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    トランプ台頭に思う日系移民の辛い過去

    のお隣の島、エリス島にある移民博物館に展示されている。このエリス島は、1892年から62年間に渡ってアメリカ合衆国移民局が置かれていた場所で、この島を通って1200万人がアメリカに移住をしてきたそうだ。 世界中からアメリカにやってきた移民たちの古いパスポートが壁一面に並ぶ中、日本人のパスポートはイサヨさんを含めて3人分あった。明治に発行されたものが1枚、イサヨさんのを含めて大正発行が2枚。 パスポートといっても写真がついているわけではなく、墨筆に朱印が押された手形のような紙切れである。広島県佐伯郡に戸籍があったイサヨさんは、このパスポートが発行された当時18歳と6カ月で、渡米目的は夫の呼び寄せにより、とある。吉田イサヨさんのパスポート(著者撮影) 当時の年齢は数えだから、本人はおそらく実際にはまだ17歳半だっただろう。夫というのは、当時よく行われていた写真結婚の相手だったのだろうか。 今ならまだ高校生の年齢で、移民の花嫁としてはるばるアメリカに来てどのような一生を送ったのだろう。 「排日移民法」で入国は困難だったはずだが… 帰宅してから博物館のサーチエンジンを使ってみると、彼女が上陸したのは1925年となっていた。ところがその1年前の1924年1月、米国政府はJohnson Reed Act、通称悪名高き「排日移民法」を設置している。後の太平洋戦争開戦の遠因になったという説もあるこの法律により、日本からの移民の入国は極端に制限されるようになった。 それではイサヨさんは、どうして1925年に入国できたのか。不思議に思って博物館に問い合わせると、色々な興味深いことがわかった。 まずどういうわけなのか、サーチエンジンで出てきた彼女の到着年、1925年は間違っていた。 博物館の担当者が調べてくれたところによると、彼女は1917年12月22日に日本を出発し、1918年1月15日にサンフランシスコに上陸。パスポートは、遺族によって1988年にこの移民博物館に寄付をされたのだという。「黄禍」と呼ばれた日本人 日本からどのようなルートをたどってエリス島に上陸したのか不思議だったが、これも謎がとけた。この移民博物館で扱っている資料は、エリス島から入国した移民のものだけではなかったのである。“黄禍”と呼ばれた日本人 私が子供のころは、海外に行くのはごく一部の、恵まれたお金持ちの人だけだと思っていた。だから19世紀末から、日本人が移民としてアメリカに大勢渡っていたと知ったときは、驚きだった。 低賃金でも文句を言わずによく働いた日系移民は、そのうちアングロサクソン社会に脅威をもたらすようになり、Yellow Peril(黄禍)と呼ばれる反アジア移民、後にはもっと日系にターゲットをしぼった反日運動に面することになった。 イサヨさんがサンフランシスコに来る5年前の1913年には、California Alien Land Law of 1913、俗に排日土地法とも呼ばれる法の成立によって、米国市民権獲得の資格がない日系人は、土地が購入できないという法が設置されている。博物館には他の日系移民の写真も展示されている(著者撮影) おそらくその頃に撮影されたものだろう。サンフランシスコの一般民家の軒先に、「Japs keep on moving. This is a white man’s neighborhood.」(ジャップは立ち止まるな。ここは白人の住居地である)と巨大なバナーが掲げられ、女性がそれを指差している写真も、博物館には展示してあった。 私は1980年からニューヨークで36年暮らしてきたけれど、少なくとも面と向かってジャップと呼ばれたことはまだ一度もない。日本人だからといってあからさまな差別を受けることはほとんどないと言って良いと思う。 だがイサヨさんが移民してきた当時は、アジア系に対する差別は公然とあった。当時の日系移民たちは、どれほどの思いを耐え偲んできたのだろう。もうあのような野蛮な時代が来ることは、二度とないだろう。と思っていたのだけれど、このところ雲行きが怪しくなりつつある。ニューヨーカースピリットと対極のトランプ あのドナルド・トランプが、共和党の大統領候補の指名を受けることほぼ確定、というではないか。本人は生まれも育ちもニューヨークなのに、主張することはことごとく、リベラルなニューヨーカースピリットと対極にあるトランプ。 ニューヨークの予備選では共和党で圧勝したが、私の周辺ではトランプを支持する声は聞いたことがない。ニューヨークタイムズをはじめとする大手メディアにも、トランプを批判、揶揄する記事は山ほど出ているが、擁護する意見はまったくといって目にしない。 一体、彼の支持者はどこにいるのだろうか。そう不思議に思っていたら、先日一人出会った。 彼はフィギュアスケート界の大物、ディック・バットンである。1948年と1952年の二度の五輪で金メダルを獲得し、長年米国テレビでコメンテーターとしても活躍してきた。86歳になった現在、パークアベニューにある豪華なコンドミニアムで悠々自適の隠居生活を送っている。アメリカの移民問題が孕む矛盾 本人は競技引退後、ハーバード大学院ロースクール卒業。絵に描いたような共和党であるバットンは、自宅での単独インタビューに応じて私にこう語った。 「認めようが認めまいが、アメリカ合衆国の政府を運営していくのは、ビジネスの一種。この国最大のビジネスなのです。そして株主は国民たち。ドナルド・トランプならビジネスマンとして、手際よくこなしていくでしょう」ニューヨーカースピリットと対極の主張で快進撃を続けるトランプ氏(左端:著者撮影) トランプの支持者は一般的に、社会に不満を抱いた低収入、低学歴の白人と言われてきたが、こうしたバットン氏のような階層にも支持者がいるということは驚きだった。実は、ニューヨークのスケート関係者はトランプにちょっとした借りがある。80年代にセントラルパークにある屋外リンク、ウォールマンリンクの改装を成功させた立役者がトランプだったからだ。アメリカの移民問題が孕む矛盾 ニューヨーク市が6年と1200万ドルの予算をかけてもうまくいかずに醜態をさらした改装工事を、トランプは請け負ってからわずか数カ月で完成させた。それ以来、一部のニューヨーカーの間で、トランプは「エゴの塊ではあるが、やるときはやる」という評価もあるのだろう。 とはいうもののことが米国大統領となると、その責任の重さは冗談ごとではすまされない。何よりバットンが口にした、「株主であるアメリカ国民」の中に、我々マイノリティは含まれていないことは確実である。 アメリカ人の友人が、ある日ポスターをFBに書き込んだ。こちらを睨んだネイティブアメリカンの顔写真にこんなコピーがついている。 So you’re against immigration? Splendid! When do you leave?  (移民に反対? そりゃ素晴らしい。で、いつお発ちかね?) 本来正当なアメリカ人といえるのは、彼らネイティブアメリカンのみである。バットン氏もトランプ自身も、元を正せば移民の子孫に間違いない。アメリカの移民問題を考えると、いつも芥川龍之介の「くもの糸」を思い出す。それにしてもこの大統領選、一体どういう顛末になるのか。ニューヨーカーたちは息を呑んで見守っている。

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    トランプ旋風が生み出す尖閣戦争の危機

    【WEDGE REPORT】高橋一也(ジャーナリスト) 「トランプ“大統領”誕生は日本にとっての悪夢」とまで語られる米国大統領選挙でのトランプ旋風。この「悪夢」の本質とは何であろうか。 それは、日米関係の骨幹である日米同盟についての無理解だろう。トランプ氏の「安保タダ乗り」「核武装容認」「在日米軍撤退」などの発言は、これを如実に表している。 アジアにおける米国のプレゼンスを支える日米同盟について、トランプ氏はなぜ、ここまで無理解な発言を続けるのか。日米同盟が米国のアジア・太平洋地域における経済的繁栄の最重要インフラであることは常識であり、日米同盟なしに米国の対中国政策もありえないのだがーー。トランプ氏と前ロンドン市長・ジョンソン氏を揶揄するポスター、ロンドン市(Gettyimages)「冷戦思考」が支えるトランプの対日政策 防衛省のある研究員は、こうしたトランプ氏の対日政策には、「冷戦思考」の軍事顧問が影響を与えていると指摘する。 「トランプ氏の安全保障ブレインは、元海軍少将のチャールズ・クービック氏と現役陸軍少将のバート・ミズサワ氏であるといわれます。 クービック氏は、オバマ政権でリビアとの平和交渉を非公式に担当した、自称中東通です。彼は、イラク戦争に海兵隊の工兵部隊として従軍したとの触れ込みですが、実際には常駐経験はなく、月に数回程度、それも税金対策としてイラクを訪れていたにすぎません。 一方でミズサワ氏は、アフガニスタンや上院軍事委員会で勤務したこともあるため、米国の軍事戦略には通暁しており、ブレインの中ではまともな方だと思います。彼は名前から分かるとおり日系人ですが、日本勤務の経験はなく、子供の頃に空軍軍人だった父とともに、三沢基地に短期間住んだことがあるだけです。 そんな彼らに共通するのは、中東重視です。アジアや中国問題に疎く、中東やロシアを重視する冷戦思考が彼ら戦略思想の根底にあります。また、米軍には、実戦ばかりで損な役回りの中東派と、実戦はないのに優遇されている太平洋派の間で、感情的なしこりもあります。 このような戦略思想や感情的なしこりを持つ彼らの考えが、トランプ氏の対日政策に影響を与えているのは間違いないでしょう」(防衛省の研究員)グーグルでもヒットしない者たち ちなみに、トランプ氏のブレインの能力不足については、すでに米国で問題視されている。3月に5人の政策アドバイザーが発表された際には、「グーグルでもヒットしない者たち」と話題になったほどだ。 では、日本に理解がなく、能力もないブレインに影響されたトランプ氏の対日政策は、どのような影響を与えていくのだろうか? 戦略国際問題研究所(CSIS)でアジア地域の外交・安全保障を研究するザック・クーパー氏は、「同盟関係に変化はない」と指摘する。 「米国の強さは、数十年にわたって、共通の価値観を根底とした世界的な同盟の要となってきました。なかでも日米関係は安全保障、経済、文化の面で、米国の同盟関係の強さの源です。トランプ氏が日本や他の同盟国を傷つける発言をしても、米国における同盟についての価値観に変化はなく、同盟は今後も続くでしょう」(クーパー氏) クーパー氏の発言は、プロの外交官や専門官の意見と共通する。だが、この種の意見には、希望的観測と長い時間をかけて築き上げてきた日米関係を覆させないという自負心が背景にあり、当然、日本へのリップサービスも込められているとみるべきだろう。 だが、今年3月にトランプ氏不支持を表明する共和党関係者の署名を報じて話題になった、ニュースサイト「War on the Rocks」のライアン・エバンス編集長は、トランプ氏の利己的な性格が与える影響を懸念する。 「トランプ氏は、米国が掲げている重要な理念であるグローバルコモンズへのアクセスと商業の自由を可能とする国際秩序を守ることについて、理解していないし、理解しようともしていません。 この理念によって最も恩恵を受けているのは米国であるにもかかわらず、トランプ氏は国家の利益について考えておらず、自己の利益を優先し、自分の会社との敵対関係しか頭にないのです」(エバンス編集長) このようなトランプ氏が唱える孤立主義的な外交・安全保障政策については、氏が属する共和党においてでさえ、懸念を示す向きが多いことは周知の通り。 というのも、これまでの共和党は、前回の大統領選挙でオバマ大統領に敗れたマケイン上院議員がアジア重視を鮮明にして、アジア・太平洋地域の海軍力強化に努めており、米軍のアジアへのコミットを強く支持してきた。それを覆すような発言を続けるトランプ氏は、共和党にとって、票が集まる人気者であると同時に、厄介者でもあるのだ。米国不在が生み出す中国の危険な挑戦米国不在が生み出す中国の危険な挑戦 しかし、ここにきてトランプ氏の大統領就任の可能性に戦々恐々とする米国で、日本は「普通の国」に生まれ変わるべきとの意見も出てきている。知日家として知られる世界戦略トランスフォーメーション研究所所長のポール・ギアラ氏も、そんな日本の再生をと唱える一人だ。 「トランプ氏の対日政策は、日本が非対称的な同盟関係を再考する機会となるでしょう。これは、日本のいびつな平和主義の終わりを意味するという点で、重要です。 実際、日本は少しずつではありますが、いわゆる『普通の国』として軍事力を持つことにより、新しい安全保障政策を打ち出し、“米国に使われる立場”から“経済的パートナー”へと変わりつつあります。 これは、日本が最前線国家として、中国と北朝鮮との摩擦に直面しており、ロシアやイラン、イスラム過激派に対しても、責任ある国家として対応しなくてはならなくなってきた。そのため、結果的に米国との関係性にも変化が現れ始めているのです」(ギアラ氏) ギアラ氏は、インタビューに際して「トランプ支持者ではない」と断った上で、日本がこれまでの日米同盟を見直す時期にきていると強調している。図らずも、トランプ氏の無理解な対日政策がトリガーとなり、日本が親離れする形での日米関係の見直し論が浮上しているのだ。 しかし、中国との間でスプラトリー(中国名:南沙)諸島の領有権問題を抱えるフィリピンの大統領政策担当スタッフであるアレハ・バーセロン氏は、「日米関係の見直しはアジア諸国に悪影響を与える」と懸念を示す。 「トランプ氏が大統領になれば、危険なシナリオを招く可能性があります。それは、アジアにおける米国のプレゼンス不在による、中国の覇権的行動の拡大です。 トランプ氏は、これまで日本やフィリピン、ASEAN諸国が築き上げてきた、アジアの平和と安定にほとんど興味がありません。彼が大統領に就任するということは、アジア諸国に対する米国の関与を著しく損なわせるとともに、それら諸国との安全保障条約を一方的に破棄するという、最悪の事態を招く可能性があります。 これまでアジア諸国の後ろ盾であった米国のプレゼンスが弱まれば、中国はその脅威を気にかけることなく、覇権的行動を強めることができるのです」(バーセロン氏) 中国が6月9日にフィリゲート艦1隻を尖閣諸島の接続海域に侵入させたことに続けて、中国戦闘機が空自戦闘機に空中戦を仕掛けたと報じられたこと(6月30日付産経新聞)は、記憶に新しい。中国がこのように軍事的挑発を強めている背景には、トランプ氏の対日政策が、米国からの“誤ったメッセージ”として受けとられている可能性が考えられる。 中国による南シナ海の領有化や北朝鮮による核・ミサイル開発にみられるように、アジアは世界で唯一残された、国家間における戦争の危機を内在する地域だ。過去にも、朝鮮戦争やイラクのクエート侵攻などは、「米国はアジアに関与しない」と受け取れる、“誤ったメッセージ”が発端となり起こったことであることを忘れてはならないだろう。 日本政府には、米国大統領選の推移を見守るだけではなく、米国の主要な同盟国として、従来に増して日米同盟の重要性を国内外に発信し、アジア地域の平和と安定を維持するために、“誤ったメッセージ”を払拭していく努力が求められる。このような積極的な関与こそが、新たな日米関係に求められる姿ではないであろうか。

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    9・11式典を途中退席 健康不安はクリントン候補の死角となるか

    仲野博文(ジャーナリスト) (THE PAGEより転載) アメリカ大統領選挙まで60日を切った9月11日、ニューヨークでは15年前に発生した同時多発テロの犠牲者を追悼する式典が開催され、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの両大統領候補も出席した。式典開始から間もなくして、クリントン氏は体調不良を訴えて会場を去るのだが、その様子を捉えた動画がネットにアップされ、凄まじい勢いで拡散。動画ではよろめいて膝から崩れるクリントン氏が、抱えられるようにして車に乗り込む様子がはっきりと確認でき、以前から指摘されていた健康不安説を再燃させる結果となった。クリントン陣営は当初、脱水症状が原因で気分が悪くなったのだと説明したが、のちに医師から肺炎と診断されていたことを明らかにした。健康状態を不安視する有権者が増える一方で、肺炎に関する事実を公表しなかったクリントン陣営に対する不信感も高まり始めているようだ。9月11日、米ニューヨークで、米中枢同時テロの追悼式典に出席した際の ヒラリー・クリントン氏 現地時間11日朝から世界貿易センター跡地で開催された追悼式典に出席したクリントン氏は、式典が始まって約1時間後にシークレットサービスの職員らに連れ添われる形で会場を離れ、車に乗り込もうとした際にはふらついた状態で膝から崩れ落ちかける一幕もあった。この様子を式典に参加するために会場の外にいたチェコ出身の元消防士の男性が動画撮影し、ツイッターに投稿したことによって、クリントン氏が膝を崩す形で倒れかけたシーンが瞬く間に世界中に知れ渡った。ツイッターで動画を公開した男性にはアメリカやチェコのメディアから取材申請が殺到し、2日の間に約2万6000通のメールが届いたのだという。 この男性はチェコメディアの取材に対し、自身が撮影した動画がこれほどの反響を呼ぶとは想像していなかったと語っている。動画の中でクリントン氏が膝を崩す格好で倒れかけるシーンは僅か数秒のものであったが、アメリカの有権者や世界中のメディアの関心を引くには十分すぎる内容であった。 クリントン陣営は当初、クリントン氏が暑さによって体調を崩したと発表していたが、のちに医師から肺炎と診断され、体調不良を起こす前日にも抗生物質を服用していたことを明らかにしている。・Zdenek Gazdaさんが撮影した動画「Hillary Clinton 9/11 NYC」クリントン候補をめぐっては、以前から健康不安説がささやかれ、最近では遊説先で演説を行った際に咳を繰り返していたことをメディアに取り上げられ、何らかの体調不良に見舞われているのではないかと話題になっていた。8月中旬にはクリントン氏の医療記録のコピーとされるものがネット上で拡散したが、医療記録は偽物であったことがすぐに判明している。また、8月末から9月初頭にかけて、アメリカ国内ではグーグルの検索ワードで「クリントンの健康状態」が上位にランクインしており、アメリカ人有権者の間でクリントン候補の健康状態が大きな関心事となっていた矢先に、クリントン陣営は肺炎の事実について発表を強いられたのだ。ウィキリークスや保守系メディアがバッシング 残り60日を切り、米大統領選挙は終盤戦に突入している。このタイミングでクリントン候補が肺炎と診断されたことは、選挙戦を優勢に進めてきた民主党サイドにとってはこれまでの勢いを変えてしまう可能性がある懸念事項で、一方でトランプ陣営にとっては起死回生のチャンスにもなり得る。加えて、今回の大統領選挙ではクリントンとトランプの両候補が自らの医療記録の公開には及び腰となっているが、クリントン陣営が肺炎の診断を受けた公式に発表したため、透明性の欠如に憤る有権者も少なくない。ウィキリークスや保守系メディアがバッシング ネット上にはクリントン氏の健康状態に関するさまざまな情報が氾濫しており、中には陰謀論めいた話も少なくない。クリントン氏の健康状態に関して当初ささやかれていたのは、彼女の頭部の負傷に関するものであった。2012年12月、当時米国務長官だったクリントン氏は、追跡検査で頭部に血栓が発見され、そのまま病院で抗凝血薬を使った治療を数日にわたり行った。血栓が見つかる数週間前、クリントン氏はウイルス性胃腸炎による脱水症状が原因で転倒し、頭部を強打していた。9月15日、選挙戦を再開した民主党大統領候補のヒラリー・クリントン氏 2012年の頭部負傷や、その後行われた血栓の治療、そして高齢も懸念され(大統領選挙直前の10月26日、クリントン氏は69回目の誕生日を迎える)、医療記録を公開して、健康状態についてクリアにしておくべきとの声は以前から少なくなかった。民主党候補者の指名争いでライバルであったバーニー・サンダース氏がクリントン氏よりも高齢のため(サンダース氏は75歳)、「健康問題」はサンダース氏に集中する形となり、クリントン氏の健康状態をめぐって大きく議論されることもあまりなかった。 ボストン在住のフォトグラファー廣見恵子氏は、米大統領選挙で各候補の動きを追うために全米各地を訪れ、クリントン氏の遊説にも何度も足を運んでいる。廣見氏がクリントン氏を最後に間近で目にしたのは、7月12日にニューハンプシャー州ポーツマスで行われた集会だった。廣見氏によると、それまでに何度もクリントン氏の遊説などを取材していたにもかかわらず、クリントン氏から健康上の不安を示すような様子は全く見られなかったのだという。「8月頃からクリントンの健康問題が話題になり始めましたが、私が行った取材の中ではそういった様子は全くなかったため、肺炎のニュースにも正直驚いています」と、廣見氏は語る。  クリントン氏の健康状態を問題視し、クリントン叩きを大々的に展開し始めたのが、アメリカ国内の保守系メディアやタブロイド紙だ。「健康に不安を抱えるクリントン氏に大統領職を全うできるかは疑問で、大統領選挙から即刻撤退すべし」という論調で、クリントン叩きに躍起になるメディアもあれば、クリントン氏のランニングメイトとして選挙戦を戦うティム・ケイン氏をすぐに大統領候補にするべきと伝えるメディアまで出る始末だ。また、ウィキリークスはツイッターに4択のアンケートを投稿し、「クリントン氏の本当の病状は何だと思うか?」という質問でクリントン氏の健康不安を煽り、激しい批判に晒された。問題のツイートはその後削除されている。求められる情報公開、吉と出るか凶と出るか求められる情報公開、吉と出るか凶と出るか 大統領候補や現職の大統領の健康状態が大きな関心事になったのは、いつ頃からなのか。歴代のアメリカ大統領について研究する歴史家のロバート・ダレック氏は2008年にNPR(米公共ラジオ)のインタビューの中で、「歴史的に見て、大統領や大統領候補者は自らが患っている慢性的な病気について公表するのを避けてきた」と語っている。 第一次世界大戦後にパリ講和会議を開催し、国際連盟の創設に尽力した第28代大統領のウッドロウ・ウィルソンは大統領時代の晩年に脳梗塞を発症した。一命は取り留めたが、左半身不随と重い言語障害が残り、職務の継続は無理な状態であったが、アメリカ国民に脳梗塞の発症はウイルソンの死後まで伝えられることは無く、ウイルソンは大統領職を最後まで全うした。逆に健康状態がよく知られていた例も少なくなく、第21代大統領のチェスター・アーサーは腎臓病、第35代大統領のジョン・F・ケネディは慢性痛に苦しんでおり、それらの情報は有権者の間でも周知の事実であった。ワシントンで開かれた党会合で並ぶコリン・パウエル氏(左)と ヒラリー・クリントン前国務長官=2014年9月 マサチューセッツ州選出の元上院議員ポール・トソンガス氏は1984年に悪性リンパ腫の治療に専念するために政界を引退したが、1992年の大統領選挙で政治の世界にカムバックし、大きな話題を呼んだ。トソンガス陣営は「癌に打ち勝った候補者」として強さをアピール。これに共感した有権者は多く、トソンガス氏は大統領選挙の序盤で後に大統領になるビル・クリントン氏よりも多くの支持を集めるほどであった。トソンガス氏のケースは異例中の異例で、ほぼ全ての候補者は自らの病気について積極的に情報公開することはない。 SNSで拡散された映像や、ネット上で広がる根拠のない噂に対応するため、クリントン氏にはより積極的な情報公開が求められているが、健康についての情報公開が吉と出るか凶と出るかは不明だ。 健康不安以外にも、トランプ氏同様に支持率が急落する爆弾をいくつも抱えている。クリントン氏は先週、LGBTの集会に演説を行い、トランプ支持者を激しく批判した。「トランプ支持者の半分は哀れな人たちで、人種差別主義者、性差別主義者、同性愛者嫌い、イスラム教徒嫌い……。そんな人間ばかりだ」と発言。度を越えた発言と捉えたアメリカ人は少なくないと報じられている。また、これからのクリントン財団の運営の仕方や、ウォール街との付き合い方、国務長官時代のメール問題に対する見解など、アメリカ人有権者の間で根強く残る「クリントン嫌い」の要因を払拭する必要がある。 この時期に民主党の大統領候補が変わる可能性はほぼゼロだが、医療記録から財団運営の詳細まで、有権者がクリントン氏に期待することの一つが「透明性」であることは間違いない。なかの・ひろふみ ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う。ウェブサイト

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    日米同盟の関係見直し? トランプ発言が日本に与えた衝撃

    猪野亨(弁護士) 米国では、大統領予備選挙が行われ、共和党では当初の予想に反し、過激な発言を繰り返すトランプ氏が指名獲得を手中にしました。安倍自民党政権がトランプ氏の発言に右往左往しています。 トランプ氏の注目発言はこれです。日本の駐留米軍の経費を全額、日本に負担してもらう。米国の牛肉に38%の関税をかけるなら、日本車の輸入には38%の関税をかける。 石破氏が早速、反応しています。 「石破氏 『トランプ氏、安保条約よく読んで』 全額負担で」(毎日新聞2016年5月7日) 「石破氏は、日本は納税者の負担で他の多くの同盟国よりも多くの駐留経費を負担している▽日本に米軍基地があることで地域の平和と安定に寄与している▽米国の国益にも寄与している−−と説明。在日米軍は同条約に基づいて『極東における平和と安全』のために駐留しており、『ひたすら日本の防衛のために負担しているのだから、経費は日本が持つべきだというのは、条約の内容から論理必然として出てこない』と反論した」 これはトランプ氏への反論にもなっていないし、ましてやトランプ氏の支持層にとっては雑音でしかないでしょう。日米安保条約の最初の目的といえば、米国が自国の利益にならないようなことをするはずもなく、米国の利益のために日本を属国にしたというものです。石破茂前地方創生担当相 表現などは異なりますが、確かに石破氏のいう主張は従来の日本政府の見解でもあるのですが、しかし、それは米国が東西冷戦においてライバルのソビエトが崩壊してからは、唯一の超大国として、さらには世界市場を力によって維持するという世界の警察官を自負したしばらくの期間までです。 時代は既に米国が同盟国に負担を求める構図に変わっています。米国がその軍事力をもってしても世界の警察官としての役割を果たすことが現実に無理ということが米国の中でも認識されてきたということもでもあります。 今や米国の経済は傾き、財政赤字も極限に達している中で、世界の警察を自認しているような悠長なことは言っていられるような状況ではなくなったということです。オバマ政権のときから、アフガニスタン、イラクからの撤退が大きな課題になっていたのも、これ以上の財政負担ができなくなったし、何よりもそれに見合うような経済効果もなかったからです。 力の政策を推し進めてきたブッシュ政権が行ってきた政策の破綻がその象徴になりますが、米国ではいよいよ国民(有権者)もその矛盾をはっきりと意識したということでもあります。テロとの戦争に勝者はない 力の政策は変えない、それらは全て他の同盟国に押し付けるという選択です。トランプ氏が同盟国への負担を求める発言は、恐らく米国の中では民主党支持層の中にも支持が拡がることでしょう。それは裏を返せば日本に対する不満でもあるわけで、日本車への輸入に高額の関税を掛けるということは、同様に一定の支持を拡げることになります。 もはやトランプ大統領が誕生するかどうかは、全くの幻想ではなくなりました。米国内の矛盾を外的要因に向けることによって国内の統一を図ろうとする力(バランス)が働こうとしているのです。 そうなると民主党での指名の獲得がほぼ決まったクリントン氏の政策動向にも影響を与えないわけがありません。自国民ではなく、第三国への負担を求めるような政策は、米国大統領選挙では競って主張されることがありますが、その典型的な場面とも言えるからです。 石破氏は、このような米国を取り巻く経済環境、有権者意識の変化を理解できないのか、意図的に無視しているのか、従来の日本政府の見解を繰り返しているだけであり、トランプ氏にはともかくとして、米国有権者にも通用しない陳腐化した主張なのです。 石破氏としては、先に安保関連法を制定し、これからは米国のために自衛官の命を提供しようとしていた矢先のことですから、非常に動揺していることがうかがえます。 「平和という名の戦争国家 日本人に血を流させます! 結果は永遠に米国の属国だ」 結局、日本国家が選択肢として考えなければならないのは、さらなる大幅な負担増(財政面のみならず、自衛官の命を惜しみなく差し出す)を申し出て米国の機嫌を取るのか、米国との同盟関係を解消して新たな道を選択するのかということにならざるを得なくなります。 しかし、いずれにしても力で世界の平和は維持できないということは、これまで力で抑えきれなかったことをもってしても自明のことです。テロとの戦争に勝利はありません。カネも出し、日本の若者の命を差し出しても、それに見合うものがありますか?トランプ氏の発言は、私たちにも同様の問題を突きつけていることを自覚すべきことを物語っているのです。(「弁護士猪野亨のブログ」より2016年5月9日分を転載)

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    日米同盟解体・自主防衛のコストは25兆5319億円

     今後考えられる在日米軍の縮小・撤退は、日本を安全保障上の危機に晒すことになる。ドナルド・トランプ氏が米大統領になるか否かにかかわらず、日本における米軍の力が減じていくのは避けられないだろう。ならば、どう自力で国を守るかを考える必要がある。制約が多い自衛隊ではなく、国際的に見てもスタンダードな国防軍の創設を想定したとき、どれくらいのコストがかかるのか。 国防軍を創設する場合、現実的に大きな壁となるのは、コスト(費用)だ。「日米同盟にも、コストがかかっています。一方、仮に日米同盟がない場合にどのくらいのコストがかかるのか。自主防衛を議論するにはそうした総合的な評価が必要です」 そう語るのは、防衛大学校の武田康裕教授だ。武藤功・防衛大学校教授との共著『コストを試算! [日米同盟解体]』(毎日新聞社)での試算を紹介しよう。●日米同盟のコスト 日本の防衛費は4兆6453億円(数字は武田氏が利用した2012年度予算に基づく)で、これには米軍の駐留に関わる経費負担も含まれる。日本は「思いやり予算」などで在日米軍の駐留経費や米軍再編関係経費など4374億円を負担しており、この額が同盟維持の「直接経費」となる。島嶼防衛のための上陸訓練後、乗ってきたゴムボートを上陸用舟艇(LCU)に運ぶ陸上自衛隊と米海兵隊の隊員=2012年9月22日午前、米国・グアム島西部のアプラ港米海軍基地(大西史朗撮影) 同盟維持にかかるコストは他に「間接経費」がある。「税収や経済効果など、基地があることで日本が失う利益(機会費用)は約1兆3284億円。これを直接経費の4374億円と合算した計1兆7658億円が日米同盟を維持する総コストになります」(武田教授)●自主防衛のコスト 日米同盟は米軍が「矛」、自衛隊が「盾」の役割を担う。仮に完全自主防衛するためには、[1]島嶼防衛のための部隊と輸送力(2993億円)[2]攻勢作戦を担う空母機動部隊(1兆7676億円)[3]対地攻撃能力と対空戦闘能力を持つ戦闘機(1兆1200億円)[4]日米が共同開発したミサイル防衛システムに代わる情報収集衛星や無人偵察機(8000億円)[5]ミサイルを打ち込まれた場合に被害を最小化する民間防衛体制(2200億円)が新たに必要になる。総額は4兆2069億円だ。 また仮に日米同盟が解体するとなれば、日本の国際的な評価が下がり、貿易額の減少、エネルギー価格の高騰、円・株式・国債価格の下落による経済低迷が想定される。これらを「間接経費」というが、貿易額が6兆8250億円で、円・株式・国債価格の下落が12兆円、エネルギーが最大2兆5000億円で、合計21兆3250億円となる。 直接経費と間接経費の総額は、最大25兆5319億円に達すると武田教授は推計する。  以上は「日米同盟解体」という極端なケースを仮定した試算だが、より現実的なのは、日米同盟を維持しつつ、日本の防衛力を高め、機能を拡充する方法だろう。 「トランプ氏が日本の経費負担増を求めるなか、日米同盟の枠組みを維持したまま、日本の防衛努力を現状より増やす方向もあり得る。核の傘に加え、ミサイル防衛システムを支える高度な技術と情報を米軍に頼りつつ、尖閣など島嶼防衛やシーレーン対策で日本の負担を増やせば、それに応じて負担が軽減される米国は歓迎するだろう」(武田教授)  このやり方なら全面自主防衛より低コストで安全保障を維持できる。関連記事■ 「米国内の日米同盟破棄論」少数意見だが米孤立主義の反映■ 安倍首相 抑止力の意味を含め日本独自の打撃力を備えるべき■ 米国内の日米同盟「縮小論」 どんなシナリオで進むのか■ 米国元高官「日米同盟の役割理解できなかったの鳩山氏だけ」■ 「子ども手当1年分で日本は空母を持てる」と櫻井氏指摘

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    11戦無敗のトランプを破る秘策とは?

    【海野素央のアイ・ラブ・USA】海野素央(明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは「大統領候補テレビ討論会の見所(2)」です。「テレビ討論会の見所(1)」では、民主党のヒラリー・クリントン候補の健康問題と絡めて非言語コミュニケーションの重要性を指摘しました。 本稿では、まずテレビ討論会における共和党のドナルド・トランプ候補に対する有効な戦略を紹介します。次に、討論会でどのようにしてクリントン候補がオバマ大統領の出生地に関するトランプ候補の撤回発言を活用できるのかについて説明します。さらに、感情のコントロールと移入についても述べ、そのうえで討論会のポイントをまとめてみます。ワシントンD.C.のドナルド・レーガン国際空港でニアミスしたクリントン専用機(手前)と、トランプ専用機(奥)、(GettyImages)ブレンド戦略 これまで研究の一環として10州のクリントン陣営に入り、戸別訪問、電話による支持要請及び有権者登録を行ってきました、戸別訪問は昨年の8月から積み重ね、合計で2971軒になりました。その中でトランプ支持者はもちろんですが、同候補に傾いている無党派層の中に、ある傾向が存在することが明らかになったのです。彼らは、トランプ候補を「本物」とみなし、情熱的な姿に魅力を感じているのです。その一方で、クリントン候補の内政並びに外交・安全保障政策に関する知識にはそれほど価値を置いていないのです。 テレビ討論会で政策論争となった場合、クリントン候補の豊かな知識がトランプ候補を圧倒するという見方が確かにあるのですが、筆者は必ずしもそれがクリントン候補に優位に働くとはみていません。トランプ候補は、これまでメール及びクリントン財団の問題を最大限に活用し、クリントン候補を不正直で偽物であるというレッテルづけに一定の効果を上げてきました。討論会で不利な立場に立たされると、トランプ候補は「自分は世界の大統領になるのではない。米国の大統領になるのだ」と主張し、外国政府から献金を受けたクリントン財団を批判し反撃するでしょう。それに加えて、クリントン候補の削除された約3万3000通のメールにも触れ、攻撃を畳み掛けてくるでしょう。討論会でトランプ候補は、知識よりも正直や信頼に価値を置く無党派層に訴えるのです。大統領としての資質 クリントン候補の立場に立ちますと、内政及び外交・安全保障政策の知識をひけらかすよりも、トランプ候補の確定申告非公開やトランプ財団のフロリダ州パム・ボンディ司法長官に対する不正政治献金問題を攻撃し、クリントン財団の便宜供与疑惑及びメール問題と「ブレンド」してしまう戦略が効果的でしょう。ブレンド戦略とは、種類や品質が相違したコーヒー豆を混合して薄めるように、相手の攻撃を弱めるための他の議論や争点を持ち出して混ぜてしまう戦略です。 慈善事業に従事するはずのトランプ財団が、再選を狙うフロリダ州ボンティ司法長官の関連団体に2013年9月、2万5000ドル(約225万円)の政治献金をしていたのです。ガーディアン(電子版)によりますと、当時フロリダ州の検察当局はトランプ大学の詐欺問題の捜査を検討していましたが、同司法長官は十分な証拠はないとして捜査を取りやめたのです。 クリントン候補支持を表明している民主党のジェリー・コノリー下院議員(バージニア州第11選挙区)はワシントンでテレビ討論会に関する筆者のインタビューに次のように答えてくれました。4月23日、米ユタ州ソルトレイクシティで開かれた共和党大会の会場の外で見かけたTシャツには「トランプ、ヒラリー ストップ」とプリントされていた(AP) 「メディアは、クリントン財団とトランプのフロリダ州司法長官への不正な政治献金の問題を同等に扱っています。これは間違いです。クリントン財団が便宜を図ったという証拠はありません。トランプが彼女(ボンディ司法長官)に献金をした証拠はあります」 ちなみにメール問題に関しては、下院外交委員会に所属するコノリー議員は次にように述べました。 「メール問題よりも、トランプが日本と韓国の核保有を容認した発言の方が問題です」大統領としての資質 テレビ討論会でクリントン候補は、トランプ候補を米軍最高司令官になる資質に欠ける候補として描くでしょう。「核のボタン」を任せることができない危険人物として有権者に訴えるのです。 それに加えて、トランプ候補の資質を問う新たな問題が発生しました。トランプ候補は、2011年からオバマ大統領の出生地は米国ではないと述べて、大統領の資格がないと主張してきました。どころが、同候補は突然その発言を撤回したのです。その狙いは、アフリカ系の票の獲得であることは明らかですが、同候補の大統領になる適性を問われる発言が含まれているのです。 トランプ候補は、2008年クリントン陣営がオバマ候補(当時)の出生地の論争をはじめ、自分が今それを終わらせたと記者会見で発言したのです。これは事実に反します。しかも、同候補は自身の認識の誤りに基づいた発言に謝罪するどころか、オバマ大統領の出生地の論争に自分が終止符を打ったとして手柄にしているのです。 この件に関して、クリントン候補はテレビ討論会でトランプ候補に訂正並びに謝罪を求めるでしょう。クリントン候補は、トランプ候補を「嘘つきドナルド」と直接呼ばないまでも、そのような印象を有権者に与えて同候補の大統領になる資質を問う絶好の機会を得たのです。感情のコントロールと移入感情のコントロールと移入 トランプ候補は、前述しましたようにテレビ討論会でメール問題及びクリントン財団における便宜供与疑惑を突いて、クリントン候補に対する不信感を増幅させる戦略をとるでしょう。同候補はトランプ候補に追い詰められたとき、感情的になって議論しないことが必須です。というのは、有権者の中には女性は感情的でリーダーには適格ではないというステレオタイプ(固定観念)を持った有権者がいるからです。同候補が、トランプ候補の攻撃に感情的になってしまうと、米軍最高司令官に女性は適さないというステレオタイプを強化してしまう危険があるのです。 第2回目のテレビ討論会では、トランプ・クリントン両候補に感情移入の有無が求められます。第2回目の討論会は市民集会の形式をとり、会場の「決めかねている」有権者が直接候補者に質問をします。その際、候補者は質問をした有権者の立場に立って感情移入ができるか否かが問われます。討論会で感情移入の欠如が致命的になったケースを以下で紹介しましょう。8月26日、米ネバダ州ラスベガスで開かれた会合に参加したトランプ氏(ロイター=共同) 1992年の大統領選挙は、経済が最大の争点でした。選挙はH・W・ブッシュ大統領、ビル・クリントンアーカンソー知事(共に当時)、テキサス州の富豪家ロス・ペロー氏の3つどもえの戦いでした。市民集会の形をとったテレビ討論会で、会場のアフリカ系の若い女性が3人の候補者に次のような質問をしたのです。 「国の財政赤字は、3人の生活にどのような影響を与えていますか」 この質問に、ブッシュ大統領は不可解な表情を浮かべながら「あなたの質問の意味がよく分からない」と答えてしまったのです。それに対して、クリントン知事は「あなたは家を失った人を知っているのですね」と言いながら、質問をしたアフリカ系の有権者に歩み寄ったのです。同知事は、この有権者に感情移入をして理解を示し、彼女との物理的及び心理的距離の双方を縮めて味方につけることに成功したのです。 この2人の対応の相違が、選挙戦に影響を与えました。ブッシュ大統領は経済状況が悪い中で生活に苦しんでいる国民が多いのにもかかわらず、それに対する認識が欠如しているという印象を有権者に与えてしまいました。しかも討論会の最中に、同大統領は腕時計を見てしまったのです。この動作は、「討論会に集中していない」「早く終わりたい」というメッセージを有権者に発信してしまいました。 討論会後、これらの場面がメディアによって繰り返し放映されたのです。市民集会のスタイルをとる討論会では、会場で質問をした有権者に対する感情移入の有無が勝敗を決すると言っても過言ではありません。コイントス 最終弁論で有権者に好印象を残すチャンスが高いのは後攻めです。運としか言いようがないのですが、コイントスで勝ち後攻めを選択する必要があります。12年米大統領選挙の第1回目のテレビ討論会でロムニー元知事はコイントスに勝ち、後攻めを選び有利に立ちました。最終弁論において有権者に記憶に残る言葉を発することができるかが極めて重要な要因になります。テレビ討論会のポイント さて、トランプ候補は共和党候補指名争いで11回のテレビ討論会をこなし、容赦なく相手候補を攻撃しノックアウトしてきました。その一方で、本選に入ると同候補は大統領らしく振舞い柔軟な姿勢も見せています。テレビ討論会で、主としてどちらのスタイルをとるのか、あるいは混合型をとるのかにも注目です。言い換えれば、どちらのトランプ候補が討論会に登場するのかです。いずれにしても、同候補はクリントン候補にとって決してくみし易い相手ではないことは確かです。 トランプ・クリントン両候補にとってテレビ討論会の成否は、第1に効果的な非言語コミュニケーションの実践、第2に相手に攻撃された際の有効なブレンド戦略の活用、第3に感情のコントロール、第4に会場で質問をした有権者に対する感情移入、第5に効果的な最終弁論、にあると筆者はみています。

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    トランプを支持しているのは誰か?アメリカ「極右化」の真実

    は雇用喪失を経験し、増え続ける移民・難民は受入国に経済的、社会的、政治的な摩擦を引き起こしつつある。アメリカの共和党の大統領候補にドナルド・トランプ氏が指名されたのも、こうした流れとは無縁ではない。 アメリカの平均的な労働者の実質賃金は1990年代以降、ほとんど上昇していない。またブルーカラーの就業率の低下傾向も続いている。こうした反動は共和党のトランプ候補に限らず、民主党の予備選挙でベニー・サンダース候補が自由貿易協定の破棄を主張したことにもうかがえる。歴史的に見れば、ファシズムの台頭は中産階級の崩壊と経済危機が重なり、敵を特定の民族や移民に求めたときに共通して見られるものである。トランプ現象に代表されるアメリカ社会の動きは、まさにこうしたアメリカ社会の動向を反映したものといえよう。米ノースカロライナ州での集会に出席した共和党大統領候補トランプ氏(ロイター=共同) トランプ候補の最大の支持層は高卒以下の労働者である。アメリカの世論調査機関ピュー・リサーチの調査では、高卒以下の白人の57%がトランプ候補を支持しているのに対して、クリントン候補を支持する比率は36%にすぎない。逆に大卒以上の高学歴者では、クリントン候補支持52%に対して、トランプ支持は40%と逆転している。こうした高卒ブルーカラーは特に厳しい経済状況に置かれている。トランプ候補はそうした層に対して「ブルーカラーの経済的苦境の原因はメキシコから不法移民が大量に流入する一方、中国などの途上国によって雇用が奪われている」と訴えかけ、大きな共感を得ている。 トランプ候補の主張する自由貿易協定破棄や1100万人といわれる不法移民の強制送還という主張は、喝采をもって受け入れられている。ただ多くの専門家はブルーカラー層の経済的な困窮は移民とは直接関係ないと分析しているにもかかわらず、トランプ候補の主張は過剰に扇動的であるにもかかわらず、多くの国民の支持を得ている。 特に南部のブルーカラー層はもともと保守的で、共和党支持層であった。だが共和党は大企業の代弁者として積極的にグローバリゼーションを進めてきた。その結果、保守的なブルーカラー層は共和党支持層でありながら、共和党指導部から見捨てられてきた。彼らは必ずしも政治意識が高いとは言えず、投票所に足を運ぶことも少なかった。また労働組合が大きな支持層である民主党支持に転じることもなかった。トランプ候補はこうした共和党と民主党の狭間に落ちていた「南部の声なきブルーカラー層」の代弁者として喝采を持って受け入れられたのである。トランプ候補は演説で「我々は労働者の党になる。過去18年間、実質賃金が上昇せず、怒りに満ちている人々の党である」と訴え、続けて「多くの有権者は共和党指導部に不満を抱いている」と党執行部を批判している。 大企業の代弁者である共和党執行部は自由競争を柱とする新自由主義の政策を実現してきた。その結果、国民の所得格差は耐え難い水準にまで拡大し、政府への不満は極限にまで達しつつある。FRB(連邦準備制度理事会)の調査では、55歳から64歳の退職間際の人々のうち19%は将来に対する備えは全くない状況に置かれている。労働者の30%が十分な貯蓄も持っていない。将来に対する不安は限界まで高まりつつある。そうした中で、共和党執行部から疎外され、リベラルな民主党を受け入れることができない保守的なブルーカラー層がトランプ支持者となっている。トランプ現象とキリスト教白人国家の終焉トランプ現象とキリスト教白人国家の終焉 さらにアメリカ社会に特有な現象がある。それは「白人プロテスタントの国家」であるアメリカ社会の変質である。数十年後にはメキシコなど中南米から移民してきたヒスパニック系アメリカ人が人口構成上最大のグループになり、しかもヒスパニック系アメリカ人の大半はカトリック教徒である。アメリカが「白人プロテスタントの国家」でなくなるのは、もはや時間の問題となっている。原理主義者と呼ばれる保守的なプロテスタントであるエヴァンジェリカル(福音派)は焦燥感を強めていた。 そうした状況のなかでトランプ候補は“白人至上主義”を唱え、外交政策でも「アメリカ・ファースト」をスローガンに掲げ、軍事的にも政治的にも強力な伝統的アメリカ社会の再構築を訴え、支持を拡大してきた。「アメリカを再び偉大な国家に」というトランプ候補のスローガンは魅力的に響いた。 共和党は1964年以降、公民権法に反対し、黒人層を切り捨て、最大の有権者を抱える「白人の党」へと変わっていった。そのプロセスで黒人層だけでなく、穏健派も排除し、ひたすら保守主義の政策を推し進めてきた。だが、遠からず白人が少数派に転じることが明白な状況に直面した共和党執行部、共和党が大統領選挙で勝利するためには、白人の党を脱皮し、より広範な支持層、具体的にはヒスパニック系アメリカ人に代表されるマイノリティーや女性を取り込む必要性を感じていた。 特に2012年の大統領選挙でのミット・ロムニー候補の大敗を契機に、共和党全国委員会は路線変更を模索し始めていた。だが、トランプ候補はそうした党執行部の意向とは別に、縮小しつつある白人層の支持層を深化さようとしているのである。それがトランプ候補と共和党主流派の間に決定的な亀裂を引き起こしている。 さらにトランプ現象の特徴は、キリスト教原理主義者といわれるエバンジェリカルの支持を得ていることだ。エバンジェリカルは大統領選挙の帰趨を決定するほど大きな力を持っている。特に2008年の大統領選挙でブッシュ大統領が地滑り的勝利を収めたのは、エバンジェリカルの支持を得たからである。 トランプ候補は3度離婚し、まともに聖書を引用できず、どうひいき目にみても敬虔なクリスチャンとはいえない。当初、エバンジェリカルはトランプ候補に反対するのではないかとみられていた。だが、奇妙なことに、現在、エバンジェリカル層はトランプ候補の最有力な支持層になりつつある。 その理由のひとつは、トランプ候補が積極的にエバンジェリカル層に支持を訴え、それが功を奏しているからだ。同候補はキリスト教に帰依すると語っている。エバンジェリカルは別名“ボーン・アゲイン・クリスチャン(生まれ変わったキリスト教徒)”と呼ばれる。エバンジェリカルの思想には、宗教から離れていたが、苦悩を経て再び神に導かれてキリスト教に帰依する者こそが本物のクリスチャンであるという考え方がある。 たとえば、エバンジェリカルは、ブッシュ大統領(息子)はアルコール中毒になるなど苦しい経験を通してキリスト教を再発見した“ボーン・アゲイン・クリスチャン”であるとして支持した。ブッシュ大統領は当選後、ホワイトハウス内で聖書研究会を主催するなど、エバンジェリカルに傾斜していた。同様に、エバンジェリカルは非宗教的なトランプ候補を“生まれ変わったクリスチャン”として受け入れているのである。 エバンジェリカルは保守的なブルーカラー層と同様に現状に不満を抱いている。具体的には2015年に最高裁判所が同性婚は合憲であるという判決を下したことで不満を募らせている。中絶問題など倫理的な問題に関してエバンジェリカルの主張は社会的に退けられつつある。 それに対してトランプ候補は積極的にエバンジェリカルの主張を受け入れ、それを共和党政策綱領に盛り込んでいる。具体的には、キリスト教を国家宗教にする、性的マイノリティであるLGBTを差別する法案を合法化する、LGBTに反対の最高裁判事を任命する、伝統的な結婚形態を支持する(同性婚反対)、公立学校で聖書の勉強を義務付ける、死刑制度を復活させる、性教育を止める、肝細胞の研究助成を中止する、中絶を禁止するために胎児に人権を認める憲法修正を行うなど、日本人としては理解しがたい項目が共和党政策綱領に織り込まれている。それらはエバンジェリカルの主張そのものである。孤立主義はアメリカのジェネ(遺伝子)である孤立主義はアメリカのジェネ(遺伝子)である 外交政策でもトランプ候補は「アメリカ・ファースト」を主張し、孤立主義を訴えている。インテリ層は、その政策をヒトラーの政策と同じだと批判している。共和党主流派の現実主義の外交専門家は、トランプ候補の外交政策を非現実的と退ける。だが、アメリカ社会は伝統的に孤立主義の傾向が強い。ニューヨークの公園ユニオンスクエアに一時設置されたトランプ氏の裸像(AP=共同) たとえば初代大統領のジョージ・ワシントン大統領は大統領職を去るにあたって行った演説のなかで「我が国の偉大な行動ルールは、諸外国と経済的関係を拡大する際、できるだけ政治的な関わりを持つべきではない」と語っている。モンロー主義を待つまでもなく、ワシントン大統領の遺伝子はアメリカ政治に組み込まれている。第1次世界大戦にも、第2次世界大戦の際にも、アメリカ国民は参戦に反対し続けた。トランプ候補は、そうしたアメリカ社会の孤立主義を巧みに喚起しているのである。 さらに共和党政策綱領の中には、英語を公用語にする、不法移民への恩赦を禁止する、不法移民を排除するためにメキシコ国境に壁を建設する、銀行の規制緩和を進める、消費者保護を中止する、労働組合を縮小させるといった超保守的な主張も盛り込まれている。トランプ候補が想定するアメリカ社会は“過去のアメリカ”である。クリントン候補が“アメリカの将来”を訴えているのとは対照的である。 トランプ現象は明らかにアメリカ社会の右傾化を反映したものである。ただ、アメリカ社会がすべてトランプ化しているとみるのは間違いである。一時、世論調査でトランプ候補がクリントン候補をリードしたが、最近の世論調査では再びクリントン候補がトランプ候補を大きくリードするなど、巻き返している。トランプ候補の無教養と思える発言が同候補に対する支持率の低下を引き起こしている。共和党の議会議員、インテリ層は現在でもトランプ候補の引き下ろしを画策している。多くの議員は、トランプ候補を擁して選挙戦を戦えないと主張し始めている。トランプ現象は一時的なものである。ただ、その背景にあるのは、先に述べたように「白人のプロテスタント国家」アメリカが確実に終焉に向かっており、それに対する根強い不満が存在している。アメリカが直面している問題は、将来、アメリカは国家としてどのようなアイデンティティーを確立すべきかということである。

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    極右化する世界「トランプ現象」を考える

    いま、世界の政治が右傾化を強めているという。EU離脱や反移民を主張する排外主義、中でも今秋の米大統領選の主要候補、ドナルド・トランプ氏の過激な発言はそれを象徴する。ポピュリズムが席巻する世界の政治情勢を「トランプ現象」から読み解く。

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    「トランプ発言」は米国民の本音 熱狂を呼ぶ国益優先の世界観

    三浦瑠麗(国際政治学者)初の本格的な政策演説 アメリカ大統領選挙における共和党の予備選が事実上終わりました。焦点となっていたインディアナ州の予備選でトランプ氏が圧勝し、クルーズ、ケーシック両候補は選挙戦から離脱、トランプ氏が共和党の指名を得るのはほぼ確実な情勢となったのです。民主党側のヒラリー氏有利と並び、本選の構図はトランプ対ヒラリーということになります。夏に行われる党大会や本選に向けてまだまだ話題を提供してくれそうですが、本日は、4月27日に行われたトランプの初の本格的な政策演説について考えたいと思います。 同演説についての日本での受け止め方は、ゴールデンウィーク直前ということもあって、初めてプロンプターを使ったとか、日本を含む同盟国の負担増が求められたとか、表面的な分析に終始しているきらいがあります。しかし、「トランプ大統領」が実現すればもちろんのこと、仮にしなかったとしても、米国と世界の未来にとってとても重要な示唆に富む演説であったと思っています。集会で支持者から歓迎を受ける共和党大統領候補のトランプ氏=6月18日、米アリゾナ州 そもそも、トランプ氏が躍進を続けているのは、米国民の本音を体現しているからです。そして、この時点でトランプ氏が初の本格的な政策演説を行ったということは、米国民の本音を体系化する段階に来たということです。実は、私自身たいへん感心してしまったというのが正直なところです。時代の雰囲気に言葉が与えられたという印象を持ったからです。ひとたび言葉が与えられると、我々はその前の世界には戻れないのではないかとさえ思っています。 トランプ氏自身は自らをレーガン大統領になぞらえることを好みます。既存の政治に対するアウトサイダーで、国民に分かりやすい言葉で語る、それでいて、米国の強さを象徴する存在であるという。トランプ氏の外交演説には、確かにレーガンを意識した部分が多々見受けられます。もっとも端的にそれが表れているのは、「外交チーム」の総入れ替えを明確にしている部分でしょう。レーガンも、当時の外交エスタブリッシュメントを軽視し、カリフォルニアやテキサスから引き連れた子飼いの「カウボーイ」達に重責を担わせています。 しかし、私は、「トランプ外交」を考える際にもっとも参考になるのは、ニクソン大統領の政策なのではないかという印象を持ちました。ニクソン外交を表現する際にもっとも使われるのが「現実主義」ですが、トランプ氏の演説は同氏流の現実主義宣言であったと思っています。トランプ氏は、冷戦終結後から民主・共和双方の政権の下で進められた普遍主義に対して極めて懐疑的です。 それは、端的にはブッシュ(子)型の介入主義の否定であり、同時に、クリントン=オバマ型の国際協調路線への懐疑でもあります。米国外交は普遍主義と現実主義の間を、そして国際主義と孤立主義の間を揺れ動いてきたわけですが、トランプ演説は2016年という時代背景を背負った現時点での、共和党的な世界観をとてもよく体現したものに仕上がっているのです。トランプが指摘する米国外交の問題点 結果として、共和党内の意見も割れています。外交政策に限らず、トランプ氏への支持を躊躇するライアン下院議長や、自身も大統領候補であった上院軍事委員会の大物であるグラハム議員が批判的な一方で、上院外交委員会のコーカー委員長や、ブッシュ政権期のタカ派の代表格であるボルトン元国連大使らは積極的に評価しています。この時期の大統領候補の政策への賛否は、政治的な駆け引きや政権参画への思惑も入り混じるものですから額面どおりに受け取るわけにはいきませんが、少なくとも俎上に乗る対象にはなってきたということです。トランプが指摘する米国外交の5つの問題点 では、トランプ外交演説ではどんなことが語られたのか、紹介しましょう。演説の冒頭で、冷戦終結以降の米国外交を批判的に振り返るのですが、そこではこの期間の米国外交について、行き当たりばったりで、イデオロギー化しており、世界に混乱を招いただけであると酷評します。そして、自分が大統領になれば、米国外交に目的と戦略を再導入して平和を達成できるとするのです。演説の中で繰り返される言葉が、America First、あるいはAmerican Interestという言葉です。まさに、アメリカ第一主義の考え方です。集会で手をふる米共和党大統領候補のトランプ氏=7月26日、米ノースカロライナ州 外交とは、そもそも国益の追求のために行うものですから、米国の大統領が米国の国益を第一に置くのは当たり前のことなのですが、この点を何十回も繰り返さなければならないところ現在の米国外交の混乱があるように思います。つまり、何を米国の国益としてとらえるか、あるいは、どのような時間軸で米国の国益を定義するかという点が争われているわけです。トランプ外交は、少なくとも米国の国益をより直接的に、より短期的に捉えるという特徴を持っています。この点が現実主義と親和性が高い点でもあり、私がこれまで米国の「普通の大国」化と言ってきた発想です。 演説では、現在の米国外交の5つの問題点が指摘されます。これらの問題点の裏返しがそのまま政策提言の柱になっていきます。順にみていきましょう。 第一は、米国の総合的な国力の基盤である経済力の停滞に対する懸念です。外交演説の最初に、米国外交の停滞の根源には米国経済の相対的な縮小があるという認識を持ってくるあたりはビジネスマンの感覚とも符合するのでしょうし、的確な発想です。大統領候補として、内政上の課題とも重複が多く、攻めやすい課題ということもあるでしょう。特に、トランプ氏のこれまでの発言では米国経済について短期的な悲観主義、長期的な楽観主義が特徴的でした。この点が修正されたのであるとすれば候補者として大きく成長したと評価してもいいでしょう。米国経済の相対的な退潮こそ、米国の国益と現在の世界秩序への大きな脅威だからです。 第二は、同盟国の「タダ乗り」についてです。米国が米軍の前方展開その他の政策を通じて同盟国の防衛を引き受けているにもかかわらず、同盟国は資金的にも、政治的にも、人員としても十分に貢献していないという。そこでは米欧の主要な軍事同盟であるNATOを例にとり、防衛費をGDPの2%水準とするという基準が提示されています。日本に当てはめれば防衛費を現状の5兆円から10兆円水準へと倍増するということになります。 同時に目を惹いたのが、同盟国とともに地域の安全保障上の脅威認識を再確認しようと呼び掛けてもいるということです。どのくらい本気で言っているのか判断が難しいわけですが、東アジアにおいて中国や北朝鮮の脅威を「再確認」した場合に、どのようなことが俎上に上るのか。その際、日米の役割はどのように分担されるのか、興味深いところです。アメリカの力に基づく平和の持続 第三は、同盟目の不信を招いているという指摘です。この点は、主にイスラエルを意識した発言であると思われます。イスラエルの安全保障を軽視したイランとの核合意は、オバマ外交の最大の過ちであるというのは、大統領選挙期間中に各候補から聞かれた共和党全体のコンセンサスに近いものですから。ただ、中東以外にも、オバマ政権がロシアを意識するあまり東欧でのミサイル防衛の約束を反故にしたことにも言及していますから、米国のコミットメントへの不信が世界中に広がっているという認識はあるものと思われます。 第四は、米国がその挑戦者達から尊敬を勝ち得ていないという指摘です。これは、ロシアと中国を念頭においた発言です。特徴的なのは、米国が優位な立場から交渉する限りにおいて両国との妥協可能性はあるとする発想であり、米ロや米中が必然的に対立する運命にはないとする世界観です。その、妥協可能性が何を意味するのかは明確に語られなかったものの、米国の経済力をより的確に活用するということが示唆されます。例えば、北朝鮮問題について中国の正しい行動を促すために、経済制裁その他の経済的手段が有効であるということです。 最後の第五は、米国外交が明確な目的意識を失ったという指摘です。復興と国際的な仕組みづくりを主導した第二次大戦後の米国や、共産主義に打ち勝つことを目的とした冷戦期の米国外交には明確な目的意識があったのに対して、現在の米国外交は行き当たりばったりであり、特に、中東外交の混乱はひどいという指摘が繰り返されます。それに対する処方箋が、冒頭の米国第一主義であり、信頼される米国であり、地域の安定を最重視する姿勢の強調です。大事なのは安定であって、民主主義を広めることでも、リベラルな価値観を広めることでもないという考え方を明確にしています。パクス・アメリカーナの持続 トランプ氏は政権奪還を目指す野党共和党の候補者ですから、現政権が進める外交政策に批判的であるのは当然のことでしょう。しかし、トランプ外交演説にはそれを超えた米国外交の根本的な発想の転換が主張されているのです。それは、冷戦に勝利し、グローバリゼーションとイノベーションを牽引して世界経済を拡大し、自由と民主主義を広めるために努力した結果がこれか、という米国民の不満に根差しています。 米外交の問題点に続いて提示された戦略は、ブッシュ(子)政権期のテロとの戦いを名目とした介入主義でもなく、クリントン・オバマ政権期の自由主義的な発想に基づく多国間協調路線でもなく、ストレートにアメリカの力に基づく平和(=パクス・アメリカーナ)の継続を目指すものでした。そこには、誰しも孤立主義の匂いをかぎ取ったことでしょうが、演説を収束される際に繰り返されたのは「平和」という言葉でした。米国が力を取り戻すことで、21世紀はかつて人類が経験したことがない水準で、平和と繁栄を達成できるという。米国からみた中国への脅威は経済力 米国の安全と繁栄に対する本質的な脅威については、イスラム過激主義と米国経済の相対的な退潮があげられます。イスラム過激主義については、世界の人口構成の中長期的な展望と、米国に対する本質的な敵意と妥協不可能性の観点が強調されます。オバマ大統領やヒラリー前国務長官が、イスラム過激主義と正面から向き合わず、ISに対しても「封じ込め」政策に終始していることを激しく非難しています。ただ、これまでのトランプ氏と異なるのは、イスラム過激主義との闘いにおいては、イスラム教国の同盟国やロシアとの協調が必要であるとの観点が提示されることです。オバマ米大統領 米国の経済力の相対的な退潮について多くが語られたのが対中関係においてです。米国から見たときに、中国の脅威とは第一義的には軍事的なものではなく、経済的なものであると。中国の軍事力は、米本国にとってはいまだ直接的な脅威と言える水準ではない一方で、対中貿易を通じた米国製造業の衰退や、米国の財政赤字が中国の資金力によって支えられている現実への脅威認識です。米国から見る世界においては、中国との対立も協力可能性も、その主戦場は経済分野であるということです。 そして、米国の力を再確立するために米軍の能力を再確立することが急務であり、米軍の優位性は誰からも疑問視されてはならないと。そのために挙げられた第一の課題が核兵器体系の更新であり、核抑止の再確立です。この点は、歴代政権が正面から取り組んでこなかった安保専門家の根本的な課題認識であり、オバマ政権の「核なき世界」路線からの明確な決別です。その他にも、海軍や空軍の量的な拡大や装備の更新、人工知能やサイバー攻撃などの新しい技術においても世界をリードする強固な意志が表明されました。 トランプ氏の外交政策を支える根本的な世界観は、冷戦後の世界において形成された「リベラルな国際秩序」(Liberal International Order)への懐疑です。懐疑というよりも、そんなものはそもそも存在したのかという苛立ちに近い感情でしょう。現に、ロシアはクリミアで、中国は南シナ海でリベラルな国際秩序とは正反対の行動を繰り返しているにもかかわらず、世界にはそれを止めさせる力はないではないかと。そして、リベラルな世界観を声高に主導していた欧州でさえ、100万人規模の難民が押し寄せれば見るも無残に腰砕けではないかと。冷戦後に語られた理想主義は、結局は1920年代のそれに似ていて、本当に世界の平和を守る力はない、平和を守れるのは米国の力だけである。いやむしろ、大国間の平和が保たれれば、辺境に紛争が存在してもかまわないという発想です。世界の文脈と東アジアの文脈と トランプ外交演説には、ある意味、典型的な共和党的発想と言える部分が多く含まれます。米軍の優位を絶対的なものとすることは、レーガン政権期を通じて形成された発想と通じるものがあります。米軍の中身について、冷戦型の大量展開型の軍隊から、テロ、宇宙、サイバーなどの新しい脅威へも機動的に対応できる軍への転換を目指すというのは、ブッシュ(子)政権期のラムズフェルド国防長官が目指した路線です。また、実際の米軍の展開は質量ともに圧倒的な優位な状況においてのみ行われ、いざ展開する場合には「勝つために戦う」という発想も、レーガン政権期のワインバーガー国防長官や、ブッシュ(父)政権期のパウエル統合参謀本部議長の発想と同じです。グローバリゼーションへの懐疑的な視点 しかし、トランプ氏には従来的の共和党的な路線からの逸脱も見られます。特徴的なのはグローバリゼーションに対しても懐疑的な目を向けている点です。この点が従来型の共和党的候補と大きく異なる点でしょう。その必然的な帰結は、外交全般における孤立主義的傾向です。経済分野では保護主義的傾向が強まるでしょうし、安全保障分野では米国の核心的な利益とはみなされない地域やテーマに対しては、介入に消極的となることが予想されます。 その点から、トランプ外交の世界的な文脈と東アジア的文脈とのズレが生じてくることになるでしょう。米国民のほとんどは、西太平洋の局地戦に米国の核心的利益を見出すことはありません。日本人が理解すべきは、その事実はトランプが勝とうがヒラリーが勝とうが変わらないということです。最初から開き直ってネゴシエーションの対象としてくるか、米国のコミットメントは不変であると最後まで言い続け、最後に梯子を外すかの違いに過ぎません。 「トランプ大統領」が想定しうる事態となってきたことを受け、世界中で外交・安全保障専門家が右往左往しています。トランプ外交演説の原則をそのまま日本の文脈に当てはめれば、在日米軍の駐留費は全額負担し、防衛費全体を10兆円規模に増やし、中国や北朝鮮の脅威への対処についてゼロベースで米国と交渉することになります。20世紀後半の日本外交の転機となったニクソン・ショックと同規模の、トランプ・ショックということになるでしょう。 なにせ、相手は合理性と損得で考えるディール・メイカーです。しかも、これまでの経緯論にこだわらずに、ゼロ=ベースで思考する日本が最も苦手なタイプです。多少救いがあるとすれば、この黒船がいつやって来そうなのかほぼほぼわかっているということでしょうか。

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    民主主義とほら吹きとの戦い

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 7月20日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、同紙のウルフ副編集長が、もし西側政府のエリートが国民の怒りに耳を傾けなければ、民主主義国家と開けた協力的な世界を共存させようとする努力は挫折するだろうと述べています。論説の要旨は、以下の通りです。iStock明確で、簡単で、間違った答え 米国のジャーナリストで痛烈な風刺で知られるH.L.Menckenは、すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、と言った。確かに西側世界は多くの市民の不満という複雑な問題に直面している。同時に米国のトランプや、フランスのル・ペンのような政権を狙う者が、国家主義、移民排斥、保護主義と言った、明確、簡単で、間違った解決を提案している。 では、市民の反発をどう説明するか。 答えの重要な部分は経済である。生活水準が上がること自体いいことである。と同時にそれは民主主義を下支えする。民主主義の下では、すべての人の生活水準が同時に良くなることが可能である。生活水準が向上すれば、人々は経済的、社会的混乱に対処できる。他方、生活水準が向上しないと怒りを生む。 実質所得が長期にわたって停滞したのは、金融危機とその後の回復が弱々しかったためである。その結果、ビジネス、行政、政治のエリートの能力と誠実さに対する国民の信頼が失われた。そのほかにも、高齢化(特にイタリア)、国民所得に占める賃金の比率の低下も実質所得の長期停滞をもたらした。 国民の不満の原因は、それ以外にも文化環境の変化や移民がある。移民については、豊かな国のほとんどの国民にとって、市民権は最も価値のある資産であり、外部の者と共有することに憤りを感じる。Brexitは一つの警告であった。 それでは、何がなされるべきか。 第1に、繁栄は相互依存によってもたらされることを理解する必要がある。主権の主張と世界的な協力の必要性を調和させることが重要である。国自体ではできないこと、すなわち基本的な世界の公共財の供給に焦点を当てるべきである。この点から今優先すべきは気候変動である。 第2は資本主義の改革である。金融の役割が大きすぎる。株主の利益が重視され過ぎている。 第3に各国ではできない分野での国際協力で、脱税対策が最も重要だろう。 第4に投資、技術革新の推進、最低賃金の引き上げなどにより経済成長を加速させることである。 第5にほら吹きと戦うことである。労働者の流入を防いでも賃金を変革できない。輸入制限は高くつき、製造業の雇用比率を上げることに繋がらない。 なによりも問題の重要性を認識すべきである。長期停滞、文化的混乱、政策の失敗が重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが揺すぶられる。トランプ候補は一つの結果である。このバランスを取り戻すため、想像力に富み、野心的な考えが提示されなければならない。容易ではないが失敗は許されない。我々の文明そのものの運命がかかっている。 出 典:Martin Wolf ‘Global elites must heed the warning of populist rage’(Financial Times, July 20, 2016)トランプの台頭の要因 すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、というMenckenの言葉は名言です。最近の典型的な例は、論説が言及しているように、トランプ米大統領候補です。 論説は、西側世界に見られる国民の不満、怒りの主たる原因は実質所得の長期停滞である、と言っています。トランプの支持者の中心が、所得の伸びていない白人の中、低所得者層であるとの指摘は夙に行われています。 米国経済は失業率の大幅低下等マクロ的には欧州、日本と比べて好調ですが、実質所得が上がらないことで、国民が景気回復を実感できず、景気回復に取り残されていると感じていることが不満や怒りに繋がっているのでしょう。 国民の不満、怒りの主たる原因は経済的なものですが、国民の不満や怒りは政治現象です。トランプの共和党大統領候補選出、ル・ペンの大統領選の有力候補への台頭は、その典型例です。 論説は、長期停滞に政策の失敗などが重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが崩れると言っています。これは国民の怒りに対する答えが、自国優先策になりやすいことを反映した懸念です。トランプの貿易、安保政策は典型例です。 論説は国際協力の重要性を強調していますが、国際協力の推進の前に、国内政治をただす必要があります。トランプの台頭は、共和党がオバマ政権反対を最優先させ、国民の不満に耳を傾けなかったことが大きな要因でした。 その点から言うと、論説の5つの対策は、議論を広げ過ぎている感があります。気候変動は確かに重要ではありますが、国民の不満に耳を傾けるという点から言えば、やはりとりあえず実質所得の向上を最優先させるべきでしょう。 国民の不満、怒りに正しく対処しないと、民主主義の下支えにひびが入り、経済的、社会的混乱に対処しにくくなります。同時に、移民排斥、保護主義が広まれば、戦後の国際秩序が挑戦を受けます。論説は我々の文明そのものの運命がかかっていると言っていますが、あながち誇張とは言い切れません。

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    トランプの意味する「法と秩序の回復」

     [海野素央のアイ・ラブ・USA]海野素央 (明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは、「法を守り秩序を回復する候補」です。異例づくしとなった共和党全国党大会でしたが、不動産王のドナルド・トランプ候補は、約75分間の指名受諾演説で、明確なメッセージを発信しました。指名受諾演説を行うトランプ氏(GettyImages) その1つが、「法を守り秩序を回復する候補」です。トランプ候補は、混沌とした米国社会に法と秩序を取り戻すと主張したのです。「私はあなたの声になる」というメッセージも放ち、有権者の声を代弁すると述べました。さらに、同候補は「米国第1主義」を全面に出し、米国の利益を最優先する意欲を示しました。本稿では、これらのメッセージを分析した後で、民主党候補の指名が確実となっているヒラリー・クリントン候補のトランプ候補の指名受諾演説に対する反応について述べます。その上で、民主党全国大会でクリントン陣営が、トランプ候補とクリントン候補をどのように描いているのかについて比較します。 まず、指名受諾演説でトランプ候補が発した「法を守り秩序を回復する候補」からみていきましょう。米国社会では、南部ルイジアナ州、中西部ミネソタ州及び南部テキサス州で発生した警察官とアフリカ系による相次ぐ銃乱射事件に不安と動揺が広がっています。学校、職場、映画館及び空港などで銃乱射やテロがいつでも起こり得るという懸念が、国民に多かれ少なかれあるのです。トランプ候補の「法を守り秩序を回復する候補」には、白人の警察官とアフリカ系の衝突を解決し、秩序を取り戻すという意味が含まれています。現在、米国社会が直面している状況や雰囲気を察知した同候補は、指名受諾演説の中で不安定要因を挙げて混沌とした社会を描き、自分だけが問題解決ができると豪語したのです。 ちなみに、トランプ候補が使っている「法と秩序の回復」及び「物言わぬ多数派」は、リチャード・ニクソン元大統領が公民権運動やベトナム反戦運動で混沌とした米国社会の中で発信したメッセージです。同候補は、1960年代後半と現在の社会における混乱及び不安に類似点を見出しているのです。トランプ・バージョントランプ・バージョン トランプ候補は、ニクソン元大統領が用いた「法と秩序の回復」というメッセージを「トランプ・バージョン」に変えて発信しています。たとえば、上で説明した白人の警察官とアフリカ系の衝突に加えて、不法移民を標的にしたメッセージとして活用しています。 昨年6月16日に出馬して以来、トランプ候補は不法移民は麻薬売買人、犯罪者及び強姦者であると繰り返し主張してきました。同候補は、不法移民は法を犯し秩序を乱す犯罪者というレッテルを貼ったのです。米国とメキシコの国境に建設をする壁は、「法を守り秩序を回復するための壁」であると言いたいのです。 もう1点、指摘します。「法を守り秩序を回復する候補」には重要な隠されたメッセージが存在しているのです。有権者がこのメッセージを耳にすると、「法を守らなかった候補」を連想する仕掛けになっています。その候補は自分のルールで物事を進めてしまう候補です。私的なメールアドレスを使って公務を行ったクリントン候補のことです。「法を守り秩序を回復する候補」は応用範囲が広いので、本選でトランプ候補の核となるメッセージとして用いられるでしょう。「あなたの声になる」と米国第1主義 指名受諾演説でトランプ候補は、「私はあなたの声になる」と強調し、有権者の声を代弁して戦い、米国を最優先させることを誓いました。では、「あなた」とは一体誰を指しているのでしょうか。 全ての有権者であるかもしれませんが、党の結束を図りたいトランプ候補は、宗教保守派に焦点を当てています。さらに、本選で鍵を握る無党派層を狙って発信したメッセージとも解釈できます。ただトランプ候補の内心は、指名受諾演説の舞台に上げてくれた熱烈な支持者である白人労働者と退役軍人でしょう。「私はあなたの声になる」というメッセージは、特に彼らの心に突き刺さったことは確かです。 次に、トランプ候補の米国第1主義です。08年米大統領選挙では共和党の指名を獲得したジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州)は、「国が1番(カントリー・ファースト)」をスローガンにして戦いました。勿論、国とは米国を指しています。マケイン上院議員は米国民を最優先するという意味で、「国が1番」というメッセージを発したのです。トランプ候補のように、大国である米国がグローバルな利益よりも、自国のみのそれを最優先して徹底的に追求していくというメッセージではありませんでした。同候補の米国第1主義には、偏狭な自文化中心主義的な色合いが濃く出ており、仮に大統領に就任した場合、米国が大国の役割を果たすのか強い疑問を持たざるを得ません。 指名受諾演説におけるトランプ候補の非言語メッセージも看過できません。演説を行っている間、同候補はほとんど怒った表情をして、社会の不公平さに対する怒りや不満を抱いている有権者と感情共有を行っていたのです。ダイナミックな動作をとりながら、間を十分とり、沈黙といったパラ言語(副次言語)を効果的に活用し、会場の代議員の反応を「傾聴」していた点にも特徴がありました。結局、同候補の非言語メッセージが、言語メッセージのパワーを高めていたと言えるのです。「壁」対「橋」「壁」対「橋」 クリントン候補と副大統領候補に起用されたティム・ケイン上院議員(バージニア州)は、即座にトランプ候補の指名受諾演説に反応しました。 第1に、クリントン候補は、トランプ候補が放った「私は自分1人で問題解決できる」というメッセージを取り挙げました。「一緒になればもっと強くなれる」というスローガンを掲げているクリントン候補は、米国社会が直面している諸問題を個人で解決するのではなく、協力し合ってチームで解決する立場をとっています。クリントン候補が集団主義的なアプローチに重点を置いているのに対して、トランプ候補はカーボーイのジョン・ウェインのように個人で問題解決を図ろうとしている点が対照的です。 第2に、クリントン候補はトランプ候補が力を込めて語った「私はあなたの声になる」について批判したのです。クリントン候補は、ある集会でトランプ候補が「あなたのことを語っていると思いますか」と支持者に質問を投げかけました。クリントン候補は、女性蔑視や反移民の発言を繰り返すトランプ候補が「あなたのことを気遣っていると思いますか」という意味を込めて支持者に尋ねたのです。 第3に、ティム・ケイン上院議員(バージニア州)は、同じ集会でユーモアを込めながら、若者に向かって以下の3つの効果的な質問を投げかけました。 ・「『お前はクビだ』と言う大統領がいいですか、それとも『あなたを雇います』と言う大統領がいいですか」 ・「障害者や女性、メキシコ系、同盟国をこけおろす大統領を欲しますか、それとも人と人の間に橋を架ける大統領を欲しますか」 ・「自分第1主義の大統領がいいですか、それとも子供・家族第1主義の大統領がいいですか」 言うまでもなく、前者がトランプ候補で、後者がクリントン候補です。要するに、クリントン候補とケイン上院議員は、「トランプ候補は、あなたの声に耳を傾け、意見を代弁し、気遣う大統領には決してなりません。自分第1主義の大統領になるのです。私たちは協力し合って米国社会が抱えている問題を一緒に解決していきましょう」というメッセージを発信したのです。 7月25日から東部ペンシルべニア州フィラデルフィアで、民主党全国大会が開催されました。民主党は、トランプ候補を人と人の間に「壁」を作る大統領として、一方、クリントン候補を移民、同性愛者、障害者、女性及び家族や子供を気遣い、人と人の間に「橋」を架ける大統領として描いています。

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    感情論が導いた英EU離脱 排除すべきは無責任なナショナリズム

    宮家邦彦(CIGS研究主幹) 6月23日の国民投票の結果には一瞬絶句した。英国の大衆迎合型民族主義を過小評価したことを思い知らされた。同日付本紙コラムで筆者はこう予想した。 ・英国の欧州連合(EU)離脱の悪影響は経済面に限られない。 ・離脱賛成が過半数を占めるということは、英国有権者が抱く反EUの民族主義的感性が、加盟維持という国際主義的理性を凌駕したということ。 ・あの英国でも大衆迎合主義的ナショナリズムが本格的に始まったことを意味する。国民投票の結果を喜ぶEU離脱派の人々 それでも筆者はイギリス人がEU離脱を選択する可能性は低いとどこか楽観していた。最後は英国の理性が感情を抑えると信じたかったのだ。英国EU離脱の経済的悪影響については既に多くの記事が書かれている。本稿では国民投票結果が今後の国際政治に及ぼす影響につき考えてみたい。力で現状変更厭わぬ帝国 昨年末あたりから筆者は繰り返しこう書いてきた。 ・現在世界中で醜く、不健全で、無責任な、大衆迎合的ナショナリズムが闊歩している。 ・21世紀に入り世界各地で貧富の差が一層拡大した。前世紀後半までそれなりの生活ができた中産階級が没落し始めたからだ。 ・彼らの怒りは外国、新参移民と自国エスタブリッシュメントに向かう。強い不平等感を抱く彼らは何に対しても不寛容で、時に暴力的にすらなる。 筆者はこれを「ダークサイドの覚醒」と呼んできた。欧州大陸での反イスラム・反移民の極右運動や米国のトランプ旋風だけではない。中東「アラブの春」運動や中国で習近平総書記が進める反腐敗運動などの政治社会的背景も基本的には同じだ。それがあの英国ですら起きたのだから、もう世界的に定着したと考えてよいだろう。 この傾向はポスト冷戦期の終焉とともに顕在化し始めた。ポピュリズムとナショナリズムは欧米の自由民主主義的な現状維持勢力を劣化させる一方、力による現状変更も厭わない「帝国」を生みだしつつある。最初は愛国主義者プーチン大統領のロシア。ジョージア、ウクライナ、クリミアなどへの軍事介入がその典型例だ。続いて中国。習近平総書記が進める「中国の夢」も力による現状変更を正当化するものだ。政治家に求められるのは制御能力 中露だけではない。大衆迎合的民族主義が帝国主義と合体する可能性はイランやトルコにも見られる。今後はこれまで世界秩序を維持してきた自由・民主・市場経済を重視する勢力が求心力を失って分裂傾向を強める一方、権威主義的・非民主的勢力が、前者の凋落によって新たに生まれる「力の真空」を埋めていくだろう。政治家に求められる制御能力 日本は何をすべきか。第1にパニックは禁物だ。確かに市場では政治的不確実性がパニックとボラティリティ(数値の乱高下)を生んでいる。しかし、この現象が一過性でないことは述べた通りだ。今後もダークサイドの覚醒は長期化し世界各地に波及していくだろう。であれば今後はこの状態を「新常態」と覚悟する、冷静で理性的な判断が必要となるだろう。 第2はデマに惑わされないことだ。既に一部では、これからユーロは暴落しEUは崩壊し、英国は分裂するなどとまことしやかに報じられている。しかし、離脱の連鎖反応を恐れるEU主流は逆に結束を強めるから、ユーロへの悪影響は少ないだろう。しかも、英国の離脱には通知から2年間の交渉期間が必要だ。ダークサイドからの逆襲を受けた欧州エリートの粘り腰も過小評価すべきではない。EU離脱派が勝利したことを受け、辞意を表明するキャメロン首相 そもそも、今回の衝撃はリーマン・ショックとは若干異なる。後者がサブプライムなど米国バブル崩壊に端を発した経済問題であるのに対し、今回の原因はより政治的側面が強く複雑だからだ。最後に重要なことは、ダークサイドを制御する能力だ。この制御に失敗した政治家は、キャメロン英首相であれ米共和党主流派であれ政治生命を失った。そうした危険が将来、日本に生じないという保証はない。普遍的価値を尊重し連携を 産経新聞(25日付)に「英国人は外部から指示されればされるほど、拒否する気性がある。論理的に正しくても、感情的に反発する」とあった。なるほど、では、同じ島国・日本にも同様の気質はないのか。これらは日本国内の左右のダークサイドに共通してみられる傾向ではないのか。 中国の新華社通信は「西側が誇りとしている民主主義の制度が、ポピュリズムや民族主義、極右主義の影響にはまったくもろいことが示された」と報じたそうだ。しかし、民主的国民投票など実施できない独裁国家・中国にそれを言う資格はない。 今回の英国EU離脱騒動は日本にとって対岸の火事ではない。日本人が得るべき教訓は、常に理性的に行動し、決して感情的にならないこと。そして、無責任な左右のナショナリズムを排しながら、普遍的価値を尊重する勢力との連携を貫くことの重要性である。

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    暴言のエスカレートでトランプ陣営は崩壊寸前?

    。党大会後の世論調査で、いきなりヒラリーがトランプに10%近い差をつけてしまったからだ。 ちなみに、アメリカの大統領選というのは獲得票の単純集計で決まるわけではない。州ごとに決まっている選挙人数を、その州で勝利した候補は「総取り」するというルールになっており、全部で538の選挙人中270を取れば当選ということになる。この選挙人数の獲得においては、俗に「スイング・ステート」あるいは「バトル・グラウンド」と言われる中道州の勝敗がモノを言う。米共和党全国大会で演説する同党大統領候補の不動産王、ドナルド・トランプ氏=7月21日、米オハイオ州(ロイター) 最新のデータによれば、勝敗を分ける中道州についても、フロリダ、ペンシルベニア、ミシガン、オハイオなどで軒並みヒラリーが大差でリードしている。獲得選挙人数の予測を集計すると、ヒラリーが362対176で勝っているというデータもある(政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス」の集計)。一体何が起きているのだろうか? 一つには、共和党大会の後に行われた民主党大会が「オールスター・キャスト」で盛り上がったということがある。現職のオバマ大統領、ミシェル夫人、バイデン副大統領、ヒラリーの夫であるクリントン元大統領、そしてライバルのサンダース候補など、大変な顔ぶれが揃ったわけで、トランプ一家ばかりが目立っていた共和党大会に「差をつけた」というのは事実だろう。 問題はそれだけではない。ここへきてトランプ候補の言動が、「コントロール不能」になっている。本来なら、この時期には、本選を意識して「大統領らしい」言動に変えていかねばならないはずなのだが、相変わらずの「暴言・放言」が続いているだけでなく、その内容が、身内であるはずの共和党内からも「ヒンシュク」を買っているのだ。 発端は、イスラム教徒の戦没米兵一家の問題だった。イラクでアメリカ兵の息子が戦死した、イスラム教徒のキズル・カーンという人物が、民主党大会でスピーチを行ったのだが、そこに、トランプへの批判が含まれていた。つまり合衆国憲法が「信教の自由」を保障しているのにもかかわらず、トランプが「イスラム教徒の入国禁止」を主張しているのはおかしい、という主張を展開したのだった。 これに対してトランプは、猛然と反論というか、罵倒を始めたのである。例えば「誰があのスピーチを書いたんだ? ヒラリーのスピーチライターか?」とか、「横で(カーン氏の)奥さんが黙っていたが、イスラム教のために女性は発言が禁じられていておかしい」などという具合だ。 これは、大問題になった。トランプには、いくらでも謝罪するタイミングがあったにもかかわらず、ズルズルとケンカを売り続けた結果、「トランプは戦没者の一家をバカにしている」という批判が、共和党内からも上がるようになったのである。 完全に「暴言モード」が止まらないトランプだが、8月6日(土)には、相変わらずの日本批判もやっている。「アメリカが攻撃されても日本人は戦ってくれない。どうせ家でソニーのテレビでも見ているだけだ」ということで、要するに安保条約など止めてしまえというのである。材料は以前と同じだし、「ソニーのテレビ」がどうとかという表現には絶望的なレトロ感があるのだが、それはともかく、同じ暴言でも表現がエスカレートしているのが「2016年夏バージョン」の特徴だ。 さらに問題となったのは、「修正第2条」発言だ。「修正第2条」というのは、合衆国憲法の中の「武装の権利」を保障した条項のことだが、8月9日(火)にノース・カロライナ州で行ったスピーチで、トランプは「ヒラリーは(大統領になったら)修正第2条を潰すかもしれない。ヒラリーが指名した判事が揃ったら誰も手出しはできない」と述べている。 要するにヒラリー政権になったら銃規制が強まるというのだが、問題はその後だ。「でも『修正第2条の連中』が何とかするだろう」。そうトランプは放言したのである。本人は否定しているが、「誰も手出しができなくなった後で、銃保有派の人々が何とかするだろう」とは、ヒラリーに対する暴力を教唆していると言われてもおかしくない。 8月10日(水)には、「ISISの創設者はオバマ、ヒラリーも共同創設者だ」という放言をしたが、今では「この程度」ではあまり話題にならなくなってきている。メディアも、社会もマヒしてきているのだろう。もちろん、それは許容しているということではない。 一連の暴言騒動と並行して、共和党の主流派との間にも再び亀裂が走るようになった。中でも、党内の最高権力者であるポール・ライアン下院議長について、カーン氏の問題で同議長が批判をしたことに腹を立てたトランプは、議長の「再選を目指した予備選」において、「支持せず」という表明を行った。 これはまさに政界激震という事態である。背景には「現職の議長でも予備選の洗礼を経ないと再選に出馬できない」という厳格なルールを逆手に取って、「トランプ派の候補が刺客に立っていた」という事実があっただけに、深刻な問題となった。 さすがにトランプは後になって「不支持」を撤回したし、8月9日の予備選ではライアン議長が80%以上の票を取って圧勝したために「事なきを得た」が、この確執を契機として、党内の動揺は激しくなっていった。特に11月の総選挙で、このままいくと、トランプ批判のモメンタムが、そのまま共和党の議員への批判にもなり、共和党が「上院の過半数を失う」という恐怖が広がっているのだ。 そんな中、リチャード・アーミテージ氏など共和党系の「安全保障のスペシャリスト50人」が連名でトランプ不支持を宣言したり、共和党の環境長官経験者人も同様の宣言をしたりするなど、党内に「脱トランプ」の「ドミノ現象」が起きつつある。 中には「負けず嫌いのトランプは、どこかで選挙戦を放棄するのでは?」という見方も出ているし、その方が11月の上下両院議会選挙の「足を引っ張らない」という声もある。事態の急展開に動揺した共和党全国委員会は、ラインス・プリーバス全国委員長が「トランプ氏には自分のゴルフ場で休暇を取ってもらっていた方がよかった」というホンネを漏らすなど、もはや共和党の選挙への態勢は崩壊を始めたと言っていい。関連記事民主党大会、影の主役はサンダース【速報】異例ずくめの共和党大会、報ずるメディアも大混乱!党内抗争の次は、大中傷合戦スタート!

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    角栄とトランプ共通点 反エリート期待の空気と娘の存在

     アメリカ大統領選挙候補の指名レースで注目を一身に集めるドナルド・トランプ氏。型破りな言動が反発を買う一方で熱狂的な人気を集め、予備選序盤からの快進撃は「トランプ劇場」と称された。その背景を分析すると、日本の歴代総理で随一の人気を誇る田中角栄との共通点が浮かび上がってきた。 角栄が首相に就任したのは1972年。7年8か月続いた鉄道官僚出身の佐藤栄作首相の後継を決める自民党総裁選は、「角福戦争」と呼ばれた。大蔵省出身のエリートである福田赳夫優位の下馬評を角栄がひっくり返す劇的な結末に、国民は喝采を送った。長く続いた官僚政治の閉塞感が庶民宰相誕生の背景にあったのだ。 トランプ人気にも似た空気が読み取れる。候補者選びが始まった当初、本命と見られていたのは父と兄が大統領経験者のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事。同氏に「退屈」「低エネルギー」のレッテルを貼って支持を広げた。そこにはやはり名門エリート一家への不満、物足りなさがあった。「政治は数、数は力、力はカネ」の“名言”は、角栄流政治の象徴といわれる。その資金力が首相にのぼりつめるには欠かせなかった。 米国の大統領選ではテレビCMに巨額を投じる必要があるため通常は各種団体からの寄付が不可欠だが、トランプ氏の場合、総資産45億ドルといわれる自前の財力がある。『トランプ革命』(双葉社刊)の著者・あえば直道氏(政治評論家)が指摘する。「お金があるから寄付を求める必要がなく、関係各所を気にしてペコペコする必要もなくなる。有権者はそれを『ウソがない』と評価している」 こうした共通点の他にも2人には共通点がある。角栄の娘・眞紀子氏は「晩年、病に倒れた角栄が座る車イスを押して、有権者の前で父に代わって演説した」(政治評論家の小林吉弥氏)。トランプの娘・イヴァンカ氏も父を支える。父と同じペンシルベニア大卒の元モデルで、トランプ氏の会社の役員も務める。 選挙活動にも同行。共和党唯一の女性候補だったフィオリーナ氏に対しトランプ氏が「あの顔を見ろ、誰が投票するだろうか」と女性蔑視の暴言を吐いて批判されそうになると、「父は性差別主義者だと思わない。そんな考えなら私が彼の会社で要職に就くことはなかった」と即座にフォローする。その機転から有権者の人気も高い。“じゃじゃ馬娘”の存在は、どちらの父も心強く思ったことだろう。関連記事■ 角栄とトランプの共通点 ビジネスマンとしての実績■ トランプと角栄の共通点に人の心を動かすスピーチ術■ トランプと角栄 人心掌握術と突破力という共通点■ 江沢民、トウ小平 田中角栄が被告になった後も敬意払い訪問■ 田中角栄 北方四島交渉でソ連に「イエスかノーか?」と強気

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    フォースで世界は覚醒するか? 時代の寓話としてのスター・ウォーズ

    」としての側面を持つ。以下、具体的に見ていこう。 〈三部作・その1〉がスタートした1970年代後半、アメリカはベトナム戦争の失敗や、ウォーターゲート事件(1972年、当時の米大統領リチャード・ニクソンが起こした政治スキャンダル。ニクソンは1974年に辞任)などによる威信失墜を経て、本来のあり方に立ち戻ることをめざしていた。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved ベトナム戦争当時、同国がしばしば「帝国主義的」と批判されたのを思えば、「邪悪な銀河帝国が、共和国の理想を信じる正義の反乱軍によって打倒される」という物語は、このような時代の風潮を寓話的に表現したものになる。事実、ジョージ・ルーカスの評伝「スカイウォーキング〈完全版〉」(デール・ポロック著、高貴準三監訳、ソニー・マガジンズ、1997年)によれば、銀河帝国を支配する「皇帝」の人物像は、ニクソンをモデルに構想されたのだ。 同三部作のクライマックスとなる「ジェダイの帰還」では、エンドアという森林の惑星を占領した帝国軍が、原住民のゲリラ的抵抗の前に敗北するものの、「スカイウォーキング」はこれについても、「地獄の黙示録」(1979年のベトナム戦争映画)のルーカス版だと述べた。「地獄の黙示録」の監督はフランシス・コッポラだが、同作品はもともとルーカスが監督する予定になっていたのだから、この記述も決してコジツケではない。 他方、〈三部作・その2〉がスタートした1990年代末は、アメリカが冷戦に勝利し、自由と民主主義の旗印のもと、世界全体を一極支配するかに見えた時期だった。まさに「繁栄を誇る共和国」というところだが、2001年の同時多発テロ、そして2003年のイラク戦争を契機として、アメリカの覇権は揺らぎ、威信もふたたび落ち始める。 「繁栄を誇る銀河共和国が衰退、邪悪な銀河帝国へと変貌する」という物語も、時代の風潮を寓話的に表しているのである。「スター・ウォーズ」の世界では、「フォース」という超能力が大きな役割を果たすものの、このころのアメリカでは、テロリスト容疑者を拷問することが「フォースの悪用」にたとえられた。 フォースを悪用する者は、「ダークサイド」(暗黒面)と呼ばれる怒りと憎しみの世界に堕ち、帝国派となってしまうのだから、これは「アメリカが帝国になる」と言うにひとしい。エピソード1の題名「ファントム・メナス」(見えざる脅威)が、テロリズムを想起させることも、関連して付け加えておこう。覚醒の寓話は生まれるか覚醒の寓話は生まれるか すなわち「スター・ウォーズ」シリーズを、ただエピソード順に並べることには、2000年代を1970年代の前に持ってくるというか、イラク戦争をベトナム戦争以前の出来事と位置づけるような不自然さも伴う。 しかも現在の世界の状況は、「帝国にたいする共和国派の勝利」よりも、「共和国にたいする帝国の勝利」のほうに近い。なにせ内外の少なからぬ識者が、格差の拡大やテロの脅威、難民問題などを受けて、全体主義的風潮が社会に台頭する危険を警告するにいたっているのだ。 新作「フォースの覚醒」は、〈帝国滅亡後、新共和国を築く物語の始まり〉(=エピソード順による位置づけ)と、〈共和国滅亡後、帝国に抵抗する物語の始まり〉(=製作順による位置づけ)という二つの役割を、同時に果たさねばならなかったのである。この二重性がどう処理されたかは興味深いところだが、注目されるのは、こうやってスタートした最終三部作、ないし〈三部作・その3〉が、いかなる結論に達するかだろう。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 物語上の理屈(=エピソード順の展開)にしたがえば、共和国滅亡の経験に学び、帝国に乗っ取られないような新共和国を築けば万々歳になる。だが時代の流れ(=製作順の展開)にしたがえば、帝国は1980年代にいったん滅んだあと、2000年代半ばに共和国を倒して復活を果たした。 となれば、ふたたび帝国(ないし帝国派)を倒して新共和国を築いても、いずれまた帝国に乗っ取られる堂々めぐりが待っているのではないか? それとも共和国派は、決してダークサイドに堕ちることのないフォースの使い方を発見できるのか? 〈三部作・その1〉と違い、もはや敵を倒しさえすればいいことにはならないのだ。 こう考えるとき、今回の三部作も時代の寓話たるべき宿命を背負っていることは疑いえない。「フォース」を直訳すれば「力」になるものの、力は使い方次第で善にも悪にもなりうる。 その意味で「フォース」が覚醒することは、世界全体が調和や秩序に覚醒する契機かも知れないし、逆に破壊や戦乱、あるいは全体主義へと突入する契機かも知れない。これはまさに、われわれが直面する状況を反映したものと言えよう。 今までの「スター・ウォーズ」を振りかえるとき、〈三部作・その1〉は勝利の寓話であり、〈三部作・その2〉は敗北の寓話だった。ならば〈三部作・その3〉がめざすべきは、勝利の寓話の繰り返しではなく、「覚醒の寓話」でなければならない。 くだんの寓話がどこまで説得力を持つかは、製作陣の力量もさることながら、時代の流れによっても左右されるだろう。くしくも今年、アメリカでは大統領選挙が行われるものの、「スター・ウォーズ」がそれと足並みをそろえるかのごとく復活したのにも、偶然を超えた符合が感じられるのである。

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    米大統領選で危険な候補がウケる理由

    ほぼ1年をかけた長期レースの幕が開いた米大統領選。ブッシュ家とクリントン家の「王朝対決」と言われた当初の見方から一転、2つの異変が起きている。大本命のヒラリー・クリントン氏の失速と大富豪、トランプ氏の快進撃だ。なぜ、トランプ氏のような危険な主張を掲げる候補が支持されるのか。

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    「トランプ現象」の虚実 「深読み」とメディアの論理

    が、ドナルド・トランプの「快進撃」であろう。この「トランプ現象」の要因を深読みし、「かつてないようなアメリカ政治の根本的な地殻変動」という見方もある。ただ、この現象は、どこまで本物なのだろうか。考えてみたい。人気を集めるテレビの有名人 ほとんどのアメリカの国民にとって、トランプは、テレビのバラエティ番組に頻繁に出演し、あっと驚くような放言で世間を騒がせる不動産成金、といったところだろうか。何度か大統領選や知事選への出馬をにおわすなど、過去に政治的な野心を見せたことはあったが、テレビの有名人の域を超えない。 そもそも泡沫候補にすぎないトランプが、これまでの各種世論調査では共和党の立候補者の中ではトップに立ち、共和党支持者の中で30%近い高支持を集めている。さらに奇妙なのが、退役軍人批判や女性差別につながる発言にしろ、通常なら大きなダメージとなる失言に近い放言を繰り返せば繰り返すほど、むしろ支持率が高くなっていることである。強硬な移民排斥や中国の為替操作、さらには、日本の安保ただ乗り批判など、まともな「政策」といえないような放言も支持者には好評のようだ。 トランプ現象はどう考えてもありえない。一方で、このポピュリズムを絵に描いた男を支援するような何か大きな変動がアメリカ政治に起きているのではないかと深読みをすることができる。 深読みはいくつでもできるが、主なものは2つであろう。国民の政治不信と政治的分極化 まず、国民のアメリカ政治に対する強い政治不信がこの現象を生み出していると解釈できる。オバマ大統領への支持率は不支持の方が支持を上回ることも頻繁にあり、現在も40%台と長年低迷を続けている。大統領に対する支持よりもひどいのは、連邦議会への支持率でこれは、ここ数年、10%台という史上最低レベルを続けている。 2016年選挙の主役とみられている候補たちは、国民にとってこの既存の政治にどっぷりつかった人物とみられているのかもしれない。共和党の予備選争いの最大のライバルである、ジェブ・ブッシュにしろ、民主党で一番人気のヒラリー・クリントンにしろ、10年前、20年前の手あかのついた感がある。共和党の中でスコット・ウォーカーら本流ともいえる候補が軒並み、支持率で伸び悩んでいるのも、既存のエスタブリッシュメント距離の近さが一因となっていると解釈できる。 アメリカ国民は既存の政治に飽き飽きしている中、全く新しい斬新さをトランプに求めているのかもしれない。ちょうど、リアリティ番組の『アプレンティス』のように、トランプなら、「ユー・アー・ファイヤード(お前はクビだ!)」と既存の政治家にノーを突きつけてくれるかもしれない、という期待である。 「トランプ現象」のもう一つの深読みが、最近のアメリカ政治を象徴する「政治的分極化(政治的両極化)」のなれの果て、という見方である。政治的分極化とは、リベラル派と保守派で世界観が真っ二つに割れる度合いが進み、しかもリベラル派と保守派内での結集も目立つ「2つのアメリカ」現象である。国民世論にしろ、議会内での議員の行動様式にしろ、分極化が目立っている。 分極化がさらに進み、移民排斥を主張する層など、より右に向かっている共和党の中の層がさらに台頭し、トランプを支持しているのではないかと解釈できるのである。つまり、トランプを押すほど、右が右に行きすぎてしまっている、という見方である。 共和党支持者の中でも最も国際的感覚に疎い層がトランプを押しているとすると、トランプがまかり間違って当選した場合、その後の政策はその層に引きずられる部分もあるため、国際的な反発も危惧される。メディアの「競馬予想」 ただ、筆者はいずれの深読みも基本的に正しいものの、やや拡大解釈すぎると強く感じている。というのも、大統領予備選をみつめる政治関係者・マスメディアと、一般の国民とはかなりの温度差があるためである。 過去30年間、アメリカの大統領予備選は毎回、どんどん前倒しされる傾向にある。各候補者は正式立候補前に予備選が始まる2年ほど前から、予備選段階の最初の戦いとなるアイオワ州やニューハンプシャー州に入り、組織作りを始めたり、テレビで選挙CMを放映することもある。これは最初の段階で勝利し、選挙戦に勢いをつけるためだが、この長期化する「影の予備選」の動きをマスメディアは頻繁に伝えるだけでなく、今年のように予備選が実際に始まる半年も前から連日報道を続ける。ただ、その報道は「誰が本命の馬か」「誰が対抗馬で、だれがダークホースか」などの支持率をめぐっての競馬予想が中心である。政策についての報道は極めて少ない。 それもあって、国民はそれぞれの候補の政策上の立ち位置などをしっかり理解しているとは到底思えない。実際、トランプは富裕層増税などリベラル的な政策も打ち出しているが、メディアはわかりやすい移民排斥政策ばかりを伝える。トランプの政策については、減税をどうしたら達成するのか、これまでの発言ではさっぱりわからない。もちろん外交もほとんど未知数だ。情報が少ない分、共和党の最右翼に位置するような「分極化のなれの果て」の層は誤解している気もする。 影の予備選が早く、長期化する中、メディアは競馬予想には大騒ぎだが、政策論は置いておかれている。支持者に対するまともなデータもない中、候補者の政策に全く疎いまま「しょっちゅうテレビでみる、エネルギッシュに叫んでいる人」を国民は「支持」といっているだけのような気がしてならない。真の現象になるか 大統領選挙は候補者が長期戦の中、もまれながら成長を続けていく。その成長物語を国民が自分たちの物語として共鳴しながら、見ていくプロセスがユニークだ。 トランプが予備選の実際の開始後も支持を高めているには、かなりの困難が伴う。トランプが候補者として“成長”し、自分の政策を理解させたうえでより多くの支持者を取り込めるようになるまで、「トランプ現象」は割り引いてみておいた方がいいであろう。(『Yahoo!ニュース個人』より2015年9月4日分を転載)

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    メール問題はきっかけに過ぎない 失速するヒラリーは勝てるのか

    そんな中で、極めて知名度の高いクリントン氏に支持が集まるのは当然の話である。むしろ、1990年代からアメリカ政治の中心にいたクリントン氏に対して、彼女に対する好き嫌いの評価はすでに定まっており、知られすぎたクリントン氏がブームを起こすのは容易でなく、これから支持を大きく重ねていくことは難しい。むしろ何かネガティブな事が起きた場合に、他の選択肢が頭に浮かばず、何となく支持していた人たちが剥がれ落ちる可能性の方が高かった。 ブームという言葉を賞味期限と言い換えることもできる。クリントン氏は名門女子大であるウェルズリー・カレッジを卒業し、その後エール大学ロースクール、そしてトップランクの弁護士として、社会で活躍する新しい女性像の先駆者として走り続けてきた。そうした彼女にとって、その最終ゴールが「初の女性米大統領」ということになるのだろう。そんな彼女が当選すべき旬の時期は前回立候補した2008年であった。あるいは準備が不十分でもブームを巻き起こすという点で言えば、ファーストレディから去って間もない2004年の米大統領選の時期だったのかもしれない。 だが、これまで彼女を支持してきた女性たちが60代あるいは70代となる一方、現在は、彼女を知らない若者たちが多く有権者となっている。選挙のカギを握るそれら無党派層は、70~80年代に時代の寵児だった彼女のことはほとんど知らない。素晴らしい働きをした国務長官時代のクリントン氏のことは認識しているが、そのことは今回のメール問題で帳消しにされようとしている。また新たな女性の有力候補も出てきている。共和党でヒューレット・パッカードの最高経営責任者(CEO)だった、カーリー・フィオリーナ女史が静かに、しかし着実に支持を集め始めている。鮮度という点ではこちらのほうが遥かに高い。 とはいえ、こうした逆風であっても、現時点ではクリントン氏が民主党候補者として敗れることは想定できない。先に紹介したサンダース氏がブームを引き起こしているとはいえ、現実的に勝ち残るためには様々な面で不安が残るためだ。一つはアメリカにはやはりそぐわない社会主義思想。また米大統領選挙は、人員と資金をいかに集めるかという総力戦であり、その点で態勢が不十分だと思えるからだ。彗星のごとく現れて当選したようにみえるオバマ大統領も、実はその組織づくりや資金集めは極めて周到なものだった。 そこで注目すべきは、現在副大統領のジョー・バイデン氏である。彼は現時点で出馬を表明していない。また副大統領として堅実に仕事をこなしているが、存在としては地味で国民的な人気を博しているとは言えない。そのため現在、クリントン氏を脅かす存在とは思われていない。しかしながら、サンダース氏がこの後も勢いを保ち、一方のクリントン氏の失速が止まらないようだと、「勝てる候補者」としてバイデン氏が押し出されてくる可能性も否定できない。 失速を乗り越えてクリントン氏が民主党で大統領候補として指名を獲得した場合はどうだろうか。その場合に、共和党候補者としてジェブ・ブッシュ氏のような正統派の候補者が出てきた場合には、互角の勝負となるか、あるいは成算があるかもしれない。一方、現在トップを走る異端児の億万長者、ドナルド・トランプ氏が勝ち残って出てきた場合には、同氏の勢いに苦戦を強いられよう。 最後に、全く学問的でもないし事実に基づいて記述するジャーナリズム的でもないが、お許しいただければ、私の感覚的なことを付け加えさせていただきたい。 それは人間の運不運である。彼女の夫、ビル・クリントン氏は極めて運に恵まれた人間であり政治家である。大統領になる選挙期間中も大統領に就任後も、あれほどのスキャンダルに見舞われた米大統領は記憶にない。一時、弾劾の危機にまで直面した。そうした振る舞いに対して共和党を含む一部の人からは激しい嫌悪感が示された。だが、常に明るく陽気に振る舞ったビル・クリントン氏は、経済が好調だったこともあって、そうしたマイナスをものともせず最終的には高い支持率を得て2期8年の任期を終えた。2012年の米大統領選でも現職のバラク・オバマ氏が苦戦する中、夏の党大会でクリントン元大統領は彼を強く支持する演説を行って最も熱い拍手を受けた。今でも世界各地から講演依頼が引きも切らない人気者である。 しかし、彼は回りの人の運を全て奪っているように思えてならない。8年間、副大統領として彼を支え続けたアル・ゴアはビル・クリントン氏の後任の座を狙って大統領選を戦ったが敗れた。その際にはクリントン氏が引き起こしたスキャンダルであったにもかかわらず、「スキャンダルまみれの民主党のホワイトハウス」からの決別というムードが、ゴア氏にマイナスに働いた。ヒラリー・クリントン氏も同様で、スキャンダルの当人であるはずの夫は無傷で、その際のマイナス・イメージを一人で背負わされてしまっている感は否めない。そうした不運が彼女にはついて回るような気もする。 だが、米大統領選はまだ始まっていない。私はクリントン氏の失速についてネガティブな要素を取り上げて説明したものの、クリントン氏は現時点で選挙に必要な人員と資金において万全であり、クリントン氏のこの先の当選可能性を全て否定的に断言するものではない。予想は局面によって大きく変化することを改めて述べておきたい。

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    トランプブームが示す米国民の憂鬱

    青木伸行(産経新聞ワシントン支局長)米大統領選は「人気投票」 ホワイトハウスへの道のりは長い。過酷なサバイバル・レースであり、資金力、組織力、気力の三拍子がそろわないと勝ち抜けない。何より、米国の大統領選挙は「人気投票」という側面が強く、この点が、日本の議院内閣制の下での首相選びとは違うところだ。 民主、共和両党の候補者選びレースでは目下のところ、2つの潮流がある。 一つは、共和党では「不動産王」の異名を取るドナルド・トランプ氏の勢いが止まらず、本命と見られていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事が、支持率の低迷にあえいでいること。もう一つは、民主党の最有力候補であるヒラリー・クリントン前国務長官の支持率が、下降線をたどっていることだ。 政策論争は脇に置き、2つの潮流を、「人気」を推し量る一つのバロメーターである人物評に即してみると、言い得て妙で興味深い。 米キニピアック大学は8月に実施した世論調査で「候補者の名前を聞いて、最初に思い浮かべる言葉は?」という質問を、有権者に投げかけた。答えは、クリントン氏については「嘘つき」「不誠実」「信用できない」「経験」「強さ」―の順だ。 クリントン氏は、長官在任中に私用のメールアカウントを公務に使っていた問題などを追及されており、これまでの釈明を含む対応のまずさと不透明さが、「嘘つき」などのイメージを与えてしまっている。支持率低下の要因も、まさにここにある。元々ある「やり手だが、人間味が感じられず冷たい」といった負のイメージが、メール問題によって増幅されている格好でもある。 逆に、「経験」と「強さ」が売りだが、共和党支持者の間では「唯一の訴求点は、女性であることだけ」という陰口が絶えない。 ブッシュ氏はどうかというと、「ブッシュ」「家族」「正直」「弱さ」「兄」―。父と兄が大統領だったブッシュ氏にとり、「ブッシュ王朝」「エスタブリッシュメント」というイメージを、いかに払拭するかが課題となっている。このため、陣営も「『ブッシュ』ではなく『ジェブ』だ」と、しきりにアピールしてきた。だが、有権者の目には「ジェブらしさ」が映らないようだ。 また、イラク戦争に踏み切り米国に後遺症をもたらした前大統領の兄は、「負の遺産」という側面があり、これを引きずったままだ。 穏健派のブッシュ氏には、保守層の票を取り込むことが大きな課題でもある。しかし、「弱さ」はとりわけ保守層に毛嫌いされ、激しい口調で強硬な発言を繰り返すトランプ氏との対比で、いっそう「弱さ」が印象づけられる結果となっている。「トランプ現象」の秘密 では、トランプ氏はどうだろうか。「傲慢」「自慢」「間抜け」「実業家」「道化師」と、まるでいいところはない。だが、そこに「トランプ現象」の秘密が隠されているといえる。 支持者の間からは「彼の演説は激怒、皮肉、侮辱に満ちているが、型にはまった用意された発言ではなく、自分の言葉で話している」との声が聞かれる。トランプ氏は、極論すれば「アジテーター」に過ぎないのだが、彼を支持することは既存の政治と政治家に対するアンチテーゼだというわけだ。 そうした既存の政治と政治家に対する飽き足りなさは、政治と無縁な元神経外科医のベン・カーソン氏の支持率が、再び上昇傾向にあることにも現われている。 トランプ氏は、いわば不満のはけ口となっており、その中核をなすのが保守層である。連邦最高裁判所が今年6月、同性婚を合憲と判断したことに象徴されるように、米国社会のリベラル化が進んでいるうえ、オバマ大統領は、イラン核合意やキューバとの国交正常化など、立て続けにレガシー(政治的遺産)を手中に収めている。勢い、保守層の間には危機感と不満が鬱積し、これを「怒りのグループ」と称する政治アナリストもいる。 怒りの矛先は、「党内のふがいないエスタブリッシュメント」へと向けられ、その反動として、トランプ氏の支持率を押し上げ、「トランプ現象」が生じていると分析されている。 しかし、トランプ氏への支持は保守層のみならず、穏健層や中間層などに幅広く広がっており、かつて政府機関の閉鎖をもたらした党派対立の先鋭化や、「決められない政治」に対する嫌気感が、根底にあるようにみえる。その意味で「トランプ現象」は、米国の政治が深刻な状況に置かれ続けていることの反映だといえよう。国民に夢を抱かせる候補者不在 オバマ氏はかつて、「チェンジ」を掲げ彗星のごとく登場した。その後、国民の失望を買うことになりはしたが、国民を鼓舞し、国民に夢を抱かせるような候補者は今回、見当たらない。 クリントン氏はオバマ氏との距離感に腐心している。彼の支持率がレガシーの形成に伴い回復基調となり、これを基本的に踏襲するというシグナルを送ることで、自身に対するオバマ氏と国民の支持を引きつけようとしている。一方では、オバマ氏との差別化をどれだけ図り独自色を打ち出せるか、も重要である。 後者についてはクリントン氏の経済政策が、「オバマノミクス」「オバマ大統領のステレオから流れる海賊版レコードのようだ」と評されるなど、オバマ政権の政策に比べ極端な違いはない。 そのうえ、彼女の最たる「参謀」が夫のビル・クリントン元大統領ときては、「3期目のオバマ政権」に加え、「3期目のクリントン政権」と揶揄されるのもうなずける。その分、安定した政権運営が期待できることと、やはり「初の女性大統領」が売りであろう。 クリントン氏にとり気がかりなのは、ジョー・バイデン副大統領の動向だろう。関係筋によると、本人はやる気ありだが、クリントン氏がもう一段、苦境に立たされ民主党内に危機感が高まるかどうかを、見極めようとしているという。 バイデン氏が出馬すれば、オバマ氏はレガシーなどの「継承者」として、バイデン氏を支持する意向だとされ、クリントン氏にマイナスであることは言うまでもない。 クリントン氏には当面、10月に予定されている議会での公聴会を乗り切ることが、大きな課題となっている。トランプ氏の存在は共和党にマイナス 共和党候補者を見渡すと、安定感という点ではブッシュ氏がずば抜けているように思う。ただ、オバマ政権とクリントン氏、そしてトランプ氏に対する攻撃を通じ、前述のように「ジェブらしさ」を強烈にアピールするか、あるいはトランプ氏の“自滅”を待つしか再浮上する道はなさそうだ。 そのトランプ氏については当初から、「候補指名を受ける可能性がない先頭走者だ」(バージニア大学のラリー・サバト教授)といった見方が根強い。 理由は「過去にも率直な物言いの人物が、一定の注目と支持を集めたものの、敗退した例が多くある」(同)こと。さらに「有権者の一部は、不満のはけ口としてトランプ氏を一時的に支持しているにすぎず、彼の大統領としての資質を信頼しているわけではない。支持者はいずれ離反するだろう」(政治アナリスト)という見立てにある。 そうした見立てに反し、仮にトランプ人気が失速しないまま来年2月のアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナ各州などでの予備選・党員集会に突入した場合、「トランプ氏に核のボタンを預けていいのか」という指摘もある中で、支持者が実際に票を投じるのか注目される。米国民の良識が問われるだろう。 また、トランプ氏が無所属となった場合でも、共和党にとっては、ただでさえ複数の保守派候補に分散してしまっている保守票を、奪われる恐れもある。いずれにせよ、トランプ氏の存在は共和党にはマイナスだ。 有力候補者がこの先、米国をどこへ導こうとしているのか。現状ではそれがまだ判然としない。有識者などの間では依然、最終的に「クリントン対ブッシュ」になるとの観測が有力なのだが、その構図のままだとすると、米国民にとってはいささか憂鬱な指導者選びの長期レースが展開されることになる。

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    「東京でシボレー走ってない」のトランプ氏日本叩きは筋金入り

    イボーイ誌1990年5月号のインタビューで、彼はこう述べている。 「日本の科学者は車やVTRを作り、アメリカの科学者は日本を守るためのミサイルを作っている」 「日本人はウォール街でアメリカの会社を買い、ニューヨークで不動産を買っている。(中略)どうみても彼らはこちらをコケにするためだけに法外な金額を払っているとしか思えない」関連記事■ 日本人のSEX 回数はギリシャの29%で快感達成率は伊の41%■ 釜本邦茂氏 メダル取ったメキシコ五輪組はロンドン組より上■ 【キャラビズム】誰でも知っている安くて財産になる二つの単語■ 男性器 日本人は米国人より0.1cm、韓国人より3.4cm長い■ 革命家として活動し39歳で処刑されたチェ・ゲバラの生涯辿る本

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    共和、“トランプ”降ろしも表面化 本格始動した米大統領選

    佐々木伸(星槎大学客員教授) 米国は7日のレーバーデーを契機に次期大統領選の指名争いが本格化始動した。民主党は本命のヒラリー・クリントン前国務長官(67)の勢いに陰りが見え始める一方、共和党は大方の予想を裏切って異端児の不動産王ドナルド・トランプ氏(69)がトップを走り、これを引きずり降ろそうという動きも表面化、早くも波乱含みの展開だ。米政治は来年11月8日の投票日まで大統領選一色に染まる。暴言、放言に人気 いい意味でも悪い意味でも選挙戦を振り回しているのはトランプ氏だ。8月のロイター通信の調査によると、乱立した共和党17人の候補の中で、トランプ氏は支持率30%と、マイケル・ハッカビー前アーカンソー知事(60)の10%、ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事(62)の8%などを圧倒して首位を維持している。 同氏の人気が急上昇したのは、富裕な実業家としての知名度や、手垢に汚れた「ワシントン政治家」ではないことに加え、暴言、放言とも取れる歯に衣着せぬ発言だ。同氏の際どい発言を面白がるメディアが大きく報じ、相乗効果で人気にさらに拍車がかかる、といった具合だ。先月のテレビ討論会は2400万人が視聴、討論会では史上最多を記録した。NYマンハッタンのホテルでトランプ氏の登場を待つ支持者たち(Getty Images) そうした発言の第1弾はメキシコからの移民を「レイプ犯」などと決め付けたことだ。差別的な発言に少数派から強い反発を受ける一方、この率直な物言いを一部の白人が喝采した。 また党の重鎮であるマケイン上院議員を批判、同議員を擁護した同僚の議員に怒って、その議員の携帯電話番号を公の場で発表するという信じられない行動にも出た。さらに討論会の女性司会者から厳しい質問を受けたトランプ氏は「彼女の目に血が見えた。どこであれ血が出ていた」と生理を示唆したとして問題になり、女性団体から非難された。 トランプ氏は相次ぐ黒人の暴動についても、「法と秩序」を強調して白人警官の暴力を「99.9%正しい」と正当化、白人の偏見にアピールするような発言を繰り返し、ライバルで、メキシコ人の妻を持つブッシュ元フロリダ州知事がスペイン語を話すことに疑念を投げ掛けた。 日本や中国に対しても米国の雇用を奪っているなどと口を極めた敵視発言を繰り返し、今月に予定されている中国の習近平国家主席の国賓としての訪米をキャンセルするようホワイトハウスに要求した。もはや党の害毒 一方でトランプ氏に同調の動きも 当初はこうしたトランプ氏の人気はすぐにも失速するという見方が大勢だったが、父親と兄が大統領という「ブッシュ王朝」出身のブッシュ氏らが支持率を下げるのを尻目に、各種の世論調査で高い支持率を維持。この事態に共和党の一部は大慌てで“トランプ降ろし”に乗り出し始めた。 共和党が懸念しているのは、トランプ氏の差別的な発言などが党としてのイメージを著しく悪化させ、このままでは本戦で民主党候補に惨敗を喫しかねないからである。米有力紙の調査によると、トランプ氏を「好ましくない」とする人が80%を超え、黒人、ヒスパニック系の有権者で「支持する」とするのは15%しかいない。仮に本戦でクリントン氏との一騎打ちになった場合は大敗するという結果だ。 もう1つ、党が憂慮しているのが他の候補者がトランプ人気に後れを取るまいとして、同氏の主張に同調するような動きを見せていることだ。例えば、黒人の暴動に対する主張は、トランプ氏の白人警察官擁護にクルーズ上院議員やウオーカー・ウイスコンシン州知事らの候補者も賛同するような発言を展開し始めている。 共和党は前回の選挙で、黒人やヒスパニックなど少数派からの支持の取り込みに失敗、この反省に立って今回の選挙では、少数派も重視した政策や主張を前面に出すはずだった。ところが、差別発言や少数派に厳しいトランプ氏の言動がこうした党の政治的思惑を大きく狂わせてしまった。 党の指導部や戦略立案者らの間では、トランプ氏の挑発的な言動がもはや共和党にとって害毒になっているとの見方が急速に強まり、保守派の一部団体は同氏に反対する広告キャンペーンを開始しようとしている。しかし本人は否定しているものの、党内の反発が広がれば、トランプ氏が脱党して第3党を作るというシナリオも現実味を帯びてくる。“トランプ旋風”がこのまま吹きまくるのか、それとも消えてしまうのか、長丁場の大統領選の大きな焦点だ。ささき・しん 星槎大学客員教授。共同通信社客員論説委員。ベイルートやカイロ支局長を経て外信部副部長、ニュースセンター長、編集局長などを歴任。

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    「実演されている米国流民主主義」米大統領選挙から何を学ぶ

    岡光序治(会社経営、元厚生省勤務) 来年11月の大統領選挙に向けいまアメリカでは共和党の討論会が始まり、10月には民主党のそれもスタートする。 現在は候補者絞り込みの“Vetting process”。それぞれの政党がもっともふさわしい候補者を選ぶためであるが、特定の立候補者に献金しようとする個人や団体が献金の無駄回避のためも含め、いわゆる「身体検査」=候補者適格審査の進行中。 キャンペーンや集会などにおける立候補者の主張や討論の際の発言、質問への回答などが判断材料となり、世論調査が行われ、その時点での各党における各候補者の支持状況がわかる。8月末時点での各党のフロントランナーは、民主:クリントン(州によっては、サンダース)、共和:トランプの各氏である。 これから何が起き、どう展開するのかを予測するのは難しい。誰が各党の大統領候補に指名され、選挙結果がどうなるか、わからない。しかし、大統領選出に向けての壮大なプロセスからは、アメリカ流の民主主義や「政治」を学ぶ多くの材料が提供されているように思う。日本に居て知りうるアメリカで流れているニュースをもとに―自分の英語力の限界を感じつつも、現状の一端を述べてみたい。 論争の争点は、経済・財政、外交、移民・女性など広範にわたっている。いくつか具体例を挙げると、オバマケア(低所得者層が民間保険を購入する際に連邦政府が補助金を出す皆保険制度)、TPP、金融規制改革法(ドト・フランク法)や経済成長の数値目標、イランとの核合意、キューバとの国交回復、ロシアや中国への対応、不法移民問題、女性の妊娠中絶をめぐる問題、地球温暖化対策、教育改革、所得格差是正など。 政治的にはoutsiderでstraight-talkerといわれているトランプ氏が多くの共和党支持者の支持を取り付け、共和党のfrontrunnerとなっていることがとても興味を引いている。Email疑惑で支持を失いつつあるクリントン氏との対比で考えると、トランプ氏の正直さが支持を得ている大きな理由の一つと言えそうだ。クリントン氏のEmail問題 同氏は、国務長官時代、official accountとprivate accountとを使い分けないで“convenient”(本人の発言)だから個人アカウントだけを使った、何も間違ったことはしていない、と言っている。  国務省が認めたところによると、それは55,000ページあるとのこと。同省は、逐次、発表しているが、近時、そのメールのうち7,000ページを公表し、国務省Mark Toner氏は約150通は”classified”(機密扱い)と認定されたと言っている。クリントン氏は、いかなるclassified emailも送受信していないと否定しているが…  Emailを把握し、政府内の情報機関が内容チェックし、公表する役所のあり方に感心するー日本の霞が関では想定できない。  市民は、彼女が完璧にhonestとは信じられない、と言うし、批判者は、公的なアカウントを使わないことにより彼女のメールが野ざらしとなり(機密が保たれず)、ハッカーや外国のエージェントの好餌になったと非難している。(クリントン氏がprivate accountのみの扱いにしたのはオバマ氏にその内容を知られたくなかったためであると報道しているメディアもある。)  最近の世論調査では、クリントン氏は5月以来民主党支持者の約20%を失ったと言っている。(このニュースは9月1日付VOA) Emailがこんなにも問題視されるのは、ネット社会になっている証左ともいえる。誰もがのぞき見されたり、突然に”炎上”の対象となったり、密かに対抗手段を講じられたりする。 我々は成熟した自由な社会に生きている。誰もが自由に発言できるはずだ。しかし、今の日本では、特に有名人になれば、その一言や発言の一部が取り上げられ、メディアやネットの集中砲火を浴びる危険が高い。その結果、多くの人が八方美人的発言しかしなくなっている。 この視点から、アメリカの政治現象を見ると、「政治」の世界だからなおさらかもしれぬが、歯に衣着せぬ発言が飛び交っている。  特に、トランプ氏はbillionaireで自分のキャンペーンは自身でファイナンスできるので、つまりdonorsの献金に頼る必要がなく、献金者―特に大型献金する大企業などへの義理立てや遠慮は無用の立ち位置に居て、自身の信念を正面から言える。(トランプ氏の出現はアメリカにおける政治献金やロイビストの在り様を問いかけているのかもしれない。)アメリカ国民、恐るべし! 大統領選挙を通して実演されているアメリカ民主主義から学ぶべきものが多くあるように思う。 民主主義を論ずるなら、お互い発言に対する寛容さを保ち、うそを言わず、なじるのではなく合理性に基づいて正面から論じ合う率直さを共有し、公開し、問題を自ら受け止め、自分の頭で考え、その考えに基づき自ら行動する当事者性・自律性と責任を持ちたいと、痛感するものである。(「先見創意の会」コラムより2015年09月22日分を転載)※ 先見創意の会 最新のコラム/オピニオン/海外トピックス

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    林忠彦、黄金期のアメリカを歩く

    光田由里(美術評論家)《徳間書店『AMERICA 1955 林忠彦写真集』より》 ただ一度のアメリカ 1955 年のアメリカ。第二次大戦で疲弊したヨーロッパをよそに、戦場とならなかったアメリカは、まさにゴールデン・エイジと呼ぶべき繁栄を謳歌していた。それまでヨーロッパの伝統には遠く及ばないと、自他ともに低く評価されていたアメリカ文化が、独自の輝きを放って世界に伝播しヘゲモニーを握り始めるのがこの時代である。 一方で、日本は敗戦後10 年が経過してようやく人々の生活が安定し始めてきたものの、当時1ドル360 円の固定相場で、海外渡航は大幅に制限されていた。当然ながら敗戦国意識が強く残っていたこの時期に、写真家・林忠彦(1918-1990)は戦勝国アメリカに飛んだ。ニコンS2と大口径レンズを与えられ、林が日航機で太洋を横断して、ロサンゼルス、ニューヨーク、ハワイをかけめぐり撮影した写真があったことは、長く忘れられてきた。Copyright (C) 林忠彦. All Rights Reserved. 林忠彦は敗戦まもない時代に、東京の人々の生々しい傷としたたかなエネルギーを撮った写真家として、記憶され歴史に残されている。彼のただ一度の渡米は見過ごされがちだったが、当時、アメリカを撮りえた写真家は数少なく、写真雑誌を中心に次々発表されたこれらの写真は話題を呼んでいた。 その仕事が戦後70 年を経て、新たに編まれ、ここに1 冊にまとまった写真集として出版される。わたしたちは林のレンズがとらえたアメリカを、初めてまとめて眺めることができるわけだ。 この『AMERICA 1955』を開く時、わたしたちは彼の代表作『カストリ時代』(※)と見比べないわけにはいかない。まずは10年の時をはさんで戦勝国と戦敗国の光と影の対照を見るだろうか。 あるいは短い異国の旅のスナップと、運命共同体の一員ならではの練られた視線の、状況の違いを指摘するむきもあるだろう。逆に、アメリカでもあくまで市井の人たちに興味を抱き人間性に対等に共感しようとした彼の、どこを撮っても変わらぬ持ち味を知るという発見もある。 現在から見返せば、70 年の時の経過は確実に「戦後」を遠くに置き、ここに写る人たちのほとんども写した作家ももはやいない。遠い時をこうして何度でも甦らせるのが写真の使命でもある。こうしたことをすべて含めて、この本は写真家・林忠彦の仕事を改めて見なおす機会になることだろう。カストリ時代 林のカメラは第二次大戦敗戦まもない東京の、焼野原に生きる人々を活写して時代の肖像を作り上げた。 自身も北京からの引揚者だった林は、焼け跡となった東京にひしめく、帰還兵、孤児、家を失った人たち、食べ物や仕事をもとめる人たちの群れにレンズを向けた。ようやく帰国しても故郷の徳山(現在の周南市)に落ち着くことができず、あてもないまま上京した林は、1946 年の群衆のなかの一員だった。非常事態の、ダイナミズムをもった人間ドラマに林は共感せずにはいなかっただろう。借り物のカメラを抱えて、すすけた衣服で空腹をかかえた人たちを追って上野、新橋、銀座、四谷と東京を駆け巡り、彼らが発する不思議にポジティブなエネルギーを、林は見事に撮り押さえていったのだった。これらをまとめてのちに出版した写真集に、『カストリ時代』という名がつけられたのは、いかにも彼にふさわしかった。 カストリとは、物資欠乏中の敗戦直後、ちまたで飲まれた質の悪い、カストリ焼酎から由来する言葉だという。「粕取り」でつくった焼酎には問題ないそうだが、ヤミ酒を毎晩飲み続けた林に言わせると「まったく鼻をつまんで飲まなきゃ飲めないような、なんでできたかわからないような、ただアルコール度が強いだけの酒だった」らしい。こうした粗悪な焼酎は、3 合飲めばつぶれる、ということから、まず3 号ほどで廃刊になってばかりいる当時の大衆雑誌を指すようにもなった、という定説がある。 当時の俗流雑誌が総称して「カストリ雑誌」と呼ばれたのは、質の悪い紙にセンセーショナルな言葉を掲げた雑誌がいくつも発刊されてはすぐに廃刊になり、また別の雑誌が次々登場するという、敗戦直後の空前の出版ブームが背景だった。物資欠乏中ではあっても、戦時中に読み物に飢えていた人たちの欲望が堰を切ってこれらを求めた。林が撮り進めた市井の人たちの焼け跡生活は、こうした雑誌を飾って人々に共有されたのである。カストリ酒をあおりつつ、酒場を事務所代わりにして編集者らと連絡を取り、カストリ雑誌に次々写真を提供していったエネルギッシュな林忠彦。まさにカストリ時代を体現した写真家だった。 土門拳を中心に展開した「リアリズム写真」は有名だが、戦災者たちの敗戦風俗を撮るという共通点において、林忠彦のほうが3年ほど時代を先んじている。林の敗戦後の初動は早かった。しかも彼の写真の魅力は、わかり易く強調された、一種のドラマ性にある。その魅力のあり方は、林の「カストリ」と土門の「リアリズム」の違いでもあるだろう。時に仰角を使って子どもを背負う母親と焼け跡背景にモニュメント性を加え、あるいはともに笑いながら犬と遊ぶ少年たちのポーズを撮って、1 カットのなかに見どころを作り上げる。読者たちと写される人たちを、同じ地平の上で彼のカメラはつなごうとする。林の持前のサービス精神が、強靭な写真的造形力をともなって、幅広い人たちに強い訴求力を発揮する写真を生み出した。林はおそらく意識的に、彼の写真を人間ドラマとなるよう磨いていった。1 枚の写真のなかにストーリーを読み込めるようしつらえた彼の写真は、映画のスティルのようである。 林忠彦の浩瀚な伝記を書いた岡井耀毅は彼の手法を「林独特の手法となる環境セッティング写真」(『評伝 林忠彦』)と呼んで、「その人物の個性を周囲の環境の中にとらえる手法で、状況に応じて適宜注文をつけて一種の“ 演出” の下に撮り収めるのである」と説明した。これは林が有名な織田作之助、太宰治の傑作ポートレートを酒場で撮って、文士たちの肖像シリーズというライフワークを始めた1947 ~ 48 年頃のスタイルを指した説明であるが、少なくとも「アメリカ」以前の林の写真全般にあてはまる方法だといえるだろう。その人自身のリアルな状況のなかで人物を撮るのは、グラフ雑誌の取材方法でもある。ストーリーを受け取りやすく状況に託し、シャープな造形のなかに人をすばやくとらえる林の腕前は、抜きんでていた。アメリカで狙ったもの さて、戦後10 年で人気写真家となった林忠彦は、いよいよミス・ユニバース日本代表選考の東京大会の撮影会に加わった。参加した11 人の撮った写真が審査され、ミス日本の世界大会出場を取材する特派員が選ばれるのだ。林は審査会で圧倒的多数票を獲得して選出されたという。メーカーからカメラとレンズの支給を受けて、ミス日本とともにカリフォルニア、ロングビーチに渡ったのは1955年の7月のことだった。カストリの写真家が戦勝国・アメリカに飛んだのである。 帰国後に雑誌によせた「滞米写真」を見ると、林はやはり、人間を撮る写真家なのだとわかる。1955 年、ゴールデン・エイジのアメリカ人たちのくつろいだ素顔にせまろうと、写真家が身を乗り出しているのがわかる。 日本は1952 年までアメリカ軍(名目上は連合国軍)の占領下にあった。US ARMY のGI たちは東京のちまたに溢れていたのである。林のカメラは占領軍の軍服を着た人たちの、街での姿を写してもいた。勤務から一歩離れた彼らの、私人としての顔を林はねらっていたように見える。それから10 年近くがたってついに占領が解かれたのち、林は幸運にもアメリカの地を踏んで、異国に送り込まれた軍人ではなく、ふつうに暮らす、アメリカの市井の人たちの素顔にせまろうと努めたのだった。 巨大な都市、すべてにおいて日本よりはるかに近代化されてみえるニューヨークの街を、慣れない様子で歩き始める林忠彦。「このなかからヒューマニスチックなものを拾いだすのには相当期間滞在しなくては、とつても撮れるものではないと痛感した」(林忠彦「アメリカ撮影日記」『サンケイカメラ』1955 年11 月号・原文ママ)とため息をつきながら、林は街にもぐりこもうとする。ボヘミアンの街、グリニッジ・ビレッジに惹きつけられ、友人をみつけて酒を飲みに通う。あるいは週末のコニーアイランドのにぎわいに驚きながら、夢中でシャッターを切ったのも、にわか雨に驚いたひとたちがふと無防備に見えたからではなかっただろうか。すべりこめる街のふところのようなところを彼は求めていた。 日本の敗戦風俗で名を上げた林が、アメリカ市民たちの人間臭い日常を撮ろうと走ったこの同じ年、ニューヨーク近代美術館では、有名な写真展「ザ・ファミリー・オブ・マン」展が開催されていた。 林が到着したときにはすでに会期は終了していたから彼がそれを知っていなくとも不思議はないが、翌年の1956 年、東京・日本橋髙島屋を巡回会場にして大々的に開催されたときは、話題くらいは聞いたはずである。 「ザ・ファミリー・オブ・マン」展は、ニューヨーク近代美術館の写真部門責任者、エドワード・スタイケン(1879-1973)がキュレーションを行った、有名な展覧会である。世界中の人たちの誕生、愛、争い、死などの生の営みを500 点あまりの写真で総合的に見せる壮大な企画で、当初68 か国から約300 人の写真家の作品を集めた。建築家・丹下健三の協力の下、大小のパネルに仕立てた写真を空間全体を使ったインスタレーションに仕立てたのは、1930 年代から各地博覧会で行われた写真壁画の展示を発展させたものといえる。世界各地、広い時代スパンで人間ドラマを網羅的に編集し、個々の写真家はほぼ匿名の扱いだった。雑誌を主な発表媒体に仕事をしていた林忠彦にとっては、写真を展示すること自体も、同展の方法や写真の扱いも、まるで異質に思えたかもしれない。 日本に巡回したときは、幾人かの日本人写真家の作品も加えて展示されたものの、林は関与しなかった。しかしながら同展のテーマ「人間家族」は、林がアメリカで行おうとしたことと、意外に近いのではないだろうか。かつての敵国に日常を生きる人たちがいることを実感しようとし、彼は『カストリ時代』でそそいだ被写体への共感を異国でも奮い起こそうとしたのだった。 対照点としての『AMERICA 1955』は、こうしたことに気づかせてくれる。林忠彦のもう一つの重要作品といえるだろう。※1980 年、朝日ソノラマ発行。敗戦後まもない日本のスナップを集めた、林の代表作。みつだ・ゆり 美術評論家。西宮市生まれ、京都大学文学部卒業。近現代美術史および写真史を専門とする。渋谷区立松濤美術館学芸員をへてDIC 川村記念美術館学芸課長。著書に『Words and Things: Jiro Takamatsu and Japanese Art 1961-72』(DaiwaPress)、『高松次郎 言葉ともの─日本の現代美術1961-72』(水声社)、『写真、芸術との界面に 写真史 一九一〇年代─七〇年代』(青弓社、日本写真協会学芸賞)ほか。主な展覧会カタログに『The New World to Come Experiments inJapanese Art and Photography 1968-1979』(Museum of Fine Arts, Houston,Yale University Press)、『A New Avant Garde Tokyo 1955-1970』(ニューヨーク近代美術館)、『野島康三 作品と資料』(美術館連絡協議会優秀カタログ賞)、『安井仲治写真集』(共同通信社刊、倫雅美術奨励賞)ほか多数。

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    もう戦争は終わった-その平穏にこそアメリカの豊かさがある

    の高橋敬緯子と、その隣りの林忠彦。二人の笑顔が明るく、晴れがましい。 昭和30年(1955)。日本にアメリカ文化は押し寄せてきていたが、当時、実際にアメリカに行くことが出来る人間は限られていた。だから、この時代、飛行機のタラップで手を振る姿は、特別な、誇らしいものだった。海外旅行が当り前になってしまった現代ではもうよほどの大スターでもなければこういうことをしないが、アメリカが遠かった時代には、特別な儀式だった。 林忠彦が乗り込む飛行機は、日本航空のもの。戦後、日本は連合国軍(実際はアメリカ)に占領されていた。自国の航空会社を持てなかった。ようやく日本航空が設立されるのは、対日講和条約が調印された昭和26年(1951)のこと。翌年、対日講和条約が発効し、日本は占領時代を脱し、独立国に復帰する。もうオキュパイド・ジャパンではない。 羽田空港が国際線の空港として再出発するのが昭和30年の5月。林忠彦は直後の7月に新しいターミナルビルから日本航空の飛行機に乗り込んだ。 タラップの出発風景をとらえたこの一枚の写真の背後には、そうした新しい日本がある。日本の社会はようやく戦後の混乱期を脱し、復興に向かっている。翌年には経済白書が「もはや戦後ではない」と謳う。Copyright (C) 林忠彦. All Rights Reserved. タラップの林忠彦の笑顔には、新しい時代の明るさを感じさせる。ミス・ユニバースに代表を派遣する。日本の社会にも余裕が生まれてきている。 今回、林忠彦のアメリカ滞在中の写真をまとめて見たが、まず何よりの特色は、明るいことだろう。季節が夏ということもあって陽光はまぶしいし、人々の表情も屈託を感じさせない。カメラを覗く林忠彦自身の気持が明るいからに違いない。 「遠いアメリカ」「憧れのアメリカ」に来ている。その高揚した気分がどの写真にもあふれている。はじめて目にする豊かな社会に対する驚きが想像以上に大きかっただろう。確かに表面的な写真ではあるが、あの時代、はじめてアメリカに足を踏み入れた人間として、まさにその表面にこそ魅了されている。ニューヨークの表面というべきショウウィンドウの写真など、「ぴかぴかのアメリカ」に驚嘆している当時の一日本人の初々しさを感じさせる。 ついこのあいだまで、焼跡と闇市のカストリ時代を体験した林忠彦が、豊かなアメリカに圧倒されたことは想像に難くない。後年、こう語っている。「飛行機がサンフランシスコ上空にさしかかった途端に、こんなに裕福な国と戦争をしたのか、無謀なことをしたものだと愕然としたよ」(岡井耀毅『評伝林忠彦』)。正直な感想だろう。芝生で若い夫婦が幼ない女の子とくつろいでいる写真がある(p.15)。ロングビーチだろうか。女の子が母親とキスをしている。芝生に寝そべっている父親がその女の子を抱き上げている。微笑ましい。偶然見かけた家族を撮ったものだろうが、林忠彦の得意とした「演出写真」のようにも見える。 この写真には、明るさがあふれている。実際、1950年代のアメリカは第二次世界大戦の勝利国として明るく、豊かな「グッド・イヤーズ」を謳歌していた。ドルは世界でいちばん強い通貨だった。 アメリカは1929年の大恐慌以来、経済不況、そして第二次世界大戦とハードな時代を体験してきた。それがようやく終わって、平和が戻ってきた。 とくに1953年に朝鮮戦争が事実上終わってからは、アメリカ社会は世界に類のない繁栄を誇った。他方で、冷戦の脅威はあったが、経済的には順風満帆だった。当時のアメリカ人が何よりも大事にしたのが家庭だった。戦争から戻ってきた若者たちが結婚し、新しい家庭を持った。子供を作った。いわゆるベビーブーマーの時代である。 若い夫婦と子供の写真には、50年代アメリカの明るさ、幸福がある。この家族はもう一枚の写真にも登場している(p.15)。郊外住宅地のささやかな家にビニールのプールを置き、夫婦が幼い女の子を遊ばせている。これはもしかしたら「演出」がほどこされているかもしれないが、林忠彦が、アメリカの明るさの核に家族の幸福を見たことは確かである。 アメリカの豊かさは、物質的なものだけだったわけではない。もう戦争は終った。若者たちが故郷に戻ってきた。そして家庭を持った。その平穏にこそアメリカの豊かさがある。 日本でものちに放映されるアメリカのテレビのホームドラマ、「パパは何でも知っている」や「うちのママは世界一」が大人気になったのは、当時のアメリカ人が、家庭こそ幸福の場と考えていたからに他ならない。 林忠彦はそこを正確にとらえている。この若い夫婦は、決して金持ではないだろう。それでもなんと幸福そうなことか。 ニューヨークに行っても、林忠彦の目は家族に向けられる。通りをうしろ姿を見せて歩く家族連れ。買い物帰りだろうか、この家族も金持ではないだろうが、ささやかな休日を楽しんでいる様子がうかがえる。 公園のブランコで遊ぶ三人の子供をうしろから撮った写真も動きがあっていい。大都市のなかで子供が遊んでいるのは、その町が安全なことをあらわしている。また、50年代のアメリカが子供を大事に育てていたことのあらわれでもある。 夏のニューヨークの風物詩だった、消防用の水で子供たちが裸になって遊ぶ姿も幸福感にあふれている。屋台の並ぶ庶民的な通りを、四人の子供たちが手をつないで歩いてゆくところをうしろから撮った写真も可愛い。あるいは、若い母親が双子をベビーカーに乗せて歩いている写真。現代のニューヨークにこんなに子供がたくさん観られるかどうか。 林忠彦はさらにコニーアイランドにも足をのばす。ニューヨーク市ブルックリン区南端の大西洋に面した砂浜の大遊園地。 19世紀になってからニューヨークの人間たちの夏の遊び場所としてにぎわうようになった。東京における湘南海岸にあたる。一説にホットドッグはここから人気が出たという。 何よりもここは、家族の憩いの場所である。子供連れが夏の休日を過ごす。林忠彦は、ここで自身、休日を楽しむような明るい気持でさまざまな人間をとらえている。 玩具の銃を構える女の子。名物のボードウォーク板張りの遊歩道)を歩く若いカップル。砂浜で寝そべる若い四人の男女。降り出した雨の中を走る黒人のカップル。ワンダー・ホイール(大観覧車)と、その乗車券を売る男。ベンチで休憩中の黒人の男の子(左手に靴磨きの道具が見える)。 ここにはのち1960年代にあらわれてくる「病めるアメリカ」はない。まだ平穏なアメリカが林忠彦によってとらえられている。降り出した雨もすぐに止むに違いない。林忠彦は、いちばんいい時期のアメリカに行き、「グッド・イヤーズ」を見たことになる。 冷戦の緊張はあったものの、アメリカには中産階級という社会層が生まれ、小市民の暮しを慎ましく楽しんでいる。当時の大統領、共和党のアイゼンハワーは第二次世界大戦の英雄とはいえ、退役軍人であり、「いつもゴルフを楽しんでいる大統領」と愛されていた。愛称をもじって「アイ・ライク・アイク」が選挙のキャッチ・フレーズとなり、二期を務めた。 林忠彦は、若い夫婦や家族の姿に、50 年代の良きアメリカの幸福を見ている。そこには日本人としての羨望の思いもあっただろう。 写真のなかのアメリカ人は、大金持でもないし、極端に貧しくもない。ごく平均的なアメリカ人と思われる。林忠彦は彼らにこそ共感している。当時の日本には、まだ彼らのような普通の中産階級が育っていなかったのだから。 少しく驚く写真がある。コニーアイランドの通りを黒人の母親が二人の女の子を連れて歩いている。三人ともおしゃれをしているのは、休日のおでかけだろう。この写真に驚くのは、50年代のアメリカは黒人差別が強かったから。それでも、こういう黒人の家族のおでかけがあった。その当り前さは、前述した、雨に降られてあわてて走り出した若い黒人のカップルの写真にもあらわれている。Copyright (C) 林忠彦. All Rights Reserved. 明るいアメリカ。幸せなアメリカ。もしかしたらアメリカ人の写真家よりも、日本からやってきた、かつての敵国の人間である林忠彦のほうがはるかにそれに敏感だったかもしれない。アメリカ人から見れば、あまりに当り前で普通に見えたことが、ついこのあいだまでカストリ時代を経験した敗戦国の人間には、とても貴重な、特別な風景に見えた。 無論、アメリカのかげりを感じさせる写真も何点かはある。「ヒロシマ」と書かれたプラカードを持った平和運動らしい小さなデモ。ホームレスか、あるいは酔払いか、上半身裸で路上に座り込んでいる男。左足が義足の老人(p.103)。公園のベンチで眠り込んでいる黒人の若者。山積みになった廃車(車の墓場)。 ただ、林忠彦は、それを社会派風に「このアメリカを見よ」と大仰にはとらえていない。あくまでも、これも普通のアメリカのひとコマだとしている、カメラと被写体とのあいだに穏やかな距離感がある。覗いてもいないし、冷たく観察しているのでもない。いわば自分もまた町を歩く一人の歩行者として自然にとらえている。 まだアメリカが遠かった時代に、圧倒的な大国に行き、これだけ普通の感覚を保ち続けていたことに驚かされる。かわもと・さぶろう 評論家。1944年、東京生まれ。東京大学法学部卒業。朝日新聞社を経てフリーの評論家に。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日集」私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『マイ・バック・ページ』、『いまも、君を想う』、『サスペンス映画ここにあり』など多数。また訳書にトルーマン・カポーティ『夜の樹』、『叶えられた祈り』などがある。  

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    米中蜜月の終わり

    「世界の警官はやめた」。アレレッ!? 米国って“風に立つライオン”じゃなかったの!?

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    次世代に誇りある国を残すために 新たな日本へ脱皮必要

    衛協力のための指針(ガイドライン)」を見直し、安保法制の整備を明言し、力を発揮しようとする強い日本がアメリカにとっての国益だと判断したからであろう。 アメリカの影響力はかつてない程、低下した。世界の警察ではないと宣言したアメリカの眼前で、中東ではISIL(イスラム国)らテロリスト勢力が跋扈(ばっこ)する。オバマ大統領のイランとの交渉は、イランの核保有につながるとして、サウジをはじめ、アラブ諸国との間に深刻な溝をつくった。欧州諸国は中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加入した。ロシアも中国も力の外交に踏み切り、強硬路線を変える兆しは見られない。 このような中で、いま、アメリカにとっての唯一の選択が日本との緊密な協調関係なのである。アメリカが強い日本を必要とするように、日本もアメリカを必要とする。両国の国益がぴったり合致する中で新しい関係が生じているのだ。 中国も事態を的確に把握している。5月26日発表の国防白書で、中国の安全にとっての「外部からの阻害と挑戦」は、日本の安保政策の転換と、地域外の国、つまりアメリカの南シナ海への介入だと明記した。中国政府が公式文書で仮想敵として日米を具体的に示しているのである。 国際政治の大きな潮流としてこのような構図が生まれているとき、日本はいかにして自国を守り、国際社会の平和構築に貢献できるのか。 5月30日、シンガポールの「アジア安全保障会議」で、アシュトン・カーター米国防長官は中国名指しで、「直ちにかつ永続的に(南シナ海での)土地の埋め立てをやめるべきだ」と批判した。中国人民解放軍の孫建国・副総参謀長は翌日、岩礁埋め立ては「軍事、防衛上の必要性を満たすため」だと反論した。 初めて正式に、南シナ海の埋め立てが軍事目的であることを認め、中止する気はないと言明したわけである。 強気の中国は、アメリカ軍に対する抑止力も着実に向上させつつある。シンクタンク『国家基本問題研究所』企画委員、冨山泰氏の指摘だ。 5月21日、中国空軍の最新鋭爆撃機H6Kが沖縄本島と宮古島間の宮古海峡上空を通過し、西太平洋上で日帰り訓練を行った。同機の巡航ミサイルは核弾頭搭載も可能で米軍のアジア戦略の重要拠点グアムを攻撃する能力を持つ。アメリカが南シナ海に介入するとき、中国はグアムを叩(たた)く能力を手にした。 アメリカにとって深刻な危機であり、アメリカ軍の行動が制約を受ける可能性は否定できない。それでもカーター国防長官は、現在、中国の人工島の12海里外で行っているP8対潜哨戒機による偵察行動を、12海里内で展開する可能性を強調する。海洋の自由と法治を掲げるアメリカには一歩も引く気配はない。 中国とアメリカの主張がまっ向からぶつかり、相互に軍事力を誇示するこの緊張は戦後最大の危機といってよいだろう。 これが日本にどう関わってくるのか。カーター長官は「同盟国およびパートナー」との協力で対中抑止力を構築するとして、中心軸に3カ国による協調、日米豪、日米韓、日米印の協調を挙げた。いずれの場合も日米が基軸となっており、アメリカのみならずアジア全体の日本に対する信頼が窺(うかが)える。 カーター長官はまた、ベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシアとの多層的な軍事協力に触れて、アジア全体で、国際規範を逸脱した中国に抑止力を効かせる意図を強調した。 日本がすべきことは何か。激しく変化する国際情勢と中国の脅威をまず、明確に見据えることだ。そのうえで、アメリカもアジア諸国も自立した強い国としての日本に期待していることに気づきたい。 国会論戦でガイドラインの見直しと安保法制の整備を国民への説明もなくアメリカで約束したのはおかしいと民主党は論難する。だが、ガイドライン見直しは民主党政権のときに始まったのではなかったか。 中国の脅威に国際法と外交で対応できる状況を創り出すためには逆に十分な軍事力が必要である。いま、そのことを学び、現実に根ざした安全保障政策を駆使する日本へと、脱皮するときである。さくらい・よしこ ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長。1945年ベトナム生まれ。米ハワイ大学歴史学部卒。米クリスチャンサイエンスモニター紙東京支局などを経て80年から96年まで日本テレビ『NNNきょうの出来事』メーンキャスター。著書に『気高く、強く、美しくあれ』(小学館)、『中国に立ち向かう覚悟』(同)など。2010年正論大賞受賞。

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    ワシントンで「いかに日本人が理解されていないか」を痛感した

    葛城奈海(キャスター、女優) 「韓国や中国のロビー活動がすごい」という話は、よく耳にする。だが、日本にいる限り、一民間人がそれを体感する機会はなかなかないのではないだろうか。 私は昨年12月、米ジョージタウン大学「日米リーダーシッププログラム」という研修に参加するため、ワシントンDCを訪れた。ブッシュ政権時代にホワイトハウス高官だった面々を講師に迎え、安全保障やリーダーシップについての講義を受けた。連邦議会議事堂特別ツアーや、シンクタンクでのランチミーティングなど、硬軟織り交ぜたプログラムは刺激も充実感もたっぷりだった。 そんな中、特に印象的だったのが、「いかに日本人が理解されていないか」を実感したことだ。 ヘリテージ財団で昼食会が行われたときのこと。われわれが案内されたのは、皮肉にも「韓国ルーム」だった。壁には寄付者とおぼしき韓国人の肖像画が掲げられ、米韓の友好を示す写真もたくさん飾られていた。 そこで、ホスト役の米国人は「何かあったとき、われわれは韓国人が何を考えるかは分かるが、日本人がどう思うかは分からない」と語った。日本人との人材交流も、日本からの寄付も極めて限定的だという。 その言葉を裏付けるかのように、こんな質問を受けた。 「野田佳彦前首相は、愛国心に目覚めて尖閣諸島(沖縄県)を国有化したのではないですか?」 ヘリテージ財団といえば、石原慎太郎元都知事が「日本人が日本の国土を守るため、東京都が尖閣諸島を購入することにした」と宣言した場所である。そこで、このような質問を受けたことに、尖閣への思い入れも強い私としては少なからず衝撃を受け、こう応じた。 「それは違います。野田前首相は、東京都が購入したら中国と大騒ぎになると恐れ、事なかれ主義で国有化を決めたのだと私は理解しています」 米国の知識人にさえ、これほど日本が理解されていないのだと痛感した。一般の米国人に至っては、日本人と中国人、韓国人の区別がつかない人も多いという。 ちょうどDC赴任中の通信社勤務の友人とも会ったが、彼女も「中国人は嫌われているけれど、何を考えているかは理解されている。日本人はニコニコしているだけで何を考えているのか分からないと思われている」と話していた。 白状すれば、私はそれまで米国の覇権主義が鼻につき、積極的に米国と関わろうとはしてこなかった。だが、この訪米でそれを猛省した。交流することと、媚びることは違う。 「ロビー活動」というと、日本人は何かオドロオドロしい印象を抱いてしまいがちだが、そんな大げさものでなくてもいい。一民間人が自分の思いを伝えるだけでも、何も伝えないのとはまったく違うのだ。

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    不可解で危険な中国の言い分 米国による平和は維持できるか

    などとは言わない。10年後に国際問題の分析者は、シャングリラ・ホテルで開催されたあの会議が、パクス・アメリカーナ(米国による平和)維持に成功したか、あるいはパクス・シニカ(中国による平和)への転換点だったかを決める重要な会議だったと公平な評価を下すに違いない。どこの国が何を仕掛けているのか。日本の立場はいずれにあるのか。その見分けもつかずに「米国の戦争に巻き込まれる」など、低次元の議論に熱中している日本の一部国会議員に、鉄槌(てっつい)が下される日も遠くないと確信する。 カーター米国防長官が会議で行ったスピーチの全文を読んでみたが、感情を抑えつつ緻密な対応が網羅された見事な演説だった。長官はまず問題の平和的解決のために、中国を初めとした関係国すべての埋め立てを中止するよう求めた。第二はあらゆる国が持っている航行、飛行の自由の原則を守れとの要求である。第三は中国が南シナ海で進めている行動は国際法と規範に反するとの指摘だ。 2011年秋に打ち出されたアジアに軸足を移すピボット政策、あるいは勢力均衡を調整するリバランス政策はあってないような状況が続いていたが、米国は軍事、外交、経済面でアジア太平洋に長期にわたって関わり続けることを約束した。不可解で危険な中国の言い分 リバランス政策の中心は米軍の存在であり、兵器はバージニア級原子力潜水艦、海軍のP8ポセイドン哨戒機、最新ステルス駆逐艦ズムウォルト、最新空母搭載E2Dホークアイ早期警戒管制機をアジア太平洋地域に配備する。同盟国や友好諸国との関係強化の必要性も強調された。とりわけ安倍晋三首相の名を挙げて日本との同盟関係は重視されている。 ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)の2月および5月の議会証言は、中国への姿勢が一層厳しく、同時に日本、フィリピン、豪州重視の姿勢がより鮮明になっている。カーター長官はシンガポールからハノイ、ニューデリーに飛び、ベトナムおよびインドとの軍事協力関係を強化した。同長官は中国が建設しつつある人工島の12カイリ以内に米軍機と艦艇を入れる検討を事務当局に命じた。行動に出るかどうかはオバマ大統領の胸三寸である。 不可解で、それだけに危険なのは中国の言い分だ。シャングリラ対話に中国代表団を率いてきたのは、中国人民解放軍の孫建国副総参謀長だ。孫氏はカーター長官に真っ向から反対し「南シナ海の埋め立ては正当かつ合法だ」と主張した。係争中の地域に中国の主権があるとの態度は、会議に先立ち北京を訪問したケリー米国務長官に対して王毅外相が「主権を守る中国の意思は岩のように固い」と言明したのと軌を一にする。 ただし、挑発を非難している国々が挑発をしているのであって、それは中国ではない、との言い方は通用するだろうか。記者団との質疑応答の際に、南シナ海を包むように示された九段線の根拠として、国連海洋法は漢時代には適用できないと答えた。ローマ時代に遡(さかのぼ)って領有権を主張したら、いまの世界はどうなるのか。英エコノミスト誌は「お粗末な答え」「乱暴な議論」「子供っぽい」と軽蔑の用語を連ねた。改憲こそ日本の生きる術だ 米国防総省が中国の軍事力に関する年次報告の中で「特記-進展する中国の海洋戦略」の題を設け、「黄海、東シナ海、南シナ海を戦略的重要性を持つ海域と見なしてきた」と叙述したのは11年だ。6年前に中国は対海賊活動を行うため艦隊をソマリア沖に派遣し、14年には米主導のリムパックに参加したが、1年半前には南沙諸島の埋め立ては本格的に開始されていた。率直に言って、米国の対中認識は甘い。 米国は不退転の決意を示したのか。訪中したケリー長官に習近平国家主席は改めて新型大国関係を呼びかけ、「広い太平洋は二つの大国を収容できる能力がある」と述べた。5月31日付ウォールストリート・ジャーナル紙は対中政策で米軍部内には硬軟両論があってまとまらないという。「一部分析者たちは、中国が自分の裏庭で大きな影響力をふるうのを認める代わりに、米国が中立的緩衝地帯まで撤兵する大きな取引を考えたらどうかとの議論もなされてきた」そうだ。日本は改憲以外に生き延びる術があるのだろうか。たくぼ・ただえ 国家基本問題研究所副理事長、法学博士、杏林大名誉教授。昭和8年生まれ。早稲田大卒業後、時事通信社でワシントン支局長、外信部長、編集局次長兼解説委員などを歴任。杏林大では社会科学部長などを務めた。第12回正論大賞受賞。産経新聞新憲法起草委員会委員長も務めた。主著は『戦略家ニクソン』など。関連記事■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国■  「米中冷戦時代」の到来か 対立も辞さない習近平■ 良識ある沖縄の人々に尋ねたい なぜ国際情勢に無頓着なのか

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    米中新冷戦時代の陰謀

    世界には完全な社会主義国家が二つある。ひとつは北朝鮮であり、もうひとつはキューバである。私は先日キューバを訪れる機会を得た。今回はキューバをとりまく情勢とリアルなキューバの姿を伝えたいと思う。

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    革命の島を理解する3つの観点

    なぜアメリカは接近したのか アメリカがキューバに急接近した理由として、オバマ大統領の功績作りという説がある。2016年にアメリカ大統領選挙を控え、民主党も成果を残さなければならない。世界はいま、スターバックスやマクドナルドなど、どの国にも同じ店が並び、食生活を始め、文化のあらゆる面が画一化されてしまっている。2014会計年度末の9月28日当時の段階で、スターバックスは世界65カ国に2万1千店舗を展開していた。アメリカはキューバに接近することで、資本主義の新たなフロンティアを開拓する狙いがあるのだろう。 とは言えキューバ政府は革命以来、外国企業に(土地を含めた)不動産を所有することを認めていない。現地でヨーロッパ企業のホテルやレストランはちらほら見かけたものの、資本率は49%までであって、運営もキューバ政府と共同という形式をとっていた。キューバ政府が講じてきたこれらの政策は、依存を生みやすい交流を排除することで、支配⇔服従の関係から独立して国民経済を守ってきた。キューバ共産主義青年同盟(UJC)による行進  一方、アメリカの力は政府の直接の介入によってではなく民間企業などの進出を通じて他国におよぶ。だからこそ、政府が新たなフロンティアを開拓することで利益を得るのは米国を拠点とする私営企業であって、これはオバマ大統領の功績、ひいては民主党が来年の選挙を有利に運ぶための戦略に繋がると言えよう。 さらには、台頭する中国への抵抗も狙いの一つであると考えられる。キューバを走る車のなかに、フォードやシボレーといったアメリカ製の近代的な車は一台もなかった。あるのは、中国製と韓国製、もしくはヨーロッパの新型車であった。いかに中国の製品が安かろう悪かろうで語られるとはいえ、実際にハバナでの中国製車の氾濫や巨大な中国大使館を見ると、アメリカも安心はできないのだろう。 国際政治学者として著名な高坂正堯氏は、名著『国際政治』のなかで権力闘争の変容についても述べた。つまり、「先の大戦後の権力政治は大きく変わり、それまでの権力闘争の目的は、より大きな領土を獲得することだったが、それはもはや今日の権力闘争の目的ではなく、今日の権力闘争の目的は、同じ政治原理を持つ国を広げることである」。この一節は冷戦下の社会主義諸国と自由主義諸国の対立のさなかに書かれたことであっても、それから半世紀を経た今、多少の状況は変わったが、今回のキューバをめぐる情勢にも当てはまる、普遍的な国際政治の枠組みを捉えた本質である。つまり、かつてに比べ社会主義国の肩身が狭くなったことは否めないが、国際社会を構成する各国家が、いかなる性質の国家であるかということは、国際社会のあり方に影響をおよぼす重要な要因である。 1982年、アメリカはキューバをテロ支援国家に指定し、他国に制裁金を課してまで様々なかたちで経済封鎖をおこなってきた。キューバ経済は困窮し、外国物資を買う資金もなく、目抜き通りを一つ超えれば街はぼろぼろの状態が続いている。キューバ国民の不満が募っていることは想像に難くない。オバマ大統領を中心に展開される米キューバ関係には、今後も注目していきたいところである。自由なき社会主義国 成功した社会主義国のモデルとして、またかつてはアメリカの脅威として、その名を世界に轟かせたカリブに浮かぶ小さな島国。日本でも昨年からキューバ特集が多く組まれ、キューバの魅力として、キューバ国民がどんなに幸せな生活を送っているのか目にした方も少なくないであろう。しかし、海岸に沿って車を走らせると、あることに気がついた。 キューバを愛した文豪家として知られるヘミングウェイは、広大な敷地をもつキューバの邸宅で一つの作品を書き上げた。のちにノーベル文学賞を授賞した『老人と海』である。年老いた漁師のサンチャゴが、カジキマグロを捕りに航海したときのことが描かれている。漁師たちのあくせく働く場面からは、船着場には無数の帆かけ舟がたまっているような情景を想像させられたものだが、どこを見渡しても舟の姿が見当たらない。これは一体どうしたことか。 日本では、社会主義国でありながら幸福度の高い国として紹介されてきたキューバだが、日本でみる報道がすべて事実だと思ってはいけない。社会主義国を取材することはそう簡単なことではないからである。キューバは他国と比較しても取材ビザ(報道関係者が取材を目的として渡航する場合に取得しなければならないビザ)の取得が難しいことで知られている。なぜなら、キューバが社会主義国だからだ。完全なる社会主義国は世界に二カ国あり、一つは北朝鮮で、残りはここキューバである。当然、テレビやラジオ、新聞を含めてキューバのメディアはすべて国営であり、外国の報道機関が取材する際にはキューバのプレスセンターを介して行われる。キューバ政府は自分たちが伝えたいキューバしかみせようとしないし、外国メディアの側も事前に取材したい内容を伝えて、取材する場所をピンポイントで指定されるしくみになっている。さらに、報道機関が現地の人々にインタビューを試みても、彼らは胸の内を話そうとはしない。外国メディア側は確固たる根拠がなければ報道できないので実名入りのインタビューを成功させることが勝負となる一方で、 キューバ人としては、反政府的な内容で報道されてしまうとのちに報復されかねない恐怖心があるのだ。親しくなったキューバ人からこんな話を聞いた。「この国には自由がない。カストロがすべてを操っている。」、と。彼のお兄さんは9年前にアメリカに亡命したという。日本でみる報道がキューバの魅力に限定されるのは、つまりは言論統制の裏返しであることを我々は注意しなければならない。亡命したお兄さんについて語ってくれたキューバ人男性と そんなこともあって、実のところ、毎年2万人のキューバ人が故郷と家族を捨て国外に逃亡していることは日本ではあまり知られていない。この舟数の少なさは、国民の国外逃亡を阻止するためにキューバ政府が舟の所有に規制をかけているためだった。 私は、映画『スカーフェイス』で、米国に亡命したキューバの政治犯トニー・モンタナ役を演じるアル・パチーノを思い出す。映画序盤、米国に政治犯として亡命したはいいが、なかなか入国を認められないトニー。やがて彼はしびれを切らし、自分を取り押さえようとする米国人に社会主義国家キューバの惨状を吐露する場面がある。  「お前はアカか?奴らの下では考える自由も感じる自由もない、まるでヒツジだよ。一日10時間、タダ働きの奉仕労働、ポリが街中に張り込んでて一挙一動を監視している。食い物は3食タコ、耳からタコが出る、クツはソ連製、履くと底が抜けて指が出る…ガマンできるか?なあ、俺はコソ泥なんかじゃねぇ。キューバの政治犯トニー・モンタナだ。カーター大統領の言う人権を認めて貰おうじゃないか!」 これは少々行き過ぎた表現だとしても、キューバの人々の中にはやはり上記の呪詛を裏返しにしたような「自由の国アメリカへのあこがれ」というものがある。キューバで生きるということ そんなキューバ人の国民性を感じた例がもうひとつある。 キューバでは労働者は皆「公務員」という扱いになる。レストランの給支係でさえである。「公務員」と聞くと日本では安定した収入をイメージする人が多いだろう。しかし聞くところによると彼らの給料は配給を含めても一ヶ月と生活出来ない程の微々たるものである。ではどうやって食い繋いでいるのだろうか。ハバナにある配給所 ある日、ステーキを食べにレストランへ行った。焼き加減をミディアムレアと注文し待つことしばし。やがて給支が皿に盛り付けられた巨大な肉をニコニコしながら持ってくる。すると突然、わざとらしい大仰な素振りで「申し訳ありませんお客様!ミディアムレアと注文されていたのに、こちらの手違いでミディアムで肉に火を通してしまいました。こちらはお下げいたします。もうしばしお待ちを。」とこうくる。この下げられた肉が何処へ行くか…読者の皆様にはもうお分かりであると思う。これぞ「キューバ的人情」というやつだ。 私達は社会主義国の国民と聞くと同情の念を持って見てしまうが、それもまた一つの偏見である。どんな状況でも人間は助けあいながらどっこい生きていくのである。葉巻を吹かし、アフロ・キューバンのリズムに耳を傾けながら高層ビルに遮られない雄大な空を眺めることは日本では出来ない。 彼らにも彼らなりの幸せがあるのだ。そこに優劣をつける権利は誰にも無い。関連記事■ 米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性■ ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか■ 断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

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    第2のキューバ危機回避 米の深謀遠慮

    大統領とキューバのカストロ国家評議会議長とが4月10日、パナマで会談して以来、交渉は急速に進展した。アメリカ国内では、キューバからの亡命者を中心に国交正常化に反対する声もあるが、キューバとの関係改善に関しては、これを単に左派オバマ政権の軟弱外交と片づけるわけにはいかない。今回の国交正常化の背後には、アメリカの国益を踏まえた深慮遠謀が存在しているようだ。 第1に指摘したいのは、この国交正常化により、アメリカは第2のキューバ・ミサイル危機を回避したという点だ。昨年7月、習近平はキューバを訪問し、それ以来、両国は、中国の最新鋭のミサイル駆逐艦をキューバに常駐させる方向で準備を進めていた。キューバは2012年以来、中国海軍艦艇の派遣を依頼していたのである。米中両国間では、まさに新冷戦とも呼ぶべき緊張状態が生まれつつあるが、中国とすれば、アメリカの最も近くにある反米国家キューバに、ミサイル駆逐艦を常駐させるというのは、非常に大きな戦略的優位となるはずであった。ところが米中関係の進展に合わせ、キューバはこの一旦は合意した中国海軍艦艇のキューバ常駐を撤回した事が、5月下旬になって明らかになったのだ。謂わば、オバマ政権は第2のキューバ・ミサイル危機を事前に回避したのだ。第一次キューバ・ミサイル危機とは言うまでもなく1962年10月、ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込もうとした時に生じた米ソ核戦争勃発の危機であった。 アメリカ側の第2の狙いは、タックスヘイブン潰しである。アメリカはブッシュ・ジュニア政権以来、2つの目的の為にタックスヘイブン潰しを進めてきた。第1は、テロ資金を根絶する為である。テロの資金はアングラマネーであり、アングラマネーを根絶やしにする為にはタックスヘイブンを徹底して規制する必要がある。第2は、米国のみならず、先進国も途上国も悩んでいる税収不足の解消である。多国籍企業や一部の富裕層はタックスヘイブンを巧みに利用する事により、納税を回避してきた。極端な節税ないしは脱税である。先進国各国はOECDやG20の枠組みを生かしながら、こういった租税回避の動きを大胆に規制してきた。特に2008年のリーマンショック以降は、タックスヘイブンにおける巨額資金が世界の金融システムそのものを不安定化させる事もあり、その規制はあまりマスコミの表面に現れる事はなかったが、大胆に進展してきていた。 代表的なタックスヘイブンとしてはスイスや英国のシティがあげられるが、このシティと連動してタックスヘイブンとしての機能を大胆に発揮してきたのがカリブ海に散在する英国海外領と旧英国領の独立国である。そしてこのカリブ海のタックスヘイブン・ネットワークの地理的中心に存在するのが、キューバであった。キューバはキューバ・ミサイル危機以来、かたくなに反米の砦を崩そうとしなかった。周辺のカリブ海諸国や英国海外領土と連動しながら、キューバは事実上、カリブ海タックスヘイブン・ネットワークの中心的役割を果たしていたのである。 更に、この役割と表裏一体の関係にあるが、キューバは中南米の麻薬や覚せい剤がアメリカに流入する際の中継地点としても極めて重要であった。アメリカ側からすれば、キューバに対する経済制裁を解除する代わりに、タックスヘイブンとしての役割と麻薬中継基地としての役割を同時に放棄させる。これがアメリカの本音である。 キューバ側も長年の経済制裁によって、国内経済は疲弊の極に達している。1950年代産のアメリカ製自動車が未だに走り回っている。近年、ベネズエラのチャベス大統領が元気であった頃は、同じ反米の同盟国という事で石油供給の支援も受けていたが、最早、それも不可能になった。国内は極端なモノ不足に陥っている。ベネズエラから支援を受ける以前、米ソ冷戦時代においては勿論、ソ連がキューバを支えていた。キューバは砂糖を輸出する代わりに、ソ連から貴重な石油を安価に輸入する事ができた。ソ連としては冷戦の最前線の基地であるキューバを経済的に支えていたのである。しかしソ連が崩壊してから、既に24年も経った。最後の反米同盟の盟友であったベネズエラのチャベス大統領も他界した。狡猾な中国外交にキューバの安全保障を頼り切る事はできないし、当の中国経済がバブル崩壊しつつある事は誰の目にも明らかである。革命の指導者フィデル・カストロも、その弟であるラウル・カストロ国家評議会議長も、中国の支援に頼る事は危険すぎると判断し、長年の感情的な確執を乗り越えて、アメリカと国交正常化する道を決断したのであろう。 民主党のオバマ大統領は、国交正常化を行なうには、適切なパートナーである。米共和党内では、亡命キューバ人勢力がかなりの影響力を保持しており、共和党政権下では国交正常化はかなり難しくならざるを得ない。オバマ政権在任中に国交正常化を決断したのは、キューバの指導者にとっても極めて合理的な判断であったろう。 米国の保守派内ではキューバとの国交正常化に反対する者も多いが、長期的に見れば両国間の国交正常化はアメリカの国益にも資するところが大であろう。オバマ政権にとっても数少ない外交上のレガシーとなるはずである。 ちなみに、昭和天皇陛下が薨去された折、フィデル・カストロ国家評議会議長(当時)は、日本大使館を弔問に訪れた。キューバ国は半旗を長期間に渡って掲げ、哀悼の意を表した。フィデル・カストロは共産主義者である前に民族主義者である。キューバ問題をイデオロギー的な視点のみで見ることは間違っている。関連記事■ 米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性■ ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか■ 断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

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    米国に外交的勝利したキューバ、国交正常化交渉は諸刃の剣

    の外遊先に米国を選び、わずか3カ月後の同年4月に米国各地を訪問している。彼は米国政府に、共同でラテンアメリカの開発に取り組もうと呼びかけたが、アイゼンハワー大統領は理由をつけて彼に会おうともしなかった。カストロはハーバード大学を訪問した際、高校生のときにハーバードへの入学を志望して不合格だったことを、後にケネディ大統領の補佐官になる同大学政治学部長マクジョージ・バンディに告白している(バンディはその場で、不合格の決定を取り消すので、ぜひ今から入学してくださいと返答した)。流暢な英語で、全米各地の記者会見で質問に答えるフィデルには、後年の反米主義者の片鱗も見られない。 カストロは革命の目的に社会的公正を掲げており、革命成功後すぐに農地改革を発表した。キューバには米国企業が大農園を所有しており、これらの農園が農地改革の対象になったため、企業は米国政府に農地改革をやめさせるよう、圧力をかけた。しかしカストロは革命前の伝統的政治家の歴代大統領たちと異なり、信念を曲げておとなしく米国の言うことを聞くような若者ではなかった。 キューバ南岸の瀟洒な都市シエンフエゴスの郊外には、当時から米国企業の石油精製施設が立ち並び、キューバの石油製品の供給を独占していた。米国政府は農地改革への報復として、これらの米系石油会社に、キューバでの石油精製をやめるよう命令した。エネルギー供給を断たれたキューバは、やむなくソ連への接近を決断するのである。 ちなみにカストロが実施した農地改革は、所有農地の上限を約27ヘクタールに制限するもので、大農園には打撃であるが、たとえば米国自身が第二次世界大戦後に日本や日本の旧植民地で実施した農地改革に比べれば、ずっと穏健なものであった。にもかかわらず、米国政府はこの改革を「共産主義的」と決めつけ、結果としてキューバをソ連陣営へ追いやったのである。ソ連崩壊後のキューバ・米国関係ソ連崩壊後のキューバ・米国関係 冷戦期、ソ連は米国にこれほど近いキューバの地政学的価値を評価し、第三世界向け援助の半分をキューバ一国へ送るほど優遇した。キューバは、ソ連陣営に参加した社会主義国がソ連通貨ルーブル建てで域内貿易を行うコメコン体制に組み込まれ、ソ連・東欧をはじめとした社会主義国に砂糖を輸出し、工業製品や食料、消費者物資をそれらの国々から輸入するようになった。キューバの貿易額の7割がソ連、東欧を含めると8割がコメコン諸国との貿易であった。ソ連崩壊後、キューバは突然これらの国々との関係を失い、革命後最悪の経済危機に突入した。 米国はこの時期、キューバ革命はこの危機の中で早晩崩壊するだろうと見ていた。1992年のトリセリ法は、対キューバ経済制裁強化法であるが、これは革命体制の崩壊を早めることが目的だった。しかしキューバは持ちこたえ、その4年後に制定されたヘルムズ=バートン法(経済制裁全面解除を大統領の手から連邦議会の手に移した)によっても、体制を突き崩すことはできなかった。オバマ大統領が今回の発表で、米国の対キューバ政策は効果がない、と明言したのは、この経緯を踏まえている。ハバナで国交正常化交渉を開始した米国(左側)とキューバの代表団(共同) 1998年に、ローマ法王ヨハネ=パウロ二世(当時)が、革命後初めてキューバを訪問した。法王は「キューバは世界に、世界はキューバに門戸を開くべきだ」と演説し、米国の経済制裁については人道に反する、と非難した。連邦議会は、法王の批判に応え、食料・医薬品・医療材料の人道物資に限り、キューバへの輸出を認める法案を提出して、2001年に可決された。以来米国は、食料の83パーセントを輸入に頼るキューバの主要な食糧供給国となり、小麦、大豆、冷凍鶏肉などを輸出して、現在キューバの輸入相手国第4位にまで上昇している。 オバマ大統領は、就任直後の2009年に、キューバ系米国市民の多くが求めていた、キューバの親族訪問と親族送金の制限を撤廃した。年に何度キューバの親族を訪問してもよいし、滞在期間にも上限がなくなった。親族への外貨送金も制限がなくなった。年間10億ドルとも20億ドルともいわれる親族送金は、年にもよるがキューバの観光業やニッケル産業など、主要産業一つが稼ぎ出す外貨に匹敵する。危機的なキューバ経済を陰から支えているのである。 しかしオバマ大統領は、周囲の期待にもかかわらず、それ以上の対キューバ政策見直しは行わないままであった。その大きな理由は、キューバ革命後すぐに、革命に反対して亡命してきた保守系キューバ系市民の政治力である。革命後、所有していた資産を失い、あるいは革命前のバティスタ軍事独裁政権を支持していたために、キューバから米国に亡命した人々は、革命前のキューバ社会の上層・中上層に属していた。さらに米国が当時キューバからの亡命者に奨学金や雇用支援など、米国社会に定着するためのさまざまな支援を行ったため、キューバ系は短期間で米国社会に足場を築いていった。 これら初期の亡命者グループはカストロ政権に対する反感を持ち続け、米国の連邦政府に圧力をかけて、米国の対キューバ政策を通じてキューバ革命体制を打倒しようとしてきた。ソ連崩壊後、西側諸国対東側諸国という対立構造はなくなり、またキューバに対するソ連の軍事援助も停止したため、キューバが米国の安全保障上の脅威ではなくなった。しかしこの国際環境の変化が、敵対的な対キューバ政策を変えることがないよう、この亡命キューバ人の保守派は常に圧力をかけてきたのである。彼らはキューバから近いフロリダ州にとくに多く、現在もマリオ・ディアス=バラルト下院議員や、マルコ・ルビオ上院議員などを中央政界へ送り込んでいる。彼らはオバマ大統領の対キューバ政策変更にも、強硬に反対してきた。国交正常化交渉以降の動き国交正常化交渉以降の動き 2014年12月17日の国交正常化交渉発表は、オバマ大統領とラウル・カストロ国家評議会議長の両方がほぼ同時にそれぞれの国のテレビで発表する、という形を取った。オバマ大統領はその席で、キューバに対する敵対的な政策は54年間機能しておらず、むしろ関与によりキューバの民主化を促すべき、と、政策の変更について説明した。他方ラウル・カストロは、正常化交渉よりも、それに先立って実現した「5人の英雄」(スパイ容疑で米国で収監されていたキューバ人5名を、キューバではこう呼んできた)のうちまだ収監されていた3名が釈放されたことに詳しく時間を割き、また「両国は交渉の対話にあたり、互いの違いを尊重すべき」と述べ、国交正常化の目的がキューバの民主化や人権改善を促進することである、というオバマ大統領に対して釘を刺した。 ラウルはさらに3日後、キューバの国会に当たる全国人民権力議会の通常会期中に演説し、「オバマの公正な決定に国民ともども感謝」しつつも、経済・通商および金融封鎖(制裁のことをキューバは封鎖と呼ぶ)の解除が両国関係の改善の肝として残っていること、大統領がその権限の許す限り封鎖の緩和に動くよう求めた。17日の演説と同様、「わが国の独立と自立が侵されることがないような、双務的な形で、対等な関係を保って」交渉が行われることを望むと述べた。その直後に「当該国の国内管轄権に属する事項に介入することがないよう」と述べ、米国の民主化要求に予防線を張っている。「国家の独立や民主主義、政治体制や国際関係について、キューバと米国の両政府の間には大きな違いがあり」、その違いを相互に尊重することを米国に求めている。そのうえで、これらの条件が守られれば、どのようなテーマについても対話が可能だ、としている。つまり米国が相手国の国内政治のありように干渉する姿勢を改め、キューバの体制を尊重する態度を見せれば、どんな内容でも議論できる、ということである。これは米国の外交姿勢とは相容れない。 このすれ違いは今年1月21日にハバナで開催された第1回正常化交渉の席で、さらに鮮明になった。米国はキューバの反体制派への支持を表明し、キューバ政府が人権状況を改善するように求めた。米国のジェイコブソン代表は、ハバナ滞在中に反体制派との朝食会を計画したが、キューバ政府から止められた。キューバ側のビダル代表は、「この少人数のグループは、キューバ社会を代表しているわけではなく、またキューバ国民の利益を代表してもいない」と述べ、人権問題の改善や民主化を正面から求めてくる米国の働きかけをさえぎった[注1]。また人権問題については、昨年起こった、米ミズーリ州ファーガソンの白人警官による黒人少年射殺事件を挙げて、米国は他国の人権問題を云々するより、自国のそれを何とかすべきではないか、と反論した。 民主化や人権問題の解決を米国が持ち出せば、キューバ側は国交正常化の条件に経済制裁の全面解除を要求した。キューバ政府はここで、米国にとっては実現が非常に難しい経済制裁全面解除という高いハードルを設けたわけで、国交正常化実現のためには大変厳しい条件である。オバマ大統領は、国交正常化を単独で決定する権限が法的に保障されているが、対キューバ経済制裁の全面解除のためには、1996年に成立したヘルムズ=バートン法により、連邦議会の承認が必要となっている。ヘルムズ=バートン法は経済制裁解除の条件として、キューバが複数政党制を認め、自由な選挙を実施する準備が整ったことを確認することと、カストロ兄弟が政治権力から退くことを挙げており、どちらもキューバの現政府には受け入れがたい条件である。それでもこれらの条件は、連邦議会が達成できたと主観的に判断して承認すれば乗り越えることはできるかもしれない。 問題は、現在の連邦議会は上下院とも共和党が多数を占め、オバマ大統領の今回のキューバ政策転換についても、厳しく批判していることである。たとえばオバマ大統領がラウル・カストロ議長と共に、国交正常化交渉開始を発表した12月17日、その日のうちに、フロリダ州に次いでキューバ系が多く住む東部ニュージャージー州の州議会上院は、オバマの決定を批判する声明を発表した。まずキューバ政府の人権侵害、キューバ国内の経済的な困難に対するカストロ兄弟の責任を追及し、また革命体制が米国に脅威となっていると主張して、キューバに収監されていた米国人アラン・グロス[注2]と3名のキューバ人スパイを交換したのは愚かな選択だった、と批判した。 フロリダ州選出のキューバ系上院議員のマルコ・ルビオは発表から3週間が経過した今年1月7日付けで、オバマ大統領に公開書簡を送り、キューバの人権状況に懸念があること、とくに発表の後で十数名の反体制派がデモをしたという理由で逮捕されていると指摘、人権状況の改善はみられないと批判した。正常化交渉の結果、両国に大使館が設置されることになった場合、彼が所属する外交委員会で駐キューバ大使の任命に反対すると言明した。 これら共和党の保守派、とくにキューバ革命に反対して米国へ亡命したキューバ系の議員たちの反対にもかかわらず、オバマ大統領は今後もキューバとの対話を進めるだろうと考える。最大の理由は近年の米国世論およびキューバ系米国人コミュニティの世論の変化である。 1990年代以降、キューバから米国へは毎年3~4万人が移民してきている。これら新世代のキューバ系は革命後に生まれた世代で、革命を人生の一部として成長した。彼らは初期の亡命世代のように革命を打倒したいという望みはなく、むしろ国に残した家族に制限なく会ったり、彼らに自由に送金したりすることを望んでいる。国交正常化や経済制裁の解除にも賛成する。革命直後に移民してきた世代が高齢化する一方で、これら新世代は年々数が増えているのである。 たとえばフロリダ国際大学キューバ研究所が2014年2~5月にマイアミのデイド郡に住むキューバ系米国人に対して実施した調査[注3]によれば、68パーセントが国交正常化に賛成、52パーセントが経済制裁の継続に反対している。これが18歳から29歳の若年層に限れば、国交正常化に90パーセントが賛成、経済制裁の継続には62パーセントが反対となる。ただし国際テロ支援国リストにキューバが含まれていること(キューバ以外の国は現在、イラン、スーダン、シリアのみ)については、63パーセントが賛成しており、これは世代にかかわらずほとんど一定である。 さらにオバマ大統領の発表直後に、キューバ系だけでなく米国民全体に対して行われたABCニューズとワシントンポストの共同世論調査[注4]によれば、64パーセントの国民が国交正常化に賛成し、68パーセントが経済制裁の終了に賛成し、74パーセントがキューバ渡航禁止措置の解除に賛成した。1998年の同様の調査では国交正常化に賛成したのは38パーセント、経済制裁解除に賛成したのは35パーセントだったので、関係改善に賛成する人が16年間で大幅に増加したことになる。 つまりオバマ大統領は、これらのキューバ系および米国全体の世論の変化に対応して、今回の政策変更を発表したとも考えられる。オバマは1月20日、正常化交渉の前日に行われた一般教書演説で、連邦議会に対キューバ経済制裁の見直しを呼びかけた。経済制裁解除を議会に求め、国交正常化からさらに大きく一歩踏み込んだ。この積極姿勢の背後には、世論の後押しがあるのである。共和党の保守派議員もそれぞれ自身の選挙区の動向には気を配らなければならないので、今後も関係改善に賛成する国民が増えていけば、彼らの意見も変化する可能性がある。 また2014年には、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席が相次いでキューバを公式訪問している。冷戦は終結したが、新たに米国と覇権を競いそうな大国が出現し、彼らが友好国キューバに接近しつつある現在、米国の政策転換は、新大国に対する牽制ともとれる。中間選挙が終わって1カ月後の電撃的な発表であった12月の国交正常化交渉開始発表は、もちろんオバマ大統領が選挙結果に責任を持たなくて済むようになったことが大きいが、時代の変化に即し、国際関係の変化に対応したものと考えられる。今後の展望今後の展望 1月15日に、オバマ大統領はキューバに親族がいない米国市民がキューバに送金する場合の上限額を、3カ月ごと500ドルから2000ドルへ引き上げた。さらにキューバ系市民を含む米国市民が米国へキューバ産品を持ち帰ることも、400ドルまでの上限つきで許可すると発表した。キューバ産品のうちキューバ産葉巻やラム酒などのアルコール類は100ドルまでとなっている。文化・学術交流や人道支援など、以前から例外として認められてきた12分類のキューバ渡航のケースについて、米財務省の許可は必要ないとした。財務省の許可申請にはこれまで手続きに数ヶ月かかっていたので、交換留学や宗教関係者や援助関係者のキューバ渡航などが、容易に実現できることになった。この発表に対して、早速共和党議員からは、キューバ政府が12月以来人権問題や民主化問題について何も進展をみせていないのに、米国政府だけが一方的に緩和策を発表していくのはいかがなものか、と批判が出たが、大統領は前述した世論の支持を背景に、反対派の声は意に介さず前進しようとしているようにみえる。 オバマ大統領の決断により、米国・キューバの関係はかなり変わることが期待される。経済制裁は前述したように、共和党が多数を占める連邦議会で承認される可能性は低い。オバマ大統領は自分が一人で決められる部分について、対キューバ政策を変えていくだろう。すなわち、国交正常化を何らかのレベルで実現すること、テロ支援国家リストからキューバを外すこと、そして経済制裁の部分的解除にあたるが、キューバに親族や姻族がいない米国市民にもキューバ渡航を認め、(渡航に伴い必要になる)キューバ国内でのドル支出を認めること、それに関連して米国銀行のキューバとの(一部)取引を認めること、革命初期から途絶している両国間の郵便サービスや定期航路を再開すること、などが考えられる。 一点目の国交正常化については、キューバが1回目の交渉で述べたように経済制裁全面解除を条件にすると、完全な正常化は難しい。米国側はとりあえず、大使館設置を実行目標にすると述べている。二点目のテロ支援国家問題は、1982年、キューバがアフリカのアンゴラに出兵し、民族主義左翼政権に加担してアパルトヘイトを実施していた南アフリカと戦い、中米のニカラグアやカリブ海のグレナダの左翼政権に軍事支援を行っていた、つまり「革命輸出」を行っていたことから、米国務省がテロ支援国家リストにキューバを含めたことに始まる。ソ連崩壊以来、キューバの海外での軍事的な活動はほぼ完全に停止しており、キューバ政府は過去20年間、テロ支援国から自国を外すよう、米国政府に求めてきた。 今回の国交正常化交渉は、象徴的な意味では小国キューバの外交的な勝利である。キューバ革命の民族主義と平等主義に反対して圧力をかけてきた超大国米国の断交と経済制裁に半世紀以上耐え、米国政府がその政策を引っ込めることに同意しつつあるわけであるから、実際に米国と戦火を交えて勝利したベトナムほどでないにせよ、大きな勝利であると評価できよう。 また歴史的に、キューバは米国からの武力侵攻を常に恐れてきた。米国の経済的な締め付けと同時に、軍事的な脅威がキューバをソ連に走らせた。その意味では、今回の関係改善が成功すれば、キューバにとって米国の脅威が低下することを期待できる。1月26日にフィデル・カストロは5カ月ぶりに共産党機関紙『グランマ』に不定期連載している『フィデルの省察』を掲載したが、そのなかで今回の正常化交渉にほとんど触れていないものの、最後の段落で「平和を守ることがすべての人々にとっての義務である」「米国とであれ、ラテンアメリカのどの国とであれ、平和的解決によって、国際慣習に即した合意に達するべき」と述べている。敵対的関係でも、平和的な話し合いによる解決を望む、とフィデルが言明する裏には、米国の軍事的脅威をこの機会に減らすことがキューバ革命体制の今後の生き残りにも必要だと考えているようにも読める。とくにカストロ兄弟が高齢になっている今(フィデル88歳、ラウル83歳)、彼らが生きている間に米国の武力侵攻の可能性を減らしておけば、彼らの死後、革命体制の存続がより保証されると考えたのではないかと思われる。 他方経済的には、もし米国人観光客のキューバ渡航が認められれば、観光収入が大幅に増加するだろう。現在キューバに来る300万人近い観光客のうち、3分の1にあたる100万人はカナダからの観光客である。米国人観光客がキューバに合法的に来られるようになるとすれば、少なくともカナダから来ている数くらいは米国からも来るだろう。米国からの訪問者数は、キューバ側の統計によれば10万人足らず(2013年)だが、これが10倍に増えれば、観光収入に大きなプラスとなる。 キューバは現在、2001年からベネズエラとの間にキューバ人医師とベネズエラ原油のバーター貿易を行っており、優遇価格でベネズエラ原油を輸入できている。しかし2013年にベネズエラ側でこの協定を推進していたチャベス大統領が死去し、その後もベネズエラ経済が悪化の一途をたどっているため、このキューバにとって有利な協定がいつまで続くかが不透明になっている。今回の国交正常化交渉開始のための水面下での交渉は、チャベス大統領が死去してすぐ後に始まったと報道されているが、これはキューバ側の危機感の表れである。ベネズエラに大きく依存した現在の経済を立て直すために、米国との関係改善に動いた可能性がある。 しかし、ラウルが繰り返し言明しているように、キューバ政府は米国政府に対し、「違いを認め合う」「対等な立場で交渉を」という表現で、キューバの国内問題に介入しないよう求めている。キューバ政府にとっての至上命題は、革命体制の存続である。冒頭で述べたように、キューバ国民の日常の社会の中に、米国文化や米国からの情報はほとんど血肉となって共存している。これほど近くにある米国なので、それはある意味当然のことだが、両国関係が深まって、米国からの文化的・社会的影響が深まれば、ちょうど東欧で起こったように、下からの変革が体制の不安定化につながる可能性がある。キューバ政府はそれをよくわかっていて、繰り返し米国政府に釘を刺し、米国が近づきすぎないよう、適度な距離を保っておきたい、というのが本音ではないかと思われる。つまり近づきたいが、近づきすぎると危険、という難しい舵取りを迫られるという意味で、諸刃の剣なのである。 キューバ政府にとって、今回の政策転換が諸刃の剣になる可能性があるもう一つの理由は、両国の移民問題に変化が生じることである。冷戦期に制定されたキューバ調整法などにより、キューバ人が米国に移住する際には他国よりも優遇された条件が適用される。たとえば米国の陸地に足を着いた移民希望者は、米国査証を持っていなくても米国入国が認められ(普通は強制送還である)、永住権(2年)や米国籍(5年)取得に必要な滞在期間も短い。政治亡命とみなされるからである。国交正常化が実現すると、この優遇政策は廃止されるといわれている。 キューバ経済は、既得権者の抵抗もあり、中央集権的な性格からなかなか抜け出せないでいる。大学を出ても、平均月収が18ドルの公的部門労働者の雇用はあまり魅力的ではない。キューバの若者の夢は、自分の将来に展望が持てないキューバにとどまってがんばるよりも、米国に移住することなのである。自分の夢を米国移住に賭けられるのは、上記のキューバ人に有利な移住制度が米国に存在することが大きい。国交正常化が実現して優遇政策がなくなれば、米国への移民は他国民と同じ程度に難しくなる。 革命体制に不満を持つ層は若年層に多いとされており、米国へ移民するのも若い世代が中心である。移住が難しくなってキューバにとどまらざるを得なくなった若い市民の体制への不満が高まる可能性がある。このいわゆる不満分子の国外移住による「ガス抜き」を重視するなら、キューバ政府にとって、国交正常化は実はしないほうが得策だということになる。同じことは、経済制裁にもいえる。キューバ政府は、とくにフィデル・カストロが引退するまでは、経済危機を米国の経済制裁のせいにしてきた。経済制裁がなくなれば、経済の不振を米国のせいにするのは難しくなる。したがって経済制裁も、ある意味であったほうが便利、という存在である可能性もある。 米国はキューバ革命にとって長年の仮想敵国であり、同時に普通のキューバ人にとっては、愛憎半ばする存在でもある。ある意味では米国は常に、キューバにとっての「大本命」であった。冷戦中はその本命は交響曲の重低音パートのように、キューバ外交や革命の構成要件に大きな影を落とし、主旋律はソ連だが、その底部に常に米国の音が響いているような感じだった。さらに文化的にはキューバ社会の血肉として、切っても切れない存在だったのだが、その米国がついに対外関係の主旋律に飛び込んできて、名実共に最も重要な隣国になったとき、キューバ革命体制をどのように作り上げるかが問われている。 オバマ大統領の任期はあと2年だが、その間にどこまで関係が改善するか、またこれも公式に任期をあと3年に区切ったラウル・カストロ国家評議会議長が、その間にどこまで改革を実施し、対米関係に向き合うか。カストロ兄弟の年齢問題も含め、不透明な部分も残るが、ラウル・カストロが繰り返し、今回の交渉以前から述べているのは、政府同士が「対等な交渉」「相手国の体制の違いを尊重する」ということである。他方米国政府は、キューバ政府よりも「政府に抑圧された」キューバ国民の政治・経済活動の自由を促進しようとしている。このままでは平行線であるが、今後も交渉は続くはずであり、どこかで両国が折り合えるかを注視していきたい。脚注1. 米国政府の代表団は、キューバ政府の反対にもかかわらず、1月23日に反体制派を朝食会に招いた(UPI http://www.upi.com/Top_News/World-News/2015/01/23/US-delegation-meets-with-Cuban-dissidents-in-Havana/2981422029783/ )。キューバ政府は不同意は表明したが、米国代表団の活動は制限せず、今回は両国間の価値観の相違を許容したといえる。2.  アラン・グロス(Alan Gross)は2009年にキューバのユダヤ人協会に衛星通信機器を無償供与したが、この行為がスパイ行為であるとみなされ、キューバで収監されていた。米国で同じようにスパイ容疑で逮捕・拘禁されていた5名のキューバ人問題と共に、両国間の関係改善の障害になっていたが、国交正常化交渉に先立ち、グロスとキューバ人たちを同時に釈放することで障害を取り除いたのである。3.  https://cri.fiu.edu/.../cuba-poll/2014-fiu-cuba-poll.pdf4. http://abcnews.go.com/blogs/politics/2014/12/poll-finds-broad-public-support-for-open-relations-with-cuba/(ジェトロ・アジア経済研究所 キューバ情勢レポート「キューバと米国の国交正常化交渉をめぐって」(http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Latin/Radar/Cuba/201502.html)2015年2月、より転載)やまおか・かなこ 日本貿易振興機構・アジア経済研究所 地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ主任研究員。専門分野はラテンアメリカ研究(キューバ)、国際関係、政治学。早大法卒。シカゴ大大学院国際関係学科修士課程修了後、89年に入所。94年より2年間キューバ共産党中央委員会付属アジア・オセアニア研究所客員研究員としてハバナ駐在経験を持つ。11年7月より現職。関連記事■ 米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性■ ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか■ 断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

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    米・キューバ、国交正常化は何をもたらすか

    「キューバ危機」から半世紀をへて動き出した米国とキューバの国交正常化交渉。しかし、政策転換により変革を促したい米国に対し、キューバは社会主義体制の維持を貫こうとする。両国対立の歴史に終止符は打たれるのか。そして国際社会への影響は。

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    女性政治犯にも暴力、「政権に従え」強要…キューバ刑務所の現実

    めた。関連記事■ 国連人権決議は金正恩氏への「核爆弾」である■  「イスラム国」は空爆国が育てた■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略

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    オバマが外交攻勢を開始 中南米で影響力を競う米中

    や投資をして、経済面を中心に中南米との関係強化を目指してきました。今年1月8‐9日には、中国・ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体フォーラム(CELAC・反米のベネズエラが主導し、中南米33か国が加盟する地域機構)の閣僚級会合が北京で開催されました。習近平は、その会議で、インフラ整備や資源開発などに2019年までに350億ドルの借款を約束し、2020年から10年間に2500億ドルを投資する意向もあると述べました。貿易についても、上記記事にあるように、今の2570億ドルを2019年までに倍増したいと述べました。中国は、従来の路線を引き続きとっています。 しかし、石油価格が半減したなかで、ベネズエラは経済が大きな困難に直面し、対外債務についてデフォルトを起こしそうになっています。中国のベネズエラに対する債権の額については、約500億ドルと言われていますが、これがデフォルトになると大変です。ベネズエラのマドュロ大統領の1月訪中で、どういう話が行われたか、詳細は不明ですが、中国は緊急融資にすんなり応じなかったようです。 他方、米国は、キューバとの国交正常化に踏み切りました。オバマのレガシー作りなどと言われていますが、外交は相手がいる話で、キューバ側にも国交正常化に踏み出す事情が必要です。キューバは、ベネズエラからの石油の支援で経済が維持されていましたが、これが思うように行われなくなったことが対米関係の調整にキューバを向かわせた一因ではないかと思われます。 石油価格の下落は、中南米における地政学的状況に大きなインパクトを与えてきています。 石油価格の下落で、ベネズエラは厳しい状況にあり、中国にとってはエネルギー利権を安価に入手する機会になり得ます。中国の対ベネズエラ政策は今後、その方向で展開されるでしょう。すなわち、利権の獲得と支援をセットにしたものになってくる可能性があります。 日本企業も原油価格が低い今、中南米に限らず、より一般的に、エネルギー利権、LNG価格の長期契約での有利な取引を探求できればよいと考えます。関連記事■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略■ 移民「毎年20万人」受け入れ構想の怪しさ

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    米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性

    るというのが現状であり、民主・共和双方が支持を取り込もうと躍起になっているのだ。 かつて、キューバ系アメリカ人の多くは、キューバからの亡命者が多く、カストロ政権が支配するキューバへの強硬策を支持していたが、潮目は変わったようである。米国の経済制裁は、カストロ政権を倒すことに効果はなく、むしろ、一般的なキューバ国民を苦しめているだけであった。冷戦が崩壊して、キューバと米国以外の国々との経済的交流も活発化してきており、キューバ系アメリカ人の間には、この流れに乗り遅れるなという発想も生じている。このような世論の変化が今般の政策変更を後押ししたことは間違いない。 三つ目の象徴性は、今回の政策変更が典型的なレガシー・ビルディングであることである。オバマ政権は、二期目の中間選挙を終えた今、選挙のプレッシャーにさらされていない。このような時期には、政権の偉業=レガシーとなるような政策に取り組む例が多いのである。それまでの政治的現実から解放され、異なる論理や優先順位で政策判断を行う道が開けるからだ。上下両院を共和党に支配され、オバマ政権が内政において大きな成果を上げられる可能性は少ないので、大統領の権限が強い外交分野に注目が集まることになる。 この種のレガシー・ビルディングには良い部分もあるのだが、米国の同盟国である日本にとっては要注意でもある。それまでの政策の常識とは異なる判断が行われる可能性があるからだ。例えば、対中国や対北朝鮮で、米国の政策がガラッと変わってしまうこともあり得る。オバマ政権は、米国の外交政策における東アジア重視を掲げる割に、実際には掛け声倒れの感があるので、それほど可能性が高いとは思わないが、大統領が北朝鮮との国交正常化に舵を切る可能性も否定はできない。実際、キューバやイランに対してはこれまでとずいぶん違う方向に向かっている。 変化の可能性がもっとも高いのは、対中国政策であろう。米国の冷戦後の対中国政策は腰が定まっておらず、その時々で大きく揺れ動いてきた。安全保障分野では、中国を脅威とみなす一方で、米国企業は中国市場でのシェア獲得にしのぎを削っており、米政府もそれを後押ししてきた。オバマ政権が残りの任期中に、この分野で大きな政策変更を行う可能性は否定できない。 米国の対キューバ政策の変更が日本に与える影響は大きくないが、米国が政策を急旋回する可能性は日本にとって他人事ではないのである。関連記事■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略■ 中華人民共和国は最後の「盗賊王朝」だ■ ナショナリズムという「病」

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    断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

    省し、情報調査局情報課で研修生をしていたときだ。先輩の課長補佐が、キューバ勤務から戻ったばかりで、「アメリカとキューバの関係は、外から見ているほど、悪くはないよ」と言って、スイス大使館の話を聞かせてくれた。外交の実態とはこういうことかと筆者は興奮した。 89年11月にベルリンの壁が崩れ東西冷戦が終焉(しゅうえん)し、91年12月に崩壊した。キューバはソ連と軍事的につながっていたから米国の脅威だった。裏返して言うならば、外国の核の傘に入っていないキューバは、社会主義を掲げていても、米国にとって脅威ではない。しかし、米国の歴代大統領がキューバとの正常化に踏み込めなかったのは、フロリダに集中して居住するキューバからの移民が、社会主義政権に対する強硬策を主張する強力なロビー活動を展開していたからだ。オバマ大統領は、キューバ移民を敵に回しても、キューバとの関係正常化を選択した。その動機は、歴史に名前を残すことだと思う。 今回の米・キューバ関係正常化には、バチカン(カトリック教会)が大きな影響力を行使したようだ。<米政府高官によると今回、両国政府はローマ法王とカナダ政府の仲介で2013年6月から秘密裏に接触を続けてきたという>(12月18日、産経ニュース) 米国とバチカンのインテリジェンス協力は、キューバだけでなく、中国、中東でも積極的に行われている。世界宗教が外交に与える影響が可視化された事例としても本件は興味深い。

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    ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか

    しすぎれば、批判の火の手はさらに燃えさかる。関連記事■ 不動産バブル崩壊でも人民元が増長する秘密■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略■ 移民政策の本当の怖さ

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    シェール革命は失敗なのか

    石油に依存するわが国にとって、原油安は福音だ。だが、そう楽観もしていられない。シェール革命のウソが金融システム崩壊の引き金になるかもしれないからだ。シェール革命が引き起こす危機の本質とは。そして、2015年の世界経済の波乱要因とは。

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    シェール革命はサブプライム危機の二の舞か

    関連記事■ シェール革命で、日本は戦後最大のエネルギー危機をむかえる!■ 資源インフレは再来する■ アメリカがアベノミクスに味方する理由〔1〕

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    世界市場の乱高下の仕掛け人は誰なのか

    EC(石油輸出国機構)の価格支配力はすでにない。必ずしも需給を反映しないし、政府にも統制力はない。 アメリカのエクソン・モービルをはじめ、原油の市場シェアを寡占している石油メジャー(大手6社のうち3社が米企業)は、自ら巨額のマネーを運用しながら、原油の投機筋と一体となって市場を動かしている。石油メジャーと投機マネーが資金を引き揚げない限り、こんな原油安は起きないのだ。 では、彼らの狙いはどこにあるのか。 米国でシェール開発を手がけている100近いベンチャーの大半は中小の事業者だが、原油価格が50ドルを割り込んで採算が合わなくなっている。今年1月に米テキサス州のシェール企業、WBHエナジーが60億円の負債を抱えて破綻したが、今後、破綻が相次ぐと見て間違いない。それらの会社や生産設備を二束三文で買い叩くのが石油メジャーだ。 一方、原油投機のヘッジファンドなどはスーパータンカー(超大型石油タンカー)を仕立て、原油を安値で買い漁って満載し、価格が再び上昇するのを待ち受けている。 つまり、石油メジャーやヘッジファンドのように、一見原油安で損しそうなプレーヤーほど、長期的に見れば利益を得る仕組みになっている。原油価格が上昇に転じるとしたら、地政学的なリスクが高まったときである。 彼らは原油価格の下落でロシアが窮地に陥ることも織り込み済みだ。ルーブル安によるインフレで国民生活は苦しくなり、プーチンに対する支持率は低下しつつある。支持率回復のため、新たな戦争を始める可能性は十分ある。 火種はそれだけではない。サウジが減産しないのは、シェール潰しではなく、産油国内の主導権争いが理由だ。 サウジの「20ドルまで下がっても減産しない」という宣言は、他の産油国に対する恫喝だ。現実にそこまで下がると、余裕のあるサウジと違い、他の産油国は経済的に困窮する。暴発の危険があるのはイランで、サウジとの間で紛争が起きても不思議ではない。 紛争により原油価格が上昇すれば、石油メジャーが傘下に収めたシェール企業は再び利益を出し、投機筋もぼろ儲けできる。別に意外な話ではない。似たようなシナリオは過去に何度も繰り返されてきたのである。関連記事■ 日本はLNGバカ高購入 日本の電力事情知るカタールがふっかけた■ 経済の千里眼氏 原油価格が2割落ち込めば日本株暴落もある■ 円高で光熱費は安くなる? 電気やガスは3か月後になる■ シェールガス開発で天然ガスは半値、原油も大幅引き下げへ■ 金融コンサルタント「原油価格高騰は日本経済に大チャンス」

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    地を這うオバマ人気と上昇する米経済

    これからの世界を占う上で、レイムダック化したオバマ大統領と米国経済強気論のあいだには何があるのか。米国で進行中の極端な格差は、日本にとっても他人事ではないようだ。安倍総理、どうかご用心召されよ。

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    2015年の米国経済 順調に拡大続け世界経済を牽引する見通し

     好調が続く米国経済。2015年半ばにもFRB(米連邦準備制度理事会)による利上げが予想され、先進国各国が金融緩和を続けるなかで、いち早く金融引締めに転じようとしている。はたして2015年の米国経済はどうなるのか、元ドイツ証券副会長の武者陵司氏(武者リサーチ代表)が解説する。* * * 大前提として、2015年の世界経済は先進国が牽引して好調に推移すると見ている。10月に発表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、2014年の世界経済の成長率は3.3%(米国2.2%、ユーロ圏0.8%、日本0.9%、新興国4.4%)、2015年は、世界経済3.8%(米国3.1%、ユーロ圏1.3%、日本0.8%、新興国5.0%)となっている。好調な米国経済が順調に拡大を続け、世界経済を牽引する構図だ。 米国経済が2015年も力強い成長を続けると予想される理由は、大きく3点ある。 1つめは、米国にはペントアップ・ディマンド=積み残した需要が残っていることである。今回の景気回復局面では、企業の設備投資や民間の住宅投資は、まだまだ需要不足が残っていて、積み上げる余地がある。 2つめは、企業から家計への所得配分が本格化すること。米国の労働分配率は、景気拡大期がすでに4年間続いているにもかかわらず、生産性の上昇などにより、過去最低水準にとどまっている。それが、失業率の低下など雇用環境の好転で、ようやく給与・賃金が増えていくのではないか。そうなれば、消費という強力なエンジンが加わり、経済成長が加速する。 3つめは、クレジットサイクル(信用循環)が、これから拡大局面に入ることだ。クレジットサイクルは、長期的な経済変動を規定する条件だが、2011年に底入れした後は弱含みとなっている。企業債務の対GDP(国内総生産)比率も上昇せず、家計債務の可処分所得に対する比率は低下中だ。まだ回復のごく初期の段階で、信用不安やバブルの恐れはない。 以上のことから、利上げが実施されても、米国景気が腰折れするようなことは、まずないと言っていいだろう。■ 今後10年間、経済大国中国が握る「米国を黙らせるカード」■ 月100万利益女性投資家とFXカリスマ主婦 経済底打ち指摘■ 【書評】異色エコノミストと若き哲学者が経済を徹底討論■ 中国不動産バブル崩壊の影響はドバイ・ショックの1000倍説■ 武者陵司氏「来年内にNYダウ1万3000ドルで世界的株高に」

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    米国経済強気論の真相を読む

    客員研究員、経済同友会調査役などを経て現職。ホームページ「溜池通信」を運営中。著書に『1985年』『アメリカの論理』(いずれも新潮新書)など。「景気が悪い」とは口にしにくい 先日来、いろいろな人に聞かれるのだが、「米国経済は好調だというのに、なぜオバマ大統領は人気がないのか」「なぜ、中間選挙であそこまで負けなければならなかったのか」――これが意外と答えにくい質問なのである。 表面的にいえば、米国経済は好調である。実質国内総生産(GDP)は2014年4―6月期が年率4.6%増、7―9月期が3.9%増となっている。国際通貨基金(IMF)は、10月7日の「世界経済見通し」で、米国経済の成長率を2014年に2.2%、15年は3.1%と予測している。 ちなみに世界各国のほとんどが下方修正されるなかで、米国のみが上方修正であった。 あるいは雇用情勢はどうか。一時期は10%を超えていた失業率は、足元では6%以下にまで低下している。市場の注目を集める非農業部門雇用者増減数は、2014年は毎月のように20万人を超えている。金融危機下にあった2008年と09年には、合計で870万人もの雇用が失われたが、その後の四年間では1000万人もの雇用が創出されている。 財政赤字も、すでにGDP比3%以下にまで改善している。税収が増加する一方で、予算の強制支出削減措置が効いた形である。 さらに株価は、といえばもちろん史上最高水準にある。これらの指標を見て「景気が悪い」とは、少なくともエコノミストとしては口にしにくいところである。悲観的な「民の声」 しかるに2014年11月4日の中間選挙は、与党・民主党に対して厳しい結果となった。景気指標が改善しているのにオバマ大統領の人気は地を這うがごときで、民主党の候補者たちはいかに「自分はオバマと違う」か、を懸命に説明しなければならなかった。もっとも、そういう努力はえてして裏目に出るもので、共和党は8年ぶりに上院における多数派の地位を獲得し、下院では第2次世界大戦後では最多の議席数を確保した模様である(一部に未確定議席があるため)。 いくら景気指標が好転していても、有権者の受け止め方はきわめて悲観的なものであった。以下はすべて、CNN(ケーブルニュースネットワーク)の出口調査で示された「民の声」である。*国が向かっている方向は……正しい:31%、間違っている:65%*経済状況を……心配している:78%、心配していない:21%*国の景気は……良い:29%、それほどではない、悪い:70%*あなたの家計は……良い:28%、悪い:25%、同じ:45%*ワシントンの政府を信用するか……まあまあ:20%、あんまり:79% 簡単にいってしまうと、景気回復の恩恵に浴しているのは、どうやら富裕層に限られている。いくら景気指標が良くなったとしても、4年前や6年前に比べてそのことを国民の大多数が実感していない。さらに将来の見通しが明るいか、と尋ねれば大方の答えはノーだったのである。 英『エコノミスト』誌によれば、オバマ政権下の6年間でGDPは8%増えているが、中央値の家計所得は逆に4%も減少しているという。ここは「中央値(メジアン)」で見るという点がキモである。平均値の家計所得は、ごく一部の富裕層によって全体が嵩上げされてしまうが、こういうときは「100人中50番目の家計」に着目しなければならない。 これはにわかには信じがたいデータである。6年前といえば、リーマン・ショックで米国経済が大混乱に陥っていた時期だ。失業率も10%に達していた。それよりも、いまのほうが中央値の家計所得が少ない。いったい何が起きているのだろうか。 おそらく20世紀までの米国経済は、GDPの伸びとともに普通の家計所得も伸びるというごく自然な姿が保たれていた。ところが21世紀になると、両者の乖離が始まってしまう。 ブッシュ時代には低金利政策から派生した「住宅バブル」があり、普通の家計が持ち家の評価額上昇分をキャッシュに換えて消費に回す、といった贅沢が許された。それくらい銀行が気前よくカネを貸してくれたのである。ところが、2008年のリーマン・ショック以降は、そんなことは夢のまた夢となり、いまでは持ち家比率も低下している。 また米連銀(連邦準備制度理事会=FRB)は、金融危機からの脱出のために三次にわたる「量的緩和政策」に打って出た。すなわち、中央銀行が膨大な量の国債や住宅担保債券などの資産を買い入れ、市場にマネーを供給し続けたのである。おかげで米国の株価は史上最高値まで駆け上がり、住宅市況も最悪期を脱した。資産家にとってはまことに結構な政策というべきであった。 結果として以前にも増して貧富の差は拡大し、「1%の富裕層とそれ以外の99%」に社会は分断されてしまった。こんな「閉塞感」が、中間選挙での地滑り的な結果につながったと見るべきであろう。 オバマ大統領にとっては気の毒な事態といえるかもしれない。米国経済が抱えている問題は、グローバル化の進展や技術の進化、産業構造の転換などの大きなうねりの結果として生じている。大統領を責めてどうなるものでもない。そして勝利した共和党は、それほど貧しい人たちに優しい政党であるとは言い難い。 選挙予測の定番、「クック・ポリティカルレポート(Cook Political Report)」のエイミー・ウォルター記者は、開票速報の夜に今回の中間選挙に対して次のような総括(Election Night Takeaways)を下している。*すべての政治はナショナルである。“All PoliticsIs National.”*選挙はいつも大統領への信任投票である。“Elections Are Alwaysa Referendumon the President.”*オバマ連合(女性、若者、マイノリティ、都市住民など)は議会選挙では通用しない。“The Obama Coalitiondoes Not Work at the Congressional Level.”*やっぱり経済だよ、馬鹿野郎。“It’s the Economy, Stupid.”* メッセージで負けていたら票にはつながらない。“You Can’t Winon Turn-out If You Are Losingon Message.” いちいちごもっとも。 それにしても米国で進行中のこの事態は、日本にとっても他人事ではない。アベノミクスはたしかに一部の富裕層や大企業を潤したけれども、中間層以下はいい目を見ていないのではないか。現在、解散・総選挙が戦われているが、ここでも似たような異議申し立てが成立するかもしれない。 安倍さん、どうかご用心召されよ。「綻び」だすアメリカ社会 経済成長は続いているものの、一人ひとりが貧しくなっている米国社会の現状を、余すところなく描いているのがジョージ・パッカー著『綻びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語』(NHK出版)である。1960年生まれのジャーナリストである著者は、ごく普通の同世代人たちが過ごしてきた人生模様を浮き彫りにした。 登場するのは、南部のタバコ農家から起業した男性、金融界から転身したワシントンのインサイダー、自動車工場で働く黒人のシングルマザー、そしてシリコンバレーで成功を収めた億万長者……。彼らの人生を縦糸とし、時に誰もが知っている有名人のエピソードが横糸として絡む。テレビ界の人気司会者であるオプラ・ウィンフリー、量販店チェーン「ウォルマート」の創業者のサム・ウォルトン、そして政治家のニュート・ギングリッチやブッシュ政権の国務長官を務めたコリン・パウエルや、クリントン政権で国家経済会議委員長に就任した経済アナリストのロバート・ルービンといった人たちである。 本書が描いているのは既視感のある風景である。製造業は国際競争に敗れて海外に移転していくが、労働組合は無力で働く者たちを守ってはくれない。サービス業では全国規模のチェーンが拡大して、地場の商店を押し流していく。故郷の街は荒れ果ててしまっていまでは見る影もない。他方では金融やITなどが急成長を遂げているが、その成果を享受できるのはごく一部の限られた人たちである。そして政治は、どんどん普通の人の利益から懸け離れていく。 いわば同時代を生きるアメリカ人たちの群像史である。今日の米国は、保守とリベラル、あるいは一%と九九%に分断されているといわれるが、その「綻び(Unwinding)」とはまさしくこの本に描かれているように展開してきたのであった。 読了後は嫌でもこう感じざるをえない。「これほどの規模ではないかもしれないが、似たようなことはわれわれの周囲でも確実に起きているのではないか」。 ところが残念なことに、「なぜこうなってしまうのか」をいまの経済学はうまく説明できないでいる。 ローレンス・サマーズ元財務長官は、問題は成長率が十分に伸びない点にあるとして、「長期停滞論」を唱えている。以前の経済に比べて、需要が決定的に足りていないのだ。したがって、いまこそ政府が大胆な投資を行なう必要があると説く。が、いささか旧式のケインズ経済学の焼き直しのようにも聞こえる。 フランス人経済学者のトマ・ピケティは、話題作『21世紀の資本』(みすず書房)のなかで格差を是正しなければならないと説く。ごく一部の人たちに使い切れないほどの富が集中してしまうと、社会全体の消費性向が下がってしまうからだ。かといって、同書が提言している「グローバルな累進課税」が実行可能であるとはとても考えられない。 世界経済を浮揚させた日本発のサプライズ ということで、話は元に戻ってしまう。そもそも原因が特定できていないのに、治療法を提示できるはずもない。エコノミストの仕事とは、バックミラーに映る過去のデータを参照しながら、説得力のある形で未来を思い描くことである。しかるにいまは、「不透明性」が眼前を塞いでしまっている。 いっそ割り切って資本家の側に立ってしまえば、いまの米国はチャンスに満ちていると達観することもできる。 ニューヨークの人気エコノミストランキング(『インスティテューショナル・インベスター』誌)において35年連続1位という途方もない記録を打ち立てているISIグループの創立者エド・ハイマン氏は、2013年から米国経済の先行きに非常に強気になっている。 古くからの「日本ファン」でもあるハイマン氏は、毎年秋になると東京を訪れ、岡三証券の法人セミナーで米国経済の見通しを語ってくれる。リーマン・ショックの2008年以来、筆者はそのパネルディスカッションのお相手を務めさせてもらっている。 2013年のハイマン氏は「アメリカン・ルネッサンス(American Renaissance)」という言葉で、米国経済の中長期的な潜在力の高さを語ってくれた。それは人口の増加であり、シェール革命であり、ハイテク産業の強さであり、金融政策の成功であり、あるいは膨大なインフラ投資需要があることなどであった。 みずからを「コントラリアン(逆張り屋)」と称するハイマン氏だが、正直なところ「ここまでいっていいのかな」と隣で聞いていて不安になるほどであった。 その予測は見事に的中した。もしも2013年秋の時点で米国株式市場に全力で投資した人がいれば、株高に円安も手伝って大きなリターンを上げることができたはずである。 2014年は11月6日にハイマン氏と議論をする機会があったが、今回も米国経済強気論はいささかも揺らいでいなかった。そこで筆者はこんなふうに尋ねてみた。「米国経済は来年も良さそうだ。しかし世界にはいくつもの不安要素がある。欧州経済(Euro)、新興国経済(Emerging)、原油価格の急落(Energy)、そしてエボラ熱(Ebola)の問題もある。今後を見る上で、あなたが最も警戒している要素は何か?」 ハイマン氏の答えは、「量的緩和(QE)の巻き戻しが不確実だということ(End of QE)」であった。ゼロ金利政策は5年も続き、米連銀のバランスシートは0.8兆ドルからじつに4.5兆ドルにまで拡大した。そして量的緩和第3弾(QE3)は、10月29日の連邦公開市場委員会(FOMC)で正式に終了したのである。 この不安はその直後、10月31日のハロウィンの日に発動された黒田バズーカこと日銀の追加緩和策によって中和された。世界同時株安は一気に同時株高に転じた。文字どおり日本発のサプライズが、世界経済を浮揚させる形となった。訳のわからない金融政策 しかしQEという政策は、いまだにわかっていないことが多すぎる。たしかに米国経済は、三次にわたるQEによって改善を見た。しかしそれは、「毎月一定額の資産を中央銀行が買い入れた(フロー)」からなのか、それとも「中央銀行が巨額の資産を保有していた(ストック)」からなのか、それさえじつはわかっていないのだ。 重ねてQEはなぜ効いたのか、と尋ねた筆者に対し、ハイマン氏は「それがわかるにはさらに5年間は必要だ」と答えてくれた。いささか意表を突かれた気がした。米国の金融政策は、それくらい訳のわからない実験を行なってきたのか。そして米連銀は、とうとう「出口政策の入口」にたどり着いたとはいえ、この先も手探りの金融政策を続けなければならないのだろうか。 2015年は、しかるべきタイミングで利上げが行なわれるだろう。衆目の一致するところ、6月のFOMCが有力であるという。とはいえ、それはいままでがそうであったように、会合のたびに0.25%ずつ利上げが行なわれるといった単純な図式を意味しない。さまざまな景気指標を細かく見ながら、慎重な形で実施されていくのであろう。 その一方で、4.5兆ドルに膨れ上がったバランスシートは、少しずつ減らしていかなければならない。そうでないとこの次に米国経済が不況に陥ったときに、政策を発動する余地がなくなってしまう。米連銀のイエレン議長は2015年、この難題に挑戦することになる。繰り返される選挙パターン 2015年の米国は、完全にレイムダック化したオバマ大統領と、上下両院を制圧した共和党の対立の下に幕を開けることになる。互いに協調路線を歩むのではないかとの見通しもあったが、それは期待外れに終わりそうである。 オバマ大統領はアジア太平洋経済協力会議(APEC)や金融世界経済に関する首脳会合(G20q)などの外遊から戻ると、中間選挙の大敗をまるで意に介していないかのように、行政権限で不法移民問題に取り組むと宣言した。当然のことながら、共和党側は反発している。仮に与野党の協調機運が進むのであれば、一部でささやかれていたように「通商問題での妥協成立から、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉の前進へ」といったシナリオも現実味を帯びてくる。ただしオバマ大統領は、相変わらず「自分は間違っていない」と確信しているようで、中間選挙の敗北を機に柔軟路線に転じる様子は見られない。これまでどおり、共和党議会との衝突の図式が続くと考えておくほうが無難であろう。 これまでどおりワシントン政治の機能不全が続くのであれば、2016年の大統領選挙を先取りする動きが加速していくだろう。当面の注目点は、ヒラリー・クリントン前国務長官がいつ出馬宣言をするか。他方、共和党内は候補者が乱立気味で、決定までに時間を要するという2012年選挙のパターンを繰り返しそうである。 正直なところ、誰が2016年選挙を制するにせよ、中間選挙で示された有権者の不満が、簡単に解決できるとは筆者にはとても思えないのである。■ 財務省を「成敗」した安倍総理 屋山太郎(政治評論家)■ アベノミクスは失敗か? 経済政策の論点はこれでわかる! 松尾匡(立命館大学経済学部教授) ■ オバマの嘘・「尖閣を守る」を信じてはいけない 日高義樹(ハドソン研究所首席研究員) 

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    「根拠なき熱狂」の再来か、「根拠なき安心感」へのしっぺ返しか

    2015年、中央銀行にとって試練の年近藤駿介(評論家、コラムニスト) 2015年の金融市場は、長期金利の低下、原油価格の下落、ドル高、株価横這いという形でのスタートとなりました。 2015年の金融市場の最大の関心事は米国の利上げ時期にあることは間違いありません。しかし、FRBによる利上げ時期が最大関心事になり、市場がそれを織り込みに行く中で長期金利は低下傾向を強めるという捻れ現象が起きていることは興味深いことです。終値が1万7千円以下まで下がった日経平均を示す株価ボード=1月6日午後、大阪市中央区(沢野貴信撮影) 個人的には2015年は日米欧の中央銀行にとって試練の年になるような気がしています。 まず、米国。市場のコンセンサスは2015年夏場からの利上げというものですが、個人的にはFRBの利上げはもっと先になるような気がしています。 それは、成長率こそ年率5%と11年ぶりの伸びを示しているものの、インフレ率は前年比+1.3%と、半年前の+2.1%をピークに明らかに低下傾向を示し、2%というインフレターゲットから遠ざかって来ているからです。 FRBが利上げに動くためには、少なくともディスインフレ懸念が払拭されることが必要です。インフレ懸念が全くなく、ディスインフレやデフレ懸念が残る中で利上げに踏み切るということは、実質金利(=名目金利-インフレ率)の上昇を通して、米国経済に悪影響を及ぼすからです。 インフレターゲットに届かない中でFRBが0金利政策から脱出するとしたら、市場金利の上昇に追随する形で政策金利を引き上げる以外にありません。市場金利に追随する形であれば、政策金利の上昇が実質金利の上昇を招かないからです。 FRBは1994年にインフレ懸念が顕在化する前に、当時のグリーンスパンFRB議長が「先制攻撃(Preemptive Strike)」と称してインフレに先行する形で利上げに踏み切った実績を持っています。しかし、潜在的なインフレリスクが高まってきていた1994年当時と、5%成長を達成してもディスインフレ懸念が払拭されない現在とは大きく状況は異なっており、イエレン議長はとても「Preemptive Strike」を決行できる状況にはありません。 そうした中で、原油価格の下落などもあり、頼みの市場金利も低下傾向を示して来ています。米国の2年国債の利回りは、10年債利回りが年末にかけて1ヶ月で0.1%近く低下する中、FRBの夏場利上げを織り込む形で年末には0.73%と、1か月前から0.2%上昇して来ていました。しかし、年明けには世界的な金利低下の影響もあり、0.67%へと低下して来ており、FRBが市場金利を追認する形での利上げに踏み切り難い状況になっています。 つまり、FRBは、経済指標の面からも、市場金利の面でも、利上げに踏み切り難い状況に陥りつつあるということです。金融市場が利上げを見込んでいる夏場に向けてFRBが利上げに踏み切れない状況が鮮明になって行くとしたら、市場はどのような反応を示すのでしょうか。 グリーンスパンFRB元議長が市場の予想を裏切る形で1994年から利上げに踏みきったことで債券市場は混乱しましたが、それを尻目に株価はグリーンスパン元議長の有名な「根拠なき熱狂」発言を引出すまで上昇し続けました。 今回もFRBが利上げに踏み切れないという想定外の状況に陥った場合、株式市場は「根拠なき熱狂」を続けるのでしょうか。 FRBの利上げの陰に隠れた格好になっていますが、個人的にはECBの量的緩和にも注目しています。 FRBは打ち止め、日銀は拡大、ECBはこれからと、現在日米欧の金融緩和のステージは明確に異なっており、市場はこうしたステージの違いを前提に動いています。金融緩和のステージの違いを金融市場は織り込んでいますが、もう一つの日米欧の金融政策の相違点は織り込んでいないように思えます。それは、準備預金に関するものです。 FRBも日銀も、法的準備預金には付利をしていませんが、それを上回る超過準備預金にはそれぞれ0.25%、0.1%の付利をしています。これに対して、ECBは、法定準備預金には一定の金利を付利していますが、超過準備預金には付利をするどころかマイナス金利を採用しています。 超過準備預金に付利をしている日米両国による量的緩和は、結果的に供給されたマネーのほとんどが中央銀行にもどり、準備預金総額が法定準備預金の18~20倍に達するという異常な状態を作り上げました。一方では、こうした異常な準備預金残高は、中央銀行の付利によって、供給された資金が中央銀行に戻るという実質的不胎化効果も生み、これがインフレ抑制効果を発揮していたとも言えるものです。 しかし、ECBは超過準備預金に付利しないばかりか、マイナス金利を適用しますから、日米のように中央銀行が供給した資金が中央銀行に還流し、実質的不胎化効果を発揮することは日米ほど期待できません。つまり、ECBが供給する資金は、中央銀行に戻ることなく世界の金融市場を彷徨い続ける可能性があるということです。 このECBによって供給された、ECBに還流し難いマネーはどこに流れるのでしょうか。ECBによる大規模な量的緩和は、FRBや日銀が行って来た「中央銀行に還流する可能性の高い量的緩和」とは異なっていることを市場はまだ認識していないように思います。 FRBが市場の想定通りに夏場に利上げを実施できるのか、ECBが「中央銀行に還流する可能性の低い資金」、換言すれば「バブルを生みかねない資金」をコントロールできるのか。2015年の金融市場は、これまで中央銀行も投資家も経験したことのない状況に足を踏み入れることになります。 このように金融政策が非常に難しくなるなか、日本は金融の専門家ではなく、行政官である日銀総裁に金融政策を委ね、まさに「神のご加護を」といった状況です。 日本のマスコミや専門家達は年末から盛んに「根拠なき安心感」を振り撒いています。確かに、ECBによって「バブルを生みかねない資金」が供給される可能性もありますから、「根拠なき熱狂」の再来があるかもしれません。しかし、結果はともかく、2015年の金融市場は彼らの主張ほどは簡単ではないということは肝に銘じておいた方がよさそうです。(ブログ「近藤駿介 In My Opinion」より)■ 総理、ただちに成長政策の総動員を (田村秀男氏)

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    「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国

    田久保忠衛(杏林大学名誉教授) 昭和8年、千葉県生まれ。外交評論家、杏林大学名誉教授。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長などを歴任。59年に杏林大学教授、平成8年から現職。専門は国際政治。著書に『戦略家ニクソン』(中公新書)など。第12回正論大賞受賞。 安倍晋三首相の顰(ひそ)みに倣って地球儀を俯瞰(ふかん)すれば、日本の頼みの綱であるオバマ米大統領が「世界の警察官」役を放棄すると宣言したことではっきりした米国の「内向き」傾向に、同盟国や友好国が今年も不安を抱いた状態が続いていくということになろうか。 目に見えないタガが外れ、ロシアや中国周辺、中東での秩序は乱れている。シリアとイラクにかけては国家でない「イスラム国」が、ちょうど日本と同じ面積を何となく実効支配している異常は、鬱陶(うっとう)しいことこのうえない。疑問視された大統領の指導性 20世紀初頭にカリブ海に進出してきた外国の影響力を排除するために、セオドア・ルーズベルトは「でっかい棍棒(こんぼう)片手に猫なで声」外交を展開したが、オバマ政権は棍棒を使う意思がないとみられているところに、国際情勢混乱の一因が潜んでいるように思われる。 とりわけ、国際テロリスト勢力に対して、手の内を明かすような発言をホワイトハウスの最高司令官が口にしてはやりにくい、との気持ちが米国防総省の制服組にはかなり前から存在していたようだ。 どの部隊を何年何月までに撤収させるとか、地上戦闘部隊は投入しないとの発言を繰り返せば、性悪な敵に重要なヒントを与えてしまう。 さて、昨年12月に、アシュトン・カーター氏がチャック・ヘーゲル国防長官に代わり、次期国防長官に指名された。オバマ政権ではロバート・ゲーツ、レオン・パネッタの2国防長官が辞任しているから、4人目の国防長官となる。これは異例だし、ゲーツ、パネッタ両氏はそれぞれ回想録を書き、ホワイトハウスのあまりに細かい管理(micro-management)と大統領の指導性不足に注文をつけている。機能不全のホワイトハウス 事実上、更迭されたヘーゲル氏の人事をめぐるごたごたで明らかになったのは、デニス・マクドノー大統領首席補佐官、スーザン・ライス同補佐官(国家安全保障)ら大統領側近が壁を作り、国防総省だけでなく国務省との風通しがまことに悪くなっているという事実だ。ヘーゲル長官はシリア、ウクライナ、イスラム国問題などでホワイトハウスの戦略が不明であるうえ、決定に時間がかかるのに我慢ができなかったのだろう。 米国の内向きという曖昧な表現の実体を解明するのは難しいが、謎の葉を一枚一枚はがした末にたどりつく芯はホワイトハウスの機能不全だ。新国防長官に就任するカーター氏は物理学者で兵器の性能にも詳しいし、パネッタ国防長官の下で副長官として年間6千億ドルの国防総省関係予算を扱った経験を持つ。 英誌エコノミスト12月6日号は、カーター氏が2006年に北朝鮮に対して先制爆撃をすべしと論じたタカ派であることをオバマ大統領は知っているかね、とちゃかしたような記事を載せていたが、オバマ政権に残された2年間にはヘーゲル時代と別の政策が打ち出されるのか、あるいは外交・防衛に明るいといえない側近の壁は揺るがないのか。2年は続く米国の内向き傾向 戦後の冷戦は、突如として始まったベルリンの壁の崩壊を機にあっという間に終焉(しゅうえん)してしまった。ソ連帝国は74年間で歴史の幕を閉じた。代わって登場したのが1プラス6の国際秩序だ。軍事力、経済力、技術力、情報力などずば抜けた国力を持つ米国を、フランスのユベール・ベドリーヌ元外相は「ハイパー・パワー」と称した。その下で日本、中国、ロシア、英国、フランス、ドイツの6プレーヤーがそれぞれの役を演じてきた。しかし、1プラス6の時代も長くは続かなかった。中国、インド、ブラジルなどの諸国が著しく国力を増強させ、なかんずく中国はあっという間に米国に次ぐ世界第2の経済力、軍事力をつけてしまったのである。 米国は国力を維持し続けているし、移民などによる人口増で、主要国が抱える少子化問題に悩む必要はない。さらにシェール革命でエネルギーは自立から輸出国に転換する勢いがあるが、他の諸国の国力増大があるから、あくまでも相対的な国力低下にすぎない。 だが、オバマ大統領はイラクから撤退し、16年にはアフガニスタンからも撤兵する。海外で棍棒を使いたくないとの大統領の気持ちは強く、国防長官にカーター氏が指名されたにもかかわらず、内向きの傾向は少なくともあと2年間は続くと見なければならない。 米国にべったり寄りかかって棍棒を軽視してきた日本が何をすべきかはおのずと明らかだろう。ソフトパワー重視もいいが、アニメと日本食のPRを熱心に試みても尖閣諸島や小笠原諸島に不法に入ってきた中国船には何の効果もない。米国との絆を強めつつ日本は何をすべきか。安倍晋三首相はご自身が運命の人であることを自覚しておられると信じている。■ 中国大船団 自衛隊・機動隊で制圧せよ (一色正春氏)

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    議員の役割 日米でこれだけ違うのか

    今回の総選挙は、11月初めの米中間選挙から1ヶ月あまり後に行われる。双方とも世論を二分するような争点があまりないといった類似点がある一方、当選した議員が実際の立法活動で果たす役割には両国で相当の違いがある。日本でも、個々の議員が真の意味で立法に携われる環境が必要なのではないだろうか。

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    米中間選挙は「勝者なき選挙」  レーム・ダック化するオバマ政権

     辰巳由紀 (スティムソン・センター主任研究員)  11月4日、アメリカでは中間選挙が行われた。選挙前の予想どおり、共和党が上院で52議席を確保して過半数を獲得、下院でも議席を伸ばし、243議席を確保した。本稿執筆時点で、まだ結果が確定していない選挙区も若干、残っているが、オバマ政権の最後の2年間は上下両院とも共和党が多数党を占めることが決定した有権者は共和党を積極的に選択したわけではない 米国のメディアはもちろん、日本のメディアでも、今回の中間選挙の結果については「民主党大敗」を前面に出した報道が主流を占める。しかし、実は見落とされがちなのは、中間選挙は大統領にとっては負け戦になることが多いということだ。 カリフォルニア州立大学サンタ・バーバラ校が集積したデータを見ると、1934年以降、中間選挙の際に上下両院で議席を増やしたのは第1期ルーズベルト政権(1934年)と第1期ブッシュ政権(2002年)のみだ。1996年の大統領選挙で圧倒的勝利で再選を果たしたクリントン大統領でさえ、第2期の1998年に迎えた中間選挙では下院で5議席を増やしたのみにとどまっている。つまり、2期目に入った政権が中間選挙で負けるのは米国政治サイクルの中の必然であり、オバマ大統領率いる民主党は、今回の選挙では「負けるべくして負けた」ともいえるのだ。 特に、今年の中間選挙の行方を左右した大きな要因は、民主党が提示した個々の政策に対する反感というよりも、有権者の間に広まっている、既存の政治システムに対するいら立ちや怒り、将来についての漠然とした不安だった。 このような悲観的なムードの根底には、2008年に「変革」を訴えて当選したオバマ大統領が政権を発足させてからの6年間、有権者が期待していたような劇的な変化が感じられていないことへの失望といら立ちがある。国内では景気回復の実感は薄い。オバマ大統領が公約に掲げた財政再建も、移民制度改革も進んでいない。目に見える数少ない実績だったはずの「国民皆保険制度」も導入の手続きでつまずき、制度の効果を実感できるまでには至っていない。大学は出たものの就職もままならず、多額の学生ローンを抱えて、両親との同居を余儀なくされる若者も増えている。 国外を見れば、2008年に公約に掲げたイラクとアフガニスタンからの戦闘部隊撤退は実現したが、ISISに代表されるイスラム教過激派テロ集団はその残忍性を増し、彼らの活動が活発化するにつれ、再び中東に米軍を投入することになってしまった。アフリカでのエボラ出血熱の流行に対する米政府の対応にもむらがあり、国民の不安感は増長した。そんな現状を横目に、ワシントンではオバマ政権と議会共和党は対立を繰り返し、2013年10月には連邦政府が一時閉鎖される事態まで起きた。このような状況に有権者がやり場のない怒りやいら立ちを抱える中で行われたのが、今回の中間選挙だったのだ。 つまり、共和党の大勝利は、有権者が共和党を積極的に選択した結果ではないのだ。投票後のCNNの出口調査では、民主党に前向きなイメージを持っていると答えた有権者は44%、共和党に対して前向きなイメージを持っていると答えた有権者は40%と、僅差ではあるが、共和党に対する見方がより厳しい結果が出ていることが、それを物語っている。 確かに、現在の共和党は、選挙までは「反オバマ」の一点で辛うじてまとまりを見せていたが、その内実は昔ながらのエスタブリッシュメント、リバタリアン、新孤立主義派、茶会運動支持者、社会問題保守派などの寄せ集めだ。共和党が議会で多数党となった後も、これらのグループが、これまでのように内輪もめに明け暮れ、オバマ大統領からの提案に「ノー」としか言えない状態に逆戻りすれば、2016年の選挙で有権者から厳しい判断を下されるのは必至だ。 つまり、今回の選挙は、数字だけみれば共和党の大勝に見えるが、実際は「勝者なき選挙」だったのではないだろうか。国内問題を巡る政権運営への影響大 とは言え、今回の中間選挙での民主党の大敗によりオバマ大統領のレーム・ダック(死に体)化は確定したと言わざるを得ない。であるとすれば、この現実は今後2年間のオバマ大統領の政権運営にどのような影響を与えるのであろうか。 一番、影響が出るのは国内問題を巡る政権運営だろう。確かに、最低賃金引き上げ、移民制度改革、通商問題、法人税減税など、共和党との間で議論をし、立法化を進める余地が残っている案件もある。しかし、より大きな政策問題、例えば、財政再建の手法や、共和党が「オバマケア」と名付けて、その廃止を主張する国民皆保険制度などについては、両者が歩み寄る余地がどれだけあるのか、疑問が残る。 特に、前者については、2015年9月末には現在の連邦政府予算に関する合意が失効する。実は、米連邦政府は予算年度上は既に今年の10月1日から2015年度に入っているのだが、2015年度予算が成立していないため、現在は、今年12月10日を期限とした予算継続決議を元に、2014年度予算と同程度の支出を行っている状態なのだ。しかも、2013年には、財政再建を目指した連邦政府予算の枠組みに関してオバマ大統領とべイナー下院議長が原則合意に達したものの、ベイナー下院議長が茶会運動の支持を基盤にする共和党下院議員の同意を取り付けることができずに合意が反故になり、同年10月の連邦政府閉鎖に至ってしまった経緯もある。2015年度予算の成立もおぼつかない中で、2016年以降の財政再建について合意が成立するのかについては、早くも悲観的な見方が出ているのが実情だ。 外交・安全保障問題についてはどうか。外交や安全保障政策は、基本的には大統領の専権事項であり、共和党が議会の両院で多数党となったことで、個々の政策に直接的影響を与えるケースは少ないだろう。短期的にはイランとの核交渉に対する議会の視線が一段と厳しくなることが予想される以外は、具体的な案件はない。 しかし、連邦議会は、上下両院の外交問題委員会や軍事委員会で、議会が関心を持つ問題については積極的に公聴会を開催し、政府内外の関係者を参考人として招致して証言させ、質疑応答を通じて活発な議論を行う。政府からの情報提供が不十分である、あるいは定期的な情報提供が必要と判断される場合には、省庁に報告書の提出を義務付ける法律を成立させたり、予算法案に当該条項を挿入したりする場合もある。例えば、国務省がテロ国家に関する年次報告書を毎年議会に提出し、国防省が『四年毎の国防見直し(QDR)や人民解放軍の軍事力を評価する報告書を毎年それぞれ議会に提出するのは、これらの報告書の提出が法律によって義務付けられているからだ。 特に、共和党が上院でも多数党になったことで、各委員会の委員長ポストが全て共和党に異動することになる。例えば、外交委員会ではボブ・コーカー上院議員が委員長職に、同委員会のアジア太平洋小委員会では、2016年大統領選出馬も囁かれるマルコ・ルビオ上院議員が、軍事委員会では、ジョン・マケイン上院議員がそれぞれ、委員長に就任することが確実視されている。特に、マケイン上院議員やルビオ上院議員は、イラン問題をはじめとする中東情勢や中国、北朝鮮問題について強硬な姿勢を持っていることで知られており、彼らが委員長職に就任する来年1月以降、活発に公聴会を開催し、これらの問題について政府高官の証言を求めていくことで、これらの問題についての対応に関する説明を厳しく求めていくことが予想される。オバマが残り2年間に向けて何を学ぶか上院軍事委員長に就任する見込みのマケイン議員 日本にとっては、共和党が多数党になる議会が北朝鮮や中国に対して、断固とした姿勢を明確に示してくれることは、日本がこれらの国との間に抱えている懸案を考えると歓迎すべきことだろう。しかし、日本にとってプラスになることばかりではない。実は、日米関係、特に日米同盟のマネージメントに直接的な影響が出る可能性もある。マケイン議員が上院軍事委員長に就任することで、沖縄の普天間飛行場移設問題にも再び議会の関心が向く可能性があるからだ。 マケイン議員は、かねてよりグアムにおける海兵隊基地建設に対して「税金の無駄遣い」として批判的で、2013年国防省歳出法案をめぐる議論の中でグアムでの施設建設のための予算をつけないように強硬に主張した。日本で11月の沖縄知事選以降、普天間飛行場移設に向けた動きが停滞するようなことがあれば、上院軍事委員長としての立場から、これまで取ってきたグアムの代替施設建設に反対する姿勢をより明確に打ち出す可能性は強いだろう。 このように内政から外交・安全保障問題まで多岐にわたる問題への対応をめぐって、オバマ政権が今後2年、どのような政権運営を見せるのか。鍵となるのはオバマ大統領が今回の敗北を経て、残り2年間に向けて何を学ぶかだろう。 2006年中間選挙で、今回のオバマ大統領に負けず劣らずの大敗を喫したブッシュ大統領は、選挙後、ラムズフェルド国防長官を更迭し、ホワイトハウスのスタッフの刷新を図り、イラク情勢やリーマン・ショックへの対応に苦しみながらも、当時議会で過半数を持っていた民主党のペロシ下院議長やリード民主党上院院内総務と、建設的な話し合いができる関係を作った。オバマ大統領が同じように人事刷新を断行し、議会との調整にこれまで以上に自分が積極的に前に出るような思い切った方向転換ができれば、残り2年の任期で「レーム・ダック」の評価を吹き飛ばすような実績を上げることも可能だが、その鍵を握るのは、よくも悪くも、オバマ大統領ただ一人である。辰巳由紀(たつみ・ゆき) スティムソン・センター主任研究員、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。東京生まれ。国際基督教大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院で修士号取得。在米日本大使館専門調査員、戦略国際問題研究所(CSIS)研究員などを経て2008年より現職。2012年よりキヤノングローバル戦略研究所主任研究員を兼任。専門は日本の防衛政策、日本の国内政治、日米安全保障関係、米国の対アジア安全保障政策。

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    「明確な争点なし」が共通点 日米ともに信任投票?

     今回の総選挙が、政党間での政権交代はもちろん、与党内での首班交代につながると思う方はまずいないだろう。その意味でこの選挙は、政治・選挙システムは大きく異なるものの、大統領の地位には影響を及ぼさない米国の中間選挙と似た性格を帯びたものになりそうだ。  折から、米国では11月4日に中間選挙の投票が行われたばかりだが、「近年まれに見る争点がない選挙」(ワシントン・ポスト紙)との声が高く、盛り上がりに大きく欠けた。。下院に続いて上院でも共和党が多数を獲得したことで、「政権と議会の緊張関係が一段と高まる」などとも報じられているが、議席数をみれば、米国政治の潮流を変えるようなインパクトは少ない。特に内政面では、オバマ大統領の残り任期2年間は、重要問題では政権と議会がお互いに譲らず、手詰まり状態が続く可能性が高くなっている。 時期的に近接して行われることになった日米両国での選挙を取り巻く類似点、相違点はどのようなものだろうか。■ 「経済」に最も高い関心も、両党とも具体的な政策不在 ギャラップ社が中間選挙の投票約1ヶ月前の9月末に実施した世論調査では、有権者が「極めて重要」「とても重要」と考えた政策課題の上位は、1・経済(88%)2・雇用(86%)3・連邦政府が正常に機能すること(81%)4・イラク、シリアでの「イスラム国」の動き(78%)5・男女間での賃金平等(75%)6・財政赤字(73%)の順だった。 このうち「連邦政府の機能」は、昨年10月には議会の上下両院対立によって歳出法案が成立せず、約半月にわたって連邦政府が業務を停止したことなど、米国独特の事情を背景にしているもので、「イスラム国」は米国が歴史的にも、21世紀に入ってからのイラク介入などによっても中東情勢に強い関心を抱いていることによる。 その他の4項目は日本でもほぼそのまま、今回の総選挙で意識されている課題となっている。いずれも、広い意味での経済問題に属しており、少なくとも先進国間では「政治は経済によって動く」ことを証明している。  ギャラップの調査では、各課題について「(民主・共和)どちらの党がより良い結果を出せると思うか」を質問。6課題のうち、民主党を評価する意見が多かったのは「男女間での賃金平等」のみで、「雇用」はほぼ同率だったが、他の4項目では過半数が共和党を高く評価した。実際の選挙結果を見ても、オバマ政権に対する失望感と合わせ、有権者のこのような受け止め方が議席の増減に直結したといえる。■中間選挙は72年ぶりの低投票率 とはいえ、今回の中間選挙は、「記憶にある限り、一番退屈で新味がない選挙戦だった」(コラムニストのデビッド・ブルックス氏)。全国平均投票率は36.4%と、第二次大戦中の1942年以来実に72年ぶりという低さを記録し、選挙民の関心の低さを如実に示す結果になった。 この最大の原因が、国民を二分するような明確な争点が最後まで現れなかったことだ。 前回2010年の中間選挙では、医療保険制度改革(オバマケア)の是非や、不法移民規制などが重大な争点となった結果、共和党が圧勝し下院で4年ぶりに多数派に。08年選挙で大統領ポストをはじめ上下両院でも多数を占めた民主党の勢いが完全に止まり、米国政治が大きな転機を迎えることになった。 これに対して、最も関心が高い経済問題についても目新しい公約は両党からあまり聞かれることないままで終始。米国の景気自体は、日本や欧州に比べると上向き傾向を示しているだけに、リーマンショック当時などと比べれば切実さは少なかったこともあり、結局は政党レベルで広がりを見せた政策・公約は見当たらなかった。 投票の結果、共和党が上院で多数派となり、下院でも議席差を拡大したが、大統領の拒否権を覆せる3分の2に遠く及ばないのはもちろん、上院で重要法案の討論を終わらせて投票を強制させるのに必要な60票もはるか彼方。これから2016年大統領選までは、ブッシュ前政権の最後の2年間と同じように、両党とも主要な政策課題は動かしにくい状況が続くとの見方が圧倒的だ。米国での投票風景■日本も「信任投票」か 一方、日本の現状を見ると、同様に明確な争点を欠いている感は強い。景気の先行きに以前よりも不安感が強まっている中で不思議な現象ではあるが、解散の最大の理由である消費増税を、当初の予定通り「来年実施すべき」という政党が存在していないのだから当然ともいえる。 さらに、現在の日本は近年で最も野党の勢力が弱い時期に入っており、選挙民の関心をひきつけるような政党がなかなか見当たらない。となれば今回の総選挙が安倍政権、ないしはアベノミクスに対する信任投票の色を帯びることは避けがたく、米中間選挙以上に、現政権に対する評価が示される場となりそうだ。 オバマ大統領の場合、任期6年目の現在での支持率が概ね40%台で、昨年夏ごろからは常に不支持が支持を上回る状態になっており、同時期に支持率が3割台にまで落ちたブッシュ前大統領には勝っているとはいえ、歴代大統領の中でも「レイムダック化」は激しい(クリントン元大統領は、6年目で60%以上の支持を得ていた)。 これに対し、各種世論調査での安倍内閣への支持率は解散前で概ね40%台後半と、オバマ大統領のそれと大きくは変わらないが、不支持率が支持率を上回る状況は出ていない。となれば、やはり今回は米中間選挙以上に、自民の議席がどのように変動するかが、唯一の焦点にならざるを得ないのかもしれない。 (iRONNA編集部)

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    議員の役目は立法ではないのか  

     米国政治に関する日本国内での報道、情報は外国に関するものとしては圧倒的に多いものの、大半のケースでは政治システムの基本的な部分に関する説明が省略されてしまい、行政府=政府が強力な日本と同じようなシステムで動いているのでは-との錯覚さえ生みかねない。米国の三権分立は徹底しており、特に内政では日本人が平均的に抱いているであろうイメージより議会(さらには連邦最高裁判所)の力ははるかに強いし、大統領=行政府が主導する外交・軍事でも歳出面を中心にした議会の発言権は小さくない。 このことや、議員は個々の意思で立法活動に動くことが多いことなどを知らないと、例えばなぜ米国では議員らに働きかけて依頼人の利益増進を図る「ロビイスト」という職業が相当数、公然と存在するのか、理解できないことになりかねない。 ■議員個人が埋没する日本の国会 米議会の主な特色を挙げると、・     党議拘束がない・     第二院(上院)の権限が極めて強い・     すべての法律は議員立法-と日本や欧州諸国などと異なる部分が多い。どんな政治システムでもそうであるように、長所・短所はそれぞれあるものの、米国の議員が世界で最も自主性が強く、慨して政策立案能力にも長けていることはこれらの基盤から生まれている。 いったん当選すれば政府提出法案に対して、党議に従って賛成または反対することが(表面から見える)主な仕事となってしまう日本。当選回数を重ね、与党なら行政府の一部である大臣になることが「出世」と認識されるこの政治システムが、選挙前後以外は大半の議員の存在は薄らいでしまい、不祥事などでも起こさない限り、注目されない環境を作ってしまっていないだろうか。 「押し付け憲法」下でも、米国式ではなく英国に近いものとされた議会制度だが、議員個人がより、能力を発揮して本来の仕事であるはずの立法活動を行う国会は実現できないのか。米国の状況を伝える。 ■一人の議員がキャスティングボートを握ることも  米議会では上院、下院とも党議拘束は基本的に存在しない。下院議長、各委員長など院内人事案件で所属党の方針に反する票を投じれば除名などの処分を受けることになるが、それ以外の法案審議では、院内の党指導部や大統領に従う必要はなく、各議員の信条や、選出選挙区の事情に従って態度を決することが一般的だ。  この結果、議会内の共和・民主両党指導部にとっては、いかに自党所属の議員票をまとめるか、対立党所属議員で見込みがある層を切り崩せるかが極めて重要な任務になっている。これらの工作は上層部同士ではなく、個人を対象に行われることが普通で、よくも悪くも議会政治をダイナミックなものとする。  上院を例にとれば、来年初頭まで有効な現会期では民主党が(同党に近い無所属議員を含め)10議席差で優位、今回の中間選挙を受けた次会期では現時点で(決選投票が行われる1州を除き)共和党が6議席差で優位になるが、実際の議会審議で投票結果がこの党派構成どおりになることはかなり少ない。 オバマ現政権の最大の実績とされる「オバマケア」法案をめぐる上院審議では最終段階で、共和党穏健派のスノウ議員(当時)か、民主党保守派のネルソン議員(同)のいずれかの賛成を得ることが成立に必須になった。結局、後者の賛同を得ることで成立したが、その際にはネルソン議員が要求した、法案の一部修正が受け入れられたように、たった一人の議員がキャスティングボートを握ることもままあるのだ。 ■一票の格差60倍以上、強大な権限持つ上院共和党上院院内総務のマコーネル議員。日本での知名度は高くないが、共和党最高実力者の一人。  日本の参議院や英国の上院(貴族院)に代表されるように、二院制を採用する大半の国では、第二院は権限が小さくなるよう定められている。しかし、米国の場合はこれらとまったく異なり、上院の権限が極めて強い。  上院と下院は立法機関としてまったく同等の権限を持っており、すべての法案は両院で可決されない限り、大統領の署名を求めることができない。それに加え、憲法では上院の専権事項として・     宣戦布告・     外国との条約批准・     連邦裁判所判事人事の承認・     閣僚、大使など主要な政府人事の承認などが定めている一方、下院が優越しているのは予算案の先議権程度だ。  さらに上院の定数は1州2人で100人と、435議席がある下院に比べ、議員1人の重みが違うことも、上院の存在感を強めている。2008年の大統領選が民主党オバマ、共和党マケイン両上院議員の争いとなったように、上院で名声を得ることは、州知事に次いで大統領への有力な道になっている。 このように上院や上院議員の権限が強いのは、米国が”United States”の名の通り、各州の連合体としての性格を強く有しているからに尽きる。2010年の国勢調査で最も人口が多かったカリフォルニア州は約3700万人(東京都、神奈川県、埼玉県の全部と、千葉県の約半分を合わせたのに近い数字)、最も少ないワイオミング州は約56万人(東京都八王子市の人口とほぼ同じ)と60倍以上の格差があるが、両州の上院議員数も議員の権限もまったく変わらないし、異議を唱える声が真剣にあがったこともない。この点は、米国の個性といって間違いない。 ■ 少数党所属でも新人でもチャンスあり 米国では、大統領をはじめとした行政府には、法案を議会へ提出する権限は一切ない。国家の根幹をなす予算法案・歳出法案も例外でなく、ホワイトハウスは毎年初めに行政府としての要求をまとめた「予算教書」を議会へ送るが、これは形式としては拘束力を持たない「要請」または「勧告」で、実際の法案はホワイトハウスに近い議員によって提出される。 また、予算(歳出)の割り当てをめぐる攻防も、政府案が決定されるまでが事実上の勝負であり、国会の予算委員会、本会議はいわば各党のパフォーマンスの場になっている日本とは違う。半年を軽く超える議会での審議が本番だ。原案どおりに通過することは絶対無く、両院で数多くの修正が付される(この過程で、各議員の力関係などによる地元への利益誘導が露骨に行われていくが、少なくとも結果は明白に公表される)。  予算以外でも無論、行政府=ホワイトハウスの意向が影響する法案は少なくないが、議員が個別に行う立法はそれをはるかにしのぐ。この土壌では、少数党の議員といえども、立法過程で蚊帳の外に置かれることはなく、特定問題に関しては考えが近い対立党議員らと組んで多数派工作を行い、最終的に法律として成立することも珍しくない。各議員が擁する政策スタッフや、議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)などの機関は決して飾り物ではないのだ。  とはいえ、院内総務や委員長などの主要ポストを得るには、実力もさることながら当選を重ねて所属党内の序列を上がっていく必要があることは、米国も日本と変わらない。だが、たとえ2年ごとに選挙が繰り返される下院でも、現職がほとんどの場合圧倒的有利という国柄もあり、「1年生議員」でも本人の能力やスタッフしだいで、政治目標を実現させやすい環境にあるのは間違いない。(iRONNA編集部)