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    メディアは猛省せよ! ハリル監督の日本サッカー批判に敬意を表したい

    小林信也(作家、スポーツライター) サッカー日本代表・ハリルホジッチ監督の「異例の講義」が話題になっている。猛抗議になぞらえて「猛講義」と表現したメディアもあるほど熱い語りだったようだ。 9月28日、来月初旬のキリンチャレンジカップ2017に臨む日本代表メンバー24名を発表する記者会見が行われた。集まった報道陣にハリルホジッチ監督はすぐメンバー発表をせず、18分にわたってまず「講義」したのだ。 各紙の報道によれば、内容は主に、「日本のサッカーは、独自のアイデンティティーを築かなければならない」「日本ではポゼッション(ボール支配)の重要さが強調されるが、ポゼッションが高ければ勝てるわけではない」「それより大切なのはデュエルだ」 といったメッセージだった。 ちょうど直前行われたヨーロッパのチャンピオンズ・リーグ、バイエルン対PSGの試合内容と結果が、「わが意を得たり」の展開だったことも、講義を行う意志に勢いを注いだようだ。ハリルホジッチ監督はこの試合のデータを挙げて言った。 「PSGのポゼッションは38パーセント。パスの数も368対568、シュートもバイエルンの方が多い。コーナーキックはPSGが4本でバイエルン18本。クロスも4本対36本」 ところが、3対0で快勝したのはそれらの数字で劣るPSGだった。 「PSGが上回ったのは、デュエルの成功率だ。ポゼッションだけでは意味がない。モダンサッカーでは、ゲームプランやゲームコントロールが大事なのだ」サッカーW杯アジア最終予選。オーストラリアに勝利し選手らに水をかけられるハリルホジッチ監督=8月31日、埼玉スタジアム それはまさに、2018ワールドカップ出場を決めたオーストラリア戦でハリルが描き、見事勝利を収める要因になった戦術そのもの。その勝利でハリルホジッチ監督の再評価が進んでいる今だから、「猛講義」は説得力があった。常に「上から目線」で評論したがる傾向の強い日本のサッカージャーナリストやサッカー指導者たちにも一考を促すきっかけになっただろう。 デュエルという用語は、ハリルホジッチ監督が日本代表を率いるキーワードに設定し、盛んに使うことで日本でも広く認識され始めた。デュエルはフランス語、直訳すれば「決闘」という意味だ。ハリルホジッチ監督はサッカーのあらゆる局面で起こる《球際の勝負》をこれに投影している。日本人はオタク理論好き? 球際の強さにはもちろん技術の裏付けもあるが、同等かそれ以上に重要なのが「見きわめる目」であり「激しい闘志」だ。日本のサッカー選手にはそれが足りないと、代表監督に就任してすぐ感じたようだ。日本ではどうしても、目に見える技術や戦術が重視され、語られる。《サッカーの勝負を支配するのは、そのような数字や技術ではない。戦術論は、日本のサッカー界やジャーナリストたちが思っているほど、勝負を左右する核心ではない》 ハリルホジッチ監督は日本代表監督を引き受けて以来ずっと、ストレスに感じていたのだろう。日本では、評論家たちや戦術論が好きなサポーターたちは、チームを率いる監督でさえも、机上の空論とまでは言わないが、理論優先のおたく的思考に傾きがちだ。 「球際の強さが重要だ」と言われて反論する人はいないだろう。だが、ハリルホジッチ監督が言いたいのは、それだけではない。《デュエル》というキーワードが意図するもっと深いサッカーの構造、勝負を支配する綾(あや)まで、ハリルホジッチ監督が展望する方向性に寄り添って、日本のサッカー関係者がビジョンをなかなか共有してくれない。 「球際の勝負に勝てば、自(おの)ずとボール・ポゼッションも増える」と考えたら、「だからやっぱりポゼッションは大事じゃないか」となってしまう。サッカー日本代表メンバー発表会見の冒頭で熱弁を奮うハリルホジッチ監督=9月28日、東京都文京区(撮影・山田俊介) 「言いたいのは、そこじゃないんだ!」 ハリルホジッチ監督はストレスといら立ちを爆発寸前まで抱えていたのだろう。 試合時間の大半、ずっとボールを相手に渡しても、渡していること自体を支配し、ゴールマウスに蹴り込ませないコントロールができていれば、勝負に支障がない。勝負どころの球際で相手を支配し、負けず、決定機をモノにする。それこそがサッカーの勝負を分ける核心。それはまさにハリルホジッチ監督がオーストラリア戦で代表選手とともに体現して見せた勝利の方程式だ。 日本のメディアは、本田圭佑が落ちた、香川真司が外れた、といった話題が優先して語られる。それも関心事には違いないが、監督の立場からすれば、優先順位は高くない。勝つためにどんな試合を展望し、それができる選手たちでチームを編成する。勝つ戦術を理解し、チームで徹底し、結果を出すことが重要であって、その試合に本田がいたか、香川がいたかは重要ではない。ハリル監督の使命 私自身の立場からすれば、今回のハリルホジッチ監督の「猛講義」は、スポーツ報道やそれに携わるジャーナリスト、熱心なサポーターたち、さらには日本の指導者たちへの強烈な一撃だと感じる。 「お前ら、偉そうに言うけど、本当のところはわかっていないんだよ」 ハリル監督の感情を直訳すれば、そうなるのではないか。私自身、スポーツ表現に関わりながら、その矛盾やジレンマをしばしば感じる。 プロ野球の投手が「160キロを記録した!」となれば、大きな話題になる。大切なのは、打者を抑えたかどうか、試合を支配し勝利したかだ。が、数字が独り歩きする。160キロの投球をバットに当てられたとあれば、何か不足がある、と考えるのが選手の実感だ。数字を見て騒ぐのは、外野席の感覚だ。ファンが騒ぐのは自由だし、それもスポーツの楽しみだが、メディアやジャーナリズムが、本質から離れた外野席の発想では核心から外れる。勝手な思い込みで競技の本質を誤った方向に(あるいは狭い理解で)導くのは発展を妨げる。未来ある選手たちの可能性もむしばむことにつながる。日本代表メンバー発表会見の冒頭で熱弁を奮うハリルホジッチ監督=9月28日、文京区(撮影・山田俊介) その意味で、ハリルホジッチ監督の勇気と挑戦に敬意と拍手を送りたい。私たち伝える側の人間、熱く語るサポーターたちも、本当は何が試合を支配したのか、もっと謙虚に当事者に聞き、探り、無限に追求し続ける謙虚さが必要だということを肝に銘じたい。 ハリルホジッチ監督がただ「お仕事」でなく、《日本サッカーのアイデンティティーを築く一助になりたい》、そう自覚している感じが日を追うごとに伝わってくる。 「代表の監督を引き受ける」とは、ワールドカップに出場させる、ワールドカップで勝ち進むという命題とともに、そういう使命があることを当然自覚して、ハリルホジッチ監督は任務に当たっている、私はそんな風に感じる。フランス人(ハリルホジッチ監督はユーゴスラビア出身、現在はフランス国籍)にとってサッカーとは、人生や社会と深く結びついた活動だから、ハリルホジッチ監督にとってはそれが当然の感覚なのだろう。そのことも含めて、私たちは外国人監督から学び、サッカー文化を深める大きなきっかけになればいい。

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    澤穂希を解き明かす4つのキーワード

    松原渓(スポーツライター、キャスター) 「10番 澤、穂希」 5月1日に日本サッカー協会で行われたカナダW杯メンバー発表会見。なでしこジャパン、カナダW杯メンバー発表で澤穂希の名前を読み上げる佐々木則夫監督=5月1日(撮影・山田俊介) 佐々木則夫監督の口からその名前が力強く発せられると、カメラのフラッシュ音が一段と大きくなった。 澤の代表選出は、昨年5月の女子アジア杯以来約1年ぶり。「また青のユニフォームを着たい、また日の丸を背負って戦いたいという気持ちで、日々のトレーニングに励んでいました」(澤) 試合に出れば、男女を通じて世界初のW杯6大会連続出場の偉業達成となる。W杯連覇に不可欠なパズルのラストピースが、はまった。「影響力」 佐々木監督は澤を選考した理由について「パフォーマンス(の高さ)、90分間の集中力、そして、チーム内でも誰よりも身体を張ってスライディングも多い」ことを挙げた。実際、澤は今季リーグで良いパフォーマンスを見せており、表情からも心身ともに充実している様子が見て取れる。リーグで首位を走るINAC神戸レオネッサで攻守の舵を取り、4月にはリーグ最年長ゴール記録も更新した。 24日と28日に行われたW杯前の壮行試合では、澤復帰の効果が早速現れた。24日のニュージーランド戦ではフル出場で攻守を牽引し、決勝ゴールも決める大活躍。28日のイタリア戦でも厳しい守備で相手の攻撃の芽を摘み、攻撃の起点になり続けた。また、他の選手もスライディングでボールを奪いに行くなど、チーム全体に意識の変化が見られた。トレーニング中、佐々木監督は澤がスライディングでボールを奪取するシーンを集めたビデオを全員に見せ、球際の強さを求めたという。FWの安藤梢もその姿に刺激を受けた一人だ。 「澤さんは背中で見せている。球際や諦めずに走るところなど、しっかり戦う姿勢を見せていきたい」 プレーで周囲を鼓舞する、その影響力は絶大だ。「リーダーシップ」「苦しい時は、私の背中を見て」 澤の代名詞ともなったこの言葉は、2008年北京五輪の3位決定戦前のロッカールームで生まれた。この試合で日本はドイツに敗れてメダルには手が届かなかったが、澤と共に140試合近くを戦ってきた宮間あやは「最後の一秒まで澤さんの背中を見て走りました」と話している。多くを語らず、プレーで示す。澤のリーダーシップはこの言葉に凝縮されている。 惜しみなく身体を張って戦い、チームを奮い立たせる―エピソードを挙げれば枚挙に暇がない。04年4月、アテネ五輪アジア予選準決勝の北朝鮮戦も語り継がれる一戦だ。2大会ぶりの五輪出場がかかったこの試合に、澤は右膝半月板損傷を抱えながら強行出場した。ところが、普通なら立っているだけでも辛い状況の中、キックオフ直後に北朝鮮のエースをタックルで吹っ飛ばし、ボールを奪ったのだ。このプレーにチームは鼓舞され、それまで7連敗と圧倒的に負けていた北朝鮮を3-0で圧倒。アテネ行きのチケットを手にした。 攻撃面では「常に大事な場面で点を取ってくれる」(解説者、元日本代表DFの矢野喬子氏)点も、エースたる所以だろう。研ぎすまされた”第六感”が、勝負所を見逃さない。11年のW杯決勝で、米国にリードを許していた延長後半、試合終了直前に劇的な同点ゴールを決め、日本中を興奮の渦に包んだ場面は記憶に新しい。 このように自ら率先して結果を出す姿はサッカーのみならず、会社や組織でも理想のリーダーシップと言えるのではないだろうか。 とはいえ、背中で見せる澤のリーダーシップはピッチに立ってこそ威力を発揮する。「控えのスーパーサブでも、澤がベンチにいればチームが一つになる」という安易な見方には賛成できない。「コンビネーション」、そして「原動力」「コンビネーション」 普段からコンディション面に細心の注意を払い、誤差は経験でカバーできる。試合での好不調の波が小さいことも、澤がこれまで選ばれ続けてきた理由の一つだろう。 では、選ばれなかった昨年と今年で何が変わったか。最大の要因は、所属クラブを取り巻く環境の変化だと私は考える。昨年、INACは国内4冠を達成した2013年のレギュラーメンバーから一気に5人が移籍し、若く経験の浅い選手たちがチームの大半を占めた。そして、選手間の連携が未熟な中で相手のマークが澤に集中した結果、個人のパフォーマンスが上手く発揮できず、チームの総合力も落ちた。 サッカーは見る人の「主観」によって、印象が180度変わることもある。たとえば1本のパスが失敗した際、「技術不足」「判断が遅い」と、出し手に責任を求めるのは簡単だ。しかし、1秒ごとに局面が変わる中では多くの不確定要素がある。パスの受け手のポジショニングは正しかったのか。声で相手のマークを分散させるなど、周囲のサポートはあったのか。 良くも悪くも、1人で何でもできてしまうクリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)のような選手なら話は別だが、澤はそういうタイプの選手ではない。周囲とのコンビネーションの中で、味方の良さを最大限に生かして自らのポテンシャルを発揮し、チームに命を与えるシャビ(バルセロナ)のような選手なのだ。4月26日のAS埼玉戦後半、リーグ通算150得点となるゴールを決め笑顔で手を振るINAC神戸・澤(中央) 昨年の苦しみを教訓に、INACは今季、なでしこジャパンの主力メンバーでもある大野忍や近賀ゆかり、鮫島彩らを補強。息の合ったコンビネーションが復活し、澤も生き生きとプレーしている。代表とクラブで澤のチームメートとしてプレーする川澄奈穂美は、「守備面での予測や、パスを出す視野の広さは、昨年から良い意味でまったく変わっていないと思います。それに対して、周りがどう反応するかというところは変わったと思います」と話す。この言葉も、昨年のパフォーマンスが澤自身の不調によるものではなかったことを証明している。 今季、INACに新指揮官として迎えられた松田岳夫監督は、10代から澤を知る恩師の1人だ。強烈な個性をまとめ上げる戦術もさることながら、選手のモチベーションを上げるのにも長けている。再会を果たした恩師に澤は「もっとサッカーを知りたいし、上手くなりたい」と伝えたという。「原動力」 15歳ではじめて代表入りしてから22年。年齢を重ねても変わらずに活躍し続ける姿は、見る者に勇気を与える。そんな澤の原動力は、大好きなサッカーへの探究心と向上心だ。その気持ちの強さを、チームメイトの川澄は肌で感じているという。 「常にサッカーを楽しんでいるのが見ていて分かります。人一倍身体を張って、声を出して、相手にやられれば悔しがる。本当に、そういうところに尽きるのかなと」 試合はもちろん、日々のトレーニングも絶対に手を抜かない。INACのトレーニングでは、澤が練習場に入るとピリッと空気が引き締まるのが外から見ていても分かる。常に100%を出し切って戦う姿勢は、周囲の選手にとって最高の見本になっている。 今回選ばれた23人中17人の選手が前回大会経験者というデータからも分かるように、なでしこジャパンの主力は前回2011年のW杯からほとんど変わらず、平均年齢は25.3歳(21名)から27.7歳(23名)になった。世代交代の失敗を指摘するような報道もあったが、実際この4年間で多くの若手選手がチャンスを与えられた中、そのチャンスをモノにできたのは僅かに6人。澤と、その背中を見てきた選手達の気迫とレベルアップが、若手の台頭に待ったをかけたのだ。その気迫と経験は、現在のなでしこジャパンの武器でもある。後の祭りではあるが、2012年のロンドン五輪から3年間は世代交代を急ぐのではなく、今のメンバーで連携を高めることが重要だったのだと思う。そして、澤の存在はなでしこジャパンをより魅力的にするのだと、代表復帰戦を見て実感した。今大会で新たに選ばれた6人の選手には、そのプレーや練習に取り組む姿勢を貪欲に学び、盗んで欲しい。 その背中は、今大会でも多くの選手の支えとなるはずだ。まつばら・けい スポーツライター、キャスター。1983年生まれ、東京都出身。女子プロサッカー・日テレの下部組織のセレクションを受験するなど7年のサッカー経験を持つ。「日本代表TV」「プロサッカーニュース」(フジテレビONE/TWO/NEXT)アシスタントMCを経て、現在は「INAC TV」(BSフジ)オフィシャルキャスター。08年からスポーツライターとして精力的に取材活動を行う。著書に『日本女子サッカーが世界と互角に戦える本当の理由』(東邦出版)。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの

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    一体感で本番へ!なでしこ・佐々木監督流マネジメント

    佐々木則夫(サッカー日本女子代表監督)なでしこ旋風再現なるか いよいよ今年6月から「FIFA女子ワールドカップ カナダ」(W杯)が開幕する。日本の初戦は6月9日(以降すべて日本時間)にスイス、13日にカメルーン(ともに開催地はバンクーバー)、17日にはウィニペグでエクアドルと対戦。対戦相手がすべて初出場国とあって、メディアでは比較的恵まれた組み合わせといわれているが、油断は禁物だ。 4年前、東日本大震災に苦しむ日本に生きる勇気を与え国民栄誉賞に輝いた「なでしこジャパン」。再び、なでしこ旋風は吹くのだろうか? 彼女たちを率いるのは「ノリさん」の愛称で知られる佐々木則夫監督。日本のサッカー史上初めて"W杯連覇"に挑む指揮官に話を聞いてみた。<聞き手:上野直彦(スポーツライター)/写真:Shu Tokonami>「なでしこらしさ」を大事に――W杯への新たな挑戦へ向けて、昨年(2014年)は多くの試合を経験されました。初優勝した5月のアジアカップ(ホーチミン)と秋口に開催され準優勝したアジア競技大会(仁川)。そして、10月26日・29日にW杯開催地で行なわれたカナダとの親善試合。ご自身のマネジメント力が試された1年でしたが、課題に掲げていた「ベテランと若手の融合」について手応えは感じられましたか。佐々木 いまのなでしこには3つの層があります。2011年のドイツW杯、2012年のロンドン五輪に出場経験のあるレギュラー選手、サブの選手、それと若手選手の3つの層です。実際、いままでサブだった選手たちは、主要な大会は経験しているけど、試合に出場した場数が圧倒的に少ない。経験ある選手たちと熾烈なポジション争いができるくらいにならないといけない。次の世界大会だけではなくて、その先の未来も視野に入れるべきだからです。 ところが、この2年間で、優勝したドイツW杯と準優勝したロンドン五輪を経験した選手たちの質に追い付いてくるだけのものが、顕著に感じられませんでした。――ベテラン勢とサブ組とを隔てる壁がそんなに高いのですか。厳しい現状ですね。佐々木 そこを打ち崩さなきゃいけない。でも厳しい言葉を投げかけたり、試合の映像を見せただけでは選手たちはピンときません。解決策としては経験のある選手たちとサッカーをする、ということが一番です。――なでしこジャパンだけでなく、いまの日本の会社や組織においても同じことがいえます。佐々木 先輩と中堅と若手のざっくばらんな雰囲気や、みんなで「こうしよう!」とお互いに声を掛けて、目標に向かっていく姿勢をつくり出すことが監督として何よりも重要なんです。サッカーの技術的な要素だけでなくて、「なでしこジャパン」がこの30数年歩んできた歴史のなかでの彼女たちのカラーを学んでほしい。そのなかで若い選手にはプラスの個になる突出した選手が出てきてくれることを期待していますね。 「なでしこらしさ」も僕は大事にしています。――監督が考える「なでしこらしさ」とは、どのようなものでしょうか。佐々木 ひたむきさ、芯の強さ、それと明るさ。忍耐力もあって礼儀正しい点ですね。もし今年のW杯のメンバーに若手の選手が入ってこなくても、次の世代にこの「なでしこらしさ」は繋いでいかないといけません。もちろん今回のW杯に若い選手が何人か入ってくれたら、将来への継続的な力となる。――若い選手の筆頭となるのは、どういった選手でしょうか。佐々木 年齢や経験ではけっして若手ではないのですが、いつもギリギリで代表メンバーに入らない選手たちもいる。そのような選手たちが這い上がってこられるかを重要視しています。――監督流の若手の育て方、能力の引き上げ方があれば教えてください。佐々木 選手の能力を、監督の手腕だけで引き上げることはできません。経験値の高いベテラン選手が若手の選手たちと練習や試合中に意見を交わしたり、ピッチの外で、身なりや振る舞い、時間に対する意識などを指摘することで若手選手はどんどん成長します。だから監督ができることは、若手の選手がポテンシャルを思いきり出せるような空気をつねに設定する。これが最も大事なんです。――選手のなかで、若手をまとめる雰囲気を醸し出している選手はいますか。佐々木 現キャプテンの宮間あや選手(岡山湯郷)が中心になるでしょう。試練や修羅場を潜り抜けてきた選手の1人ですから。若手のときは意識が自分に向いていたころもあった彼女が、いまは若手選手たちのサポートができている。――ベテラン勢に求める役割は、若手をケアする以外にもいろいろありそうですが。佐々木 私の理想は、経験ある選手たちが率先して細かい部分でコーチングスタッフにアプローチしていくことです。たとえば選手間ミーティングで、僕と彼女たちのあいだで「もっとこういう場面は、こう動くべきだよね」と率直に話し合える。時間配分でいえば、僕が半分、選手たちが半分です。何でも話し合えることが、なでしこのスタイルなんです。――企業で例えるなら、経営者と社員とが腹を割って「何でも話し合える」状態でしょうか。佐々木 そうですね。主従関係にはけっしてなりませんし、なにより一方的なコミュニケーションにならないように気を付けています。若手に求められる勝負強さ――昨年のアジア競技大会では決勝戦で北朝鮮に1―3で敗れました。敗因は何でしょうか。佐々木 前回の大会(2010年)に優勝したときと、今回の大会では「意識づけ」が全然違います。前大会では「攻守にアクションをする」ことを念頭に置いていました。 メンバーに関しても、2008年の北京五輪以降から2011年のW杯までコアな選手はほぼ代わっていません。かつ大会中は、初めて選手の自主性を重んじました。先ほどのミーティングの話でいえば、5分の1ぐらいが監督・スタッフ主導、残りの5分の4を選手主導に切り替えたのです。――選手の自主性を高めるミーティング方法ですね。なでしこの強さの秘密が垣間見えました。佐々木 あと、決勝までの5試合も「練習じゃない練習」をやりました。どういうことかというと、つねに決勝トーナメントと同じような緊張状態に持ち込むようにしたのです。苦しい戦いでしたが、粘り強くやるというシチュエーションをつくりました。じつはこれは2011年W杯の決勝トーナメントという設定でした。――なんと! すでに前年のアジア大会でドイツW杯のシミュレーションをやっていたのですか。佐々木 ただし今大会は、若い選手、経験の浅い選手との融合の場とも位置付けました。なおかつその設定下で、連覇も果たすことがテーマでした。結果、大事な場面でのミスや守備における粘り強さのなさなどが課題であることもわかりました。勝敗に関わるところで、甘いプレーも出てしまいました。――いまの若者特有の勝負弱さが出てしまった。佐々木 「ここぞ」という場面での勝負強さが光るプレーは重要です。 リズムが悪いときに自分のプレーができなくなってもいけない。相手にイニシアティブ(主導権)を握られても、自分らしいプレーを出し切る必要があります。たとえば、相手が前に来ていて「自分の位置でボールを止めていたらまずい」と思ったら、簡単にタッチして、次の準備をしたほうがいい。でも判断力の鈍さと勝負弱さが前面に出てしまうと、パスを受けた際に相手にボールを取られてしまうのです。そういった勝負勘というのは、まだまだ課題としてわれわれも取り組まなければいけないと感じています。――般企業で働く新入社員にもよく見受けられる傾向ですね。世界の女子サッカーを変えたなでしこ世界の女子サッカーを変えたなでしこ――話を戻しますが、「攻守にアクションをする」という新しい方法も一朝一夕にはできなかったと思います。佐々木 じつは、最初は宮間選手たちベテランもなかなか順応していませんでした。われわれは2008年から09年にかけて、「こうしろ、ああしろ」と細かく戦術を指示しました。しかしパワーがあり、体格も大きい外国勢に勝つためには、いままでにない戦い方や守備が必要です。――新しい戦い方が必要になったのですね。「ジャパンオリジナル」ではないですが、日本ならではの方法論を生み出したということでしょうか。佐々木 とくに守備の面を意識しました。相手を中から外に追いやる守備は世界標準です。しかし、それだと縦に蹴られたとき、ボールが外に出て相手のスローインから始まってしまいます。そこでわれわれは、いままでとはまったく異なる守備を考え出しました。ワザと中に誘って数的有利でボールを奪う。そこから攻撃を仕掛けるというものです。選手たちはその理論を学んで、体で身に付け、トレーニングを積み重ねる。そうやって、なでしこたちが動けるようになったのが1年半後のW杯なのです。――ドイツW杯での6試合ばかりが報道されましたが、大会に至るまでのプロセスが優勝の鍵となった。でも、監督と選手で侃々諤々あったのでは。佐々木 なでしこのサッカーは、選手と監督をはじめとするスタッフが30年の歴史のなかで切磋琢磨して積み上げてきたものです。経験値のある選手はオートマチックに動けているものの、若手にはまだまだ浸透していない部分もありますね。――昨年はカナダ遠征でカナダ代表との親善試合も2戦行ないました。結果は3―0、3―2と勝利。ただ、絶対的な支柱である澤穂希選手(INAC神戸)は選ばれませんでした。彼女の存在感と安定感は別格だと思いますが。佐々木 海外組の選手をはじめとするほかの選手を試す時期で、今回はメンバーに入らなかった事情もあります。カナダはW杯でベスト8クラスの相手と想定しています。開催国での試合ということもあり、今回はヨーロッパ組にプラスして日本の国内リーグでのベストメンバーをエントリーしました。――現状のパフォーマンスで全員を評価した結果だと。佐々木 もちろん、ベテランや中堅選手のレベルも上がってきています。――メンタル面では、宮間選手がカバーしています。佐々木 そうですね。2大会を経験している選手たちが支えている状況下でなでしこのチーム力はかなり上がりました。――監督としては、このチームは何を理想としていくべきだと思われますか。明らかにいまのチームは4年前とは違います。佐々木 2008年から、先ほど話した「攻守にアクションをする」という全員攻撃・全員守備を徹底してきた土台がチームにあります。発足当初の小さなチームが、北京五輪でベスト4入りを果たしました。「日本のコンパクトなサッカーに大柄な外国人選手が振り回されている」と世界中から注目を集めました。なでしこのサッカーが、世界の女子サッカーのスタンダードを変えた瞬間です。いまや、大柄でパワーもある選手たちが、コンパクトに守備を固め、高いテクニックで巧みにボールポゼッションするのが女子サッカーの主流です。世界各国の女子サッカーチームが日本のようなスタイルを取り入れている流れで、2015年W杯を迎えようとしているのです。 W杯で優勝した2011年から1年ほどは、われわれが相手の個を消しながら、自分たちの良さを活かすサッカーが機能していました。しかしいま、FIFAランキング15~20位クラスに属する国のプレーが本当にうまくなっています。たとえば潜在的にパワーがあるニュージーランドは以前であれば「3点差くらいつけて勝つ」と意気込めたのが、いまは簡単に勝てる相手ではありません。――なでしこが、もっといえば日本の女性が、世界の流れを変えたともいえます。その上での上積みは何があるのでしょう。佐々木 やはりもっと攻守一体型のサッカーをめざして、アベレージ(平均値)を上げていかなければいけません。選手からの提案は「やってみる」――佐々木監督は女性のチームを率いて世界一に輝きました。世の中には、女性の組織をまとめる管理職として悩んでいる方も多いと思います。よい結果を出す秘訣はありますか。佐々木 最初のころと違うのは、まず僕が冗談をいっても、いまの若い選手は笑ってくれない。昔のメンバーはみんな笑ってくれたのに(笑)。「怖い」という気持ちはないと思いますが、若い人ほど「なでしこの監督」というイメージを強く抱いているのかもしれない。僕はチームのボスでもなく、選手たちの兄貴分、あるいは父親役を務めているようなものです。上の世代とは比較的対等な人間関係を築いてきたし、僕のことを「ノリさん」はまだしも、悪ふざけで「ノリオ」と呼ぶ人もいるくらい(笑)。 監督というイメージを払拭するという意味でも、いまの若い選手には「ああしろ、こうしろ」とは要求しません。サッカーはアメフトのように「こういうときは、こうプレーする」という約束事はありません。ピッチ上では自分で判断し、プレーを選択することが要求されます。細かい指示を与えると、選手が考え込んでしまい、逆にパフォーマンスを落としかねない。なにより判断力が絶対に身に付きません。 若い世代にはできるだけ細かくいわずに、若い感性を活かしたアイデアやひらめきを表現して、伸び伸びと自分らしいプレーができるように環境をつくってあげることが大事です。――失敗してしまった選手に対してはどんな声を掛けますか。佐々木 失敗を恐れてセーフティなプレーに終始した場合は、注意しなければいけませんが、失敗を恐れずにチャレンジした姿勢は評価をします。なにより日ごろからピッチ内外問わず観察し、気が付いたことがあれば選手に声を掛けています。優勝が決まるような緊張感のある試合でも普段どおりの力を出すためには、「いつもと同じように」コミュニケーションをとることが大切なのです。――選手からの提案にはどのような対応をしていますか。佐々木 選手から「このフォーメーションはどうでしょう」と提案があれば、「それもいいんじゃない。やりたい? じゃあ、やってみるか」という具合に親善試合などでも、どんどん取り入れることはあります。――上司が部下の意見をすぐ採用する組織は一般企業では珍しいです。ピア・スンドハーゲ監督(元アメリカ女子代表監督、現スウェーデン女子代表監督)のように女性の組織を女性が指導する場合のメリット、デメリットをどうお考えですか?佐々木 同じく女性でドイツの監督を務めるシルビア・ナイト氏にも該当しますが、とにかく選手たちとの一体感を大事にしていますね。試合後、選手を集めてじっくり話をしたり、点を取ると控えの選手も含めてハイタッチしたり。「この結果はみんなの力よ!」といわんばかりのオーバーアクションも効果的でしょう。僕も真似しなきゃだめなのかなあって思います(笑)。――それはどうでしょう(笑)。佐々木監督なりの表現方法があると思いますよ。一体感をもって本番へ――率直に聞きますが、W杯出場国のなかで手強そうな国はありますか。佐々木 メキメキと力を付けてきているフランスです。日本と同じようなオーガナイズのチームで、かつ身体能力の高い選手がいます。それに加えて、トミス選手(オリンピック・リヨン)をはじめ大柄でスピードのある選手も揃っています。潜在能力では一番ではないでしょうか。親善試合でもドイツに2―0で勝ちましたし、6対4ぐらいの割合でイニシアティブを取っていました。――最後にW杯連覇の達成に向けて、課題は何でしょうか。佐々木 ボールを動かす仕掛けも大事ですが、もっとチーム全体で攻守におけるプレーに一体感をもって本番に臨みたいです。アジア大会の敗北もそうですが、チームの一体感があれば、攻撃に加えて守備も意識しながらポジションを取れる。逆に、一体感がないとショートカウンターやセットプレーで失点してしまうケースが増えてしまいます。――なでしこの強さの1つは「一体感」。ファンやサポーターも選手たちと一体感をもって応援してくれるでしょうね。W杯での健闘をお祈りしています。佐々木 ありがとうございます。本番に向けてしっかり準備します。ささき・のりお サッカー日本女子代表監督。1958年生まれ。明治大学卒業後、NTT関東サッカー部でプレー。2007年12月より現職。08年の北京五輪四位、10年アジア大会優勝。11年女子W杯(ドイツ)にてFIFA主催大会で男女を通じ、日本を初優勝に導く。国民栄誉賞を受賞し、12年のロンドン五輪では史上初の銀メダルを獲得。関連記事■ カズ語録 僕はこれを若い人に伝えたいと思う■ メダリスト・有森裕子の「やめたくなったら、こう考える」■ イタリアサッカーのダービーマッチは、なぜあんなに熱いのか?

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    澤穂希 運動能力は平均点でも世界最高評価の理由

     なでしこジャパン主将・澤穂希に新たな「世界一」の勲章が加わるか。女子サッカーの世界最優秀選手を選ぶ“2011 FIFA女子バロンドール”である。10月にノミネート10名を選出した同賞は、12月5日に最終候補者3名を発表。マルタ(ブラジル)、ワンバック(米国)とともに澤がエントリーされた。(編集部注:同年のFIFA女子最優秀選手賞は澤穂希選手が獲得した) 世界的に高い評価を得る澤の意外なエピソードについて、彼女の最新刊『夢をかなえる。』(徳間書店刊)を構成、『世界一のあきらめない心』(小学館刊)を上梓したスポーツライター・江橋よしのり氏が解説する。 なでしこジャパンが合宿を行なう際、選手全員が持久力やダッシュ力、ジャンプ力などの運動能力テストを受けることがあります。意外ですが、澤はどの種目も平均点そこそこなのだそうです。澤本人も「だから私は、自分を一番の選手だと思っていない」と謙虚に受け止めています。女子サッカー・国際親善試合 日本対ナイジェリア 攻める日本・澤穂希=2013年9月22日、長崎県立総合運動公園陸上競技場 (撮影・山田喜貴) それでも澤は、いざ試合となると誰よりも最後まで徹底的に走ります。テレビ画面からは分かりにくいですが、スタジアムでよく目を凝らして見てみると、澤は“ムダのない走り”を誰よりも実践していることが分かります。つまり澤は、「ここでボールを奪えそうだ」と感じたエリアに、一直線で走っているんです。途中でコースが変われば、やはり誰よりも早く軌道を修正して先回りしています。いってみれば澤は、“究極のエコ・サッカー選手”なんです。 そのうえで、溜めていた力を勝負所でしっかり使う。足の止まったマーカーを簡単に振り切ってゴール前に顔を出し、シュートを放っている。だから得点も量産できるんですね。こういうタイプの選手は、世界を見渡しても男子選手ですらなかなか見つからないでしょう。 では、澤は一体どのようにしてボールを奪う嗅覚を身につけたのか。ストレートにこの件を本人に問うと、明確な答えは返ってきませんでした。強いていえば「サッカーが大好きだから」「もっとうまくなりたい、といつも思っているから」といった返事が返ってくるばかりです。無意識的に体現できる正解でも稀有な才能! つまり、「他人に説明できない感覚=澤特有の能力」と解釈すれば、澤穂希がいかに突出した特別な選手であることの理由が分かる気がします。関連記事■なでしこジャパン 国民栄誉賞副賞の化粧ブラシは2万7000円■女子W杯が面白くなる10問10答■一流アスリートのアルバイト時代■なでしこ 澤に代わるスター育て新たなスポンサー開拓を狙う■「ノリさんと呼ぶな」のなでしこ佐々木監督に選手「ノリオ」

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    なでしこジャパンの強さ 脳科学に基づく実践、練習があった

    配置を瞬時に立体的に位置づける能力で、わずかな選手の動きを感じる「統一・一貫性本能」が関わってくる。サッカー女子カナダW杯へ向け出発前に、FW大野忍の携帯電話で記念撮影するなでしこジャパンのメンバーら=2015年6月1日、成田空港(納冨康撮影) その上で、選手同士が互いの動きを予知し、まるで同じリズムで動く「(脳の)同期発火」が起きていると分析する。同期発火は、離れた脳の領域が同時に信号を送り出す脳現象のことを言うが、林教授は、これと同じ現象がチーム、組織でも起こっているとし、同期発火と指摘する。 その象徴的なシーンがW杯準々決勝のドイツ戦。延長後半108分、ディフェンスが蹴り出したボールが、ワンパスを経て、澤に渡った。空間認知能力の高い澤は、相手DF裏の空きスペースを見逃さなかった。そして縦パス。まるで示し合わせたように縦パスの先に走り込んだ丸山桂里奈に渡り、ゴール。これが決勝点になった。 「前に走ったら、きっと誰かが蹴ってくれると思っていた。走り出すタイミングを意識した」と丸山は語る。その上で、「蹴るときはゴールは見ていなかった。(一筋の)光が見えた。蹴ることだけに集中できた。ゴールを見ていたら失敗していた」と振り返る。 これが林教授の言う「同期発火であり、心が一つになったプレー」だ。同期発火は、相当の練習が必要であるという。林教授によれば、同期発火に関係する、空間認知能力を上昇させる練習はいくつもあるという。その一端をまとめたのが図3だ。同期発火に必要な「気持ちが伝わる」という感覚 番組では触れられていなかったが、実はこの同期発火に不可欠なのが「相手に自分の気持ちが伝わる」という感覚だ。その感覚を選手全員に持たせるために、脳科学に基づく布石が、佐々木則夫監督と、林教授の話し合いをもとに、なでしこジャパンで実践されていた。 それは、「チームメートを好きになる」「チームメートの心に入る会話をする」「共通の目標をもつ」「チームメートを尊敬しあう」ということだ。林教授が、時には12時間もかかる手術に耐えられるチームワークが必要な脳神経外科チームを率いているときのやり方でもある。 難しいことではない、どこでもできることだ。しかし、それを持続して行うことは高いモチベーションが求められている。具体的には、(1)相手の言った言葉を先に受け、それから意見を言う習慣(2)相手の脳が反応する間合いを取る(3)立場を入れ替えて考える習慣(4)どんな嫌な上司・部下でも自分を高めるための神様が遣わした人と思うことだ この実践があったからこそ、選手同士の会話が活発になり、互いを認め合うことができ、W杯、五輪本番で信頼することができた。この信頼感こそが、緊張や体力消耗を余儀なくされる修羅場で、安定的な力を発揮する原動力となったと言えるだろう。 脳科学の視点で戦略を練り、成績を残した選手には、今年8月ロシアの世界選手権マラソンで銅メダルを獲得した福士加代子がいる。 6月ごろ不調だった福士は、林教授に相談を持ちかける。福士は常に先頭を走り、後半失速するレースを繰り返していた。「後半に失速しないにはどうしたらよいか」。一種のバーンアウト(燃え尽き症候群)だった。 そのための林教授は、これまでとは違う「ニュー福士物語を作ろう」と持ちかけた。35㎞付近までは、自分の前に出たい気持ちを押さえて、先頭集団の後ろにつき、集団の選手らと同じリズムを刻む「同期発火」をして走るよう提案。実際のレースは、30㎞で4人の先頭集団から脱落したものの、スタート時の気温が27度という猛暑にもかかわらず、驚異的な粘りで最後に1人を抜き返した。脳科学的な視点だけでなく、熱中対策として背中や肩甲骨をスポンジで冷やし、体力を温存することに成功し、福士の代名詞とまで言われる「後半の失速」を克服した。ビジネスに通じる脳科学の視点 脳科学的な視点では、勝った時の過ごし方が大事だという。満足感、達成感を得る脳の領域「自己報酬神経群」が作用すると、モチベーションが急速に下がる癖があるからだ。例えば、この神経群は常にご褒美をねだる。過去の栄光にしがみつこうとし、その一方で、「こんなはずじゃない」という邪念が生まれ、結果として勝てなくなる。「だからその都度、クリアランスをしなくてはいけない」と林教授はいう。 競泳日本代表の平井伯昌コーチ(東洋大水泳部監督)が、世界選手権などの優勝は、五輪の前哨戦に過ぎないという意識を選手に浸透させようとしているのもその一例だろう。 林教授は著書『勝負に強くなる「脳」のバイブル』(創映社/三省堂書店)の中で、・脳は優勝すると本能によって、しばらく力を発揮しない。・「(一時の)いい思いは」は、次への更なるステップ(単なる前哨戦に過ぎない)と考える・成功の理由を常に明らかにし、否定語は使わない など勝ち続けるために必要な脳科学の視点を紹介している。これはスポーツだけでなく、ビジネスや教育、受験などにも通じることだ。学ぶことは多い。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの

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    澤穂希の言葉からみる 彼女が第一線で輝き続ける理由

    藤江直人(ノンフィクションライター)サッカーを愛する女の子を増やしたい 4年に一度のFIFA女子ワールドカップが、カナダを舞台に開幕した。連覇を目指す日本女子代表なでしこジャパンの初戦は日本時間9日。バンクーバーのBCプレイス・スタジアムでスイス女子代表と対峙するイレブンのなかに、MF澤穂希(INAC神戸レオネッサ)は間違いなく名前を連ねる。 そして、キックオフを告げるホイッスルが鳴り響いた瞬間に、男女を通じて世界初の偉業となる「6大会連続のワールドカップ出場」を達成。日本サッカー史上においても同じく男女を通じて初めてとなる「国際Aマッチ200試合出場」に到達する。 15歳3カ月で日本代表デビューを果たし、いきなり4ゴールをあげる活躍を演じたのが1993年12月。実に20年以上にわたって第一線でまばゆい輝きを放ち続ける存在は、サッカーという垣根を飛び越えて、スポーツ界全体を見渡しても稀有といっていい。 今年9月に37歳となる澤は、これまでに幾度となく報じられてきた「代表引退」あるいは「現役引退」を決めるポイントについてこう言及してきた。 「心と体が一致しなければ、多分そこで終わりなのかなと思います」 レギュラーシーズンを首位で折り返した今シーズンのなでしこリーグで、澤は全9試合で先発フル出場を続けている。けがと背中合わせという競技の性質と年齢を考慮して、練習前後のマッサージ時間をほかの選手の2倍とするなど、「体」のケアには細心の注意を払ってきた。 となると、澤を前人未到の領域へと踏み込ませている最大の理由は「心」となる。そして、モチベーションを高いレベルで維持させた一つ目の要因としてあげられるのが、日本女子サッカー界の黎明期を支えた先輩たちから託されたバトンの重さだ。 いまでこそ待遇は改善されたが、澤がデビューした当時の日本代表は遠征すれば大部屋に雑魚寝は当たり前で、遠征費の半分を自己負担するケースも少なくなかった。所属チームの練習開始時間は決まって夜。選手のほとんどが昼間に仕事を抱えていたからだ。 それでも、サッカーが大好き、女子サッカーをメジャーにしたいという一心でボールを追い続けた先輩たちが築いた土台の上で、澤は多感な十代を駆け抜けた。そして、副キャプテンに指名された19歳のときにバトンに託された思いと夢の重さに気がついた。 澤の言葉で、いまでも忘れられないものがある。「他には何も望みません。だから、今日だけは勝たせてください」 2004年4月24日。アテネオリンピックの出場権をかけた北朝鮮女子代表戦のキックオフを数時間後に控えた日本代表は、散歩の途中で熊野神社に立ち寄って必勝を祈願した。負ければその瞬間にオリンピックへの道が閉ざされる、まさに生きるか死ぬかの大一番だった。 悲壮な祈りを捧げた澤の右ひざには、包帯が痛々しく巻かれていた。半月板の損傷。プレーできる状態にはほど遠かったが、患部に痛み止めの注射を打ち、座薬までも服用して国立競技場のピッチに立った。 選手生命をかけて強行出場しなければいけない理由があった。当時の国内女子リーグはバブル経済崩壊の余波を受けて撤退チームが続出するなど、縮小の一途をたどっていた。ここでシドニー大会に続いてオリンピック出場を逃せば、日本女子サッカーの灯そのものが消えてしまう。 バトンを握る澤の覚悟はキックオフ直後、ボールをもつ北朝鮮の選手を吹っ飛ばしたワンプレーとともに仲間たちに伝わる。果たして、試合は3対0で日本が快勝。健気に、ひたむきに戦う彼女たちの姿に日本サッカー協会幹部が胸を打たれ、愛称「なでしこジャパン」が公募されるきっかけとなった。 そのアテネはベスト8、北京オリンピックはベスト4と一歩ずつ、確実に階段を上がり、オリンピックと並ぶワールドカップで悲願の頂点に立った。個人として得点王と大会MVPに輝き、世界最高の選手に贈られるバロンドールも手にした。ロンドン五輪のメダルセレモニーに手をつないで登場、銀メダルのなでしこジャパン。(左から)宮間あや、川澄奈穂美、沢穂希、大野忍、矢野喬子=2012年8月10日、ウェンブリー競技場(撮影・山田俊介) 翌2012年のロンドンオリンピックでは、男子を含めて最高位となる銀メダルも獲得。一人のアスリートとして望むものはほとんど手に入れた。キャプテンを継いだMF宮間あや(岡山湯郷Belle)へバトンを託しかけている状況だが、自身に課された使命をまだ完遂していないという思いも強いのだろう。 世界女王として凱旋帰国した4年前に、澤はこんな要望を公言している。 「サッカーを愛する女の子をもっと、もっと増やしていきたい。いまの女の子は、中学校に進学するとサッカーができる環境がなかなかない。そういうところにもっと力を入れていただければ嬉しい」 日本人で初めてバロンドールを受賞し、男子のリオネル・メッシ(バルセロナ)と並んで、晴れ着姿でスポットライトを浴びた直後にはこうも語っている。 「日本人でも、と言ったらあれですけど、不可能はないということを証明できたことで、大勢の子どもたちに夢をもっていただければと思います」 残念ながら、日本の女子サッカー界を取り巻く状況と歪な形のピラミッドは、大きく改善されずにいま現在に至っている。約1年ぶりの復帰戦となった、先月24日のニュージーランド女子代表との壮行試合。先発フル出場を果たし、決勝点となる代表通算83得点目をマークした試合後に澤はこう語っている。 「みんなに声をかけるのもそうですけど、ボールを奪うときに体を張ってスライディングするとか、得点をとるとか、私としてはそうやって背中で見せることが役割だと思っています」 背中を介してメッセージを発信する相手は、ワールドカップを戦う仲間だけではない。次のなでしこを担う世代。未来を夢見るサッカー少女たち。サッカーに興味を抱き始める子どもたち。そして、日本サッカー界全体へ。伝道師であることを自覚しているからこそ、澤のモチベーションは萎えることはない。夢はかなえるもの夢はかなえるもの 座右の銘を聞かれると、澤は迷うことなくこの言葉をあげる。 「夢は見るものではなく、かなえるもの」 決して順風満帆なサッカー人生ではなかった。何度も何度も悔し涙を流してきた。大事な試合の前に澤がよく聴いてきた、ナオト・インティライミの『Brave』のサビの部分はこれまで澤が歩み、これからも進んでいく軌跡と完璧なまでにシンクロしている。 「夢のまた夢で届かない いつかは描いたものを この手に掴むまで歩き続けていこうか」 6歳のときに初めてボールを蹴った瞬間に魅せられ、大好きになったサッカーをとことん極める、求道者としてのモチベーションももちろん失っていない。これが二つ目の要因だ。 ロンドンオリンピックを直前に控えたときに、スポーツ雑誌の企画でFW三浦知良(横浜FC)と対談する機会があった。いまもなお最年長記録を更新し続けるカズが「現役である以上は代表を目指す」と語る姿に澤は深く感銘を受け、自分自身の原点を思い起こしたという。 「現役を一度引退しちゃうと、またやりたいと思っても多分できないですよね。カズさんのプロ意識やサッカーを継続させる姿勢はすごく勉強になりましたし、刺激にもなりました。カズさんからは『やれる間はサッカーを続けたほうがいい』という言葉もいただきましたし、自分のなかで『ここまで』と決めたら、おそらくそれ以上の成長はないと思うので。一度しかないサッカー人生をやり切った、言い方は変ですけど、もういいやと思えるくらいにサッカーを極めたいという思いが自分のなかにあるんです」 心技体の「技」に関しては、あれこれ懸念する必要はないだろう。小学生時代は府ロクサッカークラブで唯一の女子選手として男の子顔負けの活躍を演じ、中学生からはトップクラブの読売サッカークラブ女子ベレーザ(現日テレ・ベレーザ)で大人に混じって1年目からピッチに立った。5月1日、サッカー女子W杯カナダ大会の代表発表を受け、会見で地球儀のカナダの部分を指さす(左から)INAC神戸・大野忍、田中明日菜、川澄奈穂美、澤穂希、鮫島彩、近賀ゆかり、海堀あゆみ(撮影・山田喜貴) 育成年代に身につけたテクニックは、決して色褪せることはない。加えて、2007年11月に就任した佐々木則夫監督のもと、それまでの攻撃的MFからボランチに転向したことで豊富な運動量、ピンチの芽を未然に摘み取る察知力とボール奪取力、中盤の深い位置からの展開力、そして機を見るに敏な攻撃参加とプレーの幅が大きく広がった。 サッカーを始めたときからボランチの選手だったのではないのかと思えるほど、いまではなでしこジャパンの心臓部で、誰よりも長く結ったポニーテールを背番号『10』越しになびかせている。 「いまはサッカーが楽しいし、サッカーをやれる喜びをすごく感じている。年齢が上がるにつれてどこまでできるかは私自身も経験したことがないし、どうなるかもわからないけど、やれるところまでプレーしようというのは現時点の正直な気持ちです」 こんな言葉を弾ませていたのは3年前だった。指導者という道に対しては「私は感性でプレーするタイプなので似合わない」と、いまも昔もまったく興味を示さない。誰よりもピッチを駆け抜け、スライディングタックルを見舞い、ここ一番の決定力をも見せつける澤の充実した笑顔を見る限りは、心と体をリンクさせるエネルギーは6度目のワールドカップを戦い終えた後も無尽蔵にわき出てくるはずだ。ふじえ・なおと ノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早大第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代はサッカーを中心に、また米ニューヨーク駐在としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て07年に独立。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの