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    終わりなき闘い エボラ終息の日は来るか

    流行国の西アフリカでも減少傾向にあるエボラ出血熱。今回は国際社会の対応が遅きに失し、それがエボラ史上最悪の流行を許す結果になったという批判も強い。終息に向けて課題も残るいま、国際社会は今後どう対応すべきか。また苦い教訓から得たものをどう生かすのか。

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    エボラ対応で「積極的平和主義」日本の資質が試されている

    外岡立人(元小樽市保健所長、医学ジャーナリスト)エボラ出血熱に対するWHO緊急事態宣言 2014年8月8日、WHOのマーガレット・チャン事務局長は、西アフリカ3カ国、すなわち、リベリア、シエラレオネおよびギニアにおけるエボラ出血熱(以下エボラ)の流行を、その拡大を抑えるために緊急支援を要する、国際的公衆衛生上の緊急事態であると宣言した。 この宣言がどれだけ世界にインパクトをもって注目されたかは筆者には定かではないが、国際的報道機関はそれ以前からエボラ流行が急速に拡大している西アフリカの惨状に関して報道を続けてきていたから、このWHOの緊急事態宣言はむしろ遅すぎたきらいがあった。 国内では産経ニュースがエボラに関して多くの情報を発信してきていたが、他の国内報道機関からの情報発信量は少なく、このWHO宣言の報道も扱いが小さいか、または伝えていなかった。 エボラが恐ろしい感染症であることは多くの人々は既に知っていた。しかしそれはあくまでもアフリカという限定された地域で発生していた事実から、国際的にも国内的にもそれほどインパクトをもった情報として一般社会に拡大してこなかった。  エボラは発病した患者、遺体などに直接接触することで感染し、患者からの飛沫感染、さらには空気感染はしないとされ、それは医療的には重症度は別にして、インフルエンザよりも遙かに拡大する可能性は低い感染症と考えられていた。患者や遺体に安易に触れる途上国ならではの感染症であることは間違いなかった。要するに先進国までは拡大することはないと、多くの専門家もコメントしていた。 日本国内の医療機関ではスタッフの間でそれほどの話題にはならなかったと思うし、医師会もウェブサイトを見る限り特段の反応は示していなかった。 WHOのチャン事務局長は緊急事態宣言の中で、「今日まで流行している地域は、自国での流行の拡大を抑えるだけの力を持っていない。私は国際社会にできるだけ迅速なサポートをお願いしたい」と訴えた。 すなわち先進国に拡大する危険性はないが、流行国での拡大阻止のために国際支援を求める訴えだった。このような途上国の健康危機に対する国際支援の求めは、これまでも時折国連機関から出されてきた。 自国には広がる危険性は低いと判断されると、先進国では国家レベルの支援態勢は進まない。それは日本でも同じだった。 8月中旬になると米国や欧州の人道支援団体の医療スタッフがエボラに感染する事例が相次ぎ、自国政府または団体がチャーターした航空機で自国の専門病院に搬送する事態が頻発しだした。 この頃から米国をはじめとした先進国で、エボラの自国への拡大が懸念されだし、西アフリカでのエボラ流行拡大阻止に向けて本格的な動きが見られだした。 そして9月には米CDC長官が西アフリカを視察し、西アフリカのエボラ流行が制御不能に陥っている状況を報告し、国際的支援活動がなければ大変な事態になると発表した。また国連高官や国境なき医師団も各国政府に支援を呼びかけ続けた。制御不能に陥ったエボラ流行 増え続ける感染者にWHOのチャン事務局長は9月中旬、西アフリカのエボラ流行は制御不能とのコメントを出して、世界にさらに警告を発した。 この頃からキューバをはじめとする各国からの多数の医療担当者の派遣や支援金提供が行われ始めた。マイクロソフトのビル・ゲイツも50億円の支援を行っている。  米国内でもエボラ支援に対して色々と反応はあった。西アフリカに住む人々が過去に奴隷として米国内に連れてこられ、牛馬並みの扱いを受けていた事実、奴隷の末裔として米国内に多くの黒人が現在米国人として存在している事実。そうした事実は健全な米国人の良心を痛めたはずである。しかしオバマ大統領の反応が、予想外に鈍かったのは不思議だった。 オバマ大統領は9月上旬、かっての米国の黒人奴隷達が解放後に建設したリベリアのエレン・ジョンソン・サーリーフ大統領から書簡で強力な支援を懇願された。ニューヨーク・タイムズは女史の書簡内容を次のように伝えている。・自力ではエボラ流行を抑えることは不可能・米国の援助が無ければ社会は混乱に陥り、かって内戦で20年間続いたときのような無秩序状態に陥る・国内に1500床のベッドが緊急に必要・首都モンロビアに米軍による100ベッドの病院をすぐに建設して欲しい 9月中旬にオバマ大統領はリベリアへの支援を決断し、数億ドルの出費と3000人近い兵士の派遣を指示した。それは米国大統領の英断のごとき報道をしたマスメディアもあったが、感染症専門家達はオバマ政権の対応が遅すぎるとして批判していた。 特にニューヨーク・タイムズは、遅すぎる国際支援を告発するかのように、西アフリカの惨状を頻繁に発信し続けていた。 我が国では産経ニュースが多くの情報を発信していたが、ニューヨーク・タイムズと提携している朝日新聞からは情報発信が少なく、また他の大手新聞やNHKからの情報発信も散発的であった。そのため国内では残念であるが、西アフリカのエボラによる惨状は十分社会的に認識されることはなく、単に日本国内で発生した場合の対策について論議され、その体制強化が図られるだけだった。エボラ出血熱、我が国の対応は我が国の対応 積極的平和主義を唱える安倍政権であるが、9月中旬まで数人の専門家しか西アフリカに派遣していなかった。しかし各国の支援態勢が強化される状況に、その後最大23人の医療チームの派遣をWHOに申し出た。エボラ出血熱水際阻止の取り組みとして関空で行われている、サーモグラフィーで体温の検知をする検疫検査場=2014年10月20日(甘利慈撮影) 支援金としては9月下旬段階で、総額50億円(4500万ドル)となっている。因みに米国は数百億円、英国は160億円、中国が50億円、そしてビル&マリンダ・ゲイツ財団が50億円となっていた。 日本の支援がなぜ貧弱なのかは、エボラが遠いアフリカの途上国の感染症としてしての認識しかされていなかったせいかも知れない。 しかし地球上で、たとえ離れた地域であったとしても、多数の人々が感染症で命を失っている現実を直視し、そこに人道的支援を積極的に行うという政策を先進国の先頭に立って行う姿勢が無い限り、日本の積極的平和主義という言葉は単なる詭弁用語になってしまう。日本の国際貢献が、公衆衛生分野においても先進国をリードするように成熟することが望まれる。将来的に日本に利益がもたらされる領域でのみの国際貢献では、積極的平和主義の看板は外されることになる。有名無実に終わったオバマ政権の支援 10月に入って米国の兵士達によるエボラ治療施設がリベリア内で建設されだした。しかし皮肉なことにリベリアの感染者数はオバマ大統領が支援を決断した9月中旬の1週後にはピークを迎えていた。最初の米国によるエボラ治療施設が出来た11月には、感染者数は減少し4分の1前後となっており、3カ所目の施設が出来たときには10分の1まで減少していた。そして最終的に2015年2月に予定の11カ所全ての施設が建設されたが、その中で使用されたのは2カ所に過ぎず、治療された患者数は28人に過ぎなかった。 オバマ大統領がリベリアへの介入を決断したとき、その介入判断の遅さ、そしてそれから半年前後の期間を要して治療施設を建設するという緩慢な内容に、米国内外から多くの批判が出ていた。 結果的にリベリアや他2国の感染者はNPO組織の援助を受けながら、地元の保健医療担当者の機敏な対策で急速に減っていった。その過程で西アフリカ全体で500人の医療担当者が感染して命を失っていったことは、日本国内で意外に知れていない(WHO統計)。撲滅間近となった西アフリカのエボラ 2015年4月10日、WHO緊急委員会は声明で、西アフリカ一帯での予防と制御活動が効を奏して、本年1月以降エボラ感染者数減少と地理的発生地域の縮小が認められ、国際的拡大リスクは減少した、と述べた。これは事実上エボラ撲滅宣言に近い内容であった。 ここまでくるのにエボラ流行後1年近い期間を要したが、当初米CDCを始め多くの専門家の間では、流行終息は今年度末、中には数年間要するとの見方があった。 予想外に終息が早くに到来することになったのは、現地の保健医療スタッフと、国際的人道支援組織、キューバや中国、欧州各国政府から派遣された専門家チームなどの懸命の努力の賜といえる。 回復患者からの血漿または抗体、実験的治療薬が急速に開発されたが、それらが果たした役割は現時点までは小さく、むしろ感染を防ぐための手洗いの徹底、遺体処理方法、患者との接触の危険性など、公衆衛生学的知識の普及のために、各村落の住民に啓発して歩いた保健医療担当者の役割が大きかった。 しかし2万5千人以上の感染者、1万人以上の死者(2015年4月上旬WHO統計)が、この約1年間の流行期間中に西アフリカで発生したのである。人口の0.048%が死亡した。日本に当てはめると、感染者数15万人以上、死者数62000人以上となる。この数は日本でもパニック発生となるが、医療過疎な途上国の西アフリカでは想像を絶する惨状が繰り広げられたことは容易に想像出来る。 因みに人口1000人あたりの医師数は、リベリアで0.014人、シエラレオネで0.022人、そしてギニアでは0.1人に過ぎない。日本は2人、米国では2.5人となっている。       流行に間に合わなかった抗エボラ薬とワクチン 2014年春に本格的流行が始まってから、何種類かの抗エボラ薬が急遽各国で作製され、同年末から臨床試験が始まっている。またワクチンも同じように現在臨床試験が行われている。一部は昨年末に西アフリカで臨床試験と担当者に対する予防効果を兼ねて投与実験も行われている。 驚くべきは、今回のエボラ流行が騒がれ出してから短期間でこうした薬剤とワクチンが開発されたことである。危険なエボラ出血熱のウイルスが見つかってから40年経過している。しかしこれまでどこの製薬企業も真面目に取り組んでこなかった。エボラがアフリカの一部の風土病的存在である限り、それは利潤につながらない。今回の流行でエボラが世界に広がる可能性がでてきたことと、アフリカで多くの感染者が出て、そこに従事する医療担当者も感染して死亡するという事態を眼のあたりにしてから製薬企業は動いた。 2014年11月4日、WHOのチャン事務局長は、「利益優先型の製薬企業がアフリカのエボラに関心を抱かなかったことが、未だ治療薬もワクチンもない理由である」と製薬企業の姿勢を糾弾する発言をしている。英国のインデペンデントと米国のニューヨーク・タイムズが報じている。 終わりに エボラが流行したリベリア、シエラレオネ、リビアの3カ国の社会システムの崩壊は酷く、それは経済的損失と相まって、今後の国の立て直しには国連をはじめとして多くの先進国の支援が必要となっている。 我が国がどこまでそうした途上国の人々に対する人道的支援に関心を抱くかは、日本の先進国としての資質が試される機会となっている。それは単に政府だけではなく、マスメディアも含めた社会全体の資質としてである。外交全体におけるような単に米国に追従する非主体的姿勢だけでは、熟成された先進国として世界のリーダーにはなれない。とのおか・たつひと 医学博士。1969年、北海道大学医学部卒。血液学、免疫学、感染症学を研究。79年から81年にかけてドイツのマックス・プランク免疫生物学研究所で基礎免疫学研究。2001年、小樽市保健所長。2005年、ホームページ「鳥及び新型インフルエンザ海外直近情報集」主宰。2008年、小樽市保健所長退職後、Webサイトを中心とした医学ジャーナリストとして新型インフルエンザ等をテーマに情報発信、多数の講演、執筆活動を行う。2010年、日本科学技術ジャーナリスト会議より科学ジャーナリスト賞受賞。鳥インフルエンザ、新型インフルエンザ、パンデミック等に関する著作、論文多数。関連記事■ 先進国はアウトブレイクを阻止できるか■ 感染症に国境はなし・日本上陸は中国経由が多い■ エボラ出血熱 水際作戦の徹底を放棄した米国

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    行動や自由の制限は必要最小限に 米生命倫理委がエボラ報告書

    宮田一雄(産経新聞特別記者) 極めて致死性の高い感染症の流行は、医療と人権、さらには社会や国家のあり方を含め、様々な倫理的課題への対応を迫ることになる。西アフリカにおけるエボラの流行はまさにそうした現象でもあった。途上国における危機的状況に先進諸国や国際機関はどう対応するのか、隔離や移動制限といった強制的な措置を伴う公衆衛生対策はどこまで認められるか、だれがどのような治療を受けるのか、それを決めるのは誰か…。米国では昨年秋、国内でエボラの流行が拡大することへの恐怖と不安のあまり、西アフリカからの帰国者、入国者に必要以上の行動の制限を求める声が高まるなど、大きな社会的な動揺が見られた。ただし、そうした混乱からの立ち直りも早く、生命倫理問題研究に関する大統領諮問委員会(生命倫理委員会)が2月26日、大統領宛の報告書『エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応』(ETHICS and EBORA Public Health Planning and Response)を発表している。 生命倫理委員会の公式サイトによると、この委員会は《思慮に富む専門家による独立の委員会》であり、《米国の科学研究、医療提供、技術革新が社会的、倫理的な責任を満たすかたちで進められるよう、必要な政策の策定とその遂行について》検討し、大統領および政府に提言を行っている。(注)委員会の公式サイト(英文)はこちらhttp://www.bioethics.gov/ 報告書によると、委員会は「最近の西アフリカにおけるエボラの流行、とりわけその流行に対する米国の対応」に焦点をあて、「将来の公衆衛生上の緊急事態に備えた計画の策定および対応能力の充実・強化をはかるには、リーダーシップ、透明性、すべてのレベルにおける公衆衛生面での意思決定に倫理的判断を反映させることなど、大きな課題の改善がいくつか、差し迫って必要なことを強調した」としている。 また、この報告書をまとめるにあたり「2度の公聴会を開催し、臨床・公衆衛生・医学研究、米国とアフリカの保健専門家、米国内の西アフリカ出身者コミュニティの指導者、エボラ対策に関与した人たちなど、さまざまな分野の専門家の意見を聴いた」という。(注)引用部分はHATプロジェクトのブログ《『エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応』から1 大統領宛書簡 》の日本語仮訳を参照 http://asajp.at.webry.info/201503/article_5.html 7項目の勧告については、別項で要約版を紹介したので、そちらも併せてご覧いただきたい。勧告1では、米国が今回のような公衆衛生上の危機に対して積極的に対応することは、倫理的にも国益を守る観点からも必要だとしている。遠い他国の危機であっても、自国にその影響が及ぶことは免れない。無関心を通すことはできない。この点は日本も変わらないだろう。 勧告3はマスメディアにも大いに関係のある内容だ。保健分野のコミュニケーションを改善するよう求め、(1)健康を守るための情報を誰もが理解できるかたちで伝え、(2)対策に影響を受ける人への配慮と理解を広げ、(3)差別や偏見を防ぐこと―をその目的としてあげている。 勧告5では、政府および保健機関に対し、公衆衛生対策として個人やコミュニティの行動や自由を制限する必要がある場合には、入手可能な最善の科学的エビデンスに基づき、制限を必要最小限に抑えた手段を採用するよう求めている。 今回の流行では、致死性の高い病気に苦しむ人を対象にした実験薬の使用を認めるべきか否かという議論が起き、緊急の治療のためにまだ臨床試験の終わっていない薬を治療目的で使うことが容認されてきた。50%前後の高い致死率を考えればやむを得ないという結論だったが、承認に必要なデータはきちんと取れるようなかたちで使用することが条件の一つとなっていた。勧告6はこうした議論を引き継ぐかたちで、治療提供の際、プラセボ(偽薬)を投与する対照群を設定し、治療薬を投与した群の患者と比較して薬の効果を確認することは妥当かどうかが検討された。勧告ではプラセボ使用を容認している印象だが、致死率が50%もあるような病気の場合、偽薬を患者に投与することには反対論も強い。今後も議論が続くことになるだろう。米生命倫理委員会の勧告(要約)生命倫理問題研究に関する米大統領委員会(生命倫理委員会)勧告(要約)パートⅠ エボラと倫理課題概観勧告1 相互に結びついた世界では、倫理的にも国益の面からも、米国政府には公衆衛生上の緊急事態に備え、世界的な対応に協調して加わる責任がある。勧告2 米国は国内および国際的な公衆衛生上の緊急事態に対応する能力を強化すべきである。その中には (1)資金確保や保健分野の関係機関と協力して世界保健機関(WHO)の危機対応能力強化をはかる (2)すべての国内および国際的な公衆衛生上の緊急事態に責任を持つ保健担当官を政府内に置く (3)命令系統の円滑化、緊急対応技術の取得と維持のための資金確保などを通じ、米公衆衛生局の展開能力を強化する。勧告3 政府は教育とコミュニケーションを通じ、公衆衛生対策の必要性を社会に伝える責任がある。コミュニケーションには (1)個人およびコミュニティが健康を守れるよう正確で有益な情報を誰もが得られるかたちで提供する (2)公衆衛生対策で影響を受ける人たちの価値観とその背景要因を尊重しながら情報を提供する (3)公衆衛生の緊急事態に生じやすい差別や偏見を低減する―の3つの目的がある。勧告4 流行が急速に広がるような緊急時には、公衆衛生分野の意思決定に倫理原則を素早く反映させる必要がある。公衆衛生に関する質の高い倫理的知見を生かし、リアルタイムで入手可能な根拠に基づいて対応しなければならない。すべての国内および国際的な公衆衛生上の緊急対応を統括する保健担当官は倫理課題にも責任を持つべきである。パートⅡ 保健計画の策定と対応勧告5 政府および保健機関は感染拡大を防ぐために隔離、移動制限などの強制策を実施する際には、入手可能な科学的根拠に基づき、できるだけ強制性の小さな手段をとるべきである。さらにそうした手段をとる理由を明確に伝え、常に情報を更新して公開しなければならない。とりわけ、大きな影響を受ける人たちへの配慮が必要である。勧告6 エボラ流行期には、研究が実施されるコミュニティで持続的に利用できる範囲で最良のケアを研究の全参加者に提供しなくてはならない。臨床試験は方法を厳格に定め、対象となるコミュニティに分かりやすく説明し、理解を得られる結果を生み出すように計画しなければならず、研究の遅れも極力、短くする必要がある。プラセボ(偽薬)対照群を置く試験は、適切に計画されれば、この条件を満たすことができる。また、無作為化の適応といった試みも、研究目標を実現する手段と考えるべきである。研究チームは立案段階から影響を受けているコミュニティに積極的に関わり、こうした条件を反映できる試験計画を決定しなくてはならない。勧告7 米国政府は、エボラウイルス関連の生体試料の採取に対し、公衆衛生上の緊急事態におけるインフォームド・コンセント(十分に説明した上での同意)やプライバシーの適切な保護など、倫理的な手順を踏まえるように確認すべきである。米国政府はまた、できるだけ多くの人が関連研究の成果から利益を得られるようにすべきである。パートナー機関との対話を重ね、地元科学者らと協力して活動することで、米国内および海外で研究の利益を公正に配分するための効果的な戦略を打ち出すことが可能になる。関連記事■ 保健システム強化とエボラへの対応 エイズ対策の経験を生かす■ 感染症予防を 現場目線で究める■ 日本上陸も秒読み!? エボラウイルス 米国人看護師感染の意味

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    エボラは再来し、HIV感染はいまも続いている

    ピーター・ピオット(ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院学長) この回想録は2008年12月31日に私がUNAIDSを去るところで終わっています。その後、2014年になってエボラ出血熱が新聞の一面で報じられるニュースとなり、私もしばしば意見を求められてきました。香港では大衆紙が私のことを「エボラの父」(!)という見出しで報じているほどです。エボラは今、西アフリカのとりわけギニア、リベリア、シエラレオネで予想もしなかった重大な人道上の危機を招いています。 回想録の中で私が願っていたことの一つは、エボラが最初に発生したコンゴ民主共和国のヤンブク村を再訪することでした。私は65歳になったのを記念して2014年2月にその願いをかなえました。私がヤンブクを訪ね、人生を変えた1976年の劇的な体験を思い返したときにもまだ、再びエボラに取り組むことになろうとは思ってもみませんでした。エボラウイルスが3カ国にまたがるこれほど大きな流行を生み出すとは想像できなかったのです。 2014年末の段階で、すでに2万もの人が感染し、7500人以上が亡くなっています。過去のすべてのエボラによる死者の合計より何倍も大きな犠牲が出ています。1976年の最初の流行以来、これまでに発生した25回の流行は時間も場所も非常に限定的だったし、亡くなった人は多くても数百人でした。 今回はそれとは大きく異なっています。ウイルスが変わったわけではなく、社会基盤、保健基盤が脆弱だったことがその原因です。3カ国のエボラ発生数は今後、減少していくだろうと考えていますが、散発的な小さな流行発生はしばらく続くでしょうし、完全に終息させるにはワクチンが必要なのかもしれません。 今回の悲劇は、感染症の流行が今後も世界を脅かし続けるであろうということを示しています。インフルエンザやHIVと同じようにエボラウイルスの感染も、元は動物に由来するものでした。未知の動物由来感染症が将来、人類を襲うこともあると考えなければなりません。 流行がどこで起きようとも、それはその地方の人びとに大きな打撃を与えるだけでなく、米国やスペインにおけるエボラ症例が示すように、何千キロも離れた場所でも感染を引き起こすことになります。極めて致死性の高い病気の輸入感染や二次感染は、流行国以外の国に対しても患者のケアや隔離、臨床的、公衆衛生的な封じ込め対策に大きなコストを強いることになります。 また、社会的なパニックや保健システムの崩壊を招くこともあります。したがって、西アフリカのエボラとの闘いは、流行国の人びとの苦痛を緩和するだけではなく、世界全体に利益をもたらす「世界共通の公共財」と考えるべきなのです。西アフリカのためだけではありません。同じことは他の数多くの感染症対策にも当てはまります。 流行発生のさまざまなリスクが組み合わされると、ウイルスの感染を拡大させ「本格的な嵐」を生み出すことになる。流行の現状はこの点も明らかにしています。西アフリカでは、何十年にも及ぶ内戦と腐敗した独裁政権が続いたことによる政府への信頼喪失、保健システムの機能不全、世界最低水準の人口あたり保健医療従事者数、病気の原因に対する伝統的な迷信、そして国内レベル、国際レベル双方の対応の遅れ、それらが組み合わされて、エボラ危機という嵐が生み出されました。今回の経験はまた、感染症の流行を防ぎ、コントロールするうえで、保健システムを適切かつ公正に運営していくことがいかに重要であるかということも示しています。 コンゴ民主共和国では、エボラ対策の経験を持つジャン=ジャック・ムエンベ教授の指導のもとで、コンゴの同僚たちがエボラの流行発生を速やかに把握し、封じ込めることに成功しています。私はこのことを誇りに思います。 ムエンベ教授は1976年にエボラが最初に発生した際、真っ先にヤンブク村を訪れた医師です。本書に出てくるもう一人の同僚、アワ・コル・セク教授は、UNAIDS発足時の職員でしたが、現在はセネガルの保健大臣で、ギニアからの学生がセネガルに入国してエボラを発症した際に、国内での感染拡大を食い止めることに成功しています。こうした事例は、科学的な原則に基づき、迅速かつ断固とした対応を取れば、エボラの阻止は可能だということを示しています。 私は2014年12月にシエラレオネを訪れ、エボラがどこまで社会を不安定化させるのか、保健医療従事者がいかに命がけで対応しているのかを目の当たりにしました。エボラの被害がこれほど大きくなった主な理由の一つは、医師や看護師が死亡することです。シエラレオネ訪問は、エイズの流行の初期を思い出させるものでもありました。流行は陰謀によるものだとの噂が広がり、生き延びた人の苦しみに社会的なスティグマが追い打ちをかけるのです。(『NO TIME LOSE―エボラとエイズと国際政治 日本語版序文』から)Peter Piot 1949年ベルギー生まれ。1976年、ヘント大学でM. D. 医学博士、1980年にアントワープ大学でPh. D(微生物学)取得。アントワープ熱帯医学研究所の微生物免疫学教授等を経て、1995年から2008年まで国連合同エイズ計画(UNAIDS)初代事務局長。2010年から現職。常に活動の拠点をアフリカに置き、エボラ出血熱、HIV/エイズをはじめとする感染症に関する研究を行う。またUNAIDS事務局長としてHIVの世界的流行に対する国際的関心を惹起し、地球規模での対策を実現させるうえで中心的役割を担った。2013年、アフリカでの医学研究・医療活動の分野において顕著な功績を挙げた者に贈られる「野口英世アフリカ賞」(第2回)を受賞。関連記事■ エボラ出血熱に関する国連システム上級調整官、デビッド・ナバロ博士は語る■ シエラレオネの状況を報告 国境なき医師団・吉田照美看護師 ■ 感染症に国境はなし・日本上陸は中国経由が多い

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    エボラで米軍に指示を 大統領に提言できる折角の機会だ

     3月10日、世界保健機構(WHO)は、エボラ出血熱が世界的に拡大する怖れは少なくなったものの、依然として「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」であるという見解を発表した。問題は、まだ長引きそうである。http://www.sankei.com/life/news/150411/lif1504110008-n1.html このような状況の中、2月26日、生命倫理問題に関する米大統領諮問委員会は、オバマ大統領宛の報告書『エボラと倫理的課題:保健計画の策定および対応』をとりまとめた。 この中には7つの勧告が盛り込まれている。4つは倫理課題、3つは保健計画の策定に関するものだ。 具体的には、米国政府は世界の感染対策に参加する責任があること、国際・国内・非政府機関と協力すること、WHOの能力を強化すること、教育とコミュニケーションを重視すること、検疫・移動制限を最小限にすること、研究を実施する際にはデザインを厳格に定めると同時に最良の対症療法を提供すること、インフォームドコンセントやプライバシーの保護に留意することが指摘されている。何れも、もっともなことである。4月15日、ホワイトハウスで会談する(右から)ギニアのコンデ大統領、オバマ米大統領、リベリアのサーリーフ大統領、シエラレオネのコロマ大統領(ゲッティ=共同) ただ、折角、オバマ大統領に提言するなら、もう少し踏み込んで欲しかった。なぜなら、米国の医学研究は世界最高水準であり、また軍隊は世界最大規模だからだ。オバマは、その最高司令官である。 エボラ出血熱の特徴は致死率が高いことである。過去10回の流行では発症者の50-90%が死亡している。 このようなハイリスクの感染症が外国で流行した場合、米国は、どのように支援すべきだろうか。いや、どのような支援が可能だろうか。 この際、最大の問題は「誰が」行くかだろう。いくらアメリカと雖も、遠いアフリカの流行に対して、米国の若者の命を危機に曝すことへの合意形成は容易ではない。どうやって、社会合意を形成するか、この点が十分に議論されてきたとは言いがたい。この機会に、我々も考えるべきだ。 エボラ出血熱対策については、支援者の美談が前面に出ることが多い。これまで、メディアは西アフリカでエボラ出血熱対策に従事した医師のことを何度も報じている。例えば、以下のような感じだ。『現地に赴任した女性医師が語る!エボラ体験記リベリア編』http://www.huffingtonpost.jp/coffeedoctors/ebola_b_6529948.html 著者の小林美和子医師の行動に敬意を表したい。現地で活動するには、相当な覚悟が必要だったろう。 ただ、彼女の文章には「2014年7月から米国疾病予防医療センター(CDC)での勤務を開始し、9月から1ヶ月間リベリアへ赴任した」とある。現地での任務の中心は調査研究であったのだろう。私の知る限り、CDCなど、米国の政府系研究機関から派遣されている医師は少数で、その任務は患者治療より、調査研究が中心だ。 この状況は、日本も変わらない。外務省によると今年3月18日現在、WHOを通じて延べ17人の日本人専門家を派遣している。厚労省によれば、その任務は「エボラ出血熱対策に関する WHO ミッションに専門家として参加し、現地の疾病発生及び診療・対策状況等について調査及び評価を実施するとともに、必要に応じ助言を行う」ことである。http://www.mofa.go.jp/mofaj/af/af1/page23_001160.htmlhttp://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10501000-Daijinkanboukokusaika-Kokusaika/0000069894.pdf この活動が、現地でどのように評価されているか、私には分からない。ただ、流行地域の住民が求めているのは、調査研究ではなく、患者の治療・ケアだろう。誰が、この任務を担っていたのだろうか。 それはボランティアと軍隊だ。ボランティアの代表が「国境なき医師団」である。昨年11月7日現在、6カ所のエボラ出血熱治療施設に合計251人の「海外スタッフ」を派遣し、3503人の感染者を治療している。http://www.msf.or.jp/landing/201412_ebola_sp/?utm_medium=&utm_source=webtop_sp&utm_campaign=ebola_oct14 日米の政府機関の医師と、ボランティア団体の医師の間に、なぜ、こんなに差があるのだろうか。 私は、医療機関や研究機関では、生命の危険性が高い地域での仕事に従事するよう職務命令を出せないからだと思う。 実際、エボラ出血熱の診療に従事した医療関係者の中には、感染により死亡した者もいる。昨年7月の段階で、医療関係者100人が感染し、約半数が死亡したという。http://www.sankei.com/world/news/140731/wor1407310032-n1.html 危険な地域には、公的機関の医師や看護師は派遣できない。これは、何もエボラ出血熱に限った話ではない。 東日本大震災後、原発から23キロに位置する南相馬市立総合病院では、原発事故が起こると、厚労省から派遣された救急医療チーム(DMAT)は引き上げ、それ以降、厚労省・日本医師会・日本看護協会は支援に及び腰だった。派遣する職員の安全が保証できないからだ。 また、南相馬市立総合病院では、事務や清掃などに従事する派遣職員は全員が避難し、医師・看護師などの病院職員も約3分の2が避難した。全く同様のことが、スリーマイル島原発事故でも報告されている。 ここに患者が押し寄せた。この地域を支援したのは、各地から自らの意思で駆け付けた専門家たちだ。これが現場の実態だ。エボラ出血熱も実態は同じようなものではなかったろうか。 エボラ出血熱が東日本大震災と異なるのは、米軍が関与したことだ。昨年9月、オバマ大統領は、米軍約3000人を派遣することを決定し、その中には医師やエンジニアも含まれたという。この派遣は、今年2月まで約5ヶ月間滞在した。 この差は、軍人は生命への危険を念頭において雇用契約を結んでいるからだろう。本当に危険な地域での勤務を業務命令できるのは、このような組織だけなのだろう。 このことは我が国も同様だ。南相馬市立総合病院に、震災後、最初の支援に入ってきたのは自衛隊だった。3月17日のことだ。 また、あまり知られていないが、震災後、南相馬市内の救急車搬送は正常に行われた。152名の職員が誰も避難しなかったからだ。全員が男性で、消火活動など平素の業務が生命の危険と隣り合わせであり、病院や民間企業とは「覚悟」が違うのだろう。私の知る限り、このことは殆ど議論されていない。 今回の提案はオバマ大統領にあてたものだ。世界最強の米軍に指示できる。折角の機会である。 「致死的感染症が世界的に蔓延する危険性が高いと判断した場合、米国大統領は米軍を派遣し、地域住民の治療、および現地で活動する医療スタッフ達の支援を検討する」と加えてはどうだったろうか。

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    虎を放つのは誰か エボラ報道と解散総選挙

     Fear is OK. (恐怖は構わない) 1989年にボストンのエイズ・アクション・コミッティ(AAC)で、ボランティア研修を受けたことがある。日本からやってきた新聞記者であることを告げたうえで、参加を認めてもらったのだが、その資料に太字で書かれていたのが冒頭の一行だった。 恐怖は構わない。 しかし、野を駆ける虎のようにその恐怖を放ってはいけない。 AACは当時、全米で三番目の規模を持つエイズ対策団体であり、エイズの原因となるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染を防ぐための予防啓発やHIV陽性者への支援、医学研究や対策の充実を求める政策擁護など幅広い活動を行っていた。米国では1981年にゲイコミュニティを襲う謎の奇病としてエイズの最初の症例が報告されて以来、わずか数年で原因となるウイルスも感染経路も解明されていた。 それでも、延命のための有効な治療法の開発にはまだ希望が持てず、初期のエイズ対策を担ってきたエイズアクティビストが次々に亡くなっていく。私がボストンに滞在していた1989年から90年にかけての米国は、そんな厳しいエイズの時代のまっただ中だった。大ヒットしたブロードウェーのミュージカル『RENT』やアカデミー賞主演、助演両男優賞を獲得した映画『ダラス・バイヤーズクラブ』の舞台となった頃といえば、その時代を生きた人たちの切なさと勇気を感じ取ってもらえるかもしれない。 HIVの増殖を妨げる抗レトロウイルス薬(ARV)を単剤ではなく、3種類組み合わせて服用する抗レトロウイルス療法(ART、当時はカクテル療法とも呼ばれた)の劇的な延命効果が確認されるのは、先進国でも1996年以降だった。ただし、それ以前には希望がまったくなかったかというと、そうではない。HIVに感染した人たちは治療薬の開発が進むのを期待しつつ、少しでもエイズ発症の時期を遅らせ、発症しても何とか生き延びるための闘いを辛抱強く続けていたし、その闘いを支えるためにニューヨークのゲイメンズ・ヘルスクライシス(GMHC)やボストンのAACのような組織が全米で活動してもいた。 すでにエイズの原因となるウイルスも、感染経路も分かっていたし、感染を防ぐにはどうしたらいいのかということも明らかになっていた。つまり、死の不安と最も果敢に闘っていたHIV陽性者を社会が拒む理由も、医療機関が受け入れを拒む理由もなかった。 だが、それでもHIV陽性者と一緒に働くことを遠回しに拒んだり、一緒に食事をする機会を周到に避けたり、診療を拒否したりする事例はあった。日本でもあった。差別はいけないと思っていてもあったし、たぶんいまでもある。なぜなのか。理由にもならない理由を強いてあげるとすれば、それはHIVの最も大きな感染経路が性と深く関わっていること、そして、致死率の極めて高い感染症に対する社会的な不安と恐怖が強かったことだろう。 困難な病気と闘うためのメッセージとして、AACは恐怖や不安への対処を重視した。そうした感情が理屈にあったものなのかどうか。いま心の中にあふれるほどの恐怖と不安を抱えながら、病気と懸命に闘っているのは、本当は誰なのか。得体の知れない怪物などでは決してない。ほんの少しの時間でいいから立ち止まって、あるいは走り出す前に一歩、踏みとどまって、考えてほしい。最も困難なエイズの時代をくぐり抜けてきたAACのスタッフがあの時、研修で最も伝えたかったのはこのメッセージだったように思う。 HIV陽性者の支援に国内で取り組む「akta」と「ぷれいす東京」という2つの特定非営利活動法人が共同で進めるLiving Together計画は、HIVに感染している人やその周囲の人が書いた手記を別の人が読むというイベントをもう10年以上も続けている。手記を書く人と聞く人の間に読んで伝える人を配置する。それがこのイベントの重要なところだろう。伝える人は、手記に書かれていることを違えて読むことはできない。それでも、誰が読んでも同じというわけではない。同じものを読んでも、伝える人の存在は現実を構成する一つの要素として無色ではないのだ。 手記を読んだ後で、読み手が感想を語る短い時間がある。手記についてどう感じ、何を考えたか。書いたのはどんな人なのか。匿名(イニシャルやニックネーム)なので書き手が誰なのかは、読み手にも聞き手にも分からない。 HIVに感染していることは、21世紀になってもなお、なかなか社会の中で明らかにしにくい。社会生活を続けられなくなるのではないかという不安がある。もちろん、感染の有無をいちいち周囲の人に触れて回る必要はないのだが、HIVに感染している人がすでに周囲にいて、一緒に暮らしているという現実が社会的に見えにくくなると、そのことが逆にHIV陽性者に対する理解を妨げ、誤解や偏見を招く原因にもなる。 手記リーディングは、手記を読むという行為によってそうした負の循環を裁ち切り、HIVに感染している人も、そうでない人も、もう社会の中で一緒に暮らしていることを再認識する装置であり、虎を野に放ち恐怖や不安を一人歩きさせないようにするためのささやかな工夫といってもいい。米国でも日本でも、そして流行の打撃を最も大きく受けてきたアフリカでも、そうした工夫を少しずつ積み重ね、経験を蓄積しながらエイズ対策を組み立て、抗レトロウイルス治療(ART)の進歩と相まって、HIVの新規感染を減らしつつある。 この減少傾向がこれからも続くのかどうか、それは分からない。今後の努力次第という面もあるが、30年かけて、少なくともそうした希望をもてるころまでは漕ぎ着けた。だが、と最近は思う。HIV/エイズの流行という世界史的な事件に直面して積み上げてきた経験は、少なくともエボラ出血熱に関する国内の報道を見る限り、まったく生かされていない。惨憺たるものだ。◇ 西アフリカのエボラの流行は国際社会が一致して取り組むべき公衆衛生上の重大な危機である。わが国もできる限りの人的、技術的、そして資金的な貢献を果たし、西アフリカが流行と闘えるように支援すべきである。ただし、それはエボラがパンデミック(世界的大流行)となり、いまにも国内で流行が広がるぞと目一杯、不安をあおってみせることとは話が違う。 アフリカでは1976年にザイール(現コンゴ民主共和国)とスーダンで最初の流行が確認されてから38年の間に計25回の流行を経験している。今回を除けば、いずれも限定された地方レベルの小規模な流行だった。今回もギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国の流行は深刻だが、周辺のナイジェリアやセネガルなどは少数の患者が確認された段階でいち早く対応を取り、流行の早期封じ込めに成功して いる。 この違いを世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)のマーク・ダイブル事務局長は「3カ国は紛争で破壊された保健システムが再建されていない。これに対し、周辺の国々は決して豊かではないが、保健システムが機能しているため流行を抑えられている」と説明する。エボラはすでに病原ウイルスも感染経路も特定され、38年間の流行の経験から感染を防ぐ方法も分かっている。一定以上の保健基盤が維持され、機能していれば、流行国からの訪問者や帰国者が国内で発症したとしても、治療を提供し、あわせて感染の拡大を防止することは可能なのだ。実際に世の中がひっくり返るほどの報道で動揺した米国ですら、国内感染は患者のケアに当たった看護師2人の病院における二次感染で止まっている。 一方、日本国内では患者が一人も確認されず、流行国からの入国者の発熱事例(いずれもエボラウイルスには感染していないことが後で判明した)が3件あった。それだけで発熱した人たちが何か重大な問題を引き起こしたかのように臨時のニュース速報が流され、病院に入る救急車を追いかけ回して車内の映像をとろうとする。いったい何が起きたというのだろうか。 1976年にザイールで最初のエボラの流行が発生したとき、いち早く現地のヤンブク村を訪れ、調査と治療にあたったベルギーのピーター・ピオット博士(前国連合同エイズ計画事務局長)は今年10月に来日した際、「日本ではエボラが一般の市民の直接の脅威になることはない。ただし、医療機関が対応できるよう備えておくことは必要だ」と語っている。問題はエボラウイルスに感染した人を国内に入れないことではなく、エボラウイルスに感染した人がいたら早期にその感染を確認し、必要な治療を提供して生存の確率を高めるとともに、医療に従事する人への二次感染が起きないよう防護策を整えておくことなのだ。 「空港をすり抜けた」だとか「保健所に連絡せずに診療所に行ったのが問題だ」といった医療の専門家の発言や新聞の記事、論説には、その端々に病を抱える人の心理を無視し、場合によっては非難しかねないような意識があるように私には感じられる。その後で「正しい知識」と「冷静な対応」の必要性を強調してどうしようというのか。実は、うっかりすると自分でも書いてしまいそうな感じがするので、ここは改めて自戒しておきたい。虎を野に放つ者がいるとすれば、それは誰なのか。◇ 社会不安を増幅させることで、感染を心配する人が医療機関で診てもらうことを躊躇したり、西アフリカの流行国を支援しようと考えていた医療関係者が帰国後にひどい仕打ちを受けるのなら行かないでおこうと思ったりするようなことはないのか。報道が逆に有効な対策を妨げる努力をしているような不本意な結果にならないのか。ここは思案のしどころだ。 年の瀬が迫ってから解散総選挙が実施されるなどとは、ついこの間まで日本の国内のほとんどの人が思っていなかったのではないか。政界の常識に疎い私のような記者には、どうして解散しなければならなかったのか、その理由が未だに腑に落ちない。 一つの方向に風が吹き出すと止まらない。バーチャルな現実に報道が煽られていく様は、国内での感染がまったく確認されていないのに、あたかも状況が激変したかのような雰囲気を生み出していったエボラ報道と同質の危うさを示しているように感じられる。それを社会の「病理」と呼びたい誘惑にも駆られるが、ここは総選挙が実施され、その結果が出るまで、つまり有権者がどのような判断を示すのかが明らかになるまで、踏みとどまって保留にしておこう。 信頼の喪失や失望の思いもまた、野に放たれた虎であっていいはずはない。少々傍観者的な結論で恐縮だが、いまは高い投票率のもとで現実が再構築されることを望みつつ、じっくりと自分の一票を考えたいと思う。

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    皆さんのメガフォンになりたい ピオット博士

     1995年から14年間にわたって国連合同エイズ計画(UNAIDS)の事務局長をつとめ、世界のエイズ対策を牽引してきたピーター・ピオット博士(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院学長)が10月30日、ゲイコミュニティのHIV/エイズ啓発活動の拠点となっている東京・新宿二丁目のコミュニティセンターaktaを訪れた。  ピオット博士はエボラウイルスの発見者の一人でもあることから、今回の来日ではエボラ対策面で話題になることが多かった。しかし、本人は「私が一番、重要だと思っているのはエボラではなく、エイズです」と述べ、「エボラは克服すべき危機だが、大きな課題はそれだけではなく、ほかにもある。その一つがエイズの流行で、世界でも、日本でも依然、深刻な状態にあることを伝えたい」としてaktaを中心にしたコミュニティレベルでの活動の継続を高く評価した。 aktaはわが国のエイズ対策の迎賓館と一部ジャーナリストから呼ばれるほど数多く、HIV/エイズ分野の内外要人の表敬訪問を受けてきた。ピオット博士の後任のミシェル・シデベUNAIDS事務局長や中国の国際ニュースキャスターでUNAIDS親善大使でもあるジェームズ・チャウ氏なども来日時にaktaでエイズアクティヴィストと親しく懇談し、日本のエイズ対策の現場を知る貴重な機会を得ている。  ところがピオット博士はこれまで、しばしば日本を訪れているのにakta訪問の機会には恵まれず、aktaスタッフや研究者、HIV陽性者グループのメンバーらはこの日、「来ていただかないと雰囲気が分からないと思うので今日は非常に嬉しい」と博士を歓迎した。  博士はあいさつの中で「いろいろなところで、エイズは終わりに近いという話を聞くが、そうではないと痛感している。ロンドンでは毎日5人のゲイ男性がHIVに感染している。多様性があり、同性婚が認められ、保健システムも充実している。そうした都市でも流行は続いている」と語るとともに、「UNAIDSの事務局長は退任したが、大学院の学長として国際的にも国内でも活動は続けている。コミュニティでの活動がいかに重要であるかということは強く感じている」と対策継続の重要性を指摘した。  また、最近は治療の普及が予防対策にもたらす効果を強調するあまり、コミュニティレベルの地道な活動を軽視する傾向が見られることに危惧の念を示し「公的なエイズ対策では医学面での対応が強調され、コミュニティの大切さが十分に訴えられていない。ヨーロッパやアメリカでもコミュニティ活動への支援が減額されている。こうした傾向が続くようだと、これまで以上に多くの人が感染することにもなりかねない。そうならないよう、皆さんの活動を知って、それを伝えるメガフォンになりたい」と語った。  aktaスタッフからはコミュニティセンターaktaの概要や日本の流行の現状などが報告された。  それによると、日本では毎年1500人くらい新たに感染が分かる人がいて、その7割が同性間の性感染の男性で占められている。2003年にはaktaと大阪のDistaが大都市内部のゲイコミュニティのHIV/エイズ啓発活動のためのコミュニティセンターとして開設され、2011年にはエイズ対策事業として全国6カ所でコミュニティセンターが運営される体制が整った。  新宿二丁目には、ゲイバーが350軒あり、その中で、aktaはフリースペースとして土日を含む週5日、16時から22時まで開いており、気軽に立ち寄れる休憩所やイベントスペースとして利用されている。利用者は10代から70代まで年間8000~9000人。また、MSM(男性とセックスをする男性)向けのHIV予防啓発資材の開発やデリバリーボーイズの活動の拠点にもなっている。  デリバリーボーイズは毎週金曜夜におそろいのユニフォームを着て、約170軒のゲイバーにコンドームと啓発の資料を届け、HIV感染予防を呼びかける活動を続けており、年間で6万6000個のコンドームを配っている。  また、特定非営利活動法人ぷれいす東京とaktaによるLiving Together計画はHIV陽性者やその家族、友人らの手記を朗読するイベントを続け、手記を通してHIV陽性の人もそうでない人もすでに社会の中で一緒に生きているというリアリティを広く伝えている。  これらの活動はゲイコミュニティ内部に大きなHIV感染予防効果をもたらしてきたが、最近は政府のエイズ予算の削減の動きが強まる中で、コミュニティセンターの活動も予算面から大きな制約を受け存続の危機に立たされているという。

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    エイズは終わっていない

    厚労省と公益財団法人エイズ予防財団は毎年、12月1日の世界エイズデーにあわせ、国内啓発キャンペーンのテーマを設定している。今年のテーマは…『AIDS IS NOT OVER~まだ、終わっていない~』

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    AAAポスターでHIV/エイズの流行の現状を知ろう

     音楽業界を中心にエイズ啓発運動を展開しているAAA(Act Against AIDS/アクト・アゲインスト・エイズ)が今年も12月1日の世界エイズデーに日本武道館(東京)で開催されるAct Against AIDS 2014「THE VARIETY 22」をはじめ、その前後の時期にも全国各地で、様々なコンサートやイベントを予定しています。スケジュールはAAA公式サイトでご覧下さい。 AAAの活動がスタートしたのは1993年ですから今年で22年になります。音楽を通じたこの継続の力は貴重です。「ひとりでも多くの方にエイズへの関心を持ってもらおう」というメッセージに接した人の数ははかりしれないものがあります。エイズ対策に対し、日本の社会は無関心とばかりも言っていられません。 また、AAAコンサート収益金や募金は毎年、AAAエイズ啓発ポスターやパネル、パンフレットなどエイズ啓発素材の作成費用にもあてられ、学校の文化祭や授業、地域のイベントなどで幅広く活用されているということです。今年のポスター6枚をAAAの事務局から送っていただきました。HIV/エイズの流行の現状や予防や検査の情報などが分かりやすくまとめられているので、当サイトでも紹介しておきましょう。

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    ギャップを埋めよう 世界エイズデー

     国連合同エイズ計画(UNAIDS)が2014年の世界エイズデー(12月1日)のメッセージを発表しました。CLOSE THE GAP(ギャップを埋めよう)です。 公式サイトのキャンペーンのページにさまざまな素材とともに「サンプル・プレスリリース」も紹介されています。クレジットの都市と日付はそれぞれの国、都市、組織で適当に入れて使ってくださいというわけですね。 内容は、2030年にエイズ流行終結を目指しているのだけれど、それはHIV予防、治療、ケア、支援のサービスを必要としているすべての人がそのサービスを受けられるようになって初めて実現できるということです。 こうなると、エイズ流行の終結はできないと言っているのと同じような印象も受けますが、そういう斜に構えた見方はあえて控え、いま目の前にあるギャップを埋めるために全力を尽くす。そう受け止めるべきでしょうね。 もちろん、世の中はいま、エイズ対策に全力など絶対に尽くさないと思いますが、メッセージとして全力を尽くそうと呼びかけることにまで異論をはさむことはないでしょう。現状認識と決意表明はまた別です。たとえ四面楚歌に近い状況であったとしても、できる限り力を尽くしましょう。 なお、エイズ流行の終結についてUNAIDSは次のように定義をしています。HATプロジェクトが日本語仮訳で9月29日に紹介した《2030年のエイズ流行終結に向けた「高速」対応を各国が準備》というUNAIDSプレスリリースに紹介されているので、このあたりも誤解のないように再掲しておきます。 http://asajp.at.webry.info/201409/article_2.html 《エイズの流行の終結とは、HIV感染の拡大が制御または封じ込められ、社会及び個人の生命に対するウイルスの影響が非常に小さくなり、結果として健康障害 や偏見、死亡、孤児などが大きく減少する状態を意味する。また、エイズの影響が低下することにより、平均余命が長くなり、人々の多様なあり方や権利が無条 件に受け入れられ、生産性が向上し、コストが下がることも意味している》 UNAIDSの2014年世界エイズデー特設ページに掲載された「CLOSE THE GAP(ギャップを埋めよう)」のサンプルプレスレリースとファクトシートを日本語仮訳で以下に紹介します。基本的なデータは今年7月にUNAIDSが発表した「GAP REPORT」のファクトシートと変わっていません。これらの数値が現時点における最新推計ということになります。グラフィックやバナーなどのキャンペーン資材もUNAIDSの公式サイトの2014年世界エイズデー特設ページに掲載されています。  http://www.unaids.org/en/resources/campaigns/worldaidsday2014   ◇ギャップを埋めよう 世界エイズデー (UNAIDS世界エイズデー2014 サンプル・プレスリリースの日本語仮訳) 2030年のエイズ流行終結に向けて、2014年12月1日からギャップを埋めていこう  (英文は http://www.unaids.org/en/WAD2014pressrelease )【都市、日付】 2014年の世界エイズデーは人に焦点をあてギャップを埋めていくために社会変革の力を利用する大きな転機です。HIV予防、治療、ケア、支援のサービスへのアクセスがある人とそうしたサービスを受けられずに取り残されている人とのギャップを埋めることで初めて、2030年までにエイズ流行を終結させることが可能になります。 ギャップを埋めるとはつまり、必要なサービスが得られるようにすべての人を励まし、力づけるということです。・HIV検査のギャップを埋めれば、HIVに感染していることを知らないでいる1900万の人が支援を得ることができるようになります。・治療のギャップを埋めれば、3500万人のHIV陽性者全員が生命を救う治療を受けられるようになります。 ・子供用治療薬へのアクセスのギャップを埋めれば、HIV陽性の子供全員が治療を受けられるようになります。残念ながらいまは24%にとどまっています。・アクセスのギャップを埋めることで、すべての人が解決策の一翼を担えるようになるのです。 ギャップを埋めることが、2030年のエイズ流行終結は可能だということになるのです。Facebook  https://www.facebook.com/pages/World-Aids-Day-2014/304661839724336   ◇2014年世界エイズデー、ファクトシートの日本語仮訳(英文は http://www.unaids.org/en/WAD2014factsheet ) 2013年現在、世界のHIV陽性者数は3500万人[3320万~3720万人]。流行が始まって以来、約7800万人[〔7100万人~8700万人]がHIVに感染し、このうち3900万人[3500万人~4300万人]がエイズ関連の病気で死亡している。新規HIV感染ゼロに向けてギャップを埋めよう・2013年には世界全体で年間210万人[190万~240万人]が新規にHIVに感染・2013年には世界全体で年間24万人[21万~28万人]の子供が新規にHIVに感染エイズ関連の死亡ゼロに向けてギャップを埋めよう・2013年には世界で150万人[140万~170万人]がエイズ関連の病気で死亡治療のギャップを埋めよう・2013年には約1290万人のHIV陽性者が抗レトロウイルス治療を受けている。・これはすべてのHIV陽性者の37%[35%~39%]に相当。ただしHIV陽性の子供ではまだ24%[22%~26%]にとどまっているHIV/結核のギャップを埋めよう・結核は依然、HIV陽性者の死因のトップであり、2012年には推定32万人[30万~34万人]のHIV陽性者が結核で死亡しているアクセスのギャップを埋めよう・HIVは出産可能年齢の女性の死因のトップである・2013年には低・中所得国の妊娠女性の54%がHIV検査を受けていない・2013年には15~24歳の若年層のHIV感染の約60%が未成年の少女と若い男性の間で起きている・アフリカでは10~19歳の間でエイズ関連の病気が死因のトップになっている・世界的には、ゲイ男性、および他の男性とセックスをする男性は一般層より19倍もHIV陽性率が高い。・セックスワーカーのHIV陽性率一般層より12倍も高い・トランスジェンダーの女性は出産可能年齢の全成人の平均に比べ、49倍もHIV感染のリスクにさらされている・注射薬物使用者のHIV陽性率は一般層よりも28倍高いと推定されている

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    エイズ基本情報

     エイズとかHIVとか言われても…どう違うのかよく分からないという人もいれば、前に聞いたことがあるけれど忘れちゃったという人もたくさんいると思います。世の中の圧倒的多数の方がそうなのかもしれません。エイズ(AIDS)は「Acquired Immune Deficiency Syndrome(後天性免疫不全症候群)」の略称です。 人間の体は、HIV(Human Immunodeficiency Virus=ヒト免疫不全ウイルス)というウイルスに感染すると、徐々に免疫の力が低下し、様々な病気にかかりやすくなります。その様々な病気の「症候群」がエイズというわけですが、実はそうした症状が表れる以前から少しずつ免疫の力は低下していくので、最近はHIV感染症と呼ばれることもよくあります。  つまり、エイズはHIVというウイルスが原因の感染症で、HIV感染症と呼んだ方がいいかなという考え方ですね。感染した後、未治療でいると数年から数十年でエイズを発症するといわれています。人によっても、かなり幅があるようです。  また、治療法も大きく進歩しています。感染を早期に確認して適切な時期にHIVが体内で増えるのを防ぐ抗レトロウイルス治療(ART)を開始し、しかも、その治療をずっと続けていくことができれば、長期にわたって発症を防ぐことも可能になっています。 《HIVの感染経路は?》 これまでの研究から感染経路は、  ●同性間、異性間の性行為による性感染、  ●妊娠・出産時や母乳による母子感染、  ●薬物注射の注射器具の共用や輸血などの血液による感染 にほぼ限られていることが明らかになっています。日常の生活の中で、HIVに感染している人としていない人が一緒に仕事をしたり、勉強したり、スポーツをしたり、食事をしたり、お風呂に入ったり…数え上げればきりがありませんが、そうしたもろもろのことで感染することはありません。  ただし、この「日常の生活」の中には、性行為は含まれていません。  人によっては、性生活こそが日常の生活に深く関わる行為だという人もいれば、性生活はいわゆる日常生活とは別立てで考えた方がいいよという人もいます。いろいろです。このいろいろを受け入れていくという発想もエイズ対策にはかなり重要です。  日常生活であるかどうかの定義はひとまず回避するにしても、性行為に関しては、HIVの主要な感染経路ですから、同性間、異性間を問わず、感染を防ぐための手だてを取ることは大切です。この点は強調しておく必要があります。  そのための実行可能な手段として、コンドームの使用といったセーファーセックス(より安全な性行為)によって感染の確率を大きく下げる方法が世界でも広く推奨されています。  ほかにも(感染の確率を大きく下げるという意味での)予防の方法はいろいろあります。その「いろいろ」の選択の幅をもっと広げるための研究も世界中で、それこそいろいろ進められています。性感染を防ぐためには、性行為をしないという選択肢ももちろんありますが、それがすべてではありません。  そのあたりのことをたとえば、東京都福祉保健局のサイトでは次のように説明しています。・NO SEX(セックスしない) HIVを含む多くの性感染症は性的接触により感染します。若すぎる時期の性的接触は心身にトラブルを起こしやすいので、性的接触をしないという選択肢も考えてみましょう。 ・SAFE SEX(安全なセックス) 二人とも感染していないことが確実でお互いに他のセックスパートナーがいなければ、二人の性的接触は安全です。 ・SAFER SEX(より安全なセックス) エイズは、コンドームを正しく使用すれば防ぐことができます。必ず、ペニスが膣、肛門、口に接触する前に正しくつけるようにしましょう。また、コンドームには、男性用だけでなく、女性用のコンドームもあります。  感染の経路は限られており、その限られた感染経路の中での感染の確率を大きく下げる予防の方法も具体的にあるということは重要です。  いわずもがなのことかもしれませんが、もうひとつ、忘れてはならない大切なことがあります。  世の中にはHIVに感染している人も、していない人も、感染しているかどうか分からない人も、すでに一緒に暮らしています。そのごくごく当たり前の平明な事実を前提として受け止めることからHIV/エイズ対策は出発し、いまも継続しているということです。  つまり、性行為を除けば、日常の行為でHIVに感染することはない。したがって、HIVに感染した人が一緒に会社で仕事をしたり、学校で勉強をしたり、レストランで食事をしたりということを妨げる理由はない。HIV感染の予防について考えるときには、そのことが前提になります。  そのうえで、じゃあ性感染の予防はどうしたらいいのか、血液の管理はどうしたらいいのか、薬物使用にはどのような対策が必要なのかといったことを具体的に行為に即して考えていくことが大切です。予防対策のためにHIV陽性の人が働いたり、勉強したりすることを妨げる理由はなにもありません。(東京都HIV/AIDS談話室のサイトから)

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    エイズは終わったのか

     12月1日が世界エイズデーに決まったのは、1988年のことだった。つまり、今年は27回目の世界エイズデーを迎えることになる。20世紀終盤以降、最も成功した「記念日」と評価されているが、最近は国際的にも、国内でも、いまひとつ関心が高まらないような印象も受ける。 厚労省と公益財団法人エイズ予防財団は毎年、その時期にふさわしいテーマを設定して世界エイズデーの国内啓発キャンペーンを実施している。今年のテーマは『AIDS IS NOT OVER~まだ、終わっていない~』である。 わざわざ『終わっていない』と強調しなければならないほど、『あれ? エイズの流行って、まだ続いているの』という感覚が社会に広がっているのかもしれない。秋口にはデング熱、いまならエボラに対しては、マスメディアもどかどか報道しているが、エイズの病原ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染に対してはあまり関心が向かない。現実にHIVに感染している人が社会の中で働き、勉強し、一緒に生きていることにも、あまり想像力が働かない。 厚生労働省のエイズ動向委員会の集計によると、昨年1年間の国内の新規HIV感染者・エイズ患者報告数は合計1590件で、過去最高だった。あくまで報告ベースの数字であり、実際に毎年、どのくらいの人がHIVに感染しているのかは分からない。だが、エイズの流行は日本国内でもまだ、まったく終わっていないということは確実に言える。 国内で新たにHIVに感染したり、エイズに発症したりした人の報告件数は2004年に1165件と初めて1000件を超え、その3年後の2007年には1500件に達している。以後は小さな増減を繰り返しながらも毎年1500件前後の報告が続き、動向委員会は現状を「高止まりのまま、横ばい」とみている。 エイズ&ソサエティ研究会議、日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラス、aktaの3つの特定非営利活動法人とエイズ予防財団が運営するHIV/エイズ分野の情報共有型キャンペーン「コミュニティアクション」(Community Action on AIDS)の公式サイトには、今年のテーマ『AIDS IS NOT OVER~まだ、終わっていない~』に関する趣旨説明が掲載されている。以下に紹介しておこう。 http://www.ca-aids.jp/theme/【テーマ趣旨説明】 治療の進歩によりエイズの原因ウイルスであるHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染したHIV陽性者が長く生きていくことが期待できるようになりました。これはエイズ対策の目覚ましい成果であり、社会的にはすでに数多くのHIV陽性者が働き、学び、生活していることを意味するものでもあります。 HIVに感染している人もしていない人もすでに一緒に生きているという現実を直視すれば、エイズ対策は治療の進歩により役目を終えるわけではなく、職場や学校、医療機関、そのほか生活のさまざまな場所で、HIV感染にまつわる偏見や差別をなくし、HIV陽性者が安心して生活していけるような社会的条件を整えることが新たな課題としてますます重要になっています。 エイズ対策はまだ終わっていません。 一方で、厚生労働省のエイズ動向委員会によると、昨年1年間の国内の新規HIV感染者・エイズ患者報告数(確定値)は1590件と過去最多でした。毎年の報告数は2007年以降7年連続で1500件前後のまま推移しており、なおかつ昨年は過去最多だったのです。今年も同様の傾向が続いています。あくまで報告ベースの数字ではありますが、報告から推測されるHIV感染の流行も依然、続いていると考えなければならないでしょう。 エイズの流行も終わっていません。 東京では今年4月27日、セクシャルマイノリティの人権を訴える東京レインボープライド2014のパレードが行われました。そのパレードにはHIV陽性者への理解と差別や偏見に対する闘いを呼びかけるLiving Together計画も「AIDS IS NOT OVER ~ エイズはまだ終わっていない」というメッセージを掲げて参加し、HIVに感染している人もしていない人も、ともに都心の目抜き通りを行進しました。 エイズの流行も、その流行に影響を受けている人たちの闘いも、まだ終わっていない。2014世界エイズデー国内啓発キャンペーンはそのメッセージを共有し、「AIDS IS NOT OVER ~まだ終わっていない~」をテーマにしています。※このページに使われている2枚目写真と「エイズ基本情報内写真」「トップ画像」は、HIV/エイズ分野の情報共有キャンペーン「コミュニティアクション」がポスターとして作成したものです。下記サイトからプリントアウトして使用することができます。 《ポスターができました》 http://www.ca-aids.jp/features/114_poster2014.html

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    グローバルファンドのマーク・ダイブル事務局長が記者会見

     世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)のマーク・ダイブル事務局長が10月16日午後、東京・内幸町の日本記者クラブで記者会見を行いました。  ダイブル事務局長は2006年から2009年まで米国の大統領エイズ緊急救済計画(PEPFAR)のトップであるグローバルHIV/エイズ調整官を務め、さらに2013年1月からグローバルファンドの第3代事務局長に就任しました。世界のエイズ対策は2000年以降、目覚ましい成果をあげてきましたが、資金面からその成果の二大推進力となったPEPFAR、グローバルファンドの両方のトップとして活躍されてきた世界のエイズ対策のキーパーソンの一人です。  会見では、国際的な保健分野における日本の貢献を高く評価し、グローバルファンドへの支援に感謝をしめすとともに、「エイズは終わっていない。マラリアも結核も終わっていない」として、公衆衛生の脅威としての3つの感染症の流行の終息に向けて、一層の対応の強化が必要であることを強調しました。  また、2012年に米国の首都ワシントンで第19回国際エイズ会議が開かれたあたりから、エイズ対策の専門家の間で「エイズの終わり」といったことを強く意識する発言が相次いでいることについては、「公衆衛生上の脅威としての感染症の流行を終息させる見通しが立ってきた」との認識を示しています。  つまり、現段階での「エイズ流行の終息」に関しては、HIVに感染する人が一人もいなくなる状態(いわゆる根絶の状態)ではなく、感染の拡大を食い止め、縮小に転じることで、流行を一定程度コントロール下に置ける状態の実現が当面の目標であるとの考え方を示しています。  さらに、いわゆる根絶の状態にはワクチンが必要との認識に立ち、HIVワクチンに関しては、マラリアワクチンとともに「30%ぐらいの効力をもつものはすでにある。それを60~70%に引き上げるためにさまざまな研究開発が進められている」と述べています。さらにそうした現状こそが「転換点」であることを強調し、一定程度の効力を持つワクチンが登場したときに最大限の効果を発揮できるよう、流行の規模を抑えていくのがグローバルファンドの役目だとしています。  一方、エボラ出血熱の流行については、流行が深刻な西アフリカのリベリア、ギニア、シエラレオネの3カ国と周辺国を比較し「3カ国は紛争で破壊された保健システムが再建されていない。これに対し、周辺の国々は決して豊ではないが、しっかりと保健システムが機能しているため流行を抑えられているのだと思う」と話しています。具体的には、ナイジェリア、ウガンダ、セネガルなどがその封じ込めに成功している国々で、「貧困かどうかということより、発生に対応できる保健システムがあるかどうかが重要だ」と述べ、未知の感染症の出現にも対応しうるような保健システム強化の重要性を重ねて強調しました。  会見の動画はYou tubeの日本記者クラブチャンネルで観ることができます。    また、個人的には会見日本語訳の要約版も作成しましたので、参考までに以下に紹介します。     ◇ マーク・ダイブル世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)事務局長 記者会見要約   10月16日(木)  日本は九州沖縄サミットでグローバルファンド創設のきっかけをつくり、2008年の洞爺湖サミットでは保健基盤強化を強調した。次にG8サミット主催国になる2016年にはユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)、保健と人間の安全保障を重視すると聞いている。グローバルファンドに対する拠出金は5位であり、今回の増資サイクルでは、三大感染症対策と保健基盤強化に8億ドルが拠出されている。多年の貢献に感謝したい。  HIV、TB、マラリア対策は大きく進展した。低中所得国のエイズ発症は三分の一も減り、抗レトロウイルス治療を受ける人は当初5万人だったのが、いまは1300万人に増えている。  マラリアでは50カ国で50%以上も減り、死者数も40~50%減っている。アジア太平洋地域の国々でも根絶に近づこうとしている。  結核も死亡を半減させるというMDGs目標に向けて軌道に乗っている。 10月16日、日本記者クラブで記者会見するグローバルファンドのマーク・ダイブル事務局長  グローバルファンドはこうした成果に大きく貢献し、その支援プログラムによってこれまでに推定700万人の生命が救われてきた。大変な成果だが、まだ道のりは長い。エイズは終わっていないし、マラリアも結核も終わっていない。 エイズではいまなお、年間200万人が死亡している(注:UNAIDS推計の2013年の年間の死者は160万人)。妊娠可能年齢の女性、およびアフリカの若者の間では、主要死因となっている。  マラリアは5歳未満の子供の主要死因であり、毎年何億もの人がマラリアで働くことができなくなっている。  多剤耐性結核の流行は急速に広がっている。東欧やサハラ以南のアフリカの一部ではとくに深刻だ。  希望が持てるニュースは、いまが長い歴史のティッピングポイント(転換点)にあるということだ。最近2年間の科学的進歩は大きいし、過去12年間の多大な投資の成果が現場では蓄積されている。公衆衛生上の脅威としての感染症の流行を終息させる見通しが立ってきた。ただし、転換点ということは、どちらにも行きうるということでもある。12年間の投資の上にさらに努力を重ねなければ三大感染症をコントロールすることはできない。 人類を何千年も脅かしてきた結核、マラリアの流行を終息させ、新たに登場したHIVの流行を終わらせる歴史的チャンスが訪れているが、いまその機会を失えば、子供や孫がもっと苦しむことになる。歴史的目標の達成には ・投資額を増やす。 ・賢明な投資を行う。 ・保健システム構築をさらに進める。 ということが必要だ。グローバルファンドは官民パートナーシップに基づくユニークな21世紀型組織である。さまざまな課題に取り組むためイノベーションハブを立ち上げ、主に以下の3領域でイノベーションに取り組んでいる。  金融財政管理 調達チェーン 品質保証(データ管理、人材育成を含む)  エボラ危機について 保健システム強化の重要性は、いま目前にあるエボラ危機でも明確になった。流行が深刻なリベリア、ギニア、シエラレオネの3カ国と周辺国を比べると、保健システムに違いがある。3カ国は紛争で破壊された保健システムが再建されていない。これに対し、周辺の国々は決して豊ではないが、しっかりと保健システムが機能しているため流行を抑えられているのだと思う。ナイジェリアでは3週間前から完全に封じ込めに成功した。ウガンダは1例、セネガルも1例、ガボンは数例でコントロールできている。ルワンダ、ケニア、エチオピアも同様だ。これらの国々はいまでも厳戒態勢にあり、再び発生があっても対応がとれるようになっている。貧困かどうかということより、発生に対応できる保健システムがあるかどうかが重要だ。紛争後の国々がその点で厳しい状況にあることも分かった。

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    「エイズ流行終結」の意味とは…

     『ファーストトラック(高速軌道):2030年のエイズ流行終結に向けて』と題した国連総会関連イベントが9月25日、ニューヨークで開催されました。その会合に関するUNAIDSのプレスレリースの日本語仮訳がHATプロジェクトのブログに掲載されています。 ☆ HATプロジェクト(HIV/AIDS Translation Project)とは エイズ対策の面から重要と思われる英文プレスレリースなどの資料を日本語に翻訳してブログで紹介するプロジェクト。国内のエイズ対策の研究者、NPOなどが世界の動向を把握できるようにするための共同利用施設的な発想で、特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議(JASA)が2003年から続けている。ブログURLはこちら。  最後の部分で「エイズ流行終結」(ending the AIDS epidemic)の定義も紹介されています。参考までに紹介しておきましょう。 《エイズの流行の終結とは、HIV感染の拡大が制御または封じ込められ、社会及び個人の生命に対するウイルスの影響が非常に小さくなり、結果として健康障害や偏見、死亡、孤児などが大きく減少する状態を意味する。また、エイズの影響が低下することにより、平均余命が長くなり、人々の多様なあり方や権利が無条件に受け入れられ、生産性が向上し、コストが下がることも意味している》 ああ、なるほどそういうことだったのね。日本の場合はどうでしょうか。これだとかなり基準をクリアしている印象も受けます。でも…。 何年か前にUNAIDSのミシェル・シデベ事務局長が来日した際、記者会見で「エイズ流行終結が実現出来るとしたらそれは日本だ」みたいなことを言って、司会をしていた私はずっこけそうになったことがあります。確かに世界の多くの国から見れば、いまなお年間1500人程度の新規報告で抑えられている日本の現状は素晴らしいといいたくなるのかもしれません。ただし、流行は縮小に転じたとは言えない状態がいまも継続しています。会見の後でaktaを訪れたシデベ事務局長に対し、確か長谷川さんが「政府に近い某団体関係者による都合のいい説明ばかり真に受けないでちゃんと現実をみてほしい」と苦言を呈し、私も尻馬に乗って「そうだ、そうだ」といっていたような記憶があります。 シデベ氏は翌日のなにかの会合のスピーチできちんとその辺りの軌道修正を行っていました。さすがと思った次第。 日本の場合、シデベ氏が抱いた感想に納得できる面もありますが、それでもWe have our problemであります。endingにはまだ遠い。エイズはまだ終わっていない。定義に即して言えば、結果として偏見が大きく減少している状態とはまだいえません。人々の多様なあり方や権利が無条件に受け入れられ・・・ているわけでもない。生産性は…という以前に就労に関しては厳しい環境が依然、存在しています。 東京都の福祉保健局のサイトから冊子『職場とHIV/エイズハンドブック』の第1弾「人事・労務・障害者雇用担当の皆様へ」、第2弾「HIV陽性者とともに働くみなさまへ」の2冊がダウンロードできます。参考までにこちらもご覧になってください。 http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/aids/brochure.html

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    日本上陸も秒読み!? エボラウイルス 米国人看護師感染の意味

    村中璃子(医師・ライター) 「アメリカで広がったら日本にも来るだろう。日本の医療現場で対応できるのか」。 感染症法によれば、日本でエボラ出血熱患者を収容できる特定感染症指定医療機関・第一種感染症指定医療機関は、現在、全国で45施設92床。そのひとつに勤める医師は、エボラウイルスに対する不安をこう語る。このような指定を受けた専門の医療機関でも、エボラ出血熱のような、隔離措置を必要とする特殊な感染症の治療にあたった経験のある医療者は、ごくわずかなのだ。もはやエボラ出血熱は「対岸の火事」ではない アメリカ・テキサス州の保健当局は10月12日、テキサス・ヘルス・プレスビテリアン病院の看護師が、エボラウイルス陽性の診断を受けたと発表した。この看護師は、9月30日にアメリカ初の輸入感染例として報告されたリベリア人男性患者のケアにあたっており、これがアメリカ国内において、エボラ出血熱に感染した初めての症例となる。 アメリカは8月より、航空会社や各国の空港検疫と協力し、出国および入国に関する水際対策を開始していた。しかし、エボラ出血熱は、潜伏期間が最長で21日と長く、「感染はしているが発症はしていない」という患者を検疫のスクリーニングで拾うことはできない。当初から、エボラがアメリカ国内に入ってくるのは「時間の問題」とも言われており、男性患者が厳しい検疫をすり抜けたことは驚くに足らなかった。 しかし、流行地のアフリカではなく、設備の上でも手順の上でも医療者の感染症防護対策が徹底されているアメリカにおいて、医療者への感染が起きてしまったことは重大な意味を持つ。 米疾病対策センター(CDC)は、今回の看護師の感染例を「ある時点でプロトコール(手順)違反があった」として例外的であることを強調し、「封じ込めは十分可能である」と自信を見せていた。しかし、現場の医療者たちから「CDCがガイドラインを出したからと言って、十分な対策が取られているわけではない」と当惑の声が高まる中、日本時間の14日未明、再度会見を行い、「感染は1例であってもあるべきではなかった。対策を再考すべき必要がある」とコメントを修正。「今後、特に医療者の中から別の感染者が出ても不思議ではない」と発言した。 アメリカではHIVエイズが一般化した1980年代以降、どの患者の血液にもウイルスや細菌が含まれているという前提に立って、医療者は必ず手袋とガウンを着用するという「普遍的予防策(ユニバーサル・プリコーション)」が提唱されてきた。アメリカの医療現場においては、採血や手術はもちろんのこと、簡単な診察や体位変換などにおいても手袋とガウンは欠かせない。その後、血液以外の体液に対しても注意を払い、特に感染経路が不明で感染力の高い病原体に接する場合には、マスク、ゴーグル、キャップ、フットカバーといった防護具で全身を覆う「標準的予防策(スタンダード・プリコーション)」が提唱されるようになった。一方、日本の医療現場では「手袋をしているとやりづらい」と、手袋なしで採血や注射をする医療者も多く、不慣れな研修医や看護師は、「うまくいかないなら手袋を脱いでやってみろ」と先輩医師に小突かれることもあるのが実情だ。 エボラ患者のケアも、もちろん、こうした「標準的予防策」のプロトコールにのっとって対応されていたはずである。着慣れない防護服の適切な着脱は、一般の人が思う以上に難しい。世界最高水準の感染症対策と医療設備を誇るアメリカにおいてすら、医療者が感染した。この国で防げなかったものを、他のどの国で防ぐことができるのか。 検疫で感染者の入国を防げないことは、大方の予想どおり証明された。アフリカとの飛行機の往来の少ない日本にエボラがアフリカから侵入する可能性は低いとされてきたが、今後、アメリカで感染が拡大した場合、アメリカ経由で日本にはいってくることはないのか。アメリカにおける感染者発生の報告は、遠いと思っていたアフリカの出来事が、日本に大きくにじり寄ってきたことを実感させる。問われる「感染疑い」への対応脆弱な日本のインフラ 後述するが、日本にはエボラ出血熱を確定診断できる検査施設がない。厳密に言えば、今後アメリカで感染が拡大した場合、日本は、海外に送った検体の検査結果を待ちながら、発熱と渡航歴で拾う「感染疑い例」を、たったの92床で管理していくことになる(注:文末参照)。これから、エボラ出血熱の初期症状と似た訴えのインフルエンザのシーズンにも入る日本において、92というベッド数は妥当なのだろうか。 エボラ出血熱の症状は、38・6度以上の発熱、激しい頭痛、筋肉痛、脱力感、下痢、嘔吐、腹痛、原因不明の出血傾向。発症初期にすべての症状が出そろうことはなく、インフルエンザなどの、他のウイルス性疾患と変わりがない。このため、アメリカでもインデックス・ケース(最初の症例、リベリア人男性のこと)が、「何かのウイルス感染症でしょう」ということで、いったんは家に帰され、感染拡大のリスクを広げてしまった。 エボラウイルスが国全体に広がって被害が深刻なのは、ギニア、リベリア、シエラレオネの3か国。WHO(世界保健機構)の発表によると、2014年10月8日現在(10月10日にアップデート)、8400名の患者(うち4656名が陽性確定例)が報告され、4033人が死亡している。 しかし、アメリカのような医療水準を満たさないナイジェリアとセネガルの2国においてさえ、なぜかエボラの感染は拡大しなかった。ナイジェリアでは20人のエボラ感染者が確認されて8人が亡くなったが、アウトブレイクは地域に限定して収束。セネガルでは、エボラ患者が60人以上と接触していたが、結局、発症したのはその1名だけで、命も取り留めた。アメリカのインデックス・ケースも、発症後4日間は隔離されることがなかったが、今のところ、この患者をケアしていた看護師以外のケースは報告されていない。  状況証拠からすれば、エボラウイルスは同じ飛行機に乗ったり、町ですれ違ったりする程度で簡単にうつることはなさそうだ。また、不幸中の幸いなことには、潜伏期間の感染力は無いと見られている。現時点で言えることは、飛沫で感染し潜伏期にも感染力持つ新型インフルエンザとは異なり、エボラ出血熱の場合、たとえ日本に入ってきたとしても、一般人の間で感染が広がる可能性は低い、ということだ。現在、先進国で感染者が出たのはアメリカとスペインの2か国。いずれの国においても、先進国で感染したのは医療者だけだ。日本においても、当面、ハイリスクなのは医療者のみと考えてよいだろう。 一方で、エボラウイルスの潜伏期間は2日から21日と幅があり、今後も渡航者の中から別の患者がアメリカ国内で報告される可能性は否定できない。 エボラ出血熱は、エボラウイルスに感染した人や動物の体液(血液、尿、唾液、汗、便、吐瀉物、母乳、精子等を含む)に、直接接触することで感染する。アフリカでは、野生動物の食肉習慣やウイルス感染したコウモリとの接触、死者に抱きついて弔う風習などが、山間部や貧困地域での感染を特に拡大させているとも言われる。そのため、先進国一般人の間で、エボラ出血熱がアウトブレイクを起こす可能性は低い、という見方があるものの、感染を拡大させないために、検疫や国内で「感染疑い例」をどのように拾い、管理していくのかについては大きな議論もある。 原因に関わらず、アフリカを出国するときには無症状でも機内で発熱し、日本に到着する前に頭痛や嘔吐が始まる人はいくらでもいる。こういった患者と、類似症状を示すマラリアやデング熱などの熱帯感染症、ひいてはインフルエンザなどのコモンなウイルス感染症と鑑別することは不可能。アメリカではすでに、アフリカ帰りの旅行者や現場で働く医療者が、次々と発熱や嘔吐を訴え、混乱をきたしている。 西アフリカでの感染拡大がとどまらず、アメリカ国内での感染拡大の行方が不透明な中、いつまで国際社会がエボラを警戒する必要があるのかは現時点では予測不能だ。 アフリカから、場合によっては今後、アメリカからの帰国した発熱患者もすべて隔離し、「エボラ疑い」として管理し続けていくことは、日本のインフラでは簡単なことではない。いつから検疫強化が必要と判断し、どの段階で必要がないと判断するのか。検疫の水際作戦をくぐって発熱し、来院した患者に対して、日本の医療者は適切な体制をもって対応し、感染拡大を防ぐことができるのだろうか。 アメリカと日本とでは、エボラウイルスが持ち込まれた場合の事情が異なる。エボラウイルスを取り扱えるのは、「BSL-4」(BSL=Bio Safety Level)と呼ばれる、排気や廃液の特殊設備をもつ検査・実験施設。BSL-4のバイオセイフティを持つ施設は、世界でも41か所、アメリカですら4か所しかない。日本では国立感染症研究所ただ1か所がその基準を満たしているが、住民の反対でBSL-4としての使用を認められていないからだ。厳密に言えば、現状では、エボラ出血熱を疑う患者が見つかった場合、海外に検体を送り、確定診断が出るのを待つしかない(注:文末参照)。 92床しかないエボラ対応ベッドを少しでも有効活用するためには、BSL-4として感染研を稼働させる必要がある。エボラ出血熱のアウトブレイクに先だち、日本学術会議は今年3月20日、「我が国のバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設の必要性について」と、題した提言書を提出している。 アメリカが先進国の先頭を切って「封じ込めのお手本」を示すことができるのか、世界の注目が集まる中、日本の医療者の間でも緊張はつのる。CDCとWHOのビミョウな関係 アメリカ政府はこれまで、さまざまな病原体がバイオテロの手段や化学兵器となりうるとして、感染症対策を軍事と結びつけてきた。今回のアウトブレイク(大流行)においても、これをいち早く国防・外交上の重大な問題として捉え、積極的な行動に出ている。9月16日、オバマ大統領は、エボラ出血熱の最流行地域であるリベリアに3000人の軍隊を派遣することを発表して、国際的なプレゼンスを示した。 一方、医療・保健分野における国際的な最高権威であるWHOは、新型インフルエンザやSARSの時に比較すると、今回、あまり目立った印象が無い。実のところ、WHOと一国の保健機関に過ぎない米CDCとは、以前からライバルの関係にある。WHOは、原則、キャパシティの低い国でアウトブレイクが起きた場合、各国政府の要望に応じてサポートやアドバイスを行ったり、パンデミック(世界的大流行)が懸念される際に国際社会における統括的役割を果たしたりする国連専門機関。しかし、WHOの呼びかけに応じて他国からの十分な援助がある場合や、アメリカのような先進国でアウトブレイクが起きた場合、WHOのプレゼンスは自ずと下がる。国際社会からすれば、WHOの出番がないままアウトブレイクが終息するに越したことはないが、WHOにとってみれば、一国の保健機関に国際機関以上の代役を務められては、沽券に係わる。 WHOスタッフの任地は、通常、各国の首都止まり。本当の意味での「フィールド=僻地」に行くのは、WHOが要請した各国の専門家に限られている。しかも、各国の専門家が「フィールドに行く」という場合でも、政府に助言して国際的な対策をとるための視察にとどまることが多く、ロジスティックスや医療行為など、現場の仕事に継続的に従事することはまずない。軍隊との連動も可能なCDCに比べれば、WHOは専門性は高くとも、実働部隊を持たない役所的機関だ。 そもそも、WHOのスタッフやWHOが協力を要請する専門家には、資金力も政治力もあるCDCの出身者が多い。だったら、CDCを最初から頼りにする方がいい、という発展途上国も多いが、迅速な国際協力との引き換えに、政治的な駆け引きが後からついてくるということは少なくない。そして、日本の取るべき道は? オバマ大統領が国際協力を表明した10日後の9月26日、安倍総理大臣は国連で一般討論演説を行い、エボラ出出血熱対策として、国連などに総額4000万ドル (日本円で約44億円)の追加支援を実施することを表明した。演説の中で安倍首相は、防護具約50万着のほか、エボラの治療に効果が見込める富山化学工業の「ファビピラビル」を提供する準備があるとし、「日本からはすでに経験の豊富な専門家をWHOの一員として派遣した。今後もエボラ出血熱との闘いに日本政府は能う限りの力を尽くす」との決意を語った。 金と物の援助はさておき、気になるのは、今後、日本に期待される人的貢献だ。 アメリカに追随するような形で援助を表明した日本ではあるが、世界でエボラウイルスに感染した医療者の数は、12日付で報告されたテキサス州の看護師のケースを加えると合計418人。うち234人がすでに死亡している。 派遣した専門家が発病した場合、安全に日本に輸送し、パニックを起こさず、国内での感染を広げずに治療を受けさせることは本当に可能なのか、といった課題も残る。 アメリカにおいて医療者の院内感染が生じ、封じ込めがおぼつかない状況の中、本当に「ウイルスを持ち込むリスク」を負ってまで、日本から専門家を派遣する必要があるのか、改めて政治判断が問われるところだ。【編集部注】厚生労働省は、「感染疑い段階の検体は感染研で取り扱うことができ、簡易診断までは行うことができる」としている。ただし、確定診断を下し、その後の治療につなげていくためには、ウイルスを抽出・分離した状態で扱うことが必要になるが、BSL-4レベルの第一種病原体等取扱施設としての指定を受けていない感染研ではエボラウイルスを扱うことができない。早急な指定が必要である。(2014年10月16日18:45)

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    感染症に国境はなし・日本上陸は中国経由が多い

     約70年ぶりに国内感染が確認されたデング熱だけでなく、アフリカで流行するエボラ出血熱など、感染症に関するニュースに、日本中が脅えている昨今。もはや、「海外の遠い国のこと」「日本は島国だから安全」などとは言っていられない状況なのかもしれないが、それでもやはり海外から国内に入ってくる経路は遮断してほしいもの。 しかし、「日本の感染症対策はまったく不充分」というのは、元厚生労働省技官で医療法人財団綜友会医学研究所所長の木村盛世さんだ。「日本で新型インフルエンザが流行ったときに政府は『水際で食い止める』と言いましたが、そもそも水際の定義がはっきりしていない。水際とは空港の検疫なのか、国内外のラインは検疫所か、入国審査のところか、税関なのか。 エボラ出血熱に関しても、『アフリカは遠い土地だから大丈夫』などといわれていますが、今や飛行機に乗れば48時間以内に世界中移動できてしまう。 また、空港検疫所で阻止できるといいますが、どんな感染症にも潜伏期間がある。中東でトランジットして潜伏期間内に日本に入国して、国内で感染拡大する可能性は否定できない。同じ理屈で世界各地で同時多発的に発症ということも考えられる。今や感染症に国境はないんです」 2009年に新型インフルエンザが発生した際には、空港検疫所での検査を厳重にするなど水際対策がとられたが、その後の検証報告会で専門家からは、「感染者の半数かそれ以上は水際での検疫をすり抜けて入国したとみられ、効果は限定的だった」という指摘が相次いだ。木村さんは中国との間で渡航者が増えていることに注目している。「日本に入ってくる感染症は中国からやってくるといわれています。日本と中国の行き来が増加した昨今では、どんな病気がいつ日本に入ってきてもおかしくありません」※女性セブン2014年10月2日号関連記事■「クラミジア」と「ヘルペス」の患者数は女のほうが多い■コンドームの出荷量 1993年は6.3億個、2005年は3.2億個■罹患者の8割 30代以上男性のアメーバ性肝膿瘍HIVと関連する■マダニ 噛まれても痛み感じず自覚なくウイルス感染で薬なし■デング熱 これまでも国内で感染者いた可能性を都関係者指摘

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    エボラはパンデミックに至るのか

    日々危機が高まるエボラウイルス。西アフリカにおけるエボラ出血熱の爆発的な患者増加はとどまるところを知らず、ついにアメリカやスペインといった先進国でも感染が広がり始めた。日本への上陸はあるのか。世界的なアウトブレイク(流行)に至るのか。

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    シエラレオネの状況を報告 国境なき医師団・吉田照美看護師

        エボラ出血熱の流行が続く西アフリカ地域に国境なき医師団から派遣され、シエラレオネのエボラ専門治療施設で患者のケアや地元スタッフの指導などにあたった看護師の吉田照美さんが5日午後、東京・早稲田の国境なき医師団日本事務所で記者会見を行いました。患者はいまなお増加しており、流行に対応するには人材の支援が必要と吉田さんは語っています。ウイルス性の感染症であるエボラの流行は1976年にザイール(現・コンゴ民主共和国)とスーダン南部(現・南スーダン)で初めて確認され、アフリカの各地でその後、断続的に報告されています。今回は2月に西アフリカのギニアで発生した流行が国境を越えてシエラレオネ、リベリアにも広がり、これまでで最も大きな流行となっています。  世界保健機関(WHO)が4日に発表した8月1日時点の集計では、今回の流行による患者報告数(疑似症例を含む)は、ギニア、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリアの4カ国で1603人、死者数は887人に達しています。エボラの特長は致死率が25~90%と極めて高いことです。病原ウイルスは5種類見つかっており、ウイルスの種類や医療的な対応の違いもあって、それぞれの流行でかなり開きはあるようです。  吉田さんは6月18日から7月20日にかけてシエラレオネ東部のカイラフンに設けられた国境なき医師団のエボラ専門治療施設で看護業務や地元看護師チームの指導などにあたりました。専門治療施設には要注意区域が設けられ、患者はその区域内で治療を受けます。  エボラウイルスの感染経路は、感染した人や動物の尿、汗、血液などの体液です。したがって家庭や医療機関でケアや医療を提供したり、亡くなった患者の遺体を清めたりする際に直接、患者の血液などと接触すると感染が成立します.逆に言うと、そうした接触がなければ感染はしません。  医療やケアの提供のため要注意区域に入る際には必ず、防護服、マスク、ゴーグル、ブーツ、手袋、エプロンを着用し、感染防御の対応を整えた上で消毒液(次亜塩素酸ナトリウムの希釈液)で消毒を行います。また、要注意区域内は一方通行で逆戻りはできず、外に出るときは防護のための装備はひとつひとつ消毒しながら脱いでいき、一部、消毒して再利用するものを除けば、消毒後に焼却処分にします。高い致死率の病原体の感染を防ぐために要注意区域内には常に最高度の防護策がとられているのですね。  流行は5月下旬から6月上旬にかけて縮小に向かうかに見えたのですが、その後、再び拡大しています。西アフリカ地域で初のエボラの流行だったので地域住民に予防や治療の知識がなかったこと、エボラにかかったと思っても周囲の目を気にして隠してしまうこと、亡くなった人を清めて弔う習慣があるので、遺体に直接、触れる機会があることなどが感染拡大の要因となったようです。マラリアの流行地域でもあり、初期症状がマラリアと似ていることから判断が遅れてしまうケースもあるそうです。  患者をできるだけ早く医療やケアにつなげられるようにするのと同時に新規の感染を防ぐという目的からも、治療施設の外で、エボラについての知識を伝え、誤解を解くための活動も重要です。国境なき医師団の施設に行くと、エボラウイルスを注射されるぞといった誤った情報が流れ、スタッフが襲われるような事態もあったそうで、誤解を解くために村の有力者と信頼関係を築いていくような努力も必要になります。大変な活動です。 感染防護の装備をきちんと整えると、サウナの中で働いているような汗だくの状態になるので、1人の医療従事者が要注意区域に入って行動できるのは1回に1時間が限度ということです。患者を抱きかかえたり、注射針をあつかったりという作業をそれ以上、長く続けていくことは体力的にも精神的にも困難だということでした。事故のもとにもなります。  したがって、流行が今後も続くと予想される現状では対応可能なだけの人材の確保が最も重要です。代わりの人がいれば、と思う場面も日常的に出てくるのでしょう。現地のスタッフの育成はもちろん必要かつ重要ですが、そのためにも海外から経験と知識、技術を身につけ、指導も行える人材の支援が大切になります。 そうか、でも、それでは医療分野の方以外はどうしたらいいのか。これは資金の支援ということになるのでしょうね。国境なき医師団日本ではエボラ緊急援助の寄付も広く呼びかけています。 http://www.msf.or.jp/

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    エボラ出血熱 水際作戦の徹底を放棄した米国

    村中璃子(医師・ライター) 「事態が収束する前に、さらなる感染者の隔離がアメリカで行われるのを見るだろう。しかし、我々は西アフリカと距離を置くことは出来ない。渡航禁止令は事態を悪化させるだけである」 オバマ大統領は10月17日の土曜日定例演説において、リベリア、シエラレオネ、ギニアとの往来を禁止すべきとの議会筋の要求を退け、渡航禁止令を出す意向は無いことを明らかにした。アメリカは事実上、エボラ水際作戦の徹底を放棄したことになる。 オバマ氏は先日、エボラとの戦いに4000人規模の部隊を派遣するとして、アメリカの国際的なリーダーシップを示したばかり。国内のパニック収拾と引き換えに、一度切った啖呵を元には戻せないという事情もあるだろう。しかし、冷静に考えれば、渡航を禁止しない現在の状態であっても、感染者は医療者2人を含むたったの3人。検疫は完璧ではないという前提に基づき、国内におけるエボラ患者の早期発見を徹底し、封じ込めを目指す形に切り替えたのだと見てよい。「罹っても回復する」という実績を積み上げるアメリカの決断からうかがえる事情は…(写真:Getty Images News) この決断からはいくつかの事情がうかがえる。 ひとつには、国内でエボラに対する恐怖感が高まる一方で、早期にエボラと診断して治療を開始すれば、高率に回復する病気である事実が見えてきたことである。 アメリカのインデックスケース(最初の患者)であったリベリア人男性は、初診で別のウイルス性疾患と誤診され、治療開始が遅く、死亡した。しかし、二次感染例の2名の看護師はいずれも発熱した段階で早々に治療を開始され、現在も安定した状態にある。スペインからも、20日、二次感染した看護師が回復したとの報告があがっている。 アメリカ一国がアフリカとの渡航禁止をひいたところで、西アフリカでのアウトブレイクが収まらないことには、水際防御は100%とはならない。他の国を経由し、潜伏感染の患者が巡り巡りってアメリカに入り込む可能性をゼロにはできないからだ。西アフリカを置き去りにして嵐が去るのを待つよりも、積極的に支援を送り、エボラ感染者が入国するリスクの元を絶つ。感染者を早期に発見し、「罹っても回復する」という実績を積み上げることで、少しずつ医療者の不安を緩和する。その間、トレーニングも進み、医療者の方も患者の扱いにも慣れてくる状況を作るという目算だろう。 10月19日、日本からも、ドイツにある米アフリカ軍の司令部に自衛隊員を連絡要員として派遣することを検討しており、早ければ今週中にも派遣して感染状況などの情報収集を進めるとの報道があった。パンデミックは「国防の問題」 そもそもアメリカが初動から軍隊を派遣するのは、パンデミック(世界的大流行)を想定しているから。アメリカの要請を受けた日本も、その趣旨に同意して自衛隊を派遣することになったと言ってよい。エボラが日本に上陸してアウトブレイクし、日本がパンデミック(世界的大流行)の一端を担う事態が起きた場合、事態収拾の中心となるのは自衛隊だ。 パンデミックは最悪の場合、医療従事者の感染が相次ぎ、増加する患者に対応しきれなくなって、医療施設も足りなくなる事態に至る。感染していな人は、食糧や水、生活必需品を準備して、自宅に籠城することを求められる。患者の治療は、近頃テレビで盛んに紹介されている、厳重管理のエボラ対応室どころか、学校の体育館や公民館などで対応することにもなりうる。その時、エボラは地震や原発事故、戦争のように、もはや医療の問題ではなく、治安の問題となる。軍隊の派遣には、現在のアフリカでは「パンデミック」という最悪の未来図がすでにローカルに実現されており、実働部隊がそれを具体的に思い描くことができるようにするためという意味も込められている。 世界はこれまでも、パンデミックの問題は、各国の厚労省が担当すべき医療の問題ではなく、防衛省をはじめとする各省庁が連携すべき「国防の問題」として準備されてきた。次にパンデミックを起こすのもインフルエンザだと誰もが思っていた。それが、現実には、アフリカローカルの病気だったエボラ出血熱がおかしな動きを見せている。軍隊派遣は、各国が「エボラ出血熱パンデミック」も視野に入れた検討を開始し、国防の問題として重くとらえ始めていることを意味する。 アメリカに同調し、エボラへの人的な国際協力をする以上、不幸にも感染する日本人が出てくる可能性は高まる。アフリカから治療のために搬送されるのであれ、潜伏期の患者が検疫を潜り抜けるのであれ、最初のエボラ患者が日本に入ってくる前に鎖国体制をとらない限り、日本政府がエボラと直接対峙しなければならない状況は訪れる可能性がある。そうなれば、日本にも、今の欧米諸国が受けているのと同様の、アウトブレイク封じ込めの試練が訪れることだろう。 8月には西アフリカのローカルなアウトブレイクと高をくくっていたエボラが、数か月のうちに先進国に飛び火した。もちろん、騒ぎとは裏腹に、先進国の現状は「散発例が発生しているだけ」の安定した状態。しかも、その散発例の多くが回復している。エボラの病態が当初の予測通りであれば、先進国で次々と感染者が報告されることはない。早期発見・早期治療のストラテジーが効を奏し、アフリカ大陸の外でのアウトブレイクは阻止できる可能性も高い。とはいえ、グローバル化の中で、古典的な水際対策や鎖国政策が現実的ではない今、日本でも、あらゆるシナリオを想定したエボラ患者受け入れ態勢づくりが急がれる。

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    エボラ患者は入院できても退院できない レベル4ラボを稼働せよ!

    村中璃子(医師・ライター)――ある老婆の血液を採取している最中、彼女が突然発作を起こして暴れだした。狂ったように彼女が片手を振り回した拍子に、注射針が抜けた。それだけならよかったのだが、血まみれのその針がマコーミックの親指に刺さってしまったのである。あっ、と思ったときには遅かった。こいつまずいぞ。針は深々と刺さってしまった。ウイルスが彼の血流に入り込んだのは間違いない。 エボラ出血熱を題材にしたノンフィクション小説『ホット・ゾーン』の一節。マコーミックは米疾病対策センター(CDC)の特殊病原体研究室の主査で、1979年のアウトブレイク(流行)の時、南スーダンから生きたエボラを持ち帰ることを志願した唯一の医師だった。この後、彼が懐から取り出すのは、氷で冷やしながら携帯していたエボラ「抗血清」の小瓶。抗血清とは、感染したのに回復した患者から採取された血液の上澄みのことで、中にはエボラウイルスと闘うための免疫(抗体)がたっぷりと含まれている。マコーミックは、当時、唯一有効性が期待される治療法とされていた、この「抗血清療法」を自らに試し、死を免れた。 エボラにはじまったことではない。日頃からも針刺し事故は、医療者にとっての身近な恐怖。日本での受け入れ準備に関して、施設や設備、防護服などに関する報道ばかりが目につくが、筆者が最も気になるのは、日本でエボラの抗血清が準備されているのかどうか。抗血清療法の安全性や効果を疑問視する声もあるが、それは対処療法以外のすべてのエボラ治療において同じ。日本製の抗インフルエンザ薬「ファビピラビル(商品名:アビガン)」や、米ベンチャーが開発中の「ジーマップ(ZMapp)」など、未承認薬にも期待したいが、抗血清療法はそれこそ最も古典的な、実績のあるエボラ治療法だ。 1976年のコンゴ(現、ザイール)のアウトブレイク時に、類似ウイルスであるマールブルク病から回復した患者から取った血清をある女性に使用したところ、効果が見られたのが最初(ただし、女性は後に死亡)。1995年のコンゴでのアウトブレイクでは、投与した8人中7人が回復した実績を持つ(注:文末参照)。万が一日本でも患者が出た場合に使えるようにしておくのはもちろんのこと、針刺し事故も想定して、医療者用の予備も絶対に準備しておきたい。 患者が増え続けているという悲観的報道の傍ら、未承認薬に関しては安全性が確認されないのに「効いているようだから、使うべき」というような、楽観的トーンが強い。特に発症の初期、発熱から5日以内での投与例での治療成績は有望に見える。治療法によらず、日本に欠けていること では、日本でも薬や抗血清が手に入り、早期に治療を開始できれば、とりあえずは万全、といってよいのだろうか。実は、これらの治療法を実際に日本で運用するに際し、すべてに共通して言える、非常に重要なことがひとつある。 それは、日本では、エボラ患者と分かれば、強制的に隔離・入院させられるが、「退院はできない」という、衝撃の事実だ。エボラ患者が出た場合、現場では、他の病気と同様、まず診察と検査をし、治療方針を立てるために、患者の状態の評価をする。エボラの場合、患者状態を評価する際の基本となるのは、血液中のウイルス量。エボラは、発熱で始まる急性期(急に症状が出て悪くなって行っている時期)に、ウイルス量が増加。回復期に入ると突然、ウイルス量が減少に向かうことが知られている。入院時採血で得られたウイルス量をもとに治療方針を決め、治療を開始した場合、それが効いているのかを評価していくのもまたウイルス量による。医療現場では、血中のウイルス量が把握できて初めて、患者の状態や病気の進行ステージを理解し、有効性を評価しながら、治療を進めていくことができるのである。 エボラウイルスは感染法上の1種病原体、世界保健機関(WHO)基準ではリスクグループ4、つまり、地球上でもっとも危険性が高い部類に属する。1から4まである国際的バイオセキュリティ基準(=バイオセキュリティレベル、BSL)の最高段階、BSL-4(レベル4)の検査・実験施設でしか取り扱うことができない。レベル4の施設は日本にもある。しかし、日本ではBSL-4に相当するラボ(国立感染症研究所村山庁舎)が正式稼働していないのが現状だ(感染症法の表現としては、1種病原体等取扱施設として厚生労働大臣の指定を受けていない)。 厚労省によれば、「エボラ疑い」の段階の患者から採取された血液検体は、レベル3の施設でも取り扱うことができる。そのため、エボラかどうかの診断までは現状でも下すことができる。しかし、エボラと確定して以降は、エボラウイルスの含まれた血液などの検体を、レベル3で扱うことができなくなる。 エボラ患者が「回復した」と判断されるのは、状態が良くなり、かつ、血中からウイルスが検出されないことが確認されたとき。こうなれば、エボラを他人に感染させるリスクも、自らが再びエボラに感染するリスクもない。しかし、この判定にはレベル4として正式稼働している施設が必要だ。 エボラと確定すれば、隔離され、治療を受けることはできる。しかし、レベル4施設が正式稼働せず、エボラ治療の基本である血中のウイルス量測定すら出来ないこの国では、入院時の状態や治療の評価はおろか、「回復した」という判断を下すこともできないのだ。レベル4を正式稼働しないとは、医療者に手探りで医療を施せと言っているようなもの。患者が回復し、仮に退院できるとなっても、まだ感染源であるかのようなスティグマを押されてしまう事態も懸念される。新型インフルエンザとの比較 2009年の新型インフルエンザでは、WHOがパンデミックを宣言して世界を不安に巻き込んだが、当初予測されたよりも「致死性が低い」というウイルスの性質に助けられ、それほど大きな被害はなかった。実をいうと、過去にパンデミック(世界的流行)を起こしたインフルエンザウイルスはすべて致死性が低い型のもの。「スペイン風邪」(風邪と間違えられたが、実はインフルエンザ)と呼ばれた1918年のパンデミックでは世界中で多くの死者が出たことが知られるが、それは当時の医療水準が低かったためだ。 エボラ出血熱の致死性は高い。すでにアフリカを中心として、多くの死者を出している。しかし、思い出してほしい。エボラは飛沫で流行しやすいインフルエンザとは異なり、体液に直接触れることでしか感染しない「流行しづらい」病気である。見てのとおり、他人との距離が遠く、衛生状態のよい先進国では、医療者や渡航者の散発例は報告されても、一般人の間での流行は見られていない。 2009年の新型インフルエンザが「致死性が低い」というウイルス自身の性質に助けられてきたように、エボラもまた「流行しづらい」というウイルスの性質に助けられ収束していくのか。希望を持ちつつも、これを機にやるべき体制づくりを急ぎたい。(注)http://www.who.int/mediacentre/news/ebola/26-september-2014/en/

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    先進国はアウトブレイクを阻止できるか

    村中璃子(医師・ライター) 欧米諸国における、エボラ出血熱二次感染、三次感染の情報が錯綜している。先進国でエボラがアウトブレイク(流行)に至るのか、世界が固唾を飲んで見守っている。アフリカではコウモリ、アンテロープ、リス、ハリネズミ、サルなど様々な野生動物を食べる習慣がある。エボラ出血熱の起源はアフリカの密林に生息するコウモリにあると言われている。 アメリカは、国内での感染例として、エボラ患者のケアにあたっていた看護師2名の感染を相次いで発表。アメリカに続き、スペインとフランスでも、リベリア帰りの神父や慈善運動家が発症を疑われ、彼らの接触者も検査、観察の下にあるという。 悪いニュースは、先進国での感染者の報告が増えていること。良いニュースは、先進国で感染し、発症した患者の確定診断例が、未だに医療関係者に限定されていることだ(10月18日現在)。 米疾病対策センター(CDC)をはじめとした世界の保健当局は、エボラ出血熱は、感染はしているが症状の無い「潜伏期」の患者に感染力はないと主張している。また、感染は患者の体液が目、鼻、口、性器などに触れることが無ければ起きないため、一般人が患者と同じ店や飛行機に居合わせたり、町ですれ違ったりすることはリスクではないする。発症初期の、発熱しか症状のない段階での感染力はゼロではないが低いとの見方も強い。 アメリカで発症した最初のケースは、潜伏期に検疫を潜り抜けたリベリア人男性だった。最初に受診した外来では「ありふれたウイルス感染症」との診断を受けて自宅に帰され、発症後4日もの間、隔離されることがなかった。隔離されたのは、9月28日。10月18日現在、すでに潜伏期の上限である21日をほぼ経過しているので、今後、この患者からの二次感染が報告される可能性は低い。このことからも、エボラが持つ感染力は、インフルエンザなどのありふれた病気以下であることが窺える。 だからこそ、オバマ大統領はアフリカからアメリカへの飛行機はストップさせないことを改めて強調している。その結果、今日もアフリカからアメリカへの人の流入は続いている。西アフリカでのエボラ患者数は増加しており、新たな潜伏感染者が米国に入国し、同じ騒ぎが繰り返される可能性は高い。 エボラ出血熱は、1976年ころから知られている病気。医療水準の低さ、野生動物の食肉習慣や死者に抱きついて弔う風習といったアフリカ独特の状況を背景に、アフリカ大陸の中だけで時折、流行しては収束するローカルな病気であった。それが、今年の8月から感染者が急増。患者は大陸を越え、万全と思われていた先進国の医療体制の中で、静かに感染を広げ始めた。 米CNNの報道によると、アメリカ国内感染2例目の看護師は、エボラ感染が確認された前日(10月13日)に航空機に乗っていた。搭乗の際、微熱があるとの申告を受けたが、熱が規制値まで高くないとして搭乗を制止しなかった。その後、16日になってCDCは「10日の段階で発症していた可能性も否定できない」と情報を修正。看護師の接触者の調査対象を拡大している。感染症における体温の上昇は、体内でウイルスが増殖していることを意味する。エボラ患者の発熱として定義された「38.6度」に達する前に、患者は感染力を持たないのか。何度の発熱をスクリーニングの際の定義とするのか。症状は微熱だけで、感染リスクの高まる下痢・嘔吐などの症状はなかったのか。当局の発表すら錯綜しており、不安はつのる。エボラウイルスは「変異」している? 今回のアウトブレイクに限って拡大しているのはなぜか、という問いがある中、エボラの遺伝子変異に関する報告が一流の専門誌に上がり始めている。 たとえば、今年9月、『サイエンス』誌にハーバード大学のグループが発表した論文*(詳細は文末参照)によれば、現在、西アフリカで流行しているエボラ株は、2004年に中央アフリカでアウトブレイクを起こしたウイルス系統のもの。人や動物との間で感染を繰り返しながら、ギニアを経由してシエラレオネに到達する間に、多くの遺伝子変異を起こし、「人から人へうつりやすい性質」に変化を遂げている可能性があるという。ただし、巷間取り沙汰されている「エボラは空気感染する」という仮説に今のところ証拠はなく、エボラは接触感染のままだと見てよい。歴史的に見ても、接触感染が空気感染になるなど、感染様式そのものを変化させるほどの大きな遺伝子変異を遂げたウイルスは確認されていない。 日に日に騒ぎは大きくなっているが、現在の先進国における状況は、単に「エボラの散発例が確認された」というだけ。しかし、今後は、たったふたつの条件がそろうだけで、事態は「アウトブレイク」と呼ばれる状況に発展していく。 そのひとつは、医療者ではなく、一般人の間で二次感染が起きること。現在、エボラで想定されている感染様式や臨床経過では、感染初期に患者を隔離すれば、一般の人の間で次々と感染者が出る可能性は低い。それなのに、感染が起きたとなれば、感染様式や感染力に関する評価そのものがゆるぎ、対策そのものの正当性が問われることになる。 もうひとつは、ある国のある地域に限定された報告ではなく、全土で感染者が報告されるようになることである。テキサス州の中だけで感染者が出ている分にはまだよい。これがアメリカの他の地域の、特に一般人の間で感染者が報告されたとなれば、警戒すべき拠点が増え、管理はより難しくなるだろう。 ある感染症が限定した地域でアウトブレイクするのではなく、先進国を含めてグローバルに流行することを「パンデミック(世界的大流行)」と呼ぶ。歴史上、パンデミックを起こし、多くの死者を出したウイルスはインフルエンザだけ。2009年の新型インフルエンザのパンデミックでは、幸いなことに当初の予想よりも病原性が低く、広がるだけ広がったが、季節性インフルエンザ並みの被害で終わった。しかし、エボラは致死率が極めて高く、病原性の高いウイルスであることはすでに疑う余地がない。 ヒトからヒトへと移りやすい性質に変化を遂げているエボラウイルスは、パンデミックのポテンシャルを持つ。欧米各国は、検疫や病院での早期発見体制を確立し、医療従事者の安全を担保して、エボラの「早期封じ込め」に成功するのだろうか。新型インフルエンザが病原性の低さに助けられたように、接触感染という比較的うつりづらい感染様式に助けられて事態は収束するのか。 日本では、飛行機の往来の少ない西アフリカでのアウトブレイクを、同情の混じったのんびりした気持ちで見ていた。しかし、アメリカや欧州の各地で感染が広がり、アウトブレイクとなれば、日本への感染拡大のリスクも一気に増す。 先進国が自国内でのアウトブレイクの阻止に失敗すれば、それは一国とエボラとの戦いから、「人類」とエボラの戦いへと大きくフェーズを変えることを意味する。 今が正念場だ。*注:Stephen K. Gire et.al. Genomic surveillance elucidates Ebola virus origin and transmission during the 2014 outbreak, Science 12 September 2014: 1369-1372.Published online 28 August 2014

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    エボラ拡大 この危機にどう対応するか

    西アフリカにおけるエボラ出血熱の流行について、国連安全保障理事会は「国際の平和と安全」にかかわる危機ととらえ緊急会合を開きました。 新興感染症の流行が、保健分野のみでは対応できない政治、経済、安全保障課題であることを改めて示しています。

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    保健システム強化とエボラへの対応 エイズ対策の経験を生かす

     西アフリカのエボラ出血熱の流行は死者が3000人を超え、なお拡大を続けている。1976年にザイール(現コンゴ民主共和国)のヤンブクという小さな村で最初の流行が発生して以来、エボラウイルスの感染は散発的にアフリカで発生しているが、いずれも地方レベルの流行で抑えられてきた。ところが今回は感染が大都市圏にまで拡大し、エボラ流行史上最悪の事態となっており、世界保健機関(WHO)を中心とする国際社会の支援にもかかわらず、流行終息への見通しは未だ立っていない。 現状はすでに一つの疾病の流行にとどまるものではなく、ギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国では、保健基盤を含めた社会機能の崩壊や治安状況の悪化を招き、国内だけでなく地域全体が不安定化しかねない危機的な状況に陥っている。ニューヨークの国連本部では9月18日、安全保障理事会が緊急会合を開き、各国に対応を呼びかける決議を採択した。一方で、エボラウイルスの感染経路は基本的に、感染した人との直接の接触による血液などの体液を介した限定的なものであることから、渡航制限など措置をとることは流行国を孤立させるだけで正当化できないことも明確にしている。 こうした呼びかけに応じるかたちで国連総会では各国からの支援表明が相次ぎ、わが国も9月25日(日本時間26日)、安倍晋三首相が一般演説でエボラ対策に4000万ドル(43億円)の追加支援を表明した。これまでの拠出と合わせると、今回の流行に対するわが国の支援は計4500万ドル(約48億円)に達している。 感染症の流行という公衆衛生上の問題を「国際の平和と安全」に対する危機と位置づけ、安保理が決議を採択するのは、2000年と2011年に続いて3例目となる。前の2回はHIV/エイズに関する決議だった。 安保理では15の理事国が国名のアルファベット順に1カ月交代で議長国を務める。2000年1月は米国の順番で、1月10日にはまる1日かけてアフリカのエイズの流行をテーマに集中討議を行った。このときは当時のアル・ゴア米副大統領が議長を務めている。 ゴア議長は演説の中で、この会合を「歴史的セッション」と評し、「安全保障は新たな幅広いプリズムを通して見る必要がある」と述べた。冷戦後10年を経て、安全保障は国家間の紛争や戦争の抑止だけにとどまるものではなく、保健医療、開発、貧困、政治的腐敗、環境、麻薬、テロ対策などさまざまな課題を視野に入れる必要があることが広く認識されるようになっていたからだ。日本が力を入れて取り組んでいた「人間の安全保障」にも通じる考え方である。 それら諸課題の中でもこの時点で、とりわけ重視されていたのが世界規模で広がるHIV/エイズの流行だった。安保理の集中討議を出発点として、同じ2000年の7月には九州沖縄サミットの議長国・日本が、途上国の感染症対策に対する新たな追加的資金の確保を各国首脳に呼びかけ、翌2001年6月の国連エイズ特別総会を経て02年1月に世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)が創設されている。 さらにその翌年の03年1月には当時のブッシュ米大統領が一般教書演説で、PEPFAR(大統領エイズ救済緊急計画)創設を発表している。21世紀の最初の10年間にアフリカをはじめとする途上国でエイズ治療の普及が進み、それが予防対策にも大きな成果をもたらしてきた。こうした変化は、抗レトロウイルス治療(ART)の進歩とともに、上記のような政治の意思と資金によるところが大きい。 そのグローバルファンドが今年9月8日、公式サイトに掲載したニュースフラッシュで西アフリカのエボラ流行に関する対応を明らかにしている。日本国内で支援活動を続けるグローバルファンド日本委員会のウエブサイトにも、このうち「エボラ出血熱への対応」「システム強化の必要性」の2本のレポートが日本語仮訳で掲載されているのでご覧いただきたい。 http://www.jcie.or.jp/fgfj/06/2014/20140908.html 今回のエボラの流行は、もともと保健システムの基盤が脆弱だった西アフリカ諸国で発生し、その基盤の弱さのために、本来なら防げるはずの医療の現場でも感染が広がっていった。また、そのことが逆に各国の保健システムの一層の脆弱化を促し、混乱に拍車をかける結果を招くことにもなった。流行国では医療従事者の人材不足が深刻化して、エボラだけでなく、初期症状が似ているマラリアや継続的な対応が必要なHIV/エイズ、結核など他の疾病の治療さえ困難な状態に陥っている。 グローバルファンドはエイズ、結核、マラリアという世界三大感染症の流行に対応することを目的に設立された基金だが、保健システムがうまく機能しなければ、個別の感染症の治療や予防も困難になる。逆にエイズ、結核、マラリアという個別の疾病への対応を疎かにして流行の拡大を止めようとしなければ、保健システムは強化されるどころか、ますます機能しなくなってしまうだろう。 国際保健分野では、途上国において保健システムの強化に力を注ぐべきか、個別疾病対策を優先させるべきかという議論が10年ほど前から続いてきた。横に広く保健システムを整備する「水平」アプローチか、疾病ごとに縦に対策の充実をはかる「垂直」アプローチかということで、水平垂直論争などと呼ばれることもあった。しかし、激しい議論と実際の現場における経験を通して明らかになったのは、結局のところ二者択一の問題ではなく、どちらも重要だということだった。 西アフリカにおけるエボラの流行に対し、グローバルファンドは、疾病間の保健情報の共有化を進め、エイズやマラリアのプログラムの従事者をエボラ対策に応援派遣するなど、危機への対応を可能にするため、個別疾病の枠を超えて柔軟に人材や資金を活用していく方針を打ち出している。 医療基盤強化への投資が個別疾病対策の有効性を高めること、あるいは医療基盤の限界が個別疾病対策の効果を制限する結果になることは、グローバルファンドがすでに何度も経験しているところであり、最近はエイズ、結核、マラリア対策を推進する際にも、そのプログラムに必ず保健システム強化(HSS)の要素を含めるようになっている。その意味ではむしろ新たな方針というよりも、これまでの教訓を生かし、エボラ危機に際してその方針を再確認したといった方がいいかもしれない。 日本は九州沖縄サミットにおける感染症分野への貢献から、グローバルファンドのコンセプトの生みの親として高い評価を受けてきた。このことは国際保健分野の専門家の間ではかなり有名なのだが、一般にはあまり知られていないのではないか。苦しい停滞期をくぐり抜けてきた21世紀の日本にとって、こうした評価は貴重な外交資産であり、それを生かしていくことは日本の国益にも十分にかなう。今回のエボラ危機は積極的平和主義を掲げる安倍外交にとって、まさに存在感を発揮する重要局面でもある。感染症対策をめぐる国際社会の動きには引き続き高い関心を示していく必要がありそうだ。※この記事は、特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議のブログマガジン TOP HAT News第73号(2014年9月)に投稿したものをベースに大幅に加筆しました。(宮田一雄)http://asajp.at.webry.info/201409/article_1.html

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    エボラ「封じ込めは仲間への裏切り」ケニア紙

     西アフリカでエボラ出血熱による死者が爆発的に増えている問題で、米主要紙は、米国をはじめ諸外国が感染拡大の阻止に向け素早く対応すべきだと主張した。一方、アフリカの地域大国ケニアの新聞は、感染地域の「封じ込め」は飢餓などの悲惨な結果をもたらしかねないと警告。感染国の一つであるナイジェリアでは、感染予防の一環として閉鎖されている国内の学校を性急に再開すべきでないと提言している。                  ◇ □スタンダード(ケニア)封じ込めは仲間への裏切り 東アフリカの要衝に位置し、地域経済を先導するケニアでは、エボラ出血熱の感染地域に対して「封じ込め」ではなく、アフリカ諸国による結束した援助や対応を求める声が上がっている。 ケニア英字紙スタンダード(電子版)は12日の社説で、リベリアやシエラレオネ、ギニアといった西アフリカの感染国への渡航制限や国境閉鎖が広がっていることに警鐘を鳴らし、「エボラに苦しむ国を罰することのない感染予防の仕組みを整備しなければならない」と訴えた。 社説は「アフリカ諸国は感染拡大を食い止めるために、財政や技術、人的資源の面で、感染地域に貢献しなければならない」と主張。54カ国が加盟するアフリカ連合が「感染地域の国々を完全に孤立させてしまうと、飢餓や秩序の破壊をもたらす」と警告していることにふれ、「極端で正当性を欠く手段が招く結果は、回復までに数十年という時間と巨大な資源を必要とするだろう」と指摘し、「それは最も援助を必要としている仲間への裏切りだ」と断言する。 また、「アフリカと世界は、モノや人間の自由な移動を認めるべきだ」として感染地域の「封じ込め」を批判する一方、各国の出入国地点における厳重な検査の必要性を確認しつつも、それは「人道的な検査」であるべきだとし、「旅行者を不必要に疑うのは諸国間の関係を傷つけ、科学的根拠のない恐怖が拡散するのを助長するだけだ」と強調している。 さらに、ケニア国内では、自国民の保護を徹底すべきだとの意見も出ている。 ケニア英字紙デイリー・ネーション(電子版)は13日の社説で、ケニア政府が感染地域からの航空便を停止していることなどについて、「適切な対応をしている」と評価。一方で、リベリアから帰国できずに取り残されている一部のケニア人について、政府に対し帰国のためにチャーター便運航などの対応を取るよう「熟慮」を求めている。(西見由章)                  ◇15日、リベリアの首都モンロビアでエボラ出血熱に感染したとみられる女性を保護する保健作業員(ロイター) □ガーディアン(ナイジェリア)学校再開は感染危険招く 今年7月にリベリアから空路で入国した米国籍の男性医師がエボラ出血熱を発症、死亡し、その後も感染者が確認されている西アフリカのナイジェリアでは、感染拡大防止のために取られている学校の閉鎖措置の解除時期をめぐる議論が国民の強い関心を呼んでいる。 同国の英字紙ガーディアン(電子版)は17日付の社説で、政府が当初は10月13日としていた国内の学校再開を9月22日に前倒しすると発表したことを、医学団体や教職員組合関係者らの発言を紹介しながら批判した。同紙は「ナイジェリアの大部分の学校には、清潔なトイレや水道施設などの基本的な設備すらないことは周知の事実だ」と指摘、拙速な学校再開によって抵抗力の低い子供たちを感染のリスクにさらす可能性があると警告している。 また、ナイジェリアが今のところ、ギニアやリベリア、シエラレオネのように周辺国から国境を封鎖されるなどの厳しい措置を取られていないのは、「(発症者が確認されてからの)ナイジェリア政府や専門機関の指導や助言」が奏功し、感染拡大を食い止められているからだと強調。そんな中で学校再開を急いでは、国内外に「(エボラへの)警戒を維持しているとの姿勢を示すことはできない」と再考を促した。 ナイジェリア政府に対しては、さらに手厳しい批判もある。 同国の英字紙パンチ(電子版)のコラムニスト、ジデ・オジョ氏は10日付で、政府が学校再開を決めたのは、「閉鎖期間が延びる分だけ経営が圧迫される私立校の経営者らが政府に圧力をかけたためだと言い募る向きもある」と、今回の“政治判断”に疑義を投げかけた。 一方、同氏は、ナイジェリアを拠点とするイスラム教過激派組織ボコ・ハラムのテロ活動によって発生している国内避難民の間でエボラが流行する事態を懸念。避難民らが暮らすキャンプでの感染症対策の必要性などを訴えた。(カイロ 大内清) □ワシントン・ポスト(米国)拡大阻止へ積極対応を 米紙ワシントン・ポストは17日付の社説で、西アフリカで感染が拡大しているエボラ出血熱について、これまでの米国の対応が不十分だったと指摘した。オバマ大統領は16日、西アフリカに3千人の米兵を派遣するなどの対応策を発表したが、対応が後手に回った結果として感染拡大を許したとして、より積極的な対応を求めている。 社説は、オバマ氏の対応策が感染拡大を防ぐために十分かどうかは分からないとしつつ、「米国は少なくとも『欠くべからざる国』にふさわしい行動を取り始めた」と一定の評価を与えた。また、リベリアなど西アフリカではすでに2461人の死者が出ているうえ、ワクチンや治療態勢が整わない中で数万人が感染死の危機にさらされているとして、感染者を隔離して事態の悪化を防ぐことの重要性を強調した。 そのうえで、米国など約30カ国が2月の段階で感染症拡大防止のための取り組みを示しながらも、実際にはエボラ出血熱の拡大を食い止められなかったことを指摘。さらに3月に国境なき医師団がエボラ出血熱の危険性を警告したにもかかわらず、オバマ政権は対策を加速させなかったとし、「米国の最初の数カ月の対応は、十分とは言い難いものだった」と批判した。 また、安全保障上の危機は悪意をもった国々やグループだけでなく、感染症からももたらされることに注意を喚起。過去に感染が拡大した新型肺炎(SARS)や豚インフルエンザ、中東呼吸器症候群(MERS)などの経験を踏まえ、エボラ出血熱に対してもこれまで以上に真剣で迅速な対応がとられるべきだとした。 一方、米紙ニューヨーク・タイムズは17日付の社説でエボラ出血熱への対応について、「問題は米国などからの医療支援に十分な速さがあるかだ」と指摘。西アフリカに医療チームを派遣するなどしている中国については「世界第2位の経済大国として、もっとできることがある」と促した。(ワシントン 小雲規生)

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    感染症予防を 現場目線で究める

    嶋田雅曉(寄生虫学・疫学研究者)高井ジロル (編集ライター) 熱帯医学をご存知だろうか?もともとは入植者を熱帯特有の感染症から守る目的で誕生した研究分野である。長崎大学の嶋田雅曉教授は、アフリカのケニアに長期間滞在し人々の生活様式から感染症予防のヒントを探り出そうとしている。聞き手:高井ジロル(以下大文字) 少々レトロな雰囲気も感じる言葉ですが、「熱帯医学」とはどういう医学なんでしょう。嶋田雅曉(以下、「——」) 植民地時代、西欧諸国が熱帯に入って、それまで出会ったことのない熱帯地に特有な病気に直面し、これはまずいということで始まった医学です。熱帯地に赴く自分らの仲間をいかに保護するか、という需要から生まれたものですね。「病気とはそもそも何か」について解説する嶋田教授。ちなみに、熱帯は他の地域より病気が発展しやすい場所なんですか。 ——地球に届く太陽エネルギーの多くは赤道周辺に注いでいます。そして、エネルギーが多いところほど生物種は多い。人類が命名した種の数は170万くらいですが、その約80%は熱帯地にいます。人間に悪さをする生物(病原体)も、当然その比率に応じて存在するわけ。 ただ、そういう生物というのは全体の0.1%くらいしかいないはずです。いいことをしてくれる生物のほうがほとんどなんですよ。 昔は呪いや「ミアズマ」(瘴気)が起こすと言われていました。病原体というものがあってそれが病気を起こす、と言われ始めたのが、たまたま植民地時代。19世紀終わりに熱帯医学校や熱帯医学会がイギリスやオランダなどで続々と生まれ、熱帯医学は20世紀初頭に花開きます。嶋田教授が調査を行ってきた村人たちの日常生活(左)。ケニアの田舎町にある市場には様々な商品が並んでいる(右)。 ところが、第二次大戦前に植民地主義が批判と反省の時期を迎えると、熱帯医学は転機を迎える。自分たちは収奪するだけじゃなくて現地のためになることもしている、というアピールに使われるようになりました。その後、1960年代にアフリカの植民地が独立する時代が到来し、熱帯医学の熱はがくっと冷めました。ヨーロッパ本国に研究者たちがひきあげてしまった。 言葉の見直しもありました。過去の垢がついた「熱帯医学」(tropical medicine)ではなく、「国際保健」(international health)という新しい言葉が生まれ、最近では「グローバル・ヘルス」(global health)といったりもする。熱帯の病気に関する医学も人類全体のためにやるものだという流れがいまはあります。先生が所属する熱帯医学研究所の成り立ちについて教えてください。 ——日本は、西欧諸国にだいぶ遅れてアジアの植民地獲得に乗り出しました。西欧と同じように、植民地獲得に出ていく仲間たちを現地の病気から守るための研究所を作ることになり、対東南アジアの研究所が台湾に、対中国の研究所は1942年に長崎に作られます。それが、熱帯医学研究所の前身である東亜風土病研究所。なぜ長崎かというと、当時の中国へのメインルートは長崎→上海だったからです。 終戦後は、植民地時代の遺物のイメージが強い熱帯病研究はふさわしくないと見なされ、国内の風土病に研究が移りました。名称も風土病研究所に改められた。それで、フィラリア症のような日本の風土病はほとんどなくなります。 さらに時代を経ると、植民地時代のイメージが薄れて世界へ再び研究者の目がいくようになり、1967年に、長崎大学熱帯医学研究所に改称されました。当時、OTCA(現JICA)は戦後賠償をテーマに活動していました。経済の分野以外でも海外援助をしたいOTCAと、熱帯医学の現場に出たい熱帯医学研究所。思惑が合致して、両者の連携が始まります。 当時研究所内では、東南アジアに行くかアフリカに行くかで意見は二分されましたが、結局両方に研究者が行くことになりました。長崎大学熱帯医学研究所の前に掲げられている総合目標。日本の熱帯医学が世界に出て行った黎明期ですね。でもいまでは熱帯医学は少々マイナーな存在だと聞きました。 ——植民地時代が終わると、熱帯地に赴く仲間を守るという当初の需要は減り、同時にアカデミックな世界では、病気が病原体で起こるという感染症の概念は確立されていました。感染症は抗生物質などの薬で治療ができるし、ワクチンで予防もできる、というわけ。すると、感染症はもう放っておいても大丈夫という空気になります。原因がわかったんだから、あとは地道に作業を重ねれば感染症撲滅はもう時間の問題というわけです。  そして1960年代、熱帯医学にとって重要な出来事が起こります。アメリカのサージョン・ジェネラル(公衆衛生局長官)が、「いまや感染症の教科書の扉を閉じるときがきた」と有名な証言をしたんです。感染症に対する興味は、これで世界の医学者から失われました。感染症研究がメインとなる熱帯医学への興味は当然のように失われ、研究費も出てこなくなった。一言でいえば、マイナーな存在になった。世界の医学の主たる興味は、感染症から癌や免疫などへと移ってしまったんです。  私が長崎大学医学部を卒業したのは、そんな時代でした。熱帯医学研究所に入るといったら、周りの仲間から「おまえ、バカか」と言われたのを覚えています。もうそんな分野はなくなるから行ってもしょうがない、ということです。そもそも医学部に進んだのはどうしてですか? やっぱり勉強ができたから? ——いえ。勉強のセンスはなかったですね。私らの時代は、いまと違って、勉強できない奴が医学部に入っていたんですよ。いまは勉強できる奴ばかりが医者になりますが、医者は馬鹿でいいんです、人間がよければ。頭が賢くても、医者は人間がよくなければだめだと思います。 いま思い出せば、小さい頃、かかりつけの病院がありまして。小学校高学年くらいでその病院に行ったとき、待合室に使用済みの切手を募る箱があるのに気づきました。本棚には岩村昇という方の本もありました。ネパールで結核の予防や治療に取り組んでいた先生です。病院の先生に聞いたら、岩村先生は自分の仲間だと教えてくれました。岩村先生をサポートしたくて切手の箱を置いているのだと。古切手は集めてお金にしてBCGのワクチンを買うためのものだったんです。 いまでこそそうした活動をよく見かけますが、当時はほとんどなかった。だから、非常に強く印象に残っています。これは、自分が医学に進むきっかけにはなったかもしれません。いま思えばですが。 あとは、アフリカに行きたかったんですね。その頃、山ブームが確かあって。ちゃんと覚えていませんが、キリマンジャロに憧れていたんじゃないかな。高校時代のある日、学校をサボってアフリカが舞台の映画を観に行きました。題名は「ブワナ・トシの歌」。「ブワナ」はスワヒリ語で「ミスター」という意味ですから、「ミスター・トシの歌」ですね。主演は渥美清。売り出し中の時代でしょうね。渥美清はまだ「寅さん」じゃなくて「トシさん」だった、と。 ——当時、京都大学の今西錦司グループが類人猿の研究でアフリカに行っていました。この研究で現地に観測小屋をたてるという使命で同行したのがブワナ・トシと呼ばれた日本人で、この人を主人公にした映画でした。現地で観測小屋を立てるまでを描いた映画です。 これを観に行って、アフリカっていいなーと思ったんでしょうね。平日昼だからか、ヒットしなかった映画だからかはわかりませんが、そのとき客があまり入ってなかったのは覚えています。 私が大学に入ったのは1966年。どこの大学に行くか考えていたときに、「蛍雪時代」が出した大学案内を見たら、長崎大学に熱帯医学研究所というものができると書いてあった。それを見て、ここに行けば自分もひょっとしたらアフリカに行けるかもしれない、と思いました。 今では想像できないでしょうが、当時はアフリカに行くなんて月に行くくらい難しいイメージがあったんです。高校の頃は、一生のうちで一度でも飛行機にのれたらものすごく幸せだろうと思っていました。 それで長崎大学に進学しましたが、学校に入った後はアフリカのことなんかすっかり忘れてしまって、当時流行った運動ばかりやって、結局8年間いましたね。運動といっても当時はスポーツじゃなくて学生運動なんですね。 ——そのうち、卒業が近づいてきて、将来を決めないといけない時期になります。子供の頃にかかりつけだった病院の先生のイメージもあって、私は普通のお医者さんになりたかったんですけどね。医者になるには医学部を出て大学の医局に入るのが常道ですが、臨床の医局には入れてもらえそうもなかったんです。 それで、結局、熱帯医学研究所の寄生虫学部門にいた片峰大助教授に拾ってもらうことになりました。私から見れば、熱研にいればもしかしたら憧れのアフリカに行けるかもしれないという期待があった。先生から見れば、感染症なんていう斜陽の分野にきてくれる貴重な人材だったでしょう。両者の思惑がぴたっとはまったわけです。 でも、アフリカに行く可能性はゼロだと思っていました。当時、熱研の先生たちがアフリカから帰ってくるとよく言われましたよ、「なんとかケニアまでたどりついてくれれば後は面倒みるから」と。大卒の初任給がたぶん10万円に届いてない頃。ケニアまでの旅費は往復で70万〜90万したんじゃないかな。計算すると、1年休学して飲まず食わずアルバイトをすればそれくらいたまるとわかりました。だから、ほとんどあきらめていたんです。 でも院生2年のとき、ある日突然、教授から「行くか?」と言われた。どこなのかもわからなかったけど、すかさず「行きます」と手をあげました。それが1975年のことです。 初めて行ったアフリカは、なぜか懐かしい感じがしました。ものすごく不思議で、説明のしようがないんですが、あえて具体的にいえば、においかな。私は広島育ちですが、ひょっとしたら広島の焦土の砂埃と近い感じがしたのかもしれません。しかも、そこは憧れのキリマンジャロのふもとだったし。電子顕微鏡でみた住血吸虫。最初からしっくりきたアフリカ。行ったのはマラリアの研究のためですか。 ——いえ、住血吸虫症の研究です。これはいまでも私のメインのサブジェクト。 住血吸虫は人が川や湖の水に浸かるだけで感染します。体長約1㌢で太さ1㍉くらい。成虫ではオスの体にメスが挟まった状態で仲良く生きています。これが人間の血管に住む。種類によって好む場所は決まっていて、たとえばマンソン住血吸虫は腸間膜静脈、ビルハルツ住血吸虫は膀胱の静脈が居場所です。 住血吸虫症はどういう病気かというと、血管の中に産み落とされた卵が、血管を詰まらせてしまうものです。たとえばマンソン住血吸虫症の場合は、肝臓にひっかかって塞栓になる。肝硬変で死んだり、食道静脈瘤になって死んだりする。 吸虫は毎日卵を100個ほど生みます。卵の大きさは150ミクロン。子孫を残すために、吸虫の卵は人の体の外に出ないといけません。川に生息する住血吸虫の中間宿主貝。あれ?人間の血管の中でふ化して増えていってもいいのでは? ——寄生生物にとって重要なのは、宿主を乗り移ることです。なぜなら、宿主が死んだら自分も死んでしまうから。感染症のポイントはここです。もしも吸虫が宿主の中で100匹、10000匹と増えたら、宿主はすぐに死んでしまう。それは吸虫にとってよくない。だから、卵のまま外に出すわけ。吸虫の場合は宿主を殺さないで他の宿主に移るのが宿命です。 卵が体内から外に出られるのは、卵が血管内にひっかかって血流が閉ざされて潰瘍ができ、粘膜が腸の中や膀胱の中にはがれておちたときだけ。排泄物、ウンコやオシッコの中に卵が出てくる。体外に出ても、地面に出たものはすぐに死にます。ですが、それが淡水に入るとそこでふ化します。 住血吸虫の幼虫は、川や湖にいる巻貝に入ります。1匹の幼虫は、貝の中で分裂して数千〜数万に増える。増えた幼虫は1カ月くらいすると貝から水中に出てきて、これが今度は人に入ります。水中で皮膚を溶かして入って血管に入り、好きな箇所までたどりついたらそこに住み着いて約1カ月で成虫に成長し、そこで卵を生む。これが住血吸虫のライフサイクルです。貝に入った状態で人間に食べさせたほうが効率よさそうですけどね。 ——それは考え方しだいで。口から食べないといけないというのは、けっこう簡単なことじゃない。胃液で溶けてしまうかもしれないし。言えるのは、この虫はこういう生き方を選んだということ。そういう仕組みの病気が住血吸虫症です。   感染症を予防するには、いくつかのアプローチがあります。薬とワクチンが大きなトレンドですが、私が取り組んだのはこれとは違うアプローチでした。 水に入って感染するなら、ケニアの人はみんな感染するのかなと思って現地で調べてみたんです。そうすると、年齢と感染率の関連が見えた。子供のときはほぼ100%感染して、大人になると感染率が減っていました。もう一つのポイントは男女差があったこと。現地住民が川に入る機会はとても多い。 調査を進めるうちに気づいたのは、この差はもしかして川の水に入るかどうかじゃないか、ということでした。見ていたら、川によく浸かるのは、子供と女性だったんです。子供は水遊び。女性は水汲みと洗濯。男は村でぼーっとしているだけで、あまり川に入らないんですね。働き者が感染して、怠慢な人が感染しないなんて不公平ですね。 ——この調査を経て、免疫とかなんとかの生物学的な解釈をするよりも、社会的な背景をもった行動学的な解釈をしたほうがいいんじゃないかと思ったんです。感染症の研究者は主に生物学的なアプローチをとりたがるもので、個体差はあまり考えません。どうしてこの人は感染したのにあの人は感染しなかったんだろう、とはなかなか思わない。 でも実際は、行動によって感染の有無が決まっていた。感染症がうつらない方法として、ワクチンを接種して予防するやり方もある。だけど、行動を制御するやり方もあるはずだと気づいたわけです。私は人の行動さえ変えればこの住血吸虫症は十分に防げるという結論に到りました。高いお金をかけてワクチンを開発して生産して配布しなくても、行動さえ制御すれば十分に防げるんだと。 ただ反省点はいっぱいありました。簡単に言えば、明らかにできたのはあくまで相関関係だけで、原因と結果までには行き着けなかった。だから、あまりいい雑誌にはアクセプトされませんでしたね。この後、産業医大の教授に転身したので、私の研究はひとまず終わりとなりました。住血吸虫症の予防には、水道を整備すれば万事解決ということですよね。 ——ところが、そうはいきませんでした。人口約1500人の村の五カ所に共同水栓を作って使ってもらったんです。まず全員を薬で治療した後、どの家がどのくらい使ったかを記録した。やっぱり、水道を使った人は感染率が低く、水道を使わない人は感染率が高かった。だけど、水道から600㍍以上離れた人たちにはほとんど効果がなかった。水道まで水をとりにくるのが面倒なんです。川のほうが近い人はどうしても川で水を汲んでしまう。そして水道はすぐ壊れる。壊れると修理する金がないので修理しない。そういう結果になりました。 水道を使ってくださいと言って全員が使うなんて甘いもんじゃない。実は、彼らにとっては、住血吸虫症は大した問題じゃないんです。住血吸虫は宿主を殺さないようにしないといけないので、住血吸虫症では別に人がすぐ死ぬわけじゃない。だから住民は別に重大な病気だとは思ってない。肝硬変になるといっても、それまでには長いスパンがありますし。 ビルハルツ住血吸虫の主要な症状は血尿です。しかも、その血尿は、思春期になるとみな経験するものです。現地では、血尿が出ることが大人になったしるしだと思われていました。女性の初潮みたいな感覚です。こういう話があります。住血吸虫症がないところからきた男が、村の娘と結婚したいと娘の父親に願い出ました。すると親父は男に質問しました。「おまえは血尿が出たか?」。いいえと答えると、「そんなことでは娘はやれない」と言われたそうです。その男はまだ成熟していないと見なされたわけです。現地住民に住血吸虫の感染予防を訴える嶋田教授。そんなところに乗り込んで「これは病気だ」と教えるというのは、もしかして大きなお世話なのかもしれません。 ——でも、これは言っておかないといけないんですが、住血吸虫症にかかれば、他の病気にかかりやすくなるし、寿命は確実に短くなるんです。学校の成績も落ちてしまう。いい病気じゃないのは確かです。だけど、本人たちにとってみれば、いままで何の問題でもなかったのになんでわざわざそんなことを言い出すんだという感じだったでしょうね。もしかしてケニアの人からは疎んじられていた? ——それは恥ずかしながらわかりませんが、だまされていたことはあります。調査のためには住民の個人情報をみんな登録しないといけない。でも、小学生の名前がどうもうまく一致しなかったんです。いまそのときの小学生をスタッフとして使っているんですが、最近になって教えられた。「あれー、言わなかったですかね、あれはみんな嘘ついてたんですよ」と言われました。変な奴らが村にきていろいろやってる、本名なんか教えたら何されるかわからない、と思っていたそうです。 そんなことも含めて、現場にいってみないとわからないものがあると言いたい。私の場合は、人の行動の重要性がそれでした。それで事が解決できるかどうかは別にして、事の重要性は現場で見えてくる。行かないと見えてこない。熱帯医学研究所にはそういう発想が昔からあったんです。それをぼくは引き継いだだけ。だから、熱帯地に恒久的な研究拠点を作るのが、我々の何十年来の夢だったんです。 5年前にできたのがその夢の施設だった。ケニアの現地の人には「今回は長くいるんだよね」と聞かれました。それまでは長くても2年でした。イギリスの研究者は12年もいるよ、15年もいるよ、それくらいいればなんかわかるんじゃない、と言われました。ショックでした。住むことと訪問は全然違う。住んだとしても外国人にはわからないことはたくさんあるでしょう。でも長くいれば少しはわかってくるはずなんです。 私はたまたま基地ができたときに拠点長にさせてもらって、もう5年たった。大学が外国に拠点を作るのは事務の面でも試行錯誤の連続でした。大学が外国に固定資産をもってはいけない、と言われて、しょうがないからコンテナで部屋を作りました。これは不動産じゃなくて動産です、と言い張りましたね。現地住民に住血吸虫の感染予防を訴える嶋田教授。 いまは、5年間のプロジェクトが終わって、6年間の新しいプロジェクトが始まったところ。私は拠点長の役目から降りて、一研究員として再び住血吸虫症に取り組みたいと思っています。 顧みると、私の師匠はまったくの放置タイプで、若い頃は好きなように研究させてもらいました。だから、もし自分が年を取ったら、若いやつに好きなようにやらせようと思いながら今まできました。だけど、もうそろそろ、また好きなように研究してもいい頃じゃないか、と思うようになりました。若いときにやって不完全だったという行動学的アプローチをもっと完全にやるつもりですか? ——実は、そこはいま迷っているところです。ここ25年くらいで、住血吸虫症のいい治療薬ができてきたんですね。WHOがその薬を使って治療していこうという呼びかけをして、世界的に実行が進められています。だけど、それがうまくいくとは限らないし、うまくいったとしても根本の解決にはならない。 予防のアプローチを考えてみると、住血吸虫のライフサイクルのどこかを断ち切ればいいわけ。方法としては、薬で人間を治療して卵を出てこなくさせる、中間宿主となる特定の貝を全部殺す、皮膚に塗って虫が入らなくなる忌避剤を作る、ワクチンを作って人に接種する。それから、安全な水道を供給して川の水を使わないようにする、便所を整備して便や尿が川に流れないようにする、健康教育をしっかりやる。この7つが考えられます。 この中で、人間の意思や行動に関係なく実現できるのは、実は2番目の、特定の貝を全滅させるという方法だけですね。ということは、実はこれが一番有効なアプローチなのかもしれない。貝を全滅させることをテーマにしようかとも思い始めています。しかし、貝を全滅させたりしたら、生態系が壊れてしまうのでは?熱帯医学研究所内にある熱帯医学ミュージアムは、熱帯病に関する「博物館・資料館」としての機能を備えており、様々なウィルス、細菌、寄生虫などの標本などが展示されている。 ——よく言われますよ。この前は、塩をまいて川を淡水じゃなくすればすぐに効果が出ると言って、怒られました。住血吸虫の宿主になる貝は食用ではないので、いなくなっても困りませんが、生態系の点はやっぱり問題視されるでしょうね。 でも、その点で思うところがあります。いま、エコロジーとか生物多様性とかいって絶滅危惧種を保護しようと言いますけど、不思議なことに、病原体を絶滅から守ろうとは誰も言わないんですよ。ケニアで象の保護を考える会合なんかに出席して、「どうして病原体は保護しないんですか」と発言するんですが、まったく無視されます。病原体は確かに人に悪さをしますが、地球全体の生態系をトータルで見たら、それが与える影響は神様以外、誰にもわからない。実は病原体も保護しないといけないのかもしれない。確かに、ある病原体が絶滅したら、それがめぐりめぐって人類に悪影響を及ぼさない、とは言い切れませんね。 ——たとえば、ケニアのある村では、実は象が一番の問題動物です。象は農作物を根こそぎ食べてしまうし、一度通ると畑も家も踏みつぶす害獣です。ひょっとしたら、住血吸虫なんかより直接害を与える動物です。と現地で言ってもなかなか伝わらない。とにかく、象は人間に害を与えても許されちゃうのに、病原体は許されないという現実があります。うーん、でもやっぱり病原体より象のほうが親しみあります…。ちなみに、いまはどの感染症が一番の問題なんですか? ——グローバル・ヘルスの意味ではエイズ、マラリア、結核。この3つにはお金もたくさん出ている。研究にも対策にも。結局、先進国が興味をもっている病気が熱帯地でも問題というわけです。マラリアは地球温暖化が進めばもしかしたら先進国のほうに広がってくるかもしれない、と思われているから先進国の関心が高くなる。エイズだって、できれば途上国にとどめておきたいと思っている。つまり、大昔の熱帯医学の取り組みとあまり変わっていないんです。 私が研究しているような病気をNTDsといいます。neglected tropical diseasesの略で、「無視された熱帯の病気」という意味ですね。もう私はほとんど人生が終わりに近づいていますので、残りの人生でなんとかNTDsを研究する若者を増やしたいと思っています。 自分が院に入った頃は感染症に興味を持つ人がいなくなった時代でした。いまは、生命現象としての感染症の研究者は多いけど、現地で起こっていることを調べる若者はあまりいない時代です。つまり、そういう道を選ぶと研究者として生きていけなくなっているのが実情。 でも、現場に入ることの意味は絶対にある。一つは、抽象的なところから入らず、具象から入ること。抽象から入ると、問題がすっきり整理されていて、その中での実験作業になる。それは枝葉がそぎとられたところで立つ柱。それとは違うことが現場ではできるはず。理屈でいえば、住血吸虫はこうやればいいというのはもう見えています。だけど、現場ではそうじゃない。実際にはなかなか制御できない。だからこそおもしろいはずなんです。 もう一つは、現場で何か仕事するときは、いろんな方法論を総動員しないといけないこと。一方で顕微鏡を覗き、一方で数学的な計算をし、一方で人類学的な勉強をし、数理的なモデルを作り……。博学的なアプローチが現場では有効です。自分にはこの武器があるからこの武器だけで現場に入るというのはちょっと無理があります。人とつきあわないといけないし。 たとえば、現地の住民の血を欲しがる研究者は多い。だけど、現場にいると、その血を採ったのがどういう人でどういう考えをしている人なのかが知りたくなる。血をみたい研究者は血液の中にある抗体とか物質とかビタミンとかが感染症についての何かを語ると思っている。だけど、生きている人間が何を考えているかどう生活をしているかもまた、感染症について何かを雄弁に語るはずなんです。 これからは、一研究員として住血吸虫症の研究をやりながら、NTDsにつく若いひとを増やしたい。フィールド=現場でやる仕事はおもしろいよ、と伝えたい。ケニア拠点は、日本人と現地スタッフが協力して運営している。(2009年2月24日撮影)「踊る大捜査線」に「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ」という名台詞があります。先生は医学界の青島刑事ですね。 ——現場でみるというのは、実はとても難しいこと。知識だけでなく、教養というものがないと、いろいろなものを見逃してしまいます。たとえば私は若い頃、血尿を一つの方向からしか見ていなかったせいで大事なことを見逃してしまったことがあります。でも、私の知らない見方をして、血尿について重要で新しい発見をした人がちゃんといました。その意味で、私はずっと失敗ばかりでなにも成功していない。私にはそういう失敗まで伝える役目がある、と肝に銘じているところです。嶋田雅曉〔しまだ・まさあき〕長崎大学熱帯医学研究所教授。ケニア中央医学研究所訪問研究員。ケニアプロジェクト拠点にて寄生虫学・疫学を研究している。

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    エボラ出血熱に関する国連システム上級調整官、デビッド・ナバロ博士は語る

     安保理の緊急会合に先立ち、国連の潘基文事務総長は8月中旬にエイズ対策や新型インフルエンザ対策でも活躍した公衆衛生専門家のデビッド・ナバロ博士(英国)を「エボラ出血熱に関する国連システム上級調整官」に任命し、国際社会が今回のエボラの流行封じ込めに一致して取り組む体制の構築に乗り出している。UN News Center(国連ニュースセンター)がそのナバロ博士に対して行った8月20日付のインタビューの報告が国連広報センターの公式サイトに日本語仮訳で掲載されている。Ⓒ UN Photo/Mark Garten《この人に聞く:エボラ出血熱に関する国連システム調整官、デビッド・ナバロ博士》 http://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/9793/ 全文は国連広報センターのサイトでご覧いただくとして、ここではその一部を紹介しよう。ナバロ博士はエボラウイルスの感染について次のように語っている。 『WHOでは、医療従事者が適切な治療を行いつつ自らの感染を予防することができるよう、特別な措置を講じています。エボラウイルスは感染力が強いため、これは困難な課題です。しかし適切な予防措置をとれば、感染は起こりません。わかっているのは、ウイルスが体液を介してヒトからヒトへと伝播するということです。つまり、例えばおう吐物や排泄物、おそらく唾液でもウイルスが伝播するということです。つまり、感染者の体液との接触を防ぐことができれば、感染することはありません』 感染の拡大防止のためには、感染した人の移動を制限し、隔離して医療を提供する必要がある。ただし、9月18日の安保理決議でも改めて強調されることになるのだが、「エボラ感染国への渡航、および感染国からの渡航は低リスク」であり、渡航制限を感染拡大の防止策として正当化することはできない。むしろ各国の支援を妨げ、対策は一層、困難になる。 『明言させていただきたいのは、現在エボラ出血熱の集団感染が起きている国々への渡航を制限する正当な理由はないということです。現時点で重要なのは、感染者との密接な接触、具体的には感染者との直接的な接触を避けるということです。つまり、感染者を特定し、彼らが他の人々と接触することがないようにするということです。しかしこれは、感染国への渡航を何らかの形で全面的に制限するということを意味するものではありません』 今回のエボラの流行は大都市にまで広がり、かつて経験したことのない規模に拡大してしまった。ただし、未知の病原体に遭遇しているわけではない。1976年のザイール(現コンゴ民主共和国)における最初のエボラの流行以来、過去38年間に何度か経験した小規模な地方レベルの流行発生を通し、病原体も感染経路も病気への対応の仕方もかなり明らかになっている。厳しい病気ではあるが、恐るべきことと、過剰に恐れてはならないことを見分けることは可能なのだ。 「エボラウイルスに付随する偏見や恐怖にかんがみて、生還者の社会への再統合を促すにはどうしたらよいと考えていますか?」というインタビューの最後の質問にナバロ博士はこう答えている。 『エボラ出血熱と闘っている人々は勇敢な人々です。彼らをサポートしている人々は勇敢な人々です。これは実に並外れた勇気です。エボラ出血熱からの生還者は、大変な勇気を示しただけでなく、非常に大きな潜在力を持った人だと私は思います。ますます多くの生還者が、エボラウイルスに今も感染している他の人々の治療の支援に自主的に携わるようになっています。エボラ出血熱の感染リスクにさらされているコミュニティの“大使”となりつつあります』  重大な危機であるとはいえ(あるいは危機であるからこそ)、こうした視点も忘れないようにしたい。

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    日本語でエボラ情報を得る

     感染経路や医療環境、さらに西アフリカと日本との距離などを考えれば、わが国でエボラ出血熱の流行が拡大する可能性は極めて低いと考えられる。この点については、国立感染症研究所の公式サイトに8月8日付でリスクアセスメントが掲載されているのでご覧いただきたい。http://www.nih.go.jp/niid/ja/id/1094-disease-based/a/viral-hemorrhagic-fever/ebora/idsc/4905-ebola-r... ただし、それならもう日本は対応しなくてもいいやということにはならない。日本語で情報が得られるウエブサイトをいくつか紹介しておこう。国境なき医師団日本の公式サイトには、流行国からの現地情報が繰り返し報告されている。 http://www.msf.or.jp/国境なき医師団は、流行が最も深刻なギニア、リベリア、シエラレオネの3カ国において初期段階から医療支援を継続し、現地の危機的状況を世界に訴えてきた。サイト情報からも、現地の緊迫した状況や混乱、医療従事者不足の深刻さなどが伝わってくる。 元小樽市保健所長の外岡立人医博のサイト「パンデミックアラート」では現在、エボラ情報を集中的に取り上げている。 http://pandemicinfores.com/diary.html欧米メディアの報道の日本語による紹介も手厚く、速報性が高いことから現地の状況や世界の対応を把握するうえで大変、参考になる。 厚生労働省検疫所のサイトFORTH(海外で健康に過ごすために)には、公式情報がこまめに更新されている。http://www.forth.go.jp/news/2014/09021454.html世界保健機関(WHO)のエボラ対応に関するロードマップの更新情報が日本語で順次、紹介されているのは貴重だ。また、エボラだけでなく、海外旅行者が注意すべき他の疾病の情報も豊富に紹介している。 厚生労働省の公式サイトには「エボラ出血熱について」というページがある。 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/ebola.html エボラ出血熱とはどのような病気か、エボラウイルスはどのように感染するのかといった基本情報は「エボラ出血熱に関するQ&A」で押さえておこう。また、自治体・医療機関向けの通知なども掲載されている。日本で流行する可能性が低いという判断からなのか、更新は遅れ気味で、残念ながら情報提供機能はこれまでのところあまり高くはない(これから充実する可能性はある)。※この記事は、特定非営利活動法人エイズ&ソサエティ研究会議のブログマガジン TOP HAT News第73号(2014年9月)に投稿したものをベースに大幅に加筆しました。(宮田一雄)http://asajp.at.webry.info/201409/article_1.html