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    「どうしても言いたいことがある」 三浦九段が初めて語った騒動の内幕

    三浦弘行九段(プロ棋士) まず初めに、どうしても言っておきたいことがあります。今年1月に私の疑惑を調査した第三者委員会の報告書概要が公表されました。あれを全部読んでくれた人は「無実」だと思ってくれると思いますけど、第三者委の結論は過去に起こったことは「後戻りできない」という中身でした。要するに「悪魔の証明をすることは不可能」という意味に近いと思うのですが、これは裁判で言えば「推定無罪」という意味ですよね。でも、無実と無罪では意味がまったく異なります。私が言ってもしょうがないのかもしれませんが、私への疑惑は「無実」であり、冤罪だったということは分かってほしいんです。「疑惑は『無実』であり、冤罪だったということは分かってほしい」(瀧誠四郎撮影) 疑惑の発端になったのは、昨年7月26日に将棋会館で開催された竜王戦決勝トーナメントの久保(利明)九段との対局でした。対局中の私の行動から不正を疑い、(日本)将棋連盟に提案したことがきっかけです。「自分は気持ち良く指したいからルール作りをしてほしい」という趣旨で、対局中の電子機器の使用を規制すべきと訴えていたそうです。その提案後、連盟の理事が対局中の私の行動を監視していたそうですが、報告書にもあった通り、私にはソフト指しを疑わせる不審な行動はなかったのを理事自身が確認しています。  このとき対局したのは、丸山(忠久)九段でしたが、丸山さんは私の行動を「不審に思うことはなかった」とはっきり言ってくださったんです。疑惑の対象となった四局のうち、二局が丸山さんじゃないですか。しかも、その前にも一局指しているんで計三局なんです。つまり、疑惑が浮上してから一番多く指したのは丸山さんだった、ということになります。その丸山さんのお話をその後に告発した人がちゃんと聞いておけば、こんなことになったのかどうか。かなりうがった見方かもしれませんが、告発者は丸山さんの話を聞きたくなかったのかな、とまで思ってしまうんですよ。もしかしたら、理事も監視していたわけですから、丸山さんが不審に思わないって言えば、そもそも私の疑惑自体に矛盾が生じてしまいますからね。  もし仮に私が不正にソフト指しをやっていたのなら、丸山さんとの対局だって普通やるじゃないですか。これは言い方変ですけど。だから、最初から無理があったんですよ。私にとっては全部大事な一局ですけど、なぜか私の対局相手が勝った将棋は疑惑の対象から外して、逆に負けた将棋は対象に入れるとか、言いたくはないんですけど私を嵌めようとしたのか、それともこうしないと矛盾が生じちゃうから、どうしてもそういう結論に持っていこうとしたのか。告発者からは、この対局で私がソフト指しをして、しかもこの局面で不正をしたとか具体的に言われたんですよ。でも、そうしなければ確かに矛盾が生じてしまう。だから、都合の良いように将棋ソフトとの一致率とかを抜き出して、あたかも私が不正をしたように疑われ、事実が捻じ曲げられていったんです。どうしてこんなことにどうしてこんなことに 今の将棋ソフトは確かに強いです。プロ棋士同士の対局であれば、勝った対局というのはどうしてもソフトとの一致率が高くなる傾向はあるんですよ。形勢が悪くなってしまえば、その後お互いに最善手を続けていっても、優勢の方が必ず勝ちますよね。当たり前なんですけど。互いが100点の手を指していっても、最後は優勢の方が勝つに決まっています。だから局面が悪くなれば、必ずしも最善手ではなく、少し違ったひねった手を指して、相手の意表を突いたりすることもある。 でも、それは往々にして良い手ではないんですよ。だから、対局で勝った方はソフトとの一致率がどうしても高くなりやすいんですよ。そうだとすれば、私が丸山九段と対戦して敗れた竜王戦(挑戦者決定戦)の一局目はなぜ疑わなかったのか。おそらく、そのときの一致率は高くなかったんでしょう。しかも「負けた将棋は関係ない」という感じで告発者には言われましたから。あのときの三番勝負で私が勝った二局目と三局目は、一致率が高かったという理屈にきっと持っていきたかったのでしょう。でもね、ちょっと細かい話なんですが、二局目のとき、私は長考して悪い手を指しているんですよ。私自身が長考してコンピューターより悪い手っていうか、コンピューターがこの手は最善手じゃないっていう手を。 あのときはもちろん、それが最善手と思って指したんです。でも、対局が終わった後に反省というか、今の時代ですから、コンピューターを使ってチェックしてみると、あの指し手はコンピューターが言うところの最善手ではなかった。難しい局面だから、当然分からないまま指すってこともあるじゃないですか。あのときは私も凄い長い時間考えたんです。当然、長考した局面は、告発者も不正の疑いがないか、チェックしていたでしょう。にもかかわらず、私はそのときに悪い手を指した。だったら、これはおかしくないのか。告発者の理屈で言えば、私が不正をしてまで勝ちたいはずなのだから、わざわざ私が悪い手を、コンピューターが最善手とは思わない手を指す必要なんかないはずじゃないですか? (昨年10月11日に)連盟から呼び出されたヒアリングでも、私はそのことを強調して伝えたのですが、なぜかあまり相手にされなかったんですよ、そういうことを言っても。 結局、私の言い分は最後まで聞き入れてもらえず、連盟から処分を受けたのですが、これってある意味、無実の人を死刑にしてしまうのと同じじゃないですか。もう、何を言っても完全にクロありきで話が進んでしまっていました。私からすると、本当に不思議だったんですよ。同じ釜の飯っていう言い方は変かもしれませんが、私を疑っている人はみな、私の性格をよく知ってるはずの人たちばかりなんで。私が無実というか、シロだと分かっている人もいたと思うのに、どうしてこんなことになるんだろう。それが一番、不思議でした。《三浦九段の疑惑告発と処分に至る経緯》 三浦九段は昨年7月26日、第29期竜王戦決勝トーナメントで、久保利明九段と対戦し、勝利した。この対局をめぐり、久保九段は、夕食休憩後の自分の手番で三浦九段が長時間離席し、他にも離席がみられたことなどから強い不信感を抱き、その後の検証で離席後の指し手と将棋ソフトの指し手が一致したという事例を同29日に開かれた日本将棋連盟関西月例報告会で告発。これを受けて、連盟は8月8日付で対局中の電子機器の取り扱いや、むやみな長時間の離席、宿泊室等への立ち寄りなどを控えるべきとする通知を所属棋士に出し、同15日から始まる竜王戦挑戦者決定三番勝負について、三浦九段の行動を監視することを決めた。三番勝負では三浦九段が2勝1敗で丸山九段に勝利したが、連盟は三浦九段の行動について不審な点はなかったとしながら、10月15日から始まる竜王戦七番勝負では金属探知機の導入や荷物検査を実施することなどを決定した。 一方、三浦九段は10月3日の名人戦A級順位戦で渡辺明竜王と対局し勝利。渡辺竜王は対局中に三浦九段の離席が多いとは感じたが、ソフト指しをされたという印象は持たなかった。ところが、その翌日以降、観戦記者やソフト指しに詳しい一部の棋士との意見交換、自らソフトを使って検証した結果、三浦九段に対する疑惑を深め、同10日の会合で告発。連盟は翌日に三浦九段から事情聴取し、同12日に年内の公式戦出場停止処分を発表した。完全にシロは「悪魔の証明」 完全にシロは「悪魔の証明」  連盟の処分が決まり、謹慎する身になってからは、毎日が本当にきつかったです。その間には当たり前ですけど、将棋の勉強どころじゃないですよね。昨年12月の記者会見でもお話しした通り、やっぱりシロを証明するのが何よりも先だと。完全にシロにするっていうのは「悪魔の証明」みたいなもので難しいんでしょうけど。でもね、世間には私が無実であるというか、潔白であることを分かってもらえるように、限りなくシロだとわかってもらえるようにということで第三者委員会の調査には全面的に協力しましたよ。本当にあの2カ月半は、そういったことだけに明け暮れた期間でしたね。「完全にシロにするっていうのは『悪魔の証明』みたいなもの」(瀧誠四郎撮影) もちろん、私も苦しかったんですけど、妻はもっと、本当にすごく苦しい思いをしてたんで…。妻にもよく言ってたんですけど、「自分は無実だから大丈夫だ」「自分はそれほど苦しくない」と。たぶん、これがもし不正をやっている人だったら、本当にどうしようもない苦しさにもがいていたんじゃないか、と思うんですよね。でも、私は無実だったから、妻にもそう声をかけたこともありました。 ただ、やはり私の疑惑を調査する第三者委員会は、連盟が依頼した調査機関だったので、私の言い分をどこまで聞いてくれるのか、実は不安もあったんです。もしかすると、調査のさじ加減というか、調査が不十分であったりとか、連盟が調査の結果を握り潰して発表をしたりとか、ただただグレーみたいな結論で調査が終わってしまうとか、いろんなことが脳裏をよぎりました。 これは言い方が悪いですけど、もしそんな調査結果だった場合は、もう裁判とかで徹底的にやるしかないなと。今でもないって言ってるわけではないんですけど。当然、そうなれば最終的に長い戦いになってしまうかもしれないんですけど、それはやるしかない。でも、自分はやってないから最後には勝つというか、無実を証明できるというか、「きっと大丈夫だ」と妻には言ってました。 でも、妻からは「あなたが不正をやっていたのだったらともかく、やってもいないのになんでこんな目に遭わないといけないのか。それが一番苦しい。発狂したくなる」と本音で迫られたこともありました。ちょうどこの騒動に巻き込まれた時期に子どもの検査のための入院も重なり、私以上に心労が重なっていたと思います。 私以上に苦しんでいる妻の姿をみて、私もつらかった。でも、そんなときは生まれたばかりの子供の顔を見たり、世話をしたりしているうちに、気持ちを落ち着かせることができました。家族の支えはもちろん大きかったですけど、やはり私を最初から最後まで信じてくれた棋士仲間の存在がやっぱり大きかったですね。とくに丸山さんとか。 普段、寡黙な丸山さんが自らの不利益も顧みず、「不審に思ったことは全然ない」とそこまで言ってくださったのはありがたかったです。他にも、女流棋士の竹俣紅さんや元女流五段の林葉直子さんとか、研究会をかつてやっていた仲間とかも私のことを信じてくれました。そういうのは支えになりましたよね。《疑惑を調査した第三者委員会の結論》 将棋連盟が昨年10月27日に設置した第三者調査委員会が、調査の対象とした対局は下記の通り。① 2016年7月26日 竜王戦決勝トーナメント 対局相手は久保利明九段② 2016年8月26日 竜王戦挑戦者決定三番勝負第二局 対局相手は丸山忠久九段③ 2016年9月8日 竜王戦挑戦者決定三番勝負第三局 対局相手は丸山忠久九段④ 2016年10月3日 名人戦A級順位戦 対局相手は渡辺明竜王 調査対象となった四局について、不正の根拠として指摘されたのが、三浦九段の離席中の行動と将棋ソフトとの一致率だった。第三者委は、三浦九段本人と家族が使用したスマートフォンやパソコン、タブレット端末計9台について外部業者に解析を依頼。ソフトが示す候補手の中で最も評価値の高い指し手(最善手)と実際の指し手が一致する確率を調べたところ、上記の四対局の一致率はいずれも70%以上と高かったが、三浦九段以外の棋士でも70%を超える一致率が確認され、最も高い一致率は90・63%だった。ただ、一致率は分析ごとに相当ばらつきがあり、「不正を認定する根拠に用いることは著しく困難」と結論づけた。 また、最初に不正疑惑を指摘した久保九段との対局について、第三者委は記録された対局映像を分析した結果、久保九段が証言した「夕食休憩後に三浦九段が31分間離席した」という事実はなく、久保九段の誤認だったと断定。また、丸山九段と渡辺竜王との対局を含むいずれの対局も、三浦九段の指し手に不正行為を実行したことを裏付ける根拠はなく、実質的な証拠価値の乏しいものだったと判断した。谷川会長にはとても感謝谷川会長にはとても感謝しています  そういえば、フジテレビの『とくダネ!』って番組があるじゃないですか。謹慎中にたまたまテレビを見ていたら、メーンキャスターの小倉(智昭)さんでしたっけ。たしか番組中に「やってないと思いますけどね」って言ってくれたんですよ。もちろん、私のことはあんまり知らないでしょうし、私の性格とか人柄をそんなにご存じない方までそんなふうに言ってくれたのがすごくありがたいと思いました。これも変な言い方ですけど、さすがだなと思ったところがあるんですよ。分かるんだなっていうか。いや、あれで、ちょっと小倉さん好きになりました。 なんて言えばいいのかな、意外に外の方がそういうふうに言ってくれたのはありがたかったんですけど、じゃあ何で私と同じ世界に身を置く棋士で疑った人がいるのかな、って逆に不思議に思うこともあります。私も対局者だったら、きっと不正をしているかどうかは分かるだろうっていうのがありますんで。「谷川会長にはとても感謝しています」(瀧誠四郎撮影) もっと本音を言うと、将棋連盟があのとき「三浦は不正をやってないと信じています」という発表をしてくれていたらと思うことはあります。竜王戦を主催する読売新聞もクロと断定されない限り、「挑戦者は三浦で行くんだ」とか。その結果、第三者委員会の調査結果でシロという結論になっていれば、今回の疑惑をめぐる一連の騒動もここまで大きくならなかった気がします。 一連の責任を取って、谷川会長が辞任されました。谷川会長は私も尊敬する方でありますし、谷川会長が理事の仕事でお忙しくなった際には私が谷川会長のお仕事を引き継がせてもらった経緯もあるんですよ。私は谷川会長にはとても感謝していますし、その気持ちはきっと伝わってると思います。 実を言うと、ちょっと前に谷川会長のお兄さまからお手紙を頂いたんですよね。といっても、うちの師匠(西村一義九段)に手紙を出してくれたらしいんです。それが私の手元に来たってという話なんですけど。プライバシーのこともあるので多くは語れませんが、「自分の弟の裁定、処分を下したことについて申し訳なく思う」っていうふうに書いていただいて。私のことを疑って申し訳なかったという下りもあり、謝罪の気持ちが全面に伝わる内容でした。 もちろん、一番きつい思いをしたのは私だと思っているんですけど、ただ谷川会長が辞任されたときの様子を見ても、会長もきついんだろうなという感じは伝わったので。谷川会長も、ある意味、被害者のようなものですしね。その谷川会長のお兄さまの手紙で、自分の中にあった激しい怒りの感情みたいなものが少し収まったという気がします。私や将棋界を無茶苦茶にした人たち私や将棋界を無茶苦茶にした人たち  連盟も今回の騒動で大変な被害を被ったと思うんですけど、ただやっぱり悪意を持って、私のことや将棋界全体を苦しめた一部のメディアと一部の棋士、そして私が不正をしているという噂をまき散らし将棋界を無茶苦茶にした観戦記者の小暮克洋氏だけは、許せないという気持ちはありますね。私の場合、渡辺明竜王との対局直前に「週刊文春」が疑惑を報道するとの情報が飛び回り、連盟が急きょ出場停止処分を下しました。この文春報道が私の人生を狂わせるきっかけになったのは紛れもない事実です。平成8年7月30日、第67期棋聖戦第5局、挑戦者の三浦弘行五段が羽生棋聖を下し、タイトルを奪取。羽生の七冠独占を崩した=新潟県岩室温泉の高島屋 やっぱり間違った報道をしてしまった以上、被害にあった当事者に対して名誉を回復するための努力はメディアだってするのが筋なんじゃないですか? 元の状態に戻すのは無理なのかもしれませんが、その姿勢が伝わるような報道があれば、もちろん認めたいし、ただそれとは別に間違ったことを書いたのであれば、やっぱり誠心誠意謝るべきだと思います。  でも、現実はなかなかそうならないですよね。一度クロと決めつけて書いてしまった以上、自分たちに都合の良い、ありとあらゆる情報をつなぎ合わせて、たとえ無実の人であろうが、世間にはクロだと信じ込ませるような記事につくり上げていく。その結果、事実とは全く異なる記事だったとしても、彼らは謝罪文どころか、とことん逃げ切ろうとしますよね。 「はい、もうこれは終わりだから次」というようなのは、ちょっといくらなんでも…。そんなのを認めてしまう世の中というか、報道の在り方ってのは、誰がどう考えてもおかしいと思うんですよね。第三者委員会の発表があった後も、私のことを不正をした棋士であると言っている一部の人たちが印象操作をしている事実に、私と家族は苦しんでいます。  実は今回の騒動が起きなければ、家族が私に内緒で竜王戦第三局を見に来るつもりだったらしいんですよ。でも結局、騒動のおかげでキャンセルになって潰れてしまって…。家族はそういった楽しみも突然奪われて、しかも地獄に突き落とされたんです。他にも、私の応援のために現地に来るのを楽しみにしてくれてたファンもいるんですよ。竜王戦は直前に挑戦者が変更になりましたから、その方はホテルだったか、旅館だったかをキャンセルしてしまったんです。ファンの方までもそういう目にあってるんですよ、だから本当に申し訳ない、ファンの方には心から申し訳ないと思っています。家族だけじゃなくて、私を応援してくれる方にもつらい思いをさせたっていうのは、ちょっとやっぱりね、本当に胸が痛んでいます。  ただ、じゃあメディアが全部悪いかというと、そうとは限りません。ある記者の方なんかは、最初の報道で私のことを疑ってしまったことをすごく謝ってくれて、それを記事にしてくれました。その方の勇気というか、なんて言えばいいんですかね、間違って悪かったらきちんと謝るっていうのが、やっぱり人として一番大事なことだと思います。そういったことができる人を、私もそんなに責める気持ちにはならないんです。ただ、やっぱり繰り返しになりますけど、悪意を持って私や将棋界を苦しめた人たちとは今後も戦うつもりです。もちろん、名誉回復のためではありますが、でもそれは私だけじゃなくて、連盟も同じ気持ちでいてくれたらなと思います。第三者委「疑心暗鬼生じさせないシステム構築必要」と所感 将棋ソフトの棋力の向上により、今や連盟は未曽有の危機に直面している。 将棋ソフトが存在しなかった時代あるいはソフトの棋力が弱かった時代においては、プロ棋士同士は互いに信頼し、互いの棋力を戦わせることに全身全霊を傾け、連盟はそうした戦いの場を設けることに専心していればよかった。しかし、本調査に基づけば、将棋ソフトの棋力が最強の棋士と互角となり、これを凌駕する勢いとなった時代を迎え、対局者が将棋ソフトを使うのではないかという疑心暗鬼がプロ棋士の心の中に生じてきたことを見逃すことはできない。こうした不信感を放置すれば、やがて棋士はもちろん、次世代のプロ棋士を志す者、将棋を愛好する人々の心に影を落とし、将棋という我が国の精神文化を内部から腐食させてしまう危険を感じざるを得ない。連盟は、そうした事態を直視し、的確に対処する責任がある。 例えば、将棋の普及においても、少年少女に人知の限りをぶつけ合う尊さを教え、他方で将棋ソフトの正しい位置づけを示す必要に迫られている。公式戦においても、対局したプロ棋士に疑心暗鬼を生じさせない合理的システムを構築する必要に迫られている。電子機器を持ち込ませないための具体的手続き、故意の有無を問わず対局室(指定された休憩室等の関連領域を含む。)に電子機器を持ち込んだ場合の敗戦等の制裁、対局中の行動の規制、不正行為に対する除名を含む処分等について、現実を直視し、精神文化を守るための体系的な規程を早急に整備すべきであろう。 幸い連盟の会員は皆将棋を愛し、知力に満ちた人々である。この時代に即して将棋ソフトの正しい位置づけを大いに議論し、将棋の正しい普及と、公式戦の清廉さを守る賢い道を見出してもらいたいと切に願わざるを得ない。 最後に、当委員会は、三浦棋士が不正行為を行ったと認めるに足る証拠はないとの結論を示した。連盟は、三浦棋士を正当に遇し、同棋士がその実力をいかんなく発揮できるよう、諸環境を整え、一刻も早く将棋界を正常化されるよう要望するものである。こういうことが起きてはいけない次は絶対にこういうことが起きてはいけない いろいろありましたけど、私の復帰戦が2月13日に予定されています。相手は羽生(善治)さんです。なぜか私の人生の大きな節目というか、勝負どころで必ず羽生さんと当たるんです。偶然にしてはよくできてるなというか…。はい。大きな勝負だと必ず羽生さんと当たるんですよ。これも何かの縁なんでしょうけど。「平常心で指していつも通りの将棋をお見せすることがファンへの恩返し」(瀧誠四郎撮影) でも、今までと一番違うのはやっぱり今回の騒動があったことです。まともに実家にすら帰れない状態でしたし、今までとは全然違った状況なのは私が一番分かっています。ただ、他の人だったらこんな状況に耐えられるのかな? 今は少しずつでも普段の生活に戻していかざるを得ないですし、対局するにあたって、落ち着いて平穏な状態で指さないといけないと思ってます。復帰する以上はブランクがあろうがなかろうが、ベストを尽くすしかないと思っています。 別に今回の騒動がなかったとしても、自分の理想通りの状態で対局に臨めないことっていうのは多いですから、これはもうしょうがないと思っています。楽観的に考えるしかないというかね。ある意味、普段通りというか、むしろ調子のいいときでも、羽生さんには負けるのは普通のことですから。 ただそうですね、ちょっとこんなに期間が空いて、対局するというのは今までなかったので…。これは言い訳してるわけじゃないですけど、調子は徐々に戻っていくものだと思っていますし、そうしたらまた以前の状態と同じように勝ったり負けたりっていうかね、それぐらいには戻したいですよね。 ただ、一番の不安というか、問題なのは、もし私が負ければ、また変なことを言われるんじゃないかというのがあります。要するに、もし羽生さんとの対局で私が負ければ、「やっぱり不正をしてないから負けた」みたいなことを言われるんじゃないか、という心配はあります。 そういう意味では、ちょっと神経質になっているというか、騒動を引きずっている部分は否めません。私は騒動の当事者だから、異常に神経質になっているところもあると思うんです。だけど、他の棋士にも少なからず今回の騒動で神経質になっている人もいるんじゃないかという危惧もあります。  だからこそ、私が連盟にお願いしたいのは、私の名誉回復はもとより、私を含めた他の棋士たちも気持ちよく指せる状況づくりに心血を注いでほしい。そのためにも、電子機器の取り扱いなどの規制やチェック体制はより厳格であるべきだと思っています。 私は騒動が起きる前からこのことは言ってきたつもりですが、今回の騒動に巻き込まれたことでその思いは一層強くなったというか、私だけじゃなくて他の棋士たちも、周りの目を必要以上に意識しすぎてビクビクしながら指すのも嫌でしょうし、将棋界全体がもう次は絶対にこういうことが起こっちゃいけないという強い覚悟で臨むべきなんだと思っています。 私は勝負師です。プロである以上、平常心で指して、月並みなんですけどやっぱり良い将棋をみなさんにお見せしたい。将棋というのは勝とうと思って勝てるものじゃない。平常心であることが一番良い将棋につながって、それが一番ファンのみなさんも見たい将棋につながるんだとしたら、何よりもそれを意識して将棋と向き合いたい。できるだけ早く将棋の勉強を再開して、平常心で臨んで良い将棋をね、いつも通りの将棋をお見せすることが、私なりのファンの方々への恩返しになるのかな、と信じています。(聞き手 iRONNA編集長、白岩賢太/溝川好男)みうら・ひろゆき 昭和49年2月13日、群馬県出身。西村一義九段門下。平成4年、18歳で四段に昇段しプロ棋士に。8年、棋聖戦で羽生善治七冠(当時)を破り、初タイトルを獲得。棋聖は1期に終わるが、以後もトップ棋士の一人として活躍。順位戦A級通算15期。

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    三浦九段独白「あいつだけは許せない」

    「どうしても言いたいことがある」。インタビューの冒頭にこう語ったのは、対局中のスマホ不正使用を疑われたプロ棋士、三浦弘行九段だった。騒動の黒幕、家族への思い、復帰への決意…。iRONNAの独占取材で語り尽くした2時間半。一連の騒動後、三浦九段が初めて語ったあの疑惑の真実とは。

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    今こそ語りたい「光速」谷川浩司の凄さ

    決めて一手ずつ指す。敵の王様を追い詰めれば、勝ち。二人で、対等の条件で、お互いに手の内がわかっているゲームである。そこに、運や情報格差が入り込む余地はない。すなわち、己の力以外の要素が入り込む余地が無いゲームなのだ。ということは、言い訳がきかない、ある意味で残酷なゲームである。負けたときに、自分が悪かった以外の理由が存在しないのだから。さらに言うと、将棋では負けた側が「負けました」と宣言して対局が終了する。この意味でも苛酷なゲームでもある。「界、道、盟」の危機 これは格闘技の話だが、「絶対にギブアップしない」という流派が話題となった。技を決められても絶対に「参った」をせず、勝機を探す流派である。他の流派からは鼻つまみ者だった。なぜか。技が決まっても負けを認めないのであれば、極めた側は怪我させるか、あるいは殺すしかないではないか。この流派は、自分より技量が優れた相手への敬意が無いから、他の流派から軽蔑されたのだった。将棋において、それは無い。アマチュアの将棋であっても。 将棋において勝敗が決まる状況は二つ。一つは、自分の王様が追い詰められた状態。合戦でたとえると敵に包囲されて切腹を求められる状況。あるいは兵力が尽きて、勝ち目がない状態である。このいずれかの状況において、負けを悟った側が「負けました」と宣言して、一局の将棋が終わる。 もちろん、王様の首が刎ねられる状況まで指し続けても良いが、既に負けている状態や絶対に勝ちが無い状況においては、負けを認めるのが美学であり作法とされる。 かつて、木村義雄十四世名人と塚田正夫名人の戦いで面白いことがあった。場所は皇居済寧館で、昭和天皇の天覧に供した。塚田名人が負けを認めた局面を不思議に思った昭和天皇が側近と指してみると、なんと負けた側の昭和天皇が勝ったのだ。これはよくある話で、プロが相手なら絶対勝てない局面でも、アマチュア相手ならどう転ぶかわからないのだ。それほどプロの世界はレベルが違うのだ。こうした美学かつ作法は、不文のルールを形成している。 また、将棋はこの世で最も完成されたルールのゲームでもある。 もし双方が最善手を指し続ければどうなるのか。人類が考え出した中で、結論が出ていない唯一のゲームなのだ。たとえば、チェスは引き分けである。囲碁は先手有利、よって後手にハンディキャップをつけることになっている。ところが将棋だけは経験則で先手有利と思われているが、結論はわからない。もしかしたら引き分けが正解なのかもしれないし、一年だけ後手の勝率が上回った年もあった。 以上、将棋というゲームは、ルールに対する絶対的な信頼性があるのがおわかりだろうか。世の中、不条理なルールで決まることが多い。それだけに不条理が無く、完成されたルールを持つ将棋は日本人が生み出した貴重な財産だろう。日本人、あまり認識していないようだが。 さて、今回の事件である。一言で述べるならば、「界、道、盟」の危機である。 将棋界、将棋道、将棋連盟を「界、道、盟」と言う。将棋にまつわる世界すべてが、将棋界である。将棋は今や国際的な広がりを見せている。ポーランド人の女流棋士もいれば、中国人がプロ棋士をめざす時代である。「界、道、盟」の危機 将棋は駒の動かし方といった江戸時代以来の明文化されたルールの他に、対局を一日で行うか二日に分けて行うかなどの運営のためのルール、そして作法のような不文のルールで成り立っている。対局者以外が「助言をしてはならない」は不文のルールであるが、この不文のルールを守る美徳こそが将棋の「道」を支えてきたのだ。 コンピューター将棋がプロ棋士に匹敵、ある面で凌駕するようになったのは近年のことである。つい十数年前はコンピューター将棋がプロと対等に戦えるなど、遠い未来と考えられてきた。だから、「対局中にスマホを見るな」などと明文化しなくても、運営に支障はなかった。 そのころ、チェスの世界ではコンピューターが世界チャンピオンに勝利しており、コンピューターチェスがプロの世界でも通用すると証明された。コンピューターチェスの有用性を認識した時点で、チェス界は二日制の対局を取りやめた。一晩目の夜、一方がコンピューターを使って研究すれば、それは一対一の勝負ではなくなる。たとえるなら、素手の格闘技で武器を持ちこむようなものである。よもやプロのチェス棋士がそんな不正を行うとは思わないが、痛くない腹を探らせないようにしようとの配慮である。 一方、将棋界ではコンピューター将棋がプロを負かすようになっても、制度改革は見送られた。将棋道に基づく性善説により、「そんなことをして勝っても意味が無いのだから、そんなことをする棋士がいるはずがないだろう」と考えられてきたのだ。それでも、対局中のスマホ持ち込み禁止を導入しようとした矢先の事件であった。 悪名は無名に優ると言ってよいかわからないが、今回の事件で世間の注目が集まったのだから、むしろこれを機会に将棋の魅力を伝えられれば良いと考えている。会見する佐藤康光会長=2月6日、日本将棋連盟 この記事を書きながら、将棋連盟の臨時総会で佐藤康光九段(元名人)が新会長に選出されたとのニュースを聞いた。難局に当たるにふさわしいと、満場一致でみなされた人選だと聞く。もちろん縁台の野次馬として、応援する次第である。 残念なのは前会長の谷川浩司九段(十七世名人)が責任を取り辞任、様々な心労が重なり、入院されたとのことだ。谷川名人――私が将棋を覚えた時の名人なので谷川名人と呼ぶ――には、お気の毒な事態と思う。組織の責任者として、自分の落ち度で一人の人間を傷つけてしまった格好になっているのだから。 私如きが言うも僭越だが、本当の意味での挫折なのではないだろうか。辛かろうと思う。繰り返しになるが、今回の事件をテコとして、すべての関係者によりよき方向に進めばと願う。谷川浩司という不世出の棋士について谷川浩司という不世出の棋士について 谷川名人は、古今東西あらゆる分野の中で不世出の勝負師と思う。徒然なるままに説明しよう。 将棋界の宝、羽生善治十九世名人(引退後に襲名予定)だろう。その知名度は圧倒的である。平成14年から平成27年まで名人位は羽生と森内俊之十八世名人(引退後に襲名予定)の二人だけが占め続けた。この14年間、羽生6勝に森内8勝である(この間の直接対決は、羽生3勝、森内6勝)。現在は佐藤天彦名人に冠位が移っているが、それでも羽生ブランドは圧倒的だ。羽生善治(右)が谷川浩司を下し五冠に返り咲いた=平成12年7月31日、箱根ホテル花月園  将棋を少しでも知る人は、史上最強の棋士に羽生善治をあげる。それでも、私は谷川浩司を不世出の勝負師にあげる。対戦成績は羽生圧勝であり、勝負どころでことごとく敗れている。けれども、私にとって羽生善治とは「あの谷川浩司に勝った棋士」なのである。 私の推定棋力アマ二段だった頃に見たのが、「谷川浩司9歳の棋譜」だった。当時一流棋士として知られた内藤国雄九段とのハンディ戦(二枚落ち、内藤九段が飛車角抜きで戦う)だったが、とてつもなく強い少年だった。プロ相手にどんどん攻めていく。まるで「罠があるなら嵌めてみろ!」と言わんばかりに。内藤九段がいなしつつも乱戦に持ち込む。そして引き分けに持ち込んであげようと手心を加えたように見えた瞬間に、谷川少年が上手の玉をとらえた。その捉え方が、切り死に覚悟で相手の懐に飛び込むような戦い方だったのに感動を覚えた。後の名人となる才能とはこういうものか、努力では追いつけない世界があると感じたものだった。 ちなみにその少し後に「羽生善治12歳の棋譜」というものも見たが、こちらはあまり衝撃が無かった。この見方が正しいのかどうかはわからないが、私の中では「谷川浩司9歳>羽生善治12歳」という構図だったので、「あの谷川に勝った羽生」なのだ。 谷川少年はプロの養成機関である奨励会に入る。全国から将棋の天才が集まり、ここに入れるのは十人に一人。そして多くが挫折して去っていく。その奨励会を谷川少年はわずか3年で駆け抜け、14歳で棋士となる。中学生棋士は、加藤一二三九段、谷川、羽生、渡辺明竜王、そして最近話題となった藤井聡太四段の五人しかいない。加藤、谷川、羽生は名人、渡辺は竜王と、そろって将棋界の最高位に登りつめている(当然、藤井四段にも期待がかかっている)。記憶の勝負師 将棋界には七大タイトルと言われる冠位が存在するのだが、名人は独特である。一つは江戸時代から続いている唯一のタイトルであること。もう一つは、最短で五年かけないとたどりつけないことである。将棋の棋士は、トーナメントあるいはリーグ戦でタイトルを争うのだが、すべて一年で決着がつく。ところが名人だけは順位戦を勝ち抜いた挑戦者が時の名人と戦い、勝敗を決する。この順位戦は、C級2組、1組、B級2組、1組、A級と勝ち上がらなければいけない。それぞれ一年をかけて戦うので、名人に挑戦するのは最短でも五年かかるのだ。  谷川は一年目のC級2組を足踏みしただけで、あとは一気に名人まで駆け上った。これは中原誠十六世名人と並ぶ最短記録である。そして21歳で名人を獲得した。こちらは史上最年少である(中原は24歳)。その後、上の世代の中原や米長邦雄、下の世代の羽生。森内・佐藤といった強豪と一進一退の攻防を繰り返している。名人は五期獲得すると永世名人を名乗る資格があるが、谷川は十七世名人である。 プロ棋士の強さを測る一つのバロメーターが、七大タイトルをいくつ獲得したかにある。記録上位には名人の中の名人とも言うべき、永世名人が並ぶ。三浦弘行八段(左)と対局した谷川浩司九段=平成14年、 静岡市民文化会館(段位は当時) 1位:羽生善治十九世97期、2位:大山康晴十五世80期、3位:中原誠十六世64期、4位谷川浩司十七世27期と続く。ちなみに5位に米長邦雄19期と続き、名人経験者を並べると、森内俊之十八世は12期、佐藤康光13期、加藤一二三8期、丸山忠久3期、佐藤天彦1期である。歴代4位は立派な成績である。 だが、私が推すのは記録ではなく記憶である。なぜ、「古今東西あらゆる分野の中で不世出の勝負師」なのか。 谷川将棋は「光速の寄せ」と呼ばれるほど、終盤が強い。将棋は大きく、序盤・中盤・終盤に分かれる。序盤はお互いが陣形を整えている段階、中盤は戦いが始まってからの段階、終盤は勝敗が決する段階である。谷川以前の棋士は終盤の入り口で相手をどう仕留めるかを読んでいた。ところが、谷川以後は中盤の入り口で収束を読む。敵は「気が付いたら首と胴体が離れていた」という負かされ方をする。「光速の寄せ」と呼ばれるゆえんである。 あまりにも美しい勝ち方ゆえに、負けた相手が感動する。あらゆる勝負の世界で、そのような勝ち方ができる勝負師が何人いるだろうか。羽生、森内、佐藤、あるいは映画『聖の青春』で有名になった村山聖らは「羽生世代」と呼ばれるが、彼らは一様に谷川将棋を目指した。棋士全員に聞いたわけでもなんでもないが、谷川以後の棋士で谷川将棋に憧れなかった人が居るのだろうか。おわりに 将棋とは様式美の世界である。完成されたルールと不文の作法が、様式美を形成している。それが「道」となっている。ところが今回、不幸な事件で「道」のみならず、界・道・盟が深刻な傷を負った。災い転じて福となす努力をしてほしいと、縁台から思う。

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    「負けて勝つ」人工知能から学ぶ棋士こそ進化できる

    茂木健一郎(脳科学者) ここでは、将棋や囲碁を題材に、人間と人工知能の関わりについて考える。思考のきっかけになったのは、最近の一連の事件であることは確かである。 昨年、グーグルの子会社ディープマインドの開発した「アルファ碁」が世界チャンピオンのイ・セドルさんを破ったことは衝撃を与えた。囲碁だけではない。将棋のソフトの能力も向上し、そのことが背景になって、将棋連盟を揺るがす事件があった。 昨年末には、インターネット上の囲碁対局サイトに「マスター」を名乗る謎の対局者が現れ、トップ棋士を相手に60連勝。後に、「アルファ碁」の進化形であったことが明らかにされた。このような時代に、人間と人工知能の関係を考える上で、将棋や囲碁が、いわば「炭鉱のカナリア」の役割を果たしていることは事実である。 以下の議論では、特定の事件や人物に言及することは敢えてしない。時事ニュースは大切だが、それによってより長い時間のスケールから見た本質が見えなくなってしまうことがあるからだ。 問題にしたいのは、次のような本質的な問題である。 人間は、急激に進化する人工知能の前に、屈するしかないのか? 人工知能時代における人間の役割は、どのようなものなのか?コンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」と戦い、 敗れた米長邦雄永世棋聖=2012年1月14日、 東京・千駄ケ谷の将棋会館 先に挙げた最近の幾つかの出来事で、少なくとも囲碁や将棋においては、もはや人工知能が人間を凌駕しており、人間界のチャンピオンでも勝てない状況になっているらしいということが推測されるようになった。 もちろん、興行的にはこれからも人間と人工知能の戦いが開催されるだろうが、その結果は恐らく人間の負けとなる。 それでは、囲碁や将棋において、人間どうしの対戦はもはや意味がないのだろうか? 人工知能と人間の対決は、どうなのか? そもそも、これからの時代、将棋や囲碁の棋士に存在価値があるのか? 将棋や囲碁は、時に「頭脳スポーツ」と呼ばれることがある。実際、過去に、マインドスポーツ、頭脳版オリンピックというかたちで、大会が開催されたことがあった。 結局、この問題は、「スポーツ」ということの原点に戻らないと本質が見えないと思う。そして「スポーツ」の本質に寄り添って考えることで、これからの人工知能時代における人間にとっての活路が見えてくると私は考える。スポーツとして将棋や囲碁を考える 「スポーツ」という言葉は、もともと「楽しむ」「エンターテインメント」という意味合いを持っている。勝負も大切だが、それを行うことで人間が楽しい時間を過ごせれば良いのである。 スポーツとして将棋や囲碁を考えると、たとえ人工知能が人間を上回る能力を持っていたとしてもそこには問題の本質がないことがよくわかる。 例えば、100メートル走は、現在、ウサイン・ボルト選手の9秒58が世界記録である。競技としての100メートル走の醍醐味は、生身の人間が、その身体を駆使してこれだけの距離をあれだけの速さで走るというところにある。たとえ、機械がそれ以上のスピードを出せたとしても、関係がない。 実際、自動車、新幹線、飛行機などを持ち出すまでもなく、ボルト選手以上の速さで100メートルを走る機械はいくらでもある。だからと言って、ボルト選手の偉業の意味は全く毀損されないだろう。 将棋や囲碁も同じことである。18ヶ月ごとに集積度が2倍になるという「ムーア」の法則の下高速化してきたコンピュータが、莫大なメモリを駆使し、大量のデータを解析して生み出すプログラムに、生身の人間が負けたからといって、人間の棋士の意味がなくなるわけではもちろんない。 イ・セドルさんを破った時点で、アルファ碁の開発費用は、クラウド上でCPUを駆使するレンタル代換算で、30億円に相当するという説を聞いたことがある。それだけのメモリも、電力も使っている。いわば人工知能は「電力の化物」だ。対して、昼食にうな丼を食べるだけで対局できる人間の棋士は、驚くべき省エネだということができるだろう。アルファ碁との対戦後に碁盤を見つめるイ・セドル九段=2016年3月15日、ソウル そもそも、膨大なリソースを駆使する人工知能と人間を比較するのが、土台間違っている。条件が違いすぎるからだ。それでも、将棋や囲碁といった分野で人工知能が人間を破ったのは、確かに衝撃的な出来事ではあった。これまで、どんなにエネルギーやメモリを食う高速なコンピュータでも人間の棋士には勝てないと私たちが期待し、思い込んできたのは、それだけ「思考」が特別なもので、容易に解析できない複雑なものだと考えてきたからだ。 しかし、人工知能が人間を超えないだろうという期待は破れた。コンピュータのアーキテクチャーは格段の進歩を遂げたわけではないし、人工知能の学習則も変わっていない。CPUの高速化やメモリの増大、そしてシステムをチューニングする幾つかの経験則の組み合わせによって、人工知能は人間をやすやすと超えてしまったのだ。 今後、科学や技術の発達によって、思考のメカニズムが明らかにされ、さまざまな学習のアルゴリズムも実装され、人間を凌駕する数々の人工知能が登場してくるだろう。文明の発展のためには是非とも必要なイノベーションであり、歓迎すべきだろう。 しかし、そうなっても、スポーツとしての将棋や囲碁の意義が消えてしまうわけではない。むしろ、スポーツ競技としての醍醐味は、さらに加速していくのではないか。「人工知能ドーピング」に嵌らないために すでに、将棋の棋士たちは人工知能の対局を参考にして、将棋という未知の宇宙を探索し始めている。人間が従来の経験則や感性に邪魔されて発見できないでいた「新手」について、人工知能の助けを借りて学び始めているのだ。 囲碁も同じである。アルファ碁も、それが進化したマスターも、人間の棋士では打たないような手で快勝した。人工知能は、すでに独創性を持ち始めている。その自由さにインスパイアされることで、生身の人間が対局するスポーツとしての将棋や囲碁はさらに進化し、魅力を増すことだろう。 人工知能は、運動で言えば筋肉や運動機能を鍛える「ジム」の機能を果たすようになる。将棋や囲碁の棋士が、人工知能と戦い、人工知能の助けを借りて鍛錬することで、むしろ生身の人間としての能力を高めることができると期待されるのである。 人工知能の助けを借りて人間が進化する。このような人間と人工知能の関わりは、他の分野でも生まれてくるものと思われる。デビュー戦の藤井聡太四段(右)と対局する現役最年長の加藤一二三・九段 =2016年12月24日、東京都渋谷区の将棋会館 たとえば、ネット上で100以上の言語の間の相互翻訳を提供する「グーグル翻訳」のような人工知能の発達で、将来的には、外国語を母語に直して理解することはやさしくなってくるかもしれない。しかし、その場合にも、生身の人間が何のアシストもなしに外国語を理解する「スポーツとしての外国語」の意味はなくならないだろう。 むしろ、たとえ人工知能のサービスが存在しても、自分自身の生身の脳で外国語を駆使できることがあこがれと尊敬の念を持ってみられるようになるに違いない。 人工知能は、将棋や囲碁だけでなく、さまざまな頭脳スポーツの発展を促す可能性が高いと、私は考えている。より深く、より強く考えたいというのは人間の本能の一つである。将棋や囲碁の棋士たちは、今、人工知能の切り開く新たな鍛錬の可能性を前に、身震いしているに違いない。 ところで、スポーツの醍醐味は、生身の人間がそれを行うところである。薬物の助けを借りたりするドーピングは、興ざめとなる。 同じように、人工知能で脳を鍛えるのは良いが、それに安易に頼ってしまっては、それは一種の人工知能ドーピングであり、スポーツとしての質を下げてしまうだろう。 人工知能を、人間をより高みへと進化させるきっかけとして使うか、それとも、頼ってしまって衰退するか。人工知能時代の人間には、高い倫理観が求められる。自分自身を厳しく律することこそが、人工知能時代の頭脳スポーツのアスリートが心がけるべき、一番の課題であろう。 

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    三浦九段の師匠 5月の理事選を前に蠢く派閥争いの内幕語る

     将棋界のトップ棋士の一人である三浦弘行九段による前代未聞の“カンニング疑惑”は、第三者委員会が「不正の証拠なし」の結論を下し、日本将棋連盟の谷川浩司会長が辞任する事態に発展した。 公益社団法人である日本将棋連盟は谷川会長を含む8人の常勤理事を中心に運営されている。年明け早々に谷川会長と島常務理事が辞意表明したことで、2月6日に後任を決める臨時棋士総会が開催される。次期会長は、棋士会長を務めている佐藤康光永世棋聖が有力だ。渦中の三浦九段の師匠である西村一義九段は後任人事をこう評す。 「谷川会長は、20歳の時から将棋界のトップにいて、現在は永世名人ですから、棋士の中で絶大な信頼がある。(兵庫県神戸市出身で)大阪でみんなで飲みに行く時は黙ってお金を出して、それでいて威張らないから尊敬される。 しかし、これが組織の長として向いているかは別問題。今回の事件もそういった背景から起きた。(後任に名前の挙がる)佐藤さんは棋士としての実績は谷川会長の半分以下でしょうが、人柄はものすごくいい。リーダーとしては向いているんじゃないか」将棋会館=東京都渋谷区 折しも連盟は5月に開かれる定例棋士総会で、2年に一度の理事改選も控えている。西村九段は「残りの理事も全員職を辞すべき」とも語った。谷川会長と島常務理事の辞任だけでは足りないという主張である。 「ただ、常務理事のなかにも辞めたくない人がいて、(理事の中でも)意見がバラバラなんでしょう」 将棋連盟の理事は棋士総会で選任されるが、実際には総会に先立って行なわれる「予備選挙」でその人選が決まる。投票権を持ち、理事に立候補できるのは連盟の正会員(棋士及び女流棋士ら)の232人だ。現職棋士が理事として連盟を運営する現状には無理があるのではないかと西村九段に問うと、こんな答えが返ってきた。 実は、連盟の運営に疑問を抱く棋士は少なくない。1月23日に開かれた連盟から棋士への月例報告会では、今回の騒動への対応に、棋士側から批判が相次いだ。財テク棋士として知られる桐谷広人七段はこういう。内紛の様相を呈してきた将棋連盟 「昔の連盟は棋士のことを一番に考えていましたが、今は違う。モチ代、氷代がなくなったりして浮いた金が、今回の第三者委の費用や三浦九段への補償で消えていくわけですから、全く無駄なことばかりやっている。そりゃ総辞職を求める声が出てくるのは当然ですよ」 ただ、西村九段の告発については首を傾げる。 「西村さんは米長会長体制を支えた人だが、連盟が今のようにおかしくなったのは米長会長時代からのことです。それまでは弱い棋士に救済を施し、将棋に精進できるようにしていた。それが理事の差配できる金ばかり増えた。現体制はその流れをくんでいる。 西村さんは月例報告会でも発言し、正論を述べていたと思います。ただ、今回は弟子である三浦をかばうという気持ちがもちろんあるのでしょうが、それに加えて前回の理事選で落ちたことが、現体制への批判につながっているんじゃないか」 そうした見方もあるなかで、西村九段が今回の騒動を経た5月の理事選で、再び理事に復帰しようと立候補する可能性はないのか。西村九段はこう答える。 「いやいや年齢的なこともありますから……。2年前は落ちましたが、過去には10期以上、一度も落ちたことがない。それ(=前回の落選)には色々なことがあったと思う。私は専務理事として米長前会長を支えてきましたが、棋士に対して厳しく対処してきたから恨まれている面がある。理事選は敵も味方もいない候補者のほうが当選する。自分の言葉でものをいわない人のほうが有利。まあ今は5月の総会に向けて各派閥で理事候補者を探している状態。水面下の戦いでしょう」 会員である棋士たちから厳しい批判を現執行部はどう受け止めるのか。連盟に取材を申し込んだが、「回答は控える」(広報担当者)とするのみだった。内紛の様相を呈してきた将棋連盟。今回の騒動の本当のヤマ場はまだこの先にありそうだ。関連記事■ 三浦弘行九段の師匠「慰謝料は1億円でもおかしくない」■ 疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」■ 羽生善治の強さの秘密を最古参棋士加藤一二三九段が論じた書■ 将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」■ 五輪危機レスリング 米国や日本のスポンサーで存続可能性も

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    三浦弘行九段の師匠「慰謝料は1億円でもおかしくない」

     トップ棋士の一人である三浦弘行九段による前代未聞の“カンニング疑惑”は、第三者委員会が「不正の証拠なし」の結論を下したことで、日本将棋連盟の谷川浩司会長が辞任する事態に発展した。そうしたなかで、渦中の三浦九段の師匠が本誌・週刊ポストの直撃取材に答え、連盟執行部の対応を厳しく批判した──。 1月18日、会見を開いた谷川会長は、三浦九段のソフト不正使用疑惑を巡って「(対応に)不備があったことに大きな責任を感じている」と語り、島朗常務理事とともに辞任することを表明した。一方、三浦九段は2月13日に羽生善治三冠との“復帰戦”が決まった。しかし、騒動はまだまだ収まりそうにない。 「今後は将棋連盟による(三浦九段への)賠償の話が出てくるでしょう。これは高いですよ。1億円でもおかしくない」 そう語るのは三浦九段の師匠である西村一義九段(75)だ。元将棋連盟専務理事でもある西村九段は、この問題が巨額の補償問題に発展すると断言した。第三者委員会の調査報告を受けて会見する(左から)西村一義氏、三浦弘行九段=2016年12月 騒動の発端は昨年10月。三浦九段が対局中に離席し、その間にスマホで将棋ソフトを使っている疑いが、対局相手の指摘などによって浮上したことだった。三浦九段は棋界最高位・竜王戦への挑戦権を得ていたが、連盟は10月12日、挑戦者の変更を決定。三浦九段への年内出場停止処分を発表した。これに対し、三浦九段が反論文書を発表する騒動に発展していた。 疑惑の根拠となったのは、将棋ソフトと三浦九段の指し手の「一致率」だったが、将棋連盟に委嘱された第三者委員会(委員長・但木敬一元検事総長)は、昨年12月26日に「不正行為をしたと認める証拠はない」との調査結果を公表した。 その結果を受けての谷川会長の辞任劇だったわけだが、西村九段は三浦九段の受けた“損害”への補償も必要だと力を込める。「竜王戦の挑戦権剥奪と出場停止期間の経済的損失だけでも相当な金額になる。竜王戦に勝利すれば4400万円、4連敗したとしても1400万円の収入となるはずだったんですから。名人戦順位戦A級(名人位への挑戦権を10人で争うリーグ戦)の地位は保全されましたが、(欠場した対局が)最終順位に影響する。仮に今後、(B級に)落ちれば甚大な損害です。弁護士費用や精神的慰謝料を含めれば、1億円以上でもあり得ますよ」 西村九段は、連盟の初期対応に大きな問題があったと指摘する。 「10月12日に処分を決めているが、(連盟の)執行部は決定前に顧問弁護士にすら相談していない。ここが最大のポイントなんです。現在の理事会は経験不足で、未熟で、(将棋しか指せない)いわば天才バカの集まりなんです。バランス感覚のない人ばかり。理事の中でも片上大輔(35、六段)なんて、将棋はパッとしないけど東大法学部を出ていて、他の棋士よりは社会性があるだろうと思っていたが、はっきり言って中卒の私よりなかった」 西村九段は、米長邦雄前会長(故人)時代を含め、20年以上にわたって連盟の理事を務めた経験がある。それもあってか、現職理事たちへの憤りは収まらない。 「今回、第三者委員会を立ち上げたのも、外部理事(非常勤)である川渕三郎さん(日本サッカー協会最高顧問)、岡野貞彦さん(経済同友会常務理事)の2人から『証拠が明確でないのに処分してはいけない』と指摘を受けたからですよ。 私が理事だった頃、『我々は将棋のプロで、一般常識を知らないことは恥ではない。法律のことは弁護士、税金のことは税理士に相談すればいい』と理事会で提案しても、理解できない理事ばかりだった。米長前会長は長所も短所もある人だったが、そういったことは理解していましたがね」関連記事■ 疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」■ 将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」■ 将棋スマホカンニング疑惑で朝日vs読売の「盤外戦」勃発■ 将棋界激震のカンニング疑惑 囲碁界は大丈夫か■ 将棋の電王戦 現役タイトル保持者が出ぬ一因に新聞社の存在

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    将棋スマホ不正、三浦九段にモノ申す

    三浦弘行九段の「スマホ使用」疑惑に将棋界が揺れている。そもそもプロ棋士最高位の彼にこんな嫌疑がかかること自体恥ずべきだが、真相はいまだ藪の中にあり、将棋ファンならずともその行方には関心が集まる。ただ、今回の将棋スマホ不正をめぐる騒動を考えれば考えるほど、もっと別次元の問題も見えてくるようで…。

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    結局、三浦九段はクロなのか? 将棋界の性善説を壊したスマホ不正の罪

    、人間のエキスパートから見れば、それはもう笑ってしまうほどに弱かったのです。 将棋はそれだけ奥が深いゲームでした。だからこそ400年も前からずっと遊び続けられ、いまだに多くの人が夢中になっているのです。 弱くてどうしようもないコンピュータ将棋は、長い間人間の実力者たちからバカにされ続けてきました。その対比として、強い棋士の頭脳の優秀さもさかんに宣伝されました。 しかし、1990年代中頃には次第に事情が変わってきます。将棋は最後、玉(王様)を詰ます(逃げられなくする)ことができれば勝ち、というゲームです。その「詰むや詰まざるや」という分野に限っていえば、コンピュータソフトの能力は人間の能力をはるかに上回ったのです。 とはいえ、その段階に至ってもまだ、コンピュータの実力が総合的に人間を上回るという想像は遠い未来のものでした。 1996年、棋士に対して、「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ」というアンケートが取られましたが、「永遠になし」(米長邦雄九段)「私が引退してからの話でしょう」(谷川浩司九段) という見方が、代表的なものでした。 しかし、現実は人間の想像力を越えていきます。コンピュータそのもの(ハード)の性能も向上する一方で、将棋ソフトを強くするための技術や方法論も、飛躍的に進歩を遂げていきました。 2005年には「Bonanza」(ボナンザ)という名の、革命的な将棋ソフトが登場します。作者の保木邦仁(ほき・くにひと)さんは、将棋の初心者なのですが、コンピュータに自動的に学習させるという手法を取り入れて、革命的に強いソフトを開発することに成功したのです。 この頃にはすでに、ほとんどのアマチュアがコンピュータには勝てないほどになりました。自らを窮地に…「将棋そのもの」の対応 2007年、ボナンザは将棋界のトップ棋士である渡辺明竜王に公開の場で挑戦しました。ボナンザの勝つ確率はゼロに近い。事前の予想では、多くの人がそう思っていました。しかしボナンザは、竜王を相手に大善戦。結果は竜王の勝ちでしたが、あわやというところにまで追い詰めたのです。 それから数年。コンピュータの実力は、棋士も含めてほとんどの人間を追い越してしまった。 2013年、棋士とコンピュータの公開対局の場である「電王戦」で、ついに現役棋士がコンピュータに敗れました。三浦弘行九段もこのとき人間側の大将として登場し、黒星を喫しています。電王戦の最終第2局で、PONANZAに敗れた山崎隆之八段(右端)=5月22日、大津市 電王戦では以後もコンピュータが棋士を圧倒しています。 そして現在。つながった数百台のコンピュータ(クラスタ)でもなく、1台の高性能のパソコンでもなく、ポケットに入るほどの大きさのスマホで動くソフトあっても、すでに驚くほどに強い。そういう段階に至っています。 コンピュータ将棋が強くなっていった過程を丁寧にたどっていけば、四十数年という歴史はとても長い。そこには開発者たちの悪戦苦闘の跡があります。 しかし、古くからの将棋愛好者にとっては、まるで夢でも見ているかのように、あっという間にも感じられるのではないでしょうか。想像を上回る現実の変化に、意識が追いついていない人がいたとしても無理はありません。 話を元に戻しましょう。現在の将棋界の「カンニング疑惑」に端を発する騒動は、事前に防ぐことは可能だったでしょうか。「コンピュータ将棋はすでに棋士よりもはるかに強い」「スマホでもたいていのことができてしまう」「将棋界はこれまで性善説に基づくルールでやってきて、それはよき伝統でもあるのだけれど、残念ながら現在はそうとばかりも言ってられない」 そうした正しい認識を持った人の意見を尊重し、対局場(主に東京・大阪の将棋会館の一部)に通信機材の持ち込みを厳格に禁止するなど、適切な措置を取っていれば、少なくともスマホをめぐっての無用のトラブルは防ぐことはできたはず。 後から振り返ってみれば、誰でもそう言えるでしょう。 現状を正しく分析し、前もって先を見通すのは難しい。しかし、何かしらの選択を迫られ、状況が悪くなった後であれば、何がよくて何がよくなかったのかはだいたいわかる。それはまさに、将棋そのものです。 将棋界が先を見通すことができず何かしらの対応を誤ったがために、現在ピンチに立たされているのは、どうにも皮肉なことと言わざるをえません。

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    それでも三浦九段を信じたい 「AI>棋士」の不等式が示す人間の弱さ

    に、活路を見出そうとしているのである。実際、強い将棋ソフト、囲碁ソフトが現れることで、これらのボードゲームを一種の「スポーツ」として楽しむ人口は着実に増えている。 医療や法律においても、将来、人工知能が分析や判断の「エンジン」として活躍するにしても、その意味合いを解説したり、人間関係に当てはめ、実施するという役割は、やはり、弁護士、医師がやることになるだろう。ジャンボ駒で対戦する子供たち=吹田市の浜屋敷 つまり、「人工知能>>人間」という不等式は基本的に避けられないが、そのことによって人間の仕事がゼロになってしまうのではなく、むしろ異なる役割が与えられるようになると予想されるのである。それにしても、今回の竜王戦の事態は、将棋ソフトという人工知能の台頭で、人間の内面が、いかに簡単に「メルトダウン」するかということを示したと言える。 確かに、人工知能に安易に頼ろうとするならば、私たちは、急速に堕落してしまうだろう。その一方で、棋士たちが、将棋ソフトを使って強くなるケースも出てきている。ソフトの精緻な分析と読みを、いわば自分の脳を来たる「脳ジム」として活用して、棋戦での成績を上げる人もいるのである。(もちろん、その場合、実際の対戦では一切将棋ソフトを参照しないという倫理観が必要なことは言うまでもない)。 人工知能を「脳ジム」として用いれば、法律知識でも、医療知識でも、自分の脳回路にある情報の量や質を高めることができるし、そのことは、専門職業人としての資質の向上につながるだろう。 将来、英語を習得しなくても、人工知能が自動翻訳してくれる可能性は高い。しかし、その場合でも、自分の脳の中に英語回路が叩き込まれることの価値は消えないだろう。英語習得は、一種の「スポーツ」になる。その過程で、たとえば、自分のボキャブラリーサイズに合わせて、難易度が適切な教材を用意してくれるなど、人工知能が「脳ジム」としてサポートしてくれるだろう。 将来必ず訪れる、「人工知能>>人間」の時代。人工知能の台頭は、人間の脳のメルトダウンにもつながるが、一方で、脳の「強靭化」に活かすこともできるのである。 メルトダウンか、強靭化か。サボったり、ごまかしたりするのか。それとも、人工知能を「脳ジム」として活かして、一種のスポーツとして脳を鍛えるのか。これからの人工知能時代には、それぞれの人の意志の強さと、選択で、脳のメルトダウンと、強靭化という二つの運命が分かれていくような気がする。「竜王戦事件」は、その始まりに過ぎない。

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    電王戦「連敗」 将棋界はコンピューターとどう向き合うべきか 

    (THE PAGEより2014年5月23日分を転載) プロ棋士(人間)とコンピューターソフトが激突する将棋の団体戦「電王戦」は2年連続で人間側が敗北を喫したことで話題になりました。チェスやオセロに続き、「将棋もコンピューターが近々人間を追い越す」という声も強まっています。将棋界とコンピューターは今後どのような関係を作っていくべきなのか。コンピューター将棋に詳しい大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員の古作登氏(元週刊将棋編集長)に聞きました。 ――過去2年の電王戦を見てコンピューターの現在の実力をどう見ますか 「ソフトから見て7勝2敗1持将棋ですから、客観的に見てもすでにトップクラスの棋士(平均的なプロ棋士に対し7割以上の勝率)に並んだと言ってもいいのではないか。ただ部分的にみるとコンピューターの実力もあれと思わせる面もまだある。対決といった面で今が一番面白い時期だと思う」 ――印象に残った対局は 「一般的にコンピューターソフトは形勢判断を強気に設定し、思い切った踏みこみをするのが強みだ。だが第四戦のツツカナ対森下卓九段で見せたツツカナの戦いぶりは、人間が指しているような手厚い負けにくい指し回しで、どちらが森下さんかわからない感じで驚かされた。この指し方がやや優勢とみられた森下九段を戸惑わせ、逆転されてしまった印象がある」 ――次回電王戦が行われる場合、連敗したプロ側はタイトル保持者の投入が求められそうですが 「今年の棋士メンバーはタイトル保持経験者の屋敷伸之九段もいたが、順位戦のランキングからいえば5人全員がトップ20に入っているわけではなく、ベストメンバーだったとはいえない。次回やるとすれば現役タイトル保持者1人、トップ10クラス1人、残り3人はコンピューターと対戦する感覚に慣れている若手強豪棋士といった構成が求められるのではないか。ただプロ棋士にとってコンピューターに敗れることは選手生命の危機ととらえられる可能性もあり、プロボクシングの興行のようなうまいマッチメークをしないといけない。先手、後手各三回ずつの六番勝負といった形式もあるのではないか」第1期電王戦の第1局で、「PONANZA」に敗れた山崎隆之八段 =4月10日、岩手県平泉町の中尊寺 ――将来コンピューターソフトがプロ棋士の公式戦に参加すべきだと考えますか 「人間同士の対局は疲れや勘違いによって逆転する。不利な状況で勝負手を繰り出し相手を動揺させるといった勝負の楽しみがある。スポーツでもミスをしない選手はいない。間違いは恥ではなく逆に面白さを与え、棋譜に味ができるともいえる。だから既存の棋戦にコンピューターが出るのはなじまないのでは。やるなら別の棋戦を作った方がよい」――将棋界は今後、コンピューター将棋とどう向き合うべきと考えますか 「携帯電話やパソコンでネット対局ができ、タイトル戦も動画サイトで中継され人気になっているようにwebと将棋は相性がよく、将棋界の幅が広がるいい傾向にあると思う。電王戦も『黒船襲来』のようにとらえず、プラスに活用することが大切だ。私は以前から自分が指した将棋の棋譜をコンピューターに解析することをやっているが、それによって自分が陥りやすいくせ、ミスが出やすい状況がかなりわかった。現在51歳だが、近年もアマチュア大会で上位入賞できたのはコンピューターを使った取り組みの効果があったと思う。自分がまったく考えない手も提示してくれるし、コンピューターは人間を補助するものとして大変有用なのは間違いない」――人工知能研究の世界ではコンピューターの進化はさらに加速し、2045年ごろには人工知能が人類の知能を超えてしまうと予測する「2045年問題」という議論も出ています 「以前はコンピューターの将棋を見ると、これはコンピューターが指しているとわかることが多かったが、最近はコンピューターに人格があるような錯覚を覚えることがある。例えば局面評価の設定を強気からネガティブに見るように変えた場合、負けるのを怖がるコンピューターが出てくるのかといった疑問も生まれる。映画・2001年宇宙の旅では、意思を持つコンピューターが出てくるが、コンピューター将棋もそのような事態が起きるのか。興味はあるが、怖い気持ちもあります」

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    もはや棋士でも勝てない? 三浦九段の疑惑を招いた驚愕の「AI棋力」

    松原仁(公立はこだて未来大学教授) いま世の中を騒がせている将棋におけるスマホのカンニング問題について考えてみたい。なお、現時点では被疑者はシロと主張していて一部の関係者は限りなくクロに近いと主張していて、シロクロはわからない。以下の議論はこの問題のシロクロには関係ないという前提で進めたい(羽生善治氏が述べたように「疑わしきは罰せず」が大原則と考える)。「第84期棋聖戦」第4局大盤解説会の三浦弘行八段(当時)=2013年7月17日、新潟市岩室温泉の高島屋(瀧誠四郎撮影) 確認しておきたいことは、コンピュータ将棋の能力はすでにプロ棋士を含めた人間を超えているということである。このことは最近のさまざまなデータが証明している。最近のプロ棋士とコンピュータの対戦はコンピュータの性能に一定の制限が設けられている。 そのような制限があってもコンピュータの方が強い(強いというのは全勝するという意味ではなく、勝ち越すという意味である)。性能が高いコンピュータを使えばさらに強くなる。将棋の言い方をするなら香1枚、角1枚は強くなる。制限なしであればコンピュータが人間よりも圧倒的に強いのは明らかである。 トッププロ棋士であればまだ勝てるかもしれないという期待を抱いてはいけない。1勝は挙げることはできるかもしれないが、制限のないコンピュータ相手に勝ち越すことは不可能と言える。将棋関係者にとってはつらいことであろうが、この事実をまず認めなければいけない。いい勝負が演出できるとすれば、それはコンピュータの性能の制限を強くした場合に限られるということである。  このようにコンピュータ将棋が強くなったのはなぜであろうか。2000年代半ばに保木邦仁(現・電気通信大学准教授)が「ボナンザ」というプログラムに将棋で初めて機械学習を取り入れた。プロ棋士の大量(数万局以上)の棋譜から盤面の評価を行う関数をコンピュータが自動的に学習するようにしたのである。その「ボナンザ」がコンピュータ将棋で最強になったことから、他の人たちもこぞって機械学習の手法(ボナンザメソッドと呼ばれる)を取り入れて、それ以降プロ棋士のレベルまで強くなった。コンピュータ将棋はなぜ強くなった プロ棋士のレベルまで強くなるには、いま書いたようにプロ棋士の棋譜からの機械学習が有効だったのだが、コンピュータがプロ棋士のレベルに到達した最近は、プロ棋士の棋譜がコンピュータにとってよい学習データではなくなってきた。プロ棋士には失礼ながら、コンピュータよりも弱い人間の棋譜はもはや参考にならないのである。いまはコンピュータ将棋同士が対戦をしてその棋譜から機械学習をしている(強化学習と呼ばれる手法である)。インターネット上で強いコンピュータ同士が24時間ずっと対局していてコンピュータ同士の大量の棋譜が生産されている。いまはそれが学習データになっているのである。 プロ棋士の棋譜から機械学習をしていたときはコンピュータ将棋は人間のような手を指していた。学習データが人間のものだったので、コンピュータ将棋が人間の定跡をなぞるようになるのは当然であった。いまや学習データはコンピュータ将棋同士の棋譜である。したがって人間とは異なるコンピュータ独自の手を指すようになってきた。最近のコンピュータ将棋の指し手がプロ棋士にとっても意外なものが多いのはそのためである。 2016年3月にコンピュータ囲碁の「アルファ碁」がイ・セドルというトップレベルの棋士に圧勝したが、この「アルファ碁」もコンピュータ将棋同様に強化学習でコンピュータ同士の対戦で強くなったものである。「アルファ碁」もイ・セドルが理解できない手をいくつも打っていたことが知られているが、それは「アルファ碁」がコンピュータ同士で対戦して機械学習をしたことによる。  そのような現状認識に基づけば、コンピュータ将棋を使えば人間よりもよい手を見つけることができるのは確かである。スマホに直接載っている将棋のアプリはパソコンに載っているものよりは弱いが、それでもプロ棋士にとって十分に参考になるレベルだと思われる。またスマホ経由で性能が高いパソコンなどに接続することも技術的に可能である(方法を教えてもらえばそれほど難しくはない)。そうすれば明らかにプロ棋士よりも強い。ということで、スマホの持ち込みが制限されていない状況では、スマホによるカンニングには明らかに効果があり、実行も可能な状況であった。身内の棋士を疑う状況 チェスは20年近く前に世界チャンピオンがコンピュータに負けていて、いまは圧倒的にコンピュータの方が強い。人間同士のチェスの重要な対局は電子機器は持ち込み不可というルールがかなり前から常識になっている。金属探知機で調べることもよくなされている。それでもチェスではスマホなどのカンニングが何度も起きている。  終盤に一手ごとにおなかを壊しているという理由でトイレの個室にこもって出てきて、いい手を連続して指していたプロ棋士がいた。彼は疑われてその個室を調べたら彼のスマホが隠してあって、接続記録を調べたらコンピュータチェスにつながっていて、それと同じ手を指していたことが判明した。彼は当然失格処分になった。将棋もチェスにならってスマホ持ち込み禁止のルールにしておけばよかったのだが、身内の棋士を疑うようで嫌だ、コンピュータより弱いことを公式に認めるようで嫌だ、などの理由で見送りになっていた。今回、カンニング問題が起きてみると、将棋界も数年前にはルール化しておくべきであった。いままさに身内の棋士を疑う状況になってしまっているのである。 人工知能はあくまで人間の道具であり、人工知能が進歩することによって人間はよりよい生活が営めるようになるはずである。しかし人工知能の進歩の過程でそれを人間が受け入れるには一定の時間がかかると思われる。その途中にはさまざまな不具合が起きる可能性がある。今回のカンニング問題もその不具合の一つである。この問題を貴重な教訓として人間と人工知能がうまく折り合いをつける方策を考えていきたい。

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    もはや棋士でも勝てない? 三浦九段の疑惑を招いた驚愕の「AI棋力」

    松原仁(公立はこだて未来大学教授) いま世の中を騒がせている将棋におけるスマホのカンニング問題について考えてみたい。なお、現時点では被疑者はシロと主張していて一部の関係者は限りなくクロに近いと主張していて、シロクロはわからない。以下の議論はこの問題のシロクロには関係ないという前提で進めたい(羽生善治氏が述べたように「疑わしきは罰せず」が大原則と考える)。「第84期棋聖戦」第4局大盤解説会の三浦弘行八段(当時)=2013年7月17日、新潟市岩室温泉の高島屋(瀧誠四郎撮影) 確認しておきたいことは、コンピュータ将棋の能力はすでにプロ棋士を含めた人間を超えているということである。このことは最近のさまざまなデータが証明している。最近のプロ棋士とコンピュータの対戦はコンピュータの性能に一定の制限が設けられている。 そのような制限があってもコンピュータの方が強い(強いというのは全勝するという意味ではなく、勝ち越すという意味である)。性能が高いコンピュータを使えばさらに強くなる。将棋の言い方をするなら香1枚、角1枚は強くなる。制限なしであればコンピュータが人間よりも圧倒的に強いのは明らかである。 トッププロ棋士であればまだ勝てるかもしれないという期待を抱いてはいけない。1勝は挙げることはできるかもしれないが、制限のないコンピュータ相手に勝ち越すことは不可能と言える。将棋関係者にとってはつらいことであろうが、この事実をまず認めなければいけない。いい勝負が演出できるとすれば、それはコンピュータの性能の制限を強くした場合に限られるということである。  このようにコンピュータ将棋が強くなったのはなぜであろうか。2000年代半ばに保木邦仁(現・電気通信大学准教授)が「ボナンザ」というプログラムに将棋で初めて機械学習を取り入れた。プロ棋士の大量(数万局以上)の棋譜から盤面の評価を行う関数をコンピュータが自動的に学習するようにしたのである。その「ボナンザ」がコンピュータ将棋で最強になったことから、他の人たちもこぞって機械学習の手法(ボナンザメソッドと呼ばれる)を取り入れて、それ以降プロ棋士のレベルまで強くなった。コンピュータ将棋はなぜ強くなった プロ棋士のレベルまで強くなるには、いま書いたようにプロ棋士の棋譜からの機械学習が有効だったのだが、コンピュータがプロ棋士のレベルに到達した最近は、プロ棋士の棋譜がコンピュータにとってよい学習データではなくなってきた。プロ棋士には失礼ながら、コンピュータよりも弱い人間の棋譜はもはや参考にならないのである。いまはコンピュータ将棋同士が対戦をしてその棋譜から機械学習をしている(強化学習と呼ばれる手法である)。インターネット上で強いコンピュータ同士が24時間ずっと対局していてコンピュータ同士の大量の棋譜が生産されている。いまはそれが学習データになっているのである。 プロ棋士の棋譜から機械学習をしていたときはコンピュータ将棋は人間のような手を指していた。学習データが人間のものだったので、コンピュータ将棋が人間の定跡をなぞるようになるのは当然であった。いまや学習データはコンピュータ将棋同士の棋譜である。したがって人間とは異なるコンピュータ独自の手を指すようになってきた。最近のコンピュータ将棋の指し手がプロ棋士にとっても意外なものが多いのはそのためである。 2016年3月にコンピュータ囲碁の「アルファ碁」がイ・セドルというトップレベルの棋士に圧勝したが、この「アルファ碁」もコンピュータ将棋同様に強化学習でコンピュータ同士の対戦で強くなったものである。「アルファ碁」もイ・セドルが理解できない手をいくつも打っていたことが知られているが、それは「アルファ碁」がコンピュータ同士で対戦して機械学習をしたことによる。  そのような現状認識に基づけば、コンピュータ将棋を使えば人間よりもよい手を見つけることができるのは確かである。スマホに直接載っている将棋のアプリはパソコンに載っているものよりは弱いが、それでもプロ棋士にとって十分に参考になるレベルだと思われる。またスマホ経由で性能が高いパソコンなどに接続することも技術的に可能である(方法を教えてもらえばそれほど難しくはない)。そうすれば明らかにプロ棋士よりも強い。ということで、スマホの持ち込みが制限されていない状況では、スマホによるカンニングには明らかに効果があり、実行も可能な状況であった。身内の棋士を疑う状況 チェスは20年近く前に世界チャンピオンがコンピュータに負けていて、いまは圧倒的にコンピュータの方が強い。人間同士のチェスの重要な対局は電子機器は持ち込み不可というルールがかなり前から常識になっている。金属探知機で調べることもよくなされている。それでもチェスではスマホなどのカンニングが何度も起きている。  終盤に一手ごとにおなかを壊しているという理由でトイレの個室にこもって出てきて、いい手を連続して指していたプロ棋士がいた。彼は疑われてその個室を調べたら彼のスマホが隠してあって、接続記録を調べたらコンピュータチェスにつながっていて、それと同じ手を指していたことが判明した。彼は当然失格処分になった。将棋もチェスにならってスマホ持ち込み禁止のルールにしておけばよかったのだが、身内の棋士を疑うようで嫌だ、コンピュータより弱いことを公式に認めるようで嫌だ、などの理由で見送りになっていた。今回、カンニング問題が起きてみると、将棋界も数年前にはルール化しておくべきであった。いままさに身内の棋士を疑う状況になってしまっているのである。 人工知能はあくまで人間の道具であり、人工知能が進歩することによって人間はよりよい生活が営めるようになるはずである。しかし人工知能の進歩の過程でそれを人間が受け入れるには一定の時間がかかると思われる。その途中にはさまざまな不具合が起きる可能性がある。今回のカンニング問題もその不具合の一つである。この問題を貴重な教訓として人間と人工知能がうまく折り合いをつける方策を考えていきたい。

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    将棋界に世代交代の波? 「羽生世代」は曲がり角の時期なのか

    (THE PAGEより2016年7月25日分を転載) 将棋のトップ棋士、羽生善治三冠(45)が「不調」ではないかと、棋界で話題になっています。2016年に入り、王将戦の挑戦に失敗。自身ワーストとなる公式戦6連敗もあり、5月には28歳の若手、佐藤天彦八段(当時)を挑戦者に迎えた名人戦も1勝4敗で敗退、名人位を失いました。現在、防衛戦を行っている棋聖戦、王位戦もこれまでの羽生三冠らしからぬ将棋内容が目立っています。また、同年代のライバルで、十八世名人資格保持者の森内俊之九段(45)、永世棋聖資格保持者の佐藤康光九段(46)も、今年度は大きく負け越しています。元「週刊将棋」編集長の古作登氏(大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員)は「長きにわたって君臨した羽生世代だが、曲がり角の年齢に来たのではないか。ここ1年が羽生世代の分水嶺になる年になるかもしれない」とみています。『ヒカルの碁』に続くか? 囲碁マンガ『星空のカラス』 羽生三冠は史上3人目の中学生棋士としてプロデビュー。19歳で初タイトルとなる竜王を獲得し、翌年失冠したものの、4か月後には棋王を奪取。以後約25年間にわたり常にタイトルを持ち続けています。1996年には七大タイトルの独占を達成、これまでの通算獲得タイトル94期と歴代1位で史上最強の棋士ともいわれます。また、苦手戦法がないオールラウンダーぶりが強さの背景にあり、終盤の意表をつく勝負手で数々の逆転劇を起こしていることから「羽生マジック」とも呼ばれました。過去にもタイトルの増減はあったものの、一度失ったタイトルを再び取り返す姿も目立ち、成績が大きく落ち込んだことはありませんでした。羽生善治棋聖=7月1日、新潟市 しかし、2016年に入り、2勝1敗でリードしていた王将戦で3連敗し、挑戦に失敗。さらに名人戦では第2局で詰みがあった局面で詰みを逃して逆転負け。そのまま1勝4敗で敗れました。また若手の永瀬拓矢六段(23)の挑戦を受けている棋聖戦も2勝2敗と接戦。7月に始まった王位戦も初戦を落としています。棋聖戦第1局では無理と見られた攻めに出て、そのまま投了。第3局も逆転負けで、解説者からは「珍しいものを見た」という声も聞かれました。 7月22日現在の羽生三冠の2016年度の成績は7勝10敗。また森内九段は3勝7敗、佐藤九段は3勝7敗で、過去高勝率を誇った3人の成績としてはかなり厳しい数字といえます。「知の格闘技」コンディション維持が必要 古作氏は「名人戦は詰みを逃したのが明らかに影響し、そのまま敗れた印象が強い。ほかでも羽生さんのパンチが届かないまま終わった将棋も見られる」と指摘。 「長年複数タイトルを保持し、厳しい戦いを続けた“勤続疲労”がいよいよ出てきたのではないか。谷川浩司九段(十七世名人資格保持者)、中原誠十六世名人も45歳前後でタイトル戦線から遠ざかった。羽生さんも45歳で曲がり角の時期といえる。将棋は知の格闘技であり、トップを維持するにはコンディショニングが大事。その面で20歳代から30歳代前半の若手と比べ、40歳代中盤の不利は否めない。羽生世代がここ1年どう戦っていくか大変注目される」と話しています。羽生善治棋聖に永瀬拓矢六段が挑む将棋のタイトル戦 「第87期棋聖戦五番勝負」最終第5局。勝利した羽生棋聖 =8月1日、新潟市西浦区の高島屋 一方で、羽生三冠は最強のコンピューターソフトと対決するプロ棋士代表を決める棋戦「叡王戦」への参加を表明したことでも話題になりました。叡王戦はエントリー制で、羽生三冠は昨年の第1回は不出場。今季も参加を見送るという見方が多く、エントリー表明は波紋を呼びました。現在叡王戦では予選を突破し、決勝トーナメントに進出しているだけに、将棋ファンの間ではソフトとの対決への期待感は高まっています。「羽生さんの気持ちの中に、複数タイトルを保持している状態でソフトと対決したいという意識があるのかもしれない」(古作氏)。 棋聖戦第4局は羽生三冠が快勝してカド番をしのぎ、8月1日に決戦の最終局を迎えます。さらに初戦敗れた王位戦、9月からは王座戦と防衛戦が続き、その合間にもほかの棋戦と過密日程が続きます。大山康晴十五世名人は69歳で亡くなるまで将棋界トップのA級を維持し、56歳でタイトルを獲得、66歳でもタイトルに挑戦するなど超人的な活躍を残した棋士もいるだけに、今後羽生三冠が調子を立て直し、さらに伝説を残していくのか。ついに若手世代がタイトル戦線の主役となるのか注目されます。

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    「スマホ不正」で大荒れの将棋界 状況証拠だけの糾弾でいいのか

    ないかと思います。機器利用を法で禁じた例もある ちなみに、法律の元で運営がなされるカジノの世界では、ゲームを有利に進めることの出来るこの種の機器の利用が明確に法律で禁止されている国や地域もあります。以下、ネバダ州法465からの転載。「ゲームを有利に進めることの出来る機器、ソフトウェア、およびハードウェアの保持および利用の禁止」 運営免許を保持するゲーミング施設内で提供されるゲーム、もしくは免許保持者およびその関係者から提供されるゲームを有利にプレイすることを目的としてデザイン、制作、改良、およびプログラムされたコンピュータ、電子機器、機器的装置、もしくは如何なるソフトウェア、ハードウェア、およびそれらの組合せとなるものを利用、所持した人間、およびそれらをもって第三者をアシストしようとすることは違法である。それら機器には以下のようなものを含む: 1. ゲーム結果の確率を予測するもの 2. すでに利用されたカード、もしくはこれから使われるカードを記録する 3. ゲームに関連する事象の発生確率を分析する 4. ゲーム内のプレイや賭け手法の戦略を分析する 但し、委員会より許可・認証された機器の一環として提供されているものは除外する。 カジノゲームにおいてもブラックジャックやポーカーなどではこの種の機器を利用すると有利にプレイができるゲームもありますが、これら機器をカジノ内で利用して遊ぶことは違法となる(少なくともネバダ州では)のでご注意下さい。(公式ブログ 2016年10月20日分を転載)

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    感情と無縁のコンピューター「将棋」は本当に強いと言えるのか

    い換えると、「1人対多数のパソコン」なわけで、多勢に無勢のようにも思う。将棋は、極論すると「選択肢のゲーム」なので、駒をどう動かすとどうなるかであり、原因と結果が予測しやすい。それゆえ、コンピュータで計算できるものだ。  その選択肢を、「1秒間に約2億7000万局面」も計算できるのであれば、人間のプロ棋士といえどもかなわない気がする。人間では、数十局面くらいしか読めないのではないだろうか? というか、人間同士の対戦の時は、選択肢はもっと少ないように思う。  また、人間の棋士には「感情」があり、劣勢になったときには焦りや緊張感によって、冷静な判断力が失われる場合もあるだろう。対して、コンピュータは感情とは無縁であり、ただ、ただ次なる最適の選択肢を計算するだけだ。コンピュータが強かったのは事実だろうが、それは人間ゆえのハンデがあったからではないだろうか?「PONANZA」に敗れた山崎隆之八段=4月10日、岩手県平泉町  ランダムな要素が入る、「ポーカー」や「花札」だと、コンピュータは苦手だ。たとえ量子コンピュータが実現したとしても、「ポーカー」や「花札」は確率や運が左右するため、コンピュータが必ず勝てるわけではない。  「花札」といえば、アニメ映画「サマーウォーズ」での対戦シーンが印象的だった。物語中にはスパコンも登場するが、スパコンであってもランダムな確率が左右するゲームでは、常に有利とは限らない。確率そのものはコントロールできないからだ。コンピュータ知性と対決するために「花札」を選んだのは、人間の感情的なハンデをクリアする上で、最適な方法だともいえる。「将棋」を選んでいたら、確実に負ける(笑)。  この電王戦は、いわば無差別級の格闘技みたいなもので、人間がゼントラーディ(超時空要塞マクロス)の巨人と戦っているようものだ(笑)。ソフトを作っているのは人間だから、いかにアルゴリズムを組むかという作り方も問題ではあるが、ハードの処理能力が桁違いに大きければ、複雑なプログラムを組んでも瞬時に結果を出せてしまう。 F1にはレギュレーションがあるように、電王戦にもある程度の制限は必要なのかもしれない。ハードのスペックが無制限だったら、いくらでも計算能力を高めることができてしまうからだ。(公式ブログ 2013年4月22日分を転載)

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    疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」

     将棋界で最高段位の九段にあるプロ棋士が起こした“カンニング騒動”。渦中の三浦弘行九段(42)は反論文で身の潔白を訴えるなど混迷を深めている。 三浦九段は対局中に席を離れ、スマホで将棋ソフトを使ってカンニングしたとの疑いで、10月12日に日本将棋連盟(以下、連盟)から今年12月末までの出場停止処分を受けた。三浦九段は、竜王戦(主催・読売新聞社)の挑戦権を獲得したが、10月15日の開幕目前に処分を下され、挑戦者は差し換えられた。2016年将棋日本シリーズの開催記者発表会に出席した2015年JT杯覇者の三浦弘行氏=東京都渋谷区 竜王戦中止という“最悪の事態”を免れた読売と違い、“災難”が降りかかってきたのがNHKだ。処分が発表された時点で毎週日曜日に放送しているNHK杯将棋トーナメントの三浦九段と橋本崇載八段(33)の対局を収録済みで、10月23日に放送予定と公表してしまっていた。 しかも橋本八段は、処分発表翌日にツイッターで〈(三浦九段を)1億%クロだと思っている〉と投稿(現在は削除)。橋本八段を直撃すると、「今回の騒動で将棋界に対するイメージダウンは避けられず、ただただ残念です」と語るのみ。あるNHK関係者は「竜王戦に配慮してあのタイミングの処分だったのだろうが、NHK杯はおかしなかたちで注目されてしまい、赤っ恥ですよ」とため息をつく。 処分発表に先立って連盟から連絡や相談があったのかについて、NHKは、「ありません」(広報局)と回答した。 三浦九段はいま、何を思うのか。群馬県高崎市の自宅は留守のままだった。三浦九段の親戚はこう明かす。「疑惑が出た直後には、電話で『俺はやっていないし、(竜王戦挑戦を)辞退するといった覚えもない』といっていた。いまはまったく連絡が取れない状態で、思い詰めて変な気を起こしていないか心配です」 連盟とスポンサーであるメディアまで巻き込んだ騒動は、棋界の姿を大きく変えることにもなりそうだ。 連盟はすでに対局中のスマホなど電子機器の持ち込みを禁止する内規を12月から導入することを決定した。『ドキュメント・コンピュータ将棋』(角川新書)などの著書のあるライター・松本博文氏はこう語る。「今回、三浦九段の疑惑で『離席』に白い目が向けられるようになりましたが、かつては、連盟の会長も務めていた大山康晴・15世名人(享年69)は、対局中に離席して会長としての事務処理作業をこなし、それでもなお対局に勝っていたという逸話もある。そうした棋士の人間味を表わすようなエピソードはもう生まれないかもしれません」 将棋界は、大きな分岐点に立っている。関連記事■ 将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」■ 将棋界激震のカンニング疑惑 囲碁界は大丈夫か■ 佐藤紳哉六段 電王戦でカツラがズレること心配し着用を迷う■ 大忙しの加藤一二三九段の一日と対局中に定食2つ完食の伝説■ 羽生善治の強さの秘密を最古参棋士加藤一二三九段が論じた書

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    将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」

    「九段」という将棋界で最高段位にあるプロ棋士が起こした“カンニング騒動”。渦中の三浦弘行九段(42)は反論文で身の潔白を訴え、将棋連盟やスポンサーもそれぞれの思惑を抱えて大混乱に陥っている──。 対局中に席を離れ、スマホで将棋ソフトを使ってカンニングしたとの疑いで、10月12日に日本将棋連盟(以下、連盟)から今年12月末までの出場停止処分を受けた三浦九段。疑惑が出始めたのは、今年夏のことだった。「対局中に頻繁に席を立つようになり、『三浦九段は将棋ソフトを見ているのではないか』という噂が流れ始めた。8月には全棋士に対して『対局中の離席を控えるように』との通知が出されたが、それは三浦九段への警告の意味が含まれていたと思う。実際に7月以降の主要な対局における三浦九段の指し手をある強豪ソフトで解析してみると、不自然なまでに指し手が一致していた」(連盟関係者)『ドキュメント・コンピュータ将棋』(角川新書)などの著書のあるライター・松本博文氏が解説する。「関係者の間で話題となったのが、7月26日、棋界最高位である竜王戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝です。終盤、三浦九段は離席から戻った後、『6七歩成』という一手を指します。 その一手は、一見すると自玉が危うくなるように見えるものの、先の先まで読んでいくと勝ちにつながるという、プロでもなかなか指せない一手で、その“超人的な読み”がきっかけで、対局相手や周囲から疑念を抱かれるようになった」 三浦九段は棋界の“トップ10”である順位戦A級棋士だが、「パソコン上で動くソフトは以前から、明らかにプロ棋士よりも強い。そして現在、スマホ上で動くソフトであっても、やや力は落ちるものの、それでも十分に強い」(同前)という現実があるからこそ生まれた疑惑だった。疑問を完全否定 7月の疑惑の一局後もトーナメントを勝ち進んだ三浦九段は、竜王戦の挑戦権を獲得。しかし、10月15日の開幕目前に処分を下され、挑戦者は差し換えられた。 三浦九段は10月18日、弁護士を通じて一連の疑惑は〈全くの濡れ衣〉とする反論文を発表。同じ日に『NHKニュース7』の独占インタビューに応じ、「対局中に絶対にソフトを使っていませんし、そもそもスマートフォンに分析ができる将棋ソフトが入っていません」 と、疑問を完全否定した。 一方、2日後の20日には、10月3日の対局で三浦九段に敗れた渡辺明竜王(32)がカンニング疑惑について「間違いなく“クロ”」と断定する実名告発を掲載した『週刊文春』が発売された。 こうした批判の応酬となるのは、ソフトと三浦九段の指し手の一致率といった状況証拠はあるものの、物証はゼロだからだ。そうした状況でなぜ、連盟は出場停止処分に踏み切ったのか。前出・松本氏がいう。「竜王戦七番勝負の開幕直前に疑惑が浮上したことで、連盟は厳しい選択を迫られた。開幕後に疑惑が表沙汰になれば、竜王戦が中止に追い込まれかねない。そうなると、主催者であり、3億円以上もの多額の契約金(そのうち優勝者賞金は4320万円)を拠出する読売新聞社に対しても言い訳できない状況になる」 それを避けるために、急な処分となったとみられているが、連盟はこう説明する。「三浦九段が疑念を持たれた状況では対局できないので(竜王戦を)休場したいと申し出てきた。それで休場届を出すように伝えたが提出されなかったため、出場停止処分とした」(広報課)関連記事■ 将棋界激震のカンニング疑惑 囲碁界は大丈夫か■ ラーメン大好き小池都知事 野方ホープ全部のせ完食■ 将棋・橋本崇載八段 二歩の直前は「究極の一手を探してた」■ 将棋界を騒然とさせた羽生善治「3連続上座奪取事件」を回顧■ 関東連合元最高幹部が実名告白「逃げてると思われるのが嫌」

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    「ポケモンGO」は世界を制したクソゲー ハリボテだから飽きられる

    イ。 ポケモンというコンテンツの活用、Googleから独立した米国企業とのコラボ、据え置き型や携帯型ゲーム機ではなくスマホを利用したこと、リアルとバーチャルの融合、外に出て遊ぶスタイル、地域振興への貢献の可能性、誰にでも遊べるゲームシステム、「ガチャ」などに頼らない課金システム、グローバルなコンテンツなど、同作品が評価される点も皆さんご存知のことだろう。批判や懸念は大衆が熱狂している証 そして、一部は前述したが、熱中しすぎてマナーが問題となること、犯罪の機会が生まれてしまうこと、「不謹慎」と言われそうな場所でのプレイが問題となることなども、すでに指摘されてきたとおりだ。これまた、「不謹慎」な言い方ではあるが、このような批判や懸念が生まれるのは、同作品がブームになっていること、大衆を熱狂させる商品・サービスであることの証拠だろう。これは今に始まったわけではなく、子供や若者を熱狂させるコンテンツというのは、社会現象になる一方で、社会問題にもなるものだ。 思えば、『仮面ライダー』やプロ野球のカードがついてくるポテトチップスがブームになった頃は、お菓子を食べずに捨てることが問題となった。「ビックリマンチョコ」だってそうだ。ファミコンが流行した頃は、ゲームに熱中しすぎることが問題となり、「ファミコンは一日、一時間」というマナーを名人が啓蒙活動を行うなどの取り組みも行われた。販売手法でも、人気タイトルとの「抱き合わせ販売」が問題となった。『機動戦士ガンダム』のプラモデルが流行した時には、売り場で将棋倒しが起きた。 この手の問題というのは、一部、注目が集まるがゆえに必要以上に可視化されることだってある。時にそれはネガティブキャンペーンのようなものになる。「成人式、荒れる若者たち」なんていう絵を撮るために、その手の問題がいつも起こっているエリアでカメラをスタンバイするようなものだ。だいたい、ポケモンGOが助長している側面はあるとはいえ、歩きスマホはもともと問題なのである。ポケモンGOの問題と、切り分けづらいものであることも意識しなくてはならない。 やっと本題だ。身も蓋もない話だが、ポケモンGOがスゴイのは「世界を制したクソゲー」だということだ。「クソゲー」とは何か? 面白くないもの、ゲームの設定や難易度に無理があるものなどのことを指す。産経新聞のような全国紙が運営するサイトでお下品な言葉を使うことは大変に緊張してしまったが、この現象を説明するためにこれほど最適な言葉はないのでご容赦頂きたい。『ポケモンGO2』こそ本物である 率直に、私はあっという間に飽きてしまった。東京の下町に住んでいるが、見渡すかぎり、ポケスポットはあまりなく、ゲームもポケモンと出会ったらボールを投げるだけ。たまに、動作が不安定だったり、現在地がずれたりもする。バッテリーの関係もあるので、スマホを起動させ続けるわけにもいかない。なんせ、『ポケモン』のことを知らない。どれがレア物のポケモンなのかも分からない。我々中年にとっては、ピカチュウよりも生中なのである。 実際、いくつかの報道ではもう海外でも日本でも飽き始めているユーザーがいることが指摘されている(もっとも、米国でも日本でもTwitter並みのアクティブユーザー数だという報道もあるが)。私もとっくに飽きてしまった。移動中に、「ちょっと起動してみようか」というくらいで、最近ではやっていたことすら忘れてしまった。飽きさせない仕掛け、畳み掛けるようなイベント設定などが弱かったと言えないか。リアルとネットの融合と言われていたが、ハリボテ感にもがっかりしてしまった。ARとVRは違うのだ。東京都墨田区の公園で「ポケモンGO」に熱中する人々 あっという間に世界を熱狂させ、株式市場にも期待感が広がったこと、街や電車でもプレイする人をよく見かけることなど、メディアでいつも取り上げられていることなどを見ると、社会現象であることは間違いないのだが。何がスゴイかというと、クソゲーなのに世界を制してしまったことではないか。 私は「ポケモンGO2」的なものこそ、本命だと見ている。強力なキャラパワーやスマホのテクノロジーを活かし、ネットとリアルを融合させた、グローバルにウケるコンテンツが今後、登場することだろう。 というわけで、ポケモンGOは世界を制覇したクソゲーとして語り継がれるだろう。そして伝説へ、というわけだ。「バンゲリング・ベイ」も「いっき」も「たけしの挑戦状」もやりようによっては世界を制したのではないかと思えてきた、という四十男にしか分からないネタで本稿を締めくくることにしよう。

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    「ポケモンGO」がすぐに飽きられた理由

    熱が冷めてしまいました。いまだ話題は尽きないようですが、こんなにも早く飽きが来るのには、どうやらこのゲームならではの理由もあるようで…。

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    「ポケモンGO」なんぞ生ぬるい!

    らすれば、スマホでピカチュウとかイーブイを捕獲できるという『ポケモンGO』はまさしく我が意を得たりのゲームであり、すわ『ポケモンGO』ブームと聞いて早速DL(ダウンロード)を試みようと思ったができない。 どうも、私の使っているKDDIのアローズFJL22という機種は、『ポケモンGO』に非対応とある。高い金を払い機種変をしてまでやるつもりもないし、さりとて逡巡していると任天堂の業績には影響限定と報道され、くだんの会社の株価はS安になるわ、7月半ばから2週間と経たないうちに「ブームは下火」の報道。そこへきて『ポケモンGO』狂騒も7月最後の都知事選投開票の話題で消し飛んだ格好。急激なブームを迎えるゲームは、そのブームの終焉もまた急激だ。『たまごっち』をめぐる狂騒、『たまごっち』欲しさから全国で恐喝や窃盗、強盗の犯罪事案が相次いだ先行事例をもうお忘れか。 しかしもはや消え入りつつある『ポケモンGO』だが、普段ゲームなど無頓着な御仁が、したり顔で「人種や国籍を超えて世界に広がるゲームは初めて」などという趣旨で論評しているから胸糞が悪い。「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」は『ポケモンGO』が初めてではないぞよ。当然、『マリオ』シリーズはもとより、アーケードの『ストリートファイター』も1980~90年代当時、人種や国籍を超えて世界に広がった日本産ゲームである。 だがやはり、「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」の金字塔といえば、SLG(シミュレーションゲーム)の類であろう。代表的なものは『シムシティ』。米企業マクシスが1989年に発売したこのゲーム、ゼロから自分の描いた街を創造するSLGの金字塔であり、いまなお後継シリーズが発売され、世界中に山のような愛好家がいる。人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム SLGに共通する特徴だが、ユーザーが自分勝手にMOD(改変データ)を付け加えられる、という点だ。シムシティシリーズでは特に『シムシティ4』でユーザー発のMODが頻繁に交換され、世界中のユーザーが競ってMODを導入した。 例えばドイツのユーザーはドイツ風の古城MODを自作して頒布、日本のユーザーなら「昭和風街並み」「京都風街並み」などのMODを自作頒布するといった具合で、世界共通のコミュニティサイトもできた。まさに「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」こそシムシティである。筆者も、何千年時間プレイしたかわからない(数十万人都市として繁栄した後で、自然災害で街を全部ぶち壊す楽しみも世界共通のようだ)。 さらに「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」でいえば、『シヴィライゼーション』シリーズと、『エイジ オブ エンパイア』シリーズは外せない。前者はターン制ストラテジーゲーム、後者はリアルタイムストラテジーゲームで、プレーヤーが選択する文明の指導者になり切り、戦争や外交で自文明を勝利に導くというもの。独仏米英中露日印韓といった主要文明・国はもとより、イロコイやアラブ、ソンガイ王国など「人種や国籍」のバランスに慎重に配慮したゲームになっている。それがゆえに、「欧米偏重」などという謗りを受けることなく、世界中で「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」として愛され続けている。 この両作も筆者はそれぞれ何千時間プレイしたかは知らないが、特に『エイジ オブ エンパイア』シリーズではリアルタイムの通信対戦が可能なことから、様々な国の廃人ゲーマーと対戦する機会を得た。 すると、同じゲームのユーザーとは不思議なもので、人種も国籍も違うのにある種のコモンセンスが共有されるのである。たとえば「ラッシュ禁止」というユーザールール。ラッシュとは、文明が十分に育っていない段階で敵対ユーザーの根拠地に機動性のある騎兵やそれに随伴した歩兵集団などを侵攻させ、かの地を根こそぎ凌奪する行為であり、これを行うことは著しいゲームバランスの欠如を生むことから厳禁とされた。言葉も文化も違う日本とウクライナのユーザーが、共にこのルールを守るのだから、ゲームというのはつくづくかすがいであるなと思う。食指が向くまでもなくブームは終わる このほかにも、第二次大戦を舞台とした『ハーツ オブ アイアン』(パラドックス)があるが、これはもう、世界共通に廃人を生み出しているゲームなので本当にやめた方がよい。筆者は1936年の日本でプレイして徐々に政体スライダーを民主制に傾けていく王道プレイが好きなのだが、うっかりすると原稿をほっぽり出して数日間プレイしてしまうという、国際的にある意味危険極まりないゲームである。 このゲームも、世界中のありとあらゆる国家の指導者になり切ることができ、例えばブータン国王やフィンランド首相として第二次大戦を生き延びることが可能な、無限の可能性を秘めたストラテジーゲームの傑作であり、ユーザーによるさまざまなMODが準備、頒布されているのである。 と、勢い「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」を俯瞰してみたが、どれも共通しているのはゲームとしての完成度が高く、そしてユーザーによるMODを許可しているという点だ。熱心なユーザーは、開発者が用意した既存の枠組みでは物足りなくなり、必ずセルフ・カスタマイズを要求する。「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」は、必ずMOD導入の自由度が高い。 それに比して『ポケモンGO』は、聞くところによるとMOD導入は可能なようだが、どの程度なのかは疑わしい。が、不可能ではないようだ。問題はそのMODのバリエーションの多寡だが、そもそも『ポケモンGO』を全然プレイしていない筆者は、その評価が判然とせぬ。 どのみち、「1936年シナリオのスペイン(フランコ派)プレイで英仏領アフリカに装甲車付き民兵師団で侵攻し、ラテンによる有色人種の解放を目指すフランコ版八紘一宇プレイ」等というめちゃくちゃな国策にヒャッハーしている重度の「ハーツ オブ アイアン」オタの筆者(あるいは、アルゼンチンプレイで速攻枢軸入りし、ブラジルをボコって南米統一プレイも)からすると、若干生ぬるくも見える『ポケモンGO』などに食指が向かうまでもなく、そうして向かうまでもないうちにブームも終わっていくというのであるから、ここは自然の摂理に任せ悠々静観するのが吉と思う。

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    「親日派GO」誕生!? 世界的なポケモンGO旋風に焦る韓国

    と判明。この噂はあっという間に広まり、ちょうど学校が夏休みに突入した時期であったことも重なり、多くのゲームファン、ポケモンファンが該当地域に殺到した。東海岸地域は突然の「特需」に沸いている。 ポケモンGOを観光客誘致に利用しようと、市を挙げてSNSを通じた広報活動に乗り出したのは東海岸に位置する束草市である。束草(ソクチョ)市は海水浴場で有名な観光地だが、現地のリゾート地やカフェでは近くでモンスターが出ますと大々的に宣伝し、ポケモンGOユーザーを誘っている。安全に気を付けることを訴える横断幕。束草警察署が設置したもの韓国がポケモンGOを産み出せない理由「コンテンツ不在」 ポケモンGOが世界的旋風を巻き起こすと、スマートフォンやオンラインゲームの開発において実績を残していると自負する韓国では「なぜ我々はあのようなゲームを作れなかったのか?」、「韓国のゲーム業界は何をしていたのか?」と批判の声が上がった。 厳密にいえばポケモンGOを開発した会社は、日本ではなくアメリカのナイアンティック(Niantic) 社だ。だが「日本」が関わる競争には、負けることを何よりも悔しがるのが韓国である。日本で誕生したポケットモンスターというコンテンツに世界中が熱狂している、という事実に我慢ならないのは当然だ。 そしてここで多くの韓国人が示す反応は、いつも通りの、それである。世界が共感できるコンテンツを作れるか つまり「拡張現実(Augmented Reality)を利用したコンテンツ開発は韓国が先に行い、既にいくつもの試みがなされていた」などと負け惜しみと取られてもやむを得ないような開き直りをみせるか、「ゲームに対する政府の行き過ぎた規制(利用可能年齢、時間などに対する規制)が、ゲーム業界の発展を阻害している」などと誰かのせいだと宣伝してみせるのだ。あるいは、韓国生まれの人気のアニメキャラクター「ポロロ」や「タヨ」のようなコンテンツを利用した「韓国版ポケモンGO」を作るべきだと「純韓国産」に固執したオーダーを声高に叫んでみたりする。 もっとも、今回の一件に関しては冷静に分析する声も少なくない。これらの声に共通して聞かれるのは「コンテンツの不在」という問題だ。ポケットモンスターはここにきて急ごしらえで作られたコンテンツではない。長い時間をかけ、数多くのキャラクターとストーリーが蓄積され、ゲームになるずっと前から全世界の子供たちから愛されていたキャラクターだ。果たして韓国にそのようなコンテンツがあるだろうか、という議論がなされているのである。 韓国はゲーム産業が活況だ。韓国の代表産業の一つと言っても過言ではなく、優秀な開発者も少なくない。彼らが総力を挙げて取り組めば韓国も短期間のうちにポケモンGOと同じような形式のゲームを作り上げることだってできるかもしれない。だが問題は、韓国には世界に通用するコンテンツがないという点だ。ポケモンGOも、ポケットモンスターという抜群の認知度、人気を持つコンテンツが存在しなかったのならば、ここまでの人気を博すことはできなかったことは間違いない。世界が共感できるコンテンツを作れるか 日本にはポケットモンスター以外にも、ドラゴンボール、NARUTO、ワンピースなど、世界的人気を誇るコンテンツは枚挙に暇がないほど存在する。それは日本の漫画、アニメ産業とそのファンたちが数十年間かけて作り上げてきた財産ともいえる。一方、韓国には、残念ながら世界中から愛されていると言えるキャラクターがいない。国内で人気を博し、愛されているキャラクターはいるが、世界の市場にアピールするためにはまだ力不足だというのが実情だ。 大手芸能事務所が育て上げたアイドルグループや、政府が国を挙げて広報し、世界化に向けて力を注いでいる韓流ドラマの中には、世界の市場にアピールできていると評価できるものもあるかもしれない。だが、ポケットモンスターのようなキラーコンテンツは短期間のうちに作り出せるようなものではない。「親日派GO」を作る?「親日派GO」を作る? そんな焦りと苛立ちの副作用だろうか? コンテンツ不足の韓国ゲーム業界からびっくりアイディアが飛び出した。拡張現実の世界で「親日派」を捕まえる「親日派GO」を作ろうというアイディアだ。釜山地域の地方紙、国際新聞は以下のように伝えている。 一部開発者たちは親日派を処断するゲームの「親日派GO」の開発を前向きに検討している。韓国社会の広範囲に散らばっている親日派を処断するというテーマは、ゲームをする動機づけとして確かなものであるのみならず、教育的効果もあるとの判断からだ。親日人名辞典を使えば名誉棄損だと問題になることもないだろう。(2016年7月21日国際新聞) 2009年、民間研究機関である民族問題研究所が編纂した「親日人名辞典」を活用し、親日派を捕らえるゲームを作ろうという提案だ。親日人名辞典に登録されている「親日派」は全部で4776名。ポケモンGOに登場するモンスター約150種類であるから、その数は確かに「豊富」ともいえる。 しかし、親日派を見つけ出して「処断」するなどという怒りと復讐心を煽るようなコンテンツが海外に通用するなどと、彼らは本気で信じているのだろうか? むしろ韓国が憎悪を助長しているとの汚名を着せられるだけではないだろうか? もちろん、構想段階の「びっくりアイディア」の中の一つに過ぎないが、このような発想をしている中から、世界中から愛されるコンテンツが産み出せるのか、甚だ疑問である。韓国社会に足りないのはポケットモンスターのような「コンテンツ」ではなく、世界の老若男女が共感することのできる価値観や世界観であり、そしてそれを漫画やゲームの世界で丁寧に再現するために努力する「モノづくりのこころ」ではないだろうか?

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    「ポケモンGO」で救われる人と地獄に落ちる人

    喚起を行っています(内閣サイバーセキュリティセンターから「ポケモントレーナーのみんなへのお願い」。 ゲームはなぜ面白いのか・ポケモンGOの魅力 そもそもゲームはなぜ面白いのか。心理学的には、主に3つのことが考えられます。  1.いつもチャレンジフルで、自分が成長できる。同じゲームでも、初心者は簡単な課題、上級者は難しい課題に取り組んでいます。いつも丁度良い難しさ、チャレンジフルな目標が目の前にやってきて、クリアするごとに自分が成長できます。  2.失敗しても恥をかかない。私たちは失敗を恐れます。失敗して恥をかくことを恐れて、行動できないこともあります。失敗に懲りて、二度としないこともあるでしょう。でも、ゲームなら大丈夫です。  3.ファンタジーがある。ゲームには、魅力的なストーリーがあります。かわいいキャラクターなども出てきます。ゲームが進むと、ラスボスをやっつけたり、お姫様が救えます。目の前の小さな目標とともに、この先の大きな目標があります。  だから、ゲームは面白いのです。さらに、オンラインゲームは、ユーザーがゲームをし続けてくれないと企業は儲かりませんから、プレイを継続させるためのあの手この手の工夫があるでしょう。  ゲームは、その進化とともに、マニアックにもなっていきました。そうなると、コアなユーザーにはよくても、初心者には敷居が高くなってしまいます。ところがポケモンGOは、子どもから高齢者まで、誰でも簡単に始められそうに思えます。囲碁やピアノよりも、ずっと簡単に始められるでしょう。そして、簡単にはクリアできない奥深さがあります。 「ポケモンGO」の危険性 実際に街中を移動しながらポケモンを探しゲットするのは、まさに自分がポケモントレーナーになった気分が味わえます。外出して歩かなければならないポケモンGOは、ゲームばかりして外に出ないという批判に応えたとも言えるでしょう。 テレビゲーム、スマホゲームの危険性・ポケモンGOの危険性 ポケモンGOに夢中で、歩きスマホをして、事故にあってしまった話が、次々とニュースになっています。もちろん、安全第一です。  ゲームは、しばしば悪者扱いされますが、ゲーム自体が悪い影響を与えるものではないでしょう。良いゲームもたくさんあります。優れたゲームは、楽しくて魅力的で、そして手軽です。 しかし実は、これが曲者です。野球や水泳よりも、ゲームはずっと気軽に始められ、そして長く続けることができます。仲間を集めることも、場所を確保することも、着替える必要もありません。一日中続けることもできます。 「歩きスマホ」への注意喚起が表示される画面=東京・上野公園 野球も水泳も、もちろん悪い事ではありませんが、毎日毎日一日中それしかしなかったらどうでしょう。体を壊します。チョコレートはもちろん悪いものではありませんが、肉も魚も野菜も食べず、3食チョコレートばかりでは体調を崩すでしょう。  ゲームも同じです。それ自体が悪くなくても、ゲームばかりに時間を使っては、心や体のバランスが崩れてしまうのです。ゲームは、気軽に楽しさが味わえるだけに、うっかりすれば麻薬的になってしまうこともあるのです。 ポケモンGOで救われる人、地獄に落ちる人 ポケモンGOで、楽しく遊ぶ人もいます。楽しく健康的な遊びは、心と体を整えます。ポケモンGOで達成感を味わう人がいます。友情を育む人もいます。運動になる人もいます。体や心の病の改善になる人もいるでしょう。 ポケモンGOで救われる人もいるでしょう。  一方、大きな事故にあった人もいます。また、これからの問題ですが、のめり込みすぎる人々が出ることも心配されます。アメリカからのニュスでは、ずいぶん遅い時間にポケモンを探す子どもが外を歩いている様子も報道されています。 学校や仕事よりも、ポケモンゲットを重視してしまう人も現れるでしょう。そうなってしまえば、人生台無しです。 これまでの例でも、ゲーム依存、ネット依存になってしまい、地獄を味わった子どもや家族たちがいます。  ゲーム、ネットの世界は、便利で楽しいものですが、あくまでもリアルな現実世界のためにあるものです。それは、釣りもゴルフも同じでしょう。 みんなでポケモンGOを育てよう ポケモンGOは、魅力的なだけに功罪両面があるでしょう。安全を守りつつ、有効な活用法を考えていく必要があります。 ゲームも、例えばお酒も、魅力的ですが、危険もあります。使用中の事故もあります。依存にもなります。その危険性を自覚した上で、楽しみ、有効活用することが必要です。  依存を治すためには、単にやめさせるだけでなく、ゲームをしない、酒を飲まない時間も、楽しく、やりがいが持てる活動が必要です。ゲーム文化を健全に育てるためには、ゲーム以外の活動の充実も必要なのです。  すでに、あっという間に世界に普及し人気を集めているポケモンGO。これはもうは、一民間企業のゲームであることを超えてしまっています。だからこそ、ポケモンGOを社会全体で育てていく必要があるでしょう

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    まだまだ止まらぬポケモンGO人気、米社会への影響は?

     [WEDGE REPORT]土方細秩子 (ジャーナリスト) 日本でもサービスが始まったスマホゲーム、ポケモンGOは、最初に公開されたアメリカでは社会現象ともいえる流行を見せている。ニューヨークの地下鉄構内でポケモンGOをプレイする人に向け、誤って線路に転落しないよう注意喚起する広告(Getty Images) アメリカでのダウンロード開始日は7月6日。スマホアプリの市場リサーチを行うセンサー・タワー社によると、わずか19日でアンドロイドのみのダウンロード数が5000万に到達した。これは史上最速で、2位のカラー・スイッチ(パズルゲーム)は77日、3位のスライサーは81日だ。7月25日現在、アップルのiOSを含めたダウンロード数は7500万に達した。 しかもこれは世界の32カ所の市場のみでの数字だ。今後日本をはじめ世界中での公開が広がるにつれ、センサー・タワーは「最初の2カ月で1億ダウンロードも視野に入る」と予測する。ポケモンGOがニュースにならない日はないポケモンGOがニュースにならない日はない 7月の公開日以降、アメリカではポケモンGOがニュースにならない日はない。爆発的な人気と同時に、ポケモンGOプレイヤーの様々なアクシデントも報道される。 例えば一緒にプレイしていた少年グループが森の中で女性の遺体を発見、というまるで「スタンド・バイ・ミー」のような事件があったかと思えば、ゲームをプレイしながら運転していた、と思われる交通事故が多発。カナダでは「ポケモンを追いかけているうちに誤ってアメリカとの国境を越えてしまった」少年がニュースとなった。カリフォルニア州では2人の少年がモンスターを追いかけて崖から落ちる事件も起こった。 ニューヨーク州では、性犯罪者に対し執行猶予中あるいは保護観察中にポケモンで遊ぶことを禁じる、という条例までもが出された。性犯罪者にはGPS追跡を行うため、ウロウロされると迷惑ということ、またゲームを通じて未成年者などと知り合う機会を減らすため、などが理由として挙げられている。 ソーシャルメディアでは「ポケモンGOはすでにピークを過ぎた」という意見も聞かれるが、実際のブームはまだまだ続いている。この人気にあやかろうと、企業スポンサーも次々名乗りを上げている。日本ではマクドナルドが最初の公式スポンサーになった、とのニュースが流れたが、アメリカではファストフードだけではなくテーマパーク、ショッピングモールなど「モンスターハントのために人が集まる場所」のスポンサー、やがて始まるであろうアプリ内広告に備えた小売業など、スポンサー志望の企業には事欠かない。テーマパークの集客にも影響 例えば筆者は先日サンディエゴにある海のテーマパーク、「シーワールド」を訪れる機会があったが、入り口に「ポケモンGOのプレイヤーへの注意事項」を伝える看板があった。乗り物へのライド中にアプリを開かない、スマホを見ながら歩くときは周囲に注意を払い人とぶつからないように、などといったものだが、決して否定的ではなく「楽しいモンスターハントを」というニュアンスだ。 実際多くの子供達(ときには大人も)が園内でゲームをプレイし、多くのモンスターをゲットしていた。シーワールドがスポンサーであり園内に多くのモンスターが出るようセッティングされているためだ。ポケモンGOはこのようにテーマパークの集客力にまで影響を与える存在となっている。ポケモンGO人気でも任天堂復活ならず……ポケモンGO人気でも任天堂復活ならず…… ただし、この現象が任天堂の株価に影響を与えたか、というとそうでもない。アメリカでは7月6日から徐々に株価が上がり、18日には37ドル99セントの高値を記録した。7月5日の終値は17ドル49セントだから、12日間で倍以上になった。ところがその後は連日株価は下落、22日の終値は29ドルである。任天堂株はアメリカでは07年に76ドル80セントの最高値を記録したが、それに届くことはなさそうだ。 任天堂自身が「ポケモンGOの人気は任天堂本体の収益にそれほど影響をもたらさない」と認めたことなどもあり、市場にはすでに失望感が漂っている。ゲームボーイなどで一世を風靡した任天堂の復活、とはならないようだ。 今回の、ブームを超えた現象とまで言われるポケモンGO人気はいつまで続くのか。GPSを使った同様のゲームが今後追随すると考えられる中、次の一手をどのように展開するかにかかっている、と言える。子供が犯罪に巻き込まれるケースが増える? 一方で、ポケモンGOの脆弱性を指摘する声も増えた。アクシデントの多さだけではなく、「グーグル内の個人情報、位置情報などをあまりにもさらけ出すポケモンGOは、今後ハッカーの標的になるだろう」という見方がある。特に子供のプレイヤーが多い中、犯罪に巻き込まれるケースが増えるのでは、との懸念だ。 反対に、ポケモンGOは「コミュニティを生み出す」力がある、と称賛する声もある。家にこもってゲームばかりしている、のではなく友達と外に出て一緒にモンスターハントを行う、など「従来のゲームよりは健康的で社交的」であり、一緒に行動することで親子のコミュニケーションが増えた、などの声もある。 一つのゲームソフトがこれだけ広範囲にわたり話題となり、ニュースとなり、企業の注目を集めたケースはかつてない。ブームがいつまで続くのかは分からないが、久々の大ヒットにゲーム業界全体が刺激を受けたことは確かだ。

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    「ポケモンGO」が開いたARというパンドラの箱

    いて任天堂は以前から心得ている。1983年、同社がファミリーコンピュータを発売し、これが家庭用テレビゲームの事実上のデファクトスタンダードとなったのは機能を思いっきり削除し、徹底的に操作を単純化してしまったからだ。 ソフトはカセットロムをスロットに装着するだけ。コントローラーも十字型ボタンと丸ボタン二つ。コントローラーのかたちはペラペラで踏んでも壊れない。しかもコードで繋がっているのでなくすこともない。おまけにコントローラー(二つ)を収納するスロットまでもが本体に用意されていた。一方、他のゲームハードはキーボードを備えていたり、パソコン代わりになったりなど多機能だったが、代えってそれが操作が複雑化し、実態を解りづらくし、ユーザー気を引くことができなかったのだ。ポケモンGOはシンプル+管理、この二つがARという馴染みにくいテクノロジーに人々を引き寄せたのだ。 次にグーグルグラスとどう違うか。これは言うまでもないだろう。あんなメガネを誰が装着したいと思うだろうか?というより、それだけのためにメガネを装着することの理由が見当たらない。しかもスマホと同価格(というかむしろ高額)。で、なんのために使うのかすらわけらないものに人は食指を伸ばしたりはしない(唯一、わけのわからないもの近年手を伸ばしたガジェットがAppleWatch。これは「Appleだからなんかやってくれるに違いない」というApple信者向けのグッズだったからだろう。ただし、Appleの新開発商品としては売れ行きはすこぶるよろしくない)。 一方、ポケモンGOは高額でないどころかタダだ(ゲーム内課金あり)。もちろんスマホは必要だけれど、もはやスマホの所有はもはやあたりまえなので、ようするにカネがかからない。で、いつも持っているのでやりたいときにサッと取り出してやることができる。手間いらずなのである。ポケモンGOが涵養するわれわれのARメディアリテラシーポケモンGOが涵養するわれわれのARメディアリテラシー こうやって考えてみると、ポケモンGOがわれわれに涵養、つまりジワジワとたたき込もうとしている新しいメディアの姿が見えてくる。それがARなのだ。これまでなんだかわけのわからなかったもの。ところが、これを普段所有しているスマホを使って実にシンプルなかたちでその使い方を教授してくれる、それがポケモンGOなのだ。言い換えれば、われわれはポケモンGOに熱狂しながら、実はARという新しいメディアテクノロジーをわれわれの日常に置こうとしているのだ。 ARはセカイカメラやグーグルグラスが志向したように、大きな可能性を秘めている。ポケモン自体はエアタグと同じ機能だが、これがセカイカメラのように様々な情報のタグとなったときにはわれわれのメディアライフを変えてしまう可能性が高い。つまり、どこかにいって何かを調べようと思ったときに、まずやろうとするのがスマホのカメラをそこにかざすということになる。もちろん、情報が管理されていること、言い換えればコスモスが用意されていることが前提になるけれど(そうしない場合はセカイカメラの二の舞になる)。 そしてもう一つ、ポケモンGOのARだけがヒットした理由がある。それは、コンテンツがポケモンだったからだ。30台半ばより下はポケモンに馴染んでいる。当然、ポケモンの遊び方も知っている。それがスマホを利用することでリアルワールドで遊ぶことができる。自分もサトシになれる。だからやりたくなる。夢中になる。だがポケモンGOに熱狂しているとき、ユーザーにはARを操作している認識はこれっぽっちもない。彼らは純粋にポケモンをゲットしている。かつての任天堂のドン山内溥は「人は機械が欲しくてゲーム機器を買うんじゃなくて、ゲームがやりたくて機械を買うのだ」と断言していた。そのとおりで、今回もユーザーはポケモンGOがやりたくてやっているだけ。でも結果としてARを操作している。だから、ARというわけのわからないテクノロジーに恐れることもない。いや、恐れを知らないのだ。だって、いつもの「ポケモン、ゲットだぜ!」なんだから。 ただし、そこにこそポイントがある。こうやってポケモンGOに熱狂する。もちろん、いずれこのゲームが飽きられるときが来るだろう。ただし、ユーザーに共通して残るものがある。それこそがARを操作するスキル=メディア・リテラシーだ。これが無意識のうちに身についてしまえば、あとはどんなARが出現しようが難なく手を伸ばすだろう。洗濯機を、電子レンジを、そしてスマホを操作するように。先頃アップルのCEOティム・クックはポケモンGOの成功を讃え、Appleが今後AR技術に注力していくことを発表したが、これは完全に正解だ。いずれわれわれはAR世界の中に身を置くことになる。ポケモンGOは、その効用を実感させられた瞬間なのだ。われわれはポケモンGOというコンテンツを借りながらARの使い方のトレーニングを受けている。これが、ポケモンGOがわれわれの近未来のメディアライフに与える大きな変化だろう。 ポケモンGOはわれわれにARライフとというパンドラの箱を開いたのだ。(ブログ「勝手にメディア社会論」より2016年8月3日分を転載)

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    「ポケモンGO」は真夏の夜の夢 スポットから人影が消えていくワケ

    で社会現象といえる規模の爆発的なヒットとなっているようです。 先行して世界的にヒットしていた位置情報ゲームである「イングレス」のコンセプトとユーザーがつくったゲームデータに、こちらはさらに輪をかけたモンスター級の世界的なヒットキャラクターである任天堂さんの「ポケモン」をキャラクタービジネス的に配したのがポケモンGOと、まずはざっくり最初に定義しておきましょう。 その組み合わせの妙は、このゲームの生みの親であるNianticのジョン・ハイケが言うように、チョコレートとピーナッツバターのように相性が良かったというところでしょうか。イングレスはサービス開始後数年間で一千万超のダウンロード数でしたが、ポケモンGOはリリース一ヶ月にも満たない現在で、すでに一億ダウンロードを突破しているそうです。そんなわけで、この炎天下の日本でも、スマフォ片手に路上をポケモンGOユーザーが行きかう光景が日々見られているわけです。「ポケモンGO」の国内配信が始まり、スマホを手に遊ぶ人たち=東京都、7月22日 これを見て、ビジネスの種を日々捜し求めてやまないマーケッターの皆さんや投資家の方々は、「ポケモンGOは世界を変える驚愕のビジネスプラットフォーム」である、というような進軍ラッパを吹き始めました。昨年までグーグルのお荷物扱いされていた、位置情報ゲームのスピンアウト企画を称揚する高らかなラッパの響きです。しかし、その勇壮な音色に諸行無常の響きを感じ取り、これがひと夏の夜の夢なのではないかという感想を持つのは自分だけでしょうか。 リリースしてからの、あまりのニュースのなりっぷりに、この業界から足を洗ってから久々にゲームアプリというものをやってみたところの私が、正直なところで思ったのは、このゲームの「驚愕のビジネスプラットフォーム」としての寿命、皆さんがおっしゃるのとは裏腹に、そんなに長くないんじゃないかな、というものでした。 海外ゲームにありがちな間の抜けたように見えるユーザーインターフェースもアレですし、カメラを使う捕獲シーンもギミックにすぎないし、ボールを投げつけるのにゲーム性があるとは思えない。精度の高い地図を利用しながら街の中を歩いてアイテム(モンスター)を収集するという仕掛けは魅力的ですが、その収集がある程度達成をした後にどうやってゲームを続けさせるのか。それが「ジム」と呼ばれる対戦型のキャラクターバトルなのですが、これは畢竟、強いものだけが楽しめる場所にならざるを得ません。そこはマニアが君臨すれども、ゲーム外にまで波及させるビジネスのフックになりえるかと考えると、じっと手のひらのスマホを見つめて懐疑することになります。 わたくしがポケモン世代ではないからそういう風に冷めているのかも知れないのですが、しかしよくよく回りを見渡してみれば、本来のポケモン世代は20代のはず。プレイヤーの平均年齢は、どう見てもこれより上ですよね。これはなんなのでしょうか。まあ、これより上の世代も「ドラゴンクエスト」などのロールプレイングゲームなどでならした世代でもありますし、「ビックリマンチョコ」をはじめとする「収集型」のゲーム性に親近感を持っているのではあるのでしょうが。大ブームは秋口ぐらいに収束する さて、ここで結論を言えば、このポケモンGOのウルトラ級の大ブームは、秋口くらいに収束して、たくさんのマニアユーザーを抱える普通のヒットクラスにまで収斂していくのではないかと予想しています。理由は以下のとおりとなります。 このゲームを構成するのは(1)収集→(2)育成(強化)→(3)対戦 というステージです。現在の爆発的ブームは、この(1)収集のステージでもっぱら成立しています。そもそもは対戦するために収集しているはずなのに、実際は収集がゲームの自己目的となってしまっているのではないかと想像します。では、その次のステージに、どれだれのユーザーが参入していくかというと、これはそこそこにハードルが高い。決まったジムに日夜参集し、そしてせっせとつくったモンスターのデータを持参して戦う。そして、そこには見知らぬユーザーがつくりあげたレベルの高いモンスターが君臨している・・・。 街中や公園で知らないユーザー同士がいたるところで対戦しているシチュエーションは、非常に未来的な光景といえますが、今のポケモンユーザーに、それがやりたいことなのかとじっくりと聞けば、おのずとこのゲームの先が見えてくるのではないでしょうか。 そうです。本来はとっかかりに過ぎないところで、社会現象化してしまっているので、ここから先に待ち構えているのは、コア以外のユーザーの大量離脱です。なお、プロトタイプとなったイングレスでもある一定のレベルでユーザーが離脱していくというのはよく見られた光景のようですね。 マクドナルドさんはじめ、派生ビジネスやら広告うんたらかんたらとか、位置情報ゲームのコンセプトから考えられる、いわばマーケティング的なコバンザメ商法が語られていますが、これらは収集のステージから次の段階に行ったものを想定していません。つまり現在のブームの局面を切り取って、過大評価されているということです。もちろんベンダーさんとアップルと充電池メーカーは儲かりそうですが。では、それ以上のことがあるかというと、ほとんどないだろうという結論に至ります。 私としては、そんなゲーム本来のビジネスの拡張よりも、ああこれやっていいのね、ということになった他のベンダーさんの動向が気になります。たぶん、位置情報ゲームの進化版がもっと現れてくるのではないでしょうか。つまり、ポケモンGOのヒットの正体である、ユーザーにとって間口の広い「収集」に特化するものです。 これですぐに思い出すのは、携帯GPSを使った「位置ゲー」の元祖「コロプラ」です。たぶん今頃はコロプラさん地団太踏んでいると思います。きっと仮想現実っぽく見せた対戦型の企画などは、企画会議に出てたでしょうから。このコロプラ、位置ゲーをビジネスに結びつける数々のトライをしていましたが、どうにもブレイクと呼べるところには至りませんでした。 なので、コロプラさんあたりは後悔と反省まじりで考えているのではないでしょうか。そうか、歩きながらやれるほどの精度の高い地図データ使って、その地図のロイヤリティ払ってもペイできる可能性あるんだ、とか、キャラクターでパッケージングするという手もあるんだね、とか。盛者必衰の理を表す「ポケモンGO」 コロプラさんではなくとも、「位置情報×キャラクター」「グーグルマップのデータ×仮想現実」というような企画書はたくさん出ていたでしょう。ちなみに後者のコンセプトに近いものはクオリティが高いとはいえませんがいくつかすでに存在します。そして現在、は企画会議ではなく、会社の経営会議や役員会議のような場所で「今すぐポケモンGOみたいなの作れ」と決定がなされていることでしょう。そしてその決定をもとに、企画会議が開かれ、そういえばあいつがこんな企画出していたよね・・・と数年前のプレゼン資料がひっぱりだされるわけです。まあ、ゲームビジネスの世界なんてこんなもんです。 さて、ここで後発ゲームの開発上のネックになることもいくつかありそうなので最後に触れておきましょう。ひとつは、イングレスからポケモンGOへとスピンアウトしたときに、その蓄積したデータ・・・主に「ポケストップ」として使われたユーザーの投稿データがマネできないということ。ユーザーによってジェネレートされた莫大な写真と名称データは確かに一朝一夕ではつくりあげることはできません。しかし、ポケストップって、ゲーム内の一要素にすぎず、例えこのような機能をそのまんまパクるとしても、代替方法はあるのではないかと思っていますがいかがでしょうか。ポケモンGOを楽しむ人たちでにぎわう公園=7月28日、大阪市北区 もうひとつの問題は、ナイアンティックさんがどこまで特許を押さえているかということでしょうか。しかし、それを潜り抜けて説得力あるゲーム性をつくりこむのがゲーム企画者の腕の見せどころ。そうやってゲームは進化し続けたわけですから。 以上は、スレたゲーム会社の元マーケティング担当が、ヒット商品はとりあえずクサしてみるという昔のクセを出しつつ、それが流行っているならこんなこともできるよという企画者にありがちな根拠のあまりないポジティブシンキングで予想したものです。当たるも八卦、当たらぬも八卦。しかして、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。街歩きに涼しくなった秋口の頃に、どれくらいのポケモンGOユーザーがスマホ片手に徘徊しているか。まあ、みなさんとウォッチしてみましょう。

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    終わりそうにないポケモンGO協奏曲

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) ゲーム好きのコアな人からは評価が低いポケモンGOですが、ところがどっこい、これまでとくにゲームとは無縁だった層にまでユーザーに引き込み、さらにあちらこちちらで騒動も絶えず、まさにポケモンGOが引き起こす社会現象が広がっています。 調査会社Sensor Towerのデータを紹介したテッククランチの記事によると、「ポケモンGOのリリース1ヵ月での売り上げは、やはり大ヒットゲームとなっているClash Royaleの倍近く」の2億ドルにも達したようです。 ポケモンGO、売上高2億ドルを突破。さらなる海外展開に大きな成長可能性あり?! | TechCrunch Japan  また、アップルのティム・クックCEOがAppStoreで7月に前例のない売り上げを記録したとツイートしていますが、それはポケモンGOの1ヶ月足らずの課金売上が1億2,000万ドル以上に達した結果のようです。ポケモンGO、すでに1億2,000万ドル以上の「課金」 App Storeドル箱化への道|WIRED.jp : こういった結果を見ると、ゲームの概念を変えるイノベーションをポケモンGOが引き起こしたのかもしれません。 先日、理由あって深夜に大阪の扇町公園近くまで車で行ったのですが、こんな時間に、路上に車が並び、またたくさんの人がスマホをかざしながら歩いている光景にでくわしました。扇町公園は、ポケモンを大量にゲットできる有名スポットらしく、ニュースにもなっていた公園です。その光景を見れば、たんなるゲームを超えた「ポケモンGO協奏曲」ともいえる現象を引き起こしていると感じさせられます。 ちなみに、この公園では、このブログ主のように約1時間半で38匹ゲットしたという方もおられるようです。【大阪】ポケモンGOの人気スポット「扇町公園」でポケモンを乱獲してきた - 技術を磨くだいぱんまん : こちらの産経ビズの記事によれば、インターネット競売大手イーベイのサイトで、ポケモンを捕まえてレベルを上げた利用者のアカウントが多数出品されたり、強豪のポケモンを捕まえた人のアカウントが800ドル(約8万5000円)で売り出されたり、スマホを預かって代わりに歩いてゲームを進めるという業者のサイトも出現しているといいます。ポケモンGO、爆発的な人気に便乗 海外で権利転売、強盗も続出 - SankeiBiz(サンケイビズ) :  歩きスマホ、また車を運転しながらのポケモンGOは事故につながり危険ですが、また先日、マクドナルドの店舗の先の信号でおまわりさんが通る車をチェックしていましたが、きっとスマホのながら運転の取締だったのでしょう。お疲れ様です。 このブームがいつまで続くのか、知るよしもありませんが、先ほどのSensor Towerのブログによると、ユーザーの1日あたりの平均利用時間は、26分程度とライトユーザーが多いようです。ゲームのコアなファンには物足らないとしても、あまりのめり込まなくとも適当に楽しめることを考えると、案外このポケモンGO現象は長く続くような気がします。(2016年8月9日「大西宏のマーケティング・エッセンス」より転載)

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    ポケモンの原点 ~ファミコンブームの社会学

    世界中を虜にする『ポケモンGO』がついに日本上陸した。ゲームにハマる大人が続出し、各地でトラブルも後を絶たないが、この社会現象ともいえる熱狂ぶりに、30年前の「ファミコンブーム」を重ねた人も多いのではないだろうか。ポケモン列島と化した今、あえてその原点であるファミコンブームを考えたい。

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    ファミコンブームのレジェンドが語る「僕が高橋名人になるまで」

    高橋名人(ゲームクリエイター) もともとゲームに興味があったかというと、そうでもなかったんです。ただ、大学に入学したころはあのシューティングゲームの元祖『スペースインベーダー』が発表された時でもありました。「インベーダーハウス」という名前のゲームセンターが次々出来て、どの喫茶店にもインベーダーのテーブル筐体が置かれていましたから、私も喫茶店に行って食事した後に100円か200円ぐらい投入して遊んでいました。その場で動かないで遊べるのがよかったのかもしれません。私が大学を中退してスーパーマーケットの青果部で働いていたときも休み時間に遊んでいて、パチンコ好きの上司からは「戻ってこないものに金かけてどうするんだ」と言われましたけどね。思えば私がビデオゲームに初めて接した機会ということになりますね。インタビューに答える高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) ハドソン入社のきっかけは、スーパー時代の昭和56年に、シャープのパソコン「MZ-80B」を買ったことから始まります。ちょうどマイコンブームのころで、ショップの店員さんに「これを買えば伝票整理が簡単だよ」と勧められたんですが、ウルトラマン世代の私は、科学特捜隊の基地でランプがいっぱいついているシーンにすごく憧れていたから、キーボードがあって文字が出てくるコンピュータを見て「かっこいいな」と、思わず手を出してしまいました。本体が28万8000円、加えてフロッピーディスクドライブとプリンター、メモリも増設したので合計75万円ぐらいかかりました。同じころに中古で買ったクルマが45万円の時代でした。 買ってはみたものの、コンピュータ初心者ですから使い方がわからない。おまけにメモリが32KB(キロバイト)と少ないので、コンピュータにBASICというプログラミング言語を読み込ませてから、実際にプログラムを読み込ませるので、全ての野菜の伝票整理なんて一週間分も入らない。1カ月単位でも根菜類といった分類でまとめないといけないから、買って二週間で無理だと気付きました。でもローンを組んで買いましたから、今みたいな銀行口座から自動引き落としと違い振込用紙が毎月届くので、その金額を見るたびにコンピュータにほこりを被らせたままではいけないと思い直し、プログラミング言語を勉強して、コンピュータにのめりこむようになりました。 パソコン専門雑誌もよく読んでいました。あるとき、裏表紙にあったハドソンの広告を見ていたら、会社の住所が私の生まれと同じ札幌市で、さらに高校に行く途中にあった会社だったことに気づいた。そのうち知人がたまたまハドソンに面接しに行くというので一緒について行ったら、知人が落ちて私は受かったんです。まるでタレントのオーディションのエピソードみたいですよね(笑)。 アマチュア無線の店として始まったハドソンですが、私が入社した57年8月にはパソコンのソフトメーカーの方がメインに変わっていました。そのころのコンピュータのプログラムはパソコン専門誌にリストがプリントされているものを、まるで写経のようにユーザーが手で打ち込んでいたので、打ち間違いでエラーが出て当たり前だったんですよ。そこで当時のハドソンの社長の工藤祐司さんが「プログラムをカセットテープに記録したら売れるんじゃないか」と考えて、商品化してみたら本当に売れたんですね。ハドソンが日本で初めてカセットテープに記録して売ったわけですが、ほかの会社も真似してやり始めたことでパソコンのソフト市場が生まれて、活性化されていきました。私が入社した57年は孫正義さんのソフトバンクが経営的に大変だったらしくて、工藤さんが「儲かったら返してくれればいいよ」とソフトを何万本か与えて、それで経営を乗り切ったみたいな話は聞いていますね。だから孫さんの「四大恩人」の一人に工藤さんが入っているみたいですね。明暗を分けた『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』 入社後は営業部に配属され、1年後の昭和58年には宣伝部に異動となりました。それまでハドソンでは宣伝に力をいれていませんでした。扱ったのは「今月の新作がいっぱい出ました」みたいな雑誌広告ぐらいのもので、社員一人いれば済んだんですね。ところが、その年の7月15日にファミコンが発売され、任天堂からシャープ経由で「ファミコン用のBASIC言語を作ってみないか」と打診があったんです。ファミコンがまだ何物か知らなかったハドソンも、カセットが30万本出ている玩具だと知り、ファミコンへの参入が決まりました。だって当時のパソコンの世界ではゲームソフトが1万本売れれば大ヒットですけど、ファミコンソフトの『ポパイ』や『ドンキーコング』なんていきなり30万本出荷していたので、経営陣もGOサインを出しますよね。ただ、まだゲームを開発する前段階だったので「『ファミリーベーシック』というBASIC言語で簡単なゲームプログラムを作るのですが、BASICは子供には絶対に分からないから、高橋が解説本を書け」という命が下りまして、この『ファミリーベーシックがわかる本』の制作が宣伝部に移った時の最初の仕事になりました。子どもが少しでも分かりやすいように漫画を描いてもらう間に10本のゲームプログラムを書いて、カセットテープに記録してセットで売り出したら、おかげさまで12万5000部ぐらい売ることができました。ゲームをする高橋名人=1998年7月23日 「高橋名人」という名前になったのは昭和60年のことです。前年、ハドソンがファミコンのゲームソフトを発売しました。アクションパズルゲーム『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』の2本を出したんですが、両タイトルを同じレベルで宣伝をしたら共倒れするということで、ロードランナーの方に力を入れて宣伝したら、その通りに110万本も売れてしまいました。そして61年に3作目としてシューティングゲーム『バンゲリングベイ』を出すことが決まりましたが、ゲームとしては面白いのですが、プレイヤーが動かすヘリコプターの操作方法が難しいんです。ちょうどナッツ&ミルクを発売したころから『コロコロコミック』編集部の皆さんと仲良くなりまして、誌面展開もさせていただきましたが、当時の子供にはちょっと面白さが伝わらなかったんでしょうね。バンゲリングベイは本数的にはうまくいきませんでした。 バンゲリングベイの発売2カ月後には『チャンピオンシップロードランナー(以下、チャンピオンシップ)』というロードランナーの続編を発売しました。全世界のユーザーが作って投稿した、非常に難易度の高いステージをまとめたゲームなんですけど、ロードランナーを知らないとまずクリアできないんですよ。ただでさえバンゲリングベイで失敗していたので、子供たちに受け入れられるかどうか不安でした。そんな時、コロコロから「コロコロまんがまつり」でステージをやってみないかという提案があったんです。コロコロまんが祭りといえば、今の「次世代ワールドホビーフェア」の前身で、漫画家さんのサイン会などが行われていました。私たちも子供がチャンピオンシップを見てどういう反応が来るのか実際に知りたかったし、コロコロもファミコンブームを肌で感じてみたいと思っていたようです。「高橋名人」が誕生したハドソン全国キャラバン 銀座の松坂屋で私がチャンピオンシップを実演してゲーム画面を見てもらうことになったのですが、1000人ぐらいの子供が集まって、イベントは大成功を収めました。実演を終えた私の前に200人ぐらい並んでいるので、「どうしたの?」と聞いたら「サインが欲しい」と言われて驚きました。サインなんか書いたことないので途中で疲れてきて、1日3回もサインが変わりました。コロコロまんが祭りには、ハドソンの将来を占うイベントということで役員が大勢来ていましたが、打ち上げで社長が「これを全国各地でやったら面白いんじゃないか」という話が持ち上がり、7月に「ハドソン全国キャラバン」がスタートすることになりました。それまでゲーム大会というのは各店舗の店頭でこぢんまりとやってるのが多かったんですけど、全国レベルで日本一を決める大会は全国キャラバンが最初だと思います。ハドソン宣伝本部宣伝部在籍当時の高橋名人=2009年10月07日 「ハドソン全国キャラバン」を行う上で話し合いを重ねて行くうちに、ラジオ体操の先生みたいに実演をする人がいるという話になったんです。まだ昔社員数が少なかった時代ですので、宣伝部のファミコン担当がまだ私一人しかいなかったので私が担当することになり、どうせだったら名前も決めようという話になり、「将棋や囲碁の最上位の人は名人と呼ばれるから、名人はどうだろう」と一言で「高橋名人」が誕生したわけです。 第1回キャラバンの競技用ソフト『スターフォース』で披露したことから、私の代名詞となった「16連射」ですが、実は第1回では16連射と言ってなかったんですよ。その後に出た言葉なんですね。子供から「敵を倒すのがすごい速いけど、どれぐらいのスピードで打っているの?」という質問があって、調べてみることになりました。ただ調べる機材が全くないもんですから、スターフォースの攻略ポイントを使って、アバウトに数えてたんです。だから翌年公開の映画で『スターソルジャー』をプレイしたフィルムをスタッフが数えてくれたら、実際は17連射していたそうです。ただ、元々ハドソンはコンピュータのソフトメーカーで、仕事柄16進数も使っていましたし、キリがいい綺麗な数字ということで16連射にしました。 皆さんによく聞かれますけど、16連射の特訓はやっていません。でもコツはお教えできますよ。16連射は指先だけでやっていると思いがちなんですけど、私は肘から指先まで全体を動かしているんです。だから腱鞘炎には絶対にならない。後は物理の問題で、同じスピードでも引き上げた指の高さを半分にすれば倍の回数で打てるからどんどん狭くしていきます。1、2ミリぐらいにするのが一番いいんですけどね。ただ、いまの私だと3~5ミリぐらいなので、もう16連射は無理ですね。調子の良い時でも13連射前半になってしまいました。 第1回キャラバンで全国を回ったことで名人人気は確かに上がっていきましたが、子供の中だけの話なんですよね。夏休み期間ですから当然と言えば当然ですけど。ファミコン人気も同じようなものでした。変わり始めたのは、年末に「クリスマスファミコンフェスティバル」というチャリティイベントを開催したときのことでした。ちょうど取材に来ていた東京新聞が翌日の紙面の見開きに「〝スーパーヒーロー〟出現」「今、子供たちのあこがれ」「ファミコン・高橋利幸名人」と大きく取り上げてくれたんです。すぐに「週刊文春」や「フライデー」から取材依頼が来ましたよ。ファミコン人気の出始めなので、ほかのマスコミも話せる人間を探していたんじゃないでしょうか。年明けに雑誌が発売されて、大人にもファミコンブームが一気に広がっていきましたね。また、キャラバンを終えた9月に発売された『スーパーマリオブラザーズ』の存在も大きかった。「ファミコンに面白いゲームがある」と口コミから広がり始め社会現象を巻き起こしたわけですから、ブームを大きく後押ししましたね。「ゲームは一日一時間」合言葉に込めた思い 「ゲームは一日一時間」という言葉は子供たちには色んなことを経験してもらいたかったという思いから出たものですが、実は第1回キャラバンから言っていました。世間では「テレビゲーム=不良」というイメージがついていたこともあって、ファミコンでも同じ印象を持たれるのはまずいということもありましたね。でも「ゲームを売る側の高橋が『遊ぶな』と言うのは何ごとだ!」とほかの関係者からクレームがあって問題になりましたが、工藤さんが「これからのゲーム業界には健全なイメージが必要だから、会社として子供へのメッセージにしよう」と判断してくれてOKになりました。この判断がお母さんたちにも受け入れられたポイントじゃないかと思うんですね。今だったら漫画による影響力が大きければ、一気に各世代に受け入れられることが多いですが、当時のコロコロコミックの読者層はほぼ小学校高学年しかいません。教育熱心なお母さんだったらコロコロを開くかもしれませんけど、お父さんは『小学六年生』のような学習雑誌でさえ読まないと思うんですよ。でも高橋名人が「ゲームは一日一時間」と言えば、お母さんたちも「名人が1時間って言っているんだからやめなさい」と言えるようになるわけですからね。高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) 第1回キャラバンのスターフォース予選では2分間のプレイで高得点を競うルールでしたが、2分間だと1面クリアぐらいしかできないんですよ。そうなると高得点を叩きだすには敵を早く倒す必要がありますから、早く打つしか方法がなくなってくるんです。中でも子供たちは1秒間に8発打たないと5万点のボーナスが入らない「ラリオス」というボーナスキャラを倒さないと決勝に進めないので、なおさら名人は子供が届かない点数を出さなきゃならなくなります。負けちゃうと「名人」の称号が崩れていくんですよね。子供って結構シビアなんですよ。デビューしたての名人が同じエリアで3回失敗して、「帰れコール」が起きましたからね。横で見ていて本当にかわいそうに思いました。私だって失敗はよくありました。ただ運が良くて、子供の前で失敗する確率が本当に少なかったんですよね。私のプレイはほぼテレビの生番組とイベントだけだったんですが、長くても5分程度なんですね。生番組で30分間もプレイはしませんし、イベントでも最初の2、3分を見せれば大丈夫でしたから。もし失敗しそうになってもポーズを押して「いいかみんな、ここからはな…」と子供に説明を入れながら、再開してミスをして「これはしょうがないよな」なんてごまかしたりもしました(笑)。だから練習時間も1日1時間ぐらいで、ゲーム開始からの5分間程度を集中的に練習しました。 今のシューティングゲームって、魅せるためのプレイと点数を取るためのプレイが違うんですね。でも私は基本的には魅せながら点数をできるだけ稼ぐというプレイをしていました。シューティングゲームの上手な人がプレイすると敵の出現位置がすぐ分かってきて、出てきた瞬間に打っちゃうから、画面の真ん中に自機以外敵が1匹もいないんですね。でもそんな画面を子供に見せても面白くもなんともないんですよ。私は宣伝部ですから、ゲームを売るためのイベントということを考えてプレイし続けると、魅せるポイントっていうのが決まってくるようになるんです。だから敵が自分の周りを一周して帰ってくるんだったら半周ぐらいはさせておいて倒したりしました。ただ、それをやるとただ敵をやっつけるスピードが遅くなるので点数がどうしても伸びないんですけど。だから点数だけ稼ぐプレイもやっておきました。でもキャラバンが2年目、3年目になると点数よりも魅せるプレイをすることだけを心がけるようになりましたね。「名人」は第1回キャラバンで私しかいませんでしたが、2年目以降は〝弟子〟たちも2代目、3代目の名人として全国を回ることになったので、点数を稼ぐプレイは彼らに任せ、私は子供たちに解説をしながらプレイして、ゲーム画面が面白く見えるようにすることに注意を払いましたね。バイクを指で止める…映画「高橋名人VS毛利名人」は悪ノリしすぎた? 昭和61年はファミコンブームが全盛を迎え、私も歌手デビューしたり『高橋名人の冒険島』という自分が主人公のゲームソフトを発売した忘れられない年になりましたが、何と言っても思い出深いのは、映画『高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』ですね。山本又一朗さん(映画プロデューサー)がハドソンに来られて、第1回の全国キャラバンを見て面白いんじゃないかと企画を持ってこられたんです。実は全国キャラバンは南北二手に別れていて、南を私が回って、北をバイトだった大学生の毛利名人にお願いしていたので、二人を対決させたいと言うんです。映画化の話に社長はじめ経営陣も乗り気で、だったら来年のキャラバンで使用するゲームで行おうと話になり、スターソルジャーでのバトルが決まりました。そこで企画に入ってもらっていた渡辺浩弐君(作家、ゲームクリエーター)と映画で何をしたらいいのかということを考えていたら、「戦うだけじゃ面白くないから訓練しているシーンも入れよう」という話が持ち上がったんです。 すでにコロコロコミックでは野生派の高橋、都会派の毛利という設定が出来上がっていたのも幸いしました。私なんて、3周巻きついていたへその緒を自分で引きちぎって生まれたことになっていましたから(笑)。その設定に乗る形で、毛利君はジムやプールサイドのトレーニングやピアノ特訓をさせることになりました。渡辺君が「じゃあ、名人はどうする?」と聞かれましたので連射特訓をやっぱり出したいと思ったので、食堂のカウンターや工事現場のハンマードリルで連射するアイディアがどんどん出てきて、すべて採用されました。中でも印象的だったのは伝説となったスイカ割りですね。本当に出来たんですかって? 出来るわけないですよ(笑)。実は下から圧縮した空気を送って割ったんですけど、なかなかきれいに割れないので10個ぐらい買って試して、軽く切れ目を入れたらようやくスパッと割ることができました。もちろんスイカはスタッフがおいしくいただきました。あと、バイクを止める指のトレーニングもありました。これは前輪ブレーキだけ掛けておいて、アクセルを吹かせば後輪は空回りしますから大したことはありません。私も「どうせやるなら楽しい方がいいよね」と悪ノリしちゃうんで、ほぼ不可能なアイディア以外はやりましたね。ゲーム見本市「E3」に設けられた人気シリーズ「ファイナルファンタジー15」の体験コーナー=6月14日、米ロサンゼルス 全盛期のゲーム業界は日本がリードしていましたが、今は海外の方が優勢になってしまいました。海外のゲーム会社は日本以上にスタッフを投入して大工場のようにあっという間に作っている。市場規模も大きいので発売当初から数百万本売れるんですよ、日本だと頑張っても百何万本売れたら御の字と考えてしまう。特に『プレイステーション4』ぐらいになってくると、もう億単位の開発費でなければ作れなくなってきます。海外のゲーム業界では日本は面白いゲームを作れなくなったと厳しい見方をしますが、海外しか見ていないからじゃないでしょうか。日本だとCGにしなくても面白いゲームがあるじゃないですか。ただ多額の費用を投入しなくてもいいようになるけど、ビジュアルが安っぽいと言われることを気にし始めると、それなりのグラフィックが必要になるので、開発費も高騰して、目標の売り上げ本数も一桁上げなきゃいけなくなる。そうするなら内容も充実させなければいけなくなるので、全てにおいて底上げが必要になってしまいますよね。でもそこそこのグラフィックだけどゲーム性さえ考えれば面白くできそうなゲームもいま出てきてますから、ゲーム機に合ったゲームを作れる環境というのを、日本はもう一度整えた方がいいのかなと思いますね。ゲーム大会で賞金を出せるシステムを それにスマートフォンのゲームアプリやソーシャルゲームが出てきて、大きく様変わりしました。だって「基本無料」が当たり前になってるじゃないですか。まずは遊んでもらって、アイテムで課金して、利益を上げていくシステムが大前提になってきている。ただ最初に広告を打って名前を広めないと、ダウンロードもしてくれない。だから結局コンシューマゲームと同様に宣伝費がかかるわけですから、「基本無料」というのはなかなか難しい。当然ですよね、スーパーの販売員さんが「おいしいですよ」と試食品を10人に配って1人買ってくれれば上出来という世界をゲームソフトでやっているのですからね。 今後日本のゲーム界が盛り返すためには、ユーザーの皆さんにも、ゲームが苦労するものじゃなくて楽しく遊べるものだと感じてもらえることが鍵になる気がします。ゲームってやっぱり遊びの一つなんですよ。ソフトの値段も決して安くはないですし、私もメーカーの人間なんで、あんまり言ってしまうとまずいんでしょうけど、作る方も買う方も遊ぶ方も気楽なぐらいの方がいいと思うんです。今の社名でも使っていますけど、「ドキドキ」という言葉を広めたいと私は思っているんです。「カワイイ」もそうですけど、日本から発生した言葉っていっぱいありますよね。ドキドキもなんか「ワクワクする」とか「驚く」とか、色んな意味が込められているので、ゲームで遊ぶ時の一つのキーワードとして広めていきたいですね。だからメーカーの方もドキドキさせてくれるようなゲームを出してほしいし、ユーザーもゲームを遊んでドキドキして欲しい。 私が代表理事を務める「e-sports促進機構」では、ゲーム大会で賞金を出せるシステムを作ろうとしています。世界ではゲームで対戦して賞金を稼ぐことができるし、大いに盛り上がっているんですが、日本ではまだまだこれからの分野で、生計を立てられる状況にはありません。法律的な問題もあるので、稼げるようになるには簡単ではないです。でもいつかは、日本でプロゲーマーが食えるような環境にしていきたいですね。ただそうなると多くのソフトメーカーの協力を得て進めていく必要があります。さらに大会を盛り上げるために、さまざまな分野の企業から寄付金を集めていかなければいけません。ドワンゴの『闘会議』みたいに、一つの冠大会の中に『みんなのゴルフ』や『ウイニングイレブン』の大会があるとみんなが集まってくれるし、盛り上がってくれれば、ユーザーはみんなドキドキしてくれますよね。その仕組みを早く確立していかなければいけないと思ってます。日本のゲームの未来は明るい! 今の子供はスマホが当たり前の時代になってきていて、幼児だって何も考えなくてもスマホを操作できますよね。つまり、操作に関するハードルがないんですよ。その当たり前の感覚を、同じ端末でもゲームと教育で枝分かれさせた方がいいのか、あるいは遊んでいくうちに勉強になるようにゲームと教育を繋げて行く形がいいのか、これから考えていかなければならないでしょうね。子供って楽しければ勉強すると私は思っていますから、例えば数学が苦手な子供でも、パズルゲームのようにすれば面白がって解けるようになる。子供はゲームを通して学ぶものがいっぱいありますから。もともとゲームがなくても昔の子供って伝承遊びから色んなことを学んできているし、例えば木登りから握力が強くなったりとか、鬼ごっこするから駆けっこが強くなったり、かくれんぼするから隠れる知恵がつきますけど、それと同じようにテレビゲームも色んな知恵を与えてくれると思うんですね。画像はイメージです スターフォースの時なんかメーカー側は誰も思ってなかったことですけど、小学生がアルファ、ベータ、ガンマ、デルタって覚えたんですよ。たまたま面の数をギリシャ文字にしていたからですけど、ゲームやるだけで身についたんですよ。『三国志』だって難しい武将の名前を覚えるようになったし。だから遊びを通してやることで覚えていくんですよ、子供って。だからその当たりをもう少し上手くやれば、それを東大に入れる子供に育てるってところにはいかないかもしれないけど、全体的な学力の底上げの部分につながっていくんじゃないかと考えています。だからそういうアプリを作っていけば、子供は絶対良い方に反応するんじゃないかなと思いますね。 私は日本のゲームの未来は明るいと思っています。新しいゲーム機が出るから可能性が出てくるんじゃなくて、今までのゲーム機を使ってもまだまだいっぱい出来る気がします。『3DS』の時に脳トレが一気に流行りましたし、『ゲームボーイ』の時にはテトリスが大ブームになりましたよね。だから日本人って新しいアイディアが出るとみんな飛びついてくれるから、ブレイクするソフトが一つでも出てくれば、みんなの大きな注目が集まると思うんですよね。ただ今は自分自身で見つけられていないのが、ちょっと悔しいですけど、誰か面白いアイディアを見つけてくれると思うので、そこに期待したいですね。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望/松田譲)たかはしめいじん 本名・高橋利幸(たかはし・としゆき)。1959年生まれ、北海道出身。現在はタレント活動のほか、「ドキドキグルーヴワークス」の代表取締役名人としてゲーム制作業務に携わる。ニコニコ生放送のゲーム情報番組『電人☆ゲッチャ!』などでゲームプレゼンターとしても活躍中。 

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    「ファミコン世代」はコミュ障? 子供をダメにした真犯人はほかにいる

    熊代亨(精神科医) ファミコンをはじめとするテレビゲームは、漫画やアニメと同様、「若者をダメにした真犯人」としてたびたび槍玉に挙げられてきました。 誰とも話をせずファミコンで遊び続ける子どもの姿は、昭和の大人には異様と映ったでしょうし、実際、一人でゲームばかりしていては健全な成長も難しくなるでしょう。ゲームそのものが悪影響をもたらさなくても、子ども同士で遊ぶ機会の少ない毎日を過ごしていれば、そのぶん、コミュニケーション能力を育むための機会や経験も少なくなってしまうからです。  しかし、本当に「ファミコンが若者をダメにした」のでしょうか。 ファミコンが社会現象となった1980~90年代前半は、受験戦争が最も厳しい競争率を記録し、子どもを塾や稽古事に通わせるのが当たり前になっていった時代でした。 一人でファミコンばかりしていればコミュニケーションの機会が減ってしまうのと同じように、机に向かって勉強ばかりしていても、それはそれでコミュニケーションの機会が減ってしまいます。ところが当時の大人たちはといえば、ファミコンがもたらす悪影響には敏感でも、「将来のために」と称して子どもを勉強漬けにしたり、子ども同士で遊ぶ機会を奪ってしまったりすることの弊害には鈍感でした。 職業柄、私はコミュニケーションへの苦手意識を抱えたまま大人になってしまった人に頻繁に出会いますが、テレビゲームや漫画やアニメに溺れていたような、いわゆるオタク然とした人はけして多数派ではありません。それより多いのは、子ども時代に友達と遊ぶ機会を制限され、勉強や読書や稽古事を強いられて過ごした来歴――それこそ、秋葉原連続通り魔事件の犯人の子ども時代を、いくらか穏当にしたような――を背負った人です。 思うに、子どもの心理・社会的な成長機会を奪ってしまうという点では、一人でファミコンばかりやるのも、一人で勉強や読書ばかりやるのも、弊害はあまり変わらないのではないでしょうか。「ファミリーコンピュータ」本当のターゲット ファミコンは、発売されるや子どもたちを引きつけ、やがて一大ブームとなりました。しかし私がはっきり覚えているのは、はじめのうち、ファミコンは「一人で黙々と遊ぶもの」ではなく、「娯楽の王者だった」わけでもなかったということです。 ファミコンの正式名称は「ファミリーコンピュータ」。その草創期のCMやソフトのラインナップを眺めると、ファミコンが子どもだけでなく親をもターゲットにした商品だったことが伺えます。実際、70年代の『インベーダーゲーム』を覚えているお父さんが子どもと一緒にファミコンを遊ぶ…という家庭も少なくありませんでした。 放課後も、みんなが一人でファミコンをやっていたわけではありません。鬼ごっこやケードロといった外遊びの魅力は健在で、ファミコンをやるにしても友達同士で集まって遊ぶことが多かったと記憶しています。二人用~四人用のゲームはとりわけ重宝しましたし、『ゼビウス』や『スーパーマリオブラザーズ』にしても、専ら友達とお喋りしながら遊んでいました。 当初、「一人でテレビゲームを遊ぶ」という習慣は子ども社会に浸透しきっておらず、ファミコンとて、従来の「遊びはみんなでやるもの」という習慣に沿って遊ばれがちだったのです。 こうした過去を踏まえると、ファミコン自体が子どもの一人遊びをもたらしたわけではなく、塾や稽古事で放課後のスケジューリングが難しくなり、友達同士で集まって遊ぶ機会が少なくなった結果として、一人遊びに最適な玩具としてのファミコンが“発見”されたという側面もあったように思えるのです。昭和63年2月、ファミコンソフト「ドラゴンクエスト3」の発売開始で東京・池袋の家電量販店に長蛇の列を作った ファミコンブームも後期になると、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』といった、一人で長時間遊びやすいゲームがセールスの中心を担うようになりました。その後、携帯ゲーム機『ゲームボーイ』が発売され、これも大ヒットしましたが、『ゲームボーイ』はディスプレイが小さく、はじめから一人で遊ぶことを前提にした設計でした。しかしこの頃にはもう、子ども社会のうちに「一人でテレビゲームを遊ぶ」という習慣が定着していたため、一人でしか遊べないことは問題とはなりませんでした。 『プレイステーション』などの後継機にも恵まれたこともあって、「一人でテレビゲームを遊ぶ」習慣は子どもから大人へと広がっていきました。今では老若男女が通勤電車のなかでゲームを遊び、そのことを非常識と咎める人もいません。それほどまでに、私達は一人でテレビゲームを遊ぶことに抵抗を感じなくなったのでしょう。「コミュニケーション社会」日本の子どもたち ベネッセ(http://resemom.jp/article/2015/11/25/28135.html)や第一生命(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/news/news0808.pdf)の調査によると、子ども同士が集まって遊ぶ機会が乏しい状況は、ファミコン世代のそれより進行しているそうです。放課後は塾や稽古事に忙しく、路上や空き地での外遊びはもとより、公園でのボール遊びすら忌避されるようになった現状では、致し方のないことでしょう。 しかし、そうだとしたら、子ども同士は一体どこでどうやって接点を持ちあい、コミュニケーション能力を育てていけば良いのでしょうか? 「学校や家庭、稽古事でコミュニケーション能力を育てればいい」と言ってしまうのは簡単ですが、現状でも学校の先生がたは手一杯ですし、学童保育を巡る状況には厳しいものがあります。家庭や塾や稽古事を介して、すべての親がコミュニケーションに富んだ時間を子どもに提供できるとも思えません。SNSやLINEが提供するコミュニケーションも部分的には役立つでしょうが、幼いうちは適切に使いこなすのが難しいうえ、表情や身振り手振りを伴ったコミュニケーションの鍛錬の機会とはならないので、それだけでは不十分です。 産業全体に占めるサービス業の割合が高く、人的流動性も高くなった日本社会は、多くの人に高水準のコミュニケーション能力を求められる、いわば「コミュニケーション社会」になりました。にも関わらず、子どもが集まって遊ぶ機会が減り、子ども時代のうちにコミュニケーションの経験を積み重ねにくくなってしまったわけですから、社会のニーズに即したコミュニケーション能力を身に付けるための難易度は、今まで以上に高くなっていると言わざるを得ません。 数十年前まで、子どもが放課後に群れ集って遊んでいればコミュニケーションの経験蓄積は無料で達成できるものでした。しかし今はそうではありません。子どもを遊ばせておきたいだけなら、携帯ゲームやスマホアプリで遊ばせるほうが、よほど簡単で安くつきますが、それではコミュニケーション能力を育てる機会が足りなくなってしまいます。 「ファミコンが悪い」「携帯ゲーム機が悪い」「スマホが悪い」と言うのは簡単ですが、この問題を遡って考えるなら、子どもがそうした一人遊びを余儀なくされ、そのことに疑問を差し挟む人も少なくなった現代の社会環境に意識を向けるべきではないでしょうか。

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    世界が遠ざかる日本のゲーム業界 救世主は任天堂しかない!

    小野憲史(ゲームジャーナリスト) ゲームは誰が作っているのだろうか? 答えは会社員である。日本には漫画・小説・アニメ・映画・音楽・演劇など、さまざまなポップカルチャーが存在する。しかし企業に雇用されたクリエイターが主体となってコンテンツ作りを行う業界は他に存在しない。このことが、いわゆる日本型雇用形態とあいまって、多くの人事担当者を悩ます遠因になっている。 日本型雇用形態は新卒一括採用・年功序列による昇進・終身雇用制度などを特徴とする。良く知られているように、これらは高度経済成長期では効率的だったが、ひとたび経済が停滞期すると矛盾が噴出する。社会全体で正規雇用と非正規雇用(契約社員・派遣社員)の二極化が進展していることは、その一例である。これには企業が正社員を解雇することは極めて難しい点が背景にあり、リストラを巡る悲喜劇の温床になっている。 もっともゲーム業界の黎明期では、こうした問題は見られなかった。ゲーム開発に求められる技術が今よりシンプルだった、開発体制が小規模で、新人でも実務を通してさまざまな職種を体験できる機会が多かった、業界が右肩上がりだったため、転職や独立も容易だった―などが原因だ。しかし、プレイステーション2が発売された2000年ごろから、状況がかわってきた。 最大のポイントはゲーム開発の大作化だ。ゲーム開発は少数の核となるチームで企画が練られ、開発が終盤になるほどスタッフの数が増加する。そのため多くの企業では、複数のタイトル開発を、時期をずらして行うことで作業の効率化を進めてきたが、ゲームの大作化に伴ってライン数が減少した。これにより業界内で契約社員や派遣社員の割合が急増したのだ。近年では人件費圧縮を目的とした、海外企業との協業も一般的になっている。 技術革新の速度が速く、常に技術研鑽が求められる一方で、社内での昇進やキャリア制度が未整備な点も問題を複雑化させている。これには、中小企業が多い業界構造や、ゲーム開発のノウハウが属人的になりやすく体系化が難しい、技術や人材の流出を恐れるあまり業界横断的な技術共有に保守的な特性、ヒット作の有無で企業の業績や市場の動向が影響を受けやすく、中長期的な経営戦略が立てにくい―などが背景にある。陳腐化し、上書きされていく最新技術 特に過去10年間は業界の激変期で、家庭用ゲームからフィーチャーフォン、スマートフォンとトレンドが激変し、そのたびに基盤となる開発技術やゲームの開発ノウハウが変化した。最新技術がどんどん陳腐化し、上書きされていくのだ。その一方で手本となる教科書はどこにも存在しない。こうした状況では社員の自発的な自己研鑽が、最も効果的な人材教育の手法になりやすい。しかし、それが恒常的にできる人材はわずかだ。 こうした背景から、企業には優秀な人材ならいつでも、誰でも歓迎だが、実際の採用は消極的になりがちな傾向がみられる。しかも求める人材像が「自ら問題を発見し、解決策を見つけられる人」「現時点での能力もさることながら、伸びしろがある人」といった、抽象的な内容になりやすい。特にゲームの企画職についてはこの傾向が強く、どの企業も頭を悩ませているのが実情だ。「おもしろさ」を定量的に計る手段が存在しないからだ。 一方で業界には、ヒットを記録して業績が急成長した結果、とにかく人材不足という企業も存在する。こうした企業は「経験者即歓迎」という状態になりやすく、しばしば転職市場で年俸バブルを引き越す。それにつられて人材が集中するが、次第に人件費が業績を圧迫し始め、リストラに直面するのが常だ。もっとも、その頃には別の企業がまた新しいバブルを引き越し……。こういったサイクルを業界は何度も経験してきた。 これがアメリカのように人材の流動性が高い、言い替えれば企業が社員を解雇しやすい社会では、企業はトレンドの変化にあわせて社員を解雇し、新たな人材を雇用できる。人材の入れ替わりが前提となるため、知見の共有やマニュアル化も進展する。2000年代以降、ゲームの大作化にともなって、日本にかわってアメリカのゲーム産業が世界を牽引するようになったのには、こうした理由もある。人材の流動性が低いからこそ生まれる「社風」 もっとも人材の流動性が低いからこそのメリットもある。企業内に暗黙知が蓄積されやすく、それが企業ごとの特色、すなわち「社風」となって開発に反映されるため、世界に一つしかないユニークなゲームが生まれやすい点だ。この点において「日本語」というニッチな言語を主体とする日本企業は、世界の中で大きな可能性を秘めている。この頂点に位置するのが京都に本社をおく任天堂だと考えればわかりやすいだろう。 ここで改めて指摘しておきたいのは、日本的な雇用慣行がゲーム開発に影響を与えているとしても、そこには善し悪しがあるということだ。そのため企業には人材の流動性が低くなりやすい日本社会の現状や、技術革新が非常に早く自己研鑽が求められがちなゲーム業界の現状を念頭に置いた上での、現実的な採用計画や採用手法が求められる。それが実現できなければ、企業の将来も危うくなる。 中でも重要なのは、暗黙知に陥りやすい企業のノウハウ、言い替えれば「社風」をできるだけ明文化していくことだ。前述したように企業が社員に求める人物像は、どこも比較的似通っている。その一方で社風は企業ごとに異なっており、社員の行動規範に対して間接的な影響を与えている。いわば社風は創造性を育む温床だといえる。逆にどれだけ優秀や人材でも、社風にそぐわずに短期間で離職する例は少なくない。 問題は社員が社風を当たり前と捉えがちな点だ。そのためには他社からの転職組の体験談が参考になる。どのような理由で転職を決め、企業に対してどのように適合していったのか、社内でヒアリングを行うのだ。これはまた、転職者の精神的なケアにもつながる。これらはゲーム業界に固有の問題ではないが、ゲーム業界では特に必要だともいえる。ゲームは人が作るものであり、会社にとって人材は最大の資産だからだ。

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    日本でも配信開始 なぜ世界中が「ポケモンGO」に熱中するのか

    より転載)    人気キャラクター「ポケットモンスター」の世界観を実世界で楽しめるスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」の配信が日本でも始まった。米国を中心に世界中でヒットしていることを受け、ポケモンを生んだ任天堂の株価がうなぎ登り状態だ。ポケモンに関連する銘柄の株価も軒並み上昇するフィーバーぶりで、市場関係者の間で「ポケモノミクス」と呼ばれる盛り上がりを見せている。なぜ世界中が一つのゲームに熱中するのか? ポイントをまとめた。 ポケモンGOは、空想世界の生き物「ポケモン」をスマホ上で捕まえ、育てたり、プレーヤーの間で交換したり、対戦させたりするゲームだ。スマホの画面越しの風景にポケモンが出現し、対峙する。速く捕まえないと逃げられてしまう。そんな切迫感もあり、ゲームの主人公になったかのような気分を味わえるのが魅力だ。今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破 特定の場所、タイミングにしか現れない「レアキャラ」もいる。それを実現するのは、拡張現実(AR:Augmented Reality)や衛星利用測位システム(GPS)で、最新技術を駆使した新感覚のゲームだ。プレーは基本的に無料。スマホにアプリをダウンロードすれば遊べる。ただ、ポケモンを捕まえるのに使う「モンスターボール」などを追加で入手する際に課金される仕組みとなっている。 アプリは任天堂と、関連会社でカードゲームなどの商品やイベントを企画する「ポケモン」(東京都港区)、米国の「Niantic(ナイアンティック)社」の3社が組んで2013年にプロジェクトが始動、開発した。ナイアンティック社は、グーグルから独立したスタートアップで、ARを応用したゲームをいち早く手掛け、コアなファンを獲得している。 役割分担として、開発・発売元となっているのはナイアンティック社、アプリ配信に合わせた説明書の作成や告知・宣伝をポケモン、そしてゲームに関する重要な情報を通知する腕時計型の装置「ポケモンGO Plus」の開発を任天堂が担った。 ポケモンは1996年2月に任天堂の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の専用ソフトとして発売された。ソフトは赤と緑の2種類あり、それぞれで出くわすモンスターが一部異なる。友人同士で捕まえたモンスターの対戦や交換ができることも受け、赤と緑合わせて計200万本を超える、任天堂の代表作の一つとなった。爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇 今年で発売から20周年を迎えた。発売当時、子どもだった世代は大人になったが、継続的なファンは多い。新シリーズのソフトが続々と登場し、アニメや映画にもなっており、現代の子どもにも受け入れられている。海外でも人気で、世代と国境を越えて愛され、今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破した。 爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇している。株価は19日に配信前の2倍を上回る3万円の大台を突破し、約6年ぶりの高値を付けた。時価総額も5兆円に迫る勢いだ。また、ポケモンGOと提携すると発表した日本マクドナルドホールディングス株も急騰するなど、ポケモンとの相乗効果が期待できる銘柄が買われ、市場は活況に満ちている。 ポケモンGOの大ヒットを受け、ひとまず株高という好影響は出ているものの、今後の対応次第では市場やファンの失望を買いかねない。今のお祭り騒ぎに慢心せず、再び時代に残る名作、人気キャラクターを創り出していくことが期待されている。 日本でのヒットはまず間違いないと確実視されているものの、アプリ自体がもたらす収益が、任天堂の業績を押し上げるかは未知数の部分がある。課金などによるアプリの収益配分は不明だが、開発主体のナイアンティック社が多くを占めるとみられるからだ。任天堂が得るのは「ポケモンGO Plus」の売り上げや、32%を出資しているポケモンによる間接的な利益が中心となる。 ポケモンGOは7月6日に米国、ニュージーランド、オーストラリアを手始めにリリースされ、英国、スペイン、カナダなど30カ国以上で始まっている。今後も中国や韓国など配信地域は拡大する見通しで、未配信の国ではツイッターなどで「まだー?」とため息交じりに待ちわびているファンらの投稿が絶えない。任天堂とグループ会社などが開発したゲーム「ポケモン」=米カリフォルニア州(ロイター) ポケモンGOに好意的な意見が多い一方、批判もある。街中や施設内、浜辺など「神出鬼没」のポケモンを、プレーヤーはスマホを見ながら探すため、熱中するあまり転んだり、人や物にぶつかったりといった事故が多発。また、墓地や慰霊施設といった神聖な場所にも現れているため、宗教団体から批判の声が上がるなどのトラブルも相次いでいる。

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    急拡大するソーシャルゲーム 世界で勝てない日本のゲーム業界

     [WEDGE REPORT]WEDGE編集部 米アップル社のApp StoreからダウンロードするゲームやFacebook内で仲間と楽しむソーシャルゲームの市場が急拡大している。一方で家庭用ゲームの市場は縮小の一途を辿り開発者たちも次々と家庭用からソーシャルゲームに鞍替えしている。家庭用ゲームが消滅するわけではないが、旧来型の開発体制や流通構造を見直さなければ「クールジャパン」の象徴であるゲーム業界は世界で勝てない。 「発売から半年も経過せずに、しかもこれほど大幅な値下げをしたことは、任天堂の過去の歴史にはありませんでした」 2011年度に全世界で1600万台という目標を掲げながら、4~6月の販売数が71万台と販売不振に苦しむ、任天堂の最新携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」。打開策として同社は7月28日に1万円の値下げを発表した。冒頭の言葉は、そのことに触れた岩田聡社長の弁である。年末には、ビッグタイトルを投入することで巻き返しを図ると宣言したが、株価は下げ止まらず5年10カ月ぶりの水準にまで落ち込んだ。 「お客様から(中略)ご期待いただいている水準に達していないと、深く反省するとともに、心よりお詫び申し上げます」 累計販売数は1億本以上。日本を代表するゲームである「ファイナルファンタジー(FF)シリーズ」。その、最新作FF14(Windows版)の発売から2カ月後の昨年12月10日。発売元のスクウェア・エニックスの和田洋一社長は、謝罪コメントと、プロデューサーの更迭を発表した。家庭用ゲーム機プレイステーション3版の発売時期は未定のままだ。6750万人が遊ぶゲーム トラブル続きの日本のゲーム業界。「クールジャパン」の代表格だが、「世界一」とは言えない状況だ。 1990年代後半、日本の家庭用ゲームソフトは欧米市場で半数近いシェアを占めていたが、最大の北米市場でも3割まで低下した。10年、日米英で任天堂の「ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii」は580万本販売されたが、最も売れたのは米国のActivisionが発売した「Call of Duty: Black Ops」で1540万本だった。ニンテンドーDSは全世界で1億4000万台以上売れたが、ユーザー数が7億人以上とされる世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)Facebook内では数千万人が遊ぶ「ソーシャルゲーム」がいくつもある。 ソーシャルゲームとは、基本的に無料で1人でも遊べるが、他人と協力し、課金アイテムを購入することで、有利に進められるゲームだ。代表的なのは、アメリカのZynga(ジンガ)社が提供する「FarmVille」で、ユーザー数は6750万人(10年月間平均)である。 「ソーシャルゲームとかネットの世界が盛り上がる一方で、任天堂はパッケージソフトが中心。自分のやりたいことができないから会社を辞めました」 こう語るのは、約10年働いた任天堂を退社し、08年にゲーム開発会社entersphere(東京都・町田市)を立ち上げた岡本基氏である。岡本氏は、任天堂の情報開発本部でフィットネスゲーム『Wii Fit』のトレーニング及びバランスゲームの内容を考える、トレーニングディレクターなどを担当していた。現在は、会員が150万人を越えるソーシャルゲーム「ヱヴァンゲリヲン」などのヒット作品を手がけている。拡大するソーシャルゲーム市場 右表のように、ソーシャルゲームの市場規模は今後拡大が見込まれる。家庭用ゲームが主力の世界最大規模のゲームソフトメーカー、米Electronic Artsは1000人規模のリストラを実施する一方、ソーシャルゲームなどに強いPop Cap Gamesを7月に買収。国内SNS大手のグリーも、米大手ソーシャルゲーム関連のOpen Feintを今年の4月に買収した。 家庭用ゲームソフト大手のカプコンで、「ロックマン」シリーズなどを手がけた名物クリエーターの稲船敬二氏は同社を退社し、昨年12月に「comcept」を設立。今年の秋にソーシャルゲームの新作を出すと発表した。 一方、苦戦しているのが家庭用ゲームだ。国内の家庭用ゲームソフト市場は10年近く3000億円前後で推移。海外市場も、08年には米国で1兆2000億円、欧州で1兆円前後あった市場規模がそれぞれ10年には、1兆円、8000億円まで下落した(ファミ通ゲーム白書2011より)。上表のように、今後も下落を続けるという調査結果もある。 簡潔にいえば、1台数万円するゲーム機と、4000~6000円のゲームソフトを購入して初めて遊べるのが家庭用ゲームの特徴だが、ソーシャルゲームはパソコンや携帯電話、スマートフォンで遊べる。 スマートフォンにネット上からダウンロードして遊ぶゲームも一般的になった。無料のものが多く、有料でも1本100円~1000円台が大半だ。家庭用ゲームは、実際に遊んでみないと楽しさが分からないというリスクがある。値段が安ければ、面白くなくても懐は傷まない。価格の点でも家庭用ゲームは不利な状況である。 通信規格が3G以上の携帯電話は、日本ではほぼ普及率が100%だが、いちよし経済研究所の調べでは、北米では10年の59%から15年には95%へ、西欧でも47%から80%に達する見込み。スマートフォンの普及率も、日本が7%から80%、北米で33%から84%、西欧で24%から56%と予測されている。ソーシャルゲーム市場はますます拡大していくだろう。ユーザー目線なき流通構造ユーザー目線なき流通構造 「メーカー、流通、ゲーム雑誌の関係を見直さないと、日本の家庭用ゲーム産業は負のスパイラルから抜けられない」 あるゲームソフト会社社長は、ゲーム業界の状況をこう憂えた。象徴的事例が、昨年12月に発売されたニンテンドーDSのゲームソフト「二ノ国 漆黒の魔導士」である。 「二ノ国」は、スタジオジブリがアニメーション作画、久石譲氏が音楽、企画・制作を「レイトン教授」シリーズ等のヒットを飛ばすレベルファイブが担当。NHKスペシャルの「世界ゲーム革命」でも紹介され、業界団体主催の日本ゲーム大賞「フューチャー賞」を受賞。ゲーム雑誌大手の『週刊ファミ通』において、「プラチナ殿堂入り」するなど高評価を受けた。 だが、発売初週の消化率(出荷本数に対して売れた割合)が33%と低迷。家庭用ゲームソフトは小売店の買い取りが基本なので、在庫消化のために安売りの対象となった。 近年の家庭用ゲームの不振から、新作が手堅く売れるシリーズ物に偏重するなか、ヒット確実視の作品が躓いたことは、「市場の縮小傾向に拍車をかけた」(関係者)との指摘がある。 「二ノ国」は業界内で評判が良かったが、過剰に小売店が仕入れた原因の1つは、「仕入れ担当者がゲーム雑誌の評価やメーカーの実績をもとに仕入れる量を決めている」(ゲームソフト会社幹部)点にある。 ゲーム雑誌で高評価を得る要素は、単純にゲームの面白さだけではない。「ゲーム雑誌にとって、メーカーは広告のクライアント。雑誌とは別に、人気ゲームの攻略本は数十万部売れるドル箱で、出版にはメーカーの協力が必要。ビッグタイトルに低い点数はつけにくい」(関係者)事情があり、ユーザーの視点がないがしろにされやすい面がある。 また、「メーカーも、高評価を得るため過剰に広告費を支払っている面もあり、しわ寄せが開発費にきている」(前述のゲームソフト会社社長)。 メーカー、雑誌、小売りの都合が優先され、業界とユーザーの間に距離感が生まれている。開発現場は町工場レベル開発現場は町工場レベル 「日本のゲームソフト開発現場は、言葉は悪いですが町工場レベル。合理的な開発スタイルを採用した海外勢に追いつかれてしまった」 家庭用ゲームソフトの開発を行うゼロディブ(東京都・千代田区)の原神敬幸社長は、こう警鐘を鳴らす。 海外のゲームソフト開発の現場では、「ゲームエンジン」と呼ばれる、主要な処理を行う共通プログラムが普及している。例えば、ゲーム上で人間が「歩く・走る」といった動作を一からプログラムする必要がなくなり、開発の省力化につながる。その分、操作のし易さや、効果的な演出など、「ゲームをいかに面白くするか」という部分に専念できる。 「日本の開発者は、人間の動作ひとつにも細かいこだわりを持ち、一からプログラムしなければ気が済まない人も多い」(原神氏)ため、海外勢にあっという間に開発ノウハウの面で追いつかれたという。 開発プロセスも内向きだ。アメリカでは、多数のテストプレーヤーを雇い、上げられた声を開発にフィードバックする。冒頭で紹介したファイナルファンタジーの謝罪文において、プロデューサーの田中弘道氏は「構造的な問題でユーザーの皆様からのフィードバックを迅速に反映することができませんでした」と述べている。同社広報も「発売前にテストプレイは実施した。だが、その意見を十分反映できた訳ではなかった」と語る。日本のゲームソフトは「プロデューサーの作品」という色合いが強く、開発に外部の目が入りにくくなっている。 リスクの少ない国内に安住し、海外の市場開拓を怠った面もある。家庭用ゲームの黎明期、国産ゲームは黙っていても海外で売れた。だが、ゲーム機の性能向上に伴い、表現方法が多様化し、国ごとの好みがはっきりと分かれてきた。 現地のニーズを取り入れるため、海外スタッフの活用を試みたが失敗も目立った。「何でも言うことを聞く国内協力会社との仕事が中心のプロデューサーも多く、言語や文化の違うスタッフを満足に使いこなせなかった。数十億円の損失を出した会社もあった」(業界関係者)。成功事例もあるが「リスクを冒すより利益の出る国内市場に注力しようという雰囲気だった」(前述の業界関係者)という。 日本のメーカーにとって、国内市場は今も重要な位置を占める。だが、旧態依然とした体制を温存したままでは、海外に打って出る力を蓄えられないばかりか、国内ユーザーにも見限られるだろう。

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    「初めて触れたときのワクワクを思い出して」 TVゲームは一生の伴侶

    畑史進(フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター) TVゲーム初体験を覚えているだろうか? 僕よりも高い年齢の方ならファミコン、SG-1000より以前のハード(ゲーム機)カセットビジョン、ゲームウオッチ、テレビゲーム15だろうか?それともテレビテニスだろうか?僕と同年代の方ならスーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン。若い方だとゲームキューブ、プレイステーション2、Xboxという方もいるでしょう。 TVゲームと言うのは面白いもので、家電製品、アクセサリー、衣服などとは違って「本体・ハード」だけではTVゲームとの出会いは始まってすらいない。「ゲームソフト」を買って「本体」にセットして初めて本当の出会いが始まるのだ。 さらに面白いのは、両親や親しい人から梱包(こんぽう)紙に包まれてプレゼントされたり、ある日突然家で本体の箱を目にした瞬間にいろいろ心がワクワクしたではないだろうか? 「これから何が始まるんですか?」 「あのゲーム・このゲームがやってみたい」 「TVゲームだ!すぐに開けなきゃ!」etc… またこんな経験もあったはずだ、興味ない自分の中では「クソゲー」同様のゲームをプレゼントされ、とりあえずと思って触ってみるとガッツリハマってしまったこともあるはずだ。その時皆さんは間違いなく熱中していたのだ。 僕が生まれた頃には既にTVゲームはバブルが大きくなる象徴のように空前の大ブーム真っ最中であった(らしい) 僕のおやじの世代は「インベーダーゲーム」が喫茶店を始め大ブームになり「ギャラクシアン」「パックマン」「マリオブラザーズ」「ドンキーコング」等のアーケードゲームが隆盛し、日本中の100円玉がゲーム筐体に吸い込まれ、その行く先にファミコンのような家庭用ゲーム機が誕生し、ゲームセンターに行かなければできないようなゲームたちが、家庭でもカラーテレビにつなげば家でも気軽にお金のことを気にせず思う存分ゲームができるという時代だった。かなりの衝撃だったと思う。 話は脱線するが、「ドンキーコング」等多くのアーケードゲームは日本より先にアメリカでは「インテレビジョン」「コレコビジョン」「ATARI2600」で発売されていた。 ファミコン本体の値段が1万4800円でソフトが一本5千円程度。 2万円でお気に入りのアーケードゲームが遊び放題、200回も遊べば十分もとが取れる(ただしアーケード版とは違う箇所がグラフィックなど多くあり、説明はここでは割愛する)。 しかし、それだけで終わるのではなく魅力的なソフトも多くSG-1000やファミコン向けに発売され瞬く間に家庭用ゲーム機は家庭の中心的存在になった。その象徴として、当時幾つかの日本映画にもファミコンがカメオ出演していた。「マルサの女」では「スーパーマリオブラザーズ」が映り、「男はつらいよ」でも寅さんのおい、満男の部屋にはスーパーファミコンが置かれた。ファミリーコンピューター 多くのソフトメーカーが生まれ、ファミコンの普及にあやかって自分たちのアイデアを披露してきたのもこの頃が特に多かった。「ロックマン」「悪魔城ドラキュラ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「スウィートホーム」等アーケードゲームでは味わえないジャンルのゲームが生まれ、「ポートピア連続殺人事件」「ファミコン探偵倶楽部」「探偵神宮寺三郎」など、まるで小説を自分自身が入り込んで体感するような芸術性あふれるゲームも次々出てきた。 またファミコンをパソコンとして考えてみると敷居が非常に低くゲームをプレイしてマイコンに興味を持ち、自身も新たな作品を披露したくなるという相乗効果もあり、パソコン普及にも一役買ったのは間違いないだろう。 僕の初めてのTVゲーム体験はアーケードゲームではなくシャープから発売された「ツインファミコン」でのディスクシステム版「スーパーマリオブラザーズ」だった。3,4歳の頃とうっすらと覚えているのはダッシュからのジャンプができなくてただ穴に落ちるのが面白かったことだ。幼稚園の頃には「ウルトラマン倶楽部 怪獣大決戦」にドハマリ。数多くあるファミコンゲームの中でも特にお気に入りのゲームで今でも自身のオールタイムナンバーワンファミコンゲームだ。それからはさまざまな友達の家に方々訪ね歩いて自分の家では買ってもらえないさまざまなゲーム機・ソフトに触れてここに至るわけです。「初めて触れた大変」こそ重要 こう思い返してみると、若い人たちにとってはファミコンがいかに素晴らしいものだったのかと聞こえてくだろうが、それは違う。 今を生きる人たちにとっても、TVゲームとの出合いは人それぞれであり、それぞれの入り口となったゲーム機、ゲームソフトがあるはずだ。僕も当然Nintendo64以降はその時代にいたので背景は理解できるが、初めて触れた体験ではない。「初めて触れた体験」そこにおのおの一度ぶり返って思い出してほしい。 その時には高騰したワクワクがそこに実際あったわけだ、いやあったはずだ。ゲームボーイやスーパーファミコンなどのゲーム機 現に僕もいまだに新しいゲーム機が出ると発売日にお店にすっ飛んでいき、「ワクワク」しながらゲーム機とソフトを抱えて6畳一間の部屋に(引っ越ししたい)帰ってきて「ウキウキ」してセットしている。新作のゲームが発表されると「ワクワク」して発売日まで待ってしまうそれらが自分にとって未体験ゾーンだったら尚更だ。 「クソゲー」なんてつかまされた日にはスイッチオンにして開発者、クリエイター相手に怒り狂う。傍から見ればただの危険人物かもしれないが、「ゲーム好き」がやってるただの一興であり時間もたてば笑い話にしてしまう。 何が言いたいのか? 単刀直入に言いましょう。「そのワクワクをいつまでも捨てないでほしい」と声を大にして言いたいのだ。 TVゲームに飽きたという人から話を聞くと多くの人が「複雑になった」「ワクワクしなくなった」「いい年して恥ずかしくなった」「ファミコンが至高だった」と多くの人が答えるのだ。 そんな理由で良いのか!?今でも多くのゲームクリエイターたちがアイデアを巡らせ素晴らしい、心から面白いといえるゲームが作られている。 日本は世界中から尊敬されるほど多くの名作ゲームが生み出され、「ユートピア」としてみられていたことを読者の方はご存じだろうか?いや今でもそう見ている人たちは多いといっても過言ではない。「日本ならでは」の素晴らしいアイデアの詰まったゲームは世界からも絶賛されリスペクトされ、尊敬されるクリエイターも多い。 現にディズニー作品「ミッキーマウス!」という作品ではミッキーが作中「トーキョー」に訪れた際に一部の画面がファミコンテイストになるワンシーンもあるほど。 去年は「ピクセル」という映画も公開されたが出てくるほとんどの元ネタのゲームは「日本製」だったのだ しかし日本のTVゲーム事情は一時よりも随分と下火になった。 スマホゲームの台頭もその原因だろうが、それだけではない。 あらぬ根拠を世に垂流したえせ学者が支持を得たりとTVゲームは人気者の宿命を経てすっかり縮こまってしまった。 皆さんにはそのようなことを忘れて(なかったことにして)、かつて好きだった人は今一度自分自身の心に問いかけてほしい。その時のワクワクを「世間と切り離して」思い出してほしい。ゲームに夢中になったあの時の出来事をそして再び手にとってほしい。 未だ触ってすらいない人は一度でも良い、食わず嫌いにならずに触ってほしい。 もしもいまだにファミコン・スーパーファミコン様なゲームがプレイしたいのであれば、広く探せば必ず有志が作って、さまざまな販売もされているので手にとってプレイしてほしい。 必ずスマホゲームとは違う、気軽に、気兼ねなく、夢中になれるゲームがそこに有る! (毎週木曜日掲載)畑史進 フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター。日々、ゲームネタを漁りながらニコ生放送にも出演。スター・ウォーズ解説員、TVゲーム解説員としても活動中。

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    開く「洋ゲー」との差 凋落著しい元ゲーム王国・日本

    稲田豊史(編集者・ライター) かつて日本のゲームは世界を席巻していた。コンテンツ産業代表格、ゲームの今を追う。 1990年代から2000年代初頭にかけて、日本のゲームメーカーは綺羅星のごとく世界を席巻していた。 しかし13年、世界でもっとも売れたゲームソフトは米ロックスター・ゲームス社製の『グランド・セフト・オート(GTA)V』だ。9月17日の発売日から6週間の出荷本数は、プレイステーション3(PS3)版とXbox 360版を合わせてなんと2900万本。14年3月までの販売本数は3300万本に達している(いずれも発売元発表)。驚異的な数字である。対して13年度の国内販売数ベスト1である『ポケットモンスター X・Y』(任天堂)の世界での販売本数は1200万本近く、(14年4月の海外向けリリースによる)。『GTA V』の3分の1強に留まっている。Xbox版とPS3版を合わせると、「Grand Theft Auto V」は約3000万本 「Call of Duty:Ghost」は約1500万本を売り上げている据え置き機用のゲームソフトだけでみると、海外ゲームの「Grand Theft Auto V」が1位 現在の世界市場を席巻するのは紛れもなく海外ゲーム、いわゆる「洋ゲー」だ。その大きな特徴が、莫大な製作費である。たとえば『GTA V』の場合、製作費はなんと2億6500万ドル(約270億円)。ハリウッド超大作の映画『パシフィック・リム』の製作費が200億円程度なので、それをはるかに凌駕する規模だ。日本のゲームにはない魅力 市場が世界だからこそ打てる博打である。「海外の大作ゲームは、5年かけて100億円以上費やして製作し、世界で500万本売れればペイ、みたいな世界。日本のメーカーは到底太刀打ちできない」─。そう語るのは、今年6月に日本発売された海外ゲーム『ウォッチドッグス』(ユービーアイソフト)の日本語版翻訳監修を担当した脚本家の佐藤大氏だ。日本のゲームはその大半が日本人固有の嗜好に合わせて作られているため、マーケットが国内に限られてしまう。米国で1年に1度開催される、世界最大のコンピューターゲームイベント「E3」 (BLOOMBERG/GETTYIMAGES) 『GTA V』は「ゲーム内に作られた架空の州で主人公が自由に動きまわり、様々な犯罪に手を染める」という内容のゲーム。製作費をかければかけるほど、3DCGで作り込むゲーム内の世界を広くして、細部までリアルに描くことができる。製作費が作品の魅力に直結しているのだ。 ちなみに同作にはハリウッド女優のリンジー・ローハンをモデルにしたと思しきキャラクターが登場するが、CGがあまりにリアルで似ていたために当のリンジー本人が激怒。発売元を訴えるという珍事件も起こった。 もう1つ、日本のゲームにはない魅力が、過激な表現だ。多くの海外ゲームでは、プレイヤーが様々な武器を駆使して殺人等の犯罪行為を行うことができる。バイオレンス映画さながらの残酷な流血描写が含まれるものも多く、公共施設の破壊や器物破損もお手の物。そのため、販売に際しては海外でも日本でも年齢制限が設けられているが、国内のゲームに飽きた日本のコアなゲームユーザーが、刺激を求めて海外ゲームに流れている一側面もある。「GTA V」のゲーム画面。1つの州の街、山、海等の景色が、驚くほどリアルにつくられている (ROCKSTARGAMES/CAPCOM)ハリウッドとの蜜月度も高い 海外ゲーム業界はハリウッドとの蜜月度も高い。『バットマン』や『トゥームレイダー』をはじめとした映画のゲーム化、ゲームの映画化が絶え間なく行われているほか、13年11月に発売され、年内に世界で1400万本以上を販売したゲームソフト『コール オブ デューティ ゴースト』は、アカデミー賞脚本家のスティーヴン・ギャガンがストーリーを執筆して話題を呼んだ。有名俳優がゲームにCGとして登場するケースもある。若者の映画離れが進み、DVD等のパッケージソフトの売上も右肩下がりで苦しむハリウッドとしては、勢いのあるゲーム業界に近づいておいて損はないというわけだ。同じく「GTA V」のゲーム画面(ROCKSTARGAMES/CAPCOM) 佐藤氏は、海外ゲームソフトメーカーとのビジネス経験からこう語る。「今や北米のCGクリエイターの間には、映画会社に就職するよりゲーム会社に就職したほうが良い仕事ができるという認識があります。有名ゲームにスタッフとして参加してから、その輝かしいキャリアを携えて映画業界に行く人も増えていますね」。 親和性が高いのはハリウッドだけではない。たとえば『GTA V』をプレイ中に、ゲームの世界にあるラジオから流れる曲はすべて現実に存在する既存曲であり、使用料ビジネスが生まれている。リアルな世界観を構築するためには実在のアーティストが発表した曲であることが重要、という開発側の判断だが、もう1つ。音楽業界側がプロモーション目的でゲームに楽曲を提供することもあるのだ。 「『GTA V』のように、ゲーム内の世界が広大に構築されているゲームは、一度はじめると何時間にもわたってその世界に居続けることができるので、そこで目に入る商品や、BGMとして鳴り続けている音楽をつい買いたくなってくるんです。一種の洗脳ですね(笑)」(佐藤氏)。昨今のゲームは、ネットやTV以上にプロモーションメディアとして優秀なのだ。世界での日本市場の地位低下世界での日本市場の地位低下 一方、日本における海外ゲームのユーザー数ははそれほど多くない。海外事情に詳しく、『ゲームになった映画たち 完全版』(マイクロマガジン社)という編著もあるライター・編集者のジャンクハンター吉田氏はこう推測する。「国内の海外ゲーム人口は多くて20万から30万人。そのうちヘビーユーザーは5万人くらいで、最も濃いマニアは2万人程度しかいない」。 実際、世界一売れた『GTA V』ですら、日本における13年の販売数は60万本程度。世界売上の3000万本からすると日本の市場シェアはたったの2%ということになる。英ガーディアン紙は今年2月、「日本市場は02年に世界のゲーム市場の50%を占めていたが、10年には10%にまで低下した」と報じている。日本市場の地位はここ10余年で急降下しているのだ。 そのため、海外のゲームメーカーは近年、日本市場をかなり軽視している。その証拠に、マイクロソフトが13年11月22日に欧米ほか世界で発売したゲーム機「Xbox One」の日本発売は、遅れに遅れた9カ月以上あとの14年9月4日。「そもそも日本には海外ゲームメーカーの日本法人が少ないんです。『コール オブ デューティ』シリーズのアクティビジョン社も、08年に日本から撤退しました。そこそこ大きな作品であっても、日本では売れないからといって、日本語版を製作しない海外ゲームもあります」(吉田氏)。 実は日本のメーカーであるソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が発売したゲーム機「プレイステーション4」の日本発売も、北米リリース(13年11月15日)から約3カ月後の14年2月22日だった。国内メーカーまでもが国内市場を軽視しているのだ。日本メーカーであるSCEでさえ、PS4の販売を遅らせるほど、日本市場は縮小している (BLOOMBERG/GETTYIMAGES) 海外製ゲームが日本で売れない理由の一つが、日本ではここ数年、据え置き型ゲーム機より携帯型ゲーム機が優勢であるという市場特性だ。 00年代前半以降、日本では通勤や通学時に手軽に遊べる携帯電話のゲームや携帯型ゲーム機にゲームの潮流が移っていった。対する北米などでは車での通勤・通学が多いので、携帯ゲームは日本ほど浸透せず、リビングでやる据え置き型ゲーム機が根強い人気をキープし続ける。よって海外展開する超大作・話題作は基本的に据え置き型ゲーム機用として開発されるのだ。 もう1点。特に00年代後半の米国において据え置き型ゲーム機は、単なるゲーム専用機とは思われていなかった。PS3やXbox 360といったゲーム機には、ネットフリックスやHuluといった映像配信サービスを受けられるアプリが用意されているため、「息子が買ったPS3で、父親が配信で映画を観る」といったシチュエーションが成立したのだ。いまだパッケージのDVDレンタルが主流の日本では、このようなことになりそうもない。「ゲーム王国ニッポン」の凋落「ゲーム王国ニッポン」の凋落 海外ゲームが国内で売れないだけでなく、日本製のゲームもかつてほど海外では売れていない。吉田氏は、日本のゲームが世界で勝てなくなってきた時期を00年代初頭と指摘する。きっかけはプレイステーション2(PS2)の発売だ。 「00年3月に発売されたPS2はマシンの性能が飛躍的に上がったため、性能に合わせたゲームソフトの開発に、より多くの費用、時間、そして人員が必要となりました。だけど開発費が2倍になったからといって、ソフトが2倍売れるわけじゃないですよね」。そんな状況下、01年にNTT docomoのiアプリが登場し、大ブレイクを果たす。ライトなゲームユーザーは、何千円もする重厚長大なゲームソフトから離れ、月額たった300円で楽しめる手軽なミニゲームに余暇時間を割くようになったのだ。携帯電話の爆発的な普及期であったことも、その傾向に拍車をかけた。 PS2にDVD再生機能が搭載されていた点も無視できない。当時はまだ高価だったDVD専用プレーヤー代わりの「最も安価なDVDプレーヤー」として、PS2で映画ソフトを観るユーザーが激増。皮肉なことに、PS2自身が消費者をゲームから遠ざけたのである。プレイステーション 2 (PS2) 開発費が上がり、しかもかつてのようにソフトが売れないとなれば、ゲームソフトメーカーの経営は守りに入る。野心的・革新的な企画よりも、堅い売れ行きが見込める無難な企画が多くなるのは当然の帰結。この時期からゲーム業界は「従前のヒット作の続編」や「有名アニメの原作もの」ばかりを連発するようになる。 下手にオリジナルの新作を開発するより続編を作った方が安全。たとえ前作の8掛けしか売れなくても、大コケするよりまし─そんな考えがゲームソフト業界を覆っていった。実際、「90年代にはゲームっ子だったのに、PS2発売直後くらいからゲームから離れた」という現在20~30代の男性は多い。00年代前半に新鮮味のないソフトばかりが発売され、うんざりしはじめたのだ。当然、「ゲーム王国ニッポン」の海外での評判も、徐々に陰りが見え始める。 そんなとき、彗星のごとく登場したのが、01年10月にPS2で北米版が発売された『グランド・セフト・オートⅢ』だった。「自分が悪役になれる。街を自由に動きまわれる。大人が遊べる画期的なゲームだった」(吉田氏)。 『GTA Ⅲ』の世界的ヒットを機に、海外ゲームの市場は急伸長を遂げていく。のちに『GTA』と並ぶ大ヒットシリーズに成長する『コール オブ デューティ』の1作目が登場したのは2年後の03年。以降、世界市場における日本と海外の地位は逆転する。 実は14年現在に至るも、国内ゲーム業界の状況は当時とそれほど変わっていない。莫大な製作費を安全に回収するためには、続編か人気アニメ原作しか企画を通せないのだ。 もう一つ、日本のゲームが世界と戦えない要因がある。「どうやってマネタイズするか、といったビジネス面が後れている」(佐藤氏)というのだ。 例えば海外ゲームは、企業広告や商品名をゲーム中に表示させるプロダクトプレイスメントに積極的だが、日本ではあまり浸透していない。「日本におけるゲームは、まだまだ『趣味』。アメリカでは『産業』であり『文化』。趣味にはスポンサーという考え方がないですし、日本のユーザーはそういった商売っ気を毛嫌いするので、根付きませんでした」(吉田氏)。 また、海外ゲームには出資を得るためのファンドが存在するが、日本にはほとんど存在しない。ファンド会社が少ないという事情もあるが、そもそもエンタメ作品の収益性を正当に評価できる人間が金融業界に少ない、という事情もある。 さらに、アメリカでは娯楽産業の法律まわりを専門に請け負う法律家である「エンタテインメント・ロイヤー」という職業が確立しており、彼らとエージェントがタッグを組んで、資金集めや契約、マーケティング、プロモーションなどを行っている。日本のゲーム業界が世界に打って出るには、まずはビジネスのプロを育成するところからはじめなければならない。「五右衛門風呂」から脱出せよ「五右衛門風呂」から脱出せよ 日本の携帯電話産業はガラパゴス化の末に国際競争力を失い、「ガラケー」と揶揄されるまでになってしまった。結果、日本ではアップルのiPhoneやサムスンのGalaxyといった海外製端末が市場を席巻している。 現在の国内ゲーム市場も、完全にガラパゴス化しているといってよい。日本製ゲームはごく一部を除いて海外では売れず、海外展開に積極的なメーカーはコナミやカプコンなどごくわずかだ。 これで国内ゲーム市場が順風満帆であればガラパゴスであっても問題ないのだが、無論そうではない。13年の家庭用ゲームソフト市場は約2537億円(CyberZとシード・プランニング共同調べ)。これはスマートフォンゲーム市場の5468億円の半分以下。この小さな、しかも縮小の一途をたどっているパイを、任天堂やセガ、コナミやカプコンといった大手ゲームメーカーがとりあっているのだ。 これはまるで、小さな五右衛門風呂にぎゅうぎゅうに詰め込まれたゆでガエルのような状態だ。狭いスペースの争奪戦。しかもお湯は煮えたぎり、苦しみが増すばかりの我慢大会である。しかし世界には大きな市場が広がっている。ガラパゴス化を食い止め、世界市場に打って出るためには、狭苦しい湯船から脱出する覚悟が必要だ。 日本ゲームが世界を席巻し、再び「ゲーム大国」に返り咲く日は、果たして来るのだろうか?

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    伝説のクソゲー 楽しいかより楽しむスタンスこそ大事

    1度はつかまされたことがあるだろう。しかしそれは本当に「地雷」だったのか、「クソ」だったのか。風俗、ゲームから端を発し、仕事への姿勢まで、作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が考察する。 * * * もう、だいぶ前ですが、『週刊SPA!』の7/17発売号に「[風俗大ハズレ体験]地獄変」という特集が載っていました。タイトルだけでのけぞりそうになりましたが、内容はそれ以上でした。「ソープに行ったら、友達の母ちゃんが出てきた」「暴力を振るわれた」なんていう凄い話が出ていましたよ。 同じ号だったと記憶していますが、同誌での風俗ライターなどによる座談会が熱かったです。その中で、ある風俗ライターが良いことを言っていたのですよ。「風俗嬢に地雷女なんて、いない。どの嬢とも、その時間、どう楽しむかという視点が大事なんです」そんな内容でした。この話を聞いて、なるほど、物事には「楽しむ」というスタンスが大事なのだと思ったのです。 今年の夏の出来事だったのですが、この話をある公開パネルディスカッションの時に思い出しました。11月2日(金)に阿佐ヶ谷ロフトにて『またーりファミコン語り ~あの日僕たちは少年だった~』というイベントに出演しました。ライターさやわかさんの新作『僕たちのゲーム史』(星海社新書)の発売記念イベントで、彼と私の他に、ライターの赤木智弘さん、西森路代さんの4人でまたーり語りましたよ。80年代に子供だった私たちがあの頃のファミコンと遊びをまったり語ったのでした。現在に続くゲーム史、西森路代さんの女子目線アイドルトークもあり、実に楽しい3時間でした。 そのときにいわゆる「クソゲー」の話が出ました。若い人はクソゲーという言葉自体、知らないかもですね。クソみたいなゲームのことで、面白くないゲーム、明らかにゲームとして崩壊しているものなどを指します。伝説のクソゲーは『いっき』 私の思い出に残るクソゲーと言えば、『バンゲリングベイ』(ハドソン 1985年)というゲームですね。ヘリコプターを操縦して、敵の秘密兵器の工場を破壊するというものなのですけど、なんか地味なのですよ。ただ、あれはあれで良ゲームだったのではないかという意見も出ました。その時も話題になったのですが、このゲームのWikipediaの項目をみると、元々大人向けのゲームだったのに、当時、『コロコロコミック』(小学館)でゲームの告知を行なっていたわけですが、明らかにゲームのターゲットと読者層がずれていたのですね。でも、当時、もともとのゲームの対象に告知できるメディアも少なかったわけで。実際の内容が優れていたとしても、ターゲット以外の人がやるとつまらなく感じるのですね。 他にも、伝説のクソゲーとして「いっき」(サン電子)というゲームがあったわけですが、元々のアーケードゲームはなかなか面白かったそうで、ファミコンへの移植が上手くいかなかったというわけですね。実際にはかなり売れたらしいですが。 ここで思いついたのは「楽しむ」というスタンスです。「楽しい」かどうかではなく、どんなものでも「楽しむ」というスタンスが大事なのではないか、と。そして、「楽しい」ことは「楽」じゃないな、とも。「楽しむ」というスタンスがあれば、あの「バンゲリングベイ」も「いっき」も、もっと楽しかったんじゃないか、と。 もちろん、この「楽しむ」というスタンスはたまに悪用されていて、「やりがいの搾取」が行なわれている明るいブラック企業などでは、きつい仕事、きつい目標を「楽しもう!」という言葉の連呼でごまかしたりしているわけですが。 会社や仕事に対して「嫌なら辞めろ」という論をよく見聞きするわけですが・・・。明らかに自分と合わない場合や、ブラック企業なら別ですが、楽しむというスタンスが大事だと思ったわけです。 私も仕事と大学院の両立にやや悩み気味だったわけですが、困難を乗り越えるプロセスを楽しまなければと思った次第です。クソゲーよりはずっとずっと楽しめるはずです。はい。関連記事■ 自粛・節電ムードで『人生ゲーム』などアナログ玩具が人気■ 【プレゼント】展示機器はプレー無料 ゲームエキスポ入場券■ LINE 人気理由は「スタンプ可愛いからでしょ」と運営社社員■ パチスロ版モンスターハンターが近々登場 ゲーマーも期待?■ ゲームセンターに集まる高齢者「スリルと快感を味わえる」

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    『たけしの挑戦状』には北野映画のエッセンスがつまっている

     家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(任天堂)・通称ファミコンが1983年に発売されると、日本中の子どもたちがゲームに熱狂し、社会現象にまでなった。計1200以上のタイトルが発売されたゲームのなかから、お笑いコンビ「浅草キッド」の玉袋筋太郎が師匠の名前を冠したゲーム『たけしの挑戦状』(タイトー/1986年12月10日発売)を紹介する。 * * * オレが最初に紹介するゲームっていったら、やっぱり師匠のゲーム『たけしの挑戦状』。これしかないじゃない。 このゲームってさ、北野映画のエッセンスが全部つまってるんだぜ。沖縄行ったりとか、街中でヤクザと殴り合いのケンカしたりとか、まんま『ソナチネ』や『アウトレイジ』じゃない!北野武氏 じゃあ、早速やってみよう。ええと、これ最初に何やるんだっけ……。確か「げーむをさいかいする」を選んで、そこにいるオヤジを殴ったら……うわっ! いきなりゲームオーバーだよ。たまんないなあ、最高すぎるよ。 師匠曰くタイトーに行って2時間くらい喋ったらできたゲームらしいけど、う~ん。これはやっぱり大したゲームだ。見てよこの看板、「極東興業」とか「スナックあぜ道」だもん。ネーミングセンスも半端ないよね。 スナックで酒飲むなんて場面もあるけどさ、今はこんなゲーム出せないんじゃないの? 楽しすぎてもう3杯目だよ。そういや、今オレの芸能活動もスナックを中心にしてるからね、ゲームはすべてに通じるわけですよ。あっ、また飲んじゃったよ。このスナックって『2コン』のマイクでカラオケ歌えるんだよね。ちょっとやってみよう……。「こしょうちゅう」ってオイ! いやあ、それにしても主人公が自宅に戻って奥さんに対してやることの選択肢が「かあちゃん ねようぜ」って、すごすぎるでしょ。とりあえず「いしゃりょう はらう」を選んでみるよ。あっ、殴られて死んだ! 難しすぎるよ、ほんと。当時「攻略本を読んでも解けない」って苦情があったらしいけど、納得だね。 そもそもこのゲームって何するゲームだっけ? えっ、たまたま手に入れた地図を頼りに財宝を探しに行く? そうだったっけ? 攻略本持ってたらちょっと見せてくれない?●たまぶくろ・すじたろう/1967年生まれ。お笑いコンビ「浅草キッド」のボケ担当。スナック愛好家として知られる一方、かつてMONDO TVで放送されていた『ゲームレコードGP』のMCを務めるなどゲームにも造詣が深い。関連記事■ 初訪問のスナックで居心地良く過ごす方法を玉袋筋太郎伝授■ スナックの作法 「名刺交換をしてはいけない」とスナック通■ スマホゲームプレイしすぎ無職男 ハロワ待ち時間で腱鞘炎に■ 紳助「出張ホスト業参入でその筋の人にすごまれ廃業」の証言■ 全日本スナック連盟会長・玉袋筋太郎 スナックの良さを力説

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    井山裕太は人類最強の囲碁棋士になれるか

    前人未踏の7冠制覇まであと一勝。日本囲碁界の歴史を塗り替える井山裕太6冠の挑戦がいよいよ始まる。囲碁七大タイトルの最後に立ちはだかるのは十段戦。3年前は同じタイトル戦で敗れ、7冠達成を逃しただけに悲願のリベンジでもある。26歳の天才棋士が「人類最強」の称号を手にする日は近い?

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    刮目して相待つ 井山裕太のただごとじゃない凄さ

    新井素子(作家)   ずいぶん前。井山さんがプロになって驚異の大進撃を始めた頃。(プロ棋士の敬称は、段位で呼ぶか、タイトル保持者ならそのタイトルって決まっているんだけれど、井山さんの進撃は、なんかあまりに凄くて、あっと言う間に段位が変わっちゃったりタイトルが増えていくので、この時の井山さんをどう呼んだらいいのか、今ちょっと判らない。なので、しばらく井山さんって書かせていただきます。) 私、どこかの囲碁イベントで、実際に生きて動いて対局している井山さんを目撃したことがあった。(……って……いや……別に井山さん、珍獣じゃないんだから、この表現はあんまりだ。けど、あの時の気分は、ほんっとに、「わあい、生きて動いている井山さん見ちゃった!」、だった。)  この時、多分、井山さん、公開対局か何かをしていたんだろうと思う。そんで、対局が終わって、質問コーナーになって。「井山くん、この手では、こっちに打つのはどう? その方がよくない?」 って質問をしたひとがいて驚いた。声を聞く限りじゃ、質問した方は年配の男性だったから、一般的な人間関係で言えば、この質問と呼びかけはありなんだけれど、でも、相手はプロ棋士だよ? そのひとに対して、いくら年上でも、たとえアマ六段だろうが七段だろうが、こんな質問、ありなの?  でも。井山さんは、とっても素直にさくさくと説明を始め……この説明が、また、凄かった。 「そちらに打った場合、相手がこう受ける可能性がありまして、その場合は、こう、こう、こう、こう、こう、こう、こう……」  ……いつまで続くんだ、この手順。目まぐるしく、大盤の上に、黒と白の石が並んでゆき、見ているだけでなんか私、くらくらしてしまった。  そして、質問者の男性をみて、また私、驚愕。わあああ、こちらもプロ棋士だよー、それも名誉タイトルを持ってらっしゃる方。成程、このひとなら、「井山くん」って呼びかけも当然だ。けど……何だってそんなひとが、一般に混じって、タイトル戦でもない井山さんの対局、見てるんだよお。  ただ。一所懸命質問に答えている井山さんを見ていて、なんか私、とても微笑ましい気持ちになってしまった。なんていうのか……あどけない。とんでもなく強いんだけれど、こんなこと書いたらとっても失礼な気はするんだけれど、可愛らしい。 その後、数年、井山さんはどんどんタイトルをとっていって、TVや何かで彼の姿を見ることが多々あり、その度に、印象がちょっとずつ変わっていった。少年だったひとが、どんどん好青年になってゆくのである。勿論、TVの画面で見るだけだから、正確な処は判らないんだけれど、しゃべり方、会話の受け答え、二十代初頭の男性としては、とても丁寧で、もの凄く大人びている。なんか、折り目正しい好青年の見本って雰囲気だった。☆  そんで、去年。私は、井山本因坊の“本因坊”攻防戦の取材をさせていただいた。  会った瞬間、驚いた。  すでにこのひと、“井山さん”って呼んでいいひとではなくなっている。あどけない、囲碁に一所懸命な少年ではなく、折り目正しい好青年の見本ですら、すでにない。  貫祿、というものは、こうも短期間に形成されるものなのか。  人あたりがいい、親切、真面目そう、優しい、そんな処は、まったく変わっていないのに。いや、むしろ、さまざまなタイトルを取り、実際に責任が生じた分、そういう要素には磨きがかかっている感じがするのに。  囲碁の才能とはまったく違う、人間としての奥行き、大きさ、威圧感というものが、ただごとじゃなかったのだ。目の前に、普通に微笑んで井山本因坊が佇んでいるだけで、もの凄い迫力。  “士別れて三日まさに刮目して相待つべし”。 とかって、確かに言うけれど。  この時私、以前井山本因坊を珍獣扱いしちゃった時と、そっくりな感想を抱いてしまった。「うわあ、生きて動くことわざの見本、見ちゃった」☆ 井山七冠、七冠達成、おめでとうございます。 史上初の七冠、それもこんなに若い七冠がでてしまったのだ、これからの囲碁界は、凄いことになるんじゃないかと思う。七冠に刺激されて若手がどんどん台頭してくるだろうし、先輩の棋士方は絶対に井山七冠の連覇を阻もうとするだろう。 これからの棋戦、とても楽しみにしております。

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    衝撃のアルファ碁圧勝 それでも人はもっと「神の一手」に近づける

    松原仁(公立はこだて未来大学教授) ゲームにはいろいろあるが、その中に「二人・零和・有限・完全情報・確定ゲーム」という範疇がある。 「二人」とは二人でプレイするゲーム。「零和」とは、二人ゲームにおいて一方が勝てばもう一方は負けるゲームのことである。勝ちをプラス、負けをマイナスとして勝ち負けを足すと零(ゼロ)になるという意味で零和と言う(引き分けは二人とも零である)。二人ゲームはふつう零和である。二人とも勝ちだったり負けだったりするとゲームとしてつまらないからである。しかし恋愛やあるいは戦争を二人ゲームと思うと、二人とも勝ちだったり負けだったりするので、これらは零和ではない。「有限」というのはルール上ゲームが有限で終了することである。 人生は有限なので人間がプレイしている限りプレイは有限になるが、ここで言っているのはそういうことではない。プレイヤー同士でゲームが続くように談合してもいつかは終わるようにルールができているということである。有限でないゲームの一つはじゃんけんである。談合して二人がグーを出し続ければ無限に続けることができる。囲碁ソフト「アルファ碁」との第3戦に臨む李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段=3月12日、韓国ソウル(グーグル提供・共同) 将棋の千日手のルールは、以前は同一手順を3回繰り返すと千日手として引き分け(指し直し)になるというものであった。しかしこのルールだと、3回繰り返すことなく永久に手を続けることが理論的に可能なので、有限ゲームではなかったのである。プロ棋士の実戦でも半永久的に続きそうな手順が生じたので、ルールを変更して同一局面が4回繰り返すと千日手になった。このルール変更で将棋も「有限」ゲームになったのである。敵の情報がすべてわかっているのが「完全情報」ゲームである。偶然性(たとえばサイコロを振ること)がないのが「確定」ゲームである。 囲碁は「二人・零和・有限・完全情報・確定ゲーム」の一つである。チェッカー、オセロ、チェス、将棋などもこの範疇に入っているが、世界中でこの範疇のゲームでもっともむずかしいのが囲碁である。ゲームの始まりから終わりまでの選択肢の総数を「場合の数」というが、チェスの場合の数は10の120乗(10を120回かけた数)、将棋は10の220乗なのに対して囲碁は10の360乗にも及ぶ。コンピュータにとってのゲームのむずかしさはこの「場合の数」によって決まる。 人工知能の研究は「場合の数」が小さいゲームから挑戦してきた。コンピュータが世界チャンピオンに勝った(あるいは勝つ実力を得た)のは、チェッカーが1994年、オセロが1997年、チェスも1997年、将棋は2015年である。囲碁は2015年の時点でコンピュータの実力はアマの6,7段であった。2006年前後に開発されたモンテカルロ法という統計的な手法でアマの高段者のレベルにはなったものの、世界チャンピオンに勝つまでは後10年はかかると思われた。人間は神にもっと近づける そこに突如現れたのがグーグルのアルファ碁である。最近の人工知能でとても優れた技術とされているディープ・ラーニング(深層学習)の技術をモンテカルロ法に組み合わせた。2016年1月に出版された論文によれば、2015年10月に2段のプロ棋士に対戦して5戦5勝ということでコンピュータ囲碁関係者をびっくりさせた。急に3子程度強くなったことになる。 アルファ碁が2016年3月に韓国のセドルと5戦すると発表したときは、多くのコンピュータ囲碁関係者はほとんどのプロ棋士と同様にセドルが5戦5勝と思った。論文のときのアルファ碁は2段のプロ棋士には勝ったものの、トッププロ棋士の一人であるセドルよりも明らかに弱かったためである。それが蓋を開けてみるとアルファ碁がセドルに4勝1敗と圧勝した。2段のプロ棋士に勝ったときからの約5か月間でさらにとても強くなっていた。 勝ち方がすごい。囲碁の強い人間は局面を全体として直感的に認識する大局観を持っているが、これまでのコンピュータはまともな大局観を持てなかった。アルファ碁は膨大なプロ棋士の棋譜からディープ・ラーニングで学習することによって大局観を獲得することができたのである。しかも、弟子であるアルファ碁が獲得した大局観は教師に相当するプロ棋士のものよりも優れているのである(「青は藍より出でて藍より青し」である)。韓国・ソウルで行われた人工知能囲碁ソフトとの対局に敗れ、感想戦を行う李世●(石の下に乙、イ・セドル九段(AP) アルファ碁はセドルとの対局で序盤に人間には意味が理解できない手を何度も打った。人間の常識ではそれらの手は悪手であり、セドル自身も解説のプロ棋士も打たれた時点ではそう見なしていた。しかし対局が進んでみると、それらの手には意味があり、それに気づいたときにはセドルの負けが決まっていたのである。人間(セドル)には見えていない未来がコンピュータ(アルファ碁)には見えていたと判断せざるを得ない。1敗したようにセドルがアルファ碁にまったく勝てないレベルに達したわけではないが、囲碁でもコンピュータが世界チャンピオンに勝ったということになる。もっともむずかしい「二人・零和・有限・完全情報・確定」ゲームである囲碁の決着がついたのである。 すばらしいのはセドルがアルファ碁の挑戦を受けたことである。中途半端のレベルのプロ棋士ではなく、いきなりトップレベルのセドルをコンピュータの相手として出した囲碁界の判断を歓迎したい。日本では井山が7冠王になろうとしている。日本で敵なしで圧倒的に強い井山にぜひコンピュータ囲碁と対戦してほしいと思う。 打倒アルファ碁を目指すコンピュータ囲碁のプロジェクトが日本や中国で始まっている。人間とコンピュータが切磋琢磨することによって囲碁のさらなる高みに至ってほしい。囲碁はとてもむずかしいゲームなので、強いプロ棋士といえども囲碁の神様との間にはまだかなりの実力差があると思う。 あるプロ棋士に囲碁の神様と対局するとした何子のハンディをもらえれば勝てると思うかと聞いたら、4子では勝てると思うが3子では自信がないという答えであった。人間より強いコンピュータ囲碁が出現したことで、人間は神にもっと近づける可能性が出てきた。コンピュータはあくまで人間の道具なので、人間より強くなったコンピュータ囲碁をうまく利用することによって囲碁界が発展していくのが望みである。

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    「AI碁」歴史的勝利の衝撃 レジェンド棋士5人はこう見た

     囲碁でコンピュータが勝つのは、10年以上先のこと――。これが囲碁界の主な認識だった。従来のコンピュータはトッププロにハンディキャップをつけないと対等に戦えない実力で、アマ強豪といった棋力だった。 囲碁は将棋やチェスに比べて盤が広いので、手順も長い。変化も、チェスが10の120乗、将棋が10の220乗に対し、囲碁は10の360乗。将棋より140コも多くゼロがつく桁数も変化があるということだ。また、駒の動きが決まっているチェスや将棋に比べ、囲碁は石の価値が状況や場面ごとに変化していき、コンピュータに認識させにくい。 そんな背景があり、チェスや将棋のトッププロがコンピュータに負けても、囲碁はまだまだ、と思われていたのだ。 ところが……。 2016年3月9日~15日。世界チャンピオンを何度も獲得した韓国の棋士・李世ドル(イセドル)九段(33)と、米グーグルグループ・ディープマインド社製AI(人工知能)「AlphaGo(アルファ碁)」の五番勝負が行われ、なんと、AIが4勝1敗で勝ち越したのだ。 この衝撃的な状況を、囲碁界はどうとらえているのか。碁界を代表する“レジェンド棋士”5人に話を聞いた。【日本棋院の元副理事長 小林光一名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖(63)】「こんなに速く、強いソフトが誕生するとは驚きです。ここ10~20年はたいして進歩していませんでした。僕が生きているうちは無理だろうと予想していたのですが……。 碁は変化が無限大。一局一局違う未知の世界。一手ごとに状況や形勢がかわるほど、価値判断も難しい。対局していてもわからないことだらけ。なので、碁界ではAIが碁に最適というのは昔から言われていました。囲碁ソフト「アルファ碁」に5回戦の第4局で初勝利を収めた韓国人プロ棋士、李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段(手前右)=3月13日、ソウル (グーグル提供・共同) コンピュータとの対戦は、相手がいるようでいない。気合いが入りにくい状況です。とくに李世ドル九段は、実戦派で、相手との駆け引きに長けている天才。世界のトップ棋士の中で、李世ドル九段が一番、コンピュータが苦手なのでは。もっと学究肌タイプの棋士ならいい勝負をしたのではないかと思います。 各マスコミが大々的に報じて、社会的にも話題になった。注目を浴びることは碁界にとってマイナスなことはない。 グーグル社が大金を使い、AIで囲碁の研究するほど、囲碁がすごいものだと多くの人に理解してもらえ、興味を持ってもらえたことでしょう」【日本棋院理事 元・女流本因坊の小川誠子六段】「アルファ碁の強さに驚きました。中盤から後半がとくにしっかりしています。コンピュータなのに、感情が入っている気がしたくらいで、李九段とは人間同士の碁のように楽しみました。 アルファ碁作者のインタビューを読んだのですが、李世ドルさんと打たせたいという熱い思いがあったというのも、感銘を受けました。 1局目を打ってみて、李世ドルさんはアルファ碁をそんなに強いと思わなかったかもしれませんが、アルファ碁は1局ごとに強くなっていくようでした。反対に、どんどん李世ドルさんは疲れていっている感じ。心も折れたのではないでしょうか。 そんな中で4局目を李世ドルさんが勝って。なんかウルウルきちゃいました。シリーズが終わり、「今回、負けたのは李世ドルの負けであって、人類の負けではない」と、態度も立派でした。 あの環境の中で最後まで打ったことは、勝ち負けに関係ないくらい感動しました。これから何かが変わる気がします。時代が変わりそうな予感がしました」大竹英雄氏「私の予想より10~20年早く強くなりました」【元・名人の依田紀基九段(50)】「始まる前は、李世ドル九段が全勝すると予想していました。 昨年秋に打たれたアルファ碁とヨーロッパチャンピオンとの碁を見て、まだまだだと思っていたのだが、李九段との対局中にもどんどん強くなっている印象で、3局目は完璧な打ち回しでした。アルファ碁の強さは疑いようがないレベルです。 ただ、アルファ碁は李九段を研究できたでしょうが、李九段はアルファ碁の情報が少なすぎて研究ができなかった。なので、こんなに強いとは予想できなかった。不利な面も多分にあったと思います。 アルファ碁の出現が、棋道の発展に大いに寄与してくれることでしょう」【東京大学客員教授の石倉昇九段(61)】「アルファ碁は非常に強かった。従来のコンピュータは接近戦が強かったのですが、アルファ碁は大局観があることが素晴らしい。 これは囲碁界にとってはプラスです。新しい考え方が生まれ、これまでの常識や定説が覆っていきます。碁の考え方が向上するでしょう。 故・藤沢秀行名誉棋聖が「碁の神様が“100”わかっているとすると、自分がわかっているのは“6”」というほど、プロがわかっている世界はまだまだ少しだけ。それだけ囲碁は広いのです。  李九段は本来の力が全然出ていません。プレッシャーがすごかったことでしょう。相手が目の前にいるようでいない。これはすごいマイナスなこと。李九段がふつうの心境・状況での対局を見たかったですね。【日本棋院顧問・元理事長の大竹英雄名誉碁聖(73)】「みなさん、アルファ碁の強さにびっくりされたことでしょう。私の予想より10~20年早く強くなりました。我々はコンピュータから学ぶことが必要です。 世の中にはアルファ碁を作ってくださるすてきな方がいらっしゃるなんて、感心しています。アルファ碁を作ってくださった方々に、心から尊敬と敬意を表します。 みなさんには碁盤の持っている広さを感じていただけたことでしょう。アルファ碁には、人間の雰囲気が感じられるのが嬉しいことです。 ただ、4局目。最後のほうで突然、品のない手を打ち出しました。機械といえども、品が大事。そこのところを研究者の皆様にも考えていただきたい。人間も、コンピュータも、碁盤への挑戦ですから。 囲碁を通じての世界平和を。これが大切。世界中の人が仲良くできるよう、世界平和に囲碁が役立てるよう、囲碁を見直していただければこんな嬉しいことはありません」* * * アルファ碁の出現をほとんどの棋士が歓迎し、ネガティブに捉える声はまったく聞こえてこなかった。強い棋士がひとり誕生した。みな、そんな捉え方をしているようだ。 アルファ碁は棋士の発想にない手、常識外の手を打ち、勝った。「悪そう」に見えた手も、局面が進むと悪い手ではなくなる。「悪い手」と「悪そうな手」には、大きな差があること。これまでの定石や常識を疑い、さらに研究しなければならないこと。それらはアルファ碁が世に出てきたことで、棋士が感じたことだ。まだ研究する材料があり、まだ強くなれる。 碁はまだまだ発展できる――。アルファ碁が囲碁の明るい未来を感じさせてくれたのだ。●文/内藤由起子(囲碁ライター)関連記事■ 米で生まれ育ち日本で囲碁棋士になった男性が半生を綴った本■ 美人棋士「『待った』は喧嘩の元」と超基本的マナーを伝授■ 与謝野馨氏 関ヶ原で石田三成敗北は囲碁やらなかったから■ AKB48卒業生の囲碁アイドル 石運びは超心配性で守るタイプ■ 米出身棋士マイケル・レドモンド氏 囲碁の極意を格言で解説

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    窮地に追い込まれると強くなる 井山囲碁の「神髄」とは何か

    朴道純(元全日本学生囲碁名人) 「井山裕太の強さの源泉は何か?」というテーマで執筆依頼を受けたとき、真っ先に思い浮かんだのが「発想の豊かさ、斬新さ」だった。他の棋士なら何も気づかずに通り過ぎるような局面で手を止め、検討陣が考えもしなかった着手を放つ場面が1局に1回以上はある。打たれた当初は意図がわからなくても手順が進んでいくと隠れていた意味に気づかされることが多い。 今年の1月21日に行われた第54期十段戦挑戦者決定戦のVS余正麒七段戦での一着、  白1のケイマに黒2とツケたのは驚愕の一手(1図)。もし負ければ七冠達成が一気に遠ざかるという大舞台でも「自分が打ちたい手を打つ」という気迫が伝わってくる。師匠の石井邦生九段が井山に与えた「自由に、元気よく打ちなさい」というアドバイスがそのまま具現化したような手である。 他人が引いたレールをなぞるのではなく、自分自身の力で道を切り開いていくという思想は盤外にも表れている。当時、小学四年生だった井山少年は自分で研究会を作ったのである。理想通りの環境を作るためには既製の研究会に属するのではなく、自分で立ち上げるべきだという事実に10歳の頃から気づいていたのだ。井山研究会にはたくさんの棋士たちが集まり、大成功。井山が少年の頃から実力と人格の両方を兼ね備えていたことがわかる。 「自分が打ちたい手を打つ」とか「自分自身の力で道を切り開く」と口で言うのは簡単だが、実行するのは難しい。囲碁の対局には勝ちまたは負けと結果がはっきり出るからだ。勝つために日夜努力している棋士にとって対局の棋譜は自分の分身である。その棋譜に敗北というレッテルを張られることは自分自身を全否定されたことに等しい。負けを恐れるあまり、常識に従ったり、他人を模倣するなど、無難な道を選択してしまうことが多い。敗北への恐怖を克服 井山にとって最初の壁はプロ入りを目指す院生の頃に訪れた。自分が打ちたい手を打った結果が勝利に結びつかず、入段予備軍だったAクラスから一つ下のBクラスへ落ちてしまったのである。 井山の母・宏美さんは当時を次のように振り返る。「そのころスランプだったようです。まっくらな自分の部屋で碁盤をポツンと見つめている。このときを思い出すといまでも涙が出ます。小さいのに大きなものを背負っているのだなと。言ってやりました。あなたは宝物。碁が強いから大切なのではない。たとえ強くなくても私たちの子供なんだから……。そしたら裕太ったら大声で泣き出しました」(※1)余正麒七段(手前)を破って十段戦の挑戦権を獲得した井山裕太六冠=1月21日夜、大阪市北区の日本棋院関西総本部(彦野公太朗撮影) このとき井山七冠はたとえ負けたとしても絶対に味方になってくれる両親と言う存在を強く意識したのだろう。負けるのは心の底から悔しいが、すべてを否定されるわけではないという事実に気づく。敗北への恐怖を克服した結果、スランプを脱して12歳という若さでプロ入りを果たす。 入段後、井山は周囲の期待通りに成長した。平成17年には阿含桐山杯で優勝し、16歳4か月という史上最年少記録でタイトルを獲得した。翌平成18年には棋聖、名人リーグ入りの最年少記録も塗り替えるなど、目覚ましいスピードで成長していく。初めての名人リーグで挑戦権を獲得した井山は張栩三冠(当時)と激突する。 第1人者である張と期待の新鋭の井山による第33期名人戦七番勝負は一進一退の末、3勝3敗で最終局へもつれこんだ。勝てば名人という大一番は張が貫録を示し防衛。敗れて自室に戻った井山の頬に大粒の涙が流れた。悔しさと自分のだらしなさを責める気持ちを抑えられず、30分ほど泣き続けたそうだ。「敗因はすべての面で張栩さんに及ばなかったからだ」と自分に言い聞かせて気持ちを切り替えた井山は師匠の石井九段に電話で結果を報告する。 石井九段は「よく頑張ったよ。全体を通して堂々としていた」と弟子の健闘をねぎらった後に「次が勝負だよ」と付け加えた。インターネットで1000局近く指導し、常に弟子の成長を願っていた師匠の言葉は井山の胸に深く突き刺さった。「この敗戦を糧にして来期も挑戦する」と気持ちを前向きに切り替え、翌年の名人リーグを全勝で勝ち抜いて再挑戦する。第34期名人戦七番勝負では4勝1敗と張を圧倒し、ビッグタイトルを獲得した。(※2) 「自分が打ちたい手を打つ」とか「自分自身の力で道を切り開く」という理想は家族や師匠による手厚いサポートがあって初めて実現するのだ。目標が高ければ高いほどうまくいかない場面が頻繁にやって来る。井山は周囲の手助けによって困難を切り抜け、第1人者への道を駆け上がっていく。 「井山裕太七冠の強さの源泉は何か?」というテーマを与えられ、次に思い浮かんだのは「劣勢な局面での逆転術」だった。斬新な発想は常に成功するわけではない。常識から外れているがゆえにうまくいかない場合もある。非勢な状況でも安易に土俵を割らず、勝利へのチャンスをつかむのが実にうまい。不利な状況では辛抱して反撃の機会を待つ戦略と勝負手を放って局面を打開するという二つの戦略がある。この硬軟両様の対応策を使い分けるのが秀逸なのだ。 第54期十段戦挑戦者決定戦では1図の後、余が華麗なサバキで対応したため、井山は劣勢に。お膝元の関西総本部の控室でも「逆転は難しい」という声一色になるほど、井山は窮地に追い込まれる。井山だけが身に着けた優れた技術 劣勢を打開したのは2図、黒1、3という勝負手だった。中央で戦っているうちに黒1の一子が絶妙に働き、井山は流れを引き寄せる。差が縮まったあとはじっくりと打ち進めて余の失着を誘い、逆転に成功。持ち前の巧みな逆転術で七冠全冠制覇への最後の砦である十段位への挑戦権を獲得した。 常識にとらわれない自由な発想で打ち進め、優勢になればそのまま逃げ切る。もし不利になった場合は卓越した逆転術で勝機をつかむ。ものすごく単純に説明すればこのような筋書きで井山は勝ち星を積み重ねてきた。最後になぜ井山だけがこのように優れた技術を身に着けることができたかを考えてみたい。 このことを読み解くためのキーワードは「世界一」だと思う。 小学3年生の時、2度目の小学生名人になった井山はインタビューで将来の夢を問われ、「世界一の棋士になりたい」と答えた。慢心することを恐れた石井九段は中国棋院で行われる全国児童囲碁大会に井山を特別参加させる。日本では敵なしの強さを誇っていたはずなのに、中国では5勝4敗という凡庸な成績しか上げられなかったショックは想像以上に大きかった。これ以降、井山は「世界一」を目標に上げることはなくなった。 もちろん「世界一」になることを断念したわけではない。「世界一の棋士になりたい」という理想と「中国では同年代相手に勝ち越すのがやっとだった」という現実のギャップに打ちのめされたのだろう。「世界一の棋士になりたい」と自分自身が胸を張って語るため、井山はさらに囲碁へ打ち込んでいく。「世界一」という高い理想に自分を近づけていこうという熱望が原動力となり、七冠制覇を目前とするほどの強さを身に着けたのだ。 平成23年に博賽杯金佛国際囲碁超覇戦、平成25年にはテレビ囲碁アジア選手権で優勝したものの、井山はまだメジャーな世界タイトルを獲得していない。七冠制覇を達成して日本囲碁界の宝となった井山が世界一となり、さらに光り輝くことを心から望む。参考文献(※1) わが天才棋士・井山裕太(著者・石井邦生、出版社・集英社インターナショナル)(※2) 井山裕太20歳の自戦記~史上最年少名人までの17局(著者・井山裕太、出版社・日本棋院)

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    囲碁“世紀の戦い”惨敗で味わった恐怖 人類はAIより優れているか

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 韓国メディアは目下、人工知能(AI)の棋士「アルファ碁」と世界最高峰の韓国棋士、李セドル氏(33)との5番勝負を大きく報道している。李氏が13日、第4戦目で「アルファ碁」に白番中押しで雪辱を果たし対戦成績を李氏の1勝3敗としたばかりだ。5番勝負としては敗北は既に決まっているが、李氏の勝利が決まると、韓国メディアは速報を流したほど。 グーグル傘下のディープマインド社が開発した「アルファ碁」に初戦から3連敗を喫した直後、李セドル九段は、「アルファ碁が優れているというのは正しいが、少しずつ弱点を露出していたので、神の境地とはいえない。きょうの敗北は李セドルの敗北であって人間の敗北ではない」と明らかにしている(中央日報日本語電子版)。4戦目の勝利は李氏の発言を裏付けるものだろう。 李氏は、「アルファ碁と5番勝負では言い知れないストレスを感じてきた」と告白している。メディアがAI対人間の“世紀の戦い”と報じたこともあって、李9段は突然、人類の代表として「アルファ碁」と対戦せざるを得なくなったからだ。真摯でまじめな棋士であればあるほど、言い知れない圧力を感じたことは想像に難くない。 勝負には、ストレスなど目に見えない心理的要因が大きな影響を与えることは碁の世界だけではなく、スポーツ世界では良く知られていることだ。その点、人工知能は不必要なストレスを感じることはなかったはずだ。3連敗を喫した李9段は第4戦ではストレスから解放されて気楽な気持ちでその実力を発揮できたのかもしれない(ひょっとしたら、「アルファ碁」は5番勝負で既に決着がついたので、対戦相手の李9段に花を持たせただけかもしれない。とすれば、「アルファ碁」は一層不気味な存在となる)。 李九段が10日、第2戦で敗北した直後、「ミスがなかったのに負けてしまった」と吐露したと聞いた時、「アルファ碁」に対して恐ろしさすら感じた囲碁ファンも多数いただろう。当方もその一人だ。世界最高峰の李氏がミスをして負けたならば納得できるが、ミスはなく、「アルファ碁」に完敗したということは何を意味するのだろうか、と考えざるを得ないからだ。ただし、李九段が13日、第4戦を勝利したことから、この問いへの答えはもうしばらく保留しておくべきだろう。李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段が囲碁ソフト「アルファ碁」に勝利したことを伝える3月14日の韓国各紙(共同) 「アルファ碁」は過去の定石を全て記憶し、プロ棋士の棋譜を勉強したはずだ。すなわち、統計と確率論を駆使してビッグデータを処理したはずだ。だから、戦いが定石に基づいて展開すれば、「アルファ碁」の次の一手は李九段より素早く、ミスがないかもしれない。 人間の棋士が定石にない新手を打った場合、AI棋士を混乱させることは出来るかもしれない。実際、李氏は第4戦の勝利直後、「アルファ碁は黒が苦手ではないか」「予想外の手を打つと戸惑っていた」という感想を述べている。黒側の棋士は“最初に”石を盤に打つ側を意味する。 ただし、如何なる新手でもその効果は最初だけだ。AI棋士は前回の戦いを学習するから、次回からはその手は使えなくなる。学習能力でAIは通常の人間より優れているからだ。 李九段が3連敗した時、“AI恐怖”の声が囁かれたという。その時、中央日報の読者の一人が「心配などいらない。AIを創造したのは人間だ。アルファ碁と李九段の戦いはAI対人間の戦いではなく、人間対人間の戦いに過ぎない」と述べていた。 その通りだ。AIにデータと機能を記憶させ、エネルギーを供給するのは人間だ。しかし、その人間がAIに恣意的に破壊的メニューを記憶させ、犯罪に悪用した場合はどうなるか。 深刻な点は、時間が人類側よりAI側に有利ということだ。日進月歩で科学は進展する。同時に、AIの機能も急速に改良されるだろう。10年後、30年後、50年後のAIを考えてみてほしい。一方、人間はどうだろうか。日進月歩で発展するだろうか。知識量は確実に増えるかもしれないが、人間を人間としている内容は残念ながら急速な発展は期待できない。2000年前のイエス時代の人間と21世紀の人間の違いはあるだろうか。人間が2000年前より強靭で賢明になったとは残念ながら聞かない。李9段の第4戦の勝利は人類をホッとさせたが、それはほんの束の間に過ぎなく、これからの勝利を保証するものではないのだ。 ディープマインド社のデミス・ハサビス最高経営責任者(CEO)は11日、「AIは(サッカーの)メッシではない。過度に心配する必要はない。AIを実験室の助手のように活用し、最終決定は人間が下さなければいけない」と強調し、AIが人類を脅かすことはないと述べ、“AI恐怖”を払拭しようと努めている(中央日報日本語電子版)。 アンドリュウ・ホジェス氏の「アラン・チューリング伝記」によれば、英国の数学者で人工知能の父と言われるアラン・チューリング(1912~54年)は人間の心を理解できるAIの開発を夢みていたという。その夢はまだ実現はしていないが、確実に近づいてきていることは間違いないだろう。 ちなみに、スウェーデンに本部を置くシンクタンク「グルーバル・チャレンジ・ファンデーション」は昨年、「人類滅亡12のシナリオ」を公表したが、第10に 「Artificial Intelligence」を挙げている。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年3月15日分を転載)

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    230人と同時に対局、世界一の多面打ち名人 囲碁棋士・白江治彦

    (THE PAGEより転載) 「多面打ち」という言葉をご存知だろうか。囲碁で1人の指導者が、複数の人と同時に対局する打ち方のことだ。通常は、指導者1人が3人または4人の方の相手をすることが多いが、今回紹介する棋士は、1人で230人と同時に対局した、多面打ちの名人である。 囲碁棋士・白江治彦。78歳。大きな声でたくさん話し、とにかくよく笑う。囲碁棋士というより、大物司会者のような雰囲気だ。だがそんな白江も少年時代は無口でシャイな子供だった。実力をカン違いして上京 「囲碁を始めたのは、小6くらいの頃だったかな。プロにしては始めるのが遅かったんだよね。もっと早くからやっていたら、私がタイトルを独占できていたのに」 そう言って大きな声で笑う。 白江が育ったのは石川県小松市。男ばかりの4人兄弟の2番目として生まれた。 「父は兄弟全員に囲碁を教えてね。長男が一番強かったんだけど、夏休みにみんな水泳に夢中になっちゃって、いつの間にか自分だけに。内気な子どもだったから、かえって夢中になったのかもね」  その後、白江少年は良き指導者にも出逢い、囲碁の魅力にハマっていく。 「当時は囲碁を打つ子供がいなかったから、みんな相手は大人でね。子供って大人に勝てるとめちゃくちゃ嬉しいんだよね。大人が悩んでくれるのも嬉しい。だからどんどん勉強したんだ。それと通っていた碁会所が良かったかな。いつも僕より少しだけ強い人を探して打たせてくれて、まずその人に勝つことを目標にする。そしてその人に勝ったら、また少しだけ強い人と打つ。そうやって小さなハードルを設定してくれることで、自分でも強くなったことがわかるし、達成感も感じられた。今思うとすごく手のかかることをしてくれたよね」 地元で天才少年と評判になった白江。当時は政財界の大物に囲碁ファンが多い時代で、新聞社や市長、大学の学長、知事に至るまで、白江をバックアップし、東京でプロを目指すことになった。 「今から思うと、年齢的にも無理だし、実力もそれほど強くなかった。周りに乗せられて錯覚していたんだよね」「あなたは絶対プロになれませんよ」「あなたは絶対プロになれませんよ」 昭和30年、高校を中退し、17歳で上京。院生(※1)になるための試験を受けた。現在は14歳までに試験を受けなければ入れない院生制度。当時のルールは少し緩かったとはいえ、18歳で卒業しなければいけない院生に17歳で入るのは、誰に聞いても遅いというだろう。 「院生師範の杉内雅男先生が、『君にはチャンスが1回しかないし、実力も話にならないから、国に帰りなさい』と言うの。でも私も東京に出てくるときに餞別をもらったり、みんなに応援してもらっているから、そう簡単に帰れない。なんとかお願いして試験碁(※2)を打たせてもらってね」 対戦相手は当時院生で、子供ながら大人の大会でも優勝する実力があった小西泰三八段。一方の白江は、石川県で5番目くらいの実力だった。 「みんな私が勝つなんて思っていなくてね。ところがラッキーパンチが入ったんです(笑)。一応形としては勝ったから、なんとか院生になれました。杉内先生も、どうせ私は1年しかいられないから、すぐに出ていくだろうと思って許してくれてね。先生には『あなたは絶対プロになれませんよ』とも言われて、悔しいけどそれが逆に良かったみたい」 少しでも可能性があると言われたら、それに甘えてしまったかもしれない。だが全く可能性がないと言われたことで、白江少年にはある種の決意が生まれた。1年という短い時間。どうせプロになれないのなら、この時間を懸命に生きるしかない、と。 「1日10時間位かな。下宿先でひたすら碁の勉強をしました。気が付くと碁盤の上で寝ちゃうこともあったな。神保町に行って、少ないお小遣いの中から、囲碁の全集を買って並べてね。寝ている時間以外は全て囲碁漬けでした」神様がご褒美をくれた 白江少年が修業時代にもう1つ行っていたこと。それは誰よりも早く来て、碁盤と碁石、を準備することだった。 「院生の幹事が5、6人はいたけど、みんな院生研修が始まるギリギリにしか来ない。私は早起きだったので、7時半に行って、まず足つきの碁盤を50面並べる。押入れから出しては並べ、出しては並べ、ってね。それが終わったら碁石、そして時計、時計を置く台と、一生懸命やって、みんなが来る9時くらいになる、という感じだったかな」 この作業をほぼ1年間、プロ試験を受ける頃までやり続けた。決して囲碁の実力に繋がるわけではない地味な作業をコツコツと。白江の決意のようなものが伝わるエピソードだ。そして神様はそんな白江にご褒美をくれた。最初にして最後の入段試験で合格したのだ。 「絶対プロになれないと言われたのに、予選から合わせて55勝4敗という好成績を上げてしまってね。自分でも信じられなかったなあ。実力だけではないものを感じたよね」「対局」と「普及」は棋士の両輪「対局」と「普及」は棋士の両輪 奇跡の入段。そして白江は棋士としての自分の生き方も考えるようになる。 「棋士には2つの使命があって、1つは碁の勉強をしてタイトルを目指すこと。もう1つは囲碁の普及をすること。この2つは両輪でね。どちらが欠けてもダメなんです。碁というものがなくなってしまったら、棋士という職業は成立しないけど、棋士がいなくても、碁は成立するんです。囲碁の良さをたくさんの人に知ってもらって、そのおかげで棋士が棋士としていられるのに、時々みんな忘れてしまうんだよね。自分の勉強だけしていれば良いと思っている。普及という仕事をしていると、棋士の本分を全うしていないようなことを言われることがあるけど、それは全然違うんです」 白江がこう熱く語るのには理由がある。若い頃から、先輩棋士の教室を手伝い、その講義の面白さが買われてテレビ講座にも多数出演し、大人気となった。その一方で、対局を疎かにしているのではないかという心無い言葉もかけられることがあったのだ。 「昔は囲碁を打つ方が多くてね、夜の教室なんて、定員100人くらいがあっという間に埋まった。そんな良い時代を知っているからこそ、普及が大事だと強く思うんだ。棋士は生活のために指導碁をするのではなく、普及活動自体が棋士の本分だし、求められる場があるのなら、喜んで伺うべきなんです」多面打ちの名人 1人でもファンの方に喜んでもらいたい。そんな白江の発想から生まれたのが多面打ちだ。同時に沢山のお客さまを満足させるにはどうしたら良いか。当時最強の棋士だった呉清源九段がヒントをくれた。 「呉先生がアマ高段者の方を、3人くらい同時に打っていてね。先生は両利きだったので、左右で打っていた。それが蝶のようでカッコ良くてね。これだ!と思って、どんどん多面打ちの面数も増やしてやり始めました。呉先生からは『多面打ちの名人だね』と言われて嬉しかったのを覚えています」 1人が大勢を相手にする多面打ちは見ているだけでも圧巻だ。囲碁普及という意味からも、人を寄せ付けるイベントとなり、10面、20面とどんどん増えて行く。そして平成3年には、フランス・パリで102面打ち、平成10年には日本棋院で230面打ちを行うなど、「多面打ちの白江」が印象付けられることになった。 実は多面打ちというのは、立ち仕事での移動、そして腰を曲げての着手など、体力的にキツい仕事でもある。だが白江は、78歳になった今も、10面打ちなどの多面打ちを続けている。碁はすばらしいもの 「たくさんの人に喜んでもらうのは、棋士として何よりのやりがいなんです。同じ時間を過ごすなら少しでも楽しんでほしいし、体力的には全然大丈夫」と笑顔で語る。 ファンへのサービス精神から生まれた多面打ちは、今では様々なイベントで取り入れられている。「碁はすばらしいもの。末永~く楽しんでほしいです。僕は教えている方にも、こういうことをやりなさい、とは一切言わない。面白いことをたくさんやって、お迎えがくるまで、ずっと一緒に囲碁を楽しみましょうね」と。※1 プロになるための養成機関のこと※2 院生になるための試験対局のこと王 真有子(おう まゆこ) ライター・囲碁インストラクター。囲碁雑誌・囲碁書籍の執筆多数。『囲碁手筋・基本のキ』(マイナビ出版)『囲碁スピード入門』(ユーキャン)などの構成を担当。インストラクターとしても、初心者や級位者から絶大な支持を集めている。吉原由香里・王唯任・万波佳奈の囲碁教室講師。

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    世界一こそ次世代を導く 井山裕太「23歳の戴冠」

    い転げているんです」。ともに勝負の世界に生きる2人は負けず嫌い。将棋だけでなく神経衰弱などのトランプゲームもやるが、強いのはいつも室田で、井山は自分が勝つまで続けたがるという。 ○  ●  室田だけでなく、親しい知人が語る井山像は、みな「普通の人」だ。井山が主宰する研究会の後輩、初段の吉川(きっかわ)一(はじめ)(22)は「よく話すのは、『ダウンタウンの松本(人志)はおもろい』とか、メジャーリーグとかですね」。 研究会が開かれる火曜日、吉川は野球好きの井山のキャッチボールの相手を務めることが多い。「野球をやっていると、リラックスするみたいです」 だが、このようなありふれた日常こそが、井山の原動力になっているのだという。 対局で全国を転戦する中、井山は半日でも時間ができると自宅に戻る。室田は「緊張の連続だから、オフの時間が大事なんでしょうね」とおもんぱかる。井山の母、宏美(50)によると、結婚前も、大阪府東大阪市の実家でのんびりするのが何より好きだったという。 対局だけを考えれば東京に移った方が有利にもかかわらず、井山が生まれ育った大阪を拠点にし続けている理由もここにある。井山はこう語る。 「ホームタウンということは強く意識しますね。力をもらっている、という気がするんですよ。妻に家族、お世話になった方々。そしてファンの皆さんに」型破り 千に及ぶ師弟対局 椅子に座ると碁盤に手が届かないため、立ったまま碁石を次々と打ち込む。そんな6歳の園児が読売テレビの囲碁番組「ミニ碁一番勝負」に登場したのは、平成8年冬のことだった。 園児は、とてつもない才能を秘めていた。大人たちを次々と打ち負かし、5人抜きでチャンピオンになってしまう。後に囲碁初の6冠を成し遂げる井山裕太は、このときから関西の囲碁ファンの間で知られる存在になった。 井山は元号が平成に改まって4カ月余り後、共働き夫婦の一人っ子として、大阪府東大阪市で生まれた。幼い頃から身近にあったのは、ゲームとインターネット。井山という〝天才少年〟を育んだのも、この2つだった。○  ● 「好きなことには、とことん熱中する子でした」。井山の父、裕(ゆたか)(50)と母、宏美は口をそろえる。史上初の6冠保持者となった井山裕太さん 3歳のときはテレビの相撲中継に熱中し、幕下から横綱まで全力士の顔はもちろん、漢字を読めないのに字の形でしこ名も覚えた。この頃、裕が考案したのが、車で出かける際に前の車のナンバープレートの数字を足したらいくつになるか、という「足し算ゲーム」。夢中になった井山はすぐ3桁、4桁の計算ができるようになった。「ただ、足し算だけで、引き算はできませんでしたが…」 そんな井山が5歳になると興味を持ったのが囲碁だった。きっかけは裕が買ってきたテレビゲーム。2、3週間でルールを覚え、3カ月後には父を負かすように。アマチュア六段の祖父、鐵文(故人)が指導に乗り出すと、めきめき腕を上げた。 そこで腕試しに応募した「ミニ碁―」は、井山に運命的な出会いをもたらす。後に師匠となる日本棋院関西総本部所属の九段、石井邦生(71)が番組の解説者を務めていたのだ。○  ● 「アマ三段の腕前と聞いてばかなと思ったが、すぐに不明を恥じました。手が早く、しかも、ここで考えなければいけないというところでは、ぴたっと手が止まるんです」 才能にほれ込んだ石井は、井山が小学生になると弟子にする。石井はこの弟子に、囲碁界では型破りといえる指導を行った。 通常、師匠が弟子と対局するのは1回、場合によっては2回だけ。入門時と、見込みがないと判断して引導を渡すときだという。だが石井は「打って打って打ちまくって育てよう」と考えた。そこで目をつけたのが、普及し始めていたネット対局。まだ幼く、住み込みの内弟子も通いの弟子も難しい井山にはうってつけだった。 「ネットだと師匠が怖い顔をしても見えないから、伸び伸び打てる。そういう元気な碁が彼の最大の持ち味でしたから」。月に何回かの直接盤を挟んでの指導を含め、井山との対局は千にも及んだ。やがて井山はハンディなしで師匠を負かすようになり、石井はその後、自分の孫に接するように精神面でのアドバイスに重きを置くようになった。 井山が6冠をかけて棋聖戦第6局に臨んでいた14日午後、石井も対局中だった。対局を終えて快挙を知った石井は「身内のようにうれしい。感無量です」と話した。その表情は、まるで孫を思いやる祖父のようだった。 「世界一」こそ次世代導く「世界一」こそ次世代導く 20代の名人などあり得ない―。昭和最強棋士の一人とされる故・坂田栄男(えいお)二十三世本因坊は昭和40年、全盛を誇った45歳のときに、こう語ったことがある。 だが、井山裕太は弱冠20歳4カ月で名人を獲得し、3年半後には6冠に上り詰めた。井山が台頭する以前、覇を競い合った張栩(ちょうう)(33)、山下敬吾(34)ら「平成の四天王」も、20代でタイトルを獲得した。 このような若手の活躍の要因の一つとして、近年の持ち時間の短縮が指摘されている。長考より脳の〝瞬発力〟が要求されるようになり、若手に有利に働いたという説だ。井山の強さもまさに、この速さにある。 「井山さんは天才。予想もしなかった手ばかりがくる」。井山が目標とし、最大のライバルでもある張はこう述懐する。打つべき手を複数の選択肢から検討し、千手まで読むという井山。だが、意外にも対局相手を悶絶(もんぜつ)させる妙手は、「〝第一感〟という最初の直感によるものが多い」(井山)のだという。 井山は右利きだが、囲碁だけは左手で打つ。祖父の鐵文(故人)が「右脳を刺激するように」と指導したからだ。定石を超えた井山の棋風は、祖父の薫陶のたまものともいえる。○  ● 順風満帆に見える井山の囲碁人生だが、挫折がなかったわけではない。 その一つが、9歳のときに特別参加した中国の児童囲碁大会。6歳で大人を打ち負かした囲碁番組「ミニ碁一番勝負」や、小学2年で上級生相手に優勝した全国少年少女囲碁大会のように、年上相手に勝利を重ねてきた井山は初めて年下に負けた。29位に終わり、幼心に中国の囲碁界の層の厚さを実感したという。壇上で笑顔を見せる井山裕太棋士=2013年5月13日、大阪市北区(大塚聡彦撮影) ここ十数年、日本の棋士は中国、韓国を相手になかなか勝てない状況が続く。6冠を果たした井山が会見で今後の目標を問われ、誰もが期待する「7冠」だけでなく「国際棋戦での優勝」も挙げたのは、9歳のときのリベンジの思いもあるのだろう。 サッカーの香川真司、体操の内村航平、テニスの錦織(にしこり)圭…。若くして世界のひのき舞台で活躍するこれらのスポーツ選手は、井山と同じ1989年生まれだ。 スポーツジャーナリストの二宮清純は「子供の頃から衛星放送で海外サッカーやメジャーリーグに親しんできた世代。彼らにとって世界という壁は低かったはずだ」と指摘する。95年に野茂英雄(44)がメジャーに渡り、98年には日本がサッカーのワールドカップに初出場した。「日本選手の世界での活躍は、競技やジャンルが違っても影響したと思う。若くしてなかなか評価されることの少ない芸術の分野でも、将来、彼らの世代から国際的な人材が現れるかもしれない」○  ● 子供の頃から野球好きの井山も、メジャーリーガーのイチロー(39)のファンで、その姿勢に大きな影響を受けてきた。井山の国際棋戦への意気込みは、同世代のスポーツ選手と共通するものがある。 もし、日本の囲碁界の頂点に立った井山が国際棋戦でも活躍したら―。 井山の下の世代には、人気漫画「ヒカルの碁」がきっかけで囲碁を始めた〝棋士予備軍〟が大勢控えている。底辺が広がれば、頂点も高くなる可能性が高い。海外でも活躍する井山に刺激を受けた後輩たちが、井山がうかうかしていられないほど日本の囲碁のレベルを向上させるかもしれない。野茂の活躍がイチローや松井秀喜(38)、ダルビッシュ有(26)を導いたように。(敬称略)

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    囲碁と野球と電車が頭の9割 愛されるトップ棋士、結城聡九段

    (THE PAGEより転載) 人は追い詰められると、焦ったり、判断を誤ったりすることが多い。しかし囲碁の世界には、追い詰められるほどに判断力が鋭くなり、勝利を手にしている棋士がいる。囲碁棋士、結城聡(ゆうき・さとし)九段がその人だ。 中学時代から30年間ほぼ変わらないという坊主頭の髪型、180センチを超える長身。一見すると怖そうな人にも見えるが、そんな外見とは対照的に、鉄道を愛し、マイ時刻表を作る“時刻表鉄”でもある。さらに関西人らしく、阪神とオリックスの試合結果に一喜一憂し、カラオケでは工藤静香を歌う、愛されキャラだ。そんな結城九段の知られざる一面に迫った。気が付いたらプロになっていた「父の公式発表によると、囲碁を始めたのは8歳の誕生日。ただそのときに7級くらいの実力があったので、父が並べているのを見たりして覚えていたのでしょうね」と語る。 家の近くに碁会所がオープンしたことも後押しとなり、すぐに囲碁に夢中になった。本来は友達と遊びたい盛りのはずの小学生。あまりに囲碁ばかりやっているので、担任の先生が心配して、もっと友達と遊ぶようにと言ってきたこともあった。 結城の才能はすぐに開花し、プロを目指すため院生に。そして本人が意識しないまま“気が付いたらプロになっていた”という。「周りに薦められて院生になったのですが、自分では楽しく碁を打っているだけで、プレッシャーも特にありませんでした。入段リーグで、勝ったほうがプロになれる、という場面でも全く緊張しませんでしたね」 関西棋院(※1)では最年少の12歳1ヶ月でプロ棋士に。多くの棋士は、入段試験を突破したときのことや、その対局についての思いが強くあるが、結城は入段のハードルを軽々と越えてしまった。そのため二段に昇段したときのほうが強く印象に残っているという。追い込まれるほど判断力が冴える 独特の戦闘派の棋風(※2)で知られる結城は、15歳で非公式戦ながら初優勝、その後も着実に実績を重ねた。当時を振り返って“柔軟性がゼロ”だったと語る若い頃は、自分が信じた手を、道を、とにかく真っ直ぐに突き進む子供だった。そんな結城少年に、当時のトップ棋士・藤沢秀行が「お前はそのままでいいんだよ」と言ってくれたことが、何よりの自信になったという。 そんな結城が苦しんだのが18歳の頃。棋士が目標とする1つに「リーグ入り」というのがある。大きな棋戦のリーグ戦に入ることだ。リーグ入りの決勝に3年連続進んだものの、すべて破れた。どうしたらリーグに入れるのか、試行錯誤したものの、一生懸命勉強する以外に考えが至らなかった。そして4年目の決勝でやっとリーグ入りを勝ち取った。 その後は、天元や十段のタイトル獲得。テレビ棋戦のNHK杯で5回優勝するなど、素晴らしい実績を残し、現在もトッププロとして活躍している。 結城の強さの特徴に「早碁に強い」というのがある。早碁とは、持ち時間が少ない対局のこと。囲碁には、最長で1人8時間の持ち時間がある対局から、10分しかない対局まで、幅広い種類の試合があるが、結城は追い込まれれば追い込まれるほど、判断力が研ぎ澄まされるタイプなのだ。「若い頃から、早碁の成績は良かったですね。僕は本来、結構着手で悩んでしまうタイプなのですが、早碁だと候補手を捨てざるを得ない。最初に浮かんだ手や、ある程度感覚的に信じられる手を打ち進めるしかなくて、それが良い結果につながっているようです。本当は3時間の対局でも、最初から秒読みをしてほしいくらいなんです。追い込まれれば、早くいらない手が捨てられそうで(笑)」MY時刻表で仮想旅行MY時刻表で仮想旅行 繊細で、気持ちの切り替えが苦手な結城。迷いだすと止まらなくなる自分も知っている。対局の振り返りをする“検討”も苦手で、負けた碁は一刻も早く忘れたい、頭の中から消し去りたい。だが時間があればつい囲碁のことを考えてしまう。そんな結城が気分転換に楽しむのが“電車”なのである。「電車は、乗るのも見るのも好きですが、特に時刻表を読み解くのが好きです。頭の中で仮想旅行をしたり、自分でダイヤを作って、『この駅に急行を止めよう』などと考えながらオリジナルのダイヤを作成したりします。やり始めると止まらなくなってしまうので、最近は少し制限していますが(笑)」 子どもの頃は、囲碁棋士にならなかったら、電車の運転士か野球選手になりたかったという結城。野球の方では関西棋院の野球部に所属し、2014年には、大ファンのオリックスの試合で始球式も務めた。 一方の電車は、ローカル線好き。若い頃は青春18きっぷで大阪から広島、山陰まで旅をしたり、当時大好きだった、WINKのコンサートツアーを追いかけながら四国まで旅をしたこともある。 現在は4人の子どもの父親である結城。最近では、長男・次男を連れて電車の趣味を楽しんでいる。「関西の電車は、子供たちとほとんど乗りました。残念ながら長女はあまり相手にしてくれませんが(笑)、男の子たちとは電車という趣味を一緒に楽しんでいます」最近見つけた弱点「高所恐怖症」 最近、子供たちと電車を楽しんでいるうちに、結城は自分のある弱点を見つけた。「廃線になる予定の鉄橋を歩いて渡ろうという企画があって、子供たちと参加しました。貨物列車を見て楽しむところまでは良かったのですが、鉄橋を歩きだしたら、怖くて足が踏み出せなくなって。昔は平気だったのに、いつの間にか高所恐怖症になっていたんです」 その後、自分が高所恐怖症になったことを忘れて子どもと遊園地に行き、観覧車に乗ったとたんに、高所恐怖症を思い出したという結城。観覧車の中で眼を瞑りながらやりすごしたのは言うまでもない。 結城聡は今年で44歳になった。若い頃は戦い一辺倒の打ち方で勝利を手にしてきたが、年を重ねるにつれ、打ち方もだんだん変化してきたという。「年齢を重ねると読みの力が落ちてしまうので、経験を生かした、大きな視点で戦うことを心がけています。ただ頑張りすぎてバランスが悪くなってしまったり、今でも試行錯誤していますね」  結城の頭の中は、「囲碁」「野球」「電車」の3つで9割を占められているという。それは小学生の頃からずっと変わらないらしい。30年変わらない髪型も、頭の中を占める3つの要素も、ちょっと不器用なのにものすごく決断力が早いそのギャップも、カラオケで淡々と工藤静香を歌うことも、その全てが、棋士・結城聡が愛される理由なのだろう。いくつになっても活躍していたい今後の目標を尋ねると、「もちろん対局を頑張って、いくつになっても活躍していたいです。あとはファンの方ともっと交流して、囲碁の裾野も広げたいですね。自分が育ててもらった囲碁界の役に立ちたいので」 囲碁棋士・結城聡はこれからもファンに愛され、活躍の幅をさらに広げていくに違いない。※1 関西にある囲碁の組織※2 囲碁の戦い方のタイプ王 真有子(おう まゆこ) ライター・囲碁インストラクター。フリーペーパー『碁的』元編集長。囲碁雑誌・囲碁書籍の執筆多数。『囲碁手筋・基本のキ』(マイナビ出版)『囲碁スピード入門』(ユーキャン)などの構成を担当。インストラクターとしても、初心者や級位者から絶大な支持を集めている。吉原由香里・王唯任・万波佳奈の囲碁教室講師。

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    囲碁AIの勝利でさらに注目? 今年の将棋「電王戦」は“頂上決戦”

    (THE PAGEより転載) 将棋のプロ棋士とコンピューターソフトが対決する「第1期電王戦」(主催・ドワンゴ、日本将棋連盟)が4月9日に開幕します。今年は、過去3年間行われた団体戦形式に代わり、第1期叡王戦を勝ち抜いた山崎隆之叡王(八段)と第 3 回電王トーナメント優勝ソフト「PONANZA」による優勝者同士がぶつかる頂上決戦の形になりました。お隣の囲碁界では囲碁AI(人工知能)「アルファ碁」がトッププロ棋士イ・セドル氏(韓国)を破り、AIの進歩が大きなニュースになったばかりで、今回の将棋電王戦も注目されそうです。山崎隆之八段vs. 「PONANZA」 「第1期電王戦」は、第1局が4月9日、10日に関山中尊寺(岩手県西磐井郡)で、第2局が5月21 日、22 日に比叡山延暦寺(滋賀県大津市)に開催。「2番勝負」形式になっており、一勝一敗の場合、引き分けで終了することになります。持ち時間各8時間の二日制は、棋界最高賞金大会の竜王戦と同じで、タイトル戦並みの対局といえます。米長邦雄永世棋聖(中央)もコンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」と戦い、敗れた=2012年1月14日午後、東京・千駄ケ谷の将棋会館(古厩正樹撮影) 電王戦は2012年に第一回が行われ、翌年からは3年連続でプロ5人対5ソフトという団体戦で開催。2013、2014年とソフト側が団体戦勝利し、衝撃を与えましたが、2015年は3勝2敗でプロ棋士側が勝ち越し、人間側が巻き返しました。 「叡王戦」は2016年の電王戦に出場するプロ棋士を決める新棋戦として昨年創設されました。参加は自由エントリー方式とし、羽生善治名人、渡辺明棋王は参加しなかったものの、現役タイトル保持者である郷田真隆王将を含む154人のプロ棋士がエントリー。山崎八段が郷田王将を決勝で下し、電王戦登場を決めました。山崎八段は35歳。2009年に王座戦のタイトルに挑戦したほか、NHK杯戦でも優勝経験を持っており、序盤巧者として知られます。 一方、「PONANZA」は、山本一成氏、下山晃氏の共同開発で、2013年の電王戦で佐藤慎一四段(当時)を破り、初めて現役プロ棋士にハンデなしで勝利したソフトとして有名。過去3回の団体戦ですべて勝利しており、第3回将棋電王トーナメントも優勝して、代表の座を得ました。プロ棋士間での評価も高く、記者会見で山崎八段も「コンピューター将棋の実力が自分の認識よりもはっきりと先にあることは感じている」と警戒しています。対するPONANZA開発者の山本氏は「挑むからには勝ちたい。自信はあります」と話しました。コンピューターの弱点を探る戦いコンピューターの弱点を探る戦い コンピューター将棋に詳しい大阪商業大学・アミューズメント産業研究所主任研究員の古作登氏(元週刊将棋編集長)は勝敗について、PONANZAの強さを認めた上でも「一勝一敗と見たい」と予想。「山崎さんは定跡にとらわれない棋風で破天荒な面もあり、ソフトと対照的とも言え、面白い対決になった。持ち時間も長くてじっくり考えられるのも大きい。山崎さん側からすると、局面をリードし、作戦局面に誘導しやすい先手番を第2局に残しているので、初戦も思い切って戦えるのではないか」とみています。 昨年の団体戦の電王戦では2勝2敗で迎えた第5局、「阿久津主税 八段 vs ソフト・AWAKE」で、阿久津八段が、同ソフトにアマ棋士が以前勝利した局面を目指し、開発者が短手数で投了を選択したことが賛否を呼びました。また第2局でもプロ側があえて「角行」を不成(ならず)と指した手に対し、ソフトが認識できず反則負けの形になる場面もありました。 古作氏は「人間同士の対戦でも相手の得意戦法を調べて対策を練るように、対コンピューターでもそれ用の対策を検討するのは当然。ソフトは現局面から数手先まで読むのは完璧になりつつあるが、数10手先に落とし穴があるが、その局面を探索、評価するのは完全とは言えない状況だろう。阿久津さんの選択は悪くない」とし、コンピューターの弱点を探るのは人間対コンピューターならではの戦いとみています。囲碁でもAIがトップ棋士を破る 米グーグル社の研究部門が開発した囲碁AI「アルファ碁」はAIが自ら学習を繰り返す技術を採用し、一気に進化しました。古作氏は「昨年10月、別のプロ棋士に勝利した時点と比べ、雲泥の差があるほど進化していてイ・セドルさんも困惑したのではないか。その中で第4局はイさんの常識外の妙着がアルファ碁をおかしくさせ勝利を奪ったのは注目される」と分析。「若手将棋棋士の中にはコンピューターが示した手に影響を受け、学んでいる人が増えている。ソフトやAIのよいところを取り入れ、自分の成長のためのツールとして使うのは有用ではないか」と話しています。 囲碁AIの分野ではグーグル社だけでなく、フェイスブック社も参入するなどAI開発競争は世界的関心になりつつあります。AIは自動運転車だけでなく、さまざまな分野の仕事で人間にとって代わるという予測もあり、将棋ソフトの開発者が突然世界的企業に引き抜かれるといったニュースもいずれ聞かれるかもしれません。