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    百田尚樹独占手記、講演会中止騒動の全内幕

    「私の講演中止が波紋を広げています」。作家、百田尚樹氏が登壇予定だった一橋大の講演会中止騒動をめぐり、渦中の百田氏がiRONNAに独占手記を寄せた。「差別扇動者」とレッテル貼りした圧力団体の存在、主催者に中止を執拗に迫った卑劣な手口…。一連の騒動の全内幕がついに明らかになった。

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    【百田尚樹独占手記】私を「差別扇動者」とレッテル貼りした人たちへ

    百田尚樹(作家) 私の一橋大学の講演中止が波紋を広げています。 講演反対運動を積極的に進めていたのは、同大学にある「反レイシズム情報センター(ARIC)」(以下ARIC)という団体です。 ARICは、「人種差別主義者である百田尚樹に講演させるわけにはいかない」という理由で、実行委員会に対して2カ月にわたって執拗に「講演中止」を要請していました。百田尚樹氏の講演会中止問題に揺れる一橋大学の国立キャンパス(桐原正道撮影) 私はこれまで人種差別発言などしたことはないし、ヘイトスピーチもしたことはありません。にもかかわらず、ARICは私のツイッター上の発言を恣意的に解釈して「百田尚樹はレイシストであり、差別扇動をする者」というレッテルを貼り、そんな人物に講演させるわけにはいかないと言い出したのです。 ちなみに、私の講演テーマは「現代におけるマスコミのあり方」というもので、ヘイトやレイシズムなどはまったく関係のないものです。にもかかわらず、ARICは私の講演そのものが差別扇動になると主張しました。 ARICはこうした勝手な前提を設けて、自分たちで作ったいくつかのルールを実行委員会に突きつけ、これを守らなければ講演させないと言いました。彼らのルールそのものは実に不当なものでしたが、中でも一番驚いたのは、以下の要求です。「百田尚樹氏講演会『現代社会におけるマスコミのあり方』に関しては、百田氏が絶対に差別を行なわない事を誓約したうえで、講演会冒頭でいままでの差別扇動を撤回し今後準公人として人種差別撤廃条約の精神を順守し差別を行なわない旨を宣言する等の、特別の差別防止措置の徹底を求めます。同時にこの条件が満たされない場合、講演会を無期限延期あるいは中止にしてください」 啞然とするとは、まさにこのことです。 「百田尚樹は差別扇動する者」という、まったく事実と異なる前提の上で、講演前に私にそれを撤回させ、さらに今後は二度とそのようなことを行なわないことを宣誓させるとは、呆れ果ててモノも言えません。 実行委員会は突っぱねましたが、ARICはその後、何度も執拗に実行委員会に講演中止を要請し、また大学の教員にも働きかけたようです(彼らは「講演反対」の署名運動も始めていました)。手慣れた「プロの活動家」のやり口 ARICは実行委員会との交渉の場で、「脅し」すれすれの言葉を使っています。たとえば、彼らは交渉の場においてこんな発言もしています。「われわれと別の団体の男が講演会で暴れるかもしれないと言っている。負傷者が出たらどうするんだ?」 これは直接的な脅しではありませんが、暴力をほのめかした恐喝と言えるものです。やくざ映画などで、親分が「わしは何もしないけど、うちの若い者の中には血の気の多い奴もいるのでな」というセリフを連想させます。 また、外国籍のある女子学生が「百田尚樹の講演を聞いて、ショックを受けて自殺するかもしれない。その時は実行委員会としてどう責任を取るつもりなのか?」という発言もありました。これなどは悪質なクレーマーのセリフ以外の何物でもありません。いずれにしても、手慣れた「プロの活動家」のやり口です。 対する実行委員会のメンバーは1、2年生が中心です。19、20歳の学生が、こんな悪質な圧力を2カ月近くも受け続ければ、たいていは参ってしまいます。実際、多くの学生が疲弊していきました。聞くところによれば、ノイローゼ状態になった人や、泣き出す女子学生までいたようです。こうして実行委員会の中にも「もうやめよう」と言い出す学生が次第に増えていきました。 それでも「不当な圧力に屈しない」という思いを持つ委員会のメンバーは講演会を実施するために、万一に備えて警備会社に依頼したそうです。しかし反対派の執拗な圧力に、警備の規模が大きくなりすぎ、他の企画にまで影響を及ぼすほどになったようです(これは実行委員会が講演中止に至った理由として書いています)。 そしてついに6月2日の夜、実行委員会のメンバーのほとんどが(一人を除いてと聞いています)、中止にしようと決めました。 以上がことの顚末です。 さて、ARICという団体ですが、その実態は不明です。代表は35歳の在日朝鮮人三世で、一橋大学の大学院生です。その活動のメインは、出版物や新聞、ネットなどから、「差別発言」を探し出し、それをデータベース化することです。2017年6月現在で、私をはじめとする120名を超える文化人や政治家など2700を超える発言が、「差別発言」として認定され、データベースに載せられています。その中には故人の発言もあります。しかし、そうして挙げられた発言のほとんどは差別とは何の関係もないものです。どこがヘイトスピーチなのか ちなみに私の発言は全部で19載っています。たとえば、次のような発言もヘイトとして認定されています。「悲しいことだが、すでに戦後の自虐史観の洗脳を受けてしまった人の洗脳を解くのは無理。これはもうほとんど不可能…(涙) 私に出来ることがあるとすれば、まだ洗脳を受けていない若い人々を、洗脳から守るということ」(ツイッターより)「特攻隊員たちを賛美することは戦争を肯定することだと、ドヤ顔で述べる人がいるのに呆れる。逃れられぬ死を前にして、家族と祖国そして見送る者たちを思いながら、笑顔で死んでいった男たちを賛美することが悪なのか。戦争否定のためには、彼らをバカとののしれと言うのか。そんなことできるか!」(同)作家の百田尚樹氏(宮川浩和撮影) これらの発言のどこがヘイトスピーチであり、レイシズム発言なのでしょうか。まったく意味がわかりません。他の人たちの発言も同様です。ちなみに安倍総理は31の発言がヘイトスピーチであると認定されています。 ARICのデータベースはネットで見られるので、興味のある方は覗いてみてください。なぜこれがヘイトスピーチになるのかと首を傾げるものばかりです。いったい彼らの目的は何なのか、今のところはまるでわかりません。 ただ、今回の講演中止運動を見てもわかるように、彼らは「差別反対」「ヘイトスピーチ反対」を錦の御旗として活動しています。しかし差別やヘイトの定義は曖昧です。例に挙げた私の発言を見てもわかるように、彼らのヘイト認定は実に恣意的です。 恐ろしいのは、ARICは自分たちが「差別主義者」と認定した人物は、発言を封じて構わないと考えていることです。そこにはヴォルテールの有名な言葉、「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」という精神はどこにもありません。ARICや彼らに賛同する人たちは今後、「言論の自由」や「表現の自由」を口にする権利はないと思います。 驚いたことに、今回の講演中止が別に問題ではないと言う人もいます。ジャーナリストの安田浩一氏もその一人です。安田氏は近年、対レイシスト行動集団(前身はレイシストをしばき隊)と親密になり、活動家としての発言が多いことでも知られています。彼は東京新聞のインタビューで、私の「沖縄の二つの新聞はつぶさんとあかんのですけど」という発言に言及し、「そのような人たちが言論弾圧というのは、チャンチャラおかしい」と言っています。他者の発言を封じる言論弾圧 ここには巧妙な論理のすり替えがあります。私の発言は自民党若手議員の勉強会の場でのものとはいえ、それはあくまで「私的な会合」です。その発言は公式のものではないし、不特定多数に向けてのものでもありません。私自身が沖縄の二つの新聞に過去、さんざん悪口を書かれてきたことに対して、一言冗談で恨み節を述べたものにすぎません。実際、沖縄の新聞に対してどうするかというようなことは一切言及していません。当たり前ですが、私には沖縄の新聞を潰せる力もありません。2015年6月、自民党の「文化芸術懇話会」であいさつする百田尚樹氏(斎藤良雄撮影) しかし、ARICは実際に実力行使して、私の講演を潰したのです。これを同列に並べることこそ、「チャンチャラおかしい」ものです。 漫画家の小林よしのり氏は、「言論弾圧とは政治権力が民間に対して為すもので、これは言論弾圧にあたらない」という趣旨のことをブログで発表したようですが、これも無理があります。「言論弾圧」は何も政府がするものだけとは限りません。民間の人物や団体が不当な圧力でもって、他者の発言を封じてしまう行為もはっきりと言論弾圧と言えるものです。  公正を期して書いたつもりですが、もしかしたら被害者寄りの書き方になったかもしれません。そう受け取られたならご寛恕いただきたい。 この事件は第三者的には、たいした事件ではないのかもしれません。大学祭での一作家の講演が中止になったというだけのことですから、これ自体は大袈裟に騒ぐほどのことでもないとも言えます。 しかしながら、この事件は危ないものを内包しています。というのは、これが前例となり、ARICのような団体が、自分たちの気に入らない人物の発言を封じてしまうようなことが常習化する危険性を孕んでいるからです。 これは決して大袈裟に言っているのではありません。この事件を多くのマスコミが見逃せば、やがてこういう事例が頻繁に起こることになるでしょう。気が付けば、自由に発言できない空気が生まれているかもしれません。そうなった時、「ああ、あれが最初だったか」と思っても、その時はもう手遅れです。

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    百田氏講演中止を報じないマスコミに「言論の自由」を語る資格はない

    一色正春(元海上保安官) 作家であり放送作家である百田尚樹氏が一橋大学の学園祭「KODAIRA祭」で、「現代社会におけるマスコミのありかた」というテーマで行う予定だった講演会が中止になり、同祭のホームページ(HP)でその理由が以下のように発表されました。 このたび本講演会を中止することになった理由についてですが、「本講演会がKODAIRA祭の理念に沿うものでなくなってしまったこと」が挙げられます。当学園祭は一般の学園祭と異なり、「新入生の歓迎」を第一義とするものです。当委員会の企画のために、新入生の考案した企画や、新入生の発表の場である他の参加団体の企画が犠牲となることは、当委員会では決して容認できるものではありません。 当委員会は本講演会を安全に実施するため、これまで幾重にも審議を重ね、厳重な警備体制を用意していました。しかし、それがあまりにも大きくなりすぎたゆえ、(いくつもの企画が犠牲となり、)「新入生のための学園祭」というKODAIRA祭の根幹が揺らいでしまうところまで来てしまいました。(一部抜粋)東京国立市にある一橋大学のキャンパス 話を要約すると「何らかの理由で講演会の安全が脅かされる事態が予測され、それに対応できないと判断したから中止する」ということのようです。その理由とは何なのかという話の前に、まずは発表方法に問題があったことを指摘しておきます。当初、百田氏はツイッターで上記中止発表画面を「私のところにはまだ講演中止の連絡がないのだが…。」というコメントとともにツイートしていました。 つまり、学園祭の主催者は当の本人である百田氏に何の相談や連絡もせず、一方的にホームページで中止を発表したのです。これは契約不履行云々(うんぬん)というビジネスの話以前の問題で、このような信義にもとるやり方は、一般社会では決して許されません。物事を頼んでおきながら自分たちの都合でキャンセルするのであれば、ホームページで一方的に発表する前に、まずは講演を依頼した百田氏に理由を説明し詫びるのが最低の礼儀です。これに対して世間を知らない学生だからと擁護する向きもあるようですが、ならば学生任せにせず良識のある教員等が社会の最低マナーくらいは指導すべきであり、いずれにしても、この一事だけで大学のイメージを損ねたことは間違いありません。公開の場なら言論で戦え とはいえ、百田氏のツイッター等の言によれば、主催者に対して講演会中止を求めるかなり「強力な圧力」があったようです。中には、暗に当日、物理的に妨害するとほのめかす脅迫ともとれるようなものもあったそうで、安全が脅かされると主催者が心配したのも無理はありません。加えて、度重なる嫌がらせなどによって、学生たちが精神的に疲弊してしまったことも中止に至る背景にはあったのでしょう。 それに対して「学生は根性がない」と言う人もいるようですが、誰がどのような形で圧力をかけたり嫌がらせをしたりしたのかを知る術のない私には、主催者の根性がいかほどであったのかは判断のしようがありません。ただ、結果を見れば、彼らが当初の意思を曲げて中止を決断せねばならないほどの重圧を受けていたことは確かであり、それが不当なものであったことは過去の例から想像に難くありません。最近、不当な圧力により中止になった催し物百田尚樹サイン会(厳重警備のもと決行)はすみとしこサイン会桜井誠早稲田祭千葉麗子サイン会(敬称略) この例を見ていただいてわかるように、これらは一般に開かれた催し物ですから誰でも自由に参加できるはずです。もし、この人たちの意見が気に入らないのであれば、自分も催し物に参加し相手の意見を十分に聞いた上で公開の場で質問するなど、言論で戦えば良いだけの話です。ところが、彼らは自分が相手に議論で敵わないことを知っているのか、言論以外の暴力的な方法で圧力をかけて催し物を中止に追い込み言論を封殺してきました。2016年3月、兵庫県警の捜査員らが警戒に当たる中、作家の百田尚樹氏(中央)によるサイン会が開かれた=兵庫県西宮市(小松大騎撮影) 彼らの手法は、まず自分たちの独断と偏見で「弱者」と「強者」、「被害者」と「加害者」などに社会を二分して対立を煽り、自分たちは「弱者」や「被害者」という批判を受けにくい立場に立ちます。一方で彼らは、対立する相手に「レイシスト」などという誰もが嫌悪感を抱くようなレッテルを張り、弱者や被害者は強者や加害者に対して何をしても許されるという自分たちが勝手に作ったルールにのっとり、相手に議論や反論を許さず一方的に罵倒し、それを執拗に繰り返します。これにマスコミが同調すると、さらに手がつけられなくなり、何を言っても無駄な状態になってしまいます。 そうやって今まで何人もの政治家が餌食になりました。このように相手には容赦のない人たちですが、相手が少しでも反撃してくると「差別だ」と大騒ぎして自分たちの陣地に立てこもり、知らん顔をします。本当に、あきれるくらい卑怯な人たちです。 最近はインターネットの普及により情勢が変わりつつありますが、今まで、このような攻撃が自分たちに向くことを恐れたマスコミが真実を報じなかったため、多くの国民が知らないまま、この方法でどれだけ正論が封じられてきたことか分かりません。 彼らに共通するのは「弱者は強者に何をしても良いが、強者が弱者に力を使うのは許せない」という考え方です。そういう考え方が根底にあるので「言論弾圧というものは権力者が一般国民に対して行うものだから、今回はそれにあたらない」という言い訳が出てくるのです。確かに「弾圧」という言葉は権力で押さえつけるという意味ですが、彼らも他人を力で屈服させることができる権力者ではありませんか。そういうと「権力とは…」という話になり、どんどん話が本筋からそれていくので、この辺りでやめておきますが、問題は言葉の定義ではなく、相手の言論を力で封じ込めることの是非です。弱者ならば何をしてもいいのか また、この「弱者や被害者は強者や加害者に対して何をしても良い」という考え方を突き詰めていけば「権力者が国民に対して危害を加える事はけしからんが、国民が正義のために権力者を殺すのは正しい」というテロ行為容認の極論に行き着きます。 彼らの恐ろしいところは自分たちが絶対的な正義であると思い込み、「それに反する人間の行為を正すことが自分の使命だ」「そのためには何をやっても許される」と思い込んでいるところです。これは地下鉄サリン事件などの凶悪犯罪を引き起こした宗教団体の当時の考え方と同じです。 話を百田氏の講演会に戻すと、彼らは「ヘイトスピーチ」なるものを理由として講演会の中止を求めたそうですが、まったく意味が分かりません。今回の講演のタイトルは「現代社会におけるマスコミのありかた」というもので、大人気テレビ番組の放送作家を四半世紀以上務めた百田氏にピッタリのタイトルです。一体このタイトルから、どうやって差別を連想できるのか理解できません。そもそも、彼らに百田氏の発言の善悪を判断できる能力と権利があるのでしょうか。 20年前、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「いわゆる従軍慰安婦問題に強制連行はない」と発言したことに対して人権を標榜(ひょうぼう)する団体が「差別だ」と圧力をかけて彼女の講演会を中止させたことがありました。当時、彼らが錦の御旗として振りかざした「差別だ」という主張が正しかったのかどうかということは、吉田清治の嘘を朝日新聞が認めた今は言うまでもないことですが、当時はその嘘を信じる人が多かったので圧力が通用し、「嘘が正しい言論を封じる」という結果になったのです。2014年8月15日、自民党議連「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」で、朝日新聞の慰安婦報道について話すジャーナリスト・櫻井よしこさん(左から2人目)。その右は古屋圭司会長=東京・永田町の自民党本部(早坂洋祐撮影) この教訓から学ぶべきことは、事実が確定していないことに対して安易に「差別」というレッテルを貼り、言論を封殺することは危険だということです。そのような能力や権利は誰も持たないし、持とうとしてはいけないのです。むしろ異なる意見を戦わせることによって真実が明らかになるのが理想ですから、明白な事実誤認でない限り、異論を排除すべきではないのです。勝手な思い込みで人の自由を奪う しかも、百田氏が講演会で話す予定だった内容については、一言も発していないことにも注目すべきです。仮に百田氏の過去の発言が害悪に満ちあふれ人々に危害をもたらしていたとしても、今の時点では誰に何の害も与えていません。これはどういうことかというと、「あいつは過去に盗みをしたから今回もやるに違いない」と断定し、おまけに「泥棒に自由を与えてはいけないから牢屋に入れておけ」と勝手な思い込みだけで人の自由を奪うようなものであり、非常に危険な考え方です。 百田氏の講演会に反対する人とテロ等準備罪に反対する人がリンクしているという前提で話しますが、彼らは今回の法改正で事前の準備段階を捜査するのはけしからんと言いながら、百田氏の発言は内容も把握せず事前に禁止しなければならないと同じ口で言っているのです。自分で言いながら矛盾を感じないのか、それとも百田氏の発言は「テロより恐ろしい」とでも思っているのでしょうか。 そして、圧力や嫌がらせの実態が具体的にわからないので断言できませんが、彼らの行為は下記の法令に違反している疑いがあります。日本国憲法第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。第二十三条 学問の自由は、これを保障する。刑法第二百二十二条(脅迫)第二百二十三条(強要)第二百三十条(名誉毀損)第二百三十一条(侮辱)第二百三十三条(信用毀損及び業務妨害)第二百三十四条(威力業務妨害)  今後、同じような被害者が出ないよう捜査機関には厳正な対処を願いたいものです。もし、現行法で捜査機関が取り締まることが困難であるならば、実際に体調不良などの被害を受けた人間がいるのですから、立法措置による被害防止などを国会で議論すべきです。日本国憲法 どこの世界にも不届き者は一定数存在し、その人間の不埒(ふらち)な言動は社会に害悪をまき散らかします。それは人間が存在する以上、決してなくなることはありません。だから法令により悪事を禁止し、それを破ったものを警察が捕まえて処罰する、それを見た人が事件に関心を持ち、同種の事件発生や被害拡大を図るという仕組みがあるのです。その中でマスコミは事件を広く国民に知らせるという重大な任務を与えられ、社会の正常性を保つ役割の一旦を担っているのです。講演中止を報道しないマスコミ ところが、今回の事件は民主主義の大原則である「言論の自由」にかかわる大問題にもかかわらず、ほとんどの大手マスコミが報じていません。(中には批判にあたらない報道を続けている人たちがいることは重々承知しておりますが、今回はあえて「マスコミ」とひとくくりにして話をします)。どういう理由で彼らが暗闘(だんまり)を決め込んでいるのかは分かりませんが、おそらく被害者が百田氏でなければ大々的に報じたであろうということは、前述した櫻井よしこ氏の講演会が中止になったときと、柳美里氏のサイン会が右翼を名乗る男の脅迫電話により中止になったときのマスコミ各社の報道姿勢の違いを比べて見れば容易に想像できます。 つまり、彼らの「言論の自由」には守るべきものと守ってはいけないものの二種類があり、それを彼らが事件ごと恣意(しい)的に判断しているのです。彼らが最もダメなのは自分たちに都合の悪い事実を報じないところです。情報源をマスコミに依存している人たちにとって、事件が報じられないということは、その事件は発生していないのと同じことになり、その結果、その人たちの「知る権利」は奪われ、さまざまな不利益を被ることになります。 仮に百田氏と反対の意見を持つのであれば、それは堂々と主張すべきであり、「一橋大の学生はレイシストと戦って大学の自由を守った」と報道すればよいだけの話なのですが、彼らは「公平中立」を装うためにそうはしません。テレビは放送法があるので建前上そうはいきませんが、完全中立な報道など不可能に近いのですから、日本の新聞も公平中立を謳(うた)うのではなく、他国のように各社の主張をもっと前面に出すべきではないでしょうか。一見、公平中立を装い、「編集権の自由」や「報道しない自由」を駆使して、自分たちの主張に沿わない事実を報道しないことにより、国民の知る権利を阻害し、自分たちに都合の良い情報だけを流すのではなく、思想的に偏っているのであれば偏っていると正直に言うべきで、それを言わないのは卑怯(ひきょう)です。昔であればいざ知らず、今はインターネットがあるのでマスコミの嘘はすぐばれます。もうマスコミが情報を独占していた時代は終わったのです。そのことに気がつかない、気がついても改善しようとしないマスコミは、これからも凋落していくことでしょう。 いずれにしても今回の事件は、まごうことなき「言論封殺」であり、言論の自由に対する挑戦です。大学はこれに屈するのであれば「学問の自由」や「大学自治」を、この事件を無視するメディアは「知る権利」を、これに異を唱えない言論人は「言論の自由」を、いくら主張しても説得力なんかありません。

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    百田氏の講演中止問題で剥がれ落ちた「護憲リベラル派」の化けの皮

    潮匡人(評論家) まず、今年6月7日付「産経新聞」朝刊1面に掲載されたコラム「産経抄」を借りよう。 「一橋大学の学園祭で予定されていた作家、百田尚樹さんの講演会が、中止に追い込まれた一件である。一部の団体から強力な圧力がかかり、大学の一部教員からも中止を求める声が出ていたという。(中略)市民団体による組織的な抗議電話などで、識者の講演会が中止に追い込まれるケースは、大学に限らない。(中略)ただ朝日新聞などは、リベラル派文化人の言論活動が妨害されると大騒ぎするものの、保守系文化人が同じ目に遭っても、それほど関心を示さない。奇妙な二重基準がまかり通っている」 事実そのとおり。上記コラムが掲載された以降も、リベラル派は関心を示さない。現に報道していない(6月8日時点)。産経新聞が取り上げたり、百田尚樹氏が自らツイッターで情報発信したりしたから、問題が露見したが、そうでなければ、埋もれていたであろう。 この件は「表現の自由」に深く関わる。憲法上、優越的地位を占める重要な精神的自由権が侵害されたにもかかわらず、護憲リベラル派は沈黙を続ける。朝日新聞は6月9日付朝刊で目立たない第3社会面でエクスキューズのように報じただけであり、同社の綱領に掲げる「進歩的精神」は死んだといえるのではないか。 そしてなぜ、一橋大学は問題視しないのか。法学部やロースクールで憲法を講義する教授らが、なぜ「自由を守れ」と声を上げないのか。不思議である。それどころか、「大学の一部教員からも中止を求める声が出ていたという」(前掲)。正気の沙汰とは思えない。百田尚樹氏の講演会中止問題に揺れる一橋大学=2017年6月、東京都国立市 百田氏の講演を中止に追い込んだ団体はネット上でこう呼びかけた。 「(前略)百田尚樹氏は、悪質なヘイトスピーチ(差別煽動)を繰り返してきました。下記はその一例です。(中略)『もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく』(中略)これらヘイトスピーチは、日本も95年に批准した人種差別撤廃条約が法規制の対象としている極右活動・差別の煽動行為に当たる違法行為です。(中略)このような殺人・テロをふくむ差別煽動を繰り返す百田尚樹氏が、学園祭に招かれることで、私たちは学園祭期間中に深刻な差別・暴力が誘発されることを憂慮せざるをえません。(中略)また国立大学法人一橋大学という公共性ある大学の施設で、公式に学園祭のゲストとして招かれることじたい、彼の差別・テロ煽動に大学がお墨付きを与えることにもなります。(後略)」 もし本当に、百田氏の言論が「違法行為」に当たるなら、講談社や新潮社、文藝春秋など大手や老舗の出版社は軒並み捜索対象となろう。もとより産経新聞社も無事では済むまい(笑)、などと本来なら一笑に付すべき署名活動だったが、彼らの目論見は成功した。 百田氏のツイートによると、「講演を企画した学生たちは、サヨクの連中から凄まじい脅迫と圧力を受け続けていたらしい。ノイローゼになった学生や、泣き出す女子学生までいたらしい」。ならば、それら自体が明白な「違法行為」であり、刑法上の犯罪に当たる。それも、「深刻な差別・暴力が誘発されることを憂慮」する団体の扇動によって(笑)…。いや、もはや笑い話では済まされない。警視庁は本件を正式に捜査すべきと考える。リベラル派に「自由」を語る資格はない 本件は憲法上も「表現の自由」に加え、「学問の自由」そして「思想・良心の自由」に深く関わる。ともに「内心の自由」と呼ばれ、「表現の自由などの外面的な精神活動の自由の基礎をなす」(芦部信喜『憲法』岩波書店)。とくに「思想・良心の自由は、内面的精神活動の自由のなかでも、最も根本的なものである」。そう、護憲リベラル派が大好きな教科書にも明記されている。 その「最も根本的な」人権が侵害されたにもかかわらず、護憲リベラル派は「自由を守れ」と声を上げない。彼らに、自由や人権、立憲主義を語る資格があるだろうか。少なくとも「内心の自由」を掲げて「共謀罪反対」を唱えるのは、もう止めてほしい。「共謀罪」に反対する国会前デモの参加者ら=2017年5月、東京・永田町 今回、百田氏を含む「保守」陣営の言論に「ヘイト」のレッテルが貼られ、「差別扇動」されたあげく、「違法行為」の誹謗中傷も受けた。脅迫行為を含む「深刻な差別・暴力が誘発」された。そうした「差別・テロ煽動に大学がお墨付きを与えること」になってしまった。だが、懸念の声をあげたのは保守陣営だけ。いまも護憲リベラル派は沈黙を続ける。最も根本的な人権が侵害されたにもかかわらず…。 彼らは口先で「リベラル」と言いながら、拠って立つべき「自由」を理解していない。問答無用で「保守」を断罪しつつ、守るべき「自由」を踏みにじっている。自身が憎むべき全体主義に加担していることに気づきもしない。 最後に、あえて彼らが大好きな思想家ハンナ・アーレントが残した教訓を借りよう。 「全体主義と闘うためには、ただ一つのことを理解する必要がある。全体主義は、自由の最も根源的な否定であるということをである。(中略)自由の否定は、すべての暴政に共通する。(中略)自由が脅かされるときに闘いに参集することができない者ならば、そもそもどのような闘いにも集うことはないだろう」(『アーレント政治思想集成』みすず書房)

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    高須院長「百田氏を助太刀してリベラルや民進党と戦う!」

    会が、先生の理念に反対する人々の圧力もあって中止になった件もそう。あれは、明らかな言論弾圧だ。どんなイデオロギーを持っていたとしても、発言の場を不当に奪われることはあってはならない。しかも、それが学問の場であればなおさらのことだ。様々な意見に触れて、そこから知見を深めて、たくさん考えていくのが学問というもので、大学は一部の人々の考えを押し付ける場所ではないんだよ。 でも、なぜかネットではこの講演会の件も「ネトウヨvs左翼」みたいな構図で語られてしまう。そういうことではないと思うんだ。もちろん、僕は百田先生を尊敬しているし、だからこそ今回の件にも興味を持ったわけだけど、これが百田先生とは異なる考えの人の講演会が潰されたとしても、同じく「言論弾圧だ」と批判していたよ。発言の場を奪われることは、筋が通っていないからね。 ところがネットでの反応を見ていると、“右か左か”で発言している人が多すぎる。自分の立場ありきでものを話すから、まったく議論も噛み合わないし、建設的な結論も生まれない。これは本当に情けないことだ。──思考停止状態という感じでしょうか?高須:そう。特にリベラルを自称している人々は、安倍政権を批判するためなら何をしてもいいと思っているのか、時にすごい罵声を浴びせてくる人もいる。それで人権を守りたいというのだから、とんでもなく矛盾しているよ。そんな状況は明らかにおかしいと思うから、僕は民進党を提訴したし、百田先生の助太刀をしようと思っている。正しいことをするために、僕は戦う姿勢を見せているんだよ。* * * 筋を通さない最近の野党や自称“リベラル”な人々に苛立ちを覚えている様子の高須院長。何があっても筋を通していくその姿勢、かっこいいです!【プロフィール】高須克弥(たかすかつや):1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)、『行ったり来たり 僕の札束』(小学館)など。最新刊は『ダーリンは71歳・高須帝国より愛をこめて』(小学館)。関連記事■ 高須クリニック院長解説 美バスト&安全豊胸術学ぶセミナー■ 高須院長 恋人の西原理恵子さんには整形も脂肪吸引も許さず■ 高須克弥院長 「明日ママ」のCM自粛は制作者にとっても屈辱■ 高須克弥&西原理恵子が2人揃って熱愛宣言 すでに交際2年■ 扇風機おばさん執刀の高須院長 「放置すればミイラ化してた」

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    百田尚樹氏のTwitter観「フォロワー15万人で自由に書けん」

     日本一売れる小説家と称される一方、度重なる暴言、失言の類いで世の顰蹙を買っている百田尚樹氏。プロインタビュアー・吉田豪氏が、百田氏の自由奔放な発言をする背景に斬り込んだ。──あの~、まず最初に確認しておきますけど、ボクの存在はご存知でした?百田:はい、プロインタビュアーでしたっけ? 前に『文春』の阿川佐和子さんの対談で見ました。「この人、私の悪口ツイッターで書いた人や!」と思って。──ダハハハハ! そこでボクは「会えば好きになれる人だと思うから、いつか百田さんの取材をしたい」って話してたんですよ。百田尚樹氏(桐山弘太撮影)百田:そうでしたか。申し訳ない! 読んでなかったです(笑)。ですから最初にこの話が来たとき、「うわ、私の悪口を書きたくてインタビューやりたいんかな」と思ったんですけど……。──全然違いますよ!百田:いいとこなんかあんまりないんですけど、なんとか探してみてください。──ちなみに、ボクはツイッターで百田さんにブロックされてるわけですけど。百田:ブロックしてましたか? すみません(笑)。じゃあ外しておきますわ。──百田さん、あまり考えずにブロックしますよね。百田:全然考えません! 反射的にブロックします。──百田さんのツイッター観を知りたいんですよ。百田:ツイッター観はだいぶ変わりましたね。最初はもっと無名でフォロワーも100人くらいやったんで、宣伝ツールになると思ってやってて。ところがいまフォロワーも15万人になってくると自由に書けなくなりました。だって一時期、私がツイートすると、ほぼ100%、ネットニュースになったんですよね。──引退宣言でニュースになり、撤回でニュースになり、って状態でしたよね。百田:政治的なコメントもね。とにかく反響が大きい。何かツイートすると、ものすごい数のネガティブ・リアクションが来て……。もっとも私はアンチを片っ端からブロックしているから見えないんですが(笑)。なかなか本が10万部とか売れない時代に15万人のフォロワーっていうのは影響力大きいなと思ってますね。「政治的発言をすると必ずファン半分を失う」──15万人にへんずり(関西弁でオナニーの意)を報告するのはどうかと思うようになった、と(笑)。百田:ハハハハ! 前は平気で書いてましたよね。──出版社の人も百田さんがツイッターをやるのに反対していたみたいですね。百田:政治的な発言をすると、右寄りの発言であろうが左寄りの発言であろうが必ず半分のファンを失うんで、やればやるほど損なんです。で、「百田さん、もう本が売れなくなるようなことはしないで!」ってみんな言うんですけど。──なんで宣伝のために始めたはずなのに、部数を減らすようなことしてるんだって話じゃないですか!百田:ハハハハハ! ホント、アホですね(笑)。自分でもわかってるんですけど、性分なんですよ。作家としてデビューしたのが50歳なんで、まあ書けて数年か、と。作家で10年トップを走れる人はなかなかいないから。1000倍の倍率をくぐり抜けて賞を取った作家でも、3~4年でほとんど消えるんですね。私なんかも当然、どうせ消える作家と思ってたんで、あんまり気にしなかったんです。──最初からその前提なのが大きいんでしょうね。百田:そうですね。私は昔から「おい百田、お前ひと言多いんや」っていつも言われてきたくらい、とにかくいらんこと言うんですよ。ここで言うたら絶対怒らせるなと思っても我慢でけへん。で、「アチャー、また言うてしもた」となる。そうやってしょっちゅう痛い目にあってきたんですけど、しゃあないんです。これは私の性分なんで、50歳になってからじゃ治らないんで。──昔からひどかった。百田:そう、私のツイッターも、有名になる前のほうがひどいんですよ(笑)。──放送作家時代も?百田:口は災いのもとで、思い出すと恥ずかしいことばっかりですが、まだ20代の若造が会議で40ぐらいのプロデューサーとかディレクターに「それ全然おもろないわ」「まったくダメ!」とか平気で言うんですよ。だから若い頃は片っ端からクビになってました。関連記事■ ハイサワーの販促用美尻カレンダーは6666倍の倍率突破したお尻■ 50代医師 「患者の気持ちを明るくしないとな」と下ネタ言う■ 「女を抱いた数は世界3番目」を自認する宍戸錠 計1331人■ 「モテたためしない」三國連太郎 女優と付き合ったことない■ 三國連太郎 性的悩みで一度は手術を真剣に考えたと告白

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    百田尚樹に嫌われる私でも、一橋大「講演中止」の判断は残念に思う

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)一橋大附属図書館=東京都国立市 作家の百田尚樹氏が一橋大学の学園祭「KODAIRA祭」で行う予定だった講演会が中止になったニュースは、ここ数日のネット界の話題となった。まず最初に書いておくが、筆者は百田氏の著作や発言には批判的なほうである。そのためか知らないが、彼のTwitterアカウントからブロックされている。ちなみにブロック行為は個人の自由なので最大限尊重されるべきだ。ただ、百田氏と筆者にはかなり意見の相違があるのだ、ということをまずは注記したい。 話を戻すが、この開催の中止理由について、主催した学生側からは、KODAIRA祭のそもそもの趣旨が新入生歓迎のイベントであり、セキュリティーの確保などでこの趣旨の実現をむしろ損ねてしまうために中止したと、述べている。他方で、講演を行う予定だった百田氏はTwitter上で主催側への嫌がらせや圧力があったことを明記し、その圧力を激しく批判している。念のために書くが、ブロックされていても検索サイトで彼の発言は確認できる。これらの一連の経緯をうけて、ネットでの保守系の識者たちの反応はこの記事にまとめられている。 百田氏が批判しているような、「左派系団体」という特定の人や組織が言論の弾圧に動いたのかどうかは、筆者が確かめることはできない。ただその可能性は排除できないし、実際に学生側は、かなりの重圧を大学の外部から不当に受けていたことは想像に難くない。例えば、同大学のOBである常見陽平千葉商科大学講師は、学生側の取り組む態度が不十分であったことを指摘している。 もちろん、常見氏の発言が後輩思いのものであることは、文章からもよく読み取れる。ただ、彼の意見は学生側にいささか酷だと思う。大学や学生側に対して言論を封殺しようとする卑怯(ひきょう)な手段は、匿名での電話や手紙での攻撃、ネットでの脅迫まがいのものなどを含めて、さまざまあったことは想像に難くないだろう。もちろん面と向かって学生側はそのような「脅し」をうけたかもしれない。これは精神的に非常につらく、個人で対処するには限界がある。批判すべきは、そのような事態を巻き起こした「言論を卑怯な手段で封殺する力」にあることは明白である。これはひとつの深刻な暴力である。独り歩きする百田氏のイメージ ちなみに百田氏の社会的なイメージはいささか過度に誇張されて、その実体とかけ離れて独り歩きしている部分がある。例えば、百田氏の批判者側からみれば、彼の発言はヘイトスピーチまがいのものばかりに見えているかもしれない。だが、そのようなニュアンスのものがあったとしても、それは彼の全発言からいえば極めて例外的な「暴言」である。作家の百田尚樹氏 例えば、最近筆者が読んだ百田氏の発言に、『Voice』2017年5月号での、経済評論家の上念司氏との「トランプの核が落ちる日」という対談があった。対談では北朝鮮情勢を中心に、韓国、米国、中国、そして日本などの周辺国のパワーポリティックスに関して議論されている。地政学と経済学の両面を駆使して専門的に鮮やかに語る上念氏に対して、百田氏は各国の勢力均衡論的な見地に立ったごく普通の語りに徹していた。もちろんそこにはヘイトスピーチ的なものはまったくない。他の評論系の著作をいくつか読んでみたが、それらも特に過激なものはなかった。つまりはごく普通の今風の保守系論客のひとりでしかない。 そして百田氏の「暴言」があったとして、ネットなどでは賛否あわせて自由に議論がなされているではないか。この賛否あわせての自由な議論こそが重要だ。もちろんTwitterでの発言を封殺しようとして、同社に抗議する人たちも目にする。あるいは感情的な誹謗(ひぼう)中傷を吐きかける人も多々目にする。これは個人的には正しい批判の仕方とは思えない。発言する場を奪う「圧殺勢力」だ。まさに一橋大の学生を襲ったものと同類であろう。 百田氏の「虚像」に惑わされることなく、その意見を一度は丁寧に聞くべきだ。私のようにTwitter上でブロックされていてもだ。余談だが、実際に百田氏に会った知人たちはおしなべて彼の人柄の優しさを語っている。天下りあっせんを仕切っていた元官僚の「人格者ぶり」を、会ってもいない人たちが称賛する無責任な風潮もある。このような時流に抗する意味でも、百田氏がどのような人物であるのかを実際に知った方が、より深い人物評価を可能にし、学生側にも大きな恩恵があったかもしれない。それだけに残念なことだ。 19世紀の偉大な啓蒙(けいもう)思想家のジョン・スチュアート・ミルは、古典的著作『自由論』の中で、規制されることのない言論の場こそが人々の満足(効用)を増加することができるとした。意見集約で満足は最大化する ミルが言論の自由の根拠としてあげた理由は主に4点あった。1)多様な意見がないと特定の意見を誤りがまったくないものとみなしやすい、2)多様な意見が衝突することで、意見の持つ問題点や改善点が明らかになる、3)反論に出会うことで自分の支持している意見の合理的な根拠を考えることにつながりやすい、4)反論に出会うことがないと、人格や行動に生き生きとした成長の機会がなくなる、というものである。 そして意見の集約するところで、言論をめぐる人々の満足が最大化することになる。もちろん意見の集約がたとえ達成できなくても、議論すること自体で、議論の機会がない場合よりも効用は高まるだろう。ちなみに相手側に不当に議論を迫るのは犯罪行為に等しいので自粛すべきなのはもちろんである。 もちろんミルは異なる立場での意見の集約について常に楽観的ではない。言論の自由がかえって意見の対立を激しくするケースや、またヘイトスピーチにあたるケースにも配慮している。だが、ミルはヘイトスピーチを規制することはかえって言論市場を損ねてしまうと批判的だ。政治的・法的な規制ではなく、ミルは世論の賢慮に委ねている。 どちらの立場で主張している人であれ、公平さが欠けているか、悪意や頑迷さ、不寛容の感情をあらわにした態度で自説を主張する人を批判する。だが、自分とは反対の意見を持っている人に対して、その立場を根拠として、これらの態度を捨てるはずだと予想することはない。山岡洋一訳『自由論』日経BP社 寛容と賢慮。なかなか難しいものだし、また正解や公式があるわけでもない。筆者も常に失敗を重ねている問題だ。だが、少なくとも今回の百田氏のケースは彼に発言の機会を与え、さらに学生たちはその発言の内容を知るべきだったと残念に思っている。

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    「脱悪魔路線」を進めたルペンを極右批判するのは大間違い

    八幡和郎(評論家、徳島文理大教授) フランス大統領選挙は世論調査のとおり、社会党政権から離脱して左右の不毛な対立からの脱却を訴えたエマニュエル・マクロン前経済相の圧勝に終わった。極右政党、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補が勝つとか、接戦になるなどとデマを流す識者もいたが、フランス政治に対する無知か、アングロサクソンの欧州懐疑主義の願望か、ユーロなどの相場を撹乱(かくらん)してひともうけしようとした人に踊らされたのかどれかであって、まったくばかげた話である。 特に第1回の投票がほぼ世論調査どおりの得票で、本心を気恥ずかしくて言わない「隠れルペン」もいないことが立証されていたのだから、決選投票の段階になってからも隠れルペンの存在を語り続けるなど誠実さに欠ける態度だった。 ルペン氏が勝つかもしれないとか、善戦するだろうなどといった識者は反省が必要だし、もうフランス政治のことなど知ったかぶりして書かないほうがよいと思う。5月4日、フランス北部での集会で支持者の前に姿を見せるルペン氏(ロイター=共同) ルペン氏の支持者は第1回投票で示された21・3%という数字より多くも少なくもないのだ。確かに、父親のジャンマリ・ルペン氏が2002年の出馬で獲得した16・9%よりは多いが、あくまでソフト化路線の成果であって、当時の16人の候補者に比べて11人と少なかった。また、決選投票の約34%という数字も、父が02年に獲得した17・8%よりは大躍進したが、保守派の現職、シラク大統領相手だったのだからあまり比較にならない。 そこで、iRONNA編集部からいただいた「どうしてフランスのような伝統的に左派支持層が多い国でルペン氏が人気を集めるのか」というテーマについて論じたいのだが、議論をいくつかに分ける必要がある。 ひとつは、フランスではもともと反体制的な極右政党が一定の支持を集めることがあるということだ。そして、父親のジャンマリ氏のときからの国民戦線の成功の原因、ルペン氏になってからの躍進の理由、そして今後の可能性だ。 フランスでは、18世紀末のフランス革命後もナポレオン帝政、王政復古、7月王政、第二帝政が続き、共和制が安定しなかったが、普仏戦争の後に訪れた王政復古の機会が、フランス王家だったブルボン家が共和派のフランス三色旗を認めなかったことで頓挫し、ようやく共和制が確立された。それ以来フランスの政体では、「革命の伝統を引き継ぐ」という理念に結集することが体制派であることの条件になっている。 必ずしも、狂信的な国粋主義者とはいえない現在のルペン氏と国民戦線が極右といわれるのは、この定義によるものだ。娘が進めた「脱悪魔路線」 ただ、常に「自由・平等・博愛」や「ライシテ」と呼ばれる徹底した政教分離策といった共和国の理念に疑問を持つ勢力が出てきて、保守的な小市民の受け皿になってきた。 その勢力は、人気のある軍人を担ぎ、政府を武力転覆しようとしたブーランジェ事件や、ユダヤ人を排斥しフランス世論を二分したドレフュス事件に登場し、その敗北の反動から生まれた極右団体「アクション・フランセーズ」や、第二次大戦中ナチスに協力したペタン将軍のヴィシー政府などで中核を担ったのである。 そして、戦後は「プジャード運動」というのがあった。1953年、フランス中南部の文具書籍商ピエール・プジャードが中小商工業者への税金に対する不満を背景に税の不払いを呼びかけ、54年には右派政党の商工業者防衛同盟(UDCA)を創設し、56年の国民議会(下院)選挙で52人を当選させた。中小商工業者や農民など近代化に取り残された階層や後進地域の不満を吸い上げた結果だった。しかし、議員の内部分裂があり、ドゴール再登場後の58年の下院選挙で敗れ衰退した。 ジャンマリ・ルペン氏は、56年にプジャードのもとで下院選挙に出馬し、最年少の27歳で当選した。アルジェリア戦争に議員を休職して従軍し、58年にアルジェリア独立に反対して大統領選挙に立候補したが敗れ、そのときのトラブルで左目を失明した。5月1日、パリで「愛国者デモ」に参加し、報道陣に囲まれる国民戦線のジャンマリ・ルペン元党首(中央)(共同) その後右派諸派の糾合を目指し、72年に国民戦線を結成し党首となる。国民戦線は移民排斥、妊娠中絶反対、治安強化、欧州連合(EU)からの脱退(のちにユーロからフランへの回帰)、国籍取得制限の強化などを訴えた。 そして、2002年の大統領選では社会党のジョスパン候補を上回って決選投票に残った。しかし、07年の大統領選挙では与党国民運動連合のサルコジ候補がジャンマリ氏の政策に歩み寄るかたちで取り入れたので、11%の得票率に後退し、11年には娘のルペン氏に党首の座を譲った。 娘のルペン氏が進めたのは「脱悪魔路線」である。国民戦線をステレオタイプな極右政党から脱却させ、国民の広い支持を集める政党に脱皮させた。とくに、ナチスやペタン政権に一方的な非難をすることに疑問を呈しがちな父親を否定した。 14年、ジャンマリ氏が国民戦線を批判したフランスのユダヤ人歌手らに対し「驚きを感じない。今度はこちらが窯に入れてやる」と発言したが、第二次大戦中のアウシュビッツ強制収容所を連想させたため、ルペン氏は党のサイトに連載されていた父親のブログを削除した。ジャンマリ氏は翌年国民戦線の党員資格を停止され、10月には党を除名された。極右が不適切な保守政党として認知される日 さらにルペン氏は個人の権利や自由、中絶まで含めて女性の権利を擁護し、事実婚や性的マイノリティーに対しても寛容な姿勢を示した。自身も2回の離婚歴を持ち、服装もジーンズを好むなど伝統的な極右主義者の雰囲気は感じられない。 これを受けて支持層にも一定の広がりをみせ、12年の大統領選挙では17・9%と父の02年の得票率を上回ってみせた。 今回の選挙では、保守派の共和党がフィヨン前首相を候補者に選んだ。予備選ではポピュリスト的イメージで国民戦線の支持者とやや重なるが新自由主義的な経済政策を掲げたサルコジ前大統領、中道左派的でリベラルなジュペ元首相を退け、経済政策では誰よりも新自由主義的だがカトリックの伝統的な価値観に寄り添ったフィヨン氏が選ばれた。 また、社会党のアモン前国民教育相はマリフアナ解禁や最低所得保障(ベーシックインカム)制度の導入といった特異な左派的主張を展開。すでに何度も大統領選挙に立候補していた急進左派のメランション左派党元共同党首もややアンチEU的だが移民には好意的な綱領を掲げた。そして、社会党を飛び出したマクロン氏は、親EU、移民に好意的、市場経済を生かしつつ合理化した上で社会政策を維持するという新しい路線を打ち出した。 ただ、選挙戦が事実上始まってから、ルペン氏の票を一定割合食うとみられていたフィヨン氏が妻の架空雇用疑惑スキャンダルへの対応のまずさで沈没したことは、ルペン氏だけでなくマクロン氏をも利した。また、メランション氏が健闘したことで、ルペン氏はある程度の競合を余儀なくされ、やや精彩を欠いた。5月6日、フランス北部エナンボモンの投票所前に張り出された大統領選候補のマクロン氏(左)とルペン氏のポスター(AP=共同) 決選投票に残る候補者について、当初はフィヨン氏が確実でルペン氏が2位、マクロン氏がそれを追うとみられた。しかし、フィヨン氏の脱落で、マクロン氏とルペン氏が優勢となり、フィヨン氏とメランション氏の終盤の追撃を振り切ったが、僅差の結果に終わった。 さて、今後のフランス政治の見通しだが、マクロン与党が左派中心か、共和党を大きく取り込むかたちとなるか分からないし、何より共和党がどのような路線で再建を図るかが問題だ。ただ、今回の選挙で、ルペン氏のEUやユーロ離脱(最終的にはユーロとフランの併用と言っていたが)のような非現実的で、経済の行方に不安を与える政策を放棄し、いずれも運用の見直しをドイツなどに迫るような方向に政策の舵を切れば、極右が不適切な保守政党として、いよいよ認知される可能性も少なくないだろう。

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    私だけが知っているマリーヌ・ルペン「歴史的大躍進」3つの理由

    木村三浩(「一水会」代表) フランス大統領選挙は5月7日に決選投票が行われ、エマニュエル・マクロン氏が1900万票(得票率66.06%)を獲得し勝利した。一方、マリーヌ・ルペン女史は1100万票(得票率33.94%)余りの支持を受けたが敗北となった。白票はおよそ300万票。無効票とあわせて史上最多の約11%に上り、どちらも支持しない有権者の反発が示された。 4月23日に行われた一回目の投票において、マリーヌ氏が決選投票に勝ち進んだことで、今回、彼女を当選させまいとする強硬な「包囲網」が張りめぐらされた。反国民戦線ネットワークだ。これを突破できなかったことは、マリーヌ氏を通して今日のフランスの現状を変革しようとしてきた人々にとって、非常に残念な結果だったに違いない。 しかし、負け惜しみかもしれないが、マリーヌ氏が善戦し1100万以上の票数を獲得したことはある意味で、広範な国民の支持を受けたという証左でもある。それは、第一回投票で760万票を獲得し、決選投票では400万票弱を積み重ねたということについても言える。これまで国民戦線が獲得した票は、2014年欧州議会選挙の470万票(25%)、15年地域圏議会選第一回投票の600万票(28%)、前途の第一回投票の760万票から1100万票と大幅に増えた。 今後は来月に行われる国民議会選挙でどれだけ議席を獲得できるかが焦点となろう。議会選挙も決選投票を行う二回方式であり、強固な包囲網が形成されると思われる。フランス大統領選で敗北宣言し、支持者にあいさつするルペン氏(中央)=5月7日、パリ これまで多くのメディアは、フランス国民戦線(FN)を『極右』『排斥主義』と批判的に報じてきた。しかし、今回の大統領選でマリーヌ・ルペン女史が躍進した理由を考えると、報道を超えるフランス社会の現状が浮き彫りになっていることが分かる。私が考察するマリーヌ氏躍進の理由は以下3つだ。 第一に、国民のEU(欧州連合)に対する反発だ。統一国家、統一市場を理念とするEUでは欧州諸国に限り国境検査を撤廃するシェンゲン協定が結ばれ、加盟国に適用された。EUができたことでフランス国内の主権が損なわれていると感じている人が増えたことに加え、統一通貨「ユーロ」により多国籍企業が国内市場を席巻し、国内資本が衰えてしまった。農業でも何でもEUの基準が押しつけられ、それまでのやり方が通用しなくなった結果、多くの人たちが職を奪われる結果となった。 第二に、移民・難民問題だ。これもEUの定に沿う形で、義務的な受け入れ人数を割り当てられるが、移民の多くは出身国の文化や伝統をそのまま持ち込んでくるため、街の風景が昔とは一変してしまうことがある。国民戦線は「移民排斥」を主張していると誤解されているが、ルペン氏は「(受け入れ人数枠を)せいぜい1万人程度にしてほしい」と言っているにすぎないのである。 第三は、頻発するテロ。私がフランスを訪問した今年2月にもルーブル美術館でテロが起き、警備のフランス兵がエジプト系の男に刺された。つい先日も、ニースでトラックによるテロが起き約300人が死傷したほか、一昨年には雑誌社シャルリー・エブドがISに攻撃される事件が起きている。人々の安心、安全を確保することの優先順位が高まっているのだ。マリーヌ氏は当初から、職業の確保、移民制限、治安強化、そしてフランスの良き伝統を守ることを主要な政策に掲げていた。また、国民戦線の党首となる以前から「国民国家とは何か」「アイデンティティーとは何か」、そして「フランスとは何か」と地道に訴え続けており、それが人々に広く共感されているのである。フランスのみならず欧州諸国ではEUの政策に対する不満が高まり、近年「反EU」を政治政策に掲げる政党が支持を伸ばしている。マリーヌ氏と会った時のこと さて、マリーヌ氏といえば、昨今では元党首でマリーヌ氏の父であるジャン=マリー・ルペン氏との確執がしばしば話題となっている。ジャン=マリー氏は2014年、国民戦線を批判したユダヤ人歌手に対して差別的な発言を行い大問題となった。その後、マリーヌ氏は2015年10月に父親を党から除名。国民戦線を立ち上げた始祖であるにもかかわらず、名誉会長の座も剥奪されたことは不当だとして、父親は実の娘を訴え、親子の確執は最高裁の判断を仰ぐところまでもつれた。マリーヌ氏は、党のためひいては国民のために情よりも理を優先し、『泣いて馬謖(ばしょく)を斬る』ことのできる決断力の持ち主であるといえるだろう。私から見ると、マリーヌ氏は最初に会った13年前から、自分の思ったことをストレートに話し、凛(りん)として仕事をこなす、できるキャリアウーマンのような印象だった。父親はそんなマリーヌ氏に『わが政治家人生で唯一やり遂げられなかったのは大統領になれなかったことだ』と言って国民戦線の代表の座を譲った。マリーヌ・ルペン候補=5月1日、パリ近郊のヴィルパント つまり、大統領になるためには自分とは違うやり方で戦えと悲願を託したのだ。だからこそ、マリーヌ氏は国民戦線のイメージを一新させ、柔軟性をもったアプローチで国民に訴えた。国民戦線には既成政党、共和党、社会党、共産党の出身者が入党し合流している。結集軸が同戦線にあるということだ。既成政党の多くがEU等のグローバリズムな体制に甘んじているのに彼らは耐えられなくなり、「フランスの社会、伝統、文化を守るのは国民戦線だけだ」と見定め、党を割って合流してきているのである。今回の大統領選も、もう建前だけでは前に進めないことを国民が理解し「利益共同体としてのEUにこだわるのか」、それとも「フランス人としての主権を取り戻すのか」、フランス全体にこの二者択一の選択を迫った局面があったと言えるだろう。グローバリズムからフランスを解放しようとする国民戦線こそがフランスを救う唯一の国民政党であるとして支持が広がることも、十分にうなずける。 先述した今年2月のフランス訪問の際、私はリヨンで開かれた国民戦線の決起大会にも参加し、大会直前にマリーヌ氏と会見した。国民戦線の躍進については「われわれが長年主張してきたことが、国民にやっと理解されるようになったということだと思う」と語っていたのが印象的だった。さらに、マリーヌ氏は「私は日本を尊重しています。都合のよい時期に日本を訪問したい」と述べており、早ければ年内か来年にも来日する可能性があるだろう。愛国者としての立場から、日本人に対して現状認識を生の声で語っていただきたいと思っている。 改めて、フランスでは国民議会選挙が行われる。第一回投票が6月11日、決選投票が18日。今回、多くのフランス国民がマリーヌ氏に寄せた期待がどのような影響を与えるのか。ここが重要なポイントになると思っている。今回の大統領選では結果的に、現在のEU政策を維持するマクロン氏が選ばれ、向こう5年間は政治をつかさどる立場となるが、現状に対する国民の不満が高まっている中で、フランスの舵取りは今後も厳しい局面が続くことが予想される。

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    伝統的左派をも熱狂させたルペンの知られざる「政治的実験」

    中岡望(東洋英和女学院大客員教授、ジャーナリスト) フランス大統領選は事前の世論調査通り、エマニュエル・マクロン氏が勝利した。今回の大統領選挙は政策的・思想的には「グローバリズム」と「ポピュリズム」の戦いであった。マクロン氏の勝利でグローバリズムの勝利に終わり、フランスのEU離脱といった事態は避けられる。大幅な国内政策転換も期待できない。フランス国民は現状維持を選んだ。 だが、フランスが抱えている問題が終わったわけではない。むしろ、フランスの将来の混迷は避けられないだろう。敗北したマリーヌ・ルペン氏の得票率は37%を超えている。白票が10%近くあったこと、マクロン氏に投票した有権者が必ずしも積極的に同氏を支持したとは思われないことを考慮すると、ルペン氏の健闘ぶりが目立つ。 言い換えれば、マクロン氏の勝利は盤石なものではない。と同時に限界的な政党であったルペン氏が率いる国民戦線は他の伝統的な政党を抑え、政治の主流に位置することになり、政府に対してポピュリスト的な政治課題を突き付けることになるだろう。 2016年5月のオーストリアの大統領選で極右の自由党党首、ホーファー氏の敗北に続くフランスのルペン氏の敗北で、欧州大陸ではポピュリスト政権の誕生は実現しなかった。しかし、ホーファー氏の得票率は49%で、惜敗であった。ルペン氏の得票率も選挙ごとに着実に増えている。大統領選に敗れ、会見するホーファー氏=2016年12月、ウィーン(AP) 12年の大統領選のルペン氏の得票率(第一回投票)は17.9%で3位に留まった。1位はオランド氏で、得票率は28.6%であった。今回の大統領選挙の一回目の投票の得票率はルペン氏が21%で2位に付けた。1位はマクロン氏で24%であった。その差は3ポイントに過ぎない。3位、4位の候補がマクロン氏を支持したことで同氏が勝利を得たが、ルペン氏の得票率も16ポイントも増えている。 この結果を見れば、マクロン氏の勝利というよりも、ルペン氏の健闘ぶりが目立ったと言っても過言ではないだろう。国民戦線の主張が国民の間で一定程度の支持を得ていることが明らかになった。 では、何がフランスに起こっているのだろうか。世界的にネオリベラリズム(新自由主義)に基づくグローバリズムに対する逆流が起こっている。アメリカではポピュリズムを主張するトランプ政権が誕生し、イギリスはEU脱退を求める孤立主義が勝利している。こうしたポピュリズムの潮流は決して一時的なものではない。アメリカではトランプ氏の登場でポピュリズムが急に注目されるようになった。アメリカのポピュリズムは、既存の民主党と共和党から疎外されていた白人労働者がトランプ氏という代弁者を見つけることで表面化した。 だが、欧州では数十年にわたってグローバリズムに反対する動きがみられた。トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」政策を掲げているが、オーストリアの自由党は1992年に「オーストリア・ファースト」政策を打ち出している。ポピュリスト的な政策を掲げる政党は早い時点から欧州各国に存在している。弱小の極右政党を成長させたルペン ルペン氏が党首を務める国民戦線も同氏の父親、ジャン=マリー・ルペン氏が72年に設立した政党である。その主張は、反共主義、政府の植民地政策批判、戦争中の親ナチのヴィシー政権支持、ヒットラーの好意的評価、反ユダヤ主義、ユダヤ人大虐殺のホロコーストの否定、反移民を主張することで極右政党として批判されてきた。国民戦線はプチブル政党で、当初は泡沫的な政党と見られていた。事実、結党直後の74年の大統領選では、ルペン氏の得票率はわずか0.76%に過ぎなかった。 ところが、この弱小な極右政党が次第にフランス社会に受け入れられるようになっていく。特に90年代に地方の小都市や中小企業主、小規模農民に支持基盤を拡大していく。さらに既存の政党に不満を抱く労働者層にも食い込んでいく。02年の大統領ではジャン=マリー・ルペン氏の得票率は16.8%まで増えている。こうした国民戦線の支持基盤の確立の背景には80年代以降のフランス経済を含む欧州経済の低迷がある。欧州各国は戦後、経済的な繁栄を享受した。社会民主主義路線に基づく福祉政策の充実、ケインズ政策による経済運営が行われた。 70年代の変動相場制への移行、2度の石油ショックで欧州諸国は財政赤字と貿易赤字の拡大に直面する。欧州各国は緊縮財政、福祉予算の削減を迫られた。フランス政府はインフレを抑制するために労働者の賃金凍結を実施する。そうした政策は労働組合の反発を招くようになる。不況を打開するために欧州各国はグローバリストの政策を採用し、欧州経済の統合を目指し始める。 80年代にイギリスとアメリカから始まった国際化、規制緩和、市場主義、競争主義を柱とするネオリベラリズムの政策が欧州を飲み込み、グローバリゼーションが急激に進んでいく。EUはグローバリゼーションの象徴的な存在である。国民戦線は当初はEUを積極的に評価していたが、85年の党綱領で「反EU」を打ち出す。 グローバリゼーションは規制緩和、資本の自由化などを通して経済の効率性を高めたが、同時に雇用の喪失、所得格差拡大など大きな犠牲ももたらした。中産階級の空洞化も深刻な問題となった。先進諸国の製造業の衰退をもたらし、その最大の犠牲者は工場労働者であった。 トランプ氏の支持基盤となったのが低学歴の白人労働者であったのと同じように、フランスの国民戦線も「反ネオリベラリズム」や「反国際主義」を掲げ、次第にポピュリスト政党として受け入れられるようになる。大統領選の開票結果予測を受けて演説するルペン氏=フランス北部(ロイター=共同) ポピュリズム政党には、もうひとつの共通点がある。それは反移民である。欧州諸国は戦後の繁栄の時代に労働者不足で積極的に外国人労働者を受け入れてきた。だが80年代以降、不況の深化で外人労働者が国内の労働者と競合するようになる。さらに一時的に受け入れたはずの外人労働者が定住し、次第に人口を増やしていった。それが社会的な軋轢(あつれき)を生む要因となった。移民労働が賃金低下の要因であるとか、犯罪増加をもたらしたと主張されるようになる。 また、フランスには、もうひとつの重要な要因がある。それはイスラム系住民との文化的、宗教的軋轢である。それが遠因となって、フランス国内での相次ぐイスラム過激派のテロ事件へと結びつく。さらに最近のシリアなどからの大量の亡命者の流入もフランス国内の状況をさらに悪化させている。それが、移民を積極的に受け入れるべきだと主張するグローバリストと移民を規制し、フランスの文化や社会を守るべきだとするポピュリストの対立を招いている。左派も取り込んだルペンの「政治的な実験室」 こうした状況の変化の中で、ジャン=マリー・ルペン氏が率いる国民戦線の政策には限界があった。支持基盤を拡大するためには“極右”のイメージを払拭する必要があった。その役割を担ったのが、マリーヌ・ルペン氏である。彼女はバリ第二大学で法律を学び、弁護士となった。国選弁護士として強制送還を迫られた不法移民を弁護した経験も持っている。 30歳の時、北部の元炭鉱町エナン=ボーモンの地区選挙で国民戦線から立候補し、当選を果たした。従来、この地域は社会党などの左派政党の地盤であったが、地域経済の崩壊に有効な手立てを講ずることができなかった左派政党は影響力を失っていく。彼女はここでの経験を、自分にとっての「政治的な実験室」だったと回顧している。グローバリゼーションの影響を受けて疲弊する労働者や地域住民に寄り添うことを学ぶ。また、そうした人々に向かって反移民や反脱工業化を訴えることで支持基盤を拡大できることを学んだ。本来は左派政党が行うべきことを国民戦線は担ったのである。 ルペン氏は父親の選挙スタッフとして働いたが、2011年の党大会で新党首に選出される。彼女の最初の課題は、党の支持基盤を拡大することであった。そのために彼女が取った手段は、15年に極右的言辞を吐き続ける父親を党から追放することであった。党を除名された父親は訴訟を起こし親子の確執も見られたが、この決断は国民戦線のイメージ転換に極めて効果があった。 同時に、ルペン氏は父親とは違い福祉政策を擁護し、小さな政府の主張を退けるなどネオリベラリズムに反対する立場をより鮮明に打ち出した。グローバリゼーションは労働者に犠牲を強いること、EUからの離脱、フランス・フランの復活などを訴えることで、従来、敵対する存在であった左派や中道派、中間階級、若者層の支持を獲得することができた。大統領選挙ではマクロン氏を金融資本の代弁者だと批判を加えている。国内のエスタブリッシュメントに留まらず、EUや北大西洋条約機構(NATO)の国際機関のエリート批判も展開するなど典型的なポピュリストの政策を展開した。マクロン氏(左)とルペン氏のポスター ルペン氏は敗北宣言を行った。選挙は終わったが、選挙が提起した問題はなにひとつ解決していない。マクロン氏は勝利演説で、多くの国民を受け入れる幅広い政策を取ると主張しているが、同氏は基本的にグローバリストであり、フランスはEUに留まり続けるだろう。だが、ネオリベラリズム政策とグローバリゼーションでもたらされた社会、経済問題の解決は容易ではない。格差拡大は様々な局面でみられる。単に所得格差に留まらず、地域格差も無視できないほど大きくなっている。大都市の繁栄と地方都市の衰退は明白である。経営者や専門職、技術者と労働者の所得格差は許容範囲を超えている。人種による格差も極めて大きい。所得再配分政策や福祉政策が求められているが、誰も明確な地図を描き切れないでいるのが現状である。 また、文化・社会面では、移民問題が深刻な影を投げかけている。保守的なインテリ層はフランス文化固有のアイデンティティの維持を主張している。だが、グローバリストは新しいヨーロッパのアイデンティティの確立を模索している。その意見は妥協の余地がないほど違った方向を目指している。 フランス国民は現状維持を選んだ。しかし、問題は先送りされたに過ぎない。こうした状況の下で、ルペン氏が率いる国民戦線が従来以上に大きな存在になったことは間違いない。ルペン氏が提起した政治課題は選挙が終わったからと言って消えるものではない。選挙で敗北したが、ルペン氏の影響力は間違いなく強まるだろう。国民戦線を極右政党として切り捨てることはできなくなっている。これからルペン氏のもとで国民戦線がどう変貌を遂げるのかも注目点であろう。

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    ルペン旋風、ポピュリズムを侮るなかれ

    「ポピュリズム」という言葉を耳にして、どんな印象を抱くだろうか。きっと多くの人が愛国主義や排外主義といったマイナスイメージに受け止めるだろう。世界が注目したフランス大統領選。ポピュリストを自認するマリーヌ・ルペン氏の敗北に安堵感が広がった。ポピュリズムは本当に「絶対悪」なのか。

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    日本が注意しなければならない仏大統領に一番近い男マクロン

    パスカル・ヤン (著述家) フランスの高級官僚も、日本同様、試験に落ちたことがないのが普通だ。嫁選びも釣り合いを考えたものが普通だ。これも日本と同様だろう。すなわち金のある家の娘が良縁となる。しかし、エマニュエル・マクロンはすべてにわたって予定調和を否定している。だから、ここまでこれたのだろうと感心してしまう。既製の社会党も共和党も嫌われる現状を肌で感じていたのだとすれば、さらに立派なものだ。フランス大統領選に勝利し、支持者を前に演説するマクロン氏=5月7日、パリ(AP=共同) そもそも彼の経歴をみると、哲学に対する興味があったようだ。パリでフランス一の名門高校を卒業し、さらに2年間勉強してグランゼコールをめざした。当初はサルトルで有名な高等師範学校を目指した。 高等師範は大学の教授になるための学校という色彩があるがマクロンは不合格となっている。その間、バカロレアがあれば入れるパリ大学のナンテール校などで勉強しながら、ヘーゲルを研究した変わり種だ。したがって高級官僚指向の青年ではないとみた。 ENA(フランス国立行政学院)に方向転換したあと、たぶん高位で卒業している。役人としては、ミッテランの玄関番であった知の巨人ジャック・アタリの部下となったことがある。ヘーゲルについてひとくさりしたので、アタリから一目置かれたことであろう。 ジャック・アタリとは、日本でいえば俳優の多々良純氏に瓜二つの人。実際に話したことがあるが博覧強記で、ありとあらゆるジャンルの著作もある。ミッテランが大統領としてエリゼ宮にいた頃、大統領執務室に行くにはアタリの部屋の前を通過することになると聞いた。 韓国の大統領も同様の役割の人がいたとされるが、ミッテランにとってジャック・アタリは知的門番だったのだろう。 ミッテランは内政外交軍事で何かあると、「ジャックちょっと来てくれ」と部屋に呼んで話を聞いたのだろう。ミッテランにとってのFirst-Aidのアイコン・マンだったのだろう。一方の官房長が後にルノーのCEOになるシュバイツアーで、そんな先輩に囲まれたマクロンに政治的野心が生まれたのは、オランド大統領の副官房長をしたころからだろうか。 役人をやめENA時代の給与を返して、ロスチャイルド銀行に転職しているが、ディールを持って入社していると考えるべきだろう。 有名なロスチャイルドはフランスに2系統ある。もう一つのロスチャイルドは本家と区別するためにLCF(ラ・コンパニー・フィナンシエール)と呼ばれ、こちらは資産運用に強い。 マクロンのいたロスチャイルドは、英仏連合のロスチャイルドで本家筋でもあり、民営化やM&Aでは、世界のトップクラスだ。ポンピドーは、高等師範の経済学の教授の地位を捨ててロスチャイルドに入社しドゴールのあとの大統領となっているので“験”はいい。日産の株を4割保有する仏政府 マクロンは、ロスチャイルド銀行のあとオランド大統領のエリゼ宮官房に入ったのだが、その後、バルス首相時代に経済産業大臣を任命され、政治的野心がむらむらと起きたのだろう。短期間であった産業大臣時代の2016年4月、上場企業の株式を2年以上保有すると議決権が2倍になるという「フランランジュ法」が成立し、マクロンは早速ルノーや日産などの企業に興味を示したと想像される。 日本でも、株式を長期保有すると株主優待を増やす企業がある。株式は長期保有こそが王道だとの考え方で、ナノセカンド単位で株式を売買する風潮に対する一石となると期待していたのだ。その一方で、たとえば3月末に株主名簿が確定してから3カ月近く遅れて総会は6月末に開催される。時として1日間だけ株式を購入し、翌日売却しても総会通知やら配当が届く。一日だけの株主として、総会で大口たたく場合もあることだろう。 そんなからくりもある株主制度のウイークポイントだが、フランスでも対応がとられたことになる。 実際問題、あの大企業「日産自動車」の株式を既に43.4%保有しているのはフランス政府なのだ。日産は今期、来期の税引き利益は6000億円規模にもなる。一方時価総額も約5兆円規模となっている。この投資をしたのは、ミッテランの官房長だった、シュバイツアーだ。同じ故郷なのであのシュバイツアー博士とは親戚なのだろう。シュ博士よりも学者的でやさしいおじさんだった。 ところで、フランス政府はルノー株も14%長期保有している。とすれば、28%の議決権となる。これを利用しない手はないと動いたのが、産業大臣時代のマクロンだろう。そうはさせぬと騒いだのがカルロスゴーンだった。共に、フランスでエリート中のエリート学校を卒業している。ギャラリーも当然多くなる。  今後は、日産自動車の支配や年間6000億円もの配当をめぐって、本格乱闘の再開も想定される。目が離せない。フランス人は「ヴィヴ・ラ・フランス」なので、日産ではなく名前を“ルノーフランス産”にしろと言い出すかもしれない。ヘーゲルをみっちり学んでいるので手強いぞ。

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    ルペンとトランプは似て非なるもの

    パスカル・ヤン (著述家) アルセーヌ・ルパンは日本でも有名だ。今回のフランス大統領選挙で、ルペンの名前が日本で報じられることも多くなってきた。本当を言うと泥棒の方はルパンではなくリュパンなのだ。女優ジーン・セバーグのように間違えの発音が有名になって直すことができないのだろう。ピンクパンサーに出てくる警部の従者でアジア人の青年はケイトウと呼ばれているが、加藤のことだろう。したがって、お相子といえる。 マリーヌ・ルペンの父、ジャンマリ・ルペンも2002年の大統領選挙で決戦に残ったことから注目はされたが、1980年代から際物の問題児として現地では有名であった。日本にまでは名前が通っていない時代が続いていたが、反ユダヤ発言でのお騒がせやら、女性スキャンダルが流れるなどフランスでは笑いものでもあり、アパートに爆弾まで投げ込まれたこともある。その爆弾が破裂したとき、マリーヌ・ルペンがお部屋にいたとのことで、彼女は怖い目にあっている。2016年12月、モスクワで、プーチン大統領の記者会見開始前にプーチン氏、フランスの極右「国民戦線」のルペン党首、トランプ次期米大統領の肖像画を掲げる記者(タス=共同) ところで、昨年来トランプの肉声がテレビで流れるようになったとき、どこかで聞き覚えがあると感じた。あの物言いも聞いたことがあると思ったが、ルペンのお父さんであった。この二人はそっくりな濁声で、話の展開も似ている。 日本での報道はあまりないが、ルペン父はインドシナ戦争の元志願兵で、軍歌をカセットにして売り出して、かなりの財産を作ったと聞いている。また、フランスのゴシップ写真誌に女性とバスタブにいる写真が掲載されたこともある。遠い昔であり、重要性もないことで、記憶も定かではないが、80年代の終わりだろう。 そんな、泡沫候補だった父を破門し、国民から3割もの支持を受ける立派な政党の党首として出てきたのがマリーヌ・ルペンだ。 マクロンと共に第一回の勝利者として勝利宣言を聞いたが、マクロンより遙かにクリアーなメッセージを発していた。生まれ持ったスピーカーとしての才能を感じてしまう。逆にマクロンは初々しさがあり好感を持った人も多いと思う。しかし初々しさでは国は経営できないだろう。ところで、世話になった老人を追い出して地位を得た人がドイツにもいる。メルケルは、どうにもならないヘルムート・コールを放逐し現在の地位を得ている。元はコールの秘蔵っ子であったが、サッチャーからあれほどのバカは見たことがないといわれるだけあって、脇が甘い。そんなコールを見限り首相の座に就いたのがアンジェラ・メルケルだ。 際物であったFN(国民戦線)を立派な政党にし、二人とはいえ国会議員も送りだし、大選挙区制の欧州議会では一大勢力を築いたのは、マリーヌ・ルペンの功績かもしれない。 何度も論戦を聴いたが、圧倒的な迫力と頭の回転の速さでは当代随一であろう。最終決戦では、マクロンに敗れることになると想定されるが、6月の国政選挙である国民議会選挙では、現在の2名からかなり議席を伸ばす気がする。彼女も今回で大統領になるとは考えていないと思われる。その場合、全く国政選挙の準備ができていないマクロンが大統領になったとしても、新大統領にとって議会という内政の場では、FNは手ごわい相手となろう。フランス人はアメリカ人ではない マクロンの政党は、日本でいえば細川・日本新党のようにも見える。かりにそうであれば、その行く末は平たんではない。その手の話で、成功例はないことはない。そもそも、フランソワ・ミッテランは労働運動の闘士ではない。ビシー政権の役人であり、戦後早い時期に内務大臣まで勤めている。アルジェリア問題では、かなり厳しい対応をし、さらに謎めいた事実もあるようだ。その後、フランス社会党と共産党の上に乗り、不都合な部分を切り出してしまった。 マクロンも勝ち馬に乗りたい政治家を操りながら、同様な手を打てば内政でもグリップを握ることができることであろう。 一方のルペン娘の方も、親プーチン、ユーロ離脱などの旗をゆっくりおろしながら、今後5年の時があれば、次回の当選の可能性も出てくることであろう。言い換えれば、極論をいって党勢を拡大し、ある程度勢力となったらよりボリュームゾーンに受け入れられる議論にすり替えることが肝要であろう。 ミッテランも元は極右であったという。また社会党の上にうまく乗ったのもミッテランであるとすれば、ルペン娘もマクロンも大至急に学ぶのは、フランソワ・ミッテランの政治手法となろう。 いまだに、予想外のトランプが当選したので同類のルペンの可能性をいう人がいるが、フランス人はアメリカ人ではないことを忘れてはいけない。また、トランプに似ているのはマリーン・ルペンではなく、ルペン父のジャンマリ・ルペンの方だ。そして、次世代の秘密兵器は、現国民議会議員のルペン孫娘の方であろう。  1989年生まれのマリオン・マレシャル・ルペンの時代に花開く可能性を感じる。才能は三代で作るというではないか。 もう一度いう。トランプに似ているのは、ルペン父でマリーヌ・ルペンではない。

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    仏国民戦線創設者 ブレグジット実現の次はフラグジット期待

     2年前『SAPIO』でフランスの極右政党「国民戦線」創設者のジャン=マリー・ルペン氏は「今日の仏社会は、基本的安全さえも犯されている」と嘆いた。2015年、同国ではテロが相次いだ。娘のマリーヌ氏が2017年仏大統領選の有力候補として注目されるなか、ジャーナリストの宮下洋一氏が、娘のマリーヌに期待すること、これからフランスが歩むべき道について聞いた。* * * 今年5月の大統領選挙では、娘のマリーヌ・ルペン(極右国民戦線=FN*1)が大統領候補に挙がっている。【*1 1972年、結党。当初は反共政策を掲げていたが、共産主義陣営の勢力が弱まるにつれて、死刑制度の復活や移民労働者の排斥という主張を展開していくようになる。現党首はマリーヌ氏】 我が国はまだまだ左派陣営の力が強い。選挙にはバイアスがかかり、民意が直接投票に繋がるかは分からない。昨今のテロなどの国内事件によって、FNが台頭するかというとそんなに甘くない。 組織内部に活力が欠けているのは明らかだ。私のような者は、すでに組織から追い出される始末である(*2)。もちろん、大統領選では奇跡は起こり得る。が、私はマリーヌの考えに不安を抱いている。【*2 2015年、FN現党首マリーヌ氏が人種差別発言を繰り返し、反ユダヤ主義を標榜する父を追放。以降、FNはソフト路線に舵を切ったとされる】ジャン=マリー・ルペン氏 彼女は、政権をとるため、自らの政策を曲げ、左派陣営に媚びを売った。敵と戦うのではなく、敵に適応する道を選んでいる。彼女は(敵対者にとっての)“悪魔”であり続けるべきだった。 彼女が大統領選を勝ち抜くには、40年間、揺らぐことのなかったFNの神髄に立ち戻ることだ。敵に迎合することなく、敵を叩くことを忘れてはならない。 参考にすべき男がいる。そう、ドナルド・トランプだ。私は彼の勝利を望んでいたし、それが叶ったことに喜びを感じている。彼の戦略はお見事だった。 敵対するメディアを前に、彼は常に誠実であろうとし、正しき言動を通した。彼は経営のプロで、思想学者でもなく純粋な政治家でもない。現実世界にどっぷりと浸かり、生きてきた。その態度こそ、私を満足させる。 いま必要なのは現実を直視することだ。“自国ファースト主義”は、決して非難されるべきものではない。ドイツのメルケルは、歴史的反省から、多くの人々に扉を開いた。(彼女の行動は称賛されているが)ドイツ社会の競争に勝ち残れなかった移民は、シェンゲン協定(*3)によって、フランスに渡ってきているという現実を多くの人は知らない。【*3 EU加盟国の間で、国境検査なしで国境を越えることを許可する協定】 欧州連合(EU)は、まったくのユートピアであるし、シェンゲン協定は早く廃止すべきだ。文明、テクノロジー、経済利益を分かち合える連合など成立するわけがない。既に私が議員だった当時、1957年のローマ条約(*4)に反対票を投じている。【*4 欧州経済共同体と欧州原子力共同体の設立を決めた条約。人・モノ・金・サービスの自由移動を目的とし、欧州連合の基礎になった】 それから半世紀経ち、いま予想通り、ブレグジット(英国のEU離脱)が実現した。次なる“フラグジット”(ブレグジットにかけたフランスのEU離脱)を期待したいものだ。 今後、フランスは、さらなる脅威に満ちるはずだ。これに立ち向かうためには、国家生存への迅速な行動が大切になる。娘が現実を直視することを願っている。●Jean-Marie LE PEN 1928年生まれ。パリ大学卒業。戦後最年少の27歳で仏国民議会の議員当選。その後、休職しアルジェリア戦争に従事。1972年、仏「国民戦線」(FN)を創設。2002年の大統領選では、泡沫候補とみられていたが、犯罪に対する社会不安から票を伸ばし、シラク氏との決選投票まで残る。当時、「ルペン・ショック」と呼ばれた。関連記事■ 【ジョーク】イラン大統領「オバマ無能」への対立候補の反応■ 仏極右政党国民戦線創設者、ムスリム移民との共存は難しい■ 【ジョーク】ヒラリー・クリントン氏が大統領目指すのはなぜ?■ 激ヤセのクリントン氏 1回数千万円の講演料で年収10億以上■ 仏地方議会選挙で極右政党が首位 ルペン大統領絵空事でない

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    戦後の矛盾に気付き冷戦後の迷走も予測 甦る山本七平の言葉

    、20世紀後半の冷戦崩壊後、新たな「文明の衝突」が起こっている。それまでの共産主義と自由主義といったイデオロギーの対立ではない。ISの連続テロ、またはトランプ政権によるイスラム教徒の入国拒否騒動を持ち出すまでもなく、宗教が前面に出た衝突である。 これら宗教は「一神教」であり、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3つである。そしてこの3つの源流は旧約聖書にある。ところが、旧約聖書となると日本人には皆目分からない。日本人は歴史的に、一神教の成り立ちや構造、信仰の深さを理解できない。 一神教には常に神という絶対者が存在する。そのため、すべては相対化される。日本は多神教、汎神論的な世界であるため、相対というものがない。逆に言えば、絶対の対象となるものが無数にある。その対象が次から次へと変わる特殊な構造を持っているためにどうしても一神教的世界観を理解することができず、世界史からズレてしまうのだ。 その点、山本七平は若い頃にキリスト教の洗礼を受けており、原点に宗教というものがあった。しかも、どこかの教会や神学に属しているのではなく、日本人としてそれを学び、かつ考え抜いた人なのだ。だから山本著作を読むと、世界とのズレが顕在化する。行間を読む民族行間を読む民族 そして、そのズレを覆い隠せない時代がきている。日本は冷戦構造の中、アメリカの軍事力の下で高度成長を遂げてきた。これは極めて特殊なもので、冷戦崩壊とともに終焉を迎えた。しかし戦後70年が過ぎた今も、安倍首相はトランプ大統領のところに出向き、日米同盟が非常に大事だと説く。既に失われた冷戦構造という“空気”に日本人は未だとらわれている。 もう一つ、現在自衛隊を認める人は約9割。ところが憲法第9条の改正を求めるのは6割程度と不思議な状況となっている。これについても山本七平の思考に当てはめてみよう。一神教では神と人間の契約である「法」が最も重要となる。そこでは「はじめに言葉ありき」というように言葉の重みが大きい。 これに対し日本人は言外、行間を読むことを良しとする。真意は言葉の外にあることも多い。日本人にとっては、「法」も重要だが、「法の外」にあるものも重要な場合があるのだ。まさに自衛隊は法の外にある。 冷戦時はそれでも十分に通用した。しかし現在の世界情勢では、法の外のままではいられなくなってきているのはご承知の通りだ。諸刃の剣 山本七平を改めて読むと、今のいわゆる保守派の日本文化論の幅が狭くなってきていることに気付く。一般的に山本は保守派として知られているが、現在の保守派の中には全く受け付けない人間も出てくるだろう。本質を突く山本の言葉は、諸刃の剣となるが、それこそが思想家としての面白さなのだ。 今なら天皇の譲位問題のことも、山本に聞いてみたい。きっと皇室典範の改正を主張するのではないかな。特措法は「法の外」であるからだ。しかし改正となると「天皇とは何か?」という根本から議論しなければならない。山本の視点であれば、そうなるはずだ。 山本七平は一種の預言者であると考えている。未来を予測する予言ではなく、神の言葉を預かる者。大いなる何かから言葉を預かり、それを語る。その預言は、やはり日本人への預言であったのではないかと感じる。彼が遺した多種多様な著作は、現在だからこそそこに通底する深い意味が見えてくるのではないだろうか。【PROFILE】富岡幸一郎●1957年東京生まれ。中央大学文学部フランス文学科卒業。在学中に執筆した「意識の暗室―埴谷雄高と三島由紀夫」で、「群像」新人賞評論優秀作を受賞、文芸評論活動に入る。関東学院大学文学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。◆取材・構成/大木信景、浅井秀彦、原田美紗(以上、HEW)、清水典之関連記事■ 【書評】今の論客の不備を補う山本七平の史観と視野の広さ■ 山本美月 『PRウーマン』初日舞台挨拶で見せたスラリとした脚■ 山本美月と玉城ティナの背後に貞子と伽椰子が……■ CanCamモデル山本美月が魅せた「大人の色香」を撮りおろし■ 文壇最長老 最後の本は「めんどくさい」「興味ない」の連呼

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    矛盾に満ちた戦後保守の「ゴマカシ」を暴く籠池証言のインパクト

    佐藤健志(作家・評論家) 大阪の学校法人「森友学園」をめぐる一連の騒ぎは、同学園の理事長である籠池泰典氏(ただし3月10日に退任の意向を表明)が、国会で証人喚問される事態に至り、疑惑追及の重大局面を迎えた。今回の騒ぎは、わが国で「保守」と呼ばれる勢力が抱える問題を浮き彫りにしたものと評し得る。もっとも、ここで言う「問題」とは、国有地の払い下げをはじめとした、利権や金銭をめぐる疑惑のことではない。 むろん、事実の究明はなされるべきである。不正や腐敗が確認された場合は、厳正な処断が求められよう。だが政治権力の周辺で、利権や金銭のからんだ不祥事(または、それらに関する疑惑)が生じるのは、古今東西、普遍的に見られる現象ではないか。 裏を返せば、不祥事や疑惑が生じるかどうかは、当該の政治権力が掲げる理念の内容とは、少なくとも直接的な関係を持たない。不祥事は生じないに越したことはないし、疑惑も可能なかぎり晴らすのが望ましいが、政治が往々にしてキレイゴトではすまされないのも、世のいつわらざる真実なのだ。 では、森友学園騒ぎが浮き彫りにした保守の問題とは何か。ずばり、「ナショナリズム」や「戦前」にたいする理念的な曖昧さ、もっと言えば矛盾にほかならない。 保守(主義)とは自国の歴史や伝統を尊重しつつ、現実的な姿勢で物事に対処する理念と規定できる。とすれば「ナショナリズム」と「戦前」のどちらについても、積極的に肯定するのが筋となろう。ところがわが国の保守は、現実的な姿勢で物事に対処しようとすればするほど、これについてキッパリした態度を取れないのである。報道陣に囲まれる籠池泰典氏=2017年3月16日、大阪府豊中市 戦後日本では、いわゆる「昭和の戦争」に大敗したこともあり、それまでの自国のあり方を「間違った悪しきもの」として否定する傾向が強い。とりわけ敗戦直後は、「保守」が政治勢力として成立する余地など皆無だったと言っても過言ではなかろう。 しかるにアメリカに率いられた自由主義諸国と、ソ連(現ロシア)を筆頭とする社会主義諸国の体制的対立、つまり冷戦が激化したことにより、保守は再起のきっかけをつかんだ。理由は以下の2点にまとめられる。 (1)わが国をアジアにおける「反共(=反社会主義)の防波堤」に仕立てようとしたアメリカが、それまでの方針を転換、再軍備をうながした。安全保障はナショナリズムの肯定抜きに成り立たないため、これは日本国内の保守勢力を支援することに行き着いた。 (2)冷戦の激化が、「現実的な姿勢に徹する以外、国の存立を確保する道はない」ことを突きつけた。そして日本はアメリカの占領下にあったのだから、「現実的な姿勢」が対米協調、もしくは対米従属を意味するのも明白だった。日本国憲法の前文や九条を金科玉条と見なし、「観念的な絶対平和主義に徹すれば万事解決」といわんばかりに構えた左翼・リベラルの主張は、これによって説得力を大きく失った。 かくしてわが国では、例外的な時期を除けば、「親米路線の保守が政権を担当し、左翼・リベラルは万年野党としてそれに文句をつける」という図式ができあがる。現在の安倍政権も、くだんの図式のもとに成り立っているわけだが、このような保守のスタンスには重大な問題がひそんでいた。「森友スタンス」が持ったインパクト 親米路線が大前提である以上、戦後日本の保守は、アメリカの意向や利益に反しない範囲でしか、自国の歴史や伝統を肯定できないのだ。言い換えれば彼らのナショナリズムは、しょせん条件つきのものにすぎない。のみならず「昭和の戦争」において、わが国はアメリカを相手に総力戦を繰り広げたのだから、これは戦前を(あからさまに)肯定してはいけないことを意味しよう。 要するに「自国の歴史や伝統を肯定すること」と、「現実的な姿勢で物事に対処すること」が、根本で両立しえなくなってしまったのである。この経緯や構造については、2月に刊行した『右の売国、左の亡国 2020年、日本は世界の中心で消滅する』(アスペクト)で詳細に論じたので、そちらもぜひご覧いただきたい。(https://www.amazon.co.jp/dp/475722463X)(https://www.amazon.co.jp/dp/B06WLQ9JPX) だとしても現実主義の名のもと、自国の歴史や伝統をないがしろにするようでは、保守も何もあったものではない。ゆえにナショナリズムと戦前の双方について「頭ごなしに否定しようとする左翼・リベラル的な姿勢には反対する一方、あからさまに肯定するのも『行き過ぎ』として慎む」というのが、戦後保守、少なくともその主流派のスタンスとなった。 自民党の参院議員である片山さつき氏の言葉にならえば、「オーソドックスな保守派」は「日本の良さをきっちりと戦前に回帰しないで言おうとする」ために、さんざん神経を使うハメに陥ったのだ。腰の定まらぬ態度と言えばそれまでだが、そうでない限り、「歴史や伝統の肯定」と「現実的な姿勢」の間でバランスが取れないのだから仕方あるまい。片山氏の発言自体、「きっちりと」という語句が「戦前に回帰しない」にかかるのか、「言おうとする」にかかるのか、構文が曖昧になっていた。(https://abematimes.com/posts/2125532) 余談はさておき、ここまで来れば、森友学園騒ぎが保守勢力を揺るがすインパクトを持つことは明らかだろう。同学園が運営する「塚本幼稚園」では、運動会の宣誓で園児に中国や韓国を批判させたり、あるいは教育勅語を教え込んだりと、ナショナリズムや戦前をあからさまに肯定する教育方針が取られていると伝えられる。森友学園が建設中の「瑞穂の国記念小学院」=大阪府豊中市 「オーソドックスな保守派」にとって、これは寝た子を起こす振る舞いである。常識的に考えて、幼稚園児が運動会で他国に文句をつけるのは行き過ぎのそしりを免れない。ちなみに戦前も、日露戦争当時の政府は「日本とロシアは国際的な利害対立によって戦っているが、日本人とロシア人の間に個人として怨恨があるわけではないのだから、いたずらに相手を罵倒するような真似は大国の民として慎むべきだ」という趣旨の態度を取った。 だが、森友学園のような姿勢を頭ごなしに否定するのも、「ナショナリズムはダメ」「戦前は悪しき時代でしかなかった」という風潮に塩を送るようなものではないか。同学園のスタンスは、戦後保守が「歴史や伝統の肯定」と「現実的な姿勢」の間でどうにか保とうとしてきたバランスを揺るがしかねないものなのだ。片山氏が籠池理事長について、「全くバランスの欠けた人」と批判したのも、無理からぬ話だろう。戦前と戦後に筋を通せ だとしても、籠池理事長を批判すれば事足れりとはならない。「アメリカの意向や利益に反しない範囲でしか自国の歴史や伝統を肯定できず、ゆえに『歴史や伝統の肯定』と『現実的な姿勢』とがしばしば矛盾をきたす」という戦後保守のあり方も、いかんせん欺瞞的なものだからだ。 その根底には、敗戦の際はもとより、独立回復、さらにはそれ以後も、自国のあり方を総括し、戦前と戦後に筋を通そうとする努力を十分してこなかった問題がひそむ。意地悪な言い方をすれば、戦後保守はおのれの矛盾にきっちり立ち向かうのではなく、当の矛盾をきっちり隠蔽しようとすることにばかり神経を使ってきたのである。 これを露呈してしまったのが、3月8日の参院予算委員会における稲田朋美防衛大臣の発言だった。社民党の福島瑞穂議員から教育勅語をどう評価するかと問われ、稲田防相はこう述べている。 「私は教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして親孝行とか友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこは今も大切なものとして維持している」「教育勅語に流れている核の部分、そこは取り戻すべきだと考えている」「教育勅語自体が全く誤っているというのは私は違うと思う。これは(防衛相としての)所管ではありませんけれども。(中略)その精神の核自体は道義国家を目指すというのは、目指すべきだと思う」(http://www.j-cast.com/2017/03/10292840.html?p=all) だが、いかなる文書においても、内容と形式を切り離すことはできない。教育勅語の「精神の核」は、それが勅語、つまり天皇が国務大臣の副署(明治憲法下、天皇の名に添えて、助言する立場の者が記した署名)なしで発表した言葉であることと不可分なのだ。教育勅語原本(右)と謄本 日本国憲法の第三条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要と(する)」と定めており、第四条第一項は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行(う)」と定めている。片や教育勅語は、日本人、および日本社会のあり方について、いろいろ具体的な指針を提示しているのだから、内容に評価すべき点があろうと、憲法の規定に違反する疑いが強い。現に1948年、国会では同勅語の失効と排除が決議された。 ゆえに教育勅語をどう評価するかは、「敗戦によって、天皇の地位や役割が変わったことをどう評価するか」という問題と直結する。しかしここまで踏み込んだら最後、戦後保守としての立ち位置が崩壊するのも疑い得ない。 だからこそ稲田防衛相は、勅語の「精神」や「核」なるものを取り出して、弁護論を展開するほかないのだ。ただし国としての道義性を高めるという理念は、勅語の形式を取らなくても表明できるのだから、これでは教育勅語自体を評価したり、弁護したりしたことにはならない。 稲田防相は2月にも、南スーダンにおける自衛隊のPKO活動に関連して、「憲法上の問題があるので、戦闘ではなく衝突という言葉を使う」旨を答弁、厳しい批判にさらされた。くだんの答弁と、教育勅語をめぐる今回の答弁は、みごとに同じ構造を持つ。どちらの場合も、戦後保守の抱える矛盾、ないし欺瞞をどうにか取り繕おうとする姿勢が、「小手先のゴマカシ」としか形容しえない発言を生んでしまったのだ。 森友学園の騒ぎは、そのようなゴマカシが、もはや維持しえないことを突きつけているのではないだろうか。やはり事の本質は、利権や金銭をめぐる疑惑などにはないのである。

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    情で繋がり、情でつまずく保守の世界

    古谷経衡(著述家)森友学園は保守の恥 一連の森友疑惑で慙愧に耐えないのは、「保守」或いは「愛国」を真面目に求道する者たちが、籠池氏のせいであらぬイメージ低下の誹りを受けた事である。国や府を欺罔せんとし、府から刑事告訴を検討され、また香川県在住の私人からすでに刑事告発までなされた籠池氏は、口では「愛国心」「教育勅語による高い道徳の涵養」などと謳うが、その実、あらゆる意味で不誠実極まりないと批判されるのは、読者諸賢の知るところであろう。 このままでは「愛国者」「保守」と名乗れば、すわ籠池氏の姿とシンクロして、おかしな目で見られかねないではないか。「愛国」を汚した罪深さとはこのことである。 当初、森友学園疑惑が勃発した当初、ネットの保守世論は籠池氏に同情的だったが、くだんの「安倍総理から100万円(現在のところ真偽不明)」発言が籠池氏等から飛び出すと、安倍総理と籠池氏を天秤にかけると安倍総理の方が明らかに「重い」ので、ネット世論もたちまち籠池批判へと態度を硬化させる傾向が顕著だ。いわく「森友学園(籠池)は保守の恥」という。普段、ネット保守の論調に辛辣な筆者も、流石にこの感情には満腔の思いで同意する。繰り返されてきた保守の「寄付手法」記者会見する学校法人「森友学園」の籠池泰典理事長=3月10日、大阪市 しかし、森友学園の一連の狡猾さは、筆者にある種のデジャブ(既視感)とでもいうべき感情を想起させた。保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める…。大阪府豊中市に建設された「瑞穂の国記念小学院」(取り下げ)は、問題の端緒となった安倍昭恵氏の名誉校長就任をはじめ、数々の保守系言論人・文化人を広告塔として前面に押し出すことによって、4億円(公称)ともいえる寄付金を全国から集めた結果である。 この「寄付手法」とでもういうべき事例は、しかし保守界隈でもう何度も目にしてきた光景なのだ。「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という今回の森友学園の手法は、この狭い、閉鎖的な「保守ムラ」ともいうべき界隈で、ずっと前から恒常的に繰り返されてきた。そしてそこには、狭く閉鎖的な世界が故の「情」を土台としたムラ的な人間関係が浮かび上がってくる。「情」で繋がる保守ムラの世界 森友学園の広告塔として無断でパンフレットに写真を掲載されたと主張する作家の竹田恒泰氏は、同学園(塚本幼稚園)で2度講演会を行った際、「ギャラは安かった」などと関西ローカル放送のテレビ番組中に証言した。この言は本当であろう。小学校建設のために自力資金ではなく全国から寄付を集めなければならない法人が、著名な保守系作家とはいえ一回の講演に破格のギャラを出す、とは思えない。 同学園で講演会を行った人々は、上記竹田氏をはじめ、櫻井よしこ氏、平沼赳夫氏、百田尚樹氏、中西輝政氏、渡部昇一氏、田母神俊雄氏、など保守界隈のそうそうたるメンツが登場する。しかし彼らへのギャラは竹田氏の証言の様に大した額ではないだろう。ではなぜ、これら保守界隈の重鎮たちはこぞって塚本幼稚園で講演を行ったのか。 そこには、保守界隈という、狭く閉鎖的な世界の中で、「情」が支配する粘着的で複雑な人間関係が構造的に横たわっているからだ。狭い世界の中で「あの人も出たんだから」と言われれば、「情」の論理が優先して断り切れなくなる。そして幼稚園・小学校(院)建設の大義として、「真の愛国教育」などと、保守界隈の誰もが得心し、反対しにくい理由を掲げられると、「情」が先行して断りづらくなる。この界隈は、とことん「理論」よりも「情」が先行する世界だ。 実は森友学園の「寄付手法」から発展して「寄付商法」ともういべきスタイルは、籠池氏がはじめて実践したわけではない。これは保守界隈に伝統的に存在する「情」に基づいた「構造的悪弊」とみなさなければならないのである。 以下、保守界隈=保守ムラが全精力を傾けて「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という過去の事例を、森友学園疑惑と併せて3例紹介する。そしてそれらがどのように推移し、時として失敗・挫折していったのかも端的に述べる。保守界隈がいかに「情」に支配された特殊で閉鎖的な世界かがお分かりいただけるのではないか。保守言論人・文化人を「広告塔」に寄付を集めた三つの事例☆保守言論人・文化人を「広告塔」に寄付を集めた三つの事例☆1)映画『南京の真実』製作のために寄付金 約3億5000万円 2007年の事例 2007年、旧日本軍が日中戦争時の南京攻略(1937年)の際、多数の非戦闘員を虐殺したとされる事件、所謂「南京事件」は、中国共産党などのでっち上げであり、日本側は潔白だとする趣旨の映画『南京の真実』(監督・水島総)の製作発表会が、同年1月、東京都のホテルニューオータニを貸し切って大々的に行われた。 いわずもがな、「南京大虐殺でっち上げ論」は、保守派・右派とみなされる言論人や文化人らが口にする常套句で、「南京大虐殺でっち上げ」は、保守の言論空間に影響を受けたネット保守の世界でも常識化しており、同映画の理念はその保守派の掲げる思想を物語映像として具現化することにあった。 同映画の製作母体は、2004年に誕生したばかりの独立系保守CS放送局の日本文化チャンネル桜(のちに株式会社チャンネル桜エンタテインメントに引き継ぎ)。しかし自己資金に乏しかったので、同映画の製作費の大半を外部からの寄付に頼ることになり、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開した。(写真はイメージです) 映画『南京の真実』への賛同人として公式サイトに掲載され、あるいは同ホテルで応援演説ならぬ決起集会にて激しく賛同の意を示したのは、以下に一部列挙する通りのこれまた保守界隈のそうそうたる面々であった。 石原慎太郎(東京都知事)、渡部昇一(上智大学教授)、稲田朋美(衆議院議員)、平沼赳夫(衆議院議員)、西村眞悟(衆議院議員)、櫻井よしこ(ジャーナリスト)、高橋史朗(明星大学教授)、井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)、椛島有三(日本会議事務総長)、田久保忠衛(杏林大学客員教授)、田中英道(東北大学名誉教授)、中西輝政(京都大学大学院教授)、藤井厳喜(拓殖大学客員教授)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、古庄幸一(元海上幕僚長)、水間政憲(ジャーナリスト)…etc(肩書はいずれも当時) まさに「保守言論人・文化人総動員」ともいうべき煌びやかな肩書を持つ賛同人の数々だ。この甲斐あってか、映画『南京の真実』には当初予想を大幅に上回る約3億5000万円以上(2017年1月時点)が集まり、記者発表からちょうど1年後の2008年1月に映画『南京の真実』は無事に公開され、支援者や好事家から一定の評価を得た。しかしながらこの『南京の真実』の構想は、記者発表時点で「三部作」と明示されており、2008年1月公開のものは第一部に過ぎなかった。「三部作」のはずが一部しか完成せず… では残りの第二部、第三部はどうなるのか。実は第一部の公開から約9年を経た現在でも、当初公約された「三部作」の完全製作は行われていないのである。これには一部の支援者からも相当の不満の声が上ったことは言うまでもない。ところが2017年になって、唐突に「第三部」の製作発表が行われ、東京・渋谷区のユーロスペースで試写が行われたが、肝心の公約たる「第二部」の公開は9年を経てもなお実現していない。 「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開し、その条件として「三部作」の製作を確約しながら、9年を経てもなお半分強(2/3)しか約束を果たしえないのは、寄付者からの批判を受けても致しかたない事例であろう。 もっとも森友学園の様にこの案件は自治体から補助金を詐取しようという試みではないし、純然たる映画製作構想であった。往々にして芸術作品の製作に長期の時間がかかるのはよくある事例(例:2015年に世界公開されて熱狂的な支持を得、興行的にも大成功したジョージ・ミラー監督の『マッドマックス4(怒りのデスロード)』は、なんと構想17年を要している)であるから、一抹の酌量の余地はあることは、彼らの名誉のためにも弁護しておかなければならない。 しかしながら、この時「賛同人」としてあたかも広告塔に使われた人々は、みなこの「公約違反の疑い」に一様に沈黙を守っている。 狭い保守界隈=保守ムラが故に、理論整然たる理詰めの反撃や論争より、「情」が勝って、「まあまあ、そんなに批判しては可哀想ではないか。まあまあ良いではないか。おなじ保守同士波風を立てない方がよいではないか」というムラ的馴れ合いが先行したからではないか。 2007年度、あれだけ大々的に約束した「三部作制作の公約」が実現するめどは、具体的にいつになるのか判然としていない。そしてまた、寄付金が現在に至るまでどのような名目で支出されているのか、その具体的な内訳も、公にされていない、とする批判者も存在する(対して製作者側は、これについて数次に亘って詳細に反論を行っている)。田母神俊雄氏 都知事選立候補のために寄付金2)田母神俊雄氏都知事選立候補のために寄付金 約1億3200万円 2014年の事例 猪瀬直樹都知事(当時)が医療法人・徳洲会から不正な献金(貸付)を受けたとされる疑惑で辞任した出直し都知事選に立候補したのは、2008年にホテルグループ・アパが主催する「真の近現代史観論文」の第一回最優秀賞を受賞し、一躍時の人となり保守界隈の寵児となった元航空幕僚長・田母神俊雄氏であった。 田母神氏の支持母体は、前述で『南京の真実』を製作した母体、日本文化チャンネル桜が傘下に持つ政治団体『頑張れ日本!全国行動委員会』で、田母神都知事選出馬のために急遽、政治資金団体「東京を守り育てる都民の会(後、田母神としおの会)」が結成され、『南京の真実』の時と同様、保守界隈=保守ムラが全精力を傾けて持てる力のすべてを総動員した総力戦の様相を呈した。 強烈なタカ派としてネット世論を熱狂させ、「閣下」の愛称までついた田母神の都知事選立候補は、保守・右派、そしてそれを支持するネット保守層にとって悲願でもあった。実はこの時、都知事選勝利の暁には、田母神新都知事のイニシアチブの下、都が一部株主であるTOKYO MX(東京メトロポリタンテレビジョン)を間接支配する、という、いま考えれば到底実現不可能な、無茶苦茶な計画すらも、筆者はある選対幹部の一人から直接聞いたことがあるのだ。2016年4月14日、自宅を出る田母神俊雄被告(松本健吾撮影) ここでまたもや彼らは、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」というくだんの手法を展開した。当然、自己資金が足らず政党交付金や助成金も受けられない「手作り選挙」が故に、畢竟、その資金源は寄付金に求るしか他になかったからである。 この時期、「都民の会」が製作した選挙用ポスターにある、田母神俊雄氏への賛同人・推薦人一覧には、これまた下記に一部列挙するように、保守界隈のそうそうたる面々が並んでいる。 石原慎太郎(衆議院議員、元東京都知事)、渡部昇一(上智大学教授)、平沼赳夫(衆議院議員)、西村眞悟(衆議院議員)、中山成彬(衆議院議員)、高橋史朗(明星大学教授)、デヴィ・スカルノ(元インドネシア大統領夫人)、井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)、田中英道(東北大学名誉教授)、中西輝政(京都大学大学院教授)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、水間政憲(ジャーナリスト)…etc(肩書はいずれも当時) 2007年の『南京の真実』の事例の時と実行母体が同じだから、ほぼすべての人々が重複しているのがわかるが、微細な違いもある。2007年時には賛同人の中に居なかったデヴィ・スカルノ氏がリスト入りし、櫻井よしこ氏・田久保忠衛氏らの『国家基本問題研究所(通称・国基研)』の役員メンバーが名を連ねていないことだ。恐らく櫻井・田久保両氏が自民党政権よりの言論を展開するうえで、非自民から立候補した田母神氏への推薦人になるのは得策ではないと考えたためとみられる。いずれにせよ微細な差はあれど、この面々は2007年とほぼ同じだ。異論や違和感は「情」で抹殺 田母神氏は2014年都知事選挙で得票総数60万票を獲得したが主要四候補のうち最下位に終わり、2015年に入ると選挙運動時に集めた寄付金の中に使途不明金がある疑いが濃厚となり、田母神氏自身も秘書による使い込みを認めたため、当時の選対幹事長らから刑事告発されるという事態に陥った。2016年4月、紆余曲折ののち田母神氏は公職選挙法違反の疑いで東京地検に逮捕され、現在も裁判中(検察側求刑2年)である。 「保守界隈で著名な言論人や文化人を広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開しておきながら、その寄付金の一部が不正に使われた疑惑について、これら賛同人たちは一様に沈黙を貫いている。 いや、むしろ田母神氏が立候補する初期の段階から、「珍言」「極言」を繰り返す氏が、都知事にふさわしいのか否かについての疑問は、保守界隈の一部にはあった。筆者など、選対本部の幹部連中がいない酒席では「本当にタモさん(田母神俊雄氏の愛称)が都知事にふさわしい資質があるのか、と聞かれれば疑問」という感情を何人もの保守系言論人から聞いた記憶がある。しかし、「保守ムラの総動員・総力戦」という同調圧力は、そのわずかな猜疑の芽を摘み取り、異論を封じて、「保守ムラ翼賛選挙」へと向かわせたのだ。 そして結果としての選挙惨敗の責任は有耶無耶にされ、後日田母神氏による公職選挙法違反の疑いや寄付金の使途不明には、「まあまあ、そんなに批判しては可哀想ではないか。まあまあ良いではないか」というムラ的馴れ合いが先行した。ここにも保守ムラの「情」の理屈が理論を覆したのである。 現在、田母神氏に対する保守界隈からの批判は、同氏を刑事告発した元選対幹事長らの周辺以外、鋭敏には聞こえてこず、もっぱら保守外部からの批判・失笑のみが響き、ややもすると一部のネット保守界隈では「田母神氏は中国・韓国のスパイにはめられた可哀想な被害者」だとするトンデモ陰謀論・擁護論まで噴出する始末である。圧倒的な「情」の前に、正当な理屈は脆くも吹き飛んだのである。「安倍記念小学校」建設のために寄付金3)安倍記念小学校(瑞穂の国記念小学院)建設のために寄付金 約4億円(?) 2017年の事例 さて最後は現在疑惑の渦中にある森友学園である。報道によれば、同学園が同小学校建設のために集めた寄付金は4億円とされる。実際にどの程度の寄付金が集まったのかについては疑義があるとされるが、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」というくだんの手法は、例外なくこの森友学園でも発揮された。 すでに報じられているように、同学園では、公式ウェブサイト上の激励に平沼赳夫氏、竹田恒泰氏、田母神俊雄氏の言葉が載せられているほか、「森友学園にお越しいただいた方々です」と題して、同校を来訪または講演したであろう保守系言論人が「広告塔」として同学園製作の小冊子に登場する。代表的な人物を上げると以下のとおりである。 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、安倍昭恵、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一…etc(肩書は掲載されず。敬称略。※ただし竹田氏のように無断転載・無断掲載を主張する人物がこの中に含まれている)すべてが繋がる保守ムラの実相 この中で、事例1)『南京の真実』と重複している人物を太文字にすると、 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(敬称略) この中で、事例2)『田母神選挙』と重複している人物を太文字にすると、 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(同) となる。百田尚樹氏は田母神選挙時代の「推薦人」には登場しないものの、選挙期間中に大阪から応援演説に駆け付けたことから太文字とした。これに加えて、今次森友学園の騒動が勃発して直後、100万円の寄付を自身のブログで表明したデヴィ・スカルノ氏も、この中に加えてもよいかもしれない。 よって事例1)、2)、3)全部てに名前が登場する保守系言論人・文化人を再掲すると、再度以下の様に太文字となる。 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(同) ★これを整理した図は以下のとおりである。 全員、とは言わないが、多くの人々が、時期も目的も違う「保守運動」に共鳴し、同じように賛同人等(講演や応援演説を含む)になっているところが興味深い。つまるところ、きわめて限られた狭い世界で、「愛国」と銘打ってさえいれば、同じような人間が同じような場所に毎回出現しているムラ社会こそが、保守界隈の実相なのだ。「事故る」と冷たい保守の「情」「事故る」と冷たい保守の「情」 毎日新聞が3月14日に掲載した「さて今の思いは…「広告塔」の保守系文化人たち」には、森友学園の広告塔となった保守系言論人の人々の率直な思いが吐露されている。八木秀次氏「学園はなんちゃって保守だ。ひとくくりにされたくない」出典:さて今の思いは…「広告塔」の保守系文化人たち中西輝政氏「学園に思想性を感じなかった。(教育勅語の唱和は)誰かに見せるためのショーの様に感じた」出典:同上高橋史朗氏(前略)「森友の教育方針と「親学」との関連が不明でコメントできない」出典:同上中山成彬氏(前略)「私も園児に教育勅語を斉唱させている幼稚園ということで視察したことがあるが、経営者自身が勅語の精神を理解していないようだ」出典:中山なりあきツイッター平沼赳夫氏(事務所)「こちらが知らない間に掲載されていた」「本当に迷惑している」出典:テレビ朝日「スーパーJチャンネル」 などと一様に突き放している。これらの言を全面的に信ずるとしても、なぜ些かでも初手の段階から同学園の教育内容に不信や違和感を持っていたにもかかわらず、講演会に参加したり、協力する姿勢を見せたのだろうか。それは、ひとこと「情」の問題に尽きる。愛国を掲げてさえいれば、その内容の良し悪しはともかく「同志」として連帯し、有形無形に協力するというよく言えば「義理人情」、悪く言えば「なれ合い」のムラ的世界観の中にいる結果なのである。情で繋がり、情でつまずく保守の世界 2007年、2014年、2017年と3つの大きな「愛国」を標榜した保守運動や保守事業における賛同人が、くしくも「映画製作」「都知事選立候補」「学校建設」という全く違う目的にもかかわらず、それを支え、また広告塔に利用(された)人々がこれほどの割合で重複するという事実は、保守界隈=保守ムラが、いかに閉鎖的であり、またその狭い世界の中で「情」の理屈が発生し、違和感や不信や不正義が「情」の前でかき消され、ムラの中の巨大な同調圧力となって席巻していたことを何よりも物語っている。 そしてくしくも、この三つの「寄付手法」は、その集めた金額も1億円強~4億円程度(公称)という範囲で似通っている。保守系言論人・文化人を広告塔にして、市井の保守派市民から浄財を集められる上限がこの金額のレンジなのかもしれない。 森友学園に広告塔として利用された保守系言論人・文化人は、保守ムラの住人であるがゆえに、自発的に、あるいは外発的に、この狭い世界の巨大な「情」という同調の空気に無批判であった。そして、決まって何か問題が起こると、事後に「私は関係がない、知らない」という風に距離を保ち、無知・無関心を決め込むのである。「愛国」を錦の御旗にした運動や事業は、多少の不協和音を「情」で覆い隠す。 「せっかく愛国者が頑張っているんだから、批判しちゃかわいそうじゃないか、応援してやろうじゃないか、保守同士仲良くやろうじゃないか」というムラ的な「情」こそ、保守界=保守ムラに横たわる構造的欠陥である。  このように「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という、「愛国」を大義とした情に訴え、また情で理屈を包囲する「寄付手法」は、ここ10年で三度も繰り返されてきた。森友問題が収束しても、この界隈で同種の問題の四度目がないとは言い切れない。 真に国を思うのなら、客観的にみて明らかに怪しい人物が主導して、「愛国」を傘に計画する事業展開に疑念を感じたのなら、毅然としてNOというべきだ。それが真の愛国者の姿だと思うが、どうだろうか。何か事故が起こってから、「無断で使用された」「知りませんでした」「いい迷惑だ」では些か虫が良すぎはしまいか。「人情」という魔物~インパール作戦と保守ムラ~「人情」という魔物~インパール作戦と保守ムラ~ 先の大戦終盤、日本陸軍によって実行されたインパール作戦。英領東インドの拠点インパールとその補給拠点コヒマを牟田口司令官率いる手持ちの3個師団(第15軍)を使って占領することで、硬直したビルマ戦線を打開し、英印軍を挫く―。 ひいてはその戦果によりインド独立運動をも鼓舞することを目的として発動されたこの大作戦は、読者諸賢のご存知の通り、補給を無視した作戦計画によって日本軍の大惨敗に終わり、ビルマ全体の戦死者5万とも8万ともいわれる戦史史上稀にみる一方的大敗北に終わった。「インパール」は現在「無謀な作戦・計画」の代名詞とすらなっているほどだ。 この大失敗は一体、何によってもたらされたのだろうか。むろん日英両軍の物量・兵質の差が第一だが、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論社)には、以下のようにこの大作戦の歴史的失敗の本質が記されている。 なぜこのような杜撰な作戦計画がそのまま上級司令部の承認を得、実施に移されたのか。これには、特異な使命感に燃え、部下の異論を押さえつけ、上級司令官の幕僚の意見には従わないとする牟田口の個人的性格、またそのような彼の態度を許容した河辺(河辺正三、ビルマ方面軍司令官)のリーダーシップ・スタイルなどが関連していよう。しかし、それ以上に重要なのは、鵯越(ひよどりごえ)作戦計画が上級司令官の同意と許可を得ていくプロセスに示された、「人情」という名の人間関係重視、組織内融和の優先であろう。そしてこれは、作戦中止決定の場合にも顕著に表れた。出典:『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論社)、括弧内・強調引用者 保守ムラの「情」によって形成されるなれ合いによる大きな弊害は、もしかすると保守ムラだけの事ではない、狭い社会や閉鎖的な組織に特有の、普遍的な魔物なのかもしれない。*追記:本文中にある2017年に公開された映画『南京の真実』は、第四部ではなく第三部の誤りでした。よってこれを訂正いたしました。2017.3.19.17:55、追同20:00(「Yahoo!ニュース個人」より2017年3月19日分を転載)

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    ンゲマは38年君臨!「暴君」大陸アフリカはなぜ生まれ変わったのか

    白戸圭一(三井物産戦略研究所主席研究員) サブサハラ・アフリカ(以下単にアフリカと記述)には現在49の国が存在し、その多くは1960年代に独立した。その後の半世紀を超える歴史を振り返ると、多くの国家が一人の政治指導者による長期政権を経験している。2017年1月末現在、最も長く政権の座にあるのは、1979年に就任したアンゴラのジョゼ・ドス・サントス大統領と、赤道ギニアのオビアン・ンゲマ大統領だ。両氏の在任期間はともに今年で38年目となった。2006年10月、日本・赤道ギニア首脳会談の前に安倍晋三首相(右)と握手するンゲマ・赤道ギニア共和国大統領 49か国のうち、30年以上政権の座にある指導者は6人いる。この2人に加え、ジンバブエのムガベ大統領(在1980年~)、カメルーンのビヤ大統領(在1982年~)、ウガンダのムセベニ大統領(在1986年~)、スワジランドの国王ムスワティ三世(在1986年~)がこれに当たる。さらに、この6人を含む計9人が20年以上権力の座にある。 1994年から西アフリカの小国ガンビアの大統領の座にあったヤヤ・ジャメ氏は、5選を目指した2016年12月の大統領選挙で野党統一候補に敗北した。しかし、ジャメ氏は「選挙結果に不正があった」と強弁して結果の受け入れを拒否し、政権の座にとどまろうとした。西アフリカ15カ国で構成する「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」はジャメ氏に退陣を求め、ナイジェリア、セネガル両軍をガンビアに派遣。さらに米英仏などの支持を取り付け、ECOWASの取り組みを支持する国連安保理決議を成立させた。結局、ジャメ氏は圧力に屈し、1月21日に赤道ギニアへ亡命した。ジャメ氏もまた、22年にわたって権力の座に君臨し、反体制派への弾圧で知られた独裁者であった。 かつて短命に終わった指導者の中にも無数の独裁者がいたことを思えば、アフリカが独裁者出現率の高い地域であることは間違いない。独裁者が数多く誕生してきた理由の一つは、アフリカの国々では社会に「遠心力」が働きやすいからだと考えられる。 アフリカは19世紀以降、大陸のほぼ全体が英仏を中心とする欧州の宗主国によって植民地化され、宗主国は人々の生活圏や民族分布を無視して好き放題に境界線を引いた。その後、アフリカの国々は植民地期の領土境界線を引き継ぐ形で独立したので、一つの国の中に数多くの民族が暮らし、宗教も多様であることが一般的になった。例えば2016年8月に日本政府主導の「第6回アフリカ開発会議(TICADⅥ)」が開催されたケニアには、少なく見積もっても42の民族が居住しており、アフリカ最多の1億8000万人超の人口を擁するナイジェリアには、キリスト教徒とイスラーム教徒がちょうど半分ずつ住んでいる。>抑圧的支配と高度経済成長の「二刀流」 多民族国家であっても、米国のような国民共通の価値観(例えば民主主義)に基づいて統合されている国であれば、社会は統一性を保ちやすい。しかし、共通の価値や理念のないまま多民族が同居を強制されたアフリカの国々では、当然ながら社会に「遠心力」が働き、民族を単位とした社会の分断が進みやすい。 だから政治指導者は、権力を握ると自分の周辺を同じ民族の出身者で固め、軍や警察を使って国家の一体性の維持に懸命になった。こうして1960年代後半から70年代にかけて、一党支配や軍事独裁がアフリカ各国に続々と誕生し、東西冷戦の時代には米ソ両国がそれぞれの思惑と戦略に則って、これらの政権を軍事的・財政的に支援した。ケニアでは1978年から2002年までモイ政権が24年に及ぶ強権体制を維持したし、ナイジェリアの場合は各政権の命は短かったものの、1966年から1999年までの33年間のうち実に29年間は、複数の軍事独裁政権による支配下にあった。 冷戦終結によって米ソの支援を失ったアフリカ各国の独裁体制は、1990年代に相次いで崩壊し、指導者によっては複数政党制を導入して選挙による延命を図った。現在のアフリカでは、ほとんどの国で制度的には「民主主義」が導入され、複数政党制による大統領選や議会選が行われている。中にはガーナのように選挙を通じた平和裏な政権交代が定着した国もある。 だが、その一方で、現職の権力者が選挙で敗れても結果受け入れを拒否したり、選挙前に野党陣営が激しく弾圧されることは、珍しい話ではない。先述したガンビアはそうした事例の典型だし、ブルンジのンクルンジザ大統領、コンゴ共和国のサスー・ヌゲソ大統領、ルワンダのカガメ大統領の3氏はいずれも2015年、憲法の三選禁止規定を改正し、三選に踏み切った。 このうちブルンジは、出馬に踏み切ったンクルンジザに対する国民の抗議と、それに対する徹底的な弾圧で政情が不安定化している。今日のアフリカの政治を巡る特徴の一つは、このように制度的には民主主義の衣をまとっているが、現職大統領の独裁的政権運営によって民主主義が骨抜きにされている事例が見られることである。 現代アフリカの独裁政治を考える際に注目すべき、もう一つの新しい現象は、抑圧的支配と高度経済成長を両立させる指導者の出現である。国家を私物化した「暴君」たち 1970年代~90年代までのアフリカには、まさに「暴君」と呼ぶに相応しいタイプの独裁者が君臨していた。大陸中央部に位置するザイール(現コンゴ民主共和国)を30年以上支配し、推定5000億円をスイスの銀行に不正蓄財したとされるモブツ大統領。1990年代のナイジェリアで人権活動家を公然と処刑し、最後は売春婦と性行為の最中にバイアグラの過剰摂取で死亡したとされるアバチャ大統領。世界最貧国の一つでありながら、国家予算の6倍の金を費やして皇帝戴冠式を強行した中央アフリカ共和国の皇帝ボガサ一世。紛争地で採掘されるダイヤモンドで蓄財した挙句、反政府勢力の蜂起で政権が崩壊し、身柄拘束後に隣国シエラレオネ内戦における戦争犯罪で国際刑事裁判所から有罪判決を受けたリベリアのテーラー大統領などである。 彼らの支配には「国家の私物化」という共通点があった。天然資源の輸出収益など国有財産の横領。国際社会の非難を全く意に介さない苛烈な人権弾圧。酒、女、薬物などに溺れる堕落した私生活。彼らは国民生活の向上に一切の関心を持たず、当然の帰結として経済は麻痺し、国家は完全に崩壊した。スーダンのバシル大統領=2015年1月撮影(AP) 今のアフリカにも、ダルフール紛争での戦争犯罪で国際刑事裁判所から逮捕状を発布されているスーダンのバシル大統領(在1989年~)のような「暴君」型の独裁者もいる。だが、時代は変わった。今日のアフリカの独裁者の中には、経済成長に強い関心を抱き、国を紛争に後戻りさせない決意を持ち、堕落した私生活と決別し、成長戦略の推進と社会の底上げ、すなわち「開発」を進めている指導者が散見されるのである。 憲法の三選禁止規定を入念な手続きを経て改訂し、2000年から政権の座にあるルワンダのカガメ大統領は、そうした指導者の典型である。ルワンダでは野党関係者の投獄、不審死などがしばしば問題になってきたが、カガメは国内の絶大な支持を背景に強気の姿勢を貫き、国際社会からの批判を意に介していない。こうした抑圧的支配が問題視される一方で、カガメ体制下のルワンダは外国企業の積極的な誘致により、2004年以降ほとんど全ての年で7%以上のGDP成長率を達成している。与党がほぼ全議席独占したエチオピア 内戦を平定して1991年に政権掌握し、2012年に57歳の若さで病死するまでエチオピアの指導者だった故メレス首相も、抑圧的支配と経済成長の両立で知られた。メレス体制下で2010年5月に実施された総選挙(下院)では、メレス率いる与党エチオピア人民革命民主戦線(ERPDF)が545議席のうち、実に543議席を獲得した。1月21日、ガンビアの国営テレビで大統領職からの退陣を発表するジャメ氏(AP=共同) 与党のほぼ全議席独占という、民主主義国の常識からすれば不自然極まりない選挙結果は、メレス死後に行われた2015年5月の総選挙でも繰り返された。その点ではエチオピアにおける政治的抑圧は、メレスの個人独裁というよりも、与党ERPDFの一党独裁とみる方が正確かもしれない。ともあれ、このエチオピアもまた驚異的な経済成長を遂げており、2012、2013年の2年間を除けば2004年以降すべて二桁のGDP成長率を記録している。 長年にわたってアフリカの経済的停滞と政治的混乱に辟易してきた欧米ドナー国の間では、ルワンダ、エチオピアの評判は悪くない。米国はソマリアにおける対イスラーム過激派との代理戦争をエチオピアに任せてきたし、ルワンダはソマリアなどに展開するアフリカ連合平和維持部隊の中核を担ってきた。ルワンダ、エチオピア以外では、例えばウガンダのムセベニ大統領は1986年からカリスマ的な指導力によって事実上の個人支配体制を維持しながら、着実な経済成長を実現している。 彼らの統治は、無慈悲な暴力によって国家を私物化した前世紀の独裁者とは明らかに異なっている。現代アフリカの独裁は、あえて形容すれば、20世紀のアジアに存在した「開発独裁」に似てなくもない。 韓国の朴正熙政権、台湾の蒋経国政権、インドネシアのスハルト政権など、アジアには抑圧と経済成長を同時並行させた開発独裁政権が複数存在した。人権抑圧を伴うこれらアジアの政権が国際的に許容された理由の一つは、東西冷戦下の「反共」であった。21世紀のアフリカでは今、「アフリカの経済成長と安定」という大義名分の下に、新たな開発独裁が出現していると言えるかもしれない。

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    仏極右政党ルペンはトランプより危険? 欧州のポピュリストに注意せよ

    イタリアで躍進する反EU政党 オーストリア大統領選で勝利し、支持者にあいさつするファン・デア・ベレン氏=2016年12月4日、ウィーン(ゲッティ=共同) ヨーロッパが大きく揺れ動いている。昨年12月にはオーストリアとイタリアで、大統領選挙と国民投票がそれぞれ行われ、オーストリアの大統領選挙ではリベラル系のアレクサンダー・ファン・デア・ベレン氏が、「極右政党」として知られる自由党のノルベルト・ホーファー氏を僅差で破った。EUで初めてとなる極右政党出身の国家元首の誕生が危惧されていたものの、結果は約3ポイントの僅差でリベラル系のファン・デア・ベレン氏が勝利した。  第二次世界大戦終結後から現在までにすでに政権交代が60回以上あったイタリアでは、将来を見据えた長期的な政策の実施が困難だという指摘が以前から存在しており、レンツィ首相(当時)は上院の定数削減などによって、今後の政策が円滑に行えるという考えから憲法改正をめぐる国民投票の実施に踏み切った。しかし、イタリアの有権者が突き付けた答えは「ノー」であった。国民投票の結果を受けて、レンツィ首相は先月5日に辞任する意向を表明。同12日に辞任している。  オーストリアで自由党がここまで台頭した背景には、国内経済の停滞と難民の扱いに対する有権者の不満が蓄積し(オーストリアでは昨年だけで約3万人が難民申請を行っている)、その流れを自由党のホーファー党首がポピュリズムを使いながら上手く利用したように思われる。オーストリアで自由党がここまで台頭した背景には、国内経済の停滞と難民の扱いに対する有権者の不満が蓄積し(オーストリアでは今年だけで約3万人が難民申請を行っている)、その流れを自由党のホーファー党首がポピュリズムを使いながら上手く利用したように思われる。  この数年、難民が大挙してオーストリアにやってきて、難民申請を経て定住するケースは後を絶たない。社会の文化的なバランスが変化することを危惧する市民もいるが、それ以上に大きいのは景気の停滞が続くオーストリアでは難民よりも自国民の経済的な保護をきちんとすべきだという声が大きいことだ。EU発足から3年後となる1996年1月のオーストリアの失業率は4.7パーセントで、隣国ドイツの失業率は8.5パーセントであった。それから20年の間に両国の景気は大きく変化。2013年に両国の失業率は逆転し、昨年7月のドイツの失業率は4.2パーセント、オーストリアの失業率が6.2パーセントという状態だ。難民の保護よりも、自国民のケアにも目を向けてほしいと考える有権者は、難民申請者数に比例する形で増加した。各国で行われる今年の選挙がカギ 失業率でいえば、イタリアの現状はオーストリアやドイツの比ではない。今年8月の失業率が11.4パーセントで、同月のオーストリアの失業率が6.2パーセント、ドイツの失業率にいたっては4.2パーセント。その差は歴然だ。汚職の蔓延や若者がまともに働けない社会など、長年にわたって放置されてきた問題は多く、野放しの責任が中央政府に存在すると考える市民は少なくない。欧州委員会内で様々な統計を担当する部局「ユーロスタット」が2012年秋に発表したデータでは、若年層(15歳から24歳まで)の失業率でイタリアが約35パーセントに達していたことが判明した。EU加盟国の中で、若年層の失業率がイタリアよりも高かったのはギリシャとスペインのみだ。英ガーディアン紙は2011年7月、母国に見切りをつけて、職を求めて国外に出たイタリアの若年成人が30万人程度いると報じている。 今年の選挙でヨーロッパはどう変わるか  ヨーロッパ各国ではこの数年、政治的なうねりが相次いで発生している。昨年、EUからの離脱を問う国民投票が行われたイギリスでは、大方の予想に反して離脱派が勝利した。昨年12月のイタリアでの国民投票では、レンツィ首相の辞任に加えて、反EUを掲げるポピュリスト政党「五つ星運動」の影響力の大きさが改めて浮き彫りとなった。今年はオランダ、フランス、ドイツで総選挙や大統領選挙が実施される。興味深いのは、EU加盟国の中でもリベラルと考えられてきたこれら3国で反EUや反移民を求める声が高まり、それに呼応するかのようにポピュリスト政治家が多くの支持者を引き連れて台頭している点だ。  これら3国の中で最初に総選挙が行われるのがオランダである。先陣を切る形で3月に行われるオランダ総選挙では、反EUとイスラム移民の排斥を訴える極右政党「自由党」がどれだけ躍進するかに注目が集まっており、同党のヘルト・ウィルダース党首は、「私が首相になれば、すぐにEU離脱を問う国民投票を実施する」と公言している。近年躍進が著しい自由党だが、現在の連立与党を引きずり下ろすだけの力はまだ無いとの見方が一般的だ。しかし、現在の勢いが続けば連立与党は大打撃を受けるとの予測も。集会で発言する国民戦線のルペン党首=2月5日、フランス南東部リヨン 翌月の4月にはフランスで大統領選挙が行われる。フランスの大統領選挙には独特のシステムがあり、1回目の投票で投票数の過半数を候補者が獲得できなかった場合には、2週間後に2回目の投票が上位2名の候補者によって行われる。1965年の大統領選挙以降、全ての2回目の投票で決着がついており、フランス国内の世論調査をベースにして考えた場合、中道右派とされるフィヨン元首相と、極右政党として知られる「国民戦線」のマリー・ル・ペン党首との一騎打ちになるとの見方が強い。最近のル・ペン氏はロシアからの借入金の実態が明るみになったり、クリミア半島を巡る発言に激怒したウクライナ政府がル・ペン氏の名前をウクライナに入国させない面々一人としてブラックリストに書き加えたことが話題になっているが、選挙そのものはフィヨン氏の勝利で終わるだろうという見方が強いが、形勢逆転するのに数か月もあれば十分だという例を我々は昨年の米大統領選挙で目の当たりにしている。「理想郷としての欧州」は夢物語か「理想郷としての欧州」は夢物語か  秋にはEUの主役的存在でもあるドイツで総選挙が行われる。ドイツのメルケル首相はEUの舵取り役となっているドイツで長年にわたってリーダーとして活躍してきたが、難民の流入やテロ事件によって、首相としての地位は決して安泰ではない。昨年12月末にベルリンのクリスマス市で大型トラックを使ったテロが発生したドイツだが、ドイツ国内で「テロ」に認定された事件は、ベルリンの事件を含めると、昨年4件発生している。2月にはハノーバーでイスラム国を支持する15歳の少女が、パトロール中の警察官の首を突然刃物で刺す事件が発生。 7月にはドイツ南部のヴュルツブルグで、電車の車内で斧を振り回し5人の乗客にけがを負わせた17歳のアフガニスタン人少年が警察官によって射殺されている。この少年は2015年に、難民としての保護を求めてドイツに入国したばかりであった。この事件から5日後には、同じくドイツ南部のアンスバッハで行われていた音楽フェスの会場近くで自爆テロが発生し、15人が負傷している。自爆テロを行ったのはシリアのアレッポから難民としてドイツに入国した男性であった。今年ではないものの、昨年9月には41歳のイラク人男性が、パトロール中の女性警官を刃物で襲い、別の警察官によって射殺されている。クリスマス市にトラックが突っ込んだ現場=2016年12月19日、ドイツ・ベルリン ドイツ国内で今年発生したテロ事件は4件。ベルリンのクリスマス市で発生した事件で容疑者として警察当局が捜索しているアムリ容疑者が実際にテロを起こしていたとすれば、4件のうちの3件で実行犯が難民としてドイツに入国した人物であったことになる。ドイツのEU離脱を目標に掲げて結成された右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、昨年11月の党大会でドイツが受け入れる難民の数に上限を設けるべきとの指針を発表し、難民受け入れの制限をドイツ政府に要求している。Afdは今年9月に行われた世論調査で、過去最高となる16パーセントの支持率を得た。これによりAfDは政権与党のキリスト教民主同盟(CDU)、社会民主党(SPD)に次いで、支持率では第三位の政党に躍進した。  イタリア出身で、現在はドイツ人の夫とベルリンで暮らすサラ・マメッリさんは、「事件そのものにも大きなショックを受けていますが、一連のテロ事件によって国内で移民排斥を主張する政党がより大きな力を持つ可能性を懸念しています」と語る。トランプ現象が有権者に与える影響 9月に予定されているドイツの総選挙で、難民の受け入れが大きな争点なるのは必至だ。ベルリンの事件発生から1時間も経たないうちに、AfDに所属する欧州議会議員のマルクス・プレッツェル氏は、ツイッターで「犠牲者はメルケルによって殺されたようなもの」と、メルケル首相の難民受け入れに寛容な姿勢を激しく批判している。AfDの支持率がさらに上昇する可能性は非常に高い。多くの市民やメディアが冷静さを保とうとする一方で、難民受け入れに不安を感じる市民も少なくない。EU諸国の政治的な動きを分析するドルトムント工科大学ジャーナリズム研究所のユリア・ローネンドンカーさんは、「トランプ現象」がドイツ人有権者に与える影響は実際には大きいのではないかと推測する。  「国が二つに分断しているという点では、ドイツもアメリカに似た部分があります。移民や難民との共生はドイツ社会にとって必要だと考えるリベラルな市民が多い一方で、将来に不安を抱え、国から見放されたと考えている市民が増えているのも事実です。現政権の政策に反対する市民には、難民よりもまず自国民のケアをしてほしいという感情があります。これまでは大きな声で主張するのがはばかられるような空気が社会にありましたが、アメリカでトランプが勝利したように、来年の選挙までに右派政党がさらに大化けする可能性は否めません」  アイルランドのロックバンドU2は、1991年にリリースしたアルバム「アクトン・ベイビー」に収録された「ズー・ステーション」という曲の中で、ベルリンの中央に作られた動物園前駅の雰囲気や周辺の様子を東西ドイツ統合の象徴として取り上げた。2年後にリリースしたアルバム「ズーロッパ」では、欧州旗のようないくつもの星並んで作られたサークルの中に宇宙飛行士らしき人物のイラストが描かれ、東欧における革命やユーゴ紛争といった暗い話に対するU2の答として「各国が繋がることで理想郷としてのヨーロッパが始まる」というメッセージをファンに届けた。皮肉にも、昨年12月のトラックテロは動物園駅前近くで発生し、ユーロという強大な共同体に取り残されてしまったと疎外感を覚える市民が各国で増え続けている。このタイミングで台頭してきたポピュリスト政治家たち。U2が25年前に夢見た理想郷としてのヨーロッパはもはや夢物語なのだろうか。

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    こんなにもいた世界の独裁者大図鑑

    1940年に公開された米映画『独裁者』は、主演を務めたチャールズ・チャップリンの代表作の一つである。あれから70年余り。いま、世界は再び「独裁者」の幻影を思い起こし、すがりつつある。人はなぜ独裁者に熱狂し、求めるのか。極右化する世界の今を考えたい。

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    偉大な元帥様になれない金正恩を悩ませる「抵抗勢力」の正体

    重村智計(早稲田大学名誉教授)恐怖の平壌 平壌では、「日米首脳会談」の事実を口にできない。禁句である。話せば、逮捕される。北朝鮮の秘密警察のトップ、金元弘・国家保衛相が1月中旬に解任されたという。処刑の可能性も指摘される。北朝鮮国民は誰も知らない。口にすれば、拘束される。1月1日、ソウル駅で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による「新年の辞」の発表を報じるテレビ番組を見る人々(AP) 国家保衛相解任の理由は、テ・ヨンホ駐英公使の韓国亡命というのが、平壌からの情報だ。テ公使は、家族全員で亡命した。その過程で、子供の出国のため金元弘・保衛相に数十万ドル(数千万円)の賄賂を手渡した。 北朝鮮の外交官は、少なくとも家族一人は人質として平壌に留め置かれる。家族を海外に連れ出せる許可は金元弘の権限だ。さらに、大使館内の秘密警察の担当者にも、多額のカネを握らせた。また、以前から韓国の情報機関と連絡を取っていた。 秘密警察の幹部多数が、責任を問われ処刑された。テ公使は、昨年7月の亡命以来メディアとの会見を重ねている。その中で、金正恩委員長の母親の高英姫について言及した。北朝鮮の指導部内では、母親が在日出身であるというのはなおタブーで、彼女の墓地へのお参りは、幹部も含め禁止されている。公開には指導部内に強い反対意見があったという。 金正恩委員長の誕生日は1月8日とされるが、今年も公式発表はなかった。カレンダーも祝日になっていない。北朝鮮最大のミステリーだが、母親の秘密と関係があるようだ。 誕生日を最初に明らかにしたのは、「金正日の料理人」と言われる日本人だ。彼は、昨年の八月中旬に北朝鮮に入った。妻と娘が平壌にいる。日本料理店を開き、「年末には一度帰国する」と語っていたが、消息は途絶えた。命が危険になる「誕生の秘密」を知っているから、との憶測がある。 北朝鮮の情報、工作機関は彼をスパイと疑っていたが、指導者の保護で手を出せなかった。日本の警察や公安、拉致対策室、韓国の情報機関とも接触していた、との報告が届いていた。 処刑された「張成沢(チャン・ソンテク)」の名前も、禁句だ。「チャ」と言っただけでも、捕まりかねない緊張感が漂う。テ・ヨンホ公使は、「金正日以上の、恐怖先行政治」と述べた。 マキアベッリは「君主論」で「君主は、愛されるより恐れられる方が安全である」と述べた。北朝鮮はこの理論を実践している。過去5年間で340人が処刑されたという。幹部や軍の将軍は、完全盗聴の対象だ。事務所はもちろん自宅の隅々に、盗聴器が隠されている。「儒教全体主義」国家の限界「儒教全体主義」国家 北朝鮮は、哲学者ハンナ・アーレントのいう全体主義国家である。主体思想は「指導者の考え通り考え、指示通り動く」と教える。信仰の自由や思想の自由、職業の自由もないのに、「全体主義国家」と指摘するジャーナリストや研究者は、極めて少ない。共産主義と朝鮮儒教の理論が結びついた「全体主義」だ。「指導者を国民の父親とし、無条件服従」を求める。北朝鮮の労働新聞が1月8日に掲載した、平壌の製糸工場を視察する金正恩朝鮮労働党委員長の写真(共同) 指導者になる第一の条件は、金日成主席と金正日総書記の血統と思想の継承で、息子や家族しか後継者にはなれない。第二の条件は、偉大な業績だ。金正恩委員長は、偉大な業績作りに苦労している。 偉大な業績のために、金正日総書記の「先軍政治」を捨てた。「経済と核優先」の二大政策を掲げた。何が違うのか。「先軍」は、軍人を優遇し利権を与え、軍が貿易に手を出す外貨稼ぎを認めた。それをやめて、「核開発」に利権と資金を集中した。軍が反発し不満を抱くのは当然で、従わない軍幹部を次々処刑した。 金正恩委員長は、元日に「新年の辞」のテレビ演説を行い「水素弾と核弾頭実験、ミサイル発射実験」を偉大な業績として力説した。演説では、「米帝国主義」との言葉を使わず、米大統領への期待をにじませた。トランプ米大統領は「金正恩委員長とハンバーガーを食べたい」と発言し、在韓米軍撤退に言及した。それに期待をかけたが、日米首脳会談で消し飛んでしまった。トランプ大統領は、安倍晋三首相の意向を聞き、強硬策に転換した。北朝鮮に石油禁輸の国連制裁を行う環境が、整ってきた。プーチン露大統領も反対しないだろう。 金正恩委員長は、生き残りのために拉致問題解決の日朝交渉再開に応じるしかなくなる。北朝鮮の外交政策立案は、外務省には権限がない。最近は、40歳代を中心にした指導者直属の部署が、対日外交戦略を密かに担当している。 「儒教全体主義」では、老人や元老が強い発言力を持つ。金日成主席は92年に日本財団の笹川陽平会長に、「わが国では、老人を手なづける能力がないと指導者になれない。儒教の伝統だ」と語った。老人たちは役職にしがみつき現状維持を図り、新しい政策に消極的だ。老人は「金日成と金正日のお言葉がある」と抵抗する。彼らなりの手続きと権限がある。独裁国家といえども、独裁者一人では何もできない。 日米は国連の制裁で、対北石油禁輸に踏み切流べきだ。中国は反対しても、ロシアは受け入れるだろう。中国は、供給削減でもいい。そうなると、北朝鮮軍は崩壊に向かう。石油がないからだ。 国連や日米韓の制裁で困り果て、米国の金融制裁でドル送金を押さえられた。中国も貿易制限に乗り出した。日米との関係改善なしには、衰退するばかりだ。関係改善には、拉致問題の解決と核開発中止が不可欠だ。軍は、核開発中止を絶対に受け入れない。 米国の金融制裁で、ドル送金も押さえられた。日本との関係改善なしには、衰退するばかりだ。日本との関係改善には、拉致問題の解決と核開発中止が不可欠だ。それでも軍は、核開発中止を絶対に受け入れないだろう。 指導者は、「核保有国になった」と米国に認めさせ、核開発の中止を軍に受け入れさせる戦略だ。でも米議会は、北朝鮮の条件を受け入れまい。今年は、金日成生誕105年で、金正日生誕75周年に当たる。お祝いの「花火」として、核実験とミサイル実験をする。実験できなければ、指導者の資格を疑われる。北朝鮮の核実験で、韓国大統領選挙の様相も変わる。国連安保理が、石油禁輸を採択すれば、北朝鮮は崩壊に向かう。

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    世紀の謎! カストロはチャべスを暗殺したのか?

    【WEDGE REPORT】風樹茂 (作家、国際コンサルタント) 2009年秋、私は身近にチャべスを見る機会があった。職場を訪れたのである。ジープを自ら運転し、元気に現場を歩きまわる外見からは全く健康そうに見えた。その4年後に死んでしまったことが、いまだ、私には信じられない。チャべス死の謎に挑む。チャべスは自らジープを運転し元気だった前立腺癌が発覚、手術後一気に悪化した チャべスはいつごろからか、歩行時に足が痛むと言い始めていた。大統領官邸のキューバ人医師たちを通じて、それを最初に知ったのはカストロである。2011年1月カストロはチャべスの元にスペイン医師ガルシア・サブリィノを送った。医師は前立腺癌を疑い、チャべスにきちんと検査したほうがいいと助言したが、医者嫌いのチャべスは受け付けなかった。 けれども、5月の初めには左足の膝が痛み、歩行に困難を伴った。カストロの勧めもあり、チャべスはハバナへと飛び立った。外科・検査センター(Cimeq)で検査すると、前立腺癌が発覚し、骨盤に転移していた。 6月10日、キューバ人医師が手術をした。その後、ロシア人医師が派遣され2度目の手術が行われた。6月30日、手術後療養中のチャべスはハバナからベネズエラ国民向けに伝えた。「偉大なフィデルが癌の辛い告知をしてくれた。癌細胞はすべて削除された」 ベネズエラ政府も、チャべスは完治したと発表した。翌年12月に大統領選挙が迫っていた。その時から、チャべスは10回を超える頻繁なキューバ詣でによる治療を続けることになる。チャべスは化学療法(抗がん剤治療)を受け続け、ステロイド療法の力を借りて歩行困難を克服し、外遊などの政治活動を続けた。顔はむくみ、髪の毛は抜け落ちた。 翌年1月8日にはチャべスは熱帯雨林のど真ん中に位置する、イランとの協力プロジェクト、セメント工場「セーロ・アスル」の前にいた。石油公社の職員を前に、日曜日のテレビ番組「こんにちわ 大統領」を7カ月振りに中継し、5時間しゃべり続け、サルサバンド「マデラ」が演奏する明るいリズムに乗って、南米の民族楽器レコレコを奏でながら踊った。癌を克服したかに見えた。 けれども、2012年2月には同じ部位に癌が再発。2月26日にキューバで再手術を受け、放射線治療も始まった。手術後、チャベスは、カラカス沖160 キロにあるカリブ海のラ・オルチラ(La Orchila)島で秘密裏に療養したといわれる。陸軍・空軍の基地があり、軍・政府の高官のみが訪れる場所だった。 皮肉だった。2002年のクーデター時にチャべスが幽閉された場所である。そのときは、命を奪われるか、キューバに亡命するか、それとも大統領で居続けるかの瀬戸際にいた。今は選挙までは生き続ける必要があった。 2012年7月1日、選挙選の火ぶたが切られた。投票日は2カ月早められていた。チャベスは全国を巡る選挙キャラバンカーの上で、まだまだ元気に見えた。ボクサーの真似をし、ギターを弾き、歌い、踊り、叫んだ。「ビバ! ボリバル革命!」「勝利の日まで!」いつもと同じ空虚なお祭り騒ぎだった。熱狂する民衆は、めったに現実化しない幻想に酔わされ続けた。 実際はチャべスは疲労、吐き気、痛みに耐え、モルヒネを打ちながら選挙戦を戦ったともいわれる。命をかけた甲斐があり、10月7日、得票率55%で、野党統一候補のエンリケ・カプリレス(44%)を退け4選を果たした。 その後の動静はあまり伝わらない。選挙キャンペーンの無理がたたり、容態はかなり悪化していたのではなかろうか。また、当時、不都合な事実が暴かれていた。年初にチャべスが訪れた「セロ・アス―ル」のセメント工場は中途で挫折し、機材は野晒になり、労働争議が頻発していた。中途で放棄されるプロジェクトのひとつにすぎなかった。 11月24日からチャべスの病状は急変した。下腹に激痛が走り、2度意識を失い、喀血した。27日に急遽キューバ空軍機でハバナへと送られ、翌日には癌の専門チームがロシアから派遣され、高圧酸素療法が施工された。 12月7日、チャべスはカラカスに飛んで帰り、8日に政府幹部とともにテレビに出演した。チャべスの右に政府ナンバー2の国会議長ディサード・カベージョ、左に副大統領に昇格したニコラス・マドゥロ(現大統領)が座った。 チャべスはサータディ・ナイトフィーバーの映画の思い出を語り、自身の革命を総括し、もう一度ハバナで手術をする必要があると言い、もし帰国できないときにはと、マドゥロを大統領候補に指名した。そして祖国を称える歌をうたい、叫んだ。「勝利の日まで、ベネズエラ万歳!」。全員が復唱した。 カストロが、ベネズエラ最大のコカインカルテル「ロス・ソレス」に君臨する個性の強い軍人上がりのディオサードではなく、元バスの運転手で、組合活動家だった従順なマドゥロを好んだのだ。マドゥロは大卒ではないが、24歳のときには、キューバで政治教育を受けている。最初の手術から2年もたたずに死ぬ最初の手術から2年もたたずに死ぬ チャべスは12月9日ハバナに戻り、11日に最後の手術を受けた。癌はすでに膀胱、腹部、肺に転移していた。手術中に動脈を傷つけ、大出血があったともいわれている。その数日後から、呼吸困難が繰り返され、12月31日、チャべスは死んだ(チャべス死の日は様々な説があるが筆者はこの日がもっとも確度が高いと考えている)。 不思議である。チャべスは最初の手術から2年もたたずに死んでしまった。前立腺癌の5年生存率は日本では100%だ。チャべスは足の痛みを感じていたのだから、ステージCぐらいで発見されたのだろう。その場合も5年生存率は50%前後である。なぜ、最初から前立腺癌ステージCの標準治療である、ホルモン療法と放射線治療が行われなかったのだろうか? ベネズエラ政府は、2013年2月13日に、チャべスは夜中にカラカスに帰国し、陸軍病院に入院したと発表した。誰一人、チャべスの生きた姿を見たものはいなかった。身体が横たわっているストレッチャーは、キューバ人に囲まれていた。9階にある病室には誰一人入ることが許されなかった。チャべスと最も親しかったボリビア大統領のエボ・モラレスさえも、入室を拒まれた。 そして、3月5日、マドゥロはチャべスの死去をテレビで発表した。3月8日には盛大な国葬が行われた。遺体の防腐処理をするために、ロシアから専門家が来るとか、バチカンから来るとか言われていた。だが、それはうまくいかなかったと伝えられた。不思議だった。棺に防腐剤やドライアイスが入っていたようには見えなかった。 しばらくして、キューバを逃れた情報機関G2に属するキューバ人スパイ、フアン・アルバロは、チャべスは暗殺されたと証言している。彼はチャべスを個人的に知っている。 「2011年の経済危機の中で、チャべスはキューバへの援助を縮小する態度を見せた。チャべスは全く健康であったが、キューバ人医師は体内にバクテリアを植付け、意味のない手術を行い、抗がん剤を処方し、骨髄を損傷し、死にいたらしめた」チャベスの死に対する様々な憶測チャベスの死に対する様々な憶測 信ぴょう性は分からないが、カストロにとってチャべスの命と自分が支配する国の重みの違いは、火を見るよりも明らかだったに違いない。一方、マドゥロは米国により暗殺されたと言っている。 その後、2014年、チャべスの死の内幕を描いた本『とてつもない嘘』(El gran engaño)が発刊された。ベネズエラの書店からはすぐに消え去った。著者は、一時チャべス派にいた政治家のパブロ・メディナだった。また、2015年発刊の『チャべスのブーメラン』(Bumerán Chavez)もやはり死の内幕をつづっている。 私は一時ベネズエラを離れたが、再び2014年~16年夏まで滞在した。原油価格の低下もあり、15年からはモノ不足が焼結を極め、いたるところで略奪が始まっていた。車両泥棒、銀行強盗などの犯罪は日常茶飯事で、私の知人夫婦も殺され地中に埋められた。産油国なのにベネズエラ人の月給は30ドル~100ドル前後。世界最貧国のひとつである。 また、現大統領マドゥロの妻の甥っ子二人が800キロのコカインをアメリカに持ち込もうとしてハイチで逮捕され、アメリカで収監された。その一人エルフィン・カンポはこういっている。「チャべスの死後、ディオサードとマドゥロはベネズエラの富を山分けすることで、合意した。ディオサードは税金、鉱山、港湾、飛行場をもらいうけ、マドゥロは石油を手にした」 私は思い出す。チャべスが死んだと発表された翌朝、ホテルで出された朝食は、いつもの決まり切った卵と豆ではなかった。ステーキがふるまわれたのだ。 フィデル・カストロが11月25日に死去し、キューバは9日間の喪に服した。そしてなぜか、いや、当然というべきか、ベネズエラも3日間、喪に服した。かつての私の職場のプエルト・カベージョに滞在しているキューバ人たちは、歓びに沸き、お祭り騒ぎだったと聞く。 ベネズエラ人は自嘲気味にいう。「キューバ人はベネズエラ人以上にベネズエラ人だ」。

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    世界最強の独裁者プーチン「政治哲学」はまさかのアレだった?

    で強硬姿勢を強めた。国内の守りを固めるため、04年から第二次大戦勝利を盛大に祝う戦勝神話を新たな国家イデオロギーとした。 プーチンはもともと、旧ソ連国家保安委員会(KGB)のケースオフィサーだったが、ソ連時代は共産党が戦略を策定し、KGBは戦術を担当する役回りだった。KGBでの経験から安定重視、大国志向、国益優先の意識が強かったプーチンは、一連の事件に柔道の戦術的対応を積み重ねる中で、今日の国粋主義者に変貌したかにみえる。プーチンにとって世界は柔道場 プーチンの「柔道外交」については、ロシアのセルゲイ・アレクサシェンコ元財務次官も「プーチンにとって、世界は道場のようなものだ。彼は相手の弱さや不決断を利用し、いかに勝利を収めるかをいつも考えている」と述べた。ロシアの政治評論家、ニコライ・ペトロフも「柔道はプーチンの政治哲学だ。相手の力を利用して勝利を収めるのが柔道であり、プーチン外交にはそれが表れている」と語る。 柔道の極意は、攻めるときは徹底して攻め、相手が攻めてくると、いったん守勢に回りながら相手の隙をついて逆襲に転じることにある。マーチン教授は「プーチンは相手の弱さをつかみ、バランスを狂わせて自滅させるのが得意だ」と指摘する。 プーチンは「柔道は礼に始まり、礼に終わる」と強調するが、ソ連時代の柔道は勝利優先の「勝つための柔道」だった。1960年代半ばから柔道に取り組んだプーチンの外交・安保政策も、礼儀より勝つことを優先している。 04年のオレンジ革命では、いったん引き下がり、ウクライナ親欧米派政権のミスや軍、治安機関の弱さを突いて逆襲に転じ、10年後にクリミア併合という大攻勢に出た。国際法違反という反則の判定もロシア側は無視した。プーチン大統領 11年末に下院選の不正をめぐって大規模な反プーチン運動が起きると、プーチンは一定の民主改革を発表していったん引き下がった。しかし、12年に大統領に復帰すると、反体制派を弾圧し、政治統制を強化して政権基盤を安定させた。15年からのシリア空爆も、オバマ米政権の対外関与への優柔不断を突いたもので、一転してシリア情勢の主導権を握った。 プーチンの柔道外交について、米国防総省のカービー報道官は「われわれは彼の行動をスポーツによって説明しようとはしない。行動の動機には関心がない」としている。 しかし、米国のロシア専門家でニューヨーク州立大学のマーク・ガリオッティ教授は「彼は米国や中国、EUなどより強い相手と対峙する際、相手のエネルギーを奪ったり、自らの組手を有利にするなど、明らかに柔道の戦術を利用している」と指摘する。 プーチンの柔道外交から、昨年12月の訪日を分析すると、安倍晋三首相が北方4島の返還要求を避けて目標を下げ、ロシアのクリミア併合やシリア問題を一切批判しなかったことを対戦相手の弱さと見て、徹底して攻め込んだ。 その結果、プーチンは領土割譲で一切の言質を与えず、80以上の経済協力案件を勝ち取り、「プーチン外交の大勝利」(ロシアの日本専門家)となった。「国民の大半はがっかりしている」(二階俊博自民党幹事長)という結果になったプーチン訪日は、安倍首相の「一本負け」と言えるかもしれない。

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    トランプ、ドゥテルテ、プーチン なぜ世界は独裁者求めるか

     周囲の意見など一顧だにせず、暴れまくるトランプ大統領の出現。この男に象徴されるように、世界では続々と独裁者が出現してきている。この現象の背後では、いったい何が起こっているのか。日本を名指しで通貨安誘導と批判したトランプ米大統領。発言を受け、外国為替市場では波紋が広がった(AP) トランプ氏の勝利を当初から予測していたジャーナリストの木村太郎氏と国際政治学者の三浦瑠麗氏が、世界に訪れつつある「独裁者の季節」について語った。──世界的に独裁者の季節が到来している感がある。三浦:フィリピンのドゥテルテ大統領は、中産階級の反乱を起こしたと言えます。木村:民意による支持がないと強権的な政治はできなくて、今起きているのはそういう現象ですね。だから、これから日本でもあり得る現象かもしれない。三浦:暴言を吐いて敵を作ってスケープゴートにしていくという手法ですね。木村:橋下さん?(笑)。まあでも、ドゥテルテ大統領については、私は高く評価しています。マニラ・タイムズが論説で書いていましたが、彼が任期をまっとうしたらフィリピン史はBD(ビフォア・ドゥテルテ)、AD(アフター・ドゥテルテ)という時代分けになるかもしれないと。 外交はしたたかで、オバマは人権だの何だの文句は言うが、ビタ一文出さない、南シナ海にも駆逐艦を通すだけで何もしない、それなら中国と仲良くして漁ができるようにしたほうがいいという現実的な判断をした。日本にもそうした選択肢があると私は思っている。三浦:ええっ!? 私はそうは思わないな。日本にとって最大の脅威はやはり中国だと思います。欧州の次のリーダーは移民排斥を訴えて出てくる──北方領土返還交渉で注目されているプーチン大統領もまた強権的だ。三浦:プーチンが強権を発動できるのも、民意の負託があるからです。エリツィン時代はひたすらアメリカの世話になりながら、プライドを捨てて頑張ったわけですが、鬱憤が溜まったところでプーチン現象とでも呼ぶべき現象が起きた。 拙著『シビリアンの戦争』(岩波書店)でも述べましたが、民意に基づく戦争をし、民意に基づく軍事外交を取り仕切ったパターンです。木村:ウクライナ危機についても、ロシアが“侵攻”したクリミア半島はロシア系住民ばかりで、あれはロシア領だと思う。そういうロシア国民の民意がプーチンを後押ししている。 広大な国を治めるには、強権政治にならざるをえない。その意味で非常にロシア的な指導者です。トランプは国外の紛争から手を引くと言っているから、クリミアも「どうぞ」となると思う。三浦:じゃあ、シリア難民も無視されると?木村:そうです。「ポリコレ」(※注/ポリティカル・コレクトネスの略。政治的・社会的に正しく、差別・偏見が含まれていない言動)は脇に置いて、“もう反アサド派は支援しないから、ロシアはアサド政権と適当にやってよ”ということになるのではないでしょうか。「アラブの春」も、「民衆の蜂起は正義」というポリコレでオバマは介入して、結果、混乱させただけです。──難民問題に揺れる欧州でも独裁者が生まれる土壌が醸成されつつあるのか。三浦:アメリカより欧州のほうが移民に対する免疫がなく、耐え切れていない感じです。ドイツのメルケル首相も自分の難民政策に後悔していると言い始めている。イギリスもEU離脱を決定してしまったし。 だから、次のリーダーは、移民排斥を訴えて出てくるでしょう。フランスでは、国民戦線のマリーヌ・ルペンが勝つ可能性がある。より危ないのは東欧です。人種差別の歴史が長く、民主主義の歴史が浅く、寡頭支配で、とんでもないのが出てくる可能性がある。木村:こだわるようですが、欧州もアメリカと同様にポリコレに疲れた。東欧出身のメルケル自身が建前の教育を受けてきて、「困っている人を助けるのは美しい」という価値観を持っていた。ところが現実は違って、必ずしも善良ではない人間も入ってきてしまった。 いずれにせよ、今後はポリコレにこだわらない指導者がどんどん出てくる。それを独裁者と呼ぶかどうかはわかりませんが、建前論を振り回さず、やるべきことをやっていく人を民衆は求めていくと思います。●きむら・たろう/1938年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。NHKで記者、キャスターを経て、フリーに。フジテレビで数々の報道番組のキャスター、コメンテーターを歴任。●みうら・るり/1980年生まれ。東京大学農学部卒、同法学部政治学研究科修了(法学博士)。東京大学政策ビジョン研究センター講師。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』(文春新書)など。関連記事■ ロシア通記者が露大統領再登板のプーチンの実像を記した本■ 皮肉好き外務官僚 前原氏に「お子様ランチ」のあだ名つける■ 聖火リレーに同性愛者象徴旗持つ男が乱入しプーチン怒り心頭■ 走り幅跳び美女選手の裸体写真掲載「1枚1万ドル」で交渉決裂■ ロシア人の罵り言葉 「あいつは中国人百人分ぐらい狡い」

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    井上章一氏 建築で虚勢をはる独裁者のいとなみ

     独裁者は世に自身の権威を見せつけるために巨大な宮殿を建てる。かつてのルーマニアの独裁者、チャウシェスク大統領の公邸はその最たるものだろう。その部屋数3000室で、建築物としては米ペンタゴンに次ぎ世界2位の規模を誇る。1989年の政権崩壊から26年を経た今年3月、一般公開されることになった。そんな独裁者と建築の関係について建築史家の井上章一氏が考察する。* * * チャウシェスクの宮殿には、政権の転覆後、おとずれたことがある。その偉容には、やはり圧倒された。宮殿側のガイド嬢も、これが世界一の規模をもつと、随所で説明していたものである。たとえば、ここはヴェルサイユ宮よりりっぱにできている、などなどと。かつてのルーマニアの独裁者、チャウシェスク大統領が「宮殿」として造成した国民の館(2008年4月撮影) そういう案内ぶりに接して、私は皮肉のひとつも言いたくなった。よかったですね、独裁者がすばらしい観光資源をのこしてくれて、と。まあ、もちろんガイド嬢の前ではだまっていたのだが。 いわゆる独裁者が、みな建築で自分の権勢を見せつけたがるわけではない。キューバのカストロやエジプトのナセルは、それらしいことをしなかった。私はこの一点で全体主義体制を分類することも、できると思っている。ざんねんながら、政治学者はあまりそういうことを考えてくれないが。 建築で虚勢をはりたがる独裁者には、ある種の精神的なかたよりが、ひそんでいよう。だが、そのいとなみには、全体主義国家をささえる機微もある。 大規模な建設作業は、多くの労働者に仕事の機会をもたらすだろう。工事現場付近の消費も、活性化させていく。それでうるおった人びとは、独裁者をありがたく感じるかもしれない。あの人は自分たちの自由をみとめないが、儲け口をあたえてくれた、と。そういう想いをあおりつづけるために、建設ラッシュがとめられなくなる体制は、あると思う。ナチズムは、そちらへ傾斜した典型例であろう。 そう考えれば、やっていることは戦後日本の建設政策とも、それほどかわらない。周知のように、日本もスクラップ・アンド・ビルドをくりかえし、富をきずいてきたのである。あるいは、自民党の長期政権を安定させもした。もちろん、独裁者の宮殿と公共工事でできた施設を、いっしょにしてはいけないのだろうけど。【PROFILE】1955年京都府生まれ。京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。建築史家。国際日本文化研究センター教授(建築史、意匠論)。風俗、意匠など近代日本文化史を研究。『京都ぎらい』(朝日新書)、『関西人の正体』(朝日文庫)など著書多数。関連記事■ 京都出身の建築史家が京都の優れた洋館を写真付で紹介した本■ 大前研一氏「日本変えるには独裁者と言われるリーダー必要」■ ロシア通記者が露大統領再登板のプーチンの実像を記した本■ 日本は独裁を許しやすい国民性 安倍首相暴走を大前氏が危惧■ 「独裁者」と橋下徹氏批判する人は負け惜しみでも人道外れる

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    知られざる巨大組織「日本会議」研究

    いま「日本会議」という保守系団体の存在に注目が集まっている。著名な保守言論人や政治家らが名を連ね、安倍政権が目指す憲法改正を下支えする組織として知られるが、関連本も多数出版され、ブームになっているという。そもそも日本会議とはどんな組織なのか。その実像を徹底研究する。

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    保守論壇よ、目を覚ませ! 「右派プロ市民」に操られた日本会議の正体

    菅野完(著述家) 先の参院選では、与党が勝利を収めた。その結果、自民党・公明党・おおさか維新などを含むいわゆる「改憲勢力」は衆参両院合わせて三分の二を占めたことになる。いよいよ「憲法改正」の現実味が増して来た。 護憲派の一部は、「安倍政権は改憲の意図を隠して参院選に臨んだ」と、与党側の選挙戦略を批判する。しかし実際には、自公連立与党及び官邸サイドは、あからさまと言っていいほど明確に「改憲の意思」を選挙期間中に表明しつづけてきた。 確かに安倍首相を含む与党幹部が、選挙応援演説で「憲法改正」に言及することはほとんどなかった。だが安倍首相は、選挙期間中に開かれた全ての党首討論会で「改憲は自民党の党是」「隠しているどころか、自民党は憲法草案まで示している」と、再三にわたり野党党首たちに言明している。こうした言動を踏まえると、護憲派からの「改憲隠し」批判は的外れと言わざるを得ない。紛れもなく「改憲」は参院選の争点だった。 政権周辺は参院選の前から、改憲への意欲を明確に表明してきた。春の国会で安倍首相は、民主党(当時)・大塚耕平議員の質問に「(憲法改正は)私の在任中に成し遂げたいと考えている」と明確に述べてもいる。その後発生した熊本地震に際し、記者会見に臨んだ菅官房長官は、災害発生時などの非常事態に際し首相に権限を集中させる「緊急事態条項」を憲法に新設することについて「極めて重く大切な課題だ」と述べてもいる。「参院選の党首討論」という非公式な場だけでなく、国会や記者会見など公式な場でも、政権周辺は明確に「憲法改正」に言及しているのだ。 こうした「改憲運動」は、政府・与党だけでなく、今、民間でも高まりつつある。その担い手が、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」だ。今年の正月。各地の神社で「改憲署名」が集められている光景が話題となった。あの署名運動を展開している団体こそ、この「美しい日本の憲法をつくる国民の会」に他ならない。同会の共同代表は櫻井よしこ(ジャーナリスト)、田久保忠衛(杏林大学名誉教授)、三好達(元最高裁判所長官)の三氏。日本会議の集会で講演する百地章氏 この三氏のうち、櫻井よしこ氏を除く二氏には、「日本最大の右派市民運動」と称される「日本会議」の会長職を務めたという共通点がある。田久保氏と三好氏だけではなく、その他の役員メンバーを見ると、事務局長の椛島有三氏(日本会議事務総長・日本青年協議会会長)、幹事長の百地章氏(日本大学教授・日本会議政策委員)など、日本会議関係者によって要職が占められているのがわかるだろう。これを見れば明らかなように同会は実質的に「改憲運動における日本会議のフロント組織」だ。 日本会議の設立は1997年。その後20年間、日本会議は多岐にわたる運動を展開してきた。その中には「国旗国歌法の制定」「教育基本法への『愛国条項』の挿入」など、国政レベルで法制化を実現したものも多い。また国政のみならず地方自治体レベルでも、「男女共同参画条例反対運動」や「性教育反対運動」など活発な運動を展開している。こうした運動を、日本会議が「日本会議」の名前で展開することはない。必ず、それぞれの運動に応じた「フロント団体」が設立され、個別の運動はその団体の名義で展開される。 例えば、日本会議が長年にわたって取り組んでいる「夫婦別姓反対運動」と「男女共同参画事業反対運動」は、「日本女性の会」という団体を通じて展開されてきた。また、前掲の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が改憲運動のフロント団体であることなども、その典型的な事例だろう。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」における櫻井よしこ氏がそうであるように、それぞれの団体には、その運動分野で著名な文化人や有識者が「団体の顔」として担ぎ出される。したがって、運動用フロント団体の代表者の顔ぶれは団体によって違う。だが、事務局は別だ。どの運動のどの事務局も、全て、日本会議事務総長を務める椛島有三氏によって差配されている。「生長の家」を発祥とする日本青年協議会 「代表者はお飾り。実権は椛島有三が握る」という図式は、本体である日本会議そのものにも及ぶ。日本会議の本部事務局は、目黒区青葉台にあるオフィスビルの6Fに入居しているが、同じビルの同じフロアには、椛島有三氏自身が代表を務める「日本青年協議会」なる団体の本部事務所も同居している。とある内部協力者は、「日本会議と日本青年協議会の事務所は住居表示としては部屋番号が違いますが、実態は同じ部屋。間仕切りも何もない。日本会議の専従などおらず、日本青年協議会の専従が日本会議の仕事をしているのです」と語ってくれた。つまり、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が日本会議の改憲運動用フロント団体である前に、日本会議そのものが、日本青年協議会のフロント団体としての性格を持つのだ。 「美しい日本の憲法をつくる国民の会」や日本会議に集まる人々を見れば、櫻井よしこ氏やケントギルバート氏のようなタレントや文化人のみならず、田久保忠衛氏、中西輝政氏、西尾幹二氏など学者・研究者の名前が並び、「ただの保守系著名人の親睦団体」のように見えなくもない。だが、日本青年協議会は違う。あの団体だけは別だ。第18回公開憲法フォーラムで挨拶する櫻井よしこ氏=2016年5月3日 日本青年協議会(以下、「日青協」)は、新興宗教・生長の家の学生運動に発祥を持つ民族派団体。70年安保の時代に「反全学連・反全共闘」の「民族派学生運動」として誕生した。その後、母体である「宗教法人・生長の家」そのものは路線変更を経て、政治運動から撤退したが、椛島有三氏以下日青協のメンバーたちは、未だに「生長の家」の創始者・谷口雅春の思想を信奉し、谷口雅春の説いた「愛国路線」を愚直に突き進んでいる。 また、高橋史朗氏(明星大学教授)や百地章氏など日青協の幹部メンバーは、現在の「宗教法人・生長の家」に反旗を翻す宗教的原理主義団体「谷口雅春先生を学ぶ会」での活動も確認されている。日青協のメンバーは、70年代以降、弛むことなく、宗教的情熱を元に、政治運動を続けてきたのだ。 谷口雅春存命中の「生長の家政治運動」について言及される際、必ずと言って引き合いに出されるのが、「生長の家は、『帝国憲法復元改正』を唱えていた」という点だろう。確かにそれは間違いがない。谷口雅春は熱心に「昭和憲法に正統性はない。明治憲法を復元すべきだ」という主張を展開していた。だが、当時の「生長の家政治運動」が最も熱心に取り組んだのは憲法問題ではなく、「妊娠中絶反対」を主眼とした「優生保護法改正運動」だ。 「中絶は一種の殺人行為である。 法律はこれを許しても神の世界では許されない」と唱える谷口雅春の下、当時の「宗教法人・生長の家」は、苛烈に「優生保護法改正運動」に取り組んだ。当然の事ながら、その運動は、宗教法人本体の運動だけにとどまらず、学生運動にも波及する。当時の『生学連新聞』(生長の家学生運動の機関紙)では、「憲法改正」ではなく「優生保護法改正」こそが最重要課題として掲げられるのが常であったほどだ。 運動は一定の成果を見せ、当時生長の家組織候補として自民党内で有力な地位を占めつつあった玉置和郎氏や村上正邦氏の尽力もあり、国会での議論の対象にもなり、改正法案が上程されるまでにこぎつけた。しかし、こうした動きは、障害者団体や、当時勃興しつつあったフェミニズム運動の猛烈な反発を生み、ことごとく頓挫してしまう。ついに1983年(第一次中曽根内閣時代)、自民党政務調査会優生保護法等小委員会は、「優生保護法改正は時期尚早」との結論を出し、国会での法改正の道は完全に絶たれるに至った。その直後の1983年10月、生長の家は突如「政治運動撤退宣言」を出し、優生保護法改正運動のみならず、あらゆる政治運動から撤退してしまう。当時のマインドのまま現在も運動を続ける日青協 かくて「宗教法人・生長の家」は83年を境にきっぱりと政治運動から足を洗ったが、先に振り返ったように、日青協は今もって当時のマインドのまま運動を続けている。「憲法改正と同等、いやそれ以上の情熱を、中絶問題にかける」「自分たちの運動の敵はフェミニストたちだ」という認識は、未だに日青協に色濃く残る。その証拠に、日青協のフロント団体である日本会議の公式サイトに掲載された「国民運動の歩み」なるページを読んでみるといい。 確かに、「元号法制化」「天皇陛下御在位20年奉祝行事」など、「愛国運動」らしい文言もあるが、何より多出するのは、「夫婦別姓反対」「男女共同参画事業反対」「ジェンダーフリー教育反対」「性教育反対」などの「女性問題」に関する文言だ。しかもことごとくが、「みずからなにか新しい価値観を提供する」という前向きな議論ではなく、「フェミニストどもが推し進めるものを押し返してやる」とでも言いたげな、後ろ向きのものばかりであるのも特徴だろう。 こうしてみると、日青協の特異さが浮かび上がる。何も「宗教だからだめだ」というわけではない。日青協のやることは常に「反対運動」なのだ。学生時代は「左翼学生運動反対」、大人になってからは「左翼とフェミニストのやること反対」。悲しいまでにかれらには独自性がない。独自性といえば、ファナティックともいうべき谷口雅春への帰依ぐらいであり、彼ら独自の思想や新機軸など何もない。ただただ「小賢しいことを言うサヨクと女どもを怒鳴りつけてやりたい」しかないのだ。これでは居酒屋で管をまくそこいらの親父と大差ない。 そんな程度の低い人物たちが、自民党の改憲工程に影響を与えるはずがない、と思いたいだろうが、現実は一般人の想像を超えて悲惨なのだ。この程度の人物たちが、「憲法改正議論」という国家百年の計に容喙してしまうのが、今の日本の悲劇というべきだろう。信じられないというのならば、官邸を見てみればいい。日本青年協議会の設立メンバーであり現在も幹部を務める衛藤晟一氏は、首相補佐官を務めているではないか。衛藤晟一首相補佐官 国会の議論を見てみればいい。日本青年協議会の幹部である百地章氏が憲法学者として与党側の参考人招致に応じているではないか。厚労省を見てみればいい、日本青年協議会の幹部であり、学生時代は「生長の家学生連合」の代表を務めた高橋史朗氏が、男女共同参画会議の議員を務めているではないか。そして、安倍首相がビデオメッセージまで寄せる改憲運動の現場を見てみればいい、日本青年協議会のリーダーである椛島有三氏が運動を取り仕切っているではないか。 自民党の内部でさえ憲法改正に積極的ではない政治家は多数いる。メディアの世界で改憲議論をリードする保守論壇人たちも「何をどう改正するのか?」という具体論では足並みが揃わない。憲法改正が現実味を帯びた今だからこそ、今後の改憲議論は甲論乙駁の様相を呈してくるだろう。保守論壇を操る日青協に惑わされてはいけない そういう時こそ、「右側のプロ市民」である日本青年協議会の存在感が増す。彼らは今後迷走する「改憲議論」を、「これまでの運動の実績」と「高橋史朗や百地章や新田均などの組織内言論人の活用」で、綺麗にまとめ上げてくるだろう。そして議論の落とし所として「憲法9条改正や緊急事態条項は国論が二分し通りにくいため、まずは「家族の価値」という合意を得やすい論点から改憲を狙いましょう」などと言い出すはずだ。 その萌芽はすでにある。『正論』4月号が「憲法のどこを改正すべきか」というアンケートを実施した際、ほとんどの識者が「9条2項」や「前文」と答える中、ひとり高橋史朗氏だけが「憲法24条を改正し、家族の価値を盛り込むべきだ」と答えている。おそらく日本青年協議会はこの路線で、「保守論壇の意思統一」を図ろうとしてくるはずだ。彼らのいう「家族の大切さ」など、「自分たちが信奉する谷口雅春先生がそうおっしゃたから」という彼らの宗教的来歴に由来するものでしかないのは明らかだ。 更に言えば、その考え方は「社会の構成単位は個人である」という、思想的陣営の左右関係なく皆が前提とする「近代」の土俵を完全に否定するものでしかない。こうした程度の低い前近代的な文言が改憲ののち憲法に含まれる方が、憲法9条2項の存在よりよほど国辱的である。 これ以上、保守論壇人は日本青年協議会に惑わされてはいけない。彼らの運動は信仰運動の一環に過ぎない。自らの正体を隠し人を操る様はまさにカルトとしか言いようがないではないか。改憲議論が本格化する今こそ、保守論壇はきっぱりと日本青年協議会一派と決別し、自浄能力のあるところを見せる必要があるだろう。

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    日本会議「陰謀論」に徹底反論! 安倍政権を牛耳るカルト批判のウソ

    村主真人(日本会議広報担当) 最近、日本会議に関する新聞・週刊誌の報道や、書籍等の出版がにわかに活気づいている。しかし、残念ながらこれらの報道や出版物には、日本会議の運動の歴史的な経緯や一次資料を踏まえることなく安易な陰謀論に陥ったり、一面的な批評に止まっていたりするものが少なくない。 私達の運動は、戦後見失われようとしてきた伝統文化を守り、日本を取り巻く厳しい国際環境の変化の中で、自立した対等な独立国家としての矜持を持った国づくりを目指した国民運動を推進してきた。特に、近年の北朝鮮による拉致事件や工作船の活動、核・ミサイル開発、中国による南シナ海や尖閣諸島周辺での勢力拡張や威嚇、米国の内向きの姿勢は、国民の間の危機意識を高めていると考えられる。日本会議への共感や支持の拡大は、このような国民意識の変化に後押しされている点と無関係ではないだろう。 ここでは、私たちの活動を子細にご紹介する機会はないが、昨今の報道・出版の虚偽、誤解、偏見などにつき簡単に反論を加えておきたい。第3次再改造内閣が発足し、初閣議後の記念撮影に臨む安倍首相と閣僚たち =8月3日、首相官邸 今回の参院選は、当初から憲法改正の国会発議を可能とする3分の2の勢力が確保できるか否かが大きな注目を集めていた。7月の参院選に向けて報道が過熱した背景には、改憲勢力3分の2の確保を何としても阻止したいという勢力の意図が見て取れる。 特に安倍政権は、第二次政権の発足以降、高い支持率を維持している。これらの出版物に通奏低音のように流れているのは、安倍政権を支えているのは日本会議であり、日本会議は「戦前回帰」「歴史修正主義」の「宗教右派(カルト)」とのレッテルである。このようなレッテルを貼ることにより、有権者への不安感を煽り、野党勢力の挽回拡大を狙ったものと考えられる。安倍首相と日本会議の関係 日本会議には、友好団体として日本会議国会議員懇談会(超党派の国会議員連盟)があり、活動している。 この超党派議連は、平沼赳夫衆議院議員を会長とし、自民党、民進党、日本維新の会、日本のこころを大切にする党などの所属議員約290名が加盟されている。国会議員懇談会は独自の活動を行うとともに、日本会議から民間の請願を受け取り、国政について広く意見交換を行う存在となっている。 第二次安倍政権発足以降、安倍総理始め閣僚の多くが懇談会に所属し影響力を及ぼしているといった報道があるが、果してそうであろうか。民間団体の日本会議は、政府や政党に対して政策提言や要望書、国会請願署名を提出することがある。これは、憲法に保障された請願権の行使である。 私達は、確かに広報活動や各種行事開催などの国民運動を全国で繰り広げ、世論を盛り上げ、そして政府や国会を後押しし、法律や政策実現をめざしている。しかし一部報道に散見される、日本会議の方針に基づいて党や政府の政策が立案されているという指摘は、日本会議の影響力をあまりにも高く評価し過ぎており、現実にはそのようなことはありえない。日本会議は、「帝国憲法復元」を目指していない 昨今の報道・出版物の多くに共通しているのが、日本会議が「帝国憲法復活」を目指しているという言説である。これは日本会議が戦前回帰を目指しているとする悪質なプロパガンダに他ならない。 日本会議は、その前身の「日本を守る会」「日本を守る国民会議」結成以来、40年間一貫して「憲法改正、新憲法制定」を訴えてきた。「日本を守る国民会議」は平成3年(1991年)に「新憲法制定宣言」を公表し、新憲法制定運動を提唱、平成5年(1993年)に大枠をまとめた『日本国新憲法制定宣言』(徳間書店)を公刊した。以後、日本会議内部に「新憲法研究会」を設置して「新憲法の大綱」の研究活動を重ね、平成13年(2001年)には『新憲法のすすめ』(明成社)として公刊している。 これらの略史はホームページにすでに公開済みであるが、過去・現在において、帝国憲法復元を運動方針に掲げたことは一切ない。日本会議設立大会で挨拶する、塚本幸一会長=1997年5月30日、ホテル・ニューオータニ(東京・千代田区)日本会議と宗教団体の関係 こうした「帝国憲法復活」といった分析が出てくる背景の一つが、「日本会議」の前身、「日本を守る会」の構成団体の一つ「宗教法人生長の家」との関係だ。 その前に、日本会議と宗教団体の関係について明らかにしなければならないだろう。日本会議には、神道系、仏教系、キリスト教系などの沢山の宗教団体や社会教育団体、各種団体等が運動に参画している。 「日本を守る会」が昭和49年に設立に際して、次のような逸話が残されている。「日本を守る会」結成の発起人の一人である臨済宗円覚寺派の朝比奈宗源管長が伊勢神宮を訪れた折、「お前たちは世界だ人類だと、上ばかり見て騒いでいるが、足許を見よ、いま日本は、ざらざらと音を立てて崩れているではないか」との思いが脳裏をかすめ、「目が覚める思いだった。わしゃぁお伊勢さまから叱られたよ」と、同管長は述懐されている。 この思いが、神社界、仏教界、キリスト教界など、同憂の複数の宗教団体、有識者、文化人に広がり、当時、影響力を増していた唯物思想や共産主義思想から日本の伝統文化を守ろうと、信仰や思想信条の垣根を越えた大同団結が実現した。 このように、それぞれの団体の教えや国家観、歴史観と、「日本を守る会」の理念が一致し、それぞれの団体が活動に協力され今日に至っているのである。以上の経緯からしても、日本会議やそこに参画している教団がカルト集団だという指摘は、全く的外れな批判であることはいうまでもない。生長の家は30年以上前に脱会 「生長の家」との関係についても一言しておきたい。 「日本を守る会」の結成以後、生長の家の創始者谷口雅春氏は、会の代表委員を務め、昭和天皇御在位50年祝賀行事や元号法制化などの国民運動に尽力し、その後、昭和56年の「日本を守る国民会議」結成以後、国民運動に協力されてきた。 しかし、同教団は昭和58(1983)年に政治活動や国民運動を停止し、日本会議の前身である「日本を守る会」「日本を守る国民会議」から脱会した。以後30年以上、本会とは交流が全くない。同教団からの指導、影響が及ぶことはありえない。 一部報道では、元信者が日本会議の運営を壟断しているという指摘がある。しかし、日本会議の活動において、特定宗教の教義に影響され運動が展開されるということは全くあり得ない。日本会議は極めて民主的に運営されており、さまざまな運動方針や人事は、規約に則り政策委員会、常任理事会、全国理事会など役員会の審議を経て、決定・推進されているのである。日本会議は何を目指した団体なのか それでは日本会議は、何を目指して活動しているのか。私たちは、「誇りある国づくり」を合言葉に、以下6点の基本運動方針を掲げている。1、国民統合の象徴である皇室を尊び、国民同胞感を涵養する。2、我が国本来の国柄に基づく「新憲法」の制定を推進する。3、独立国家の主権と名誉を守り、国民の安寧をはかる責任ある政治の実現を期す。4、教育に日本の伝統的感性を取り戻し、祖国への誇りと愛情を持った青少年を育成する。5、国を守る気概を養い、国家の安全を保障するに足る防衛力を整備するとともに、世界の平和に貢献する。6、広く国際理解を深め、共生共栄の実現をめざし、我が国の国際的地位の向上と友好親善に寄与する。 この方針に基づき、私たちは過去さまざまな国民運動に取り組んできた。芦屋市で開催された日本会議兵庫の第15回総会 =2014年7月26日  天皇陛下御即位20年など皇室のご慶事奉祝行事、元号法・国旗国歌法の制定運動、教育基本法の改正運動、戦歿者英霊への追悼感謝活動、自衛隊海外派遣支援活動、尖閣諸島等の領土領海警備強化の活動、そして、憲法改正運動である。 現在の日本社会には、サイレントマジョリティーという顕在しない良識派の多数意志が伏在している。実は日本の文化・伝統は、こうした良識派意志によって支えられ守られてきたのではないだろうか。しかし、これは顕在化しないかぎり力にならない。私たちの国民運動は、こうした世に現れていないサイレントマジョリティーを形に表し、民主的な手続に基づいて法律や行政などの政策を実現することを目標としている。 いよいよ、憲法改正の国民運動が本格化してきた。まさにサイレントマジョリティーの真価が問われる秋といえる。憲法審査会の論議の活性化を 今回の参議院選挙において、日本国憲法施行後初めて憲法改正に前向きな政党により3分の2が確保され、衆・参両院で憲法改正発議が可能となった。各党はこの民意を厳粛に受け止め、速やかに国会の憲法審査会の審議を再開し、改正を前提とした具体的な論議を加速させるべきである。 与野党各党におかれては、国会の憲法審査会において、日本の将来を見据えた活発かつ真摯な憲法論議を繰り広げられることを期待する。制定以来70年、現行憲法は国民の意志で選択する機会を失われてきた。国民投票の機会を得て、今こそ憲法を国民の手に取り戻す好機を迎えているといえよう。むらぬし・まさと 日本会議広報担当。昭和39(1964)年、宮城県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。

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    「日本会議・安倍悪者論」をまき散らす欧米メディアの間違い

    古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員) 日本の民間政治団体「日本会議」と安倍晋三首相をひとからげにして「戦前への危険な復帰」と断じる、一部米欧メディアの攻撃が目立ってきた。13日に日本外国特派員協会で行われた日本会議の田久保忠衛会長の記者会見の模様などはその典型だった。 会見では特派員協会を拠点に、安倍氏や自公政権の政治を抑圧の独裁のように長年たたいてきたアイルランド人のフリー記者デービッド・マクニール氏らが先頭になって、日本会議を軍国主義、帝国主義の復活を求める危険な組織のように追及していた。 こうした「日本会議・安倍晋三悪者論」の最近の究極は、米政治雑誌「ナショナル・レビュー」最新号に載った「日本のファシズムへの回帰」と題する記事だった。筆者は日本関連分野ではほぼ無名のジョシュ・ゲルトナーという人物だが、内容は安倍首相の率いる自民党が参院選で大勝し、日本会議の支持を得て憲法改正へと進むのは、日本がファシズムの国になることだと断じていた。 この記事は、日本会議は明治憲法と、戦前と同じ天皇制を復活させ、個人の自由や言論の自由も抑圧するとした上で、安倍氏が主唱する自民党の新憲法草案も全く同じ趣旨だと書いていた。だから日本は国際孤立の危険な道を暴走していくとも警告するのだった。 この種の「日本会議・安倍危険論」は程度の差こそあれ、米紙ニューヨーク・タイムズや英誌エコノミストなどの大手メディアにも登場する。 しかし、この種の悪者論を正面から否定する主張がすぐに米国の学者から発表され、米国やアジア全域の識者たちに届いたことも、日本をめぐる国際的な議論の健全な側面として注目すべきである。19日に公表された「日本の保守派の『日本会議』ロビー=心配する必要があるのか」と題する論文がそれだ。 筆者は米外交官出身で日米安全保障問題などの研究でも知られるグラント・ニューシャム氏、発表の場はアジア問題専門の英字ネット誌「アジア・タイムズ」だ。同誌は香港を拠点とし、ワシントンのアジア関連の学者や記者、官僚らの間でも広く読まれている。 ニューシャム論文は以下のような書き出しだ。 「最近の欧米メディアの『日本会議』についての記事によると、日本はいま警察国家となりつつあり、まもなく外国への軍事侵略を始める、と思わされる」 同氏は当然、日本会議について欧米メディアが描くこんなイメージは全く間違いだと指摘する。論文の主な内容は以下の通りだ。 「日本会議は民間の一ロビー団体で、日本全体がすぐにその意のままに動きはしない。民主主義国では種々の政治団体が政策論を競うのは自然だ」 「日本会議も安倍氏も日本を戦前の軍国主義や帝国主義に戻すという政策などうたっていない。安倍政権や自民党の内部でも意見は多様で、日本会議の主張に同意しない勢力も多い」 「米欧メディアの批判的な論調には『日本の最善の道のあり方は、あなた方日本人よりもわれわれのほうがよくわかっている』という傲慢さがちらつく」 外国メディアが日本をどう描くかを知ることは日本にとって欠かせないが、その描き方が多様であることも改めて銘記すべきだろう。

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    日本会議と「生長の家」、世間が知らない本当の関係

    島田裕巳(宗教学者) 「日本会議」のことが急に注目されるようになってきた。日本会議について論じた本がいくつも出版され、かなりの売り上げを見せている。それだけ世間は、この団体に注目していることになる。 日本会議について扱った本では、この組織と新宗教の教団、「生長の家」との密接な関係が指摘されている。 ただし、生長の家は日本会議の加盟団体ではないし、現在の教団はむしろ日本会議の路線に対しては批判的である。「日本会議」の公式ホームページ 生長の家の創始者は谷口雅春という人物で、雑誌『生長の家』を刊行し、その合本である『生命の実相』を刊行することで、「誌友」と呼ばれる会員を集めた。 新宗教のなかには、出版活動に重きをおいているところが少なくないが、生長の家はその先駆けである。 ただ、生長の家の特徴は、『生命の実相』を読めば、万病が治り、貧乏も逃げていくと宣伝したことにある。評論家の大宅壮一は、新聞に大々的に掲載された『生命の実相』の広告を見て、これほど素晴らしい誇大広告があっただろうかと皮肉っていた。 もう一つ、生長の家の特徴は、戦前においては天皇への帰一を説いて天皇信仰を強調し、さらには、太平洋戦争が勃発すると、それを「聖戦」と呼び、英米との和解を断固退けるべきだと主張したことにある。 中国を撃滅するために「念波」を送るよう呼びかけたところでは、まるでオカルトの世界である。 戦後になると、谷口は、「日本は決して負けたのではない」と主張し、生長の家の教えには「本来戦い無し」ということばがあるとして、本来は平和主義であると主張した。 まるで御都合主義で、節操がないとも言えるが、谷口の思い切った言い方は、多くの読者に共感をもって迎えられた。 彼は、早稲田大学の文学部で学んだインテリで、文才に恵まれていた。文章が書ける宗教家は珍しい。つまり、それまでの主張と合わない状況が生まれても、谷口は、それを文章の力で合理化できたのだ。 戦後谷口にとって好都合だったのは、冷戦という事態が生まれ、東西の対立が生まれた点である。 日本国内では、保守と革新、右翼と左翼が激しく対立するようになり、生長の家の天皇崇拝や国家主義、さらには家制度の復活などの主張は、保守陣営に支持され、社会的に大きな影響力をもった。 具体的には、明治憲法復元、紀元節復活、日の丸擁護、優生保護法改正などを主張したが、これが戦前の軍国主義の時代に教育を受け、戦後急に生まれた民主主義の社会に違和感をもった人々の考えを代弁するものとなったのである。「日本会議」もうひとつのルーツ さらに生長の家は、「生長の家政治連合」を結成して、参議院に議員を送り込んだ。自民党の故・玉置和郎元総務庁長官(中央)。「生長の家政治連合」に所属し、支援を受けていた=昭和49年1月 また、生長の家学生会全国総連合という学生運動の組織を結成したが、これは、1960年代広範に盛り上がる新旧左翼の学生運動に対抗するためのものであった。ここに集った人間たちが、現在の日本会議の事務局を担っている。 新宗教はどこでもそうだが、その教団を作り上げた初代がもっともカリスマ的で、迫力があり、人を引きつける力をもっている。 生長の家の場合がまさにそうで、谷口のカリスマ性が多くの会員、支持者を集めることに結びついた。 しかし、そうしたカリスマ性を後継者も同じようにもつことは不可能である。 それに、谷口が活躍した時代は次第に過去のものとなり、冷戦構造は崩れ、左右の対立という構図も重要性を失った。生長の家の教団自体が衰退したのも、時代の変化ということが大きかった。 生長の家と日本会議の関係について、もう一つ注目する必要があるのが、谷口がかつて所属した大本のことである。 大本は、出口なおという女性の教祖が開いた新宗教の一つだが、教団を大きく発展させたのは、神道家で、なおの娘すみと結婚した出口王仁三郎である。 王仁三郎がいかにユニークな人物であるかは、拙著『日本の10大新宗教』(幻冬舎新書)でふれているので、それを参照していただきたいが、日本会議との関連で注目されるのは、この王仁三郎が1934年に組織した、「昭和神聖会」の存在である。 昭和神聖会は、昭和維新を掲げる団体で、その賛同者には、大臣や貴族院議員、衆議院議員、陸海軍の将校なども名を連ねていた。 この昭和維新会の綱領では、「皇道の本義に基づき祭政一致の確立を帰す」や「天祖の神勅並に聖詔を奉戴し、神国日本の大使命遂行を期す」といったことばが並んでおり、これは、谷口の主張、さらには日本会議の思想にも通じるものをもっていた。 王仁三郎は、全国を奔走し、組織の拡大につとめるが、国家権力の側は、昭和神聖会の急成長に警戒感を強め、それが1935年の大本に対する弾圧に結びつく。 警察は、大本が国体の変革をめざしているとして、王仁三郎などの教団幹部を逮捕し、教団施設を徹底的に破壊した(昭和神聖会については、武田崇元「昭和神聖会と出口王仁三郎」『福神』第2号を参照)。組織としての実態を必ずしも持っていない「日本会議」 日本会議の代表役員のなかに、手かざしで知られる新宗教、崇教真光の教え主岡田光央が含まれていて、崇教真光は日本会議の大会に大量動員を行うなど、熱心に活動している。 その崇教真光の創立者、岡田光玉は、世界救世教の元信者であったが、世界救世教の創立者、岡田茂吉は大本の幹部であった。 現在の大本は、教団のあり方も変わり、日本会議に加盟しているわけではないが、日本会議のルーツの一つなのである。大本の聖地、梅松苑にある「みろく殿」。「長生殿」が出来るまでの40年間、中心神殿だった=京都府綾部市 そうした側面から、日本会議を見ていくことも、今必要なことではないだろうか。 それにしても、日本会議についての本が立て続けに出版され、多くの読者を獲得している状況は不思議である。 実は私は、少し前に『日本会議と創価学会』といった本を書こうとして準備も少し進めていた。 ところが、「日本会議ブーム」が起こったことで、組織としての実態を必ずしも持っていないこの団体が、あたかも最近の日本を動かしてきたかのようなイメージが作られてしまった。 そうした予想外な事態が起こったので、『日本会議と創価学会』はとりあえずお蔵入りにしたのだが、本当に日本会議には、関連の書籍が指摘しているような力があるのだろうか。 私はたまたま、今年の3月、地震前の熊本で、日本会議の熊本支部が街頭で活動しているのを目撃した。ただ、全国で同じような活動が展開されているのかと言えば、そうではなく、むしろ熊本だけが熱心であるようだ(街頭で日本会議が活動している写真は必ず熊本である)。 日本会議が右派運動の中心という見方は、分かりやすいかもしれないが、事実とはずれている。私たちは、冷静に日本会議の存在意義を評価しなければならないだろう。

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    日本会議が極右? 安倍政権が嫌で嫌でたまらないマスコミの自己矛盾

    井上政典(歴史ナビゲーター) 今朝のサンデーモーニング、報道ステーションサンデーを見ていると安倍政権が憎くて嫌でたまらないというように思うのは私だけでしょうか? サンデーモーニングでは、田中秀征氏が「次の総選挙の時に安倍内閣の支持率が30%にまで落ち込むと安倍さんじゃ戦えないからと次の人が出てくる」というような発言をしていました。でも、なぜ30%まで落ち込むのか、どうして国民の信頼が無くなるのかは、自分が気に入らないからと言っているように思えてなりませんでした。2014年10月、衆院予算委で答弁する安倍晋三首相(酒巻俊介撮影) 安倍内閣が成立してからこの番組は私たちの仲間内ではお通夜番組と呼んでいるほど暗い内容になっています。よっぽど気に入らないのでしょうね。 そしてウクライナ問題でEUが結束して二日間で前線に動員できる即応部隊の配置を決定し、ロシアにいじめ続けられたポーランドにその本部を置くことを淡々と報道していました。でも、いつも日本がそうすると「相手を刺激する」「緊張をさらに高める」「戦争の足音が聞こえる」などのコメントを言う人たちが沈黙しています。 私はこのダブルスタンダードが大嫌いです。外国はしてもいいけど、日本がするのは許せない? 日本が警戒を強めるのは誰のため? と考えると本当に腹が立ちます。 集団的自衛権の憲法解釈容認を決定してから、左巻きのマスコミは安倍政権を戦争をしようとしていると視聴者を洗脳し、安倍内閣の支持率低下にある程度成功しました。しかし、今回の内閣改造でまた60%台に乗せるなど、大幅な支持率回復をしていますが、それがまた気に入らないのがテレ朝の報道ステーションサンデーでした。 「52」という数字をあげて、安倍政権がはらんでいる爆弾を称しました。この52という数字は、衆院当選5回、参院当選3回以上の大臣待機組対象者の人数です。いかにも当選回数が大臣を決めるような印象操作をしていると思えるのは私の穿った見方でしょうか? 民主党政権の時に、ずぶの素人が防衛大臣になって更迭されたり、田中真紀子から押し込められてその旦那を大臣にしたところ、ブリーフィングを全く受け付ける能力がなくて、後ろからいろんなペーパーを渡されている場面を目にしました。前のずぶの素人はその後ろからの助け舟をもじって「二人羽織」と呼んでいましたが、田中真紀子の旦那さんに至ってはいろんなところからの助けの手が多数差し伸べられるために「千手観音」と呼ばれていたことは記憶に新しいと思います。 つまり、当選回数で大臣にすること自体がおかしいのです。そしてそのような時代は終わったといってもいいでしょう。原発の専門家にただひとつ足りないこと 以前戦後の経済を早急に立て直す事態に迫られた吉田茂総理は、大蔵省の役人だった池田勇人氏を急きょ国会議員に当選させ、一年生議員ながら大蔵大臣に任命しました。その際、いろいろ言われましたが、吉田総理は日本国の経済の立て直しのためにGHQ経済顧問のドッジと互角に渡り合えるのは池田氏しかいないと押し切り、そして成功し、今の日本経済に繋がるのです。 このように非常時には能力や調整力を持った人間が大臣になってそれぞれの懸案事項を積極的に解決していかなければならないところであり、むしろ、それは安倍内閣の実効性が強いとの証明になるのです。 女性閣僚が5人入ったと言われていますが、女性だから大臣になれたとみんなが思っていますので、大臣になられた方々はそれを実績で払拭してほしいと思っています。私が一番期待しているのは、小渕大臣です。経済の面からも原子力発電所の再稼動を早急にして欲しいと思っています。 3.11の事故の後に、各原子力発電所ではこれでもかという安全対策がとられ、世界最高水準の安全な原子力発電所になっています。今原子力国民会議九州集会の第二回目の集会を企画しているために、原子力や原子力発電の専門家と一緒にその準備をしています。その際に、いろんな今まで知り得なかったことを教えてもらっています。 たとえば、原子力発電所の40年を超えると廃炉にするということは、ただ古いからではなく、出力が小さいからこれをメンテしつづけても経済効率が悪いからという理由で廃炉を検討しているだけだということです。原子炉および周辺機器は常にメンテナンスを行い、たとえ40年前のものでもそれに付随する機器は最新のものとなっており、なにも安全性には遜色ないことも教えていただきました。 ただあの人たちに足りないのは、その世界一の技術を持っていることを世の人たちにアピールすることが足りないだけなのです。だからにわか専門家と称する反原発の運動家たちが間違った知識を流布しているのです。 一つだけわかってほしいのは、原子力発電所にはたくさんの人員が働いています。今でも福島第一原子力発電所には3000人の作業員が日夜働いています。もし、安全性が確保できていないのなら、原子炉の近くで働くその人たちはみんながんになっていなければなりませんが、がんの発生率は通常と何ら変わりません。故吉田所長のように、極度のストレスに長時間さらされてがんが悪化するほうの危険性が高いのです。 誤解をしている人も多いのですが、がんは細菌やウィルスによってなるものではなく、自分の細胞が変化して正常な臓器の機能をしなくなり、人間を死に追いやる病気です。放射線が危ないなら、レントゲンやCT、さらに輸血の血液も使用できませんよね。民主党内閣では取り上げず、安倍内閣を煽るマスコミ 話がまた大幅にそれてしまいました。 ここのコメント欄でもありました松島みどり法務大臣ですが、ある事情通に確認しました。彼女は政治家になるために朝日新聞社に入ったような人であり、政治信条は保守そのものだということです。ただ、選挙に通るためにいろんな議連に加入し少しでも票のためになるようにしているだけだということです。この情報も長年政治家と付き合ってきた人から聞いたもので、とても信憑性のあるものです。 候補者を自民党が公募した第一期生であり、左巻きであればその選考に残っておらず、松島大臣が法務大臣として安倍総理が使いやすいからここに置いたと思っていいでしょう。巷には保守系の人たちがこの人事がおかしいと言っている人たちがいますが、その人たちはただ単なる朝日新聞出身者という思い込みによる情報不足か、この松島大臣が法務大臣として仕事ができないようにしている工作員としか思えません。 集団的自衛権の憲法解釈変更を政府が認めたとしても、これからそれを具体的に法制化していかねばなりません。その時に法務大臣は首相の考えを尊重して動くという重要な役割を担います。 無能な人間でもできないし、野田聖子のように鮮明に反対を唱える人は困るし、さらに能力があり調整力もあり首相と考えが近くてもタカ派のイメージのある男性議員ではマスコミからの格好の非難の対象になります。だから、ここはある程度能力があり、首相の意図をきちんと汲んでそして女性としての発言で女性の支持を減らさないために女性の大臣が起用されたと思った方がいいでしょう。 ただ法務大臣になると死刑執行の命令書に署名せねばなりません。それを鳩山邦夫大臣や谷垣大臣のように粛々とできるかがこの人の法務大臣としての資質を問われることになるでしょう。でも、前のことでとやかく言うのは、この隙の少ない改造内閣人事に文句を言う場所がここしかないという保守層の分断を図る思惑があることも知ってほしいと思います。2011年9月、記念撮影を終えた第1次野田内閣の新閣僚(植村光貴撮影) 民主党の内閣の大臣の顔ぶれの時は、その人の出自を見たらひどかったでしょう。でも、マスコミは一切それに触れませんでした。でも、何か今回は煽っているように思えてならないのです。保守系と言われる議員たちがこれを取り上げているブログ等も散見されますが、そこまで考えて見ているのかと思う次第です。その人たちの情報収集能力の限界でしょうか。もっと中枢に太い情報を得るためのパイプを持つべきだと思います。 テレビで安倍内閣の瑕疵を見つけようと躍起になり、さらには朝鮮日報が「日本会議」を極右の団体だと言っていることを取り上げること自体がおかしいでしょう。極右かどうか、ぜひ全国各地にある日本会議の集会等に参加されてはいかがでしょう?  日の丸に敬礼して国歌を歌うから極右? 日本人として当然のことをしているだけで、それを非難する方がおかしいと思いません? またそれを極右と思いこまされているのが戦後の左巻き教育のせいかと言っていいでしょう。 国民として国旗と国歌に誇りを持つことがあたりまえであると私は思います。それに違和感を持つ日本人は自虐史観に染まっている人と考えていいのではないでしょうか? 今回の安倍内閣の顔ぶれはみんな元気に国歌を歌う人だと思います。それを私は頼もしいと思いますが、皆さんはいかがですか? サンデーモーニングのコメンテーターの先生たちはきっとそれを見て眉をしかめる人たちばかりでしょうね。(『井上政典のブログ』より2014年9月7日分を転載)

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    「日本会議」の動員力は政治力を測るメルクマールになった

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員) 私は日本会議とはほとんど面識もないのですが、彼らがグラスルーツ・ネットワーク(草の根)としては日本で成功した一つの形であると理解しています。元々草の根団体というと左翼系団体の香りがしますが、日本会議が土着の保守勢力を一つのネットワークとして形成した実績は全ての政治に関わる人々は参考にすべきです。憲法改正という大事業を首相に明言させる動員力 日本会議は日本有数の保守系のグラスルーツであり、神道系・仏教系の伝統宗教・新宗教が中心となった政治勢力です。所属する国会議員数も280名程度存在しており、政界において精神面・動員面の観点から影響力を強めています。 具体的には、同団体は新憲法制定の他にも国旗国歌法の法制化や拉致被害者救出、教育基本法の改正、安全保障法制の整備などに取り組んできています。 11月10日、日本会議が主導した憲法改正に向けた大会が日本武道館で開催されて各党代表者が出席する中、安倍首相の改憲に向けたメッセージ動画が自民党総裁名で発表されました。 主催者によると、日本武道館に集まった人員数は1万1千人、憲法改正を求める署名数は447万人を集めたされており、日本会議の圧倒的な動員力が示された形となっています。国技館を一杯にする動員力あれば何でもできるのか 日本会議の主義主張は分析の対象にはしませんが、同イベントを通じて、動員人数1万人、署名人数450万人という指標は民主主義において一つの指標になりました。全政策の中で最も困難な憲法改正を口約束とはいえ、現役の内閣総理大臣に約束させるために必要な動員数のメルクマールが誕生したのです。 もちろん、日本会議の構成団体には保守系議員に強い影響力を持つ神道系の人々が多数含まれているため、一概に動員数だけの問題ではありませんが、日本武道館を一杯にすることが動員数の指標になったことは間違いありません。 日本会議主導の憲法改正のイベントは、シングルイシュー(憲法改正など)を掲げて、1万人の動員をデモなどではなく集会の形で実現することが出来た場合、首相から言質を獲得することができるという事例として極めて重要な意味を持つものとなりました。小さな政府を実現する政治勢力の大集会を実現すべき 私は「小さな政府」を実現して、力強い経済成長や世代間格差の是正を成し遂げていくべきだ、と考えています。 ただし、従来までは「小さな政府」を信望する人々は団結することがなく、逆に少人数でも集まって声を上げるタックスイーターの政治的な意向ばかりが政策に反映されてきました。 小さな政府に直結する減税改革は、その改革の恩恵が薄く広く国民に拡がることに特徴があり、限られた少人数で特定の税財源を貪るタックスイーターのように専任者を置くような継戦能力を作ることも困難でした。 しかし、仮に日本武道館を1万人の参加者で埋め尽くすことで政治的に一定の影響力を持てるとした場合、小さな政府を信望する人々が一日だけ所得税・法人税・消費税などの引き下げに同意して集会に参集することは可能だと思います。 重要なことは、全ての税金の引き上げを凍結し、全ての税金の引き下げに合意する、という一点のみで集まることです。そのため、現在働いている人・過去に働いた人から取り上げた税金で暮らそうというタックスイーターは入れないでしょう。 しかし、真面目に暮らしている多くの日本国民は参加することができるはずです。今後、日本は真面目に働いている人を大事にする政治にシフトしていく必要があります。そのための大きな流れを創り出すことが必要です。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2015年11月20日分を転載)

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    恐ろしい神社の本質 憲法改悪に向けて日本会議と二人三脚

    猪野亨(弁護士) 北海道神宮でも参拝客に対して、日本会議が主催する憲法「改正」に向けた署名活動に協力していたということがありました。しかし、このような神社による改憲策動は全国展開されているようです。 業界紙(この業界唯一だそうです。)である神社新報が全国の神社に向けて憲法「改悪」に向けた大号令を発していました。11月17日付で「憲法改正に向け活動 各地で組織づくり始まる」です。 もともとこの神社新報は、神社本庁の機関紙として出発しています。「神社新報社は昭和21年2月、それまでは国の管理の下におかれてゐた全国の神社が、神社本庁のもとにまとまって民間の信仰団体としての歩みを始めるにあたって、その機関紙として発刊されました」(同社ホームページより)。 全国の神社の多くが神社本庁のもとに結集していますが、この神社本庁の方向性は靖国神社とほとんど変わりません。昨年11月に掲載されたイベントでは何と「終戦70年講演会「戦後70年 英霊のメッセージ」参加者募集」でした。講師は産経新聞編集委員宮本雅史氏です。 戦死した人たちを「英霊」扱いするのは極右勢力であることがほとんどであり、先の大戦の無反省の裏返しでもあります。このような神社であればこそ、日本会議との交流も深く、発想は同じということになります。目指すべきは、天皇を中心とした統治体制への「王政復古」であり、戦争ができる国へと変えていくことにほかなりません。 第六十二回式年遷宮の昂揚のなかでさへ続いた神宮大麻頒布数の減体、斯界の悲願たる自主憲法の制定、来春には五年を迎へることとなる東日本大震災の被災地復興、少子高齢化と過疎化など神社を巡る環境の変化等々、山積する課題を前にして、七十年の歴史を重ねてきた神社本庁の存在意義が問はれてゐるともいへる。まづは、神道指令の発令など占領政策の影響のもとで本庁設立を余儀なくされたといふ事実について、当時の先人たちの思ひを振り返りつつ、その歩みを真摯に見つめ直すやうな地道な取組みもまた必要だらう。『神社新報』201512月21日論説より年 旧仮名遣いという時代錯誤も甚だしさもさることながら、「自主憲法の制定」の文字が光ります。 それにしても神社がここまで極右だったとは驚きです。靖国神社が単なる戦争遂行のための精神的支柱であり、宗教とは名ばかりのどうしようもないエセ宗教だということは誰もが認識しているところですからいいとしても、初詣や七五三など庶民の暮らしの中に直結しているような神社において、かかる極右思想に凝り固まっていただけでなく、それを実現しようと動き出したというのですから、これは大いに広められなければならないことです。 お賽銭、おみくじに支払ったものがどこに使われていくのかということです。参拝する人たちは、それこそ自分だけの御利益ではなく、平和を祈願したりもするでしょうし、誰もが望んでいることです。 しかし、実態はそこで回収されたカネは憲法「改正」のための資金源にもなるわけであり、平和を望む庶民を大いに欺す欺瞞的存在といえます。神社が宗教の名において戦争ができる国を渇望する、このようなことがわかっていたら、誰がこのような神社などでお参りなどするものですか。 それにしても神社の雰囲気は私は好きでした。生まれは鎌倉でしたが、近所には神明神社がありましたが、子どもたちの格好の遊び場でした。コミュニケーションの場でもあり、自然の中に調和する存在でした。 ここまで露骨な政治的主張を始めてしまい、極めて残念です。(『弁護士 猪野亨のブログ』より2016年1月4日分を転載)

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    日本会議の生みの親 「何を怖がっているのという感じ」

     故きを温ねて新しきを知る。内閣改造や新都知事、そして天皇の生前退位といった最新ニュースの深層は、戦後政治史の経験と蓄積がなければ読み解けない。そこで、本誌恒例の老人党座談会を緊急招集した。村上正邦氏(84)、平野貞夫氏(80)、筆坂秀世氏(68)の3氏が存分に語り合った。元自民党参院議員会長の村上正邦氏村上:安倍さんは皇室典範についてはまったく発言しないじゃない。安倍(晋三)さんが積極的じゃないのは日本会議が皇室典範改正に反対してきたからだと言われるけど、日本会議が何を言おうと、この問題については、理屈が通らないと思うね。 もし安倍さんが日本会議の言い分を尊重しようとしているなら、衛藤晟一(首相補佐官)を大臣にしているはずですよ。だけど、入閣させてないということは、そういうことですよ。日本会議の象徴は、稲田(朋美・防衛相)じゃない。稲田だとみんな言うが、衛藤ですよ。平野:なるほど。それが「日本会議の生みの親」と呼ばれる村上さんの見方ですか。村上:私は昔、中曽根康弘さんに触発され、皇室について学ぶ皇室懇(皇室問題議員有志懇話会)という勉強会をつくったんだけど、衛藤は当時、一年生議員のくせに、皇室懇にしゃしゃり出てきてたんだから。本当にあつかましい。筆坂:日本会議って、にわかに注目されているけど、世間の人はみんな知らないし、何でそんなに恐れられているの?村上:それはやっぱり、総理の側近に日本会議のメンバーが多いからなんだけど、私がみんな推薦したんだよね。「こいつも入れろ、ああ、こいつもいいじゃないか」って。筆坂:村上さんが推薦したんじゃないか!(笑い)村上:だから、私からすると、「何を怖がってるの? こいつらを」という感じなんだけどね。筆坂:影響力が過大にとらえられているということだね。村上:安倍政権の側近連中が、ことあるごとに発言するから、大きな力になっていくんですよ。地方議会においては、椛島(有三・日本会議事務総長)あたりのシニア部隊が議員をオルグしていくから、議会がそれに従うような構図が生まれてくる。筆坂:それを影響力というのでは……(笑い)。村上:あるかもしれないけど、大したことはないよ。平野:もう一つの問題として、自民党の憲法草案では、天皇を元首にして国家の中心に据えるとしているでしょう。それで生前退位を可能にすると、天皇が政治利用される危険が高まりますよ。村上:そういう問題もある。私は、皇室問題を解決するには、まず天皇家に京都にお戻りいただくことだと思っている。明治天皇は政府に連れられて、江戸城に入れられ、軍部に利用されてきたんですよ。そこから間違っていたんだから、京都御所にお帰りいただき、政権と切り離し、本来の祈り、天の神と地の神、人間と祀り合わせることにご専念いただく。 そのうえで、皇居は世界遺産に登録しよう。それがいい!●村上正邦/1932年生まれ。自民党。参議院4期。労働大臣、参議院自民党幹事長、自民党参議院議員会長などを歴任。●筆坂秀世/1948年生まれ。日本共産党。参議院2期。政策委員長、書記局長代行、中央委員会常任幹部会委員を歴任。●平野貞夫/1935年生まれ。参議院2期。自民党、新生党、新進党、自由党、民主党などに所属。元自由党副幹事長。関連記事■ 日本会議が「生前退位」の最大障壁となる可能性■ 話題の「日本会議」に関係者「実像は地味な文化活動ですよ」■ 天皇のお言葉で皇室典範改正なら安倍首相と支持母体に溝■ 総選挙で新人議員184名誕生 氏名標作成業者は徹夜で名入れ■ 話題書『日本会議の研究』に関係者激怒「トンデモ本ですよ」

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    話題の「日本会議」はどんな団体なのか? 会長を直撃

     決して知名度が高いとはいえない著者が、あまり広く知られていない団体を取り扱った本が大ベストセラーになっている。『日本会議の研究』(菅野完・著/扶桑社新書)──。“研究対象”となった日本会議は安倍政権と密接な関係が指摘される一方、その規模や資金力、目的などの全貌は謎に包まれている団体だ。 様々な関係者に話を聞いても具体的な全体像はなかなか見えてこず、この組織の断片的な部分しかわからないように思える。核心については、やはり中枢幹部に聞くしかない。日本会議会長で杏林大学名誉教授の田久保忠衛氏が取材に応じた。一問一答で掲載する。2015年8月15日、靖国神社での戦没者追悼集会に参加した日本会議会長の田久保忠衛氏(中央)──日本会議とはどのような活動をする団体ですか。「我々の一つの大きな目的は憲法改正にあります。日本(の報道・言論)は米大統領候補のトランプ氏について悪口に終始していて、なぜ(在日米軍撤退を主張する)彼が米国民に支持されているかの背景が伝えられていない。日本や韓国をなぜ米兵が守らなければならないのかと、米国民も感じ始めているのです。(米国に守ってもらうのでなく)日本が自国を防衛するという視点に立つとき、障害となるのが憲法9条です。だからよりよい憲法を自分たちで作ろうというのが大きな目的です。我々は安倍政権の提灯持ちではなく、我々の目的を達成するために、(改憲に前向きな)安倍政権の今を好機と捉えて、講演、啓発活動などを大々的に展開しているのです」──『日本会議の研究』は読まれましたか。「読みました。日本会議の研究と銘打っていますが、日本会議のルーツのひとつである生長の家(※注)批判を展開している書物のように感じました。日本会議の創生期には確かに生長の家の創始者である谷口雅春氏らの主張と日本会議の主張が響きあう部分も多く、椛島君や学生運動をやっていた世代の人々が参加しました。 しかし、日本会議が生長の家に牛耳られているとか、生長の家の陰謀だとか、まったくの的外れです。日本会議には神道政治連盟や国民文化研究会など多岐にわたる宗教団体が参加していて、どこかに“黒幕”がいるというようなものではありません」【※注/故・谷口雅春氏が1940年に創設した宗教団体。1964年から憲法改正など保守的な主張を掲げて政治活動を展開していた。1980年代前半を境にそうした政治活動を停止した】──改憲を目指す一方で、政治団体として届け出をしていない。理由があるのか。「え、そういう登録をしていないのですか。そこは事務局に確認してほしい」(日本会議広報部によれば「任意団体であり、国民運動団体である。それ以上のことはお答えできない」)活動費は誰が支出しているのか──活動費は誰が支出しているのか。「会員費によるものだと思います」〈日本会議のホームページによれば、支払う会費によって会員として受けられる特典が異なる。年会費3800円の「支援会員」は機関誌を毎月受け取れるのみ。その他5つの種別があり、最高額の10万円を払えば、会員証(ゴールドメンバーズカード)、会員バッジ、関連書籍、DVD、カレンダーにメールマガジンが付く。また、日本会議の広報部によれば他に団体・法人協賛金、機関誌広告料、会員からの協賛金があるという〉──政権に影響力があると指摘されている。「自民党、あるいは安倍政権と日本会議との関係は世間の人が見るほど密接なものではありません。つくる国民の会の『憲法改正1000万人署名活動』を自民党が支えてくれているわけでもない。自民党の中にも衛藤晟一氏のように熱心な議員もいるが、必ずしも自民党のオールジェネレーションが支持しているわけではない。日本会議は政権に対して政策提言してはいるが、影響力はそれほどのものではありません」(日本会議広報部は「第二次安倍政権発足以降、政府に政策提言はしていない」) こうした証言について、『日本会議の研究』の著者である菅野完氏はいう。「日本会議の活動は善意の活動で、その中で田久保忠衛先生や長谷川三千子先生は改憲や日本文化を守るといった“目標”レベルで賛同して、参加されていると思う。しかし、冷静に見て、日本会議の主張に政権がなびいているのは否定しがたい。 それなのにそう見せないのは、全体をコントロールするトップや事務方の有能さにある。椛島事務総長ら生長の家出身の事務方幹部が取材に答えないのは、そこに本丸があるからということでしょう」 この不思議な組織は、これからどこへ向かうのか。関連記事■ 700万人の憲法改正署名集めた日本会議 正体掴めぬ組織■ 出版停止申し入れの『日本会議の研究』 異常ペースで売れた■ 日本会議議員懇談会 安倍氏に同調できないと居心地悪い■ 約4000人いる国会職員 国家公務員法の適用を受けない特別職■ 総選挙で新人議員184名誕生 氏名標作成業者は徹夜で名入れ

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    トランプを支持しているのは誰か?アメリカ「極右化」の真実

    中岡望(東洋英和女学院大学大学院客員教授) 1980年代から本格的に始まったグローバリゼーションの反動として先進国にナショナリズム、保護主義、移民排斥主義が息を吹き返しつつある。経済のみならず政治や社会の国際化は、各国に深刻な影響を及ぼしている。グローバリゼーションは人々に大きな恩恵をもたらすと同時に、一部の人々に耐え難い苦痛も与えてきた。途上国との競争に直面した先進国の労働者は雇用喪失を経験し、増え続ける移民・難民は受入国に経済的、社会的、政治的な摩擦を引き起こしつつある。アメリカの共和党の大統領候補にドナルド・トランプ氏が指名されたのも、こうした流れとは無縁ではない。 アメリカの平均的な労働者の実質賃金は1990年代以降、ほとんど上昇していない。またブルーカラーの就業率の低下傾向も続いている。こうした反動は共和党のトランプ候補に限らず、民主党の予備選挙でベニー・サンダース候補が自由貿易協定の破棄を主張したことにもうかがえる。歴史的に見れば、ファシズムの台頭は中産階級の崩壊と経済危機が重なり、敵を特定の民族や移民に求めたときに共通して見られるものである。トランプ現象に代表されるアメリカ社会の動きは、まさにこうしたアメリカ社会の動向を反映したものといえよう。米ノースカロライナ州での集会に出席した共和党大統領候補トランプ氏(ロイター=共同) トランプ候補の最大の支持層は高卒以下の労働者である。アメリカの世論調査機関ピュー・リサーチの調査では、高卒以下の白人の57%がトランプ候補を支持しているのに対して、クリントン候補を支持する比率は36%にすぎない。逆に大卒以上の高学歴者では、クリントン候補支持52%に対して、トランプ支持は40%と逆転している。こうした高卒ブルーカラーは特に厳しい経済状況に置かれている。トランプ候補はそうした層に対して「ブルーカラーの経済的苦境の原因はメキシコから不法移民が大量に流入する一方、中国などの途上国によって雇用が奪われている」と訴えかけ、大きな共感を得ている。 トランプ候補の主張する自由貿易協定破棄や1100万人といわれる不法移民の強制送還という主張は、喝采をもって受け入れられている。ただ多くの専門家はブルーカラー層の経済的な困窮は移民とは直接関係ないと分析しているにもかかわらず、トランプ候補の主張は過剰に扇動的であるにもかかわらず、多くの国民の支持を得ている。 特に南部のブルーカラー層はもともと保守的で、共和党支持層であった。だが共和党は大企業の代弁者として積極的にグローバリゼーションを進めてきた。その結果、保守的なブルーカラー層は共和党支持層でありながら、共和党指導部から見捨てられてきた。彼らは必ずしも政治意識が高いとは言えず、投票所に足を運ぶことも少なかった。また労働組合が大きな支持層である民主党支持に転じることもなかった。トランプ候補はこうした共和党と民主党の狭間に落ちていた「南部の声なきブルーカラー層」の代弁者として喝采を持って受け入れられたのである。トランプ候補は演説で「我々は労働者の党になる。過去18年間、実質賃金が上昇せず、怒りに満ちている人々の党である」と訴え、続けて「多くの有権者は共和党指導部に不満を抱いている」と党執行部を批判している。 大企業の代弁者である共和党執行部は自由競争を柱とする新自由主義の政策を実現してきた。その結果、国民の所得格差は耐え難い水準にまで拡大し、政府への不満は極限にまで達しつつある。FRB(連邦準備制度理事会)の調査では、55歳から64歳の退職間際の人々のうち19%は将来に対する備えは全くない状況に置かれている。労働者の30%が十分な貯蓄も持っていない。将来に対する不安は限界まで高まりつつある。そうした中で、共和党執行部から疎外され、リベラルな民主党を受け入れることができない保守的なブルーカラー層がトランプ支持者となっている。トランプ現象とキリスト教白人国家の終焉トランプ現象とキリスト教白人国家の終焉 さらにアメリカ社会に特有な現象がある。それは「白人プロテスタントの国家」であるアメリカ社会の変質である。数十年後にはメキシコなど中南米から移民してきたヒスパニック系アメリカ人が人口構成上最大のグループになり、しかもヒスパニック系アメリカ人の大半はカトリック教徒である。アメリカが「白人プロテスタントの国家」でなくなるのは、もはや時間の問題となっている。原理主義者と呼ばれる保守的なプロテスタントであるエヴァンジェリカル(福音派)は焦燥感を強めていた。 そうした状況のなかでトランプ候補は“白人至上主義”を唱え、外交政策でも「アメリカ・ファースト」をスローガンに掲げ、軍事的にも政治的にも強力な伝統的アメリカ社会の再構築を訴え、支持を拡大してきた。「アメリカを再び偉大な国家に」というトランプ候補のスローガンは魅力的に響いた。 共和党は1964年以降、公民権法に反対し、黒人層を切り捨て、最大の有権者を抱える「白人の党」へと変わっていった。そのプロセスで黒人層だけでなく、穏健派も排除し、ひたすら保守主義の政策を推し進めてきた。だが、遠からず白人が少数派に転じることが明白な状況に直面した共和党執行部、共和党が大統領選挙で勝利するためには、白人の党を脱皮し、より広範な支持層、具体的にはヒスパニック系アメリカ人に代表されるマイノリティーや女性を取り込む必要性を感じていた。 特に2012年の大統領選挙でのミット・ロムニー候補の大敗を契機に、共和党全国委員会は路線変更を模索し始めていた。だが、トランプ候補はそうした党執行部の意向とは別に、縮小しつつある白人層の支持層を深化さようとしているのである。それがトランプ候補と共和党主流派の間に決定的な亀裂を引き起こしている。 さらにトランプ現象の特徴は、キリスト教原理主義者といわれるエバンジェリカルの支持を得ていることだ。エバンジェリカルは大統領選挙の帰趨を決定するほど大きな力を持っている。特に2008年の大統領選挙でブッシュ大統領が地滑り的勝利を収めたのは、エバンジェリカルの支持を得たからである。 トランプ候補は3度離婚し、まともに聖書を引用できず、どうひいき目にみても敬虔なクリスチャンとはいえない。当初、エバンジェリカルはトランプ候補に反対するのではないかとみられていた。だが、奇妙なことに、現在、エバンジェリカル層はトランプ候補の最有力な支持層になりつつある。 その理由のひとつは、トランプ候補が積極的にエバンジェリカル層に支持を訴え、それが功を奏しているからだ。同候補はキリスト教に帰依すると語っている。エバンジェリカルは別名“ボーン・アゲイン・クリスチャン(生まれ変わったキリスト教徒)”と呼ばれる。エバンジェリカルの思想には、宗教から離れていたが、苦悩を経て再び神に導かれてキリスト教に帰依する者こそが本物のクリスチャンであるという考え方がある。 たとえば、エバンジェリカルは、ブッシュ大統領(息子)はアルコール中毒になるなど苦しい経験を通してキリスト教を再発見した“ボーン・アゲイン・クリスチャン”であるとして支持した。ブッシュ大統領は当選後、ホワイトハウス内で聖書研究会を主催するなど、エバンジェリカルに傾斜していた。同様に、エバンジェリカルは非宗教的なトランプ候補を“生まれ変わったクリスチャン”として受け入れているのである。 エバンジェリカルは保守的なブルーカラー層と同様に現状に不満を抱いている。具体的には2015年に最高裁判所が同性婚は合憲であるという判決を下したことで不満を募らせている。中絶問題など倫理的な問題に関してエバンジェリカルの主張は社会的に退けられつつある。 それに対してトランプ候補は積極的にエバンジェリカルの主張を受け入れ、それを共和党政策綱領に盛り込んでいる。具体的には、キリスト教を国家宗教にする、性的マイノリティであるLGBTを差別する法案を合法化する、LGBTに反対の最高裁判事を任命する、伝統的な結婚形態を支持する(同性婚反対)、公立学校で聖書の勉強を義務付ける、死刑制度を復活させる、性教育を止める、肝細胞の研究助成を中止する、中絶を禁止するために胎児に人権を認める憲法修正を行うなど、日本人としては理解しがたい項目が共和党政策綱領に織り込まれている。それらはエバンジェリカルの主張そのものである。孤立主義はアメリカのジェネ(遺伝子)である孤立主義はアメリカのジェネ(遺伝子)である 外交政策でもトランプ候補は「アメリカ・ファースト」を主張し、孤立主義を訴えている。インテリ層は、その政策をヒトラーの政策と同じだと批判している。共和党主流派の現実主義の外交専門家は、トランプ候補の外交政策を非現実的と退ける。だが、アメリカ社会は伝統的に孤立主義の傾向が強い。ニューヨークの公園ユニオンスクエアに一時設置されたトランプ氏の裸像(AP=共同) たとえば初代大統領のジョージ・ワシントン大統領は大統領職を去るにあたって行った演説のなかで「我が国の偉大な行動ルールは、諸外国と経済的関係を拡大する際、できるだけ政治的な関わりを持つべきではない」と語っている。モンロー主義を待つまでもなく、ワシントン大統領の遺伝子はアメリカ政治に組み込まれている。第1次世界大戦にも、第2次世界大戦の際にも、アメリカ国民は参戦に反対し続けた。トランプ候補は、そうしたアメリカ社会の孤立主義を巧みに喚起しているのである。 さらに共和党政策綱領の中には、英語を公用語にする、不法移民への恩赦を禁止する、不法移民を排除するためにメキシコ国境に壁を建設する、銀行の規制緩和を進める、消費者保護を中止する、労働組合を縮小させるといった超保守的な主張も盛り込まれている。トランプ候補が想定するアメリカ社会は“過去のアメリカ”である。クリントン候補が“アメリカの将来”を訴えているのとは対照的である。 トランプ現象は明らかにアメリカ社会の右傾化を反映したものである。ただ、アメリカ社会がすべてトランプ化しているとみるのは間違いである。一時、世論調査でトランプ候補がクリントン候補をリードしたが、最近の世論調査では再びクリントン候補がトランプ候補を大きくリードするなど、巻き返している。トランプ候補の無教養と思える発言が同候補に対する支持率の低下を引き起こしている。共和党の議会議員、インテリ層は現在でもトランプ候補の引き下ろしを画策している。多くの議員は、トランプ候補を擁して選挙戦を戦えないと主張し始めている。トランプ現象は一時的なものである。ただ、その背景にあるのは、先に述べたように「白人のプロテスタント国家」アメリカが確実に終焉に向かっており、それに対する根強い不満が存在している。アメリカが直面している問題は、将来、アメリカは国家としてどのようなアイデンティティーを確立すべきかということである。

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    極右化する世界「トランプ現象」を考える

    いま、世界の政治が右傾化を強めているという。EU離脱や反移民を主張する排外主義、中でも今秋の米大統領選の主要候補、ドナルド・トランプ氏の過激な発言はそれを象徴する。ポピュリズムが席巻する世界の政治情勢を「トランプ現象」から読み解く。

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    「トランプ発言」は米国民の本音 熱狂を呼ぶ国益優先の世界観

    以降の米国外交を批判的に振り返るのですが、そこではこの期間の米国外交について、行き当たりばったりで、イデオロギー化しており、世界に混乱を招いただけであると酷評します。そして、自分が大統領になれば、米国外交に目的と戦略を再導入して平和を達成できるとするのです。演説の中で繰り返される言葉が、America First、あるいはAmerican Interestという言葉です。まさに、アメリカ第一主義の考え方です。集会で手をふる米共和党大統領候補のトランプ氏=7月26日、米ノースカロライナ州 外交とは、そもそも国益の追求のために行うものですから、米国の大統領が米国の国益を第一に置くのは当たり前のことなのですが、この点を何十回も繰り返さなければならないところ現在の米国外交の混乱があるように思います。つまり、何を米国の国益としてとらえるか、あるいは、どのような時間軸で米国の国益を定義するかという点が争われているわけです。トランプ外交は、少なくとも米国の国益をより直接的に、より短期的に捉えるという特徴を持っています。この点が現実主義と親和性が高い点でもあり、私がこれまで米国の「普通の大国」化と言ってきた発想です。 演説では、現在の米国外交の5つの問題点が指摘されます。これらの問題点の裏返しがそのまま政策提言の柱になっていきます。順にみていきましょう。 第一は、米国の総合的な国力の基盤である経済力の停滞に対する懸念です。外交演説の最初に、米国外交の停滞の根源には米国経済の相対的な縮小があるという認識を持ってくるあたりはビジネスマンの感覚とも符合するのでしょうし、的確な発想です。大統領候補として、内政上の課題とも重複が多く、攻めやすい課題ということもあるでしょう。特に、トランプ氏のこれまでの発言では米国経済について短期的な悲観主義、長期的な楽観主義が特徴的でした。この点が修正されたのであるとすれば候補者として大きく成長したと評価してもいいでしょう。米国経済の相対的な退潮こそ、米国の国益と現在の世界秩序への大きな脅威だからです。 第二は、同盟国の「タダ乗り」についてです。米国が米軍の前方展開その他の政策を通じて同盟国の防衛を引き受けているにもかかわらず、同盟国は資金的にも、政治的にも、人員としても十分に貢献していないという。そこでは米欧の主要な軍事同盟であるNATOを例にとり、防衛費をGDPの2%水準とするという基準が提示されています。日本に当てはめれば防衛費を現状の5兆円から10兆円水準へと倍増するということになります。 同時に目を惹いたのが、同盟国とともに地域の安全保障上の脅威認識を再確認しようと呼び掛けてもいるということです。どのくらい本気で言っているのか判断が難しいわけですが、東アジアにおいて中国や北朝鮮の脅威を「再確認」した場合に、どのようなことが俎上に上るのか。その際、日米の役割はどのように分担されるのか、興味深いところです。アメリカの力に基づく平和の持続 第三は、同盟目の不信を招いているという指摘です。この点は、主にイスラエルを意識した発言であると思われます。イスラエルの安全保障を軽視したイランとの核合意は、オバマ外交の最大の過ちであるというのは、大統領選挙期間中に各候補から聞かれた共和党全体のコンセンサスに近いものですから。ただ、中東以外にも、オバマ政権がロシアを意識するあまり東欧でのミサイル防衛の約束を反故にしたことにも言及していますから、米国のコミットメントへの不信が世界中に広がっているという認識はあるものと思われます。 第四は、米国がその挑戦者達から尊敬を勝ち得ていないという指摘です。これは、ロシアと中国を念頭においた発言です。特徴的なのは、米国が優位な立場から交渉する限りにおいて両国との妥協可能性はあるとする発想であり、米ロや米中が必然的に対立する運命にはないとする世界観です。その、妥協可能性が何を意味するのかは明確に語られなかったものの、米国の経済力をより的確に活用するということが示唆されます。例えば、北朝鮮問題について中国の正しい行動を促すために、経済制裁その他の経済的手段が有効であるということです。 最後の第五は、米国外交が明確な目的意識を失ったという指摘です。復興と国際的な仕組みづくりを主導した第二次大戦後の米国や、共産主義に打ち勝つことを目的とした冷戦期の米国外交には明確な目的意識があったのに対して、現在の米国外交は行き当たりばったりであり、特に、中東外交の混乱はひどいという指摘が繰り返されます。それに対する処方箋が、冒頭の米国第一主義であり、信頼される米国であり、地域の安定を最重視する姿勢の強調です。大事なのは安定であって、民主主義を広めることでも、リベラルな価値観を広めることでもないという考え方を明確にしています。パクス・アメリカーナの持続 トランプ氏は政権奪還を目指す野党共和党の候補者ですから、現政権が進める外交政策に批判的であるのは当然のことでしょう。しかし、トランプ外交演説にはそれを超えた米国外交の根本的な発想の転換が主張されているのです。それは、冷戦に勝利し、グローバリゼーションとイノベーションを牽引して世界経済を拡大し、自由と民主主義を広めるために努力した結果がこれか、という米国民の不満に根差しています。 米外交の問題点に続いて提示された戦略は、ブッシュ(子)政権期のテロとの戦いを名目とした介入主義でもなく、クリントン・オバマ政権期の自由主義的な発想に基づく多国間協調路線でもなく、ストレートにアメリカの力に基づく平和(=パクス・アメリカーナ)の継続を目指すものでした。そこには、誰しも孤立主義の匂いをかぎ取ったことでしょうが、演説を収束される際に繰り返されたのは「平和」という言葉でした。米国が力を取り戻すことで、21世紀はかつて人類が経験したことがない水準で、平和と繁栄を達成できるという。米国からみた中国への脅威は経済力 米国の安全と繁栄に対する本質的な脅威については、イスラム過激主義と米国経済の相対的な退潮があげられます。イスラム過激主義については、世界の人口構成の中長期的な展望と、米国に対する本質的な敵意と妥協不可能性の観点が強調されます。オバマ大統領やヒラリー前国務長官が、イスラム過激主義と正面から向き合わず、ISに対しても「封じ込め」政策に終始していることを激しく非難しています。ただ、これまでのトランプ氏と異なるのは、イスラム過激主義との闘いにおいては、イスラム教国の同盟国やロシアとの協調が必要であるとの観点が提示されることです。オバマ米大統領 米国の経済力の相対的な退潮について多くが語られたのが対中関係においてです。米国から見たときに、中国の脅威とは第一義的には軍事的なものではなく、経済的なものであると。中国の軍事力は、米本国にとってはいまだ直接的な脅威と言える水準ではない一方で、対中貿易を通じた米国製造業の衰退や、米国の財政赤字が中国の資金力によって支えられている現実への脅威認識です。米国から見る世界においては、中国との対立も協力可能性も、その主戦場は経済分野であるということです。 そして、米国の力を再確立するために米軍の能力を再確立することが急務であり、米軍の優位性は誰からも疑問視されてはならないと。そのために挙げられた第一の課題が核兵器体系の更新であり、核抑止の再確立です。この点は、歴代政権が正面から取り組んでこなかった安保専門家の根本的な課題認識であり、オバマ政権の「核なき世界」路線からの明確な決別です。その他にも、海軍や空軍の量的な拡大や装備の更新、人工知能やサイバー攻撃などの新しい技術においても世界をリードする強固な意志が表明されました。 トランプ氏の外交政策を支える根本的な世界観は、冷戦後の世界において形成された「リベラルな国際秩序」(Liberal International Order)への懐疑です。懐疑というよりも、そんなものはそもそも存在したのかという苛立ちに近い感情でしょう。現に、ロシアはクリミアで、中国は南シナ海でリベラルな国際秩序とは正反対の行動を繰り返しているにもかかわらず、世界にはそれを止めさせる力はないではないかと。そして、リベラルな世界観を声高に主導していた欧州でさえ、100万人規模の難民が押し寄せれば見るも無残に腰砕けではないかと。冷戦後に語られた理想主義は、結局は1920年代のそれに似ていて、本当に世界の平和を守る力はない、平和を守れるのは米国の力だけである。いやむしろ、大国間の平和が保たれれば、辺境に紛争が存在してもかまわないという発想です。世界の文脈と東アジアの文脈と トランプ外交演説には、ある意味、典型的な共和党的発想と言える部分が多く含まれます。米軍の優位を絶対的なものとすることは、レーガン政権期を通じて形成された発想と通じるものがあります。米軍の中身について、冷戦型の大量展開型の軍隊から、テロ、宇宙、サイバーなどの新しい脅威へも機動的に対応できる軍への転換を目指すというのは、ブッシュ(子)政権期のラムズフェルド国防長官が目指した路線です。また、実際の米軍の展開は質量ともに圧倒的な優位な状況においてのみ行われ、いざ展開する場合には「勝つために戦う」という発想も、レーガン政権期のワインバーガー国防長官や、ブッシュ(父)政権期のパウエル統合参謀本部議長の発想と同じです。グローバリゼーションへの懐疑的な視点 しかし、トランプ氏には従来的の共和党的な路線からの逸脱も見られます。特徴的なのはグローバリゼーションに対しても懐疑的な目を向けている点です。この点が従来型の共和党的候補と大きく異なる点でしょう。その必然的な帰結は、外交全般における孤立主義的傾向です。経済分野では保護主義的傾向が強まるでしょうし、安全保障分野では米国の核心的な利益とはみなされない地域やテーマに対しては、介入に消極的となることが予想されます。 その点から、トランプ外交の世界的な文脈と東アジア的文脈とのズレが生じてくることになるでしょう。米国民のほとんどは、西太平洋の局地戦に米国の核心的利益を見出すことはありません。日本人が理解すべきは、その事実はトランプが勝とうがヒラリーが勝とうが変わらないということです。最初から開き直ってネゴシエーションの対象としてくるか、米国のコミットメントは不変であると最後まで言い続け、最後に梯子を外すかの違いに過ぎません。 「トランプ大統領」が想定しうる事態となってきたことを受け、世界中で外交・安全保障専門家が右往左往しています。トランプ外交演説の原則をそのまま日本の文脈に当てはめれば、在日米軍の駐留費は全額負担し、防衛費全体を10兆円規模に増やし、中国や北朝鮮の脅威への対処についてゼロベースで米国と交渉することになります。20世紀後半の日本外交の転機となったニクソン・ショックと同規模の、トランプ・ショックということになるでしょう。 なにせ、相手は合理性と損得で考えるディール・メイカーです。しかも、これまでの経緯論にこだわらずに、ゼロ=ベースで思考する日本が最も苦手なタイプです。多少救いがあるとすれば、この黒船がいつやって来そうなのかほぼほぼわかっているということでしょうか。

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    「持てる者と持たざる者」格差と右傾化の切れない関係

    小林恭子(在英ジャーナリスト) 6月23日、欧州連合(EU)の加盟是非に関する国民投票で、英国は「離脱」を選択した。開票日当日でさえ「残留勝利」の予想が出る中、驚きの展開となった。離脱派の選挙運動では「国としての主権を取り戻したい」という国粋主義的(ナショナリズム)キャッチフレーズが繰り返され、EUからの移民の流入をどうするかという「移民問題」が大きな焦点となった。 結果が判明すると、離脱で英国は「孤立する」という報道がなされた。EUに加盟していれば、域内では人、モノ、サービスの自由な行き来が原則で、英国はここから身を引くことになるからだ。「右傾化した英国」という評もあった。EUと縁を切る決断をした英国は、内向きの国という解釈だ。果たして、英国は右傾化したと言えるのだろうか?二極化した英国 国民投票の結果を見ると、EU加盟の是非について国民が真っ二つに割れたことが分かる。 離脱支持は全体の51.9%、残留派は48.1%。地域別にみると、北のスコットランド地方、西の北アイルランド、南のロンドンで残留派が圧倒的だったのに対し、総人口の5分の4を占めるイングランド地方の大部分、特に北部で離脱派が優勢となった。同地方北部は南部と比較して所得が低く、失業率は高い。 また、収入や教育程度がより低い層が高い層よりも離脱を支持していた。年齢層では若者層の大部分が残留を支持していたのに対し、高齢者層は離脱を支持する傾向があった。国内の分裂が表に出て、残留支持派の各紙や政治家などは「国内を統一する必要がある」と主張するようになった。分裂した英国の将来を懸念する報道は海外でもあった。 しかし、英国で14年ほど暮らす筆者にとっては十分には腑に落ちない気持ちがあった。というのも、階級制の名残がある英国は所得や教育の程度、そのほかの社会的背景によって、もともと分裂している。階級によって英語の発音が違うし、食生活の習慣、娯楽や休暇の過ごし方、交友関係も違う。大学や会社、そのほかの公的な場所で交わることはあっても、プライベートな時間を共に過ごすことはほとんどない。階級のみならず、人種や移民だったら出身国、あるいは宗教などによってそれぞれのつながりを作っている。従って、EU加盟の是非だけで英国が分裂したわけではなく、もともと分裂していた現状が国民投票によって可視化された、と言えよう。 多くのエスタブリッシュメント(政界、司法界、企業の管理職および知識人)が結果に驚愕したのは、自分たちが支持するEU加盟にノーを突きつけた人たち(非エスタブリッシュメント)の姿がありありと見えたことだろう。エスタブリッシュメントとしては、非エスタブリッシュメントが英国の将来を変えるほどの影響力を持つとは思っていなかった。「今こそ、国として1つにまとめるべき」という主張は既存体制を維持するために必死になっている、エスタブリッシュメント側の自分たちに向かっての叫びにも聞こえる。持てる者VS持たざる者持てる者VS持たざる者  分裂をもう少し深く見てみると、これまでのような階級制度の枠組みを超えて、バイナリー(白か黒か)の対立つまり、「持てる者対持たざる者」あるいは「エスタブリッシュメント対反エスタブリッシュメント」という構図が現われてくる。右派であろうが左派であろうが、「持てる者か持たざる者か」あるいは「エスタブリッシュメントか反エスタブリッシュメントか」に分かれてしまう。 反エスタブリッシュメントを掲げる抗議運動はこれまでにもあった。近年では、例えば2011年に「ウォール街を占拠せよ」で始まった、「占拠せよ」運動がある。米経済界、政界に対する「持たざる者」の抗議運動は世界各地に広がった。これより前の1990年代以降には「反グローバル運動」が発生している。経済のグローバル化で恩恵を受ける人は良いが、職を失った人はどうするのか、社会的格差が広がるばかりではないか?環境への負荷はどうなるのか?そんな疑問を呈した運動だった。 英国では人、モノ、サービスの自由な行き来が原則のEUがもたらす日常生活の変化に「ついていけない」と感じていた人は増えていたが、この不満をまともに受け止めてくれる既存の政党は皆無だった。ただし、1990年代半ばに発足した「英国独立党」(UKIP、ユーキップ)は別だった。極右政党「UKIP」の躍進「離脱」優勢の報に喜びを表すイギリス独立党のナイジェル・ファラージ 党首(当時)=6月24日、ロンドン UKIPは英国のEUからの脱退を主張する政党だ。長年、「頭がおかしい人」が入る政党と言われてきた。EU移民の流入制限策を主張したことで、移民が多く住む英国社会では「人種差別主義的」とも見られたからだ。主要政党やマスコミ大手はUKIPを泡沫候補として扱ってきた。しかし、2004年以降のEUの東方拡大で旧東欧諸国を中心とした10か国が加盟し、こうした国からの移民が入ってくると、生活面での圧迫感からUKIPの主張にシンパシーを感じる人が次第に増えた。 UKIPは2014年の欧州議会選挙で英国に割り当てられた議席の中で第1党となり、主要政党に泡を吹かせた。この時は右派政党、つまり与党・保守党から支持者を奪っていると思われたが、実は労働者・低所得層を一番支援するはずだった第1野党・労働党からも支持者を奪っていた。 昨年5月の総選挙で労働党は大きく議席を減少させ、現在に至るまで党内分裂を繰り返している。当時のミリバンド労働党・党首はスーツを颯爽と着こなすエリート層。保守党と連立政権を担っていた第2野党・自由民主党のクレッグ党首もエリート層。キャメロン保守党首・首相(当時)も、もちろんそうだ。3人ともが40代でEUの利点については話しても、負の影響については話そうとしない。EU移民の流入で生活に支障が出ているという国民の苛立ちにはまともに対処しなかった。労働党が失った票はスコットランドを英国から独立させると主張する「スコットランド国民党」、保守党、そしてUKIPに流れた。極右政党UKIPの党大会で見たもの 筆者はUKIPの党大会に出かけてみたことがあるが、出席者はほとんどが白人で労働者階級あるいは低所得者層の中高年。保守党にも労働党にもいそうな人々であった。海の向こうの米国で、共和党の大統領選候補者に指名されたドナルド・トランプ氏の支持層とかなり重なりそうだ。 国民投票に向かう選挙戦、離脱派運動のスローガンは「英国の主権を取り戻そう」だった。EUの運営組織欧州委員会が本部を置くブリュッセルは官僚主義の象徴だ。「ブリュッセルがなんでも決める状態から抜け出そう」と。 英国はEU加盟国でも単一通貨ユーロを導入しておらず、パスポートの検査なしに国境を超えることができる「シェンゲン協定」にも参加してない。かなりの自由度が認められているのだが、それでも十分ではないと離脱支持者たちは考えた。投票日の間際には「英国を独立国家にしよう」、投票日を「独立の日と呼ぼう」と訴えた。 こうした文言を見ると、いかにもナショナリスティックで、排他的な機運が高まっていると受け止められるだろう。離脱支持派が問題視していたのがEUからの移民流入であったことも考慮すると、よそ者を排除し、自分たちだけでまとまる「小さなイングランド人たち」と思われても仕方ない。 しかし、EUに加盟しているがために生活環境、雇用環境が止めどなく変化していったとき、そして国民が変化に追いつかず悲鳴を上げているとき、「EU加盟は自明のこと。変えられない」、あるいは「生活面の圧迫がある?でもいいこともあるでしょう。我慢しなさい」と答えながら、不満の声を封じてきたのが政治家であり、主要メディアを含むエスタブリッシュメントだった。積りに積もった不満のマグマがEU離脱への大きなうねりを作ったと言えよう。 2大政党制が続く英国では戦後、保守党が政権を担ってきた時が多く、この点からは英国は保守主義の国と言えよう。さらに右傾化したのかどうかについては今後、政治学者による分析や議論が待たれるところだ。筆者はもともとあった右傾化傾向が外に出たと同時に、強い反エスタブリッシュメント感が噴出したのではないかと思う。 EU移民の流入を止めようとしたことを持って「右傾化した」とも言えるが、EU域内での「無制限の流入」への異議申し立てであることに注目していただきたい。移民の流入に制限がかからない状況について、果たしてどれだけの人が「それでも良い」と言えるだろうか。かつては移民制限を声に出そうものなら、「人種差別主義」と見なされた。今でも英国ではその傾向がある。しかし、政治環境は離脱決定以降、大きく変わっている。少なくとも「無制限の移民流入はいやだ」という感情をまっとうな意見として認めざるを得なくなった。 国民投票で離脱が選択された後、残留運動を率いたキャメロン首相・保守党党首(当時)はすぐに辞任を表明した。党首選が行われ、元内相のテリーザ・メイ氏(残留派)が新首相となったのは、投票日から3週間後の7月13日だ。メイ首相は「ブレグジット(=英国のEUからの離脱)はブレグジット」と繰り返し、離脱派の大物政治家を財務相、外相、貿易相、ブレグジット担当相に充てた。残留派が大部分だったスコットランドで事情を聞くとともに、「すぐにでも離脱をするべきだ」と言う強硬派の声が渦巻くドイツ、フランス、イタリアを次々と訪問した。いかにEU離脱の荒波を乗り越えるか  メイ氏の姿勢は国内で十分に議論を重ねて離脱方針をまとめ、リスボン条約の離脱に関する50条の発動を「年明け」に行う、というものだ。強硬派の大物となる欧州委員会のユンカー委員長はフランスのテレビ局に出演し、「すぐにでも発動させよ」という過去の言説から、「発動へのデッドラインはない。英政府は準備に数か月必要だ」と述べるに至った。メイ首相の電撃欧州訪問が功を奏してきた。 ブレジットが最大の政治課題となる新政権の誕生で、英国は今、いかにブレジットの荒波を乗り越えるかに神経を集中させている。最大野党・労働党は社会派ジェレミー・コービン党首に対し、党の下院議員の間で反乱が発生している。内紛に次ぐ内紛で、コービン氏が党首として再選されるのか、あるいはほかの候補者が選択されるのかの結果は秋以降となる。強力な野党不在の政治が続く。ヘイトクライムの増加  懸念されるのは国民投票の前後から増えている、ヘイトクライムの発生だ。英警察によると、イングランド、ウェールズ、北アイルランド地方で6月中旬から7月中旬までに発生したと見られるヘイトクライムは6000件を超えた。6月中旬から30日までの間に警察に報告されたヘイトクライムは3192件。前年同比で20%の増加だ。1日にすると約200件。7月上旬は若干減少した。最高件数は投票結果が判明した翌日の6月25日で、289件に上った。 「国に帰ろ」などの言葉を浴びせるなどの嫌がらせ、唾を吐きかける、モノを投げつけるなど。移民と見られる人ばかりか、移民が集まるコミュニティーセンター、学校、ムスリム系の人が食べる肉を売っている店などへの嫌がらせや暴力行為もあった。ロンドン市警幹部は国民投票が「人々の心の中にある何かを刺激したのだろう」と述べている(BBCニュース、7月22日)。 選挙中には離脱すれば「戦争が起きる可能性がある」(残留支持派)などの脅し的な表現や「ヒトラーもEUのように欧州を統合しようとしていた」(離脱派)など強いイメージを残す言葉が飛び交った。 過熱化する選挙運動の最中の6月16日、残留派だった労働党下院議員ジョー・コックス氏が右派信奉者の男性に殺害される事件も起きている。政治的な目的で殺害に至ったのか、精神的な問題があって犯行に及んだのかはまだはっきりしていないが、考え方の違う相手を殺傷するほど憎む感情が生まれても不思議ではないほど、残留派と離脱派の選挙運動が熾烈を極めていたのは確かだ。 ヘイトクライムの増加には過熱選挙の落とし子という部分もあったのではないかと思う。移民として英国に住む筆者は「バスなどの交通機関では気を引き締めていたほうがいいよ」と何人かの友人にアドバイスされた。個人的にはまだ被害にあっていないが、投票の直後に、バスの中で有色人種の女性が白人男性に「国に帰ろ」と言われた場面を知人が目撃している。 選挙の記憶が薄れるにつれてヘイトクライムは今後、ある程度減少していくのではないかと筆者はみているが、気がかりなのは旧東欧職出身で今は英国に住むEU市民、特に数が多いポーランド市民の処遇だ。 BBCなどの取材に対し、在英ポーランド人たちは離脱によって「居づらくなった」、「この国では必要とされていないと感じる」と答えている。 EU市民の一人として、正々堂々と英国にやってきたポーランド人たち。すでに家族をもうけ、仕事をし、税金を払って暮らしている人も大勢いる。今さら「帰る」わけにはいかない。政府は今のところ、英国に住むEU出身者の居住ステイタスが離脱後どうなるかについて、明確な方針を発表していない。メイ内閣がブレジッドに向けて着々と歩を進める中、英国内のEU市民や逆にほかのEU諸国に住む英国民は不安感を持って毎日を過ごしている。

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    民主主義とほら吹きとの戦い

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 7月20日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、同紙のウルフ副編集長が、もし西側政府のエリートが国民の怒りに耳を傾けなければ、民主主義国家と開けた協力的な世界を共存させようとする努力は挫折するだろうと述べています。論説の要旨は、以下の通りです。iStock明確で、簡単で、間違った答え 米国のジャーナリストで痛烈な風刺で知られるH.L.Menckenは、すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、と言った。確かに西側世界は多くの市民の不満という複雑な問題に直面している。同時に米国のトランプや、フランスのル・ペンのような政権を狙う者が、国家主義、移民排斥、保護主義と言った、明確、簡単で、間違った解決を提案している。 では、市民の反発をどう説明するか。 答えの重要な部分は経済である。生活水準が上がること自体いいことである。と同時にそれは民主主義を下支えする。民主主義の下では、すべての人の生活水準が同時に良くなることが可能である。生活水準が向上すれば、人々は経済的、社会的混乱に対処できる。他方、生活水準が向上しないと怒りを生む。 実質所得が長期にわたって停滞したのは、金融危機とその後の回復が弱々しかったためである。その結果、ビジネス、行政、政治のエリートの能力と誠実さに対する国民の信頼が失われた。そのほかにも、高齢化(特にイタリア)、国民所得に占める賃金の比率の低下も実質所得の長期停滞をもたらした。 国民の不満の原因は、それ以外にも文化環境の変化や移民がある。移民については、豊かな国のほとんどの国民にとって、市民権は最も価値のある資産であり、外部の者と共有することに憤りを感じる。Brexitは一つの警告であった。 それでは、何がなされるべきか。 第1に、繁栄は相互依存によってもたらされることを理解する必要がある。主権の主張と世界的な協力の必要性を調和させることが重要である。国自体ではできないこと、すなわち基本的な世界の公共財の供給に焦点を当てるべきである。この点から今優先すべきは気候変動である。 第2は資本主義の改革である。金融の役割が大きすぎる。株主の利益が重視され過ぎている。 第3に各国ではできない分野での国際協力で、脱税対策が最も重要だろう。 第4に投資、技術革新の推進、最低賃金の引き上げなどにより経済成長を加速させることである。 第5にほら吹きと戦うことである。労働者の流入を防いでも賃金を変革できない。輸入制限は高くつき、製造業の雇用比率を上げることに繋がらない。 なによりも問題の重要性を認識すべきである。長期停滞、文化的混乱、政策の失敗が重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが揺すぶられる。トランプ候補は一つの結果である。このバランスを取り戻すため、想像力に富み、野心的な考えが提示されなければならない。容易ではないが失敗は許されない。我々の文明そのものの運命がかかっている。 出 典:Martin Wolf ‘Global elites must heed the warning of populist rage’(Financial Times, July 20, 2016)トランプの台頭の要因 すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、というMenckenの言葉は名言です。最近の典型的な例は、論説が言及しているように、トランプ米大統領候補です。 論説は、西側世界に見られる国民の不満、怒りの主たる原因は実質所得の長期停滞である、と言っています。トランプの支持者の中心が、所得の伸びていない白人の中、低所得者層であるとの指摘は夙に行われています。 米国経済は失業率の大幅低下等マクロ的には欧州、日本と比べて好調ですが、実質所得が上がらないことで、国民が景気回復を実感できず、景気回復に取り残されていると感じていることが不満や怒りに繋がっているのでしょう。 国民の不満、怒りの主たる原因は経済的なものですが、国民の不満や怒りは政治現象です。トランプの共和党大統領候補選出、ル・ペンの大統領選の有力候補への台頭は、その典型例です。 論説は、長期停滞に政策の失敗などが重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが崩れると言っています。これは国民の怒りに対する答えが、自国優先策になりやすいことを反映した懸念です。トランプの貿易、安保政策は典型例です。 論説は国際協力の重要性を強調していますが、国際協力の推進の前に、国内政治をただす必要があります。トランプの台頭は、共和党がオバマ政権反対を最優先させ、国民の不満に耳を傾けなかったことが大きな要因でした。 その点から言うと、論説の5つの対策は、議論を広げ過ぎている感があります。気候変動は確かに重要ではありますが、国民の不満に耳を傾けるという点から言えば、やはりとりあえず実質所得の向上を最優先させるべきでしょう。 国民の不満、怒りに正しく対処しないと、民主主義の下支えにひびが入り、経済的、社会的混乱に対処しにくくなります。同時に、移民排斥、保護主義が広まれば、戦後の国際秩序が挑戦を受けます。論説は我々の文明そのものの運命がかかっていると言っていますが、あながち誇張とは言い切れません。

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    トランプの意味する「法と秩序の回復」

     [海野素央のアイ・ラブ・USA]海野素央 (明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは、「法を守り秩序を回復する候補」です。異例づくしとなった共和党全国党大会でしたが、不動産王のドナルド・トランプ候補は、約75分間の指名受諾演説で、明確なメッセージを発信しました。指名受諾演説を行うトランプ氏(GettyImages) その1つが、「法を守り秩序を回復する候補」です。トランプ候補は、混沌とした米国社会に法と秩序を取り戻すと主張したのです。「私はあなたの声になる」というメッセージも放ち、有権者の声を代弁すると述べました。さらに、同候補は「米国第1主義」を全面に出し、米国の利益を最優先する意欲を示しました。本稿では、これらのメッセージを分析した後で、民主党候補の指名が確実となっているヒラリー・クリントン候補のトランプ候補の指名受諾演説に対する反応について述べます。その上で、民主党全国大会でクリントン陣営が、トランプ候補とクリントン候補をどのように描いているのかについて比較します。 まず、指名受諾演説でトランプ候補が発した「法を守り秩序を回復する候補」からみていきましょう。米国社会では、南部ルイジアナ州、中西部ミネソタ州及び南部テキサス州で発生した警察官とアフリカ系による相次ぐ銃乱射事件に不安と動揺が広がっています。学校、職場、映画館及び空港などで銃乱射やテロがいつでも起こり得るという懸念が、国民に多かれ少なかれあるのです。トランプ候補の「法を守り秩序を回復する候補」には、白人の警察官とアフリカ系の衝突を解決し、秩序を取り戻すという意味が含まれています。現在、米国社会が直面している状況や雰囲気を察知した同候補は、指名受諾演説の中で不安定要因を挙げて混沌とした社会を描き、自分だけが問題解決ができると豪語したのです。 ちなみに、トランプ候補が使っている「法と秩序の回復」及び「物言わぬ多数派」は、リチャード・ニクソン元大統領が公民権運動やベトナム反戦運動で混沌とした米国社会の中で発信したメッセージです。同候補は、1960年代後半と現在の社会における混乱及び不安に類似点を見出しているのです。トランプ・バージョントランプ・バージョン トランプ候補は、ニクソン元大統領が用いた「法と秩序の回復」というメッセージを「トランプ・バージョン」に変えて発信しています。たとえば、上で説明した白人の警察官とアフリカ系の衝突に加えて、不法移民を標的にしたメッセージとして活用しています。 昨年6月16日に出馬して以来、トランプ候補は不法移民は麻薬売買人、犯罪者及び強姦者であると繰り返し主張してきました。同候補は、不法移民は法を犯し秩序を乱す犯罪者というレッテルを貼ったのです。米国とメキシコの国境に建設をする壁は、「法を守り秩序を回復するための壁」であると言いたいのです。 もう1点、指摘します。「法を守り秩序を回復する候補」には重要な隠されたメッセージが存在しているのです。有権者がこのメッセージを耳にすると、「法を守らなかった候補」を連想する仕掛けになっています。その候補は自分のルールで物事を進めてしまう候補です。私的なメールアドレスを使って公務を行ったクリントン候補のことです。「法を守り秩序を回復する候補」は応用範囲が広いので、本選でトランプ候補の核となるメッセージとして用いられるでしょう。「あなたの声になる」と米国第1主義 指名受諾演説でトランプ候補は、「私はあなたの声になる」と強調し、有権者の声を代弁して戦い、米国を最優先させることを誓いました。では、「あなた」とは一体誰を指しているのでしょうか。 全ての有権者であるかもしれませんが、党の結束を図りたいトランプ候補は、宗教保守派に焦点を当てています。さらに、本選で鍵を握る無党派層を狙って発信したメッセージとも解釈できます。ただトランプ候補の内心は、指名受諾演説の舞台に上げてくれた熱烈な支持者である白人労働者と退役軍人でしょう。「私はあなたの声になる」というメッセージは、特に彼らの心に突き刺さったことは確かです。 次に、トランプ候補の米国第1主義です。08年米大統領選挙では共和党の指名を獲得したジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州)は、「国が1番(カントリー・ファースト)」をスローガンにして戦いました。勿論、国とは米国を指しています。マケイン上院議員は米国民を最優先するという意味で、「国が1番」というメッセージを発したのです。トランプ候補のように、大国である米国がグローバルな利益よりも、自国のみのそれを最優先して徹底的に追求していくというメッセージではありませんでした。同候補の米国第1主義には、偏狭な自文化中心主義的な色合いが濃く出ており、仮に大統領に就任した場合、米国が大国の役割を果たすのか強い疑問を持たざるを得ません。 指名受諾演説におけるトランプ候補の非言語メッセージも看過できません。演説を行っている間、同候補はほとんど怒った表情をして、社会の不公平さに対する怒りや不満を抱いている有権者と感情共有を行っていたのです。ダイナミックな動作をとりながら、間を十分とり、沈黙といったパラ言語(副次言語)を効果的に活用し、会場の代議員の反応を「傾聴」していた点にも特徴がありました。結局、同候補の非言語メッセージが、言語メッセージのパワーを高めていたと言えるのです。「壁」対「橋」「壁」対「橋」 クリントン候補と副大統領候補に起用されたティム・ケイン上院議員(バージニア州)は、即座にトランプ候補の指名受諾演説に反応しました。 第1に、クリントン候補は、トランプ候補が放った「私は自分1人で問題解決できる」というメッセージを取り挙げました。「一緒になればもっと強くなれる」というスローガンを掲げているクリントン候補は、米国社会が直面している諸問題を個人で解決するのではなく、協力し合ってチームで解決する立場をとっています。クリントン候補が集団主義的なアプローチに重点を置いているのに対して、トランプ候補はカーボーイのジョン・ウェインのように個人で問題解決を図ろうとしている点が対照的です。 第2に、クリントン候補はトランプ候補が力を込めて語った「私はあなたの声になる」について批判したのです。クリントン候補は、ある集会でトランプ候補が「あなたのことを語っていると思いますか」と支持者に質問を投げかけました。クリントン候補は、女性蔑視や反移民の発言を繰り返すトランプ候補が「あなたのことを気遣っていると思いますか」という意味を込めて支持者に尋ねたのです。 第3に、ティム・ケイン上院議員(バージニア州)は、同じ集会でユーモアを込めながら、若者に向かって以下の3つの効果的な質問を投げかけました。 ・「『お前はクビだ』と言う大統領がいいですか、それとも『あなたを雇います』と言う大統領がいいですか」 ・「障害者や女性、メキシコ系、同盟国をこけおろす大統領を欲しますか、それとも人と人の間に橋を架ける大統領を欲しますか」 ・「自分第1主義の大統領がいいですか、それとも子供・家族第1主義の大統領がいいですか」 言うまでもなく、前者がトランプ候補で、後者がクリントン候補です。要するに、クリントン候補とケイン上院議員は、「トランプ候補は、あなたの声に耳を傾け、意見を代弁し、気遣う大統領には決してなりません。自分第1主義の大統領になるのです。私たちは協力し合って米国社会が抱えている問題を一緒に解決していきましょう」というメッセージを発信したのです。 7月25日から東部ペンシルべニア州フィラデルフィアで、民主党全国大会が開催されました。民主党は、トランプ候補を人と人の間に「壁」を作る大統領として、一方、クリントン候補を移民、同性愛者、障害者、女性及び家族や子供を気遣い、人と人の間に「橋」を架ける大統領として描いています。

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    感情論が導いた英EU離脱 排除すべきは無責任なナショナリズム

    宮家邦彦(CIGS研究主幹) 6月23日の国民投票の結果には一瞬絶句した。英国の大衆迎合型民族主義を過小評価したことを思い知らされた。同日付本紙コラムで筆者はこう予想した。 ・英国の欧州連合(EU)離脱の悪影響は経済面に限られない。 ・離脱賛成が過半数を占めるということは、英国有権者が抱く反EUの民族主義的感性が、加盟維持という国際主義的理性を凌駕したということ。 ・あの英国でも大衆迎合主義的ナショナリズムが本格的に始まったことを意味する。国民投票の結果を喜ぶEU離脱派の人々 それでも筆者はイギリス人がEU離脱を選択する可能性は低いとどこか楽観していた。最後は英国の理性が感情を抑えると信じたかったのだ。英国EU離脱の経済的悪影響については既に多くの記事が書かれている。本稿では国民投票結果が今後の国際政治に及ぼす影響につき考えてみたい。力で現状変更厭わぬ帝国 昨年末あたりから筆者は繰り返しこう書いてきた。 ・現在世界中で醜く、不健全で、無責任な、大衆迎合的ナショナリズムが闊歩している。 ・21世紀に入り世界各地で貧富の差が一層拡大した。前世紀後半までそれなりの生活ができた中産階級が没落し始めたからだ。 ・彼らの怒りは外国、新参移民と自国エスタブリッシュメントに向かう。強い不平等感を抱く彼らは何に対しても不寛容で、時に暴力的にすらなる。 筆者はこれを「ダークサイドの覚醒」と呼んできた。欧州大陸での反イスラム・反移民の極右運動や米国のトランプ旋風だけではない。中東「アラブの春」運動や中国で習近平総書記が進める反腐敗運動などの政治社会的背景も基本的には同じだ。それがあの英国ですら起きたのだから、もう世界的に定着したと考えてよいだろう。 この傾向はポスト冷戦期の終焉とともに顕在化し始めた。ポピュリズムとナショナリズムは欧米の自由民主主義的な現状維持勢力を劣化させる一方、力による現状変更も厭わない「帝国」を生みだしつつある。最初は愛国主義者プーチン大統領のロシア。ジョージア、ウクライナ、クリミアなどへの軍事介入がその典型例だ。続いて中国。習近平総書記が進める「中国の夢」も力による現状変更を正当化するものだ。政治家に求められるのは制御能力 中露だけではない。大衆迎合的民族主義が帝国主義と合体する可能性はイランやトルコにも見られる。今後はこれまで世界秩序を維持してきた自由・民主・市場経済を重視する勢力が求心力を失って分裂傾向を強める一方、権威主義的・非民主的勢力が、前者の凋落によって新たに生まれる「力の真空」を埋めていくだろう。政治家に求められる制御能力 日本は何をすべきか。第1にパニックは禁物だ。確かに市場では政治的不確実性がパニックとボラティリティ(数値の乱高下)を生んでいる。しかし、この現象が一過性でないことは述べた通りだ。今後もダークサイドの覚醒は長期化し世界各地に波及していくだろう。であれば今後はこの状態を「新常態」と覚悟する、冷静で理性的な判断が必要となるだろう。 第2はデマに惑わされないことだ。既に一部では、これからユーロは暴落しEUは崩壊し、英国は分裂するなどとまことしやかに報じられている。しかし、離脱の連鎖反応を恐れるEU主流は逆に結束を強めるから、ユーロへの悪影響は少ないだろう。しかも、英国の離脱には通知から2年間の交渉期間が必要だ。ダークサイドからの逆襲を受けた欧州エリートの粘り腰も過小評価すべきではない。EU離脱派が勝利したことを受け、辞意を表明するキャメロン首相 そもそも、今回の衝撃はリーマン・ショックとは若干異なる。後者がサブプライムなど米国バブル崩壊に端を発した経済問題であるのに対し、今回の原因はより政治的側面が強く複雑だからだ。最後に重要なことは、ダークサイドを制御する能力だ。この制御に失敗した政治家は、キャメロン英首相であれ米共和党主流派であれ政治生命を失った。そうした危険が将来、日本に生じないという保証はない。普遍的価値を尊重し連携を 産経新聞(25日付)に「英国人は外部から指示されればされるほど、拒否する気性がある。論理的に正しくても、感情的に反発する」とあった。なるほど、では、同じ島国・日本にも同様の気質はないのか。これらは日本国内の左右のダークサイドに共通してみられる傾向ではないのか。 中国の新華社通信は「西側が誇りとしている民主主義の制度が、ポピュリズムや民族主義、極右主義の影響にはまったくもろいことが示された」と報じたそうだ。しかし、民主的国民投票など実施できない独裁国家・中国にそれを言う資格はない。 今回の英国EU離脱騒動は日本にとって対岸の火事ではない。日本人が得るべき教訓は、常に理性的に行動し、決して感情的にならないこと。そして、無責任な左右のナショナリズムを排しながら、普遍的価値を尊重する勢力との連携を貫くことの重要性である。

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    「内向き志向」は世界の潮流になる? 英のEU離脱と米のトランプ現象

    六辻彰二(国際政治学者)(THE PAGEより転載) 英国民によるEU離脱の選択は、さまざまな課題を投げかけてきます。私たちは歴史の転換点にいるのかもしれません。戦後に築かれてきた秩序や価値観はどうなろうとしているのか。国際政治学者の六辻彰二氏に寄稿してもらいました。「利益」と「独立」を強調した離脱派 6月23日、英国でEUからの離脱をめぐる国民投票が行われました。国内を二分する激論の結果、離脱派が勝利。世界に衝撃が走りました。今回の国民投票は、世界全体でのナショナリズムの高まりの結果であると同時に、それを加熱させ、さらに交錯させる転機とみられます。 今回の国民投票を振り返ると、離脱派の主張は、大きく以下の二点にありました。・EUの一員であることの負担が大きい(債務危機に陥ったギリシャの救済や、移民・難民の受け入れなど)一方、英国への恩恵は少ない。・環境規制から労働基準まで、生活のすみずみにEUの規制が行きわたっており、英国の自主性が損なわれている。 これらは総じて「英国の利益」と「英国の独立」を強調する立場と重なります。これに対して残留派は、EU統合の理念に加えて、「5億人の市場を抱えるEUの一国」であることによる経済的利益などをあげて反論。しかし、少なくとも選挙結果は、EUの一員であることのメリットよりデメリットを感じる人が多いことを示すものになりました。EU離脱派の集会で演説するジョンソン前ロンドン市長=6月4日、ロンドン 今回の選挙結果を考えるとき、キーになるのは「自国の利益をいかに守るか」という点です。 これに関して、第二次世界大戦後の世界では、「海外との付き合いを通じて自国の利益を確保する」という考え方が基本になったといえます。1944年に連合国が集まったブレトン・ウッズ会議での決定に基づき、米英主導で自由貿易体制が打ち立てられたことは、その先駆けでした。 米英が自由貿易を推進した背景には、「自由貿易がお互いの利益になる」という考え方とともに、1929年の世界恐慌の後、「持てる国」(広い国土をもつ米国や、数多くの植民地をもっていた英仏)が自国の生き残りのために保護貿易(※)に向かい、それが結果的に「持たざる国」(日独など)を経済的に追い詰め、これらの軍事活動を招いたことの教訓がありました。つまり、「自由貿易は平和に資する」と考えられたのです。 実際、その後の自由貿易の発達で、どの国も外国抜きで自国が成り立たない状況(国際政治学でいう相互依存関係)が生まれ、これは西側先進国同士での戦争を抑制する一因となりました。数百年間にわたって戦争を繰り返した仏独が、大戦後に重要なパートナーになったことは、その象徴です。仏独を中心とするヨーロッパ諸国は、戦後復興のなかで段階的に経済協力を深め、これがEU統合の土台となったのです。(※)英仏は、自国や植民地以外の国に対して高い関税をかけ、利益の囲い込みを図った「ブロック経済」を敷いた「戦争の回避」≠「友好」ではなかった「戦争の回避」≠「友好」ではなかった 冷戦終結後の1990年代には、グローバル化のもとでヒト、モノ、カネの自由移動が加速。必要なところに人材や資本が集まることで、各国の経済成長も促されました。 ただし、国境を越えた、多くのレベルでの付き合いの増加は、各国間の友好を深めるとは限りませんでした。相互依存関係は戦争の回避に役立ったものの、日中、米中関係や、天然ガス輸入を軸とする西欧各国とロシアに象徴されるように、付き合いが増えるほど、顔を合わせずにいれば発生しなかったトラブルも増えざるを得ませんでした。 ところが、相手の利益と自国の利益が連動している以上、「自分たちの利益」を掲げるだけではトラブルを解決しにくくなります。そのため、各国の政府はお互いに慎重に対応せざるを得ず、いわば「一刀両断」の解決は困難になります。 これらの背景のもと、どの国も海外との関係で妥協を余儀なくされました。それにつれて各国では、「自国の独立」を疑問視する意見が大きくなり、それを支える既存の体制や政治家へのフラストレーションが溜まりやすくなったといえます。 このフラストレーションは、経済が総じて安定的に成長していた2000年代半ばまでは、なんとかコントロールされていました。 しかし、2000年代からの対テロ戦争と連動して、欧米諸国では徐々に「ヒトの自由移動」の結果である移民、特にムスリムに対する偏見と差別が噴出。折から、自由貿易をテコに中国をはじめとする新興国が台頭したことも、西側各国の警戒感につながりました。 これらの背景のもと、2008年のリーマンショックを皮切りに発生した世界金融危機は、各国を「海外との付き合いを制限して自分たちの利益を確保する」ことに向かわせる転機となりました。ヨーロッパでは、それまでにも増して移民への襲撃や嫌がらせが増え、他方でさまざまな規制を敷くEUへの反感も噴出。2014年のEU議会選挙では、「反EU」を掲げる政党が躍進し、フランスでは移民排斥を叫ぶ国民戦線が第一党に躍進。2015年からのシリア難民の急増も、この動きに拍車をかけました。 その一方で、1990年代以降の世界ではあらゆる規制が緩和された一方、人権意識の高揚とともに、暮らす国や性別を含めて、個人が自分のことを選択することが当たり前になりました。つまり、それ以前と比べて、外部の何者かに自分の問題を決められることを拒絶する考え方が普及したのです。この観念は当初「個人の自由」として普及しましたが、2000年代半ば以降はその重心を国家・国民にシフトさせ、「自国のことを自国で決定する」ことを強調する意見が目立つようになりました。 こうして、国境を越えたヒト、モノ、カネの移動による利益や恩恵が頭打ちになり、その弊害が目立つようになったのと入れ違いに、既存のシステムを維持するよりむしろ、そこから独立して、自分たちの利益を確保しようとする動きが鮮明になったといえます。米ではトランプ現象 戦後秩序の方向転換戦後秩序の方向転換 不安定な状況のなかで「海外との付き合いを制限することで自国の利益を確保する」動きは、少なくとも先進国では、「海外との付き合い」を前提とする既存のシステムの下での利益が期待しにくい個人ほど、広がりやすいとみられます。 今回の国民投票の結果を振り返ると、ロンドンを除くイングランドのほぼ全域で、離脱派が勝利したことは示唆的です。とりわけ移民の多いマンチェスターやバーミンガムでは、中間層の間でも離脱派が多数を占めたとみられます。 また、この傾向は、米国におけるトランプ現象にもほぼ共通するといえます。米国でもやはり、経済が回復しつつあるとはいえ、対テロ戦争などでの財政負担やインフレなど生活条件の悪化に対する不満が増幅。そのなかで、複雑な国際関係を度外視して、「米国第一」を掲げるトランプ支持が広がっています。今回の国民投票で、トランプ氏は分離派を支持してきました。 戦後秩序の中核にある米英での状況は、「海外との付き合いを制限することで自国の利益を確保する」動きが世界レベルで広がっていることを象徴します。交錯するナショナリズム その一方で、「『自分たちの利益』の範囲や主体がどこか」をめぐって、それぞれの立場ごとに、考え方の違いが浮き彫りになりました。今回の国民投票において、スコットランドや北アイルランドで「残留」が支持を集めたことは、全体としての英国や米国などの「大きな主体」とは異なるレベルで、「自分たちの利益」と「自分たちの独立」を求める動きの現れといえます。これらの地域はイングランドの事実上の支配によって、もともと「自分たちの利益」が脅かされてきたと捉える傾向が強く、英国より一段高い位置にあるEUにとどまりながら、英国からの独立を求めようとしたのです。 これら「小さな主体」は、生き残りのためにむしろ、海外から影響を受けたとしても交流の活発化を望む点で、英国全体や米国と対照的ですが、それでも(彼らの場合はイングランド支配という)既存のシステムのもとで自分たちが不利益を受けており、「自分たちの利益」を回復するために「独立」を求めるという思考パターンにおいて一致します。スコットランド独立をめぐる住民投票の否決を受け、 スコットランド旗をまとって座り込む女性=2014年10月、 英北部スコットランド・エディンバラ スコットランドでは、すでに単独でEUに残留する交渉を進める方針が打ち出されており、この動きはスペインのカタルーニャなど、各地の分離独立運動を活発化させています。英国のEU離脱は、これら「小さな単位」の独立を加速させる導火線になり得ます。しかし、その一方で、今回の国民投票の結果は、ヨーロッパ全域で極右政党などによる反EU運動も活発化させるとみられます。ところが、一般的に極右政党は、既存の国境線に沿った国家を維持・発展させることを強調します。したがって、各国内のローカルな独立運動とは、基本的に利害や目標が一致しません。 今回の英国における国民投票は、これらの相反する政治的エネルギーを加熱させました。その意味で、この選挙結果は、既に各地で高まっていたナショナリズムの一つの到達点であると同時に、さらなるナショナリズムの高まりと交錯のための通過点でもあるといえるでしょう。 戦後、特に1990年代以降の自由貿易を軸とする国際秩序は、各国の直接衝突を避けるうえで有効だったといえます。しかし、そのなかで鬱積した不満は、世界金融危機などを契機に、ナショナリズムの高まりという形で噴出しています。これらの「グローバル化への反動」が各地で生まれる状況からは、世界が新たな秩序の「産みの苦しみ」の時代に入ったことを見出せるのです。むつじ・しょうじ 国際政治学者。博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、幅広く国際政治を分析。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、東京女子大学などで教鞭をとる。著書に『世界の独裁者』(幻冬社)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『対立からわかる! 最新世界情勢』(成美堂出版)。その他、論文多数。Yahoo! ニュース個人オーサー。個人ウェブサイト

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    「完璧なビジネスウーマン」吉永小百合が脱いだリベラルの仮面

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 吉永小百合さんが安保法制や原発といった政治的なテーマで、反核・平和・反原発運動に積極的に参加して話題になっている。 昨年の安保法制騒動から、「左翼が流行らないからリベラルの仮面をかぶっていた極左や左翼が仮面を脱ぎ捨てている」が、吉永さんもその一人だ。 日本の政治思想地図で面白いのはプティ・ブル左翼の多さだ。海外の共産党や社会(社民・労働)党左派は社会的に恵まれない人が主流で、彼らに同情する一部のインテリがくっついているという構造だ。 メディアでいえばかつての朝日新聞の読者だ。朝日の論調はリベラルや穏健左派どころか、ソ連と中国と北朝鮮を礼賛し、外交政策でも彼らの利益を代弁していた。共産党はそれなりに首尾一貫した思想だが、それに対して、朝日のいい加減さはユートピア的極左の世界だ。それでも一方で、朝日新聞の読者層は高所得者が多く、高額商品の広告は朝日新聞でないと効果がないと言われてきた。 ところが彼らは、社会党が崩壊して、小政党となった社民党参加者以外が民主党に移ったあたりからリベラルの装いをしてきた。にもかかわらず、安保法制騒動が始まると、ヘルメットとゲバ棒スタイルで闘った若いころの気持ちに戻ったのかようだった。「母と暮せば」を撮影中の山田洋次監督(左)と吉永小百合(右)=長崎市の黒崎教会  『キューポラのある街』は、吉永さんの最初の大ヒット作だが、在日朝鮮人の北朝鮮帰国運動を肯定的に描いているなど極左色が強い内容だ。 吉永小百合さんの魅力は、「そこそこいいとこのお嬢さんが庶民の役をやっている」というところにあった。吉永さんはしばしば原節子と比較された。原さんは深窓の令嬢風の上、完璧な美女だった。 それに対して、吉永さんはそこそこいいところのお嬢さんのイメージで、スタイルがあまり良くないし、完璧に可愛いが完璧な美女ではない。そこが映画スターがもう少し近づきやすい存在になった時流に合った。 早稲田大学第二文学部という学歴も程良かった。第一文学部ならお高くとまっているイメージになっただろう。 吉永さんは、何を演じても吉永小百合だと批判された。『夢千代日記』で芸者をやっても、『天国の駅』で女死刑囚役を演じてオナニーをしても、「あの吉永小百合さんがこんなことまでして頑張っている」というイメージなのだ。 頑としてイメージを崩すようなことはしないのだ。だから、女優として名優かどうかは、意見が分かれる。馬鹿げた偽善でも吉永小百合だから許された 吉永さんが原爆の詩を朗読しても、切実さはないのだ。「あの吉永さんが平和のために一生懸命やっている」というだけで、原爆の悲惨さより、彼女の人柄の立派さが感じられるだけといえるのだ。 自分で確定申告をして、国税庁の用意した取材に応じるが、同席していた当時の大蔵大臣に「この税金は戦闘機を買う費用に使ったりせず、もっと国民のためになることに使って欲しい」というなど、良き市民を演じて左翼インテリにも媚びるバランス感覚を示す。馬鹿げた偽善だが、吉永小百合だから許された。 夕張を応援したが、これも偽善の極みだ。だいたい、夕張は市民が後先考えずに巨大投資を展開する市長を選んで砂地獄に落ちただけで、自業自得だ。ところが、地名がなんとも可愛いせいか、夕張は同情された。もし“闇張市”だったら誰も同情などするはずない。これを特別に応援する人を私は全く信用しない。2003年7月、プロ野球の西武戦をネット裏で観戦する吉永小百合(撮影・戸加里真司) 左翼が流行らなくなり、人気も下降気味になると、企業を選別しつつ広告塔をやった。西武の堤義明とはスキーを指導されて仲良くなり、西武ライオンズの熱狂的ファンとなって、アンチ巨人を強調して“反体制気分健在”を軽やかに演ずる。軽井沢の別荘地を安く分けてもらったともいわれるが、マスコミにもあまり突っ込ませない威厳が彼女にはある。 どうして図抜けた企業と思うのか私には理解不能だが、シャープについても、いい企業だからコマーシャルに出るとひたすら強弁した。 そして、西武もシャープも没落したころ、反安保法案でリベラルを装っていたかつての極左勢力が息を吹き返すと、さっそくそれに擦り寄った。 吉永さんが生まれたのが、終戦の年である昭和20年3月、私は昭和26年9月のサンフランシスコ講和条約締結の月だから、お姉さん世代といったところだ。 小学校に入るころ、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』のさゆり姫に声優として登場していたのを聞いていたのを覚えているが、それを意識したのは、日活の青春映画のスターとして有名になってから、「あのときのさゆり姫」とわかってからだが、彼女の軌跡をこうして振り返ると、いちおう同世代の人間として感慨深いところがある。 私は別に吉永小百合が嫌いなわけでも、けしからんと思うわけでもない。隣に座って食事したらとても楽しいだろうし、女優という商品の演出者として、彼女は完璧なビジネスウーマンだ。ただ、このうえなき人格者だとか信念の人かといえば、少し違和感を覚えてしまう。

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    吉永小百合さんへの手紙

    月刊正論3月号に掲載された文藝評論家、小川榮太郎氏の公開書簡「吉永小百合さんへの手紙」が、一部ネットメディアで取り上げられ、物議を醸した。「脱原発」「積極的平和主義」を掲げる彼女は、なぜ公の場で政治的発言を続けるのか。小川氏の論考とともに、国民的大女優の政治発言の是非を考えたい。

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    吉永小百合さんへの手紙

    除し、結婚といふ制度を無効とするやうな志向性を強く持つ事で、この映画が描いてゐる美しい日本を破壊するイデオロギーを内包してしまつてゐる。 夢幻劇に過ぎないのだから、難しい事を言はずに楽しめばいい、一応さうは言へる。 が、夢幻劇の外界をなかつた事にしてしまふのと、夢幻劇を荒々しいリアリズムの世界から守り美しく育てることは違ひます。ここで詳しく論じることはできませんが、多くの偉大な文學、戯曲における夢幻劇は、それを脅かす現実との葛藤を内に含んで自らの純潔を守つてゐるのです。『源氏物語』や能にせよ、シェイクスピアの『嵐』、ヴァグナーの『トリスタン』……全て夢幻性を脅かす外界との緊張関係こそが、これらを美しく掛け替へないものにしてゐる。 ところが、戦後の日本は、夢幻劇を成立させる為に不可欠な、荒々しいリアリズムの世界を直視する事を忘れて、夢を編んできた。 そして、いはばさういふ力との葛藤なしに成立する夢幻劇に狎れ過ぎてきた、それが余りにも続いた結果、我々は、現実と理想との混同に疚しさや痛みを感じなくなつてしまつてゐる。 この映画はその谷間に咲いた百合なのです。 が、さうした問題に於いて、吉永さんを更に危ふひ所に追ひ込んでしまつたのが、貴女の場合、原爆詩の朗読だつたのだらうと思はれます。節を改めて論じてみませう。原爆詩朗読という「祈り」の純粋さ故に原爆詩朗読という「祈り」の純粋さ故に 吉永さんは昭和四十一年に、『愛と死の記録』といふ被爆者を主人公にした映画に出演して以来、原爆或いは被爆者、戦争に対する関心を深めてゆかれた。そしてその思ひが今日に至るまでの原爆詩の朗読といふ活動に繋がります。これは、吉永さんの中で非常に大切な、重い意味を持つた活動に違ひありません。2005年3月、東京大空襲から60年の「平和への集い2005」で、原爆詩の朗読をする吉永小百合 実際、原爆といふ主題に、貴女のやうな真面目でイノセントな女性が心の強い痛みを抱いたといふことを、私は素直に理解できます。そして、女優として、一人の人間として、それを形にし、伝へたいといふ思ひも理解できる。 私も又、核兵器の発明と使用が、人類史上最大の罪悪であつて、原爆で焼かれた民族である我々日本人こそが、その災厄の真実を世界中に知らしめ続けねばならないと考へます。 人類は戦争を繰り返しながら、文明を高めてきました。あらゆる神話や宗教が描いてゐるやうに、破壊と創造は一つのパッケージになつてをり、文明の発展のみで戦争のない世界はあり得ません。人間の中の破壊衝動、憎悪や殺意と、建設への熱意、愛や創造性とを簡単に切り分け、前者のみをこの世から消し去つてしまふ事は不可能です。 が、核兵器の発明と使用は、さうした破壊と創造といふ構造に根本から見直しを迫るものだつたと言ふ他はありません。少なくとも大東亜戦争末期、既に戦争終結に向けた国際工作を何カ月も続けてゐた戦意なき日本相手に原爆を落とすといふアメリカの禁じ手、そして報復を恐れたアメリカによる日本の軍事力の封印と洗脳が成功した為に、核兵器使用による報復が生じなかつたものの、今後は、万一地上のどこかで核兵器使用があれば、報復の応酬、また、非国家集団による核兵器の濫用への道が開かれ、破壊の後に破壊しか続かぬ可能性が充分にある。 だからこそ、二つの事が必要です。 もう発明されてしまつたものはどうしようもないと肚を据ゑるのが第一です。発明された悪魔を乗り越えるのはより優れた技術しかない。原爆反対、原発反対と唱へた所で、世界の技術競争は止まらない。より良心的な陣営が開発競争の先頭に立ち、やがてこれを無害化する所まで技術を追求する以外に、この悪魔を鎮める道はない。安易な反対運動は、かへつて技術による無害化の可能性を閉ざします。 もう一つは、核兵器を使はせない国際環境を強化する事です。その意味で、核兵器使用がどれ程悲惨かの実態を世界人類に共有させるのは、日本の重要な平和活動に違ひありません。 そしてその為に、端的に被爆の悲惨さの「記憶」と「記録」を伝へる事と同時に、貴女がなさつてゐるやうに、「表現」された原爆を伝へるといふ手段もあり得る事になる。 勿論、原爆の実態を伝へる事と、原爆を詩にすること、またそれを朗読することは意味が全く違ふ。 「記録」を直視する事は世界人類の責務です。 が、原爆や被爆を詩といふ表現にすることは可能なのでせうか。被爆した人の詩だから詩としての価値を持つのか 被爆といふ経験は、悲惨極まる、想像を絶する経験であり、私はその人達に同情する資格さへありません。自分や自分の家族が被爆する、即死してしまへば後の事は分らないが、ひどい被爆をしてケロイドや全身にガラスの突き刺さつた状態で苦しみ、しかも後遺症に苦しみながら生きてゆく─それは想像を絶する経験です。 しかし、それが「表現」として人を感動させるかどうかは別問題でせう。 原爆を扱つた詩だから価値があり、だからそれを語り、だからそれを後世や世界に伝へなければならないといふのは本末転倒です。何を扱つてゐようが、本当に胸に突き刺さる「言葉」になつてゐるかどうか、もしそれが「記録」ではなく「詩」であるならば、それが問はれるべき全てだ。被爆した人の詩だから、詩として価値を持つ、そんな事はない。被爆した人が作曲したからといふだけの理由で、被爆音楽といふジャンルが成立する筈がないやうに、「記録」でなく「表現」である以上、「表現」としての基準以外に価値を計りやうがない。 そして、そこにこそ、貴女が、あへて原爆詩に賭けた思ひがあると私には思はれるのです。 貴女の本当の祈りでこれらの詩の真実性を歌ひ出さねば、それは表現には達しない、だから貴女は詩の朗読といふ地味な仕事を続けてきたのではなかつたか。 その意味で貴女の朗読は、原爆詩に込められた思ひを甦らせやうとする「祈り」であり、「祈り」を通じて「表現」を希求する行為だつたのではないでせうか。 ところが、逆に、貴女のさうした動機の純粋さこそが、政治にとつては、実に都合のよい好餌なのです。 原爆の「記録」ではなく、貴女が原爆の「表現」の伝道者になつた時、政治の魔手がそこに付け入ります。貴女は、無力な者の声、一方的に傷つけられた者の声の伝達者である事を通じて、寧ろ、さうした無力さを政治的に利用する者によつて、政治的な「強者」の立場を演じさせられ始めます。 何よりも問題になるのは、原爆詩が、弱き者の声といふ形を借りた特権的な場になつてしまつてゐる事です。 吉永さん自身は一昨年広島原爆忌に掲載された朝日新聞のインタビューで「私の力は小さくて、大きくはならいのですが……」と仰つてゐる。本当に無力だつたらどれ程よかつたでせう。無力な声が無力なまま己の信ずる道を行く事程、真実の意味で強い事はない、それこそが祈りの道だからです。 しかし原爆詩の朗読は、世界の核環境に対しては無力でも、日本の政治状況に於いては全く無力ではありません。例へば、昨年十月に、貴女は、菊池寛賞を受賞しましたが、受賞理由に原爆詩の朗読を殊更に挙げてある。妙な仮定ですが、もし貴女が原爆詩でなく、中原中也の詩や齋藤茂吉の和歌の朗読をライフワークにしてゐたら、少なくともこのタイミングでの菊池寛賞の受賞はなかつたでせう。そして、この受賞をきつかけに、原爆詩を朗読する貴女は、間違ひなく、ある種の政治勢力にとつて、今まで以上に、政治的な利用価値を増す事になるでせう。 その時、貴女はあの類稀な女優としてでもなく、又、祈りの道を一人で歩む朗読者としてでもなく、核戦争の脅威への防波堤でもなく、単に国内政局の喧噪の中での、シンボルとなつてしまふ。 最近であれば、安保法制反対の大合唱の中に、いや、その先頭に貴女の名前が絶えず持ちだされたのは記憶に新しい。『キューポラ』で父親にぶつけた科白の皮肉『キューポラ』で父親にぶつけた科白の皮肉2001年12月、映画「千年の恋 ひかる源氏物語」で共演した吉永小百合(右)と渡辺謙 例へば渡辺謙さんが安保法制騒ぎの最中の八月一日にかうツイートしてゐる。「ひとりも兵士が戦死しないで七十年を過ごしてきたこの国(憲法)は、世界に誇れると思う。戦争はしないんだ」と。 或いは笑福亭鶴瓶さんも、八月八日の東海テレビで「あの法律も含め、今の政府がああいう方向に行つてしまふつていふのは止めないと絶対だめ」と発言し、対談相手の樹木希林さんが「七十年も戦争しないで済んだのは憲法九条があるから」と応じてゐます。 竹下景子さんも、安保法案反対アピールに名前を連ね、「日本が戦争する国になれば、被害者であると同時に加害者にもならざるを得ません」 七十年間日本人の戦死者がなかつたのは、世界に戦争がなかつたからでも、日本への過酷な脅威がなかつたからでもありません。拉致被害者は厳然と存在しますし、そもそも、憲法九条といふ紙切れ一つで地球の中で日本だけが特殊な楽園であり続けられるかどうか、この人達は一度でも考へた事があるのでせうか。 この七十年の内の前半、東西冷戦時代には、朝鮮戦争、ベトナム戦争、核の軍拡競争、共産主義国家による恐怖政治がありました。隣にはソ連、共産中国がゐて、内政による弾圧や失政の為の犠牲者は数千万人と言はれてゐる。その軍事的脅威を憲法といふ紙切れ一枚で防げたとこの人達は本当に思つてゐるのでせうか。冷戦が終つた後、欧米知識人達の一部は自由主義陣営が勝利した結果、世界は平和になるといふ幻想を持ちました。が、アメリカが世界の警察官を務める中で、中東の動揺は全く去らず、オバマ時代に入り、今度はアメリカが警察官の仕事から手を引き始めた途端、中国、ロシアなどの軍事国家が世界秩序の変更に向けてチャレンジを始めた。 冷戦時代の我が国を守つてゐたのはアメリカです。アメリカにとつて日本こそが共産主義勢力からの防波堤だつたからなのは言ふまでもありません。 が、かつてのソ連と違ひ、アメリカにとつて、今の中国共産党政権は駆引きの相手であり、日本はアメリカの死活的な防衛ラインではなくなりつつあります。中国と手を組んだ方がよければアメリカはさうするでせう。その時、憲法といふ紙切れ一枚で日本の「平和」を守り切れる根拠はどこにあるのでせう。 「平和」が大切だといふ声を挙げる事と、特定の法案に反対する事は全く意味が違ひます。 法案に反対するのであれば、その法案が本当に平和を脅かす根拠と、新たな立法措置を取らずとも我が国の平和が守られ続けるといふ根拠を持たねばならない。これは、俳優とか知名人とかいふ事以前に、人としてのイロハではないでせうか。今や日本共産党の広告塔の筆頭格に 実際、根拠なき安倍政治への反対がどれ程滑稽で国論を過つものかは既に証明されてゐます。 たつた二年前、平成二十五年十一月の特定秘密保護法制定の時、安保法制時と同様、芸能人や映画人、ジャーナリストたちが、日本の民主主義の死といふやうな過激な反対キャンペーンを張りました。 政治ジャーナリストの田勢康弘氏は「この政権の体質を見てゐても、間違ひなく拡大解釈してくると思ふ」と発言してゐる。映画監督の崔洋一氏は「この法案ができると日本映画界はお上の都合に合はせるやうなさういふ物ばつかりになる」と言ひ、同じく映画監督の大林宣彦氏に至つては「この法律ができると、国家犯罪に繋がつてしまふかもしれないといふ事を常に考へてゐなくちやならない」とテレビで発言してゐます。 それにしては、安保法制反対時の、殆ど同じ顔触れの皆さんの威勢の良かつた事! 「国家犯罪」に怯えるどころか、「戦争法案」だ「赤紙」だ「徴兵制」だと、法案の中身などそつちのけの途方もないプロパガンダで大騒ぎしてくれたが、安倍政権は弾圧の「だ」の字もしなかつたやうです。「拡大解釈」も「お上の都合」も、「国家犯罪」も全て幻想だつたのですが、法案の中身も知らずに反対の大合唱に加はつたこの人達の誰か一人でも、発言の責任を取つた人はゐるのでせうか。 あへて吉永さんに問ひたい、法案の意味や中身を知らずに、後から責任を取れないやうな出鱈目な批判をする事、またさういふ人達の先頭に立つて広告塔になる事は、貴女の女優としてのあり方や人としての信条に照らして、恥づかしい事ではないのですか。 『キューポラ』の中で高校生だつた貴女は、理不尽な父親に向かつて、かつてかう言つてゐる。「お父ちやんみたいに何もわかつてゐない癖に、頭から思ひこんで変へようとしないの、『無知蒙昧』つていふのよ。さういふの一番いけないよ」 「平和」を大切にする事と、知りもしない法案に大声で反対する事を混同しながら政治利用されてゆく、貴女を始めとする映画人や芸能人達は、正に「無知蒙昧」そのものではないでせうか。 貴女自身は、広告塔のつもりはないと仰るかもしれません。 が、残念ながら、貴女がどう思はうと、貴女の名前は、今や広告塔の筆頭格の一人になつてしまつてゐます。 誰の広告塔か? 驚くべき事に、日本共産党の広告塔です。求められている政治との峻拒 別表のやうに、昨年一年間だけで、吉永さんは「しんぶん赤旗」(日曜版のぞく)に見出し、記事として、十回も登場してゐる(アット・ニフティのデータベースによる)。これは、もうすつかり日本共産党お馴染みの「顔」になつてゐると言ふべき数字でせう。 歴史上、藝術家や文化人の政治利用に一番熱心だつたのは、共産党に代表される全体主義国家であり、中でも最も藝術家を政治利用したのは、ナチスとソ連共産党でした。そして日本共産党は言うまでもなく、現在でもマルクス・レーニン主義を奉じ、共産主義社会を目指す政党です。 共産主義が世界史上最大の政治犯罪だつた事は疑ひの余地がありません。共産主義国家は全て、プロレタリア独裁のまま軍事政権化し、自国民を恣に弾圧、虐殺し続けました。自由な共産主義国家は、一つも存在できなかつた。その共産主義を奉じてゐる日本共産党の広告塔に吉永さん、貴女がなるといふのは一体どういふ事でせうか。 ナイーブな声の上げ方は、あくまでか細く、そしてあくまでも一人の人の声の限界を慎ましく守るべきなのではないでせうか。 私は貴女の「声」の持つ「実意」、「誠意」について語ることからこの手紙を書き起こしました。その「実意」「誠意」を、国内政局に悪用させてはなりません。 貴女には、女優として、最近とみに表現領域を開拓してゐる「祈り」の世界がある。映画の中での、近年の貴女の姿は、それだけで人を浄めるオーラを静かに温かく発してゐるやうに私には思はれます。 「祈り」─吉永さんの世界は、今や女優としても朗読者としても、その世界にはつきり足を踏み入れてゐる。だからこそ、政治に関与せず、政治から利用されない、その峻拒こそが、今、貴女には求められてゐるのではないでせうか。 その世界に徹し、政治利用からはつきりと距離を取る時、貴女の中の女優と、貴女の中の人間としての正義とが、必ず一致点を見出す筈です、私はそれを信じたい。いや、それを信じてゐるからこそ、あへてこの一文を草した次第です。おがわ・えいたろう 昭和42(1967)年生まれ。大阪大学文学部卒業。埼玉大学大学院修士課程修了。創誠天志塾塾長。著書に『最後の勝機(チャンス)』(PHP研究所)、『一気に読める「戦争」の昭和史』(ベストセラーズ)、『「永遠の0」と日本人』『小林秀雄の後の二十一章』(幻冬舎)など。

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    吉永小百合まで「広告塔」に担ぎ出す共産主義の影響力工作

    江崎道朗(評論家)進む「民共合作」 政局の季節が始まった。陰の仕掛け人は、日本共産党だ。 昨年秋、日本共産党は民主党などに対して、「戦争法案」廃止を共通政策とする「国民連合政府」を目指そうと呼び掛けた。 これに対して民主党(3月14日に維新の党と合流後の党名を「民進党」と決めたが、本稿では「民主党」とする)の支持母体である連合の神津里季生会長は昨年12月14日の時事通信とのインタビューで、共産党との選挙協力について「(共産党と連合は)歴史的に全く相いれない関係だし、向こうは敵対的関係をずっと持ってきた。やってはいけないことだ」と強く反対した。 1月5日に開催された「連合2016新年交歓会」においても神津会長は「共産党はめざす国家体制が異なることやこれまでの歴史的経過からしても同じ受け皿ということには成り得ない」と、共産党との共闘を批判した。 旧民社系労組出身の神津会長と連動して民主党内の旧民社系「民社協会」の川端達夫衆議院副議長もこう批判している。 《安倍さんや自民党がやっている政治は一つの考え方であるのは当然ですが、どの人に聞いても、それに対してもう少し人間や弱者などにウェートを置いた側の政治勢力が必要では、と言うと思います。ですが、向こう側とは違うというだけで集まるのはダメで、大きな共通の認識や旗の下に集まらなければならない。(中略)小さいままではダメで、力を合わせて選挙に勝とうというのはいいけど、何のために、何をするために、どういう国をつくるために、ということを大きな共通認識として持たない限り、それは烏合の衆で、いつかボロが出る》(『プレジデント・オンライン』1月13日) 政策合意なき野党連合はダメだと批判したのだ。 連合や民社協会の反対で民共合作は潰えるかと見えたが、民主、維新、共産、生活、社民の野党5党の党首は3月19日、岡田代表の提案で共産党との選挙協力を進めることで合意した。そろって街頭演説する(左2人目から)社民党の吉田党首、民進党の岡田代表、共産党の志位委員長=6月19日 《岡田代表は、会談のなかで自身から(1)安全保障関連法の廃止と集団的自衛権の行使を容認する閣議決定の撤回を5党の共通目標にする(2)安倍政権の打倒を目指す(3)国政選挙で現与党とその補完勢力を少数に追い込む(4)国会での対応や国政選挙などあらゆる場面で5党のできる限りの協力を行う――の4点を提起し、5党で合意したと報告》(民主党の公式サイト) 支持母体の連合や旧民社系の反対を振り切って民主党の岡田執行部は、日本共産党とも組むことを決断したのだ。「共産党と組むとなれば、連合サイドが拒否反応を示し、民主党にとっては却ってマイナスになる」という意見もある。が、残念ながら、連合の組合員の大半はかつてほど共産党に対するアレルギーはないため、意外と選挙協力は進む可能性がある。 しかも共産党との選挙協力を進めるとなれば、民主党の会合にも共産党の活動家たちは堂々と顔を出させるようになり、民主党の地方組織は共産党系によって取り込まれていくことになるだろう。何しろ理論武装という点から言えば、寄せ集め集団に過ぎない民主党や維新の党では、とても共産党には太刀打ちできない。 選挙協力を通じて連合傘下の労働組合もまた共産党の浸透工作を受けていくことになるが、それに対応できる人材が果たして連合内部にどれほどいるのだろうか。連合の左傾化が心配だ。コミンテルンの「協力者」たちコミンテルンの「協力者」たち 共産党の浸透工作と戦うためには、その手法をよくよく研究しておく必要がある。共産党・コミンテルン(以下「共産党」と略)は、宣伝と浸透工作を重視しており、その手法は巧妙だ。この共産党の手法を研究した専門書『革命のインテリジェンス――ソ連の対外政治工作としての影響力』(勁草書房)がこのほど発刊された。『ヴェノナ』(PHP研究所)の翻訳にも関わった佐々木太郎氏が近年、次々と情報公開されている機密文書、具体的にはヴェノナ文書やヴァシリエフ文書、イギリスのM・5史料、アメリカのFBI史料などを使って、これまでのソ連・コミンテルンによる浸透工作の実態を明らかにしている。 各国共産党が他の政党と異なるのは、秘密工作を重視している点だろう。それまで対外工作、スパイ活動と言えば、相手国の技術や情報を盗むことが主要な任務であった。ところが共産陣営は、相手国のメンバーにソ連の利益となるような行動をとらせることを目的とした「影響工作」を重視してきた。 佐々木氏によれば、アメリカのエドガー・フーヴァーFBI長官は、共産主義運動に関与する人物を次の五つに分類している。 ・公然の党員 ・非公然の党員 ・同伴者(Fellow Travelers) ・機会主義者(Opportunists) ・デュープス(Dupes) 「同伴者」とは、共産党が示した特定の問題についての対応や解決策への強い共感から、共産党のための活動をする非共産員だ。「しんぶん赤旗」に名前が載る女優の吉永小百合さんや映画監督の山田洋次さんがこれに当たるかもしれない。「機会主義者」とは、選挙での票や賄賂といった個人的な利益のため、一時的に共産主義者たちと協力する人たちだ。共産党の票が欲しいために共産党との選挙協力に踏み切ろうとしている民主党の岡田執行部や維新の党の松野執行部は「機会主義者」と呼べるだろう。 最後の「デュープス」は、日本語で言えば、間抜け、騙されやすい人々という意味だ。明確な意思を持って共産党のために活動をする人々ではなく、ソ連やコミンテルンによって運営される政党やフロント組織が訴える普遍的な・正義・に対して情緒的な共感を抱き、知らず知らずのうちに共産党に利用されている人々のことを指す。「戦争法案反対」デモに参加した芸能人・知識人たちやサヨク・マスコミの大半が「デュープス」ということになるだろうか。 このように共産主義陣営の真の恐ろしさは、彼らの方針に従う非党員グループを作り、広範な影響力を発揮するところだ。日本共産党の活動などは、表面的なものに過ぎず、真の政治工作は、秘密裏に、かつ広範に行われている。アインシュタイン(UPI=共同) ほとんど知られていないが、知識人・芸能人やマスコミを「デュープス」にする手法を編み出したのが、コミンテルン幹部でドイツ生まれのヴィリー・ミュンツェンベルクだ。 ミュンツェンベルクは一九三〇年代、物理学者のアインシュタイン、作家のアンドレ・ジッド、孫文夫人の宋慶齢、劇作家のバーナード・ショーなどの世界的な著名人を「反戦平和運動」に巻き込んで反戦世論を盛り上げ、アメリカやイギリス、そして蒋介石政権をソ連主導の「反日反独の人民統一戦線」に取り込むことに成功、結果的に日本を敗戦に追い込んだ。 ところが、ミュンツェンベルクについてはこれまで京都大学名誉教授の中西輝政氏が月刊誌などで言及しているだけで本格的な研究書は日本に存在しなかった。佐々木太郎氏の『革命のインテリジェンス』が本邦初となる。 なぜ日本は戦前、米ソに追い込まれたのかを理解するためだけでなく、現在進行中の、日本共産党による「国民連合政府」構想の危険性を理解するためにも広く読まれることを期待したい。共産主義の特異な「平和」観共産主義の特異な「平和」観 野党5党が「戦争法案反対」「安倍政権打倒」で結束していくことを決定したことがいかに危険なことなのか、もう少し考えてみたい。 民主党が共産主義を容認するわけがないし、「戦争法案反対」で共闘するだけだから、それほど警戒しなくてもいいのではないか。そんな声も耳にするが、それは無邪気すぎると言わざるを得ない。というのも、そもそも共産主義者が使ってきた「平和」の意味が、われわれ国民の常識とは全く異なっているからだ。 一九三五年、第七回コミンテルン大会においてソ連は、ドイツと日本こそが「軍国主義国家」であると規定し、各国の共産党に次のような指示を出した。《共産党は(中略)戦争準備の目的でブルジョワ民主主義的自由を制限する非常立法に反対し、軍需工場の労働者の権利の制限に反対し、軍需産業への補助金の交付に反対し、兵器貿易と兵器の輸送に反対して、たたかわなければならない。(中略)ソ連が社会主義の防衛のために労農赤軍を出動させることを余儀なくされたばあいには、共産主義者は、あらゆる手段をもちい、どんな犠牲をはらってでも、赤軍が帝国主義者の軍隊に勝利するのをたすけるように、すべての勤労者によびかけるであろう》 要するにソ連に軍事的に対抗しようとする日本とドイツの軍備増強に徹底的に反対し、いざとなればソ連を守るため日本とドイツを敗戦に追い込むよう努力することが「平和」を守ることだと、主張したのだ。ロシア革命記念日にモスクワの赤の広場を行進するソ連の最新鋭戦車T72=1977年(UPI=共同) ではなぜ、ソ連を守ることが平和を守ることなのか。共産主義者は「戦争とは資本主義国同士が限られた資源を争奪する過程で不可避的に勃発するものであり、恒久平和を実現するためには国際社会から資本主義国をなくし、世界を共産化するしかない」と考える。しかし、直ちに世界共産化は難しいので、まずは世界共産化の司令塔であるソ連を守ろう、という論理なのである。 このように、日本の防衛を否定し、いざとなれば日本が戦争で敗北するように動くことが、共産党の主張する「平和運動」なのである。 この80年前の方針はいまなお墨守され、共産党やサヨク・マスコミは、世界共産化の拠点となってきた中国共産党や北朝鮮がどれだけ安全保障上の脅威を増しても、その脅威を無視するだけで、いざとなれば日本が敗北するようにするため、「戦争法案反対」「憲法九条を守れ」と叫んでいる、あるいは知らぬうちに叫ばされているのだ。 共産党が主導する「反戦平和」路線に乗ることは、中国共産党の軍拡を支援し、資本主義を掲げる日本を解体する運動に加わることを意味する。連合や民主党内部の保守系議員は、その恐ろしさをどこまで理解しているのだろうか。「保育園落ちた日本死ね」は資本主義体制への呪詛「保育園落ちた日本死ね」は資本主義体制への呪詛 共産陣営の恐ろしさは平和運動だけではない。「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログが、マスコミで取り上げられ、国会でも問題となった。 なぜ保育園に入れなかったことが「日本死ね」という発想につながるのか、怪訝に思った人も多かったに違いない。それは、サヨクたちの思考を理解していないからなのだ。 彼らサヨクたちは程度の差こそあるものの、「資本主義国では、子供は必然的に搾取され、抑圧される。また、発展途上国の子供たちも搾取され、まともに教育さえ受けることができないばかりか、ブルジョワジーたちが起こす戦争の犠牲者となる。子供たちを戦争と貧困の危機から救い、真に児童の権利を守るためには、資本主義・帝国主義を打倒し、社会主義社会を実現するよりほかにない」と考えているのだ。 だからサヨクは、「保育園に入れないのは、子供を搾取する資本主義体制だからであり、資本主義を掲げる日本を打倒しない限り、この問題は解決されない」と思い込んでいるのだ。「日本死ね」という言葉の奥には、資本主義体制への呪詛がある。安倍政権がいくら待機児童問題に取り組んでいようが、そんなことは関係ないのだ。 その一方で、貧困問題を直ちに政権批判に結びつける共産党やサヨク・マスコミの手法に反発して保守側も、貧困問題に対して懐疑的な見方をする傾向が強い。その結果、子供の貧困や非正規雇用といった課題は放置されてしまいがちだ。 確かに何でも政権批判に結びつけるサヨクの手法はうんざりだが、だからといって子供の貧困問題や若者の雇用環境の悪化を放置していていいはずがない。貧困問題の背景には、二十年近くデフレを続けてきた政府・日銀の政策の失敗があるわけで、「自己責任」で片づけるのは不公平だ。 2月19日の、野党5党合意に基づく選挙協力を推進するための理論的な準備も既に始まっている。 例えば、『世界』4月号は、「分断社会・日本」という誌上シンポジウムを掲載している。その意図をこう記している。《日本社会がこわれようとしている。労働市場、財政、所得階層などの経済指標はもちろん、自由、人権、信頼といった社会指標を追いかけてみるとよい。いまの日本社会では価値を共有することが極めて難しく、また、社会のあちこちに分断線が刻み込まれている。そうした社会の分断状況は、正規・非正規問題。排外主義、居住区間の分断、コミュニティの破壊、ジェンダー問題など、多様な角度から私たちの社会に「いきづらさ」という暗い影を落としている》経済的弱者支援は本来保守の役割 こう問題提起をした上で、自由主義的な市場経済、道徳、極端な競争社会、民主主義に伴う政治的対立の激化などをやり玉に挙げる一方で、戦時中の国家総動員体制下で革新官僚たちによって検討された「働く国民の生活を国家が保障する」制度――これは恐らく社会主義体制のことを示唆しているのだろうが――を評価する。 そして、《地方誘導型の利益分配も機能不全に陥るなか》、《近代自体が終焉と向かう時代がわたしたちの目の前に広がっている》のであるから、《わたしたちは、新しい秩序や価値を創造し、痛みや喜びを共有することを促すような仕組みを作り出す》ことが重要だと、締めくくっている。 要は資本主義や議会制民主主義が現在の非正規労働者の増加、排外主義、コミュニティの破壊といった問題を起こしているのだから、新しい仕組み(社会主義のことか)を目指すべきだと主張しているのだ。 恐らく今後、「分断社会」をキーワードに多くの社会問題が資本主義、議会制民主主義の構造的欠陥の帰結であるとして論じられ、社会主義を容認する方向へ世論誘導がなされていくだろう。年頭のあいさつをする共産党の志位和夫委員長=2015年1月、東京・千駄ヶ谷の党本部 この思想攻勢に対抗するためには、消費税増税で減速したアベノミクスを増税延期(又は減税)と財政出動などによって立て直し、まずは景気回復を実現することだ。経済的困難が続くと、国民はおかしな方向に誘導されやすくなるからだ。 あわせて子供の貧困や奨学金問題などサヨクが取り組んでいるテーマに保守の側こそ積極的に取り組むことだ。経済的弱者に手を差し伸べることは本来、保守の役割であったはずである。 えざき・みちお 昭和37(1962)年、東京都生まれ。九州大学文学部卒業。日本会議専任研究員、国会議員政策スタッフなどを経て現在、評論家。著書に『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾――迫り来る反日包囲網の正体を暴く』(展転社)、共著に『世界がさばく東京裁判』(明成社)など。

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    吉永小百合さんは最後の「国民的女優」だ

    稲増龍夫(法政大学社会学部教授) 吉永小百合は1945年3月に生まれ、日本はその5カ月後に終戦を迎えた。まさに日本の戦後とともに歩んできた映画女優だといえる。60歳を越えながら、いまだに若々しいイメージを保ち、2年に1本のペースで主演を演じ続けるバリバリの現役女優である。 今までに100作を越える映画に出演し、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を4回受賞している(歴代1位)。現在でも、幅広い世代から支持され、2010年には「文化功労者」に選ばれるなど、名実ともに、わが国における戦後最大の女性映画スターである。スターとアイドル ちなみに、彼女は「スター」と呼ばれてきたが、わが国では、今は「アイドル」が全盛である。この2つの呼称は、主たる活躍の場(メディア)で分けられ、簡単に言えば、スターは映画、アイドルはテレビである。スターは、全盛期のハリウッドの「スターシステム」に象徴されるように、映画という非日常的空間で勇猛果敢なヒーローや見目麗しき美女を演ずる存在であり、そのカリスマ性を維持するために、できる限り日常生活を隠して「神秘性」を高める必要があった。だから、ハリウッドの映画スターはパパラッチに狙われるのである。映画「動乱」の完成試写会で挨拶する高倉健さん(左)と吉永小百合=1979年12月 一方、アイドルは特にわが国で発達した文化表象現象で、圧倒的美男美女よりも、隣のクラスのカッコいい子や可愛い子といった手の届く「親しみやすさ」が必要で、テレビでは、単にドラマで演じたり音楽番組で歌ったりするだけではなく、トーク番組やバラエティー番組に出演し素顔をさらすことがかえって好感度を高めることになる。 吉永小百合の場合は、活動の中心が映画である上に、テレビドラマでさえ文芸ドラマや大作ドラマが多く、それ以外のテレビ出演は少なかった。もちろん、彼女が映画デビューした頃は、まだテレビが普及していなかったので当然かもしれないが、それにしても、映画産業が衰退し、多くの映画スターがテレビに活躍の場を求めたことを考えあわせると、映画にこだわったスタンスが、結果として「神話性」を保たせたのかもしれない。 さて、吉永小百合は、1945年に東京で生まれ、まさに戦後の日本社会の復興と映画の発展とを体現する形で成長していった。 実際、わが国において映画は戦後に爆発的に普及し、大衆娯楽の中心に躍り出たのは1950年代後半から60年代初頭であった。この頃、観客動員数はほぼ毎年10億人と、当時の人口から考えて国民1人当たり年に10回以上は映画館に通っていたことになる。 ちなみに、1960年代半ばから、テレビに大衆娯楽の主役を奪われるようになって映画産業の凋落(ちょうらく)が始まり、近年の観客動員数は1億数千万人程度(2011年は約1億4400万人)という状況である。吉永小百合は、その絶頂期の1959年に、わずか14歳でスクリーンデビューを果たしている。彼女は子役時代にラジオドラマに出ていたこともあり、芸能界でのキャリアはあったが、それにしても早いデビューで、しかも、1960年から61年にかけて20本以上の作品に出演しており、映画全盛期とはいえ、過酷なまでの「勤労高校生」であった。 初主演は1960年秋の『ガラスの中の少女』で、ここで、後に「純愛路線」を築く浜田光夫とのコンビが実現する。ともかく、初期の吉永小百合は、どちらかというと「まじめ」な学級委員長タイプを演じることが多く、特に石坂洋次郎原作の青春映画『青い山脈』(1963)などは、彼女のイメージ形成に大きく寄与していた。 これらの映画に見られる、たとえ貧しくとも、明日を信じてまじめに努力していく前向きな姿勢は、まさに戦後復興から経済成長を支えた日本人のメンタリティーを反映したものであり、吉永小百合の「ひたむきさ」は、当時の若者たちの夢と希望の支えであった。それゆえ彼女の「スター性」は、欧米の女性映画スターと違って「性」的要素が薄く、だからこその「清純」であり、年齢を超越した輝きを放っているのかもしれない。社会派としてのスタンス「社会派」としてのスタンス 吉永小百合の代表作と言えば、石坂洋次郎作品や大ヒットした『愛と死をみつめて』(1964)とともに、『キューポラのある街』(1962)をあげる人が多い。『キューポラのある街』は、早船ちよの原作をもとに、後にカンヌ国際映画祭で最高賞を二度受賞した今村昌平と、この映画で監督デビューを果たした浦山桐郎が脚色した映画で、「鋳物の街」であった埼玉県川口市を舞台に、町工場に勤める職人家族をめぐるさまざまなエピソードをつづった社会派映画である。「天国の駅」(C)東映 題材としては、労働問題、貧困、民族問題などシリアスなテーマが多く、「清純派」吉永小百合のイメージからすると暗い映画であり、実際、社会派の浦山監督は吉永小百合のキャスティングには、当初違和感を覚えていたということだが、興行的要請から、人気絶頂の彼女を起用せざるを得なかったと言う。 しかし吉永は、監督からの「貧乏について考えてごらん」という課題をまじめに受け止め、結果として彼女の演技は、わが国では歴史ある映画賞のブルーリボン主演女優賞を獲得するなど高く評価され、同じく作品自体もブルーリボン作品賞を受賞した。 今で言うなら、AKB48などの人気絶頂のアイドルが、こうした重いテーマの映画やドラマに出演するのは、作り手サイドからもファンサイドからも抵抗が多いだろうが、当時は、若者を中心に、社会的な問題意識や批判意識を持つことがむしろ当たり前であり、実生活においても「まじめ」な吉永小百合が、真摯(しんし)に重いテーマと向き合った姿勢は、ファンからも受け入れられたのである。その意味で、彼女は「永遠の清純派」と言われながらも、浮世離れした世界に生きているわけではなく、今でも「脱原発」などの政治的な発言をしているが、それも自然と許容されている。そこには、戦後に新しい国や社会のあり方を模索してきた世代ゆえの、時に愚直なまでの「まじめな」民主主義精神を読み取ることができる。(2012年11月26日記)稲増 龍夫  1952年東京生まれ。法政大学社会学部教授。東京大学文学部社会学科卒、東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。東京大学文学部助手を経て1984年より現職。本来の専門はポストモダン社会論だが、特にアイドル、J-POP、おたくなど現代のメディア文化やサブカルチャーの研究と解説で精力的に活動。

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    「核」「原子力」をマジックワードにしてしまった罪

    島の話」を「原発の話」とイコールで結びながら語り続けた。最近も、吉永小百合が、彼女自身の反核・脱原発イデオロギーに絡める形で福島の問題を言あげることに対して福島県内からも具体的な反発の声が上がっています。要は、「原発事故によってとんでもなくダメになってしまった福島はかわいそう=>だから、絶対に脱原発を達成すべき」という、ありがちな論理で活動を続けるんですが、ろくに事情も知らないのに「原発事故によってとんでもなくダメになってしまった福島はかわいそう」などと勝手な認識を押し付けられることに対して「『だから、絶対に脱原発を達成すべき』っていうあんたのイデオロギーのために福島ネタを利用すんじゃねーよ。『かわいそう』とか何様だ。うぜーよ」と反感を買うのは当然のことです。 ただ、この話自体、構造としては、これまで4年間、知識人が繰り返してきたパターンを踏襲しているだけではあります。吉永小百合だけが悪いわけではないのでサユリストもご安心いただきたい。 他にも、「文明の反省をして再エネルギーを」と、ろくに再エネの一長一短ある性質を勉強することもなく前のめりに語り続けるパターンとかもありました。実際に、再エネ導入はテクノロジーとしても、あるいは制度・政策としても一筋縄ではいかない実態が明るみに出るにつれて、その人たちは無責任にも今黙っている。これらのパターンが結局、生産性のない同語反復の中で陳腐化し、反発を受けたことはあっても、何ら被災当事者のためにならなかったのは「4年後」の結論にせざるを得ないと思います。 そういう大きな話に対して、冒頭に私がお話ししたような細かい話があります。つまり、山本さんにご指摘頂いた「地方の問題」です。福島の問題は日本が抱えるこまごまとした問題の集積だということ。帯にも書きましたが、放射線や原発の問題ではなく、もう少し地方の問題として見ていかないと、この問題は解決しないことは自明です。もちろん、どちらの視点で見ていくことも重要です。ですが、問題解決志向でいくなら地方の問題として見ていくべきだというのがこの本の視点です。 とはいえ、本にない話をすることで、この本がより立体的になるとも思いますので、あえて「原発・放射線の問題」として福島の問題を見ていくこともしてみましょうか。『はじめての福島学』では、扱う範疇外でしたので粗い分析のままにお話しますし、山本さんの今後のお仕事かと思いますが、例えば、2011年から2013年くらいにかけて、新聞ならば朝日新聞、東京新聞を中心に、ご研究されている「日本人と核」の系譜に並べられる新しい「夢」が繰り返し表現されましたね。つまり、「脱原発+再エネでみんなハッピー」的な「夢」です。この「夢」は、震災直後からでてきて、散々強調され、しかし、2014年頭くらいから、急速に退潮していった。理由は色々あるかと思います。FIT(固定価格買取制度)の不整合が指摘されてきたこと、飯田哲也さんら再エネ系のオピニオンリーダーが政治活動に強くコミットする中でメディアへの出演の機会が減っていったこと、そして、2014年初頭の都知事選で「脱原発+再エネ」を表看板に掲げた細川護煕・小泉純一郎連合の惨敗。そんなことが、2011年から数年間のモラル・パニックに陥っていた日本社会を「夢」から醒めさせていった。2014年9月、反原発ライブに登壇し、あいさつする小泉純一郎元首相(右)と細川護熙元首相(宮崎裕士撮影) 元より、原子力にもとから詳しいリアリティズムの論者は、再エネは使えない、それが使えるならもとから広まっていると話していた。FITにも変に政治が介入すると失敗するということが海外の事例からわかっていると言っていた。そうやって「夢」に「現実」をぶつけて醒めさせようとする言論はスルーされていた。ただ、やっぱりあれ夢だったよねと感じ始めている人も出てきているという現状はあります。 ただ、社会はいつでも夢をみたがるものです。なぜあんな大きな夢を語ったのか。そして、そこから数年とたたずに、すぐに醒めざるを得なかったのかというと、先ほどの結論から、当事者として現実に向き合わざるを得なかったというのは大きいでしょう。チェルノブイリの話ならもう少し夢を語り続けることもできたのだろうが、そうではない。(「後編/みんな福島を語っていい」につづく)かいぬま・ひろし 社会学者、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポルタージュ・評論・書評などを執筆。読売新聞読書委員(2013年~)。主な著書に、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。やまもと・あきひろ 神戸市外国語大学専任講師。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。 著書に『核エネルギー言説の戦後史1945-1960』(人文書院 2012年)、『核と日本人』(中公新書 2015年)などがある。関連記事■ 夏だ! 海だ! 沖縄だ! 青春だ! ……でも男2人。 ■ 「関白」の座ゲット! 九州の超強い大名「島津」攻略! 絶好調にしか見えない秀吉でも、官兵衛コワイ……!?■ ぼーっとしたいときは高速バスに乗る(前編)<移動時間が好きだ>

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    「あいつらアホか」安保法制をめぐる妄想合戦の馬鹿馬鹿しさ

    西村眞悟(元衆院議員)   敗戦から七十年が経過し、「日本を永久に武装解除されたままにしておくために起案した」(チャールズ・ケーディス大佐)憲法九条の施行から六十八年が経過している。そして、現在、国会でいわゆる安保法制議論(妄論)が行われている、というわけだ。では、その議論とは、一体、何だ? 私の知り合いで、TVで「その議論」を見て聞いた人の総ては、馬鹿馬鹿しいと言った! 弁護士の大先輩が、電話をかけてくれて、「テレビを視てたら、アホらしいて、あいつらアホか、メシ食いに行こう」と誘ってくれた。国会前で連日展開された安保法案反対のデモ。反対派は「戦争法案」と決め付け 憲法違反とするが、事はそれほど単純ではない=昨年9月 つまり、その議論とは、現場の現実から遊離した「妄想合戦」なのだ。何故、そうなのか。「日本を永久に武装解除されたままにしておくために起案した憲法九条」の枠内の議論であるからだ。馬鹿馬鹿しいではないか。 この「」の中の言葉は、憲法九条を起草したチャールズ・ケーディスが、一九八一年四月に、産経新聞の古森義久記者に語ったことばである(産経新聞朝刊、平成十九年七月一日)。彼は、一九四六年二月、三十九歳の時、我が国を軍事占領していたGHQ(連合軍総司令部)の民政局次長・陸軍大佐であり、米統合参謀本部やマッカーサー総司令官から命じられて、十数人のスタッフを率いて十日足らずで一気に「日本国憲法」を書き上げた。  その米統合参謀本部やマッカーサー総司令官が、ケーディスに「日本国憲法」の起草を命じた目的が、「日本を永久に武装解除されたままにしておくため」であった。日本語も日本も知らない三十九歳のケーディスとスタッフが、「日本国憲法」の起草を命じられて十日足らずで書き上げた。その三十五年後に七十五歳になっていたケーディスに古森記者が取材した前掲記事によると、彼は、「びっくりするほどの率直さで答えた」という。 そして、古森記者は「こちらの印象を総合すれば、日本の憲法は、これほどおおざっぱに、これほど一方的に、これほどあっさりと書かれたのか、というショックだった」と書いている。さらに、「神聖なはずの日本国憲法が実は若き米人幕僚たちによってあわただしく作られ、しかも日本人が作ったとして発表されていた、というのだ」と小森氏のショックは続く。 極めつけは、次のくだりである。「同氏(ケーディス)はまず第九条の核心ともいえる『交戦権』の禁止について『日本側が削除を提案するように私はずっと望んでいたのです。何故なら、交戦権というのが一体、なにを意味するのか私にはわからなかったからです』と述べて笑うのだった。」戦争するための法案かと質問すれば「その通りだ」と明言する 何ということであろうか! 書いた本人が正直に「一体なにを意味するのか私にはわからなかった」と笑いながら告白しているのに、それから、六十八年後になっても、街頭には、「九条を守れ」というプラカードを掲げて人が立てば、TVカメラはそれを全国に放映し、国会内では、九条の枠内で延々と馬鹿馬鹿しい議論が続いている。 憲法九条を書いたこのケーディスという野郎、今は年齢百五歳のはずだ。生きていても亡くなっていても、古森記者に、「びっくりするほどの率直さで答えた」ことを評価し、「無邪気なヤンキーのあんたが意味が分からんと書いた九条を、まだ日本の国会の○○が盲信しとるぞ」と報告し、「あいつらに化けて出て、お前は○○か」と言ってくれと要請したい(○○とは「あ」と「ほ」)。 自民と公明の与党は、一年以上にわたって「自衛権」のうち、「あれはできる」が「これはできない」の議論を大真面目に続けてきて、こんどは国会で、社会党的先祖返りをした野党が加わって、くそ暑い中、やっている。  与党のもともと馬鹿馬鹿しい妄想の上に、野党の、さらに馬鹿馬鹿しい妄想が積み重なっているのであるから、たまったものではない。私に電話をかけてくれた先輩の、「馬鹿馬鹿しいからメシ食いに行こう」が極めて適切で正しい。 さて、馬鹿馬鹿しいことにこだわっていても生産的ではない。従って、ことの本質を述べたい。日が落ちても続く、国会前の安保法案反対デモ。 警官隊との小競り合いが続いた=2015年9月16日、国会前 まず第一に、国家の自衛権は、国家が国家であれば、制限なく行使するのだ。緊急事態の中で、「あれは行使できるが、これは行使できない」というような自衛権はない。 従って、内閣総理大臣(大統領)が、(自衛権を)「行使する」と言ったら、それだけで議論の余地はない、議論終了。これが「最高指揮官」というものだ。 あとは「最高指揮官」から、緊急事態に対処することを命じられた指揮官の「本能と知性」(ドゴール将軍)に委ねられる。これがシビリアン・コントロールというものだ。 安倍総理は、与党内の馬鹿馬鹿しい議論の前に、集団的自衛権を「行使する」と明言した。よって、これで十分である。アメリカは、この安倍総理の明言を受けとめ評価して、四月二十九日の上下両院での安倍演説に拍手したのである。 我が国にいま必要なことは、「平和のための戦略」である。「平和のための戦略」とは、即ち、「平和を願うならば、戦いに備えよ」ということである。 現在の国会に欠落しているのは、これだ。現在、マスコミが全国に放映したがるプラカードには「戦争するな」と書かれている。これに対して、責任在る者は、次の通り答えねばならない。  「戦争ができなければ平和を守れない」  「軍備よりも福祉を」というスローガンに対しては、「国防は最大の福祉である」と断固として答えなければならない。国会内の○○が、「この法案は、戦争をするための法案でしょう」と質問すれば、「その通りだ」と明言しなければならない。 我が国を取り巻く情勢は、これほど厳しい!(「西村眞悟の時事通信」2015年7月13日分を転載)