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    マラソン五輪代表選考レースは、なぜ一本化できないのか?

    (THE PAGEより転載) 大阪国際女子で五輪派遣設定記録(2時間22分30秒)を上回る2時間22分17秒で優勝した福士加代子(33、ワコール)が、代表確定をもらえないため名古屋ウィメンズにエントリーしたことで、陸連の五輪代表選考方法に対しての批判が相次いでいる。その中で大多数を占めているのが、なぜ選考レースが一本化されていないのかという議論。過去にも、日本マラソン界では女子のみならず、五輪代表選考において同じような騒動を繰り返してきた。 女子では、最近、松野明美が当時の問題をぶりかえした1992年のバルセロナ五輪代表を巡る選考会が問題になった。世界陸上を2時間31分8秒で4位だった有森裕子か、大阪国際女子で2時間27分2秒のタイムで2位だった松野明美か、どちらを選ぶのかという議論が起き、松野が「私を選んで」会見まで開いたが、陸連の理事会の判断は有森。結果、有森が銀メダルを獲得して選考論議は静まった。 アトランタ五輪の代表選考も、世界陸上と東京を勝っていた浅利純子はスンナリと決まったが、残り2枠を巡って夏の北海道を2時間29分17秒で優勝したバルセロナ五輪銀メダリストの有森か、大阪国際女子で2時間26分27秒のタイムで2位に入った鈴木博美か、名古屋を2時間27分32で優勝した真木和かの3人でもめた。だが、最もタイムが良かった鈴木が、陸連の「勝負に競り勝った優勝選手を記録より優先」という方針で落選となった。強いランナーが揃っていた時代は、五輪代表選考方法のあり方についての議論が起きたが、その度に出てくるのが“一発選考レース”の要望論だ。泣いても笑っても、そのレースの上位から3人を代表に選ぶというわかりやすい手法。だが、その実現は、簡単ではない。 実は、過去に男子マラソンで一発選考レースが行われたことがあった。 1988年のソウル五輪代表の3人を選ぶ選考方法がそれで、陸連は強化指定選手の福岡への出場を義務化、事実上、1987年12月の福岡国際が一発選考レースとなった。昭和63年12月18日、第1回国際千葉駅伝を最後に現役を引退瀬古利彦(中央)を、ライバルであった中山竹道(右)が花束で労をねぎらった この時は、ロス五輪代表の瀬古利彦、圧倒的な強さを見せていた中山竹通、宗兄弟に、前年北京で日本新記録を1、2フィニッシュで樹立していた児玉泰介、伊藤国光、そして新宅雅也、谷口浩美ら世界で通用するサブテンランナー(2時間10分以内)がゾロゾロといたため、一発選考でないと決めきれなかったのである。  しかし、大会12日前に“事件”が起きる。本命の一人だった瀬古が、左足腓骨(ひこつ)の骨折で一発選考レースを欠場したのだ。当事、中山の「俺なら這ってでも出てくる」という爆弾発言が物議をかもしたが、結局レースは中山が独走V。2位には新宅が入り、この2人は代表内定となったが、2時間11分36秒で4位(日本人3位)に入った工藤一良には内定が出ず、陸連はその年のボストンで優勝していた瀬古に“救済措置”を与え、出場予定だったびわ湖の結果を待った。瀬古はそのびわ湖で工藤より悪い2時間12分41秒で優勝。経験と実績を買われ3人目の代表に選ばれた。 当時、この曖昧な選考に関しては、五輪出場が内定していた中山自身が批判を口にした。 本来ならば理由がどうあれ、一発選考に向けて準備ができなかった時点でアウトなのが、フェアなルール。だが、陸連には「五輪に勝てるランナー」を送り出したいという意向が強く、選考に“幅”を持たせて、瀬古をごり押しした。結果的にこのソウル五輪での代表選考での失敗が、現在でも一発選考レースの実施に二の足を踏む“トラウマ”となっている。 アメリカが全米陸上選手権を一発選考レースとしている例を出して「見習え」と声を大にしている人もいるが、マラソンに関してのアメリカのレベルの低さと、選手層の薄さを考えると、実業団が支えている日本の女子マラソン界とは土壌が違い、単純に「アメリカみたいに一発選考レース」という考え方も早計だろう。 また、五輪との間には世界陸上があるため、これを選考レースと切り離すわけにはいかない。 そして陸連が一発選考レースに踏み込めない“大人の事情”もある。 陸連は、各大会の主催に名を連ねているが、レースの公認料を受け取っているし、またテレビ局と系列新聞社が軸となっている大会運営側も、五輪の一発選考レースが自社が主催する大会にならなければ、スポンサーの協力なども含めて大きな被害を被る。  各大会は、陸連サイドの要望も手伝ってレースのレベルを上げ選手強化に寄与するため、多額の出場フィーを払って海外の有力ランナーを招待しているが、それらもすべて最も注目を集める五輪選考レースに向けての先行投資である。また国内の招待選手に関しても、「うちの大会に貴チームの選手をぜひ、お願いします」と、実業団幹部への“接待”、“スカウト合戦”が水面下で盛んに行われているのが実情。 今回の女子の国内選考レースで言えば、さいたまが読売、日テレ系、大阪女子がフジサンケイグループ、名古屋ウィメンズが中日、東海テレビ系列となっている。 つまり大会運営サイド(マスコミ)も、実は一発選考を望んでいないという背景があるのが実情で、なかなか一発選考レースの気運を盛り上げることもできない。  また、その時々の国内の選手層やレベルによっても、一発選考の是非は変わってくるだろう。 一発選考レースの実現が難しいのならば、選考基準を曖昧にせず、より明確に打ち出すと同時に、肝心の代表を決定する陸連の理事会を完全公開にしてみればどうだろうか。選考過程がガラス張りであれば、選手、関係者も納得するのかもしれない。おそらく福士は最終的には名古屋ウィメンズには出場しないだろうが、今回、ワコールが問題提起したことを、陸連は真摯に受けとめる必要があるだろう。

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    世界で通用しない日本男子マラソン 箱根駅伝は日本が抱える病の縮図?

    反映するように、番組平均世帯視聴率(関東地区)も高く、今大会も往路28.0%、復路27.8%でした。スポーツの視聴率が概して低下してきた昨今では、珍しいことです。しかし、箱根駅伝で繰り広げられるドラマから視点を少し離してみると、また違った世界が見えてきます。 視聴率の推移を見ると、視聴率が25%を超えたのは、1992年の第68大会の復路で、翌年からはほぼ25%超えがほとんど続く人気を得ていますが、1991年までは、20%を超えるのも稀だという状況でした。箱根駅伝 | ビデオリサーチ つまり、昔から箱根駅伝はそれなりに高い人気はあったけれど、バブルが崩壊し、日本経済が停滞し始めてからさらに人気が高まったことになります。しかし、箱根駅伝の人気の高まりとは裏腹に、1992年(平成4年)のバルセロナオリンピックで森下広一が2位で銀メダルをとったのを最後に、世界のマラソンの舞台で華々しい記録をつくってきた日本男子マラソンの黄金期は終わります。それ以降は世界のマラソンの高速化やハイレベル化についていけなくなってしまいました。総合1位でゴールする青学大10区・渡辺利則=2016年1月3日、東京・大手町 つまり日本の男子長距離は、マラソンという世界の檜舞台では通用しなくなり、逆に国内の駅伝人気が高まってきたことになります。 ところで、もしかすると箱根駅伝は全国大会だと思っている人がいらっしゃるかもしれませんが、関東学生陸上競技連盟が主催し読売新聞社が共催している大会で、なんと「箱根駅伝」は読売新聞東京本社の登録商標なのです。だから関東の大学しか出場していません。それが全国放送され、あたかも国民的イベントのように読売新聞、日本テレビが演じてきたのです。まあ、関東の地方イベントが、日本を代表するイベントになっているというのは、箱根駅伝にかぎらず、ビジネスの分野でもよくある話ですが。 しかし、にもかかわらず、箱根駅伝は全国区なのです。選手の出身校です。連覇を果たした青山学院の選手を見ると、なんと関東の高校出身者は一人もいません。青山学院選手一覧|第92回箱根駅伝 第2位の東洋大学は、関東の高校出身者が、埼玉2名、栃木1名で10名中3名です。東洋大学選手一覧|第92回箱根駅伝| 第3位の駒沢大学は、関東の高校出身者は     東京・駒大高の1名だけです。駒沢大学選手一覧|第92回箱根駅伝| つまり、走っている選手のほとんどが地方の高校出身者で、その意味では全国を代表する選手なのでしょう。日本の経済と同じです。地方から人材が流出し、東京一極に吸収されている日本と同じ姿です。そして世界の檜舞台で活躍する選手を輩出できなくなっているのです。因果関係はよくわかりませんが、東京の大学に選手を集めて、決して日本の男子長距離を強くすることに役立ってこなかったことだけは事実です。しかも、その構図の後押しをしてきたのが読売新聞グループです。                 箱根駅伝の人気が高まってきたなかで、一部かもしれませんが、批判も起こるようになってきました。意識朦朧の選手を大写しにする箱根駅伝に「お茶の間残酷ショー」じゃないかとか、襷をつなぐ行為が「連帯責任の権化みたいなスポーツだ」、「日本に過労死が多い理由が分かる」と言った批判です。ブロゴスのキャリコネの記事がそんな声を紹介しています。マスコミが感動を「切り取って伝える」ことへの警戒感も必要なのかもしれません。意識朦朧の選手を大写しにする箱根駅伝に「お茶の間残酷ショー」との批判 「日本に過労死が多い理由が分かる」という声も 読売グループの日テレのカメラワークで、選手たちの繰り広げるドラマをさらに効果的にドラマ化して、選手たちにプレッシャーをかけ、また人気を煽って、ミスリードしている。しかも国内だけしか通じない、ガラパゴス化した国内だけの自己満足で終わってしまっているようにも見えてきます。 はたして箱根駅伝は日本の陸上にとって健全で、選手のレベル育成や向上にほんとうに役立っているのでしょうか。ぜひ日本の陸上界には世界の舞台で、ほんとうの成果を見せて欲しいものです。(2016年01月05日「大西宏のマーケティング・エッセンス」より転載)

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    13歳で力士になった北の湖の「たたき上げ」相撲道

     「憎らしいほど強い」と形容され、史上最年少の21歳2ヵ月で横綱昇進を果たした経歴から、多くの相撲ファンは北の湖を「生まれながらの天才力士」と思い込んでいるのではないだろうか。ところが、北の湖の成績を検証すると、意外な記録が浮かび上がってくる。 北の湖は1966年(昭和41年)、中学一年のとき三保ヶ関部屋に入門。1967年(昭和42年)1月に初土俵を踏んでいる。そして1年後の1968年(昭和43年)1月場所、序二段で全勝して早くも怪物の片鱗を見せる(決定戦で敗れて優勝はならず)。ところがすぐ次の3月場所、西三段目20枚目で北の湖は7戦7敗、なんと全敗しているのだ。後に横綱昇進した力士で全敗の経験を持つのは北の湖ただひとり。これは相撲ファンにとって信じがたい記録である。 もっとも、このとき北の湖はまだ14歳、中学2年生。いくら身体が大きいとはいえ、十代後半あるいは二十代の力士を相手に北の湖も力の差を思い知らされた。二段目と三段目にはそれ相応の力の差がある。当時の北の湖には三段目で易々と白星を挙げる力はなかったのだろう。さらに、初土俵から十両昇進までの4年間に北の湖は6回の負け越しを経験している。決して、無敵の快進撃を重ねていたわけではなかった。まだ義務教育の学齢。当然中学への通学を優先し、毎朝の稽古ができない事情もあったようだ。十両以下で一度も優勝経験がないのも、若き天才力士のイメージからは意外な事実だ。 中学卒業間際の1969年3月に15歳9ヵ月で幕下に昇進。「北の怪童」の異名を取るなど徐々に注目を集め、1971年4月には史上最年少(17歳11ヵ月)で十両昇進を決めた。後年その実績ばかりが強調され、「早熟」「天才」の印象がひとり歩きしているが、北の湖には自らの弱さと対峙し、懸命に我慢と精進を重ねる「下積み時代」があったのだ。新入幕を果たし、番付を手に喜ぶ北の湖=東京都墨田区の三保ケ関部屋 十両でも2場所目に6勝9敗で負け越し。新入幕の1972年1月場所も前頭12枚目で北の湖は5勝10敗。幕内の厳しさを思い知らされ、勝ち越せず十両に陥落している。翌場所すぐ10勝を挙げて返り咲くが、幕内上位に上がった1年間は、6勝9敗のほか、新小結で4勝11敗も経験している。北の怪童も三役陣にすぐ通用するほどの強さを誇っていたわけではなかった。 ところが、再入幕を果たして8場所目、前頭4枚目で8勝7敗と勝ち越したあたりから、北の湖は俄然、上昇気流に乗り始める。このときちょうど20歳。入門してから7年の月日が流れていた。返り小結で8勝を挙げ関脇に昇進すると、まず10勝。翌1974年1月場所は14勝1敗で初優勝。大関に昇進し、10勝、13勝(二度目の優勝)、13勝。わずか大関在位3場所で横綱に駆け上がる。このわずか一年の間に、北の湖は「憎らしいほど」の強さを体得し、体現し始めたのだ。1974年7月、大相撲名古屋場所で横綱輪島(左)と対戦する大関北の湖=愛知県体育館 北の湖は最初から強かったのではない。中学一年で入門し、約7年の歳月を重ねて着実に才能を育み、成長を遂げ、一気に開花した。 この快進撃から北の湖は50場所連続勝ち越し、幕内連続2桁勝利37場所を記録。優勝回数も22回まで積み上げて「憎らしいほど強い横綱」の伝説を不動のものにした。現役時代の終盤はケガに苦しみ、1983年には3場所連続全休も経験した。復帰を果たして苦しい土俵を続けながら1984年5月場所で全勝優勝したときには、それまでと違う拍手と歓声が北の湖を祝福した。それが最後(24回目)の優勝となった。このときは、13日目に同じ部屋の弟弟子・北天祐が隆の里を破った瞬間に北の湖の優勝が決まった。勝った直後、土俵上から北天祐が控えで見守っていた北の湖に微笑んだ。すると北の湖も北天祐に微笑みを返した有名な光景がある。苦境から返り咲いてつかんだからこその温かな光景。全盛時代の北の湖にはありえないことだったかもしれない。 北の湖は当然ながら勝負に厳しく、相手力士に容赦なく勝つことからも「憎らしいほど強い」との印象を深めた。対金城との対戦成績29勝0敗は、無敗の対戦成績としては史上最多の記録である。ほかにも蔵間に17勝0敗、青葉山に12勝0敗など、10戦以上して一度も白星を許さなかった力士がたくさんいる。春場所初日を翌日に控え、土俵祭りに出席した白鵬(奥)と北の湖理事長 =2015年3月7日、大阪市浪速区のボディメーカーコロシアム 一方で、元大関・朝潮には7勝13敗(不戦敗1を含む)と負け越している。北の湖は入幕後、巨漢力士の高見山に連敗したことから、「自分より大きな力士に弱い」、朝潮を苦手にしたのもそれが理由ではないかと言われた。しかし、もうひとつの見方もある。真摯な仕切りを重ねる北の湖に対して、巨漢力士はゆったりと遅く仕切る。朝潮はとくにトリッキーな動作もあった。こうした動きには普段の呼吸を乱されがちだ。それでも北の湖は黙々と仕切り、内心の苛立ちを抑えて表情を崩さなかった。そのような土俵を貫いていた名横綱だからこそ、白鵬の猫だましに毅然と苦言を呈した。それは、毅然とした北の湖の相撲道を貫いた先輩横綱として当然の指摘であったのだろう。

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    ラグビー五郎丸フィーバーと「拝みポーズ」に感じる違和感

    空気が一変したのは30年来ラグビーを応援し、もっとラグビーの魅力が伝わればいいのに、と願い続けてきたスポーツライターには感慨深い。このままラグビーが熱く応援されるよう願っている。 だから、ラグビー人気にも五郎丸フィーバーにも水を差す気はない。けれど一方、今回の騒ぎでやはり見えてくる日本の不思議な現状を記しておきたい。五郎丸のレッズ入りで、スーパーラグビーの仕組みなどもワイドショーで詳しく紹介されている。そこまで時間を割いて伝えるかと驚くばかりだが、それでも一切報じられていないことがある。 ひとつは、「スーパーラグビーだけが世界の最高峰ではない」ということ。 世界のラグビー界には、日本で知られる15人制ラグビーのほかに、13人制の「リーグ・ラグビー」という流れがある。実はこちらが先にプロ化し、ニュージーランド、オーストラリアでは高い人気を博している。これに対して「ユニオン・ラグビー」と呼ばれる15人制側は、長くアマチュアリズムの伝統をを守り続けたため、リーグ・ラグビーに人材を奪われ、人気で後塵を排する流れになりかけた。そこで遅ればせながら方向転換を図り、現在のスーパーラグビーへと発展するスーパー10などのリーグを発足させた経緯がある。 日本のラグビー界は、日本ラグビー「協会」と称することでもわかるとおり、ユニオン・ラグビーの傘下にある。かつて私の友人がリーグ・ラグビーの普及を依頼され、日本代表を組織して国際大会に参戦した歴史もあるが、これに参加すれば二度と協会の試合には出場させないといった警告も発せられて、いまでいうトップリーグの選手は参加せず、大きなムーブメントにはならなかった。リーグ・ラグビーはいまだに日本では「存在しないもの」のようになっている。江戸時代の鎖国的な情報管制が、いまも日本のラグビー界では生きているのだ。 いまでいうトップリーグの選手は参加せず、大きなムーブメントにはならなかった。 五郎丸を見にオーストラリアまで出かける新たなファンもいるだろう。現地でテレビをつけたら、スーパーラグビーと同じかそれ以上に華やかなリーグ・ラグビーの試合も中継しているはずだ。 ちなみに五輪種目となった7人制ラグビーはユニオンが主宰する種目だから、15人制とはルールも醍醐味もずいぶん違うが「ラグビー」と認められている。ラグビーW杯イングランド大会 サモア代表対日本代表 先制のペナルティゴールを決める日本代表・五郎丸歩=ミルトンキーンズのスタジアムMK(撮影・山田俊介) もうひとつ、話題沸騰の「おがみポーズ」にも触れておこう。 五郎丸は蹴る前のおがみポーズで高いゴールキック成功率を誇っているのだから、「効果があるに決まっている」という前提で会話が盛り上がっている。岐阜にある同じポーズの仏像を持つ寺院の参拝者数が3倍に増えたとの報道もある。昔からモノマネの対象になりやすい選手ほど人気を得るのはスポーツ界では定番だし、こういう楽しい話題を真面目に批判するのは野暮と知りつつ、考察しておきたい。 これを若い選手や子どもが真似したら、「キックが上手くなるか?」といえば、そういう効果はないだろう。おがみポーズは、スポーツ界では「ルーティン」と呼ばれる心理的なスキル。同じ動作を習慣化することで迷いを排除し、自然な集中状態に自分を導いていつもの動作が出来るよう促す。イチロー選手が打席に入るまでのプロセス、打席に入って大きくバットを回してから構える仕種もこのルーティンとして知られている。だから、欧米のスポーツ科学を学んだ方々からすれば「おがみポーズは科学的なスキル」として推奨されることになる。だが、ちょっと冷静に考えればわかることだ。 いまそれを言ったら野暮なのは承知の上だが、大真面目にルーティンを賛美する風潮には、スポーツライターとして釘を刺しておきたい。ルーティンはたしかに「できる人にはよりできる」助けにはなる。けれど、できない人がやっても効果はない。また五郎丸自身も、いざ調子を落とし、体力が衰えるなどしてキックの精度が落ちた時に、これさえやれば「入る!」とは行かないだろう。 かつて、やはりゴールキック前の動作が人気を呼んだ早稲田の先輩キッカーがいた。ボールをセットしたあと、大股で一歩、二歩、三歩と下がる動作に合わせて、スタンド全体が「イーチ、ニー、サーン!」と叫ぶ楽しさを共有したものだ。けれど現役生活の終盤、彼が久々にキックを大きく外し、スタンドに失笑がこだまするところまでが「ルーティン」になった。残念ながら、ルーティンもスタンドの大合唱も、彼の失われた技量に力を注ぐ効果まではなかったのだ。 「勝つ」という目的に限って言えば、ルーティンにも一定の効用はあるがろう。けれど、「心技体を磨く」というスポーツ本来の目的に照らしたらどうだろう? ルーティンは半ばおまじないであり、いわば「依存」とも言える行為だ。いまスポーツ界には、サプリメントをはじめ磁気ネックレス類まで、依存症グッズが溢れている。その提供者は重要なスポンサーになっている事情もあって、憂うべき依存症傾向を戒める指摘も少ない。本当は、スポーツに打ち込むことでたくましい心身を磨くのがスポーツの意義であるはずなのに、勝利を求めるあまりスポーツ選手が依存に走る風潮、周囲もそれを傾向を推奨するおかしさに気づかなければならない。五郎丸が拝むのは不安があるから?五郎丸が拝むのは不安があるから?ラグビー練習試合ヤマハ-東芝 ヤマハ・FBの五郎丸歩選手=2015年10月30日、遠州灘海浜公園球技場(撮影・納冨康) そもそも、五郎丸がおがむのは、キックが入るかどうか不安があるからではないか? 不安を敵に見せるのは、真剣勝負の中では愚かな行為。ラグビーの試合中としては特別な、敵が攻撃を仕掛けてこない守られた時間だからできることとはいえ、本来は感情を表さず、できるだけシンプルな動作でゴールを目指す姿勢こそ「次元が高い」ことは、スポーツ・ファンならわかっておいてほしい。 五郎丸は、拝む時の指のからめ方を進化させるより、何もしないで、ボールを置いたらサッと蹴る方向に進むのが本道だ。五輪予選決勝の中継で多くの人が目にしただろう、7人制のゴールキック。時間短縮のため、ボールを地面に置かず、両手で保持したボール地面に落としてショートバウンドで蹴る。両手がふさがっているから、拝めない。五郎丸ファンにはあっさりしてつまらないだろうが、こちらの方がスピードとテンポを重視する最近のスポーツの流れでもあるだろう。 ただ、W杯の大舞台でもゴールキックの精度を支え、初めて見る日本人ファンの大半を魅了した「おがみポーズ」の効用も検証すべきだろう。 脳科学の世界的権威で、イネの遺伝子完全解読プロジェクトを先頭に立って成し遂げた村上和雄博士(筑波大名誉教授)はいま「祈り」を生涯の研究テーマにされているという。季刊誌《どう》秋号の巻頭対談で、武術家の宇城憲治師範にこう語っている。 「『祈り』というのは、『心』よりもっと深いところに根ざすもの。自分のことより他人のために祈る。世界の平和を祈る、というように、非常に広くて大きいんですね。そういう心が人間にあるんじゃないかと。それを魂と言っているんです」 「祈りによって遺伝子は目を覚ます。本当に遺伝子にスイッチが入るんですね」 もし五郎丸選手が、自分のキック成功のためでなく、日本ラグビーの未来のために祈って蹴ったとすれば、その魂がボールにこもった可能性はある。

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    日本プロ野球のプライド「プレミア12」が五輪復活の夢を繋ぐ

     [WEDGE REPORT]森本茂樹(スポーツライター) 2015WBSCプレミア12が11/8に札幌ドームで開幕した。侍ジャパンこと日本代表は、韓国代表との初戦を日本ハムのエース大谷翔平投手の好投で勝利。幸先良いスタートを切った。今回初開催されるこの野球の国際大会、WBCと何が違うのかという率直な疑問を持つファンに向けて、大会をより楽しむためのレポートをまとめるべく、札幌を訪れた。11/8のWBSCプレミア12の開幕戦、投打が噛み合った日本は韓国に5-0で勝利。日本ハムの大谷翔平投手の好投が光った。第二戦からは台湾で行われ、11/19の準決勝からは再び日本で開催。準決勝、3位決定戦、決勝の4試合は東京ドームで行われるジュニアからトップチームまで関係するベースボールワールドランキング 開幕戦の前日、札幌市内のホテルで会ったWBSC(World Baseball Softball Confederation/世界野球ソフトボール連盟)のリカルド・フラッカーリ会長は、プエルトリコとの強化試合を指し、「日本はいい試合をしたね。これから我々にとっても重要な大会が始まるのが楽しみだよ」と話してくれた。そのプレミア12について教えてくれたのは、WBSCのトーナメント&マーケティングマネージャーの横尾賢氏だ。彼はスイスのローザンヌにあるWBSCのヘッドオフィスで働く唯一の日本人。今年8月に日本で行われたWBSC U-18ベースボールワールドカップ同様、日本で開催される大会とあって、彼は大きな議題から細かな調整まで、大会を支えるキーパーソンとなっている。 「世界における野球の普及、振興は私たちWBSCにとって永遠のテーマです」と開口一番に出てきたのは、野球とソフトボールの国際組織としてあるべき理想だった。「プレミア12がユニークなのは、世界ランキングで出場国を決めていることです。これは野球では今までなかったことですし、他のチームスポーツでも稀なケースではないかと思っています」と語る。 このベースボールワールドランキング、実は日本がアメリカ合衆国をおさえ現在1位である。このランキングには、トップチームだけではなく、U-12からU-21までの年代別ベースボールワールドカップの成績も勘案されている。サッカーのFIFAランキングと決定的に異なるのはここで、トップチームだけ強ければランキングが上がるわけではない。そういう意味も込め、WBSCプレミア12は、『野球国力No.1決定戦』なのである。WBSCのトーナメント&マーケティングマネージャーの横尾賢氏。「オリンピックが開かれる日本を重要視し、台湾と日本での共同開催となった」と語る 横尾氏はそのランキングについて詳しく教えてくれた。「世界で野球が発展していくには、ユースを含めた若い世代が今後重要になります。将来の野球を盛り上げるのは間違いなく今のジュニア世代です。U-12やU-15のワールドカップが、世界ランキングに関係し、プレミア12の出場権を左右するということで、ジュニアの大会の真剣さや重要度が増しています。過去4年の成績がポイントに反映されることから、まさに国の野球レベルを高める取り組みとなり、世代を超え、国同士がしのぎを削るようになっています」韓国戦で盛り上がる日本ベンチ。ベースボールワールドランキング1位の実力を示した試合となった 東京オリンピックでの野球復帰を願って東京オリンピックでの野球復帰を願って 「先ほど言いましたように、WBSCの存在意義は、世界に野球を広めていくことです。そのためには、野球の普及、振興に役立つ大きなエンジンとなるような大会が必要だと考えました。それがこのプレミア12の第一回大会なのです。各国が盛り上がって、日本でも大きな話題となると、2020年の東京オリンピックにも繋がるのではないかとも思っています」 プレミア12は11/8から11/21まで、全38試合が行われる。日本野球機構(NPB)との交渉が難航したため台湾の単独開催という発表も一度はあったが、開幕戦と準決勝、3位決定戦、決勝が日本で、1次リーグと準々決勝が台湾というように、日本・台湾の共同開催となった。これについても横尾氏の説明は明快である。「開催国も台湾だけでということから共同開催に変更となりました。これはオリンピックが開かれる日本を重要視し、日本で盛り上がることが大事だと捉えた結果です。どのスポーツでも、オリンピック競技になることで、注目が高まりますし、政府のサポートも大きなものになります。各国でWBSCが実施しているクリニックなども含めて、プレミア12もオリンピックも、野球の普及、振興というテーマのための道標になります」 野球の世界大会といえば、日本が2006年、2009年と2大会連続で優勝を飾ったワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がある。WBCは、MLBの機構・選手会が共同出資して作った運営会社が開催しているという特徴があるのに対し、プレミア12はWBSC(世界野球ソフトボール連盟)が運営している。「考え方がニュートラルでいられる私たちが開催することで、より中立性を保った大会にすることができると思いますし、今回も各国のリーグと利害関係を調整できたのは、国際機関だからだと思っています」とそのメリットを語る。 しかし、大会参加が期待されたMLBの選手たちは、長いシーズンが終了したばかりの11月は体調のケアを最優先する時期だということもあり、不参加となった。横尾氏は言う。「確かにMLBの選手は今大会には出場しませんが、アメリカを始めとした各国も正直強いと思います。日本のファンの方々にもご理解いただきたいのは、『メジャーが出ないから、プレミア12は面白くない』ということではなく、国の威信をかけて戦っている選手、代表チームを誇りを持って応援してもらえれば、きっと楽しんでもらえると思っています。他の国の取り組みや姿勢に注意を払うのは良いことだとは思いますが、日本が主体性を持って世界の野球をリードしていってほしいと思っていますし、また日本野球にはその力があると思っています」日本、台湾、韓国のプロ審判も参加開幕戦の審判はアメリカやカナダ、オーストラリアから来日した審判団が務めた。世界各国から一流の審判がプレミア12をジャッジするために集合している 参加国はランキング上位の12カ国が選ばれたが、審判はニカラグアやパナマ、オーストラリアなど参加国以外からも招集された。WBSCの審判部長グスタボ・ロドリゲス氏は、「今大会の審判団を信頼している」と語る。「NPB(日本野球機構)、CPBL(台湾プロ野球)、KBL(韓国プロ野球)などアジアのプロ審判に加え、アメリカ合衆国やカナダからも参加。マイナーリーグやAAA、またメジャーでも経験のある審判だ。ベネゼエラやキューバでプロとして活躍している審判もおり、ベストな審判団になったと思う。ハイレベルな試合になると思うし、審判団も同じくハイレベルだ。野球ファンにとっては間違いなく興味深い大会になると思うよ」と笑った。 川口亘太氏はNPBのアンパイアであり、22年1600試合以上の経験を誇る。今回プレミア12の審判に選ばれたが、「試合での動きは、日本でのゲームと同じですが、言葉が通じないので少し不安はありますね」と語る。アンパイアミーティングを終え、一緒にチームを組むメンバーの母国語は、英語が2名、スペイン語が1名、日本語が1名だったという。 しかし、NPB審判部長の友寄正人氏は心配していない。「NPBから選りすぐった6名ですので、技術的なことは何も心配をしていません。確かに色んな国から審判が集まっていますので、言葉の問題はあります。コミュニケーションで戸惑うんじゃないかな、と。ただ、私もWBCの第二回大会に参加した経験があって言えるのですが、言葉は通じなくてもやることは同じで、上手く連携が取れるようになると思っています」。さらに今後、国際大会が増えていくことになると思うと話し、「現状、アマチュアの方が国際大会の試合が多いんです。今回、そんな中でチャンスがある。国際大会ですから、選手たちは国の威厳を背負ってプレーします。それは私たち審判も同じ。どの国の審判にも負けたくないという気持ちでやっています。私もこの大会が楽しみです」開幕戦は白熱の日韓戦開幕戦は白熱の日韓戦 先制打は中日の平田良介選手。三塁ベースに当たるラッキーなヒットとなった。3点目となる追加点も粘り強いバッティングから記録するなど2安打2打点の活躍 開幕戦は、11/8札幌ドームで行われた日本vs韓国の一戦だった。日韓戦というと、どうしてもサッカーのイメージが強い。サッカーではA代表の日韓戦が1954年のワールドカップ予選でスタートして以来、今年8月の東アジアカップまで74試合が行われている。日本は13勝38敗23引き分けと分が悪い。一方野球では、2000年のシドニーオリンピックから、プロ選手が代表入りするようになり、前年のオリンピック地区予選でトップチームの戦いが始まった。当時はプロアマ混在チームで、プロからは松坂大輔選手(ソフトバンク)や今年ソフトバンクを退団した松中信彦選手らがおり、アマからは当時大学生だった阿部慎之助選手や杉内俊哉選手(ともに現・読売ジャイアンツ)らがプレーした。シドニー、アテネ、北京でのオリンピック、また2006年から始まったWBCとあわせて、日韓戦の成績は日本の6勝9敗となっていた。巨人坂本勇人選手は、攻守に光るプレーを見せた。日本チーム初ホームランも坂本選手のバットから トッププロが加わって16試合目となった日韓戦は、地元・北海道日本ハムファイターズのエース大谷翔平投手が最速161kmのストレートで会場を沸かせる熱投で、6回10奪三振の零封。打っては中日の平田良介選手が3塁ベースに当たる幸運なタイムリーなど2打点。さらには巨人・坂本勇人選手も犠牲フライとチーム初本塁打となるソロホームランで2打点など、着実に追加点を重ね、12安打で5得点。守っては8回1アウト1・2塁のピンチにショート坂本選手がセンターに抜けそうな当たりを横っ飛びのファインプレーで盛り立てるなど、ピンチの場面はあるものの、2番手・則本昂大投手、3番手・松井裕樹投手(ともに東北楽天ゴールデンイーグルス)が韓国打線を抑え、5-0で大事な初戦をものにした。国のプライドを賭けた戦い日本の4番は埼玉西武ライオンズの主砲中村剛也選手。11/6のプエルトリコとの強化試合で右手甲にデッドボールを受け、出場が心配されたが、先発出場。2安打の活躍となった 緊張感のある開幕戦を見ても、国際大会の凄みが随所に感じられた。強化試合のデッドボールで手の甲を打撲した4番中村剛也選手(埼玉西武ライオンズ)も試合に出場するなど、開幕戦をモノにしたい勝利へのこだわりが見て取れた。試合後の会見では、「台湾に行っても緩めることなく、とにかく全部勝って、予選を通過したいと思います」と小久保裕紀監督は語った。台湾での初戦は11/11のメキシコ戦。サヨナラ勝利で開幕二連勝を飾った侍ジャパン。日本のいるグループBには、アメリカやドミニカ共和国などまだまだ強豪国との試合が続く。 WBSCの横尾氏は言う。「見所は本当に真剣勝負。国のプライドを賭けた戦いだということです。この大会の盛り上がりが、2020年の東京オリンピックへと繋がればと思っています」。1992年のバルセロナから2008年の北京まで5大会連続で正式種目として実施されたオリンピックへの復帰。野球ファンなら興味を抱くだろう東京オリンピックでのトッププロ選手のプレー。そんな夢を描きながら、プレミア12で戦う選手たちの真剣勝負を楽しみたいと思う。

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    東京五輪と野球の悩める関係

    2020年東京五輪の追加種目として提案される5競技が決定した。野球は「大本命」だったとはいえ、賭博問題を契機にIOCが敵視する採用判断への影響が懸念される上、実施に向けて様々な難問が待ち構える。五輪と野球の悩める関係を考える。

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    野球の五輪復活に立ちふさがる思いの外に高い壁

    春日良一(スポーツコンサルタント) サマランチベイビーと呼ばれる競技がある。サマランチの赤ちゃん?! サマランチとは1980年に就任した国際オリンピック委員会(IOC)会長のことであり、ベイビーとはBABY(赤ちゃん)のこと。彼の力によってオリンピックスポーツ(五輪競技)に生まれ変わることができたスポーツのことをオリンピック関係者は秘かにそう呼ぶ。代表的なのはトライアスロンで、2000年開催のシドニー五輪から五輪競技となり、今や押すに押されぬオリンピックスポーツである。サマランチ会長と言えば、オリンピックを商業化した人物として知られているが、五輪の「ために」なるスポーツを見分ける才能に長けていた。その競技がどれだけ魅力的で人々を引き付け、そしてメディアの関心を得られるかという視点を五輪運動に初めて与えた人物とも言える。その意味で、ベースボールすなわち野球もサマランチベイビーであると言える。 彼がIOC会長に就任した1980年当時、欧州で野球を知るものは少なかった。日本スポーツ界は「野球にあらずばスポーツにあらず」というほどの野球至上主義の時代である。この日本と世界のギャップはかなり大きかった。1982年、サマランチがIOC会長就任後、初来日した際、日本体育協会職員四年目の私はアテンドの任に就いた。IOC会長接遇の一夜、日本オリンピック委員会(JOC)専務理事(当時は総務主事と呼んだ)岡野俊一郎の自宅での晩餐があった。岡野夫人の手作り料理を囲むごくアットホームな食事会であった。夕食後、リビングにくつろぎながらの語らい、テレビにはプロ野球ナイター中継が映っていた。サマランチは鋭い眼光をその試合に当てた。岡野は気を遣って、「先般来日したドイツのサッカーチームが野球中継をTVで見ていて、どうしていつも同じ方向(一塁)に走るのだ。フェイントをかけて左(三塁)に走ればいいのにと言っていた」というエピソードを披露した。しかし、サマランチは平然と「それはルールだから」と答えた。まだIOCの誰も野球になど関心のなかった時に彼は既に日本の国民的なスポーツを理解しようとしていたのである。 野球が五輪にデビューしたのは、1904年の第三回大会(セントルイス)と言われているが、デモンストレーション(公開)競技としてであった。以降、何度か公開競技とし実施されるが、初めて正式種目になったのは1992年バルセロナ五輪である。サマランチ会長が自分の故郷で開催した第25回大会である。五輪競技になるには様々なハードルをクリアしなければならないが、その最も重要なファクターとは、実は、五輪が全てのスポーツの至高の存在でありうるかどうか?という点で、ここにサマランチは一番こだわっていた。同じバルセロナ五輪のバスケットボールに米国が初めてドリームチーム(NBLの選手たちで構成)を派遣したことは記憶に新しい。MLBの選手が出ない野球をサマランチが認めた背景には、日本野球への彼一流の特別な理解があった。 2002年からのロゲIOC会長新体制が野球を五輪競技から外す決断をしていくのも、当然といえば当然である。MLBは依然、五輪にトップアスリートの派遣を推奨していないし、野球の国際連盟(IF)は普及活動にも力を出し切れていなかった。サマランチという後ろ盾を失ったベビーは孤児となったのである。 その野球が2020年東京五輪の追加種目として、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(OCOG)からIOCに付議された。追加種目というコンセプトは、2013年9月のIOC総会(ブエノスアイレス)において、新会長となったトマス・バッハの提唱する五輪改革案「アジェンダ2020」の提言の一つである。その総会で第32回オリンピック競技大会開催都市として東京が選ばれた。 五輪実施競技について、競技数から種目数による制限に変え、種目数と選手数と役員数の範囲内で、開催都市に追加種目の実施を認めるというものである。そもそも「アジェンダ2020」の主目的は何かと言えば、五輪運動の維持継続である。そのためには開催したい都市が永続的に出現する必要がある。開催経費の捻出の基盤となるその都市が実施したい種目を五輪「競技」の枠を取っ払っても選べますよ!という開催運営に心を砕いた規定である。 「競技」と「種目」と言っても分かりにくいので、簡単に説明すると、競技はsportの訳、種目はeventに相当する。水泳で言えば、競技は水泳、種目は100メートル自由形となる。 これまでは五輪競技(Olympic Sports)から実施競技を選んでいたから、五輪競技に選ばれないとどうしようもなかった。しかし、実施基準が競技から種目となったことで、Sportとしては認められていなくともEventとして提案し、実施できるというわけである。 東京五輪組織委員会が五輪競技から除外された野球を開催都市の権利として提案することは我々日本人からすれば至極当然のことのように思える。しかし、先述のとおり、野球は生粋のサマランチベイビーであり、彼の庇護なくしては存立しえないほどのはかない存在であるという真実を想起する必要がある。最も重要な選考基準はオリンピズムにある最も重要な選考基準はオリンピズムにある 本年9月28日にOCOGがIOCへ提案する追加種目18を発表したが、種目として野球男子が入り、「野球は日本の国民的スポーツであり…」と詠われているように、日本人の多くは野球が追加種目になるのは当然だと思っているだろう。若者に聞いても野球が追加種目としては有力だという意見が多かった。追加種目を含むソフトボール、空手、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンに比べて知名度が高い。IOCの最終決定は2016年リオデジャネイロでの五輪時に開催されるIOC総会で行われるが、その選考基準は35項目に亘っている。 何が最も重要な基準であるか? それを考えるヒントは、オリンピック運動を支えるオリンピズム(五輪哲学)である。なぜなら、それがために五輪大会は開催され続けなければならないからだ。端的に言えば、それは創設以来の理念、「スポーツを通して世界平和を構築する」である。そのためにはオリンピック競技大会は至高の競技大会でなければならない。それが至高であるから、各国は自らを代表する最も優れたアスリートを国を挙げて出場させる。そしてそれぞれのナショナリズムを背負った選手たちが競う合う中で、敵を認め尊敬することを学ぶ。それによって戦う前提であったナショナリズムも超越し、それが全世界レベルで共有される。オリンピズムとはナショナリズムを利用して、ナショナリズムを超克する思想なのである。 そこで、最大の基準は「最上の選手の参加」である。サマランチ会長の改革は商業主義と揶揄される場合が多いが、それは「最上の選手の参加」という視点からプロ化の必要性を見抜いていたからと捉えることもできる。世界で最も強い選手が出る大会でなければオリンピックの理念に反することになる。この部分は現会長バッハも「アジェンダ2020」で引き継いでいて、プロリーグやIFとの連携で「最上の選手の参加」を確保することを重んじている。その意味で野球にはMLBの参画が必須であり、現状はこの点で相当厳しいものがある。MLBが五輪運動に賛同して選手の参加に協力できるようにならなければ、「アジェンダ2020」の求める五輪の持続可能性において脆弱である。追加種目として選ばれてもそれが持続的五輪競技となりえるかどうかもそこにかかっている。東京ドームのライト側スタンド=2015年3月28日、東京・文京区(撮影・春名中) 野球が正式に追加種目となった場合に一番の問題は競技会場である。「心配するな、東京ドームがあるじゃないか!」と言う人が多いだろうが、五輪期間中は五輪会場は特別な空間である。「スタジアム、 会場、その他の競技場エリア内とその上空は、オリンピック区域の一部とみなされ、 いかなる形態の広告またはその他の宣伝も許されない。スタジアム、会場、またはその他の競技グラウンドでは商業目的の設備と広告の標示は許されない」(オリンピック憲章第50条第2項) 会場内は"Clean Venue"の原則から、TOPスポンサー(五輪の最上位スポンサー)であっても、広告が許されることはありえない。この点に関して、オリンピックは五輪の威厳を保っている。そうなると、現在、東京ドームに掲示されている全ての宣伝広告は撤去しなければならないことになる。 ドームには既存の売店等が多数存在するが、それらはどうするのだろうか?五輪時もそこで商業活動を営むのならば、五輪スポンサーにならなければならない。そのために払わなければならないスポンサー料はとても小売業者に払える額ではないと思える。もし東京ドームを野球の主会場とするならば、少なくとも五輪スポンサー以外の業者は、最低でも五輪開催期間中はそこから撤退しなければならない。スポンサー企業が提供できないものについては、期間内営業について交渉の余地があるもののスポンサーにはfirst refusal right(第一拒否権)があり条件は厳しい。 さらに大会期間中だけであるならば、16日間で済むが、リハーサル大会を行う場合は、本大会よりも宣伝広告禁止コードは低いもののそれなりの対処が必要になる。 であれば、東京五輪のために新たに野球場を建築した方が容易に思える。が、それは、新国立競技場問題で揉めたばかりのOCOGに新たな財政的問題を引き起こす。そもそも「アジェンダ2020」は開催経費の節約について既存施設の有効利用を提言しているだけに、東京ドームの利用は推奨されるところである。しかし、実際の運営を考えるとその実現にはオリンピックの壁が聳えている。 野球が五輪競技として磐石なる地位を築くことを真摯に考えるならば、まず日本の野球機構の矛盾を止揚しなければならないだろう。そもそも五輪代表を決める権利はその国のNOC(日本ならば日本オリンピック委員会=JOC)だけが有する。NOCが認証したその国あるいは地域で当該競技を統括する唯一のNF(国内競技連盟)だけがNOCに代表選手を推薦できる。しかし、日本にはプロ野球、社会人野球、学生野球があり、それぞれが自己の権威を保っている。五輪代表を選考するために言わば「便宜的に」全日本野球協会が設立され、JOCの傘下にあるが、IOCの基準からすれば、底辺からトップまで一環して統括管理し、選手育成、野球振興を図るために機能する野球統括組織の誕生が求められる。その道はMLBの五輪参画とともに険しいようだ。 2008年の第29回オリンピック競技大会(北京)以来、姿を消した野球が第32回の東京五輪で復活するために超えなければならない壁は思いの外に高いのである。(敬称略)

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    メダルありきの18種目 「柔道の父」のオリンピズムはどこへいった

    は幼い頃からスカッシュに親しみ、スカッシュとともに生きてきたとする。Aさんにとってスカッシュは特別なスポーツとなり、“スカッシュ命”となるだろう。 一方、Bさんが野球が大好きな人ならば、“サーフィンなんて単なる遊びじゃないか?!”と見向きもしない… つまり人はそれぞれの環境で競技についての理解が著しく異なる上に、人の趣向はかなり保守的なのだ。 加えてどんな競技にも特性としてメリットとデメリットが混在しているので、競技と競技の比較じたいが困難である。 比較困難なものの中から幾つかを選べば、落選したところは強い不条理を感じてしまい、当選となった競技を応援する気にならないのが人情だ。 だから後腐れなく選ぶのは、国民投票しかないと思っていた。ひとり1回の記名投票にして、上位ベスト5を選べば、すっきりしたと思う。 1964年の東京大会では、日本中のいたる所に五輪旗が揺れていた。あらゆる日常品にも五輪マークが付けられ、開催を意識しない日はなかった。ところが今はスポンサーとの関係において五輪マークどころか、五色の色彩についても五輪を連想させるものは不許可である。 だからせめて自分たちが投票して競技を選べば、親近感がわいたと思う。 追加種目を投票で選ぶ選挙とすれば、それぞれの競技団体は何に入れようか決めかねている浮動票をもつ人々に熱心に競技を説明したはずだ。その情熱で、その競技を始めてみようという人もいるから、競技人口の増加にもなったかもしれない。 新国立競技場の建設問題やエンブレムについても不透明さが目立ち、ごく一部の人々がすべてを決定してゆく感じなのは大変にマズい。改めて言いたい、五輪は誰のものなのか?!五輪は決して運動能力の優れたトップアスリートの華やかな舞台なだけではない。 すべての人々、老若男女ひとりひとりのために五輪はある、そのことがオリンピック憲章に謳われていることを忘れてはならない。 だから五輪の運営は、人々に愛される努力を怠っては成功に導けない。 ところで来年IOCに提案される野球・ソフトボール、空手、ローラースポーツのスケートボード、スポーツクライミング、サーフィンの5競技18種目には共通点を感じ取っている人は私だけではないと思う。 それは日本がメダルをその競技で獲得できる可能性が高いという思惑である。 暗黙の了解といってもいい皮算用を考えたとき、今は亡き嘉納治五郎氏が怒るのではないかと思う。 嘉納治五郎氏は、ご存知のように1940年の五輪招致(戦争のために返上)に大きく寄与した人である。 一方で彼は“柔道の父”と呼ばれているように日本中に沢山あった柔術から暴力的で危険な部分を取り除き、柔術を柔道化した人である。彼は発明した柔道を心から愛し、柔道を世界の国々への布教に務めた。 しかし忘れてはならないのは、五輪の招致には熱心だったが、柔道の五輪種目への導入には反対していたことである。 柔道が正式種目になれば、日本ばかりがメダルを集中的に獲得してしまうから良くない、と考えていたのである。つまり五輪はあくまで自他共栄のために開催されるべきだから、柔道を正式種目にするには、まだ早い。もっともっと柔道を世界に広めて正しく対等な立場になってからの時期が良いと考えていた。 そういう意味で、日本のメダル加算を計算しながらの種目選びには、嘉納は“賛成しかねる”と言ったのではないだろうか。 すでに今まで五輪種目は満杯だと考えられてきたのに、「五輪アジェンダ2020」がまとめられ、東京五輪から立候補都市の減少を押えるために開催都市が追加種目を提案できる権利を得た。 それに対して開催都市の活躍やメダル加算メリットだけを考えて良いものだろうか。二度目の東京五輪を迎える、仮にも先進国といわれる国ならば、メダル獲得ばかりに集中するのではなく、80年という時空を超えて、嘉納の精神を踏襲する種目提案があっても良かったように思うのは、私だけだろうか。つまり世界中の人々の未来のために自他共栄の精神からの種目提案である。そういう理念の提案を示すことが、未来に向かっての2020年東京開催を印象づけることなのではないかと思うのだが…?!

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    五輪は若者の遊び場じゃない 追加種目はIOCへの献上品か

    した中高年も多かったはずだ。 野球・ソフトボール、空手は予想通りとはいえスケートボード、サーフィン、スポーツクライミング。カタカナ3競技が何で五輪競技なのか、さっぱり分からない。「五輪は若者の遊びの場じゃないぞ」と憤慨する声もあった。 「若者のスポーツ離れ」を危惧するIOCの意向に沿うと、こうなるらしい。スケートボード関係者は「まず、選手の服がオシャレで若者人気につながり、動きがハデでライブ感がある」と喜びを語っていたそうだが、五輪はいつからそんな軽薄になったのか。 選んだ組織委員会の追加種目検討会議のおじさんたちは、3競技を生で見たことがあるのか。まさか「カッコいい」と感化されたわけではないだろう。「若者へのアピール」というなら、若者はもちろん、広い年齢層に愛好されるボウリングはなぜ落ちたのか。選考過程もハッキリしないままで、どんな競技かも知らない大半の人たちにとってはマニア向けの際物にしか見えないだろう。 新国立競技場が白紙撤回され、パクリ騒動で公式エンブレムまで白紙撤回した。もうこれ以上、IOCの機嫌を損なうことは許されない。組織委員会は最後は候補種目を絞りきれずIOCに丸投げした格好で「仰る通り、若者向けを選びました。ささ、どうぞ」といった感じの“献上品”にも見えてくる。 問題は来年8月の総会でIOCが5競技すべてを承認するかどうかだ。 IOCは追加種目の上限について総選手数500人を目安にしている。提案では野球・ソフトのチーム数を8から6に減らすことで、5競技で合計474人で抑えた。「だからといって、5競技すべてOKというわけにはいかないだろう。IOC内部では5競技は多すぎる、という声が早くも出ているらしい」と関係者は懸念する。 総会では5競技一括で審議するのか、1競技ずつ審議し採決するかも決まっていないという。後者になると「こんな競技は知らないぞ」と反対され落選の恐れも多分にある。「当選だ」と大喜びしたのに来夏、土壇場で落とされた競技団体が出るとしたら、とんだ罪作りになる。 若者のスポーツ離れ対策に、IOCは14-18歳を対象に10年から4年に1度、五輪と同じくらいの規模でユース五輪を開催している。何も若者に媚びを売って大人の五輪に採用しなくても、こちらの五輪の種目にして思う存分やらせてやればいい話ではないのか。

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    “死角種目”「女子野球」 野球・ソフト復活でも朗報といえない現実

    ノンフィクション作家の谷岡雅樹が書いた『女子プロ野球青春譜1950』(講談社)によると、「女性のプロスポーツ競技として、戦後もっとも華やかで日本全国の耳目を集めたのは女子プロ野球である」という。ブームを迎えた50年8月頃には16チームがしのぎを削っていた。しかし、華やかな時代はわずか2年で幕を閉じる。52年からは活躍の場をノンプロに移し、夢のような時間が再び訪れることはなかったという。日本の相手は米国のみか それでも女子野球の灯火は消えることなく、1997年には第1回「女子高生の甲子園」が開催された。また、日本の女子野球はワールドカップ(W杯)で4連覇するなど世界でも群を抜く。しかし、知名度の低い女子野球を取り巻く環境は貧弱そのものだ。競技人口も男子の1%に満たない。野球の本場・米国においても「男女格差」は激しく、女子野球の存在は軽視されがちだという。 昨年9月、宮崎で開かれた女子野球のW杯には世界8チームの国・地域が参加。女子日本代表は下馬評通り、6戦全勝で4大会連続金メダルという金字塔を打ち立てた。この大会、米国との決勝は好ゲームだったが、国際舞台に立てるレベルにない弱小チームもあったという。 現時点で女子野球が五輪種目になれば、日本のメダルは「当確」で、金メダル争いは米国との決戦になることはほぼ間違いない。言い換えれば、日本と米国を除くと諸外国のレベルは極端に劣り、せっかくの五輪の舞台が興ざめになる可能性もありそうだ。 日本のソフトボール界を長年にわたり背負ってきたエース・上野由岐子によると、五輪種目か否かは選手のモチベーションにも影響し、五輪種目であり続ければ「子供たちの夢」としてバトンがつながるという。 五輪野球が「男女2種目」として出場できる日は訪れるだろうか。2年に一度開かれる女子野球のW杯は来年9月、韓国・釜山で開催される。開催時期はリオデジャネイロ五輪直後にあたる。世界的に「祭りのあと」のような状況でアピールの場としては期待薄になりそうだ。女子野球が日本と米国以外にも裾野を広げない限り、女子野球の五輪種目入りは難しいと言わざるを得ない。それでも、東京五輪のさらに先に、野球に青春をかけ、汗をかく「侍ジャパン女子」の夢をかなえてほしいものだ。

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    プロ野球を面白くする改革案 12球団3リーグ制と三軍の設置

     2015年のプロ野球が露呈した問題は多い。セ・パの大きすぎる実力差、相変わらずの人気先行の監督人事など様々だ。どうすればプロ野球は面白くなるのか。球界には抜本的な改革が必要だろう。 その意味で興味深いシステムを提唱する人物がいる。『プロ野球なんでもランキング』(イースト・プレス刊)などの著書がある、プロ野球データに詳しい広尾晃氏だ。まず、広尾氏が提唱するのは、現在の12球団を3リーグ制に分割する方法である。「ポストシーズンを有意義にするためにも、現行の2リーグ制をまず3リーグ制に改めてはどうでしょうか。12球団を4チームずつ、仮にセントラル、ウエスタン、イースタンとする3リーグに配分して、交流戦も行なう。そして各リーグ優勝の3チームと、2位の3球団のうち勝率の高いチーム同士でワイルドカードゲームを1試合行ない、合計4チームが7戦4勝制のトーナメントで日本一を争う。 そうすれば、矛盾のない形でのポストシーズンになります」 そしてもう一つ、広尾氏が提唱するのは、各球団が三軍を置くシステムだ。三軍制はいち早く2011年にソフトバンクが開始し、成果を上げている。ソフトバンク・孫正義オーナー(中央)と握手をかわす工藤監督=2015年10月29日、神宮球場(撮影・吉澤良太)「四国アイランドリーグとの32試合をはじめ、韓国のプロ二軍が対戦するフューチャーズリーグとの20試合、九州・沖縄の大学・社会人チームとの合計78試合を行なっています。こうしてチーム内の競争を活発にすることが、ソフトバンクの強さを支えている。さらに独立リーグへ選手を派遣し、費用面も援助して独立リーグの運営もしやすくなっている。これはメジャーのシステムに学んだものです」(広尾氏) 実は巨人が来年度から、三軍を導入する。セの各球団がパに先んじて三軍を当たり前とすれば、戦力差の是正に繋がるだろう。広尾氏が語る。「『高知新聞』が行なった調査によれば、野球人口はあと5年で2割減るというデータがあります。このままだと確実に減り続け、東京五輪の2020年には、全国の高校野球チームは3500チームを割り込むことになる。関係者全員をあげて、球界改革を急ぐべきです」関連記事■ オリックス球団社長を11年務めた男が球界の舞台裏著した本■ プロ野球改革案 CSの欠陥を改善する「3ディビジョン制度」■ 手抜きするチームあるプロ野球交流戦 王者優遇制度作るべき■ 大幅赤字を解消し今や人気者 パ・リーグの経営戦略とは■ 3年で消えた“幻の球団”「高橋ユニオンズ」の軌跡描いた書

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    ソフトバンクがメジャーで通用するこれだけの理由

     パ・リーグを圧倒的な勝率で制し、日本シリーズでもヤクルト・スワローズを寄せつけず、ソフトバンク・ホークスは二連覇を果たした。あまりの強さに、「ホークスがメジャー・リーグに参戦したら通用するだろうか?」と話題にする人たちも現れ始めた。   そのような声が上がったのは、V9を果たした巨人以来ではないか。   あくまで想像に過ぎないが、「短期決戦ならばホークスは互角以上の戦いができるのではないか」と思う。長いシーズン、長距離移動や時差のあるペナントレースを戦い抜くには、戦力だけないプラスアルファが必要。だから、そう簡単にシーズン優勝が可能とは言えないが、もしワールド・シリーズを制したロイヤルズと対決したら、好勝負を期待するのは夢物語ではない。ソフトバンク・武田翔太=ヤフオクドーム(撮影・中川春佳)   日本シリーズ初戦で好投し、スワローズ打線の牙を抜く役割を果たした武田投手の落差のあるカーブ、緩急を生かした投球はメジャーリーグの強打者には有効だ。中継ぎを担う森、千賀らの真っ向勝負、硬派なマウンド姿はアメリカの野球ファンに好感を持たれるだろう。    攻撃陣の多彩さもメジャーの破壊力に引けを取らない。あくまで全選手がトップ・コンディションで臨めたらの条件付きだが、長打力に加えてスピードもある「トリプル3」達成の柳田、大砲・李大浩、ハッスルボーイ松田、くせ者・明石と個性豊かなキャラクターが揃っている。日本シリーズは欠場した中軸・内川の打棒が本場でも通用することは過去のWBCで実証済みだ。 それでも、「個々の力量を比べたらやはりメジャーリーガーのパワーには一歩及ばないのではないか」と疑問の声が上がりそうだ。 たしかに捕手陣はメジャーリーグに少し見劣りするか。メジャーでは捕手も投手のリードより肩の強さ、打力が重視される。日本はリード優先だから、そこに大きな違いがある。   明らかにホークスがメジャーリーグを凌いでいる強みを挙げよう。そのひとつが「監督と選手の信頼関係」だ。メジャーでは最近、監督の指導力不足、人望の無さがしばしば話題になる。 今年のワールドシリーズ開催中にも監督采配を嘆く報道があった。選手は、「どうせプレーするのはオレたちだから、監督の指導力なんてどうでもいいさ」と気にしない姿勢だと書いたメディアもあった。ホークスはといえば、工藤監督への信頼、監督の選手への信頼が日本シリーズでも感じられた。    端的に言えば、工藤監督は、自分の眼と感覚で選手を起用している。良い意味で、現役時代に磨き上げた眼力、予測力を采配に生かしている数少ない指揮官のひとりではないかと感じる。中日の落合前監督もそうだった。自分を信じている。結果やデータに左右されない。シリーズの第3戦で山田に一発を浴び敗戦投手になった千賀投手を4戦目でも意に介さず投入し好投を引き出したのはその好例。「千賀の球なら絶対に抑えられる」、確固たる自信がある。見込んで起用されれば選手も意気に感じる。野球にはそういった心の力も大きく作用する。その辺の化学反応を起こす素養をホークスは持っている。2年連続7度目の日本一を達成したソフトバンクの(左から)武田翔太投手、孫正義オーナー、内川聖一、松田宣浩=神宮球場(撮影・中川春佳) 球団を買収したときから、孫正義オーナーは「世界クラブ選手権構想」を打ち上げ、「目標は日本一でなく世界一」と公言している。野球界ではその実現性の薄さ、非現実感が蔓延しているため、ファンからも失笑を買ったが、同じ夢を抱く私はひそかに喝采を送り、その実現を待ち望んでいる。真のワールドシリーズの実現は、日本野球を愛する者なら夢見て不思議ではない目標だ。 野茂英雄、イチロー、松坂大輔、松井秀喜、ダルビッシュ有、田中将大ら幾多の日本のスター選手がメジャーリーグで活躍している実績を見れば、日本のチームだって互角以上にやれて不思議ではない。 来春からは60億円の予算を投じた新しい二軍の施設も誕生するという。12球団でいち早く3軍を組織して若い選手たちに試合経験の場を確保したホークスの選手層の厚さは、内川欠場の影響をまったく感じさせなかった日本シリーズの戦いでも実証された。ホークスの強みは、実力のある選手がたくさん揃っているだけでなく、彼らが常に「準備OK」でいつでも一軍で活躍するコンディションで待機しているところだ。他チームはどうしても「調子を崩して2軍落ち」「2軍でくすぶっている」雰囲気になりがちだ。ホークスは違う。2軍にいる投手や打者がウエスタン・リーグの個人成績上位を占めていることでも明らかなとおり、ファームが力を伸ばす準備の舞台になっている。これも、あえてチームを別々にし、各レベルでシーズンを戦うメジャーリーグ、マイナーリーグに通じる姿勢を感じる。 こうしたチーム一体の取り組みも含めて、「ホークスがメジャーでも通用する」と言うのは空想ではない。

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    センター出身監督に活躍傾向 レフト出身の新監督どうなる?

     来シーズンから新たに、高橋由伸氏が巨人、金本知憲氏が阪神、アレックス・ラミレス氏がDeNAの指揮を執る。セ・リーグはヤクルトの真中満監督、広島の緒方孝市監督を含めると、中日の谷繁元信監督を除いて、実に6人中5人が外野手出身の監督になる。広島ー阪神2回裏無死1塁、広島・前田の打球を好捕する阪神・金本=2004年5月4日、広島市民球場 一昔前まで、「外野手出身監督は大成しない」と言われてきた。試合の当事者になる機会が少ないことや、1球1球プレーを考え、相手の隙を突くような発想を持ちにくい点などが、その理由として指摘されていた。 その風潮を変えたのは、昨年までソフトバンクの監督を務めた秋山幸二氏だろう。西武時代、1986年まではサードを守っていたが、1987年から俊足、強肩をより生かすためにセンターへコンバートされた。まだメジャーリーグへの門戸が開かれる前、“もっとも大リーグに近い男”と評されるほどの身体能力の高さを生かし、1994年のダイエー移籍後も外野手として活躍。ゴールデングラブ賞を通算11回獲得している。球史に残る名外野手は2009年からソフトバンクの監督に就任し、6年で優勝3回という輝かしい実績を残した。 この秋山氏を含め、過去に日本一に輝いたセンター出身監督は、2001年の若松勉監督(ヤクルト)、2010年の西村徳文監督(ロッテ)、そして、2011年、2014年の秋山監督(ソフトバンク)の3人しかいない。西村氏もセカンドでベストナインを獲得するほどの内野手だったが、この3人の共通点はセンターでレギュラーだった経験のあることだ。 かつてある雑誌で、秋山氏はセンターというポジションと監督の関係性をこう話している。〈監督やったのは、外野をやってたからかなと思う。センターってピッチャーの真後ろでしょう。配球が見えるんだよね(中略)ボールがたまにしか飛んでこなくて暇だからね(笑)(中略)バッターもバットの出し方だとか、打席でのクセだとかが読めてきて、伊東(勤)のミットの動きに合わせてポジション取りを変えたりもしていた〉 今年セ・リーグを制したヤクルトの真中満監督、日本ハムで就任1年目の2012年にパ・リーグを制した栗山英樹監督もセンターだったことを考えれば、「外野手出身監督は大成しない」という定説は既に過去のものとなりつつある。同時に最近の傾向を考えれば、センター出身監督の成功する確率は高くなっているとさえ言えるだろう。 それでは、来季のセ・リーグ新監督の現役時代を振り返ってみよう。高橋監督はライトのイメージが強いが、松井秀喜氏が巨人からヤンキースに移籍した直後の2003年と2006年はセンターとして出場。2004年のアテネ五輪でもセンターを守っていた。 一方、金本監督とラミレス監督は、センターに固定されたことはなく、レフトが定位置だった。両監督は、センター以外の外野手でも通用するところを見せられるか。関連記事■ ソフトバンク秋山監督 大胆采配のルーツは高校時代の被弾■ 城島とブラゼルの一塁争い「通訳介すからブラゼル外し易い」■ 外野守備の名手「キャンプでは守りの練習ばっかり」との証言■ 巨人化進む横浜 「今季の巨人戦もっと数字伸ばせる」と選手■ ホークスOB藤原満氏 「淡白采配の秋山監督こそが不安要素」

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    金本ブランドで「阪神タイガース2.0」が始動する

    多田実(同志社大学政策学部教授) ことしのドラフト会議を見ていたら、今後の阪神に何か劇的な変化が起こりそうな予感がしたのは、金本新監督の個性や人柄がそうさせているからなのだろうか。 週末には、吉本新喜劇をテレビで見るのが「ルーティーン」だった(笑)大阪で生まれ育ち、当然のことのように阪神ファンになり早や数十年。阪神の魅力を語るとき、お笑い文化が浸透しているからなのか、エンタメ(エンターテインメント的)要素の存在を重要視してしまう。 個人的に、これまで最も強く印象に残っている選手はカークランド氏(1968~1973年)。このたび、二軍監督就任が決まった掛布雅之氏の背番号「31」をつけていた、強力外国人選手だ。彼は、いつも爪楊枝をくわえてバッターボックスに立っていた。まるで野球漫画の登場人物のようなエンタメ要素溢れる選手だった。エンタメ要素といえば、お笑いタレント顔負けの話術をもつ加藤博一氏(1976~1982年)、ルックスもプレーもイケメンだった新庄剛志氏(1990~2000年)の二人もすぐに思いつく。当時の阪神は、Bクラスに低迷し続け「暗黒時代」と呼ばれたこともあったが、それでもファンは応援したい気持ちが強くあったように思われる。それは「バカな子ほどかわいい」に似たような心理なのか、義理人情を重んじる「浪花節」のような感覚なのか? いずれにしても、在阪球団っぽいエンタメ要素がそこにあったことは間違いない。 その後は、広島から2003年に阪神へ移籍した金本知憲氏の右に出る者はいないだろう。ヒーローインタビュー時における彼のトークには、普通のプロ野球選手にはない独特の世界観があり、痛快で愉快でいつも楽しみだった。今回、監督として初めて臨んだドラフト会議でも、やはり彼は“持って”いた。あの独特の“笑い”がまた見られた。現役時代、ストイックなまでに筋トレなどで身体を鍛えてプレーする一方、お茶目でイタズラっ子みたいなエンタメ性を発揮していたからこそ、「アニキ」の愛称で多くのファンから親しまれたのだろう。今後の阪神において、是非とも金本監督の眼鏡にかなう人材が発掘され、新しいスター選手に育つことを期待している。 歴代の監督に目を向けると、最もエンタメ要素が強かったのは、星野仙一氏(2002~2003年)で異論は出ないだろう。星野監督は、試合のない日にはビジネス書を愛読していたと何かの記事で読んだことがある。その先入観からなのか、星野監督のインタビューでのトークにはビジネスセンスも感じられたように記憶している。お客さんを喜ばせる「ツボ」を心得ていたような。当時の経営学では、「CS(顧客満足)」がしきりに叫ばれていた(今なら「クライマックスシリーズ」を連想するかもしれないが…笑)。星野監督の受け応えには、常にファンの心に満足感をもたらす高い「CS」があった。事実、彼に心を「ワシ掴み」された女性ファンが多かったことを覚えている。当時の阪神には、確実に「星野監督<ブランド>」が存在していた。FAで広島から阪神に入団した金本(中央)と握手する野崎球団社長(左)、星野仙一監督=2002年11月22日、大阪市内のホテル(撮影・榎本雅弘) 2002年まで広島東洋カープの4番バッターだった金本選手が阪神に移籍したのは、当時、阪神の監督だった星野氏の「口説き文句」が決め手になったとの報道があった。ブランド力とビジネスセンスを持ち合わせる星野監督の交渉術が冴えていたエピソードといえる。強力な<ブランド>が構築されると、そのブランドに忠誠を誓う「ロイヤルカスタマー」と呼ばれる特別な顧客の出現が期待される。通常の平均的な野球ファンとは一線を画す熱狂的なファンになるのだ。星野監督と種類は異なるかもしれないが、ファンに愛されるエンタメ要素を確実に持っている金本氏。来シーズンの阪神にも「金本監督<ブランド>」が形成されることが大いに期待でき、監督インタビューなどでのエンタメなパフォーマンスが今からとても楽しみだ。 さて、阪神タイガース再建を託された金本新監督。阪神の観客動員数は、たしかに統計データを見ると10年前と比べれば減少傾向にあることは事実だ。また、阪神に限らず、プロ野球全体に昔ほどの勢いが感じられなくなってきているとよく耳にする。テレビのプロ野球中継は、一昔前のような高視聴率が取れなくなっているらしい。このことは、プロ野球に限らず、「さとり世代」と称される若者の消費行動全般(テレビ離れ、クルマ離れ、本離れ等々)において深刻な問題とする向きもある。本当にそうなのだろうか。 ここ数年の「カープ女子」ブームが契機となり、新たなムーブメントが起こっていることも事実だ。昨今の広告コミュニケーションやマーケティングにおいても、ファン(消費者)と良い関係を構築する「エンゲージメント」が重要視されていて、そのために顧客の心のツボ「消費者インサイト」を刺激することが多種多様な形で工夫されている。勝てなくなると監督批判をよく行うことで有名な(?)阪神ファンが、歴代監督で批判することが最も少なかったように思われる星野監督時代。これは、ファンと監督との間に、良い関係性(エンゲージメント)が構築できていたからではないだろうか。そんな星野氏に見込まれて口説かれたのが金本監督。来季の阪神タイガースを期待せずにはいられない。 現在では「歩きスマホは危ないのでやめましょう」と警告されるほど、日常的なものになったインターネット。だが、1990年代後半頃は、企業からの一方的な情報発信が行われるだけのマイナーなメディアだった。それが変化したのは、2000年代中頃以降、ユーザーからの情報発信が容易に投稿できるような仕組み(ブログ、SNS、口コミサイトなど)が普及したからであり、この劇的な変化は「Web2.0」と呼ばれる。ユーザーとインターネットというサービスとの間に良い関係性が生まれたのである。これもある種の「エンゲージメント」といえるだろう。それ以降、劇的な変化が起こったときに「2.0」という表現が使われるようになり、「次世代」を期待する広告などにも用いられるようになった。新監督のエンタメ性だけに頼るのではなく、ファンとの良い関係性がさらに強化されるような仕組みや仕掛けが、新たに球団経営者側からも提案され、何らかのブームが起こるような「阪神タイガース2.0」になることを強く願っている。その「インフラ(基盤)」は、新監督が有するエンタメ性というモノで、既に充分整っているのだから。

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    虎党ダンカンが断言!金本の「根性」「全力疾走」で阪神は強くなる

    ダンカン(コメディアン、俳優、構成作家) 2015年10月22日、グランドプリンスホテル新高輪で行われた2015年プロ野球ドラフト会議の会場の阪神タイガースのテーブルには、わずか5日前に誕生した金本知憲監督の顔があった。 現役時代、阪神ファンの誰もが『鉄人』『アニキ』と親しみ、そして頼りにしてきた男・金本監督の公の場での初仕事でもある。 早速、余談で話は横道に逸れる乱文をお許し頂きたいが、金本の現役時代、彼がチャンスで打席に入るとスタンドのいたる方向から「アニキー、頼むでェ!!」「アニキしかおらんのやー!!」の声が飛んだ。 そんな中には80歳を優に越えているであろうご老人の姿もたびたび目にしたのである。「(………いったい、アニキ、金本はいくつやねん!?)」とその都度微笑(ほほえ)んでいたのが懐かしい…。安芸春季キャンプを訪れたタレント、ダンカン(右)と阪神・金本知憲外野手(左)=2006年2月25日(河田一成撮影) さて、話を本筋に戻すが、そんな常に虎ファンの胸を熱くしてくれた頼れるアニキが指揮官になったのだから、必ずやこの10年間ほど続いている『弱くないけど強くない阪神』を『強い阪神』にしてくれるはず!!と、阪神ファンの気持ちは否が応でも高ぶっている状況である。 そして、そんな中での監督としての初仕事ドラフトでのクジ引きである。 金本阪神が1位に選択指名したのは、東京六大学野球でリーグの通算最多安打記録を48年ぶりに塗り替えた左の広角打者、高山俊外野手(明治大)であった。 高山は、ドラフト前から六大学野球で慣れ親しんできた神宮球場で活躍してもらう!と公言していた神宮球場を本拠地とする、2015年のセ・リーグの覇者・真中ヤクルトが予想通りに重複で指名をしてきた。 その大珍事は、野球ファンの記憶に新しいであろうから、詳しい状況説明は省略させて頂くが、簡単に述べれば、ヤクルト真中監督が「はずれくじ」を「当たりくじ」と勘違いし、両手を高々と上げるガッツポーズをつくってしまったのだ。 しかも、こともあろうにその真中監督の大興奮のフライングに、金本新監督は、くじの確認もせず早々とテーブルへ引き下がってしまったのだった。 当然、NPBの確認があり、阪神が『交渉権確定』となるのだが…。 注目していただきたいのは、その珍事そのものではなく、金本のくじを引いた時である。 重複した高山を引き当てる確率は2分の1。まず、阪神・金本が抽選箱に手を差し入れた。おもむろに上の封筒を掴んだ金本、しかし、次の瞬間その封筒を手から離すと、下にあったモノをつかみ、そして抽選箱から手を抜いたのだった。 その時、俺の脳裏には、あの『ドラフト抽選の悪夢』が、まるで走馬灯のように蘇ってきたのだ。1992年、後にその秀でた打撃からゴジラと呼ばれる、超高校級の松井秀樹の抽選に敗れたあの時が…。これがアニキ、金本の強さ 松井を1位で選択指名したのは、中日、福岡ダイエー、巨人、そして阪神の4球団。 結果から言えば、最後に残されたくじを引いた巨人が交渉権確定となり、あの有名なミスターの右手の親指をつき立てる名シーンを誕生させることとなる。 実は、阪神・巨人の2球団のくじ引きの時まで当たりは残っていたのである。 結果的にだが、ここでも当たり確率は2分の1、まずは、阪神中村勝広監督(当時、後に阪神GMとなり、本年9月23日に他界)が2枚重なる下の封筒を抽選箱から引く、続いて残りの封筒をミスターが…。 そして、ミスターの名シーンへと繋がるのだが、ポイントは中村監督が何故、下の封筒を選んだかである? 実は下を選ぶ理由が中村監督なりにあったのだ。 当人が極度の飛行機嫌いだった為に、ドラフト会場のある東京までも、飛行機ではなく新幹線、つまり『下』で来たのだ。 中村監督が、飛行機嫌いでなければ、その後の阪神の歴史は…そもそも、松井が幼い頃より阪神の掛布雅之に憧れていたことや阪神ファンであることなどで松井と阪神が相思相愛であっただけに、あきらめがたい悪夢となったのである。 余談だが、後日、当時弱すぎる阪神を球界のために盛り上げるために松井を当てさせようと、取りやすい上に封筒を置く策略を機構側がこうじたという実しやかな噂さえ流れたほどであった…。 金本新監督が下の封筒をつかんだ…。嗚呼!あの時の悪夢の再現か!?しかも、1度は上の封筒に手をかけながら、自ら奈落へのキップを手にするというのか…。 そして、時をおかず真中監督の大ガッツポーズ!!敗れし金本監督の舞台からの静かなる退場…。「結局、いつまでたっても、阪神は思わせぶりだけで、頂上には立てない…監督が変わっても何も変わらないのか…」と、溜息を幾度となくついた頃、あの大珍事が意外すぎる結果を見せてくれたのだ。 大人のプロ野球の世界でこんなマンガのようなドラマチックな展開があるのか? 茫然としながらも「いや、これが『アニキ、金本の強さ』なのではあるまいか!? 不可能を可能にする星の下に生まれたのでは?いや、現役時代、骨折しているにもかかわらず片手1本でヒットを放つ離れ技を見せてくれたことを考えれば、決してうなずけないことはない! この新指揮官の力をもってすれば、『弱くないけど強くない阪神』を『強い阪神』に生まれ変わらせられるのではあるまいか!?」 ここ、10年程、阪神タイガースは秋の声を聞くと失速するというペナントレースが目立っている。 2007年、9月19日からの連敗を喫し首位を守れず3位に終わる。2008年、7月終了時点で2位巨人に9・5ゲーム差をつけ独走かと思われたが、9月、10月の失速で2位。2009年、CS進出をかけたヤクルトとの最後の大一番に2連戦で連敗となり4位で終了。2010年、9月にマジックが点灯するも残り2ヶ月の詰めが甘く2位で終わる。2013年、9月、10月は10勝18敗と大きく負け越し2位。2014年、9月9日からの巨人戦に3連敗(その前の中日戦でも3連敗で6連敗)で響き優勝を逃がす。そして、2015年も判で押したような終盤大苦戦で3位を死守するのがかろうじてというあり様…。 要するに、阪神を優勝させるのは、終盤、秋に勝てる監督なのだ!! じゃ、その終盤に勝つために何が必要かといえば、あきらめない気持ち、そして、そこには『気分』『根性』しかないのだ!! 何だ、結局、そんな小学生みたいなことかよ!!と嘲笑している方もいるだろう。 しかし、こんな話もある。1992年のシーズン、知将野村克也監督率いるヤクルトは、優勝の軌道に完全に乗っているかのように見えた、ところが終盤に入り、優勝へのプレッシャーからか、よもやの9連敗を喫するのである。 その時、野村監督から発せられた言葉に新聞記者、いや日本中の野球ファンが耳を疑ったのだ。阪神-巨人六回裏無死1塁、左手首骨折も試合に出場、右手1本で右前打を放つ阪神・金本=2004年7月30日、甲子園球場 世の中で最も『根性論』を否定する、野村克也が発したのは「最後は根性や!」の一言であった…。 これは、何も全選手骨折しても試合に出場しろ!などという肉体的なことを言っている訳ではなく、最後まであきらめないという精神的な部分の方がむしろ大きいのである。 その強い精神力を植えつけるモノを金本知憲監督は持っている人間である。 金本が現役引退会見で語った言葉を憶えているだろうか?「選手生活の中で、最も誇りに思うことは、1002打席連続無併殺打の日本記録です」と述べたあの言葉を…。 左打者で、1塁ベースに近いとはいえ、金本は強い当たりを他の者よりも打つ打者であった。例え、真芯で捕えた内野手の正面のゲッツーコースの打球でも、決してあきらめず全力疾走をおこたらない。 『根性』に『全力疾走』まるで、少年野球の世界のように聞こえるかも知れないが、その野球の原点の大切さを熟知している金本新監督の『強い阪神』再建に大きな期待を抱いている次第である。

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    金本新監督で大丈夫な「10」の理由

     「金本新監督で大丈夫?」というお尋ねでしたので、お答えします。結論から言って「大丈夫」です! では大丈夫な理由を挙げてまいります。大丈夫1「若い!混セ!」 コーチ経験もなく、若すぎる、外野手出身監督は大成しない…なんていう、ネガティブな声もありますが、ふと気づけば、セの6球団の監督、とんでもないことになっていました。 ヤクルト・真中、読売・高橋由、阪神・金本、広島・緒方、中日・谷繁、DeNAラミレス。 谷繁以外の5人が外野手出身。なんと全員が40歳代で、金本(47)が最年長!もはや指導者経験の差がそれほど影響するとも思えない顔ぶれです。今季も、まるで譲り合うような優勝争いで、「決め手に欠ける」と言われていました。すくなくとも、新人監督・金本知憲だけが不安ということはありません。大丈夫2「星野仙一の影響」 金本がお手本にしていそうな監督の1人が星野仙一(現・楽天取締役副会長)です。星野がしていたのと同じように、関西マスコミを巻き込んでどんどん情報を発信して、何かまったく違うことが起きそう!という期待感を作り出しています。 星野が阪神を優勝させた2003年は、金本のFA移籍があったからこそ。2人は「師弟関係」で結ばれているので、秘密のホットラインでいろいろと相談していそうです。知らんけど。大丈夫3「気弱からの脱却」 星野仙一は、負け犬根性をたたき直すために、「オレが先頭に立っている戦闘集団」という雰囲気を演出しました。野球選手というのは、どこか「不良少年」の影を残しているように思います。「お前、どこ中学や?」「喧嘩上等!」みたいなノリですね。で、星野は「ナメんなよ!」と肩で風切って、当時のダメ虎軍団を引っぱっていました。金本もそれをやりそうな感じがプンプンします。これは優等生キャラの和田監督にはできない演出です。大丈夫4「掛布二軍監督」 まだ「星野踏襲」の話題が続きます。時の仙一がやったことの一つが「田淵復活」でした。まさかのトレードで喧嘩別れした「ミスタータイガース」に再びタテジマを着せました。星野自身は完全な「外様」だというのに、この出来事と、「藤村富美男&村山実の墓参り」によって、古くからのファンの心を完全に鷲づかみにしました。 今回は、わかったようなわからんような、ワシントンDCみたいな、「掛布DC」(ディベロップメント・コーディネーター)を二軍監督に就任させました。一部には監督待望論も根強い掛布でしたが、ここできちんと背番号31の付いたタテジマのユニフォームを着せる(今までは、下だけ着用。背番号の着いた上のユニフォームはなく、掛布いわく「黒のカッパ」を着用していました)。「掛布復活」は、14年前の「田淵復活」と同じようにファンを熱くする出来事でした。 そして、野球観に共通するところが多いという、金本&掛布ラインで、「強打者を育成する」という方向性を打ち出しています。それもまたファンの期待をめちゃくちゃくすぐるではありませんか。大丈夫5「社長退任劇」 まだ星野阪神を引きずります。星野は当時の故・久万オーナーに対して「阪神が弱いのは、あなたの責任だ」と、ズバッと指摘。金を出させて、口は出させない、言うことを聞かせるという「経営者操縦」をやりました。 今回は、南球団社長が一線を退くことになっているそうです。監督が責任を取って交代しても、球団社長とオーナーはのうのうとしている……現場に漂っていたであろう、そんなやるせない空気を、変えたのではないでしょうか。今のところ知る由もありませんが、これもまた「星野っぽさ」を感じさせるものでした。大丈夫6「カリスマ」 星野仙一を離れます。先日のドラフト会議では、「当たりくじ取り違え」という、失態がありましたが、「ビデオ判定で逆転ホームラン」と、笑顔で言った金本に、不手際の運営側も、うっかりさんのヤクルト真中監督も救われました。こういう余裕、懐の深さにカリスマを感じます。ドラフト1位指名の明大・高山俊外野手の抽選で間違えてガッツポーズをするヤクルト・真中監督(右)とがっかりする阪神・金本監督(左)=10月22日(撮影・荒木孝雄)大丈夫7「時代を進める」 現時点で、まだすべてのコーチングスタッフが発表になっていませんが、発表になったところ、あるいは報道では、矢野、片岡、今岡といった「平成黄金期」のメンバーから入閣がありそうだとか。これまで阪神は、1985(昭和60)年の日本一を引きずってきましたが、ついに時計の針を一気に20年進めました。そういう力を持っているといえるでしょう。大丈夫8「広島イズム」 「厳しく、明るく」という方針を打ち出し、ハードな練習をしていくことを明言しています。伝統的に阪神には、「練習量が少なく、内容に工夫がない」という悪いイメージがあり、それを消し去ろうということでしょう。 そのために「練習総責任者兼鬼軍曹(通称:ヘッドコーチ)」に高代を就任させました。金本がルーキーだった年に、広島でその役目だった彼に、「広島イズムの注入」を依頼したのでした。大丈夫9「超積極的な攻撃」 今年の弱々しい攻撃から脱却するために、視察した秋季練習で、初球から強く振らせることや、進塁打を求める局面でもヒットを狙うことなどを掲げています。今後は一塁までの全力疾走や、ライト前ヒットで一塁走者が三塁まで進むこと、二塁走者はヒット1本でホームに帰ってくること、そういう「前につんのめった野球」を推進することが予想できます。大丈夫10「若者の希望」 ここしばらく、阪神の経営陣と首脳陣は、「ドラフトで獲った有望新人の育て方(平成版)」を開発しようとせず、昭和式に、スターは自分で勝手に出てくる、掛布がそうじゃったわいとばかり、安易な補強を繰り返して来ました。 金本は、就任早々、陽川尚将、江越大賀、横田慎太郎ら若手の名前を挙げて、「育てる」と明言しました。きっと今、タイガースの若い選手たちは、新しい時代の到来を感じ、希望に満ちていることでしょう。ここしばらくなかったことです。 ―― ということで、以上「金本新監督が大丈夫な10の理由」でした。やろうと思えばまだ20くらい、不安な点もやろうと思えば10や20挙げられますが、やめておきます。 ただ一つ、故中村GMの後継者に困っているようであれば、新GMの採用マネジメントと、GM補佐の仕事、私がやります!……と、唐突に立候補して、おしまいにします。ご静聴ありがとうございました!

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    掛布二軍監督「誕生秘話」 帰ってきたミスターT

    一番ふさわしいポストに感謝 今年一番のうれしいニュースが飛び込んできたのは21日の朝だった。阪神のOBで球団本部付育成&打撃コーディネーター(DC)を務めていた掛布雅之(60)の「二軍監督」就任が決まったという。 早速、宮崎での二軍の強化試合「フェニックス・リーグ」に帯同している掛布に電話を入れた。 「自分に一番ふさわしいポジションを与えてもらったと思う。球団に感謝している。精いっぱい、力の限り頑張るよ」 その声は喜びを抑え、あらためて「若手の育成」という責任の重さを感じているかのようだった。◇  思えばここまで長い道程だった。1988(昭和63)年9月に現役を引退。縦じまのユニホームに別れを告げて実に27年が経過している。 27年前、野球評論家への道が決まった掛布へ“お説教”したことがある。 「カケ、評論家をするこれからの数年間が大切やで。単に外から球界を見る-という勉強だけやない。いろんな球団の人と出会い、話をして、自分が阪神の監督になったとき、支えてくれる“人材探し”の時間。仲良しコーチ陣はアカン。掛布監督なら江川を投手コーチぐらいにせな」 同い年だとはいえ、ミスタータイガースになんとも偉そうなことを言ったものである。あれから27年…。 他球団から「監督」や「コーチ」のオファーはあったものの、古巣阪神からは待てど暮らせど、一度もなかった。だから一昨年、阪神から「ゼネラルマネジャー(GM)付育成&打撃コーディネーター」の声がかかったときは-。 「聞いてくれよ。タイガースが若手を教えてほしいって! 早速、解説の仕事のスケジュールを変えなくちゃ」と子供のように喜んでいた。 だが、掛布は球団から支給されたユニホームをなかなか着ようとはしなかった。キャンプなどの指導はジャージー姿が多く、ユニホームを着る場合でも必ず上はジャンパーを羽織った。言葉には出さなかったが、背番号が付いていないユニホームが寂しかったのである。けれど、今度は違う。堂々と胸をはって背番号の付いたユニホームが着られる。 「31番? それはない。絶対にない。いくら今、空き番でも付けないよ」 さてどうなるのか。掛布二軍監督の背番号はまだ決まっていない。◇  掛布二軍監督就任-を受け、球界には早くもこんな声が起こっている。 「これでもし、金本知憲監督(47)が失敗しても、そのときは掛布一軍監督だ」背番号6と31のユニフォーム姿で甲子園球場に現れた阪神・金本監督(左)と掛布2軍監督(右)=10月30日、甲子園球場(撮影・村本聡) 確かに最悪そうなった場合、掛布が球団の要請を断りはしないだろう。だが、今の掛布の心の中には、そんな“野心”はまったくない。 実はGM付育成&打撃コーディネーターに就任し1年がたった今年のある日、掛布にこんなことを言った。 「DCの仕事ってカケに合ってるな。若い選手を教えてるときの顔、めちゃくちゃに楽しそうや。あんな顔を現役時代、一度も見たことなかったなぁ」 「そう、オレは選手が大好きなんだよ。うまくなってほしい。かわいくてなぁ。そんなにうれしそうか?」 「あぁ、幸せそうや。怒らないで聞いてくれるか。カケは一軍の監督よりも二軍の監督の方が向いてると思うんやが、どうや?」 「実はボクもそう思ってきたんだ。ボクは選手が好きだから、きっと非情になれないだろうなって」 「それでええやん。目指せ、二軍監督や!」 この時は冗談で終わった。将の思い 「悪習」打ち破れる人 キャンプ中の故障-オープン戦の不振。和田豊監督からは「4番」構想撤回を示唆する発言。掛布DCの前にやって来たゴメスの顔には悲壮感が漂っていた。 「監督やコーチからも『右肩が下がってバットが下から出ている。もっと上からたたけ』といわれているが、なかなかできない。どうやれば右肩が下がらなくなるのか教えてほしい」 助っ人の突然の申し出に掛布は笑顔で答えた。 「君の場合は右肩を意識するんじゃなく、右の軸足を意識したほうがいい」 ゴメスは驚いた表情になった。 「肩ではないのですか?」 「そう、君の場合は踏み込んだときに軸足の右ひざが極端に折れる。だから右肩が下がるんだよ。ボールを迎えにいって打つのではなく、右の軸足にウエートを乗せ、体の近くまで引きつけてから踏み込んでごらん、右ひざの折れが少なくなって、肩も下がらなくなる。コツは右太ももに自分の体重を感じさせてあげることだよ」 このひと言でゴメスは変わった。◇ 一軍の「将」としてではなく、二軍の「指導者」としての掛布の“価値”の大きさ。阪神球団は二十数年たって改めて気付かされた。そして、その掛布にもう一度、“本当の”ユニホームを着させようと尽力していたのが、9月23日に亡くなったゼネラルマネジャー(GM)中村勝広だった。 一昨年、阪神が掛布をDCで招いたのも中村GMの提言。生前、中村は掛布の二軍監督就任、その必要性を球団首脳だけでなく電鉄本社上層部へも熱く説得して回っていたという。そして、その“遺志”を来月1日付で退任する球団社長の南信男が引き継いだのである。 もちろん、そこには金本知憲新監督の掛布に対する昔からの「尊敬の気持ち」が存在する。「阪神のコーチは大きく育てれば大きくなる選手を、小さく小さくまとめてしまう。その方が簡単だから。だから、生え抜き選手で30本以上打てる打者が育ってこない」 その“悪習”を打ち破れる人。金本新監督の心の中にも「掛布」があった。だからこそ南社長へ「1年ずっと一緒にやれないんですか」と訴えた。 いろんな人たちの熱い思いが「掛布二軍監督」誕生の裏にはあった。 勝つための「将」と育てるための「指導者」。しっかりとした両輪がそろった来季の阪神タイガースには大きな“夢”が見られそうだ。(田所龍一)=敬称略 

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    やっぱり金本監督ではダメかもしれない

    指導者の経験もないのにホンマ大丈夫かいな? 「アニキ」の愛称で親しまれる金本知憲氏が阪神監督に就任し、早くもファンの期待と不安が交錯している。「鉄人」に猛虎復活を託した阪神の賭けは吉と出るか、凶と出るかー。金本監督、虎党の心の叫びが聞こえますか!

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    罪に問われる賭博とそうでない賭博 法律論から見た日本の矛盾

    津田岳宏(弁護士) 野球選手の野球賭博の問題が世間をにぎわしている。 この問題は、刑法上の問題と野球協約上の問題があり、両者は区別して論じるべきなのであるが、報道等を見ると、この点がしっかり区別されているとは言いがたい。そこで本稿は、上記の点を区別して論じていく。 まずは刑法上の問題について。 野球の勝敗について金を賭けると賭博罪(刑法185条)にあたる。勝った方が明日のランチをおごる、という程度の賭けなら賭博罪にはならないが、金を賭けるとたとえ少額でも賭博罪にあたるというのが現在の判例理論だ。 もっとも、検察官が賭博捜査の実務について著した文献には「些細な賭けまで全て検挙することは国民の無用の反発を買うことになる」とも書かれており、たとえば勝った方が500円を払う、程度の賭けであれば、形式的には賭博罪にあたるが、実際に捕まる可能性は低い。 そもそも、日本には競馬・競輪・宝くじなど合法的な賭博が存在しており、しかもこれらは盛んに宣伝されている。また「三店方式」という巧妙なシステムを用いているパチンコが事実上賭博であることは誰の目にも明らかだ。現代日本においては、賭博それ自体のみではもはや反社会的行為とは言いがたい。 以上の状況のもと、法律的許可のない賭博は賭博罪にあたり、賭け麻雀や賭けゴルフは賭博罪に該当するが、仮にそれらが検挙されたとしても、賭博開帳図利に至らない単なる賭博罪にとどまる場合は、刑法上の責任も軽い。 起訴されたとしても10万円~30万円程度の罰金にとどまることが多く(最高刑でも罰金50万円)起訴猶予とされる場合もある。そもそも「国民の無用の反発を買う」ことは当局も承知しているので、身内でするささやかな賭博で検挙される可能性は低い。 本件では、各選手が野球賭博をしたことが賭博罪にあたることは明白なのであるが、その点の刑法上の責任が重いは言いがたい(もちろん違法行為ではある。軽重の問題として軽いということ)。各選手も、仮に起訴されたとしても軽い罰金刑にとどまるであろうし、起訴されない可能性もある。おなじく風紀罪である覚せい剤などと比すると、格段に軽い処分である。 本件では、各選手は八百長には手を出していないようだ。この点、仮に選手が八百長に手を出したらどうなるか。こうなると、刑法上の責任も賭博罪にとどまらなくなる。八百長によってイカサマ賭博に加担すれば、賭博罪ではなく詐欺罪のほう助(もしくは共同正犯)に該当する。イカサマ賭博は賭博罪ではなく詐欺罪で処罰するのが判例理論である。 また、偽計業務妨害罪のほう助に該当する可能性もある。詐欺罪や偽計業務妨害罪は、賭博罪に比して格段に重罪である。となると、八百長に加担すれば刑法上の責任も重くなりそうなのであるが、実はそう簡単でもない。 メジャーリーグ史上最悪の八百長事件「ブラックソックス事件」では、各選手は詐欺や業務妨害で起訴された。彼らは金を受け取ったところまでは事実認定されたが、結論としては、無罪になっている。損害の発生や因果関係、共同謀議の存在等が立証できなかったのである。 八百長というのは、法律的には立証が困難な犯罪なのである。 八百長をする選手からしても、わざとトンネルするとか、全部空振りするとか、あからさまなプレーをするわけにはいかない。「ばれない程度の八百長プレー」ということになれば、それは「法律上明白な実行行為」と認定されにくくなる。 野球もゲームの一種であり、その結果には偶然性も影響する。たとえば、わざと鈍いスイングをしたのが功を奏してボテボテの内野安打になる、真ん中に投げるつもりが外れて最高のコースに決まる、などの結果が生じた場合、それは、法律的には「八百長行為」と認定できなくなる。 野球における八百長は、成功させることが難しいのである。 実際、日本プロ野球史上最悪の八百長事件「黒い霧事件」では、八百長がされた3試合で、八百長を仕掛けた選手がいるチームが2回も勝利している。こうなると“法律的には”八百長しようがしまいが結果には影響がない、という結論になり、犯罪は成立しなくなる。 どの行為によっていかなる損害が発生したのか、法律的立証に不可欠なこの要素が、八百長事件では認めにくいのである。 以上から野球選手が野球賭博に手を出したとしても、刑法上の罪は重くなく、万が一八百長に加担したとしても、立証が困難なので重い罪に問われる可能性は低いという結論になる。 となれば、選手の責任は軽いのかといえば、そうではない。選手は、野球協約上、きわめて重い責任が問われる。八百長は「イメージ犯罪」と呼ばれることもある。 上記のとおり、八百長の罪を法律上立証することは難しい。しかし、八百長は、対象となった競技の信用性を著しく阻害する。競技のイメージ面に大きな打撃を及ぼし、その存在自体を危うくする。 今から45年前、プロ野球最悪の八百長事件である「黒い霧事件」の影響は甚大であった。栄光の歴史を持ち地元福岡でおおいに愛さされていた西鉄ライオンズは、観客が激減し身売りする羽目になった。 また1球団だけではなく、黒い霧事件の影響は、パリーグ自体が消滅寸前になるほどであった。なんとか存続したものの、イメージ悪化による人気低下はすさまじく、パリーグの試合には閑古鳥が鳴く時期が長く続いた。 名捕手野村克也が偉大な本塁打記録を打ち立てた試合、観客はわずか数千人、試合後野村は「花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」とコメントした。代名詞「月見草」誕生の裏には、黒い霧事件の影響による酷い人気低下があったのである。 また、本件のように八百長には至っていない場合でもあっても、野球賭博にはそのイメージが悪い大きな理由がある。それは、野球賭博の胴元には暴力団が絡んでいるという半ば周知の事実である。 野球賭博というのは、基本的に「ツケ」でなされる。客は、コワモテのヤクザだからこそ負け分をきちんと支払い、またそういう「負け分をきちんと回収できるヤクザ」だからこそ勝ち分もちゃんと支払ってくれるだろうと信用して賭けに参加するのだ。 さらに野球賭博には、賭け客を増やすための「ハンデ」という独特のルールが存在する。 たとえば、ソフトバンク対DeNAという試合があったとき、単純に勝ちチームを当てるだけなら、ソフトバンクに賭ける人が殺到する。 このような場合、ハンデがものを言う。たとえば、ソフトバンクからハンデ「2」が与えられた場合、試合結果がDeNAが1点差で負けたとしても、賭けのうえではDeNAの勝ちとなる。そうやって「魅力的なギャンブル」にするのだ。 ちなみにハンデは、実際はもう少しややこしく、「1.8」などと小数点付きで出されることが多い。ハンデ「1.8」の場合、ソフトバンクに賭けてソフトバンクが1点差で勝てば、賭けの上では負けなのだが、それは「8分負け」ということになり、10万円賭けていた場合2万円は払い戻される。 そうやっていわゆる「ニアミス効果」(外れなのだが当りに近付いたとプレーヤーが認識できる場面が多いほどのめり込みやすい賭博となるetcパチンコのリーチ)を生んでいるのだ。 「適正なハンデを出すこと」が、野球賭博の胴元には必要なのだが、これをするには相当な野球知識のある者(「ハンデ師」と呼ばれる)を雇う必要があり、これもやはり大きな組織でないとできないことになる。 結局のところ、野球賭博の胴元は、大がかりに非合法なことをできるコワモテだがある種の信用ある組織、ということになり、これは暴力団をおいて他にない。その道では、野球賭博の胴元はヤクザの中でもカネを持ち信用あるヤクザでないとできない、などと言われているともいう。 以上を踏まえ、野球協約は、野球賭博にきわめて厳格な態度を示している。 野球賭博をするだけで1年ないし無期の失格処分、それがもしも所属球団について賭けたのであれば、それだけで永久追放処分である。永久追放は、内部規則における“死刑”と同義だ。最高刑である。 しかし、ことの重大さを考えれば、その重さも妥当である。プロ野球は娯楽であり、興業の一種だ。イメージは何より大事である。そのイメージに甚大な被害を与え、その存在を危うくしかねない行為が、重罪として裁かれるのはやむを得ない。 結論として、本件各選手の責任は、刑法上は重いとは言いがたい。しかし、内部規則である野球協約上は“死刑”に相当するきわめて重い責任が科される可能性もある。 「黒い霧事件」のときは、当初は対象者も1人だけそこまでの騒ぎではなかったのだが、事がおさまるかと思ったときに、多数の関与者が発覚して大騒ぎになった。 私は、プレーオフシーズンになると早起きして帰りを早くするほど、プロ野球が大好きだ。今回の件が、黒い霧事件のように波及しないことを心から願っている。 今の日本は、合法的にできる賭博は山ほどある。スマホをいじるだけで馬券が買える時代である。宝くじ売り場というのは、賭博場である。駅前や国道沿いのパチンコ店は、年中無休だ。麻雀だって、仲間内でこっそりとささやかに賭けるくらいなら、警察はお目こぼししてくれる。今の日本には、手を出していい賭博と出してはならない賭博が存在するのだ。 野球賭博は、後者の典型である。くだんの選手たちにそれを教えてあげる人は周囲にいなかったのか、私はそれが残念でならない。 私は、今回のような事件が起きる原因のひとつは、賭博罪が曖昧なままで据え置かれていることだと考えている。 今の日本は、誰でも手軽に賭博ができる環境であるのに、一方で、賭博は犯罪だという建前もいまだ残っている。 そのようなグレーな状況のもと、みなが賭博と正面から向き合わないから、社会全体の賭博についての知識が欠如し、当然くだんの選手たちも知識がなく、つけ込まれるスキが生じてしまうのだ。 賭博とは何なのか。賭博から生じ得る問題は何なのか。やっていい賭博としてはならない賭博の境界線はどこか。その理由は何か。 これだけ賭博があふれかえっている世の中なのだから、本来そういう社会的教育が必要なのだ。しかし、これらはなされない。賭博は犯罪だ、という建前が残っているからである。 そこに賭博があるのにこれときちんと向き合わないというこの国の矛盾が国民的娯楽に打撃を与えるのだとしたら、こんなに悲しいことはない。 あえて同情的な見方をすれば、本件の各選手も、そういう矛盾が生んだ犠牲者の一人といえなくもない。

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    銭はグラウンドに落ちている

    巨人軍の現役選手が野球賭博に関与していたことが発覚し、球界はいま揺れに揺れている。その最中、今度は米大リーグ、ダルビッシュ有選手の弟が「胴元」として逮捕され、蔓延する「黒い霧」の悪夢にファンの落胆も大きい。反社会的勢力とのつながりはどこまで広がるのか。

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    堕ちた球界の盟主、巨人野球賭博に潜む3つの火種

    件の余波が、プロ野球界の「外側」への影響である。現在、我が国には刑法で禁止される賭博等の例外として、スポーツ振興くじ(通称:totoくじ)が存在している。実は、totoくじを所管する文部科学省および与党自民党は、現在、サッカーのみに適用されている「合法の」スポーツ賭博であるtotoくじの適用範囲をプロ野球にまで拡大することを計画していた。これは2020年の東京オリンピックのメインスタジアムである国立競技場の開発費を捻出する為の措置であり、価格高騰で問題化した建設費の上昇分を、新たなtotoくじの導入で補てんしようとするものであった。 しかし今回、現役プロ野球選手による違法な野球賭博への関与が発覚したことで、その計画はすでに暗礁に乗り上げている。今月初め、福田投手が野球賭博に関わったとされた初期の報道時点で、すでに遠藤五輪相を含む複数の関係閣僚から「今の段階で(プロ野球への)くじの導入は難しい」などとするコメントが出されており、totoくじ法の改正はほぼ延期が確定してしまった状況だ。一方、totoくじの拡大が年内もしくは来春にできないとなれば、高騰する国立競技 場の建設費用をどこか別の場所から調達せざるを得ず、それが新たな「国立競技場問題」の火種となりかねない様相だ。全く個別の問題として発生した二つの問題が、根底では深く繋がっているというのは非常に皮肉な状況であるといえる。 いずれにせよ、今回の野球賭博問題は未だ様々に影響が波及する可能性が残されており、予断を許さない状況にある。これら問題を傍観するしかない我々としては、これ以上の事件の「炎上」がないことを祈りつつ、引き続き注視をしてゆきたいところである。

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    野球賭博の温床はカネとオンナ  球界の貧しき夢が生み出す「黒い霧」

    小林信也(作家、スポーツライター) 現役プロ野球選手、しかも巨人選手が野球賭博に関わったニュースは衝撃的に伝えられ、大きな関心事となった。 伝わり方に少し誤解があると感じるので確認しておく。ニュースで過去の『黒い霧事件』が持ち出された関係もあるだろう。黒い霧事件はプロ野球選手が八百長に関与し、賭けの対象となる試合で勝負を操作した事件だ。巨人選手が「八百長に関与した」と勘違いしている人たちが私の周りにもいる。今回は、非合法的な野球賭博に「賭けていた」事件であって、八百長ではない。だから「罪は軽い」と弁護する気はないが、「どうしてそんなことをやったのかねえ」と不思議に感じる人たちが理解するヒントにはなるだろう。「八百長が悪いのはわかっている。でも、賭けるだけならそれほど問題にならないと思った(あるいは、思わされた)」可能性がある。 十数年前まで、夏の高校野球などは普通に街中で賭けの対象になっていた。甲子園大会の開幕が近づくと、馴染み客の集まる居酒屋やラーメン屋あたりでは、当然のようにそれぞれの方式で賭けが行われていた。試合ごとに一喜一憂し、「誰が当たったか」で盛り上がるのは、むしろ微笑ましい夏の風物のひとつだった。金額の程度はあるにせよ、少額のお金を賭けて交流を深める習慣は、庶民にとっては生活の潤いであり、憩いでもあった。友人たちとゴルフに行って“握る”のも半ば常識だ。パチンコにしても、あうんの呼吸で成り立っているギャンブルのひとつ。日本社会にはそのように黙認された“賭博”が実際あるだけに、今回の当事者たちも最初からこのような大事件になる認識がなかったのではないだろうか。ある時期から少額でも違法だというプロモーションが行われ、ここ数年は高校野球の賭けも姿を消した(地下に潜った)感がある。野球賭博問題で新たに笠原将生、松本竜也が関与していたことが発覚し、会見に臨む巨人・久保博球団社長(左)と森田清司法務部長=東京・大手町の読売新聞本社 (撮影・山田俊介) 社会的にも、その賭けが大がかりで反社会勢力の資金源になっているかどうかが問題視される傾向と同様、野球協約上も、賭けの組織が反社会的勢力かどうか、その点が処分を決める分岐点になるようだ。普段から親しく付き合っている友人が、暴力団とつながりがあるかどうかを確かめる認識は薄かったのではないだろうか。 事件が発覚した直後、「これで野球くじの導入は難しくなった」、文部科学大臣のコメントが新聞等のメディアに載った。苦虫をかみつぶすような反応。平たく表現すれば、「あいつらのおかげで野球クジ導入がダメになった」という印象だった。世間の空気もそれに呼応し、2020年東京五輪の財源確保のために突然降って湧いた野球クジ導入は白紙に戻った感がある。文科相コメントに突っ込みを入れたメディアは知るかぎりないが、私はひどく滑稽な印象を受けた。 賭博に手を染めた悪人(巨人選手たち)のせいで、野球クジの導入が暗礁に乗り上げた……。 野球クジと野球賭博は、法律で認められているかどうか、その収益が反社会勢力の資金源になっているか公的機関の収入になるかの違いはあるが、同じギャンブルに違いない。国が胴元なら健全で、そうでなければ悪なのか? プロ野球がクジの対象になることを歓迎しない立場からすれば、今回の事件で野球クジ導入が見送られたら、不幸中の幸いという側面もある。 野球賭博問題の温床は、野球界の体質、目的設定にあると感じる。 「暴力団関係者と付き合ってはいけない!」 「賭博に関わってはいけない!」 いくらそのような教育をしても、選手たちの趣味、嗜好、普段の価値観やライフスタイルを変えない限り、本質的な改善にはつながらない。この人たちに染まってほしくない 私は、甲子園でヒーローになり、注目されてプロ入りした選手の母親と会ったとき、素直なつぶやきを聞いて言葉を失った経験がある。 入団契約後、寮や練習を訪ねた折りに先輩たちを紹介してもらう機会があった。いずれも有名な選手ばかりだったが、それまで自分たちが生活している社会では あまり会ったことのない雰囲気の若者たちだった。わかりやすく言えば、「手塩にかけて育てた息子が、こんな先輩たちみたいになってほしくない」、粗野で無教養、チャラチャラした印象の選手が大半だったというのだ。プロ野球での活躍を祈る一方で、 「あまりこの世界に長くいてほしくないなあ、この人たちに染まってほしくない、と思いました」 母親がつぶやいた。せっかく夢にまで見たプロ野球に入ったのに、現実は憧れとかけ離れた空気に満ちていた。それを聞いて、胸が痛くなった。 むさ苦しい髪の毛、モヒカン的なそり込み、ジャラジャラしたネックレス、だらしないユニフォームの着方、私服姿も清潔感がない……、チームの先輩たちの姿が目に浮かんだ。たしかに野球の技量は抜きん出ている。豪速球、長打力でファンを沸かせる。だが、人として尊敬できる選手と言えるだろうか。 親がわが子に「このような人物になってもらいたい」と惚れ込む選手がそれほど多くないのがいまのプロ野球の現実かもしれない。 最近のメディアはそれを「個性」と呼んで面白がる傾向もあるが、「プロ野球選手が子どもたちの模範となる存在」というイメージは幻想になりつつある。 なぜそのような選手が増えているのか。少年時代から野球に打ち込む目標が「甲子園」や「プロ野球」に集約され、「甲子園に出ればプロ野球に入れるぞ」「プロに入って活躍すれば金持ちになれるぞ」「野球選手はオンナにもてるぞ」、短絡的な動機付けが成功の褒美のように刷り込まれているのが要因ではないだろうか。 野球界だけでなく、日本中の大人たちも、そんな考えに支配されている。子どもが公園でキャッチボールをしていると、通りかかる顔見知りのおじさんたちが挨拶代わりに、「お、将来は5億円だな」などと、すぐお金の話をする。褒め言葉、社交辞令のつもりだろうが、子どもは高額年俸を頭に描いて公園で野球に熱中しているのではない。ところが日本の空気が知らずしらず、結果がすべて、成功の証は「カネとオンナ」に集約されていないだろうか。女子アナと結婚するプロ野球選手も多い。まるでそれが野球で成功した者のステータス、目指すゴールのようになっている。 一昨年の日本シリーズのときも巨人選手のスキャンダルが報じられた。一般の社会人より夜の街に繰り出す頻度も高そうだ。日々の目的が、野球でひと旗あげて「お金を儲け、オンナにもてる」、いかにも単純な思考に支配されている傾向は否めない。野球選手の楽しみといえば、試合が終わったら飲みに行くこと、そこで女性との出会いやひと夜の満足を得ることががんばった成果のようになっているとしたら、あまりに貧しい。もちろん、選手全員がそうだとは言わない。だが、年齢のわりに年俸は高いけれど心の貧しい選手たちが、残念ながら少なくない。 「高い年俸をもらえるようになったら、困っている人たちを助けるための施設を作りたい」 「経済的な理由で野球をあきらめる少年たちを支援する基金を作りたい」 などといった発言は、日本のプロ野球選手からはあまり聞かない。 「野球を通して人格形成を目指す」のはお題目にすぎず、実際には重視されていない。勝てば官軍、活躍すればその選手を利用してみんなが利益を共有しようと集まってくる。甲子園に出れば理屈抜きに評価され、プロ野球に入ればまたチヤホヤされる。人間的な深みや充実を問わない実状が日本の野球界を貧しくしている。今回の事件もそのような土壌を反映している。 この事件がプロ野球界に与える影響はそれほど大きいと思わない。というより、すでにプロ野球は深刻な凋落傾向にある。「巨人軍の選手は紳士たれ」といったフレーズも今回の報道の中で久々に持ち出されたが、巨人の選手が品行方正な紳士だと信じているファン自体がいまやほとんどいないだろう。そういう意味でも、影響が大きいと思わないのだ。 むしろ、旧態依然とした12球団の組織をどう改革するか。人々の嗜好やライフスタイルが多様化する中で、プロ野球を改めてどう活性化し、人々の日常生活とどうつながってエンターテインメント・ビジネスを盛り上げていくのか。懸命に新しい道筋を創らなければプロ野球は衰退の一途をたどるだろう。今回の事件は、そのような危機感のなさ、改革の機運の欠落を象徴する出来事とも言えるのではないか。 球団も野球界も、事件の当事者だけを悪人にし、彼らを断罪することで自分たちのクリーンさを強調する姿勢を感じる。当事者が悪人で、野球界は被害者という振る舞いはその通りかもしれないが、十分な認識ではない。野球界全体の姿勢を変えるきっかけにできなければ、後になって影響の大きさを痛感することにはなるかもしれない。

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    国際的に暗躍する八百長シンジケート 日本も対岸の火事ではない

    八百長問題は日本のみならず世界中で問題となっているのが実情です。  という事で、本日は世界を取り巻くスポーツ賭博の現状と、その背後にうごめく八百長ネットワークに関して少しご紹介したいと思います。1. 世界のスポーツ賭博の規模は年々拡大している 世界のスポーツ賭博の市場規模は年々大きくなっており、合法のスポーツ賭博市場だけでも2007年に4兆8千億円規模であったものが、2012年には5兆8千億円(*1)にまで拡大しています。この拡大スピードは今後、益々大きくなるであろうと言われています。 一方、スポーツ賭博というのは多くの賭博種の中でも最も背後にある違法なマーケットが大きい業種であるとも言われており、一説にはアメリカ国内だけでも40兆円近い違法なスポーツ賭博市場が存在するなどとする推計もあり(*2)、この発表は世間を驚かせました。さすがにアメリカ一国で40兆円という数字は、個人的には幾らなんでも大きすぎるとは思っているのですが、一方でこのような違法な賭博市場の大部分はマフィア等を初めとする反社会組織の資金源となっているという現実もあります。2. IT化、グローバル化が急速に進んでいる また、近年のスポーツ賭博拡大を象徴するのが、急速なIT化およびグローバル化です。例えば、イギリスなどで合法のものとして運営されてきた伝統的なスポーツ賭博では、ベッティングショップと呼ばれる店舗にプレイヤーが集まり、窓口で投票券を購買する形でその市場が形成されてました。しかし、IT化が進んだ事によりその状況は一変、現在では自宅のPCやスマートフォンから賭博への参加が可能になりました。 また、購買の中心がオンラインに移行するにつれて、賭けの対象となるスポーツ種のグローバル化も進みます。現在では、自国内で開催されているスポーツ種のみならず、海外で行われているあらゆるスポーツの結果に対して「賭け」が成立するようになっています。そして、そのようなスポーツ賭博のグローバル化が進めば当然の如く、その背後にある「闇」の部分もまたグローバル化します。現在では、世界を股にかけて暗躍する八百長の国際シンジケートなるものが登場するまでに至っています。3. 世界を震撼させたシンガポールでの八百長シンジケート摘発 そのような国際的な八百長シンジケートの一端が白日の下にさらされ、世界を震撼させることとなったのが、以前もブログ上でご紹介した事のある欧州警察による国際捜査です。【日本は体罰柔道、世界は八百長サッカー】 国際スポーツ界の信頼をゆるがす事態にhttp://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/7721828.html 2013年、欧州警察は、世界15カ国で行われた380試合で八百長が行われた可能性があるとして捜査を開始。その結果、イタリアで50名を超える逮捕者が出た他、その他複数の国々で逮捕者が続出しました。この問題は、いまだ警察の捜査が継続している「現在進行形」の問題であり、未だサッカー界では大きな騒動が続いています。4. 日本にとっても「対岸の火事」ではない そして、このような国際的な八百長シンジケートの広がりは、日本のスポーツ界にとっても「対岸の火事」ではありません。現在起こっているスポーツ賭博のIT化およびグローバル化の元では、日本の各種スポーツの国内試合でさえも、すでに諸外国のスポーツ賭博サイトなどにおいて賭けの対象として扱われているわけです。 例えば、昨日行われたヤクルト対ホークスの日本シリーズ第二戦に対しても、以下のように海外における多くのオンライン・スポーツ賭博サイトにおいて賭けが成立しています。Fukuoka S. Hawks - Yakult Swallowshttp://www.oddsportal.com/baseball/japan/npb/fukuoka-s-hawks-yakult-swallows-2wvbPmUT/ だとすると、当然ながらこれらに介入しようとする存在もいるワケで、スポーツ賭博の合法化されていない日本においても、他国と同様に八百長シンジケートのターゲットとして常に晒されている状態にあると考えるべきなのです。5. サッカー界の八百長対応 このような国際的な八百長シンジケートの暗躍に対して、少なくともサッカー業界は一定の対処を行っています。実は、FIFAは、その子会社組織として世界のサッカーの試合を対象とした監視機関、FIFA EWS社を組織しており、各国でのサッカーの試合における八百長の発生を監視しています。これは、世界各国のスポーツ賭博で行われているサッカーの試合の「オッズ」を常時監視するもので、オッズに八百長が関与した可能性を臭わせる不規則な変動が出た場合に、当該試合の主催者に「警告」を送るものです。 我が国のJリーグも2011年からこのFIFA EWS社と契約を結んでおり、昨年には初の「八百長の疑いあり」とする警告レポートをFIFAから受け取る事となりました。以下は、当時、私が書いたエントリです。Jリーグに八百長試合の疑い: 調査結果はとりあえず「シロ」http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8297920.html 上記の警告を受け取った直後からJリーグは独自調査を実施、その後「八百長の可能性が疑われた試合には、不正は認められなかった」との結論を出し、本警告は幸いにも杞憂に終わりました。しかし、少なくともサッカー界に関しては国際的な枠組みの中で八百長への対処を行っている。それでも前出のような大規模八百長事件の発覚が後を絶たないのであって、スポーツ競技と八百長の関係が如何に根強いかがそこに伺えると言えます。5. 今、日本で最も危ないのは野球界 野球界はFIFAのような強い世界の競技統括団体の存在がなく、サッカーと比べると圧倒的に八百長に対する国際的な取り組みが遅れているのが現状です。では、国内の統括団体がそれに適切に対処しているかというと、基本的に各球団内の選手教育にその対策が預けられているのみ。読売ジャイアンツは毎年の若手選手向けのセミナーにて、野球賭博や八百長に関する教育を行っていたとしていますが、実態としてそれがどこまで実効性のあるものとして行われていたのか。。今回の球団内の騒動を見る限りは、それが適切に機能していたとはとても言えない状況にあります。 また、これは国際的なスポーツ賭博とは別の切り口となりますが、今回ジャイアンツの3選手が関わったとされる我が国の違法な野球賭博では、日本のプロ野球のみならず、高校野球の全国大会なども賭けの対象として大々的に扱っていることが知られています。と、するのならば、当然ながらプロのみならず、高校野球にも「好ましからぬ存在」から八百長が持ちかけられる可能性がある。高校球児たちにそのような違法な存在が直接アプローチするなどは論外ですが、例えば監督やコーチなどの意思決定に介入を行いなどというケースが容易に起こり得るといえましょう。 いずれにせよ、今、日本において最も八百長リスクの高いスポーツは野球界であることは間違いなく、今回の事件の発覚を機に業界全体で何らかの対処を行う必要が出てくるものと思われます。*1: 出所:"sports betting: commercial and integrity issues," European Gaming &Betting Association*2: 出所:"Is Illegal Sports Betting a $400 Billion Industry?"※「カジノ合法化に関する100の質問」2015年10月26日記事を転載しました。

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    球界の黒い霧事件 最大のキーマン・永易将之の独占告白内容

     巨人・福田聡志投手の野球賭博関与問題は社会に大きな衝撃を与えた。そこで思い返されるのが46年前の「黒い霧事件」だ。そもそものきっかけは1969年10月、西鉄ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)の永易将之(ながやす・まさゆき)投手が、球団の調査で「暴力団の野球賭博で八百長試合に関与した」と判断され、解雇されたことだった。 これを新聞が大きく報道。さらに渦中の永易が普段着のまま自宅を出て、そのまま失踪したことで、疑惑が疑惑を呼び、騒動は社会問題に発展する。最終的には、複数の逮捕者を出す事態となり、19名のプロ野球選手が永久追放・出場停止などの重い処分を受けた。 ここで本誌は球史に残るスクープ記事を掲載することになる。行方をくらませていた最大のキーマン・永易の独占インタビューを報じたのだ(1970年4月10日号。以下、カッコ内は記事より。誌面の都合により、一部編集してある)。 インタビューは本誌の協力ライター・大滝譲司氏によるもの。2週にわたって掲載され、その赤裸々な内容が大きな話題を呼んだ。まず、八百長をやったのかと迫る大滝氏に、永易は観念したように認めた。「そのために永久追放になったんですから、いまさら否定できないですね」 永易は「自分は八百長の首謀者ではない」としたうえで、こう語る。「(関係した八百長試合は)ほんの数えるほど。三試合ぐらいかな。成功したのは一回だけで、あとの二試合は失敗。(失敗したらカネは)もらいませんでした。成功したら二十万円です」「暴力団の人と、野球に関してはまったく関係ありません。(実際にカネを払っていたのは)関西の商人です。昨年、チームメイトの紹介で、神戸で飲んだのがきっかけで知り合った」 永易は大滝氏の質問に丁寧に答える。成功した八百長の試合(故意の敗戦)についても、詳細を以下のように語っている。「M投手の友人でHさんという人がいるんですが、この人が張本人なんです。Hさんは胴元ではなく、張る方なんですが、一昨年のシーズン中にM投手と知り合ってやりはじめたそうです。僕がはじめて持ちかけられたのは(八百長が成功しなかった)ロッテ戦で、Y投手から頼まれました。(成功した南海戦は)Y投手が僕にいってきたんです。確実にやるためにバッターもおさえてくれといわれて、僕が内野手のF選手をとめ(仲間に誘うこと)、YがM捕手とこれも内野手のM選手をとめました」「僕がF選手に話したのは試合の一日か二日前、二人で買い物へ行った帰りに御堂筋の喫茶店で話しました。Fははじめてだったらしくびっくりしていましたが、とにかく『一回だけ』ということでOKしたんです。それで、僕は預かっていた三十万円をわたしたら、Fは『そんなにいらない』といって十万円返してきて、結局二十万円受け取りました。Fは『不成功に終わったら返す』といっていましたが、成功したのでそのまま。彼は満塁のチャンスで三振しました」コミッショナーから事情聴取を受ける永易選手=東京都・銀座のコミッショナー事務局・委員長室 後に行なわれる記者会見で実名を暴露することになる永易は、この時点では匿名で語っている。永易は選手の名を口にすることを、最後までためらっていたからだ。「僕はほかの人に迷惑はかけたくありません。同じカマのメシを食って苦労してきた仲間に対する友情が僕にもあります。罪は僕ひとりでたくさん。そのためにがまんしてきたんですから……」 ただそのかわり、このインタビューは永易の口から衝撃の言葉を引き出した。 逃亡期間の生活費をどうしていたのか、貯金でもあったのかという大滝氏の質問を永易は否定。代わりに、ある組織から“口止め料”が払われていたことを明かしたのである。それはなんと、永易を解雇した西鉄球団だった。「オーナーをはじめ幹部の人から“一生面倒をみるから、つらいだろうけどがまんしてくれ”といわれました。稲尾(和久)監督も“がまんしてくれ。ワシもできるだけの努力はする”となぐさめてくれました」 口止め料の真相や永易がやった八百長試合の手口が詳細に明かされる。八百長発覚直後の10月中旬、永易は当時の西鉄オーナーとその自宅で面会し、こういわれたという。「『君には気の毒だが、チームのためを思って、君ひとりでかぶってくれ。そのかわり一生の面倒はみる。つらいだろうけどがまんしてくれ。とにかく二、三か月はかくれていてくれ』というようなことです」 そして11月上旬に100万円、同下旬にも球団本部長から50万円が渡された。「球団本部長と会ったんですが、そのときには当時の球団社長が電話口に出て『君には悪いことをした』と、泣いてあやまってくれました」 そうして西鉄側が永易に渡した金額は合計で550万円。西鉄は当初こそ、この証言を否定していたが、その後、東京地検特捜部の取り調べを受けたオーナーが渡したことを認め、辞任に追い込まれている。(文中一部敬称略)関連記事■ ガチンコ相撲の大乃国 八百長力士からリンチまがいの稽古も■ 大相撲八百長手口 地元力士に「知り合いの前で転んでやるよ」■ 八百長力士調査委 真相「分かるわけない」調査進展「0%だ」■ ガチンコ相撲の判別法 決まり手「河津掛け」「うっちゃり」■ 八百長告発・板井に近い元力士 暴力団と相撲賭博の関係暴露

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    ダルビッシュ弟は野球賭博に相当深く関与していた?

    ぁ、この事件、野球賭博だけでは終わりそうにないな…」という予感をさせるものとなっています。 この先、スポーツ賭博における定番としては「違法賭博→暴力団の関与」からの八百長疑惑へとつながってゆくのが常ですが、今回の問題は最後の一段階までも踏み越えてしまうのでしょうか。。引き続き見守ってまいりたいと思います。 追伸:ちなみに、ネット上では「偉大な兄貴に泥を塗る行為」的な論調もありますが、私はあえてそういう論調は取りません。おそらく、そういう「偉大な兄貴が…」的な論が、人間を歪ませてゆく原因だと個人的には思うので。。※「カジノ合法化に関する100の質問」2015年10月27日記事を転載しました。

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    川上哲治氏が「巨人で八百長選手いるか」と本誌に確認の過去

     巨人・福田聡志投手の野球賭博関与問題は社会に大きな衝撃を与えた。そこで思い返されるのが46年前の「黒い霧事件」だ。そもそものきっかけは1969年10月、西鉄ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)の永易将之(ながやす・まさゆき)投手が、球団の調査で「暴力団の野球賭博で八百長試合に関与した」と判断され、解雇されたことだった。 これを新聞が大きく報道。さらに渦中の永易が普段着のまま自宅を出て、そのまま失踪したことで、疑惑が疑惑を呼び、騒動は社会問題に発展する。最終的には、複数の逮捕者を出す事態となり、19名のプロ野球選手が永久追放・出場停止などの重い処分を受けた。 ここで本誌『週刊ポスト』は球史に残るスクープ記事を掲載することになる。行方をくらませていた最大のキーマン・永易の独占インタビューを報じたのだ(1970年4月10日号)。 インタビューは本誌の協力ライター・大滝譲司氏によるもの。2週にわたって掲載され、その赤裸々な内容が大きな話題を呼んだ。まさに球界を揺るがした独占インタビュー。その裏には、未だ語られたことのないドラマがあった。 当時、現場にいた小学館OB・林四郎氏(当時週刊ポスト担当役員)が振り返る。「コミッショナー委員会の委員長で東大出身の憲法学者・宮澤俊義氏が小学館に来て、涙を浮かべて“プロ野球の選手が八百長をするとは信じられない”といってきた。“残念ながら事実です”と永易証言を説明すると、肩を落として帰っていきました。気の毒で仕方がなかった」 そしてもう1人、本誌編集部は、球界を代表する人物からの接触を受けている。巨人V9時代の名将・川上哲治監督だ。川上哲治氏「作家の五味康祐さんの紹介で、川上監督が会いたいといってきたので、赤坂の料亭で一席設けました。川上監督は“巨人軍の選手の中で八百長している選手はいないですね?”と尋ねられました」(林氏) その時、実は捜査関係者がマークする選手の中には、巨人軍の選手も2人含まれていたという。「今だから話せる話ですけどね。諸々の事情から、ここで名前を挙げるとマズイと判断し、“名前は出ていませんでしたね”と否定しておきました。すると川上さんはホッと安心したような様子でした」(林氏) 本誌のインタビュー後、八百長事件は永易の記者会見以降にも次々に発覚。文字通り「黒い霧」となっていく。 永易が実名を挙げた選手の中には、西鉄から中日にトレードされていたT投手も含まれていた。本誌は第2弾記事で、当時疑惑を指摘されて蒸発していたT氏を疑わしいと実名で報道。この記事で本誌は、T氏から名誉棄損で東京地検に告訴されたが、結局、T氏は野球賭博の捜査の過程で浮上したオートレースの八百長疑惑に関与したとして球界を永久追放された。本誌も不起訴処分となった。 さらに中日のエースだったO投手は、同じくオートレースに絡んで逮捕されるという事態にまで発展している。林氏が語る。「ある仕事で名古屋に行ったとき、Oさんがバーをやっているというので立ち寄ってみた。こちらの素性は明かさず飲んでいたんですが、カウンター越しの彼の寂しい背中を見たときは、これがとんでもない事件だったことを痛感させられました」 今回、野球賭博に関与した巨人の福田聡志投手が生まれる、はるか昔の話ではある。しかしその行為がどれだけ球界とファンを裏切り、自分自身をも貶めることなのか知るべきである。闇に手を染めてしまった永易の独占告白が伝える教訓は、今なお重い。(文中一部敬称略)関連記事■ 王貞治インタビュー他プロ野球逸話を満載した二宮清純氏の本■ 解任騒動の元巨人・清武英利氏が野球への思い綴った本が登場■ 江川卓、伊良部他プロ野球史上に残るヒール55人を紹介する本■ オリックス球団社長を11年務めた男が球界の舞台裏著した本■ 「江夏の21球」や「巨人はロッテより弱い」発言の真相描く書

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    「怪物」清宮幸太郎はこうしてつくられた

    湯浅大(サンケイスポーツ編集局運動部) 西東京代表・早実のスーパー1年生、清宮幸太郎内野手による空前のフィーバーが日本中を席巻している。今や、高校野球100周年の節目に出現した若きスターがメディアに登場しない日はない。長男の早実・幸太郎内野手をスタンドから応援するラグビートップリーグ、ヤマハ発動機の清宮克幸監督=8月13日、甲子園球場(撮影・松永渉平) 早大ラグビー部などで活躍し、現在はトップリーグ・ヤマハ発動機の監督を務める克幸氏を父に持ち、DNAは超一流。早実初等部時代には東京北砂リトルのエースで4番として132本塁打し、世界一も経験。米国で「和製ベーブ・ルース」の異名も取った。中学時代に右肩を痛めた影響で打者に専念すると、高校入学後に1年生ながら伝統校の3番を任され、約3カ月間で13本塁打を放っている。 早実といえばかつて5季連続で甲子園に出場し「大ちゃんフィーバー」を巻き起こした荒木大輔氏、「ハンカチ王子」として人気を集めた斎藤佑樹(現日本ハム)らスター選手を輩出してきた。野球部の指揮を執る和泉監督は当時の斎藤も指導しているが、「斎藤のときは(甲子園での)優勝という過程があってからの加熱だった」。地方大会が始まる前から騒がれている清宮フィーバーとの違いを語り、それは「想像以上」と加えた。それでも「本人はまだ怖いもの知らずで、全部受け入れて楽しんでいる様子がある」というから驚きだ。 清宮のすごさは何よりも、このハートの強さにある。技術面はこれからいくらでも伸びていく。1年生離れしたパワーは実証済み。これからも多くの経験から学び、練習していくことで技術は向上していくはずだ。早実には恵まれた指導者や、専用グラウンドをはじめ室内練習場やウエートトレーニングルームなど充実した練習環境も整っている。 今後も着実に成長していく技術面を、16歳とは思えない強心臓が支えている。清宮は幼いころから克幸氏に一番を目指す教育を受けてきた。幼稚園時代、七夕の短冊に「世界一を獲る」と書いて周囲を驚かせたこともある。野球と出会う前はラグビーをはじめ相撲、水泳など複数の競技に挑戦し、勝負根性をたたき込まれてきた。7歳だった2006年8月に早実・斎藤と駒大苫小牧・田中(現ヤンキース)が投げ合った甲子園決勝の再試合を生観戦し、野球の道を選んだが、このときも克幸氏から頂点に立つことを前提に認めさせたという。 目標が高いところにあるから自然と発言も大きくなる。西東京大会初戦、夏の公式戦初安打は遊撃後方へポトリと落ちるものだった。「あんなんですみません。みっともないですね」と照れた。4安打を放った試合でも「ここで打たなきゃ3番打者の意味がない」。同大会では6試合で20打数10安打を放ち、10打点は大会トップの数字だった。それでも「100%を発揮できていない」と大会を振り返る。少し悔しさをにじませている口調は、リップサービスではないことを示していた。今治西との初戦の一回、打席に入る早実・清宮幸太郎=2015年8月8日、甲子園球場(村本聡撮影) 甲子園に乗り込んでも、強気な姿勢は打席でも見てとれた。愛媛代表・今治西との初戦。相手バッテリーから徹底して内角を攻められた清宮は、第2打席で死球を受けた。カーブが右足首のあたりに直撃。幸い、レガース(防具)に当たったため、何事もなく出塁したが、特筆すべきはその後の打席にあった。 第3、4打席ともにしっかりと踏み込み、甘く入った初球を狙ったのだ。前の打席で当てられた残像による影響や恐怖心はみじんもみせずに積極的に攻めのスタンスを貫いた。そうして4打席目に強烈なゴロで一、二塁間を破る甲子園初安打。タイムリーというおまけつきだ。 ただし、いや、もちろんというべきか試合後は安打に喜ぶどころか渋い表情。好機で凡退した3打席を悔やんだ。「全然だめですね。チャンスでことごとくだめでした。どうしようもないですね」。並の高校1年生であれば、甲子園初安打を素直に喜ぶのではないか。最低でも及第点は与えるだろう。だが、清宮は違った。 実は強気な発言の裏には克幸氏の教えがある。「小さい頃から人前で『頑張ります』というのはやめるように父にいわれているんです。それがしみついているのか、人と同じことを言うのが嫌なんです。人と違うからこそ伸びるというか…人と同じならそこで埋もれちゃうので」。16歳とは思えない価値観。独自の理想論を語り、そこを目指して努力する。達成することで成長し、また新たな目標を口にする。怪物は練習だけでなく、自身の発言も進化への“種”としている。 「自分の活躍はまだ期待に追いつけていない。期待に添うようなプレーができれば。1年の夏から甲子園に出られるのは貴重なこと。人生最大の財産になる」。雰囲気にのまれるどころか、楽しみながら、あこがれの聖地の土を踏んだ。無限大の可能性を秘めたスーパー1年生・清宮の伝説は、まだ始まったばかりだ。

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    高野連の「正体」見たり

    100年の節目を迎えた夏の全国高校野球選手権大会が始まった。高校野球を学校教育の一環と位置づけ、独立組織による管理・運営を理念とする高野連だが、球児の「さわやか・ひたむき」を隠れ蓑にして、権威主義・商業主義に陥っているとの批判は根強い。まさに高野連の正体、見たりだ。

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    高校生を英雄扱い? 「高野連」ってナニサマなのか

    ないことに市民からおしかりもある。経済も原発停止で冷え切っている中、盛り上げたい気持ちもあるが、学生スポーツであり行事やセールの自粛は仕方ないこと』と理解を求めた」 過度な祝賀行事の自粛って、何だろう。「華やかなパレードは高校生を英雄扱いし間違った心情を植え付ける」って、それは、どういうことだ。一体、どの口が言っているのか、私は不思議でならない。 なぜなら、それは、高校野球が何で成り立っているか、という根本がわかっていないからである。高校野球がこれほどの人気を誇っているのは、「郷土愛」が大きい。 わが郷土、わが県、わが町の学校を必死で応援し、卒業生も一体となって熱をこめて応援するのは、根本に「郷土愛」があるからである。単にその「高校」だけの「栄光」に終わらないところに、戦前の中等学校優勝野球大会から始まって、これほどの「長い歴史」を有する秘密がある。 オリンピックは、その「郷土愛」が「国」のレベルに引き上げられたもので、高校野球はその基(もと)の「郷土愛」というものなのだろうと思う。 優勝パレードは、甲子園に行くことができなかった応援してくれた人々への感謝をこめた御礼の意味を持つもので、いわばお世話になった人々、応援してくれた人々への「報恩感謝」という「高校野球の根本」に当たるものとも言える。 しかし、それを「華やかなパレードは高校生を英雄扱いし間違った心情を植え付ける」という「間違った心情」を持つ高野連に、私は呆れる。 40年前の昭和50(1975)年、私は、地元の高知高校が原辰徳を擁する東海大相模を延長の末に倒して初優勝し、高知市での優勝パレードに行った。それは、「高知にこれほどの人がいたのか」というほどの人出だった。「ありがとう! ありがとう!」という感謝の言葉で、通りは埋め尽くされていた。 高校野球は、そこに本質がある。すなわち「ありがとう!」なのである。郷土の名誉のために、母校の名誉のために、そして自分自身のために、死力を尽くして闘う球児たちへの「人々の思い」が、高校野球の長い歴史を支えてきたのである。 その根本を忘れた高野連の「祝賀パレード自粛要請」に、私は溜息しか出てこない。それは、そもそも高野連の歴史そのものが、「高校生を英雄扱いし、スターをつくって人気を煽ってきた」歴史ではなかったのか、ということでもある。 高野連の職員を構成する元新聞社の社員たちが、表面上の「高校生らしさ」を謳い、それでいて、ひたすらヒーローづくりに励んできたのが、高野連の歴史だ。あなた方は、一体なにを勘違いしているのか、と問いたい。 なぜ、それほどまでに高野連は、さまざまな介入をおこなうのか。それは、霞が関の官僚社会と似ている。「介入」、すなわち「規制」は、それをする者にとって、不可欠なものだからだ。 「バスの停留所を移動させるのにも認可が必要だった」という霞が関の有名な「規制」の問題がある。世界に冠たる“官僚統制国家”である日本は、「規制」によって、官僚が自らの権力を維持し、天下り先を確保してきた歴史がある。 そういう規制に対する「許可」をスムーズに受けるためには、官僚の天下りを受け入れることが最も重要だったからだ。やっとこの“官僚統制国家”からの脱却を進める日本で、それと全く同じやり方を続けているのが高野連だ。 数年前まで、日本全国を講演して歩く高野連の理事がいた。さまざまな県が、その理事を「招聘」し、「接待」し、「講演」をしてもらって、最大限に持ち上げて機嫌よく帰ってもらうということを繰り返した。 それは、高野連に「睨まれたくないから」である。「規制」と「介入」というのは、それほど大きい。現に、地元の人が「ありがとう。よく頑張ってくれた!」という声をかけることのできる場は、「華やかなパレードは高校生を英雄扱いし間違った心情を植え付ける」という実に短絡的で単純な「高野連の論理」によって、福井県では“奪われた”のである。 私は、当ブログで「単純正義」という言葉を使って再々、述べさせてもらっているが、高野連には、新聞メディアが陥っているその「本質に目を向けない」単純正義が漂っているような気がする。言葉を換えれば「偽善」である。 今大会の開会式で、奥島孝康・高野連会長は、かつての「野球害毒論」について触れるスピーチをおこなった。私は、これまで何度もこの野球害毒論について指摘させてもらっているが、これを唱えたのは、ほかならぬ「朝日新聞」である。 明治44(1911)年、朝日新聞は、「野球という遊戯は悪くいえば巾着(きんちゃく)切りの遊戯である」「野球は賤技なり、剛勇の気なし」「対外試合のごときは勝負に熱中したり、余り長い時間を費やすなど弊害を伴う」……等々、新渡戸稲造や乃木希典まで登場させて、全22回にもわたる野球への大ネガティブ・キャンペーンを張った。 朝日新聞のこの野球攻撃は、新聞の間で激しい論争を巻き起こすが、そのわずか4年後の大正4(1915)年に、朝日新聞は一転、全国中等学校優勝野球大会(現在の「全国高等学校野球選手権大会」)を開催し、当時の村山龍平社長が第1回大会で始球式をおこない、その“変わり身の速さ”にライバル社は唖然とさせられた。 今年は、その年から100年目にあたる「高校野球100周年」である。同時に、この事実は、朝日新聞の今に至る「変節の歴史」を示す貴重な1ページとも言える。 新聞販売のために高校野球を利用し、できるだけ話題になるようにヒーローをつくってマスコミに大々的に報道させ、商業的に利用してきた高野連をはじめとする大人たち――「華やかなパレードは高校生を英雄扱いし間違った心情を植え付ける」などと、見当違いなことを言っている自分自身の胸に、一度、手を当ててみたらいかがだろうか、と思う。

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    きれいごとを並べたてる偽善組織 それが高野連だ

    にプラカードの後ろに整列せねばならなかった。戸惑った私は壇上に上がるのをためらった。私は地味な半袖のスポーツシャツ姿だったからだ。見渡すと他校の監督は皆ネクタイを着用し、上着を着ている人もいる。7年の間にすっかりシステムが変わっていた。私は恥ずかしさと同時に「来年も必ずこの会場に来てステージ上で私らしさをアピールしたい」と誓った。 翌年の夏、連続出場を果たした私は、優勝した瞬間から抽選会の服装に思いを馳せていた。その年、私は真っ白なダブルのスーツで颯爽とステージに上がった。裏地には自らが版画印刷した「胸もあらわな歌麿の浮世絵」が縫いつけてあった。民放のテレビ局がそれを見つけると取材を申し出たが、教育的配慮で断った(笑)。開星の選手達は誇らしく私の言動を見つめていた(と信じたい)。「教育者(監督)は常に生徒(選手)から羨望の眼差しで見られなければならない」という私の持論が表出されたシーンである。高校野球抽選会、和服姿で出席した開星の野々村直通監督(中央)=2011年8月3日、大阪国際会議場(塚本健一撮影) その後、2006年~2011年の間に春夏6回の甲子園出場を数えたが、抽選会場にはいずれも私は着物姿で登場した。そのことはマスコミには格好の話題を提供した。だから高野連は、目立つ私がけぶたかったのだろう。2012年3月で私は定年退職し、監督からも身を引くと高野連は、抽選会規定の中に新たな項目を定めた。それは「責任教師、監督は白の半袖シャツまたは所属連盟のスタッフシャツ着用、選手は制服を着用してください」というものである。明らかに私の着物姿を意識したものと思われる。 しかし、日本人が伝統的民族衣装に身を包み、厳粛なセレモニーに臨んで何が悪いというのか! カッターシャツにネクタイこそはアングロサクソン(西洋人)の服飾ではないか!! などと声高に叫べば、「やはり、野々村は屁理屈を言う変わり者」という評価を受けてしまう。ところが、最近のニュースで興味深いものがあった。経済産業省は、日本古来の「きもの文化」を見直し、奨励するために来年度から『きものの日』の制定を検討するというのである。その日は省内にも“きもの出勤”を勧め全国に呼びかけるという。各省にも呼びかけるが、手始めに文科省に呼びかけるとのことである。文科省傘下にある高野連は私の「着物姿」を疎外してきた訳だが、『きものの日』に向けてどんな言い訳をするのだろうか。 事程左様(ことほどさよう)に、自らの組織の中で変革や異論を唱える輩は排除してきた高野連という体質について、紙面の都合上、残りは簡潔に述べてみる。高野連は巨大な興行団体 甲子園では入場料どころか酒もビールも売り歩く。高体連(こうたいれん)の大会で、代々木体育館や武道館でビールを売り歩いたら大問題である。高野連は「プロアマ規定」で未だにプロ野球とは厳しく一線を画している。その理由はプロ野球はお金がからむ営利目的の団体だからだという。アマチュアという仮面を被った金まみれの高野連がどの面さげて言うのか。高野連は、主催新聞社と業者が結託した巨大な興行団体である。高野連は独善的権威主義団体 野球部員の不祥事が発覚した時の例を考えてみる。当該校の方針は無視され、すべての判断と処罰は高野連に負託される。教育現場の独自性から見て、文科省でも教育委員会でもない一財団法人でしかない高野連という組織が、現場の最高責任者である学校長に処分を言い渡し、校長は平身低頭で有難くそれに従うのは滑稽と言わざるを得ない。学校のレベルの問題もあり、大会に参加するのか辞退するかは現場の最高責任者たる学校長が判断するのが妥当である。野球を通じて非行少年を立派な社会人にして世に送り出す使命も実績も数多く存在するのに、その都度、全体責任で出場辞退を迫られては本当の教育はできない。それとも品行方正な子どものみで野球をしろと言うのか! 権威主義的高野連の下では野球を通じて本物の教育はできない。「特待生制度」を正しく位置づけられない高野連第93回全国高校野球選手権 日大三に敗れた開星・野々村直通監督=2011年8月14日、甲子園球場(恵守乾撮影) 数年前、特待生問題でマスコミや高野連が大騒ぎしたことがある。いかにもお金で選手を釣り上げるかの如くに報道された。「特待生制度」はほとんどの場合、私学が対象である。私学助成金のみに頼る私学は公立より授業料が高い。学業や技量に優れた生徒を公立並みにして入学してもらうのは当たり前の話である。なぜ公立は安いのか。税金が投入されているからである。私学の先生方も等しく納めている税金で公立は守られている。私学から見れば公立に通う生徒(選手)は全て税金が投入されている特待生である。公立と比べれば私学は不遇なのである。優能な子が私学に通うのに「特待制度」を利用するのは至極真っ当な話なのである。事勿れ主義の高野連 昨秋の四国大会に於いて、今治西高の監督が試合中に「気合を入れて下さい」と申し出た選手にビンタをした。直後、彼は逆転打を打ちチームを選抜へと導く。しかし、こともあろうにテレビ中継をしていたNHKはこの場面を放映し流した。匿名による抗議の電話が高野連に入り、体罰と判断した高野連の指導でこの名将は辞任した。なにかおかしくはないか!! 選手のミスを一方的に罰として叩いたのではない。選手と監督が勝利に向かって本気で「魂」のやりとりをしただけである。逆に感動を与えるシーンであったはずである。この時、事情聴取した高野連が、「今回は信頼関係にある指導者と選手の事象であり、暴力を背景としたいわゆる「体罰」とは呼べず、現場での厳粛な指導の一環であった」と毅然として発表すれば、より気高き教育現場が具現されるであろうにと思えば残念でならない。高野連の「事勿(ことなか)れ主義」を垣間見た思いである。 色々な事例を述べたが、いずれにしろ高野連は「きれいごと」を並べたてる偽善組織と言わざるを得ない。高野連はマスコミに従属し、生温い社会風潮や似非(エセ)平等主義を唱える現代の教育的価値観へのポピュリズム(大衆迎合主義)でしかないと強く訴えたいと思う。

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    シーズン制、階層制…こんなにも違う日米の高校野球

    鈴木友也(スポーツマーケティングコンサルタント) 高校野球が今年で100周年を迎えました。日本の夏の風物詩と言えば、多くの人が甲子園を挙げるに違いないでしょう。それだけ、高校球児の紡ぎだす物語は日本人の心を捉えて離しません。 かくいう私も、物心ついたときから野球を始め、子供の頃の夢は「プロ野球選手になること」。高校では甲子園を夢見て毎日グラウンドで泥まみれになっていました。もう25年ほど前の話です。 私は、現在米国に拠点を置きながら、日本のスポーツ関連組織の経営アドバイザーのような仕事をさせて頂いています。米国のスポーツ経営に関する最新のノウハウや優良事例を紹介しながら、お客様の経営課題解決のサポートをしています(何の因果か、高校時代はあれほど遠かった甲子園にも、仕事で訪問する機会に恵まれました)。 本稿では、日米の高校スポーツの現状を比較することで、日本のアマチュアスポーツ界の特徴を整理し、改革の必要性が叫ばれる日本の高校野球界にとって参考になる取り組みをご紹介しようと思います。日米高校スポーツの競技運営の違い 米国で高校野球のみを管轄する日本の高校野球連盟に相当する組織は存在しませんが、それに近いのが全米州立高校協会(National Federation of State High School Associations=NFHS)です。NFHSは、米国内の高校スポーツを統括する組織で、18のスポーツ競技やその他文化活動(音楽や演劇、ディベートなど)のルール策定や安全対策などを進めています。このNFHSの傘下に各州の高校スポーツ協会が組織され、州ごとに自治されているイメージです。 日米の高校スポーツの組織構造や運営形態を比較すると、主に以下の3つの違いが挙げられます。 まず、組織構造です。日本は競技ごとに連盟が組織される「競技縦割り型」ですが、米国では前述のNFHSのように「競技横断型」のスポーツ管轄組織が設置されているのが特徴的です。これは、日本では基本的に1つのスポーツを選択して1年中競技を続ける「部活制」が主流なのに対して、米国では季節ごとにプレーする競技を変える「シーズン制」がベースになっているためと思われます。 私も元高校球児だったのでよく分かりますが、日本では野球部の部員は元旦以外は一年中野球をやっている感じでしょう。これに対して、米国では、春夏は野球や陸上、秋はフットボール、冬はバスケットボールやアイスホッケーといった形で季節によりプレーする競技が変わります。競技間の「共存」が大きなテーマになるため、競技ごとに練習を開始できる時期や一日の練習時間などが厳しく制限されます。こうした競技間の調整を行う必要があるため、競技横断型の組織が必要となるのです。 2つ目の違いは、競技運営方式です。日本では、甲子園大会のように全国規模の大会がトーナメント制で実施されるケースが多いですが、米国の高校スポーツでは全米規模の大会はなく、州レベルが最大の大会となります。また、運営も州内のリーグ戦が基本となり、その中で一部の上位校だけが決勝トーナメント(プレーオフ)に進出します。 そのため、日本では基本的に1回負けるとそれでシーズンは終わりになってしまいますが、米国の高校野球では、(詳細は州や所属学区によって異なりますが)3月から5月位にかけて少なくとも20試合前後の公式戦が開催されます。 3つ目の違いは、階層構造の有無です。日本の高校スポーツに階層構造はあまり見られませんが、米国では高校の生徒数に応じて所属ディビジョンが細かく区別されます。例えば、ニューヨーク州であれば、NY州公立高校スポーツ協会(NYSPHSAA)は以下の5つの「クラス」を設定しています(集団競技の場合)。 生徒数に応じて所属クラスを分けるのは、生徒数の多い学校の方が上手な生徒が集まる可能性が高いからです。また、このクラス内で更に「バーシティ」(一軍)、「ジュニア・バーシティ」(二軍)、「フレッシュマン」(1年生)などレベル分けされており、別々のリーグ戦が同時並行で開催されます。チームに登録できる選手数も競技ごとに厳密に定められています。フェアネス(公平性)の精神は、単にグラウンド上での正々堂々としたプレーに留まらず、平等な条件での競争を担保する制度設計にまで及ぶのです。「形式美重視」と「楽しさの追求」 ここまでは、日米の高校スポーツの組織構造や運営形態といった「目に見える違い」について述べてきましたが、日米のアマチュアスポーツの違いを生み出す「目に見えない違い」についても言及してみようと思います。「スポーツをする目的」の違いについてです。 今年1月、カリフォルニア州の高校女子バスケットボールの大会で、161対2と大勝しすぎた学校の監督に出場停止処分が課されるという珍しい事件がありました。大差がついても相手チームにプレッシャーをかける“オールコートプレス”を使い続けた行為が「スポーツマンらしからぬ行為(Unsportsmanlike conduct)」に当たるとして、2試合の出場停止処分が下されたのです。 私もその昔、弱小高校の野球部員だったので分かりますが、日本では、「手を抜かずに最後までやるのが礼儀」という価値観がある程度共有されているように感じます。負けていても、途中から二軍相手で適当にあしらわれるよりは、一軍にコテンパンに負ける方が美徳とされるような文化がありますよね。 これに対して、米国では、事実上勝負がついたら後は適当に力を抜いて相手の顔を立ててあげるのが良しとされる文化があります。私は今でも日本人でフラッグフットボールのチームを作り、地元リーグに参戦してアメリカ人相手に試合をしているのですが、大勝しすぎると審判から「適当に手を抜いて相手にも楽しませてやれ」と注意されます。 この違いは、恐らくスポーツをする目的の違いにあるのではないかと感じます。スポーツが教育の手段として根付いている日本では、「ルールを守ること」が美徳とされ、「最後まで手を抜かずに相手をする」「胸を借りて大敗する」という形式美が重視されているように思います。 一方、米国ではスポーツは「競争」と「娯楽」を目的とするため、「競い合って楽しむこと」が大事とされるように感じます。そのため、前述した徹底した「フェアネスの精神」とともに、「楽しめる環境」の整備が重視されています。そのように位置づけの違いを整理すると、トーナメント制を採用しないことや、階層制を導入したり登録選手枠に上限を設ける真意も見えてくるように思うのです。 つまり、これらはいずれもスポーツを「競い合って楽しむ」ための前提条件の整備なのです。1回負けたらシーズンが終わってしまったり、強すぎる相手と対戦したり、部員が多すぎて試合に出られないのは、楽しくスポーツを行える環境とは言えません。“日本化”が進みつつある米国アマスポーツ 組織構造や運営形態、目的などにおいて違いがある日米のアマチュアスポーツですが、米国のアマチュアスポーツ界(特に小・中学校などのユーススポーツ)でも近年“日本化”とも呼べる現象が起こっており、その変質が指摘されています。 前述のように、米国では季節により競技するスポーツを変える「シーズン制」が採用されています。しかし、ここ10年弱で若年層からこのシーズン制が崩れ始め、プレーするスポーツを1つに絞る傾向が強まってきているのです。 その背景には、「世界的金融危機(いわゆる“リーマン・ショック”)」と「スポーツビジネスの若年化の進展」が挙げられます。金融危機に際しては、多くの金融機関が「Too Big To Fail(大きすぎて潰せない)」との理由で救済されました。その際、多額の公的資金が投入されたことをご記憶の方も多いのではないかと思います。 実はこれにより、連邦政府から州政府への補助金がカットされました。それに伴い、従来まで地元のリトルリーグなどでは、グローブやバットなどの備品購入には地方自治体からの助成金が出ていたのですが、この額がカットされたのです。 カットされた分の負担は、そのまま家庭に転嫁されます。懐を痛めるからには、親もその見返りを求めるようになります。「スポーツビジネスの若年化の進展」がこれに拍車を掛けました。今や高校スポーツの専用TVチャンネルが誕生し、たった10日間のリトルリーグの世界大会(リトルリーグ・ワールドシリーズ)の放映権に6000万ドルの値が付く時代です(ESPNとの8年契約の総額)。 こうして競技選択の「専門化」とスター選手の「若年化」が進展します。より若い時から競技を絞り込み、プロ顔負けの専門的なコーチングを受け、合宿に参加してスキルアップを目指し、「明日のスター選手」を目指すのです。 実はここには大きな矛盾があります。単一競技をプレーし続ける方が、複数競技を選択的にプレーするよりも、運動選手としてバランスの取れた発育が遅れ、怪我やバーンアウトのリスクが高まることが分かっているからです。しかし、こうした専門的な知見を知る親は限られ、多くはビジネス化の進展の波に飲み込まれていくのです。 こうした背景により、今、米球界では日本と同様に若年層での怪我の頻発が大きな問題になっています。松坂大輔選手や田澤純一選手、ダルビッシュ選手らが受けたひじの靭帯再建手術(通称“トミー・ジョン手術”)を受ける高校生の数も急増しています。問題解決に積極的な米球界 事態を重く見たアメリカスポーツ医学研究所(American Sports Medicine Institute=ASMI)は、「投げ過ぎによる疲労蓄積が投手の怪我の主な要因である」として、青年期の投手に対して以下の9つの指針を示しています(ASMIは、トミー・ジョン手術の権威として知られるジェームス・アンドリュース医師が設立した非営利研究機関)。・投手の疲労具合に注意を払い、疲労の兆候(球速の低下、コントロールの悪化、投球動作での肘の位置の低下、投球間隔の長期化)が見られたらすぐに交代させる・1年間で最低2~3か月(できれば4か月が望ましい)はノースロー期間を持つ・いかなる時も1試合に100球以上投げない・投球数に応じた休息をきちんと取る・複数チームの掛け持ちによるシーズンの重複を避ける・優れた投球動作をいち早く身に付ける・スピードガンの使用をやめる(※不要な全力投球につながるため)・捕手としてはプレーしない(※休息日の投手に捕手をさせるケースが多いため)・投手が肘や肩の痛みを訴えた場合、スポーツ専門医の指示を仰ぐまで投げさせない。野球や他のスポーツを楽しむように促し、多競技への参加が選手の運動能力向上とスポーツへの興味維持に寄与することを理解する また、ASMIはコーチや親向けに投球ガイドラインや投球数に応じたアドバイスを表示するスマホ向けアプリ「プロ野球選手のように投げよう(Throw Like a Pro)」も監修しています。アプリでは、ウォームアップや練習での注意事項に加え、独自の投球数カウンターも用意しています。年齢を選択してカウントを開始すれば、球数に応じて必要な休息期間が自動表示される上(スクリーンショット左)、投球数が上限に達すると即座に投球を止めるように警告が表示されます(同右)。参考:「プロ野球選手のように投げよう」のスクリーンショット また、昨年11月には米メジャーリーグ機構(MLB)が米国野球連盟(USA Baseball)とともに若年層の野球選手や、コーチ、親などを対象にした啓蒙プログラム「ピッチ・スマート(Pitch Smart)」を開始しています。この中では、年齢別に練習での注意事項や投球ガイドライン(投球上限や必要休息期間など)も示されています。出所:http://m.mlb.com/pitchsmart/pitching-guidelines 対照的に思える日米両国のアマチュアスポーツ界ですが、意外にも若年期における「競技特化」や「怪我の頻発」という点で共通の問題を抱えています。その中には、日本の高校野球界も参考にすべき取り組みが少なくないように思います。すずき・ともや ニューヨークに拠点を置くスポーツマーケティング会社「トランスインサイト」代表。1973年東京都生まれ。一橋大学法学部卒、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、米マサチューセッツ州立大学アムハースト校スポーツ経営大学院に留学(スポーツ経営学修士)。日本のスポーツ組織、民間企業、メディア、教育機関、自治体などに対してコンサルティング活動を展開。講演、執筆でも活躍中。

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    「甲子園」を主催しながら国旗国歌を否定した朝日の矛盾

    行使容認や昨年の特定秘密保護法反対のときと同じで、連日有名人を登場させ、反対論を語らせた。その時期、スポーツの国際大会を数多く取材したというY編集委員は、 「場内に『君が代』が流れると、会場から出てゆく観客が多い」と書いた。 テレビでは、そういう場面は見たことがない。事実かい?、とY君に聞くと、こう言った。 「いや、そんなことはないですよ。だけど、今はこういうふうに書いた方がいいんです」 あまりのことに、二の句がつげなかった。目の敵にすることないのに… 私は1995年から2年間、夕刊一面のコラム『きょう』を担当し、4月30日のコラムに、『軍艦マーチ』をはじめて流したパチンコ屋を取材した。流したのは昭和26(1951)年の春である。丸の内警察署の警官がとんできて、「軍国主義の音楽はダメだ」と言われ、占領軍のMPの詰め所に連れてゆかれた。 しかしMPはレコードを手に取って見るなり、 「これは音楽だろう。音楽は決して人に危害を加えない。レコードをかけてもいい」 と言った、という話を書いた。 子供たちに『君が代』を教えるときは、 「昔、この曲や日の丸の旗を使って、悪いことをした大人がいたんだよ。君たちは悪い大人にならないように、勉強しようね」 と言えばいい。 「『君が代』の『君』は、天皇陛下と思って歌ってもいいけれど、君たちを可愛いがってくれたおじいちゃんやおばあちゃんや幼稚園の先生のことを思って歌ってもいいんだよ」と、教えればいいではないか。 このキャンペーンのとき、私は編集委員だった。こういう話は書いておきたいと思ったが、事実無根の話を書いたY君や、ポリティカ君の話を聞いていると、新聞の編集局の壁は多く、厚そうである。古巣の『週刊朝日』に売りこみにいった。ところが経済部出身のO編集長は、 「社論と整合性がないので、載せられません」 と、とりつく島もない。 「社論と整合性」と聞いたとき、この男は本当に新聞記者かと思った。記者なら、朝日新聞が言論の自由を命をかけても守る会社だと思って入社したはずである。「社論に従わなければならない」とは、どういうことか。朝日新聞は北朝鮮と同じなのか? O編集長はその後『週刊文春』に『武富士』との不明朗な関係を報じられ、退社した。理由ははっきりしないが、H社長はやはり『週刊文春』の追及を受け、新聞協会会長と社長を辞めた。この件については社内にも詳しい説明がなく、今もって全ては闇の中である。 ところで『君が代』と言えば、司馬遼太郎さんのエッセイ集『歴史の中の日本』(1976年9月発行・中公文庫)に「歴史の不思議さ――ある元旦儀式の歌」という短い文章がある。 徳川将軍家の大奥では、元旦に「おさざれ石」という儀式があった。 御台所は、午前四時に起床する。化粧をおえたあと、廊下に出る。廊下にはすでにもうせんが敷かれており、なかほどにタライがすえられている。そのなかに石が三つならべられている。やがて御台所がタライの前に着座すると、むこう側にすわった中臈が一礼し、 「君が代は千代に八千代にさざれ石の」 と、となえる。御台所はそれをうけて、 「いはほとなりて苔のむすまで」 と、下の句をとなえる。そのあと中臈が御台所の手に水をそそぐ。そういう儀式のあったあと将軍家に年賀を申しのべる。 この元旦儀式は将軍家だけでなく、国持大名級の奥にもあったという。そのもとは徳川家の創始ではなく、遠く室町幕府の典礼からひきついでいるのではないかと想像される。(中略) 君が代うんぬんというのは類似の歌が『古今集』にもある。また今様にもあれば、筑紫流の箏曲や薩摩琵琶歌にもあるところをみれば、この歌は「めでためでたの若松さま」と同様、古くはその家々のことほぎのためにうたわれていて流布したものであろう。 『歴史の中の日本』が文庫本になったのは1976年である。中央公論社からハードカバーで出版されたのはその2年前の1974年の5月である。ポリティカ君は、すでに朝日新聞の記者になっている。 読んでいなかったのだろうか。読んでいたのに「甲子園の儀式と私の書くものとは違う」と言い張ったのだろうか。 ポリティカ君の政治部の先輩には、司馬さんと親しい記者、編集委員がいたはずである。なぜ司馬さんに聞こうとしなかったのか。慰安婦報道の検証でも素直にお詫びしなかったが… ポリティカ君は現在、私立大学で特任教授をしていると聞く。学生に司馬さんのエッセイを読むように勧めてもらいたい。自分の書いたものが、間違っていたと思ったら早くお詫びをし、訂正をすることである。自国の国旗国歌に敬意を表さない者は、海外では尊敬されないと、教えるべきではないのか。 8月のはじめ、朝日新聞は慰安婦報道について、検証なるものを紙面に載せた。 この検証がどう読まれたか? 学生時代に私の作文指導を受けた記者たちに感想を聞くと、 「お詫びをしたかったのか、言い訳なのか、はっきりしない」というのが、全国紙、ブロック紙、テレビ局の記者になった若者の一致した感想だった。 特に不評だったのは、「取材をした時点では研究が進んでいなかった」というくだりと、「読売や毎日など、同業他社も似たような記事を書いた」というところである。私も、 「研究が進んでいなかった」 とあったのには、開いた口がふさがらなかった。自分のところの取材の甘さを棚に上げ、研究に責任があるとは、卑怯である。卑怯者は記者になってはいけない。 検証と言いながら、検証した記者の名がないのもおかしい。問題の記事を書いた植村隆記者(3月に退職)が、週刊誌の取材は拒否しながら、どうやら朝日新聞の“事情聴取”に応じているらしいのも妙である。 「同業他社も似たような記事を載せた」にいたっては、言語道断と言うほかない。君には誇りがないのか、と言いたい。 毎日の社内では、 「朝日とうちでは、従軍慰安婦の記事の扱いの大きさが違う」 という声があったそうである。 こういうのを、目クソ鼻クソを笑うという。 読売の社内には、 「朝日の批判は必要でも、激しくやると厄介な相手だから、ほどほどにしよう」 という記者たちがいると聞いた。シッペ返しを恐れるのは、自分のスネにキズがある証拠ではないか。そう思われてもしかたがない。それはそれ、これはこれで、堂々とやり合ってもらいたい。血の臭いのしない国歌 『君が代』の話のはずが、横道にそれた。 ポケット六法を見るとわかるが、『君が代』はわずか11小節の短い国歌である。短さもさることながら、11という奇数のメロディーは珍しいそうである。 国歌は『ラ・マルセイユズ』が典型だが、歌詞に血の臭いがある。ところが『君が代』には、野蛮な臭いがまるでない。どうしてか? 夏休みの研究課題に丁度良かったのではないか。かわむら・じろう 昭和16(1941)年、東京・本郷生まれ。慶應義塾大学卒業。39年、朝日新聞入社。社会部記者、週刊朝日編集長、朝日新聞編集委員などを歴任。退社後も、文筆家として執筆活動を続ける。今年の本誌7、8月号に朝日新聞批判を寄稿した。NPO法人日本語検定委員会審議委員。著書に『学はあってもバカはバカ』(かまくら春秋社)など。

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    FIFA汚職 02年W杯共催の日本も捜査対象となる可能性

    た協会を釜本邦茂氏批判■ 大韓サッカー協会HP「サッカーの起源は朝鮮半島」で抗議殺到■ 【日韓比較・スポーツ編】メダル数、歴代メジャーリーガー数他■ 佐々木則夫監督 協会から澤抜きのなでしこ作れと期待される■ 元日本代表福西崇史が実体験踏まえ試合の観戦ポイント語る本

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    FIFAは国連より大きい組織だ

    IFAは加盟国数では世界最大の国際機関ということになる。そのうえ、サッカーは世界で最も競技人口が多いスポーツだ。世界各地を網羅し、競技人口も多いサッカーのナショナル連盟を主管するFIFAの影響はそれだけ大きい。「FIFAは国連より大きい政治的影響力を持った組織だ」といわれる所以だ。2010年9月の国連総会。オバマ米大統領が演説中だ そのトップに16年間君臨してきたゼップ・ブラッター会長(79)への疑惑調査が水面下で進行中だ。国連でいえば、潘基文事務総長が汚職容疑をかけられている状況といえる。FIFAは組織の存続の危機に直面しているわけだ。 ここにきて5選したブラッター会長の逮捕は時間の問題とも言われ出してきた。なぜならば、米連邦捜査局(FBI)に逮捕されたFIFAの元幹部たちがFIFAの内部情報を漏らし始めているからだ。ブラッター会長は5選直後の記者会見では、「捜査は自分を対象としていない」と、自身の潔白さを誇示していたが、スイス警察はFBIの捜査に協力し、ブラッター会長周辺の動向を慎重に調べ出している。 常識的にみると、元幹部や現職幹部たちが汚職や賄賂で逮捕されたということは、組織のトップに君臨しているブラッター会長がそれらの汚職事件にまったく関与していなかったとは考えにくい。 前日のコラムでも指摘したが、ワールド・カップ(W杯)誘致では、大会候補国ばかりか、スポンサー、テレビ放送権まで巨額の資金が動く。その資金を管理するFIFA 幹部たちがその一部を自身の銀行口座に入れてきた疑いがあるわけだ。ブラッター会長は「自分は全ての幹部を掌握していない」と弁明しているが、ブラッター会長の暗黙の了承で賄賂が日常茶飯事に行われてきたと受け取られているのだ。 元幹部たちの逮捕事件が発覚した直後に実施されたFIFA会長選でブラッター会長が楽勝した背後について、「FIFA関係者が全て何らかの腐敗行為にタッチしていたから、誰もブラッター会長に強く反対できなかった。組織の保全と犯罪隠蔽の必要性もあって、ブラッター会長は楽勝できたわけだ」という声が聞かれる。FIFAはマフィアと同じ組織構造だというわけだ。 独週刊誌シュピーゲル最新号の表紙にはブラッター会長の写真が掲載され、「腐敗」というタイトルが付いている。FBIはFIFAの幹部たちの汚職、マネーロンダリング(不法資金の洗浄)などを組織犯罪と見なしている。 FIFAにとって命取りとなったのは、2018年のW杯でロシアを、22年のW杯をカタールで開催することを決定したことだ。決定直後から、「誘致には巨額の黒い金がFIFA関係者に流れた」といわれてきた。 FIFAがサッカーの競技人口も少なく、夏50度の灼熱のカタールでW杯大会を開催すると表明した時、世界のサッカーファンたちは一瞬、耳を疑ったはずだ。ひょっとしたら、クーラー完備の競技場が建設される、W杯の開催を夏ではなく、冬にする、といった類の情報も流れてきた。 ちなみに、W杯の不正招致の疑いに対し、ロシアは「誘致には疑惑などない。今回の茶番劇は、ロシアに圧力を行使しようとする米国の政治的動機に基づくものだ」と強く反発している。 FIFAは組織改革を実施しなければならない。第一弾は会長職の2選制限だ。ブラッター会長のように長期政権を許せば、汚職、賄賂、縁故主義といった腐敗が必ず生まれてくるからだ。また、巨額の資金が動くFIFAでは、財政専門家から構成された内部監査員が資金の動きを監視し、透明化する必要がある。 ファンの皆さんには申し訳ないが、世界最高のサッカー選手といわれるリオネル・メッシ選手(FCバルセロナ)を取り巻く関係者にもマネーロンダリングと詐欺容疑が浮かび上がっている。FIFA関係者だけではなく、スター選手周辺にもさまざまな腐敗容疑が浮かび上がっているのだ。 FIFAもサッカー選手もフェアプレー精神を取り戻してほしい。ランス・アームストロング選手らスター選手のドーピング事件の発覚で信頼を完全に失った自転車競技、特にツール・ド・フランスの衰退は決して他人事ではないのだ。(ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より)関連記事■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 澤穂希を解き明かす4つのキーワード■ 韓国人はドイツ人を全く知らない

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    FIFA汚職の裏側とアングラマネーの闇

    FA前会長(ブラジル人)と2人の幹部がFIFAから追放されている。この時は、メディア放映権を管理するスポーツ・マーケティング会社ISLに絡んだ贈収賄事件であった。アベランジェ氏はワールドカップの放映権を高額で売る事により、巨額の資金を捻出する事に成功した。現会長のブラッター氏は、このアベランジェ会長の側近としてFIFA内での実力を養ってきた人物である。FIFAの倫理委員会は2013年にISLが1992年から2000年までFIFA幹部に巨額の幹部を送っていたとする報告書を発表した。しかし、このスキャンダルでFIFAの金権体質を完全に抉りだす事は出来ず、寧ろ問題の大部分は隠蔽されたままとなった。 注目すべきは2013年にアメリカの圧力を受けて、スイスの金融界は銀行口座の秘密主義の原則を完全に方向転換せざるを得なくなっていたという事実だ。それ以降、スイスは国内法を改め、外国の捜査当局や税務当局に外国人や外国企業の口座情報を開示するように革命的な方向転換を成し遂げてきた。こういったスイスやアメリカを巡るアングラマネー追及の動きが、今回のFIFA汚職摘発に大いに役立った事は疑いがない。2012年にできなかったFIFA汚職の徹底追及が2015年の現在、行なえるようになったのは、まさにこのような法的・制度的な改革が行なわれたからである。その改革は、アメリカを中心とするアングラマネーとタックスヘイブンを根絶する戦いの大きな成果の1つであった。 5月29日にはFIFA会長選挙が行なわれる事になっていた。その為に、FIFAの最高幹部の多くは、チューリッヒの高級ホテル「ボーオーラック」に宿泊していた。米FBIの担当者は、その前の週からスイス警察当局の綿密な連絡を取り、5月26日から27日にかけて、容疑者の動向を継続的に監視したうえで、5月27日午前6時、スイス警察がこのホテルに踏み込んで、容疑者らの身柄を拘束した。 5月27日、リンチ米司法長官は、記者会見を行ない「(ワールドカップを)どこで開催するのか、誰が試合を中継し、誰が運営するのか。それは全て賄賂で決まっていた」と断言した。実はFBIとIRSの協力によるFIFA汚職の捜査は、かなり長期にわたって継続していた。そして、この案件でのブレークスルーとなったのが、2011年に、FIFA実行委員会の米国人メンバーであるチャールズ・ブレイザー氏をFIFA内部情報の提供者としたことだ。ブレイザー氏は、北中米からカリブ海サッカー連盟の事務局長を1990年から2011年まで勤めていたが、当局により、脱税の事実を把握されていた。2011年にブレイザー氏は司法取引を行ない、FIFAの内部情報の提供に合意していたのである。ブレイザー氏の場合、本来なら最大で合計100年の刑となるが、覆面捜査に協力した為に、この司法取引により、脱税資金洗浄による75年分の禁固刑を免れている。スイス政府のもう1つの決断 FIFA幹部が逮捕された5月27日、スイス政府は重大な決断を行なっている。スイス政府はEUとの間で、租税情報の自動交換協定に調印したのである。これによりスイスは、EU加盟各国に対して、2017年から口座情報を保存し、2018年から年1回、定期的に租税情報を交換する事になった。スイスは既に、口座情報の自動交換に関しては、経済協力開発機構(OECD)の加盟国とは既に交換協定を結んでおり、2016年から自動交換を開始する。 さて、ヨーロッパ大陸内には、スイスの他にもタックスヘイブンが存在してきた。それはアンドラ、サンマリノ、モナコ、リヒテンシュタインなどの小国である。ところがEUは、スイスと調印したのと同様の租税情報交換協定を、これらの国々と2015年年末までに調印する予定になっている。5月27日のEUスイス間の租税情報自動交換協定の調印は、勿論、FIFA幹部の逮捕とは直接には関係しているわけではないが、如何にも象徴的な事件であったと言える。 FIFAはそもそも、スイスの非営利団体として設立されている。この団体がスイスの銀行口座の秘密主義を十分に利用して、その腐敗構造を拡大してきた事は想像に難くない。最早、FIFAの不透明な金融取引を守るスイスの銀行秘密主義という暗黒の盾は完全に崩壊してしまったのである。 ちなみに米司法省は、現地司法当局の協力を得て、外国で容疑者逮捕を行なう場合がある。例えば、2015年4月には米司法省はロンドンを拠点とするトレーダーのナビンダー・サラオ容疑者を逮捕・起訴している。サラオ容疑者は2010年5月にダウ工業平均を数分の内に1000ドル以上、暴落させた所謂「フラッシュ・クラッシュ」の張本人と言われており、他の不正な金融市場操作の容疑ももたれている。この件では、米司法省は英国司法当局との協力で同氏を逮捕した。 米連邦捜査局(FBI)のコミー長官は「もし、アメリカ国内で汚職の謀議をしたり、アメリカの金融システムを使って腐敗資金の受け渡しを行なったりすれば、当局は決して見逃さない」と記者会見で言明した。ニューヨーク東部地区連邦地検が明らかにした起訴状によれば、FIFAは数10億ドルのカネをスイス大手金融機関にある自己の口座からその米国支店を経由し、賄賂の一部はJPモルガンチェースやシティバンクのニューヨーク店舗の口座に送金されていたとの事である。被告らが実際の賄賂の支払いについて話し合ったマイアミやニューヨークのクイーンズ地区での会合の詳細な内容も、この起訴状は明らかにしている。 5月29日に、5期連続で会長選挙に勝利したゼップ・ブラッターFIFA会長(79)が、6月2日にはこれらの事件の影響で辞任の意向を発表した。しかしそれ以降、ブラッター会長は辞任を撤回し、会長職にとどまる事をにおわせている。会長の側近筋は「アジアとアフリカからブラッター会長への支援のメッセージが多数届いている。納得できる後任候補が現れなければ続投を検討する」ともらしている。 一方、スイスの検事総長マイケル・ローバー氏は、2018年ロシアと2022年カタールのワールドカップ招致に関連し53件のマネーロンダリング疑惑があると発表している。マネーロンダリングに関しては今後、関連した金融機関自身が捜査の対象となる可能性がある。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの

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    アングラマネーがアングラマネーを作った 最悪のFIFA贈収賄

    大きすぎて問題をスルーさせるのかそのあたりも今後の注目ポイントとなりそうです。 いずれにせよ、多くのスポーツファンを失望させ、多くの世界の子供たちの夢であるサッカー選手がそのような組織体に影響を受けていたことは許されないでしょう。折しも当地ではFIFAの女子サッカーが間もなく始まるところでありますが、正直、あまり盛り上がっている感じはありません。女子サッカーとしては前回のドイツの80万枚を超える史上最高の150万枚のチケット販売を目標にしていますが、スタジアムベースでは75%程度の売れ行きで今や学生向け500円(5カナダドル)の安売りも一部で始めています。 疑惑を払しょくして明日に向かってボールを蹴ってもらいたいものです。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』(http://blog.livedoor.jp/fromvancouver/)より2015年6月5日分を転載)関連記事■ 「ニッポンの今」を象徴する大塚家具問題■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 株式公開企業 創業者の振る舞いわきまえよ

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    FIFA汚職スキャンダルは日本にどんな影響を及ぼすのか

    を示している。ふじえ・なおと ノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早大第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代はサッカーを中心に、また米ニューヨーク駐在としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て07年に独立。関連記事■ 澤穂希の言葉からみる 彼女が第一線で輝き続ける理由■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も

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    FIFAの腐敗とアングラマネー

    世界に衝撃を与えた米司法省によるFIFA(国際サッカー連盟)の強制捜査から1カ月余り。腐敗にまみれたFIFAの体質が次々と明らかになり、ついにブラッター会長を辞任に追い込んだ。だが、捜査当局の真の狙いはFIFAではなく、背後にあるアングラマネーともいわれる。巨大利権の闇は暴かれるか。

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    澤穂希という生き方

    レジェンドが帰ってきた。サッカー女子日本代表、なでしこジャパンの大黒柱、澤穂希が6大会連続となるW杯メンバー入りを果たした。なでしこにとっては連覇がかかる今大会。36歳の澤にとってもサッカー人生の集大成となる。なでしこの背番号「10」はなぜ輝き続けるのか。

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    一体感で本番へ!なでしこ・佐々木監督流マネジメント

    々木則夫監督。日本のサッカー史上初めて"W杯連覇"に挑む指揮官に話を聞いてみた。<聞き手:上野直彦(スポーツライター)/写真:Shu Tokonami>「なでしこらしさ」を大事に――W杯への新たな挑戦へ向けて、昨年(2014年)は多くの試合を経験されました。初優勝した5月のアジアカップ(ホーチミン)と秋口に開催され準優勝したアジア競技大会(仁川)。そして、10月26日・29日にW杯開催地で行なわれたカナダとの親善試合。ご自身のマネジメント力が試された1年でしたが、課題に掲げていた「ベテランと若手の融合」について手応えは感じられましたか。佐々木 いまのなでしこには3つの層があります。2011年のドイツW杯、2012年のロンドン五輪に出場経験のあるレギュラー選手、サブの選手、それと若手選手の3つの層です。実際、いままでサブだった選手たちは、主要な大会は経験しているけど、試合に出場した場数が圧倒的に少ない。経験ある選手たちと熾烈なポジション争いができるくらいにならないといけない。次の世界大会だけではなくて、その先の未来も視野に入れるべきだからです。 ところが、この2年間で、優勝したドイツW杯と準優勝したロンドン五輪を経験した選手たちの質に追い付いてくるだけのものが、顕著に感じられませんでした。――ベテラン勢とサブ組とを隔てる壁がそんなに高いのですか。厳しい現状ですね。佐々木 そこを打ち崩さなきゃいけない。でも厳しい言葉を投げかけたり、試合の映像を見せただけでは選手たちはピンときません。解決策としては経験のある選手たちとサッカーをする、ということが一番です。――なでしこジャパンだけでなく、いまの日本の会社や組織においても同じことがいえます。佐々木 先輩と中堅と若手のざっくばらんな雰囲気や、みんなで「こうしよう!」とお互いに声を掛けて、目標に向かっていく姿勢をつくり出すことが監督として何よりも重要なんです。サッカーの技術的な要素だけでなくて、「なでしこジャパン」がこの30数年歩んできた歴史のなかでの彼女たちのカラーを学んでほしい。そのなかで若い選手にはプラスの個になる突出した選手が出てきてくれることを期待していますね。 「なでしこらしさ」も僕は大事にしています。――監督が考える「なでしこらしさ」とは、どのようなものでしょうか。佐々木 ひたむきさ、芯の強さ、それと明るさ。忍耐力もあって礼儀正しい点ですね。もし今年のW杯のメンバーに若手の選手が入ってこなくても、次の世代にこの「なでしこらしさ」は繋いでいかないといけません。もちろん今回のW杯に若い選手が何人か入ってくれたら、将来への継続的な力となる。――若い選手の筆頭となるのは、どういった選手でしょうか。佐々木 年齢や経験ではけっして若手ではないのですが、いつもギリギリで代表メンバーに入らない選手たちもいる。そのような選手たちが這い上がってこられるかを重要視しています。――監督流の若手の育て方、能力の引き上げ方があれば教えてください。佐々木 選手の能力を、監督の手腕だけで引き上げることはできません。経験値の高いベテラン選手が若手の選手たちと練習や試合中に意見を交わしたり、ピッチの外で、身なりや振る舞い、時間に対する意識などを指摘することで若手選手はどんどん成長します。だから監督ができることは、若手の選手がポテンシャルを思いきり出せるような空気をつねに設定する。これが最も大事なんです。――選手のなかで、若手をまとめる雰囲気を醸し出している選手はいますか。佐々木 現キャプテンの宮間あや選手(岡山湯郷)が中心になるでしょう。試練や修羅場を潜り抜けてきた選手の1人ですから。若手のときは意識が自分に向いていたころもあった彼女が、いまは若手選手たちのサポートができている。――ベテラン勢に求める役割は、若手をケアする以外にもいろいろありそうですが。佐々木 私の理想は、経験ある選手たちが率先して細かい部分でコーチングスタッフにアプローチしていくことです。たとえば選手間ミーティングで、僕と彼女たちのあいだで「もっとこういう場面は、こう動くべきだよね」と率直に話し合える。時間配分でいえば、僕が半分、選手たちが半分です。何でも話し合えることが、なでしこのスタイルなんです。――企業で例えるなら、経営者と社員とが腹を割って「何でも話し合える」状態でしょうか。佐々木 そうですね。主従関係にはけっしてなりませんし、なにより一方的なコミュニケーションにならないように気を付けています。若手に求められる勝負強さ――昨年のアジア競技大会では決勝戦で北朝鮮に1―3で敗れました。敗因は何でしょうか。佐々木 前回の大会(2010年)に優勝したときと、今回の大会では「意識づけ」が全然違います。前大会では「攻守にアクションをする」ことを念頭に置いていました。 メンバーに関しても、2008年の北京五輪以降から2011年のW杯までコアな選手はほぼ代わっていません。かつ大会中は、初めて選手の自主性を重んじました。先ほどのミーティングの話でいえば、5分の1ぐらいが監督・スタッフ主導、残りの5分の4を選手主導に切り替えたのです。――選手の自主性を高めるミーティング方法ですね。なでしこの強さの秘密が垣間見えました。佐々木 あと、決勝までの5試合も「練習じゃない練習」をやりました。どういうことかというと、つねに決勝トーナメントと同じような緊張状態に持ち込むようにしたのです。苦しい戦いでしたが、粘り強くやるというシチュエーションをつくりました。じつはこれは2011年W杯の決勝トーナメントという設定でした。――なんと! すでに前年のアジア大会でドイツW杯のシミュレーションをやっていたのですか。佐々木 ただし今大会は、若い選手、経験の浅い選手との融合の場とも位置付けました。なおかつその設定下で、連覇も果たすことがテーマでした。結果、大事な場面でのミスや守備における粘り強さのなさなどが課題であることもわかりました。勝敗に関わるところで、甘いプレーも出てしまいました。――いまの若者特有の勝負弱さが出てしまった。佐々木 「ここぞ」という場面での勝負強さが光るプレーは重要です。 リズムが悪いときに自分のプレーができなくなってもいけない。相手にイニシアティブ(主導権)を握られても、自分らしいプレーを出し切る必要があります。たとえば、相手が前に来ていて「自分の位置でボールを止めていたらまずい」と思ったら、簡単にタッチして、次の準備をしたほうがいい。でも判断力の鈍さと勝負弱さが前面に出てしまうと、パスを受けた際に相手にボールを取られてしまうのです。そういった勝負勘というのは、まだまだ課題としてわれわれも取り組まなければいけないと感じています。――般企業で働く新入社員にもよく見受けられる傾向ですね。世界の女子サッカーを変えたなでしこ世界の女子サッカーを変えたなでしこ――話を戻しますが、「攻守にアクションをする」という新しい方法も一朝一夕にはできなかったと思います。佐々木 じつは、最初は宮間選手たちベテランもなかなか順応していませんでした。われわれは2008年から09年にかけて、「こうしろ、ああしろ」と細かく戦術を指示しました。しかしパワーがあり、体格も大きい外国勢に勝つためには、いままでにない戦い方や守備が必要です。――新しい戦い方が必要になったのですね。「ジャパンオリジナル」ではないですが、日本ならではの方法論を生み出したということでしょうか。佐々木 とくに守備の面を意識しました。相手を中から外に追いやる守備は世界標準です。しかし、それだと縦に蹴られたとき、ボールが外に出て相手のスローインから始まってしまいます。そこでわれわれは、いままでとはまったく異なる守備を考え出しました。ワザと中に誘って数的有利でボールを奪う。そこから攻撃を仕掛けるというものです。選手たちはその理論を学んで、体で身に付け、トレーニングを積み重ねる。そうやって、なでしこたちが動けるようになったのが1年半後のW杯なのです。――ドイツW杯での6試合ばかりが報道されましたが、大会に至るまでのプロセスが優勝の鍵となった。でも、監督と選手で侃々諤々あったのでは。佐々木 なでしこのサッカーは、選手と監督をはじめとするスタッフが30年の歴史のなかで切磋琢磨して積み上げてきたものです。経験値のある選手はオートマチックに動けているものの、若手にはまだまだ浸透していない部分もありますね。――昨年はカナダ遠征でカナダ代表との親善試合も2戦行ないました。結果は3―0、3―2と勝利。ただ、絶対的な支柱である澤穂希選手(INAC神戸)は選ばれませんでした。彼女の存在感と安定感は別格だと思いますが。佐々木 海外組の選手をはじめとするほかの選手を試す時期で、今回はメンバーに入らなかった事情もあります。カナダはW杯でベスト8クラスの相手と想定しています。開催国での試合ということもあり、今回はヨーロッパ組にプラスして日本の国内リーグでのベストメンバーをエントリーしました。――現状のパフォーマンスで全員を評価した結果だと。佐々木 もちろん、ベテランや中堅選手のレベルも上がってきています。――メンタル面では、宮間選手がカバーしています。佐々木 そうですね。2大会を経験している選手たちが支えている状況下でなでしこのチーム力はかなり上がりました。――監督としては、このチームは何を理想としていくべきだと思われますか。明らかにいまのチームは4年前とは違います。佐々木 2008年から、先ほど話した「攻守にアクションをする」という全員攻撃・全員守備を徹底してきた土台がチームにあります。発足当初の小さなチームが、北京五輪でベスト4入りを果たしました。「日本のコンパクトなサッカーに大柄な外国人選手が振り回されている」と世界中から注目を集めました。なでしこのサッカーが、世界の女子サッカーのスタンダードを変えた瞬間です。いまや、大柄でパワーもある選手たちが、コンパクトに守備を固め、高いテクニックで巧みにボールポゼッションするのが女子サッカーの主流です。世界各国の女子サッカーチームが日本のようなスタイルを取り入れている流れで、2015年W杯を迎えようとしているのです。 W杯で優勝した2011年から1年ほどは、われわれが相手の個を消しながら、自分たちの良さを活かすサッカーが機能していました。しかしいま、FIFAランキング15~20位クラスに属する国のプレーが本当にうまくなっています。たとえば潜在的にパワーがあるニュージーランドは以前であれば「3点差くらいつけて勝つ」と意気込めたのが、いまは簡単に勝てる相手ではありません。――なでしこが、もっといえば日本の女性が、世界の流れを変えたともいえます。その上での上積みは何があるのでしょう。佐々木 やはりもっと攻守一体型のサッカーをめざして、アベレージ(平均値)を上げていかなければいけません。選手からの提案は「やってみる」――佐々木監督は女性のチームを率いて世界一に輝きました。世の中には、女性の組織をまとめる管理職として悩んでいる方も多いと思います。よい結果を出す秘訣はありますか。佐々木 最初のころと違うのは、まず僕が冗談をいっても、いまの若い選手は笑ってくれない。昔のメンバーはみんな笑ってくれたのに(笑)。「怖い」という気持ちはないと思いますが、若い人ほど「なでしこの監督」というイメージを強く抱いているのかもしれない。僕はチームのボスでもなく、選手たちの兄貴分、あるいは父親役を務めているようなものです。上の世代とは比較的対等な人間関係を築いてきたし、僕のことを「ノリさん」はまだしも、悪ふざけで「ノリオ」と呼ぶ人もいるくらい(笑)。 監督というイメージを払拭するという意味でも、いまの若い選手には「ああしろ、こうしろ」とは要求しません。サッカーはアメフトのように「こういうときは、こうプレーする」という約束事はありません。ピッチ上では自分で判断し、プレーを選択することが要求されます。細かい指示を与えると、選手が考え込んでしまい、逆にパフォーマンスを落としかねない。なにより判断力が絶対に身に付きません。 若い世代にはできるだけ細かくいわずに、若い感性を活かしたアイデアやひらめきを表現して、伸び伸びと自分らしいプレーができるように環境をつくってあげることが大事です。――失敗してしまった選手に対してはどんな声を掛けますか。佐々木 失敗を恐れてセーフティなプレーに終始した場合は、注意しなければいけませんが、失敗を恐れずにチャレンジした姿勢は評価をします。なにより日ごろからピッチ内外問わず観察し、気が付いたことがあれば選手に声を掛けています。優勝が決まるような緊張感のある試合でも普段どおりの力を出すためには、「いつもと同じように」コミュニケーションをとることが大切なのです。――選手からの提案にはどのような対応をしていますか。佐々木 選手から「このフォーメーションはどうでしょう」と提案があれば、「それもいいんじゃない。やりたい? じゃあ、やってみるか」という具合に親善試合などでも、どんどん取り入れることはあります。――上司が部下の意見をすぐ採用する組織は一般企業では珍しいです。ピア・スンドハーゲ監督(元アメリカ女子代表監督、現スウェーデン女子代表監督)のように女性の組織を女性が指導する場合のメリット、デメリットをどうお考えですか?佐々木 同じく女性でドイツの監督を務めるシルビア・ナイト氏にも該当しますが、とにかく選手たちとの一体感を大事にしていますね。試合後、選手を集めてじっくり話をしたり、点を取ると控えの選手も含めてハイタッチしたり。「この結果はみんなの力よ!」といわんばかりのオーバーアクションも効果的でしょう。僕も真似しなきゃだめなのかなあって思います(笑)。――それはどうでしょう(笑)。佐々木監督なりの表現方法があると思いますよ。一体感をもって本番へ――率直に聞きますが、W杯出場国のなかで手強そうな国はありますか。佐々木 メキメキと力を付けてきているフランスです。日本と同じようなオーガナイズのチームで、かつ身体能力の高い選手がいます。それに加えて、トミス選手(オリンピック・リヨン)をはじめ大柄でスピードのある選手も揃っています。潜在能力では一番ではないでしょうか。親善試合でもドイツに2―0で勝ちましたし、6対4ぐらいの割合でイニシアティブを取っていました。――最後にW杯連覇の達成に向けて、課題は何でしょうか。佐々木 ボールを動かす仕掛けも大事ですが、もっとチーム全体で攻守におけるプレーに一体感をもって本番に臨みたいです。アジア大会の敗北もそうですが、チームの一体感があれば、攻撃に加えて守備も意識しながらポジションを取れる。逆に、一体感がないとショートカウンターやセットプレーで失点してしまうケースが増えてしまいます。――なでしこの強さの1つは「一体感」。ファンやサポーターも選手たちと一体感をもって応援してくれるでしょうね。W杯での健闘をお祈りしています。佐々木 ありがとうございます。本番に向けてしっかり準備します。ささき・のりお サッカー日本女子代表監督。1958年生まれ。明治大学卒業後、NTT関東サッカー部でプレー。2007年12月より現職。08年の北京五輪四位、10年アジア大会優勝。11年女子W杯(ドイツ)にてFIFA主催大会で男女を通じ、日本を初優勝に導く。国民栄誉賞を受賞し、12年のロンドン五輪では史上初の銀メダルを獲得。関連記事■ カズ語録 僕はこれを若い人に伝えたいと思う■ メダリスト・有森裕子の「やめたくなったら、こう考える」■ イタリアサッカーのダービーマッチは、なぜあんなに熱いのか?

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    澤穂希を解き明かす4つのキーワード

    松原渓(スポーツライター、キャスター) 「10番 澤、穂希」 5月1日に日本サッカー協会で行われたカナダW杯メンバー発表会見。なでしこジャパン、カナダW杯メンバー発表で澤穂希の名前を読み上げる佐々木則夫監督=5月1日(撮影・山田俊介) 佐々木則夫監督の口からその名前が力強く発せられると、カメラのフラッシュ音が一段と大きくなった。 澤の代表選出は、昨年5月の女子アジア杯以来約1年ぶり。「また青のユニフォームを着たい、また日の丸を背負って戦いたいという気持ちで、日々のトレーニングに励んでいました」(澤) 試合に出れば、男女を通じて世界初のW杯6大会連続出場の偉業達成となる。W杯連覇に不可欠なパズルのラストピースが、はまった。「影響力」 佐々木監督は澤を選考した理由について「パフォーマンス(の高さ)、90分間の集中力、そして、チーム内でも誰よりも身体を張ってスライディングも多い」ことを挙げた。実際、澤は今季リーグで良いパフォーマンスを見せており、表情からも心身ともに充実している様子が見て取れる。リーグで首位を走るINAC神戸レオネッサで攻守の舵を取り、4月にはリーグ最年長ゴール記録も更新した。 24日と28日に行われたW杯前の壮行試合では、澤復帰の効果が早速現れた。24日のニュージーランド戦ではフル出場で攻守を牽引し、決勝ゴールも決める大活躍。28日のイタリア戦でも厳しい守備で相手の攻撃の芽を摘み、攻撃の起点になり続けた。また、他の選手もスライディングでボールを奪いに行くなど、チーム全体に意識の変化が見られた。トレーニング中、佐々木監督は澤がスライディングでボールを奪取するシーンを集めたビデオを全員に見せ、球際の強さを求めたという。FWの安藤梢もその姿に刺激を受けた一人だ。 「澤さんは背中で見せている。球際や諦めずに走るところなど、しっかり戦う姿勢を見せていきたい」 プレーで周囲を鼓舞する、その影響力は絶大だ。「リーダーシップ」「苦しい時は、私の背中を見て」 澤の代名詞ともなったこの言葉は、2008年北京五輪の3位決定戦前のロッカールームで生まれた。この試合で日本はドイツに敗れてメダルには手が届かなかったが、澤と共に140試合近くを戦ってきた宮間あやは「最後の一秒まで澤さんの背中を見て走りました」と話している。多くを語らず、プレーで示す。澤のリーダーシップはこの言葉に凝縮されている。 惜しみなく身体を張って戦い、チームを奮い立たせる―エピソードを挙げれば枚挙に暇がない。04年4月、アテネ五輪アジア予選準決勝の北朝鮮戦も語り継がれる一戦だ。2大会ぶりの五輪出場がかかったこの試合に、澤は右膝半月板損傷を抱えながら強行出場した。ところが、普通なら立っているだけでも辛い状況の中、キックオフ直後に北朝鮮のエースをタックルで吹っ飛ばし、ボールを奪ったのだ。このプレーにチームは鼓舞され、それまで7連敗と圧倒的に負けていた北朝鮮を3-0で圧倒。アテネ行きのチケットを手にした。 攻撃面では「常に大事な場面で点を取ってくれる」(解説者、元日本代表DFの矢野喬子氏)点も、エースたる所以だろう。研ぎすまされた”第六感”が、勝負所を見逃さない。11年のW杯決勝で、米国にリードを許していた延長後半、試合終了直前に劇的な同点ゴールを決め、日本中を興奮の渦に包んだ場面は記憶に新しい。 このように自ら率先して結果を出す姿はサッカーのみならず、会社や組織でも理想のリーダーシップと言えるのではないだろうか。 とはいえ、背中で見せる澤のリーダーシップはピッチに立ってこそ威力を発揮する。「控えのスーパーサブでも、澤がベンチにいればチームが一つになる」という安易な見方には賛成できない。「コンビネーション」、そして「原動力」「コンビネーション」 普段からコンディション面に細心の注意を払い、誤差は経験でカバーできる。試合での好不調の波が小さいことも、澤がこれまで選ばれ続けてきた理由の一つだろう。 では、選ばれなかった昨年と今年で何が変わったか。最大の要因は、所属クラブを取り巻く環境の変化だと私は考える。昨年、INACは国内4冠を達成した2013年のレギュラーメンバーから一気に5人が移籍し、若く経験の浅い選手たちがチームの大半を占めた。そして、選手間の連携が未熟な中で相手のマークが澤に集中した結果、個人のパフォーマンスが上手く発揮できず、チームの総合力も落ちた。 サッカーは見る人の「主観」によって、印象が180度変わることもある。たとえば1本のパスが失敗した際、「技術不足」「判断が遅い」と、出し手に責任を求めるのは簡単だ。しかし、1秒ごとに局面が変わる中では多くの不確定要素がある。パスの受け手のポジショニングは正しかったのか。声で相手のマークを分散させるなど、周囲のサポートはあったのか。 良くも悪くも、1人で何でもできてしまうクリスティアーノ・ロナウド(レアル・マドリード)のような選手なら話は別だが、澤はそういうタイプの選手ではない。周囲とのコンビネーションの中で、味方の良さを最大限に生かして自らのポテンシャルを発揮し、チームに命を与えるシャビ(バルセロナ)のような選手なのだ。4月26日のAS埼玉戦後半、リーグ通算150得点となるゴールを決め笑顔で手を振るINAC神戸・澤(中央) 昨年の苦しみを教訓に、INACは今季、なでしこジャパンの主力メンバーでもある大野忍や近賀ゆかり、鮫島彩らを補強。息の合ったコンビネーションが復活し、澤も生き生きとプレーしている。代表とクラブで澤のチームメートとしてプレーする川澄奈穂美は、「守備面での予測や、パスを出す視野の広さは、昨年から良い意味でまったく変わっていないと思います。それに対して、周りがどう反応するかというところは変わったと思います」と話す。この言葉も、昨年のパフォーマンスが澤自身の不調によるものではなかったことを証明している。 今季、INACに新指揮官として迎えられた松田岳夫監督は、10代から澤を知る恩師の1人だ。強烈な個性をまとめ上げる戦術もさることながら、選手のモチベーションを上げるのにも長けている。再会を果たした恩師に澤は「もっとサッカーを知りたいし、上手くなりたい」と伝えたという。「原動力」 15歳ではじめて代表入りしてから22年。年齢を重ねても変わらずに活躍し続ける姿は、見る者に勇気を与える。そんな澤の原動力は、大好きなサッカーへの探究心と向上心だ。その気持ちの強さを、チームメイトの川澄は肌で感じているという。 「常にサッカーを楽しんでいるのが見ていて分かります。人一倍身体を張って、声を出して、相手にやられれば悔しがる。本当に、そういうところに尽きるのかなと」 試合はもちろん、日々のトレーニングも絶対に手を抜かない。INACのトレーニングでは、澤が練習場に入るとピリッと空気が引き締まるのが外から見ていても分かる。常に100%を出し切って戦う姿勢は、周囲の選手にとって最高の見本になっている。 今回選ばれた23人中17人の選手が前回大会経験者というデータからも分かるように、なでしこジャパンの主力は前回2011年のW杯からほとんど変わらず、平均年齢は25.3歳(21名)から27.7歳(23名)になった。世代交代の失敗を指摘するような報道もあったが、実際この4年間で多くの若手選手がチャンスを与えられた中、そのチャンスをモノにできたのは僅かに6人。澤と、その背中を見てきた選手達の気迫とレベルアップが、若手の台頭に待ったをかけたのだ。その気迫と経験は、現在のなでしこジャパンの武器でもある。後の祭りではあるが、2012年のロンドン五輪から3年間は世代交代を急ぐのではなく、今のメンバーで連携を高めることが重要だったのだと思う。そして、澤の存在はなでしこジャパンをより魅力的にするのだと、代表復帰戦を見て実感した。今大会で新たに選ばれた6人の選手には、そのプレーや練習に取り組む姿勢を貪欲に学び、盗んで欲しい。 その背中は、今大会でも多くの選手の支えとなるはずだ。まつばら・けい スポーツライター、キャスター。1983年生まれ、東京都出身。女子プロサッカー・日テレの下部組織のセレクションを受験するなど7年のサッカー経験を持つ。「日本代表TV」「プロサッカーニュース」(フジテレビONE/TWO/NEXT)アシスタントMCを経て、現在は「INAC TV」(BSフジ)オフィシャルキャスター。08年からスポーツライターとして精力的に取材活動を行う。著書に『日本女子サッカーが世界と互角に戦える本当の理由』(東邦出版)。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの

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    澤穂希 運動能力は平均点でも世界最高評価の理由

    彼女の最新刊『夢をかなえる。』(徳間書店刊)を構成、『世界一のあきらめない心』(小学館刊)を上梓したスポーツライター・江橋よしのり氏が解説する。 なでしこジャパンが合宿を行なう際、選手全員が持久力やダッシュ力、ジャンプ力などの運動能力テストを受けることがあります。意外ですが、澤はどの種目も平均点そこそこなのだそうです。澤本人も「だから私は、自分を一番の選手だと思っていない」と謙虚に受け止めています。女子サッカー・国際親善試合 日本対ナイジェリア 攻める日本・澤穂希=2013年9月22日、長崎県立総合運動公園陸上競技場 (撮影・山田喜貴) それでも澤は、いざ試合となると誰よりも最後まで徹底的に走ります。テレビ画面からは分かりにくいですが、スタジアムでよく目を凝らして見てみると、澤は“ムダのない走り”を誰よりも実践していることが分かります。つまり澤は、「ここでボールを奪えそうだ」と感じたエリアに、一直線で走っているんです。途中でコースが変われば、やはり誰よりも早く軌道を修正して先回りしています。いってみれば澤は、“究極のエコ・サッカー選手”なんです。 そのうえで、溜めていた力を勝負所でしっかり使う。足の止まったマーカーを簡単に振り切ってゴール前に顔を出し、シュートを放っている。だから得点も量産できるんですね。こういうタイプの選手は、世界を見渡しても男子選手ですらなかなか見つからないでしょう。 では、澤は一体どのようにしてボールを奪う嗅覚を身につけたのか。ストレートにこの件を本人に問うと、明確な答えは返ってきませんでした。強いていえば「サッカーが大好きだから」「もっとうまくなりたい、といつも思っているから」といった返事が返ってくるばかりです。無意識的に体現できる正解でも稀有な才能! つまり、「他人に説明できない感覚=澤特有の能力」と解釈すれば、澤穂希がいかに突出した特別な選手であることの理由が分かる気がします。関連記事■なでしこジャパン 国民栄誉賞副賞の化粧ブラシは2万7000円■女子W杯が面白くなる10問10答■一流アスリートのアルバイト時代■なでしこ 澤に代わるスター育て新たなスポンサー開拓を狙う■「ノリさんと呼ぶな」のなでしこ佐々木監督に選手「ノリオ」

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    なでしこジャパンの強さ 脳科学に基づく実践、練習があった

    玉村治 (スポーツ科学・科学ジャーナリスト) 2011年ドイツのワールドカップ優勝、昨年のロンドン五輪準優勝という輝かしい成績を残した「なでしこジャパン」。強さの秘密は個々の選手の能力の高さ、戦略的な作戦に加え、チームワークの良さがあったことを多くの識者が指摘している。ここでは、なでしこの強さの裏に、最新の脳科学に基づく実践、練習があったことを紹介したい。 その核心に触れる前に、脳神経外科医で、脳科学者の日本大学の林成之(なりゆき)教授の話に触れたい。なでしこジャパンをはじめ、水泳、陸上、レスリングなど多くの競技のアスリートに影響を与えた、重要な仕掛け人だからだ。本能を理解した勝負脳日本大学の林成之教授 林教授は、「脳低温療法」という新しい治療法を開発したパイオニアだ。交通事故、脳卒中などで脳が障害を受けた時に、脳内は圧力が増し、脳血液の温度(体温ではない)が上がってしまう。39度が長く続くと変性が始まり、44度を超えると短時間で脳死に至る。これを防ぐため、脳を32~34度に冷やして、蘇生手術を行う手法だ。1990年代に確立した、この脳低温療法は、脳障害につきものの後遺症を最小限にし、多くの患者を救った。脳神経外科として多くの患者に向き合った林教授は、人間の「本能」「感情や判断を生み出す情報伝達ルート」に関する深い理解に至った。そして多くの科学的な成果を発表した。 「患者が後遺症なしに社会に復帰する。最高のパフォーマンスを見せる。脳科学の視点は、肉体的に恵まれているアスリートにも通じるはずだ」と、長い間蓄積した知見をスポーツで試したいと思ったという。勝敗に影響を与える脳の癖、「勝負脳」の考え方を、多くの競技団体や選手の前で話したり、著書で解説したりした。 世間の注目を集めたきっかけは、日本水泳連盟から「日本代表チームのパフォーマンスを上げてもらえないか」と依頼されたこと。林教授は、選手らの泳ぎを見て、残り10メートルのところで失速していることに気づく。 そこで選手らに「途中でゴールを意識するとパフォーマンスが下がる。ゴールだと思わずに泳ぐよう」アドバイスした。 効果はてきめんだった。ゴールまで最高のパフォーマンスを見せて、失速は消えた。アテネ、北京五輪で100m、200m2種目で連覇した北島康介もその一人だ。脳は「終わりと思った瞬間」活動を停止 なぜ、ゴールだと思うとダメなのか。それは脳が終わりと思った瞬間、活動をやめてしまう癖があるからだ。これを確かめた実験がある。 1分間に50回、パネルを移動する光に触れる作業、タッチパネルをやってもらって、残り20秒で「ゴールはまだ遠い」「ゴールは近い」と思った時の大脳皮質の血流活動を比較した。 「遠い」と思った時は、判断・理解をつかさどる前頭葉、スポーツのパフォーマンスに影響する頭頂連合野が活発に活動しているが、「近い」と思った瞬間、活動をやめてしまう。勝負への意欲とパフォーマンスが下がってしまう現象だ。 これが勝敗を左右する脳の本能「勝負脳」。脳科学が解明した脳の癖の一つだ。 実は、ほかにも勝負に影響を及ぼす脳の癖がある。「プレー中の新しい指示」と「プレー中の否定語」などだ。プレー中は自信満々が大事 脳というのは新しい刺激、情報を好む。常に何かを求めていると言ってよい。身の危険を察知するなど外界の変化に対応するための本能と言ってよいだろう。これが勝負でも悪さをする。試合直前、あるいは試合中に新しいことを指示されると、そのことに集中力が分散され、本来心掛けていたことを忘れてしまう。例えば、柔道、レスリングなどでプレー中に監督が大声を出しているのをよく見かける。この時、全く新しい指示だと、そのことに気をとられ、本来の力がでないということもありうる。 実際、林教授のアドバイスで、男子レスリングチームは、世界選手権でコーチがリングサイドからの指示を控え、好結果を残している。 プレー中の否定語も同様だ。例えば、「きょうは、いつもと違うぞ」「(フィギュアスケートなどで)次は難しい技」「相手が強い」などと選手が思った瞬間、闘争心をなくし、気後れや体の硬さ、不安が芽生えてしまう。プレー中は自信満々でいることが大事だということだろう。 これらの癖について 林教授は「人間には様々な本能がある。脳組織由来としては、『統一・一貫性の本能』『自己保存本能』『自我本能』がある。どれもスポーツのパフォーマンスに関係しているが、中でも統一・一貫性は重要だ。これを大事にする視点が必要」と語る。 統一・一貫性とは、首尾一貫したもの、継続的なもの、バランスのとれたものは美しいなどと感じる本能のことを言う。一流選手は、よいパフォーマンスを感覚的に捉えるが、反復練習で培われたわずかな違いを感知するのも統一・一貫性の本能によるものだ。一流でない我々も、同じルートで通勤したり、几帳面な性格がなかなか変えられなかったりするのもこの本能に基づく。 実は先ほど触れた、脳の癖もこの本能と密接にかかわる。途中でゴールが近いと思ったり、プレー中に新しい指示を言われたりすると、「統一・一貫性本能」が崩され、「自己保存本能」が作用し、パフォーマンスが悪くなるのである。なでしこの強さは「統一・一貫性」と「同期発火」なでしこの強さは「統一・一貫性」と「同期発火」 あまりにも長く引っ張ってしまったが、ここから本題の、なでしこジャパン強さの話に戻る。脳科学の視点から、なでしこに迫ったテレビ番組が、7月20日NHKBS11で放送された「データマン」。この番組によると、W杯、五輪で、なでしこジャパンが戦った全21試合において、ボールを奪ってからシュートを打つまでは平均11.22秒。対戦相手は14秒だから、いかに速攻、パスワークがよいかが伺える。 この番組の中で、林教授はこうした速いパスワークをこなす選手らの「空間認知力の高さ」を指摘する。特に澤穂希選手の能力はすごいという。空間認知力は、目まぐるしく動く選手の配置を瞬時に立体的に位置づける能力で、わずかな選手の動きを感じる「統一・一貫性本能」が関わってくる。サッカー女子カナダW杯へ向け出発前に、FW大野忍の携帯電話で記念撮影するなでしこジャパンのメンバーら=2015年6月1日、成田空港(納冨康撮影) その上で、選手同士が互いの動きを予知し、まるで同じリズムで動く「(脳の)同期発火」が起きていると分析する。同期発火は、離れた脳の領域が同時に信号を送り出す脳現象のことを言うが、林教授は、これと同じ現象がチーム、組織でも起こっているとし、同期発火と指摘する。 その象徴的なシーンがW杯準々決勝のドイツ戦。延長後半108分、ディフェンスが蹴り出したボールが、ワンパスを経て、澤に渡った。空間認知能力の高い澤は、相手DF裏の空きスペースを見逃さなかった。そして縦パス。まるで示し合わせたように縦パスの先に走り込んだ丸山桂里奈に渡り、ゴール。これが決勝点になった。 「前に走ったら、きっと誰かが蹴ってくれると思っていた。走り出すタイミングを意識した」と丸山は語る。その上で、「蹴るときはゴールは見ていなかった。(一筋の)光が見えた。蹴ることだけに集中できた。ゴールを見ていたら失敗していた」と振り返る。 これが林教授の言う「同期発火であり、心が一つになったプレー」だ。同期発火は、相当の練習が必要であるという。林教授によれば、同期発火に関係する、空間認知能力を上昇させる練習はいくつもあるという。その一端をまとめたのが図3だ。同期発火に必要な「気持ちが伝わる」という感覚 番組では触れられていなかったが、実はこの同期発火に不可欠なのが「相手に自分の気持ちが伝わる」という感覚だ。その感覚を選手全員に持たせるために、脳科学に基づく布石が、佐々木則夫監督と、林教授の話し合いをもとに、なでしこジャパンで実践されていた。 それは、「チームメートを好きになる」「チームメートの心に入る会話をする」「共通の目標をもつ」「チームメートを尊敬しあう」ということだ。林教授が、時には12時間もかかる手術に耐えられるチームワークが必要な脳神経外科チームを率いているときのやり方でもある。 難しいことではない、どこでもできることだ。しかし、それを持続して行うことは高いモチベーションが求められている。具体的には、(1)相手の言った言葉を先に受け、それから意見を言う習慣(2)相手の脳が反応する間合いを取る(3)立場を入れ替えて考える習慣(4)どんな嫌な上司・部下でも自分を高めるための神様が遣わした人と思うことだ この実践があったからこそ、選手同士の会話が活発になり、互いを認め合うことができ、W杯、五輪本番で信頼することができた。この信頼感こそが、緊張や体力消耗を余儀なくされる修羅場で、安定的な力を発揮する原動力となったと言えるだろう。 脳科学の視点で戦略を練り、成績を残した選手には、今年8月ロシアの世界選手権マラソンで銅メダルを獲得した福士加代子がいる。 6月ごろ不調だった福士は、林教授に相談を持ちかける。福士は常に先頭を走り、後半失速するレースを繰り返していた。「後半に失速しないにはどうしたらよいか」。一種のバーンアウト(燃え尽き症候群)だった。 そのための林教授は、これまでとは違う「ニュー福士物語を作ろう」と持ちかけた。35㎞付近までは、自分の前に出たい気持ちを押さえて、先頭集団の後ろにつき、集団の選手らと同じリズムを刻む「同期発火」をして走るよう提案。実際のレースは、30㎞で4人の先頭集団から脱落したものの、スタート時の気温が27度という猛暑にもかかわらず、驚異的な粘りで最後に1人を抜き返した。脳科学的な視点だけでなく、熱中対策として背中や肩甲骨をスポンジで冷やし、体力を温存することに成功し、福士の代名詞とまで言われる「後半の失速」を克服した。ビジネスに通じる脳科学の視点 脳科学的な視点では、勝った時の過ごし方が大事だという。満足感、達成感を得る脳の領域「自己報酬神経群」が作用すると、モチベーションが急速に下がる癖があるからだ。例えば、この神経群は常にご褒美をねだる。過去の栄光にしがみつこうとし、その一方で、「こんなはずじゃない」という邪念が生まれ、結果として勝てなくなる。「だからその都度、クリアランスをしなくてはいけない」と林教授はいう。 競泳日本代表の平井伯昌コーチ(東洋大水泳部監督)が、世界選手権などの優勝は、五輪の前哨戦に過ぎないという意識を選手に浸透させようとしているのもその一例だろう。 林教授は著書『勝負に強くなる「脳」のバイブル』(創映社/三省堂書店)の中で、・脳は優勝すると本能によって、しばらく力を発揮しない。・「(一時の)いい思いは」は、次への更なるステップ(単なる前哨戦に過ぎない)と考える・成功の理由を常に明らかにし、否定語は使わない など勝ち続けるために必要な脳科学の視点を紹介している。これはスポーツだけでなく、ビジネスや教育、受験などにも通じることだ。学ぶことは多い。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの

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    澤穂希の言葉からみる 彼女が第一線で輝き続ける理由

    月。実に20年以上にわたって第一線でまばゆい輝きを放ち続ける存在は、サッカーという垣根を飛び越えて、スポーツ界全体を見渡しても稀有といっていい。 今年9月に37歳となる澤は、これまでに幾度となく報じられてきた「代表引退」あるいは「現役引退」を決めるポイントについてこう言及してきた。 「心と体が一致しなければ、多分そこで終わりなのかなと思います」 レギュラーシーズンを首位で折り返した今シーズンのなでしこリーグで、澤は全9試合で先発フル出場を続けている。けがと背中合わせという競技の性質と年齢を考慮して、練習前後のマッサージ時間をほかの選手の2倍とするなど、「体」のケアには細心の注意を払ってきた。 となると、澤を前人未到の領域へと踏み込ませている最大の理由は「心」となる。そして、モチベーションを高いレベルで維持させた一つ目の要因としてあげられるのが、日本女子サッカー界の黎明期を支えた先輩たちから託されたバトンの重さだ。 いまでこそ待遇は改善されたが、澤がデビューした当時の日本代表は遠征すれば大部屋に雑魚寝は当たり前で、遠征費の半分を自己負担するケースも少なくなかった。所属チームの練習開始時間は決まって夜。選手のほとんどが昼間に仕事を抱えていたからだ。 それでも、サッカーが大好き、女子サッカーをメジャーにしたいという一心でボールを追い続けた先輩たちが築いた土台の上で、澤は多感な十代を駆け抜けた。そして、副キャプテンに指名された19歳のときにバトンに託された思いと夢の重さに気がついた。 澤の言葉で、いまでも忘れられないものがある。「他には何も望みません。だから、今日だけは勝たせてください」 2004年4月24日。アテネオリンピックの出場権をかけた北朝鮮女子代表戦のキックオフを数時間後に控えた日本代表は、散歩の途中で熊野神社に立ち寄って必勝を祈願した。負ければその瞬間にオリンピックへの道が閉ざされる、まさに生きるか死ぬかの大一番だった。 悲壮な祈りを捧げた澤の右ひざには、包帯が痛々しく巻かれていた。半月板の損傷。プレーできる状態にはほど遠かったが、患部に痛み止めの注射を打ち、座薬までも服用して国立競技場のピッチに立った。 選手生命をかけて強行出場しなければいけない理由があった。当時の国内女子リーグはバブル経済崩壊の余波を受けて撤退チームが続出するなど、縮小の一途をたどっていた。ここでシドニー大会に続いてオリンピック出場を逃せば、日本女子サッカーの灯そのものが消えてしまう。 バトンを握る澤の覚悟はキックオフ直後、ボールをもつ北朝鮮の選手を吹っ飛ばしたワンプレーとともに仲間たちに伝わる。果たして、試合は3対0で日本が快勝。健気に、ひたむきに戦う彼女たちの姿に日本サッカー協会幹部が胸を打たれ、愛称「なでしこジャパン」が公募されるきっかけとなった。 そのアテネはベスト8、北京オリンピックはベスト4と一歩ずつ、確実に階段を上がり、オリンピックと並ぶワールドカップで悲願の頂点に立った。個人として得点王と大会MVPに輝き、世界最高の選手に贈られるバロンドールも手にした。ロンドン五輪のメダルセレモニーに手をつないで登場、銀メダルのなでしこジャパン。(左から)宮間あや、川澄奈穂美、沢穂希、大野忍、矢野喬子=2012年8月10日、ウェンブリー競技場(撮影・山田俊介) 翌2012年のロンドンオリンピックでは、男子を含めて最高位となる銀メダルも獲得。一人のアスリートとして望むものはほとんど手に入れた。キャプテンを継いだMF宮間あや(岡山湯郷Belle)へバトンを託しかけている状況だが、自身に課された使命をまだ完遂していないという思いも強いのだろう。 世界女王として凱旋帰国した4年前に、澤はこんな要望を公言している。 「サッカーを愛する女の子をもっと、もっと増やしていきたい。いまの女の子は、中学校に進学するとサッカーができる環境がなかなかない。そういうところにもっと力を入れていただければ嬉しい」 日本人で初めてバロンドールを受賞し、男子のリオネル・メッシ(バルセロナ)と並んで、晴れ着姿でスポットライトを浴びた直後にはこうも語っている。 「日本人でも、と言ったらあれですけど、不可能はないということを証明できたことで、大勢の子どもたちに夢をもっていただければと思います」 残念ながら、日本の女子サッカー界を取り巻く状況と歪な形のピラミッドは、大きく改善されずにいま現在に至っている。約1年ぶりの復帰戦となった、先月24日のニュージーランド女子代表との壮行試合。先発フル出場を果たし、決勝点となる代表通算83得点目をマークした試合後に澤はこう語っている。 「みんなに声をかけるのもそうですけど、ボールを奪うときに体を張ってスライディングするとか、得点をとるとか、私としてはそうやって背中で見せることが役割だと思っています」 背中を介してメッセージを発信する相手は、ワールドカップを戦う仲間だけではない。次のなでしこを担う世代。未来を夢見るサッカー少女たち。サッカーに興味を抱き始める子どもたち。そして、日本サッカー界全体へ。伝道師であることを自覚しているからこそ、澤のモチベーションは萎えることはない。夢はかなえるもの夢はかなえるもの 座右の銘を聞かれると、澤は迷うことなくこの言葉をあげる。 「夢は見るものではなく、かなえるもの」 決して順風満帆なサッカー人生ではなかった。何度も何度も悔し涙を流してきた。大事な試合の前に澤がよく聴いてきた、ナオト・インティライミの『Brave』のサビの部分はこれまで澤が歩み、これからも進んでいく軌跡と完璧なまでにシンクロしている。 「夢のまた夢で届かない いつかは描いたものを この手に掴むまで歩き続けていこうか」 6歳のときに初めてボールを蹴った瞬間に魅せられ、大好きになったサッカーをとことん極める、求道者としてのモチベーションももちろん失っていない。これが二つ目の要因だ。 ロンドンオリンピックを直前に控えたときに、スポーツ雑誌の企画でFW三浦知良(横浜FC)と対談する機会があった。いまもなお最年長記録を更新し続けるカズが「現役である以上は代表を目指す」と語る姿に澤は深く感銘を受け、自分自身の原点を思い起こしたという。 「現役を一度引退しちゃうと、またやりたいと思っても多分できないですよね。カズさんのプロ意識やサッカーを継続させる姿勢はすごく勉強になりましたし、刺激にもなりました。カズさんからは『やれる間はサッカーを続けたほうがいい』という言葉もいただきましたし、自分のなかで『ここまで』と決めたら、おそらくそれ以上の成長はないと思うので。一度しかないサッカー人生をやり切った、言い方は変ですけど、もういいやと思えるくらいにサッカーを極めたいという思いが自分のなかにあるんです」 心技体の「技」に関しては、あれこれ懸念する必要はないだろう。小学生時代は府ロクサッカークラブで唯一の女子選手として男の子顔負けの活躍を演じ、中学生からはトップクラブの読売サッカークラブ女子ベレーザ(現日テレ・ベレーザ)で大人に混じって1年目からピッチに立った。5月1日、サッカー女子W杯カナダ大会の代表発表を受け、会見で地球儀のカナダの部分を指さす(左から)INAC神戸・大野忍、田中明日菜、川澄奈穂美、澤穂希、鮫島彩、近賀ゆかり、海堀あゆみ(撮影・山田喜貴) 育成年代に身につけたテクニックは、決して色褪せることはない。加えて、2007年11月に就任した佐々木則夫監督のもと、それまでの攻撃的MFからボランチに転向したことで豊富な運動量、ピンチの芽を未然に摘み取る察知力とボール奪取力、中盤の深い位置からの展開力、そして機を見るに敏な攻撃参加とプレーの幅が大きく広がった。 サッカーを始めたときからボランチの選手だったのではないのかと思えるほど、いまではなでしこジャパンの心臓部で、誰よりも長く結ったポニーテールを背番号『10』越しになびかせている。 「いまはサッカーが楽しいし、サッカーをやれる喜びをすごく感じている。年齢が上がるにつれてどこまでできるかは私自身も経験したことがないし、どうなるかもわからないけど、やれるところまでプレーしようというのは現時点の正直な気持ちです」 こんな言葉を弾ませていたのは3年前だった。指導者という道に対しては「私は感性でプレーするタイプなので似合わない」と、いまも昔もまったく興味を示さない。誰よりもピッチを駆け抜け、スライディングタックルを見舞い、ここ一番の決定力をも見せつける澤の充実した笑顔を見る限りは、心と体をリンクさせるエネルギーは6度目のワールドカップを戦い終えた後も無尽蔵にわき出てくるはずだ。ふじえ・なおと ノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早大第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代はサッカーを中心に、また米ニューヨーク駐在としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て07年に独立。関連記事■ 岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか■ 改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も■ 田中将大投手を襲ったケガの裏にあるもの

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    改革へ豪腕振るう川淵C 現場には困惑も

    。川淵氏は競技人口の少ないカーリングの方がテレビ中継や報道量が圧倒的に多い現状を引き合いに「あらゆるスポーツは五輪に出ることで国民全体の支援を受けている」とも主張。男子代表が五輪から約40年も遠ざかっている現状の打破を訴えた。 バスケットに大きく関わるようになったのは昨年4月、元代表監督の小浜元孝氏にリーグ統一への協力を依頼されたことがきっかけ。当時の調整は不調に終わったが、FIBAのバウマン事務総長から打診を受け、特別チームのチェアマンに就任した。 「これは“外圧”じゃない。本当に人気のあるプロリーグを作り、強い代表チームを作っていこうということ。大きく発展するチャンスととらえないと」。魅力あるリーグ作りのため、1部参入の条件として5000人収容のホームアリーナ確保を提示。たとえ戦力的に充実していようとも、プロの興業にふさわしい環境を整えられなければ、1部入りは認めないという立場だ。この姿勢はJリーグ発足時の10クラブを決める際、サッカー専用スタジアムを確保した点を評価し、旧日本リーグ2部から唯一、鹿島を抜擢した当時と重なる。鹿島がその後、最多タイトル数を誇る強豪に成長した事実も、川淵氏の揺るぎない信念につながっている。 一方でJリーグでは原則排除した企業名のチーム名への盛り込みを認めるなど、柔軟な姿勢も打ち出している。「今までの軋轢を超えて、すべてがいい方向に変わってくれれば」と川淵氏。Jリーグ発足を契機に5大会連続でW杯へ代表を送り込むようになったサッカー同様の発展を願っている。アマ契約制限 ホーム固定に戸惑いもアマ契約制限 ホーム固定に戸惑いも 新リーグの運営法人は4月3日から申請受付を開始し、NBLと下部のNBDL、TKbjリーグの計47チームのうち、初日に24チームが申請を済ませた。ただNBLに所属し、有力選手を多く抱える5つの企業チームはこの日の申請を見送った。 背景には厳しい参加条件がある。企業名をチーム名に残すことは認められたが、チームを運営する別法人の設立が課せられたため、これまでのように社内のバスケットボール部として維持することはできなくなった。またリーグはプロ契約を基本とするため、社員の立場を維持したアマチュア契約は1部だと2人までしか認められず、2部でも5人以上のプロ契約が必要。日本人選手13人がすべて東芝の社員という東芝神奈川は現状のままでは1部どころか、2部入りも認められない。林親弘部長は「1部にいくので退職してプロになって、というのもなかなか…。そこの調整がネック」と困惑を口にした。社員選手が6人いる日立東京の長谷山恭司GMも「1部を目指したいが、今はリーグ戦の最中。そこに集中してもらいたい」と選手への説明のタイミングを熟慮している。新リーグの参加基準を痛烈に批判した秋田県の佐竹敬久知事 また1部、2部ともホームゲームの8割以上を特定のホームアリーナで開催するという条件にも戸惑いが広がっている。初日に申請を終えたbjの青森の下山保則社長は3月末、川淵チェアマンに直接「違和感がある」と訴えたことがあった。 青森は今季7会場でホームゲームを実施、県の面積が広く、冬は雪で交通アクセスが制限される事情から、県内各地での分散開催を基本とし、bjの中でも上位の観客動員を確保してきた。「応援してくださるのは県内各地に出向いているのが大きい。(固定では)かえって集客を減らすことになる」と下山社長。同リーグの別チームの社長も「これまで試合開催に協力してもらった自治体に『撤退します』と言って回るのは厳しい」と同調する。 川淵氏は「プロバスケットボールが発展していくためには、一つの拠点を設けて、拠点をいかに大きくしていくか、そこにいかに多くのファンを集めるかが大切」と訴える。固定のホームを持つことで得られる選手と観客の一体感、シーズンチケット販売など商業的な魅力などがその理由で、ホームタウン以外への普及活動には残る2割を活用すればいいとの立場だ。ただbjの仙台が東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町で3年続けてホームゲームを開催するなど、分散開催の意義は小さくなかっただけに、今後の影響も懸念される。関連記事■ 東京五輪 川淵三郎の出合いと思い…■ プロレスはもはや「老人ホーム」になった■ W杯開催成功へ 日本ラグビー、今季2つの“ノルマ”

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    日本のバスケットボール界に人材はいないのか

    アマン=2月12日、東京・浜松町 揶揄するわけではない。バスケットボール界に人材はいないのか。日本のスポーツ界で、組織改革の大なたを振るえるのは川淵さんしかいないのか。そんな思いの「やれやれ」だ。 実際、川淵さんは日本バスケットボール協会(JBA)役員が何年かかってもなし得なかった国内男子のナショナルリーグ(NBL)とプロリーグのTKbjリーグの統合に、わずか3カ月あまりで道筋をつけた。 強引とも思える手法に反発する向きもあったが、改めて川淵さんの突破力の凄さを味わった。プロサッカーのJリーグを創設し、育て、定着させた手腕は確かに余人をもって代え難い。 一方で、JBAの役員たちの統治能力(ガバナンス)と当事者意識の欠如には言葉もでない。 リーグ統一をめぐる内輪もめは10年も続いた。誰も火中の栗を拾おうとしないまま、国際バスケットボール連盟(FIBA)から国際試合の出場資格停止処分をうけた。もう後のない危機である。記者会見で辞任を表明する日本バスケットボール協会の深津泰彦会長=2014年10月23日 普通ならここで何とかしなければと組織を挙げて行動する。ところが、「何度話し合っても解決に至らない」と自浄努力すら放棄し、文部科学省やFIBAに下駄を預けてしまった。 いったい、何のための役員なのか。日本選手権の開閉会式で椅子にふんぞり返っていることが役目だと考えているのか。 FIBAにしても、川淵さんにしても、バスケットボール界からみれば黒船であり、外からの人である。彼らの出現によって取りあえず事態は収まり、新たな統一リーグが来年10月にも発足する。 5月中旬のJBA理事会で選定される新たな会長には川淵さんが就き、改革の中核として新設される事務総長にJリーグ常務理事の大河正明氏が就任することも内定した。組織固めに強力なリーダーを求めるFIBAからの強い要請が背景にあった。 新組織を軌道に乗せるには、組織運営に長けた人材が必要である。大河氏は都市銀行出身、Jリーグ常務理事ではクラブ財政健全化のための制度導入や資金調達に辣腕をふるった人物であり、組織改革にはうってつけだ。徹底して組織を変え新しく出発する必要がある。 だが、そうは受け止めていないバスケットボール関係者も多く、危機が去ったのだから黒船も去るべきだと思っているふしがある。地方組織役員からは「バスケットボールに愛情のない者には協力できない」といった声も聞かれた。 サッカー界の軍門に下った。そんな悔しさがにじみ出た談話なのかもしれないが、落ち着いて考えてみてほしい。自分たちでは解決できなかった問題に答えを出し、解決に向けた道筋を整えてくれた人材に拒否反応を示す。だだをこねる子どものようではないか。「善意」の危うさ バスケットボールに限らず、日本のスポーツ界には良識をもった役員が多くいる。そのことはよく承知しているが、それでもなお誤解を恐れずに指摘しておきたい。 「我こそがこの競技を一番理解し、普及に努めている」。日本のスポーツ組織では、そう豪語する人をしばしば見かける。外部人材登用に異論を示したバスケットボールの地方組織役員はその典型かもしれない。 自負することは結構である。何よりスポーツを、その競技を愛している事実はあるだろう。だが、一方で豪語する人に限って何か起きたときに責任をとらない、とりたがらない事例をしばしば目撃する。 JBA騒動でも顕著なように、当事者意識が欠如している人が多いことには驚かされる。組織論的にいえば、「善意の人」によって担われていることが実は問題なのではないか。仕事が休みの日、ほんとうなら家で身体を休ませていたいときもある。ゴルフなど好きな趣味で過ごしたいとき、家族と団欒を楽しみたいときもあるだろう。 しかし、休日には関わっている競技団体主催の試合がある。組織を挙げたイベントも催される。平日でも絶対に欠席してはならない会議が少なくない。休みたくても組織のために競技会場へ、会議場へと足を運ぶ。交通費はでるが、ほとんどは手弁当。善意の人でなければとても務まらない。 だが、善意のボランティアなら責任はないのか、決してそうではないはずだ。 問題に深く斬り込むことを避けたがる。不都合が起きても誰かを追及などしない。むしろ前例を踏襲し、争いをさける。ことに責任論が起きそうな問題は先送りし、できれば避けて通ろうとする。 役員同士、口角泡を飛ばして議論し、責任を追及するよりも、当たり障りのないところで仲良く共存することを尊ぶ。仕事ではなくボランティアだから、そんなに無理しなくてもと考えているように思えてならない。 ある競技団体にビジネスでの手腕をかわれて登用された役員がいた。「組織の活性化」を期待されたが、執行部入りすると「スポーツ組織なのだからビジネスの話をしても」とその手腕を封印してしまった。ビジネス手腕を揮うと誰かが傷つく、親睦にはなじまないという理屈だ。結局、組織は変わらなかった。体育会気質が助長する体育会気質が助長する 日本独特の学閥意識、俗に体育会気質と皮肉られる先輩・後輩関係もこうした風潮を助長する。 ある競技団体ではA大学が伝統的に強力で過去から数多くの役員を輩出し、他の大学の追随を許さない。そうなると、卒業年次や現役時代の競技成績で役職があてがわれ、常に先輩が後輩を「指導」する形になる。ものが言いづらい。先輩の言い分は絶対との空気が組織を支配し沈滞してしまう。 また、ある団体ではA大学とB大学が拮抗、組織バランスの上から何も言わないほうが得という風潮が生まれる。構造的な課題だ。 政治力を利用しようと、政治家を組織のトップに据えることがある。実権を握る事務方がいて、長くその座に居座る組織に多いパターンだ。政治力がいい形に表れれば、組織を拡大することも可能だが、単に威を借りるだけだとその他の役員の発言が封じ込まれてしまいがちだ。改革はどうすれば可能なのか 理想と現実の乖離は大きい。競技団体再生には財源と人材が必要だ。大半の競技団体の財源は以下の5つに大別される。1.競技者・団体からの収入2.事業収入3.補助金・助成金4.寄付金5.資産運用収入 1は登録料や年会費といわれる収入で、地域組織などで活動する主体が負担している。2が競技会での入場料、協賛金、放送権料など。3はスポーツ振興くじによる助成が代表的な例であろう。4と5の割合は概して多くはない。 サッカーや陸上競技など人気が高く、所帯も大きな競技団体は興行面で成功が期待でき、スポンサーも多いので、2の事業収入の比率が高くなり、1の比率は低い。一方マイナー競技は逆のことが多い。1に頼らなければならない団体ほど活動が鈍く、それがまた事業収入低下を呼ぶ「負のスパイラル」に陥っていることが少なくない。 貧すれば鈍すではないが、この現状を変えなければ、いま競技団体が抱えている問題が解決できない。 サッカーは1993年のプロリーグ「Jリーグ」創設が大きな効果をよび、2002年FIFA(国際サッカー連盟)ワールドカップ日本・韓国大会を機に大きく飛躍した。スポンサー収入、放映権料収入は群を抜き、東京・本郷に自社ビルを構える。bjリーグで奈良との試合後、ファンとタッチを交わす西(0)ら大阪の選手たち=岸和田市総合体育館 バスケットボールはサッカー、野球に続く競技人口を誇るものの、事業化で大きく遅れをとってきた。サッカー界に人材を頼る結果になったのも、そう考えればよくわかる。 マイナー競技ともなれば、バスケットボール以上に現実は厳しい。運営資金にすら汲々とし、ボランティア頼りになればガバナンス能力は低下する。まずは基礎財源を確保して人材発掘と活用の資金を捻出するために知恵を絞りたい。 その上で経営感覚の優れた人材を外部に求めてはどうか。実はサッカー界も、学閥や競技実績にとらわれず、外部からの人材を積極的に登用してきた過去がある。Jリーグ創設から発展へ、経営者であったり学者であったり、メディア出身者であったり広告代理店出身者であったり、多岐にわたる人材の登用が組織に活力を与えてきた。JBA再建のためにFIBAが川淵氏や大河氏の登用を進言したのも、そうした柔軟性を重視したからだろう。 外部から求めた人材には組織運営とともに、次代の人材育成も任せたい。競技団体内部の若い人材、あるいは最近増えている大学のスポーツ系学部で学び、実社会経験をもつ若い人材に活躍してほしい。ボランティアではなく、収入を確保しプロとして遇する必要がある。学閥や競技成績にとらわれず、人材は広く求めていかなければならない。 現在の役員に対しても同様で、責任感をもって職務を遂行してもらうよう、少額であっても給与を支払うべきである。 2020年東京オリンピック・パラリンピックを5年後に控え、この10月1日にもスポーツ庁が発足する。スポーツ界は伝統的に政治とは距離を置こうとする意識が強いが、スポーツ庁が本格的に動き始めれば政治による支援と同時に介入の動きも強まるかもしれない。競技団体はどう対応するのか。 あらゆる競技スポーツにおいて、そして実際に競技を行う選手たちにとっても、最も重要な価値であるはずの自主性、独立性を大切にしたいのなら、自己財源を確保し、人材の登用育成によって組織自体を変えていく必要がある。今回のバスケットボール騒動は、一競技団体の問題ではなく、日本のスポーツのあり方を問う、大きな自己変革の機会としてとらえるべきだろう。関連記事■ 東京五輪 川淵三郎の出合いと思い…■ 白鵬よ、日本人の心を持て■ しつこいキム・ヨナ採点遺恨「ソチは終わってない」

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    日本バスケに“第3のメジャー”を期待したい

    試合を行えないなど、にわかに脚光を浴びることとなった日本のバスケットボール界であるが、ここでは日本のスポーツビジネスとしての視点から眺めてみることにする。冬季で唯一の候補 アメリカでは、MLB、NFL、NBA、NHLの4大プロ・スポーツリーグがお互いのレギュラー・シーズンとプレーオフの期間を異なるものとすることによって、すみ分けを行っている。日本のプロ・スポーツリーグでビジネスとして成立し、テレビ放映されているものは、野球(日本プロ野球機構:NPB)とサッカー(Jリーグ)の2つ。それぞれのシーズンは、NPBが4月から10月末、Jリーグが3月から12月上旬で、冬季をカバーするプロ・スポーツを欠いている。日本一を決める決勝戦が冬を彩るラグビーやアメリカン・フットボールは、興行面でプロ化が見込めない状況にある。日本の第3のメジャー・プロ・スポーツリーグは、プロ化が進み、降雪地域にハンディをもたらさない室内競技であるバスケットボールが、唯一の候補なのだ。 FIBAが問題としているように、日本の男子バスケットボールにはトップを称するリーグとして、ナショナル・バスケットボール・リーグ(NBL)と日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の2つが存在する。いずれも10月から翌年5月末までをシーズンとしており、冬季をカバーするプロ・スポーツリーグとして格好の存在なのだ。 デジタル化したテレビ業界にとって、スポーツはコンテンツとしての重要性が高まっている。アメリカでは2003年から13年の10年間でスポーツ番組の総放送時間が232%増と驚異的な伸びを記録しており、13年の1年間に2億5500万人が全国放送のスポーツ番組を延べ330億時間視聴しており、03年の260億時間に比べて27%も増加している。日本でも、インターネット配信などさまざまなテレビ視聴の形に対応し特徴あるコンテンツを提供していくためには、プロ野球とサッカーだけではコンテンツ不足が懸念され、新たなスポーツ・コンテンツの開発が必要とされる。 また、「地方再生」の手段として、地方公共団体にとってプロチームの招致・育成は注目に値する。地方メディアにとっては、地元プロチームは地域密着型の商材として提携価値が十分見込めるものである。競技者登録数2位 これらを踏まえて日本のバスケットボール市場を測る数字を見てみよう。NBLとbjリーグの2つのリーグを合わせた年間観客動員数は延べ約130万人にすぎない。しかし、競技者人口を見ると、競技団体に競技者登録される人数は、サッカーが最も多くて約96万人だが、バスケットボールは2位で約62万人。スポーツ実施人口で見ると、サッカーは約750万人、野球が約730万人、バレーボールが約650万人、バスケットボールは約570万人である。バスケットボールは野球やサッカーとさほど遜色ない基盤を有している。バスケットボールは天候に左右されない室内競技という強みもある。 神様・マイケル・ジョーダンの活躍と「今や神様」井上雄彦の「スラムダンク」の連載開始にも後押しされて、1990年代に空前のブームとなった日本におけるNBAビジネスに裏方として携わった経験がある筆者としては、JBAのだらしなさにしびれを切らしたFIBAによる「介入」と「指導」を機会に、日本のバスケットボール界が第3のメジャー・スポーツに変身していくことを期待したい。みやた・まさき 大阪大学法学部卒。1971年伊藤忠商事入社。物資部、法務部を経て、2000年5月、日本製鋼所。法務専門部長を経て、12年10月から社団法人GBL研究所理事・事務局長(現在に至る)。非常勤講師として帝京大学で「スポーツ法」、二松学舎大学で「企業法務」に関する教鞭(きょうべん)を執っている。関連記事■ ビジネスとしてのプロ野球 ポストシーズン改革で収益改善を■ 単なるPR媒体じゃない 大学スポーツ真の魅力復活を■ 東京五輪 学生を大会運営の原動力に

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    川淵三郎はバスケ界の救世主になれるのか

    国際試合の無期限停止が続く日本バスケットボール協会の新会長に改革を主導してきた川淵三郎氏が就任する。川淵氏は五輪予選出場のため処分解除を目指して、引き続きリーグ統一を推進するが、戸惑いの声も漏れる。果たして川淵氏は新リーグを、日本のバスケ界を発展に導けるのか。

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    試練の日本バスケ 再生は可能か

    宝田将志(産経新聞運動部記者) 日本バスケットボール界が岐路に立っている。日本協会(JBA)は国際連盟(FIBA)から国内男子の2リーグ併存状況などを問題視され、昨年11月から無期限の国際試合停止の制裁を科せられた。このままなら日本代表が2016年リオデジャネイロ五輪の予選に出場できない非常事態だ。これを受け、改革を主導する特別チームが発足。サッカーJリーグ創設で手腕を振るった川淵三郎・日本サッカー協会最高顧問がまとめ役のチェアマンに就き、制裁解除に向けて動き出した。前代未聞のピンチをチャンスに変え、日本バスケ界は生まれ変わることができるのか。 FIBAが求めているのは次の3点だ。(1)国内男子のナショナルリーグ(NBL)とTKbjリーグの統合(2)JBAのガバナンス(組織統治)強化(3)若手育成を含めた男女の代表強化体制の確立 中でも最大の焦点はリーグ統合で、国内でも、かねて課題とされてきた難題だ。FIBAは選手が分散し、強化や魅力発信につながっていないと指摘する。アイシン三河と対戦後、観客の声援に応えるNBL和歌山の選手=1月21日、愛知県西尾市総合体育館 今季、NBLは13チーム、bjには22チームが所属している。内情を見ると、NBLのつくばが5勝41敗、bjの埼玉も5勝39敗(いずれも4月2日現在)と、下位チームは勝率1割そこそこに低迷しており、リーグ内で実力差が大きいのは確か。NBLの和歌山が経営破綻し、運営法人が変わるなど切り盛りが厳しいチームもある。 そもそも2リーグ併存は05年に日本リーグ機構から脱退した6チームがbjを発足させたことに始まる。bjは現在、全22チームが地域密着を掲げたプロで、実業団リーグの流れをくむNBLは13チーム中5チームが企業保有だ。過去に統合の動きはあったが、分裂時の心情的行き違いなどもあり、bjの千葉がNBLに移っただけで不調に終わっている。 FIBAから統合を求められたJBAは、昨年7月以降、両リーグの代表者による委員会を立ち上げ協議を続けてきた。しかし、福利厚生の一環としてチームを保有する企業は、チーム名称から企業名を外すことなどに反対し、調整が付かず、今回の制裁に至った。 また、リーグ統合問題にとどまらず、FIBAが(2)(3)も求めるのは、日本が06年に男子世界選手権を開催したものの約13億円の赤字を計上したうえ、選手強化の起爆剤にも出来なかった点も無関係ではない。男子代表に至っては1976年モントリオール大会を最後に五輪に出場できていない。年代別代表の国際試合と国内大会の日程の重複も問題点として指摘されていた。 一方で、FIBAが制裁という“外圧”を掛けてまで、強硬に改革を迫る背景には彼らの世界戦略も絡む。17年に始まる19年ワールドカップ予選から、サッカーのようにホーム&アウェー方式を採用する。FIBA関係者は「今までバスケを見たことのない人にも見るチャンスが出来る。日本には潜在能力がある」という。 実際、日本体育協会がまとめた11年度の競技別登録者数によると、バスケットは約61万5千人で、団体球技では軟式野球(約114万人)、サッカー(約92万7千人)に次いで多い。20年には東京五輪も控え、FIBAには、これを機にバスケ熱を高め、市場を拡大する狙いがある。 特別チームはFIBAからワイス財務部長が共同チェアマンとして入り、JOCや文部科学省の関係者ら計10人で編成された。1月末から始動し、5月下旬までに議論をまとめる方針だ。 特別チームの活動ではスピード感が一つの重要なポイントとなる。16年リオ五輪が刻一刻と迫っているからだ。予選を兼ねるアジア選手権は男子が9月から、女子は8月から予定されている。男子はアジア選手権に出場するため東アジア選手権で4位以内に入ることが条件。同選手権は例年5月か6月に開催されており、ギリギリのタイミングだ。ワイス財務部長や特別チームメンバーによると、国内男子チームの多数が分裂することなく新リーグに入会の意思を示し、さらに、JBAの組織改革の方向性も定まれば、制裁解除への道筋が見えるとしている。 新リーグは来年10月に開幕する。特別チームは参加基準として、1部は5000人、2部は3000人収容のホームアリーナ確保などを提示した。競技環境や集客面から「ホームアリーナが最重要」との考えからだ。各チームに都道府県協会、地元自治体との連携を促し、その一方で、チーム名に企業名を入れることについては理解を示している。 編成は1部(12~16チーム)2部(16~24チーム)、3部相当の地域リーグ(仮称)の3階層。初年度からリーグ間の昇降格も想定する。4月末までに入会申し込みを受け付け、5月末に参加チームを決定。各チームへの聞き取りなどを経て、7月までに各リーグに振り分ける計画だ。川淵チェアマンは「強力な夢のある新リーグを作る」と語っている。関連記事■ 東京五輪へ向けて 日本で育てる国際的指導者■ プロレスはもはや「老人ホーム」になった■ W杯開催成功へ 日本ラグビー、今季2つの“ノルマ”

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    岡田優介が見た日本のバスケ界 改革に選手の声は反映されるか

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