僚や内外での女性問題がこの内閣の足を常に引っ張ってきたのは注目に値する。 まず劈頭(へきとう)は、2012年末の政権発足当時から「内閣府特命担当大臣」として入閣した稲田朋美である。稲田は国のクールジャパン戦略の基幹となる「クールジャパン推進会議」の議長を務めて取りまとめ役となったが、本人のカルチャー全般に対する無知が世論からの失笑を買った。 曰く「ゴスロリは十二単が起源」という根拠の全くないデマ・トンデモ説を開陳したかと思えば、どう考えても「単なる緑色のドレス」をゴスロリ・ファッションと称して国際会議の場で披露。「娘から(それはゴスロリではない)と指摘を受けました」として、衣装を変えて再チャレンジする始末。 国家の文化戦略を司る議長が、実は若者文化やカルチャー全般に対し全くの無知・素人であったというこの事実は、現在第三次安倍内閣にて防衛大臣の重責を担いながら、「日報」問題で揺れる氏の現在を暗示するような予兆であった。 2016年9月には、陸海空三軍のトップでありながら、民進党の辻元清美議員の追及に対し窮して涙ぐむという一面もあり、イデオロギーの左右を問わず「こんな人が自衛隊のトップにいて本当に日本の防衛は大丈夫なのか」と考えたであろう。さらに2017年6月にはシンガポール安保会議における仏・豪防衛大臣と自らを三羽ガラスにして纏(まと)め上げ「(私たちの共通項は)グッドルッキング(美しい容姿)」と発言、こちらは国際的に失笑を買った。記者に囲まれながら防衛省に入る稲田朋美氏=2017年7月、東京都新宿区(桐原正道撮影) 自民党支持者であろうとなかろうと、また男性であろうと女性であろうと、稲田のこの発言には苦笑しかないであろう。「本当の美人は、それを自称したりしない」という前提はさておき、防衛問題と大臣の容姿には本質的に何の関係もないからだ。「稲田には基礎的な教養がないのではないか―」。普段、概ね自民党支持という有権者からも、こんな声がチラホラと聞こえてくる。「なぜ安倍は稲田のような素人を入閣させ続けるのか。意味が分からない」という声も、また同様に聞こえてくる。稲田はいまや安倍内閣の鬼門となりつつある。高市早苗も鬼門の一つ また、問題とされた女性閣僚としては稲田の他には代表するところ、総務大臣の高市早苗である。高市は、2016年2月、放送局が政治的公正さを欠く報道をした場合の、電波停止の可能性に言及。既存マスメディアから一斉に「報道の自由への侵害ではないか」と反発が起こった。 高市の発言は放送法第四条などを根拠としたものであったが、元来放送法の立法趣旨は戦時体制下において、本来権力者の批判・監視を行うべきメディアが大本営発表をそのまま垂れ流して戦時宣伝に加担した反省の意味から、メディアを政治権力から遠ざけ、政治的中立性・公平性を目指したものである。 高市の発言は、「政府(自民党)を批判するメディアは懲罰する」と解釈しかねないニュアンスを含んでおり、結果としてこの高市発言は米国務省の人権報告書により「報道の自由を侵害する恐れ」の一端として指摘されるまでにいたった。むろん、アメリカ国務省に言われたからどうだという訳ではないが、国際的にみて高市発言は日本における「報道の自由」に対するイメージを毀損しかねない発言であったとみるべきであろう。稲田ほどではないにせよ、高市も安倍内閣の鬼門の一つである。 さらに最大の鬼門は、公人ではない(ということになっている)、安倍総理大臣夫人、安倍昭恵その人である。昭恵夫人は自民党の政策と悉く反対の立場の民間活動を推進。脱原発運動家でミュージシャンの三宅洋平とも対等に交友するその姿は、良い意味でも悪い意味でも世間を騒がせた。首相公邸の中庭に設置したミツバチの巣箱から蜂蜜を初収穫した昭恵夫人= 2015年9月(酒巻俊介撮影) もっとも驚愕(きょうがく)だったのが、安倍昭恵夫人による「大麻解禁論」である。大麻特区として指定された鳥取県の某町の許可大麻畑にて、笑顔で「大麻解禁」を訴える昭恵夫人のスマイルは、微笑みを通り越して多くの有権者にとって異様なものに映った。 事実、同県の大麻特区で「大麻で町おこし」を掲げていた会社社長が逮捕されたことをきっかけに、大麻特区なるもの自体の期待論も急速にしぼんだ。にもかかわらず昭恵夫人は、「日本古来の精神性は大麻と結びついている」などとトンデモ・オカルト的大麻容認論、解禁論を繰り返すばかり。某女性週刊誌によると、安倍首相の親族から「これ以上大麻解禁を繰り返すのなら最悪、(安倍首相との)離婚もありうる」と忠言されたというが、彼女は聞く耳を持たなかったともいう。元凶は昭恵夫人 第一安倍内閣が倒れて以降、急速に「自分探し」に躍起となり大学院にまで通った昭恵夫人。それでも飽き足らず、山口県の有機野菜を使った自身経営の小料理屋を開店するなど、およそ良く言えば自由奔放・豪放磊落(ごうほうらいらく)、悪く言えば「意識高い系的奇行」を繰り返す昭恵夫人の墓穴の集大成が、安直に森友学園が設置予定であった大阪府の私立小学校の名誉校長の職を引き受けたことである。 世間を騒がせた森友学園疑惑は、いち大阪のネット右翼的傾向を色濃く持つ小ブルジョワ・籠池某による大阪ローカルの問題でしかなかった。が、それが一直線に安倍首相にまでその疑惑の矛先が向けられたのは、ほぼすべて昭恵夫人による名誉校長就任に端を発する。 もし、昭恵夫人が森友学園の森友校長を引き受けなかったら、かの疑惑はとっくに大阪ローカルの話題として消費され、終わっていた。すべての因は昭恵夫人の軽佻浮薄(けいちょうふはく)な自己顕示欲、承認欲求が根本にあると断罪してよい。 森友問題の後、つづけて沸騰した加計学園の疑惑についても、昭恵夫人の関与は欠かせない。2015年末、加計学園の加計孝太郎氏と安倍首相らによる飲み会の様子を「クリスマスイブ 男たちの悪巧み(?)」と称して喜々としてフェイスブックに投稿していたのである。安倍昭恵夫人 当然、この投稿には悪意など無いのであろう。単に夫の交友関係を広く衆目に知らしめたかったのであろう。しかし、その根底は、フェイスブックという承認多寡の世界で、どこの誰とも知れぬ人間から無数の「いいね」が押されることを期待しての行為である。 昭恵夫人の自著などを読むに、彼女は自身へのネット上の反応を常にエゴサーチして毎日のように一喜一憂していたという。端的に言えば自己顕示と承認欲求に飢えた「意識高い系」の一人なのだが、昭恵夫人の度重なるこのような軽佻浮薄の行為が、「安倍内閣の女性閣僚やその周辺の女性」の軽薄さ・素人加減を際立たせるのに一役も二役も買っている。これで、女性からの支持を得ようということなど、土台不可能であろう。 また、大臣ではないが頓狂(とんきょう)な女性議員の存在も耳目を集めることになった。埼玉選挙区から当選した自民党の豊田真由子議員である。自身の秘書に暴行、暴言を吐いた録音が公開され、一挙に悪い意味で「全国区」の代議士となった。すでに自民党に離党届が出されているが、経歴だけをみればエリート女性代議士の、議員はもとより、人としての人格を疑うような暴言の数々は、確実に自民党支持と女性離れを加速させた。いや、この問題に限っては相当の男性有権者もあらゆる意味で「恐怖」を感じたに違いないのである。「輝くに値しない」女性登用で墓穴 加えての痛打は、「安倍総理に最も近い」として連日メディアに引っ張りだこであったジャーナリスト・山口敬之氏の婦女準強姦疑惑(不起訴)が週刊誌で一斉に報じられ、被害者とされる女性が顔出しでその不起訴の不可解さを訴え、事の顛末が検察審査会で審議されるようになった一連の事象である。元TBS記者でジャーナリストの山口敬之氏に酒を飲まされ乱暴されたとして、会見する詩織さん(中央)=2017年5月 私個人的には、山口氏のくだんの疑惑についての白黒の判断はでき兼ねるし、それは最終的に司法の領分なのでコメントできないが、くだんの疑惑が週刊誌で報道されるや、一切メディアに登場しなくなった山口氏が強烈な安倍擁護の論客であったことは間違いのない事実であり、安倍首相との関係があるやなしやに関わらず、婦女準強姦疑惑が少なくとも安倍首相の強力な擁護者のひとりから発生するということ自体、ますます女性支持者からの支持獲得は難しくなったであろう。 この件がシロと断定されても、いったん持ち上がった性犯罪への嫌疑は、法がシロとしても心情がシロにしない。この点は安倍首相や山口氏に対してややアンフェアーな気がするが、ともあれ各種事情を総覧しても、安倍内閣の「女性離れ」には、こうして積み重なってきた「内閣の内外」での女性に関する問題が積み重なった結果であろう。 聡明で優秀な女性は、世の中に幾らでもいる。また、と同時に聡明で優秀なファーストレディーや議員も、世の中にいくらでもいる。女性関係に潔癖なジャーナリストもまた然りである。しかし、安倍内閣はまるで「わざと」「あえて」そうしているかのように、明らかに政治家としての基礎的素養や素養のない人物を抜擢し続け、そして明らかにファーストレディーとしてふさわしくない女性を野放図にコントロールできないでいる。 「女性が輝く」と謳(うた)っておきながら、「輝くに値しない」女性が下駄を履かされて偽りの光をはなっている状況に、世の才女たちはだんだんとこの政権から距離を取り始めているのではないか。そんな気がしてならない。 内閣改造での人事刷新や「不良女性代議士」の次期選挙での公認取り消し、「閣外」での女性問題の清算など、スローガンに反して次々と女性に関連した醜聞に彩られる安倍内閣の解決すべき課題はあまりにも多い。

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    森友騒動が国益を毀損する 「パワー系ネット右翼」に手を振るな

    古谷経衡(著述家)“騒動世論”のゆくえ そろそろ、連日の森友学園(籠池問題)騒動(あえて私は騒動と呼ぶ)に嫌気がさしている人々も多いのではないか。かくいう私もその一人である。はじめ私も森友の騒動に興味を持っていたが、結句この事案は司法官憲に任せるところにより、これ以上の追及は却って難局を極める国政の停滞を招くのではないか―。そう思っていたら、3月30日の朝日新聞に我が意を得たりのコメントを自民党の山東議員がしていたので一部引用する。 国会は天皇の退位の問題だとか、テロ対策など様々な重要案件がたまっており、とにかく早く別の案件に入るべきだ。(籠池氏を)偽証罪で訴える動きが(与党からも)出ているが、籠池という人物が、よほどの大人物であるかのようになってしまうんではないか。かえって国会のレベルが低下してしまう。司法の場に任せるべきだと思う。出典:籠池氏を告発「国会のレベルが低下する」 自民・山東氏、一部括弧内短縮、強調引用者 まっことぐうの音も出ない正論とはこのことであろう。そも、森友騒動の中心人物・籠池氏(或いは夫妻)は、どこにでもいる典型的なネット右翼(以下3条件)の一種に過ぎない。 1)既存メディアへの敵視と被害者意識=反NHK、反朝日、2)「在日朝鮮・韓国人による加害」という妄想、3)事大主義=昭恵夫人への一方的思慕と、安倍総理への執着 など、籠池夫人と昭恵夫人のメールのやり取りからでも分かるように、籠池夫妻は絵に書いたような、古典的ネット右翼の世界観をトレースしている。この夫妻の言を「証拠」として、現政権への擁護・または批判に使おうというのが、そもおかしいのではないか。それはネットのまとめサイトを根拠にして卒論や修士論文を書くのと同じくらいの愚挙である。“籠池証言”はソースに値せず 「親安倍勢力」は、籠池氏の「昭恵夫人からの100万円の寄付」を嘘だと言い、かつ籠池夫人のメール文中にある辻元清美氏の関与についてクローズアップしている。一方「反安倍勢力」は、同様に籠池氏の証言を真実として「忖度」という言葉を盛んに使い始めている。 が、私からすれば、殆ど妄想と空想で成立しているこの夫妻の言を、あらゆる場面で「証拠」として採用すること自体が土台おかしいのである。「国会の場だから、偽証罪に問われるのだから、正直に話すはずだ」と思っていたとしたら甘い。そんな損得勘定が通用する相手ではない。そもそもそんな損得勘定ができる人物であったのなら、批判が集中するであろう教育勅語斉唱や中・韓への蔑視などの偏向的教育方針を貫徹しないはずである。国会で「証言」する籠池氏(写真:ロイター) 資本主義的営利という「損得」を追及するなら、無難な政治的に無色の幼稚園や小学校(院)の運営を志向するのが当然のはずだ。損得勘定ができず、他者からの批判をすべて「反日メディアの工作」「在日韓国・朝鮮人の仕業」と決めつけ、頓狂なイデオロギーに突き進むところが、彼らの異様な直進性を表している。だから「嘘を言えば罪に問われる場で、ウソを言うはずはない」という損得理論は、籠池氏には通用しないと私は考える。 同学園の塚本幼稚園と籠池氏は5,6年前から一部のネット右翼界隈で有名であったが、当時世間的には知名度はゼロに等しかった。この種の、小ブルジョワともいうべき中小の自営業者が後天的に右派的な世界観に「目覚め」ることはよくあり、また本件ではその「覚醒」のエネルギーがたまたま幼稚園・小学校(院)など教育方面へと向かったというだけで、籠池氏のようなネット右翼的世界観を有した小ブルジョワは、一般に可視化されていないだけで、この国の主要都市とその郊外に至る所に存在する。そしてすでに詳報したように、それを賞賛する一部の「保守系言論人」が毎度ルーチンの如く取り巻いている事もまた、よくある光景なのである。「パワー系ネット右翼」とは何か「パワー系ネット右翼」とは何か 私はこのような、当初どこにでもいるネット右翼だったものが、「保守系言論人」などの講演などの実績を梃子として、社会的に影響力を行使していく(かに見える)ようになるまでに成長したものを、「パワー系ネット右翼」と定義している。「パワー系」とは、巨躯・怪力など腕力自慢の登場人物やキャラクターなどを指すネットスラングだが、この場合の「パワー」とは、筋力ではなく社会的影響力の大なるを指す。 この「どこにでもいるネット右翼」が「パワー系ネット右翼」に進化する原因は、一重にも二重にもそれに恩典を与える存在、つまり増幅器の存在である。今回、籠池夫妻の例にあってのそれは、同学園の広告塔に使われた「保守系言論人」だが、やはり最大のものは安倍昭恵夫人(以下昭恵夫人)による名誉校長就任である。 並みの保守系言論人ではなく、「現職総理大臣の妻」が同学園最大の広告塔になったことにより、豊中の一介の小ブルジョワに過ぎなかった籠池夫妻が、社会的影響力を持った「パワー系ネット右翼」に変貌してしまった。この昭恵夫人の軽佻浮薄なる行為は、厳に批判されて仕方がないであろう。しかし、本件の端緒となった国有地払い下げ問題は、その妥当性についてもはや司法官憲に委ねるところにより、それ以上の追及に本質的意味があるとは思えない。森友学園の籠池泰典氏(左)と妻の諄子氏(右)=山田哲司撮影矮小化する国会と日本社会 山東議員が言うように、今上陛下の退位、テロ対策の方がより国家規模の喫緊の課題であろう。まさしく森友騒動で騒げば騒ぐほど、「籠池という人物が、よほどの大人物であるかのようになってしまう」(同)。籠池夫妻は「どこにでもいるネット右翼」が「パワー系ネット右翼」に進化しただけの存在にすぎず、到底大人物ではない。 こんな人物のために国会が空転し、本質的に議論すべき課題がなおざりになっているのだとすれば、著しい国益の毀損であるといわなければならない。ロッキード事件や、リクルート事件、佐川急便事件と比べると、騒動そのものの規模が著しく矮小化しているように思える。 どうせ国会で追及するのなら、疑惑の首魁がアメリカの軍産複合体とか上場大企業等であって欲しいものだ。豊中の一介の小ブルジョワを証人喚問するなど、まさに山東氏が指摘する「国会のレベルの低下」の象徴たる事例であろう。この騒動自体、20年続くデフレで経済のみならず精神すら矮小化してしまった日本人の象徴的事例、として後世記憶されるのではないだろうか。 国会の開催には、1日当たり3億とも、4億とも、5億ともいわれる運営費用が掛かっているという。国有地払い下げについて、評価額約9億5000万円の土地が約8億円値下げされた(疑惑)、とあるが、仮に8億円の疑惑の追及について1日あたり4億円使っているとすると、実にこの騒動が徒労なのかがわかろうというもの。この程度の、「パワー系ネット右翼」の証言の真贋を、雁首揃えてそれこそ、その真意を「忖度」しているのだから、開いた口が塞がらないとはこのことである。このような人物を、国会に招致すること自体が間違っている。森友騒動と社会的躁状態森友騒動と社会的躁状態 欧米のメディアを礼賛するわけではないが、CNNやBBCでは連日「トランプ政権とロシアの疑惑」を報じ、仏大統領選の行方が喫緊のテーマだ。万が一フランスで極右政権が誕生するとなると、「西欧近代の破壊」という歴史的変動を否が応でも目の当たりにするからである。豊中の「パワー系ネット右翼」を連日連日、こんなにも熱心に騒ぎ立てているのは、すわ異様の感すら覚える。 STAP騒動、芸能人や議員の不倫、桝添元都知事の支出、豊洲云々と来て森友…。こうしている間にも、減り続ける人口・出生率上昇を阻む待機児童の問題・将来に禍根を残す大学学費高騰問題や、周辺国のミサイル実験や軍拡への脅威など、真に、連日議論の俎上にのせられるべき問題はどこかに消えてしまっている。 森友騒動を見るたびに、この国が改革すべき巨大な悪や本質的巨悪に向き合わず、矮小化された卑近な騒動に対してのみ、近視眼的に躁状態になることに、着実に「日本国」のトレンド自体が衰亡に向かっていることを感じさせるのは、私だけの感覚なのであろうか。これは近年のハロウィン騒動にも通底するある種の社会的躁状態である。 国益を考えるときにイデオロギーの左・右の別はないはずだが、こうして「同胞」同志、相争いて少ない戦力をまっことどうでも良い事案に振り向け続け、気がついた時には取り返しがつかないほど、国力が衰微していくのが、繰り返されてきた帝国崩壊の道程なのだろう。 「―同じ仲間の意見対立は、敵に対するより執拗な憎悪を伴う」(バートランド・ラッセル)(2017年3月31日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    首相夫人は「安倍昭恵」という自我に目覚めた典型的な意識高い系

    古谷経衡(著述家) 大阪府豊中市の一介の小学校認可を巡る問題に過ぎなかった森友学園疑惑が、「忖度」などという言葉を用いて安倍政権と関連づけられて語られるようになったのは何故だろうか。それは、一にも二にも安倍昭恵夫人(以下、昭恵夫人)が同校の名誉校長に就任していた事実がWEBサイトに掲載されていたからである。 若しこれがなく、昭恵夫人が同校への講演を行うのみにとどまっていたらならば、「反安倍」勢力の攻撃は安倍総理にやはり及んでいたには違いないだろうが、ここまで全国的な騒動に発展することはなかったであろう。むしろ許認可に関係した大阪の維新関係者等との問題でしかなかった森友疑惑が安倍政権に及んだのは、ひとえに昭恵夫人の軽佻浮薄とも思える同校の名誉校長就任にすべての因があると断定して差し支えない。そう考えると、この問題における昭恵夫人の「罪」は一等である。 昭恵夫人とはいったい何者なのか。それを探るべく彼女の著書を読み込んでみると、読めば読むほど昭恵夫人が典型的「意識高い系」であることが判明してくる。私は先月、『意識高い系の研究』(文藝春秋)を上梓した。ここでの「意識高い系」の定義とは、「コンプレックスが故に他者への承認に飢えた卑小な自意識の怪物」としている。そしてその「意識高い系」が掲げるフレーズは、必ず具体的ではなく「笑顔」とか「環境」などという、抽象的で多幸的なものだ。この定義に、昭恵夫人は見事にあてはまる。安倍晋三首相について語る安倍昭恵夫人 2015年に海竜社から刊行された安倍昭恵著『「私(わたくし)」を生きる』の中にその端的な答えがある。第一次政権時代、昭恵夫人は夫(安倍晋三)の言う世界に対し無批判で、夫の後に三歩遅れてついてくることを善とする「古いタイプ」のファーストレディであった。 しかし、それが一変するのがくしくも第一次安倍政権が下野した時の事である。昭恵夫人は同書の中で、「学歴コンプレックスがあった」と告白。「安倍晋三夫人」として世界各国のファーストレディと渡り合う中で、「私には学歴も中身も何もない(昭恵夫人は専門学校卒)」と恥じ入り、遅ればせながら猛烈なコンプレックスを自覚したという。 昭恵夫人の転換はここから始まる。社会人入試で立教大学大学院に入学、その過程でミャンマーの農業支援に夢中になり、「土」に異様な執着を見せる。昭恵夫人が自ら経営する山口県の有機農産品を使った居酒屋「UZU」の開店計画が持ち上がるのもこの時期である。そこには「土」という共通項があるものの、首尾一貫した理論性は存在しない。ただあるのは「意識高い系」の連中に典型的なように、「抽象的で多幸的な概念」に酔いしれる自分への陶酔と、そしてその陶酔の姿を他者に喧伝することで得られるお手軽な承認への快感である。 昭恵夫人は夫が下野中、猛烈に「自分探し」を始める。作家・曽野綾子の先導で、世界の様々な国を渡り歩いた。それまで「安倍晋三の夫人」としてしか位置付けられていなかった昭恵夫人がはじめて「安倍昭恵」としての自我に目覚めたのである。それまで、無名の仮面をかぶっていた昭恵夫人が、「安倍晋三の夫人」ではなく、「安倍昭恵」として承認されることを欲するようになっていく。すべては昭恵夫人の軽佻浮薄な承認欲求から 昭恵夫人のフェイスブックIDには、彼女が何か投稿するたびに、保守的な傾向を持ったユーザーから大量の「いいね」が届けられるようになる。当然その中には批判のコメントもあるものの、フェイスブックの馴れ合い社会の中では承認の比重の方が高い。昭恵夫人は同書で記述されるように、「エゴサーチ」を繰り返して一喜一憂する。一日何時間もネットに張り付いていた時期もあったという。それまで他者からの評価に無関心だった昭恵夫人が、自我に目覚めたが故の「承認の確認」を繰り返し始めたのだ。「コンプレックスが故の猛烈な承認欲求」。典型的な「意識高い系」の前衛を安倍昭恵は突き進んでいく。 2012年、劇的な自民党の政権復帰と第二次安倍政権誕生後も、承認の塊になった昭恵夫人の暴走はとどまるところを知らない。前述「UZU」の経営は継続し、脱原発運動への傾斜、真珠湾(夫より早い)単独訪問、三陸の防潮堤反対、そして医療大麻解禁を主張したり、異様な「土」への固執…。 2015年7月28日、昭恵夫人は被災地気仙沼で「バーベキューパーティー」を開く。コンセプトは「みんなで海を楽しみながら考える」―。如何にも「意識高い系」の連中が考えだしそうな、如何にも社会的大義を隠れ蓑に卑小な承認を満たす軽佻浮薄なイベントの主催者が昭恵夫人であった。総理夫人が被災地でバーベキューをする、となれば否が応でも著名人見たさに地元の人間が集まってくる。そこで安倍夫人は「総理大臣の妻・安倍昭恵」としてチヤホヤされ、つかの間の承認が満たされ、面目躍如といったところであろう。 このイベントにおける昭恵夫人の感想。「…環境と景観の重要性を私たちはもっと真剣に考えなくてはならないと本当に思います。ショックではありましたが、やはり私自身の「目」でいまをしっかりと見ることが大切だと実感しました」(前掲書 P.76)。「みんなで海を楽しみながら考える」という、本来の主語が「みんな」だったのが、いつのまにか「私」に置き換わっている。何のことはない、「安倍昭恵が海を楽しみながら考える」という昭恵夫人の自意識に、被災地の人々が付き合わされたのだ。米フロリダ州に到着し、大統領専用機から降りる(右から)トランプ大統領、安倍首相、昭恵夫人、メラニア夫人=2017年2月 昭恵夫人の世界にあるのは徹底的に自分であり、その活動の実相は常に抽象的で多幸的であり、具体的ではない。具体的なことを考えたり提言したりする必要はない。「抽象的で多幸的な概念を唱えている自分への承認」こそが目的なのだから、三陸地方をどう復興させていくのかとか、原発に代わるエネルギーの具体案とか、そういったものへの関心は極端に薄い。他者からの視線と承認に快感を覚えだした昭恵夫人の端的な世界観が、この「三陸バーベキュー」に滲み出している。典型的な「意識高い系」である。 一連の森友学園問題で、昭恵夫人が名誉校長というお飾りの要職を二言返事で受けてしまった因も、「安倍晋三の夫人」ではなく、「安倍昭恵」としての自我が芽生えた昭恵夫人による暴走の帰結である。森友学園の教育方針に共感する、というのも実を言うと「家庭内野党」を自称する昭恵夫人にとってなんら矛盾していない。 「子供たちの教育と日本の未来」などとう抽象的で多幸的な世界観を提示されれば、元々思想もイデオロギーも持たなかった昭恵夫人が幼児に教育勅語を暗唱させることのイデオロギー的な是非を判断することは困難である。単に「規律ある幼児の学び舎」として映ったにとどまったのであろう。豊中にある小学校の名誉校長ともなれば、また「安倍晋三の夫人」ではなく、「安倍昭恵」として承認される肩書が一つ増える。たとえそれが虚飾にまみれたものであっても。森友学園問題が安倍晋三総理に繋がったのは、このような昭恵夫人の軽佻浮薄な承認欲求からすべてが始まっている。タチの悪い意識高い系 2016年参院選東京選挙区に出馬して落選した活動家でミュージシャンの三宅洋平を総理公邸に招聘せんとした昭恵夫人は、「自称社会起業家」の若者らに囲まれて三宅と同席した写真をフェイスブックにアップロードしたのは同年7月の事であった。その写真を見てぞっとした。昭恵夫人を中心に、「社会起業」などとのたまう「若者」連中と輪になって多幸的な笑みを浮かべ、「みんなちがって、みんないい」と締めくくっている。私がフェイスブックの中で何百、何千回と観てきた「意識高い系」の人々が競うようにしてアップロードする、「自分を被写体の中心に置いた多幸的な飲み会の写真」の教科書のようなショットだった。 実を言うと昭恵夫人には脱原発も三宅洋平にも興味はないのかもしれない。ただ「夫(安倍晋三)とは違う政治思想を持った人々とも、対等に対話できる自分ってすごいでしょう」という、コンプレックスが故の歪んだ自意識の道具の一つとして、無数のフェイスブック・フレンドやフォロワーからの「いいね」という承認を期待しての行為だったのであろう。そしてその期待は見事に成就する。 通常、「意識高い系」は、大学生や新社会人など、若年層に好発する特有のコンプレックスの転写だと思われている。しかし時としてその中には、齢50歳を過ぎて後発的に自意識に覚醒する「意識高い系」も存在する。人生のほとんどの期間を「承認」と無縁に過ごしてきた人間が、後天的に承認欲求の怪物となった場合、その反動は若年層よりも鬱屈とした時間の積み重ねが長い分、より重篤になりかねない。 純粋な承認欲求の塊であるがゆえに、「昭恵夫人が100万円を籠池氏に渡した(寄付した)」という所謂「籠池証言」は、昭恵夫人が典型的「意識高い系」であることを勘案すると、その信ぴょう性が揺らぐのがわかるであろう。昭恵夫人は不特定多数の世間から承認されたいのであって、籠池個人から承認されても意味がない。「おつきの人を人払いして密室で籠池に100万円を渡す」という行為は、「他者に自慢できぬ」が故に、実は昭恵夫人のような「意識高い系」の人々にとってすれば何の意味のない行為だからである。講演する安倍昭恵夫人 「意識高い系」の人々が行う寄付行為は、「わたし、被災地のために〇〇のチャリティーに参加しました!」と他者への喧伝と常に対になって存在している。公に語ることができない寄付行為に、昭恵夫人は意味を感じないはずだ。名誉校長への就任だけで十分にその承認欲求は満たされたはずである。よってこの部分で昭恵夫人はシロだと思うが、根本的には後発に「意識高い系」と化した昭恵夫人の心の中にある根本的な「承認欲求」という病巣は、今後も色々な形で発露されていくのではないか。政権最大のリスクとは昭恵夫人自身である。 「妻は夫の後を三歩離れてついていけ」という家長権的押しつけを言うのではない。自分の承認欲求のために国家権力を笠にするな、と言いたいだけである。総理の妻、G8という世界の大国の一角を占める国の首相夫人という立場だけに、まっことタチの悪い「意識高い系」である。

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    情で繋がり、情でつまずく保守の世界

    古谷経衡(著述家)森友学園は保守の恥 一連の森友疑惑で慙愧に耐えないのは、「保守」或いは「愛国」を真面目に求道する者たちが、籠池氏のせいであらぬイメージ低下の誹りを受けた事である。国や府を欺罔せんとし、府から刑事告訴を検討され、また香川県在住の私人からすでに刑事告発までなされた籠池氏は、口では「愛国心」「教育勅語による高い道徳の涵養」などと謳うが、その実、あらゆる意味で不誠実極まりないと批判されるのは、読者諸賢の知るところであろう。 このままでは「愛国者」「保守」と名乗れば、すわ籠池氏の姿とシンクロして、おかしな目で見られかねないではないか。「愛国」を汚した罪深さとはこのことである。 当初、森友学園疑惑が勃発した当初、ネットの保守世論は籠池氏に同情的だったが、くだんの「安倍総理から100万円(現在のところ真偽不明)」発言が籠池氏等から飛び出すと、安倍総理と籠池氏を天秤にかけると安倍総理の方が明らかに「重い」ので、ネット世論もたちまち籠池批判へと態度を硬化させる傾向が顕著だ。いわく「森友学園(籠池)は保守の恥」という。普段、ネット保守の論調に辛辣な筆者も、流石にこの感情には満腔の思いで同意する。繰り返されてきた保守の「寄付手法」記者会見する学校法人「森友学園」の籠池泰典理事長=3月10日、大阪市 しかし、森友学園の一連の狡猾さは、筆者にある種のデジャブ(既視感)とでもいうべき感情を想起させた。保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める…。大阪府豊中市に建設された「瑞穂の国記念小学院」(取り下げ)は、問題の端緒となった安倍昭恵氏の名誉校長就任をはじめ、数々の保守系言論人・文化人を広告塔として前面に押し出すことによって、4億円(公称)ともいえる寄付金を全国から集めた結果である。 この「寄付手法」とでもういうべき事例は、しかし保守界隈でもう何度も目にしてきた光景なのだ。「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という今回の森友学園の手法は、この狭い、閉鎖的な「保守ムラ」ともいうべき界隈で、ずっと前から恒常的に繰り返されてきた。そしてそこには、狭く閉鎖的な世界が故の「情」を土台としたムラ的な人間関係が浮かび上がってくる。「情」で繋がる保守ムラの世界 森友学園の広告塔として無断でパンフレットに写真を掲載されたと主張する作家の竹田恒泰氏は、同学園(塚本幼稚園)で2度講演会を行った際、「ギャラは安かった」などと関西ローカル放送のテレビ番組中に証言した。この言は本当であろう。小学校建設のために自力資金ではなく全国から寄付を集めなければならない法人が、著名な保守系作家とはいえ一回の講演に破格のギャラを出す、とは思えない。 同学園で講演会を行った人々は、上記竹田氏をはじめ、櫻井よしこ氏、平沼赳夫氏、百田尚樹氏、中西輝政氏、渡部昇一氏、田母神俊雄氏、など保守界隈のそうそうたるメンツが登場する。しかし彼らへのギャラは竹田氏の証言の様に大した額ではないだろう。ではなぜ、これら保守界隈の重鎮たちはこぞって塚本幼稚園で講演を行ったのか。 そこには、保守界隈という、狭く閉鎖的な世界の中で、「情」が支配する粘着的で複雑な人間関係が構造的に横たわっているからだ。狭い世界の中で「あの人も出たんだから」と言われれば、「情」の論理が優先して断り切れなくなる。そして幼稚園・小学校(院)建設の大義として、「真の愛国教育」などと、保守界隈の誰もが得心し、反対しにくい理由を掲げられると、「情」が先行して断りづらくなる。この界隈は、とことん「理論」よりも「情」が先行する世界だ。 実は森友学園の「寄付手法」から発展して「寄付商法」ともういべきスタイルは、籠池氏がはじめて実践したわけではない。これは保守界隈に伝統的に存在する「情」に基づいた「構造的悪弊」とみなさなければならないのである。 以下、保守界隈=保守ムラが全精力を傾けて「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という過去の事例を、森友学園疑惑と併せて3例紹介する。そしてそれらがどのように推移し、時として失敗・挫折していったのかも端的に述べる。保守界隈がいかに「情」に支配された特殊で閉鎖的な世界かがお分かりいただけるのではないか。保守言論人・文化人を「広告塔」に寄付を集めた三つの事例☆保守言論人・文化人を「広告塔」に寄付を集めた三つの事例☆1)映画『南京の真実』製作のために寄付金 約3億5000万円 2007年の事例 2007年、旧日本軍が日中戦争時の南京攻略(1937年)の際、多数の非戦闘員を虐殺したとされる事件、所謂「南京事件」は、中国共産党などのでっち上げであり、日本側は潔白だとする趣旨の映画『南京の真実』(監督・水島総)の製作発表会が、同年1月、東京都のホテルニューオータニを貸し切って大々的に行われた。 いわずもがな、「南京大虐殺でっち上げ論」は、保守派・右派とみなされる言論人や文化人らが口にする常套句で、「南京大虐殺でっち上げ」は、保守の言論空間に影響を受けたネット保守の世界でも常識化しており、同映画の理念はその保守派の掲げる思想を物語映像として具現化することにあった。 同映画の製作母体は、2004年に誕生したばかりの独立系保守CS放送局の日本文化チャンネル桜(のちに株式会社チャンネル桜エンタテインメントに引き継ぎ)。しかし自己資金に乏しかったので、同映画の製作費の大半を外部からの寄付に頼ることになり、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開した。(写真はイメージです) 映画『南京の真実』への賛同人として公式サイトに掲載され、あるいは同ホテルで応援演説ならぬ決起集会にて激しく賛同の意を示したのは、以下に一部列挙する通りのこれまた保守界隈のそうそうたる面々であった。 石原慎太郎(東京都知事)、渡部昇一(上智大学教授)、稲田朋美(衆議院議員)、平沼赳夫(衆議院議員)、西村眞悟(衆議院議員)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、高橋史朗(明星大学教授)、井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)、椛島有三(日本会議事務総長)、田久保忠衛(杏林大学客員教授)、田中英道(東北大学名誉教授)、中西輝政(京都大学大学院教授)、藤井厳喜(拓殖大学客員教授)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、古庄幸一(元海上幕僚長)、水間政憲(ジャーナリスト)…etc(肩書はいずれも当時) まさに「保守言論人・文化人総動員」ともいうべき煌びやかな肩書を持つ賛同人の数々だ。この甲斐あってか、映画『南京の真実』には当初予想を大幅に上回る約3億5000万円以上(2017年1月時点)が集まり、記者発表からちょうど1年後の2008年1月に映画『南京の真実』は無事に公開され、支援者や好事家から一定の評価を得た。しかしながらこの『南京の真実』の構想は、記者発表時点で「三部作」と明示されており、2008年1月公開のものは第一部に過ぎなかった。「三部作」のはずが一部しか完成せず… では残りの第二部、第三部はどうなるのか。実は第一部の公開から約9年を経た現在でも、当初公約された「三部作」の完全製作は行われていないのである。これには一部の支援者からも相当の不満の声が上ったことは言うまでもない。ところが2017年になって、唐突に「第三部」の製作発表が行われ、東京・渋谷区のユーロスペースで試写が行われたが、肝心の公約たる「第二部」の公開は9年を経てもなお実現していない。 「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開し、その条件として「三部作」の製作を確約しながら、9年を経てもなお半分強(2/3)しか約束を果たしえないのは、寄付者からの批判を受けても致しかたない事例であろう。 もっとも森友学園の様にこの案件は自治体から補助金を詐取しようという試みではないし、純然たる映画製作構想であった。往々にして芸術作品の製作に長期の時間がかかるのはよくある事例(例:2015年に世界公開されて熱狂的な支持を得、興行的にも大成功したジョージ・ミラー監督の『マッドマックス4(怒りのデスロード)』は、なんと構想17年を要している)であるから、一抹の酌量の余地はあることは、彼らの名誉のためにも弁護しておかなければならない。 しかしながら、この時「賛同人」としてあたかも広告塔に使われた人々は、みなこの「公約違反の疑い」に一様に沈黙を守っている。 狭い保守界隈=保守ムラが故に、理論整然たる理詰めの反撃や論争より、「情」が勝って、「まあまあ、そんなに批判しては可哀想ではないか。まあまあ良いではないか。おなじ保守同士波風を立てない方がよいではないか」というムラ的馴れ合いが先行したからではないか。 2007年度、あれだけ大々的に約束した「三部作制作の公約」が実現するめどは、具体的にいつになるのか判然としていない。そしてまた、寄付金が現在に至るまでどのような名目で支出されているのか、その具体的な内訳も、公にされていない、とする批判者も存在する(対して製作者側は、これについて数次に亘って詳細に反論を行っている)。田母神俊雄氏 都知事選立候補のために寄付金2)田母神俊雄氏都知事選立候補のために寄付金 約1億3200万円 2014年の事例 猪瀬直樹都知事(当時)が医療法人・徳洲会から不正な献金(貸付)を受けたとされる疑惑で辞任した出直し都知事選に立候補したのは、2008年にホテルグループ・アパが主催する「真の近現代史観論文」の第一回最優秀賞を受賞し、一躍時の人となり保守界隈の寵児となった元航空幕僚長・田母神俊雄氏であった。 田母神氏の支持母体は、前述で『南京の真実』を製作した母体、日本文化チャンネル桜が傘下に持つ政治団体『頑張れ日本!全国行動委員会』で、田母神都知事選出馬のために急遽、政治資金団体「東京を守り育てる都民の会(後、田母神としおの会)」が結成され、『南京の真実』の時と同様、保守界隈=保守ムラが全精力を傾けて持てる力のすべてを総動員した総力戦の様相を呈した。 強烈なタカ派としてネット世論を熱狂させ、「閣下」の愛称までついた田母神の都知事選立候補は、保守・右派、そしてそれを支持するネット保守層にとって悲願でもあった。実はこの時、都知事選勝利の暁には、田母神新都知事のイニシアチブの下、都が一部株主であるTOKYO MX(東京メトロポリタンテレビジョン)を間接支配する、という、いま考えれば到底実現不可能な、無茶苦茶な計画すらも、筆者はある選対幹部の一人から直接聞いたことがあるのだ。2016年4月14日、自宅を出る田母神俊雄被告(松本健吾撮影) ここでまたもや彼らは、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」というくだんの手法を展開した。当然、自己資金が足らず政党交付金や助成金も受けられない「手作り選挙」が故に、畢竟、その資金源は寄付金に求るしか他になかったからである。 この時期、「都民の会」が製作した選挙用ポスターにある、田母神俊雄氏への賛同人・推薦人一覧には、これまた下記に一部列挙するように、保守界隈のそうそうたる面々が並んでいる。 石原慎太郎(衆議院議員、元東京都知事)、渡部昇一(上智大学教授)、平沼赳夫(衆議院議員)、西村眞悟(衆議院議員)、中山成彬(衆議院議員)、高橋史朗(明星大学教授)、デヴィ・スカルノ(元インドネシア大統領夫人)、井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)、田中英道(東北大学名誉教授)、中西輝政(京都大学大学院教授)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、水間政憲(ジャーナリスト)…etc(肩書はいずれも当時) 2007年の『南京の真実』の事例の時と実行母体が同じだから、ほぼすべての人々が重複しているのがわかるが、微細な違いもある。2007年時には賛同人の中に居なかったデヴィ・スカルノ氏がリスト入りし、櫻井よしこ氏・田久保忠衛氏らの『国家基本問題研究所(通称・国基研)』の役員メンバーが名を連ねていないことだ。恐らく櫻井・田久保両氏が自民党政権よりの言論を展開するうえで、非自民から立候補した田母神氏への推薦人になるのは得策ではないと考えたためとみられる。いずれにせよ微細な差はあれど、この面々は2007年とほぼ同じだ。異論や違和感は「情」で抹殺 田母神氏は2014年都知事選挙で得票総数60万票を獲得したが主要四候補のうち最下位に終わり、2015年に入ると選挙運動時に集めた寄付金の中に使途不明金がある疑いが濃厚となり、田母神氏自身も秘書による使い込みを認めたため、当時の選対幹事長らから刑事告発されるという事態に陥った。2016年4月、紆余曲折ののち田母神氏は公職選挙法違反の疑いで東京地検に逮捕され、現在も裁判中(検察側求刑2年)である。 「保守界隈で著名な言論人や文化人を広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開しておきながら、その寄付金の一部が不正に使われた疑惑について、これら賛同人たちは一様に沈黙を貫いている。 いや、むしろ田母神氏が立候補する初期の段階から、「珍言」「極言」を繰り返す氏が、都知事にふさわしいのか否かについての疑問は、保守界隈の一部にはあった。筆者など、選対本部の幹部連中がいない酒席では「本当にタモさん(田母神俊雄氏の愛称)が都知事にふさわしい資質があるのか、と聞かれれば疑問」という感情を何人もの保守系言論人から聞いた記憶がある。しかし、「保守ムラの総動員・総力戦」という同調圧力は、そのわずかな猜疑の芽を摘み取り、異論を封じて、「保守ムラ翼賛選挙」へと向かわせたのだ。 そして結果としての選挙惨敗の責任は有耶無耶にされ、後日田母神氏による公職選挙法違反の疑いや寄付金の使途不明には、「まあまあ、そんなに批判しては可哀想ではないか。まあまあ良いではないか」というムラ的馴れ合いが先行した。ここにも保守ムラの「情」の理屈が理論を覆したのである。 現在、田母神氏に対する保守界隈からの批判は、同氏を刑事告発した元選対幹事長らの周辺以外、鋭敏には聞こえてこず、もっぱら保守外部からの批判・失笑のみが響き、ややもすると一部のネット保守界隈では「田母神氏は中国・韓国のスパイにはめられた可哀想な被害者」だとするトンデモ陰謀論・擁護論まで噴出する始末である。圧倒的な「情」の前に、正当な理屈は脆くも吹き飛んだのである。「安倍記念小学校」建設のために寄付金3)安倍記念小学校(瑞穂の国記念小学院)建設のために寄付金 約4億円(?) 2017年の事例 さて最後は現在疑惑の渦中にある森友学園である。報道によれば、同学園が同小学校建設のために集めた寄付金は4億円とされる。実際にどの程度の寄付金が集まったのかについては疑義があるとされるが、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」というくだんの手法は、例外なくこの森友学園でも発揮された。 すでに報じられているように、同学園では、公式ウェブサイト上の激励に平沼赳夫氏、竹田恒泰氏、田母神俊雄氏の言葉が載せられているほか、「森友学園にお越しいただいた方々です」と題して、同校を来訪または講演したであろう保守系言論人が「広告塔」として同学園製作の小冊子に登場する。代表的な人物を上げると以下のとおりである。 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、安倍昭恵、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一…etc(肩書は掲載されず。敬称略。※ただし竹田氏のように無断転載・無断掲載を主張する人物がこの中に含まれている)すべてが繋がる保守ムラの実相 この中で、事例1)『南京の真実』と重複している人物を太文字にすると、 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(敬称略) この中で、事例2)『田母神選挙』と重複している人物を太文字にすると、 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(同) となる。百田尚樹氏は田母神選挙時代の「推薦人」には登場しないものの、選挙期間中に大阪から応援演説に駆け付けたことから太文字とした。これに加えて、今次森友学園の騒動が勃発して直後、100万円の寄付を自身のブログで表明したデヴィ・スカルノ氏も、この中に加えてもよいかもしれない。 よって事例1)、2)、3)全部てに名前が登場する保守系言論人・文化人を再掲すると、再度以下の様に太文字となる。 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(同) ★これを整理した図は以下のとおりである。 全員、とは言わないが、多くの人々が、時期も目的も違う「保守運動」に共鳴し、同じように賛同人等(講演や応援演説を含む)になっているところが興味深い。つまるところ、きわめて限られた狭い世界で、「愛国」と銘打ってさえいれば、同じような人間が同じような場所に毎回出現しているムラ社会こそが、保守界隈の実相なのだ。「事故る」と冷たい保守の「情」「事故る」と冷たい保守の「情」 毎日新聞が3月14日に掲載した「さて今の思いは…「広告塔」の保守系文化人たち」には、森友学園の広告塔となった保守系言論人の人々の率直な思いが吐露されている。八木秀次氏「学園はなんちゃって保守だ。ひとくくりにされたくない」出典:さて今の思いは…「広告塔」の保守系文化人たち中西輝政氏「学園に思想性を感じなかった。(教育勅語の唱和は)誰かに見せるためのショーの様に感じた」出典:同上高橋史朗氏(前略)「森友の教育方針と「親学」との関連が不明でコメントできない」出典:同上中山成彬氏(前略)「私も園児に教育勅語を斉唱させている幼稚園ということで視察したことがあるが、経営者自身が勅語の精神を理解していないようだ」出典:中山なりあきツイッター平沼赳夫氏(事務所)「こちらが知らない間に掲載されていた」「本当に迷惑している」出典:テレビ朝日「スーパーJチャンネル」 などと一様に突き放している。これらの言を全面的に信ずるとしても、なぜ些かでも初手の段階から同学園の教育内容に不信や違和感を持っていたにもかかわらず、講演会に参加したり、協力する姿勢を見せたのだろうか。それは、ひとこと「情」の問題に尽きる。愛国を掲げてさえいれば、その内容の良し悪しはともかく「同志」として連帯し、有形無形に協力するというよく言えば「義理人情」、悪く言えば「なれ合い」のムラ的世界観の中にいる結果なのである。情で繋がり、情でつまずく保守の世界 2007年、2014年、2017年と3つの大きな「愛国」を標榜した保守運動や保守事業における賛同人が、くしくも「映画製作」「都知事選立候補」「学校建設」という全く違う目的にもかかわらず、それを支え、また広告塔に利用(された)人々がこれほどの割合で重複するという事実は、保守界隈=保守ムラが、いかに閉鎖的であり、またその狭い世界の中で「情」の理屈が発生し、違和感や不信や不正義が「情」の前でかき消され、ムラの中の巨大な同調圧力となって席巻していたことを何よりも物語っている。 そしてくしくも、この三つの「寄付手法」は、その集めた金額も1億円強~4億円程度(公称)という範囲で似通っている。保守系言論人・文化人を広告塔にして、市井の保守派市民から浄財を集められる上限がこの金額のレンジなのかもしれない。 森友学園に広告塔として利用された保守系言論人・文化人は、保守ムラの住人であるがゆえに、自発的に、あるいは外発的に、この狭い世界の巨大な「情」という同調の空気に無批判であった。そして、決まって何か問題が起こると、事後に「私は関係がない、知らない」という風に距離を保ち、無知・無関心を決め込むのである。「愛国」を錦の御旗にした運動や事業は、多少の不協和音を「情」で覆い隠す。 「せっかく愛国者が頑張っているんだから、批判しちゃかわいそうじゃないか、応援してやろうじゃないか、保守同士仲良くやろうじゃないか」というムラ的な「情」こそ、保守界=保守ムラに横たわる構造的欠陥である。  このように「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という、「愛国」を大義とした情に訴え、また情で理屈を包囲する「寄付手法」は、ここ10年で三度も繰り返されてきた。森友問題が収束しても、この界隈で同種の問題の四度目がないとは言い切れない。 真に国を思うのなら、客観的にみて明らかに怪しい人物が主導して、「愛国」を傘に計画する事業展開に疑念を感じたのなら、毅然としてNOというべきだ。それが真の愛国者の姿だと思うが、どうだろうか。何か事故が起こってから、「無断で使用された」「知りませんでした」「いい迷惑だ」では些か虫が良すぎはしまいか。「人情」という魔物~インパール作戦と保守ムラ~「人情」という魔物~インパール作戦と保守ムラ~ 先の大戦終盤、日本陸軍によって実行されたインパール作戦。英領東インドの拠点インパールとその補給拠点コヒマを牟田口司令官率いる手持ちの3個師団(第15軍)を使って占領することで、硬直したビルマ戦線を打開し、英印軍を挫く―。 ひいてはその戦果によりインド独立運動をも鼓舞することを目的として発動されたこの大作戦は、読者諸賢のご存知の通り、補給を無視した作戦計画によって日本軍の大惨敗に終わり、ビルマ全体の戦死者5万とも8万ともいわれる戦史史上稀にみる一方的大敗北に終わった。「インパール」は現在「無謀な作戦・計画」の代名詞とすらなっているほどだ。 この大失敗は一体、何によってもたらされたのだろうか。むろん日英両軍の物量・兵質の差が第一だが、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論社)には、以下のようにこの大作戦の歴史的失敗の本質が記されている。 なぜこのような杜撰な作戦計画がそのまま上級司令部の承認を得、実施に移されたのか。これには、特異な使命感に燃え、部下の異論を押さえつけ、上級司令官の幕僚の意見には従わないとする牟田口の個人的性格、またそのような彼の態度を許容した河辺(河辺正三、ビルマ方面軍司令官)のリーダーシップ・スタイルなどが関連していよう。しかし、それ以上に重要なのは、鵯越(ひよどりごえ)作戦計画が上級司令官の同意と許可を得ていくプロセスに示された、「人情」という名の人間関係重視、組織内融和の優先であろう。そしてこれは、作戦中止決定の場合にも顕著に表れた。出典:『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論社)、括弧内・強調引用者 保守ムラの「情」によって形成されるなれ合いによる大きな弊害は、もしかすると保守ムラだけの事ではない、狭い社会や閉鎖的な組織に特有の、普遍的な魔物なのかもしれない。*追記:本文中にある2017年に公開された映画『南京の真実』は、第四部ではなく第三部の誤りでした。よってこれを訂正いたしました。2017.3.19.17:55、追同20:00(「Yahoo!ニュース個人」より2017年3月19日分を転載)

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    「教育勅語礼賛」の気持ち悪さ

    古谷経衡(著述家)「昔はよかった」という妄想    森友学園を巡る一連の騒動でにわかに注目されだした「教育勅語」。同学園が運営する大阪市内の塚本幼稚園では、「先人から伝承された日本人としての礼節を尊び、それに裏打ちされた愛国心と誇りを育て…」としたうえで、その教育内容に「毎朝の朝礼において、教育勅語の朗唱、国歌“君が代”を斉唱します」と明確に謳っている。  くしくも3月8日、稲田朋美防衛大臣は参議院予算委員会で、 教育勅語の精神である親孝行など、核の部分は取り戻すべきだと考えており、道義国家を目指すべきだという考えに変わりはない。(中略)教育勅語の精神である親孝行や、友だちを大切にすることなど、核の部分は今も大切なものとして維持しており、そこは取り戻すべきだと考えている出典:NHK NEWS WEB、強調引用者 (iRONNA編集部注:リンク切れ) などと、教育勅語礼賛を隠さない。森友疑獄とも呼べる一連の疑惑と、同学園の教育内容への是非は別問題としてとらえるべきであるが、同学園や稲田大臣が筆頭のように教育勅語への礼賛は、この国の保守・右派界隈にまるで「常識」というぐらい普遍的に見受けられる現象である。参院予算委で社民党の福島瑞穂氏の質問に答弁する稲田防衛相=3月8日 いわく「教育勅語の復活により現代社会の道徳堕落の乱れを正す」云々。保守系の集会や講演会に行けば、二言目には「あるべき道徳社会の模範」として必ず教育勅語の存在が引き合いに出されるのだ。 この保守・右派界隈に頻出する「教育勅語礼賛」へ、私が感ずる強烈な気持ち悪さというか、違和感とは、次の二点である。1)教育勅語が存在した時代には、現代社会よりも高い道徳観が存在していたという思い込み=つまり前述稲田大臣の発言部分の「そこ(道徳観)は取り戻す」という言葉に象徴されるように、教育勅語が存在した時代には高い道徳観が存在したが、現在は失われてしまっており、よって教育勅語を筆頭とした道徳観は「取り戻すべき存在」として認識されているということである。2)教育勅語を礼賛したり、復活したりすることを勧奨し、高い道徳観を至高のものと説く人物に限って、道徳的に退廃した私生活を送っているということ=教育勅語が示す精神、例えば父母への孝行、兄弟は仲良くし、夫婦は互いに調和しあい協力し合って、慎みの精神を持ち、尊法精神の涵養すべしなど(これ自体は至極真っ当な道徳観だ)を至高のものであり、現代はそれが失われていると嘆き、よって教育勅語の復活が重要だと説く人間ほど、夫婦愛も尊法精神もない、ということである。現代日本は道徳的に退廃しているという妄想現代日本は道徳的に退廃している、という妄想画像はイメージです まず、1)の観点から見ていきたい。果たして教育勅語の存在した時代は、教育勅語の内容が示す通り、道徳的に高い時代だったのだろうか? この国の保守・右派界隈は、教育勅語が存在した戦前日本を、教育勅語の内容が示すままに、なにか高い道徳的価値観を保った美的な社会であると思い込んでいる節がある。それは現在、保守派・右派とされる文化人らの著作を少し紐解くだけで明瞭としてくる。例えばその筆頭は、保守言論界の重鎮と目される櫻井よしこ氏の著書には、次のように教育勅語とそれが存在した時代を手放しで肯定している。(教育勅語が)「朕惟フニ」で始まるために今では”悪しき帝国主義”の元凶のようにされ、否定されがちだが、そこに書かれているのは兄弟愛、夫婦、友人との人間関係の基本から、人を愛すること、国の法律を守ることまでを「十二の徳目」として列挙した真っ当な内容だ。現代の日本人が忘れてしまっているこの素晴らしい心得はかつての日本人にとっては当然の価値観だった。だからこそ、明治政府はこうした事柄を国民教育の基礎と位置づけ、日本国の姿を伝統のまま守ろうとしたのだ。出典:『気高く、強く、美しくあれ 日本の繁栄は憲法改正から始まる』PHP文庫、括弧内・強調引用者(iRONNA編集部注:リンク切れ) 強調部分で顕著なように、どうも櫻井氏は教育勅語に書かれている内容そのものを「戦前日本の真の姿」と思っているようである。そして教育勅語が失われ、新たに戦後出来た教育基本法を、教育勅語と明治憲法は、対の形で日本国の土台を形成していた。そして現行憲法において教育勅語の役割を果たすのは、教育基本法のはずだ。しかし、教育基本法は、かつて教育勅語が国民に道理や道徳を教え導いたような役割を果たしてきただろうか。明らかに否である。出典:前掲書 (iRONNA編集部注:リンク切れ) と痛烈に批判したうえで、「宗教心も道徳心も消え去ったかのような現在の日本で、宗教心の育成、小さな存在としての人間を超えた大摂理への畏敬の念を養うことがどれ程大切かは、今更言うまでもない」(2016年5月)と自身の週刊誌上のコラムにて嘆き、現行の教育基本法の時代=現代の道徳観の低下を憂い、教育勅語の時代を「取り戻すべき至高の道徳の時代」であるかのように定義している。この世界観は、冒頭に登場した稲田防衛大臣の考え方と類似しているといってよい。教育勅語の時代は現代よりも不道徳?教育勅語の時代は現代よりも不道徳? しかしながら、教育勅語の時代は、教育勅語に書かれているのと真逆の、不道徳の時代であった。詳細は名著『戦前の少年犯罪』(管賀江留郎著 築地書館)の中に縷々描かれているが、櫻井氏が言う「現代の日本人が忘れてしまっているこの素晴らしい心得はかつての日本人にとっては当然の価値観だった」はずの時代に、読むもおぞましい不道徳な蛮行が行われていた。しかも教育勅語を激しく訓話されていたはずの青少年の手によって。以下、同書より重要事件を3つ引用する。1)1934年3月15日 20歳の真面目な長男が何人殺せるか試すために一家皆殺し奈良県北葛飾郡の農家で深夜二時、長男が就寝中の家族五人の頭を斧で殴り、母親、二男、長女、三男を殺害、父親を重体とした。すぐに隣家に押し入り、就寝中の長女の頭を斧で殴り、逃げようとするところを肩と足を切って重傷を負わせ母親にも切りつけたが斧を奪われ逃走、百メートル離れた線路で列車に飛び込み自殺した。出典:前掲書、年齢表示は引用者が省略した (iRONNA編集部注:リンク切れ)2)1945年4月17日 17歳が一家五人を惨殺長野県下伊那郡の農家で、三男が父親、母親、四男、二女、三女を殺害、三キロ離れた山林で猟銃自殺した。前日に近所の家から米を盗んで両親に叱られており、就寝中の両親の顔や頭をまずカナヅチで殴り、カナヅチの柄が折れると斧でめった打ちにしたもの。出典:前掲書、同(iRONNA編集部注:リンク切れ) これのどこが「現代の日本人が忘れてしまっているこの素晴らしい心得はかつての日本人にとっては当然の価値観」の時代だというのだろうか?親孝行どころか、親を含めて一家惨殺。現代なら数週間も全国ニュースで取り上げられてもおかしくはない大事件である。ちなみにかの有名な津山三十人殺し(津山事件)はこれとは別に1938年に起こっている。3)1933年7月9日 女学校3年生らの桃色遊戯グループ「小鳥組」東京市四谷区で夜十時過ぎ、裁縫女学校三年生と無線電話学校一年のカップルが、簡易旅館に入るところを警官に見つかり逮捕された。この女学校の三年生七、八人は四月に「小鳥組」を結成、「現代女性はすべからく異性と交際して、時代に遅れぬ良妻賢母を心がけねばならぬ」という誓いの下、放課後に新宿の喫茶店などで異性を紹介しあい、またお互いに相手を交換までしていた。出典:前掲書、同(iRONNA編集部注:リンク切れ)他人に道徳を強制する者こそ最も不道徳 教育勅語で道徳を叩き込まれていたはずの当時の青少年が、「良妻賢母」を大義としてスワッピング・サークル然とした「桃色遊戯」を楽しんでいた事実を、いかように解釈すればいいのだろうか。塚本幼稚園(森友学園)、稲田大臣、そして櫻井氏を筆頭とする保守派・右派の多くが「教育勅語のおかげで戦前は高い道徳の時代であった」と無根拠に思い込んでいるが、それは後世に創造された妄想に過ぎない。そして教育勅語の時代は「道徳的に善」で、戦後の現代が道徳的に腐敗堕落しているというのも、少年犯罪をはじめ、刑法認知犯全体が減少している明確なデータを鑑みても、無根拠な妄想なのである。『尋常小学修身書』(復刻版)。修身教科書は教育勅語を中心に編集された = 2012年 2月20日  教育勅語は明治国家による教育の規範として1890年に発布されたが、教育勅語の内容をそのまま時代の反映とするのは無知の極みであろう。自明のことは表明されないのだ。つまり、当たり前の常識はわざわざ言葉にされないのである。親不孝、兄弟不和、不倫・浮気、不道徳と怠慢と不正が蔓延していたからこそ、教育勅語による上からの教導が必要であった。 これは、よく教科書に登場する「慶安の触書(現在は再考証され、教科書記述から削除される方向にある)」の文面を観て、「近世江戸の農民は規則でがんじがらめにされていた」と、すわ貧農史観に直結させる考え方に似ている。自明のことは言葉にされない。それが守られないからこそ、わざわざ文面で訓話する必要があるのである。このような教育勅語礼賛の背景にある「あの時代は良かった」考こそ、無根拠で疑問視すべき歴史観なのではないだろうか。他人に道徳を強制する者こそ最も不道徳 もうひとつ「教育勅語礼賛」への強烈な違和感の二点目、「教育勅語を礼賛したり、復活したりすることを勧奨し、高い道徳観を至高のものと説く人物に限って、道徳的に退廃した私生活を送っているということ」については、端的に以下の事例を挙げるのが適当であろう。 元航空幕僚長でホテルグループ・アパが主催した懸賞論文「真の近現代史観」の第一回大賞に輝いた論文を巡る騒動=いわゆる「田母神論文」で一躍時の人となり、保守界隈の寵児となって2014年には東京都知事選挙に立候補するにまで至る田母神俊雄氏は、2010年3月、自身の公式ブログにて次のように記述している。1)教育勅語と修身の教科書を復活せよ 戦前の日本人の自立心や道徳観の高さを支えていたのは、教育勅語と修身の教科書である。(中略)教育勅語というと、その言葉を聴いただけで拒否反応を示す人たちがいると思う。しかし、教育勅語に書いてあることは、今現在でも世界中に当てはまる極普通のことだけである。親孝行をしましょう、兄弟仲よくしましょう、夫婦仲良くしましょう、人格を磨きましょう、国家に緊急事態が起きたときは、みんなで力を合わせて公のために頑張りましょう、とかいうものである。修身の教科書は、教育勅語を具体例を挙げて解説しているものである。(中略)これら二つが戦前のわが国の道徳教育を支えていたのである。現在の教育を正常化するためにはこれら二つを復活すればよいのではないかと思う。出典:田母神俊雄公式ブログ・教育勅語と修身の教科書を復活せよ、強調引用者不道徳に満ちた二枚舌 この世界観は前述櫻井氏と大差ないように思えるものだ。しかし罪深いのは、このように一方で教育勅語の特高い道徳観を至高のものとしてその復活を他者に強要する一方で、自身の私生活は不道徳に満ちた二枚舌であった、ということである。田母神の私生活については、2014年12月5日に産経新聞が次のように報じている。 田母神氏は、30年以上連れ添った妻と2人の子供がいるが、5年ほど前に出会った50歳前後の女性と恋仲になり、一時は自分の秘書にした。2年前に田母神氏は妻と離婚して女性と結婚しようとしたが、妻は拒否して離婚訴訟に発展した。出典:田母神氏、フライデー「不倫」報道に正面反撃! FBで「交際中の女性守らねばならぬ」と吐露 激励「いいね!」殺到、強調引用者 民事の「泥沼」離婚裁判なので、原告・被告の双方どちらが正義ということはない。双方に理があり主張があるのであろう。よってこれについての論評はしないが、仮に事実がこの記事のとおりであったとして、「30年間連れ添った妻と2人の子供」をおざなりにして50歳前後の女性と不倫するのは、教育勅語の謳う「夫婦の協和・協調」と著しく矛盾するのではないか。少なくとも声高に教育勅語を引き合いに出して道徳の崇高さを謳う人の言としては不適切のように思える。教育勅語の復権の必要性を訴える田母神俊雄氏 =2011年 8月28日、さいたま市大宮区 田母神は前述2014年に出馬した東京都知事選挙に関連した公職選挙法違反の疑いで2016年4月14日に東京地検特捜部に逮捕、その後起訴され、現在裁判中。つい2017年3月10日には、検察側が2年を求刑したというニュースが流れたばかりである(判決5月22日)。こちらは歴とした刑事事件の被告人として「悪」が裁かれることに相成ったわけだが、これも、教育勅語が謳う「尊法精神」から著しく逸脱してはいまいか? 教育勅語の道徳観を礼賛することは自由だ。そこに書かれていることは、大変に常識的なことばかりであると私も思う。しかし教育勅語の存在した時代を一方的に「道徳的に高い時代」と位置付けたり、或いはそこから援用して現代を「道徳的に退廃している」と糾弾し、教育勅語の時代を「取り戻すこと」に躍起な人々の中の少なくない部分には、田母神のように片方で道徳を唱え、片方で平然と不道徳(とみなされるような民事裁判や刑事犯罪)を冒す二枚舌の人物が存在することを忘れるべきではないのではないか。実現してしない教育勅語の理想 むろん、戦後の日本とて、すでに前述した『戦前の少年犯罪』の例のように、青少年による猟奇事件・性愛事案は数多く存在する。ということは、戦前も戦後も等しく道徳は廃れていたのであり、「戦前が善で戦後が悪」という一方的な時代の「色分け」は不適用である、ということも存分にできよう。土台、時代に「善悪」の塗り分けなど無意味であり、教育勅語が存在した時代も現在と同じように人々は不道徳で、悪徳が栄えていたのである。そんな当たり前のことを教育勅語の存在を盾に認めないのはアンフェアだ。 実は、例示こそしないものの、過去の時代(戦前日本)を過度に礼賛し、教育勅語に代表される教育の理想をとうとうと説く保守派・右派とされる人々の中には、この手の人物が少なくない。 道徳を声高に叫ぶ一方実は隠し子が居たり、妻や夫がありながら「保守界隈」の中で出会った相手と平然と不倫をくりかえし、表向きは「凛とした日本男子・大和撫子」などと厚顔無恥に喧伝する人々を私は何十人と知っている。 私は彼ら彼女らの不道徳を糾弾しているのではない。誰しも不道徳を楽しんでいる側面はある。繰り返すように、それは戦前・戦後の別なくである。であるならば、他者に道徳を強制するべきではない、ということだ。少なくとも、自分が不道徳な人間なのに、他人に対してだけ道徳を強制するのは筋違いだ。己の不道徳を自覚するなら、他者の不道徳にも寛容でなければならない。 教育勅語が発布されて120年以上が経つが、いまだ教育勅語の理想というのは、良い意味でも悪い意味でもこの国の中で実現していない。しかしそれは、おそらく古今を問わず人間の自然な姿なのだろう。改*2017/3/10*19:50 (「Yahoo!ニュース個人」より2017年3月10日分を転載)

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    幾万の平和を訴えても「この世界の片隅に」の2時間には到底敵わない

    古谷経衡(著述家) 私と片渕須直監督の出会いは2009年の暮れであった。「出会い」といっても劇的なものではない。当時、まだ商業誌に一本の原稿も書いたことのなかった無名のライター志望の26歳の青年に過ぎなかった私は、同年11月に公開された片淵監督の『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年11月公開)を観てファンになり、すわ草の根的に結成された「片淵監督ファンクラブ」的なるものに参加していたのであった(とはいっても会則や会費があるわけではない)。 片渕監督は寡作の人で、『マイマイ新子と千年の魔法』は一部の熱心な片渕ファンの間で熱狂的な支持を持って迎えられた。計算されつくした脚本、緻密で丁寧な演出、そしてすべてを「円環」とでもいうべき「縁」の中に包み込むどこまでも優しい片渕監督の作風に魅了された。『マイマイ新子と千年の魔法』は都下で小規模に上映されたが、もっとも熱かったのが主力館の「阿佐ヶ谷ラピュタ」(杉並区)で、ここは当時としても珍しく事前予約システムを導入していなかったので、窓口で券を求めるしかないのだった。私はえっちら千葉県松戸市からくだんの映画館に向かったのだが、上映数時間前でいつも満席・売り切れの連続。3度目のチャレンジでようやく見ることができた。 しかしこの異常な「一部ファン」の熱狂ぶりをよそに、遺憾ながら『マイマイ新子と千年の魔法』は、数々の映画賞を受賞しながらも、興行的に振るわなかった。だからこそ私たち片渕ファンクラブの面々は、どうにかしてこの傑作を世に知らしめようと、主にSNSや口コミを駆使して『マイマイ新子と千年の魔法』がいかに素晴らしい作品であるかを吹聴して回った。或る人は手製のフライヤー(公認)を喫茶店や居酒屋において回り、或る人は職場の同僚を自腹で誘って映画館に連れ出したりした。だが、駄目だった。 あれから8年がたった。『この世界の片隅に』は当初公開館数六十数館で出発したが、燎原の炎のごとく瞬く間に大ヒットとなった。いまや今年2月初旬の段階で観客動員数130万人を超える、押しも押されぬ大ヒットアニメ映画である。涙が出るほどうれしい。だってもはや、私たちのような一部の「熱狂的ファン」の草の根の支援などなくても、『この世界の片隅に』は2016年(そして2017年および21世紀)を代表する、記念碑的アニメ映画として、商業的成功を勝ち得たのだから。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 私は従前から『この世界の片隅に』の原作(こうの史代氏)を読んでいて、これを片渕監督が創ると知り、TOKYO FMの自身の番組(『タイムライン』)のコーナーで紹介した。それをきっかけに配給会社の方から試写会に紹介していただいた。初見の感想はただただ号泣。立ち上がれないほどの衝撃を受けた。その後、本作が公開される前に、TOKYO MX『モーニングクロス』に出演した際のコーナーでも紹介させていただいた。あえて自慢すればこの時期、個人の文筆家が『この世界の片隅に』を地上波でこれほど詳しく言及した事実は、パイオニアであるといってよい。その後、小学館の月刊誌『SAPIO』の自身の連載コーナーで片渕監督へのインタビューが叶った。他者ではない戦争他者ではない戦争 片渕監督は、2009年に『マイマイ新子と千年の魔法』のファンクラブの関連で、いち青年に過ぎなかった私と邂逅したことを覚えてくれていた。「もう死んでもよい」というほど感激した。こともあろうに片渕監督とはその後も、私の担当するくだんのFM番組に生出演していただいたりした。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 なぜこんなに自慢話ばかり書くのかといえば、私は片渕監督とは、広重、国芳、歌麿、北斎レベルの歴史的アーティストだと思うからだ。1世紀を経た未来の歴史家が「片渕須直伝」を書くとき、当然2016、2017年の歴史的事実が照会されるだろう。そこに私が一端でも絡んでいれば、私も「歴史の片隅」に存在したことが子々孫々に残るからである。「おじいちゃんはな、あの片渕監督にナマで会ったことがあるんじゃ」―こう伝えて死んでいきたい。映画『クラウド・アトラス』(2012年)のラストシーンではないが、私は『この世界の片隅に』は、遠い子孫の記憶の中に、「歴史」として刻まれることを確信する。『この世界の片隅に』への評論はほうぼうで出ているから敢えてそれを引用するのは野暮というものだ。私自身の言葉を述べれば、『この世界の片隅に』は、あの戦争の時代が他者ではない、ことを皮膚感覚で味わう作品、という風になろう。8月15日、終戦。主人公すずの嫁ぎ先の義母が本土決戦のために備蓄しておいたコメを「少しだけ」家族で分け合って焚く。「8月16日も、17日も生活は続く」、というニュアンスのすずの台詞がある。この部分は原作にはなく、片渕監督が独自に挿入したものだという。8月15日で歴史教科書は戦前と戦後を分断している。しかし、それは私たち後世人の認識であり、かの時代を生きた人々に8月14日と8月16日の違いは存在していない。 幸村誠の漫画『プラネテス』でも同じような台詞が登場する。「宇宙と地球を隔てる境界ってどこにあるのだろう」。科学的には高度何万キロメートルの〇〇圏までが地球で、その外側が宇宙である。しかし、その境界は地上からだとぼんやりとしたグラデーションに過ぎない。実は境界なんてものはなく、だからこそ私たちは皆繋がっている―。これが幸村誠が『プラネテス』で描いたテーマだ。『この世界の片隅に』はこれを戦前・戦後の日本で行っている。「8月16日も、17日も生活は続く」。ならば9月は、10月は?1946年は?1947年は?当然、ずっと続くのである。そしてその先に、私たちの現在2017年がある。そう、時代は途切れることなく繋がっている。戦争の時代を生きた人々は決して「他者」などではなく、私たちと同じ時空間に存在する「同じ人々」だった。その当たり前のことを、『この世界の片隅に』は教えてくれた。「ゲン」の違和感ゲンの違和感 あの戦争や原爆を描いたアニメ作品は多い。しかし、どの作品も「あの時代」と「あの時代を生きた」人々を他者としてとらえている。『はだしのゲン』の主人公中岡元。むろん、原作者・中沢啓治先生自身の投影だが、はっきり言ってスーパーマンに近い。戦前から翼賛体制に反発し、原爆を受けて原爆症になってもそれを克服し、戦後は右翼に平和と民主主義を説法し、戦前翼賛体制で威張り腐っていた町内会会長(戦後平和主義者に転向して議員に立候補する)の欺瞞を面前で糾弾する。そして東京に出て画家になる夢に向かう汽車のシーンで終わる。『はだしのゲン』でゲンの言っていることはすべて正論だ。戦争は駄目だ、アメリカと原爆は許さない、日本は平和国家として通商の中で生きるべきだ、そして戦後人には戦争の反省が足りない…。全部正論だが、私がゲンに感じてしまう小さな違和感とは、彼が強すぎてスーパーマンにみえ、どうしても「他者」として認識してしまうのだ。 ゲンが「他者」である以上、ゲンの存在したあの戦争の時代も他者である。たぶん、金科玉条のごとく「反戦平和」を何万回唱えても、人々に最終段階で伝わっていないのは、この「他者性」の問題だと思う。これまで、あの戦争を扱った映画やアニメや漫画は、あの戦争を生きた人々を「他者」として扱いすぎであった。或る時は反戦平和のスーパーマン、またある時は徹底的に凄惨な戦争の被害者として。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 しかし、『この世界の片隅に』の主人公すずは、ちっこくて柔らかく、肉体的な意味でスーパーマンとは程遠い。精神的にも、むしろ翼賛体制に大きな疑問すら抱かず、ただ絵が好きなだけのボンヤリ少女で、日々の生活を工夫して生きるだけの市井の女性に過ぎない。だからこそ、私たちはすずを「他者」としては認識しない。すずは「他者」ではない。私たちと同じ皮膚感覚を持った普通の人間だった。人生の意味人生の意味 これまでの「戦争モノ」の作品は、あの戦争への反省(あるいは美化)のメッセージを入れなければならないという強迫観念の元、作品の中で生きる人々を「他者」として描いてきた。だから何万回「反戦平和」あるいは「反核」といっても、最終段階では伝わっていない。その証拠にネット空間はあの戦争の(事実に基づかない)美化で溢れている。「平和教育」を受けたはずの人々が、歴史の事実を呪詛して、しまいには日中戦争すら日本が被害者でコミンテルンの陰謀だった、などとしている。その結実がくだんの大手ホテルチェーンの客室に置かれた同チェーンCEOの歴史観の開陳であろう。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 こう考えると、戦後営々と続けられてきた「平和教育」の高らかな叫びは、何万回を費やしても無意味だったのかもしれない。そしてその空疎な掛け声は、「他者性」を強調するがあまり、『この世界の片隅に』の2時間を超克することはできないのである。幾万の「反戦」「平和」を叫ぶより、『この世界の片隅に』を観よ。私が言えることはそれだけだ。 片渕監督は『マイマイ新子と千年の魔法』で「円環」を描いた。つまり、すべてのものに無駄などなく、生も死も繋がっている、と。片渕監督が初監督した長編アニメ映画『アリーテ姫』(2001年)でも、主人公アリーテ姫は「人生に意味なんてない」という魔法使い(実際は高度に発達した旧世界文明の生き残り)の言葉に反駁する。「人生には意味がある」。 片渕監督へのインタビューで彼は私にこう語って下さった。「―もしかしたらすべてのことや人生に意味なんてないのかもしれない。でも、意味はあると思いたいじゃないですか」。私もそう思う。少なくとも私が『この世界の片隅に』にリアルタイムで出会ったことには、意味があると思う。そしてこの作品が、2016年という、戦後50年とか60年とか、別段イベント的時代の区切りとは全く関係なく登場して、そして大ヒットしたことにも、何か人類史的な意味があるはずだ。その総合的解釈は、後世の子々孫々に任せよう。いまはただ、『この世界の片隅に』の感動に打ち震える段階である。

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    あばよ米軍、トランプに媚売る翁長氏の下心

    「沖縄の基地問題にどう対応するか、期待しつつ注視したい」。米軍普天間基地の名護市辺野古への移設に反対する沖縄県の翁長雄志知事が、トランプ氏との面会を求め来年2月にも訪米する意向を示した。トランプ政権で強まる米軍の「日本撤退論」に乗っかり、ここぞとばかりに媚を売る翁長知事の下心やいかに。

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    高学歴のトランプ支持者はなぜ中国との「貿易戦争」を歓迎するのか

    たく信じきっている。特にネット動画などのヘッドライン(見出し)で、物事の判断をする人が多い。評論家の古谷経衡氏は「ヘッドライン寄生」とそのような消費態度を表現したことがある。ただ危機や破綻発言を好む認知バイアスは、前二者の政治的勢力と無責任な言論人のもたらしたものであることは間違いない。破綻論を好んで信じている多くの人たちは、その意味では無責任なマスコミや言論人の「犠牲者」である。トランプの「脅し」に乗る人たち ところでトランプ氏はTPPに反対である。TPPの再交渉があるのかないのか、あるいは再交渉の余地もなく、単にアメリカの不参加でTPPは事実上破綻するのか、そこにいま注目が集まっている。つまり、アメリカ側からTPPに対して拒否姿勢が出ているということである。ということは、TPPはアメリカの陰謀でも、日本の植民地化を実現する手段ではなかったことになる。だが、従来からTPP亡国論の類を主張していたメディアや言論人は、この事態を自省することもなく、別な屁理屈で米国陰謀論(そして貿易自由化脅威論)を仕立てあげる最中かもしれない。 さてトランプ氏の保護貿易的な発言のメニューは豊富である。TPPのようなまだ実効がないものはまだまし(?)であり、候補者のときの発言を拾ってみてもWTO(世界貿易機関)からの脱退、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉、メキシコや中国へのそれぞれ35%、45%の関税付与などである。これらの政治的な決断をトランプ氏は大統領権限として行うことができる。 もちろんこれらは選挙戦略の一環としていわれていた側面もあるだろう。トランプ氏自らが、日本の「危機」論者と同じようなレトリックを駆使して、彼の政治的支持を拡大していったものと思われる。つまり「貿易自由化が、あなたたちを苦境に陥れる(陰謀である)」という脅しだ。この脅しに乗る人たちは、認知的バイアスに陥っている可能性が大きいが、それでも低学歴であるとか無知な人たちではまったくない。ここが最大の注意点だ。むしろ高学歴(そして高収入)で、隣人に対する共感に優れた人たちが多い。経済学者のタイラー・コーエンは、共和党の予備選挙などを分析して、トランプ支持者の所得が全米の中位層よりもはるかに上の所得であることを指摘し、さらに自分たちが貿易自由化で苦境に陥っているというよりも、むしろ文化的な意味で「貿易自由化」を敵視している可能性があると分析している。 これは日本でも同様なことがいえるかもしれない。このコーエンの分析が正しければ、トランプ支持者は、日本のネットの意見でも散見される貧しい労働者たちや、低学歴の人たちが中核ではない可能性がある。言い換えれば、経済的に追い詰められていない(=物事を冷静に判断する自由な時間がある)高学歴の人にトランプ支持者が多く、なおかつそれらの人が貿易自由化に否定的であれば、それだけ事は深刻である。認知的バイアスは根深いものになるからだ。 アメリカの経済学者たちの試算では、例えば中国との「貿易戦争」(関税引き上げなどの報復競争や全面的な禁輸など)の経済的損失で、最大で480万人の職をアメリカから奪うことになるだろうという。ただこのような経済的で合理的な試算を提供しても、なかなか理解が進まないことは、TPPの日本国内の論争と煽りをみてもわかることである。もちろん貿易自由化がすべてバラ色ではないし、さまざまな問題はあるだろう。しかしすでに十分に発展した経済で、また国内景気をコントロールする手段(マクロ経済政策)が保証されている国が、保護貿易のほうが自由貿易よりも得るものが多いということを想定することは難しい。また過去の歴史をも否定する出来事ともいえる。 今回のトランプ勝利をきっかけに、貿易自由化の意義、その国民の生活にもたらす経済的成果を冷静に考える時間を持ちたいと思う。

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    トランプ政権誕生! 戦後日本は対米自立から「自主防衛」の新時代に

    古谷経衡(文筆家、著述家)トランプ候補(ロイター)トランプ政権誕生は「対米自立」「自主防衛」を実現する大きな日本のチャンス 大番狂わせである。トランプ政権が誕生することが「ほぼ」確実になった。もっとも混乱・狼狽しているのは何より、日本の政権与党および親米保守であろう。私は共和党予備選挙の終盤でトランプが指名を確実にした今年春ごろから、「逆張りトランプ論」を展開してきた。参考記事(日本でじわり広がる”トランプ大統領”待望論―対米自立か隷属か―2016年3月27日)、(ヒラリーorトランプ、どちらが大統領でも日本はイバラの道 2016年11月7日)。 私の提示してきた「逆張りトランプ論」とは、簡単にいうと以下のとおりである。 つまり、到底トランプ氏には大統領としての資質はない。ヘイト的言説も許容できない。しかし「対米自立」「自主防衛」という、ある種の保守非主流派たる「反米保守」の立場から、短期的にはトランプ政権誕生で混乱するも、長期的にはアメリカからの自立を促すトランプ政権の方が、日本や日本人にとって良薬である、ということだ。この理論はほうぼう、私が自著『草食系のための対米自立論』をはじめ、繰り返しテレビやラジオ媒体等でも開陳してきたものである。 ところが、それはあくまで「もしトランプ政権が誕生したら」という、可能性の乏しい机上の空論を基にした「思考実験」の類であって、実際にトランプ政権が誕生するという可能性については、十中八九ないであろう、という立場をとっていた。この理由は、内外の大方の政治予想と同じである。 日本のリベラルは(いやアメリカ国内や他の先進国のそれも)、トランプのヘイト的な言説ばかりを取り上げて禁忌し、白人労働階級の怒りを軽視していた。結局は、知性が勝利すると思い込んでいた。それはインテリの大きな奢りであり、また大きな間違いであった。アメリカの白人層、とくにラスト・ベルト(五大湖の周辺とその南東部一帯の旧製造業地帯=ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン、オハイオなど=で、民主党の強力な地盤だったが、今回軒並みトランプが勝利した)に住む人々、そしてその中でもさらに片田舎(デトロイトやクリーブランドのさらに奥のほう)は私たちが想像するより、もっとずっと病んでいたのである。 言い訳するわけではないが日本人にラスト・ベルトの実態がわかるはずがない。日本の観光客やビジネスマンが行くのは、せいぜい西海岸と東海岸、そしてディズニーのあるフロリダとハワイとグアム・サイパンくらいのものだ。そして、前提として日本の製造業はラスト・ベルトほど崩壊していない(むしろ、会社によっては結構調子が良い)。 他方、日本の親米保守(主流派)は、トランプ政権が誕生して日米同盟が棄損されること「のみ」を恐れ、「ヒラリー幻想」ともいうべき願望(通常、日本の親米保守は親共和党だが、今回ばかりはトランプよりもましという理由でヒラリー支持に回った>詳細は拙記事参考のこと)に縋りついたのである。この「ヒラリー幻想」については、米大統領選挙直前でも、一部の保守派から提示されてたが、大きな流れにはならなかった。すでに高騰する防衛関係銘柄「防衛予算増」「自主防衛」を見越し、すでに高騰する防衛関係銘柄 日経平均は、今次選挙の愁眉のところであったフロリダ州(選挙人29名)をヒラリーが失陥するのが濃厚となったところから急落し、一時1000円(11月9日)近くも落とした。これは当然トランプ政権誕生による強烈な保護主義による日本輸出産業の打撃、トランプ政権誕生による先の見えない不安定要素を織り込んだものとして、多少恐慌の感はあるものの、道理である。米大統領選の動向が注目される中、乱高下し下げ幅が一時1000円を超えた日経平均株価を示すモニター=9日午後、東京・東新橋 しかしと同時に賢明な投資家は、すでに鋭敏にトランプ政権誕生を念頭に入れ、トランプ政権による日米同盟空文化による在日米軍のさらなる縮小や撤退の方針に備え、防衛に関係する銘柄を買いあさっている。つまり日本が強制的に自主防衛せざるを得ないことを直感的に感じ取っているのだ。 この大荒れの相場の中でも、東京計器 (7721)、石川製作所 (6208)、豊和工業 (6203)のみは、値上がり銘柄のTOPに躍り出ている。いずれも防衛・軍事関係産業で、トランプ政権誕生による日米同盟弱体化により、是が非でも日本が防衛予算を増やさざるを得ない近未来を織り込んでいるとみて間違いなかろう。戦後日本の終わり トランプにより強制的に「戦後レジーム」終了 戦後日本は、吉田ドクトリンを忠実に守ってきた。それは「親米」・「軽武装」・「経済重視」の三点セットである。むろん、自民党の中の派閥によりこの度合いに幅はあるが、基本的には現在の安倍政権も、この流れから大きく逸脱することはなかった。しかし、公然と「日本から米軍を撤退する」等と宣言してはばからないトランプが大統領になると、この吉田ドクトリンの前提たる「親米」の部分が、向こう側から拒否されているのだから成立しなくなる。 そして「アメリカとの蜜月」を前提としたアメリカからの庇護を前提とした、「軽武装」路線も当然成立しなくなる。「憲法を改正して吉田ドクトリンを破棄する」ことがある種の「戦後レジームからの脱却」なのだと保守派・改憲派はこれまで叫んできた。 すると、「戦後レジームからの脱却」とは、日本側の努力ではなく、唐突に、トランプによって成就することになる。こうなるともっとも狼狽するのは、ヒラリー政権誕生によって「日米蜜月」が、まがいなりにも続くと考えてきた政権与党や、親米保守(保守主流)である。彼らは今、衝撃を通り越して恐慌しているだろう。 トランプ政権誕生によって、戦後日本がひっくりかえる。いやもうひっくりかえってしまった。アメリカの同盟国、つまり韓国やオーストラリアも同様であろうが、とりわけアメリカに庇護を求める傾向にあった日本ほど、トランプ政権誕生による衝撃の度合いは大きい国はないであろう。進む憲法改正気運進む憲法改正気運 しかし、トランプ政権誕生による「アメリカの庇護の終わり」は、元来保守派が夢想してきた対米自立、自主独立、憲法改正の機運を、たちまち高めることになるのは自明である。これは日本にとって大きなチャンスと捉えることができる。「日本はアメリカの属国だ」などと様々な方向から揶揄され、自嘲気味に日本人はそう自らを呼称してきた。そして戦後70年以上、この国の保守派・右派は、常に日本側からの努力によって「その属国の鎖」を断ち切ることを夢想していた。 が、その「属国の鎖」は、日本側からの努力ではなく、アメリカ側からの唐突の終焉によって断ち切られるだろう。「とりあえず日米同盟を強化し、漸次的にわが方の自主的防衛力を高めていく」などと悠長なことを、親米保守の多くは思っていた。だが、そんな夢想はもう通用しない。 日本は、対中(対北朝鮮)抑止力を自前で(どの程度を自前で用意するのかは不明だが)早急に準備し、政治も外交もアメリカに頼ったり、アメリカの庇護を求めることなく、自分の意志で決めることを強いられる時代に突入するのだ。繰り返すように、これは困難な道だが、しかし長期的には日本や日本人にとって乗り越えるべき試練なのである。 当然、トランプ政権が誕生しても、現実的には議会や共和党穏健派との協力は不可欠なので、これまでの言動が軟化する可能性は十分にある。だが、明らかに大きな方向として、トランプ政権下、アメリカは日本への関与を減らすだろう。「中国が攻めてきたから助けてほしい?知ったことじゃない。自分の国は自分で守れよ」と、トランプならそう一蹴してはばからないだろう。 もう北朝鮮のミサイル発射にも、中国の海洋進出にも、あらゆる外交課題について日本はアメリカに頼ることはできない、と考えて臨むよりほかない。日本の後ろにもうアメリカは無いのだと覚悟するよりない。もう与野党で馬鹿な議論、誹謗合戦をしている暇はない。日米同盟を経済的な損得で考えることも難しくなった。挙国一致でアメリカを頼らない「自主防衛」の構築を、たとえ防衛費の負担が多かろうと、急がなければならない。 しかしこれは、当たり前のことなのだ。自分の国のことを他国に憚らず自分で決め、自分で守るのは、トランプ(大統領)に言われることなく、自明の理屈なのである。 アメリカに頼って、アメリカに守られながら生きる日本の時代、つまり「戦後」は、2016年11月9日のきょう、終わったのである。(2016年11月9日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    ネットメディアは今も紙より「格下」のままなのか

    古谷経衡(著述家) ネット記事より紙媒体記事のほうが一等上である、というのはちょっと前なら当たり前の感覚であった。ネット媒体よりも、紙に載っているほうが高級感があったし、書き手としても紙のほうがなんとなく格が上のような気がしていた。第一、ネット媒体は不正確極まりない。校正は適当だし、校閲はあって無きがごとしではないか。最近でも、NHKの報道したわずか7分程度の特集を検証しないまま、ネットのデマを鵜呑みにした記事が出回って運営元が謝罪・訂正に追い込まれたり、某局の元アナウンサーが書いたブログをRSSを使って自動転載していたために、これが大問題を引き起こしたりと、いわゆるネットメディアの杜撰さが指摘されて久しいのである。このような「ネットの体たらく」が明るみになればなるほど「紙」は相対的に価値が上がり、珍重されていくわけだが、そう手放しで紙礼賛ばかりしてはいられないのである。 書店やコンビニに行くと「えっ、なんなんだこの本は…」とギョッとするような「紙」が平然と出回っている。しかも平積みである。やたらとQ数(文字の大きさ)がでかく、天地の余白を大きくとって、少ない文字数でページを稼いでいる本。スッカスカのからっからで「本」と名乗っているのだから片腹痛い。 そればかりか内容的にもギョッとなるような本が多い。ネット番組や動画で喋ったものを纏めただけの本や、あるいは今どき並の大学一年生でも信用しないようなトンデモ・陰謀論の類が繁茂している。あろうことか、言論人を名乗っているのにも関わらず、あからさまにテープ起こしに頼った本。評論と見せかけて全部対談で埋めている本。そもそもの事実が違っている本。装丁や帯だけはやたらと気合が入っているがその主張は素人水準未満の本…。これならコミケにでている自家製本の同人誌のほうがよほど良いのではないか。「紙」がネットよりも一等格が上、と思い込んでいるばかりに、このような紙媒体の質の低下は余計に目立つのである。「ネットよりも紙」は過去のもの?「ネットより紙」は過去のもの? 出版(紙)市場がもっとも拡大した90年代中盤、一年間における書籍の刊行点数は約6万点であったが、その後、市場が縮小傾向にもかかわらず現在の書籍刊行点数はぐっと増え、年間8万点を超えるとされている。単純計算でおよそ1.3~1.4倍に増加している。一方、出版社数は同最盛期には約4500社を数えたが、現在では淘汰され約3500社程度とされる。つまり出版社1社あたりが刊行する「紙」の量が激増しているのである。書籍市場が漸減を続ける中、編集者の数が変わらないとすれば、明らかに20年前のピーク時よりも、編集者一人が担当する紙の量は多くなっている。短納期・粗製乱造が横行し、質の低下はもちろん、誤字・脱字のミスおよび事実関係の確認不徹底が頻発するのはこのような原因があろう。 このように考えると、あながちネットよりも紙のほうが一等上である、というのはすでに過去のものになりつつあるのかもしれない。すでに新聞紙面では、紙幅の都合上紙で載せられない内容をデジタル版で増補するなど、積極的なネット活用に転じている。質の低下や「事故」が相次ぐネットメディアでも、一部を除いて編集体制が確立されている媒体では、執筆者の選定の段階から慎重さを以って運用し、質低下の問題はそこまで見られない。媒体が何であれ、短納期・粗製乱造を行えば、ネットも紙も同じように腐敗・劣化が進行していくのは世の理。紙とネットどちらが上か下かという問題よりも、良質のコンテンツを世に問う矜持と体制さえととのっていれば、もはやその両者に優劣のない時代がやってきているのであろう。  とはいえ、最近のネットメディアの体たらくにはやはり辟易とする。「タレントの〇〇がテレビで××といった」「女優の〇〇がブログで▽▽と書いた」。こういう内容が平気で「ネットニュース」と呼ばれて出回っている。それは単にテレビやブログの内容をまとめたもの、あるいは「書き起こし」であって、到底ニュースとは呼ばない。一時期、覚醒剤事案で逮捕され、入院していた某有名野球選手が病院前に詰め掛けた報道陣に振る舞った弁当のオカズの内容が記事になっていて、脳が破裂しそうになった。何でもかんでもネットに文字をばら撒けば良いという風潮には反対である。そしてその風潮は、紙幅の関係で上限がある紙よりも、実質的に上限がないがゆえにどんな内容でも「ぶっ込」めるネットメディアの方がより顕著である。供給量無視で膨張するネット供給量無視で膨張するネット 大量生産・粗製乱造は必ず事故を生む。ネットの普及とスマホの皆普及によって読み手の人口は増加したが、さりとて書き手の絶対数が増加したわけではないし、技量のある書き手がどんどん輩出されているわけではない。先の大戦でベテランパイロットは常に少数であり、またそのベテランの育成には長い時間と投資が必要であった。当然これは現代でも同じだが、事ほどさように読み手の拡大と書き手の熟練は比例していない。供給量には限りがあるのであり、この供給量を無視してどこまでも拡大していこうとする膨張路線が、ときおり「炎上」といったネットメディアやネットメディアに転載されるブログの中から頻出する。 ときおり煽情的で興味をそそられるタイトルの記事があっても「続きは有料会員のみ…」などとやりだすと、途端に幻滅する。たいていの場合、この手の記事は竜頭蛇尾であり、有料会員誘導のための集客第一となり、やがて記事を書く目的がオピニオンや表現ではなく、会員獲得そのものとなって目的と手段が逆転していく。ネットメディアをカネにすることは至難の業であるが、最初っからカネありきのこうした記事群も、短納期・粗製乱造の一因であろう。なぜなら煽情的でヴィヴィットな記事を提供し続けない限り、獲得した有料会員を維持できないからだ。供給量を絞れば少しは改善されようが、なまじネットは見かけ上の供給量に上限がないからこのように血眼になる。 結句のところ、紙もネットも甲乙つけがたいが、この両者に言いたいことは次の一言である。「毎日毎日、そんなに読めないよ!」。

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    沖縄県民大会にみる「健全なナショナリズム」のカタチ

    古谷経衡(評論家/著述家)6月19日県民大会のパノラマ風景(筆者撮影) 6月19日に沖縄県那覇市で開催された「オール沖縄」主催による県民大会(正式名称『元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会』)に本土から参加した。 6月23日の沖縄慰霊の日(第32軍司令部玉砕)を前に、例年より早く梅雨が明けた沖縄は、炎天下の酷暑だった。参加者の中には、熱中症で救急搬送される高齢者もいた。それをしてでもなお、6万以上の県民が詰めかけたのである。 5月、元海兵隊員で米軍属ののシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者による同県うるま市での女性強姦殺害・死体遺棄事件を受けて行われた今回の県民大会は、一向にやまない米軍や米軍属による犯罪、そして対米批判を躊躇する日本政府への県民の怒りが爆発したものだ。ほとんどの参加者が地元民~イデオロギーを持ち込まず、持ち込ませず~いわゆる「革新の動員」は少数ながら存在したものの、マイノリティであった(筆者撮影) 主催者発表で6万5千人となった今回の大会は、1995年の米兵3名による少女暴行事件を受けての県民総決起大会(参加人数8万5千)、2012年のオスプレイ配備反対集会(同10万人)に匹敵する規模となった。会場となった奥武山公園陸上競技場は、那覇市中心部からほど近い。 当初、「3万~5万人来れば成功」(オール沖縄幹部)との目算は、実際には大きく上方修正された。会場の外にも溢れんばかりの参加者の姿があった。6万5千の数字は誇張などではなく実数であることは間違いはない。 午後2時の開演を1時間前に控え、昼過ぎから続々と奥武山公園を目指す市民の姿があった。このような光景は、必ず日本本土の保守派、ネット保守から「本土からの左翼・革新勢力の組織動員」であると揶揄され続けてきた。 確かに、堂々と「中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)」のタスキをつけた中年男性が同団体の機関紙『前進』を配り、同じく「革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)」の機関紙『解放』を配布する者の姿もあった(ただし、それぞれ1名)。 私は革新・左派が中心とする決起集会を少なくない数、見学してきたが、例えば「○○県教委」「○○労組」等のむしろ旗が所狭しと翻る光景は日常である。そのような人々が、19日の県民大会に存在しなかったのかといえば、嘘になる。 しかし、彼らは著しく高齢化し、その資金力・動員力は時を経るごとに衰微している。首都圏ならいざ知らず、長躯本土から沖縄まで大量動員することができるほどの力は、すでに彼らにはない。 この大会を、「左翼、革新のイベント」であると喝破するのは、お門違いもよいところで、それは単なる反左翼、革新揶揄のイデオロギーに過ぎない。そういう人間は、現地を見ていない。怒りに左右なし怒りに左右なし 6月19日の県民大会参加のほとんどが地元民であった証左は、同公園併設の大型駐車場に所狭しと並んだ「わ」ナンバーではない、沖縄ナンバーの乗用車の存在である。そして大会最後に海瀬頭豊氏作詞・作曲による『月桃』が、参加者の大合唱で終わったことである。『月桃』は本土ではなじみが薄いが、沖縄では6月23日の慰霊の日にちなんで、学童その他多くの人々に親しまれている平和の祈りの歌である。 恥かしながら、私は『月桃』をこの時初めて、全編を聞いた。素晴らしい曲だと思ったが、慣れていないので斉唱できなかった。しかし私の周りの人々は、みな「六月二十三日待たず 月桃の花 散りました」と歌っていた。月桃の花は沖縄地方土着の白色花である。これは地元の人々による集会なのだと痛感した。 そしてこの県民大会には、イデオロギーは本来関係がない。うら若き女性が、米軍属に殺害されたことに対する怒りに、左翼も右翼もないのである。主催者はイデオロギーの発露に極端に気を遣っていた。少ないとはいえ、「本土から来た革新系活動家」のかかげるむしろ旗を、何度も降ろすようにとアナウンスがあった。殊勝なことに、彼らはそれに従った。追悼の場にイデオロギーを持ち込むな、というのである。この姿勢は終始、大会中、徹底されていた。 「オール沖縄」は、単なる左翼や革新による団体、集会などではない。 この手の集会につきものの、「アベ政治を許さない」の横断幕も物販も無かった。主催者はできるだけ喪に服すようにと、黒い服の着用を事前にアナウンスしていた。流石にそれを忠実に守る人は少なかったが、本当に喪服でやってこられた在沖のご婦人の姿を何度も見かけた。彼女らにイデオロギーは存在しない。怒りは、左右を超克する。筆者撮影(6/19)本来右派、保守派が参加するべき県民集会本来右派、保守派が参加するべき県民集会 私はこの県民大会に、右派、保守の立場として参加した。かけがえのない日本人同胞が外国軍属の手にかかるなど、民族的義侠心に火が付くのが自然のはずである。本来、この手の事件に最も憤怒するのは愛国者、タカ派、保守派でないか。しかし、この県民大会には表向きには保守系の人々の出足は鈍かった。県議会で中間派とみられる公明党も公の参加を見送っている。 日ごろから「日本人の誇り」「日本人の尊厳」を声高に主張する右派、保守派は、こと沖縄の米軍問題になるとそのトーンを数段弱くするばかりか、攻守逆転し「むしろ沖縄が悪い」と沖縄を日米同盟の障壁であるかのごとくふるまう言説が目立つ。 このような主に本土の「親米保守」の倒錯した理屈を目の当たりにし、「アメリカ・日本(本土)VS沖縄」という構図が出来上がるのは、悲しいかな仕方がない側面もある。本来「アメリカVS日本=沖縄」であるはずが、本土の「親米保守」が沖縄の怒りを代弁しないどころか、沖縄を敵視する姿勢こそが、沖縄の怒りにますます火をつけている。 「オール沖縄会議」共同代表の一人、玉城愛さん(21歳)に、大会閉会直後に話を聞くことができた。「私は、右派・保守の立場としてこの大会に参加したのですが、本来、右翼がもっとも怒らなければならないのに、それがまったく弱いのはなぜでしょう」という私の質問に対して、玉城さんは明瞭な答えを出さなかったが、「はい、本土の保守派が、アメリカの旗を振って、あれは、どうも…」と返して言葉に詰まった。「…」の部分は、「情けない」とも「醜い」とも解釈できよう。「私は反米ではない」「私は反米ではない」黙とうをささげる人々(パノラマ左)黙とうをささげる人々(パノラマ右) 私は続けて、玉城さんに質問をした。「今回のこの大会は、反米ナショナリズムの発露と解釈してよろしいか」と。玉城さんは、即座に「私は反米ではない」と返した。「アメリカ人の知人もいるし、周りにはアメリカへ留学した友人もいる。ただ分かって欲しい、沖縄が怒っているということを」。この言葉は重い。玉城さんに「私は反米ではない」と言われて、確かに私も感じる心があった。 私も正確には、明瞭な反米主義者ではない。アメリカ文化、アメリカの合理主義に見習うべき点はあまりにも多い。アメリカ文化の洗練性と彼らの親しみやすい性格には大きな好感を持つ。しかし、それ以上に私をいらだたせるのは、どんな国に対してであれ、不道理にはNOと言い、非道には激憤する、そのある種動物的な「怒り」の感情を忘れた卑小な日本人に対する苛立ちである。 同胞を強姦され殺され、その遺体を雑木林に埋められても、へらへらと笑いながら星条旗を振り回す、その同じ日本人の卑小さへの怒りが、玉城さんからは感じられた。そしてそれは、県民大会全体を包み込むある種の空気観であった。 「オール沖縄会議」の共同代表らは、登壇上で口々に「沖縄はまるでアメリカの植民地…」と言った。米軍基地が過度に集中する沖縄を「植民地」に例えるのは、悪く言えば陳腐化した表現だ。しかし、沖縄は本当にアメリカの植民地なのだろうか。アメリカ軍、軍属の不法に、素直に怒りのこぶしを上げる彼ら沖縄県人は、少なくとも精神の意味において植民地の奴隷人ではない。 真の植民地人とは、米軍基地や在日米軍から最も遠い、安全で快適な本土の、東京や神奈川の閑静な住宅街の自室で、稚拙なネット動画や「親米保守」言論人の言い分に寄生し、怒りの感情を忘れただヘラヘラと笑いながら星条旗を振りかざす本土の日本人ではないのか。彼らこそが真の意味での「植民地」に住まう人々なのではないか。隷属、という言葉は、彼ら本土の「親米保守」にこそふさわしい形容である。 排外でも、差別でもない。アメリカ人を全部叩き出せと言っているわけではない。ただただ不条理に対する怒りとNOの表明は、「健全なナショナリズム」の発露であると感じた。6月23日からの戦後6月23日からの戦後嘉数高台公園に残る日本軍の壕(宜野湾市) 午後3時半に県民大会が終わると、雲の子を散らすように6万の参加者は自宅に戻っていった。閉会1時間と経たぬうちに奥武山公園は平時に戻った。「右翼」の抗議や襲撃を警戒したのか、会場周辺に配置された沖縄県警の巡査たちも、出番らしい出番はなかったようだ。 那覇にはめぼしい米軍基地はない。那覇の街を歩くと、「まるでアメリカの植民地…」と「オール沖縄」が自虐する沖縄の被差別、被支配の構造は見えにくい。外出禁止令発令中の那覇の街では、昼も夜も米兵の姿は一人も見えなかった。そして少なくとも那覇は、本土の並みの地方都市よりはるかに発展しているし、嘉手納や普天間といった主要な米軍基地とも地理的に遠い。県内でも在沖米軍に対する感情には温度差があることは間違いはない。 海兵隊の全面撤退と、基地撤去を求めながら、「私は反米ではない」と言い放った玉城さんの言葉を胸に、私は沖縄県宜野湾市にある嘉数高台公園へと向かった。この嘉数は、沖縄戦で首里に総司令部を置いた第32軍隷下の第62師団等が、本島南部に侵攻する米軍に対し、地形を生かして肉弾戦法を挑み、米軍に大損害を与えた数少ない激戦地のひとつである。 現在の嘉数は、往時の激戦の爪痕は若干のトーチカ、銃弾跡と、この地を守備した京都府出身兵の御霊を顕彰する「京都の塔」などがわずかに建立するだけで、周辺は閑静な住宅地に様変わりしている。地元の子供たちが虫取り網を持ち、蝉取りに興じている。碑文がなければ、ここが激戦地であったことなど分かりようもない。嘉数高地から望む普天間基地(筆者撮影) 嘉数高台公園の中央部にある展望台に上った。ここからは、米軍普天間基地が一望できる。滑走路の脇には数十機のオスプレイが駐機しているのが遠目でも見えた。嘉数で戦傷した日本軍将兵6万名以上。私には、戦死した日本軍将兵が普天間米軍基地を睨み付けているような気さえした。 沖縄の戦後は、8月15日ではなく、6月23日から始まる。(2016年6月21日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    ネット右翼と融合する政治家、片山さつきの「参戦」は問題ないのか

    古谷経衡(評論家/著述家) NHKが2016年8月18日に「ニュース7」の中で報じた「貧困女子高生」報道にネットが炎上中だ。この報道を要約すると、母子家庭の女子高生が、低所得のため専門学校への進学費用である約50万円を捻出できず進学をあきらめてしまったこと、その他に家にクーラーがない、パソコンがない、という窮状を扱ったもの。 わずか6分少々の特集ではあったが、ラストでは被写体となった女子高生が、横浜市のシンポジウムで「子供の貧困の実態」を訴えるという内容で終わる。これに対し、またぞろネットユーザーが「本当は(この女子高生は)貧困ではないのではないか」と疑いを持ち、SNS等で「本人特定」を開始。 やれアニメのグッズを買った、高い画材を買った、高いランチを食った、映画に行った、DVDやゲーム機を持っている、などと私生活の消費動態を徹底的に調べ上げ、「NHKの捏造だ!」と大騒ぎしている。参議院本会議を終え議場を後にする片山さつき議員=2016年6月1日、国会 特集の中でも、くだんの女子高生の家にクーラーがなく、パソコンがないという状況から、この女子高生の家庭の貧困度合いは明らかであるし、この女子高生の姉がこの報道内容が事実であると語っている。にも拘らず、一部のネットユーザーは過去のSNSを掘り下げ「豪遊だ」「捏造だ」と決めつけている。 一般的に低所得者は、高価な消費財を買うのが難しいので、小さな消費行動をため込み、消費のフラストレーションを小出しに開放する。すると部屋にモノが溢れるが、パソコンや車、土地や住宅といった高価な耐久消費財や不動産は持っていない。よって、くだんの女子高生の部屋がアニメグッズや小物で溢れているのは、なんら不自然ではない。 そして若年層の貧困は、現に存在する。ネットユーザーによる「炎上」はこの本質を無視し、ひたすらNHKの些末な荒さがしに終始する「反NHK」的イデオロギーに基づいていると言えよう。「本人特定」はネットのお家芸 こうした、疑惑の市井の人物に関しての「本人特定」は、なにも今回が初めてではない。ファイル共有ソフトに感染したパソコンから私的な画像がネットに流失したことで、大手メーカーに勤める写真の所有者が特定される騒動(いわゆる「ケツ毛バーガー事件」2006年)、札幌市の衣料品量販店の店員を強制的に土下座させ、その模様をツイッターにアップロードしていた女を特定する騒動(「しまむら店員土下座強要事件」2013年、女は逮捕された)、大手コンビニ店に勤務するアルバイトの男性が同店舗内に設置されたアイス用冷蔵庫に闖入している模様をSNSでアップロードしたところ、本人の特定に至り店舗が休業になった騒動(いわゆる「ローソン店員アイス事件」2013年)など、枚挙に暇がない。 今回の「貧困女子高生」に対する個人のSNS特定も、決して褒められたものではないが、ある種のネットユーザーの歪んだ義侠心ゆえの追求の一例として、ある種ネットユーザーの「お家芸」の延長であり、特段驚くにはあたらないといえる。 しかし、今回の炎上騒動が、他と決定的に異なるのは、ここに自民党の参議議員という、歴とした国会議員が介入してきたことだ。片山さつき議員による介入片山さつき議員による介入 自民党参議院議員の片山さつき氏は、このネット上の騒動をツイッターで知ったとして、 拝見した限り自宅の暮らし向きはつましい御様子ではありましたが、チケットやグッズ、ランチ節約すれば中古のパソコンは十分買えるでしょうからあれっと思い方も当然いらっしゃるでしょう。出典:片山さつきツイッター(2016年8月20日) とネットの騒動に便乗した「本当は貧困ではないのではないか」という趣旨の投稿を開始する。この片山議員が参照したツイッター情報とは、『痛い2ちゃんねるニュース』という、2ちゃんねるユーザーの書き込みをまとめた「まとめサイト」に依拠している。片山議員はこれを見て、 追加の情報とご意見多数頂きましたので、週明けにNHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせて頂きます!出典:片山さつきツイッター(2016年8月20日) などと血気盛んである。これまでの本人特定は、2ちゃんねるやその他のユーザーが盛り上がるだけで、政治家がこういった問題に関与することはなかった。なぜこういった2ちゃんねるの「本人特定」騒動に政治家が関与しなかったのか。第一に根拠があいまいであること、そして第二に、ネットによって「本人特定」された当人が、無名の市井の人であった、という点である。 片山議員は、2012年にも、お笑い芸人の河本準一氏の母親が生活保護を不正受給しているとの疑惑がもたれた際に、河本氏を徹底的に糾弾する急先鋒の一人となり、2012年7月に新宿で開かれた「片山さつき頑張れデモ行進」にも参加した来歴がある。 これは、くだんの河本氏への批判を行った片山議員が、メディアで批判を受けていることについて、在特会(在日特権を許さない市民の会)の支持者など、「行動する保守」を標榜する人々が主体になって行われたデモで、約180人が参加したものだった。このとき片山は、このデモを「日本版ティーパーティー運動が始まった。皆さんは本当に素晴らしい愛国者」など絶賛している。 しかし、河本氏はメディアへの露出も多く、私人とはいえ著名人であり、その親族の不正受給疑惑を糾弾することには、最低限の蓋然性があったともいえる。だが、今回の「貧困女子高生」に関する片山議員の介入は、その対象者が芸能人でも著名人でもない、市井の無名の10代の女子高生であり、「NHKの捏造!」というネットユーザーの滾る声を全面に受け、ネットの「まとめサイト」を批判的に検証することもなく、国会議員が「NHKに説明を求める」などと公言するという事態は、前代未聞の珍事である。 そしてその「説明を求める」の根拠が、「まとめサイト」というところが拙速に過ぎる。今回の「貧困女子高生」騒動は、ネットユーザーの中でも右派、保守系と目されるネット右翼(ネット保守とも)が中心となっていることは疑いようもない。一部のネット右翼によるネット上に限局した(根拠もあやふやな)騒動を、公僕たる国会議員が問題視し、NHKに説明を求める、ということ自体、極めて異様な光景だ。ここまでくると、片山議員自体がある種のネット右翼と融合しているのではないか、と見做されても致し方ないであろう。「反NHK」はネット右翼の精神的支柱「反NHK」はネット右翼の精神的支柱 NHKへのネット右翼の本格的憎悪は、2009年に始まる。同年4月にNHKが放送した「ジャパンデビュー・アジアの一等国」の放送内容について、その内容が日本の台湾統治を悪玉であると決めつけ、取材対象となった台湾少数民族を「人間動物園」などと誹謗したなどとして、「NHKの偏向報道」と銘打ち、右派系の独立放送局「日本文化チャンネル桜」が中心となって、ネット上で原告を集め、集団提訴に及んだのが端緒である(いわゆる「1万人訴訟」)。 この裁判は、2012年の第一審(東京地裁)で原告・チャンネル桜側が敗訴。しかし翌2013年の控訴審(東京高裁)で原告・チャンネル桜が逆転勝訴し、高裁はNHK側に賠償請求を命じた。NHK側は上告し、2016年1月、上告審(最高裁判所)により、原告・チャンネル桜の主張が全面的に棄却され、原告敗訴が確定した。このときの裁判所の判決には「(NHKは)日本による台湾統治の際に人種差別的な扱いがあったと番組の中で批判的に論評しているのであって、台湾少数民族に対する名誉を棄損することには到底あたらない」などとしている。 しかしこの判決以後、ネット右翼層にとって、NHKは唾棄すべき巨悪の対象になった。今回の騒動も、ネットユーザーの中でも右派的、保守的と目されるネット右翼層が主導して火付け役の機能を果たしている。片山議員もこうしたネット右翼の潮流をトレースしていることは明らかである。やはり、ある種のネット右翼と融合しているのではないか、と見做されても致し方ない。片山議員の行為は問題ではないのか片山議員の行為は問題ではないのか 繰り返すように、私はNHKの報道内容の真偽を検証する、というある種のネットユーザーによる義侠心を否定するつもりはない。前述したように、「本人特定」はネットのお家芸だからだ。しかし、その対象が私人である以上、公僕たる国会議員が、市井の日本人に対するネット右翼層の糾弾の騒擾に便乗するのは、果たして国会議員の本務なのだろうか。  NHKの番組内容を批判的に検証することは、NHKウォッチャーやメディア・ウォッチ・ライターの役割であり、国会議員の役割ではない。百歩譲って公共放送の疑義を追及する大義ありとしても、その根拠が2ちゃんねるの「まとめサイト」というところに、知的な怠惰を感じる。しかも、番組で取り上げられた「貧困女子高生」の貧困度合いは、番組に取り上げられた範囲でも明らかに問題として提起するだけの蓋然性がある。この辺の精査も、片山氏のソースは「まとめサイト」なのだから根拠が無い。たまたま自らのツイッターのタイムラインでながれてきた「まとめサイト」の内容を読んで、紛糾しているという印象しか持ちえない。 舛添前都知事は公費で「クレヨンしんちゃん」を購入したとして問題視されたが、「まとめサイト」やある種のネット右翼ユーザーの吹き上がりを根拠とし、無名の10代の私人たる女子高生に関する疑惑をNHKに公に説明求める姿勢、という片山議員の公僕らしからぬ姿勢そのものの方が、より問題であると思うのは私だけだろうか。(2016年8月23日 Yahoo!ニュース個人 「だれ日。」より転載)

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    『シン・ゴジラ』が浮き彫りにしたニッポン停滞のメッセージ

    経過しているので、優れた『シン・ゴジラ』論が続々と発表されている。iRONNAでもおなじみの評論家の古谷経衡氏はテレビ番組「モーニング CROSS」やTwitterなどで『シン・ゴジラ』の素晴らしさをまさに言葉を尽くして伝え、また庵野映画の系譜の中で『シン・ゴジラ』の特徴をおさえながら絶賛した。 『シン・ゴジラ』を傑作とする評論家の宇野常寛氏は、その必読のインタビューの中で、以下のように優れたいくつもの発言を残している(「評論家・宇野常寛氏が語る『シン・ゴジラ』-この映画は99%の絶望と、1%の愛でできている」)。 そして明らかにこの映画は「3.11の原発事故が東京を直撃していれば、日本はちゃんとスクラップ&ビルドできたのかもしれない」という強烈な風刺が根底にあると思います。そのあり得たかもしれない現実を描くっていうフィクションの力というのを最大限に引き出す存在が今回のゴジラですよね。みんな忘れているけど、怪獣ってもともとはそのために生まれてきたものなんです。庵野映画に現れる「スクラップ&ビルド」というメッセージ この「スクラップ&ビルド」という言葉は、劇中で主要人物のひとりが、ゴジラをとりあえず防衛した後に語った言葉である。歴史の中で日本は「スクラップ&ビルド」のたびにのし上がってきた、と。この「スクラップ&ビルド」的なメッセージは、庵野映画にしばしば現れる中心的なものである。『シン・ゴジラ』の総監督・脚本を務めた庵野秀明監督 例えばその典型が、従前の代表作『新世紀エヴァンゲリオン』である。この映画の背景となる社会は非常に奇妙なあり方をしている。いわば想定外の災害さえも内部に取り込むことが可能な、「超防災社会」としての姿を見せているのである。ファーストインパクトによって人類の半分が絶滅した後の社会であるにもかかわらず、劇中で描かれた社会は巨大土木工事と都市自体を兵器化するという備えによって、きわめて安定的な世界になっている。交通網や社会的インフラは完備し、また食料の供給も滞りない(登場人物たちは気軽にコンビニで買い物ができる等)。それだけではない。「使徒」の度重なる攻撃にもかなりの程度耐え、まるでその退治の後には何事もないかのように日常が送られる。例えば、学校の教育など戦地真っ只中で平常通りに行われる。つまり、大規模災害をある程度包摂し、そこできわめて効率的な社会運営が行われているのである。しかも今日の我々が直面している資本主義経済的なものとして。まさにエヴァの中で描かれているのは、日常的な「スクラップ&ビルド」社会である。 社会や経済が厳しい環境に落ち込むことで、かえって以前よりも効率性をまし、潜在的可能性を発揮すると考える思想を、経済学では「清算主義」といっている。例えば景気が悪化することによって、非効率的な企業や能力のない人員が整理されて、それがかえって経済全体を以前よりも押し上げるという思想だ。不景気が深ければ深いだけ、それに耐える優良な企業や労働者が残ると考えるわけである。この清算主義は、最近では別名「緊縮主義」ともいわれている。不景気であっても安易に拡張・緩和的な経済政策を行うべきではなく、むしろ安易に政府が救済してしまうと、経済はダメなままになってしまうと考えるのである。「不況を極限まですすめる」。これが清算主義=緊縮主義のメインテーマである。 このような清算主義、緊縮主義が猛威を振るったのが、戦前では1920年代から30年代にかけての大恐慌時代であった。また最近でもリーマンショック以降の「大停滞」の時代に、同様の思想が様々な形で主張されている。さすがに「不況を極限まですすめよ」と声高に言う政策当事者たちはいないが、それでも経済が危機的状態からそれほど回復していないのに、「財政再建」などを名目にして増税に走るという態度は、この清算主義や緊縮主義の立場と基本は同じである。 エヴァシリーズにも今回の『シン・ゴジラ』にもこのような清算主義的思考が顕著である。『シン・ゴジラ』では、ゴジラのはじめの襲撃後に、円安・株安・国債暴落などが語られるシーンがある。また失業の増加、避難生活を送る人々の苦境にも簡単に触れられている。これらの諸現象の背景には、「スクラップ&ビルド」=清算主義的メッセージが横たわっている。現在の苦境は、明日の成長のための養分なのである。『シン・ゴジラ』に通じる村上龍の世界観 このような『シン・ゴジラ』の清算主義的メッセージの由来はどこにあるだろうか。もちろんそれは脚本も担当した庵野総監督の思想の由来を尋ねることになるだろう。この点について、『シン・ゴジラ』の映画的由来を解説した先ほどの古谷氏や宇野氏の発言も重要である。またライターの飯田一史氏の論説「村上龍最良の後継者であり震災後文学の最高傑作としての『シン・ゴジラ』」は、村上龍氏の作品からの影響関係で、庵野氏の思想世界を解明していることで注目できる。庵野氏は村上龍の小説『ラブ&ポップ』を実写映画化したり、エヴァの登場人物に村上龍氏の作品から名前を借用してもいる。両者の影響関係はそれだけではないことを、飯田論説は詳細に解明している。 実は村上龍氏の作品世界もまたこの「スクラップ&ビルド」=清算主義的メッセージが中心である。いまから10年以上前に、筆者は村上龍氏の清算主義的世界観を総合的に論じたことがある(『最後の「冬ソナ」論』(2005年、太田出版)の第6章)。特に村上氏がこの清算主義的世界観を、彼の主宰するJMM(ジャパン・メール・メディア)などのメディア活動を通じて、いわば日本の「失われた20年」の経験から抽出し、それを強固なビジョンにまで仕立てあげたことはあまり知られていない。 村上氏の「失われた20年」の日本経済とは「異常な低金利が続き、市場から退席すべき衰退企業が延命することになった」(村上龍『ハバナ・モード』)ものであった。そしてマクロ経済政策よりも、優れた企業達の活動に目をむけ、そこでの様々なイノベーションのあり方に注目する、「マクロからミクロへ」という視点が、いまの村上氏の経済社会論における基礎である。それは事実上、マクロ経済の問題=不況などの解決を、企業の活動によるミクロ的な試みで解決すると信奉している、市場中心的な創造破壊の見方だ。このような村上龍的な清算主義は、『シン・ゴジラ』などの庵野作品における「スクラップ&ビルド」=清算主義的メッセージと同類であり、事実上その思想的親であろう。 この「スクラップ&ビルド」=清算主義的メッセージは、単純な論理であり、心情的にも受け入れやすい。だが『シン・ゴジラ』で、ゴジラ以上に中心的な役割を担う政治家や官僚たちが採用してしまえば、人災となって社会に襲い掛かってくるはずだ。だが、実は『シン・ゴジラ』のテーマとは、怪獣という自然災害ではなく、そもそも「人災」の話であるように思われる(詳細はネタばらしになるので控えるが)。その意味ではこの作品における「スクラップ&ビルド」=清算主義的メッセージは複雑な色彩を帯びているともいえる。「シン・ゴジラ」公開直前イベントin大阪に登場した(左から)石原さとみ、長谷川博己とシン・ゴジラ=7月26日、大阪市中央区(撮影・永田直也) もちろん私は『シン・ゴジラ』を「スクラップ&ビルド」=清算主義的メッセージがあるからダメだといっているのではない。むしろこの日本の現状の戯画化として成功したこのドラマが、日本を事実上停滞させてきた清算主義的な思想が根本にあることに、ひとつの深い興味を抱いているだけにすぎない。 ところで筆者は、現時点で三回『シン・ゴジラ』を見ているのだが、石原さとみ氏の魅力は特筆すべきであると思っている。同映画での彼女の役柄への批判は多いが、それは妥当ではない。とりあえず4DX対応の映画館でまた『シン・ゴジラ』を見に行きたいといま熱烈に思っている次第である(「シン・ゴジラを絶対に4DX対応の映画館で見るべき理由は石原さとみ」)。

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    「ポケモンGO」なんぞ生ぬるい!

    古谷経衡(著述家) 1998年に公開された『ピカチュウのなつやすみ』で描かれるポケモンたちが可愛すぎて、当時からハアハアしていたケモナーの私からすれば、スマホでピカチュウとかイーブイを捕獲できるという『ポケモンGO』はまさしく我が意を得たりのゲームであり、すわ『ポケモンGO』ブームと聞いて早速DL(ダウンロード)を試みようと思ったができない。 どうも、私の使っているKDDIのアローズFJL22という機種は、『ポケモンGO』に非対応とある。高い金を払い機種変をしてまでやるつもりもないし、さりとて逡巡していると任天堂の業績には影響限定と報道され、くだんの会社の株価はS安になるわ、7月半ばから2週間と経たないうちに「ブームは下火」の報道。そこへきて『ポケモンGO』狂騒も7月最後の都知事選投開票の話題で消し飛んだ格好。急激なブームを迎えるゲームは、そのブームの終焉もまた急激だ。『たまごっち』をめぐる狂騒、『たまごっち』欲しさから全国で恐喝や窃盗、強盗の犯罪事案が相次いだ先行事例をもうお忘れか。 しかしもはや消え入りつつある『ポケモンGO』だが、普段ゲームなど無頓着な御仁が、したり顔で「人種や国籍を超えて世界に広がるゲームは初めて」などという趣旨で論評しているから胸糞が悪い。「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」は『ポケモンGO』が初めてではないぞよ。当然、『マリオ』シリーズはもとより、アーケードの『ストリートファイター』も1980~90年代当時、人種や国籍を超えて世界に広がった日本産ゲームである。 だがやはり、「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」の金字塔といえば、SLG(シミュレーションゲーム)の類であろう。代表的なものは『シムシティ』。米企業マクシスが1989年に発売したこのゲーム、ゼロから自分の描いた街を創造するSLGの金字塔であり、いまなお後継シリーズが発売され、世界中に山のような愛好家がいる。人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム SLGに共通する特徴だが、ユーザーが自分勝手にMOD(改変データ)を付け加えられる、という点だ。シムシティシリーズでは特に『シムシティ4』でユーザー発のMODが頻繁に交換され、世界中のユーザーが競ってMODを導入した。 例えばドイツのユーザーはドイツ風の古城MODを自作して頒布、日本のユーザーなら「昭和風街並み」「京都風街並み」などのMODを自作頒布するといった具合で、世界共通のコミュニティサイトもできた。まさに「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」こそシムシティである。筆者も、何千年時間プレイしたかわからない(数十万人都市として繁栄した後で、自然災害で街を全部ぶち壊す楽しみも世界共通のようだ)。 さらに「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」でいえば、『シヴィライゼーション』シリーズと、『エイジ オブ エンパイア』シリーズは外せない。前者はターン制ストラテジーゲーム、後者はリアルタイムストラテジーゲームで、プレーヤーが選択する文明の指導者になり切り、戦争や外交で自文明を勝利に導くというもの。独仏米英中露日印韓といった主要文明・国はもとより、イロコイやアラブ、ソンガイ王国など「人種や国籍」のバランスに慎重に配慮したゲームになっている。それがゆえに、「欧米偏重」などという謗りを受けることなく、世界中で「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」として愛され続けている。 この両作も筆者はそれぞれ何千時間プレイしたかは知らないが、特に『エイジ オブ エンパイア』シリーズではリアルタイムの通信対戦が可能なことから、様々な国の廃人ゲーマーと対戦する機会を得た。 すると、同じゲームのユーザーとは不思議なもので、人種も国籍も違うのにある種のコモンセンスが共有されるのである。たとえば「ラッシュ禁止」というユーザールール。ラッシュとは、文明が十分に育っていない段階で敵対ユーザーの根拠地に機動性のある騎兵やそれに随伴した歩兵集団などを侵攻させ、かの地を根こそぎ凌奪する行為であり、これを行うことは著しいゲームバランスの欠如を生むことから厳禁とされた。言葉も文化も違う日本とウクライナのユーザーが、共にこのルールを守るのだから、ゲームというのはつくづくかすがいであるなと思う。食指が向くまでもなくブームは終わる このほかにも、第二次大戦を舞台とした『ハーツ オブ アイアン』(パラドックス)があるが、これはもう、世界共通に廃人を生み出しているゲームなので本当にやめた方がよい。筆者は1936年の日本でプレイして徐々に政体スライダーを民主制に傾けていく王道プレイが好きなのだが、うっかりすると原稿をほっぽり出して数日間プレイしてしまうという、国際的にある意味危険極まりないゲームである。 このゲームも、世界中のありとあらゆる国家の指導者になり切ることができ、例えばブータン国王やフィンランド首相として第二次大戦を生き延びることが可能な、無限の可能性を秘めたストラテジーゲームの傑作であり、ユーザーによるさまざまなMODが準備、頒布されているのである。 と、勢い「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」を俯瞰してみたが、どれも共通しているのはゲームとしての完成度が高く、そしてユーザーによるMODを許可しているという点だ。熱心なユーザーは、開発者が用意した既存の枠組みでは物足りなくなり、必ずセルフ・カスタマイズを要求する。「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」は、必ずMOD導入の自由度が高い。 それに比して『ポケモンGO』は、聞くところによるとMOD導入は可能なようだが、どの程度なのかは疑わしい。が、不可能ではないようだ。問題はそのMODのバリエーションの多寡だが、そもそも『ポケモンGO』を全然プレイしていない筆者は、その評価が判然とせぬ。 どのみち、「1936年シナリオのスペイン(フランコ派)プレイで英仏領アフリカに装甲車付き民兵師団で侵攻し、ラテンによる有色人種の解放を目指すフランコ版八紘一宇プレイ」等というめちゃくちゃな国策にヒャッハーしている重度の「ハーツ オブ アイアン」オタの筆者(あるいは、アルゼンチンプレイで速攻枢軸入りし、ブラジルをボコって南米統一プレイも)からすると、若干生ぬるくも見える『ポケモンGO』などに食指が向かうまでもなく、そうして向かうまでもないうちにブームも終わっていくというのであるから、ここは自然の摂理に任せ悠々静観するのが吉と思う。

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    桜井誠の「嫌韓」11万票は想定内? 縮みゆく東京の極右地図

    古谷経衡(著述家)桜井誠氏の得票数に注目 7月31日、東京都知事選挙が投開票され小池百合子候補が圧勝した。小池氏の勝利は予想通りだったが、筆者が今次都知事選候補で最も注目していたのは、在特会(在日特権を許さない市民の会)元会長の桜井誠氏の得票動向である。 桜井氏は2007年ごろから設立された同会の代表として、「行動する保守」と目されるネット保守(ネット右翼とも)の中でも最も過激な一群の中心的存在として主に街頭での排外的デモやスピーチの、その先頭に常に立ち続けてきた活動家である。今回、桜井氏が初めて都知事選挙に立ったことで、ネット保守の中でも最も強硬とされる「行動する保守」とその支持者らの量的輪郭が浮かび上がってきた。在特会デモに抗議する人々(今次都知事選挙の写真ではありません)(提供:Duits/アフロ)桜井氏、「想定内」の健闘 筆者は、桜井氏の基礎票を5万~8万票と事前予想した。この範囲内であれば「順当」、5万未満であれば「惨敗」、10万前後~10万前半であれば「想定内の健闘」、15万ないし20万票以上で「想定外の健闘」とした。結果、今次都知事選挙で桜井氏の得票数は約114,000票。「想定内の健闘」のラインに入ってくると思う。 桜井氏の約11万票の得票に驚く人が多いが、筆者に言わせれば、この数字は特段驚くにはあたらない票数であり、むしろ高い投票率(前回都知事選挙よりも13%近く高い)のわりに、伸び悩んだとも言える。 桜井氏の基礎票の算定にあたり、参考とした候補は、桜井氏と政治的主張が極めて似通っている右派系市民団体「維新政党・新風」の鈴木信行氏の得票数である。鈴木氏は2007年参院選東京選挙区に立候補し約2万1000票、続く2013年参院選同選挙区から立候補した際には約77,000票を集め、先月の参院選同選挙区でも約43,000票を獲得している。このことから、桜井氏の基礎票もおおむね上限は8万程度で、今回の11万という得票数は、鈴木氏と同水準の基礎票にいくらか加味し、やや健闘したとはいえるが、それはあくまで想定の範囲内であり、特段驚くべき数字ではない(以下図参照)。ネット保守層からの支持も2割弱にとどまるネット保守層からの支持も2割弱にとどまる しかしさらに注目すべきなのは、2014年の都知事選(前回)における、事実上の非自民ネット保守による史上初めての統一候補である田母神俊雄候補との比較である。この選挙で、田母神氏は約61万票を獲得したのは周知のとおりである。今次都知事選挙は、前回よりもはるかに高い投票率だったのに対して、櫻井氏は田母神氏の6分の1程度(約18.7%)しか得票できず、2割に満たない。潜在的に桜井氏と親和性に高いネット保守からの支持の、その大部分を取り逃がした計算になる。 その理由などこにあるのだろうか。まず第一に、ネット保守層からの根強い「行動する保守」に対する嫌悪感が存在する。ネット保守の多くは、在特会や桜井氏の主張に一定程度共感はするものの、その手法において強い嫌悪感を示してきた。在特会やその周辺が、「朝鮮人を海に叩き出せ」「不逞朝鮮人云々」と街頭に出て叫ぶスタイルには眉を顰める、という具合である。 その点を考慮してか、今回、桜井氏の街宣スタイルからは、「朝鮮人を〇〇~」などという過激な物言いは鳴りを潜めた。しかし、前述したようにゼロ年代後半から桜井氏の主導によって開始された街頭での排外的なデモや、ヘイトスピーチが、結句のところ2016年5月のいわゆる「ヘイト解消法」立法につながったことを有権者は鮮明に記憶しているのであり、この点において桜井氏を支持する人々はネット保守層の中でも非主流に追いやられたのである。 今回、前回都知事選挙で田母神氏を支持したネット保守層の多くは、都有地韓国有償貸与問題(新宿区)を白紙にすると明言する小池百合子氏に投票した。増田氏は、筋論でいえば自民党主流候補でありながらも、過去の言動から「融韓的」と見られ忌避される格好になった。 また、増田氏と同じくネット保守層から「融韓的」とみなされている石原伸晃氏から小池氏が徹底攻撃されたのも、逆に小池支持の起爆剤になった。ネット保守層の支持・不支持の基軸は、党や政策ではなく、韓国に対する態度、その一点というのだからある意味興味深い。 つまり、今回桜井氏に一票を入れたのは、前回都知事選で田母神氏に票を投じたネット保守層の中でも、さらに強烈な「行動する保守」を補足したものにすぎず、嫌韓的姿勢は堅持するがそこまで過激な行動までは首肯しない大多数のネット保守層からの支持を得ることはできなかったのである(下図)。苦境に立たされる排外主義~自民党への回帰苦境に立たされる排外主義~自民党への回帰 今次都知事選挙の結果は、筆者が再三指摘してきたいわゆる「ネット保守層」の中でも、さらに最右翼の「行動する保守」の量的輪郭が明瞭に浮かび上がったものとして興味深い。筆者は、2014年冬の衆院選の結果、特に「自民党より右」を標榜した次世代の党の得票から、全国における「ネット保守層」の人口をおおむね200万人と推定した(過去の筆者記事参照)。 この「ネット保守層」の全国的な量的趨勢は、先月行われた参院選でも余すところなく立証されており、旧次世代の党の支持者が同党を引き継ぐ「日本のこころを大切にする党」から半分近く離反し、綺麗に自民党候補への支持に回帰しているのである。この傾向は、当然、すでに述べた通り、今次都知事選挙でもネット保守主流派の多くが小池氏に投票したことからも明瞭である。 これは、安倍長期政権が盤石なものとなり、「自民党より右」をかかげてネット保守層からの耳目を集めた旧次世代の党が惨敗、壊滅したこと。さらに2016年4月に、同党から出馬した田母神俊雄が、公職選挙法違反の容疑で逮捕されたことによる「ネット保守界のスター喪失」を原因とする。「ネット保守層」に田母神氏を超える超新星が存在しない以上、彼らは次世代の党誕生以前の状況、つまり自民党支持に回帰せざるを得ないのである。 嫌韓、排外の主張には潜在的に共感を示すネット保守層の中でも、それでもなお頑強に「行動する保守」の旗手である桜井氏を支持する最右翼の層は、おおむね2割程度であり、非主流派であることが、今次都知事選挙の結果、決定的となった。全国のネット保守層のおおまかな量的輪郭を200万人とすると、この非主流派、つまり「ネット保守層の中でもさらに過激」な層は、おおむね30~40万人という程度になる。衰微する排外主義衰微する排外主義 欧州やアメリカ、特に欧州では排外主義を掲げる極右政党が国政政党の段階で力をつけている。ところがわが日本では、今次都知事選の桜井氏の得票を観ても鮮明なように、まったくそのような段階には到達していない。潜在的に桜井氏に親和性の高いネット保守主流派からの支持すら固められていない現状からすれば、良い意味で日本の排外主義は欧州レベルにまで伸長するのはほど遠いであろう。 しかし、今回の桜井氏の得票分布を観ると、例えば世田谷区で7,000票あまりを獲得している。都議は無理だが、3,000票強が当落線上の区議であれば、桜井氏の当選は十分にありうる。今後、「行動する保守」勢力が、持てる少ない戦力を特定の区議会や、市議会レベルに集中して投下すれば、地方議会に数議席を獲得するのは夢物語ではない。 今次都知事選挙での結果を受けて、桜井氏は「都民11万からの支持を受けた」とするであろうし、すでに産経新聞の取材に対し「(主要)3強に一矢報いることができたのではないか」(2016年7月31日)とコメントしている。 今後、今次の「想定内の健闘」を梃子にして、そういった趣旨の出版も行うことが予想されるが、この結果はむしろ、本論考で再三指摘した通り、東京、ひいては日本における極右地図の縮小を意味するものである。(Yahoo!ニュース個人より2016年8月1日を転載)

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    まるで人民裁判! タダ働きでも舛添氏を許さない「生活モンスター」

    古谷経衡(著述家)生活モンスターの推進剤 東京都の舛添知事がついに辞職に追い込まれた。正式には本日(6月21日付)で辞職する。すでに後継を決める都知事選候補をめぐる人選に耳目が集まっているが、猪瀬前都知事に続き2名の都知事が任期半ばで辞任するという、都政始まって以来の異常事態である。 舛添氏の「つまづき」は、高価な出張費(ホテル代など)の告発から始まり、それに相前後する形で神楽坂にほど近い都有地(旧商業高校)の売却問題をめぐる適・不適の騒動へと、雪だるま式に膨れ上がった。 単なる「記載漏れ」が、徳洲会という一般に輪郭があまりつかまれていない巨大医療法人からの賄賂の如く受け取られ、「5000万円を模した発泡スチロール」が鞄に入るか入らないかが耳目を集めた猪瀬知事とは違って、確かに舛添氏の騒動には、客観的にみて明らかにグレーゾーンが多いものであった。特に保育園用地が不足している中で、都心一等地を韓国政府に有償貸与するという舛添都政の「都市間外交」は、純粋に政策という意味でも妥当性は薄かった。 舛添氏は問題になった湯河原の別荘地を売却し、公私混同を指摘された支出の返納や同額の寄付、知事給与の全額返納まで打ち出したが、一度火が付いた感情は収まらなかった。確かに舛添氏の公私混同の支出は問題であるが、それを返納し、残り任期を事実上「タダ働き」するというのであれば、それこそ公益に資するといえよう。本会議の最後に、深く一礼してから知事退任の挨拶をする舛添要一都知事=2016年6月15日午後、東京都庁(松本健吾撮影) が、一度走り出した生活感覚というモンスターはとどまるところを知らない。クレヨンしんちゃんを買った、ヤフーオークションで絵画を落札した…。いわゆる「庶民」の生活実感のなかで十分実感できうる範囲での浪費が、モンスターの推進剤となった。 NHKの19時のニュースのトップで、連日この疑惑と問題が取り上げられる。各局も同様に連日追従した。当然この疑惑の先鞭を切る形となった週刊誌も毎週同様である。世界のメディアはフロリダ・オークランドで起こった全米最悪の銃乱射事件とISの動向、イギリスのEU離脱をめぐる国民投票に注目していたが、ただ日本一国だけが舛添氏の買ったクレヨンしんちゃんを狂ったように報じていた。 市井の無名の市民にカメラがマイクを向けると、「…けちくさい」「私たちは1円でも節約しようと頑張っているのに…」の大合唱。またぞろ生活モンスターの跳梁跋扈である。小沢一郎がかつて立ち上げた「国民の生活が第一」という党名を思い出した。国際情勢よりもシリア難民よりもEU離脱よりも、今晩の晩飯こそが重要という、「生活どぅ宝」とでもいうべき矮小化が先走る。 生活に注力するのが悪いといっているのではない。しかし、巨悪を黙殺した「生活どぅ宝」は時として卑小だ、と言っているのだ。損得の計算をしないのか損得の計算をしないのか やりなおし都知事選挙の費用は40億円ともいえるが、「舛添を残り約1年半タダ働きさせること」と「やりなおし都知事選挙の費用40億円」を天秤にかけてみる、といった発想はない。 この国では年間、5000億円とも6000億円とも計算される在日米軍への思いやり予算が、「打ち出の小鎚」として支出されている。在日米軍人は公費でクレヨンしんちゃんを買うなどという些末なことはしない。豪邸3ベッドルーム、ジャグジーと車庫付住宅に無料で住み、極端に安い自動車税でYナンバーをつけた乗用車を乗り回している。すべて日本人の税金である。 竹下内閣時代、全国の自治体(交付金不交付団体除く)に一律一億円を配布した「ふるさと創生事業」、しめて総額3000億円。1999年、小渕内閣時代に子供がいる一世帯当たり原則2万円~の「地域振興券」が配られた。しめて総額約6000億円。麻生内閣時代の2008年、一人当たり12,000円(年齢によっては2万円)の「定額給付金」が配布される。しめて総額2兆円也。その消費の多くは貯蓄に回ったとされるが、効果が具体的に測定されないまま、誰一人として浪費の責任を取った者はいない。理事会へ向けて応接室に入る舛添要一東京都知事=2016年6月14日午後、東京都新宿区の東京都庁(寺河内美奈撮影) 2010年、会社更生法適用を申請したJALに投じられた事実上の公的資金は約3500億円。当時の政府は民主党政権であった。費用対効果、責任の所在も明らかにしないまま、つぎつぎと首相が交代していった。巨悪には無批判で、今日の晩御飯と同程度の支出には異様に神経をとがらせる。生活モンスターには損得を計算、計量するという、単純な思考すら麻痺している。 無知なる有権者に寄生する地方議会 次期都知事が誰になるかは分からないが、またも生活モンスターが細部の事象に牙をむく日はそう遠くない。東、美濃部、鈴木、青島、石原など、歴代の都知事にも当然、「政治とカネ」をめぐる疑惑はあった。特に東都政(東龍太郎、1959年~1967年)では、都議会が金銭問題・疑惑に揺れた。 そのせいで清廉潔白とみなされた美濃部革新都政が誕生する。しかし、美濃部が本当にカネにクリーンだったのかどうかは、精密に歴史を振り返る必要がある。重要なのは政策であり、何をやったか、である。美濃部が残したものは、東京の比較的快適で弱者にやさしい福祉サービスだった一方、膨大な財政赤字であった。 都知事の政策が分からない、都議会が何をやっているのかわからない、と有権者は口々に言う。普段、TOKYO MXの都議会中継に見向きもしないものが、ここぞとばかり舛添糾弾の「人民裁判(猪瀬善都知事談)」に注目する。政策が分からない、何をやっているのか知らないのではななく、単純に政治的事柄への興味がないことへの言い訳に過ぎない。 そのようなレベルの低い有権者につけこんで、無難な党からの公認と推薦さえもらえれば、特に何の実績もなくとも多額の月給が支払われ、年間平均100日の議会開催で専業として議員を行っているのが、都議会を含めた日本の地方議会の実態である。 欧米では兼業議員、土日議会、夜間議会が当たり前だが、日本ではそうではない。舛添を糾弾することでまるで「正義の代弁者」としてふるまった都議会は無謬ではない。 ひたすら巨悪から目を背け、生活モンスターの悪しき皮膚感覚でしか政治を観測しえない程度の低い有権者たちに、彼らは日々支えられている。地元の冠婚葬祭への出席頻度で、その地方政治家の評価が決定される。本質的部分とは何ら関係はない。 舛添氏を1年半タダで「奉仕させる」という主権者としての主体性もないまま、40億の選挙費用という巨費を投じてでも、何としてでも絶対に血祭りにあげないと気が済まないというのだから、なまじ「文化大革命」や「宗教警察」を笑えないであろう。

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    高まる排外主義へのディズニーの強烈な危機感が生んだ「ズートピア」

    古谷経衡(著述家)徳川夢声が感嘆したディズニーアニメ再び 日米戦争華やかりしころ、戦中・戦後に第一級の文化人として活躍した徳川夢声がシンガポールで日本軍が鹵獲したディズニーのアニメ映画『ファンタジア』を観て、そのあまりの完成度の高さに衝撃を受けたというエピソードはあまりにも有名である。 今次公開されたディズニー映画の最新作『ズートピア』を観た小生も、夢声ほどではないがやはり大きな衝撃を受けた。 日本のアニメは物量(予算等)の関係からリミテッドアニメ(コマ節約)の制約を受け、古くから如何に物量を演出力や大人向けの世界観で補うかの試行錯誤を経たことにより、1980年代には「ジャパニメーション」と呼ばれる世界屈指の作品群を生み出すまでに至った。その「ジャパニメーション」はいまや「クールジャパン」の一角に包摂され(日本政府がどれほどそこへの正確な理解があるのかはともかく)、世界のアニメファンを魅了し続けている。 それに比して、フルアニメーションの歴史と伝統を誇る世界的大家こそがディズニーであるが、2013年の『アナと雪の女王』(アナ雪)を遥かに上回る屈指の傑作こそ、『ズートピア』であるといえよう。「ズートピア」(C)2016 Disney. All Rights Reserved. 前々作『アナ雪』は”女性の自立アニメ”ではない 前々作『アナ雪』でディズニーは、不遇の超能力者エルサ(雪の女王)とその妹のアナが融和することにより、白かった雪の結晶が多種多様な色彩のグラデーションで示される多様な価値観と人生の共生を示した。 この映画を観て「女性の自立」を読み取ったある社民党議員が居たが、その感想はあまりにも凡庸に過ぎる。『アナ雪』のテーマは多様な価値観の共生であり、であるからこそエンドロールで示される氷の結晶の多彩な色調が多文化共生への輝かしい未来を暗示しているのである。『アナ雪』はエルサが自立するフェミニズム万歳映画などではない。 今作、『ズートピア』は、基本的に『アナ雪』の基本的理念、つまり多文化共生の尊さを踏襲するものとなってはいるものの、『アナ雪』の公開からたった2,3年で世界情勢は大きく変化した。 21世紀最大の民族問題ともいえるシリア難民の流入、そしてそれに呼応するフランスを含む欧州での同時多発テロ、露骨な排外主義を掲げるトランプ候補の共和党大統領候補の指名(確実)等々、世界は多文化共生を拒絶する方向へと着実にその歩を進めている。この世界情勢の激変は、ディズニーに大きな影響を与えたことは想像に難くない。世界情勢の緊迫が『ズートピア』を生んだ世界情勢の緊迫が『ズートピア』を生んだ『ズートピア』は寓話である。人間の一切登場しない動物たちだけが暮らす大都市「ズートピア」は、肉食動物と草食動物、大型動物と小型動物等々、根本的に生態が違う動物たちが暮らす”理想郷=ユートピア”の象徴である。 その理想郷で突如沸き起こる排外主義と動揺。主人公でウサギの「ジュディ・ポップス」は新米警察官として「種族間のヘイト」を煽る巨大な陰謀にキツネの相棒・ニックと共に立ち向かっていく。 白眉なのは主人公のウサギが全面的な正義ではないこと。このウサギにも無意識の差別感情が存在することが劇中、鋭利に指摘される。それを乗り越え、受け入れること、融和することでキツネのニックと最高のコンビを形成する様は、『マイアミ・バイス』や『110番街交差点』など、往年の”人種を超えた”最高のバディ・ムービーの系譜をもれなく踏襲するものだ。「ズートピア」(C)2016 Disney. All Rights Reserved. 「多文化共生」とは、耳に柔らかい美辞麗句である。「移民」先進国であるヨーロッパの事例を見れば一目瞭然のように、先住者と移民のとめどない憎悪の応酬は、具体例を挙げるまでもなく現在進行形で繰り返されている。「移民」に免疫の薄い日本人は、このような欧州(あるいは米国)の先行事例から学び取ることはあまりにも多い。日本が今後、多文化共生という「ある種の理想」とどう折り合いをつけるのかは明瞭ではないが、『ズートピア』の示すテーマは、そのテーマソング「Try everything」というタイトルからも自明のように、試行錯誤の後にあるべき人類の理想形を追い続けるものだ。 たとえそれが綺麗ごとであっても、たとえそれが到底実現不可能な理想であっても、誰かが言い続けなければ世界は変わらない。まさにキング牧師の「I have a dream.」の名演説である。現下の世界情勢を鑑みた上の、ある種の強烈な危機感が、ディズニーをして『ズートピア』を創らせたのだろう。その試みは敬意に値する。 そしてそれは人間ではなく、どうしても動物に置き換えなければならなかった。なぜなら人間世界はそれほどまでに荒み、憎悪に満ちているからだ。この物語は動物の話にしなければ、とても寓話としての訴求を持ちえないと判断したのだろう。それほどまでに現下の世界は多文化共生が不可能になりつつある危機的情勢だからである。誰かが唱え続ければならない理想。その代弁者としての”ディズニー”誰かが唱え続ければならない理想。その代弁者としての”ディズニー”「みんな仲良くしよう」「お互いの違いを認め合おう」―。 この手のデモや集会を横目で見るたびに、「何を馬鹿な」「夢想的だ」「偽善ではないか」という批判が飛び交う。かくいう小生も、確かにその批判には一理あると思う。 言うや易し行うは…、とはよく言ったもので、近所の河原でリア充どもが集団でBBQや花火をやっているだけで眉間に皺を寄せる小生にとって、「多文化共生」は美辞麗句、欺瞞・偽善の象徴たるフレーズかもしれない。「ズートピア」(C)2016 Disney. All Rights Reserved. 大ヒット上映中 しかし、世界から、例えそれが到底実現困難であるとしても、理想をいう人がいなくなったら、どうなるのだろうか。「現実主義」とは名ばかりの卑小で卑屈な理論だけがまかり通り、今日と明日のカネ勘定(そして晩飯の献立と貯金額の計算)だけが支配する殺伐とした世の中になろう。そして小生に言わせれば、その卑小な損得勘定こそ、「戦後レジーム」の正体そのものである。 小生は到底実現困難であるとしても、憲法改正と対米自立という「夢想」を言い続けたいと思っている。自分の生きている間は無理でも、その子孫、またその子孫の時代にそれが実現されたとすれば、自らの言動は後世の歴史家の手によって、歴史の中に記憶されるであろうから、と固く信じるからだ。 ディズニーも同様である。「多文化共生」をいくら『ズートピア』で訴えたところで、現実は変更されない。ウサギが飛び跳ねるフルCGアニメが上映される傍らで、ガザ地区ではイスラエル軍のロケット攻撃によって無辜のパレスチナ人が死んでいる。子供が死ぬ。赤ん坊が死ぬ。アラブ青年はユダヤ人への報復を誓って自らの体に爆弾を巻いて自爆攻撃を仕掛ける。負の連鎖である。 彼らにとっては先進国の空調の効いた何不自由ない劇場で乱舞する、歌って踊るウサギやガゼルやバッファローよりも、目の前の生と死、そして憎悪こそがリアルだ。 だが、言い続けなければならない。誰かが理想を。理想の世界を。その役割を担っているのが、小生はディズニーであると信じる。

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    日本でじわり広がる「トランプ大統領」待望論―対米自立か隷属か―

    古谷経衡(著述家)   数々の暴言・奇言・珍言(?)で当初「泡沫」扱いされてきたドナルド・トランプが、共和党予備選挙で過半数を獲得する可能性が日増しに高まってきた。そしてここにきて、日本でも、特に保守層からじわりと「トランプ大統領待望論」が広がりを見せている。その背景と構造を探る。演説するドナルド・トランプ(写真:REX FEATURES/アフロ)「対米追従からの脱却」としてのトランプ待望論3月23日、元大阪市長の橋下徹氏は、ツイッターで以下のように発言したことがにわかに注目された。沖縄の米軍基地をなくしたい人たちへ。トランプ氏が大統領になればすぐに沖縄米軍基地はなくなるよ。朝日新聞、毎日新聞、沖縄米軍基地反対派はトランプ氏を熱烈応援すべきだ。出典:橋下徹氏Twitter 無論この発言は、リベラルメディアへの揶揄を含んでいるが、橋下氏の見解には一理どころか二理も三理も、四理もある。ジャーナリストの冷泉彰彦氏によれば、「(トランプの姿勢は)強いて言えば、不介入主義とか、孤立主義と言えるもの」(Newsweek日本語版 2016年2月16日)という。特にトランプの対日姿勢に関する発言を聞いていれば、この分析は正鵠を射ている。 トランプは「在日米軍の駐留経費を(日本が)大幅増額せねば撤退」と発言しているし、「日本がアメリカの防衛義務を負わないのに、なぜアメリカが日本を守る必要があるのか」と言った主旨の発言(その事実認識はともかく)を繰り返している。この発言を額面通りとれば、このまま共和党予備選挙でトランプが指名され、本戦でも勝ったならば確実に日米同盟は後退する。あるいは辺野古移転問題が進展しないのならば、いっそのこと米軍はグアムまで後退し、日本防衛の必要なし、という流れになるかもしれない。 そうなると、逆説的には「対米従属」から日本は「強制的に脱却」する、という流れが強まる。中国の海洋進出や北朝鮮の核の脅威に、日本はアメリカの援護なしに自主防衛の道を余儀なくされるだろう。 ここに注目しているのが「民族派」「自主独立派」の流れをくむ日本国内の右派である。 現在のところ、日本の保守論客からは、トランプが白人ブルーカラー層から支持をされている点に着目して、民主党候補のサンダースと同様に反グローバリズムの視点から評価を下しているもの(三橋貴明氏)、既存メディアのタブーを突破して過激な言説が受けている姿勢そのものを評価するべき(田母神俊雄氏)などといった声が上がっている。 特に後者の、「トランプが既存メディアのタブーに果敢に挑戦する姿勢」を日本の国内状況に重ねあわせ、リベラルの姿勢を糾弾するもの(馬渕睦夫氏)など、「反メディア」の観点からトランプを評価する視点が多数であり、日本国内の「ネット右翼(ネット保守とも)」にもそのような風潮は根強くある。つまり反メディア、反リベラルとしてのトランプ評価(そしてそれを日本国内の状況に援用する)が圧倒的であり、いずれも「対米従属からの脱却」という視点での声は鈍かった。 が、前述の橋下氏のように「対米従属からの脱却」という視点からトランプを「逆張り」で評価する声も出始め、例えば憲政史家の倉山満氏は自身の動画番組で「(トランプが大統領になった場合)日本が自主独立を果たす最後のチャンスになる」(2016年3月13日)と肯定的な見解が保守正面から出始めている。トランプをめぐり三分される日本の保守層トランプをめぐり三分される日本の保守層 親米保守的傾向が強い産経新聞は、筋論でいえば共和党主流派が推したルビオへの支持が順当であったが、彼が地元フロリダで敗北し予備選から撤退すると、にわかに「トランプ準備論」とも言うべき論調が目立ってきた。 福井県立大学教授の島田洋一氏は、3月24日付の産経新聞で「日本は”トランプ政権”を視野に入れつつ、安全保障問題を中心に、より自律的姿勢を強めていくべきだろう」とコメント、トランプの姿勢を基本的には批判しつつも「自律的姿勢」という言葉を用いて対米自立の姿勢を匂わし、「トランプ準備論」ともいうべき主張を展開している。 旧来型の親米保守は-そしてこれが現在の保守層のマジョリティであるが-、いまだにトランプへの嫌悪感を引きずっている。例えば保守派の論客で知られる神奈川大学教授の小山和伸氏は、CS放送内で「(トランプがアメリカ大統領になった場合)日本はアメリカ無しでチャイナと戦う。それでいいんでしょうか」(2016年3月23日)と述べ、露骨なトランプ批判を隠さない。 親米保守にとってトランプは「日米同盟の強力な靭帯」破壊の害悪であると認識されているが、と同時に自主独立を目指すある種の右派・保守にとっては逆説的に「またとない機会」と受け止められ始めている。 つまりトランプへの評価を巡って、日本国内の保守層は「三分」されていると観て良い。 この構造を図示すると下記のようになる。 1)は「反メディア」「反リベラル・左派」としてのトランプ支持で、所謂「ネット保守層」の大きな部分を占める。ここに該当するのが前述した田母神氏や馬渕氏、といった論客の論調だ。 2)は古典的な親米保守の立場からトランプを批判するもので、前述の島田氏はこの中でも3)のベクトルに近い、より柔軟な立場であり、逆に小山氏はど真ん中、ということになる。 最後の3)は1)と2)のほぼ何処にも属さない民族主義的な対米自立志向の保守主義者であり、前述の例を用いれば倉山氏、ということになる。あるいは改憲論者である橋下氏にもこの傾向は顕著に現れていよう。 たったひとりの大統領候補(しかも予備選)の段階で、こうも保守層からの評価が分裂する現象は珍しい。”トランプ大統領”実際には難しいか?が、しかし…”トランプ大統領”実際には難しいか?が、しかし… ニューヨーク・タイムズによると、現時点(2016年3月27日午前)でトランプの共和党代議員(Delegates)の獲得数は738名、2位のテッド・クルーズは463名、主流派として孤軍奮闘するケーシックが143名である。残された代議員は848名、共和党の代議員の過半数は1,237名なので、トランプはちょうどあと500名弱の代議員を獲得すれば有無をいわず共和党大統領候補に指名されるが、ことはそう簡単にも行きそうにない。 同紙の予測によれば、6月7日に行われるカリフォルニア州予備選挙(代議員数172名)でトランプが勝てば過半数の可能性があるが、ここでクルーズに負けると過半数には一歩届かない、という風になる。そうなると候補者のいずれも過半数には届かないので共和党党大会で決選投票が行なわれる。米ニューヨーク州ベスページで開かれた集会で演説するトランプ氏(AP) 冒頭の冷泉彰彦氏によれば、「いずれの候補も過半数に届かない場合は、共和党党大会で1回~3回にわたって決選投票が実施される可能性が高まっている」(Newsweek日本語版 2016年3月15日)という主旨の分析を行っている。このシナリオが現実化すれば、トランプが共和党党大会で指名される可能性は遠退き、ロス・ペロー(1992年)のように民主・共和でもない第三の独自候補として脚光を浴びる可能性もある。国際政治学者の藤原帰一氏もこの可能性に言及している。いずれにせよ、6月7日の大票田・カリフォルニア州の結果を見極めるまで、トランプの周辺は予断を許さない状況が続く。 ちなみに最後に筆者の見解を述べると、前述の「保守の三分」分類で、私と最も親和性が高いのは3)である。私は、憲法9条2項を改正して対米従属によらない、自主防衛の道が日本の進むべき路線であると常日頃から思っているが、一方でトランプの反知性的な物言いには辟易して、とても彼を政治家として評価できる立場にはなかった。  しかしながら、事ここに至って、180度考え方を転換し、「日本の対米従属脱却」という視点で考えれば、日本の保守派からトランプ大統領待望論が沸き起こっている事実は、彼のレイシスト的発言は看過できないにせよ、筋論としては肯定するべきかなとも思いはじめている自分を偽ることが出来ない。真に「日本の対米追従」を終焉させるのは、もしかするとトランプ大統領が最適なのかもしれない可能性がある。 無論この場合は、かわぐちかいじ氏の『沈黙の艦隊』のように、日本が能動的に「対米追従からの脱却」を果たすのではなく、どちらかといえば「日本がアメリカから一方的に見放される」状況に陥るのだが、どちらにせよ「対米自立」が加速するのは間違いはない。まるで作家・村上龍氏が描いた『希望の国のエクソダス』や『愛と幻想のファシズム』といった世界に近い、「日本人自らが考え、選択する自主自立の国・社会」の可能性が開けるのかもしれない。そこへ、わずかにでも希望を見出す私が居る。 いずれにせよ今後の動静から目が離せない。今年は参院選も含め、興味深い”夏”になりそうだ。(2016年3月27日 Yahoo!ニュース個人 古谷経衡「だれ日。」より転載)

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    「現代の戦争」を知らずに反戦を唱えるリベラルの弱さ

    は挑発的で辛辣、ときに冷笑的な言葉でリベラルの抱える矛盾、欺瞞、劣化を炙り出す。気鋭の若手保守論客・古谷経衡氏はこれをどう読んだか。(インタビュー・文/鈴木洋史) ──著者はリベラルでもなく保守でもない「封建主義者」を自称し、通常の「右」とは異なる立場でリベラルを批判しています。古谷:僕は安保法案に賛成で、微温的な安倍政権支持者です。だからというわけではありませんが、「我が意を得たり」です。その一方、著者の姿勢に共感できず、SEALDsの奥田愛基さんらを擁護したい気持ちも起こりました。──賛同するのはどの部分ですか。古谷:まず「リベラル系知識人はセカイ系だ」と看破した点ですね。日常を生きる普通の主人公がある日突然、危機に立たされた世界を救う救世主となるのが「セカイ系」と言われる物語の系譜で、アニメだと『新世紀エヴァンゲリオン』や『コードギアス』『交響詩篇エウレカセブン』が典型。それに倣えば、デモ参加者たちは戦争の危機から日本を救う主人公のつもりなんですかね。「セカイ系」の特徴は、平穏な日常と「最終戦争」との間に中間過程がないことです。現実世界では、唐突にヒトラー政権が誕生するのではなく、画家志望だった青年の挫折からはじまり、一次大戦とミュンヘン一揆、ナチ党内部の抗争などといった中間過程がある。 でも、リベラルは法案ひとつ通っただけで、すぐにでも安倍さんがヒトラーのような独裁者になり、どこかに戦争を仕掛け、徴兵制を復活させる、などと話を進めるわけです。中間過程を無視した荒唐無稽な言説です。立て看板などで封鎖された京大・吉田南1号館の入り口=2015年10月27日、京都市左京区の京大吉田南キャンパス──確かに「セカイ系」じゃない人にはピンときませんね。古谷:ただ「セカイ系」は右にもいるのです。ある自衛隊関係者から聞いた話ですが、3.11のとき右系の知人が彼に電話をかけてきて「自分に一個大隊を任せて欲しい。東北を救うために俺が出る」と言ったそうです。「ただの市民が日本を救う」。これは右版のセカイ系ですね。──著者は、朝日新聞などのリベラル系メディアは何十年も前から、ことあるごとに「この法案が通ったら日本の民主主義は死に、戦争が始まる」と煽ってきた「オオカミ少年だ」と批判していますね。古谷:それに関連して、著者が触れていないことを指摘すれば、リベラルは「安倍は戦争をやりたがっている」と批判する割には自衛隊の装備など軍事知識に疎すぎです。例えば1998年に「おおすみ型」輸送艦が就役したとき、見た目が全通甲板(甲板が艦首から艦尾まで平らであること)だから、すわ「空母だ」と言い立て、「侵略の準備だ」などと騒ぎました。 しかし、甲板に耐熱処理を施しておらず固定翼機の離着陸は不可能です。格納できるLCAC(エアクッション艇)も2隻だけで、その定員は五十人程度。一個小隊程度の人数でどうやって他国を侵略するのか。日本は戦略爆撃機も原潜も中距離弾道弾も保有していません。F-35の調達も予定通り行くかどうか……。装備を仔細に検討すれば、専守防衛すら危ういというのが僕の考えです。 また、社民党は一昨年、「あの日から、パパは帰ってこなかった」という赤紙を連想させるポスターを作って集団的自衛権に反対しましたが、先進国の潮流は徴兵廃止です。リベラルはいまだに70年前に終わった日米戦争を想定しているようですが、今後あんな総力戦を日本が戦うことはあり得ません。現代戦の主役はドローン(無人機)とサイバー空間です。反戦を唱えるなら、もっと現代戦を研究し、それを抑止するためにはどうするかを考えるべきでしょう。──著者は本書の最後のほうで〈リベラル派が「言葉への信頼」を腐らせている現状〉を指摘したい、と述べています。古谷:リベラルはよく「安倍はヒトラーだ」と言いますが、成蹊学園から内部進学した温和な安倍さんは、良くも悪くもヒトラーほどの大物ではない。僕からするとヘスやボルマンですらない。そうやってすぐ「ヒトラー」を多用し、言葉をインフレさせるので、言葉の信頼性がなくなるのです。──著者の姿勢に共感できなかった部分とは?古谷:著者は最初のほうで「楽しさを強調し、敷居を低くしないと人が集まらないデモではダメだ」と批判していますが、奥田さんたちはそんなことを言われなくても承知のはずです。また、奥田さんたちのデモには勝つための戦略がないと批判していますが、負けると分かりつつも気持ちを抑えきれないという……まあパッションとでも言いましょうか。それが周囲に伝わり、あそこまでの広がりを持ったと思います。「勝つための最強メソッドを俺は知っている」と言われても虚しいです。 僕は自分の著書の中で奥田さんと対談したことがあるので余計に思いますが、彼は中学で不登校になり、全寮制のキリスト教系高校に進み、震災のときには被災者を支援し、映画を制作するなど「才能豊かな変人」です。僕と政治的立場は違いますが、彼のように既存の常識の枠外にいる人を僕は評価します。著者はそうした人を突き放していますが、それは寛容さに欠けるのではないかと感じました。関連記事■ 総理候補・玉木雄一郎議員 反権力だけのリベラル脱せよと指摘■ 日本のネット言論成熟に必要なことを在米ジャーナリスト提言■ 護憲派が守ろうとしているのは憲法ではなく古い解釈改憲だ■ 戦争責任に識者 「国として誠意を見せた数少ない例が日本」■ 左翼は原義と異なる リベラルと称して差し支えないとの指摘

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    戦時体制いまだ終わらず 震災で「自粛」に何ら効果なし

    古谷経衡(著述家)震災と自粛ムード 熊本地震の直後、「さて、アニメでも見ようか…」とつぶやいた或るツイッターアカウントが匿名のユーザーから執拗な攻撃を受けていた。なんでも「(熊本地震で)人が死んでいるのにアニメを見るとは不謹慎だ」という文脈の中の批判である。前提的にアニメに対する蔑視が伺えるこの批判の背景には、「自粛」の無言の強制力が透けて見える。 震災や事件・事故が起こるとすわ「自粛」ブームが列島を覆うが、それに逐一応えるのは果たして正しいのか。小学校のグラウンドに避難する人たち=4月15日午前4時、熊本市中央区細工町の五福小学校(共同通信社ヘリから) 「自粛」の本質は、「この非常時に何たることか」というある種の同調圧力を背景にしたものである。非常時に部外者が躁的な行いをするのは死者に対する冒涜である、とでもいおうか。この種の声は実に戦時体制を彷彿とさせる。日中戦争が激化し、日米戦争がたけなわの頃、日本中が自粛ブームであった。「この非常時に何たることか」という同調圧力で、各種娯楽や興業が制限されていった。「前線で戦っている兵士に申し訳ない」という罪悪感以上に、そこには「国民精神総動員運動」に代表されるような「上からの」精神統制が存在していた。誰かが頑張っている時、部外者は躁的であってはならない-、という暗黙の同調圧力は、間違いなくこの国では戦時統制期に誕生した観念である。要するに部外者が「自粛」という名の仮面を被ることによって、艱難辛苦と同調しているという共同幻想を生み出すある種の装置が「自粛」という言葉だ。 この翼賛体制ともいうべき同調の圧力は、戦後の日本社会、そして現代でも尾を引いている。前線で戦っている兵士の苦悶と、部外者である後方の「躁」は何ら合理的相関はない。例えばそれは、第二次大戦時のアメリカを見ればわかる。アメリカでは戦争中、銃後を守る婦人などが夫の留守を良いことに、フロリダやプエルトリコでバカンスをするのが流行した。日本が代用品、耐乏生活、自粛ムード一色の時、当のアメリカでの状況はこんな具合であった。物質的にも精神的にも、日本はアメリカに完敗であった。「自粛」に何ら効果なし「自粛」に何ら効果なし 自粛と、実際の天変地異や戦争からの復興や帰趨は、全然関係ないのである。むしろ日本は、東條英機がのたまったように、「物質は有限だが精神は無限である」の掛け声を元に、根拠なき精神主義に偏重した。「自粛」という言葉を盾にして、なにか前線と全く関係のない銃後の国民が精神的に鎮痛の情を表明することが善であるという観念が出来上がったが、現実の戦局には一切関係がなかった。考えてみれば当たり前のことだが、後方の日本国民が如何に忍従の「自粛」生活を行っていても、ガダルカナルの戦いには些かも変更はない。圧倒的な米軍の物量と火力にガダルカナルに派遣された日本軍は力尽きたが、それと後方の「自粛」は一切関係がない。一切関係がないのに、さも関係があるかのように醸成する空気こそが翼賛体制である。現実とは、後方における精神のあり方や祈祷と関係なく推移する。そういう冷徹な現実を見つめていない「自粛」とは、単なる自己愛・欺瞞に等しいであろう。「自粛」をして変革される現実など有りはしないのだ。断層と見られる亀裂=4月17日午前11時51分、熊本県益城町「自己愛」「ナルシシズム」と「自粛」 熊本地震に直接関係のない、関西圏や首都圏の住民が「自粛」を強いられることによる合理的効用はゼロである。寧ろ震災により、熊本県等の被災地の消費が減衰する(であろう)ことを折り込めば、他の地域が躁的にどんちゃん騒ぎを行ってその穴を埋める位の心意気が求められるのである。 しかし、「自粛」という戦時統制期から続く翼賛的な同調圧力が、「自粛」というフレーズを神格化した。実際には何ら効果が無いのにもかかわらず、「自粛」という二文字で日本全体が躁的なものを攻撃し、鬱的なものを良とする風潮が跋扈している。「人が死んでるんだ」というフレーズは、ある種魔法の言葉である。確かに人が死ぬのは心苦しい。遺族の心情もいかばかりであろう。「自粛」ではなくいまこそ「豪遊」の宣言を しかし、肉親や恋人が天変地異の犠牲になる人々の皮膚感覚の外部に存在する大多数にとって、それはリアルではない。よく「靖国の英霊の気持ち」などという人がいるが、空調の効いた快適な部屋で好き放題ネットに書き込みをして焼肉を食っている戦後の現代人からすると、彼らの気持ちなど本当は理解できないのである。「英霊の気持ちがわかる」などという言説がおこがましいのと同様、私達多くの日本人も、震災犠牲者の真の気持ちを皮膚感覚として享受できない以上、あたかもその心痛を共有しているかのごとく喧伝される「自粛」ムードには抗するべきであろう。「自粛」ではなくいまこそ「豪遊」の宣言を 誰かが不幸な目にあっているとき、私たちだけが楽しんでいて良いのか-。という罪悪感が「自粛」の背景の根本的精神性である。しかしそれは、裏返せば何ら現実に対して変更する力を持たない醜悪な自己愛と同様である。つまりそれは、「自粛をしている自分」に対する自己愛、ナルシシズムの一種である。本当に被災地のことを思えば、実効的な消費行動(寄付や、熊本に縁のある商品の購入)などを通していくらでも支援の方法があるが、「自粛」にはそれがない。「私が悲しみを感じています」という表明を行うことで、現実は変わるのか。一切変わらないであろう。このような自己愛・ナルシシズムは現実に全く関与しないという客観的な事実を以ってして、至極醜悪である。「熊本に100万円寄付します。併せて日本国全体の消費が減衰してはいけないので銀座で豪遊しました」という猛者こそが、真の愛国者ではないのか。 「自粛」は、被災地に対する哀悼や敬意ではなく、単に自己愛とナルシシズムの集積体であると知るべきである。こんな国家未曾有のときであっても、なお「実効」よりも「自己愛」を優先する少なくない人間こそが「不謹慎」だと思うのは私だけか。

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    ネット右翼の終わりが鮮明に 田母神事務所強制捜査の衝撃

    古谷経衡(著述家)共闘から埋めがたい亀裂へ 「―やっぱり(捜査が)入ると思っていた。特段の驚きはない」 3月7日昼過ぎ、元航空幕僚長の田母神俊雄氏の事務所や自宅を、東京地検特捜部が強制捜査(業務上横領容疑)したという衝撃的なニュースが入った直後、筆者の電話取材に対し、田母神選対に深く関わった元関係者のA氏は冷静にこう答えた。 2014年2月、猪瀬都知事(当時)の辞任に伴う東京都知事選挙で、独自候補として擁立された田母神俊雄氏は、主要四候補のうち最下位の4位に終わったものの、約61万票の得票を受けておおむね健闘した。その際、最大の支持母体は衛星放送番組制作会社・日本文化チャンネル桜(以下チャンネル桜)と、同局と一体となっている傘下の政治団体などであった。2014年都知事選で演説する田母神候補(写真:Natsuki Sakai/ アフロ) 非自民で強固な保守層(自民党より右)に訴えた田母神氏は、当時チャンネル桜やそれを包摂した保守界隈が一丸となった応援によって、インターネット上で保守的、右派的な言説を採る「ネット右翼層(ネット保守とも)」から絶大な人気を集めた。ネット上のアンケートやハッシュタグで、「田母神旋風」が吹き荒れた。 選挙結果は既に述べたとおりだったが、選挙後しばらくして、かつて「同じ釜の飯を食った」同志であるチャンネル桜と田母神氏との間に埋めがたい亀裂が表面化した。田母神氏が選挙時に集めた(寄付)約1億3200万円の内、5000万円にも及ぶ巨額の使途不明金疑惑が浮かび上がったのだった(この上で、昨年、田母神氏は秘書による私的流用を一部認めている)。 田母神氏を「東京だけではなく日本の救世主」として候補に祭り上げたチャンネル桜自体が、一転して田母神氏の資金疑惑を追求する、という展開になった。今回の強制捜査は、こうした一連の使途不明金疑惑を受け、地検が本格的に動いたものだ。無論、田母神氏は起訴されたわけでもなく、よって裁判になっているわけでもない。現時点(本稿執筆の2016年3月7日現在)では無罪だ。が、地検による強制捜査という今回の報道は、疑惑に蓋然性があるのではないかという憶測に火が付き、各方面に衝撃が走っている。ネット右翼の象徴としての田母神氏ネット右翼の象徴としての田母神氏 田母神氏が表舞台に立ったのは2008年。ホテルグループ「APA」が主催する懸賞論文『真の近現代史観 懸賞論文(第一回)』に、田母神氏の論考が採用され、大賞を受賞したのだ。この「論文」の内容は一言で言えば「日中戦争はコミンテルンが仕掛けた謀略であり、日本は中国を侵略していない(むしろ防衛戦争であった)」という歴史根拠の一切無いトンデモ・陰謀論を彷彿とさせるものだった。が、当時定年間近とはいえ現役の航空幕僚長が政府見解と真逆のオピニオンを展開したことで、氏は一躍時の人となった。 思えば、田母神氏はネット右翼にとって象徴的存在であった。前記「田母神論文」が世を賑わせるやいなや、一躍スターとして保守界隈に踊りでた田母神氏は、著作・番組出演・講演会などと八面六臂の活躍を見せた。それまで雑誌『正論』と産経新聞という、貴族的な言論空間に自閉し、突飛な物言いを謹んできた旧来型の保守(凛として美しく路線)と、田母神氏は何から何まで異なっていた。田母神俊雄氏 田母神氏いわく、 「(世田ヶ谷で検出された2.7マイクロシーベルトの)1万倍の放射線でも24時間、365日浴びても健康上有益」 「(福島第一原発から)発生する高濃度汚染水は、欧州ではコーヒーを飲むときの水」 「(イスラム国に拉致・殺害されたジャーナリストの)後藤健二さんが在日かどうか調べて欲しい」 「左翼は見ればわかります、体が左に傾いているから」 などと、到底事実とは異なるトンデモで過激な物言いが氏のツイッターやブログから飛び出すことになった。それまで穏健・温和を旨としていた保守系言論人には無い過激な物言いに、ネット右翼は一斉に喝采を送った(これは、現在のトランプ旋風にも似ている現象である)。権威としての「田母神」 現在では、保守系言論人の少なくない部分の人々が田母神氏と同様の発言を行っている嫌いがあるが、ブロガーやユーチューバーなどではなく「元航空幕僚長」という立派な社会的肩書でこのような言説を展開する人物がほぼ皆無だっただけに、これまで既存の大手メディアから黙殺・蔑視され、それゆえに権威からの承認に飢えていたネット右翼は「元航空幕僚長・田母神俊雄」を熱狂的に支持した。 そしてなにより、田母神氏の持つあらゆる世界観こそ、根拠なき陰謀論や空想が寡占的であったネット右翼の世界観を忠実にトレースしたものだった。普通、保守系言論人は、自らの下位に位置するネット右翼に知識を与え授ける「上からの教化」を役割としていたが、田母神氏の登場によって粗悪な陰謀論を縄張りとするネット右翼の言説と、保守系言論人が一体化するという皮肉な劣化現象が発生したのである。 ネット右翼が創りだした根拠なきデマを田母神氏が広い上げ、ツイッターで拡散する。すると「権威から承認された」「田母神さんが言っているんだから間違いはない」などとして、ますますそのデマが雪だるま式に拡散されていく、という悪循環を生んだ張本人が田母神氏であった(その典型が、前述後藤さんの例など)。 無論、「私はいいひとです!」などのジョークを旨とする氏の軽快で個性的なキャラクターも人気の原因のひとつであった。まさにこのように、田母神氏は、我が国のネット右翼史を語るにあたって、避けて通れない最大のキーパーソンなのである。都知事選立候補都知事選立候補 田母神氏の上記のような過激で、時としてトンデモや陰謀論を惹起させる物言いに眉間にしわを寄せる保守系言論人も少なくはなかったのだが、氏が保守界隈の押しも押されぬスターとしてその階段をかけ登っていくうちに、そういった異論は封殺されていった。 2010年2月、チャンネル桜と密接な関係にある政治団体「頑張れ日本!全国行動委員会」が設立されると、その会長として田母神氏が擁立された。同会の実質的な運営は、幹事長に就任したチャンネル桜の創設者で社長でもある水島総(みずしまさとる)氏が指導的であった。この団体の設立こそ、2014年2月の東京都知事選挙に田母神氏を候補として突き進んでいく第一の橋頭堡だったのである。東京都知事選告示後、渋谷駅前で第一声をあげた田母神俊雄氏(右)と応援に駆けつけたタレントのデヴィ夫人=2014年1月23日、東京都渋谷区 2013年12月の忘年会で「きたる来年(2014年)の都知事選挙に立候補して欲しい」という水島氏の説得を快諾した田母神氏が、翌2014年の年明け早々、立候補を公式に表明すると、当然、擁立母体のチャンネル桜を中心として、国家総力戦の如き猛烈な「動員」が実施された。「動員」とは、同局に出演しているキャスターや常連コメンテーターらを片っ端から選挙応援演説に繰り出すことであり、それはまるで「根こそぎ動員」の状況であった。「田母神を支持せぬ者は保守に非ず」 ここから生まれたのが、「田母神ガールズ」と呼ばれた女性陣であった。彼女たちは街頭で田母神氏の応援カー(街宣車)に乗り、高らかに田母神支持を訴えた。彼女たちは全員チャンネル桜の常連出演者と同一であり、ここからも同局が一丸となって田母神氏を応援したことが分かる。それだけ彼らは真剣で必死だった。その燃える心は、本物だったであろうと現在でも思う。 後援団体「田母神としおの会」には、保守界隈の重鎮から末端に至るまで、続々と賛同人が記載されていった(下記)。何を隠そう、当時、同局のネット番組のいち司会を務めていた私も、この賛同人の末席に登場する。当時の保守界隈の空気感は、「田母神を支持せねば保守に非ず」といった風で、田母神氏への異論は完全に封殺されていた。 私はそもそも「田母神論文」の発表時点で氏の言論人としての性質に疑問を持っていたし、あらゆる著作内容を総合しても、到底都知事の器ではあるまいと考えていたが、それを関係者に吐露すると「古谷(筆者)は反田母神の思想を持っている裏切り者だ!」と選対本部に通報されるという、ゲシュタポか中世末期の魔女狩りの塩梅であった。当時の保守界隈の空気感はこんなかんじだった。「あの金はどこへ行った」「あの金はどこへ行った」 選対から何度も何度も「応援演説に来るように」という矢のような催促があったが、私は1回だけ参加した以外は全て断った。そうして選挙が終わり、田母神氏が負けると「敗戦処理」のような状況になり、選挙に貢献しなかった人物が徐々に疎まれるようになった。私は名指しで説教をされ、田母神ガールズの人々からも徹底的に嫌われてしまった。 頑なに田母神氏の応援を拒否した私も人付き合いが下手だったのだろう。もう少し柔軟であれば、現在でも彼らと酒を酌み交わすくらいの仲で在り続けたかもしれない。が、過ぎた日は帰らない。私がこの後、彼らと行動を分かった直接の遠因はこの選挙だった。そして彼らの異論を許さない異様な同調圧力に精神が耐えかねたのもこの選挙だった。その後、チャンネル桜と田母神氏も前述のように離反して、現在に至っている。業務上横領容疑で東京地検特捜部の家宅捜索を受けた、田母神俊雄氏の事務所が入るビル=2016年3月7日午後、東京都千代田区 冒頭に登場したA氏は、しみじみと言った。 「田母神論文の内容を度外視して、ある種の熱気として、シンボルとして田母神氏を祭りあげてしまった、保守側にも原因はあるのだろう。そのせいで、田母神氏のずさんな部分を知りながら、何も言うことのできない強烈な同調圧力が出来てしまった。いま思えば慙愧に堪えない」 かつて「東京のみならず日本の救世主」として保守界隈、そしてネット右翼からスターに祭り上げられた田母神氏が、地検から強制捜査の咎を受けるとは、よもや都知事選挙の際には万人の頭の中になかったであろう。 無論、繰り返すように、田母神氏は現在、なんら罪が確定したわけではない。が、ネット右翼の象徴として君臨し、そして君臨し続けた田母神氏への疑惑が強制捜査となったのは、単にいち候補の選挙資金の使途不明疑惑という枠を超えた意味合いを見つけることができる。 「年金生活者の老人たちが、苦しい生活の中から一万円、二万円を(田母神氏の政治資金管理団体に)寄付していた事実を知っているだけに、やるせない思い」(前述A氏) 「都知事選挙でボランティア、手弁当で参加、協力したのに、裏切られた思い。事実ならお金を返して欲しい」(匿名のB氏) 「秘書が流用しているだけと信じたいが、本当に本人は知らないのか、ますます不信が高まった」(匿名のC氏) このようなやるせない人々の声は、果たして晴れる時が来るのであろうか。「原罪」を背負った保守「原罪」を背負った保守 都知事選挙の時、田母神氏の応援賛同人にあらゆる保守界隈の人々がこぞって名を連ねた。或いは田母神氏の理論の誤謬を見つけながらスターとして祭り上げた。分かってはいるが、知ってはいるが、「保守全体の利益」だの云々、或いは「東京のため、国家のため」を大義として、彼をスターに祭り上げたのは他でもない保守自身だった。これは保守にとって「原罪」として記憶されることになるのではないか。 左の写真は2014年2月の東京都知事選挙の時に作られた賛同人一覧を示すポスターである。保守論壇を飾るきらびやかな人々が重鎮から末端に至るまでずらりと名を連ねている(筆者は、上段四段目右側)。少なくとも田母神氏自身が認めているように、本人の関与は分からないが、秘書による私的流用は事実だ。 支援者からの浄罪、つまり寄付金が私的に使われたという大きな疑惑に、いっときでもお墨付きを与えてしまった保守界隈は、果たして無実でいられるのだろうか。あらゆる意味で田母神氏を利用し、祭り上げ、そしてネット右翼に力を与えてきた保守界隈に、罪なき人など居ないのである。今後の状況は捜査の進展次第になろうが、すまし顔で「私は関係ない」としているのならば、それは潜在的共犯であろう。 私は、氏の政治資金団体に1万5千円の寄付(決起集会参加費)をしたのを、今でも後悔している。 ネット右翼の象徴としての田母神氏は、ネット右翼を映す鏡でもある。氏の言動はネット右翼の集合知そのものであり、またそれはネット右翼に転写され影響力を持つ「合わせ鏡」だ。氏の権力の衰微は、そのまま保守界隈とネット右翼の減衰に直するのは言うまでもない。保守政権下、ただでさえ安倍政権から疎んじられている保守界隈とネット右翼の、本格的終焉が近づいている。 そうならないためにも、保守界隈は「私は関係ない」では済まされない。*参考・出典『ネット右翼の終わり』(晶文社、2015年、拙著)(2016年3月7日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    時代が変わったのか、舛添が変わったのか

    古谷経衡(著述家)坪単価235万円 東京都の舛添知事が旧都立市ケ谷商業高校跡地を韓国政府に有償貸与する方針を固めたことが大きな波紋になっている。同校跡地は、新宿区矢来町6。付近には新潮社や秋葉神社がある。主要道路からやや奥まった場所にあるものの、閑静な住宅地のただ中にある一等地(約6,000平方メートル)と呼ぶに相応しい。 都の方針を受けて、多方面から抗議が殺到した。曰く、「都有地を都民のためではなく、外国のために使うとは何事か」というものである。つまり「外国に貸し出すぐらいなら、都民のために使え」という声だ。都が貸し出す予定の都立市ケ谷商業高校の跡地。現在は改築中の区立小学校の仮校舎として利用されている=東京都新宿区矢来町(稲場咲姫撮影) 2016年3月20日の産経新聞によると、都に対し「1日で300件の抗議」が来たと言い、ある自民党都議のコメントとして「(舛添)知事の暴走だ。竹島の問題もあり、とても容認できない」の声を紹介している。貸出先が領有権問題や歴史認識で火種となっている韓国であることが、この問題の批判調子の増勢として、火に油を注いでいる格好だ。 私の結論から述べると、例えば貸出先が韓国ではなく、アメリカやドイツ、イギリスやブラジルであったとしても、この方針は論外だと思う。同校跡地は既に述べたように、新宿区矢来町という都下一等地にある。 この付近では、最寄り駅が東京メトロ神楽坂などという好立地のため、都民垂涎の人気のエリアでありほとんど新築住宅の売り物が出ないし、中古物件もほとんど希少な区域である。仮に出たとしても、坪単価はゆうに200万円を超えている。参考までに平成28年の「新宿区矢来町35」の公示地価は、一坪「235万7,000円」(宅地)である。矢来町で「まとも」な家を買おうと思えば、「億」を覚悟しなければならない。そういう場所だ。 公示地価は実勢価格(実際の不動産取引における価格)とは若干異なるが、ともあれ、これにならって単純計算すれば、約1,800坪の旧都立市ケ谷商業高校跡地には、40億円以上の価値があることになる。このような一等地を、いかなる関係の外国であれ、有償とはいえ貸し出すことの合理的な理由は伺えないだろう。 八王子や奥多摩など、都心郊外にある坪単価数十万円の遊休地なら百歩譲ってともかくとして、充分な資産価値のあるこのような都有地をむざむざと外国の為に貸し出すという世界観は理解に苦しむ。もっと別の、都民の益に直結する利用方法があって然るべきだろう。舛添批判の正体―元祖タカ派、構造改革論者としての舛添要一舛添批判の正体─元祖タカ派、構造改革論者としての舛添要一 舛添知事は、猪瀬直樹前知事の辞職にともなって、2014年2月に都知事選を勝ち抜き就任したことは記憶に新しい。そういえば、舛添氏といえば1990年代初頭には、いわゆる「PKO法案」推進論者として、言論界では代表的なタカ派・右派論者として一世を風靡したのを覚えている。 ところが今回の旧都立市ケ谷商業高校跡地についてもそうだが、舛添知事の評価はことさらネットユーザーの中で劣悪である。2014年の東京都知事選挙の時もそうだが、右派系の独立候補であった元航空幕僚長の田母神俊雄氏に対し、自民・公明の与党が推したはずの舛添氏に対する評価は最悪であった。 ネット上では、舛添氏を「左翼」を通り越して「在日コリアン」「帰化人」であるとの、根拠なき中傷が相次いだ。これを真に受けたのかどうかは定かではないが、舛添氏は選挙期間中にわざわざ九州にある「先祖の墓参り」の模様をアップロードするなど、降って湧いたネット住民の批判を打ち消すのに必死だったように思える。世界知識フォーラムで公開対談する東京都の舛添要一知事(右)と朴元淳ソウル市長=2015年10月20日、韓国ソウル(共同) かつて「タカ派」「右派」の論客として知られた舛添要一氏の思想の原点とはなんなのか、1991年にPHP研究所より出版された『舛添要一のこれが世界の読み方だ―新しいナショナリズムの世紀が始まる―』を元に、ごく簡単に紐解いていきたい。 今回の旧都立市ケ谷商業高校跡地をめぐって、舛添都知事が「親韓である」との誹謗中傷がネット上で盛り上がるが、舛添氏の考えは、従前から一環している。同書を紐解くと、舛添氏の基本的なアジア観が浮かび上がってくる。 舛添氏は、「1992年のEC統合を念頭に置いて、アジア・太平洋地域でも同様な経済統合が出来ないかという考えも出始めている。しかし、少なくとも東アジアに限定したとしても、この地域でアジア版ECのようなものを創造するのは著しく困難である」(同書、127頁)として、日本とあまりにも国情の違う韓国を、「統合ということにはなじまない」(同)として徹底的に突き放している。 舛添氏は日本が国際社会において、責任ある大国である、との自意識を持つべきであると説き、その実現のためには既存の旧態依然とした、「戦後的世界」の旧習に縛られた官僚政治などを打破するべきとしている。いわゆる「古典的構造改革論者」であるのが、舛添氏の世界観の根底である(よって舛添氏は、この時期、所得税を減税して消費税を10%に増税するべきだと説いている)。 舛添氏の一貫した主張は、日本が大国として国際政治の場でイニシアチブを採るべきである、とする威勢のよいものであり、それは対米自立と自主外交を含んだ闊達なものとなっている。いわゆる戦前にあった「アジア主義」には否定的で、中国や韓国とは基本的な状況や価値観が違いすぎるとして距離をおいている。 ネットの右派界隈では福沢諭吉の「脱亜論」が盛んに唱えられてきた昨今であるが、舛添氏も例に漏れず、「韓国とは協調できない」という基本概念を有している人物であった。 この舛添氏が、ネット世論の中で「親韓」「売国奴」「帰化人」扱いを受けるのはそれこそ「奇観」の様に思えるのは私だけだろうか。かつて「(韓国を含む)アジア共同体」に至極消極的で、日本独自の外交やイニシアチブを重視した「舛添ドクトリン」が、殊更ネットの右派から糾弾される現状は、興味深い。 時代が変わったのか、それとも舛添要一が変わったのか。真なるのは前者であろう。舛添氏の一貫した主張は変化がないものであったが、世論が、とりわけ「嫌韓」に関連するネットの世論が変わったのだ。かつてタカ派・右派論者の筆頭だった舛添氏が、けちょんけちょんに「売国奴」扱いされている現状は様々な意味で興味深い。舛添氏は1990年代初頭からほぼ一貫して変わらない「タカ派」「構造改革」論者であろう。「左右」を超えて「左右」を超えて かつて舛添氏が代表的なタカ派論者であったことを知る人が、少なくなっている中で、「嫌韓」に絡めた舛添氏批判が沸き起こることは、時代の変化を感じさせる。 かつての右派が左翼や売国奴と罵られる世界は、時代の趨勢を感じさせるに十分であるが、致し方ない側面もある。舛添氏は押しも押されぬ東京都民の長なのだから、都民第一の姿勢を明確にして欲しい、というのが有権者の皮膚感覚だろう。 「嫌韓」を超えて、時代的変化を超えて、舛添氏が右であろうと左であろうと、そんなことを抜きにして、「都民の財産は都民の益に」という考え方は当たり前のことだ。その批判を受けるに、舛添氏は十分であると思う。ぜひ、この問題に関する知事の再考をお願いしたい。 ちなみに筆者は千葉県民であるが、千葉市や船橋市や市川市や松戸市の県有地がインドやトルコや台湾に有償であれ貸し出されるというなら、やはり反発してしまう。それは森田健作氏が売国奴であるからではなく、県民利益を第一優先していないと感じるからである。私達の土地は、やはりまず第一に私達が使う権利がある。それは時代がどうであろうと、思想がどうであろうと、全く変わらない普遍の原則だ。  

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    言えば言うほど老人の匂いがする 「ライン=若者」という気持ち悪さ

    古谷経衡(著述家)とりあえずラインって言っとけ、の風潮に吐き気 作家の瀬戸内寂聴氏が、2015年11月号の『小説すばる』にて、「さよならの秋」と題した掌編小説を掲載し話題になったことは記憶に新しい。この掌編にはのっけから「LINE(以下ライン)」が登場する。主人公の「千晶」なる女性が、独白形式の視点で吐露するのだが、要するに「瑛太」なる恋人にラインでメッセージを3回送っても既読にならないから、それは無視である云々という「一方的最後通牒」ではじまる。が、自分の方は方とて学生団体「SEALDs」に参加してそのグループの「同志男性」を好いてしまったので、「瑛太」は自分にとって最早無意味であり過去人である。そして兎に角「戦争法案」はよろしくない、という内容の小品であった。 私は瀬戸内寂聴氏を好きでも嫌いでもないが、この掌編を「若者の感性」などという文脈の中で肯定的に紹介している紹介文を観て吐瀉しそうになった。「ラインでメッセージを3回送っていつまでたっても既読にならない事象」というのは、それは「無視」ではなく「ブロック」ではないか、という疑問はさておき、なんかとりあえずラインを出しとけば若者風だよね、という著者の安直な作劇に無批判に迎合しているのが何とも精神的に怠惰だと思う。「ラインを出しておけばとりあえず若者風だよね」という感性は「『カノッサの屈辱』を見ていればとりあえず当世チャラ目のインテリっぽいよね」というバブル時代のノリに似ていてとても「老人臭い」。繰り返すように私は瀬戸内氏を批判しているのではなく、それを批判しない人間を批判しているのだ。ライン、ラインといえば言うほど老人のにおいがする。 ちなみに当世青年リア充はラインと併用して”インスタグラム”なるものを使って「今日食ったディナー」とか「◯◯ちゃん家でのホームパーティー」だのの写真をこれみよがしにアップロードしているそうだが、こちらについては私がやったことがないので論評しようがない。「既読スルー問題」とライン「既読スルー問題」とライン しかし確かに、ラインは普及している。例えば私は、自分のスマートフォンに「ラインアプリ」をダウンロードしてからというもの、所謂「ケータイのメールアドレス」というものは虚無化した。 いま、私の名刺にはラインIDと「ケータイのメールアドレス」の両方が印字されているが、私のケータイにEメールしてくる人物は、私自身が友無き無縁の人間であるという事実を差し引いても、まったくゼロである。次に名刺を増刷する際は、「ケータイのメールアドレス」の項目は削除しようと思う。どうあってもこのまま使わないからだ。 昔はよく「メアド教えて(この場合のメールアドレスはケータイのメールアドレスを指す)」などといったものだが、今どきこんなことをいう人物はどこにも居ない。「ライン教えて」ときて、スマホ端末をプルプル上下に震わせるかバーコードを読めばすぐに「新しい友だちが追加されました」的なる通知がきて完了である。これが故に、「既読スルー」というのが、ライン時代になってからプチ問題化している。 メールを「はがき」とすると、ラインのメッセージは「簡易書留」である。つまり、相手が確実に開封(既読)したかどうかが送信者側から即座に分かるシステムになっている。これが故に、「ラインでメッセージが届き、それを読んでいるはずなのに返答がない」ことを「既読スルー」などというのだそうだが、意味がわからない。 私は、なぜそんなにライン上で返信がほしいのか、良くわからない。そんなに返信がほしいなら、文面の末尾に「返信ヲ要ス」「至急返信サレタシ」「ハハキトクスグカエレ」などとでも書けばいいと思うのだが、それをせず、何となく相手から返答が来るものだと期待していると一向に来ないので、それを「黙殺」と同義であると捉えて心象を悪くする人も多いという。反復と老人 そういえば、1990年代後半、私の高校の修学旅行の事を思い出した。宿泊先の旅館の部屋で、同級のM君が、当時最先端であった移動体通信からのネット接続「iモード」を契約したドコモの「ケータイ」端末を持って、右に行ったり左にいたりしながら顫動(せんどう)してたのである。 何をしていたのかといえば、所謂、当時流行った「メル友」からの応答を待っているのである。当時の移動体通信からのネット接続には、現在のような早さはない。受送信に数秒かかるしその精度はなんとなく信用出来ないし、電波エリアも現在のように津々浦々ではない。政令指定都市の同じホテルの建物内でも、ほんの数メートルの差で電波が強、電波が微弱の差異が存在した。  Mは常に部屋の中を歩きまわり、電波の良い場所を探して「メル友」からの応答を待っているのである。ハレの修学旅行の日にまで、「メル友」からの返信に四六時中拘泥しなければならないこいつはある種の中毒だ、と思った。私はMを馬鹿にしているのではない。90年代のEメールに「既読」の機能がないだけで、現在のライン使用者の少なくない部分は、Mの心象と大差ない。兎に角、相手から返答が欲しくて欲しくてたまらないのである。  当時Mは多分童貞だったと思うが、別段オタクというわけでもないし、容姿も成績も中の上くらいだった。スクールカースト的には下よりも上から数えたほうが早いはずだが、そんな人間でも相手からの返答が欲しくてたまらず、動物園のオリの中に住む熱帯性の子グマのようにずっと狭い空間を反復しているのである。  反復はある種の老化である。誤解されないように言っておくが、私は老化が悪いことだと言っているのではない。反復行為は老化の前衛だ、といっているのだ。とすれば、四六時中メル友からの返答を待っていたMも、「既読スルー」に24時間拘泥するある種のラインユーザーも、そして紙やネットの中でライン、ラインと繰り返す人間も、全部老人ということになる。そしてこういう老人とはあまり付き合いたいとは思わない。なぜなら、同じことの繰り返しは飽きるからだ。退屈ほどつまらないことはない。 加齢で体が老いるのは仕方がないが、精神だけは老人になりたくないものだ。

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    来月末も、もう一杯。「朝生」は定期的に食べたいカツ丼だ

    古谷経衡(著述家) 朝ナマといえば何と言っても私の記憶に鮮明なのは「聖徳太子って知っている?」との田原氏発言に生放送中にブチ切れた著述家の四宮正貴氏の放送回(2004年6月25日)である、というのは嘘で、一番痛烈だったのは『激論! 日本はアメリカの属国なのか?!』という回だ。 資料が手元にあるから引用しよう。放送回は2006年5月26日。出演者は武見敬三(自民党・参)、長島昭久(民主・衆)、小池晃(共産・参)、福島みずほ(社民・参)、下地幹郎(無所属・衆)、青山繁晴、姜尚中、金美齢、志方俊之、村田晃嗣、森本敏、湯浅一郎の面々(所属政党などは当時のもの)だ。田原総一朗氏=2014年12月22日 10年近く前の放送だが、今でも鮮明に記憶している。「日本はアメリカの属国だってみんなうすうす感じているけど、あえて言葉にはし辛い色々なこと」というウディ・アレンの映画のタイトルのような、長いけれども漠として日本人全部が思い描いていた違和感を見事に番組の中で言葉にしてくれた回だった。 討論は初っ端からお通夜状態で、「…日本は、アメリカの属国であるということを、認めざるをえない、状況である…」という現状認識をほぼ全員が追認した状況が、最も面白かった。こんなにも「しいん」とする回は珍しかった。 朝ナマはタブーを斬る討論番組、として開始早々大きな話題となって現在に至っている。田原氏の自伝的著書である『塀の上を走る』(講談社、田原総一朗著、2012年)では、1986年秋に同番組が開始される時の企画目論見について、田原氏自身の言葉で以下のようにある。”テレビで繰り広げられる命がけのディスカッションなら、間違いなく面白い。その問題に人生をかけてきた人間たちが、本音むき出しの討論を展開する。声の大きさ、激しさ、表情や目の動き、テーブルを叩くパフォーマンスなど、あらゆる表現手段を使っての応酬となるはずだ。”(『塀の上を走る』P.271) として、「タブーを斬る解放区」としての朝ナマを明瞭に規定する以上に、テレビならではの視覚効果の妙味を第一に据えた企画であったことが伺える。大学生時代(ゼロ年代前半~中盤)熱心な同番組の視聴者であった私は、当然、冒頭の四宮氏の件もそうだし、いつアズマン(東浩紀氏)がキレて退場するのかをヒヤヒヤしながらも心底待ち望んでいた。朝ナマは至高ではない 部落差別、天皇、右翼など、番組開始当初に交わされた「タブーを斬る」という意味での朝ナマの歴史を、私はリアルタイムでは知らない。あたりまえだが80年代後半は私はまだ小学生にすらなっているかいないかで、朝ナマの楽しさなど理解できるはずがない。そういう意味で私は、野坂昭如氏や西部邁氏、野村秋介氏など朝ナマの黎明期を支えた重鎮たちの出番がひと通り一巡した、ゼロ年代以降の「中興」の時代の朝ナマ以降しか知らないのは、なんとも時代のめぐり合わせとはいえ、慙愧に堪えないのである。 前述の通り、いみじくも田原氏が言うように、人間の本音をあぶり出すことによって時に激高し、ときに絶叫する出演者たちの様相は、面白くもあったが、同時に本質的ではない部分も孕んでいる。 絶叫している本人自身が、一体自分が何を言っているのかよくわからないのではないか、という場面に遭遇するのは1回の放送で1度や2度ではない。会話(?)の内容は支離滅裂なのだが、観ているだけで楽しい、というのが朝ナマの最大の魅力の一つでもあり、また同時に欠陥でもある。それは繰り返すように、テレビは映像メディアであるがゆえに「本質的な部分」が蔑ろにされかねない、ということだ。 だから朝ナマを画像なしの音声だけで聞くと、何をか言わんや明鏡止水、パネリスト達の本心と本質、あるいは前述した支離滅裂な部分が途端に浮かび上がってきて興味深い。私は個人的にはテレビメディアよりもラジオメディアの方が好きだが、それはサウンドオンリーのメディアは、その話者の本質を隠すことが出来ないからだ。 田原氏が言うように、声の大きさや身振りで、朝ナマの討論の主軸は時として明後日の方向に飛んで行く時がある。これは音声だけを聞けばより明瞭になる。田原氏は司会者としてうまくコントロールしているが、完全には制御できていない。一度ラジオ専門の朝ナマも聴いてい見たいと思うところではある。”テレビディレクターを努め、活字の原稿を書いて、私はテレビの強さと弱さ、そして活字の強さと弱さが分かるようになった。たとえば、戦後ドイツは東西に分断されていた。そして冷戦が終わり、結局西ドイツに東ドイツが統合される形になるのだが、東ドイツの人間たちが、自分たちの時代遅れ、そして貧しさを強く感じたのはテレビのせいだった。(中略)たとえば『朝まで生テレビ!』の出演者たちの討論でも、言葉は表現のワン・オブ・ゼムであった。表情、目、そして声の高さ、強さ、大きさ、さらには身振り、手振りなど、テレビの表現手段は多様である。それに対して活字メディアでは、文字だけが表現手段であるが、それゆえにテレビとは比較に成らない緻密な理論の枝葉によって思考を深めることができる。また、テレビは具体的な映像が逆に邪魔になって、さまざまな出来事、事件などの抽象化という作業をやりにくい。この点でも文字だけのメディアの方が優れている。”(『田原総一朗 元祖テレビディレクター、炎上の歴史』別冊文藝春秋、2014年、P228) このように田原氏は、テレビメディアの利点と欠点を上げ、場合によっては活字メディアに軍配を上げている。「朝ナマは至高ではない」という自明を、きちんと踏まえている「素直さ」が田原総一朗氏の傑物たる由縁であろう。「朝ナマ」はカツ丼である 私はそういった意味で、『朝ナマ』という番組は田原総一朗氏が創ったカツ丼である、と思っている。どういう意味かといえば、地の文で説明すると冗長になるので、『カツ丼』と『童貞』をなぞらえた以下の漫画(『西武新宿線戦線異常なし』押井守原作、大野安之画、角川書店)の「とっつあん」なる人物の台詞を引用して代弁としたい。”「セイガクよ、初めての女ってのはな、ガキの頃に食ったカツ丼みてえなもんなんだ」「だからよ、そンときは、ああ旨い、この世にこんな旨いモンがあるのか! 生きててヨカッタ!…と思ったとしてもよ、手前の金で自由に食えるようになってみると、何故あれほど感動したのかわからねえ…不味くはねえがそれほどのモンじゃねえ。お前ェ不思議だとは思わねえか?」”(『西武新宿線戦線異常なし』) インターネットの動画には、『朝ナマ』を模倣したかのような各種のイデオロギーに偏向した「討論番組」が氾濫し、高校生レベルの粗悪な知識しか持ち得ないユーチューバーなるものが森羅万象の全てを3分とか5分でまとめようとする馬鹿げた動画が人気を博したり、それらしき社会派のブログやツイッター有名人がもてはやされたりする一方で、出版業界が空前の不況だというが、出版点数自体は全盛時代よりも激増している。 「タブーを斬る」だとか「解放区」だとかいう姿勢そのものは、『朝ナマ』出発当初よりも格段に「聖域」の幅が狭まった。そういう意味では、相対的に『朝ナマ』の影響力は低下している。 こんなことテレビで言ってしまってよいの?という不安と興奮が雑居した感覚は、最早あまりない。それは朝ナマよりも遥かに過激な言説がネットや雑誌(或いはムック)にあふれているからで、そういう意味で「初めて食ったカツ丼」(前掲)に『朝ナマ』は似ている。いざ自分の金でカツ丼が食えるようになると、「初めて食ったカツ丼」の感激は薄れ、焼き肉とか高い寿司とか小料理屋のもつ煮込みとか、そっちの方が美味いと思い、感激は薄れていく。 しかし、人間とは不思議なもので、原初的に出会った感激は、一旦は遠ざかるが、やがて一巡して戻っていくものだ。つまり、「ガキの頃に食ったカツ丼」が30歳や40歳のおとなになって、もう一度「やっぱり最高にうまい」と思う瞬間が訪れる、ということだ。何故だろう。多分それは、『朝ナマ』の歴史の蓄積だろう。インターネットの空間がどんなに『朝ナマ』の上を行く過激と解放度合いを謳っても、それは刹那である。齢30年の年季が入った親父の職人芸に戻っていくというのが、我々の本質というか母体回帰である。 そういう意味で、『朝ナマ』は、「毎日ではないけれども定期的に食べたいカツ丼」というのが適当だろう。来月末も、もう一杯。

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    タバコとアニメとナチスの香り 『風立ちぬ』批判への反論と宮崎駿論

    古谷経衡(批評家) これは何かのジョークか、と見紛(みまが)うようなヘッドラインが過日世間を賑(にぎ)わせた。NPO法人「日本禁煙学会」が、現在公開中でロングランが続く『風立ちぬ』に対し、猛烈な抗議を行ったのである。宮崎駿は九月一日、伊・ベネチアでの記者会見で正式に引退を公表した。結果的に本作は宮崎の長編最後の作品となったわけだが、その話題性と相まって本作『風立ちぬ』に対する思わぬ角度からの「抗議」は、今なお多方面から物議を醸かもしている。 彼らの主張を簡潔にまとめると「作中に登場する喫煙シーンが、喫煙美化であるからけしからん」というものだ。彼らはその主張の仔細を「風立ちぬに対する見解」として自身のWEBサイト上に公表しているが、その検証は後述するとして、彼らが問題視している本作中の喫煙シーンとはどういったものであるのか。まず簡単に振り返ることにしよう。『風立ちぬ』ポスター 『風立ちぬ』は作家・堀辰雄の同名小説から舞台設定を拝借し、そこに零戦設計者として著名な堀越二郎の人生を融合させたものであるのは言うまでもない。「禁煙学会」が「問題視」した喫煙シーンとは、ヒロインである菜穂子が肺結核の病を患い、富士山麓のサナトリウムから抜けだして零戦設計者の二郎とつかの間の新婚生活を行う、というくだんのシークエンスの中に登場する。 菜穂子は死を悟っている。ペニシリンが存在しない当時だから致し方ない。そして「美しくも儚(はかな)い」刹那の同棲生活に身を投じていく。禁煙学会が問題視したのはこの場面だ。日中から床に伏せがちな菜穂子が、ようよう帰宅した二郎をねぎらう。その際、二郎はおもむろにポケットからタバコを一本取り出すが、「あ、ここでは……」と思慮する。つまり菜穂子の肺病に思い至って、その副流煙が彼女の肺を更に侵すのではないか、と躊躇(ちゅうしょ)するのである。しかし菜穂子は「いいから」と一服を促す。そこで初めて、二郎は煙を吐く。このシーンが、「喫煙を魅力的に描いている」とされたその核心なのである。非喫煙者への宮崎の配慮 考えるまでもない事だが、このシーンを素直に解釈すると、「タバコの副流煙の害を承知している二郎が、妻の肺病を慮(おもんばか)って一旦、喫煙を躊躇したが、それよりも新婚生活の甘美なるに重きをおいた菜穂子の勧めによって一服する」というもの以外にはない。実はこのシーン、極めて慎重に宮崎駿が非喫煙者(それこそ禁煙学会のような)に対する配慮が込められている場面なのである。「世界には絶望しかない」 なぜなら、「副流煙の害」(それが真実かどうかはともかくとして)が巷間言われるようになったのは一九八〇年代から。昭和初期のこの時代、「結核患者の横でタバコを吸うのは悪」という認識は存在していない。もっと言えば、当時、「タバコは肺病に効く」という認識が一般的であった。結核が日本人の死因第一位であった当時、「タバコは肺病の予防薬」とされ珍重されていたのだ。サナトリウムに健常者が見舞いに行く際、結核に罹患(りかん)してはいけないと「消毒」の為に一服してから入る、というのが作法だったという。驚くべきかなこれが当時のタバコと結核に対する認識だったのである。もっと遡(さかのぼ)れば、戦国時代にタバコが伝来して以来、タバコは薬とされ、「頭痛・肺病」に効用ありと、時の漢方医が病人に勧めたのであった。江戸時代に出された「禁煙令」はタバコの害を懸念したのではなく、タバコの失火が大火になることを予防する消防法的な処置である。まして「副流煙が結核に悪い」などと言う認識は、ここ数十年の、全く現代的な新概念に過ぎない。漫画版『風の谷のナウシカ』(徳間書店) ともあれ宮崎は、史実よりも現代における「禁煙リテラシー」とやらを優先してくだんの場面を描写することを選んだ。繰り返すようにこのシーンは、当時の人々の喫煙に対する感覚に照らし合わせて、歴史事実を描いたものではない。にもかかわらず、禁煙学会は「喫煙を魅力的に描いている」という難癖(なんくせ)をつけ、あろうことか「風立ちぬに対する見解」の中で、「主人公のモデルになった人物はタバコを吸わない人だった。歴史をねじ曲げている」と指摘する。皮肉なことに、「歴史をねじ曲げて」、現代人に配慮しているのは宮崎駿自身なのだ。歴史に素直に違えば、二郎は何の躊躇もなく喫煙し、タバコは消毒と同じで肺病に効きめあり、とされなければならない。宮崎駿の良かれと踏んだ配慮が、実に皮肉な結末を迎えているのである。「世界には絶望しかない」 禁煙学会による抗議は、更に本作のシーンが、「生命軽視につながる」ことを嘆いている。つまり「風たちぬのテーマは、戦争はやってはいけない=命がいちばん大事だ、と言うことだと思います」(原文ママ)。にもかかわらず、一方で「健康に害のある(生命軽視)」の喫煙シーンが登場するのは、この作品の「崇高なる」テーマ性を傷つけているのだ、という論法である。 結論から言うと笑止である。宮崎駿とその作品に対して、もっとも典型的な感想がこの手の論調なので、いい加減嫌(いや)になってくる。つまり、宮崎駿作品というものは、「反戦」「生命至上主義」「環境重視」というまたぞろ戦後民主主義的な三拍子揃ったメッセージが込められている、という「古典的」な認識を、彼ら禁煙学会が決定的に有しているということに対する憤慨だ。 宮崎駿が「反戦」「生命至上」「エコ」の作家だという認識は、一体何処から来るのであろうか。これらの原点は、例えば『風の谷のナウシカ』(八四年・映画版)が金曜ロードショー等で放映される度、その紹介のナレーションで「人と自然の共生を謳い……」という定型句が流れる。多分、このあたりから「宮崎駿=環境主義者(或いは生命至上)」という漠然とした印象が根付いたのかもしれない。実際、「ナウシカ」を俯瞰すると、確かに納得する点はある。巨大産業文明が崩壊して千年後の未来世界。腐海(ふかい)と呼ばれる有毒の粘菌にその生存が圧迫されていた人類が、いま一度、腐海と共に生きる未来を選択して本作は終劇している。なるほど、作家・宮崎駿を語る時、ナウシカは外せないテーマだ。宮崎は生命至上主義者ではない かつてNHKの対談番組『トップランナー』に彼が出演した時、司会者から「(宮崎)監督はいろいろな作品で人と自然の共生というテーマを描いていますよね……」と言われた際、彼はその言葉を即座に否定している。自分は地球環境の大切さや命の重みを描いたことはない……というニュアンスで、「世界には絶望しかない」と切り返した。この言葉の真髄を理解するには、一九八二年から九四年の足掛け十二年にわたって「アニメージュ」(徳間書店)紙上で連載された漫画版の『風の谷のナウシカ』を読み解く必要があろう。 テレビでよく放映される映画版はこれに先行されて製作・公開されているので、原作である漫画版は、さらに長い長い物語の展開がある。ここでその内容を全て紹介することはしないが、漫画版ナウシカでは、宮崎は「生命とは闇の中に瞬く光だ」と結論している。かつての巨大産業文明を司った人類達は、その行き過ぎた科学礼賛・資本主義礼賛の価値観を反省し、結果人類を「音楽と詩を好む平和で文化的な種族」に改造しようという気宇壮大な計画が暴露される。しかし、宮崎は、主人公の少女・ナウシカに、それを「否!」と喝破させている。宮崎は生命至上主義者ではない 美しいもの。健康で健全なるもの。光り輝く人類。そういった考え方こそ、最も生命から遠い、愚かしい存在であると宮崎は指摘している。「人生や人間は、常に光り輝いていなければならない。常に美しくあらねばならない。常に健全でなければならない」とする、そういった設計的な考え方こそ、最も傲慢で醜い考え方であり、それは混濁に満ちた生命ではなく単なる人工の汚物だ、と宮崎は謳っているのである。泥水をすすり、病に侵され、己の欲に抗しきれず、それでも生きたい。その惨めで、俗にまみれた絶望の命の姿の中にこそ、一縷(いちる)の光がある。それこそが「生命の本質である」と謳って、漫画版ナウシカは終劇していく。『もののけ姫』ドイツ語版DVD この宮崎駿の哲学は、続く『もののけ姫』(九七年)でも明確に継承されていく。劇中、ハンセン病を患う包帯の「長(おさ)」と呼ばれる男が登場する。主人公「アシタカ」が、タタラ場(踏鞴(たたら)製鉄所)の女棟梁であるエボシ御前を殺害しようと目論む場面だ。男は唯一、自身を人間として扱ってくれた恩人であるエボシ御前の助命を乞うた上で、次のように吐露するのである。「生きる事は誠に苦しく辛い。世を呪い、人を呪い、それでも生きたい。どうか愚かなわしに免じて……」 日本アニメーション史上、燦然と輝く名シーンである。ハンセン病は当時、病態が進行するとその病相から「業病」と呼ばれ、忌み嫌われた。前世の行いが悪いからだと烙印を押され、村の共同体から放逐され、路傍に迷った彼らがやがて「非人」などの身分に落とされていく。恐らく病状末期の「長」は、鼻が落ち、腐った顔面の、その包帯の下のわずかな眼窩の窪みがしっとりと涙で濡れている。 宮崎駿は生命至上主義者ではない。人生や人は素晴らしいものだといっているわけでもない。世界が光り輝いているなどとは決して思っては居ない。世や人生は絶望と苦しみしか無い。しかし、それでも生きたい。生きていきたいと願う、その俗っぽい泥の中から出る、生命の根源の一縷の力。つまり絶望の傍らにこそ、彼は光を見ているのである。だからこそ人間は素晴らしく、また美しいのだと宮崎は一貫して描いている。因みに、「もののけ姫」にも、当時の明朝からの輸入品と思われるキセルでタバコを吸うシーンがあるが、こちらには難癖がつかないのは実に不思議だ。宮崎アニメへの歪んだイメージ宮崎アニメへの歪んだイメージ この「宮崎哲学」を踏まえると、『風立ちぬ』もまた実に首尾一貫していることが分かる。零戦という航空機に於ける最高峰の「美」は、開戦と同時に次々と連合軍機を屠(ほふ)った。しかし他方、圧倒的な米軍の物量に次第に押され、最終的には特攻機として使用された悲劇の名機でもある。零戦は、このように明と暗の二面性が同居している。 『風立ちぬ』には、昭和恐慌直後の、荒(すさ)んだ都市貧民の姿も描写されている。宮崎は企画書で「まず美しい戦前の日本を描きたい」としているが、その美しさの中には、不況で日銭すらままならない、貧困の様子も活描されている。しかし、その二面性、光と影の同居こそ、彼はもっとも素晴らしい「美」として描いているのである。 結核に侵された菜穂子と二郎のつかのまの新婚生活にしても同じだ。常に死の影にさらされている菜穂子は、やがてくる悲劇の零戦設計者・二郎の伴侶に相応(ふさわ)しい「暗」を背負っている。本作の音声には一部奇妙な効果がある。それは、関東大震災の地鳴りと、飛行機のエンジン音の両方に、人間の、低い、不気味な声があてがわれていることだ。これはこの両者に、破壊という魔物が住み着いていることを暗示する演出である。大空を優雅に、美しく飛ぶ航空機のすぐ背後には、人間の破壊と欲望の衝動が同居しているのである。だからこそ、それは単純な光にも増して、美しく光彩を放っているのである。 私は、禁煙学会が指摘する「喫煙の美化」という頓狂な主張以前に、彼らが、実のところ全く宮崎駿の作品を理解していないことに絶望した。繰り返しになるが、宮崎駿は「戦争が悪い」とか「命が大切だ」などという単純なメッセージなど何処にも配列していない。寧むしろ彼は、実のところそういった考え方そのものを「醜い肉塊」として最も問題視しているのである。「人間は、清く、正しく、健康で健全であらねばならない」 というその傲慢な考え方こそ、光を奪い、生命を醜くしている元凶であるというのだ。正しくこの哲学で言うと、禁煙学会の考え方そのものが、宮崎駿の唾棄(だき)すべき思考であり人種にほかならない。が、作品自体を見ていないのか、そもそもよく思考していないのか、全く的はずれなイメージと論調ばかりが一方で独り歩きしている。いかに世界的で、国民的な宮崎駿とはいえ、こういった歪んだ宮崎へのおかしな期待とイメージの集大成が禁煙学会の今回の抗議であるといえよう。 もう一つ、重要な禁煙学会の主張は「風立ちぬに関する見解」の中で、彼らが指摘する「(風立ちぬの)喫煙シーンは、子供に悪い影響を与える」とする部分である。ご丁寧にどこぞの統計資料まで持ちだして、「喫煙シーンを観た子供の多くが、影響を受けて喫煙者になる」という「調査」を公表しているのだ。つまり、禁煙学会は、宮崎駿の作品を「子供向けの作品である」と捉えている。これも全くの噴飯の認識であると言わなければならない。 宮崎駿の作品は、確かに『となりのトトロ』(八八年)など、子供が素直に見てはしゃぐことの出来る作品はある。『天空の城ラピュタ』(八六年)も、正統的な冒険譚であり学童でも楽しめよう。しかし少なくとも『風立ちぬ』は子供向けとは言い難い。前出した『もののけ姫』でもそうだが、九〇年代後半以降の宮崎駿は、学童に向けた正統的な、わかりやすい起承転結の作品を作っているわけではない。 私は『風立ちぬ』を観に劇場に二回足を運んだが、本作の客層の主軸は青年以上の中・高年であり、一〇代以下の姿は極めて少なかった。むしろ、少しアニメ事情に詳しいものであれば、現在の子供を含んだファミリー向けの大衆アニメ作品の中核は、宮崎では無く細田守に移行していることを知っている筈だ。宮崎作品は子供向け、という古典的な図式そのものが、既にここ十数年で崩れているのである。禁煙学会のアニメ観禁煙学会のアニメ観 にもかかわらず、禁煙学会は宮崎作品は子供向けと一方的に決めつけ、その与える影響を嘆いている。彼らのアニメ全般に対する無理解がその背景に横たわっているのである。 そこには「アニメは子供が見るものだ」というぬぐい去れない蔑視の感情が見え隠れする。喫煙云々以前に、こういった認識こそ、世の批判にさらされるべきであろう。 私が中高校生の時、世で空前の大ブームとなった作品があった。『新世紀エヴァンゲリオン』(九五年放映開始・以下エヴァ)がそれである。受験勉強をほっぽり出し、寝る時間を惜しんでビデオを見た。関連書籍を片っ端から読み漁った。九七年の劇場版では、公開日の前日から十数時間、友人と共に列に並んだ。後に「第三次アニメブーム」と呼ばれることになった当時、私は齢十四歳だった。 『エヴァ』には喫煙者が登場する。赤木リツコという女性の研究者が、野戦指令部のラボ(研究室)でタバコを吸うシーンが頻出するのだ。本作は、テレビ東京系列で夜の六時半から七時の「ゴールデンタイム」に放映されていた。当時「喫煙シーンはけしからん」などという抗議は聴いたことがなかった。そのシーンに影響されて、喫煙者になったという人間も見たことはない。私は『エヴァ』の薫陶を受けたど真ん中の世代だが、何を隠そう現在でも私は非喫煙者なのである。 赤木リツコという女性喫煙者の登場により、女性の喫煙率は上昇したのか? 厚生労働省の統計では、女性喫煙率はここ二十年間横ばいが続いており、直近では斬減(ぜんげん)傾向にある。『エヴァ』の他にも、近年の作品の中には『カウボーイ・ビバップ』(九八年)、『ブラック・ラグーン』(〇六年)でも顕著に女性喫煙者が登場する。モンキー・パンチ原作の『ルパン三世』もアニメ版の放映は七一年から行われており、次元大介が常にタバコをくゆらせている。『機動警察パトレイバー』(八九年)でも、主役級の刑事はいつもマイルドセブンを携行している。 これらが喫煙率の上昇を招いているどころか、この間一貫して喫煙率は大幅に低下しているではないか。アニメと禁煙率には何の相関もない。そしてやはり、そこには「アニメは判断力に乏しい子供の見るものだ」という大前提的な刷り込みが見え隠れしている。「アニメ=子供向け」「アニメ=低俗なもの」という認識が、禁煙学会の根底にあるアニメ観にほかならない。アニメの登場人物の所作をそのまま模写して喜ぶほど、アニメを見る子供は馬鹿ではない。よい映画とは何か 禁煙学会の抗議を巡っては、賛否両論の立場からさまざまな議論が百出している。「(風立ちぬの登場人物は)非喫煙者だったのだから歴史の歪曲だ」という前出の抗議に対しては「当時の喫煙率からいって、成人男子の喫煙は歴史的事実に沿ったもの」という反論がなされる。一方、「(喫煙シーンを)描くのは憲法が保証する表現の自由だ」という反撃が真っ先に行われている。これに対して禁煙学会は「(嫌煙を言うのも)表現の自由だ」と言う。堂々巡りが続く。 重要なのは歴史的事実に忠実なのかどうか、ではない。歴史的事実に忠実な作品が良い作品である、という事になれば、時代劇の描写はほとんどすべてが間違っている。大抵の場合、既婚女性はお歯黒をしていないし、暴れん坊将軍が駆け抜ける夜の江戸の街は、ガス灯が発明される前なので、もっと真っ暗なはずだし、幕府の官吏が乗る馬も、背の低い品種改良前の純血種でないとおかしい。しかし暴れん坊将軍は国民的な時代劇の代名詞として、現在でも我が国で広く親しまれている。喫煙シーンへの背筋が凍る警告 史実に忠実な作品が必ずしも素晴らしい作品とは限らない。世界的に評価された黒澤明の『乱』も、戦国時代が舞台だが登場するのは世継ぎ争いが勃発した大名・一文字家である。そんな大名は存在していない。『乱』は『リア王』をモデルとした黒澤明の創作だ。『シンドラーのリスト』はナチス・ドイツ下のドイツが舞台で登場するのはドイツ人だが、登場人物全員が英語を使っている。ユダヤ人を救った実際のオスカー・シンドラーは英語を喋らない。しかし、この作品はアカデミー賞を受賞し、映画史に名を残している。事ほど左様に、創作物とは、常に虚構が伴っている。虚構があるから駄目だというふうにはならない。虚構があるからおかしいとか、歴史と違うから駄目だ、という批判は、そもそも映像作品を評するにあたっては的外れも著しい。仮に虚構が存在していようと、私は『風立ちぬ』は傑作に違いないと思う。 表現の自由、という問題もある。禁煙学会の言う「表現の自由の侵害(という批判)は、国家権力に対して行われるべき批判であって、民間団体の我々は正統な権利を行使しているだけ」というのも誠に腑に落ちない。そうであるならば、その権利の行使が『風立ちぬ』のみに限局されている理由もまた説明しなければならないが、その理由は全くなされていない。つまり、民間団体の恣意的な選別――たまたまそれがヒットしている宮崎駿の最新作だったから――が介在しているという疑いを向けられても仕方がない。前述したとおり、登場人物が喫煙を行う作品は、『風立ちぬ』以外にも数多く存在するからである。宮崎駿の作品の中で、最も多く喫煙シーンが登場する『紅の豚』(九二年)がまっさきに槍玉にあがらないのも、彼らの強烈な不作為を感じるのだ。喫煙シーンへの背筋が凍る警告 筒井康隆氏の短編小説である『最後の喫煙者』(八七年発表)は、嫌煙運動をシニカルに描いた傑作中の傑作であるが、全体主義の恐怖を描いたという点では、ジョージ・オーウェルの『一九八四』、レイ・ブラッドベリの『華氏四五一』と通底している。今回の禁煙学会による『風立ちぬ』への非難は、はからずもこういった往年の古典的SFが警鐘を鳴らした、全体主義への危機感を彷彿とさせるものであった。ナチス・ドイツは、自らの体制に相いれぬ作家の作品を「非ドイツ的」とカテゴライズし、「退廃芸術展」としてドイツ各地で大々的に見せしめにし、それでも飽きたらず焚書した。トーマス・マンなどの作家やパウル・クレー、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレといった画家をことごとく追放した。戦後、評価を受けたのは退廃的と烙印を押された彼らの側だったのは実に皮肉な話である。 こういった創作への弾圧は、実につまらない理由で開始される。クリムトは女の裸ばかり描いているという理屈で、ゲッペルスに睨まれた。退廃芸術の巣窟と名指しされたバウハウス(美術学校)は、当時の校長であるハンネス・マイヤーが共産主義者だったからという理由だけで徹底的に弾圧された。なにもこういった風潮はドイツに限ったことではない。戦後のアメリカでも、チャップリンが同じ理由で追放されイギリスに亡命している。今や古典となっているエルビス・プレスリーは当時、宗教色の強いアメリカ南部でレコードが焚書運動の対象になった。理由は「ダンスの腰使いが卑猥だから」。今考えれば実に馬鹿馬鹿しい理由だが、放置しておくと、大変な目に合うことは歴史が証明している。『風立ちぬ』への批判はこのように最早、喫煙者と非喫煙者の確執、という単純な図式に収まりきれない深刻な示唆を含んでいる。 禁煙学会は、「風立ちぬに関する見解」の最後に、「風立ちぬに限らず、映像作品を制作するすべての方々に対し、タバコシーンがもたらす影響を熟慮いただきたい」と結んでいる。背筋が凍る警告である。これを許容すると、次は「登場人物が肉ばかり喰うのは健康志向に害を与える」とか、「酒を呑むシーンが未成年者飲酒を助長する」とか、「電車の中でメールを送るシーンはマナー違反である」とか、数限りないアニメや映画に対する難癖が付けられる。 そういったシーンを含む作品は、「退廃的」の烙印を押され、果ては焚書され、後には綺麗で、害のない、光り輝く、「健康で文化的」な平和の作品ばかりが燃えカスのように残ることになるだろう。 世界には、清潔で、都市的で、洗練された、風通しの良い空間だけが残ろう。宮崎が訴えたように、この考えこそ生命の終焉であり、醜い肉塊であるとわからなければならない。生命は闇の中に瞬く光だ。人生とは明と暗の混沌だ。タバコの煙の中に、宮崎駿が込めた哲学を垣間見た気がする。ふるや・つねひら 1982年、北海道札幌市生まれ。立命館大学文学部史学科卒。ネットと「保守」、メディア問題、アニメ評論などのテーマで執筆活動を行っている。著書に『竹島に行ってみた!』『韓流、テレビ、ステマした』『ネット右翼の逆襲』など。(※iRONNA編集部注:肩書き等は『コンフォール』掲載当時のものです)

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    「慰安婦日韓合意」で保守派が激怒する理由と背景

    古谷経衡(著述家)「慰安婦日韓合意」に激震覚めやらぬ保守界隈 29日に岸田外相と尹韓国外相との間で発表された「慰安婦問題日韓合意」を受け、日本国内ではネット右翼(ネット保守とも)層を含む強硬な保守派全般の激震が覚めやらない。 SNS上やブログ上では、ネット右翼や保守系言論人による日韓合意への怨嗟の声が溢れ、これまで安倍総理を強固に支持してきた層からも「(安倍総理に)失望した」「裏切りだ」「年の瀬に最悪の悪夢」などの声があふれている。「慰安婦」日韓合意のニュース映像が流れる大阪市内の電気店=2015年11月28日午後、大阪市浪速区(彦野公太朗撮影).jpg この合意を受け、早くも12月29日には東京都内の保守系市民団体らが議員会館、首相官邸、外務省前などで抗議活動を繰り広げるなど、怨嗟の声はネットを突き破りリアルにも波及し始めている。「慰安婦日韓合意」がここまで保守派を怒らせている理由はなにか。「慰安婦問題」は保守運動の「一丁目一番地」 ネット右翼を含む強硬な保守派全般(以下、強硬な保守派)にとって、所謂「従軍慰安婦問題」は保守運動の「一丁目一番地」であると見做されてきた。 強硬な保守派が従前から強烈に主張してきた政治的イシューは、「憲法(第九条)の改正」「靖国神社公式参拝推進」「反東京裁判史観=YP(ヤルタ・ポツダム)体制打破」など手垢のついたものだったが、2011年12月に韓国の市民団体=韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)がソウルの日本大使館前の公道に「慰安婦像」を設置してから、急速に強硬な保守派にとって「従軍慰安婦問題」が運動の推進剤となった。 ブロンズ像という視覚的に分かりやすい「韓国の反日」の具体化が、日本の保守運動に火をつけ、この時期、強硬な保守派の中で「慰安婦」に絡めた「嫌韓」が自乗するように加速していく。 代表的なものを見ていくと、同年に設立された『なでしこアクション』(山本優美子代表)が筆頭で、「(従軍)慰安婦=性奴隷のウソに終止符を」を掲げ、爾来数々の保守運動の中心的存在のひとつとして保守系メディアで取り上げられてきた。 或いは2012年6月には、保守系政治団体『維新政党・新風』の鈴木信行氏らが前出慰安婦像の前に竹島の日本領有権を主張する「杭」を打ち込んだとしてソウル地検に起訴され(竹島杭事件)、韓国政府から入国禁止処分を受けるやいなや、強硬な保守派からは英雄扱いとなり各地で講演会、イベントを行うなどした。 さらにこのような保守運動を勢いづかせたのは、2014年8月に朝日新聞が自ら発表した「吉田清治証言の取り消し」であった。済州島で日本軍関係者が現地の女性を強制連行して慰安婦に仕立てあげたという所謂「吉田清治証言」が虚報であったことが確認されると、保守派は1993年の所謂『河野談話』、及び1996年の国連『クマラスワミ報告』が「吉田清治の捏造証言を大きな根拠としている」と主張した。造語「追軍売春婦」の登場造語「追軍売春婦」の登場 よって強硬な保守派は「吉田清治証言が捏造であるなら、河野談話もクマラスワミ報告も連座して無効」と主張し、従軍慰安婦そのものを「存在しなかった」として扱い、従軍慰安婦を営利目的の「追軍売春婦」(日本軍に勝手に追従した自由意志の売春婦)と言い換えてきた。 このように、2010年代からにわかに保守運動の前衛として「従軍慰安婦問題」がフォーカスされ、慰安婦像の撤去や慰安婦の存在そのものを否定するを運動はグレンデール市(米カリフォルニア州)での慰安婦像撤去署名運動、および2014年2月のフランス『アングレーム国際漫画祭』での、日本の保守系任意団体『論破プロジェクト』が出展を計画した「慰安婦否定漫画」などへと繋がっていく。 或いは、宗教右派や軍恩関係団体から構成される『日本会議』、保守系の独立放送局である『日本文化チャンネル桜』とその関連政治団体『頑張れ日本!全国行動委員会』、また所謂「行動する保守」の代表格である『在特会(在日特権を許さない市民の会)』など、大小を問わず、ほぼあらゆる強硬な保守系の運動の中に「慰安婦問題」が否定の文脈として登場することになった。 このようにして、まさに慰安婦問題は、保守運動の「一丁目一番地」となった。ずれる保守派の論点、整理されぬ対抗言説 このような従軍慰安婦問題に関する保守運動が大きな盛り上がりを見せる一方で、彼らの理論的根拠はチグハグで終始一貫性がないものであった。まず強硬な保守派が主張したのは、以下のように大きく三つに類別される。1)「吉田清治証言が捏造であったのだから、強制連行はなかった。したがって従軍慰安婦は強制されたのではなく自由意志で日本軍に従事していたのであり、彼女たちは”追軍売春婦”に過ぎないから問題ではない」とする追軍売春婦派=彼らの論拠からすれば、「追軍売春婦」は金儲けのために追軍し、待遇面でも良かったのだから”性奴隷”とは程遠く何ら問題ではない、となる(現状ではこの意見が最も多数派)。2)「従軍慰安婦はむしろ喜んで日本軍に奉仕した。日本軍とともに戦って死んだ慰安婦もいる」とする美談派=彼らの論拠からすれば、例え強制的な戦時性労働であっても、国のために兵隊に奉仕したのだから何の問題があるのか、という感情論。3)「同時期のドイツ軍等も同様だったのだから、日本だけが非難されるいわれはない」とする相対派=彼らの論拠からすれば、軍の関与も広義の強制性も認めているということになる(2014年1月にNHKの籾井会長が同様の発言をし、その後陳謝している)。或いはこの相対派の意見の中には、ベトナム戦争時の韓国軍による婦女暴行の事案(ライダイハン)を持ち出す傾向もある。 というふうになる。しかし奇妙なことに、「彼女たちは従軍慰安婦などではなく自由意思の、カネ目当ての追軍売春婦である」というものと、「例え強制的であってもお国に奉仕した無私の慰安婦に何の問題があるのか」というものと、「従軍慰安婦の存在も広義の強制性も認めるが、それは相対的に見て日本だけが悪いわけではない」という、全く世界観の異なるこれら三つ主張をすべて内包していたのが、強硬な保守派の主張だった。 すなわち、1)を採用すれば2)と3)と根本矛盾し、2)を採用すれば1)及び3)と対立するし、3)を採用すれば、1)と2)を完全否定することになる。 基礎的な歴史の事実を精査しないで、強硬な保守派の各人が、ネット上で各々勝手に、1)~3)の主張を叫び、或いはその都度、都合の良いようにミックスさせてきたのが今日に至る強硬な保守派の基本的な立ち位置であった。 すなわち、彼らのスローガンは「従軍慰安婦は存在しない。元慰安婦の証言はウソである。彼女たちは進んで性を提供することで兵隊に無私の立場で奉仕し、かつ高給取りだった。それはドイツもやっていたのだから日本だけが悪いわけではない。或いは全ては日韓基本条約で解決した」というものだ。この一文の中に、ありとあらゆる意味での矛盾が含まれていることは自明である。 つまり強硬な保守派は激烈に沸き起こる「嫌韓」や「反朝日新聞」の潮流の中で、対抗言説の要点を全く整理せず、慰安婦問題のどの部分を問題視しているのか、理論的中心がてんでバラバラであった。無理筋な「自由意志」無理筋な「自由意志」 その中でも、割合強硬な保守派が重視したのは1)にある強制連行の有無で、これが吉田清治証言の虚報によって補強されたのだから、「強制連行のウソ=軍の関与なし、つまり自由意志の追軍売春婦」という歴史観が強硬な保守派の通説となっていく。 ところが、欧米を含む国際世論が重視したのは、「吉田清治証言のような強制連行の有無」を通過し、「軍の関与そのもの、軍によるあらゆる形での管理買春の存在それ自体が戦時人権侵害である」というものであり、強硬な保守派の対抗主張と国際世論が重視する問題点はズレてきた。 その後、吉田清治証言は少なくとも河野談話に影響していないことが確認された(2014年10月3日、菅官房長官答弁)にも関わらず、強硬な保守派は「朝日新聞=吉田清治=河野談話=歴史の捏造・でっち上げ」というラインを崩すこと無く保守運動の推進剤としてきた。 が、実際に先の大戦中、旧植民地出身の従軍慰安婦が軍の管理(関与)の元、性労働に従事していたのは当然の事実であり、そこには仲介業者などを通じた人権侵害があったことは事実で、到底「自由意志」とすることはできない。 例えば先日逝去された水木しげる氏の作品の中でも「(当時呼称)ピー屋」として描写されているのが有名(作中では、慰安婦たちは軍の管理下の元、過酷な性労働に従事する一方で、軍に保護される存在として描写されている)なように、これまでに様々な媒体で発表されてきた韓国人元慰安婦の体験談の中に、誇張や幾許の嘘があり、所謂「強制連行」は無いとしても、従軍慰安婦の存在と日本軍の関与という歴史事実は、動かすことが出来ない。「嫌韓」の濁流の中を突き進んだ保守運動 これを現在の価値観から「善か悪か」と判断するのは評価の別れるところだが、このような歴史事実を「まったく存在しない」として主張する強硬な保守派の前出の主張1)は無理筋だし、2)については根拠に乏しいコラム的愛国美談に過ぎず、3)についてのみ、ドイツとの比較点がありそうだが、対抗言説を繰り広げそれを保守運動の中に積極的に組み込んできた強硬な保守派は、この1)~3)の互いに矛盾する全く異なる主張を、前出のスローガンのように逐次散漫に出しては繰り返し、対抗論点を整理しないまま、ネット上の粗悪な「嫌韓」の文脈の中にばら撒いたままにし、先鋭的な「嫌韓」に突き進んでいく。 よってこの度の慰安婦日韓合意で、日本政府が「軍の関与」を認めたことに保守派は激怒し、韓国に対し日本側が大幅に妥協したと憤慨している。彼らの怒りは、論点を整理しないまま、「嫌韓」の大潮流の中で唱えられていた「アンチ慰安婦問題」の保守運動が、漠然と日韓合意によって全面否定され頓挫したという印象を強く持つからであろう。 ところが繰り返すように、当の強硬な保守派自身が「慰安婦問題」の何が問題なのか、その論点を全く整理しないままに保守運動の「一丁目一番地」として前衛にしてきた。 常識的な判断ならば「吉田清治的強制連行はなかったにせよ、日本軍の関与(管理)があったのは事実なのだから、それについて10億円で最終的かつ不可逆的な解決が韓国とできるのであれば、良いのではないか」という評価に落ち着くと思うが、強硬な保守派の多くはそもそも「慰安婦自体が存在していない」から始まり、「喜んで性を提供した追軍売春婦」ときて「ドイツもやっていた」とあまりにもびまん的になるから、今般の日韓合意そのものが、強硬な保守派の漠として思い描く「慰安婦=捏造」の世界観が否定されたとして、これまた漠として怒っているというのが正解であろう。安倍政権への打撃はあるのか安倍政権への打撃はあるのか 今回の慰安婦日韓合意で、強硬な保守派から向けられた安倍総理への批判や失望は、第一に安倍政権にとっての打撃になるのか。また第二に、安倍総理がこのような強硬な保守派から「見限られる」という事態につながるのだろうか。 まず第一についてだが、仮に強硬な保守派全部が今回の慰安婦日韓合意を機に「反安倍」に鞍替えしたとしても、政権への影響は「まったくない」という風に評価できる。なぜなら、前述してきたネット右翼を含む強硬な保守派の人数はおおよそ全国で200万人前後で、かれらが議席に与える影響は『日本のこころを大切にする党(旧次世代の党)』の現有議席と趨勢をみれば明らかであるからである。 この辺りの実態は、私が拙著『ネット右翼の終わり(晶文社)』やYahoo!ニュースの別稿等で繰り返し主張してきたとおりで、仮に「ネット右翼を含む強硬な保守派の総離反」が起こったとて、政権への影響は極めて微弱かゼロである。安倍総理は「見限られる」のか そして第二については、そのそもこうした強硬な保守派が「反安倍」に鞍替えすることは、まず考えにくいという事実だ。遡れば、保守派が安倍総理に「深い失望」を表明したのは何も今回だけではない。 自民党が2012年12月に政権党に返り咲く前の段階でマニフェストに記載していた「竹島の日式典の政府主催」「尖閣諸島への公務員常駐」への強硬な保守派の期待は相当なものであったが、第二次安倍政権がスタートしてまもなくの2013年2月22日(竹島の日・竹島の日式典)が、政府主催ではなく従来と同じ島根県主催のものであった事実は強硬な保守派を落胆させ、一部の右派活動家らが首相官邸前で抗議活動をするなど事態はエスカレートした。 その時も今回と同様、「安倍に裏切られた」の怨嗟の声は多数あったが、強硬な保守派の受け皿が自民党しか無いため、結局彼らの多くは安倍支持を継続したという経緯がある。 ここには、「社民」「共産」といったリベラル勢力が小さいながらも国政政党を保有し、彼らの政治的主張の受け皿を担っているのに対し、強硬な保守派の政治的受け皿が、ほぼネット空間にしか存在しなかったという歴史的経緯が影響している。唯一、2014年後半に旧次世代の党がその役割を担ったものの、すぐに瓦解してしまった。 自らの政治的主張を代弁する国政政党を持たない強硬な保守派は、例え自らの理想とする「真の保守的世界観」から安倍総理が現実主義を採用して遠のいたとしても、安倍総理を支持するしか方策はなく、よって「見限られる」という事態につながるとは考えにくい。 強硬な保守派が「一丁目一番地」としてきた慰安婦問題は、大きく動いた。今後、日本大使館前の慰安婦像の撤去(移転)が実現するかどうかが愁眉の問題となるが、これが近い将来実現するとなると、強硬な保守派も一定溜飲を下げることとなり、結局は従前よりも増して強固な安倍支持の特性を色濃く持つだろうと予想される。(「Yahoo!ニュース個人」より2015年12月31日分を転載)

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    「もう一度見ようとは思わない面白い高級映画」スターウォーズ第7作

    古谷経衡(著述家)SW7は「高い店のうまい飯」 端的に『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(以下SW7)の印象を言ってしまえば、「高い店でうまい飯を食った」という感じ。公開翌日の2015年12月19日、東京都内とはいえ辺境にある映画館のレイトショーであるにも関わらず、客の入りは相当だった。SW7の興行的成功を直感した。それは後の報道でも裏付けられた。 さて私は通常、一回のディナーに1人1万円以上掛かるような「高い店」に行くのはあまり好きではない。それよりも、3,500円位の会計で満腹になる家族経営の非チェーンの居酒屋でチビチビとやるのが好きだ。「高い店」がダメで、「安い店」が良い、と言っているわけではない。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved ドン・キホーテのワインコーナでは売っていないワインをグラスにあけ、但馬や鹿児島で育った牛のステーキをわさび醤油で食べるのは最高の贅沢だと思う。多分そういう店は、空調も間接照明も眺望も第一級だ。いちいち野菜やデザートの産地をシェフから説明されると、なんとなく美味そうに感じる。私は富裕層ではないからよくわからないが、親父がこびりついた油でギトギトになった焼き台で焼いたねぎまや、店のママさんが作り置きしているポテトサラダとは、何から何まで訳が違うのだろうと思う。 でも私がこういう「高い店」があまり好きではないのは単に経済的な理由だけではなくて、「高い店がうまい」のはあたりまえの事だからだ。2人で入った店のディナーの会計が4万2000円なのに、デフレ飯系のチェーン店と満足感が同じだったら訴えられるだろう。「失敗がない」という安心感がある代わりに私たちはここぞというデートの時や何かしらの記念日に際して「高い店」に行き、そこで高い会計を払っているのだ。しかし、それは当たり前のことであって驚きは存在しない。 私が期待しているのは、3,500円という会計の割には大満足でき、また次の週末に一人で来たいと思わせるような大衆的で良心的な店だ。大衆的で良心的な店はグルメとは遠い、みたいな事をいう人間は単に「東京」とか「六本木」などという地名にステータスを感じているだけの田舎者にすぎない。 グルメとは「高い店でうまい飯を食う」ことであると私は定義しない。グルメとはある種の驚きである。よって「高い店でうまい飯を食う」のは当たり前のことであり驚きとは遠い。良心的な会計の中に至高の驚きを見つける事こそが真のグルメであり「食道楽」だと思う。 前置きが長くなったが、そういう意味では、SW7は、第一級の(高い原価の)素材を基に、最高の環境で提供された「高級料理店の高いディナーだ」。確かに、料理長は『LOST』を皮切りに『スタートレック(11作~)』『スーパー8』等で一躍世界的に名が知られるようになった気鋭、JJエイブラムス(以下JJ)。まだ40代後半の若さとはいえ、しっかり経験とヒットの実績を積んでいる。失敗はない。「ルーカスを否定しつつ、尊重する」という縛り「ルーカスを否定しつつ、尊重する」という縛り 素材にも金が掛かっている。帝国軍のTIEファイターがミレニアム・ファルコンを追尾する冒頭の戦闘シーンから始まり、終劇するまで兎に角「豪華」だ。「高い店でうまい飯」を食うのが好きな人にとっては最高の、映像的快感が連続する。 しかし、このSWという「高い店のうまい飯」には、縛りもある。それは、言わずもがなSWはルーカスが産み落としたという事実だ。SW7とJJはこの縛りから逃げることは出来ない。なぜなら、「父であり母である」ルーカスを否定すると70年代から世界中に熱狂的に存在するSWファンから袋叩きに合うし、かと言ってルーカスを尊重し過ぎると、これまた同様の人たちや「新しいファン層=顧客」から「新鮮でない、物足りない」としてバッシングされる。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という、トリプルエックス級の難しい難題に挑んだのが、気鋭の料理長JJというわけだ。この、「否定しつつ尊重した上で、新しい創造を」みたいな、一見「海原雄山的難題」の解決は不可能にも思えるところだが、そこはさすがJJ、見事に調理している。 SW7のあらゆるところにルーカスの否定と尊重が垣間見える。ネタバレはまだ未見の読者諸兄に非礼なのでしないが、例えばファーストカットのスター・デストロイヤーの登場の構図だけは言わせてほしい。 その構図は、ルーカスとJJでは真反対である。SW4において、画面上からいきなり「ぬぅ」と登場し、観客の度肝を抜いた巨大な構造体=スター・デストロイヤーこそ、SWシリーズ全体の中でもっとも象徴的構図だが、これがSW7では反転している。つまりルーカスは上から、JJは下から船を登場させている。これは極めて意図的なカットだ。一瞬「ルーカスDisか?」と勘ぐるも、そこはJJ、きちんと本編で「リスペクト」のフォローを次々と繰り出している。 出て来るべきところには出て来るべき人物が登場し、やるべき場面ではやるべきことがなされている。きちんと随所で「ルーカス・リスペクト」の踏み絵を踏んでいくJJ。この微妙な綱渡り感覚は、やや慎重に過ぎるとしても画面的に不愉快にはならない程度である。このさじ加減は上手いと思う。 「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という枠組みの中においてはJJは最高の働きをしたし、またそれには「金が掛かっている」から、やはりSW7の鑑賞は、2時間強、温泉にでも入っているような愉悦だった。 そう、だから私はSW7を「高い店でうまい飯を食った」と形容する。私にとってSW7は全然美味しいディナーだった。しかし冒頭から繰り返すように、「高い店がうまい」のは当たり前のことだし、それはグルメではない。そういう意味でSW7は、「次の週末にも一人でいこう」とは思わない店だ。そもそもルーカスは映画監督としてどうなのかそもそもルーカスは映画監督としてどうなのか ちなみに私はSW4(エピソード4)が公開された際、(全米1977年、日本78年)生まれていなかったから、スピーダー・バイクがタトゥイーンの砂漠の宙を疾走する特撮を見て世界中が熱狂した当時の観客の皮膚感覚を知らない。 1997年にはSW4~6の特別編が公開され、原盤から大きくCG技術が更新されたが、既にその時期日本では『新世紀エヴァンゲリオン』の熱狂的大ブームが列島を覆っており、更にスペース・オペラという意味では翌98年、90年代を代表するSFアニメ・シリーズの傑作である『COWBOY BEBOP』(渡辺信一郎監督)が燦然と登場してきた。SWは基礎教養として見なければならないという義務感と、相応の感慨はあったがそれ以上の何かを持ち得ないまま、99年の『ファントム・メナス(SW1)』へと劇場体験は続いていく。 つまり私が何を言いたいのかというと、日本製SFアニメの洗礼を全身に受けて青春を過ごした私にとって、SWにはそれほど大きな思い入れはない、ということだ。SW公開時には映画館に長蛇の列ができ徹夜組がでたと伝え聞くが、それを言うなら私だって97年の『エヴァ旧劇場版』(シト新生)に公開日の前日の深夜から11時間並んだ。 私にとってのSWは、『ロード・オブ・ザ・リングよりもベルセルク』『宇宙の戦士よりもガンダム』『ライトスタッフよりも王立宇宙軍』『ジェームス・キャメロンよりも押井守』という、やや偏愛的なドメスティック感覚と同じように、おおよそ好みで言えば「ド直球」の作品ではないのだが、それでも気鋭のJJが監督するというのだから事前期待は高まっていたのが正直なところだ。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 今回、SW7は「高い店のうまい飯」だったが、高級店が高級店で在り続けるには努力が必要であるのと同じように、「高い店がうまい飯」を出すその裏側は、並大抵の努力ではないだろう。それは十分、画面から伝わってくる。 ルーカスの演出を私は決して上手い、とは思わない。SW以前のルーカス作品、『THX-1138』や『アメリカン・グラフィティ』にしても、ルーカス黎明期の作品とはいえ、傑作であるとは思えない。SWが大ヒットしたから後付で照射されただけであり、正直言って上手い監督は他にいくらでもいる。 ルーカスは全体的に編集のテンポが悪く、構成に無駄があり、構図も劇的ではない。SW4において傑出して印象に残る演出は前出のスター・デストロイヤーの登場場面くらいだ。私がSW全般に対し、やや冷めているのは致命的にこの部分が引っ掛かるからである。 そのような意味で、ルーカスと同時期にライバル視されたF・コッポラのほうが映画監督としてのレベルは比較に出来ぬほど上である。ルーカスはキューブリックの『2001年』にも影響を受けているとされるが、残念だがキューブリック・スタイルがSWに有意義に取り込まれているとは思えない。今回のJJに至っては、やや凡庸ではあるが会話シークエンスのテンポは悪くなく、構成もルーカスに比べれば遥かに筋肉質で引き締まっている。それはJJが優秀であるという以上に、ルーカスのレベルがそもそもあまり高くないからだ。 であるがゆえに、JJに課された「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という縛りは、海よりも深い。ルーカスより「画期的に」上手く撮る実力は当然あるはずだが、それをやると文句を言われるという宿命は地獄だ。だから抑制的である。しかしあまりにも抑制的であっても批判される。そんな絶妙なエンジンの蒸かし加減を2時間強も「きちんと」続けるJJは、やはり凄いなと思う。 「高い店でうまい飯をくう」のも、たまには良いものだ。SW7、是非劇場で鑑賞されたい。

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    「流行語大賞」にもはや意味は無い

    古谷経衡(著述家)「恒例行事」に意味はあるのか 毎年この時期になると「流行語大賞」というのが発表されるらしいが、私はこのことに何の意味があるのか良くわからない。続けざまに12月上旬には京都の清水寺で「今年を象徴する漢字」が発表され毎年恒例のようにニュースになっているが、こちらも無意味だと思う。私はこの手の「年末の恒例行事」があまり好きではない。紅白歌合戦もここ何年も一瞥すらくれたことはない。実施することにまったく意味を感じないからだ。 冒頭の「流行語大賞」というのは、1984年から開始されているそうだ。ご丁寧にウェブ上に第一回目からの「受賞語」と授賞式の模様がすべて掲載されている。大体において、「政治家の発言とその揶揄」「スポーツ選手の言葉」「アイドルや芸能人や、お笑い芸人のフレーズ等」「ヒットした書籍のタイトルなど」で占められている。これを毎年公開することに何の意味があるのか、私にはわからない。 多様化する社会の中にあって、もはやマスメディア主導型の「流行語」という概念そのものが陳腐化した、とまでは言うつもりはない。方やネット空間で使われる言葉の多くは、マスメディアが使用するフレーズを転写したものだからだ。マスメディアの力が社会に対して有意に低下したとは思えない。 とはいえ、2015年の「流行語」ノミネートをみても瞭然だが、この「流行語」にはやはり特有の「自閉性」を感じる。私が感じる違和感とはまさにこのことだ。なぜ「ISIL」はノミネートされていないのか 例えば世界中を騒がせた(震撼させ続けている)、「ISIL(いわゆるイスラム国)」がノミネートの中にすら入っていないのは何故だろうか。ちなみにこの言葉は2014年にはノミネートされていたが、続く今年には消えていた。当然だが「ISIL」の問題は2015年に入って消えたわけではない。手厳しく論評するのなら、実に刹那的で軽いノミネートだ。 国際的にトルコとロシアの緊張と西欧圏への大量の難民流入、そしてパリに続く新たなテロの脅威が連日報道されているのに、そういった単語もノミネートすらされていない。「日本の新語」というのだから日本国内に限ったものだという抗弁があるかも知れないが、ISILや露軍機撃墜は日本とは全く関係のない他人ごとと言い切れる人間が居るのだろうか?毎年12月に感じる「日本の閉塞感」 「流行語大賞」には、そうした特有の「自閉性」を感じる。グローバル、という言葉が日本国内でお題目のように唱えられていながら、毎年年末になると、そういった世界と遮断した内々だけの「流行語」を恒例行事として発表するその自閉的感覚に一抹の嫌悪感を感じる。清水寺で発表される「今年の漢字」や、紅白歌合戦に誰が出るとか出ないとかという話題は、安全で誰も不幸にさせない代わりに何の問題提起も有用な議論も生まれない。ただ、一定程度の多幸的な人々の溜飲を下げるために機能しているだけの存在のように感じる。爆破され、煙を上げるシリア中部パルミラ遺跡のバール・シャミン神殿。過激派組織「イスラム国」が8月25日、画像を公開した(共同) 作家の村上龍は、「イスラエルとヒズボラの戦闘が始まり、世界中のメディアが報道していた時、NHKの7時のトップ・ニュースは桜の開花を伝えていた」というニュアンスで、日本のマスメディアの異常性を指摘している。一方、先日パリで起こった凄惨なテロ事件も、特に日本のマスメディアは当初ほとんど具体的な報道をせず、NHKは相変わらずその日の相撲を報道していた。この感覚の鈍さは異常だと思う。私はその間、自室でずっとCNNを付けるより他になかった。こういった問題では、日本のマスメディアは明らかに国際水準から後れを取っている。毎年12月に感じる「日本の閉塞感」 マスメディアを糾弾しているのではないし、もっと日本国外の動きに敏感になれ、と言っているつもりもない。ただ私達の社会の中で、年末恒例行事として展開される各種の「行事」に対し、もっと懐疑的になっても良いと思う。私達は「流行語大賞発表」や「紅白歌合戦」を自明のこととして受け入れているが、そこに「鈍感さ」を感じる。想像力を失っているのではないか、と思う。こたつの中で紅白歌合戦を観ている最中にも、貧困やいじめで自殺する日本人が居る、という想像力が、「恒例行事」の洗礼の中で鈍感になっているように感じる。 「お前たち(韓国人)がマクドナルドのハンバーガーを食っている時、北の人民は飢えて死んでいる」とは、映画『シュリ』に登場する北朝鮮の特殊工作員が放つセリフだ。世界の悲惨さと冷酷さに敏感になるべきだ、と言うつもりはない。ハロウィンの馬鹿騒ぎを法律で規制しろ、と言うつもりもない。ただ、「なんとなく漠然と毎年年末になると行われる行事」に対して、無批判ではいけないと思う。人を安心させたり、溜飲を下げさせるだけの恒例行事には、もはや何の意味もない。 安心は向上心や危機への反応速度をスポイルさせると思う。「日本の閉塞感」というフレーズが定着して久しいが、真の意味での「日本の閉塞感」を感じるのは毎年12月だ。それとも単に、私の心がひねくれているだけなのだろうか。

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    ツイッターで自滅する人間をどうすればよいのか

    古谷経衡(著述家)益なき不毛な戦場=ツイッター ツイッターは補給のない戦場に似ている。つまり、あらかじめ持てる弾薬と食料の量はそれ以上増えず、ひたすら手持ちのコマを消耗していく戦いに似ている。 私が何を言いたいかというと、ツイッターでは損をすることはあれ、得をすることはめったにない、ということだ。ツイッターは加点法ではなくひたすら減点法の評価空間だ。 ツイッターが勃興し始めた時、感受性の高い少なくない人々は、ツイート(呟き)によって日本の政治や社会が変わると信じていた。ところがツイッターが普及し、蓋を開けてみると、ツイッターがもたらしたのは政治や社会の(良い意味での)変革ではなく、ひたすら揚げ足取りと罵詈雑言と誹謗中傷の、どす黒い空間だった。「アラブの春」に代表される、「ツイッターを利用した(良い意味での)民主化や政治変革」は日本には全く当てはまらなかった。なぜならそれは簡単な理由で、日本は、リビアやチュニジアのような権威主義的な閉鎖国家ではないからだ。 それでも当初は、ツイッターでの軽快なつぶやきを売りにした「ツイッター有名人」なるものが続々と輩出されていたが、そのようなプラスの側面は物珍しさも手伝った、ごく初期の現象であった。どだい、140文字の範囲内での呟きに真理などはなく「上手いこと言った」で終わる、酒席における日本版アネクドートの一種だと、だんだんとユーザーが気づいてきたのだろう。 このような殺伐としたツイッター空間に耐えられなくなったのか、近年では急速にツイッターの趨勢が「しぼんで」いるように感じる。より攻撃性の薄いFB(Facebook)や、もっといえば、更に閉鎖的なインスタグラムに、特に若いユーザーが逃避していると言われている。私はインスタグラムは使っていないが、「死ね」「クズ」という言葉と、通報と誹謗が飛び交うツイッター空間に嫌気が差した人が増えていることは間違いない。米ツイッター社がツイート総数の記録を非表示にしたことも関与して、今後、殺伐とした減点評価のツイッターは、かつてのMIXIなどのSNSと同様、衰退していくのかもしれない。 近年ではツイッターは炎上と自爆の主戦線を形成している。たった数文字のつぶやき「(例)あべしね」や「アカウントが第三者に乗っ取られた」という言い訳で展開される罵詈雑言と誹謗中傷への強烈な反応は、多くの著名人や文化人を「火達磨」にしてきた。時にその火達磨は、発信者の社会的地位の失墜を決定づけるに充分な場合もある。或いは、名も知れぬ素人やティーンの「犯罪自慢」の場所としてそれが官憲に通報され、官憲もそれを無視することが出来ず逮捕事例が相次いでいる。他者に対しどす黒い敵意を持った「連中」他者に対しどす黒い敵意を持った「連中」 新潟日報上越支社の報道部長が、新潟水俣病3次訴訟の原告側弁護団長に対し、匿名のツイッターアカウントで引用するにも耐えない誹謗中傷を呟き、釈明・陳謝する事態になっている。ツイッター空間の中では「良くある」誹謗中傷を社会的地位のあるメディアの人間が行っていることが判明し批判が相次いだ。上越支社の報道部長は、「酔っていた」と陳謝したが、過去のつぶやきを総覧すると、その釈明も怪しくなる。つい先日には、自らの職権を利用して「ヘイト的」と見なされているアマチュアイラストレーターの投稿図版にFB上で「いいね」を押した人々の個人情報を不法に開示したとして、ある関係者に批判が集中し、物議をかもした。 なぜ彼らが、ツイッター空間でのみ「暴走」するのかの解明は、容易ではない。「匿名の空間だと、人は本性をむき出しにする」というのが有り体な説明だが、匿名であることと誹謗中傷の展開には、応分の相関関係はあるとは思うが、それが全てを説明していることにはならない。なぜなら、ネット上で実名を用い、他者を誹謗中傷した結果、訴えられたり逮捕されたりするユーザーの事例もまた、近年あとを絶たないからである。 結局のところ、ツイッター上で展開される誹謗中傷や罵詈雑言の解消のために、その理由を解明しようとする試みは不毛のように思える。この世界には一定程度、他者に対してどす黒い敵意を持っている人間が存在し、彼ら(或いは彼女ら)がたまたまツイッターという発信機を手にしていた、というのが、その理由の真実であろう。そういう連中には、ポジティブな意味での解決策というものは存在しない。なぜなら繰り返すように、この世界には他者に対して決して寛容になれず、他者を呪詛することに一定のカタルシスを見い出す「変人」が、ある程度の数、存在しており、それは多分時代が変わっても普遍的なものだろうからだ。結論としては、自滅を待つしか無い。ツイッターをどう使えばよいのか さてツイッターでの罵詈雑言や誹謗中傷を抑制することに画期的な解決方法はないにしても、なるべくそういった「騒動」から遠く、巻き込まれないように「自衛」する方策はある。もっとも簡単な方法は、ツイッターを辞める(アカウント削除)ことだ。この至極簡単な方法に多くの人々が気づいて、ツイッターアカウントを削除する人も、私の周辺にもいる。単純明快な自衛策だ。 かくいう私も、近年この方針に近づきつつある。とはいっても、ツイッターが退潮傾向にあると感じられるにせよ、いまだ国内で数千万のユーザーを保有している以上、宣伝や拡散のツールとしては重宝する人々も少なくはないのが実態だ。溜まりに溜まったポイントカードを簡単に棄てることの出来る人は、そんなに多くない。 そこで、ツイッターを快適に使う自衛策として、発信者がつぶやく際に、特に意識し、遵守すべき点を、私なりに提示したい。1) 猫と犬の話題(特に猫)2) 観たアニメ・映画・ドラマ、読んだ本や漫画の感想(ただし全否定はいけない)3) 今晩の夕食とランチの話題(ただし豪華であってはいけない)4) 商品やコンテンツの宣伝(ただしこれは宣伝である、と明示した上で行う) ツイートの内容として、この四項目を遵守する限りにおいて、自衛策は完全に機能する。他者に対しどす黒い敵意を持ったユーザーも、850円のハンバーグ・ランチと猫の写真に対してはイチャモンを付けることは出来ないし、発信者も「火達磨」になることもない。 ツイッターユーザーのすべてがこの四項目を守れば、罵詈雑言も誹謗中傷も存在しなくなるだろう。ただしそれが魅力的な空間であるか否かは別問題だが。

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    ハロウィンパーティーで騒ぐよりもSEALDsのほうがマシ

    古谷経衡(著述家)日本はいつからハロウィンの国になった? 新宿を歩いていたら、漫画『NARUTO』のカカシというキャラクターのコスプレをしている男とすれ違った。カカシは『NARUTO』の主人公・ナルトの師であり、簡単にいえば忍者の教官だ。男は、カカシそっくりのアーミージャケットのようなものを着ていて、髪を銀髪にブリーチし、顔の半分をマスクで覆っていた。追い抜きざまにまじまじと凝視すると背の高い端正な顔立ちをしていた。男のとなりには、一応アニメに詳しいと自負する私でも何の作品なのか不明な、ゴスロリっぽい何かのキャラクターのコスプレをした女が連れ添っており、胸がデカかった。 時節柄、明らかにハロウィンパーティーの参加者であろうと思う。毎年10月になると、首都圏でこのような奇っ怪な仮装をしたハロウィンパーティーに参加する輩の姿を視認できるようになる。先日ではさいたま市でも、同じような、こちらはゾンビ風の血糊のような創傷風のコスプレをした若い女が屯していた。品川の某ホテルのロビーでは、キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』の乱交パーティーに出てくるようなドレスアップの上に仮面をした女達が足早に歩いて行った。 この国はいつからハロウィンの国になった?先日、警視庁は渋谷のスクランブル交差点での警備人員を倍以上に増強する、と発表した。ハロウィンのドンチキ騒ぎのために、公費を使った官憲の手が煩わされるような事態にまで、ハロウィンは増長して憚らないのである。ハロウィンから欠落する「怒り」 一言で言えば私は、躁的なお祭り騒ぎが大嫌いだ。多人数が集まる事自体に、たまらない抵抗感がある。いや嘘をついた。私は臆面もなく、見ず知らずの人達が他者の垣根を超え、融合する空間が羨ましくてしかたがないのである。そのような意味で、バーベキューもクラブも合コンも憎悪しているが、一方で猛烈なあこがれがある。ハロウィンパーティーに対する不快感も、私の嫉妬という憎悪の裏返しであろう。 しかし、どうしてもハロウィンに対する根源的な違和感を拭い去ることは出来ない。ハロウィンパーティーに興じる若者からは、一様に多幸的な笑顔がある。そこに怒りの感情は皆無だ。当たり前のことだが、パーティーにしかめっ面で来る人は居ない。みな社交的な人々ばかりだから、終始笑っている。 ハロウィンパーティーに参加している人々を見て、私が若干恐ろしいと感じるのは、彼らには原初的な怒りの感情が存在しているのか?という疑問である。「トリック・オア・トリート」などといって渋谷や六本木で浮かれている彼らや彼女たちは、何か巨大な存在に対して怒ったことがあるのだろうか?怒りの感情が欠落し、ひたすら躁的な空間で仮装に興じる光景は、よく言えば平和の象徴でも有り、悪く言えば奇形的だ。SEALDsは笑わない 参議院で安保関連法案が成立した9月17日の未明のその日、私は国会前に居た。時刻はたしか深夜の1時を回った頃ぐらいで、共産党の志位氏や民主党の福山哲郎が最後の反対演説を行おうとしていた。その後、「生活の党と~」の山本太郎が喪服を着て牛歩まがいの抵抗を始めるが、それも虚しくすぐに投票となった。「志位は頑張れ」「安倍はヤメロ」「太郎は頑張れ」というラップ調のシュプレヒコールが、方々から絶叫とともにあがった。 彼らには、笑顔がなかった。SEALDsの創設者の一人、奥田愛基さんの傍らで絶叫していた若い女性は、開票の後、法案が成立した瞬間、泣きそうな表情をみせ、しかしただちに怯むこと無く「安倍はヤメロ」のシュプレヒコールを再開させた。彼らには一様に、怒りの表情があった。9月19日早朝まで続いた国会前の抗議集会で笑顔を浮かべる若者たち。マイクを持つのはシールズ中心メンバーの奥田愛基さん 私は、安倍政権を微温的に評価し、安保法案の成立も支持している。「保有していないが行使できない」という集団的自衛権の従来解釈は異様であり、よって安倍政権の集団的自衛権の解釈変更と、限定的な容認を是とした安保法案の成立には首肯するよりほかない。 が、立場はどうであれ、憤怒の表情を露わにし、笑顔のないSEALDsからは彼らの本気を感じることが出来た。よく、ニヤニヤと笑いながら「ラブアンドピース」などを訴える自称アーティストでピースボートに乗っていました、みたいなふざけた若者を観るたびに私は激しい吐き気をもよおす。彼らの護憲平和の思想が気に喰わないのではない。平和を笑顔で語るという、その不誠実な態度に私は心底吐き気をもよおすのだ。 平和を希求し、戦争を憎むのならその表情は笑顔ではなく怒りに変わるはずだ。広島の原爆資料館に行って、私は心からアメリカの戦争指導者を憎んだ。あるいは、ナチのユダヤ人虐殺の映像を観る度に、ナチの責任者らの鬼畜の所業に頭に血が上った。平和への希求は、笑顔からは生まれない。二度と再び戦争を繰り返させないという決意には、笑顔は似合わない。必要なのは怒りだ。それは非日常などではない だから戦争反対などという掛け声を笑顔で言っている人間は嘘つきである。多幸感に満ち溢れ、怒りを忘れたハロウィン・パーティーからは、このような欺瞞と恐ろしさを感じる。そのような意味で、SEALDsの主張には賛同できない部分があるが、少なくとも彼らからは本気度を感じた。 「年に一度くらい、ハレ(非日常)があっても良いじゃないか」という意見もあるだろう。しかしそれは巧妙な嘘だ。ハロウィン・パーティーに参加できるような、他者との垣根の低いリア充は、10月にかぎらず、事あるごとにパーティーやイベントを繰り返しているはずだ。これは私の勝手な想像だが。ハロウィン・パーティーは「怒り」という人間の、もっとも重要な感情が根こそぎ欠落している点において、SEALDsの抗議行動のほうが余程マシ、と私は思うのである。しかしよもや、SEALDsのメンバーは、ハロウィンパーティーには参加するまいな。それを心から願う。   

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    「運動」は転換したのか? SEALDsと「68年以降」の終焉

    くくられるようなものへの複雑な思いはあると思いますね。そのあたりのところは、右派の若手論客ですけど、古谷経衡さんが「スタイリッシュ」で「リア充」なSEALDsへの「嫉妬」を率直に吐露した文章を書いていて、SEALDsへのある種の感覚を代弁しているのかなとは感じました。毛利 うまくやっている人たちはもちろん武器にすべきですけど、うまくやれていない人はコミュ力で排除されてしまう残酷さはありますよね。そこは指摘しておきたいところですね。カルチャーがフラット化したあとの世代による運動カルチャーがフラット化したあとの世代による運動五十嵐 海外の運動で、SEALDsと近い空気感のものといえば何になるのでしょう? 毛利 ある意味ではイギリスのパンク文化など、サッチャリズム以降に出てきた若者文化にはもともと全部そういうところがあります。広告会社的なイメージ戦略とニューレフトが結びついて、パンクが誕生したわけですね。70年代以降のイタリアのアウトノミスト(街頭や工場、学校などでの自治権を求める社会運動)も、おそらくはこういう雰囲気で広がっていったのではないでしょうか。もちろん1990年代のReclaim the Streetsや2000年代のOccupy運動、そして台湾のひまわり革命や香港の雨傘革命なんかも明らかに影響を与えていますよね。五十嵐 SEALDsがアウトノミストを直接参照したというよりも、2000年代前半の高円寺の運動やイラク戦争以降のサウンドカー文化などから間接的に参照したということですよね。毛利 そうです。でも高円寺の「素人の乱」の時はあえて3人でデモをするといった伝統的なデモに対する批評性もあったので、SEALDsとは内実が違いました。中心的な存在だった松本哉くんも、日本の新左翼的な経験を踏まえてその限界をわかったからこそ、あのような文化闘争に行ったのだと思います。五十嵐 イラク戦争の時のサウンドデモなどには、アウトノミスト的な人たちの現代的な展開を少し感じていたんですが、どうだったんでしょう。毛利 あれは高円寺とは違った意味で先端的な人たち、アーティストやミュージシャンたちの運動でもありましたよね。SEALDsにも繋がるようなデザインのセンスや文化の形式は、あそこで一般化したんだと思います。サブカルチャーがメインカルチャーになった契機で、その当時のエッジの効いた表現だったものが、今はメインストリームの文化に流れ込んでいます。SEALDsは実際に意識したかどうかはともかくとしても、その中で育った子たちなんだと思います。『NO!! WAR』 (野田努・水越真紀・三田格他編、河出書房新社、2003年) なんかを見ても明らかなように、イラク戦争反対のサウンドデモのスポークスマンとなったのもよくよく考えると僕の世代で、同業に近い人だと椹木野衣さんや、野田努さん、三田格さんといったあたりでした。ヨーロッパで起きていた、1970年代にニューレフトが文化運動になっていくのを羨ましいと思っていた世代が、サウンドデモで「これだ」と思ったわけですよね。ヨーロッパやアメリカのエッジの効いた活動が、日本でもできるんだという新鮮な感覚でした。でもSEALDsの人たちにはそんなコンプレックスも……五十嵐 ないですよね。毛利 Jポップを洋楽やアメリカのヒップホップとの落差で聞いていた世代と、はじめからJポップが一番おもしろいものだった世代との違いがはっきりあって、そこには断絶がある。同時に切れているからこそ、スタイルとして参照しやすかった面もあるのではないでしょうか。素人の乱の松本くんなんかは、中核派がヘルメットを被ってやっていたことをパロディにしても伝わらない、あるいはこたつや鍋でデモを「脱臼」させても、そもそも中核派すら知らない人に届くはずがないと気付いたから、現在のような活動に移行したんだと思います。 でも、SEALDsはまあ、そもそもニューレフトなんてもういいんじゃない、という感じなんじゃないかな(笑)。その変化は僕らも自覚したほうがいい。だいたいすべての議論を国会前に集結させる必要はないし、アカデミックな議論はそれはそれとしてきちんとする必要があるでしょう。でも、同時に国会前も応援してもいいのではないか。日本の新左翼が帯びてしまった党派的な排他性から脱却して、お互いに役割分担をしていくようなやり方ですよね。五十嵐 まったくそう思います。とても腑に落ちる整理です。――SEALDsについては「共産党の動員だ」といったなかば罵声に近い批判から、反原発運動との親和性を批判する人たちもいました。そこはどう見ていますか?五十嵐 そうですね、ここは非常に微妙な話なのであまり発言したくないのですが、福島に思いを寄せていて、脱原発運動に強く反発していた人たちの一部が、SNSではそのままSEALDs批判に移行しているように見える。それはちょっと気になっています。 さっきもお話したように、僕は一貫して原発事故については「健康被害」「復興」「エネルギー政策」「責任」の4つを切り分けるべきという考えでいます。これまでは福島の状況にシンパシーを持っていて、過剰な危険視は福島差別につながると感じている人たちほど、これらを切り分けて考えられているという実感がありました。しかしいま、「被害を盛る」脱原発運動へのまっとうな反発が、原発再稼働の支持とか安保法案の賛成、さらには安倍政権の支持へとつながる流れがツイッターでは目につくのも確かです。福島県内で実際にそういう人たちに会うことはほとんどないので、実際にはごく一部だとは思いますが。 もちろん安保法案にもさまざまな意見があるのはいいことですが、脱原発運動への反発に端を発する政治的なスタンスの友-敵認識みたいなものが背後にあるのだとしたら、それは違和感がありますね。それだけデマや「風評」に深く苦しめられてきたんだということは強調しておく必要がありますが、福島に関わる人たちの政治的なスタンスが均質化していくのは、復興のためにもあまりよいことではないでしょう。毛利 切り分けは難しいでしょうね。逆側に目を移せば、共産党はSEALDsに本気で協力したいのなら、むしろもう少しあえてSEALDsから距離を取ったほうがいい気がしています。これはあくまでもシングルイシュー・ポリティクスだから、とにかく安保法案をどう止めるかに集中して、ほかのイシューをかぶせないほうがいい。でも「あの問題とこの問題は根底において問題を共有している」という物言いを、左派はしがちなんですよね。五十嵐 左右を問わず「どちらの側」も、イシューを大きく繋げたいところがありますよね。ネットで見えるものと現実はずいぶん違うとは思いますが、「友敵」の地雷がそこかしこにあるように感じられる状況では、「うみラボ」などにも関わっている身として、さまざまなイシューに関しての発言に気をつかわざるを得ない難しさは感じますね。毛利 STAP細胞にしろ、新国立競技場やエンブレム問題にしろ、「ネットの民」が猛威を振るっていますからね。ある種の「集合知」が機能すると、ここまで壊滅的な効果があるのかと驚きます。せいぜい数十人とか数百人のボリュームでも、こんなことになってしまう。あらゆることで意思決定プロセスが難しくなっていますね。自由が小さくなる社会自由が小さくなる社会毛利 SEALDs以前の状況に話を戻すと、官邸前で反原発運動を行っていた中の少なからぬ人々が、反ヘイトスピーチ運動や反秘密保護法運動に移って行きました。反ヘイトも、首相への直談判や法制化に向かって、最終的には国家に責任を取らせる方向に行きがちです。もちろん現在のヘイトスピーチの状況はあまりにも酷いので、これをなくすことはとても重要なので、その運動には反対はしないけれども、規制の法制化だけが必ずしも解決策の全てだとも僕は思っていません。 というのは、ヘイトスピーチや排外主義は本来的には市民社会が解決すべき問題であって、国が過度に介入すべきじゃない、あるいはできない問題ではないかとも思うのです。外国人を差別しちゃいけないとか、そんなの当たり前だろって思っているけど、実際にそれを法制化するのは技術的にすごく難しいと思うんですよね。在特会(在日特権を許さない市民の会)の活動は、現行法でもかなり取り締まれるはずなんですよ。五十嵐 全然できますよ。毛利 やってないのは意図的な怠慢だと思うんですよね。政府にまずは現行法で可能な限り対処しろと言いたい。ヘイトクライムとしか呼べないような犯罪的行為がほとんど放置されている。むしろヘイトスピーチ禁止を法制化しようとしても、何をもってヘイトとするのかわからないという問題があります。現在は外国人やマイノリティに対するものだと認識されているけれども、たとえば福島の人たちについての差別をどう考えるかとか、法制化の過程でいろいろな方向に拡大解釈されてしまうでしょうし、それを法的に判断する能力はないと思うんです。 それに、マイノリティにとってはある程度まで言葉を自由に使えることも必要で、汚い言葉や強い言葉が最大の武器になる局面も避けがたくある。反ヘイトの法制化はそれを奪ってしまう面があるんですよね。五十嵐 なるほど。毛利 それこそ「安倍死ね」みたいな言葉が法で取り締まられるようになりかねない。安倍さん自身も自分がマジョリティだとは認識してなさそうだから、反ヘイトスピーチ法案を擁護する側に回ろうとするかもしれない。今の政権の下で安易に法制化を急ぐことは国からの表現自由への介入を呼びこむことになりそうです。むしろ国の権力を一定程度制限していくことが同時に目標にならないといけないんだと思うんです。五十嵐 当たり前のことですが、領域によりますよね。反ヘイトスピーチに関しては僕も全く同意ですし、放射能関連の情報発信もどんどん市民が勝手にやっちゃったほうがいいという立場ですけど、たとえば労働問題では国の規制があるのに守られていないことが多くあって、国に一層の関与を求めていかないといけない領域があります。規制緩和や特区がひどい状況を生む領域もあるので、そこは丁寧に議論しないといけない。毛利 国家にしかできないことの最たるものは所得の再分配ですが、それがないがしろにされていますしね。むしろますます縮小しようとしている。五十嵐 そうなんですよ。たとえば特区でも規制緩和だけでなく、1日8時間以上絶対に働かせない特区とか、父親が産休を取らなければいけない特区があってもいいはずです。ワークライフバランスを求める優秀な居住者が増えて地域が活性化するかも知れないのに、でもそういう方向の議論が、まったくされていないですよね。労働分野も経済分野も基本的には規制緩和に向かっている。国家の関与が良いか悪いかではなく、イシューごとの丁寧な実証を基にした議論が必要なんじゃないかと思います。その一方で、ここまで一元的に管理しなくていいという領域にまで、規制強化する方向に向かっている分野もある。毛利 大学に対するスタンスは完全にそうですよね。五十嵐 そうですね。一方で経済界にはフリーハンドを与えようともしているので、すごく内在的な矛盾をはらんだ国家観のアマルガムになっています。毛利 少し前までは北欧型福祉国家を目指すべきだという声が強くて、左派の間でもその意見が多かったのですが、結局日本はその路線は取れないでしょうね。そもそも社会の成り立ちが違う。かといってアメリカみたいに自由主義の国になるとも思えなくて、今は目指すべきモデルがなくなってしまった。五十嵐 そうでしょうね。毛利 今では、ネオリベに親和性の高い自由主義に行くことが唯一の選択肢として提示されているけど、その時にどう再分配の問題をあらためて取り上げることが重要ですね。

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    「安保法案」成立で永遠に不可能になるかもしれない憲法9条改正

    古谷経衡(著述家)   「持っているが使えない」の異様さを梃子として 所謂「安保法案」が16日、衆議院を通過、参院に送られた。これにより同法案の成立は確実となった。国会の内外で喧々諤々の論争が巻き起こる中、私はこの採決の様子を万感迫る思いで見つめていた。安保法案の成立によって、日本の防衛力は着実に増強の方向にすすむだろう。2014年の集団的自衛権の憲法解釈変更と合わせて、私は一定程度、この安保法案の通過を評価する立場にある。 しかし一方で、これで憲法(9条)の改正は相当、遠ざかるだろう。いやもう永遠に無理かもしれない。そのような思いから、私は安保法案の通過を複雑な心境で見つめていた。衆院本会議で可決した「安保法案」に拍手する安倍総理と石破氏(写真:ロイター/アフロ) 「我が国は国際法上、集団的自衛権を保有するが、その行使は許されない」との政府見解が出された鈴木善幸内閣の1981年以来、約30年に亘って続いてきたこの解釈は既に述べたとおり2014年に変更された。しかし、この「持っているが使えない」という集団的自衛権に関する珍妙な解釈は、この間、憲法改正を目指す保守派(以下改憲派)にとって、「憲法9条改正の理由」として必ず引き合いに出されるロジックであった。 「集団的自衛権は、国連憲章に書いてあるように、国家が生来持つ自然権である」という自然権説を改憲派は必ず引用し、「だのに、日本がそれを行使できないというのは、異常である」と現行憲法の「特殊性・異常性」を指摘し、「異常だからこそ、憲法9条を改正するべきなのだ」と長年主張してきた。『日本人のための集団的自衛権入門』(新潮新書)の中で石破茂は、JRの座席指定券の例を出し、鈴木内閣以来の集団的自衛権解釈の「矛盾」を以下のように形容する。 あなたがJRの指定券を持って、指定された席に座っていたとします。その席に座るのは当然指定券を買ったあなたの権利であり、その権利の行使として実際そこに座っています。そこへ突然誰かがやってきて、「ここに座っているのはたしかに君の権利だが、しかし座ることは出来ないのだ。私に席を譲りなさい」と言われたとしたら、いったい何がなんだか分からなくなりはしないでしょうか。出典:『日本人のための集団的自衛権入門』(新潮新書 石破茂著 P.71) 確かに、こう言われれば明確な理論展開だ。権利の保有は行使と普通イコールと考えられるのだから、「持っているのに使えません」というのは、常識的な皮膚感覚の中では、異様な解釈のように思える。この「異様性」を強調して、「だからこそ、(異様な)憲法9条を改正するべき」という改憲派の主張には、この間、一定の説得力があったように私には思える。盛り下がる改憲機運の理由 図は、日経リサーチ社による、直近10余年における憲法改正に関する世論調査(各4月)の推移を筆者がまとめたものである(数値は全てパーセント)。これを見ても分かる通り、調査開始年の2004年(小泉内閣)時代、赤字で示した「改憲」と青字で示した「護憲」は、約2倍の開きがあって改憲派が相当優勢であった。実際には、調査方法や媒体にもよるが、概ね改憲を志向する世論は、1990年を過ぎてから一貫して護憲を上回るようになっている。 これは所謂、金だけを拠出してクウェートによる感謝状に日本の名前が載らなかった「湾岸戦争ショック」を始めとして、冷戦後の国際情勢の変化に際して世論が敏感に反応したことと、既に述べたように改憲派が現行憲法を「異様」なものであると訴え、現行憲法のままでは集団的自衛権の行使が不能であり、よって国際社会から日本が孤立化することを盛んに喧伝した効果が含まれていよう。 繰り返すように、先にあげた石破の「指定席の話」に代表されるロジックには、相応の説得力があったので、このような改憲の傾向はゼロ年代にあっても、上下はあるものの2014年の第二次安倍政権下でも強いものがあった。日経の調査によれば、最も改憲機運が高いのが2013年4月の調査であり、「尖閣諸島沖漁船衝突事件」(2010年)等に代表される「中国脅威論」などが影響していると思われる。 しかしこのような「改憲優勢」の機運は、図を見てもわかるように2015年の4月の最新調査で、僅差だがここ10数年で初めて護憲が改憲を上回った。他に各社世論調査の最新動向によると、「憲法改正不要48%、必要43%」(朝日新聞5月1日報)、「憲法改正賛成42%、反対41%」(読売新聞3月15日報)など、ここ十数年の「改憲優勢」の世論が、初めて逆転するか拮抗するかの情勢となっていることが明らかである。 つまりこの世論の動きは、「現行憲法が異様であるから、日本国憲法を改正するべきだ」という従来改憲派が繰り返して来た改憲のためのロジックが、昨今の集団的自衛権の解釈変更と、安保法案の成立により「解消された」と評価されているということだ。よりわかりやすく言えば、「現行憲法下で集団的自衛権が行使できるということになれば、わざわざ憲法を改正するまでもないのではないか」という、これまた普通の感覚で改憲派のロジックが弱体化してしまった結果なのである。「最良の時代」であり、「最悪の時代」でもある これまで護憲派は、主に「現行憲法を変える必要はない。なぜなら、解釈改憲でこれまでも通用してきたからだ」と改憲派を牽制してきた。それに対して改憲派は、「解釈改憲では限界がある。例えば集団的自衛権があるではないか」と、反論してきた。今回、安保法案が成立したことで改憲派は集団的自衛権を担保とした改憲ロジックを事実上、封印されたことになる。憲法を変えないまま、集団的自衛権の解釈を変更し安保法制が成立したとなれば、「何のために憲法を変えるのか」という疑問に抗しきれない。 先に引用した石破は、「現行憲法下で集団的自衛権の解釈変更は可能だ(2014年2月)」と明言し、「集団的自衛権の行使の根拠は憲法ではなく、政策判断にすぎない」として、(集団的自衛権の行使を)憲法にその根拠を求めてしまったこと自体が誤りではなかったのでしょうか。憲法9条のどこを読んでも、「集団的自衛権は行使できない」という理論的根拠を見出すことは出来ません。そもそも解釈が間違っている、いない、という論争ではなく、これは政策判断であったのだとすれば、何も憲法を改正しなくても行使は可能となるはずだ、と私は考えています。出典:前掲書P.78、括弧内筆者 としている。確かに、石破の指摘通り政策判断にすぎないとなれば憲法改正の必要性はない。しかし、長年改憲派が依拠してきた憲法改正の重要な根拠は、「持っているのに行使できない」という政府の憲法解釈を日本国憲法の異様性に結びつけることで成り立っており、その部分が達成された(解消された)となると、いみじくも石破の指摘の通り「何も憲法を改正しなくとも…」という結論に達し、改憲機運は弱まるのは自然だ。 改憲派は憲法9条によって日本が手足を縛られ、冷戦後の国際環境下では日米同盟にヒビが入り、日本の存立をも危うくなることを盛んに喧伝して憲法改正を訴えてきた。今回の安保法制の通過(成立)によって、改憲派が唱えていた最大の理論的支柱が失われ、憲法改正の国民的機運は急速に衰えているのは既に示したとおりである。むろん、政府は集団的自衛権の解釈変更と安保法制の成立をもってしても、「憲法9条の縛り」があることを強調しているが、その理屈は相対的に弱まってしまうのは必然だ。 「戦後レジームからの脱却」を掲げ、その最大の争点を岸総理からの「憲法改正(自主憲法制定)」として捉えてきた安倍総理と改憲派にとって、今回の安保法制は実質的な意味では憲法改正に近いものであるが、名目的には却って、憲法改正が著しく遠ざかったことを意味する。 安倍総理は就任翌年、「96条の改正」(改憲要件緩和)を目指したが肝心の改憲派・保守層からも批判にさらされ、参議院選挙の争点とすることを断念した。思えばこの時に既に、安部総理は、名目上の憲法改正を断念していたのかもしれない。 「憲法9条改正」は、自民党にとって、保守派にとって、最大の悲願であり目標であった。それは現在も変わっていないものの、実質を取って名目を捨てた(ように思える)安倍政権は、「中国の脅威が増す中で、やむを得ない現実主義」と形容されるのか、はたまた「永遠に憲法改正の可能性を摘んでしまった」と形容されるのかは、後世の歴史家の評価に委ねられるだろう。 しかし私流に、現在という時代を観測すれば、それはディケンズの『二都物語』の言葉を借りて次のように評するよりほかない。 「それは(保守派にとって)最良の時代であり、また最悪の時代であり…」

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    なぜ「SEALDs」を目の前にすると左右両極は理性を失うのか

    古谷経衡(著述家)絶賛か全否定か-極端すぎる評価 「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)について、左は絶賛、右は全否定、という極端な論評が続いている。折しも、武藤貴也代議士がツイッター上で「SEALDs」を「利己的」などと評して大きな批判を受けた。同議員は直後、週刊誌で報じられた未公開株を巡る不祥事で自民党を離党。またある地方議員は「SEALDsのデモに参加すると就職に不利」などと自身のブログに書き込んだ所、これまた多くの批判を受け、同氏が所属する市議会に抗議の声が殺到しているという。一方、「SEALDs」を「英霊の生まれ変わり」とまで賞賛する、やや度が過ぎた礼賛の声も聞こえてくる。そこまで持ちあげるのは、流石に如何なものかという気もしないではない。 「SEALDs」を巡る論調で問題なのは、その内容の精度ではなく、極端にすぎること。この一点につきよう。評価できるところは評価し、批判するべきところは批判する。「是々非々」という物事に対する当たり前の態度が、「SEALDs」を前にすると崩れ去る人が居るようだ。 「SEALDs」を目の前にすると何故人は理性を失うのだろう。何故正当な評価ができなくなるのだろう。それは彼らが正真正銘の若者だからだ。若者は無知で馬鹿で何事にも無関心、という従来流布され続けてきた若者を巡る定形イメージは、「SEALDs」には通用しないことは確かだ。羊のように大人しく、かつ無害である、と思っていた人物が突然アクティブになると人は動揺する。こいつは一体何なんだ、と分析してみたく成る。若者とはこんなものだ、と日常の中での皮膚感覚を有していればその動揺は起こらないが、普段からそのような思考の「訓練」をしていないと、被写体との適正距離を取ることは難しい。左は距離が近すぎ、右は距離が遠すぎる。どちらも「若者とはこんなものだ」という皮膚感覚が衰えているからこそ、崇めるように絶賛し、或いは親の仇のように呪詛する。この関係性は健康的ではない。瞠目すべき評価点と批判点 さて、私は右寄りのタカ派だし、所謂「安保法制」もその成立を支持している立場で、微温的な安倍政権支持者だが、だからといって「SEALDs」を徹底的に貶して良い理由には当然ならない。まず彼らが若い、ことは既に述べたとおりだが、以下、瞠目するべき評価点をいくつかあげさせていただく。イ)デモや抗議集会のやり方が洗練されているロ)告知や広報に使用するフライヤーやウェブサイトのデザイン性が優れているハ)抗議集会ではジャーゴン(組織内言語)を忌避し、若者言葉、わかりやすい平易な言葉を発するよう心がけている この三つは、いずれも右派の抗議集会やデモにはみられないもので(だからこそ右派には猛省を促したい)、ここだけを切り取って評するのなら100点、というところだが、当然批判点も以下のようにある。「SEALDs(シールズ)」の抗議集会でプラカードを掲げる若者たち=7月17日夜、国会前イ)所謂「安保法制」に反対する理論根拠が薄弱ロ)イ)に関連して、スローガン、シュプレヒコールに説得力がないハ)平易な言葉を使いすぎていて、理論的ではないとの印象を受けるニ)実際の政治的効果はいかほどなのか疑問である などであろう。「SEALDs」の抗議集会に集まってくる人々には、元来「反安倍」という政治色が濃いことは、想像に難くない。実際、彼らの抗議集会を訪れても、「辺野古移設反対」「ジュゴンの海を守れ」など、安保法制とは直接関係のないアマチュア活動家のような人々が所々にひしめいていた。元来「反安倍」の性質を持っている人は、「SEALDs」のシュプレヒコールに抵抗はないだろう。ところが、そうではなければ「ヤメロ」「NO」の連呼ばかりではちと心もとない。何故安保法制が危険なのか、何故安倍政権がダメなのか、その理論を彼らの口から聞きたかったが、理論展開は幕間に登壇するリベラル言論人や議員、或いは学者が補強していたようなきらいがあった。たとえそれが稚拙であったとしても、何故危険で何故ダメなのか。その理屈を、彼ら「SEALDs」の口から、長々聞いてみたいと思うのは私だけではあるまい。 「SEALDs」のアクションが、どれほどの政治的効果を持つのかも、疑問である。安倍内閣の支持率は安保法制衆院通過前後で、はじめて支持率が不支持と逆転されるなど動揺したが、「70年談話」以降は持ち直してきている。また、政党支持率でも自民党は微減か横ばいにとどまっており、対して「安保法制」に喧々囂々の批判の声を上げた民主党、社民党、共産党のそれは上がるかとおもいきやそのような兆候はなく、芳しくない。自民一強、の状況は何ら変わっていない。今解散しても、自民党は悠々280議席くらいは取ってくるだろうし、公明党と合わせて与党300議席超は変わり様もない。世論は冷静に、この国会内外の「喧騒」を傍観していた、という結論に到達せざるを得ない。なぜ右も左も理性を失うのか もちろん「SEALDs」のアクションが無意味である、と無慈悲に切り捨てる意図はない。政治的実効性はともかく、声を上げることは重要である、という意見には大きく賛同する。声が届いていないこと=無意味ならば、公民権運動も奴隷制反対も、最初の段階でやめたほうが良かった、ということに成る。 その主張の内容はともかく、声を上げる人を冷笑したり罵倒したりするのは適当な態度ではない。例えば「SEALDs」の背景に既存の政党の支配が見え隠れする、というまことしやかな言説。若者が政治活動をするにあたって、既存の政党から有形無形の援助や影響をうけるのは、右も左も同様だし、その疑いに合理的な証拠が存在していないから無効だ。 或いは、「金をもらってやっているんだろう」という負け惜しみにも似た罵声。こちらはもっと宜しくない。「金をもらってやっているんだろう」という説の裏返しは、「金をもらわなければやらない」という事になるが、現代の政治活動とはそのほとんどが損得を超越した地点での強烈な思い入れ(或いは思い込み)を原初としており、だからこそ、我の強い人たちが一箇所に同居することで、団体内での内紛や軋轢が起こるのだ。損得論ほど無意味なことはないし、いまどきデモの参加者全員に金一封を渡せるほど豊かな財源を持った政党や団体は居ないだろう。 どうも「SEALDs」を目の前にすると理性が吹き飛ぶ人が、右にも左にも多い。大学生の時、貴方はどうだったのか?と少し冷静になって振り返れば、おのずと答えは簡単だ。「政治に興味が無いことはなかったが、そんなことよりもバイトと単位とサークルと麻雀、どうやったら異性にモテるか。そればかりを考えていた」というのが正解だろう。その、怠惰で、永遠に続くかに思える青春のモラトリアムの退屈な日常空間を超えて、国会前に集まる大学生を「優秀」と評するのか、はたまた「異形」と評するのかは、読者の皮膚感覚にお任せしたい。

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    「右傾エンタメ」批判の嘘

    古谷経衡(著述家)「右傾エンタメ」とはなにか「右傾エンタメ」という言葉が流通して久しい。この言葉は作家の石田衣良氏が考案したものとされている。かいつまんで言えば「その内容に右傾的なものを内包しているエンターテインメント作品」のことだ。「右傾的」の定義はともかく、一般に「右傾エンタメ」とは1型)旧日本軍や第二次大戦での日本の立場を美化・肯定的に捉えたもの=先の戦争の美化・肯定2型)旧日本軍の装備品等を作品中のモチーフにして、なおかつそれを否定的ではないエンターテインメントの文脈の中で扱ったもの=旧軍の装備品の美化 であるといえる。 代表的な事例として百田尚樹氏のヒット作『永遠のゼロ』は明らかに1型、旧日本軍の艦艇をモチーフにしたゲーム『艦隊これくしょん』(艦これ)は2型、魔法を扱う少女らが戦中世界(現実世界の歴史軸とは異なる)に於いて敵と戦うアニメ『ストライクウィッチーズ』は2型、第二次大戦時代に日本を含む各国で使われた戦車に美少女が搭乗するアニメ『ガールズパンツァー』(ガルパン)も2型のパターンである。 これら「右傾エンタメ」を否定的に観る人々は、このような「右傾エンタメ」の隆盛そのものが「日本社会の右傾化」であるとか「若者の右傾化の象徴」であるとかして否定的な視線を送っている。が、果たして本当なのか。 例えば「右傾エンタメ」という単語の誕生のキッカケとなったとされる『永遠のゼロ』は、ゼロ戦のエースパイロット・宮部久蔵(架空)とその孫をめぐるお話である。話の筋だけを観ると1型を踏襲した「右傾エンタメ」の様に思える。 たしかに原作小説の中には所謂「大東亜戦争肯定史観」の文脈が頻出するが、原作と同じく空前の大ヒットとなった映画版(山崎貴監督)では、こういった「東亜戦争肯定史観」が大幅に薄められ、原作での「大東亜戦争」という表現も「太平洋戦争」に置き換わっている。 主人公宮部久蔵が特攻に向かうまでのくだりでは、宮部は特攻作戦にまったく懐疑的であり、その辺りはボカされている。これは映画『男たちの大和』に共通するニュアンスであり、明らかに「反戦」を強調した内容で、実際この時期に発刊された週刊誌等の特集記事を読んでも、映画『永遠のゼロ』を鑑賞した20代の観客は、口々に「戦争っていけないと思いました」という感想を述べている。 要するにこのことから伺えられるのは、『永遠のゼロ』は「反戦・平和」の戦後民主主義の肯定とも解釈することができる。結果「旧日本軍や先の戦争を美化・肯定的に捉えた」作品とは遠い。1型の「右傾エンタメ」に捉えられがちな『永遠のゼロ』は、このような意味に於いて、実際には旧軍を肯定しているどころか、寧ろ「過ちは繰り返しませんから」に近い反省を述べているものであり、これは前述した『男たちの大和』で、長嶋一茂役の海軍大尉が、日本の科学軽視主義や大艦巨砲主義を批判して没していく処と瓜二つであり、実際には「右傾エンタメ」とは違っている。 よって『永遠のゼロ』の小説のほうは1型の右傾エンタメと呼べなくも無いが、日本アカデミー賞を総なめにした映画版の『永遠のゼロ』には右傾要素は存在しない。記録的な観客動員数を動員した同作の映画版のほうが、明らかに社会に与えるインパクトは大きなものがあっただろう。単純に映画的完成度が極めて高かったことが、本作の成功の原因である。日本が右傾化したから映画がヒットしたわけではない。「右傾要素」の不在 ところが「永遠のゼロは右翼作品である」というレッテルに凝り固まると、如何なる作品でもそれを右傾化作品であると色眼鏡で見てしまう。こと『永遠のゼロ』に関しては、その作者の百田氏が、保守的な言動をSNSや雑誌対談や著書の中で繰り返したり、2013年の東京都知事選挙で元航空幕僚長の田母神俊雄氏の応援演説に駆けつけるなど、保守系言論人としての旗色を益々鮮明にしたことから、「百田=右翼」のイメージが固着化され、実際には作品を読んでいない・映画を観ていない人々が「右傾エンタメ」の大合唱をはじめる流れが定着したように思う。つまり「右傾エンタメ」論は、作品批判ではなくイメージの産物である。 これに関連して、先に例示した例えば『艦隊これくしょん』は、右傾化を警戒する文脈の中で「若者の中で屈託のない旧軍礼賛のゲームが流行っていることを憂慮」や、またぞろ「若者の右傾化」などという見解の表明が散見されるに至ったが、それもこのゲームの実相を何ら分かっていない人々による色眼鏡だといえる。 このゲームには「艦隊を徐々に育成する」という戦略的要素があるので、それが純粋に楽しい、という層も多い。この要素はオンラインゲームの定番構造だ。ハードに依拠せず、純粋にブラウザゲームとして楽しめ、かつ優秀であったのが、ヒットの原因だ。 或いは『艦これ』をベースとした創作同人誌は現在隆盛の極みに達しているが、それらを検索すれば、およそこのゲームがどのようなユーザーに嗜好されているのかが一目瞭然だ。 要するに『艦これ』は旧軍の装備品をモチーフにしただけの美少女ゲームの一種であり、誤解を恐れずに言えば90年代から勃興した「ギャルゲー」の延長線上にある亜種である、と言うこともできる。 なぜならこのゲームの司令官「提督」はプレイヤーの分身であり、このゲーム構造自体、古典的な「ギャルゲー」の一人称世界・ハーレム世界の基本線を踏襲している、と見做す事もできるからだ(別にそれが悪いと言っているわけではない)。よって上記に上げた二次創作の中では、「提督」は男性として描かれ、ハーレム構造は更に補強されている。このような二次創作に流用される余地が多かったからこそ、このゲームが相乗的にヒットしたと見做すことができる。『艦これ』のユーザー層には政治性は無いし、ゲーム構造も既に述べたような、古くから存在しているこの手の美少女ゲームと巨視的には大差ない。旧軍の戦艦や駆逐艦などの装備品をモチーフにゲームを構成することと、先の戦争への評価は全く関係がない。それは『ストライクウィッチーズ』や『ガルパン』も同様である。 確かにそこに「否定的なニュアンスがない」という事をもってすれば2型の右傾エンタメということもできないわけではない。しかし純然たるゲームに一々、「先の大戦を反省し…」などという言葉の挿入はゲームバランスを狂わせるのは自明だ。そもそも政治性のない作品に、そのような政治的配慮を混入させること自体が政治的である。  つまり、現在「右傾エンタメ」と呼ばれているものの多くは、実際には想定される『右傾エンタメ』ではないし、それを受容するユーザーの側にも「右傾的な要素」を見出すことは出来無い。例えば『艦これ』の熱心なユーザーは自民党支持者なのか、といえばそのような傾向は全くないであろう。 むしろ、『艦これ』の二次創作(18禁同人誌)などを好むクラスタは、所謂「表現規制問題(”非実在性少年”をめぐる都条例問題)」や「児童ポルノ法」に反対の姿勢を鮮明にしていた場合が多かった。この場合、同法に明確に反対の姿勢を取っていたのは社民・共産・民主の一部などのリベラル勢力であり、党派的には「左派」であろう。どこに「右傾化」が存在するというのだろう。なぜ『ヤマト』を取り上げないのかなぜ『ヤマト』を取り上げないのか  私は、『右傾化エンタメ』とされる作品の筆頭に『宇宙戦艦ヤマト』の名前が上がってこないのが、不思議で仕方がない。『宇宙戦艦ヤマト』は御存知の通り第一次アニメブームの嚆矢となった作品であるが、同作のプロデューサーで著作権者(松本零士氏との裁判で確定)の西崎義展氏(2010年没)は、明らかに保守的思想を持っていた人物であり、『ヤマト』に際しても、「先の大戦で片道で帰ってこなかったヤマトを、SFの世界の中では地球に帰還させたい」という強い思いのもと、『ヤマト』の世界構築にこだわっている。 坊ノ岬沖に沈んだ旧軍の戦艦大和を宇宙船に改装して蘇らせ、ただ一隻ガミラス帝国に突入し、地球人類を救う『宇宙戦艦ヤマト』の世界観は、土台『永遠のゼロ』や『艦これ』と比較できぬほど「右傾エンタメ」であり、その型としては1型、2型の両方を含んでいるといえる。ヤマトが撃滅した相手はガミラス帝国で一見ナチス風に描かれているが、明らかに史実で日本を打ち負かしたアメリカそのものであり、『宇宙戦艦ヤマト』はSFにおける日米戦争の復讐戦である。『ヤマト』はテレビ版がシーリズ3作まで続き、劇場版も続々と制作された。無論、1974年の放送当時、『ヤマト』に対しては軍国主義的、の批判はあった。しかしそれはそれとして、SF作品としてのエンタメ性が勝り、『ヤマト』への頓狂な批判はなくなっていった。またそこには、1979年に『機動戦士ガンダム』が放送され、程なくリアルロボットブームが沸き起こり(第二次アニメブーム)、『ヤマト』ブームがかき消された感があった、ということも影響していよう。 ともあれ、現在指摘される『右傾化エンタメ』よりもはるかに政治的意味合いをもった『ヤマト』は、日本SFアニメの黎明期における金字塔として、歴史にその名を刻んでいる。「右傾エンタメ」を批判する勢力の側に立てば、往時の『ヤマト』ファンは、旧軍礼賛の軍国主義者であると非難されるべきだが、そのような機運はない。 要するに、アニメや漫画、映画やゲームといったカルチャー全般に疎い論者が、このような雑駁な「右傾エンタメ」論を展開しているのが事の真相なのである。「右傾エンタメ」よりも危ういもの このように現在、政治性からは寧ろ遠い作品群が「右傾エンタメ」と呼ばれて、見当違いの頓狂な批判の矢面に立たされている。が、私は真に憂慮するべき作品とは、彼らの網羅しない作品群の中にあると考えている。たとえばその最も重要なもののひとつは、2008年に漫画として刊行され、2009年にアニメ化されヒットした日丸屋秀和氏原作の『ヘタリア』である。 この作品は第二次大戦時代の世界各国(枢軸、連合、中立陣営)を擬人化した作品で、タイトルの『ヘタリア』とは、屁たれ(軟弱)とイタリアを掛けた造語である。つまり、第二次大戦時代においてイタリア軍が弱兵であったという故事を元に、国家を擬人化してパロディとした作品であるが、私は所謂「右傾エンタメ」よりもこちらのほうがよほど、批判に値すると思う。 この作品は、ファンの手でボーイズラブ風作品として認知され、旺盛な二次創作の対象となったが、様々な価値観をもった人々の集まりである国家や民族を、漫画的キャラクターとして擬人化し、国民や民族を強引に「個人の性格」に結びつけて展開しているものだ。 この、国家を「擬人化」させて単純化する、という世界観こそ、のちに跳梁跋扈することになるネット上の粗悪な世界観のベースの一つになったのではないか、と私は思う。つまり「韓国・中国は嘘つき国家」などの所謂「国や民族をひとまとめにして呪詛する」、いわゆる「ネット右翼的」言説の世界観の根底にある「国家の擬人化」という考え方のベースのひとつになっているのが、『ヘタリア』という作品の中心にある発想だ。 イタリア人は全員が女好きではないし、ドイツ人は全員が神経質ではないし、ソ連人は全員が酒乱ではない。日本人が全員几帳面で時間を厳守する人間ばかりではないのと同じである。どんな所にも、国家や民族レベルで多様性があるのは当然だ。それを無視して、国家というあまりにも大規模な単位を、いとも簡単に、印象によってひとりのキャラクターの中に「擬人化」するというこの単純性こそ、「国や民族をひとまとめにして呪詛する」粗悪な言説の根底を形成しているのではないか、と思う。 無論、『ヘタリア』自体には差別性や悪意はない。純粋に作品や二次創作を楽しむことに文句を言っているわけではない。ただし国家や世界を単純化してエンタメ化するという、こういった「擬人化」の悪弊は、明らかに近年目立っている。「韓国人は嘘つき」「中国人は物を盗む」「台湾人は親日家」、しかしどっこい現地に行ってみるとそんな事はないのは、当たり前のことだ。実際の中国人が「~アルヨ」とは言わないのと同様、国家や民族はたった一人のキャラクターに単純化することなどできない。「国や民族をひとまとめにして評価する」。この思考の根底にあるのが「擬人化」である以上、「右傾エンタメ」よりもこういった擬人化作品郡にこそ「無知性だ」の非難の声をあげても良いだろう(実際、『ヘタリア』ブームの折には、この作品の歴史考証の正確性という意味で、批判が起こった部分はあった)が、繰り返すように「右傾エンタメ」問題の本質とは、アニメや漫画、映画やゲームといったカルチャー全般に疎い論者が、このような雑駁な論を展開しているのが真相であるから、そもそもそういった視座がない。冒頭に上げた石田氏は、もしかしたら『ヤマト』も『ヘタリア』も、あまり観たり読んだりした経験が無いのかもしれない、とさえ疑う。 作品内容を咀嚼すらしないで、漠然と語られる「右傾エンタメ」論には説得力はない。「右傾エンタメ」は、このような理由で幻想であり、よってその存在も、批判の理屈も嘘だらけと断罪せざるを得ない。真に問題なのは、従来の「右傾エンタメ」に網羅されない作品群ではないか。関連記事■ 「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている■ NYタイムズが注目した「ネトウヨ」 憂うべき日米の行き違い■ 松本零士 「ヤマト」は生きるために飛ぶ

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    「右傾エンタメ」を読むと本当に「軽い戦争」気分になるのか

    、つまり「徹底的に負けなかった」ことに原因があるという。実はこれに類した主張はかなり多い。 例えば、古谷経衡氏は著作『クールジャパンの嘘』の中で、(沖縄戦はあったものの)本土決戦がないことが米国文化の受容に決定的な役割を果たしたことを指摘している。つまり面と向かって殺し合うことがなかったため、多くの日本人にとってアメリカとの戦争は一種の「天災」とでもいうべき見方になってしまった。そのためアメリカ文化の受容に心理的な抵抗がほとんどなかった、と古谷氏は指摘している。また村上龍も浅田彰や坂本龍一との対談の中で笠井氏や古谷氏らと同じ主張を展開していた(『EV.Cafe 超進化論』収録)。笠井氏らと古谷氏では論点がずれてはいるものの、「本土決戦」がなかったことが戦後の日本文化の受容のあり方に決定的だったとすることでは同じである。これを「本土決戦なき想像力」とでも名付けたい。 古谷氏の指摘は、さらに占領期の日本におけるアメリカ文化や価値観の流行が、占領軍の見えざる検閲や誘導の結果である、としている点でユニークである。つまりソフトパワー(文化戦略)の背後には、米国の圧倒的なハードパワー(軍事)の影響力が常に存在していた。この古谷氏の着眼点は興味深いものである。 だが、「本土決戦なき想像力」には別な視点もあるのではないか? ここで少し、古谷氏や笠井氏らの論点に自分なりに挑んでみたい。 一例だが、ドイツのように敵国兵士と面とむかって本土決戦をしても、(かっての敵国)文化の受容にはあまり支障をきたしてはいない。敗戦後の混乱期を抜けて、1950年代終わりから60年代初めにかけて西ドイツではジャズやロックン・ロール、ハワイアンなどがブームとなった。その中心的な役割を担ったのが、西ドイツ最初の「女性アイドル」といわれるコニー・フロベスだ。彼女は西ドイツ版の美空ひばりともいうべき存在で、ひばりが敗戦後に子役として天才的な歌声でブレイクしたのと同じように、コニーもまた8歳で最初のデビュー曲が大ヒットした。コニーは映画の中で軽快なダンスを踊りながら、米国で流行していたジャズ、ロックン・ロール、そしてハワイアンなどをドイツ語の歌詞で歌った。コニーは国民的なアイドルとしていまでもドイツ国民の中で語られている。 興味深いのだが、60年代後半から70年代にかけてのハード・ロックやパンク・ロックのブームでは、ドイツ語の歌詞ではなく、英語の歌詞をロック風の曲につけるのが西ドイツでは一般的になった。ドイツ語はロックに合わない、というのが「通説」だったらしい。しかし占領の記憶がいまだ残る時代(西ドイツの主権回復は55年)に、コニーが歌ったのは、ドイツ語の歌詞に米国でブームだったジャンルの音をつけたものだった。コニー以後も(西)ドイツでは、米国のポピュラー音楽を積極的に吸収しブームと化していった。インタビューに応じる歌手の南沙織=1971年7月23日、日比谷公園 日本ではどうだろうか? 例えば南沙織。彼女の出身地である沖縄は米国との激戦地であり、いまもその記憶は生々しい。南沙織は返還直前の沖縄から来た“日本の最初のアイドル”だった。 中森明夫氏は、論説「敗戦後アイドル論」の中で、この返還前であったにもかかわらず、「日本のアイドル」と称された、「南沙織」という虚構性(=アイドル性)に注目している。中森氏によれば、南沙織には「アメリカの影」が刻印されている。南本人は米軍基地文化の申し子であった。具体的にいえば、彼女の母親(沖縄出身の日本人)と再婚したのは基地で働くフィリピン人だった。そのため南沙織は基地で流れる米国音楽の洗礼をうけている。ビートルズ、ジャクソン・ファイブらが大好きであった。だが、他方で南沙織における米国基地文化の影響は、彼女をとりまく大人たちの事情で長く封印された。だが、南自身が決戦の場になった沖縄で、ほとんどわだかまりなく米国音楽を受容してきたことは、「本土決戦なき想像力」のこれもまた重要な例外ではないだろうか? さて今日の「右傾化エンタメ」は、笠井氏らのいうように「本土決戦なき想像力」ゆえに、「軽い戦争」というイメージを大衆に定着させてしまうのだろうか? いまもいくつかの事例で指摘したように、私には「本土決戦なき想像力」仮説自体がまだ十分に検証されているようには思えない。 むしろ「右傾化エンタメ」よりも、大衆が戦争に対して持つイメージは、「エンタメ」のような「現実」そのものによって更新されているように思えてならない。とくに湾岸戦争以来、テレビやネットなどで配信されている戦争や紛争の膨大な映像記録、それを見ることが日常化し、一部では「娯楽」とさえいえる状況にまで陥った環境そのものに、「軽い戦争」への傾斜を目視できるように思える。この点はさらに検討を加えなければならないだろう。関連記事■ 百田尚樹がどうしても伝えたかった「奇跡の世代」への熱い想い■ なぜ「高度成長」の考察が重要なのか■ 「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている

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    「艦これ」は歴史修正主義ゲームなのです?

    とバカにされたものだ。東池氏の記事こそ「サヨクの偏見や妄想」の類だと断言していい。 ところで著述家の古谷経衡氏が『「正義」の嘘』(産経新聞出版)の中で、映画「永遠の0」が「どちらかと言えば右寄りの話ではないか」との問いに対し「見ていない人がそういうふうに思って、そう言っているのではないですか」と答え、映画の具体的な内容に即して「永遠の0」が右傾化作品ではないことを論証している。同様に、アニメは実際に見てみる必要があるし(東池氏はアニメはきちんと見てはいるようだ)、ゲームなら体験してみる必要があるだろう。というわけで、ゲーム「艦これ」は右傾化作品ないし歴史修正主義作品なのかどうか、実際にプレイして確かめてみることにした。◇ さて人気のゲーム「艦これ」はすぐには参戦できず、現在は週に3回ほど、限られた時間に毎回数千人ずつしか新規参入ができない。4月下旬の金曜日夜になんとか鎮守府への着任を果たし、記者の艦これプレイが始まった。ゲームの最初に5択で自分の駆逐艦を選ぶが、私は電(いなづま)を選択。そこから出撃と艦船の建造を繰り返して、自分の艦隊を育てていった。東郷平八郎・連合艦隊司令長官の像(左)と記念艦三笠。マストにはZ旗がひるがえる=神奈川県横須賀市 先の大戦を振り返ってみても、制空権を確保することは最優先課題であり、航空母艦を建造すべく努めたところ、ゲーム開始4日目で正規空母「飛龍」を獲得。その破壊力たるや目を見張るものがあり、3つの海域を立て続けにクリアすることができた。 軍艦を擬人化した「艦娘(かんむす)」の名前は、そのまま先の大戦で活躍した日本軍の艦船の名前だ。しかし軍艦の名前を登場人物に流用した作品は以前にもあった。綾波、葛城、伊吹、青葉、日向、冬月…。そう、20年前にテレビ放映されたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン(エヴァ)」である。そうした先例もあり、軍艦の名前を登場人名に流用しているからといって、ただちに右傾エンタメとはいえないだろう。 ただ考えてみるとエヴァは第3新東京市(箱根)を目指してくる「使徒」をひたすら「迎撃」する、いわば「専守防衛」アニメだった。こちらから攻めていくわけではないので必然的に「本土決戦」になり、戦闘の際に街がひとつ消えたりする被害も出ていた。専守防衛というきれいごとは、実際は国民に甚大な被害を強いるものなのだと、アニメを通して暗示していたのかもしれない。 一方で「艦これ」はひたすら、敵を求めてこちらから出撃していくゲームであり、エヴァと比べると好戦的な作品だ、という見方は成立するかもしれない。では艦これは侵略戦争作品なのかといえば、そうとは言い難い。前提として、敵方の「深海棲艦」が周囲の海を支配しており、艦娘たちは「迫りくる脅威から、海の平和を護るために」(ゲーム内での説明)戦っているとされている。形の上ではこちらから攻めていくからといって、ただちに侵略戦争とは言えないのだ。 さて普段の仕事もあり昼間にゲームをするわけにもいかないので、ひたすら夜戦主義で、退社後に連日連夜、「月月火水木金金」状態で激闘を繰り広げる。ただし戦いが連続すると艦娘にも疲労が蓄積して実力を発揮できないので、ひと戦闘終えていったん銭湯へ行って、自宅に戻ってまた戦闘…という形で適度に休憩を入れながらプレイする。 ただこのゲーム、戦闘がメーンなわけではない。あくまでも「艦隊育成型シミュレーションゲーム」であって、戦闘中は提督としては腕組みをして見守るだけだったりする。いかに強い艦隊を作って戦場に送り出すか、そのマネジメント能力が問われるゲームだといえるだろう。 そして戦闘にばかり注力していると、気がつくと資源が不足して損傷した艦娘の修理すらできない、という事態が発生する。各種資源は時間の経過とともに蓄積されるので、こういうときはゲームを一旦中断して待つのが一番。「果報は寝て待て」「待てば海路の日和あり」である。資源を貯めるためにも、週に2日くらいはプレイをしない「休艦日」を挟んだほうがいいかもしれない。それでも資源が足りないとなれば、第2、第3艦隊を「遠征」という名の「おつかい」に出して資源確保に努めねばならない。ゲームを進めていくほどに、資源の確保が戦争を継続する上でいかに重要かということを思い知らされることになる。近代戦争は総力戦なのだ。そして獲得した資源をいかに配分し有効に使うかが、提督の腕の見せどころになってくる。 そうこうしながら、ゲーム開始から2週間で序盤の難関とされる「沖ノ島海域」を突破(このときの旗艦は駆逐艦・電)。さらに2週間後には駆逐艦だけで出撃しなければならない「キス島撤退戦」もクリアした(このときの艦隊は特Ⅲ型駆逐艦4姉妹の暁、響、雷(いかづち)、電に加え、「呉の雪風、佐世保の時雨」といわれた幸運艦2隻)。ところでキス島撤退戦は、先の大戦での「キスカ島撤退戦」を下敷きにしているのは明らかだろう。実際にどんな作戦だったのかは将口泰浩著『キスカ島 奇跡の撤退』(新潮文庫)あたりを読んでいただくとして、ゲームでは駆逐艦のみの艦隊で敵の戦艦や重巡洋艦と戦わねばならない。それでもどうにか勝ててしまうわけで、わが駆逐艦「電」はこれまでに何度も、敵の戦艦や空母を一撃で沈める活躍をみせてきた。このあたりもまた、歴史修正主義だと言われてしまうゆえんだろうか。 この1カ月でかれこれ数百隻の敵艦を沈めてきたが、自軍で沈んだのは今のところ駆逐艦1隻のみだったりする。これは1度の戦闘で自艦が沈むことはなく(最悪でも大破止まり)、大破状態で進撃しない限りは沈没しないためだ。敵艦は一撃で沈むのに、この甘さは何だろうとも思うが、提督たちは不注意さえなければ自艦が沈むことはなく、安心してプレイできるようになっている。結果、たいていの提督は数百~数千隻の敵艦を轟沈させて自艦の沈没はほとんどないという、日本海海戦を超えるような大勝利を収めているはずである。これもまたごく一部の勢力からは「歴史修正主義だ」と言われそうな気が、しないでもない。 ところでこのゲーム、公開から2年余りが経過しているが、どう終わるのかが見えない。期間限定海域などもあって今のところ、いつまでもプレイが続けられるようなのだ。もっとも先の大戦は対米戦に限っても3年8カ月続いており、まだまだ先は長いと思うべきか。「終わりの見えない戦争に突入してはいけない」ということも、このゲームから学べる教訓かもしれない。そう考えるとこの作品、実は反戦ゲームなのかもしれない…と思えてくるのである。 かれこれ1カ月、艦これをプレイしながら考えてきたが私の感想としては「右傾化作品というには大甘」だ。このゲームにはまって、例えば「憲法9条改正は必要だ」と考えが変わるような提督は、まず現れないだろう。「艦これは歴史修正主義だ」などという雑音に惑わされることなく、提督はそれぞれ粛々とゲームを楽しめばいい。心配は不要だ。(産経新聞文化部 溝上健良) 関連記事■ 百田尚樹がどうしても伝えたかった「奇跡の世代」への熱い想い■ 柳田邦男に聞く 根強い零戦人気の本当の理由■ レイテ謎のUターン「栗田中将の名誉回復を」 証言集出版

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    保守はなぜ同性愛に不寛容なのか~渋谷パートナー条例をめぐる怪

    古谷経衡(著述家)LGBTを嫌悪する保守派 渋谷区でのパートナーシップ条例が同区議会に提出されるやいなや、いわゆる保守界隈や、右派から、この条例が猛烈な抗議の対象となっていることは、知っている方も多いと思う。 この条例には、「結婚に相当する関係」を同性カップルに対し証明する証明書の発行が可能となる条項が含まれているのだが、このことに対し、保守派からの猛烈な抗議の声はとどまることを知らない。東京都渋谷区の「同性パートナーシップ条例」の制定をめぐっては、反対派がデモ行進で条例成立阻止を叫ぶ場面もみられた=3月、東京都渋谷区役所周辺 3月10日には、右派系市民団体である「頑張れ日本!全国行動委員会」(以下、同委員会)が、JR渋谷駅前の広場で”渋谷区「同性パートナーシップ条例」絶対反対緊急行動”と題して、大々的な反対の抗議街宣を行い、話題となった。同会は、右派系のCS放送局である「日本文化チャンネル桜」(スカパー528ch)と密接に関連する政治団体である。 同委員会は、2014年2月に投開票された東京都知事選挙で、元航空幕僚長の田母神俊雄氏を擁立した最大の支持母体として知られ、いわゆる保守・右派界隈では、大きな行動力を持つ行動組織として認知されている。同委員会が、保守、右派の全てを代表しているとは言わないものの、保守、右派界隈全般の空気感を如実に代弁する存在であることは確かだ。 同性愛、同性婚をめぐる問題は、日本においては一貫して保守派、右派が「我が国の伝統的な家族観を破壊する」と称して、反対の立場を鮮明にしている場合が圧倒的である。 同委員会が3月10日に行った渋谷駅前での抗議活動について、同会の幹事長らは、スカパーの番組内で次のような趣旨で、重ねて渋谷区のパートナーシップ条例への激烈な反対の意見を鮮明にした。 ・「(この渋谷区のパートナーシップ条例は)ジェンダ―フリーの流れで、左翼の人たちがやっている」 ・「日本の伝統的な家族観が破壊されていく」 この見解はおおよそ、忠実に保守派、右派の同性愛・同性婚への嫌悪の感情をトレースしたものであると言って良い。これに先立つこと約2年前の2013年12月7日、当時の石原慎太郎知東京都自治は「(同性愛者は)どこかやっぱり足りない感じがする。遺伝とかのせいでしょう。マイノリティーで気の毒ですよ」と発言して、大きな問題になった。 言わずもがなその後、石原氏は都知事を辞職して「太陽の党」を立ち上げ、橋下徹氏率いる維新の会に合流。その後、「次世代の党」として分離した同氏は、保守系論壇誌などに精力的に登場し、保守派、右派の中心的論客として知られるキーマンである。このことからも分かるように、保守、右派全般が同性愛やLGBTに嫌悪や偏見のニュアンスを少なからず抱いていることは、疑いようもない。 渋谷区のパートナーシップ条例が話題に上がってから、多くの保守系活動家や言論人が、「感情的」と形容するのにふさわしいほどに、この渋谷区のパートナーシップ条例に対し、反対の声、ないしは嫌悪の感情を表明していることは疑いようがない。「伝統」と相容れない保守派の同性愛、LGBT嫌悪 私個人としては、渋谷区のパートナーシップ条例は、自治体の条例のレベルなのだから手放しで大絶賛するほどのことではないにせよ、別段、問題だとは思わない。制定するなら、私は微温的に支持しようと考えている(私は残念ながら区民ではないが)。同性愛、LGBTの人々が、絶対数は少ないにせよ、異性結婚と同等の権利を欲するのは、別段不自然なことではない。同性が同性を好きになり、事実上の家族関係を有することに、なにか大きな社会的弊害が発生するとは到底思えない。 そんな私は、前述した「日本の伝統的な家族観が破壊されていく」という保守派による、この条例へのトリッキーな反対の姿勢が、よく理解できないでいた。「日本の伝統的な家族観が破壊されていく」という理屈は、「同性愛やLGBTは、日本の伝統的な家族観とは相容れない」と言っていることに等しい。 が、言わずもがな織田信長と森乱(森蘭丸)&前田利家や武田信玄&高坂昌信など、ややもすればBL(ボーイズラブ)のネタにされそうな、(余りにも有名な)日本の中世期における同性愛関係をなんとするのだろうか。或いは、江戸幕府三代将軍の徳川家光の性癖をなんと解釈するのか、など、日本の「伝統」を持ち出すのならば、現在の保守派や右派による同性愛やLGBTへの嫌悪や禁忌の情は、全くその「伝統」を踏まえない異質のものであると思う。「伝統」を殊更となえるのなら、「衆道」の伝統を踏まえないのは、嘘だろう。 だから、なぜ現在の保守派や右派がここまで激烈に同性愛やLGBTを嫌悪するのか、彼らのささやかな権利獲得に、ここまで苛烈に反駁するのはなぜなのか、それが、私を含め多くの人にとっては謎だと思うのである。保守派が同性愛を嫌悪する理由保守派が同性愛を嫌悪する理由 1)保守の高齢化が原因 保守派や右派がここえまで激烈に同性愛やLGBTを嫌悪する理由には、大きく別けて二つの理由がある、と私は考えている。一つは、大前提的に保守派、右派の高齢化がその要因である。YAHOOニュースの過去エントリーや、拙著『若者は本当に右傾化しているのか』に詳述しているとおり、現在の保守派や右派は高齢化が着実に進展している。 彼らの主要な支持層は、40代以上の中・高年であり、場合によってはボリュームゾーンは50代や60代以上である。これらの中・高年が世代的な風潮として、同性愛者やLGBTに対し、辛辣な姿勢を堅持しているのは、時代的な要請とはいえ、しかたのないことだろう。現在、60代の世代が青春時代を迎えた1960年代から1970年代の高度成長期は、まだまだ前近代的な差別と古い因習がこの国の中に残置されていたのは、言うまでもないからだ。 特に地方では、明治時代から続くような、旧い因習としきたりが支配的だった。このような世代の人々が、同性愛やLGBTを禁忌のもの、としてとらえ、「正常な恋愛の形ではない異常なもの」とみなすのは、世代的な要因が大であると思う。現在の保守派や右派の年齢的ボリュームゾーンを考えると、理屈としてそのような性的マイノリティーに対する差別的感情が根強いのは、得心が行くものといえよう。保守派が同性愛を嫌悪する理由 2)宗教右派からの照射 もう一つの理由だが、その前に今一度、上記の「ジェンダ―フリーの流れで、左翼の人たちがやっている」「日本の伝統的な家族観が破壊されていく」という、保守派・右派による反対理由を少し検証してみることにする。この考え方は、「ジェンダフリー(教育・政策)」に強い反対の立場を採る「日本会議」の思想的影響を強く受けていることは間違いはない。  「日本会議」は、保守系最大の行動団体として、旧軍遺族会やその他旧軍関係団体を始め、神社本庁や仏教系宗教団体など、おもに「宗教右派」とよばれる保守的な傾向を持つ宗教団体によって形成されている。さらにこの日本会議が、主に自民党のタカ派議員を支援したり、自民党のタカ派議員自らが会員となっている例は、公然の事実である。 また、保守系の論客や文化人などの講演会などを頻繁に行うなど、保守業界のありとあらゆるところに「日本会議」は入り込んでいる。「日本会議」が、保守や保守運動に有形無形の形で絶大な影響力を与えていることは、紛れも無い事実だ。 勿論、現在、渋谷区のパートナーシップ条例に反対の立場を採る人や団体の全てが、「日本会議」と直接の人的・物的なつながりがあるわけではない。が、保守、保守運動団体の背後に、隠然たる影響力を行使し続ける日本会議の思想的源流をたどることで、保守がなぜ同性愛に不寛容なのか、その答えが見えてくるのだ。保守派が同性愛を嫌悪する理由 3)戦後新宗教と同性愛 特に、「日本会議」の中枢をなすのは、神道系の「神社本庁」の他に、「霊友会」、「念法眞教」、「新生佛教教団」、「佛所護念会」、「生長の家」など、大なり小なり仏教を源流とする仏教系新宗教団体である。「日本会議」における仏教系宗教団体の力は、非常に大きいものがあるのは、誰しも認める所だ。 しかし本来、仏教の教えは「同性愛には至極寛容」であることを根本とする。事実、敬虔な仏教国であるタイ王国は、同性愛者に寛容な気風であることは、広く知られている。仏教の開祖ブッダは、出家する前まで、インドの地方豪族の皇子として自由奔放な生活を行ってきた。「伝統的な家族観」をそもそもブッダ自身が体現していないのだが、なぜかことさら、日本の仏教系新宗教を主力としてから構成される「日本会議」は、仏教本来の教えを部分的にせよ照射されているはずなのに、この仏教の「伝統」を否定しているようにも思える。 ともあれ、この仏教を源流とするこれら仏教系の「宗教右派」の支持の上に成り立っている日本会議は、「伝統的家族観」を最重要視し、従前から「夫婦別姓反対」「ジェンダーフリー反対」、の立場を堅持してきた。つまり、現在、保守派や右派が渋谷区のパートナーシップ条例に反対するロジックとして使用している、前述の「ジェンダフリーの流れで…」の基本的な反対の構造は、正しくこの「日本会議」の一貫した姿勢を忠実にトレースしたものと同じものなのである。保守派が同性愛を嫌悪する理由 4)儒教と保守 なぜ、本来仏教系団体を基礎とする「日本会議」が、ジェンダーフリーや、ひいては同性愛に不寛容なのか。 これについて私は、宗教問題に詳しく、仏教関係で数多くの著作がある著述家の星飛雄馬氏に詳しい話を伺った。星氏によれば、 1.そもそも日本の仏教は、元来のインド仏教の理念以外に、その伝播の過程で朝鮮半島や大陸から来た儒教の影響を強く受けている 2.そのため、元々インド仏教にあった「輪廻」(生まれ変わり)の思想になじみのない日本では、儒教などに由来する祖霊崇拝の傾向が強く、家父長制度を基礎とした長男継嗣の「墓守り」の思想がある 3.それゆえ、現在でも地方などでは仮に家督を継ぐべき長男がゲイだとすると、「誰が先祖の墓を守るのか!」と問題視されるような話もあるという 4.つまり、日本の仏教系の新宗教では、儒教の家父長思想の影響を色濃く受けているがゆえに、本来の仏教の教えとは外れた、同性愛への蔑視や禁忌の発想が生まれるのではないか ということなのである。なるほど、日本のみならず、朝鮮半島や中国など、いわゆる「儒教文化圏」では、同性愛に対する社会的差別が温存されているのは、このせいかと納得した。 こうした日本における宗教勢力、とくに保守や保守運動に隠然たる影響を与えてきた「宗教右派」としての「日本会議」が、仏教と儒教の混交体として、家父長制の思想を元にした、同性愛に対して辛辣な思想的源流が、有形無形の形となって保守と保守運動に照射されているのが、現在の状況を読み解く上でのカギとなるのは間違いはない。 繰り返すように、上記で例示した保守運動組織や団体が、「日本会議」の傘下にあるといっているのではなく、書類上は別個の存在であっても、「日本会議」に多くの保守系の政治家や文化人が集う現状を鑑み、この動きが一種、大きな保守界隈の潮流となって、無意識的にも、各人に強い影響を与えていることは間違いのない事実なのである。 ここで断っておくが、私はこのような、仏教徒儒教が混交した日本の仏教系新宗教のあり方や「日本会議」の構成要素を、「悪い」と言っているのではない。あくまでも、事実としてそのような傾向があると、指摘しているだけだ。宗教化する保守~アメリカ「福音派」と日本の保守宗教化する保守~アメリカ「福音派」と日本の保守 今回、渋谷区のパートナーシップ条例への保守派、右派の激烈な反対の姿勢は、ある意味、日本の戦後保守を考える上での分水嶺的事件になり得ると、私は考えている。 何故ならば、戦後における日本の保守は、一貫してして「反共保守」というイデオロギーの産物だった、ということだ。「反共保守」とは、読んで字のごとく反共産主義、つまりアンチ・ソ連だが、ソ連が崩壊して消滅した後、「反共保守」は敵を失い、漂流するに至った。 その過程で、つまり新しい敵を見つけるための運動が起こったのが、「ポスト・反共保守」以後の保守や右派界隈の動きである。その中から登場してきたのが、いわゆる「嫌中・嫌韓」のたぐいだった。 しかし、この度の渋谷区のパートナーシップ条例反対という動きは、これまでのイデオロギーに染め上げられ、イデオロギーの理屈で行動してきた保守・右派の中にあって、きわめて異質な、観念が優先する宗教色が強い姿勢であると言わなければならない。そこにあるのは、理屈抜きにして、宗教的で、観念的な感情である。 アメリカの「宗教保守」といえば、聖書原理主義者の「福音派」を指すことが多い。彼らは、「同性結婚」、ひいてはLGBTの問題に対し、激烈な反対の姿勢を示す原理主義者で、その大多数は、保守派である共和党の支持基盤になっている。科学的な理屈、政治的なイデオロギーよりも、宗教性が優先されるという、福音派にまま垣間見える性質が、いま、確実に日本の保守、右派の中に芽生えようとしている。 仏教と儒教の混交として生まれた日本の「宗教右派」と保守・右派の関係は、その両者を書類上は別個の存在としながらも、あきらかに同一する形で進んでいる。日本の右派も、アメリカの「福音派」のようなエッセンスが、いままさに一気呵成に注入されようとする、その契機を迎えていると私は感じている。 それが「良いことだ」とか「悪いことだ」とか言うつもりはない。ただし現状が、そうなっているの疑いが強いと、多くの人に知ってもらいたい、ただそれだけである。 願わくば性的マイノリティーの人々が、雑音に惑わされることなく、慎ましやかな生活を送れることができるよう、祈るよりほかない。(『Yahoo!ニュース個人』より転載)関連記事■ 沖縄基地問題で問われる「保守」のカタチ■ 「我が軍」と呼べば呼ぶほど憲法改正は遠ざかる(かも知れない)■ 木村草太が考える 日本国憲法とは何か?

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    「都構想住民投票」で浮き彫りになった大阪の「南北格差問題」

    古谷経衡(著述家) 5月18日、大阪市を事実上消滅させて大阪都の設置の是非を問う所謂「大阪都構想」の住民投票が投開票され、ごく僅差ながら「都構想反対」が賛成を上回った。これにより大阪都構想は廃案となった。 私は、大阪を含め関西に十年弱暮らし、橋下徹氏が大阪府知事に初めて立候補した時(2008年)には彼に一票を入れた経験のある元大阪府民だが、現在は千葉県に住民票を移して久しいがため、結果廃案となったこの「都構想」については、今でも特段、明確に賛・否を表明しているわけではない。が、私はその賛・否の結果以上に、大阪市の区別投票結果の内訳の方が、気になったのである。 以下の図は、18日の投票結果の「賛・否」を大阪市の区別に色分けしたものだ。*図:筆者製作 青が「賛成」、赤が「否定」である。投票総数で観ると、賛・否の差は総数でわずか1万票強足らずで大差ないが、地域別に見てみるとはっきりとその地域差に傾向があることがわかる。一目瞭然のように、大阪市北部は「賛」、大阪市南部は「否」と区分されている点だ。 大阪市北部は「キタ」で知られる繁華街・オフィス街の梅田や大阪駅、北新地、北浜、淀屋橋などを中心とした地帯で、大阪随一のビジネス街・官庁街(市役所・府庁在所)でもある。一方、大阪市南部は「ミナミ」で知られる歓楽街の難波、心斎橋、天王寺、新世界(通称)などを中心とした雑多な商業集積地帯である。一般的に、全国的な報道や映画、ドラマの中のイメージで登場する「大阪」とは、この「ミナミ」を中心とする大阪南部一帯である。それは例えば『じゃりン子チエ』の舞台である大阪市西成区、『ミナミの帝王』の主な舞台である難波・天王寺一帯(勿論この作品にはキタも登場するが)、そしてかの有名な「道頓堀」「グリコの看板」「くいだおれ人形」「通天閣」は、全てこの「ミナミ」の情景である。 全国的なイメージの中の大阪は、実際には「ミナミ」を中心とする大阪市南部であって、「キタ」を中心とする大阪市北部は余り登場しない。そして、この両者、つまり大阪の北と南は、まるで「南北格差」の様に、街の情景が全く異なっている。このことを理解しなければ、「大阪」という日本第二位の(人口的には横浜に次ぐ第三位の)巨大都市の実相は見えてこない。南北で全く違う大阪*大阪市南部「ミナミ」の代表的歓楽街、「道頓堀」(出典:足成)*大阪市北部「キタ」の代表的オフィス街、「梅田」(出典:超高層ビルとパソコンの歴史) 実際、「キタ」を中心とする大阪市北部を歩くと、「最後の一等地」と呼ばれた「梅田北ヤード(旧梅田貨物駅)」が大胆に再開発され、東京・新宿の超高層ビル群と引けを取らぬ圧巻の現代都市の景観が形成されている。淀川の対岸、西中島方面から梅田を望むと、全面ガラス張りのキラキラと煌く梅田スカイビル(北区大淀)が太陽光に反射して、その壮観たるや圧巻である。本当に大阪は大都会であるなあ、としみじみ実感するのだ。 そこにあるのは正しく「近未来都市」である。景観的に言えば、新宿よりも遥かに「未来」を感じさせる街並みが梅田にはある。更に梅田に隣接する、福島や曽根崎、堂島は完全に東京の大手町や丸の内と変わらない、寧ろ東京を凌駕する程の超近代的オフィス街に変貌している。縦横無尽に張り巡らされる巨大な梅田の地下街と相まって、一瞬、ここが大阪なのか東京なのか、迷うほどだ。 尤も大阪市北部にも「十三(じゅうそう)」や「淡路」「上新庄」等に代表される雑多な下町風情は残されているものの、全般的に大阪市北部は、富裕層向けのタワーマンションが次々と乱立し、またアパレルテナントやカフェ、商業施設やホテルが集積している。この地域は「道頓堀」「くいだおれ」でイメージされる大阪とは全く異なる表情をみせるのだ。 一方、「ミナミ」を中心とする大阪市南部を歩くと、そこは途端に「昭和にタイムスリップした」かに思える風景に出くわす。例えば西成区や大正区、住之江区、浪速区を歩くと、文字が判読できないほど日に焼けた商店の看板、車一台がようやく通れるか通れないかという位の一方通行の路地、猫の額ほどの庭先にこれでもかと並べられている鉢植、「ユビキタス社会」とは無縁の新聞自販機、僅かなスペースの軒先で惣菜を売る個人商店と、今にも電線に接触しそうな位、密集して建てられている木造住宅や2階建ての文化住宅(賃貸長屋)…。同じ日本なのに、同じ空を観ているのに、この街を歩いている時に観る青空は、いつもどことなく曇っていて、しかも低いような気がするのだ。 断っておくが私はこのような「昭和三十年代風」の街並みが大好きで、たまの来阪の折には密かに被写体とする趣味を持っているのだが、それにしても、大阪市の北部と南部の余りの違いに驚かされるのである。 東京にはこのような光景は原則存在していない。東京の東部、つまり江東・台東・足立・江戸川・葛飾など、戦前からの伝統的な「下町」と呼ばれる地域は、確かに世田谷や杉並のような「西部の山手地域」よりは若干庶民的な情緒があるものの、大阪の南北の比ではない。土台、東京とは比べ物にならないほどの「南北格差」が大阪にはあるのだ。大阪「南北格差」の歴史大阪「南北格差」の歴史 「キタ」を中心とする大阪市北部は、近世江戸時代からビジネスと金融、或いは行政の中心地であった。世界初の商品先物取引が行われたのは大阪北区の堂島の米市場であり、よく知られるようにこの時代、全国の米相場の趨勢を一手に握った。またそれに伴い、諸国から集まってきた米の集積場(蔵)や野菜や魚などを売りさばく大市場が立地したのも、天満(同北区)などこの周辺であった。 一方、「ミナミ」を中心とする大阪市南部は、近世江戸時代には「渡辺村」と言われた皮革職人や家内制手工業の工人らの拠点が集積した一大地域を有し、往時にはその人口は10万を超えたともされる。この一帯は、現在の浪速区・西成区の領域である。 つまり近世期から大阪(当時は”大坂”と表記)は、南北にその職能領域が分離される傾向にあった。これが現在の大阪の都市構造に少なからぬ影響を与えていることは確かである。 近代明治に入ると、大阪は西日本最大の工業都市として君臨し、また1923年の関東大震災で東京が壊滅すると、一時期大阪は総人口320万を数え、日本最大の大都会となった。「大大阪」「煙の都」「東洋のマンチェスター」等と大阪が謳われた絶頂期は、まさに大正・昭和初期(概ね戦時統制時代)の時代だったのである。 またこの「大大阪」の隆盛を支えた旺盛な人口を吸収するため、「阪急」「阪神」「京阪」「近鉄」などの大資本・財閥主体の私鉄沿線開発が進み、大阪の周辺部に衛星都市が発展した。関西が現在「私鉄王国」と言われる所以はここにある。 これにより主に西宮・芦屋・宝塚・伊丹・池田・豊中などの「阪神間」衛星都市が形成された。これらのハイソな郊外都市郡と「大大阪」が一体となって生まれたのが所謂「阪神間モダニズム」であった。 ところがこの「大大阪」の隆盛は、先の大戦を境に一変する。東京が三度の大空襲で灰燼に帰し、全市的な被害を受けたのとは対照的に、大阪の被害にはムラがあった。首都圏は東京を始め川崎も横浜も全滅したが、関西は大阪の半分と京都、奈良とその周辺の衛星都市は概ね無傷であった。これにより戦後の復興は、どうしても東京偏重を余儀なくされた。 大阪発祥の旧財閥系企業は、高度成長時代を通じて次々と本社を東京に移していった。一方、大阪は重厚長大産業と町工場という旧態依然とした産業構造が温存され、転換が遅れた。この事自体が、「大阪府と市の二重行政の悪弊の結果である」と指摘する向きもある。ともあれ大阪市、とくに大阪南部が、旧態依然とした街並みを、良い意味でも悪い意味でも守り続けているのには、このような背景が関与するところ大であろう。関西圏全体でも存在する「南北格差」 例えば大阪市内ではないが同市東部に隣接する守口市・門真市の例。ここは、松下電器産業(パナソニック)の本社が現在でも存在するが、大阪府下でも最も「貧困」が進む地域の一つでもある。ここには、高度成長時代に松下の下請けの関連会社の職を求めて、主に西日本の郡部から流入した半日雇い労働者がそのまま住み着き、定着した経緯がある。 それでも90年代までは何とか職を保っていたが、他の製造業がそうであったように松下が国外へその工場を次々移転させると、途端に職が減り困窮する。高度成長時代のシステムを存置し、そしてそれに取り残され、高齢化して郷里に帰ることもできず土着した人々が、いまだに1960年代当時に建造された文化住宅(主に関西地方に特有に見られる、2階建ての木造長屋アパート)に住み続けている一帯が存在している。 当然、生活保護受給率はおどろくほど高く、当該の市(門真・守口・寝屋川)などの財政を圧迫している。こういった市の中にある超過密木造住宅地域は、特に阪神大震災以降、防災の観点から地方自治体主導で積極的な改善策が実施されているものの、全てをカバーしているとは言い難いのが現状だ。 このような事例は、中小企業や町工場の多い大阪市南部や東大阪など、大阪府東部・南部の周辺地域でも顕著に見られる現象である。 一方、大阪市のみならず大阪府や、その通勤圏全体を俯瞰した場合、淀川の北部、所謂「北摂(ほくせつ)」と呼ばれる地域(豊中・吹田・池田・高槻・摂津・茨木)等や、前述した「阪神間モダニズム」を受け継いだ阪神地区(神戸・西宮・芦屋・伊丹・宝塚)等は、こういった問題とはほとんど無縁の高所得地帯を形成しており、関西随一の高級住宅街を形成している。 つまり大阪通勤圏全体で観た場合は、淀川を挟んで北部(北摂・阪神)と、それ以南の南部(大阪市南部・河内・泉州)の明らかなる地域格差が存在しているのだ。 余談だが、ゼロ年代に一世を風靡したアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』はこの中の一つ、兵庫県西宮市(夙川周辺)を舞台にした作品であり、同じ関西を舞台にした『じゃりン子チエ』(大阪市西成区=同市南部)と、直線距離で20キロも離れていないが、街の風情は「まるで異国」と思えるほど、圧倒的に異なる。 大阪市内の「南北格差」のみならず、関西圏全体を俯瞰した場合でも、この「南北格差」は淀川を挟んで明らかに顕著であり、その差は東京の東西の差とは比較にならぬほど大きい。大阪市も大阪府も「南北格差」 大阪都構想の話に戻ると、大阪市北部が賛成、大阪市南部が反対という構図は、まさにこの「南北格差」を背景にしているだろう。すなわち、比較的所得水準が高く、都市の再開発も進んでいる「キタ」を中心とした大阪市北部と、高度成長時代の産業構造を転換することができず、成長から置き去りにされた、低所得地域が多い大阪市南部の格差である。 試しに高所得世帯の分布を観ると、明らかに大阪北部と、そして大阪府全体を観た場合でも大阪府北部にその数が偏重していることが分かる。以下の表は、関西圏における高所得世帯が居住する自治体のTOP30を表したものである(”首都圏と近畿圏における高額所得者の居住地分布に関する研究(近畿大学)”論文の掲載データからの引用=2007年度)。 これをみても一目瞭然のように、大阪市内に限れば、高所得自治体は「キタ」エリアの代表格である大阪市北区(西天満・梅田)が4つもランクインしている。また大阪府下に視点を広げてみても、高所得世帯が住む街には、伝統的な大阪通勤圏の北部、つまり「淀川以北」の北摂・阪神間の、芦屋・西宮・神戸・宝塚の「阪神間モダニズム」地域で独占されていることがわかろう。淀川以南でわずかにこれにランクインしているのは、大阪府東部の八尾市の一町だけである。いかに大阪市内で「南北格差」が顕著であり、また大阪府下でも「南北格差」が熾烈なのか、伺えるというものだ。改革を拒否した低所得地域改革を拒否した低所得地域 大阪都構想は、大阪市を排して大阪都を置き、市と府の二重行政を一挙に解消して合理化を図ろうという大胆な構想であった。その実効性を巡っては百花繚乱の議論状況を呈していたし、冒頭から繰り返すように私は大阪府民ではないので、この「都構想」の実際の予想効果の判定については、ここで敢えて評価する立場にない。 しかし、一般的には、所得の高い地域の層、つまり比較的生活に余裕のある層は、橋下氏の訴えたような改革的な風潮に一抹の心地よさを感じたことであろう。一方、所得の低い地域の層、つまり生活に余裕の無い層は、実際的な「都構想」の実効性はともかく、何事にも「急進的改革」には拒否反応を示すのは、古今東西の歴史が示すとおりである。 1959年にキューバで「キューバ革命」に成功し、親米独裁のバティスタ政権を打倒したチェ・ゲバラは、次なる革命を「輸出」すべく南米ボリビアで革命動を行ったことは良く知られている。しかしゲバラは、現地の農民が僅かのばかりのカネで政府軍に買収され、その居場所を密告されたため捕らえられ、ボリビアで処刑され没した。 なぜゲバラはキューバでは成功して、ボリビアでは失敗したのだろうか。それは巨視的にはボリビア人民が貧しすぎて改革を拒否したからである。スティーブン・ソダーバーグ監督の映画『チェ・39歳別れの手紙』(2008年)では、その時の模様が克明に再現されている。 貧しさに耐えかね、その日の日銭もままならない、キューバよりも圧倒的に後進的だったボリビアでは、革命や改革の機運は起こらなかった。人民は貧しさの中、遠大で崇高な目標よりも、その日の晩飯を喰らう日銭を重視したのである。貧しすぎると人々は却って保守的になり、革命や改革は起こらない。フランス革命やロシア革命の主導層が、貧困に苦しむ農奴や都市労働者ではなく、中産階級のインテリであった事と似ている。このことは言葉を慎重に選ばなければならないが、まさに「皮肉」という他ない。 大阪都構想の「南北問題」をこの、チェとボリビアの関係に割り当てるのは若干不謹慎だが、私は、この顕著に示された「南北問題」の投票結果の地域差を鑑みて、この故事をまじまじと思い出したのであった。大阪のゆくえ 現在、大阪市の「ミナミ」に代表される大阪市南部は、横浜ランドマークタワーを超える日本一の高さを誇る複合ビル「あべのハルカス(300m)」が落成し、新しい求心力を獲得しつつある。それに呼応するように、これらの中心部は主に鉄道の利便性を生かして富裕層向けのタワーマンションが開発されている。このような意味では、「ミナミ」の中心たる浪速区はやや活況を呈している。停滞するのは再開発に湧く「ごく一部のミナミ」以外の、広域な南部一帯であろう。 それでもやはり大阪市南部は路地を一歩入ると、そのあまりの格差に愕然とする。例えば「ミナミ」の一角を占める日本有数の電気街であった浪速区の日本橋筋は、ゼロ年代に大阪「キタ」にヨドバシカメラの旗艦店「ヨドバシカメラマルチメディア梅田店」が開店したことにより一挙に電気街としての地位を失い、往時の輝きはない。大阪市南部の中にも、更にムラがある状況だ。 日本橋筋は「西の秋葉原」等と言われてメイド喫茶や同人誌販売店などが細々立地するものの、所詮ローカルの趣味人相手であり、「ヨドバシカメラ梅田」や「本場の秋葉原」には対抗できず、店先には閑古鳥が鳴く。大阪南部の凋落は広域に及んで改善の気配は中々見えない。 ヒト・モノ・カネが大阪市北部と、俯瞰すれば大阪府北部にますます流れこむ時、橋下氏の訴えた「大阪都構想」はある種の起爆剤になり得たとも言えるし、なり得無かったとも言える。肯定的に見れば疲弊する大阪市の南部を二重行政から救えたかもしれないし、否定的に見れば土台、東京と比較にできぬ「南北格差」は、都構想とて解消できぬほど深い根本的問題と捉える事もできよう。繰り返し言うように、私はこれを以って「都構想」の賛否を表明するものではない。 大阪府全体が神奈川県の人口に追いぬかれて全国人口順位三位に転落した大阪の凋落は、市・府を問わず誰の目にも明らかである。そのことを踏まえて、現地・大坂の危機感は相当のものが伝わってくる。今回、「大阪都構想」は否決されるに至ったが、この危機感の共有は、「都構想」への賛成・反対、そのどちらの陣営も共通して持っている感覚なのは否定出来ないだろう。 私は、青年時代・大学生時代の十余年を過ごした関西を「第二の故郷」と思っている。私は大阪と関西を愛している。「都構想」に関わらず、大阪再興の方法は、縷縷あると思う。個人的に「大大阪」の復権を切望するものだ。そして、それは必ず、将来において「なる」と確信するものである。大阪府民の選択を尊重しつつ、大阪の将来展望は今より始まるものだと、肝に銘じるべきでろう。※Yahooニュースより転載関連記事■ 「スネ夫」的生き方を是とした橋下徹の少年時代■ 「我が軍」と呼べば呼ぶほど憲法改正は遠ざかる(かも知れない)■ 正念場の維新を横目に上西議員は除名で年収UP期待の皮肉

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    「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている

    古谷経衡(著述家)「ネット人格」とはなにか インターネット、特にツイッターやSNSを覗いていると、ネット上だけの人格=「ネット人格」を持っている人が少なくないことに気がつく。 この「ネット人格」とは往々にして二重人格のようなもので、殆どの場合は、「ツイッター上でものすごく攻撃的な言動を行っているが、実社会で対面すると、借りてきた猫のようにおとなしい」というもの。つまりネット上のみでの人格豹変だ。 またごく稀に、ネット上の攻撃的人格と、実社会のリアルな人格が全く一致する場合もあるが、これは別の意味でなにか深刻なメンタル面の問題を抱えている症例である場合が多く、ここでは詳述しない。 さて、この「普段はおとなしい(のように見える)人が、ネットのみで攻撃的な人格に豹変する」という「ネット人格」は、今や大きな社会問題になっている。 特定の民族、国家を口汚い言葉で呪詛する、所謂「ヘイトスピーチ」はいまや大きな問題になり、2014年からは法務省が「ヘイトスピーチ」根絶のための啓発週間を設けるまでに事態が進展した。安部首相もこの問題の解決のために必要な措置をとる姿勢を鮮明にしている。 「ヘイトスピーチ」をネット上で書き込む人々の多くは、実社会では仏のような微笑みを保ち、まさしく「温厚」の二文字が似合う中・高年の人々に多い印象がある。彼らは努めて常識人で、収入や社会的地位も比較的安定している。そういう人が、ネット上では見るに耐えない罵詈雑言を、主に隣国と隣接民族に向かって投げつけている姿を目撃してしまう事例は、一度や二度ではない。 「ネット人格」はなにもヘイトスピーチばかりではない。著書があり雑誌のコメントや新聞のインタビューなどに取り上げられるような著名人が、例えばツイッター上で、リプライ(他のユーザーへの返信)という形で、読むに耐えない罵詈雑言を放っている例を目撃してしまうことも、やはり一度や二度ではない。 彼らは平気で、ツイッター上で「死ね」「お前はクズ」「馬鹿は消えろ」などと書き込んでいる。更に踏み込めば、そういった罵詈雑言自体を「毒舌」として、ある種自分の個性というか、芸風にしてしまっている人もいる。私からすれば「死ね」は毒舌ではなく単なる誹謗でしかないが。  しかしこういったネット上の「毒舌」を駆使する著名人であっても、実社会ではやはり、これといって目立たない、「借りてきた猫のようにおとなしい」温厚な人が多い。やはりこの自称「毒舌」も「ネット人格」の一種だ。このような歪んだ「ネット人格」が形成される背景には、どのような理由があるのだろうか。「ストレス主因説」「格差主因説」はウソである 「ヘイトスピーチ」という単語が一般化する前の時代、長らく、ネット空間における差別的言説や罵詈雑言、誹謗中傷は、「現代社会のストレスや構造的ひずみ=格差がもたらしたもの」である、という「ストレス主因説」や「格差主因説」が採られてきた。 普段はおとなしい人が、ネットになると豹変する―。「きっと仕事が辛いのだろう」「奥さんや旦那さんと上手くいっていないのだろう」「実生活の貧困など不遇のはけぐちをネットに求めているんだろう」いずれも、「ストレス主因説」「格差主因説」を説明する典型である。 この説明は「ネット右翼」に関する言説でも、全く同じだった。「ネットで過激な民族主義的言説、排外主義的言説をする人々は、格差社会の中の貧困層であり、現実の憂さ晴らし、はけ口としてやっているのである」これが古典的な「ネット右翼」観であるが、実際には全く違う。「ネット右翼」は全般的に中産階級であり、貧困性とは無縁だ。 「コンクリートだらけの現代社会で人々の心が荒んでいる」とか、「情報化社会の進展の中で人と人とのふれあいが希薄になっている」などという、手垢のついた言説は、「ネット人格」形成の説明には全くなっていない。 その説明が正しいのであれば、1990年代から急速に普及してきたネット空間は、最初から差別的言説や罵詈雑言、誹謗中傷に溢れていなければならないが、そうではない。これらの「ネット人格」がもたらす弊害は、時代が経てば経つほど、ネットが普及するればするほど、盛んになっている。つまり、ネット空間が今ほど拡大していなかった、比較的初期の時代には、このような「ネット人格」の問題は、実際の問題としてそれほどクローズアップされていなかったのだ。90年代、「ネット人格」はさほど問題にならなかった 少なくとも1990年代後半からインターネットに触れている筆者が思うことは、この時代の、急速に普及していたとはいえまだ日本のネット人口がおおよそ1000万人に満たなかった時代、ネット空間における大きな問題というのは、「殺害予告などの犯罪示唆」「盗品や違法薬物売買などの実際の犯罪の中継」そして「援助交際など未成年女性をめぐる売春問題と成人男性の買春問題」と「高額な通信料やサイト利用料の請求=詐欺案件」、「ウイルス感染に拠る個人情報の流出」といった事案であり、「ヘイトスピーチ」や「誹謗中傷」に代表される「ネット人格」に関する問題は、ずっと後になって表面化してきた印象がある。 勿論、犯罪示唆や売買春、詐欺が現在のネット空間から根絶されたわけではない。が、プロバイダーや捜査機関の尽力により、かつてより明らかにその問題の比重は軽減された。 1990年代末期、筆者が高校生の時、グループ・チャット上で当時の、別クラスに居た疎遠の同級生を揶揄する書き込みを行ったことがあった。その揶揄の程度というのは、「◯◯君はアホですなあ」みたいな、半分親しみのこもった、現在のレベルで言うと一瞥して忘れられるような内容である。 ところが、その同級生が神経質なタチであったらしく、虫の居所でも悪かったのか、私の書き込みが当該プロバイダーに「荒らし行為」として通報された。すると、直ぐにプロバイダーが動き、すぐさま筆者のパソコンのインターネット接続ができなくなったのだった。 プロバイダーが、私のその揶揄の書き込みを「他人を不当に誹謗中傷し、また健全なネット空間の維持を妨げる行為を行ってはならない」みたいなニュアンスの、プロバイダーの会員規約に違反したとみなしたからである。 これは、同級生同士の冗談なのです、と私はプロバイダーに弁明を申し入れ、またその同級生側に詫びを入れ、彼からプラバイダーにも「感情の行き違いがあった」と説明することで、ようやく5日後くらいに接続不能が解除になったのだ。 1990年代末期、当時このぐらい、他人への誹謗中傷に対するペナルティーは厳しかった。ネット人口が少なく、よって一プロバイダーの会員数も少数で、監視要員(パトロール)がユーザー全員をカバーできる体制が、現在よりは、はるかに存在していた。現在のネット空間は、1000人の生徒をたった1人の教師が監督している超過密の環境だが、少なくとも当時は、30人学級だった、というイメージだ。ネットは危険なもの、という感覚の共有と欠如ネットは危険なもの、という感覚の共有と欠如 ゼロ年代前半、ファイル共有ソフトに感染したユーザーが、無自覚に自身のPC上のファイルを流失させてしまい、大騒動になった事例が幾つもあった。個人や社名がすぐさま特定された。ネットでの失態は、即、実社会でのリスクに転化された。 だからちょっとでも怪しいサイトにアクセするときは、「串を通せ」というのが常識的だった。串とは「プロクシ」(代理サーバー)の意で、場合によるが、ある程度、自分のIPアドレスを隠してサイトにアクセすることができる。 誰がどんな方法で、自分のネットサーフィンを観ているのかわからない。ネットは不自由で危険なものだった。それ故、ネットを安易に信頼したりしてはいけない。自身の情報を入力するなどもっての外である。他者を罵倒したり誹謗中傷するなど、最もリスキーなことであった。石橋を叩いて渡れの精神だ。ネットへの警戒心は徹底していた。 現在、ネット上での誹謗中傷は、名誉毀損訴訟という形で激増しているが、当時は民事事件になることなど殆ど無く、またそれが刑事的な性質であっても、警察の動きも鈍かった。それよりもまず第一に、プロバイダーからの処分を恐れたものである。 ところが現在、「ネット人格」として問題になる人々の多くは、串も通さずに、自宅のPCのIPアドレスのまま、「死ね」だの「クズ」だのの書き込みを行っている場合がほとんどだ。これは自宅のファックスから警察署へテロ予告を送信するくらい、愚かな行為だが、当人はその行為にリスクが有るとすら思っていないのである。「後発組」がもたらした「ネット人格」 現在、「ネット人格」に関連した様々な人格豹変の背景にあるのは、彼らが「ネット空間に参入した後発組」であることと密接に関連している。 2001年、21世紀に入ると日本のネット空間に革命が起こる。YAHOO!BBがADSLに参入し、専用モデムを無料で配布するなどの普及攻勢に出た。それまで、ISDN(最大64kbps)がネット普及の前衛だったものが、YAHOO!の登場により、一挙に通信速度が数百倍(接続環境による)に跳ね上がり、それまで韓国や台湾に後塵を拝していた日本のネット環境は一挙に世界最高水準への道をひた進むことになる。(本文と写真は関係ありません) こうして高速回線が整備されだしたゼロ年代中盤以降、登場してきたのはユーチューブや、ニコニコ動画といった動画サービスである。データ容量の莫大な動画がストレス無く再生できるようになったネットインフラの向上は、ネット人口の爆発にますます力を貸した。 それに伴って、かつて「デジタルデバイド(情報格差)」と呼ばれ、もっともネットの世界に遠いと看做された、概ね50歳以上の、比較的高齢の世代がネット人口に大量に流れ込むこととなった。 「ネット人格」を有する人々の中心年齢に関する信頼のできる調査の結果は乏しい。私がかつて調査したのは「ネット右翼」の平均年齢だが、もはや「ネット人格」はヘイトスピーチのみならず、民族性とは全く関係のない、他者の誹謗中傷や罵詈雑言など広い領域を含んでいることから、その算定は難しいものになっている。 ただ、皮膚感覚として思うのは、「ネット人格」は明らかに、1990年代中盤から、ゼロ年代初頭くらいまでの、「日本におけるインターネットの発展期」、つまりナロードバンド(低速度)、低ユーザー人口の時代を体感した経験のない、「後発組」の中・高年か、若しくはおもいっきり若年層のティーンの、そのどちらかに収斂されるのではないかという思いがある。ペナルティという想像力の欠如 つまり、インターネットでの発言は常にパトロールされていて、何か下手をすると、実社会でペナルティを受けるのだ、という実際的なリテラシーが育まれていない。そうした「比較的狭い空間に過ぎなかった」ネット空間の常識にふれることなく、高速かつ快適に、国民の大多数が参加しているインターネット空間を自明のこととして認知している、「後発参加者」によって占められているのではないか、という想像である。 日本のネット利用人口は1億人を超えたとされる。現在、「◯◯君はアホですなあ」程度の書き込みでプロバイダーに通報する人は居ないし、居たとしてもプロバイダーは何もしてくれないだろう。ユーザーが多すぎてパトロールが間に合わないし、実際には遥かに実害があり、悪質なフィッシング詐欺などの事例の解決や毎日寄せられるユーザーや弁護士や捜査機関などからのIP開示請求、削除要請への対応といった業務に忙殺されて、とても昔のようにはいかない。 よって「ネット人格」が引き起こす様々な弊害は、刑事事件になるか、民事事件として訴訟案件になるか、余程悪質で大規模な事例でもない限り、事実上野放しになっている。「ネット人格」による自称毒舌や誹謗中傷の痕跡は、そのまま残置される。「割れ窓理論」ではないが、ペナルティーなどない、と高をくくって、ますます「ネット人格」は増長する。 ネット空間で何をやってもペナルティーがない―。この感覚こそが、「ネット人格」形成の原因である。ネットでの発言はリスキーで、第三者から監視されているという皮膚感覚を有しないものが、平気で他者を呪詛し、人を傷つける言葉を書き込む。最近は動画配信でそれを映像として流して憚らないものも続出している。「不自由で発信リスクが眼前に存在してきた発展期のネット」を知らない、ティーンか中高年に二極化している印象がある。 ニコニコ生放送で性器を露出したり、性行為を生中継したり、犯罪行為を晒して逮捕されるユーザーは、ことさらティーンや20代が目立つ。他方、他民族を呪詛し、差別的言説を弄するユーザーは、中・高年に偏重している印象だ。無論、例外も多い。全部そうだと決めつけているわけではない。だが、ネットを万能だと思い込み、自分のネット上での行動がどのような結果を生むのかの想像力が希薄な「インターネット後発組」の存在は、確実に日本社会に後ろ向きの力を与えている。関連記事■ ネトウヨ批判の源流「排外・好戦的なのは大衆」という嘘にご用心■ 「小4なりすまし」擁護論も登場、炎上続く■ 三原じゅん子の「八紘一宇」発言 その本義とは…

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    「我が軍」と呼べば呼ぶほど憲法改正は遠ざかる(かも知れない)

    古谷経衡(著述家)世界は日本の憲法9条を知らない 安倍首相が自衛隊を「我が軍」と衆議院予算委員会で発言したことが、ちょっとした騒動になったことは記憶に新しい。これが1990年代だったら、首相のクビが一発で飛ぶような大騒ぎになるところだったろうが、どうで時代は変わったもので、少しヒステリックな指摘がほんの少し、リベラルメディアからあがっただけですぐに沈静化した。 国民の側も、「自衛隊は事実上、軍隊みたいなものじゃないか。これを言葉尻を捕らえて批判するなんて、いかがなものか」という皮膚感覚がある。保守系はこれに右へならえで、「自衛隊を軍隊と呼ぶことに、何の問題があるのか」といった調子。私も、首相の「我が軍」発言は「基本的」に、悪いことだとは思わない(カッコを付ける理由は後半で説明する)。 首相も「自衛隊は国際法上は軍隊だ」と説明した。日本のことを余程知っている、海外の日本研究者以外は、日本国憲法9条を知らないから、海外では普通に「JAPAN  ARMY」「JAPAN NAVY」といった表示が普通だ。或いはやや表記に正確を期すところでは、「JAPAN Self-Defense Force」と「自衛軍」の表記があるが、その後には決まって(army)とカッコで説明されている。「日本の9条は世界でも有名であり、よって日本が軍隊のない国であることを海外の人は知っているのだ」という人が居るが、我々がフランス憲法の条文を知らないのと同じように、外国人も日本の憲法の条文や特殊事情を知らない。でどうみても軍隊だけど軍隊ではない矛盾 そもそも、陸上兵力16万、米海軍に次ぐ世界二位のイージス艦保有数と事実上のヘリ空母(DDH)を3隻保有し、最新鋭の戦闘機F-35(A)を42機導入する予定の自衛隊が、「軍隊ではない」というのであれば、世界中の殆どの国家が無防備地域になる。 しかし、悲しいかな自衛隊は「軍隊」ではない。憲法に、「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」と書いてあるからという事実以上に、「軍隊」として備わっているはずの条件が、一部欠損しているのである。 代表的なのは軍法。自衛隊は憲法上軍隊ではないから軍法はない。戦場で敵と戦う極限状態を強いられる軍隊組織には、一般法は通用しない。民間企業で上司の命令を破っても、内規で処分されるだけだが、軍隊ではそうは行かない。上官の命令に従わなければ戦線が維持できない。部下の勝手な判断で好き勝手に動けば、全滅の恐れもある。だから軍隊には、一般法とは別個の法概念「軍法」が必要であり、それを裁くための「軍法会議(軍法裁判所)」が必要だ。 ところが日本国憲法には、「特別裁判所はこれを設置できない」(76条)とある。軍法会議は、最高裁判所を頂点とする司法体系から逸脱した特別裁判所である。よってこれを設置できず、自衛隊員が隊内でなんらかの違反等をした場合は、自衛隊内の警務隊が逮捕し、担当の検察が起訴し、一般の裁判所で例えば自衛隊法違反や自衛隊員倫理法違反などが問われさばくことになるが、「軍隊」ならばこの作業を全部自前の軍法会議で行う。 戦前の旧軍に存在した憲兵(MP)が今の警務隊、ということができるが、最大に違うのは訴追することができないため、起訴はその事件の担当の検察に委ねられることになる。これでは憲兵ということはできない。この一点をとっても、自衛隊は軍隊ではない。いや、「限りなぐ軍隊に近い軍隊”的”組織」という評価が妥当だろう。「軍隊っぽさ」をなるべく薄味にして…「自衛隊は軍隊ではない」という建前と、「実際には軍隊の装備を持っている」という矛盾の整合性をとるため、かつて自衛隊の装備品の呼び方は奇異なものが合った。戦車を「特車」といったり、自衛隊の編成・装備品などの整備計画を、一般企業の経営計画のように「中期業務見積もり」と言い換えたりしてお茶を濁していた。 さすがにこのような配慮はだんだんと消えたが、現在でも階級呼称を旧軍の大・中・小(佐/尉)でなく数字に言い換えたりして軍隊組織の印象を薄め、自衛艦艇を大小ひっくるめて全て「護衛艦」と呼び、かつてのような「駆逐艦」「巡洋艦」などの艦種分類をしていない。 実質的には軽空母・ヘリ空母をDDH(ヘリコプター搭載型護衛艦)と呼んで、あくまで空母ではない、というニュアンスの醸成に腐心している。これも全て、「軍隊ではない」ことを強調するためだが、海外からすると明らかに軍隊だし、国内的には「限りなぐ軍隊に近い軍隊”的”組織」であり、その「限りなさ」度合いは年々、ましている。護憲のレトリックに力を与える「我が軍」 さて、自衛隊が軍隊を持たないと定めた現行憲法下において、「限りなく軍隊に近い軍隊”的”組織」になればなるほど、護憲派からは「じゃあ、このままで良いではないか。改憲する必要性は薄れている」という抗弁を招くことになる。「憲法を変えなくても自衛隊が”軍隊”に近づいているのなら、憲法を変える必要はない」というレトリックは、筋が通っている。 だから実は首相がことさら、日本国内で自衛隊を「我が軍」と呼ぶことは、この護憲派のレトリックに力を与えることになりかねない。 もし貴方が、真剣に憲法を変えて、自衛隊を日本軍として位置づけることを目指しているのなら、自衛隊を「我が軍」と呼ぶのは少し待ったほうがいいのかも。 あくまでも政治家は「自衛隊は軍隊ではありません、だから制約が多いのです、軍隊なんてとんでも無い、このままでは外国の侵略に満足に対抗できない」と繰り返すことが、憲法改正を推進するレトリックとしては力強い。 保守派の多くは、「自衛隊は強い、中国や韓国なんかに負けない」と威勢よく言いがちだが、それを言えば言うほど自衛隊増強・憲法改正の正当性を失うことになる。「自衛隊は弱いんだから、増強しないといけない」というのが、国防意識の鉄則ではないか。 その証拠に中国は、毎年10%以上増の自国国防費の拡大を「古くなった武器を近代化更新しているだけで、中国軍はまだまだ弱い」と言っている。「まだまだ弱い」。弱者に偽装することが増勢の基本である。戦略的にここを間違ってはいけない。「我が軍」と呼んで当座の溜飲を下げるか、改憲レトリックの推進力を選択するのか。どちらを選ぶかは国民次第である。関連記事■ 政治の「大義」とは何なのか■ 国民は知っている「ブレた」岡田氏■ 鳩山氏、菅氏、中川氏…政治家の自覚はないのか■ 河野洋平は戦後最も日本を貶めた政治家である

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    移民受け入れ 欧州に学ぶな

     「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い■  「イスラム国」は空爆国が育てた■ 古谷経衡が説く 移民政策の本当の怖さ

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    日本が知らない「竹島」の真実

    日本が竹島を正式に領土編入したのは明治38年。今年でちょうど110年になる。わが国固有の領土でありながら、韓国の不法占拠が続く竹島。2月22日は返還運動に取り組む島根県が制定した「竹島の日」でもある。日本人の関心が薄らぐ今、竹島について改めて考えたい。

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    「韓国に併合された竹島」~竹島の日に寄せて

    古谷経衡(著述家) 今日は竹島の日(2月22日)だ。そういえば、2012年秋に、私は韓国に不法占領されている竹島に上陸した。 遺憾ながら、この上陸ルートは韓国に渡航してから鬱陵島まで行き、そこから民間の定期観光船を使う、というものだった。 当然、パスポートを使って上陸するわけだから、韓国の主権を認めたもの、と取らえかねない行為だ。ともあれ、現状、民間人が竹島に上陸する方法は、韓国経由でしか存在していない。かなり悩んだ。結果、フォト・ジャーナリストの山本皓一氏や、コラムニストの勝谷誠彦氏が同じ方法で竹島に上陸しているという事実に思い至り、「赤信号・皆で渡れば~」の精神で自分を納得させたのだ。 そうまでして、私が竹島に上陸したいと思ったのは、基本、私の人生観というか、言論方針は「実証主義」を採っているからである。竹島や、韓国のことを語るのならば、最低一回は、その地に足を運んでみるのが当然だ。 例えば韓国の経済や政治を「けしからん」という論調で批評する評論家の中には、驚いたことに一度も韓国に行ったことがないまま、机上のデータを構成している人々も少なくはない。私は、基本そのような言論姿勢は「嘘」だと思っている。どう頑張っても到達不可能な地球外の天体や、事実上到達が難しい南極やアフリカの僻地などを除いて、基本的に外国に関する評論をやるなら、実際に行ってみないことには本当ではない。 私は韓国による竹島の不法占領を非難し、これを継続する韓国政府の方針にもけしからん、と強く憤っている。だからこそ、それを非難するためには、実際に竹島に行ってみる必要がある。そう、思ったのである。 とはいうものの、「竹島に行く方法」は、どの観光ガイドブックにも掲載されていない。竹島に上陸したい、と決断したは良いが、実際の方法に関しては全くのゼロ・手探り状態からスタートした。日本で調べられる範囲でわかったことは、まず鬱陵島への渡航が絶対条件とのこと。日本海に浮かぶ韓国の島・鬱陵島から竹島への定期観光船が出ている、という情報を得た。 尤も、ソウルの観光ツアーで「竹島(独島)観光ツアー」というのが、パックで出ているという話も聞いた。くだんの勝谷氏は、このパックツアーで上陸したという情報も掴んだ。しかし、既に2010年前後から、日本人の応募を拒否している、という情報もあった。実際、鬱陵島まで行かなければ、全く分からない状況だった。  そこで私は、まず韓国東部の浦項市(ポハン)まで行き、そこからフェリーで鬱陵島に向かった。鬱陵島には空港がなく、移動は全てフェリーに頼らなければならない。ここでまず第一の関門。浦項市から出航する際、現地の警察に入念に尋問された。尋問といえば大げさだが、「鬱陵島に渡航する目的」を入念にチェックされたのである。当然、竹島問題が念頭にある。私は、「アマチュアカメラマン」と適当に方便し、審査をパスした。しかし、警察に私の人相がすっかりファイリングされ、鬱陵島の警察分署にFAX送信されたので、「これは無理かな」と、この段階で竹島上陸には暗雲が立ち込めた。完全に「韓国化」された竹島 鬱陵島に渡航し、竹島行きの航路を調べること2日、私はあっさり、竹島行きの定期観光航路のフェリーチケットを買うことが出来た。心配していた警察の監視も、私が日本人であることも一切、バレなかった。案外、きっちりしているようで抜けているのが韓国警察である。 それどころか、竹島行きの埠頭の桟橋で、統治時代の日本語を流暢に操る老人に話しかけられ、日韓友好の重要性を説かれたりもした。竹島行きの方法を、現地の韓国人に聞き込みしたが、皆熱心になって調べてくれた。実は、現地の人も、竹島行きのフェリーの詳細について、具体的にはそんなに知っているわけではない。航路は完全に観光客用で、地元の人間は乗らないから、知識がないのだ。ともあれ、みんな親切な人ばかりだった。 そうこうして、鬱陵島から約1時間半、とんでもなく揺れる小型高速船にのって、私は竹島に向かった。人生で、あんなにも上下に揺れる船に乗った経験はない。私も、周りの韓国人も、三半規管がイカれてゲーゲー吐瀉していた。運転が荒いのか、その海域がそういう波なのか、よくわからなかったが、晴れて静かに見える日本海は、とにかくとんでも無い船酔いの地獄だった。 いよいよ竹島に上陸(東島)すると、現地の警備員が定期船の観光客らを出迎えてくれる。いちおう「竹島を不法占領している韓国警察」であったが、ここでは完全に観光客用の出迎え要員で、島の観光案内を代理しているというような格好だ。 竹島には韓国政府が1990年代に整備した大型船の埠頭があり、私達はそこに接岸して上陸したのだ。とはいっても、ほとんど平地のないような狭い空間で、上陸はできるものの、東島の遥か頂に存在する韓国による構造物(警備員宿舎、展望台、ヘリポートなど)は地上から眺めるだけで上っていけるわけではない。滞在時間もせいぜい小一時間というものであったが、竹島の今を知るには十分だった。「日本固有の領土」であるはずの竹島は、完全に韓国に併合され、韓国化されていた。よく、「竹島は韓国に不法占拠されている」という。「不法占拠」という言葉のニュアンスには、デモ隊のバリケードとか、成田空港の滑走路に取り残された反対派の家屋とか、道路に放置された廃車とか、そういう「今は占有しているが、遠くない将来出て行く事を前提にしている」というニュアンスが含まれている。 しかし実際に竹島に行くと、韓国による「不法占拠」は、そんな生易しいものではないことが分かる。前述した構造物を始め、民間の寄宿舎、ロープウェイ、太陽光発電施設、観光客用の案内掲示板、住所表記、飲水ろ過装置etc…。ありとあらゆるものが整備され、完全に「韓国化」された竹島は、「不法占拠」などではなく、「併合」という表現が正しいと思う。 日本がどんなに「固有の領土」と訴えても、韓国の積み上げた既成事実を崩すことには至っていない。加えて、本日の「竹島の日」に関する式典がいまだに政府主催で開催されず、島根県という関係自治体の手によってほそぼそと実施されているという意識の低さは、韓国とは雲泥の差だ。韓国に行ってみれば分かるが、韓国の天気予報には必ず竹島の最低・最高気温、降水確率などなど諸々が表示される。韓国地下鉄のソウル市役所駅前の広場には、「”独島”」の特大ジオラマが展示されている。 韓国人一般に、言われるほどの強烈な「”独島”に関する愛着」があるかどうかは分からない。「”独島”」問題よりも生活や給料といった経済問題のほうが重要だ、と考える韓国人は少なくなかもしれない。ただし、それにしても、余りにも日韓で、竹島をめぐる意識の差は歴然としている。「竹島は韓国に併合されている」 しこたま竹島で写真をとった後、さいわい日本人であることも露見せず無事に鬱陵島に戻った私は、同島にあった「独島博物館」を見学、その足で韓国本土に渡り、当時オープンしたばかりのソウル市にある「独島体験館」も見学した。この二施設はいずれも韓国政府が国営で運営しているもので、韓国にある竹島関連施設の全てである。 前者の「独島博物館」は鬱陵島の山間に建てられた堂々たる近代施設であり、ロープウェイを使って鬱陵島の岬から望遠鏡で竹島が展示できるよう、「”独島”展望台」が整備されている。「”独島”グッズ」を売る売店まで併設されている。 一方、ソウルの「独島体験館」の方は、アニメーションCGやジオラマ、3D映画館、竹島切手や小地図の展示を併設した最新鋭の設備を誇り、現地の小中学生の学習見学コースに組み込まれていた。 他方日本は、前述のとおり「竹島の日」式典はもとより、竹島に関する施設は島根県庁の庁舎の中に申し訳程度に設置された「竹島資料室」しか存在しない。 日本政府が本腰を入れれば、東京や大阪に、韓国に匹敵する「竹島学習館(領土記念館)」などを設置・運営することは造作も無いことだが、それをやる機運も計画も存在していない。 私は韓国に行って、なによりも現政府の「やる気のなさ」を痛感し、そのことに怒りを覚えた。「竹島は不法占拠された~」などという、生ぬるいことを言っているようでは、「領土を放棄した」と捉えられても仕方がない。「竹島は韓国に併合されている」のが、正しい認識の出発点だろう。 それなしには、「竹島を返せ」などの一見威勢のよい掛け声は、空疎空論の、徒手空拳の構えに等しい。現実を直視せず「不法占拠」などという言葉のニュアンスで濁したところで、竹島問題は微動だに前進しないだろう。 だから私は以後、「韓国に不法占拠されている竹島」ではなく、「韓国に不法に併合されている状態」というニュアンスを強調するために、「不法占領」という表記を用いている。みなさんはいかが、お考えだろうか。*筆者注現在(過去においても)、日本人による韓国側からの竹島上陸は、自粛要請が出ておりますので、余りお勧めできません。またこの旅程の詳細は拙著「竹島に行ってみた」(2012年刊行)に詳述しております。 

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    知られざる「竹島」の素顔

    撮影 古谷経衡(著述家) 

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    「党再建最後のチャンス」を失った民主党

    古谷経衡(著述家) 民主党の新代表に岡田克也氏が就任した。意外だった。 何故なら、同じく代表選挙に立候補していた細野豪志氏が、なんだかんだ言って勝利する、と予想していたからだ。 しかも第一回投票では僅差で細野氏が上回っていたのが、決選投票では岡田氏がこれまた僅差で逆転する、という波乱があった。  岡田克也氏と言えば、多くの国民は2004-2005年に代表を務めた、当時小泉政権下の岡田民主党を思い浮かべるだろう。更に2009年からの民主党政権でも、何度も総理候補として名前があがったが、結局、菅・野田の両政権で幹事長を務めたので、岡田さんといえば「幹事長」という役職が真っ先に思い浮かばれる方も多いだろう。 正直なところ、「岡田新代表」と聞いて、「へーまたやるの…」という冷めた見方をする国民が大多数だと思う。 岡田氏は今回の代表戦で「オール民主」を繰り返したが、決選投票でほぼ、党内がまっぷたつに細野氏と割れたことから、「民主党はバラバラになるのではないか(1月19日付、産経新聞紙上で自民党国防関係議員のコメント)」との意見も、今後の展開としては大いに有り得ると思う。もし細野豪志氏が代表になっていれば… 「後の祭り」と言ってしまえばそれまでだが、民主党は今回、細野豪志氏を新代表に選ばなかったことで、「党再建最後のチャンス」を失ったとみるべきである。 細野氏本人の政治家としての能力はともかく、岡田克也氏(61歳)とくらべて圧倒的に若い細野豪志氏(43歳)は、脂が乗り腹が出っ張った政治家業界の中では断トツに端正なルックス。 かつて岡田代表の後継として新代表に選出された前原誠司氏が「民主党のジャニーズ系」と持て囃されたが、ハッキリ言って同性の私からみても、前原氏には失礼だが細野氏のほうが圧倒的に写真映りが良く男前だ。 細野氏が民主党の新代表となったならば、「刷新」のイメージが先行して、すくなくとも民主党の支持率はピクリと何ポイントか、急上昇したに違いない。細野豪志・民主党元幹事長 こんなことを書くと「有権者は顔で投票先を選んでいる」みたいな、有権者蔑視ともとられかねないところだが、何を隠そう2005年の総選挙(小泉政権下・いわゆる郵政選挙)で惨敗した岡田民主党は、その敗因の一つを「笑顔がなく、いつも陰鬱な感じのする岡田さんが、陽性の小泉に負けた」と散々言われていたのだから、あながちルックスも侮る無かれ、である。 そしてなんといっても、細野豪志氏は1997年に英国史上最年少で首相に就任したトニー・ブレアと同い年の43歳。ブレアと細野氏を政治家としてどう比較するのかはともかく、「日本のブレア」などと、選挙戦で「刷新」を存分にアピールすることができる。 若者層の格差や貧困、などが社会問題になっているだけに、首相就任時のブレアと同い年という細野氏の「若さ」は何者にも代えがたい武器になっただろう。 しかし、民主党は岡田克也氏を選んだ。後世この代表選は、後悔してもしきれぬ、「民主党最大にして最後の大失敗」と記憶されるだろう。「バルジの戦い」と民主党 1944年12月、ノルマンディー上陸後に連合国がフランスを解放して東進する中、劣勢のドイツ軍はベルギーのアルデンヌ付近で一大反転をかけるべく、西部戦線でほとんど持てる全ての機甲戦力を動員して「ドイツ軍最後の大反撃」と呼ばれる「ラインの守り作戦」を敢行した。 当時、東へと進む連合軍部隊は、ドイツ軍にもはや大規模な反撃能力は残っていないと見做し、さらに天候不良も手伝って全く油断した状況にあった。そこに、不意を付く形でドイツ軍が反撃してきたのだから、連合軍は大混乱に陥った。 連合軍は一時的にアルデンヌから駆逐され、後退を余儀なくされた。ドイツ軍の反撃は成功、連合軍を圧倒し、勝利を収める。この戦いは、ドイツ軍が地上戦で勝利した最後の作戦と成った。 しかし結局、体制を立て直した連合軍が航空優勢の元、盛り返してドイツ軍は敗退するのだが、戦線の中にドイツ軍の反撃で盛り上がるように突出した部分が出来たことから、戦後、この戦いは「バルジの戦い」と呼ばれるようになった。「バルジ」とは、「突出」という意味である。 先の総選挙でも振るわず、海江田代表が落選するという衝撃的な結末を迎え、じりじりと後退する、大戦末期のドイツ軍の趨勢にそっくりの民主党も、今回、細野豪志氏を代表にしていれば、この「バルジの戦い」程度の「反撃」が出来ただろうことは、想像に難くない。 後退が続く民主党の、最後の総力を振り絞って乾坤一擲の大反撃を行うためには、誰よりも若く「刷新」と看做される「細野新代表」しか居なかった。 自民党だって、「細野新代表」となれば、ある程度の脅威となる、と考えていたに違いない。 しかし民主党は、「最後の賭け」にも撃って出ること無く、まるでもはや書類上だけの存在になった主兵力を温存するかのように、決戦を避け後退戦術を選んだ。 ここぞ、という時に「若者」に最後の希望を託せなかった民主党は、あれよあれよと坂道を転がり落ちていくに違いない。 大抵の戦争では、主兵力として温存された「虎の子」の部隊は、そのまま使われること無く終戦を迎えるか、或いは「虎の子」の部隊そのものが末期状況の中で分裂し、四散するかのどちらかである。 野党協力にも終始消極的で、結果、党も二分する結果になった岡田民主党は、果たしてこのまま冷えて終わるのか、それとも分裂四散するのか、見ものである。関連記事■ 次世代の党 壊滅の意味とその分析■ やまもといちろうが考察 野党であるために何ができるのか?■ 日本共産党への警戒を緩めるな

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    御嶽山噴火は破局の前兆なのか

    古谷経衡(著述家) 2014年を振り返ると、様々なニュース・事件・事故があったが、最も気がかりなのはやはり天変地異に関わるもの。 特に、9月に噴火した御嶽山(死者・行方不明者63人)は戦後最悪の火山噴火災害となった。 また2013年暮れから噴火が始まり、島の形が大きく変わった小笠原諸島の西之島は、2014年に入りさらに活動が激しくなり、元の規模の10倍近い面積にまで拡大した。現在も島は海上保安庁によって常時監視され、活発な噴煙が確認されている。 11月には、阿蘇山が小規模噴火し、噴煙が1000メートルの高さにまで上がった。小規模とはいえ、1995年以来の噴火規模である。 また12月に入ると、北海道の十勝岳、福島県の吾妻山について、警戒レベルを平時の「1」から、レベル「2」(火口周辺警報)に引き上げた。いずれも、火山の活動が活発化している(火山性微動)ことが確認されたためだ。 さらに蔵王山についても、大きな火山性微動が確認されたと12月に入って報じられた。 西之島、御嶽山、阿蘇、吾妻、蔵王…。言うまでもなく、これらの現象は一直線上に繋がっている。それは、「3.11」以降、日本列島が乗る地殻が、不安定さを増している、という事実だ。 巨大地震と火山の活動は、連動している。江戸中期の1707年10月、東海―東南海地震の連動型(南海トラフ)とされる「宝永地震」が紀伊半島南部を中心に起こった。この時の地震規模は、おおよそM8.0クラスの後半、と予想されている。雪が積もった御嶽山山頂で、行方不明者を捜す自衛隊員ら 「3.11」に匹敵する超巨大地震である。 「宝永地震」のわずか49日後、今度は富士山が噴火した。世に言う「宝永の大噴火」である。「宝永地震」と併せて、日本の太平洋側に壊滅的な被害が出た。 地震と火山は、密接に連動する。「3.11」の直後、「富士山も噴火か?」などとセンセーショナルな記事が週刊誌やスポーツ紙などで踊った。 私も、「宝永」の故事に習い、「3.11」直後、富士の噴火を最も懸念した。しかし、現在に至るまで富士の噴火はない。 「3.11」で刺激されたプレートが、じっと沈黙して、再び凶暴な音を立てるのを、地下で待っているような、そんな不気味な予感さえ感じる。 境的にもまれに見る地震・火山大国の我が国において、次なる富士の大噴火は、必ずやってくる。「宝永」以来300年沈黙を続けている富士山はいつ火を吹いても全くおかしくはない。 富士五湖の一つ、河口湖の水位が急低下した、というニュースは記憶に新しい。噴火との関連は定かではないが、不気味な富士の胎動がもう始まっているのか。 「3.11」いや、もっと前の阪神・淡路大震災から日本列島が地震の活発期に入っていることは、言われているとおりである。2015年、一直線上でつながったこれらの異変が、結実しないことを祈るばかりだ。 しかし、例えば「宝永」が起こった江戸中期、時代は空前の好況の真っ最中であった。「宝永」の前の元号は「元禄」だが、この時期の日本は「元禄バブル」ともいうべき活況を呈していた。 戦国時代後期から始まった日本全土の土地改良と新田開発はこの時代、一段落し、急速に拡大した生産量が巨大な人口を支え、元禄時代、日本の人口は戦国時代の倍、約3000万人に増加するまでになった。 江戸、京、大坂、博多など、日本各地に大人口を誇る消費地が生まれ、そこと生産地を結ぶ物流網が大きく発達した。元禄や宝永の時代は、日本が空前の「大成長」を迎えた時期であったと同時に、また巨大な天変地異が相次いだ時代でもあった。 「宝永地震」「宝永噴火」を筆頭に、元禄年間には「元禄大地震」と呼ばれる関東地方を襲った強い地震が有り、特に小田原城下に壊滅的な被害を出した。 しかしそれでも、当時の人々は複数の巨大地震と大噴火を乗り越えている。地震や噴火で被害のあった地域に対し、幕府は無税として復興を奨励した。今と違って重機やトラクのない時代、人力主体の復興には気の遠くなる時間がかかったが、それでも成し遂げた。江戸幕府はその後、160年間続く。 地震や火山、といった天変地異は、避けて通ることが出来ない。そして幸か不幸か、そのサイクルには長期的なムラがある。考えてみれば、日本の戦後の高度成長期は、たまたまこの「幸運な地震や火山の活動の空白期」だった、という見方もできる。 朝鮮戦争からバブル時代まで、日本海中部地震(1982年)以外、多数の死者や大被害を出した地震はなかった。それが90年代に入ると、北海道南西沖地震(1993年)を皮切りに、阪神・淡路大震災(1995年)、新潟中越地震(2004年)と立て続けに大被害を起こした地震が発生した。無論「3.11」もその延長線上にある。 戦後の日本経済の発展の時期と、「地震や火山の休眠期」は、偶然にも一致している。 元禄時代がそうであったように、我が国の祖先たちはかつて、大災害期に爛熟を迎え、しかしそれを絶やすこと無く、その災難を乗り越えてきた。 2015年の経済はどうなるか不透明だが、きっとそれを打ち消すような、過酷な自然災害が待ち受けていることは、想像に難くない。しかしそれに怯まず、困難に一致団結し、超克する「連帯」と「絆」が必要である。 不気味な地下のうねりは、2015年も変わること無く我々の枕元に息を潜めている。常に飛び起きる警戒を怠ること無く、いまはつかの間、眠ろう。

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    次世代の党 壊滅の意味とその分析

    古谷経衡(著述家)「一人負け」の次世代 第47回衆議院議員総選挙の結果が出揃った。自民党は改選前(293)からわずかに2議席減らして291議席。公明党は同じく4議席増の35議席。結果、自公の与党では改選前から2議席増の上積みとなった。しかも選挙区定数が5削減された事を考えると、「さらに増」と言えなくもない。自公政権にとっては「大勝利」である。 一方、民主党は海江田党首が落選という衝撃の事態に陥ったとはいえ、11議席増の73議席で「そこそこの数字」。苦戦が予想された維新は、1議席減の41議席を確保し「かなり善戦」。選挙のたびに「消滅」が危惧された社民党は現有2議席を死守して何とか「踏ん張」り、逆に共産党は改選前の3倍弱となる21議席を獲得して大きく躍進し、「大勝利」である。 そんな中、「自民党より右」を掲げて選挙戦を戦った次世代の党。改選前の19議席から、ほぼ10分の1の「2議席」にとどまり、社民党と同数となってしまうという壊滅的敗北を喫した。今次の選挙で「唯一の敗者」がいるとすれば、明らかに「次世代の党」というよりほか無い。誰が次世代の党を支持したのか 次世代の党は旧太陽の党の田母神俊雄、西村眞悟の両氏を公認し、さらに一時引退も噂された石原慎太郎氏も比例擁立したが、結果、比例で一議席も獲得することが出来ず、わずかに小選挙区で、元来地盤のある平沼(岡山)・園田(熊本)の両2名が当選したにとどまった。 「自民党の右に確固たる軸を作る」をスローガンに戦った次世代の党は、ネットでの広報活動を積極的に行うなど当初からネット重視を鮮明にした。 若い人たちは新聞やテレビよりも、インターネットでニュースを得ていると思う。我が党はネットでの人気は野党第1党だ。ネットでは若い人たちの保守化傾向は強い。従って次世代の党の支持も高いと思う 出典:「ネットでの人気は野党第1党だ」 次世代・山田幹事長 このように明らかに次世代の党は「ネット保守(ネット右翼とも)」を意識し、また彼ら(ネット保守)もそれに応える形で、「ネット保守」から広範な支持を集めたこと(それが若者かどうかは兎も角)は間違いない。 私は「ネット保守」を「2002年頃から登場し始めた、ネット上で保守的、右派的な言説を行う人々」と定義しているが、次世代の党を支持した人々は、明らかにこの「自民党より右」を謳った同党の主張に賛同するネット上の人々が多かった。 一方、「ネット保守」の対義語として私が使用する「保守」という言葉は、「自民党清和会が主張するタカ派的価値観」を支持する非ネットを出自とした伝統的な自民党支持層(産経・正論路線)のことを指す。 次世代の党の支持層の核となっているのは「ネット保守」だが、ネットの普及により「保守」と「ネット保守」が部分的に重複している場合がある。が、話がややこしくなるので次世代の党は「ネット保守」をその支持の中核にした、という前提で話を進めたい。「ネット保守」の中でも更に最右翼に支持された次世代 しかし、いきなり前提を翻すようだが今次の選挙では「ネット保守」の全てが次世代の党を応援していたわけではない。今次の選挙における、「ネット保守」の投票行動を概観するとおおよそ次のように成る。 「ネット保守」の多くは、基本的に憲法9条改正や外交安保政策でタカ派的傾向が強い、第二次安倍政権について好意的である。つまり、本来「ネット保守」はその投票先が自民党になるはずだが、「自民党より右」を標榜する次世代の党の誕生で、自民党支持でありながら次世代の党を支持する、という倒錯した状況が生まれることになった。 自民党を支持する「ネット保守」の少なくない数の人々は、上手一番左の「1型」、小選挙区も比例代表も自民に投票した。この投票行動は、ストレートに安倍政権への応援に成る。ただ、上図の「2型」「3型」の場合だと、小選挙区は自民だが比例は次世代、選挙区と比例の両方が次世代、という風に、「保守色」が強まるに連れて「次世代」の成分が高まっていく、という現象が見られた。 実際、在特会(在日特権を許さない市民の会)の元会長は、自身のツイッターで「小選挙区も比例も次世代」に投票した(期日前)ことを明かした(12月9日)。朝一期日前投票に赴き小選挙区・比例ともに次世代の党に一票を投じてきました。出典:桜井誠Twitter@Dronpa01(2014.12.9)「ネット保守」の中でも、更に右派色、保守色が強くなればなるほど、次世代の選択肢が増えていくことは興味深い。在特会に代表される、「ネット保守」の中にあって最も過激な「行動する保守」に親和性を感じてる人々の多くが、SNS上などでこぞって次世代の党応援を打ち出していたことからも、その傾向は伺える。「自公分離論」と「君側の奸理論」の瓦解 「自民党支持でありながら投票先は次世代」というこの矛盾を解決するために、考案されたのが「自公分離論(離間論)」である。 つまり、「現在、自民党と連立を組む公明党は憲法9条改正を妨害し、集団的自衛権の解釈変更を骨ぬきにしたので、邪魔な存在である。公明党に代わって次世代の党が連立入りすれば、公明党を追放し、自民党が持つ本来の”保守色”が発揮されるだろう」というものである。 この「自公分離論」は東京12区のから立候補した田母神俊雄元航空幕僚長も、同区の太田昭宏氏(公明党党首)と競ったときに、盛んに口にしていた言葉だ。この「自公分離論」によって、「自民党支持でありながら投票先は次世代」という矛盾の解決を一気に図ろうとした。しかし、どう考えてもこの理屈は無理筋であった。 安倍首相自身が「公明党と連立を解消して次世代をパートナーにしたい」と発言したことは一度もないばかりか、舛添都知事と共に自ら東京12区に乗り込んで太田氏を応援・激励した(2014年12月8日)。 「安倍首相は本当は、私と組みたいに決まっているが、周りの大臣や官僚が邪魔をして本心を言わないだけ」という、典型的な「君側の奸理論(善人の君主が、周囲の人間に騙されている)」こそが「自公分離論」だが、安倍首相自身の行動によって、脆くもこの理屈は瓦解した。タブーブタのウソと「穏健なネット保守層」の離反 また、次世代の党がPRのために製作した「タブーブタのうた」というネット上の広報ビデオも、各方面で物議をかもした。その中では「生活保護のタブー」と称して、「日本の生活保護なのに 日本国民なぜ少ない 僕らの税金つかうのに 外国人なぜ8倍」というフレーズが登場した。 日本の生活保護は、その97%が日本人世帯に支給されているのであって、「日本人は少ない」どころか、日本人の受給が圧倒的である。 「外国人なぜ8倍」というのは、次世代の党の公式見解では「在日コリアンの受給世帯の割合と日本人の保護人員を比べたのも」というものだが、そもそも人員と世帯を比較することはかなり無理がある。「外国人」と謳っているのに、実際に指し示すのは「在日コリアン」であり、その数字にも統計的な根拠はない。ちなみに、在日コリアンの生活保護受給世帯の割合は約14%と、全世帯の受給率3.1%の約4.7倍と成る。 確かにこれは高率だが、それなら「在日コリアンの受給率なぜ4.7倍」とするべきであって「外国人なぜ8倍」のフレーズの根拠はやはりない。4と8では全然違う。こういう細かいところに、政党の善悪を判断するバロメーターがある。有権者は冷静にその部分を見つめている。 このような「自公離間論」のそもそもの無理筋と、「タブーブタのうた」に代表される、「そもそも事実ではないことをタブーと称して、それに斬り込むという理論の乱雑さ」が影響して、「ネット保守」の少なくない一部は、従前通り「小選挙区も、比例も、自民党」という上図「1型」の投票行動を選んだ。 2014年2月の東京都知事選の折り、「史上初のネット保守独自候補」とされた田母神俊雄氏を支持した「ネット保守」の人々が、私の知る限り少なくない数「今回は次世代の党は支持できないので、順当に自民党に入れる」と回答している。 投票日の前日、12月13日に次世代の党の田母神候補は東京都・赤羽駅東口で演説を行った。寒風吹きすさぶ中、私も見に行った。明らかに、都知事選挙の時の熱気は失われていた。その後、太田候補が同じ場所で最後の演説を行ったが、支持母体の動員もあってか黒山の人だかりだった。 誰がどう観ても明らかに無理筋な「自公分離論」と、次世代の党の事実に正確ではない広報のやり方が、有権者を離反させていると感じた。「ネット保守=250万人説」の証明 私は2014年の2月10日に、都知事選挙の結果を独自に分析し、「日本全国のネット保守人口は約250万人(200万人~250万人の間)」とする論考を発表した。では、今回の衆院選挙では、「ネット保守」から広範な支持を受けたとされる次世代の党の得票数は幾らだったのだろうか。 全国の比例ブロックの次世代の党の獲得総数をまとめた所、その総数は「約141万票」であった。これでもなお、私の推計から60万票から100万票、開きがあるので「当たらずも遠からず」というところだ。 が、上記のように「小選挙区も、比例も自民」という「ネット保守」の中でも比較的穏健なクラスタが「離反」していることを鑑みると、「ネット保守(250万人)の半分強から3分の2が次世代に投票した」と仮定すれば、約120万~160万票の比例票ということになる。これが実際には141万票だったのだから「ほぼ私の推測の通り」だったということができると思う。 またこの予想では、「ネット保守は国会議員にして2~3議席分の勢力」としたが、今回、比例では獲得に至らなかったものの、小選挙区で次世代は2議席を獲得したから予想通りの結果である。 これが参院選の全国比例だった場合は、前回の参院選でほぼ同数(約126万票)で社民党が1議席を得ているので、投票率にもよるが恐らく次世代の党は1~2議席を獲得していたと思われる。こちらもほぼ、私の予想通りである。 「ネット保守」の全国的趨勢が、今回の選挙で改めて浮き彫りになったと言える。「自民党より右」の否定 今次選挙の唯一の敗者である次世代の党の獲得議席「2」が意味するものはなにか。それは端的に言えば「自民党より右」の存在を、有権者が明確に拒絶した、ということである。今次の選挙を通じて日本人が出した答えは、「安倍政権を積極的に全肯定はしないが、強く否定はしない。でもあんまり過激なのは駄目だよ。とりあえず2年じゃ分からないから、もうしばらくやってみては」という事に尽きると思う。 この中の「あんまり過激なのは駄目」というのは、「自民党より右」を標榜し、余りに現実の政治力学や事実ベースを無視した主張を繰り広げた、次世代の党の「余りにも過激な主張」へのNOとイコールだ。生活保護の不正受給は確かに許されるものではないが、事実に基づかない生活保護批判は、時として外国人一般への呪詛と読み取られる。 既に述べたとおり、「ネット保守」の中でも、右派成分が特に強い在特会に代表される「行動する保守」が、次世代の党への支持と親和性が高いことは既に述べたとおりだ。 次世代の党の支持者の全てが差別やヘイトスピーチを肯定している、と断定しているわけではないが、明らかに差別やヘイトスピーチと親和性の高い人々が、今回こぞって次世代の党を応援したことは、事実である。それに対するNOが、今回の選挙で有権者からつきつけられたのは、否定のしようのない事実だ。 安倍首相は、自身の発言として、「特定の外国人に対するヘイトスピーチには断固反対」の意見を明言している。実際、2014年11月には、法務省が「ヘイトスピーチ禁止の啓発活動」を開始し、主にネット上での差別的発言の禁止を周知している処である。更には、2014年12月11日には、京都市で在特会会員らが行った差別的な街宣に対する損害賠償の訴訟の上告審が、在特会の上告棄却(最高裁)という形で確定した。 事実に基づかない、粗悪で過激な差別の表現は、国をあげて取り締まり、抑制する方向性が現政権下で明確に示されている。差別を憎み、断固反対する「良心のネット保守」は、今回、次世代の党からこぞって離反した。また、そういった関係性を知らない大多数の有権者は、皮膚感覚として「自民党より右」を標榜する次世代の党を黙殺し、彼らに一票を投じようとはしなかった。「ネット保守」の実勢を読み違えた次世代 ネットの世界の、一部のクラスタによる熱狂的な支持を観て、「我が党はネットでの人気は野党第1党だ。ネットでは若い人たちの保守化傾向は強い。従って次世代の党の支持も高い」(前出・次世代の党、幹事長談話)のような「錯覚」に陥り、彼らの好むような、過激な保守色を次世代の党が全面に打ち出したことは容易に想像できる。 次世代の党は、そもそも維新の所属議員であった。橋下徹氏の個人的人気と相俟った「維新ブーム」が2012年の総選挙で沸き起こると、維新の躍進に乗じて、後に分離独立する「次世代の党」のメンバーが多数当選した。橋下人気・維新ブームに乗っかったに過ぎない次世代の党が、あくまでネット上に「保守の大票田」があると錯覚したのが、最大の間違いだと思う。 私が予想したように「ネット保守」はそもそも、そこまでの大勢力に至ってはいない。拙著『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)で指摘したとおり、「ネット保守」は若者ではなく、およそ40代とか50代の中高年層が主軸であって、「若者」の世界ではない。インターネット=若者という図式は、とっくの昔に瓦解した旧世界のネット観である。 ネットの実勢も、「ネット保守」の実勢も、全く読み違えた次世代の党が壊滅したのは必然といえる。有権者の多くは、「安倍政権には疑問はあるが、さりとて野党に期待すべき代案はない」という消極的な姿勢で、自民党に一票を入れたことは想像に難くない。 安倍政権を批判的に見る人は、「安倍政権は極右だ」などというが、それは行き過ぎである。有権者の多くは、たとえ消去法であっても、「自民党より右」を否定し、より現実的な安倍政権を普通の皮膚感覚で選んだ。少なくとも自民党の獲得議席は静かにそれを物語っている。示された日本人の良心~ネット保守は「国会議員2議席分」 今回の選挙で示されたのは、日本人の常識性と、穏健性と、逞しさである。「2年では、なんにも判断しようがないでしょう」という常識的な判断こそが、日本人の出した回答だ。そこには、殊更天下国家論や、事実に基づかない外国人攻撃が入り込む余地はなかった。 次世代の党の失敗は、「ネット保守」を過大評価しすぎたことに尽きる。 多分、都知事選挙の折、60万票を取った田母神候補が、単純に東京都の人口の10倍が日本人の人口ということで、600万票とか、700万票取れると考えていた(となると、比例での獲得議席は公明党と同等程度の20―30議席=自公分離論の誕生)のだと思う。しかし、実際の有権者は冷静に判断している。無理筋で極端な理屈は、常に日本人の「常識」から排除される。 「ネット保守(の中でも更に濃い人々)」の実勢が、「国会議員2人分」であることが判明した今、現有議席を維持した安倍政権は、何の気なしに、「ネット保守スルー」の政策を取り始めると予想される。 現状ですらヘイトスピーチ抑制の方向を示している安倍政権だが、「ネット保守」の票田が予想以上に少ないことが示されたので、躊躇なく「ヘイト規制法」などの立法を行う可能性がある(ただ私は、実効性などの観点から反対ではあるが)。 更に「行動する保守」などへの規制も、ますます進むことだろうと思う。ネット上で湧き上がる、時として差別的な言説の数々は、「日本人一般の常識から外れた、ごく一部の人々による行い」であることが確認された今、政権与党にとっての「ネット保守」の比重は、殆どゼロに近しいものとなったのだから。 安倍政権を100%信任したのではない。自民党に手放しでハンドリングを任せたわけではない。今次の選挙は、過去最低の投票率も相まって「消去法」での現政権支持だ。その中で、私は「現実的で穏健な保守」に期待する。 「自民党より右」を否定した有権者が望むのは、差別や民族呪詛に断固NOを発する、弱者にやさしい穏健で微温的な、常識的な感覚の「保守」の確立ではないのか。*参考「自民党より右は評価されるか」

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    自民党よ「一強多弱」でも 驕るなかれ

    自民党の「熱狂なき圧勝」で終わったアベノミクス選挙だが、「一強多弱」となった勢力図の中で、共産党の躍進に注目が集まった。自民、民主の二大保守政党アレルギーの受け皿となったとの分析もある。数の論理では圧倒的優位に立つも、驕るなかれ自民党。

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    自民党が勝ったわけではない 「普通の感覚」の勝利だ 

    古谷経衡(著述家)総選挙の結果を振り返る 総選挙が終わった。自民党が2議席減、公明党が4議席増で自公政権全体で2議席増と、当初「微減」も囁かれた自公政権にとっては現有議席を積み増す「大勝利」となった。一方、投票率は過去最低を更新した。  今回の選挙をどうみるべきか。それは「安倍政権を積極的に全肯定はしないが、強く否定はしない。でもあんまり過激なのは駄目だよ。とりあえず2年じゃ分からないから、もうしばらくやってみては」という事に尽きる。 要するに日本人は、微温的に「現実路線を選んだ」という事だ。 第二次安倍政権が発足してから未だ2年。アベノミクスの光と影、等と言われることが多いが、経済政策は安定的で統一的な政策が長く続いてこそ、遅効的にその効果が確認できるというもの。2年で経過時点ではそもそも判定のしようがない、というのが正直なところだ。 だから、私は今次の総選挙に「大義がない」とよく言われたことについては概ね同意だった。どう考えても争点が希薄だった。だって「たった2年で何を判断しろというのか」というのが、率直な感想だったからだ。 それでも政権与党が衆議院を解散し、国民に信を問うた。国民の側としては、「いまだ判断材料が足りず、よって黒とも白とも判断できないから、とりあえず継続してみたら」という、消極的だが微温的な現政権への信任という回答が返ってきた。「2年という時間で或る政権の良し悪しを判断するのは無理」というのは、至極現実的で常識的な判断だと思う。平成期、ほぼ1年毎に政権が変わってきた、これまでのあり方が明らかに異常だった。 政権への判断基準は、明らかに「政策」ではなく「失言」とか「イメージ」だった。或いは、世論と関係のない党内力学といった「政局」の結果だった。誠に不健康な政治情勢が続いた。常識のレンジ(間隔)の範囲内で ここに来てようやく有権者は、現実の皮膚感覚に見合った「普通の感覚」で、腰を据えて政治を見るようになってきた。今回の総選挙を一言で締めくくるとすれば、それは日本人が常識的に併せ持つ「普通の感覚」の勝利だといえる。「自民党より右」を標榜して選挙戦を戦った次世代の党が、壊滅的状況となり、野党の中で「一人負け」をしたことも、この「普通の感覚の勝利」を大きく証明することだと思う。 公明党をぶっ潰せ、とか外国人(在日朝鮮人など)の生活保護受給批判、などの主張は、政治的にニュートラルな多くの日本人にとっては「過激」と映った。一部のネット空有では「スタンダード」な言説であっても、市井の日本人にとってそれは普通ではない。 これだけネット社会が拡大し、細分化した「島宇宙」にようになっているネット空間の中の、とりわけ保守的な言説を選択して選挙戦で主張した(ように見える)次世代の党のやり方は、多くの日本人の「普通の感覚」からは乖離していた。 さらには、次世代の党の主張の中には、例えば生活保護に関してそもそも事実と異なる主張も散見された。有権者は冷静に、そのあたりの誠実さの有無を見抜いていたのだろう。全く賢く、常識的で、「普通の感覚」が有権者をして投票所に向かわせたと断言するよりほか無い。穏健な「保守」政権の継続を 安倍内閣の政策には、良い部分もあるが、と同時に様々な問題もある。しかし、だからっと言って、100点ではないから、を理由に使い捨てライターの如く、次から次へと首の挿げ替えを行っていては、「安定的で一貫性のある政策」を実行することは出来ない。だからとりあえず、「経過観察」を続けよう―。 この常識的な理屈が、有権者の中に共有されていた「普通の感覚」なのだ。有権者は、極端なものや過激を嫌い、常識的で微温的で穏健な「保守」を支持した。このことは、間違いのない議席となって今次選挙で証明されたのである。 どんどん、世の中の全てのサイクルが短くなっている。映画もアニメも短いものが好まれるようになった。短期間で結果を出すことが殊更強調されるようになった。 一日の長さは太古の昔から変わっていないのに、我々はより短いもの、より短い期間での判断を求めるようになっている気がする。物事がどんどん短くなり、人々は長いものや長いことに我慢ができなくなり、せっかちになっている。このような風潮は、確実に政治や政治家に、短期間での結果を求めがちな風潮に繋がっていると思う。 今次の選挙は、このような風潮に歯止めがかかった、と言える。腰を落ち着けて物事を判断しようという、当たり前の事に有権者は漸く気がついたのかもしれない。 これから発足するであろう、第三次安倍政権には、こういった「普通の感覚」を背に、極端でも過激でもない、常識的で微温的で穏健な「保守」政権として進んでもらいたいと思う。 今次選挙は、自公政権が勝ったのではない。日本人の中にある、「普通の感覚」が勝利したのだ。