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    前田健太を失ったからこそ広島カープは優勝できた?

     広島カープが25年ぶりの優勝を決めた。 本当は昨季、優勝するはずだった。不思議なものだ。エース前田健太がMLBドジャースに行き、大きな柱を失った今年のカープの優勝を予想した人は少なかった。ところが、去年できなかった優勝を今年は堂々の独走態勢で果たした。その要因は何だろう?ベンチを飛び出す広島ナイン(左端は広島・野村祐輔)=9月10日、東京ドーム プロ野球で優勝するための最大の要素は「戦力の充実だ」と見ている人が圧倒的に多い。開幕前の優勝予想も、投打の戦力分析を中心に行われる。が、評論家たちの予想は外れるものと相場が決まっている。なぜか? それは、意外なことに、戦力は必ずしも優勝を手繰り寄せる最大のポイントではないからだ。 毎年の優勝チームを分析すると、案外素朴な共通項が浮かび上がってくる。 今年、セ・リーグで一番優勝したがっていたチームはどこだろう? 優勝に飢え、そしてチームの気持ちがひとつにまとまっていたチームは? 昨季の悔しさは理屈抜きにカープ・ナインに充満し、力を漲らせていただろう。マエケン最後のシーズンと誰もが覚悟していた。広島・黒田が200勝を達成。新井貴浩から記念プレートを受け取る黒田博樹=7月23日、マツダスタジアム 黒田博樹が男気でカープに戻ってきた。新井貴浩も復帰した。日本一のセカンド・菊池涼介もいる。優勝のお膳立ては整っているはずだった。ところが、期待の外国人選手の怪我などもあり、開幕早々に失速した。4月、5月はまさかの最下位に沈み、いきなり優勝は遠いところに逃げ去った。夏前から挽回したものの、クライマックス・シリーズ出場さえ叶わなかった。そして、前田健太はアメリカに渡った。 悔しさと喪失感。選手も首脳陣も、そしてファンもその気持ちをかみしめ、迎えた今季だった。引退も案じられた黒田投手が「もう一年」を決意した。マエケンの不在は、むしろ若手投手たちの奮起を促した。 こうして書くと、精神論のように誤解されそうだが、高校野球の優勝条件のように思われがちな「チームの気持ちがひとつになる」という要素は、実はプロ野球でこそ重要だ。複数のプロ野球選手がそれを語ってくれた。 「プロ野球の方がむしろチームワークが重要ですよ。なぜなら、一年中ずっと、一緒に旅をするわけですから。この仲間とビールかけをしたい、そういう気持ちが強い年に優勝できた」 今季のカープにはそれがあった。 もちろん、結果的には戦力の充実もあった。これを、「カープにあって、ジャイアンツになかったもの」という観点から見ると、優勝を勝ち取れた要因もまた浮かび上がってくる。カープが貫いた独自の姿勢 まず、大きいのは黒田、新井という二人の復帰組の存在だ。 黒田は敬意に満ちた大先輩、新井はダメキャラ的ないじり要素も持った愛すべき先輩。ふたりの存在はチームのエネルギーを生み出した。こうした存在がジャイアンツにいただろうか。 シーズン中、多くの評論家が絶賛した「インコース攻め」は、今季のカープ投手陣を象徴するキーワードでもあった。その手本を身をもって示したのが黒田であり、勇気を持って内角に構えた捕手の石原だった。巨人対広島。4回表、ソロホームランを放つ 鈴木誠也 =9月10日、東京ドーム 生え抜きの成長も大きかった。すでに日本一のセカンドの評価を得ていた菊池涼介に続き、3戦連続で勝負を決めるホームランを放って、緒方監督に「神ってる」と言わしめた鈴木誠也の活躍も勢いを注いだ。ジャイアンツの若手もしばしばヒーロー的な活躍を見せているが、菊池や鈴木誠也ほどの伝説的な輝きはあっただろうか。 この陰には、広島カープのフロントの覚悟と実力も見逃せない。12球団で最も経済的に厳しいと言われる広島カープは、言い方を変えれば、「日本で唯一、親会社に依存しない、独立採算で球団経営を貫いている黒字球団」とも言われる。潤沢な資金はない。その代り、独自のアイディアと路線を確立し、戦力アップを図ってきた。ドミニカのカープ・アカデミーもそのひとつ。高額な外国人を獲得できない分、先行投資して、自ら海外の選手を育成する発想と実行力はジャイアンツにはなかった。そして今年は、ドラフト戦略の勝利が際立ったとも言える。 菊池も鈴木も、それなりに各球団から注目され、指名リストに挙がっていた。しかし、他球団の多くは「上位でなくても取れるだろう」と高をくくっていた。広島は違った。菊池や鈴木も2位で指名し獲得した。欲しい選手は上位で取り、主力に育てる。簡単そうでなかなかできないことを広島カープはやってのけている。名前や肩書き、アマチュア時代の人気などに左右されがちなジャイアンツや他球団にはない姿勢だ。 ファンの声援に応える広島・緒方孝市監督 =9月10日、東京ドーム そして最後に監督の経験。 昨季は緒方監督の采配に批判が集中した。結果が出なければそれもやむをえない。さんざん叩かれた経験が、緒方監督の中で糧になったのも事実だろう。ジャイアンツの高橋由伸監督は、一年目でやはり、選手との距離感を掴みきれなかった。現役時代はソフトな印象だった高橋監督が、意外なほど選手に厳しいコメントを発することに驚かされた。「監督は選手の上に位置してリーダーシップ発揮するもの」という先入観、固定観念に縛られて虚勢を張っているようにも見える。 緒方監督は、ミスに対して厳しい選手起用をするなどの姿勢でチームに緊張感は与えているが、選手を尊重する謙虚さをも感じる。若い選手の気風が変わっている時代を捉え、選手と監督の新しい関係、ほどよい距離感を生み出しだという面でも、広島カープに一日の長があったように感じる。 独自の姿勢を貫き、25年ぶりの優勝を勝ち取った広島カープ、球団、首脳陣、選手、そして支え続けたファンに心からお祝い気持ちを伝えたい。広島カープには、プロ野球の未来を拓くヒントがたくさんある。

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    「初戦黒星はW杯出場できず」ジンクスより気になる指揮官のメンタル

     1年以上に及ぶ長い戦いの幕開けは「敗北」だった。 2018年、サッカーW杯ロシア大会アジア最終予選の初戦、対UAE。『過去、W杯最終予選の初戦に勝利できなかったチームが本戦の出場権を取った例はない。つまり、初戦に負けた時点で、データ上はロシアW杯への出場が断たれるといってもいい。それほど初戦は重要だ』サッカーW杯ロシア大会アジア最終予選 日本―UAE後半、日本・FW浅野拓磨(右から2人目)が放ったシュートをかき出す相手GK。ゴールラインの内側だったように見えたが…=9月1日、埼玉スタジアム2002 大会直前、そのようなデータが発信された。記事の意図を、緊張感を持って受け止めたサポーターや一般のサッカー・ファンがどれほどいただろう。相手はUAE。アジアカップで負けている相手だ。しかし、日本は5大会連続でW杯出場を果たしている。もはやW杯の常連だ。 強い相手には違いないが、いまの日本代表が苦杯を喫する相手ではない―。そんな思いが日本中を包んではいなかっただろうか。データを発信した側も、今ひとつ注目が高まらない最終予選への関心を煽りたい、そんな意図があったようにも感じる。 日本代表がUAEに負けるかもしれないことを試合前、真剣に案じ、心臓が潰れそうなほど不安にかられたサポーターが何割いただろうか? それが、現在の日本サッカーの実情のように感じる。勝って当たり前。勝つに決まっている。世界のサッカーを眺めれば、そのように安易に考える割合は日本ほど高くないだろう。真剣なサポーターはもちろん緊張感に包まれて試合開始を迎えただろうが、いまの日本はサッカーに限らず、楽観ムードに大勢が占められているのかもしれない。抗議するハリル監督=9月1日、埼玉スタジアム2002  専門家(サッカージャーナリスト)たちは、大いに危惧していた。何しろ、日本が世界に誇る左サイドバックの長友佑都がケガで欠場。毎試合、執拗なボディーブローのように相手の体力、気力を奪い続ける長友の代役はいない。それだけでも、日本代表の危機は明らかだった。が、日本中は漠然と勝利を信じていた。 試合は楽観ムードを助長する形で始まった。開始11分、清武弘嗣のクロスを本田圭佑が頭で押し込んだ。日本代表が先制。ところが、前半20分、吉田麻也がゴール前でアリマブフートを倒して奪われたフリーキックをアハメドハリルに直接決められ、同点になった。 さらに後半9分、大島僚太がイスマイル・アルハマディを倒してPKを奪われた。これを再びアハメドハリルに浮き玉で決められ、逆転を許した。 日本は、逆に明らかにペナルティエリア内で倒されながらPKをもらえなかった。後半32分、本田がヘディングで折り返したボールを途中出場の浅野拓磨が左足でシュート。決まったかに見えたこのシュートをゴールキーパーのエイサが後追いながら懸命にセーブすると、「ゴールラインを割っていない」と判定され、ゴールは幻になった。ハリル監督が自分自身にレッドカードを出した 「審判に負けた」との声が日本中から上がるのも無理のない敗戦だった。日本代表のホーム(埼玉スタジアム)でありながら、アウェーのような状況。しかし、ファウルを積極的に取る傾向の見える主審を見て、ロングボールをディフェンスラインの裏に蹴りこみ日本代表のファウルを誘おうとするUAEが、主審の心に入り込んだという意味でも勝利者の条件を満たしていたのかもしれない。UAEのその戦法は前回の試合と同じものだったが、日本は明確な対応を取りきれていなかった。サポーターらに挨拶する本田圭佑=9月1日、埼玉スタジアム2002 試合後、ハリルホジッチ監督が、「なぜこのような先発メンバーを選んだのか、自分に失望している」という趣旨の発言をした。長友、槙野智章、柏木陽介をケガで欠いている難しさはあった。しかし、監督のこの発言を日本代表の選手自身、そしてサポーターはどんな思いで受け止めただろう。私には初戦黒星という厳しい結果以上に、監督が自分自身にレッドカードを出した、白旗を揚げた、その深刻さを感じる。その言葉は辞意表明にも等しいのではないだろうか。 「最終予選を戦うには時間が足りなかった」海外組の合流のタイミングなど、監督の希望とは違う現実もあっただろう。だが、日程はすでにわかっていた。戦いの舞台で、してはいけない「言い訳」が多かったのも気になる。 大会前に示されたデータは、必ずしも今大会には通じないと感じている。なぜなら今大会は初戦から強豪同士、双方とも高い確率で本戦出場の可能性を秘めるチーム同士が対戦しているからだ。試合は全10試合。長い間隔をはさみながら1年余にも及ぶ。巻き返しは十分にできる。だが、この指揮官であと1年をやっていけるのか。そのことに不安を抱いた。私は、結果が出なければ大会中でも監督を更迭し交代させるサッカーの常識にあまり馴染めない方だが、今回はそのことが強く印象に刻まれた。

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    女子マネジャーを晴れ舞台から締め出す高野連の傲慢

     大会前の甲子園練習で、ユニフォーム姿で練習をサポートしていた女子マネジャーがグラウンドから追い出された出来事が大きな波紋を呼んでいる。ネット上では、「時代錯誤」「男女差別」などの言葉で高野連の対応を非難する意見が多い。まずは事実を確認しよう。産経新聞は次のように報じている。 第98回全国高校野球選手権大会の出場校による甲子園練習2日目の2日、2年ぶり出場の大分(大分)の練習で、同校の女子マネジャーがグラウンドで練習に参加し、開始後約10分で大会関係者に止められる一幕があった。 大会規定では危険防止のため、グラウンドに立つのは男子のみと明記されており、甲子園練習でもそれに準じる形だった。ところが、この日の大分の練習では、ユニホーム姿の長い髪の美少女がグラウンドでノッカーにボールを渡す補助役を務める姿があった。広瀬茂部長が3年のマネジャー、首藤桃奈(ももな)さんのために背番号のないユニホームを新調し、練習補助員として参加させていたという。 途中で気付いた大会関係者に止められ、首藤さんは三塁ベンチ裏に下がったが、チームが練習を終えた後は出口通路へ向かう一塁側ベンチ前で男子部員と笑顔でグラウンドに向かって「ありがとうございました」と一礼して球場を引き揚げていった。 練習後、首藤さんは「きょうは緊張して手が震えた。(止められたときは)やっぱり駄目かと思いました」と話していた。産経ニュース 2016.8.2甲子園練習。ユニホーム姿で練習をサポートする大分の首藤桃奈マネジャー(中央) =8月2日、甲子園球場 高野連は、全国の高校野球部に何人の女子マネジャーが存在し、日頃からどのような活動をして選手たちを支えているか、知らないのだろうか? いまや女子マネジャーがいない高校野球部の方が少数だろう。 女子マネジャーが当たり前になって30年以上は経過している。いま彼女たちは、グラウンド内での練習サポートでも大きな役割を担っている。現場の監督たちは、当初、女子高生に硬球を触らせることや、実際にボールが飛びかい、バットを振る近くに立たせることを案じ、制約していた。ところが、長い年月を重ね、彼女たちが十分安全に練習サポートできる事実を知り、実績を重ね、グラウンド内でも多くの役割を担うようになった。これは全国的な情報交換の積み重ねの成果だ。女子が選手として出場する権利も認めるべき 守備練習の際、ノッカーにボールを渡す役目を女子マネジャーが務める光景はごく日常的だ。日々の練習試合でそれを咎める相手監督などほぼ皆無だろう。チームによっては、ティーバッティングのボールを女子マネジャーが上げている。中学時代から野球経験を重ねている女子マネジャーの中にはノッカーを務める者もいる。さらには、試合出場は禁じられているが選手として三年間、練習を重ねる女子部員もいる。 高校野球は、女子マネジャーがいなければ成立しない。それくらい大切な存在だ。なのに、晴れ舞台から女子マネジャーを追い出すなど、言語道断だ。練習を終え、引き上げる大分の首藤桃奈マネジャー(右) =8月2日、甲子園球場 女子のグラウンド立ち入り禁止の規定があること自体、おかしい。だが、この規定を放置し、改善を求めずにいた私たちにも責任がある。いま改めて、甲子園での女子マネジャー活躍の場を保証し、試合時にベンチでスコアブックをつける記録員、練習時の補助員やノッカーを女子マネジャーが務めることを認めるよう規則を変えてもらうべきだろう。 女子が選手として出場する権利だって、認めるべきだと私は感じる。高校生になれば男女の体格の差が顕著になり、とくに硬球を扱う高校野球では安全の問題は十分に配慮する必要がある。だが、それは野球経験の乏しい男子部員も同様だ。 男子選手との競争に勝ってベンチ入りし、試合出場の実力を認められた選手を「女子だから」という理由で排除する権利が高野連にあるのだろうか。女子野球の日本代表だった西朝美捕手などは、男子の投手から見ても、「あの捕手に受けてもらいたい」と、憧憬を抱くくらい素晴らしいキャッチングセンスの持ち主だ。 私が監督を務める東京武蔵野シニア(中学硬式野球チーム)にもひとり女子選手がいる。入団時には心配も感じたが、彼女は3年夏までなんら支障なく活動し、今年は主将も務めた。女子が主将を務めることに、選手も父母も誰一人異論をはさまなかった。それだけの実力を備え、リーダーシップを発揮したからだ。 この問題がネット上を中心に大きな議論を呼んでいることで、高野連や高校野球がいい意味で動き出す期待も感じる。これまで高校野球界は「思考停止状態」に近く、長年の伝統や習慣が良きにつけ悪しきにつけ維持され、自由に議論されることなく過ぎてきた。ネットの普及で自由な議論が喚起され、本来見直すべき課題を多くの人が共有し、アイディアを出し合う動きは歓迎すべきではないかと感じる。

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    「アニキ」の愛は伝わらない? 金本監督スパルタ式の限界

     阪神・金本監督への風当たりが厳しくなっている。一時は最下位に沈み、「超変革」の期待感で高水準だった支持率が急降下したこともあった。プロ野球広島-阪神。勝利を収め喜ぶ阪神の(左から)金本知憲監督、島本浩也投手ら=7月24日、マツダスタジアム 7月24日の広島戦から鳥谷を先発から外し、途端に4連勝。28日のヤクルト戦では今季初のスクイズも決まって、上昇ムードを掴みつつある。だが、阪神ファンの「金本離れ」はこの程度でまだ解消しきれないだろう。 8月1日時点で43勝53敗、首位広島に15ゲーム差の4位。3位の横浜DeNAとも5ゲーム差。クライマックスシリーズ出場もまだ厳しい状況。負けがこめば監督に疑問符がつくのはプロ野球の宿命。もちろん、結果さえ出せば汚名挽回、支持率復活の可能性も大いにあるが、勝っても評価が変わらない類の疑問や非難が上がっている点で、今回は少し事情が違う。 去年の今頃、やはり就任1年目の広島・緒方監督が批判の的になっていた。黒田投手が復帰、エース前田健太もカープ優勝のため残留。戦力充実し、悲願の優勝へのお膳立てはすべて整ったとファンは感じていた。ところが開幕ダッシュに失敗。期待を裏切る低調な成績に喘ぎ、厳しい非難にさらされた。曰く、「采配がめちゃくちゃ」「黒田投手に気を使いすぎ」「特定の選手にこだわりすぎ」等々。「さっさとやめろ」「このまま緒方監督続投なら優勝の目はない」くらいの言われようだった。そう怒っていたファンが一年経って、「緒方監督最高!」「ありがとう!」と叫んでいる。プロ野球ファンとはそういうものだと言えばその通り。金本監督も来年は緒方監督の再現を演じている可能性はある。 だが、両者には少し違いがある。それは監督の意識と、選手との距離感だ。 金本監督は、アニキと呼ばれ、若い選手たちに慕われる存在だったとメディアではイメージ作りがされている。果たしてそれは本当だろうか。「アニキ」は兄弟の関係にあってこそ成立する 私は数年前、あるパーティーで同席した経験があるが、少年たちも少数ながら参加している席の挨拶でいきなり下ネタを連発。失笑しつつ眉をひそめた大人が少なからずいた。私もそのひとりだった。そんな彼が、後輩全員に慕われているとは考えにくかった。先輩に気を遣って差し障りなく付き合いこそすれ、彼の行動のすべてを敬服する選手ばかりではなかったのではないだろうか。もし後輩全員から慕われていたとしても、アニキは、兄弟の関係にあって成立する。選手同士ならアニキでいい。だが、監督と選手は、野球界の体質的には完全な上下関係、兄弟より親子関係に近い。つまり、金本監督と選手の関係に変わった途端、アニキと弟の関係はそのままではうまくいかない。 いや、最近の選手たちの気質の変化を反映すれば、本当はアニキのままが上手くいく。ところが金本監督は、立場が監督になった途端、自分は相変わらずアニキのつもりかもしれないが、監督という権力の座があるものだから、知らずしらずアニキの言動が「暴君の横暴」にすりかわっている現実を、自覚しきれていないのではないだろうか。 アニキの叱責は、たとえ言い方はきつくても 、愛のこもった励ましと受け止められる。同じ選手同士だからだ。ところが、監督の叱責は試合出場や起用の多寡にも直接影響する。選手にとっては戦々恐々として当然の重さをはらむ。阪神対広島。ピンチで汗をぬぐう阪神の藤浪晋太郎投手=7月8日、甲子園球場 金本監督の言動や采配は多分に懲罰人事的な色合いが強いと指摘されている。 7月8日の序盤から失点した藤浪投手を降板させず、8回161球投げるまで続投させた。明らかにへばっている藤浪の続投にファンからも藤浪への同情と金本監督への怒りの声が上がったという。私は古い野球人だから、金本監督の気持ちはよくわかる。そうやって選手を奮いたたせ、目覚めさせる手法は野球界では珍しくない。むしろ、チームの柱と期待する選手以外には取らない、愛情と期待の表現という意識もあるだろう。 しかし、そういうやり方や感覚が、いまの選手には通じない現実も金本監督は理解する必要があるのではないだろうか。 世間では、パワハラに対する眼差しが厳しくなり、職場などでも従来の常識は通用しなくなった。社長や上司たちは、身勝手な言い分のすべてを否定され、根本的な発想転換を強いられている。金本監督が、その点をどれだけ認識して、選手たちと接しているか。野球は別だ、と思っているとすれば、時代遅れの批判は免れない。 内情まではわからないが、緒方監督はその点でやわらかさがあるように感じる。「勝負の世界で甘いことを言っていられない」という主張こそ「甘い」と、金本監督は認識し直す必要がある。それこそが、「超変革」の第一歩であり、金本監督の実践と発信で日本中の野球指導者が目覚めればものすごく大きな貢献にもなるだろう。

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    横綱になれない稀勢の里と双葉山を超えられない白鵬の共通点

     稀勢の里は大相撲名古屋場所13日目で3敗し、綱とりが事実上、消えた。14日目に白鵬を破り、千秋楽の結果次第では横綱昇進の声も上がりかねないムードもあったが、日馬富士の優勝で綱取りは来場所に持ち越された。大一番を迎えるとガチガチに硬くなる弱さを、今場所も克服できなかった。 中学卒業後に角界入りし、十代の頃から「未来の横綱候補」と期待を浴びていた稀勢の里もすでに30歳。体も技も申し分ないように見えるが、勝負どころで力を発揮できない課題が、横綱の地位から遠ざけている。この原因はどこにあるのだろう?日馬富士が優勝し、ガックリ花道を下がる稀勢の里=7月24日、愛知県体育館 精神的な弱さといえば簡単だが、向こうっ気の強そうな眼差し、強い時は強い稀勢の里自身、大事な一番でなぜこれほどまでに牙を抜かれるのか。ただ心が弱いという理由では説明がつかない気がする。稀勢の里自身、自分に腹が立つ以上に、途方に暮れているのではないだろうか。 一方、白鵬は荒々しい相撲に歯止めがかからない。立ち合いのかちあげは、相撲で認められている攻めには違いないが、残忍な印象が否めず、強い白鵬に喝采を送るファンがいる一方で、それ以上に、武士の情けのなさを嘆き白鵬に愛情を感じられない相撲ファンも増えているようだ。 少し前までは、「双葉山の後を追い、『後の先』の境地を究める」と口にしていた白鵬が、「後の先はもうやめた」と公言し、勝つためには『先の先』が確実とばかり、荒っぽいかちあげで挑戦者たちを震え上がらせている。強さに品格が乏しいためか、白鵬の勝利はこのところ感動を呼び起こさない。白鵬が勝てば勝つほど、ひとりファンから遠ざかっているようにも感じる。それはかつての大鵬や北の湖が「強すぎて憎らしい」と言われた気分とまた違うものに感じる。 稀勢の里の心の弱さ、白鵬の強さは、対極にあると感じるのが普通だろうが、私には同じ根っこを持つ、現在の大相撲の深刻な課題のように思われる。 白鵬の目指した双葉山の境地は、まさに相撲道を究める道の先にある、勝負を超えた高み深み。それこそ、相撲が単なるスポーツではない神事だと言われる存在の原点にも通じる。 残念ながら、いまの大相撲は「勝つか、負けるか」だけを問われるスポーツに落ちぶれてしまった。相撲がスポーツと違うというのは、取組みを神様にささげたという歴史的な背景だけではない。「どちらが先に土俵を割るか、土俵に身体が着いてしまうか」というバロメーターでなく、「それ以前に相手を捉え、相手を支配して勝負は決まっている」という勝負の綾を感じているかどうか。白鵬が追い求めた「後の先」 かつて武士たちの時代には、「戦わずして勝つ」の次元があったと言われる。互いに真剣を抜いて対峙し戦えば、どちらかが死ぬ。そのため、対峙した瞬間に負けを悟ったら、無駄死にせず、潔く負けを認めてひざまづいた。実際に剣を交えるまでもなく、互いに優劣を感じ合う次元を両者が備えていた。琴勇輝と対戦する白鵬=7月 15日、愛知県体育館 白鵬が追い求めた『後の先』もそれが前提にある。相手が立った後で受けても負けない、という見かけの後先ではなく、立つ前に、見かけは動いてないけれどすでに相手を捉えているため、相手は無力化されている。その時点で勝負はついているので、相手の攻撃を受けて立ち、後から動いても楽々と相手をさばけるという意味だと思う。双葉山はそれを体現していた。白鵬もそれに近い感覚はあったに違いない。 ところが、いま相撲協会の親方衆のどれほどが、その次元を理解し、共有しているか。そして、白鵬の師匠となって、双葉山への境地に導く存在があったかどうか。そうした真の師となる存在の不在が、大相撲の悲劇ではないだろうか。 師がいない。そして、勝った・負けたという結果ばかりで評価がされる風潮に支配されれば、悪い結果を恐れる不安が募る。結果を意識し、頭で考えるようになると、身体が頭脳に支配され、頭脳は不安を増幅して体を硬く縛り上げる。それが、大一番での稀勢の里だ。普段の稀勢の里は、身体に任せ、感性と身体感覚で動いている。それが頭脳の支配に変わったとたん、別人になる。白鵬の強さと稀勢の里の弱みが表裏一体だというのは、いまの相撲界が勝負の結果ばかりに支配されていること、戦わずして勝つの次元を求めて来なかった師匠たちが大勢を占める指導力の欠如にあるという懸念だ。 白鵬には、もう一度「勝てばいい」ではない次元を求めて欲しいし、稀勢の里には勝負を超えて戦う覚悟と大らかさを期待したい。

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    リオ五輪の出場を辞退したゴルフ松山英樹が責められない理由

     リオ五輪開幕まで1ヶ月を切った(開会式は8月5日)。たいていは、工事の遅れを少々懸念しつつも、いよいよ開幕するオリンピックへの期待感が盛り上がってくる時期だ。ところが今回は様子が違う。この一週間、メディアで報じられたのは、「治安への不安」「ジカ熱や水質汚染などの環境不安」そして続々と表明される「出場辞退」のニュースだった。ブラジル・サンパウロの路上に置かれた巨大な蚊のオブジェ=5月27日 安心してリオに行けない、それほどの危険を冒してまでオリンピックに出場する気はない、というのが、辞退を決めた選手たちの理由だ。世界中でこれだけテロが頻発し、オリンピックもその標的になる可能性が否定できない中で、給与未払いなどの理由で警察が万全な警備を確約していないとあっては、いくら政府やIOCが「大丈夫だ」と言っても、保証はないと感じるのも当然だ。5月には、現地を訪れていたスペイン選手が市街で銃を突きつけられ、金品を奪われる強盗被害に遭ったと報じられた。このような情勢下では、出場辞退を決めた選手を非難できない。 日本勢では、ゴルフの松山英樹が7月4日に正式辞退を発表した。ゴルフは1904年以来、112年ぶりに今回のリオ五輪からオリンピック競技に復帰した種目。それだけに注目もされているが、言い換えればトップ・ゴルファーにとって、それが全精力をかけて戦うべき価値のある大会かどうか、個人の価値観や事情によって大きく分かれるところだろう。世間的には(とくに日本では)、オリンピックでメダルを取れば、日頃ゴルフに無関心な人たちの関心も得ることができる。それなりのフィーバーも起こり、ゴルフ界にとっても、選手自身にとっても大きなプラスになるのは間違いない。だが、通常のゴルフ・ツアーに戻ったとき、オリンピックのメダルがその選手の価値をどれだけ高めるかは未知数だ。おそらく、マスターズ、全英オープンといったメジャー大会制覇と同列に扱われる日はすぐには来ないだろう。そう考えれば、ゴルフ界で世界の頂点を狙える場所にいる松山英樹が大きなリスクを回避するのは当然の判断と理解できる。リスクを冒してでも「オリンピック・ムーブメントに加わり、オリンピックが世界平和に貢献する一翼を担いたい」と思わせる実態も魅力もオリンピックにはないとも言える。 もし本当に、「オリンピックはスポーツを愛する者が、世界の平和を実現するために集う四年に一度の平和の祭典だ」と、いま誰もが信じているなら、松山英樹は激しく非難されてもおかしくない。非難できないのは、オリンピックは残念ながら、平和への強い願いより、ビジネスの側面が肥大化し、誰の目にも競技とビジネスへの思いばかりが強く感じられるからだろう。リオ五輪が歴史的な転換期になる リオデジャネイロ開催が決まったのは2009年10月のIOC総会。最後まで争ったのはスペインのマドリード。他に東京、シカゴも立候補していたが、最初の投票で敗れている。 南半球でオリンピックが開催されるのは、1956年メルボルン、2000年シドニーに続き3度目。南アメリカ大陸で開催されるのは史上初めてだ。今となっては、リオデジャネイロを五輪の舞台に選んだことにIOCは忸怩たる思いではないだろうか。デモ行進をするリオデジャネイロ州立大学の職員や学生ら。同校では職員に給料が払われておらず、4カ月間授業がストップしている。後ろは開閉会式とサッカー会場のマラカナン競技場、右奥はバレーボール会場のマラカナンジーニョ=7月7日、ブラジル・リオデジャネイロ 普通に考えたら、経済力や利便性などの面で圧倒的に有利ではないかと思われる東京とシカゴが真っ先に落ちていることが、当時の空気を感じさせる。2009年秋といえば、リーマンショックの1年後。先進国が大きな打撃を受けて先行き不透明な中、ブラジルなどの新興国への期待が高まっていた。2年前には2014年サッカーワールドカップのブラジル開催も決まっていた。開催地がヨーロッパやアメリカに偏ることへの懸念からFIFAがアフリカそして南米での開催を積極的に進めた背景もあってのブラジル開催決定だった。 商業化が進む中で、オリンピックもまたヨーロッパやアメリカに偏っていた中で、オリンピックの世界的イメージやバランスを取る上で「リオデジャネイロ五輪」はとても有効な選択だったのだ。しかし、世界経済は、そのような希望的な展望通りには推移しなかった。中国不安から始まった世界的な株安はとくに新興国に打撃を与えたといわれ、中でもブラジルの低迷が際立った。ブラジルの通貨レアルは昨年の前半わずか半年の間で約20パーセントも下落した。その意味では、リオを選んだIOCを非難することもできない。 ただもし疑問を呈するならば、巨大ビジネスとなったオリンピック開催で、IOCは桁外れの利益を得るようになった。主に協賛金、放映権料、商品化権収入等々だが、各大会の主催者との関係に大きな変化はない。商業化によって、開催都市も税金に頼るのでなく、独立採算が可能になった。だが、今回の事態に直面すれば、基本的な大会開催にかかる費用の内、例えば警備にかかる予算、安全対策費などは、IOCが主体的に負担する方向性も検討して良いのではないだろうか。コンビニのフランチャイズと本部の関係のようなもので、本部がすべきことが以前に比べて多くなっていると思うが相変わらずオリンピックの本部は「口は出すがお金は出さない」「認可する立場であって、共同経営者ではない」という立場を変えていないように見える。 先週5日には、アルゼンチンのオリンピック委員会会長が「50パーセントの可能性で(サッカー男子)代表チームはリオ五輪に出場しない」とラジオで発言したニュースが日本にも伝えられ、ショッキングな印象を与えた。これはアルゼンチンの事情ではあるが、ゴルフ同様、オリンピックより重要視されているユーロ(ヨーロッパ選手権)やコパアメリカ(旧称南米選手権)が開催される同じ年のオリンピック代表に人材を確保することが容易でないことを示している。幸い翌日には急遽決まった監督と18人の代表選手が発表され、アルゼンチン代表もリオ五輪参加の方向のようだ。 「オリンピックこそ世界のスポーツ界で最高の祭典」と自画自賛するIOCの足元は、いろんな形で揺らいでいる。リオ五輪は様々なオリンピックの課題を浮き彫りにし、共有する歴史的な転換を促す大会になるのかもしれない。

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    ジャマイカの血を引くケンブリッジ飛鳥の「覚醒」

     直木賞作家・赤瀬川隼さんが1985年に出版した小説集『ブラック・ジャパン』を読んだ時の衝撃は、それまで感じたことのない驚きと戸惑いを伴っていた。近未来小説の体裁を取ったその作品の概要はこうだ。 ソウル五輪のマラソン競技、優勝のゴールテープを切ったのは、胸に日の丸を付けた、黒人選手だった。陸上の全日本選手権、男子100メートルで優勝し、ポーズをとるケンブリッジ飛鳥(左)と3位に終わりうつむく桐生祥秀=6月25日、パロマ瑞穂スタジアム 赤瀬川隼さんの慧眼に感服する以外ないというのが、それから31年経った、いまの素直な感想だ。スポーツ界全体に、赤瀬川さんの予見が現実となって広がっている。リオ五輪の代表を決める陸上の全日本選手権、男子100メートル決勝レースを制し、代表の座を真っ先に射止めたのは、桐生でも、サニブラウン・ハキームでも、山縣でもなく、彗星のごとく登場したケンブリッジ飛鳥だった。 父親がジャマイカ人、母親が日本人。ウサイン・ボルトをはじめ、いまや陸上短距離界の頂点に立つと言っていいジャマイカの血を引く若者が、日本の星に躍り出た。大会直前になって、太ももの違和感から出場を見合わせ、その時点でリオ五輪出場の望みを絶たれてファンを落胆させたサニブラウン・ハキームに代わって、このような頼もしい新星が控えていたとは、多くの一般のファンは驚いたことだろう。それだけに、突如出現してケンブリッジ飛鳥への熱は急速に加熱し、一気に注目の的になった。 恵まれた体躯、老若男女すべてを魅了するだろうルックス、凛とした姿勢、清々しく真っ直ぐなメディアへの受け答え、申し分のないニュー・スターの登場。いまや、初めて日本人で10秒の壁を破るだろうと期待されていた桐生も、ロンドン五輪で準決勝に進んだ実績を持つ山縣も、昨年の世界陸上で次代の星となったサニブラウンも一気にかすんだ格好だ。 社会人1年目のケンブリッジ飛鳥が、ここに来て急に光を浴びたのには訳がある。大学3年まで、飛鳥はどちらかといえば100mより200mにスタンスを置いていた。ここ1、2年、100mにシフトした。サニブラウンの台頭に刺激を受けたのか。やはり自分の潜在能力は100mにあると目覚めたのだろうか。とくに今シーズンに入ってからの進境は著しい。若い才能は、ある時期、一気に化けることがある。飛鳥にとってまさにいまその時が訪れているなら、リオ五輪に向けて、さらに記録を伸ばして、一気に世界のファイナリストのレベルまで自分を導く可能性も密かに期待させる。この春からの成長曲線からいえば、一気に9秒台、さらには9秒9の前半、いやいずれは優勝争いさえも夢想させてくれる。飛鳥にその可能性がないとする根拠を探す方が難しいように感じる。 戦わずしてリオへの道が消えたサニブラウンの胸中を思うと、これは胸が痛くなる。その悔しさ、苦悩が糧になるならば、この四人が中心となるこれからの日本短距離陣は史上かつてない、強力で楽しみな軍団を形成する。400mリレーでも、本気でジャマイカ、アメリカとの堂々勝負が思い描ける。これまでは想像しにくかった期待が現実となった。まさに、赤瀬川隼さんの予言通りの潮流だ。決勝に出たら一億円のボーナス ひとつだけ、気になるところを提示したい。ケンブリッジ飛鳥が「決勝に出たら、所属先のドームが一億円のボーナスを約束」といった記事に刺激されたか、山縣の所属先であるセイコーも「決勝進出か9秒台達成で、五千万円の時計を贈呈」などと、景気のいいボーナスのニュースが紙面を賑わせている。 こういう景気のいいニュースは、総じて「明るい話題」という扱いだが、「ちょっと待てよ」と感じた。春先、野球賭博への関与に端を発して、プロ野球各チームの「声出し」の報酬やらまで大問題とされた。エラーなどの罰金を集めて、何らかの賞金にすることも「賭博的」だと糾弾されたのだ。陸上日本選手権の男子100メートルで力走する(左から)優勝したケンブリッジ飛鳥、2位の山県亮太、3位の桐生祥秀=6月25日、名古屋市のパロマ瑞穂スタジアム ケンブリッジ飛鳥や山縣亮太へ、所属先が出す報奨金はいわば成功報酬だから非合法とは言えないだろうが、馬の鼻先に人参をぶら下げる卑しさも感じないわけではない。スポーツ選手が資本家に支配されている構図にもなる。 少し視点を変えて考えてみよう。 もし日本選手が偉大な記録を突破したら、誰から賞金ないしは成功報酬を受け取るのが最もうれしく、ふさわしいだろうか。所属企業からもらうのは、 「あなたは立派に会社の宣伝に貢献しました」という意味で、記録や成績を直接的に評価されたとは言い難い日本の誇り、日本社会への功績というなら、国や公的なスポーツ組織が財源となるべきだろう。いや国に支配されたくないというなら、民間の任意団体が、クラウドファンディングではないが、有志の個人から募金を集める方法もある。もっと発展的にというか、単純に考えたら、どうしてオリンピックには賞金がないの? という問いかけがないのも不思議だ。 「陸上男子100mの優勝賞金は一億円」といった制度になっていくのも、現状の商業主義的流れから言えば当然ではないだろうか。種目ごとにスポンサーを募ることも有効だ。ロンドン五輪では一大会でIOCは約6400億円の収入を得たと言われる。これを選手に還元しない方針が今後も許容されるとは考えにくい。賞金が設定されれば、所属企業が賞金を出すようなマスターベーション的な仕組みからも脱却できる。

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    別次元へという誘惑と欲求 日本も他人事ではないドーピング汚染

     組織的なドーピング不正を行ったとみられるロシア陸連に対して、リオ五輪出場を認めないとする国際陸連の方針を引き続きIOCが支持すると表明した。一方で、潔白の証明された個々の選手の出場は認める見解も示した。 これは、一部の選手がスポーツ仲裁裁判所への提訴を示唆したことへの反応だ。人気と実績を兼ね備えた選手が多いロシア陸上選手を完全に排除すれば、リオ五輪の陸上が真の世界一決定戦から遠ざかり、五輪の価値が低下するジレンマとも関わっているだろう。 現段階でドーピング検査に陽性反応を示していない選手にすれば、「違反していないのに、ロシア人だからといって五輪から締め出されるのはおかしい」と主張するのは当然だ。仮に過去においてドーピングを行っていたとしても、これから受ける新たな検査で陰性の結果を得る準備期間は十分あったとも言える。ドーピングの完全排除を目指す国際陸連やIOCにとっては悩ましい現実が複雑に交錯している。国際陸連がロシア陸連を暫定資格停止とした処分の取り消しを訴えている陸上女子棒高跳びで2004年のアテネ、08年の北京両五輪で金メダルを獲得したロシアのエレーナ・イシンバエワ選手 すでに公表されている様々な調査や取材報道を総合すると、ロシア・スポーツ界の根強いドーピングの日常化が窺える。とくにコーチ陣にとってドーピングは、選手強化のごく当たり前のプログラムの一環であって、倫理観や罪の意識と常に葛藤していた雰囲気は薄い。日本のスポーツ選手が、練習前後にストレッチや筋トレを行い、高校球児でさえもプロテインやアミノ酸を補給するのと同じ感覚で禁止薬物を選手に摂取させていた実態が明かされている。禁止はされているが、多くの選手が使っており、おそらく他国のライバルたちも何らかの不正によって競技力を高めているという疑心暗鬼(というより、確信にも近い警戒感)もあって、自分たちもやらなければ勝負にならない、といった観念もあったように感じられる 年々ドーピング検査は厳しくなり、日本人の一般的な感覚からすれば、もはや不正は間違いなく暴かれる、これだけ厳格な検査すり抜けるのは不可能だと感じるが、そうでない感覚も世界には存在する。徹底して、検査機関を買収するなり懐柔すれば良いと、ロシアは考え実行した。不正を取り締まる検査機関を味方につければ怖いものはない。海外の検査官に対しても賄賂を渡すなど、可能な手立てを取っていた。それが組織的な不正と言われる由縁だ。 最近は日本のトップ選手の口から厳しい抜き打ち検査の実態なども語られている。突然、早朝に検査官が自宅を訪ねてくる。選手は、常に居場所を明らかにする必要がある、等。世界の上位を争う競技者になると、まるで容疑者のような立場に置かれ、精神的にも抑圧されるいびつな現実。好きな競技で頂点に近づき、さらに燃えるような高次元の勝負を楽しみたいとワクワクする一方で、競技の清々しさと対極にあるそのような監視的空気があればそれだけで競技への純粋な意欲がそがれる懸念を感じる。 ロシアの選手は、一般には立ち入りの難しい軍事施設に居所を置くことで、抜き打ち検査から守られるという対策もとられていた。なぜいまロシアの不正が問題視されるようになったか ドーピングが、検査強化と巧妙な手口のいたちごっこになって、すでに50年以上の歴史を重ねている。ロシアに限らず、ケニア陸連の不正も問題になっているが、競技が商業化し、トップ選手の周りで巨額の金銭が動く時代になってますます、勝つことの意義は高まった。勝利者こそが金のなる木であり、選手自身も勝つことによって、通常の職業では得られない、桁違いの報酬を手にする。ライバルもやっていると思えばなお、自分もやらねばとの思いに走る。周囲もそれをそそのかす。 もっと端的に言えば、日本のメディアが「極悪な行為」と決めつけているほどに、世界のスポーツの現場でそう認識されているかどうか疑わしい。かつてサッカー界で、「審判に見られなければ、敵のジャージーを引っ張って妨害するのは当たり前」という常識を持つ国や選手も少なくなかった。いまはFIFAのキャンペーンも功を奏して、ずいぶん空気が変わってきた。 それにしても、最近になってなぜロシアの組織的な不正が問題視されるようになったのか。ひとつ明快なデータがある。五輪輪男子50キロ競歩で優勝した際のセルゲイ・キルジャプキン。2009年8月から12年10月まで全ての記録が抹消され、金メダルを剥奪される見通しとなった=2012年8月、ロンドン 旧ソ連崩壊後、スポーツ界における旧ソ連の国々の存在感は薄らいでいる。冬季五輪のメダル数の変遷を見ると、かつて旧ソ連時代には、冬季大会でもソ連は強さを誇っていた。1988年のカルガリー大会の金メダル獲得数は11で第1位。1994年、 ロシアとして初めて出場したリレハンメル五輪でも金メダル11個で1位。ところが、1998年長野五輪は3位、2002年ソルトレイクシティ五輪5位、2006年トリノ五輪4位、そして2010年バンクーバー五輪では金メダルわずか3個で11位に沈んでいる。4年後に自国ソチでの五輪開催を控えて、尻に火が点いた危機感があったろう。 それで組織的な不正に拍車がかかったのではないかと推断はできないが、2014年ソチ五輪では金メダル13個、金銀銅合わせて33個を獲得し、見事1位にV字復活している。 最後に、あまり語られていない、ひとつの観点を伝えたい。 私自身、国内外で活躍するトップ選手と幾度となくドーピングについて聞く機会があった。驚いたことに、我々が「当然悪い」と決めつけているドーピングに関して、競技力が向上し、自分が到達できていない次元の感覚を体感できるなら、やってみたいと言った選手が少なからずいたそれか、勝ちたいという欲求とはまた別に、自分が追求する特別な次元で躍動したいという憧憬。それを理解できるとは言わないが、ドーピングがなくならないのは、単に勝利を求めるからだけでなく、こうした側面があることも一因かもしれない。そして、ロシアだけでなく、日本も決して他人事とばかり言えない。

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    清原とは正反対! イチローが42歳でも輝けるのは筋力に頼らないから

     イチロー選手が、ピート・ローズの最多安打記録4256本に並び、同じ日にこれを更新した。 ついにこの日が来た。マーリンズ移籍が決まったときには、出場機会が減ることが予想され、果たして達成できるかと案じられたが、イチローは着実に出場機会を確保し、安打を積み上げて歴史を塗り替えた。昨季は153試合に出場し、91安打を打った。パドレス戦で日米通算4257安打を放ったマーリンズのイチロー=6月15日、サンディエゴ 日米通算の数字だけに、「認める・認めない」の議論も賑やかで、日本の野球ファンやメディアが騒ぐほど「世界一」とアメリカでも手放しで賞賛されているわけではなさそうだ。しかし、この安打数が、世界のプロ野球で記録された最高の数字であることは間違いない。日本の野球ファンがイチローの記録に敬意を示すことは誰にも遠慮はいらない。 イチロー自身は、イチローらしい内野安打でピート・ローズに並んだときも、最終打席で二塁打を放ち、記録を更新したときも、思わず笑顔こそこぼしたが、あまり派手な表現をしなかった。それは、この記録に様々な見解があること、とくにMLBファンの認識をイチロー自身、よく承知しているからだ。 試合後のインタビューでは次のように話している。 「ここにゴールを設定したことがなかったので、実はそんなに大きなことという感じはしていない。ピート・ローズが喜んでくれれば全然違う。でもそうではないと聞いていた。だから僕も興味がない。ただ、チームメートやファンの方々の反応がすごくうれしかった」(日刊スポーツより) 記録を越された当のピート・ローズが、以前から「記録更新」を認めていないからお祭り騒ぎに釘が刺されているのも確か。 記録達成直前には 「高校時代のヒットの数もカウントするんじゃないか?」などといった表現で、自分の記録が「抜かれた」と表現されることを牽制している。 これに対して、イチローはほとんど反応していない。ある意味、余裕と配慮を感じる。実際にその記録を抜いたのは厳然とした事実だ。おそらく、今日よりも明日、そして年月が経過すればするほどにイチローの記録の重さが持って輝くことを、イチロー自身、予感しているのではないだろうか。 MLBの公式スタンスははっきりしている。 「偉大さは認める。けれど、MLBの記録ではない」 これは他の偉大な記録に関しても同じだ。MLBはファンが注目し、歓声をあげる記録達成に関して、とくにここ数年は積極的に広報し、話題にしている。観客動員や収益につながる明るい話題ならそれが日米通算記録であろうが共有しようという姿勢だ。けれど、正式記録はあくまで「MLBで記録されたものに限る」と、ここははっきり一線を引いている。今回も同じ。祝福も報道もするが、MLB記録としては認めない。それはそれで当然のことだから、議論の必要も、腹を立てることもないだろう。 これで次の注目は、イチローのMLB通算3000本安打達成に移って行く。次の目標「3000本安打」は水を差される心配なし 最多安打記録を更新し、日米通算4257本となったイチローのMLB通算安打はこれで2979本。あと21本となった。今季はすでに44安打。このペースなら間違いなく今季中に達成できる計算だ。サイン会を開くピート・ローズ氏=6月11日、米ラスベガス 《3000本安打クラブ》と呼ばれる、3000本達成者のランキングを見ると、1位ピート・ローズ、2位タイ・カッブ、3位ハンク・アーロン、4位スタン・ミュージアルと、歴代のスーパースターたちの名前が並ぶ。これまでの達成者は29人。29位ロベルト・クレメンテ、28位アル・ケーライン、27位ウェイド・ボックス、26位ラファエル・パルメイロ、25位ルー・ブロックと、ここに並ぶ選手もレジェンド立ちばかり。イチローがあと21本打てば、30人目のメンバーとなり、こうした歴史的なヒーローたちの列にまた加わることになる。3000本安打は、MLBだけで記録されたものだから、今回のように水を差される心配もない。イチロー自身もそれを知っているから、3000本を打ったとき、やはりクールに振る舞うのか、茶目っ気を出してはしゃぐのか、そこにイチローの本音が見える気がする。 さて、42歳になってなお、これだけのパフォーマンスを維持するイチローを支える秘密は何なのか? 今季、MLB通算500盗塁の記録も達成したように、まだ快足が衰えない。足の速さや筋力は年齢とともに衰えるといわれるが、イチローはその常識を超えて、活躍し続けている。それをどう理解すればよいのか? 日ごろの節制と鍛錬の賜物であることは多くの人たちが感嘆するとおりだろう。私は少し見方を変えて、「筋力が衰えないから」でなく、「筋力に頼っていないから」という側面もあるのではないかと指摘したい。イチローがこれほどの打力、走力を発揮しているのは、筋力にあまり頼っていないからだと考えた方が合理的だ。筋力を使わずに打つ、走る方法をイチローは身体でつかんでいるのではないか。だから、年齢とともに衰えるはずの筋力の低下に影響されることなく、記録を積み上げている。 ひとつの根拠として、視力をあげておく。「イチローは目がいい」と多くのファンが信じているが、実はイチロー選手の視力はシアトル・マリナーズに入団した時点で0・5程度だったという。コンタクト・レンズで矯正するよう球団の医師から勧められたが、イチロー選手はこれを断り、裸眼でプレーする道を選択した。イチローは「目がいい」から打てるので、「ボールの見方がいい」から打てると考えを変えた方がイチローの実体に近づけるだろう。 筋力に頼らない打法、走法、そんな見方でイチローのこれからの活躍を見つめるのもきっと興味深いはずだ。

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    朝日健太郎は自民党に利用されるだけの政治家になるな

     参院選への動きが活発になる中、バレーボールおよびビーチバレーの元日本代表選手・朝日健太郎氏が自民党からの立候補を明らかにした。一方で、元柔道の五輪金メダリスト・谷亮子議員は立候補しないことを表明した。 朝日健太郎氏は40歳、身長199センチ、いわゆるイケメンタイプ。自民党も、選手としての実績や知名度に加えて、こうした印象を買っての公認ではないかと想像する。参院選の自民党公認候補に決まり、茂木選対委員長(左)と握手する朝日健太郎氏=7日午後、東京・永田町の党本部 バレーボール・ファンにとって朝日健太郎はまず法政大学時代から全日本に選ばれ、サントリー入社後はVリーグ3連覇の中心になって活躍したミドルブロッカーとして記憶されている。ところが20代半ばを過ぎたばかりの2002年、ビーチバレー転向を発表してファンを驚かせた。2004年のシドニー五輪に向けて、朝日は当然、日本代表の中心選手として活躍してくれるものだとファンは思い込んでいた。 2008年、2012年、朝日健太郎は五輪代表の座を勝ち取り、北京五輪、ロンドン五輪に連続出場を果たす。ロンドン五輪後に現役を引退。現在は株式会社フォーバル男子バレーボールチーム監督、NPO法人日本ビーチ文化振興協会理事長、(公財)日本バレーボール協会ビーチバレーボール事業本部企画競技部長などを務めている。 谷亮子議員は、6年前の参院選で民主党(当時)の要請を受けて立候補して当選。その後、小沢一郎氏と共に生活の党に移った。今回の立候補見送りは政界引退を意味するものでなく、あくまで今回は立候補しないという判断のようだ。 谷議員は、当選の翌年(2011年6月)に公布され8月に施行されたスポーツ基本法の成立に一定の役割を果たしたと言われる。スポーツ基本法は、1964年の東京五輪に向けて作られたスポーツ振興法を時代に則して全面的に改正したもの。スポーツ基本法の条文を抜粋すると、次のような内容である。スポーツは、世界共通の人類の文化である。スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動であり、今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のものとなっている。スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり、全ての国民がその自発性の下に、各々の関心、適性等に応じて、安全かつ公正な環境の下で日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならない。 およそ一般的なことに感じるが、日本のような法治国家では、これを法制化しないと、国や自治体が大手を振ってスポーツの普及振興に関わる活動がしにくいのだという。スポーツが私たちの生活と一体化し、見る娯楽としてだけでなく、多くの人が心と身体の健康のため、そして生きがいのためにスポーツと関わっている時代の中で、本当はスポーツに携わる側がもっと真剣に政治との関わりに目覚める必要がある。スポーツ議員の大半は客寄せパンダ 印象として、これまでのスポーツ議員の大半は客寄せパンダ的な存在で、いわば集票マシーンとしての期待が大きかった。議員になってそれなりの存在感を示している元選手もいるにはいるが、政党の思惑に沿って使われるだけで、「もっとスポーツを愛する者の情熱や願いに沿った動きをしてくれないか」と、じりじりする場合が多い。 故郷・熊本の被災が政界進出のひとつのきっかけになったという朝日健太郎氏は、6人制からビーチバレーに転向したことで様々な経験と目覚めを体験しているはずだ。 監督の強烈なリーダーシップの下、やらされるイメージが強い従来型のチームスポーツから、指導者がいない、自分たちで主体的に練習し強化を図るビーチバレーは、マインドがまったく違う。ここにはスポーツがいじめの温床になりかねない現状から脱却するためのヒントがある。夏の五輪の中にあっては数少ないエックスゲーム的自由さを持ったビーチバレーに飛び込んで、それまでのスポーツのイメージと正反対のスピリットを朝日健太郎は実感しただろう。それはスポーツのひとつの未来像とつながっている。しかも、ビーチという自然の舞台。海からの風と調和し、裸足で砂の上を動き回る。人工的に整備され、守られた室内競技場でプレーする6人制バレーボールとはその面でも対照的だ。自然への目覚め、自然との共生なども体感しただろう。その意味で、従来の多くのスポーツ議員の枠から脱却し、本当にスポーツを愛する者の代表として活躍してくれたら政界進出の意義はある。バレーW杯日本対イタリア。日本代表の朝日健太郎の スパイク=1999年11月30日  かつてマニフェストが話題になり、各政党が選挙ごとにそれを発表した当初、私はいつも苦い思いを感じた。なぜなら、スポーツ選手が選挙に担ぎ出され、政治家はスポーツを様々な形で利用するくせに、マニフェストにはほとんど一行もスポーツのことが記載されていなかった。政治家のスポーツ認識などその程度のものだとよくわかった。ここ数年はさすがに2020東京五輪招致に絡んでマニフェストにスポーツが登場するようになった。だが、彼らのスポーツ認識が変わったわけではない。  6月初めに閣議決定された政府の成長戦略の中にもスポーツは取り上げられ、要約すると次のように規定されている。 「スポーツの熱狂は多くの国民を魅了するものだから、当然収益性も高い。これを利用して産業を活性化させない手はない」 射幸心を煽ってギャンブルの売り上げを伸ばせ、と書いているようなものだ。 いま、商業主義、勝利至上主義に偏りすぎたスポーツの弊害が目に見える形で連日のように露呈される中、政治家やお役人はその弊害を脇に置き、ビジネスチャンスだけをさらに伸ばそうと一致団結している。奇妙な現象ではないだろうか。国民の多くはメディアに煽られるまま、不祥事には拳を振り上げ、熱狂は歓迎して受け入れる。それではスポーツに未来はない。政界に乗り込むスポーツ選手にはこの点を胸に刻んでもらいた。そして私たちスポーツを愛する者たちも、政治に利用されるスポーツから脱却し、政治を超えるスポーツの力を社会の再生と活性化に生かす道を提言し実践する道に踏み出す意識に目覚める時期に来ている。

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    大谷翔平を見習え! 投手の「無気力」打席を許してはいけない

      プロ野球・日本ハムの大谷翔平投手(21)が、またも日本最速記録を塗り替えた。6月5日、東京ドームで行われた交流戦の巨人3回戦に先発し、プロ野球公式戦の歴代最速となる163キロをマークした。四回にクルーズの4球目に投げ、結果はファウルだった。試合後、大谷は「あまり手ごたえがなかった。空振りを取れれば、もっと良かったですけどね」と話したが、今シーズンの大谷の「進化」には目を見張るものがある。 5月29日の楽天戦に「6番・投手」として出場した試合もそうだった。打者として3安打を打ち、投げては七回を被安打4、1失点に抑えて3勝目をマークした。DH制を採用してからパ・リーグの投手が同じパ・リーグ相手の公式戦でDHを使わず打席に立つのは事実上初めて。かつて日本シリーズの準備のため、シーズン終盤に西武の投手たちが打者としても先発メンバーに名を連ねて以来だという。 大谷は二刀流と騒がれ、登板しない時に打席に立って平均的な打者を上回る実績を残してきた。今年は4試合連続ホームランを放つなど、打者としても怖さを増していた。それでも、投げる試合と打つ試合が別々 の「二刀流」に物足りなさを感じていた。二刀流の大谷なら、投手として出場する試合でも打席に立ってほしい、立つのが自然と感じていた。それが今回初めて実現し、いよいよ「本物の二刀流」になった。日本ハムの大谷翔平投手=5月29日、コボスタ宮城(土谷創造撮影) これまで栗山監督はピッチングへの影響を考慮して、登板試合では大谷を打席に送らなかった。走者として疲労しピッチングのリズムを崩す、次の回に備えた投球練習などができない、などの不安を避けるためだろう。実際、走者に出た後の回で失点が多い投手はいる。相手投手が走者に出た次の回はチャンスだ、という隠れた常識はプロ野球に限らず高校野球でも認識されている。かつて怪物と呼ばれた巨人・江川投手を打ち崩すため、相手チームがわざと江川を出塁させ、走らせた後、攻略を図った伝説もある。栗山監督はそれを仕掛けたチームの出身だから、そのイメージが強くあるのかもしれない。 ただ今回は対照的な現象が起こって興味深かった。試合後の報道の中には、次のようなレポートがあった。 「大谷は走者になって疲れるどころか、打者として打ち、走ったことで闘争心が湧き上がったのか、このところ影を潜めていた燃えるようなピッチングを展開した」 これぞ野球ではないか。「三振とわかっている勝負を見せる」という明らかな手抜き行為 投げる専門で打たないことが、闘争心の発現を制御しているとすれば、プロ野球界は大切な核心を自ら放棄していることになる。試合後の大谷のコメントがまた的を射ている。 「セ・リーグの投手なら当たり前のことですから」 そう、大谷をまるで超人みたいに報道するが、DH制のないセ・リーグの投手はみな打席に立つ。ただし、よほど限られた場面以外では「打つ気なし」が当然。打てなくても責められないのが当たり前になっている。それも本当はおかしい。 プロ野球の投手は、打撃練習をする余裕はない、打撃に意識を向ける余力はない、という常識が、投手が打席に立つセ・リーグでさえ蔓延している。それは「野球のレベルが高いから」とも言えるが、観客に「最初から三振とわかっている勝負を見せる」という明らかな手抜き行為でもある。日本ハム・大谷翔平が右安打を放つ=6月5日、東京ドーム(撮影・矢島康弘) それが長年通用してきた背景には、「投球と打撃は別の技術だ」という共通認識があるからだ。それこそ実は、日本の野球のレベルアップを阻害している。心技体の基本は同じ。投球練習は打撃練習に通じ、打撃は投球に通じる。だからこそ、高校野球のエースは打撃もいい。大谷翔平に限らず、横浜高・松坂投手も豪打で知られた。イチロー選手、楽天・松井稼頭央ら、高校時代は投手だった打者も多い。これは「エースになるほどの選手は運動能力が高いから打撃もいい」と理解されがちだが、もっと重要な事実がある。「投球と打撃の技術が通じている」、それを忘れて「投手は投球練習に専念すべきだ」という短絡的な発想で投手にただ楽をさせている。ファンがもっと声をあげ、「プロ野球でも投手はもっと打撃に意識を向け、高校時代は中心バッターだった片鱗を見せて欲しい!」と求めるべきだろう。 大谷翔平はその先陣を切って「プロ野球でもできる」ことを実証している。二刀流を大谷翔平の専売特許にするのでなく、第二、第三の大谷が次々出現し、「可能性を持つ投手は打って当たり前」、日本のプロ野球がさらに活気付くことを期待する。 プロ野球選手では投手と打者の両方できないことが「プロ野球のレベルの高さ」を証明する共通認識のようにされてきた。いま我々はその幻想がファンを欺く茶番だと気づく時期ではないだろうか。 メディアもファンも、大谷を怪物に仕立てる努力以上に、まずは「セ・リーグの投手がもっと真剣に打ってくれ!」とけしかけるべきだと思う。そうすれば、野球はもっと面白くなる。セ・リーグの投手なら、それは今日からできる変革だ。

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    選手時代からあった「心の隙間」 薬に頼り続けた清原和博の人生

     清原初公判の報道を見ていて、違和感を覚えた。 検察も弁護側もメディアも、一丸となって美談を形成し、この事件をある方向に着地させたい意図が一致しているように感じた。 それが清原和博という、高校野球、プロ野球を通じて多くの人々に驚きと喜び、そして興奮を提供してくれた野球選手に対するみんなの思い、更生を願う気持ちだと思えば、社会の温かさを感じないでもない。 だが、美談のからくりで語られすぎて、本当に清原がもう一度心に火を点けて、常人には想像も及ばない清原和博というとてつもないエネルギーを回転させる未来が見えてこない。メディアも含めた周囲がみな、清原を いまは上から見ていて、自分たちが常識的に持っている「良識」という枠にはめ込んで「更生」させようとしている。覚醒剤には二度と手を出してはならない、これは厳然とした事実。その先、清原和博が何を成していくのか? 覚醒剤経験者の覚醒剤との訣別が難しい以上に、清原ほどの野球界での成功者がその後を生きる、新たなやりがいや役割を見つける難しさと相まって、相当に高いハードルが行く手に立ちはだかっている。これをどう乗り越えるか、誰がサポートし、どう清原が挑戦していけるかの発想が欠落している。清原の更生を期待すると言いながら、ただ普通の大人に戻ってほしいというような論調、社会の空気に違和感を覚えるのだ。清原は、普通の枠におさまるような人間ではない。だから、美談が白々しく思えるのだ。 清原に何をやってもらいたいのか? 清原にはまだ発揮せず埋蔵している才能がある。それを発掘し、開花させる未来こそ、清原のこれからのやりがいであり、人生の道だ。少年野球教室でオリックスに移籍した清原和博(左)と談笑する野球評論家の佐々木主浩 =兵庫・神戸市のスカイマークスタジアム(撮影・江角和宏) スポーツ選手は、ある年齢を迎え現役を引退したら「終わり」だとすれば、第二、第三の清原は量産される恐れがあるし、子どもにやらせない方がいい分野になる。なぜなら、プロ野球に入れる割合もごくわずかだし、そのプロ野球で成功し、スーパースターと呼ばれる存在になった人でさえ、引退したらその後のやりがいが見えない。そんな空しい山に登るのは愚かだろう。いくらその道程が華やかで、通常の大人より高収入でも、山を登り、引退する歳には心身ともに疲弊し、高収入も高支出によって消費している。それが現実。現役時代ほど華やかでないにせよ、スポーツには「極める」という別の次元があり、天才と呼ばれ、プロ野球で活躍した選手でなければ到達できない領域がある。それをさらに高め、野球という分野を越えて、普遍化し、指導できる道だって本来はあるはずだ。いまはそのような方向に野球が向いていない。結果ばかりに執着し、それゆえ、心身の大切な本質を見失う。その象徴的な存在が清原和博といってもよいのではないか。 それは清原個人の弱さや欠落ゆえの問題ではない。野球界、スポーツ界が持つ構造的な誤りを直視せず、それを曖昧にごまかして、スポーツという産業を維持しようとする、自衛的な発想も無意識に流れている気がする。私たちはこの機会に、清原を徹底的に悪人に仕立てるのでなく、私たち自身も日常的に深く関わっているスポーツ、そしてスポーツ産業のからくり全体に深く斬り込み、スポーツの意義、スポーツの功罪、スポーツの本来の取り組み方を社会全体で真剣に構築し直す必要がある。その意識が今回の初公判とその報道には欠けている。 引退後、心の隙間を埋める方法がなくなったという。言い換えれば、野球をやっている間は、野球で隙間を埋め、心身のバランスを保つことができたと受け取れる。果たして、そうだったろうか?ミイラ取りがミイラになる 現役時代から清原は、結果を恐れ、結果を出さねばならない使命感と脅迫観念から、依存的な傾向に陥っていた。ニンニク注射はそのひとつだ。試合前、東京ドームのベンチ裏でしばしば医師から注射をうってもらっていた。それが合法的な注射であっても、注射に頼り、その効能によってホームランをうつことが理想的な姿勢と言えるだろうか。ニンニク注射だけでなく、多くの薬を服用していたことは関係者が語っている。現役時代すでに、清原は道に迷っていた。その迷路から救ってくれる存在は清原にはいなかった。そのこともスポーツ界の大きな問題点だ。そして、結果を出す、ホームランを打つ以外に清原が自分も世間も納得させる方法を持たなかった。清原和博被告の初公判後に取材に応じる佐々木主浩氏 =5月17日、東京・霞ヶ関の司法記者クラブ(蔵賢斗撮影) 佐々木主浩さんの出廷には、もちろん敬意を覚える。終始一貫、佐々木さんの発言は清原へのエールに貫かれている。だが、これを報じるメディアや、受けとめる側があまりに美談に酔ってはいないかと案じる。 薬物依存者社会復帰施設「ダルク」の茨城ダルクを主宰している岩井喜代仁さんは、その実態を同出版の季刊誌「道」の対談や著書で語っておられる。その中で胸を衝かれたのは、岩井さんが学校から依頼を受けて講演する際に話すという次のエピソードだ。要約する。 「友だちが悪い人と付き合い、覚醒剤に手を出しているとわかったらどうしますか」 岩井さんは子どもたちに問いかける。多くの子どもたち、ことに学校で「マジメ」と言われるタイプの子どもはたいてい次のように答える。 「やめるよう説得します」 学校の先生たちも同じように言う。しかし、岩井さんの助言は正反対だ。 「近づくな。そんな友だちに近づいたら、あなたも仲間にされる。だから、そうとわかったら絶対に近づいてはいけない。それくらい、覚醒剤は怖いものだ」 学校教師のマジメな道徳論が通用するほど甘くない。「逃げろ!」が鉄則だ。ミイラ取りがミイラになる。その話が強烈に刻まれているから、初公判後の報道がぬるま湯というか、美談に仕立て上げられた幻想に感じられてならない。 清原は罪状を認め、終始、謝罪の姿勢に徹している。それはもちろん、必要な姿勢だろう。だが、本当はもっと清原らしい、強烈なメッセージを発信してほしいと願う気持ちがある。 「オレみたいになるな!」「野球界でチヤホヤされたら、オレみたいになる可能性がある」「オレは何を間違えたのか。自分は何を学び、志すべきだったのか」 もっと切実に自分をさらけ出し、見つめ直すこと、問題を社会と共有することが大切な清原和博の使命ではないだろうか。そのために周りの誰かを巻き添えにすることは避けたいだろうが、ただ謝るだけでは解決しない深い問題がそこにある。これは、清原が罪を償った後にしかできないことかもしれないが、清原だけが悪者にされてこの問題が収束するのは違うだろう。

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    プロ野球の魅力も緊張感も奪う「コリジョンルール」

     5月11日の阪神・巨人戦で、セ・リーグでは初めて、今季から採用されたコリジョンルールが適用され、本塁でのクロス・プレーの判定が覆った。それが勝敗にも大きな影響を与えた。結果は3対1で巨人の勝利。その1点がなければ、結果はどうなったか、わからない。プロ野球阪神対巨人。3回、脇谷亮太の適時打で2走小林誠司が本塁狙うもアウト。その後コリジョンルール適用でセーフに。捕手原口文仁 =5月11日、甲子園球場(撮影・安部光翁)  3回表、巨人の攻撃は2死2塁。脇谷のセンター前ヒットで二塁走者・小林誠が三塁を蹴ってホームを陥れた。センター大和からのワンバウンドを原口捕手がやや後ずさりしてキャッチした正面に小林誠が足から滑り込む形になった。タイミング的には、間違いなくアウト。とくに大きな衝突もなく、タッチプレーが行われた。主審は「アウト」をコールした。 「大和が好返球で魅せました!」と、実況中継ならアナウンサーが叫ぶ場面。甲子園球場の阪神ファンは盛り上がり、巨人ファンは地団駄を踏んだ。一瞬が明暗を分ける。野球の中でも最もスリリングなプレーだと言われるホーム上の攻防。守備側の阪神が見事に瞬間の勝負を制し「勢いをつけた」と思われた。ところが、ビデオを確認した審判団は判定を翻し、小林誠の生還を認めた。アウトがセーフになったのだ。確かにルールのとおりだが、これで野球の面白さは維持できるのだろうか。 世紀の対決と呼ばれた、ソウル五輪の陸上男子100メートルを思い出した。ベン・ジョンソンがカール・ルイスを圧倒し優勝した。誰の目にもベン・ジョンソンの勝利、カール・ルイスの敗北は明らかだった。ところがその後、ベン・ジョンソンのドーピング違反が判明。ベン・ジョンソンの金メダルは剥奪され、カール・ルイスの胸に輝いた。このとき、カール・ルイスが勝ったと感じた人はどれほどいただろう。このようなルールや裁定は、競技の健全性を守るためには必要だが、決して前向きな感動は生まない。 話を野球に戻そう。審判の説明どおり、原口は送球が届く前から走路に立っていた。コリジョンルールに照らせばその時点で「走者はセーフ」だ。金本監督が抗議する矛先はない。ただ、その時すぐ捕手のルール違反をコールできなかった主審の過ちが痛い。そして、ルールを尊重するなら、大和の好返球を無にした原口の安易な立ち位置にこそ、金本監督は怒りを向けるべきだろう。 これほど徹底して予告され、申し合わせているルール変更に対して安易すぎる立ち方だと指摘されても仕方がない。だが、捕手たちは感覚的に「答えを見出せない」と感じ、クロスプレーにどう対応すればいいのか、戸惑っているのも現実ではないだろうか。ルールの理想と現実のギャップというか、実態を把握すれば、原口捕手を責めるのも酷だと感じる。野球の魅力と緊張感に水を差す コリジョンルールの採用で、捕手も、二塁手や三塁手同様、立ったままタッチに行かねばならなくなった。身体ごとぶつかって行けないから、他の内野手がするように、「ミットを地面につけてホームベースの前に置く」のが基本になるといった変化が指摘されている。だが、実際にはそう簡単ではない。そもそもなぜ、二塁や三塁上では通常起こらない激しい接触やせめぎ合いが本塁上では発生するのか? それは、他のベースと違うルール上の特性がある。本塁では、走者のオーバーランが許される。走者は5つの角を持つホームベースのどこか一部に、捕手のタッチより早く身体を触れさえすれば生還が認められる。そのため走者は、回り込んでベースに触れたあと、勢いよくホームベースから 何メートル先まで転がっても構わない。スピードを最後まで緩めず、トップ・スピードで本塁に到達し通過できる。オーバーランができないため、ベース上で足か手を必ず止めねばならない二塁、三塁とはそこが大きく違う。だから、従来は当たり前だったブロックなしに、トップ・スピードの走者を迎え撃ち、タッチするのは簡単ではない。審判団に詰め寄る阪神・金本知憲監督(左)=5月11日、甲子園球場 (撮影・吉澤良太) 捕手が手だけでタッチに行けば、屁っ放り腰になる。そんな弱腰で少しでも走者と接触したら大ケガにつながると身体は知っているから、ますます及び腰になる。コリジョン・ルールはこのように、危険防止のようで危険を呼び込む側面を持っている現実はあまり指摘されていない。わざわざルールで屁っ放り腰にさせておいて、「走者に負けるな」と叱咤するのは、ただの精神論だ。二塁や三塁のように、ベースの前にミットを置けば解消する問題でもない。なぜなら、二塁や三塁のクロスプレーの場面、走者は滑り込んで地面すれすれにアプローチするよりほかに方法がない。だから、野手がその位置にグラブを置けば、走者はグラブを避けようがない。ホームベースは違う。回り込んで上方から手でタッチもできる。ミットを地面に着いて待っていれば「万全」ではないのだ。 野球の魅力と緊張感に水を差す上に、決して安全対策にもなっていないコリジョンルール。金本監督の、行き場のない怒りもその意味でよく理解できる。 守備においては守備が主体であり、守備の動きは尊重されるのが伝統的に野球ルールの基本になってきた。それなのに、走者を優位にし、捕手の立ち位置を規制する発想が実は本質から外れていないだろうか。本塁上の大きな危険を生み出す根本的な原因は「そこに捕手が待ち構えているから」ではなく、勢いというアドバンテージ持つ走者が強引な衝突によって生還を勝ち取ろうとする姿勢のためだ。本来は、走者の危険な走塁をこそ徹底して規制すれば無用なケガは避けられるのに、捕手を規制するからおかしくなる。捕手を屁っ放り腰にさせる危険こそ、見ていてハラハラする。 アメリカがそうだから「日本も倣う」姿勢は、野球の歴史からすればやむをえない面もあるが、アメリカが間違った選択や判断をしていたらきっちり本質を抑える感性と、提言する覚悟をそろそろ日本野球も持っていいのではないだろうか。ぜひ、野球を愛するみなさんに、正統なコリジョンルールを改めて考えていただきたい。「安全」という名目を押し出して、反対を押し付けない雰囲気を醸しているが、これは絶対に改善すべき悪しきルールだと感じている。

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    日本人として誇らしい! 伝説の担い手になった岡崎慎司の栄誉

     プレミアリーグで、日本代表の岡崎慎司が所属するレスター・シティがチーム創設132年目にして初のリーグ制覇を成し遂げた。開幕前にはほとんど誰もレスター・シティの優勝を予想していなかった。これほど痛快な出来事も珍しい。あらゆることを賭けの対象にする英国内のブックメーカーは、レスター・シティ優勝に5000倍のオッズをつけていた。5000倍といえば、「ネス湖のネッシーが存在感した」「エルビス・プレスリーは生きていた」といった賭けと同じと報じられ、これも驚嘆に拍車をかけた。それほど「ありえない」と思われた優勝。その輪の中に岡崎慎司がいたことは、日本人にとっても、うれしく誇らしい出来事だった。 レスターの初優勝が決まり、チームメートと共に喜びを爆発させる岡崎(中央) =5月2日、レスター(ゲッティ=共同) 奇跡的とも形容される優勝が現実になったのは、現有戦力で最高の成果をあげる策として採用された「カウンターアタック」が物の見事にはまったことが最大の要因。これは優勝を目指した戦略でなく、なんとか降格を免れようと採った策。それが頂点までチームを導いた。カウンターアタックで勝利を握る前提には堅い守りが不可欠だ。今季のレスター・シティは、相手に決定的なチャンスを与えても最後まであきらめず、相手シュートをブロックに行き、「ブロック王」と呼ばれたディフェンダーのモーガン(ジャマイカ)の存在があった。彼とコンビを組むフート(ドイツ)ら、ディフェンス陣の渋とさは際立っていた。 ゴール前でボールを奪い、ロングボールで前線に送ると、驚異的な突破力を見せたバーディを中心とした攻撃陣が相手ゴールに襲いかかった。シーズン途中まで得点王争いを独走したバーディはまさに救世主。そして、マフレズ、岡崎が絡んで勝利のゴールを重ねた。何しろ、常識的には勝利への鍵とされるボール支配率もパス成功数もリーグでワースト3に入っている。この数字は普通は優勝チームのものではない。それほど今季のレスター・シティは常識を捨て、全員が徹底してカウンターアタックにかけて奇跡を起こしたのだ。岡崎が決めた芸術的なオーバーヘッド・シュートは、優勝のシーズンを語るファンにとっては忘れられないファイン・ゴールに違いない。マンチェスターU戦の前半、ルーニー(左)と競り合うレスターの岡崎 =5月1日、マンチェスター(共同)  岡崎慎司は、歴代の日本代表フォワードの中でも「決定力を持つストライカー」と言えるだろう。が、歴代最高だと誰もが認めるかどうか、意見は分かれるに違いない。しかし、そんな評価とは別次元で「レスター・シティを132年目に優勝に導いた伝説のイレブンのひとりだ」という事実は動かない。シンジ・オカザキの名はレスター・シティで永く語り継がれ、ずっと愛され、慕われ続けるだろう。スポーツ選手にとって、これほどの栄誉があるだろうか。経済的な収入を追い求めたらきりがないが、どんな高額報酬も今回の岡崎が得た栄光には叶わないのではないか。イチローは「記録」だけでなく「記憶」に残る選手になれるか 岡崎の姿を見ていると、スポーツ選手の究極のゴールは、優勝や記録達成ではなく、時代を作ること、人々と感動を共有すること、伝説の担い手になることではないかと感じる。 近年のプロ野球で鮮烈なのは、2013年の楽天日本一。東日本大震災で被災した東北の人々の声援を受けて楽天が巨人を破り初制覇を遂げた。3勝3敗で迎えた最終戦の9回、前日も完投しながら敗れた楽天のエース田中将大が最後にベンチを出てきた。誰もがその姿を待ち望んでいた。スタンドのファンがファンキーモンキーベイビーズの《あとひとつ》を涙ながらに歌い、田中将大がマウンドで投げ始めたときの感情の昂り。その尊さは言葉では語り尽くせない。テレビの前のファンも、特別な感慨を共有した。巨人ファンでさえ、あの日は田中将大に思いを寄せた。田中将大は確かに伝説となり、絶対的な存在尊敬を不動にした。米大リーグ ブルワーズ-マーリンズ 一回、大リーグ通算500盗塁となる二盗を決めるマーリンズのイチロー外野手 =4月29日、米ウィスコンシン州ミルウォーキーのミラー・パーク(共同) メジャーリーグでイチロー選手は着実に通算記録を重ねている。先日はメジャーリーグ通算500盗塁を達成。メジャーリーグ通算3000本安打も射程内だ。が、イチローが通算記録を打ち立てるたび、クールで孤高な印象を帯びる。イチローも、熱い記憶とともに語られたら、もっと心にしみる存在になるだろう。過去にはオリックス優勝もあれば、ワールドベースボールクラシック優勝を決めた一打もある。なのに、積み重ねた数字が大きすぎるためか、記録が先に語られる。イチローが「記録を残す人」でなく「記憶を残す人」でありうるかどうか。それをファンも心の奥底で待望しているのかもしれない。

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    「ブラック部活顧問」問題から考える、教師ってナンだ?

     小中学校の「ブラックな部活顧問」の業務状況が問題にされ始めている。 ただでさえ忙しく、勤務時間の長い教員が半ば強制的に部活動の顧問を担当し、平日の放課後だけでなく、土日も出勤して部活動の指導や引率にあたる現状を「ブラックな職場環境だ」と一部が声を上げたというのだ。 4月25日の毎日新聞は次のように伝えている。 昨年12月、若手の教員らが、部活の顧問を引き受けるかどうかの「選択権」を求めてインターネット上のウェブサイトで署名を集める運動を始めたところ、3カ月間で約2万3500人分が集まり、3月初めに文部科学省に届けられた。 この背景には、部活動の位置づけの曖昧さ、部活に対する顧問の意欲の温度差、最近とみに強まっている運動部のパワハラ的指導に対する社会的批判などもある。 中高年の世代には、「部活動は大切な学校教育の一環」という意識が根強く浸透し、高校も含めて、「部活動がなければ毎日きちんと学校に行ったかどうか。部活のために学校に行っていたようなものだ」と笑う人たちは少なくない。その感覚は、いまも何割かの子どもたちに通じている。ところが、教員にも、「働く者の権利」が重視される世相になり、部活動のような曖昧な存在は正当な奨励の根拠を失いがちになる。毎日新聞は同じ記事の中で、このように伝えている。「部活動」は国語や社会などの教科と異なり、教育課程に位置付けられていない。文部科学省が定める学習指導要領には「生徒の自主的、自発的な参加により行われる部活動については、スポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養(かんよう)等に資するものである」「(部活は)学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること」と記されている。  文科省の教員勤務実態調査によると、2006年の時点で部活動顧問を務めていない中学教員は13・7%。「全員顧問制」の学校もある。  活動時間はほとんどが放課後や休日だ。文科省の担当者は「一般的に、土曜や日曜に部活動の指導を4時間程度した場合、日額3000円が支給される」と説明する。具体的な支給の要件や額は自治体が条例などで定めている。  部活動の成果や重要性は認められているものの、実は教育課程に位置づけられていない。ある時期から「サービス残業」という言葉が普及したが、教員にとって部活動はまさに「サービス業務」のような存在だ。それでも長年の伝統があるため、部活動を熱心に指導し運営するのは学校として当然という大勢が保たれてきた。 ところが近年、教員の通常業務もさらに増加し、勤務時間の長さが問題となり、加えて働く者の環境やワークライフバランスの確保が社会的に強く認識されるようになって、部活動が厄介な存在、「なければいいのに」と疎まれる存在になり始めている。学校の存在こそが曖昧 一方には、部活動どころか、学校の位置づけの曖昧さが顕著になっている現実もある。 学校は「勉強するところ」なのか、「人間形成の場、人格的な教育の場」なのか。また、「勉強は学校でするのか」「受験勉強は塾でするのか」という問題も併せ持っている。 いまの時代、人格形成を施す指導を明快な哲学を持って推進すると、過剰な思想への関与だと批判されかねない。学校にそこまで深い人格指導は求められていない。つまり、学校の存在こそが曖昧なのだ。 6歳から15歳までの少年少女が、「朝から午後(夕方)までの時間を集団的に過ごす社会的な場である」という以上の機能を学校が果たし得ない状況が出来上がりつつある。練習に励む女子サッカー部の選手たち。 部活動は学校でなく、「地域のスポーツクラブなどで行えばいい」という主張も高まっている。現実に水泳や体操、テニス、サッカーなどの競技で本格的に上位を目指している少年少女たちの多くは学校の部活動ではなく、専門のクラブやスクールに所属し、競技力向上を目指すのが一般的になっている。野球も同じで、高校野球の強豪校に進学し、いずれプロ野球を目指したいと考えている選手の多くは、部活動でなく、シニアやボーイズと呼ばれる地域のチームの門を叩く。 「部活動はやりたくない!」という選択権を与えるべきだという訴えはもちろん理解できる。「教員にも適正な労働環境を!」という主張にも賛同する。だが、一方で学校の現実をもっと全体的な視野で捉える必要がある。 専門的な役割を教員以外の外部が担う傾向が進む現実の中で、学校の先生は「何をする人」になっていくのか? 不登校やイジメなどに対する相談は「カウンセラー」が担当する。スポーツや音楽などの部活動は「専門の指導員」が外部から起用される。 勉強は、先生が教えるつもりかもしれないが多くの親子は「受験勉強は塾で教えてもらう」と思っている。授業は塾の講師に依頼した方が「成果が上がるのではないか」との議論も出始めている。実際、教育委員会の意向で「塾の講師による講習を受けさせられた」と憤慨していた友人(高校教師)の声を聞いたことがある。 「授業に最大の誇りを持つべき教員が塾の講師に教えを請う時代になって、教師の誇りや存在意義はどこに行くのか」と彼は嘆いていた。授業さえ外部スタッフに任せる潮流が生まれたら、本当に学校の先生は「何をする人」になるのだろう? 先生は、生徒たちの悩みと向き合う必要もなく、部活動を通して触れ合う必要もなく、進路に関わる受験勉強の責任さえ求められない。 私はいま地域に根ざす中学生の硬式野球チームの監督を務めている。学校の部活動で野球をするのでなく、地域のチームを選んだ中学生たちと放課後と週末を利用して、野球を通した人格づくりに取り組んでいる。クラス替えなどの話題を報告してくれる中学生たちの言葉や表情から感じるのは、「中学は友だちとの愉快な場であり、担任はその愉快な場を邪魔せず、心地よい空間を醸成してくれる、“わかっている人”がありがたい」といった感覚だ。「このままでは教員がお役所の係員みたいになる」 多くの子どもや親が、もはや専門的な能力など公立小中学校の先生に求めていないと断言したら行き過ぎかもしれないが、そのことを教員自身が自覚したほうがよいと思う。 私にこのような示唆を与えてくれる高校の部活顧問たちや小中学校の教員を務める知人たちはそのような認識を持ち、「このままでは教員がお役所の係員みたいになり、教育に携わっている実感がどんどん失われそうだ」と危機感をつのらせている。このままエスカレートすると、先生は「書面づくりや学校運営の管理遂行を担当する事務職員」のようになりかねない。教員グループによるインターネットでの署名活動 頭に浮かぶのはテレビ局の社員の現状だ。テレビ番組の制作に携わりたくて難関を突破しテレビ局に入社しても、実際に制作現場に関わる人は多くない。制作現場を受け持つのは外部の制作会社や専門職(脚本家、演出家ら)である。子どもの教育に携わりたくて学校の先生になったのに、現場はすべて外部のスタッフが担当し、先生は「その管理が主」といった状況になりかねない。 教員の労働環境を整備するのは重要だが、学校の本質を根っこに持たない議論は子どもたちを幸せにしない。部活顧問の強制がブラックだという問題ばかりを部分的に論じることは、いま学校や教員、もっといえば子どもたちが直面している本質的な悩みや課題に光を注ぐ具体的な行動にはならない。 忙しすぎるというならば、通常の業務の見直しがまず先ではないか。なぜ、子どもたちと直接触れ合い、人間関係の温もりで子どもに情熱や知恵を注ぐべき小中学校の教員が書面づくりに追われるのか。 放課後や週末、部活動に情熱をそそぐ英気を養う余裕を日常の勤務時間の中で確保する改善こそが本質だと考える。 このままだと、「学校自体がいらないのではないか」「子どもたちは学校以外の場所に通わせたほうがよほど人間的に豊かに育つのではないか」といった社会的な目覚めが起こり、学校そのものの存続が問われる可能性とつながっていることも認識する必要がある。

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    「オリンピック様のお通りだ」組織委の上から目線はもう通用しない

     「2020年の春から秋まで約半年間、神宮球場を使うな。自分たちに使わせろ!」 東京五輪・パラリンピック組織委員会の要請に対して、神宮球場が「要請を受け入れるのは難しい」と回答した。この報道に接して、まずは胸をなでおろした、というのが素直な感想だ。森喜朗・東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長 経緯から説明しよう。3月下旬、東京五輪・パラリンピック組織委員会が、大会のメインスタジアムとなる新国立競技場に隣接する神宮球場に「大会前後の約半年間の球場使用中止」を要請したと4月に入って報道された。組織委員会の関係者はその理由を「周辺は通行止めなどのセキュリティー対策が不可欠で、機材置き場などの確保も必要になる」と取材に対して答えたと報じられている。 2020年の東京五輪では野球の「五輪種目復帰」が有力視され、野球関係者にとっても大切な大会に違いない。その成功のために必要な協力や努力なら、当然、「多少の犠牲は払ってで惜しまずにする」というのが、野球界の覚悟だろうし、野球に関わる者たちの率直な空気だ。 すでに神宮外苑周辺は五輪前後で大きな変貌が計画されている。秩父宮ラグビー場は先に解体され、大会中は駐車場になる。その場所に新球場を建設し、2022年度末までには完成。その後に現在の球場を取り壊してラグビー場を造ると公表されているから、野球関係者はすっかり安心していた。ところが、今回の要請は、その思いを踏みにじるものだった。単純に言って、犠牲が大きすぎる。プロ野球だけでなく、高校、大学を含め、アマチュア野球の活動の基盤を揺るがすほどの要請である。 「ちょっとどいてくれ、物置も必要だ」、オリンピック様のお通りだ、と言わんばかりの横暴さは野球関係者そして野球ファンを逆なでしただろう。他のスポーツに敬意を払わない神経と、行き当たりバッタリの経営感覚が露呈された。 私は、お祭り騒ぎで国民の支持を獲得することにも成功した招致活動の段階から一貫して、2020年東京五輪・パラリンピックの開催に反対し続けてきた。その主な理由は、1.東日本大震災の復興が進んでいない。まずはそれを国の最優先課題にすべきだ。2.なぜ東京五輪・パラリンピックを招致し開催するのか? 経済効果やインフラ整備など、スポーツと直接関係ない目的が目立つ。様々な問題を内包するスポーツ界の問題を明確に共有せず、今後の哲学やビジョンなしに東京五輪・パラリンピックをお祭り騒ぎで実施する弊害の方が大きい。3.テロの懸念は今後ますます深刻になる。その危険と引き換えにしてまで開催するのか。以上の3点だ。 招致が決まったからには、前向きな成果を期待したいし、微力を尽くせるなら少しでも役に立ちたいと考えている。その根幹となるのは、「大会の準備段階から、2020年以降の日本の新しいスポーツの方向性を創り出し、社会全体がその価値観や方向性を共有すること」だ。スポーツへの厳しい眼差し はからずも、昨年あたりからスポーツをめぐる本質的な問題点を社会が共有する出来事が相次いで起こっている。エンブレム問題、新国立競技場の設計変更、さらには野球賭博問題、そして最近の裏カジノ事件など、「スポーツって根本的にずれているんじゃない?」「スポーツはこのままでいいのか?」、核心から見直す機運が高まり、スポーツに対して厳しい眼差しが向けられるようになった。 これは、「スポーツ選手や競技団体の不祥事は決してその当事者だけの問題でなく、現在のスポーツ界の構造や体質が生み出している根本的な病弊だ」と提言し続けてきた思いがようやく世間に伝わる形となった。が、一方で、グラウンドやスタジアムを「迷惑施設」とし、少年少女がスポーツに打ち込む音や声まで「騒音だ」とする、新たな社会通念が加速度的に形成されつつある。スポーツ愛好者からすれば「行き過ぎではないか」と感じるほど、これまで社会の少数派と思われていた「スポーツは嫌い、迷惑だ」と不満を募らせていた人々に大きな力を与える情勢にもなっている。神宮球場  神宮球場の問題に話を戻そう。 組織委員会の要請を受け入れれば、プロ野球のヤクルト・スワローズは開幕後一カ月程度でシーズン終盤まで本拠地を失う。 球場が完成したのは1926年。東京六大学野球連盟はその建設に協力し、1931年の拡張工事(収容人員を5万5千人に増設)の際は工事費を負担したとホームページに記している。その東京六大学、さらには東都六大学連盟も長年の本拠を失う。他に場所を探すことは不可能ではないだろうが、とくにプロ野球はシーズンチケットの販売を大きな収入源の一つとしている。そこへの影響は甚大だ。そのような実態を把握し、補償も含めて組織委員会が要請しているのだろうか。 私は、こうした唐突とも言える要請を契機に、なかなか変革できないスポーツ界が大きく変わるきっかけになるのもひとつの恩恵とも考える。ヤクルト・スワローズがその年だけ一時的に仮の宿を探すのでなく、「関東に集中しがちなプロ野球のさらなる地方分散のため、本拠地移転を実行する」などの選択と決断をすることもひとつと思う。アマチュア球界にも同様のチャンスと言うこともできるだろう。東京六大学は、歴史と伝統を謳っているが、神宮球場に閑古鳥が鳴いて久しい。新入学した学生たちが、母校の応援で神宮を訪れることが大学生たちの喜びのひとつといったかつてあった慣習も今は風化している。これうをどう変えて、一般の学生と野球部の交流を図って部活動の意義を高めていくのかを改革する好機ではある。 だが、日本のスポーツの未来を醸成し創造する中心基地であるべき組織委員会や日本オリンピック委員会がこの程度の発想と見識しか持たないことへの失望は改めて明記しておきたい。

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    「練習は週4日以上するな」バドミントン桃田の違法賭博を教訓に

     また悲しい報道に接した。バドミントン界の期待の星・桃田賢斗選手と田児賢一選手らの裏カジノでの賭博問題。やるせない気持ちで、私自身、力が抜ける思いだ。遠征先のマレーシアから帰国したバドミントン男子の田児賢一選手 (手前)と桃田賢斗選手=4月7日、成田空港(春名中撮影) もう10年以上前から、スポーツ界の構造的な堕落を訴えてきた。ところが、メディアも多くがスポーツを盛り上げ、本質的な問題を棚上げして、2020東京五輪に猛進してきた。柔道連盟の不祥事が出た時も、様々な競技の多くの選手の事件が露呈した時も、メディアの大多数が一貫して、問題を起こした個人や当該組織が引き起こした部分的な問題だと扱い続けてきた。 私は終始、「それらは現代のスポーツをめぐる環境が引き起こす構造的な問題であって、その体質は一部の問題選手、問題組織を腐敗させているだけでなく、スポーツに打ち込むすべての人々をも蝕む、危険な体質をはらんでいる。だから、少年少女にスポーツを熱心にやらせることも考え直したほうがいい」と警鐘を鳴らしてきた。幸か不幸か、そうした叫び声はほとんど取り合ってもらえないほど、日本中のスポーツへの支持率は高かった。ところが、大相撲の八百長問題、昨年の東京五輪エンブレム盗作問題、新国立競技場問題で立て続けにスポーツ界に逆風が吹き始めた。そして、巨人選手の野球賭博事件、さらに今回の事件が追い打ちをかけて、いよいよスポーツ全体を見直すべきだと考える空気が覆い始めたように感じる。バドミントン全日本総合選手権、桃田賢斗選手 =12月3日、代々木第二体育館 一体、何がスポーツ選手をこれほど安易な行動に導くのか? 残念ながら、「人間性を高める」などという、美しい言葉で飾られる目標への取り組みに、最近のスポーツ現場で心底感動を伴って接する機会は少ない。 勝てばいい、強ければいい、結果が出ればいい。そのために、見えないところで汚い手を使うのは当然。パワハラやイジメとも思える厳しい叱責や扱いにも耐えて当然、それで挫けるやつはそもそも見込みがない、という考え方はいまだに多くのスポーツ指導者に染み付いている。それは、トップレベルの競技現場に限らない。少年野球など、いわゆるお父さんコーチたちでさえ、コーチの立場を持つとなぜか口汚い言葉を使い、人格が変わる、不思議なスイッチがスポーツにはある。その体質を徹底して変革するのは、相当に強いメッセージの発信と強烈な転換の自覚と意志が必要だ。文武両道の実現はありえないバドミントン・ヨネックス・オープン・ジャパン 男子シングルス 予選1回戦で韓国選手にポイントを奪われ厳しい表情の田児賢一=2015年9月8日、東京体育館 少年たちに強い動機を与えたい時、周りの大人たちがエサにするのは野球なら「甲子園」「プロ野球」であり、年齢が進んだ選手には「美女アナと結婚できる」「5億、10億は稼げるぞ」いった俗なセリフを平気で口にする。野球の深み、極める楽しさなどを語る大人は極端に少ない。日本社会がそのような俗物的なレベルに覆われているからだろうか。 今回私の周りでも、桃田選手が派手な格好をする理由を問われて、自分が華やかな存在になれば憧れてバドミントンを始める子どもたちが増えるのではないかと語ったことに「落胆した」「その程度のレベルなのか」と嘆いた人が複数いた。私も同じように感じる。だが、裏カジノでの賭博が露呈せず、いまもリオ五輪の星であったならば、その率直な感想は隅にやられ、イマドキのイケメンといった肯定的なイメージばかりが世間を支配していただろう。 深さを追求する喜びを忘れたスポーツ界に、文武両道の実現はありえない。 この機会に、あえて大胆な提案をしたい。 高校生までは、同じスポーツの練習を週4日以上してはいけない。例えばそのような共通認識を作ったらどうだろう。中高生は、もっとほかにすべきことがある。学校の勉強に限らず、広く社会を学び、経験する機会を作ったほうが将来に生きる。そのことで案外競技レベルは低下しないと思うし、たとえ世界に比べて十代の競技レベルが落ちたとしても、それの何が問題なのか? 人間性のレベルや幅が落ちることのほうが遥かに深刻ではないか。日本はもう何十年も、人間の幅や次元が落ちることを無視して、いたずらにスポーツに打ち込む姿を美化し続けてきた。いい加減、目を覚ます時ではないか。

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    まさに天国と地獄! 謝罪から始まった巨人の嬉しい誤算

     謝罪からシーズンが始まった読売ジャイアンツが好調だ。 開幕連勝こそ4で止まったが、高橋由伸新監督はこれ以上ないと言っていいほど、幸先の良いスタートを切った。 ここ数年、外国人に長距離砲に当たらなかった巨人の新外国人ギャレットが5試合で早くも3本のホームランを放ち、5番のクルーズもホームラン2本、打率.389と持ち味を発揮している。それに何より、高橋監督にとってうれしい誤算は捕手・小林誠司の活躍だろう。開幕3連戦では投手たちをよくリードし、自ら殊勲打を放って、連日勝利の立役者になった。守備練習をする巨人・阿部慎之助(左)と 小林誠司=2月 16日、 沖縄県那覇市の奥武山運動公園(撮影・吉澤良太) 昨季もホームベースを任されながら期待に応えきれず、シーズンオフには一塁手に転向していた阿部慎之助が再び捕手に呼び戻され、小林誠司は半ば正捕手失格を宣告されたような状況だった。その阿部がケガもあり、コンディション不十分で開幕2軍スタートになった。それは、新生・高橋巨人にとっては青天の霹靂とも言える一大事だったが、小林誠司の奮闘で、大ピンチは逆に大きな希望の糧になった。 以前のコラムでも触れたことがあるとおり、昨シーズンのプロ野球各チームは、「捕手併用」が目立った。併用と言えば意図があるように感じられるが、全試合でマスクをかぶってもらえる「絶対的な正捕手」がいない現実が最大の理由だ。かつてはV9巨人の森捕手、南海の野村捕手、さらにはヤクルトの古田捕手、阪神・矢野捕手ら、優勝するチームには必ずと言っていいほど、毎試合その座を譲らない正捕手の存在があった。 試合数も多く、移動距離も長い、しかも連戦が続くメジャー・リーグでは全試合に同じ捕手が出場するのは「クレージー」との認識があり、正捕手を補う第二捕手の存在は重視されている。とはいえ、正捕手はやはりはっきりと固定しているチームが長いシーズンを優位に展開している。昨季は12球団のうち10球団が複数の捕手を併用した。優勝したのは、セ・リーグが中村捕手固定のヤクルト。パ・リーグがやや併用ではあるが細川捕手という軸のあるソフトバンクだった。その意味では、阿部慎之助が再び正捕手として窮余の策とはいえ、今季巨人が覇権を現実に見据えるための最低条件のはずだった。 あるいは、高橋由伸監督が、最初から小林誠司を軸に据えるため、阿部に捕手復帰を依頼し、小林誠司の成長を刺激したのだとすれば、ここ数年の最大の功労者をまるで捨て石のようにするわけだから、監督と阿部とのものすごい信頼感、まさにチームワークの賜物と言えるし、それに応えつつある小林誠司もまた「男」だと言えるだろう。金銭授受問題をうやむやにしてはいけない 果たして、これが開幕ダッシュの一時的なあだ花なのか、このまま確かな成長と活躍を続けるのか、今季の巨人の浮沈を握るカギのひとつだろう。野球賭博への関与を認めて謝罪する巨人・高木京介投手 =3月9日、東京都千代田区の巨人球団事務所(撮影・矢島康弘)  阿部慎之助もやがて一軍に上がり、活躍の機会をうかがっている。一塁には好調ギャレットが立っているから、阿部がどのようなポジションで力を発揮するのか。レベルの高い捕手併用が実現すれば、さらに戦力は高まることになる。うれしい誤算から生まれた新たな選択肢をどう活かすか、高橋由伸監督の手腕が試されるところでもある。 野球賭博に端を発し、金銭授受問題にまで発展した球界の不祥事は、開幕すると想像以上に重かった空気がずいぶん明るく転換したように感じる。開幕の華やぎで体質改善をうやむやにしてはいけない。問題の本質を見極め、新たな道を共有する必要があるだろう。高校野球のニュースを見ていて、同じ根を持つ社会の体質をひとつ感じたので、ここでみなさんに問いかけてみたい。 今春の選抜高校野球選手権から、ネット裏の席に連日、地元の少年野球のチームが招待されることになった。2013年8月の第95回全国高校野球大会。 ネット裏最前列の定位置に座っていたラガーさん(円内)。  高校野球の熱心なファンならばご存じだろうが、ここ数年、ネット裏の席に早朝から並んで陣取り、他の観客にストレスを与えているグループが話題(問題)になっていた。今回の企画を聞いて、そのグループを排除するためだな、と思った人も少なくないだろう。私もそう感じたし、ネット上ではそのような推測が盛んに発信されている。 だが、高野連はそれとは無関係との姿勢を貫き、あくまで地元の少年たちに高校野球に親しんでもらうためだと説明している。もちろん、余計なことを言えば角が立つし、高野連の態度は当然とも言えるが、多くの人が本音と建前をそこに感じる。そのようにして、いまの日本社会は、本当の話をしない、できない風潮になっていないだろうか。プロ野球の金銭授受問題も、まな板に上がっている選手たちを、自分の日頃の生活や習慣、例えばゴルフで握るとか、それをまるでないもののような前提で批判する。それでは本当の解決策も、あるべき社会常識の形成も難しいと思う。本音で語る場所があってこその建前だと思う。

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    モラルをなくしたプロ野球 諸悪の根源は高校野球にもある

     選抜高校野球選手権の開会式、21世紀枠で選ばれた香川・小豆島高の樋本尚也主将が選手宣誓をした。いつもは宣誓の文言やその声などに注目が集まるが、今回は野球帽を取った樋本主将の長髪に目が行った視聴者が多かったのではないだろうか。 高校球児といえば「丸刈り」が半ば常識だが、小豆島ナインは樋本主将だけでなく多くが長髪だった。スポーツ刈りよりもっと長い、ごく平均的な小中学生男子の髪の長さくらいの長さだった。故郷や母校への思いを込めた宣誓をする小豆島高の樋本尚也主将 =3月20日、甲子園球場(代表撮影) 樋本主将は、来年新たに統合されて現在の高校が消えることから、「当たり前にある日常のありがたさを胸に、僕たちはグラウンドに立ちます」と語った。 その言葉は、彼の長髪と相まって、現在の野球界が真っ直ぐ直視すべき、重要な示唆に富んでいると私には感じられた。 プロ野球が揺れている。野球賭博の発覚を契機に選手たちのモラルや基本的な日常が問われている。その温床は高校野球にもある。 まずは長髪から話を進めよう。「甲子園に出るのに、丸刈りでなくてもよかったんだ」 樋本主将を見て、そう思った人は少なくないだろう。甲子園出場規定に「丸刈り」はない。それなのに、大半の球児たちは丸刈りで登場する。 高校野球に身を投じると決めた時点で「髪を切る」のは当然の宿命であり、決断のようになっている。それが嫌で野球を辞める少年たちも少なからずいる。「強豪」と呼ばれる中学野球のチームもミニ高校野球のような雰囲気で、丸刈りを強制しているチームも少なくない。 その点を直視してもすでに「当たり前の日常」から逸脱しているのではないかと思う。野球が「特別な道」になり、当たり前の社会感覚とずれていく。ずれているのに、それが優越意識となり、本人たちはいわゆるエリートとは別の野球エリート意識を心の中にふくらませていく。 「甲子園を目指している」と言うだけで、どことなく誇らしく、周囲から賞賛されるような雰囲気もこれまではあった。それが実体の伴った誇りや自信につながればよいが、結局、モラルをなくし、野球賭博で処分を受けたプロ野球選手たちのように、日常や社会から「ずれた感覚」を大きく育ててしまう懸念もある。 長髪の球児が甲子園に登場するのは今回が初めてではない。私が高校1年生だった昭和47年夏、甲子園に出場してベスト8になった高松一高(香川)の選手たちが長髪で話題になった。私も仰天した記憶がある。それから少しずつ、丸刈りを見直す動きが広がり、スポーツ刈り程度の高校球児も増えていった。 調べてみると、朝日新聞と高野連が共同で行ったアンケートの数字が見つかった。それによると、平成10(1998)年には、丸刈りの高校野球部は31%しかなかった。ところが、15年には46%、20年には69%、25年には79%と増加傾向にあるのだ。ちょっと意外な数字だったが、このところ丸刈りがまた「常識化」していることを裏付ける数字でもある。 少し前、「丸刈りのアイドル」の出現もあって、丸刈りがファッションとして「クール」な印象を持ち始めたこととも関係があるのかもしれない。以前ほど「丸刈りは恥ずかしくない」「むしろカッコイイ」社会的イメージを追い風にして、丸刈りはまた半ば強制的な伝統として高校球界に復活していたのだ。高校野球の世界に残る「古き悪しき体質」 私は『カツラーの秘密』という著書もある、まさにカツラの人である。20代の半ばすぎにして髪が薄くなり、27歳にしてカツラを購入した薄毛人間だから、「人生で髪がふさふさ自然に生えていた期間は短かった。そのうちの3年間を丸刈りで過ごしたので、「なんともったいなかったか」と、これは半ば冗談だが、「髪は生えるうちに伸ばした方がいいぞ」と思っている。選抜高校野球 小豆島-釜石=2016年3月21日、 甲子園球場(二星昭子撮影) 高校野球の一番の問題点は、「本人の意志でないのに、やらされる」ところにあると感じている。規則ではないのに、拘束されていることが少なくない。それはすごくタチの悪い空気(環境)ではないだろうか。 例えば、日本高野連は、適度な休養が大切という観点から、週に一度を休みを取るようにと通達し、いまはどの高校も「練習は週6日」が徹底されている。ところが、本来休日であるはずの1日は、多くの高校で「自主練習」に充てられている。自主的だから個人の意志かといえばそうではなく、さっさと帰宅しようとすれば、「お前、帰るのか?」といった厳しい視線を浴びるチームもあると聞く。 かつて、定時に帰ることがはばかられていた日本の職場環境に似ている。ワークライフバランスの重要さが認識され、日本の職場も変わりつつあるが、大人たちの「古き悪しき体質」が、高校野球の世界では根強く残っている。丸刈りもそのひとつである。選抜高校野球 釜石に敗れ、ベンチ前で一礼する小豆島ナイン =2016年3月21日、甲子園球場(共同) 丸刈りにする時点で、監督に絶対服従を誓う意志表明のように思えてならないのは気のせいか。野球をするのに、監督に服従を誓う必要はない。監督の指示通り動き、サインに忠実に従うことは、むしろ弊害があると私は感じている。 走者もいないのに、打席からベンチを振り返り、一球一球、監督の指示を仰ぐ選手を異様だと感じるのはむしろ少数派かもしれないが、仮にも「高校野球」、つまり高校生が主役であるべき部活動の舞台で、大人たちの駆け引きで勝負が決まり、大人たちが社会的名声を得るための場になってはないないか。丸刈りは、その根本ともつながっている。 あらゆる場面で最適な判断を瞬時に行い、最高のプレーをする。それが野球の面白さだし、それを育むところに野球が人間形成につながる素晴らしさがある。高校野球は指示に従い、忠実な歯車になることを求める傾向が強い。精神的に丸刈りを強制することは、すでに個人の自由な意志や発想を束縛し、制約している。「ひとりはチームのために、チームはひとりのためにというバランスが、基本的に崩れてはいないだろうか。

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    日本ゴルフ界を席巻する「韓国女子」 イ・ボミが日本を離れる理由

     昨年の賞金女王イ・ボミ(韓国)が開幕戦6位フィニッシュのあと、先週の日本女子プロゴルフ協会(LPGA)国内女子ツアー第2戦「PRGRレディスカップ」で早くも優勝を飾り、二年連続賞金女王獲得に向けて順調なスタートを切った。 PRGRレディスカップでは最終日3打差でスタート。最終ホールのスーパーショットで首位に並び、4ホールにおよぶ3選手のプレーオフを制した。抜群の安定感と勝負強さ、そして華やかさ。今シーズンも日本の女子プロツアーはイ・ボミ中心に展開することを強く印象づけた。アプローチショットを放つイ・ボミ(韓国) =沖縄・琉球GC (撮影・中島信生) ゴルフ好きにはいまさら説明するまでもないが、イ・ボミは昨季、男女を通じて最高の賞金獲得額を記録して、賞金女王に輝いた。年間2億2581万7057円は、男子ツアーの過去最高額(2001年の伊沢利光)をも上回る。日韓両国のツアーで賞金女王に輝いたのもイ・ボミが初めてだ。 すっかり有名になった「チーム・イ・ボミ」は今年も変わらない。谷口徹、上田桃子らで実績のある専属キャディーの清水重憲、トレーナーの渡辺吾児也(あるや)、用具契約メーカー『本間ゴルフ』、所属事務所、そして母親らのブレーンが、イ・ボミを支えている。 昨季の飛躍と好調は様々な表現で語られているが、最も印象的なのは、パットを「構えてから2秒で打つ」と決めて練習を重ね、実践し続けて変わったという発見と行動だ。 いま風の表現をすれば「ルーティーン」と理解されるだろうが、私はこれを「いい意味で考えない」成果だと感じる。すべてのショットはそうだが、とくにパットは「考えること」が邪魔をする。頭で考えたら身体が自然に動かなくなる。それなのに、考えてしまう。イ・ボミは「2秒」と決め、身体の動きに意識を向けることで「思考」や「頭脳」をプレーから追い出した。今季もそれが実践できれば、勢いは続くだろう。 順風満帆。悩みなどなさそうに見えるイ・ボミだが、一方で、ジリジリした思いも抱えている。レベルの高い韓国ゴルフ それは、8月に開かれるリオ五輪。イ・ボミは五輪出場に強い意欲を持っている。日本での活躍ぶりだけ見れば、出場当確と思われそうだが、韓国のレベルは高い。全米ツアーを転戦し活躍する韓国女子選手も多いため、イ・ボミは現状のままでは五輪出場は難しいのだ。ラインを読むイ・ボミ リオ五輪に出場するには、7月11日の時点で世界ランキング15位以内に入らなければならない。しかも、各国の出場枠は最大4選手だから、韓国勢で4位以内が必須条件。  イ・ボミは昨季終了時点で世界ランキング15位だが、韓国勢では8番目だった。 上には、キム・ヒョージュ、ジャン・ハナ、チョン・インジらがいる。これを見ても、いかにいま韓国女子選手がゴルフ界で世界的に活躍しているかがよくわかる。 五輪出場を争うライバルたちはいずれも、今季順調な滑り出しを見せている。キム・ヒョージュは今季米ツアーの開幕戦で優勝。すでに今季2勝を挙げたジャン・ハナは、開幕戦でパー4(218ヤード)のホールでホールインワンを達成して話題にもなった。全米女子ツアーでは初、男子ツアーでも過去に一度しかない快挙だ。今季から米ツアーに本格的に参戦したチョン・インジもホンダLPGAタイランドで2位に入るなど各大会で順当な成績を収めている。 こうした状況があるため、イ・ボミは日本で勝つだけでなく、ポイントの多いアメリカツアーでも成果を挙げる必要がある。日本ツアー開幕前に、米ツアーのホンダLPGAタイランドに出場した大きな理由もそれだと言われている。 7月7日から10日までカリフォルニア州で開催される全米女子オープン挑戦を決めているのも、五輪への逆転出場を目指してのことだと見られている。 イ・ボミのファンは、日本での連続賞金女王獲得、そして二年連続メルセデス・ランキング(最優秀選手)獲得のほかに、五輪出場の悲願に向けて挑戦するイ・ボミの姿に熱い視線を注ぐ日々となる。 今週末は鹿児島県で開催されるTポイントレディスゴルフトーナメントに出場する。昨年は最終日のプレーオフが6ホール、1時間47分にも及ぶ激戦となった大会。昨年は12位にとどまったイ・ボミが今年は制することができるか。

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    なぜポスト澤と期待された岩渕真奈がいまもスーパーサブなのか?

     なでしこジャパンがリオ五輪の出場権を獲得できなかった。 誰がこの事態を想像しただろう? 多くの日本人が、なでしこジャパンは間違いなくアジア予選でリオ五輪出場権を手にすると思い込んでいたに違いない。もし案じていた人がいたとすれば、それは内情に詳しい関係者か当事者などごく一部だろう。女子サッカー・リオ五輪アジア最終予選 日本対オーストラリア  大儀見優季(左から2人目)らと話す日本・宮間あや(左端)ら =大阪・キンチョウスタジアム 2月29日 現実は厳しかった。初戦でオーストラリアに敗れ、続く韓国戦にも引き分けて暗雲が広がった。第三戦、勝つしかない中国戦で先制を許し、懸命に反撃するも突き放されて1対2で敗れたとき、五輪出場の望みはほとんど断たれた。ベトナムには6対1と大勝したが、その試合が始まる前、中国が韓国に勝った時点で完全にリオ五輪出場の可能性は消えていた。 敗北の最も大きな要因は、「チームの一体感の欠如」との指摘が大勢だ。サッカーは言うまでもなく、個々の力の足し算でなく、チームとしての化学反応が巻き起こった結果の「総合力」や「勢い」つまりは「プラスアルファのチーム力」だ。これをどう起こすかは、監督、中心選手のリーダーシップと信頼感、さらには時勢の運なども大きく左右する。5年前のW杯では、しばしば「奇跡」の言葉が使われたように、驚異的な「粘り」と「執念」がなでしこジャパンを世界の頂点に押し上げた。 東日本大震災で被災した日本に、なでしこジャパンの勝利が希望の光をもたらした。そのような社会的背景もあのときはあった。まさに「プラスアルファの力」があっての勝利だった。 今回は、監督と選手の信頼感の欠如、中心選手と若手選手の溝が指摘されている。 大会後の報道を見ると、2012年のロンドン五輪で銀メダルを獲得したころから、佐々木則夫監督となでしこジャパンのメンバーたちの間には冷たい風が吹き始めていたという。実績的な意味でも「子ども扱い」が失礼でなかったなでしこたちが、2011年のドイツW杯優勝でいっぱしの「大人」になり、ロンドン五輪銀メダル獲得でさらに「超一流選手」のような存在になった。世間的には、佐々木監督の評価も急上昇し、2011年度のFAFA年間表彰式で、アジア人初のFIFA女子世界年間最優秀監督賞に選ばれた。だが、選手と監督の間の距離はW杯優勝前とはずいぶん変わってしまっていたようだ。 変わったといえば、選手たちの意識も変わっていなかっただろうか? 5年前、「日本中に勇気を与えたい」と言い続けた、そして勝った。メディアの大半は、「なでしこ、勇気をくれてありがとう」と表現したが、私は「被災し、光を切望する日本中がなでしこに力を与えたのではないか」と感じていた。なでしこたちはどう感じていたのか? 世界での快進撃が続き、いつしかそのような感謝は忘れ、「競技者として一流である」という、そちらの意識ばかりが高まってはいなかったか。澤の後継者として期待された岩渕真奈 私は、マスメディアがあまり報じない、もうひとつの側面からなでしこジャパンの課題を指摘したい。澤穂希(左)と話す岩渕真奈=カナダ・エドモントン=2015年6月 撮影・岡田亮二 岩渕真奈は、2011年のW杯ドイツ大会の前、「今回は岩渕の大会になるだろう」との声があったほど評価と期待が高かった。当時まだ17歳の女子高生。女メッシと呼ばれたドリブルの鋭さは、2010年のU-20 W杯で世界の賞賛を浴びた。チームは予選で敗退したが、大会MVP候補10人のひとりに選ばれたことが衝撃の高さを物語っている。“リトルマナ”は、世界の女子サッカー関係者やファンの多くが知る存在となった。 A代表に選ばれて2試合目の中国戦で早くも得点を決めるなど、岩渕真奈の勢いは素晴らしく、順風満帆なサッカー人生に見えた。すぐにでも先輩・澤の後継者になりうると多くの人たちが期待をふくらませた。ところが、ドイツ大会は、「なでしこジャパンの大会」にはなったが、岩渕は精細を欠き、なでしこフィーバーの輪の中にさえいないような感じだった。私は当時、『武蔵野スポーツ新聞』という、武蔵野市を中心とする地域新聞を主宰し発行していた。 岩渕真奈は中学時代からその新聞で最も注目に値する地域のヒロインだった。当然、編集部でインタビューもさせてもらっている。岩渕真奈が幼いころ、やはりサッカー選手であるお兄ちゃんとサッカーボールを蹴って遊んだ公園は、私の自宅のすぐ近く。私が息子とキャッチボールをしていた思い出深い公園だから、身近な縁を感じ、岩渕真奈に肉親のような思いを寄せてドイツW杯を見ていた。その目には、なんとも岩渕の表情は物哀しく、優勝の喜びと似つかわない翳りを感じさせた。大会中に岩渕真奈がどんな葛藤、どんな切なさと直面していたのか。気になった。 岩渕自身、そのことを詳しく語っていない。インターネットを検索すれば、ファンの推測にすぎないけれど、チーム内で精神的なストレスがあったことを感じさせる書き込みがすぐに見つかる。女子のスポーツの集団には、男子の先輩後輩関係とはまた別の難しさがあるとしばしば聞かされる。金メダルを取るほどの最高レベルのチームで、才能をつぶすような低次元な行為があったと思いたくないが、クリクリと輝いていた岩渕真奈の眼差しに翳りが宿っていたのは事実だ。 なでしこ敗退の要因のひとつに、「世代交代の遅れ」「澤の後継者の不在」が挙げられている。五輪やW杯を区切りに、4年ごとにチームを一新する流れからすれば、澤中心の時代は2011年で終焉を迎えていた。すでにあのとき、澤はピークを過ぎたと言われ、チームは澤中心からの脱却を図っていた。だからあと4年引っ張って2015年W杯を宮間、大儀見中心に戦ったとしても、2019年のW杯を見据えた2016年のなでしこジャパンはもはや「ポスト宮間、ポスト大儀見」を立てて戦うのが当然の流れだったろう。実績を残したベテランたちがなでしこジャパンの一員であり続けることに異論はない。だが、中心は次の世代に譲る、新しい中核を育てる方針を採るのが自然ではなかったか。 それが、なぜできなかったのか? 負けるといろいろな現実が報じられる。澤不在の穴は、「プレーよりもチームをまとめる上で大きかった」との報道が多い。宮間、大儀見、大野らの世代と、彼女たちより若い世代の溝が大きく、「その間に入ってチームの潤滑油になれるのは澤しかいなかった」と。なでしこたちは、金メダル、銀メダルという栄光を手にし、日本に栄誉と感動をもたらした。だが、その内側で、もっと大事なことをおろそかにしていたとすれば、その波紋はまた大きい。 2011年のドイツW杯優勝で得たものは大きかった。だが、失ったものも一方で大きかった……。それが形になって表れたのが今回の予選だとすれば、監督交代や戦術分析、選手選考にとどまらない、もっと本質的な課題があるということだ。協会内部ではそのような課題を明らかにし、今後の指導、運営に厳しく生かしてもらいたいと願う。そうでなければ、女子サッカーという競技そのものが、スポーツの悪しき側面を残し、全国に暗い影を広げる温床になりかねない。

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    世界卓球で注目 元モデルの浜本由惟はどんな選手か

     卓球の世界選手権で、日本は男女とも決勝進出を果たした。男女同時の決勝進出は45年ぶりだという。男子は39年ぶりの決勝進出、勝てば47年ぶりの世界一となる。世界選手権団体戦の女子準々決勝でドイツに勝利し、2大会連続のメダル獲得を決め 笑顔の(左から)若宮、福原、浜本、伊藤、石川ら日本チーム=3日、クアラルンプール(共同)  ここ数年、大会のたびにメダル獲得の朗報を伝えてくれる卓球日本代表の中心は、ジュニアのころから活躍し、注目を浴びてきた若い選手たちだ。かつて、中国からの帰化選手たちが日本代表の一角を占め、彼らの力に頼っていた時期があったが脱却した。日本男子のエースとして、準決勝のイングランド戦でも2勝を挙げた水谷隼選手はいま26歳。静岡県磐田市に父が創った卓球スポーツ少年団に5歳で入り、卓球を始めた。小学校2年生の時、全日本選手権のバンビの部(小学2年生以下)で優勝。中学2年の時には、史上最年少で全日本選手権ジュニアの部で優勝。一般の部でも活躍して注目を集めた。 日本女子の三本柱は石川佳純、福原愛、伊藤美誠。石川、福原が幼いころから実績を残し、注目を集めていたことはいまさら説明するまでもないだろう。そして、伊藤にいたっては、いまも15歳だ。伊藤美誠もまた、水谷隼と同じ、磐田市の卓球スポーツ少年団で本格的に卓球を始めたのだという。その15歳・伊藤美誠が、一番手に起用された準決勝・北朝鮮戦で、初戦こそ落としたものの、再び登場した第4試合、リ・ミョンスンをフルゲームの末に破り、決勝進出を決めた。女子は決勝で勝てば45年ぶりの世界一に輝く。 この原稿を読者が目にするころには、すでに決勝の結果も出ているだろう。そこで、今回はさらに期待を感じさせる新しい星について紹介したい。 今大会の女子代表メンバーにも入っている浜本由惟(ゆい)選手だ。今年の全日本選手権ジュニア女子シングルスで優勝した17歳。日本の女子卓球選手では珍しい174センチの長身。少女時代からモデルとしても活躍していたという容姿と実績でも注目を集めている。角度があるフォアハンドからのスマッシュが武器卓球世界選手権1次リーグ ブラジル戦でプレーする浜本由惟 =クアラルンプール(共同) いまの日本女子の三本柱はいずれも身長150センチ台。石川157センチ、福原155センチ、伊藤154センチ。卓球では、低い位置でボールをとらえた方がいいという感覚から、身長が低い方が有利だという考えが根強い。 しかし、身長の低い選手ばかりの中にあって高い打点を持つ選手が異彩を放つのも当然。世界の王座に君臨し続ける中国には実際、170センチを越える高身長の選手が登場している。2011、2015女子世界チャンピオンの丁寧選手は172センチだ。その丁寧を越える174センチの浜本への期待が高まるのは当然。浜本の打点は高い。得意とするフォアハンドからのスマッシュは角度がある。これが浜本自身にとっても大きな武器である上に、日本チームとしても得難い戦力であるのは言うまでもない。 このところ、各スポーツの新星に出会うたびに、両親のいずれかが海外出身者という選手が多い。浜本はといえば、やはりそのひとり。母親が中国出身、1991年に日本で卓球をするため愛知県の桜丘高校留学してきた卓球選手だった。卒業後はデンソーで活躍。やはりデンソーのバレーボール選手だった父親と結婚し、生まれたのが由惟選手だ。父は身長191センチ。浜本由惟は長身でスポーツ実績のある両親を持ついわばサラブレッドだ。期待の星が、どのように成長するか。着実に才能を伸ばし、世界の舞台で大きな花が開くことを祈るばかりだ。 卓球界は、最初に書いたとおり、ジュニア時代から注目を集めた選手がその後も成長を続け、日本の中心選手として活躍を果たす数少ない競技のひとつと言えるだろう。幼くして、あるいは若い世代で脚光を浴びた選手が必ずしも大成しないのが残念ながらスポーツ界の常識にもなっている。典型的な例は高校野球。甲子園のスター選手が必ずプロ野球で活躍するとは限らない。怪我もあり、精神的な難しさもある。そんな中、着実に金の卵を育てる卓球界には敬意を表する。 2020年の東京オリンピックに向けて、浜本由惟はJOCアカデミーに所属して厳しい練習の日々を重ねているという。目標を高く持ち、競争意識が高い中にも和やかな人間味も感じさせる卓球ジャパンの雰囲気の中で、浜本由惟がのびのびと才能を伸ばす姿を見せてもらいたい。

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    沖縄や徳島にも球団が誕生? 「プロ野球16球団拡大」のXデー

     2月15日の衆議院予算委員会で「プロ野球16球団構想」についての質疑応答があった。 まずは日刊スポーツの報道を引用して紹介しよう。 自民党の後藤田正晴衆院議員は15日の衆院予算委員会で、プロ野球を現在の12球団から「16球団」に増やす構想に触れた上で、政府がどう対応するか、覚悟をただした。安倍晋三首相、石破茂地方創生担当相、石原伸晃経済再生担当相、高市早苗総務相の名前を挙げ、「4人が(推進すると)言えば、NPB(日本プロ野球機構)も分かった、というと思いますよ」と、迫った。 後藤田氏は、地元の徳島県や南九州、沖縄県にプロ球団がないとした上で、「今までのプロ野球は、企業の宣伝みたい(な役割)だった。そうではなく、地方再生と同じパターンで、(地方に球団が)できたら盛り上がると思う」と、提案。サッカーのJリーグでは、チーム数がプロ野球より多いことも指摘した。 これに対して石破氏は、「球団が増えれば若い人たちに競争の機会を与えられる。楽天みたいに地域活性化にもつながる」とした上で、「官がものを言うことはなく、民が主導することになるが、ご指摘を踏まえて、政府としても検討する」と応じ、前向きに検討する考えを示した。 これに対する世間やメディアの反応は案外、冷ややかだった。 「えっ、プロ野球が16球団に増えるの!」といった無邪気な歓声はほとんど聞こえて来なかった。それが私には不思議に思えた。 「16球団構想」は2年前、自民党の日本経済再生本部(本部長・高市早苗政調会長)による「日本再生ビジョン」の安倍晋三首相への提言の中に盛り込まれたことに端を発している。アベノミクスに沿って、「プロ野球市場の拡大を通じての地域活性化」を狙う提言だった。ところが、この時もプロ野球関係者やメディアの反応は辛辣だった。 「現在の12球団のうち、黒字経営がいくつあるのか知っているのか」「4球団増やしたら何人の選手が必要か分かっているのかね」といった声が球界関係者から挙がっている」と報じたメディアもあった。 政治側からの一方的な提言は「筋違いだ」という理屈はあるが、上記の批判はまったく本末転倒の感が拭えない。2年経ったいまも、同じような反応で、世間の空気が動き出すことはどうやらなかった。肝心なプロ野球側、その周辺にいるメディアまでが、16球団構想を冷笑し、阻止する方向に舵を切っている。大手新聞の中には、このニュース自体を黙殺して報じなかった会社もあるという。 私は、別の機会に「プロ野球存在の意義と使命」を明快に共有する必要を前提にした上で、「プロ野球16球団構想」を歓迎する立場で今回の原稿を進める。 野茂英雄投手がMLBに挑戦した当時、MLB全体の売上げは年間約1200億円程度で、日本のNPBの売上げ約1200億円とほとんど同じビジネス規模だったと言われる。ところが、大リーグ選手会が長期ストライキを決行し、野球に対する冷ややかな空気が全米に広がったことに危機感を覚えたMLBは、結束して新たなビジネス構築に動き出した。その結果、この約20年でMLBは売上げを約6倍に伸ばし、いまも健全な成長産業として発展を続けている。一方、日本のNPBは相変わらず約1200億円の規模にとどまり続けている。メジャーリーグに学んだ楽天、DeNA 前記の「12球団の中に黒字球団がいくつあるのか知っているのか」はその通りで、「多くの球団が親会社の広告宣伝効果に対して補填を受け、経営している実態がずっと続いていた」との指摘は常識化している。そもそも、その体質こそが問題であって、球団が独立採算で利益を上げる方向に転換しなければ企業としての発展はない。以前からその方針を貫いているのが広島カープだ。広島は、マツダ(東洋工業)はスポンサーであって親会社ではない。そのため「貧乏球団」などと揶揄されることも多かったが、本当はプロ野球経営の王道を歩み続けてきたといってもいい。いまその流れを追従し、メジャーリーグ球団の経営に学び、新たな方向性を模索し始めているのが、楽天、横浜DeNAなどの新しく参入した球団だ。 このオフ、横浜DeNAが横浜スタジアムを買収したことが話題になった。あれは、球団経営にとって核心にも通じる大きな変革だ。なぜなら、球団が期待できる最も大きな収入源のひとつが、スタジアムでの販売事業だからだ。チームや選手のオリジナルグッズを初めとするお土産品、お弁当やお酒・ソフトドリンクなどの飲食売上げは、莫大だ。球団がスタジアムを持っていなければ、これら収入は球場側に入って、球団は一部をパーセンテージで受け取るにとどまる。これまで、それを放っておく球団があったこと自体が、ビジネスの観点からいえば不思議と言える。それも、「どうせ親会社が補填してくれる」という暢気な発想が底流にあったからだろう。 最近、巨人が新たな球場を建設するらしいとの噂が一部でささやかれている。東京ドームの耐用年数の問題があるからだと言われるが、同時に、上記の問題にも通じる。東京ドームは巨人軍と別の会社だ。つまり、人気球団であり、球界の盟主を自認する巨人軍でさえ、経営の中核に置くべき球場での販売収益を他社に大盤振る舞いしている。 このような経営の隙は他にいくつも例を挙げることができる。それほど、球団経営は大らかに行われてきた。その点を改善し、プロ野球の経営をもっとビッグスケールに変革しようと動き出せば、いくらでも増収増益、スケールアップの可能性はある。 サッカーのJリーグが、現にJ1、J2さらにはJ3まで組織している。Jリーグの各チームがいずれも健全な収益を確立しているとは言えないが、旗を立て、それぞれが収益を目指し精進する先に繁栄の可能性がある。サッカーは着実に日本じゅうに種を蒔き、根を張りめぐらせている。野球はといえば、高校までは全国にチームがあるが、それ以上の年代になるとあとは草野球チームがあるだけで、自治体や地域と連動して発展を目指す本格的なチームはほとんどない。野球の未来が見えないのはある意味当然だ。プロ野球阪神宜野座キャンプ ファンにサインをする福留孝介外野手 =2016年2月22日、宜野座村野球場(撮影・松永渉平) 私は、J3やJFLのような組織が日本じゅうにもっと円滑にできておかしくないのは野球の方だと感じている。プロ野球16球団はもとより、さらに多くの傘下のチームが各都道府県にできたら、楽しいだろう。 プロ野球を16球団に増やすための本拠地は、日本海側の新潟または金沢、東海の静岡、四国のいずれかの県、南九州または沖縄県など候補はある。親会社に頼るのでなく、独自の会社を立ち上げ、地域の企業や自治体と強い絆を結んで経営する方向で進めば、プロ野球改革のみながら、日本の社会そのものを変革する一石にもなる。 最後に……。IT企業の参入もあり、またアメリカで経験を積んだフロントの人材台頭もあり、日本のプロ野球ビジネスの内部にも新しい発想を持つ人々は着実に育っている。ところが、「巨人の人気があればプロ野球は大丈夫」「巨人人気こそプロ野球発展の核心」と信じる旧態依然とした経営者、実力者の牙城がなかなか崩せず、プロ野球は停滞を続けている。忸怩たる思いをしているのは、実は改革を急務と感じているこれら当事者たちだろう。 侍ジャパンを支える会社を独自に立ち上げたことなどは、せめてもの抵抗というか、現勢力下でできるささやかな一歩なのだと感じている。すでに水面下では、プロ野球改革の構想は多くの人々がふくらませている。旧態依然とした態勢が変わるのは、大物実力者が引退する日であろう。このXデーに向けて、準備は進んでいるはずだ。そうでなければ、本当に日本のプロ野球の呼吸は止まりかねない。

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    「捕手には配球を任せない」ラミレス新監督による衝撃的な新方針

     プロ野球のキャンプも中盤をすぎ、まもなくオープン戦の季節に移ろうとしている。新監督の動き、新人選手の実力診断、松坂を含むMLBからの復帰組の調整具合、等々、見どころは尽きない。その中で、私がとくに興味を感じるひとつは、《キャッチャーをめぐる新しい潮流》だ。 そもそもまず、12球団を見渡して、「不動の正捕手」と呼ばれる存在がほとんどいない。かつてはどの球団にも絶対的な捕手がいて、スタメンには必ずその選手が名前を連ねていた。V9巨人には背番号27の森昌彦捕手(当時の名)がいた。南海には野村克也捕手。その野村監督が率いて黄金時代を築いたヤクルトには古田捕手がいた。ところが、最近は、よく言えば複数併用制になり、シーズンを通して「ひとりでホームベースを守り抜く」タイプの捕手がほとんど姿を消しつつある。投手の多様化に合わせて、特定の投手専門の捕手起用なども戦略として用いられる影響もあるが、どの捕手も決め手を欠くため、結果的に併用中心になっている感が拭えない。ブルペンで田口麗斗のボールを受ける阿部慎之助=沖縄県那覇市の奥武山運動公園(撮影・福島範和)、 2月16日  巨人・高橋由伸新監督は阿部の捕手復帰を決断した。阿部がかつてのように正捕手として毎試合、投手陣をリードする態勢が確立できれば、安定した戦いが期待できると見る向きは多い。だが、体調も考慮して一度は捕手から一塁にコンバートされた阿部が、期待どおり捕手として活躍できるかどうか、まだ不安もある。 そんな中、横浜DeNAのラミレス新監督の方針は、日本球界としては画期的で、注目を集めている。「捕手の負担を減らすため、捕手には配球を任せない。それはすべてベンチから指示を出し、捕手は配球を一切考えなくていい」と決めた。「配球を含め、投手をリードするのが捕手の最も大切な務めではないか」と思い込んでいた野球ファンにとっては、戸惑いを隠せないほど衝撃的な新方針ではないだろうか?捕手の最も大事な務めをベンチが奪い取る 名捕手の証明、イコール、好リード。好リード、イコール、巧みな配球というイメージが根強い。実際に捕手のリードは、投手との間の取り方、投手から見える捕手の雰囲気づくりなど、配球に限らない。だが、配球こそがその中核を成すと信じられてきた。その最も大事な務めをベンチが奪い取る。 それは決して、常識外れのことではない。データ分析の進むMLBでは、ベンチがサインを出すのは珍しくないという。捕手にはむしろ、捕手にしかできないプレー、つまり強肩で盗塁を阻止する、どんな投球も捕球する、ボテボテのゴロの処理、そして攻撃の際の強打を求める傾向も強い。プロ野球 DeNA春季キャンプ 紅白戦 ベンチで盛んにメモをとるアレックス・ラミレス監督(右) =沖縄・宜野湾市立野球場(撮影・荒木孝雄)、2月7日 かつて日本では、「捕手はデブでも鈍足でも構わない」というイメージがあった。ところが、最近の野球で「捕手の条件」といえば、「足が速いこと、動きが素早いこと」も重要になった。低めの落ちる変化球が多用されるようになって、捕手のすぐ前に転がるボテボテの打球が急増した。昔はそのような打球はあまりなかった。これを捕って一塁でアウトにできるのは、捕手以外にいない。投手では間に合わないからだ。そこで、捕手のすぐ前の打球に素早く対応することは、捕手の重要な役目のひとつとなった。そうなると、捕手が常に意識を向けるべき要素はますます多様になって、キャリアの浅い捕手は「配球まで余裕がない」、そのため、打撃面で低打率にあえぐ捕手も多く見られるなどの現実が実際にある。そこを解消するのがラミレス監督の狙いだろう。 果たして、それで選手は面白いのか、野球は面白くなるのか。 実は、日本の高校野球ではすでにこの方式は広く採用されている。どうしても負けられない、一発勝負のトーナメント戦を勝ち抜いて甲子園出場を目指す高校野球の監督たちの中には、配球のサインをベンチから自分で出している監督も少なくない。練習試合ではベンチで出し、捕手を指導するという監督もいるが、大事な試合になればなるほど、監督が捕手の配球を支配する例は強豪校にはよく見受けられる。日本野球においては、この傾向が、プロ野球にも波及する形だ。果たして、それで若い捕手がのびのびとプレーし、投手によい影響を与えるのか、打撃で活躍する捕手が増えるのか、チームの成績は上昇するのか。また、捕手はやりがいをもって伸びるのか? オープン戦からここを注目し、シーズンを通して、目を配って見るポイントといえるのではないだろうか。

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    なぜ日本出身力士は10年間も優勝できなかったのか

     大相撲一月場所で大関・琴奨菊が初優勝を飾った。10年ぶりの「日本出身力士」の優勝とあって、久々に日本中がお祭りムードに沸いた。 今場所は幕内だけでなく、十両、幕下、三段目、序二段、序の口まで含め、全段で日本人力士が優勝した。平成15年7月(名古屋)場所以来、12年半ぶりという、もうひとつの快挙も果たされた。 それにしても、なぜ10年もの間、日本出身力士が優勝できなかったのか? それを変える努力はあったのか? 平成18年1月場所で大関・栃東が優勝して以来、日本出身力士の優勝は久しくなかった。この間59場所、優勝杯を胸に抱いたのは圧倒的にモンゴル勢で計56回。他に琴欧洲、把瑠都が1回ずつ。モンゴル勢の内訳は、朝青龍9回、白鵬36回、日馬富士7回、鶴竜2回、旭天鵬1回、照ノ富士1回。全部足して58にしかならないのは、途中、八百長疑惑による開催中止がひと場所あるからだ。豪栄道を破り、日本出身力士として10年ぶりに優勝を果たした大関、琴奨菊=1月24日、東京・両国国技館 この内訳を見れば、「日本人力士が優勝できなかった」最大の理由のひとつは「白鵬がいた」「白鵬の全盛時代だった」ことが挙げられる。それにしても、その白鵬を止めた力士もまたモンゴル勢だったことは、古くから相撲に親しみ、日本人力士が中心となって展開する大相撲を望むファンには忸怩たるものだった。 それにしてもなぜ、日本人力士はこれほど長い間、賜杯を胸に抱けなかったのか。 素質のある人材が角界に身を投じない、という現実が第一の理由だろう。かつて、身体の大きな少年は、有無を言わさず相撲部屋が誘っていったような歴史がある。周囲もまた、彼らの角界入りを当然のように思い、背中を押した。いまはそういう世間の雰囲気は失われている。それは、相撲界に対する理解が変わっていること、少年たちにとって相撲が魅力的に見えないからだろう。若貴人気(若乃花、貴乃花)で相撲界が賑わっていたころ、日本人入門者の数は多かった。ところが、若貴が何かとスキャンダラスな話題を提供し、相撲の社会的イメージが低下するのと呼応するように、日本の少年たちは相撲界に目を向けなくなった。野球だけでなく、サッカーの人気上昇と定着がある。さらに、オリンピックへの関心がますます高まる傾向があって、五輪種目でない競技が新しい競技者の獲得ができにくくなっている。そうした世相の中で、ふんどしひとつで土俵にあがる気恥ずかしさもあってだろう、相撲は「憧れ」の対象ではほとんどなくなっている。 野球界では、親子でキャッチボールをしたことのない父子が増えていると嘆かれている。これが野球人口の減少に影響を与えている可能性は大いにある。同じように、父親と相撲を取ったことのない子どもも増えている。すでに、父子で相撲をした経験のない世代が父親になっている。 いきなり報酬の話を持ち出すのは恐縮だが、相撲界は、決して待遇の悪い世界ではない。力士は相撲協会から毎月お給料をもらっている。その他に場所手当などあり、横綱の基礎収入は、年間3300万円以上といわれる。大関で約2800万円、三役になれば約二千万円。優勝賞金は幕内で一千万円。そのほかに、取り組みごとの懸賞金がある。力士は、給料をもらった上に、一番ごとに賞金が稼げるのだ。勝負の後、土俵上でもらう祝儀袋の中には、税金を引いた手取り金額三万円が入っている。白鵬は最高でひと場所545本の懸賞金をもらった。金額にすれば1635万円だ。これら収入だけで一億円は越える。加えて、様々なご祝儀、広告出演料など入れたら、他のスポーツと比較しても高い方だ。相撲の良さを知らない日本人が増えた しかも、相撲界は実績さえ積めば、終身雇用的な仕組みが出来ている。いろいろ批判の的にもなっているが、年寄株を入手して協会に残れば、今度は協会のいわばフロント・スタッフとして働く道がある。部屋を興すか継承すれば、協会から部屋を運営する費用も補助される。日本の他のスポーツを見回しても、引退後の安定した立場が約束されているプロ・スポーツはほかにない(相撲をスポーツと呼んでいいかどうかの議論はあるが、ここではあえて他のスポーツと対照して話を進める)。大相撲 初場所千秋楽 大一番を前に気合を入れる大関、琴奨菊=1月24日、両国国技館 角界は、こうした相撲界の良さ、待遇を広く日本の少年たちに広報する努力を怠っていた。それも、長らく日本出身力士が優勝から遠ざかっていた一因ではないだろうか。 かつては当たり前に日本人が共有していた相撲の魅力、相撲の良さを、いまは知らない日本人が大半になった。悲しいことだが、それが現実だ。相撲の魅力をもっと世間に伝える努力が根本的に必要だ。 手始めに、親子で相撲をする習慣を盛り上げる手立ても必要だろう。相撲が身近になれば、自ずと相撲への親しみは湧く。 最後に、「日本出身力士の優勝」という、奥歯にものがはさまったような表現についても触れておこう。ある時期までは、「日本人力士の優勝がずっとない!」という表現だった。これがいつからか変わった。それは、平成24年5月場所で旭天鵬が優勝してからだ。旭天鵬はモンゴル出身力士だが、日本人と結婚し、優勝した時はすでに日本国籍を取得した「日本人」だった。つまり、その時点で「日本人の優勝」は果たされていたのだ。そのために今回の報道でも一様に「日本出身力士の優勝」という表現が使われている。「日本人の優勝!」を喜び、「日本人横綱を待望」するのは、日本人の素直な感覚だと思う。だが一方で、「ボーダレス化が進む世の中で、《日本》とか《日本人》をどう意識し、守り育てるのか?」という新しいテーマも浮上している。 10年間、日本の大相撲を支えてくれたのはモンゴル勢だったわけだし、彼らなしにはこの数年の相撲界の活況はなかった。昨秋、社会現象のようになったラグビー日本代表の活躍も、多くの外国人選手があって実現した。ここ数年、外国人を父(または母)に持つ日本人選手の台頭が多くの種目で目立っている。野球界ではオコエ(東北楽天)、陸上界では短距離のサニブラウン・ハキーム(城西大城西高)、先日全豪オープンで勝ち進んだテニスの大坂なおみ、バスケットの八村塁(明成高)、バレーボールの宮部藍梨(金蘭会高)ら、枚挙に暇がない。日本人ひとりひとりがこうした現実を受け入れ、これまでの常識や観念を新たに越えていくことも今後の重要なテーマだと思う。

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    「東京五輪でアメリカを倒す」17歳の八村塁が日本バスケを変える

     スポーツ界に十代の新星が続々と登場した2015年、年の瀬に超新星が輝いた。 高校生ながら、すでに男子バスケットボール日本代表候補に選ばれている八村塁選手だ。 「最もNBAに近い日本人選手」と呼ばれる八村塁は、年の瀬に開催されたウィンターカップでも大活躍、明成(宮城)を3連覇に導いた。決勝戦では、土浦日大に第3クォーターまでリードを奪われながら、最終第4クォーターに明成は12連続得点で逆転、劇的な勝利を果たした。1試合34得点を挙げた八村塁がもちろんその中心を担った。これまで198センチと言われていた身長が今大会では201センチと報道されている。まだ伸びているのだろう。足のサイズは34センチだという。父親がベナンの人。甲子園を沸かせ、東北楽天に入団した野球のオコエ瑠偉選手、世界陸上で注目を浴びたサニブラウン・ハキーム選手と同じく、バスケット界にも外国人を父に持つ新しい星が登場している。   バスケットボール 全国高校選抜優勝大会最終日 男子決勝 明成―土浦日大 第シュートをブロックする明成・八村塁=12月29日、東京体育館 ウィンターカップの初戦では、前橋育英を相手に明成は100対81で快勝。八村はこのうち30得点を挙げ、14のリバウンドをものにして空中戦を支配。明成を勝利に導いた。  これまでNBAにチャレンジした日本選手は、田臥勇太、富樫勇樹、ともに小さい身体を逆に生かした素早い動きやドリブル、鋭いパスワークを武器にしていた。八村は長身に加えてがっしりした身体、大きな相手にも当たり負けしない強さとたくましい身のこなしを持っている。 長身を生かしてしなやかにレイアップ・シュートや豪快なダンクを決めるだけでなく、ミドルの距離、3ポイントのポジションからも高い確率でシュートを決める。抜群のシュート力が魅力だ。たくましく、しなやか。身体の背後にも目を持っているかのような大きさと器用さを兼ね備えている。日本にはこれまでいなかった、世界に通用する本格的なセンターだ。2013年9月にはアジアU16選手権で3位、エースとして日本代表を15年ぶりの世界選手権に導いた。2014年8月のU17世界選手権では大会の得点王に輝いた。  来春、高校卒業後は、アメリカの大学に進学を希望。すでに、NBAのスーパースターを輩出している上位ランクの大学に入学が内定したとの噂もある。どこの大学にせよ、アメリカのカレッジ・バスケットが次の活躍の舞台になりそうだから、順調に成長を重ねたら、八村本人が目標に掲げる「NBAでの活躍」はもう夢物語ではない。そうなれば、八村が描くもうひとつの夢、「2020年東京五輪でアメリカを倒すこと」も可能性を帯びてくる。全国高校総体第7日 バスケットボール男子決勝 明成―桜丘明成・八村塁が豪快なダンクシュートを決める=8月3日、京都・ハンナリーズアリーナ  2014年夏のU17世界選手権で日本代表はアメリカと対戦し、122対38で大敗した。八村は25得点を挙げてひとり気を吐いたが、チームはまったく歯が立たなかった。現段階で「打倒アメリカ」を語るのは非現実的なようだし、それはもちろん容易い挑戦ではないが、実現したら日本中がどれだけ沸き上がることか。想像するだけで熱くなる。  八村塁がいれば、そして八村を中心に日本代表が劇的な変化を遂げれば、「いままで夢想もしなかった出来事が現実になる可能性だってある」と期待がふくらむ。実際、今年秋にラグビー日本代表がそれをやってのけた。ラグビーの快挙を5年後の東京五輪で男子バスケット日本代表がやってくれたら痛快だ。  時代は大きく変わっている。浅黒い肌の日本人選手が、多くのスポーツの日本代表の中心で活躍する時代になった。同じウィンターカップの女子の部門には、オコエ瑠偉の妹・オコエ桃仁花(もにか)選手(明星学園2年)も出場し、活躍している。身長180センチ。今後の成長が楽しみだ。   日本のスポーツ界はこうした新しい人材の出現に刺激を受けて、新たなうねりを巻き起こしている。この潮流は2016年以降もさらに加速するだろう。

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    「古き良き日本野球」を継承する前田健太はメジャーで成功するか

      前田健太のドジャース入団が決まり、正式に発表会見が行われた。  先発ローテーション投手となかなか契約できなかったドジャースと「西海岸志向が強い」と言われていたマエケンとは「相思相愛」と報じられ、日本のファンに馴染みの深いドジャース入りともあって、お祝いムードが大勢だ。ロバーツ監督と握手を交わす前田健太 前田健太は、140キロ台後半の速球と縦のカーブ、鋭いスライダーのほかカットボールなど小さな変化球をまじえて打者を打ち取る。豪球、魔球といった突出したイメージではなく、テンポの良さとコンビネーション、打者との間合いを制してアウトを重ねていく。日本野球の古き良き時代(私自身の少年時代、青春時代)に、典型的な「頼れる本格派エース」と呼ばれたタイプのように感じる。それだけに、マエケンのメジャーリーグでの活躍は、日本の野球少年、未来のプロ野球選手に明快な指標となるだろう。その意味でもぜひ、前田健太にはメジャーリーグの舞台で輝いてもらいたい。 身長は公称182センチ。これはメジャーリーグに挑戦する日本人投手の中では小さい方だ。野茂英雄188センチ、伊良部秀輝193センチ、吉井理人188センチ、木田優夫188センチ、斎藤隆188センチ、ダルビッシュ有196センチ、田中将大188センチ。広島の先輩・黒田博樹185センチ。 実は、メジャーリーグで活躍した日本人投手の大半が190センチ近い、あるいは190センチを超える身長の持ち主だった。現役大リーガーのダルビッシュ、マー君もそれに該当する。岩隈久志も190センチ、上原浩治も188センチ。そのことが、知らず知らず日本野球に影響を与え、中学、高校の世代から「高身長の投手が重用される傾向」につながった可能性はある。昭和の時代から180センチを超える好投手は多かったが、いまほど「高身長が投手の必要条件」と言われる度合いは強くなかったように思う。大谷翔平193センチ、藤浪晋太郎198センチの活躍もあって、さらにその認識は強くなっている。 そんな中で、前田健太がメジャーリーグに挑戦する。182センチは一般の認識でいえば十分に「背が高い」部類だろう。だが、プロ野球の投手、ことにメジャーリーグを目指す投手としては「決して大きくない」。身長ではなく、ボールのキレ、投球術、打者との間合いを制するピッチングが世界最高峰リーグでも打者たちを翻弄できることを見せてもらいたい。前田健太自身も、その意気込みは胸中に秘めているだろう。それは、日本野球が今後、世界の舞台でどのように戦い、どのように勝利していけるかを示す手がかりになる。同時に、日本の野球少年たちがどんな選手、どんな技術習得を目指すかの貴重な手本にもなる。身体の大きさがモノを言うだけの野球では味がない、深みがない。マエケンの活躍は、日本人が日本野球に誇りを感じることにつながる。「日本人の先発投手は長持ちしない」通説を覆せるか 多くのメディアや野球ファンが、マエケンのメジャーリーグ行きをダルビッシュ、マー君と同列に扱っているように感じるが、それは少し違う。アメリカに行ってもサイズでコンプレックスを感じる必要のない彼らと、一般の日本人が大きなアメリカ人たちに囲まれてどことなく気後れするのと同じ境遇で戦う前田健太とは挑戦の意味が違う。だからこそいっそう、マエケンの活躍を応援したい。米大リーグ 入団会見後、ユニフォーム姿でドジャースタジアムのマウンドに 立つ前田健太投手=1月7日、米カリフォルニア州ロサンゼルス(リョウ薮下撮影)  もうひとつ、前田健太には大きな使命がある。それは、「故障せず、元気に投げ続ける」こと。残念ながら、「日本人の先発投手は長持ちしない」という認識がメジャーリーグで定着し始めている。松坂大輔しかり、田中将大しかり、ダルビッシュしかり。活躍はするが短い期間で故障する。堅実な活躍を続けた黒田博樹は少数派で、ほとんどの先発ローテーション投手は事実、手術を受け、長く戦列を離れる例が多い。 今回の契約は、8年総額約29億円と言われている。他に出来高払いの条件があるとはいえ、年平均3億5千万円だから、広島時代の推定年俸3億円と大きな差がない。これは、マエケン自身の「日本での登板過多の影響」を案じられ、「身体検査でイレギュラーなところがあった」という事情もあるが、それ以上に、先輩たちの悪しき前例が大きい。 あの松井秀喜でさえ、周りの選手のパワフルなバッティングに不安を感じたと言われる。松坂大輔も同様だ。それで、熱心に筋トレに取り組み、それが逆に本来の動きやフォーム、身体のしなやかさを失わせ、ケガを誘発したとも見られている。マエケンには先輩たちの過ちを教訓にしてほしい。マエケンは先輩たちより身長が低い、だからこそ、身長やパワー不足をコンプレックスに感じるのでなく、あくまで自分の持ち味を信じ、いっそう磨いて勝負する覚悟が成功のカギではないだろうか。 かつて、「そんな投げ方はメジャーリーグでは許されない」くらいの批判を浴びながら動じず、一切自分の流儀を変えずに「トルネード投法」で旋風を巻き起こし、新たな歴史の扉を開いた野茂英雄。彼に続いて黙々と自分の役割を果たし続けた先輩・黒田博樹の背中に学んで、マエケンらしい投球を展開してほしい。

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    新国立競技場「AかBか」上辺だけの情報で見落とされる本質

     新国立競技場の新しい案がふたつ発表されたのが14日。その後3日間にわたって競技関係者からヒヤリングを行った上で、19日には両案の採点評価を終えた。新国立競技場の設計・施工業者の選定に向けた 審査委員会に臨む委員ら=12月19日午前、東京都港区 報道に接するかぎり、最終的な判断基準は「外観デザイン」。内部の構造や詳しいコンセプトはあまり公表されていないから、まずは「箱の形」を決めるプロセスなのだろう。こうした大規模建築コンペの慣例を知らない素人からすると、中身より外見だけでいいの? と戸惑いを覚える。しかも、残り時間が少ないとはいえ、2案からひとつに絞る期間も慌ただしく、拙速の感が拭えない。 テレビや新聞、ネットなどのメディアではしきりに「どちらが良いか?」、国民の意見を求める報道が行われた。情報を公開し、広く民意を募っている印象を与えているが、主に報じられるのは上辺の限られた情報。それで民意そして競技関係者の要望が反映されたのか疑問だ。 競技場の良し悪しは、箱のデザインだけで判断できるものではない。これだけ国民的な関心事となった新国立競技場建設問題が相変わらず核心抜きの議論になっている「日本の現状」に首を傾げてしまう。大事なことは巧みに隠され、国民の多くもそこに突っ込まない。メディアが誘導するままに、提示された話題に食い付いてそれ以外の論点には目を向けない風潮を感じる。 私は、招致運動が盛り上がっているころから一貫して東京五輪招致に異議を唱えていた立場から改めて提言したい。 2020年東京五輪に疑問を投げかけていたのは、「オリンピックは感動的だ」「スポーツは素晴らしい」といった、もはや幻想ともいえるイメージを共通理解の根底に置いていたからだ。スポーツ界で不祥事が頻発し、スポーツがイジメや体罰の温床になっている現状を直視すれば、そしてスポーツがもはや無償の行為でなく商業的な報酬と利益を前提としたビッグ・ビジネスとなったいま、1964年の東京五輪で国じゅうが感動に打たれたあの時代とは違うことをきちんと国民に説明する責任が本来はある。 ところが、東京五輪音頭の推進者たちはむしろあの幻想を持ち出して国民の同意を得るプロモーションを展開した。2020年東京五輪を歓迎する政府や自治体、企業の思惑はまさにスポーツ以外のインフラ整備や経済効果などにある。だから本質的な問題から国民の関心を遠ざけ、真意を隠す意図が施されたのかもしれない。日本はいま、東日本大震災からの復興という最重要課題を抱えている。それがまだ根本的に解決されず、展望も見えていないのに、復興支援を二の次にして東京五輪を推進する姿勢に私は申し訳なさを感じる。 2020年に東京五輪を迎えることになったいま、私たち日本人がまずしなければならないのは、なぜ東京五輪を開催するのか? 復興支援に影響を及ぼしてまで開催する意義、将来にわたってスポーツが社会に果たす役割や必然性といった将来展望を共有することだ。スポーツっていいよね、ではなく、スポーツには弊害もある、現状厳しい課題にも直面している。これらをオリンピック開催という大事業を通じて共有し、新しい道筋を見いだし、醸成していく姿勢が大前提だ。 そうした根本理念、東京五輪開催の明確なビジョンがないから、東京五輪の象徴ともいえる新国立競技場のコンセプトが明確に浮かび上がって来ない。 デザインで選ぶにしても、なぜ石ではなく、木なのか。ただ「和のイメージ」でなく、ヨーロッパ的な『石の文明』と日本古来の『木の文化』の違い。歴史的事実や背景を伝えることで改めて日本文化に自信を持つ絶好の機会にもなるはずなのに、そうした核心的なメッセージは伝えられない。安全対策や五輪後の施設利用の方向性は? 報道によれば、今回の再公募に際して示された基本要項の中に、「日本らしさ」「木の活用を図る」という要素が入っていた。そのためAB両案とも「杜のスタジアム」という同じコンセプトで、木材が印象的に使われているのだという。どうやらそれは、林業・木材関係者からの強力なプッシュがあった、新国立競技場の建設を契機に林業振興を図りたい意図があった、と指摘する声もある。個人的にそのことは賛成だが、ここでもやはりスポーツが主体ではなく、産業的な思惑にスポーツが利用されている感が否めない。 本当は「スポーツの根本的な社会的役割」について、東京五輪を契機に深く議論し、思いを共有したいと私は熱望している。スポーツはなぜ国民にとって大切なのか。どのような姿勢、どんな認識で取り組むと本当に心身を増進させる好影響を個人にも社会にももたらすのか。そうした動きがほとんど見えないことに、スポーツを愛する者として私は失望している。 極端な提言と言われるかもしれないが、旧国立競技場が解体されていま原っぱとなり、クローバーが生い茂る都会のオアシスの風景が私には魅力的に感じられる。これをそのまま原っぱとして整備・活用できないかとの夢も広がる。JSC(日本スポーツ振興センター)の取り壊し工事が終わった 国立競技場の跡地=11月16日午前、東京都新宿区(鴨川一也撮影) 日本はそして日本人はこの時代の転換期に、「都心のスタジアム」を選ぶのか、「都会にオアシス」を創るのか。こういう選択肢だっていまなら許される。原っぱを基調にして、外周を少し起伏のある林に造成し、ランニング・レーンを配置する。一部の競技者のためでなく、都心に国民のための原っぱと小さな杜を作ることは明確な未来へのメッセージとなるだろう。東京五輪の開会式、閉会式は、2019年のラグビーW杯と同じく、調布市にある味の素スタジアムで行う選択肢もあったのではないか。 都心の原っぱが無理だとすれば、AB両案がどんな基準で採点されたのか? 私は最終決定された案が少なくても「三つの要素」を満たしていることを期待する。 ひとつは、「スポーツ界の象徴的な施設」となるのだから「今後の日本のスポーツが歩み出す姿勢とスピリット」が表現できていること。本当は外観だけでなく、内部の施設も重要だ。大きなスタジアムのスタンド下には、トレーニング施設や医科学研究所なども併設されるのが近年の傾向だ。その方向性が、相変わらず欧米のスポーツ医科学や筋力トレーニング重視の施設なのか? 外観が「和」のイメージなら内部にも日本の伝統的身体文化である武術的な研究施設を併設するなどの発想は込められているのか? ふたつめは、最も懸念すべき「安全対策」だ。地震に対する備え、異常気象が続く高温対策、そして現実の危機となりつつあるテロ対策だ。この建物が、テロリストの目から見たときに堅牢なのか、隙があるのか。テロ対策をする立場から見たら十分な可能性を持っているのか、対策が取りにくいのか。当然、そのような検証が行われた上で決まったと信じたい。 そして三つめは、五輪後の施設利用の方向性だ。日常的に一般の利用者にどう開放されるのか。その役割をどれほど大きな比重で設定するのか。新国立競技場は「見に行く」だけの舞台なのか、「普段は誰もがスポーツのできる拠点」なのか。いずれかで全体の構えも違うはずだ。 かつての国立競技場はジョギングやトレーニングに励む人々の日常的な拠点としても機能していた。新国立競技場も両方の機能を持つなら、例えばふたつの玄関が必要だろう。国賓を迎える表玄関と、公共交通機関からのアクセスのよい通用門。双方を満たす配慮は当然織り込み済みだと思うが、そうした情報をなぜ積極的に広報しないのか、不思議だ。 本当はこうした概要が公表された上で、もっと詳細に議論した上で判断されたらなおよかったと思う。

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    勝利の女神を引き寄せる羽生結弦の「使命感」

      羽生結弦が、NHK杯で記録した世界最高得点をまたしても更新し、男子シングルス初のグランプリファイナル3連覇を達成した。向かうところ敵なし。群を抜く強さと安定感で他の選手を圧倒している。 かつて日本のフィギュアスケーターといえば、作り笑顔の裏に恐れを抱え、実力がありながら不安な呪縛をまとっている印象が強かった。見ている方も、いつ失敗するか、心配ばかりが先に立って苦しい感じだった。そして実際、ジャンプ失敗に悲鳴をあげ、肩を落とすことが多かった。フィギュアスケートのGPファイナルで男子初となる3連覇を達成し、 メダルを手に笑顔の羽生結弦(中央)、3位となった宇野昌磨(右)、 2位のハビエル・フェルナンデス=12月13日、バルセロナ ところが、羽生結弦はそのような不安を感じさせない。成功のために飛ぶ、感動の渦を巻き起こすために飛ぶ、自信と意欲に満ちあふれている。 日本の若者は、気質が変わったのか? 今季の羽生結弦の戦いぶりを見ていると、揺るぎない頼もしさに感嘆させられる。 彼の成長をスポーツ的に分析することはもちろん可能だ。スタミナ不足で演技が乱れることがなくなった、それも明らかな成長点だろう。 羽生結弦の成長の過程を垣間見るため、3年前のインタビュー記事を読み返してみた。すると、スタミナ不足はもとより、「世界のトップと争うには、大人のスケーティングが必要だと感じています」といった具体的な自己分析があり、3年後のいまはことごとくその課題をクリアし、実現しているのがわかる。 ソチ五輪の2年前、野口美恵さん(スポーツライター)のインタビューに答えて羽生結弦は次のように話している(キャノン・ワールドフィギュアスケートウェブ掲載)。「スケーターって、『アーティスト』であり『アスリート』でもある。どっちの魂も捨てちゃダメなんだと思っています」 かつて大舞台で実力を発揮しきれなかった日本選手の多くは、アーティストとアスリートの狭間で揺れ動き、自分の両足をどちらに置けばいいのか、あやふやな迷いによって自滅したようにも見える。羽生にはそれがない。芸術性を追求する意識より、闘争心、勝負への執念を強調する。   NHK杯のショートプログラムで世界最高得点を出した直後も、その大会最大のライバルであり、羽生の前に滑った金博洋(中国)の名を挙げて、「普通なら意識しないでというところでしょうが、僕はあの得点には絶対負けないぞと、思いっきり意識してずっと滑っていました」と、はにかみながらも明言した。清々しいほどの競争心、アスリートの心意気を前面に表した。それでいて、金に対する敵意は感じられない。ライバルへの競争心を露わにしながら、嫌味がない。それは、金の点数など本当はさほど意識していない、自分の演技ができれば結果は間違いないことがわかっている、確信の裏返しでもあるだろう。羽生結弦が背負う使命フィギュアスケート NHK杯最終日のエキシビションで熱演する 羽生結弦=11月29日、長野市のビッグハット(撮影・桐山弘太) 2002年以前の日本選手の多くは「芸術性」という魔物、そして曖昧なジャッジに翻弄されてきた。主観に多くが委ねられていた採点基準が、ソルトレイクシティ五輪で起こった不祥事を経て、詳細な審査基準が定められ、主観が入り込む余地がないくらい具体的に改革された。これは確かに羽生結弦の追い風になっているだろう。受験勉強で着実に問題を解いて加点していくように、高難度の技を着実に積み重ねたら間違いなく高得点が出る。曖昧なジャッジの主観を案じる必要がない。それが羽生の確信を支える一因になっている。 だが、こうしたスポーツ的な「努力の成果」では理解しきれない、もっと別次元のエネルギーが羽生結弦に秘められているように感じられてならない。なぜなら、「努力」なら世界のライバルたちがみなしている。懸命の練習を誰もが積み重ねているだろう。ところが、羽生結弦にはできて、彼らにはできないことがある。  先ほど紹介した3年前のインタビューの中に、もうひとつ印象的な言葉がある。 「火山で言えば、マグマが溜まるコアの部分を作っている。コアがしっかりあるから吹き出せる。今までは上辺だけで演技してた感じ。今年はそれを痛感しました」   3年前にして、すでにアートもスポーツも超越し、自分を躍動させる核心をつかんでいる。東日本大震災の影響もあるだろうか。羽生がなぜこれほど強いのか、「血の滲むような練習をしてきた」とさりげなく言える一途さを備えているのか。自分の栄光や名声のために戦っているだけではない、もっと大きな使命を担って羽ばたいているように感じる。 かつて長野五輪の頃にメダルを獲得した選手たちは“新人類”と呼ばれ、「国のためじゃない、自分のために頑張る」と言って、新しい時代の扉を開いた。それは確かに日本の常識にひとつの風穴を開けた。そしていま羽生結弦は、「自分のためでも国のためでもない。フィギュアで表現すること、感動を発信することが自分の使命」「世界のため、平和のため」、自分の役割を無意識のうちに真っ直ぐ受け入れているように見える。だからこそ、勝利の女神も羽生結弦に微笑みを送り続けているように。 羽生結弦が氷上で躍動し、挑戦する姿には自分のためとか、勝敗に対する一喜一憂は感じられない。もっと大きな使命のために自分の努力や戦いがある、それを本能的にわかってチャレンジしている若者のこれからがさらに楽しみだ。羽生はかつてプロ野球の長嶋茂雄がその躍動と笑顔で日本中に野球を超える一体感をもたらしたように、いまの混迷する日本に心の絆をもたらす役割を果たしてくれる期待さえ感じる。

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    流行語大賞になった「トリプルスリー」が日本の野球を変える!

     「トリプルスリー」が今年の流行語大賞に選ばれた。 打率3割、30本塁打、30盗塁を同じシーズンに達成すること。長いプロ野球の歴史の中で、昨季までわずか8人しか果たしていないトリプルスリーを、今季はセ・リーグで山田哲人(東京ヤクルトスワローズ)、パ・リーグで柳田悠岐(ソフトバンクホークス)が達成した。二人同時達成は65年ぶり。65年前の1950年、岩本義行(松竹ロビンス)、別当薫(毎日オリオンズ)が達成している。ユーキャン新語・流行語大賞2015で「トリプルスリー」が年間大賞を受賞。 フォトセッションでポーズをとるヤクルト・山田哲人(左)とソフトバンク・柳田悠岐 =12月1日午、東京都千代田区の帝国ホテル (撮影・大橋純人)  岩本は39本塁打、34盗塁、打率.319。別当は43本塁打、34盗塁、打率.335。この二人が日本プロ野球史上最初のトリプルスリー達成者だ。実はその年、ホームランが1本足りず記録を逃した選手がいた。“打撃の神様”川上哲治(巨人)だ。29本塁打、34盗塁、打率.313。もし川上があと1本ホームランを打っていれば、3人同時達成となっていた。 「あと1本」と言えば、長嶋茂雄もそのひとり。すでに各所で紹介されているとおり、入団1年目に長嶋は29本塁打、37盗塁、打率.305の成績を残している。しかも、本当は30本を打っていた。シーズン終盤、「幻」となった28号を打った際に一塁ベースを踏み忘れ、アウトになった。それさえなければ、長嶋もトリプルスリー達成者になっていた。プロ野球日本シリーズ阪神対ソフトバンク第1戦  右適時打を放つソフトバンク・柳田悠岐 =10月25日、甲子園球場 (撮影・山田俊介)  達成者はほかに、中西太(西鉄ライオンズ)、蓑田浩二(阪急ブレーブス)、秋山幸二(西武ライオンズ)、野村謙二郎(広島東洋カープ)、金本知憲(広島東洋カープ)、松井稼頭央(西武ライオンズ)だ。 トリプルスリーという言い方は、野球界でも“通”は使っていたが、それほどみんなが知っている言葉ではなかった。それが今年、一気に“流行語大賞”に選ばれるほど常識的な言葉になった。 野球に関わるひとりとして、この“流行”は今後の野球界にとって大きな意義を持つ、将来が楽しみだと感じている。“トリプルスリー”を目指す流れが野球界の新潮流になれば、間違いなく野球は面白くなる、レベルアップするだろう。 ここ数年、野球界で選手個人を評価する場合、打者なら「ホームランの数」、投手なら「スピードガンの数字」を重視する傾向が続いていた。スカウトがドラフト候補を探すとき、メディアが注目選手を語るとき、それらが最もわかりやすいバロメーターに使われるようになって久しい。本当はそれだけでなく、足の速さ、肩の強さ、守備力など、他の要素も検討材料には違いないが、真っ先に語られるのが「通算本塁打数」と「最速スピード」だから、どうしても、選手も指導者ともその数字を気にする。トリプルスリーで日本の野球が変わる! 遠くに飛ばす! 速い球を投げる! そこを求めると、どうしても力に頼る傾向が強くなり、野球が短絡的になり、ケガの危険も増す。野球の妙味はそこだけでないのは言うまでもない。今年、トリプルスリーが注目されて、オールラウンドな能力を持つ打者の魅力が見直された。ホームランを打つ長打力もありながら足も速い、粗い打撃でなく、やわらかさを持った打者。そういう打者こそが「王道」だと認識され、トリプルスリーを目指す野球少年が増えるのは素晴らしい未来につながると思う。プロ野球日本シリーズ第2戦ソフトバンク対ヤクルト ソフトバンク・柳田悠岐(左)とヤクルト・山田哲人 =10月25日、福岡・ヤフオクドーム (撮影・大橋純人) だが、現実は甘くない。トリプルスリーが二人同時誕生! と聞くと日本の野球が変わった印象も受けるが、今季の記録を調べてみると、球界全体の潮流がトリプルスリーに向かっているわけではない。山田と柳田が突出しているだけ、といってもいい。2013年に47盗塁、2014年には20盗塁、25本塁打、打率.293をマークした陽岱鋼(日本ハムファイターズ)や糸井嘉男(オリックスブルーウェーブ)らにもトリプルスリーの期待がかかっていたが、ケガや不振で今季は遠く及ばなかった。 彼らは、トリプルスリーを目指したがゆえに、その壁にはね返された側面もあるかもしれない。いずれも高いハードル、とくにホームラン30本、30盗塁は、かなり意識を高く持って積み重ねていかないと、到達できない。  山田はシーズンオフに、走れるスパイクをオーダーし、トリプルスリー達成に備えたと言われている。通常のスパイクの歯の数を変更した。かかとの歯を2本に減らし、爪先で走りやすい仕様に変えたのだという。重さも約50グラム軽くした。そうした準備が山田の場合は追い風となった。プロ野球 日本シリーズ第2戦 ソフトバンク対ヤクルト シリーズ初盗塁となる二盗に成功するヤクルト・山田哲人= 10月25日、福岡・ヤフオクドーム (撮影・塩浦孝明) 今季のプロ野球で、「10本塁打、20盗塁」まで基準を下げても、両方をクリアした選手は、山田、柳田以外にたった二人しかいないのだ。「10本塁打、21盗塁」の片岡治大(読売ジャイアンツ)と「13本塁打、28盗塁」の梶谷隆幸(横浜DeNAベイスターズ)。そもそも、20盗塁を記録した選手が、セ4人、パ3人、わずか7選手しかいない。最近の野球がいかにリスクを回避し、盗塁をしないかがこの数字からも窺える。 今季の全盗塁成功数は1026個。全858試合だから、ファンは1試合平均約1.2回しか盗塁成功のシーンを目撃できなかった。さらに、規定打席に到達した54選手、いわばレギュラー・クラスの選手たちの盗塁数は459個。レギュラー選手が、野球でも最もスリリングな瞬間のひとつと言っていい盗塁を狙って走る姿は、ほぼ2試合に1回しか見られなかった計算になる。 盗塁は、足のスペシャリストかまだ若くて元気な選手が出塁したときの楽しみに限定されているといってもいい状況だ。もっと走ってもらいたい、躍動する野球が見たい、と私は思う。トリプルスリーへの意識が高まり、少年時代からそこを目指す野球少年が増えることで、日本の野球がよりスリリングに、よりエネルギッシュに変わるとうれしい。

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    13歳で力士になった北の湖の「たたき上げ」相撲道

     「憎らしいほど強い」と形容され、史上最年少の21歳2ヵ月で横綱昇進を果たした経歴から、多くの相撲ファンは北の湖を「生まれながらの天才力士」と思い込んでいるのではないだろうか。ところが、北の湖の成績を検証すると、意外な記録が浮かび上がってくる。 北の湖は1966年(昭和41年)、中学一年のとき三保ヶ関部屋に入門。1967年(昭和42年)1月に初土俵を踏んでいる。そして1年後の1968年(昭和43年)1月場所、序二段で全勝して早くも怪物の片鱗を見せる(決定戦で敗れて優勝はならず)。ところがすぐ次の3月場所、西三段目20枚目で北の湖は7戦7敗、なんと全敗しているのだ。後に横綱昇進した力士で全敗の経験を持つのは北の湖ただひとり。これは相撲ファンにとって信じがたい記録である。 もっとも、このとき北の湖はまだ14歳、中学2年生。いくら身体が大きいとはいえ、十代後半あるいは二十代の力士を相手に北の湖も力の差を思い知らされた。二段目と三段目にはそれ相応の力の差がある。当時の北の湖には三段目で易々と白星を挙げる力はなかったのだろう。さらに、初土俵から十両昇進までの4年間に北の湖は6回の負け越しを経験している。決して、無敵の快進撃を重ねていたわけではなかった。まだ義務教育の学齢。当然中学への通学を優先し、毎朝の稽古ができない事情もあったようだ。十両以下で一度も優勝経験がないのも、若き天才力士のイメージからは意外な事実だ。 中学卒業間際の1969年3月に15歳9ヵ月で幕下に昇進。「北の怪童」の異名を取るなど徐々に注目を集め、1971年4月には史上最年少(17歳11ヵ月)で十両昇進を決めた。後年その実績ばかりが強調され、「早熟」「天才」の印象がひとり歩きしているが、北の湖には自らの弱さと対峙し、懸命に我慢と精進を重ねる「下積み時代」があったのだ。新入幕を果たし、番付を手に喜ぶ北の湖=東京都墨田区の三保ケ関部屋 十両でも2場所目に6勝9敗で負け越し。新入幕の1972年1月場所も前頭12枚目で北の湖は5勝10敗。幕内の厳しさを思い知らされ、勝ち越せず十両に陥落している。翌場所すぐ10勝を挙げて返り咲くが、幕内上位に上がった1年間は、6勝9敗のほか、新小結で4勝11敗も経験している。北の怪童も三役陣にすぐ通用するほどの強さを誇っていたわけではなかった。 ところが、再入幕を果たして8場所目、前頭4枚目で8勝7敗と勝ち越したあたりから、北の湖は俄然、上昇気流に乗り始める。このときちょうど20歳。入門してから7年の月日が流れていた。返り小結で8勝を挙げ関脇に昇進すると、まず10勝。翌1974年1月場所は14勝1敗で初優勝。大関に昇進し、10勝、13勝(二度目の優勝)、13勝。わずか大関在位3場所で横綱に駆け上がる。このわずか一年の間に、北の湖は「憎らしいほど」の強さを体得し、体現し始めたのだ。1974年7月、大相撲名古屋場所で横綱輪島(左)と対戦する大関北の湖=愛知県体育館 北の湖は最初から強かったのではない。中学一年で入門し、約7年の歳月を重ねて着実に才能を育み、成長を遂げ、一気に開花した。 この快進撃から北の湖は50場所連続勝ち越し、幕内連続2桁勝利37場所を記録。優勝回数も22回まで積み上げて「憎らしいほど強い横綱」の伝説を不動のものにした。現役時代の終盤はケガに苦しみ、1983年には3場所連続全休も経験した。復帰を果たして苦しい土俵を続けながら1984年5月場所で全勝優勝したときには、それまでと違う拍手と歓声が北の湖を祝福した。それが最後(24回目)の優勝となった。このときは、13日目に同じ部屋の弟弟子・北天祐が隆の里を破った瞬間に北の湖の優勝が決まった。勝った直後、土俵上から北天祐が控えで見守っていた北の湖に微笑んだ。すると北の湖も北天祐に微笑みを返した有名な光景がある。苦境から返り咲いてつかんだからこその温かな光景。全盛時代の北の湖にはありえないことだったかもしれない。 北の湖は当然ながら勝負に厳しく、相手力士に容赦なく勝つことからも「憎らしいほど強い」との印象を深めた。対金城との対戦成績29勝0敗は、無敗の対戦成績としては史上最多の記録である。ほかにも蔵間に17勝0敗、青葉山に12勝0敗など、10戦以上して一度も白星を許さなかった力士がたくさんいる。春場所初日を翌日に控え、土俵祭りに出席した白鵬(奥)と北の湖理事長 =2015年3月7日、大阪市浪速区のボディメーカーコロシアム 一方で、元大関・朝潮には7勝13敗(不戦敗1を含む)と負け越している。北の湖は入幕後、巨漢力士の高見山に連敗したことから、「自分より大きな力士に弱い」、朝潮を苦手にしたのもそれが理由ではないかと言われた。しかし、もうひとつの見方もある。真摯な仕切りを重ねる北の湖に対して、巨漢力士はゆったりと遅く仕切る。朝潮はとくにトリッキーな動作もあった。こうした動きには普段の呼吸を乱されがちだ。それでも北の湖は黙々と仕切り、内心の苛立ちを抑えて表情を崩さなかった。そのような土俵を貫いていた名横綱だからこそ、白鵬の猫だましに毅然と苦言を呈した。それは、毅然とした北の湖の相撲道を貫いた先輩横綱として当然の指摘であったのだろう。

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    白鵬はなぜ「猫だまし」をして笑ったのか

     白鵬の猫だましが物議を醸している。 取り組み後、「気持ちよかった」と、あえて相撲協会と日本の相撲ファンを逆なでする笑いを浮かべたのだから、「確信犯」と言っていいだろう。白鵬は、その言動が何を意味するか、どんな反応が起こるかを十分わかっているはずだ。その上であえて、猫だましをし、開き直った笑みを浮かべた。その真意はどこにあるのだろう?猫だましを繰り出して栃煌山に勝ち、支度部屋で笑顔の白鵬 =福岡国際センター 最近は、横綱でありながら、ツッパリ高校生のような振る舞いが目立つ。ちょっと大人げないのは事実だ。双葉山、大鵬の後を追い、相撲道の奥義を究めたい主旨の発言をしていた白鵬がまるで別人になってしまった感がある。あれほど日本人以上に日本の文化伝統を理解し愛していると敬愛されていた白鵬の糸がなぜ切れてしまったのか? 北の湖理事長は取材に対して「前代未聞だ」「横綱がやるべきことではない」とはっきり不快感を表し、横綱を厳しく非難した。北の湖理事長の急死でその言葉がまるで遺言のような重さを持ってしまったから、白鵬としてはますます多勢に無勢といった感じで、旗色が悪い。軽率な行為を謝罪しなくては人間性まで疑われかねない空気になっている。 理解者であり、いい意味で怖い存在でもあった大鵬さんが亡くなって、白鵬は拠りどころを無くしたのかもしれない。 私も相撲を愛し、日本の礼儀を愛する者として、白鵬に落胆していた。だが、つい数ヵ月前には、「後の先を追求したい」相撲道の極意を究める思いを語っていた白鵬が、ここまで荒んだ態度に変わった要因は何か?  白鵬を一方的に責めるだけでは本質は見えない。そこで今回は、白鵬の立場から、猫だましを考察してみたい。 猫だましの伏線は4日目(11日)の嘉風戦にもあった。 立ち合い、わずかに右に体をかわした白鵬に対応できず、嘉風はバッタリと手と膝をついた。あまりの呆気なさに、白鵬自身がその時、意外そうな表情を浮かべた。さすがにそこまで鮮やかに決まって戸惑ったのか。あるいは、咄嗟の動きに自分自身、驚きを隠せなかったのか。 横綱が相手力士の立ち会いに胸を出さないと「変化した」と非難される。だが、VTRでも見直したが、白鵬は早々に横に逃げているわけではない。嘉風から見ると、白鵬はまるで「消えた」感覚ではなかったか。これは「逃げた」のでなく、白鵬が当たる前に嘉風を先に制したから起こった鮮やかなドラマ。白鵬なりに「後の先」を体現した、ある意味、会心の勝利だったのではないだろうか。  相手にほとんど手や体で「力」を作用させることなく、嘉風を土俵に這わせた。それが簡単でないことは、やってみればわかる。逃げた、変わったと言われるが、逃げたらつけ込まれて自滅する場合も多い。普通は逃げても相手は追いかけてくる。だが、白鵬はまったく嘉風につかまらなかった。嘉風はまったく方向を変えることができず直進して自ら沈んだ。 猫だましで戸惑わせたのではなかった 嘉風戦を「変わった」と非難された失望とやるせなさがさせたのか、さらに誰の目にも「見えるように」実践したのが、栃煌山戦だったのかもしれない。 栃煌山に奇策の猫だましを繰り出して勝った白鵬。 (上から)立ち合いの猫だ まし、大きく左に回り、2 度目の猫だまし、勝って にんまり=福岡国際センター 栃煌山戦の猫だましも、よく見直すと、猫だましで栃煌山を戸惑わせたのではない。猫だましは「ついでのいたずら」のようなもので、それ以前に白鵬は完全に栃煌山の出足を制している。わざわざ猫だましをしているが、その動作をしなくても、栃煌山はもうすっかり棒立ちになり、出足の勢いを制されている。猫だましの前に勝負はついていたのだ。 双葉山を追いかけて探り続けた「後の先」を、白鵬は白鵬なりにつかみ始めた。だがその領域を見守り、感激を共有してくれるファンはおろか、協会関係者も少ない。誰もわかってくれない。むしろ、表面的な道徳論で白鵬が批判の的になる。その苛立ち、虚しさがあっても不思議ではない。「後の先」をつかみかけた、それを目に見える形で示した、それが栃煌山戦の猫だましだったなら、「気持ちがいい」という言葉もよく理解できる。 猫だましという奇襲で勝った、それだけなら、史上最多の優勝を誇る大横綱が「気持ちがいい」とは言わないだろう。もし土俵上で時には遊びも必要だなどと本気で言うくらいなら、さっさと引退するに違いない。白鵬がただ奇襲作戦で猫だましをしたのではない証拠は、立ち合いの表情にも表れている。嘉風戦でも同じ。いずれの取り組みでもまったく危なげがない。自信満々に取り、立つ前から勝利を確信している。逃げたのでも、変わったのでもない。ただ逃げを打って勝とうと一縷の望みに賭ける力士の顔はそのような確信に満ちていない。 「横綱が猫だましをするなんて」との非難はわかる気もするが、本当は、「相手を制する技を究めている横綱だから、猫だましが効く」。 そのような技の深み、相撲の勝負の綾をほとんど理解していない「いまの日本」を白鵬は笑っているようにも思えてきた。 ファンも協会もマナーや振る舞いにはうるさいが、その意味をわかっていない。日本はそこまでレベルが下がってしまった。そのことを白鵬は、あえて悪役を甘受し、身をもって示しているとすれば、猛省すべきは相撲界、そして日本の方にある。

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    ラグビー五郎丸フィーバーと「拝みポーズ」に感じる違和感

     五郎丸人気が止まらない。 スーパーラグビーのレッズとの契約発表には多くのメディアが集まり、会見の模様が全国に生中継もされた。五郎丸株は上がり続けている。 ラグビーへの注目より、五郎丸ばかりが注目される雰囲気に流れがちな風潮には苦笑いもある。が、ラグビーをめぐる世の空気が一変したのは30年来ラグビーを応援し、もっとラグビーの魅力が伝わればいいのに、と願い続けてきたスポーツライターには感慨深い。このままラグビーが熱く応援されるよう願っている。 だから、ラグビー人気にも五郎丸フィーバーにも水を差す気はない。けれど一方、今回の騒ぎでやはり見えてくる日本の不思議な現状を記しておきたい。五郎丸のレッズ入りで、スーパーラグビーの仕組みなどもワイドショーで詳しく紹介されている。そこまで時間を割いて伝えるかと驚くばかりだが、それでも一切報じられていないことがある。 ひとつは、「スーパーラグビーだけが世界の最高峰ではない」ということ。 世界のラグビー界には、日本で知られる15人制ラグビーのほかに、13人制の「リーグ・ラグビー」という流れがある。実はこちらが先にプロ化し、ニュージーランド、オーストラリアでは高い人気を博している。これに対して「ユニオン・ラグビー」と呼ばれる15人制側は、長くアマチュアリズムの伝統をを守り続けたため、リーグ・ラグビーに人材を奪われ、人気で後塵を排する流れになりかけた。そこで遅ればせながら方向転換を図り、現在のスーパーラグビーへと発展するスーパー10などのリーグを発足させた経緯がある。 日本のラグビー界は、日本ラグビー「協会」と称することでもわかるとおり、ユニオン・ラグビーの傘下にある。かつて私の友人がリーグ・ラグビーの普及を依頼され、日本代表を組織して国際大会に参戦した歴史もあるが、これに参加すれば二度と協会の試合には出場させないといった警告も発せられて、いまでいうトップリーグの選手は参加せず、大きなムーブメントにはならなかった。リーグ・ラグビーはいまだに日本では「存在しないもの」のようになっている。江戸時代の鎖国的な情報管制が、いまも日本のラグビー界では生きているのだ。 いまでいうトップリーグの選手は参加せず、大きなムーブメントにはならなかった。 五郎丸を見にオーストラリアまで出かける新たなファンもいるだろう。現地でテレビをつけたら、スーパーラグビーと同じかそれ以上に華やかなリーグ・ラグビーの試合も中継しているはずだ。 ちなみに五輪種目となった7人制ラグビーはユニオンが主宰する種目だから、15人制とはルールも醍醐味もずいぶん違うが「ラグビー」と認められている。ラグビーW杯イングランド大会 サモア代表対日本代表 先制のペナルティゴールを決める日本代表・五郎丸歩=ミルトンキーンズのスタジアムMK(撮影・山田俊介) もうひとつ、話題沸騰の「おがみポーズ」にも触れておこう。 五郎丸は蹴る前のおがみポーズで高いゴールキック成功率を誇っているのだから、「効果があるに決まっている」という前提で会話が盛り上がっている。岐阜にある同じポーズの仏像を持つ寺院の参拝者数が3倍に増えたとの報道もある。昔からモノマネの対象になりやすい選手ほど人気を得るのはスポーツ界では定番だし、こういう楽しい話題を真面目に批判するのは野暮と知りつつ、考察しておきたい。 これを若い選手や子どもが真似したら、「キックが上手くなるか?」といえば、そういう効果はないだろう。おがみポーズは、スポーツ界では「ルーティン」と呼ばれる心理的なスキル。同じ動作を習慣化することで迷いを排除し、自然な集中状態に自分を導いていつもの動作が出来るよう促す。イチロー選手が打席に入るまでのプロセス、打席に入って大きくバットを回してから構える仕種もこのルーティンとして知られている。だから、欧米のスポーツ科学を学んだ方々からすれば「おがみポーズは科学的なスキル」として推奨されることになる。だが、ちょっと冷静に考えればわかることだ。 いまそれを言ったら野暮なのは承知の上だが、大真面目にルーティンを賛美する風潮には、スポーツライターとして釘を刺しておきたい。ルーティンはたしかに「できる人にはよりできる」助けにはなる。けれど、できない人がやっても効果はない。また五郎丸自身も、いざ調子を落とし、体力が衰えるなどしてキックの精度が落ちた時に、これさえやれば「入る!」とは行かないだろう。 かつて、やはりゴールキック前の動作が人気を呼んだ早稲田の先輩キッカーがいた。ボールをセットしたあと、大股で一歩、二歩、三歩と下がる動作に合わせて、スタンド全体が「イーチ、ニー、サーン!」と叫ぶ楽しさを共有したものだ。けれど現役生活の終盤、彼が久々にキックを大きく外し、スタンドに失笑がこだまするところまでが「ルーティン」になった。残念ながら、ルーティンもスタンドの大合唱も、彼の失われた技量に力を注ぐ効果まではなかったのだ。 「勝つ」という目的に限って言えば、ルーティンにも一定の効用はあるがろう。けれど、「心技体を磨く」というスポーツ本来の目的に照らしたらどうだろう? ルーティンは半ばおまじないであり、いわば「依存」とも言える行為だ。いまスポーツ界には、サプリメントをはじめ磁気ネックレス類まで、依存症グッズが溢れている。その提供者は重要なスポンサーになっている事情もあって、憂うべき依存症傾向を戒める指摘も少ない。本当は、スポーツに打ち込むことでたくましい心身を磨くのがスポーツの意義であるはずなのに、勝利を求めるあまりスポーツ選手が依存に走る風潮、周囲もそれを傾向を推奨するおかしさに気づかなければならない。五郎丸が拝むのは不安があるから?五郎丸が拝むのは不安があるから?ラグビー練習試合ヤマハ-東芝 ヤマハ・FBの五郎丸歩選手=2015年10月30日、遠州灘海浜公園球技場(撮影・納冨康) そもそも、五郎丸がおがむのは、キックが入るかどうか不安があるからではないか? 不安を敵に見せるのは、真剣勝負の中では愚かな行為。ラグビーの試合中としては特別な、敵が攻撃を仕掛けてこない守られた時間だからできることとはいえ、本来は感情を表さず、できるだけシンプルな動作でゴールを目指す姿勢こそ「次元が高い」ことは、スポーツ・ファンならわかっておいてほしい。 五郎丸は、拝む時の指のからめ方を進化させるより、何もしないで、ボールを置いたらサッと蹴る方向に進むのが本道だ。五輪予選決勝の中継で多くの人が目にしただろう、7人制のゴールキック。時間短縮のため、ボールを地面に置かず、両手で保持したボール地面に落としてショートバウンドで蹴る。両手がふさがっているから、拝めない。五郎丸ファンにはあっさりしてつまらないだろうが、こちらの方がスピードとテンポを重視する最近のスポーツの流れでもあるだろう。 ただ、W杯の大舞台でもゴールキックの精度を支え、初めて見る日本人ファンの大半を魅了した「おがみポーズ」の効用も検証すべきだろう。 脳科学の世界的権威で、イネの遺伝子完全解読プロジェクトを先頭に立って成し遂げた村上和雄博士(筑波大名誉教授)はいま「祈り」を生涯の研究テーマにされているという。季刊誌《どう》秋号の巻頭対談で、武術家の宇城憲治師範にこう語っている。 「『祈り』というのは、『心』よりもっと深いところに根ざすもの。自分のことより他人のために祈る。世界の平和を祈る、というように、非常に広くて大きいんですね。そういう心が人間にあるんじゃないかと。それを魂と言っているんです」 「祈りによって遺伝子は目を覚ます。本当に遺伝子にスイッチが入るんですね」 もし五郎丸選手が、自分のキック成功のためでなく、日本ラグビーの未来のために祈って蹴ったとすれば、その魂がボールにこもった可能性はある。

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    ソフトバンクがメジャーで通用するこれだけの理由

     パ・リーグを圧倒的な勝率で制し、日本シリーズでもヤクルト・スワローズを寄せつけず、ソフトバンク・ホークスは二連覇を果たした。あまりの強さに、「ホークスがメジャー・リーグに参戦したら通用するだろうか?」と話題にする人たちも現れ始めた。   そのような声が上がったのは、V9を果たした巨人以来ではないか。   あくまで想像に過ぎないが、「短期決戦ならばホークスは互角以上の戦いができるのではないか」と思う。長いシーズン、長距離移動や時差のあるペナントレースを戦い抜くには、戦力だけないプラスアルファが必要。だから、そう簡単にシーズン優勝が可能とは言えないが、もしワールド・シリーズを制したロイヤルズと対決したら、好勝負を期待するのは夢物語ではない。ソフトバンク・武田翔太=ヤフオクドーム(撮影・中川春佳)   日本シリーズ初戦で好投し、スワローズ打線の牙を抜く役割を果たした武田投手の落差のあるカーブ、緩急を生かした投球はメジャーリーグの強打者には有効だ。中継ぎを担う森、千賀らの真っ向勝負、硬派なマウンド姿はアメリカの野球ファンに好感を持たれるだろう。    攻撃陣の多彩さもメジャーの破壊力に引けを取らない。あくまで全選手がトップ・コンディションで臨めたらの条件付きだが、長打力に加えてスピードもある「トリプル3」達成の柳田、大砲・李大浩、ハッスルボーイ松田、くせ者・明石と個性豊かなキャラクターが揃っている。日本シリーズは欠場した中軸・内川の打棒が本場でも通用することは過去のWBCで実証済みだ。 それでも、「個々の力量を比べたらやはりメジャーリーガーのパワーには一歩及ばないのではないか」と疑問の声が上がりそうだ。 たしかに捕手陣はメジャーリーグに少し見劣りするか。メジャーでは捕手も投手のリードより肩の強さ、打力が重視される。日本はリード優先だから、そこに大きな違いがある。   明らかにホークスがメジャーリーグを凌いでいる強みを挙げよう。そのひとつが「監督と選手の信頼関係」だ。メジャーでは最近、監督の指導力不足、人望の無さがしばしば話題になる。 今年のワールドシリーズ開催中にも監督采配を嘆く報道があった。選手は、「どうせプレーするのはオレたちだから、監督の指導力なんてどうでもいいさ」と気にしない姿勢だと書いたメディアもあった。ホークスはといえば、工藤監督への信頼、監督の選手への信頼が日本シリーズでも感じられた。    端的に言えば、工藤監督は、自分の眼と感覚で選手を起用している。良い意味で、現役時代に磨き上げた眼力、予測力を采配に生かしている数少ない指揮官のひとりではないかと感じる。中日の落合前監督もそうだった。自分を信じている。結果やデータに左右されない。シリーズの第3戦で山田に一発を浴び敗戦投手になった千賀投手を4戦目でも意に介さず投入し好投を引き出したのはその好例。「千賀の球なら絶対に抑えられる」、確固たる自信がある。見込んで起用されれば選手も意気に感じる。野球にはそういった心の力も大きく作用する。その辺の化学反応を起こす素養をホークスは持っている。2年連続7度目の日本一を達成したソフトバンクの(左から)武田翔太投手、孫正義オーナー、内川聖一、松田宣浩=神宮球場(撮影・中川春佳) 球団を買収したときから、孫正義オーナーは「世界クラブ選手権構想」を打ち上げ、「目標は日本一でなく世界一」と公言している。野球界ではその実現性の薄さ、非現実感が蔓延しているため、ファンからも失笑を買ったが、同じ夢を抱く私はひそかに喝采を送り、その実現を待ち望んでいる。真のワールドシリーズの実現は、日本野球を愛する者なら夢見て不思議ではない目標だ。 野茂英雄、イチロー、松坂大輔、松井秀喜、ダルビッシュ有、田中将大ら幾多の日本のスター選手がメジャーリーグで活躍している実績を見れば、日本のチームだって互角以上にやれて不思議ではない。 来春からは60億円の予算を投じた新しい二軍の施設も誕生するという。12球団でいち早く3軍を組織して若い選手たちに試合経験の場を確保したホークスの選手層の厚さは、内川欠場の影響をまったく感じさせなかった日本シリーズの戦いでも実証された。ホークスの強みは、実力のある選手がたくさん揃っているだけでなく、彼らが常に「準備OK」でいつでも一軍で活躍するコンディションで待機しているところだ。他チームはどうしても「調子を崩して2軍落ち」「2軍でくすぶっている」雰囲気になりがちだ。ホークスは違う。2軍にいる投手や打者がウエスタン・リーグの個人成績上位を占めていることでも明らかなとおり、ファームが力を伸ばす準備の舞台になっている。これも、あえてチームを別々にし、各レベルでシーズンを戦うメジャーリーグ、マイナーリーグに通じる姿勢を感じる。 こうしたチーム一体の取り組みも含めて、「ホークスがメジャーでも通用する」と言うのは空想ではない。