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    「義理と人情」日本的価値観を体現したSMAP解散劇

    れをノーベル経済賞経済学者のトーマス・シェリングは「心の消費」の活動として分析している。テレビなどのメディアで目にする様々な偶像(アイドル)に、自分と切っても切り離せないものを感じることで、アイドルに生命を吹き込む。その心の消費がさまざまな人々のネットワークで強固に結びついたときに、アイドルはアイドルを超えて、国民の統合にさえなるのだろう。打算だけでは図れないSMAPが持つ日本的価値観 矢野によると、ジャニー喜多川はアメリカの視線で日本の芸能人を見るべきだと考えていたという。ジャニー喜多川は、アメリカの芸能人とは「芸術家」のことであり、その活動は社会的に尊敬されているという。SMAPは、このジャニー喜多川の願いを超えて、日本の文化の根幹にさえなった、と言ったらおおげさだろうか。 SMAPのCMや出演番組が、「ポスト団塊ジュニア」の消費モデルとなったことは、その世代に完全に属するライターの速水健朗らの分析によって明らかにされている(速水他『大人のSMAP論』宝島社新書)。SMAPのメンバー自体の多くは、正確にはこのポスト団塊ジュニアよりも若干上の世代だ。つまり「兄」としてポスト団塊ジュニアたちの生活モデルとなったのだろう。SMAPが日本の文化の根幹になるに際して、日本の人口でも団塊世代に次いで巨大な層であるポスト団塊ジュニアを魅了した点は大きいだろう。 他方で、SMAPはまた旧来の日本的価値観ともいえる「義理と人情」にも大きく規定されている(松谷創一郎『SMAPはなぜ解散したか』SB新書、にも同様の指摘がある)。これは今回の5人の去就が必ずしも経済的合理性、よりわかりやすくいえば打算だけではまったく測れないことにもある。 今回、事務所を出ていく3人は、観測報道が正しければ、彼らを成功に導いた功労者のひとり、飯島氏と行動をともにする、という。ただでさえ独立することは、日本の閉鎖的な芸能市場では困難に直面する。しかも誰がどうみても今回のSMAP解散劇は、またジャニーズ事務所の内紛であった。その意味では、芸能界での「忖度」が強く働き、出ていく3人の芸能活動を著しく制約してしまうかもしれない。1989年1月7日、新元号「平成」を発表する小渕恵三官房長官=首相官邸 だが、あえて彼らがその選択をとったのは、「義理と人情」であったろう。また残るふたりの思いも、また同様だと、筆者は信じている。出ていく3人と同じく、残るふたりもまた彼らを育ててきたジャニーズ事務所への「義理と人情」ゆえに残ったのかもしれない。あたりまえだが、人は打算のみでは生きてはいない。そしてそのことを、SMAPは平成の世を通して、私たちに訴え続けてきたではないか。 平成の世もまもなく終わる。そして組織の中のSMAPもまもなく完全に終わる。だが、SMAPは平成を超えて、その先ノムコウを行くだろう。

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    中居正広の裏切りとジャニーズへの「忖度」

    まさに「忖度」の世である。国民的アイドルグループ元SMAPメンバーの事務所契約終了がスポーツ紙などで報じられ、独立派と目されていたリーダー、中居正広のジャニーズ残留が決まった。他の3人への「裏切り」とも揶揄されたが、どうやら芸能界特有の複雑な事情もあったようで…。

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    中居正広がジャニーズに残留しても「SMAP再結成」は有り得ない

    き手 iRONNA編集部、松田穣)なかもり・あきお 昭和35年、三重県生まれ。80年代からさまざまなメディアでサブカルチャーを論じる。「おたく」の名付け親として知られる。著書に『アイドルにっぽん』(新潮社)『東京トンガリキッズ』(角川文庫)など多数。近著に『アイドルになりたい!』(筑摩書房)。

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    香取、草彅、稲垣の独立を許したジャニーズの思惑を私は知っている

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント、作家、実業家) ジャニー喜多川さんが今一番大事にしていることは2020年東京五輪・パラリンピックなんです。当然ですが、ジャニーさんが今の地位を築いてから最大のイベントですから、「世界のジャニー喜多川」を自負する本人としては、総合プロデューサーを狙っていて、そこで名を残したいんです。 ジャニーさんはタレントや事務所より、何よりも自分が大切。エンターテイナーとして五輪は、これ以上の舞台はないと思っていますからね。85歳と高齢ですが、少なくとも2020年を健康で迎えたいという意識が強くて、毎週病院に行っていますし、体調管理には相当のお金をかけています。 もちろん「亡くなるまで現役」を公言しているので、元気なうちは仕事を続けるでしょうけど、やっぱり東京五輪を集大成にしたいという思いがあるんです。「国歌斉唱」をジャニーズ事務所から出したいと言ってるぐらいですから。東京・赤坂にあるジャニーズ事務所 それだけに、大麻所持で逮捕された元KAT―TUNで現役時代から素行が悪かった田中聖は早々と放出したし、NEWSの手越祐也の醜聞なんかもさっさと片づけて、なかったことにしたいくらいでしょう。メンバーの悪行でジャニーズそのものの印象が悪くなることに非常に気を使っている。だから今は、そういうことがジャニーさんにとって最大の不安要素です。もちろん、昨年まではSMAP問題は大きな不安要素だったんですがね。 だから、今回発表したSMAPの事務所コメントの中にジャニーさんの思いが書かれていたのは異例ですが、SMAPへの愛はきちんとあるということをアピールしつつ、穏便に片づけたいという思いの表れでもあるしょうね。 そして中居正広の事務所残留は、想定の範囲内です。レギュラー番組も多くて、CMもあれだけあれば、中居本人もバカじゃないのでそう簡単にいかないことぐらいわかるでしょう。まして、これだけの仕事を引き受けるのは新たな個人事務所としても荷が重いですからね。 今回の騒動で中居の裏切りだとか言われてますけど、あくまでビジネスですから、事務所を離れる香取慎吾ら3人はそういう風には思っていないはずです。むしろ3人はジャニーズ事務所を離れてようやくやりたい仕事ができるようになると喜んでいる。 そして多くの人が誤解しているのは、ジャニーさんがキムタクを特別視しているわけではないということ。逆にキムタクがジャニーさんに心酔しているだけなんです。実際、ジャニーさんが最も大事に思っているのは堂本光一と滝沢秀明ですよ。2人はやっぱり「王子様」のような容姿だし、舞台をこなせる能力が高いですから。ジャニーズプロデュースの舞台は、ジャニーさんの思いすべてが込められていますから。この2人は死んでも離さないでしょうね。 キムタクにあの2人のような能力はないんです。だから、キムタクはジャニーズに残るしかない。元シブがき隊の本木雅弘が辞めて丸刈りにしたり、ヌードになったりしてタレントとして生まれ変わることができましたが、それは妻の工藤静香は望んでいないし、そういった能力があるとも言えない。最近のキムタクは「オワコン」と言われていますからね。それはキムタク本人もわかっていることですよ。 キムタクはジャニーズの幹部候補だとかいう記事もよく見ますけど、そういった状況ではないですね。幹部になると言っても上にはまだ、近藤真彦や東山紀之がいるわけです。逆にSMAPの元メンバーの目線から言えば、うっとうしい存在なんでし、そういった話は現実味がないですね。 ジャニーさんの最高傑作は、先に言ったように光一と滝沢で、この2人は絶対に離さない。SMAPがジャニーズの歴史をつくったことは重視していますが、ああいう内紛のようなかたちで解散してしまえば、ジャニーさんとしてはキムタクも含めて出ていきたいという人は追いませんよ。キムタクより中居が大事 だから、仮にジャニーさんがキムタクと中居とどっちをとるかといえば、これもさっき言ったようにビジネスとして中居を取るに決まっているんです。今、キムタクがいなくなってもさほど困らないけど、中居がいなくなるとそりゃあ事務所もそれなりに影響がでますからね。(イラスト・不思議三十郎) ジャニーズは芸能界という世界では大企業以上の省庁みたいな存在になってしまった。例えて言うならSMAPクラスは事務次官ですかね。辞めてどこかへ行くときは「天下り」なんですよ。元SMAPメンバーはなんといってもブランド力がありますから、フリーになること自体がおいしい「天下り」みたいなものです。 だって、今までジャニーズだから制限されていた仕事を何でもしがらみなくできますからね。光GENJIと比べ物にならないのは言うまでもありません。稼ぎが半端じゃないですから。正直元SMAPメンバーは仕事を10年休んでもなんともない。なぜ、仕事続けるかといえば、自分の地位を維持しておきたいという願望だけです。 そもそも中居の「裏切り」だとか騒いでますけど、本当は5人ともビジネスライクの付き合いでしかない。本当の友達じゃないですから。一部報道で「慎吾が中居に残留を勧めた」とかありますが、事務所を離れる3人からすればどうでもいいことなんですよ。 慎吾らは自由になりたいがために芸能界を辞めてもいいというぐらいの勢いで事務所に迫ったから、ジャニーさんもあきらめたんです。そういう状況に対して、ジャニーさんは、面倒くさがりなんで、「そうなのか」で終わりです。もめているときは「YOUたちなんとかならないの?」とか言ったでしょうけど、もうどうでもいいんです。 言葉ではジャニーさんはみんな自分の子供たちのように大事だと言いますが、結局ジャニーさんの夢を全部叶えたのは光一と滝沢なんですよ。観客の目の前で、本当の実力があって歌って踊れていうことができるのはその2人で、それはSMAPも嵐もできないんですよ。この60年のジャニーズの歴史の中でこの2人はずば抜けている。ビジネスとして中居は大切ですけどね。心底大切に思っているかどうかは別ですね。 だからビジネスとして稼いでくれたSMAPは、その意味で大切に思っているけどジャニーさん個人の思いとしては光一と滝沢に勝る者はいないんです。 慎吾ら3人は芸能界から干されるとか心配する人もいますが、それはないですね。元マネジャーの飯島三智さんのところに行って、むしろ安いギャラでもいろんな仕事を引き受けることになりますから。  それこそ、テレビ関係者や他の芸能事務所が、事務所を出た慎吾ら元SMAPのメンバーを使いづらいとか思うのは、まさにジャニーズ事務所への「忖度」であって、本当は何の横やりも入れないですよ。ジャニーさん本人が言ってましたよ、「僕が出て行った人たちを使うなとか、そんなこと言ったことは一度もない」ってね。(聞き手・iRONNA編集部、津田大資)

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    香取慎吾 「解散ネタ」出るかもと中居との共演を心配してた

    「朝からずっと(番宣に)出ているんですけど、今の時間がちょうど眠いですね!」。4月24日、『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)がゴールデンに移って再スタート。生放送の冒頭でこう笑いをとって、ソツのない司会ぶりを見せた中居正広(44才)。ところが、同じ生放送でも香取慎吾(40才)の『SmaSTATION!!』(22日、テレビ朝日系)にゲスト出演した時はいつもと様子が違った。東京・六本木のテレビ朝日本社 SMAP解散後、初めてのメンバー同士のテレビ共演とあって現場は緊張ムード。そんな中、中居は登場するやいなや、香取の隠し子騒動をイジると、香取も「友達の子だって。いいんだよ、それはもう!」と、からかってくる“長男”に“末っ子”が必死に言い返すやり取りは相変わらず。 VTR中も香取にしきりに話しかける中居は、「シーッ! 生放送だからこれ!」と叱られ、苦手な食材の食レポをすると「グチャッとしたのが嫌なんでしょ?」と香取につっこまれ、笑いあう。 終盤にはお互いを「ふざけてる感じがあるんです」(中居)、「ゲストは超下手!」(香取)と、多少のぎこちなさを見せながらも、その“ツンデレやり取り”に気が置けない関係がうかがえた。その舞台裏を番組関係者が明かす。「2人の共演は4月15日に発表されましたが、実は中居さんがゲスト出演することは4月頭には内定していました。発表が遅れたのは、中居さんがやる気満々の一方、香取さんのテンションが意外と低かったからです。どうも中居さんが解散を笑いのネタにするのではないかと心配だったようなんです。いくら仲がいいとはいえ、年下の香取さんが先輩の中居さんにアレコレ注文をつけられる立場ではないですから…。さすがに解散ネタは出なかったものの、『隠し子騒動』の話がいきなり出たので冷や汗が出ました」 昨年は2人で熊本地震被災地への炊き出しに行くなど親密な仲ながら、先輩後輩の気遣いはあるようだ。『スマステ』では生放送前に、後日放送する総集編で使うために、大下容子アナ(46才)も交えたゲストとのトークの収録が行われる。「セットの椅子に座るよう促されると、改まった雰囲気になることに照れたのでしょう、中居さんが『いやだよ~』と笑いながら拒否したんです。そうしたら香取さんが『みんなやってるんだから、ほら、中居くん』と。弟キャラの香取さんがお兄さんキャラの中居さんに言い聞かせる様子がおかしくて、スタジオからは笑いが起きました。もちろん中居さんもちゃんと座って、トークの収録に参加していましたよ」(前出・番組関係者) 25年ずっと一緒だった仲間と、4か月会わずに久々の再会。気恥ずかしいような、照れるような、ちょっと脇の下に汗もかきそうな雰囲気になるのは、わかる気もする。関連記事■ 山下智久、32才の誕生日に石原さとみと原宿デート■ 萬田久子 マネジャーとの熱い夜に冷水浴びせた薬物事件■ 香取慎吾と恋人の関係、「SMAPと恋」の苦難と悲哀を象徴■ 貴乃花長男の結婚相手 清爽な雰囲気の黒髪美女の写真■ 中居正広の恋人・武田舞香 木村拓哉に厳しいダンス指導

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    木村拓哉「中居ジャニーズ残留」に複雑心境も大人の対応

     SMAPの解散から約半年。当初からジャニーズ事務所残留を決めていたという木村拓哉(44才)以外の4人の未来がいよいよ決まりそうだ。 まず、稲垣吾郎(43才)、草なぎ剛(42才)、香取慎吾(40才)は事務所と話し合いを行い、退社の意向を伝えたという。草なぎと香取は元マネジャーの女性と行動をともにし、稲垣も元マネジャーと相談しながら、移籍先を決める予定だという。 一方、中居正広(44才)はジャニーズ事務所に残留するもよう。事務所への恩義を返すことと、退社する3人を守る防波堤になるとの思いがあるという。今回の3人の独立について首を傾げる関係者も多い。「元マネジャーがいくら育ての親といえど、ここまで活躍できたのは事務所に所属していたからこそ。それに、独立する3人の推定年収は1億円ほどで、きっちりお給料ももらっています。彼らの行動は筋が違うのでは、という声も聞こえます」(芸能関係者) 彼らの決断を木村はどう受け止めているのか。5月18日(現地時間)にカンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いて以降、芸能生活を始めて以来という長期休暇に入っている木村。最近は美容院を変えたり、家族でカフェで食事をする姿が目撃されている。 その休暇中に独立の意思を見せた元メンバーの動向について、「木村さんは複雑な心境では」と語るのは木村を知る関係者。「事務所への恩義と家族のために残留を決意し、4人に『5人でやっていこう』と言葉を懸命にかけていましたが、結局は解散という結果になり、世間からの風当たりが最も強くなったのは木村さんです。しかも、昨年末の焼き肉晩餐会には木村さんだけが呼ばれず、『木村対4人』の構図ができあがってしまいました。 木村さんとしては自分ひとりだけでも筋を通したつもりでしたが、しこりが残ったことは事実。今回、中居さんが残留すると言われて即答できない気持ちもあるでしょう。でもそこは大人です。解散してそれぞれが選んだ道で成功してほしい、と。木村さんのそんな態度もあったからこそ、事務所スタッフも違和感なくみんなの決断を受け止められたんだと思います」関連記事■ 稲垣、草なぎ、香取 9月でジャニーズ退社へ 中居は残留か■ 草なぎ剛、香取慎吾、稲垣吾郎 それぞれの心機一転■ 小出恵介の相手は17才シングルマザー 雑誌暴露に後悔も■ 渡辺謙 不倫報道で6億円自宅から荷物たたき出される■ 中居正広の恋人・武田舞香 木村拓哉に厳しいダンス指導

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    若者に変化を求めた関口宏の本心はやっぱり「安倍下ろし」だった

    よらない発想で、旧世代の予想を裏切る変化が生じるかもしれない。たとえば、昔ながらのリベラルや左派的なメディアに疑いの眼を抱いたりしている可能性だってある。その反対の政治勢力に対しても同様かもしれないが。日経平均株価の午前終値を示すボード。1年半ぶりに大台の2万円を回復した=6月2日午前、東京都中央区(春名中撮影) ジュリアーノとスピリンベルゴの論説で興味深い指摘はそれだけではない。おそらく客観情勢を考えれば、いまの安倍政権の経済政策は「偶然」に生まれたものである。たまたま安倍首相が、いわゆる大胆な金融緩和政策を主軸にした経済政策(リフレ政策)を採用しただけだ。実際に自公政権、そして野党含めてリフレ政策の支持者は数人程度しかいない。いわばリフレ政策による最近の若者の雇用状況の改善は、安倍晋三氏が首相にたまたまなったという「偶然」でしかない。 ジュリアーノとスピリンベルゴは、偶然の重みを知っている人たちが「大きな政府」を望むと指摘している。ただし彼らの定義した「大きな政府」の定義は、増税=緊縮なので、本当の「大きな政府」ではない。「大きな政府」とは、緊縮を否定し、金融緩和と財政拡大を支持する政府のことだ。この意味では、いまの日本の若い世代は、安倍政権のリフレ政策が偶然の産物にしかすぎないことを十分知っている可能性がある。 この議論が正しいとすると、「大きな政府」を積極的に支持する気持ちは理解できる。若い世代は、この「偶然」の成果を背景にして、それを支持する一方で、自分たちは自分たちの人生の可能性を切り開いていこうとしているのかもしれない。言い方をかえれば、マクロ経済政策は最低でも現状維持、できればもっと非緊縮型(=大きな政府)を進め、そして個々人の生活はより変化を追求していくことが考えられる。 いずれにせよ、関口氏が本心では期待しているとしか思えない、アベノミクスの否定は、日本の経済と社会を逼迫(ひっぱく)させ、政治勢力の「変化」はあってもそれは混乱だけをもたらすだろう。その政治的混乱は、経済の停滞という形で、若い世代の活躍の場と意欲をくじいていくことだけは間違いない。そのことをわれわれは老いも若きもこの「失われた20年」の体験で十分に知っているはずだ。どうも関口氏とその意見に賛同する人たちは、そのことを忘却してしまったか、違う世界線の住人なのかもしれない。

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    青林堂パワハラ訴訟、泥沼バトルの舞台裏

    休刊した漫画誌『ガロ』で知られる出版社「青林堂」(東京都渋谷区)のパワハラ訴訟をめぐり、同社社長の蟹江磐彦氏がiRONNAに独占手記を寄せた。一方、会社を訴えた原告代理人からも反論手記が寄せられ、泥沼バトルの内幕がiRONNAでついに明らかになった。老舗出版社で何があったのか。

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    【青林堂社長独占手記】「あんな社員に謝る必要が本当にあるのか?」

    蟹江磐彦(青林堂社長) 青林堂は、現在「東京管理職ユニオン」および、TBSを筆頭に各マスコミから猛烈な攻撃を受けている。これは当社が男性社員に一方的にパワハラを行い、うつ状態にさせたとして提訴され、支援するユニオン側が実施した記者会見に端を発している。 TBSの報道番組「NEWS23」については、男性社員がうつ病にもかかわらず、2度にわたって出演させ、自分がいかに虐げられたかを語らせ、その現状を当社での録音音声をかぶせて放送している。この報道はユニオンだけの言い分を、マスコミが恣意(しい)的に流している点で大きな問題があると思っている。 では、そもそもユニオンとはいかなる労働組合なのだろうか。簡単に言えば、個人で加入できる、業種や会社をまたいだ労働組合だ。大企業にはもともと労働組合があり、労働者はその組合に加入して保護を受ければいいのだが、当社のように正社員3人といった零細企業には、そもそも組合などない。そういった企業の社員が加入できる労働組合がユニオンである。それどころか契約社員やアルバイトまでも加入できるというのが売りでもある。 確かに、社会には「ブラック」とされる企業があり、労働者はこうした企業から守られなければならず、ユニオンの活動がそこに向けられる分には正しい行動である。しかし、今のユニオンは現行の労働法に強く守られ、会社に無法の限りを行っても「良いか悪いかは別として」弱者の労働者としては正しいこととされてしまう。 実際に男性社員のように、会社内で録音盗撮したり、会社の重要な名簿やIDパスワードを無断で持ち出したりしても、労働法に守られた労働者の「権利」なのである。また、辞令を出しても自分が気に入らない仕事は「支配介入」という文言で拒否できてしまう。 男性社員は一日中机の前に座り、社内の動向を探りながら言動を逐一メモし、その情報をユニオンに報告していた。当社は、ユニオンとは思想的には真逆の書籍を発売している出版社である。このような状態が正常であるとは、到底思えない。現に東京管理職ユニオンの鈴木剛執行委員長からは「全力で青林堂を潰しに行く」と宣言されている。 また、不思議なのは、大半のテレビ局が今回の提訴を報道するなど、この裁判がなぜこんなに大きく扱われるのか、ということだ。先にも記したが、当社は社員が3人という、極めて零細な企業である。すさまじいユニオンの要求 しかも内容は、ユニオンが言うところの単純なパワハラである。これにはなんらかの恣意的な意図を感じずにはいられない。先日も、東京新聞からこの裁判について、取材依頼がきた。当社とユニオンしか知り得ない事柄を聞いてきたのであり、なぜ東京新聞がそれを知っているのか? 当社を狙ったマスコミ各社の動きをみれば、ユニオンと何らかのつながりがあると疑ってしまう。 東京新聞の取材の件は、当社が男性社員に直接連絡をとったことが支配介入に当たるためユニオンに陳謝しろという内容だったが、そもそも自社の社員に連絡することが、労働法では違法とされること自体疑問だ。 一方、ユニオンの要求だが、これがすさまじい。勤続半年の男性社員の和解退職金が1200万円である。キャリア官僚が10年勤めても400万円程度なのに。もしくは復職させて昼から5時までの5時間勤務、残業なし。この条件でさらに30万円の給料を要求しているのである。 零細企業である当社としては、「復職」させるしか選択肢はない。ゆえに、この条件を受け入れた。その後も給料を「48万円にしろ」と要求してきたが、さすがにこれは拒否した。他社員との給与格差が大きすぎて不公平になるからだ。 また、男性社員は復職後、初日から守秘義務契約を拒否し、大声で「支配介入だ!」と恫喝(どうかつ)していた。「これは闘いですから」と叫ぶ。辞令を出して編集業務として復職したのにもかかわらず、「営業業務をやらせろ」と要求する。(写真はイメージです) しかも、出版労連の講演で、当社の出版物に対してデザイナーからヘイト本の装丁を断られた経験に触れつつ、「言論の自由を言い募り、差別をあおる本を売ることに目をつぶってきた」と自省を込めながら振り返っているのである。 こんな社員に営業は任せられない。当然、当社としては語気強く毎日のように説得を続けた。だが、一連のやりとりを録音されていたのである。 こういった毎日のやり取りの中、突然男性社員はうつ病の診断書を提出して昨年2月に休職した。健康保険組合から傷病手当を受け取りながら、国会前デモや、安保法制反対デモに元気に参加している。当社にも何度も団体交渉や、中傷ビラをまきに訪れている。うつ病にもかかわらず、休職から一年後になる今年2月、東京地裁に提訴した。「青林堂でパワハラを受けてうつ病になった。損害賠償として2300万円を支払え」という要求である。 訴訟になった以上、判断は司法に委ねるしかないが、このような社員でさえユニオンは手厚く保護し、会社側は労働者に謝罪をしなければならないのだろうか。青林堂は今後もこのような左派系労働組合である東京管理職ユニオンと、これを支援するマスコミや団体とも闘っていくつもりだ。

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    青林堂社長にこれだけは言いたい 「パワハラに右も左も関係ない」

    ハラスメント内容のひどさに加え、録音という客観的な証拠があり、それがあまりに生々しいことから、多くのメディアにおいて取り上げられることとなった。パワハラに右翼も左翼も関係ない 青林堂は、これは左翼の陰謀であるなどと言っているようであるが、最初に言っておきたいことは「パワハラに右翼も左翼も関係ない」ということである。もちろん、青林堂からみた「左翼団体」においてもパワハラは存在する。私はその場合でも、特に躊躇(ちゅうちょ)することなく、被害者となった労働者の権利擁護をしたいと考えているし、実際にしてきた実績がある。 したがって、本件は、青林堂が過去にどんな出版物を出していようが、はっきり言って関係のないことである。青林堂はツイッターなどを使って、盛んに「サヨクが」「サヨクが」と言っているようであるが、心の底から、「それは関係ないんだよ」と優しく教えてあげたい気分である。 おそらく青林堂は、自分たちのした陰湿なハラスメントが白日の下にさらされ、批判が集中したことを回避するために、単なるパワハラを「右翼」「左翼」の問題につなげたいのであろう。 そうすることで、味方を得ることができるからだ。しかし、録音に示されるとおり、客観的な記録があり、発言内容自体は動きようがない。もし「右翼の社長なら、左翼だと思った社員に対し、パワハラをしても何の責任も生じない」とでも思っているのだとしたら、それは誤りである。 一口にパワハラと言っても、多くの種類がある。次の分類は、厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が、平成24年3月15日に公表した「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」における分類である。ここでは6類型に分類している。① 暴行・傷害(身体的な攻撃)② 脅迫・名誉毀損(きそん)・侮辱・ひどい暴言(精神的な攻撃)③ 隔離・仲間外し・無視(人間関係からの切り離し)④ 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害(過大な要求)⑤ 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)⑥ 私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害) こうした行為はいずれもパワハラとして企業や行為者が損害賠償請求を受けるリスクのある行為となる。通常の企業では、こうした行為をすることのないように社員を教育・指導するのが一般であるが、中小企業などでは、社長が先頭に立ってこれらを実行してしまう企業も少なくない。青林堂事件では、特に②がクローズアップされていることは周知のとおりである。労働相談のダントツ1位は そもそもパワハラの問題は、青林堂事件だけの問題ではない。実は昨今、労働問題を扱う業界で深刻なのは「いじめ・嫌がらせ」事案の増大である。 たとえば、厚生労働省が毎年6月ごろに公表している全国労働局に寄せられる労働相談では、平成24年度以降「いじめ・嫌がらせ」が1位となっている。平成27年度は、約6万6千件の相談があり、2位の解雇(約3万8千件)に大きく水をあけてダントツである。 相談に行くということは、それだけでハードルがあるのだが、それを差し引いても約6万6千件であるから、この裏にはどれだけ多くの労働者がハラスメントに苦しんでいるかが分かると思う。 こうした状況を踏まえ、厚生労働省は平成23年、先の分類の提言をした「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」を開き、パワハラの定義や対応について専門家の意見を聴取するなどした。残念ながら、この会議は、提言・報告を出すにとどまり、立法などの動きにつながることはなかった。 現在の安倍政権も、パワハラ問題を無視することはできず、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日閣議決定)には、「職場のパワーハラスメント防止を強化するため、政府は労使関係者を交えた場で対策の検討を行う」として、何らかの対策の検討を行うことを記している。 なお、政策として必要なのは、「パワハラ防止基本法」のような法律を制定して、腰を据えた対策が行われることであろう。そうでなければ、この問題は「当事者同士の問題」として矮小(わいしょう)化されかねない。しかし、セクハラなどと同じように、基本的にパワハラは違法であるとする明確な法規範があれば、企業の取り組みは変わってくるものである。 いずれにせよ、パワハラは社会問題となっており、国の政策として何か対策をとらねばならないところまで深刻化しているのである。 では、労働者はこうした時代にどうやって自分の身を守ればいいのだろうか。(本文とは関係ありません) 青林堂事件のように、暴言などのパワハラを受けた場合、まずは証拠を確保することが何よりも大事である。その際、録音が客観的な証拠として価値が高い。青林堂事件では、パワハラが日常化していたために、多くの録音記録が存在している。 あまりに多くて、訴えの提起にあたり選別するのが非常に大変であった。そのため、普通なら問題とすべき発言が、他のひどい発言に比べてレベルが低いと、「これは大したことないね」となってしまって、感覚がまひしてしまったほどである。 なお、対話者に無断で録音することが違法であるかのような誤解があるが、そんなことはない。職場におけるトラブルがある場合に、証拠保全の意味で録音することは問題ない。むしろ、労働者が取りうる唯一の証拠収集における対抗手段といっても過言ではない。気にせず「録音」を 裁判例でも、録音手段・方法が著しく反社会的ではない限り、これを証拠として認める旨判示している(東京高裁昭和52年7月15日判決)。最近の裁判例でも否定例は極めて例外的な場合のものしかないので、被害を受けている場合は、気にすることなく録音することが必要である。 一方、使用者側に期待されるのは、職場におけるいじめ・嫌がらせは、企業経営にとってマイナスしかないことを自覚することである。 そもそも、そのような問題が発生していること自体恥ずかしいことだという認識を持ってもらいたい。先に挙げた円卓会議において、ある企業の人事担当者の言葉として、次のようなものがある。 全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう。 誰かをいじめてうつにすることは、その背景に多くの悲しみが生まれることを自覚することが必要である。社員は人間であり、ロボットではない。ましてや機械でも道具でもない。その当たり前を自覚することが第一歩である。相手は自分と同じ生身の人間なのである。 近年は、まともな企業や労働組合が機能している企業においては、こうした意識が徐々に高まり、パワハラになり得る行為類型を冊子やパンフレットなどにして全社員に配布し、啓蒙(けいもう)している企業もある。 本来は、こうした取り組みが一般化される必要があるだろう。一方で、社長が先頭に立ってパワハラするような企業は論外である。これについては、一つ一つ正していくほかない。(本文とは関係ありません) 青林堂事件は、ハラスメントの陰湿さと、それを支える証拠が多くあることでたくさんの注目を集めた。しかし、俯瞰(ふかん)的に見れば、これはわが国にはびこるパワハラ事件の一つに過ぎないのである。もっとも、一つに過ぎないとしても、これだけ注目が集まった事件である。青林堂には、パワハラを行ったことについて、しっかり責任を取っていただきたい。 また、労働者はこうした時代であるので、身を守る術を身につけ、何かあれば第三者に相談してほしい。一人で抱えても解決しない。労働組合や公的機関など、相談窓口は多い。 そして、国は「働き方改革実行計画」に記載したのだから、「啓発」「啓蒙」だけで終わることのない政策を実行してほしい。これについては与野党一丸となれるのではないだろうか。パワハラを撲滅するのに右も左も関係ないのだから。

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    なぜユニオンは「ブラック企業」退治の切り札と呼ばれるのか

    月28日に勝利した東京都労働委員会の命令文は、東京都のホームページに公開されています。青林堂関係者がメディアに公開している情報には、誤ったものが多くありますので、本件に関する正確な情報は、これらをご覧いただければと思います。 こうしたいわゆるブラック企業の問題は、近年、社会的な問題になっています。本稿ではブラック企業に対抗するために「ユニオン」と呼ばれる労働組合が有効であるという点について論じたいと思います。 ユニオンとは、合同(一般)労働組合と呼ばれる、一人でも加入することができる労働組合のことで、従来の合同労組の一種として、1970年代以降、新たに誕生したものです。ユニオンは企業内労働組合と全く同じ法的権限を有しています。ユニオンが急増した構造的背景は、経済成長率の低下に伴う雇用形態の変化があります。(写真はイメージです) それまでの男性正社員を中心とした年功型雇用システムから、派遣・有期契約・パートなどの非正規労働者の増大があります。日本の労働組合の多くは男性正社員をメンバーシップとする企業別組合でしたから、こうした非正規労働者は保護の枠外にありました。 また、諸外国と比較して日本の非正規労働者は、時間当たりの賃金が非常に低いという特徴がありました。昨今、政府も推進しようとしている「同一労働同一賃金」は、この構造的問題の解消を目指すものであり、いわば国民的な課題です。この点から、従来の企業別組合が受け入れなかった非正規労働者が数多くユニオンに駆け込んできたのです。 加えて、日本で構成比率が高い中小企業では、法令を無視した職場も多く、必然的に労働者がユニオンに助けを求めてくる実態もあります。そして、労働基準監督署などの公的機関や弁護士によるアプローチと比較しても遜色なく、被害者が納得する内容で解決していることから、ユニオンは増加傾向にあります。 解決内容も、労使双方が和解し、継続して円満な労使関係を確立し、就労を続けるケースも少なくありません。この点でユニオンはブラック企業対策として有効な武器であるといえます。近年、「ユニオン対策本」と題した書籍が出版され、「ユニオンは解決金目当て」などと書かれている場合がありますが、正確ではありません。 ブラック企業に対してユニオンが有効な手段足りえるのは、以下の法的根拠が考えられます。① 団結権に基づく企業内外での広範なネットワークづくり② 団体交渉権に基づく強い交渉力③ 団体行動権に基づく強い行動力たった一人でもこれだけ戦える ①は、企業内で組合員や協力者を拡大することや企業外の支援者ネットワークを活用し、広げることです。同様な被害にあった労働者が同じ目線で励まし、先行する経験からアドバイスすることは有益なことです。労働基準監督署などの公的機関にしても、弁護士を通しての訴訟にしても、被害当事者は一人で孤立しがちです。 また、企業は、経営者の強い権限で違法行為を隠蔽し、従業員に虚偽の陳述書を書かせ、被害当事者を孤立させることもあります。この点でユニオンは、企業内外のネットワークを駆使し、当事者が孤立することを防ぎ、交渉においても有効な証拠収集などを進めることができます。 ②は、法的に企業がユニオンからの団体交渉の申し入れを拒否できないということです。たった一人の労働者でも企業は団体交渉を受諾しなければならず、これを拒否すれば違法行為となります。また企業は、単に交渉すればよいのではなく、客観的資料などを示し、説明しなければならない「誠実交渉義務」が課されています。 そして③は、交渉が企業側の不誠実な態度によって行き詰まった際に、これを打開する手段として、行動することが法的に認められていることです。つまりユニオンは、法的根拠をもって被害当事者の立場で、多様な行動を取ることができるのです。 代表的なものは、ストライキ、抗議行動、取引先などのステークホルダーへの要請行動、SNSやメディアを通しての宣伝活動などです。一個人で行使すれば違法に該当する恐れがある行動に関しても、ユニオンが正当な手続きを踏めば、違法性が阻却されるのです。 もちろん、企業側が誠実な交渉をしている段階でそのような行動を取ることは許されません。従って企業がキチンと法令順守していれば、ユニオンとのトラブルになることはあり得ないのです。 ユニオンにも多様な組織があり、スタイルも異なります。しかし、基本的には労働組合法が定めるように、労働者が企業と対等の立場に立って、団体交渉や団体行動を行い、労働協約を締結するためのものです。ユニオンは、この点で法令に沿った存在であり、違法なブラック企業から被害を受けた人々にとって心強い解決手段です。 また、最近では、ユニオンと企業がセミナーを共催したり、職場環境改善に向けて講師依頼されるケースも増えています。私もこうした取り組みを歓迎し、引き受けています。経営環境が厳しい中小企業にとって、知恵と力を出し合い、労働者も成長し、企業が持続的に発展することを心から願っています。

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    労働者を洗脳し、企業をゆする「ユニオン」の正体

    摘し、金を要求してくるからだ。  ユニオンのターゲットになると経営者の損失も大きくなる。横の繋がり、メディアの扱いがうまく、情報が広まりやすいので注意が必要である。小さい組織だからといってなめてかかると痛い目を見る。(本文とは関係ありません) また、ユニオンとしては給与や待遇面は攻撃しやすい。なぜなら不満を持っている多くの労働者の同調を得やすいからである。同調をさせてユニオンは労働者を取り込み洗脳していくのである。洗脳されたユニオン側のことを何でも聞く状態になっている労働者と経営者は対峙(たいじ)しなければならない状況にある。 今後ユニオンは、残業代未払いや解雇など、今まで扱ってきた事案以外にも幅広く関わってくるであろう。すなわち、ユニオンの活動範囲が広くなる。例えば降格など、どちらかというと経営側の人事権の範疇(はんちゅう)であるケースにも関わってくる可能性が高い。現状は、ユニオンが、活動しやすい状況にあると言わざるを得ない。 経営者はやられっぱなしではなく、ユニオンに対して何をされたかもっと声を上げていくべきであろう。会社が潰されてからでは取り返しがつかないだけに、社員とその家族を守る気概でユニオンと対峙(たいじ)してほしい。 

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    「サヨク」を「パヨク」と呼び始めたネット論争とその余波

    す」と宣言しているのだから、ネットでは同書をめぐり論争が発生中。不買運動に応援活動、両方が入り乱れてメディアもニュース化せざるを得なくなり、さらに注目を集めることだろう。それにしてもどんな批判が来ようが蛙の面に小便的な青林堂の担当者、精神強いな。●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など関連記事■ 玄葉外相 「彼はKARAメンバー名を暗記」と韓国から褒め殺し■ 千葉真一氏 「ヒロくん(真田広之)は5歳から僕が育てた」■ QVCマリン人気No.1 地元芋豚がとろける「千葉もつ煮込み」■ 編集者人生半世紀の松田哲夫氏 盟友・南伸坊氏と若き日回顧■ 江戸時代の大ヒット本は中国の性書や欧州の性知識網羅する艶本

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    『少年ジャンプ』伝説編集長が語る「漫画雑誌は一度壊して作り直せ」

    篠田博之(月刊『創』編集長) 月刊『創』5・6月号マンガ特集を編集するにあたって、昨年、今年と白泉社の鳥嶋和彦社長を訪ねて話を聞いた。鳥嶋さんは2015年8月に同社社長に就任するまでは集英社に籍を置き、以前は『週刊少年ジャンプ』の名物編集長だった。白泉社は集英社の関連会社だ。 この春、白泉社発行の青年誌『ヤングアニマル』の連載『3月のライオン』が映画化されるなど、同社にとって大きな動きが起きているのだが、そうした話題にとどまらず、鳥嶋さんに聞いてみたいと思ったのは、いまマンガが多様化しているなかで、マンガの黄金時代と言われた20~30年前と今を比べてマンガの持つエネルギーがどう変わっているのかということだ。白泉社の鳥嶋和彦社長。『週刊少年ジャンプ』の名物編集長だった(古厩正樹撮影) その話に入る前に、まず白泉社の現状について聞いた。 「僕は社長になる時に目標を二つ言ったのです。営業利益を黒字化させることと、コミックス初版100万を達成すること。前者は昨年達成できたので、もう一つは、『3月のライオン』最新刊が特装版と合わせて80万だからもう一歩、年内に何とかしたい。でも今、マンガの初版100万は簡単じゃない。僕が編集現場にいたころの100万と今の100万は重さが違いますね」  鳥嶋さんは集英社にいた時代、編集現場を離れてからはデジタルやライツをめぐるビジネスに尽力していた。これからはマンガをめぐるビジネスを考える場合、デジタルとライツビジネスをきちっと回していかないといけない、というのが鳥嶋さんの持論だ。マンガ界はこの1年間で、ますます紙の雑誌が落込み、デジタルが伸びつつあるのだが、今の業界の方向性に必ずしも鳥嶋さんは同意しているわけではないらしい。かつてのマンガにはエネルギーがあった 「この機会にマンガ雑誌のあり方をもう一遍再定義してどうするかを考えなきゃいけないと思います。それがやっぱりどの出版社も出来ていない。マンガの作り方も、特に週刊誌がそうですけど、一話一話読ませる、ひいてはその雑誌を買わせる、という作り方がどこまで出来ているか。僕は今、ちばてつやさんやあだち充さんのかつての作品を読み返しているのですが、あの時代はマンガにエネルギーがありましたよね。確かに今は少子化とかデジタルどうのこうのという厳しい環境はあるのですが、でもそれは外部的要因に過ぎないのじゃないか。マンガが力を持っていた頃は雑誌の連載自体にライブ感、読者の反響があって作家がそれに引っ張られて描くといういい意味での双方向性があったと思います」 鳥嶋さんが「あの時代」というのは1980年代だろう。『週刊少年ジャンプ』は90年代前半がピークで、最高部数650万部超を記録した。当時の毎日新聞400万部をはるかに上回る部数だ。それが1995年、『ドラゴンボール』『スラムダンク』『幽遊白書』という三大人気連載が終了したのを機に一気に部数を減らしていった。その後、紙のマンガ市場は一貫して縮小を続けている。『週刊少年ジャンプ』はその中では健闘しているとされるが、部数は今や200万部を切ってしまっている。部数の減少が続くマンガ雑誌  確かに『ONE PIECE』などのように驚異的な人気を誇る作品はあるのだが、そうした一部の作品を除くと、ちばてつやさんやあだち充さんのピーク時のような勢いやエネルギーが失われているのではないか、というのだ。そのあたりについては異論もあるだろう。時代が変わったのだからそんなことを言っても無意味だという意見もあるかもしれない。ただ、マンガの黄金時代に現場でマンガの編集をやっていた鳥嶋さんの言葉だけに、その指摘は考えてみる価値がありそうな気もする。ただ、もちろん鳥嶋さんはこう付け加えるのも忘れなかった。 「言葉で言うのは簡単ですけどね。本当はもう一回その雑誌が必要なのかどうか問いかけて作り直す作業をやらなきゃいけないんじゃないか。今この厳しい時代に、そんなふうに壊しながら作り直すというのは相当難しいとは思いますけれどね」

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    「少年ジャンプ200万部割れ」を深刻に語るオトナたちへの違和感

    るわけではありません。生まれたときからアニメがあり、ゲームもある彼らにとっては、それら新たに出現したメディアを含む情報環境に育って社会化してきたわけで、マンガもまた情報環境における多様化したメディアコンテンツの一つに過ぎません。あくまで「マンガ『も』読める」というように、機会があれば読むけれど、だからといってマンガを特別なモノとして読むわけではないのです。 そしてなによりマンガをかつてのような「教養」や、活字を自明の前提に成り立っていたような「文化」として受け取る素地自体、既に希薄になっています。近年「マンガはもうダメかもしれん」論を深刻に語る人たちの口ぶりには、この「かつて切実な表現としてマンガを読んできた」世代感覚ならではの、どこか教養や文化として活字の「補助線」を自明の前提にしながら解釈しようとしてきた、その「習い性」ゆえの現状に対する根深い違和感がどこか必ず含まれているような印象があります。 かつてマンガを青年に、さらにオトナになっても読むような習慣を身につけ始めた世代が育った情報環境は、活字が良くも悪くも大衆娯楽の中心に成り立っていました。この当時、「マス」を対象とするラジオに代わる新しいメディアとして、テレビの存在感がひと際増しつつありましたが、それでも情報環境における第一次的なメディアは良くも悪くもやはり活字であるという現実が、それを支える価値観や約束事とともに厳然として生きている環境でした。だから、それら活字を「読む」ことこそが、彼らにとっての「読む」という作法の根幹を形成してきたところがあります。 「視聴覚教育」などと言われ、大衆社会化とともに活字以外の媒体がその社会的意味を意識されるようになっていったのもおおむねそのころでした。いわゆる映像、画像的な「ビジュアル」情報についての意味が、それまで標準設定とされてきた活字との関係で改めて問い直されるようになったのも、思えばその時代からだったわけです。マンガを「読む」こともまた、それが「読む」という動詞とともに人々に意識されるようになっていったことに象徴されているように、やはり活字の「読む」を前提に身につき、かつ社会的に浸透していったと考えていいでしょう。新たな環境から続々生まれてくるマンガ作品 けれども、そのような活字前提の「読む」習い性自体が昨今、決して当たり前のものではなくなっています。マンガに限ってみても、自分で描いた作品が同人誌も含めた紙媒体ではなく、ウェブ経由の発表手段が一般化していく中で、ウェブから読者を獲得することはごく当たり前になっています。また、そこから紙媒体に「進出」していくことも珍しくありません。 先日、第21回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した『夜廻り猫』(作・深谷かおる)や、ウェブ経由で読者を獲得し自費出版までこぎつけた『巻きシッポ帝国』(作・熊谷杯人)など、すでにプロの描き手として実績ある作家も、同人作家や駆け出しのアマチュア作家などと「同じ土俵」で作品を発表して広く世間に問うことができる。そういう「開かれた」環境が準備されるようになってきていることの恩恵は大きいわけですが、同時にまた、それら新たな環境経由で生まれてくるマンガ作品には、これまでのマンガを「読む」作法からはなじみにくい、活字前提の「読む」とは別のところで成り立っている作品も徐々に増えています。 思えばマンガを取り巻く商品や市場環境自体、メディアミックスありきになって既に久しいです。アニメ、ゲーム、映画のみならず、いまやソーシャルゲームやプラモデル、トレーディングカードといったキャラクター商品群も加わり、広がりを見せています。 そんな中で育った今どきの青年は、活字中心に育った私たちの世代とは異なる「読む」作法をマンガに求めているのかもしれません。彼らは読み手としてだけではなく、消費者の立場からマンガの本質を理解しているはずです。彼らにとってのマンガの「教養」というのもまた、私たちの世代が蓄えてきた教養や文化とは別に、既に蓄積され始めているのかもしれない。私はそう感じています。

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    ブームこそ命『コロコロコミック』が切望する次の「妖怪ウォッチ」

     小学館は以前は学年別学習誌で知られていたが、今は少子化の影響もあって、『小学1年生』以外全て休刊になってしまった。その児童誌市場で圧倒的なシェアを誇っているのが『コロコロコミック』と『ちゃお』だ。『コロコロコミック』は『妖怪ウォッチ』ブームの後、部数も落ちているのだが、この児童誌市場にいま、気になる傾向が目立ち始めている。まだスマホを持たない小学生が読者であるため、デジタルの影響を受けていないと言われるこの市場にも、実はいろいろな変化が出つつあるというのだ。少年児童誌市場で圧倒的なシェアを誇る小学館の『コロコロコミック』(中央) 小学館第二コミック局の佐上靖之チーフプロデューサーに聞いた。 「『コロコロコミック』の主な読者は小学校高学年なんですが、4月号は、新しい読者を迎え入れる大事な時期なんですね。新しい読者がつく一方で上の年齢の子どもたちは卒業していく。入ってくる読者と卒業する読者のどちらが多いかで雑誌の部数が決まるのです。今年は『コロコロコミック』も『ちゃお』も創刊40周年の節目ですので、しっかりと力を入れて楽しい雑誌を作っていこうと思っています」 雑誌が苦戦する出版界だが、子どもたちの間ではいまだにマンガ雑誌が娯楽の中心を占める。スマホの普及も上の世代ほどではないし、お小遣いの額も限られているので、いろいろなマンガが読めて付録もついているマンガ雑誌は貴重な存在なのだ。 児童誌の大きな特徴は、玩具やゲームを含めたブームと連動していることだ。3年前の「妖怪ウォッチ」大ブームの時は『コロコロコミック』も100万部を突破する勢いだった。そのブームが一段落した現状では、雑誌の部数もピーク時に比べると20~30万部落ちているという。 「それは児童誌の特徴であり想定内のことではあるのです。幸い、今の『コロコロコミック』の部数は、『妖怪ウォッチ』ブームの前よりは高いところにとどまっています。本来、編集部としてはブームが一段落する前に次のブームを仕掛けていかねばならず、今は『ベイブレード』と『デュエル・マスターズ』がそれに当たるのですが、残念ながら『妖怪ウォッチ』ほど大きなムーブメントに至っていないのが実情です」(佐上チーフプロデューサー) 「ベイブレード」は、もともとベーゴマをもとにタカラトミーが開発した玩具だが、過去2001年、2008年とブームになり、今回は第3期。「ベイブレードバースト」というシリーズだ。2015年夏にタカラトミーから玩具が発売され、7月から『コロコロコミック』でマンガ連載開始、2016年4月からはテレビ東京でアニメの放送が始まった。  「デュエル・マスターズ」はタカラトミー発売のトレーディングカードゲームと連動したもので、『コロコロコミック』では2014年4月号から現在のシリーズ「デュエル・マスターズVS」の連載が始まった。テレビ東京のアニメも昨年4月から始まっている。 そんなふうにゲームや玩具にマンガとアニメを連動させてブームを作り出し、マンガを読んでいないと学校で子どもたちが話題についていけないという状況を作り出す。そういう独特の手法が児童誌の大きな特徴だ。小学生読者にもデジタル化の波 小学生向けの市場は、中学生より上の世代のようにスマホの影響が見られないと前述したが、実はこの世代にもデジタル化の波は着実に押し寄せてきている。 「小学生は任天堂の3DSというゲーム機でユーチューブを見ているんですね。そこで私たちは2015年末から『コロコロチャンネル』という動画配信を始めました。『コロコロコミック』の編集者が新しいゲームやホビーの遊び方やマンガの描き方を説明するほか、アニメも見逃した子どもたちのために配信しています。毎日最低1本は何らかの動画を配信するという方針です。これが人気になっており、チャンネル登録者数が10万件を超えました。 『コロコロコミック』では20年以上前から、年に1回、1月にビッグアンケートという、設問が100くらいある詳細な読者アンケートをとっているのですが、今年の集計データを見ると、『これからやってみたいこと』の1位が動画配信でした。創刊40周年の節目を迎えた『コロコロコミック』 『将来なりたい職業』の1位が『本やマンガの仕事』で、これは大変嬉しい結果ですが、2位が『ゲームの仕事』、そして3位が『ユーチューバー』でした。ユーチューブは小学生たちにとって相当身近になっているのですね。 親のスマホを借りて子どもたちがスマホゲームで遊んでいるというのも目立ってきています。親も監視下にある場合は、子どもにスマホを使わせているのです。 『コロコロコミック』にとって、これまでウェブはマンガのPRやプロモーションのためという使い方でしたが、これからはデジタルのコンテンツで収益を上げることも考えていくことになるかもしれません。  昨年の夏から始めた『デジコロ』は、3DSのゲーム機の中でコンテンツを販売しているニンテンドーeショップに『コロコロコミック』のマンガ2作品を出品しているものです。『でんぢゃらすじーさん邪』と『ケシカスくん』で、それぞれマンガに着色をし、音声をつけて1話100円で販売しており、すでに20話くらいアップされています。制作に費用がかかって今のところは赤字ですし、子どもたちに課金というのはハードルが相当高い。当面は先々を見据えてじっくりと取り組んでいきたいと思っています」(同) 小学生向けの市場にもデジタルの影響がいろいろな形で出始めている。この傾向が今後ますます拡大していく可能性もある。今後、デジタルの波は、児童の娯楽市場にも大きな影響を及ぼすことになっていくのだろうか。

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    デジタルファーストが功を奏す? 絶好調『ヤンマガ』攻めの戦略

     青年マンガ誌のトップを走るのが集英社の『週刊ヤングジャンプ』で、人気連載『東京喰種 トーキョーグール:re』の実写映画がこの7月、公開される。ヒロイン役の女優・清水富美加さんの突然の引退騒動で関係者はハラハラしたようだが、公開は予定通り。集英社としても、この映画化を機にコミックスの部数をおおいに伸ばしたいと期待しているようだ。青年マンガ誌のトップを走る集英社の『週刊ヤングジャンプ』と、ヤンジャンに次ぐ講談社の『週刊ヤングマガジン』 ただこの1~2年、青年誌で注目されているのは、『ヤンジャン』に次ぐ講談社の『ヤンマガ』こと『週刊ヤングマガジン』だ。一時期低迷していたのだが、このところ映像化やデジタルなど攻めの施策が奏功して次々と話題を提供しているのだ。 転機となったのは2015年に『監獄学園〈プリズンスクール〉』がアニメ化を機にコミックス全20巻で累計370万部という大増刷を成し遂げたことだ。また『新宿スワン』も2017年に映画のパート2が公開された。既に連載が終了しているためコミックスは大きくは売り伸ばしていないが、デジタルがよく売れているという。 「守りに入らず新しいことをやっていこうという姿勢が功を奏しているのでしょうね」 そう語るのは講談社の嘉悦正明・第四事業局長だ。攻めの姿勢とは映像化だけでなく、別冊やウェブサイトなどを次々と立ち上げて作品の掲載媒体を拡大させていることも含まれる。 『ヤングマガジン』編集部では『月刊ヤングマガジン』に続く別冊として2014年に『ヤングマガジンサード』を創刊。『亜人(デミ)ちゃんは語りたい』などのヒットが出ている。また『月刊ヤングマガジン』連載の『中間管理録トネガワ』もコミックスがよく売れている。 さらに最近注目されているのは、『eヤングマガジン』という無料のアプリに連載された作品から2016年、『食糧人類―Starving Anonymous―』『生贄投票』などコミックスのヒットが生まれていることだ。デジタルファーストのマンガが紙のコミックスでも売れたという事例だ。 第三・第四事業販売部の高島祐一郎販売部長が語る。 「『食糧人類』はコミックスの第1巻が初版1万5000部からスタートして累計22万5000部までいっています。これはなかなかないケースですね。第2巻は初版20万部ですが、デジタルを合わせると1・2巻累計で100万部くらい出ているのではないでしょうか。『生贄投票』もコミックス第1巻は初版2万部でしたが、デジタルで火がついて以降、紙のコミックスも第1巻が10万部を超えました」 増刊やデジタルを含め、作品のテイストにあわせたいろいろな媒体に連載を行い、それを紙のコミックスに落としこんでいくという戦略が奏功しているようだ。  別冊を次々と創刊し、さらにウェブサイトでも連載を立ち上げ、基幹雑誌の周辺にいろいろな作品発掘の機会を拡大していこうというのは、講談社のマンガ部門全体の基本方針だ。例えば『進撃の巨人』は『週刊少年マガジン』でなく、『別冊少年マガジン』の連載作品だ。本誌とちょっとテイストの異なるエッジの効いた作品を別冊で、という方針は、マンガそのものの多様化が進む中で、今のところ成功しているようだ。 前述した『ヤンマガ』の『食糧人類』や『生贄投票』もかなり異色の作品なのだが、そういうものがデジタルなどで人気を博し、コミックスで売り上げを伸ばすという状況に至っているのだ。そもそも『監獄学園〈プリズンスクール〉』にしても王道系とは異なるマンガで、深夜アニメで火が付いた。マンガやアニメの嗜好が多様化し細分化しているなかで、いろいろな作品をどう発掘してビジネスとして成立させていくか。いまマンガをめぐるビジネスはそういう時代に至っているといえる。

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    『逃げ恥』『東京タラレバ娘』変貌する女性マンガ

     今年も女性マンガを原作とする映画やドラマが次々と公開されている。さすがに似たような映画が続いてあきられもしているようなのだが、原作がある程度売れていると宣伝もしやすいし、何よりも低予算で作れるとあって、次から次へと量産されているのだ。 そうしたもののヒットの手本とされているのが、昨年秋にドラマが大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』と、今年に入って放送されヒットした『東京タラレバ娘』だ。どちらも講談社の女性マンガ誌『Kiss』の連載だ。『Kiss』『BE・LOVE』 は、講談社の同じひとつの編集部なのだが、そこから生まれたコミックスが映像化で絶好調なのだ。4月からは『BE・LOVE』連載『人は見た目が100%』もドラマ化されたし。2016年は春に同誌連載の『ちはやふる』が映画化されてヒットした。人気漫画「東京タラレバ娘」 講談社第三・第四事業販売部の高島祐一郎販売部長がこう語る。 「女性もののコミックスは前年比で120%くらい行ったのではないでしょうか。昨年春に映画化された『ちはやふる』はトータルで150万部くらい重版がかかりましたし、秋にドラマがヒットした『逃げるは恥だが役にたつ』は120万部くらいの重版になりました。『逃げ恥』はもともとの部数がそう大きくなかったこともあり、ドラマスタートの前段階では各巻3万部くらい増刷をかけていましたが、放映開始以降はかけてもかけても足りなくなる。2週間に1回くらいのペースで増刷をしていました。『東京タラレバ娘』はもともと1巻から30万部を超えるベストセラー作品だったこともあり、ドラマ開始にあわせて各巻10万部増刷をかけました。最新刊の第6巻も初版30万部でスタートし、37万部を超えています」 講談社の少女マンガ誌『別冊フレンド』もこの1年ほど映像化でコミックスが売れている。2016年は『黒崎くんの言いなりになんてならない』が映像化で大きく売り伸ばしたが、今年も『PとJK』が3月から映画公開中で、全9巻それぞれ4万部くらいずつ増刷がかかっているという。 映像化で女性マンガが売れているのは小学館も同じだ。この1年の映像化についていうと、『プチコミック』の連載『はぴまり~Happy Marriage!?~』と『せいせいするほど愛してる』の2本が2016年ドラマ化。2017年に入ってからはフジテレビの月9で『突然ですが、明日結婚します』がドラマ化された。春からはもう1本、『恋がヘタでも生きてます』がドラマ化。また『Sho‐Comi』の『兄に愛されすぎて困ってます』(通称『兄こま』)が映画化される。 小学館第一コミック局の細川祐司チーフプロデューサーがこう語る。  「やはりドラマ化された作品は紙でもデジタルでも売れています。『突然ですが、明日結婚します』は視聴率とかいろいろ騒がれましたが、原作は増刷がかかっています。元々『プチコミック』の中でも人気作でした。『プチコミ』の作品はデジタルとの親和性が高いのが特徴ですが、ドラマの1話が終わった後にデジタルの売れ行きが跳ね上がる。反応は紙よりも分かりやすく出るかもしれません。昨年の『はぴまり』はAmazon プライム・ビデオでのドラマ化、『せいせいするほど』はTBSでした。『はぴまり』は、元々超ビックタイトルだったし、連載が終わっている作品でもあるので、映像化でものすごく増えたというのでなく、堅実に部数が乗ったという感じですね」ドラマや映画と親和性が高い女性マンガ 女性マンガとデジタルは親和性が高いと言われるが、小学館では以前から「エロかわ」と呼ばれる路線をとってきたサイト「モバフラ」のほかに、「&フラワー」というサイトがスタートする。 「今後は紙とデジタル両方に描く人もいれば、例えばデジタルに合っている作品といったケースも考えられます。去年『深夜のダメ恋図鑑』という『プチコミック』の作品が、デジタルのほうで火がついて紙に跳ね返ってきて、というケースもありました。単純に紙のマンガをデジタルに、というだけじゃない展開を今後考えていかなければならないと思っています」(細川チーフプロデューサー) 集英社の少女・女性マンガの映像化については、2016年は『YOU』連載の『高台家の人々』と『別冊マーガレット』連載の『青空エール』が実写映画として公開された。それぞれ原作者は森本梢子さんと河原和音さんだが、集英社の女性マンガの代表的なヒットメーカーだ。 2017年に入ってからは3月24日に『マーガレット』に連載されたやまもり三香さんの『ひるなかの流星』原作の実写映画が公開され、ヒットした。既に連載は終了しているが、13巻刊行されているコミックスを集英社では計50万部以上の重版をかけた。また児童小説「みらい文庫」やライト文芸「オレンジ文庫」からノベライズ単行本を刊行するなど、大きな取り組みを行っている。 また『ココハナ』で森本さんが連載している『アシガール』も人気が高く、映像化が期待されている。『別冊マーガレット』連載の『君に届け』など、コミックスの巻数を重ねても初版60万部を誇るヒット作品もある。 「女性マンガ誌は雑誌の部数は厳しいですが、デジタルが伸びており、紙の雑誌を補完しています。映像化については公開のタイミングもあるし、原作のコミックスに大きく跳ね返るケースもあればそうでないものもあります」 そう語るのは集英社の鈴木晴彦常務だ。  女性マンガ誌は部数も小さく、雑誌はもちろん赤字なのだが、この間、テレビドラマや映画化でコミックスが売れるというパターンが続いている。そうした映画やドラマを観て、原作を読もうという人が1巻からデジタルで読むというので、デジタルコミックの伸びも大きい。なかには紙のコミックスよりデジタルの売上の方が大きいという作品もある。「逃げるは恥だが役に立つ」の完成披露試写会に出席した(左から)大谷亮平、星野源、新垣結衣、石田ゆり子 少女・女性マンガのビジネスモデルは明らかに変わってきた。男性向けマンガももちろん映像化で伸びるというパターンはあるのだが、女性マンガは映像化との関係抜きには市場が成立しないほどドラマ・映画との親和性が高い。さすがに少女マンガ原作の映画は飽和になりつつあるのではとも言われるが、今年も次々と予告編が映画館で紹介されており、この傾向はしばらく続きそうだ。

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    『君の名は。』大ヒット後も続く劇場アニメの世界的ブーム

    異例の事態だった。 フジテレビとテレビ東京のアニメに顕著なのだが、実はテレビアニメも映画を含めた他のメディアとの連動を仕掛けたりと、戦略的な展開をしないといけない時代になりつつある。いずれにせよ、アニメをめぐる環境がいま、大きく変わりつつあるのは確かなようだ。

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    なにがなんでも「安倍降ろし」 フェイク臭あふれる加計学園疑惑

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 民進党を中心にした野党勢力、そして安倍政権打倒をおそらく目的にしているマスコミの一部が、なりふり構わぬ「猛攻」を展開している。共謀罪法案とも俗称されている「テロ等準備罪法案」の衆院通過を控えてのことなのか。もちろん政権批判がまっとうな理由によるものならば、むしろ公正な政治を進展させるために必要な条件だろう。だが、最近明らかになった事例をみれば、むしろ日本の政治そのものを壊しかねない危惧を抱くものだ。 典型的な事例が「加計(かけ)学園問題」といわれるものだ。先に書いておくが、これは「加計学園が生み出した問題」という意味ではない。まったく落ち度のない学校法人加計学園と愛媛県今治市のそれぞれの関係者や市民、そしてこの件に関して安倍首相を政争の手段として「生贄(いけにえ)」にしている民進党、そして朝日新聞の「共謀」のことを指して言っている。もっとも、この「共謀」には法律の適用はない。われわれが全力で批判する代物であるにすぎない。 問題の経緯は以下の通りだ。朝日新聞は今月16日の朝刊一面に、今治市の国家戦略特区に獣医学部を新設する件で、「官邸の最高レベル」「総理のご意向」によって早期に計画をすすめるように促す文書を掲載した。これは内閣府から文部科学省に提示された文書だという。文部科学省が作成したとされる「加計学園」に関する文書 17日には、国会で民進党の玉木雄一郎議員が、松野博一文部科学相にこの文書の真偽について問いただした。朝日新聞と民進党が入手した文書は同一のものだったようである。この連係プレーにも似た動きは、たちまち国民の注目することになった。あたかも「森友学園」第二幕のようであったが、あまりにもフェイク臭があふれる第二幕であった。 まず文書はいわゆる「怪文書」である可能性が大きい。記述については事実を反映している部分もある。世の怪文書あるいはトンデモ経済論といわれるものは、全部がデタラメではなく、核心部分がデタラメ以外はだいたい「真実」によって構成されている。それで読み手を巧妙に釣るのである。朝日新聞などはこの核心部分以外が事実であることを、かなり詳細に報道していて感心してしまう。もはや「魔女狩り」 ところで核心部分はもちろん「総理のご意向」といわれる部分だ。この「総理のご意向」については総理自身が否定している。また政府はこの文書が公式には存在しない、まさに「怪文書」であることを現時点の調査で明らかにしているといえよう。 だが、そもそもこの文書に書かれていることが真実だとして何が問題になるのだろうか。繰り返すが文書の核心部分が真実だとしても、要は獣医学部の開設をできるだけスピード感をもって進めろ、と首相が命じているだけなのだ。 国家戦略特区というのは、首相官邸ホームページの説明だと、「国家戦略特区は、産業の国際競争力の強化および国際的な経済活動の拠点の形成に関する施策の総合的かつ集中的な推進を図るため、2015年度までの期間を集中取組期間とし、いわゆる岩盤規制全般について突破口を開いていくものです」というものだ。「加計学園」が岡山理科大の獣医学部を新設予定の建設現場=5月17日午後、愛媛県今治市 簡単にいうと、規制緩和を短期集中的に行う枠組みである。規制緩和を早急に進めていくことを、首相が指示したとして何の不思議もない。「総理のご意向」などがあったとしてそれは違法でもなければ、道義的責任をもたらすものでもない。 ましてや加計学園の理事長が首相の友人であり、その友人と会食やゴルフをすることが何の問題になるのだろうか。まるで友人関係があるために、不正なことが行われているかのような報道を目にするがあまりにもひどく、「魔女狩り」に近いものである。 だが、この種の悪質な釣り、もしくは現代版魔女狩りの効果はバカにはできない。私のTwitterなどでもしばしば、「事実関係はわからないのですが」というコメントを頂戴する。つまり疑いの芽を少なからずもっている人たちがいるのだ。法的にも道義的にも何の問題もないのだが、マスコミが報道するだけで不安や疑心を抱く人たちが少なからず生まれるのだ。もちろん報道にそれなりの正当性があれば推測記事もありだろう。「疑惑」は簡単に人の心に芽生える しかし今回の件は、違法性も道義的な問題もまったくない。現在の情報を前提にすればゼロだ。例えばネットでみかけた「疑惑」の例だが、「公募期間が1週間なのは加計学園ありきだ」というが、実は1週間とは公募期間の平均的な設定で優遇では全くないのだ。あるいは「土地の無償譲渡は首相が便宜したもの」という指摘もあったが、今治市議会が賛成多数で決めたことで、あくまで地方自治の成果だということになる。まさに「疑惑」は簡単に人の心に芽生えるという好例だ。 実はこの件については、国会で追及した玉木議員自身が、フジテレビ系報道番組「ユアタイム」で違法性がないことを認めており、まったく理解に苦しむ。だが、民進党の蓮舫代表は、「いま急がれるのは共謀罪よりも加計学園や森友学園の究明だ」と断言している。違法性もなければ道義的責任もない、加計学園を単に政争のために利用していることは明瞭すぎるほどだ。なお森友学園については以前の連載で書いたので参照されたい。 また最近では、そもそも獣医学部新設の動きは、民主党や民主党議員、つまり現在の民進党議員らが積極的にすすめていたことが明らかになっている。これだけでも政党としてまったく首尾一貫していない。さらに追及の急先鋒(せんぽう)である玉木議員には、現段階でいくつかの問題が指摘されている。日本獣医師政治連盟から玉木議員は政治献金をうけ、または父親が獣医師であることで、既存の獣医師の利益を守るために行動する私的なインセンティブ(動機付け)が存在するということだ。 既存の獣医師たちの多く、特に日本獣医師会は、特区における獣医学部の設置については従来反対であった。つまり、この意図を忖度(そんたく)しての政治的な動きではないか、という疑念だ。もちろん民進党が規制緩和に反対するのなら、それはそれで政策論争の意味で興味深い。加計学園の獣医学部新設計画を巡り、民進党が開いたプロジェクトチームの初会合で発言する玉木雄一郎氏(左)=5月17日、国会 だが、蓮舫代表や玉木議員がやっていることは、なにがなんでも安倍氏を首相の座から引きずりおろすための、怪文書を利用した不公正な扇動だけしかない。そこに朝日新聞など一部マスコミが安易に同調していることは、さらにあきれ果てるしかない。

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    時間空いてる主婦を活用した「バイマ」は商い∞ビジネス

     21世紀の今は、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などによる「第4次産業革命」の時代であると言われている。そこで成功をおさめ拡大を続けるのはどんな企業なのか。経営コンサルタントの大前研一氏が解説する。(画像はイメージです)* * * 中国EC最大手のアリババグループが運営する越境ECサイト「天猫国際(Tモールグローバル)」は、昨年11月11日に実施した「独身の日セール」の取引額が1日で実に約1兆8700億円にも達したが、その中の越境ECの範疇で大きな話題を集めたのが、美容フェイスマスクを専門に扱う化粧品会社のクオリティファーストだ。 社員5人で年商約40億円。そのうち、ほぼ半分が中国での売り上げだ。日本国内での商品体験会に在日中国人を招待したり、中国のタレントやスポーツ選手などに商品を提供したりしてSNSやブログで拡散してもらうという戦術によって、昨年の「独身の日セール」の部門別売り上げで同社の商品が1位を獲得し、化粧品カテゴリー全体でも4位になったのである。 さらに、日本唯一のユニコーン企業(推定時価総額1000億円以上)と言われているのが2013年創業のメルカリだ。フリマアプリ「メルカリ」の運営会社で、スマホで売りたい物の写真を撮って特徴を入力するだけで簡単に出品できる。お金のやりとりはメルカリが仲介し、購入者が届いた商品に納得したら出品者に代金が振り込まれるという安心・安全なエスクローを介した売買システムを採用した。それがユーザーに支持されてアプリのダウンロード数は6000万を突破し、そのうち3分の1はアメリカが占めている。 そしてもう1社、私が注目しているのがソーシャル・ショッピング・サイト「バイマ(BUYMA)」を運営している2004年創業のエニグモだ。この会社は海外に駐在している日本人社員の奥さんなどのパーソナルショッパー(バイヤー)が直接買い付けした世界中のブランド品を安価で購入できる越境ECサイトだ。パーソナルショッパーは135か国・約9万人に達し、登録会員数は400万人、アプリのダウンロード数は200万を突破している。 これは、いわば“空いている主婦”を活用した「アイドルエコノミー」だが、このビジネスは商い無限だ。従来、海外で買い付けて高いマージンを取ってきた輸入業者や百貨店は、このままではあっという間に取って代わられるだろう。 エニグモとビィ・フォアードは生まれてからまだ13年、メルカリに至ってはわずか4年しか経っていない。第4次産業革命では、いかに先行者利益が大きいかがよくわかるだろう。関連記事■ 新婚の千原ジュニア 「リアルジュニア」の誕生は再来年以降■ 韓流ブームに沸く中国 辛ラーメンの「農心」も中国内で売上増■ 家電爆買い中国人 日本製優秀との認識強く高値でネット取引■ 男が女より3700万人多い中国で大人のオモチャバカ売れ■ Made in ChinaからMade in PRCで中国製品売り上げ増

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    フリマアプリ隆盛 メルカリ一人勝ちの理由は?

     スマートフォンから手軽に商品を出品できる「フリマアプリ」の利用者が拡大している。これまで個人間取引(CtoC)サービスといえば、「ヤフオク!」(Yahoo! JAPAN)をはじめとするネットオークションが一般的だった。 ネットオークションとの決定的な違いは、オークション形式ではなく出品者が指定した固定価格で取引できる点だ。現在は、日米合計4000万ダウンロード(2016年6月時点)を突破した「メルカリ」が国内フリマアプリで最大利用者数を誇り、一人勝ち状態となっている。 このほか、いち早くスマホ向けフリマアプリをリリースしたFablicの「FRIL」や、楽天の「ラクマ」、スタートトゥデイの「ZOZOフリマ」など、多くの企業がフリマアプリに参入している状況だ。 フリマアプリはなぜ隆盛を誇っているのか。IT系企業のアプリ開発担当者は、以下のように分析する。「フリマアプリは『スマホがあれば、そんなにITリテラシーが高くなくても、簡単に出品できて小遣い稼ぎができる』という点が最大の強み。ネットオークションの場合、ある程度のPCスキルが必要となりますが、スマホ向けアプリはそれが不要なところが大きいでしょう。 クラウドソーシング(不特定多数の人に業務を委託する雇用形態)を見ても分かりますが、たとえ時給300円であっても子育ての合間に働きたいという人がたくさんいます。ちょっと空いた時間で小遣い稼ぎをしたいというニーズは確実に存在するのです。(画像はイメージです) 例えば、メルカリの出品価格のラインナップを見ると、どれも単価が非常に安い。300円で中古コスメを出品し、10%の手数料を持って行かれ、自分で発送する手間があるにもかかわらず、売りたいと思う人がいる。そういった『世間』の感覚をしっかりと捉えた点がフリマアプリ隆盛の理由でしょう」 フリマアプリの現状を見ると、「メルカリ」が圧倒的に多くのユーザーを掴んでいる。その背景には「デザイン」面の秘密もあるようだ。Webデザイナーが語る。「メルカリが成功した理由として考えられるのは、あえて『カッコいいデザイン』や『カッコいいサービス』を目指さなかった点だと思います。メルカリを見ると、ベースのデザインが大衆的であるだけでなく、出品者が自宅の床で撮った適当な写真が無数に並んでいます。そういった“素人っぽい”デザインやムードが、『私でも手軽に出品できそうだ』と思わせるのではないでしょうか。 一方で、すでにフリマアプリから撤退したLINEの『LINE MALL』は、素人だけでなく業者も出品していたため、プロ仕様のキレイなプロダクト写真が並んでいました。それが結果として、素人の出品への障壁を上げてしまったのではないか、と分析できます。 また、早くからリリースしていたフリマアプリ『FRIL』は、デザインを10~20代女性向けに作っていたので、主婦層や男性ユーザーの中にはとっつきにくいと感じた人もいるかもしれません。後発のメルカリにダウンロード数が追い抜かれた背景には、そうした面も影響しているのかもしれません」 まだまだユーザー数は拡大中のスマホ向けフリマアプリ。手軽に出品できるシステムにくわえ、男女問わず幅広い世代を獲得できる工夫も成功の秘訣のようだ。関連記事■ 新婚の千原ジュニア 「リアルジュニア」の誕生は再来年以降■ ツイッター見る感覚で買い物できるフリマアプリ「Fril」を解説■ フリマアプリ トラブルを避けるための買う時のコツ■ フリマアプリで「賢く稼ぐ」には売り時を見極めよ■ 月20万円稼げることもある「メルカリ」で売れるコツ

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    【長谷川幸洋独占手記】異論を封じる東京新聞と私は断固闘う

    伝わったのか。検証番組はその点も消防署長に確かめた。「ストーリーありきの報道」 番組スタッフが「他のメディアにも同じように答えていたのか」と質問すると、署長は「そう細かくは回答していない」「(質問は)妨害があったかどうかストレートに聞いて、あるかないかだけ答えてます」と言った。さらに「それ以上の質問はなかったということか」と確認すると「ほとんど質問はないですね」という返事が返ってきた。 つまり、批判記事を書いた記者たちは消防が「妨害はなかった」と答えるとすっかり満足して、それ以上の質問はしなかったのだ。署長からしてみれば、反対派と賛成派が入り交じる現地で、片方に肩入れするような発言は避けたかっただろう。だからこそ、取材には細心の注意が必要だった。 これは最初にストーリーありき、で取材する記者が陥りがちな問題である。 批判する記者たちは「妨害があったのか、なかったのか」だけに関心を集中させて、できれば「なかった」という話を引き出したい。事実の究明よりも、最初に自分の思惑がある。だから「なかった」の一言が得られたら、それ以上は突っ込んで聞かなかったのだ。 2万円の日当問題についても、検証番組は「日当をもらった人がいる」という複数の住民の声を紹介した。「もらった」と言われた本人は取材を拒否したが、もらった人をかつて取材したジャーナリストの大高未貴氏のスタジオ証言も合わせて考えれば、反対派の一部にであれ、日当が支払われていたとみる蓋然(がいぜん)性は十分にある。 それでも現場の記者たちは取材しているだけ、まだましだ。お粗末なのは論説委員たちである。たとえば朝日新聞は社説で「事実に基づかず、特定の人々への差別と偏見を生むような番組をテレビで垂れ流す」と書いた(1月28日付)。 毎日新聞はどうかといえば、与良正男・専門編集委員(元・論説副委員長)が「問題の本質は…『ニュース女子』は、明らかに虚偽の内容が含まれ、特定の人々への偏見を助長した点にある」と自身のコラムに書いている(2月15日付)。 東京新聞は番組とは関係がないのに、深田実・論説主幹が私の出演を「重く受け止め、対処します」という奇妙な反省文を載せた(2月2日付)。その中で、やはり同じように「事実に基づかない論評が含まれて」いると書いた。 以上の3紙に共通するのは、いずれも「事実に基づかない」と指摘しておきながら、肝心のどの部分が基づかないのか、明示していない点である。論説委員たちは事実をきちんと取材したのだろうか。私は大いに疑問を持っている。メディア問題の識者なる人たちのデタラメさ 東京新聞の深田主幹には、その点を確かめた。すると「それは特報部がやっている」と答えた。特報部は反省文より前に番組を批判する記事を掲載しているので、それらの記事を信用したのだろう。だが、結果的には日当問題にせよ、救急車問題にせよ取材が十分だったとはいえない。 そもそも論説主幹が自分で取材せずに「反省文」を書いた姿勢自体が怠慢ではないか。事実関係の究明より前に自分の主張を優先する。これは朝日新聞の慰安婦報道批判で、さんざん指摘された「ストーリーありきの報道」と共通している。 事態がいっそう深刻なのは、問題が「言論の自由」に関わるレベルでも「ストーリーありきの論説」となっている点である。 当初のニュース女子自体に取材不足だった面があるのは、私も認める。ただし、それは番組の問題だ。私は番組の司会者であり、取材者ではない。ここが新聞との違いである。新聞は基本的に取材者が記事を書く。これに対して、テレビはチームであり番組と取材者は同じではない。 新聞に「司会者も責任を免れない」とコメントした識者もいる。そんなことを言えば、司会者は出演者の発言にも責任を持って、自分がすべて裏取りをしなければならなくなる。私はメディア問題の識者なる人たちのデタラメさを見た思いがした。彼らは現場を知らないで、モノを言う無責任な人種である。 ニュース女子騒動は言論の自由をめぐって「組織と個人の対立」問題も提起した。私は東京新聞の報道や社説が反対派にいくら心情を寄せていようと、私個人がそれと異なっていても何ら問題はないと考える。それが、私の「言論の自由」にほかならないからだ。 ところが、世の中にはそう考えない人々がいる。深田主幹が反省文で私に「対処する」と世間に公言し、実際に私を論説副主幹からヒラの論説委員に降格したのは「副主幹という立場で出演したのが問題」という理由からだった。 論説副主幹は東京新聞の論調に縛られなくてはいけないのか。もしそうであれば、副主幹はいつでもどこでも東京新聞の論調に沿って書いたり、喋らなければならなくなる。「社の意見が違うことがあってはならない」というなら、東京新聞は北朝鮮と同じだ。「もう君には社説を書かせない」 私は2014年秋まで社内の論説会議でも大方の論調と違う論を語っていた。ところが、そのころを境に会議には出席せず、意見も言わなくなった。なぜか。この際、はっきり言おう。当時の論説主幹から「もう君には社説を書かせない」と通告されたからだ。 そのとき以来、それまでは2カ月に一度くらいのペースで順番が回ってきていた日曜付大型社説の執筆当番からも外された。私は「おかしい」と思ったので、社の最高幹部に事情を訴え「どうしたらいいか」と尋ねた。 最高幹部は「論調が違う君の主張だって、他の委員と順番で書けばいい」と言ってくれた。だが、ヒラ取締役の論説主幹は「いくら最高幹部だって、それはオレが絶対に許さない」と私に断言した。私は唖然(あぜん)としたが、言い争うことはしなかった。以来、会議には出席していない。 つまり、東京新聞は今回の騒動が起きるずっと前から、私の社説執筆を許さず社内で異論を封じてきたのだ。 異論をどう扱うべきかについて、東京新聞は何度も興味深い社説を書いている。たとえば、自民党結成60周年をテーマにした社説(2015年11月15日付)だ。総裁選で野田聖子衆院議員が推薦人を集められず立候補断念に追い込まれた件で、こう主張していた。「議論を自由に戦わせるよりも、異論を認めず『一枚岩』のほうが得策という党内の空気である」「国民の間に存する多様な意見に謙虚に耳を傾ける。それこそが自民党が国民政党として再生するための王道である」 もう1つ、安倍改造内閣の発足ではこう書いた(2014年9月4日付)。「安倍政権の面々には、国民の声に耳を傾ける謙虚さを持ってほしい」「自らの主張のみ正しいと思い込み、国民の中にある異論を十分にくみ取って、不安に思いをめぐらせたと言えるのだろうか」「異論封じが強まる気配すら感じる」 自民党には「異論を尊重せよ」と上から目線で訴えながら、自分たち自身はどうなのか。まったくチャンチャラおかしい。こういうダブルスタンダードが左派マスコミの典型である。「自らの主張のみ正しいと思い込む」という言葉は、そっくりそのままお返ししよう。 それでも社外のメディアに執筆するコラムやテレビ、ラジオその他で、私は完全に自分の「言論の自由」を確保してきた。東京新聞に対する批判を含めて、である。会社もそういう私のスタンスを容認していた。 それどころか「東京新聞論説副主幹」の肩書でテレビに出るのを望んでいたのは、むしろ会社側なのだ。首都圏でマイナーな東京新聞の宣伝になるからだ。そういう事情で、これまで私は会社から注意も叱責もされず、論説副主幹の肩書で外の仕事を続けてきた。使い分けられた私の人事 「論調が違うなら会社の肩書を使うのはやめてほしい」とネットで公言している東京新聞記者もいる。それは会社に言うべきだ。今回の騒動でも、なぜ論説委員への降格にとどまっているかといえば、そんな事情で会社は私を真正面から処分するつもりがないからである。 ただし、会社がどう考えようと、肩書は私の重要な個人情報であり、それをどう扱うかは私が決める。他人が私の肩書にあれこれ言うのは、余計なお世話だ。一記者にすぎない自分の考えが東京新聞の論調と勘違いしているなら、思い上がりというものだろう。 そもそも今回の私の人事は、会社の規定で言えば「処分」でもなんでもない。通常の人事だ。むしろ定年を過ぎているのに、7年間も副主幹を務めているほうが異例だった。 だが、社外的には「対処する」と公言して「処分」の体裁をとった。つまり、社内向けと社外向けで使い分けている人事なのだ。なぜ、そうなのか。社外には処分の形にしないと、反対派の手前、格好がつかないとみたからである。 これは、まったくサラリーマンの事なかれ主義そのものだ。言い換えれば、形だけ反対派に迎合したにすぎない。私は、そういう信念のなさ、事なかれ主義こそが言論の自由を危うくすると思っている。だいたい主幹は「そこは阿吽(あうん)の呼吸で」とか「大人の対応で…」としか言えなかったのだ。見識も何もあったものではない。 「言論の自由」は、それを脅かす者たちから戦い取るものだ。戦いはいつでも、どこでもある。右であれ左であれ、安易な迎合主義こそが言論の自由を奪っていく。そんな自由の本質を深田主幹と、反省文の掲載を認めてしまった東京新聞はまるで分かっていない。 「東京新聞と意見が違うなら、会社を辞めて出ていくべきだ」という主張もある。私はそういう考えにもくみしない。異論こそが議論の健全さを担保すると思うからだ。社内の会議に出ていなくても、私のコラムや発言は社内で広く読まれ、知られている。 辞めてしまうのは簡単だが、私が辞めていれば、そもそも今回の騒動も違った形になっていただろう。ニュース女子騒動がジャーナリズムの問題を洗い出したと思えば、つくづく辞めずに良かったと思う。私には、いつかこういう事態が起きるという予感もあった。今後も私から辞めることはない。みんなネットで知っていた こう言うと「結局、会社にしがみついているのか」と言う人もいる。それには「まったく世間知らずですね(笑)」の一言だ。他に言葉はない。 ついでに一言、加えよう。与良正男・毎日新聞専門編集委員は先のコラムで「どうしても納得できない正反対な社説が掲載される事態になったら、論説委員を辞するくらいの覚悟はある」と書いている。 これには「まあ、ご立派な覚悟だこと」と感心するほかない(笑)。同時に、私は「こういう大層な台詞を吐く輩に限って、まったく信用ならない」と思っている。これは本当に戦った経験のある人間にしか、分からない直感だ。「まずは戦ってみてから言ってくれ」と申し上げる。 さて、最後にネットとマスメディアの乖離についても書いておこう。ネットの世界では、ニュース女子が伝えたような問題はとっくに知られていた。 一例を挙げれば、取材の妨害だ。ジャーナリストの青木理氏は「サンデー毎日」の連載コラムで「高江は反対運動が激化し、危険でメディア取材ができない」という問題についても「完全なデマ」と書いている。 青木氏はネットで「高江、暴力」と検索してみるべきだ。すると反対派が取材者を威嚇し嫌がらせしたり、一般人の車両を勝手に検問する映像がいくつも出てくる。この一例をもってしても、青木氏の指摘のデタラメさが分かる。 新聞やテレビが報じないから、青木氏は知らなかっただけかもしれない。そうだとすれば、ジャーナリストとして、まったくお粗末だ。沖縄問題に関心がある人はみんなネットで知っていた。それほどネットとマスメディアの情報が乖離している。 左派メディアは綺麗事(きれいごと)と建前が大好きだ。沖縄についても、反対派は口を開けば「人間の尊厳をかけた戦い」などと言う。左派メディアがそういう綺麗事ばかりを報じてきたから、ニュース女子がちょっと疑問を呈したら、反対派がすっかり逆上してしまった。 その意味で左派メディアの罪は重い。反対派に迎合して、都合の悪いことは報じない。そういう姿勢では、やがて左派メディア自身が読者、視聴者の信頼を失っていくに違いない。いや、もうとっくに失い始めているのだ。

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    「それでも私は東京新聞を辞めない」

    沖縄基地反対運動を一方的な立場から伝えたとして炎上した東京MXテレビ「ニュース女子」をめぐり、同番組で司会を務める東京新聞論説委員、長谷川幸洋氏がiRONNAに独占手記を寄せた。論説主幹との対立、言論の自由をめぐる左派との闘い…。一連の騒動の全内幕に迫った。

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    「ニュース女子」で共演した私だから言える! 東京新聞よ、恥を知れ

    し、日本の「権力」というのは国民が選挙で選んだ政府であり、いわば「国民=権力」である。それを監視するメディアだって多すぎるほどある。ヘリパッド移設工事現場近くで反対派(手前)が激しい抗議活動を展開。奥は道路中央に置かれた反対派の車両を移動させる警察官=9月15日、沖縄県東村 しかし、私が見たのは「数人」の無抵抗の若い役人を小突き回す「多数」のデモの人たちなのだ。デモ隊が示威行為をするのに暴力を振るう必然性は全くないし、頭をかきむしられる若い役人が人格を傷つけられカッとして反撃に出ることを期待して暴力を振るっているようにも見える。 これは酷い。実に卑劣なデモ隊だ。 私は、こんなことが沖縄で起こっていることをそれまで知らなかった。何のための新聞、何のためのテレビ、何のための「表現の自由」なのか。私は沖縄でずっと仕事をしてきたし、友人も多い。それなのになぜ、私は今までこんなに酷い沖縄のデモのことを知らなかったのだろうか。 ところが、事態は意外な方向に発展した。こともあろうに暴力を振るっていたデモの後ろ盾だった「のりこえねっと」という人権団体が番組の内容にいちゃもんをつけてきたのである。「盗人猛々しい」という言葉があるが、暴力を振るった側が「デマ、ヘイト、差別」などと事実とはまったく違う理由を挙げて番組批判を繰り返した。その後記者会見も行い、そこには多くのメディアが集まった。東京新聞はなぜ会社内で注意しない? 「のりこえねっと」は、米軍基地反対運動を行っているが、もし沖縄に基地がなくなれば、おそらく1年もかからないうちに中国に占領されるだろう。ちなみに、この団体の中心人物は在日外国人である。さらに、「のりこえねっと」の幹部には村山富市元首相や宇都宮健児元日弁連会長をはじめ、多くの大学教授が名を連ねているのには私自身二度ビックリした。日本の国家転覆にもつながりかねない彼らの活動に賛同し、若い役人に暴力を振るうような人権団体をわが国で指導的立場にある人たちが支えているのである。 しかし、この「事件」はそれだけにとどまらない。 このとき番組の司会をしていたのは、東京新聞前論説副主幹の長谷川幸洋氏だったが、彼が番組に出るようになったのは東京新聞から「東京新聞の知名度を上げるためにぜひ出てくれ」と頼まれた経緯があったという。そして、私をはじめとした強烈なキャラのコメンテーター陣を相手に、番組内容の「公平性」をできる限り保つべく、毎回のように四苦八苦しながら仕切っていた。だから、いつも暴論気味に発言してしまう私と長谷川さんはある意味、仇敵(きゅうてき)のような関係性だった。東京新聞の長谷川幸洋論説副主幹の謝罪と訂正を求める基地反対派の市民団体メンバーら有志=2月9日、東京都千代田区の衆院議員会館 そんな長谷川さんのことを、あろうことか東京新聞は1面の左上5段抜きぐらいで「東京新聞に無関係の番組ではあるが、そこに社員たる長谷川が出演していたのは、東京新聞の恥である。深く反省する」という趣旨の支離滅裂な記事を論説主幹が書いて掲載したのである。 もはやナチスもビックリの展開である。大新聞がその紙面を大きく割いて個人攻撃、しかも身内の社員を一方的に攻撃したというのだから、私の周りのある女性でさえも「東京新聞って、なんで会社の中で長谷川さんに注意しなかったのかしら。新聞で社員の名前を出すなんて変な会社ですよね」と切り捨てた始末である。 例えば、あるメディアの記者が、所属する会社の方針と異なる研究会などに出ようとして会社の了解を得て会場に行き、若干の質問をしたとする。その記者が会社に帰ると、上司に呼び出され、「君、我が社の方針と違う研究会に出席してはダメだ。降格する」と言われたらどうなるだろうか? 記者は「あらかじめ許可を得ています。それに私は出席しただけで発表したのではありません」と言っても、パワハラを得意技とする上司は「フン」と言ったきりで答えず、まもなくその記者は降格となった…そんな話なのである。 事実、長谷川さんはほどなくして論説副主幹からヒラの論説委員に「降格」された。新聞の人に社内の評価を聞いてみたら、「番組に取材が不十分だったと聞いている。それにウチは上層部が左だから社内は言論の自由などない」と言っていた。闇の中に葬ってはいけない さらに長谷川さんが担当しているコラムにこの事件を執筆したらボツになった。論説主幹の記事は社長の「お眼鏡」(東京新聞は沖縄の記事を琉球新報に頼っているという経営的理由もあり、事実より経営が優先しているという)にかない、長谷川さんのはかなわないからボツになったと推定される。 表現の自由、言論の自由、経営と論説の独立などと高邁なことを言うこともできないほどレベルが低い。ただのパワハラ会社が新聞という公器をつくり、情報をコントロールしていると言うことは明らかである。しかし、この事件は、その裏に潜む現代日本社会の闇を照らしている。 第一に、その後の議論で明らかになったのだが、日本のメディアには「タブー」があると、ベテランのメディア関係者は言う。それは「左翼の活動や平和運動に都合の悪いことは、それがたとえ犯罪行為であっても、記事にしてはいけない」というのである。 メディアにとって「ウソを報道する」というのは大した問題ではないのかもしれない。「目的」のためには「手段」はなんでも良い。「労働者の同志」で国を作るためには「労働者の同志を殺戮する」のは正当化される。スターリンも毛沢東もそうだった。朝日新聞、毎日新聞、そして当の東京新聞は「テレビがタブーを破って事実を捻じ曲げて伝えるとは何事か!」として、「のりこえねっと」の主張を全面的に支持した。 私はこれらの新聞を見て、現在の日本にジャーナリストはいないのだなと感じた。それは新聞社という組織内だけではなく、ほぼフリーで活動している著名なジャーナリストがこの言論弾圧事件を見て見ぬふりをしているという事実にも表れている。放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会が発足から10年を迎える。記念シンポジウムでは、役割を評価する意見も多かった=3月、東京都千代田区 そして、第二にBPO(放送倫理・番組向上機構)がこの番組の審査にあたっているということだ。この委員会は放送関係各社が作ったものだが、委員長は慰安婦問題や南京大虐殺といった歴史的根拠が乏しい事件を「事実」として報道した、あの朝日新聞系の弁護士である。委員長代行の女性弁護士は沖縄基地反対を掲げる「新沖縄通信」のキャスターを務めている。つまり、日本人に真実を伝えないということを信念としてきた人物が委員長と委員長代行という重要ポストを占めているのである。言い換えれば、自分たちの思想とは異なる放送をした番組について「審査」しているのだから、実に滑稽である。    本来、BPOがニュース女子の審査をすること自体おかしい。組織の理念に基づけば、当然審議入りしないのが筋である。しかし、実際には「のりこえねっと」の申請に従い、番組に「問題あり」として審査(段階は2段階ある)している。これはまさにBPOの見識の低さを示している。およそ知性と誠実さを持っていれば、思想信条は違っても審査を辞退したはずだからである。 以上のように、この事件は実質的に言論の自由を失っている日本のメディアにおいても特異なものであり、日本の社会の健全性、発展を大きく阻害するパワハラ事件、タブー保護事件である。これを不問に付し、闇の中に葬ることは、これまで人権、民主主義などを唱えてきた人にとっては耐えがたいことのはずであり、いまこそ日本の言論が全滅する前に声を上げるチャンスであると考える。

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    東京新聞「社内言論の自由」はどうなっているのか

    が答えます 沖縄報道 本紙の姿勢は変わらず」という見出しで、初めて長谷川氏について触れていた。 「他メディアで起きたことではあっても責任と反省を深く感じています。とりわけ副主幹が出演していたことについては重く受け止め、対処します」 同日、東京新聞は「『沖縄ヘイト』言説を問う」という連載をスタートさせた。第1回に登場したのはジャーナリストの津田大介さんで、MXテレビの対応を批判し、同局の出演を拒否したことを明らかにしていた。ヘイト批判を続けてきた安田浩一さんも同局の番組への出演を拒否した。出演番組で「ニュース女子」批判をしようとしたが、許されなかったためだという。 さらに東京新聞は2月2日の「読者部だより」で、榎本哲也読者部長がこの問題をめぐって読者からいろいろな批判が寄せられていることを明らかにした。「厳しいご批判や、本紙の見解表明を求める声は、読者部にいただいた電話やファクス、メールや手紙だけでも二百五十件を超えました。重く受け止めており、きょうの一面に論説主幹の見解を掲載しました」としている。東京新聞朝刊1面に掲載された「『ニュース女子』問題 深く反省」と題した記事 しかし、その論説主幹の謝罪文に、長谷川さん自身の見解が載っておらず、「重く受け止め、対処します」というのも、どう対処するのか具体的に書かれていない、と批判する意見が他紙で紹介された。東京新聞も批判した長谷川さん 当の長谷川さんは、6日にコメンテーターを務めるニッポン放送のラジオ番組で、「東京新聞は何の関係もないのに、なんで『深く反省』するのか。私から辞めることは500%ありえません」などと、2日の謝罪文に反発を表明した。また10日には講談社のウェブサイト「現代ビジネス」に「東京新聞の論説主幹と私が話合ったこと」と題して内情を暴露した。 それによると、深田論説主幹の反省文が掲載される3日前の1月30日朝、深田主幹から会社に呼び出され、人事異動の内示を受けた。論説副主幹をはずれるという人事だったが、処分という趣旨ではなかったという。 ところが1日夜、翌日掲載される反省文のゲラを見たら、通常の人事異動でなく処分になっていたので、「処分であれば受け入れられない」と主幹に訴えた。「主幹は処分かどうかという点について『そこは大人の対応で…』とか『あうんの呼吸で…』などとあいまいに言葉を濁していた」。翌日以降、「あらためて私が問い詰めると『副主幹という立場で出演したのが問題だ』と『処分』の意味合いが含まれていることを認めた」という。 もちろんここでの長谷川さんの記述が正確なのかは深田論説主幹にも確認しないと分からない。ただ少なくとも、2日の東京新聞に掲載された反省文に長谷川氏が納得していないことは明らかだ。ちなみに長谷川氏は「自分は管理職に向いておらず論説副主幹を降りるのは全く構わない。しかし、処分というのでは納得できない」という言い分である。 結局、長谷川氏は論説副主幹の任を解かれたのだが、本人はその後、まとまった論考を月刊『Hanada』5月号に発表した。その『Hanada』5月号で長谷川氏は「『言論の破壊者』と批難された私」と題して、自身を批判しているジャーナリストや有識者の名前を挙げ、徹底反論している。 批判の対象は、津田大介さんや青木理さん、山口二郎法政大教授、そして香山リカさんらだ。香山さんについては、『創』の連載記事を取り上げ、根拠を示さずに「番組を『ひどい』とか『正真正銘のヘイト番組』などと決め打ちしている」と非難している。「ニュース女子」に対し、抗議の記者会見をする「のりこえねっと」の辛淑玉共同代表(右)ら いささか驚いたのは、長谷川氏が東京新聞をも強く批判していることだ。記事によると、長谷川氏は「人事発令後、深田主幹と人事を批判するコラムを東京新聞の『私説』という小欄に書いた。それはゲラになって送られてきたが、掲載前日の三月七日午前になって深田主幹から電話があり、留守電で『君の私説は使わない』と通告された」という。「ニュース女子」もひどすぎる! そして、それを受けてこうも書いている。「一連の経過は、東京新聞が言論の自由を守るどころか、左翼勢力の代弁者になり果ててしまった事態を物語っている」。そして末尾はこう結ばれていた。「元左翼の私としては、情けなく思うと同時に、左翼の行く末にあらためて絶望感を深くする」。長谷川氏は処分を受けた後も、東京新聞を自分からは辞めないと言明していたようだが、何やらこの一文は、東京新聞への「決別宣言」のように見える。東京MXテレビが入るビル=東京都千代田区  一連の騒動は、メディアが抱えるいろいろな問題を浮き彫りにしたといえる。MXテレビが大きな批判にさらされながら態度を曖昧にしているのは、番組を制作したDHCシアターの背後にいるDHCが同局の大口スポンサーであることが影を落としているのは明らかだろう。 そして東京新聞をめぐって特報部と論説の間、また論説内部の関係がいまいち分かりにくいのは、新聞社における「社内言論の自由」の問題が関わっているためだ。 これまでマスメディアに在籍しながら個人として発言してきたジャーナリストが、社の見解と個人のスタンスが異なって問題になったケースはいくらでもある。だが、その時に「社内言論の自由」を主張してきたのはリベラル派が多かった。今回はやや逆のケースで、こういうケースがこんな風に目立つのも言論報道をめぐる時代の変化を反映したものだろう。かつて故・筑紫哲也さんが朝日新聞に在籍しながら市民運動・革自連の選挙を応援して処分を食らったこともあった。 長谷川氏は一時期、テレビ朝日系の「朝まで生テレビ」などに出演していたし、記者クラブ制度などを批判してきた論客だ。週刊誌のコラムなど、私も愛読していた。近年は安保法制などで東京新聞のスタンスと異なる発言が目についていたが、そういう政治的スタンスの問題とは別に、今回は「社内言論の自由」を主張しているのだろう。 だからこの件、MXテレビの番組そのものの批判と長谷川氏の問題とは少し「区別」して議論しなければいけないと思う。ただ、残念なのは「ニュース女子」がいささかひどい番組だったために、そういうきちんとした議論が起きにくい状況になっていることだ。 「ニュース女子」をめぐる論争は拡大しつつある。青木理さんや金平茂紀さんらは週刊誌の連載コラムでこの番組を批判。さらに『週刊金曜日』が3月17日号で「デマを斬る!メディアとヘイト」と題する大きな特集を組んでいる。特集の巻頭は、辛淑玉さんと青木理さんの対談だ。この問題、対立は深まるばかりだが、BPOがどんな見解を出すのか注目される。

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    百田尚樹氏 地上波テレビは左翼だらけという印象

    衛出動命令を下せるかどうかは、世論の後押しにかかっています。櫻井:しかし、朝日新聞をはじめとする左翼メディアが猛反対することは、容易に想像がつきますね。百田:朝日新聞は「たかが島のために自衛隊員の命が失われていいのか」「尖閣を奪い返そうとしたら大きな戦争に発展して、市民に犠牲が出る」などと、一大キャンペーンを張るでしょう。櫻井:百田さんの著書『カエルの楽園』では、「1、カエルを信じろ。2、カエルと争うな。3、争うための力を持つな」という「カエルの三戒」を守っていれば平和は保たれると信じていたツチガエルたちが、“隣の国”のウシガエルに目をくりぬかれ、腕をちぎられて食べられてしまいますね。百田:はい。「カエルを信じろ」は「諸国民の公正と信義に信頼して」と謳う憲法前文、「カエルと争うな」「争うための力を持つな」はそれぞれ憲法9条を指しています。三戒を守ることが絶対と信じることで国が滅び、虐殺されるという寓話です。櫻井:「三戒があるから平和が保たれている」と主張するカエルがいて、ウシガエルが侵入してきても「話し合えばわかる」「刺激するな」と。百田:朝日新聞みたいですよね(笑)。私が懸念しているのは、戦後70年たって、多くの国民が自虐史観に根ざした戦後教育を受けてきたことです。「洗脳」が100%完了したわけです。櫻井:私も、現行憲法の精神が日本人のすみずみまで行き渡ってしまったように感じます。「テレビの言うことを信じる」日本人百田:最近では、最も影響力の大きい地上波テレビが、おぞましいくらいに左翼的な考え方に偏っていることも問題だと思っています。安保法制の議論でも、賛成と反対の両論を半分ずつ取り上げるべきです。ところが調べてみると、反対意見を流している時間のほうが圧倒的に長い。櫻井:とても公正とは言えませんね。百田:私も、地上波テレビからはすっかりお呼びがかからなくなりました。私がテレビで「憲法は改正すべき」などと言うと面倒だと思っているのでしょう。 地上波テレビは左翼だらけという印象です。しかも怖いのは、日本は「テレビの言うことを信じる」という人の割合が先進国の中で最も多いこと。さらに、朝から晩までテレビばっかり見ていて、他のメディアは全然見ないという人が一定数いることです。櫻井よしこ氏櫻井:現在の憲法を大事に持ち続けると、逆に日本という国が滅んでしまうという「正しい情報」を広く国民に伝えていくことは難しいですね。百田:トランプが本当に「在日米軍を引き揚げる」という段になったら、それがメディアや国民にとって踏み絵になるんじゃないでしょうか。共産党は「どうぞ出て行ってください」というでしょう。民進党は、「在日米軍にいてもらいたい」ということは軍の必要性を認めることになって自分らの主張と矛盾しちゃうから、右往左往するのでしょうね(笑)。 トランプは日本にとってまさに「黒船」です。約160年前の黒船は日本に開国を迫ったけれど、トランプの黒船は逆に「俺たちは引き揚げるぞ」「後は自分で守れや」と。櫻井:その通りです。日本は憲法9条を戦後約70年も守ってきましたが、黒船・トランプ政権の誕生が日本を大きく変えるかもしれません。【PROFILE】さくらい・よしこ/新潟県長岡市出身。ハワイ州立大学卒業。元日本テレビ「きょうの出来事」キャスター。1995年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で大宅賞受賞。執筆・講演活動を続ける一方、インターネット放送「言論テレビ」を運営中。【PROFILE】ひゃくた・なおき/1956年、大阪市生まれ。同志社大学中退。放送作家として「探偵!ナイトスクープ」などの番組構成を手がける。2006年、『永遠の0』で作家デビュー。近著に『カエルの楽園』『幻庵』などがある。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ「憲法学者」■ 黒鉄ヒロシ『鳥獣戯画』はピカソやダ・ヴィンチに負けてない■ 『カエルの楽園』 読了後じっくり日本を考えさせられる一冊■ TVの言葉が「語り」から「喋り」に移った理由を解説した本■ 「TV局を減らせ」と説く元業界人がTV界の現状を描いた書

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    オスプレイの飛行再開でメディアの偏向報道は続く

    公表されている。とすると、これ以上、なにが問題なのだろうか? ところが、NHKをはじめとする日本の大メディアは、「100パーセント安全でないとダメ」というオールオアナッシングの非科学(宗教)に染まっていて、それを主張する人間のコメントしか報道しない。それをいいことに、たとえば沖縄の翁長知事は「原因究明をしっかりやって説明を果たしてもらわないと認められない。とんでもないことだ」などと現地視察で記者団にコメントした。しかし、前記したように、事故原因はすでに公表されている。それ以上なにが知りたいのだろうか。1月6日、米軍普天間飛行場に駐機する新型輸送機オスプレイ=沖縄県宜野湾市 じつは、この方は、米軍がどんな報告を出そうと聞く耳を持っていない。そればかりか、沖縄は米国の従属国・日本の一地方だという事実を受け入れられないという、現実無視メンタリティの持ち主である。 だから、自分の行動を「植民地の王」としてふさわしいと信じているようだ。ところが、沖縄の人々で、自分たちの状況に不満を持っている人は、大メディアと現地メディアが騒ぐほど多くないだろう。 ただ、それがバレてしまうとメディアは困るので、基地反対派、オスプレイ反対派のインタビューコメントばかりを取り上げる。 NHKニュースは、「アメリカ軍がオスプレイの飛行を再開させたことについて、普天間基地がある沖縄県宜野湾市の住民からは、批判や不安の声が聞かれました」などと、嘘ではない程度にナレーションして、たとえば40代の男性の「小さい子どもがいるので、飛行を再開すると聞いて非常に不安です。こんなに早く飛行を再開することは許されることではありません」などいう声を伝えた。 しかし、ここであえて言いたいが、もし日本のメディアが伝えるようにオスプレイが本当に危険な飛行機なら、いちばん不安なのは、それに搭乗するパイロットなどのクルーたちだろう。次に、そうした兵士を送り出した親や家族たちだ。万が一の事故で巻き込まれる可能性がある地上にいる住民より、彼らのことを心配する方が、たとえメディアとしても先に来なければならない。沖縄住民を本当に危険にさらしているのは誰だ 在沖縄米軍トップのニコルソン中将(四軍調整官)は、飛行再開に先立ち、現地を訪れて住民らに事故について謝罪し、「MV22の安全性と信頼性に米軍が最大級の自信を持っていることを日本国民に理解していただくことが重要だ」とする声明を発表した。そして、「この4年間、ここを飛んでいるが事故は1度もなかった」と言った。 日本のメディアの論理で行くと、この司令官は部下の命を顧みない、人命無視の非情な軍人ということになる。2016年12月22日、沖縄県名護市で開かれたオスプレイ不時着事故への抗議集会に参加した翁長雄志知事(奥中央)。同市内で開かれた北部訓練場返還式には欠席した(恵守乾撮影) 不思議なことに、この国では翁長知事のような考えが正義だと考える人間が少なくない。たとえば、民進党の蓮舫代表は、オスプレイの飛行再開より、事故原因の説明が先だと指摘し、「安全を担保した、 どのように担保したのかを、しっかり政府は説明する責任があると思います」と述べた。 オスプレイが飛ぶこと自体に反対なので、いくらコメントを求めてもこうなるという程度のことしか、この人は言わない。 おそらく、この日本には、オスプレイが飛ぶことを歓迎している人もいっぱいいるだろう。私は、沖縄と同じように米軍基地が多い神奈川県民だが、小さい頃から基地に遊びに行ったりしたこともあり、米軍に出て行ってほしいと思ったことは1度もない。本当にほとんどの沖縄県民が、今度のことで怒っているのか? メディアはちゃんと世論調査して、その結果を公表してほしいと思う。 沖縄の住民を本当に危険にさらしているのは、じつは米軍であるわけがない。それは、尖閣諸島に押し寄せ、しばしば領海侵犯する中国の艦船と、最近、領空侵犯寸前を繰り返すようになった中国軍機のほうだ。 民兵が乗っている中国の「偽装漁船」、あるいは中国空軍の戦闘機「スホイ30」や戦略爆撃機「轟&K」とオスプレイでは、どちらがより潜在的な脅威か考えてみたほうがいい。米軍は、日本の同盟軍である。 これまで、翁長知事はワシントンDCやスイスに出向き、「県民の人権が侵害されている」などと訴えてきた。しかし、この人は行く場所を間違えている。彼が本当に抗議しに行くべきなのは、アメリカ政府、国連、日本政府ではない。それは、北京だろう。それをしなければ、この知事は、県民の安全を平気で無視できる偽善者と言わざるをえない。(Yahoo!ニュース個人より2016年12月19日分を転載)

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    BPOで問題になった番組 朝ズバ、バンキシャ!、明日ママなど

     政権、スポンサー、芸能事務所など、テレビ局はさまざまなタブーに配慮し、その顔色を窺いながら番組づくりを行っている。そのなかでも、現場の番組スタッフたちがいま、一番恐れているのが「BPO(放送倫理・番組向上機構)」だ。 過去にBPOで問題になった主なテレビ番組を紹介しよう。●TBS『みのもんたの朝ズバッ!』(報道)/2007年1月22日放送 不二家で賞味期限切れチョコレートの再利用があったとの内部告発に関して、取材や演出に問題があったと指摘された。放送倫理検証委員会が初めて手がけた事案で、委員会は「番組は、もっとちゃんと作るべきだ」とする見解を出した。●日本テレビ『真相報道 バンキシャ!』(報道)/2008年11月23日放送 岐阜県が発注した土木工事に絡み裏金作りが行われているという建設会社役員の証言をスクープとして報じたが、証言が虚偽であることが判明。放送倫理検証委員会は、日本テレビに検証番組の制作などを求める勧告を出した。●TBS『情報7days ニュースキャスター』(報道)/2009年4月11日放送 大阪府の府道と国道との交差点で、大阪府の清掃車が国道を清掃しないようにする映像を、二重行政の象徴的場面として放送したが、通常の作業と異なり、TBSの依頼によるものだったことが判明。放送倫理検証委員会の討議中に総務省が行政指導したことに、同委員長が「重大な懸念」を表明する談話を出した。●日本テレビ『芸能BANG ザ・ゴールデン』(バラエティ)/2012年5月4日放送 番組中に「オセロ中島騒動の同居占い師 まもなくスタジオに登場」等のテロップが繰り返し表示されたが、実際に出演したのは別の占い師であり、問題の占い師本人は登場せずに番組が終了。BPOの放送倫理検証委員会が審議対象とすることを決定したのを受けて、日本テレビは打ち切りを決めた。●フジテレビ『ほこ×たて』(バラエティ)/2013年10月20日放送 出演者のラジコンカー操縦者が放送後、「対決内容が編集で偽造された」と指摘し、社内調査の結果、番組が打ち切られた事案。放送倫理検証委員会は、「重大な放送倫理違反があった」とする意見を公表した。●日本テレビ『明日、ママがいない』(ドラマ)/2014年1月15日~放送 熊本県の慈恵病院が「ドラマが児童養護施設で暮らす子どもたちや職員への人権侵害にあたる」と申し立てをしたところ、放送人権委員会は「個別具体的な子どもらが特定されていない」ため、審議入りしないことを決定した。●テレビ朝日『報道ステーション』(報道)/2014年9月10日放送 原子力規制委員会が九州電力川内原発の新規制基準適合を正式決定したニュースにおいて、規制委員会委員長の記者会見の報道内容に事実誤認と不適切な編集があったとして、BPO放送倫理検証委員会が「放送倫理に違反する」との意見を出した。関連記事■ 川内原発報道で4人処分の報ステ 自らBPO申告は自作自演か■ 過激昼ドラ『幸せの時間』苦情殺到で性描写が質・量とも減少■ テレビ番組の現場スタッフがBPOを過剰に恐れる理由とは■ 視聴率最高記録は『第14回NHK紅白歌合戦』の81.4%■ 先輩芸人 かつては後輩に悪知恵付けたが今は収録ルール徹底

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    辻元さん、総理と同じことが起こってますよ

    民進党と産経新聞が因縁バトル―。つい最近、ネット上にはこんな書き込みが飛び交った。森友学園問題を奇貨として追及を続けた民進党だが、所属議員の辻元清美氏に疑惑が飛び火するや、これを報じた産経新聞に猛抗議したのである。この際、はっきり申し上げます。辻元さん、本当に安倍総理のこと言えますか?

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    「森友劇場」はもう飽きた! 辻元問題を黙殺した嘘つきメディアの大罪

    進党、「このような誤った内容」は、上記の辻元問題を指している。 「一連の問題では党役員室が24日、『メディア各位におかれては、このような誤った内容を拡散しないよう強く求めます』とのコメントを出した。首相には説明責任を強く求め、昭恵夫人の証人喚問を主張しながら、報道には自主規制を要請したように受け取れる」 再び、以上を踏まえ、こう受け止めることもできよう。上記メディアらが、総理夫人の証人喚問要求を報じながら、一向に辻元問題を報じないのは、民進党(の要請)に配慮したからに違いない。だとすれば、そこには公共放送(NHK)の使命感もなければ、「進歩的精神」(朝日綱領)の矜持もない。ジャーナリズムとして失格である。 正直に告白しよう。私はいわゆる森友問題に興味がわかない。ただ、法学を学んだ者として、これだけは言える。安倍総理は上記答弁で「悪魔の証明」と表現したが、正確には挙証責任(立証責任、証明責任)の問題である。 菅義偉官房長官も3月29日「証拠のない言い合いを続けるよりは、誰にでもわかる客観的な証拠を示すことが必要」と会見したが、そうした「真偽不明の場合」(ノン・リケット)を処理する概念である挙証責任の問題である。 その上で(法的にも現実的にも想定し難いが)あえて刑事訴訟の可能性を踏まえて論じるなら、「疑わしきは被告人の利益に」。つまり挙証責任は、被告人(に擬せられている安倍夫妻)ではなく、検察官(のごとく振る舞っている野党や一部メディア)が、すべて負う。それが近代法の原則である。森友劇場は閉じるべき だが不思議なことに、民進党はそう考えていない。参議院で安倍総理にこう迫った(上記毎日記事から引用)。「証人喚問で証人によって語られた内容というのはですね、これは基本的に真実だと、こういう受け止め方を少なくとも私たち国会はするべきだと。そうでなければ証人喚問行う必要はもう全くないじゃないか」(民進党の斎藤嘉隆参院議員) 刑事裁判に当てはめてみよう。すると、こうなる。証人によって語られた内容は基本的に真実だ、こういう受け止め方を、少なくとも裁判所はするべきだ。そうでなければ証人尋問を行う必要は全くないではないか。以上のごとく途方もない暴論となる。そもそも証言には、被告人に有利なものも、不利なものもある。そのどちらもが「基本的に真実」であるはずがない。 いや、われわれは刑事訴訟の話をしているのではない―そう反論するのかもしれない。ならば、聞く。あなたたちは、いったい何の話をしているのか。刑事訴訟の話でないなら、行政手続として適正か否かといった問題に過ぎまい。ならば会計検査院の手に委ねればよい。なぜ国会で、それも予算委員会や決算委員会で延々この話を続けているのか。 民進党ら野党は、なんと安全保障委員会でも、連日この問題(と南スーダン「日報」問題)で稲田朋美防衛大臣を追及した。テレビや一部新聞も連日それを報じてきた。その間も、北朝鮮は新たな核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)試射の準備を続けている。尖閣諸島の領海には、中国公船が侵入を繰り返している。閣議を終え、記者の質問に答える稲田防衛相=2017年3月、首相官邸 蛇足ながら拙著最新刊『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』(PHP新書)に巻かれた帯のコピーを借りよう。「迫り来る危機をなぜ報じない!?」。与野党の国会議員にも、こう聞きたい。迫り来る危機をなぜ論じない!? もう、森友劇場は閉じよう。私は見飽きた。もはや国会の質疑に興味もわかない。

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    辻元さん、あなたに安倍総理と同じ「悪魔の証明」ができますか?

    安倍宏行(Japan In-depth編集長) 「森友学園問題」で連日にぎわっている国会だが、正直、国民の多くは興味を失っている。というか、野党の攻撃にうんざりしているというのが正直なところだろう。わが社の学生インターンまでこの国会の体たらくに怒りを隠さない。いわく、「いつまでこんなことを続けているのか?」。 民進党の辻元清美元国土交通副大臣に「ブーメラン」が飛んだ。もともとは安倍晋三首相が3月28日の参議院決算委員会で、籠池泰典前理事長が安倍昭恵首相夫人から100万円の寄付を受け取ったと証言したことについて問われ、寄付を否定した上で、籠池氏が証明するべきだとの立場を示したことに端を発している。安倍首相はその時こう答弁した。 「たった2人きりで渡した、渡さないとなれば、こちらは渡していないということについては、証明しようがないのは常識。いわば『悪魔の証明』といわれている」2月17日、衆院予算委で質問する民進党の辻元清美氏(斎藤良雄撮影) その後、安倍首相は、森友学園が運営する幼稚園への「侵入疑惑」などを否定する民進党の辻元議員について「御党の辻元議員との間にも同じことが起こっている。辻元議員は、メールの中で書かれていたことが、きょう産経新聞に『3つの疑惑』と出ていましたね。これ、一緒にするなとおっしゃっていますが、そんなことがなかったと辻元議員は真っ向から否定しているわけです。これも証明しなければいけないことになるわけです」と述べた。 安倍首相はこの「悪魔の証明」というレトリックが好きなようだ。2016年2月3日の衆議院予算委員会の場で、甘利明前経済再生相の現金授受問題に関し、TPPなどの政策が政治献金で左右されていたのではないかとの可能性を指摘した民主党の岡田克也代表(当時)と以下のやりとりがあった。岡田「首相が本会議場で安倍内閣の政策が、政治献金で影響を受けることはないと断言されたから言っている。断言された以上は、その根拠を示さなければならないのはあなたではないか」安倍「ないことをない、と証明するのは『悪魔の証明』だ。あるんだ、と言うんだったら、あるということを主張している側に立証責任がある。当たり前じゃないですか。私はないものについてはないと言う以外はないじゃないですか」「森友問題」が「籠池問題」にすり替わり 野党の追及に対し、総理は「悪魔の証明」という言葉を使うことが多いようだ。その是非はともかく、今回期せずして野党の辻元議員に説明責任が生じた格好だが、もとはといえば民進党の国会対策の稚拙さがなせる業である。「森友学園問題」は土地取得の経緯、特に大幅なディスカウントが行われた経緯の不透明さがそもそもの始まりだったはず。それが籠池氏を国会に証人喚問したものだから、いつの間にか「籠池問題」にすり替わってしまった。 今の焦点は昭恵夫人が100万円の寄付をしたかしなかったかとか、辻元議員が嘘をついているかどうかとか、本題から外れた議論で「場外乱闘」状態となっている。今後、籠池氏の告発やら、昭恵夫人や夫人の元秘書らの証人喚問などということになれば、国会の権威は地に堕ち、国民はあきれるどころか失望するだろう。早晩、この問題を正常な議論に戻すべきだ。 森友学園周辺の土地は沼地であり、長年ごみが大量に捨てられていたという。だから廃棄物処理をしなければならないということと、その費用を国が負担することに大きな違和感はない。しかし今回のケースは、国有地払い下げの金額が極めて格安で、貸借の契約から購入するまでのプロセスが異例な形を取っていた。したがって、財務省や国交省を中心とした契約の中で政治的圧力があったのではないか、との疑惑が持ち上がったのだ。 また、森友学園の隣の(市有地にある)野田中央公園は、確かに額面は約14億2千万円だが、国庫補助金、特別交付金が約14億円入っており、豊中市が実質負担したのは約2千百万円だった。この問題について民進党は当初全く触れずに「隣の公園は14億円、森友学園は1億円」と追及していた。巨額な国庫補助金や交付金が出た経緯と理由をしっかりと追及していたら、国民の見る目も違ったのではないか。学校法人「森友学園」の取得用地(左)。右(赤枠)は豊中市が公園用地として購入した国有地(野田中央公園)=大阪府豊中市(本社ヘリから) 「森友学園問題」は安倍政権に少なからず打撃を与え、内閣支持率を下げることに貢献した。しかし、民進党の支持率も同時に下がっていることを民進党の執行部は深刻にとらえた方が良い。「辻元議員を追及すれば、安倍政権は墓穴を掘る」などという楽観的な声も民進党内から聞こえてくるが、今の国会での民進党の戦略を見る限り、ダメージは民進党の方が大きいと思う。生活と安全保障を議論せずに何の国会か 野党が絶えず攻め続けなければならないのは自明の理だが、相手に「悪魔の証明」を持ち出されて逃げられては元も子もない。言い逃れができないように証拠を固め、不正があるなら「ある」と立証する必要がある。それを行わず、「籠池発言」や「籠池夫人のファクス」など信頼性に疑問符が付くものを盾に取り、相手を追い詰めようとするのは悪手としかいいようがない。3月28日、参院決算委で民進党の斎藤嘉隆氏の質問に答弁する安倍晋三首相(斎藤良雄撮影) そうこうしているうちに過去最大の平成29年度予算はすんなり通り、「共謀罪」法案や「働き方改革」関連法案の議論も進まない。それどころか、北朝鮮が近いうちに核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)発射を行う可能性が浮上している。私たちの生活と国家の安全保障に関する問題を議論しないで、何の国会か。民進党ら野党には猛省を促したい。 同時に安倍政権側も野党の疑惑に正面から向き合い、出すものは出して疑惑解明に真摯に取り組むべきだ。政治的圧力があったのかなかったのか、そこに違法性があるのかないのか。国民の知りたいことはその一点だ。このまま不毛な議論を国会で続けると政権の信頼性も毀損し続けることを申し添えておく。国政に影響を与える都議会選挙も7月に控える。悠長に構えている時間は、ない。 最後に、テレビにも苦言を呈しておく。朝の一部の民放ワイドショーなどは、毎日1時間近くこの問題を扱っている。ほかに扱うテーマがあるだろう、と言いたくなる。先に述べた私たちが本当に知りたい重要な問題を取り上げず、「籠池問題」にかまけていると、視聴者も辟易(へきえき)して離れて行ってしまうだろう。

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    森友騒動を煽ったメディアに言論の自由を語る資格はあるか

    問題点が明確ではなく、インターネットなどでは、一部の関係者や政治家の発言を裏取りせず、そのまま報じるメディアに対して強い不満の声も上がり始めている。当初、贈収賄事案のように報じられたこの問題であるが、籠池氏側から安倍総理などへの献金事実は確認できず、違法性が確認できない事態に陥ってしまっている。しかし、このような状態になっても、野党の一部は総理周辺の証人喚問を求め、政権への批判を繰り返している。参院予算委の証人喚問で、本人確認のため挙手する籠池泰典氏=3月23日 また、当初の疑惑であった土地代金に関しても、産廃処理費用や周辺の土地の売買実態から見て、著しく安いわけではなく、逆に高いぐらいであるという意見も出始めている。また、産業廃棄物の処理に関しても、籠池氏側は適正だとしており、籠池氏の妻から安倍総理夫人に送られたメールでは、メディアへの証言者による捏造疑惑まで取り沙汰されている。 一つはっきりしていることは、籠池氏が安倍総理の名前や陛下の名前を勝手に利用して献金を集めていた事実であり、この点に関しては、政治家側に責任を問うのは難しいといえる。つまり、政治家側に違法性が確認されない状況でありながら、まるで大きな問題であるかのように騒ぎ続け、一部のメディアはそれを煽ったわけである。そして、違法性を問えなくなった時、それを誤魔化すために多用されたのが「忖度(そんたく)」という言葉であり、それがまるで違法行為のように伝えられていることに大きな問題がある。 わが国の憲法では、憲法16条により「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と請願の権利を認めており、差別待遇すらも否定している。決して籠池氏を擁護するわけではないが、籠池氏も立派な日本国民であり、請願権を有しているのである。この点に関して、籠池氏やその請願を受けた政治家を責めるべきではない。共産党の請願紹介は全体の6割 基本的に、請願や陳情を受けることは国民の声を政治に反映させるための大切な手段であり、そこに贈収賄などの違法性がない限り、否定してはいけないものなのである。ちなみに、国会請願紹介の首位は共産党であり、共産党の機関紙「赤旗」でも 先の第190通常国会(1月4日~6月1日)に提出された請願署名のうち、日本共産党国会議員団が紹介議員になって提出した請願署名は2541万4000人分に及び、請願署名全体の63・56%を占めました。政党のなかで断然トップで、自民党(10・81%)、公明党(1・17%)を大きく上回っています。草の根で活動し国民の運動と全国各地で結びつき、ともに要求実現に取り組む日本共産党の姿が鮮明に浮かび上がっています」(2016年6月17日 しんぶん赤旗) と自画自賛している。確かに、あっせん収賄などの場合、その政治家に権限があったかどうかがその判断基準になるが、著しく高額であったり不正な金をもらっていなければそれを批判することこそが憲法違反であるといえるわけである。そして、それを許せば政治が間違った方向に誘導されることになってしまうのである。3月9日、報道陣の質問に答える籠池泰典理事長=大阪府豊中市 また、学校法人としての資金面などでの問題と教育内容に関しては、別に考える必要があり、私立学校に関しては、法の認める範囲で一定の自由が認められているわけである。教育基本法では(私立学校)第八条 に「私立学校の有する公の性質及び学校教育において果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体は、その自主性を尊重しつつ、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない」と定義しており、一定の自由を認め、過度の行政や政治家などによる介入を否定している。 これは公立学校も同様であり、行政や政治家が直接指導する形ではなく、教育委員会を設けることで公平性を保っているわけである。そして、これを否定するならば、全国の学校法人を平等に評価するべきである。またそれを認めるならば、教育理念に宗教的価値観を含むすべての宗教系学校も批判すべきなのであろう。それは、教育の自由を著しく損ねるものであり、宗教思想の自由を制限するものでもあり、それこそがファシズムそのものなのであろう。 日本では近年、リベラルを名乗る他人の人権に興味がない人権派や暴力的な平和主義者などがさまざまなところで権利ばかりを大声で騒ぎ、一部のメディアと結託して、それを社会問題化させようとしているように思う。その典型が今回の森友学園問題であるのだと思っている。そして、それは絶対に許されない行為であり、自由を守るためにもそれを否定し続ける必要が、今まさにあるように思えてならない。     最後にフランスの哲学者、ヴォルテールの有名な言葉で締めくくりたい。「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」。これこそがリベラルであり、言論の自由を守るメディア本来の役割なのである。※4月5日午前7時~11時ごろにかけて、記事内に関係のない文言を誤って掲載してしまい、当該部分を削除いたしました。読者及び関係者の皆さんにお詫び申し上げます。

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    働き方改革、新聞・テレビの報道ぶりがあまりにヒドい!

    新聞を定期購読する層が高齢者に偏り、20代から40代くらいまでの層はネット版を読むか、もしくはウェブメディアで見出しだけ追うことが多くなっている。これは一つの情報を深く知り、自分の頭で考えることの放棄につながりかねないと懸念する。テレビはどう報じたかテレビはどう報じたか 一方、テレビはどうだったか。この問題に一番興味があるのはやはり女性だろう。パートの人も非正規の人も、専業主婦の人も、もしくは彼女たちのパートナーも、それぞれ関心を持ってニュースを見ているはずだ。彼らにとって一番身近なメディアと言ったらやはりテレビであろう。 一方で午前中から夜7時ぐらいまで続く情報生番組や夕方のニュースを見ている人はリタイアしている高齢者か専業主婦だ。つまり、実際に働いている人はテレビからリアルタイムに情報を入手することはできない。 出勤前の早朝からやっている情報番組はあまり難しい問題を取り上げず、むしろトレンドや事件事故モノ、後はスポーツやエンタメ、それに天気予報であろう。仮に「配偶者控除」問題を取り上げたとしてもじっくり時間をかけて解説することはやらないだろうし、なにより働いている人たちは午前7時から8時くらいに出勤する人が多いので、仮に「配偶者控除」問題を取り上げたとしてもゆっくり見ている時間はない。 そこで地上波放送は、仕事をしている人が帰宅する夜の時間帯のニュースでこの問題を取り上げている。例えば、日本テレビの夜の『NEWS ZERO』は2016年11月14日、「桜井翔イチメン!」というコーナーで「配偶者控除」について放送した。 その中で、Aさん、Bさんが同じ会社に務めていて給与が同じ、2人の妻はパートで収入を得ているという前提で試算を行った。Aさんの妻は年間150万円の収入があり、Bさんの妻は102万円に収入を抑えた場合、各家庭の手取りを試算して比較している。結果はAさんの世帯収入(手取り)が511万円、Bさんが510万円でほとんど変わらない。つまりAさんの妻は「働き損」ということになる、と言った具体的な解説をしていた。こういう情報は視聴者にとって有益だ。ウェブコンテンツが貧弱な日本のテレビ局 また、NHKは「NHK NEWS WEB」というニュースサイトで2016年9月20日の放送「賛否両論!配偶者控除」の内容を記事と画面のキャプチャで掲載している。また、同年10月19日には識者や解説委員が時事問題を取り上げる「視点・論点」という番組で「配偶者問題」を取り上げ、同じくウェブサイトに「配偶者控除をどう見直すか」というタイトルで記事と画面を掲載している。中央大法科大学院の森信茂樹教授による解説は分かりやすく、「夫婦控除」にも触れ、「働き方改革」の必要性にも触れている。そう、本質を突いた議論になっている。こうした深い解説をウェブで見ることができることは極めて重要だ。 なぜなら働いている人は、テレビ放送をリアルタイムで見られないことが多いからだ。ドラマやバラエティを録画する人は多いだろうが、日々のニュースを録画してまで見る人はそう多くはないだろう。 したがって、ウェブに記事や動画を残しておくことが今の時代必要なのだが、日本のテレビ局は長年ネット戦略に本腰を入れてこなかったため、ウェブ上のコンテンツは貧弱なケースが多い。番組ホームページから過去の放送内容が検索できなかったり、アーカイブ化されていなかったりする。残念なことだ。 そうした地上波のニュースをBS放送が補完している。BSフジの『プライムニュース』がそれだ。2009年4月にスタートしたこの番組は、月曜から金曜まで午後8時から約2時間放送されている本格報道番組の草分けである。2016年11月23日に「女性の活躍阻む『壁』 配偶者控除を見直しへ」と題して、自民党税制調査会の野田毅最高顧問と学習院大の伊藤元重教授、「イー・ウーマン」の佐々木かをり社長をゲストに放送した。放送の動画(ハイライトムービー:前後編各約20分)は過去10日分だけしか見ることができないのは残念だが、HPからテキストだけは見ることができる。 他にもBSには帯の報道番組がある。BS日テレの『深層ニュース』、BSジャパンの『日経プラス10』、BS11の『報道ライブINsideOUT』などだが、どれも過去放送動画やフルテキストのアーカイブはない。健闘するネットメディア健闘するネットメディア 2016年は、フジテレビとテレビ朝日がそれぞれインターネット放送局を立ち上げた年として記憶に新しい。特にフジテレビのインターネットテレビ「ホウドウキョク」はかなりの時間を割いて複数回この問題を取り上げている。解説委員が取り上げたり、識者にインタビューをしたりして工夫を凝らしている。 中でも「あしたのコンパス」は、識者にスタジオから電話インタビューしてニュースを深掘りする番組だ。専門家にじっくり話を聞くことができるため、一つのテーマを理解するには最適だ。過去の放送がアーカイブ化されており、興味のある話題や話を聞きたいゲストが出ている番組を動画で見返すことができるのは画期的だ。「LINE LIVE」でも配信するなど、積極的なウェブ戦略は注目に値する。 一方、テレ朝が参画する「Abema TV(アベマ・ティーヴィー)」は基本地上波放送のネット版であり、地上波ニュースを補完するという目的はもっていないように見える。ニュース番組はあるが、独自編成で地上波との連携性は薄い。将来、ニュース解説番組が放送できるのか、関心は尽きない。 さて、深い情報を知るにはやはり活字系のウェブメディアに一日の長がある。人々が実際に知りたい情報は何か? それは自分に照らし合わせて税制改革で損するのか得するのか、その一点に尽きる。残念ながら、新聞とテレビはその質問に十分に答えられていない。例えば、ダイヤモンドオンラインを見てみよう。新配偶者控除「150万円の壁」で世帯の手取り収入はこう変化する!(2016年12月16日) ファイナンシャルプランナー、深田晶恵氏のこの記事は今回の改正で具体的に各家庭の手取り収入がどう変化するのか具体的にシミュレーションしている。まず夫の年収別に、・1120万円以下…パート主婦家庭は減税、専業主婦世帯は変化なし・1120万円超~1170万円以下…パート主婦家庭は減税が多いが一部増税、専業主婦世帯は増税・1170万円超~1220万円以下…パート主婦家庭は減税が多いが一部増税、専業主婦世帯は増税・1220万円超…パート主婦家庭は変化なし、専業主婦世帯は増税 と示した上で、次に夫の年収を700万円に固定、妻の「パート収入の壁」ごとに家計への影響をグラフで比較した。詳細は記事を見てもらいたいが、グラフを使って説明しているためとても分かりやすい。 さらに、「手取り回復分岐点(壁を超える前の世帯手取りが回復する妻の収入額)」が今回の改正で引き下がっていることを示し、妻のパート収入が「壁」を超えてどのように変化するかを解説、就業調整をせず「壁」を超えて一時的に世帯手取りが減っても中長期的に見て働き続けることが大事だと提言している。 他にも厚生年金や健康保険、介護保険の負担を強いられる「106万円の壁」(従業員501人以上:2016年10月から適用)に着目。パートの主婦が自分で保険料を負担しなければならなくなったとき、勤務先の社会保険に加入するべきか、国民年金・国民健康保険に加入するべきか、独自の分析をしている。こうした実用的な情報は、やはり経済専門メディアの独壇場だ。特に専門雑誌は紙が売れなくなって久しいため、ウェブ版に長年力を入れてきた。それが今花開いているといえよう。 新興メディアには、ヤフー系のTHE PAGEやBuzzFeed Japan、朝日新聞系のハフィントンポスト日本版、独立系のNewsPicksなども元気が良い。今はまだニュース解説にさほど力を入れていないようだが、今後、その分野に進出してくるところもあるだろう。引き続き注視したい。伝統メディアの今後の戦略伝統メディアの今後の戦略 そうした中、伝統メディアは今後どのような戦略を取るべきなのか。 まず新聞だが、専門誌に比べ、分析が弱い。というか、せっかく膨大な数の記者を抱えているのにそれが紙面に活かされていない。特にウェブ版は情報がどこにあるかわかりにくく、検索もしにくいのが致命的だ。 新聞の強みは社会部、政治部、経済部、外信部、それぞれに経験を積んだ記者がいることだ。一つのテーマを縦割りでなく、横断的かつ有機的に分析し、深掘りした情報を提供できるはずだ。 特に、自民党の茂木敏充政調会長が強く主張していた「夫婦控除」案はなぜ消えたのか。「選挙対策で断念した」という記事はあるが、どこにどのような力学が働いたのか、読者にとって興味のあるところだろう。安倍内閣が本気で女性の働き方改革に向き合っているのかを知る一つの指針となり得るからだ。この件について、日本経済新聞が5日連続で興味深い連載を掲載した。税制改正 激変の構図(1)まだ分からないのか(2016年12月13日)税制改正 激変の構図(2)「雑魚はいい、森を呼べ」(2016年12月14日)税制改正 激変の構図(3)「すべて菅さん次第」(2016年12月15日)税制改正 激変の構図(4)「動かぬならムチを」(2016年12月16日)税制改正 激変の構図(5)「メンツ保てれば」(2016年12月17日) これを読むと、各省庁の思惑の違いと政府与党間でのせめぎあいが交錯し、結局抜本的な改革がなされず、小手先の改正で終わった顛末がある程度わかる。しかし、それだけでは読者は満足しないだろう。 せっかくこうした取材力があるのだから、どうしたら今の税制が女性の働き方を変えるようなものになるのか、具体案を出してもらいたい、と思うのではないだろうか。ウェブ版には紙面の制約がないのだから思い切った編成で記事を書けるはずだ。 次にテレビだ。テレビは地上波のリアルタイム視聴にこだわっているからなのか、放送した内容をネットで拡散してより多くの人に知ってもらおう、という意識が希薄なようだ。「配偶者控除」のような生活に身近で誰しもが興味を持つような内容こそ、放送後もきちんとコンテンツとして残しておくべきだと考える。テレビと新聞に欠けている視点 前項で述べたように、一部のテレビ局はネット放送局を立ち上げ、地上波やBSで放送出来なかった内容を深掘りする試みを始めている。フジテレビの「ホウドウキョク」がまさにそうだ。しかし、まだまだインターネット放送を視聴している層は10代から20代前半の若年層に限られ、25歳以上の働く女性や専業主婦らにはなじみが薄い。特に専業主婦層は地上波を見ることが多いだろう。 したがって、まずは地上波のワイドショーや夕方のニュースでしっかり「配偶者控除」のような問題を取り上げることが大事だ。さらに放送だけにとどまらず、その内容をネット上にアーカイブ化し、スマホで気軽に見られるような工夫が必要だ。 テレビ放送は一過性のもので放送時間の制限もある。難しいテーマを扱うには不向きなメディアだ。視聴者に一つ一つのテーマについて理解を深めてもらうためには、放送にさらにプラスした深い解説をウェブで提供すればよい。視聴者は放送で未消化だった部分を補強することができる。 番組でそれを告知し、視聴者をウェブに誘導することで番組、並びにその局のファンを増やし、そこからまたリアルタイム視聴に回帰させる。地上波・BS・ネット放送・各々のウェブページを連動させることにより、中長期的にステーションイメージをアップさせ、固定視聴層を囲い込む戦略だ。 最後に、テレビと新聞に欠けている視点は、真に女性が働きやすい環境とはどのようなもので、どうすればそれが実現できるのか、という視点だ。単に税制をいじるだけで解決できるものではない。安倍首相が年初から力こぶを入れる「働き方改革」が具体的に動き始めることが、日本経済再生への道でもある。 実際に子育てしながら働く意欲のある女性は多い。彼女(もしくは育休中の彼)らが働きやすい環境を作り出すのが経営者の務めであろう。彼らの背中を押すためにもメディアの果たす役割は大きい。

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    野党と左派メディアに告ぐ! 森友学園、議論の「本質」はそこじゃない

    の肩書や思想・信条などが、あまりにもユニーク(独特)なことにある。こうした多岐にわたる報道の原因は、メディアによって関心のある領域が微妙に異なるためでもある。受け手の関心に従って、伝達する内容の焦点が異なるからである。 このような状況では、えてして問題の本質とは異なる話題が先行し、過度に国民の興味を引くことで本来の問題の解決が遅れることや、ひどい場合には問題そのものがうやむやにされてしまうことが少なくない。問題の本質が理解されるようになるころには、国民の関心がすでに薄れてしまうこともある。 もちろん、その責任は、政治問題であっても、あたかもエンターテインメントの延長であるかのように関心を持つ国民にもある。80年代半ばに登場した「ニュース・ステーション」などのニュース番組やさまざまな政治討論番組は、テレポリティクスと呼ばれた政治の場におけるテレビの影響力の増大を生み出した。この延長に出現した小泉純一郎政権を典型とする劇場型政治は、こうしたテレビを利用しようとする政治家の戦略、それに呼応したメディアの責任が大きいが、そればかりでなく、それに乗っていた国民もその責任の一端を担っていたことを忘れてはならない。2001年4月、自民党総裁選に出馬した小泉純一郎元郵政相(右)のスーツに付いた埃をとる、応援に駆けつけた田中真紀子議員=神戸・三宮 さて今回の問題を整理してみよう。学校法人森友学園に国有地が安価で払い下げられたことが問題の発端である。10億円弱といわれる土地が、なぜ市価の10分の1近くの価格で払い下げられたのかという疑問が生じるのは当然である。誰でも、あるいは政治の身近にいる者であれば最初に勘ぐるのは政治家の関与である。いわゆる「口利き」が行われたのではないのかということ、これこそが問題の本質である。 また、仮に政治家の関与がないにしても、なぜ安価で払い下げたのかは、窓口の財務省に説明責任がある。国有地であるから国家に損失を与えたことになるからである。こうした点についても、8億円に上るごみ撤去費用を差し引いたとの説明がなされてはいるが、その積算根拠も明確ではない。実質的には、10億円近い土地が1億円余りという法外な価格で学園のものになった理由は、現在までも明らかにはされていない。教育者の資質が情報番組の格好の「ネタ」に この問題の登場人物に安倍首相という大物政治家の名前が挙がり、払下げを受けた学園が安倍首相の熱烈な支援者であったことが明らかになると問題は迷走する。とりわけ、森友学園が用地を取得して建設する小学校の名誉校長に安倍晋三首相の夫人が就任していたことは問題を複雑化する。関与が疑われる政治家が時の首相であれば、事態は大きくなることは明らかである。ましてや、その学園の理事長が安倍首相と考えを同じくする保守系団体の大阪府の役員であることも、その関係の深さを想像させたのである。 また、当初は用地買い入れの資金が不足して借地契約を結んでいた学園が、数年で取得できたことは、便宜供与が行われた疑いを持たせるのには十分である。この土地取得に関しては前提条件となる小学校設立の認可をめぐっても財政的な問題が指摘されていた。その前まででは設立できなかった条件を大阪府が森友学園の要請で緩和したこと、認可保留としていた状態がすぐに承認されたことなども政治家の関与を疑わせるのに十分な題材が揃いすぎていたのである。 これに輪をかけて、森友学園の愛国教育の程度が度を過ぎていること、保護者に対してヘイトスピーチともとれる文章を送っていたことなどの教育者としての資質の問題が浮かび上がってきた。教育基本法の政治的な公平に抵触するような運動会の宣誓などがテレビで放送されるや、教育の問題もワイドショーなど情報番組の格好の「ネタ」になっていったのである。 ここで問題を整理してみよう。1.国有地払下げの問題      これは払い下げた側の問題:財務省、国土交通省2.政治家の関与の問題      当面は安倍首相になる3.小学校の設置認可の問題    認可権限のある大阪府の問題:松井知事4.森友学園の教育の問題     森友学園の理事長の問題5.首相夫人の名誉校長就任問題  安倍首相夫妻である。 前記の1、2の問題は国会で積極的に議論すべき問題であるが、現在の国会を見ている限りでは、安倍首相の関与を強調したいあまり、本質とはずれた質問も少なくない。ここでは森友学園の教育方針と払下げの問題が直結しているとは思えないからである。財務省なり、国土交通省への質問が本筋であり、監督者としての大臣への質問が本来のものであると思われるが、安倍首相の関与に関する同じような質問を連日繰り返しているようにしか思えない。「森友学園」の籠池理事長らが陳情に訪れたことについて話す、自民党の鴻池祥肇元防災相=3月1日、東京都千代田区の参院議員宿舎 夫人が小学校設立に賛同していたであろうことは想像に難くないが、そのことが政治家の関与に直結するわけではない。大切な予算審議の過程で繰り返しする質問であるのかは疑問が残る。その後になって、鴻池祥肇参議院議員の証言などから森友学園側が政治家に「口利き」を依頼していたことが明らかになってきた。鴻池議員は拒否したということであるが、その後も他の自民党議員の名前が報道されている。これらは、与野党の別なく一刻も早く真相を解明するように、調査すべきであろう。大阪府の安易な認可のつけは小さくない 仮に政治家の関与が直接的にはなかったにせよ、職員の一存で価格が10分の1近くになることは考えにくい。財務省、国土交通省の真摯な説明が必要である。このことを国会で議論すべきであるし、報道もそれを強調すべきではなかろうか。一国の首相が認可や払下げの問題に、ここまでわかりやすく関与するとは思えないので、実態としてあり得るのは官僚の側もしくは政治家が「慮って」許可したり、安くしたりしたのではないかと推測することくらいであろうか。 次の3の問題は大阪府の問題である。小学校の認可は教育長の権限であるからである。もちろん教育に関わる問題であるので、文部科学省と無関係であるとは言わないが、いわば大阪府議会で十分に議論してもらいたい案件であろう。認可に関しても国会議員なり閣僚の関与が明らかになれば話は別であるが、地方自治体に権限がある以上、そこでまず議論すべき問題ではなかろうか。少なくとも国会における優先順位の高いものとは思われない。 大阪府の松井一郎知事は、森友学園に関するさまざまな問題が報道されるようになると、不認可の可能性を発言するようになっている。教育長の権限ではあるが、そうであるとすれば現在入学予定の児童たちの処遇を考えなければならない。安易な認可のつけは小さくない。 森友学園の教育方針については、明白な教育基本法などの法令違反などがあれば別であるが、愛国教育それ自体を問題とすることは難しい。しかしながら個人的には保守的な考えには理解を示しているつもりであっても、幼稚園児に軍人勅諭などを唱えさせることに個人的には違和感があるが、これも思想的な問題であるので一概にいけないということはできない。学校法人「森友学園」が建設中の瑞穂の国記念小学院=大阪府豊中市 近隣諸国からすれば、戦前の軍国教育につながるという懸念につながることは明白であり、そこに長期政権を担うとされている安倍首相が深く共鳴しているとなれば、心中穏やかではないのも容易に推測できる。ただし前者の直接的に政治的な案件である払下げ問題とは、少し距離を置いて考えるべき事柄ではなかろうか。少なくとも前者の問題と同一軸で語るものではないように感じる。 一方で、政治家に「口利き」を依頼した事実があれば、これは批判されるべきであり、教育方針というよりも、教育者としての資質にかかわる問題となろう。しかし、これも国会論議とは違うものであることは間違いない。「ためにする」質問やはぐらかす答弁が失望を招く 最後の名誉校長に関する事柄である。安倍首相の関与を深く疑わせるものではあるが、名誉校長そのものに就任することを法的に規制するものではない。しかしながら、首相夫人が私立学校の名誉校長になることの意味については、自らの置かれた立場を考えていただく必要がある。 ましてや「安倍晋三記念小学校」と名付けようとしていたこと、その名目で寄付を募ろうとしていたことを考えれば、広告塔に使われることは十分に想像できたはずである。「李下に冠を正さず」ではないが、自制的になる必要があるのではないだろうか。しかしこれは倫理的な問題であるので、指摘することは必要であるかもしれないが、繰り返し時間をとって行うことには思えない。 以上のように、国会で優先的に議論すべきは払下げの問題である。払下げをした財務省、不適切な減額を支持する見積もりを算定した国土交通省に見解を正すことが本質的な問題の解明につながることになる。これまでのスキャンダルでも分かるように、「口利き」を認めることは難しいかもしれない。そうであればこそ、こうした問題について国会の場で明らかにすることは重要である。「ためにする」ような質問やはぐらかすような答弁は、国民の失望を招きかねない。参院予算委員会で、民進党の蓮舫代表(右奥)の質問に答弁する安倍晋三首相=3月6日(斎藤良雄撮影) すべての政党、政治家、メディア、ジャーナリストが本質を欠いたと思われるようなことをしているわけではないことは重々承知しているつもりである。しかしながら、ことさら政局につながることを意識しすぎているように思える民進党をはじめとする野党の対応には不満が残る。とりわけ、旧民主党ではあるが政権を一度でも担ったことのある野党として、本格的な国会論議を期待したい。 当然のことながら、与党も数の力を背景にすることなく、野党の意見も聞き入れながら国会を運営する、国民に説明をする「横綱相撲」をしてもいいのではないか。数の力が余裕ではなく、慢心にならないようにしてもらいたい。 また劇場型政治、テレポリティクスを主導する放送局、とりわけ情報番組にもそうした問題を整理した放送を期待したい。国民の政治関心を高めるためには、劇場型政治にすることも必要な時期もあったと思うが、それが常態化することは望ましいことではない。政治家としての矜持、ジャーナリストとしての矜持を持った行動を期待したい。

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    国会中継は「お笑い番組」か? 森友学園に踊らされる滑稽な政治ショー

    佐野秀光(「支持政党なし」代表) 「安倍首相とその夫人にまつわる疑獄事件か?」という当初の触れ込みで、一気に世間の耳目を集め、これでいささか飽き気味だった「小池劇場」も霞むかと少しは期待したものの、早この騒ぎも収束に向かっているように見受けられます。 夕刊紙の大見出しには「もう止まらない 森友学園大疑獄が安倍政権を吹っ飛ばす」などとありますが、どうでしょう?安倍首相も、自らと夫人のことに話がおよぶと弁解じみた答弁しかできていない上に、野党の挑発に苛立つ場面があったり、愉快な気分ではいられないかもしれませんが、こうなったらキチンと事実を明らかにするのがよいでしょう。 与党が圧倒的多数を占める国会で、自民党内も安倍一強といわれる状況の中、安倍首相夫人が名誉校長を務めるという触れ込みの学校を、具体的な指示がなかったとしても官僚サイドが斟酌し、協力的な姿勢を貫いたということは考えられないことではありません。安倍晋三首相(左)と昭恵夫人 結果的にすべて森友学園の希望にそった方向に事が運んだわけですが、口利きに伴う贈収賄に当たる行為があったのかどうか、国の対応に違法性があったのか否か、それは推測ではなく事実を明らかににしなくてはならないでしょう。 とはいえ、このような大騒ぎになって誰が一体得をしているでしょうか。目下、損をしていると思われるのは安倍首相の方で、森友学園側からヨイショされたものの、この様に騒ぎになっては実に迷惑なことです。 また、森友学園も安倍夫人の名前を利用しようとして名誉校長にしていなければ予定通りに小学校も開校出来ていたのかもしれませんが、今となっては4月に予定している開校が危ぶまれる事態となってしまい安倍夫人の名前を利用しようとしたが結果として墓穴を掘った形になっています。 「国有地が9割引き」とか、疑惑の中心に時の首相自身の名前が踊れば、これは当然国会で追及されねばならないことです。一体どんな事実が明らかにされるのかとワクワクしながら推移を見守っていたのですが、国会中継を見ても、野党、特に民進党の追及には全く迫力が感じられません。ブーメランに見舞われる民進党の面々 今に始まったことではありませんが週刊誌のあとを追っかけているだけで新たな事実を掘り起こそうという気概が乏しいように見受けられます。週刊誌を読み上げて、「これはどういうことか?」と質問を繰り返す程度です。 民主党政権時の我が身を省みることすら出来ない民進党の面々が、答弁で「ブーメラン」に次々と見舞われるのは、そもそも理非を弁ずる信念を持たないことに起因するのではないかと思います。民進党の蓮舫代表(右奥)の質問に答弁する安倍首相 今、「口利き疑惑」をもたれている政治家の皆さんは、キチンと説明責任を果たすべきです。また「口利き」が実際あったとして、それが悪いことなのかどうかを与党も野党もご自身達の意見を明確にしていただきたいものと思います。 しかし、もし口利きというものを否定しては、与野党とも国会議員として、その期待される役割を果たし得ないという考え方もあります。現代の代議制民主主義は、複雑専門化する様々な問題に対処するため、組織もいわば機械的になりました。 行政機関はまさにその名の通り官僚機構という機械です。また、広範囲に拡大する国家の意思決定を担う立法機関もまた多数決を原理に政治家や政党をパーツとして稼働させるまさに法律製造工場の様なものです。そのような硬直した官僚制との中で多数決一辺倒でなく少数者の声を拾い上げるために「口利き」というものも長く行われてきたのではないでしょうか。  安倍首相にとっては、最近はもはや保守派の歓心を買う愛国的主張を強調することが一概に政権運営上あまりメリットがないと思ってきているかもしれません。首相に批判的な勢力は安倍首相周辺人脈に怪しい人物はいないかと探し、見つければこれを攻撃材料にしようとするのでしょう。 野党も何とか安倍政権を叩く材料を探している中で安倍首相の夫人が名誉校長を務めている森友学園が国有財産を9割引きで払い下げられたなどという事実は格好の攻撃材料となります。 また、森友学園は私学である以上、その教育内容自体に部外者が口を挟むのは適切ではないと思いますがテレビのワイドショーが取りあげる森友学園は、ことさらその「異常さ」、「気味悪さ」を強調するものです。だから国民の多くも森友学園の理事長が何かとんでもない非常識な人物ではないのかと思ってしまいがちです。まるでお笑い芸人と同じ政治家 しかし、反面として理想の学校をつくりたいが為に、その十分な資金もない私学の経営者が、想いを実現するために政治家の名声に頼ったり、民有地では用地の確保が難しい中で、国有地をできるだけ安く取得したいとあの手この手で交渉を試みるのはこれも起業家としての努力の一端ではないかとも思えます。結局のところ森友学園は与野党の戦いの中に巻き込まれたと言うのが私の印象です。  テレビやネット上では、旧態依然とした政治家の活動はいつも同じような事の繰り返しで、その言動のすべてが滑稽に見えてしまうのです。そうなると、テレビの政治ニュースとバラエティとの間に垣根はありません。政治家とお笑い芸人では演ずる役柄が違うだけで、視聴者から見ればテレビの中で騒いでいる姿は同じようなものです。参院予算委員会に臨む安倍首相(左)と麻生副総理兼財務相 そんなテレビ政治に踊る政治家たちは、「事実」よりも「見立て」が大事と考えます。「印象」がすべてと言っても過言ではないでしょう。次の選挙よりも先を見越せない政治家にとっては、それこそが最も大事なことで、まずは目立つこと、そして自分が正義のヒーローと見られることを強く望んでいるのです。 ところが実にそれが安直で、共産党はまだしも他の野党などは、週刊誌の記事に依拠するばかりで自分達で調査する努力すらしない。政治はドンドン「印象操作」に傾斜していくばかりで、ムードに流されがちな国民による選挙はその影響を如実に反映します。 昨年の参院通常選挙の比例区で64万票余を獲得するも議席獲得には至らなかった「支持政党なし」は情報化の進む中で多様化する民意を国政に反映させるために、敢えて党としての政策は一切無く、国会にあっては完全にニュートラルな立場で、法案毎にインターネットで国民に賛否を問い、その割合に応じて表決に参加するという「電子的直接民主制」を原理とする政治団体です。 この「支持政党なし」の立場から見れば、定見も無く、無責任なことを吹聴し、公約を守らない既成政党などはいずれも大きな違いは無く、「政権選択」を目的とする選挙は無意味であるとさえ考えます。 国民にとってより重要なのは「政策選択」であり、国民の利害はこれに複雑に絡み合ってくるのです。あらゆる施策、あらゆる法律にはいかなるものにもメリット、デメリットともにあり、受益者が存在すればそうでない人も、それどころか損する人達も出てくるのが常です。だからこそネット上で両論併記し広く国民の衆知を募り、政治家に頼らずとも、「口利き」によらずとも少数者の意見を決して切り捨てない政治システムこそが必要ではないでしょうか。

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    安倍首相と記者クラブ 「赤坂飯店の夜」全真相

     国会で与野党の論戦が白熱している最中に、安倍首相と大メディアの記者たちが酒席をともにしていたことが波紋を呼んでいる。 国有地払い下げ問題の渦中にある森友学園の園児たちの映像を巡って国会が紛糾した2月27日、来年度予算案が衆院を通過した。 その夜、安倍首相が東京・赤坂の繁華街にある中華料理店「赤坂飯店」から出てくると、それを知っていたかのように集まっていた“一般市民”たちが一斉にデジカメやスマホを構え、フラッシュがたかれた。(写真はイメージです) 通常、主要各紙は朝刊で前日の首相動静を報じるが、会食の予定がリアルタイムで国民まで伝わることはほとんどない。きっかけはツイッターでの呼び掛けだった。〈リークあって、聞いた話によると、いま、まさにこの現在、安倍は赤坂飯店に各社のキャップを呼んで、「森友のこと書くな」との圧力かけとる。これで負けたら新聞社の看板外してまえよ。しかし俺は、各社に、こんな安い圧力に負けない連中がいることを固く信じる。各位!戦え〉〈東京に今日いる諸君は、ぜひいまから赤坂飯店いって、バシバシ写メ撮って欲しい〉──午後8時過ぎ、立て続けにそう書き込んだのはベストセラー『日本会議の研究』の著者・菅野完(たもつ)氏だ。投稿はツイッター上で拡散され、ハッシュタグ「#赤坂飯店」がトレンド1位になる騒ぎとなり、「赤飯」の前に人が集まったのである。インターネット報道メディアのIWJは安倍首相への直撃を試みる様子をウェブ上で配信した。 菅野氏の情報は正確だった。翌日の各紙朝刊の首相動静によると、安倍首相はこの日、午後7時5分から赤坂飯店で内閣記者会に加盟する新聞社、テレビ局の官邸詰めキャップとの懇談、いわゆる「キャップ懇」を行ない、午後9時55分に渋谷区の自宅に戻っている。 実は、菅野氏の情報源は、官邸のメディア操作で記事が書けないと危惧した1人の新聞記者からだったという。菅野氏が語る。「当日、私は森友学園問題の取材で大阪にいたのですが、そこに知人の大手新聞の記者から電話が入った。『今日の夜、総理が赤坂飯店という東京の中華料理店に記者を集める。そこで森友学園の報道に釘を刺すような話をするようだ。菅野さん、これをネットに書いて国民に伝えて欲しい』と。“それは御社の新聞で記事にした方がいい”と答えると、『うちの社では企画が通らない。だから菅野さんに』ということでした。だからその内容をツイートしたのです」 自社で書けないからとリークする記者も情けないが、政権の顔色をうかがって報道を自主規制する大新聞社の内実がよくわかる話だ。では、赤坂飯店で安倍首相は記者たちに2時間半もどんな話をしたのか。大手紙政治部記者が語る。「キャップの話では、最初はもっぱら森友学園問題の釈明。総理は疲れた様子で『カネのやり取りとかやましいことは全くない』と内容は国会答弁の繰り返し。昭恵夫人の名誉校長の件についても『妻がそんな役職に就任していたなんてオレは全く知らなかった』というばかり。 ちょっと元気になったのはトランプとのゴルフの話。『トランプはめったに相手のゴルフを誉めることはないが、シンゾーはうまく刻むじゃないかと誉められた』とか、『トランプとは国際会議の時に毎回会談すると約束したが、そんな約束を取り付けたのは世界で自分だけ』と鼻高々だったそうです」 さすがにかつての民主党の大臣のように「書いたらその社は終わり」という露骨な“箝口令”はなかったようだ。 安倍首相にすれば、わざわざキャップ懇を開いたのだから、余計なことはいわなくても大メディアは封じられたとタカをくくっていたのだろうか。関連記事■ 櫻井翔と小川アナ交際 ジャニーズとテレ朝が回答揃えた意図■ 電撃引退の堀北真希 直筆メッセージに込めた「本音」■ 18kg減の愛子さま 宮内庁は報道陣に「アップ写真使うな」■ 高橋ひとみ、階下から苦情くるほど熱い50代新婚の夜■ バクステ朝倉ゆり ダンスで鍛えた美くびれ&美乳を披露

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    大手メディア記者 今やネットに流すしか真相伝える手段なし

    「私は朝日新聞に勝った」──安倍晋三首相がトランプ氏との最初の会談(昨年11月)でそうメディアへの勝利宣言をしたと、産経新聞が報じた。 政権に返り咲いて以来、首相が真っ先に取り組んだのがメディア対策だった。就任してすぐの2013年から2014年にかけて、全国紙5紙、ブロック紙、通信社、そして民放キー局のトップや編集幹部と会食を重ねた。その回数は2年半で50回にのぼった。 安倍首相の言葉は敵対してきた朝日新聞だけでなく、大メディアはすべて統制下にあるという自信の表われだったといえる。 しかし、もう自分には逆らえないと安心したのか、昨年からメディア首脳との会食はめっきり減り、今年は2月2日に渡辺恒雄・読売新聞グループ本社主筆、福山正喜・共同通信社社長らと食事をしたのが目立つくらいだ。 一方で、安倍政権のメディア統制にはっきり綻びが見えてきた。国有地払い下げにまつわる森友学園問題は朝日新聞がスクープし、民放は当初、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)、『白熱ライブ ビビット』(TBS系)くらいしか取り上げていなかったが、国民の関心が高まるとフジテレビ、日本テレビなど民放各局が競うように連日ワイドショーで取り上げるようになった。 そのうえ、現場の新聞記者たちから不興を買ったのが経産省の取材規制だ。2月24日、「プレミアムフライデー」がスタートし、経済産業省を出る人ら=東京・霞が関(古厩正樹撮影) 予算案が衆院を通過した2月27日、安倍首相は、東京・赤坂の中華料理店で官邸キャップとの懇親会を行なった。その日、経産省は、【1】庁舎内のすべての局の部屋を勤務時間中もロックして記者の出入りを禁止し、【2】職員が取材を受ける際は応接室で他の職員を同席させ、【3】取材内容を広報室に報告させる──という“記者排除令”を出した。日米首脳会談前に交渉内容の一部が漏洩し、世耕弘成・経産相が安倍首相訪米の同行者から外された“腹いせ”が原因とされる。 これまで記者クラブ制度の下、特権的に役所からの情報を得てきた大手メディアの記者たちにとって、この措置は死活問題だ。「同じ動きが全省庁に広がれば記者は情報が取れなくなって食いっぱぐれる。世耕大臣がやったことはトランプ政権の報道官が気に入らない記者を会見から閉め出したことよりもおかしい」(財務省担当記者) 批判と不満は大メディアの記者全体で高まっている。 クラブ制度の特権を奪われ、記者たちはようやく政権による情報統制に愕然としたのだろうか。新聞記者からリークされた赤坂での首相と記者の懇談をベストセラー・『日本会議の研究』著者である菅野完(たもつ)氏がツイッターで流し話題を呼んだが、そのリーク元は菅野氏の知人の大手新聞記者なのだという。これは、大手メディアの記者がいまやネットで国民に直接情報を流すしか“真相”を伝える手段を持っていないことに気づいた証拠にも見える。菅野氏はいう。「新聞が反権力で動かないのはみっともない状況。現場の記者まで、『政権批判ありきで記事をつくるのはどうか』と平気でいう。新聞社内に反権力はダサイと考えるカルチャーができてしまった。だから本当に報じたいことも、ネットで書いてくれと他人任せにする」 新聞記者たちは、安倍批判記事もネットへのリークではなく堂々と署名で書いてみせたらどうなのか。関連記事■ 新聞記者 会食で民主党はケチで割り勘だが自民は個室で無料■ 安倍首相とメディア幹部の会食 3.5万円フレンチや3万円ふぐ■ 安倍氏 町村氏訃報直後「オバマの見る目変わった」と上機嫌■ 安倍首相とメディア幹部の会食 内閣発足以来最低でも60回■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本

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    ロンブー淳がまた吠えた!「芸能コピペ記事はヤフーにも責任がある」

    た部分だけがネットニュースで流れてね。ラジオって密室の中で独特の空気感ができるんですよ。ラジオというメディアでしか表現できないものがあるでしょ。その中で話の流れとかあってそれをきちんと伝わるように文章にするって絶対無理なんですよ。 それなのにその「嫌い」って部分だけを切り取ってセンセーショナルな見出しつけてね。本来なら記事って読者にとって有益なものを出してお金を稼ぐ仕事じゃなきゃだめでしょ。とにかくクリックさえさせればいいっていう出す側はメリットあるんだけろうけど、あまりに一方的すぎるよなって。そんなに書きたいならちゃんと取材に来いよって思っちゃう。 この前もうちの相方の田村亮が大手事務所を批判したときも、亮さんになんかいいましたかって聞かれたんで、僕が注意したことを言ったけど結局、「淳が亮に説教」みたいなことになっちゃった。僕は説教のつもりなんかないし、こういうこと書いちゃう記者ってほんとに何も考えてないんだって思うね。 まあ、コピペ記事っていってもいろいろあるんだよね。テレビやラジオの発言を切り取るやつと、テレビ見ないでラジオも聞かないでネットに出ている記事をつなぎ合わせるやつとかね。ありもしないし、本当かどうかもわからないネット情報を組み合わせてあたかも言ってるような記事をつくる憶測コピペ記者は本当に勘弁してほしいね。「会って話せば意図が正確に伝わる」 僕は芸能コピペ記事が大嫌いだけどすべてを否定するわけじゃない。そもそも僕は容認もしないから、せめて抗っておこうと思っているだけ。ただ、何がおかしいかと言えば、僕らがツイッターやテレビ、ラジオなんかで言ったことが捻じ曲げられてネットとかに流れると、そっちの方が大手ニュースサイトとかに乗っかるから、すごい勢いで拡散する。真実は僕のツイッターの内容なのに、作られた記事の方が世の中にたくさん流れて、それが「事実」になっちゃう。それってどう考えてもおかしいじゃん。 やっぱ僕の基本にあるのは、ちゃんと会って話すれば印象はきっと変わるし、意図も正確に伝わるって思うんだよ。だからできるだけ人に会いたいし、直接話したいって思ってる。 ツイッターでよくケンカしていた時期があって、第二次世界大戦のことで、僕が戦後70年たって日本はいつまで謝り続けないといけないのかっていう趣旨のこと書いたら、「戦争のこと良くわかってない」、「知らないくせに偉そうなこと言うな」とか返された。 会ったこともないのにすごい言葉遣いだなって、よくそんなことまで言うなって思ったから、ダイレクトメッセージで直接話しませんかって電話番号教えたんですよ。それで電話で話したらすごい丁寧な話し方だった。僕のツイート内容に認識不足があったから言葉使いが悪くなってしまったって言ってたよ、52歳の男性でしたけど。 要はその男性はツイッターで批判してきたときは匿名なんですよ。匿名だからあんなひどい言い方で批判するだろって指摘したら、謝ってね。それで僕も謝って、世界大戦のことで今後知りたいことがあったら連絡してもいいですかってお願いしたら、「いいですよ」って言ってくれて。直接話をしたことでそこに何かが生まれたことを感じたんですよ。 とにかくフェアじゃないことが嫌い。僕がちゃんと顔や名前出して発信したことに匿名で言うのってそもそも土俵が違うだろってこと。誤解してほしくないのは、「2ちゃんねる」とかで言い合う場は、たとえ芸能人を誹謗中傷しようと互いが匿名だからフェアなの。 「保育園落ちた死ね」なんてのは、匿名性があったから出てきた話で、それで世の中が動いたんでしょ。だれが発信したかわからない中で、ちゃんと名乗って発信している僕ら個人に暴言浴びせてくるのはフェアじゃないって思うんですよ。 だから取材もそうですよ。記者も直接会って話を聞いてくださいよ。可能な限り時間取りますから。そしたら憶測記事はだいぶ減ると思いますよ。僕は基本的に人間が好きなんで、僕を誤解している人に極力会いたいと思っているんです。 大げさだけど、1億2千万人が誤解しているなら、1億2千万の人と会いたいと思っているぐらい。そしたら誤解が解けて、淳っていいヤツじゃんって、変われば一番いいことでしょ。だから街ブラの番組でも、極力僕のことを嫌がりそうな人に声をかけるね。しゃべったらそんな感じの人なんだってテレビを通じて伝える僕と、直接会って伝わる僕はぜんぜん違うんだよね。「芸能コピペ記事はフェアじゃない」 何年か前に「芸能コピペ記事」を知ったとき、なんでこんなことするのって思って「逆に取材したい」ってツイッターで書いたら、「2ちゃんねる」を創設した「ひろゆき」さんから連絡あって会いにいったんです。 なんでネットニュースがテレビ見てスパッと記事が上がっちゃうかって聞いたら、スピード勝負なんだってね。アルバイトで雇われた記者がテレビ見ながら、我先にってね。一番最初に上げることによって「ヤフーニュース」が取り上げてくれる率が上がるって。「だからみんな取材する時間がないんですよ。それを理解してください」って教えてくれたんです。 ならば、それってヤフーニュースで記事を選んでいる人たちにも相当責任があるなって思って。どうやって記事を選んでいるんですかって聞いたら、最終的には二十数人のスタッフがニュースを見て、どれをトピックにするかを決めているみたい。 これを知って僕は記者だけでなく、その人たちにも名前をすべてさらしてほしいなって思いましたね。要は芸能コピペ記事も直接取材してないし、名乗ってもいないしフェアじゃない。「日本人失格」 田村淳・著集英社新書:本体720円+税 ヤフーの人に名乗れっていうのは、まあそれは無理でしょうけどね。ただ、きちんと取材して正確な記事を書く記者もいれば、メディアもある。だから一番早く上げた者が勝ちなんて環境は変わってほしいなって心底思う。 特にネット上には、本当に有益で質の高い記事とそうでない記事が入り混じっていてわからない。なんか色分けとかでこれは「信用できる記事」とコピペみたいな「いいかげんな記事」を一目で判別できるようになったらいいな。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資、松田穣)

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    芸能コピペ記事なんていらない!

    の田村淳さんである。彼の怒りの矛先は、世に氾濫する芸能コピペ記事の数々。その真意を尋ねてみると、現代メディアが抱える大きな弱点も浮かび上がった。

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    ロンブー淳の芸能コピペ記事批判は甘すぎる

    藤本貴之(東洋大学准教授/メディア学者)ネットメディアは芸能人にとって「諸刃の剣」 テレビやラジオの番組、あるいは芸能人のブログやSNS記事の一部に言及するだけで、取材をすることなく生産されるいわゆる「芸能コピペ記事」がネットメディアで散見される。 取材されることのない二次情報による記事が、「コピペ記者」の極めて安価な作業として量産されるという意味では、WELQ騒動に端を発する「キュレーションメディア問題」などとも抱えている病巣は基本的に同じだ。拡散性と検索性を高めることだけでアクセス数を伸ばす、というビジネスモデルも同一である。DeNAが運営していた医療情報サイト「WELQ(ウェルク)」。 トップページには全記事非公開化のお知らせが掲載されていた=1月5日 「にわかアルバイト記者・編集者」が薄利で量産したコピペ記事が、「釣りタイトル」や「過剰キャッチ」によって大きなPV(ページビュー:アクセス数)を獲得し、情報として一人歩きをし、事実化してしまう。この問題は、今日のネットメディアのあり方として批判されている面のひとつだ。いわば「芸能コピペ記事」とは、メディアの現在を映す鏡とも言えよう。 一方で、今日のコンテンツ(=芸能人など)が、コピペ記事を含めたネットメディアと「持ちつ持たれつ」の関係で成立していることも事実である。ネットメディアがなければ、成立しえないコンテンツ(=芸能人)は多い。 例えば、多くのコンテンツ(=芸能人)は、今日、日常的且つ継続的にネットの拡散力や利便性を利用して、様々な形で効率的な情報発信をしている。むしろ、ネットを利用しないコンテンツなどないと言っても過言ではない。その意味では、ちょっとしたブログ記事や普段の出演番組などがネットニュースになることは、タレントとしては決してマイナスではない。ネットメディアの機動性を活かせば、テレビや新聞のような既存メディアでは取り上げることの難しい些細なことでも、切り口によっては素早くニュースにすることができる。コンテンツにとってこのメリットは大きい。 しかし、それが逆に自分への批判やネガティブ情報として生成されてしまった場合は、その発信力はマイナス方向にいかんなく発揮される。一部の情報だけを抽出されて中傷されたり、根拠の薄弱な憶測が事実のごとく報じられる。それはSNSなどを介して無限に拡散され、一人歩きをし、もはや収拾がつかなくなり、ひいては既存メディアの報道や世論をも動かしてしまう。 ネットメディアは、PVが収益に直結する構造であるため、マイナス情報だろうがプラス情報だろうが、ミスクリック(誤操作)だろうが、「アクセスされれば何でも良い」が基本にある。芸能市場とのしがらみも少ないだけに、コンテンツ(=芸能人)の味方であるとも限らないし、自制も効きづらい。ネットメディアは今日の芸能人にとって、最大の武器でもあり、最強の敵でもあるわけだ。噂や憶測が「事実」になる? タレントのロンドンブーツ1号2号・田村淳氏(以下、ロンブー淳)は、ネットを積極的に利用しつつも、「コピペ記者」「コピペ記事」など、ネットメディアのマイナス面に対して正面から批判を展開してきた人気芸能人の一人だろう。自らSNSや配信を通して、ネットメディアの情報の信頼性の低さや、「ネット民」「匿名コメンテーター」たちの無責任な情報発信対をして批判してきた。 例えば、「芸能コピペ記事」に関しても、「取材した後に記者の憶測や感想はあっても良いと思いますが・・・取材なしの憶測だけでの記事がまかり通るなら、なんでも捏造できますよ」(2016年10月7日@Twitter) と語るなど、直接取材をせずに記事を生産するネットメディアのあり方を「捏造」とまで言い切り、そのあり方に疑問を呈している。 確かに、テレビやラジオ、あるいはイベントなどでの発言やSNSなどの書き込みの一部だけを抽出して、そこから記者の憶測によってフレームアップして記事化させる手法は、コンテンツである芸能人からすれば、迷惑どころではない。内容によっては、タレント生命を脅かしかねない問題である。 実際に、真偽が不確定な段階で、噂や憶測だけがネットに拡散され、「事実」として一人歩きしたことで、タレント生命はもとより、健全な社会生活が脅かされた事例も多い。例えば、タレントのスマイリーキクチ氏に対して起きた「スマイリーキクチ中傷被害事件」は有名だ。1988年の凶悪犯罪「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人がキクチ氏であるというデマが流布され、それが半ば事実として一人歩きをはじめ、キクチ氏への中傷が激化していった騒動だ。 ロンブー淳氏の場合であれば、次のように書いたツイートに対して、「自分の意見なんだから/他人と違っていいんだよ/多数派が常に正しい訳ではない/議論の末に納得して意見が変わるのは良いけど、変に空気を読んで意見を変え始めたら取り返しがつかなくなる。」(2016年10月5日@Twitter) 「人工透析患者は自業自得なのでそのまま殺せ」とブログで書き(2016年9月19日)全番組を降板となったフリーアナウンサー・長谷川豊氏への擁護と関連付けられて、ネットニュース化されるという「被害」にあっている。もちろん、時期とタイミングの合致こそあれ、ツイート内で長谷川氏には一切触れていない。 既存メディアと異なり、法規制や業界内ルールが確立しているわけではないネットメディアにおいては、例えそれが不合理なものであっても、制御することは難しい。高い機動性と拡散性を有効活用されて、一方的なニュースリリースがなされても、それを受けるコンテンツ(=芸能人やターゲット)の側に、十分な抵抗手段や回避策はない。 しかも、一度ネットに流れた情報は、コピーと編集が繰り返されるだけでなく、「Internet Archive」や「Web魚拓」のように、削除したはずの情報もアーカイブとして勝手に保存されて無限に拡散され続けるので、ネガティブ情報が発動された時の病巣は深い。田村淳問題ネット批判の違和感 既存情報から都合の良い箇所だけ抽出し、本来の意図を超越して「炎上しそう(=アクセス数が伸びそう)」なタイトルや憶測キャッチで、「釣る」という仕組みは、今日のネットメディアのビジネスモデルを象徴するテクニックでもある。 しかし、このテクニックは、コンテンツ(=芸能人)の側が利用している場合もあるため、それを不用意に批判することができないという難しさもある。それに対し、ロンブー淳氏のような人気芸能人による、コンテンツの立場から正面切った問題提起の登場は、これからのネットメディアのあり方を考える上では貴重だお笑いコンビ、ロンドンブーツ1号2号の田村淳(左)と田村亮 自分たち(=芸能人やコンテンツ)も利用しているテクニックの負の側面を「ネットメディアの問題」として展開する指摘や批判は、ともすればブーメランとして自らに跳ね返る極めてリスキーな行為である。清涼飲料水のCMに出ているタレントが、清涼飲料水の有害性を主張するようなものだ。その是非はさておき、リスクを負ったロンブー淳氏の勇気は評価に値するし、何よりもコンテンツの側の発言としての信頼性も高まる。 その一方で、筆者としては、そんなロンブー淳氏らに見られる「コンテンツ側からの指摘」の中に、なんとも言えない違和感を感じることもある。なぜなら、「噂や憶測」の横行や二次情報記事、匿名による「闇討ち」といったロンブー淳氏のネットメディア批判が、いずれもネットメディアに限った問題ではないからだ。 マスコミ、特に芸能情報やゴシップというものは、ネット社会以前から、常に噂をきっかけに、書き手やメディアの側の憶測や恣意性によって「創作」され、「加工」され、「編集」され、そして「捏造」されてきたものである。誤解を恐れずに書いてしまえば、「噂と憶測のエンターテインメント」と言っても良いかもしれない。  例えば、江戸時代の大衆新聞である「かわら版」でも、1722年(享保7年)に幕府から「筋無き噂事」を記事にした読売(かわら版)の禁止令が出されている(「江戸町触集成」)。ようは、不確実な噂や憶測の新聞(かわら版)を売ってはならないという法令だが、こういった法令が出されたということ自体、そういう新聞が横行し、当時の社会問題になっていた、ということだ。「ネットで俺の悪口書くんじゃねぇよ」という次元 メディアによる事実の「恣意的な編集」や「意図的な誤解」、「逆張りの拡大解釈」などは、今に始まった話ではない。その誕生から、常にメディアはそうであり続けてきた。これは今日のテレビや新聞などでも少なからず当てはまることであろう。見方を変えてみれば、それがメディアの本質でもある。そしてネットメディアも例外ではない。ただそれだけのことだ。 もちろん、批判のテクニックとして「ルールや規制の有無は大きい」とか「既存メディアは匿名ではない」という既存メディアとネットメディアの違いを指摘することはできるかもしれない。しかし、それでさえ程度問題に過ぎない。 ルールや規制があろうがなかろうが、週刊文春の「文春砲」は放たれるのだ。学術論文やルポルタージュのような署名記事でもない限り、芸能情報やゴシップ記事は、よほど有名な芸能レポーターやライターでもない限り、事実上「匿名」のようなものだ。悪質なネガティブ記事の時だけペンネームを使うといったテクニックも日常茶飯事だ。もちろん、記名だから内容に信頼性が高まるわけでも、攻撃力が下がるわけでもない。*** ロンブー淳氏により展開されるネットメディアへの問題提起や批判は、いずれも「そういったネット社会の現実」を受け入れた上で、それとどう向かい合い、どのように使い、どうコントロールし、また、その中でどう振る舞うか、という今日コンテンツの側に問われている問題とも重なる。筆者としては、その部分こそが、今後のネットメディアを考えて上で重要な論点になってゆくと考えている。 既存メディアとネットメディアを対比して、ネットメディアとネット民の未成熟さを前提に論陣を張ったところで、「ネットで俺の悪口書くんじゃねぇよ」という次元を超えることはできない。 筆者自身、ネットメディアはもとより、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など、様々なメディアで発言し、情報発信をしてきた「コンテンツ」でもある。それが時に、ネットで意図的に悪意ある解釈をされて拡散されたり、想定外な一人歩きから批判されることもある。しかし「そういったネット社会の現実」を受け入れることも含めて、ネットメディアを利用した情報発信を選択することなのである。もちろん、「そういったネット社会の現実」を受け入れることができなければ、それでも良い。ネットメディアに関わらないコンテンツという選択肢だって不可能ではないのだから。 ロンブー淳氏には今後、コンテンツとしてのネットメディアの関わり方、向かい合い方について突っ込んだ発言していってほしいと期待している。人気芸能人であるだけに、他の人にはないリアリティがあるはずだ。

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    芸能コピペ記事は、テレビの「自己否定」そのものである

    バラエティも、テレビよりもネットで見るほうが自由度が高かったりする時代だ。面倒なのは、散らばっているメディアのブックマークの使い分けくらいだろう。 ヤフーニュースやLINEニュースなどでは、坂上忍さんやダウンタウンの松本人志さん、ビートたけしさんらが発したコメントがアクセスランキングに踊る。芸能情報ではなく総合ランキングまでも芸能が占めているのだ。それだけの視聴PV数を『タレント発言の記事化』が稼いでいる。 「タレント名」+「発言内容」=「インパクトのあるタイトル」というフォーマットのみで耳目が簡単に集められる。取材も分析も何もいらないのだ。ただ、テレビとレコーダーさえあれば記事は書けてしまう。「いつ、どの番組でそのコメントを発したのか」を明記すれば、芸能ジャーナリズムとしても成立する。 「最新急上昇ワード」や、「リアルタイム検索」を見ているだけで、テレビで、今何が起きているのかも掌握することができる。そして、「全録ハードディスクレコーダー」で番組やコメントを確認すれば1時間後には、れっきとしたニュースとして配信できる。テレビを見ただけで記事が書けるのだ。これはもはや、読書感想文よりも簡単で時間もコストもかからない。テレビを見ないまま流通するコメント テレビ局も、番組が話題になることはよいことだ。タレント側としても、テレビで発言したことが取り上げられることはよいことだ。広告スポンサーも話題になることはよいことだ。ヤフーニュースやLINEニュースに配信するメディア媒体も、自社にPV数が反映されるからよいことだ。しかし…。 かつて、テレビはメディアの王様だった。ゴールデンタイムのテレビ番組で、翌日、学校の話題は独占されていた。しかし、今日、テレビの母数としての視聴率には差があまりでないが、テレビの話題で独占されることは非常に少なくなった。そう、誰もが「共感するテレビの話題」がないからだ。 すでにスマートフォンでは、「なう」でソーシャルな話題に忙しい。昨日のテレビのことなんてどうでも良くなっているからだ。では、なぜ、タレントコメントがネットのニュースで話題になるのか。それは、テレビ番組を見なくても、タレントの動向がそのままネットの話題として流通しているからなのだ。 よほどの人しか、全録ハードディスクレコーダーでさかのぼってまで、テレビ番組を再視聴することはないだろう。そして、実際に録画を見ても、ネットのニュースコメントほど大したコメントではないケースの方が多い。 あくまでも、ネットニュースのコメントはタレントが何を言ったのかがわかるだけでよいのだ。それで、その場のネタとして消費できればよい。誰も、そのテレビ番組を見ないまま、タレントのコメントだけが、ただ流通しているにすぎない。 ネットニュースを見ているだけで、テレビで何が起きているかを察することができる。テレビを見ないでテレビでの内容が把握できるということは、ますます人をテレビから遠ざけてしまっているのではないだろうか。 本当にテレビ局が番組を見せたいと思うならば、TVerのような番組のURLのリンクを必ず貼らせるべきだろう。そして、回流視聴に期待するはずだ。ネットであれば、流入経路が掌握できる。しかし、視聴率に反映されないことはテレビ局は、あまりやりたがらない。テレビが自ら流入してくる努力を惜しむ間に、母数の変わらない視聴率でさえ稼げない時代が必ずやってくる。 ネットニュースでテレビの話題のシーンに回流させ、番組をそのまま再生できるようなフォーマットがなければ、テレビを見ないですむ習慣を、ますます増長させているだけだろう。結果として、芸能コピペ記事は、テレビ番組の自己否定につながる。

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    「広いメディア」と「深いメディア」という二つの選択

    徳力基彦(アジャイルメディア・ネットワークCMO、ブロガー) 2017年も、はやくも20日が過ぎ去ろうとしています。 2016年はDeNAのWELQ騒動を起点として、ネットメディアの倫理や信頼性に大きな問題提起がされた年となりました。 DeNAは騒動の結果、運営するキュレーションプラットフォームの全サイトを非公開化し謝罪会見を実施、1ヶ月以上経った今でも非公開化の状態が続いています。 さらには、ライターのヨッピーさんがサイバーエージェントグループのSpotlightへの糾弾をされていたり、NAVERまとめの削除対応を物議をよんだり、リクルートグループの運営メディアやKDDIグループの運営メディアが記事を削除する展開にもなり、多くの上場企業が運営するネットメディアにも様々な問題があったことが可視化されてしまいました。 現実的には、いまだに水面下で様々な問題がくすぶっている状態とも言えるでしょう。 こうした状況から、この年末年始は、さまざまなイベントでネットメディアに関わっている方々とお会いする度に今回の騒動が話題になる状況が続いていますが。 個人的に最も印象に残ったのが、インフォバーンの小林さんがおっしゃっていた「そもそもメディアなんてたいして儲からないのに、儲けようとする人がメディアをやるからああなるんだ」という趣旨の発言でした。 実際、ベンチャーメディア界隈の方にお話をお聞きすると、ここ数年DeNAやKDDIがベンチャーが立ち上げたメディアを高額で買収した流れが生まれたため、若手のベンチャー起業家に投資家側が、ネットメディアを光速で立ち上げて大企業に売る、というサイクルを推奨する傾向も一部にあったそうです。 現実的には、Google Adsenseとかアドネットワークの広告収入だけでは、ページビュー単価0.2円とかで大した収入にならないわけで、その収入だけでは個人が一人で運営するならまだしも、会社として複数の社員を雇用していくのは難しいわけですが。 とにかくネットメディアの立ち上げを必死に頑張って大企業の目にとまれば、数億円や数十億円で買収されるのが夢ではない、というプチジャパニーズドリームが出現したわけで、この数年多くの大企業が儲からないと嘆いていたはずのネットメディア事業に雨後のタケノコのようにベンチャーによる新規参入が相次いでいたのも、今考えるとなるほどそういう錬金術だったんだ、というのが正直な印象です。 で、そのバブルは今回のDeNA騒動で間違いなく泡と消えてしまったわけですが。 個人的に気になっているのが、今後のネットメディアはどういうところが生き残っていくのか、という疑問です。 丁度、来週開催されるYahooと日経新聞が共催している「Media×Tech2017」というイベントで「Yahoo!ニュースVS日経電子版:デジタル時代の勝者は」というパネルディスカッションのモデレーターをさせて頂く関係で、両社をサンプルに自分の考えをまとめたものを一旦公開してみたいと思います。「広い」か「深い」かにならないと生き残れない「広いメディア」か「深いメディア」のどちらかにならないと生き残れない 個人的に結論として感じているのが、タイトルに書いた今後のネットメディアは「広いメディア」か「深いメディア」のどちらかにならないと生き残れないのではないか、という仮説です。 まず「広いメディア」は、とにかく大勢の人たちに見られることを目指すメディアを意味します。 いわゆる「マス」を対象にしているメディアで、比較的ニュースのカテゴリーは多岐にわたり、基本的には無料で記事を公開することでできる限り大勢の読者を集めているのが特徴。 日本で言うと間違いなくこの「広いメディア」の代表は地上派のテレビ局でしょうし、ネットメディアで言えばYahoo!ニュースが代表格。 最近だとスマートニュースとかグノシーのようなスマホニュースアプリもこちらの「広いメディア」を目指しているメディアでしょう。 一方で「深いメディア」は、何か特定のカテゴリーにおいて深い情報や知見が得られるメディア。 象徴的なのは雑誌で、日経ビジネスや東洋経済はビジネスマンにとっての「深いメディア」だと思いますし、Numberはスポーツ好きのための「深いメディア」で、ベストカーは自動車好きのための「深いメディア」  こちらは「マス」ではなくある特定の「ターゲット」が明確なメディアで、ニュースのカテゴリーが偏っているメディアです。こちらは無料で公開されているものもありますが、「深い」がゆえに読者が有料でもお金を払ってくれるのが特徴というイメージです。従来のマスメディアは必ずしも「広いメディア」ではない メディア関係社の方からすれば、何を今更当たり前のことを、という話だと思うんですが、この分類で注意して頂きたいのはいわゆる従来の「マスメディア」=「広いメディア」で、「ネットメディア」=「狭いメディア」ではない点です。 従来のマスメディアとはテレビ、新聞、ラジオ、雑誌を4つのマスメディアを「4マス」と表現することが多くありました。 ただ、例えば雑誌は「マス」が対象のメディアではなく、読者のターゲットが明確な「深いメディア」だと思いますし、実は日経新聞も上記の定義で言えば「マス」メディアではなく、ビジネスマンターゲットの「深いメディア」の方に分類されるのではないか、というのが個人的な印象です。 こういうと日経新聞の方からすると、自分達は300万部の購読数がある「広いメディア」でありマスメディアだとおっしゃるかもしれないんですが、実はそれでも900万部近い販売部数を誇る読売新聞に比べると3分の1。朝日新聞と比べても半分以下です。 実は誰でも対象になる一般紙に比べると、当然ながら経済新聞は市場が狭いわけです。 ただ、ここで言う「狭い」ことは、メディアのビジネス上はネガティブな意味にはなりません。 日経新聞は経済誌という「狭い」カテゴリーに特化することで「深いメディア」であることが維持できています。だからこそ開始当初は誰もネット配信の新聞に月額4000円の契約なんてしないと批判された日経電子版で有料会員50万人という実績を達成することができているわけです。「広いメディア」と「深いメディア」は重要なことが全く違う「広いメディア」と「深いメディア」は重要なことが全く違う 「広いメディア」において重要なのは大勢の読者を集められていること。 大勢の読者を集めることができていれば、それにより広告収入を確保することができます。 テレビは全体的に視聴率が低下傾向にあるという議論もありますが、それでも視聴率10%とか20%は、1000万人単位の視聴者がテレビを見ていることを示しますし。 ヤフーは月間150億ページビューと驚異的なアクセス数を誇ります。 昔、ある広告主の方が「ヤフーに広告を出しておけばネットユーザーの90%以上に届くからネットは細かいところに広告出さなくても、ヤフーに広告出しておけば良いんですよ」と話されていたのを良く覚えています。 今はライバルも増えてそこまで圧倒的ではないかもしれませんが、それにしても他を寄せ付けないポジションにあるのは間違いありません。 米国のインターネットで日本のYahoo!と同様のポジションを取っているのはFacebookでしょう。 大統領選挙の結果にFacebookのアルゴリズムが悪影響を与えたことが議論されていますが、逆に言えばそれだけ大勢の米国民がFacebookを使っているということの裏返しであると言えます。 こうした「広いメディア」においては、一つ一つの記事の質よりもプラットフォームとしての場の力を保てているかどうかが重要と言えます。 一方で「深いメディア」において重要なのは、ターゲットである読者にとってのコンテンツの質です。 「広いメディア」においては、読者は「マス」なのでどちらかというとヤフーやFacebookのように他社からの記事提供を受ける形で自分達は読者への配信に特化して、自らは記事を作る必要はありません。もちろんテレビ局のように自らコンテンツを 作るケースもありますが、広いことが重要なのでコンテンツは借り物でもよいわけです。 ただ、「深いメディア」においては、その記事やコンテンツがそのメディアでしか見られないことが重要になります。 他で同じ記事が読めるなら、そのメディアに来る理由がなくなってしまうからです。 そうなると、当然ながら自分達の社内に専門の記者を配し、自分達ならではの記事を作ることが中心になります。仮に外部に記事執筆の依頼をするにしても、自分達の読者のための専門的な記事の執筆を依頼するはずです。 逆に言うと深いメディアの弱点は、コンテンツにコストがかかってしまう点にあります。そうすると通常のアドネットワークの収入だけではペイすることができず、通常は課金等の複数のビジネスモデルとの組み合わせが必須になってくるわけです。 NewsPicksがサービス開始当初は、記事にコメントするためのプラットフォームが中心の運営を行っていたのが、その後、有料会員でなければ読めない記事を軸にした有料メディアモデルにシフトしたのが象徴的と言えます。 経済メディアという分野で「広いメディア」としてのアプローチは明らかに読者数の観点から一般人全員を対象にできるプラットフォームに比べて分が悪くなります。でも、自らの経済メディアとしての独自記事を増やすことで明確に「深いメディア」としての特徴を強化する方がビジネス上は筋が良いわけです。参考:バカと暇人のものではないネット空間を作ることはできるのかWELQの作り方は「狭くて浅い」のではないかWELQの作り方は「狭くて浅い」のではないか こうしてみると、今回の騒動の起点になったDeNAの医療メディアであるWELQは、実は悪手の選択をしていたのではないかということが見えてきます。つまり、WELQのコピペによる生地の大量生産の作り方は明らかに「狭くて浅い」メディアの作り方です。参考:DeNAの「WELQ」はどうやって問題記事を大量生産したか 医療メディアという分野はたいして「広いメディア」ではありませんし、ネット上の他のメディアからコピペ引用で記事を大量生成するという手法は明らかに記事の質が低くなり「深いメディア」にもなりえません。 DeNAキュレーションプラットフォームの手法は、ある意味Googleという「広いメディア」の検索を自分達の流入ルートとしてハッキングすることで、擬似的に自分達を「広いメディア」として機能させ、大量生産の浅い記事でもメディアとしてスケールさせることに成功した手法といえるかもしれません。そういう意味では、Googleの敗北であるという指摘は納得感があります。参考:DeNA他キュレーションメディアが起こした“事件”は、検索エンジンが資本主義に負けたということ。 とはいえ、イタチごっこですから、どこかでGoogleがWELQ対策の手法を発見したら終了だったわけです。一方で、MERYとiemo以外はたいして儲かっていなかったという話も漏れ伝わってきますので、今は投資フェーズと言うことで大量記事作りに注力していたのかもしれませんが、遅かれ早かれこうした「狭くて浅い」メディアの作り方は破綻していた可能性が高い気もしてきます。 そもそも昔から日本においてはカテゴリーを絞ったネットメディアは収益をあげるのが難しいというのが定説でした。象徴的なのはB2Bのメディアでしょう。B2Cメディアに比べて、B2Bメディアは読者数が圧倒的に少なくなってしまうので、ページビューを元にしたアドネットワークの収入ではとても生きていけないわけです。そういう意味で、儲かるB2Bメディアを作るのは非常に大変だと良く言われます。 そういう視点で考えると、10のカテゴリーのメディアを一つ一つ浅いメディアとして運営していたDeNAキュレーションプラットフォームは、構造的に無理を抱えていたように思えてきます。MERYは「深いメディア」として成功しつつあった ただ、逆に言うと、ここで興味深いのはMERYの成功です。DeNA騒動でMERYが閉鎖した後、MERYロスという言葉に代表されるようなMERY読者の嘆きが話題になりましたが、実はMERYはビジネスが軌道に乗る過程で女性誌の編集者を多数採用していたそうで、「狭くて浅い」メディアから「深いメディア」への転換に成功しつつあったようです。参考:MERYは何が“特別”だったの?愛読者に聞く 特に広告主にとって大きかったのはMERYが他のネットメディアでなかなかリーチすることができていなかった20代女性へのリーチ手段を提供していた点だそうです。 つまりMERYは20代女性にとっての「深いメディア」になりつつあったということでしょう。 実はDeNAキュレーションプラットフォームでは、コピペ手法に頼らなくても、既にそうした手法から卒業するための出口をMERYで見つけていたはずなんです。 最近では、ネイティブアドの普及がバナー広告が収益源として厳しい「深いメディア」にとって、課金と並ぶ新しい収益源になることが明確になっています。 MERYが再開することができれば、きっとネイティブアドを軸に質を重視したメディア運営に明確に舵を切ることができるはずですし。 DeNAキュレーションプラットフォームが今後再起することができるのであれば、是非最初から編集部の人材に投資をして、質の高い「深いメディア」を複数立ち上げ、MERYで学んだ成功の方程式をコピペを使わないやり方で再現することに挑戦してほしいと感じているのは私だけではないのではないかなと思います。「広いメディア」と「深いメディア」は最終的に衝突するのか「広いメディア」と「深いメディア」は最終的に衝突するのか ちなみに、そんな中、個人的に興味深いのが、なんだかんだ「広いメディア」と「深いメディア」はそれぞれ最近は衝突する方向に向かって動きつつあるように思える点。 ネットメディアにおける「広いメディア」の代表であるYahoo!ニュースは、この記事を書いているYahoo!ニュース個人のような取り組みで、自分達にしかない記事の生成に挑戦していますし、最近はYahoo!ニュース編集部による特集記事も目に見えて増えています。参考:特集 - Yahoo!ニュース 「広いメディア」として成功すれば、深い記事を作ることにも挑戦することができるわけです。 一方で「深いメディア」の代表として電子版での課金に成功しつつある日経新聞も、ウェブ版や様々なカテゴリーごとのウェブメディアを立ち上げることに挑戦しています。参考:NIKKEI STYLE|ライフスタイルに知的な刺激を 「深いメディア」として成功すれば、対象となるカテゴリーを拡げていくことにも挑戦することができるわけです。 はたして「広いメディア」と「深いメディア」どちらのメディアの作り方がこれからのネットでは強いのか。Media×Tech2017 来週のヤフーさんと日経さんとの議論では、そのあたりを深掘りしたいと思っていますが、異様に記事が長くなってしまったので、今日のところはこの辺で。(イベントに参加される方で、両社に質問がある方は、是非こちらにコメントでお寄せ下さい。) いずれにしても2017年は2016年の反省を活かし、コピペではない様々な新しい「深いメディア」がコピペメディアを淘汰していく流れになることを期待したいと思います。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年1月20日分を転載)

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    組織の「やらかし」と情報リテラシーの微妙な関係から何を読み解くか

    山本一郎(個人投資家・作家)まとめサイトの無断転用等の問題を受け会見したディー・エヌ・エーの(左から)小林賢治経営企画本部長、守安功社長、南場智子会長=2016年 12月7日、東京都渋谷区 山本一郎です。記事のタイトルだけ読んで分かった気になる派です。 ところで、ネットでニュースを閲覧することが習慣になっている人間にとって「情報リテラシー」というのは絶対に無視することのできない大切な価値観であると思うのですが、普通に社会の中で生きていく上ではそれほど重要ではないかもしれないと感じさせる出来事がありました。 例えば、ネット上で情報を扱う際にトラブルの種となりがちな「引用」についてですが、日本でもっとも成功している事業者の一つであることは間違いないであろうLINEの上級執行役員を務める方が以下のようなコメントをされていて、なるほどなあと妙に感心してしまいました。 「お前が言うな」の声も想定していた――キュレーション騒動を受けてNAVERまとめが新方針を打ち出した理由(TechCrunch 17/1/10)引用される、されないの定義に関しても、どこの誰かは分からない人に引用されているから権利者は怒るのであって、ネット界隈で有名な人に引用されたら「ありがとうございます」となるのではないでしょうか。出典:TechCrunch 何というか、この「ギリギリ分からなくもないんだけど、そこでそう開き直り方をするのか」という雰囲気はどうしてもしてしまいます。 そもそも引用というのは、有名人にされれば「ありがとうございます」と思わず感謝したくなるほどうれしいものだったんでしょうか。個人的にはこれまで一度もそんなふうに思ったことがありませんでした。もちろん、自分の書いたものや意見が拡散されるという意味では嬉しいですが、なんか剽窃や盗用だとなれば話は別ですから、あんまりそこが混同されるとモノを書く側としては困ります。世の中の人の多くがそう感じているのであれば、文化庁が引用の定義で示している「引用物が主従関係の従になるべき」という見解を逸脱したような行為が横行するNAVERまとめは社会的にはまったく問題ないということになるんでしょうか。 LINEの中の人はさらに踏み込んで検索エンジンのあり方についても問題提起されておられまして、このあたりも2017年の情報リテラシーを考える上でのポイントなのかもしれません。Googleというと語弊があるのですが、「検索」になりたいんです。コンテンツを必要としている人とコンテンツを持っている人をいかにつなげるか、ということなのです。 一連の騒動で少しだけ違和感があるのは、検索エンジンについてどう考えるかということです。(中略) ロボットは良くて、ロボット以外がはダメな理由(まとめが検索サービスと認められない理由)はそもそも何だったのかと。出典:TechCrunch 単なる乱暴なコピペ行為が実は新たなネット検索の礎になるということなのでしょうか。色々と考えさせられます。何かこう、Googleなど検索サービスがコンテンツをキャッシュして適切にユーザーと情報を繋いでいくために必要な技術やリソースだけでなく、思想や行動様式なども合わさって「信頼」なんだろうと考えると、いまそれをNAVERまとめ率いるLINEが言ってしまうというのはモゾモゾするものを感じます。行政府でも起きたメール誤送問題 さて、もう一つの話題は、日本の情報リテラシーの大きな権威であるべき行政府で電子メールの誤送信があったという件。 文科省、人事異動案メール誤送信 省内一斉で(日本経済新聞 17/1/10)同省では年明けからメールシステムが切り替わり、操作に習熟していなかったことが原因とみられる。松野博一文科相は閣議後の記者会見で「チェックが足りなかった。再発防止に努めたい」と話した。出典:日本経済新聞 決して起きてはいけない事が起きてしまったということですが、こうした事故はどこの組織でも起きる可能性はあるわけでして、文科省が提案する今後の再発防止策は国民すべてにとって大きな指針となり得ます。で、どんな対策が出されたかというと、これが本当に素晴らしいものでした。 「今後、機密情報は紙で」文科省のメール誤送信対策に驚きの声、話を聞いてみた(The Huffington Post 17/1/10)--再発防止策として今後はどのようにされるのでしょうか。 人事情報などの秘密保持を要する情報は、メールを使わないようにして紙や口頭でのやり取りに切り替えます。--メールから紙にするのは時代遅れでは?という声もありますが…。 秘匿性の高い情報について取り扱うため、現状でできる改善策としては、それが一番良いのではないでしょうか。出典:The Huffington Post なるほど、やはり大切な情報のやりとりで電子メールなんてものは使ってはいけなかったんですね。もちろん、昨今の機密情報を扱うビジネスにおいては、なるだけファイル類をメールに添付しないで事故を防ぎましょうという流れになっているのは事実です。また、真の意味での機密情報はデータはもちろん手書きメモも残すなという方法論はどこの国、どの社会でもあります。ロシアにいたっては、機密情報保持のために専用タイプライターを作る話もありますし、アメリカの情報部門は伝統的な情報伝達の方法をいまなお堅持しています。 しかしながら、機密と言いつつも日常的に使うであろう人事データが紙に移行してしまうというのはやりすぎではないかと思ったりもします。今回の文科省でのメール誤送信の原因は既に「職員が操作に慣れていなかったこと」だと明らかになっているわけですが、以前もどこぞの庁で協力者名簿が流出してしまう「事故」があったわけですけど、つまりはそんな事故が簡単に起きてしまうようなシステムはダメということです。 なんといいますか、情報リテラシーとは何なのか? 今年は色々と大きな契機なんだなあとシミジミ感じ入る次第です。(「Yahoo!ニュース個人」より2017年1月11日分を転載)

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    WELQ騒動以降も粗製記事を出し続ける中小メディアの本音

     IT大手ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営する医療情報キュレーションメディア「WELQ」で不正確な記事や著作権無視の転用が発覚したことを発端として、同社のサイトが続々と休止に追い込まれたが、この騒動を受けて他社が運営するキュレーションメディアでも、過去に掲載した記事の削除や記事作成ガイドラインの見直しなどが進んでいるのだという。某キュレーションメディアの編集に携わるA氏(20代)が明かす。 「今回の騒動で、私たちのメディアでも執筆マニュアルの変更など対応に追われました。特に気をつけるよう指示が出ているのが画像利用です。これまでは海外の画像投稿サイトから無断で転載することもありましたが、今回の一件を受けて、自分たちで画像作成をするという方向にシフトしました。 また記事執筆についても、これまでは正直、著作権的にグレーな記事も散見されたのですが、完全にオリジナルな記事を執筆するように方針変更しています。特にダイエットや美容などのヘルスケア領域の記事は、従来よりも出典の明記を強化するよう指示が出ています」(A氏) こうした対応に追われるメディアがある一方で、これを好機と捉えている中小メディアもあるという。現在、美容系のキュレーションメディアを運営しているB氏(30代)は、今回の騒動の影響について以下のように語った。 「正直、今は大きなチャンスが来ていると思っています。メディアとして稼ぐためには、Google検索結果のトップページに表示させるためのSEO対策が何より重要。もともと投下できる資本の量が桁違いなので、これまでは競合分野の検索上位は常にDeNAのキュレーションメディアが占めていました。 しかし『WELQ』炎上から、大手メディアが軒並み記事を非公開にしたことで、自分が運営しているような小規模キュレーションメディアでも上位表示されるようになり、PVが爆増しました。正直10倍ほどに膨れ上がっており、広告収益も増えています」(B氏) とはいえ話を聞くと、B氏が運営するメディアもまた、「WELQ」などと同様、その信憑性に疑問符がつく記事が少なくないのだという。今回の「WELQ」の騒動はマイナスにならないのだろうか。B氏はこう語る。 「ここだけの話、大きな方針転換はしていません。サイトの炎上を回避するためにより巧妙なコピペ対策や記事執筆マニュアルの改正を行っている現状です。ライターとの意思疎通も徹底して信頼関係を築いていますし、悪いことをしているという意識はないですね。そのため、ある程度の期間は安定した収益を維持しながらしのぐことができると考えています。 ただしキュレーションの印象も悪くなっているので、このビジネス一本ではキツい。DeNAのメディアが復旧するまでの間に、キュレーションメディア以外の新しい事業を考えたいと思っています」(B氏) 大手メディアほど自浄作用が期待できる反面、中小メディアの中にはまだまだ利益優先で信頼性の低い記事を出し続けているところもあるようだ。「WELQ」炎上をきっかけにしたキュレーションメディアを巡る騒動は、まだ完全に終結したわけではない。■ 紗栄子 ローションドロドロ誕生会、費用は1000万円■ 高橋由美子 「生々しくてヤバい」写真集の秘蔵カット■ 炭水化物抜きダイエット実践の愛子さま「摂食障害」の指摘も■ 元アナ徳永有美 「いちばんの勝ち組」と囁かれる理由■ SMAP、最後の歌収録 中居正広は嗚咽を漏らした

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    WELQ騒動 記事に愛がないIT企業、プロの編集者が少ない

    。もし間違った内容を書いても、記事を削除すればいいぐらいにしか考えずに、十数年もやってきた。 ネットメディアが乱立してきたので、編集の訓練をされている“プロの編集者”がそもそも少ない。著作権も肖像権も差別用語も薬機法も知らないまま、サイトの責任者をやっている人も多いんです」 DeNAがサイトを閉鎖した後、他のIT企業が運営している同じようなサイトでも同じようなトンデモ記事が見つかり、こっそりと次々に削除されている。ネット拝金主義の“バカの壁”は高い。 「デマサイトに騙されて健康を害さないようにするためには、医療機関や大学など、運営者が明確なサイトだけを信用するしかありません」(前出・中川氏)関連記事■ お金のかからない最高の医療を受けるために医師が提言した本■ 祝ノーベル賞! iPS細胞の基礎から可能性までが分かる本■ 医療崩壊現場が舞台の『チームバチスタ』著者・海堂尊作品■ 薬害エイズ事件の川田龍平議員が医療の問題点を問い直した本■ 保険CMの「月々たった○○円、一生涯にわたって…」は本当?

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    テロを知らない日本人でもよく分かる「共謀罪」議論の核心

    主張するところのこのテロ等準備罪に関する組織犯罪処罰法の改正案である。 これが過去の経緯を踏まえて、メディアや野党によって「共謀罪」と呼称されていることは周知の通りであるが、これも繰り返されてきた「いつか来た道」である。これまでも通信傍受法は「盗聴法」と呼ばれて批判され、平和安全法制も「戦争法」と揶揄された。いずれも組織犯罪に対するインテリジェンス、国際安全保障におけるグローバル・スタンダードへの適応には不可欠な法整備であったにもかかわらず、極めてドメスティックな、レトロスペクティブな志向によるラベリングによって、本来なされるべき議論と合意形成が阻害されてきたという不幸な歴史が繰り返されている。 通信傍受法も、特定秘密保護法も、平和安全法制も、完全な法体系ではなかったかもしれない。本来、国会ではその法案の不備が議論され、修正される過程の中で、政府による説明責任が果たされ、より広い合意形成がなされ、よりよい法体系が構築されるというのが、議会制民主主義の理想である。テロ等準備罪の創設に反対する民進党の泉健太衆院議院運営委員会理事=2月16日午後、国会内 しかしながら、特定秘密保護法も、平和安全法制もこうしたラベリングによって「廃案ありき」が前提の野党や一部メディア報道によって、十分な議論が尽くされないまま、十分な修正が施されないまま、与党の数の論理により不完全な形で成立してきた。このパターンが、今回の組織犯罪処罰法の改正においても繰り返されようとしている。われわれ日本人はまずこの「負のらせん構造」から脱却しなくてはならない。常に問題となるテロ等準備罪の「等」 当然、この組織犯罪処罰法の改正案も完全なものではなく、検討すべき問題が含まれている。この組織犯罪処罰法が、これまでの歴史的なコンテクストとは異なり、テロ対策の文脈で運用されることが、本来議論すべき論点の一つであるが、これは戦後の日本が法体系の中で例えば「テロ対策基本法」のような形でテロリズムというものを規定してこなかったことに起因する。1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件でさえも当時の日本ではテロリズムではなく、治安犯罪としての「事件」として扱われたのである(※注1)。このテロ対策後進国である日本において、これまでの歴史的コンテクストの中で扱われてきた「組織犯罪」に、現代的なテロリズムという問題がなじむのか、このねじれた状態の中で根本的な問いに立ち返る必要がある。 同時にこの組織犯罪処罰法の改正案が戦後の日本の法体系における特性から大きく一歩を踏み出し、逸脱する側面は否定できない。その最も大きな論点は、これまで処罰の対象を、違法な「行為」に限定してきた刑法の体系から、違法行為の計画段階で処罰することを目的としているという点である。危機管理上、テロ対策で重要であるのは、テロリズムに起因するテロ事件を未然に防止することである。テロ対策では、テロを防止するために計画段階でテロ組織を拘束できることが望ましく、イギリスのテロ対策を筆頭に欧米の法制度において広がりつつある(※注2)。 そして、法制度において常に問題となるのは「テロ等準備罪」でも使用されている、この「等」の表現であり、この「等」に含まれる範囲の曖昧さに、運用における危険性が残されるという指摘である。運用の恣意性を排除するために、「組織的犯罪集団」をどのように規定するか。「準備行為」の範囲をどこまでとするか、「実行準備行為」において、どこから実行とみなすか、その基準の明確化が求められる。2月に入り、組織犯罪処罰法改正案の審議において政府は、犯罪の合意があっても実行準備行為がなければ逮捕できないとの統一見解を示した。味の素スタジアムで記念撮影する、各国・地域の国内オリンピック委員会の視察団=2月6日 テロリズムのための道具の準備、資金の準備を把握するためには、準備行為を監視し、実行準備行為を捕捉しなくてはならない。そのためには通信傍受によるシギント(SIGINT)、情報衛星や監視カメラなどによるイミント(IMINT)などのインテリジェンス活動の強化が求められる。そこで課題となるのは、テロリズムを防止するための「安全・安心」の価値と、テロ対策によって影響を受ける「自由・人権」の価値のバランスをどうとるかという問題である(※注1)。国民の「自由・人権」を守りながら、テロ対策を実行するために、リベラルで民主的な危機管理をどう構築していくか、これが最も重要な課題である。 2月に入り、NHKが実施した世論調査の結果、テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案をめぐり、これらの法整備が必要だと思うかという問いに対して、「必要だと思う」という回答者が46%、「必要ではないと思う」という回答者が14%という世論の動向が明らかとなった。2020年の東京オリンピック・パラリンピックをひかえた日本が、欧米のテロ対策先進国が世界に求めるテロ対策のグローバル・スタンダードに対して、どう対応するのか、世界が注目している。【引用文献】※注1 福田充『メディアとテロリズム』(新潮新書、2009)※注2 福田充『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会、2010)

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    藤岡信勝が「しんぶん赤旗」を2週間読み続けて分かったこと

    藤岡信勝(拓殖大学客員教授)雑報の寄せ集めの日刊紙 日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』の1月11日付から23日付までを読んだ。この間に日本共産党第27回大会があり、中央委員会報告など大会関連文書を読むのが目的でもあった。ここでは、党大会の話に行く前に、『しんぶん赤旗』の感想を書いておきたい。 まずページ数が16ページで、その厚みは朝日、読売などの夕刊と同じような感触である。ページ建ては、真ん中あたりに「学問・文化」というロゴのついた文化面があり、続いて生活面、スポーツ面と来て、最終ページはテレビ・ラジオ面という普通の日刊紙の構成と同じである。国際面らしきページもある。党勢拡大を扱った面があるのは政党機関紙、特に共産党の特徴だ。 ただ、分からないのは、それ以外のページのカテゴリー分けがどうもハッキリしないことだ。その他の国内記事は、どういう基準で各ページに割り振られているのかが見えない。読んでいて頭の整理がつかない。 紙面全体を流れる一貫したメッセージが感じ取れない。散漫で、雑報の寄せ集めという印象である。何のキャンペーンも展開されていない。これは軽い驚きで「商業紙」の朝日、産経のほうが、よほど「主義」がハッキリしている。 一言でまとめると、『しんぶん赤旗』は魅力がない。これを熱心に読んでいる党員は、これで運動団体のリーダーとしての役割を果たせるのだろうかと心配になる。野党共闘に有頂天 日本共産党は、1月15日から18日までの4日間、第27回党大会を開催した。主要な大会関連文書は、(1)大会決議、(2)中央委員会報告、(3)志位和夫委員長の結語、の3つである。大会決議案は2カ月前に公表され、下部組織の討論と大会での代議員の討論で質問や意見が出され、それを受けて若干の訂正や補強がなされて確定文書とされた。大会決議案の採決が行われた共産党大会最終日=1月18日、静岡県熱海市  この大会で最も強調されたことは、日本共産党を「含む」野党共闘の成立である。昨年、2016年7月の参議院選挙で、日本共産党を含む野党統一候補が実現した。これを大会決議は、ベルリンの壁の崩壊になぞらえて、「日本共産党を除く」という「壁」が崩壊した、と表現した。 1980年の「社公合意」以来、この「壁」がつくられ、国会でも野党協議などの対象から除外されて蚊帳の外に置かれていたのであるが、2015年の安保法制反対運動のころから野党共闘の流れが出来、翌年の選挙協力にまで結びついた。これを共産党は最大限に評価し、日本政治の新しい動向として強調している。日刊の赤旗は廃刊の可能性も とりわけ、今回の党大会で最も画期的なことは、日本の他の野党が党大会に来賓として挨拶に来たことである。これは1922年の党創立から初めてのことだとして、有頂天の喜びようである。民進、自由、社民3党の幹部が初めて来賓として出席した共産党の第27回党大会=1月15日、静岡県熱海市 党大会に来賓として挨拶に来た野党の代表者は、安住淳(民進党代表代行)、小沢一郎(自由党代表)、吉田忠智(社民党党首)、糸数慶子(沖縄の風代表)の4人である。このなかで、共産党との共闘に最も積極的なのは、小沢一郎であるといわれている。 ともかく、「壁」が崩れたという比喩表現のなかに、共産党の喜びようが実感として現れている。「統一戦線戦術」の恐ろしさ  共産党が、社会主義・共産主義の社会を目指す革命を行うという、本来の主義・主張を棚上げして、他の政党・政派と共同行動を取ることは、世界的な共産党組織であるコミンテルンが1935年に取り入れた「統一戦線戦術」といわれるものである。この戦術の発想はレーニンにもあったが、本格的な方針として実践されたのは右のコミンテルン大会以来であった。 この戦術は、共産党と国民党が「抗日」で手を組んだ中国において顕著な成果を挙げた。しかし、目的を達成するとともに、国民党は追放された。つまり、統一戦線とは、少数派の共産党が、その他の勢力の力を利用して政権を取る手段なのである。実際、死にかけていた中国共産党は、国共合作によって生き返ったのだ。 今、共産党は党員の減少と高齢化、機関紙の減紙に苦しんでおり、日刊紙の廃刊まで取りざたされている。もし、日刊紙が廃刊されれば、レーニンが「イスクラ」という新聞をロシアに送り込んで共産主義を組織した新聞という媒体が放棄されることであり、コミンテルン型共産党の終焉となるのだが、共産党が大会決議で提唱している「野党連合政権」の一角を占めるようになれば、起死回生の展開となる。 他の政党は安易に共産党の呼びかけに応じることは、自らの首を差し出す行為であることを、歴史に学んで考え直すべきだ。

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    「しんぶん赤旗」をひたすら読んでみた

    113万部。先ごろ開かれた日本共産党大会で公表された機関紙「しんぶん赤旗」の発行部数である。最盛期には発行部数350万を超えていたというから、その影響力の大きさは決して侮れない。いったい赤旗とはどんな新聞なのか。このテーマを読めば、知られざる真実がよく分かる、かも?

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    43年間購読する私が「しんぶん赤旗」に感じた戸惑い

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 大学1年生で「赤旗」の購読を開始し、すでに43年。その間、忙しい時も病気の時も、1号も欠かさず読んできた(最近はあとでまとめ読みすることも増えたが)。読者としていろいろ注文はあるけれど、ここでは1つだけ述べておきたい。野党共闘の時代における「赤旗」は、共産党のなかに存在する多様な個性を映し出すものになるのが望ましく、そうでないと共闘も本格的には実らないのではないかということである。日本共産党党大会の会場に置かれた党機関紙「しんぶん赤旗」=1月15日、静岡県熱海市(酒巻俊介撮影) 「共産党には個性がない」とよく言われる。それは、ある意味では正しく、別の意味では正しくない。 個性のなさを指摘する人の多くは、「赤旗」を見たり、議員や候補者の演説を聞いてそう感じるのだろう。それなら当然だ。「赤旗」は共産党の見解を伝えるものであって(議員や候補者の演説も同じだ)、共産党の見解が特定の問題について2つも3つも存在するなんてあり得ないからだ。 ただし、個々の共産党員の見解が、常に共産党と一致しているかというと、そんなことはあり得ない。30万人もいるのだから、これも当然だろう。 ただ数が多いからというだけではない。党員の多くは団塊の世代に属する。若い頃は学生運動で、その後は労働運動などにおいて、自分の頭で考え、行動してきた世代である。新しい問題が生じたとして、共産党が見解を発表するまでは自分で考えないということはあり得ず、その結果、いろいろな問題で独自の認識に達するのは自然なのだ。 それが結果として共産党とは異なる見解になることもあり得る。だから自由な意見交換ができる共産党の集まりに参加すると、それぞれの個性が豊かなことには、誰もが驚かされるだろう。若い党員だって、過去のいきさつに縛られない分、自由で豊かな発想をしている。 例えば中国に対する評価などは、30万人が一致するなどということから、もっとも遠いところに位置する。共産党の綱領は中国を「社会主義をめざす国」と規定しているが、研究者を含む党員のなかでは、中国を社会主義だとみなす人もいれば、資本主義だと疑わない人もいて、激しい論争がある。また、党員の少なくない部分は、綱領の規定にもかかわらず、中国を社会主義だと国民に説明することに躊躇する傾向がある。個人の著作では大胆な見解を表明する不破哲三氏 そう説明してしまうと、日本の共産党が最後に目指しているのも社会主義だから、中国のような社会をめざしているのかと国民から思われるのは避けらないからだ(違うと説明しても避けられない)。そういう難しさがあるので、共産党のそれなりの地位にいる人が、「『めざす国』ということは現在はまだ社会主義ではないという意味だから、国民に対して中国は社会主義ではないと堂々と説明していいのだ」として、党員を励ましたりすることもある。2016年7月、参院選山梨選挙区に野党4党の統一候補の応援のため、街頭演説を行う共産党の不破哲三前議長 個々の党員だけではない。例えば不破哲三氏なども、個人の著作では大胆な見解を表明することがある。『激動の世界はどこに向かうか』(2009年)という著作では、共産党が存在しない国でも社会を変える動きがあることについて問われ、マルクスが高く評価したパリ・コミューン(1871年)にはマルクス主義者がほとんどいなかったことを指摘しつつ、「マルクス主義者やその党が指導しないかぎり、革命はありえないとか、社会主義への意義ある前進は起こらないなどといった独断的な前提は、(マルクスには)みじんも見られません」と述べている。 それだけだったら事実の紹介に過ぎないが、その上で、現在においても、「共産党がいないところでも新しい革命が生まれうるし、科学的社会主義の知識がなくても、自分の実際の体験と世界の動きのなかから、さまざまな人びとが新しい社会の探究にのりだしうる」と一般化しているのだ。日本で共産党が退潮し、消滅しても革命が起きるのだろうかと、戸惑いを感じた党員もいたことだと思う。こうした見解が「赤旗」に掲載されるのは難しいのではないか。 中国問題に戻るが、中国が本当に社会主義をめざすと言えるのかについて、実は共産党だって慎重な見方をしている。すでに3年前の大会で、「(中国に)覇権主義や大国主義が再現される危険もありうるだろう。そうした大きな誤りを犯すなら、社会主義への道から決定的に踏み外す危険すらある」と指摘していたのだ。 そういう見方を提示したとはいえ、「赤旗」の立場は最近まで、「中国は社会主義をめざす国」というものだった。そして、社会主義は共産党のめざすのと同じものだから、中国を批判するような報道も、ほとんど見られなかった(中国の覇権主義と真正面から闘っていた20世紀後半は別だが)。「赤旗」が党の見解を述べるものであり続ける限り、それは避けられないことなのだ。 しかし、この1年ほど前から、少しずつ変化が見られるようになる。例えば核問題について言うと、それまでは中国は核廃絶を実現する立場に立っていると評価してきたが、この間、核廃絶の「妨害者」になっているという論評もあらわれた。そして今年1月の党大会では、「少なくとも核兵器問題については、中国はもはや平和・進歩勢力の側にあるとはいえない」と断言するに至る。南シナ海、東シナ海の問題でも、「力による現状変更をあからさまにすすめている」として、「国際社会で決して許されるものではない」と批判した。 さらに、この党大会では、「中国に、大国主義・覇権主義の誤りがあらわれている」と規定した。3年前の大会の見地からすると、「社会主義の道から決定的に踏み外す危険」があらわれているということになる。実際、この党大会では、それが「現実のものになりかねない」と、中国に向かって「警告」しているのだ。 要するに、中国に対する否定的な見方が、共産党全体のものになりつつあるということである。これまでも個々の党員のなかではそういう見解が多かったわけだが、それが共通の認識になっているということだ。共産党も多様性を見せよ 問題は、こうした共産党の変化は、共産党を外から見ている人たちにとっては、つまり主に「赤旗」を通じて共産党を見る人たちにとっては、ある日突然訪れるということである。そしてその人たちの目には、ある時期までは共産党は一致してこう言っていたのに、ある日を境に一致して別のことを言うようになったと映ることである。これがまた、「一枚岩だ」「共産党の見解が180度変わると、上から下まで一挙に変わる」として、ある種の不気味さを持って受けとめられることになる。2016年4月、熊本地震の対応をめぐり行われた安倍晋三首相(右)との党首会談で握手を交わす、共産党の志位和夫委員長(斎藤良雄撮影) モノトーンの考え方だと見られることは、政党にとっては不利なことである。今度の大会決議で、共産党は自民党を次のように批判している。 「安倍政権のもとで自民党は、かつての自民党が持っていた保守政党としてのある種の寛容さ、多様性、自己抑制、党内外の批判を吸収・調整する力を失い、灰色のモノクロ政党=単色政党へと変質した」 多様性がない単色政党は批判されるべき対象なのだ。だったら共産党も多様性を見せることに力を入れるべきだろう。 私が「赤旗」に期待するのは、1ページでいいから自由投稿欄を設けることである。その他のページは共産党の公式見解を述べるものであっていいから、自由投稿欄だけは公式見解に左右されないものを掲載することである。 そのことによって、多くの人は、共産党のなかにも多様な見解が存在していること、共産党がモノクロ政党でないことを知ることになるだろう。同時に、そういう多様性にもかかわらず、幹部がばらばらに行動するような無責任な政党ではなく、政党としてまとまった見解を持ち、一致して行動をしていることも理解するだろう。 それは共産党への支持を広げることになると感じる。共闘相手の他の野党にとっても、「自衛隊を認める党員もいるのだ」とか、「いまだに天皇制廃止論者がいるんだ」などが伝わることは、共産党も自分と同じような多様性を持つ党だという理解につながり、日常の付き合いにもいい影響を与えるはずだ。不破氏のように個人の著作を出せない共産党員にとっても、同じ意見を持つものの派閥(分派)をつくらないで意見を表明できるようになるわけで、党の活性化につながると思う。 志位和夫委員長は、1月の党大会における報告で、「『多様性』は『弱み』ではなく、『強み』とすることができる」と述べた。これは多様な考え方を持つ野党の共闘に関してのものだが、共産党自身も多様性を「赤旗」で見せることによって、自らを強くすることができるのではないだろうか。