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    岐路に立つシンガポール リー・クアンユー後の体制再構築

    山本秀也(産経新聞編集委員兼論説委員、元シンガポール特派員) 名実ともにシンガポールの「国父」だったリー・クアンユー(李光耀)氏の死去を経て、同国はいよいよポスト・リー時代に踏み出した。国民に先進国なみの経済発展と社会福祉を提供する一方で、言論や政治活動を厳しく規制することで政治、社会の安定を維持したリー時代のレガシー(遺産)は、いま1965年の独立から半世紀をこの8月に控えて、最大の岐路に立ち至っている。ここでは、リー氏の死去直後にシンガポールで起きたある少年の事件を踏まえつつ、この都市国家の行方について考えてみたい。 リー氏の国葬が営まれた3月29日、今年17歳になる華人(中国系)少年がシンガポール警察に逮捕された。「言語による宗教・民族侮辱の罪」というシンガポール刑法の罪名が適用されたもので、量刑は最高で禁固3年とされる。 この少年の「犯行」を詳述する前に、典型的な警察国家と呼ぶべきシンガポールの国民監視と法規制について、宗教・民族問題を軸に少し述べたい。それがシンガポールの成り立ちと、リー氏が築いた統治システムを理解する上で不可欠だと考えるためだ。 英領時代からマレーシアと一体だったシンガポールが、追放同然で独立の「憂き目」に遭ったのは、シンガポールでいまなお多数派の華人と、半島部で優勢なマレー系とが反目した結果だ。独立をはさむ1960年代には、シンガポールでも壮絶な民族暴動が起きている。 法曹家でもあったリー氏は、不本意な独立にあたり、民族、および近接領域にある宗教に起因する社会対立を徹底的に封じ込める政策を採った。その一端が、少年に適用された刑法の規定である。 政府が目を光らせるのは、民族問題にとどまらない。かつてのマラヤ共産党など反政府左派勢力、華人社会にはびこった「私会党」と呼ばれる地下組織や、イスラム原理主義組織はむろんだ。国民レベルでも、天下国家とは縁遠い同性愛行為まで、およそ社会不安の芽とにらまれた組織や個人の行為すべてに監視と摘発は及ぶ。 その執行は厳正であり、徹底している。筆者がシンガポールに駐在していた1994年には、駐車場の自動車に落書きした米国人少年が、当時のクリントン米大統領の抗議をよそに鞭打ち刑に処せられた。当時、日本でも報じられたのでご記憶の向きも多いだろう。 そこでリー氏の国葬の日に逮捕された少年だが、動画投稿サイトのユーチューブで「リー・クアンユーがついに死んだ」と題する自作の動画を発表したことが、当局の逆鱗に触れたのだ。8分間あまりの動画は、3月27日に投稿されるや、逮捕までの2日間で閲覧回数が68万回を超えるほどの関心を集めた。 内容はといえば、もうタイトルだけで想像がつくだろう。リー氏への激しい罵倒だ。シンガポールで絶対的な権威性とある種の無謬性を帯びていたリー氏をイエス・キリストと重ね合わせ、「リー・クアンユーはイエスのように虚飾に満ちている」などと罵っており、このあたりが単純な誹謗ではなく、「宗教への侮辱」と判断された理由とみられる。 ただ、跳ね上がった若者の戯れ言として切り捨てるには、見逃しがたい点がこの事件には含まれている。シンガポール中心部の繁華街の川べりで、友人と酒を飲む市民=3月31日夜(共同) 問題の動画は、共産主義者や民族主義者、宗教原理主義者を挙げて、「裁判抜きで拘禁すべきだ。さもないとこの国は崩壊することになる」とした1986年当時のリー氏の発言を引用するなど、すでに述べてきたようなシンガポールの統治システムの根幹的な問題に目を向けている。そして何よりも、こうした動画がシンガポール国民の目に触れること自体、リー氏の生前には考えられないことだった。 突飛な表現を含みながらも、わずか2日で68万回も再生された理由はここにある。リー氏の死去によって、国民の口を塞ぎ続けたこの国の言論状況に何か変化が生まれるのではないのか、と誰もが感じた結果が、この再生回数だったといえよう。 リー・クアンユー後のシンガポールで、おそらく最初の言論事件は、少年の逮捕という相変わらずの強権発動でひと区切りとなった。さらにシンガポール政府は、4月1日付で、午後10時半以降の屋外での飲酒を禁止する法律を施行した。監視や高額の罰金を含む規制で国内を抑えたリー時代の統治システムには、いささかの変化もないかのように見える。 深夜の屋外飲酒禁止には、「国民の8割が法律を支持する」というのが内務省の見解だが、他方、英字紙ストレーツ・タイムズのオンライン調査では、全く逆で78%の回答が「反対」を表明したという。カリスマを失ったポスト・リー時代を迎えて、シンガポールの為政者が、過去のレガシーを満額で引き継ぐことは早晩無理を来すとみるべきだろう。関連記事■ 行き詰まる欧州政治 フランス共和国が誇る「社会統合」の限界■ 「慰安婦」を言う資格なし!韓国のベトナム大虐殺を告発する■ 歴史で解き明かす中国とロシアの「正体」

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    アジアは中国にのみ込まれるのか

    シンガポールの「建国の父」リー・クアンユー元首相が亡くなった。リー氏の死をもって東南アジアの小さな島をアジアの金融センターにまで押し上げた開発独裁型統治は完全に終焉を告げた。域内の経済連携が進み、中国も金融覇権への野心を隠さない中、アジアはどう変わっていくのか。

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    シンガポール、中国…一党独裁国家の成功条件

    日沖健(経営コンサルタント) シンガポールの建国の父、リー・クワンユー元首相が去る23日、91歳で逝去された。1965年にマレーシアから独立したシンガポールは、今年建国50周年を迎える。独立とその後の驚異的な発展を導いた同氏は、建国50周年を目にしたかったに違いない。ご冥福とシンガポールの友人へのお悔やみを申し上げる。 私事になるが、前職で1998年から2001年までシンガポールに駐在し、たしか2000年に現地の日本商工会議所が主催するリー・クワンユー氏の講演を聞く機会があった。当時すでに76歳で、ほぼ現役を退いていたが(上級相という名誉職だった)、聴衆を圧倒する眼光の鋭さに、建国を成し遂げた指導者の凄みを感じたものだ。 ところで、シンガポールの成功やリー・クワンユー氏の功績を語るとき、必ず独裁的な政治体制の是非が議論になる。同氏は、独立後25年間に渡って政権の座にあり、強権的に国家を指導した。現在、長男のリー・シェンロン首相が跡を継いでいる。民主主義国家ではあるが、与党に有利な独特な選挙制度のため、建国以来今日まで、事実上PAP(人民行動党)による一党独裁が続いている。 もちろん、世界では、独裁国家は珍しくもなんともない。よく「開発独裁」と言われるように、発展途上国では独裁国家が多い。中国も、指導者こそ代わるものの、共産党による支配が続いている。というより、アメリカ・欧州諸国・日本などの純粋な民主主義の方がむしろ例外と言っていいだろう。 欧米や日本など先進国が民主主義で、中南米・中東・アフリカの発展途上国が独裁国家なので、一般には、民主主義は優れた政治体制、独裁は開発初期段階に限定すべき過渡的な政治体制だとされている。ただ、シンガポールの成功を見ると、民主主義が本当に優れているのか、疑問に思わざるを得ない。 民主主義国家で選挙をすると、大衆に人気のある者が指導者に選ばれ、必ずしも政治家として優れた人物が選ばれるとは限らない。シンガポールのように、強引な手法で指導者の地位を勝ち取った実力者がそのまま独裁政治を続けた方が、良い結果を生む可能性がある。 もちろん、政治的に優れた独裁者が国家運営においても優れた手腕を発揮するとは限らない。独裁政権に対して外部のチェックが働かないので、腐敗・堕落を招きやすい。シンガポールの成功を見て独裁体制を称賛する向きもあるようだが、実態は、民主主義に比べて、うまく行く場合とうまく行かない場合の振れ幅が大きいということだろう。 独裁国家が成功するかどうかは、独裁者の能力が最も大切だが、それだけではない。注目したいのは、官僚の存在だ。よほど小さな国家は別として、発展し、複雑化・大規模化してくると、天才的な独裁者でもすべての決定・指揮を担うのは困難になる。独裁者を支える官僚が優秀で、行政面で機能するかどうかが、独裁体制の成否を左右する。 シンガポールでは、シンガポール大学を中心に計画的に官僚の育成に努めてきた。優秀な人材を政府に引き入れ、実力主義で若い頃から重要ポストを与えた。民間企業を大きく上回る報酬を支払うことによって、不正・腐敗を防いでいる。一方、旧ソビエトで共産党による独裁がうまく行かず、最終的に崩壊したのは、「赤い貴族(ノーメン・クラツーラ)」と呼ばれた共産党幹部や官僚が私利私欲に走り、堕落したためだとされる。 その点、最も注目されるのは中国だ。中国では、習近平主席が腐敗撲滅運動を推進し、党幹部・官僚を次々と粛清している。貧富の格差が拡大する中、赤い貴族たちが庶民の羨望の的になっており、共産主義体制を維持するには、腐敗撲滅が重要ということだろう。一方、江沢民元国家主席の影響力を排除しようという権力闘争の側面も強いとされている。 腐敗撲滅運動によって党幹部・官僚が機能するようになると良いのだが、単なる権力闘争に終われば、習近平派の赤い貴族が権力を掌握するに過ぎない。前者ならシンガポールに近づき、後者ならレーニン時代のソビエトに近づくというところだ。中国の腐敗撲滅運動がどう展開していくのか、しばらく目が離せない。(日沖コンサルティング事務所『経営の視点』より転載)関連記事■ 中華人民共和国は最後の「盗賊王朝」だ■ 存在しなかった反米感情 中国の台頭で揺らぐ韓国の米国観■ 女性政治犯にも暴力、「政権に従え」強要…キューバ刑務所の現実

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    中国主導ではアジアが荒れる AIIBへの“甘い幻想”を斬る

    日本型経営が移植、身分差別の厳しいカースト制は一掃、経営は順調、地域経済も潤っていた。 中国も最近はアジアを中心に直接投資を急増させているが、どうなっているのか。 ラオスの中国国境に近い町・ボーテン。ラオス政府は2002年にこの区域をそっくり「経済特区」として、租借期間基本30年、60年間延長条件付きで中国資本に提供した。現地住民はよそに強制移住、特区内の通貨は人民元、言葉も案内板も中国語、時間は北京標準。主体は中国系カジノ・ホテル資本である。 アジア開発銀行の融資を受けて、07年に中国・昆明とタイ・バンコクを結ぶ国道3号線が開通。街道沿いのボーテンには中国から賭博客が殺到、さぞかし繁栄と思いきや、ラオス当局は11年にはカジノを閉鎖した。犯罪激増のためだ。以来、町全体がゴーストタウン(中国語では「鬼城」)と化した。 ボーテンに限らない。人々は中国製品を買うために、人民元を得ようと懸命になる。バンコクに至る3号線沿い各地の青空市場では希少動物が檻(おり)にいれられたまま売られる。ラオス虎の肉や臓器も密売される。漢方薬として高値で取引され中国に運び込まれる。中国資本はラオスの投資事業の4割を占める。熱帯雨林を切り裂いたゴム林の下でむき出しになった赤土は雨期になると洪水に洗われメコンに流れ込む。中国本土並みに自然環境が破壊されている。 ラオスと同じく中国と国境を接するミャンマーもやはりカジノ特区を設置するなど、中国資本を受け入れてきた。しかし、ミャンマー政府は昨年7月、昆明と結ぶ中国資本による鉄道建設プロジェクトを中止した。乱開発を恐れる住民の反対や中国の政治的影響力増大懸念が背景にある。 アジア各国はそれでも、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加した。多国間共同出資の銀行なら、中国の脅威を薄められるという期待があるからだ。中国が40~50%出資するAIIBがインフラ整備を采配する以上、中国資本主導による乱開発につながりかねないが、とにかく中国の「資力」に惑わされる。 米国の制止を振り切って参加を決めた英国のメディアも「中国が3兆8千億ドルに上る外貨準備高のごく一部をAIIBに投じたいと思っている。中国が強い発言力を持っても、多国間機関で行いたいと言っていることは、良いニュースだ」(3月25日付フィナンシャル・タイムズ紙)と持ち上げるが、何とも中国に甘い。 よその国のために中国が国富の外準を使うつもりはないだろうし、仮にそうでもできるはずはない。3月29日付の本欄拙論では、中国の外準が資本逃避などのために大幅に減少していると指摘した。 中国は世界最大の借り入れ国だ。AIIBは必要な資金を債券発行によって調達することになるが、国際決済銀行(BIS)の最新統計では、中国による債券発行額は2014年年間で米国をしのぐ。途上国全体の発行額の5割近くを占める。国際的な銀行借り入れもずぬけている。 AIIB加盟国の中で、もっとも多くのインフラ資金を必要としているのは中国であり、その規模は他国を圧倒している。その事実を明らかにしたのは他ならぬ習近平党総書記・国家主席である。3月下旬に海南省博鰲(ボアオ)で開かれた国際会合で、習氏は「シルクロード経済圏」構想の詳細を発表した。その付属文書で、「中国国内での建設中または建設予定のインフラ投資規模は1兆400億元(約1673億ドル、約20兆928億円)、中国以外では約524億ドル(約6兆2707億円)に上る」という。 AIIBは同経済圏に必要な資金を提供することになっているが、当面の資金需要の76%は中国発である。習政権は自国単独では限界にきた国際金融市場からの資金調達を多国間機関名義にしようとする。 シルクロード経済圏構想の別名は「一帯一路」、要はすべての道は北京に通じる、という中華思想の産物だ。習氏は野望達成のために、AIIBを設立する。その道沿いには調和のとれた開発どころか、荒廃きわまりない光景が見える。それをどう防ぐか、日本の主導力が試される。関連記事■ 不動産バブル崩壊でも人民元が増長する秘密■ ピケティにご託宣を求める日本メディアの滑稽■ 膨張する中国の国家資本主義

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    日本の立場を危うくする「アジアの時代」の足音

    田村耕太郎(前参議院議員、シンガポール大学兼任教授)《PHPビジネス新書『アジア・シフトのすすめ』より》デジャヴ 中国人やインド人の中には、自国を「新興国」と呼ばれるのを嫌う人がいる。新興国という言葉には「新参者」「成金」というイメージがあるからだ。そして、自国を新興国と呼ばれることを嫌う中国人やインド人というのは、経済史をよく知っている人たちだ。 過去2000年の世界経済史を研究していた経済史の大家、アンガス・マディソン氏の研究でも、「欧米の時代」とは長い歴史の中で短期間のイレギュラーなもので、今までの世界経済史の中で大半の期間は中国とインドが世界のGDPの過半を占めていたということが明らかになっている。 最も多い時では、中国とインドがお互いに世界GDPの35%近くを占めていて、両国のGDPの凋落は、西欧の台頭と時期を同じくしていることもわかっている。つまり、西欧によるインドや中国からのGDPの略奪によって、西欧は世界経済で台頭してきたのである。 英国博物館に行けば、そのことを目で理解できるだろう。大英帝国が世界中から。“拝借”してきたものが堂々と展示されている。英国人の知人の中には、「あれだけのスケールで他国から宝物や歴史的遺産を“失敬”すれば、もはや窃盗ではなく偉業になる」と自国を皮肉る者もいるが、私たちが世界史で習うほど、西欧の歴史は「産業革命によって発展した」という美しいものではないようだ。 とはいえポイントはそこではなく、現在注目されている中国やインドの台頭は、「新興国の台頭」ではなく、「歴史的経済大国の復活」だと言う中国やインドの人々の言い分は、説得力があるという点だ。「頭数がものを言う時代」の再来 私は、再び「頭数の時代」に戻るのだと思う。度重なる欧州内での戦闘と産業革命によって強力な武器と戦術を手にした欧米諸国に蹂躙されてきた中国・インドであるが、武力で制圧された時代も終わり、何より彼らも生産性を急速に向上させてきている。 そして、これからは世界最高の生産性が、あっという間に国をまたいでシェアされる時代。新しいアイデアや技術イノベーションは先進国の専売特許であったが、今や中国はもちろん、とくにインドでは「破壊的イノベーション」「リバース・イノベーション」などと呼ばれる現象が次々に起こり始めている。 先進国だけが比較的高い生産性優位を保てる時代ではなくなったのだ。日本政府やその御用学者の中には、「日本の人口が減っても1人当たりの生産性を上げていけばいい」という主張をする人もいる。しかし、本当にそうだろうか? 生産性といっても、それはあくまで他国との比較の話であって、常に他国より高い生産性を維持し続けることができるわけではない。先述したとおり、技術もイノベーションもアイデアも一瞬にして世界中にシェアされる、ハイパーコネクテッドな時代である。そしてそれを他国が使いこなせるよう、人材も国家間で移動している。 日本の場合、最近では隣国の同業他社による技術者引き抜きから、技術移転が大きなスケールで発生した。その反省から、大企業は今さら技術者の囲い込みに走っている有り様だが、いかに日本企業が技術者を囲い込んでも、その成果は一定はあるだろうが永続的にその生産性の差を維持することは困難だと思う。 となると、経済力の差はどこでつくか? それが「頭数の差」だ。生産性の大差が固定でないなら、労働者も消費者も多い場所のGDPが大きくなっていく。前述のアンガス・マディソンの研究によれば、100年以上の期間で見ていくとGDPに最も相関がある指数は「人口」である。 私は、これから長期的には「世界各国の1人当たりGDPは“平均”に近づいていく」という仮説を立てている。もちろん格差がなくなるわけでもないし、各国内でも地域によって1人当たりGDPに差は出てくるだろうが、国ごとに大きく差があった1人当たりのGDPの差は、小さくなっていくのではないかと予想している。 2つのチャートでもわかるように、世界の1人当たりGDPの差は縮まっている。中でも日本については興味深い事実がある。日本の1人当たりのGDPを取り出して世界の平均と比較しているチャートを見ると一目瞭然であるように、日本の1人当たりのGDPは世界の平均に接近し始めているのだ。 同時にわかるのが、日本は1950年ごろまで、世界の平均以下の豊かさの国だったことである。つまり、過去2000年の世界経済の歴史の中で、日本は大半の時代、世界平均並みの豊かさしかもちあわせていなかったのだ。 江戸時代末期から急増させた人口で、全体のGDPでは世界6位くらいのサイズを誇っていたが、1人当たり平均となると長らく「並よりやや下」で、世界平均より倍以上豊かになったのはつい最近のことである。 今も1人当たりで世界平均の3倍以上の豊かさを誇るが、その差は縮まっている。これからゆっくりと1人当たりの豊かさで世界との差は縮まっていき、頭数も急速に減り、世界における日本経済のシェアは低下していくとの見方は間違いないのではなかろうか。圧倒する中国圧倒する中国 どんな予測でも、2050年の日本経済は中国の6分の1~9分の1と出ている。英エコノミスト誌や経団連等、日韓経済の比較でも、1人当たりGDPで韓国に抜かれるという予測が少なくない。こうなった場合に、日中・日韓関係に何が起こるだろうか? もちろん、中国は外交安全保障より国家治安維持に予算を多くかけている、不安定で危うい国だ。国外の敵より国内の敵を恐れているのが現状である。 日本人の多くは、巨大化する中国を1つのまとまった存在として警戒する声を疑問視していないが、中国は表向きほど1つのまとまった存在ではない。湾岸部と内陸部の格差は大きく、上海と北京の仲は行政でも個人レベルでも険悪で、共産党・地方政府・軍・民間企業、それぞれの想いはバラバラだといわれている。 習近平主席と安倍総理がなかなか首脳会談できないことで、日本人の多くは「習近平主席の天敵は安倍総理」などと思っているかもしれないが、実際は「敵は内にあり」なのだ。 習氏にとっては「安倍さんよりはるかに嫌いで憎い対象」が国内にいっぱいいるわけだ。そして、彼らを秘密警察やマスコミの告発等、あらゆる手を使って潰しまくっている。 森元首相のように既に引退した党の大先輩にいまだに気を使って人事に介入させる等、先輩への恩義を忘れない安倍さんと違い、大先輩を取り巻きごと排除しにかかっているのが習近平氏だ。中国の権力争いは、まさに血で血を洗うようなところがある。想像もつかないすさまじい闘いがそこには存在する。 マクドナルドが衛生的に問題のある中国産鶏肉を使っていたことで業績を大きく傾けているが、そもそもその鶏肉を取り扱っていた中国企業は江沢民系の企業で、一連の騒ぎは江沢民の影響力を排除するために習氏が行った粛清だったとの見方すらある。 しかし問題は、中国が不安定だということではない。その不安定な内政の激しい権力争いを経て、その闘争に勝った者がトップに来るという図式こそ、われわれ日本人が問題視すべきところだ。「熾烈な戦いに勝利した人間がリーダーになる」ということである。 私は中国の、生命力と交渉力と喧嘩の強いヤツが常にトップに来るという「リーダーシップの強烈さ」を恐れるべきだと思う。強いリーダーに率いられ、巨大な経済を抱える隣国は、さらに手強くなる可能性がある。 私のポリシーは、「物事は悲観的に想定して準備して、楽観的に行動する」である。強大化要素が諸外国に 我々の近辺には、中国の軍門に下りそうな国がたくさんある。最近のニュースでは、ニュージーランドの総選挙の結果がそれを示していた。 以下は2014年9月21日の読売新聞からの抜粋。 「ニュージーランドの総選挙(一院制、基本定数120)は20日、投開票が行われ、キー首相が率いる与党・国民党が単独過半数を獲得し、キー氏の3期目就任が確実となった。 首相は中国との関係強化を掲げており、同国経済の対中依存はさらに進む見通しだ。(略) 国内総生産(GDP)成長率は2013年4月~14年3月に3.3%を記録。けん引役は、中国向け輸出で、国別輸出額では13年にオーストラリアを抜き、初めて1位となった。富裕層が増加する中国では、幼児向け粉ミルクの需要が高まり、輸入の約8割をニュージーランド産が占める。 キー首相は、こうした中国との関係を重視。今年3月の訪中時には、貿易総額を20年までに現在の1.5倍近い300億ニュージーランド・ドル(約2兆6500億円)に引き上げることで合意した。」 また以下は、2014年9月19日の日本経済新聞の記事の抜粋である。 「インドを訪問している中国の習近平国家主席は18日、首都ニューデリーでモディ首相と会談し、中国が今後5年間でインドに200億ドル(約2兆1600億円)を投資することを軸とした経済関係の強化策を表明した。(略)モディ首相は会談後の共同記者会見で『中国は最高に偉大な隣人であり、我々は世界最大の新興経済国だ』と連携の必要性を強調した。習主席も『両国の25億の国民は世界に大きな影響を与えることができる』と応じ、モディ首相が来年の早い時期に訪中することを招請した。 中国は今回、今後5年間でインフラ分野などに200億ドルの対印投資を行うと約束した。インドでは、実際はこれを大幅に上回る1000億ドル(10兆8000億円)規模の投融資が行われるとの見方も広がっており、今月1日に日本が提示した『5年間で3兆5000億円の投融資』を大きく上回る可能性もある。 日印関係へくさびを打ち込みたい中国の思惑は、高速鉄道分野でも見られた。中国は今回、自国システムの導入に向けた事業化調査の実施で合意にこぎ着けた。インドの現有鉄道システムの高速化や、鉄道技術の移転に向け「鉄道大学」の設置も進める。モディ首相は電力不足解消に向け中国との実質的な『民生用原子力協定』の締結に向けた交渉開始で合意したことも明かした。」 日本が期待するように、「インドが日本のために中国と対立」したりはしないと思う。中国に簡単に取り込まれることもないだろうが、中国経済への依存は深まっていくと考えられる。インドは「日中の関係悪化を自国に有利に使っている」と思うのだ。 そして中国は、インドに日本の3倍以上の巨大投資を行うかもしれない。中国の民間企業もインド投資を拡大させる意向で、この日本経済新聞記事によると「習氏の訪印に同行した中国企業幹部も、インド企業との事業協力などで総額34億3000万ドル相当の契約を交わした。格安航空会社(LCC)のインディゴは、中国最大手の中国工商銀行との間で、航空機約30機の購入資金約26億ドル相当の融資に関する覚書を締結した。通信大手リライアンス・コミュニケーションズと中国の通信機器大手、華為(ファーウェイ)との間で2G・3G通信網拡大に向けた覚書も交わされた」という。 日本と中国を競わせてインフラを建設させるインドの賢さが目立つが、中国にとってはこれくらいの金額は屁でもないだろう。なにせ400兆円を超える世界一の外貨準備を抱える国である。中国が設立するアジア・インフラ投資銀行(AIIB)は、日本が唯一トップをとれる国際機関であるアジア開発銀行(ADB)をアジア地域で蹴散らす目的があるといわれる。数年内にADBよりずっと大きくなると見られるAIIBへの、アジア各国の期待は大きい。未熟な自国のインフラを中国に作ってほしいという期待があるのだ。 日本と関係が深いシンガポールもいち早くAIIBに期待を表明し、その設立メンバーに名を連ねている。こうやってインドもASEANも、その軍門に下るかもしれない。 オセアニアのアジア化は進み、アジア全体の中国経済への依存が進む。中国の購買力でオセアニアを抑え、中国の巨大な外貨準備を背景にインフラへの投資でASEANとインドをおさえる――。韓国も1人当たりGDPで日本より豊かになるとの予測が現実になれば、朝鮮半島情勢の変化や巨大な中国経済との連携で、日韓関係もあまりいい方向へいかない可能性もある。 我々の人生の後半や我々の子供たちの世代は、日本経済の10倍近いサイズになった隣国と向き合わないといけなくなる。世界最大の経済に対して、ポピュリズムに振り回されるアメリカがどういう態度をとるか、そこはいわずもがなだろう。もちろんそのころには軍事支出でも、巨大な隣国がアメリカを凌駕している可能性が高い。たむら・こうたろう 日本戦略情報機構(シンガポール法人)CEO。国立シンガポール大学リークアンユー公共政策大学院兼任教授。元参議院議員。内閣府大臣政務官(経済財政・金融・再チャレンジ担当)、参談院国土交通委員長を歴任。早稲田大学、慶應義塾大学大学院(在学中にフランス高等経営大学院へ単位交換留学)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院を卒業。ハーバード大学、ランド研究所でも研究員を務めるなど、国内外で幅広く活躍。2014年夏には家族と共にシンガポールへ居を移し、最新のアジア事情を日本へ伝えながら新たな活動に収り組んでいる。著書に『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?』(マガジンハウス)『野蛮人の読書術』(飛鳥新社)『頭に来てもアホとは戦うな!』(朝日新聞出版)など多数。関連記事■ なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか/石平■ 日清戦争に込めた日本人の真の願い/童門冬二■ 防衛を忘れた空港