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    3兆円かかってもいいじゃないか!小池さん「選手第一」をお忘れなく

    をベストなボート、カヌー会場として、選んでいる国際競技連盟(IF)の承認が必要であり、最終的には国際オリンピック委員会(IOC)理事会の決定を受けなければならないことがあるので、当初から五輪を知る関係者には実現不可能なものに思えた。五輪には五輪のルールがある 10月19日から文部科学省が主催した「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」の招きで来日したIOCのバッハ会長は、10月18日に都庁を訪れ、表敬訪問の形で小池知事と会談した。その際明確に、最初に決めたことを守るとともに「選手第一主義」と「ひとつの選手村」の大切さを強調した。ボート、カヌー会場のことは一切触れていないが、彼がここで主張したかったことは、「オリンピックにはオリンピックのルールがある」ということだった。記念撮影に応じるトーマス・バッハIOC会長と小池百合子都知事=10月18日、都庁(荻窪佳撮影) バッハ会長は、初の五輪金メダリストのIOC会長である。1976年モントリオール五輪フェンシングフルーレ団体で金メダルを獲得したが、それよりも重要なのが1981年にバーデンバーデン(当時西ドイツ)で開催されたオリンピックコングレスに選手代表として演者を務めていることである。このコングレスは五輪運動において五輪大会に次ぐ貴重なイベントで、IOCは8年に一度の開催を理想としてきた。世界中のスポーツ関係者が一堂に介して、オリンピック運動の今後について語り合う場であり、未来のオリンピックへの展望を共有する場である。そして、この第11回オリンピックコングレスの最も重大な議決の一つが「選手の声」を聞く、選手委員会の創設にあった。 選手代表のトマス・バッハはこの選手委員会の創設メンバーとなった。すなわち彼は、物を言えるオリンピック選手の先駆けであり、以降の彼の歩みは理想的なIOC会長になるための訓練の日々とも見て取れる。オリンピックの将来はこの時から彼の双肩にかかったと言っても過言ではない。その詳細は省くが、1991年にIOC委員となって以来、様々なIOC委員会での働きで頭角を現し、1996年にIOC理事となってからは、誰もが認めるIOCの実力者となっていった。その懐にあった最も大事な至言は「選手がオリンピック運動の要である」という思想であり、それがバッハの掲げるオリンピックアジェンダ2020(アジェンダ2020)の根幹のひとつ、選手第一主義に繋がる哲学なのである。 その哲学を持したバッハ会長から見て、小池知事が掲げた都政改革の中に浮上した東京五輪会場見直しは、スポーツが政治に対して解決しなければならない問題であり、特に分村を前提とする長沼ボート場への変更案は、選手第一主義への無理解を示し、それへの啓蒙にバッハ会長自らが動くしかなかったのである。新都知事の政治的なパフォーマンスという実態 実は2014年に舛添知事が誕生した際にも五輪会場見直し問題が浮上した。その結果、自転車競技場は静岡に、ヨットは江の島にと、東京五輪が掲げていた8㎞圏内の歴史上最もコンパクトな五輪の理想は崩れかけていった。しかし一方で、アジェンダ2020の掲げる持続可能な五輪開催のための節約についてのベクトルもあり、IOCはこの提案を受け入れた。しかし、それは最終的な決心でなければならなかった。この落としどころに妥協したIOCが驚いたのは、再び小池新都知事が誕生したと同時に8㎞圏内のコンパクト五輪の理念を覆す長沼ボート場案が浮上したことである。 これにIOCとOCOG、開催都市、JOCの調整を任される調整委員会委員長のコーツが直ぐに嚙みついたのも無理はない。寝耳に水。知事が変わる度に東京五輪の理念が崩れていくように見えたのだから、ここで釘をさすしかないではないか。東京五輪の重要なパートナーである開催都市の首長に。そこで、バッハ会長来日時にIOCはこの問題についての収拾を図ろうと決心したのである。 IOCから見れば、東京五輪は開催が決定した直後からスポーツを政治的に利用しているように思えてしかたがない。招致時代の猪瀬知事から舛添知事に代わった途端に国立競技場の問題が浮上し、当初予算では実現が不可能として、予算縮小の上での再コンペが行われた。スポーツ界の歴史が詰まった1964年東京五輪のレガシーは無残にも取り壊され、その上に建築が予定されているのは、陸上の世界選手権が開催できるかどうかも分からないスタジアムである。 そして、今回、小池知事のPTの提案は、国際競技連盟(IF)が将来的なボート競技やカヌー競技の拠点としての構想をも見込んで認証した海の森水上競技場を移設すると言うのである。 この両者の「改革案」は都民、国民目線で経費削減という正論に見えるだろうが、その実態は新都知事の政治的なパフォーマンスである。最もメスを入れやすい東京五輪の予算への斬り込みを行い、日本では弱小で、もっとも言うことを聞きそうなスポーツへのお達しを行おうというものである。 誤算は小池知事側にあったと見る。バッハ会長が来日中に見せたのはスポーツ外交の基本的戦略である。一方、都知事の豊洲問題や五輪問題のメスの入れ方は政治的戦略である。後者が敵を潰すことによって結果を得るのに対して、前者は敵を生かして解決する方法である。 10月19日のバッハ・小池会談を急遽小池知事側の要望で公開にしたことをPT側は透明性の戦略としているが、この種の会談をオープンにすることについては、前任のロゲ会長以来IOC側は日常としているし、アジェンダ2020を掲げるバッハ会長にはすべての人を五輪のステークホルダーに抱えるという目的があり、そのためのオープン化は急速に進んでいる。私が関わっていたサマランチ体制ではありえなかったことだが、IOC総会が今ではネットストリーミングで見られるようになったのは、その一端である。五輪憲章を否定する小池知事の常識 スポーツ外交の肝は、スポーツ的な臨機応変な対応であり、仕組まれたシナリオを超えるような、その時にベストな判断を引き出すやり方である。そして、相手の主張を生かして、自らの場において一つの繋がりを見つけることである。四者会談の提案はまさにそうで、都知事と組織委員会が対立関係にある構造を、IOCが自ら下りてきて、日本政府も巻き込んで、同じ場で日本オリンピック委員会(JOC)とともに解決しようということである。 アジェンダ2020で五輪経費削減を目指すIOCの主張を敷衍(ふえん)して、資金を拠出する所が権限を持つという小池知事やPTの常識は、政財界で通用しても、五輪運動の場ではただの政治的介入に見られる。五輪組織委員会を都の監理団体に置くという発想は、五輪憲章の否定となり、IOCが絶対に受け入れることはないだろう。なぜなら、そもそも五輪の理念は、スポーツによる世界平和実現なのであり、世界のトップアスリートが人間の限界に挑戦する姿を、国を超え、政治を超え、宗教を超え、あらゆる垣根を超えて、称え、そして支える中で、平和への希望を有するという確かなる信念を共有することなのである。政治からの自律を貫かなければならない。福島県庁でのフラッグツアーを終え、記者の質問に答える小池百合子都知事(右)=11月2日(桐原正道撮影) PTが出した、このままでは3兆円かかるという警鐘を受けて、我々が賢察しなければならないことは、五輪運動が世界平和構築の残された一縷の望みであり、そのために我々が五輪開催準備にいくらをかけるべきなのか? そして、どうやってその費用を捻出するのかという試行錯誤である。バッハ会長はその場を四者会談に求めている。 五輪を政治的パフォーマンスに利用しようとすれば、オリンポスの神は黙ってはいない。そのことは舛添知事の末路を見れば明らかである。日本ウエイトリフティング協会会長としてスポーツの現場の声に耳を傾けてきた小池知事ならば、IOCのスポーツ外交に応じていくセンスがあると信じたい。 優秀なPTは、今回のIOCのスポーツ外交を見てギアを変えた。今後はIOCの選手第一主義に合わせてくるだろう。それはボート、カヌー会場の候補地から、彩湖を外し、長沼ボート場を残し、かつ海の森水上競技場の選択肢を二つにしたことからも伺える。従来案の常設に加え、仮設を提案した。これによって、小池知事が長沼を選択しない可能性を増やし、海の森水上競技場の仮設を選べば、都民ファーストを尊重したことになるとともに、もし常設を選択すれば、IOCへの忠誠を示しつつ、かつ都民への貢献も示すことができる。PTが動かなければ491億円が300億円になることはなかったからである。 1964年の東京五輪が歴史に残るほどの評価を得たことはIOCの記憶にある。信頼できるはずのパートナーだった日本がリオ五輪の準備段階にも劣る七転八倒を繰り返している。日本贔屓だったバッハ会長も疑心を抱かざるをえない状態になっている現実がある。小池知事がどこまでオリンピズムに近づけるかどうか? オリンポスの神は見ているはずだ。

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    東京五輪費用「3兆円」暴騰のカラクリ

    いったいどんな見積もりをすれば、ここまでバカげた金額になるのか。東京五輪の開催費用をめぐるゴタゴタである。「世界一カネのかからない」と謳った五輪計画はどこへやら。今や3兆円とも言われる巨額予算に膨らんでしまった。民間企業なら一発アウトだが、この暴騰劇の裏にはカラクリがあった。

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    宴の後に必ずやってくる「オリンピックの崖」を侮るなかれ

    ルなどは、なんと五輪前に不況に陥ってしまっています。 そんな中、唯一不況にならなかったのはアトランタオリンピック。なぜなら、アメリカでは1990年にIT革命が起きて、その勢いが強くてオリンピックの落ち込みがカバーされたからです。ちなみに、アトランタオリンピックは1996年に開催されましたが、アメリカではその前年の1995年にマイクロソフトがWindows95を販売し、Amazonがスタートしています。さらに、1998年にはGoogleが登場。こうした次世代産業の快進撃がオリンピック不況をカバーしたのです。 翻ってわが国を見ると、残念ながら日本には、落ち込みをカバーしてくれそうな次世代を担う成長戦略がありません。泥縄式で大阪万博を誘致するなどと言っていますが、そんなことではカバーしきれないでしょう。だとしたら、終わった後のことも考えて、なるべくコンパクトな五輪にしておくべきでしょう。 山高ければ、谷深し。五輪に多額のお金をかければかけるほど、宴の後の支払いも大きくなる。いま、不動産業者では「オリンピックの崖」という言葉がささやかれていて、崖に落ちる前に儲けられるだけ儲けておこうというのがコンセンサスになっているようです。けれど、五輪で儲けられない私たち庶民は、いっせいに崖から転がり落ちそうです。だとしたら、今から五輪後の不況に備え、浮かれず家計の紐を引き締めておきましょう。

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    ムダ三昧の東京五輪、天下りが集う「虎ノ門」の最も罪深きヤツら

    みれば、社長も財務部長もいない会社ということ」。東京五輪を巡っては、東京都、組織委員会、JOC(日本オリンピック委員会)、日本パラリンピック委員会、文部科学大臣、五輪担当大臣という6者が「調整会議」という場で重要事項を審議するという形になっていた。だが、この会議はこの半年でもわずか2回、数時間しか開かれておらず、何も機能していなかった。 トップがいないのであれば、決まるものも決まらない。この構造のもと、第二の問題が出てくる。「都職員の社会を知らないビジネス慣行」である。各競技の会場について任せられた都職員は招致時のプラン──臨海地域の選手村から半径8キロメートル以内──に忠実に計画を進めた。その条件だけで限定してしまえば、立地に余裕がないため、コストを上げてでも条件に対応しようとする。また、前述のように、コストの総額をチェックする人間もいないため、個々の費用は制限なく積み上げられる形になった。 民間企業の取引であれば、こうした杜撰な見積もりは絶対に起きえない。建設費であれば、設計図はもちろん、資材やパーツの選定まで含めてコスト管理をし、合理的な価格を導く。それでも、決裁者に目を通してもらう際は、何度も検証させられる。それが一般企業のコスト意識であり、ビジネス慣行というものだ。コスト感覚のない都職員にこれだけの大きな事業を任せてしまったのが、まずは間違いだったとは言える。「虎ノ門」という伏魔殿 付け加えるなら、これが税収の少ないほかの道府県であれば、話も違っていただろう。いかに国から補助金を得たとしても、小さくない税負担を市民に求めるのであれば、むやみに高いコストは許容できないからだ。だが、幸か不幸か、東京はお金だけはある。それがおかしなコスト増を加速させた一因だろう。 だが、一連の問題で、もっとも罪深く映るのは第三の要因、「元首相」「元大蔵次官」といった大物名誉職の存在と「虎ノ門」という伏魔殿である。 今回の2020年東京五輪で、「国際オリンピック委員会(IOC)」と契約をしているのは、開催地となる「東京都」と「JOC」の二者しかない。重要なところなので念押しで記すが、契約の当事者には「政府」も入っていないし、「組織委員会」も入っていない。会談を前にあいさつを交わす、小池百合子東京都知事(左)と森喜朗組織委員会会長 そしてIOCから権限委譲をされているのは「組織委員会」なのだが、この組織委員会は東京都の外郭団体で、その出資金の97.5%(約57億円)を東京都が出していた。9月末の報告書が上がってから、組織委員会は東京都に出資金の返還を申し出て、11月末までに57億円は返還される予定だが、それまでの関係で言えば、組織委員会は東京都の下請け機関にすぎなかった。その長が森喜朗氏で、事務総長が大蔵事務次官だった武藤敏郎氏である。  構造的に言えば、組織委員会は東京都の意向を汲み、東京都の方針のもと動くべき存在だったはずである。だが、これまでの報道から浮かぶのは、組織委員会は都との連携を密にしているわけでもなく、ほぼ個別に活動をしてきたような状態だった。なぜなら(五輪後にも有形無形で貢献するという)「レガシープラン」では東京都と組織委員会のそれぞれで別々のものがつくられていたのである。いかに連携がなかったかがうかがえる。 そうした問題が露見していく中で、大物名誉職の人たちはいったい何をしていたのか。90年代半ば、霞が関で官僚問題が出てきた後、猪瀬直樹氏が『日本国の研究』(文藝春秋)として引っ張りだしたのが、虎ノ門という地区に潜む特殊法人の問題だった。 官僚は事務次官を目指す出世レースに落ちこぼれると、定年前に退職していく。その先に就くのが天下りとしての特殊法人だった。各省庁にひもづいて予算をもらい、ちょっとした事業を請ける。民間企業であれば3日で終わるような事務仕事を1カ月かけて行う。それだけ生産性が低いにもかかわらず、理事への報酬は年数千万円が支払われる。こうした仕組みが「虎ノ門」問題だった。つながる豊洲問題と五輪問題 おもしろいことに、いま問題の組織委員会も拠点を置いているのは虎ノ門である(虎ノ門ヒルズ)。組織委員会は国ではなく、東京都の外郭団体。少なくない報酬・待遇で大物政治家や官僚に役職を与えて回してきたのがこの団体である。国からお金を引き出し、大きな事業を行えば、それだけで特殊法人は「何かやった」という体裁になる。それが天下りが集う「虎ノ門」に長年潜む病理だった。今回の東京五輪問題も、結局は似た仕組みのもとで問題が放置されてきたのではなかったか。東京五輪の組織委員会が拠点を置く虎ノ門ヒルズ 名誉職の人たちは、「よかれ」と思って決裁をしてきたのかもしれない。だが、それは本当に都民や国民の目線に立っていただろうか。都民への調査も行わず、大きな事業案ばかり膨らませて「都民のため」と言われても、何を根拠にそう信じていいのかもわからない。「虎ノ門」の人たちは、都よりも都民を説得できる根拠や論理をまずは提示すべきだろう。  最後にもうひとつ、気になっていることがある。同じく紛糾している、豊洲市場との関連だ。虎ノ門ヒルズができ、臨海の五輪会場へ抜けるという環状2号線ができたのは2014年3月。この道はかつて進駐軍のダグラス・マッカーサーが命じて建設が始まったが、用地取得で難航し、途中で建設が中断されていた。だが、晴れて「マッカーサー道路」が開通したことで、築地市場の移転計画と連動し、その道はさらに豊洲へとつながろうとしている。 この道路の建設は2005年に着手されたものだが、2001年の12月の豊洲市場への移転決定といい、今回の東京五輪の決定といい、臨海部の再開発もじつにうまく連動していることに気づく。実際、築地市場が豊洲に移転しないことには、このマッカーサー道路も開通せず、再開発もうまく回らない。その意味で、ゼネコンにとってはどちらも巨大なプロジェクトとして、五輪も豊洲もつながっているのである。 いったい誰がこの絵を描いてきたのだろう。こうすることで誰が儲かるのだろう。そう考えると、想像は膨らむばかりなのである。

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    既存施設でも相当の整備費は必要 「復興五輪」に違和感あり

    鈴木知幸(日本スポーツ法学会理事、元16年東京五輪招致準備担当課長) 10月18日、バッハ会長は小池都知事と会談した際に、小池知事の「復興五輪」発言に戸惑いを見せましたが、安倍総理と面会した時には、バッハ会長自ら、複数種目を被災地で開催することを提案しました。 おそらく、総理との面会前に、組織委員会側からバッハ会長に、すでに内定している「野球」と「ソフトボール」の2種目(1競技)の予選1試合を福島県で開催することの提案について、進言したのだと思います。福島県を訪問し、県営あづま球場を視察する世界野球ソフトボール連盟のフラッカリ会長(左から2人目)=11月19日 いうまでもなく、「複数種目」とは野球とソフトの2種目であり、複数競技ではありません。ということは、ボート・カヌー競技場を宮城県長沼に変更することは、IOCとして認めないという意味だと思います。 なお、その後に、組織委とIOCは、バスケットボールやバレーボールの1次リーグを復興地での開催を検討すると言い出しました。それにIFの反発も考えられますが、それ以上に、いくら既存施設といえども、五輪仕様に施設設備を整備するには相応の経費が掛かります。 野球・ソフトボールについても、1試合だけだとしても、五輪仕様にするためには整備費が相当に必要になりますせっかく整備するなら、1試合といわず、1次リーグ戦の全試合を実施すべきではないですか。もっと、しっかりとした企画を検討したうえで、提案すべきです。 さて、小池知事が改めて、「復興五輪」を2020年大会のテーマにするのであれば、「復興」と「五輪」の間に、接続語をはさんで説明してほしいと思います。「復興(に貢献する)五輪」、「復興(支援に感謝する)五輪」、「復興(の証しを示す)五輪」ですか、あるいは、別の接続語ですか? 「復興五輪」のテーマをはっきりとして、国民・都民に説明すべきではないでしょうか。  また、「復興五輪」は東日本大震災だけではありません。すでに、熊本県知事が熊本災害にもご協力いただきたい旨の申し入れがありました。これからの4年間にも新たな災害が起こらないと言えません。すべての災害復興を対象にしたメッセージにしてほしいと思います。 なお、すでに、東北被災地にキャンプ地の誘致支援や、聖火リレーの東北シフトなど、国内調整で出来ることは計画されています。加えて、先日、組織委の森会長は、被災地をくまなく通過する聖火リレーを計画するために、IOCの規定である「コースの一筆書き」と「100日以内」を緩和してほしい旨のお願いすることを明らかにしています。 招致段階のビジョンだった「未来をつかむ(Discover Tomorrow)」は、いまや国民の記憶にもありません。災害は世界で多発しています。その主因の一つが「地球温暖化」にあるとすれば、リオ五輪の開閉会式のテーマ(8月25日の「リオ五輪の開閉会式のテーマは環境」をご覧ください)のように、世界に向けて、災害復興五輪を発信してほしいと、私は思います。(「鈴木知幸のスポーツ政策創造研究所」ブログより2016年10月31日分を転載)

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    迷走する東京五輪、2度目の開催地として世界に発信すべきこと

    【オトナの教養 週末の一冊】『東京オリンピック 「問題」の核心は何か』 小川勝氏インタビュー本多カツヒロ (ライター) 2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、8月に就任した小池百合子都知事の下、費用や各競技の開催地を巡り見直しや議論が盛んに行われている。果たしてオリンピックは無事に開催出来るのか。 3兆円超との試算もある巨大化するオリンピックはどのような方向性に向かっているのか。またそもそもオリンピックとはどのような大会なのか。2回目の開催となる東京はどのような役割を担うべきなのか。『東京オリンピック 「問題」の核心は何か』(集英社)を上梓したスポーツライターの小川勝氏に話を聞いた。――まず、オリンピックは各競技の世界大会と同じく、その競技の世界一を決定する大会なのかという疑問があります。『東京オリンピック 「問題」の核心は何か』(小川勝、集英社)小川:1952年~72年までIOCの会長だったアベリー・ブランデージは、自伝の中で「オリンピックの目的は世界一を決めることではなく、オリンピックルールに従った世界一を決めること」と書いています。本来、オリンピックは各競技の世界選手権とは本質的に違うものでなければなりません。 近代オリンピックの創設者であるクーベルタン男爵は、若者の教育に特に関心のある教育者でした。彼は若者をどうすれば成長させられるか、向上させられるかと考える中で、スポーツが有効であると考えました。 オリンピック憲章の「オリンピズムの根本原則」のはじめには「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である」と書かれており、開催目的としてこのオリンピズムへの奉仕を掲げています。 またオリンピズムの定義では、平和主義と差別行為の禁止といった態度をスポーツを通して養うこと、こうした原則をオリンピックを通して伝えていくことが開催する意義なのです。このオリンピズムを世界に広める運動をオリンピック・ムーブメントと言います。 また、オリンピックは招待大会であるため、オリンピックの度に、各国のオリンピック委員会に、国際オリンピック委員会から招待状が届く。つまり、オリンピックオリンピックルールに従う人たちの世界一を決める大会なんです。ですから、招待状が届かなければ、いくら強くても参加すら出来ない。国別メダルランキングはOK?――招待状が届かないのにはどんな理由があるのでしょうか?小川:例えば、ある国のオリンピック委員会内が、オリンピック憲章に相応しくないと判断されれば招待されないことはあり得ます。 実際にリオオリンピックでも、クウェートは政府による同国オリンピック委員会への干渉により、クウェート・オリンピック委員会の資格停止処分は解除されず、選手は個人参加という形になりました。 ただ、その国で内戦や紛争が起きていたとしても招致状を送らない理由にはなりません。紛争や内戦はその国のオリンピック委員会が引き起こしているわけではありませんからね。 また、オリンピック憲章ではいかなる差別の禁止の他にも、選手間の競争であり国家間の競争ではないことや、広告、デモンストレーション、プロパガンダなどを許可していません。他のスポーツ大会を見ると競技会場のあちらこちらに企業スポンサーの看板などが見られますが、オリンピックの場合見当たらないのはそのためです。許可されているのは、例えば水泳選手ならば水着やキャップに元から付いているメーカーのロゴのみで、それ以外のメーカーロゴを入れるのは禁止されています。――ただ、会場の外ではコカ・コーラなどのメーカーのロゴを目にすることはありますね。小川:それはTOP(The Olympic Programme、ワールドワイドオリンピックパートナーとも)と呼ばれる企業スポンサーで、そういったスポンサーを付けないと、200カ国近い規模の国々が参加する大会を開催することは来ません。企業からの収入なしで運営しようとすれば、選手一人当たり数百万円にも及ぶ参加費を徴収して、往復の交通費も選手が自ら払わなければならなくなり、貧しい国の選手は参加出来なくなってしまうのではないか、と思われます。ですから、オリンピックはある部分では偽善と言えば偽善なんです。――また、大会は選手間の競争であり、国家間の競争ではないということですが、テレビ番組などで国別メダルランキングなどを報道することは問題ないのでしょうか?小川:オリンピック憲章では組織委員会などがメダルランキングを作成することを禁じていますが、メディアが報道する限りは問題ないと思います。一般的な興味として、国別メダルランキングを作ると日本は何番目になるのかという視聴者の関心もあると思いますしね。 現在のオリンピックは、主催はIOCで、実際の開催に当たっては開催都市とその組織委員会が主催者であり、特に近年の夏のオリンピックでは開催都市がある国の政府が財政保証を事実上することになっていますから、むしろ主催者側になる開催都市、組織委員会、政府がどのようにオリンピックを捉えているかが問題となります。そう考えると、日本の組織委員会や政府はオリンピック憲章をちゃんと読んでいないか、読んでいたとしても、あまり理解していないんだなという印象ですね。本当に経済効果は見込めるのか――具体的にはどういう部分でしょうか?小川:政府が15年11月に閣議決定した「2020年東京オリンピック・パラリンピック」の準備、運営に向けた基本方針を読むと、日本を世界へ発信してアピールすること、経済効果を得ることが繰り返されています。しかし、オリンピック開催の目的はオリンピズムを広め、開催都市の市民へオリンピック・ムーブメントへの理解と協力を求めることで、それが組織委員会の責務です。政府がメダル数を重視することや開催都市が経済的恩恵を受けることではありません。 要するに政府はオリンピックを単なる一大スポーツイベントと捉えているとしか思えません。 もちろん、政府や組織委員会の中にもより専門的な部署の人たちはオリンピック憲章を理解しているでしょうから、原則はこうなんですよと言ってあげなければいけない。――メディアを見ていても経済効果については盛んに報じられています。小川:現在の夏のオリンピックは巨大になったため、開催都市にとって大きな負担です。この負担を強調すると、オリンピックを開催したいと手を挙げる都市がなくなってしまうのはIOCも理解していると思います。だからこそ「オリンピックを開催すると経済効果がありますよ」とIOCもJOCも盛んに喧伝するんです。 2020年オリンピック招致で最終段階まで残ったのはスペインのマドリード、トルコのイスタンブール、そして東京でした。IOCの調査によると、3つの中で一番地元の支持率が低かったのが東京で70%。招致するにはギリギリのこの支持率で何とかするためには、スポーツやオリンピックに興味のない人達を納得させる必要があり、経済効果を強調することになったのだろうと思います。ただその経済効果が、誰にとっての経済効果なのか、その内容については、よく考えてみたいところですよね。オリンピアン、パラリンピアンと記念撮影に臨む小池百合子都知事 左は登坂絵莉選手=11月23日、東京都江東区(納冨康撮影)――では、これだけ巨大になったオリンピックで、本当に経済効果は見込めるものなのでしょうか?小川:経済効果はあると思います。ただし、プラスとマイナスの面があります。 まず、プラス面としては期間中に多くの外国人観光客が訪れることで消費増が予想されますし、オリンピックのために建設される競技場や練習場、道路などの公共投資もあります。 しかし過去の例を見れば、トータルでマイナスの方が大きかった大会もあるんです。1976年のモントリオールオリンピックでは、巨大競技場などが原因で約10億ドルという巨額の赤字を出しました。 マイナス面としては、開催期間中は非常に警備が厳しく、規制が敷かれるために一般の人も普段どおりに移動できないとか、それから定期的に東京へビジネスで来ている人達などはホテルの宿泊費が高くなったり、交通機関も混雑するということで、そもそも来なくなってしまうこともある。そういった面も考えられます。2回目は、無駄な公共投資が生まれやすい――様々な競技を行うための競技場建設を巡っては現在もカヌー、ボート競技の会場予定地である海の森水上競技場は環境や大会後の使用方法などを巡って議論されています。そこで宮城県の長沼や前回の東京オリンピックで使用した埼玉県の戸田などを整備して使用するのはどうかという案が浮上しています。「海の森水上競技場」の会場予定地=東京都江東区(伴龍二撮影)小川:例えば前回のリオや北京のような新興国で開催するならば、インフラも整備途上でしょうから、多少公共投資を大胆に行っても長期的に見れば良い投資になるかもしれません。 敗戦からの復興の途上にあった日本で行われた1964年の東京オリンピックも公共投資で様々なものを整備しました。しかし国の税金で作った代々木第一体育館、第二体育館、日本武道館というスポーツ施設は、50年以上経った現在でも毎日のように使用されています。ただし、武道館は一部寄付金も使われています。いずれにしろ、現在でもこれだけ使用されていれば税金の無駄遣いとはならず、長期的に見れば良かったのではないでしょうか。 しかし、2020年の東京オリンピックは2回目で、無駄な公共投資が生まれやすい。だからこそ、工夫が必要で、2回目のオリンピックをうまく運営出来ればオリンピックはまだまだ持続可能であることを示せると思うんですよね。――2012年ロンドンオリンピックの際、小川さんのご著書『オリンピックと商業主義』のインタビューをしました(過去記事参照)。その時に、ロンドンは競技場などに工夫を凝らし、持続可能な大会を目指しているという話でした。この方向性は現在どうなっているのでしょうか?小川:当時のIOC会長だったジャック・ロゲは持続可能性に関心があり、00年のシドニー、04年のアテネ、08年の北京大会のあと、12年のロンドン五輪では競技数を2つ減らし26競技としました。彼の基本的な考えは、オリンピックは26競技を基本とし、そこに開催都市が大規模なインフラ投資を行なわなくても出来る2つの競技を加えても良いというものでした。 また、競技会場についても水泳会場だったロンドンのアクティクス・センターは期間中の収容人数を1万7500人、開催後は2500人になるような構造に設計しました。 しかし、現在のIOC会長トーマス・バッハの考えは、競技数ではなく種目数で制限しようということで、リオでは28競技306種目となりました。加えて、開催都市が開催可能であれば東京オリンピックのように、競技を追加してもいいという規則に変わりました。 こうした背景からジャック・ロゲ路線であれば、東京でも持続可能な大会にしやすかった。もちろんトーマス・バッハもあまりに巨大化するのは良くないとは思ってはいるんです。しかし、オリンピック競技になりたいというスポーツ団体は後を絶ちません。要するに現在の28競技と決まっている枠の中で、スポーツ界における政治的な争いになっているんです。開催都市の人間の関わり方――そこまで各スポーツ団体がオリンピック競技を希望する理由とはなんでしょうか?小川:正式競技になれるかどうかでまず大きく変わるのが金銭面ですね。 正式競技になればIOCから企業スポンサーや放映権料の分配金があります。また、日本のように正式競技になれば、文科省から補助金が出るというように政府からの補助金などにより非常に収入が増えます。 もう1つ大きいのがオリンピック開催時にメディアに取り上げられる回数が増えるため普及が進むことです。いわゆるマイナーな競技にとって、一般の人達にルールを覚えてもらうのは重要なことで、ルールが分からないと試合を見てもなかなか興味を持てませんからね。その土台を作れるのは正式競技になる大きなプラス面ですね。 正式競技にするかどうかを決めるのはIOCの人達ですから、様々なスポーツ団体から政治的な圧力を受けているでしょう。それにノーと言えたのがジャック・ロゲで、バッハは一定の縛りをかけているとは言え持続可能路線をはっきり示す人ではなかったということです。――最後に、私は東京都民なのですが、開催都市の人間として巨大化するオリンピックに対し、何か出来ることはありますか?小川:IOCは、誰かから税金を集めているわけではありません。国際的な任意団体なので、この組織に対しモノを言える立場の人はほとんどいません。そうした中でモノを言える立場なのは、まず選手と、IOCはスイスで法人格を取得しているのでスイス国民。そして開催都市の住民です。開催都市の協力なくしてオリンピックは開催出来ませんから、IOCや大会組織委員会、開催主体である東京都に対し都民にはモノを言って欲しいですね。 現在の東京オリンピックの「開催費用」について、都の調査チームは3兆円を超える可能性もあるという報告書を出しています。東京都の税金で作る新規の競技場は前回と比べ少なく、既存の競技場を借りて開催します。運営に係る費用で言えば、その既存の競技場や練習会場の借り上げ、さらに仮説施設の建設などが、28競技以上に増えたことで膨れ上がります。 中でも、運営費の中で大きな割合を占めるのが警備費用。例えば競技会場の出入りなどのいくつかの警備は民間の警備会社に依頼することになっています。こうした運営費に関しては、大会組織委員会がIOCから分配してもらったお金や、国内での企業スポンサー契約や、チケットの売上などから賄うことになっていますが、現状ではどうやら足りそうもありません。そうなると、都の税金をつぎ込むことは招致段階で決定しています。そうなると運営に関しても都民もモノを言える立場になります。――ただ、実際どのように意見を伝えれば良いのか分からない人も多いと思います。小川:東京都や組織委員会へSNSを通じて意見を伝えることも出来ますが、本筋であるべきは東京都議会で議論をしてもらうこと。地元の都議会議員に「この問題はどうなっているのか」「都議会で議論して情報公開をしてください」「こういう方法でやれば運営費を下げられます」と伝えることです。来年には東京都議会選挙がありますから、議員さんも熱心に話を聞いてくれるでしょう。そうして提案したことが都議会の議論に反映されれば非常に価値のあることだと思いますね。 確かに、新国立競技場問題にしてもなかなか情報公開は進みませんでしたが、それを突破口としてどんどん情報が公開された例もあります。いかに議論を活性化するかが重要ではないでしょうか。 自国開催のオリンピックはそうそうあるものではありません。だから、お金のことなんて気にしないでやってしまおうと思ってしまいがちですが、そう思っている限り持続可能なオリンピックを示すことは出来ません。2度目のオリンピックを開催する東京だからこそ、赤字も無駄なインフラも作らなかった、開催して意義があったと都民やIOCが思えるようになれば、と思います。

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    東京五輪の経済効果、海外の五輪はどうだった?

    (THE PAGEより2013年9月19日分を転載) 2020年に開催が決まった東京五輪について、その経済効果が話題になっています。官民が独自に試算した経済効果の規模は3兆円から150兆円まで大きな幅がありますが、過去に行われた海外の五輪の経済効果はどうだったのでしょうか。東京五輪(右)・パラリンピックを記念して発行される千円硬貨 =9月28日、大阪市北区の造幣局 東京都が試算した2013年~2020年までの7年間の経済波及効果は、日本全体で約2兆9600億円です。その内訳は、観光や広告などサービス業が6500億円、建設業が4700億円、商業が2800億円となっています。 一方、民間の見方はもう少し強気で、SMBC日興証券では経済効果を4.2兆円と計算しています。これは観光や飲食の消費額を大きく見積もったためで、そのぶん鉄道やタクシーなどへの波及効果も増え、全体の金額を押し上げています。このほか経済効果を150兆円と試算するエコノミストもいます。 では、近年他国で行われた五輪での経済効果はどのくらいだったのでしょうか。単純比較できるデータがないので参考程度ですが、英国政府は今年7月、2012年ロンドン五輪開催後の1年間の経済効果が総額99億ポンド(約1兆5000億円)に達したと発表しました。2008年の北京五輪では、建設投資が約2800億元(約4兆4800億円)に上ったと報じられています。英政府発表「1兆5000億円」に疑問も ロンドン五輪の99億ポンドの内訳は、各国要人や企業への投資誘致・輸出促進活動によって対英投資が25億ポンド、売上高が59億ポンドそれぞれ増加。さらに五輪関連業務を手掛けた実績が評価され、14年にブラジルで開催されるサッカーのワールドカップなどの海外イベント関連で、英企業が計15億ポンドの契約を獲得したそうです。一方で、2020年までに280~410億ポンドの経済効果が見込まれるとの民間調査機関の試算もあります。 ただし英国政府発表の経済効果については、五輪がなくても生じたであろう数字が含まれているのではないかという疑問が出るなど、地元メディアでは必ずしも額面通りには受け止められていません。BBCは、ロンドン以外では「期待していたほど契約が増えていない」とする中小企業団体の不満を伝えています。 北京五輪の場合、開催決定翌年の2002年から開催前年の2007年の間に、インフラ関連などの投資が毎年GDP(国内総生産)成長率を0.3~0.4ポイント押し上げたとされています。北京市に限れば毎年関連投資が100億元程度行われ、GDPを1~3ポイント押し上げたと見られています(みずほ総合研究所の2008年8月のレポート)。 もっとも、中国の場合、五輪開催の前年に14%を超えた経済成長率が、開催年と翌年は9%台に鈍化しました。2004年のアテネ五輪開催に約1兆4300億円の費用をかけたとされるギリシャの場合も、五輪後に経済にブレーキがかかり、今は債務問題で国中が大混乱しています。これらの結果からは、五輪開催後に必ずしもその国の経済が良くなったわけではないという現実が伺われます。 すでにインフラが整っている先進国は、途上国ほど投資は伸びず、また経済規模が大きいので、五輪による経済波及効果の恩恵も少ないという見方もあります。むしろ五輪開催は巨額投資を伴い、企業の生産や消費を活発化させて景気浮揚が見込める一方、国の財政負担が過大になれば、国民につけが回る懸念もあるという指摘もなされています。

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    小池都知事 五輪会場見直しの切り札は森喜朗氏への辞任勧告

     進撃を続ける小池百合子・東京都知事。一方で小池新党の影に怯える自民党は小池氏最大のブレーンで「都政改革本部」特別顧問の上山信一・慶応大学教授を追及の標的に定めつつある。東京都特別顧問の上山信一慶応大教授 都政記者は「上山顧問には2つの大きな失策がある。五輪調査チームのリーダーである上山氏は村井嘉浩・宮城県知事と同郷で、ボート競技会場を宮城に持っていこうと小池・村井会談を根回しした。自民党も共産党もそのやり方を“まさにブラックボックス”と批判している」と、語る。小池氏が都知事選の際に東京都議会自民党のあり様を「ブラックボックス」と批判したが、それがブーメランのように戻ってきている。 もちろん、小池氏も手をこまねいているわけではない。自民党とは逆に、「小池劇場」を盛り上げることで来年7月の都議選本番までに4000人を超える希望者を集めた小池政治塾の第2次、第3次応募者を5000人、1万人と増やしていけるかが勝負になる。 形勢が不利になれば新たな“悪役”をクローズアップさせることで国民の支持を保つのが小池氏が小泉純一郎・元首相から学んだ「劇場型政治」の手法だ。 ターゲットにしたのは石原慎太郎・元知事。石原氏は豊洲の盛り土問題で公開ヒアリングを求められていたが、それを固辞して都の質問に文書で「細かいことは覚えていない」などと回答していた。 小池氏はその石原氏に改めて経緯の聞き取り調査に応じるように要請し、豊洲の盛り土疑惑の“犯人捜し”に焦点をあてる方針だ。 都議会にもカウンターパンチを用意している。「都議の報酬半減」条例である。9月からの都議会では小池氏の選挙公約だった「知事給与半減」条例が全会一致で成立し、都知事の年収を2896万円から約1448万円に引き下げた。その結果、東京では都議の報酬(約1708万円)の方が知事より高いという逆転現象が生まれている。 小池氏は先に自分の給料を引き下げたうえで、都議選を前に4000人の塾生が「都議も半額に下げるべき」と主張して有権者に都議の報酬がいかに高過ぎるかを訴える作戦だ。自民党都議に対する“兵糧攻め”になる。政治塾を運営する政治団体「都民ファーストの会」会計責任者の音喜多駿・都議がこういう。「都議の報酬半減は都議選に向けた争点になっていくでしょう。自民党はなんとしても半減を阻止したいでしょうが、知事給料の半減条例には賛成しながら、自分たちの報酬引き下げは嫌だと抵抗すれば都民の批判を浴びるはずです」 知事給料半減を認めた段階で、自民党都議たちは小池氏の“仕掛け”に嵌っていたのだ。そして五輪の会場見直し問題での小池氏の“切り札”が、見直しに強硬に反対する“五輪のドン”森喜朗・元首相(五輪組織委員会会長)への辞任勧告だろう。 すでに布石は打たれている。森氏は都政改革本部が五輪の会場整備計画の見直しを求めたことに「極めて難しい」と反対した(9月29日)。それが報じられると上山氏がツイッターでこうつぶやいて“会長交代”を求めたのだ。〈おっしゃるとおりだが、無理ならほかの人に頼んだらいかが?〉 五輪見直し問題がいよいよ膠着状態に陥り、事態打開のために小池知事が自ら森氏の組織委員会会長の退任を迫れば、小池VS森の頂上作戦で小池劇場が盛り上がり、求心力を盛り返すことは間違いない。だが、それは官邸の思う壺でもある。自民党大臣経験者が語る。「安倍総理や麻生副総理、菅官房長官にとっても森さんは目の上のたんこぶ。小池氏がクビ取りに動いてくれるなら好都合と考えている。しかも森さんのことだから激しく抵抗して都知事側も返り血を浴びるはずだ。 小池氏は第1次安倍内閣の防衛大臣時代に“防衛省の天皇”と呼ばれた守谷武昌・次官を更迭し、総理に相談もないまま大臣留任はしないことを表明した。安倍総理はあのときの小池氏のやり方を“任命権者のオレの面子を潰した”といまも許していない。森さんと相討ちになれば、あのときの借りも返すことができる」「小池劇場」の演目は熱しやすく冷めやすい「4000人のなかまたち」の動向によってエピローグが大きく変わる。関連記事■ 森喜朗氏 4年後の都知事選で「小池vs丸川」狙いか■ 都議会のドンのパーティで都庁幹部が迫られた「踏み絵」■ 東京都知事選 自民党候補者選びを迷走させる「2人のドン」■ 都議会のドン・内田氏 石原都知事に泣いて馬謖を切らせた■ 新都知事候補 最有力・小池百合子氏を直撃

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    1964年東京五輪に学ぶ借金を残さないレガシー五輪とは?

    はレガシーとして恒久施設にする」といいますけど、それが実に怪しいのです。昭和39年10月24日、東京オリンピック閉会式で行進する各国選手=国立競技場 長野五輪のボブスレー、リュージュ競技場も、韓国の冬の五輪以降は取り壊しの方向です。そもそも、1964年の東京五輪で使用した国立競技場を壊しておいて、レガシーもないでしょう。ロサンゼルスオリンピックは、1932年建設の競技場を1984年に再利用しています。やればできるのです。未だスクラップ&ビルドの考えで、物事を推し進めるのは、時代遅れに思えます。 そんなわけで、1964年の東京五輪の予算とレガシーを検証し、2020年の東京五輪はどうあるべきか、考えてみたいと思います。 1964年東京五輪の総予算は、ざっと1兆円と言われています。現在の貨幣価値に換算すると約4兆~5兆円(日銀の統計、家計支出&物価指数の変遷では当時の4.1倍)となります。当時の一般会計の3割もの支出があったと言われ、莫大なお金がかかりました。しかし、競技関係の設備費は、400億円弱と意外に少ないのです。64年の東京五輪で一番お金がかかったのは、インフラ関係です。東海道新幹線が、東京五輪開会式の10日前に開通。同様に東京モノレールを始め、首都高、環状7号線、日本武道館、岸体育館、駒沢競技場などがオリンピック直前に次々と完成し、今もレガシーとして見事に残っています。 その中でも白眉なのは、東海道新幹線でしょう。旧国鉄内からですら新幹線は不要と言われ、それをひとりで跳ね除け、東京五輪までに絶対開通させると奔走したのが、第4代国鉄総裁の十河信二です。3000億円という国家予算の1割以上のお金が必要と分かり、予算の半分で提示し、閣議決定を先行させた。予算不足で頓挫はいけないので、世界銀行からお金を借り、国家レベルの約束事にして無理やり開通させた伝説の人です。 後に彼は予算オーバーの責任を取り、総裁を辞め開通式に呼ばれていません。しかし、国鉄マンからは、“新幹線の父”として慕われました。亡くなって故郷・愛媛県の新居浜に遺骨が戻るときは、新幹線のグリーン車に安置所が設けられ、窓際には遺影が飾られます。各駅に停まるたび、多数の駅員が敬礼で見送ったそうです。 右肩上がりの高度経済成長時期だから、予算オーバーでも切り抜けられた。新幹線計画は、その典型でありましょう。改めて2020年の東京五輪を見てみると… 改めて2020年の東京五輪を見てみると、経済成長は今後、あまり見込めせん。人口も減りつつある。予算オーバーをしては、後で払えるかすらおぼつかないのです。ビッグプロジェクトのリニア中央新幹線は、2027年頃の開業予定で間に合いません。強いてやるならIT関連の整備と、キャラクターなどのソフト面の充実です。つまり2020年の五輪開催を契機に、やるべき大きなインフラ整備は、あまりないのです。 続いて競技施設建設の過剰な要求ですが、これは、ほどほどになさるがよろしい。元々、2020年の真夏に開催することが、大いなる妥協なのですから。夏季開催は、92年のバルセロナオリンピック以降、IOCの暗黙の了解事項(2000年のシドニー大会は例外)になっています。それはアメリカのメジャースポーツのイベントが少ない時期に開催したい意向を汲んでのことです。それにより視聴率もUPし、多額の放映権料がIOCに入ってくる。いわば五輪ビジネスのために、日本政府は真夏の開催を受け入れたのです。 この日本で真夏に開催をしながら、アスリートファーストもないでしょう。選手村の分村はけしからんって、だったらまずスケジュールを10月に戻してください。そのほうがよっぽど、アスリートのためになると思いませんか? 要するにオリンピックは政治的思惑と組織の利権で動いているのです。施設のレガシー化にしても、北京やアテネの旧競技施設の荒廃ぶりを見れば、お分かりでしょう。競技施設の分散化も、ロンドン五輪ではスコットランドからウェールズまで、全展開でした。 IOCの注文と、実際に行われていることの違いに、驚きを隠せません。日本がお金持ちと思われて、要求が厳しいのかも知れませんけど…。 日本のメダル獲得数は、96年のアトランタオリンピックが最悪で、金が3、全部で14という有様でした。その後、これではいかんと強化策が実施され、アスリートが続々育ったのです。リオが最多の41メダルで、2020年はこの上を狙おうといわれてます。それは素晴らしい考えですが、競技会場はどんなものだろうが条件は一緒ですよね。だからメダル獲得と、立派な競技施設は、関係あるようでさほど関係ないと思います。まさか、日本選手に有利な競技場を作るとか、そういうのはあり得ないですしね。 どんな競技場だろうが、選手同士の条件は皆一緒。だったら、ほどほどの施設でいいと思うのですが…。低経済成長と人口減時代にふさわしい、オリンピックにしてほしいです。つまり1964年の東京五輪を反面教師と見たほうが良さそう。そう考えると、借金を残さないことこそがレガシーだと思うのですが、いかがでしょうか?関連記事■ 羽田~成田空港都心直結線整備事業 東京五輪に間に合わず■ 馬術部に所属していた木村佳乃、馬との関係は恋人のよう■ 見納め国立競技場豆知識 トラックの下に女性用立ち小便器等■ 31歳芸人 猫ひろし同様五輪マラソン走るべく海外移住を示唆■ 五輪で6種目すべてに男女の区別がない現在唯一の競技とは?

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    メダリストを育てた一番の主役は彼らの「お父さん、お母さん」

     小林信也(スポーツライター) 序盤から予想以上の活躍で、日本はロンドン五輪の38個を上回る過去最多41個のメダルを獲得した。金メダルはロンドン五輪の7個から5個増えて12個だった。躍進の要因はなんだろう? ひとつに、日本選手の「気質の変化」と「主体性」を強く感じた。特に序盤戦、メダルを獲った選手たちの明るさ、力強さ。自分自身の気持ちで戦い、誰かにやらされている感じがない姿に感銘を受けた。リオ五輪競泳男子400メートル個人メドレー表彰式を終え、メダルを手に顔を見合わせて笑う1位・萩野公介(右)と3位・瀬戸大也=8月6日 、ブラジル・五輪水泳競技場 従来、日本のスポーツは、監督やコーチにやらされ、好きで始めた競技のはずが、いつしか監督・コーチに従属し、支配されている感が強かった。いまも野球など、団体競技の多くはその傾向が残っている。ところが、体操、水泳などの選手たちにそんな雰囲気は感じられなかった。自分の意思が真ん中にあり、技術や戦略の決定も選手自身が行っている。金メダルを獲った体操男子団体にはもちろんコーチ陣がいて、しっかりと選手をサポートしていたには違いないが、それほど前面で目立っていない。団体予選は4位と大きく出遅れた。決勝でも最初に落下があり、厳しいスタートとなった。そこから巻き返しての優勝。これは、やらされている選手には出せない力、自らの意思で勝利への情熱を燃やしたからこそ溢れ出た底力ではないかと感じた。かつての日本は、予選は1位で通過するが決勝の大舞台でもろさが出て負けるイメージだった。ところがリオ五輪では多くの種目でその逆になり、粘り強さが目立った。個人総合で連覇を果たした内村航平も同じ。内村航平のそばに鬼コーチの存在はない。言い換えれば、選手と監督・コーチの関係がいい意味で変わってきたと言えるだろう。 水泳は平井伯昌コーチをはじめ名コーチの存在がクローズアップされる種目だが、かつての鬼コーチのイメージとは違う。選手の才能を引き出すため、選手を主体にして、コーチの感性や知識・経験を提供し最大限のサポートをしている関係だ。選手は自らコーチを選び、コーチの力を借りている。 萩野公介は200m個人メドレー決勝、最後の50mのターンを終えたところで5位だった。残る種目は以前なら世界に最も大きな差をつけられていた自由形。ところが萩野はそこから猛スパートし、先行する3選手を抜いて2位に入った。常識を覆す快挙だ。レスリング女子63キロ級 金メダルを獲得した川井梨紗子は栄和人チームリーダーを豪快に2回投げ、喜びを爆発させる=18日、カリオカアリーナ(大橋純人撮影) テニスの錦織圭もプロフェッショナルだから当然だが、自分に最適で必要な要素を持ったコーチを選び、自らの力量を積み上げ、五輪の舞台で銅メダルを獲得した。 卓球の水谷隼も、幼少期、少年期こそ鬼コーチに育てられたが、16歳でドイツ留学する頃には選手として自立し、コーチの支配から卒業して実力を磨き、団体決勝のシングルスでは中国選手を撃破した。 後半は、女子レスリングを筆頭に、強い師弟関係の勝利もあったが、優勝後に川井梨紗子選手がマットに上がった栄和人チームリーダーを豪快に投げ飛ばして喜びと感謝を表すなど、鬼コーチとの信頼の深さと親近感を印象付けた。明らかに、日本選手の気質、監督・コーチとの関係は変わっている。大いに歓迎すべき変化だ。誰がメダリストを育てたか? もう一つ、強く認識してほしい現実がある。誰がメダリストを育てたか? メダルラッシュで、国を挙げての選手強化、科学的な施設充実の成果を誇らしげに評価する動きもある。確かに、2020年東京五輪に向けて、スポーツ庁が創設され、強化予算が40パーセント増加したことなどは追い風になっているだろう。だが、メダリストを育てた主役は国でも連盟でもない。今回のリオ五輪ではとくにそれが目に付いた。 メダリストを育てたのは、彼らの「お父さん、お母さん」だった。体操男子個人総合決勝。スタンドから声援を送る(左から)白井健三の父・勝晃さん、母・徳美さん、内村航平の母・周子さん、加藤凌平の母・由美さん=8月10日、リオ五輪アリーナ 内村航平が体操を始めたのは、3歳の時に両親が始めた体操教室だったことはよく知られている。白井健三の父も体操選手だった。 水谷隼が卓球を始めたのも、父親が主宰する卓球スポーツ少年団の一期生としてだった。吉田沙保里が、レスリングを始めたのも父親が自宅で開いていたレスリング道場。石川佳純の母親は、我が子の卓球への情熱を知ると自宅を改造し卓球場を作った。福原愛の英才教育についてはいまさら言うまでもない。柔道の100キロ級で銅メダル獲った羽賀龍之介の父親は惜しくもソウル五輪出場を逃した柔道家。羽賀の最初の師匠は父だった。このように、メダリストたちを競技の道に誘い、熱心に情熱を注いで基盤を作ったのは大半が両親なのだ。それも、自宅に施設を作るほどの半端でない入れ込みようで栄光への道を拓いた。メダリストを育てたのがお父さんお母さんだという事実を私たちはしっかり認めた上で、今後の強化ビジョンを作り上げるべきだろう。国や連盟が前面に出てきて、今回以上の成果が期待できるとは限らない。もちろん、父母が直接サポートしたジュニアの時代から、うまく次の世代での環境作りに成功した選手がメダルに到達している。 水谷隼にとってはそれがドイツ留学だった。福原愛は中国での経験だったろう。吉田沙保里は、至学館大学(当時は中京女子大)がその受け皿だった。 最後に、「日本の」メダルラッシュに沸いているが、日本勝利の要因に多くの外国人指導者たちの存在があることも忘れてはいけない。卓球は中国人指導者や日本に帰化して活躍した中国人選手たちの存在がレベルアップに大きく貢献した。タカマツペアが史上初の金メダルを獲得したバドミントンの躍進も、長く日本チームを指導し続けた韓国人コーチに支えられたものだ。ナショナリズムに沸く一方で、国際協力があってこその勝利だという側面もしっかりと胸に刻んでおきたい。

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    リオ五輪、日本人メダルラッシュの理由

    表彰台で輝く選手たちの姿に列島が歓喜に沸いた。リオ五輪で獲得した日本勢のメダルは史上最多の41個。むろん、メダルだけがすべてではないが、それでも日本人が飛躍した背景にはきっと何かあるはずだ。4年後の東京五輪を見据え、日本勢メダルラッシュのワケを読み解く。

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    騒げば騒ぐほど遠のく五輪メダル リオで日本が結果を残せた理由

    がらも、メダルの結果に少なからず繋がっているように思えるからである。 一体、選手団本部とは何か。日本オリンピック委員会(JOC)は五輪やアジア大会への参加のために日本代表選手団を形成するが、その構成の中心に本部と呼ばれる統括的機能を設けている。本部は選手村内に設置され、選手と役員を24時間体制でケアする。 1982年、インドはニューデリーで開催された第9回アジア競技大会の日本代表選手団本部が私にとって初めての選手団体験である。選手団本部は団長、副団長、強化担当役員、総務担当役員、渉外担当役員などが設けられ、その下に本部員が配属されて選手団運営に関わる。私は渉外担当として、組織委員会や各国選手団との折衝が主な仕事であったので、アジア大会が重視する文化交流に重きを置いた活動が中心であった。 しかし選手団役員にとって、最も大事なことはメダルの数、特に金メダルの数であった。それに気づくには一日とかからなかった。それまでアジアトップの座を譲らなかった日本が、この大会で中国に越される可能性があったからだ。それで団長以下、競技の結果に一喜一憂する姿を日々見ることになった。本部室の壁には金メダル、銀メダル、銅メダルの大きな一覧表が作られる。金を取ればそこに選手名が書かれる。まるで国政選挙の政党開票センターにいるかのようだ。「天才スイマー」を押しつぶした選手団長崎宏子(1983年撮影) 時の団長は水連会長の藤田明。中国勢にメダル競争で圧倒されそうになる中、長崎宏子が三つの金メダルを取るという快挙をなしとげ、団長のメンツは保たれた、しかし、こうした日本選手団のあり方に、現地組織委員会のコンパニオンを務めるニューデリー大学の精鋭たちは「日本は文化交流のためにインドに来たのではないのか? 文化行事には一切出席しないし、まるで金メダルを取りにきた狩人みたいだ」と言った。この言葉は選手団本部新人の私にも、メダル至上主義ぶりが選手団本部のあり方として本当に正しいのだろうかという疑問を抱かせた。その疑問は、2年後のロサンゼルス五輪でさらに深いものになるのである。 1984年のロサンゼルス五輪は「片肺五輪」と呼ばれた。前大会のモスクワ五輪がソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する西側諸国の政治的圧力でボイコットを受けたお返しに、今度は共産圏の諸国が参加しなかったからだ。小学生でモスクワ五輪代表に選ばれてから、日本新記録を更新し続け、前年のプレオリンピックで1位となった水泳界の彗星、長崎宏子には長年低迷を続けた日本水泳界の期待がかかっていた。水泳界はもちろんのことだが、日本のメディアもプレ五輪で地元の新聞に「かわいい日本人形が1位となった!」と形容された長崎をずっと追いかけた。 当時の日本体育協会(体協)競技力向上委員長を務めた水泳出身の福山信義は真剣に日本の選手強化に取り組んでおり、水泳に初めて高地トレーニングを採用した。それまで絶好調だった長崎は、開催年に入ってから平泳ぎ特有の膝痛に悩まされ始めていた。しかし、ナショナルチームの新しいトレーニングに取り組む姿勢を崩すわけにはいかず、休むことなく練習し続けた。16歳の少女にかかる重圧は相当なものであったにもかかわらず、膝痛を緩和する手段に体制は頓着しなかったのである。 選手団全体がメダルの数を追い求める中で、私自身はこのままだと長崎はベストパフォーマンスに至らず終わってしまうかもしれないと不安だった。「ライバルだった東ドイツの選手は出ない。普通に泳げばメダルは確実なはずだ」。そう見込んでいた多くの関係者の期待にクエスチョンマークを付けたのは私だけだったかもしれない。結果は平泳ぎ200メートル4位、100メートル6位、ともに入賞だったが、「敗北」と表現された。この時の選手団本部の体制では選手にプレッシャーをかけるだけの機能しか果たせずに終わったのである。ただ金メダル総数が体操などの活躍で10という二ケタになったことで、かろうじて成功と言い訳ができたに過ぎなかった。JOC独立を促したソウル五輪の「惨敗」 この頃、選手強化を司る競技力向上委員会は、ナショナルトレーニングセンターを設立して国を挙げての選手育成計画を策定するべく「21世紀プラン」を策定した。これには西ドイツのゴールデンプランなど各スポーツ先進国の視察や情報収集などを含めた長年の努力が蓄積されていた。だが、素晴らしいプランはできあがったものの、その実践にはなかなか踏み出せなかった。予算の目途が立たなかったのである。実はこの「21世紀プラン」が、1993年に発足するJリーグの百年構想の土台であったことはあまり知られていない。ソウル五輪の開会式で旗手をつとめるシンクロナイズドスイミングの小谷実可子=1988年9月17日 1988年のソウル五輪は2大会ぶりの西も東も参加する「完全」五輪となった。その大会で日本はわずか4つの金メダルに終わる。このいわゆる「惨敗」が契機となり、JOC独立論が浮上する。それまで体協の一委員会として、日本を代表する国内オリンピック委員会だったJOCが体協から独立して独自に選手強化を進めなければ、日本のスポーツ力は発展が見込めないという危機感からであった。多大な労力を費やして策定した「21世紀プラン」も机上の空論とされ、予算がつかぬままの状態であった。 一刻も早くこの状況を改革しなければならないという切羽詰まった危機感がJOC独立を促進した。そして体協の若手役員が結成する会が中心となってJOC独立を密かに進めた。その中心に西武鉄道のオーナー、堤義明もいた。堤はJOCが自ら選手強化資金を捻出できる組織になり、それによって選手強化の理想的なプランを実現するようにならなければと考えていた。 そして1989年8月、JOCは独立した。それからすべてが一変していく。これまで取り入れられなかった若手職員の意見が抽出される環境に変わった。 ソウル五輪までの選手団本部の実情はこうだった。相変わらずメダル獲得者一覧の大きなボードが本部を占める。そこに競技担当、輸送担当、総務担当などのオフィスがある。それぞれの競技を応援に行く役員たちの世話に追われる。選手をサポートするための労力はそちらにそがれる。さらに試合が終わり、夜のとばりが下りれば、別室に設けられた役員サロンがオープンする。 そこでは体協部長クラスの本部役員が、その他の本部役員と競技力会談を毎夜開く。しかし中身はと言えば「今日は良かった。○○でメダルが取れたから」程度の話である。そしてウィスキーのボトルがどんどん空いていく。本部役員におべっかを使う競技団体の監督も加わり、そのサロンは毎夜大盛況となる。真摯な戦略会議は選手とコーチに任せ、自分たちは大会を楽しむ。あわよくばメダルをたくさん持って帰れれば、体協での地位も安泰。メダルが取れなければ、それはそれで選手と選手強化策の至らなさと言えばすむ。選手サポートの弊害となった日本の悪習 かような選手団本部を改革したいと思っていた私にとって、1989年のJOC独立は希望あふれる出発だった。当面は、長野五輪招致に専念せざるを得なかったが、その成功後、1992年のバルセロナ五輪は新生JOC最初の夏の五輪であり、その本部構成はまさに選手のための機能集団とするべく考えられたものになった。 日本の選手団本部役員は、いわゆる名誉職である団長、副団長、総務主事、その他役員と実務を司る事務局で構成される。対組織委員会対策、他国選手団対策などの実務は本来「Chef de Mission」と言われる団長がすべて司ることになっている。しかし、日本語での団長はあくまでも名誉職であり、かような実務を団長に任せることはできない。バルセロナ五輪の団長が時のJOC会長、古橋廣之進(水連会長)であったと言えば納得いただけると思う。「フジヤマのトビウオ」に資格認定交渉や選手村配宿交渉を託すことができようか。閉会式に先立って、大会を総括した日本選手団の橋本聖子団長(右)と山下泰裕副団長=8月21日、メインプレスセンター(森田達也撮影) そこで機能集団とするために本部員以下で構成する本部役員会を作り上げた。まず私自身をActing Chef de Mission(団長代行)にして、組織委員会や他国NOCそして国際オリンピック委員会(IOC)との交渉を選手団代表としてすべて取り仕切った。そこから本部員に選手のための労働を託していった。いわゆる「チーム」を作ったのである。これによって、逆にその「チーム」を支援しようと実際に仕事をする役員が出てくるようになった。役員と選手の壁が消え、日本代表選手団が風通しの良い機能集団に変わろうとしていた。 これがなぜ重要かというと、選手やコーチたちと本部の信頼関係が築けるからである。本部に行って相談すれば大丈夫という安心感が競技に及ぼす影響は大きい。体調の悪い時にリラックスして話せる本部と、体調が悪いなどと言えず「頑張ってきます」としか言えない本部の違いと言ったらわかりやすいだろうか。 また、日本選手団を編成する場合、JOCは選手団編成委員会を設けて、各競技団体の代表と折衝する。五輪憲章とIFの規定に基づき組織委員会が決めたエントリーフォームに基づいて選手数と役員数が必然的に決まるために、その枠内での交渉となる。選手数が決まれば役員数が決まるが、この役員の人選は競技団体に任される。そしてここに日本独特の慣習があり、それが選手サポートの弊害になっていた。五輪選手団に入るという名誉を得たい役員が山ほどいる競技団体では、選手のためではなく、役員のための論理を働かせるからだ。競技団体に長年尽くしてきてくれたのだから、褒賞として今度の五輪の総監督に推すなど、まさに年功序列というべきか。あの選手の専属コーチを選手のために役員枠に入れてあげようという発想には決してならないのである。メダルの先にあるものを目指さなければメダルは手元に来ない 当然ながら、実際に困るのは選手である。その選手を助けるために私ができたことは、枠外役員交渉である。枠外役員、いわゆるExtra Officialである。組織委員会は選手村に入れる役員数を上回る必要な役員については、各NOCとの交渉に付す。これは1984年のロサンゼルス五輪から出てきた概念であり、1998年のカルガリー冬季五輪から資格認定カード(ADカード)とともにしっかりと定義づけられた。そこで、本当に役に立つ役員に対してADカードを出すために組織委員会と交渉するのである。それによって「選手のための役員」を帯同することができる。この交渉によって、私が取得したExtra OfficialのADカードの数は常に他のNOCを上回った。本来ならば、本当に必要な役員を選手と同様に選考するシステムがあればいいのだが、それができないときの苦肉の策であった。 しかし最も大切なのは、選手団本部が選手のための機能集団であるとJOCに根付かせたことである。 こうした選手団本部の変革がすぐに奏功したのが、競泳女子200メートル平泳ぎの岩崎恭子の金メダルではないだろうか。ロサンゼルス五輪で日本を一人で背負って戦った長崎宏子が果たせなかった夢を、14歳の無垢なアスリートが誰の注目も浴びずにやってのけた瞬間だった。選手団本部が機能集団化することで選手と本部の垣根が取り払われ、信頼関係が生まれる。選手は自分に集中しながら、選手村生活を快適に送ることができる。バルセロナの選手村の風通しの良さが起こしたとも言える奇跡だった。バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎで優勝、史上最年少で金メダルに輝いた岩崎恭子=1992年7月27日 あれから24年もたったリオ五輪。12個の金メダルを獲得した。バルセロナの4倍ということになる。日本選手団本部の改革が浸透してきた証と見る。 私は「メダル、メダル」と騒げば騒ぐほど、メダルが遠のく気がしていた。なぜか。メダルの先にあるものを目指さなければメダルは手元に来ないからだ。JOCは必ず大会前に金メダル獲得目標を掲げる。しかし、それが達成されたことがあるのは1964年東京五輪だけだ。 時の強化本部長の大島鎌吉日本選手団団長は「15個の金メダル」を約束した。そして、16個を獲得した。大島は後にオリンピック平和賞を授与されるほど、スポーツで世界平和の構築を掲げるオリンピック精神を持った哲学者であり実践家でもあった。彼の金メダルの先には平和があった。 既にJOCは2020年東京五輪で金メダルを20~33個獲得して世界3位に入るという目標を掲げている。だが、その心の奥にメダルを超えるゴールを持っていなければ実現できない。そのことに気付いた人材がリーダーシップを取っていれば、また何か新しい風が吹くだろう。今はそれを期待するしかない。 選手は選手自身のゴールのために、そして役員はその選手のゴールのために! そういう選手団本部が完成すれば、さらなる飛躍が望めるはずだ。吉田沙保里を育てた栄和人コーチが語っていたではないか。「選手の夢を実現させることだけが私の仕事、それ以外はいらない」と。

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    金メダルにふさわしい対価って? 日本の報奨金1千万円は高いのか

    土性沙羅、 登坂絵莉、吉田沙保里=8月21日、マラカナン競技場 21日に閉幕したリオデジャネイロ・オリンピック。日本の獲得メダル総数は41となり、4年後に開催される東京大会に向けて大きな希望を残す結果となった。207カ国が参加した今大会では、コソボや南スーダンのような初出場国もあれば、アメリカや中国のように「メダル獲得常連国」として知られる国々もあり、それぞれの国を代表して今大会に出場した選手の思いや練習環境は様々だ。 日本はロンドン大会におけるメダル獲得数からさらにメダルを3つ増やし、合計で41個のメダルを獲得した。ロンドン大会から、金メダルを5つ、銅メダルを4つ増やし、逆に銀メダルの数は6つ減る形となった。41個のメダルを獲得したことで、日本はメダル獲得数ランキングでフランスに次ぐ第7位にランクインした。金メダルだけの数でカウントすれば、フランスを抜いて6位となる。リオデジャネイロ大会では初出場のコソボが女子柔道で金メダルを獲得したり、リオ五輪後の引退を明言している男子陸上のウサイン・ボルトが期待通りに3個の金メダルを獲得し、男子サッカーではブラジルがマラカナンで死闘の末にドイツを破り優勝するなど、各競技で様々なドラマがあった。 ドラマチックな展開が続いた17日間であったが、「メダル」に関していえば、1つだけ変わらないものがあった。メダル獲得総数の上位5カ国はロンドン大会と変わらず、アメリカ、中国、イギリス、ロシア、ドイツが「メダル大国」の座を今大会もキープした格好だ。大会前にドーピングの隠ぺい問題で出場資格をはく奪された選手を多く出したロシアも、終わってみれば56個のメダルを獲得し、メダル獲得総数で4位につけている。5位のドイツとフランスはそれぞれ合計で42個のメダルを獲得しているのでタイ記録となるが、金メダル獲得数に限って見ると、ドイツの17個に対してフランスは10個という結果に終わっている。 オリンピックに参加する多くのアスリートが最終的な目標に掲げるメダルの獲得だが、メダルそのものの価値はどれくらいなのだろうか?メダルそのものの価値は、金メダルで約6万円、銀メダルで約3万円、銅メダルに関しては約300円程度の相場になる。しかし、メダルの獲得は様々なインセンティブをアスリートに提供する。メダル獲得の恩恵は国によって異なるが、オリンピックでメダルを獲得することによって一財産築くことのできる国もあれば、メダル獲得の報奨金が全く出ない国もある。英国ではメダル獲得への報奨金はゼロ英国ではメダル獲得への報奨金はゼロ  メダル獲得数と報奨金の関係で興味深いのは、いわゆるスポーツ大国とされる国々ではそれほど多くの報奨金が選手に支払われていない点だ。CNNによると、金メダルを獲得したアスリートに支払われる報奨金のトップ5カ国はアジア勢が独占しているが、それらの国々は報奨金の高い順から台湾、シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシアとなっており、メダル獲得総数でいえば決してスポーツ大国とは言えない国が並んでいる。ちなみに6位はブラジルで、そのあとにカザフスタン、アゼルバイジャン、フィリピン、キルギスタンが続く。団体総合と個人総合の2個の金メダルを手にする体操の内村航平=8月11日、リオデジャネイロ 日本でもメダリストには報奨金が支払われる。金メダルに500万円、銀メダルに200万円、銅メダルに100万円という報奨金の設定となっており、団体やリレーで出場した選手には、別の規定額で1人ずつ支払われる仕組みになっている。体操男子で2冠に輝いた内村航平選手には1000万円、金・銀・銅のメダルを1つずつ獲得した競泳男子の萩野公介選手には800万円が支払われる。日本オリンピック委員会がメダリストに支払う報奨金の総額は1億4600万円に達している。 報奨金の高い台湾やシンガポールの例も紹介しておこう。重量挙げ女子53キロ級で金メダルを獲得した台湾の許淑浄選手は、台湾教育省と台湾オリンピック委員会から合計で約1億円を受け取る予定で、国からの報奨金としては最高額となる。台湾が獲得した金メダルは彼女による1つだけであった。競泳男子100メートルバタフライで金メダルを獲得したシンガポールのジョセフ・スクーリング選手には、同国の国家オリンピック評議会から約7500万円の報奨金が支払われる。インドネシアでは金メダリストに約3800万円、タイでは約2900万円がそれぞれ金メダリストに支払われると報じられており、国を挙げてのメダル獲得策がアジアで顕著なのが近年の特徴だ。 前述したアメリカなどの「スポーツ大国」における報奨金の額は、アジア勢と比べると意外に低い。5カ国の中で最も報奨金の額が高かったのはロシアで、金メダリストは約1800万円を手にする。金メダリストに与えられる報奨金は、中国が約320万円で、アメリカは約250万円、ドイツは約200万円となっており、イギリスに関しては報奨金そのものが存在しない。また、アメリカではメダリストの報奨金にもしっかり連邦税と州税が課せられ、金メダルと銀メダルも課税対象となっている。ウサイン・ボルトの年収は30億円 2000年のシドニー大会に出場した元競泳選手のジェフ・ヒューギル氏はフォックスニュースの取材に対し、「現金でのボーナス支給はアスリートにとって有り難い話ではあるが、アスリートはそれだけをモチベーションにしているわけではない」と断言。スポーツマネージメントを専門とするミシガン大学のステファン・シマンスキー教授は、「メダル獲得者に大きなインセンティブを用意する国は、オリンピックなどの国際大会でまだ大きな結果を出せていない国が多く、欧米のスポーツ大国に少しでも肩を並べたいという思いから、多額の現金を用意する傾向にある」と、CNNのインタビューで語っている。リオ五輪男子200メートル決勝。優勝し、ポーズをとるジャマイカのウサイン・ボルト =8月18日、リオデジャネイロ 報奨金の額がそれほど高くないにもかかわらず、アメリカやイギリスといった国々がメダルを取り続けている理由として挙げられるのが、有名アスリートが民間企業とのスポンサー契約によってすでに経済的に潤っているからというものだ。また、プロ選手への門戸が広がっている現在のオリンピックでは、報奨金よりも「国を背負って」という気持ちでプレーするアスリートが多いのも事実だ。米タイム誌は19日、リオ五輪に出場した有名アスリートの年収を取り上げたが、競泳のマイケル・フェルプス選手の年収が約12億円、陸上のウサイン・ボルト選手の年収が約30億円、米バスケットボール男子代表のケビン・デュラント選手の年収が約36億円になると伝えている。男子サッカーで優勝を果たしたブラジル代表のキャプテンとしてチームを牽引したネイマール選手は、米フォーブス誌による「世界で最も稼ぐアスリート」で21位にランクインしており、スポンサー契約を含めると年収は約38億円だ。 オリンピックでの活躍によって、これらのスター選手の「市場価値」が上昇する可能性もゼロではないが、彼らはすでに大金を稼ぐアスリートとして完成しており、オリンピックは「自国を代表して出場する大会」や「個人の限界に挑むための大会」という位置付けではないだろうか? 世界的に知られた選手であっても、競技によって選手間の収入差が存在することは間違いない。しかし、プロスポーツにおけるマネタイズが発展し、有名アスリートをイメージモデルとして起用する企業が世界中に溢れる中、メダル獲得の大きな原動力の1つとして考えられていた報奨金制度も、やがて変わりつつある存在なのかもしれない。

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    競泳日本を圧勝させた「攻め」から「待ち」への転換コーチング

    平井伯昌(競泳日本代表ヘッドコーチ) 「どんな指導をしたんですか?」 「どうすればオリンピック選手が育つんですか?」 最近になって、そんな質問を受ける機会が多くなった。私がコーチを担当している北島康介、中村礼子、上田春佳という3人の選手が、そろって北京オリンピックの代表選手として出場したからである。北京五輪男子100メートル平泳ぎ決勝で優勝した北島康介=2008年8月(共同) ご存じのとおり、康介は100メートルと200メートルの平泳ぎで、アテネにつづき二大会連続の金メダルを獲得した。また、礼子も200メートル背泳ぎで、同じように二大会連続の銅メダルを手にした。春佳に関しては残念ながら決勝進出はならなかったが、200メートル自由形の予選では日本新記録のタイムで泳ぎきった。それぞれの選手が、それぞれにベストをつくした結果だと思う。 コーチとして、私が指導をするときに気をつけているのは、何よりも選手自身の人間性を把握し、本質を見抜くということ。それがいちばんの原点だと考えている。それができていないと、それぞれの選手に対応することもできないし、お互いの信頼関係も築くことができない。それができて初めて、きつい練習にも耐えることができるし、困難なハードルを乗り越えることもできる。オリンピック、という共通の夢に向かって闘えるのである。 だが、オリンピックで世界の頂点に立つことだけが、最終目標では決してない。速い選手や、記録に挑戦できる選手を育てることだけが、コーチの役割ではないのだ。水泳を通じてみんなのお手本になる、社会の中でみなさんの役に立っていける人間になってもらいたい。水泳を通じて人間を磨いてもらいたいと思っているのだ。そんな私自身の「指導」に対する姿勢やスタンスを、本書から読み取ってもらえれば幸いである。 指導者は謙虚な心をもて コーチとして私がオリンピック選手を輩出することができたのは、もしかしたら自分が選手としてはほとんど実績がなかったからかもしれない。大学3年生のときに、奥野が入ってきたときも、不思議と嫉妬は感じなかった。 自分でもある程度の成績を残したことがあれば、指導する際にどうしても自分の体験が含まれてしまう。その体験の「負」の部分、こだわりやコンプレックスが、眼鏡を曇らせてしまうことはあり得る。自分の目の前の選手をあるがままに受け入れる「謙虚」さが大切なのだと思う。 東スイの大先輩である青木先生からは、こんな教えも受けた。「コーチとして選手を指導するときには、まず大胆な仮説を立てろ」というものである。 選手をこんなふうに育てたいとか、こんな泳ぎをめざしたいとか、まずは仮説を立て、それにはどんな解決すべき課題があるのかを見つける。その上で指導しなければいけないと教えられたのだ。ともすると、元選手だったという人がコーチになった場合、固定観念ができてしまっていることが多い。たとえばスタートはこうでなければいけない、泳ぎはこうあるべきだ、という先入観で見てしまうのだ。それを判断基準にして選手を見るから、「なんでこんな泳ぎしかできないのか」といった不満をもってしまいがちになる。初心者を怒鳴りつけるのは愚の骨頂 その固定観念をみずから崩して、新しい仮説を立て、選手を目標に向かって導いていける人は、指導者として大成できるのではないか。だが、そこがなかなか難しいところで、どうしても自分の経験が邪魔をしてしまうケースが多いのだ。 私の場合は、選手時代にも水泳を専門的に教わったことはあまりなかった。スタートはどうやって構えたらいいのか、膝は曲げたほうがいいのか伸ばしたほうがいいのか。自分なりに工夫し、いろいろと考えながら試行錯誤を繰り返していた。幸いにも、私には固定観念がほとんどなかったのだ。平井伯昌コーチ(右)と練習を確認する萩野公介=8月1日、五輪水泳競技場 東スイで最初に初心者の指導を担当したことも、私にとってはラッキーなことだった。相手は当然、水泳の初心者だから泳げない。泳げない子に水泳の「イロハの、イ」から教えるのが仕事だ。 パートタイマーのコーチの中には、「君は、なんでこんなことができないんだ!」と怒ったりするコーチがいた。そんなシーンを何度か目の当たりにして、初心者を叱りつけるのは、まさに愚の骨頂だと思った。そもそも泳げないから、教わりに来ているのだ。まずはそのことを前提として教えることこそが大切なのではないか、とつくづく考えさせられた。 そのためには何が大事かといえば、やはり初心者と同じ目線で向き合うことである。変なプライドや実績などを忘れて、とにかく謙虚になること。誰でも最初は泳げなかったのだから、自分が初心者だった頃のことを思い出せば、自然に謙虚な気持ちになれるはずだ。 生徒たちに向かって上からものを言うような態度は、反発を買ったりするだけだ。上から目線や、腹を立てて怒鳴るだけでは思うような指導はできない。初心者に限らず、どんな人を相手にする場合でも、指導者はまず謙虚な心をもつ必要がある。それが、指導者としての「イロハの、イ」であることを忘れてはならないと思う。 攻めのコーチングから待ちのコーチングへ コーチとして初めて選手を指導するようになったのは、25、6歳の頃だった。選手たちから見れば兄貴分みたいな感じだったからだろうか、私が教えることはみんな素直に聞いてくれた。その結果として、記録が驚くほど急激に伸びたのだ。そうなると、コーチである私を選手の親たちはチヤホヤしてくれる。私より10歳は年上である保護者たちが、自分の力量を認めてくれたと思うと悪い気はしなかった。 ところが、逆にちょっとでもうまくいかなかったときは、その反動がくる。まるで手のひらを返したように責め立てられるのだ。試合で記録が伸びなかったりすると、それこそケチョンケチョンに貶されてしまう。そんなことで悩んだ時期もあった。 それとは反対に、才能のある選手が出てくると、どうしても自分でコーチをしたいから、みんながその選手にチヤホヤする傾向になることがある。これまでの経験から、私はそれだけは避けようと思っていた。一定のレベルに達するまでじっと我慢 「速い選手も遅い選手も、みんな一緒なんだ」という気持ちでトレーニングしていかなければならない。ある選手だけを特別扱いすれば、結局はその選手が周囲から妬まれるし、コーチも他のコーチから妬まれることになる。何もいい結果につながらないのだ。 選手にしてみれば、コーチから、「お前は才能があるから頑張れ」と言われて認められたら、悪い気はしないはずだ。それがわかっているから、コーチとしてはついつい口に出したくなる。だが、本気になって育てようと思ったら、しばらくは黙って見守ってやるべきではないかと思う。男子200メートル個人メドレー準決勝de萩野公介の平泳ぎ=リオデジャネイロ(共同) 選手がある一定のレベルに達するまで、じっと我慢して待っていたほうがいい。伸びる選手は必ず頭角を現すし、やがてはそれを選手や親などのグループも認めるようになる。そのときになって初めて、認めてやり褒めてやればいいのだ。 「こいつはきっと強くなる」。そう思いこむことも、ときには必要かもしれない。だがそれと同時に、もうちょっと客観的に眺めながら、待つという姿勢が大切なのではないか。そう思うようになった。それまでの「攻めて、攻めて」というコーチングから、「待ちのコーチング」へ。私のコーチング・スタイルが変化してきた。  ひらい・のりまさ 1963年、東京都生まれ。82年、早稲田大学社会科学部へ入学。在学中に選手からマネージャーへ転向。卒業後、東京スイミングセンターに入社。96年から北島康介選手の指導に当たる。2004年、アテネオリンピックで北島選手に金メダルをもたらし、「金メダリストを育てる」という自身の夢をも叶える。現在、東洋大学法学部准教授、同大学水泳部監督の他、日本水泳連盟・競泳委員長。16年、リオオリンピックでは萩野公介選手が金メダル、星奈津美選手が銅メダルを獲得。関連記事■ 東京オリンピックの野球はアマチュアチームにしろ<日本野球よ、それは間違っている!>広岡達朗■ 砕け散ったガッツポーズ<大人気書籍『規格外』試し読み>篠原信一■ 新国立競技場問題、A案に決まったから終わり、ではない<どうなる?新国立競技場>森本智之

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    なぜ日本サッカーは世界の「壁」を越えられないのか

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)リオ五輪サッカー男子・決勝。ドイツとのPK戦の末に優勝を決め、喜ぶブラジルのネイマール=8月20日、ブラジル・リオデジャネイロのマラカナン競技場 リオ五輪は21日(日本時間の22日)の閉会式で全日程を終えた。サッカー男子の決勝は20日に行われ、開催国のブラジルがドイツと延長戦の末にPK戦を制して悲願の金メダルを獲得。最後にPKを決めたネイマールの涙は全世界に感動をもたらした。 試合は1−1のまま120分で決着が付かず、PK戦で決着という形になったが、両チームともにレベルが高く、大会の中での成長を感じられる決勝だった。決勝の前日に筆者はJ1の浦和レッズ×川崎フロンターレを取材し、試合後にリオ五輪代表のキャプテンをつとめた遠藤航に話を聞く機会を得た。そこで大会で勝ち上がることがチームをより成長させるのではないかと聞くと、遠藤航は「だからこそ勝ち上がりたかった」と言葉に悔しさをにじませていた。 振り返れば手倉森誠監督の率いる日本チームも3試合の中で確かな成長を見せ、3試合目のスウェーデン戦は手堅い内容ながら、しっかりと勝ち点3を取ることができた。しなし、同時キックオフで行われていたナイジェリア×コロンビアはすでに首位通過を確定させていたナイジェリアがコロンビアに敗れたため、日本の予選リーグ敗退が決まったのだ。 初戦は最終的に銅メダルを獲得することになるナイジェリアとの試合だった。FWの久保裕也を直前にクラブの事情で招集できなかったこともあり、[4−3−3]というシステムで臨んだが、序盤に4点が入る流れから前半の終了間際と後半の立ち上がりに追加点を許すと、GK櫛引政敏のミスから5点目を奪われた。そこから諦めることなく浅野拓磨と追加招集の鈴木武蔵のゴールで1点差としたが及ばず、5−4で敗れてしまった。この試合で露呈してしまったのが世界大会の雰囲気とナイジェリア人選手のリズムにうまく対処できなかったことだ。 1失点目は右ウィングのエゼキエルを中島翔哉と藤春廣輝が数的優位で突破され、ワイドからのシュートを櫛引が手前に弾いてしまったことが直接の要因だが、ゴールを決めたサディク・ウマルに決められたのは二列目から日本のペナルティエリアに侵入するMFのミケルを大島僚太が見逃し、そこにセンターバックの植田直通がチェックに行ったため、ゴール前のコースが空いてしまっていた。またゴール前に詰めていたサディクとオグヘネカロ・エテボが交差に動き出した時に、塩谷と右サイドバックの室屋成の対応が甘くなったこともある。つまり守備におけるあらゆる負の連鎖が生んだ失点だったのだ。痛すぎた5失点 そこからすぐに追い付き、直後に2点目を喫しながら再び同点ゴールを決めて追い付くという両者で“ドタバタ劇”を演じると、42分にはカウンターから塩谷がサディクに翻弄される形で最後は植田のクリアミスをエテボに流し込まれ三たびの勝ち越しを許した。さらにサディクに塩谷と室屋の2人が付きながら突破されかけ、塩谷のファウルでPKを与えてしまう形で4失点目。さらに裏へのロングボールを櫛引が足で処理に行ってしまい、こぼれ球をエテボに流し込まれて5失点目となった。 そこから浅野と鈴木がともに持ち味を生かして1点差に迫ったことはポジティブに捉えることもできるが、5失点のほとんどは普通なら考えにくいやられ方であり、ナイジェリアの身体能力に手こずった部分も含めて、国際経験の不足が招いたものだった。4チームのうち2チームしか勝ち上がれないレギュレーションを考えれば初戦を落とすというのは非常に痛い。リオ五輪サッカー男子1次リーグB組日本対コロンビア。指示を出す手倉森監督=8月7日、マナウス 結局この敗戦が響いたわけだが、コロンビア戦はナイジェリア戦ほど個の力で劣勢ではなかっただけに、中央突破かエースのテオフィロ・グティエレスに決められたミドルシュートはともかく、2失点目のオウンゴールは痛かった。GK中村航輔が足で弾いたボールを信じられない形で藤春がオウンゴールをしてしまったが、カウンターから遠藤が破られ、さらに植田と塩谷のコンビがタイトな対応ができずシュートを打たせてしまった流れもあった。 その状況から2点のビハインドから浅野と中島のゴールで2−2に追い付いたことはU−23アジア選手権の韓国戦で0−2から逆転勝利した経験も生かされたはずだが、今回は逆転まではできず引き分けで勝ち点1となり、もし3戦目でスウェーデンに勝利しても、コロンビアがナイジェリアに引き分け以下でなければ予選リーグを突破できない状況となった。 2試合続いた熱帯地域のマナウスからサルバドールに会場を移したスウェーデン戦は[4−4−2]と[4−4−2]のいわゆる“ミラーゲーム”となったが、日本は持ち前の機動力とコンビネーションでスウェーデンの守備ブロックを崩しにかかった。しかし、最後はクロスを高さに勝る相手DFに跳ね返されるなど、なかなか決定的なゴールチャンスを作れないまま迎えた後半、途中出場で攻撃を活性化させた矢島慎也が左サイドを破った大島のマイナスクロスにスライディングで合わせ待望の先制点をあげた。疑問視されたオーバーエイジ そこから手堅い守備とポゼッションを駆使した攻撃で時計を進めた日本はスウェーデンのパワープレーにも破られることなく1−0で勝利を飾った。しかし、試合が終了してすぐにもう1つの試合結果を伝えられた日本の選手たちはしばらく、その場で呆然とするしかなかった。1勝1分1敗。手倉森誠監督が4年間をかけて育てたチームは確かな成長を見せたが、予選リーグの突破はならなかった。リオ五輪、サッカー男子1次リーグ日本対スウェーデン。スライディングしながら決勝ゴールを決める日本・矢島慎也(中央奥)=8月10日、ブラジル・サルバドルのフォンチノバ・アリーナ  多くのファンに疑問視されたオーバーエイジに関しては欧州組の招集が厳しくても、より国際経験のあるA代表の主力クラスを入れるべきだったという意見が出るのも当然だろう。ただ、U—23アジア選手権からリオ五輪までの間にケガ人が続出し、左SBやCBなど手薄なポジションが生じたことも影響したことは確かだ。彼らをチームに組み込むタイミングが本番直前になったことも戦術理解や連携面の問題に影響したと見られ、予選が無い東京五輪で事前にテストの場を設けるなど改善策も求められる。 この結果を受け日本サッカー界としては4年後の東京五輪に向け、リオ五輪での課題を検証して次につなげることは重要だが、今回の大会を経験した選手は2年後のロシアW杯がある。そして9月にはアジア最終予選が始まる。リオ五輪の最終メンバー発表において手倉森監督はリオ五輪でメダルを獲得することを目標として掲げながら、そこが選手たちのゴールではなく、大目標がロシアW杯であることを主張した。 遠藤や浅野、南野といった“ハリル・ジャパン”経験者はA代表に定着し、主力争いに割って入れるか、さらにA代表にステップアップできる選手が出て来るか。もちろん今回の大会ではメンバー外となった選手にもチャンスはある。「僕らの世代がどんどんロシアまでにA代表の主力を脅かしていないといけない」と遠藤。リオ五輪での予選リーグ突破、そしてメダル獲得はならなかったが、ロシアで躍進するために、彼らの成長が日本の力になる。

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    なぜ日本男子マラソンは低迷を続けるのか、東京五輪への再建策とは

    (THE PAGEより転載) リオ五輪の最終日を飾る男子マラソン。「入賞」を目指した日本勢の戦いは想像以上に厳しかった。5kmを15分31秒という落ち着いた入りも、左アキレス腱痛に苦しんだ北島寿典(安川電機)が、3km手前で遅れる。給水時などにペースが上がったものの、スローな展開は変わらず、中間点の通過は1時間5分55秒だった。ここから徐々にペースが上がると、石川末広(Honda)が苦しくなり、27km過ぎで佐々木悟(旭化成)もトップ集団から引き離された。 日本勢は「ペースの上げ下げがあった」と口にしたが、世界のトップランナーが“本気の走り”を見せたのは30km以降だった。2時間4分33秒のタイムを持つレミ・ベルハヌ(エチオピア)が前に出て先頭集団が一気にばらける。そして、35km過ぎにエリウド・キプチョゲ(ケニア)がアタック。持ち味のスピードで最後まで押し切り、2時間8分44秒で金メダルに輝いた。2位はフェイサ・リレサ(エチオピア)で、3位はゲーリン・ラップ(米国)だった。男子マラソン序盤に並走する日本の佐々木(中央左)と石川(同右)。雨中のレースで日本勢は惨敗した=サンボドロモ発着周回コース(代表撮影) 日本勢は佐々木が16位で2時間13分57秒、石川は36位、北島は94位という無残な結果に終わった。優勝したキプチョゲは4月のロンドンで世界歴代2位の2時間3分05秒を叩き出している選手。日本勢とは自己ベストで5分以上の開きがあった。 世界のマラソンは高速化が顕著になっている。それをけん引しているのが、スピードのある選手たちだ。今回のメダリストを見ると、キプチョゲは北京五輪5000mで銀メダル、ラップはロンドン五輪1万mで銅メダルを獲得している(リオ五輪1万mでも5位)。ふたりは5000mで12分台、1万mで26分40秒台の自己ベストを持っているのだ。5000mの自己ベストを比較すると、日本勢(マラソン代表は石川の13分42秒が最高)とは40~50秒もの大差がついている。 近年の世界大会は、スローペースで進んだとしても、どこかで必ず「高速レース」になる。そのときに、日本勢は、5kmで30秒ほどの差を簡単につけられてしまうのだ。スピードでは太刀打ちできなくても、「夏マラソンでは勝負になる」という日本人のポジティブな発想は“幻想”になりつつある。 4年前のロンドン五輪では中本健太郎(安川電機)が5位入賞を果たしているが、メダル争いに絡んだわけではなく、終盤に順位を上げての快挙だった。冷静に考えてほしい。いまの日本は世界のトップと互角に戦えないのは明らかだ。 男子マラソンは2002年に世界記録(2時間5分38秒/ハーリド・ハヌーシ)と日本記録(2時間6分16秒/高岡寿成)が誕生した。その後、世界記録は6度も塗り替えられ、現在は2時間2分57秒(デニス・キメット)だ。反対に日本記録は、一度も更新されていない。それどころか2時間6分台すら誰もマークすることができず、現役最速タイムは今井正人(トヨタ自動車九州)の2時間7分39秒という寂しい状況が続いている。そのせいか、日本実業団連合が『Project EXCEED』をスタートさせて、日本記録の更新に1億円(監督・チームにも5000万円)の報奨金を出すと発表したが、選手にはあまり響いていない印象だ。なぜ高速化への対応が遅れたのか アフリカ勢に完敗することが目に見えているなか、なぜ日本勢は高速化への対応が遅れたのか。 ひとことでいうと、「現実を逃避し続けてきた結果」だと筆者は感じている。男子マラソン16位でゴールした日本の佐々木悟(右)=8月21日、サンボドロモ発着周回コース(撮影・大橋純人) 現在、日本の実業団チームにはリオ五輪1万mで銀メダルを獲得したポール・タヌイ(九電工)のような世界トップクラスの選手が所属しているが、日本人はトラックや駅伝で、彼らと真剣勝負をしてこなかった。トラックでは早々と勝負をあきらめ、ニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)では「インターナショナル区間」を設けて、外国人選手を締め出している。世界と本気で戦う気持ちがあるなら、国内の大会から強い外国人選手と真っ向勝負すべきだろう。 日本国民に大人気である箱根駅伝の熱狂も、マラソン強化に役立っているとは言い難い。ソウル五輪の5000m・1万m日本代表で、拓殖大で13年間の監督経験もある米重修一も、「単純にレベルは上がりました。でもこの中から1万m26分台ランナーが本当に出るのか心配になりますよね。私は監督時代、突っ込んでブレーキすることは怒らなかったですけど、イーブンペースで行くような選手が大嫌いでした。そんな駅伝をやっていたら世界で勝負できませんから」と箱根ランナーの将来性を危惧している。 日本のマラソンはチームごとの強化が基本スタイルだが、日本陸連も「強化策」を考えて、取り組んでいる。しかし、うまく機能していない。リオ五輪の「メダル」を目標に掲げて、2014年4月に『ナショナルマラソンチーム』(以下NT)を始動したものの、空回りに終わったからだ。 発足時の会見で、酒井勝充・強化副委員長(中長距離・ロード部門統括)は「リオ五輪でメダルおよび上位入賞者を目指すための取り組みです」とNTの目的を話していた。その最大の目玉は、合同合宿で選手の医科学データをとり、「暑さへの適正」を代表選考に生かそうとしていたことだ。当初は、北京世界選手権とリオ五輪は、合同合宿で取得したデータも選考基準になるため、NTに入ることは選考に「優位性」があるという説明だった。しかし、その後、「NTの選手を優先的に選ぶ」という条約が撤廃されるなど、日本陸連のチグハグな強化策に選手や関係者は戸惑っている。ただでさえ実力が足りない日本勢 ただでさえ、実力が足りない日本勢だが、他国のマラソン選手と違い、「駅伝」というミッションもある。男子の場合は12月初旬に福岡国際、2月下旬に東京、3月初旬にびわ湖と世界大会のマラソン代表選考レースが開催される。そして元日にニューイヤー駅伝だ。現状のスケジュールだと駅伝とマラソンを両立するのは難しい。ニューイヤー駅伝で優勝経験のある選手は、駅伝とマラソンの関係についてこんなことを語っていた。94位でゴールした日本の北島寿典=8月21日、サンボドロモ発着周回コース(撮影・大橋純人)「チームとしては駅伝の優勝が最大の目標になります。そのため、福岡を走るのは難しい。かといって東京やびわ湖だと、ニューイヤー駅伝のあとに少し休んでからマラソン練習をすると時間が足りません。マラソンでタイムを狙うとしたら、9月のベルリンか10月のシカゴ。あとは4月のロンドンしかないんじゃないでしょうか」 マラソンは42.195kmの勝負だが、ニューイヤー駅伝は最長区間でも22km。当然、トレーニングの中身が変わってくる。そう考えると、駅伝はマラソンの邪魔でしかない。たとえば、世界大会の選考レースを11~1月に固めてしまい、全日本実業団駅伝を3月に開催するかたち(もしくはマラソンを1~3月、駅伝を11月前半にする)にするなど、競技日程を見直す必要があるだろう。  暑さに強く、攻めのレースができる今井正人(トヨタ自動車九州)、マラソンに本格参戦して「成功」の道を模索している佐藤悠基(日清食品グループ)、2月の東京マラソンで外国人勢に食らいついた村山謙太(旭化成)、大学3年時から東京五輪を明確に意識して取り組んでいる服部勇馬(トヨタ自動車)、それから日本長距離界のエースになった大迫傑(ナイキ・オレゴンプロジェクト)。ポテンシャルを考えれば、世界でもおもしろい戦いができる選手たちはいる。 彼らの能力を最大限に発揮できるような“環境づくり”が日本マラソン界にとって急務になるだろう。2020年の東京五輪まで、もう時間はない。 (文責・酒井政人/スポーツライター)

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    五輪3回出場、障害馬術の第一人者が教える「本番で結果を出せる人」

    中野善弘(乗馬クラブクレイン取締役)8月5日に開幕したリオデジャネイロオリンピックオリンピックという大舞台においては、普段とは雰囲気や緊張感がまったく違うという。どのアスリートも多くの時間を練習に費やし、本番に挑む。だが、本番でその力を十分に発揮できる人もいれば、できない人もいる。その違いは何か。障害馬術日本チームがリオデジャネイロオリンピック出場を決めた際のコーチを務め、他にも馬術の国際大会で監督やコーチを歴任している中野善弘氏に、「本番で結果を出せる人と出せない人の違い」について伺った。オリンピックの障害馬術も、これを読めばぐっと興味深く観ることができるはずだ。意外と知られていない「障害馬術」の世界 私がやっている障害馬術という競技は、競技アリーナにさまざまなデザインの障害が設置され、障害についている番号順通りに飛越しなければなりません。 馬にとっては初めて見る障害、苦手な障害もあり、本番までのトレーニングの成果が試されます。 障害は高さや幅が違い、オリンピックなどのトップレベルの大会では高さ160cm、幅200cmにもなります。連続して設置された障害やカーブの途中にある障害もあり、馬が飛びやすいようにどう誘導するか、また、どうすればより早いタイムでゴールを切れるかを選手は考え、競技に臨みます。 通常のルールは「減点法」で、障害の落下、障害の拒否、拒止は減点4、落馬、2回の反抗、コース間違い等は失権となります。 そうしたミスなく規定タイム内でゴールできた選手のうち、一番減点の少ない者同士でジャンプオフ(決勝競技)が行なわれ、また改めて決められたコースを無過失で、タイムの早い人馬が1位となります。実はセンスの良い人ほど本番で失敗する? 日本トップクラスの障害馬術選手から若手選手まで、多くの選手を指導してきましたが、どんなレベルの選手にも共通して言えることは、「センスの良い人や成功体験のある人ほど、本番で失敗に陥りやすい」ということです。 その理由は、“自分の感覚”を一番に信じてしまうからです。 つまり、周囲からのアドバイスを柔軟に取り入れることができず、「自分基準でここまでできていれば大丈夫」という勝手な自己判断で本番を迎えてしまうため、前評判以上の結果が出せないのです。 たとえば、本番直前の練習では人馬ともに十分に仕上がっているかのチェックを行ない、もし仕上がり状態が不十分な場合、監督やコーチがアドバイスをします。監督・コーチは選手を客観的に見ることができるため、本人が気づけない些細な変化や不調にも気づくことができます。結果を出せる選手はこのアドバイスを元に調整を行なうのですが、センスの良いとされる選手や成功体験のある選手ほど、『これくらいできていれば、あとは自分次第で本番もなんとかなるだろう』と安易に考え、この調整を軽視しがちです。その結果、本番で失敗してしまうのです。成績が乱高下しがちな選手の特徴とは成績が乱高下しがちな選手の特徴とは? さらに、こういう人たちはスランプに陥りやすいという特徴があります。スランプになって初めて自分を客観視し、人の助言が耳に入ってくるようになるのです。成績が乱高下する傾向にある選手の多くは、こうしたタイプと言えます。 一方、トップアスリートの中でも常に良い成績を出せている人は、どれだけ成功体験を積み重ね、センスが磨かれても自分を過大評価せず、他者からの助言を柔軟に取り入れます。だから本番でも結果が出せ、スランプに陥ることもないのです。 これは他のスポーツはもちろん、ビジネスでも同じでしょう。職場では監督・コーチは上司にあたると思います。皆さんもいろいろと細かい要望や指摘をされ、うんざりするといった経験がある方も多いと思います。 アドバイスをするコーチ 特に入社3~10年目くらいで、1人である程度仕事をこなせるようになり、成功体験も持ち始めた頃のビジネスパーソンに多いのではないでしょうか。 自分の感覚を持つことはもちろん重要ですが、客観的な意見に素直に耳を傾け、時には自己流を軌道修正することが、結果を追い求める上では重要なのです。人間も馬も「押し付け」には反発する 結果を出せる人は「意思の強い人」というイメージを持っている方も多いと思います。もちろん、自分の意思を貫き通すことは悪いことではありません。しかし、個人競技ならともかく、チーム競技になるとそれだけではうまくいきません。自分の意思を押し通すことで、相手の感情を害し、それが物事を悪い方向に進めてしまうことが多々あるからです。実際、トップアスリートの多くは強い意思を持ちつつも、「相手の感情」を尊重するという特徴があります。 実は、これは馬術においても一緒です。相手は『馬』ですが、馬も人間と同じく意思を持つ生き物です。そのため、選手の指示を受け入れてくれないこともあるのです。 そんなときに、ムチを使って自分の意のままに馬を動かそうとすると、逆に反発され、障害でミスをしたり馬が立ち止まってしまったりすることになります。それが嵩じて、落馬という事故につながることもあります。 これは、センスの良い馬を相手にしているときほど当てはまります。結果を残せる選手は、その時々の馬の状態を正確に察知し、『馬が力を100%発揮できているか』『気持ちよく障害を飛べているか』を常に意識しているのです。最後は「メンタルトレーニング」が勝負を分ける優秀なスタッフほど「相手の感情」に寄り添う 相手が人間の場合も同様です。交渉の際、自分の意思を押し付け“相手をコントロールしてやろう”というマインドでは、物事をうまく進めることはできません。相手の経験やスキルが自分よりも優れている場合、反対に相手の意のままに操られてしまうこともあります。 私は、障害馬術選手の育成以外に、乗馬クラブクレインの関東にある6つの事業所の運営責任者も担っていますが、やはり優秀なスタッフほど「相手の感情を意識する」ことを心がけているように思います。 乗馬体験にいらっしゃるお客様や新たに入会したいというお客様に対し、一方的に伝えたいことを話すのではなく、「相手がなぜ乗馬に興味を持ったのか」「何がネックになっているのか」「心地よい空間と感じてくれているか」を意識して話を進められるスタッフほど、お客様との関係構築も上手くいきますし、結果にもつながっているようです。「いつも通り」ができないと、馬は混乱する 本番に強い人の最後の条件、それは「普段から本番を意識したメンタルトレーニングを行なっているかどうか」ということです。 意外と知られていませんが、障害馬術という競技は当日までどのようなコースを走るのか、どういった障害が設置されているのか開示されません。人間だけは下見といって、本番15分前にコースを歩くことができるのですが、馬は本番で初めてそのコースを走ることになります。 人間の役割は、15分の間に障害と障害の間を馬に何歩で走らせるか、ミスなく早くゴールするために、どこで勝負をかけるかを判断すること。そして何より重要なのが、普段の練習時と変わらない乗り方をすることです。 たとえば、人間が緊張していつもとはコントロールの加減が違ったりすると、馬は「あれ? いつもの指示とは違うな。どう動けばいいんだ?」と混乱してしまうのです。 競技自体はわずか2~3分程度なので、緊張で通常通りの乗り方ができないと、立て直す間もなく競技はあっという間に終わってしまいます。最後は「メンタルトレーニング」が勝負を分ける 本番でいつも通りの乗り方をするためには、普段の練習の際から本番を想定したメンタルトレーニングをしておくことが何よりも重要です。 私は今年58歳になりましたが、現役の障害馬術選手として大会に出場しています。 本番で最高のパフォーマンスをするために、練習を行なう際は、『これはすごく大きな大会……観客もたくさんいる……周りの選手にもカッコ悪いところは見せられない!』と本番と同じ心理状況に持っていき、障害を飛ぶようにしています。練習でこれを繰り返すことで、プレッシャーを味方につけ、緊張すればするほど結果を出せる体質に変わってきました。 仕事も同様だと思います。いくらプレゼンの練習をしたところで、本番では相手がみな難しい顔をしていて最悪の雰囲気の中で話をしなくてはならないこともありますし、予測もしなかった質問が飛び交ったりもします。そうした“いつもとは違う状況”で力を発揮するには、普段から意図的にその状況を作り出し、トレーニングをする必要があります。 この時のポイントは、環境だけでなく意識もその状況下に置かれた状態に持っていくことです。プレゼンであれば、自分の話す内容だけを練習するのではなく、その場の緊張感などを想定し練習をするのです。たとえば「ドアを開けた瞬間、5名の参加者が座っている。笑顔はなく部屋全体が緊張感に包まれ、全ての視線が自分に注がれている。心臓の音も聞こえるし、手にも汗をかきはじめた。声も上ずってしまいそうだ。この空気に飲み込まれてはいけない」などと、できるだけ具体的に、本番に置かれるであろう心理状況に近づけるのです。「キャリアを積み重ねても、人の意見に素直に耳を傾けること」「相手の意思を尊重すること」「本番を意識したメンタルトレーニング」を意識することで、本番で結果を残せる人材を目指しましょう。なかの・よしひろ 乗馬クラブクレイン取締役。過去4回オリンピックへの出場(内1回は直前で棄権)を果たすなど、日本のトップ障害馬術選手として活躍。アジア大会では、2度(ソウル[‘86年]・広島[’93])団体で金メダルを獲得。2005年には、国内競技500勝を達成する。現在は、乗馬クラブクレインの関東圏にある6事業所を束ねる支社長と障害馬術部門のコーチを務めるほか、公益社団法人日本馬術連盟の障害馬術本部副強化委員を兼務し、若手選手の育成や大会運営などにも力を注ぐ。関連記事■ 山本昌・野球界最年長投手のやる気の源とは?■ 『スッキリ!!』の敏腕リポーターが語る「強い自分の作り方」■ 「仕事より健康優先」がハイパフォーマンスを実現する

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    苦境をはね返す日本選手の逆転力

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) さまざまな選手から感動をもらえているリオ・オリンピックですが、鳥肌が立つような劇的な逆転勝利が目立ちます。終盤を迎えての女子フリースタイルで登坂、伊調、土性3選手のいずれもが逆転勝利の金メダルでした。またそれに続くように、バトミントン女子ダブルス決勝では高橋・松友選手が、最終ゲームで16-19と追い込まれながら、連続6ポイントをとる鳥肌が立つような大逆転優勝です。この勢いに乗って男子400メートルリレーもメダルを期待したいところです。 女子だけでなく、もちろん男子も記憶に残る大逆転劇はありました。記憶に残っているだけでも体操個人総合で内村選手が最終種目鉄棒で奇跡的な大逆転金メダル、テニスの準々決勝で錦織選手が第3セットでタイブレークに突入し、モンフィス選手にマッチポイントを握られてから5ポイント連取の逆転勝利とか、 卓球男子団体決勝で水谷選手が2対2で迎えた第5ゲームで7-10からの大逆転も記憶に残るゲームでした。 水谷選手といえば、卓球男子シングルスで銅メダルを獲得した際のガッツポーズに、野球評論家の張本さんが「あんなガッツポーズはダメ。手は肩より上げちゃダメ」と理解不能な注文をつけていましたが、卓球を武士道の一種と間違っているのでしょうか。ネットにかつて張本さんがド派手に手を上げながらジャンプする写真が拡散され、大恥をかいておられましたが、張本さんも、世界の舞台で活躍する若い世代の気持ちやスタイルをもっと理解しないと年寄りのたわごとで終わってしまいます。金メダルを獲得した高橋礼華(右)・松友美佐紀ペア(甘利慈撮影) 勝って獲る銅メダルが多かったこともあるのかもしれませんが、今回のリオ・オリンピックでは日本の選手たちが苦境にもめげず、試合に向かっていって勝ちをとるシーンが多かったことが印象に残ります。 苦境をはね返す日本選手の逆転力といえばいいのでしょか。なにか新鮮さを感じるのです。しかも、それはかつて強調された『根性』とは異なっています。 今回のリオでは『根性』という言葉はほとんど聞かなくなりました。かつての『根性』が強調された時代は、むしろ日本は、苦境に弱く、追いつめられると、そのプレッシャーに心が折れ、あっさりと負けてしまうことが多かったように思います。 冷静なゲームの組み立てや判断力、応援してくれた人たちに勝って応えたい気持ち、勝利への執着心が、神がかったような集中力を高め、逆転を呼び込んだのでしょう。そんな精神力はきっと積み重ねてきたハードな練習による技術、体力、気力から生まれてくるのに違いありません。 強い選手を生み出すのに、必要なのは育てる環境だということでしょう。『根性』で勝てるほどオリンピックは甘くありません。 韓国がその時代変化に乗り遅れてしまったようで、ロンドンでは日本を超える金メダルをとっていましたが、今回は惨敗です。 おそらく、韓国も生活が豊かになり、もはやハングリー精神や日本には負けたくないという目標では選手のモチベーションアップにつながらなくなり、さらに選手を育てる環境づくりに遅れをとってしまったことが原因だと思います。 なにか強いスポーツ選手に必要なものがなにかを教えてくれているようなリオ・オリンピックですが、東京オリンピックも選手が活躍できる環境づくりをぜひとも優先してほしいものです。オリンピックは、競技場などの箱モノは主役ではなく、あくまで選手が主役なのですから。 どうも、選手を育てる環境づくりよりは、無責任に東京オリンピックの予算は1兆円だ、2兆円だという箱モノ大好きな人たちがおられますが、そういった人たちは早々に引退願いたいものです。 それにしても、現在金メダル12のうち、女子が8つというのも、「女性の時代」を感じさせますね。政治の世界も世代交代と女性比率を革命的にあげれば日本も経済の停滞から抜け出し、グローバル競争のなかでも大逆転ができるようになるかもしれません。(2016年08月19日「大西宏のマーケティングエッセンス」より転載)

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    オリンピックは曲がり角 「平和の祭典」が空しく響く実像

     猪野亨(弁護士) リオデジャネイロでは4年に一度のオリンピックが開催されています。日本人選手も活躍されているそうですが、見てみようという興味があまり沸きません。この小林よしのり氏の「反戦番組よりオリンピック」を読むまでは、このテーマで意見を述べようという気にもならなかったかもしれません。 従来、左翼は、①何故、マスコミは日本人選手ばかりを報じるんだ、②国と国との闘いではない、と批判していたが、今年は、そのような声も聞かれないというのです。 ①はともかく、金メダルがいくつだ、とかそのたびに大はしゃぎするマスコミの姿などには私はほとんど共感が持てません。金メダルというよりもオリンピック自体が世界的にもみても曲がり角に来ているのではないでしょうか。閉会式を前に会場で盛り上がる人たち=8月21日、リオデジャネイロ(共同) ロシアの選手の組織的なドーピング問題は、恐らくロシアだけではないんだろうなと思います。日本の選手はドーピングとは無縁だろうとは思いますが、国威発揚につなげたいという各国の指導者たちの思惑は常にあるわけであり、それは日本も例外ではありません。日本も外国でも自国の選手が金メダルを取ればインスタントナショナリズムが巻き起こる瞬間です。 東京オリンピックが決まったときも高揚感ばかりが演出されていました。その東京オリンピックですら、カネのかけすぎとか利権だとかが遅まきながらクローズアップされるようになり、今となっては東京オリンピック開催を決めたことを疑問に思っている人たちも少なくはないと思います。「東京オリンピックに1兆8000億円が必要だとわかっていたら招致に賛成しましたか?」 リオデジャネイロでの開催も直前の政情の不安定化など問題も山積していました。ジカ熱の蔓延は、選手の参加意欲を削ぐものとなり、オリンピックの体をなしていないのかもしれません。国家間の対立を超えてオリンピックはあるんだと言われても、本当にそうなのかなと思うこともあります。反戦報道を縮小してしまうマスコミ 柔道では、エジプトの選手がイスラエルの選手と対戦し、敗退した後に「礼」と「握手」をしなかったことについてブーイングが起きたということですが、エジプト国内でも試合を辞退しろ(要はイスラエルの選手との試合をするな)という声があったといいます。「【柔道】エジプト選手、イスラエル選手との握手を拒否…会場はブーイングなど波紋呼ぶ」(スポーツ報知2016年8月13日)「12日行われたリオデジャネイロ五輪の柔道男子100キロ超級1回戦で、イスラエルのオル・サソンがエジプトのイスラム・エルシェハビに一本勝ちした後、握手しようと手を差し出したが、エルシェハビ選手が拒否、会場からブーイングを浴びた。」イスラエルのサソン選手(左)の握手を拒むエジプトのエルシェハビ選手=8月12日 確かに、このエジプトの選手ですが、試合に勝っていたら「礼」も「握手」もしたのかもしれません。負けたからしなかったというようにしか見えなかったのかもしれません。ただ、イスラエルという中東の侵略国家に所属する選手との対戦であり、長いことオリンピックという「平和の祭典」を通して共存を模索してきたということになるのでしょうが、やはり侵略国家イスラエル問題を黙認したままで「平和の祭典」と言ってもみても空々しく聞こえてきます。 利権とドーピングとナショナリズムというオリンピックの特徴がますます色濃くなってきており、オリンピック自体が曲がり角に来ているのではないでしょうか。それにしてもオリンピック報道だけは欠かさず、反戦報道を縮小してしまうマスコミの姿勢は、昨今の安倍ウヨク政権の意向ばかりが反映されています。

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    ロシアの五輪参加を条件付で認めたIOC裁定の是非

    によるドーピングを指摘され、「ロシア選手団のリオ五輪参加を拒否すべき」と勧告を受けていたIOC(国際オリンピック委員会)の緊急理事会が24日、開かれ、ロシア選手団のリオ五輪参加を条件つきで認め各競技のIF(国際連盟)に最終判断を委ねた。 ロシアの共同責任と個人の権利の間をとった“灰色決着”で、各国際競技団体に判断を丸投げした形だが、この裁定を巡って、国内外で賛否が渦巻いている。さっそく勧告を無視されたWADAは、「ロシアの国家主導のドーピングは、スポーツの高潔性を脅かすもの」と主張して、IOCの裁定を批判。米国とカナダのそれぞれのアンチドーピング機関も、「IOCはリーダーシップを発揮できなかった」と、ロシアの参加を拒否しなかったIOCの判断を叩いた。 米メディアも「USA TODAY」が「IOCは魂を売った。強力な組織からの圧力があった」と、強烈に批判すると同時に、さっそく各国際競技団体の反応を伝えた。 ロシアの参加に反対の姿勢を示したのは、ウエートリフティング連盟。米国バイアスロン協会のCEOの「トーマス・バッハ(IOC会長)は、クリーンな選手に背を向けた」というコメントも紹介された。 一方、国際テニス連盟は、リオ五輪のロシアのエントリーを承認したと発表。体操と水泳の国際競技連盟も、それぞれIOCの裁定と同じく包括的にロシア選手団全員の参加を拒否するという考えには、反対の姿勢を明らかにした。日本もJOCや選手らが、おおむねロシア選手に出場機会が残った裁定に理解を示した。リオデジャネイロで開かれたIOC総会=8月2日 8月5日の開幕まで、ほとんど時間がない中でドーピングがクリーンな選手をしっかりと証明することが可能なのか、などの問題も残ったままで、IOCが曖昧な裁定を下したことで、競技団体ごとに、ロシア選手を全面拒否するか、一部を受けいれるかが、バラバラになるという異常事態を招くことになった。 スポーツの国際情勢に詳しいスポーツ総合研究所の所長で、東海大学国際教育センター教授の広瀬一郎氏は、「基本的には五輪の選手選考は、IF(各国際競技団体)が行うものであるという原則がある。1984年から五輪にプロが参加したが、それを認めていなかった日本では“選手選考は各国際競技団体がするものだから私たちは知らない”という立場を貫いたことがあるが、今回のIOCの裁定も、五輪の原則に従ったにすぎない。 ロシアの国家としての共同責任を問うと、それは政治的な判断になりかねないため、あえて避けたのだろう。東海大学国際教育センター教授今後、認める団体、認めない団体が出てくる中で、クリーンさを保ち、政治的な色を消すことにもつながり、五輪精神にも反しないギリギリの判断をしたと思う」と、今回のIOCの裁定を評価した。 IOCのトーマス・バッハ会長は同日、電話を通じて記者会見した。「集団の責任と(ドーピングに関与していない)個人の権利の間でバランスをとらねばならなかった」と語り、苦渋の決断だったことをにじませた。 バッハ会長は今回の措置について、「極めて深刻な問題であり、(ロシアが国として)共同責任を取らねばならない」と述べた。一方で「クリーンな選手を競技に参加させれば、(反ドーピングの)手本となる」と語り、個々のロシア選手を慎重に審査した上で、クリーンな選手だけを参加させることを決めたと説明した。 今後、ロシアの選手たちは外国の機関で検査を受け、国際競技団体に出場を認められる必要があるが、リオ五輪開幕は来月5日で、時間は極めて限られている。だが、バッハ会長は「それ以外、選択肢はない」と述べた。 一方でバッハ会長は、世界反ドーピング機関(WADA)調査チームの報告について、「問題の一部しか触れられていない。我々は100%完全な調査を行う」と強調。今後、露スポーツ省や政府当局などを対象にした徹底調査を行うという姿勢を鮮明にした。 今回の緊急理事会では、ドーピング疑惑を最初に告発した露女子陸上中距離のユーリア・ステパノワについて、リオ五輪の競技への出場を禁じることを決めた。ただし、「将来の告発者を勇気づけた」(バッハ会長)ことから、夫と共にリオ五輪に特別に招待することを決めた。

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    五輪はドーピングの闇と決別できるか

    栄光と偉業。4年に一度、スポーツの頂点を競う五輪は世界を魅了する。ただ、その輝かしい光景を瞬時に暗転させるのがドーピングである。ロシアによる国家ぐるみの隠ぺいが発覚し、競技よりも注目が集まるリオ五輪。スポーツは誰のためのものか。ドーピングの闇とオリンピズムの意義を考えたい。

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    プーチンとIOC、勝者はどちら? リオ五輪ドーピング問題の全内幕

    の問題はいわゆる「ステートアマ」という問題と一体であり、ナショナリズムとも深く関わっているので、当然オリンピックの思想であるオリンピズムの問題でもある。オリンピズムはナショナリズムとの闘いの歴史だからだ。冷戦時代、資本主義の諸国に対抗して、共産主義諸国は国威を発揚すべく、オリンピックでの勝利のために国を挙げて強い選手を作り上げることに全力を注いだ。ドーピングの問題を抜きにしても、このあり方はオリンピックが大切にしてきたアマチュアリズムの問題とぶつかった。表面上はアマチュアだが実質はプロ。ステートアマとはそういう対象に対しての俗称であった。国ぐるみのドーピング発覚でも五輪が存続されねばならない理由 共産主義諸国の選手は国が何から何まで面倒を見て、優秀な選手を作り上げる。彼らは生活を保証されスポーツのためだけに日々をおくる。一方で資本主義諸国の選手にはアマチュア規定の縛りがあり、スポーツのために金銭を得てはいけないので、いわゆるプロ選手、職業選手はオリンピックに出ることができない。これではソ連や東独にメダルを独占されても仕方がない。このアンフェアな状況を正し、オリンピックが真に頂点の戦いになるためには、改革が必要であった。そしてそれを実行したのが、1980年に国際オリンピック委員会(IOC)会長となったフアン・アントニオ・サマランチである。彼は在ソ連スペイン大使の経験もあり、ソ連のスポーツ界のすべてを知り尽くしてもいた。 ステートアマ問題に対してサマランチは、選手資格から「アマチュア」コードを抜き去ることで対応した。オリンピックはステートアマの体制を改善するという道を選ばず、プロ化の道を選択したのである。 これがドーピングに拍車をかけることになり、そのバランスをとるためにアンチ・ドーピング対策という施策をサマランチは打ち上げるのだが、国家ぐるみでドーピングを仕掛ける体制にIOCが立ち向かうのは至難の業。ドーピングを見つける技術とドーピングを隠蔽する技術の「イタチごっこ」に陥った。1998年、東独の国を挙げてのドーピングが明らかになった時に感じた虚しさは相当なものだった。これまでに開催されたオリンピックが生んだ記録、そして感動さえもいったい何だったのか?と。 それでもオリンピックは存続されねばならないのか? 私の答えはYESである。なぜか? もし世界の平和を考えるとすれば、オリンピック以外に人類が平和を志向できるツールが思い当たらないからである。国や宗教を超えての人類の調和の手段としてスポーツが有効であると信じるからである。 今回、世界反ドーピング機構(WADA)の調査によって、ロシアが国を挙げてドーピングを行っていることが発覚し、リオ五輪へのロシア選手団の参加を全面的に拒否するようIOCに提言した。東独の国家ドーピング計画が解体した後も、ロシアでは粛々とドーピング研究を実践していたということだ。あるいは東独のドーピングの知財がロシアに移譲された可能性もあるかもしれない。 このWADAの判断に、IOC改革「アジェンダ2020」(五輪改革提言20+20)に本気に取り組んでいるIOC会長トマス・バッハがどのような結論を出すのか大いに注目された。「アジェンダ2020」の中でも大きな比重を占める「クリーンなアスリートを守る」という提言を実践できるかどうか、その試金石とも言えたからだ。プーチンがバッハに送った「謝罪メッセージ」 だが、IOCの結論はロシア選手団の全面排除ではなかった。このことには様々な批判が沸騰し、私も正直落胆を覚えた。しかし、冷静になって、オリンピックの裏方時代の経験を振り返ると五輪が下せる判断はこれ以上でもこれ以下でもないと思わざるを得ない。 オリンピックに代表選手団を派遣することができるのは、その国と地域を統括する国内オリンピック委員会(NOC)以外にない。これはオリンピック憲章で決められている(規則27、28付属細則)。多くの人々は国こそが選手を派遣すると思っているかもしれないが、日本代表選手団を派遣するのは日本国ではなく、あくまでも日本オリンピック委員会なのである。同様にロシアの選手団を派遣するのは、ロシア政府ではなくてロシアオリンピック委員会である。そして、NOCはオリンピック憲章に基づいて、あらゆる勢力から自律していなければならない。 今回ロシア選手団を無条件に参加できないようにするには、ロシアNOCの資格停止以外に方法がない。ロシアが国ぐるみのドーピングを行っていたことが分かったとしても、その圧力にどのようにNOCが戦ったのかを調査しなければならない。 もちろん、そうは言っても実質的に国とNOCは一体でしょう? という声も聞こえる。が、後述するようにオリンピックはもともとポリティックスの要素を含んでいる。建前と本音の駆け引きで勝負しなければならない。2014年7月、サッカーW杯ブラジル大会の決勝戦前にIOCのバッハ会長(左)と話すロシアのプーチン大統領=リオデジャネイロ(AP=共同) IOCが結論を出す前の7月22日に、プーチン大統領が「新たに独立したドーピングを取り締まる委員会を作り、そこにはIOCやWADAからの第三者を招く」ことを発表した。それは、バッハ会長への謝罪のメッセージであった。「トーマスよ! あなたの五輪改革を邪魔する気は毛頭ないのだ。今回は許してくれ。リオへの参加は何とか認めてほしい」 バッハはWADAの調査とスポーツ仲裁裁判所(CAS)の裁定の結果でロシアにプレッシャーをかけ、ロシア全面排除の大ナタを振るうかもしれなかった。しかし、バッハの欲しかったものはそれ以上に未来への約束だったのである。「今後ドーピングはしない」というロシアの約束を、国家元首から引き出すことができた。しかも、ロシア選手団参加を全て許したわけではなく、それぞれの競技を統括する国際競技連盟(IF)に委ねた。プーチンがかろうじて得たものといえば、ロシアNOC存続だけである。IOCが守ろうとしたもの メディアでは「国際競技連盟に丸投げ」という表現もあったが、これも五輪と世界スポーツ機構についての無理解から来ている。実際、選手を持っているのはその競技を統括するIFであり、IOCではないのである。だから、それぞれの競技運営を統括するIFにそれぞれに所属する選手を判断してもらうしかない。今回の問題の発端にもなった国際陸連がロシア陸上競技選手のリオ参加を禁止したのと同様に、各IFが判断を任されたことになる。オリンピック憲章ではその国と地域を統括するNOCが、それぞれの競技を統括する国内競技連盟(NF)の推薦する選手を承認するのが基本だが、WADAから国家ぐるみドーピングの判定を受けた以上、NFの機能をIFが受け持つのはリーズナブルである。 バッハの裁きは彼自身がオリンピックにポリティクスとしての使命が有ることを理解している証とみる。19世紀末、帝国主義がはびこり、世界戦争勃発の危機が迫っていた。そんな状況の中でIOCが1894年6月23日に設立された。「スポーツで平和な世界を作る」ために、ピエール・ド・クーベルタンは古代オリンピックの復興を掲げた。当初からオリンピズムには、政治が含まれていたのである。国、政治、宗教、人種、性別などあらゆる垣根を超えて、スポーツで競い合う中に生まれる友情、敬意、そして相互理解を理想として、ナショナリズムを凌駕するポリティクスといえようか。しかし、それぞれの選手が国を代表するようにオリンピズムは一方でナショナリズムを前提としている。ここが現実主義の部分で、ナショナリズムと折り合いをつけながら、人類の調和に資する努力を続けなければならない。モスクワのロシア反ドーピング機関(RUSADA)の看板=5月24日(AP=共同) もし、今回、WADAの正義を全面的に履行したらどうなったか? ロシアはIOCの反対勢力としてあらゆる世界的なスポーツ大会への不参加を表明したであろう。そうなった場合、アジェンダ2020の「五輪の持続可能性」は露と消える。ロシアにもいるであろう「クリーンなアスリート」を楯にして、ロシアのリオ参加を可能にし、一方でIFによる厳格な選手資格認定を求める。それによって、オリンピックが世界の頂点の闘いであることを維持し、ロシアのナショナリズムと対等に渡り合う。 これが今回のバッハ裁定の核である。 その結果は前述のとおりである。バッハが得たものとプーチンの得たものを比べてみれば、どちらが勝利者であったかは明らかであろう。

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    悪徳警官も五輪モード! ヤバすぎる「犯罪都市」リオの真実

    ジカウイルス感染症に対する不安など、開幕前から多くの懸念材料が浮上しているが、最も懸念されているのがオリンピック期間中の犯罪の増加だ。 リオデジャネイロを州都にもつリオデジャネイロ州は、ブラジルで最も小さな州の1つだが、約1600万人が暮らし、州都リオデジャネイロの人口は約650万人だ。リオデジャネイロはブラジルで犯罪発生率が最も高い地域ではないが(ブラジルでは一般的に南部よりも北部の方が治安は悪いことで知られている)、近年の景気悪化に比例する形で犯罪も増加している。今年1月から5月の間にリオデジャネイロ州で発生した殺人事件は2083件。昨年の同時期と比較して、13%も増加していた。 単純に計算しても、1カ月の間に400人以上が殺害されており、ニューヨーク市や日本全体で1年間に発生する殺人事件の件数を超えている。国連薬物犯罪事務所が発表した統計によると、2014年にブラジル全土で発生した殺人事件は5万674件で、他国を大きく引き離す形で世界ワーストとなっている。世界第2位の人口で知られるインドよりも殺人事件が多く、殺人事件の被害者となる確率はアメリカの6倍以上となっている。近年、ラテンアメリカやカリブ海諸国で凶悪犯罪が増加傾向にあるが、年間1万件以上の殺人が発生する11カ国の中で、約半数となる5カ国がアメリカ大陸(アメリカ、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、コロンビア)にある。 リオデジャネイロの治安の悪さを象徴するものとして、たびたび名前があがるのがファベーラと呼ばれるスラム街で、公用地や権利関係で係争中の土地に住民が勝手に家を建て、そのまま大きなコミュニティに成長するケースも少なくない。リオ周辺には26のファベーラがあり、リオ市民の4人に1人がファベーラで暮らしているというデータも存在する。ファベーラで使われる電気は、近くの電線から無許可で盗用しているものがほとんどで、電力会社にとっては頭の痛い問題だが、リオのファベーラ内だけで1万以上の商店や企業が存在するといわれており、ファベーラの電力消費量も相当なものだ。 住民が勝手に住み着いて暮らしているという背景があるため、ファベーラの存在を認知するブラジルの自治体はほとんど存在せず、むしろ「負の象徴」として、外国人には見せたがらない風潮もある。グーグルマップでも、これまでファベーラのある地域は空白になっていることが多かったが、グーグルは1日にリオのファベーラもグーグルマップ内に追加。カメラを付けたスタッフがファベーラ内部で撮影した写真を見ることもでき、ネットでもファベーラの詳細を少しずつ知ることが可能になり始めた。 ファベーラは貧富の差が激しいブラジル社会を象徴するものだ。ファベーラで暮らす多くの市民が市内で低賃金の仕事に就き家計を支えているが、ファベーラで暮らす住民の中には貧しさから犯罪に手を染める者も少なくない。南米で最大の人口を抱えるブラジルは麻薬の巨大市場という顔も持つが、近年のリオデジャネイロではコカインの取引や、それを原因とするギャング同士の抗争事件も頻繁に発生している。また、ファベーラを拠点とするギャングの中には誘拐を専門とする組織もある。 ファベーラを拠点とする犯罪組織のリーダーで、ネムという通称で呼ばれていたアントニオ・ロペス受刑者はリオ市内で発生した多くの殺人や誘拐に関与した容疑で2011年に逮捕され、禁固12年の刑を下されたが、ファベーラにおけるネムの人気は現在も高いままだ。ネムはコカイン密売による儲けの多くをファベーラの住民の生活改善に費やした。貧しい家庭には食料から処方箋薬までを分け与え、住民の教育から葬儀まで、日々の生活のあらゆる部分で経済的に援助を行ってきた。ファベーラの住民から「リオのロビン・フッド」と呼ばれたネムは、皮肉にもファベーラ内にブラジル政府ですら実現できなかった福祉社会を作り上げていたのだ。貨物窃盗が犯罪の新たなトレンドに貨物窃盗が犯罪の新たなトレンドに 窃盗や強盗といった殺人以外の犯罪になると、その数はさらに増加する。窃盗に関しては日常茶飯事で、安全だと考えられていた選手村の中でも、先月末に火災報知器が鳴ったために外に避難したオーストラリアの選手団が、外にいたわずかの時間でコンピュータや衣類を盗まれる事件が発生している。 ブラジルで近年、大きな問題となっているのが貨物を狙った窃盗だ。2014年にはブラジル国内で1万7000件以上の貨物窃盗が発生し、地元メディアの報道によると、被害総額は600億円近くに達したのだという。貨物窃盗は犯罪組織にとって新たな収入源となっており、多くのケースで組織的に犯行が行われているのが特徴だ。貨物窃盗が最も多い都市はサンパウロだが、増加率が最も高いのはリオデジャネイロで、2010年から2015年の間に約2600件から約7200件に激増している。 リオデジャネイロでは1日に、ドイツの放送局がオリンピック中継で使うための機材がコンテナごと盗まれる事件も発生している。総額で約5000万円相当の放送機材が入ったコンテナを積んだトラックは、リオの港から市内の倉庫に移動中に襲撃された。運転手は無傷で、通報を受けた警察が捜査を開始。程なくして、市内北部で放置された放送機材が発見されている。警察は容疑者の特定と拘束に努めると発表したものの、五輪開催前の事件にエドゥアルド・パエス市長は激怒。地元テレビ局のインタビューの中で、「警察内部にはリーダシップが必要だ」とコメントし、警察の対応の遅さを批判している。 23日にはリオデジャネイロ郊外を走行中の郵便局のトラックが襲われ、運んでいた荷物や郵便物が奪われる事件が発生した。奪われたものの中に五輪のチケットが含まれていたことが判明。郵便局からの連絡を受けて、リオ五輪組織委員会は襲撃にあったトラックで運ばれていたチケットをすべて無効化し、再発行したものを購入者に届けると発表している。何枚のチケットが盗難被害に遭ったのかについては、組織委員会は具体的な言及を避けた。 警察の対応の遅さは今に始まった話ではない。リオデジャネイロを拠点にするシンクタンクが発表したデータによると、市内で発生した殺人事件が実際に解決する割合は5件に1件。窃盗などの事件で警察に通報があった場合、それらが解決する可能性はさらに低くなる。一見すると職務怠慢にも思える状況だが、地元警察にも言い分はある。景気低迷は自治体の財政にも大きく影響し、リオデジャネイロの警察ではトイレットペーパーから文具まで、必要な備品すら手に入らない状態に陥り、市民からのカンパに頼る警察署まで出ている。また警察車両の燃料が配給制になった時期もあり、「ガソリンの無駄遣い」を防ぐために警察がパトロールの回数を大幅に減らしたこともあった。リオでは警察官による犯罪も発生リオでは警察官による犯罪も発生 警察官が犯罪に加担するケースも珍しくはない。ブラジルを含めたラテンアメリカの国々では、現職警察官が誘拐や麻薬ビジネス、契約殺人などに手を染めるケースがたびたび報道されている。24日にはニュージーランド人柔術選手のジェイソン・リーさんが、リオデジャネイロ市内で警察官に銃を突きつけられ、しばらく拉致される事件も発生している。 ニュージーランドで柔術のチャンピオンとなったリーさんは、1年前からリオデジャネイロで柔術のトレーニングを行っているが、24日に自家用車でリオ市内のハイウェイを走行中、複数の警察官から停車を求められた。停車後すぐに銃を突きつけられ、別の車に乗せられたリーさんは、市内の数カ所のATMに連行され、総額で約8万円を引き出して手渡したところで解放された。警察官はリーさんに「今起きたことを他言するな」と言って立ち去ったのだという。 景気低迷は多くの失業者を生み(オ・グローボ氏は6月、ブラジル国内における若年層の失業率が過去2年で10ポイント以上増大し、26%に達したと伝えている)、結果として犯罪も増加した。しかし、景気低迷の影響で予算削減の標的となった警察には増加した犯罪をカバーできるだけの力もなく、容疑者を拘束する前に射殺してしまうケースも今年になって増加傾向にある。また、安月給を補うために警察官の立場を利用して犯罪に加担する警察官が一定数いることも大きな問題だ。 ブラジル政府は威信をかけてオリンピック期間中の治安維持に努める構えだ。大会期間中、リオデジャネイロ周辺には8万5000人の警察官と国軍兵士がパトロールに投入されるが、これは4年前のロンドン大会の倍以上となる人員数だ。ブラジル政府は緊急予算として、約800億円の支出を決定。これにより、大会期間中の治安維持は一定のレベルをキープできると楽観視されているが、大会終了後に再びリオデジャネイロ州の警察が財政難に直面するのは間違いない。すでに五輪終了後の警察官の給与カットやリストラまで囁かれており、大会前から「予測不能なニュース」が相次いで報じられるリオ五輪のなかで、唯一確実視されているのが大会後の治安悪化というのは皮肉な話だ。 五輪の開催地返上は前代未聞の話になるが、ブラジル国民から噴出する開催に対する批判や、低迷を続ける景気と減少することのない凶悪犯罪を考えると、五輪の開催地変更がもっとブラジルの国内外で議論されるべきではなかっただろうか? サッカーのワールドカップでは、当初1986年大会のホスト国に決定していたコロンビアが景気停滞と治安悪化を理由に1983年に開催権を返上し、大会はメキシコで開催された。2016年の五輪開催地が決定したのは2009年。ブラジルは2007年に6.1%、2008年に5.1%の経済成長率を記録したが、2010年をピークに下降が続き、2015年の経済成長率は−3.8%であった。スポーツの祭典は世界中のスポーツファンに至福の数週間を与えてくれるだろう。しかし、開催国の国民を幸せにする大会になるのかには疑問符が付く。

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    国威発揚、過剰な勝利追求 ドーピングがもたらすオリンピックの病理

    の陸上選手ら多くが出場を認められず、波紋を投げかけた中でリオデジャネイロ五輪が開幕する。IOC(国際オリンピック委員会)がロシア全体の出場停止には踏み切らなかったため、競技によってはロシア選手も大会に参加する。 ドーピングを取り締まる側と、検査の網の目をかいくぐって違法な薬物を使う選手やコーチたちとのいたちごっこは長年繰り返されてきた。今回のように、ロシアが国家ぐるみでドーピングを行い、確信犯的に隠蔽を図っていた事実に出くわすと、このいたちごっこが今後も続くだろうと暗い気持ちになる。 ドーピングをしてまで勝利を目指すパターンは大きく分けて主にふたつある。ひとつは、国家として、オリンピックのメダル獲得によって国威発揚を図り、国際的に力を誇示するためだ。これは旧共産圏や新興国に多い。旧ソ連の崩壊、冷戦構造の終焉によって、この手は過去のものになったと思われていたが、今回の告発と発覚でその体質がまだ生きていた事実が明らかになった。ソウル五輪でカール・ルイス(右端)を破って優勝したベン・ジョンソン(左端) もうひとつは、個人やチームとして、メダル獲得によってスターの地位を獲得し、大きな収入獲得やビジネス展開を目論んでやるパターンだ。1984年のロサンゼルス五輪をきっかけにスポーツの商業化が進み、選手はアマチュアからプロへと大きく転換した。ロス五輪で金メダルを得た陸上のカール・ルイス、女子体操のメアリー・ルー・レットンらはその象徴として、巨額の収入を得た。 それ以前のオリンピックではいくら金メダルを獲得しても、それをお金に換える方法はそれほど多くなかった。CM出演をすれば現役選手としての生命を失った。陸上選手は公然の秘密だった出場料などを裏金でもらうしかなかった。プロ化が認められて、報酬を隠す必要も、CM出演でオリンピックから引退する必要もなくなった。稼げる時代になっていっそう、何としても勝利を得たいと望む選手の一部はエスカレートし、ドーピングに依存する傾向もさらに強くなった。 その背景には、「ライバルもやっているに違いない」という思い込みがある。「みんながフェアにやるなら自分もやらない。けれど、ライバルがやっている以上、自分もやらなければ太刀打ちできない」。「自分もやらなければ勝てない」という悪循環 その脅迫観念が、ドーピングがなくならない一因でもある。これまでドーピング違反で処罰を受けていない選手で、公には「クリーンだ」とされる選手の中にも、実際には「やっている」と選手同士で噂されているスター選手もいるという。だからますます、「自分もやらなければ勝てない」と悪循環を引き起こす。 一連の報道の中で、なぜドーピングを厳しく規制するか、そもそもの理由を案外は語られていない。「不公平だ」という側面ばかりが先に立っているように感じる。提供スポンサーへの忠義を言う向きも多い。だが元々、厳しくドーピングを規制し、一掃を目指す目的は別のところにあったと思う。 ドーピングを規制する本質的な理由の第一は、選手自身の健康な人生を守ること。そして、スポーツという分野の健全さを保つことだ。選手たちは、ドーピングで短期的な筋力強化、競技力向上などを得る一方で、長期的には自らの肉体を蝕んでいる。かつて、ドーピングを疑われ、ネイルアートでも有名だったアメリカの女子スプリンターは、38歳の若さで世を去った。 先頃亡くなった大横綱も、それまで角界ではタブーとされていた筋力トレーニングで強くなったと言われたが、周辺ではステロイド系のクスリの使用も噂されていた。当時の相撲界にはこれを禁じる規則もなかった。もし若すぎる死の背景にそれがあったとすれば、後進はその現実を教訓にすべきだろう。 今回明らかになったロシア選手の実情を見ると、才能を認められた選手が幼いころから練習の一環のように薬物の使用を義務づけられ、本人の同意や自覚があったのかも曖昧な状況で薬漬けにされていた可能性がある。オリンピックのメダル獲得のため、信頼して組織や指導者に我が子を預けたところが、心身の健康を損なうドーピングの被害者にされていたとあっては、今後、子どもを安心してスポーツの世界に飛び込ませることはできない。スポーツ自体が、危ない分野になってしまう。すでにそうなりかけているわけだ。 オリンピックが「平和の祭典」だという認識は薄れている。そこは、世界中のアスリートたちが一攫千金を夢見て、一夜にして名を挙げるための舞台になっている。友好や交流、スポーツが持つ芸術性の昇華やそれを共有する品格や志の高さは隅に追いやられている。そんなオリンピックを、億単位の招致予算を投入し、さらに巨額なテロ対策費用を確保してまで実施する意味が国民ひとりひとりの立場になれば、果たして存在するのだろうか。

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    スポーツを政治に利用するロシア ソ連時代の悪しき慣習が再来?

    イシンバエワなど、ロシアの旗のもとでなければ出場しないと主張する選手も出てきた。 これを受けて、国際オリンピック委員会(IOC)は、国際陸連の決定を支持したが、21日に、ドーピングをしていないロシア選手の救済策について、「ロシア国外」の確たる組織が行う新たな検査で潔白を証明できるなら、個人参加ではなく、ロシア選手団の一員として、五輪参加を認めるという方針を示した。加えて、陸上以外の競技でも、出場を希望するロシアの全選手に、国外で同様の信頼がおける検査で潔白を証明するよう義務付けることになった。練習をする女子体操のロシア代表=7月27日、リオデジャネイロ(ロイター) ムトコスポーツ相も、全ロシア選手がそのような検査を受ける用意があるとしつつ、IOCの決定を評価した。その陰で、前述のドーピング検査機関元所長で米国に亡命したロドチェンコフに対する禁止薬物取引疑惑での捜査が行われていた。ロドチェンコフは多くの内情を暴露し、そのことが陸連の決定にも響いているのは当然であり、ロドチェンコフに対する告発は報復に他ならないという。 こうして、ロシア選手の資格として無実を訴えつつ五輪参加を目指す選手が出てきた一方、ドーピングを告発した前述のステパノワは欧州陸連の旗の下で、国旗や国歌を使えない「中立の選手」としての参加を目指すなど(ただし、怪我もあり出場が危ぶまれている)、ロシア選手たちに五輪参加の可能性が生まれたのである。 だが、状況はまだ流動的だ。ロシア五輪委員会は、これらの決定にやはり納得できていない。7月2日に、ロシア五輪委員会は、68人の選手とともにスポーツ仲裁裁判所(CAS)に決定に対する不服を提訴した。68人の選手には、前述イシンバエワや男子走り高跳びのウホフなどが含まれている。CASによる結論は、7月21日までに出される予定である。*ロイター通信などの報道によると、10日、国際陸連がロシア67選手の個人資格での参加申請を却下したとのこと。タス通信によると、この中にはイシンバエワも含まれている。組織化された、フーリガンによる暴力行為組織化された、フーリガンによる暴力行為 他方、話は変わるが、6月10日から7月10日まで、ヨーロッパのサッカーの頂点の座を巡ってフランスで開催されていた欧州サッカー連盟(UEFA)のEURO 2016でもロシアのサポーターに含まれていたフーリガンが大きな問題となった(※1)。 6月11日にマルセイユで行われたイングランドーロシア戦の前後に、ロシア人サポーターは、街中やスタジアム内でイングランドのサポーターに対し、目出し帽やマウスピースで自身の身を守りつつ、刀剣や鉄パイプ、ボトルで容赦ない攻撃を加えた他、花火や発煙筒の使用、人種差別行為など多くの問題行動を起こし、双方の衝突に発展した結果、35人の負傷者が出た。事もあろうに、ロシアサッカー協会の幹部で国会議員でもあるレベデフはロシアサポーターの闘争精神を褒め称え、ムトコスポーツ相もフーリガンを称賛した。2014年3月8日、ソチ五輪でスキー競技を視察するロシアのプーチン大統領(AP) だが、これらのフーリガンの行為、特にスタジアムでの暴動は特に重く受け止められた。UEFAは14日に、同事件を起こしたロシアに対する処分を発表した。その処分内容の概要は、ロシアサッカー協会に対し15万ユーロ(約1800万円)の罰金を科すと共に、サポーターが再度問題を起こした場合はロシアを執行猶予付きの失格処分とした。さすがに、執行猶予がついたとはいえ失格処分がなされたことで、ロシア政府も動いたのか、まさにこの日にロシア政府も初めて暴力行為を批判した。 ただ、この処分は、スタジアムで起きた事件にのみ適応されるものであったため、スタジアム外での暴動には懸念が残った。 その懸念は現実のものとなり、15日のロシアースロバキア戦が行われたリールでも、黒づくめの少人数のロシア人が、大人数で飲んでいたイングランドとウェールズのサポーターに椅子を投げるなどして攻撃し、乱闘に発展したのである。乱闘は警察によって制止され、二人のロシア人が逮捕され、11万9000ユーロの罰金も課せられた。 また、16日には、ドイツ・ケルンで、泥酔したロシアのフーリガンに3人のスペイン人が襲撃され、1人は鼻を骨折、2人は軽く負傷する事件も起きた。このフーリガンは11日のマルセイユでの暴動にも加わっていたという説もある。※1:なお、ロシア代表は6月20日に、グループB最終節でウェールズに敗北してグループ最下位となって敗退した。敗戦試合の内容がひどかったとして、レオニド・スルツキ監督は辞任した。スポーツが政治に利用される悪しき慣習スポーツが政治に利用される悪しき慣習 ここで問題視されたのは、ロシアサポーターによる暴力が高度に組織化されていたということである。しかも、このような組織化された暴力行為はロシアの文化の一つのようになっていて、ロシアのフーリガンはしばしば極右政治や組織犯罪に結びついているというのである。さらに厄介なのは、ロシア政府が間接的に、ないし、あからさまに国粋主義を煽り、そのような暴動を支持しているということであった(『フィナンシャルタイムズ』6月15日)。 また、ロシアのフーリガンによる暴動は、プーチンの西側に対する「ハイブリッド戦争(従来の戦闘方式に、非軍事的手法を組み合わせた21世紀型の戦争)の一つだ」と見るような見解もある(※2)。2012年のロンドン五輪の開会式で入場するロシア選手団(AP) ソ連、そしてソ連の継承国家であるロシアにとって、スポーツは歴史的に、国威発揚を図るとともに、欧米に並ぶ「大国」であることをアピールするための重要な手段であった。特にソ連時代は、五輪で獲得するメダルの数こそが、冷戦における東西対決の一つの要素であったと言っても過言ではなく、国家をあげて優秀なスポーツ選手が養成されていた。だが、ソ連解体でロシアは一時、著しく国力を落とし、スポーツに注入する余力もなくなっていたが、プーチン大統領は再びスポーツ振興に力を注ぐようになった。ソチ五輪の誘致もその一つであろう。だが、最近のドーピング問題やフーリガン問題を考えるにつけ、スポーツが政治に利用される悪しき慣習が再び顕著になってきたように思える。 確かに、ロシア人たちは、自国の選手がドーピングをしているとも知らず、メダル獲得に湧き、選手を心から応援し、誇りに思っていたはずだ。だが、ロシアドーピングの噂は、ソ連時代から最近に至るまで常につきまとっていた。 またサッカーなどの応援で国民が一つになって盛り上がるのは良いことだが、ロシア政府がフーリガンを組織的に送り込み、さらにフーリガンの行為をハイブリッド戦争の一環として考えているとすれば、スポーツマンシップを大いに冒涜している。 ロシアが国際社会の一員としてあり続けたいのであれば、スポーツでの勝ち負けより何より、ドーピングなどの不正をなくし、フーリガンなどを根絶することが必要だ。スポーツマンシップあってこその勝利でなければ意味がないことをロシアはもっと早く学ぶべきだった。※2: Paul Goble, ‘Russian Football Louts In Marseilles Part Of Putin’s ‘Hybrid War’ Against The West,” Eurasian Review, June 15, 2016.

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    五輪どころじゃない! ブラジルがリオ開催の恩恵を受けない本当の理由

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) リオのオリンピックがいよいよ2日後に迫ってきましたが、今ひとつわからないのが現地の情報。断片的に危ない、被害があったといった危険性を報じるものはありますが、包括的に今、ブラジルはいったいどうなっているのか、オリンピックは安全に開催運営できるのか、など疑問だらけであります。リオ州に至っては財政危機宣言で連邦政府への支援を要請したばかりです。 オリンピックのもともとの発想はスポーツを通じて発展途上にある国家、ないし都市の再生を行い、経済活性化につなげるということでした。64年の東京にしろ、88年のソウルにしろ、確かにその目的に沿っていました。ところが、近年のオリンピックは開催国や地域財政に多額の費用負担が生じる上に収支で見ると「儲かる」ことなどほとんどありません。また、予算は当初の何倍にも膨らむのが常であり、ロンドンはよい例でした。2020年の東京はいったいいくらかかるのか、それこそ小池都知事が改めて紐を解いていくのでしょう。 ではブラジル。オリンピックの所定の目的からすればブラジル経済が活性化し、治安の悪いリオが改善することを期待していたはずです。ところが、ブラジルには様々な不幸が重なりました。一つは経済構造が資源輸出型の域を出ないまま不況に突入してしまったことがあげられます。ルセフ大統領の辞任を求めるデモに参加した女性=3月13日、ブラジル・サンパウロ 鉄鉱石の中国向け輸出はブラジルにとって降ってわいたような景気をもたらしました。2004年から11年にかけてその輸出量は3倍近くまで膨れ上がります。ところが中国の「腹一杯」現象でブラジルの景気は一気に萎みます。GDPは2010年をピークに下落トレンドとなり、2015年はマイナス3.8%で2016年も同水準になるとみられています。 リオ州に至っては海底油田地域としても知られ、その権利から生まれる資金が運営上重要でありましたが、今、それを期待するのが無理というものであります。汚職が次々発覚、体質改善出来ない国家 第二の問題は汚職であります。2003年に就任した左派のルラ大統領は2011年までブラジルが近年で最も輝いていた時期に君臨していました。その間、同国の代表的企業であるブラジル石油公社ペトロブラスから賄賂を貰っていたとされます。一方、自身が大統領時代に官房長官を務めたルセフ氏がその後の大統領に就任しますが、そのルセフ氏は施策が悪く、国民からそっぽを向かれ挙句の果てに弾劾裁判で停職となっています。ブラジルの問題はトップのみならず、閣僚を含め、次々と汚職問題が発覚し続ける点であります。 結局、同国は資源や農産物といった天や地からの授かりものに頼り続け、その利権をくすねる上部の人間とそれがかなわない貧困層が力づくでモノを強奪するという本質的には似たような体質が改善できない国家ともいえるでしょう。多くの日本人がブラジルに移民し、土地を開拓し、農業を興してきたわけですが、当時、努力する、粘り強く頑張るという言葉を知らないブラジル人にとって日本人の働きぶりは驚愕であったと察します。 ブラジルサッカーはそんな中で頑張ればヒーローになれる数少ない道でありました。アメリカならさしずめブロードウェイのステージに立つ、といった具合でしょう。それゆえ大きな試合で負ければ命を狙われるとまで言われるわけです。それは国民の期待を一手に背負う一方、情熱的な国民性が更にエキストリームな状況を作り出しやすいといえましょう。 リオでオリンピックを開催するのが正しかったのか、これを今改めて考えると違ったような気もします。資源価格の下落という不幸があったことは事実ですが、オリンピック開催で本来重視すべく財政が不健全になり経済が廻らなくなっています。また、以前にも指摘したようにスポーツは競技ごとに国際大会や世界大会と称してオリンピックに準じるようなイベントが年中開催されています。つまり、オリンピック開催に大金をかけて世論を巻き込んで賛否のバトルをする意味合いが薄れてきていないでしょうか? オリンピックは4年に一度やるのが当たり前という風潮でした。今では冬季オリンピックには手を挙げる都市がほとんどない状態なのです。夏のオリンピックも今後は開催への逆風が強まるでしょう。 リオのオリンピックは本来であれば街を紹介し、人々の声を聞かせ、オリンピックが地域経済にどれだけ貢献したかこれを報じるべきです。IOCはそれを避けてやしないでしょうか? オリンピックという祭典はスポーツだけに焦点を当てるものではない時代に入ったとも言えそうです。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』より2016年8月3日分を転載)

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    リオ五輪、治安の悪化と準備不足で混乱の可能性

    児玉克哉 (社会貢献推進機構理事長) リオオリンピックは8月5日に開幕される。すでに選手村に入っている選手や関係者も出ており、まさにカウントダウンが始まっている。しかし、このリオオリンピックには準備不足と治安の悪化で、深刻な混乱の可能性が指摘されている。 ブラジルは、特にこの10年間で素晴らしい経済成長を遂げた。BRICsの一員として将来性が非常に高い国と位置づけられてきた。治安も徐々に良くなり、犯罪も減る傾向にあった。そうした状況の中で、ワールドカップとオリンピックの誘致に成功し、その後は世界の経済・政治において先進国の一員になると期待されていた。しかし、ここ2年くらいの間に状況が一変した。重要な貿易国であった中国の経済低迷、原油等の資源価格の下落、国内政治の混乱、汚職事件などによって、ブラジル経済はそれまでの高度経済成長からマイナス成長に変わってしまった。なんとかワールドカップは凌げたものの、オリンピックはこの景気の低迷による打撃をまともに受けることになった。 景気の低迷による税収減や企業からの支援不足などによって、オリンピックの財源は不足する事態になった。それは建築物の粗悪化、準備の遅れ、施設や公共事業の未完成に繋がった。また、一般国民の生活も打撃を受け、良くなっていたはずの治安は元の状態に戻った。むしろ悪化したとも言われる。ジカ熱などの流行も社会不安に拍車をかけている。 この最悪の状態でのオリンピックの開催。どのような問題や危険があるのだろうか。1. 選手村の問題 現在、クローズアップされているのが選手村の問題だ。資金が足らず、安上がりに作ったことと完成が遅れたことにより、すでに問題が明らかになっている。トイレの詰まり、床の破損、水漏れ、剥き出しの電気の配線など、安全にも関係するような状態である。水が汚いという苦情も出ている。健康被害にまでいくと、アスーリートの大会だけに寛容に済ますことはできない。問題が発生した事に対応ということになるのだろうが、水漏れやトイレの詰まりなどはこれからも問題化しそうだ。日本選手団の入村式が行われ、歓迎のダンスを踊るパフォーマーとともに“自撮り”する重量挙げの八木かなえ(左)と松本潮霞=8月2日、リオデジャネイロ(川口良介撮影) オーストラリア選手団は一旦は選手村は滞在に不適として宿泊を取りやめ、大きな話題になった。その後改善されたとして、戻っているようだ。現実問題として、選手村以外の宿泊施設は価格が非常に高くなっている。大人数で泊まるように今から交渉すると、とんでもない費用が新たに生じる。また宿泊施設から会場までの交通手段の確保も問題になる。治安の悪い中で、新たなリスクが生じることになる。つまり、選手村をいかに快適にするか、しか現実的には選択肢はないようだ。 選手団によっては自費で改善・修繕をするところもあるようだ。といっても問題をすぐに修繕してくれる体制があるかどうかも不安だ。配管工や電気技師を帯同させる選手団もある。これが最も現実的かも知れない。日本の技術力で対応するというのも現実的な案となりそうだ。日本選手の部屋にはウオシュレットトイレがある、というのは今からは間に合わないかも知れない。でも実現できれば競技者のストレスは多いに解消しそうだ。2. 治安の問題 やはりこれは最も大きな関心事になる。会場近くには相当数の警官、軍人、警備員が置かれるので、基本的には安全だろう。問題は、会場から離れた郊外や他の都市だ。大会期間中は多くの選手やVIPがリオを訪れる。まずは彼らの警備が大切になる。これは同時に他の地域では警備が手薄になることを意味する。市内のホテルは非常に高くなっているので、少し郊外に泊まることも観光客としてはありうる選択肢だ。夜に開かれるゲームもある。公共交通機関ではホテルの前に停留所があるとは限らない。徒歩の部分があるとかなりの危険性がある。「地獄へようこそ」警官などが抗議行動 テロなどの事件があると、そこに警察官、軍人などは集中的に派遣される。それ以外の場所は警備が手薄になる可能性がある。ちょっとしたスリくらいでは警察も動いてくれないかもしれない。 テロ対策もかなりしてあると言われるが、リオ郊外やリオ以外の都市となると、警戒体制のレベルが大きく落ちる。世界のメディアが集まっている国際的なイベントだ。リオでなくても隣町でもテロが起きれば、世界的なビッグニュースになる。テロの目的が恐怖を世界に伝えるということであれば、十分にありうる事態だ。 治安の問題で気にかかるのは、警察等の士気の問題だ。警察を含めて公務員の給料の遅配があり、警察官や消防士が抗議のデモを行っている。リオの国際空港で「地獄へようこそ。給料が支払われていないので、リオに来る人は安全ではない」などと書いた横断幕を掲げた警察官などの抗議行動は広く世界に発信された。モラエス法相は7月5日、「政府は治安確保の費用として29億レアル(約916億円)の支援を決めた。警察官への給料支払いなどに使われ、問題は解消する」としているが、これも本当にすべての警察官などに直ぐに行き渡るかどうか、わからない。リオ市内では、給料遅配などに抗議してデモをする警察官ら=6月27日(AP) Business Newslineは7月26日に衝撃的なニュースを伝えている。それによると、「今月24日にリオデジャネイロ・オリンピックに参加するため現地入りを果たしたニュージーランド選手団の一人が警官によって誘拐され、ATMから大量の現金を引き出すことで解放された事件に関連して、警官が今度はこの選手の宿泊先を強襲していたことが26日、選手が投稿したTwitterの記事により明らかとなった」というのだ。警察官が信じられなくなったら、大変な事態になる。会場近くの警備の厚いところ以外は出歩かないことが大切だ。3. 交通 大会期間中に公共交通機関がどれだけしっかりと動くかということも重要なポイントだ。準備が遅れて、リオ州政府が五輪の観客輸送の大動脈となる地下鉄4号線の開通は、五輪開幕4日前の8月1日に大幅にずれこむことになっている。97億レアル(約2900億円)の予算をかけて建設したものだが、これだと実際に戦力なるかどうか安心はできない。開通の直後は想定できなかったことも起こりうるが、いきなり多くの乗客を乗せた状態がやってくると問題が起きる可能性はある。もしものことがあれば、道路は大変な渋滞となって、時間通りにゲームができないということもありうる。 また、オリンピックでは試合が夜中までずれ込むことは想定されている。公共交通機関が使えない場合に、どのような移動手段があるのか。それは安心できるものかどうかも、問題になる。タクシー、自家用車やバスでの移動が現実的だろうが、道路が渋滞となる可能性もある。ブラジルでは渋滞時には車のエンストや燃料切れもよくある。そうした車がさらに渋滞を引き起こすということも想定される。4.とにかく無事に終わることが成功 今回のオリンピックでは明らかに安全面と環境面での対応が間に合わなかった。急激な経済の冷え込み、政治の停滞などが重なった。リオ・デ・ジャネイロは本来なら、五輪にふさわしい都市になるはずだったが、かなりの問題を残すことになりそうだ。素晴らしく綺麗な町なので、うまくいけば大成功になるはずだ。都市の美しさからすれば、リオは五輪開催都市にふさわしい町。しかし、今回は不評と苦情の山になる可能性がある。  ここまできたら、オリンピックが開催はされることは間違いない。問題はトラブルの規模がどのくらいか、ということになる。少々の事件は大目にみなければならないだろう。選手やVIPが襲われたり、怪我をしたりすると大きな問題となる。VIPもたくさんいるので、万全をきすことは不可能だ。 問題は出るだろうが、少々の傷で終われば、大成功という感じだろう。その経験を東京オリンピックで活かすことが大切だ。(2016年7月27日 Yahoo!個人「児玉克哉の希望ステラテジー」より転載)

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    リオの治安 ブラジル人・日本人双方の視点から見た危険性

     いよいよオリンピックが開幕。リオデジャネイロは、その治安の悪さばかりがテレビなどで報道されている。2015年のリオでの強盗発生件数は8万1740件。市民の80人に1人が強盗被害に遭った計算となる。『バイキング』(フジテレビ系)などに出演する、ブラジル出身のタレント・シモネさん(37才)が、治安事情を明かす。「ひったくりが特に狙うのは、スマートフォンです。『もしもし』って言っている間に盗られちゃう。スマホは、ブラジルでは高級品です。一般的なサラリーマンの給料1か月分くらいの価値があります。ブランドものや貴金属を身につけるのも要注意ですね。母はある日、自分が血だらけになっていてびっくりしたそう。理由は、ピアスをあっという間に盗られたから。右耳の耳たぶが裂けていたんです。ブラジルでは一般家庭で、防弾の車が売れているそうです。日本では考えられないですよね。 ただ、危険な地域はハッキリしているので、ブラジルという国全体が治安が悪いというイメージは持ってほしくないですね」 とにかく日本とはかなり文化が違うリオ。『リオデジャネイロという生き方 不安も悩みも笑顔に変える「幸福の個人技」』(双葉社)の共著者で、50回近くリオを訪れたという音楽プロデューサーの中原仁さんがブラジル体験を話してくれた。「リオで生まれ育った“リオっ子”のことをカリオカといいます。東京でいう“江戸っ子”のようなものですね。カリオカの気質は、大らかで人懐っこい。リオでタクシーに乗ると、陽気に話しかけてくる運転手が多いです。 食べ物は、魚介類より肉が安くておいしい。肉好きにとっては天国ですよ。驚くほどの量が出てきます。岩塩で焼き上げるステーキは、シンプルでおいしいですよ。 また、治安が悪いといわれますが、ぼくはスリに遭ったことも、怖い目に遭ったこともありません。海外に行ったらどこに行っても、日本より治安が悪いのは大前提だと認識して、いろんなところで気をつけます。たとえば、外に出るときは時計や指輪は外す、人通りの少ないところはいかない、日が暮れて夜になったら一人で出歩かない、宿の前からタクシーを利用する。そうやって、自分で自分の身を守るのが大事です」関連記事■ 日本人のSEX 回数はギリシャの29%で快感達成率は伊の41%■ W杯で注目 ブラジル代表ネイマールの成長の歴史を追った本■ ブラジル人が多く住む町 W杯イヤーは宝くじ1億超に期待■ マルシア 美肌の秘訣は“ブラジルではフルーツ”のアボカド■ リトル・ブラジルの50代女性「ケイザイ悪い。ブラジルに帰る」

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    2020年問題の懸念も…人口減少時代に東京五輪は必要か

    から多くの問題を抱えていたリオ五輪だが、最終的にはまずまずの成功となるのだろう。 問題は4年後の東京オリンピック・パラリンピックだ。新国立競技場のコンペやり直しやエンブレムの再公募、さらには招致を巡り、日本の招致委員会から国際陸連関係者の会社に約2億円が支払われたとして、フランスの検察当局が捜査していると報じられるなどミソがつきっぱなしだ。昭和39(1964)年の東京五輪の競技会場として建設された国立競技場とその周辺(本社チャーターヘリから、大山文兄撮影) いまさら、返上というわけにはいかないだろうが、これからの日本のあり方を考えるうえで、そもそも五輪を東京で開催する必要が本当にあるのか考察してみたい。 1964年の東京五輪は高度経済成長期に突入した日本が「戦後」を脱し、先進国の仲間入りをするタイミングでの象徴的イベントだった。東海道新幹線をはじめとする多くのインフラも五輪を機に整備された。 一方、現在の日本は高齢化社会になり、本格的な人口減少時代に突入した。今後、新しいインフラがどれほど必要だろうか。莫大な予算をつぎ込んでまで開催するメリットが本当にあるのか。東京都は保育園を作る予算はなくても、五輪につぎ込むカネはあるのかと散々批判されている。 たしかにアベノミクスと東京五輪効果によって、景気は一見よくなった。 大規模な金融緩和によって有り余ったカネが不動産市場に流れ込み、東京の中心部だけは不動産バブルの様相を呈している。だが、2020年の五輪開催を待たずに不動産価格は下落に転じると見る業界関係者は多い。ある不動産仲介業者は「2018年には多くの都心のマンションが中古市場に売りに出され、相場が下がる可能性がある。時期はもっと早まるかもしれない」と語る。外国人投資家が五輪開催前に売り逃げすると予想されるからだ。 アベノミクスの要とも言える株価も一時は日経平均が2万円台に到達したが、現在は1万6000円台で落ち着いてしまった。為替もあっと言う間にもとの円高に振れてしまった。仮に長く円安基調だったとしても「輸出が有利になり、海外に移転した工場が日本に戻ってきて雇用が増える」という理屈自体、怪しいのだが。 にもかかわらず、“とりあえず東京五輪の2020年までは突っ走ろう”という雰囲気が漂っている。安倍首相は「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と宣言し、2020年には現在500兆円のGDPを600兆円にまで引き上げる目標を掲げている。1960年に池田勇人首相が閣議決定した「所得倍増計画」を想起した人も多いだろう。 だが、同じ五輪開催前の計画であっても状況は大きく異なる。当時は高齢者が少なく、若い働き手が多かったため、放っておいても経済が拡大する人口ボーナス期だった。現在の日本は高齢化社会で名目GDPがなかなか増えず、今後さらに人口が減少していく。無理にインフラを整備しても、それは需要の先食いになるだけだ。すでに都心部のオフィスは飽和状態にあり、供給過多との見方もある。 東京23区では、今後も毎年平均100万平方m以上のペースでオフィスビルが建設される予定だ。2019年は計画だけですでに200万平方mを超えている。五輪後の需要下落でオフィスが大量に余る「2020年問題」が囁かれている。 問題は、五輪特需が終わり、震災復興特需も一段落つき、アベノミクスが息切れする2020年以降をどうするのか、ということだ。 財政再建は待ったなしの状態だ。政府・与党は2020年までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化を掲げているが、消費増税の再延期と、ますます増大する社会保障費の現状を見て、その実現性を信じている人は少ないのではないか。 そんななか、当初、施設整備費を含めた五輪運営予算は約7300億円と言われていたが、今や2兆円とも3兆円とも言われるほど膨れあがっている。大会組織委員会は増加分の一部を東京都に負担してもらいたい意向だ。まるで破産前の“最後の宴”のようだ。 いまさら東京五輪を返上するわけにもいかないが、せめて招致する際のウリだったコンパクトで低予算の五輪にすべきではないか。関連記事■ 奥田英朗のサスペンス大作『オリンピックの身代金』が文庫化■ 東京五輪招致でも“放射能”でトップ選手ボイコットの懸念も■ 代々木競技場建設した清水建設 20年東京五輪の関連受注期待■ 31歳芸人 猫ひろし同様五輪マラソン走るべく海外移住を示唆■ 東京都総合防災部 五輪開催中に直下地震起きても乗り切れる

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    東京五輪招致不正疑惑、政府・JOCはなぜ後ろ向きだったのか

    学部客員教授) 5月12日、フランス検察当局が、日本の銀行から2013年7月と10月に2020年東京オリンピック招致の名目で、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏の息子に関係するシンガポールの銀行口座に、「東京2020年五輪招致」という名目で約2億2300万円の送金があったことを把握したとの声明を発表した。 この疑惑は、前日に、英紙ガーディアンが特ダネとして報じていたもので、フランスの検察当局の声明を受け、AFP、CNNなどの海外主要メディアも続々と「重大な疑惑」として報じているようだ。 こうした事態を受け、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長は、5月13日、自ら理事長を務めていた東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会(2014年1月に解散、以下、「招致委員会」)としての支払の事実を認めた上で、「正式な業務契約に基づく対価として支払った」などと説明した。衆院予算委で答弁するJOCの竹田恒和会長。右端は安倍首相=5月16日午前 しかし、竹田会長の説明内容は極めて不十分であり、フランスの検察当局が声明まで出して指摘している、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、「東京五輪」)招致をめぐる疑惑に対して、納得できる説明とは到底言えない。竹田会長の発言に対する重大な疑問 サンスポのネットニュースに、以下のような竹田会長と記者との一問一答が掲載されている。――報道をどう受け止めたか。 「招致活動はフェアに行ってきたと確信している。支払いはコンサルタント料と確認でき、公認会計士の監査、指導を受けた上で送金されている」――送金口座について。 「(国際陸連前会長の)ディアク氏とどういう関係があるかは知らない」――どんな会社か。 「中東の情報分析に実績がある会社だと報告を受けた。細かく承知していないが、事務局が必要だと判断した」――フランスの検察当局から連絡はあったか。 「ない。国際オリンピック委員会(IOC)からは照会があったので、全て伝えている」――活動報告書に記載のある支出か。 「裏のお金なんてあるはずない。正当なお金。業務契約に基づいて払われ、招致活動に使った」 ――約2億円は高額では。 「事務局で判断した」 竹田会長の発言中、まず、招致活動がフェアに行われたと「確信している」と言っている点だが、フェアに行われたか否かは、今回の疑惑に関して、不明な点が明らかにされて初めて評価・判断できるものだ。竹田会長が、全ての支出先について具体的にその当否を判断して支出したというのであれば別だが、問題とされている送金先について「細かく承知していない。事務局が必要だと判断した」と言っているのである。現時点においては、招致活動がフェアであったか否かについて重大な疑問が生じ、その疑問が払拭されるだけの情報もないのであり、「確信する」と言えるだけの材料がそろっているとは思えない。 重要なことは、竹田会長が「裏金ではなく、正当な業務契約に基づいて支払われた」と述べている点、つまり、問題とされている会社への約2億2300万円の支払が、招致委員会という組織において承認された正式な契約に基づいて支払われたと認めていることだ。 もちろん、組織内での正規の出金手続きを経ないで支出された「裏金」であれば、それ自体が不正であり、目的も不正なものであった疑いが濃厚となる。しかし、「裏金」ではなく組織の正式な契約に基づいて支払われたものだったからと言って、支払いに問題がなかったとは言えない。「監査法人の監査・指導」は否定の根拠にならない フランス検察当局の声明によれば、送金した先がIAAF前会長の息子に関係する会社の銀行口座であるという事実があり、それが2020年五輪開催地を決定する時期にあまりに近いタイミングであることから、開催地決定に関して権限・影響力を持つIOC委員を買収する目的で行われた不正な支払いだった疑いがあるということだ。 問題は、招致委員会側に、そのような不正な支払いの意図があったのか否かであり、事務局側の判断で行ったことであれ、会長等の幹部が了承して行ったことであれ、JOC側にそのような意図があったのに、それが秘匿されていたのだとすれば、JOCが組織的に開催地決定をめぐる不正を行ったことになり、東京五輪招致をめぐって、極めて深刻かつ重大な事態となる。 そして、もし、招致委員会側には不正の意図はなく、支払った先が、偶然、そのような疑いを受ける存在だった、ということであれば、2億2300万円もの多額の金銭の支払いの目的と理由が何だったのかが問題となる。その点について、JOC側が十分な説明を行っていないことで、不正の疑いが強まることになる。 このように考えると、招致委員会による正規の支払であり、組織としての決定に基づく支払いだと認めたことのほうが、問題は、より重大かつ深刻とも言える。 前記問答での竹田会長の発言の中で気になるのは、「支払いはコンサルタント料と確認でき、公認会計士の監査、指導を受けた上で送金されている」と述べている点である。 「正規のコンサルタント料として支出したものであり、それについて、監査法人による監査、指導を受けた上で支出しているので、何の問題もない」「少なくとも、(会長の)自分は、監査法人の指導を受けた上で事務局が支出したということで、正当な支払と信じていた」ということが言いたいのであろうが、ここで「監査法人による監査」を持ち出すのは的外れであり、問題の「すり替え」を行おうとしているように思える。 招致委員会の支払が、不正な会計処理によって行われ、裏金として支出されていたのであれば、そのような不正の有無は監査法人による監査でチェックされるべきであって、監査法人の指摘がなかったのだから、不正はないと信じていた、ということも言えなくはない。 しかし、招致委員会の組織の意思決定に基づいて行われた支出なのであれば、監査法人が指摘できるとすれば、支払いの勘定科目が適切ではないことや、手続き上の瑕疵があった場合である。このような問題があれば、監査法人が監査で指摘すべきということになるが、竹田会長自身が、「正当な業務契約に基づいて支払われた」と言っているのであるから、少なくとも、契約や承認の形式面には問題はなかったという趣旨であろう。 むしろ、今回の疑惑に関して問題となるのは、①招致委員会側が実際には不正の意図をもっていたが、それを秘匿したまま機関決定したのではないか、②支払承認の機関決定の時点で、支払の目的・理由について内部での説明・検討が不十分だったのではないか、の2点であるが、少なくとも、①の問題は、委員会側の主観的な意図の問題であり、それを秘匿されていれば監査法人には知りようがない。また、②の問題も、書類上、形式が整っていれば、監査法人としては、委員会内部の検討・議論の当否に言及することはできないであろう。 結局のところ、今回の約2億2300万円の支払について、監査法人の監査・指導を受けていることは、疑惑を否定することの根拠にも、招致委員会幹部の責任を否定する根拠にもならない。 JOCの広報官も、「支払われた2億2300万円は、コンサルティング、招致運動のプランニング、プレゼンの指導、情報・メディア分析などの対価として支払われた」と説明しているようだが、2013年7月、10月という支払の時期との関係で、その業務の内容、対価の合理性などが具体的に説明されない限り、疑惑が晴れるものではない。「調査」を行おうとしない日本政府・JOC「調査」を行おうとしない日本政府・JOC 不可解なのは、フランスの検察当局の声明によって、東京五輪招致に関する重大な疑惑が生じているのに、日本の政府・JOCの側で、それに関して客観的事実を調査する姿勢が見えないことだ。 JOCの竹田会長は、まさに、招致委員会の理事長として今回の約2億2300万円の支払を承認した当事者だ。支払先に際してどの程度の認識があったかに関わらず、少なくとも重大な責任があることは否定できない。しかも、JOCのトップの竹田会長が、今回の問題について、「東京五輪招致活動がフェアに行われた」「正当な支払だった」などと現時点から断定的な言い方をしているのは、むしろ、フランスの検察当局の声明で表面化した疑惑を否定するどころか、一層疑惑を深めるものと言える。 そして、このような事態に対して、現時点で、JOC側にも、日本政府側にも、「調査」を行う動きが全く見られない。 菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、「フランスの検察当局から発表があったので、関係省庁との連携を図りつつ、政府として事実関係の把握にさらに努めていくと同時に、改めて、東京都、JOCに対し事実関係をきちんと確認していきたい」と述べたということだが、要するに、「フランスの検察当局が把握している事実関係を、日本政府としても把握すること」とJOCに事実関係を確認することしか、現時点では考えていないということだ。鈴木大地スポーツ庁長官も、「これは招致活動のうえでのコンサル料であり、コンサルティングに対する対価だとの報告を聞いている」とコメントしたと報じられている。 招致委員会が組織として正規の手続きで支払った2億2300万円もの多額の資金が、五輪招致をめぐる不正に使われた重大な疑惑が生じているのであり、しかも、JOCのトップは、支払いを行った招致委員会のトップで、まさに当事者そのものである竹田会長であり、JOCに事実確認しても、真実が明らかになることは全く期待できない。利害関係のない、外部の第三者による調査が最も強く求められるケースであることは明らかである。JOCがそれを行わないのであれば、政府がJOCにそれを強く求めるか、自ら設置すべきであろう。 もちろん、フランスの検察当局の声明も、現時点では、「東京2020年五輪招致」という名目で、開催地を決定する時期にあまりに近いタイミングで、2億2300万円を超える金額が、五輪開催地を決める投票権を持つIOCメンバーの息子に近い人物の会社に送金されている事実を指摘しているだけだ。 しかし、少なくとも、フランスの検察当局の声明とその前後の各国メディアの報道によって、日本の五輪招致活動に対して重大な疑念が生じていることは否定できない事実であり、それについて、日本政府・JOCが「フェアな招致活動」だと主張するのであれば、少なくとも、その約2億2300万円の支払について、疑念を解消できるだけの説明が行われ、その是非を判断するための調査を行う必要がある。 その際、現時点での問題が、「裏金」の問題や、監査法人の監査の対象になるような会計処理の問題なのではなく、招致委員会の決定に基づく支払いの目的・理由と、その是非の問題であることに留意が必要であろう。 この点、急きょ「オリンピック・パラリンピック招致裏金調査チーム」という名称のチームを立ち上げた民進党も、問題を正しく理解しているとは思えない。 疑惑に関する調査に、日本政府も、JOCも後ろ向きの姿勢を示しているのは、「綺麗ごとだけで五輪招致を実現できるわけではない」という認識から、徹底した調査を行えば、ある程度の不正な資金提供等の事実が出て来ることも十分にあり得ると考えているのかもしれない。そうだとすれば、「今更、東京五輪開催を辞退することはできないので、開催に決定的な支障となるような事実が表面化しないようにするしかない」と考えていることになる。 しかし、そのような考え方は、これから4年余りに起きることを想定した場合に、適切な判断とは到底言えない。このまま東京五輪開催で本当にいいのかこのまま東京五輪開催で本当にいいのか 今年8月開催されるリオデジャネイロ五輪を、ブラジル国民はどのような思いで迎えようとしているのであろうか。ブラジル経済の急速な悪化、大統領周辺も含む大規模な汚職事件での政治の混乱、そして、五輪直前の大統領の職務停止、ジカ熱の蔓延、五輪関連工事の遅れ等々。これらの事態の中で、「五輪招致は行うべきではなかった」と考えている国民が増えているのではないだろうか。 しかし、このような事態の中でも、リオ五輪の開催をやめることができなかったのは、このような事態が相次いで発生したのが、既に開催辞退ができない時期に入ってからだったからだ。4月27日、リオデジャネイロ五輪開催まで100日の特集紙面を組んだブラジルの地元紙グロボ そのリオ五輪で、「次期開催地は東京」と何の限定もなくアナウンスされてしまえば、事実上、開催地変更はできなくなるであろう。そういう意味では、開催辞退を決断するとすれば、今後1~2か月が、最後の時点と言ってよいであろう。 新国立競技場の建設、エンブレム選定をめぐるトラブルに加え、大地震の連続という過去に例のない熊本大震災の発生、五輪開催予定地東京の首長舛添要一都知事の政治資金の私的費消等の問題など、4年後に東京五輪が開催されるとすれば、想像しただけで気が滅入るような出来事が続いている。 それに加えて、海外から、その東京五輪招致自体に対して疑惑の目を向けられるとすれば、このまま東京五輪の開催を維持することが、日本の国にとって、社会にとってプラスになることとは到底思えない。 五輪招致をめぐる疑惑について、徹底した調査を行ったうえ、問題があったことが明らかになっても、それでもなお、東京五輪を開催するというのが国民の意思であれば、招致を巡る問題を呑み込んだうえで国民全体が心を一つにして、開催に向けて取り組んでいくべきであろう。 今回の招致委員会をめぐる疑惑について、客観的かつ独立の調査機関を設けて徹底した調査を行い、速やかに招致活動をめぐる問題の真相を解明した上で、東京五輪の開催の是非についての最終的な判断を、国政選挙の争点にするなどして、国民の意思に基づいて行うべきではなかろうか。(ブログ「郷原信郎が斬る」より2016年5月16日分より転載)

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    東京五輪不正疑惑 「電通」の名を報じぬ各局の見解

     東京五輪招致活動に際して、開催地決定の投票権を持つIOC(国際オリンピック委員会)委員に総額2億3000万円も渡していたという贈収賄疑惑が大きな話題になっている。そのスクープを報じた英ガーディアン紙の記事には、その疑惑の鍵を握る存在として日本の広告代理店最大手「電通」の名が繰り返し登場する。同紙は、「疑惑と電通の関係」にさらに踏み込んでいる。世界反ドーピング機関の報告書を紹介するかたちでこう記していた。〈BT(ブラック・タイディングス)社(電通が送金をした相手であるシンガポールのコンサルタント会社)の口座は、アスリート・マネジメント・サービス社(以下、AMS社)のコンサルタントであるイアン・タン・トンハン氏によって管理されている。AMS社は(電通関連会社の)電通スポーツがスイスのルツェルンに作り、国際陸連から与えられた商業的権利の配分を行っている〉 それが事実ならば、国会に参考人として呼ばれた竹田恒和JOC会長が答えたように、電通から招致委への「(BT社は)実績がある」という説明が、お手盛り推薦だったという問題も浮上しかねない。 海外の疑惑拡大にも関わらず、国内メディアが電通の名を報じる例は少ない。 ガーディアン紙報道の2日後から新聞各社はこの問題を報じたが、「電通」と企業名を書いたのは14日の朝日朝刊が最初。記事の最後でわずかに触れたのみだった。テレビ各局は、本誌が放送の録画を確認する限り、16日の竹田氏の国会答弁を『報道ステーション』などが報じるまで、電通という言葉は確認できなかった。 逆に電通の存在を“消す”報道もあった。ガーディアン紙の記事の核心は、複雑な資金の流れを説明する相関図にあった。そこには「Dentsu」も登場するのだが、テレビ朝日やTBSのニュースで紹介された図は、ガーディアン紙を出典としているにもかかわらず、「電通抜き」のものだった。 この件について、テレビ朝日は「5月12日放送時点では、事実関係が確認できた図を放送した。現在は電通についても必要に応じて報道しています」(広報部)、TBSは「放送内容についてのお問い合わせは、お答えしておりません」(総務局広報部)とそれぞれ回答した。博報堂出身で『電通と原発報道』の著作がある作家・本間龍氏が指摘する。「及び腰の正体はメディアの自主規制。特にテレビに顕著ですが、代理店の機嫌を損ねたくないのです。テレビ局側は“代理店を怒らせたらCM枠販売に支障が出る”と懸念し、勝手に報道を自粛してしまう。各局とも広告収入が減る中で、遠慮が大きくなっている」 さらに、電通と各テレビ局は五輪をはじめスポーツ中継やイベント開催などで密接な協力関係にある。また、朝日、読売、毎日、日経の大手新聞4社も、東京五輪のオフィシャルスポンサーとして合計60億円のスポンサー料をJOCに支払うことが決定している。“東京五輪ビジネスの仲間”であることも尻込みする一因なのか。関連記事■ オウム事件 1週間に40~50時間も各局から報道されていた■ TVの言葉が「語り」から「喋り」に移った理由を解説した本■ 皇太子ご成婚で白黒TV1000万台売り受信契約者200万人突破■ 「TV局を減らせ」と説く元業界人がTV界の現状を描いた書■ 三菱銀行人質事件 犯人射殺までの42時間視聴率42.3%

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    五輪コンサルタントとIOC委員を繋いだ電通の「スポーツ錬金術」

    春日良一(スポーツコンサルタント) 国際オリンピック委員会(IOC)会長、トマス・バッハは本気でIOCと五輪の改革に乗り出している。1993年9月東京が2020年の五輪開催地に決定した同じIOC総会で第9代IOC会長に就任した。即座に「アジェンダ2020」(五輪改革提言20+20)を提唱し、「クリーン」で「サステナブル」(持続可能)なオリンピックを目指している。 来年決定する2024年五輪開催都市に向けての行動規範を含む、2016年版「倫理規範」が発表された。その規範はIOC委員の招致都市への訪問を禁止し、贈答品についても一切だめとする厳格さを前のバージョンから受け継いでいるが、「コンサルタント」という項目が新たに登場していることが特筆に値する。立候補都市が契約するコンサルタントについては、個人、法人を問わず、IOCにすべてリストアップして届け出なければならない。IOCのバッハ会長=2015年5月18日(共同) そんな中、2020年東京五輪招致委員会がシンガポールに本社を置くブラック・タイディング社に支払った「コンサルタント料」について、不正疑惑が取りざたされている。今回の疑惑について招致委員会理事長の立場にあった日本オリンピック委員会(JOC)竹田恒和会長は、5月18日の衆院文部科学委員会で、この契約について国際陸上競技連盟(IAAF)前会長のラミン・ディアク氏と同社の関係を知った上で、コンサルタント契約を結んだと証言している。竹田氏の説明によれば、「五輪招致に成功するためにはコンサルタントとの契約は必須であり、この契約は妥当」なものであるという。 五輪招致に関わるコンサルタントについては、それなりの歴史があり、その歴史を知らなければ、今回の疑惑の深層も理解できないだろう。遡ればきりがないが、そもそも五輪開催を獲得するために都市がしのぎを削るようになるのは、五輪開催が利益をもたらすようになってからだ。私が関わった長野冬季五輪の招致活動から水面下にいたコンサルタント的存在が表舞台に出始めてきた。 後にソルトレークシティー五輪招致疑惑の問題が起こる1999年になって、長野五輪当時からスタジオ6なるエージェントが存在していたことが明らかになるが、このスタジオ6、1988年カルガリー冬季五輪の時には、当時日本選手団渉外として選手村入りしていた私に接触を求めてきたことで記憶にある。その頃は、確かIOC公認の出版メディアとして現れたが、当時は五輪招致に関わるやりとりは表向きのものではなかったのである。1票2000万円、アフリカの10票を狙ったのか 長野五輪が成功した時のライバル、最有力候補だったソルトレークシティーは、その敗退に痛くショックを受け、その敗因を長野のIOC委員接待攻勢と分析した。これが大きな誤謬であったことに気付くには、1999年まで待たねばならなかったが。メディアでは長野招致も同等の扱いを受けているが、長野招致成功の最大の要因は当時のJOC国際委員会の戦略指導にあった。時のIOC会長、サマランチ氏との高度な世界戦略での対話があったからこその成功であったが、そこは見落とされてきた。これについては後述する。 さて、ソルトレークシティー招致委員会はトム・ウェルチ氏率いるトップダウン型の機構だったので、IOC委員への過剰な接待攻勢と水面下で暗躍する人々を懐柔する作戦に打って出たら、その勢いは留まらなかった。そして、念願の2002年の開催権を獲得するが、余りにも露骨な買収工作が露呈し、世界の批判を浴びることになる。それによってIOC自身が抜本的な改革を余儀なくされた。その結果、これまで水面下で行われていた活動は公のものとならざるを得なくなり、次々にコンサルタントを名乗る個人や法人がオフィシャルな存在として出現した。これが、五輪招致が五輪コンサルタントの市場となるきっかけである。 五輪の世界は独特である。スポーツというツールを通すことによって、世界中の皇室や元首へのアクセスが可能になる。それも対等な立場で接触できるのである。この独自性が実は「スポーツで世界平和構築」のキーポイントになるのだが、これが個人を利する素材となることもあり得るのだ。 五輪コンサルタントは自らの活動の中で得たIOC委員、IOC事務局、国際競技連盟(IF)や各国のオリンピック委員会(NOC)との人脈を利用して、立候補都市に有利な情報を提供する。その上で招致戦略の専門的助言をしたりするもの、さらにプレゼンテーションに特化したコーディネートをするものなど各種乱立する状況になっているようだ。 「五輪コンサルタントとの契約なしに招致の成功はありえない」状況がIOC改革によって生まれてしまったという皮肉な現状となっている。2016年版IOC倫理規範は、そのコンサルタントにIOCの承認を必要として、その管理に乗り出すというわけである。 このようなコンサルタントがいる中で、今回のブラック・タイディング社に支払った「コンサルタント料」について私が直観したのは、1票2000万円、アフリカの票10という数字だった。招致活動に携わった現場感覚では、それが一番ピンとくるものだ。コンサルタント会社のディアク氏との関係、総額約2億3千万円。支払いが7月と10月。これらの情報からの直観である。 ディアク氏を頼るとすれば、逆に言えば、ディアク氏が売り込むとすれば、アフリカ出身のIOC委員の票である。アフリカにいるIOC委員は約10人である。7月に約半数の票を確約したことにより、1回目の支払いが行われ、10月には残りの票について、成功報酬として支払われた。 1票2000万円は相当額である。一人のIOC委員を懐柔する工作費として、その活動費も含めている。2億3千万円の一割がコンサルタントの対価であれば納得できる数字と思える。五輪招致不正疑惑をなくす唯一の方法東京港区の電通本社ビル このコンサルティング会社を紹介したのが電通と言われているが、そのことについては、何の不思議もない。もともとスポーツ情報をお金にする構造を思いついたのはアディダスの二代目ホルスト・ダスラー氏であり、そのダスラーとともにIOCのスポーツマーケティング代理店ISLを設立したのは電通の服部庸一氏であるからだ。ISL社はもう存在しないが、そのスポーツ国際情報戦略のネットワークは脈々と受け継がれている。IAAF会長との繋がりは確固たるものであったはずだ。 かような「五輪招致の成功にはコンサルタントの契約が必須」であるという現状について、日本のオリンピック運動の代表者が肯定したことが、元JOC職員として悲しい。なぜならもともと五輪招致の活動は、オリンピズムに基づくものだからだ。五輪は単なるスポーツの祭典ではない。単なる世界総合競技大会ではない。それは「スポーツによる世界平和構築」という使命を担っている。その開催都市を選ぶための活動もその思想に基づいて行われなければならない。 各立候補都市が競うべきは、いかにして自らの都市がオリンピズムを実現できるオリンピック競技大会を開催できるかである。その熱意と情熱の上に築かれた計画と実践に対してIOC委員が評価を下すのである。立候補を決めてから選ばれるまでその都市はオリンピズムとは何かを考え、五輪運動をその都市に啓蒙し実践する努力をするのである。それによって、オリンピックに賛同するステークホルダーを創出していくのである。 「確かにそれは理想であるが、現実はそうはいかないだろう。実際、IOC委員もすべてが善人というわけではないのでは?」という声もあるだろう。だからコンサルタントが必要なのだ!ということになりそうだが、そうはならない。 悲しい気持ちになったもう一つの理由がそれである。それはJOCのパワーの問題である。もともと五輪立候補都市に対して、招致活動を指導助言するのは、その開催都市のある国内オリンピック委員会であるからだ。その委員会がいわゆる五輪コンサルタントが有している程度の情報を蓄積していないではどうしようもない。長野冬季五輪時には、JOCが日本体育協会から独立した時で、新生JOCとして、その国際委員長に国際卓球連盟会長の荻村伊智朗氏を招き、彼のリーダーシップの下、当時のスポーツ界の国際通を少数精鋭で集めた。そしてそれぞれが収集した情報を分析して招致戦略を構築、長野招致委員会への助言に尽くした。 NOCとして日常から各国NOCとの交流を深め、援助の必要なNOCには協力し、IOCやアジアオリンピック評議会(OCA)、そしてIFなどの国際機関からの情報を収集し、オリンピック運動の具体的施策を提言するなどの活動をしていれば、そこに蓄積される情報は、コンサルタントの掌中にあるものを遥かに超えるものになるだろう。またそこで得られる国際的信頼は半永久的財産となる。当時の荻村国際委員会はそれを求めて行動してきた。その継承がなされていれば、コンサルタントに頼ることはない。あったとしても、戦略に基づいてコンサルタントを利用する程度で収まるはずだ。 バッハIOC会長の五輪改革は本気である。ドーピング問題にも招致不正疑惑にも目を瞑ることはないだろう。五輪憲章第59条の制裁には、オリンピック開催都市の開催権剥奪も入っている。 今回のような疑惑が起こることは、オリンピックの「持続可能性」に赤信号が灯ることだ。そのことを今のIOCは軽くは見ないはずである。 オリンピズムを尊重した五輪招致活動を指導する国内オリンピック委員会の日常的な仕事こそ、五輪招致不正疑惑をなくす唯一の方法であろう。そのことを強く感じるところである。

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    カネを生まないスポーツを排除する広告業界の闇

    技団体は自らアイディアを生み出す方向でなく、なんとか広告代理店やスポンサーに声をかけてもらえるよう、オリンピック種目になるための努力に懸命になったりする。本末転倒の現象がスポーツ界を覆っている。 早く、運営の主導権、未来像を持ってスポーツを活性化する中枢の座を、スポーツを本当に愛する専門家の手に委ねる必要がある。

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    100兆円に膨れ上がった巨大スポーツ資本主義「腐敗の構造」

    世界で大騒ぎをしている国際サッカー連盟(FIFA)の役員の不正賄賂問題、五輪の開催地決定をめぐる国際オリンピック連盟(IOC)の役員に対する賄賂問題、世界アンチ・ドーピング連盟(WADA)によるロシアの陸上競技選手によるロンドン五輪のメダル獲得者のドーピング問題等、スポーツをめぐる不正な問題は枚挙にいとまがない。これはスポーツにおける「競技者間の競争原理」がスポーツビジネス市場をめぐるスポーツ・ステイクホルダー間の利益の争奪戦という、「資本主義的な競争原理」に変質していることを意味している。スポーツが「DO Sports」(実践のためのスポーツ)から、「Spectacle Sports」(見て楽しむスポーツ)に変化し、数多くの観客が楽しむための装置としてのマスメディア(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)が出現したことがスポーツビジネス市場を拡大させる大きな要因の一つとなったといえるだろう。 ここに、スポーツ・ステイクホルダーを巻き込んだ「腐敗の温床」が生まれ、IOCや他の競技団体の国際組織における「金銭をめぐる腐敗の構造」が構築されていったのである。なぜスポーツビジネスは腐敗したのかなぜスポーツビジネスが腐敗したのか なぜ、こうした不正が横行するのか。それは、スポーツビジネスがスポーツ人口の拡大に伴い、ナイキ・アディダス・プーマ等の世界的な「スポーツ用具メーカー群」やスポーツイベント・スポーツビジネスをマネジメントする「スポーツ支援企業群」にさまざまな利権を与えているからだ。「濁った水には、魚は棲まない」の諺(ことわざ)にあるように、スポーツビジネスの利権を漁る人たちが巨大なスポーツ市場を独占しようと戦っているからだ。 一つのイデオロギーは民間企業や国民だけでは形成することができない。もう一つの大きな力、国家の支援が必要だ。かつて、ソ連・東ドイツ等の社会主義国家が輝かしい成績をあげられたのは、国家によるアスリートの支援という「ステートアマ」の存在があったからだ。こうしたスポーツビジネス最大の不正の根となっているのはオリッピックの開催候補地決定をめぐる熾烈な国家間(各国のオリンピック委員会)の戦いだ。 1970年代までの五輪には各種目とも「アマチュア規定」があり、プロ選手は五輪に参加できなかったが、1984年にアメリカで開催されたロサンゼルス五輪では、オリッピックは「商業化されたイベント」(冷泉彰彦、「五輪、拡大する商業主義に問題はないのか?」、ニューズウィーク電子版、2017年7月17日)となり、ロス五輪のテレビの放映権料が1960年のローマ五輪の120万ドルから、一気に約3億ドルに膨れ上がった。これは、近代五輪の提唱者であり、創設者であるピエール・ド・クーベルタン男爵の近代オリンピックの理念「アマチュアリズム」に反するものであった。ロス五輪以降もオリンピックの放映権料はうなぎのぼりとなり、2012年のロンドン五輪では約12億ドルまでになってしまった。この他に、開催国スポンサーシップ、国際スポンサーシップ、入場料金、グッズ料金等の収入がIOCの懐に入るわけだ。まさに、「カネの宝庫」である。この巨大な「マネー市場」に利害関係者が参入するのは当然のことだ。それゆえに、この市場に参加するための利権を獲得するために必死になるのだ。 そこに、賄賂などの腐敗の構造が出て来ることになる。こうしたオリンピックをめぐる利権争いが激化し、腐敗の温床となった背景には、IOCのトップリーダーたちが、欧州の富裕な貴族階級からスポーツビジネス目当ての実業家、政治家などに交代したこと、IOC職員はこうしたリーダーの忠実なる官僚であったこと、巨大な収入であるメディアとの関係強化(莫大な放映権料の収入化)、「オフィシャル・スポンサー」というスポンサー企業の参入があったこと、その結果、オリンピックが「アマチュア・スポーツの祭典」から、「スポーツビジネスショー化」したこと、などがあげられる。東京五輪招致不正疑惑の背景と要因東京五輪招致不正疑惑の背景と要因 最近のザ・ガーディアンの報道(2016年5月12日)によれば、国際陸上競技連盟(IAAF)前会長でIOC委員だったラミン・ディアク氏と、その息子でIAAFのコンサルタントを務めていたパパマサッタ・ディアク氏は、フランスの検察当局より汚職の罪で告訴されて捜査中だという。さらに東京五輪の招致活動で、日本の招致委員会側が2013年7月と10月の2回に渡って、パパマッサタ氏と関係が深いスイスにあるマーケティングコンサルタント会社、AMS(アスリート・マネジメント・サービス)のシンガポールの 関連会社「ブラック・タイディングズ」の口座に総額200万ユーロ(約2億3000万円)を振り込んだということである。この口座の管理者は、AMSのコンサルタントをしていた、イアン・タン・トン・ハン氏であるとしている。 この背景には、五輪招致をめぐる開催候補都市間の壮烈な争いがスポーツ・ステイクホールダー間の利権に争いにつながっているということがある。ここで暗躍しているのがスポーツロビーストで、元IOC委員・職員、コンサルタント等の個人ロビイストや、PRエージェンシー、広告代理店、スポーツ用品メーカー等の組織ロビイストなどがいる。彼らは候補都市の招致委員会の依頼を受けてIOC委員から賛成票を獲得すべく、委員の家族構成、趣味趣向、経済状況等に至るまで詳細な個人情報を収集、賄賂攻勢をかけることで、五輪招致に導くための最大限の戦略的行動をとっている。 報道によれば、今回の2020東京五輪招致委員会は、これまでの招致運動の失敗の要因はスポーツロビイストの効果的な活用ができなかったからだとし、こうしたロビイストを戦略的に活用し、招致決定に影響力を与えようとしたと推測されている。ロビイストの活用に関して東京五輪招致委員会に戦略的な助言をし、ロビイストの紹介等で主導的な役割を果たしたのが世界有数の広告代理店「電通」であるといわれている。しかし、こうしたロビー活動の表舞台に電通が出ることはない。さまざまな関係者、関係企業が当該関係者に働きかけを行い、その成果に対する報酬の支払いを行うのが通例である。今回の場合も、元IOC委員のラミン・ディアク氏の息子のパパマサッタ氏と近い関係と言われる「ブラック・タイディングズ」のコンサルタントであるタン・トン・ハン氏が、不正送金をしたとされている銀行口座の管理人となっている。当時の日本の招致委員会の竹田恒和理事長は、正式なコンサルタント契約に基づき正当な報酬の支払いをしたと先日の衆議院予算委員会で答弁している。このことを証明していくためには、契約内容が記載されている契約書や支払い明細書等の書類の情報公開をする必要がある。なぜならば、招致委員会が使ってきた資金は国民の税金や寄附という公金だからだ。 五輪招致運動等の国際的なスポーツイベントをめぐって、買収・賄賂等の不正な金銭のやり取りがあること自体、クーベルタン男爵の「アマチュアリズム理念」に反するものであり、スポーツ交流を通じて、世界の平和を実現しようとした五輪開催の意図に背くものである。その根底には、スポーツビジネスが巨大化し、利権争いが加速化・増殖化しているという現実があることを忘れてはならない。スポーツ資本主義はどこへいくスポーツ資本主義はどこへいく 国家的事業としてのオリンピックや、プロスポーツビジネスとして発展しているサッカー、野球、ゴルフ、バスケットボール等はスポーツ市場に参入している企業群(「スポーツ用具企業群」「スポーツ支援事業群」「スポーツ施設・設備事業群」「スポーツ情報産業業群」)は、ヘルスケア産業の増大化に伴ってスポーツ市場が今後も拡大し、その利益奪取をめぐって熾烈な戦いが展開されることが予想される。そこに、巨大なスポーツビジネス市場を形成する「スポーツ資本主義」という、スポーツをビジネス資本とし、既存の社会・経済システムを超えた新しい資本主義が形成されつつある。スポーツ資本主義の本来の主役とはスポーツの担い手である選手であるが、現実はそうではない。選手は金儲けのための手段にすぎない。スポーツ資本主義を牛耳っているのは、スポーツ利権の奪取を目論んでいる政治家、実業家等である。巨大の利権があるからこそ、そこに腐敗の温床があるのだ。 今、世界の注目を集めているFIFA(国際サッカー連盟)の場合、腐敗の原因は、会長の任期が長期間に渡っていること-元会長のアベランジェ氏は24年、前会長ブラッター氏も17年という異常な任期の長さだ-、重要事項を決定する理事会が「密室」(非公開)で行われてきたこと(これは、会長の意思決定を理事に逆らわさせないための方法で、賄賂を分配して口を防ぐためと推測される)、会長・理事を監視するための「監査委員会」等といったの第三者委員会がないこと、であると言われている(NHK国際報道「FIFA 腐敗はなくせるか」、2015年7月)。加えてアベランジェ会長は事務局入りして会長に昇りつめた「事務局職員の星」ということも挙げられる。彼はテレビ放映権料・企業のスポンサーシップ・開催候補地からのさまざまな賄賂の差配等で卓越した成果をあげ、FIFAの利権システムを作り上げていった。 これがIOCとなると、FIFAが集金した不正な資金の何倍もの金額になるはずだ。IOCの不正も基本的にはFIFAの場合と同じだが、五輪は国家の威信を高揚させるための国家事業なので、五輪開催に伴う直接的な経費(会場・宿舎・輸送・食事等の整備等)よりも、鉄道・道路・インフラ整備等の莫大の間接経費が必要となってくる。こうした事業に参入するために、スポーツビジネス関係者のみならず、一般事業者も「利権」獲得を求めて、関係者に多額の賄賂や寄附を提供してきた。この背景には、スポーツによる国際平和への貢献という気高い理念という大義名分があり、そこに不正が入り込む余地があるといわれている。なぜならば、スポーツ関係者に「賄賂をもらって、セレブな生活を送る」という拝金主義が浸透しているからだ。 こうした不正を正さない限りスポーツビジネスは発展しないし、それを支える「スポーツ資本主義」は破綻することになるだろう。例えば、五輪が「アマチュア・スポーツの祭典」としての理念・活動を遵守し、スポンサー企業もフィランソロピー(社会貢献)企業としての「品性」を保っていれば、こうした不正や腐敗は起こらないはずだ。 「スポーツ資本主義」思想を「スポーツファンやスポーツ関係者のための健全なユートピア」にするのか、それとも、「一部権力者による拝金主義のための悪の帝国」にするのかは、私たちの社会倫理性の高い良識とスポーツ活動を公正・公平に推進していくための、「スポーツ・ガバナンス」(多様なスポーツ・ステイクホールダーによる組織の統治)の構築にかかっているといえるだろう。[主要参考文献一覧](1)) 一ノ宮 美成/グル-プK21(2014)、『2020 東京五輪の黒いカネ』(宝島社)。(2) 小川 勝(2012)、『オリンピックと商業主義』(集英社新書)。(3) ジェニングス,J.,(1998)、『オリンピックの汚れた貴族』(野川 春夫訳、サイエンティスト社)。(4) ジェニングス,A.,(2015)、『FIFA腐敗の全内幕』(木村 博江訳、文藝春秋)。(5) シムソン,V/ジェニングス,A.,(1991)、『黒い輪-権力・金・クスリ:オリンピックの内幕』(広瀬 隆監訳、光文社)(6) 通商産業省産業政策局(1990)、『スポーツビジョン21:スポーツ産業研究会報告書』(通商産業調査会)。(7) 日本政策投資銀行地域企画部(2015)、「2020年を契機とした国内スポーツ産業の発展可能性および企業によるスポーツ支援:スポーツを通じた国内経済・地域活性化」、Retrieved February 12, 2016, from http://www.dbj.jp/pdf/investigate/etc/pdf/book1505_01.pdf(8) 原田宗彦(1999)、「スポーツ産業の構造的変化」原田宗彦(編著)『スポーツ産業論入門(改訂第2版)』杏林書院:東京。(9) FIFA(各年版)、 『FIFA Financial Report』 Retrieved March 11, 2016, from http://www.fifa.com/about-fifa/official-documents/governance/index.html(10) BBCニュ-ス,2016年5月12日号。(11) BuzzFeed Japan 2016年5月13日号。(12) ミラ- J.(1980)、『オリンピックの内幕』(宮川 毅訳、サイマル出版会)。

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    電通と五輪マネー「裏金疑惑」の真相を読む

    目下、東京五輪招致の不正疑惑で最も注目を集めているのが、広告代理店最大手「電通」が果たした役割である。ネット上ではさまざまな憶測が飛び交うが、どこまでが真実でウソなのか、関係者も含めフランス検察当局の動きを注視する。巨大な利権にまみれた五輪マネー。にわかに浮上した「裏金疑惑」の真相を読む。

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    竹田JOC会長の五輪招致活動をめぐる矛盾した発言

    てトリプル選挙です。通算10回目 フランスのクーベルタン男爵(1863年生、1937年没)が提唱したオリンピック。ゼウスの神殿のあったオリンポスで古代競技会が開催されていたことに由来して命名されました。 第1回は1896年アテネ大会(以下、「大会」は省略)。1900年パリ、1904年セントルイスまでは同時開催の万博の余興的存在。1908年ロンドン、1912年ストックホルムの頃から体制が整い始めたそうです。冬季大会の第1回は1924年シャモニー(フランス)。 1988年ソウル以降、オリンピック終了後、パラリンピックも開催。1994年リレハンメル以降、4で割り切れる年の夏季大会、中間年の冬季大会の交互開催が定着しました。 開催都市は北半球が大半。南半球での夏季大会は1956年メルボルン、2000年シドニー、2016年リオデジャネイロの3回。冬季大会は開催実績がありません。 南半球は開催可能な経済力を有する国が少ないこと、降雪量が少なく、ウィンタースポーツの設備が十分でないことなどが影響しています。 アジア開催は、夏季が1964年東京、1988年ソウル、2008年北京、2020年東京の4回。冬季は1972年札幌、1998年長野、2018年平昌、2022年北京の4回。北京は夏季冬季両方を開催する初めての都市になります。 中南米開催(夏季)は、1968年メキシコシティー、2016年リオデジャネイロの2回。南アフリカが候補に挙がったことはありますが、アフリカでは未開催。 この間、歴史の波に翻弄されています。第1次大戦の影響で1916年ベルリンが中止。1936年ベルリンでは、ナチスが国威発揚に利用。聖火リレーが始まったのもこの時です。 第2次大戦の影響で2度流会した後、1948年ロンドンで再開。敗戦国のドイツと日本は招待されませんでした。 1952年ヘルシンキにソ連が初参加。東西冷戦の影響から、米ソのメダル争いが過熱。中国と台湾、東西ドイツ、韓国と北朝鮮等の対立も競技を過熱させました。 1968年メキシコは黒人差別反対運動の場となり、1972年ミュンヘンではアラブゲリラによるイスラエル選手に対するテロ事件が発生。 1976年モントリオールでは、ニュージーランドのラグビーチームが南アフリカに遠征したことに反発し、アフリカ諸国22ヶ国がボイコット。 1980年モスクワでは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して米国・西ドイツ・日本等の西側諸国がボイコット。1984年ロサンゼルスでは東欧諸国が報復ボイコット。 冷戦終結後の1996年アトランタでもオリンピック公園を標的としたテロが発生。2008年北京では貧富の格差を放置しての開催に反対するデモが頻発。 2014年ソチでは、ロシアの「ゲイ・プロパガンダ禁止法」に抗議して、米国・ドイツ・フランス等の欧米諸国首脳が開会式欠席。 大会規模の巨大化に伴い、開催国の財政負担も増大。1976年モントリオールでは大幅な赤字発生。以後、立候補都市が減少しました。 1984年ロサンゼルスの大会組織委員長ユベロス氏がオリンピックのショービジネス化を推進。スポンサーを「1業種1社」に絞り、スポンサー料を吊り上げ、黒字を達成。 国際オリンピック委員会(IOC)委員長にサマランチ氏が就任後、商業主義が加速。利権の温床となり、放映権の高騰、IOC委員へ賄賂提供等、問題が深刻化しました。 現在のIOCの収入構造は、47%が世界各国での放映権料、45%が「ワールドワイド・パートナーまたはTOP(The Olympic Programme)」と呼ばれるスポンサーからの協賛金です。 クーベルタン男爵の強い勧めによって、日本は1912年ストックホルムに初参加。1928年アムステルダムから女子選手も参加。1940年東京(夏季)、1940年札幌(冬季)招致に成功したものの、日中戦争激化の影響下、自ら開催権を返上。 戦後、1960年開催に立候補するも、わずか4票で落選。1964年東京(夏季)、1972年札幌(冬季)、1998年長野(冬季)招致に成功する一方、夏季は1988年名古屋、2008年大阪、2016年東京招致に失敗。2020年東京は、通算10回目の招致挑戦でした。コンサルタント料コンサルタント料 ところで、スクープ報道で知られる某月刊誌が2月に「東京五輪招致で電通買収疑惑」と報じました。 それから3ヶ月、5月11日に英紙「ガーディアン」も招致委員会(以下、招致委)が裏金(賄賂)を関係者に渡していたと報道。月刊誌も英紙も同じ英国人記者の記名記事です。 東京開催決定は2013年9月。その前後の7月と10月、招致委がシンガポールのブラックタイディングズ社(BT社)に約2億2300万円を送金。これが開催地決定の票買収の賄賂だったとの指摘です。 5月12日、フランス検察当局がこの事実を追認し、BT社は国際陸上競技連盟(IAAF)前会長ラミン・ディアク氏、パパマッサタ・ディアク氏親子に関係するとの声明を発表。 ディアク親子は五輪開催地選考に強い影響力を持ち、IOC委員を兼任していたラミン氏は「アフリカ票」のとりまとめ役。つまり、ラミン氏に働きかけるためにBT社に資金提供したという構図です。 フランス検察当局の声明を受け、BBC、CNN等の海外主要メディアが続々と疑惑を報道。シンガポール現地紙によると、BT社登録地は集合住宅内。BT社代表(イアン・タン・トン・ハン氏)の母親を名乗る女性が居住。BT社は2014年7月に廃業。資金洗浄(マネーロンダリング)目的のペーパーカンパニーだったと報じています。 英紙等によると、ハン氏は日本の電通と関係が深く、上記の資金授受に介在したのも大会組織委員会理事である電通元専務と報じられています。 5月13日、竹田恒和日本オリンピック委員会(JOC)会長(招致委理事長を兼任)が、本件に関して「資金はコンサルタント料」「賄賂等の不正はなかった」と釈明。 5月16日、国会に参考人招致された竹田氏は「正式な業務の対価」「票獲得に欠かせなかった」「BT社から売り込みがあった」「BT社は電通に紹介された」という趣旨の発言。要するに、事実関係を認めたということです。 一方、竹田氏は、BT社がディアク親子と関係が深いこと、ペーパーカンパニーであることは「知らなかった」と弁明。竹田氏の発言は信じ難いですが、招致委にBT社を紹介した電通はこの事実を知っていたと考えるのが普通です。 竹田氏は「支払いは公認会計士の監査・指導を受けた」「送金先について詳細は承知していない」「事務局が必要と判断した」「招致活動はフェアに行われたと確信する」と抗弁。 しかし、「詳細は承知していない」のならば、なぜ招致活動がフェアであったと「確信する」ことができるのか。論理矛盾した発言です。 2億2300万円のコンサルタント料でどのようなコンサルティングを受けたのか、説明と証拠提示が必要です。監査法人の関与は不正否定の根拠にはなりません。 さらに深刻な問題は、日本のマスコミがこの事件を詳細に報道しようとしないこと。その理由は「マスコミが電通に頭が上がらないから」と言われています。 今年1月、朝日・毎日・読売・日経の全国4紙はJOCと15億円の「オフィシャルパートナー契約」を締結。その仲介はもちろん電通。及び腰の背景が透けて見えます。 五輪エンブレム盗用問題、白紙撤回となった新国立競技場のザハ・ハディド氏案を巡っても電通が関与。開閉屋根式の競技場にこだわったのは、電通がコンサート会場への転用を計画していたからとの情報もあります。 菅官房長官は記者会見で「フランス検察当局の開示した事実を政府として把握に努める」と述べるのみ。本来であれば、第三者か政府による独自調査が必要ですが、ヤル気なし。 五輪規則では招致を巡る不正行為を禁止していますので、賄賂が事実であれば、開催辞退という展開も否定できません。 英国「デイリー・ミラー紙」は五輪招致で東京に敗れたトルコ(イスタンブール)オリンピック委員会のアクソイ副事務総長のコメントを報道。 曰く「不正が認定された場合、東京の開催権を剥奪すべき。敗退したイスタンブールとマドリードの代替開催は間に合わないので、ロンドンで開催すべき」と言及しています。 1970年開催が決まっていた米国デンバーでは、地元住民の反対運動から1972年10月の住民投票で開催返上が決定。1973年2月、インスブルックに開催地が変更されました。1940年東京も日中戦争激化の影響で開催返上。「幻の東京オリンピック」と言われました。ゼウス・ホルキオスゼウス・ホルキオス それにしても、なぜ五輪を開催したいのでしょうか。経済効果が目的とも言われますが、本当に経済効果はあるのでしょうか。 インフラ整備の遅れている新興国であれば理解できます。高速道路や新幹線を整備した1964年東京はその典型例。しかし、先進国での経済効果は期待薄。インフラ整備は進んでおり、新興国ほど投資は伸びず、経済規模も大きいのでプラス効果もわずか。 東京都の試算では、2020年東京の経済的な直接効果は1兆2200億円、波及効果は2兆9600億円。直接効果の対GDP(国内総生産<約500兆円>)比はわずか0.24%。ほとんどゼロと言っても過言ではありません。 逆に大会後の「オリンピック不況」が懸念されます。公共投資、それに付随した民間投資、民間消費が落ち込むためです。観光客増も大会中のわずかな期間。 2008年北京の場合、前年に14%を超えた経済成長率が開催年と翌年は9%台に鈍化。1988年ソウル以降の夏季6大会で、開催年より翌年が上昇したのは1例だけです。 一方、莫大な費用が重荷になります。1976年モントリオールは大幅な赤字を出し、2006年までの30年間、特別税を徴収して債務を償還しました。 大量失業と債務危機に直面していた中での1992年バルセロナでは、オリンピックは「飢えの競技会」だと酷評されました。 2004年アテネは施設建設費等を国債で賄ったことが、2010年のギリシャ危機、財政破綻につながりました。ユーロを導入したことで、簡単に借金できたことも一因です。 こうした懸念に対し、東京都の招致決定前の説明では「既存施設を改装して活用」「運営費はチケット収入やIOC予算等で賄い、税金は使わない」としていましたが、決定後の費用見積もりは急膨張。 意外にも、五輪開催の経済効果に関する専門家の定説は「招致決定都市より、最終候補都市(次点都市)の方が良い経済効果が得られる」ということです。 五輪開催の経済効果を研究テーマとしているビリングズ教授(ノースカロライナ大学)、ローズ教授(カリフォルニア大学)、マセソン教授(ホーリークロス大学)、ジンバリスト教授(スミス大学)等の分析によって、いくつかの特徴が明らかになっています。 共通するのは、最終選考まで残った都市は既に勝者との結論。最終選考に残るための先行公共投資等が奏効する一方、実際に開催するための費用負担を回避できるためです。 1950年から2006年までの五輪開催地となった国々を分析した結果、選考過程の対策として行った貿易や為替取引の自由化等の効果によって貿易量が30%増加したそうです。 五輪は非常に費用がかかるイベントであり、開催都市が費用を埋め合わせるだけの経済効果は得られないとの評価で一致。 将来の維持管理を要する施設建設費用が嵩み、開催が近づくと例外なく追加費用が発生。また、9.11後、警備費用が膨張。1984年ロサンゼルスのように黒字になる五輪開催は難しいとしています。 さらに、五輪招致に成功する都市とは、特別な利益を追求する不透明な利害関係者の結束の強い都市であるとの警鐘を鳴らしています。 招致を勝ち取るのは、建設会社、広告代理店、競技団体等、多くの利害関係者が招致決定に向けて努力する都市。今回の賄賂騒動を鑑みると、もっともな指摘です。 2020年東京が日本の財政に与える影響も注視が必要です。東京圏以外でも、観光客を当て込んだ諸事業が活発化し、各地でインフラ整備等が加速するでしょう。 1964年東京の際も、翌年の「昭和40年不況」対策で戦後初の国債発行に至りました。たしかにインフラ整備は進みましたが、日本の財政悪化の端緒だという指摘もあります。 オリンポスの主、ゼウスは宇宙や天候を支配する天空神。強力なケラウノス(雷霆<らいてい>)を武器とし、ゼウスがケラウノスを使うと世界を一撃で破壊します。 オリンポスで4年に1度開催される古代競技会はゼウスを讃える大祭。開催期間中、戦士は戦争を止め、競技会に参加するためにオリンポスに向かい、「不正を決して行わない」という宣誓「ゼウス・ホルキオス(誓いのゼウス)」を捧げ、競技に参加したそうです。 ゼウスは弱者の守護神、正義と慈悲の神、悪者を罰する神。不正を行った者には容赦のない荒ぶる神。経済効果試算や招致活動に不正がなかったことを祈ります。

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    五輪招致活動の顔はJOCや招致委だが頭脳と手足は電通

    ガーディアン紙が報じたところによれば、東京五輪招致活動に際して、開催地決定の投票権を持つIOC(国際オリンピック委員会)委員に総額2億3000万円が流れていたという。同紙では広告代理店最大手「電通」が繰り返し登場する。しかし電通の知名度は、関わりの有無によって大きく分かれる。関係する人には「巨大な影響力を持つ会社」だが、直接関わりがなければ「何をやっているかよくわからない会社」に見える。 無機質な説明をすれば、「日本最大の広告代理店」だ。年間売上高は4.6兆円。業界2位の博報堂DYホールディングス(同1.1兆円)を引き離し、国内シェア25%を占める。 一般的にはテレビCMや新聞・雑誌広告の企画・制作や営業を行なうビジネスで知られ、テレビ局や新聞社、出版社などメディア界や、スポンサー企業にとっては欠かせない存在となっている。だが、「自社の宣伝」をしているわけではないので、視聴者や読者に電通の企業イメージは沸きにくい。 しかも社員4万7000人の巨大組織における最大の「花形部署」はいわゆる「広告」を扱う部署ではなく、「スポーツ局」といわれる。ジャーナリストの伊藤博敏氏が解説する。「約150人の局員はそれぞれ得意のスポーツ分野を持つ精鋭で、テレビ放映権を扱い、有名選手をサポートする。イベントやスター選手を招致してスポンサーを探し、グッズ販売も企画して収益化するなど、あらゆるスポーツをビジネスに変えてきた」 電通と国際スポーツイベントの関わりの嚆矢は、1977年の「サッカーの神様」ペレの引退試合だ。「サッカー未開の地だった日本に世界的ヒーローを招き、国立競技場は超満員となった」(同前) 史上初の民間運営方式で進められた1984年ロサンゼルス五輪では、日本でのエンブレムやマスコットキャラクターの使用許諾権などの独占契約を結んだ。以降、「電通に頼まなければ、五輪ビジネスは成功しない」という“常識”が、スポーツ界やテレビ局に浸透した。その後、2002年の日韓W杯でも招致や運営面で電通は力を発揮した。 世界的な景気減速の中でも国際スポーツビジネス市場は不況知らず。電通にとって東京五輪が過去最大の商機になることは間違いない。だからこそ招致への意気込みは強かった。 「リオデジャネイロに敗退した2009年以来、国際的な働きかけが拙いJOCや都庁の尻を叩いてロビー活動を推進してきたのが電通でした」(都庁関係者) 当然、都庁や招致委の「電通頼み」は強くなっていく。2016年五輪招致活動が佳境を迎えていた2009年3月には、東京都議会でこんなやり取りがあった。 招致活動のための基礎調査などが電通に特命随意契約で委託されたことが野党議員から「癒着」と批判されると、石原慎太郎・都知事(当時)は、「電通が持っている影響力は、他の広告会社では及ばない。選ばざるを得ない」と答えた。口調や状況こそ違うが、竹田恒和JOC会長の答弁と同じく“電通に丸投げするしかない”という率直な心情が分かる。 石原氏も認めた「電通の影響力」を端的に示す写真がある。それは、電通の社史(『電通100年史』)に掲載されたもので、撮影は2000年。当時の成田豊・社長と握手を交わす黒人紳士は、今回の疑惑の渦中にいるラミン・ディアク氏だ。ディアク氏はその1年前に国際陸連会長とIOC委員に就任していた。 この2000年から、電通は世界陸上をはじめとした国際陸連が主催する大会の国内テレビ放映権を獲得した。「電通の人脈力」を物語る写真といえる。『電通とFIFA』の著者・田崎健太氏はこう解説する。「電通は日本では最もIOCの理事や委員にパイプがある企業です。そのため人脈に不安があるJOCは電通に頼らざるを得ない現実がある。招致活動の顔はJOCや招致委であっても、頭脳と手足は電通なのです」関連記事■ 五輪の各種独占権を持つ電通 東京五輪特需で株価の上昇期待■ 五輪危機レスリング 米国や日本のスポンサーで存続可能性も■ 五輪招致失敗で最大のダメージ受けるのは安倍晋三首相との声■ 92年ぶり五輪復活のラグビー IOCへのロビー活動は一切なし■ 6000人参加 都庁五輪招致報告会は8000人にメールで参加誘う

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    陸連に評価はムリ! 私なら世界一「公平」なマラソン選考が出来る

    ける2番目の問題は、陸連が「反法治国家的体質」であるということである。 陸連が発表している「第31回オリンピック競技大会(2016/リオデジャネイロ)マラソン代表選考要項」に「選考方針」、「選考競技会」、「選考基準」等が記載されている。この中で特に問題となる部分は、選考基準(2)の2)で、「各選考競技会での記録、順位、レース展開、タイム差、気象条件等を総合的に勘案し、本大会で活躍が期待されると評価された競技者」としている点である。つまり、代表選考において陸連に大きな裁量権が与えられているのである。 ところで、先ほど私は「陸連にはパフォーマンスを評価する能力がない」ということをお話しした。いくら記者会見で「プロとしてやっている!」と見栄を張っても、所詮、彼らの武器は経験と勘しかないのである。その陸連に強力な裁量権を与えているのであるから、どうなるかはすぐに察しがつくであろう。 更に面倒なことは、陸連の組織の問題である。つまり、選考に係る選手が所属する実業団の監督等が選考に関与しており、自分達に好都合な選考理由を自在に作り出しているということである。要するに「選ぶ者と選ばれる者の区別がなくなっている」。受験生が入試の解答を採点するようなものである。 こうした内部の構造的矛盾を隠蔽するためであろうか、世界陸上2015での記者会見を振り返ってみると、「この人はボケ老人ではないか?」と思うほど耳を疑う説明が次々と飛び出してきた。例えば、田中智美選手が優勝しながら落選した理由が「外国選手が弱かった」であったり、重友梨佐選手を選んだ理由が「途中までトップグループにいた」であったりする。もちろん、外国選手の力量に関するようなバカげた規定はマラソン代表選考要項のどこにも書いてない。もしそうであれば、弱い外国選手しか出ない大会では、優勝しても代表にはなれないということになる。そして何より、この発言は女子マラソンを牽引してきた横浜国際女子の関係者にとってはなはだ失礼な発言であるし、そもそも陸連自らが主催する大会でそんな自己否定するようなことがよく言えるものである。第6回横浜国際女子マラソン 34キロ付近、先頭集団で併走する(左から)4位のロティチ、優勝の田中智美、3位の岩出玲亜、2位のフィレス・オンゴリ=2014年11月16日午後、神奈川県横浜市(代表撮影) 普通の人間なら決して口に出さない選考理由が記者会見という公の場で次々と口をついて出てくる。これが日本の陸上スポーツのリーダーの言葉であると思うと、ただただ悲しくてならない。レース展開にしても、陸連は「先行&玉砕型」がお好みのようだが、マラソンには様々なタイプがあって、それがおもしろいのである。 確かに優勝を争うということであればトップグループかそれに近いところにいなければならないかもしれないが、世界との差が余りに大きい今の日本では、自分のペースでマラソンを走り切る方が最終的なパフォーマンスがいいのは当たり前である。もし”先行逃げ切り”しか評価されないようであれば、私のような落ちこぼれで遅咲きの人間は全くチャンスは与えられないということになる。日本がそうしたシステムの国であったなら、人類はVMSを手にすることができなかったということである。 法治主義では、権力の暴走、権利の濫用を法が規制する。ただし、法治主義では、法は過去の事例に遡及しない。脱法ハーブがそうであったように、常識的には限りなく黒に近い事例であっても、立法化されていない段階では法律的に取り締まることができない。おかしいと言えばおかしなことだが、人間が絶対的な基準軸を有していない以上、法治主義のシステムは次善策として受け入れざるを得ないのである。 代表選考における陸連の反法治国家的体質とは、選考要項において陸連の裁量権が幅広く認定されており、独善的あるいは恣意的判断を規制できない諸口となっていることである。これを分かりやすい言葉で言い換えると、「陸連は後出しジャンケン可」ということである。 この問題の対策は簡単である。要するに、陸連の裁量権の幅を限りなく狭くするように選考要項を書き換えればいいだけの話である。すなわち、事前にありとあらゆる場合を想定してルールを規定しておけば、混乱は絶対に起こらないはずである。つまり、陸連は事前のルール作りを緻密に行い、実際の選考はルールが決定するのである。 例えば、びわ湖毎日2016で川内優輝選手には「2時間6分30秒を切らない限り優勝しても選考の対象外」という酷な条件が課せられていた。しかし、選考要項に「初回の選考競技会を評価の対象とする」旨の規定があり、これは「全ての選手にチャンスは一回だけ与えられる」というルールを成文化したものと考えられるので、彼も納得できるのである。 野球では膨大な量の「野球規則(いわゆるルールブック)」を定め、多様な野球場における試合の整合性を保っている。野球の試合は見た目には審判が裁いているように見えるが、実は野球規則が裁いているのである。野球規則を制定する手間に比べたら、マラソン代表選考のルールなど訳ないことである。そして、選考のルールを規定することはパフォーマンス評価能力が欠如している人でも出来ることなのである。私もこの件に関しては長く言い続けていることではあるが、こうした当たり前のことができないのが不思議でならない。選考要項を整備することによって陸連に何らかの不都合が生じるからだと勘繰らざるを得ない。長期低落傾向への責任はないのか 代表選考に係る3つ目の問題は、選考が「反民主主義的運営」という点である。この問題は、前述の世界陸上2015で「誰もが首をかしげる選考はいったいなぜ起こったのか」というこの疑問を糸口にして陸連の組織について考えてみよう。 世界陸上2015及びリオ五輪2016のマラソン代表選考では、選考方法の手続きに関し、「全ての競技の終了後、編成方針及び選考基準に則り、強化委員会にて原案を作成し、選考委員会で選考し、理事会において決定する。」と規定されている。 私は、先に、市民マラソンフォーラム2015で開催した緊急企画のパネルディスカッションで、参加者全員が北京世界陸上の選考に対して異議を唱えたという事実を報告した。当該パネルラーは意識の高い人の集まりだったかもしれないが、代表発表直後の記者会見での質疑応答やSNSでの書き込みも圧倒的多数が陸連の選考に異議を唱えているのである。 陸連の理事は、特殊な思考構造を持つ偏屈者の集合体でないであろうから、大多数は田中智美選手を選ぶべきだと考えていたに違いない。したがって、もし世界陸上2015の選考が理事会で理事の総意を集約した結論であれば、重友選手の選考はあり得ない。ではなぜ、ふなっしーが船橋から石垣島までぶっ飛んでいくような結論が出たのであろうか。 特別な推論をするまでもなく、理事会が適式に機能していなかったと思われる。先の選考は、強化委員会の原案作成時、またはせいぜい強化委員会での選考時に基本方針が決定しており、理事会に諮られる時点では覆せない状況になっていることが想像できる。つまり、理事会が“出来レース”になっているということである。陸連の内部において、民主主義的手続きが担保されていないのである。 公益財団法人でありながら、民主的な手続きに則って与えられた権利が行使されていないということであれば、所管官庁が陸連の公益法人格をはく奪するしかない。先の行政訴訟が認容され、内閣府が陸連に対して行政指導を行った暁には、この点に関しても明らかにしてゆきたい。 日本陸連は、税制等で優遇される公益財団法人、すなわち公人であるから、その社会的責任は重く、その活動に対して国民から厳しい目が向けられるのは当然のことである。ここでは、「説明責任」および「結果責任」という側面から陸連の行動を検証する。 政治家がその活動に関して疑義をもたれた場合、その疑惑を晴らすための説明責任があるのは当然である。その際、もしその政治家が国民を十分に納得させるだけの説明ができなければ、政治家自らが責任をとるのは当然のことと考えている。最近でも甘利明氏は金銭授受問題で経済再生担当大臣を辞任しているし、宮崎健介議員はスキャンダルによって衆議院議員を辞している。 陸連は今までの数々の疑惑に対して納得できる説明を一切してこなかった。今回の世界陸上代表選考に係る私の公開質問状に対しても、陸連との往復書簡(Webに掲載中)から明らかなように、全く回答していないのである。 もし政治家が職務に関する疑惑に対して説明を拒否あるいは黙秘すれば、ほぼ100%、政治生命は断たれるであろう。しかし陸連は、繰り返し送付した督促状を無視し続け、しかも何食わぬ顔で平然と生き延びているのである。矛先は違うが、こうした事態に対して陸連に対する行政指導を求めた内閣府も、私の申し出を無視したのである。この国は一体、どうなっているのであろうか。 国民栄誉賞まで受賞したなでしこジャパンの佐々木則夫監督も辞任ということになった。公人は、ただ身ぎれいなだけで務まる訳ではない。活動の結果に対しても厳しい結果責任が問われるのである。 陸連は、日本の陸上競技界を代表する唯一の存在としての地位を与えられており、日本代表選手の選考を含む主要な権利を独占している(陸連定款参照)。これだけの独占排他権を付与されている公益財団法人であるが故に、陸連が負っている結果責任は極めて重いのである。 それにもかかわらず、日本の陸上界は長期低落の一途をたどっている。北京陸上2015ではあわやメダルゼロの瀬戸際まで追いつめられる惨敗を喫した。最近の日本選手権でも生きのいい若手が育っておらず、世界では全く通用しないベテラン選手の連覇が目についた。特権的な地位を与えられて仕事をしている以上、結果責任が問われるのは当然である。陸連も、本来なら北京世界陸上の結果を受けて、原田康弘強化委員長だけでなく幹部は総辞職のはずである。もしリオ五輪でメダルがゼロなら流石に続投する幹部はいないだろう。 以上、マラソン代表選考に関する陸連の資質を「パフォーマンス評価能力の欠如」、「反法治主義的体質」、「反民主主義的運営」、そして「公人義務違反」という4つの視点で論じた。 ここで指摘した問題点は、パフォーマンス評価能力を除き、法治主義、民主主義といった先進国の基本的要件に対する背任行為である。日本のスポーツ界で指導的地位にあるはずの陸連がこうした状態であることに、我々は強い危機感を持たなければならない。問題解決には知的にパワフルに闘うしかない問題解決には知的にパワフルに闘うしかない 「保育園落ちた日本死ね!」の書き込みが話題になっている。この問題と代表選考問題に特別な接点はなさそうに見えるが、問題解決のアプローチという切り口において共通性が垣間見え、そして潜在的な危険性を感じている。そこで「日本死ね!」をキーワードに問題解決のアプローチについて考えてみることにする。「保育園落ちた日本死ね!」の書き込みが賛否を含めて大きな反響を呼び、政界まで動かそうとしているのは、待機児童の問題が緊急の解決課題である少子化問題とのからみもあって、大きな社会問題であるからであろう。しかし日本には待機児童問題と同等、あるいはより深刻な問題が山ほどあり、その当事者は誰も厳しい現実にさらされて生きているのではないだろうか。 たとえば基地問題を抱える沖縄の人は、「小さな沖縄に基地の3/4も押し付けやがって、沖縄を何だと思っているんだ、日本死ね!」だろうし、TPPで危機に追い込まれる農業関係者は、「農家を殺す気か、日本の農業を殺す気か、日本死ね!」だろうし、将来のシナリオが描けない契約社員は「結婚も出来ない、子供も産めない、俺には未来はない、日本死ね!」だろう。つまり、「日本死ね!」と叫びたい人は山ほどいるということである。 もしそんな日本人の皆がみんな「日本死ね!」と言い出したら日本はどうなるのだろう。それもさることながら、「日本死ね!」で政治が動くとしたら、それはもっと怖いことだと思う。 客観的に日本を見てみよう。日本は戦後70年、戦争に関与してこなかった。世界標準で見ると、これはいい意味で異常である。また、言論の自由などの基本的人権も尊重され、識字率は高く、治安のレベルも良好で、落とし物もほぼ手元に返ってくる。しかも、国民皆保険制度も整っており、特別な病気や事故がなければ80年以上は生きられる。 もし私が神様なら、こういった国家に対しては黙って70点の部分点をつける。90点でもおかしくない。残りが内政問題での配点である。言わずもがなであるが、我々は、日本人であることに感謝し、そうした国家を作り上げた先人に敬意を表してもバチは当たらないだろう。 私が子供のころは、背中に子供を背負って農作業をする女性の姿を普通に目にしていた。母親が私を生んだとき、農繁期ということもあったが、出産の前日まで働いていたそうである。母親は、8人家族の中で唯一の女として、朝早くから夜遅くまで身を粉にして働いていた。昔の女性の生活環境は過酷で、60歳そこそこで腰が曲がっている人が沢山いた。父親も、仕事から帰ると夜の8時9時まで当たり前のように野良仕事をしていた。私がたとえビッグネームになったとしても、両親には到底かなわないと思っている。 そんな両親を見て育ったので、私は贅沢はしない、我がままは言わない、無いものねだりもしない。そして、「あるもの、手に入るもので何とかやりくりする知恵」と、「不条理に対しては体を張って闘う性格」が自然に身に付いた。世界で唯一の研究に手本など全く存在しない。泣いても喚いても誰も助けてくれない。研究という場で私のこうした性格や考え方は大いに役立っている。「時代が違う」というかもしれないが、それは違う。今でも、貴方よりも過酷な環境で子育てをしている人はいくらでもいる。 社会の不備に罵詈雑音(ばりぞうごん)を浴びせて噛みつく前に、まず問題を解決するための知恵を出してみよう。なぜなら、貴方にはこれから様々な問題が次々に降ってわいてくるのであり、それをその度、自分自身で解決しなければならないからである。 貴方が当面の危機を乗り切ったら、その次に、あなたが直面した問題の解決のために行動することである。なぜなら、あなたは当事者だから誰よりも問題の深刻さを理解しているはずであり、誰よりも辛抱強くこの問題に取り組めるはずである。貴方は、60歳になって腰が曲がることはないであろうし、特別なことがなければ80過ぎまで生きていける。飢餓に瀕した国で暮らしているわけではないので、貴方の体は不条理と闘うに必要な十分の栄養が行き渡っている。闘う準備は整っているのである。 さあ、闘おう! 貴方が忌み嫌う不条理と闘おう! でも、民主主義は手続きである。だから、必要な手続きをきっちりと積み上げていこう。  私も陸連や内閣府に対して、繰り返し督促状を送付している。こうした、一見、無駄で非効率に見える手続きが、大勢の人の利害が錯綜する社会では必要なのである。しっかりと手順を踏んで問題の絡んだ糸束を根気強くほぐしていってほしい。 繰り返し言うが、「日本死ね!」が最終結論であるなら、物事は何も成し遂げられないであろう。もし日本がそうした一言で動く薄い国であれば、国として世界で名誉ある地位を占めることはできないであろう。問題に遭遇したら、クールジャパンの国民らしく、知的に、そしてパワフルに闘っていこう。泣き言を言ったり、叫んだりしていても津波に飲み込まれるだけである。 たとえば東京五輪2020であるが、国民は推進派の人たちの粗探しばかりしているように見える。日本には“セバスチャン・コー”がいないことは確かなのだが、だからこそ一人ひとりの資質の底上げが必要なのである。マラソン代表選考への“我が闘争”マラソン代表選考への“我が闘争” 本章では「マラソン代表選考における”我が闘争”」を紹介する。「我が闘争」は、言わずと知れたナチス党首アドルフ・ヒトラーの自伝の邦名であるが、語呂の面白さと本稿の内容とのマッチングのよさでタイトルとして選択したまでで、もちろん私が彼を崇拝している訳ではない。むしろ、彼に踊らされた大衆へのアンチテーゼとしてこのタイトルを使用したまでのことである。「日本死ね!」を書いた人も、そのブログに同調する人も、私がこのマラソン代表選考問題に対峙して歩んできた12年間の話は参考になると思うので、腰を据えて私の話を聞いてほしい。第24回東京国際女子マラソン、ゴール直後係員に抱えられ、一瞬苦しそうな表情を見せた高橋尚子選手=2003年11月16日、国立競技場 (奈須稔撮影) 私のマラソンの研究はアテネ五輪2004の代表選考の日から始まる。私自身も市民ランナーとして出場していた東京国際女子2003は季節外れの猛暑に見舞われた。そんな過酷な気象条件の中で高橋尚子選手は、終盤に失速して優勝を逃したものの、日本人2位の嶋原清子選手に4分近い大差をつけ2時間27分21秒でゴールした。しかしアテネ五輪代表選考では、シドニー五輪金メダリストでマラソン6連覇中であった高橋選手は落選した。東京国際女子2003が超劣悪な条件であったことは一切考慮されず、記録と順位だけを根拠とするアンフェアな選考であった。 私はこの選考に対し、表現し難い怒りを覚えた。高橋尚子選手と同じあの過酷な条件下のレースを私も走っている。あの猛暑を体全体で知っている。しかし、陸連の選考委員は、誰一人として東京国際女子2003を走っていない。「クーラーの効いた部屋でTVの画面を見ていたやつに何が分かる!」そういった怒りがこみ上げていた。マラソンを一度も走ったことのない”知識人”が表面的な情報だけで陸連の判断を支持するコメントを寄せたことにも向かっ腹がたった。よくは覚えていないのだが、きっと「陸連死ね!」とか「バカメディア死ね!」などと思っていたはずである。 怒りが収まらない選考の日の夜、悶々とした気持ちと対峙しながらじっくり考えてみた。感覚としてではあるが、自分にはあの選考が明らかに間違っていることは分かっている。同じ大会に出場した私の仲間も同じ意見である。しかし、私が著名人やエリート選手だったら世間で多少は聞く耳を持つ人がいるかもしれないが、私ごときの泡沫市民ランナーが不公平を口に出して騒いだとしても何の影響力もないであろう。 何の影響もない。何も変わらない。 確かにその通りなのだが、もしここで何もしないでこの事件をやり過ごしたとしたら、この先ずっと自分の気持ちを裏切ったことに負い目を感じて生きていくことになるだろう。何もしなかったことに対する精神的な屈辱感は、一生、自分を蝕み続けるに違いない。直観的にそう思った。 ここからが貴方と違う。私は「陸連死ね!」と叫ぶようなことはしなかった。その代わり、翌日から全国の大会主催者を訪ね、資料を収集した。ほとんどアポなしである。何の面識もない、どこの馬の骨ともわからない者の、何の勝算もない申し出に、大会主催者は資料提供の申し出に応じて下さった。 それらの資料を基にデータ解析を始めて一週間ほどが経過したとき、斬新な発想が浮かぶ。それが、異なる条件下の測定値の定量的な比較を可能とする「仮想測定系システム(VMS)」の原型である。その年の5月、東大本郷キャンパスの学園祭である五月祭で代表選考に関するイベントを開催する。教室の一室を使い「マラソン代表選考は正しかったのか?」と題したこのイベントは、私の解析結果を発表し、アテネ五輪代表選考の間違いを世間にアピールするものであった。ちなみに、このイベントを開催した時点で代表選考の日から2月余りしかたっていない。 アテネ五輪直前の2004年8月に開催された日本陸上競技学会では、2枠しかない口頭発表のうちの一枠をもらって発表している。この大会のエントリー締め切りは2004年5月だったと記憶している。私の本来の研究は、AI(人工知能)や知能ロボットであるが、マラソンの研究に次第に軸足を移していくことになる。 その後も、何とか自分の理論を普及させようと思い、複数の学会で気が狂ったように発表を続けていった。しかし、ささやかな賞をくれた学会があることはあったが、従来の方法論と余りにもかけ離れた考え方のためか、反応は概ね芳しくなかった。 闘いには武器が必要である。それは、知識を身に着けることでも、スキルを磨くことでも、体を鍛えることでも何でもいい。とにかく、相手に勝る武器が必要である。私は、新しい課題を解決するとき、必ずといっていいほど新しい武器を作り出してきた。 私の武器は、科学という道具を使って作り出される。それは、例えば理論であったり、アルゴリズムであったり、方法論であったり、モデルであったり、システムであったり、デバイスであったり、装置であったりする。武器の中でも、新兵器は特に威力を発揮する。なぜなら、相手はそれを手にしていないので、対策を講じようがないからである。郷土の伝説的棋士である升田幸三氏は「新手一生」を生涯の信条としていた。新手こそ勝負の極意である。 もちろん、口でいうほど新兵器の開発は尋常な道のりではない。例えるならば、暗闇のジャングルで出口を見つけるようなものである。フロントランナーなら誰しも味わう孤立無援の世界である。 詳しい経緯は割愛するが、ともかく私は問題の解決に迫る“新兵器“を発明した。それがVMSである。私は、10年の歳月と10,000を超すアイデアのトライ・アンド・エラーにより、VMSを初期の怪しげな珍品から最新鋭の「21世紀型カルバリン砲」へと変貌させた。現在、陸連を反論できない状況に追い込み、子供を窘めるように陸連と対峙できるのは、この新兵器による効果が大きい。 闘いを城攻めに例えるなら、まず相手の城の外堀を埋める必要がある。つまり、自分の理解者を増やし、相手の勢力範囲をじわじわと狭めていくのである。 フェアタイムが世の中に普及し、誰もがフェアタイムでパフォーマンスを確認するようになれば、陸連はフェアタイムが示唆する結果と相反する結論は出せなくなるはずである。つまり、陸連を「裸の王様」状態にしてしまうのである。この目的を達成するために、Webサイト「ハートフルランナーズ」を開設し、誰でも無料でフェアタイムを検索できるシステムを構築した。 更に、全国の大会を駆け回り、掲載大会数を増やすことに努めた。田中角栄ではないが、なんてったって"数は力"である。Webサイト開設当初は情報提供大会がエリート大会8大会であったが、現在では80大会まで増えてきた。情報提供するフィニッシャーの数は140万人に達している。私は、大会を規模で区別しない。出場者数が35,000人の都市型の巨大マラソンも、1,000人に充たない小規模の大会も同等に扱っている。マラソンに寄せる情熱は同じだからである。 利用者の信頼を勝ち取るには、フェアタイムが十分な精度を有していなければならない。研究開始当初のフェアタイムは、定量的に評価した訳ではないが、研究開始当初はかなりの不確かさが残存していたのではないかと思われる。しかしそれから10年の歳月をかけ、100以上のマラソン大会に出場し、10,000のアイデアを超す試行錯誤により、フェアタイムの精度は0.1%のレベルに達しつつある。精度の向上、そして安定した再現性は、フェアタイムの普及においても大きな力になった。 巷に溢れている数字情報は、実はすべて嘘っぱちである。そもそも「95%の人が美味しいと言いました!」なんて数字は、データの収集の仕方と処理によって如何様にもなるのである。したがって、本来なら提供する数字に不確かさを付記して情報を提供しなければならないのであるが、知識不足と不都合な事情があるので、世の中の人は誰もそれをやらない。 私は、情報を提供する者の義務という観点から、精度を付記して提供するようにした。フェアタイムが科学的データであることの証である。現在のフェアタイムは、精度(95%信頼区間)が併記されて提供されている。工業製品では製品に不確かさを付記して表示するのは普通であるが、一般の情報で精度を付記して表示しているのは見たことがない。このように、不確かさを付記する情報提供形態ということに関してもフェアタイムが世界初であろう。 更にシステムは進化を続け、フィニッシュタイムを他の大会の記録に変換する「フィニッシュタイム変換システム」を開発した。これは、もしあなたがどこかの大会を完走したとしたら、そのフィニッシュタイムを他の大会の記録として変換できるという“驚愕のシステム”である。たとえば、東京マラソン2016を走った人は、フィニッシュタイム変換システムによって千歳JAL、いわきサンシャイン、篠山ABC、高知龍馬、青島太平洋といった各地の大会に仮想的に出場することができるのである。 更に、アテネ五輪2004、北京五輪2008等の世界大会にも出場することができるし、またその逆に、アテネ五輪で優勝した野口みずき選手や、北京五輪で驚愕の記録で優勝したサムエル・ワンジル選手がその時のパフォーマンスで各地の大会を走ってもらうこともできるのである。 私は、相互に変換されたこれらのフィニッシュタイムを、時空を超えて飛び回るSFのワープとの連想から「ワープタイム」と命名した。ランナーの皆さんは、フェアタイム、ワープタイムを活用してマラソンを100倍、楽しんでいただきたい。 震災から3年が経過した2014年には、復興支援のファンドを募る目的もあって第1回の「市民マラソンフォーラム」を開催する。私は日ごろからVMSを地球の未来の為に使いたいと思っており、「市民マラソンフォーラム」はその第一歩である。将来的には、この市民マラソンフォーラムを母体として、災害支援、森林の保護、若者の支援、ボランティアの支援等を行うための、献金に頼らない強いファンドである「ハートフルランナーズファンド」を立ち上げたいという構想を持っている。 このように、私は常に新しいテーマに取り組み、新しいものを作り上げてきた。「変われるもの、創造性のあるものだけが生き残る」、そんな危機感を私は常に持っている。 「機に発し、感に敏なること」とは、極真道場の道場訓の一節である。私が西池袋の道場に通っていたころ、最も心に沁み込んだ言葉の一つであった。その意味は、「状況の変化に機敏に対応せよ」ということであり、「その為に普段の準備を怠るな」ということでもある。ここでは、アテネ五輪後の対応のような、代表選考問題でとった機に敏なる対応の幾つかをご紹介する。これは、危機意識がなく改革の意欲に乏しい陸連へのアンチテーゼでもある。陸連の代表選考はドーピングと同じだ 私は、北京世界陸上2015の代表選考があった2015年3月11日の翌週に当たる3月18日に公開質問状を陸連に送付している。しかも、第一生命サイドが日本スポーツ仲裁機構(JSAA)に異議申立をしないと見極めたときには既に4日が経過しており、この手の事件の賞味期限が1週間だとして、残された時間は3日しかなかった。その時間で全体の構想をまとめ、文章化して推敲し、執筆開始から2日半後に陸連に質問状を送付している。更に、陸連にはその旨のFAXを入れ、主要な新聞社にFAXを入れ、Webサイト「ハートフルランナーズ」に質問状の全文をアップし、その2日後には日本体育協会で記者会見を行っている。世界陸上北京大会のマラソン代表に選ばれ、会見でポーズをとる今井正人(左)と前田彩里=2015年3月11日、東京都新宿区(丸山和郎撮影) 市民マラソンフォーラム2015では、緊急企画としてこの代表選考のテーマを取上げ、「私も言いたい! マラソン代表選考かくあるべき!」と題したパネルディスカッションを開催した。ほとんど面識のない方々に趣旨をお話しし、ご参集頂いて実施にこぎつけたのである。今回の内閣府に対する行政訴訟も、予定の行動の範疇ではあるが、タイミングを見計らってのことである。 勝負事は瞬発力が大事である。ここぞという時は、覚悟を決めて相手の懐に飛び込む覚悟が必要である。陸連の代表選考はドーピングと同じだ 最後に、我々がマラソン代表選考問題と闘わなければならない理由について述べておく。 人間の社会は競争がなければならない。競争があって、強いもの、知恵のあるものがリーダーになれるようなシステムでなければ、社会全体が滅びてしまう。酷なようだが、生物は環境の変化に順応して変わり続けなければならない宿命にあるのである。  競争社会は公平性が担保されて初めて成り立つ。なぜなら、本当に強いもの、本当に知恵のあるものが明日を切り拓くために生き残らなければならないからである。公平性という美学を究極まで高めたものがスポーツであり、公平性を逸脱する様々な誘惑と明示的に対決しているのがスポーツである。公平性こそスポーツの魂である。公平性が担保されているからこそ、スポーツは輝き、魅力に満ちている。そして、スポーツにおける公平性に対するたがが緩むと、社会を精神面から蝕み始める。 昔を振り返ってみよう。野球のドラフトにおいて、「空白の一日」の江川事件があった。清原・桑田事件というのもあった。清原選手が巨人との日本シリーズの終了直前に見せた涙を見ると、ドラフトが彼の人格形成に大きな影響を与えたことが伺える。執筆時点の16日、彼は覚醒剤取締法違反の疑いで拘留中だが、あのドラフトが現在の事態の遠因になっているのかもしれない。 角界では、一度の優勝もなく横綱に昇進させた「北尾事件」があったが、その後の経過は皆さんがご承知の通りである。 代表選考問題の渦中にあった重友選手の世界陸上2015や大阪国際女子2016の結果に、内心、ほくそ笑んだ人も少なからずいたであろう。日本が一つにまとまっていない証拠である。一つにまとまっていない日本が勝てるわけがない。足の引っ張り合いで選手が力を発揮できる訳がない。そんな日本にした全ての責任は陸連にある。不公平な措置は選手のやる気も才能も奪っていく。そして人生をも狂わすのである。陸連は、裁量の範囲を逸脱した代表選考が選手を潰し、社会を蝕んでいることを肝に命ずるべきである。 ドーピングは不適法な方法で特定の選手が優遇される行為である。陸連の代表選考はドーピングと同じである。つまり、スポーツの規範となるべき陸連が率先してドーピングを行っているのである。 マラソン代表選考問題で日本人の知性と品格が問われている。陸連の今日の状況を看過するようであれば、日本の陸上界だけでなく、日本に未来はない。私は、Webサイト「ハートフルランナーズ」でフェアタイムを提供すること自体が、日本人の知性と先進性を世界にアピールすることになると思っている。そして更に、フェアタイムが世界に普及することになれば、その原点となった日本は永遠に世界でリスペクトされることになるであろう。 陸連がフェアな体質に変わり、多くの才能ある若者が陸上競技に取り組むようになれば、日本は世界に冠たる陸上王国になる可能性は十分にあると思う。更に先進的なシステムを世界に先駆けて導入し、世界標準の姿を示すような国になれば、世界が日本を見る目も変わってくるだろう。陸連は、目先の利益、内輪の論理で動くのではなく、高い理想を掲げて世界と闘って欲しい。 私の主張や活動に賛同して頂けるかたがおられたら、是非ご連絡ください。「フェア」、「クール」そして「ハートフル」な未来を切り拓くために、ともに闘いましょう!いけがみ・たかのり 東京大学大学院工学系研究科助教。大学卒業(物理)後、プラントエンジニア等を経て東大生産技術研究所で画像通信、同工学部精密工学科で「光応用計測および知能ロボットの研究」に従事。工学博士。フルマラソン完走は100回以上。アテネ五輪マラソン代表選考における非科学的で不公平な選考の実体に激憤し、異なる測定系下の測定値を規格化する「仮想測定系システム」を発明(国際特許)。2006年よりWebサイト「ハートフルランナーズ」を立ち上げ、マラソンの記録の規格値である「フェアタイム」を提供、「国際大会の記録の規格化」、「フィニッシュタイムの相互変換」などを進める。

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    マラソン選考、絶対揉めない方法があった!

    今や4年に一度の風物詩となった感もある女子マラソンの五輪代表選考だが、今回は順当に決まった。とはいえ、福士加代子の「内定」をめぐり、ひと悶着あったのは記憶に新しい。どうしてすっきり決まらないのか。実は、絶対に揉めない「世界一公平な選考方法」を考案した日本人がいるらしい。

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    ここがヘンだよ! 揉めてないのに揉めたがる女子マラソン選考

    ちろん、この三人でメダルを獲れるのか? と問えば、かつて有森裕子、高橋尚子、野口みずきを擁して臨んだオリンピックほど確信は高くない。本当はそこが一番議論され、改善すべきテーマだ。 それにしても、揉めていないのにマスメディアもファンも「揉めたがった」原因を改めて探っておこう。 私は主に、二つの要素が主因だと感じている。ひとつは、日本陸連をはじめとする日本のスポーツ組織の権威主義。平たく言えば「偉そうな体質」だ。茶道などの家元が君臨するのは、免状などを認め、授与するのは家元だという絶対的な構造がある。スポーツ団体にとってこれに代わるもののひとつが、オリンピックや世界選手権、国際大会などへの出場選考だ。「お前、そんな態度なら代表に選んでやらねえぞ」 私はナショナル・チーム合宿の取材現場で、協会関係者があからさまに 「お前、そんな態度なら代表に選んでやらねえぞ」と、選手を脅す光景に接したことがある。選手にすれば、「勝手にしろ」と言いたいけれど、そうも言い切れない現実がある。協会や連盟は、その切り札さえ抑えておけば、選手の手綱を握ることができる。長年のその体質は簡単に抜けないだろう。思えば、プロテニスやプロゴルフなど、賞金ランクやポイント・システムで明確に出場資格が定められ、組織の人の感情に左右されない競技団体ではこのようなトラブルは起こらないし、権威的な空気も少ないかもしれない。 そしてもうひとつの要因は、マラソンや世界陸上の各国代表枠が「三つしかない」という、当たり前だが、考えようによっては馬鹿馬鹿しい制約があるためだ。 競技によっては、ワイルドカードなどの方法で四人目、五人目の選手に出場権を与えてもいいだろう。五輪前一年間の指定レースの総合ランキング上位者、あるいは標準記録突破者の何名かの五輪出場に道を開く方法だ。団体競技の中には、アジア予選に敗れた国が、世界最終予選に回る例もある。 陸上男子100メートルでアメリカ代表が3人に限定されているのは、長年のしきたりで誰も声を上げないが、もったいないし、申し訳ないと私はずっと思っている。オリンピックがそうだから、「世界陸上は標準記録を突破すれば誰でも出場できる大会にしよう」という主旨で、1993年にそもそもいまの世界陸上がヘルシンキで始まったと記憶している。ところが、その大会と翌年のロス五輪がアマチュアリズム崩壊、スポーツの商業化のきっかけを作る大会となり、スポンサーや放送局の思惑も絡んでか、すぐ各国3人に戻ってしまった。 マラソンなら、あと10人選手が増えても、競技運営に大幅な支障をきたすとは思えない。代表選考をめぐって不愉快な非難や議論で時間と労力を無駄にするくらいなら、陸連も選手もファンもこぞって、「オリンピックにもワイルドカード枠を!」と一緒になって提言し運動する方がよほど本質的で前向きではないかと私は考えている。

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    千葉すず事件で変わった競泳のようにマラソン代表選考も透明化できるか

     リオデジャネイロ五輪のマラソン男女日本代表は、17日の日本陸連理事会で決まり、発表される。陸連は2年前に基準を設けて選考を進めてきたが、不振の男子では代表枠削減などが取り沙汰され、女子では設定記録を上回った福士加代子(33)=ワコール=が2度目の選考会出場を計画。いずれも物議を醸した。地元開催となる4年後の東京五輪代表選考はどうあるべきか。 男子は3度の選考会で陸連の派遣設定記録2時間6分30秒に遠く及ばなかった。選考レースの途中では、代表枠3の削減まで陸連幹部が示唆する事態になった。箱根駅伝で青学大を2連覇に導いた原晋監督(49)はユニークな視点から提言を行った。 「マラソンの五輪メダルは日本の悲願。注目されているのに、陸上界だけの論理(選考)は成り立たない」 そんな持論を持つ原監督は選考基準(選考レースで日本勢上位3人以内が対象、タイムと内容を総合的に判断する。設定記録を上回った者を優先)を撤回して若手を登用するよう求めた。 教え子の下田裕太(19)が2月の東京マラソンで、2時間11分34秒をマーク。選考対象となる日本勢2位に入ったことで、身びいきとの批判もあった。 「次の五輪が東京でなければ言いません。でも東京である以上、今後のことを考えていかないと」2月の東京マラソンでは青学大・原晋監督の指導する下田裕太が代表選考対象となる日本勢2位に入った さらに原監督は選考基準の根本的問題を指摘した。 「五輪も世界選手権もペースメーカーはつかない。勝負が重要。だから選考レースではペースメーカーは外すべし」 そして東京五輪へ向けた選考方法にポイント制導入を提案した。ハーフマラソンや1万メートルも含め、一定期間の記録をポイント化。そこに選考レースの結果も加味してランキングで決める制度だ。 国民が納得できる選考基準を求めた原監督はジョークとも、本気ともつかない言葉で締めた。 「国民あっての陸上界。一般の方々からは『もっといけ、もっといけ』と言われています。主に居酒屋で…」。 マラソンと並び、五輪の注目競技である競泳も、かつては代表選考で物議を醸した。 2000年4月、シドニー五輪代表選考会を兼ねた日本選手権。女子200メートル自由形を制しながら代表から漏れた千葉すずが、これを不服としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したことで、社会問題化した。 この“事件”をきっかけに、競泳の五輪代表選考基準は明確化された。独自で「派遣標準記録」(世界ランキング16位、入賞圏内を想定)を設定。日本選手権でこの記録を突破した上、上位2位以内に入ることが代表選出の条件となった。 以前も代表争いは日本選手権での一発勝負だったが、優勝イコール五輪切符ではなかった。「世界で戦えるか」という曖昧な指針があったからだ。それを派遣標準記録というタイムに変えたことで、騒動に発展するような選考はなくなった。 当時を知る日本水連の上野広治常務理事強化本部長は「裁判があったからこそこうなった。(透明性があるのが)いいところ」と現行制度の利点を挙げる。その一方で、「競泳だからこそ(一発勝負が)できるのかもしれない」とも指摘した。 競泳が派遣標準記録を設定した一発選考に踏み切れるようになった最大の要因は、日本選手のレベルが上がり、層が厚くなったから。世界と戦える選手がごく一部だった1980~90年代の低迷期に現行制度を当てはめると、有力選手でも日本選手権での調子次第で代表落ちとなる可能性があり、リスクは大きい。13日の名古屋ウィメンズマラソン後、シドニー五輪金メダリストの高橋尚子さんは複数の選考レースがある利点を「私は3つ(当時)の選考レースで成長させてもらった」と表現した。2020年東京五輪の代表選考でもレースが4つある現行制度を日本陸連が維持するのであれば、透明性が高く明確な選考基準が求められる。 全柔連では強化委員会を公開全柔連では強化委員会を公開 選考で物議を醸す有力競技に柔道がある。五輪や世界選手権の代表は、毎年秋から春にかけての国内・国際大会の成績を勘案して選ばれる。「外国人には強いが日本人には弱い」など相性の問題があり、2014年度に導入された国内ポイントシステムもあるが、数字だけでの機械的選考ではない。選考会で優勝したからといって、代表の座を手にできないケースは珍しくない。全柔連では透明性を担保するため、昨年の世界選手権代表選考で、強化委員会を報道陣に初公開。今回も公開を予定している。タイムが低調で若手の登用も叫ばれた男子、好記録の優勝者に即座の内定が出なかった女子。今回の選考は多くの問題が噴出した。さまざまな指導者が選考基準に疑問を呈し、東京五輪へ日本陸連との“綱引き”が始まったとの見方もある。 「今回は優勝者への敬意がなかった。選考策定委員会を開いて、幅広い意見を募るべきだ」 1984年ロサンゼルス五輪女子代表の増田明美さん(52)は、勝者への配慮を求めた。世界選手権を含めた選考4レースで、日本勢がすべて優勝する可能性を踏まえ、「派遣設定を2時間24分以内とし、優勝でもある程度のタイムは求めていく必要がある」と提案した。 88年ソウル、92年バルセロナ五輪代表の中山竹通氏(56)は、昨年8月の世界選手権(北京)入賞で内定を与えた点を問題視する。「海外の強豪は、高額の賞金レース出場が最優先。以前ほど世界選手権を重要視していない。ならば4年後はメダル(3位以内)を条件にするべき」。開催時期が違う世界選手権と国内選考会とで基準に差があってはならないと強調した。 猛暑が予想される東京五輪では暑さ対策が鍵を握りそうだ。谷口浩美氏(55)は、気温が30度を超えた91年世界選手権東京大会で頂点に立った。 「東京五輪は過酷なコンディションが予想される。スピードで劣る日本勢にもチャンスはある」 アフリカ勢といえども夏は高速ペースを維持できない。特に高温多湿の日本の気候に海外選手はなじめないはずで、レースをマネジメントする能力の高さが必要となる。そのためにも国内選考会でのペースメーカーの廃止を訴えた。 日本陸連の尾県貢専務理事(56)は名古屋ウィメンズ終了後、今回の代表選考問題について「リオ五輪後に考える」と話すにとどめた。先人たちの意見をどう受け止めるか。地元開催に向け、不透明な選考を繰り返してはならない。 (五輪取材班)

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    マラソン五輪代表選考レースは、なぜ一本化できないのか?

    (THE PAGEより転載) 大阪国際女子で五輪派遣設定記録(2時間22分30秒)を上回る2時間22分17秒で優勝した福士加代子(33、ワコール)が、代表確定をもらえないため名古屋ウィメンズにエントリーしたことで、陸連の五輪代表選考方法に対しての批判が相次いでいる。その中で大多数を占めているのが、なぜ選考レースが一本化されていないのかという議論。過去にも、日本マラソン界では女子のみならず、五輪代表選考において同じような騒動を繰り返してきた。 女子では、最近、松野明美が当時の問題をぶりかえした1992年のバルセロナ五輪代表を巡る選考会が問題になった。世界陸上を2時間31分8秒で4位だった有森裕子か、大阪国際女子で2時間27分2秒のタイムで2位だった松野明美か、どちらを選ぶのかという議論が起き、松野が「私を選んで」会見まで開いたが、陸連の理事会の判断は有森。結果、有森が銀メダルを獲得して選考論議は静まった。 アトランタ五輪の代表選考も、世界陸上と東京を勝っていた浅利純子はスンナリと決まったが、残り2枠を巡って夏の北海道を2時間29分17秒で優勝したバルセロナ五輪銀メダリストの有森か、大阪国際女子で2時間26分27秒のタイムで2位に入った鈴木博美か、名古屋を2時間27分32で優勝した真木和かの3人でもめた。だが、最もタイムが良かった鈴木が、陸連の「勝負に競り勝った優勝選手を記録より優先」という方針で落選となった。強いランナーが揃っていた時代は、五輪代表選考方法のあり方についての議論が起きたが、その度に出てくるのが“一発選考レース”の要望論だ。泣いても笑っても、そのレースの上位から3人を代表に選ぶというわかりやすい手法。だが、その実現は、簡単ではない。 実は、過去に男子マラソンで一発選考レースが行われたことがあった。 1988年のソウル五輪代表の3人を選ぶ選考方法がそれで、陸連は強化指定選手の福岡への出場を義務化、事実上、1987年12月の福岡国際が一発選考レースとなった。昭和63年12月18日、第1回国際千葉駅伝を最後に現役を引退瀬古利彦(中央)を、ライバルであった中山竹道(右)が花束で労をねぎらった この時は、ロス五輪代表の瀬古利彦、圧倒的な強さを見せていた中山竹通、宗兄弟に、前年北京で日本新記録を1、2フィニッシュで樹立していた児玉泰介、伊藤国光、そして新宅雅也、谷口浩美ら世界で通用するサブテンランナー(2時間10分以内)がゾロゾロといたため、一発選考でないと決めきれなかったのである。  しかし、大会12日前に“事件”が起きる。本命の一人だった瀬古が、左足腓骨(ひこつ)の骨折で一発選考レースを欠場したのだ。当事、中山の「俺なら這ってでも出てくる」という爆弾発言が物議をかもしたが、結局レースは中山が独走V。2位には新宅が入り、この2人は代表内定となったが、2時間11分36秒で4位(日本人3位)に入った工藤一良には内定が出ず、陸連はその年のボストンで優勝していた瀬古に“救済措置”を与え、出場予定だったびわ湖の結果を待った。瀬古はそのびわ湖で工藤より悪い2時間12分41秒で優勝。経験と実績を買われ3人目の代表に選ばれた。 当時、この曖昧な選考に関しては、五輪出場が内定していた中山自身が批判を口にした。 本来ならば理由がどうあれ、一発選考に向けて準備ができなかった時点でアウトなのが、フェアなルール。だが、陸連には「五輪に勝てるランナー」を送り出したいという意向が強く、選考に“幅”を持たせて、瀬古をごり押しした。結果的にこのソウル五輪での代表選考での失敗が、現在でも一発選考レースの実施に二の足を踏む“トラウマ”となっている。 アメリカが全米陸上選手権を一発選考レースとしている例を出して「見習え」と声を大にしている人もいるが、マラソンに関してのアメリカのレベルの低さと、選手層の薄さを考えると、実業団が支えている日本の女子マラソン界とは土壌が違い、単純に「アメリカみたいに一発選考レース」という考え方も早計だろう。 また、五輪との間には世界陸上があるため、これを選考レースと切り離すわけにはいかない。 そして陸連が一発選考レースに踏み込めない“大人の事情”もある。 陸連は、各大会の主催に名を連ねているが、レースの公認料を受け取っているし、またテレビ局と系列新聞社が軸となっている大会運営側も、五輪の一発選考レースが自社が主催する大会にならなければ、スポンサーの協力なども含めて大きな被害を被る。  各大会は、陸連サイドの要望も手伝ってレースのレベルを上げ選手強化に寄与するため、多額の出場フィーを払って海外の有力ランナーを招待しているが、それらもすべて最も注目を集める五輪選考レースに向けての先行投資である。また国内の招待選手に関しても、「うちの大会に貴チームの選手をぜひ、お願いします」と、実業団幹部への“接待”、“スカウト合戦”が水面下で盛んに行われているのが実情。 今回の女子の国内選考レースで言えば、さいたまが読売、日テレ系、大阪女子がフジサンケイグループ、名古屋ウィメンズが中日、東海テレビ系列となっている。 つまり大会運営サイド(マスコミ)も、実は一発選考を望んでいないという背景があるのが実情で、なかなか一発選考レースの気運を盛り上げることもできない。  また、その時々の国内の選手層やレベルによっても、一発選考の是非は変わってくるだろう。 一発選考レースの実現が難しいのならば、選考基準を曖昧にせず、より明確に打ち出すと同時に、肝心の代表を決定する陸連の理事会を完全公開にしてみればどうだろうか。選考過程がガラス張りであれば、選手、関係者も納得するのかもしれない。おそらく福士は最終的には名古屋ウィメンズには出場しないだろうが、今回、ワコールが問題提起したことを、陸連は真摯に受けとめる必要があるだろう。

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    女子マラソン代表選考に抗議した増田明美氏に見習うべき点は

    くことを重視している選手もいる。この説明を聞いても、すっきりしないです」と、選考結果を嘆きました。 オリンピックや世界選手権のマラソンの代表選考は、いくつかのレースでの成績を総合して判断するため、以前から「なぜ、こっちの選手が!?」ということが話題になりがち。発表後は日本陸連に、選考を疑問視するファンから多くの電話が寄せられたそうです。 日頃から増田さんの解説は、選手への愛があふれているのはもちろん、綿密な取材と丁寧な準備を元に、興味深いエピソードがふんだんに盛り込まれることで定評があります。以前、某ワイドショーでコメンテーターとして何度かごいっしょさせていただいたことがありますが、本番前の打ち合わせのときに、ディレクターの話を聞きながら台本にあれほど細かくメモを書く人はほかに見たことがありません。世界陸上のフォトセッションでポーズをとる(左から)伊藤舞、 前田彩里、重友梨佐=2015年8月28日午前、中国・北京の国家体育場 そんな増田さんだけに、今回のことも単に何となくではなく、客観的に判断してよっぽど納得がいかなかったのでしょう。しかし、陸上競技の解説者である増田さんにとって、日本陸連は嫌われるわけにはいかない相手。一般の会社で言えば、重役かスポンサーみたいなものです。 それでも増田さんは、きちんと自分の意見をぶつけました。サラリーマンをしている人や、あるいは自営業やフリーランスでも同じですが、利害関係がある相手に対して「それはおかしいと思う」と言える人が、どれだけいるでしょうか。酔っぱらって「俺は言うよ! ああ、言うとも!」なんて盛り上がっている人は、断言しますが、相手にとって耳が痛いことなんて絶対に言えません。言える人は、酔って気炎を上げる前に言ってます。いや、言えないことを責めるつもりはないし、自分だってたぶん言えません。しかし、増田さんの勇気を素直に称えて、「あのとき彼女は言った」ということは覚えておくのが大人としてのせめてもの良心。あれこれケチをつけるヤツも出てきそうですが、自分ができないことをしたからといって足を引っ張って安心するのは、けっこう最低な行為です。 さらに着目したいのは、きっと相当の怒りが渦巻いていたはずなのに、大人としての節度を守った言葉の選び方をしているところ。もっとも見習いたいのが、最初の「びっくりしました」です。上司や取引き先から理不尽な指示を受けたり、納得のいかない決定を聞かされたときに、いきなり「どういうことですか!」と返したら、一気に険悪な雰囲気になります。そんなときは「びっくりしました」を活用しましょう。 ほかにも「これで本当にいいのでしょうか?」と質問する形で不満や疑問を表明している点も、勉強になります。仮に「おかしいですよ!」と詰め寄ったら、相手はたちまち激怒して聞く耳を持ってくれないでしょう。最後の「すっきりしないです」も、大人としての礼節をギリギリ保っている表現。今後「納得できません」とか「ふざけるな」と言いたい場面に遭遇したときは、「すっきりしないです」と返すのがオススメです。 猪突猛進するだけが大人の戦い方ではありません。無理のないペース配分で、最後まで走り続けましょう。さすが増田さん、そんなマラソン的な生き方の大切さも感じさせてくれました。ところで、男子は誰が選ばれたのか、まったく話題になってませんね。関連記事■ 東京マラソン 優勝の尾崎の恋人暴露の解説者は許可取ってた■ 増田明美さん「歩幅広く速度上げて歩けば代謝上がる」と指摘■ 女子マラソン 有森、高橋、増田らが解説者序列巡り戦い発生■ ボディビルにのめり込む人の心理に迫ったノンフィクション■ 地方の人口減少や都市の高齢者激増等の今後の対策を考える本

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    世界で通用しない日本男子マラソン 箱根駅伝は日本が抱える病の縮図?

    高まったことになります。しかし、箱根駅伝の人気の高まりとは裏腹に、1992年(平成4年)のバルセロナオリンピックで森下広一が2位で銀メダルをとったのを最後に、世界のマラソンの舞台で華々しい記録をつくってきた日本男子マラソンの黄金期は終わります。それ以降は世界のマラソンの高速化やハイレベル化についていけなくなってしまいました。総合1位でゴールする青学大10区・渡辺利則=2016年1月3日、東京・大手町 つまり日本の男子長距離は、マラソンという世界の檜舞台では通用しなくなり、逆に国内の駅伝人気が高まってきたことになります。 ところで、もしかすると箱根駅伝は全国大会だと思っている人がいらっしゃるかもしれませんが、関東学生陸上競技連盟が主催し読売新聞社が共催している大会で、なんと「箱根駅伝」は読売新聞東京本社の登録商標なのです。だから関東の大学しか出場していません。それが全国放送され、あたかも国民的イベントのように読売新聞、日本テレビが演じてきたのです。まあ、関東の地方イベントが、日本を代表するイベントになっているというのは、箱根駅伝にかぎらず、ビジネスの分野でもよくある話ですが。 しかし、にもかかわらず、箱根駅伝は全国区なのです。選手の出身校です。連覇を果たした青山学院の選手を見ると、なんと関東の高校出身者は一人もいません。青山学院選手一覧|第92回箱根駅伝 第2位の東洋大学は、関東の高校出身者が、埼玉2名、栃木1名で10名中3名です。東洋大学選手一覧|第92回箱根駅伝| 第3位の駒沢大学は、関東の高校出身者は     東京・駒大高の1名だけです。駒沢大学選手一覧|第92回箱根駅伝| つまり、走っている選手のほとんどが地方の高校出身者で、その意味では全国を代表する選手なのでしょう。日本の経済と同じです。地方から人材が流出し、東京一極に吸収されている日本と同じ姿です。そして世界の檜舞台で活躍する選手を輩出できなくなっているのです。因果関係はよくわかりませんが、東京の大学に選手を集めて、決して日本の男子長距離を強くすることに役立ってこなかったことだけは事実です。しかも、その構図の後押しをしてきたのが読売新聞グループです。                 箱根駅伝の人気が高まってきたなかで、一部かもしれませんが、批判も起こるようになってきました。意識朦朧の選手を大写しにする箱根駅伝に「お茶の間残酷ショー」じゃないかとか、襷をつなぐ行為が「連帯責任の権化みたいなスポーツだ」、「日本に過労死が多い理由が分かる」と言った批判です。ブロゴスのキャリコネの記事がそんな声を紹介しています。マスコミが感動を「切り取って伝える」ことへの警戒感も必要なのかもしれません。意識朦朧の選手を大写しにする箱根駅伝に「お茶の間残酷ショー」との批判 「日本に過労死が多い理由が分かる」という声も 読売グループの日テレのカメラワークで、選手たちの繰り広げるドラマをさらに効果的にドラマ化して、選手たちにプレッシャーをかけ、また人気を煽って、ミスリードしている。しかも国内だけしか通じない、ガラパゴス化した国内だけの自己満足で終わってしまっているようにも見えてきます。 はたして箱根駅伝は日本の陸上にとって健全で、選手のレベル育成や向上にほんとうに役立っているのでしょうか。ぜひ日本の陸上界には世界の舞台で、ほんとうの成果を見せて欲しいものです。(2016年01月05日「大西宏のマーケティング・エッセンス」より転載)

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    野球の五輪復活に立ちふさがる思いの外に高い壁

    ランチベイビーと呼ばれる競技がある。サマランチの赤ちゃん?! サマランチとは1980年に就任した国際オリンピック委員会(IOC)会長のことであり、ベイビーとはBABY(赤ちゃん)のこと。彼の力によってオリンピックスポーツ(五輪競技)に生まれ変わることができたスポーツのことをオリンピック関係者は秘かにそう呼ぶ。代表的なのはトライアスロンで、2000年開催のシドニー五輪から五輪競技となり、今や押すに押されぬオリンピックスポーツである。サマランチ会長と言えば、オリンピックを商業化した人物として知られているが、五輪の「ために」なるスポーツを見分ける才能に長けていた。その競技がどれだけ魅力的で人々を引き付け、そしてメディアの関心を得られるかという視点を五輪運動に初めて与えた人物とも言える。その意味で、ベースボールすなわち野球もサマランチベイビーであると言える。 彼がIOC会長に就任した1980年当時、欧州で野球を知るものは少なかった。日本スポーツ界は「野球にあらずばスポーツにあらず」というほどの野球至上主義の時代である。この日本と世界のギャップはかなり大きかった。1982年、サマランチがIOC会長就任後、初来日した際、日本体育協会職員四年目の私はアテンドの任に就いた。IOC会長接遇の一夜、日本オリンピック委員会(JOC)専務理事(当時は総務主事と呼んだ)岡野俊一郎の自宅での晩餐があった。岡野夫人の手作り料理を囲むごくアットホームな食事会であった。夕食後、リビングにくつろぎながらの語らい、テレビにはプロ野球ナイター中継が映っていた。サマランチは鋭い眼光をその試合に当てた。岡野は気を遣って、「先般来日したドイツのサッカーチームが野球中継をTVで見ていて、どうしていつも同じ方向(一塁)に走るのだ。フェイントをかけて左(三塁)に走ればいいのにと言っていた」というエピソードを披露した。しかし、サマランチは平然と「それはルールだから」と答えた。まだIOCの誰も野球になど関心のなかった時に彼は既に日本の国民的なスポーツを理解しようとしていたのである。 野球が五輪にデビューしたのは、1904年の第三回大会(セントルイス)と言われているが、デモンストレーション(公開)競技としてであった。以降、何度か公開競技とし実施されるが、初めて正式種目になったのは1992年バルセロナ五輪である。サマランチ会長が自分の故郷で開催した第25回大会である。五輪競技になるには様々なハードルをクリアしなければならないが、その最も重要なファクターとは、実は、五輪が全てのスポーツの至高の存在でありうるかどうか?という点で、ここにサマランチは一番こだわっていた。同じバルセロナ五輪のバスケットボールに米国が初めてドリームチーム(NBLの選手たちで構成)を派遣したことは記憶に新しい。MLBの選手が出ない野球をサマランチが認めた背景には、日本野球への彼一流の特別な理解があった。 2002年からのロゲIOC会長新体制が野球を五輪競技から外す決断をしていくのも、当然といえば当然である。MLBは依然、五輪にトップアスリートの派遣を推奨していないし、野球の国際連盟(IF)は普及活動にも力を出し切れていなかった。サマランチという後ろ盾を失ったベビーは孤児となったのである。 その野球が2020年東京五輪の追加種目として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(OCOG)からIOCに付議された。追加種目というコンセプトは、2013年9月のIOC総会(ブエノスアイレス)において、新会長となったトマス・バッハの提唱する五輪改革案「アジェンダ2020」の提言の一つである。その総会で第32回オリンピック競技大会開催都市として東京が選ばれた。 五輪実施競技について、競技数から種目数による制限に変え、種目数と選手数と役員数の範囲内で、開催都市に追加種目の実施を認めるというものである。そもそも「アジェンダ2020」の主目的は何かと言えば、五輪運動の維持継続である。そのためには開催したい都市が永続的に出現する必要がある。開催経費の捻出の基盤となるその都市が実施したい種目を五輪「競技」の枠を取っ払っても選べますよ!という開催運営に心を砕いた規定である。 「競技」と「種目」と言っても分かりにくいので、簡単に説明すると、競技はsportの訳、種目はeventに相当する。水泳で言えば、競技は水泳、種目は100メートル自由形となる。 これまでは五輪競技(Olympic Sports)から実施競技を選んでいたから、五輪競技に選ばれないとどうしようもなかった。しかし、実施基準が競技から種目となったことで、Sportとしては認められていなくともEventとして提案し、実施できるというわけである。 東京五輪組織委員会が五輪競技から除外された野球を開催都市の権利として提案することは我々日本人からすれば至極当然のことのように思える。しかし、先述のとおり、野球は生粋のサマランチベイビーであり、彼の庇護なくしては存立しえないほどのはかない存在であるという真実を想起する必要がある。最も重要な選考基準はオリンピズムにある最も重要な選考基準はオリンピズムにある 本年9月28日にOCOGがIOCへ提案する追加種目18を発表したが、種目として野球男子が入り、「野球は日本の国民的スポーツであり…」と詠われているように、日本人の多くは野球が追加種目になるのは当然だと思っているだろう。若者に聞いても野球が追加種目としては有力だという意見が多かった。追加種目を含むソフトボール、空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンに比べて知名度が高い。IOCの最終決定は2016年リオデジャネイロでの五輪時に開催されるIOC総会で行われるが、その選考基準は35項目に亘っている。 何が最も重要な基準であるか? それを考えるヒントは、オリンピック運動を支えるオリンピズム(五輪哲学)である。なぜなら、それがために五輪大会は開催され続けなければならないからだ。端的に言えば、それは創設以来の理念、「スポーツを通して世界平和を構築する」である。そのためにはオリンピック競技大会は至高の競技大会でなければならない。それが至高であるから、各国は自らを代表する最も優れたアスリートを国を挙げて出場させる。そしてそれぞれのナショナリズムを背負った選手たちが競う合う中で、敵を認め尊敬することを学ぶ。それによって戦う前提であったナショナリズムも超越し、それが全世界レベルで共有される。オリンピズムとはナショナリズムを利用して、ナショナリズムを超克する思想なのである。 そこで、最大の基準は「最上の選手の参加」である。サマランチ会長の改革は商業主義と揶揄される場合が多いが、それは「最上の選手の参加」という視点からプロ化の必要性を見抜いていたからと捉えることもできる。世界で最も強い選手が出る大会でなければオリンピックの理念に反することになる。この部分は現会長バッハも「アジェンダ2020」で引き継いでいて、プロリーグやIFとの連携で「最上の選手の参加」を確保することを重んじている。その意味で野球にはMLBの参画が必須であり、現状はこの点で相当厳しいものがある。MLBが五輪運動に賛同して選手の参加に協力できるようにならなければ、「アジェンダ2020」の求める五輪の持続可能性において脆弱である。追加種目として選ばれてもそれが持続的五輪競技となりえるかどうかもそこにかかっている。東京ドームのライト側スタンド=2015年3月28日、東京・文京区(撮影・春名中) 野球が正式に追加種目となった場合に一番の問題は競技会場である。「心配するな、東京ドームがあるじゃないか!」と言う人が多いだろうが、五輪期間中は五輪会場は特別な空間である。「スタジアム、 会場、その他の競技場エリア内とその上空は、オリンピック区域の一部とみなされ、 いかなる形態の広告またはその他の宣伝も許されない。スタジアム、会場、またはその他の競技グラウンドでは商業目的の設備と広告の標示は許されない」(オリンピック憲章第50条第2項) 会場内は"Clean Venue"の原則から、TOPスポンサー(五輪の最上位スポンサー)であっても、広告が許されることはありえない。この点に関して、オリンピックは五輪の威厳を保っている。そうなると、現在、東京ドームに掲示されている全ての宣伝広告は撤去しなければならないことになる。 ドームには既存の売店等が多数存在するが、それらはどうするのだろうか?五輪時もそこで商業活動を営むのならば、五輪スポンサーにならなければならない。そのために払わなければならないスポンサー料はとても小売業者に払える額ではないと思える。もし東京ドームを野球の主会場とするならば、少なくとも五輪スポンサー以外の業者は、最低でも五輪開催期間中はそこから撤退しなければならない。スポンサー企業が提供できないものについては、期間内営業について交渉の余地があるもののスポンサーにはfirst refusal right(第一拒否権)があり条件は厳しい。 さらに大会期間中だけであるならば、16日間で済むが、リハーサル大会を行う場合は、本大会よりも宣伝広告禁止コードは低いもののそれなりの対処が必要になる。 であれば、東京五輪のために新たに野球場を建築した方が容易に思える。が、それは、新国立競技場問題で揉めたばかりのOCOGに新たな財政的問題を引き起こす。そもそも「アジェンダ2020」は開催経費の節約について既存施設の有効利用を提言しているだけに、東京ドームの利用は推奨されるところである。しかし、実際の運営を考えるとその実現にはオリンピックの壁が聳えている。 野球が五輪競技として磐石なる地位を築くことを真摯に考えるならば、まず日本の野球機構の矛盾を止揚しなければならないだろう。そもそも五輪代表を決める権利はその国のNOC(日本ならば日本オリンピック委員会=JOC)だけが有する。NOCが認証したその国あるいは地域で当該競技を統括する唯一のNF(国内競技連盟)だけがNOCに代表選手を推薦できる。しかし、日本にはプロ野球、社会人野球、学生野球があり、それぞれが自己の権威を保っている。五輪代表を選考するために言わば「便宜的に」全日本野球協会が設立され、JOCの傘下にあるが、IOCの基準からすれば、底辺からトップまで一環して統括管理し、選手育成、野球振興を図るために機能する野球統括組織の誕生が求められる。その道はMLBの五輪参画とともに険しいようだ。 2008年の第29回オリンピック競技大会(北京)以来、姿を消した野球が第32回の東京五輪で復活するために超えなければならない壁は思いの外に高いのである。(敬称略)

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    東京五輪と野球の悩める関係

    2020年東京五輪の追加種目として提案される5競技が決定した。野球は「大本命」だったとはいえ、賭博問題を契機にIOCが敵視する採用判断への影響が懸念される上、実施に向けて様々な難問が待ち構える。五輪と野球の悩める関係を考える。

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    五輪は若者の遊び場じゃない 追加種目はIOCへの献上品か

    はかけ離れた“長老支配”による迷走が続く2020年東京五輪が、また変わった話題を提供してくれた。国際オリンピック委員会(IOC)に提案する追加種目候補、5競技18種目のリストを見て、あぜんとした中高年も多かったはずだ。 野球・ソフトボール、空手は予想通りとはいえスケートボード、サーフィン、スポーツクライミング。カタカナ3競技が何で五輪競技なのか、さっぱり分からない。「五輪は若者の遊びの場じゃないぞ」と憤慨する声もあった。 「若者のスポーツ離れ」を危惧するIOCの意向に沿うと、こうなるらしい。スケートボード関係者は「まず、選手の服がオシャレで若者人気につながり、動きがハデでライブ感がある」と喜びを語っていたそうだが、五輪はいつからそんな軽薄になったのか。 選んだ組織委員会の追加種目検討会議のおじさんたちは、3競技を生で見たことがあるのか。まさか「カッコいい」と感化されたわけではないだろう。「若者へのアピール」というなら、若者はもちろん、広い年齢層に愛好されるボウリングはなぜ落ちたのか。選考過程もハッキリしないままで、どんな競技かも知らない大半の人たちにとってはマニア向けの際物にしか見えないだろう。 新国立競技場が白紙撤回され、パクリ騒動で公式エンブレムまで白紙撤回した。もうこれ以上、IOCの機嫌を損なうことは許されない。組織委員会は最後は候補種目を絞りきれずIOCに丸投げした格好で「仰る通り、若者向けを選びました。ささ、どうぞ」といった感じの“献上品”にも見えてくる。 問題は来年8月の総会でIOCが5競技すべてを承認するかどうかだ。 IOCは追加種目の上限について総選手数500人を目安にしている。提案では野球・ソフトのチーム数を8から6に減らすことで、5競技で合計474人で抑えた。「だからといって、5競技すべてOKというわけにはいかないだろう。IOC内部では5競技は多すぎる、という声が早くも出ているらしい」と関係者は懸念する。 総会では5競技一括で審議するのか、1競技ずつ審議し採決するかも決まっていないという。後者になると「こんな競技は知らないぞ」と反対され落選の恐れも多分にある。「当選だ」と大喜びしたのに来夏、土壇場で落とされた競技団体が出るとしたら、とんだ罪作りになる。 若者のスポーツ離れ対策に、IOCは14-18歳を対象に10年から4年に1度、五輪と同じくらいの規模でユース五輪を開催している。何も若者に媚びを売って大人の五輪に採用しなくても、こちらの五輪の種目にして思う存分やらせてやればいい話ではないのか。

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    “死角種目”「女子野球」 野球・ソフト復活でも朗報といえない現実

      2020年東京五輪の追加種目として国際オリンピック委員会(IOC)に提案された5競技18種目。そのうち野球・ソフトボールは「1競技」としての復帰を目指し、あくまで野球は男子、ソフトボールは女子という「カテゴリー」が設けられている。そのため、女子野球で五輪を目指す選手にとっては、東京五輪での復活になっても決して“朗報”とはいえないのだ。歴史的に見ると、「野球が男子の競技」というのはステレオタイプな認識と分かるのだが…。「ハーラー現象」にわいた20年前 1995年9月、東京六大学のマウンドに女子選手が史上初めてマウンドに立ち、社会現象になった。明大野球部に在籍したジョディー・ハーラーという米国人投手が伝統ある六大学野球史にその名を刻んだ。 しかし、パワーと技術の両面で男子学生とは比べものにならない。記念すべきマウンドでコントロールが荒れ、2イニング持たずに降板した。実はハーラーが公式戦で投げたのはこの一度きり。その年の秋には明大野球部を退部、米国へ帰国してしまった。六大学の希望の星になるはずが、図らずも女子選手が男子と渡り合うことの難しさを植え付けることになった。「一瞬」の女子プロ人気 日本の女子野球の歴史は古く、100年近い浮沈のヒストリーがある。大正時代中頃、「インドア・ベースボール」という名称で今治高女(愛媛)などの女学校にチームが発足、野球に似たゲームを行っていた。 戦後間もなく、白球に夢を追い求めた女子選手を追ったノンフィクション作家の谷岡雅樹が書いた『女子プロ野球青春譜1950』(講談社)によると、「女性のプロスポーツ競技として、戦後もっとも華やかで日本全国の耳目を集めたのは女子プロ野球である」という。ブームを迎えた50年8月頃には16チームがしのぎを削っていた。しかし、華やかな時代はわずか2年で幕を閉じる。52年からは活躍の場をノンプロに移し、夢のような時間が再び訪れることはなかったという。日本の相手は米国のみか それでも女子野球の灯火は消えることなく、1997年には第1回「女子高生の甲子園」が開催された。また、日本の女子野球はワールドカップ(W杯)で4連覇するなど世界でも群を抜く。しかし、知名度の低い女子野球を取り巻く環境は貧弱そのものだ。競技人口も男子の1%に満たない。野球の本場・米国においても「男女格差」は激しく、女子野球の存在は軽視されがちだという。 昨年9月、宮崎で開かれた女子野球のW杯には世界8チームの国・地域が参加。女子日本代表は下馬評通り、6戦全勝で4大会連続金メダルという金字塔を打ち立てた。この大会、米国との決勝は好ゲームだったが、国際舞台に立てるレベルにない弱小チームもあったという。 現時点で女子野球が五輪種目になれば、日本のメダルは「当確」で、金メダル争いは米国との決戦になることはほぼ間違いない。言い換えれば、日本と米国を除くと諸外国のレベルは極端に劣り、せっかくの五輪の舞台が興ざめになる可能性もありそうだ。 日本のソフトボール界を長年にわたり背負ってきたエース・上野由岐子によると、五輪種目か否かは選手のモチベーションにも影響し、五輪種目であり続ければ「子供たちの夢」としてバトンがつながるという。 五輪野球が「男女2種目」として出場できる日は訪れるだろうか。2年に一度開かれる女子野球のW杯は来年9月、韓国・釜山で開催される。開催時期はリオデジャネイロ五輪直後にあたる。世界的に「祭りのあと」のような状況でアピールの場としては期待薄になりそうだ。女子野球が日本と米国以外にも裾野を広げない限り、女子野球の五輪種目入りは難しいと言わざるを得ない。それでも、東京五輪のさらに先に、野球に青春をかけ、汗をかく「侍ジャパン女子」の夢をかなえてほしいものだ。

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    メダルありきの18種目 「柔道の父」のオリンピズムはどこへいった

    ートの華やかな舞台なだけではない。 すべての人々、老若男女ひとりひとりのために五輪はある、そのことがオリンピック憲章に謳われていることを忘れてはならない。 だから五輪の運営は、人々に愛される努力を怠っては成功に導けない。 ところで来年IOCに提案される野球・ソフトボール、空手、ローラースポーツのスケートボード、スポーツクライミング、サーフィンの5競技18種目には共通点を感じ取っている人は私だけではないと思う。 それは日本がメダルをその競技で獲得できる可能性が高いという思惑である。 暗黙の了解といってもいい皮算用を考えたとき、今は亡き嘉納治五郎氏が怒るのではないかと思う。 嘉納治五郎氏は、ご存知のように1940年の五輪招致(戦争のために返上)に大きく寄与した人である。 一方で彼は“柔道の父”と呼ばれているように日本中に沢山あった柔術から暴力的で危険な部分を取り除き、柔術を柔道化した人である。彼は発明した柔道を心から愛し、柔道を世界の国々への布教に務めた。 しかし忘れてはならないのは、五輪の招致には熱心だったが、柔道の五輪種目への導入には反対していたことである。 柔道が正式種目になれば、日本ばかりがメダルを集中的に獲得してしまうから良くない、と考えていたのである。つまり五輪はあくまで自他共栄のために開催されるべきだから、柔道を正式種目にするには、まだ早い。もっともっと柔道を世界に広めて正しく対等な立場になってからの時期が良いと考えていた。 そういう意味で、日本のメダル加算を計算しながらの種目選びには、嘉納は“賛成しかねる”と言ったのではないだろうか。 すでに今まで五輪種目は満杯だと考えられてきたのに、「五輪アジェンダ2020」がまとめられ、東京五輪から立候補都市の減少を押えるために開催都市が追加種目を提案できる権利を得た。 それに対して開催都市の活躍やメダル加算メリットだけを考えて良いものだろうか。二度目の東京五輪を迎える、仮にも先進国といわれる国ならば、メダル獲得ばかりに集中するのではなく、80年という時空を超えて、嘉納の精神を踏襲する種目提案があっても良かったように思うのは、私だけだろうか。つまり世界中の人々の未来のために自他共栄の精神からの種目提案である。そういう理念の提案を示すことが、未来に向かっての2020年東京開催を印象づけることなのではないかと思うのだが…?!

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    安倍総理よ、「新国立」白紙の根拠示せ

    ないが、遠藤大臣が真っ先に話を聞くべき相手がいる。それは、安倍総理だ。 7月17日、総理自身「本日、オリンピック・パラリンピックまでに工事を完了できるとの確信を得たので決断した」と述べ、白紙撤回を決めた。あれほどの大きな方針転換を決めた以上、間に合うと「確信」した資料や代替案があるはずである。遠藤大臣はまずその案を確認し、国民に広く公開することを最優先で行うべきである。 民主党の党内会議で、文科省やJSCに対して、総理の白紙撤回の根拠となった資料を出して欲しいとの声が多数出た。しかし、文科省もJSCも国交相も内閣官房も、そんな資料や案は見たことがないし、存在さえしていないと答弁した。驚きである。 しかも、白紙撤回発表後、今日に至るまで、安倍総理や下村文科相からも何も話が下りてきていないと言う。奇妙な話ではないか。 総理が白紙撤回を表明した翌日の産経新聞の報道によれば、国交省に作成を依頼してまとめたA4の資料があり、この資料で森喜朗元総理も説得したとされている。報道のとおりなら、その資料を速やかに公開し、そこに記された計画と案を「たたき台」として議論を深めるべきである。 その方が、一から議論をするより時間を短縮できるし効率的だ。しかし、文科省をはじめ政府は頑なにそうした資料の存在そのものを否定する。一体どうなっているのか。意味不明である。森喜朗元首相との会談を終え、新国立競技場の建設計画見直しを正式に表明する安倍晋三首相=2015年7月17日午後、首相官邸(斎藤良雄撮影) 実は、これから見直し計画をつくり期限に間に合わせることは時間的に極めてタイトである。というのも、安倍総理は「2020年春」に間に合うと判断して白紙撤回の決断をしたが、その後、IOCから東京都に対して、2020年の1月までに完成させてほしいとの要請があり、さらに2〜3か月程度早めなくてはならない状態に陥っている。さらなるスピードアップが求められているのだ。 それなのに、総理が「確信」に至った資料は未だに出てこない。政府が資料の提出を拒み続ける理由が分からない。 ちなみに、8月14日に開催された「新国立競技場整備計画再検討のための関係閣僚会議」で示された「再検討に当たっての基本的考え方(案)」には、4つめに「計画の決定及び進捗のプロセスを透明化する。」と明記されている。新国立競技場をめぐる混乱の原因として、責任の所在が不明確であったことへの反省からだ。 そうであるなら、まずは安倍総理の白紙撤回に至る意思決定プロセスを透明化すべきではないか。「白紙撤回」の責任が不明確なまま、再び混乱を招くようなことがあってはならない。 他方、同じ「基本的考え方」には、検討の方向性として、・施設の機能は、原則として競技機能に限定・屋根は観客席の上部のみ・諸施設の水準は、オリンピック・パラリンピックのメインスタジアムとして適切に設定などの記述があり、一部の設計スペックについて先取りするような記述がある。しかし、なぜこうしたスペックが必要なのか詳しい説明は一切ない。密室での意思決定が再現されるおそれがある。 こうした「基本的考え方」の書きぶりを見ると、内々決めている代替案があるのではないかと疑ってしまう。ゼネコンなどに作らせた代替案があるのに、アスリートなどからヒアリングを続けていたとしたら、それは単なるアリバイ作りの茶番劇でしかない。 とにかく、7月17日に安倍総理の白紙撤回の決断の根拠となった資料と代替案を速やかに公開すべきである。今のまま見直し作業を進めても、国民の不安と不信は解消されない。 私は、ここまで新国立競技場の建設問題が混迷を極めてきた大きな理由は、決定過程の不透明さと、関係者の責任の所在の不明確さにあると考えている。 せっかく、安倍総理が見直しという判断を下したわけだから、同じ失敗を繰り返さないためにも、速やかに関連資料を公開し、計画見直しプロセスの透明化を図るべきである。 白紙撤回のプロセスが不透明であれば、今後の見直し作業全体が不透明になる可能性がある。そしてそのことが、関係者の責任の所在を不明確にするおそれがある。実際、所管官庁である文科省も、実施主体であるJSCも、計画見直しについては、「総理がお決めになったことですから」といった調子で、どこか他人事である。 最後に、もう一点提案をしたい。 8月7日に、新国立競技場建設計画にかかるこれまでの経緯を検証するための「検証委員会」が文科省に設置され検討が始まっている。私は、この検証委員会の場で、まず白紙撤回の決定プロセスについて検証すべきだと考える。 現在のスケジュールでいけば、検証委員会が、検証結果をまとめるのが9月中旬。一方、「再検討のための関係閣僚会議」が新たな整備計画に基づく公募を実施するのが9月初めとされており、新たな公募に検証結果は反映されないことになっている。これでは検証委員会の存在意義がない。 同じ失敗を繰り返さないためにも、検証委員会は、安倍総理の7月17日の白紙撤回に至る経緯についても検証の対象とし、その問題点を明らかにしたうえで、新たな整備計画に基づく公募に生かしていくべきである。 検証のための検証ではなく、見直し作業を成功に導くための実のある検証にするためにも、安倍総理は、白紙撤回を判断するに至った関連資料や代替案について速やかに国会と国民に公表すべきである。 それができなければ、新国立競技場の建設計画は新たな霞の中に迷いこむおそれがある。総理の決断を強く求めたい。