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    藤岡信勝が「しんぶん赤旗」を2週間読み続けて分かったこと

    藤岡信勝(拓殖大学客員教授)雑報の寄せ集めの日刊紙 日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』の1月11日付から23日付までを読んだ。この間に日本共産党第27回大会があり、中央委員会報告など大会関連文書を読むのが目的でもあった。ここでは、党大会の話に行く前に、『しんぶん赤旗』の感想を書いておきたい。 まずページ数が16ページで、その厚みは朝日、読売などの夕刊と同じような感触である。ページ建ては、真ん中あたりに「学問・文化」というロゴのついた文化面があり、続いて生活面、スポーツ面と来て、最終ページはテレビ・ラジオ面という普通の日刊紙の構成と同じである。国際面らしきページもある。党勢拡大を扱った面があるのは政党機関紙、特に共産党の特徴だ。 ただ、分からないのは、それ以外のページのカテゴリー分けがどうもハッキリしないことだ。その他の国内記事は、どういう基準で各ページに割り振られているのかが見えない。読んでいて頭の整理がつかない。 紙面全体を流れる一貫したメッセージが感じ取れない。散漫で、雑報の寄せ集めという印象である。何のキャンペーンも展開されていない。これは軽い驚きで「商業紙」の朝日、産経のほうが、よほど「主義」がハッキリしている。 一言でまとめると、『しんぶん赤旗』は魅力がない。これを熱心に読んでいる党員は、これで運動団体のリーダーとしての役割を果たせるのだろうかと心配になる。野党共闘に有頂天 日本共産党は、1月15日から18日までの4日間、第27回党大会を開催した。主要な大会関連文書は、(1)大会決議、(2)中央委員会報告、(3)志位和夫委員長の結語、の3つである。大会決議案は2カ月前に公表され、下部組織の討論と大会での代議員の討論で質問や意見が出され、それを受けて若干の訂正や補強がなされて確定文書とされた。大会決議案の採決が行われた共産党大会最終日=1月18日、静岡県熱海市  この大会で最も強調されたことは、日本共産党を「含む」野党共闘の成立である。昨年、2016年7月の参議院選挙で、日本共産党を含む野党統一候補が実現した。これを大会決議は、ベルリンの壁の崩壊になぞらえて、「日本共産党を除く」という「壁」が崩壊した、と表現した。 1980年の「社公合意」以来、この「壁」がつくられ、国会でも野党協議などの対象から除外されて蚊帳の外に置かれていたのであるが、2015年の安保法制反対運動のころから野党共闘の流れが出来、翌年の選挙協力にまで結びついた。これを共産党は最大限に評価し、日本政治の新しい動向として強調している。日刊の赤旗は廃刊の可能性も とりわけ、今回の党大会で最も画期的なことは、日本の他の野党が党大会に来賓として挨拶に来たことである。これは1922年の党創立から初めてのことだとして、有頂天の喜びようである。民進、自由、社民3党の幹部が初めて来賓として出席した共産党の第27回党大会=1月15日、静岡県熱海市 党大会に来賓として挨拶に来た野党の代表者は、安住淳(民進党代表代行)、小沢一郎(自由党代表)、吉田忠智(社民党党首)、糸数慶子(沖縄の風代表)の4人である。このなかで、共産党との共闘に最も積極的なのは、小沢一郎であるといわれている。 ともかく、「壁」が崩れたという比喩表現のなかに、共産党の喜びようが実感として現れている。「統一戦線戦術」の恐ろしさ  共産党が、社会主義・共産主義の社会を目指す革命を行うという、本来の主義・主張を棚上げして、他の政党・政派と共同行動を取ることは、世界的な共産党組織であるコミンテルンが1935年に取り入れた「統一戦線戦術」といわれるものである。この戦術の発想はレーニンにもあったが、本格的な方針として実践されたのは右のコミンテルン大会以来であった。 この戦術は、共産党と国民党が「抗日」で手を組んだ中国において顕著な成果を挙げた。しかし、目的を達成するとともに、国民党は追放された。つまり、統一戦線とは、少数派の共産党が、その他の勢力の力を利用して政権を取る手段なのである。実際、死にかけていた中国共産党は、国共合作によって生き返ったのだ。 今、共産党は党員の減少と高齢化、機関紙の減紙に苦しんでおり、日刊紙の廃刊まで取りざたされている。もし、日刊紙が廃刊されれば、レーニンが「イスクラ」という新聞をロシアに送り込んで共産主義を組織した新聞という媒体が放棄されることであり、コミンテルン型共産党の終焉となるのだが、共産党が大会決議で提唱している「野党連合政権」の一角を占めるようになれば、起死回生の展開となる。 他の政党は安易に共産党の呼びかけに応じることは、自らの首を差し出す行為であることを、歴史に学んで考え直すべきだ。

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    43年間購読する私が「しんぶん赤旗」に感じた戸惑い

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 大学1年生で「赤旗」の購読を開始し、すでに43年。その間、忙しい時も病気の時も、1号も欠かさず読んできた(最近はあとでまとめ読みすることも増えたが)。読者としていろいろ注文はあるけれど、ここでは1つだけ述べておきたい。野党共闘の時代における「赤旗」は、共産党のなかに存在する多様な個性を映し出すものになるのが望ましく、そうでないと共闘も本格的には実らないのではないかということである。日本共産党党大会の会場に置かれた党機関紙「しんぶん赤旗」=1月15日、静岡県熱海市(酒巻俊介撮影) 「共産党には個性がない」とよく言われる。それは、ある意味では正しく、別の意味では正しくない。 個性のなさを指摘する人の多くは、「赤旗」を見たり、議員や候補者の演説を聞いてそう感じるのだろう。それなら当然だ。「赤旗」は共産党の見解を伝えるものであって(議員や候補者の演説も同じだ)、共産党の見解が特定の問題について2つも3つも存在するなんてあり得ないからだ。 ただし、個々の共産党員の見解が、常に共産党と一致しているかというと、そんなことはあり得ない。30万人もいるのだから、これも当然だろう。 ただ数が多いからというだけではない。党員の多くは団塊の世代に属する。若い頃は学生運動で、その後は労働運動などにおいて、自分の頭で考え、行動してきた世代である。新しい問題が生じたとして、共産党が見解を発表するまでは自分で考えないということはあり得ず、その結果、いろいろな問題で独自の認識に達するのは自然なのだ。 それが結果として共産党とは異なる見解になることもあり得る。だから自由な意見交換ができる共産党の集まりに参加すると、それぞれの個性が豊かなことには、誰もが驚かされるだろう。若い党員だって、過去のいきさつに縛られない分、自由で豊かな発想をしている。 例えば中国に対する評価などは、30万人が一致するなどということから、もっとも遠いところに位置する。共産党の綱領は中国を「社会主義をめざす国」と規定しているが、研究者を含む党員のなかでは、中国を社会主義だとみなす人もいれば、資本主義だと疑わない人もいて、激しい論争がある。また、党員の少なくない部分は、綱領の規定にもかかわらず、中国を社会主義だと国民に説明することに躊躇する傾向がある。個人の著作では大胆な見解を表明する不破哲三氏 そう説明してしまうと、日本の共産党が最後に目指しているのも社会主義だから、中国のような社会をめざしているのかと国民から思われるのは避けらないからだ(違うと説明しても避けられない)。そういう難しさがあるので、共産党のそれなりの地位にいる人が、「『めざす国』ということは現在はまだ社会主義ではないという意味だから、国民に対して中国は社会主義ではないと堂々と説明していいのだ」として、党員を励ましたりすることもある。2016年7月、参院選山梨選挙区に野党4党の統一候補の応援のため、街頭演説を行う共産党の不破哲三前議長 個々の党員だけではない。例えば不破哲三氏なども、個人の著作では大胆な見解を表明することがある。『激動の世界はどこに向かうか』(2009年)という著作では、共産党が存在しない国でも社会を変える動きがあることについて問われ、マルクスが高く評価したパリ・コミューン(1871年)にはマルクス主義者がほとんどいなかったことを指摘しつつ、「マルクス主義者やその党が指導しないかぎり、革命はありえないとか、社会主義への意義ある前進は起こらないなどといった独断的な前提は、(マルクスには)みじんも見られません」と述べている。 それだけだったら事実の紹介に過ぎないが、その上で、現在においても、「共産党がいないところでも新しい革命が生まれうるし、科学的社会主義の知識がなくても、自分の実際の体験と世界の動きのなかから、さまざまな人びとが新しい社会の探究にのりだしうる」と一般化しているのだ。日本で共産党が退潮し、消滅しても革命が起きるのだろうかと、戸惑いを感じた党員もいたことだと思う。こうした見解が「赤旗」に掲載されるのは難しいのではないか。 中国問題に戻るが、中国が本当に社会主義をめざすと言えるのかについて、実は共産党だって慎重な見方をしている。すでに3年前の大会で、「(中国に)覇権主義や大国主義が再現される危険もありうるだろう。そうした大きな誤りを犯すなら、社会主義への道から決定的に踏み外す危険すらある」と指摘していたのだ。 そういう見方を提示したとはいえ、「赤旗」の立場は最近まで、「中国は社会主義をめざす国」というものだった。そして、社会主義は共産党のめざすのと同じものだから、中国を批判するような報道も、ほとんど見られなかった(中国の覇権主義と真正面から闘っていた20世紀後半は別だが)。「赤旗」が党の見解を述べるものであり続ける限り、それは避けられないことなのだ。 しかし、この1年ほど前から、少しずつ変化が見られるようになる。例えば核問題について言うと、それまでは中国は核廃絶を実現する立場に立っていると評価してきたが、この間、核廃絶の「妨害者」になっているという論評もあらわれた。そして今年1月の党大会では、「少なくとも核兵器問題については、中国はもはや平和・進歩勢力の側にあるとはいえない」と断言するに至る。南シナ海、東シナ海の問題でも、「力による現状変更をあからさまにすすめている」として、「国際社会で決して許されるものではない」と批判した。 さらに、この党大会では、「中国に、大国主義・覇権主義の誤りがあらわれている」と規定した。3年前の大会の見地からすると、「社会主義の道から決定的に踏み外す危険」があらわれているということになる。実際、この党大会では、それが「現実のものになりかねない」と、中国に向かって「警告」しているのだ。 要するに、中国に対する否定的な見方が、共産党全体のものになりつつあるということである。これまでも個々の党員のなかではそういう見解が多かったわけだが、それが共通の認識になっているということだ。共産党も多様性を見せよ 問題は、こうした共産党の変化は、共産党を外から見ている人たちにとっては、つまり主に「赤旗」を通じて共産党を見る人たちにとっては、ある日突然訪れるということである。そしてその人たちの目には、ある時期までは共産党は一致してこう言っていたのに、ある日を境に一致して別のことを言うようになったと映ることである。これがまた、「一枚岩だ」「共産党の見解が180度変わると、上から下まで一挙に変わる」として、ある種の不気味さを持って受けとめられることになる。2016年4月、熊本地震の対応をめぐり行われた安倍晋三首相(右)との党首会談で握手を交わす、共産党の志位和夫委員長(斎藤良雄撮影) モノトーンの考え方だと見られることは、政党にとっては不利なことである。今度の大会決議で、共産党は自民党を次のように批判している。 「安倍政権のもとで自民党は、かつての自民党が持っていた保守政党としてのある種の寛容さ、多様性、自己抑制、党内外の批判を吸収・調整する力を失い、灰色のモノクロ政党=単色政党へと変質した」 多様性がない単色政党は批判されるべき対象なのだ。だったら共産党も多様性を見せることに力を入れるべきだろう。 私が「赤旗」に期待するのは、1ページでいいから自由投稿欄を設けることである。その他のページは共産党の公式見解を述べるものであっていいから、自由投稿欄だけは公式見解に左右されないものを掲載することである。 そのことによって、多くの人は、共産党のなかにも多様な見解が存在していること、共産党がモノクロ政党でないことを知ることになるだろう。同時に、そういう多様性にもかかわらず、幹部がばらばらに行動するような無責任な政党ではなく、政党としてまとまった見解を持ち、一致して行動をしていることも理解するだろう。 それは共産党への支持を広げることになると感じる。共闘相手の他の野党にとっても、「自衛隊を認める党員もいるのだ」とか、「いまだに天皇制廃止論者がいるんだ」などが伝わることは、共産党も自分と同じような多様性を持つ党だという理解につながり、日常の付き合いにもいい影響を与えるはずだ。不破氏のように個人の著作を出せない共産党員にとっても、同じ意見を持つものの派閥(分派)をつくらないで意見を表明できるようになるわけで、党の活性化につながると思う。 志位和夫委員長は、1月の党大会における報告で、「『多様性』は『弱み』ではなく、『強み』とすることができる」と述べた。これは多様な考え方を持つ野党の共闘に関してのものだが、共産党自身も多様性を「赤旗」で見せることによって、自らを強くすることができるのではないだろうか。

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    「しんぶん赤旗」をひたすら読んでみた

    113万部。先ごろ開かれた日本共産党大会で公表された機関紙「しんぶん赤旗」の発行部数である。最盛期には発行部数350万を超えていたというから、その影響力の大きさは決して侮れない。いったい赤旗とはどんな新聞なのか。このテーマを読めば、知られざる真実がよく分かる、かも?

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    しんぶん赤旗は「ニュース女子騒動」をどう伝えたのか

    れないと今度は裁判所に訴えるという暴挙に出ました。もっとも、赤旗新聞や週刊金曜日といった左翼御用達のメディアでのみ名前が売れている方なので、一般人には広く知られていない方です。米軍北部訓練場の非返還区域前で、ヘリパッド建設などに抗議して気勢を上げる 反対派=12月21日、沖縄県東村高江 しかし、事実を客観的に報道しただけの当番組に対し、「単なる人権侵害や誤報という範囲を超えて、テレビの公共性を問う重大な問題」と切り捨て、持論を展開する氏は本当にこの番組をご覧になったのかと疑問に思います。ご覧になってこの記事を書かれたのであれば、真実を見る目が曇っているとしか思えません。氏は現在、一橋大学大学院地球社会研究科客員准教授であり、早稲田大学大学院ジャーナリズムコース講師も務めていらっしゃるようですが、メディアの左傾化はこういう方に教わった生徒が携わることにあるのではないかと思います。 また、東京MX前のデモの呼びかけ人であるフリーの編集者川名真理氏が「ウソの放送内容の訂正と謝罪を放送で行うこと」「沖縄の基地建設に反対する人への偏見をあおったことへの謝罪を行うこと」の申し入れをしたと記事の最後にあります。事実を報道したテレビ局に対し、デマというレッテル張りをし、デモなどで圧力をかける…。いつもの左翼活動家の手法です。この川名真理氏も沖縄基地反対問題の活動家であると公安の方に教えていただきました。 この報道がデマであるというのであれば、その証拠を見せていただきたいと思うのですが、それは全く提示せず、ただただ左翼活動家の意見を垂れ流しにする、これが赤旗新聞の正体です。この記事一つとって検証してみてもその傾向がよくわかります。調査もせず、事実を曲げ、証拠も示さず報道する新聞を「新聞」と呼ぶことができるのでしょうか?

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    しんぶん赤旗 194億円の収入で利益率3割超の秘密

     共産党の財政基盤を支える機関紙「しんぶん赤旗」はどのようにして成り立っているのか。その配達と集金、勧誘の仕組みをジャーナリストの竹中英司が解剖する。* * * 日本共産党は主要政党で唯一、国から政党交付金を1円も受け取っていない。1995年の制度創設以来、共産党がもらわなかった政党交付金の総額は200億円を超えるという試算がある。「政党交付金は国民が納めた税金を支持していない政党に回される憲法違反の強制献金制度だ」(宮本顕治・元名誉議長) と主張してきたからだが、“やせ我慢”には別の理由もあるようだ。 共産党は現在も破壊活動防止法の調査対象団体に指定され、公安調査庁に活動を監視されている。古参党員はこう語る。2016年7月、参院選候補者への街頭応援演説を行う共産党、志位和夫委員長(春名中撮影)「政党助成法では、総務大臣に交付金を受け取った政党への調査権(説明聴取)や返還命令権などの強い権限が与えられている。交付金をもらえば活動資金を国家に依存するようになり、国家権力から党財務に介入される余地が生まれる」 だから他の政党と違って、財政面で国に依存しない独立採算路線を採ってきた。 そんな共産党の屋台骨を支えているのが機関紙「しんぶん赤旗」の購読料(日刊紙・月額3497円、日曜版・月額823円)だ。 政治資金収支報告書によれば、共産党の2014年の収入は約225億円。内訳を見ると、党員からの党費約7億円、寄付約5億円に対し、機関紙の事業収入は約194億円でなんと収入の8割以上を「赤旗」が稼ぎ出し、同事業の支出と差し引きすると約62億円が粗利とみることができる。粗利益率は3割以上だ。党の人件費をはじめ、光熱費や事務所費などの経常経費・約38億円は赤旗の購読料でまかなっているとみていい。 不思議なのはその利益率の高さである。赤旗の日曜版は約100万部の発行とはいえ、日刊紙の発行部数は約20万部とされる。これは小規模な県の地方紙のレベルの部数だが、地方紙と違って赤旗は全国に宅配網をめぐらせなければならず採算が見込めない。しかし、そこに赤旗独自の配達と勧誘の仕組みがある。党関係者が自ら配っているのだ。「地方議員や(党から給料をもらっている)専従の党員も配達するが、現在の主力は支部長OBや会社をリタイアした一般党員たちです。一般党員には完全なボランティアと有償で配達する場合の2種類があるが、報酬をもらっても多くを党に寄付するから実質的にはボランティアです」(20年近く赤旗を配達しているベテラン党員) 赤旗は同紙印刷のために設立されたあかつき印刷など全国6か所で印刷され、各都道府県の党支部など配達拠点に配送される。さらに「配達ポスト」と呼ばれる市町村の党議員事務所などに届けられ、配達員の手で各戸に配られる。この宅配の人件費はほとんどタダというわけである。利益率が高くなるのもわかる。 たいへんなのは日刊紙の5倍近い部数がある日曜版だ。毎週木曜日に刷り上がって集配所に届けられ、宅配ボランティアの人員も10数万人に増員される。また、選挙が近づくとこうした赤旗配達員の党員たちが、新聞を配達する際、購読者以外の住民のポストにも共産党系団体の政策チラシなどを投函していく。こうした組織力は他党を圧倒している。 ボランティア配達員の党員にとって一番重要な活動は集金である。現場では、購読料は振り込みや年間一括払いではなく毎月の現金払いを奨励している。「党勢拡大のためにいきなり党員獲得といっても現実的には難しいから、まず赤旗を取ってもらう。購読者になってくれた方は共産党の政策に関心がある人です。毎月の集金時はそうした購読者と直接、話ができる貴重な機会だから、政治への不満や生活の不安などできるだけ話を聞いて、具体的に困っていることがあれば地域の党の出張所などに来てもらって改めて相談に乗る」(同前) 配達・集金は「機関紙活動」と呼ばれ、党員の中で重視されている。ただし、近年では配達員となる党員不足や高齢化などから赤旗の遅配・欠配も増えてきたという。とくに僻地での配達は配達員にとっても負担が大きいようだ。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 中国の警察 汚職の摘発は前年比12.5%増でその優秀さを証明■ 地上11階地下2階・総工費85億円の共産党本部ビルに潜入した■ 中国共産党員8800万人 大卒増え若年化進み4人に1人が女性■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏

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    なぜ赤旗では「巨人軍」「夫人」という言葉がタブーなのか

     共産党の機関紙である「しんぶん赤旗」は、日刊紙約20万部、日曜版100万部の発行部数を誇り、売り上げは約194億円もある。 赤旗の特殊性が顕著に表れるのが「用語」だ。一般紙で当たり前に使われている言葉が使われていなかったり、見慣れない表現が使われていたりする。2016年5月、広島市・平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花したオバマ米大統領(右)と安倍首相。左後方は原爆ドーム 先月、終戦記念日の前後に一般紙の紙面に頻繁に登場した「慰霊碑」という言葉は赤旗では使わない。広島の平和記念公園にある「原爆死没者慰霊碑」(正式名称・広島平和都市記念碑)は「原爆碑」「原爆記念碑」と書く。 しんぶん赤旗校閲部の河邑哲也氏が上梓した『「赤旗」は、言葉をどう練り上げているか』によれば、《そもそも「霊魂」が浮遊するというのは神道特有の概念》だからということらしい。宗教に対して否定的であり、国家神道への警戒心もある共産党の機関紙らしい理由だ。同様に「慰霊」も「追悼」などに言い換えられる。 先の大戦への苦い記憶はどの新聞よりも強く持っているようだ。スポーツ記事でも戦争用語は御法度だ。 たとえば「軍」は使わない。「巨人軍」は「巨人」または「ジャイアンツ」と表現される。ただし、他紙でも「巨人軍」は使用頻度が低い。「赤ヘル軍団」もNG。「弾丸ライナー」も「するどいライナー」などに言い換える。サッカーなどでは「敵陣」と書かず「相手陣地内」と書く。 赤旗を手にとって真っ先に目に付くのが「です・ます」調の文体だ。初めて「です・ます」調にしたのは1962年5月1日付の「主張」から。1965年の元日付からスポーツ面を除いて原則「です・ます」に移行した。《「アカハタの文章は堅い」という読者の声をうけて》(前掲書より)採用したという。 皇室に対する姿勢も言葉によく表れている。一般紙で「天皇陛下」と表現するところは「天皇」とし、敬語も原則使わない。先月、話題となった天皇陛下のお気持ち表明も、《天皇は8日、「象徴としてのお務めについて」とする発言を、ビデオメッセージの形で発表しました》(8月9日付)といった文章になる。 一般の刑事事件報道では加害者でも匿名となる。「建設業の男性」「21歳女性」といった表現が用いられる。被害者、加害者のプライバシー、人権に配慮しているのだ。 しかし一般紙の場合、多くの場合で警察発表に基づいて実名、匿名を使い分ける傾向が強い。つまり、「警察の判断」でやっている。それへのアンチテーゼとして実名・匿名を判断していると言える。この点、一般紙よりも筋が通っている。 ただし、公人の刑事事件は実名で報じる。汚職など公人の刑事事件は地位を利用したものであり、公権力のチェック・監視という観点から、当然、実名になる。公人であれば、一般刑事事件でも(たとえば痴漢など)実名報道になる可能性が高い。 また、詐欺事件の場合は、公人でなくても実名報道となる。二次被害の可能性があり、容疑者を特定する必要があるとの考えからだ。 このように一定の基準があるが、明文化されたルールではなく、ケース・バイ・ケースで判断される。 赤旗・共産党の女性、子供に対する考え方がわかる表現もある。赤旗では「子供」「子ども」「こども」のうち、「子ども」を使用する。《子どもは、戦前のように、おとなの「お供」でも、神仏の「お供え」でもない、人権をもった人間だ》(同前)という考えによる。 また、「夫人」は使わず「妻」を使う。夫婦はそれぞれ別個の人格だからだ。関連記事■ 労働問題に強い赤旗 労組ネットワークがあるからこそ■ 赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される■ しんぶん赤旗を読み解く9つのキーワード■ 赤旗記者が国会議員秘書に早変わりしスムーズに取材進められる■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関

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    赤旗が購読料値上げ、共産党が政党助成金をもらう可能性

    、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。●ふでさか・ひでよ/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 赤旗独自の情報網、内部告発は大企業や官公庁勤務の党員から■ 自民党関係者が政敵蹴落とすため赤旗に情報流すこともある■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏■ 赤旗記者が国会議員秘書に早変わりしスムーズに取材進められる

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    赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される

    、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。●ふでさか・ひでよ/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏■ 中国で抗日戦争を戦ったのは国民党軍 共産党は成果を横取り■ SAPIO連載・業田良家4コマ漫画【2/2】 「沖縄の未来」■ 追及能力持つ共産党の10議席 他野党の数十議席と破壊力違う

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    私だけが知っている「籾井降ろし」とNHK「腐敗」の真実

    杉江義浩(ジャーナリスト) 不思議なことにリベラル派からは「政権癒着」と国会でつるし上げを食らい、同時に逆の極端な保守派からは「反日」と叩かれることもあるNHK。 NHKについては、あまりにも外側から妄想で語られることが多いので、私はあえてNHKの真の姿と課題を知ってもらうことにします。 2014年1月25日、私は渋谷にある放送センターの自席で業務を続けたまま、NHKの館内共聴回線でテレビ画面に映し出される、籾井勝人NHK新会長の初会見に何げなく耳を傾けていました。就任会見する籾井勝人氏=2014年1月25日、東京都渋谷区のNHK 私が最初の会見で受けた印象は、籾井会長という人はずいぶんとよく喋る人だな、というものでした。私が働き始めたころのNHK会長は、NHK専務理事から昇進した川原正人氏でした。2008年まで20年間、NHKの会長には、NHK内部からの叩き上げの人間が就任する時代が、長く続きました。 だいたいが組織の人間というのは、現場にいるころはよく喋りますが、偉くなって責任が重くなってくると、舌禍を恐れて口が重くなるものです。 それに比べると組織の外部から来た籾井会長のリップサービスは、いささか無防備に過ぎるように感じられました。最初のうちは、僕が注意深く聞いていなかったせいでしょう、籾井会長がよく喋るのは、総合商社でのキャリアが長かったせいだろう、くらいに甘く考えていたのです。 ところがその初会見の直後、報道各社から一斉に籾井新会長の発言内容に対する激しい責任追及の声が高まり、私も新会長の発言を再検証することになりました。事態は2月27日の衆議院総務委員会での質疑応答にまでもつれ込む大騒動に発展したのです。軽はずみすぎた発言 当時は特定秘密保護法が安倍政権により強行採決されたばかり。マスコミ各社が、これは報道の自由を損なうとして厳しく批判しているさなかでした。 その特定秘密保護法に関するNHKの報道姿勢が政府寄りではないか、と指摘された際に、籾井新会長は、「まあ一応通っちゃったんで、言ってもしようがないんじゃないかと思うんですけども」「あまりカッカする必要はない」と発言しました。 報道機関としては特定秘密保護法が施行されると、自由な取材活動が制限されて、真実の報道が難しくなるわけですから、NHKの会長は自らにとって重要な問題と認識して、責任ある発言をすべき立場だったのです。 それにもかかわらず、籾井会長の発言はずいぶんと軽はずみでした。 また時の政権の施策に対して、公正中立な立場からしっかりとした検証を行うという重要な任務が公共放送にはあります。それをはなから放棄しているような籾井会長の姿勢がマスコミ各社から問題視されたとも言えるでしょう。民主党の総務・内閣部門会議に出席し、議員の質問に答えるNHKの籾井勝人会長(左端)=2015年2月18日、衆院第2議員会館 さらに、「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」 この発言は衝撃的でした。安倍首相が右を向けと言えば、ハイと無条件に右を向く。そんな政権与党に言われるままの人物に、不偏不党であるべきNHKの舵取りを任せて大丈夫なのか。動揺が走りました。 国のリーダーに言われるままの放送を行うということは、北朝鮮や中国の国営放送と同じような放送局になることを意味しています。 先の大戦の時、日本の報道機関はすべて軍部によりコントロールされていました。NHKから新聞各社まで、軍部に都合の良い片寄ったニュースだけを、そのまま報道するように強要されていたのです。 軍部が率いる時の政権の方針を、国民は正しいものだと信じ込むようになり、いつのまにか洗脳されていきました。そして結果的に報道機関は、悲惨な戦争を長期化へと誘導する旗振り役を果たしてしまったのです。 逆に戦後、サンフランシスコ講和条約が結ばれるまでの7年間は、GHQが決めたプレスコードで管理され、戦勝国側に不都合な報道は禁じられていました。原爆の被害の大きさや、国民の貧窮について語ることさえ許されませんでした。 この苦い経験を生かして今の放送法は作られました。放送局は時の政権から干渉されない独立した編集権を持ち、不偏不党で公正中立な報道をすることを、その精神としたのです。   残念なことに籾井会長の発言は、この編集権の独立という報道の自由にとって重要な概念を、もののみごとに吹き飛ばした感があると思います。安倍政権に追従する 国会に呼び出されて以降は、さすがに饒舌な籾井会長も言葉をつつしむようになり、何を質問されても、「放送法に従って粛々と」としか答弁しないようになりました。しかし一連の発言については、「考えを取り消したわけではないが、申し上げたことは取り消した」と答弁しています。つまり事態が収拾した後も、安倍政権に追従するという籾井会長の考え方そのものは、何ら変化しないことを確認したのです。 籾井会長はさらに、直属の部下である理事たちを全員集めて辞表を提出させ、それを一時的に預かるという極めて異例な儀式を行いました。これにより理事たちは籾井会長に生殺与奪を握られ、事実上の絶対服従を誓わされたのです。 理事たちは直接ニュースや番組を作りませんが、これらを作る現場の管理職トップの人事権を握っているので、その影響はないとは言えません。 そもそもNHKの会長は、経営委員会という会議で選任します。NHKの経営委員会というのは、株式会社に例えれば株主総会のようなものです。委員になるのは衆参両議院の承認を得て内閣総理大臣に指名された有識者など12人です。籾井会長を専任した時の委員は、作家の百田尚樹氏らでした。経営委員会の委員を指名するのが首相ですから、NHK会長の選任が時の政権に左右されやすいのは、今に始まった状況ではないと言えるでしょう。 ただし時の政権の意向が、すぐさまニュースや番組に反映されるわけではありません。NHKの現場で働く記者やディレクターは、会長の指示をそのまま受け入れるとは限らないからです。 2016年4月14日に始まった熊本地震に伴う原子力発電所関連の報道について、籾井会長がNHK役職員らに対して、「(国や電力会社の)公式発表をベースに伝えるように」と指示したことが各紙に伝えられました。これに対し4月25日に、NHKの労働組合である日放労の中央委員長はただちに声明を出し、「公共放送として、報道にあたってベースとするものは、取材してわかった事実であり、判明した事実関係である」とする見解を発表しました。公式発表をただ流すのではなく、記者たちが自らの取材で事実関係を追求していく調査報道の姿勢を強く示したのです。何人からも干渉されず 7月13日には、天皇陛下に遠くないうちに譲位のお気持ちがあることを、NHKは7時のニュースで独自のスクープとして報道し、世間を驚かせました。 これは全く官邸の意向に沿うものではありませんでした。この直後、官邸や宮内庁の高官は憮然とした表情でインタビューに答え、そのような事実はない、と当初は全面否定していました。 しかし実際には8月8日の天皇陛下ご自身のビデオメッセージで、このスクープが事実であることを示されたのです。 NHKには放送法とは別に、内規として国内番組基準というものがあります。そこには「何人からも干渉されず、不偏不党の立場を守って、放送による言論の自由と表現の自由を確保」することが謳われています。 何人からも干渉されずとは、時の政権、圧力団体その他のあらゆる干渉を受け付けず、「事実と己の良心のみに基づいて」判断することだ、と私は教えられました。 視聴者からの受信料で成り立つNHKの番組は、国内の放送に税金を一切使っていません。政府から独立して自主的な取材を綿密に行い、独自に事実関係を検証し、良いものは良い、悪いものは悪いと放送するためです。 取材結果によっては、時には上司はもちろんのこと国家権力からの反発も覚悟の上で、屈することなく真実を述べる存在でなければならないのです。 それが出来るかできないかは、ひとえにNHKで働くスタッフや職員一人ひとりのジャーナリズム精神と矜持にかかっていると言えるでしょう。 報道機関に不当な圧力をかけて萎縮させているのでは、と一部から批判された安倍首相本人は、その批判に対してこう答えています。「私の圧力ごときに萎縮するような頼りないマスコミであっては困る」 実に挑発的な表現ですが、まさに政治権力とジャーナリズムは、常に真剣勝負なのだと再認識する一言でした。 政権による報道への介入を批判する態度はもちろん大切ですが、そもそも国家権力というものはいつの時代も、報道に介入したがるものだという認識を持たなければいけません。その上で政治的な圧力に負けないように、自分の足元を見つめ直し、タフなものへと固めていくことの方がより重要ではないでしょうか。ジャーナリストとしてブレない態度が求められているのです。NHKの次期会長に選ばれた経営委員の上田良一氏  2017年1月24日に、籾井会長は任期満了を迎えます。 籾井会長は解任され、現在経営委員を務める上田良一氏が新しいNHK会長の座に着くことになりました。首相が直接指名した経営委員出身ですから、安倍政権の意向をより強く反映した人物であることが予想されます。 NHKは一歩間違えれば、政権与党あるいは安倍首相の私的な広報組織に成り果てる危険性と、今もなお隣り合わせです。 現場のスタッフや職員一人ひとりが高い志を持ち続ける限り、NHKを健全な報道機関として保ち続けることは可能だと思っています。

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    NHK会長人事のバカさ加減

    NHKの籾井勝人会長が退任する。公共放送のトップとしての資質に欠けた言動で混乱を招きながら、続投に意欲をみせた籾井氏の退任は、事実上の「クビ宣告」に等しい。一連の会長人事をめぐるごたごたは、NHK内部のバカさ加減を露呈したようなものだが、要は会長が誰であれ、公平中立な番組を作ってくれたらそれでいい。

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    なぜマスコミは「籾井いじめ」に半狂乱したのか

    宮脇睦(ITジャーナリスト) 籾井勝人NHK会長が発表した「受信料値下げ」に「再任狙いか」との邪推が駆け巡った。しかし、籾井会長は退任し、新会長へとバトンが渡される。籾井会長については、就任直後より様々な舌禍騒動を起こし、釈明における「キレる」かの態度に眉根を寄せるものだが、果たして批判は正しかったのか。とりわけ「独裁」との批判が妥当ではなかったことは、就任以降のそのNHKの報道から明らかだ。衆院予算委員会で答弁席に向かうNHKの籾井勝人会長(右) 質問者の民主党の階猛氏(左手前)が速く歩くよう促した =2015年2月20日、衆院第1委員室 会長就任直後に、当時の理事全員に日付のない辞表を提出させた。言論封殺を目的だと定義し「独裁」とレッテルを貼る。とりわけ「安倍政権のお友達人事」と揶揄していた報道機関、有識者が声高に叫んでいた。籾井氏は記者の追及に「よくあること」と答えたものの、事例を説明できなかったことが、火に油を注ぐ形となった。だが、小川洋福岡県知事は平成23年9月13日の定例会見で、副知事の退任の説明として、県議会終了後に辞表を受け取っていたと説明し、知事就任時にも前任者から辞表を受け取っていたことが福岡県のホームページで確認できる。 また、韓国の事例ながら『現代重工業、役員260人が一括で辞表提出(中央日報)』というものもある。「よくあること」かどうかはともかく実例はあるのだ。実際には労働法務からの問題を孕むとはいえ、籾井氏に「レッテル」を貼り、言葉尻を捉え「失言」を待っていたのならば、それはジャーナリズムではなく「虐め」だ。あるいは説明責任を理由に、権力者からの言葉を待つだけなら「甘え」だ。 籾井氏の代表的な「慰安婦発言」からは、日本がなんでも悪いと「自虐史観」からの距離を置く姿勢が確認できる。慰安婦についての記者からの質問に「今のモラルでは悪いんですよ」と断りつつも、「戦争をしているどこの国にもあった」と事実の指摘に、やはり特定のマスコミは半狂乱となった。仮に籾井独裁政権下のNHKならば、彼の発言に沿った報道が相次ぐはずだが退任間際の今になっても確認できていない。むしろ逆だ。 ウィキペディアには『NHKの不祥事』なるコンテンツがあり、それだけNHKに不祥事が多いわけだが、籾井氏の就任以降、書き加えられたのは籾井会長の行動の他には、佐村河内守氏によるゴーストライター騒動に、NHKスペシャルの取材班が加担していたことや、社員と子会社によるそれぞれの横領事件と「貧困騒動」で、籾井氏の歴史観が反映されている形跡は確認できない。野放しの「歴史観」こそ追及せよ 「貧困騒動」とは、NHKが貧困に喘ぐという切り口で紹介した女子高校生が、1万数千円レベルの画材を手にし、遊興に費やす余裕のある生活水準であることがSNSで特定されて炎上した騒動だ。騒動の拡大により、女子高生への誹謗中傷も確認されたが、批判の発端は「日本は経済格差の広がる悪い国ですよ」というNHKの思惑を感じとったネット民からの反発と、同じベクトルからの「捏造批判」であった。 NHKは「相対的貧困」という言葉で「捏造」を否定する。進路において学費その他を気にしない豊かな世帯と比較してのことのようだが、それに納得するネット民(民=ユーザー)は多くない。いや、周囲の主婦にも確認したが、子供の進路を考えるとき、経済的理由に頭を悩ませている世帯の方が主流派なのだ。NHKの籾井勝人会長=2016年1月7日、 東京都渋谷区のNHK放送センター NHKが発表している職員の平均年収は1150万円だが、残業代や諸手当を含めると1700万円を越えると、元BPO委員でジャーナリストの小田切誠氏は指摘する。一方、平成25年の国税庁の調査によると、一般企業のサラリーマンの年収は414万円だ。つまり庶民の3~4倍の収入を得ている貴族のようなNHK職員からみれば、大半の日本国民は貧困に喘ぐ貧しき下々とでも見ているのだろう。だから、政権を批判し、そんな日本と歴史を卑下するのではないか。 事実、Eテレ(旧教育テレビ)の『NHK 高校講座 日本史』における「日中戦争」で、「南京事件」について《女性や子どもを含む多くの中国人を殺害》とわざわざテロップをいれ、日本軍の敵として対峙した「中国軍」がいたことに触れもしない。小学生向けの歴史番組『歴史にドキリ』でも、日本が一方的に中国各地に進出し都市を占領、さらに太平洋へと歩を進めた日本を、懲らしめるかの如く米国が立ち上がったかのようなナレーションが加えられている。いわゆる「自虐史観」だ。 NHKは公式ホームページの「放送法と公共放送」で、《放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること(第1章総則 第2条)》等の放送法を掲げ、財政の自立が自主性に繋がると受信料の意義を説明する。自主や自律は曲者だ。リベラル陣営にとっても、極左勢力にとっても、日本人を拉致し原爆の開発を進める北朝鮮の主張でさえ、彼らにとっての「自主」であり「自律」だからだ。NHKの唱える「自律と自由」とは、どの思想信条を下敷きにジャッジメントを下すものなのか。少なくとも「高校講座」を見る限り、籾井会長の歴史観でないことは確かだ。むしろ青少年に特定の「歴史観」による洗脳を試みるかの内容が、野放しにされている現実を危惧する。 いずれにせよ「独裁」は終了する。世襲も後任指名もなく、革命だって起こる気配がない。「独裁」でなかった何よりの証拠だ。再任できなかったのは、単純に「不人気」だったと評価すべきだろう。単純なレッテル張りは大衆迎合の思考停止だ。批判に用いる言葉は正しく選択すべきだと、自戒を込めて筆を置く。

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    NHK 国会中継で籾井会長のカンペ映さぬ「モミールール」

    には、籾井氏の答弁の様子を中継している。 しかし、「会長に後ろの席からメモを渡すNHK職員の姿が雑誌メディアに報じられたことがあった。なので答弁待ちの時は会長が映らないように気をつけている」(NHK関係者)というのだ(NHKは「ご指摘のようなルールはありません」と回答)。●「反政府デモ」を放送する時には…… 原発再稼働や安保法制で広がった政府批判デモに対して、NHKはデリケートな対応を迫られている。 当初、NHKはそうしたデモをニュースでほとんど取り上げなかった。だが、籾井会長の「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」という発言(後に撤回、謝罪)も相まって、怒った市民約1000人が昨年8月、2回にわたって「デモを報じないNHKを包囲するデモ」を行なうと“報道基準”を一変させた。「今は重要なデモはきちんとニュースで報じている。ただし、同時に番組内で政府の立場・主張もしっかり取り上げることでバランスに配慮している」(30代NHK職員) たしかに3月25日の『ニュース7』を例にとると、保育制度拡充を求める国会前デモの映像を流す一方で、別のニュースとして安倍首相の待機児童問題での国会答弁、つまり「政権の言い分」も報じた。「報道しないで視聴者に怒りを向けられるのは怖いが、政府に睨まれるのはもっと怖い」というのがNHK流のバランス感覚なのだろう。●『日曜討論』の発言時間は秒単位まで計測 一方で、NHKの杓子定規な「政治的公平の原則」が伝わってくるのが『日曜討論』だろう。 司会者が自民党から共産党、社民党まで出席者を順番に指名し、「原則、出演者は秒単位まで同じ時間発言させる」(NHK報道スタッフ)という徹底ぶり。ちなみに「画面には映らないが、『日曜討論』ではスタジオのカメラマンもスーツ着用が原則」(同前)だといい、そのクソ真面目な雰囲気もNHKならではか。関連記事■ 失言のNHK籾井会長に三井物産OB「モミィ、やっちまったか」■ 国会前デモ報道のNHK 報じないことにデモ起こされたためか■ NHK職員「籾井会長居座れば受信料解除・不払い発生」と心配■ 籾井NHK会長「理事総入れ替えだ」で理事大半が反籾井になる■ NHK籾井会長 「モミジョンイル、モミジョンウン」の揶揄も

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    完全独立とはほど遠い「公共放送」NHKはすでに役割を終えている

    国会の役割であるわけだが、これも適正に機能していない状態にある。なぜならば、政治家はスキャンダルなどメディアを恐れる傾向にあり、メディアに手を付けることを嫌うのである。また、監督官庁である総務省も、直接的な天下りはないが関連団体等を天下りに利用しているわけである。だから、監視部分の機能不全が起きているのである。受信料徴収は時代遅れ では、NHKが本当に必要なのか考えてみたい。NHKは国営放送ではなく、直接的な国家の支配を受けない公共放送ということになっている。なぜ、公共放送が必要かといえば、民放の場合、スポンサーや関連企業などの影響を受けやすい構造にあり、国家からも企業からも独立した存在を担保するためである。また、営利を目的とした民放だけでは、人口が少ない地域で難視聴地域や視聴できない地域が生まれるためでもあった。そして、これがNHKの報道以外の娯楽放送が認められてきた要因でもある。東京都渋谷区のNHK放送センター しかし、現在、これはすでに破たんしており、NHKは歴史的役割を終えているともいえる。なぜならば、NHKは紅白歌合戦がその典型であるが大手広告代理店や芸能事務所と密接な関係にあり、完全な独立構造にはない。逆に独立させれば番組を作れない構造にあるといえるのだ。また、難視聴地域対策という側面でも衛星放送とインターネットの普及で不要な存在になってしまっているのである。つまり、すでにNHKは公共放送としての役割を終えているといえるわけである。 さらに、B-CASにより、スカパーのようなペーパービューでの課金が可能であり、受信機を持っているからという理由で課金する今の仕組みは時代遅れであるわけだ。見たい人だけがお金を払い見ればよく、それはすでに可能なのである。 公共放送の役割が問題になっているのは何も日本だけの話ではない。英国でもBBCの存在が大きな問題になり存続を巡り政治的案件になった。英国ではBBCの存続を5年に1度の国民投票で決めるものとし、不要の意見が上回った場合、民営化や解体をするとしたわけである。また、BBCに対する意見を政府が公募し、政府がそれを公表するとともに意見を反映させるものとしたわけである。 これにより、大規模な賃金カットとリストラが行われ、一部事業のロンドンからの移動も行われた。NHKでも、建前上、全国で「視聴者の皆様と語る会」を開催し、経営委員と視聴者が直接語る機会を設けているが、この存在を知る人は僅かであり、それが機能しているように思えないのが実態である。だからこそ、今の存在が許されているといえるのだろう。日本でも大規模な改革と国民の声を問う必要があるのではないだろうか。

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    NHKの「黒歴史」になった籾井体制、私が再任反対を呼び掛けた理由

    と社会は見ているからか。それとも、信じられないほど野党に政策発信能力がないせいなのか。あるいはマス・メディアの報道姿勢のせいなのか。NHK会長の選考過程の透明化を求める記者会見を開いた服部孝章氏(右)、小林緑氏(右から2人目)ら=10月31日午後、衆院第2議員会館 2017年1月のNHK会長任期満了を前に、2016年秋から現会長の再任をめぐる動きが新聞で報じられ始めた。またしても過去を検証せず、未来の理想像を語ることなしに、人脈や政治力のなかで人事が決められるのか、といった諦めを感じていた。だが、これではいけないと思い、10月末に「次期NHK会長選考にあたり籾井現会長の再任に反対し、独立した公共放送に相応しい会長の選任を求めるとともに、透明な選考過程の下で推薦・公募制を採用するよう求める要望」を呼びかけ人17名と賛同者約100名の名簿とともに、NHK経営委員会に渋谷の放送センターで手渡し、国会議員会館で記者発表をした。   「アベノミクス」の是非を主な争点として成立した第2次安倍政権だったが、特定秘密保護法、そして安全保障関連法を次々と成立させ、7月の参院選にも勝利して3分の2の勢力で改憲を目指している。 この間、第2次安倍政権は断続的にメディアに対する規制介入を繰り返し、その中核は「公平中立は政権が判断する」というものあった。もっとも明確な事例は、2014年の衆院選に在京テレビ局にあてた文書「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」である。 自民党の萩生田光一筆頭副幹事長・福井照報道局長の連名で各局の編成局長・報道局長にあてたもので、「文書は衆院解散前日の20日付で、自民党総裁特別補佐の萩生田光一筆頭副幹事長が自民党記者クラブに所属する各局の責任者(キャップ)を個別に呼び出し、手渡していた」(「西日本新聞」2014年11月28日朝刊)。新聞各紙は西日本同様同日の朝刊で報道したが、呼び出して手渡していたとは伝えていない。この西日本は1面トップと2面で解説記事を載せるなど大きく紙面を割いた。政府・与党の「アンダー・コントロール」下にあるテレビ報道 他紙にも報じられていることだが、「文書について複数の関係者は、安倍晋三首相が解散表明した(11月)18日、TBSの『NEWS23』に出演し、強い不快感を持ったことがきっかけと証言している。番組は景気回復の実感を街頭の市民にインタビューし、放送された5人のうち4人が「全然恩恵を受けていない」などと疑問視する趣旨の発言をした。首相はすかさず「街の声ですから、皆さん(TBSが)選んでおられると思います。おかしいじゃないですか」と局側を批判した。TBS広報部は『放送内容に問題があるとは思っていない。これまでと同様、公正中立な報道に努める』と話した。・・(略)・・NHKは『文書を受け取ったかどうかを含め、個別の件には答えられない』としている」(「西日本」1面記事)このNHKの対応は受信料で成り立つ放送事業者としての自律を疑わせるものだが、在京民放テレビ各局もこの文書について、ニュース番組では取り上げなかった。私が知る範囲では、同月末のテレビ朝日「朝まで生テレビ」で田原総一朗氏が朝日新聞や毎日新聞を参考にして取り上げただけであった。 こうした状況は、まさにテレビ報道が政権や与党の「アンダー・コントロール」下にあることを、同時に権力チェックを期待されるジャーナリズムの役割を放棄している姿勢を政権与党に示したといえるのではないか。その後、安倍氏は読売テレビやフジテレビなど政権との親和性の高いとみられるテレビ局の生放送に出演しているがTBSやテレビ朝日には生で登場することはこれまでのところない。 現政権は東京電力の福島原発事故後の状態をコントロールしていると世界に流布したように、メディア・コントロールを展開した。先の文書、そして昨年秋以降、放送法・電波法に基づくものとして「停波措置」を繰り返し国会で総務大臣が答弁をした。そしてこの春、TBS、テレビ朝日、NHKの長寿ニュース番組のキャスターなどが降板した。 2013年9月7日、ブエノスアイレスで開催されたIOC総会で2020年オリンピックを東京に招致するため安倍首相の「アンダー・コントロール」と胸張って強弁した姿は、この5月の伊勢志摩サミットで「リーマンショック・クライシス」と都合のよいデータをもとに述べた同サミット議長の安倍氏の姿と相似するものであった。籾井選出と変わらなかった今回の選考基準 さて、2017年1月の籾井会長任期満了にともない、経営委は次期会長選考を進めた。籾井会長は、就任以来、「国際放送については政府が右ということを左とは言えない」「慰安婦問題は政府の方針を見極めないとNHKのスタンスは決まらない」「原発報道はむやみに不安をあおらないよう、公式発表をベースに」など、NHKをまるで政府の広報機関とみなすかのような暴言を繰り返し、報道機関や視聴者から厳しい批判を浴びた。 あわせて、一連の暴言について国会にも参考人招致され、議員の質問を浴びた。質疑の大半が会長個人の資質にかかわるもので、放送文化の発展に寄与する質疑応答とは無関係であった。このように自主・自立・自律を欠如したまま3年もの間、ジャーナリズムのトップに立つNHKを代表してきたことは、NHKの消すに消せない「歴史」であると思う。2014年2月、質問に答えるため挙手するNHKの籾井勝人会長(左)。右はNHK経営委員会の浜田健一郎委員長=国会・衆院第1委員室(酒巻俊介撮影) 12月に入ると籾井氏の再任が難しいことが新聞各紙で大きく取り上げられた。12月2日「朝日」は朝刊1面トップで「籾井NHK会長再任困難/経営委員の同意足りず」と4段見出しで伝えた。その後、いくつかの新聞も「再任困難」と報じた。確かに、それまで籾井氏が続投に意欲を見せているとの報道があったからか、「困難」となったのであろう。その目線は籾井氏や首相のお友達と言われる経営委員からのもので客観的な報道姿勢ではない。そのように朝日新聞の見出しに違和感を覚えた私は、朝日は同氏の続投を願っているのかとさえ感じてしまった。 報道に先だって、NHKの最高意思決定機関である経営委は、10月11日に「会長指名部会」を開き、(1)公共放送としての使命を十分理解している、(2)政治的に中立である、(3)人格高潔であり説明力に優れ、広く国民から信頼を得られる、(4)構想力、リーダーシップが豊かで業務遂行力がある、(5)社会環境の変化、新しい時代の要請に対し、的確に対応できる経営的センスがある、と5項目の資格要件を決め、今後委員から候補者を募り、年内に次期会長を決める方針を明らかにしていた。その際、現会長の籾井氏も候補者の一人として議論するとした。 この「資格要件」は、それぞれが抽象的とはいえ一般論として容認されうるものだが、3年間も経営委員会から注意を受けつつ、NHKを代表する地位にいた籾井氏はその要件を満たしたとは思えない。実は籾井氏の選任を決めた前回の会長選考でもほぼ同じ6項目の要件が示され、その選考過程で籾井氏を強く推薦したのは当時委員だった石原進経営委員長なのである。NHKの歴史に刻まれた籾井体制という「汚点」NHKの石原進経営委員長=10月17日、東京・渋谷 今回、石原委員長の下で進められた次期会長選考には、約3年間に度重なる暴言や失言、そして経営委から籾井氏に「注意」が3度もあったことは、記憶に残る事実であり、NHKの歴史に刻まれた「汚点」だ。にもかかわらず、現在の経営委には自戒も自責の念もない。その上、少なくとも失言や強引な理事人事などのこの3年を検証し、次期会長選任理由やその背景を明確に説明することを欠いたままでは、汚点をぬぐい、信頼を回復するには至らないだろう。それでも現在の受信料支払い率は7割を超える。年金よりも高い支払い率に安穏としている経営陣、政府はいつの日か強烈な批判を受けることになるかもしれない。それ以上に人口減少が進むなかで受信料収入は値上げや新たな受信料対象を見つけなければ、番組制作体制を維持できなくなることは明白ではないか。 いま、NHKの将来像やあるべき放送体制を、国会審議だけでなく市民をも巻き込んで探求する必要に迫られている。であるからこそ、今回の会長選考は過去への反省を忘れ、未来への理念も思想も示されないままでは、視聴者の利益を少しも考慮しない姿勢との批判は避けられないだろう。 経営委員に政府、とりわけ安倍首相の「お友達」委員が多いと多くのメディアが指摘しているように、委員会は安倍政権の利益代弁者であり、まさに籾井氏の政治姿勢である「政府が右ということを左とは言えない」とぴったりと重なるといえる。だからこそ、次期会長選考にあたっては透明な手続きの下で、ジャーナリズム精神を備え、政治権力に毅然と対峙できる人物が選任されることを期待していた。 しかしながら12月6日、現在経営委員で元三菱商事副社長の上田良一氏が後任に決定した。会長は4代続けてNHK外部からで、経営委員からは異例の登用だという。経営委は上田氏選出までの経過を説明すべきだ。あわせて上田次期会長と委員会は、失態が続いた籾井時代の3年間を検証し、経営委の見解だけでなく、委員一人ひとりが明確な言葉で表明することが不可欠である。間違っても、籾井体制の継続を語ることがないよう祈りたい。NHK組織内でジャーナリズムに邁進している良識派を今以上あきらめさせてはならないからだ。見識も展望もなかった籾井氏の「値下げ」提案 退任が決まった籾井氏だが、経営委の次期会長選びが進む中で来秋から受信料を月額50円値下げする意向を示していた。しかし経営委はNHK執行部つまりは籾井氏サイドの提案を、11月22日に見送ることを決定した。毎日新聞は翌日の朝刊第2面に「受信料下げ見送り決定 NHK経営委 会長再任より困難」と3段見出しで伝えた。同記事の解説では、認められなかったのは施行部の値下げ案に具体的な裏付けが見られなかったためだとし、議論の進め方が拙速だと批判した。 1968年5月、テレビ受信契約が「カラー契約(月額465円)」と「普通契約(月額315円)」(白黒受信契約)に分割された際にラジオ聴取料(月額50円、なおそれまでテレビ・ラジオあわせて月額200円)が撤廃された。カラーテレビが右肩あがりで普及が進んでいたことがその背景にあったが、今回の値下げにはそうした将来の財源増はなく、ただ余剰金が出たからというもので、ここから番組制作費の増額とか番組保存・公開への利便を拡充するといった方策にあてるといった放送文化の向上への意向が見られないのは、きわめて残念なことである。 そもそも、NHK受信料契約について社会の多くが理解しているのか。その契約自体があいまいで、当のNHK、国、国会が具体的な説明を回避してきた歴史がある。受信料を支払う市民がNHKに物申す手段があるのかといえば、投書やメールあるいは電話を使うくらいしかなく、受信契約を結んでいる(多くの市民はその意識がない)ものの、通常の契約関係に見られるようなコミュニケーション回路は閉ざされている。 回路を開く努力を、そして具体的な方策を明示できなければ、「支払い拒否」は人口減以上の速度で拡大することになるだろう。このような危機を回避するために、NHKはもちろん行政も国会も、この国における放送のあるべき将来像を早急に見出すべきだろう。通信分野は技術発展に併走するかのように多くの市民に受け入れられているのだから。

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    NHK会長続投に有識者らがNO 「一般企業ならとっくにクビ」

     受信料の値下げを匂わせたり、年内いっぱいで解散するSMAPに紅白出場の熱烈ラブコールを送ったりと、近ごろ何かと人気取りの政策を口にするNHKの籾井勝人会長(73)。だが、籾井氏が今一番欲しいのは、人気よりも「任期」なのかもしれない──。 籾井氏といえば、2014年の会長就任直後から、数々の言動が物議を醸してきたのは周知の事実。局内の人事を掌握する目的だったのか、理事全員に日付のない辞表を書かせて“モミジョンイル”と揶揄されたかと思えば、政府与党べったりの偏向報道姿勢を堂々と公言し、多くの批判も買ってきた。衆院総務委で答弁するNHKの籾井勝人会長。左は高市総務相=2015年3月 上智大学教授の田島泰彦氏が憤る。「NHKは公共放送といえども、報道機関である以上“不偏不党”を貫き、いかなる政治権力にも縛られずに独自の情報を視聴者に届けるのが基本の『き』です。 にもかかわらず、籾井氏は自ら〈政府が右ということを左とはいえない〉と公言し、慰安婦問題や原発報道でも政府の方針や発表が出るまではNHKのスタンスは決まらないとの暴言を繰り返してきました。公平中立が生命線である報道機関のトップとしてまったく相応しくない資質の持ち主なのです」 10月31日、そんな公共放送らしからぬNHKの体質改善を求めるべく、田島氏をはじめとした学識者やジャーナリスト、児童文学作家、噺家ら17名が呼びかけ人となり、籾井体制にNOを突きつける要望書をNHKの経営委員会に提出した。賛同者は早くも100名を超えているという。 なぜ、この時期に要望書を出したのか。それは籾井氏の1期3年に及ぶ会長任期が来年1月24日に迫り、次期会長選びが本格化しているためだ。しかし、なんと「続投」の可能性も残されているという。「籾井氏は10月の定例会見で続投への意欲を問われ、〈普通の人は『やりますか?』と言われたら『やる』と言うんじゃないですか?〉と答えていた。あくまでも自分の話ではないと断っていたが、まんざらでもない様子だった」(全国紙記者)前述の要望書の呼びかけ人に名を連ねている立教大学名誉教授の服部孝章氏も、こんな見立てをする。「NHKの会長人事は、政府の息のかかった有識者で構成する経営委員会のメンバーが選任することになっていますが、その委員長を務めているのは3年前に籾井氏を強く推薦した石原進氏(JR九州相談役)です。 これまで籾井氏が度重なる暴言や失言、最近では私的ゴルフにNHKからハイヤー代が支払われていた問題が発覚したにもかかわらず辞任に追い込まれなかったのは、石原氏をはじめ経営委員会が独立した最高意思決定機関として機能していないことの表れです。普通の会社ならとっくにクビになっていますよ」 服部氏はNHK会長の人選や選考方法が極めて不透明で“密室”で行われていることも問題視しており、要望書の中では〈視聴者・市民の意思を広く反映させるよう、会長候補の推薦・公募制を採用し、そのための受付窓口を経営委員会内に設置すること〉を求めている。 前出の田島氏はこんな指摘をする。「NHKは視聴者をパートナーだといっていますし、現にNHKの経営を支えているのは受信料を払っている視聴者です。そんな市民の声や協調関係を無視した経営をこれ以上続ければ、公共放送そのものに対する批判もますます高まっていくでしょう。 もちろん公共放送の役割には大事な点もありますが、それがすべてNHKでなければ果たせないのでしょうか。今はNHKだけが“独占企業”になって視聴者は選びようがありませんが、我々の声が反映されないなら受信料を拒否する選択肢だってあっていいと思います」 2015年度決算でNHKは過去最高となる6625億円の受信料収入を上げた。徴収の義務化やワンセグ受信料の徴収など、今後NHKはさらに肥大化していく可能性もある。ならば、視聴者はなおさら声を大にして、NHKの経営体制や番組づくりに関与してもいいはずである。関連記事■ 高橋真麻 恋人同伴ハロウィンパーティーでホリエモンとハグ■ 有吉弘行と熱愛報道の夏目三久 きっちり筋を通し信頼獲得■ 元TBS枡田絵理奈 カープファンからは心ない声も■ 長期欠席の愛子さま 「お疲れ」レベルは他の中学生と別次元■ NHK籾井会長 「モミジョンイル、モミジョンウン」の揶揄も

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    政治に活力を取り戻せ!

    添要一元東京都知事の政治資金疑惑と彼のデタラメな人間性を追及してこなかったマスコミ……。いま、政治とメディアに欠けているものはなにか。

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    政治の劣化はマスコミの劣化だ

    井沢元彦(作家) 舛添要一東京都知事がついに辞職に追い込まれた。まあ本人の自業自得と言うしかないのだが、彼をそこまで追い込んだのはやはりマスコミの功績だろう。特に週刊誌報道のなかでも群を抜いていたのが『週刊文春』の一連の報道である。 発端は舛添都知事の外遊が贅沢三昧を極めたものだという情報が入ったことだろう。ホテルは最高級スイート、飛行機もファーストクラスを使っているのに、ろくに仕事もしていないという。 調べてみるとたしかにそのとおりで、都庁から東京都を出て神奈川県の湯河原の別荘に頻繁に公用車で通っているとか、政治とは何の関係もない美術品や本を経費で買っているとか、果ては正月の温泉への家族旅行まで会議費という名目の政治資金を使っていたという、なんとも破廉恥な行為が発覚した。 このあたりは法律上、情報公開が認められていることが調査報道の大きな助けとなったのである。 しかし追及する側にもそうした不正を見抜く目がなければ、この報道は成立しない。そういう意味では『週刊文春』一連の報道は高く評価すべきものだろう。 ところが第二弾、第三弾と舛添追及キャンペーンが続くうちに私はだんだん苦笑するようになった。もうやめればいいとすら思った。もちろんそれは舛添氏に対する同情ではないし、醜いことはできるだけ耳にしたくないとの短絡的反応でもない。正直言って「文春さん墓穴を掘るよ、馬脚を現すよ」と思ったのである。 もちろんそんなことを言われては『文春』は心外だろう。しかし私がそう思ったのは事実だから、どうしてそう思ったのか、ちょっと書いてみることにする。地元はもう知っていた地元はもう知っていた そもそも当初は硬派の外交・政治評論家として売り出した舛添氏が、厚生労働大臣になれたのは、母の介護体験を語った『母に襁褓をあてるとき』がベストセラーになったからである。 オムツなどと言わず襁褓などという忘れられていた漢語を使うところがいかにも舛添氏らしいが、『週刊文春』のキャンペーン第五弾「母介護の大ウソと骨肉の銭ゲバ闘争」(二〇一六年六月九日号掲載)によれば、「『政治家としての原点は母の介護』。舛添氏はそう公言して、介護本を量産し、厚労相となり、都知事にまで上り詰めた。だが氏の故郷で“美談”を信じる人はいない」とある。 察しのいい方はもうおわかりだろう。「故郷で“美談”を信じる人は(誰も)いない」ならば、なぜもっと早く舛添要一という男のデタラメぶりが報道され、糾弾されなかったのか? それはマスコミの大きな失敗ではないかということなのである。 この記事を読めば舛添要一はとんでもない人間だということがわかる。あえて言えば、まさに厚生労働大臣になるにはもっとも不適切な人物であるということだ。だからこそ舛添氏が己の欠点を隠すため、ありとあらゆる権謀術数を労し、さすがのマスコミもまんまと騙されていたというなら話はわからないでもない。 しかし、この『文春』の記事は読めば読むほど、舛添氏はインチキ野郎だということが少なくとも故郷・福岡においては周知の事実であったことがわかる。そして、逆にそれに気がつかなかった『文春』さん、いやすべてのマスコミは一体何なの?という印象を抱いてしまうのである。 たしかに『文春』には『文春』の言い分があるだろう。ここにも書かれているように、舛添氏を「介護のスター」にしたのは明らかにテレビ報道である。それに対して『文春』は「舛添要一『消せない過去』」などという記事を掲載し警鐘を鳴らしたというのは事実だろう。 しかし結局、舛添氏は厚生労働大臣を続け、さらに都知事にまでなってしまった。もし、このキャンペーン記事に書かれているとおり、「母介護の大ウソ」が故郷では周知の事実だったとしたならば、その事実をもとに舛添氏を厚労相辞任に追い込むか、そこまで行かなくてもせめて東京都知事になることを阻止できなかったのか、という感想をどうしても抱いてしまう。そうすれば膨大な税金の無駄使いは節約できたはずだ。『文春』が追及すべきこと『文春』が追及すべきこと タイトルの「小人罪無し 玉を懐いて罪有り」は中国の古典「春秋左氏伝」の言葉で、「せこくケチで人格が破綻したようなとんでもない人間(小人)でも、それだけでは罪を犯すことはない、いや犯す機会には恵まれない。身分不相応の財宝を持つとそれを利用して罪を犯すようになる」という意味である。6月15日、本会議の最後に退任の挨拶をした舛添要一都知事。最後に一礼して退席した=東京都庁 現代社会においては政治家の権力には資金(財宝)が必ず伴うものだから、この名言は「小人が身分不相応の権力を持つとそれを利用して罪を犯すようになる」と言い換えてもいいだろう。まさに今回の舛添都知事のケースがそれに当てはまる。 いかに舛添氏が国民の税金を無駄遣いしようと思っても、それが可能な地位にいなければそんなことは不可能だ。だから責任は当然当事者である舛添氏にもあるが、舛添氏を選んだ有権者にもあるということである。 そして民主主義社会において有権者が的確な判断ができるように、その目となり耳となるのがマスコミの責務だから、結果的に有権者をして舛添氏というとんでもない人間を都知事に選ばせたのはマスコミの責任でもある。その責任はかなり大きい。 一般市民は舛添氏がどんな人物か直接取材して確かめるなどということはできない。それが可能なのはマスコミだけなのである。だからこそ責任は重い。 私がいま知りたいのはどうして舛添要一という「小人」がまんまと東京都知事になってしまったのか、ということである。『文春』さん、舛添氏がどれだけ政治資金を私物化したかという報道はもういい、充分だ。それより、なぜマスコミが舛添氏をストップできなかったのかを是非解明してほしい。 そこには長年、雑誌ジャーナリズムが批判してきた、記者クラブ制度がもたらす政治家との癒着という問題もあるはずだ。私にも記者クラブの経験が若干あるが、この制度はたしかに結構大臣と密着した関係が築けることも事実である。 となれば、おそらく数十人に上る舛添厚労相担当記者のなかには当然舛添氏が「小人」であることに気づいた人間も少なからずいたはずで、彼らはなぜそこを追及しなかったのかというのは、日本のマスコミの欠陥を探るうえで重要なテーマであるはずだ。 やればできる。たとえば『文春』の報道なら宮崎謙介という「イクメン国会議員」を自称しながら、実は妻の出産直前に美人タレントと不倫をしていた「ゲス」に対する糾弾は見事だった。 それに比べてタレントのベッキーの不倫報道は、たしかに話題性はあったが日本の政治の浄化に役立ったわけではあるまい。 そうした芸能ネタより、本当に日本という国にとってプラスになり、なおかつ雑誌も売れるというネタはまだまだあると思う。 日本の政治家の質はかなり落ちてきたという認識もある。それが事実かどうかはともかく、いま日本には『暮しの手帖』の家電批評のように政治家を批評する場が、舛添氏のような政治家の出現を阻止するためにも必要だ。そしてその役目には政治家との癒着に陥りやすい新聞よりも雑誌ジャーナリズムがはるかに適しているのではないのか。いざわ・もとひこ 1954年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業後TBSに入社、報道局に勤務。80年、『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞受賞。退社後は、日本史と日本人についての評論活動を精力的に展開。代表作『逆説の日本史』は現在も連載中。

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    安倍政権にコントロールされる日本メディアの「不都合な真実」

    高市早苗総務相が放送局に電波停止を命じる可能性に言及。安倍政権による“圧力”は強まる一方だ。しかし、メディアから強い反発の声は聞こえてこない。「質問は記者クラブに限る」 2015年9月、自民党の安倍晋三総裁が無投票で再選され、記者会見が東京・千代田区の党本部で開かれた。司会の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)はこのようにアナウンスした。「冒頭、総裁から『ごあいさつ』を申し上げ、その後平河クラブ(自民党の記者クラブ)幹事社から代表質問、その後、時間の許す限り質問を受け付ける」。安倍総裁は「ごあいさつ」として、政策の成果や目標などを、30分のうち15分も語り続けた。幹事社2社の質疑が済んだ後、萩生田氏は「平河クラブに限り、質問を受け付ける」と通告した。会見で記者を指名する安倍晋三首相=2015年9月24日、東京・永田町の自民党本部(酒巻俊介撮影) ここで起きたことは、不自然なことだらけだ。党総裁でもある安倍首相に直接質問できる機会はそんなに多くあるわけではない。その貴重な30分足らずの時間のうち15分も質問の機会が奪われているのに、抗議の声も上がらない。テレビも発言内容をニュース速報で粛々と伝えただけだった。なりふり構わぬコントロール 萩生田氏の2回目のアナウンスは常軌を逸している。質問を「平河クラブの記者に限る」と明言したからだ。2012年12月まで3年余り続いた民主党政権が記者会見のオープン化を推進し、ネットや外国のメディア、フリーランスらにも門戸が開かれた。続く安倍政権も表向きは、その流れを踏襲してきた。記者クラブだけを優遇して、「表現の自由」を後退させていると見なされることは避けようと、「良識ある政権に見えるように」意識していたということだ。ただネットメディアは、首相会見でいくら手を挙げても、最近は指名されることはほとんどなく、「運用で」メディアの差別を「判然としないように」行ってきたのが実態だった。 そのようなギリギリのラインを破り、「好き勝手にえこひいきをするぞ」と宣言したに等しい。日本では数少ない広告収入に一切依存しないネットメディア「ビデオニュース・ドットコム」の神保哲生氏は「症状が一歩進んだ」と評した。 「国境なき記者団」が毎年発表する報道の自由度ランキングで、日本の順位は2002年から2008年まで、26位から51位の間を行ったり来たりしていた。低迷の原因は記者クラブの閉鎖性にあると言われていた。2009年に誕生した民主党政権が記者会見のオープン化をいくらか進め、順位は2010年に11位まで上昇したものの、2012年には53位、2015年には61位と急落した。 東日本大震災に伴う福島第1原発の事故に関する情報公開が不十分だと見なされたことや、安倍政権が推進した、いわゆる特定秘密保護法が問題とされた。安倍政権のメディアコントロールの姿勢は、国際的な評判がさらに下がるのもお構いなしということのようだ。反論しないテレビ反論しないテレビ 萩生田氏は2014年11月、衆議院選挙を前に在京キー局の編成・報道幹部宛てに「選挙報道の公平中立と公正を確保するよう」要請する文書を個別に渡している。文面は一見低姿勢に見えるが、恫喝に等しいものだ。放送が公正中立だと思っていれば、このような文書は出ない。「過去においては、あるテレビ局が政権交代を画策して偏向報道を行い、それを事実と認めて誇り、大きな社会問題となった事例もあった」と、1993年にテレビ朝日の椿貞良報道局長が「非自民党政権を誕生させるような報道をするよう指示した」という事実とは反する発言を暴露され、国会に証人喚問された事件まで持ち出している。そしてゲスト出演者の選び方や発言回数、発言時間を公平にするよう指示している。 放送業界を監督するのは総務省であり、自民党から指導を受けるいわれは全くない。しかし、あの時放送業界は、表だって反論をしなかった。それどころか、そのような文書を受け取っていたと積極的に公表すらしなかった。呼び出しに無批判に応じるテレビ局 テレビに対する圧力は続く。2015年4月17日には自民党の情報通信戦略調査会が、NHKとテレビ朝日の幹部を招いて事情を聞いている。NHKは夜のニュース番組「クローズアップ現代」が出家詐欺問題を取り上げた際、関係者のインタビューが記者の指示による「やらせ」ではないのか疑惑が持ち上がっていた。また、テレビ朝日は「報道ステーション」というニュース番組のコメンテーターが辞める際に「菅官房長官から圧力を受けていた」と発言したことが問題となり、2つの番組は「放送法違反の疑いがある」というものだ。 自民党からの呼び出しには、やはり何の法的根拠もないが、2つの局は何の反論もすることもなく、この非公開の会合に出向いた。他局からも強い批判は聞かれなかった。 その10日後、問題となった番組について、NHKは内部調査の結果を公表したが、インタビューの際に「やらせ」があったことは認めなかった。同日、高市早苗総務相は、その調査の結果を吟味することもなく、NHKに対し「厳重注意」の文書を出した。番組の内容をめぐって総務省が文書で厳重注意を出すのは2009年以来、総務大臣名では2007年以来という異例のことである。しかしテレビは単に厳重注意の事実を報じただけだった。 批判の声を上げたのはBPO(放送倫理・番組向上機構)だった。放送業界が自主的なチェック機関として設立した団体で、扱う問題によって3つに分かれた委員会のメンバーに放送局の役員や社員は含まれていない。2015年11月、その中の1つ放送倫理検証委員会が「クローズアップ現代」について意見を発表した。NHKの内部調査に反して、安易な取材で報道番組で許される範囲を逸脱した表現があったなどとして、「重大な放送倫理違反があった」との見解を示した。その一方で、同委員会は総務相の厳重注意について「歴史的経緯を尊重していない」、自民党が放送局を呼び出したことについては「放送の自由に対する圧力」と非難した。放送の当事者でなく、周辺の人たちが声を上げるという異様な状況だ。法解釈の変更も目指す? 2016年2月、高市総務相は衆議院予算委員会で答弁し、放送法第4条に定められている「政治的公平」などの原則に沿って番組が放送されているかの判断は「総務大臣が行う」、放送局が放送法を守らないことが何度も続けば、「総務大臣の権限として」電波法に基づく「停波(放送を止める)の可能性がないわけではない」と述べた。 政府が放送の内容を判断し、停波の是非まで判断する「基準」として放送法の第4条を用いるというこの見解は、この条文が「放送局側が自律的に番組を編集する『倫理規範』」だとしてきた憲法学界の伝統的な解釈を逸脱したものだ。しかし、菅官房長官は「当たり前のこと」と発言し、安倍首相も「従来通りの一般論」だと国会答弁した。 彼らは確信犯なのか、単なる無知なのかはわからない。しかし、メディア業界が団結して反論する動きにはつながらなかった。2月末にはテレビのアンカーパーソンらがこの発言に抗議する記者会見を開いたが、参加したのはわずか6人だった。メディアが隠したい「特権」メディアが隠したい「特権」 なぜ日本のメディアはこんなに萎縮しているのか。テレビ局については単純な理由だ。監督官庁である総務省と、そこに影響力を持つ自民党への気兼ねだ。日本の放送制度には根本的な欠陥がある。1950年に米軍占領下で制定された放送関連の法律では、放送局を監督するのは「電波監理委員会」という政府から独立した機関とされた。しかし、吉田茂首相が2年余りでそれを廃止し、政府が直接監督する制度に変えてしまった。 ジャーナリズムの主たる任務は「権力の監視」だが、放送局は監視対象である政府から逆に監督されている。自民党が政権を独占してきたため、放送や電波に影響力を持つ議員集団が存在し、その力は弱まっているものの、テレビ局は無視できない。また、良識ある欧米のニュースメディアが株式を公開していないのと対照的に、日本のキー局などは株式を上場している。経営陣は政府の干渉や、それによる利益減少のリスクを恐れて、ジャーナリズムを優先した決断を下すことができない。 また、5つの全国紙は系列の民放局と株式の持ち合いをしている。系列のローカル放送局の認可を急ぐために、新聞社の記者が政府・自民党に働きかけをしてきた過去もある。 さらに、新聞は業界を挙げて安倍政権や自民党に働きかけ、2017年4月に予定されている消費税アップの際、新聞の税率を例外扱いにすることを勝ち取った。このような直接の借りを作っては、腹の据わった政権批判など根本的に不可能だ。 長年にわたる記者クラブ制度の下で確立された取材の慣例は、伝統的なメディアにとって手放し難い「特権」になっている。これを維持したいという思いも、メディアが政権に弱腰な一因と思われる。民主党は「記者会見」はオープンにしたが、「記者クラブ」はオープンにできなかった。記者クラブの真の「うまみ」は記者会見ではない。オフレコで行われる「懇談」ができることなのだ。 そこでは政治日程の読み、事件などに関しての要人の評価や本音のリアクションなどが伝えられる。記事のニュアンスや、今後の取材方針に直結する情報だ。重要な国際会議などの前には、関係する官庁による記者クラブだけに対する非公式のブリーフィングなどもある。政権を本気で批判することは、そのインナーサークルで情報を得る特権を手放すか、少なくとも中断させることを意味する。 こういった事情もあって、日本のニュースメディアは政権と距離を置くことがなかなかできない。それどころか、大手メディアの幹部と安倍首相の会食の頻度は、他の歴代のどの首相よりも高いのが今のメディアの実情だ。 前述の抗議の記者会見を開いたニュースアンカーらのうち5人は3月24日、日本外国人特派員協会で再び抗議の記者会見を行った。しかし、外国人記者からは日本のメディアに対する厳しい質問が続出した。「あの程度の発言で、なぜそこまで萎縮しなければならないのか」というわけだ。5人は結局、外国人記者を納得させる説明ができなかった。 日本のメディアは「隠れた特権」のため、「独立」できておらず、真の権力の監視ができていないのだ。おくむら・のぶゆき 武蔵大学社会学部教授。上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士前期課程修了(国際関係学修士)。1989年、テレビ朝日入社(報道局「ニュースステーション」、政治部、編成部などで勤務)。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院(SAIS)ライシャワーセンター客員研究員 、立命館大学産業社会学部教授などを経て、2014年より現職。

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    自衛隊讃える拍手が悪い? 朝日とTBSサンデーモーニング

    メディア裏通信簿】 女史 あのさあ、国会で安倍晋三首相の所信表明演説のとき、自民党議員が拍手したことを朝日新聞や野党が批判していたよね。でも、民主党政権のときは鳩山由紀夫首相の演説終了間際に民主党議員が拍手して、朝日新聞も批判どころか、むしろ好意的に書いてたじゃん。ダブルスタンダードだよね。  先生 あいつら何を批判したいんだ? 拍手は領土、領海、領空を守る海保と警察、自衛隊に「敬意を」と安倍首相が呼びかけたんだろ。朝日は9月28日付の天声人語で「多くの職業のなか、なぜこの人たちだけをたたえるのか」と書いたが、実際、がんばっているのは海保と警察、自衛隊だぜ。 教授 命を危険にさらして、国に尽くす人を讃えるのは当たり前のことだと思いますけどね。 先生 しかも、軍人は海外では名誉ある仕事なんだぞ。英国王室の王子も軍人になるだろ。よく「士農工商」なんていうけど、昔なら自衛官は「士」だよ。でも、この頃、日本で豊かな暮らしをし、威張っているのは経済人、特に外資の人ばかりで、現場の自衛官や警察官、海上保安官は辛い思いをしても安月給で働いている。今の日本は「商工農士」だよ。(笑) 女史 批判した人たちは安倍政権が全体主義的だといいたいんでしょ。インターネット上の批判は、もともとナチスのヒトラーを思い浮かべるとか、そういう発想だったけど、さすがに、朝日がそう書いたら、ヤクザのインネンになっちゃうから、わけの分からない書き方をしたんじゃない。 先生 ま、自民党も拍手するだけじゃなく、国会議員なんだから領海・領空を守るための法整備、もっといえば憲法改正発議をしっかりやってほしいけどね。しかし、10月2日放送のTBS系サンデーモーニングもひどくて、自衛隊を賞賛することに疑問を投げかけ、青木理が「一歩コントロールを政治が誤ると、非常に危険な組織」だといって、「政治の劣化」「気持ちが悪い」と批判していたな。番組は最後に障害者や高齢者への事件などで「また弱者が標的に」というテーマで議論したんだが、東大教授の西崎文子が「歴史の中で繰り返されている。19世紀末ぐらいに社会進化主義があって、適者生存の思想が広まって…」と言うと、青木は「ヘイトスピーチもそう」、ヒゲの岸井成格は「不機嫌の時代、不寛容の時代になった」と言っていた。しかし、本当にそんな時代になったかね。陸陸上自衛隊による国内最大の実弾演習「富士総合火力演習」 「74式戦車」=8月27日、静岡県・東富士演習場(尾崎修二撮影) 編集者 障害者や高齢者を傷つけるのと、ヘイトスピーチは関係ありますかね。共通点はどっちもダメということだけでしょう。そこに「適者生存」「不寛容の時代」なんて大袈裟じゃないですか。 先生 「弱者」「弱者」というが、適者生存でいうと、いま人間に「弱者」と見える人だって、実は「強者」かもしれない。 編集者 どういう意味ですか?  先生 適者生存は種の単位で起こることで、恐竜のような時代・環境の変化に適応できない種が滅びていくことだよな。種が生存するには、それぞれの種の中には多様性がないといけない。時代・環境が変わったら、例えば人類のように弱者とみられていた者が強者となって、それが種をつなぐのかもしれないからだ。しかしそれは今、分からないんだ。そういう意味で真の「弱者」「強者」は神にしか分からないのに、それを「弱者」と決めつけ、「適者生存」をいうのは人間の傲慢だろ。 それはともかく、いまだに日本では相変わらず軍事アレルギーが強すぎる。9月28日のNHKクローズアップ現代は「“軍事”と大学」について取り上げて、日本の科学者達が基本的に軍事目的の研究は行わないという現状の是非を論じていたんだが、基本的に軍事はダメだという視点だった。番組で、ノーベル物理学賞の益川敏英が批判的に説教していたし。 女史 外国では科学者の軍事関連の研究は当たり前なのにね。青色発光ダイオードで、同じノーベル物理学賞を取った米国の中村修二さんは「こちらの大学で研究する上では、米国籍がないと軍の予算がもらえないし、軍に関係する研究もできない。それで市民権を取得した」って、日経新聞に答えてたんだよ。  先生 SAPIO11月号で韓国人の在日差別を特集していたが、差別の原因の一つに、在日が韓国本国で兵役が免除されてきて、それが「不満の種となってきた」とあった。差別の是非はともかく、韓国人も自国のために命をかけることに価値を認めているんだ。  女史 スウェーデンでは徴兵制復活が決まったよね。今度はノルウェーは女も徴兵の対象になるんだって。 教授 ちょっと前に、スイスでは徴兵制の是非をめぐって国民投票をやったら、徴兵制維持派が圧勝しましたね。 女史 なのに、何なんだろうね、日本人は。国民が自国を守ることは立派なことなのにね。官僚は待たせればいい? 官僚は待たせればいい?  教授 しかし、人気映画シン・ゴジラで自衛隊がよく描かれていることを、朝日新聞が10月6日付朝刊で「自衛隊像、銀幕で変化」と取り上げたときは、そう悪意は感じられませんでしたね。 編集者 防衛省の協力で撮影された映画だから、反軍事で批判しているんじゃないんですか。 教授 いえいえ、どっちかというと自衛隊に好意的なんですね。国民の自衛隊の評価も定着して、朝日新聞も変わってきたのはいいことなんでしょうが、とんがっていない朝日を読むのは、なんか寂しい気もしますね。(笑)「シン・ゴジラ」のワンシーン 女史 教授、それじゃあ本末転倒じゃん(笑)。そういう朝日新聞に、物足りなさを感じている昔ながらの過激な左翼の人たちは、ネットで逆に怒っているけどね。 教授 これから朝日新聞がどんどん論調を変化させて、産経新聞と変わらなくなったら、産経の方が存在意義を問われますよ。 編集者 え! それも困る…。 教授 (笑)まあ、社説では、相変わらずでしたけどね。稲田朋美防衛相が月刊正論の平成23年3月号で「子ども手当分を防衛費に回せば、軍事費の国際水準に近づく」「長期的には日本独自の核保有を、国家戦略として検討すべきではないか」と発言していたことを批判したうえに、国会での発言の軌道修正を取り上げて「なぜ持論を一変させたのか、その説明が足りない」と叩いていましたね。  先生 反政権としてはツッコミ甘いんじゃないか(笑)。俺が朝日新聞なら、もっと厳しく突っ込むけどね。8月15日にアフリカのジブチに視察に行って、全国戦没者追悼式にも出ず、靖国神社参拝もしなかったことを民進党の辻元清美に追及されて泣いていたが、自衛隊を率いる者として、部下の自衛官が見たら、どう思う。 編集者 しかし、あの涙は過去の戦争で命を落とした人たちのことを思ってのものでは?  先生 だったら、稲田は靖国に行けば良かったじゃないか。 編集者 現実の国際政治に配慮せざるを得なかったから、行きたくても行けなかったんじゃないですか。 先生 俺は、大臣として首をかけても行くべき価値があったと思うぞ。それから、稲田は弁護士出身で法律の専門家なんだから、国会答弁もしっかりしなきゃダメだろ。防衛行政のトップとして「防衛費」というべきところを「軍事費」と言い間違えていたぞ。 編集者 間違いはあったかもしれませんが、稲田先生は保守にとって大事な政治家ですし、弊誌にも何度も登場してくださって…。 女史 まあ、まあ。編集者が正論常連さんを擁護したい気持ちはは分かるけど、興奮しない。 編集者 す、すみません…。  女史 でも、左翼の人たちの中にも、防災訓練で東京・銀座に装甲車が走ったとき、「銀座に戦車を走らせた」って、混同して批判していた人もいたからね。(笑)   先生 国会で思い出したんだが、民進党の階猛が、翌日の衆院予算委員会で審議をめぐって、役所への質問通告を午前0時過ぎまでしなかったそうだ。「しかも、『全省待機』をかけたので、全省の多数の官僚が0時過ぎまで待機させられた。この官僚たちは、200台のタクシーで分乗帰宅、と政府筋から聞いた。民進党に働き方改革や行革を語る資格はない」と、公明党衆院議員の遠山清彦がネットのツイッターで怒っていた。  女史 公務員だからって、いくらでも待たせればいいという発想は、ひどい労働条件を押しつけるブラック企業の経営者と同じだとみられたんだろうね。ネットでも評判良くなかった。   教授 民進党は「ワークライフバランス」なんて調子の良いこと言ってますが、やっていることは全く違いますね。  編集者 ただ、読売新聞によると、階氏は「質問通告は、午後10時台に秘書に渡した。意図的に通告を遅らせたわけではない」と釈明したそうです。   先生 そもそも、官僚が国会議員の質問取りに過剰な労力をさく永田町の悪しき慣習は国益とは何の関係もないと思うぜ。今後は国会質問の事前通告の時間と内容を「◯◯議員から◯◯大臣に、何時何分に、こういう質問の通告が来ました」とネットで公開して、議員が政府に嫌がらせをしているのか、政府が都合の悪い質問を誤魔化そうとしているのか、有権者の国民に判断してもらえばいい。ただ、そうしたら、その質問に自動的に回答するパソコンのアプリができて、国会で質問する必要もなくなってしまうけど。(笑) 女史 ネットの「ヤフー知恵袋」で、一般人の誰かが質問に答えてくれるかもよ。(笑)  教授 人工知能、つまりAIが答えてくれる時代になるかもしれませんね。   先生 そうなると、国会審議自体がいらなくなる(笑)。議会制民主主義のために国会は重要なんだが、これからは人間が考え、人間が議論するだけの意味がある審議でなければ、必要なくなるということさ。この頃は法令作成も人工知能でできるらしいぞ。過去の判例も全部入れれば、人間より人工知能の方が早いし正確らしい。   教授 となると、集団的自衛権を認めるか認めないかで大もめにもめた内閣法制局も、そのうちいらなくなりますね。(笑) 文藝春秋をやめた大物?文藝春秋をやめた大物? 先生 文藝春秋の編集後記みたいな「社中日記」があるだろ。11月号のを読んだか? 正論のライバルだった保守系オピニオン誌諸君の編集長だった仙頭寿顕のことが出ていたぞ。   編集者 文藝春秋の編集者で、保守論壇では有名な方ですよね。 先生 社中日記にはこう書いている。「仙頭寿顕が社を去ることに。…『会社を辞めた後は?』との質問に『しばらく古本屋巡りでもするかな』と煙に巻き、靖国方面へと立ち去った…」とね。仙頭がその後、どこへ行ったか知っているか? 編集者 弊誌のライバルWiLLを出しているワック社に行ったらしいですね。 先生 そう、そこで雑誌歴史通の編集長になったそうだ。仙頭が元諸君編集長なら、WiLLの編集長、立林昭彦も元諸君編集長。正論のライバルはいまも、諸君なのかもしれないな。(笑)  編集者 「諸君」は実はまだ生きていたというわけですか? 今は月刊Hanadaという売れている保守系雑誌あるし、競争が激しくて勘弁してほしいな…。 女史 (笑)弱音を吐くな、編集者?  GHQの押しつけじゃない? 先生 インターネット版の朝日新聞の9月25日06時00分に「憲法9条の理念と現実 専門家2氏に聞く」という記事が出ていたが、9条大好き朝日新聞らしい、いい記事だったぜ(笑)。「2氏」のうち、一人は政治学者の山口二郎だが、果たして憲法9条の専門家かね? もう一人の古関彰一という独協大学名誉教授は「憲法は単純にGHQが押しつけたものではありません」と独自の説を主張していたが、GHQに強いられたことは、みんな知っている史実だぜ。それで、「憲法史」が専門だと言うんだから、ビックリだね。  編集者 「GHQが押しつけたものではありません」の前に、「単純に」と言っているところがミソでしょう。押しつけられたことを否定するものではないけど、日本側も自主的に改正した一面もあるから、「単純に」押しつけられたものではない、と言っている。 教授 巧妙ですね。文章の言い回しを利用して、結局「押しつけ」を否定しているわけでしょう。ネット版ではなく、新聞紙面には慶応大教授の添谷芳秀氏が改憲について書いているのですが、「戦後憲法と表裏一体をなす、侵略や植民地支配といった過去に向き合わなければ、国際社会に理解される改憲の展望は開けようがない」と朝日的な史観を引きずっていましたね。改憲論議をするためには、まず反省しろというんですね。そういえば、毎日新聞10月6日付朝刊に出ていましたが、九条の会の呼びかけ人が高齢化したり、亡くなったりしたので、12人の世話人を補強したそうですね。 先生 あ、この記事かな。「護憲の担い手、高齢化の一途」。ある意味、当然だろ。あんなのにしがみついているのは、安保闘争大好きの左翼じいさん、左翼ばあさんばかりだしな。 女史 9条のノーベル賞を狙っているみたいだけど、今年も残念だったね。(笑) 寂聴さん、死刑賛成はバカ? 女史 僧侶の瀬戸内寂聴さんは日弁連の死刑制度に関するシンポジウムにビデオメッセージで出演したんだけど、死刑制度を批判しただけじゃなくて、「殺したがるバカどもと戦ってください」と発言したんだって。犯罪被害者もいるのに、「バカども」ってヒドくない? さすがに日弁連もお詫びしたって。あの人って結構、放言するよね。東京都知事選のときも鳥越俊太郎さんを応援するのに、「あの厚化粧の人に都知事になんかなって欲しくない」と、小池百合子さんに対する悪口メッセージを出してた。 瀬戸内寂聴さん 先生 その鳥越を10月7日にフジテレビ系バイキングが出演させて、「鳥越俊太郎氏生出演!小池都政を斬る」とやっていたが、小池も、都知事選であんなショボい選挙戦をし、女性問題も報じられた鳥越なんかに都政を斬られたくないだろうな。前にTBSも出演させていたが、鳥越なんか出さなきゃいいのに。先月号でも言ったが、よくテレビ局が都政の問題で猪瀬直樹を出演させているが、あれもおかしいだろ。猪瀬は、公民権停止なんじゃないか。 編集者 弊誌10月号でも猪瀬さんには登場いただきまして…。内容があれば、面白いし、ダメなんでしょうか。 先生 まあ、新聞や雑誌はともかく、テレビは政治的な公平中立を求める放送法が規制する公共の電波だろ。一票の行使も認められない人物に政治を語らせるのは納得がいかないね。神社陰謀論がSAPIOに神社陰謀論がSAPIOに 先生 SAPIO11月号は「安倍政権を動かす『神社本庁』の密事」という特集をやっていたな。   女史 また出た! 安倍政権を動かす組織の陰謀シリーズだね。   教授 日本会議のときと全く同じやり方ですね。神社本庁が、安倍政権を操っているわけがないし、そこまで政治的影響力はありませんよ。「7万9000の神社から10億円の収入」と大袈裟に書いていますが、たった10億円で、政権を動かせるわけないでしょう。「大臣20人中19人が『神道政治連盟メンバー』」とも書いていますが、自民党の国会議員は選挙対策もあってほとんど入っているんだから、当たり前ですよ。1人だけ入っていない大臣は公明党ですよ。これも、当然ですよね。(笑)   先生 こんなのが許されるなら、自民党支持の大きめの政治連盟なら、なんでも「政権を動かしている」と攻撃できるぜ。  教授 北朝鮮の拉致問題に取り組む拉致議連にもみんな入っていますが、じゃあ、「安倍政権を動かす『救う会』」と書くんですか。それは決して、やらないわけでしょう。  女史 解散したSEALDsのメンバーは、いろんな左派リベララル的な運動に関わっているから、「左翼を動かすSEALDs」っていう陰謀論もできるよ。(笑) 解散にあたり記者会見する、若者グループ「SEALDs」の奥田愛基さん(左端)ら=8月6日、国会 編集者 しかし、SAPIOはどっちかというと右派系なのに、なんでこんな特集を組んだんでしょうね。 教授 雑誌が売れると思ったからでしょう。日本会議の批判本も売れたので、二匹目の泥鰌を狙ったんじゃないですか。「べっぴんさん」はまた… 先生 NHKの朝ドラ「べっぴんさん」は、子供服メーカー「ファミリア」の創業者をモデルにしているらしいが、最近、そういうの多いな。その前は「暮らしの手帖」のとと姉ちゃんだし、ニッカウヰスキーの創業者をモデルにしたマッサンもあった。 編集者 そろそろウイスキー飲みたいですね。ノドが鳴ります。 先生 そういう問題ではないんだよ。これ、結局、名前は出していないけど企業のCMになってんだろ。そのくせ、公共放送を気取って、ドリンクがどこのメーカーか分からないように缶にモザイクみたいなのかけたりなんかしてんだぜ。   教授 確かに、マッサンのせいか、飲み屋でニッカのウイスキーの値段も上がりましたね。けしからんことに。  女史 教授も結構、ウイスキー好きだよね。(笑)  先生 NHKは本や雑誌は堂々と番組で取り上げているけど、よく考えたら、あれだって出版社という私企業が出している商品だよな。NHKで紹介された本は売れるだろうから、著者と出版社はラッキーだろう。それなのに、月刊正論の執筆者のような人の本は、まず、取り上げられないもんなー。  編集者 (笑)   教授 笑い事ではないんです。切実な問題なんです。  先生 それで公共放送だといって、パソコンやスマホも受信料の対象として検討されるそうじゃないか。ワンセグ付きの携帯電話も受信料をとろうとして、さいたま地裁で敗訴したけど、控訴したらしいじゃないか。どれだけカネとろうというんだよ。朝日のご譲位報道は意外に…朝日のご譲位報道は意外に… 教授 天皇陛下の譲位の「ご意向」をめぐる議論では、民進党の野田佳彦幹事長が党独自で皇室典範改正案を出す方針を示しましたが、こんな問題で政治的なパフォーマンスをして、国民の対立を煽るのは得策ではないでしょう。自らのタイミングの悪い解散で首相を首になった野田氏は、民進党幹事長に返り咲いて、ハイになっているんですかね。上から目線で安倍総理の消費増税延期の批判をしていましたが、週刊文春10月13日号で宮崎哲弥氏が「財政右翼」とからかっていましたよ。 先生 SAPIO11月号では小林よしのりがゴーマニズム宣言で男系維持派の渡部昇一や八木秀次たち保守論客をバカみたいな絵で描いていたな。これ、これ。 教授 ひどい描き方ですね。しかも名前を書いていない。文句を付けられないように、わざと書いていないんでしょうね。彼は、天皇陛下のお言葉があったのだから生前退位の法改正を進めるべきだという意見です。ゴー宣でも「承詔必謹の本を出す」と書いていますが、陛下のお言葉で法制度を改正したら、陛下が政治関与されたことになるんですよ。それが分かってないとしたら浅薄ですよ。この問題で意外にいいのは、朝日新聞なんです。盛んに、ご譲位に慎重な保守派の知識人を引っ張り出していますね。9月10日付朝刊では「男系維持派 困惑」という見出しで、大原康男氏、加瀬英明氏、八木氏らのコメントを並べて載せていました。皇室を大切に思っている保守派が「生前退位」で困っているという記事なんですね。正論に掲載された渡部氏やWiLLの加地伸行氏らの論考3本も紹介していましたよ。翌11日付の朝刊では、やはり男系維持派で、慎重な議論を求める櫻井よしこ氏、明確な反対派の八木氏のインタビューを、写真付きでかなり長く載せていました。 先生 いずれも二階堂友紀という記者の記事なんだが、朝日にしては、彼女の記事はいいよな。   編集者 たしかに朝日がこれだけ保守系の論客の意見を、なんの悪意も感じさせずに載せているというのは、画期的ですね。  教授 しかし、後から加地氏を「男系維持派」としたのは誤りだったという趣旨の訂正が出たのは面白かったですね。「掲載した識者のうち、加地伸行・阪大名誉教授には男系維持の工夫に関する論考はありますが、加地氏から、男系・女系天皇をめぐる問題については慎重な態度をとっている、との指摘がありました」とね。 編集者 よく意味が分かりませんが。 教授 この訂正文をみる限り、加地氏に「男系維持の工夫に関する論考」があるから男系維持派として並べたのに、本人からクレームを受けたと読めますね。  女史 (笑)  先生 問題は、このように反対論、慎重論の論理を詳しく説明している記事が、保守派を自認する産経新聞でもなく、いわんや読売新聞でもなく、朝日新聞によく出ているということだろ。産経も読売も、ダメじゃないか。 編集者 ただ、産経も読売も、自分たち自身が本音では「困惑」している当事者でもあるから、はっきりものが言えなくて、当事者じゃない朝日だから、冷静にものが言えるのでは…。 先生 少なくとも、月刊正論ではもっと反対・慎重論を明確にして、議論を喚起すべきじゃないか。一向にそんな気配はないが。 編集者 また、そんな厳しいことを…。9月号でも10月号でも、渡部先生や八木先生の反対論を載せていますよ。しかし、天皇陛下のお考え、ご意向は、尊重申し上げなければならないということもありますし、かといって、陛下が政治的発言をしたことになってはいけないし、いろいろ考えると、なかなか…。竹田恒泰先生の連載を読んでも、そこのところを悩んでいるのが、分かるじゃないですか。勘弁してください。 女史 しかし、その結果、重要かつオイシイ論点は、君らが日頃から散々、批判している朝日新聞にもっていかれているじゃないか。それでいいのか。確かに正論には鋭い反対論も載っているが、編集部がつける見出しは、そこをはっきりさせないような見出しになっている。いろんなところに“配慮”しすぎて、よく分からない。  編集者 しかし慎重に…。  先生 そういう弱気な性格が、先月号の編集後記操舵室からにもよく出ている。 編集者 え?  先生 編集長が執筆者に叱られたり、社内や編集部員や読者にも気を使ったり、しまいにはせっかく女房と飲んでいるところに、「某先生」に呼び出されて、嫌々、飲み屋に行くという話が書いてあっただろ。まさか、あの「某先生」は、俺のことじゃないだろうな。嫌なら、飲みにこなくてもいいんだぞ。(笑)  編集者 いやいや、そんな意地悪を言わないで下さいよー。       (文中一部敬称略)※この記事は、月刊「正論12月号」から転載しました。

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    自民党関係者が政敵蹴落とすため赤旗に情報流すこともある

    った。上杉:敵対関係に見える自民党と共産党は、実はつながりが深い。自民党にとって赤旗は党内派閥や大手メディアと違い、「永遠の敵」で利権が重なりません。自民党関係者が、党内の政敵を蹴落とすため、赤旗に情報を流すこともある。 自共で言えば、近年は野中広務氏ら自民党重鎮が次々と赤旗に登場しました。政治の本質は権力闘争であり、政権を取ることが最大の目的ですが、共産党は現状では絶対に政権を取れないので、真の脅威ではない。だから彼らが赤旗に出て、ガス抜き的に政権批判をしても全然問題にならないんです。記者会見する共産党の志位委員長=東京都渋谷区の党本部筆坂:自民党の重鎮が登場すると赤旗は妙にはしゃぎますね。でも、もし僕が自民党機関紙に登場したら、赤旗は「裏切り者!」って激しく批判するだろうね(笑)。上杉:情報網で言えば、組合関係からの内部告発的な情報提供もあるんですか?筆坂:昔は大企業に勤める党員から情報が流れることもあったけど、今は企業に党員が少なくなったから情報収集能力は落ちています。上杉:ただし官公庁には、情報網が未だに残っています。都庁なんか共産党の牙城ですから、赤旗でも都知事選を大きく扱っていました。筆坂:組合の他に赤旗には通信員という制度があり、地方の党員が定期的に記事を送ります。少なくなったとはいえ、30万人を超える共産党員が全国津々浦々に組織を張り巡らせる。これが赤旗の強みでしょうね。上杉:かつて田中角栄の金脈問題を最初に追及したのも、長岡市議会の古参の共産党議員でした。僕は何度もこの地方議員を取材したけど、彼は市の財産を角栄さんと越後交通が私物化することに腹を立て、ひとりでコツコツ調べたんです。 余談ですが、後にこの議員の自宅が火事で全焼したとき、角栄さんが駆けつけて100万円をポンと出した。議員が何度拒んでも、「困ったときはお互い様だ。同じ新潟県民じゃないか」と譲らない。それでも断る議員に対し、「借りたと思え。いつか返しにくればよい」と半ば強引に金を手渡した。天敵をも呑み込む角栄さんは、さすがですよね。うえすぎ・たかし 1968年東京都出身。鳩山邦夫氏の衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。ふでさか・ひでよ 1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 赤旗独自の情報網、内部告発は大企業や官公庁勤務の党員から■ しんぶん赤旗を読み解く9つのキーワード■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 丸川珠代 三原じゅん子の自民党内での台頭に愚痴をこぼす■ 赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される

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    日本のテレビは猛省せよ! 朴槿恵退陣「失政の本質」はそこじゃない

    「駐韓米軍の撤退があれば核を放棄してもよい」との欺瞞情報を流すことも指示した模様、と報じている。外国メディアと記者会見する韓国の次期大統領選の有力候補で最大野党「共に民主党」の文在寅前代表(中央)=11月15日、ソウル(共同) さらに朴氏によると、金委員長は、韓国の混乱拡大を狙い、新北朝鮮である野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表の支援を統一戦線部に指示した、という。文氏は次期大統領選の有力候補だ。その文在寅氏は11月26日演説し、「開城(ケソン)工業団地閉鎖は理解できなかったが、いまになって疑問が解けた。その背後で崔順実が作用したのだろう。そうでなければとうてい理解することはできない」と述べた。朴槿恵大統領の開城工業団地閉鎖決定の黒幕は崔被告だとの主張だ。 更に文前代表は「北朝鮮に市場経済を伝播し、北朝鮮に資本主義体制と自由民主主義体制の優越性を見せ、北朝鮮住民たちをわれわれの側に引き込み、そして有事の際には北朝鮮が中国に手を差し出すのではなく、われわれ大韓民国に手を差し出すよう大韓民国に依存するようにしなければならない」とも力説したという(中央日報日本語版2016年11月27日)。まさに太陽政策そのものではないか。 「崔順実ゲート」を朴政権転覆の為に最大限利用しようとする野党側の戦略は明白で、これは北朝鮮の思惑と合致する。朴大統領が退陣した後にこうした野党勢力が政権を担うことが日本の国益に叶うのかどうか、という視点はテレビからは全く聞こえてこない。先に上げた朴政権下の「成果」がちゃぶ台返しの憂目にあうかもしれないのだ。とても対岸の火事として見てはいられない。 2017年、アジア情勢は風雲急を告げる。まず、アメリカではトランプ政権が発足する。トランプ氏は、金正恩委員長と直接話す意思がある、と語っている。また、日韓の駐留米軍費の負担も求めている。また、台湾の蔡英文総統と電話会談し(2016年12月2日)中国を刺激しており、今後の中国の出方が要注意となった。 朝鮮半島情勢の安定、すなわち対北朝鮮外交の要は日米間の緊密な連携だが、それがどう変化するか、トランプ氏が変数として入ることにより予測は困難になった。また、トランプ氏はロシアのプーチン大統領とも良好な関係を築こうとしている。 今はすっかり鳴りを潜めているが、対北朝鮮外交は、日米韓中露5カ国と北朝鮮とによる「六カ国協議」の枠組みで行われてきた。北朝鮮以外の5カ国の足並みが乱れれば、金正恩体制を存続させるばかりでなく、核ミサイル開発が進み、極東アジアの脅威は高まるばかりだ。なぜ北朝鮮に厳しい識者が登場しないのか 翻って日本はようやく平和安全法制が成立したばかりである。軍事面では、高まる北朝鮮のミサイル脅威から我が国を守る為に、THHADの国内配備やイージス艦のシステムを陸上に設置してSM-3迎撃ミサイルを運用するイージス・アショア(Aegis Ashore:陸上型イージス)の配備などの議論も進めなければならない。 経済的要因も無視できない。トランプ氏が大統領になることで米抜きとなるTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋経済連携協定)に対し、RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:東アジア地域包括的経済連携)ががぜん注目を集めている。RCEPは、ASEAN10か国+6か国(日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド。以下「FTAパートナー諸国」)が交渉に参加するメガ自由貿易協定(FTA)交渉で、TPPに比べGDPこそ劣るが、域内人口は4倍超、その成長性に期待する声も大きい。アメリカは参加しておらず、中国がイニシアチブを取ろうとしている。 テレビは同じようなコメンテーターばかり使っているが、北朝鮮に厳しい論調の識者は登場しない。先に引用したコリア国際研究所の朴斗鎮氏に加え、関西大学経済学部の李英和(リ・ヨンファ)教授にアジアプレス大阪オフィス代表の石丸次郎氏らは画面で最近見たことが無い。 朴氏は2014年5月に写真週刊誌で「朝鮮総連のテレビ局への圧力により出演を断わられた」と告発したこともある。この問題は国会でも取り上げられた。(衆議院「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」2014年5月9日議事録 質問者:日本維新の会・三宅博議員(当時))報道の独立性は一体どうなっているのか。 放送法は多様な意見を視聴者に提示することを求めている。朝鮮半島情勢は、単に極東の一地域の問題ではなく、グローバルな安全保障の枠組みで考えるべきである。「崔順実ゲート」そのものに議論を矮小化させず、日本の軍事・経済安全保障の観点を第一義に議論すべきだろう。 昨今のテレビは報道とワイドショーの垣根がなくなり、むしろ朝から午後にかけてのワイドショーで国際情勢問題を取り上げることが少なくない。しかし、出演しているのはタレントがほとんどであり、内容も本稿で指摘したような視点が欠けている。10月31日、韓国ソウル中央地検前でメディア関係者や朴槿恵大統領の退陣を求める市民らに取り囲まれる崔順実氏(AP) 「崔順実ゲート」が日本に与える影響は深刻である。ワイドショーで扱うのも結構だが、出演者、中身を含め、真剣に見直さなければ、下手をすると北朝鮮を利することになり国益を損なう可能性すらある。このままでは視聴者をミスリードすることになると警鐘を鳴らしておく。

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    韓国大混乱、実は朴槿恵の方がマシだった?

    韓国の朴槿恵大統領の弾劾訴追はあっけなかった。日本でも連日ワイドショーをにぎわし、まるで韓国政界の混乱を楽しんでいるかのような報道ぶりが目立った。ただ、朴氏のこれまでの政治家としての評価まで無視していいのか。日本のテレビ報道を見る限り、本質的な議論が決定的に抜け落ちてはいないだろうか。

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    DeNA大炎上、キュレーションを疑え

    り、デタラメ、何でもあり。DeNAが運営する10ものキュレーションサイトが閉鎖に追い込まれた。ネットメディアに潜む病巣を浮き彫りにしたともいえるが、この問題は決して他人事ではない。iRONNAでも自戒を込めて、今回の炎上騒動の意味を考えてみたい。

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    情報を万引き&転売してカネ儲けするDeNAの「組織犯罪」

    藤本貴之(東洋大学准教授・博士/メディア学者) 医療系情報を大量に配信していたキュレーションメディア「WELQ(ウェルク)」騒動に端を発し、DeNA社が運営するすべてのキュレーションメディアが非公開になった一連の問題から、「ウェブメディアの信頼性」や「メディアの責任」に大きな注目が集まっている。 本年9月に、人工透析患者に対して「自業自得だ!死ね!」と暴論を書いたことで炎上し、1ヶ月足らずで、ほぼ全ての仕事を失ったフリーアナウンサー・長谷川豊氏のように、ウェブメディアに端を発してリアル社会の人事やビジネスに影響を与える事例も近年、急増している。 本稿では、メディア学者をしつつ、実際にこれまで複数のウェブメディアの開発・運営(例えば、メディア批評サイト「メディアゴン」)に携わってきた筆者の研究・実務の両面の視点から、今回の「WELQ騒動」を通して見えてくるキュレーションメディアを中心としたウェブメディアが持つ課題、問題について考えてみたい。謝罪会見したディー・エヌ・エーの守安功社長と南場智子会長(右) =12月7日、東京都渋谷区ウェブメディアの自由度と責任 これまで、ウェブメディアといえば、その機動性の高さと自由度から、急激に情報源としてのニーズを伸ばしてきた。テレビを見ない層・新聞を読まない層の急増は、それ自身の質や魅力の低減もさることながら、情報源のウェブ化があったことは否めない。 ウェブメディアがテレビや新聞といった既存メディアにも並ぶ影響力や消費を生み出すようになった一方で、そこにはテレビ業界のような明確な法規制や業界規制はない。公序良俗の遵守や信頼性の確保といった部分は、あくまでも運営者・発信者の良識と感覚が大きく左右してきた。記録が残るとはいえ、新聞などとは違い「瞬時に削除や修正」が可能である点も運営者の緊張感を緩ませる要因になっているように思う。 高い自由度が生み出す「信頼性は低いけど面白いコンテンツ」を拡散させることで影響力を確保しつつも、「所詮ウェブですから」といった意識と逃げ道を設けることができる仕組みは、ウェブメディアの大きなメリットの一つだ。既存メディアでさえ、敵視しつつもウェブメディアの世界に進出し、保有していることからもそれは明らかだ。組織的な情報「万引き」とその「転売」 今回、DeNA社が運営する10のキュレーションメディア全てが非公開化されたことに、驚いた人は少なくないはずだ。なぜなら、今回の騒動の発端は、医療情報を標榜するサイト上で十分な検証や確認がされることなく、誤解や間違いを流布するような記事を配信してしまったという、薬機法(旧薬事法)に抵触する恐れのある問題だった。しかし、騒動が進行して行く中で、若い女性をターゲットにした流行情報を配信する「MERY(メリー)」のような主力サイトまでもが非公開になった。 「薬機法に抵触するような不確かな医療情報の流布」もさることながら、その記事やコンテンツの作成過程で無許可引用や「ほぼ盗作」「実質、切り貼り」が公然と横行し、それらが大量に存在しているという事実。そして、それによりメディアの維持(=収益化)がされていた、という組織的な「情報万引きとその転売」のような、もうひとつの大きな構造的問題が明らかになったのである。 「信頼性の薄い情報を流布した」ということも、情報メディアとして大きな問題であるが、それ以上に、「無駄引用」「ほぼ盗作」「パクリ」「著作権侵害」は、メディアの存在自体を揺がす取り返しのつかない致命的な問題である。 「信頼性の薄い情報」への批判だけであれば、100歩譲って、スポーツ新聞や超常現象雑誌、UFO番組のように、「信頼性は薄いけど、面白い」というエンターテインメントとしての逃げ切りも可能かもしれない。しかし、無断引用や「ほぼ盗作」「実質、切り貼り」にそういった逃げ道はない。キュレーションメディアのCPの高さ 現在、指摘されているキュレーションサイトは、いわば「他人のふんどしでとる相撲」である。運営会社はもとより、記者やライターが独自の取材をしたり、一次情報源や責任著者になることはほぼない(少なくとも筆者はそう感じている)。 しかしながら、他メディアからの「まんまパクリ」まではしていないが、バレないだろう発想で、切り貼りを常態化させ、十分な原稿料を支払ってコンテンツを制作することもない。こういう「ギリギリアウト」で、しかも極めて中途半端な立ち位置から、独自取材やオリジナル記事、一次情報を配信しているような情報サイト、ポータルサイト以上のPV(アクセス数)を稼ぎ出す。この極めてコストパフォーマンス(CP)の高い商材がキュレーションメディアだったわけだ。検索上位2、3サイトで満足するユーザー DeNA社が抱えるような大手サイト以外の、中小サイト、個人サイトのレベルでもその基本的な構造は同じだ。 もちろん、それを成立させている背景にあるのは、既存のテレビや新聞といったメディアの影響力が薄れる一方で、「正確さ」や「客観性」は著しく劣るものの、手軽に入手できるウェブメディアからの情報で済ませてしまう、済ませることができる、という若者層たちを中心としたライフスタイルの現実である。 さらに、無数に存在するウェブメディアをつぶさに見て回らずとも、関連する情報を「どこかの誰か」が、話題のニュースやトッピクが発生すれば、瞬時に「まとめサイト」にまとめてくれる。個人のSNSから新聞社の記事、公的情報に至るまで、あらゆる情報が「どこかの誰か=まとめ人」の感性で、1つのまとめサイト上で「整理」される。非常に便利ではあるが、そこには情報の確からしさを確認するステップは存在しない。キュレーションメディアは「フランケンメディア」 まとめサイト、キュレーションサイトとされるサイトの仕組みは確かに便利であり、多くの人が一度ならずとも、利用したことがあるはずだ。 筆者のような「メディアの信頼性」や「炎上の仕組み」「メディアの開発・分析」などを専門とした研究者であっても、軽い話題、特に芸能ネタやグルメや流行などに関する情報であれば、それで多くを済ませてしまうことも決して珍しくない。 もちろん、筆者のような職業であれば、その情報源としての信頼性や利用方法は十分に理解しているので、あくまで参考にしたり楽しむ程度にとどまり、それを鵜呑みすることもないし、ましてやそれを第三者に「情報」として提供することもない。しかし、それがウェブメディア読者の圧倒的多数を占める「一般消費者」「一般生活者」であれば、どうか。 多くの人が、必要な情報を求める時、グーグルで検索して、最初に出てくる上位2、3のサイトや題目に掲載されている情報で満足してしまう。そして、そのような検索で出てくる「上位2、3サイト」に定席を持っていたのが、信頼性の薄い、あるいはほとんど切り貼りで構成されたフランケンシュタインのようなまとめサイトやキュレーションサイトだったわけだ。「キュレーションメディア」いう名前自体に違和感 そもそも、筆者が気になるのは、「キュレーションメディア」というネーミングだ。この言葉が頻繁に利用されるようになったのここ2、3年だが、メディアの手法としてのこのネーミングには違和感を覚えてきた。 外部からの情報を読者にわかりやすく「まとめ」て、情報提供をする、という意味では、全てのメディアがキュレーションであるからだ。新聞などは、世界中の情報を効率的にカテゴライズして、限られた紙数にまとめつつも、一定の信頼性と確からしさを確保している脅威の「キュレーションメディア」である。 しかしそれがなぜか、「ウェブで、手軽に、既存コンテツを切り貼りして、どこかの誰かがまとめて(編集して)公開する」というフランケンシュタインのようなメディアを「キュレーションメディア」と表現するようになった。 手法としては、明らかに既存メディアの劣化版、簡易版である「フランケンメディア」でしかないにもかかわらず、「キュレーションメディア」という横文字新造語にはどことなくオシャレ感と先進性が漂う。このITメディア用語特有のオシャレ感はありふれたモノやコトを新しそうに見せるための常套手段だ。 信頼性なき「フランケンメディア」であっても、「キュレーションメディア」などという横文字新造語に置き換えることで、「新しいメディア」を感じさせてしまう。しかし、よく考えてみれば、DeNA社のサイトに限らず、問題となっているキュレーションメディアたちは、「どこかの誰か」が個人的な感性で玉石混合の情報をかき集めただけであることは誰の目にも明らかだ。 そもそもインターネット黎明期、我々は方々から無許可でコピーしてきたコンテンツを寄せ集めた「違法だけど便利なサイト」を「アングラサイト(地下サイト)」と呼び、その運営者を「管理人」などと呼んできた。それが今日は「キュレーションサイト」となり、その運営者は「キュレーター(=学芸員)」と呼ばれているわけだが、サイト自体の本質はアングラサイトと同根であるように思う。 そして、いずれも多くの読者がそれ(=違法・脱法)をわかった上で利用している、という点も共通している。しかし、罪悪感はアングラサイト時代よりも格段に薄まっているか、皆無だ。だからこそ、キュレーションメディアが持つ今日的な問題はより根深い。つまらなくなったテレビの二の舞に? 本来、執筆者/製作者たちのウェブメディアの自由度と機動性を活かし、しかも専門性や着眼点のユニークさが注目され、そこから話題を生み、拡散され、それがひいてはテレビや新聞、雑誌といった既存の大手メディアに取り上げられ、ブームやお金を生む。これこそウェブメディアという「飛び道具」を利用するうえでの最も効果的な手法で、メリットだ。 一方で、日々、無数の情報が生み出されるインターネットの世界では、一つのニュースが持つ賞味期限は、長くても1日。通常は、朝に配信されたニュースや情報はその日の午後には、影響力を潜め、夕刊が出る頃になれば、どんなビッグニュースであったとしても、朝に出されたコンテンツの痕跡や影響力はほぼ消えている。 よって、コンテンツが埋もれないように、ウェブメディアやコンテンツホルダーが腐心していることがSEO対策になる。検索結果でできるだけ上位に表示されるようにするためのテクニックだが、この精度を高めることがコンテンツそのものを作りよりも高い価値と意味を持つようになってしまっているのも現実である。 ネット上ではあらゆる情報が瞬時に「埋もれる」。そのため、「埋もれない」ようにするための努力に最大のエネルギーが注がれているのがウェブメディアの現状でもある。 その結果、「話題のコンテンツ、注目の記事が、結果的に検索上位にくる」ではなく、「検索上位にくるようにコンテンツを作る」といった逆転現象の起きてしまう。その結果が、今回のWELQ騒動に起因するDeNAキュレーションメディア問題の本質である。そしてその実態が、今回の騒動により一般にも明らかになったというわけだ。テレビをつまらなくする仕組みの「二の舞」 今回の騒動がウェブメディア業界にとって与えるデメリットは計り知れない。少なくとも、黙認されてきた自由度への規制(自己規制、業界内規制を含め)が加速することは間違いないからだ。それは、消費者・利用者からの視線という点でも、である。 ウェブメディアが既存メディアに対して圧倒的な優位性をもっていた「自由度」とそれに基づいた「機動性」に対して急激なブレーキがかかってくる可能性もあるだろう。テレビ業界が「コンプライアンス」という言葉の発明によって、急激にその自由度を失い、機動性を鈍らせ、表現の自由を抑制するようになったことは言うまでもないが、それがウェブの世界にも遠からず持ち込まれることになろう。厳罰化はテレビや新聞報道並に? 一度、失った情報源としての信頼性を回復することは難しい。今後、DeNA社が同種のビジネスを画策する場合は、社名が見えない形で出資したり、分かりづらいように別会社経由させるなどの策を弄することになるのだろう。 少なくとも、若い女性層に人気だった「MERY」のようなサイトを自前で保有することは難しくなるはずだ。何よりも「パクリはダサい」からだ。有名ブランドのパクリファッションが本当の意味で流行することはない。謝罪するディー・エヌ・エーの守安功社長、南場智子会長(右) ら =12月7日、東京都渋谷区 これまで相当度黙認されてきた自由度によってPVを伸ばしてきたウェブメディアに対し、「責任感のない記事」や「不確かな情報源」を追及したり、社会的制裁を含めた厳罰化が、今後、テレビや新聞報道なみに進んでゆくことは想像に難くない。 もちろん、これまで「ネットにいいようにやられてきたテレビや芸能人たち」が反撃をしかけてくるようにもなるだろう。少なくとも、「ネットで叩かれたら、炎上しないように黙って嵐が過ぎるのを待つ」というスタイルは減ってくるはずだ。 その意味では、今回の騒動は、ウェブメディアと既存メディア、ウェブメディアとコンテツホルダーの関係にとっては、いわば「健全化」の第一歩のようにも感じる。一方で、ウェブメディアのこれまでのビジネスモデルに大きな変換が迫られることも事実であり、産業構造自体の「転換点」でもあるのだろう。 ウェブメディアを開発したり、運営している側の立場としてみれば、ウェブにおける自由度の抑制は、機動性を低め、ネットの「飛び道具」としての威力を低減させかねない。それはそのままウェブメディアのメリットの目減りにつながるのだから死活問題ですらある。 しかし、メディア学者という立場から客観的に今回の現状(あるいは惨状)を観察してみれば、こういった状況は訪れるべくして訪れたモノであり、遠からず通らねばならない道であったことは間違いない。今回はたまたま、「WELQ=DeNA騒動」がそのきっかけとなってしまったにすぎない。これがWELQやMERYでなくても、同じような「事件」はどこかで必ず起きていたはずなのだから。

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    「脱法的ブラック企業」の臭気漂うDeNAとネットメディア

    宮脇睦(ITジャーナリスト) グーグルはコンテンツの内容を精査しない。グーグルの検索順位決定の仕組みを単純化するとこうだ。多くのサイトからリンクを貼られたコンテンツは、それだけ人気=価値があると評価する。いわゆる「美人投票」と同じだ。何を説明しているコンテンツかは、掲載されているキーワードによって分類する。これを逆手にとれば、グーグルの検索結果は「操作」できる。これを「SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)」と呼ぶ。 21世紀の初め頃、女性タレントの名前での検索結果に、アダルトサイトが並んでいたのはSEOの悪用による。プロ野球球団「横浜ベイスターズ」のオーナーとして知られる東証一部上場企業「DeNA」が運営する医療系サイト「WELQ(ウェルク)」の手口も同じだ。 「死にたい」との検索結果の1位にWELQのコンテンツが表示されていたのだが、鬱病患者を追い込みかねない不適切な内容を孕むものだった。転職サイトへ誘導して利益を得るためのものだったのだ。心の弱っている人に目をつけ、金儲けを目論んでいたのだからアダルトサイトより悪質だ。 2016年10月24日、SEOの専門家である辻正浩氏が当該コンテンツの問題点をまとめて指摘しネットで話題となる。批判を受けDeNAは10月26日に、広告部分を削除したが、コンテンツは会員による投稿で、会員規約に違反していないため削除も修正もしないと発表する。WELQはサイトに登録した会員からの投稿で運営されていると説明していたが噴飯物の仕組みがそこにはあった。 会員という言葉は、善意の第三者的な一般市民を連想させるが、外部発注仲介サイト「クラウドワークス」などを通じて集めた「ライター」なのだ。「クラウドワークス」を介してライターとなり、執筆した人物のブログによれば、執筆方法についての細かな指示がだされており、DeNAの監督下にあったのだ。ネット媒体「buzzfeed」は、独自入手したDeNAが構成まで指示する「マニュアル」を公開している。「会員」とすることで、記事への責任を回避していたと見るのが自然であろう。ここにも悪質さを確認する。 会員と称するライターへの報酬は1文字0.5円。400字詰め原稿用紙1枚で200円だ。クラウドワークスが募集する「ライター」職には、0.2円というものもあり、これでは80円にしかならない。筆の進みに個人差はあるが、0.2円では最低時給を上回ることすら現実的ではない。下請け業者であるライターに、労働基準法は適用されない。脱法的ブラック企業の臭気が鼻をつく。上場企業が聞いて呆れる 一方、2016年11月4日にDeNAが発表した「2016年度 第2四半期決算説明会資料」には、WELQの所属する「新規事業・その他(キュレーションプラットフォーム事業)が2016年9月に単月黒字を達成し、第3四半期で黒字になるとあり、添えられたグラフの売り上げ収益は15億円を指している。 両者を並べたとき、航海法から逸脱し、労働法規にも守られずに搾取される労働者を描いた小説『蟹工船』が脳裏に浮かび離れない。謝罪会見を終え疲れた表情で会場を出るディー・エヌ・エーの守安功社長(右)と南場智子会長=12月7日、東京都渋谷区 辻氏の指摘からネットは「炎上」状態となっていた。「(肩こりは)幽霊が原因のことも?」といった噴飯物の見だしや、コピペレベルのパクリが次々と発覚し、健康を害する記事まで確認できたからだ。DeNAがWELQの「一時中止」を発表したのは、辻氏の指摘から一ヶ月以上過ぎた11月29日のことだ。その前日、事態を重く見た東京都の福祉保健局が、DeNAの担当者に来庁による説明を求めていた。つまり、行政が介入するまで「放置」していたということだ。モラルより金儲けということか。 安倍晋三首相を本部長とする「日本経済再生本部」において、成長戦略の新たな司令塔となる「未来投資会議」の民間議員には、WELQの運営会社DeNAの創業者で会長の南場智子氏が選ばれている。情報を盗み(コピペ)し、ライターから搾取した果てに、行政が腰を上げるまで劣悪なコンテンツを放置し続けたDeNAの会長の語る「未来」に明るい色を見つけることができない。 違法でなければ合法という発想は、いまは「危険ドラッグ」と呼ばれる脱法ドラッグと同じ発想だが、残念ながらDeNA(2432)だけではないようだ。「アメブロ」や「ピグ」を提供するサイバーエージェント(4751)の「Spotlight(スポットライト)」、リクルートホールディングス(6098)の「ギャザリー」、ヤフー(4689)「TRILL(トリル)」が、WELQの騒動を受けて、一部の記事を非公開としたのだ。そのタイミングはこの12月にはいってからで、DeNA同様の体質が透けて見える。なお、社名隣に記した番号は「証券コード」だ。ライター斡旋の場となった「クラウドワークス(3900)」も含めて上場企業である。彼らを監視する東京証券取引所を筆頭に、コンプライアンス(法令遵守)を辞書で引くべきであろう。 かつてネットは「便所の落書き」と呼ばれた。根拠不明の怪しい情報が溢れていたからだ。WELQの騒動を受けて、こうした批判が首をもたげている。1995年の「Windows95」の発売を「インターネット元年」と定義したとき、二十年を越え積み重ねてきたネットの信用を、WELQは一瞬で崩してしまった。万死に値する、と、言葉を窮めるのは、その歴史とほぼ同じ年月、引用の範囲を超えるコピペや、搾取に手を染めずに、コンテンツ作りに取り組んできた筆者の慟哭だ。参考記事■辻正浩氏まとめhttps://twitter.com/i/moments/782773534850371584■元ライターの告発(体験記)http://cwhihyou.exblog.jp/24972121/■Buzzfeedマニュアルhttps://www.buzzfeed.com/keigoisashi/welq-03?utm_term=.dmlRnnAY9#.cw6kDD2Mp■WELQ幽霊http://www.oricon.co.jp/article/56921/■WELQを呼び出しhttp://www.oricon.co.jp/article/59997/■DeNA 16年2Qhttp://dena.com/jp/ir/library/presentation.html■決算資料PDFhttp://v3.eir-parts.net/EIRNavi/DocumentNavigator/ENavigatorBody.aspx?cat=ir_material&sid=60722&code...

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    キュレーションは生き残れるか? グーグルを騙し続けたDeNAの罪

    神田敏晶(ITジャーナリスト) 上場会社のDeNAが、自社や関連会社で運営するオウンドメディアのキュレーション媒体を全記事非公開化に踏み切ったことは、ウェブメディアのビジネスだけでなく日本のウェブの文化にも大きなインパクトを与えている。キュレーションメディア全体が大きな危機を迎えている現状を分析してみたい。2013年12月、ディー・エヌ・エー(DeNA)本社を見学に訪れたバイデン米副大統領(中央)、ケネディ駐日米大使(左)を案内する、同社創業者の南場智子取締役(代表撮影) DeNAのヘルスケア情報メディア「WELQ」の実情を白日のもとにさらけだしたのが、BuzzFeed日本語版の2016年11月28日の「DeNAの『WELQ』はどうやって問題記事を大量生産したか 現役社員、ライターが組織的関与を証言」という記事だ。 しかし、この記事は、DeNAの現役社員や契約ライターによる社内の秘匿情報の漏洩という側面も知ることもできる。チャット画面などの公開は、果たしてスクープといえるのだろうか。秘匿義務違反や内部通報で社内ルール違反の上にスクープが成り立っているのか。 ただ、法律を犯す指示をしたとか著作権違反を強要しているのを判断するにはBussFeedではなく、司法の判断だ。BuzzFeedがここまで踏み込んだのは、それをさかのぼる1カ月前、10月28日の「無責任な医療情報、大量生産の闇 その記事、信頼できますか?」という記事にあった。 10月の段階でBuzzFeedはWELQの問題をDeNAに対して正攻法で取材し、DeNA側は「真摯に対応してまいります」と応えていた。そして、最後に「BuzzFeed Newsは、医療や健康をテーマとしたキュレーションメディアが引き起こす問題を引き続き取材します。WELQに執筆されている方など、関係者からの情報をお待ちしております」と掲載したことが、内部の密告者とコンタクトのきっかけなのだろう。まさにメディアとしての正しい攻め方だ。 DeNAがこの時点で、真摯にBuzzFeedの指摘に対して、SEO対策としての8000文字もの長文記事を1日100本も掲載することの異常さを感じ、医療情報というセンシティブなメディアに対しての責任感が伴えば、このようなキュレーションメディアの全面閉鎖ということにはならなかっただろう。キュレーションメディアを乱造させた「張本人」 しかし、問題はDeNAが謝罪し、閉鎖しただけでは終わらなかった。「DeNAショック」は一気に業界を震撼させ、キュレーションメディアの順次自主的な非公開という対応をとりはじめた。つまり記事の量産化、著作権違反の奨励、写真の無断使用など、同じ穴のムジナとなっている業界なのだ。しかもヤフーの「TRILL」、サイバーエージェントの「spotlight」、リクルートの「ギャザリー」、KDDI子会社のSupership「nanapi」と上場企業のキュレーションメディアばかりだ。 なぜ、このようなことが起きるのか。日本のIT業界は、歴史の短いインターネット史の中で、同様の失敗を何度も繰り返している。まったく学習機能がオンにならない業界なのだ。 最初のインターネット・バブル時代は、海外も含めて初めてのバブル経験で、スピード成長とユーザーの抱え込みに問題があった。次は上場で得られた資金でのテレビコマーシャルへの大量投下。ソーシャルゲームの課金ブームが訪れる。そう、2012年の「コンプガチャ問題」だ。 莫大な利益をあげたコンプガチャだが、2012年に終息してしまう。そして、スマホ活用の「ソーシャルゲーム」へと進化するが、そのゲームも頭打ち。さらに上場会社でも、ヴァイラルメディア(口コミネットコミによって伝染するかのようにひろがるメディア)やキュレーションメディア(多数の情報をまとめ精査することによって新たな価値を生み出すメディア)の有効性に目をつけはじめた。 Googleなどの検索に効果を発揮するSEO化された記事を量産するために「クラウドソーシング」で安価な素人ライターを獲得し、記事を乱造してPV数を稼ぎ、広告で利益を得るという方法をとる手法が展開をはじめる。このあたりの「上場会社」という社会の公器としての意識がIT業界はまだまだ低い。資金調達のための上場だからだ。 要するに、キュレーションメディアを乱造させたのは、実はGoogleなのである。Googleが良いサイトだと認識し、検索した時に上位に表示し、そこをユーザーが閲覧し、広告を見て、クリックするという流れが起きる。そこでGoogleは広告主からお金をもらい、メディアには掲載手数料をアフィリエイトとして支払い、自社広告をとるキュレーションメディアはGoogleによる流入をSEOでかさ上げして、広告主から表示数やクリック数に応じた広告費を稼ぐ流れだからだ。「タコツボ」にハマり前が見えなくなったDeNA しかし、この状況を考えてみると、恐ろしいネット上の「サイロ・エフェクト(縦割り化現象)」がもたらされている。 適当なサイトから、クラウドソーシングで働くライターがパクって作成した医療記事が、検索エンジンによりトップに表示され、そこに掲載されている健康食品の広告で商品を購入し、また精査されていないはずの記事を鵜呑みにして、行動を起こす。いつしか、大きな健康被害が発生しても責任の所在地がはっきりしない状況になりかねない。 しかも、これらの現象は今起きたことではない、少なくともキュレーションメディアやヴァイラルメディアの功罪は5年以上の歴史があるのだ。その間、GoogleもSEO化されないように、いろいろとアルゴリズムを調整し続けている。 しかし、それもイタチごっこであり、常にGoogleに検索されやすい施策を取り続けてきた。それが、個人や中小企業でも参入しやすいキュレーションメディアを買収することによって集積し、拡大させ、資金を投入し、人的な加工でGoogleのエンジンをまんまと騙し続けてトップ表示させて流入を稼ぐ。IT企業を標榜するような企業が、インターネット上に役立たない情報を乱造し続けてきたにすぎないのだ。 また「サイロ・エフェクト」はタコツボ現象と訳することができる。組織が高度化し、専門性を高めれば高めるほど、費用対効果を極限にまで追い求める。しかし、そこには組織としての目指すべきヴィジョンやゴールに対しての明確なヴィジョンがないとタコツボ化して前が見えないまま走り続けてしまう。 もう一度、DeNAのサイトを確認してみた。創業時からDeNAのDNAは「新しいことに挑戦し続けること」「世界に喜びと驚きを」。何かの重要な「コトバ」が足りない気がしてならない。「正しい姿で…」「あるべき姿で」というコトバをDeNAにプレゼントしたいと感じた。 組織が立ち止まった場合に考えるべき重要なことは、社会に対してのコミットメントだ。そこの意識がないと組織全体が好き勝手に挑戦し続け、好き勝手な喜びと驚きを与えつづけたのかもしれない。 インターネット登場から20年も経過したのだから、IT業界全体が焼畑農業でなりふりかまわず稼ぐ時代はもう終わった。オトナの組織として社会全体を良い方向に導くために自社がなにをすべきなのかを全社員と意識を共有し、社内リソースを改めてキュレーションしなければならないのだ。

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    なぜダンマリか、DeNA騒動の中心人物「村田マリ」にも説明を求む

    し、敬虔な反省と持つとともに、真摯に省み、自己批判をしなさい。次回は村田某にもコメントをさせなさい。メディアも、株主も同社と経営陣の責任を非妥協的に追及せよ。同サイトに振り回された至純の魂を持つ消費者よ、断固たる闘争に起て。 もっとも、この手の問題というのは、問題を起こした企業や、関係者を糾弾しただけでは解決しない。構造的問題を直視しなくてはならない。 これはネットビジネスが直面している構造的問題だと解釈している。広告型のビジネスモデルではPV数がモノを言う。そのPVを稼ぐためには、検索されなくてはならない。このようなビジネスモデルであれば、粗製濫造と言われようとも、さらにはそれが機械的に作られていようとも、大量に記事を生産し、アップした方が有利になる。このような魂の腐敗、道義の頽廃とも言える取り組みが合理的になってしまうのが、ウェブの世界なのである。 この「PV課金の広告型モデル✕検索エンジン」という呪縛に、ネット関連のサービスは常に囚われている。それこそ、DeNAの愚行を報じるネットニュースサイトも広告課金、検索エンジンという掌の上で踊らされている。 釣り記事や炎上狙いの記事が話題になるが、この手のものも単に関わっている企業や書き手の問題だけではなく、このビジネス上の構造的な問題のもとに成り立っている。ついついPV稼ぎに走ってしまう中、どうブレーキをかけるのか。倫理だけで阻止することができるのか。ウェブサービスは魂を空白状態にするのだ。 上場しているネットベンチャー企業には、常に変化への対応と、成長が求められる。これもまた、株式市場の論理だ。 DeNA社の悪辣なる愚行に対する我々国民の怒りは、もう限界のレベルに達している。とはいえ、こういった構造的な問題も理解しておくべきである。ネット社会は、普遍的・根底的矛盾を抱えているのだ。記者会見したディー・エヌ・エーの守安功社長と南場智子会長(右)=2016年12月7日 もうひとつ、おさえておきたい論点がある。それは、生活者にとっての価値だ。 健康や美容に関連して間違った情報が掲載され、放置されていたということは、上場企業が行うサービスとしては断じて許してはならない。もっともこれは「情報の管理が行き届いていなかった」「剽窃なども放置されていた」「しかも、それを推奨していた」というのが問題であって、「わかりやすく、情報がまとめられている」ということは悪いことではない。 つまりこういうことだ。元AKB48の前田敦子風に言うと「キュレーションメディアを嫌いになっても、キュレーションそのものを嫌いにならないで欲しい」というわけである。 釈迦に説法だが、情報が氾濫する時代である。信頼できる、自分に合った情報に辿りつくのも困難である。そんな中、情報をわかりやすくまとめるキュレーションという行為は、本来、生活者にとって便利なものであったはずだ。だから、「キュレーションサイト」というサービスが起こした「問題」は直視するべきだが、「キュレーション」という取り組み事態は否定できないのではないか。 今回の件はネット社会、ベンチャー企業を論じる上で格好の材料である。同じような案件は今後も出てくることだろう。構造的な問題は理解しなくてはならない。しかし、善良なる市民を冒涜する企業、経営者、サービスを断じて許してはなるまい。我々はもっと怒っていいと思うのだ。追伸 このインタビュー、私が苦手なNewsPicksに掲載されているものなのだが、いま読むと色々考えさせられるので、ぜひご覧頂きたい。「私が、DeNAにiemoを売った理由」(https://newspicks.com/news/640478/)

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    WELQ元ライターが告発した1文字1円以下の実態

    【ネット炎上のかけらを拾いに】網尾歩 (ライター) キュレーションメディアWELQに批判が殺到している。これをきっかけに、ぜひともアクセス至上主義のウェブメディア業界も、少し目を覚ましてほしい。「正確な情報よりアクセス数」の現状 DeNAが運営するキュレーションメディアWELQが燃えている。近年、キュレーションメディア、バイラルメディアと呼ばれる媒体に、たびたび批判が集まっていたが、今回WELQを批判する人が多いのは、運営元が大手であることと、SEO対策が非常に強く、特に医療関連の情報で曖昧な内容が多かったからだろう。生死に関わる情報について、こんなサイトの記事が上位に出てしまうのは、さすがにまずいだろうと思う人が多かった。情報の誤りや、他サイトからのコピペが多いという指摘も続いている。 質の低い記事を大量に制作し、検索での上位ヒットを狙う。欲しいのはアクセス数だ。どのニュースサイトでもアクセス数が稼げなければ広告が入らないから、アクセス数にこだわるのは当然のことではある。しかし、「メディア」と名乗る以上、アクセス数以上にこだわらなければいけないのは正確な情報を読者に伝える姿勢だろう。正義感ぶったことを言っても始まらないが、短期的にアクセス数稼ぎに走ったがゆえの当然の帰結に思えてならない。地道に質のいい記事を作ろうと試行錯誤する人たちからすれば、そりゃ潰さなければいけないメディアだと思われてしまうだろう。iStock WELQでは炎上を受けてサイト上に改善していく意向を表す「お知らせ」を出した。これですぐに糾弾の声が弱まるとは思わないので、以降、似たようなメディアはどうか出てこないでほしい。 WELQで記事を書いていたというライターからの告発も話題となった。記事の原稿料が1文字1円にも満たない安さだったこと、素人が書いた医療系記事を、素人が確認してOKを出すような制作スタイルだったことなどが語られている。 記事の中では、こんなことも書かれている。素人の編集者(?)であり、実際のところ医療情報や引用元についての確認はほとんど行わないにもかかわらず、「キーワードが入っているか」「構成が指示通りか」については厳しいダメ出しが行われていたと。キーワードと構成は、検索対策において重要な点だから厳しいチェックが入ったのだろう。 しかし、1文字1円以下という価格で厳しいダメ出しが入るというのも、なかなか過酷な仕事だ。文章を書くという作業が、これほど低く見積もられている現場があるのだなと悲しく感じる。 そう、文章を書くという行為は、「誰にでもできる」と思われがちだ。実際、現代に生きる人は毎日大量の文字を綴っている。プライベートのLINEや、仕事のメール、自分のブログやSNS、ニュースサイトのコメント欄で。義務教育の基本は書くことにあるのだから、文章を書くのは誰もが身に着けているスキルであると思われている。ビジネスシーンにおいて、わざわざ「私は文章が書けます」などと言う人はいない。 しかし、多くの人がやすやすと文章を書けるのは、自分が考えていること、思っていることについてのみだったりする。プライベートでの他愛のないメールのやり取りは好きでも、ビジネスメールになるとピタリと手が止まってしまう人もいるだろう。 人が言っていることや本に書いてあることを要約したり、インタビューを面白く構成したり、難しい専門的な文章を一般の人が読めるようにリライトしたり……といった行為は、それなりのスキルや経験が必要になる。 WELQでクラウドソーシングを通じて記事を発注していたライターは、ライターの中でも「100円ライター」「1文字1円ライター」などと揶揄されることがある。心あるライターや編集者は、「WELQのようなサイトで記事を何本書いてもライターとしての経験値にはならない」と苦言する。自ら取材しない、文責を持たない。そんな記事をいくら書いたって無駄だと。かたや1記事20万円 今ここにあるライターの賃金格差かたや1記事20万円 今ここにあるライターの賃金格差 しかし筆者は、こうも思う。WELQがライターに求めていたものは、本来「医療や美容などの専門的な内容について」「正確な情報を集め」「パクリにならないように引用し」「それなりにキーワードを散りばめ」「全文にわたって整合性の取れた内容」にすることだったと思う。こういったレベルの記事を大量に作るのは、本来とても難しいことだ。実際、WELQが生産した記事は正確な情報を集められていないし、コピペになってしまっているし、整合性も取れていない文章が散見する。 もし、WELQの求めるクオリティーを完全にクリアした原稿を毎日30本書けるライターがいたとしたら、それに支払われるべき対価は1文字1円以下では決してない。それなのにWELQは、簡単で誰にでもできる副業かのように、安価でライターを募集した。ツイッター上では「まるで奴隷労働だ」と指摘されていたが、本当にそう思う。肉体を酷使する仕事ではないが、精神的に疲弊する仕事であることは、同じライターとしてよくわかる。 一方、ウェブ業界の一部では、いかに記事をバズらせるか、拡散することができるかが、ライターの評価軸として確立しつつある。フォロワーが1万人以上いることを誇る、あるPRライターは、1記事20万円だと自身の原稿料を公開していた。5000PVが1つの指標なのだそうだ。5000PVなんて、既存のメディアや大手ポータルサイトからしたら大した数字ではないのだが、広く知られていないオウンドメディアを餌場とすれば、こんなPV数でも価値がつけられる。 それもライターとして一つの生き残り方だと思うし、特にマイナーメディアにおいて拡散力が評価の大きな軸となっているのは、現状では仕方のないことだと思う。しかし、情報をきちんと精査する能力や、文章力や構成力に長けたライターも、制作側がきちんと評価していかなければいけないと感じる。彼らの仕事は一見地味に見えるが、彼らが活躍できる場がなければ、質の良いコンテンツは枯渇し続け、読者がインターネットを諦めるからだ。拡散力を持つか1文字1円の仕事か。その2択になってしまうインターネットを見たくない。WELQのようなサイトに読者が吸収され続けるのは、ちょっともう見てられない。

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    DeNA「サイト炎上」MERY、iemoの原罪とカラクリ

    家・ブロガー) 山本一郎です。毎日幸せに暮らしています。 ところで、先日来のDeNAのキュレーションメディアについては、健康情報サイト「welq(ウェルク)」を中心にDeNAパレットと称された10個のうちMERYを除く9個のサイトをCEO守安功さんが謝罪とともに非公開化したと発表がありました。 個人的には、いまのDeNAにできる最大限のことで、守るべきところは守ったという点で、英断だったと思います。ぎりぎりの判断をされたDeNA経営陣は凄いなと思いました。代表取締役社長兼CEO 守安功からの一連の事態に対するお詫びとご説明 | 株式会社ディー・エヌ・エー【DeNA】(DeNA公式サイト 16/12/1)「がん」などのインターネットの検索結果で「信頼できる医療情報」を手に入れるために知っておきたいこと(ヤフーニュース個人 朽木誠一郎16/10/24)無責任な医療情報、大量生産の闇 その記事、信頼できますか?(Buzzfeed Japan 16/12/1) 先日、簡単に経緯をまとめた記事はこちらです。DeNAがヘルスケア絡みのキュレーションメディア商売で大炎上(ヤフーニュース個人 山本一郎 16/11/28) ネットで流れるデマ医療情報やニセ科学とSEOの関係については、この方面の大御所である辻正浩さんが「自殺」をキーワードに上位表示に打って出たことを指摘したことに端を発するわけでありますが、およそ一か月余りでwelqは非公開とDeNAによる謝罪で序盤の攻防を終えることになりました。その後、話題は「こういうビジネスがアリか無しか」や「ネットで流通する情報の正確性はどう担保されるべきか」といった方面に移ってきたわけであります。「[死にたい]でSEOされたwelq(運営:DeNA)の大きな問題」(作成者: @tsuj) そのDeNA守安さんについては、TechCrunchのインタビューで興味深い発言を連発しています。DeNA守安氏「認識が甘かった」ーーWELQに端を発したキュレーションメディアの大騒動(TechCrunch Japan 16/12/1)―過度とも言えるSEOによるグロース施策を実行していた人物として、キュレーション企画統括部の部長の名前が具体的に挙がっています。 それぞれのメディアには担当者がいて、グロースハック部とメディア部がどう絡み合っていたのかは分からないのですが、私を含め「SEOを重視しよう」という方針で運営していました。村田(やまもと註:村田マリ女史)が責任者でいて、配下の部長が数名いる中の二人だったという認識です。―事業のキーマンの採用は現場の采配によるところが大きかったということでしょうか。 メディア全体の方針やモラル的な問題に関しては私に責任があると思っていますが、現場の判断に関しては村田の判断が大きいです。―ただ、社内外からSEOの手腕に関して「ちょっと強引じゃないか」という声も挙がっていたと伺っています。 報道を見るとそういう面もあったのかなと思いますが、社内の中では把握していませんでした。 そうですか。社内の中では把握していませんでしたか。組織的なステルスマーケティング 実は、当時DeNAがPalette事業をやったり、バイラルメディアで問題起こした人物らがグロースハック部なる部門でDeNAの“活躍”が問題視される2年ほど前の、2014年11月に、MERYやiemoで他社画像投稿サイトで掲載されている画像や図版、文字などの剽窃、無断利用について、事業統括であった村田マリ女史に直接「これは問題ではないか」と問い質していました。 ちなみに、村田マリ女史のDeNA加入はこういう経緯です。ちょっと悪意ある書き方かなとも思いますが、事実関係はだいたいこんな感じです。DeNA(2432)と村田マリ氏とその夫(本間 真彦氏)に利益相反は無いのだろうか?(カツシン!! VIPE(電子タバコ)初心者 16/12/2) その村田マリ女史が運営していたiemoというサイトをDeNAが買収したわけですけれども、何と言っても、当初はPinterstなど画像投稿サイトなどから4万件以上の剽窃、無断利用が判明していたので、さすがに問題ではないかと思ったわけですね。 その際には、村田女史から「(DeNAの)法務に相談し、社内の対応も急ぎで進めています」との回答があり、実際に、その後画像投稿サイトからの直接リンクや剽窃、無断盗用が一部削除になり、きちんとご対応いただけた、という認識でおりました。その意味では、私どもの打診について村田マリ女史にお話しさせていただき、内容をしっかりと理解していただいたうえで、具体的に法務と検討され、社として問題の投稿を削除対応されたということです。その意味では、DeNAもきちんと考えてくれるのだな、村田マリ女史も良く対応してくれたな、という心証でおりました。 ところが、実際に今回非表示化されたDeNA Paletteの13万以上記事や、「別組織だから」と温存されたMERYの全ページを検証してみると、やっぱり商用ではない外のサイトから画像をそのままぶっこ抜いてきて、テキストつけて記事にしていることが分かります。GettyImagesなどフリー素材サイトもかなり含まれてはいますが、MERYという媒体の性質上、よりオリジナリティの高い画像を利用する必要があり、ネットで検索した画像を適当にもってきて記事にしている、ということなのでしょう。 現存しているMERYの記事の、少なくとも約2割強にあたる460件ほどが、権利関係が不明確な剽窃や無断利用と思われる状態です。MERY自体は、Buzzfeedも指摘するように8割以上の記事が削除されていますが、それでもなお、これだけの問題のある記事が残っている、ということになります。投稿者の責任であるとして、プロバイダ責任法で逃れるとしても、そのような問題のある記事を投稿させてそこに広告を貼ってビジネスをすることが果たして是か非かという論点はどうしても残ります。DeNA疑惑の画像まとめcsvお持ち帰り用(dropbox csvファイルです)DeNA の「MERY」は問題なし? 記事9割削除に広告代理店やライターも困惑(Buzzfeed Japan 16/12/2) たぶん、DeNAも分かっていてこれらの記事を残しているのかなあと思うのは、どことは言いませんが、大手広告代理店などが広告や精読率などの効果測定するために使っているタグを残さなければならないページばかりだからでしょう。これらの話は組織的なステルスマーケティングの問題とも言えます。残っている記事の一部は、投稿サイトを装いながら実質的にはペイドコンテンツであるという疑いが濃厚だからです。ここから推測するに、MERYを本来ならば非表示化するのが筋なのに理由をつけてそうしないのは、一連の事業はDeNAが主体的にやっていたものとはいえ、上流にモラルの低い大手広告代理店がくっついて、クライアントビジネスをしていたからではないかと予想されるわけです。記事の量産を担う「コピペロボット」 そして、この画像の剽窃や無断利用とセットで語られるのが、“SEO対策をされた“記事群です。すでに具体的な社名が上がっていますが、クラウドワークス、ランサーズ、シュフティといった、マイクロビジネスの受け口がエンタープライズ向け記事集稿システムを担っていたと見られます。実際に、記事集めの責任者がいて、ウェブメディア向けの営業を繰り返し行っており、そういうマイクロビジネスを使ったライティングの元締めとなって、古き良き編集プロダクションの競合になるぐらいの勢いでありました。次に謝罪があるとするとこっちの方面ではないかと思うところもあります。 問題となるのは、1文字あたり1円にも満たないという単価です。正業のライターでこんな値段で請ける人物などいないでしょうし、またライター志望や副業であったとしても一定の品質を保ちながらこれだけの量を生活の足しにするほどに入稿するのは不可能です。 しかしながら、実際にこの手の記事の量産を担っているのは、だいたいにおいて人間ではありません。「サクラ」であり「肉袋」である、コピペロボットです。 もしも、いまお手すきでしたらこの記事を読み終わった後で「リライトツール」と検索していただければすぐわかります。ネットでは、1万5,000円から高価なもので4万円程度のソフトウェアが売られています。どれも万全なSEO対策、作業時間短縮といった機能が並び、これらのソフトを購入してきちんとチューニングすれば、クラウドワークスなどから提示される執筆のレギュレーションを満たし得るサイトから元の文章をソフトウェアに流し込むだけで、10万種類以上のリライト文章を生み出すことができます。 この手の定番ソフトを売っている大手ベンダーのサイトでは、「1秒で2,000文字を自動的にリライト」とか「当ツールは1000文字に対して40箇所くらいは普通にリライトします」などといった、とても魅力的なパワーワードが並んでおり、小遣いに悩む主婦や暇な学生のハートをがっちりキャッチするわけであります。IAX研究所(webarchives) さらに、これらのシステムを転がすだけではネットで記事を探し回ったり、複数のサイトの記事をつなぎ合わせるなどいちいちマウスをポチポチやらないといけません。なので、コピペとリライト作業をもっと効率化するために「お目当てのキーワードを入れるだけでネットから品質の高い記事をコピーしてきてリライトソフトにぶち込んでくれるBOT」が出回ることになります。その威力で申しますと、BOTとリライトソフトの組み合わせで一日2時間サーバーを転がすだけで300本ほど約2,000文字の記事が出来上がります。 最盛期は漁場が空いていたこともあり2,000字の記事が一本1,100円ほどで水揚げされていました。記事を微調整するバイト君の人件費を除けば一日の利益が300万円も夢ではないという世界だったため、みんな群がって、DeNAもこりゃいいってことでどんどんサブカルや自動車などジャンルを増やしてDeNA Paletteとして10サイトも作ったんだと思います。他のICT企業も目をつけて参入が相次いで、競争が激化してしまったために今年の夏ぐらいから一本当たりの文字数を増やすよう指示があり、またリライトツールが浸透して入稿数が増えたためか、単価も2,000文字600円ぐらいまで下落する豊作貧乏なレッドオーシャンの世界になってしまったわけであります。Googleのロジックをハックする「SEO技術」 残念ながらBOTは一般には売られていませんが、これらのBOTが流通している背景は、いまはもうなかなか儲からなくなった出会い系サイトの運営技術があります。スマートフォンが出てくるまでは、出会い系サイトにやってくる下半身がいきり立った男性が大量にやってくる夕刻や深夜前の時間帯に、大量のスケベメッセージが送られてくるのをすべてバイトで雇った「サクラ」の女性が思わせぶりなチャットを返してあげることでサイトの収入の根幹を担っておりました。 収益性を考えるとサクラをやってもらうのは概ね50代60代のおばちゃんなのですが、ガラケーの画面の向こう側の事情などお客様には分かりませんから、男性たちは従量課金でせっせとスケベメッセージを送り続けます。ただし、概ね40秒以上返信を待たせると、男性たちが通信を切ってしまう可能性が高くなります。もっとも繁盛する時間帯にこれをやられるときついので、登板するのが自動返答機能付き「サクラ」であり、「肉袋」と呼ばれるシステムです。 ところが、出会い系サイトが一般のチャットや無料掲示板に置き換えられ始めると、徐々に廃業するところが出てきます。LINEなどで出会えてしまうようになると、儲からなくなってくるのです。大手のYYCが我らのmixiに身売りしたのですが、それでも、古き良き出会い系サイトのシステムは生き残り、「実際に会わなければほとんど人間が応答しているのと変わらない」レベルにまで精度が上がっているのが実情です。特定の固有名詞やジャンルのない一般的な会話であれば、リアルタイムに二時間でも三時間でも引っ張ることができます。 このシステムが人工知能ブームで技術革新をおおいに進めました。生物の進化において真核生物がミトコンドリアを取り込んで酸素を呼吸し始めたようなものです。ウェブから引っ張ってきた文章をリライトしただけの大量のコピペ記事を、クラウドワークスなどからDeNAに送り込むと、アクセス情報が広告代理店に流れ、これらがクライアントのステルスマーケティングの根幹を担うというネット業界的大スペクタクルへと発展していきます。テーマに沿った画像をネットで見つけてきて引っ張るツール、一人で大量の記事を納品するとバレるので架空のTwitterIDやChatWorkと紐づけるツールや、アカウントへの業者からの問い合わせに自動返信するツールまでついているので、対個人取引で必要なマイナンバーの提示を求められない限り安全です。 で、これらの仕組みをDeNAはご存知だろうと思います。今回の謝罪の前に説明しましたから。GoogleというスーパーパワーのロジックをハックするSEO技術の根幹には、長年下半身をしごき続けてきた男たちの財布に裏打ちされたソリューションが脈々と生き続けてきたと思うと感動の熱い涙が溢れるのを止められない気分になります。品質の低い記事でも高い収益性 問題の核心は、やはりウェブメディアの品質問題って私たちが思っている以上に深刻なんだということです。 どんなにコピペ記事の品質が低い、DeNAのビジネスはけしからんと既存のウェブメディアが拳を振り上げたところで、この問題が起きるまでは、日本にあるあらゆるウェブメディアよりもDeNA Paletteの仕組みは収益性が高く、多くのユーザーに読まれていました。その中でも、画像が無断利用されたうえに記事の品質が低いにもかかわらずMERYが飛び抜けて収益性が高かったのは理由があります。SEOだけでなく相応のリピート読者を獲得し、広告代理店がしっかりとついて多くのクライアントが広告を出稿していたからです。読者がたくさんいて、広告を出しても買われるから、広告が出続けるんですよ、品質の低い記事でも。 真面目に取材し、記事を執筆し、画像を選び抜いた記事よりも、ネット上のつぶやきや引用、取りまとめをして簡単な編集をしただけの記事の方が読まれているという現実は、DeNAを叩くよりも前に各ウェブメディアが胸に手を当てて真摯に反省するべきところではないかと思います。 それとは別に、これだけのことを医療情報でやらかしたDeNAが、ヘルスケア事業や医療情報を扱うサービスを手掛けてよいのか、という論点も出てくるでしょう。ただ、ウェブメディアビジネスのカラクリの一部を知る者として、正しい情報を担保する努力が圧倒的な収益性の前に負け続けることについては、意外と指摘され語られることも無かったように思うので、たまにでもいいので「情報の質を高めるために、私たちは何をするべきか」というテーマを思い出していただけると嬉しいです。 なお、タイトル画像で起用した質の高い書き手、鳴海淳義さんの魂の叫びはこちらです。MERYの学芸大学駅お出かけ記事をめぐる冒険 エピソード4 - Blog @narumi(narumi BLOG 16/1/2) あしたも幸せな一日が来るといいなと思っています。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年12月2日分を転載)

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    キュレーションメディア問題はDeNAの成果追求風土に原因あり?

    果、同社の急成長を実現してきた組織風土の負の部分に原因があったと考えています。短期間で影響力の大きなメディアを作り上げたディー・エヌ・エー 今回のディー・エヌ・エーの情報サイト閉鎖の理由は、以下の二点にありました。 (1) 細心の注意を払って取り扱うべき医療情報を、専門家による監修のないまま、根拠が不明確なまま載せていたため、下手をするとその内容を信じた読者の健康を悪化させる恐れがあったこと。 (2) ウェルクも含めたキュレーションメディアの記事制作のマニュアルやライターの方々への指示などにおいて、他サイトからの文言の転用を推奨する等、著作権を軽視したと捉えられかねない点があったこと。 様々なサイトに掲載された情報をまとめて掲載する「キュレーションメディア」と言われるサイトについては、その情報の質や編集責任の所在に、疑問を抱く声はありました。今回、特にディー・エヌ・エーのサイトが問題視されたのは、検索エンジンのアルゴリズムを活用して、自社のサイトが検索結果の上位に並ぶよう対策を打っていたことも一つの要因です。検索上位になった結果、ページビューも他のキュレーションサイトに比べて多く、影響力が大きいからです。高い成長意欲と能力を持つ集団高い成長意欲と能力を持つ集団 キュレーション事業のみならず、ディー・エヌ・エー自体が非常に成長志向の強い会社です。創業は1999年。6年後には東証マザーズに上場、翌々年には東証一部に市場変更し、創業10年足らずで、いわゆる「上場企業」となりました。グループ企業全体で2000人を超える大企業となった今でも「永久ベンチャー」として、新たな挑戦を続けることを社風として謳っています。 同社の成長への原動力は、次々に新規事業に挑戦してきたところにあります。創業当初は、ネットオークションを手掛けていたものの、その後、事業の主軸をゲームからコマース、エンターテイメント、ヘルスケア、ライフスタイルメディア、そしてプロ野球球団と事業の幅を広げてきました。DeNA創業者の南場智子会長=2013年11月20日 その成長を支えてきたのが、「年功や肩書に囚われない権限付与」です。創業者の南場智子氏は、その方式を「パーミッションレス型」と称しています。日本語に訳すと「許可不要」とでも言えるでしょうか。南場氏は、次のように語っています。 「私たちは失敗と反省を繰り返して、経営会議だけで決めることをやめてしまいました」「偉い肩書を持っている人間がなんでも決める時代は終わりました。そのサービスの素晴らしさ、そしてサービスのアクセルを踏むか否かのジャッジするのは経営会議ではなく、ユーザーなのです」(「南場智子が語る『新しいビジネスの作り方とデザインの関係』UI Crunch U25」 エン・ジャパン「キャリア・ハック」2015年9月25日付)成果を出した人から、次の活躍の場を得られる「早抜け方式」成果を出した人から、次の活躍の場を得られる「早抜け方式」 急激な成長を支えるために、意慾、能力ともに高い人材の確保に力を入れているのもディー・エヌ・エーの特徴です。 2014年度4月に同社に新卒採用された98名のうち、東大卒(学部、院卒)は28名。学生数の多い早稲田、慶応をおさえ、4分の1以上を東大卒が占める結果となりました(「激変、東大生の就活!新御三家はこの3社!商社、金融を押しのける 人気のメガベンチャー」東洋経済オンライン 2014年3月31日付)。 もちろん、東大卒だからといってビジネスパーソンとして優秀とは限りません。しかし、ディー・エヌ・エー社は数日間の合宿方式のインターンシップを行い、そこにメンターとして社員を張り付けて指導に当たらせるなど、新卒採用の目利きには多大なリソースを注いでいます(前述記事)。その結果が入社社員の学歴として現れたと考えてよいでしょう。 また、成果をあげた社員へのインセンティブとして、「好きなこと」を手掛ける優先権を与えていることも特徴的です。 2010年から2013年にヒューマンリソース本部長を務めた中島宏氏は、「活躍している順に好きなことをやらせるという異動ポリシー」があるとインタビューで語っています(「2020年の人事シナリオ~企業人事トップ×ワークス研究所 所長対談」リクルートワークス研究所) このポリシーは、新入社員として入社した直後から適用されているようです。ディー・エヌ・エーで技術人事を担当する大月英照氏によると、新人エンジニア研修では、研修を終えた人から実際の配属になる「早抜け方式」を取っているとのこと。(「新入社員を未来のスーパーエンジニアに!ディー・エヌ・エーの「早抜け」方式の新卒研修とは」 「SELECK(セレック)」リレーションズ株式会社 2015 年 8月20日付) こうした例から見ると、ディー・エヌ・エーは、「成果の出た人が、さらに次のやりたいことを行う場を、他の人より早く得ることができる」施策を取ることによって、社員のモチベーションを喚起し、組織を活性化してきたと考えられます。能力と意欲に自負する優秀な人材が集まる効果も大きかったでしょう。 もともとモバイルゲームが事業の柱であったディー・エヌ・エーが、キュレーションメディアを買収したのが2014年。そこから2年間で、情報サイトの中で圧倒的な存在感を示すまでに成長を遂げた背景には、有効な戦略を考え、実行力のある優秀な社員の存在の寄与するところも大きかったと思います。業績に直接影響しない要素は軽視した?業績に直接影響しない要素は軽視した? ディー・エヌ・エーは2015年度の決算説明会で、新たな事業の柱として、今回問題となったキュレーションプラットフォーム事業を2016年度下期に黒字化し、2017年度には利益貢献できるまでに育てる計画を発表していました。その達成のために、経営陣も含めて、売上最優先に走ってしまったことは想像に難くありません。 この状況の中で、社員は売上のような目に見える成果を競い合うようになっていったことは容易に想像できます。成果をあげて、次の成長事業に自分のフィールドを移していかないと、ディー・エヌ・エー社員である限り、下手をすると永遠に成長の余地のない事業部門に残らざるを得ない状況に陥りかねないからです。 そうした状況の中で、業績に直接影響のない、いや、見ようによっては「売上アップの阻害要因」と考えられる著作権管理やコンプライアンスといった要素は軽視されがちになったのではないでしょうか。前述の「パーミッションレス方式」は、ユーザー志向の意思決定をめざしたものであったはずです。しかし、大企業となった組織には、経営者の芯の意図が末端まで浸透するのは難しいのが現実です。「ユーザーの支持がある=売上があがる事業ならゴーサイン」と、誤解が生じてしまったと考えられます。 コンプライアンスは、「守って当たり前のもの」。守らなかったときの罰則はあるものの、厳密に守ったからと言って、そのこと自体で評価されることは、ほとんどありません。そのため、評価につながる売上アップなどが優先されがちです。しかし、売上アップとコンプライアンスと、二律背反のことを両立させるのが経営でます。ディー・エヌ・エーでは、目に見える成果を追い求めるあまり、評価軸が偏ってしまい、コントロールが効かなくなっていたのではないでしょうか。組織の活力を失わずに改革をするには?組織の活力を失わずに改革をするには?旧リクルートコスモス(現:コスモスイニシア)本社 今回のディー・エヌ・エーの事件をきっかけに、私が思い出したのはリクルートのことです。若手に大幅な権限移譲を行いながら、新規事業で成長を果たしたという点で、リクルートとディー・エヌ・エーとは非常に似た文化を持っています。 リクルートは、かつてトップによる未公開株贈賄事件で糾弾を受け、バブル崩壊後の事業の行き詰まりも重なり、冬の時代を送りました。 そんなリクルートが復活を果たしたのは、社員が社内ではなく、お客様に真摯に向き合い続けたことで、顧客の支持を失わずに済んだからです。元リクルート・フェローの藤原和博氏は、著書で以下のように述懐しています。 「結果的には、リクルートというよりは、営業マン一人ひとりのお客様に相対してやっていたサービスが、ギリギリのところで会社の信用をつなぎとめた。また、リクルートという社名は傷ついても、各情報誌のブランドに瑕がつくことはなかったことも大きい。(中略)半年間、マスコミのリクルートたたきが続いても、読者と顧客は離れなかった。」(「リクルートという奇跡」2002年9月 文藝春秋刊) 藤原氏によると、この事件を機に、創業者である江副氏の個人商店的組織から、本当の意味で社員個々が立つ組織に脱皮できたとも語っています。 今回問題となったディー・エヌ・エーのキュレーション事業については、残念ながら「お客様と相対し」ている状態ではなく、社内の評価軸に向いているようです。であるならば、まず顧客が本当に何を望んでいるのか、誠実に向き合うことが必要なのではないでしょうか。 ディー・エヌ・エー全体で見たときに、その要素は十分にあると思います。例を挙げると、横浜ベイスターズや横浜スタジアムの経営です。 今年、久しぶりに横浜スタジアムに野球観戦に出かけ、サービスレベルの向上に目を見張りました。ディー・エヌ・エーがオーナーとなってもらって、本当に良かったと思っています。 肩書や年功に囚われない実力主義は、組織の活力を維持するためにも重要です。また経営陣の意思や机上の分析より、「ユーザーエクスペリエンス」を重視することも決して間違ってはいません。しかし、ユーザーの期待には、コンプライアンスに基づく「信頼性」への期待も含まれています。 ディー・エヌ・エーは自らを「清々しく、泥臭く、逆境を楽しむ 飽くなき挑戦を続ける、永久ベンチャー」と称しています。ぜひこの逆境を、自らを鍛える機会とし、新たな成長のきっかけとされることを期待しています。【参考記事】■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか? http://sharescafe.net/49083976-20160715.html■SMAP騒動の裏に見える「中年の危機」http://sharescafe.net/47565368-20160120.html■近鉄車掌飛び降り問題を、「怒り」の視点から考えてみた。http://sharescafe.net/49684012-20161003.html■「女性活躍推進法」は女性を追いつめる両刃の剣? http://sharescafe.net/48120829-20160322.html■石原さとみさん主演「地味にスゴイ!校閲ガール」は報われない仕事をやっていると思った時にお勧めしたい。http://sharescafe.net/49959839-20161109.html

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    ゴミ記事を量産20代「元編集長」がテキトー過ぎる運営を激白

    得ている人も少なくない昨今、IT大手ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営する“医療情報キュレーションメディア”「WELQ」が炎上した。出典の曖昧な記事やデマや信憑性が低く、さらに薬事法にも抵触しているような記事を量産し掲載していたことが原因で、新興ネットメディアの運営は大手といえども驚くほどいい加減なものが多いことが浮き彫りになる事件だった。11月29日をもってWELQのすべての記事の非公開を決定、同社が運営するWELQ以外の9つのキュレーションメディアについても、12月7日までにすべて公開を中止した。  東京都の丸山麗子さん(仮名・28歳女性)も、そんな「いいかげんメディア」の運営に関わった一人。某IT企業に転職して間もなく、その会社が持っていたポータルサイトの「編集長」にされてしまったのだという。――突然編集長に?丸山:前職で編集の経験があったからか、『このサイトで記事をアップして』って言われたんですね。受けたら次の週、編集長の名刺を渡されたんです(笑)。女性向けの美容とかカルチャーの記事を、まずは準備期間1ヶ月ほどで、1人で1日1~3記事。ビジネスとしてはかなり小さいものでしたが……会社の「負の遺産」をどうにかしてくれる人が欲しかったんでしょうね。――負の遺産、とは?丸山:私が入るずっと前からそのサイトはあったみたいなんですけど、有名な会社にサイトを構築してもらったらしくて、ほっといても月に数十万円の維持費がかかるような状態だったんですね……誰もお金に換えることができなかったから、新人にやらせちゃえ! みたいな(笑)。月間PV3万くらいのサイトを、まず3ヶ月で10万にします! という目標でした。――まずどのように運営を始めたんですか?丸山:準備期間のうちに、まず昔の仕事仲間に声をかけました。でも、あんまり安いお金では動いてもらえないから、どうにか予算をつけてもらって、1記事3000~5000円。「安くてごめんねー」なんて言いながら頼んでました。 後から知ったんですが、実はこれって破格に高いんですよね? この額って他の有名なメディアと同じくらいだったりしました。クラウドワークスみたいなサービスを使って素人ライターを雇えば1記事100円なんていうのもザラで……。自然と行き着いた「小エロ系記事」――節約しきれなかったんですね。丸山:はい。でも、100円とかで書かれる記事なんて面白いわけがありませんよね……。そんな風に準備をしていたら、PVが実は月間1万以下しかないサイトだということが発覚して。でも、あてがわれた目標は変わりませんでした。3万が10万になるのと、1万が10万になるのは相当違いますよね(笑)。 相当慌てたので、正式に更新をはじめてからは、PVの稼げるようなことはなんでもやりました。例えばNHKのドキュメンタリー番組には「再放送」があるので、1回目を見た後にその内容を取り上げて記事にすると、2回目の放送の直後にPVが稼げるとか……セコいですよね。芸能人をタダで出したかったので、PR会社の知人に頼って記者会見発表に山ほど行って、どうでもいいような発言をムリヤリ女子の教訓にしてみたりとか……そんな流れの中、自然と行き着いたのは「小エロ系記事」でしたね。――女性向けのエロ系記事……?丸山:ライターも全員女性だったんですけど、お任せしておくとエロ系の記事ばっかり上げてくるんですよ(笑)。『an・an』が「セックスできれいになる」って言ってる部分はどこなのか女医さんに聞いてみたりとか、行為の時の手の動きがエクササイズになるだとか……バカでしょ? そういう記事ばっかりだったわけでもないんですが、途中まで順調にPVは上がりましたね。――目標は達成したんですか?丸山:1ヶ月遅れで達成しました。でもその先のことは何も考えてなかった。「売れるサイト」にするには特定のジャンルのキーワードで検索に強くなることが必要だったりするんですが、うちのサイトはPVを上げることだけに照準を当てて運用してたので、特定のエロ系ワードにだけ異様に強い感じでした。 PVが上がっても、収益は上がらないまま……でも、私もみんなも当時はわかってなかったんで、誰にも怒られたりしませんでしたね……。――サイトはどうなったんですか。丸山:その後もしばらく続けていましたが、予算削減である時静かに閉じていくことになりました。サイトオープン時にすでに2000万円、私が入るまでに3000万円かかっていたサイトは、どうでもいい記事を世の中に撒き散らして消えたんです。でも、ゴミみたいなサイトをネットの海に残しちゃうより、うちのサイトはちゃんと消えたから、まだマシかな……と思っています。関連記事■ 紗栄子 ローションドロドロ誕生会、費用は1000万円■ 高橋由美子 「生々しくてヤバい」写真集の秘蔵カット■ 炭水化物抜きダイエット実践の愛子さま「摂食障害」の指摘も■ 元アナ徳永有美 「いちばんの勝ち組」と囁かれる理由■ SMAP、最後の歌収録 中居正広は嗚咽を漏らした

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    極端な「潔癖主義」がネットメディアをつまらなくしないか

     岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) ネット情報の便利な点の一つに欲しいテーマについて情報が集まっている点があります。ニュースサイトでも関連ニュースが記事の下にずらっと並んでいますし、ファッションでも雑貨でも自動車でも趣味の分野に様々なブログやメルマガが立ち上がっていますがそれらを一括で取りまとめれば読み手としては便利であります。まとめサイトのことをIT用語でキュレーションサイトと呼ぶそうですが、最近、急速に問題視されるようになってきました。 ことの発端はDeNAが運営していたキュレーションサイトの一つで医療系の内容を取り扱うWELQに於いて不正確なものがあり、読者から批判が出ていた為、同社が運営するキュレーション サイトを確認したところ、信憑性の確認ができず、全キュレーションサイトの閉鎖に追い込まれたものです。日経の後追い記事を見る限り同様のサイトを持つリクルートやサイバーエージェント、ヤフーでも一部サイトの閉鎖や見直しを行っているようです。 正直、この問題の扱いは難しいと思います。 情報にどこまで信憑性を持たせるのか、すべての情報がいつも正しいかといえばそれはあり得ません。報道機関でも誤報はしばしば起きています。私が愛読する日経も一面トップが誤報だったことはしばしばあります。あるいは誤報かどうか、その判断は文面をじっくり読まないとひっかけられることもしばしばです。記事内容は条件付き肯定文になっていてもタイトルはあたかも無条件でそうなると思わせるような書き方をするケースもしばしばです。 これは数年前から特に顕著に表れたケースなのですが、非常に強いトーンのタイトルで読者を引っ張り込むのが一種のテクニックのようになったためにタイトルと内容が合致しないこともしばしばあるのです。私がかつて記事を提供していたところでも内容はそのままでタイトルはよりアグレッシブなものに書き換えられていました。 また、キュレーションサイトの場合、投稿内容は似たような記事が中心となるため、投稿者が競合意識を持ち、極端な書き方をするケースも出てきます。傍で見ていて「やりすぎだろう」と思ったこともしばしばですが、そのような気を引くサイトが更にヤフーなど総合型のポータルサイトに転載されればまさにそのトーンが市民権を得たような形にすらなりかねないのです。ブログもハイリスク 内容の点検、チェック機能も脆弱です。新聞社は何重にも内容を点検して違和感が出ない内容に校正しますが一般人のブログ形式ではそれはまずありえません。この辺りの粗削りさが出るのが良い部分でもあり、今回のように弱点にもなりえるのです。 例えばキュレーションサイトの代表格、トリップアドバイザーは旅行計画をするには旅行雑誌よりも早い情報と多くの写真でなるほど、その気にさせます。そうすれば旅行につながり、同サイトが提供するより具体的な旅行情報に誘導することができますのでビジネスにつながるということかと思います。 問題はこの情報が間違っていたり、限定的情報だった場合どうするのか、であります。 私もこのように毎日ブログを書かせていただき、多くの方にお読みいただいています。内容について注意深く書いていますが、何時も必ずしも正しいわけではなく、間違いもあります。そして皆様からご指摘をしばしば受けるわけです。また、ある一面から見ればそういう見方もできるかもしれないかなり際どい記事も当然ながらにしてあります。いわゆる「際物」はリスクが多い半面、そうなった場合、「へぇ、やっぱりあの記事の通りになった」という反応の大きさもあります。まさにハイリスクハイリターンです。 「際物」を「際物」としてお読みいただき、そのリスクを認識していただければそれがベストなのですが、時として前提条件のところを読み飛ばしてコアの部分だけを取り上げて「お前はこう言った」と指摘されると私もグーの音も出なくなります。この辺りが悩ましいところです。 私の場合には収益を持たないブログですので儲けるための一定方向のポジショントークはしません。これだけ多くの方が訪問されるブログなのに、なぜ儲けないのか、と思われるかもしれません。私のブログはそもそもが自分で勉強や見聞き、読み込んだインプットを自分なりに頭でまとめてアウトプットしなおすという自分の為の復習の作業であります。そのあたりが他のサイトと若干違うところかもしれません。完璧を目指すだけでいいのか では、本題に戻りますが、キュレーションサイトの間違いがある投稿は全部落とすべきなのでしょうか?そんな作業は今は旬な問題ですので一時的に運営者はやらざるを得ないとしてもいずれ、ギブアップしてしまうでしょう。どこまでを間違いとするかの判断も容易ではありません。そのためにいちいち専門家に聞いていたらそれこそ手間暇でサイト運営そのものが出来なくなります。 個人的には悪質なものについてはともかく、一般的なものはディスクレーマー(免責事項)をサイトにつけて読者に注意を促すしかない気がします。あるいはキュレーションサイトの運営者が書き手のクオリフィケーション(格付け)をつけるのも方法論としては考えられますが、これは難しいかもしれません。 日本人は極端な潔癖主義で一方向に影響を受けやすいタイプです。しかし、完璧を目指し、何処までも漂白して純白にしたら記事の「えぐみ」がなくなって面白くないものになると思います。 一つ、確実に言えることはキュレーションサイトに投稿する多くの書き手は本当に主張として書いているのか、儲けたかったからなのか、売名なのか、この辺りの書き手の質とそれを著名キュレーションサイトが載せてしまう短絡なスキームにも疑問点は残るでしょう。実に微妙なところです。(公式ブログ「外から見る日本、見られる日本人」から2016年12月6日分を転載)

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    なぜ木村太郎だけが「トランプ勝利」を的中できたのか

    ランプが、なぜヒラリーに勝利したのかを考えると、トランプはヒラリーに勝ったというより、アメリカの大手メディアに勝ったということなんです。逆に言えば最大の敗者は大手メディアだったんですね。 ジャーナリストの一人として、大統領選を報道するアメリカ大手メディアの姿勢にとても驚かされました。一番のいい例は、30年前に飛行機の中でトランプに体を触られたと公表した女性がいましたけど、これをニューヨーク・タイムズが1面トップ級の扱いで報じたことでしょう。米大手紙の大統領選報道について語る木村太郎氏 このニュースを見てやっぱりトランプは女に手がはやいんだなと思ったけど、翌日にはイギリスで「その飛行機におれは乗っていた」という人が名乗り出ていたんです。その男性はむしろ言い寄っていたのは女性の方だったと証言し、その内容がイギリスのタブロイド紙「デイリー・メール」に掲載されたんです。 デイリー・メールは記事にしたけど、このニュースはアメリカのネットメディアなんかにはもうその日に出まくっていた。これをアメリカの大手新聞は一切報じない。この女性問題についてはもう一人証言者がいて、女性はトランプが飛行機の座席のひじ掛けを上げて迫ってきたって言っていたけど、ひじ掛けは上がらないタイプだったと。 要は、ニューヨーク・タイムズは何も裏を取ることもなく、単なる反トランプ側の言う真偽不明なことを平気で1面トップ級で掲載したんです。そして誤報になっているにもかかわらず、訂正のような記事も出さなかったということです。これはもうクオリティペーパーとしてありえない。 メディアに支持する政党や候補がいて、社論があるのは当然です。大手メディアの大半はヒラリー支持を明確にしていました。ただ、これは日本のメディアも同じですけど、論評はそれでいい、でも一般記事まで傾いてウソをつくようになった。ニューヨーク・タイムズの例はほんの一例で、本当にここまでやるのかという記事がやたら多かった。 ワシントン・ポストについてはアマゾンのオーナー、ジェフ・ベゾスが買収したんですけど、アマゾンはいろんな意味でグローバリゼーションの旗頭なんです。トランプの主張はそれを否定しているんです。それで、ベゾスがトランプを潰せと号令をかけて、20人の取材チームつくってトランプのスキャンダル探しをずっとやらせていた。 もうアメリカの大手新聞はジャーナリズムというより、資本の論理が入ってきているんです。ジャーナリズムの信念というより、資本の論理が思いっきりはたらいて、これはテレビもそうですよ、とても危なくなってきていると感じましたね。「トランプ優勢」を言えない米大手メディア ワシントン・ポストのトランプのスキャンダル探しはジャーナリズムとしてアリですけど、いい加減なゴシップを裏も取らずに報じるのは間違っている。ワシントン・ポストのホワイトハウスのキャップなんて、ウィキリークスがばらしたけど、民主党のヒラリー選対の報道係にメール送ったのを暴露されたんです。 そのキャップはトランプのスキャンダル記事についてヒラリー側に「明日の一面トップで出ます、きっと気に入ってもらえると思います、これからもよろしくお願いします」なんて内容をメールで伝えているんです。敵対陣営のネタを記事が掲載される前に言うなんてタブーですよ。 ニューヨーク・タイムズも似たようなことをウィキリークスに暴露されて、テレビも同じようなものです。CNNはトランプにインタビューする前に、民主党の全国委員会にメールを出して、「看板キャスターがインタビューするからトランプを追い込むような質問を集めろ」ってね。これはちょっとひどいなと思いますよ。トランプ氏 大手メディアがこぞって今回の大統領選挙の結果を間違えたのかという点については、目の前を通っているトランプ支持者を自分たちで見えなくさせてしまったんです。あまりのヒラリー支持に凝り固まって、それが行き過ぎた。 何がなんでもトランプが嫌だという思いが強すぎて、たとえ世論調査の結果でも社内でトランプ優勢なんて言えないような雰囲気にまでなっていたようですね。メディアとして死んでいたということです。 メディアが政治的立ち位置を鮮明にするのはいいけど、フェアにやらないといけない。アメリカは今回、あまりに不公平だった印象が強い。こうした大手メディアの信用できない実態を国民は知っていたし、トランプもそこを逆手に取ったんでしょうね。 トランプは大手メディアを敵に回したことで得をしたんです。集会をやると必ずトランプがやることがあって、大手メディアの記者席がある方を指さして「後ろに並んでいるウソつきどもちょっと来い」なんて言って、僕もいましたけど、聴衆が一斉に後ろを向くんですよ。そしてブーイングが起きて、大いに盛り上がる。 トランプは政治経験もなく、スタッフの数も選挙資金もヒラリーの10分の1しかなかった。だけど、選挙参謀がネットメディアの経営者であまりに優秀だったんです。日本もそうなりつつあるけど、結局アメリカもネットメディアの勢いがものすごくて、トランプはきっちりネットメディアのすごいヤツを使っていた。 アメリカに「ブライトバート・ニュース」というニュースサイトがあります。そこの会長がスティーブン・バノンっていいますけど、その人が8月以降、トランプ陣営の総責任者を務めはじめて、それから猛烈にトランプは勢いづいていったんです。クオリティーペーパーは「地に落ちた」 結局、大手メディアは本当のことを報じない、でもネットメディアは本当のことを報じるというイメージが米国民に浸透しているんです。日本よりもとっくにネットメディアがそれなりに信用される土台ができている中でトランプが出現し、それをフルに活用したということなんです。 ずいぶん前の話ですが、「ドラッジ・レポート」というニュースサイトは、保守系なんですけど、ビル・クリントン元大統領とモニカ・ルインスキーの不倫問題を最初にすっぱ抜いたサイトなんです。 僕も毎朝ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズの見出しぐらいは見ますけど、見出しだけで中身がわかるから読まない。大手メディアのネットサイトはつまらないんです。逆にネットメディアは大手メディアのアンチテーゼで評価されている。ネットメディアは見出しからおもしろいし、真実を伝えているから読みますよ。「米大手紙は崇拝から軽蔑に変わった」と語る木村太郎氏 今回の大統領選のスタート時から、ずっとネットメディアを見ていて、それでトランプが勝つだろうと思った根拠の一助になっていますね。トランプの女性問題もそうですが、大手メディアがいい加減に報じたことの裏側情報を必ずネットメディアが出して、その真偽を証明するんです。 ならば、ネットメディアの方が新聞読者より多くなるし、影響力が出る。そこをトランプ陣営はよくわかっていて、選挙戦を展開したから、どれだけヒラリーの支持が見せかけだけなのかわかっていたんでしょうね。 ネットメディアは建前がない。知る権利に応えるとかではなくて、言いたいことをすぐに言おうみたいな。偏っていても、偏って何が悪いんだと。そういうことが言えるメディアなので、それが切磋琢磨していくと、優秀なやつが出てくるんです。 そしてその中から優れたジャーナリズムというか、報道が生まれてくる。アメリカのクオリティペーパーはもう地に落ちた。僕自身もかつて崇拝していたけど、今回の選挙で追いかけて見ていて失望したし、むしろ軽蔑しましたね。 トランプを当選させた最大の功労者は先ほど触れたバノンです。トランプ就任後の人事で、首席補佐官と同列の地位につくようです。反トランプから人種差別主義者だとか批判の声は大きいですが、今後はバノンが社長のブライトバート・ニュースを見ないとトランプ政権の真の方向性がわからない時代になるかもしれない。大手メディアがホワイトハウスのマスコミの中枢から疎外される可能性も十分にありえると思いますよ。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資) きむら・たろう 昭和13年、米国生まれ。慶応大法学部卒。NHKの海外特派員やキャスターを経て63年、フリーに転身。現在、フジテレビ系「Mr.サンデー」などでコメンテーターを務めている。

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    トランプ叩きで墓穴を掘った既存メディアの「不都合な真実」

    渡邉哲也(経済評論家) 米国大統領選挙は、私がフジサンケイビジネスアイに寄稿した「【高論卓説】米メディアの選挙ビジネス 批判逆手に存在感、トランプ氏が全否定」の予想通りの結果に終わった。ほぼすべてのメディアがヒラリー優勢という情報を流す中、結果的にトランプが勝利したわけだ。また、その理由に関しては、9月末にiRONNAに寄稿した「米左翼メディアが垂れ流すトランプの「ネガキャン」に騙されるな」ですでに解説済みだ。 記事で確認できると思うが、今回の大統領選挙、私の「予想シナリオ通り」に進んだのではないだろうか? いまだにトランプへのネガティブキャンペーンを続け、必死に言い訳を考え自己正当化しているメディアが多数見受けられるが見苦しい限りであるといえる。米大統領選でのトランプ氏の予想外の勝利を伝える ニューヨーク証券取引所内のテレビ=11月9日 歴史に「もし」はなく、過去は変えられないのである。必死にトランプ批判を繰り広げたところでトランプが次期大統領になるのは事実であり、確定項でしかない。また、他国の国民が選んだ次期大統領に対して、評論を超える人格批判をするのは間違っていると私は思う。それは米国人への侮辱行為でもあるわけだ。 では、何故、そこまで批判に固執するのか考えてみたい。このような場合、「相手の立場で考える」これが思考の基本になる。彼らがそこまで批判に固執するには彼らなりの理由があるからであり、それが「不都合な事実」であるからに違いないからである。 私が考えるに、一番の理由は自分たちの選挙予測や世論調査が外れたことであると思う。事実を必死に批判することで、自己を正当化し、その事実から目を背けたいことのあらわれだ。同時に、これが日本にも波及することをおそれているのであろう。 今回の選挙戦では、全米の大手紙100社の内、ヒラリー支持が57社 トランプ支持は2社であったと報じられている。(11月7日 NHK)つまり、レガシーメディアの神通力は世論を動かせなかったわけである。そして、今回の選挙結果は「メディア世論」と「大衆世論」の乖離を印象づけるものであったわけである。トランプ勝利、騒ぐには理由がある 二番目の理由は放送作家や論説員や執筆者、コメンテーターなどの問題であると思う。一部の選挙速報などがその典型であるが、票が開くにつれ、お葬式モードに突入し、アナウンサーもコメンテーターも言葉を失っていったわけである。すでに用意されていた台本やテロップ、予定稿が使えなくなり、呼んでいたヒラリー支持のコメンテーターも立場を失ってしまった。それは拷問に近いものであっただろう。さらに、選挙後の分析報道においても同じく「外した」人たちが行っているわけであり、批判的になるのは当然と言えよう。 そして、三番目の理由は、トランプが一部の人達にとっての「聖域」を壊したからである。米国のリベラルメディアと米国民主党は人権や差別撤廃という美名のもとで、少数派と言われる人たちの権利を拡大してきた。そして、それに反する行為に対して、「レイシスト」というレッテル貼りを行い、言論封殺してきたわけである。このため、メディアによる批判を恐れる政治家は、問題に触れるのを忌避し、これが聖域になっていたのだ。しかし、トランプはあえてこの問題を提起し、政治の舞台に載せたわけである。 日本のメディアで報じられた「問題発言」のほとんどが、この類の話であり、それも微妙なすり替えがなされていたものが多い。例えば、「移民排斥」であるが、トランプが主張していたのは「違法移民の強制送還」であり、「合法的な移民を否定するものではない」しごく当然の話であるわけだが、これすら議論を許さなかったわけである。その上で、不当に権利が拡大されてきたのであった。そして、米国人はNOを突きつけたというわけである。これを認めることは、一部の日本のメディアにとっても非常に不都合であるのだろう。米大統領選でトランプ氏の勝利に抗議する人々 =11月10日、サンフランシスコ そして、現在、反トランプデモなどが行われており、それを必死に報じている人たちがいるようだが、それはアメリカ人の一部でしかなく、アメリカ人であるかもわからないのである。強制送還される可能性が高い不法移民がトランプ批判を繰り広げるのは当然であるとも言えるわけだ。また、民主主義にとって、主権者である国民が政治を選ぶ選挙が最も大切であり、デモや暴動により選挙が否定されることなどあってはならない。 これは日本にも言えることだ。そして、集団的自衛権反対や反安倍デモを好意的に捉えていたり、支援している人たちとトランプ批判を繰り広げている人たちがかぶると思うのは私だけではないだろう。お困りだから騒ぐのであり、騒いでいるのはお困りだからなのである。

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    「隠れトランプ」はどこに潜んでいたのか

    「世紀の番狂わせ」と言われた米大統領選をめぐり、米大手メディアによる事前の世論調査がことごとく外れたことに衝撃が広がった。とりわけ注目されたのが「隠れトランプ票」の存在である。「トランプ憎し」の極端なスタンスで報じ続けたメディア不信の表れとの指摘もあるが、なぜ既存メディアは票読みを誤ったのか。

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    トランプ勝率「2%」と読んだ米大手メディアの傲慢と怠慢

    ワシントン・ポストなどが並ぶ米国の新聞自動販売機 さて翻って、アメリカ大統領選だ。巷ではアメリカ主要メディアが何故予測を大きく外したのか、その原因を探る、と言った記事が溢れている。なにせ日本でおなじみ、クオリティペーパーのニューヨーク・タイムズは選挙終盤(10月末)にヒラリー勝利の確率は92%、ワシントン・ポストに至っては98%などと打った。そもそも選挙で「勝率」を予測する習慣は日本にはないが、どんな根拠でこの予測をたたき出したのか大いに興味がある。大方、世論調査の数字から予測したのだろうが、それだけでは正確な予測は出来ないと思うのだが。 日本の選挙情勢取材について紹介すると、小生はテレビ記者だったからテレビのケースだが(新聞も大体同じ)、まずはキー局の記者は激戦区(注目選挙区)に飛び、ローカル局の記者とペアで各候補者の選挙対策本部を取材する。そして各候補者の市区町村別の予想得票数を予測し、本社に持ち帰って過去のデータと突っつき合わせ、コンピューターで最終当確を判定するのである。いわゆる「判定会議」は投開票日の3日前くらいまで数回開かれ、確度を高めていく。 テレビ局の選挙特番は大体夜8時開始だが、その瞬間に各局当確人数と顔ぶれが出るのはそうした取材の裏打ちがあってのことだ。その後開票が進むにしたがって、出口調査の結果も加味し、激戦区の投票状況を見極めながら、他局に先駆けて一秒でも早く当確を打つことを至上命題とするのだ。米主要メディアだって一ローカルペーパー 業界で言う「誤打ち」、つまり当確を出したにもかかわらずその後それを取り消すことは、その局の恥となる。後々監督官庁である総務省に顛末を説明しなければならないからだ。いずれにしてもそれほど選挙取材というものは各メディア総力戦で臨むものである。 さて、米主要メディアはどこまで選挙区情勢を取材したのだろうか。そもそもニューヨーク・タイムズとかワシントン・ポストなどといっても東海岸の一ローカルペーパー(地方紙)に過ぎない。アメリカは広大だ。各州で圧倒的に読まれているのは地方紙だけだ。 ニューヨーク・タイムズの記者が足を使って、激戦州をくまなく取材しただろうか。マンパワーから見て不可能なのではないか。もしそうした地道な取材をしていたなら、こんな恥ずかしい予測外し=誤打ちは起こり得なかったと思うのだが。単に世論調査の数字だけから予測を行ったとしたらメディアとして怠慢としかいいようがない。 次に考えるべきは、主要メディアは最初からバイアスがかかっている、ということだ。彼らの「ヒラリー押し」は当然すぎるほど当然だ。なにせほとんどが民主党寄りなのだ。最初からヒラリーありきで紙面が構成されている。アメリカで取材しているものなら全員知っている事だが。アメリカの新聞は、選挙終盤にEndorsement(エンドースメント)といってどの候補者を支持するか、紙面で旗幟鮮明にするくらいである。 編集部内で編集長が、かつてのテレビ朝日の「椿事件」よろしく、「トランプを落とすために全力を尽くせ!」と言ったかどうかは知る由もないが、少なくともトランプを礼賛する記事を積極的に乗せなかったことは間違いない。批判記事はふんだんに載せたが。新たな報道手法を生み出すチャンス 実際、面白いくらい失言、暴言を繰り返すトランプは恰好の餌食となった感がある。新聞しかり、テレビしかり、だ。そうした米主要メディアのバイアスが予測を見誤らせたのは間違いないだろう。さすがに数字の操作はしていないと思うが、ヒラリー優勢の世論調査を最初から信じ込んでいた、もしくは優先的に紙面に載せたことはあるだろう。 「隠れトランプ支持者」がこんなに多いとは思わなかった、という言い訳も聞こえてくる。英語では Silent/Closet/Hidden/Shy Trump Voters とかいうそうだが、公に口に出さずともトランプに託した人がこれだけいたという事実は厳然としてそこに存在している。 既存のワシントンD.C.の政治家の腐敗に対する不信と怒り、中産階級の間に溜まったオバマ政権の経済政策に対する不満を何故すくい取ることが出来なかったのか。エリート記者たちの「思い込み」や「驕り」がジャーナリストとしての眼を曇らせたのではないか。最初から結論ありきで最後まで世論を正しく知る努力を怠った結果が、米主要メディアの「誤打ち」につながったといえよう。 選挙後も彼らはトランプ叩きに余念がないように見える。曰く、政権移行が不調だ、うんぬんかんぬん。しかし、少なくても日本メディアはそれらをただ単に右から左に報道しているだけではなく、トランプ政権に入るであろうホワイトハウス高官候補や閣僚候補をいち早く取材し、日米同盟がより強固になるための提言などを報道することが求めれている。 最後に米主要メディアに言いたい。これだけ技術が進歩している今、ビッグデータをAI(人工知能)で処理することで、はるかに精度が高い予測を行うことが可能になっているはずだ。それはより正確な選挙予測に繋がる。今回の「誤打ち」問題は、新たな報道手法を生み出すチャンスでもあろう。そして、それは日本の既存メディアにも言えることだ。それが出来ないなら、新たなウェブメディアがその役を担うべきだろう。

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    報道の敗北、トランプの勝利 「世論調査」はなぜ外れた

    ・トランプ氏(共和党)が「逆転」勝利を収めた。事前に州毎の選挙人獲得予想を明らかにしたアメリカの主要メディアは10社以上あったが、その殆どがヒラリー氏勝利を予想していた。接戦を予想していた社でもヒラリー氏が10人前後リード、離れていた社では100人近い選挙人数の差を予想する社すらあった。2回連続「ほぼ完全的中」のネイト・シルバー氏が大敗北 中でも目を引いたのは、過去の大統領選で驚異的な的中率が注目されてきた「ファイブサーティエイト」のネイト・シルバー氏の予想だ。 ネイト・シルバー氏は、現職のオバマ大統領がミット・ロムニー候補(共和党)に勝利した2012年の前回大統領選で、全選挙区の勝者を的中させた。その前の、オバマ氏とジョン・マケイン候補(共和党)が争った2008年大統領選でも、1州を除き勝者を的中させたことで注目を浴びた。その後彼が開設したWebメディア「ファイブサーティエイト」の名前は、まさにその大統領選の選挙人の総数「538人」に因んだものだ。 そのファイブサーティエイトの最終の予測では、70人近い差でヒラリー氏が勝利するとしていた。そして、同サイトが開票前最後に公開した「ヒラリー氏が勝利する確率」は実に71.4%に達した。対するトランプ氏はわずか28.6%だった。 シルバー氏の予想手法の基本は、過去の世論調査のデータとその正確性の差異から情勢を確率論的に分析するものだ。それが今回大きく外れる結果となった背景には、後述する元の調査データの「不正確さ」に加え、それに影響された個別の州での情勢の読み誤りの積み重ねがあると見られる。 アメリカの大統領選挙は、全国世論調査では数ポイント差の僅差でも、(一部の州を除き)州毎に1票でも上回った候補がその州の選挙人を総取りする方式(winner takes all)だけに、州ごとのミスの蓄積が大きな誤差につながってしまう。トランプ陣営すら負けを覚悟?出口調査も外れ多く トランプ陣営すら負けを覚悟? ちなみに、今回外れたのは上記のような事前の世論調査だけではない。期日前投票や当日投票の出口調査でも、主要メディアの調査では「ヒラリー氏が大統領にふさわしい」とする回答が最多となるなど、開票状況と食い違う内容がかなり目立った。 それがために、最初の州の投票締め切り直後には、トランプ陣営の上級顧問が取材に対して「奇跡」でも起こらない限り逆転は無理、と話すなど、トランプ陣営ですら勝利は厳しいと見ていた節がある。ある全米ネットワークの選挙特番のキャスターは「(トランプ氏が)自ら不正の温床と呼んでいたシステムの上で、トランプ氏は勝利を収めつつある」との趣旨のコメントをした。 こうした現象が示す意味は「データに忠実であればあるほど、情勢を読み誤りやすかった」ということだ。シルバー氏をはじめとする専門家の予想の大半が完全に外れた背景には、いわゆる「隠れトランプ支持者」の存在が調査結果を歪ませる影響を与えた、とする分析が多い。つまり、調査会社の調査に対して「私はトランプ支持者です」と答えることを躊躇する有権者が、結果に大きな歪みを与えるほど多く存在したのではないか、とする仮説だ。トランプ氏は「ポリティカル・コレクトネス」(政治的公正さ)を無視した過激な課題提起を行い、それがためにKKKなどに代表される人種差別的主張をする勢力の支持すら得てきた。トランプ氏を支持すると名乗ることが、社会的にレイシストだと誤解されると恐れた「隠れトランプ支持」の有権者がかなりの数存在したのではないか、という見立てだ。 加えて、フロリダ州などでは、トランプ氏側のネガティブキャンペーンや投票日間際のFBIのヒラリー氏に対するメール問題捜査に関する動きの結果、本来ヒラリー氏に入ったはずの票がリバタリアン党や緑の党の独立系候補に流れ、最終的に僅差でトランプ氏が勝つ結果を産んだという指摘もある。 結果として、いわゆるポリティカル・コレクトネスを無視した候補やその支持者には、ポリティカル・コレクトネスを前提に「建前」を聞くかのような従来の世論調査が通用しない、という新たな課題を突きつけられたのかもしれない。 これは、既存の報道機関や世論調査を担う専門家にとって、非常に深刻な問題だ。リスク排除のための調査が逆にリスクにリスク排除のための調査が逆にリスクに そもそも、選挙情勢を探る世論調査とは、不透明感や不確実性を排除するために行われるものだ。つまり、その調査の結果導き出された「全うな予測」がこうも外れるということは、調査が不確実性を抑えるどころか逆に増やすことになる。不確実性即ちリスクを値踏みし、あるいは払拭するためにやっている調査が、逆に疑心暗鬼を生じパニックを誘う原因を作ったわけで、私たちを含む世論調査の担い手には重大な課題が突きつけられている。 実際、昨日までNYダウ平均株価や日経平均株価など、世界の株式市場は「ヒラリー有利」を織り込んで安定ないし上昇していたが、きょうになって「トランプ氏勝利」のリスクが一気に可視化されると瞬く間に「パニック売り」の様相となった。日本時間きょう午前中のうちに、日経平均先物は瞬く間に800円以上値下がりし、メキシコペソは米ドルに対して過去20年で最大の下落を記録した。夕刻になり、株安はアジアから欧州にも波及し「トランプ・ショック」が広がっている。 ただ、こうした世論調査をめぐる問題自体は、実は突然降って湧いた問題ではない。昨年2015年にイギリスで行われた総選挙で注目され始めた問題だ。 元々、2015年イギリス総選挙では、当時のデービッド・キャメロン保守党政権とエド・ミリバンド氏率いる野党・労働党がいずれも過半数を取れない「ハング・パーラメント」の状態になる、との見立てが世論調査機関や報道機関の「相場観」だった。ところが、蓋を開けてみるとキャメロン保守党が大勝しただけでなく、大きな躍進が「危険視」されていた極右のUKIP(英国独立党)が1議席の獲得にとどまるなど「過去70年で最悪」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)と評されるほどの外れ方だった。 イギリスの世論調査機関や報道機関にとってこの傷跡はまだ生々しく、今年6月のBrexit(ブレグジット:英国のEU離脱問題)を問う国民投票に際しては、各社が調査手法の課題を徹底的に洗い出し、改善を図ったとされる。しかし、それでも6月23日の投票日前日までの調査で「残留派がやや有利」とする相場観に反し、結果は「離脱多数」となった。 今回のアメリカ大統領選がBrexitと同じようにならないか、という心配はアメリカでも事前に議論されてはいたが、専門家はアメリカで長く、多く積み重ねられた世論調査の実績など様々な理由を総動員して「イギリスとは違う」とする見立てを説明する向きが目立った。今回、図らずもこの「外れ世論調査」問題がイギリス以外でも発現する問題だということを、衝撃的な結果をもって突きつけられたわけだ。 「社会調査」としての世論調査の限界をどう克服するか、これからのトランプ政権の行方と合わせて、重要な課題が浮かび上がってきた。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年11月9日分を転載)

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    大統領選で日本を覆いつくした米メディアのソフトパワー

    事実です。そして、大半の人がヒラリー勝利を確信していたものと思います。 実際にはヒラリー勝利は「米国メディアがそう報じたこと」以外はほとんど無根拠な予測でしかなく、トランプ氏がヒラリーを破ったことで皆が幻想を見せられていたことが分かりました。このことについて筆者は散々論じてきたので今回は割愛します。興味ある人はこちらまで。(なぜ有識者は「トランプ当選」を外し続けたのか?) 今回、筆者が伝えたいことは、巨大なメディアを有している国のソフトパワーについてです。 ソフトパワーは元々ジョセフ・ナイ(クリントン大統領時代のブレーン・知日派)によって提唱された通貨、文化、その他諸々多様な要素を含む国力の新しい概念でした。そして、この概念はグローバル社会におけるハードパワー(軍事力)に匹敵する力として様々な批判を浴びながらも定着したものになっていると思います。 今回、米国大統領選挙に関する日本の様子を見ていて、筆者が感じたことは「この国は簡単に米国のプロパガンダにやられる、ソフトパワーとしては三流国なのだ」ということです。 日本のメディアは米国の報道を垂れ流し続けて何の疑問もなく、そして国内からもほとんど報道内容がおかしいという検証もなされないわけです。ヒラリー万歳報道に散々騙された挙句、更に米国メディアの「かくれトランプ支持者」なる言い訳報道を何の検証もなく鵜呑みにしているわけです。オレオレ詐欺が無くならないわけだとしみじみします。 まさに文化的・メディア的な植民地状態を露呈した有り様であり、米国のメディアが持つ影響力は日本にとって非常に脅威だと感じました。米国エスタブリッシュメントの代弁者 さらに、単純に日本のメディアが米国メディアの丸写しであるというだけでなく、そこに登場する有識者の大半も米国エスタブリッシュメントの代弁者に善意によって自然となってしまう構造があります。ハーバード大学 それらの有識者とされる人々は官僚・学者・メディアの人間ですが、彼らは米国滞在中に大学・メディア・役人などの極めてリベラルな人たちと接触する機会を多く持つことになります。 そして、日本人は米国政治における基礎的な政治教育を受けることないので、先方のエリート大学などに留学して教育を受けてすっかりリベラルに染め上げられてしまいます。更に、ハーバードをはじめとした米国のエリート大学の中でエスタブリッシュメントとの人間関係が出来上がります。なぜ米国民の半数は屈しなかったか 彼らが米国の友人に聞いたとか、米国でヒアリングしたとか、という際に接触しているのは、リベラルなエスタブリッシュメントばかりなので情報にバイアスがかかります。 そのため、これらの人々が日本のメディアに出て解説を行うことでメディアの偏りが一層加速する形になります。これは陰謀説というよりも、人間ってそういうものだよね、っていう話だと思ってください。彼らが悪いというよりも構造上仕方がないことなのです。 こうして米国エスタブリッシュメントの無自覚な代弁者が出来上がっていくものなのです。筆者は一方に偏り過ぎた情報のみが真実として日本に入ってくることには強い疑問を感じます。 米国のように優れた大学などの教育機関を有していると、世界各国から人材を受け入れてネットワークを作ることができるという「ソフトパワー戦略の見本」を示してくれているとも言えますが…なぜ米国民の半数は屈しなかったか 私たちのような外人(日本人)がすっかりヒラリー大統領だと思い込まされていたにも関わらず、米国では何故半数の人々がヒラリーを拒絶するような不屈の精神を発揮できたのでしょうか。 それは共和党系のグラスルーツ(草の根団体)による政治教育の結果です。米国共和党系の保守派グラスルーツは長年のCNNを筆頭とした偏向報道に対して非常に深い懸念を抱いています。そのため、大手メディアは常に民主党に偏向していることを自らの支持者に伝えているため、もはや米国共和党支持者にとっては米国メディアの偏向報道は慣れっこ&スルーになっているわけです。 更に、どのテレビ番組が放映時間の何分間で偏向報道を行ったのか、を計測して発表するような非営利団体まで存在しており、大手メディアは国民側からも常に監視されています。もはや権力と化したメディアは国民に根差したグラスルーツに監視される存在になっているのです。日本もメディア報道に振り回されないリテラシーを また、共和党側からはリベラルに偏重する米国の大学への信頼も地に落ちているため、その代替機関として政府から独立した民間シンクタンクが発達しています。これらの組織は自由主義の立場(米国のリベラル=大きな政府の反対)から独自の提言・レポートを生産しており、共和党支持者はシンクタンクからの情報を信頼しています。 上記の通り、米国内ではメディア・大学・政府を牛耳るエスタブリッシュメントに対抗するソフトパワーが準備されており、 米国民はそれらの情報を摂取しているため、多少メディアが煽ったところで簡単に騙されにくい構造ができあがっています。メディア報道に振り回されないリテラシーを 日本は独自のメディア情報網が非常に脆弱であり、米国における情報収集能力でも上記の有り様という状況になっています。そのため、一朝一夕で日本独自の情報発信組織を作ることは困難です。 そこで、一般的なメディアなどに対する免疫をつけることから始めるべきでしょう。 筆者は特に今回のヒラリー勝利の誤情報を国会議員ですら信じ込んでいた人も多かったことを懸念しています。このような貧弱なソフトパワー・脆弱な国家のままでは簡単に外国にひっくり返されるのが関の山だからです。今回、ヒラリーが必ず勝つと思っていた国会議員の人たちはリテラシーが低すぎて外交に携わって頂くのが心配で仕方がありません。 そのため、初歩としては、日本国内のメディア・大学などのリベラル偏向に対する米国流のグラスルーツの対抗措置を参考にして、日本版のリテラシーを高める試みを実践していくことが望まれます。そうすることで、外国メディアに対するリテラシーを高めることは自然とできるようになってくるでしょう。 米国エスタブリッシュメントが有する圧倒的なソフトパワーを見せつけられたこと、それが今回の大統領選挙における日本人としての最大の収穫だったと感じています。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年11月14日分を転載)

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    トランプ負けの世論調査はなぜ外れたか―を想像する

    の流れのママにはさせないぞ」という反感が投票行動の動機となったりする。この場合「世の中の流れ」には「メディアから発表される世論調査の動向」も含まれるので、世論調査の結果そのものが反対の行動を促す原因になったりするのではないか――と想像するのである。 ひとつ私がよく知っている事象を述べるなら、ここで想像したことは決してヨソゴトではない。 国政に関する日本の世論調査を長い期間で分析すると、ここ数年は「選挙の直前に無党派層が大きく減少する」傾向が顕著に表れている。平時は「支持政党特になし」と回答している人々が、選挙が近づくと急に支持政党を分明にするように態度を変えるのである。しかもその支持成分の推移を細かく追いかけていくと、「先週は共産党支持だったが今週は自民党支持に変わったとしか考えられない」ような極端で短期的な変化が繰り返される動態が読み取れる。 私はこのように揺れ動く人々を「気まぐれ層」と名付けているが、その動きは決して無視できない。気まぐれ層は、おおむね有権者の2割程度居る。気まぐれ層の4分の1程度がなにかのきっかけで投票日に同じ傾向の投票行動をすると、その投票を受けた政党ないし有権者は勝つ。衆院選の全国の小選挙区で同じような現象が起これば「政権の交代」が起こる。これが「風が吹く」という現象である。 風が吹くときに政治の行方を左右しているのは、普段から政治に関心を持ってイデオロギーや政策の支持不支持を決めている有権者ではない。選挙直前になにかのきっかけで「気まぐれに」行動した有権者――ということになる。それでいいのか? 今年6月の英国のEU離脱の国民投票、そして11月の米大統領選挙に、このような「風が吹いた」現象があるとすれば、世論調査はあまり正しい結果をもたらさなかったのも無理もなかったのかもしれない。 ではどうすれば……。あまり嬉しい感じはないのだが、おそらく検索エンジンやSNSプラットホームのトラフィックを分析することが最もよく世論を表象するのではないかと思う。平時における政治事象への関心の高さ低さから、選挙戦の支持の趨勢まで、よーく見渡せるビッグデータはそこにある。が、表に出てくることはないのだろうなあ――と嘆息。

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    トランプ大統領で合衆国「内陸」と「沿岸」の分断が進む

    【大前研一氏が米国の今後を分析】 アメリカ大統領選挙の事前予想のほとんどは、苦戦はしても結局、ヒラリー・クリントン氏が勝利するだろうというものだった。ところが、接戦をものにしたのはドナルド・トランプ氏だった。この結果によって米国で進む「分断」について、経営コンサルタントの大前研一氏が解説する。 * * * アメリカ大統領選挙で共和党のドナルド・トランプ氏が勝利し、「トランプ・ショック」が世界に走った。イギリスのEU離脱(ブレグジット)に続いてアメリカも「内向き」「保護主義」になり、「反グローバリズムに突き進む」という報道が相次いでいる。米ニューヨークで9日、大統領選で当選が決まり演説するトランプ氏(ロイター) たしかに、トランプ氏が掲げている「アメリカ第一主義」(America First=アメリカの利益最優先)は、19世紀前半のモンロー主義の時代から繰り返されてきたアメリカ孤立主義の“伝統”だ。 そしてトランプ氏は、その伝統的な白人保守層が優勢な内陸部のエリア、いわば“内陸合衆国(United States of Inland)”の支持を得て、様々な人種・民族で構成されているリベラルな東海岸と西海岸のエリア、いわば“沿岸合衆国(United States of Coastal)”を牙城とする民主党のヒラリー・クリントン氏に勝利した。 しかし、アメリカの人口動態を見れば、この先、黒人、ヒスパニック、中国系、インド系、旧ソ連・東欧系などの人口が増えて白人の人口は減る一方だから、おそらく今回の大統領選は“内陸合衆国”が“沿岸合衆国”に勝てる最後のチャンスだった。アメリカが抱えている最大の問題 この“内陸合衆国”と“沿岸合衆国”の分断こそ、今のアメリカが抱えている最大の問題である。“内陸合衆国”は、ラストベルト(Rust Belt=さびついた工業地帯/中西部から北東部にかけての製造業が廃れた地帯)をはじめとするロッキー山脈以東の南部を含む農業や重工業などの古い産業が中心の地域で、平均年収は約5万ドルだ。 一方の“沿岸合衆国”は、東海岸のボストンやニューヨークの金融業が世界をリードし、西海岸のサンフランシスコ・ベイエリアやシアトルなどにICT産業が集積しているため、平均年収は約15万ドルに達している。つまり、今回の大統領選挙は“5万ドル対15万ドル”の戦いだったとも言える。 そういう構図の中で、トランプ氏は衰退した古き良き“内陸合衆国”の現状に不平・不満を募らせて変化を求めている「中流・白人・男性」にフォーカスし、「不法移民の強制送還」「メキシコ国境に壁を建設」「イスラム教徒の入国禁止」「TPP(環太平洋経済連携協定)の破棄」といったエクスクルーシブ(exclusive=排他的)な公約を打ち出した。 本来、政治家というものは1票でも多くの票が欲しいから、多種多様な意見を取り込んでインクルーシブ(inclusive=包括的)になるものだ。ところが、トランプ氏は政治家ではないので、エクスクルーシブな主張を徹底的に展開し、その訴求力によってインクルーシブな政治家の典型であるヒラリー氏を打ち破ることができたのである。 とはいえ、総得票数ではヒラリー氏がトランプ氏を上回っていた。2000年の大統領選挙で当選した共和党のジョージ・W・ブッシュ元大統領より総得票数が多かった民主党のアル・ゴア氏の時と同じである。ということは、結局ヒラリー氏は選挙戦術を誤ったのである。

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    「世論調査」の信頼を失墜させた米メディアのトランプ批判

    を問う国民投票(今年6月23日)の結果を凌ぐほど、サプライズな結果だった。トランプ氏の勝利を予測したメディアは少なく、大多数の欧米の主要メディアはクリントン氏の勝利を信じていた。残念ながら、当方もトランプ氏の勝利は「想定外」と受け取ってきた一人だ。トランプ氏  米大統領選後、「世論調査」一般に対する風当たりが急速に高まってきた。当然の反応だろう。「世論調査」をバッシングする前に、なぜ「世論調査」がその精確性を失っていったのかを少し考えてみた。  「世論調査」の場合、過去の選挙データ、有権者の地域、職種、年齢、所得、学歴等のデータをもとに、最近の世論の動きを予測していく。その「世論調査」は多少の誤差が生じたとしても大きな間違いはない、と受け取られてきた。  「世論調査」は社会の動向を知るうえで不可欠な手段と受け取られ、メディア機関も率先して独自の「世論調査」を実施して、世間のトレンドをいち早く分析し、報道してきた。文字通り、「世論調査」は黄金時代を迎えていた。それが英国のEU離脱を問う「世論調査」ごろから風向きが変わり、米大統領選の結果は「世論調査」への死刑宣告が下されたような状況に陥っているのだ。  「世論調査」の方法は本来、科学的だ。決してサイコロを転がして予測するわけではない。統計学上の知識と社会学的分析を駆使し、社会の動向を解明していく。そのプロセスに大きな問題はないはずだ。  しかし、最新の動向を分析しようとすれば、過去のデータのほか、直接情報を収集しなければならない。過去のビック・データではもはや社会の変化を正確には予測できなくなってきたからだ。そこに落とし穴が控えているわけだ。  時代は迅速に変化する。短期間に情報を入手し、それを解析しなければならない。どうしてもミスが出やすい。ゴミ・データの処置も必要だ。しかし、それらのミスは努力すればクリアできる課題だ。問題は、その新しい情報を提供する側に見られ出したことだ。今後は性悪説に基づく「世論調査」が必要? 「世論調査」は、人間は正直に答えるという「性善説」に基づいている。その情報提供者が何らかの理由から恣意的にうそ情報を語るケースは考えていない。うそ情報に対する「世論調査」側の対応は十分ではないのだ。もちろん、標本調査による誤差(標本誤差)を計算に入れるが、うそ情報による誤差が大きくなれば、その「世論調査」の信頼性は土台から大きく揺れる。 考えてみてほしい。「世論調査」(標本調査)で人が皆うそを答えた場合、「世論調査」はその瞬間、存続できない。「人が皆、正直に答えた」という前提がなくして「世論調査」は成り立たないからだ。換言すれば、「世論調査」は過去のデータを分析、それに基づく予測は可能だが、新しい変化、動向を予測することは難しくなる。そして多くの人が「世論調査」に期待しているのは本来、後者だ。 今回の米大統領選では「隠れトランプ票」といわれる支持者がいた。世間から激しいバッシングを受けるトランプ氏を支持すると答えられない有権者が多数存在していたという。悪評価の高いトランプ氏を支持すると表立っていえば、自身が誤解される恐れがあるからだ。一種の自己防衛だ。 その責任はトランプ氏だけではなく、同氏をバッシングしたメディア側にもあることは明らかだ。メディアが特定人物、候補者を支援する一方、その対抗者、候補者を容赦なく批判する。だから、「隠れトランプ票」のような現象が出てくるわけだ。それは同時に、「世論調査」の精確性、信頼性を傷つける。トランプ氏優勢の速報に沸く支持者 特定な候補者を支援するあまり、どうしてもデータを正しく解説できなくなる。中立性、客観性に問題が生じる。ましてや、メディアが誘導質問し、恣意的に操作した場合、世論調査は元共産政権下の旧ソ連・東欧の国家官製メディアになってしまう。「世論調査」の客体選択で無作為抽出ではなく、有意抽出の場合、その危険性はもちろん拡大する。   残念ながら、情報時代の今日、正直に答える代わりににうそ情報を提供し、自身のプライバシーを守ろうとする人が増えてきている。皮肉なことだが、情報社会が過度に発展すれば、情報を隠蔽しようとする動きが同時に高まってくるのだ。「世論調査」は冬の時代を迎えてきた。人はうそをつく存在だ。これからは人間性悪説に基く「世論調査」を開発していかなければならなくなるわけだ。《上記の内容は、当方の一方的な「世論調査」に関する悲観的な見通しを述べただけに過ぎない》(長谷川良公式ブログ 2016月11月12日分を転載)

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    NHKに日本人はいるのか? 歴史を直視しない公共放送なんていらない

    小名木善行(国史研究家) NHKの戦争史観の偏向が問題になっています。NHKの持つかつての日本の戦争に関するレトリックは明快です。戦争に反対である、日本は侵略国だった、日本は悪いことをした、ということです。私も戦争には反対です。二度とあってはならないと思います。けれど戦争は相手があって起きることです。日本だけが一方的に戦争を回避しようとしても、相手が攻めてきたら戦わざるをえないのです。そうでなければもっと大きな悲劇に襲われることになるからです。東京・渋谷のNHK放送センターにあるNHKのロゴマーク 支那事変の時に「通州事件」という事件がありました。北京郊外にある通州市で、日本人居留民233名が、おそらく人類史上類例のないほどの残虐な方法で殺されました。通州は、北京郊外18キロにある、明朝時代に築かれた静かな街で、天津からの集荷の拠点として、事件直前までは日本人にとっても、中国人にとっても治安の良い街でした。そこには親日派とされる中国軍閥の冀東防共自治政府の兵たちも守備にあたっていました。この自治政府の長官の殷汝耕は日本人を妻にしていて、自治政府軍は約9000名の保安隊を組織していました。 昭和12(1937)年7月29日、通州にいた日本人380名に、いきなりこの軍が襲いかかりました。日本人は、男性が110名、残りは婦女子です。保安隊は自分たちのボスである殷汝耕を拘束し、日本人居留民への虐殺を開始しました。そして日本人223名が虐殺されました。 この事件について、東京裁判における証言があります。そのまま掲載します. ・救援のため通州に急行した、支那駐屯歩兵第二連隊長萱島高中将の供述「旭軒(飲食店)では40から17、8歳までの女7、8人が皆強姦され、裸体で陰部を露出したまま射殺されており、その中4、5人は陰部を銃剣で刺殺されていた。商館や役所に残された日本人男子の死体はほとんどすべてが首に縄をつけて引き回した跡があり、血潮は壁に散布し、言語に絶したものだった」 ・支那駐屯歩兵第二連隊歩兵砲中隊長代理、桂鎮雄元少佐の供述 「錦水楼入口で女将らしき人の死体を見た。足を入口に向け、顔だけに新聞紙がかけてあった。本人は相当に抵抗したらしく、着物は寝た上で剥がされたらしく、上半身も下半身も暴露し、四つ五つ銃剣で突き刺した跡があったと記憶する。陰部は刃物でえぐられたらしく、血痕が散乱していた。帳場や配膳室は足の踏み場もない程散乱し、略奪の跡をまざまざと示していた。女中部屋に女中らしき日本婦人の四つの死体があり、全部もがいて死んだようだった」 「折り重なって死んでいたが、一名だけは局部を露出し上向きになっていた。帳場配膳室では男1人、女2人が横倒れ、或いはうつ伏し或いは上向いて死んでおり、闘った跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ上半身は蜂の巣のようだった。女2人はいずれも背部から銃剣を突き刺されていた。階下座敷に女の死体2つ、素っ裸で殺され、局部はじめ各部分に刺突の跡を見た。1年前に行ったことのあるカフェーでは、縄で絞殺された素っ裸の死体があった。その裏の日本人の家では親子二人が惨殺されていた。子供は手の指を揃えて切断されていた。南城門近くの日本人商店では、主人らしき人の死体が路上に放置してあったが、胸腹の骨が露出し、内臓が散乱していた」残虐な通州事件は仕組まれた犯行 ・支那駐屯歩兵第二連隊小隊長、桜井文雄元少佐の供述 「守備隊の東門を出ると、ほとんど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわっており、一同悲憤の極みに達した。『日本人はいないか?』と連呼しながら各戸毎に調査していくと、鼻に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老女、腹部を銃剣で刺された妊婦等の死体がそこここのゴミばこの中や壕の中から続々出てきた。ある飲食店では一家ことごとく首と両手を切断され惨殺されていた」 「婦人という婦人は14、5歳以上はことごとく強姦されており、全く見るに忍びなかった。旭軒では7、8名の女は全部裸体にされ強姦刺殺されており、陰部にほうきを押し込んである者、口中に土砂をつめてある者、腹を縦に断ち割ってある者など、見るに耐えなかった。東門近くの池には、首を縄で縛り、両手を合わせてそれに八番鉄線を貫き通し、一家6人数珠つなぎにして引き回された形跡歴然たる死体があった。池の水が血で赤く染まっていたのを目撃した」 悪鬼も目をそむける惨たらしい所業ですが、その後の調べで、襲撃した連中は襲撃対象の日本人居宅を、あらかじめリストアップしていたことが分かっています。通州事件は、仕組まれた計画的な犯行だったのです。 通州での殺戮と略奪は、まる一日続けられましたが、ひとつだけ、涙なくしては語れない物語があります。ある人が、便槽に隠れていると、外で日本人の男性の声がしたのだそうです。その声は、日本語でこう叫んでいました。「日本人は隠れろ! 日本人は誰も出てくるな! 日本人は逃げろ〜っ!」必死の叫び声だったそうです。そして、ズドンという銃声。以降その声は聞こえなくなりました。中国兵に引きずられながら、その日本人男性は、最期の瞬間まで、自分のことではなく、ほかの日本人の心配をしていたのです。 だから「助けてくれ〜!」じゃなかったのです。「日本人は逃げろ〜!」だったのです。 このような事件が起こった場合、徹底的な報復と賠償を求めるというのが世界の常識です。4千名の居留民が襲われ、ほぼ無傷で全員が助かった義和団事件でさえ、当時の清朝政府の年間予算をはるかに上回る賠償請求がなされたのです。では当時の日本政府は、通州事件の後、いったいどのような要求をしたのでしょうか。実は事件後、日頃は仲の決して良くないといわれる陸軍省と海軍省の意見が一致し、内閣満場一致で決めた対策があります。それが「船津工作」です。戦いで屈服させる文化のない日本 日本の民間人で、中国からの信頼の厚い元外交官の実業家であり紡績業組合の理事長をしていた船津辰一郎を通じて、蒋介石側に和平を働きかけるというものでした。その内容は、それまでの中国側の言い分を、日本にとって不利益なこともふくめて全部丸呑みするから争いをやめようというものでした。そうなれば中国側には、これ以上、日本と争う理由がなくなります。あれだけひどい惨事となった通州事件についてさえ、日本はいっさいの賠償請求をしないというのです。日本は平和のために、そこまで譲歩したのです。蒋介石(左) 日本と中国国民党は同年8月9日に上海で、船津工作に基づく現地停戦協定を結ぶことになりました。そして、いよいよその協定締結のその日の朝、上海で起こったのが、大山中尉虐殺事件です。この事件は海軍上海陸戦隊の大山勇夫中尉が車で走行中に、中国の保安隊に包囲され、機関銃で撃たれて殺されたものですが、実はそれだけではなく、射殺後、中尉を車外に引きずり出して、頭部を青竜刀でまっ二つに割るという猟奇性も帯びていました。この緊急事態発生によって、当日予定されていた日本と国民党との和平会談はご破算になります。 事件はそれだけにとどまりませんでした。その一週間後には、日本への帰国避難のために上海に集結していた約3万の武器を持たない日本人民間人に、中国側は5万の精鋭兵をさしむけてこれを包囲全滅させようとしたのです。このときの日本側の守備隊は、海軍陸戦隊のわずか2200名です。 話し合っても解決しない。でも戦争はしたくない。ではどうしたら良いのでしょうか。おそらく日本人は、誰も答えられません。なぜなら日本には、そもそも戦って相手を屈服させ服従させるという文化がないからです。 身近な例で説明してみます。仮に家の車庫の前に、お隣の旦那さんが勝手にクルマを停めてしまったとします。これではクルマを出したいのに出すことができません。そんなときみなさんなら、どうされるでしょうか。おそらくお隣さんの玄関のチャイムを鳴らして、次のように言うのではないでしょうか。「すみません。クルマを出したいので、停めてあるお車をどけていただけないでしょうか?」NHKは歴史を直視していると言えるか なんと迷惑をかけられたほうが謝り、お願いをしています。諸外国では考えられないことです。もっというなら、多くの場合、自分の家のクルマを動かす必要が出るまで、お隣さんのクルマを放置します。つまり我慢するのです。 そしてどうしようもなくなったとき(クルマを車庫から出さなくてはならなくなったとき)になると、そこではじめてお隣さんに、なんと「謝罪とお願い」に行くのです。これが日本人です。 どうして日本人はそのようなことをするのでしょうか。迷惑をかけているのは相手なのです。大きなハンマーを持ち出して、「おーい、出てこい。出てきてこのクルマをどかしなさい。 さもなくば、このハンマーでたたき壊すぞ!」ということは、まずしません。このことを、単純に図式化してみると、実におもしろい対比となります(諸外国: 問題が起きる→話し合う→戦う(争う)、日本人: 問題が起きる→我慢する→謝罪する)。 どうして日本人が、そのような行動をとるかといえば、答えは簡単です。日本人は、どこまでも「和」を大切にしようとするからです。戦えば恨みが残ります。そんな恨みをいつまでも引きずるくらいなら、最初から喧嘩や争いごとなどしないで少々のことは我慢しようと考えます。そもそも問題が起きるのは、「自分に徳がないからなのだ」と思い、それに則した行動をするのが日本人であり日本国です。このことは戦前も戦後も何も変わりません。 こうした日本人の思考や行動を、果たしてNHKの方々は理解しているのでしょうか。歴史を直視しているといえるのでしょうか。戦争が悪かった、いけないことだと繰り返すだけでなく、なぜ日本人が、本当の意味で我慢に我慢を重ねてきたことを描こうとしないのでしょうか。それはただ日本が戦争に負けたからでしょうか。そうだとするならば、それは卑怯であり卑劣です。日本は我慢しました。我慢して我慢してどこまでも我慢して、そしてどうにもならなくなったとき、日本は正々堂々と宣戦布告をし戦いを挑んだのではないでしょうか。 歴史を俯瞰すれば、日本人の「戦」は単なる殺し合いではなく、敵と味方との間に「和」を築くための大きな試練であったといえるのではないでしょうか。敵をただ殺すのではなく、敵も味方も生かそうとする、この形容しがたい精神の奥深さこそ、日本精神の神髄です。それが普通の日本人にとっては、あたりまえの思考であり行動であり、国家としての意思と行動でもあったのです。それがまるで理解できないというのなら、その人は、果たして日本人なのでしょうか。

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    長谷川豊「ブログ舌禍事件」がネットメディアを変える

    藤本貴之(東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者) フリーアナウンサー・長谷川豊氏によるブログ舌禍騒動は、期せずしてネットメディアと既存メディアの関係性の現在を考える上で、最良のケーススタディとなった。 テレビのように、一定の制約を受けている既存メディアに対して、今のところ法規制や業界内規制を持たないネットメディア(個人・法人問わず)には、高い自由度がある。また、作り手を見ても、素人と玄人の線引きも曖昧で、一定の権威と権力を持つ既存メディアが正面切って相手にはしづらい、という雰囲気もある。テレビ大阪の報道番組「ニュース リアル KANSAI」の 金曜メーンキャスターを降板した長谷川豊氏(右) そのような状況が、かつての「深夜放送のようなトンがり」を生み出す一方で、過剰な表現であっても抑止どころか、牽制もできない現状に、規制下におかれたテレビタレントや既存メディア業界が歯がゆい思いをしてきたことも事実である。 その意味では、ネットメディアでの表現が引き金となって、ネット内での批判的盛り上がりから「炎上」し、リアル社会にまで影響を及ぼし、当事者(長谷川氏)のテレビ番組レギュラーの全降板にまで至らせた今回の騒動。これには単なる「舌禍事件」では収まらない意味がある。 少なくとも、これまで野放図だと思われていたネットメディア/ネット民全体に対して、「ネットだと思って好き勝手やっていると、リアル社会でも制裁を喰らうぞ」という牽制にはなったことは間違いない。今回の騒動を契機として、ネットメディアに対する既存のメディアの接し方も変化してゆくはずだ。 この問題を通して考えさせられることは、ネットメディアの現在の立ち位置が果たしてどのようなものであるのか、ということだ。近年、ネットメディアが急激に影響力を伸ばしているとはいえ、それでもなお、既存メディアが持つ規模感や信頼性とは明確な格差がある。そこで本稿では、ネットメディアの現在の立ち位置について、既存メディアとの対比から考えてみたい。ネットメディアと既存メディアの違い ネットメディアと既存のメディアの「違い」とは何か? この問いに対する典型的な回答と言えば、「既存メディアには信頼性があるが、ネットメディアには信頼性がない」というものだろう。 何をもって「既存メディア」を定義するのか、何が「ネットメディア」なのか、については意見が分かれるところであろうが、概ね「既存」の部分にはテレビ(ラジオ)・新聞などが入るはずだ。「ネットメディア」は「ネットコンテンツだけのメディア」という言葉で言い換えることができるだろう。 しかしながら、ネットコンテンツの中には、新聞や雑誌などから同一情報を転載し、配信している場合も多いので、必ずしも「インターネットの情報サイト=ネットメディア」ではない。新聞社のポータルサイトなどは、あくまでも「既存メディアのネット活用」であって、「ネットメディア」とは言い切れないからだ。 逆に、無数に存在しているネットメディアだが、一定規模以上のPV(アクセス数)や影響力を発揮し、それなりの公益性や大衆性、影響力や商業性を持っているものは多くない。ネットメディアを標榜してはいるが、単なる個人サイトの域を出ないものが多数を占める。 一方で、個人ブログなどであっても、月間数百万PV、1000万PVを超えているようなものは、組織的なネットメディアはもとより、既存メディア以上に大きな影響力を持っている。いずれにせよ今日、その定義はもとより、ネットメディアと既存メディアの関係性やパワーバランスは曖昧だ。視聴率1%と40万PVの違い? では既存メディアとネットメディアの「違い」とは何なのだろうか?  例えば、テレビの視聴率とネットのPVを事例に考えてみよう。テレビの個人視聴率1%は約40万人(関東地区)であるとされる。「ながら視聴」や「電源つけてるだけ」の視聴率も含まれるので厳密にはもっと少ないのであろうが、ここではひとまず置いておく。 視聴率1%=40万人という人数を、ネットメディアにおける1日40万PVと置き換えて考えてみよう。1日40万PVという数値は、商業的に運用しているレベルのPV(閲覧数)としては極めて小さい。「話題の個人ブログ」や「ヒット記事1つ分」ぐらいだろう。個人ブログの月間アクセス数が1億PV(日割計算で1日330万PV以上)を超える市川海老蔵氏のようなケースは稀だが、それでも40万という数値はネットメディアの単位で考えれば大きな数字ではない。 それは無名人によるコンテンツであっても例外ではない。作為的な仕込みや扇動的なタイトル付けやネット世論が喜びそうな落としどころを戦略的に設計した記事であれば、1記事だけで1日で100万PV、200万PVを稼ぐことは珍しくはない。これは一度でも商業ネットメディアを運営してみれば誰でもわかることだ。 もちろん、ある程度のメディアの土壌や作り手のテクニックも必要ではあるが、視聴率1%を得る労力に比べれば、40万PVの獲得ははるかにその敷居は低い。 しかしながら、「放送1回=40万人」と「アクセス数1日=40万PV」と数値こそ同じでも、消費者40万人への影響力は大きく異なるので、単純な比較はできない。そもそもテレビには長い間「娯楽の王様」として君臨してきた実績があり、その信頼性や影響力はまだまだ強く、数値以上の「念力」がある。ネットメディアは「一段以上」低い? 例えば、芸能人であれば、「人気サイトで紹介」されるよりも、視聴率が低い番組でも「テレビで紹介」の方を選ぶはずだ。新聞や雑誌などであってもそれは同様だろう。 その一方で、リアルな消費行動への訴求という点では、その関係はいささか変容する。テレビと異なりネットメディアは、視聴する側がわざわざサイトを訪れる必要のある能動的なメディアである。パソコンやスマホをつけただけで「ながら視聴」はできない。少なくとも自らの意思で検索したり、選択することで初めてサイトに到達する。ようはアクセスしている人のほとんどは明確な「読む/見る意思」があるのだ。そのあたりが受動メディアであるテレビとは訴求力が大きく異なる。 単純に考えて、自らの意思で閲覧しているウェブサイトの方が、受動的に視聴する可能性が高いテレビよりも、消費への訴求力が高いと考えられる。しかも、いわゆる「ポチる」というわずか一動作で消費・購入が完了してしまうのだから、消費への手続きもダイレクトだ。 簡易な比較だけでメディア価値を考えるのは早計だ。それでもネットメディアが消費訴求力という点においては効果的で、若者たちのライフスタイルとの親和性の高さも含め、既存メディアから見ても無視できない比較対象になっていることは間違いないのだ。ネットメディアは「一段以上」低い? しかしながら、既存メディアに対してネットメディアが「一段以上」低く扱われる傾向は揺るぎない。危機意識の裏返しでもあるのだろうが、正統メディア/クオリティメディアとしての既存メディアが「石が多め」の玉石混合のネットメディアを同列には扱えない、という風潮は根強い。それは消費者の側でも同様だろう。 その理由としては、そもそもネットメディアが、インターネット以前のパソコン通信時代から存在してきたいわゆる「アングラ掲示板」などに、その起源があるということも大きい。  パソコン通信時代に醸造されたアングラ文化は、1990年代後半以降のインターネット時代に入っても継承された。「あやしいわーるど」「あめぞう」「2ちゃんねる」などの匿名(的な)掲示板群で構成されたアングラサイトが、一定の社会的影響力、いわば「ネット世論」の温床になってきた。そしてそれが、今日のネットメディアの原型にもなっている。そもそもネットメディアは出自が健全ではないのだ。 その潮流は現在でも健在だ。匿名(あるいは個人情報を表明しないアカウント)のTwitterやSNS、ブログなどよって、積極的な個人攻撃や情報拡散に勤しみ、間接的にであれリアル社会へも影響を与える「ネット世論」ないし「ネット検証」の形成を担うユーザーで溢れている。 そればかりではない。記者クラブに入れるわけでもなかった当初のネットメディアが、新聞やテレビなどの一次情報報道を受けた、二次以下のメディアにならざるを得なかったことも要因としては大きい。ようは既存メディアにとって、ネットメディアとはつい最近までミニコミでしかなかったのだ。 しかし、そのような状況や関係も、近年、急激に変化しつつある。ネットメディアが情報源となって、それを受けた新聞やテレビなどの既存メディアが二次コンテンツを制作し、発信するという現象が急増しているからだ。ネット取材を中心にして書かれたと思しき、既存メディアのニュースなどを眼にすることももはや珍しくない。「尖閣ビデオ流出事件」がもたらしたもの テレビ番組の違法コピーを含めた二番煎じ、三番煎じでしかなかったネット動画が、いつの頃からかテレビで番組の中心的なコンテンツとして紹介されたり、ネット動画を題材にして、タレントたちがトークするようなテレビ番組が存在するようになった。 信頼性の薄い「二次以下情報」でしかなかったネットメディアが一次メディア化していった鏑矢と言えば、2010年9月に発生した「尖閣ビデオ流出事件」だろう。尖閣諸島沖で2010年に起きた中国漁船衝突事件で、動画投稿サイト「YouTube」に 当時投稿された事件のビデオとみられる動画 尖閣諸島海域を侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた様子を録画した海上保安庁の映像が、海上保安官によって動画共有サイト「YouTube」にアップロードされ、流出した事件だ。 この事件では全ての既存メディアが「二次以下メディア」であったはずの「YouTube」に掲載された「怪しげなビデオ」をそのまま情報源として、こぞって報じた。自ら動いたわけではない「YouTube」にスクープを独占された形だ。動画共有サイトが一次メディアとして顕在化した瞬間である。 その後も、2014年に起きた小保方晴子氏による「STAP細胞騒動」では、小保方氏の論文の不正や疑惑箇所をネット上で匿名ユーザーたちが解明し、エビデンスを提示するなどしてその疑惑を「確信」へと推し進めた。最終的には論文撤回や小保方氏の理研解雇、ひいては早稲田大学からの博士論文の撤回というリアル社会の権威をも動かす大きな事件となったことは記憶に新しい。 これにより、賛否両論はあるにせよ、ネット世論やネット検証が、リアル社会へも大きな影響を及ぼす存在であること、氷山の一角で騒ぎ立てる「一部の熱心なネット民(ノイジーマイノリティ)」の活動であったとしても、それが無視できない威力を持ちうることが明らかになった。(もちろん、ネット世論に過剰に反応した既存メディアが担った役割も小さくないが) そして、2015年には、「東京五輪エンブレム騒動」が発生し、ネット世論やネット検証が、オリンピックという世界最大の事業の決定をも覆すことになった。 これらの騒動はいずれも、その初動ステージがネットメディアであったという点で共通している。筆者も、「エンブレム騒動」では、デザイン/メディアの専門家として、多くのテレビや新聞といったメディアに出演し、解説・コメントなどをさせてもらったが、騒動の発端となったのも、初期のオピニオンが展開されたのも、ネットメディアであった。 その意味では、ネットメディアが今日、既存メディアを突き動かす程度に、一定の役割と価値を持ちつつあることもまた、揺るぎない事実なのである。ネットメディアは「回転すし」か? 本稿は編集部から『ネットメディアは「回転すし」なのか』をテーマとしてあたえられて書いた原稿である。よって、以上まで論点を踏まえて、このテーマについて筆者の考えを記したい。 『ネットメディアは「回転すし」なのか』とは、いうまでもなく、ネットメディアで展開されるオピニオンは「回転寿司」のような存在であり、一方で、既存のメディアは最高級寿司店「すきやばし次郎」のようなミシュランの星がついたような高級店・クオリティ店ではないのか? といった論点である。 まず、ネットメディアが「回転寿司」であることは否定できない。ただし、最近の「回転寿司」がそうであるように、一言で「回転寿司」と言っても、全て同列に扱えないぐらいクオリティや方向性に違いや差があることに注意が必要だ。「カウンターの寿司屋」と大差がないような「回転寿司」(あるいはその逆)もある。ようは一言で「回転寿司」をまとめることができないのと同じように、「ネットメディア」も一つにまとめることができない。「ネットメディア=回転寿司」だとしても、そこは必ずしも一様ではない、というわけだ。 次に、「既存メディア=ミシュラン高級店」についてだが、これは疑わしい。 我が国最高峰の寿司店である「すきやばし次郎」では、「回転寿司」で使われるような安価のネタやサービスは出さない。ここには超えがたい壁がある。「それなりに良いネタを出すカウンター店と同等の回転寿司」が存在することは事実だが、ミシュラン高級店と呼ばれるレベルのネタやサービス、技術を出す「回転寿司」は間違いなく存在しない。 おそらく、「回転寿司」程度のネタやサービスしか出せない状況であれば、「すきやばし次郎」は店を休むだろうから、過去にだって一度も出したことはないはずだ。 さて、それを踏まえて「既存メディア=ミシュラン高級店」を考えてみよう。 現在、既存メディアでは多くの場面で、ネット発の情報が利用されている。むしろ、一次情報となっている事例すら散見される。つまり、現在の既存メディアは、ネットメディアからの情報を、怪しみながらも「それなりに」利用しているのが実情だ。 つまり、現在の既存メディアは「回転寿司のネタ=ネット情報」をごく普通に利用していることになる。時にはそれを「今日のオススメ」の中に入れてさえいる。もしこれが「すきやばし次郎」なら、翌年からはミシュランガイドからは外されるだろう。 そう考えると、回転寿司(ネットメディア)のネタ(コンテンツ)を利用している寿司屋(メディア)は、絶対に「すきやばし次郎=ミシュラン高級店」ではない、ということになる。 結論から言えば、ネットメディアは「回転寿司」で既存メディアが「すきやばし次郎」という発想は、間違えている、というのが筆者の認識だ。なぜなら今日の既存メディアが決して「すきやばし次郎」になりえていないからである。 だからといってネットメディアの可能性ばかりを賛美したり、既存メディアへの脅威論に直結させる、といった短絡的な思考にも到底なれない。既存メディアは「すきやばし次郎」でこそないが、それなりに財布と相談しながら行くべき店であることは間違いないからだ。それ以上に、程度の差こそあれ、ネットメディアとその業界が抱えている課題・問題は大きい。 メディアが多様化し、ネットメディアが情報源、世論形成の一角を担うようになりつつある。しかしながら、ネットメディアが持つ課題や暗部は、その役割向上に比例して解消されているとは言い難いのも事実。一方で、「安いネタ(=ネット)」に依存したメディア作りが、既存メディアをミシュランガイド掲載から陥落させてしまうような現状も否定できない。 既存メディアとネットメディアの関係性を対比しつつ眺めてみると、その現状が日本の健全なメディアの発展・維持にとっては危機的な状況であるような気がしてならない。参考書籍:拙著「だからデザイナーは炎上する」(中公新書ラクレ)

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    ネットメディアは今も「回転ずし」なのか

    「ネットメディアはしょせん回転ずしみたいなもの」。そう思っている人も案外多いのではないだろうか。新聞や雑誌、テレビと比較すると、どうしても格下扱いされがちだが、なぜネットメディアはいまだ「すきやばし次郎」になれないのか。iRONNA編集部が自戒を込めて、あえてこのテーマをお届けする。

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    ネットメディアは今も紙より「格下」のままなのか

    が書いたブログをRSSを使って自動転載していたために、これが大問題を引き起こしたりと、いわゆるネットメディアの杜撰さが指摘されて久しいのである。このような「ネットの体たらく」が明るみになればなるほど「紙」は相対的に価値が上がり、珍重されていくわけだが、そう手放しで紙礼賛ばかりしてはいられないのである。 書店やコンビニに行くと「えっ、なんなんだこの本は…」とギョッとするような「紙」が平然と出回っている。しかも平積みである。やたらとQ数(文字の大きさ)がでかく、天地の余白を大きくとって、少ない文字数でページを稼いでいる本。スッカスカのからっからで「本」と名乗っているのだから片腹痛い。 そればかりか内容的にもギョッとなるような本が多い。ネット番組や動画で喋ったものを纏めただけの本や、あるいは今どき並の大学一年生でも信用しないようなトンデモ・陰謀論の類が繁茂している。あろうことか、言論人を名乗っているのにも関わらず、あからさまにテープ起こしに頼った本。評論と見せかけて全部対談で埋めている本。そもそもの事実が違っている本。装丁や帯だけはやたらと気合が入っているがその主張は素人水準未満の本…。これならコミケにでている自家製本の同人誌のほうがよほど良いのではないか。「紙」がネットよりも一等格が上、と思い込んでいるばかりに、このような紙媒体の質の低下は余計に目立つのである。「ネットよりも紙」は過去のもの?「ネットより紙」は過去のもの? 出版(紙)市場がもっとも拡大した90年代中盤、一年間における書籍の刊行点数は約6万点であったが、その後、市場が縮小傾向にもかかわらず現在の書籍刊行点数はぐっと増え、年間8万点を超えるとされている。単純計算でおよそ1.3~1.4倍に増加している。一方、出版社数は同最盛期には約4500社を数えたが、現在では淘汰され約3500社程度とされる。つまり出版社1社あたりが刊行する「紙」の量が激増しているのである。書籍市場が漸減を続ける中、編集者の数が変わらないとすれば、明らかに20年前のピーク時よりも、編集者一人が担当する紙の量は多くなっている。短納期・粗製乱造が横行し、質の低下はもちろん、誤字・脱字のミスおよび事実関係の確認不徹底が頻発するのはこのような原因があろう。 このように考えると、あながちネットよりも紙のほうが一等上である、というのはすでに過去のものになりつつあるのかもしれない。すでに新聞紙面では、紙幅の都合上紙で載せられない内容をデジタル版で増補するなど、積極的なネット活用に転じている。質の低下や「事故」が相次ぐネットメディアでも、一部を除いて編集体制が確立されている媒体では、執筆者の選定の段階から慎重さを以って運用し、質低下の問題はそこまで見られない。媒体が何であれ、短納期・粗製乱造を行えば、ネットも紙も同じように腐敗・劣化が進行していくのは世の理。紙とネットどちらが上か下かという問題よりも、良質のコンテンツを世に問う矜持と体制さえととのっていれば、もはやその両者に優劣のない時代がやってきているのであろう。  とはいえ、最近のネットメディアの体たらくにはやはり辟易とする。「タレントの〇〇がテレビで××といった」「女優の〇〇がブログで▽▽と書いた」。こういう内容が平気で「ネットニュース」と呼ばれて出回っている。それは単にテレビやブログの内容をまとめたもの、あるいは「書き起こし」であって、到底ニュースとは呼ばない。一時期、覚醒剤事案で逮捕され、入院していた某有名野球選手が病院前に詰め掛けた報道陣に振る舞った弁当のオカズの内容が記事になっていて、脳が破裂しそうになった。何でもかんでもネットに文字をばら撒けば良いという風潮には反対である。そしてその風潮は、紙幅の関係で上限がある紙よりも、実質的に上限がないがゆえにどんな内容でも「ぶっ込」めるネットメディアの方がより顕著である。供給量無視で膨張するネット供給量無視で膨張するネット 大量生産・粗製乱造は必ず事故を生む。ネットの普及とスマホの皆普及によって読み手の人口は増加したが、さりとて書き手の絶対数が増加したわけではないし、技量のある書き手がどんどん輩出されているわけではない。先の大戦でベテランパイロットは常に少数であり、またそのベテランの育成には長い時間と投資が必要であった。当然これは現代でも同じだが、事ほどさように読み手の拡大と書き手の熟練は比例していない。供給量には限りがあるのであり、この供給量を無視してどこまでも拡大していこうとする膨張路線が、ときおり「炎上」といったネットメディアやネットメディアに転載されるブログの中から頻出する。 ときおり煽情的で興味をそそられるタイトルの記事があっても「続きは有料会員のみ…」などとやりだすと、途端に幻滅する。たいていの場合、この手の記事は竜頭蛇尾であり、有料会員誘導のための集客第一となり、やがて記事を書く目的がオピニオンや表現ではなく、会員獲得そのものとなって目的と手段が逆転していく。ネットメディアをカネにすることは至難の業であるが、最初っからカネありきのこうした記事群も、短納期・粗製乱造の一因であろう。なぜなら煽情的でヴィヴィットな記事を提供し続けない限り、獲得した有料会員を維持できないからだ。供給量を絞れば少しは改善されようが、なまじネットは見かけ上の供給量に上限がないからこのように血眼になる。 結句のところ、紙もネットも甲乙つけがたいが、この両者に言いたいことは次の一言である。「毎日毎日、そんなに読めないよ!」。

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    カラパゴスすぎるネットメディア「みんなそろってバカになる?」

    山田順(ジャーナリスト) ネットメディアが登場してから今日まで、さまざまなことが言われてきた。ただし、言われてきたことのほとんどはネット先進国アメリカの受け売りで、日本の現状には全く適していない。なぜなら、日本のネットメディア環境は、世界と比較するとあまりにも特殊、つまり「ガラパゴス」すぎるからだ。 今回は、主にネットのニュースメディアについて考察するが、日本は完全なガラパゴス状態にある。日本人は、ネット世界を日本語でしかサーフィンしないから気がつかないが、多くの先進国では多種多様なニュースメディアが育っていて、それなりに共存している。ところが日本では、ほぼ一つのニュースメディアしかないような状態が続いている。 ずばり言うと、「Yahoo!(ヤフー)」しかない。ネットメディアはYahoo!の1人勝ちになっている。それ以外のニュースメディアは、ほとんど存在感がないと言っていい。米カリフォルニア州の米ヤフー本社 一般的にニュースと言えば、新聞、テレビだが、「朝日」「日経」「産経」などの新聞社のオンラインサイト、「NHK」「日テレ」などのテレビ局のオンラインサイトが束になってもYahoo!にはかなわない。しかも、ネットユーザーは、この状況になんの疑問も感じていないようなのである。 いまやスマホ全盛時代だが、スマホ使用者の5割以上が、ニュースを知ろうとするときにアクセスするのはYahoo!である。つまり、日本のネットではYahoo!によってニュースが独占的に流されているのだ。 この状況は、今年の6月に公開されたロイターの「デジタル・ニュース・レポート」(2016年版)の調査にはっきりと現れている。このレポートはネットで閲覧できるので、興味のある方はぜひ見てほしい。 このレポートで、ネットユーザーが主に利用している「オンライン・ニュース・ブランド」を国別に見ると、日本では断トツでYahoo!になっている。「Yahoo」は週間利用で59%、メインソースとして利用で49%となっていて、2位の「NHKオンライン」(同16%、同5%)、3位の「日経オンライン」(同13%、同4%)を大きく引き離している。 ところが、アメリカでは、多くのニュースメディアがネットで共存しいて、抜けたメディアはない。1位は「Yahoo News」(週間利用28%、メインソースとして利用12%)だが、2位にはオンラインメディアの「ハフィントンポスト」(同25%、同6%)、3位には「FOXニュース・オンライン」(同22%、同10%)が入っていて、その差はそれほど開いていない。既存メディアの「CNN」(同21%、同6%)や「NYタイムズ」(同14%、同2%)なども健闘している。これは、アメリカだけではなく、欧州諸国もまた同じである。つまり、Yahoo!だけが突出しすぎている日本の状況は異常と言わざるをえない。エンタメ、スポーツが好きな日本人エンタメ、スポーツが好きな日本人 ネットメディアの世界では、当初から「多様性」や「双方向性」ということが価値を持つとされてきた。これまで既存メディアが独占してきた情報空間が、ネットメディアの登場で活性化するとされてきた。メディアが多様化することで、新しいニュースが発掘され、異質な意見や少数意見がいままで以上に取り上げられる。それによって、人々の選択肢が広がることがいいことだとされてきた。 しかし、なぜか日本はそうはならなかった。既存メディアのオンラインサイトは育たず、新しく登場したニュースメディアも成功した例はほとんどない。かつて市民参加型をうたった「JanJan」や「オーマイニュース」などの試みはいずれも失敗し、本格的なニュースメディアを目指した「J-CASTニュース」なども、結局、既存メディアの後追い記事しか発信できていない。 スマホ時代になるとともに登場した「グノシー」「スマートニュース」「NewsPicks」なども、いまだに単なるアグリゲーターのままで、なにか新しい価値を生み出しているだろうか? ここで、再度ロイターの「デジタル・ニュース・レポート」を見ると、日本のガラパゴスぶりがもう一つあることに気がつく。それは、ネットユーザーの嗜好が「ソフトニュース」に偏っていることだ。「どのニューストピックスにどの程度関心を寄せているか」という調査では、調査26カ国中、日本がもっとも「ハードニュース」のニーズが低い。「ハードニュース」というのは国際、政治、ビジネス・経済などで、これらはニュース報道の主力だ。ところが、日本でニーズが高いのは「ソフトニュース」のほうで、こちらは調査26カ国中最高なのである。 「ソフトニュース」というのは、エンタメ、カルチャー、スポーツなどである。つまり、ユーザーの嗜好がこうでは、ネットのニュースメディアが育たないのも無理はない。 日本でYahoo!がスタートしたのが1996年。新聞社などの既存のオフラインメディアがニュースをYahoo!に提供するようになったのは、その翌年からで、当初は単なる文字放送のような感覚で短文記事をYahoo!に売っていた。 ところが、いつの間にかYahoo!は、競合相手の「インフォシーク」「OCN」「ビッグローブ」「ニフティ」などを競り落としてしまい、早い時期から日本を代表するポータルサイトになってしまった。 こうなると、Yahoo!がニュース記事配信に関する価格支配力を持つようになる。要するに、既存メディア発のニュースは、Yahoo!に買い叩かれるようになったのである。 じつは、この状況は現在まで続いている。新聞社もテレビ局も、そして多くの雑誌、ネットに生まれた新興ニュースメディアに至るまで、Yahoo!に記事を売っているが、その価格はあまりにも安い。 新聞、テレビ、雑誌などのオフラインの既存メディアは、ここ10年ほどの間にネット進出を加速化させ、なんとかPV(ページビュー)を稼いで売り上げを上げ、独自のニュースサイトで稼ごうとしてきた。そのため、会員制定額購読モデルを取り入れ、会員数を増やそうと必死に営業してきた。しかし、いまのところ、どうやってもYahoo!を超えられない。 Yahoo!経由のトラフィックが圧倒的に多いからだ。つまり、Yahoo!依存を止めると、自社で始めたオンラインサイトというネット事業は成り立たなくなってしまうのである。 Yahoo!が1人勝ちをしているため、新興のニュースメディアも育ちようがない。とくに、独自のニュースを発信しようなどとすれば、相当な資金力、ネットワーク力が必要とされる。第一、取材して原稿を書くプロの記者がいなければできるわけがない。これができるのは、いまだに新聞、テレビ、雑誌などの既存メディアだけだ。したがって、ネットのニュースメディアは、結局はアグリゲーターとしてうまくやっていくしかない。つまり、“他人の褌”で相撲を取ってPV稼ぎに奔走する。 まず、Yahoo!を中心にしたトラフィックを最大限に呼び込むために、どうでもいいニュースにも扇情的なタイトルをつける。どこからか安く仕入れてきた記事を加工して、見映えだけをよくする。独自記事もほしいとなれば、1本2000円ぐらいで書いてくれるライターに発注する。そういう記事は、内容よりもSEO(検索エンジン最適化)にしたがって書かれる。  さらに、ネイティブ広告を積極的に進め、広告記事なのに広告クレジットを外すということまでやっている。 この世界では、ステマは日常茶飯事である。ステマにはウェブ媒体別に売り単価、転売単価があり、30媒体まとめたパッケージ料金とか、Yahoo!掲載保証料金というものまである。衰えゆく日本の情報空間衰えゆく日本の情報空間 最近のネットのニュースメディアには、タイトルは違うが内容は同じで、どこからか拾ってきた記事が溢れている。キュレーションというのは、そもそも溢れる情報のなかから、良質な情報、役に立つ情報を厳選する。そうして、それを再発信するのが「キュレーション・サイト」のはずである。 しかし、そうしたサイト自身が、いまや単なるニュースの加工をしているだけで、記事に適当な見出しと画像を付け、コメントを相互に付けさせるCGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)を用意して、体裁を整えているだけだ。 ネットの世界を支配しているのは、PVとアクセスである。ともかく大量のPVとアクセスがほしい。多ければ多いほど、広告が稼げる。たったこれだけである。 だから、ネットのニュースメディアは、アプリの開発や独自のプラットフォームづくりに励む。しかし、彼らはニュースをつくる、つまり、新しい情報、知られていない情報を発掘して世間に届けることには興味がない。まして、異質な意見や少数意見、そして多様な価値観など、どうでもいいのだ。彼らはパブリッシャーではない。Yahoo!がこの世界で勝ち抜いたように、PVとアクセスを総取りしたいだけなのである。 そもそもYahoo!は、ニュースサイトではない。日本最大のポータルサイトであって、ニュース・パブリッシャーではない。また、Yahoo!に依存しているネットメディアもほとんどがアグリゲーターで、パブリッシャーではない。つまり、いくらネットとはいえ、このなかでニュース・パブリッシャーなのは、日本の場合、既存メディア(新聞、テレビ、雑誌など)のサイトだけである。 このような状況を考えると、今後、既存のオフラインメディアが凋落していくにしたがい、日本の情報空間は衰え、ニュースの質は劣化していくのは間違いないと思える。紙からデジタルへの移行は、日本の場合、メディア全体の質の低下をもたらしたと、私は捉えている。 本来なら、ネットユーザーは、既存メディアのニュースサイトにダイレクト・エントリーしなければ、価値ある情報は得られない。しかし、ここには課金の壁がある。だから情報がタダであるポータルサイトか、適当にフィルタリングしてまとめてくれるアグリゲーターサイトに流れる。しかし、それで満足していていいのだろうか?  ネットが始まったころ、ネットは「集合知」(wisdom of crowds)によって発展していくと言われた。誰もが情報を発信し、誰もがそれにフィードバックできる世界なのだから、そうなっていく可能性はあった。しかし、実際に日本で起こってきたのは、「集合愚」(みんな揃ってバカになる)ではないのか?

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    「高級すし」も売れなければ意味がない ネットが紙媒体を超える日

    安倍宏行(Japan In-depth編集長) 「ネットメディアは回転ずし」とはうまいことを言ったものだ。たしかに、既存メディア(新聞・テレビ・通信社・雑誌)の記事を転載して広告費で稼ぐのがネットメディアの典型的なビジネスモデル。そのパイオニアが「Yahoo!ニュース」である。月間約150億PVを稼ぐ、化け物ニュース配信サービスだ。その「Yahoo!ニュース」に変化の兆しが見えたのは、2012年9月。「Yahoo!ニュース個人」が始まったのだ。これについては後述する。 次にネットメディアに大きな動きが出てきたのは2013年ごろ。バイラルメディアなるものが勃興してきた。もともとアメリカで生まれたもので、SNSでの爆発的な拡散を狙うために、読者の興味を引くタイトル、記事、画像、動画などを多用したメディアだ。日本では、一時期30社程サービスを開始した。しかしどれも同じようなものばかり。Buzzる(バズる:話題になる、の意)ことを目的にネット上の面白映像を探してきて掲載するメディアがほとんどであった。しかし、動画の使用許諾を得ているのか怪しいものがあったり、どのメディアも同じ映像を掲載していたりで、すぐ飽きられてしまった。こうした動画系バイラルメディアはほとんど生き残ってない。 次のネットメディア界の動きとして、2013年にサービスを開始した「ハフィントンポスト日本版」が挙げられる。朝日新聞が出資し、元朝日新聞記者だった高橋浩祐氏が初代編集長(現在はトムソン・ロイター)になった。アメリカで生まれ、世界各国で既にサービスを開始していたこのブログメディアは2015年には日本で月間1億PVを達成している。このころから同じくブログサイトのBLOGOSやアゴラなどが攻勢を強めてくる。筆者が編集長を務める解説メディア「Japan In-depth」も2013年秋に創刊している。 キュレーションアプリが本格的にサービスを開始したのも2013年。ニュースを独自のアルゴリズムでユーザーの興味の対象に沿って配信するもので、「Antenna」や「Gunosy」、「SmartNews」などがそれにあたる。スマホに特化し、テレビCMを大量に打ってアプリのダウンロードを加速させる手法が当時話題になった。有識者だけでなくユーザーの知見を生かしたコメントを前面に打ち出した経済情報ニュースキュレーションサービス、「NewsPicks」も同じく2013年に生まれている。 そして前述した日本版バイラルメディアが淘汰された後、2016年1月には満を持してバイラルメディアの元祖、「BuzzFeed」が日本に上陸した。ヤフー株式会社が出資したことでも話題となった。初代編集長は、元朝日新聞デジタル編集部の古田大輔氏。こちらは新聞社から記者を採用したり、調査報道に力を入れようとしていたり、ただ動画を垂れ流していた過去の日本版バイラルメディアとは一線を画す。 それ以外は、既存メディアのネットメディアとして気を吐く「現代ビジネス」や、産経新聞の「iRONNA」がある。又、「ライブドアニュース」、「LINE NEWS」なども人気だ。特に友人同士の情報のやり取りをメールよりLINEで行う若者は、「LINE NEWS」でニュースを知ることが多い。 一通り現時点でのネットメディアを網羅したが、ここで「回転ずし」批判に話を戻そう。何故こうした批判が出てくるかというと、多くのネットメディアが既存メディアの記事にただ乗りしている、とみられているからだ。実際は情報提供料を払っているネットメディアもあるので、すべて「ただ乗り」ではないが、一切払っていないメディアもあるのでそうした批判はある程度当たっている。  お金のかかる「オリジナル記事」はほとんど作らないで、他人が作った記事を大量に掲載しPVを稼ぐ手法、つまり廉価な商品を大量に作り客の前にぐるぐる回す商売が「回転ずし」に見えるということらしい。反対に高級な食材を惜しみなく使い、一点ものを客に出すのが既存メディアであり、その商法は銀座の高級すし店「すきやばし次郎」に例えられる。独り立ちしようと努力するネットメディア こうした批判にこたえるため、一部のネットメディアはオリジナル記事制作に動き始めている。「NewsPicks」は有料会員向けにオリジナル記事を配信しているし、「BuzzFeed Japan」もオリジナル記事に当初から力を入れている。どちらも積極的に記者を採用しており、自ら良質な記事を配信していく決意を示している。 そして筆者が最も注目しているのが、「Yahoo!ニュース」の「メディア化」の取り組みだ。従来の情報提供社からの配信から脱却し、自らが「メディア」となろうとする試みだ。情報提供社に遠慮し口が裂けても「自らメディアを目指す」などとは言わないヤフーだが、その方向性は明確だ。具体的に見てみよう。前述した通り2012年9月には、「Yahoo!ニュース個人」がスタートしている。 これはジャーナリストだけでなく、コラムニストや有識者らが実名で記事を投稿するものだ。ヤフーが自ら記者を擁しているわけではないが、その人数は数百名に達する。記事から得た収益の一部を執筆者に還元したり、「年間オーサーアワード」や「月間MVA(Most Valuable Article)」の受賞者に賞金を出したりして、良質な書き手、記事の確保に力を入れている。 また筆者は、「Yahoo!ニュース特集」に注目している。これはジャーナリストらが、ニュースを深掘りした記事を提供しているもの。10月7日時点でトップ記事は、「憲法に『家族』『緊急事態条項』追加の意図は-自民党草案を読む」(約6800字)という骨太のもの。新聞の特集記事に匹敵するクオリティだ。「Yahoo!ニュース」自らHPでこう謳っている。 『インターネットには日々、膨大な情報が飛び交います。流れるニュースの消費のサイクルが早くなり、ともすれば前後関係や背景がわかりにくく「断片的」になってしまうこともあります。「Yahoo!ニュース 特集」は、大量の情報の中で埋もれがちなイシューを独自の視点で掘り下げ、社会に横たわる課題を浮き彫りにし、良質な文化の発展を目指します』 まさしく、一個の「メディア」として独り立ちしようとしているように見えるではないか。 そして「Yahoo!ニュース」には別動隊ともいうべき解説メディアもある。「THE PAGE」がそれだ。ニュースを理解しやすくするためインフォグラフィックスや写真を多用したり、大きなニュースの動画生配信などにも力を入れる。そして資本を出している「BuzzFeed Japan」。豊富な資金力で全方位でメディア化を進めている。その先「Yahoo!ニュース」がどのような形になっているかはわからないが、少なくとも既存メディアにとって脅威になることは間違いないだろう。 「俺たちはすきやばし次郎だ」という自負を既存メディアが持つことは大切だ。しかし、「Yahoo!ニュース」や他のウェブメディアがオリジナル記事を増やす努力をしている中、既存メディアも発想を変え、どうしたら自らの記事がより多くの人に届くのか、真剣に模索しないと、高級すし屋の暖簾を下ろすことになってしまう。どんなに高級なネタでも、人の口に入らなければ意味がない。

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    捏造・誤報をどう防ぐか 日本報道検証機構・楊井人文代表に聞く

    ジャーナルの記事以外にも、取材のないまま、海外チームの選手や監督の対談記事などをまとめた一部サッカーメディアによる「エアインタビュー」疑惑が指摘されていて、インターネット上では「エア取材」「捏造記事」との批判の声が上がっています。 なぜ、こうした記事の捏造が起こるのでしょうか。ネットメディア特有の問題があるのでしょうか。2012年からマスコミ誤報検証・報道被害救済サイトGoHoo(ゴフー)を運営している日本報道検証機構(WANJ)代表で弁護士の楊井人文さんに話を伺いました。故意の捏造は外部検証が難しい日本報道検証機構(WANJ)代表の楊井人文氏 今回、架空の取材が問題になったビジネスジャーナルの記事について、楊井さんは「言うまでもなく、あるまじきこと」。誤報については、「日々いろんな記事を出す際に、間違いをすることは、避けられないリスクがある」とした上で、故意なのか、過失なのかが、重大性の判断基準のひとつになる、とみています。 しかし、一般的に故意の場合を「捏造」ということが多いものの、「わざとやったかどうかは主観的な部分になるため、外部検証が難しい」と指摘します。記事の誤りだけでは、うっかりミスとの見分けはできず、「今回はビジネスジャーナルが架空であることをお詫びして認めているため、捏造であろうと言える」というわけです。 ただ、「今回の記事は許されない前提」で、ビジネスジャーナル側が、編集部も確認を怠った責任があることや、NHKへの取材が架空であることなど、経緯を明らかにし、「比較的丁寧なお詫び記事で説明し、厳正な処分・再発防止に取り組むことを発表した」こと、その3日後には、サイトを運営する「サイゾーの名前と代表取締役の名前を出し、担当者の減給処分を発表している」点は、事後の速やかな対応として「評価していいと思っている」と言います。2次不祥事の拡大は絶対に防ぐ なぜなら、今回の件を、起こってしまった問題「1次不祥事」に対し、ダメージを最小限にする危機管理を怠って組織ぐるみの隠蔽ととらえられてしまう「2次不祥事」という企業不祥事の観点でみると「1次不祥事をできるだけ防ぐためのチェック体制はもちろん必要だが、2次不祥事への拡大をメディアは絶対防がなくてはいけない。そうした点でビジネスジャーナルは2次不祥事への対応はできたのでは」と考えるからです。 楊井さんは、WANJで5年近く、全国紙マスメディアを対象に捏造を含む誤報について調査・検証活動してきました。その中で「まさに2次不祥事だった」というのが、朝日新聞の「慰安婦報道」「吉田調書」の対応です。「記事そのものの誤りのダメージはもちろんあるが、発覚後もむしろ正当化、矮小化させたことがメディアへの不信感を増幅させた」と振り返ります。明らかにされなかった執筆者の名前 ただ、今回のビジネスジャーナルの記事はもともと署名がなく、謝罪文の中でも執筆した記者が「外部の契約記者」としか公表されていません。「外部ライターである以上、他の媒体で活動するおそれがある。個人情報とはいえ、ケアレスミスの場合ではなく、故意の捏造をしたということなので、他でも活動できないよう情報共有すべき。もともと署名記事であれば情報共有できていた。不安が残る結果になった」。 楊井さんは、ネットメディアは「社会的信頼が確立しているわけではない」「校閲・チェック機能が大手メディアほどではなく、書いた原稿がすぐネットにアップされやすい」という問題点があるとみます。「そういう意味でも、ネットメディアは、記者個人個人の責任が重い。バイライン(署名記事)を原則という方向に持っていくべき」。記事の署名が、記者の捏造予防の一対策になるといいます。 捏造を防ぐこと以外にも、署名記事が必要と考える理由として、「ネットメディア時代ならではのニュースの読まれ方」を理由に挙げます。読者は、どこか特定のメディアのホームページを開いて記事を読むとのではなく、個々の記事にアクセスするという形態が、「ニュースの消費のされ方になってきている」からです。 「署名があるかどうか」に加え、さらに「記者が過去にどんな記事を発表してきたか、メディア側は情報提供する責任があり、読者に記事の信頼性を考える手がかりを与えることができる」と提言します。「本の奥付」のようにどれだけの実績があるのか、ネットメディアは統一的な基準をつくり、「ネットメディアを使用する時代においては、読者側も執筆者の情報に注目して読むという習慣を広げる必要があるのでは」とメディアリテラシーの側面からも呼びかけます。記者ノート、録音データで検証可能な環境を こうした執筆者の情報は、ネットメディア側も自己防衛のためになるといいます。外部フリーランスの記者が多いことから、「記者のデータバンクをつくってネットメディア業界で共有する」。また「記者側もジャーナリストの横断的で自立的な組織をつくって、個人で加盟する仕組みをつくっていってもいいのでは」と言います。メディア側は記者の資質・信頼性の評価ができ、捏造した記者は他媒体でも使われないようにすることができるとみます。日本報道検証機構(WANJ)代表の楊井人文氏 メディア側の外部記者に対する対応としては、いざ記事が問題になったときには、取材ノート、パソコンのデータ、録音データなど、判断材料の提供を求めることが出来るような契約にすることも提案します。「メディア側は取材に立ち会っているわけではない。あとできちんと検証できる環境をつくっておかなくてはならない」と話します。 楊井さんが、日本のメディアの「悪い習慣」と指摘するのが、「かぎかっこ」を使った発言の引用の仕方です。「極力、実際に発言した内容を忠実に引用」「取材プロセスの正確な再現をしなくてはいけない」と言います。例えば、記者が質問した内容を「はい」と肯定しただけでも、記事では、発言した言葉となってかぎかっこ付きで引用する手法がよくみられると指摘します。「エア取材と違って一からの捏造とは違うが、異なる引用は読者からは発言の捏造と取られても仕方がない」「意味が変わったり、ニュアンスが変わったりということが往々にある」。取材対象者とのトラブルの原因として、GoHooで取り上げている中で大きなパターンになっています。記事は「情報源の明示」を原則に また、署名と同じく記事で重視するのが「情報源の明示」です。記者には情報源の明示を条件にし、スタイルとして徹底させることを求めるべきだと言います。「記者も全知全能ではない。人の話を聞きながら書くわけだから情報源が間違っていることもある。情報源が明示されていれば、読者にこの記事は信頼できるか、疑ったほうがいいか、判断材料になる」。 しかし、日本では大手メディアでも「関係者によると」という表現が用いられやすく、「欧米では情報源を原則明示。内部告発で匿名にせざるを得ないときはその事情を明らかにしている」と指摘します。「『関係者によると』では、色を付けたり、想像や捏造が起きてしまう可能性は十分ある。書く側が記事を完成させるため、あるいはストーリーを面白く作るために、この一言が欲しい、という誘惑を防ぐためにも、情報源を明らかにする」。メディア側も、記事中の情報源のところだけでもチェックし、明確でない記事には、記者にルールとして「情報源明示」を求め、守ってもらうことを原則にするべき、と言います。訂正の履歴 「積極的に開示すべき」 楊井さんは誤ったネット記事を取り上げるニュースを配信する「アグリゲーターの対応の仕方」も課題を挙げます。「多くの外部記事が無編集で取り上げられている中、今回のビジネスジャーナルの捏造の記事を含め、誤りが多くあると思います。ただ削除だけで終わらせてしまうのはいかがなものでしょうか」。 「誤報はゼロにはできないものなので、すみっこで読者にわからないような形で訂正してすますべきではない。より正確な事実が判明すれば読者に積極的に開示すべきです」。楊井さんは「訂正を可視化する」というポリシーでGoHooの活動に取り組んでいると説明します。「大手メディアだけに限らず、ネットメディア、あるいはニュースアグリゲーターにも可視化が同じように求められることだが、まだまだできていない気がします」。 大手メディアのサイトでも、記事の書き換えや削除が行われることに疑問を呈します。訂正や削除前の記事が、既に転載されている可能性は高く、そのことがさらにメディアの信頼を損ねる結果になる、と考えるからです。「一度発表したものを事後的に消したり、訂正したり、削除するときはきちんと履歴を残す。それも原則にするべきと思います」。 例えば、ニューヨークタイムズは紙面だけでなく、ホームページ上でも訂正のページを設けています。「欧米メディアもチェック体制が厳しいといわれるが誤報は防げない」「読者に対し、誤りを包み隠さず説明するという意識を持っているかどうか」。 「読者の信頼を得るための方法はいくつもある」と楊井さんは言います。訂正の履歴を明らかにすることは、日本の読者も「ケアレスミスは起きてしまうもの」「このレベルの誤りは仕方がない」「これは許しがたい」とわかって、メディアに対する認識が変わってくる可能性を指摘します。「メディアは不完全であることを読者にもわかってもらう。わかってもらった上で、どれだけ最善を尽くしていくのか」。楊井さんは語ります。「とにかく正直になることがベストですね」。

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    Facebookの「インスタント記事」でニュースの読み方はどう変わる?

    ース時には、これまで記事の読み込みに約8秒かかっていたものが、10倍以上速くなると紹介しています。 メディア側は自社のCMSに記事を入稿し、Facebookのサーバーにアップロードします。すると、ユーザーがシェアした記事もインスタント記事の仕様で閲覧できるようになります。インスタント記事はアイキャッチの右上に稲妻マークが付いていることが特徴です。 インスタント記事には広告を掲載することができ、メディアが販売する場合は広告収入の100%がメディアに入る仕組み。広告ネットワークを利用する場合は広告収入の70%がメディアのものとなります。 インスタント記事は当初、欧米での提供が中心でした。昨年12月には韓国、インド、台湾などアジアの50以上のメディアとの提携を発表しました。このときメディア関係者のなかでは「なぜ日本でインスタント記事の導入がはじまらないのか」という声もありましたが、日本からは大手5紙など(朝日新聞社、産経デジタル、東洋経済新報社、日本経済新聞社、毎日新聞社、読売新聞社)の参加が決まりました(ネット専業メディアの名前はまだありません)。考えられるメリットとデメリット Facebookはいうまでもなく、インスタント記事の展開に注力しています。昨年10月にはiPhone版Facebookアプリ、同12月にはAndroid版Facebookアプリの利用者はインスタント記事を利用できるようになりました。いまでは世界350以上のメディアがテストプログラムに参加し、毎日100以上のメディアがインスタント記事を配信しています。 ここまでインスタント記事の概要を紹介してきました。そもそもメリット・デメリットはどういうものが考えられるでしょうか。 メリットの一つは読み込みの速さ。ネットワーク環境が整った先進国でさえ、SNSからリンク先に飛ぶ際の時間は意外と長く感じるものです。インスタント記事によって、瞬時(1秒以内)に記事が表示されることはこれまでになかった体験です。これは読者側の大きなメリットとなります。特にネットワーク環境が不十分な新興国ではより効果を実感できることでしょう。 また、ニュースや広告をよりリッチに表現できることもメリットです。メディア側は、地図や写真のパン・チルト(上下左右振り)、写真への音声埋め込み、動画や音声の自動再生など新しいニュースの閲覧体験を提供できるようになります。 特に紙を母体とするメディア企業は、ウェブ記事の表現にまでなかなか手が回っていないこともよくあります。そのメディアの弱点をFacebookの技術力で担保できるのはインスタント記事を利用するインセンティブとなりそうです。 しかしながら、メリットばかりではありません。デメリットのひとつはサイトへの訪問が減ることです。デジタルメディア分析のcomScoreやGoogle Analyticsなどでトラフィックを計測することは可能ですが、収益モデルによってはインスタント記事の利用を躊躇するメディアも出てくることでしょう。 たとえば、メーター制(月に○○本まで無料)など有料課金モデルを採用しているメディア。インスタント記事は広告を掲出できるため、広告モデルのメディアは相性がよい一方、有料メディアにとってはFacebook上で記事を閲覧されても会員が増えるわけではありません。 ただ、新聞や雑誌などの伝統メディアは新興メディアと比較して、ソーシャル時代の流通に疎かった部分があるため、ワシントン・ポストのようにすべての記事をインスタント記事で配信するといったチャレンジングな選択をするメディアも出ています。SNSで読者の行動が完結する動き 昨今、海外のメディア業界では、「分散型メディア」「分散型コンテンツ」という言葉がたびたび話題となります。自社のウェブサイトに訪問してもらうのではなく、流通を担っているSNSやメッセージアプリ内で読者の行動が完結するような動きが強まっているのです。 読者に来てもらうのではなく、読者のいるところに届けていく――。ソーシャル時代の流通にはこのような考え方が前提となっています。PCからウェブサイトに訪問すれば、ロゴやデザイン、記事の切り口など視覚的に認知できますが、スマホからの訪問ではパッケージではなく、URL単位での情報消費となるため、記事は読まれても、メディアのブランドを認知してもらうことは困難です。 この点をどのように乗り越えるのかも、インスタント記事を利用する際の大きな論点です。ブランドを訴求したいながら、インスタント記事とは距離を置き、イベントを開催したり、紙媒体を発行したり、リアルでの施策を打っていくことが重要になるでしょう。始まる“ニュース争奪戦” ここまでインスタント記事の特徴や影響を解説してきましたが、海外では昨年からプラットフォーム企業によるニュース争奪戦がはじまっています。おそらく、毎日アプリやサービスを使ってもらう口実として、ニュースは最適な素材なのでしょう。多くの人にニュースを届けたいメディアと、滞在時間を伸ばしたいプラットフォームの思惑が重なるわけです。 10~20代に人気のメッセージアプリ「Snapchat」は「Discover」というニュースコーナーを立ち上げ、Twitterはニュースタブやキュレーション機能を追加し、AppleはiOS 9から公式ニュースアプリ「News」を開始、Googleはウェブページの高速読み込みを狙いとする「Accelerated Mobile Pages(AMP)」を提供しています。 国内では唯一LINEが「LINEアカウントメディア プラットフォーム」と銘打ち、メディアにLINEの公式アカウントを用いたニュース配信機能を開放しました。ただ、日本と米国では状況が異なります。それはプラットフォーム企業の数です。日本ではプレイヤーの数が限られるため、インスタント記事をはじめとするプラットフォームへの依存度が高まる 可能性があります。 そうなってしまうと、ウェブサイトよりもプラットフォーム内での閲覧が多くなり、プラットフォーム側の規約・仕様(変更)の影響を強く受けることになるでしょう。最悪のケースを想定すれば、将来的にプラットフォーム企業が倒産した場合、流通をどこに担ってもらうのか。その自体の深刻さは想像するまでもありません。それでも、スマホがあるかぎりはプラットフォーム全盛の時代は続くと思われるため、メリットにせよデメリットにせよ、まずは国内メディアのインスタント記事の配信を見てからの判断となりそうです。さとう・けいいち 編集者。1990年生まれ。新潟県佐渡島出身。出版社でWebメディアの編集をしながら、海外メディアの最新動向を伝えるブログ「メディアの輪郭」を運営中。

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    「賛否」を見出しに入れたネットニュースが多すぎないか

    という言葉にはある。それは「これは皆が気にしているんだよ」という記号として、機能しているのだ。 マスメディア研究で「議題設定(agenda setting)」という機能がある。つまり、世の中の人が「これが重要だ」と思うのは、マスメディアによって影響されるという話だ。ネットの時代になっても数をとろうとすれば、「これが重要だ」ということをアピールすればいい。 そして、賛否がわかれることに自分の意見を言えることが賢い、と錯覚しちゃう人がいれば、まだこういう見出しは続くのかもしれない。でも、それの行く末が「熊切あさ美」であれば、あまり賢そうだとは思えない。それにしても、そうやって話題つくって煽ることやってたらマスメディアと同じだし、ネットメディアならではの価値はどうなるんだ?とかいうことは、多分考えられていないんだろう。 そこで「賛否」が問われた形跡は、見当たらないんだけど。でも、そのうち出るかしら。「ニュース見出しの『賛否』に賛否」とか。(公式ブログ 2015年7月14日分を転載)