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    日本のテロ危険度は本当に低いのか

    サート会場で起きた爆弾テロは世界に衝撃を与えた。イスラム教のラマダン(断食月)が始まり、過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロの危険度は一層高まる。欧州に比べ、危険度が低いと言われる日本だが、テロの脅威を楽観視して本当に大丈夫なのか?

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    日本でも浮かぶ「要人暗殺」の可能性、X国のテロから首相を守るには

    特徴は、一般市民を狙った無差別テロであり、ソフトターゲットを標的とした無差別大量殺傷であった。昨今のイスラム国を中心としたイスラム過激派組織が起こしたフランスやベルギーなどでのテロ事件のような、欧米諸国で実行されているグローバル・ジハードの戦略の影響も影を落としている。2001年5月、強制退去処分を受け、北京行きの航空機に向かう金正男氏(右)=成田空港 しかしながら、北朝鮮の金正男氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で神経剤VXガスとみられる猛毒により暗殺された事件が発生した。これは特定の要人を狙った要人暗殺テロである。本来、大統領や首相など国家の要人であればテロや犯罪から守るための警備が厳重に敷かれているが、金正男氏には立場上、その警備がなかったために比較的容易にテロ行為が成功した。この金正男殺害事件は、最も古いタイプのテロリズムである「要人暗殺テロ」に分類することができる。「テロリズムは劇場である」と述べたのは、テロリズム研究者のブライアン・ジェンキンスである。テロリズムはテレビや新聞などのメディア報道を通じてドラマティックなストーリーとなり、それを見守るオーディエンスを取り囲んで社会全体を劇場化する作用をもつ。テレビの視聴者も、新聞や雑誌の読者も、テロリズムという劇場のオーディエンスとなってこの物語に参加する。金正男殺害事件は、事件発生当時から1カ月を経過した段階でも、テレビのワイドショー番組や週刊誌、タブロイドなどを連日にぎわせる数字の取れるキラーコンテンツであった。 かつて2004年のイラク日本人人質テロ事件では、人質となった日本人3人をめぐって小泉政権がイラク派遣の自衛隊撤退という要求を受け入れるか、それとも拒否するか、日本人3人の命は助かるのか、日本の世論は同情論と自己責任論に分裂しながらこの事件の行方について固唾をのんで見守った。2015年のイスラム国によるシリア日本人人質テロ事件でも、日本人2人の命と2億ドルという身代金要求のあいだで有効な手を打てない安倍政権を尻目に、インターネットやソーシャルメディアを通じて、2人が殺害される画像や動画が世界を駆け巡るという結末を迎えた。テロリズムを実行するテロ組織やテロリストは、自らのメッセージを世界にプロパガンダするために、テレビや新聞などのマスメディア、インターネットやソーシャルメディアを利用して、世界中のオーディエンスを取り込みながらテロリズムを実行する。 このようにメディアの進化した現代社会において、テロリズムは新しく魅力的なコンテンツとスペクタクルを供給する装置として機能している。金正男殺害事件と地下鉄サリン事件の共通点 今回の金正男殺害事件は、白昼堂々と監視カメラに囲まれた国際空港という舞台で実行された。第三国のマレーシアで、一般客でにぎわう国際空港で目撃者も多く、監視カメラの動画が多く残されているのがその特徴である。実行犯の2人の女性とその背後にある組織、国家の存在、そして犯行の手段として使用された化学剤など、テロリズムのストーリーを構成するドラマティックな要素を含んでいる。 この事件で使用されたとされる神経剤VXガスは、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教が、漫画家で評論家の小林よしのり氏をかつて殺害しようとして使用した化学兵器の一種である。オウム真理教による1995年の地下鉄サリン事件は、東京の地下鉄乗客を無差別にターゲットとして化学剤サリンを用いて13人を殺傷し、6000人以上の負傷者を出した世界で初めての都市型無差別化学兵器テロであった。前年の松本サリン事件、亀戸の炭疽菌生物兵器テロ未遂、皇居を狙ったボツリヌス菌計画などオウム真理教によるNBC(核・生物・化学)兵器を利用したテロ計画が発覚し、テレビや新聞、雑誌などのマスコミによるメディアスクラム(集団的過熱報道)は1年以上続いた。オウム真理教による一連のテロリズムに対して、メディア報道は過熱し、テレビの視聴率や新聞雑誌の販売部数は高まり、数多くのオーディエンスが魅了されたのである。 メディアスクラムを発生させ、オーディエンスを夢中にする金正男殺害事件と地下鉄サリン事件の共通点は紛れもなく「テロリズム」である。テロリズムを構成する要素として「政治的動機」があるが、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教が霞が関の官庁街や皇居を狙うという政治性、クーデター的要素をもったように、金正男殺害事件には北朝鮮の国家体制をめぐる政治的意図が存在する。この政治的目的を達成するためのテロリズムがもつ意図や計画が、政治的、国家的スペクタクルを生み出す。 またこの2つの事件の共通点は、化学兵器を用いたNBCテロであるという点である。通常の爆弾や銃器ではない、耳慣れない特殊な化学兵器は「脅威の神話性」をもつ。国際法や国際条約によって戦場でさえもその使用が禁止されている化学兵器が、一般社会で使用されるインパクトは大きい。サリンやVXガス、タブン、ソマンといった化学兵器がどのように精製され、どのような影響をもたらすか、その謎に包まれた兵器自体がドラマティックな要素を含んでいる。 国家や組織による陰謀や謀略の物語性、謎の化学兵器がもつ神話性などオウム真理教による地下鉄サリン事件がもっていたその特徴を、この金正男殺害事件も有している。メディアスクラムが発生しオーディエンスが魅せられる要素はそろっているのである。要人暗殺テロの系譜 金正男殺害事件は、首相や大統領といった要人ではないものの、北朝鮮にとって影響力をもつ人物が殺害されたという意味で、要人暗殺テロの亜種であるといってよい。これまで一国の首相や大統領などのリーダーが国内の勢力によって暗殺された事例や、命を狙われた事例は数多く存在する。 戦後でも有名な事例として、ケネディ大統領は1963年テキサス州ダラスでパレード中に銃撃され暗殺された。この映像は、初めての国際テレビ中継映像として日本に伝えられた。犯人とされたオズワルド容疑者も警察署内で銃撃されて死亡する展開に、この事件の真相はいまだに議論が続いている。このほかにも81年にはレーガン大統領暗殺未遂事件が起きるなど、アメリカの大統領はリンカーン大統領をはじめ、つねにテロリズムの対象となってきた歴史がある。米バージニア州のアーリントン国立墓地にあるケネディ大統領の墓 そのほかにもエジプトのサダト大統領は81年、戦勝記念パレードの観閲中にジハード団の将校により暗殺された。イスラエルとの和平実現に反対するイスラム原理主義集団による犯行であった。韓国の朴正熙大統領は79年にソウルで殺害された。韓国中央情報部(KCIA)部長による暗殺事件であった。このように、国家権力の中枢にいる大統領や首相が国内勢力のテロリズムによって殺害されるケースは世界各国で発生している。 しかしながら、国家の要人が国外の勢力によって暗殺された事例や、その未遂事件はそれほど多くない。同じく韓国の事例でいえば、83年のラングーン爆弾テロ事件において、ビルマのラングーンを訪問中であった全斗煥大統領が北朝鮮工作員によって狙われた爆破事件が発生したが未遂に終わった。韓国では同様に、68年にも北朝鮮ゲリラによる朴正熙大統領を標的とした青瓦台襲撃未遂事件が発生している。 要人暗殺テロは、時代を超えていつの時代にも発生してきた最も古いテロリズムの形態の1つであるが、現代において要人暗殺テロの発生が減少した要因の1つは、テロ対策など要人の警備が強化されたことにより、テロ組織やテロリストが武器や兵器を持って要人を直接攻撃することが困難になったことである。テロリズムに道徳を見出す日本人 テロリズムという概念が存在しなかった時代から、要人暗殺は歴史的に繰り返されてきた。それは日本の歴史においても同じである。 犬養毅首相が青年将校に殺害された5・15事件は、テロリズムという概念が一般化していなかった当時は使用されていなかったものの、現代的な観点でみれば要人暗殺テロである。青年将校を「話せばわかる」と説得しようとした犬養首相に対して「問答無用」と答えて銃撃した青年将校の行動は、まさに言論を封殺するテロリズムである。陸軍青年将校によるクーデター未遂となった2・26事件も同様に要人暗殺テロに分類できる。襲撃された岡田啓介首相は難を逃れたものの、高橋是清大蔵大臣や斎藤実内大臣ら政府要人が暗殺された。これらはいずれも軍人によるテロリズムであり、当時すでに崩壊していたシヴィリアン・コントロールを完全に破壊する行為であった。しかしながら、これらの要人暗殺でさえも、テロリズムの政治的動機(たとえば「昭和維新・尊皇討奸」というスローガン)に情状酌量や同情の余地があれば、その行動の源にある正義を斟酌するという心的態度が日本人にあることも事実である。 さらに歴史をさかのぼっても、幕末の江戸で発生した桜田門外の変も水戸脱藩浪士による大老・井伊直弼の殺害事件であり、これも現代的に考えれば、政治的目的を達成するための要人暗殺テロである。しかしながら、安政の大獄で吉田松陰や橋本左内など多くの志士を処刑した大老に天誅を下した水戸脱藩浪士に対して義挙として賞賛する立場、明治維新の先駆けとする見方も日本人のなかにあることを忘れてはならない。 さらにいえば「忠臣蔵」で知られる元禄赤穂事件も、取りつぶされた浅野家の赤穂浪士四十七士が幕府の重鎮である吉良上野介を襲撃して殺害するという重大事件であり、現代的な視点で考えれば要人暗殺テロ以外の何ものでもない。しかし主君への忠義と仇討ちという日本人の心の琴線に触れる物語として、歌舞伎やドラマ、映画のキラーコンテンツとして現代まで人びとに親しまれていることは周知の事実である。江戸城、松の廊下で吉良上野介に切りかかる浅野内匠頭を描いた絵馬=兵庫県赤穂市の大石神社 テロリズムを罰する法治主義的態度の観点と、そこに正義や忠義の道徳的態度を見出す観点が分離して相克しているのが日本人のテロリズム、とくに要人暗殺テロに対する心的態度の複雑さを形成している。 日本の初代内閣総理大臣となった伊藤博文も晩年の韓国統監辞任後に、ハルビンで朝鮮の独立運動家の安重根に殺害された。この事件は日本側から見ると明治維新の元勲を殺された要人暗殺テロと考えることができるが、朝鮮から見ると犯人の安重根は日本からの独立運動の英雄として讃えられている。このように政治的動機の伴うテロリズムは、国や民族の立場が変わると、要人暗殺テロというラベリングと、民族解放運動や革命といったラベリングとがせめぎ合う解釈の闘争が発生する現象なのである。現代日本で要人が標的となるリスク このように歴史的に見たとき、日本では数多くの要人暗殺テロが発生してきたことを見落としてはならない。そしてそのテロリズムが発生する政治的風土や、それに道徳的観念や正義を見いだす精神的風土が日本には存在していたのである。 そして、その環境は現在も決して変わってはいない。現代の自民党安倍政権誕生以降も、特定秘密保護法をはじめ安全保障法制、そして現在のテロ等準備罪などのアジェンダ(議題)に対して国会周辺等で大規模な反対デモも発生した。また沖縄を中心とした米軍基地への反対闘争、反原発運動などのイシュー(論点)で局所的な政治的闘争は存在している。こうした政治的闘争は、現代の日本においてきわめて民主的で合法的な手段を用いた社会運動として定着していることも事実である。 しかしながら、最悪の事態を想定する危機管理の観点からみれば、また60年代、70年代において学生運動やマルクス主義運動が過激化して多くの爆弾テロやハイジャックなどの事件を引き起こした歴史的事例をみれば、社会運動が過激化した結果としてテロリズムが発生する可能性は決してゼロではない。本来、民主的かつ合法的であった政治運動から逸脱した一部の「過激化(radicalization)」という現象がテロリズムに結び付くプロセスは現代においても見逃してはならない。 また、国際テロリズムや国際安全保障の文脈においても日本の要人がテロリズムの標的となるリスクは高まっている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、これまでのオリンピックなど国際的メディアイベントがそうであったように、テロリズムの標的になる可能性が高く、東京五輪に向けた日本のテロ対策の強化が求められている。さらに「イスラム国」による欧米各国へのグローバル・ジハードはまだ終結しておらず、世界のどこでイスラム過激派によるテロリズムが起きてもおかしくない状況はいまだ続いている。北朝鮮の核実験・ミサイル実験や、中国による尖閣諸島、南シナ海への侵出など、東アジアをめぐる国際安全保障環境も緊張状態にある。テロリズムを防止する手だて このような時代状況と国際環境を踏まえたとき、また現代テロの特徴であるソフトターゲットを狙った無差別テロへ意識が向かっている現在こそ、要人暗殺テロへの備えに綻びが発生する可能性がある。いまこそ、本来テロリズムの王道であった要人暗殺テロへの備えと予防策を強化すべきである。 要人暗殺テロを防止するためには、その①「リスク源(risk source)」となる問題や組織の洗い出しが第一歩となる。そしてそれらの問題や原因によってテロが発生する可能性があることを②「リスク認知(risk perception)」し、さまざまな情報分析により③「リスク評価(risk assessment)」を実施しなければならない。そうして得られた要人暗殺テロのシナリオや想定に対して、具体的な④「リスク管理(risk management)」を実施し、国内外に幅広くアピールする⑤「リスク・コミュニケーション(risk communication)」が重要となる。このプロセス全体がテロ対策をめぐる危機管理である。そこで重要な鍵となるのは情報活動、諜報活動とも訳される「インテリジェンス(intelligence)」である。 想定されるシナリオには多様なケースが存在する。しかし日本の要人暗殺テロにおいて、リスクとして可能性が高いのは次の2つのケースであろう。1つ目は「日本国内のメディアイベントで警備状況が手薄になるケース」であり、2つ目は「国外の外遊時に外国勢力に狙われるケース」である。 本来、いずれも警察や治安機関により警備態勢が強化されている状況にあるはずであるが、その警備が一瞬緩むポイント、タイミングが発生したときに要人暗殺テロが発生する余地が生まれる。あえて具体的なシナリオで示せば、とくに危険なのは要人が小規模な文化的催しに参加して一般人と交流し、その様子をテレビや新聞などのメディアに公開してアピールしようとするようなケースである。 そこで使用されるテロの道具は、蓋然性としては爆弾や銃器、刀剣などの一般的に普及していて利用しやすい兵器である可能性が高いが、同時にこれらの道具は金属探知機や手荷物検査で発見しやすく失敗する可能性も高くなる。反対に、サリンやVXガスなどの液体、炭疽菌などのように粉末状にできるもの、放射性物質などのNBC兵器は、入手や製造が困難であったとしても、探知機や手荷物検査で発見しにくいという条件から、こうしたNBCテロやCBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)テロは事前に防止するのが困難であるという理由で大きな脅威となる。インテリジェンス・サイクルを強化せよ 要人暗殺テロを防止するための対策にはさまざまなものがある。まずは、危険団体、危険人物を特定してマークするインテリジェンス活動である。警察庁、警視庁の外事や公安が実施している活動であり、通信傍受などのシギント(SIGINT)や、監視カメラによるイミント(IMINT)などの監視活動も含まれる。また、危険な外国勢力の入国を水際で阻止するための出入国管理も重要な活動である。法務省の出入国管理インテリジェンス・センターは、出入国管理の情報収集と分析をテロ対策に活かすために設置された組織である。外務省は国際テロ情報収集ユニットを結成して、外国のインテリジェンス機関と情報共有し、海外のテロ組織やテロリストの情報分析を強化している。これらの各省庁が実施しているインテリジェンス活動の成果が内閣情報調査室、および国家安全保障会議(NSC)に集約されることで安全保障やテロ対策など危機管理に活用される。こうした一連のインテリジェンス・サイクルの強化が現代の日本に求められている。 またテロリズムの防止には、ほかにも多様なアプローチが存在する。たとえば、企業の研究施設や大学の研究所で使用される化学剤や放射性物質が拡散してテロリズムに利用されないようにするための拡散防止、危険物質の管理が重要である。デュアル・ユース(dual use)と呼ばれる問題であるが、そのために化学剤やバイオ、放射性物質などに関する危険物を保持している企業や病院、大学などのネットワークを強化して管理体制を構築することが必要である。 戦後の日本国内では、オウム真理教による地下鉄サリン事件以降は、大規模なテロ事件が発生していない。むしろイラク日本人人質テロ事件、アルジェリア日本人テロ事件、シリアイスラム国日本人人質テロ事件、ダッカ襲撃テロ事件など、国外の日本人がテロ事件に巻き込まれるケースのほうが増えている状況である。グローバル化した国際テロリズムの時代にこそ、こうした国際的環境のなかで日本のテロ対策の在り方を見直し、国民のなかで議論を行なうべき時期が訪れている。ふくだ・みつる 日本大学危機管理学部教授。1969年、兵庫県生まれ。99年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員、日本大学法学部教授などを経て、2016年4月より現職。関連記事■ 福田充 危機管理学とは何か■ なぜ、イスラム系のテロ組織が多いのか―テロにまつわる4つの疑問■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?

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    IS、ラマダン前に報復開始か 英テロで全欧州が厳戒態勢

    ート会場で22日夜に起きた自爆テロは死者22人、負傷者約60人という悲惨な結果となった。過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。ISは本拠地のシリアやイラクで軍事的に追い詰められており、イスラムの聖なる月ラマダン入りを直前に報復テロ作戦を開始した懸念が強い。欧州全体が厳戒態勢に入った。 米国の人気ポップス歌手、アリアナ・グランデさんのコンサートが開かれていたのは「マンチェスター・アリーナ」。爆発が起きたのはコンサートが終了した直後で、出口付近で自爆犯が爆弾を爆発させた。爆弾には、殺傷力を高めるためクギやボルトなど金属片が大量に仕込まれていた。 メイ英首相は「凄惨なテロ」と断じた。イスラエルを訪問中のトランプ米大統領も「邪悪な敗者の犯行」と非難した。自爆犯の体が粉々に吹っ飛んでいるため、警察当局はDNA鑑定などで実行犯の身元の特定を急いでいる。単独の“ローン・ウルフ”(一匹オオカミ)型テロか、組織型テロかなどは不明だが、警察は事件の関連で23歳の男1人を拘束した。 ISは事件から約10時間後にネット上に「ISの戦士の犯行」とする声明を出した。動機を「イスラム教徒諸国への攻撃に対する報復」とし、「マンチェスターの十字軍の集まりに爆弾を仕掛けた」と主張した。一匹オオカミ型テロにせよ、組織型テロにせよ、背後でISが直接、間接的に介在していたとする見方が強い。多数の死傷者が出たコンサート会場の周辺で活動する警察官ら=英マンチェスター 米紙によると、テロ専門家らは今回の自爆に使われた爆弾が相当精巧に作られていたとし、爆弾を爆発させたタイミングなど被害を大きくする手口などから、周到に準備された犯行と見ている。こうしたことから実行犯ないしは実行グループがかつて爆弾を製造した経験を持っている可能性がある。 テロ事情に精通するベイルート筋は「ISは中東の戦場で米軍の空爆やイラク軍に追い詰められ、滅びが間近に迫っている。折からイスラム教徒の宗教心が高まるラマダンが27日から始まる予定で、米欧に最後の報復を開始したのではないか。欧州全体でテロが続発する危険がある」と警告する。 同筋などによると、英国のイスラム教徒人口は移民の増大などでこの10年で倍増し、人口の5%、約300万人に達している。人口の増加とともに、社会から疎外される若者も増え、不満を強めた一部が過激化。これまでに1000人弱がシリアに渡り、ISに合流して戦闘に加わった。 400人前後はすでにシリアから戻り、またシリアに渡ろうとして治安当局に阻止された若者も約600人おり、これを合わせた1000人が治安当局の監視下に置かれているという。しかし、これら対象者を24時間監視するのは人員面などから不可能に近い。モスル陥落で“休眠戦士”が起動 英国のテロとしては今回、2005年に起きた地下鉄爆破事件以降、最大の死傷者数となった。今年3月には、ロンドンの国会議事堂近くで車暴走テロが発生し、5人が死亡。この時もISが犯行声明を出している。英国のテロ警戒レベルはなお「テロが起きる可能性が高い」という上から2番目の段階にある。 欧州の治安当局が憂慮しているのは、マンチェスターのテロが欧州全体でテロ攻勢を仕掛けるIS作戦の始まりではないか、ということだ。特にイラクのISの拠点であるモスルがイラク軍の攻勢で陥落寸前にまで追い込まれており、この報復のため欧州でテロを活発化させるのではないかと懸念を強めている。 昨年10月から始まったイラク軍と米軍によるモスル制圧作戦は現在、ISがチグリス川西側の旧市街地に追い込まれ、一時は5000人もいたと見られる戦闘員はもはや400人程度しか残っていない、という。IS戦闘員の捕虜がほとんどいないのは結果的に「“皆殺し”にされている」(ベイルート筋)からに他ならない。イスラム国(IS)からモスルを奪還するために展開されたイラクの特殊部隊=ガザ近辺のキャンプ 戦場での戦力では圧倒的に劣るISの報復手段はイスラム教徒コミュニティーが多い欧州でのテロだ。ISが難民などの形で欧州に潜り込ませた“休眠戦士”は依然、数百人はいると見られており、モスル陥落を契機にこれら戦士を起動し、欧州全体でテロ攻勢に出るという現実的なリスクがある。 マンチェスターのテロの被害者は歌手グランデさんのファンである少女が多い。それだけに英国民の怒りは強く、反イスラム感情が高まりかねない。英国では、6月8日には総選挙が予定されており、今後イスラム排斥を訴える候補が勢いを増すことになるだろう。イスラム教徒とキリスト教徒の分断をテロの目的とするISにとっては、それこそ思うツボだ。

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    イスラム国の衰退で高まるテロ拡散の危機

    中美樹 (国際開発センター エネルギー・環境室研究顧問) イラクとシリアにまたがる国家樹立を宣言したイスラム国(IS)の終焉(しゅうえん)が近づいている。既にIS戦闘員がイラクのモスル西部の旧市街及び彼らが首都とするシリアのラッカにほぼ追い込まれているからだ。 だが欧米やトルコ、ヨルダン、クウェートなど中東諸国のイスラム過激組織の専門家は、新たな危機を懸念している。すなわち、組織としてのISは疑似国家の消滅で解体しても、地下に潜り母国に戻るIS戦闘員や彼らのイデオロギーが拡散し、各地で新たなテロを引き起こす可能性が高いからだ。このため、英仏独などの欧州諸国やロシアの治安専門家は、自国出身のIS戦闘員の帰国に目を光らせつつ、IS思想への共鳴者の監視を強化している。イラク北部のモスルで、ISとの戦闘に備えて武器を運ぶイラク軍 実際、これら諸国では3月以降、IS共鳴者によると見られるテロ事件が続発している。犯人を含む5人が死亡し約40人が負傷した英国会議事堂近くでの四輪駆動による殺傷事件(3月22日)、11人が死亡し45人が負傷したロシア・サンクトペテルブルクの地下鉄車内での爆発事件(4月3日)、4人が死亡し15人が負傷したスウェーデンでのトラック暴走事件(4月7日)、警察官1人が死亡し2人が負傷した仏・シャンゼリゼ通りでの銃撃事件(4月20日)などがそれに当たる。 英国の事件では、ロンドン警視庁はIS共鳴犯が、ニースやベルリンでの車を使ったISの民間人攻撃手法を模倣したと見ているし、スウェーデンの事件では、容疑者がフェイスブックで何人かの過激主義者とリンクしていたことが明らかになっている。 さらに、髭を生やしイスラム教の聖典コーランを読んでいたロシア事件の容疑者が、IS関係者のシリア入出国の経路トルコに2015年11月に入り翌年12月に国外追放処分となったことも分かっている。そして、フランスの事件の容疑者のポケットから落ちたメモには、ISを擁護する内容が記されていた。 ISによると見られるテロは中東でも頻発している。シリア、イラクと国境を接するヨルダンの南部カラクでは昨年12月18日、武装集団がパトロール中の警察官に発砲後、立てこもる事件が発生して10人が死亡し34人が負傷している。また、イラクと長い国境を接するクウェートでは4月26日、逮捕されたIS要員が米軍施設やシーア派宗教施設などへのテロ攻撃を計画していたことが判明している。 今後、ISの壊滅を目指したイラク・モスル西部やシリア・ラッカへの総攻撃が行われることは必至である。そうなった場合、反発するIS要員やIS同調者による欧州・中東主要国でのテロ攻撃の可能性は一層高まる。これら諸国への出張や旅行に際しては、最新の治安情勢に関する事前情報の徹底的な収集が必要になってこよう。

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    人質テロ、東京は次の「標的」になり得るか

    バングラデシュの首都ダッカで、邦人7人を含め20人が犠牲となる襲撃事件が起きた。イスラム過激派組織による卑劣なテロは到底許し難いが、武装グループが外国人を選別し「標的」にしたという事実は見逃せない。五輪開催を4年後に控えた東京も「聖戦」のターゲットになり得るのか。

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    イスラム国に共鳴した日本人テロリストが「聖戦」に走る最悪シナリオ

    れば、彼らは世界中の注目を集めることに成功したことになる。これこそが現代的なテロリズムの構造であり、イスラム国が目指す「グローバル・ジハード(聖戦)」の実践である。今回も、イスラム国(IS)は襲撃後に犯行声明を出し、この武装グループによるテロリズムを追認した。3日、ダッカの飲食店襲撃テロ現場近くに手向けられた花束(共同) バングラデシュでは昨今、テロ事件が続いており、テロの警備は強化されていたが、それでもテロを実行しようとする武装グループを事前に察知して逮捕することは非常に困難であり、そのためには国を挙げてのインテリジェンス(諜報)活動の強化が求められる。 現代的な無差別テロの標的となるソフトターゲットにはさまざまなものがある。一つは、サミットやオリンピック、ワールドカップなど世界中から要人やメディア、観客が集結するメディアイベント。もう一つは、その国の文化を象徴したりする施設や観光地であるランドマーク。他にもターミナル駅や鉄道、またはレストラン、ショッピングモールなどの集客施設、公共施設などがそれにあたる。今回標的となったレストランは集客施設にあてはまるが、その中でも手荷物検査や警備が最も難しい場所の一つであり、だからこそテロを実行しやすく、その効果も大きい。昨今、テロ事件の標的となっているレストランやショッピングモールは今後、テロが起こる場所として最も警戒すべき場所の一つと言えるだろう。 現在のグローバル社会において、世界のどこにいてもテロリズムの危険性はある。世界中のあらゆるところでそのシンパがテロリズムを実践するのがイスラム国(IS)のグローバル・ジハードの戦略である。インターネットやソーシャルメディアを活用して世界中のシンパにプロパガンダすることで過激化させ、テロリズムを実行させることができれば、直接的な接触や指揮命令が存在しなくとも、グローバル・ジハードは実践できる。 中東や北アフリカといったイスラム圏だけではなく、バングラデシュやインドネシア、フィリピンなどアジア諸国にもイスラム教徒はたくさん暮らしている。当然、多くのイスラム教徒は世俗化されていて穏健であり、過激化するのは原理主義的なごく一部に過ぎない。しかし、世界中のいたるところにイスラム教徒のコミュニティがあること、さらには欧米の先進国もイスラム過激派のテロリズムの標的となっていることを日本人はきちんと理解する必要がある。日本国内の無差別テロ、狙われる場所はここだ日本でも起こり得る「ローン・ウルフ」型テロ イスラム国(IS)などイスラム過激派勢力が欧米の「対テロ戦争」によって劣勢になればなるほど、世界中の国々でテロリズムの戦術を多用する可能性が高まる。また、「積極的平和主義」による中東諸国への支援を強化する一方、安全保障関連法を整備して日米同盟と集団的安全保障の強化に乗り出す安倍政権に対して、イスラム国(IS)は日本もそのテロ攻撃の「標的」であることをネット上で何度も警告している。 その結果、世界中にいる日本企業やその社員、観光客も今後、テロに巻き込まれるリスクは高まる。世界で日本人がテロに巻き込まれないようにするためには、自分が出張や赴任する国がどういう国で、どういうテロのリスクがあるか、外務省の海外安全情報などで危険度のレベルを確認して対策を考えることが不可欠である。さらには、その地で外国人が狙われやすい危険な場所、いわゆるソフトターゲットであるランドマークの観光地や、外国人が集まるレストランやショッピングモールなどの集客施設、ターミナル駅や交通機関にはより注意が必要となる。 日本国内でテロが発生する可能性について考えると、出入国管理を強化し水際対策ができていれば、国外からテロリストなどの危険人物や武装グループが国内に入ってくるというリスクはそれほど高くない。現在の日本では、法務省の出入国管理インテリジェンス・センターも発足して水際対策を強化している。また、外務省の国際テロ情報収集ユニットが各国のインテリジェンス(諜報)機関と情報共有し、危険人物の監視を強化している。 その結果、日本の都市、例えば首都・東京を狙うテロリストが発生するとすれば、それは海外で活動するイスラム国(IS)メンバーが日本に入ってくる可能性は限りなく低いだろう。各国が警戒しているように、日本国内で生まれ育った「ホームグロウン」で、「ローン・ウルフ(一匹狼)」型の人物が過激化するような事態があれば、警察や公安が事前にその人物を発見して、テロリズムを未然に防ぐことは日本でも難しいと思われる。 インターネットやTwitter、Facebook、YouTubeなどソーシャルメディアを媒介して、イスラム国(IS)のメッセージは世界中の若者に影響を与えている。日本において疎外感を抱きながら生活する若者が、こうしたイスラム国(IS)など過激派組織のプロパガンダの影響を受け、ローンウルフ的にテロ事件を起こすことは十分に有り得るシナリオである。日本国内で生まれ育った者が過激派組織の主義主張に共鳴し、日本でテロを起こす「ホームグロウン・テロリズム」に対して、事後的にイスラム国(IS)は犯行声明でそのジハード(聖戦)を賞賛し、追認する。2015年6月の放火事件で天井パネルが落下するなど損傷した東海道新幹線の先頭車両客室内(運輸安全委員会報告書より) 日本国内におけるローンウルフ型テロリストが実行するホームグロウン・テロも、ソフトターゲットを標的とした無差別テロとなる可能性が高い。武器となる爆弾はインターネットなどで詳細な作り方が公開されており、ホームセンターなどで誰でも買える材料で作ることが可能である。テロ実行犯にしてみれば、爆弾テロが最も安価で容易な手段であり、その場合に狙われる可能性が高いのは日本においても、東京のような大都市における観光地などのランドマーク、レストランやショッピングモールのような集客施設、さらには鉄道、新幹線のような交通機関である可能性が高い。 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを4年後に控えた日本も、国内のテロ対策の警備とインテリジェンス活動の強化が一層求められている。

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    恐怖のバングラ・テロ、外国人を選別しコーラン暗誦を要求

    デシュ軍のスポークスマンは「ほとんどの犠牲者が鋭い刃物で残虐に殺害された」と述べている。過激派組織「イスラム国」(IS)の関連通信社がネット上に掲載した被害者の写真はこうして殺された外国人のものだったと見られる。現場に向かう車両の中で待機するバングラデシュ軍特殊部隊(SWADS)の隊員=7月2日、ダッカ(AP) バングラデシュ従業員らは2日の午前1時半過ぎ、襲撃犯によって再びトイレに閉じ込められた。従業員は同1時44分、レストランの外にいるいとこに携帯からメールし、軍が救出作戦を仕切っていることを知った。従業員は狭いトイレに閉じ込められて窒息することを恐れ、トイレの壁を破壊して救出してくれるよう訴えた。 襲撃犯は残りの人質らに、お茶とコーヒーを出すようレストランのスタッフに言いつけた。そして同午前3時半、ラマダン(断食月)の1日の始まる前の食事を出すようキッチン係に要求。魚とシュリンプ料理を所望した。襲撃犯は生存していた人質らに対し、イスラムの実践について講釈をたれた。 一方、政府は早朝の会議で、ハシナ首相がレストランへの突入作戦を承認した。首相はこの際、突入は軍の突撃部隊が実行するよう求め、同部隊をダッカから150マイル離れたシルヘトから連れてくるよう指示した。この頃にはレストランの前に装甲車が隊列を組んでいた。 襲撃犯らは殺害した外国人の遺体を指しながら「われわれがやったことが見えるだろう。間もなく自分たちもああなる」と従業員らに述べ、軍の突入で死ぬことを覚悟しているようだった。 午前7時半、襲撃犯らは従業員に対して「われわれは出て行く。天国で会おう」と述べ、レストランの外へ出ようとした際、突撃部隊が突入した、という。 こうして恐怖の一夜に幕が下りた。しかし、犯人たちの動機や背後関係など多くの疑問が残ったままだ。ISが本当に関与していたのか、関与していたとすれば、どの程度関わっていたのか、直接的な指示は出されていたのか。未解明の部分は多い。バングラデシュ当局が生存して拘束されたという犯人の1人から供述を引き出し、早急に捜査を進展させ、再発防止策を打ち出すよう望むばかりだ。

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    どう守る海外での安全、邦人殺害で問われるテロへの対処法

    国際協力機構(JICA)関係の邦人7人(男5人、女2人)を含め外国人20人が殺害された。過激派組織「イスラム国」(IS)の関与が濃厚。海外での邦人の身の安全の守り方があらためて問われそうだ。“赤信号”はすでに点っていた 襲撃犯は6人が治安部隊に射殺され、1人が拘束された。バングラデシュ当局は犯行組織や背後関係を断定していないが、IS系のアマク通信が犯行声明を出し、店内から送られたとみられる遺体のもようなど現場写真を公表。加えて犯人らが襲撃の際、「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫んでいることや、無差別銃撃や爆弾を爆発させる手口などから地元のIS連携組織の犯行の可能性が高い。ダッカの人質事件現場(AP/Aflo) ISがアジアでテロを起こしたのは今回が初めてではない。1月14日、世界最大のイスラム教国であるインドネシアの首都ジャカルタの中心部でIS分派によるテロが起きている。IS絡みの大規模なテロとしては、アジアで2件目ということになる。 バングラデシュの人口1億6100万人の90%以上がイスラム教徒で、同国でも過激主義の思想が高まりを見せていた。地元メディアなどによると、2013年以降、約40人が過激派に殺害されているが、これらのテロ事件のうち18件はISの地元組織が犯行声明を出している。 18件の中には、過激思想への反対を説いていた有名なブロガーがダッカで殺害された事件をはじめ、2015年10月、北部ランプル近郊で発生した日本人、星邦男さんが銃撃されて死亡した事件も含まれている。星さんは農業関係のプロジェクトに携わっていた。これに先立つ9月にもイタリア人がダッカで殺害される事件が起きている。 このようにバングラデシュではISのテロが頻発するようになっており、今回のレストラン襲撃のようなテロがいつ起きても不思議ではなかった。つまり「テロの赤信号は早くから点っていた」(テロ専門家)ということだ。ラマダン期間中の行動に注意ラマダン期間中の行動に注意 イスラム世界は現在、7月5日ごろのラマダン(断食月)明けに向け、日中の飲食を一切断つという苦行に最後の追い込みを掛けている時だ。しかも事件が起きた1日は集団礼拝などが求められる金曜日であり、過激派の宗教心が高まる日でもあった。外国人や富裕層ら“不信心者”が利用することで有名だったレストランは過激派にとって格好の標的だったろう。 バングラデシュのハシナ政権はこれまで、ISの存在を否定するなど過激派の取り締まりには熱心ではなかった。先月初め、全国一斉の取り締まりを行い、約1万2000人を拘束したが、捕まったのはほとんどがチンピラのような犯罪者か政敵の野党関係者だった。 ISは対外戦略の責任者である公式スポークスマンのモハメド・アドナニが海外の支持者らに地元でテロを起こすよう呼び掛け、これに刺激されたかのように、米フロリダ州オーランドでの史上最悪の銃撃事件(49人死亡)やフランスでの警官夫妻殺害事件などが続き、世界各地で、とりわけイスラム教国でのテロが懸念されていた。 テロ専門家によると、今回の事件はシリアの本部からの具体的な命令に基づいた犯行というよりも、アドナニの呼び掛けに応じて地元のIS連携組織が一匹オオカミ的にテロを起こした可能性が強いのではないか、という。武装グループからの人質救出作戦後、通りを歩く兵士たち=7月2日、ダッカ(AP) 海外での安全をどう確保するか、あらためて問われることになりそうだが、普通の民間人がどこで、いつテロが起きるかを正確に知ることは不可能だ。しかしテロに遭遇する危険性をできる限り小さくすることは可能だろう。第1にテロ発生の蓋然性が高い国や地域には、不要不急の場合、少なくともラマダン期間中は近づかないことだ。 イスタンブール空港のテロが起きた時、日本人観光グループがトルコ国内にもいた。幸い安全上、何も問題はなかったが、トルコの観光地が過激派に狙われていることは分かっており、旅行の日程を別の時期にずらすべきではなかったか。昨年3月、チュニスの博物館が襲撃され、日本女性3人が殺害されたことを忘れてはならない。 イスラム教国では、ラマダン期間中は特に、外国人などが利用する飲食店への出入りは慎んだ方がいい。バングラデシュのように、過激派の取り締まりが比較的緩い国では特にそうだ。「自分の身は自分で守るように行動することが危険を小さくする」(テロ専門家)ということだろう。まず自衛の意識を持つこと、それこそがテロに遭わないための対処法だ。ここ数日で新たなテロの懸念 テロは戦場で起きるのではない。平和な通りや街角、団らんのレストラン、イベント会場や駅、空港などの交通の拠点。こういったところが一瞬にして恐怖に満ちた殺りくの現場に変わってしまう。日本ではたとえ深夜であっても、歩いている通りが安全かどうかなどと考える人はほとんどいない。日本があまりにも平和であるためだ。 だが、トルコ、バングラデシュと相次いだテロがこれで終息と思っている人はいない。とりわけラマダンが明ける今週いっぱいは新たなテロが起こる懸念が強い。だから海外に居住している、また海外を訪れる日本人は、滞在先の治安情報にことのほか敏感でなければいけない。 欧州各国や中東・アフリカ、アジアのイスラム教国では、「駅や繁華街など人の多く集まる場所での滞在時間を短くするよう心がける」(同)といった安全のポイントをあらためて確認したいものだ。

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    欧州サッカー選手権にもテロの懸念 狙うIS、パリ厳戒態勢 

    ー1を決める熱戦が繰り広げられる。しかし米国で起きた史上最悪の銃撃テロで犯行声明を出した過激派組織「イスラム国」(IS)が選手権大会でテロを計画しているとの懸念も高まり、フランス全土が厳戒態勢に包まれている。標的はパブリック・ビューイング? 大会はフランス全土の10都市で51試合を開催、決勝が行われる7月10日まで続く。出場枠が8つ増えたこともあり、250万人のサッカーファンが殺到する大イベントだ。すでにフランス対ルーマニアや、イングランド対ロシアなどの試合が行われ、観客同士の乱闘騒ぎも発生している。 大会がヒートアップするにつれ、フランスの治安・警備当局のテロへの警戒も強まる一方だ。当局は全国から警官を大動員し、1万3000人を超える民間の警備員も配置されている。カズヌーブ仏内相は「100%の予防措置を講じたからといって、テロのリスクはゼロにはならない」と安全を完全に保証できないことを認めている。マルセイユに訪れたイングランドサポーター(Getty Images) 当局が狙われることを最も心配しているのは、大会会場そのものよりもむしろ、巨大なスクリーンでゲームを放映する屋外のパブリック・ビューイングだ。例えばパリ・エッフェル塔近くの公園シャン・ド・マルスには試合のたびに約9万人が押しかける見通しだ。 入場時間を早めて手荷物検査を二重にするなど警備を強化しているが、パリのほか、マルセイユ、ボルドーなどではこうしたパブリック・ビューイングは試合が行われている間、ほとんど毎夜、開設される予定だ。 パリでは昨年1月には風刺週刊誌シャルリエブドなどが襲撃され17人が死亡。11月には欧州選手権のメーン会場でもあるパリ郊外サンドニのフランス競技場などで同時多発テロがあり、130人が犠牲になった。いずれもISや国際テロ組織アルカイダ信奉者の犯行だった。 とりわけ当局が、今大会がISの標的になっていると懸念しているのは、11月のテロと、3月にベルギーのブリュッセルで起きた自爆テロの双方に関与しているとして拘束されたIS工作員モハメド・アブリニの供述による。 アブリニはISが欧州選手権の開催中にフランスを狙っていると明らかにし、大会がテロの標的になっている恐れが一気に強まった。2013年のボストン・マラソンを狙ったテロで明白になったようにスポーツ・イベントはテロリストにとっては狙いやすく、大きな被害を与えやすい格好の標的だ。 当局が大会会場やパブリック・ビューイングと同様に警戒しているのは、各国チームの宿泊施設だ。44年前のミュンヘン五輪でイスラエル選手団の宿舎が襲撃された事件を治安当局者は忘れてはいない。また無人機を飛ばして空から爆弾や化学物資を投下するリスクもあり、当局の心配は尽きない。ラマダン・テロを予告ラマダン・テロを予告 こうした懸念に拍車を掛けているのがIS本家から出た不気味な予告だ。ISの海外作戦の元締めで、公式スポークスマンであるモハメド・アドナニは5月、6月6日から始まったラマダン(断食月)の間、西側の不信心者に厄災が降りかかるだろう、と不気味に予告した。 アドナニはさらに欧州在住のイスラム教徒に対して、欧州の市民を攻撃するよう強く求めた。アドナニは過去にもこうした呼び掛けを行い、刺激を受けたイスラム教徒がカナダやオーストラリアなどでローン・ウルフ(一匹狼)型のテロを起こした。 ラマダンはイスラム教徒の宗教心が高まる時期で、昨年の6月のラマダン時にもフランス、クウェート、チュニジアで3大陸同時テロが発生、いずれもISの関与が明らかになっている。 「ISがイラクとシリアで軍事的に急速に追い詰められていることもサッカー大会が標的にされる大きな要因」(仏治安当局筋)だろう。そこには欧州でテロを仕掛けることで社会不安を巻き起こし、欧米のIS攻撃を鈍らせたいとする狙いがある。 フランスは東京の後の2024年の夏期五輪の候補地の1つ。「欧州選手権は五輪への入学試験でもある」(西側アナリスト)。フランス政府には、大会を無事に乗り切り、万全な治安を誇示することで五輪につなげたいという思惑もあるようだ。

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    そもそもなぜ「イスラム国」は西欧社会を敵視するのか

    レスチナ問題、さらにもうひとつは、約100年前の「オスマン帝国」の滅亡にあります。そこから見えてくるイスラム国の「野望」を、高橋和夫さんは『イスラム国の野望』のなかで、こんなふうに読み解きます。* * *イスラム世界統一は全アラブ人の願い イスラム国は、「イラクとシリアのイスラム国」というもともとの名前からもわかるように、まずは両国を手に入れたいと思っています。そして、現在の名前からすると、もっと妄想が広がって、イスラム世界すべてを支配したいと考えているでしょう。バグダディも名実ともにカリフになりたいと、本気で思っているはずです。 拠点がイラクとシリアになったのは、たまたまイラクで活動を始め、シリアで成長して帰ってきたからです。もともとその辺りはオスマン帝国の一部だったわけですから、どこに拠点を置いてもさしたる違いはありません。東京か埼玉かくらいのものです。 かなり以前の話になりますが、実際に現地を訪ねたとき、レバノンの首都ベイルートからシリアの首都ダマスカスまで、タクシーで50ドルくらいでした。タクシーで5000円〜6000円の距離と考えれば、中東の国どうしがいかに近いかイメージできると思います。朝食はバグダード(イラク)で、昼食はダマスカス(シリア南部)で、夕食はアレッポ(シリア北部)でも、まったくおかしくない距離にあるのです。「こんなに狭い土地に小さな国をたくさん作ってどうするんだ」というのが、現地のリアルな感覚ではないでしょうか。実際、昔はひとつの国だったわけですから、その言い分には一理あります。 私たちは世界地図を見るとどうしても国境線に目が行きますが、実際にその地域に生活する人たちには、国境線で国を分けることの必然性は、あまり感じられないものです。 イスラム圏の人々が、イスラム世界を統一し、欧米の干渉を受けない、古き良きイスラム国家を樹立したいと願うのは決して不自然な感情ではありません。サダム・フセインが率いたバアス党やエジプトのナセル大統領もアラブ統一の看板を掲げました。これはアラブ人の悲願とも言えます。 第一次世界大戦の敗戦で、オスマン帝国が分割されたのは、わずか100年ほど前のことです。いま活動している過激派の祖父、曽祖父くらいの時代まではまだひとつの国だったのに、欧米諸国がそれを破壊したという怨嗟(えんさ)がいまだに残っています。 これは当たり前のことで、日本で考えても、会津藩(福島県の一部)の人たちはいまだに長州藩(山口県)によい感情を持っていないといいます。1868年に勃発した戊辰(ぼしん)戦争で朝敵とされ、同藩を中心とした新政府軍に徹底的に郷土を壊されたと思っているからです。1986年、長州藩の藩府だった萩市が会津若松市に対して、「もう120年も経ったので」と会津戦争の和解と友好都市締結を申し入れました。しかし、会津若松市側は「まだ120年しか経っていない」と拒絶しています。 イスラム国は、サイクス・ピコ協定の破棄を主張のひとつに掲げています。サイクス・ピコ協定とは、1916年にイギリス、フランスとロシアがオスマン帝国の領土分割を取り決めた秘密協定です。イスラム国のメンバーが「オスマン帝国の分割からまだ100年も経っていない」と考え、イギリス・フランスが基礎を作った体制に牙をむき、イスラム世界の統一を願うのは、けっして荒唐無稽なことでも誇大妄想でもありません。* * *『イスラム国の野望』は、複雑な中東情勢と、それをとりまく世界各国の入り組んだ関係を、徹底的に分かりやすく解説しています。今後のニュースを理解する参考書としてぜひお役立ていただけると幸いです。たかはし・かずお 福岡県北九州市生まれ。大阪外国語大学ペルシア語科卒業。コロンビア大学国際関係論修士。クウェート大学客員研究員等を経て、現在、放送大学教授。『燃えあがる海――湾岸現代史』(東京大学出版会)、『アラブとイスラエル――パレスチナ問題の構図』(講談社現代新書)、『イランとアメリカ――歴史から読む「愛と憎しみ」の構図』(朝日新書)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)など著書多数。関連記事■ キリンチャレンジカップ2016 VS南アフリカ■ 巨人・高橋監督、いつでも責任をとる覚悟を持て ■ 宮古島の海はどこまでも青く、人の心をどこまでも純粋にさせる…

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    アルカイダかISか、宗派は? 林立するイスラム過激派を分類

    六辻彰二(国際政治学者)(THE PAGEより転載) 過激派組織「イスラム国」(IS)をはじめ、イスラム過激派は日々ニュースに登場します。しかし、組織が数多くあるため、それぞれがどんな関係にあるかは混乱しがちです。世界の主だった組織を三つの基準で分類して紹介することで、イスラム過激派の世界を整理します。【図表】激動の中東情勢 複雑に絡み合う対立の構図を整理するアルカイダ系 vs.IS系 現代のイスラム過激派には、大きく二つの系列があります。アルカイダ系とIS系です。 アルカイダは1990年代末、オサマ・ビン・ラディン(2011年に死亡)らによって設立されました。その主要メンバーの多くは、1979年のソ連侵攻に抵抗して世界中からアフガニスタンに集まったイスラム義勇兵でした。設立当時、アフガニスタン政府を握っていたタリバンに忠誠を誓い、全世界のムスリム(イスラム教徒)に「場所を問わず米国とその同盟者を攻撃すること」=「グローバル・ジハード」を呼びかけたのです。 アルカイダは各地のイスラム過激派に資金や軍事訓練を提供し、イエメンの「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)、アルジェリアの「イスラム・マグレブ諸国(北西アフリカ)のアルカイダ」(AQIM) 、シリアの「ヌスラ戦線」、ソマリアの「アル・シャバーブ」などを傘下に収めました。また、アルカイダから忠誠を誓われるタリバンは、2001年のアフガン戦争で政権を追われた後も、米軍などへの攻撃を続けており、その兄弟組織には、隣国パキスタンに拠点をもつ「パキスタン・タリバン運動」(TTP)があります。 これに対して、アルカイダから分裂して勢力を拡大させたのがISです。ISはグローバル・ジハードよりむしろ、「イスラム国家の樹立」を重視しています。2014年6月にイラクからシリアにかけての領域で独立を宣言した後、2019年までにスペイン南部から中国北西部にまで、その領土を広げると宣言。いわばイスラム過激派の世界に新しい活動方針を持ち込んだISは、イラクやシリアで油田地帯を確保しており、「最も富裕なテロ組織」とも呼ばれます。 新興勢力ISが世界の注目を集める中、2015年3月末までに世界で32組織がISを支持、あるいはそれに忠誠を誓うことを宣言しました。その中にはアルカイダから支援を受けていた組織も含まれており、ナイジェリアの「ボコ・ハラム」はその代表です。その多くは、資金や軍事支援、さらにISの「ブランド」を期待したものとみられます。 さらに、組織上層部はアルカイダとの関係を維持していても、メンバーの一部が離反してISに加わるケースも増えています。そのなかにはAQIMや、2015年3月16日に日本人5人を含む19人の犠牲者を出した博物館襲撃事件を引き起こした「チュニジアのアンサール・アル・シャリーア」、アルカイダと最も緊密なタリバンやTTPも含まれます。 アルカイダとISは末端組織の奪い合いによって勢力争いを繰り広げており、これはイスラム過激派の世界の大きな対立軸になっているのです。スンニ派とシーア派スンニ派とシーア派 イスラムのスンニ派とシーア派は、もともと宗教的にも政治的にも対立を抱えてきました。その中で、スンニ派、シーア派のそれぞれの中心地であるサウジアラビアとイランは過激派組織を支援し、自らの外交政策に用いてきました。 このうち、サウジアラビアはやはりスンニ派のタリバンやアルカイダ、さらにその傘下にある組織に資金援助を行ってきたといわれます。ISが「イラクのアルカイダ」(AQI)と名乗っていた頃には、これにもサウジ政府からの資金が流れていたとみられます。スンニ派組織とのパイプ役とみられたバンダル・ビン・スルタン王子が、ISの建国宣言の約2か月後の2014年8月に統合情報庁長官のポストを解任されたことは、サウジアラビア政府の方針に変化が生まれたものと、多くのウォッチャーはみています。これに対して、シーア派のイランは、レバノンの「ヒズボラ」やイエメンの「フーシ派」などを支援してきました。 両派がそれぞれ支援する過激派組織は、お互いに友好的とはいえないまでも、以前は直接衝突することが稀でした。しかし、最近では本格的に戦火を交えることも少なくありません。シリア内戦は、その大きな転機となりました。 シリアでは、世俗的なバース党を中心としながらも、アサド大統領をはじめとするシーア派が政府の中枢を握る体制が続いてきました。2011年に発生したシリア内戦は、もともとアサド政権の打倒を目指す国内勢力と政府の間の内戦でした。しかし、アサド政権が目障りだったサウジアラビアなどペルシャ湾岸の富裕な産油国の支援を受け、スンニ派の過激派組織が流入するようになりました。その筆頭はアルカイダ系のヌスラ戦線とAQI、後のISでした。 これに対して、アサド政権とシーア派で共通し、これを支援するイランからも、シーア派の武装組織が流入しました。このうち、ヒズボラはレバノン南部でイスラム国家の樹立を目指し、1982年からイスラエルへのテロ攻撃を繰り返してきました。イランやシリアから支援を受けていたヒズボラは、アサド政権を支持してシリア内戦に参加。スンニ派勢力と衝突を繰り返すようになったのです。 イスラム過激派同士の宗派間衝突は、イエメンでも生まれています。2015年1月、フーシ派はスンニ派のアブドラボ・マンスール・ハディ大統領を首都から追い落とし、政権樹立を宣言しました。フーシ派はイランから支援を受けています。これに対して、サウジアラビアなどペルシャ湾岸のスンニ派諸国はフーシ派を空爆。その一方で、フーシ派が勢力を広げるなか、ハディ政権へのテロ攻撃を行っていたAQAPも、これとの衝突を繰り返すようになりました。イエメンも宗派対立の舞台になりつつあります。グローバルとローカルグローバルとローカル イスラム過激派は、もともとローカルな組織として生まれたものがほとんどです。その中には、タリバンのように自国の政府を打倒し、その国境の中でイスラム国家の樹立を目指すタイプ、アル・シャバーブのように一国のなかの一部を実効的に支配しようとするタイプ、ヒズボラのように隣国イスラエルに攻撃を続けるタイプ、などがあります。 しかし、アルカイダの傘下に収まる組織には、グローバル・ジハードの旗印のもと、欧米諸国でのテロ活動を行うものが少なくありません。2015年1月に発生したフランスの新聞社シャルリ・エブドの襲撃事件でAQAPが犯行声明を出したことは、その典型です。 とはいえ、欧米諸国ではテロへの警戒が厳しくなっており、さらに米軍の掃討作戦などによってアルカイダがグローバルにテロ活動を展開するだけの力を低下させています。その一方で、先述のように、ISは「イスラム国家の樹立とその領土拡張」を主な活動方針にしています。その結果、アルカイダ系とIS系、さらに宗派を問わず、イスラム圏やそれに隣接する地域で、勢力圏を広げるためのテロ活動が激しさを増しています。それは、これまで以上にイスラム過激派同士の接触頻度が高まることを意味します。そのため、従来はあまりみられなかったイスラム過激派同士の衝突が、今後ますます増えることが予想されるのです。■六辻彰二(むつじ・しょうじ) 国際政治学者。博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、幅広く国際政治を分析。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、東京女子大学などで教鞭をとる。著書に『世界の独裁者』(幻冬社)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『対立からわかる! 最新世界情勢』(成美堂出版)。その他、論文多数。Yahoo! ニュース個人オーサー。個人ウェブサイト

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    異教徒「日本人」にも関心を高めるイスラム過激派の本性

     長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 修道女マザー・テレサは「愛の反対は憎悪ではなく無関心です」と述べたが、イスラム過激派テロ組織は「愛」の集団ではないが、「無関心」でもないのだ。彼らは異教徒を探し出して、それを見出すと、アラーの名で抹殺していく。マザー・テレサ(ロイター=共同) イスラム教の経典コーランの一節を暗唱させ、コーランを知らない人間を見つけると殺害したダッカ・テロ事件のテロリストはそれに該当する。問題は、彼らは異教徒のわれわれに対し異常と思われるほどの関心を注いでいるという事実だ。  イスラム過激派テロ組織を「愛の集団」と誤解する人はいないだろう。だから、ここでは彼らがなぜ無関心でないのかについて考えてみたい。他者、隣人への無関心が席巻している欧米社会で他者に関心を注ぐ存在が出現し、現代、世界に挑戦してきているのだ。  現代は多様化社会だ。各自がその能力、特性を発揮することを受け入れる社会だ。その一方、マザー・テレサが喝破したように、無関心が席巻している。多様化は価値の相対主義となり、その行き着く先は虚無主義を生み出す。 フリードリヒ・ニーチェは「20世紀はニヒリズムが到来する」と予言したが、21世紀を迎えた今日、その虚無主義はいよいよわれわれの総身を完全に包み込んできた。独週刊誌シュピーゲル(6月25日号)は現代社会のナルシズムを特集している。自己への過剰な関心(Ich liebe mich)、ナルシズムも最終的には虚無主義に陥る危険性を孕んでいる。  一方、イスラム過激派テロ組織は他者に対して無関心ではない。その世界観、価値観は絶対的だ。だから虚無主義に陥る危険性は少ないが、別の危険性が出てくる。彼らの教えを受け入れない異教徒への攻撃性、破壊性だ。  アブラハムから始まったユダヤ教、キリスト教、イスラム教は唯一神教だが、神学者ヤン・アスマン教授は、「唯一の神への信仰( Monotheismus) には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力で打ち負かそうとする」と説明している。  イスラム過激派テロ組織は異教徒に対して戦闘を挑む。その際、イスラム過激派は聖戦という名目を掲げ、その攻撃性、戦闘性をカムフラージュする。イスラム過激派テロ組織の「関心」には常に異教徒への憎悪が隠されている。異教徒を見つけ出すことに腐心するイスラム過激派 中世時代の十字軍戦争、現代のイスラム過激派のテロは唯一神教の攻撃性を実証する代表的な例だろう。キリスト教の場合、中世時代、十字軍の遠征などを見てもわかるように、キリスト教会はその暴力性を如何なく発揮したが、啓蒙思想などを体験し、暴力性を削除、政治と宗教の分割を実施してきた(ただし、ローマ・カトリック教会の場合、「イエスの教えを継承する唯一、普遍的なキリスト教会」という「教会論」が依然、強い)。  アスマン教授は、「イスラム教の場合、その教えの非政治化が遅れている。他の唯一神教は久しく非政治化(政治と宗教の分離)を実施してきた」と指摘し、イスラム教の暴力性を排除するためには抜本的な非政治化コンセプトの確立が急務と主張している(「『妬む神』を拝する唯一神教の問題点」2014年8月12日参考)。  イスラム過激派テロ組織は他者に対し、コーランの一節をテストし異教徒を見つけ出すことに腐心する。彼らは無関心ではなく、他者の世界に過剰なまで干渉していく。多様性を重視する社会から見れば、イスラム教過激派テロ組織は中世時代から飛び出してきた人間集団のような様相を呈している。英バーミンガム大図書館で発見された世界最古とみられるコーラン(ロイター)  無関心が席巻する欧米社会はイスラム教過激派の異常なこの“関心”に警戒心を抱いてこなかった。日本も例外ではなかった。しかし、バングラデシュの首都ダッカのテロ事件はイスラム過激派テロに対する日本人の関心を覚醒したことは間違いないだろう。  イスラム過激派テロ問題はやはりイスラム教に戻り、謙虚に解明していく以外にない。イスラム過激テロが生じる度、“あれは本当のイスラム教ではない”といった弁明を聞くが、無責任な主張だ。イスラム教徒が過激テロに走る背景について、国際社会はもっと関心を持つべきだろう(「“本当”のイスラム教はどこに?」2015年1月24日参考)。 (公式ブログ「ウィーン発コンフィデンシャル」より2016年7月4日分を転載)

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    民進党が抱える「集団的病理」を象徴する岡田代表の無理筋な政府批判

    木走正水 民進党であります。民進党の岡田克也代表は2日、バングラデシュの人質立てこもり事件に関して、菅義偉官房長官が官邸を離れて参院選の応援のため新潟県内で遊説したことに関し、「(安倍晋三)内閣の危機管理に対する正常な感覚が失われているということがはっきり出た」と批判いたしました。兵庫県尼崎市で街頭演説する民進党の岡田代表=7月2日午後 岡田氏は、首相と官房長官2人ともが選挙応援のため官邸にいないというのがこの選挙戦でしばしばあった点(今回は2人ともいた)、今回官房長官が、邦人が巻き込まれた事件が発生したにも関わらず、新潟に選挙応援に出かけた点、そして現地で治安部隊の強行突入が起きても東京に戻らず「のんきに新潟で街頭演説を2回やって」(岡田氏)いた点を、「内閣の危機管理に対する正常な感覚が失われている」重大な問題だと批判いたします。報道より岡田氏の当該部分発言を抜粋。 「今回のことは(日本政府に)致命的なミスが2つあったと思う。何もないときに、危機管理として基本的には首相か官房長官が官邸周りにいるのが今までの慣例だ。それを2人ともいないというのが、この選挙戦で当たり前になっている。もし何か起きたときに、いったいどうやって対応したのかという問題がある。今回、結果的には2人ともおられたのでよかったが、やっぱり2人とも官邸を空けることはまずいことがはっきりしたと思う」 「もう一つは、現実に事件が発生した。官房長官が、邦人が巻き込まれた可能性を記者会見でも言った後、新潟に出かけられたという信じられないことが起きた。事件が起きる前なら、どちらかが残っていればいいということかもしれないが、すでに事件が起きているときに、安全保障をつかさどる要である官房長官が選挙の応援で官邸を外してしまったということだ」 「そして途中で(治安部隊が現場に)突入するということがあったにもかかわらず、官邸に戻ってこなかった。途中で国家安全保障会議(NSC)もあったのに、それも欠席。それから途中で下車して戻ってくることが可能であったにもかかわらず、それをせずにのんきに新潟で街頭演説を2回やって、(午後)6時過ぎか何かに戻ってくるという話だ。すでに事件が起こっていても戻ろうとすらしない官房長官というのは、私はちょっと信じられないんですね」 「ここは本当に大きな問題だ。内閣の危機管理に対する正常な感覚が失われているということがはっきり出てきたと思う。邦人の命がどうなっているか分からない事態であるにもかかわらず、官房長官が官邸を空けて街頭演説をやっている。これは極めて重大な問題だ。官房長官がどういうふうに釈明するか分からないが、きちっと責任をとるべきだと私は思う」民進・岡田克也代表、さっそく政府対応を批判 「致命的なミスが2つあった」 当ブログは、邦人7人が犠牲になった痛ましいテロ事件の発生を受けての、野党第一党代表のこの発言は、何重もの意味において、実に残念な発言であると考えるものであります。 本件のような痛ましいテロ事件を、ときの政権批判に即結び付けるその政治的“悪手”ぶり、そしてその悪手に飛びつくことの政治的リスクを全く考慮していない党代表と党幹部連たち、さらにいえばその愚行に対し組織として無批判にスルーする「民進党」が抱える集団的“病理”を、実にシンボリック・象徴的に具現してしまったわけです。あのタイミングで何ができたのか まず今回のバングラデシュで発生したテロ事件において、日本政府がこのタイミングで取れる対応は実に限られていたわけです、安倍首相がバングラデシュのハシナ首相と電話会談し「人命最優先で対応を」と要請いたしましたが、他に具体的なすべは何もなかったことでしょう。 これは別に日本政府だけではない、今回犠牲者を出した国ではイタリア人9人、米国人、インド人も犠牲になられたわけですが、このようなソフトターゲットを狙った海外で起こった突発的なテロ事件に対しては、情報収集以外はどの国も事実上打つ手はなかったわけです。 一歩譲って、岡田氏が指摘する官房長官官邸不在が政府の危機管理上テクニカルな問題があったとしましょう。しかしそれは、情報収集上あるいは日本政府の対応上いかなる支障があったのか、どのような問題が発生しうる可能性があったのか、事実に基づいた冷静な問題分析を踏まえた上で、今後のこの国の危機管理体制の強化を図るべきなのであり、この局面で政治的に利用し「きちっと責任をとるべき」などと官房長官の個人攻撃に向かうのは、あまりに非建設的であり、表層的な批判がための批判であると思わざるを得ません。 日本政府の対応がいかようであろうとも、この邦人を巻き込んだ悲劇は発生したのであり、官房長官が官邸にいようといなかろうと、この最悪の結果に影響を与えることは残念ながらなかったわけなのです。 その意味で岡田代表の本件に関する政権批判は、実に筋の悪い政治的“悪手”だと思われます。そしてこの民進党の無理筋の政権批判が国民・有権者にどう映るのか、どのような心象を与えてしまうのか、理解が及んでいないことがより残念なことなのであります。  民進党は、本件のような痛ましいテロ事件までを、ときの政権批判に政治利用している 国難に際しても自らの具体的プランを建設的に提示するのでもなく、ただただ他者の批判をすることで自己満足している集団・・・ 一般有権者の心に民進党はこのように映っているのかもしれません。揚げ足取りのように細かいことで根拠も薄弱なのに他者を執拗に批判する者。これは、自分に自信がない人が、自らの自尊心を維持するために、他に術がなくターゲットに対して悪口を言う場合がほとんどです。つまり、ターゲットの悪口を広めることにより、相対的に相手の価値を下げようとします。これは、ある意味、汚れた部分の人の本能です。多かれ少なかれ、民進党だけでなく誰もがもっている劣等感がなせる悪しき「行動」であります。 選挙で選ばれたすぐれた人たち、つまり「選良」であるはずの民進党の議員諸氏がなぜこのような常識的判断を有していないのでしょう。民進党が批判する自公政権に対してよりも、無理筋で批判を繰り返す民進党に対してにこそ、国民の不信の目が向けられることに、なぜ気がつかないのでしょう。 今回の岡田発言の意味するところは、発言内容もたいへん残念なものですが、それ以上に、本件のような痛ましいテロ事件を、ときの政権批判に即結び付けるその政治的”悪手”ぶり、そしてその悪手に飛びつくことの政治的リスクを全く考慮していない党代表と党幹部連たち、さらにいえばその愚行に対し組織として無批判にスルーする「民進党」が抱える集団的”病理”を、実にシンボリック・象徴的に具現してしまった点にこそあると思えます。 このような集団が野党第一党であること自体が、この国の国民にとって誠に残念なことだと、当ブログは憂えるものであります。(ブログ「木走日記」より2016年7月3日分を転載)

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    なぜイスラム系のテロ組織が多いのか? テロにまつわる4つの疑問

    が求められている。関連記事■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?■ アメリカはイスラム国に勝てない■ イスラームの悲劇~中東複合危機から第3次世界大戦へ

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    安田純平さん手記「私が新聞社を辞めて戦場に行った理由」

     ここに紹介するのは安田純平さんが本誌2003年8月号に書いた手記の一部だ。安田さんは、信濃毎日新聞社に入社して記者として仕事をしていたが、イラク戦争を現場で取材したいという希望を拒否されたために、会社を辞めて戦場に足を運んだ。その時の経緯を書いたのがこの手記だ。 今回、戦場で消息を絶ったことともそれは関わっているのだが、なぜ彼はそこまでして戦場に行きたいと考えたのか。また新聞社という組織ジャーナリズムとフリーランスの記者との違いは何なのか。そうしたことをマスコミをめざす若い人たちにぜひ考えてほしい。それは同時に安田さんの今回の問題を考えることにもなる。 ちょうど1年前、本誌の「後藤健二さんの死を悼み、戦争と報道について考える」というシンポジウム(2015年4月号に収録)で安田さんは、戦場取材の意味や危険性について語っていた。本誌は安田さんが一刻も早く無事に帰還することを祈るとともに、今回の事件を通して改めて、ジャーナリストが戦場に行くことの意味を考えてみたいと思う。そのためにかつての安田さんの手記を、編集部の判断で再録することにした。フリージャーナリストの安田純平さん(右)=2003年3月、バグダッド安田純平(ジャーナリスト)なぜ信濃毎日新聞社を辞めたのか 「イラクの戦争など長野県と関係ない。取り上げる必要もない。そうした取材はもういっさいさせない。休みで海外に行って記事を書く記者が多いが、今後は書かせない方針を決めた」 2003年1月初め、ある編集幹部に「社としての方針」としてこう聞かされ、「もう辞めるしかないか」と心が動いた。 私は2002年12月、先延ばしにしていた夏休みを使って約10日間、イラクを訪れていた。市民グループ「イラク国際市民調査団」に参加し、バグダッドや南部のバスラをまわり、91年の湾岸戦争以降も米軍が続けてきた空爆の被害者や、劣化ウラン弾の影響とみられるがん患者を取材。活気のある街の風景や、貧しいながらも元気よく生きるイラク人の表情、米国のイラク攻撃に反対する日本の若者の活動をカメラに収めた。帰国後、これについての記事を書こうとした矢先、強硬なストップがかかったのだ。 米英両国が国連安全保障理事会に提出したイラク大量破壊兵器査察・廃棄決議案が11月初めに採択され、すでに査察が始まっていたが、このころの新聞やテレビは、いずれも査察の状況や各国の外交について述べるばかり。戦争が迫っている国の人々の表情などは、ほとんど見えてこない状態だった。 大手メディアもイラクに入国できる人数が限られ、「本筋」の査察取材で手一杯。調査団は、参加者20人余のうち半数は全国紙やテレビ局などメディア関係者という奇妙な市民グループだったが、それは、なかなか見えてこないイラク市民の様子を伝える格好のチャンスだったからだ。米国の「対テロ戦争」と追随する日本政府の方針に疑問 私は、戦争が近づいているといわれている国の人々がどのような表情をして暮らしているのか、そうした場所にいるということがどういった心境なのかを知りたいと思った。また、そうした人々の声を伝えるのが記者の役割だと考えていた。91年の湾岸戦争のとき、高校生だった私は、テレビゲームのようだったバグダッドの映像を見て「あの下にも人が住んでいるのだな。それはどのような心境なのだろうか」と感じていた。それは、さまざまな人々の境遇に触れる事のできる記者を志した原点の一つでもあった。 戦争の機運が高まり、世界的に反戦世論が広がってきていたにもかかわらず、日本国内は動きが鈍く、新聞やテレビで扱われることはほとんどなかった。長野県内にはそういった動きがなく、イラクにゆかりのある人も見当たらなかったため、地方紙に必須の「県内とからめた」イラク関連の記事を書くのが困難だった。イラク行きを決めたのは、「それなら自分が行くことで関連づけてしまえ」と〝安易な方向〟に走った面もあった。県内関係者が行くのを待ち、土産話を取材する機会を捜すという方法をとれないほど好奇心が勝っていた。 記事には出来なかったが、共感してくれた県内有志が帰国後に報告会を開いてくれた。「長野県に住む自分たちとは関係ない」などと思っていない県民がこの時期からたくさんいた。身近な人を取り上げることで読者が親近感を持つという地方紙としての考え方はあってもいいし、逆に、記者が自ら体験しても親近感を持ってくれるものだという側面も感じた。 しかし、これもとがめられた。あくまで個人的に話をしたのだが、就業規則に引っかかるらしく、「会社の名を語った」とされた。見てきたものを伝える、その方法をことごとく封じられた。 なぜ会社がそこまで強硬だったのかは分らない。ただ、12月に行く前に「取材で行きたい」と申請したが「危険だからだめ」とにべもなく却下されていた。さらに、「休みであっても何かあれば会社の名前が出る。休みは強制できないが、行かないでほしい」という会社側の意向に辟易し、強行したことが溝をつくってしまったかもしれない。画像はイメージです市民の側の現場に身を置くしかない 私は2002年3月、やはり休暇を使ってアフガニスタンを取材した。「9・11」のテロ事件から始まった米国の「対テロ戦争」と、追随する日本政府の方針に疑問を感じていたからだ。同時に、それまで知らなかったアフガン民衆の困窮も知った。アフガン攻撃をきっかけに、経済のグローバル化による貧富の差の拡大が広く認識されるようになったが、「貧」の側にいる人々の存在と、「富」の側にある日本の中で比較的「貧」である地方の暮らしを考えることは、自分の中で新しい視点につながっていくのではないかと思った。地方で記者をしながら、休みを使って紛争地帯・貧困地域に行こうと考えたのはそのためだ。しかし、そもそも大した日数はつぎ込めないのに記事を書けないのならば、その意味は半減する。 編集幹部は「イラクの話などに力を入れては読者にしかられてしまう」と言った。しかし、戦争が始まれば、紙面は戦争の記事で埋まることは分かっていた。帰国後に読んでみると、県内の市民数人に意見を聞き、攻撃反対の世論があることを紹介する記事が書かれ、各地で始まったデモや集会の紹介も手厚くなっていた。通信社からの配信を多数使い、米英側、イラク側の発表を織り交ぜていた。バグダッドにいた日本人に電話取材もしていた。識者へのインタビューも頻繁に行っている。朝日新聞なども似た内容だ。 せめて戦争が始まる前に、この程度でも力を入れることはできないものかと思う。後から検証することは大事だが、始まってしまえば人々が傷つき殺される。この段階で反戦の論調を打ち出しても基本的に手遅れである。 また、月並みな感想だが、どのメディアも、イラク市民の様子はいまいち伝わってこない。息遣いや生生しさを感じない。爆撃に対する恐怖も覚えない。戦況を伝えることは重要だが、あくまで基礎情報であって、それによって市民に何が起こっているのかを伝えるのが報道の使命のはずだ。そのためにはイラク市民の側の現場に身を置くしかない。 1月の段階で、メディア情報にはこうした最も重要なはずの部分が欠落することは予想がついていて、歯がゆい気持ちで日本でそれを見ることになるのはつらいと思った。アフガン攻撃でも、現場がどうなっているのかが見えてこず、焦燥感でいっぱいだったからだ。戦前にイラクに行っていながら記事にすることができなかった苛立ちと失望の中で、そうした情報に晒されるのは我慢できないだろうと思い至った。 戦争中に私がバグダットなどで訪れた病院は、血と膿と消毒液の混ざった生臭いにおいが充満し、路上に放置された民間人の遺体は強烈な腐臭を放っていた。空爆跡地は血だまりも残り、騒然とした空気が漂っていた。人々が発する怒りや嘆きも感じた。一方で、戦争のさなかにも人々は笑い、何気ない暮しをしていた。そうしたメディアからでは得られないものを全身で感じ、戦争とは何かを叩き込みたかったがため、私は現場へ向かうことを選んだ。そして、もちろん現場で取材できることの限界にもぶつかった。それらはフリーにならなければできないことだった。組織ジャーナリストとフリーランスの違い組織ジャーナリストとフリーランスの違い それにしても、膨大な情報の中から取捨選択して新聞を作っていることは周知の事実なのに、多くのメディアが「公明正大」「客観」と言う言葉を未だに使いたがるのはこっけいだ。組織ジャーナリズムの中にいるかぎり、記者は取捨選択に組み込まれる。バグダット陥落後に入って来たある全国紙の記者は、悔しそうにしながら「会社の論調に合わない記事はボツになる。悩んでいる同僚は多い」と話していた。記者たちがそうした悩みを抱えながら取材をしていることを、読む側も知っていてもいいと思う。 自分自身の状況判断と責任で行動を取れるかどうかが、組織ジャーナリストとの違いだ。フリーになって初仕事という意味では、開戦前後の葛藤はイラク戦争取材の中でも充実感の残った部分だ。組織の命令で動くならば、諦めもつくし、文句を言って気を紛らわすことも出来る。理不尽であると同時に、気楽な面もあったのだなと感じた。 組織から「危険だから行ってはいけない」という指示を受けることがあることは、私も何度も経験している。それが記者の声明を心配してのことと言うよりも、家族からの賠償請求など会社の責任を気にしてのことだということもよく言われる。しかし、私は「休みで行くので自己責任だ」と主張したが、会社は納得しなかった。あるブロック紙のカメラマンは、「家族が賠償を請求しないという文書を出すからイラクに行かせてほしい」と会社と交渉したが受け入れられなかったという。「何かあったら会社の名前に傷がつく」ことを恐れているようだ。私などは「紛争地がらみで会社名が出ればハクがつくだろうに」と思ったものだが、そう簡単なものではないらしい。  戦争中の3月末、通信施設が壊滅して連絡手段がいっさい途絶え、私を含む日本人の安否確認ができなくなり、ある通信社は死亡記事を用意していたらしい。私の記事を作るうえで、信濃毎日新聞のある幹部に取材をしたようだが、その幹部は私の行動で会社が取材されたことに激怒していた、という話を耳にした。何も迷惑をかけたつもりはないが、何かあれば当然、経歴とともにマスコミに出ることになるだろうし、あることないこと書くところも出てくるだろう。「何も起こらないのが一番」と考えるのも無理はない。恐らくどんな会社にいてもそうした反応をするはずだ。しかし、それが取材活動を制限することになるならば、その守りたい「名」とは何かと思わざるを得ない。(『創』2003年8月号)

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    安田純平さんも見殺しにするのか

    昨年6月に内戦下のシリアに入国後、行方が分からなくなったフリージャーナリスト、安田純平さんとみられる男性の画像がインターネットに投稿された。「助けてください。これが最後のチャンスです」。身柄を拘束した犯人グループの思惑と安田さん本人の覚悟が複雑に絡み合う事件の舞台裏を読み解く。

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    日本は安田さんを救出できるか?見習うべき欧米の交渉術

    これが最後のチャンスです」という紙を持つ安田さんと思われる男性の画像が出た。身代金が支払わなければ「イスラム国」(IS)に渡すという脅しまで飛び出している。 安田さんの画像は、「シリア人の活動家」を名乗る人物のフェイスブックサイトで公表されたもので、同じサイトでは3月に安田さんとみられる男性の動画が公表されている。その活動家は日本の複数のメディアの取材に対して、シリア反体制派でイスラム過激派アルカイダの“シリア支部”である「ヌスラ戦線」の「代理人」を名乗る人物からこの画像を得たとし、「一カ月以内に身代金が支払われなければ、人質交換で過激派組織『イスラム国』(IS)に引き渡される恐れがある」と警告しているという。 安田さん拘束事件の特殊性は、身代金交渉を掲げる自称「代理人」が表に出ているだけで、ヌスラ戦線自体が表に出ていないことだ。3月半ばにシリア人活動家のフェイスブックで公表された動画では、安田さんが英語で語ったが、拘束している組織の名前さえ出ていなかった。ヌスラ戦線としての公式の声明ではない。今回の画像でも同じである。2015年1月の後藤健二さん、湯川遥菜さんの殺害事件で、ISとしての公式の映像が出たのとは異なる。スペイン人ジャーナリストの解放 ヌスラ戦線自身が表に出てこないのは、この組織が人質をとって身代金と引き替えに解放して、資金を得ていることを公式には認めていないためだと理解されている。シリア人活動家は「誰もヌスラ戦線と直接接触することはできない。代理人を通じて交渉するしかない」と語った。ただし、ヌスラ戦線の代理人が、どこまでヌスラ戦線指導部の意思を代弁しているかは分からない。 安田さんの解放問題を考えるうえで重要な進展が、今年5月初めにあった。ヌスラ戦線に昨年7月から拘束されていたスペイン人ジャーナリスト3人が無事に解放されたのである。スペイン政府では副大統領直轄の中央情報センター(CNI)が解放交渉にあたったという。スペインメディアの報道によると、同政府筋は「多くの政府職員の働きと同盟国や友好国の協力によって」解放が実現したとし、最後は主にトルコとカタールの協力によると明らかにした。解放された後、スペインの首都マドリード郊外の軍用飛行場に到着し、親類と抱き合うスペイン人記者の1人=2016年5月(ロイター) 一方、カタール国営通信は解放直後に、スペインの外務長官からカタール外務省に対して「シリアで拘束されていたスペイン人3人の解放につてのカタールの努力を感謝する」との電話を受けたと報じた。 解放後、しばらくしてトルコの新聞が、スペイン政府はスペイン人3人の解放のために1100万ドル(12億円)の身代金を支払ったと報じた。報道によると、当初の身代金要求は2500万ドル(27億円)だったが、交渉の結果、1100万ドルとシリア国内での避難民への救援物資の提供で合意したという。スペイン政府は身代金支払いについては否定も肯定もしていない。解放にカタールが仲介解放にカタールが仲介 今回のスペイン人ジャーナリストの解放で、トルコとカタールが助力し、仲介にあたったことは、重要である。交渉は「代理人」とだけで行われているのではなく、トルコやカタールという反体制勢力に影響力を持つ国が、ヌスラ戦線本体に働きかけていることがうかがわれる。反体制地域との連絡や通交は、国境線で接しているトルコの協力がなければできないが、実際の交渉ではカタールが重要な役割を担っているとみられる。 スペイン人ジャーナリスト3人が拘束されたのは、安田さんが行方不明になって一か月後であり、スペイン人の映像は2月に出て、スペイン政府がヌスラ戦線の代理人と交渉を開始したとされる。その後に安田さんの動画が出て、5月初めにスペイン人ジャーナリストが解放された後、5月末に安田さんの「これが最後のチャンスです」という画像が出た。  スペイン人ジャーナリストを扱っていたヌスラ戦線の代理人と、安田さんを扱っている代理人は別人とされる。安田さんを扱っている代理人は、スペイン人ジャーナリストでスペイン政府が交渉に出てきたのに比べて、安田さん問題で、日本政府が対応しないことにいら立ちを示しているとされる。動画や画像を公開したのは、日本政府への揺さぶりだと思われる。代理人周辺から、身代金を払わなければ安田さんを「ISに引き渡す」といういう声が出ているのも、同じだろう。 日本政府の対応であるが、3月に安田さんの動画が公表された後、菅義偉官房長官は記者会見で「邦人の安全確保は政府の重要な責務であり、さまざまな情報を駆使し、徹底した対応を取っている」と語った。さらに、身代金要求には応じない政府の方針については「変わることはない」と説明した。5月末に安田さんの画像が公開された後も「邦人の安全確保は政府の最も重要な責務」と繰り返しただけだ。消極的な日本政府の対応 スペイン政府の積極的な対応とは対照的に、消極的と見える日本政府の対応については、ISによる後藤さん・湯川さん殺害事件に対する対応をそのまま踏襲している印象である。後藤さん・湯川さん事件での日本政府の対応は、昨年5月に公表された「検証委員会の検証報告書」で詳述されている。報告書では、「ISIL(「イスラム国」)との直接交渉」について、「ISILから政府に対する直接の接触や働きかけがなく、また、ISILはテロ集団であって実態が定かではないとの状況下、政府は、ISILと直接交渉を行わなかった」と政府が動かなかったことを肯定的に評価している。 検証委員会報告書は「事件は極めて残念な結果に終わったが、展開によっては、テロに屈して裏取引や超法規的措置を行ったと国際的にみなされる結果や、ヨルダン政府や同国民との関係に重大な影響を及ぼす結果となる可能性もあったが、全体としてみれば、取りうる手段が限られた中で政府はできる限りの措置をとり、国際的なテロとの戦いやヨルダン政府との関係で決定的な負の影響を及ぼすことは避けられたとの評価も有識者から示された」と評価している。 日本政府の対応は、報告書でも示されている通り、「テロ組織とは交渉しない」というもので、報告書では、湯川さん・後藤さん事件で、二人がISに殺害されたことについて、「政府の対応の失敗」という認識は薄く、結果的には、人質解放に至らなかった問題点は脇に置かれ、解放に向けた交渉などをしていないことをもって、「国際的なテロとの戦いへの負の影響を及ぼすことが避けられた」と評価する結論となっている。米国が人質問題で政策転換米国が人質問題で政策転換 国際的にはフランスやドイツ、スペイン、トルコなど政府が身代金を支払いも含めてISに拘束された自国民の人質解放に力を入れる国がある中で、日本政府が湯川さん、後藤さんの人質事件で、「ISと交渉しない」と強硬な姿勢をとったことは、特異なことだった。日本の強硬姿勢の背景には、日本政府が安全保障政策で従う米国が「テロリストと交渉しない」という姿勢をとっていたことが影響していると考えるしかなかった。 ところが、米国のオバマ米大統領は2015年6月、テロ組織などによって米国人が誘拐され、人質になった事件について政府の新たな対応策を発表し、大きな転換を図った。このことについては、安田さんの動画が公表された後、朝日新聞のデジタルサイト「WEBRONZA」(http://webronza.asahi.com/politics/articles/2016032300010.html)で「安田純平さんを救出するために」と題して3回連載を執筆し、第2回「米国の転換」で、詳しく論じた。 その要点は、米国はそれまでの「テロ組織と交渉しない」という方針から、「人質の安全と無事に帰還させることを最優先」として、人質の家族が人質解放のために身代金を支払うことを認め、家族を支援するために政府がテロ組織と連絡をとるという方向を打ち出したということだ。 米国で2014年8月にフリージャーナリストのジェームズ・フォーリー氏がIS支配地のシリア北部ラッカにおいて斬首され殺害された時、フォーリー氏の家族が米ABCテレビで、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)の幹部から繰り返し、身代金を支払うのはテロを支援することを意味すると言われたと明らかにした、という。ホワイトハウスの敷地を捜索する大統領警護隊=2015年1月(AP=共同)米国「自国民の安全を最優先」 オバマ大統領はこのような政府の対応を見直し、「私は人質事件の対応策の全面的な見直しを命じた」としている。新しい大統領政策指令(PPD)と、政府機関がその指令を実施することを求める大統領令(EO)を出した。 それによると、「米国人人質を安全かつ迅速に取り戻すために政府の力のあらゆる要素を使う。米国はテロ組織に身代金を払うような妥協はしないが、政府や人質の家族、または家族を助ける第三者が、人質をとっている組織と連絡をとることを妨げない」と政府の積極的な関与を打ち出した。そのために、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のもとに政府の横断的な「人質対策チーム」を設置し、政府の人質政策が迅速に、効果的に実施されるようにした。上級外交官を人質問題の大統領特使として任命し、人質を無事に国に戻すための政府で横断的な中核部署を政府に置くこととし、すでに連邦捜査局(FBI)で合同チームができて、仕事を始めていることも明らかにした。 人質が殺されても「テロ組織に妥協しない」ことが、これまでの米政府の安全保障上の大方針だった。米政府が「テロ組織に身代金を払わない」という方針は変わらないが、だから「テロ組織と関わらない」で終わりだった人質問題への対応が、「国の安全保障」の名のもとで個人の安全が犠牲になるのではなく、「国が自国民個人の安全を保障する」ことを最優先課題として掲げた。この方針転換は、国や政府の関係者に、「自国民の安全」についての意識改革を迫るものである。 日本政府が繰り返しているように「テロ組織とは交渉しない」という従来の姿勢が、欧州諸国は自国民の救出に積極的に乗り出し、強硬だった米国さえも、「自国民保護を最優先」というようになった。そのような流れの中で、安田さん問題に対する日本政府の対応は、改めて問われることになる。ISと対立するヌスラ戦線ISと対立するヌスラ戦線 さらに、安田さんがヌスラ戦線に拘束されていることは、ISの場合とは異なる対応が可能ともいえる。米国が「テロリストとは交渉しない」という方針を変更する前の2014年8月、米国人フリージャーナリストがヌスラ戦線に2年間拘束された後、無事に解放された時に、米衛星テレビのCNNは米捜査当局者の話として「米国は解放の交渉には関わっていないが、解放が無事行われるよう民間の動きを支援した」と報じている。この時、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラが「カタール政府が仲介した」と報じた。 この時、ケリー国務長官は声明を出し、「2年間、米国政府は彼の解放を実現し、さらにシリアで人質になっているすべての米国人の解放を支援してくれる力になってくれる者、影響力を持っている者、手段を有するかもしれない者たちに緊急の助力を求めて20カ国以上の国々と連絡をとった」と、解放のために手を尽くしたことを明らかにした。 この時、ヌスラ戦線から米国人ジャーナリストが解放されたのは、ISによってジェームズ・フォーリー氏が殺害された数日後であり、ISとヌスラ戦線の違いが際立った。 ヌスラ戦線はシリア内戦が始まった後の2012年初めにシリアで結成された。当初は、イラク戦争後にイラクに拠点をおいたアルカイダ系組織「イラク・イスラム国」がシリア内戦に介入するためにつくった組織だった。ところが、「イラク・イスラム国」が、ヌスラ戦線を統合して「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)としてイラクとシリアにまたがる組織にしようとした時に、ヌスラ戦線は統合に反対し、アルカイダ指導部も、統合に反対した。その後、ISISは「イスラム国」(IS)を宣言し、アルカイダ指導部に対抗するに至って、ISとヌスラ戦線は、対立することになった。 ヌスラ戦線は、これまでもジャーナリストや欧米のNGO職員などを人質として拘束したが、これまでに殺害した例はないとされる。ほとんどが身代金を払って解放されているが、中には身代金なしで解放された例もあるとされる。 ヌスラ戦線は2015年12月に国連安全保障理事会がシリア内戦終結を求める決議を採択した時に、「イスラム国(IS)」と共にテロ組織として認定された。しかし、ヌスラ戦線はアサド政権との間で最も激しく戦う反体制組織としてシリア北部の反体制地域で強い影響力を持ち、さらに「民間人を標的にしない」という点がISとは決定的に異なる。 反体制地域で活動する「シリア人権ネットワーク(SNHR)」の集計によると、2015年の民間人の死者1万6425人のうち、アサド政権軍の攻撃による死者が1万2044人(73.3%)、ISによるものが1366人(8.3%)に比べて、ヌスラ戦線による死者は89人(0・5%)と極めて少ない。これは米国が率いる有志連合による空爆による巻き添えや誤爆による民間人死者271人と比べても3分の1に過ぎない。 今年1月末からアサド政権と反体制勢力の間で始まったシリア和平交渉や停戦交渉では、ISとヌスラ戦線は除外されているが、カタールは、ヌスラ戦線に対して、アルカイダと絶縁して、和平交渉や停戦に参加するように働きかけたという報道も出ていた。アルカイダとの絶縁は実現しなかったが、ヌスラ戦線側には極端な排他主義のISとは異なり、シリア国内ではもちろん、アラブ世界や国際社会による認知を受けようとする意図があるとされる。つまり、ヌスラ戦線には、ISと異なり、交渉の余地があるということである。ジャーナリストに強い政府不信 安田さんを巡る問題で、ジャーナリストの間に強い政府不信があることである。3月に安田さんの動画が出たことを受けて、「安田純平さんの生還を願い、戦場取材について考える」というシンポジウムが月刊「創」編集部主催で4月中旬に東京都内で開かれた。私もパネリストの一人として参加したが、「政府の関与」に対して否定的な意見が上がった。 パネリストの一人であるジャパン・プレスに所属するジャーナリスト藤原亮司さんは安田さんとの親交もあり、1月には安田さんの安否をさぐるためにトルコ入りし、動画を公開した仲介人のA氏とも接触している。藤原さんは「安田さんは政府が介入して身代金で解放されることは望んでいない。それだけ覚悟を決めている。私たちが日本政府に働きかけることは安田さんが望むところではないはずだ」と発言した。 安田さんが動画の中で、「妻、父、母、兄弟を愛しています。あなたたちを抱きしめたい、あなたちと話がしたい。しかし、もうできない」とあきらめたように語っている。藤原さんは「安田さんは日本政府が身代金を払って解放されることを望んでいない。だから、自分は解放されることはない、と覚悟している」と読み解いた。 パネリストの一人で、フリージャーナリストが集まるアジアプレスの代表の野中章弘さんも、「もし、アジアプレスのメンバーが取材先で武装組織に拘束されたら、解放のために全力を尽くすが、政府に助けを求めることはしない」と述べた。 さらに、安田さんをよく知る別のジャーナリストが会場から「日本政府には安田さんを解放しようとする意志も力もない。身代金を払わないで解放する方法を探るべきであり、日本政府が関わってヌスラ戦線側が身代金をとる気になれば、逆に安田さんの身を危うくする」と発言した。日本に特有な「自己責任論」日本に特有な「自己責任」論 政府とジャーナリズムの溝を改めて感じた。欧州のジャーナリストがISやヌスラ戦線に拘束されれば、政府がジャーナリスト団体などの民間と協力して解放交渉に関わるのが普通で、身代金が支払われて解放される場合でも政府が関与しているのとは対照的である。 危険地取材に関する日本の特殊性は、ジャーナリストが紛争地で取材していて武装勢力に拘束されたり、巻き込まれて死傷したりする場合に、国や社会に「迷惑をかける行為」として指弾されることである。それが典型的に現れたのは、イラク戦争直後に日本人が拘束された時に高まった「自己責任」論である。 安田さんもイラクの武装勢力に拘束されたとして批判されたことがある。安田さんは『囚われのイラク』(2004年、現代人文社)の中で、その時の経験を書いている。解放されたのは日本政府が身代金を払ったためではなく、さらに、イラクから帰国するまでの飛行機代やホテル代も自分で払うことを日本大使館に通告し、精算したにも関わらず、日本では「自己責任論」で批判を受けた。 安田さんは危険な現場に行く以上、「何が起ころうと受け入れるしかない」という意味での「自己責任」として覚悟を決めていた、と書いている。しかし、帰国して問われた「自己責任」は国に「迷惑をかけた」ことへの「社会的責任」だったという。実家にまで報道陣が集まって「息子をイラクに行かせた親の責任」を問う記者さえいたという。 安田さんが書いたものを読めば、藤原さんが言うように、いま、安田さんは武装組織に拘束されているという状況を「自己責任」として覚悟を決めているだろうし、政府に身代金を支払ってもらって解放されたいとは思っていないだろうと思う。その点では、私も藤原さんの見方と同じである。 しかし、私はシンポジウムの中で、「安田さんが無事に救出されるよう政府や外務省に対応するよう働きかけるべきだ」と発言した。私も、身代金交渉を掲げる自称「ヌスラ戦線の代理人」と交渉をすることは、逆に安田さんの安全を危うくしかねない、と考えている。特に、5月末の動画で、代理人の周辺から「ISとの捕虜交換」というような脅しの言葉が出てくるようでは、信頼がおける相手とは思えない。既に書いたようなISとヌスラ戦線の経緯を考えても、安田さんを「ISに渡す」というようなことは、自称・代理人の立場ではいえるはずもないことである。 代理人が安田さんの動画や画像をとって公開することができるのは、ヌスラ戦線本体と何らかの形でつながっていることの証拠である。だからこそ、金目当ての自称「代理人」の言葉であっても、無視していれば、代理人の言いなりにヌスラ戦線が引きずられかねない危険がある。日本政府に求められるのは、ヌスラ戦線の代理人の暴走を抑えて、指導部に影響力を持つトルコやカタールを通して、安田さんの身の安全を確保して、解放の条件を探ることである。 そのように政府に働きかけることは安田さんの意思に反することなのか。私はそうは思わない。先に紹介した安田さんの著作『囚われのイラク』の最後に、安田さん自身が、「本人の意思にかかわらず救出活動をしなければならないのが国家であり、『国家のあり方論』は『自己責任論』という言葉で行うべきものではない」と書いている。「国に向けた」安田さんのメッセージ「国に向けた」安田さんのメッセージ ジャーナリストは危険地で仕事をする危険を「自己責任」として引き受けるが、それはイラク戦争の時に出た日本的な「自己責任」論に転化して、「国民を守る」という「国の責任」が免責免除されるわけではない、ということである。安田さんは動画の後半で、「私の国に対して言わなければならないことがある」と前置きして、謎のような言葉を述べた。 「あなたがどこかで暗い部屋に座り、痛みに苦しんでいるのに、誰もいない。誰も答えてくれず、誰も反応してくれない。あなたは目に見えない。あなたは存在しない。誰もあなたのことを気に止めない」 この言葉は日本では未公開の米国映画のせりふと似ているとの指摘もあるが、安田さんがこの言葉を「国に対して」と前置きして言ったことは重要な意味を持つはずだ。安田さんは自ら日本政府に助けを求めることはなかったが、一人の日本人が、どこかで囚われ、苦しんでいるのに、その日本人は存在しないことになっている、というメッセージを安田さんは「自分の国に向けて」発しているのである。 5月に解放された3人のスペイン人のジャーナリストと安田さんは同じ場所で拘束されていた可能性が強く、日本とスペインの対応の違いは明らかにわかるだろうし、ヌスラ側から入る情報だけでも、日本政府にとって、自分が「存在しない」かのように扱われていることを痛感していたのだろうと考える。「日本人の安全」を守る国の責任イスラム国の支配地域に向かう前日、後藤健二さん(右)はシリア人ガイドのザイムさんと一緒に写真を撮影した=2014年10月24日(ザイムさん提供) 私は昨年1月に湯川遥菜さんと後藤健二さんが殺害されたことを受けて発足した、ほかのジャーナリストと一緒に「危険地報道を考えるジャーナリストの会」という名称で、危険地取材の在り方を議論する場に参加した。その議論の中から、昨年12月に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか――取材現場からの自己検証』(危険地報道を考えるジャーナリストの会・編、集英社新書)を刊行した。 安田さんはシリアに行く前にたびたび議論の場に来て、危険地報道の在り方や、政府との関係、社会に向けてどのように発信していくかなどの議論に参加した。紛争地の取材は個々のジャーナリストが自分で発意して、自分の責任と使命感で行うものだが、紛争地取材に関わることに「社会的な責任」があると考えるからこそ、貴重な時間を割いて、ほかのジャーナリストとの議論の場に参加したのだと思う。 安田さんが書いていることや議論への参加から考えれば、安田さんは政府に頼って解放されることは望んでいないとしても、日本政府が紛争地で拘束されたジャーナリストの救出のために積極的に動かないことをよしとしているわけではないと考える。 さらに、紛争地で仕事をするのはジャーナリストの問題だけでなく、人道支援にあたる国連職員やNGOのスタッフ、外務省関係者、企業関係者など幅広い。最大限に安全対策をとっても、紛争地での仕事には100%の安全がないことを覚悟せざるを得ないのは、ジャーナリストだけの問題ではない。つまり、紛争地で働く「日本人の安全」を守る国の責任は、ジャーナリストだけの問題ではないということである。

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    政府が決断すれば、解放は可能だ 安田さんの救出は裏交渉で 

    が「1カ月以内」に交渉などの行動を始めなければ、安田さんの身柄は外国人人質を惨殺してきた過激派組織「イスラム国」(IS)に渡るだろう、としている。 「ヌスラ戦線」は日本政府に対して1000万ドルともいわれる身代金を要求しているとされ、3月には日本政府に対応を求める安田さんの動画が公表されたが、テロリストの要求には屈しない、と主張している政府はこれまで、交渉を真剣に検討してこなかった。 特に身代金の扱いについては、先の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の首脳宣言に「テロ組織には身代金を支払わない」と明記し、日本は議長国として宣言を順守する立場にあるのも事実だ。 しかし、今回は新しい点が2つある。1つは政府に「1カ月」という期限を切って行動を要求したこと、もう1つは、殺害されるリスクが高い「ISへの引き渡し」を警告したことだ。 日本側からみれば、この“仲介役”の代表が信用できるのか明らかではない。“仲介役”自身が拘束に関与していないという保証もない。本当に「ヌスラ戦線」に拘束されているかもはっきりしていない。つまりは分からないことだらけの中で、交渉しようがない、という思いが強い。 しかも単なる身代金を得るための脅しの可能性もないわけではない。安田さんにオレンジ色のシャツを着せているのも、ジャーナリストの後藤健二さんを含め、外国人人質の首を切断して殺害してきたISが人質にオレンジ色の服を着せていたのを明らかにまねし、恐怖感を煽っているようにも思える。 このように政府が犯人側と交渉するにはハードルが高い。しかし「交渉することは譲歩することではない」(オバマ米大統領)し、身代金の支払いも政府が払った形にしない方法もあるだろう。政府は昨年新設の組織「国際テロ情報収集ユニット」を中心に対応を錬ることになるが、要はしたたかな裏交渉も厭わないことが必要だ。スペイン人記者の解放を参考にスペイン人記者の解放を参考に その際に参考になるのは、10カ月ぶりに人質生活から解放されて5月8日に帰国したスペイン人記者3人のケースだ。3人は安田さんと一時的に一緒に拘束されていたと伝えられており、スペイン政府から事情を聞くのはもちろん、解放された記者らからの直接聴取も欠かせない。 特にスペイン政府はトルコとカタールが3人の解放に協力したことを明らかにしており、どこをどうつつけば、響くのかを知る上で、大いに参考になるだろう。トルコ紙などによると、スペインは1人につき、370万ドルの身代金を支払った、という。 日本政府は昨年の後藤健二さんらの人質事件では、身代金の支払いを拒否したが、1999年の中央アジア・キルギスの邦人人質事件では3億円の身代金を払った過去もある。政府内には、安田さんについて、警告を無視して自ら危険地に入った、という自己責任論が根強い。しかし、紛争地の実態は、安田さんのようなジャーナリストの存在がなければ分からないことも多い。 「ヌスラ戦線」は2012年の設立当初、ISの関連組織という位置付けだったが、ISが組織を吸収しようとしたことに反発して袂を分かった。シリア内戦では反政府勢力の一翼としてアサド政権軍と交戦しており、反政府勢力から強力組織として頼りにされている。

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    「嘘とカネ」思惑が渦巻く安田純平さん拘束の舞台裏

    』(集英社新書)の執筆者でもある横田徹さんなどが立て続けに強制送還されました。 ましてや常岡さんは「イスラム国」を取材した数少ないジャーナリストで、2014年に日本で私戦予備陰謀というとんでもない容疑でパスポートから何から取り上げられて家宅捜索されたことのある人だから入国は絶対無理だと思いました。私は「まあダメもとで行ってらっしゃい、旅費は半分カンパするよ」と言って送り出したんです。画像はイメージです そしたら案の定、トルコには入れずにすぐに帰されて来ました。ここで問題なのは、トルコに入国できないこの3人というのが、いずれもヌスラ戦線と連絡を取れて土地勘のある人たちなんですよ。しかもみな安田さんの友人。安田さん救出に最も力になれそうな人たちが、ことごとく現地に近づけなくなっているんです。 これはあくまで推測ですが、日本政府が、そうしているんじゃないかなと私は思っています。というのも、安田さんが以前イラクでとらわれた後、日本政府が「安田純平にはビザを出すな」とイラク政府に要請したんです。だから安田さんはまともな方法ではイラクに入れなくなったので、コック(料理人)になってイラクの軍の基地でシェフとして働いた。その状況を書いた本が『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)というのですが、これは戦場取材に新たな手法を持ち込んだ名著だと私は思っています。 彼は基地から出られないのでずっと厨房にいる。この本には「厨房から見た戦争」が描かれている。イラク社会ってどんなものかとか、戦争が民営化されていることもよく分かる。世界中からイラクに出稼ぎに来ていて、格差と戦争とか、大事なことがたくさん書いてあるすごく面白い本です。幾つものグループが救出に動く さて、7月以降、安田さんの友達などを含めて、民間で幾つものグループが救出に動き出します。そして、それぞれ間接的・直接的に拘束者との接触に成功しています。日本にこういう人材がいるのかと私は驚きましたね。 そのうちの一つがヌスラ戦線に「日本人が捕まっているだろ?」と問い合わせたら、ヌスラ戦線の方が「知らない」と言うのです。実は現地はヌスラ戦線の影響力が強いところですが、最初に安田さんを拘束したのはヌスラ戦線じゃなかった。実は現地には他にもいろんな武装グループがあって、その中にはヌスラ戦線と付かず離れずで、密貿易などをやっている「ならず者集団」もいます。最初に安田さんを拘束したのはそういうグループだったのです。 それで、ヌスラ戦線が日本からの通報を受けて調べたら、その「ならず者集団」が拘束していたので「我々のテリトリーで勝手なことするな」と怒って、ヌスラ戦線の部隊がそのグループを攻撃しました。これは死者が出るくらいの戦闘で、結果、ヌスラ戦線が安田さんの身柄を引き取りました。画像はイメージです 今日の話は、どこから聞いたとか一切言えないですけど、今、ヌスラ戦線に安田さんは捕まっていて、12月10日段階で、安田さんが生きていることは確実になっています。 問題はヌスラ戦線がどんな組織かということですが、もともとはイスラム国と同根のアルカイダ系組織で、途中からイスラム国と分かれます。今はイスラム国と最も激しく戦っている武装勢力です。今まで何人もジャーナリストを捕まえていますが、まだ殺していません。2012年にはスペイン人のジャーナリスト3人を身代金も何も取らずに帰しています。この時はクゥエート政府が仲立ちしたと言われています。 だから我々もなんとか静かに交渉がやれればと思っていたら、とんでも無いことが起こりました。昨年12月23日に「国境なき記者団」が「安田さんの拘束者が身代金要求をしている。期限内に金を払わないと、殺すか、他の組織に売ると言っている」と声明で発表した。これがドカーンと報道されて、日本人のほとんどがこの事件を知ることになりました。それまでは、常岡さんたちが、日本のメディアに「慎重にして」とお願いしていた。一時期「これは安倍政権がメディアに圧力をかけて黙らせている」というツイッターかなんかがあったけど、逆だったのです。 そんな中、国境なき記者団の声明発言で安田さん拘束が報道された。これが非常に問題だったのは、そもそも安田さんの家族にも、外務省にも身代金の要求は来ていない、つまり根本的に間違った情報だったのです。そこでおかしいじゃないかと問い合わせたら、国境なき記者団は29日に発言を撤回するんです。「5000万円で私が解決してあげる」「5000万円で私が解決してあげる」 どうしてこんなことが起きたのか。私が知っている安田さんを助けようとしている民間のルートの一つにスエーデン人のNさんというのがいて、この人が外務省に「5000万円で私が解決してあげる」と持ちかけていたんです。外務省は相手にしなかった。で、Nさんは、自分の出番を作るために国境なき記者団を使って演出したんだと私は思っています。 Nさんがヌスラ戦線にどんな取引を持ちかけているか分かりませんが、もし身代金での交渉ということになると、大変なことになります。 ご存知のように日本政府は、テロリストとは交渉も接触もしません。身代金も払いません。安田さんのご家族も巨額のお金を払えるわけがない。日本には身代金を払う人がいない。ですから、身代金での交渉となると、安田さんの身柄は非常に危険なことになってしまう。我々は、今一生懸命情報を探っている段階ですけど、Nさんのおかげで非常に難しい状況に立たされています。 こういう混乱が起きる背景の一つには、日本政府の「関与せず」というスタンスがある。政府に頼れないから、民間の人たちがこういうふうに一生懸命やるわけです。それぞれのルートがトルコまで行って独自に調査をやっています。 そして、私が知っている3人のヌスラ戦線と話が付けられるジャーナリストの動きは封じられています。 もし、トルコへの入国禁止を日本政府が要請しているとすれば、「関与せず」だけではなくて救出活動を邪魔することになっている。そもそもジャーナリストが武装集団に拉致された場合、どこの国もなんらかの形で政府が乗り出すものなんです。ところが、日本はそうなっていない。それどころか政府は、危ないところにいくジャーナリストは「蛮勇だ」などと言ってバッシングに加担する。このような日本特有の事情要因があって、今回の状況は起きているんだと思います。 とはいえ、日本政府が出て来ればかえって話がごちゃごちゃになるかもしれない。それが1年前の後藤健二さんの時の教訓でもありますので、私たちとしても動きがとれません。今はとにかく情報を集めようとしている状況です。 ただ12月10日の段階では少なくとも安田さんはまだ大丈夫だということがわかっています。これから、新たな段階でみなさんにご協力をお願いすることがあるかもしれない。その時はよろしくお願いします。  最後に、なぜ戦場に行かなければならないのかというきょうのシンポのテーマについて安田さんは先ほど紹介した本にこう書いています。「戦後60年が過ぎ、戦争を知っている日本人が年々減っていく中で、現場を知る人間が増えることは、空論に踊らないためにも、社会にとって有意義だ」。つまり、戦争のリアリティーを知る人が少なくなる中で、戦争のリアルを知っている人間がいるっていうことは、戦争が空論として論じられないためにもいいんじゃないかというのです。今の日本の状況にぴったりの言葉だと思います。 安田さんは非常に志のある有能な人だし、イラクでコックをやりながらアラビア語をマスターしていたので、拘束者との間に変な誤解が生じることはないと思います。必ず、無事で帰ってくると信じています。(1月15日に都内で行われたシンポジウム「ジャーナリストはなぜ戦場へ行くのか」での発言を収録)

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    取材現場での事故は殉職? 戦場ジャーナリストたちの意志と覚悟

     昨年6月にシリアで行方不明となった安田純平さんの動画が今年3月に公開された。いま安田さんをめぐる状況はどうなっているのか。4月19日に開催したシンポジウムの一部を紹介する。安田純平さんの意志を尊重すべき藤原亮司(ジャパンプレス) 安田純平さんが昨年6月23日にトルコの国境を越えてシリアに入って、すぐに地元の武装勢力につかまったということを、私はその数日後に耳にしました。個人的にも親交がありますので、私はそれから安田さんの情報をずっと追いかけてきました。私自身もシリアで取材したことがありますので、現地の友人や安田さんの友人、あるいは私が使っていたコーディネーターなどから情報を得ています。おそらく今はヌスラ戦線というシリアの反体制派グループに拘束されているだろうと言われています。 彼がつかまって以降、公にはずっと情報がなかったのですが、昨年12月22日付で、「国境なき記者団」という団体が声明を出しました。その内容は、日本政府が解放交渉を行わなければ安田純平は人質として転売されるか殺されるであろうというものでした。なぜそんな発表がなされたかというと、セキュリティ会社の社長を名乗るスウェーデン人の男がおりまして、それまでもずっと日本のメディアや政府に自分が仲介役になれる、交渉できると持ちかけて、一儲けしようと企んでいたのです。しかし相手にされず、国境なき記者団でよく知っているベンジャミンというアジア太平洋担当デスクに話を持ちかけた。そして彼が上司の判断を得ず、会社の会議にかけずに個人の判断でリリースを出してしまい、世界に広まってしまったということです。 それは全くの誤報であり、国境なき記者団に抗議を送ったところ、ベンジャミンの上司からすぐにメールが返ってきて、撤回させるとのことでした。私だけでなく複数の人が働きかけたと思いますが、それによって国境なき記者団は、声明を取り下げたわけです。 その後、今年の3月、今度は安田純平さん本人がビデオで語っている映像が流れ、大きく報道されて知られることになりました。今日のシンポジウムの開催趣旨にもありますが、「こういう局面で私たちが何をすべきか、何ができるのか」??。私は、何もしないでほしいと思っているんです。というのは、安田さんが3月16日のメッセージの中で、ご家族や奥様、ご兄弟のことを言っています。「いつもみんなのことを考えている。みんなを抱き締めたい。みんなと話がしたい。でも、もうできない」。これは、安田さんが家族や関係者に伝えようとした強烈な覚悟、意思表示だったと思うんです。自分は身代金による解放を望んでいないので、もう家族たちには会えないだろうという決意表明をしたのだと思います。私はこれは、一人の職業人として、ジャーナリストとして、本当に立派な覚悟のしかただと思っています。イラク日本人人質事件。保護されたバグダッドのウムクラ・モスク前から日本の両親に携帯電話をかける安田純平さん=2004年4月17日 安田さんは過去に一度、3日間ほどではありますが、イラクでも拘束されたことがあります。戦場においてジャーナリストや取材者が一時的に拘束されるというのは、時々起こりうることなんです。12年前にイラクで安田さんが拘束されたこともよくあることの一つだったにもかかわらず、大きく扱われてしまった。高遠菜穂子さんら他の3人の誘拐事件とタイミングが重なったために、非常に大きな扱いをされたわけです。 それ以降、彼はずっと、自分がもしどこかで拘束されたり、身の上に何かがあった時どう処すればいいかを考えて取材地に向かっていたはずです。彼はそれを、今回ヌスラ戦線と思われるところから流れてきたビデオによって、しっかりと表明したんです。それに対して我々はじめ同業者、あるいは関係者や一般の人たちが、政府に安田さんを解放してやってほしいと働きかけることは、安田さんの意に反することでもあるのです。これは国家が国民の身に何かが起きた時に、尽力する責任がある、義務があるということとは全く別の話で、当然政府にはそうした責務があるのですが、一方で安田純平さん個人が、自分の職責において、自分の生き方において、政府による交渉を望んでいないので何もしないでくれという訴えかけをしてきた時、私は友人として、同じ仕事をしている人間として、彼の意志を尊重したいと思うんです。 また、闇雲に政府に働きかけたり、それによって政府が何か動いたり、また我々の側からヌスラ戦線に解放してくれとアピールするといったことは、身代金を欲しがっている人間のことをこちらから宣伝してやっているようなものです。それは安田さんにとって何のメリットもないことだと、僕は思っています。現場での事故は殉職現場での事故は殉職野中章弘(アジアプレス代表) フリーランスのネットワークであるアジアプレス・インターナショナルは、シリア、イラク、パレスチナ、アジアの各地で30年ほど取材してきました。その中で1999年には、我々のインドネシア人のメンバーだったアグス・ムリアワン君が東ティモールで殺害されるということがありました。この時は襲撃されて殺害されており、今回のように拘束、誘拐ではなかったのですが、それは僕のジャーナリスト人生の中で一番つらい出来事でした。殺害されたという報告を受けてすぐに東ティモールに行こうとしたのですが、国連もジャーナリストもすべて撤退して入れない。まず、彼の故郷であるバリ島に行って、家族に報告をしなければいけない。説明に行くと、数十人の家族や親戚たちが待っているわけです。そこでアグス君がどうして亡くなったのか、どういう状況だったのかを報告しなければいけなかったのですが、それが僕の人生の中で最もつらい瞬間でした。それから東ティモールの事件の現場に行きましたが、国連との交渉や検視など、いろんな手続があり、殺害から3年後にようやく遺体を掘り起こして、東ティモールの海岸で荼毘に伏して、遺灰を故郷バリ島の海岸に流しました。 2012年には山本美香さんがシリアで殺害されました。山本さんも一時期アジアプレスに在籍していたこともあって、昔からよく知っていた仲間でした。こういう仕事をしていると、当然そういうリスクがあります。 ただ、誤解のないように言っておくと、アジアプレスのメンバーたちは自分が戦場ジャーナリストだという意識はたぶんあまりないと思います。これは大切なところで、戦場だから行っているわけではなくて、そこに伝えなければいけないことがあるから行っているのです。アジアプレスの譲れない原則のひとつは戦争に反対するということです。戦争が起きた時に、我々の命も生活もすべてが破壊されるわけです。戦争に向かうような動きに対して警告を発して権力を監視する。それがジャーナリズムにとって最も大切な使命なのです。そういうことが起きている現場に行き、現状を報告し、なぜそれが起きるのか、それを起こさないためにはどうしたらいいのか、そのような問題提起をすることがジャーナリストの使命、ミッションです。ただ、現場に行けば、いろんな形で事故が起こる。戦場でなくても、取材活動の中では、思わぬ事故が起きるわけです。山本さんも言っていたように、そういう現場での事故というのは殉職だと思います。職業に付随したリスク、それ以上でもそれ以下でもないと思います。 安田純平君の話をしますと、彼が信濃毎日新聞を辞めてフリーで仕事を始めた後、時々会って取材の話を聞いてきました。彼は、主に中東地域の取材をしてきたジャーナリストです。日本のフリーランスの中で、最もイラクやシリアの取材経験の長いジャーナリストの一人です。彼は彼の、本当の意味での自己責任で、自分の職責を全うするということで取材に行ったわけです。ここはきちんと共有したいと思うのです。彼はジャーナリストとして、そこで起きていることを世界に伝えるという役割を自分に課して取材に行った。そこで起きた事故です。 土井敏邦さんや、アジアプレスの綿井健陽や石丸次郎などを中心に、戦場ジャーナリストの仕事をサポートする動きが出てきていますが、とても大切なことです。画像はイメージです フリーランスの権利、取材の自由や安全を守る組織は、日本には全くありません。これは他の国と大きく違うところです。ですから安田君がこういうことになったからといって、組織的に救援に動けるような体制は、全くとられていないのです。友人たちが個々に動くということはあっても、救援活動を担う主体が日本にはない。これは非常に大きな問題です。誰かを責めているわけではなく、僕自身も含めて我々フリージャーナリストを守る主体は我々です。自分たちで自分たちを守るというふうに動かなければいけないのですが、残念ながら山本美香さんであれ、後藤健二さんであれ、その前には2007年に長井健司さんがミャンマーで殺害されましたが、いくつかそういう例がありながら、フリーランスの側が自分たちの権利を守っていくための組織作りができていません。だから我々自身にまず課題があるというふうに僕は感じています。 ただ、誘拐などが起きた場合、我々のできる力を遥かに超えてしまう。身代金であれ、処刑であれ、どう対応するのか。現実的な対応は非常に難しい。できることは限られている。フリーはマスメディアの人たちが行かないような場所に行けば仕事になる、お金になる、現実的にそういう面もあります。でもそういう補完的な気持ちで行っているわけではないのです。戦争の実相というのは、まず戦場の取材から始めなければいけない。僕は絶対にそう思います。ホワイトハウスやペンタゴンを取材したって戦争の本質はわかりません。イラク戦争でも取材の起点は戦場にしかない。だからそこに行くという判断を、自分でしているわけです。 アジアプレスのメンバーが万が一、拘束された場合は、基本的には一切救援活動はしないことにしています。責任を自分で負うということを引き受けて現場に行く。それがフリーランスの仕事のやり方であり、生き方だと思います。ジャーナリズムの自殺ジャーナリズムの自殺新崎盛吾(新聞労連委員長) フリーランスと組織ジャーナリズム、これは決して二つに分けられるものではありません。戦場取材等で、別の立場を取らざるを得ないケースはままあるのですが、取材に対しては同じ思いを共有していると考えています。 安田さんを初めて知ったのは、イラク戦争の時でした。2003年3月、実は私も、共同通信のイラク戦争取材班の一員として中東におりました。3月20日に米軍によるバグダッド空爆が始まるわけですが、大手メディアは全てヨルダンやシリアに撤退して、イラク国内にはフリーの方々だけが残っている状況でした。この時、安田さんは「人間の盾」として、イラク国内で取材活動をされていたわけです。私のような社会部記者がなぜ取材班に加わっていたかといえば、イラク国内には多くの日本人が残っており、空爆で日本人が亡くなったり、けがを負ったりすることがあるかもしれない。そんな最悪の事態に備える意味もありました。 イラク国内のフリーの方々は、大きな情報源にもなりました。今、隣にいる志葉さんは当時、空爆下のバグダッドで取材をされていました。私が志葉さんと初めて会ったのは、シリア・ダマスカスの空港でした。バグダッドから到着する便の乗客を取材している時にお会いして、イラク国内の話を聞いて記事にしたり、撮影された写真の提供をお願いしたりした訳です。もちろん自分で直接取材しなければ分からない、現場に入りたいという思いはありますが、業務命令でイラク国内に入れない状況下では、やむを得ない取材手法です。イラク邦人人質事件。成田空港に到着した渡辺修孝さん(左)と安田純平さん。記者らを前に、イラクに残る発言はしていないと釈明した=2004年4月20日、成田空港 その後、4月10日にバグダッドが陥落し、フセイン像が倒される映像が世界に流れるわけですが、実は共同通信の取材班は、この直前にバグダッドに戻っていました。本社から許可が出ていない中、現場の判断で半ば会社の命令を無視する形で戻ったため、後に社内では問題視されたのですが、歴史的に見ればバグダッド発で報じた共同通信の評価は高まりました。フリーであっても組織であっても、そういう現場の思いがあってこそ、戦場取材が成り立つわけです。 バグダッド陥落の日の紙面で、例えば読売は外電写真を使ってアンマン発で記事を出していました。ジャーナリズムの観点から、本当にそれでいいのかということです。ベトナム戦争の時は大手メディアも記者を従軍させ、現地から写真や映像を送り、戦争の生々しい現実を茶の間に伝えた結果、反戦ムードが高まりました。それが、メディアが本来やるべき戦争取材のあり方だと思います。戦争に反対し、ムーブメントをつくっていくためには、やはり戦場で何が起きているのか取材しなければいけない。そこに組織かフリーかの違いはないと思っています。  新聞労連は今回、安田さんの即時解放を求める声明を出しました。私は映像が流れた直後から、安田さんに対する罵詈雑言、いわゆる自己責任論などがネットで大量に流れたことに大変ショックを受けました。そんな一方的に非難されることを彼がしたのか、冷静に考えてほしいという思いがあります。声明にも書きましたが、メディアの人間、ジャーナリズムの人間は、国民の知る権利を最前線で背負っていると自覚しています。そして大手メディアが、ある意味尻込みをしている地域に、あえて入った安田さんがなぜ非難されるのか。国に迷惑をかけたというような発想が出てくることが、私にはちょっと理解しづらいのです。彼は戦争の現実を伝えるために、ある意味で命を張って行った。結果として危険に晒されたかもしれないけれども、それはジャーナリストとしてのリスクの部分だと思います。 特に今、大手メディアの中では安全最優先、あるいはコンプライアンスという考え方がかなり強まり、記者個人が自由に動ける範囲が少しずつ狭まっているように感じます。そういう中で、現場に行かなければならない、人々に伝えなければならないという思いを失くしてしまったら、組織であってもフリーであっても、ジャーナリズムの自殺だろうと思います。

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    シリアで拘束の安田純平氏が託した「イスラム国の重大資料」

    9日、本誌記者に送られてきたメールは、こんな書き出しだった。〈突然の相談で恐縮です〉──それに続けてイスラム国(IS)の内部資料を入手したと綴られていた。送り主はフリージャーナリストの安田純平氏。 3月16日、安田氏と思われる人物が拘束されている動画が、インターネット上に公開された。動画を公開したシリア人男性は各種メディアに対し、安田氏がシリアでイスラム過激派組織「ヌスラ戦線」に拘束されたと証言している。 安田氏がシリアに入ったのは、本誌記者とメールのやり取りをした直後だったとみられている。安田氏と親しいフリージャーナリスト・鈴木美優氏の話。「安田さんはトルコ南部のアンタキアからシリア北西部のイドリブを目指す取材を計画していたようです。危険なルートであることを自覚し、緊張している部分もありましたが、イスラム国に対抗しようとする勢力への取材に興味を持っていました。ただ昨年の6月21日を最後に、連絡は途絶えてしまいました」 安田氏はトルコからシリアへと国境を越えた付近で拘束されたとみられている。その直前、冒頭のメールを含む本誌記者とのやり取りで安田氏は「トルコで入手したISに関する重大資料を記事にしたい」との考えを述べていた。安田純平氏のツイッター 安田氏の安否が確定しない中で、資料の詳細を説明するのは控えるが、文書、写真に加え、映像も含まれるものだ。3月22日にもベルギーの連続爆破テロの犯行声明を発表したIS。安田氏の資料の中にはそのISの資金管理に関係すると思われる資料もあり、それを分析した安田氏は〈イスラム国との戦いは「テロリスト」というより、国家に対して行うのと同等の規模で臨まなければならないのでは〉とメールに書き記している。 そうした問題意識が、安田氏を危険なシリアに向かわせたのだろうか。 安田氏と連絡が取れなくなり、シリアで拘束されたという情報が関係者の間で流れた昨年7月上旬、外務省邦人テロ対策室は本誌の取材に対し、「(安田氏が)拘束されたのではないかという情報は把握しており、事実確認を含めて情報収集している」と話していた。しかし、今回動画が公開されたことを受けて改めて取材すると「事案の性質上、回答は控えます。政府としては、様々な情報網を駆使して全力で対応に努めております」(外務省報道課)と答えるのみで、この間の“情報収集”の成果が何なのかはわからない。 思い出されるのは昨年1月にISによって拘束・殺害動画が公開された後藤健二氏のケースだ。安田氏の安否について前出の鈴木氏はこう指摘する。「ヌスラ戦線の兵士に取材したところ、公開された動画にヌスラ戦線のロゴが入っていないことを不思議がっていました。過去の例とはそこが違うそうです。一言でヌスラ戦線といっても、組織の中には様々なグループがある。安田氏の拘束は、ヌスラ戦線の中にいる外国人義勇兵グループが独自に動いて行なわれたものではないでしょうか。取材した兵士も、安田氏のことを知らなかったですから。 ISと違い、ヌスラ戦線は動画公開後に身代金取引で解放されるケースもあります。まだ生存している可能性が高いと信じています」 動画が公開されたのは、身代金を求める交渉のために安田氏の生存を証明する必要があったからなのか。安田氏が消息を絶ってから、まもなく10か月になろうとしている。関連記事■ 日本人拘束の「イスラム国」 日本語話す兵士存在と週刊誌報じる■ ネット駆使するイスラム国 正当性訴える「PR動画」多数製作■ 湯川遥菜氏救出に動いたイスラム法学者「外務省が見捨てた」■ イスラム国邦人人質事件 政府は解放交渉の有力ルートを無視■ イスラム国の目標 イスラエル、レバノンなど支配地域の拡大

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    ジャーナリストには使命がある!取材制限に関わる既存メディアの愚

    志葉玲(フリージャーナリスト) ISIS(イスラム国)の人質となっていた、後藤健二さんが殺されてしまった。本当に残念であり、彼を救えなかったことを、同業者として申し訳なく思う。そして、ISISに強い憤りを感じるし、だからこそ筆者がジャーナリストとして伝えるべきことを伝えるべきだとも思う。 このところのメディアの動きで気になることがある。先日配信した記事でも書いたが、日本のジャーナリストが、紛争地取材を行うべきではない、退避勧告を守るべきだと言わんばかりのニュアンスで、書かれている記事がいくつもあることだ。 読売、産経が朝日のシリア取材「批判」 外務省は渡航見合わせ強く求めていた(http://www.j-cast.com/2015/02/02226867.html) 「イスラム国」:「後藤さん殺害」 3回、渡航自粛を要請 官房副長官明かす(http://mainichi.jp/shimen/news/m20150203ddm041030137000c.html) 先の記事でもツイッターの投稿を引用させていただいた、自民党の佐藤正久参議院議員が、また朝日新聞記者のシリア取材についてツイートしていたので、引用させていただこう。 今般の湯川氏、後藤氏の事案は、退避勧告が発出されている地域で発生したもの。危機管理の基本の一つは危険な地域に近寄らないことだ。シリアのヌスラ戦線で戦う日本女性や、アルジェリア系仏人の夫と共にシリアで不明になった日本女性報道もある。再発防止の為、朝日新聞の記者含め、早期退出を願う こうした主張が、ジャーナリストの紛争地取材を禁止させようという流れにつながるのではないか、と警戒している。 外務省が退避勧告を発令するのは、邦人保護という職務上、仕方ない部分もある。しかし、ジャーナリストにはジャーナリストとしての職務がある。 イラク戦争やガザ侵攻など、日本の国家の政策と絡む紛争も多い(自衛隊イラク派遣やF-35などの武器輸出など)。そうした政策を国会で審議する場合も現地情報として報道が果たす役割は大きい。また一般の人々も現地で何が起きているのか、主権者として知る権利がある。 日本人のジャーナリストが現地で取材するからこそ、現地の問題を日本と関連付けて取材することができる。情報がろくに無い中で、何を決めることができるのか。政府に都合のいい情報だけでいいのか。ジャーナリムが人々の知る権利を保障する、民主主義に不可欠な役割を果たすことを、一般の人々は勿論、メディア関係者すらも忘れているのではないか。 公的な仕事をする人間は、危険だからと言って、職務を放棄していいのか?警察や消防隊員が「危ないから」と職務を放棄するだろうか?人命が関わっているのは、ジャーナリズムも同じだ。ジャーナリストの報告を多くの人々が真剣に受けとめ、戦争を止めるならば、流される血、奪われる命も少なくなるだろう。日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけ 筆者は、危険な紛争地の取材であっても、ちゃんと日本に生きて戻り、現地の状況を伝えるまでが仕事であると考えている。しかし、万が一、紛争地で死ぬことになっても、それは職業上のリスクにすぎない。片足を失ったガザのジャーナリスト。むしろ現地の記者こそ危険度が高い。アル・クドゥス放送提供 SNSやインターネットが発達した現在、ぶっちゃけ現地の映像や写真はネット上でも得られないでもない。しかし、こうした映像や画像も、そこで撮っている人間がいることを忘れるべきでない。昨夏のイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの侵攻では、現地のジャーナリストが16人死んでいるのだ。安易に「現地の映像や画像を使えば」という主張には、強い憤りを感じる。 また、志葉も含め、外国人ジャーナリストが取材中に殺される可能性があるのだが、外国人ジャーナリストの方が殺されない可能性が高い場合もある。筆者自身、イラクで取材中に米軍に不当拘束されたことがある。誤解が解け、筆者は数日で釈放されたが、もし筆者がイラク人記者だったら、酷い拷問をされていただろう。実際、そうした拷問を受けたイラク人記者が筆者の友人にもいるのだ。 日本のメディアや社会の、日本人の命至上主義にも疑問を感じる。たった今も紛争地で犠牲となっている、あまりに多くの罪の無い人々の命より、日本人ジャーナリスト一人の命が重いかと言えば、それは違うだろう。だが、これまで、日本のメディアがどれだけ、シリアやイラクの惨状を伝えてきたのか?どれだけ多くの人々が関心を持ってきたのか? 思うに、ネットで気軽に報道された情報を得られるようになってから、情報というものがどのように得られるのか、わかっていない人々が多くなったような気がする。情報はタダではない。それなりにリスクをおかし、経費も時間もかけて、取材の中で現地との人脈もつくって、ようやく得られるものなのだ。 後藤さんのケースで言えば、日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけだ。実際には常岡浩介さんや中田考さんらのISISとのパイプを活用しなかったし、ISISが後藤さんのご家族にメールしていたのに、そのメールを使っての交渉も「一切しなかった」(今月2日午後の菅官房長官の会見での発言)。 結局は「自己責任」ということなのだろうが、それならば、より一層、政治家や官僚が「報道の自由」に口出しするべきではない。まして、メディアがそうした取材活動の制限に関わるのは、本当に愚かしい「メディアの自殺」なのだ。(志葉玲氏ブログ 2015年2月3日分を転載)

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    日本人人質殺害事件と戦場ジャーナリズム

    ば過ぎには、何かまずいことになっているのではないか、という話になっていたんですね。 ただ、これまでのイスラム国の件もそうですけれど、交渉して身代金を払って帰ってくるケースでも、基本的には表に出ないで、ずっと裏で交渉していて、帰ってきた時に実はこうだった、みたいな感じになっている。だから、いま騒ぐのはまずいのではないか、と我々はお互いに言っていました。 僕もシリアに行った時は、移動する手段もないし、インターネットも繋がらなくなって、1週間ぐらい音信不通になったことがあります。日本では死亡説が流れていたんですが、そういうことはあるんですね。しかも後藤さんは非常に慎重な人でしたから、何か事情があるのではないか、あまり騒がないほうがよいと思っていたんです。シリア北部アレッポで取材活動中の後藤健二さん(インデペンデント・プレス提供) でもそれから1カ月経っても帰ってきていないということで、さすがにまずいのではないかと思いました。そのころご家族にどうなんですか、みたいに訊いたんですけれど、奥さんは「取材中です」とおっしゃっていた。むしろご家族はマスコミが騒ぎ出すのを警戒していたようで、外務省に「マスコミから守ってほしい」と言っていたみたいです。 私がご家族に訊いてみたのは12月の半ば頃ですけれど、12月の頭にはイスラム国側から身代金要求のメールが入っていた。それに対して日本政府は選挙中でもあったし、ほとんど交渉にはなっていなかったみたいです。交渉するとしたら、身代金を払うか払わないかしかないわけですから。 人質が解放された国というのは、裏でお金を払って、「払っていません」と言い張ってやっているわけですけれど、そのへんの決定も含めて最終的には官邸がやるしかない。ただ官邸もそんな状態じゃなかったようで、事実上動いてなかったんだと思うんですね。で、そうこうしているうちに、1月20日にあの映像が出てしまった。 その間、政府はヨルダンに対策本部を作って、人は居たけれども、何をしていたのか疑問なんですね。動画が出てからは、ヨルダンが絡んできたりとか、いろいろあって、それ以降の事情については、金平さんの方が詳しいかもしれません。国の形が変わるくらいの深刻な事態国の形が変わるくらいの深刻な事態~金平茂紀金平 今日はこのシンポジウムに1部のところで参加できて良かったと思っています。私は常々「現場の取材をしない人は語る資格はない」と思っている人間です。コメンテーターとか、解説者とか、そういう役割の人はもちろん必要ですが、自分は現場で取材をしたことに基づいてものを言いたい。ここにいらっしゃる方はそれぞれ身体を張って戦場取材をしている人ですよね。 今度の一連のことは、非常に多くの論点を含んでいる深刻な事態だと思っています。大袈裟に言うんじゃないですけど、この国の形が変わりつつあるのではないかとも思います。今年はちょうど戦後70年という節目にあたる年ですけれども、「戦後」というような尺度が〝無化〟されつつあるという気がします。戦後から「災後」を経て、本来であれば2011年の3月11日で、日本人は自分たちのやってきたことを反省して生き直すチャンスだったかもしれないものを、無かったことにして、前の通りにやればいいんだというように、どんどん逆向きに進んで行っています。「戦後」から「災後」に行って、今恐らく「戦前」になりつつあるんだという状況認識です。そのことが非常に露骨な形で表れてきているのが、今回のイスラム国による人質殺害事件への対応ということです。2015年2月、テロ行為非難を決議した衆院本会議で拍手する安倍首相 その間政府、あるいは外務省が、それから僕らを含めてですけれどもメディアがとり続けている姿勢というのは、この国が今までと形を変えようとしているというくらい大きな節目だと思います。恐らく皆さんもこの間の危機的な状況を敏感に感じられているからこそ、今日もこれだけ大勢の方が会場に来ていらっしゃるんだと思うんですね。 私はテレビ報道の仕事ばかりやってきた人間ですけれども、今回ばかりは現場に取材に行って、胃液が逆流するような思いを何度もしました。今まで国家と個人の関係で言うと、国民の生命財産を守るというふうに、どこかの政治指導者が口を酸っぱくするぐらい、口だけで言っていますけれども、実際に国家が国民の生命財産を守ろうとしていたのかどうなのかが問われています。 それを事実に即してきちんと検証しなきゃいけない。それが今メディアの最大の責務だろうと思っています。市民の側、あるいは国民の側の権利が蹂躙されようとしているときに、果たして今の国家とか、政府とか、官庁とかそういう所が自分たちを本気で守ろうとしているのかということをきちんと考えなければいけない、一種岐路に立たされている。それが偶然戦後70年の今年に重なってしまったんだと思うんですね。 ここに来る前に、ある外交官の方と話をしてきたんですけれど、その人はもう退官されて、それまで40年ずっと外交官として一線で働いてきた人ですけれども、同じことを言っていました。私たちの国の形が変わろうとしている。これまで自分たちは外交官として、国民の生命財産を守るために身体を張って、プライド、矜持を持って仕事をしてきたけれども、これからは違うことになるのではないか。「大義」のためには国民の犠牲もやむを得ない、と。そういうことを、危機感を持って語っていました。 事実経過で言えば、いろんな節目があるんですけれども、湯川遥菜さんが拘束されたのが昨年の8月です。10月6日に警視庁の公安部が常岡浩介さんとか、中田考というイスラム法学者に家宅捜索を行った。あの時の報道は皆さんよく記憶していると思いますけれども、常岡さんや中田さんを、いわば叩いた形ですよね。 その後に、11月1日に拘束されているという情報を政府が把握していたということになっていて、12月3日に後藤さんの奥さんのところに身代金の要求が来るわけです。しかしそれは外務省ないし政府の方から表に出さないようにということを言われていた形跡がある。実はその前の日の12月2日は衆議院選挙の公示日です。 今になって「テロには屈しない」とか大騒ぎをしていますが、その間、本当に国は人質を救出しようとしていたのか。交渉の糸口をつかむために、情報を表に出さないというやり方は他の国でもやっています。ただ、何もやっていない国というのは滅多にない。本当に日本の政府が何もやっていなかったということであるならば、責務を放棄していたと言わざるをえない。 そういうようなことを今、私たちは本当は検証しなきゃいけない。現場で取材をしている人たちが、どこまでやるかということが試されている、それくらいの気持ちで今考えているんです。私はそう思って、きょうここに参りました。戦場取材はこれからどうなるのか戦場取材はこれからどうなるのか~綿井健陽──綿井さんもイラク戦争を始め、戦場取材をやってきた経験から今回の事件についてお話しいただけますか。綿井 僕は「アジアプレス」というフリージャーナリスト集団に所属して15年くらいになるんですが、イラク戦争の取材は2003年からやってきました。去年ですが、イラク戦争の10年を描くドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』の制作(各地で上映中)と、NHKでドキュメンタリー番組を放送しました。 この人質事件に関しては、「日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)」という、12年前に設立した、映像ジャーナリストと写真ジャーナリストの団体から、日本語、アラビア語の声明を出したり、その後はインターネット放送を通じてアラビア語で解放を呼びかけたりと、なんとかできることをしようと試みました。 しかし結局、力及ばず残念でした。今までも報道関係者が殺害されることは、この10年ぐらいの間では結構ありました。思い起こすのは、2004年にイラクで橋田信介さんと小川功太郎さんが車で移動中に襲撃されて殺害されたことです。2007年にビルマで長井健司さんが撮影中に背後から政府軍兵士に射殺された。その後2012年にシリアで山本美香さんが殺害されました。その間には、バンコクでロイター通信のカメラマンである村本博之さんがデモの取材中に銃撃されて殺害されています。 しかし、今回の後藤さんの事件はそれまでとは殺害までの経緯が異なります。取材や移動中の銃撃・殺害ではなくて、拘束されて身代金の要求、そして殺害された。しかも首を斬られて、なおかつその後にまた日本人全体に対する殺害予告ということですから、ちょっとこれまでとは違う恐怖感を感じます。 橋田さんたちがイラクで亡くなった後は、私もそうでしたけれどフリーランスは、その後もイラクの取材に結構行っているんですよね。けれども、振り返ると2004年の10月下旬に香田証生さんが首を斬られて、星条旗に包まれて、バグダッド市内で遺体で発見されたという事件がありました。 当時、日本の大手メディアはバグダッドから日本人記者を引き揚げさせるんですね。事件が起きる直前に、新聞がまず引き揚げさせて、香田さんの事件の後には共同通信が日本人記者をバグダッドから引き揚げさせた。その後、唯一NHKだけが日本人記者・カメラマンを2~3カ月交代で常駐させるという時期が長く続くんです。しかし、NHKも常駐をしているものの、ほとんど外には出ない。ホテルの中で、あるいは民家の宿舎の中でしか動けなくて、実質的にはイラク人スタッフしか外で取材できないという状況が当時始まるんです。 イラクの状況はその後、どんどん悪化していきました。報道陣の誘拐も相次ぎました。外国メディアも現地にはいるんですが、イラク人スタッフでしか、取材できなくなります。イラク・アルビルにある難民キャンプ だから香田証生さん殺害後の2004年の後半以降、フリーランスもイラク取材をする人は物凄く減りました。僕自身も行く回数は減りましたし、2006~7年に入った時は、ほとんど身動きができないくらいで、バグダッドまで入ったはよいけれども、自分自身での映像・写真取材はほとんどできないという状況でした。 2013年に6年ぶりにバグダッドに取材に行ったんですが、その時に外国の通信社のイラク人スタッフに話を聞きました。過去10年間で「イラク人だけで5人のスタッフが亡くなった。私たちの生活はイラク人市民とともにある」と言うのです。イラクではこの12年間で報道関係者が約160人亡くなっているんですけれど、そのうち85%がイラク人です。 イラク市民の死者も、報道関係者の死者も、過去10年を調べたら一番多いのは2006~7年の内戦状態、宗派抗争が激化した時期でした。イラク市民の死者数とイラク報道陣の死者数は連動していて、報道陣の殺害が多い時は、彼らが取材をするイラク市民全体も、毎日のように殺されているということがよく分ります。メディアが狙われる時、市民はもっと死んでいるということです。 今回、後藤さんが殺害されたことで、いま周りの人と話しているのは、これからフリーランスが戦場取材に行ったとしても、発表媒体がどれくらいあるかですね。後藤さんはテレビ朝日系列「報道ステーション」で、この3年ぐらいは何度もリポートをされていました。でも専属ではなくて、他の発表媒体にも持ち込んだりしていました。フリーランスの場合は、取材に行く前に「放送しましょう」と決まっていることはまずないんですね。危険地域の場合は特に取材が全部終わってから、「放送しましょう」「やりません」という判断になります。 後藤さんはたくさんテレビに出ていたたようにも見えますけど、取材に行ったけれど放送できなかったこともあったようです。だから取材してリポートがどんどんできる時は、欲も出ると言いますか、できる時にもっとやっておこうとか、そういう「もっと…」「もう少し…」という気持ちになっていったのではないか、と推測します。私自身もそんな時期はありました。今回、取材日程を見ても相当無理をしているし、フリーランスであるがゆえの、ベテランゆえの、何か「落とし穴」というようなものに嵌ってしまったのか……。ただこれは、本人がいないので確実なことは何も言えません。 今ネット上でこういう書き込みがあります。「テレビ局がフリーランスの、戦争取材の映像を買うからあの連中はそういうところに取材に行くんだ。だからテレビ局はそのような映像を買うのをやめるべきだ」と書いてあった。一人の書き込みかもしれませんけれど、僕が恐れているのは、それこそ放送局がフリーランスの戦争取材の映像等の扱いについて、これからどのように対応するのかということです。 似たような経験としては、2011年の3・11の後に福島第一原発の取材に行った時、立ち入り禁止区域に入った映像は、しばらく出せませんでした。「立ち入り禁止区域の映像は出せません」とテレビ局スタッフの方から言われました。一番訊かれたのは、「どこの許可を取って撮られた映像でしょうか?」ということでした。報道・取材はいつから「許可制」になったのかと驚きました。政府や国家が立ち入り制限・禁止をしているエリアこそ、とても重要な事実が隠されている。それを伝えるのがジャーナリズムの役目でしょう。 戦争取材に行くスピリットや心意気みたいなものは、多分これまでと変わらず、フリーランスの人たちは皆さんそれぞれあると思うんですけれども、ここから先どうやって発表することができるのか。特にマスメディアでの発表に関しては、この後にじわじわ影響が出てくるんだろうなというのが、いま気になっていることです。戦場から伝えることで初めてわかる真実も戦場から伝えることで初めてわかる真実も~豊田直巳──豊田さん、そのあたりいかがですか。豊田 その前に一つ申し上げておきたいことがあります。綿井君からありましたように、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会の仲間たちで、後藤さんが拘束されている映像が出たその日に、二人を解放してくれ、という声明を出しました。その後も救援の一部を担うような形を取らざるを得なかったのですけれども、少しお話しておいた方が良いかなと思うのは、実は今日のシンポジウムのタイトルも「後藤健二さんの死を悼み…」ですね。つまり湯川さんは消えてしまう。これは後藤さんがジャーナリズムに関わっていたということで、このシンポジウムのテーマとしてそうしたのでしょうが、僕たちの一回目の声明は、まだ二人が存命だという前提で二人について出しました。 僕たちも湯川さんがどのような人であるかということはネットに残っている映像くらいでしか知らなかったんです。その映像は彼が戦争オタクなのか軍事訓練なのか、様々な憶測を呼ぶようなもので、躊躇する部分はあったんですけれども、原則に立つべきだと僕たちは思いました。ジャーナリストであるかどうか、湯川さんがどんな人であるかに関わらず、殺してはいけないという原点に立つということです。だから二人の解放を訴えました。ただ、最近気になるのは、メディアの扱いが後藤さんだけの死を悼んでいるように見えることです。 それからもう一つ。なぜ僕がここにいるのか、といえば、綿井君も僕も後藤さんを知っていたということです。知っていると言っても20年前に1週間ほどヨルダンで一緒に居たことがあるというだけです。でも、安田さんと同じように、僕らの所には後藤さんが行方不明という情報は入っていました。それにも関わらず救えなかった。何もできなかったという後ろめたさもあって、彼の映像が出た時には何かしなければと思ったわけです。 今日のテーマである、後藤さんや僕らが危険を冒してでも戦場に行かなければならない理由というのは、もう既に金平さんが仰ったとおりです。現場に行かないと分からないことはいっぱいあるということを、自分の取材の中で体験してきているわけです。トルコ南東部のアクチャカレ付近から望むシリア。鉄条網の向こうは過激派「イスラム国」が支配する地域だ=2015年1月(共同) 例えば日本の自衛隊が派兵されるされないという議論のあった11年前、自衛隊がイラク中部のサマワに派遣され、しかも自衛隊が行くと給水支援ができる、サマワの人たちは水で困っているから水を支援するんだと説明されたんです。だから僕は実際に取材に行ってみたのですが、行ってすぐ分かったこととは、地元の人たちは水に困っているどころか、毎日お風呂に入っていました(会場笑)。だから、自衛隊がサマワに行く理由は全くないとわかるわけです。にもかかわらず何故かサマワの町の中には「自衛隊員の皆様ようこそ」という日本語で書かれた横断幕が掲げられていた。常識で考えて、日本軍という横断幕なら分かるけれども、自衛隊という言葉を知っているイラク人が何人いるんだろうと。結局それは日本人の「ジャーナリスト」が書いたものだと判明しますが、それが日本で報道されて、自衛隊が地元で歓迎されている、という話になっちゃうわけです。 必要があればジャーナリズムがカバーしなきゃいけないことはやっぱりあるんだ。しかも、国の流れが悪い方に行くことを止められる可能性が1%でもあるんじゃないかという思いもあって行っています。危険との天秤にはかけますけれども、ジャーナリズムの方を優先せざるを得ない場合もあるんだということをご理解頂きたいと思います。戦場で斃れた記者の大半がフリーランスだ戦場で斃れた記者の大半がフリーランスだ~野中章弘──シンポジウムのタイトルについての話もあったので主催者としてコメントすれば、きょうはジャーナリズムについて議論するということで後藤さんの名前を掲げました。それ以上の意味はありません。ただ豊田さんの指摘は大事なことだとは思います。 次に野中さんから、戦場取材についてお話をいただけますか。野中 先ほど綿井君から亡くなったジャーナリストの話がありました。1975年、ベトナム戦争が終わってから今年でちょうど40年になりますけれども、ベトナム戦争で取材中に亡くなった日本人ジャーナリストは十数名。実は沢山のジャーナリストが亡くなっています。それから40年経って、その間に何人のジャーナリストが戦争や内戦、騒乱などで亡くなったのか。数えてみると8人なんです。うち6人がフリーランスです。2004年、橋田信介さんと小川功太郎さんがイラクで襲撃されて殺害されましたが、この事件から今年の後藤健二さんまで、犠牲者は6人。この40年間のうちで最後の10年に集中している。6人のうち5人がフリーランスのジャーナリストで、企業内ジャーナリストは村本博之さんというロイター通信の方です。 その6人には共通点があるんですね。それは映像ジャーナリストだということです。犠牲者が増えた主な原因は2つあると思います。一つは、イラク戦争以降にジャーナリストが抱えるリスク、直面するリスクの質が大きく変わったということです。実は殺害・誘拐された人はジャーナリストだけじゃないんです。赤十字国際委員会、NGOスタッフなど人道援助の関係者たちも同じような目にあっています。まだ解放されていない国連などの職員たちも沢山いるということです。 80年代、90年代、僕もアジアの戦場取材を沢山やりましたけれども、それは戦場の危険であって、ジャーナリストが武装勢力のターゲットになることはほとんどなかったんです。今はジャーナリスト自身、あるいは外国人自身がターゲットになるという意味で、リスクが非常に高くなっています。 もう一つ、何故映像ジャーナリストたちの犠牲者が多いのか。ビデオカメラを持って現場に行った時は、とにかくインパクトのある映像、迫力のある映像を撮ろうと考える。これはカメラマンの本能です。だから前へ前へと進む。ファインダーを覗いている時は他のものは見えないんです。とにかく良いショットを撮ろうと前に進むんですね。記事を書くジャーナリストたちももちろん大変な仕事なんですけれども、ただ記者は戦場から帰ってきた人の話を聞いても記事は書けるわけです。けれども、写真とかビデオというのは、幾ら下手でもとにかく現場に行かないと撮れないわけですね。 フリーランスの場合は余計にそのプレッシャーが強いわけです。テレビ局のカメラマンよりも迫力のある映像を撮らないと発表できないからです。NHKとかTBSのクルーがもう既に同じような映像を撮っているとフリーランスの映像を使う必要はないわけです。ですからフリーランスがいつも考えるのは、NHKやTBSと区別される映像を撮るということ。やっぱり戦場でいちばんインパクトのあるシーンは戦闘ですから、どうしても、前へ前へと進んでしまうんですね。 ただ誤解のないように言っておきますと、ネットなどを見ていると、フリーランスは危険な映像を撮って沢山の金を貰っていると書いている人もいる。我々の中にそういう野心がないわけではないんですよ。しかし名誉の為に言っておくと、お金へのこだわりは、我々の中、少なくとも僕の周りにいる人の中では、あんまりない。勿論お金がないと取材の最前線まで行けない。だけど我々はお金よりも、お金に変えられない価値を生み出すためにこういう仕事をしています。それは現場で起きていることを多くの人に伝えるということです。それが我々にとっての最大の価値なんですね。ですから単にお金になるから、戦場取材で迫力のある映像を撮ろうとしているわけではない。 戦争取材の基本は戦場にある。はっきり言ってそうです。これはもう疑いのないことです。戦場で何が起きているのかを伝えなければ戦争の本質を伝えることにはならない。オバマ大統領がホワイトハウスでこういう声明を出しました、安倍首相がこういうふうに言っています、という報道も必要ですが、それだけでは戦争の実相を伝えることにはならない。映像ジャーナリストたちは、戦争の悲惨な実態、現実をみんなに知らせる、そういう役割を担って現場に行くわけですね。 また何故フリーのジャーナリストたちがそういう所へ行くようになったかと言うと、カメラがデジタル化され、小さなカメラでも戦場取材ができるようになったからなんです。フリーランスのジャーナリストがドキュメンタリーを作ったり、ニュース番組の中に登場したりというようなことは、20年ほど前まではあまりなかったんです。それまでテレビの取材はテレビ局のカメラマンが何百万円かのカメラを使って取材をしていた。だけどカメラが小型化され、安く手に入るようになってから、フリーランスの人たちもそういう仕事をするようになったわけです。 フリーランスの場合はたいてい単独で行動しますから、より危険です。何か起きた時に自分の救援をしてくれるような態勢を整えて行くわけではない。もちろん保険もかけません。戦争保険というのは僕の記憶では、危ない所では一日10万円ということもあります。たいがいのフリーランスは、保険にかける10万円があるんだったら取材費に使うわけです。かけても「海外旅行保険」ですが、これは多分戦場ではおりないと思います。何かあったら同僚たち、仲間たちが救援活動に携わるということです。本来ならばフリーランスのジャーナリストたち、我々自身が、仲間たちがそのようになったときに、すぐに救援に行けるように、あるいはそうならないように情報を共有したり、助け合う環境を整えることが今大切なのではないかと思います。「危険な所へ行くな」という誤った認識──イラク戦争の頃から、日本人が標的になるみたいな状況が出て来たのじゃないかと言われますが、綿井さんはイラク戦争の取材に頻繁に行かれていたので、その辺どうですか。イラク戦争が日本の戦争報道においてひとつのターニングポイントじゃないかとよく言われますが…。綿井 基本的に中東は日本人に対する親近感、尊敬の念と言いますか、日本人であることのアドバンテージはこれまで高かったです。2003年に行った時も、日本人というだけでチヤホヤされたような時期はありました。けれども、その日本がなぜアメリカの側についているのか、なぜ自衛隊を派遣するのかとか、そういうことを訊かれたことも事実です。 しかし、2013年にイラクのバグダッドに行ったんですけれども、「日本人ですか?」と声を掛けられることがほぼ皆無でした。それまではだいたいアジア人と言うと圧倒的に代表は日本人だったと思うんですけれども、バグダッドの街を歩いていても、99%「中国人ですか、韓国人ですか」としか言われることがなくなってしまった。それは、日本人に対して憎しみが高まったのではなく、相対的に中国とか韓国の電化製品や車が増え、中国・韓国系企業で働く人も増えて、生活や仕事の接点が日本よりも圧倒的に増えたんですね。 イラクに自衛隊が派遣されていた当時、自衛隊員が狙われるよりも、自衛隊が契約している道路補修業者や、地元の人で日本と接点があるイラク人が狙われるであろう、と思いました。そうすると、今回の邦人人質・殺害事件を受けて、今後は日本の企業で働いている、日本のメディアで働いている通訳の人とか、日本と接点のある人が狙われる可能性が高いんじゃないでしょうか。この予測は外れて欲しいんですけれど、自分自身の身の安全もありますが、地元の協力者たちが、日本や日本人と付き合うことで感じる「不安感」のようなものが高まることを危惧しています。「危険な所へ行くな」という誤った認識安田 今回、我々が問題にすべきなのは、どうやって現場の取材をするかという手法の部分だと思うんです。後藤さんがどうやって現場に入ったのかまだ全然経緯が分からなくて、どういう判断基準があったかも分からない。イスラム国に今まで行ってきた人って、イスラム法学者の中田先生のような、直接パイプのある人のつてで許可証を貰って入るとか、少なくともイスラム国の戦闘員と一緒に入るとかいう形でしか入れていないんですよ。後藤さんは、報道された範囲では、ガイドと一緒に検問所まで行って、そこで一人で降りてバスで向かって行ったんですけれど、誰も迎えにも来ていない。かなりイレギュラーな入り方をしていて、その辺の詳細が分からないんです。許可証があったかなかったかはっきりしないんですけれど、その入り方を見ていると、たぶんとっていないですね。 後藤さんの判断の基準は分かりませんけれど、我々が検証すべきなのは、その手法がしっかりしたものだったのか、ということです。その後朝日新聞がシリア側を取材したってことで産経や読売、政府関係者も批判していましたけれども、朝日が入った場所はコバニというトルコ国境に近いところです。イスラム国が攻め込んできたところをクルド勢力が追い返して解放した街と言ってアピールしている所ですよね。そこにクルド勢力のプレスツアーが入ったわけですよ。はっきり言ってそこでどうやって人質になるのという話ですけど、それから、アサド政権のビザをとって、ダマスカスからアレッポへ入ってその先へ行ったわけですよね。情報省の役人が付いているわけですよ。要するにどちらもイスラム国を排除したということをアピールしている現場ですよね。そこで護衛も付けているわけですよ。そういうところで、イスラム国が人質にするとしたら、襲撃してきて、護衛を蹴散らして、外国人を捕まえて連れ去るという状況ですよね。そうなるとコバニは解放されてないんじゃないかという話じゃないですか。 要するに具体的にこういう危険があるという指摘は何一つしていない。ただ危険だと言っているだけです。朝日新聞を批判しているところは〝空気読め〟っていうだけの批判しかできていない。僕は「空気読め」って話が一番危険だと思うんですよね。我々が必要なのは、自分の頭で物ごとを判断して、やっていることとか起きていることが妥当なのかそうでないのか判断することじゃないですか。そのための具体的な情報を出すのが我々の仕事であって、「空気読め」というのに乗るわけにはいかないし、使命感なんかなくたって、事実を見てくれればそれで良いわけです。 この間イラク北部で旅行者が捕まりました。どこでどうやって捕まったのか全然説明がないじゃないですか。政府にはクルド政府から絶対に説明があったはずですよ。官房長官が、イスラム国が戦闘をやっているようなところに入るなんて危険であると、一歩間違えれば大変なことになる恐れがあったと言っているんですけど、どういう危険があるのか何にも話してない。 それがクルド側とイスラム国側の最前線まで行こうとしたのかそうじゃないのか、全然違う所で捕まったのか。不審者だって言うのならどういう不審な行動をしたのかとか、それを全然説明しないんですよね。危ない危ないと言うだけで、具体的にそれがどうだったのか我々に判断させないようにしているわけですよ。恐怖を煽って政治的な要求を通すってテロの手法じゃないですか(拍手)。だから我々がやるべきことは、雰囲気とか恐怖とかいうことではなくて、それを克服して何がどうなっているのかをそれぞれ我々が頭で考えることなんですよ。テロに屈しないということは、そういうことだと思うんですよね。 それをどうやっていくかが、我々がすべきことで、政府の側は、そうさせないようにしたいわけですよね。旅券返納とかいうことも、「シリアなんて危ない所に行くなんて」「当然だろう」って雰囲気になっちゃってるわけじゃないですか。恐怖を煽って雰囲気だけで物事を進めようとしている。本当にこれは危険な方向に行っていると思いますよ。 しかも、パスポートを取り上げて、渡航禁止というのは憲法違反だと言うと、じゃあ憲法の方がまずいって話になっているわけでしょう。だから完全に憲法を変えるための流れになっているわけですよ。メディアもかなりやばいところに来ちゃったなというのが僕の印象です。映像で戦場の光景を伝えることの重要性映像で戦場の光景を伝えることの重要性金平 安田さんが今言われたことが一番、僕がこの場で話すべきことだと思っています。つまり何が現場で起きているかということについての丁寧な説明がなされていないんですよね。僕らが持っている強みというのは、フリーであろうが企業ジャーナリストであろうが現場で見てきたことを、その中の公益性があると思われる情報をきちんと提供することだと思うんですね。 例えば今言われていたコバニについては、僕はレバノンに取材に行っていた時にBBCワールドでコバニからのレポートをやっていまして、凄かったですよ。BBCの記者の顔のアップからずーっとズーム・バックしていくんですけれども、周りが全部瓦礫で、つまり破壊され尽くした跡にその記者が立っている。その映像を見た人は、ここで行われている愚かさというのが目に焼き付いて離れない。それくらい価値のあるレポートだったわけです。そういうことに何故僕らのメディアが気付かないかと言えば、そういうことに目配せする能力、編集する能力が劣化しているんですよ。物凄く狭い鎖国のような状態で自分たちの国のことだけ考えていて非常に勇ましいことを言って…。この間総理の所信表明演説を聞いていたら「列強」とか言ってました(笑)。もうびっくりしますね。つまり物凄く想像力が幼稚化しているというか、世界をちゃんと見ていないんですよ。 シリアのアレッポだって、僕らの同僚は1月初めに行きましたよ。やっぱり風景を見ると心を打たれるんです。アレッポって観光地だったですからね。遺跡観光で凄く賑わっていたところが今は無人で、荒れ果てていて、遺跡どころではないんですよ。遺跡の遺跡になっちゃっているわけです。そういう無人のところをずっと見た時に、僕らが伝えるメッセージの大きさというのがあると思うんです。それをいっしょくたにして「シリアは危ないらしいぞ、その周りも危ないらしいぞ」と言って、パスポートを取り上げるなんてもっての外です。そんなことをやる権利が国家にあるというふうに彼らは思ってしまっているというところで、西側のジャーナリストから言うと、「君らの国というのは江戸時代か!」みたいな話になるわけですよ。 僕らの国って主権在民ですよ。国家が先にあってその許しを得るとか許可を得るとか、いつからそんな国になっちゃったんだろう。イラク戦争を仕掛けたアメリカでさえ第一次湾岸戦争の時はCNNのピーター・アーネットが国防総省による退去勧告を無視してずっととどまり続けて、バグダッドから中継をやったんです。バグダッドの夜空がイルミネイティッドって最初にやったあの生中継をホワイトハウスの地下にあるシチュエーションルームという作戦本部がみんなで見ていたんですよ。つまりそれくらいメディアの力というのは強いんです。国防総省の人間でさえそれを見て自分たちの作戦を考えないといけないぐらい強い力を持っているということについての自覚がなくなってしまって、どこかの下僕になってしまっている。それはもうジャーナリズムじゃないでしょう。 例えば、朝日が注意深くやったシリア国内の取材を叩く新聞社というのは何なのですか。その新聞社のカイロ支局の人間はその記事を読んで泣いていると思いますよ。つまり僕が言いたいのは、ここに来ている理由もそうなんですけれども、フリーであろうが、組織内ジャーナリストであろうが、ジャーナリストである内部的自由というのがあるんですよ。これは近代国家であれば当たり前の、つまり自分の意見というのがあって、会社が、あるいは組織の上の人間から理不尽な命令をされたらそれに対して逆らう権利です。例えばイラク戦争でバグダッドが陥落した時、有名なサダム・フセインの銅像が倒れる瞬間があったでしょう。あの時に、恥ずかしいことながら、外務省の退去勧告に従って、日本の企業メディアは、どこもいなかったんです。何人かフリーの人だけが立ち会っていたわけですね。そこでレポートしていたのが綿井さんなんですよ。もちろん周りにはイタリアとかフランスとかそういう海外の企業ジャーナリストが一杯いて、そこからちゃんと中継をやっていたりしていたんです。何故日本だけいないんですか! 何故綿井さんだけなんですか!綿井 正確に言うと、当時、共同通信の記者・カメラマン3人は、開戦前に一度撤退した後、バグダッド陥落前にまたバグダッドに戻ってきました。豊田 私もいました!(会場笑)金平 フリーはいた(笑)。でも企業ジャーナリストは横並びで、今だから言いますけれど、外信部長会議というのがあって、みんなで引き揚げたわけですよ。  イギリスだってドイツだってフランスだって人質がとられたりしても、交渉をして帰ってきました。交渉もしない国ってなんですか。交渉もしない国でないというのであれば、その証拠をちゃんと出すべきですよ。そうじゃないと、国民は国家を信用できなくなるじゃないですか。いざとなったら救ってくれないんだ、という話になるわけで、きちんとメディアは、国に対して情報を開示しなさいみたいなことを言わないといけないと思います。そうじゃないと「テロに屈しない」という大義だけで、物凄く幼稚なわけですよ。今の政権の幼稚さには、がっかりというか恥ずかしいというか。つまり海外のジャーナリストたちの普通の感覚でいえば「ああそうなんだ、助けてくれないんだ」というふうに、僕も日本人ですから思われたくないですよね。ただ今現下で起きている状況はそうなっていて、一番問題なのはそこに引っ張られて、例えばパスポートの返納命令があっても「迷惑だよな」みたいなことを言う人たちが多い。メディアの僕らの仲間だってわからないですよ。「迷惑だよな」と思っている人がいるかもしれない。 さっきの社論と内部的自由の関係というのは、これから本当に僕らのメディアの存在意義を考える時に一番大事な話で、僕らがどこまで自分達の良心に従って組織の中できちんとした報道をしていくか。最終的には自分たちがやっていることが誰のためなんだという、そこが今揺らいでいるのではないかという気がしてしょうがないですね。これは僕の個人的な意見ですけれど。

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    イスラム国テロ組織が絶好の標的として虎視眈々と狙う「東京五輪」

    が犠牲となる悲劇が起きた。実行犯らはバングラデシュの裕福な家庭で育った若者とされ、事件後、過激派組織イスラム国が犯行を認める声明を出した。現場に向かう車両の中で待機するバングラデシュ軍特殊部隊の隊員=7月2日、ダッカ(AP) 当然のことながら、事件を受け日本国内のメディアもこのニュースを集中的に報じるようになったが、私はこの事件を受け、2013年1月に日本人10人が犠牲となったアルジェリア・イナメナス人質事件がふと脳裏に浮かんだ。この時の実行組織は、北アフリカやサハラ地域で活動するマグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)から分派した集団であったが、今回の事件同様に相手がムスリムかそうでないかを基準に殺害するかしないかを決めていた。 また、今回の事件の大きな謎として、イスラム国と実行犯らの関係があるが、仮に実行犯らの一部がシリアとイラクで活動するISに以前参加し、戦闘経験を積んで帰還した後に国内の仲間たちと実行していたとしても、今回の事件を検証する際、それが重要なのではない。 それ以上に我々が懸念しなければならないのは、リスクのグローバル化である。通信、金融、経済、文化などグローバル化の拡大と深化により、国境の壁を越えた利便性を享受している。しかし、我々はその利便性を日常的なことと考え、もう片方の事をあまり考えないでいる。グローバル化とは良い面もあれば、悪い面もある。 例えば現在のテロリズムにおいては、このグローバル化が我々の生活を脅かす手段となっている。現在のテロリストは、Facebookやツイッター、YouTubeなど通信手段を利用し、テロリストのリクルートや組織のアピール、資金の送金などを日常的に行っており、これがテロの拡散に拍車をかけているのである。増え続けるイスラム国に共感する若者 もちろんこれがISにとっても生命線であり、ISはSNSなどを巧みに利用する事で自らの存在を国際社会にアピールし、それが最大3万人にも膨れ上がったといわれる外国人戦闘員のシリア・イラクへの流入、また各地域でのIS支部の台頭やホームグローンの誕生を助長する結果になっている。よって今回の事件においても、この通信技術のグローバル化が影響している。 ISはイラク・シリアで組織的な劣勢にあるとされるが、サイバー空間を聖域として一種のブランドやイデオロギーとなることで、社会経済的な不満を持つ若者に帰属意識やモチベーションなどを与え、それが今回のバングラデシュでの事件の背後にある。だからといって、シリアとイラクのISが世界各地で発生するIS関連のテロ事件全てを指揮、命令しているわけではなく(もちろん現地で戦闘員として参加し、後に母国へ帰還しテロを実行する者もいるが)、それに引き付けられる若者が後を立たない事が深刻な問題なのである。  このように考えると、日本国内でも同様のテロ事件が起こることは否定できない。もちろん現実的な可能性で言えば、中東やアフリカ、欧米と比較すると日本でIS関連のテロが発生する可能性はきわめて低いといえる。しかし、我々が今回の事件をしっかりと見つめ、教訓としなければならない理由がある。 第一に、これは上記したことでもあるが、この種のテロの質である。近年みられるIS関連のテロは、グローバル化した通信手段を巧みに利用することで、テロを脱国家化させている。よって個人がISの画像や動画をみたり、FacebookやツイッターなどでISと関連する者と繋がる事も決して難しい環境ではない。 また、ISに参加する者の中には、イスラム教に関する知識がない者や、またそれに参加する直前にイスラム教徒へコンバートする者もいることから、このテロはイスラム教国だけの問題で既になくなっている。 第二に、依然としてISは日本を標的とし続けているということだ。去年日本人男性2名が殺害された際、ISは日本を標的にする声明を出したが、その状態は依然として続いている。 そして第三に、我々日本は2020年に東京でオリンピックを開催する。その時までにISを中心としてイスラムの名の下の暴力的過激集団がどのような状態にあるかは分からないが、オリンピックなどの世界的なイベントはテロリストにとっては世界に恐怖を与え、自らの存在をアピールするための絶好の機会である。  繰り返しになるが、日本国内でIS関連のテロが発生するリスクは中東やアフリカ、欧米と比較して低い。しかし、上記のような理由から、決して油断を許さない要因があるのも事実である。日本で発生するなら、国際空港や主要駅、欧米大使館、政府庁舎などがハイリスクとして考えられるが、2020年に東京でオリンピックを迎えるにあたり、日本は社会全体でテロへの意識を高めていく必要がある。そのためにも今回の事件を教訓としなければならない。わだ・だいじゅ 1982年、岡山県生まれ。慶応義塾大学大学院博士後期課程。専門は国際安全保障論、国際テロリズム論、危機管理。オオコシセキュリティコンサルタンツや東京財団で研究、アドバイス業務に従事する一方、清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師や研究員を務める。14年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。共著に『テロ・誘拐・脅迫 海外リスクの実態と対策』(同文舘出版)。

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    イスラム国」終わりの始まり

    だ」。パリ同時多発テロで妻を失った現地ジャーナリストのメッセージが世界中の共感を呼んだ。過激派組織「イスラム国(IS)」による相次ぐ大規模テロに、各国は対IS包囲網の強化に乗り出し、「共通の敵」への連携も深まりつつある。無差別に人命を奪うISとの戦いに終わりは来るのか。

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    仏の報復攻撃の可能性 パリ同時テロ 地域戦争から“世界戦争”に拡大

    同時多発テロ。死者は15日現在で、129人に上り、重体の被害者も多い。オランド仏大統領は過激派組織「イスラム国」(IS)によるものと断定、ISも犯行声明を出したが、今回のテロは中東の地域戦争が「世界規模の戦争」に変貌したことを示しており、各国は対IS戦略の見直しが迫られる形になった。ISのテロ作戦の転換襲撃現場の一つになった「ル・カリヨン」レストラン(Getty Images) 今回の「パリの大虐殺」(米ワシントン・ポスト)の意味するところは明白だ。シリアとイラクという占領地を死守することに集中してきたISがテロ作戦を大きく転換し、地元から海外での大規模テロに踏み切ったことだろう。  ISのライバルである国際テロ組織アルカイダは2001年の9・11米同時多発テロに象徴されるように、工作員を海外に送り込んで大規模なテロを実行するのが特徴的だった。これに対してISは、米主導の有志国連合を「イスラムの敵、十字軍」と非難しながらも、工作員を対外派遣することはせず、世界各国の支持者にテロを起こすよう呼び掛けるやり方にとどまってきた。  1月の風刺新聞社シャルリエブドの襲撃とともに起きたユダヤ系スーパーの立てこもりや、チュニジアで発生した一連の観光客テロはこうした呼び掛けに呼応したテロであり、主役は地元で過激化した「ローン・ウルフ」(一匹狼)である。シリア・ラッカのIS本部がテロを計画し、実行犯も送り込むという組織的な手法は取られてこなかった。  捜査を指揮するフランス検察当局のモランス検事によると、今回の実行犯は3班編成の7人。この7人が13日午後9時20分から2台の車を使って移動しながら次々に飲食店などで無差別銃撃し、独仏のサッカーが行われていた競技場で自爆テロを起こし、そして米ロックバンド「イーグルス・オブ・デスメタル」が出演していた劇場「バタクラン」を襲った。  同検事によると、これまでに犯人2人の身元が判明。1人は仏情報当局の監視対象になっていたフランス国籍の過激派(29)。もう1人は競技場で自爆した男(25)で、シリアのパスポートを持っており、10月3日にギリシャのエーゲ海の島に入国した。 この2人から推定できることは、実行犯7人が地元フランスとシリアからの派遣組の“混成部隊”であったことだ。ISが今回のテロを計画し、7人のうちの何人かを欧州に押し寄せているシリア難民に潜り込ませてパリに潜入させたと見るのが妥当だろう。 ISが海外での大規模な組織テロを実行できる能力を示したものであり、今後も同様の事件を起こすことが可能だということだ。欧州に流入した難民は今年だけですでに80万人にも達しており、治安専門家の間では、ISの工作員が難民として紛れ込んでいることは早くから懸念されていた。仏、近く報復攻撃も こうして見ると、10月31日にエジプト・シナイ半島で起きたロシア機旅客機の墜落が大方の見るようにIS分派の爆弾テロだとすれば、それは今回のテロの布石だったようにも思われる。ISが海外で大規模なテロを実行できることを先だって示したからだ。iStock それにしても、シャルリエブド事件が起きて以降、フランスはテロ警戒レベルを最高に上げ、若者らがISの拠点のあるシリアに向かうことを阻む法整備なども行って対策を取ってきた。しかし、こうした警備強化にもかかわらず、いとも簡単に破られたことに治安当局は大きな衝撃を受けている。 欧州全体でイスラム教徒は1700万人に達し、フランスだけでも600万人(全人口の10%弱)もおり、治安当局は監視すべき人間が多すぎて対応仕切れていないのが実状だ。しかもこれまでは、一匹狼型のテロリストを監視する態勢を重視してきたが、今後は従来の組織型テロにも注意を払わなければならない。フランスだけではなく、米英なども対IS戦略の見直しは必至だ。 今後の捜査の焦点はISがいつからテロを計画し、どのようにして標的を定め、実行部隊と連絡を取り合ったのか。武器の調達などの支援態勢をどう整えたのか。とりわけ米欧の情報機関にとって大きな謎の1つは、ISと実行部隊との連絡方法だ。 オランド大統領は今回のテロを「戦争行為」と非難し、あらゆる手段を使って反撃すると報復を誓った。フランスの報復が単に、ISに対する空爆強化に終わるのか、それとも2013年に西アフリカのマリに軍事介入したように地上戦闘部隊を投入するのか、シリア情勢の緊張が高まってきた。

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    パリ同時多発テロはロシアに好機?

    130人以上の死者を出し、世界に大きなショックを与えた。テロを起こしたのはイスラム過激派組織IS(「イスラム国」)と関係を持つフランス人らと見られ、当局がさらなる共犯の行方を追っている。 もちろん、世界の紛争地域ではこれに匹敵する規模の惨劇が毎日のように発生しているにせよ、安全と見られていた先進国の首都でこれほどの規模のテロが発生したことは、米国同時多発テロ事件以降の巨大なインパクトとなった。なかでも注目されるのは、今後の国際政治に対するそれである。モスクワのフランス大使館前に置かれた献花(Getty Images) IS対策としてシリアへの軍事介入を行うロシアのメディアでも、今回のパリ同時多発テロの影響については活発な議論が見られた。それも、これを好機と捉える見方が多い。 たとえば高級紙『ヴェードモスチ』は、外交政策シンクタンク「ロシア国際問題評議会」のコルトゥノフ所長の見解を以下のように紹介している。 コルトゥノフ所長によれば、フランスのオランド政権は、今回の事件を受けてより積極的な対外政策を示す必要性に迫られている。テロ後にフランスが開始したシリアへの空爆はそのひとつ(ただしフランスは以前からシリア空爆を準備しており、ISのテロはこれに対する「先制攻撃」であったと見られる)だが、この際、フランスはすでに軍事介入を行っているロシアとの関係を緊密化させるだろうとコルトゥノフ所長は予測している。特に偵察・諜報情報の共有や軍事行動の調整などが考えられるという。安全保障は選り好みできない この種の見方はほかにも数多く見られる。国営通信社ITAR-TASS(11月16日付)は上院外交委員会のクリモフ委員長の見解として、次のように報じている。 「同人(クリモフ委員長)によれば、今日、政治家が導かなければならない第一の結論は、安全保障は選り好みできないということだ。「西側諸国はNATOとの協力関係を維持するだけでは自らの安全を確保できない。ロシアの大統領、外務省、議会は、テロとの戦いに関する国際的協議を呼びかけてきた。特にISとの戦いに関するものである」と同人は指摘した」 こうした識者や政策担当者の発言から見られるのは、今回のパリ同時多発テロがロシアの進める互い政策に関して追い風になりうるという認識である。対IS協力はあり得るか 小欄でも取り上げて来たように、ロシアはシリアのアサド政権を擁護し、軍事介入(IS対策を目的として掲げるが、攻撃の大部分はアサド政権を攻撃する非IS系反政府組織に向けられている)を行っている。一方、西側諸国はアサド政権の退陣を要求するとともに、ロシアの軍事介入が事態を複雑化させ、米国を中心とする有志連合軍とロシア軍との間で偶発的衝突が発生する可能性があるなどとして懸念を示してきた。 これに対してロシアは今年8月頃からアサド政権を含む対IS「大連合」構想を提唱するとともに、ロシア軍をトルコ国境付近で活発に行動させることで西側のアサド政権に対する軍事介入を牽制する姿勢を示している。イスラエル、トルコ、米国などがロシアとの間で偶発的衝突防止のためのメカニズムを相次いで設立したが、「大連合」構想のほうは受け入れるに至っていない。 実際、今回のパリ同時多発テロ事件を経ても西側がロシアの構想にそのまま乗ることは考えにくいだろう。ただし、ロシアに有利な形で妥協を引き出せる可能性は高まったと言える。対IS協力はあり得るか これを軍事面と政治面に分けて考えてみたい。当面問題となる軍事面について、ロシア議会の諮問機関である公共院のマルコフ委員は、「西側がロシアを対テロ連合のパートナーとして認め、態度を変化させる可能性は低い」としつつ、次のように述べている(前述のITAR-TASS記事より)。 「ただし、米国を中心とするNATO諸国が西側の対テロ連合とロシアの間で調整アルゴリズムを設置することは充分にあり得る。これには歴史的な前例もある。第二次世界大戦中、反ヒトラー連合に参加するソ連の西側同盟国、すなわち米国及び英国は、第二戦線を開いた。そしてともに勝利したのだ。今日、政治家たちが人間の安全保障に対するテロリストの挑戦に対して決定的な反応を打ち出すべく努力を結集するという希望は残っている」 つまり、ロシアとNATOがともに肩を並べて戦うことは考えにくいにせよ、互いが戦略的なレベルで連携し合うことならあり得るのではないか、ということである。 第二の問題は、政治的なレベルである。パリでの同時多発テロの影に隠れてほとんど注目されていないが、ウィーンで開催されていたシリア問題に関する外相級協議が15日に終了し、共同声明が発出された。共同声明によると、米露サウジアラビアなど17カ国から成る国際シリア支援グループ(ISSG)は、シリアでの停戦に向けた取組(ただしISやアル・カーイダ系組織であるアル・ヌスラ戦線その他のテロ組織との戦いには適用されない)を支援するとともに、シリア政府と反政府組織との対話を来年1月1日を目処に実施する。また、世俗政府の設立と新憲法制定に向けた移行プロセスを6カ月以内に策定し、「自由かつ公正な選挙」を18ヶ月以内に全シリア人参加の下で行うとしている。アサド退陣と引き換えにロシアの影響力維持?アサド退陣と引き換えにロシアの影響力維持? いわばシリア内戦の終結に向けた新たな和平案で米露が原則合意した形だが、細目では依然として対立が残る。最大の問題はアサド大統領の処遇で、一説によると、ロシアは今回の協議に先立ち、アサド大統領の退陣は認めるが、新政権にアサド派を参加させることや、ロシアの軍事基地を維持することなどの妥協案を提案したとも言われる。 アサド大統領の退陣と引き換えにロシアの影響力を残すというものであるが、今回の共同声明では否定も肯定もされていない。 もうひとつの問題は、ISやアル・ヌスラ戦線と並ぶ「その他のテロ組織」をどのように定義するかである。IS及びアル・ヌスラ戦線を「テロ組織」と認めることは共同声明でも明記されており、移行後の新政府を「世俗政権」としていることからもイスラム過激派の排除は既定路線と言える。ただ、反政府勢力を支援してきた米国やサウジアラビアとしては「その他のテロ組織」の範囲をなるべく限定したいのに対し、ロシア側としてはアサド政権閥の影響力を保つ為になるべく多くの反政府組織を新政府から排除したい。 『ブルームバーグ』(11月13日付)が端的に述べているように、ロシアが「長いリスト」を望むのに対し、米側は「短いリスト」を望むという対立が生じているのである。ロシアの経済紙『コメルサント』11月13日付によれば、特に「ジャーイシュ・アル・ムハジリン・ワル・アンサール(JMA)」や「アフラ・アシュ・シャーム」といった組織をテロ組織と位置づけるかどうかが議論の分かれ目であるという。 今後のシリア和平プロセスにおいては、こうした点が大きな焦点となると見られるが、ここでもロシアはパリ同時多発テロのインパクトを利用したいものと見られる。国際政治専門誌『国際政治におけるロシア』のルキヤノフ編集長は、ロシアは今やシリアにおける最大の軍事的プレイヤーとなっており、このような軍事的影響力を政治的影響力に変換することで和平プロセスを有利に進めうるとの見通しを述べている(ヴァルダイ・ディスカッション・クラブ、11月15日付)。 つまり、シリア内戦においてロシアが軍事的に大きな役割を果たし、西側にとっても無視できない存在である限り、和平プロセスもロシアの意向を無視しては進められないだろうという読みである。この見立てからすれば、ロシアの軍事介入は今後も後退することは考えにくいだろう。 むしろ、今後の和平プロセスの進展に従ってロシアの軍事介入はさらに激しさを増してくることも考えられ、その動向が注目される。

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    銃撃戦で容疑者2人死亡 パリで新たなテロを未然に阻む

    ド容疑者は拘束した7人には含まれていないと見られ、行方は依然不明だ。同容疑者はこれまで、過激派組織「イスラム国」(IS)の幹部としてシリアに滞在し、そこで計画を立案し、同時多発テロを指揮していたと見られていた。同容疑者が仮にパリにいるというのが事実ならば、捜査当局に探知されないまま、密かにフランスに入国していたという衝撃的な事態となる。 13日のテロの実行部隊は当初死亡した7人と見られていた。うち5人の身元が判明しているが、その後この7人の他に、死亡した容疑者の兄弟の1人、ベルギー在住のアブデスラム・サラ(26)が実行部隊に加わっていた容疑で指名手配され、さらに別なもう1人も監視カメラに捉えられていたことが分かっており、実行部隊は9人以上だった。 未明のサンドニの急襲では、9人の容疑者が潜伏していたわけで、実行部隊も含めると、テロ・グループは少なくとも18人に上り、当初考えられていたよりもはるかに大掛かりな攻撃集団だったことがあらためて明らかになった。捜査当局は行方の分からない容疑者たち、とりわけアバウド容疑者の追跡に全力を挙げている。 パリの同時多発テロの暗雲は欧州全体を覆っている。17日にはドイツのハノーバーで、メルケル首相も観戦するドイツとオランダのサッカー試合が予定されていたが、爆発物が仕掛けられているという情報が外国情報機関からもたらされ、ゲーム開始直前に中止になった。ベルギーのブリュッセルでもベルギーとスペインのサッカー試合がやはり中止に追い込まれた。 米国にもテロの影響は及び、ロサンゼルスとワシントンから17日離陸したエール・フランス機への爆破警告電話があったため、それぞれ米国内とカナダに緊急着陸した。パリのテロの恐怖が世界的にまん延している様相だ。IS終わりの始まりかIS終わりの始まりか こうした欧米の動きの一方で、フランスとロシアがシリアのISの首都ラッカに対する空爆を激化させている。フランスは17日夜もヨルダンとペルシャ湾から戦闘爆撃機10機を出動させ攻撃した。フランスは一両日中にも空爆を強化するため空母「シャルル・ドゴール」を地中海に展開する見通しだ。 エジプト・シナイ半島で先月末に起きたロシア旅客機墜落をISのテロと断定したロシアは同組織への報復攻撃を強め、ロシア本土から長距離爆撃機を初めて出撃させてラッカ内外の約270カ所を空爆したほか、東地中海上の艦船から巡航ミサイル30発を撃ち込んだ。 また、米国もこの2カ国と連携する形で空爆を強化しており、一部の情報によると、ラッカではISの戦闘員が多数死亡し、戦闘員の家族らがラッカを脱出して、ISの占領下にあるイラクのモスルへ移動する動きも出ている、という。IS側にかなりの損害が出ているのは確実だ。 オランド大統領はロシアとの軍事的な協力を強めていく考えを表明し、17日プーチン大統領と電話会談。さらに24日には訪米してオバマ大統領と会い、26日にはモスクワを訪問してあらためてプーチン大統領と会談する予定だ。フランスとロシアはウクライナ問題で関係が冷却化していたが、皮肉にもパリのテロで結束が強まった形だ。専門家の1人は「テロは米仏ロの3カ国を結束させた。ISにとって裏目に出たのではないか。ISの終わりの始まりかもしれない」と指摘している。

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    東京がISテロの標的になる可能性「十分あり得る」と専門家

    テロの恐怖は世界中に広がっている。 フランス政府は、声明を出しているイスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国(IS)」による犯行と断定。「シリアのイスラム国拠点を空爆したことに対する報復ではないか」との見方も広がっている。 だが、「もはや過激派テロ組織のターゲットは欧米だけにとどまらず、日本が狙われてもおかしくない」と指摘するのは、青森中央学院大学教授で、国際テロリズム研究を専攻する大泉光一氏だ。同氏が日本の脆弱な危機管理体制に警鐘を鳴らす。――今年は湯川遥菜さん、後藤健二がイスラム国によって拘束され、殺害される事件も起きた。日本人が過激派集団に狙われるリスクは高まっている。大泉:安倍首相の中東訪問によるイスラム国対策費の支援表明に続き、湯川さん、後藤さんが殺害された後に「テロには屈しない」というメッセージを世界中に発信したことで、日本人が過激派テロ組織に命を狙われる危険レベルは、欧米人と何ら変わらなくなっています。 イスラム国は中東地域にいる日本人のみならず、インドネシアやマレーシアなどイスラム教徒が多い国の支持者を使い、日本の大使館を攻撃するよう呼びかけているとの報道もありました。東南アジアは日本からの進出企業も多く、家族とともに暮らす駐在員もたくさんいます。そういう意味では日本人が標的になる危険性は世界中に広がりつつあります。――フランスの惨事ように、日本国内で大規模なテロが発生する可能性もあるか。大泉:もちろん可能性は十分にあります。日本には過激思想を持つイスラム教徒の不法滞在者もいますし、ネットの勧誘に賛同してテロに参加したいと思う日本人の若者が出てきても不思議はありません。 もちろん、日本ではフランスのテロで使われたようなカラシニコフ型の自動小銃など銃火器を入手するのは困難ですが、爆発物を製造するのに転用可能な薬物は容易に調達できます。こうした爆発物を大量にトラックに積んで建物に突っ込まれたら、ひとたまりもありません。――狙われやすいのは、フランステロのようにライブ会場やレストランなど人が多く集まる場所か。大泉:そうです。テロ集団は一人でも多くの被害を与えることが目的なので、人口密集地を狙う。日本でいえば首都の東京です。また、劇場やホールなど「密室」で大人数が集まるところは、昔からテロの標的になりやすい場所と言われています。今回のように多くの人質を取りやすいことがその理由です。――日本ではテロ対策強化策として、イベント会場の手荷物検査などは厳しくなっている。大泉:いくら会場の入口で手荷物検査を強化しても、フランスのように外から侵入、襲撃されれば意味がありません。――では、どうすればいいのか。大泉:テロは“見えない敵”。どこからどう襲ってくるか分からないため、完全に防ぐことは難しいと思いますが、日本のようにマニュアル型の警備・治安対策ではテロ集団の思うつぼです。 まずは、不審者の身体検査を強化できるようにするとか、化学薬品の取り扱いを厳しくするなど、法的な面の洗い直しをする必要があります。そして、国民も街中でもっと目を光らせ、不審者や不審物に警戒するような意識を持たなければなりません。人を疑わない国民性は日本人の良い点ではありますが、これだけ世界中の治安が悪くなる中、日本も決して安全な国ではないのです。 来年は伊勢志摩サミットがありますし、2020年には東京五輪もあります。国際的なイベントはテロ組織にとって存在感を見せつける格好のターゲットになり得ます。日本は今後、いかにテロ対策でソフトとハードの充実を図ることができるか――。大きな課題を抱えたままといえるでしょう。関連記事■ 日本の原発 「テロリストが制圧できる可能性高い」と専門家■ イスラム国日本標的宣言 中央省庁警備に機動隊1個中隊増員■ イスラム国の目標 イスラエル、レバノンなど支配地域の拡大■ サウジアラビア等では外国人でも飲酒で宗教警察に逮捕される■ 安倍首相「イスラム国に罪償わせる」発言は非現実的言い逃れ

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    もうドンパチをやっている時代ではない 危機の放置許す米欧の「緩み」

    でしたが、公約した今年末までのアフガン撤退は絶望的となったようです。日米同盟の運営強化を そのうえ、イスラム国(IS)問題があります。この正体の知れない過激派集団に対するオバマ政権の制圧策はこれまでのところ後手後手に回り、到底、成果を挙げるには至っていません。その間隙(かんげき)を縫い、プーチン政権がシリアの独裁者アサド大統領と意を通じ、漁夫の利をむさぼるのに余念がありません。オバマ大統領は就任時に「核兵器全廃」を呼号したのですが、いまや当時の理想主義者の面影いずこ状態です。 悪いことに、米国では次期大統領の話題で持ちきりの昨今で、ヒラリー・クリントン氏やジェブ・ブッシュ氏だとかがテレビの視聴率獲得合戦に余念のない毎日です。裏を返すと、現職大統領はすでにレームダック化したというのでしょうか。困ったものです。 オバマ政権の指導力衰退は、NATO本部もひしひしと感じていると思われます。その初代事務総長の任にあったイスメイ卿は同盟の目的を「アメリカを引き込み、ロシアを締め出し、ドイツを押さえ込む」と説明したのですが、ドイツはわがままを言い、ロシアは外で悪態をつき、アメリカは中にいながらオタオタしているのが現状らしいのです。 NATOは加盟国28の超大型軍事同盟です。日米安保体制は2国間のつながりにすぎませんが、現状では後者の絆の方がよほどしっかりしています。われわれは米欧間同盟の混乱を他山の石とし、オバマ以後の時代も見据えて同盟の運営に励むべきでしょう。(させ まさもり)

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    もしISが大量破壊兵器を手にしたら…テロリストに妥協の余地はないとなぜ分からぬか?

    ダその他類似のイスラム勢力の犯行は続き、点はさながら線を形成した。その結果、シリアとイラクにまたがるイスラム国(IS)と称する、国家ではないテロリスト集団が、日本とほぼ同じ大きさで面を実効支配するに至った。IS「包囲網」の効果 さらに、この面から正式なビザ(査証)を持って自国とシリアを往復する者、移民や難民に紛れ込む者が、居住国を狙ういわゆるホームグロウン・テロという新しい事態を生んでいる。大量破壊兵器である核・化学・生物兵器の一つでも彼らの手に渡った場合、世界全体はパニックに陥る。危険は近づいているように思われる。 オランド仏大統領は、パリの惨劇に「これは戦争行為だ」と叫び、ISの本拠地と目されているシリアのラッカにすぐ猛爆撃を加えている。アラブ首長国連邦とヨルダンにある基地から飛び立ったフランスの爆撃機は11月15日だけで司令センター、軍事訓練施設、武器庫に目標を絞って20個の爆弾を投下したとの発表を読んだが、どうもピンと来ない。 パリの憎むべきテロリストはフランスの軍事基地、兵舎、官庁、警察署に攻撃を加えたのではなく、警備の少ない一般庶民のいわゆるソフトターゲットに狙いをつけているのだ。司令塔はラッカにあるにしても、ISの犯行声明は、いったんサポーターが手にしたものをツイッターで流しているようだから、所在は正確につかめていないのではないか。 特段に新しいことではないが、ISの勢力拡大の様子が一目でわかる世界地図が11月16日付ニューヨーク・タイムズ紙国際版に載っている。米民間のシンクタンクや国務省、法務省の資料をもとに戦争研究所が作成したもので、シリア、イラク、サウジアラビア、エジプト、リビア、アルジェリア、アフガニスタン、パキスタンの一部を実効支配地域と見なし、欧州、米国、豪州ではいくつもの箇所のほか、バングラデシュなどの国々が直接、間接的に攻撃されたところとして記されている。 インテリジェンスの世界はわれわれの目の届く範囲外なので断定的な言い方は避けたいが、英国が米仏露に加わってIS「包囲網」を形成しようとしているなどの解説を読んでも、その効果は上がるかどうか。「天下大乱」の兆しも 国際政治に国際テロリストという、国家ではない歴史上初めての主役が加わった場合、国家関係だけの分析では無力だ。好例は、米欧諸国とロシアのシリア・アサド政権をめぐる対立だ。ロシアによるIS攻撃は、アサド政権存続を企図したものだと疑いを深めていた米欧諸国は、今回のパリ同時多発テロを契機にロシアとの話し合いの場を増やし、仏露関係は「同盟」に早変わりした。 国家ではない「共通の敵」の登場による合従連衡であろうか。事件直後にトルコで開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議の議題はもっぱらテロ事件であった。南シナ海もウクライナも影が薄れた。欧州連合域内で自由に人間の通過を認めるシェンゲン協定の見直しを求める声が強まっている。テロ犯人、武器が自由に動く社会でいいのかとの反省だ。 移民に反対するフランスのルペン国民戦線(FN)党首ら欧州右翼の声は高まっても低くなることはない。難民に直接関係のない米国のライアン下院議長まで「難民を受けいれるとの思いやりをテロリストに利用させるわけにはいかぬ」と述べ始めた。まさに「天下大乱」の兆しではないか。戦後日本の非力が鮮明に 世界の安全保障に危険が生じたときに、われわれは自動的に米国の動きに目を向けるが、オバマ大統領に痛棒を加えたのはウォールストリート・ジャーナル紙の社説であった。「目を覚ましなさい。大統領閣下」と題するこの社説は事件の2日前にオバマ大統領がABC放送とのインタビューで、ISを「われわれは封じ込めた」と語ったのを徹底的にとがめた。 さらに「オバマはタイミングを誤ったという人もいるが、実際はもっと悪い。発言は自分でそう信じているのか、あるいは少なくとも米国人にそのように考えさせようとしているのかのいずれかだ」と断じた。オバマ政権の対中東政策失敗の真因を突いている。 いつもながら、テレビの解説を目にしてうんざりした。中東専門家による、パリの惨劇は米仏などのIS空爆が原因との説明だ。テロには妥協の余地は全くない。9・11事件に見られたように北大西洋条約機構(NATO)は集団的自衛権の行使に踏み切り、米国を引きずり込まないと事態はさらに深刻になる。国際社会の総力による対決だ。それにつけても、戦後続いている日本の非力はますます鮮明になってきた。

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    史上最凶「イスラム国」の知っておくべきこと

     史上最凶のテロ集団ともいわれる「イスラム国」は、日本人の思考や感情、常識からはかけ離れた“土壌”で生まれ、手の付けられないモンスターと化した。 日本に刃が向けられた今、私たちが自らの安全を守るためにも、知っておくべき事柄をまとめた。 イスラム国の統治の基本は“恐怖政治”である。例えば、公共の広場を鉄の板で覆い、公開処刑が実行されるときだけ、市民を招き入れているという。「イスラム国」日本人人質事件 現地対策本部が置かれる日本大使館前で、地元ヨルダン市民らがキャンドルを灯し殺害された後藤健二さんらを悼んだ =2日、ヨルダン・アンマン 一方で、「首都」に位置づけられるラッカでは、防衛省や保健省などの省庁が設置され、既存施設を利用した行政サービスも徐々に整備されている。銀行や発電所、礼拝所、商店も「国」が運営。貧困層や母子家庭には援助もあり、逆に富裕層には「イスラム税」を課しているという。 その行き着く先はどこか。「名称に『イラクと大シリアのイスラム国』とあるように、オスマン帝国時代のシリア州、すなわちイスラエル、パレスチナ、ヨルダン、レバノンにまで支配地域を広げることが目標と考えられます」(千葉大学・酒井啓子教授) イスラム国が次のターゲットとして狙っているのが、「大シリア」の範疇で軍事力が貧弱なヨルダンだといわれる。「安倍首相が中東訪問でヨルダンに支援を約束したのは、そのためです」(酒井氏) ヨルダン支援の声明にイスラム国がカウンターで当ててきたのが、あの日本人の人質殺害予告だったということだ。では、今後、イスラム国は日本に何を仕掛けてくるのか。 「日本の世論がテロに動揺して、政府批判が巻き起こるようなら、テロに効果ありと判断して、さらにテロを繰り返すでしょう」(元在シリア特命全権大使・国枝昌樹氏)関連記事■ 人質事件対策本部の場所 トルコかヨルダンで足引っ張り合う■ イスラム国 日本に当事者能力ないこと見透かし倒錯要求をした■ 略奪、レイプ、拉致 イスラム国が暴虐を繰り返す理由とは■ ネット駆使するイスラム国 正当性訴える「PR動画」多数製作■ IS志願事件で家宅捜索された元教授「公安の情報操作」を告発

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    イスラム国」への現実的アプローチ

    長のRobert A. Pape 他が2015年1月2日号の米フォーリン・アフェアーズ誌において、「イスラム国」(IS)への最も効果的かつ現実的な対応は、空爆と地上におけるスンニ派勢力の協働によるISの弱体化にある、と論じています。 すなわち、現在の米国の限定的空爆に依存した政策に対する主要な反対論として、一つには、地上軍の派遣によってクルド、シーア、スンニの3者が共に戦いISの勢力を駆逐すべしというものがあり、他方もう一つとして、ISの司令部及び経済的、軍事的重要拠点まで空爆を拡大してISを弱体化させれば、ISに対するスンニの広範な反乱が起き、地上軍の派遣は不必要になるというものがある。これら2つのオプションは、いずれも決定的な弱点を持っている。 現在の空爆作戦は、ISによるクルド地域やシーア地域への進出を止めることには成功したが、ISによるスンニ地域での支配確立を阻止することには失敗した。我々は空爆と現地地上勢力との協同による作戦を提案しているが、地上勢力としてクルド軍及びシーアを中心としたイラク政府軍を頼りにする方針は失敗する可能性が高い。ISが支配するスンニ地域においてはクルド軍やシーア中心の政府軍が多くの犠牲を払ってまで地域奪還のために戦うとは考えられず、またスンニの人々もシーア派政府が再び自分たちへの支配を強化することを望んではいないからである。3月2日、バグダッド北方で「イスラム国」を攻撃するイラク軍(ゲッティ=共同) ISを打倒するためには、スンニ地域を奪還する新たな戦略が必要である。この作戦を実施する地域は、先ずイラクの2つのカギとなる地域、モースルが所在するニナワ県及びアンバール県であろう。この戦略には、4つの目的がある。第1番には、これまでの空爆によってISのこれ以上の進撃を喰い止めたという成果を確保すること。2番目にはスンニ派の自治を拡大するというイラク政府とスンニ派部族との合意を促すこと。第3には空爆によりシリアとイラクの間のIS戦闘員の自由な移動を阻止すること。第4には重要なスンニ地域においてISを弱体化することである。 この戦略の成功にとって最後に重要なのは、先ずイラクにおける行動に集中すべきであり、シリアでは今以上の介入は避けるべきであるという点である、と指摘しています。出典:Robert A. Pape, Keven Ruby and Vincent Bauer ‘Hammer and Anvil; How to Defeat ISIS’ (Foreign Affairs, January 2, 2015)* * * 対IS戦略の最も重要なポイントは、スンニ派部族や住民の支持を獲得して、空爆との協働により先ずスンニ地域におけるISの勢力を駆逐することにあるという本論説の趣旨は、現時点では最も現実的なアプローチだと思われます。また、当面はシリア内戦への介入は拡大せず、成功の可能性のあるイラクのスンニ派地域に精力を集中すべきであるとの考え方も、その通だと思います。 現段階では、地上戦闘部隊の派遣は、米側ではオバマ政権の基本姿勢、イラク側でもイランとの関係等により、必ずしも積極的ではないこともあり、軍事的には望ましいとしても、政治的なハードルが高く、実現は難しいと思われます。 本論説が指摘する通り、ISが占拠するスンニ派地域部族のシーア中心のイラク治安部隊に対する信頼感は低く、また現在活発に対IS戦闘に参加しているシーア派民兵との摩擦も起きていることから、スンニ派部族自身によるISへの戦いを支援するアプローチが最も効果的なことは間違いありません。問題は、如何にこれを実現するかです。 この考え方は、イラク戦争時、当時の多国籍軍司令官ペトレイアス将軍が反乱鎮圧の切り札として米軍増派とともに断行した作戦でした。実際、ISの前身である「イラクのアルカイダ」の掃討に成功しました。ただ、成功のカギは、増派された米軍部隊が、主要な街や村に常駐し、スンニ派住民を保護し、部族の戦闘部隊と共に戦ったことにあります。 本論説は、地上部隊の派遣は必要でも、望ましくはないとしていますが、最終的にイラクのスンニ派地域をISの支配から解放するためには、何れかの段階で、地上軍の派遣が必要とされる時が必ず来るのではないかと思われます。 米国にとっても、イラクにとっても、非常に困難な決断が求められることになるでしょう。関連記事■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■ 「イスラム国」は空爆国が育てた■ ロシアにも宣戦した「イスラーム国」の脅威

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    イスラム国と中国

    台湾の李登輝元総統に取材した折に「中国の歴代王朝は『盗賊王朝だ』との見方がありますが、と伺ったところ総統は「まさにそのとおり」と首肯されました。つづけて「だからこそ『もっと国際法を守りなさい!』と言ってやればいいんです」と明快な答えが返ってきました……。

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    陸自精鋭は走りながら防弾チョッキない相手の腰打ち抜く腕前

     北朝鮮が日本での原発テロを計画し訓練まで行なっていたことが、脱北者の証言で判明したと報じられた。現代の戦争では、特殊部隊や工作員による攻撃が戦局を左右する。 北朝鮮軍は近代兵器を持つ資金も技術もないため、弾道ミサイル以外はテロやゲリラ戦を展開する特殊部隊が主力となる。抗日パルチザンの系譜に連なる特殊部隊は朝鮮人民軍総参謀部の中に複数あり、総数は5万人とも10万人とも言われている。その一部がスパイやテロ活動を行なう工作員として暗躍してきた。 仮に10人規模のテロリストが原発を乗っ取ったとしよう。1996年に韓国で北朝鮮の特殊部隊が起こした「江陵浸透事件」(詳細後述)で判明した彼らの装備は旧式の自動小銃AK47など貧弱なものが中心だった。このほか同事件ではM16も発見され、アメリカ製の武器も何らかのルートで流入していることが判明した。  日本側はどうか。原発テロやテロリストによるハイジャックなどに際しては、陸自の「特殊作戦群」が出動する。特殊作戦群は米陸軍のデルタフォースを参考に創設された精鋭部隊で、編成は1個中隊100人×3の計300人。07年に設立された防衛大臣直轄の中央即応集団(CRF)隷下部隊となっている。彼らの装備について軍事フォトジャーナリストの笹川英夫氏が語る。 「特殊作戦群の装備は公開されていないが、自衛隊関係者の話を総合すると、M99対物ライフル(米バレット社製)やMP5などを装備しているようだ。M99は軽装甲車や壁を撃ち抜く威力がある。MP5はSATやSBUも使用する小型の機関銃で、狭い場所でも小回りが利く」 装備では勝っている。その能力も、「彼らは建物内やハイジャックされた機内など狭い空間での戦闘を想定し、特殊なクロース・クォーター・バトル(CQB=近接戦闘)の訓練を行なっている。練度は高く、走りながらでも防弾チョッキで守られていない相手の腰を撃ち抜く技量を持つ。戦闘能力は相当高い」(自衛隊に詳しいフォトジャーナリストの菊池雅之氏)という。 相手は10人。一見、武器も能力も劣る。だからといって、必ずしも勝てるわけではないのが特殊部隊戦の特徴だ。 それを象徴するのが「江陵浸透事件」である。韓国の江原道江陵市で北朝鮮の特殊潜水艇が座礁し、乗員26人のうち15人が逃亡。軍と警察は1人を逮捕、銃撃戦の末に13人を射殺、1人が行方不明となった。装備で勝るはずの韓国側は17人(民間人4人を含む)が死亡している。衝撃的だったのは、現場近くの山中で潜水艇の艦長ら11人が青酸カリを服毒したうえ拳銃で頭を撃ち抜いて自決していたことだ。 特殊部隊同士で想定される近接戦闘は人と人が対峙して殺し合う行為で、強い意志と冷酷さが必要になる。江陵浸透事件の集団自決は彼らの意志の強さを物語るエピソードだ。この時は工作任務の情報漏れを防ぐために自決したが、侵攻作戦ならばどうなるのか。極限状態では装備の差を精神力が超越することもあり得る。北朝鮮が死を覚悟で突っ込んでくれば特殊作戦群にも多大な被害が出るし、燃料プールで自爆されれば、重大な事故につながりかねない。関連記事■ 北朝鮮が保有する特殊作戦専用ヘリは日本はまったく保有せず■ 米軍驚く海自の最強部隊が「尖閣傍観」では宝の持ち腐れと識者■ 海上自衛隊特殊部隊の能力を、お世辞を言わない米軍がホメた■ 20分で犯人射殺&事件解決 世界最強特殊部隊候補はフランス■ 北朝鮮から日本に難民襲来の指摘 10万人なら食費は1日1億

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    自衛隊はイスラム国の人質を救出できたか

    イスラム国による邦人人質事件は最悪の結末を迎えた。事件を機に、邦人救出を目的とする自衛隊の海外派遣をめぐる議論がにわかに注目されている。国の責務である邦人保護。テロによる蛮行が起きたとき、自衛隊の特殊部隊を海外に派遣できる日は来るのか。改めて特殊部隊の存在に焦点を当てたい。

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    日本人よ、この覚悟が理解できるか

    ーターとして出演中。予備役ブルーリボンの会幹事長。同会ホームページでコラムを連載中。関連記事■ 何故イスラム国は日本人を人質にするのか■ 石原慎太郎が読み解く イスラムテロに絡む歴史の背景■ 「イスラム国」は空爆国が育てた

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    首相直属の「情報局」創設を望む

    とするも無念である。「自己責任の原則」をすべての海外ボランティアは厳守しなければならなくなった。 「イスラム国」とは、自称国家にして国家にあらず。テロリスト集団としてその宗教的なイスラム教における系譜も定かでない、原理主義的で暴力的なまるでトロツキズム集団である。あるまじき妥協と屈辱的譲歩 これまでの私の経験では、日本赤軍による一連の事件(よど号、ドバイ、シンガポール、スキポール、クアラルンプール、ダッカなど)のうち、ダッカ(バングラデシュ)を除く事件を警察庁警備局外事課長として事件処理にあたった。よど号事件からスキポール事件までの間、身代金を支払ったことは一度たりともなかったし、獄中の赤軍派などのテロリストらをひとりも釈放していない。後藤健二さんの殺害映像がインターネットに投稿されたことを受け、記者団の取材に応じる安倍首相=2月1日、首相官邸 しかし、クアラルンプール事件とダッカ・ハイジャック事件では、三木武夫・福田赳夫2人の自民党の首相や自民党の閣僚によって、国家レベルの人質誘拐身代金事件において独立主権国家にあるまじきテロリストへの妥協と屈辱的な譲歩がなされた。一つは、獄中の赤軍同志である政治犯釈放(あさま山荘・三菱重工爆破事件)であり、もう一つは思想政治犯でない殺人犯の釈放であった。 「人命は地球より重い」という誤れる政治理念で11人を超法規的措置で釈放し、凶悪なテロリストを解き放ち、国際社会の信頼を著しく失った。加えて、ダッカ事件では犯人の600万ドルという巨額な身代金要求に対して、当時、日本国内には米ドル紙幣が200万ドル分しかなかったのに、相手の要求通り600万ドルにするために不足分の400万ドルをアメリカから緊急空輸した。そして、バングラデシュ国民の目の前で、600万ドルのキャッシュを赤軍に渡してしまったのだ。 その結果、バングラデシュ国民の激しい批判を浴びて、軍によるクーデターを起こされてしまった。空軍司令官は空港管制塔で反乱軍によって暗殺された。 釈放時に日本はパスポートを発給し、勾留中の作業手当まで支払ったという。まさに盗人に追い銭であった。三木・福田内閣とはそういう内閣だった。日本が支持したサミット決議 日本国政府はサミット国の一員として、1988年のトロント・サミットに竹下登首相が参加した。そのサミットで、英国のサッチャー首相がサミット決議として提出をした「ノン・テークオフ」決議(サミット国内で発生したハイジャックは飛び立たせることなく自国の責任で処理する)に対し、英米加の3カ国と独仏伊の3カ国に意見が分かれ、3対3のスプリット・ボートとなり、日本の竹下首相にキャスチング・ボートが握らされることになった。 竹下首相にアドバイスを求められた私は、「サッチャーを支持して、アングロ・サクソンにつくべし」「第二次世界大戦の時、日独伊三国同盟で日本は負けたでしょう」と意見を述べたところ、竹下首相はこの意見を採用して、サッチャーに投票した。今回の人質事件において、日本はこの決議に賛成したのだから、道義的には身代金を支払う事は到底許されない。成長した日本の「対応」 安倍晋三首相のテロへの際立って毅然(きぜん)とした陣頭指揮は高く評価される。オバマ米大統領をはじめとする先進諸国首脳との電話会談など、危機管理宰相として頼もしい限りだ。「極めて卑劣な行為であり、強い憤りを覚える」と怒りを露(あら)わにし、テロに屈しない国家であることを強く主張してきた。 人質になった湯川遥菜、後藤健二両氏のご親族も、政府に対して最善の努力をしてほしいと懇請しつつ、政府や国民に対して感謝をし、迷惑をかけていることのお詫(わ)びをしている。約10年前のイラク人質事件のときに最善の努力をしていた小泉純一郎首相を被害者親族が声高に罵(ののし)ったのと比べると大きな成長だ。これは、外交一元化・政争は水際で止まるという欧米的な進歩であり、10年以上もの歳月は、日本国民・与野党、マスコミも成熟させた。 真の海外ボランティアとは、政府や国民に迷惑をかけない心意気が必要だ。これはジラク(日本国際救援行動委員会)の理事長として二十数回の海外遠征を経験した私からの提言である。 「飛耳長目」とは、松下村塾の吉田松陰が大切にしていた言葉と聞く。山口は安倍首相の故郷である。遠く離れた地の情報を見聞きして収集するという意味の言葉で、内外の情報を収集する機関を表現するのにぴったりの言葉だ。 しかし現実の日本には、首相直属の積極的情報機関がない。高度な情報能力を有する米CIAや英MI6、独BND、仏DGSE、イスラエル・モサドなどの情報機関に全面的にいつまでも頼っていてはいけない。今回の事件とアルジェリア事件で、首相直属の内閣情報宣伝局(仮称)の創設の必要性を思い知らされた。関連記事■ 何故イスラム国は日本人を人質にするのか■ 石原慎太郎が読み解く イスラムテロに絡む歴史の背景■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード

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    自衛隊特殊部隊の元リーダーが語る拉致の解決策

    荒木和博(予備陸曹長・特定失踪者問題調査会代表)荒谷卓(陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)伊藤祐靖(海上自衛隊特別警備隊初代先任小隊長) 荒木 今、北朝鮮の状況は非常に不透明で、先日また幹部の大量粛清があったと聞いております。どうも北朝鮮にも焦っている部分があるのではないか。向こう側を変えていくことができるチャンスであり、あの体制を変えることで最終的に拉致被害者の救出につながるのではないか。今まで我が国は受け身でしたが、情報戦なども含めたこちら側からの攻撃が、とるべき対応でないだろうかとも考えています。今日は荒谷さん、伊藤さんの具体的な話をお聞きしながら、ここを橋頭堡に色々な事を前に進めていきたいと思います。 伊藤 私からは、二つ申し上げたいと思います。 一つ目。我が日本国政府は、自国民が「あいつに連れ去られた」ということを具体的に公表して久しい。これは「可能性がある」等のあいまいなことではなく、「連れ去られた」と、一国が世界に公表している非常に重大な事です。それなのに、いまだ穏やかな話し合いしか続いていない。ここまで国民の尊厳と国家の威信を蔑められておいて、なおかつ何を守りたいのか、非常に疑問に思っております。 仮に、誰か知らない人が自分の家に入ってきて、家族が連れ去られたとします。「どうしたら返してくれる?」などという話し合いはしません。相手に勝てようが勝てまいが関係ない、実力で取り返しに行くと思うんですけれども、我が国はそれをいまだしていない。しない理由は一体どこにあるのか。これはこの国の今までと今後の、大きな問題になると思うんです。その事情を知る、もしくはそれに携わることのできる議員の方々には、その理由と、それで国として成り立つのか、それよりも優先している事は何なのかというのを是非ともお話しいただきたいし、お調べいただきたいと思います。 二つ目。安倍総理が「選挙というのは議員にとって命がけです」とおっしゃっていましたが、比喩ではなく、本当に命を懸けて拉致被害者を奪還しようと思っている者たちがこの日本にはおります。防衛省がなんと言うかはわかりませんが、現在の日本の力をもってすれば確実にできることです。その作戦に出ることを想定し、その作戦で自らの命が無くなることも覚悟し、毎日心身を練磨し、本当に命をかけて国民の尊厳と国家の威信を守ろうとしている者が今もいることを、知っていただければと思います。被害者救出に憲法改正は必須 荒谷 私が陸上自衛隊の特殊作戦群長をやっておりました当時、世界の特殊部隊関係者の会議に数回参加しました。公式のテーマではありませんでしたが、拉致問題も話題になったことがあります。彼らは「北朝鮮の拉致は常識を逸脱している」と。この「常識を逸脱している」という意味は、恐らく皆さんが考えているのとは違います。ヘリコプターから不審船に乗り移る海上自衛隊の特別警備隊員=広島 世界の特殊部隊は任務として拉致をします。これは常識です。ですから北朝鮮の工作員あるいは特殊部隊が日本人を拉致したことは、それ自体が国際的な非常識とは言い切れない。ただ一般的に、普通の国の特殊部隊は、政治的に重要な問題に、キーパーソンを対象としてそうした任務を遂行します。北朝鮮の場合は、雑多な目的、誰でも連れ去るというようなことをしている。これが極めて特異であるという意見でした。 もう一つ、「数十年間、その拉致を繰り返し許した日本の責任は大きい」とも言われました。つまり拉致という行為が実態として行われている国際社会にあって、そういう事実を仮に認識できなかったとすれば情報力の、認識できていたけれども対処できなかったとすれば対処力の、それぞれの「甘さ」を彼らは指摘したわけです。 この拉致問題、現在の問題点は大きく二点あると思います。一つは拉致された邦人をどう救出するかという点、もう一つは我が国の領土内から、邦人を拉致されるような体制をどのように改善するのかという点です。 まず救出の問題です。これは一般的な邦人救出問題とも関わってきます。戦後の憲法下、政府は国外における自衛隊の実力行使は許されない、という立場をとっております。したがって現憲法下においては、自衛隊が実力をもって北朝鮮の領土から拉致被害者を救出するということは許されない。仮に国民が、強制力をもってしても拉致被害者救出を成し遂げたいと思っているのであれば、憲法改正は必須条件です。憲法上の制約があるからこれ以上の手が打てない、打つには憲法を変える以外ないのだと、明確に国民に説明する必要があるでしょう。 今の憲法下では、我が国独自でできる手段は限られていて、今政府がやっているような北朝鮮との対話の継続が恐らく精いっぱいです。この点をよく踏まえて、国民が意識を共有し、拉致問題という視点からの憲法改正を強く認識することは、大変重要なことではないかと思います。アメリカには頼れない 仮に憲法を改正して、救出手段を現実的に検討するという際、自衛隊はそのような選択に応えるだけの実力を養っているのかどうかという問題があります。自衛隊は戦後ずっと、「抑止のツール」として存在してきたように思います。つまり実力部隊としての「対処のツール」ではなく、もっぱら我が国の安全保障上の抑止のための存在として、その政治的な役割を期待されてきました。 これが末端隊員まで感ずるところとなっている。「自分たちは実力的な任務を受けることは考えにくい。抑止という期待に応えればそれで十分」という認識ですね。これは大変重要なことで、現場の隊員が実態的な任務を想定できないのであれば、残念ながら憲法を改正したからといって即座にその能力を得るというふうにならないわけです。 しかしこの問題は、国全体の防衛に関する意識が、なんとなく現場にまで浸透してしまった結果でしかない。もし政府が明確に実力行使するという覚悟を示せば、現場の部隊は意識が一新します。これは間違いありません。少なくとも私が作った特殊作戦群という部隊は、そういう状況を想定したつもりです。自衛隊の中にそういう実際的な任務を、常に心中におさめて鍛練している部隊があるという事実は、ぜひ政府の方、あるいは政治に関わる方は踏まえておいていただきたい。 拉致被害者の救出で、米国に対する期待感をお持ちの方がかなりいらっしゃるように思いますが、私は全くあて外れだと確信しております。少なくとも向こうの特殊部隊関係者と話していて、米軍が日本人の拉致被害者を救出するというようなことは、議論するのさえ笑い話という雰囲気です。仮にそれを日本が独自に、合法的にやるとしても、アメリカは強烈に反対すると思われます。そうした時に日米安保の現実が問われてくる。 そういうきわどい状況を、根本的にアメリカは望んでおりません。アメリカの全般的戦略の中での自衛隊活用は考えていると思いますが、日本が軍事的な目的で独自に自衛隊を運用することに対して、最も警戒感を持っているのは米国ではないかと思います。 ただ、だからこそ私は積極的、主体的に、我が国が何らかの作戦をやるべきだと考えているわけです。これこそ日本が自律的に国際安全保障問題に取り組むという、明確な意思表示になりうると思っています。自衛隊に領域警備権を 次に、我が国の警備体制の問題についてです。拉致問題は数十年にわたってやりたい放題という状況でした。その状態が現在解消されたかというと、問題を全て分析し、万全の体制を構築したとはいえない。そもそも一国の実力組織が、平時に、奇襲的に我が国に侵入し拉致するということに対し、警察力は無力だと思います。自動小銃を持つ黒ずくめの隊員を乗せて疾走する海上自衛隊の特別機動船=広島湾 この問題に対して、私は自衛隊に警備権限を与えるべきだと思っています。現在、航空自衛隊のみが対領空侵犯措置の権限を持っています。海上自衛隊は、一部ですが不審船対処の権限は持っています。しかし陸上自衛隊は、自隊駐屯地、基地の警備権しかないわけであって、我が国領土それ自体に関する警備権が全くない。 現実の我が国は、警備の手薄さを露呈しています。これに対して、陸海空の各自衛隊に平時の領域警備権を付与することは可能です。もちろん今の自衛隊の体力で、常時警備に張り付くことはできないでしょう。しかし命令を下して、特定の地域と時期に限定して任務を与えることは可能なわけです。尖閣などにも平素、自衛隊が警備任務で配置できれば、状況は一変するでしょう。 防衛省の中にはこの警備権に関して、治安出動等の権限がすでに法的に担保されており、できないことはないという意見をお持ちの方がいらっしゃいます。しかしそれは警察力の補完であって、領域警備とは根本的に違う。領域警備権というのは、国内の治安維持のための権限ではなく、主権に基づく実力行使の権限です。拉致問題を通じて、我が国の警備体制の不十分さはもう十分わかっているわけですから、自衛隊に対する領域警備権の付与は早く法制化すべきと考えます。そうすることによって、自衛官の意識も変わってくる。平時領域警備権が与えられると、当然ですが、不意に実力行使をせざるを得ない状況が発生するわけです。しかも警察権の補完ではなくて国家の主権作用として。これは極めて重要です。制服自衛官を交渉の席に 最後に、北朝鮮との諸々の交渉には外務当局を主体として警察官僚等が参加しているようですが、是非とも制服自衛官の参加を促したい。この拉致問題は、そもそも北朝鮮の実力部隊が我が国の主権を侵して拉致を発生させたわけですから、交渉に制服自衛官が出ることは何ら問題ありません。我が国が自衛官を交渉に参加させることは、日本側が考える以上に相手に対してインパクトが強いはずです。自衛官が参加することに大した手間がかかるわけではありません。政府が関係者に声掛けをすれば済む事ではないかと思います。 事案の解決に対して、色々なオプションを持ち得る、そういう国家体制を作り込んでいくために、やはり憲法の問題を直視しなければいけない。我が国が集団的自衛権で米国との安保を強化するというのも、我が国防衛の実効性を担保するためには必要かもしれませんが、拉致被害者救出のように、おそらく米軍も韓国も協力しないであろうオペレーションには、我が国が独自に遂行しうる基盤を作っていくことが重要です。政府だけの問題ではなく、現場の自衛官が「命令がくればやるんだ」という意識を確立することも重要な課題でしょうし、一般国民も積極的に運動してはじめて、大きな進展が出てくるだろうと考えます。もちろん私も、今は現職から離れましたが、いざとなればどこへでも乗り込んで行く気構えでおります。一人一人がそういう気構えになって行動を起こせば、具体的な進展につながるのではないかと考えています。武力なき実力行使――情報戦の大切さ 荒木 基本的な問題は、今の荒谷さんのお話でだいたい尽きていると思います。まず政府が何が何でも取り返すということを、もっと明確にしていかなければいけない。膨大な数の人が拉致されていて、我々は今こうしている間にもそういう人たちを見捨てているんだということを、一人でも多くの国民が認識する必要があるのではないかと思います。 最初に少し申し上げましたが、武力を使うことはできなくても、敵を攻撃することはできる。これはまさに情報戦とか謀略戦とかそういうことです。向こう側もやはり日本の世論、報道を相当真剣にチェックしておりますので、これを逆手に取る方法もあるでしょう。向こうは圧倒的に言論が統制された国ですが、恐らくそういう国家というのは、自由な国に比べ、とんでもない弱点があるはずです。 それと同時に、やはり武力行使がありうるんだということを向こうに見せつけられれば、それだけでも北朝鮮にとっては圧力になるでしょう。いくら日本で「憲法九条を守る」と言っていても、北朝鮮は全くそんなことは考慮しません。そのへんをつつけば、向こう側は必ず過剰反応を起こしてバランスを崩すだろう。バランスが崩れれば、必ず事態は変えられるはずです。 そうなった場合、北朝鮮に助けに行かなきゃいけない。理屈は別として、自衛隊が行くしかないでしょう。それを想定した準備も意識づけも必要ではないかと思います。拉致被害者を実力で救出するとなると、アメリカと韓国が邪魔をする可能性がありますが、それにブレーキをかける一番いい方法は、拉致問題を国際的な人権問題としての取り組みにすることです。北朝鮮の人権問題は、日本人拉致に限らず他国民拉致、強制収容所、公開処刑等々、山ほどある。「自国民を拉致されている我が国が先頭に立ってやるんだ。協力してくれ」というプレゼンテーションができれば、アメリカも韓国も、少なくとも正面からは邪魔しにくい。 最近、国連総会の第三委員会が、北朝鮮の人権侵害を非難する決議案を賛成多数で採択しました。今回は安保理に対して、人権侵害の国際刑事裁判所への付託を検討するよう促すという厳しい内容だった。金正恩は相当の恐怖感を持っていると思います。「北朝鮮という国をどうにかしなきゃいけない」という国際世論を高めていくことで、日本の主体的な動きの自由度を増すということに尽きると思います。北朝鮮の金日成主席(左)、金正日総書記(右)父子の銅像が立つ「万寿台の丘」戦う覚悟は一瞬で出来る 質問者 私は即応予備自衛官です。先ほどから「自衛隊は命令があれば、北朝鮮に行って助けられる」という皆さまの空気を感じるんですけど、末端の人間として、命令があってもちゃんと行けるかなというのが、正直な気持ちです。中学高校と、左寄りの学校の先生から平和平和と言われてきて、そんな中でも私は自衛隊に入ってますけど、ある意味メシを食うため、という人がほとんどです。 そういう意識を変えるため、自衛隊の中でどういう教育を受けたかなって思うんです。部隊行動や武器を使う技術は、私も実際やっていて非常にすごいものがあると思うんですが、いざ戦うということになると、「えっ、なんで自分が?」って感じになるんじゃないかなあと、お叱りを受けても私はそう言いたいです。 部隊の中で「拉致」ということを言ったら、まるっきり他人事で、「それは外務省の仕事だから」「いざとなれば特殊作戦群の人が行くから」「末端の歩兵には関係ないから」…でも実際は、特殊作戦群だけでなんとかなる話じゃなくなると思うんですね。 これからは諸外国と同じように海外で戦うこともあると思う。でも、ある日突然「命令だから行け」と言われても、心構えもできていないので、そのあたりの意識改革を、手遅れかもしれないですが始めていかなければならないと思うんですが。 荒谷 これは、上から本気になっていかないとね。つまり日本国政府から本気になって、その本気さが順次下に波及していってというふうに。 イラク派遣の時、番匠幸一郎・第3普通科連隊長(当時)が指揮する一次群が先陣の重責を担いましたが、やる気よりも心配がまず先行して、全体の雰囲気が重かった。それで私、射場で「みんな的のところに集まってくれ」と言って、人の形をした的の頭をつかんで、拳銃をホルスターから抜き腰だめにし、ダダダッと実弾を撃ち込みました。銃口よりも自分の体を前にのり出して、人的を拳銃の連射で撃ち抜くわけです。「はい、じゃ番匠さんもお願いします」って言ったら、番匠さんも躊躇せずにやりましたよ。指揮官の本気さをまざまざと見せたんです。みんな唖然としていましたね。でも、それで雰囲気はがらりと変わりました。 教育というのは口でモタモタ言う必要はないんです。実際にやれば、一瞬でそういう心境はできあがる。僕はあの時、確信しましたね。 伊藤 今から14年前、護衛艦「みょうこう」の航海長の時、能登半島沖事案というのに遭遇しました(本誌2012年4月号「緊迫怒涛のイージス艦出撃」参照)。相手は日本海の真ん中で停止しました。その後「立ち入り検査を行え」という命令が出ます。でも乗り込めと命じられた兵は拳銃すら持ったことがない。さっき質問された方のおっしゃった通りですよ。「ウソだよな?」「冗談だよな?」「この平成の世に、海上自衛官の俺が"戦死"するわけないよな?」という感じで。 出撃5分前に、「本来こういう職に就いている以上、遺書を書いているのは当たり前だけど、書いてない者は書いてこい。あとこのフネに世話になった人がいるだろうから、挨拶してこい」と部下に伝えました。5分後、ボディーアーマーや防弾チョッキというのはまだフネにはありませんので、全身に漫画や雑誌をぐるぐるまきにした、非常に滑稽な格好をした彼らが戻ってきます。その時の彼らの表情を見て、私はびっくりしました。さっきまで非常に不安そうだったのが、自信にあふれて、清々しくて。24名全員がその表情で帰ってきた。「特攻隊の先輩は絶対この表情で行ったな」という確信をもちましたよ。 ご心配もわかりますけれども、人は一瞬で変われます。何日間じゃない、たった5分で変われるんです。だからといって「教育をしなくていいのか」というご意見を退けるわけではないです。教育はしなきゃいけない、上から変わっていかなきゃいけない。でも、人は、日本人は、たった5分で変われるんだと思いますね。 荒木 お二人のお話にも通じるものがあると思うんですが、自衛官でない国民も何か一つ「できるんだ」という成功体験をこの拉致問題の中でつかむことができれば、その先は意外と早いのではないか、問題解決の手前まできているのではないだろうかと思っている次第です。 実は今の内閣、安倍さんは拉致被害者を本気で取り返そうという気がないんじゃないかと、残念ながらそう思わざるを得ない。逆に「安倍さんならやってくれるだろう」という安心感、淡い期待感で、拉致被害者に関する運動それ自体が低下している事を懸念しております、国会答弁を聞いても結局アメリカに頼るということが出てきてしまう。そういう内閣ですから、やはり安倍晋三という人に、期待はしても信頼はできないと思っています。これは国民の声で変えていくしかない。「絶対に許せない」という国民の思いが高まってくれば、どういう政権であっても動かざるを得なくなるだろうと思います。 今日の議論が、国会における橋頭堡になったのではないかと思っております。今後のご協力をお願いいたしまして、閉会とさせていただきます。ありがとうございました。 ※本稿は2014年11月19日、千代田区で開催された「予備役ブルーリボンの会シンポジウム 『拉致被害者救出と自衛隊』」での発言を再構成したものです。 荒木和博氏 昭和31年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、民社党本部書記局に入局。現代コリア研究所研究部長、拓殖大学海外事情研究所客員講師、助教授を経て、現在同研究所教授。予備役ブルーリボンの会代表。特定失踪者問題調査会代表。 荒谷卓氏 昭和34年、秋田県生まれ。東京理科大学卒業後、陸上自衛隊に幹部候補生として入隊後、指揮幕僚課程修了後、第1空挺団勤務などを経て、ドイツ連邦軍指揮幕僚大学校に留学。平成16年、特殊作戦群創設、初代群長に就任。20年退職(一等陸佐)。予備役ブルーリボンの会幹事。 伊藤祐靖氏 昭和39年、茨城県生まれ。日本体育大学卒業後、海上自衛隊に二等海士で入隊。「能登半島沖不審船事件」の際は護衛艦「みょうこう」航海長として不審船を追跡。この経験から海上自衛隊の特殊部隊・特別警備隊創設に携わる。同隊初代先任小隊長。平成19年退職(二等海佐)。予備役ブルーリボンの会幹事長。関連記事■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国■ 米海兵隊と自衛隊はともに戦う■ 左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか

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    自らの力で自らを守る

    櫻井よしこ(ジャーナリスト) ISIL(イスラム国)が日本人を相ついで殺害し、「(日本の)国民がどこにいようとも虐殺をもたらす」と脅迫した。 この許し難い犯罪は、安倍晋三首相の中東演説や人道目的の支援がISILに正しく理解されなかったせいだなどという批判があるが、的外れであろう。ここに正すべきゆがみがあるとしたら、それはむしろ日本の安全保障体制と安保に関する考え方である。いま私たちに突き付けられているのはこのままの日本で、本当に日本国民を守り通せるのかという問いである。1月11日、パリの通りを行進する大規模デモの参加者(ゲッティ=共同) 国際法も人道も人権も認めないイスラム過激派勢力はパリのテロ事件で判明したように、カラシニコフ自動小銃や携帯型対戦車ロケット砲まで所有し、無防備の人を襲う。あるいは拘束して処刑する。海外で活躍する150万の邦人の安全や救出が喫緊の課題であるにもかかわらず、情報収集も邦人救出も日本国政府は事実上、他国に全面的に頼らざるを得ないのが現実だ。 ペルーの日本大使公邸占拠事件ではフジモリ大統領に解決を一任した。イラクのクウェート侵略では解放された日本人の帰国に自衛隊機を飛ばすこともできなかった。アルジェリアのプラント建設現場襲撃事件ではなすすべもなく、2桁の日本人の命が奪われた。 安倍政権下でも日本国がほぼ無力であり続けていることに変わりはなく、その原因が日本国の体制にあることを、責任ある国民なら認めなければならないはずだ。 私たちが社会の基本とみなすあらゆる価値観を認めず、暴力で秩序を破壊する勢力との話し合いは屈服を意味する。屈服の道はないのであり、彼らには力をもって立ち向かうしかない。その基本認識を確認しなければ、どんな対策も弥縫(びほう)策に終わりかねない。 情報機関と救出作戦を担う実力部隊設置の必要性はすでに多くの専門家が指摘済みだ。日本人受難はISILによる事件だけではない。北朝鮮有事の際の拉致被害者救出も懸案であり、警察および自衛隊の特殊チームを海外に送り出す法整備を急ぐことだ。 危機が日本を襲い、国際社会が急激な変化を見せる中で戦後70年の談話は激変する国際情勢を踏まえた内容となるのが望ましい。アメリカが国際社会への関与の度合いを低下させるのとは対照的に中国が異形の大国として膨張を続け、ISILのように国際法の枠外で蛮行に走る勢力も台頭した。日本もおよそ全ての国々も、自国と国民を守る戦いにいや応なくひきずり込まれている中で重要なのは、戦後の日本を染め上げてきたパシフィズムと他人頼みの精神からの決別である。 自らの力で自らを守り平和をつくり出す能動的な国家へと、国のありようを切り替えることの重要性に、いま、私たちは気づくべきだ。 中国や韓国は日本の謝罪を引き出すことをもくろむが、日本人は大東亜戦争について反省の年月を重ね、首相以下政府首脳は中国や韓国、アジア諸国に50回以上、謝罪した。 この70年間、近隣の大国は必ずしも自国民を幸せにはせず、周辺諸国とは軋轢を続けてきた。対照的に日本は一度も他国を侵略せず、国際社会にもでき得る限り貢献し、国際法、人権、民主主義を守ってきた。日本国民もおおむね穏やかで安定した日々を過ごしてきた。ISILの蛮行に苦しむ人々への人道支援もさらに強化する。この間の実績を日本国民は大いに誇りにしてよいのである。聖徳太子及び二王子像(法隆寺蔵) そもそも日本は十幾世紀もの長い時間をかけて穏やかな文明を育んだ国だ。7世紀初頭の聖徳太子の十七条の憲法は国政の基本として「和」を掲げた。身分、貧富、部族の違いにとどまらず、宗教の違いさえも乗り越えて、和に基づく国造りを実践した。異教を受け入れた日本人の宗教的寛容の精神は、ISILへの激しい反発からEU各国で台頭中の過激で排外的なネオナチズムの対極にある。国際社会に開かれた日本型寛容の精神こそ、21世紀の世界に必要であることを確認したい。 明治政府の五箇条の御誓文は、国民を大切にする公正な国づくりの誓いだ。かつて異教を受け入れた精神は、明治政府の下でも、また現在の政府の下でも、相互の相違を認めた上で普遍的価値観の実践を目指す姿勢として確立されている。普遍的価値観を踏みにじる大国や勢力の前で、日本はこの点についても大いに自信をもってよいのである。和の精神と雄々しさをもって、より能動的に国際社会に貢献していくのがこれからの日本の在り方であろう。 一方、日本の戦後の努力を認めず、村山談話や河野談話の文言を引き継げという声がある。だが私はむしろ、両談話の曖昧さや誕生にまつわる疑問を安倍談話で乗り越えるのがよいと考える。 村山談話は、1995年6月9日金曜日、19時53分という異例の遅い時間に衆議院本会議で欠席議員265人、出席議員わずか230人で採択された戦後50年目の日本の謝罪決議とセットだ。謝罪決議も村山談話も、その誕生のプロセスは著しく公正さに欠けている。河野談話も慰安婦「強制連行」が根拠を失ったいま、「広義の強制性」というわかりにくい論拠に立つ。 両談話のこの種の欠陥を超えて日本を新しい地平へと導くとき、新談話はその使命を果たすのではないか。開かれた平和な世界の構築に貢献する資格と責任が日本にあることを自覚したい。首相には自らの想いを込めて前向きの日本の姿を描き出してほしい。関連記事■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■ クマラスワミ報告否定が河野談話見直しへの突破口だ■ 石原慎太郎が読み解く イスラムテロに絡む歴史の背景

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    イスラム国の脅威にどう対抗するか

    イスラム教過激派組織「イスラム国」が邦人2人を人質に取った事件で、邦人1人が殺害されたとの声明がインターネットに投稿された。真偽は不明だが、湯川遥菜氏が殺害されたとの情報もある。ジャーナリスト、後藤健二氏の安否については依然分かっていない。テロの脅威にわが国はどう立ち向かえばいいのか。

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    何故イスラム国は日本人を人質にするのか

    置づけから、である。そういう意味からも日本人は尊敬されていたし、今でもそうだと思っている。 しかし、イスラム国は日本人を人質にとり身代金を要求してきた。その理由として、日本がイスラム国対策として2億ドルの支援を表明したことを挙げた。とんでもないいいがかりであり、日本の支援は、避難民に、食料や医療サービスを提供するための人道的なものである。殺戮を繰り返し、中東諸国を恐怖に陥れ、政治経済に混乱を引き起こしているのがイスラム国である。非難されるべきは非道な行為を繰り返す自分たちだ。そこをはっきりさせねばならない。 そうした中、安倍首相がこのタイミングに中東を歴訪などするから、こんなことになった。中東に行くべきではなかった、などいう論調があるが、全く意味のない議論である。人質になった2人を救出するためには何が出来るか、冷静に考えるべき時に国内で不毛な非難合戦などしている場合ではない。イスラム国の狙いは、日本や西欧諸国の連携を分断することなのだ。その挑発に乗るべきではない。 短期的には、関係中東諸国に強く働きかけ、人質を解放するための交渉を続けることが急務である。そして中長期的には、日本が中東和平のために人道支援を続けると共に、そのことを国際社会に発信していくしか道はない。繰り返すがイスラム国は名前こそ“イスラムの国家”でるが、多くのイスラーム世界にすむ人々とは全く違う、武装集団である。決していっしょくたにしてはならない。我々が憎むべきは卑劣なテロ行為と異教徒や少数民族に対する殺戮行為だ。 仏テロ後、欧州で広がっている反イスラームの風潮は、国際社会をテロの脅威から護りはしない。中東の安定こそがテロの拡散を防ぐのだ。そのために我が国が何をなすべきなのか、改めて考える契機とせねばならない。関連記事■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■ 「イスラム国」は空爆国が育てた■ 「イスラム国」の力の源泉とは…

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    「シェア確保」か「イスラム国」弱体化か

    はない状況だといえます。 しかし、サウジのターゲットがシェールオイルに対するシェアの維持ではなく、「イスラム国」に打撃を与えるためだとしたら、まだまだ減産に舵を切るとは言い切れません。 「イスラム国」の勢力が衰えないのは占領した地域の油田からの収入という財政的基盤があるからだと言われています。 テロとの戦いにおいての常套手段は、「資金源を断つ」ことです。もし、サウジが「イスラム国」の弱体化を狙っているとしたら、中東産油国の原油生産コストは30ドル台だといわれているなかで、原油価格が60ドルを割ったからといって直ちに生産調整に転じる可能性は低いと考えなければいけません。 サウジが減産しないという決断には、当然米国の意向も反映されているはずです。 今年8月に米国はシリア領内の「イスラム国」に対する空爆に踏み切りました。しかし、その効果は限定的だと言われています。そして、この空爆で注目を集めたのはサウジアラビア、アラブ首長国連邦、バーレーン、カタールといった、イスラム教スンニ派の国が参加したことです。 シリア領内の「イスラム国」に対する空爆の成果が上がらない中、米国では今月、「イスラム国」に対する地上軍投入を主張していたヘーゲル国防長官が事実上更迭されました。 「最高司令官として米軍に新たな地上戦を戦わせることはしない」と述べて来たオバマ大統領にとって、米国が地上軍を派遣し本格的な戦闘に巻き込まれることを避けつつ、「イスラム国」を弱体化させるには「資金源を断つ以外にない」と考えるのは、ある意味当然の選択です。副産物としてロシア経済の弱体化も図ることが出来るという点では一石二鳥でもあります。 中間選挙で歴史的敗北を喫したオバマ民主党にとって、「イスラム国」弱体化という安全保障上の成果を上げつつ、国内景気を浮揚させる石油価格の下落は、次期大統領選挙に向けてのいい材料となり得るものです。 QE3終了により金融政策による景気浮揚効果にこれ以上の期待がかけられなくなった今、石油価格の下落は景気浮揚のために有効な手段です。原油価格の下落はインフレ率の低下要因になりますが、雇用環境が改善しているなかではそれを上回る景気刺激効果も期待できます。FRBが来夏にも利上げに動くと目されているなかで、原油価格下落によるインフレ率の低下は市場金利の上昇を抑えますから、金利上昇に伴う景気抑制効果を緩和することも期待出来ます。 次期大統領選挙までの期間、安全保障と景気の両面で有権者に成果をアピールするためには、原油価格を低く抑えるというのはオバマ大統領にとって悪い話しではありません。このように考えると、米国大統領選挙が終わる2016年までのこの先2年間は、原油価格がサウジの生産調整によって反転する可能性は高くないのかもしれません。 以上は、「元ファンドマネージャー近藤駿介の実践資産運用サロン」に投稿した記事を加筆修正したものです。マーケットに関るコメント及びご質問は「元ファンドマネージャー近藤駿介の実践資産運用サロン」の中でしておりますので、エコノミストなどとは異なった運用者の立場からの市場や経済の見方にご興味のある方は是非ご参加下さい。 原油価格の下落によって米国は政治的にも経済的にも恩恵を受ける可能性があります。これに対して「2%の物価安定目標」という歪んだ政策目標が設定されている日本では、闇雲な金融緩和によって原油安メリットを享受できないかもしれません。 「異次元の金融緩和」という全く意味のない財政コストのかかる政策を推し進め、その結果生じた円安の悪影響を財政支出で埋め合わせるというのが、財政再建を求められている政府が行う政策として正しいものなのでしょうか。財政コストを掛けて円安誘導を行い、それによって空いた穴を財政コストを掛けて埋めるような政策を繰り返している限り、財政再建など望むべくもありません。 安倍総理と黒田総裁の金融・経済の音痴ぶりにも呆れますが、こうした矛盾した経済政策を「アベノミクス選挙」の論点として取り上げない野党の無能さにも失望する限りです。(ブログ「近藤駿介 In My Opinion」より)関連記事■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■ 「イスラム国」は空爆国が育てた■ 「イスラム国」の力の源泉とは…

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    無秩序時代の到来と米国の役割

    t Syndicateのサイトで、リチャード・ハース米外交問題評議会(CFR)会長が、中東における「イスラム国」(IS)の勢力拡大や、ウクライナにおける力による領土拡張等を例に挙げ、現在、既存秩序が多くの挑戦に晒される無秩序時代が到来しつつある、と述べています。 すなわち、我々は、世界史上1つの時代の終焉と、新たな時代の始まりを目撃している。冷戦の終結を告げたベルリンの壁解体から25年、その後の時代は米国の優越が続き、比較的解放された社会と政治制度が生まれ、主要国間では多くの協力が行われた平和な時代であった。そうした時代が今終わろうとしている。 中東では、30年戦争初期のような、政治的・宗教的な紛争が国境を超えて行われている。ウクライナでは、軍事力で領土を獲得してはならないという法的原則に基づく安定した欧州秩序に対し、ロシアが挑戦を仕掛けている。 アジアの大部分では平和が保たれているが、それもいつ不安定化するかわからない仮初めの平和である。アジアには、多くの解決されていない領有権問題や、ナショナリズムの台頭があり、紛争を防いだり、それを和らげたりするための二国間・多国間の外交準備も不足している。 また、気候変動やデジタル時代の到来、伝染病に対応するための努力も不十分である。 こうした世界的な無秩序化が進む原因の一部には、米国の影響がある。2003年のイラク戦争は、スンニ派とシーア派の緊張関係を悪化させ、イランの野望を防いできた障壁を取り除いてしまった。最近では、シリアの体制変換を要求していたにもかかわらず、シリア政府が米国の警告を無視し、化学兵器を繰り返し使用した後でも、米国は何もしなかった。その後地域で生じたのは、「イスラム国」がその空白を埋めるという事態である。アジアでは、いわゆる戦略的ピボットを新たな政策として声高に掲げたものの、実際にはほとんど何もしていない。 これらの結果、米国の信頼性に対する疑いが広まり、他の多くの国々はますます独自の行動をとるようになっている。国連安全保障理事会の首脳級特別会合で議長を務めたオバマ大統領(左)。その右後方はケリー国務長官(ゲッティ=共同) 以上の事実は、必ずしも我々が新たな暗黒時代に直面しつつあることを意味するわけではない。相互依存が対立にブレーキをかけることもあるし、世界経済はこの6年間でいくぶん回復した。欧州やラテンアメリカの大部分は安定しているし、アフリカでもそうである。 新たな無秩序時代の到来を押し返すことも可能である。イランとの国際的な交渉は、彼らの核能力を制限させる可能性が残されている。また、各種の措置を通じて、「イスラム国」を軍事的に弱体化させ、戦闘員のリクルートや資金の流れを減らすこともできる。制裁と油価の低下を踏まえれば、ウクライナについてロシアの妥協を引き出させることもできるかもしれない。 しかし、各国の国内政治や、国際的コンセンサスの欠如、そして米国の影響力の低下を踏まえれば、成し遂げられることには限界がありそうである。それ故に、これからの世界で享受できる平和や繁栄は、ポスト冷戦期よりも少なくなるだろう、と述べています。出典:Richard N. Haass ‘The Era of Disorder’ (Project Syndicate, October 27, 2014)http://www.project-syndicate.org/print/new-era-of-global-instability-by-richard-n--haass-2014-10* * * リチャード・ハースは米外交問題評議会の会長であり、米外交界の重鎮です。彼の意見は傾聴に値します。 現状認識として、国際秩序・規範への挑戦は、ロシアのクリミア併合、中東でのISIS台頭とサイクス・ピコ協定への挑戦、中国の南シナ海や東シナ海での振る舞いが代表的なものですが、他にも数多く見られます。世界が無秩序化しているのはその通りです。その一因は、米国が国際秩序維持のために十分な指導力を発揮していないとの指摘もそのとおりでしょう。 そして、こういう現状を踏まえてどう対処するか、今後どうなるかの見通しが問題です。 現在の無秩序化の傾向をやむをえないものとして受け入れるのではなく、その傾向を逆転させるべく努力すべきでしょう。逆転の可能性がなければ、そういう努力も無駄でありますが、逆転の可能性は十分にあります。 まず、米国は人口も増えており、経済も好調で、衰退はしていません。オバマ大統領が対外関与に消極的で、アフガニスタンやイラク戦争に疲れた国民もそれを支持したという事情があり、オバマゆえに米国は国際秩序維持の役割を不十分にしか果たさなかったと言えます。ポスト・オバマでは、それが是正される可能性があります。 ロシアは旧ソ連よりずっと弱く、衰退しています。ISISもアルカイダよりはずっと強いですが、中東の他の勢力と比較すれば、まだ弱いです。 世界の規範を変えて新時代を作れるような力を持った勢力は、中国くらいしかありません。しかし、米国、欧州、日本、インドなど、既存の国際秩序・規範を維持する勢力が努力をすれば、世界の無秩序化は逆転できるように思われます。 日本にとって国際規範が尊重される国際社会が国益に沿います。国際規範をないがしろにしているロシアにも、はっきりとG7と協調して厳しく対処していくことなどが必要です。関連記事■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■ 「イスラム国」は空爆国が育てた■ 「イスラム国」の力の源泉とは…

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    混乱の時代に国家の意義見直せ

    と予測した。しかし現実はこれら楽観的予測をほとんど裏切った。 ウクライナ問題、南・東シナ海の紛争、「イスラム国」、英国やスペインの分離主義、ギリシャ問題や欧州の南北対立などが示しているのは、「国家」の強過ぎではなく、逆に主権国家の弱体性やEUの二重主権という曖昧状況が国際秩序の混乱を生んでいるということだ。確かに脱近代論(ポストモダニズム)が指摘するように、今日では国家を超えた諸現象や国家では対処しきれない諸課題が増加している。 にもかかわらず、世界の秩序と安定の根幹を保障するのは依然として国連でも国際機関でも、もちろん非政府組織(NGO)でもなく、主権国家間の関係であり、国家に代わってその役割を担う制度を人類はまだ見いだしていない。人類が生み出した叡智 ここで問題となるのは「国家」の見方だ。近代的な主権国家は基本的人権と同様、歴史的に生まれた概念で「人工的フィクション」とも言い得る。ただ、国民国家を歴史的所産と述べる者は、人権に関しても同様に言うべきだろう(通例、前者に言及する者は、なぜか後者については沈黙する)。国家主権や人権は歴史の所産で相対的なものと言っても、不可侵の絶対的なものとして扱う必要があり(部分的例外を認めるにせよ)、それが社会の安定のために人類が生み出した叡智(えいち)でもある。 歴史的に、国家はしばしば戦争装置とか人権を侵す存在と見られた。だがそれ以上に、国家は秩序・安定と人権の擁護者だった。国家の強制力がなければ法も無力だからである。これは軍事力が戦争の具だったと同時に、しばしば戦争や紛争を抑止する、あるいは交渉で問題を解決するための後ろ盾だったのと同様だ。今日では、後者の観点がより重要である。 2007年にH・ヴェドリーヌが『歴史の継続』(邦訳『「国家」の復権』)を著している。書名自体がフクヤマ批判だが、以下その内容である。 国家には国家固有の役割があり、国家が主権を放棄しても、市民社会、NGO、国際司法機関などは国家に代われない。「文明の衝突」は対話では阻止できない。ソ連崩壊後、西側諸国は民主主義、多国間協調、グローバル統治に幻想を抱き、リアリズムは唾棄された。外交課題も平和、安全、紛争予防、国際協力など「左寄り」となった。しかし現実の世界は国家の力の「過大」ではなく、むしろ「過小」に苦しんでいる。 著者は仏社会党元外相(1997~2002年)で、社会党ミッテラン大統領の外交顧問でもあった。しかも彼が外相の頃は仏独が欧州統合の機関車となっていた。リアリストとリベラリスト 国家を「必須」と見るか「悪」と見るかは2要因に左右される。1つは世界を基本的に無秩序と見るか、逆に調和的と見て戦争や紛争を例外と見るかの違い。2つ目は人間の本性を悲観的に見るか、性善説的に見るかの違いである。 近代的主権国家の概念を16、17世紀に構築したボーダンやホッブスは世界を無秩序と見、秩序と安定のためには絶対性を有する主権国家は不可欠とした。逆に、ロックやルソーなどの啓蒙(けいもう)主義者たちは本来の社会を調和的とみなし、理性によって安定社会を創れると見た。前者は人間の本性を悲観的に見ており、今日のリアリストたちに連なる。後者の考えは性善説で、今日の多くのリベラリストや脱近代主義者(ポストモダニスト)に連なる。 世界でも稀(まれ)な秩序社会に住む日本人の多くは後者に近く、国家や軍を悪と見る平和主義の傾向が強い。今後主権国家の意味は小さくなると見る脱近代論は、冷戦思考から脱却したと自任するが、それも冷戦思考の産物だ。2大陣営の枠組みにより、国家や民族が抑制されていた歴史の例外状況を無意識に前提にしているからである。 現代は、抑制されていた国家、民族、宗教などが、パンドラの箱から飛び出した動乱の時代だ。国家の役割の重さを再認識すべき時である。関連記事■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■ 「イスラム国」は空爆国が育てた■ 「イスラム国」の力の源泉とは…

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     ロシアにも宣戦した「イスラーム国」の脅威

    廣瀬陽子 (慶應義塾大学総合政策学部准教授) 最近、ISIS(「イスラーム国」)の動きが世界を脅かしている。米国のオバマ大統領が、国連総会で「人類が直面している脅威又は課題を数え上げるに、一番目にはエボラ出血熱を挙げ、これは妥当だとして、二番目にロシア連邦を挙げ、三番目にやっとISISを挙げた」ことを、ロシアのメドヴェージェフ首相が揶揄し、「何か(オバマ氏の)脳に異常があるんじゃないのか」と述べたことは色々な含みをもって報じられた。ウクライナと一応の停戦状態を維持しているロシアをISISより恐れている米国への嘲笑、そして、公に「脳に異常」などという発言をするメドヴェージェフ首相の品位への疑問などがあろう。 いずれにしても、この発言からもやはり世界の脅威として、ロシアとISISが強く認識されていることは間違いない。本稿ではこの二つの世界の脅威、ロシアとISISの関係を探ってみたい。「ISIS(イスラーム国)」とは 最近、毎日ニュースで報じられるISIS。それはもちろん、国家承認を受けた正式な主権国家ではない。2014年6月29日に、その最高指導者アブ・バクル・バグダディが樹立を宣言したシャリア(イスラーム法)に基づく、スンニ派のカリフ(イスラーム教開祖・ムハンマドの正統な後継者)制を掲げる自称のイスラーム「国家」である。そして、バグダディはカリフを自称している。同「国」は、英語でISIS(The Islamic State of Iraq and al-Sham 、ないし、The Islamic State of Iraq and Syria)やISIL(The Islamic State of Iraq and the Levant)と呼ばれている。レバントとは、地中海東部の沿岸地域を意味し、ISISよりISILの方がより広範な国家ということになり、最終的にはレバントまで至る領域での国家樹立を目指している。 ISISの母体は、2003年のイラク戦争後に結成されたアルカイダ系過激派組織だと言われているが、反欧米ジハードを掲げて活動を続け、2011年に拡大したシリア内戦に参加するとシリアや周辺国のスンニ派武装派と共闘しつつ急速に勢力を拡大した。その頃から、イラク・シリアを領土とするイスラーム国家樹立を目指すようになり、アルカイダとも方針の違いから分裂し、2014年にあっという間にイラク・シリアの広い範囲を勢力下に収めた。 本稿では詳細には触れないが、残虐な手段での殺害や処刑、拷問、誘拐、女性の売買・戦闘員との婚姻の強制・性奴隷化など多くの反人道的行為を繰り返している。米軍の空爆を受けてもなお、強い勢力を維持しており、もはやISIS関連のテロは欧米にまで波及しはじめている。ロシアの立場とイランとのタッグ それではISISに対してロシアはどのような立場をとっているのだろうか。ロシアは一貫して、ISISに対しては強く批判する姿勢をとっている。それは、ISISがイラクのみならず、ロシアが支援してきたシリアのアサド政権をも脅かしているだけでなく、後述の通り、イスラーム運動の拡大はロシア自身にとっても深刻な脅威となるからだ。 だが、ロシアは米国主導のISIS政策には反対する一方、イランとは協調路線を維持してきた。特に、米国によるISISに対する空爆には激しく反発している。 たとえば、9月19日に国連安全保障理事会で、ISISを批判する議長声明が出されたときにも、ロシアとイランは共に、ISISへの強い懸念を表明する一方で、米国のシリア領内での空爆には反対姿勢を示した。イランのアラグチ外務次官は、「地域の窮状を救う真の主導権は地域内から出てくるべきもので、地域間の協調も必要」と述べ、ロシアのチュルキン国連大使も、「国際的な対テロ作戦には、主権国の了承ないし安保理の承認が必要で、それ以外の方法は、国際社会や地域の安定を揺るがす」と主張した。 ロシアとしては、米国の世界政治における「横暴」を防ぎたいだけでなく、米国による空爆が対ISISという目的を超えて、ロシアが支援してきたアサド政権の勢力圏などで行なわれ、結果、アサドを失脚させることにつながることを危惧しているのである。 その一方で、9月22日にロシアのプーチン大統領は政府の安全保障会議に出席し、ISISへの対策を、国際法の枠組みの中で、他のパートナーと連携する可能性についても検討したが、その結論や具体的にパートナーとしてどの国が想定されたのかなどは明らかになっていない。ISISで活躍する旧ソ連出身者? このようにロシアは米国には反発しているものの、やはりロシアにとってもISISが脅威であることは間違いない。 実は、ISISではロシアから約500人が参加していると言われている。しかしその戦闘員の出身や実情は不透明だ。 たとえば、チェチェン出身者を中心とする北コーカサスのイスラーム過激派は、シリアの内戦にはかなりの数が参加しているとされる一方、ISISへの参加については様々な見解があり、実態は不明である。 他方で、ISISではロシアや中央アジア出身者が主要な役割を果たしているという議論もある。真偽は定かではないが、ISISの二つの拠点であるイラクとシリアのうち、シリアISISの主要メンバーのほとんどが旧ソ連出身者だと言うのである。「クルディスタン24」通信社は、それらの最大80%が北コーカサスと中東ヴォルガ地方の出身者で、残る20%は中央アジアの出身者で、彼らはアラビア語よりも頻繁にロシア語で会話をしていると報じている。 イスラーム過激派に限らず、北コーカサス各地からのISISへの参加が増えていることは、確かに様々なメディアでしばしば報じられている。加えて、南コーカサスのアゼルバイジャンからも戦闘員が参加していると報じられており、首都・バクーでISISの旗を振って同運動を広めようとした者が逮捕されたりもしている。 そして、中央アジア出身者の増加が顕著になっているとも言われている。何故なら、中央アジアは国境管理が緩いので、中央アジアがISISへの移動ルートとして利用されることが多く、また、ISISの戦闘員になると、中央アジアの人々がロシアで労働移民として得られる賃金よりも2倍以上の稼ぎができることも中央アジアの人々の参加の要因となっているという。ロシアに対する宣戦布告 さらに、ロシアを震撼させているのがISISの野戦司令官によるロシアに対する宣戦布告である。その野戦司令官は、タルハン・バチラシヴィリ、通称:オマル・アル=シシャニである。チェチェン人と報じられているが、本名からするとグルジア系であろう。 アル=シシャニはイスラーム戦士1000人をつれてモスクワに復讐すると宣言している。ISISは既にイラクでの目的をほぼ終えつつあり、次はロシアをターゲットに据えているという。その宣言に先立ち、ISISはインターネットでもロシアに対する宣戦布告をしていた。同ビデオでは、戦闘員たちがシリアのラッカ空軍基地で奪取したというソ連製の戦闘機のコックピットに座ったり、機上に立ったりして、その一人がプーチンに対し、チェチェン及びコーカサスを解放して、イスラームのカリフ制国家を建設すると宣言しているのである。チェチェンとISIS チェチェンといえば、現在はプーチンの傀儡的存在であるラムザン・カディロフによる恐怖政治で事実上の安定が維持されているものの、ロシアからの独立を宣言し、事実上の未承認国家であった「チェチェン・イチケリア共和国」との二度にわたる紛争を経験するなど、ロシアにとって常に悩みの種であった。 「チェチェン・イチケリア共和国」は2000年以降、政府の体を成していないが、2007年には第5代「大統領」の故ドク・ウマロフが北コーカサスの広範囲を領土とする「カフカース首長国」の創設を一方的に宣言し、自身はアミール(首長)を名乗り、ロシアに対して多くのテロを実行してきた。また、カディロフの強権政治によって、チェチェンの過激派のほとんどはダゲスタンをはじめとした北コーカサスの近隣諸国に移動し、テロ行為を続けているという事実もある。 このようなただでさえイスラーム過激派によって不安定化している北コーカサスにISISの影響が加われば、ロシア政府にとって大きな脅威になることは間違いない。 なお、この宣戦布告に対し、カディロフはISISを見事に武装した破壊工作団であり、その目的はイスラーム教徒の殲滅にあると称した上で、ISISを支援しているのは米国CIAなど西側の特務機関に他ならないとまで言い(もちろんこのような証拠はなく、政治的な意味合いが深い発言だろう)、もしISIS勢力がチェチェンに侵攻してきた場合には殲滅すると警告している。さらに、チェチェンの青年たちもISISに対する抗議行動などを繰り広げており、国を挙げてISISに反発している。ちなみに、ウマロフの死を受けて、自称「カフカース首長国」第二代首長に就任したアリー・アブームハンマドことアリアスハブ・ケベコフは、自身の戦闘員に対し、ISISに関する全ての戦闘への参加を禁止している。協力態勢を模索する米ロパリで会談する米ケリー外相と露ラブロフ外相。対ISISで情報共有するが…( 写真:代表撮影/ロイター/アフロ) このように、ISISはロシアを含む、世界にとっての共通の脅威であることは間違いない。冒頭で述べたように、オバマ大統領はISISより「ロシア」のほうが脅威であるかのような発言をしたが、実際は米国がロシアに対し、ISIS対策での協力を提案した。 ウクライナ危機で米ロ対立が一層先鋭化するなかで、10月14日、米国のケリー国務長官はとロシアのラブロフ外相がパリで会談し、ISISの壊滅に向け、米ロがテロ対策の情報共有、イラク軍への武器供与、イラク政府軍の訓練などで協力することに合意したと発表した。米ロ間の立場や見解の違いはもちろん大きいが、それを認め合った上で双方に譲歩しつつ、可能な限りの協力をしていくことになったという。加えてケリーはロシアに対して、ISISやその他のテロリストやテロ組織の情報を共有しようと提案し、ラブロフも同意したとも述べた。 だが、どうやらこれは米国の「片思い」だったようである。10月25日の記者会見で、ラブロフが米国との「情報共有の強化にも、イラク戦闘員の訓練での協力にも合意していない」と発言したのだ。 このケリーの動きからも、オバマ発言でのウクライナとISISの実際の脅威の順序は逆であると思われる。ウクライナ東部もまだ混乱が続いているとはいえ、一応の停戦が守られている以上、ロシアが今後、想定外の恐ろしいアクションを起こすことは考えにくい一方、ISISは想定できない恐ろしさを多く孕んでいる。そのため、ウクライナ問題で孤立を強いられたロシアにとって、ISISの存在は、ロシアが世界におけるポジションを取り戻すきっかけを与えてくれるかもしれない「救世主」だという見方すらある。 だが、ロシアは共通する敵・ISIS対策でも米ロで協力することを拒否した。ロシアに対する制裁はまだ続いているなかで、米国に協力姿勢をとることは、ロシアの尊厳を傷つけるものになり得たと思われる。いずれにせよ、ISISとそれを取り巻く世界の動きは、これからの国際政治を読み解く大きなカギになりそうだ。

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    イスラム国」への対応を模索する米国

    ン副理事長兼中東担当部長が、同研究所のウェブサイトに9月17日付で掲載された論説で、現在の米国の対「イスラム国」戦略は、軍事力に頼り過ぎ、外交、政治、情報などを含む包括的な戦略にすべきである、と論じています。  すなわち、オバマ政権は、シリア・イラク問題を軽視していたが、結局、その問題への対応を迫られている。二人の米国人が斬首された後、「イスラム国(IS)」に対する新しい政策が打ち出された。軍事的側面が強い政策である。しかし、ISには軍事的手段だけでは勝てない。外交、諜報、経済、イデオロギー、法執行、政治の手段が必要である。時間はかかるが、それしかない。 米国は、結果が出やすい軍事手段を重視する傾向にあるが、オバマ政権は、次のように、戦略を調整する必要がある。 第1:戦場でISを敗北させるのではなく、内部から崩壊させることを目的とすべきである。そのためには、イラクやシリアでの紛争の政治的解決を促進し、スンニ派の不満を軽減すべきである。それには、軍事力行使とは逆の措置が必要だろう。 第2:有効な連合を形成すべきである。同盟国には、軍事的貢献だけではなく、過激主義の正統性を否定する役割を果たしてもらうことも重要である。 第3:米国が支援する反政府勢力に適切な役割を果たしてもらう。彼らは、完全勝利ではなく、紛争終結を交渉する力を持てれば良い。 第4:米国は、この紛争を通じてイランやシリアとの関係をどうするか、ビジョンをもつべきである。両国に協力を頼む必要はないが、ISとの並行闘争を良い方向につなげる方が良い。 オバマは演説で2度もISを「弱体化させ破壊する」と述べたが、軍事面を重視し過ぎである。軍事手段は、勝利のためには不十分である、と論じています。(出典:“Rethinking Strategy toward the Islamic State”;Jon B. Alterman;CSIS;Sep.17, 2014)* * * この論説は、オバマの対IS戦略が、軍事面を重視し、他の面をおろそかにしていると言っていますが、これは評価の問題で、必ずしも、軍事的手段を過度に重視している戦略とも思えません。むしろ、色々な方策を使おうとしているように見えます。 例えば、イラクでのスンニ派を冷遇したマリキ首相を退陣させるなど、アルターマンが主張しているような外交手段もとっています。有志連合では、今は、軍事貢献が主な議題になっていますが、穏健イスラム諸国は、過激イスラム主義の正統性の否定を自らの問題として取り組んできた経緯があります。IS対策は、外交、情報、資金の締め上げを含む経済的手段など、包括的なものであるべきという、筆者の意見に賛成ですが、オバマ政権も、そうした方向をとっているのではないかと思います。 ISは、アルカイダやその系列の諸組織とは異なります。アルカイダなどは、秘密の「細胞」(構成要素となる小組織)を各地に置いたネットワークであり、各「細胞」の所在や中央司令部の所在を突き止めることも困難でした。したがって、攻撃も容易ではありませんでした。しかし、ISは「国家」と称している通り、領域国家を目指し、その萌芽をシリア、イラクの領土内に作っています。ラッカ市を本拠にしており、行政課税もしています。戦闘組織も3万ぐらいの兵士を有する軍事組織で、装備も優れたものを持っています。これは、通常の国家に対するように対応することができますし、そうすべきでしょう。支配領域を狭める軍事的攻勢は、ISの「国家」としての権威を大きく損ない、その求心力も傷つけることになります。対IS戦略は、ISとは何かを考えて立てられるべきでしょう。

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    「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード

     「イスラム国」とは一体何なのか—。誕生した背景、集結する人材、その目指すところなどについて、中東の専門家が分析する。米国を中心に空爆が行われているが、その裏には彼らを育ててしまった「焦り」も垣間見える──。 池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター准教授) 「イスラム国」への対処策には困難が伴う。イラクやシリアの支配領域がさらに拡大しないように封じ込めることは可能だろう。しかし、「イスラム国」とそれに類似し呼応する同様の運動がイラクやシリアで、あるいは世界各地でテロを行い紛争に関与し、そこに世界中からジハード戦士を名乗る義勇兵が集まってくる現象を根絶するのは困難である。 最大の障害は、「イスラム国」の背後にあるグローバル・ジハード運動の組織原理である。この運動の組織の原理と実態は、過去10年に大きく変化し、中心組織や指揮命令系統のない、分散型の非集権的な組織、いわば「組織なき組織」に変貌した。テロ対策、軍事作戦とも、通常は「組織」に対して行われる。根幹で明確な組織がなく、各個人の自発的な結集によって成立するグローバル・ジハードの集団に対処することは、従来型の軍・警察に困難が伴う。 世界各地でアル=カーイダや「イスラム国」に共鳴し、武装闘争やテロを繰り広げる諸集団は、黒旗などのシンボルや、ジハードによるイスラム教の支配の確立といった基本的な宗教的信念を共有するのみで、組織的つながりが明確ではない。諸組織のネットワーク的な緩やかなつながりによって結果として大きな運動が現れてくる。 2001年の9・11事件を境に、米国は世界規模で大規模な「対テロ戦争」を行って、アル=カーイダは中心組織や拠点を失った。11年5月にはカリスマ的指導者のビン・ラーディンも米海軍特殊部隊の攻撃で殺害された 米国主導の対テロ戦争に対応して、アル=カーイダ系の活動家たちは分散型で非集権的・ネットワーク的な組織論を提唱した。理論面での代表的な活動家はアブー・ムスアブ・アッ=スーリーである。スーリーはシリア出身で、アフガニスタンでの対ソ連ジハードを経たうえで、ビン・ラーディンの広報宣伝や理論面での側近となった。 04年に大著『グローバルなイスラム抵抗への呼びかけ』をネット上で発表し、9・11事件以後のグローバル・ジハードの新たな組織論を展開した。強大な軍事力・警察力・諜報力を駆使して行われる「対テロ戦争」の前に、従来型の秘密組織は無力のため、当面は分散して潜伏し、極力組織化を避けて摘発を逃れ、欧米社会で小規模だが顕著なテロを繰り返す結果として、いわば「現象」としてグローバル・ジハード運動を成立させることを構想した。 「ホームグロウン(地元育ち)」の過激派を養成し、「ローン・ウルフ(一匹狼)」型の小規模のテロを欧米社会の政治・経済の中枢的施設や象徴的な場所やイベントに対して行っていくのが分散型のジハードの手段となる。スーリーは同時に、やがてイスラム諸国の各地で政権が揺らぎ、統治が及ばない領域が現れてくると予想し、それを「開放された戦線」と呼んだ。「開放された戦線」が現れたときは、そこに世界中からジハード戦士が集結し、大規模に組織化・武装化して領域支配を行うことを長期的な目標として掲げた。 スーリーが構想したグローバルな「開かれた戦線」への結集という理論は、各地のローカルな紛争の中で台頭した武装民兵勢力によって機会を与えられた。各地で緩やかにアル=カーイダへの共鳴や参加を表明して武装闘争を行う新世代の諸組織と人物は「アル=カーイダ2・0」とも呼ばれる。米国らによる空爆を受けたものの「イスラム国」の勢力は弱まりそうにない (RAQQA MEDIA CENTER OF THE ISLAMIC STATE GROUP/AP/AFLO) その代表格が、「イスラム国」の直接の起源となった「イラクのアル=カーイダ」組織の指導者アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィー(1966-2006年)である。03年のイラク戦争によるフセイン政権の崩壊後、駐留米軍やイラク新政府に対してテロ・武装蜂起を繰り広げた諸集団の離合集散の中でザルカーウィーは台頭した。 ザルカーウィーはアル=カーイダへの参加を表明し、現在のアル=カーイダ中枢のアイマン・ザワーヒリーから承認を受けたが、それまでのアル=カーイダにはない要素を加えた。それはシーア派を異端と非難しジハードの対象とする、宗派主義的な要素である。 アル=カーイダ中枢からは、イスラム世界の団結を乱し、不要な反発を招いて敵側を利するものとして批判を受けたものの、イラクの文脈では、宗派主義を煽ったことによって内戦を激化させ、新政府の基盤の弱体化、米軍への大きな犠牲を強いたことで、ザルカーウィーの組織と路線は頭角を現した。 ヨルダン人ジャーナリストが聞き取って05年に発表したルポによれば、ザルカーウィーらは20年までに世界規模のカリフ国家を設立する行動計画を温めていた。この計画によれば、10年から13年初頭にかけてアラブ世界の諸政権は「正当性と存在意義を徐々に失っていく」と想定された。揺らぐアラブ諸政権を打倒して、アル=カーイダ系の勢力が権力を握る「復活と権力奪取と変革」の時期がくると構想されていたのである。 宗派紛争を引き金に泥沼化したイラクの治安を、米国ブッシュ政権は07年に大規模なを行って鎮静化させた。ザルカーウィーは06年に米軍の攻撃で殺害されており、後継組織も打撃を受けて弱体化した。そのため、「20年までにカリフ制を設立する」というザルカーウィーらの構想は夢と終ったかと思われた。 しかし、11年の「アラブの春」の後、この構想は息を吹き返した。アサド政権が反政府抗議行動に過酷な武力弾圧を続け、一般市民が殺害される映像が出回ると、反政府勢力側に立ってジハードを行うと称する義勇兵が世界各地からシリアに流入した。「イラクのイスラム国」と改称していたアル=カーイダ系勢力も越境してシリアの紛争に参入した。 ここに各国から集まる世代は「アル=カーイダ3・0」とも呼ばれる。20代半ばまでの世代が多く、ビン・ラーディンなどの第1世代からはもちろん、ザルカーウィーらの第2世代からも大きく隔たっている。第3世代には特に目新しい思想・理論はなく、インターネット上に流布している既存の宣伝文書や映像を受け入れ、グローバル化や情報化によって得たインフラを使いこなして世界を流動して戦闘に参加する。「イラクのイスラム国」は、シリア土着の勢力を中核に台頭した「ヌスラ戦線」に共闘を申し入れ、13年に合併して「イラクとシャーム(拡大シリア)のイスラム国」を設立したと宣言した。しかしこれにはヌスラ戦線の活動家から異論が出て、アル=カーイダ中枢のザワーヒリーも合併を認めないと声明を出した。この時点から、「イスラム国」はアル=カーイダの中枢と袂を分かち、ヌスラ戦線と激しく衝突している。 このようにイラクとシリアで、「イスラム国」は、宗派主義的なローカルな対立構造を利用して紛争を煽り台頭した。宗派主義的な政治対立の土壌を根絶しなければ根本的な対処策とはならない。同時に、グローバルなジハード運動は非集権的で分散的なため、世界各地からの戦闘員の流入の阻止や、先進国で自発的にテロを行う「一匹狼型」のテロを完全に防ぐことも容易ではない。 イラクやシリアで組織を軍事的に破壊したとしても、世界各地で組織的つながりなしに行われるテロは阻止できない。軍事作戦に反発し、勝手にテロを行って「イスラム国」への支援・参加を表明する組織や個人が出現する危険性もある。 グローバル・ジハードの思想と組織論に立脚したアメーバのような「イスラム国」の脅威を、世界は緊張を持って見守っている。

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    イスラム国」は空爆国が育てた

    髙岡豊 (中東調査会上席研究員) これまで「イスラム国」を放任し、成長させてきた国が焦りをみせている。2014年8月、アメリカはイラク、シリアで大攻勢をかけていた「イスラム国」に対しイラク北部での限定的空爆を開始した。爆撃の範囲は次第に拡大し、イラク西部のアンバール県でも「イスラム国」の拠点が空爆された。9月にはフランスも空爆に参加し、軍事行動やその支援に参加する国も増加した。フランスで行われたデモ。世界が「イスラム国」の動向に注目している (REUTERS/AFLO) アメリカはさらに、9月22日にはシリア領内でも「イスラム国」を含むイスラム過激派諸派への空爆を開始し、これにはサウジアラビア、バーレーン、カタール、UEA、ヨルダンも参加した。 アメリカは「イスラム国」を攻撃するにあたり、「国際同盟」の形成に腐心した。これは、イラクやシリアの紛争で特定の勢力に肩入れしているとの批判を避けるためと、今や「イスラム国」の問題が単独の国家や狭い地域の問題ではなく、世界規模での対策を必要としているからである。 「イスラム国」に国際的な対処が必要なのは、同派が中東地域などにおける既存の国家や国境を欧米諸国の侵略による押し付けとして否定していることもさることながら、より重要なのはイラクとシリアにおける「イスラム国」の活動のため、世界各地で「ヒト、モノ、カネ」すなわち資源が調達され、「イスラム国」に送り込まれているからである。 例えば、「イスラム国」に参加する非イラク人・非シリア人の戦闘員の数は1万5000人以上と推定されているが、彼らの国籍は80カ国以上にわたるとされている。また、彼らはイラク軍やシリア軍から奪取した物とは異なる高性能の兵器で武装し、そうした兵器にはアメリカ製の兵器も含まれる。 さらに、同派にはアラビア半島諸国の様々な個人・団体から多額の資金が提供されている。こうした資源の大半は、イラク、シリアと国境を接するトルコを経由してほとんど規制や取り締まりを受けることなく「イスラム国」に提供された。中東諸国にとっての「イスラム国」とは 従って、「イスラム国」の打倒や抑制のためには、イラクやシリアでの軍事行動ではなく、同派への資源供給の遮断こそが最優先課題となるべきところである。しかし、トルコが上記の「国際同盟」の活動に積極的には応じていないことに象徴されるように、アメリカを含む諸国が「イスラム国」への資源の遮断に真剣に取り組んでいるようには見受けられない。 「イスラム国」はその前身となる団体が04年には既にイラクで活動しており、その存在そのものは新奇ではない。それが現在のように勢力を伸ばした原因として、イラクの政情の混乱とシリア紛争を挙げることができる。特に、11年の時点で、「イスラム国」は本来の活動地のイラクで勢力が衰退しており、これを回復する契機としてシリア紛争が重要である。 シリア紛争では、同国のアサド政権を打倒しようとする反体制武装勢力が、その思想や素性を詮索されることなく肯定され、彼らがシリア国外で資源を調達することが黙認・奨励された。資源の大半は、トルコ経由でシリアの武装勢力に流入した。 「イスラム国」はこうした風潮に便乗し、当初は「ヌスラ戦線」というフロント組織を通じて、13年4月以降は「イラクとシャームのイスラム国」と名乗り、外部から寄せられる資源の主な受け取り手となった。イラクで地元の支持や活動のための資源を失った「イスラム国」は、シリア紛争で欧米諸国や一部アラブ諸国、トルコが反体制派を支援したことに乗じ、勢力を回復させた。「イスラム国」の最高指導者アブバクル・バグダディ氏 (MILITANT WEBSITE/AP/AFLO) 「イスラム国」への資源の供給元となった諸国には、外交・国際関係上の利害や目標と共に、それぞれの国内事情も影響を与えていた。例えば、「アラブの春」の政治変動を経たチュニジアでは、釈放された元政治犯の中にイスラム過激派の活動家が多数含まれており、彼らがモスクを拠点にシリアへの戦闘員の勧誘・送り出しに関与した模様である。 また、リビアでもカダフィー政権放逐の際に乱立した民兵の一部がシリアに転戦することが、リビア国内の混乱を回避するため黙認されたようである。サウジアラビアやクウェート等の湾岸諸国でも「イスラム国」などのための資源の調達が半ば公然と行われ、著名な政治家やNGOが関与した。 各国はこうした動きに対する本格的な取り締まりに総じて及び腰だったが、それには各国が取り締まった場合はシリア紛争でイスラム過激派支援に費やされる資源が自国での政情・社会不安につながることを嫌い、こうした活動を放任していた側面があることを見のがすことはできない。米国、アラブ有志国が行った空爆 (U.S.AIR FORCE/REUTERS/AFLO) 最近では、欧米諸国出身の「イスラム国」戦闘員の問題が治安上の不安要素として注目されているが、欧米諸国では自己実現の方途を見出せない不満層がイスラム過激派の勧誘対象となっている模様で、ここでも本来送り出し国が取り組むべき社会問題が紛争地であるイラクやシリアに転嫁されている部分がある。 確かに、「イスラム国」の資源供給元となった各国では、政府の政策としてその「イスラム国」支援が行われたわけではない。しかし、「イスラム国」のための資源の調達が、各国の不作為の下で拡大したことも事実である。 9月25日、国連安保理は「イスラム国」などに加入しようとする人員の移動を阻止する立法を加盟国に義務付ける安保理決議2178号を採択した。ここでようやく、「イスラム国」への資源供給への対策が端緒についたのである。 ただし、「イスラム国」対策で焦点となる諸国はトルコ、湾岸諸国、チュニジア、リビアなどであり、ここに、シリア、イラン、イラクなど上記の諸国と利害が対立する国々といかに連携するか、という難題も関連してくるため、各国が短期間のうちに足並みをそろえて対策を取るのは難しい。今後も続く「対症療法」 それ故、今後も「イスラム国」対策は対症療法的・逐次的に講じられることが予想される。そして何よりも、アメリカを含めこれまで「イスラム国」を放任し、成長させた諸国がそうした態度を根本的に改めることなしに「イスラム国」への攻撃に乗り出したという皮肉な現実こそが、「イスラム国」対策の長期化は必至である、との見通しの背景にある。関連記事■ ロシアにも宣戦した「イスラーム国」の脅威■ 「イスラム国」の力の源泉とは…

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     「イスラム国」の力の源泉とは…

    がなぜ台頭しているのか 米国を中心とする有志連合が壊滅に向けて動き出したイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」。国籍や宗教を問わず対立する者を断首などの方法で処刑する残虐性もさることながら、領域支配を確立した上で米欧へのジハード(聖戦)を遂行しようとする点で、テロ組織同士の緩やかなネットワークを特徴とするアルカーイダとは違った形で脅威をまき散らしている。高級腕時計 今年7月初め、ネット上にある動画が出回った。イスラム国の指導者、アブーバクル・バグダーディ容疑者が、“カリフ即位”宣言後初めてイラク北部モスルで行ったとされる説法の映像。黒衣に黒いターバンといういでたちのバグダーディ容疑者の右手首には、ひときわ目立つ銀色の腕時計が巻かれていた。 アラブのメディアでは「超高級品のロレックス」などと報じられた。その後、「ロレックスではなくオメガ」だとする分析や、イスラム教で採用されている太陰暦に対応した「イスラム時計」の高級ブランドだとする説も登場したが、いずれにしてもスイス製の高級品であるとの見方が一般的だ。 口さがないネットユーザーらは「新しい“カリフ”殿は、即位のタイミングを知るためにスイス(時計)の正確さが必要だったらしい」などと皮肉る。国境の否定 イスラム国は、名前からも分かる通り、シャリーア(イスラム法)による領域的な統治を目指している組織だ。イラク第3の都市である北部モスルを制圧後の今年6月に「国家」の樹立を宣言。モスルなどにはイスラム国の基準で非イスラム的と判断された者やイスラム国の支配を認めない者を拘束する機関や、それらを不信仰者と断罪するシャリーア法廷などが設置されているとされる。その点では90年代後半にアフガニスタンのほぼ全土を制圧し厳格なシャリーア支配を敷いたタリバンなどに近いともいえる。 ただ、タリバンは国境の枠内での統治にとどまったのに対し、イスラム国は、他宗派やキリスト教世界へのジハード(聖戦)と同時に、国境の打破を図ろうとしている点に特徴がある。 現在、イスラム国はイラクからシリアにまたがる地域を実効支配下にある「領土」だとしているが、根底にあるのは、第1次大戦後に西洋列強の主導で引かれた国境で成り立つ国民国家の否定と、「カリフ」を自称するバグダーディ容疑者の下で究極的にはイスラム世界全体を統合するという、誇大妄想的ともいえる野心だ。カリフ 「カリフ」は、イスラム教の預言者ムハンマドの後継者を意味し、かつてはイスラム世界の宗教・政治両面での最高指導者を指した称号だ。歴史上、さまざまな王朝の支配者がカリフを名乗り、オスマン帝国解体後の1924年に廃止されて以降は「空位」の状態にあるとされてきた。 スンニ派では理論上、カリフは、イスラム教に関する深い知識を持つことや、預言者と同じクライシュ族出身であることが必須条件とされる。 バグダーディ容疑者の素性については不明な点が多いが、イラクの首都バグダッドの大学でイスラム法学を学んだ経験があるとされるほか、通称名である「アブーバクル・バグダーディ」の最後にクライシュ族出身をあらわす「アルクライシー」と名乗っていることからも、自身でもカリフに推戴される資格があると強く認識しているものとみられる。 ちなみに、バグダーディ容疑者の本名とされる名前は「イブラヒム・ビン・アッワード・ビン・イブラヒム・アルバドリ・アルラダウィ・アルフセイニ・アッサマラーウィ」と非常に長い。 イスラム諸国では、バグダーディ容疑者をカリフとは認めないとの声が圧倒的だ。ただカリフという言葉には、イスラム教で理想とされる預言者ムハンマドとその教友らの時代を思い起こさせる響きがあり、特に信仰の原点回帰を唱えて他宗教をジハードの対象とみなすことが多いサラフ主義者らにはその傾向が強い。 「カリフ宣言」後、イスラム国に参加する外国人戦闘員が急増した理由の背景には、豊富な資金力や武器などのほかに、カリフを名乗ったことによるアナウンス効果もあるとみられる。カリフ制国家を名乗るまでに組織が成長したことは、シリアやイラクで活動する武装組織よりも軍事的に優勢であることの証左でもあるだけに、戦闘員らには「勝ち馬」に乗る心理も働いている。ジハード思想 イスラム国が台頭する以前、イスラム過激派組織の総元締めと認識されてきたのは、2001年の米中枢同時テロを引き起こしたアルカーイダだった。 アルカーイダは、イエメンや北アフリカ、ソマリア、内戦下のシリアなど各地の過激派組織をネットワークとしてゆるやかに束ねてきたところに最大の特徴がある。各組織はアルカーイダの思想に共鳴し忠誠を誓いつつも、自律的に活動しているとされる。 そしてイスラム国も元々は、アルカーイダ・ネットワークの一角だった。 しかし今年初め、アルカーイダの現在の指導者であるアイマン・ザワヒリ容疑者と対立し決別。“破門”となったのは、イスラム国はイラクでの活動に専念し、シリアでの活動はもう一つのアルカーイダ系組織ヌスラ戦線に任せよとの勧告を無視したのが理由だとされる。国境を前提とした活動を求めるザワヒリ容疑者と、国境を否定するバグダーディ容疑者の路線対立との見方もできる。 ただイスラム国は、アルカーイダが主唱してきた世界規模でのジハード思想は保持し続けている。バグダーディ容疑者が「カリフ宣言」後に行った説法でも、他宗教・宗派の敵と戦うことの重要性が繰り返し強調された。現在はシリア、イラク両政府や対立するシリア反体制派などの「近い敵」を主なジハードの対象としているが、地盤が固まれば米欧などの「遠い敵」を標的とする可能性は極めて高い。 こうした点からイスラム国は、アルカーイダと完全に別種の組織というよりも、アルカーイダの下で育った苗が独自の成長を遂げた姿だといえる。拘束した人間を処刑するたびに映像をネット上で公開する残虐性は、組織の“強さ”を宣伝する効果を上げており、各地のアルカーイダ系組織にも影響を及ぼす懸念がある。