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    辻元さん、あなたに安倍総理と同じ「悪魔の証明」ができますか?

    安倍宏行(Japan In-depth編集長) 「森友学園問題」で連日にぎわっている国会だが、正直、国民の多くは興味を失っている。というか、野党の攻撃にうんざりしているというのが正直なところだろう。わが社の学生インターンまでこの国会の体たらくに怒りを隠さない。いわく、「いつまでこんなことを続けているのか?」。 民進党の辻元清美元国土交通副大臣に「ブーメラン」が飛んだ。もともとは安倍晋三首相が3月28日の参議院決算委員会で、籠池泰典前理事長が安倍昭恵首相夫人から100万円の寄付を受け取ったと証言したことについて問われ、寄付を否定した上で、籠池氏が証明するべきだとの立場を示したことに端を発している。安倍首相はその時こう答弁した。 「たった2人きりで渡した、渡さないとなれば、こちらは渡していないということについては、証明しようがないのは常識。いわば『悪魔の証明』といわれている」2月17日、衆院予算委で質問する民進党の辻元清美氏(斎藤良雄撮影) その後、安倍首相は、森友学園が運営する幼稚園への「侵入疑惑」などを否定する民進党の辻元議員について「御党の辻元議員との間にも同じことが起こっている。辻元議員は、メールの中で書かれていたことが、きょう産経新聞に『3つの疑惑』と出ていましたね。これ、一緒にするなとおっしゃっていますが、そんなことがなかったと辻元議員は真っ向から否定しているわけです。これも証明しなければいけないことになるわけです」と述べた。 安倍首相はこの「悪魔の証明」というレトリックが好きなようだ。2016年2月3日の衆議院予算委員会の場で、甘利明前経済再生相の現金授受問題に関し、TPPなどの政策が政治献金で左右されていたのではないかとの可能性を指摘した民主党の岡田克也代表(当時)と以下のやりとりがあった。岡田「首相が本会議場で安倍内閣の政策が、政治献金で影響を受けることはないと断言されたから言っている。断言された以上は、その根拠を示さなければならないのはあなたではないか」安倍「ないことをない、と証明するのは『悪魔の証明』だ。あるんだ、と言うんだったら、あるということを主張している側に立証責任がある。当たり前じゃないですか。私はないものについてはないと言う以外はないじゃないですか」「森友問題」が「籠池問題」にすり替わり 野党の追及に対し、総理は「悪魔の証明」という言葉を使うことが多いようだ。その是非はともかく、今回期せずして野党の辻元議員に説明責任が生じた格好だが、もとはといえば民進党の国会対策の稚拙さがなせる業である。「森友学園問題」は土地取得の経緯、特に大幅なディスカウントが行われた経緯の不透明さがそもそもの始まりだったはず。それが籠池氏を国会に証人喚問したものだから、いつの間にか「籠池問題」にすり替わってしまった。 今の焦点は昭恵夫人が100万円の寄付をしたかしなかったかとか、辻元議員が嘘をついているかどうかとか、本題から外れた議論で「場外乱闘」状態となっている。今後、籠池氏の告発やら、昭恵夫人や夫人の元秘書らの証人喚問などということになれば、国会の権威は地に堕ち、国民はあきれるどころか失望するだろう。早晩、この問題を正常な議論に戻すべきだ。 森友学園周辺の土地は沼地であり、長年ごみが大量に捨てられていたという。だから廃棄物処理をしなければならないということと、その費用を国が負担することに大きな違和感はない。しかし今回のケースは、国有地払い下げの金額が極めて格安で、貸借の契約から購入するまでのプロセスが異例な形を取っていた。したがって、財務省や国交省を中心とした契約の中で政治的圧力があったのではないか、との疑惑が持ち上がったのだ。 また、森友学園の隣の(市有地にある)野田中央公園は、確かに額面は約14億2千万円だが、国庫補助金、特別交付金が約14億円入っており、豊中市が実質負担したのは約2千百万円だった。この問題について民進党は当初全く触れずに「隣の公園は14億円、森友学園は1億円」と追及していた。巨額な国庫補助金や交付金が出た経緯と理由をしっかりと追及していたら、国民の見る目も違ったのではないか。学校法人「森友学園」の取得用地(左)。右(赤枠)は豊中市が公園用地として購入した国有地(野田中央公園)=大阪府豊中市(本社ヘリから) 「森友学園問題」は安倍政権に少なからず打撃を与え、内閣支持率を下げることに貢献した。しかし、民進党の支持率も同時に下がっていることを民進党の執行部は深刻にとらえた方が良い。「辻元議員を追及すれば、安倍政権は墓穴を掘る」などという楽観的な声も民進党内から聞こえてくるが、今の国会での民進党の戦略を見る限り、ダメージは民進党の方が大きいと思う。生活と安全保障を議論せずに何の国会か 野党が絶えず攻め続けなければならないのは自明の理だが、相手に「悪魔の証明」を持ち出されて逃げられては元も子もない。言い逃れができないように証拠を固め、不正があるなら「ある」と立証する必要がある。それを行わず、「籠池発言」や「籠池夫人のファクス」など信頼性に疑問符が付くものを盾に取り、相手を追い詰めようとするのは悪手としかいいようがない。3月28日、参院決算委で民進党の斎藤嘉隆氏の質問に答弁する安倍晋三首相(斎藤良雄撮影) そうこうしているうちに過去最大の平成29年度予算はすんなり通り、「共謀罪」法案や「働き方改革」関連法案の議論も進まない。それどころか、北朝鮮が近いうちに核実験やICBM(大陸間弾道ミサイル)発射を行う可能性が浮上している。私たちの生活と国家の安全保障に関する問題を議論しないで、何の国会か。民進党ら野党には猛省を促したい。 同時に安倍政権側も野党の疑惑に正面から向き合い、出すものは出して疑惑解明に真摯に取り組むべきだ。政治的圧力があったのかなかったのか、そこに違法性があるのかないのか。国民の知りたいことはその一点だ。このまま不毛な議論を国会で続けると政権の信頼性も毀損し続けることを申し添えておく。国政に影響を与える都議会選挙も7月に控える。悠長に構えている時間は、ない。 最後に、テレビにも苦言を呈しておく。朝の一部の民放ワイドショーなどは、毎日1時間近くこの問題を扱っている。ほかに扱うテーマがあるだろう、と言いたくなる。先に述べた私たちが本当に知りたい重要な問題を取り上げず、「籠池問題」にかまけていると、視聴者も辟易(へきえき)して離れて行ってしまうだろう。

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    森友騒動を煽ったメディアに言論の自由を語る資格はあるか

    問題点が明確ではなく、インターネットなどでは、一部の関係者や政治家の発言を裏取りせず、そのまま報じるメディアに対して強い不満の声も上がり始めている。当初、贈収賄事案のように報じられたこの問題であるが、籠池氏側から安倍総理などへの献金事実は確認できず、違法性が確認できない事態に陥ってしまっている。しかし、このような状態になっても、野党の一部は総理周辺の証人喚問を求め、政権への批判を繰り返している。参院予算委の証人喚問で、本人確認のため挙手する籠池泰典氏=3月23日 また、当初の疑惑であった土地代金に関しても、産廃処理費用や周辺の土地の売買実態から見て、著しく安いわけではなく、逆に高いぐらいであるという意見も出始めている。また、産業廃棄物の処理に関しても、籠池氏側は適正だとしており、籠池氏の妻から安倍総理夫人に送られたメールでは、メディアへの証言者による捏造疑惑まで取り沙汰されている。 一つはっきりしていることは、籠池氏が安倍総理の名前や陛下の名前を勝手に利用して献金を集めていた事実であり、この点に関しては、政治家側に責任を問うのは難しいといえる。つまり、政治家側に違法性が確認されない状況でありながら、まるで大きな問題であるかのように騒ぎ続け、一部のメディアはそれを煽ったわけである。そして、違法性を問えなくなった時、それを誤魔化すために多用されたのが「忖度(そんたく)」という言葉であり、それがまるで違法行為のように伝えられていることに大きな問題がある。 わが国の憲法では、憲法16条により「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない」と請願の権利を認めており、差別待遇すらも否定している。決して籠池氏を擁護するわけではないが、籠池氏も立派な日本国民であり、請願権を有しているのである。この点に関して、籠池氏やその請願を受けた政治家を責めるべきではない。共産党の請願紹介は全体の6割 基本的に、請願や陳情を受けることは国民の声を政治に反映させるための大切な手段であり、そこに贈収賄などの違法性がない限り、否定してはいけないものなのである。ちなみに、国会請願紹介の首位は共産党であり、共産党の機関紙「赤旗」でも 先の第190通常国会(1月4日~6月1日)に提出された請願署名のうち、日本共産党国会議員団が紹介議員になって提出した請願署名は2541万4000人分に及び、請願署名全体の63・56%を占めました。政党のなかで断然トップで、自民党(10・81%)、公明党(1・17%)を大きく上回っています。草の根で活動し国民の運動と全国各地で結びつき、ともに要求実現に取り組む日本共産党の姿が鮮明に浮かび上がっています」(2016年6月17日 しんぶん赤旗) と自画自賛している。確かに、あっせん収賄などの場合、その政治家に権限があったかどうかがその判断基準になるが、著しく高額であったり不正な金をもらっていなければそれを批判することこそが憲法違反であるといえるわけである。そして、それを許せば政治が間違った方向に誘導されることになってしまうのである。3月9日、報道陣の質問に答える籠池泰典理事長=大阪府豊中市 また、学校法人としての資金面などでの問題と教育内容に関しては、別に考える必要があり、私立学校に関しては、法の認める範囲で一定の自由が認められているわけである。教育基本法では(私立学校)第八条 に「私立学校の有する公の性質及び学校教育において果たす重要な役割にかんがみ、国及び地方公共団体は、その自主性を尊重しつつ、助成その他の適当な方法によって私立学校教育の振興に努めなければならない」と定義しており、一定の自由を認め、過度の行政や政治家などによる介入を否定している。 これは公立学校も同様であり、行政や政治家が直接指導する形ではなく、教育委員会を設けることで公平性を保っているわけである。そして、これを否定するならば、全国の学校法人を平等に評価するべきである。またそれを認めるならば、教育理念に宗教的価値観を含むすべての宗教系学校も批判すべきなのであろう。それは、教育の自由を著しく損ねるものであり、宗教思想の自由を制限するものでもあり、それこそがファシズムそのものなのであろう。 日本では近年、リベラルを名乗る他人の人権に興味がない人権派や暴力的な平和主義者などがさまざまなところで権利ばかりを大声で騒ぎ、一部のメディアと結託して、それを社会問題化させようとしているように思う。その典型が今回の森友学園問題であるのだと思っている。そして、それは絶対に許されない行為であり、自由を守るためにもそれを否定し続ける必要が、今まさにあるように思えてならない。     最後にフランスの哲学者、ヴォルテールの有名な言葉で締めくくりたい。「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」。これこそがリベラルであり、言論の自由を守るメディア本来の役割なのである。※4月5日午前7時~11時ごろにかけて、記事内に関係のない文言を誤って掲載してしまい、当該部分を削除いたしました。読者及び関係者の皆さんにお詫び申し上げます。

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    働き方改革、新聞・テレビの報道ぶりがあまりにヒドい!

    新聞を定期購読する層が高齢者に偏り、20代から40代くらいまでの層はネット版を読むか、もしくはウェブメディアで見出しだけ追うことが多くなっている。これは一つの情報を深く知り、自分の頭で考えることの放棄につながりかねないと懸念する。テレビはどう報じたかテレビはどう報じたか 一方、テレビはどうだったか。この問題に一番興味があるのはやはり女性だろう。パートの人も非正規の人も、専業主婦の人も、もしくは彼女たちのパートナーも、それぞれ関心を持ってニュースを見ているはずだ。彼らにとって一番身近なメディアと言ったらやはりテレビであろう。 一方で午前中から夜7時ぐらいまで続く情報生番組や夕方のニュースを見ている人はリタイアしている高齢者か専業主婦だ。つまり、実際に働いている人はテレビからリアルタイムに情報を入手することはできない。 出勤前の早朝からやっている情報番組はあまり難しい問題を取り上げず、むしろトレンドや事件事故モノ、後はスポーツやエンタメ、それに天気予報であろう。仮に「配偶者控除」問題を取り上げたとしてもじっくり時間をかけて解説することはやらないだろうし、なにより働いている人たちは午前7時から8時くらいに出勤する人が多いので、仮に「配偶者控除」問題を取り上げたとしてもゆっくり見ている時間はない。 そこで地上波放送は、仕事をしている人が帰宅する夜の時間帯のニュースでこの問題を取り上げている。例えば、日本テレビの夜の『NEWS ZERO』は2016年11月14日、「桜井翔イチメン!」というコーナーで「配偶者控除」について放送した。 その中で、Aさん、Bさんが同じ会社に務めていて給与が同じ、2人の妻はパートで収入を得ているという前提で試算を行った。Aさんの妻は年間150万円の収入があり、Bさんの妻は102万円に収入を抑えた場合、各家庭の手取りを試算して比較している。結果はAさんの世帯収入(手取り)が511万円、Bさんが510万円でほとんど変わらない。つまりAさんの妻は「働き損」ということになる、と言った具体的な解説をしていた。こういう情報は視聴者にとって有益だ。ウェブコンテンツが貧弱な日本のテレビ局 また、NHKは「NHK NEWS WEB」というニュースサイトで2016年9月20日の放送「賛否両論!配偶者控除」の内容を記事と画面のキャプチャで掲載している。また、同年10月19日には識者や解説委員が時事問題を取り上げる「視点・論点」という番組で「配偶者問題」を取り上げ、同じくウェブサイトに「配偶者控除をどう見直すか」というタイトルで記事と画面を掲載している。中央大法科大学院の森信茂樹教授による解説は分かりやすく、「夫婦控除」にも触れ、「働き方改革」の必要性にも触れている。そう、本質を突いた議論になっている。こうした深い解説をウェブで見ることができることは極めて重要だ。 なぜなら働いている人は、テレビ放送をリアルタイムで見られないことが多いからだ。ドラマやバラエティを録画する人は多いだろうが、日々のニュースを録画してまで見る人はそう多くはないだろう。 したがって、ウェブに記事や動画を残しておくことが今の時代必要なのだが、日本のテレビ局は長年ネット戦略に本腰を入れてこなかったため、ウェブ上のコンテンツは貧弱なケースが多い。番組ホームページから過去の放送内容が検索できなかったり、アーカイブ化されていなかったりする。残念なことだ。 そうした地上波のニュースをBS放送が補完している。BSフジの『プライムニュース』がそれだ。2009年4月にスタートしたこの番組は、月曜から金曜まで午後8時から約2時間放送されている本格報道番組の草分けである。2016年11月23日に「女性の活躍阻む『壁』 配偶者控除を見直しへ」と題して、自民党税制調査会の野田毅最高顧問と学習院大の伊藤元重教授、「イー・ウーマン」の佐々木かをり社長をゲストに放送した。放送の動画(ハイライトムービー:前後編各約20分)は過去10日分だけしか見ることができないのは残念だが、HPからテキストだけは見ることができる。 他にもBSには帯の報道番組がある。BS日テレの『深層ニュース』、BSジャパンの『日経プラス10』、BS11の『報道ライブINsideOUT』などだが、どれも過去放送動画やフルテキストのアーカイブはない。健闘するネットメディア健闘するネットメディア 2016年は、フジテレビとテレビ朝日がそれぞれインターネット放送局を立ち上げた年として記憶に新しい。特にフジテレビのインターネットテレビ「ホウドウキョク」はかなりの時間を割いて複数回この問題を取り上げている。解説委員が取り上げたり、識者にインタビューをしたりして工夫を凝らしている。 中でも「あしたのコンパス」は、識者にスタジオから電話インタビューしてニュースを深掘りする番組だ。専門家にじっくり話を聞くことができるため、一つのテーマを理解するには最適だ。過去の放送がアーカイブ化されており、興味のある話題や話を聞きたいゲストが出ている番組を動画で見返すことができるのは画期的だ。「LINE LIVE」でも配信するなど、積極的なウェブ戦略は注目に値する。 一方、テレ朝が参画する「Abema TV(アベマ・ティーヴィー)」は基本地上波放送のネット版であり、地上波ニュースを補完するという目的はもっていないように見える。ニュース番組はあるが、独自編成で地上波との連携性は薄い。将来、ニュース解説番組が放送できるのか、関心は尽きない。 さて、深い情報を知るにはやはり活字系のウェブメディアに一日の長がある。人々が実際に知りたい情報は何か? それは自分に照らし合わせて税制改革で損するのか得するのか、その一点に尽きる。残念ながら、新聞とテレビはその質問に十分に答えられていない。例えば、ダイヤモンドオンラインを見てみよう。新配偶者控除「150万円の壁」で世帯の手取り収入はこう変化する!(2016年12月16日) ファイナンシャルプランナー、深田晶恵氏のこの記事は今回の改正で具体的に各家庭の手取り収入がどう変化するのか具体的にシミュレーションしている。まず夫の年収別に、・1120万円以下…パート主婦家庭は減税、専業主婦世帯は変化なし・1120万円超~1170万円以下…パート主婦家庭は減税が多いが一部増税、専業主婦世帯は増税・1170万円超~1220万円以下…パート主婦家庭は減税が多いが一部増税、専業主婦世帯は増税・1220万円超…パート主婦家庭は変化なし、専業主婦世帯は増税 と示した上で、次に夫の年収を700万円に固定、妻の「パート収入の壁」ごとに家計への影響をグラフで比較した。詳細は記事を見てもらいたいが、グラフを使って説明しているためとても分かりやすい。 さらに、「手取り回復分岐点(壁を超える前の世帯手取りが回復する妻の収入額)」が今回の改正で引き下がっていることを示し、妻のパート収入が「壁」を超えてどのように変化するかを解説、就業調整をせず「壁」を超えて一時的に世帯手取りが減っても中長期的に見て働き続けることが大事だと提言している。 他にも厚生年金や健康保険、介護保険の負担を強いられる「106万円の壁」(従業員501人以上:2016年10月から適用)に着目。パートの主婦が自分で保険料を負担しなければならなくなったとき、勤務先の社会保険に加入するべきか、国民年金・国民健康保険に加入するべきか、独自の分析をしている。こうした実用的な情報は、やはり経済専門メディアの独壇場だ。特に専門雑誌は紙が売れなくなって久しいため、ウェブ版に長年力を入れてきた。それが今花開いているといえよう。 新興メディアには、ヤフー系のTHE PAGEやBuzzFeed Japan、朝日新聞系のハフィントンポスト日本版、独立系のNewsPicksなども元気が良い。今はまだニュース解説にさほど力を入れていないようだが、今後、その分野に進出してくるところもあるだろう。引き続き注視したい。伝統メディアの今後の戦略伝統メディアの今後の戦略 そうした中、伝統メディアは今後どのような戦略を取るべきなのか。 まず新聞だが、専門誌に比べ、分析が弱い。というか、せっかく膨大な数の記者を抱えているのにそれが紙面に活かされていない。特にウェブ版は情報がどこにあるかわかりにくく、検索もしにくいのが致命的だ。 新聞の強みは社会部、政治部、経済部、外信部、それぞれに経験を積んだ記者がいることだ。一つのテーマを縦割りでなく、横断的かつ有機的に分析し、深掘りした情報を提供できるはずだ。 特に、自民党の茂木敏充政調会長が強く主張していた「夫婦控除」案はなぜ消えたのか。「選挙対策で断念した」という記事はあるが、どこにどのような力学が働いたのか、読者にとって興味のあるところだろう。安倍内閣が本気で女性の働き方改革に向き合っているのかを知る一つの指針となり得るからだ。この件について、日本経済新聞が5日連続で興味深い連載を掲載した。税制改正 激変の構図(1)まだ分からないのか(2016年12月13日)税制改正 激変の構図(2)「雑魚はいい、森を呼べ」(2016年12月14日)税制改正 激変の構図(3)「すべて菅さん次第」(2016年12月15日)税制改正 激変の構図(4)「動かぬならムチを」(2016年12月16日)税制改正 激変の構図(5)「メンツ保てれば」(2016年12月17日) これを読むと、各省庁の思惑の違いと政府与党間でのせめぎあいが交錯し、結局抜本的な改革がなされず、小手先の改正で終わった顛末がある程度わかる。しかし、それだけでは読者は満足しないだろう。 せっかくこうした取材力があるのだから、どうしたら今の税制が女性の働き方を変えるようなものになるのか、具体案を出してもらいたい、と思うのではないだろうか。ウェブ版には紙面の制約がないのだから思い切った編成で記事を書けるはずだ。 次にテレビだ。テレビは地上波のリアルタイム視聴にこだわっているからなのか、放送した内容をネットで拡散してより多くの人に知ってもらおう、という意識が希薄なようだ。「配偶者控除」のような生活に身近で誰しもが興味を持つような内容こそ、放送後もきちんとコンテンツとして残しておくべきだと考える。テレビと新聞に欠けている視点 前項で述べたように、一部のテレビ局はネット放送局を立ち上げ、地上波やBSで放送出来なかった内容を深掘りする試みを始めている。フジテレビの「ホウドウキョク」がまさにそうだ。しかし、まだまだインターネット放送を視聴している層は10代から20代前半の若年層に限られ、25歳以上の働く女性や専業主婦らにはなじみが薄い。特に専業主婦層は地上波を見ることが多いだろう。 したがって、まずは地上波のワイドショーや夕方のニュースでしっかり「配偶者控除」のような問題を取り上げることが大事だ。さらに放送だけにとどまらず、その内容をネット上にアーカイブ化し、スマホで気軽に見られるような工夫が必要だ。 テレビ放送は一過性のもので放送時間の制限もある。難しいテーマを扱うには不向きなメディアだ。視聴者に一つ一つのテーマについて理解を深めてもらうためには、放送にさらにプラスした深い解説をウェブで提供すればよい。視聴者は放送で未消化だった部分を補強することができる。 番組でそれを告知し、視聴者をウェブに誘導することで番組、並びにその局のファンを増やし、そこからまたリアルタイム視聴に回帰させる。地上波・BS・ネット放送・各々のウェブページを連動させることにより、中長期的にステーションイメージをアップさせ、固定視聴層を囲い込む戦略だ。 最後に、テレビと新聞に欠けている視点は、真に女性が働きやすい環境とはどのようなもので、どうすればそれが実現できるのか、という視点だ。単に税制をいじるだけで解決できるものではない。安倍首相が年初から力こぶを入れる「働き方改革」が具体的に動き始めることが、日本経済再生への道でもある。 実際に子育てしながら働く意欲のある女性は多い。彼女(もしくは育休中の彼)らが働きやすい環境を作り出すのが経営者の務めであろう。彼らの背中を押すためにもメディアの果たす役割は大きい。

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    野党と左派メディアに告ぐ! 森友学園、議論の「本質」はそこじゃない

    の肩書や思想・信条などが、あまりにもユニーク(独特)なことにある。こうした多岐にわたる報道の原因は、メディアによって関心のある領域が微妙に異なるためでもある。受け手の関心に従って、伝達する内容の焦点が異なるからである。 このような状況では、えてして問題の本質とは異なる話題が先行し、過度に国民の興味を引くことで本来の問題の解決が遅れることや、ひどい場合には問題そのものがうやむやにされてしまうことが少なくない。問題の本質が理解されるようになるころには、国民の関心がすでに薄れてしまうこともある。 もちろん、その責任は、政治問題であっても、あたかもエンターテインメントの延長であるかのように関心を持つ国民にもある。80年代半ばに登場した「ニュース・ステーション」などのニュース番組やさまざまな政治討論番組は、テレポリティクスと呼ばれた政治の場におけるテレビの影響力の増大を生み出した。この延長に出現した小泉純一郎政権を典型とする劇場型政治は、こうしたテレビを利用しようとする政治家の戦略、それに呼応したメディアの責任が大きいが、そればかりでなく、それに乗っていた国民もその責任の一端を担っていたことを忘れてはならない。2001年4月、自民党総裁選に出馬した小泉純一郎元郵政相(右)のスーツに付いた埃をとる、応援に駆けつけた田中真紀子議員=神戸・三宮 さて今回の問題を整理してみよう。学校法人森友学園に国有地が安価で払い下げられたことが問題の発端である。10億円弱といわれる土地が、なぜ市価の10分の1近くの価格で払い下げられたのかという疑問が生じるのは当然である。誰でも、あるいは政治の身近にいる者であれば最初に勘ぐるのは政治家の関与である。いわゆる「口利き」が行われたのではないのかということ、これこそが問題の本質である。 また、仮に政治家の関与がないにしても、なぜ安価で払い下げたのかは、窓口の財務省に説明責任がある。国有地であるから国家に損失を与えたことになるからである。こうした点についても、8億円に上るごみ撤去費用を差し引いたとの説明がなされてはいるが、その積算根拠も明確ではない。実質的には、10億円近い土地が1億円余りという法外な価格で学園のものになった理由は、現在までも明らかにはされていない。教育者の資質が情報番組の格好の「ネタ」に この問題の登場人物に安倍首相という大物政治家の名前が挙がり、払下げを受けた学園が安倍首相の熱烈な支援者であったことが明らかになると問題は迷走する。とりわけ、森友学園が用地を取得して建設する小学校の名誉校長に安倍晋三首相の夫人が就任していたことは問題を複雑化する。関与が疑われる政治家が時の首相であれば、事態は大きくなることは明らかである。ましてや、その学園の理事長が安倍首相と考えを同じくする保守系団体の大阪府の役員であることも、その関係の深さを想像させたのである。 また、当初は用地買い入れの資金が不足して借地契約を結んでいた学園が、数年で取得できたことは、便宜供与が行われた疑いを持たせるのには十分である。この土地取得に関しては前提条件となる小学校設立の認可をめぐっても財政的な問題が指摘されていた。その前まででは設立できなかった条件を大阪府が森友学園の要請で緩和したこと、認可保留としていた状態がすぐに承認されたことなども政治家の関与を疑わせるのに十分な題材が揃いすぎていたのである。 これに輪をかけて、森友学園の愛国教育の程度が度を過ぎていること、保護者に対してヘイトスピーチともとれる文章を送っていたことなどの教育者としての資質の問題が浮かび上がってきた。教育基本法の政治的な公平に抵触するような運動会の宣誓などがテレビで放送されるや、教育の問題もワイドショーなど情報番組の格好の「ネタ」になっていったのである。 ここで問題を整理してみよう。1.国有地払下げの問題      これは払い下げた側の問題:財務省、国土交通省2.政治家の関与の問題      当面は安倍首相になる3.小学校の設置認可の問題    認可権限のある大阪府の問題:松井知事4.森友学園の教育の問題     森友学園の理事長の問題5.首相夫人の名誉校長就任問題  安倍首相夫妻である。 前記の1、2の問題は国会で積極的に議論すべき問題であるが、現在の国会を見ている限りでは、安倍首相の関与を強調したいあまり、本質とはずれた質問も少なくない。ここでは森友学園の教育方針と払下げの問題が直結しているとは思えないからである。財務省なり、国土交通省への質問が本筋であり、監督者としての大臣への質問が本来のものであると思われるが、安倍首相の関与に関する同じような質問を連日繰り返しているようにしか思えない。「森友学園」の籠池理事長らが陳情に訪れたことについて話す、自民党の鴻池祥肇元防災相=3月1日、東京都千代田区の参院議員宿舎 夫人が小学校設立に賛同していたであろうことは想像に難くないが、そのことが政治家の関与に直結するわけではない。大切な予算審議の過程で繰り返しする質問であるのかは疑問が残る。その後になって、鴻池祥肇参議院議員の証言などから森友学園側が政治家に「口利き」を依頼していたことが明らかになってきた。鴻池議員は拒否したということであるが、その後も他の自民党議員の名前が報道されている。これらは、与野党の別なく一刻も早く真相を解明するように、調査すべきであろう。大阪府の安易な認可のつけは小さくない 仮に政治家の関与が直接的にはなかったにせよ、職員の一存で価格が10分の1近くになることは考えにくい。財務省、国土交通省の真摯な説明が必要である。このことを国会で議論すべきであるし、報道もそれを強調すべきではなかろうか。一国の首相が認可や払下げの問題に、ここまでわかりやすく関与するとは思えないので、実態としてあり得るのは官僚の側もしくは政治家が「慮って」許可したり、安くしたりしたのではないかと推測することくらいであろうか。 次の3の問題は大阪府の問題である。小学校の認可は教育長の権限であるからである。もちろん教育に関わる問題であるので、文部科学省と無関係であるとは言わないが、いわば大阪府議会で十分に議論してもらいたい案件であろう。認可に関しても国会議員なり閣僚の関与が明らかになれば話は別であるが、地方自治体に権限がある以上、そこでまず議論すべき問題ではなかろうか。少なくとも国会における優先順位の高いものとは思われない。 大阪府の松井一郎知事は、森友学園に関するさまざまな問題が報道されるようになると、不認可の可能性を発言するようになっている。教育長の権限ではあるが、そうであるとすれば現在入学予定の児童たちの処遇を考えなければならない。安易な認可のつけは小さくない。 森友学園の教育方針については、明白な教育基本法などの法令違反などがあれば別であるが、愛国教育それ自体を問題とすることは難しい。しかしながら個人的には保守的な考えには理解を示しているつもりであっても、幼稚園児に軍人勅諭などを唱えさせることに個人的には違和感があるが、これも思想的な問題であるので一概にいけないということはできない。学校法人「森友学園」が建設中の瑞穂の国記念小学院=大阪府豊中市 近隣諸国からすれば、戦前の軍国教育につながるという懸念につながることは明白であり、そこに長期政権を担うとされている安倍首相が深く共鳴しているとなれば、心中穏やかではないのも容易に推測できる。ただし前者の直接的に政治的な案件である払下げ問題とは、少し距離を置いて考えるべき事柄ではなかろうか。少なくとも前者の問題と同一軸で語るものではないように感じる。 一方で、政治家に「口利き」を依頼した事実があれば、これは批判されるべきであり、教育方針というよりも、教育者としての資質にかかわる問題となろう。しかし、これも国会論議とは違うものであることは間違いない。「ためにする」質問やはぐらかす答弁が失望を招く 最後の名誉校長に関する事柄である。安倍首相の関与を深く疑わせるものではあるが、名誉校長そのものに就任することを法的に規制するものではない。しかしながら、首相夫人が私立学校の名誉校長になることの意味については、自らの置かれた立場を考えていただく必要がある。 ましてや「安倍晋三記念小学校」と名付けようとしていたこと、その名目で寄付を募ろうとしていたことを考えれば、広告塔に使われることは十分に想像できたはずである。「李下に冠を正さず」ではないが、自制的になる必要があるのではないだろうか。しかしこれは倫理的な問題であるので、指摘することは必要であるかもしれないが、繰り返し時間をとって行うことには思えない。 以上のように、国会で優先的に議論すべきは払下げの問題である。払下げをした財務省、不適切な減額を支持する見積もりを算定した国土交通省に見解を正すことが本質的な問題の解明につながることになる。これまでのスキャンダルでも分かるように、「口利き」を認めることは難しいかもしれない。そうであればこそ、こうした問題について国会の場で明らかにすることは重要である。「ためにする」ような質問やはぐらかすような答弁は、国民の失望を招きかねない。参院予算委員会で、民進党の蓮舫代表(右奥)の質問に答弁する安倍晋三首相=3月6日(斎藤良雄撮影) すべての政党、政治家、メディア、ジャーナリストが本質を欠いたと思われるようなことをしているわけではないことは重々承知しているつもりである。しかしながら、ことさら政局につながることを意識しすぎているように思える民進党をはじめとする野党の対応には不満が残る。とりわけ、旧民主党ではあるが政権を一度でも担ったことのある野党として、本格的な国会論議を期待したい。 当然のことながら、与党も数の力を背景にすることなく、野党の意見も聞き入れながら国会を運営する、国民に説明をする「横綱相撲」をしてもいいのではないか。数の力が余裕ではなく、慢心にならないようにしてもらいたい。 また劇場型政治、テレポリティクスを主導する放送局、とりわけ情報番組にもそうした問題を整理した放送を期待したい。国民の政治関心を高めるためには、劇場型政治にすることも必要な時期もあったと思うが、それが常態化することは望ましいことではない。政治家としての矜持、ジャーナリストとしての矜持を持った行動を期待したい。

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    国会中継は「お笑い番組」か? 森友学園に踊らされる滑稽な政治ショー

    佐野秀光(「支持政党なし」代表) 「安倍首相とその夫人にまつわる疑獄事件か?」という当初の触れ込みで、一気に世間の耳目を集め、これでいささか飽き気味だった「小池劇場」も霞むかと少しは期待したものの、早この騒ぎも収束に向かっているように見受けられます。 夕刊紙の大見出しには「もう止まらない 森友学園大疑獄が安倍政権を吹っ飛ばす」などとありますが、どうでしょう?安倍首相も、自らと夫人のことに話がおよぶと弁解じみた答弁しかできていない上に、野党の挑発に苛立つ場面があったり、愉快な気分ではいられないかもしれませんが、こうなったらキチンと事実を明らかにするのがよいでしょう。 与党が圧倒的多数を占める国会で、自民党内も安倍一強といわれる状況の中、安倍首相夫人が名誉校長を務めるという触れ込みの学校を、具体的な指示がなかったとしても官僚サイドが斟酌し、協力的な姿勢を貫いたということは考えられないことではありません。安倍晋三首相(左)と昭恵夫人 結果的にすべて森友学園の希望にそった方向に事が運んだわけですが、口利きに伴う贈収賄に当たる行為があったのかどうか、国の対応に違法性があったのか否か、それは推測ではなく事実を明らかににしなくてはならないでしょう。 とはいえ、このような大騒ぎになって誰が一体得をしているでしょうか。目下、損をしていると思われるのは安倍首相の方で、森友学園側からヨイショされたものの、この様に騒ぎになっては実に迷惑なことです。 また、森友学園も安倍夫人の名前を利用しようとして名誉校長にしていなければ予定通りに小学校も開校出来ていたのかもしれませんが、今となっては4月に予定している開校が危ぶまれる事態となってしまい安倍夫人の名前を利用しようとしたが結果として墓穴を掘った形になっています。 「国有地が9割引き」とか、疑惑の中心に時の首相自身の名前が踊れば、これは当然国会で追及されねばならないことです。一体どんな事実が明らかにされるのかとワクワクしながら推移を見守っていたのですが、国会中継を見ても、野党、特に民進党の追及には全く迫力が感じられません。ブーメランに見舞われる民進党の面々 今に始まったことではありませんが週刊誌のあとを追っかけているだけで新たな事実を掘り起こそうという気概が乏しいように見受けられます。週刊誌を読み上げて、「これはどういうことか?」と質問を繰り返す程度です。 民主党政権時の我が身を省みることすら出来ない民進党の面々が、答弁で「ブーメラン」に次々と見舞われるのは、そもそも理非を弁ずる信念を持たないことに起因するのではないかと思います。民進党の蓮舫代表(右奥)の質問に答弁する安倍首相 今、「口利き疑惑」をもたれている政治家の皆さんは、キチンと説明責任を果たすべきです。また「口利き」が実際あったとして、それが悪いことなのかどうかを与党も野党もご自身達の意見を明確にしていただきたいものと思います。 しかし、もし口利きというものを否定しては、与野党とも国会議員として、その期待される役割を果たし得ないという考え方もあります。現代の代議制民主主義は、複雑専門化する様々な問題に対処するため、組織もいわば機械的になりました。 行政機関はまさにその名の通り官僚機構という機械です。また、広範囲に拡大する国家の意思決定を担う立法機関もまた多数決を原理に政治家や政党をパーツとして稼働させるまさに法律製造工場の様なものです。そのような硬直した官僚制との中で多数決一辺倒でなく少数者の声を拾い上げるために「口利き」というものも長く行われてきたのではないでしょうか。  安倍首相にとっては、最近はもはや保守派の歓心を買う愛国的主張を強調することが一概に政権運営上あまりメリットがないと思ってきているかもしれません。首相に批判的な勢力は安倍首相周辺人脈に怪しい人物はいないかと探し、見つければこれを攻撃材料にしようとするのでしょう。 野党も何とか安倍政権を叩く材料を探している中で安倍首相の夫人が名誉校長を務めている森友学園が国有財産を9割引きで払い下げられたなどという事実は格好の攻撃材料となります。 また、森友学園は私学である以上、その教育内容自体に部外者が口を挟むのは適切ではないと思いますがテレビのワイドショーが取りあげる森友学園は、ことさらその「異常さ」、「気味悪さ」を強調するものです。だから国民の多くも森友学園の理事長が何かとんでもない非常識な人物ではないのかと思ってしまいがちです。まるでお笑い芸人と同じ政治家 しかし、反面として理想の学校をつくりたいが為に、その十分な資金もない私学の経営者が、想いを実現するために政治家の名声に頼ったり、民有地では用地の確保が難しい中で、国有地をできるだけ安く取得したいとあの手この手で交渉を試みるのはこれも起業家としての努力の一端ではないかとも思えます。結局のところ森友学園は与野党の戦いの中に巻き込まれたと言うのが私の印象です。  テレビやネット上では、旧態依然とした政治家の活動はいつも同じような事の繰り返しで、その言動のすべてが滑稽に見えてしまうのです。そうなると、テレビの政治ニュースとバラエティとの間に垣根はありません。政治家とお笑い芸人では演ずる役柄が違うだけで、視聴者から見ればテレビの中で騒いでいる姿は同じようなものです。参院予算委員会に臨む安倍首相(左)と麻生副総理兼財務相 そんなテレビ政治に踊る政治家たちは、「事実」よりも「見立て」が大事と考えます。「印象」がすべてと言っても過言ではないでしょう。次の選挙よりも先を見越せない政治家にとっては、それこそが最も大事なことで、まずは目立つこと、そして自分が正義のヒーローと見られることを強く望んでいるのです。 ところが実にそれが安直で、共産党はまだしも他の野党などは、週刊誌の記事に依拠するばかりで自分達で調査する努力すらしない。政治はドンドン「印象操作」に傾斜していくばかりで、ムードに流されがちな国民による選挙はその影響を如実に反映します。 昨年の参院通常選挙の比例区で64万票余を獲得するも議席獲得には至らなかった「支持政党なし」は情報化の進む中で多様化する民意を国政に反映させるために、敢えて党としての政策は一切無く、国会にあっては完全にニュートラルな立場で、法案毎にインターネットで国民に賛否を問い、その割合に応じて表決に参加するという「電子的直接民主制」を原理とする政治団体です。 この「支持政党なし」の立場から見れば、定見も無く、無責任なことを吹聴し、公約を守らない既成政党などはいずれも大きな違いは無く、「政権選択」を目的とする選挙は無意味であるとさえ考えます。 国民にとってより重要なのは「政策選択」であり、国民の利害はこれに複雑に絡み合ってくるのです。あらゆる施策、あらゆる法律にはいかなるものにもメリット、デメリットともにあり、受益者が存在すればそうでない人も、それどころか損する人達も出てくるのが常です。だからこそネット上で両論併記し広く国民の衆知を募り、政治家に頼らずとも、「口利き」によらずとも少数者の意見を決して切り捨てない政治システムこそが必要ではないでしょうか。

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    安倍首相と記者クラブ 「赤坂飯店の夜」全真相

     国会で与野党の論戦が白熱している最中に、安倍首相と大メディアの記者たちが酒席をともにしていたことが波紋を呼んでいる。 国有地払い下げ問題の渦中にある森友学園の園児たちの映像を巡って国会が紛糾した2月27日、来年度予算案が衆院を通過した。 その夜、安倍首相が東京・赤坂の繁華街にある中華料理店「赤坂飯店」から出てくると、それを知っていたかのように集まっていた“一般市民”たちが一斉にデジカメやスマホを構え、フラッシュがたかれた。(写真はイメージです) 通常、主要各紙は朝刊で前日の首相動静を報じるが、会食の予定がリアルタイムで国民まで伝わることはほとんどない。きっかけはツイッターでの呼び掛けだった。〈リークあって、聞いた話によると、いま、まさにこの現在、安倍は赤坂飯店に各社のキャップを呼んで、「森友のこと書くな」との圧力かけとる。これで負けたら新聞社の看板外してまえよ。しかし俺は、各社に、こんな安い圧力に負けない連中がいることを固く信じる。各位!戦え〉〈東京に今日いる諸君は、ぜひいまから赤坂飯店いって、バシバシ写メ撮って欲しい〉──午後8時過ぎ、立て続けにそう書き込んだのはベストセラー『日本会議の研究』の著者・菅野完(たもつ)氏だ。投稿はツイッター上で拡散され、ハッシュタグ「#赤坂飯店」がトレンド1位になる騒ぎとなり、「赤飯」の前に人が集まったのである。インターネット報道メディアのIWJは安倍首相への直撃を試みる様子をウェブ上で配信した。 菅野氏の情報は正確だった。翌日の各紙朝刊の首相動静によると、安倍首相はこの日、午後7時5分から赤坂飯店で内閣記者会に加盟する新聞社、テレビ局の官邸詰めキャップとの懇談、いわゆる「キャップ懇」を行ない、午後9時55分に渋谷区の自宅に戻っている。 実は、菅野氏の情報源は、官邸のメディア操作で記事が書けないと危惧した1人の新聞記者からだったという。菅野氏が語る。「当日、私は森友学園問題の取材で大阪にいたのですが、そこに知人の大手新聞の記者から電話が入った。『今日の夜、総理が赤坂飯店という東京の中華料理店に記者を集める。そこで森友学園の報道に釘を刺すような話をするようだ。菅野さん、これをネットに書いて国民に伝えて欲しい』と。“それは御社の新聞で記事にした方がいい”と答えると、『うちの社では企画が通らない。だから菅野さんに』ということでした。だからその内容をツイートしたのです」 自社で書けないからとリークする記者も情けないが、政権の顔色をうかがって報道を自主規制する大新聞社の内実がよくわかる話だ。では、赤坂飯店で安倍首相は記者たちに2時間半もどんな話をしたのか。大手紙政治部記者が語る。「キャップの話では、最初はもっぱら森友学園問題の釈明。総理は疲れた様子で『カネのやり取りとかやましいことは全くない』と内容は国会答弁の繰り返し。昭恵夫人の名誉校長の件についても『妻がそんな役職に就任していたなんてオレは全く知らなかった』というばかり。 ちょっと元気になったのはトランプとのゴルフの話。『トランプはめったに相手のゴルフを誉めることはないが、シンゾーはうまく刻むじゃないかと誉められた』とか、『トランプとは国際会議の時に毎回会談すると約束したが、そんな約束を取り付けたのは世界で自分だけ』と鼻高々だったそうです」 さすがにかつての民主党の大臣のように「書いたらその社は終わり」という露骨な“箝口令”はなかったようだ。 安倍首相にすれば、わざわざキャップ懇を開いたのだから、余計なことはいわなくても大メディアは封じられたとタカをくくっていたのだろうか。関連記事■ 櫻井翔と小川アナ交際 ジャニーズとテレ朝が回答揃えた意図■ 電撃引退の堀北真希 直筆メッセージに込めた「本音」■ 18kg減の愛子さま 宮内庁は報道陣に「アップ写真使うな」■ 高橋ひとみ、階下から苦情くるほど熱い50代新婚の夜■ バクステ朝倉ゆり ダンスで鍛えた美くびれ&美乳を披露

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    大手メディア記者 今やネットに流すしか真相伝える手段なし

    「私は朝日新聞に勝った」──安倍晋三首相がトランプ氏との最初の会談(昨年11月)でそうメディアへの勝利宣言をしたと、産経新聞が報じた。 政権に返り咲いて以来、首相が真っ先に取り組んだのがメディア対策だった。就任してすぐの2013年から2014年にかけて、全国紙5紙、ブロック紙、通信社、そして民放キー局のトップや編集幹部と会食を重ねた。その回数は2年半で50回にのぼった。 安倍首相の言葉は敵対してきた朝日新聞だけでなく、大メディアはすべて統制下にあるという自信の表われだったといえる。 しかし、もう自分には逆らえないと安心したのか、昨年からメディア首脳との会食はめっきり減り、今年は2月2日に渡辺恒雄・読売新聞グループ本社主筆、福山正喜・共同通信社社長らと食事をしたのが目立つくらいだ。 一方で、安倍政権のメディア統制にはっきり綻びが見えてきた。国有地払い下げにまつわる森友学園問題は朝日新聞がスクープし、民放は当初、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)、『白熱ライブ ビビット』(TBS系)くらいしか取り上げていなかったが、国民の関心が高まるとフジテレビ、日本テレビなど民放各局が競うように連日ワイドショーで取り上げるようになった。 そのうえ、現場の新聞記者たちから不興を買ったのが経産省の取材規制だ。2月24日、「プレミアムフライデー」がスタートし、経済産業省を出る人ら=東京・霞が関(古厩正樹撮影) 予算案が衆院を通過した2月27日、安倍首相は、東京・赤坂の中華料理店で官邸キャップとの懇親会を行なった。その日、経産省は、【1】庁舎内のすべての局の部屋を勤務時間中もロックして記者の出入りを禁止し、【2】職員が取材を受ける際は応接室で他の職員を同席させ、【3】取材内容を広報室に報告させる──という“記者排除令”を出した。日米首脳会談前に交渉内容の一部が漏洩し、世耕弘成・経産相が安倍首相訪米の同行者から外された“腹いせ”が原因とされる。 これまで記者クラブ制度の下、特権的に役所からの情報を得てきた大手メディアの記者たちにとって、この措置は死活問題だ。「同じ動きが全省庁に広がれば記者は情報が取れなくなって食いっぱぐれる。世耕大臣がやったことはトランプ政権の報道官が気に入らない記者を会見から閉め出したことよりもおかしい」(財務省担当記者) 批判と不満は大メディアの記者全体で高まっている。 クラブ制度の特権を奪われ、記者たちはようやく政権による情報統制に愕然としたのだろうか。新聞記者からリークされた赤坂での首相と記者の懇談をベストセラー・『日本会議の研究』著者である菅野完(たもつ)氏がツイッターで流し話題を呼んだが、そのリーク元は菅野氏の知人の大手新聞記者なのだという。これは、大手メディアの記者がいまやネットで国民に直接情報を流すしか“真相”を伝える手段を持っていないことに気づいた証拠にも見える。菅野氏はいう。「新聞が反権力で動かないのはみっともない状況。現場の記者まで、『政権批判ありきで記事をつくるのはどうか』と平気でいう。新聞社内に反権力はダサイと考えるカルチャーができてしまった。だから本当に報じたいことも、ネットで書いてくれと他人任せにする」 新聞記者たちは、安倍批判記事もネットへのリークではなく堂々と署名で書いてみせたらどうなのか。関連記事■ 新聞記者 会食で民主党はケチで割り勘だが自民は個室で無料■ 安倍首相とメディア幹部の会食 3.5万円フレンチや3万円ふぐ■ 安倍氏 町村氏訃報直後「オバマの見る目変わった」と上機嫌■ 安倍首相とメディア幹部の会食 内閣発足以来最低でも60回■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本

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    ロンブー淳がまた吠えた!「芸能コピペ記事はヤフーにも責任がある」

    た部分だけがネットニュースで流れてね。ラジオって密室の中で独特の空気感ができるんですよ。ラジオというメディアでしか表現できないものがあるでしょ。その中で話の流れとかあってそれをきちんと伝わるように文章にするって絶対無理なんですよ。 それなのにその「嫌い」って部分だけを切り取ってセンセーショナルな見出しつけてね。本来なら記事って読者にとって有益なものを出してお金を稼ぐ仕事じゃなきゃだめでしょ。とにかくクリックさえさせればいいっていう出す側はメリットあるんだけろうけど、あまりに一方的すぎるよなって。そんなに書きたいならちゃんと取材に来いよって思っちゃう。 この前もうちの相方の田村亮が大手事務所を批判したときも、亮さんになんかいいましたかって聞かれたんで、僕が注意したことを言ったけど結局、「淳が亮に説教」みたいなことになっちゃった。僕は説教のつもりなんかないし、こういうこと書いちゃう記者ってほんとに何も考えてないんだって思うね。 まあ、コピペ記事っていってもいろいろあるんだよね。テレビやラジオの発言を切り取るやつと、テレビ見ないでラジオも聞かないでネットに出ている記事をつなぎ合わせるやつとかね。ありもしないし、本当かどうかもわからないネット情報を組み合わせてあたかも言ってるような記事をつくる憶測コピペ記者は本当に勘弁してほしいね。「会って話せば意図が正確に伝わる」 僕は芸能コピペ記事が大嫌いだけどすべてを否定するわけじゃない。そもそも僕は容認もしないから、せめて抗っておこうと思っているだけ。ただ、何がおかしいかと言えば、僕らがツイッターやテレビ、ラジオなんかで言ったことが捻じ曲げられてネットとかに流れると、そっちの方が大手ニュースサイトとかに乗っかるから、すごい勢いで拡散する。真実は僕のツイッターの内容なのに、作られた記事の方が世の中にたくさん流れて、それが「事実」になっちゃう。それってどう考えてもおかしいじゃん。 やっぱ僕の基本にあるのは、ちゃんと会って話すれば印象はきっと変わるし、意図も正確に伝わるって思うんだよ。だからできるだけ人に会いたいし、直接話したいって思ってる。 ツイッターでよくケンカしていた時期があって、第二次世界大戦のことで、僕が戦後70年たって日本はいつまで謝り続けないといけないのかっていう趣旨のこと書いたら、「戦争のこと良くわかってない」、「知らないくせに偉そうなこと言うな」とか返された。 会ったこともないのにすごい言葉遣いだなって、よくそんなことまで言うなって思ったから、ダイレクトメッセージで直接話しませんかって電話番号教えたんですよ。それで電話で話したらすごい丁寧な話し方だった。僕のツイート内容に認識不足があったから言葉使いが悪くなってしまったって言ってたよ、52歳の男性でしたけど。 要はその男性はツイッターで批判してきたときは匿名なんですよ。匿名だからあんなひどい言い方で批判するだろって指摘したら、謝ってね。それで僕も謝って、世界大戦のことで今後知りたいことがあったら連絡してもいいですかってお願いしたら、「いいですよ」って言ってくれて。直接話をしたことでそこに何かが生まれたことを感じたんですよ。 とにかくフェアじゃないことが嫌い。僕がちゃんと顔や名前出して発信したことに匿名で言うのってそもそも土俵が違うだろってこと。誤解してほしくないのは、「2ちゃんねる」とかで言い合う場は、たとえ芸能人を誹謗中傷しようと互いが匿名だからフェアなの。 「保育園落ちた死ね」なんてのは、匿名性があったから出てきた話で、それで世の中が動いたんでしょ。だれが発信したかわからない中で、ちゃんと名乗って発信している僕ら個人に暴言浴びせてくるのはフェアじゃないって思うんですよ。 だから取材もそうですよ。記者も直接会って話を聞いてくださいよ。可能な限り時間取りますから。そしたら憶測記事はだいぶ減ると思いますよ。僕は基本的に人間が好きなんで、僕を誤解している人に極力会いたいと思っているんです。 大げさだけど、1億2千万人が誤解しているなら、1億2千万の人と会いたいと思っているぐらい。そしたら誤解が解けて、淳っていいヤツじゃんって、変われば一番いいことでしょ。だから街ブラの番組でも、極力僕のことを嫌がりそうな人に声をかけるね。しゃべったらそんな感じの人なんだってテレビを通じて伝える僕と、直接会って伝わる僕はぜんぜん違うんだよね。「芸能コピペ記事はフェアじゃない」 何年か前に「芸能コピペ記事」を知ったとき、なんでこんなことするのって思って「逆に取材したい」ってツイッターで書いたら、「2ちゃんねる」を創設した「ひろゆき」さんから連絡あって会いにいったんです。 なんでネットニュースがテレビ見てスパッと記事が上がっちゃうかって聞いたら、スピード勝負なんだってね。アルバイトで雇われた記者がテレビ見ながら、我先にってね。一番最初に上げることによって「ヤフーニュース」が取り上げてくれる率が上がるって。「だからみんな取材する時間がないんですよ。それを理解してください」って教えてくれたんです。 ならば、それってヤフーニュースで記事を選んでいる人たちにも相当責任があるなって思って。どうやって記事を選んでいるんですかって聞いたら、最終的には二十数人のスタッフがニュースを見て、どれをトピックにするかを決めているみたい。 これを知って僕は記者だけでなく、その人たちにも名前をすべてさらしてほしいなって思いましたね。要は芸能コピペ記事も直接取材してないし、名乗ってもいないしフェアじゃない。「日本人失格」 田村淳・著集英社新書:本体720円+税 ヤフーの人に名乗れっていうのは、まあそれは無理でしょうけどね。ただ、きちんと取材して正確な記事を書く記者もいれば、メディアもある。だから一番早く上げた者が勝ちなんて環境は変わってほしいなって心底思う。 特にネット上には、本当に有益で質の高い記事とそうでない記事が入り混じっていてわからない。なんか色分けとかでこれは「信用できる記事」とコピペみたいな「いいかげんな記事」を一目で判別できるようになったらいいな。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資、松田穣)

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    ロンブー淳の芸能コピペ記事批判は甘すぎる

    藤本貴之(東洋大学准教授/メディア学者)ネットメディアは芸能人にとって「諸刃の剣」 テレビやラジオの番組、あるいは芸能人のブログやSNS記事の一部に言及するだけで、取材をすることなく生産されるいわゆる「芸能コピペ記事」がネットメディアで散見される。 取材されることのない二次情報による記事が、「コピペ記者」の極めて安価な作業として量産されるという意味では、WELQ騒動に端を発する「キュレーションメディア問題」などとも抱えている病巣は基本的に同じだ。拡散性と検索性を高めることだけでアクセス数を伸ばす、というビジネスモデルも同一である。DeNAが運営していた医療情報サイト「WELQ(ウェルク)」。 トップページには全記事非公開化のお知らせが掲載されていた=1月5日 「にわかアルバイト記者・編集者」が薄利で量産したコピペ記事が、「釣りタイトル」や「過剰キャッチ」によって大きなPV(ページビュー:アクセス数)を獲得し、情報として一人歩きをし、事実化してしまう。この問題は、今日のネットメディアのあり方として批判されている面のひとつだ。いわば「芸能コピペ記事」とは、メディアの現在を映す鏡とも言えよう。 一方で、今日のコンテンツ(=芸能人など)が、コピペ記事を含めたネットメディアと「持ちつ持たれつ」の関係で成立していることも事実である。ネットメディアがなければ、成立しえないコンテンツ(=芸能人)は多い。 例えば、多くのコンテンツ(=芸能人)は、今日、日常的且つ継続的にネットの拡散力や利便性を利用して、様々な形で効率的な情報発信をしている。むしろ、ネットを利用しないコンテンツなどないと言っても過言ではない。その意味では、ちょっとしたブログ記事や普段の出演番組などがネットニュースになることは、タレントとしては決してマイナスではない。ネットメディアの機動性を活かせば、テレビや新聞のような既存メディアでは取り上げることの難しい些細なことでも、切り口によっては素早くニュースにすることができる。コンテンツにとってこのメリットは大きい。 しかし、それが逆に自分への批判やネガティブ情報として生成されてしまった場合は、その発信力はマイナス方向にいかんなく発揮される。一部の情報だけを抽出されて中傷されたり、根拠の薄弱な憶測が事実のごとく報じられる。それはSNSなどを介して無限に拡散され、一人歩きをし、もはや収拾がつかなくなり、ひいては既存メディアの報道や世論をも動かしてしまう。 ネットメディアは、PVが収益に直結する構造であるため、マイナス情報だろうがプラス情報だろうが、ミスクリック(誤操作)だろうが、「アクセスされれば何でも良い」が基本にある。芸能市場とのしがらみも少ないだけに、コンテンツ(=芸能人)の味方であるとも限らないし、自制も効きづらい。ネットメディアは今日の芸能人にとって、最大の武器でもあり、最強の敵でもあるわけだ。噂や憶測が「事実」になる? タレントのロンドンブーツ1号2号・田村淳氏(以下、ロンブー淳)は、ネットを積極的に利用しつつも、「コピペ記者」「コピペ記事」など、ネットメディアのマイナス面に対して正面から批判を展開してきた人気芸能人の一人だろう。自らSNSや配信を通して、ネットメディアの情報の信頼性の低さや、「ネット民」「匿名コメンテーター」たちの無責任な情報発信対をして批判してきた。 例えば、「芸能コピペ記事」に関しても、「取材した後に記者の憶測や感想はあっても良いと思いますが・・・取材なしの憶測だけでの記事がまかり通るなら、なんでも捏造できますよ」(2016年10月7日@Twitter) と語るなど、直接取材をせずに記事を生産するネットメディアのあり方を「捏造」とまで言い切り、そのあり方に疑問を呈している。 確かに、テレビやラジオ、あるいはイベントなどでの発言やSNSなどの書き込みの一部だけを抽出して、そこから記者の憶測によってフレームアップして記事化させる手法は、コンテンツである芸能人からすれば、迷惑どころではない。内容によっては、タレント生命を脅かしかねない問題である。 実際に、真偽が不確定な段階で、噂や憶測だけがネットに拡散され、「事実」として一人歩きしたことで、タレント生命はもとより、健全な社会生活が脅かされた事例も多い。例えば、タレントのスマイリーキクチ氏に対して起きた「スマイリーキクチ中傷被害事件」は有名だ。1988年の凶悪犯罪「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の犯人がキクチ氏であるというデマが流布され、それが半ば事実として一人歩きをはじめ、キクチ氏への中傷が激化していった騒動だ。 ロンブー淳氏の場合であれば、次のように書いたツイートに対して、「自分の意見なんだから/他人と違っていいんだよ/多数派が常に正しい訳ではない/議論の末に納得して意見が変わるのは良いけど、変に空気を読んで意見を変え始めたら取り返しがつかなくなる。」(2016年10月5日@Twitter) 「人工透析患者は自業自得なのでそのまま殺せ」とブログで書き(2016年9月19日)全番組を降板となったフリーアナウンサー・長谷川豊氏への擁護と関連付けられて、ネットニュース化されるという「被害」にあっている。もちろん、時期とタイミングの合致こそあれ、ツイート内で長谷川氏には一切触れていない。 既存メディアと異なり、法規制や業界内ルールが確立しているわけではないネットメディアにおいては、例えそれが不合理なものであっても、制御することは難しい。高い機動性と拡散性を有効活用されて、一方的なニュースリリースがなされても、それを受けるコンテンツ(=芸能人やターゲット)の側に、十分な抵抗手段や回避策はない。 しかも、一度ネットに流れた情報は、コピーと編集が繰り返されるだけでなく、「Internet Archive」や「Web魚拓」のように、削除したはずの情報もアーカイブとして勝手に保存されて無限に拡散され続けるので、ネガティブ情報が発動された時の病巣は深い。田村淳問題ネット批判の違和感 既存情報から都合の良い箇所だけ抽出し、本来の意図を超越して「炎上しそう(=アクセス数が伸びそう)」なタイトルや憶測キャッチで、「釣る」という仕組みは、今日のネットメディアのビジネスモデルを象徴するテクニックでもある。 しかし、このテクニックは、コンテンツ(=芸能人)の側が利用している場合もあるため、それを不用意に批判することができないという難しさもある。それに対し、ロンブー淳氏のような人気芸能人による、コンテンツの立場から正面切った問題提起の登場は、これからのネットメディアのあり方を考える上では貴重だお笑いコンビ、ロンドンブーツ1号2号の田村淳(左)と田村亮 自分たち(=芸能人やコンテンツ)も利用しているテクニックの負の側面を「ネットメディアの問題」として展開する指摘や批判は、ともすればブーメランとして自らに跳ね返る極めてリスキーな行為である。清涼飲料水のCMに出ているタレントが、清涼飲料水の有害性を主張するようなものだ。その是非はさておき、リスクを負ったロンブー淳氏の勇気は評価に値するし、何よりもコンテンツの側の発言としての信頼性も高まる。 その一方で、筆者としては、そんなロンブー淳氏らに見られる「コンテンツ側からの指摘」の中に、なんとも言えない違和感を感じることもある。なぜなら、「噂や憶測」の横行や二次情報記事、匿名による「闇討ち」といったロンブー淳氏のネットメディア批判が、いずれもネットメディアに限った問題ではないからだ。 マスコミ、特に芸能情報やゴシップというものは、ネット社会以前から、常に噂をきっかけに、書き手やメディアの側の憶測や恣意性によって「創作」され、「加工」され、「編集」され、そして「捏造」されてきたものである。誤解を恐れずに書いてしまえば、「噂と憶測のエンターテインメント」と言っても良いかもしれない。  例えば、江戸時代の大衆新聞である「かわら版」でも、1722年(享保7年)に幕府から「筋無き噂事」を記事にした読売(かわら版)の禁止令が出されている(「江戸町触集成」)。ようは、不確実な噂や憶測の新聞(かわら版)を売ってはならないという法令だが、こういった法令が出されたということ自体、そういう新聞が横行し、当時の社会問題になっていた、ということだ。「ネットで俺の悪口書くんじゃねぇよ」という次元 メディアによる事実の「恣意的な編集」や「意図的な誤解」、「逆張りの拡大解釈」などは、今に始まった話ではない。その誕生から、常にメディアはそうであり続けてきた。これは今日のテレビや新聞などでも少なからず当てはまることであろう。見方を変えてみれば、それがメディアの本質でもある。そしてネットメディアも例外ではない。ただそれだけのことだ。 もちろん、批判のテクニックとして「ルールや規制の有無は大きい」とか「既存メディアは匿名ではない」という既存メディアとネットメディアの違いを指摘することはできるかもしれない。しかし、それでさえ程度問題に過ぎない。 ルールや規制があろうがなかろうが、週刊文春の「文春砲」は放たれるのだ。学術論文やルポルタージュのような署名記事でもない限り、芸能情報やゴシップ記事は、よほど有名な芸能レポーターやライターでもない限り、事実上「匿名」のようなものだ。悪質なネガティブ記事の時だけペンネームを使うといったテクニックも日常茶飯事だ。もちろん、記名だから内容に信頼性が高まるわけでも、攻撃力が下がるわけでもない。*** ロンブー淳氏により展開されるネットメディアへの問題提起や批判は、いずれも「そういったネット社会の現実」を受け入れた上で、それとどう向かい合い、どのように使い、どうコントロールし、また、その中でどう振る舞うか、という今日コンテンツの側に問われている問題とも重なる。筆者としては、その部分こそが、今後のネットメディアを考えて上で重要な論点になってゆくと考えている。 既存メディアとネットメディアを対比して、ネットメディアとネット民の未成熟さを前提に論陣を張ったところで、「ネットで俺の悪口書くんじゃねぇよ」という次元を超えることはできない。 筆者自身、ネットメディアはもとより、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌など、様々なメディアで発言し、情報発信をしてきた「コンテンツ」でもある。それが時に、ネットで意図的に悪意ある解釈をされて拡散されたり、想定外な一人歩きから批判されることもある。しかし「そういったネット社会の現実」を受け入れることも含めて、ネットメディアを利用した情報発信を選択することなのである。もちろん、「そういったネット社会の現実」を受け入れることができなければ、それでも良い。ネットメディアに関わらないコンテンツという選択肢だって不可能ではないのだから。 ロンブー淳氏には今後、コンテンツとしてのネットメディアの関わり方、向かい合い方について突っ込んだ発言していってほしいと期待している。人気芸能人であるだけに、他の人にはないリアリティがあるはずだ。

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    芸能コピペ記事なんていらない!

    の田村淳さんである。彼の怒りの矛先は、世に氾濫する芸能コピペ記事の数々。その真意を尋ねてみると、現代メディアが抱える大きな弱点も浮かび上がった。

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    芸能コピペ記事は、テレビの「自己否定」そのものである

    バラエティも、テレビよりもネットで見るほうが自由度が高かったりする時代だ。面倒なのは、散らばっているメディアのブックマークの使い分けくらいだろう。 ヤフーニュースやLINEニュースなどでは、坂上忍さんやダウンタウンの松本人志さん、ビートたけしさんらが発したコメントがアクセスランキングに踊る。芸能情報ではなく総合ランキングまでも芸能が占めているのだ。それだけの視聴PV数を『タレント発言の記事化』が稼いでいる。 「タレント名」+「発言内容」=「インパクトのあるタイトル」というフォーマットのみで耳目が簡単に集められる。取材も分析も何もいらないのだ。ただ、テレビとレコーダーさえあれば記事は書けてしまう。「いつ、どの番組でそのコメントを発したのか」を明記すれば、芸能ジャーナリズムとしても成立する。 「最新急上昇ワード」や、「リアルタイム検索」を見ているだけで、テレビで、今何が起きているのかも掌握することができる。そして、「全録ハードディスクレコーダー」で番組やコメントを確認すれば1時間後には、れっきとしたニュースとして配信できる。テレビを見ただけで記事が書けるのだ。これはもはや、読書感想文よりも簡単で時間もコストもかからない。テレビを見ないまま流通するコメント テレビ局も、番組が話題になることはよいことだ。タレント側としても、テレビで発言したことが取り上げられることはよいことだ。広告スポンサーも話題になることはよいことだ。ヤフーニュースやLINEニュースに配信するメディア媒体も、自社にPV数が反映されるからよいことだ。しかし…。 かつて、テレビはメディアの王様だった。ゴールデンタイムのテレビ番組で、翌日、学校の話題は独占されていた。しかし、今日、テレビの母数としての視聴率には差があまりでないが、テレビの話題で独占されることは非常に少なくなった。そう、誰もが「共感するテレビの話題」がないからだ。 すでにスマートフォンでは、「なう」でソーシャルな話題に忙しい。昨日のテレビのことなんてどうでも良くなっているからだ。では、なぜ、タレントコメントがネットのニュースで話題になるのか。それは、テレビ番組を見なくても、タレントの動向がそのままネットの話題として流通しているからなのだ。 よほどの人しか、全録ハードディスクレコーダーでさかのぼってまで、テレビ番組を再視聴することはないだろう。そして、実際に録画を見ても、ネットのニュースコメントほど大したコメントではないケースの方が多い。 あくまでも、ネットニュースのコメントはタレントが何を言ったのかがわかるだけでよいのだ。それで、その場のネタとして消費できればよい。誰も、そのテレビ番組を見ないまま、タレントのコメントだけが、ただ流通しているにすぎない。 ネットニュースを見ているだけで、テレビで何が起きているかを察することができる。テレビを見ないでテレビでの内容が把握できるということは、ますます人をテレビから遠ざけてしまっているのではないだろうか。 本当にテレビ局が番組を見せたいと思うならば、TVerのような番組のURLのリンクを必ず貼らせるべきだろう。そして、回流視聴に期待するはずだ。ネットであれば、流入経路が掌握できる。しかし、視聴率に反映されないことはテレビ局は、あまりやりたがらない。テレビが自ら流入してくる努力を惜しむ間に、母数の変わらない視聴率でさえ稼げない時代が必ずやってくる。 ネットニュースでテレビの話題のシーンに回流させ、番組をそのまま再生できるようなフォーマットがなければ、テレビを見ないですむ習慣を、ますます増長させているだけだろう。結果として、芸能コピペ記事は、テレビ番組の自己否定につながる。

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    「広いメディア」と「深いメディア」という二つの選択

    徳力基彦(アジャイルメディア・ネットワークCMO、ブロガー) 2017年も、はやくも20日が過ぎ去ろうとしています。 2016年はDeNAのWELQ騒動を起点として、ネットメディアの倫理や信頼性に大きな問題提起がされた年となりました。 DeNAは騒動の結果、運営するキュレーションプラットフォームの全サイトを非公開化し謝罪会見を実施、1ヶ月以上経った今でも非公開化の状態が続いています。 さらには、ライターのヨッピーさんがサイバーエージェントグループのSpotlightへの糾弾をされていたり、NAVERまとめの削除対応を物議をよんだり、リクルートグループの運営メディアやKDDIグループの運営メディアが記事を削除する展開にもなり、多くの上場企業が運営するネットメディアにも様々な問題があったことが可視化されてしまいました。 現実的には、いまだに水面下で様々な問題がくすぶっている状態とも言えるでしょう。 こうした状況から、この年末年始は、さまざまなイベントでネットメディアに関わっている方々とお会いする度に今回の騒動が話題になる状況が続いていますが。 個人的に最も印象に残ったのが、インフォバーンの小林さんがおっしゃっていた「そもそもメディアなんてたいして儲からないのに、儲けようとする人がメディアをやるからああなるんだ」という趣旨の発言でした。 実際、ベンチャーメディア界隈の方にお話をお聞きすると、ここ数年DeNAやKDDIがベンチャーが立ち上げたメディアを高額で買収した流れが生まれたため、若手のベンチャー起業家に投資家側が、ネットメディアを光速で立ち上げて大企業に売る、というサイクルを推奨する傾向も一部にあったそうです。 現実的には、Google Adsenseとかアドネットワークの広告収入だけでは、ページビュー単価0.2円とかで大した収入にならないわけで、その収入だけでは個人が一人で運営するならまだしも、会社として複数の社員を雇用していくのは難しいわけですが。 とにかくネットメディアの立ち上げを必死に頑張って大企業の目にとまれば、数億円や数十億円で買収されるのが夢ではない、というプチジャパニーズドリームが出現したわけで、この数年多くの大企業が儲からないと嘆いていたはずのネットメディア事業に雨後のタケノコのようにベンチャーによる新規参入が相次いでいたのも、今考えるとなるほどそういう錬金術だったんだ、というのが正直な印象です。 で、そのバブルは今回のDeNA騒動で間違いなく泡と消えてしまったわけですが。 個人的に気になっているのが、今後のネットメディアはどういうところが生き残っていくのか、という疑問です。 丁度、来週開催されるYahooと日経新聞が共催している「Media×Tech2017」というイベントで「Yahoo!ニュースVS日経電子版:デジタル時代の勝者は」というパネルディスカッションのモデレーターをさせて頂く関係で、両社をサンプルに自分の考えをまとめたものを一旦公開してみたいと思います。「広い」か「深い」かにならないと生き残れない「広いメディア」か「深いメディア」のどちらかにならないと生き残れない 個人的に結論として感じているのが、タイトルに書いた今後のネットメディアは「広いメディア」か「深いメディア」のどちらかにならないと生き残れないのではないか、という仮説です。 まず「広いメディア」は、とにかく大勢の人たちに見られることを目指すメディアを意味します。 いわゆる「マス」を対象にしているメディアで、比較的ニュースのカテゴリーは多岐にわたり、基本的には無料で記事を公開することでできる限り大勢の読者を集めているのが特徴。 日本で言うと間違いなくこの「広いメディア」の代表は地上派のテレビ局でしょうし、ネットメディアで言えばYahoo!ニュースが代表格。 最近だとスマートニュースとかグノシーのようなスマホニュースアプリもこちらの「広いメディア」を目指しているメディアでしょう。 一方で「深いメディア」は、何か特定のカテゴリーにおいて深い情報や知見が得られるメディア。 象徴的なのは雑誌で、日経ビジネスや東洋経済はビジネスマンにとっての「深いメディア」だと思いますし、Numberはスポーツ好きのための「深いメディア」で、ベストカーは自動車好きのための「深いメディア」  こちらは「マス」ではなくある特定の「ターゲット」が明確なメディアで、ニュースのカテゴリーが偏っているメディアです。こちらは無料で公開されているものもありますが、「深い」がゆえに読者が有料でもお金を払ってくれるのが特徴というイメージです。従来のマスメディアは必ずしも「広いメディア」ではない メディア関係社の方からすれば、何を今更当たり前のことを、という話だと思うんですが、この分類で注意して頂きたいのはいわゆる従来の「マスメディア」=「広いメディア」で、「ネットメディア」=「狭いメディア」ではない点です。 従来のマスメディアとはテレビ、新聞、ラジオ、雑誌を4つのマスメディアを「4マス」と表現することが多くありました。 ただ、例えば雑誌は「マス」が対象のメディアではなく、読者のターゲットが明確な「深いメディア」だと思いますし、実は日経新聞も上記の定義で言えば「マス」メディアではなく、ビジネスマンターゲットの「深いメディア」の方に分類されるのではないか、というのが個人的な印象です。 こういうと日経新聞の方からすると、自分達は300万部の購読数がある「広いメディア」でありマスメディアだとおっしゃるかもしれないんですが、実はそれでも900万部近い販売部数を誇る読売新聞に比べると3分の1。朝日新聞と比べても半分以下です。 実は誰でも対象になる一般紙に比べると、当然ながら経済新聞は市場が狭いわけです。 ただ、ここで言う「狭い」ことは、メディアのビジネス上はネガティブな意味にはなりません。 日経新聞は経済誌という「狭い」カテゴリーに特化することで「深いメディア」であることが維持できています。だからこそ開始当初は誰もネット配信の新聞に月額4000円の契約なんてしないと批判された日経電子版で有料会員50万人という実績を達成することができているわけです。「広いメディア」と「深いメディア」は重要なことが全く違う「広いメディア」と「深いメディア」は重要なことが全く違う 「広いメディア」において重要なのは大勢の読者を集められていること。 大勢の読者を集めることができていれば、それにより広告収入を確保することができます。 テレビは全体的に視聴率が低下傾向にあるという議論もありますが、それでも視聴率10%とか20%は、1000万人単位の視聴者がテレビを見ていることを示しますし。 ヤフーは月間150億ページビューと驚異的なアクセス数を誇ります。 昔、ある広告主の方が「ヤフーに広告を出しておけばネットユーザーの90%以上に届くからネットは細かいところに広告出さなくても、ヤフーに広告出しておけば良いんですよ」と話されていたのを良く覚えています。 今はライバルも増えてそこまで圧倒的ではないかもしれませんが、それにしても他を寄せ付けないポジションにあるのは間違いありません。 米国のインターネットで日本のYahoo!と同様のポジションを取っているのはFacebookでしょう。 大統領選挙の結果にFacebookのアルゴリズムが悪影響を与えたことが議論されていますが、逆に言えばそれだけ大勢の米国民がFacebookを使っているということの裏返しであると言えます。 こうした「広いメディア」においては、一つ一つの記事の質よりもプラットフォームとしての場の力を保てているかどうかが重要と言えます。 一方で「深いメディア」において重要なのは、ターゲットである読者にとってのコンテンツの質です。 「広いメディア」においては、読者は「マス」なのでどちらかというとヤフーやFacebookのように他社からの記事提供を受ける形で自分達は読者への配信に特化して、自らは記事を作る必要はありません。もちろんテレビ局のように自らコンテンツを 作るケースもありますが、広いことが重要なのでコンテンツは借り物でもよいわけです。 ただ、「深いメディア」においては、その記事やコンテンツがそのメディアでしか見られないことが重要になります。 他で同じ記事が読めるなら、そのメディアに来る理由がなくなってしまうからです。 そうなると、当然ながら自分達の社内に専門の記者を配し、自分達ならではの記事を作ることが中心になります。仮に外部に記事執筆の依頼をするにしても、自分達の読者のための専門的な記事の執筆を依頼するはずです。 逆に言うと深いメディアの弱点は、コンテンツにコストがかかってしまう点にあります。そうすると通常のアドネットワークの収入だけではペイすることができず、通常は課金等の複数のビジネスモデルとの組み合わせが必須になってくるわけです。 NewsPicksがサービス開始当初は、記事にコメントするためのプラットフォームが中心の運営を行っていたのが、その後、有料会員でなければ読めない記事を軸にした有料メディアモデルにシフトしたのが象徴的と言えます。 経済メディアという分野で「広いメディア」としてのアプローチは明らかに読者数の観点から一般人全員を対象にできるプラットフォームに比べて分が悪くなります。でも、自らの経済メディアとしての独自記事を増やすことで明確に「深いメディア」としての特徴を強化する方がビジネス上は筋が良いわけです。参考:バカと暇人のものではないネット空間を作ることはできるのかWELQの作り方は「狭くて浅い」のではないかWELQの作り方は「狭くて浅い」のではないか こうしてみると、今回の騒動の起点になったDeNAの医療メディアであるWELQは、実は悪手の選択をしていたのではないかということが見えてきます。つまり、WELQのコピペによる生地の大量生産の作り方は明らかに「狭くて浅い」メディアの作り方です。参考:DeNAの「WELQ」はどうやって問題記事を大量生産したか 医療メディアという分野はたいして「広いメディア」ではありませんし、ネット上の他のメディアからコピペ引用で記事を大量生成するという手法は明らかに記事の質が低くなり「深いメディア」にもなりえません。 DeNAキュレーションプラットフォームの手法は、ある意味Googleという「広いメディア」の検索を自分達の流入ルートとしてハッキングすることで、擬似的に自分達を「広いメディア」として機能させ、大量生産の浅い記事でもメディアとしてスケールさせることに成功した手法といえるかもしれません。そういう意味では、Googleの敗北であるという指摘は納得感があります。参考:DeNA他キュレーションメディアが起こした“事件”は、検索エンジンが資本主義に負けたということ。 とはいえ、イタチごっこですから、どこかでGoogleがWELQ対策の手法を発見したら終了だったわけです。一方で、MERYとiemo以外はたいして儲かっていなかったという話も漏れ伝わってきますので、今は投資フェーズと言うことで大量記事作りに注力していたのかもしれませんが、遅かれ早かれこうした「狭くて浅い」メディアの作り方は破綻していた可能性が高い気もしてきます。 そもそも昔から日本においてはカテゴリーを絞ったネットメディアは収益をあげるのが難しいというのが定説でした。象徴的なのはB2Bのメディアでしょう。B2Cメディアに比べて、B2Bメディアは読者数が圧倒的に少なくなってしまうので、ページビューを元にしたアドネットワークの収入ではとても生きていけないわけです。そういう意味で、儲かるB2Bメディアを作るのは非常に大変だと良く言われます。 そういう視点で考えると、10のカテゴリーのメディアを一つ一つ浅いメディアとして運営していたDeNAキュレーションプラットフォームは、構造的に無理を抱えていたように思えてきます。MERYは「深いメディア」として成功しつつあった ただ、逆に言うと、ここで興味深いのはMERYの成功です。DeNA騒動でMERYが閉鎖した後、MERYロスという言葉に代表されるようなMERY読者の嘆きが話題になりましたが、実はMERYはビジネスが軌道に乗る過程で女性誌の編集者を多数採用していたそうで、「狭くて浅い」メディアから「深いメディア」への転換に成功しつつあったようです。参考:MERYは何が“特別”だったの?愛読者に聞く 特に広告主にとって大きかったのはMERYが他のネットメディアでなかなかリーチすることができていなかった20代女性へのリーチ手段を提供していた点だそうです。 つまりMERYは20代女性にとっての「深いメディア」になりつつあったということでしょう。 実はDeNAキュレーションプラットフォームでは、コピペ手法に頼らなくても、既にそうした手法から卒業するための出口をMERYで見つけていたはずなんです。 最近では、ネイティブアドの普及がバナー広告が収益源として厳しい「深いメディア」にとって、課金と並ぶ新しい収益源になることが明確になっています。 MERYが再開することができれば、きっとネイティブアドを軸に質を重視したメディア運営に明確に舵を切ることができるはずですし。 DeNAキュレーションプラットフォームが今後再起することができるのであれば、是非最初から編集部の人材に投資をして、質の高い「深いメディア」を複数立ち上げ、MERYで学んだ成功の方程式をコピペを使わないやり方で再現することに挑戦してほしいと感じているのは私だけではないのではないかなと思います。「広いメディア」と「深いメディア」は最終的に衝突するのか「広いメディア」と「深いメディア」は最終的に衝突するのか ちなみに、そんな中、個人的に興味深いのが、なんだかんだ「広いメディア」と「深いメディア」はそれぞれ最近は衝突する方向に向かって動きつつあるように思える点。 ネットメディアにおける「広いメディア」の代表であるYahoo!ニュースは、この記事を書いているYahoo!ニュース個人のような取り組みで、自分達にしかない記事の生成に挑戦していますし、最近はYahoo!ニュース編集部による特集記事も目に見えて増えています。参考:特集 - Yahoo!ニュース 「広いメディア」として成功すれば、深い記事を作ることにも挑戦することができるわけです。 一方で「深いメディア」の代表として電子版での課金に成功しつつある日経新聞も、ウェブ版や様々なカテゴリーごとのウェブメディアを立ち上げることに挑戦しています。参考:NIKKEI STYLE|ライフスタイルに知的な刺激を 「深いメディア」として成功すれば、対象となるカテゴリーを拡げていくことにも挑戦することができるわけです。 はたして「広いメディア」と「深いメディア」どちらのメディアの作り方がこれからのネットでは強いのか。Media×Tech2017 来週のヤフーさんと日経さんとの議論では、そのあたりを深掘りしたいと思っていますが、異様に記事が長くなってしまったので、今日のところはこの辺で。(イベントに参加される方で、両社に質問がある方は、是非こちらにコメントでお寄せ下さい。) いずれにしても2017年は2016年の反省を活かし、コピペではない様々な新しい「深いメディア」がコピペメディアを淘汰していく流れになることを期待したいと思います。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年1月20日分を転載)

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    組織の「やらかし」と情報リテラシーの微妙な関係から何を読み解くか

    山本一郎(個人投資家・作家)まとめサイトの無断転用等の問題を受け会見したディー・エヌ・エーの(左から)小林賢治経営企画本部長、守安功社長、南場智子会長=2016年 12月7日、東京都渋谷区 山本一郎です。記事のタイトルだけ読んで分かった気になる派です。 ところで、ネットでニュースを閲覧することが習慣になっている人間にとって「情報リテラシー」というのは絶対に無視することのできない大切な価値観であると思うのですが、普通に社会の中で生きていく上ではそれほど重要ではないかもしれないと感じさせる出来事がありました。 例えば、ネット上で情報を扱う際にトラブルの種となりがちな「引用」についてですが、日本でもっとも成功している事業者の一つであることは間違いないであろうLINEの上級執行役員を務める方が以下のようなコメントをされていて、なるほどなあと妙に感心してしまいました。 「お前が言うな」の声も想定していた――キュレーション騒動を受けてNAVERまとめが新方針を打ち出した理由(TechCrunch 17/1/10)引用される、されないの定義に関しても、どこの誰かは分からない人に引用されているから権利者は怒るのであって、ネット界隈で有名な人に引用されたら「ありがとうございます」となるのではないでしょうか。出典:TechCrunch 何というか、この「ギリギリ分からなくもないんだけど、そこでそう開き直り方をするのか」という雰囲気はどうしてもしてしまいます。 そもそも引用というのは、有名人にされれば「ありがとうございます」と思わず感謝したくなるほどうれしいものだったんでしょうか。個人的にはこれまで一度もそんなふうに思ったことがありませんでした。もちろん、自分の書いたものや意見が拡散されるという意味では嬉しいですが、なんか剽窃や盗用だとなれば話は別ですから、あんまりそこが混同されるとモノを書く側としては困ります。世の中の人の多くがそう感じているのであれば、文化庁が引用の定義で示している「引用物が主従関係の従になるべき」という見解を逸脱したような行為が横行するNAVERまとめは社会的にはまったく問題ないということになるんでしょうか。 LINEの中の人はさらに踏み込んで検索エンジンのあり方についても問題提起されておられまして、このあたりも2017年の情報リテラシーを考える上でのポイントなのかもしれません。Googleというと語弊があるのですが、「検索」になりたいんです。コンテンツを必要としている人とコンテンツを持っている人をいかにつなげるか、ということなのです。 一連の騒動で少しだけ違和感があるのは、検索エンジンについてどう考えるかということです。(中略) ロボットは良くて、ロボット以外がはダメな理由(まとめが検索サービスと認められない理由)はそもそも何だったのかと。出典:TechCrunch 単なる乱暴なコピペ行為が実は新たなネット検索の礎になるということなのでしょうか。色々と考えさせられます。何かこう、Googleなど検索サービスがコンテンツをキャッシュして適切にユーザーと情報を繋いでいくために必要な技術やリソースだけでなく、思想や行動様式なども合わさって「信頼」なんだろうと考えると、いまそれをNAVERまとめ率いるLINEが言ってしまうというのはモゾモゾするものを感じます。行政府でも起きたメール誤送問題 さて、もう一つの話題は、日本の情報リテラシーの大きな権威であるべき行政府で電子メールの誤送信があったという件。 文科省、人事異動案メール誤送信 省内一斉で(日本経済新聞 17/1/10)同省では年明けからメールシステムが切り替わり、操作に習熟していなかったことが原因とみられる。松野博一文科相は閣議後の記者会見で「チェックが足りなかった。再発防止に努めたい」と話した。出典:日本経済新聞 決して起きてはいけない事が起きてしまったということですが、こうした事故はどこの組織でも起きる可能性はあるわけでして、文科省が提案する今後の再発防止策は国民すべてにとって大きな指針となり得ます。で、どんな対策が出されたかというと、これが本当に素晴らしいものでした。 「今後、機密情報は紙で」文科省のメール誤送信対策に驚きの声、話を聞いてみた(The Huffington Post 17/1/10)--再発防止策として今後はどのようにされるのでしょうか。 人事情報などの秘密保持を要する情報は、メールを使わないようにして紙や口頭でのやり取りに切り替えます。--メールから紙にするのは時代遅れでは?という声もありますが…。 秘匿性の高い情報について取り扱うため、現状でできる改善策としては、それが一番良いのではないでしょうか。出典:The Huffington Post なるほど、やはり大切な情報のやりとりで電子メールなんてものは使ってはいけなかったんですね。もちろん、昨今の機密情報を扱うビジネスにおいては、なるだけファイル類をメールに添付しないで事故を防ぎましょうという流れになっているのは事実です。また、真の意味での機密情報はデータはもちろん手書きメモも残すなという方法論はどこの国、どの社会でもあります。ロシアにいたっては、機密情報保持のために専用タイプライターを作る話もありますし、アメリカの情報部門は伝統的な情報伝達の方法をいまなお堅持しています。 しかしながら、機密と言いつつも日常的に使うであろう人事データが紙に移行してしまうというのはやりすぎではないかと思ったりもします。今回の文科省でのメール誤送信の原因は既に「職員が操作に慣れていなかったこと」だと明らかになっているわけですが、以前もどこぞの庁で協力者名簿が流出してしまう「事故」があったわけですけど、つまりはそんな事故が簡単に起きてしまうようなシステムはダメということです。 なんといいますか、情報リテラシーとは何なのか? 今年は色々と大きな契機なんだなあとシミジミ感じ入る次第です。(「Yahoo!ニュース個人」より2017年1月11日分を転載)

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    WELQ騒動 記事に愛がないIT企業、プロの編集者が少ない

    。もし間違った内容を書いても、記事を削除すればいいぐらいにしか考えずに、十数年もやってきた。 ネットメディアが乱立してきたので、編集の訓練をされている“プロの編集者”がそもそも少ない。著作権も肖像権も差別用語も薬機法も知らないまま、サイトの責任者をやっている人も多いんです」 DeNAがサイトを閉鎖した後、他のIT企業が運営している同じようなサイトでも同じようなトンデモ記事が見つかり、こっそりと次々に削除されている。ネット拝金主義の“バカの壁”は高い。 「デマサイトに騙されて健康を害さないようにするためには、医療機関や大学など、運営者が明確なサイトだけを信用するしかありません」(前出・中川氏)関連記事■ お金のかからない最高の医療を受けるために医師が提言した本■ 祝ノーベル賞! iPS細胞の基礎から可能性までが分かる本■ 医療崩壊現場が舞台の『チームバチスタ』著者・海堂尊作品■ 薬害エイズ事件の川田龍平議員が医療の問題点を問い直した本■ 保険CMの「月々たった○○円、一生涯にわたって…」は本当?

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    WELQ騒動以降も粗製記事を出し続ける中小メディアの本音

     IT大手ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営する医療情報キュレーションメディア「WELQ」で不正確な記事や著作権無視の転用が発覚したことを発端として、同社のサイトが続々と休止に追い込まれたが、この騒動を受けて他社が運営するキュレーションメディアでも、過去に掲載した記事の削除や記事作成ガイドラインの見直しなどが進んでいるのだという。某キュレーションメディアの編集に携わるA氏(20代)が明かす。 「今回の騒動で、私たちのメディアでも執筆マニュアルの変更など対応に追われました。特に気をつけるよう指示が出ているのが画像利用です。これまでは海外の画像投稿サイトから無断で転載することもありましたが、今回の一件を受けて、自分たちで画像作成をするという方向にシフトしました。 また記事執筆についても、これまでは正直、著作権的にグレーな記事も散見されたのですが、完全にオリジナルな記事を執筆するように方針変更しています。特にダイエットや美容などのヘルスケア領域の記事は、従来よりも出典の明記を強化するよう指示が出ています」(A氏) こうした対応に追われるメディアがある一方で、これを好機と捉えている中小メディアもあるという。現在、美容系のキュレーションメディアを運営しているB氏(30代)は、今回の騒動の影響について以下のように語った。 「正直、今は大きなチャンスが来ていると思っています。メディアとして稼ぐためには、Google検索結果のトップページに表示させるためのSEO対策が何より重要。もともと投下できる資本の量が桁違いなので、これまでは競合分野の検索上位は常にDeNAのキュレーションメディアが占めていました。 しかし『WELQ』炎上から、大手メディアが軒並み記事を非公開にしたことで、自分が運営しているような小規模キュレーションメディアでも上位表示されるようになり、PVが爆増しました。正直10倍ほどに膨れ上がっており、広告収益も増えています」(B氏) とはいえ話を聞くと、B氏が運営するメディアもまた、「WELQ」などと同様、その信憑性に疑問符がつく記事が少なくないのだという。今回の「WELQ」の騒動はマイナスにならないのだろうか。B氏はこう語る。 「ここだけの話、大きな方針転換はしていません。サイトの炎上を回避するためにより巧妙なコピペ対策や記事執筆マニュアルの改正を行っている現状です。ライターとの意思疎通も徹底して信頼関係を築いていますし、悪いことをしているという意識はないですね。そのため、ある程度の期間は安定した収益を維持しながらしのぐことができると考えています。 ただしキュレーションの印象も悪くなっているので、このビジネス一本ではキツい。DeNAのメディアが復旧するまでの間に、キュレーションメディア以外の新しい事業を考えたいと思っています」(B氏) 大手メディアほど自浄作用が期待できる反面、中小メディアの中にはまだまだ利益優先で信頼性の低い記事を出し続けているところもあるようだ。「WELQ」炎上をきっかけにしたキュレーションメディアを巡る騒動は、まだ完全に終結したわけではない。■ 紗栄子 ローションドロドロ誕生会、費用は1000万円■ 高橋由美子 「生々しくてヤバい」写真集の秘蔵カット■ 炭水化物抜きダイエット実践の愛子さま「摂食障害」の指摘も■ 元アナ徳永有美 「いちばんの勝ち組」と囁かれる理由■ SMAP、最後の歌収録 中居正広は嗚咽を漏らした

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    テロを知らない日本人でもよく分かる「共謀罪」議論の核心

    主張するところのこのテロ等準備罪に関する組織犯罪処罰法の改正案である。 これが過去の経緯を踏まえて、メディアや野党によって「共謀罪」と呼称されていることは周知の通りであるが、これも繰り返されてきた「いつか来た道」である。これまでも通信傍受法は「盗聴法」と呼ばれて批判され、平和安全法制も「戦争法」と揶揄された。いずれも組織犯罪に対するインテリジェンス、国際安全保障におけるグローバル・スタンダードへの適応には不可欠な法整備であったにもかかわらず、極めてドメスティックな、レトロスペクティブな志向によるラベリングによって、本来なされるべき議論と合意形成が阻害されてきたという不幸な歴史が繰り返されている。 通信傍受法も、特定秘密保護法も、平和安全法制も、完全な法体系ではなかったかもしれない。本来、国会ではその法案の不備が議論され、修正される過程の中で、政府による説明責任が果たされ、より広い合意形成がなされ、よりよい法体系が構築されるというのが、議会制民主主義の理想である。テロ等準備罪の創設に反対する民進党の泉健太衆院議院運営委員会理事=2月16日午後、国会内 しかしながら、特定秘密保護法も、平和安全法制もこうしたラベリングによって「廃案ありき」が前提の野党や一部メディア報道によって、十分な議論が尽くされないまま、十分な修正が施されないまま、与党の数の論理により不完全な形で成立してきた。このパターンが、今回の組織犯罪処罰法の改正においても繰り返されようとしている。われわれ日本人はまずこの「負のらせん構造」から脱却しなくてはならない。常に問題となるテロ等準備罪の「等」 当然、この組織犯罪処罰法の改正案も完全なものではなく、検討すべき問題が含まれている。この組織犯罪処罰法が、これまでの歴史的なコンテクストとは異なり、テロ対策の文脈で運用されることが、本来議論すべき論点の一つであるが、これは戦後の日本が法体系の中で例えば「テロ対策基本法」のような形でテロリズムというものを規定してこなかったことに起因する。1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件でさえも当時の日本ではテロリズムではなく、治安犯罪としての「事件」として扱われたのである(※注1)。このテロ対策後進国である日本において、これまでの歴史的コンテクストの中で扱われてきた「組織犯罪」に、現代的なテロリズムという問題がなじむのか、このねじれた状態の中で根本的な問いに立ち返る必要がある。 同時にこの組織犯罪処罰法の改正案が戦後の日本の法体系における特性から大きく一歩を踏み出し、逸脱する側面は否定できない。その最も大きな論点は、これまで処罰の対象を、違法な「行為」に限定してきた刑法の体系から、違法行為の計画段階で処罰することを目的としているという点である。危機管理上、テロ対策で重要であるのは、テロリズムに起因するテロ事件を未然に防止することである。テロ対策では、テロを防止するために計画段階でテロ組織を拘束できることが望ましく、イギリスのテロ対策を筆頭に欧米の法制度において広がりつつある(※注2)。 そして、法制度において常に問題となるのは「テロ等準備罪」でも使用されている、この「等」の表現であり、この「等」に含まれる範囲の曖昧さに、運用における危険性が残されるという指摘である。運用の恣意性を排除するために、「組織的犯罪集団」をどのように規定するか。「準備行為」の範囲をどこまでとするか、「実行準備行為」において、どこから実行とみなすか、その基準の明確化が求められる。2月に入り、組織犯罪処罰法改正案の審議において政府は、犯罪の合意があっても実行準備行為がなければ逮捕できないとの統一見解を示した。味の素スタジアムで記念撮影する、各国・地域の国内オリンピック委員会の視察団=2月6日 テロリズムのための道具の準備、資金の準備を把握するためには、準備行為を監視し、実行準備行為を捕捉しなくてはならない。そのためには通信傍受によるシギント(SIGINT)、情報衛星や監視カメラなどによるイミント(IMINT)などのインテリジェンス活動の強化が求められる。そこで課題となるのは、テロリズムを防止するための「安全・安心」の価値と、テロ対策によって影響を受ける「自由・人権」の価値のバランスをどうとるかという問題である(※注1)。国民の「自由・人権」を守りながら、テロ対策を実行するために、リベラルで民主的な危機管理をどう構築していくか、これが最も重要な課題である。 2月に入り、NHKが実施した世論調査の結果、テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案をめぐり、これらの法整備が必要だと思うかという問いに対して、「必要だと思う」という回答者が46%、「必要ではないと思う」という回答者が14%という世論の動向が明らかとなった。2020年の東京オリンピック・パラリンピックをひかえた日本が、欧米のテロ対策先進国が世界に求めるテロ対策のグローバル・スタンダードに対して、どう対応するのか、世界が注目している。【引用文献】※注1 福田充『メディアとテロリズム』(新潮新書、2009)※注2 福田充『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会、2010)

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    藤岡信勝が「しんぶん赤旗」を2週間読み続けて分かったこと

    藤岡信勝(拓殖大学客員教授)雑報の寄せ集めの日刊紙 日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗』の1月11日付から23日付までを読んだ。この間に日本共産党第27回大会があり、中央委員会報告など大会関連文書を読むのが目的でもあった。ここでは、党大会の話に行く前に、『しんぶん赤旗』の感想を書いておきたい。 まずページ数が16ページで、その厚みは朝日、読売などの夕刊と同じような感触である。ページ建ては、真ん中あたりに「学問・文化」というロゴのついた文化面があり、続いて生活面、スポーツ面と来て、最終ページはテレビ・ラジオ面という普通の日刊紙の構成と同じである。国際面らしきページもある。党勢拡大を扱った面があるのは政党機関紙、特に共産党の特徴だ。 ただ、分からないのは、それ以外のページのカテゴリー分けがどうもハッキリしないことだ。その他の国内記事は、どういう基準で各ページに割り振られているのかが見えない。読んでいて頭の整理がつかない。 紙面全体を流れる一貫したメッセージが感じ取れない。散漫で、雑報の寄せ集めという印象である。何のキャンペーンも展開されていない。これは軽い驚きで「商業紙」の朝日、産経のほうが、よほど「主義」がハッキリしている。 一言でまとめると、『しんぶん赤旗』は魅力がない。これを熱心に読んでいる党員は、これで運動団体のリーダーとしての役割を果たせるのだろうかと心配になる。野党共闘に有頂天 日本共産党は、1月15日から18日までの4日間、第27回党大会を開催した。主要な大会関連文書は、(1)大会決議、(2)中央委員会報告、(3)志位和夫委員長の結語、の3つである。大会決議案は2カ月前に公表され、下部組織の討論と大会での代議員の討論で質問や意見が出され、それを受けて若干の訂正や補強がなされて確定文書とされた。大会決議案の採決が行われた共産党大会最終日=1月18日、静岡県熱海市  この大会で最も強調されたことは、日本共産党を「含む」野党共闘の成立である。昨年、2016年7月の参議院選挙で、日本共産党を含む野党統一候補が実現した。これを大会決議は、ベルリンの壁の崩壊になぞらえて、「日本共産党を除く」という「壁」が崩壊した、と表現した。 1980年の「社公合意」以来、この「壁」がつくられ、国会でも野党協議などの対象から除外されて蚊帳の外に置かれていたのであるが、2015年の安保法制反対運動のころから野党共闘の流れが出来、翌年の選挙協力にまで結びついた。これを共産党は最大限に評価し、日本政治の新しい動向として強調している。日刊の赤旗は廃刊の可能性も とりわけ、今回の党大会で最も画期的なことは、日本の他の野党が党大会に来賓として挨拶に来たことである。これは1922年の党創立から初めてのことだとして、有頂天の喜びようである。民進、自由、社民3党の幹部が初めて来賓として出席した共産党の第27回党大会=1月15日、静岡県熱海市 党大会に来賓として挨拶に来た野党の代表者は、安住淳(民進党代表代行)、小沢一郎(自由党代表)、吉田忠智(社民党党首)、糸数慶子(沖縄の風代表)の4人である。このなかで、共産党との共闘に最も積極的なのは、小沢一郎であるといわれている。 ともかく、「壁」が崩れたという比喩表現のなかに、共産党の喜びようが実感として現れている。「統一戦線戦術」の恐ろしさ  共産党が、社会主義・共産主義の社会を目指す革命を行うという、本来の主義・主張を棚上げして、他の政党・政派と共同行動を取ることは、世界的な共産党組織であるコミンテルンが1935年に取り入れた「統一戦線戦術」といわれるものである。この戦術の発想はレーニンにもあったが、本格的な方針として実践されたのは右のコミンテルン大会以来であった。 この戦術は、共産党と国民党が「抗日」で手を組んだ中国において顕著な成果を挙げた。しかし、目的を達成するとともに、国民党は追放された。つまり、統一戦線とは、少数派の共産党が、その他の勢力の力を利用して政権を取る手段なのである。実際、死にかけていた中国共産党は、国共合作によって生き返ったのだ。 今、共産党は党員の減少と高齢化、機関紙の減紙に苦しんでおり、日刊紙の廃刊まで取りざたされている。もし、日刊紙が廃刊されれば、レーニンが「イスクラ」という新聞をロシアに送り込んで共産主義を組織した新聞という媒体が放棄されることであり、コミンテルン型共産党の終焉となるのだが、共産党が大会決議で提唱している「野党連合政権」の一角を占めるようになれば、起死回生の展開となる。 他の政党は安易に共産党の呼びかけに応じることは、自らの首を差し出す行為であることを、歴史に学んで考え直すべきだ。

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    「しんぶん赤旗」をひたすら読んでみた

    113万部。先ごろ開かれた日本共産党大会で公表された機関紙「しんぶん赤旗」の発行部数である。最盛期には発行部数350万を超えていたというから、その影響力の大きさは決して侮れない。いったい赤旗とはどんな新聞なのか。このテーマを読めば、知られざる真実がよく分かる、かも?

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    43年間購読する私が「しんぶん赤旗」に感じた戸惑い

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 大学1年生で「赤旗」の購読を開始し、すでに43年。その間、忙しい時も病気の時も、1号も欠かさず読んできた(最近はあとでまとめ読みすることも増えたが)。読者としていろいろ注文はあるけれど、ここでは1つだけ述べておきたい。野党共闘の時代における「赤旗」は、共産党のなかに存在する多様な個性を映し出すものになるのが望ましく、そうでないと共闘も本格的には実らないのではないかということである。日本共産党党大会の会場に置かれた党機関紙「しんぶん赤旗」=1月15日、静岡県熱海市(酒巻俊介撮影) 「共産党には個性がない」とよく言われる。それは、ある意味では正しく、別の意味では正しくない。 個性のなさを指摘する人の多くは、「赤旗」を見たり、議員や候補者の演説を聞いてそう感じるのだろう。それなら当然だ。「赤旗」は共産党の見解を伝えるものであって(議員や候補者の演説も同じだ)、共産党の見解が特定の問題について2つも3つも存在するなんてあり得ないからだ。 ただし、個々の共産党員の見解が、常に共産党と一致しているかというと、そんなことはあり得ない。30万人もいるのだから、これも当然だろう。 ただ数が多いからというだけではない。党員の多くは団塊の世代に属する。若い頃は学生運動で、その後は労働運動などにおいて、自分の頭で考え、行動してきた世代である。新しい問題が生じたとして、共産党が見解を発表するまでは自分で考えないということはあり得ず、その結果、いろいろな問題で独自の認識に達するのは自然なのだ。 それが結果として共産党とは異なる見解になることもあり得る。だから自由な意見交換ができる共産党の集まりに参加すると、それぞれの個性が豊かなことには、誰もが驚かされるだろう。若い党員だって、過去のいきさつに縛られない分、自由で豊かな発想をしている。 例えば中国に対する評価などは、30万人が一致するなどということから、もっとも遠いところに位置する。共産党の綱領は中国を「社会主義をめざす国」と規定しているが、研究者を含む党員のなかでは、中国を社会主義だとみなす人もいれば、資本主義だと疑わない人もいて、激しい論争がある。また、党員の少なくない部分は、綱領の規定にもかかわらず、中国を社会主義だと国民に説明することに躊躇する傾向がある。個人の著作では大胆な見解を表明する不破哲三氏 そう説明してしまうと、日本の共産党が最後に目指しているのも社会主義だから、中国のような社会をめざしているのかと国民から思われるのは避けらないからだ(違うと説明しても避けられない)。そういう難しさがあるので、共産党のそれなりの地位にいる人が、「『めざす国』ということは現在はまだ社会主義ではないという意味だから、国民に対して中国は社会主義ではないと堂々と説明していいのだ」として、党員を励ましたりすることもある。2016年7月、参院選山梨選挙区に野党4党の統一候補の応援のため、街頭演説を行う共産党の不破哲三前議長 個々の党員だけではない。例えば不破哲三氏なども、個人の著作では大胆な見解を表明することがある。『激動の世界はどこに向かうか』(2009年)という著作では、共産党が存在しない国でも社会を変える動きがあることについて問われ、マルクスが高く評価したパリ・コミューン(1871年)にはマルクス主義者がほとんどいなかったことを指摘しつつ、「マルクス主義者やその党が指導しないかぎり、革命はありえないとか、社会主義への意義ある前進は起こらないなどといった独断的な前提は、(マルクスには)みじんも見られません」と述べている。 それだけだったら事実の紹介に過ぎないが、その上で、現在においても、「共産党がいないところでも新しい革命が生まれうるし、科学的社会主義の知識がなくても、自分の実際の体験と世界の動きのなかから、さまざまな人びとが新しい社会の探究にのりだしうる」と一般化しているのだ。日本で共産党が退潮し、消滅しても革命が起きるのだろうかと、戸惑いを感じた党員もいたことだと思う。こうした見解が「赤旗」に掲載されるのは難しいのではないか。 中国問題に戻るが、中国が本当に社会主義をめざすと言えるのかについて、実は共産党だって慎重な見方をしている。すでに3年前の大会で、「(中国に)覇権主義や大国主義が再現される危険もありうるだろう。そうした大きな誤りを犯すなら、社会主義への道から決定的に踏み外す危険すらある」と指摘していたのだ。 そういう見方を提示したとはいえ、「赤旗」の立場は最近まで、「中国は社会主義をめざす国」というものだった。そして、社会主義は共産党のめざすのと同じものだから、中国を批判するような報道も、ほとんど見られなかった(中国の覇権主義と真正面から闘っていた20世紀後半は別だが)。「赤旗」が党の見解を述べるものであり続ける限り、それは避けられないことなのだ。 しかし、この1年ほど前から、少しずつ変化が見られるようになる。例えば核問題について言うと、それまでは中国は核廃絶を実現する立場に立っていると評価してきたが、この間、核廃絶の「妨害者」になっているという論評もあらわれた。そして今年1月の党大会では、「少なくとも核兵器問題については、中国はもはや平和・進歩勢力の側にあるとはいえない」と断言するに至る。南シナ海、東シナ海の問題でも、「力による現状変更をあからさまにすすめている」として、「国際社会で決して許されるものではない」と批判した。 さらに、この党大会では、「中国に、大国主義・覇権主義の誤りがあらわれている」と規定した。3年前の大会の見地からすると、「社会主義の道から決定的に踏み外す危険」があらわれているということになる。実際、この党大会では、それが「現実のものになりかねない」と、中国に向かって「警告」しているのだ。 要するに、中国に対する否定的な見方が、共産党全体のものになりつつあるということである。これまでも個々の党員のなかではそういう見解が多かったわけだが、それが共通の認識になっているということだ。共産党も多様性を見せよ 問題は、こうした共産党の変化は、共産党を外から見ている人たちにとっては、つまり主に「赤旗」を通じて共産党を見る人たちにとっては、ある日突然訪れるということである。そしてその人たちの目には、ある時期までは共産党は一致してこう言っていたのに、ある日を境に一致して別のことを言うようになったと映ることである。これがまた、「一枚岩だ」「共産党の見解が180度変わると、上から下まで一挙に変わる」として、ある種の不気味さを持って受けとめられることになる。2016年4月、熊本地震の対応をめぐり行われた安倍晋三首相(右)との党首会談で握手を交わす、共産党の志位和夫委員長(斎藤良雄撮影) モノトーンの考え方だと見られることは、政党にとっては不利なことである。今度の大会決議で、共産党は自民党を次のように批判している。 「安倍政権のもとで自民党は、かつての自民党が持っていた保守政党としてのある種の寛容さ、多様性、自己抑制、党内外の批判を吸収・調整する力を失い、灰色のモノクロ政党=単色政党へと変質した」 多様性がない単色政党は批判されるべき対象なのだ。だったら共産党も多様性を見せることに力を入れるべきだろう。 私が「赤旗」に期待するのは、1ページでいいから自由投稿欄を設けることである。その他のページは共産党の公式見解を述べるものであっていいから、自由投稿欄だけは公式見解に左右されないものを掲載することである。 そのことによって、多くの人は、共産党のなかにも多様な見解が存在していること、共産党がモノクロ政党でないことを知ることになるだろう。同時に、そういう多様性にもかかわらず、幹部がばらばらに行動するような無責任な政党ではなく、政党としてまとまった見解を持ち、一致して行動をしていることも理解するだろう。 それは共産党への支持を広げることになると感じる。共闘相手の他の野党にとっても、「自衛隊を認める党員もいるのだ」とか、「いまだに天皇制廃止論者がいるんだ」などが伝わることは、共産党も自分と同じような多様性を持つ党だという理解につながり、日常の付き合いにもいい影響を与えるはずだ。不破氏のように個人の著作を出せない共産党員にとっても、同じ意見を持つものの派閥(分派)をつくらないで意見を表明できるようになるわけで、党の活性化につながると思う。 志位和夫委員長は、1月の党大会における報告で、「『多様性』は『弱み』ではなく、『強み』とすることができる」と述べた。これは多様な考え方を持つ野党の共闘に関してのものだが、共産党自身も多様性を「赤旗」で見せることによって、自らを強くすることができるのではないだろうか。

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    しんぶん赤旗は「ニュース女子騒動」をどう伝えたのか

    れないと今度は裁判所に訴えるという暴挙に出ました。もっとも、赤旗新聞や週刊金曜日といった左翼御用達のメディアでのみ名前が売れている方なので、一般人には広く知られていない方です。米軍北部訓練場の非返還区域前で、ヘリパッド建設などに抗議して気勢を上げる 反対派=12月21日、沖縄県東村高江 しかし、事実を客観的に報道しただけの当番組に対し、「単なる人権侵害や誤報という範囲を超えて、テレビの公共性を問う重大な問題」と切り捨て、持論を展開する氏は本当にこの番組をご覧になったのかと疑問に思います。ご覧になってこの記事を書かれたのであれば、真実を見る目が曇っているとしか思えません。氏は現在、一橋大学大学院地球社会研究科客員准教授であり、早稲田大学大学院ジャーナリズムコース講師も務めていらっしゃるようですが、メディアの左傾化はこういう方に教わった生徒が携わることにあるのではないかと思います。 また、東京MX前のデモの呼びかけ人であるフリーの編集者川名真理氏が「ウソの放送内容の訂正と謝罪を放送で行うこと」「沖縄の基地建設に反対する人への偏見をあおったことへの謝罪を行うこと」の申し入れをしたと記事の最後にあります。事実を報道したテレビ局に対し、デマというレッテル張りをし、デモなどで圧力をかける…。いつもの左翼活動家の手法です。この川名真理氏も沖縄基地反対問題の活動家であると公安の方に教えていただきました。 この報道がデマであるというのであれば、その証拠を見せていただきたいと思うのですが、それは全く提示せず、ただただ左翼活動家の意見を垂れ流しにする、これが赤旗新聞の正体です。この記事一つとって検証してみてもその傾向がよくわかります。調査もせず、事実を曲げ、証拠も示さず報道する新聞を「新聞」と呼ぶことができるのでしょうか?

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    赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される

    、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。●ふでさか・ひでよ/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏■ 中国で抗日戦争を戦ったのは国民党軍 共産党は成果を横取り■ SAPIO連載・業田良家4コマ漫画【2/2】 「沖縄の未来」■ 追及能力持つ共産党の10議席 他野党の数十議席と破壊力違う

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    しんぶん赤旗 194億円の収入で利益率3割超の秘密

     共産党の財政基盤を支える機関紙「しんぶん赤旗」はどのようにして成り立っているのか。その配達と集金、勧誘の仕組みをジャーナリストの竹中英司が解剖する。* * * 日本共産党は主要政党で唯一、国から政党交付金を1円も受け取っていない。1995年の制度創設以来、共産党がもらわなかった政党交付金の総額は200億円を超えるという試算がある。「政党交付金は国民が納めた税金を支持していない政党に回される憲法違反の強制献金制度だ」(宮本顕治・元名誉議長) と主張してきたからだが、“やせ我慢”には別の理由もあるようだ。 共産党は現在も破壊活動防止法の調査対象団体に指定され、公安調査庁に活動を監視されている。古参党員はこう語る。2016年7月、参院選候補者への街頭応援演説を行う共産党、志位和夫委員長(春名中撮影)「政党助成法では、総務大臣に交付金を受け取った政党への調査権(説明聴取)や返還命令権などの強い権限が与えられている。交付金をもらえば活動資金を国家に依存するようになり、国家権力から党財務に介入される余地が生まれる」 だから他の政党と違って、財政面で国に依存しない独立採算路線を採ってきた。 そんな共産党の屋台骨を支えているのが機関紙「しんぶん赤旗」の購読料(日刊紙・月額3497円、日曜版・月額823円)だ。 政治資金収支報告書によれば、共産党の2014年の収入は約225億円。内訳を見ると、党員からの党費約7億円、寄付約5億円に対し、機関紙の事業収入は約194億円でなんと収入の8割以上を「赤旗」が稼ぎ出し、同事業の支出と差し引きすると約62億円が粗利とみることができる。粗利益率は3割以上だ。党の人件費をはじめ、光熱費や事務所費などの経常経費・約38億円は赤旗の購読料でまかなっているとみていい。 不思議なのはその利益率の高さである。赤旗の日曜版は約100万部の発行とはいえ、日刊紙の発行部数は約20万部とされる。これは小規模な県の地方紙のレベルの部数だが、地方紙と違って赤旗は全国に宅配網をめぐらせなければならず採算が見込めない。しかし、そこに赤旗独自の配達と勧誘の仕組みがある。党関係者が自ら配っているのだ。「地方議員や(党から給料をもらっている)専従の党員も配達するが、現在の主力は支部長OBや会社をリタイアした一般党員たちです。一般党員には完全なボランティアと有償で配達する場合の2種類があるが、報酬をもらっても多くを党に寄付するから実質的にはボランティアです」(20年近く赤旗を配達しているベテラン党員) 赤旗は同紙印刷のために設立されたあかつき印刷など全国6か所で印刷され、各都道府県の党支部など配達拠点に配送される。さらに「配達ポスト」と呼ばれる市町村の党議員事務所などに届けられ、配達員の手で各戸に配られる。この宅配の人件費はほとんどタダというわけである。利益率が高くなるのもわかる。 たいへんなのは日刊紙の5倍近い部数がある日曜版だ。毎週木曜日に刷り上がって集配所に届けられ、宅配ボランティアの人員も10数万人に増員される。また、選挙が近づくとこうした赤旗配達員の党員たちが、新聞を配達する際、購読者以外の住民のポストにも共産党系団体の政策チラシなどを投函していく。こうした組織力は他党を圧倒している。 ボランティア配達員の党員にとって一番重要な活動は集金である。現場では、購読料は振り込みや年間一括払いではなく毎月の現金払いを奨励している。「党勢拡大のためにいきなり党員獲得といっても現実的には難しいから、まず赤旗を取ってもらう。購読者になってくれた方は共産党の政策に関心がある人です。毎月の集金時はそうした購読者と直接、話ができる貴重な機会だから、政治への不満や生活の不安などできるだけ話を聞いて、具体的に困っていることがあれば地域の党の出張所などに来てもらって改めて相談に乗る」(同前) 配達・集金は「機関紙活動」と呼ばれ、党員の中で重視されている。ただし、近年では配達員となる党員不足や高齢化などから赤旗の遅配・欠配も増えてきたという。とくに僻地での配達は配達員にとっても負担が大きいようだ。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 中国の警察 汚職の摘発は前年比12.5%増でその優秀さを証明■ 地上11階地下2階・総工費85億円の共産党本部ビルに潜入した■ 中国共産党員8800万人 大卒増え若年化進み4人に1人が女性■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏

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    赤旗が購読料値上げ、共産党が政党助成金をもらう可能性

    、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。●ふでさか・ひでよ/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 赤旗独自の情報網、内部告発は大企業や官公庁勤務の党員から■ 自民党関係者が政敵蹴落とすため赤旗に情報流すこともある■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏■ 赤旗記者が国会議員秘書に早変わりしスムーズに取材進められる

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    なぜ赤旗では「巨人軍」「夫人」という言葉がタブーなのか

     共産党の機関紙である「しんぶん赤旗」は、日刊紙約20万部、日曜版100万部の発行部数を誇り、売り上げは約194億円もある。 赤旗の特殊性が顕著に表れるのが「用語」だ。一般紙で当たり前に使われている言葉が使われていなかったり、見慣れない表現が使われていたりする。2016年5月、広島市・平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花したオバマ米大統領(右)と安倍首相。左後方は原爆ドーム 先月、終戦記念日の前後に一般紙の紙面に頻繁に登場した「慰霊碑」という言葉は赤旗では使わない。広島の平和記念公園にある「原爆死没者慰霊碑」(正式名称・広島平和都市記念碑)は「原爆碑」「原爆記念碑」と書く。 しんぶん赤旗校閲部の河邑哲也氏が上梓した『「赤旗」は、言葉をどう練り上げているか』によれば、《そもそも「霊魂」が浮遊するというのは神道特有の概念》だからということらしい。宗教に対して否定的であり、国家神道への警戒心もある共産党の機関紙らしい理由だ。同様に「慰霊」も「追悼」などに言い換えられる。 先の大戦への苦い記憶はどの新聞よりも強く持っているようだ。スポーツ記事でも戦争用語は御法度だ。 たとえば「軍」は使わない。「巨人軍」は「巨人」または「ジャイアンツ」と表現される。ただし、他紙でも「巨人軍」は使用頻度が低い。「赤ヘル軍団」もNG。「弾丸ライナー」も「するどいライナー」などに言い換える。サッカーなどでは「敵陣」と書かず「相手陣地内」と書く。 赤旗を手にとって真っ先に目に付くのが「です・ます」調の文体だ。初めて「です・ます」調にしたのは1962年5月1日付の「主張」から。1965年の元日付からスポーツ面を除いて原則「です・ます」に移行した。《「アカハタの文章は堅い」という読者の声をうけて》(前掲書より)採用したという。 皇室に対する姿勢も言葉によく表れている。一般紙で「天皇陛下」と表現するところは「天皇」とし、敬語も原則使わない。先月、話題となった天皇陛下のお気持ち表明も、《天皇は8日、「象徴としてのお務めについて」とする発言を、ビデオメッセージの形で発表しました》(8月9日付)といった文章になる。 一般の刑事事件報道では加害者でも匿名となる。「建設業の男性」「21歳女性」といった表現が用いられる。被害者、加害者のプライバシー、人権に配慮しているのだ。 しかし一般紙の場合、多くの場合で警察発表に基づいて実名、匿名を使い分ける傾向が強い。つまり、「警察の判断」でやっている。それへのアンチテーゼとして実名・匿名を判断していると言える。この点、一般紙よりも筋が通っている。 ただし、公人の刑事事件は実名で報じる。汚職など公人の刑事事件は地位を利用したものであり、公権力のチェック・監視という観点から、当然、実名になる。公人であれば、一般刑事事件でも(たとえば痴漢など)実名報道になる可能性が高い。 また、詐欺事件の場合は、公人でなくても実名報道となる。二次被害の可能性があり、容疑者を特定する必要があるとの考えからだ。 このように一定の基準があるが、明文化されたルールではなく、ケース・バイ・ケースで判断される。 赤旗・共産党の女性、子供に対する考え方がわかる表現もある。赤旗では「子供」「子ども」「こども」のうち、「子ども」を使用する。《子どもは、戦前のように、おとなの「お供」でも、神仏の「お供え」でもない、人権をもった人間だ》(同前)という考えによる。 また、「夫人」は使わず「妻」を使う。夫婦はそれぞれ別個の人格だからだ。関連記事■ 労働問題に強い赤旗 労組ネットワークがあるからこそ■ 赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される■ しんぶん赤旗を読み解く9つのキーワード■ 赤旗記者が国会議員秘書に早変わりしスムーズに取材進められる■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関

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    NHK会長人事のバカさ加減

    NHKの籾井勝人会長が退任する。公共放送のトップとしての資質に欠けた言動で混乱を招きながら、続投に意欲をみせた籾井氏の退任は、事実上の「クビ宣告」に等しい。一連の会長人事をめぐるごたごたは、NHK内部のバカさ加減を露呈したようなものだが、要は会長が誰であれ、公平中立な番組を作ってくれたらそれでいい。

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    私だけが知っている「籾井降ろし」とNHK「腐敗」の真実

    杉江義浩(ジャーナリスト) 不思議なことにリベラル派からは「政権癒着」と国会でつるし上げを食らい、同時に逆の極端な保守派からは「反日」と叩かれることもあるNHK。 NHKについては、あまりにも外側から妄想で語られることが多いので、私はあえてNHKの真の姿と課題を知ってもらうことにします。 2014年1月25日、私は渋谷にある放送センターの自席で業務を続けたまま、NHKの館内共聴回線でテレビ画面に映し出される、籾井勝人NHK新会長の初会見に何げなく耳を傾けていました。就任会見する籾井勝人氏=2014年1月25日、東京都渋谷区のNHK 私が最初の会見で受けた印象は、籾井会長という人はずいぶんとよく喋る人だな、というものでした。私が働き始めたころのNHK会長は、NHK専務理事から昇進した川原正人氏でした。2008年まで20年間、NHKの会長には、NHK内部からの叩き上げの人間が就任する時代が、長く続きました。 だいたいが組織の人間というのは、現場にいるころはよく喋りますが、偉くなって責任が重くなってくると、舌禍を恐れて口が重くなるものです。 それに比べると組織の外部から来た籾井会長のリップサービスは、いささか無防備に過ぎるように感じられました。最初のうちは、僕が注意深く聞いていなかったせいでしょう、籾井会長がよく喋るのは、総合商社でのキャリアが長かったせいだろう、くらいに甘く考えていたのです。 ところがその初会見の直後、報道各社から一斉に籾井新会長の発言内容に対する激しい責任追及の声が高まり、私も新会長の発言を再検証することになりました。事態は2月27日の衆議院総務委員会での質疑応答にまでもつれ込む大騒動に発展したのです。軽はずみすぎた発言 当時は特定秘密保護法が安倍政権により強行採決されたばかり。マスコミ各社が、これは報道の自由を損なうとして厳しく批判しているさなかでした。 その特定秘密保護法に関するNHKの報道姿勢が政府寄りではないか、と指摘された際に、籾井新会長は、「まあ一応通っちゃったんで、言ってもしようがないんじゃないかと思うんですけども」「あまりカッカする必要はない」と発言しました。 報道機関としては特定秘密保護法が施行されると、自由な取材活動が制限されて、真実の報道が難しくなるわけですから、NHKの会長は自らにとって重要な問題と認識して、責任ある発言をすべき立場だったのです。 それにもかかわらず、籾井会長の発言はずいぶんと軽はずみでした。 また時の政権の施策に対して、公正中立な立場からしっかりとした検証を行うという重要な任務が公共放送にはあります。それをはなから放棄しているような籾井会長の姿勢がマスコミ各社から問題視されたとも言えるでしょう。民主党の総務・内閣部門会議に出席し、議員の質問に答えるNHKの籾井勝人会長(左端)=2015年2月18日、衆院第2議員会館 さらに、「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」 この発言は衝撃的でした。安倍首相が右を向けと言えば、ハイと無条件に右を向く。そんな政権与党に言われるままの人物に、不偏不党であるべきNHKの舵取りを任せて大丈夫なのか。動揺が走りました。 国のリーダーに言われるままの放送を行うということは、北朝鮮や中国の国営放送と同じような放送局になることを意味しています。 先の大戦の時、日本の報道機関はすべて軍部によりコントロールされていました。NHKから新聞各社まで、軍部に都合の良い片寄ったニュースだけを、そのまま報道するように強要されていたのです。 軍部が率いる時の政権の方針を、国民は正しいものだと信じ込むようになり、いつのまにか洗脳されていきました。そして結果的に報道機関は、悲惨な戦争を長期化へと誘導する旗振り役を果たしてしまったのです。 逆に戦後、サンフランシスコ講和条約が結ばれるまでの7年間は、GHQが決めたプレスコードで管理され、戦勝国側に不都合な報道は禁じられていました。原爆の被害の大きさや、国民の貧窮について語ることさえ許されませんでした。 この苦い経験を生かして今の放送法は作られました。放送局は時の政権から干渉されない独立した編集権を持ち、不偏不党で公正中立な報道をすることを、その精神としたのです。   残念なことに籾井会長の発言は、この編集権の独立という報道の自由にとって重要な概念を、もののみごとに吹き飛ばした感があると思います。安倍政権に追従する 国会に呼び出されて以降は、さすがに饒舌な籾井会長も言葉をつつしむようになり、何を質問されても、「放送法に従って粛々と」としか答弁しないようになりました。しかし一連の発言については、「考えを取り消したわけではないが、申し上げたことは取り消した」と答弁しています。つまり事態が収拾した後も、安倍政権に追従するという籾井会長の考え方そのものは、何ら変化しないことを確認したのです。 籾井会長はさらに、直属の部下である理事たちを全員集めて辞表を提出させ、それを一時的に預かるという極めて異例な儀式を行いました。これにより理事たちは籾井会長に生殺与奪を握られ、事実上の絶対服従を誓わされたのです。 理事たちは直接ニュースや番組を作りませんが、これらを作る現場の管理職トップの人事権を握っているので、その影響はないとは言えません。 そもそもNHKの会長は、経営委員会という会議で選任します。NHKの経営委員会というのは、株式会社に例えれば株主総会のようなものです。委員になるのは衆参両議院の承認を得て内閣総理大臣に指名された有識者など12人です。籾井会長を専任した時の委員は、作家の百田尚樹氏らでした。経営委員会の委員を指名するのが首相ですから、NHK会長の選任が時の政権に左右されやすいのは、今に始まった状況ではないと言えるでしょう。 ただし時の政権の意向が、すぐさまニュースや番組に反映されるわけではありません。NHKの現場で働く記者やディレクターは、会長の指示をそのまま受け入れるとは限らないからです。 2016年4月14日に始まった熊本地震に伴う原子力発電所関連の報道について、籾井会長がNHK役職員らに対して、「(国や電力会社の)公式発表をベースに伝えるように」と指示したことが各紙に伝えられました。これに対し4月25日に、NHKの労働組合である日放労の中央委員長はただちに声明を出し、「公共放送として、報道にあたってベースとするものは、取材してわかった事実であり、判明した事実関係である」とする見解を発表しました。公式発表をただ流すのではなく、記者たちが自らの取材で事実関係を追求していく調査報道の姿勢を強く示したのです。何人からも干渉されず 7月13日には、天皇陛下に遠くないうちに譲位のお気持ちがあることを、NHKは7時のニュースで独自のスクープとして報道し、世間を驚かせました。 これは全く官邸の意向に沿うものではありませんでした。この直後、官邸や宮内庁の高官は憮然とした表情でインタビューに答え、そのような事実はない、と当初は全面否定していました。 しかし実際には8月8日の天皇陛下ご自身のビデオメッセージで、このスクープが事実であることを示されたのです。 NHKには放送法とは別に、内規として国内番組基準というものがあります。そこには「何人からも干渉されず、不偏不党の立場を守って、放送による言論の自由と表現の自由を確保」することが謳われています。 何人からも干渉されずとは、時の政権、圧力団体その他のあらゆる干渉を受け付けず、「事実と己の良心のみに基づいて」判断することだ、と私は教えられました。 視聴者からの受信料で成り立つNHKの番組は、国内の放送に税金を一切使っていません。政府から独立して自主的な取材を綿密に行い、独自に事実関係を検証し、良いものは良い、悪いものは悪いと放送するためです。 取材結果によっては、時には上司はもちろんのこと国家権力からの反発も覚悟の上で、屈することなく真実を述べる存在でなければならないのです。 それが出来るかできないかは、ひとえにNHKで働くスタッフや職員一人ひとりのジャーナリズム精神と矜持にかかっていると言えるでしょう。 報道機関に不当な圧力をかけて萎縮させているのでは、と一部から批判された安倍首相本人は、その批判に対してこう答えています。「私の圧力ごときに萎縮するような頼りないマスコミであっては困る」 実に挑発的な表現ですが、まさに政治権力とジャーナリズムは、常に真剣勝負なのだと再認識する一言でした。 政権による報道への介入を批判する態度はもちろん大切ですが、そもそも国家権力というものはいつの時代も、報道に介入したがるものだという認識を持たなければいけません。その上で政治的な圧力に負けないように、自分の足元を見つめ直し、タフなものへと固めていくことの方がより重要ではないでしょうか。ジャーナリストとしてブレない態度が求められているのです。NHKの次期会長に選ばれた経営委員の上田良一氏  2017年1月24日に、籾井会長は任期満了を迎えます。 籾井会長は解任され、現在経営委員を務める上田良一氏が新しいNHK会長の座に着くことになりました。首相が直接指名した経営委員出身ですから、安倍政権の意向をより強く反映した人物であることが予想されます。 NHKは一歩間違えれば、政権与党あるいは安倍首相の私的な広報組織に成り果てる危険性と、今もなお隣り合わせです。 現場のスタッフや職員一人ひとりが高い志を持ち続ける限り、NHKを健全な報道機関として保ち続けることは可能だと思っています。

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    なぜマスコミは「籾井いじめ」に半狂乱したのか

    宮脇睦(ITジャーナリスト) 籾井勝人NHK会長が発表した「受信料値下げ」に「再任狙いか」との邪推が駆け巡った。しかし、籾井会長は退任し、新会長へとバトンが渡される。籾井会長については、就任直後より様々な舌禍騒動を起こし、釈明における「キレる」かの態度に眉根を寄せるものだが、果たして批判は正しかったのか。とりわけ「独裁」との批判が妥当ではなかったことは、就任以降のそのNHKの報道から明らかだ。衆院予算委員会で答弁席に向かうNHKの籾井勝人会長(右) 質問者の民主党の階猛氏(左手前)が速く歩くよう促した =2015年2月20日、衆院第1委員室 会長就任直後に、当時の理事全員に日付のない辞表を提出させた。言論封殺を目的だと定義し「独裁」とレッテルを貼る。とりわけ「安倍政権のお友達人事」と揶揄していた報道機関、有識者が声高に叫んでいた。籾井氏は記者の追及に「よくあること」と答えたものの、事例を説明できなかったことが、火に油を注ぐ形となった。だが、小川洋福岡県知事は平成23年9月13日の定例会見で、副知事の退任の説明として、県議会終了後に辞表を受け取っていたと説明し、知事就任時にも前任者から辞表を受け取っていたことが福岡県のホームページで確認できる。 また、韓国の事例ながら『現代重工業、役員260人が一括で辞表提出(中央日報)』というものもある。「よくあること」かどうかはともかく実例はあるのだ。実際には労働法務からの問題を孕むとはいえ、籾井氏に「レッテル」を貼り、言葉尻を捉え「失言」を待っていたのならば、それはジャーナリズムではなく「虐め」だ。あるいは説明責任を理由に、権力者からの言葉を待つだけなら「甘え」だ。 籾井氏の代表的な「慰安婦発言」からは、日本がなんでも悪いと「自虐史観」からの距離を置く姿勢が確認できる。慰安婦についての記者からの質問に「今のモラルでは悪いんですよ」と断りつつも、「戦争をしているどこの国にもあった」と事実の指摘に、やはり特定のマスコミは半狂乱となった。仮に籾井独裁政権下のNHKならば、彼の発言に沿った報道が相次ぐはずだが退任間際の今になっても確認できていない。むしろ逆だ。 ウィキペディアには『NHKの不祥事』なるコンテンツがあり、それだけNHKに不祥事が多いわけだが、籾井氏の就任以降、書き加えられたのは籾井会長の行動の他には、佐村河内守氏によるゴーストライター騒動に、NHKスペシャルの取材班が加担していたことや、社員と子会社によるそれぞれの横領事件と「貧困騒動」で、籾井氏の歴史観が反映されている形跡は確認できない。野放しの「歴史観」こそ追及せよ 「貧困騒動」とは、NHKが貧困に喘ぐという切り口で紹介した女子高校生が、1万数千円レベルの画材を手にし、遊興に費やす余裕のある生活水準であることがSNSで特定されて炎上した騒動だ。騒動の拡大により、女子高生への誹謗中傷も確認されたが、批判の発端は「日本は経済格差の広がる悪い国ですよ」というNHKの思惑を感じとったネット民からの反発と、同じベクトルからの「捏造批判」であった。 NHKは「相対的貧困」という言葉で「捏造」を否定する。進路において学費その他を気にしない豊かな世帯と比較してのことのようだが、それに納得するネット民(民=ユーザー)は多くない。いや、周囲の主婦にも確認したが、子供の進路を考えるとき、経済的理由に頭を悩ませている世帯の方が主流派なのだ。NHKの籾井勝人会長=2016年1月7日、 東京都渋谷区のNHK放送センター NHKが発表している職員の平均年収は1150万円だが、残業代や諸手当を含めると1700万円を越えると、元BPO委員でジャーナリストの小田切誠氏は指摘する。一方、平成25年の国税庁の調査によると、一般企業のサラリーマンの年収は414万円だ。つまり庶民の3~4倍の収入を得ている貴族のようなNHK職員からみれば、大半の日本国民は貧困に喘ぐ貧しき下々とでも見ているのだろう。だから、政権を批判し、そんな日本と歴史を卑下するのではないか。 事実、Eテレ(旧教育テレビ)の『NHK 高校講座 日本史』における「日中戦争」で、「南京事件」について《女性や子どもを含む多くの中国人を殺害》とわざわざテロップをいれ、日本軍の敵として対峙した「中国軍」がいたことに触れもしない。小学生向けの歴史番組『歴史にドキリ』でも、日本が一方的に中国各地に進出し都市を占領、さらに太平洋へと歩を進めた日本を、懲らしめるかの如く米国が立ち上がったかのようなナレーションが加えられている。いわゆる「自虐史観」だ。 NHKは公式ホームページの「放送法と公共放送」で、《放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること(第1章総則 第2条)》等の放送法を掲げ、財政の自立が自主性に繋がると受信料の意義を説明する。自主や自律は曲者だ。リベラル陣営にとっても、極左勢力にとっても、日本人を拉致し原爆の開発を進める北朝鮮の主張でさえ、彼らにとっての「自主」であり「自律」だからだ。NHKの唱える「自律と自由」とは、どの思想信条を下敷きにジャッジメントを下すものなのか。少なくとも「高校講座」を見る限り、籾井会長の歴史観でないことは確かだ。むしろ青少年に特定の「歴史観」による洗脳を試みるかの内容が、野放しにされている現実を危惧する。 いずれにせよ「独裁」は終了する。世襲も後任指名もなく、革命だって起こる気配がない。「独裁」でなかった何よりの証拠だ。再任できなかったのは、単純に「不人気」だったと評価すべきだろう。単純なレッテル張りは大衆迎合の思考停止だ。批判に用いる言葉は正しく選択すべきだと、自戒を込めて筆を置く。

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    NHKの「黒歴史」になった籾井体制、私が再任反対を呼び掛けた理由

    と社会は見ているからか。それとも、信じられないほど野党に政策発信能力がないせいなのか。あるいはマス・メディアの報道姿勢のせいなのか。NHK会長の選考過程の透明化を求める記者会見を開いた服部孝章氏(右)、小林緑氏(右から2人目)ら=10月31日午後、衆院第2議員会館 2017年1月のNHK会長任期満了を前に、2016年秋から現会長の再任をめぐる動きが新聞で報じられ始めた。またしても過去を検証せず、未来の理想像を語ることなしに、人脈や政治力のなかで人事が決められるのか、といった諦めを感じていた。だが、これではいけないと思い、10月末に「次期NHK会長選考にあたり籾井現会長の再任に反対し、独立した公共放送に相応しい会長の選任を求めるとともに、透明な選考過程の下で推薦・公募制を採用するよう求める要望」を呼びかけ人17名と賛同者約100名の名簿とともに、NHK経営委員会に渋谷の放送センターで手渡し、国会議員会館で記者発表をした。   「アベノミクス」の是非を主な争点として成立した第2次安倍政権だったが、特定秘密保護法、そして安全保障関連法を次々と成立させ、7月の参院選にも勝利して3分の2の勢力で改憲を目指している。 この間、第2次安倍政権は断続的にメディアに対する規制介入を繰り返し、その中核は「公平中立は政権が判断する」というものあった。もっとも明確な事例は、2014年の衆院選に在京テレビ局にあてた文書「選挙時期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお願い」である。 自民党の萩生田光一筆頭副幹事長・福井照報道局長の連名で各局の編成局長・報道局長にあてたもので、「文書は衆院解散前日の20日付で、自民党総裁特別補佐の萩生田光一筆頭副幹事長が自民党記者クラブに所属する各局の責任者(キャップ)を個別に呼び出し、手渡していた」(「西日本新聞」2014年11月28日朝刊)。新聞各紙は西日本同様同日の朝刊で報道したが、呼び出して手渡していたとは伝えていない。この西日本は1面トップと2面で解説記事を載せるなど大きく紙面を割いた。政府・与党の「アンダー・コントロール」下にあるテレビ報道 他紙にも報じられていることだが、「文書について複数の関係者は、安倍晋三首相が解散表明した(11月)18日、TBSの『NEWS23』に出演し、強い不快感を持ったことがきっかけと証言している。番組は景気回復の実感を街頭の市民にインタビューし、放送された5人のうち4人が「全然恩恵を受けていない」などと疑問視する趣旨の発言をした。首相はすかさず「街の声ですから、皆さん(TBSが)選んでおられると思います。おかしいじゃないですか」と局側を批判した。TBS広報部は『放送内容に問題があるとは思っていない。これまでと同様、公正中立な報道に努める』と話した。・・(略)・・NHKは『文書を受け取ったかどうかを含め、個別の件には答えられない』としている」(「西日本」1面記事)このNHKの対応は受信料で成り立つ放送事業者としての自律を疑わせるものだが、在京民放テレビ各局もこの文書について、ニュース番組では取り上げなかった。私が知る範囲では、同月末のテレビ朝日「朝まで生テレビ」で田原総一朗氏が朝日新聞や毎日新聞を参考にして取り上げただけであった。 こうした状況は、まさにテレビ報道が政権や与党の「アンダー・コントロール」下にあることを、同時に権力チェックを期待されるジャーナリズムの役割を放棄している姿勢を政権与党に示したといえるのではないか。その後、安倍氏は読売テレビやフジテレビなど政権との親和性の高いとみられるテレビ局の生放送に出演しているがTBSやテレビ朝日には生で登場することはこれまでのところない。 現政権は東京電力の福島原発事故後の状態をコントロールしていると世界に流布したように、メディア・コントロールを展開した。先の文書、そして昨年秋以降、放送法・電波法に基づくものとして「停波措置」を繰り返し国会で総務大臣が答弁をした。そしてこの春、TBS、テレビ朝日、NHKの長寿ニュース番組のキャスターなどが降板した。 2013年9月7日、ブエノスアイレスで開催されたIOC総会で2020年オリンピックを東京に招致するため安倍首相の「アンダー・コントロール」と胸張って強弁した姿は、この5月の伊勢志摩サミットで「リーマンショック・クライシス」と都合のよいデータをもとに述べた同サミット議長の安倍氏の姿と相似するものであった。籾井選出と変わらなかった今回の選考基準 さて、2017年1月の籾井会長任期満了にともない、経営委は次期会長選考を進めた。籾井会長は、就任以来、「国際放送については政府が右ということを左とは言えない」「慰安婦問題は政府の方針を見極めないとNHKのスタンスは決まらない」「原発報道はむやみに不安をあおらないよう、公式発表をベースに」など、NHKをまるで政府の広報機関とみなすかのような暴言を繰り返し、報道機関や視聴者から厳しい批判を浴びた。 あわせて、一連の暴言について国会にも参考人招致され、議員の質問を浴びた。質疑の大半が会長個人の資質にかかわるもので、放送文化の発展に寄与する質疑応答とは無関係であった。このように自主・自立・自律を欠如したまま3年もの間、ジャーナリズムのトップに立つNHKを代表してきたことは、NHKの消すに消せない「歴史」であると思う。2014年2月、質問に答えるため挙手するNHKの籾井勝人会長(左)。右はNHK経営委員会の浜田健一郎委員長=国会・衆院第1委員室(酒巻俊介撮影) 12月に入ると籾井氏の再任が難しいことが新聞各紙で大きく取り上げられた。12月2日「朝日」は朝刊1面トップで「籾井NHK会長再任困難/経営委員の同意足りず」と4段見出しで伝えた。その後、いくつかの新聞も「再任困難」と報じた。確かに、それまで籾井氏が続投に意欲を見せているとの報道があったからか、「困難」となったのであろう。その目線は籾井氏や首相のお友達と言われる経営委員からのもので客観的な報道姿勢ではない。そのように朝日新聞の見出しに違和感を覚えた私は、朝日は同氏の続投を願っているのかとさえ感じてしまった。 報道に先だって、NHKの最高意思決定機関である経営委は、10月11日に「会長指名部会」を開き、(1)公共放送としての使命を十分理解している、(2)政治的に中立である、(3)人格高潔であり説明力に優れ、広く国民から信頼を得られる、(4)構想力、リーダーシップが豊かで業務遂行力がある、(5)社会環境の変化、新しい時代の要請に対し、的確に対応できる経営的センスがある、と5項目の資格要件を決め、今後委員から候補者を募り、年内に次期会長を決める方針を明らかにしていた。その際、現会長の籾井氏も候補者の一人として議論するとした。 この「資格要件」は、それぞれが抽象的とはいえ一般論として容認されうるものだが、3年間も経営委員会から注意を受けつつ、NHKを代表する地位にいた籾井氏はその要件を満たしたとは思えない。実は籾井氏の選任を決めた前回の会長選考でもほぼ同じ6項目の要件が示され、その選考過程で籾井氏を強く推薦したのは当時委員だった石原進経営委員長なのである。NHKの歴史に刻まれた籾井体制という「汚点」NHKの石原進経営委員長=10月17日、東京・渋谷 今回、石原委員長の下で進められた次期会長選考には、約3年間に度重なる暴言や失言、そして経営委から籾井氏に「注意」が3度もあったことは、記憶に残る事実であり、NHKの歴史に刻まれた「汚点」だ。にもかかわらず、現在の経営委には自戒も自責の念もない。その上、少なくとも失言や強引な理事人事などのこの3年を検証し、次期会長選任理由やその背景を明確に説明することを欠いたままでは、汚点をぬぐい、信頼を回復するには至らないだろう。それでも現在の受信料支払い率は7割を超える。年金よりも高い支払い率に安穏としている経営陣、政府はいつの日か強烈な批判を受けることになるかもしれない。それ以上に人口減少が進むなかで受信料収入は値上げや新たな受信料対象を見つけなければ、番組制作体制を維持できなくなることは明白ではないか。 いま、NHKの将来像やあるべき放送体制を、国会審議だけでなく市民をも巻き込んで探求する必要に迫られている。であるからこそ、今回の会長選考は過去への反省を忘れ、未来への理念も思想も示されないままでは、視聴者の利益を少しも考慮しない姿勢との批判は避けられないだろう。 経営委員に政府、とりわけ安倍首相の「お友達」委員が多いと多くのメディアが指摘しているように、委員会は安倍政権の利益代弁者であり、まさに籾井氏の政治姿勢である「政府が右ということを左とは言えない」とぴったりと重なるといえる。だからこそ、次期会長選考にあたっては透明な手続きの下で、ジャーナリズム精神を備え、政治権力に毅然と対峙できる人物が選任されることを期待していた。 しかしながら12月6日、現在経営委員で元三菱商事副社長の上田良一氏が後任に決定した。会長は4代続けてNHK外部からで、経営委員からは異例の登用だという。経営委は上田氏選出までの経過を説明すべきだ。あわせて上田次期会長と委員会は、失態が続いた籾井時代の3年間を検証し、経営委の見解だけでなく、委員一人ひとりが明確な言葉で表明することが不可欠である。間違っても、籾井体制の継続を語ることがないよう祈りたい。NHK組織内でジャーナリズムに邁進している良識派を今以上あきらめさせてはならないからだ。見識も展望もなかった籾井氏の「値下げ」提案 退任が決まった籾井氏だが、経営委の次期会長選びが進む中で来秋から受信料を月額50円値下げする意向を示していた。しかし経営委はNHK執行部つまりは籾井氏サイドの提案を、11月22日に見送ることを決定した。毎日新聞は翌日の朝刊第2面に「受信料下げ見送り決定 NHK経営委 会長再任より困難」と3段見出しで伝えた。同記事の解説では、認められなかったのは施行部の値下げ案に具体的な裏付けが見られなかったためだとし、議論の進め方が拙速だと批判した。 1968年5月、テレビ受信契約が「カラー契約(月額465円)」と「普通契約(月額315円)」(白黒受信契約)に分割された際にラジオ聴取料(月額50円、なおそれまでテレビ・ラジオあわせて月額200円)が撤廃された。カラーテレビが右肩あがりで普及が進んでいたことがその背景にあったが、今回の値下げにはそうした将来の財源増はなく、ただ余剰金が出たからというもので、ここから番組制作費の増額とか番組保存・公開への利便を拡充するといった方策にあてるといった放送文化の向上への意向が見られないのは、きわめて残念なことである。 そもそも、NHK受信料契約について社会の多くが理解しているのか。その契約自体があいまいで、当のNHK、国、国会が具体的な説明を回避してきた歴史がある。受信料を支払う市民がNHKに物申す手段があるのかといえば、投書やメールあるいは電話を使うくらいしかなく、受信契約を結んでいる(多くの市民はその意識がない)ものの、通常の契約関係に見られるようなコミュニケーション回路は閉ざされている。 回路を開く努力を、そして具体的な方策を明示できなければ、「支払い拒否」は人口減以上の速度で拡大することになるだろう。このような危機を回避するために、NHKはもちろん行政も国会も、この国における放送のあるべき将来像を早急に見出すべきだろう。通信分野は技術発展に併走するかのように多くの市民に受け入れられているのだから。

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    NHK 国会中継で籾井会長のカンペ映さぬ「モミールール」

    には、籾井氏の答弁の様子を中継している。 しかし、「会長に後ろの席からメモを渡すNHK職員の姿が雑誌メディアに報じられたことがあった。なので答弁待ちの時は会長が映らないように気をつけている」(NHK関係者)というのだ(NHKは「ご指摘のようなルールはありません」と回答)。●「反政府デモ」を放送する時には…… 原発再稼働や安保法制で広がった政府批判デモに対して、NHKはデリケートな対応を迫られている。 当初、NHKはそうしたデモをニュースでほとんど取り上げなかった。だが、籾井会長の「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」という発言(後に撤回、謝罪)も相まって、怒った市民約1000人が昨年8月、2回にわたって「デモを報じないNHKを包囲するデモ」を行なうと“報道基準”を一変させた。「今は重要なデモはきちんとニュースで報じている。ただし、同時に番組内で政府の立場・主張もしっかり取り上げることでバランスに配慮している」(30代NHK職員) たしかに3月25日の『ニュース7』を例にとると、保育制度拡充を求める国会前デモの映像を流す一方で、別のニュースとして安倍首相の待機児童問題での国会答弁、つまり「政権の言い分」も報じた。「報道しないで視聴者に怒りを向けられるのは怖いが、政府に睨まれるのはもっと怖い」というのがNHK流のバランス感覚なのだろう。●『日曜討論』の発言時間は秒単位まで計測 一方で、NHKの杓子定規な「政治的公平の原則」が伝わってくるのが『日曜討論』だろう。 司会者が自民党から共産党、社民党まで出席者を順番に指名し、「原則、出演者は秒単位まで同じ時間発言させる」(NHK報道スタッフ)という徹底ぶり。ちなみに「画面には映らないが、『日曜討論』ではスタジオのカメラマンもスーツ着用が原則」(同前)だといい、そのクソ真面目な雰囲気もNHKならではか。関連記事■ 失言のNHK籾井会長に三井物産OB「モミィ、やっちまったか」■ 国会前デモ報道のNHK 報じないことにデモ起こされたためか■ NHK職員「籾井会長居座れば受信料解除・不払い発生」と心配■ 籾井NHK会長「理事総入れ替えだ」で理事大半が反籾井になる■ NHK籾井会長 「モミジョンイル、モミジョンウン」の揶揄も

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    完全独立とはほど遠い「公共放送」NHKはすでに役割を終えている

    国会の役割であるわけだが、これも適正に機能していない状態にある。なぜならば、政治家はスキャンダルなどメディアを恐れる傾向にあり、メディアに手を付けることを嫌うのである。また、監督官庁である総務省も、直接的な天下りはないが関連団体等を天下りに利用しているわけである。だから、監視部分の機能不全が起きているのである。受信料徴収は時代遅れ では、NHKが本当に必要なのか考えてみたい。NHKは国営放送ではなく、直接的な国家の支配を受けない公共放送ということになっている。なぜ、公共放送が必要かといえば、民放の場合、スポンサーや関連企業などの影響を受けやすい構造にあり、国家からも企業からも独立した存在を担保するためである。また、営利を目的とした民放だけでは、人口が少ない地域で難視聴地域や視聴できない地域が生まれるためでもあった。そして、これがNHKの報道以外の娯楽放送が認められてきた要因でもある。東京都渋谷区のNHK放送センター しかし、現在、これはすでに破たんしており、NHKは歴史的役割を終えているともいえる。なぜならば、NHKは紅白歌合戦がその典型であるが大手広告代理店や芸能事務所と密接な関係にあり、完全な独立構造にはない。逆に独立させれば番組を作れない構造にあるといえるのだ。また、難視聴地域対策という側面でも衛星放送とインターネットの普及で不要な存在になってしまっているのである。つまり、すでにNHKは公共放送としての役割を終えているといえるわけである。 さらに、B-CASにより、スカパーのようなペーパービューでの課金が可能であり、受信機を持っているからという理由で課金する今の仕組みは時代遅れであるわけだ。見たい人だけがお金を払い見ればよく、それはすでに可能なのである。 公共放送の役割が問題になっているのは何も日本だけの話ではない。英国でもBBCの存在が大きな問題になり存続を巡り政治的案件になった。英国ではBBCの存続を5年に1度の国民投票で決めるものとし、不要の意見が上回った場合、民営化や解体をするとしたわけである。また、BBCに対する意見を政府が公募し、政府がそれを公表するとともに意見を反映させるものとしたわけである。 これにより、大規模な賃金カットとリストラが行われ、一部事業のロンドンからの移動も行われた。NHKでも、建前上、全国で「視聴者の皆様と語る会」を開催し、経営委員と視聴者が直接語る機会を設けているが、この存在を知る人は僅かであり、それが機能しているように思えないのが実態である。だからこそ、今の存在が許されているといえるのだろう。日本でも大規模な改革と国民の声を問う必要があるのではないだろうか。

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    NHK会長続投に有識者らがNO 「一般企業ならとっくにクビ」

     受信料の値下げを匂わせたり、年内いっぱいで解散するSMAPに紅白出場の熱烈ラブコールを送ったりと、近ごろ何かと人気取りの政策を口にするNHKの籾井勝人会長(73)。だが、籾井氏が今一番欲しいのは、人気よりも「任期」なのかもしれない──。 籾井氏といえば、2014年の会長就任直後から、数々の言動が物議を醸してきたのは周知の事実。局内の人事を掌握する目的だったのか、理事全員に日付のない辞表を書かせて“モミジョンイル”と揶揄されたかと思えば、政府与党べったりの偏向報道姿勢を堂々と公言し、多くの批判も買ってきた。衆院総務委で答弁するNHKの籾井勝人会長。左は高市総務相=2015年3月 上智大学教授の田島泰彦氏が憤る。「NHKは公共放送といえども、報道機関である以上“不偏不党”を貫き、いかなる政治権力にも縛られずに独自の情報を視聴者に届けるのが基本の『き』です。 にもかかわらず、籾井氏は自ら〈政府が右ということを左とはいえない〉と公言し、慰安婦問題や原発報道でも政府の方針や発表が出るまではNHKのスタンスは決まらないとの暴言を繰り返してきました。公平中立が生命線である報道機関のトップとしてまったく相応しくない資質の持ち主なのです」 10月31日、そんな公共放送らしからぬNHKの体質改善を求めるべく、田島氏をはじめとした学識者やジャーナリスト、児童文学作家、噺家ら17名が呼びかけ人となり、籾井体制にNOを突きつける要望書をNHKの経営委員会に提出した。賛同者は早くも100名を超えているという。 なぜ、この時期に要望書を出したのか。それは籾井氏の1期3年に及ぶ会長任期が来年1月24日に迫り、次期会長選びが本格化しているためだ。しかし、なんと「続投」の可能性も残されているという。「籾井氏は10月の定例会見で続投への意欲を問われ、〈普通の人は『やりますか?』と言われたら『やる』と言うんじゃないですか?〉と答えていた。あくまでも自分の話ではないと断っていたが、まんざらでもない様子だった」(全国紙記者)前述の要望書の呼びかけ人に名を連ねている立教大学名誉教授の服部孝章氏も、こんな見立てをする。「NHKの会長人事は、政府の息のかかった有識者で構成する経営委員会のメンバーが選任することになっていますが、その委員長を務めているのは3年前に籾井氏を強く推薦した石原進氏(JR九州相談役)です。 これまで籾井氏が度重なる暴言や失言、最近では私的ゴルフにNHKからハイヤー代が支払われていた問題が発覚したにもかかわらず辞任に追い込まれなかったのは、石原氏をはじめ経営委員会が独立した最高意思決定機関として機能していないことの表れです。普通の会社ならとっくにクビになっていますよ」 服部氏はNHK会長の人選や選考方法が極めて不透明で“密室”で行われていることも問題視しており、要望書の中では〈視聴者・市民の意思を広く反映させるよう、会長候補の推薦・公募制を採用し、そのための受付窓口を経営委員会内に設置すること〉を求めている。 前出の田島氏はこんな指摘をする。「NHKは視聴者をパートナーだといっていますし、現にNHKの経営を支えているのは受信料を払っている視聴者です。そんな市民の声や協調関係を無視した経営をこれ以上続ければ、公共放送そのものに対する批判もますます高まっていくでしょう。 もちろん公共放送の役割には大事な点もありますが、それがすべてNHKでなければ果たせないのでしょうか。今はNHKだけが“独占企業”になって視聴者は選びようがありませんが、我々の声が反映されないなら受信料を拒否する選択肢だってあっていいと思います」 2015年度決算でNHKは過去最高となる6625億円の受信料収入を上げた。徴収の義務化やワンセグ受信料の徴収など、今後NHKはさらに肥大化していく可能性もある。ならば、視聴者はなおさら声を大にして、NHKの経営体制や番組づくりに関与してもいいはずである。関連記事■ 高橋真麻 恋人同伴ハロウィンパーティーでホリエモンとハグ■ 有吉弘行と熱愛報道の夏目三久 きっちり筋を通し信頼獲得■ 元TBS枡田絵理奈 カープファンからは心ない声も■ 長期欠席の愛子さま 「お疲れ」レベルは他の中学生と別次元■ NHK籾井会長 「モミジョンイル、モミジョンウン」の揶揄も

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    政治に活力を取り戻せ!

    添要一元東京都知事の政治資金疑惑と彼のデタラメな人間性を追及してこなかったマスコミ……。いま、政治とメディアに欠けているものはなにか。

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    安倍政権にコントロールされる日本メディアの「不都合な真実」

    高市早苗総務相が放送局に電波停止を命じる可能性に言及。安倍政権による“圧力”は強まる一方だ。しかし、メディアから強い反発の声は聞こえてこない。「質問は記者クラブに限る」 2015年9月、自民党の安倍晋三総裁が無投票で再選され、記者会見が東京・千代田区の党本部で開かれた。司会の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)はこのようにアナウンスした。「冒頭、総裁から『ごあいさつ』を申し上げ、その後平河クラブ(自民党の記者クラブ)幹事社から代表質問、その後、時間の許す限り質問を受け付ける」。安倍総裁は「ごあいさつ」として、政策の成果や目標などを、30分のうち15分も語り続けた。幹事社2社の質疑が済んだ後、萩生田氏は「平河クラブに限り、質問を受け付ける」と通告した。会見で記者を指名する安倍晋三首相=2015年9月24日、東京・永田町の自民党本部(酒巻俊介撮影) ここで起きたことは、不自然なことだらけだ。党総裁でもある安倍首相に直接質問できる機会はそんなに多くあるわけではない。その貴重な30分足らずの時間のうち15分も質問の機会が奪われているのに、抗議の声も上がらない。テレビも発言内容をニュース速報で粛々と伝えただけだった。なりふり構わぬコントロール 萩生田氏の2回目のアナウンスは常軌を逸している。質問を「平河クラブの記者に限る」と明言したからだ。2012年12月まで3年余り続いた民主党政権が記者会見のオープン化を推進し、ネットや外国のメディア、フリーランスらにも門戸が開かれた。続く安倍政権も表向きは、その流れを踏襲してきた。記者クラブだけを優遇して、「表現の自由」を後退させていると見なされることは避けようと、「良識ある政権に見えるように」意識していたということだ。ただネットメディアは、首相会見でいくら手を挙げても、最近は指名されることはほとんどなく、「運用で」メディアの差別を「判然としないように」行ってきたのが実態だった。 そのようなギリギリのラインを破り、「好き勝手にえこひいきをするぞ」と宣言したに等しい。日本では数少ない広告収入に一切依存しないネットメディア「ビデオニュース・ドットコム」の神保哲生氏は「症状が一歩進んだ」と評した。 「国境なき記者団」が毎年発表する報道の自由度ランキングで、日本の順位は2002年から2008年まで、26位から51位の間を行ったり来たりしていた。低迷の原因は記者クラブの閉鎖性にあると言われていた。2009年に誕生した民主党政権が記者会見のオープン化をいくらか進め、順位は2010年に11位まで上昇したものの、2012年には53位、2015年には61位と急落した。 東日本大震災に伴う福島第1原発の事故に関する情報公開が不十分だと見なされたことや、安倍政権が推進した、いわゆる特定秘密保護法が問題とされた。安倍政権のメディアコントロールの姿勢は、国際的な評判がさらに下がるのもお構いなしということのようだ。反論しないテレビ反論しないテレビ 萩生田氏は2014年11月、衆議院選挙を前に在京キー局の編成・報道幹部宛てに「選挙報道の公平中立と公正を確保するよう」要請する文書を個別に渡している。文面は一見低姿勢に見えるが、恫喝に等しいものだ。放送が公正中立だと思っていれば、このような文書は出ない。「過去においては、あるテレビ局が政権交代を画策して偏向報道を行い、それを事実と認めて誇り、大きな社会問題となった事例もあった」と、1993年にテレビ朝日の椿貞良報道局長が「非自民党政権を誕生させるような報道をするよう指示した」という事実とは反する発言を暴露され、国会に証人喚問された事件まで持ち出している。そしてゲスト出演者の選び方や発言回数、発言時間を公平にするよう指示している。 放送業界を監督するのは総務省であり、自民党から指導を受けるいわれは全くない。しかし、あの時放送業界は、表だって反論をしなかった。それどころか、そのような文書を受け取っていたと積極的に公表すらしなかった。呼び出しに無批判に応じるテレビ局 テレビに対する圧力は続く。2015年4月17日には自民党の情報通信戦略調査会が、NHKとテレビ朝日の幹部を招いて事情を聞いている。NHKは夜のニュース番組「クローズアップ現代」が出家詐欺問題を取り上げた際、関係者のインタビューが記者の指示による「やらせ」ではないのか疑惑が持ち上がっていた。また、テレビ朝日は「報道ステーション」というニュース番組のコメンテーターが辞める際に「菅官房長官から圧力を受けていた」と発言したことが問題となり、2つの番組は「放送法違反の疑いがある」というものだ。 自民党からの呼び出しには、やはり何の法的根拠もないが、2つの局は何の反論もすることもなく、この非公開の会合に出向いた。他局からも強い批判は聞かれなかった。 その10日後、問題となった番組について、NHKは内部調査の結果を公表したが、インタビューの際に「やらせ」があったことは認めなかった。同日、高市早苗総務相は、その調査の結果を吟味することもなく、NHKに対し「厳重注意」の文書を出した。番組の内容をめぐって総務省が文書で厳重注意を出すのは2009年以来、総務大臣名では2007年以来という異例のことである。しかしテレビは単に厳重注意の事実を報じただけだった。 批判の声を上げたのはBPO(放送倫理・番組向上機構)だった。放送業界が自主的なチェック機関として設立した団体で、扱う問題によって3つに分かれた委員会のメンバーに放送局の役員や社員は含まれていない。2015年11月、その中の1つ放送倫理検証委員会が「クローズアップ現代」について意見を発表した。NHKの内部調査に反して、安易な取材で報道番組で許される範囲を逸脱した表現があったなどとして、「重大な放送倫理違反があった」との見解を示した。その一方で、同委員会は総務相の厳重注意について「歴史的経緯を尊重していない」、自民党が放送局を呼び出したことについては「放送の自由に対する圧力」と非難した。放送の当事者でなく、周辺の人たちが声を上げるという異様な状況だ。法解釈の変更も目指す? 2016年2月、高市総務相は衆議院予算委員会で答弁し、放送法第4条に定められている「政治的公平」などの原則に沿って番組が放送されているかの判断は「総務大臣が行う」、放送局が放送法を守らないことが何度も続けば、「総務大臣の権限として」電波法に基づく「停波(放送を止める)の可能性がないわけではない」と述べた。 政府が放送の内容を判断し、停波の是非まで判断する「基準」として放送法の第4条を用いるというこの見解は、この条文が「放送局側が自律的に番組を編集する『倫理規範』」だとしてきた憲法学界の伝統的な解釈を逸脱したものだ。しかし、菅官房長官は「当たり前のこと」と発言し、安倍首相も「従来通りの一般論」だと国会答弁した。 彼らは確信犯なのか、単なる無知なのかはわからない。しかし、メディア業界が団結して反論する動きにはつながらなかった。2月末にはテレビのアンカーパーソンらがこの発言に抗議する記者会見を開いたが、参加したのはわずか6人だった。メディアが隠したい「特権」メディアが隠したい「特権」 なぜ日本のメディアはこんなに萎縮しているのか。テレビ局については単純な理由だ。監督官庁である総務省と、そこに影響力を持つ自民党への気兼ねだ。日本の放送制度には根本的な欠陥がある。1950年に米軍占領下で制定された放送関連の法律では、放送局を監督するのは「電波監理委員会」という政府から独立した機関とされた。しかし、吉田茂首相が2年余りでそれを廃止し、政府が直接監督する制度に変えてしまった。 ジャーナリズムの主たる任務は「権力の監視」だが、放送局は監視対象である政府から逆に監督されている。自民党が政権を独占してきたため、放送や電波に影響力を持つ議員集団が存在し、その力は弱まっているものの、テレビ局は無視できない。また、良識ある欧米のニュースメディアが株式を公開していないのと対照的に、日本のキー局などは株式を上場している。経営陣は政府の干渉や、それによる利益減少のリスクを恐れて、ジャーナリズムを優先した決断を下すことができない。 また、5つの全国紙は系列の民放局と株式の持ち合いをしている。系列のローカル放送局の認可を急ぐために、新聞社の記者が政府・自民党に働きかけをしてきた過去もある。 さらに、新聞は業界を挙げて安倍政権や自民党に働きかけ、2017年4月に予定されている消費税アップの際、新聞の税率を例外扱いにすることを勝ち取った。このような直接の借りを作っては、腹の据わった政権批判など根本的に不可能だ。 長年にわたる記者クラブ制度の下で確立された取材の慣例は、伝統的なメディアにとって手放し難い「特権」になっている。これを維持したいという思いも、メディアが政権に弱腰な一因と思われる。民主党は「記者会見」はオープンにしたが、「記者クラブ」はオープンにできなかった。記者クラブの真の「うまみ」は記者会見ではない。オフレコで行われる「懇談」ができることなのだ。 そこでは政治日程の読み、事件などに関しての要人の評価や本音のリアクションなどが伝えられる。記事のニュアンスや、今後の取材方針に直結する情報だ。重要な国際会議などの前には、関係する官庁による記者クラブだけに対する非公式のブリーフィングなどもある。政権を本気で批判することは、そのインナーサークルで情報を得る特権を手放すか、少なくとも中断させることを意味する。 こういった事情もあって、日本のニュースメディアは政権と距離を置くことがなかなかできない。それどころか、大手メディアの幹部と安倍首相の会食の頻度は、他の歴代のどの首相よりも高いのが今のメディアの実情だ。 前述の抗議の記者会見を開いたニュースアンカーらのうち5人は3月24日、日本外国人特派員協会で再び抗議の記者会見を行った。しかし、外国人記者からは日本のメディアに対する厳しい質問が続出した。「あの程度の発言で、なぜそこまで萎縮しなければならないのか」というわけだ。5人は結局、外国人記者を納得させる説明ができなかった。 日本のメディアは「隠れた特権」のため、「独立」できておらず、真の権力の監視ができていないのだ。おくむら・のぶゆき 武蔵大学社会学部教授。上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士前期課程修了(国際関係学修士)。1989年、テレビ朝日入社(報道局「ニュースステーション」、政治部、編成部などで勤務)。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院(SAIS)ライシャワーセンター客員研究員 、立命館大学産業社会学部教授などを経て、2014年より現職。

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    政治の劣化はマスコミの劣化だ

    井沢元彦(作家) 舛添要一東京都知事がついに辞職に追い込まれた。まあ本人の自業自得と言うしかないのだが、彼をそこまで追い込んだのはやはりマスコミの功績だろう。特に週刊誌報道のなかでも群を抜いていたのが『週刊文春』の一連の報道である。 発端は舛添都知事の外遊が贅沢三昧を極めたものだという情報が入ったことだろう。ホテルは最高級スイート、飛行機もファーストクラスを使っているのに、ろくに仕事もしていないという。 調べてみるとたしかにそのとおりで、都庁から東京都を出て神奈川県の湯河原の別荘に頻繁に公用車で通っているとか、政治とは何の関係もない美術品や本を経費で買っているとか、果ては正月の温泉への家族旅行まで会議費という名目の政治資金を使っていたという、なんとも破廉恥な行為が発覚した。 このあたりは法律上、情報公開が認められていることが調査報道の大きな助けとなったのである。 しかし追及する側にもそうした不正を見抜く目がなければ、この報道は成立しない。そういう意味では『週刊文春』一連の報道は高く評価すべきものだろう。 ところが第二弾、第三弾と舛添追及キャンペーンが続くうちに私はだんだん苦笑するようになった。もうやめればいいとすら思った。もちろんそれは舛添氏に対する同情ではないし、醜いことはできるだけ耳にしたくないとの短絡的反応でもない。正直言って「文春さん墓穴を掘るよ、馬脚を現すよ」と思ったのである。 もちろんそんなことを言われては『文春』は心外だろう。しかし私がそう思ったのは事実だから、どうしてそう思ったのか、ちょっと書いてみることにする。地元はもう知っていた地元はもう知っていた そもそも当初は硬派の外交・政治評論家として売り出した舛添氏が、厚生労働大臣になれたのは、母の介護体験を語った『母に襁褓をあてるとき』がベストセラーになったからである。 オムツなどと言わず襁褓などという忘れられていた漢語を使うところがいかにも舛添氏らしいが、『週刊文春』のキャンペーン第五弾「母介護の大ウソと骨肉の銭ゲバ闘争」(二〇一六年六月九日号掲載)によれば、「『政治家としての原点は母の介護』。舛添氏はそう公言して、介護本を量産し、厚労相となり、都知事にまで上り詰めた。だが氏の故郷で“美談”を信じる人はいない」とある。 察しのいい方はもうおわかりだろう。「故郷で“美談”を信じる人は(誰も)いない」ならば、なぜもっと早く舛添要一という男のデタラメぶりが報道され、糾弾されなかったのか? それはマスコミの大きな失敗ではないかということなのである。 この記事を読めば舛添要一はとんでもない人間だということがわかる。あえて言えば、まさに厚生労働大臣になるにはもっとも不適切な人物であるということだ。だからこそ舛添氏が己の欠点を隠すため、ありとあらゆる権謀術数を労し、さすがのマスコミもまんまと騙されていたというなら話はわからないでもない。 しかし、この『文春』の記事は読めば読むほど、舛添氏はインチキ野郎だということが少なくとも故郷・福岡においては周知の事実であったことがわかる。そして、逆にそれに気がつかなかった『文春』さん、いやすべてのマスコミは一体何なの?という印象を抱いてしまうのである。 たしかに『文春』には『文春』の言い分があるだろう。ここにも書かれているように、舛添氏を「介護のスター」にしたのは明らかにテレビ報道である。それに対して『文春』は「舛添要一『消せない過去』」などという記事を掲載し警鐘を鳴らしたというのは事実だろう。 しかし結局、舛添氏は厚生労働大臣を続け、さらに都知事にまでなってしまった。もし、このキャンペーン記事に書かれているとおり、「母介護の大ウソ」が故郷では周知の事実だったとしたならば、その事実をもとに舛添氏を厚労相辞任に追い込むか、そこまで行かなくてもせめて東京都知事になることを阻止できなかったのか、という感想をどうしても抱いてしまう。そうすれば膨大な税金の無駄使いは節約できたはずだ。『文春』が追及すべきこと『文春』が追及すべきこと タイトルの「小人罪無し 玉を懐いて罪有り」は中国の古典「春秋左氏伝」の言葉で、「せこくケチで人格が破綻したようなとんでもない人間(小人)でも、それだけでは罪を犯すことはない、いや犯す機会には恵まれない。身分不相応の財宝を持つとそれを利用して罪を犯すようになる」という意味である。6月15日、本会議の最後に退任の挨拶をした舛添要一都知事。最後に一礼して退席した=東京都庁 現代社会においては政治家の権力には資金(財宝)が必ず伴うものだから、この名言は「小人が身分不相応の権力を持つとそれを利用して罪を犯すようになる」と言い換えてもいいだろう。まさに今回の舛添都知事のケースがそれに当てはまる。 いかに舛添氏が国民の税金を無駄遣いしようと思っても、それが可能な地位にいなければそんなことは不可能だ。だから責任は当然当事者である舛添氏にもあるが、舛添氏を選んだ有権者にもあるということである。 そして民主主義社会において有権者が的確な判断ができるように、その目となり耳となるのがマスコミの責務だから、結果的に有権者をして舛添氏というとんでもない人間を都知事に選ばせたのはマスコミの責任でもある。その責任はかなり大きい。 一般市民は舛添氏がどんな人物か直接取材して確かめるなどということはできない。それが可能なのはマスコミだけなのである。だからこそ責任は重い。 私がいま知りたいのはどうして舛添要一という「小人」がまんまと東京都知事になってしまったのか、ということである。『文春』さん、舛添氏がどれだけ政治資金を私物化したかという報道はもういい、充分だ。それより、なぜマスコミが舛添氏をストップできなかったのかを是非解明してほしい。 そこには長年、雑誌ジャーナリズムが批判してきた、記者クラブ制度がもたらす政治家との癒着という問題もあるはずだ。私にも記者クラブの経験が若干あるが、この制度はたしかに結構大臣と密着した関係が築けることも事実である。 となれば、おそらく数十人に上る舛添厚労相担当記者のなかには当然舛添氏が「小人」であることに気づいた人間も少なからずいたはずで、彼らはなぜそこを追及しなかったのかというのは、日本のマスコミの欠陥を探るうえで重要なテーマであるはずだ。 やればできる。たとえば『文春』の報道なら宮崎謙介という「イクメン国会議員」を自称しながら、実は妻の出産直前に美人タレントと不倫をしていた「ゲス」に対する糾弾は見事だった。 それに比べてタレントのベッキーの不倫報道は、たしかに話題性はあったが日本の政治の浄化に役立ったわけではあるまい。 そうした芸能ネタより、本当に日本という国にとってプラスになり、なおかつ雑誌も売れるというネタはまだまだあると思う。 日本の政治家の質はかなり落ちてきたという認識もある。それが事実かどうかはともかく、いま日本には『暮しの手帖』の家電批評のように政治家を批評する場が、舛添氏のような政治家の出現を阻止するためにも必要だ。そしてその役目には政治家との癒着に陥りやすい新聞よりも雑誌ジャーナリズムがはるかに適しているのではないのか。いざわ・もとひこ 1954年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業後TBSに入社、報道局に勤務。80年、『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞受賞。退社後は、日本史と日本人についての評論活動を精力的に展開。代表作『逆説の日本史』は現在も連載中。

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    自衛隊讃える拍手が悪い? 朝日とTBSサンデーモーニング

    メディア裏通信簿】 女史 あのさあ、国会で安倍晋三首相の所信表明演説のとき、自民党議員が拍手したことを朝日新聞や野党が批判していたよね。でも、民主党政権のときは鳩山由紀夫首相の演説終了間際に民主党議員が拍手して、朝日新聞も批判どころか、むしろ好意的に書いてたじゃん。ダブルスタンダードだよね。  先生 あいつら何を批判したいんだ? 拍手は領土、領海、領空を守る海保と警察、自衛隊に「敬意を」と安倍首相が呼びかけたんだろ。朝日は9月28日付の天声人語で「多くの職業のなか、なぜこの人たちだけをたたえるのか」と書いたが、実際、がんばっているのは海保と警察、自衛隊だぜ。 教授 命を危険にさらして、国に尽くす人を讃えるのは当たり前のことだと思いますけどね。 先生 しかも、軍人は海外では名誉ある仕事なんだぞ。英国王室の王子も軍人になるだろ。よく「士農工商」なんていうけど、昔なら自衛官は「士」だよ。でも、この頃、日本で豊かな暮らしをし、威張っているのは経済人、特に外資の人ばかりで、現場の自衛官や警察官、海上保安官は辛い思いをしても安月給で働いている。今の日本は「商工農士」だよ。(笑) 女史 批判した人たちは安倍政権が全体主義的だといいたいんでしょ。インターネット上の批判は、もともとナチスのヒトラーを思い浮かべるとか、そういう発想だったけど、さすがに、朝日がそう書いたら、ヤクザのインネンになっちゃうから、わけの分からない書き方をしたんじゃない。 先生 ま、自民党も拍手するだけじゃなく、国会議員なんだから領海・領空を守るための法整備、もっといえば憲法改正発議をしっかりやってほしいけどね。しかし、10月2日放送のTBS系サンデーモーニングもひどくて、自衛隊を賞賛することに疑問を投げかけ、青木理が「一歩コントロールを政治が誤ると、非常に危険な組織」だといって、「政治の劣化」「気持ちが悪い」と批判していたな。番組は最後に障害者や高齢者への事件などで「また弱者が標的に」というテーマで議論したんだが、東大教授の西崎文子が「歴史の中で繰り返されている。19世紀末ぐらいに社会進化主義があって、適者生存の思想が広まって…」と言うと、青木は「ヘイトスピーチもそう」、ヒゲの岸井成格は「不機嫌の時代、不寛容の時代になった」と言っていた。しかし、本当にそんな時代になったかね。陸陸上自衛隊による国内最大の実弾演習「富士総合火力演習」 「74式戦車」=8月27日、静岡県・東富士演習場(尾崎修二撮影) 編集者 障害者や高齢者を傷つけるのと、ヘイトスピーチは関係ありますかね。共通点はどっちもダメということだけでしょう。そこに「適者生存」「不寛容の時代」なんて大袈裟じゃないですか。 先生 「弱者」「弱者」というが、適者生存でいうと、いま人間に「弱者」と見える人だって、実は「強者」かもしれない。 編集者 どういう意味ですか?  先生 適者生存は種の単位で起こることで、恐竜のような時代・環境の変化に適応できない種が滅びていくことだよな。種が生存するには、それぞれの種の中には多様性がないといけない。時代・環境が変わったら、例えば人類のように弱者とみられていた者が強者となって、それが種をつなぐのかもしれないからだ。しかしそれは今、分からないんだ。そういう意味で真の「弱者」「強者」は神にしか分からないのに、それを「弱者」と決めつけ、「適者生存」をいうのは人間の傲慢だろ。 それはともかく、いまだに日本では相変わらず軍事アレルギーが強すぎる。9月28日のNHKクローズアップ現代は「“軍事”と大学」について取り上げて、日本の科学者達が基本的に軍事目的の研究は行わないという現状の是非を論じていたんだが、基本的に軍事はダメだという視点だった。番組で、ノーベル物理学賞の益川敏英が批判的に説教していたし。 女史 外国では科学者の軍事関連の研究は当たり前なのにね。青色発光ダイオードで、同じノーベル物理学賞を取った米国の中村修二さんは「こちらの大学で研究する上では、米国籍がないと軍の予算がもらえないし、軍に関係する研究もできない。それで市民権を取得した」って、日経新聞に答えてたんだよ。  先生 SAPIO11月号で韓国人の在日差別を特集していたが、差別の原因の一つに、在日が韓国本国で兵役が免除されてきて、それが「不満の種となってきた」とあった。差別の是非はともかく、韓国人も自国のために命をかけることに価値を認めているんだ。  女史 スウェーデンでは徴兵制復活が決まったよね。今度はノルウェーは女も徴兵の対象になるんだって。 教授 ちょっと前に、スイスでは徴兵制の是非をめぐって国民投票をやったら、徴兵制維持派が圧勝しましたね。 女史 なのに、何なんだろうね、日本人は。国民が自国を守ることは立派なことなのにね。官僚は待たせればいい? 官僚は待たせればいい?  教授 しかし、人気映画シン・ゴジラで自衛隊がよく描かれていることを、朝日新聞が10月6日付朝刊で「自衛隊像、銀幕で変化」と取り上げたときは、そう悪意は感じられませんでしたね。 編集者 防衛省の協力で撮影された映画だから、反軍事で批判しているんじゃないんですか。 教授 いえいえ、どっちかというと自衛隊に好意的なんですね。国民の自衛隊の評価も定着して、朝日新聞も変わってきたのはいいことなんでしょうが、とんがっていない朝日を読むのは、なんか寂しい気もしますね。(笑)「シン・ゴジラ」のワンシーン 女史 教授、それじゃあ本末転倒じゃん(笑)。そういう朝日新聞に、物足りなさを感じている昔ながらの過激な左翼の人たちは、ネットで逆に怒っているけどね。 教授 これから朝日新聞がどんどん論調を変化させて、産経新聞と変わらなくなったら、産経の方が存在意義を問われますよ。 編集者 え! それも困る…。 教授 (笑)まあ、社説では、相変わらずでしたけどね。稲田朋美防衛相が月刊正論の平成23年3月号で「子ども手当分を防衛費に回せば、軍事費の国際水準に近づく」「長期的には日本独自の核保有を、国家戦略として検討すべきではないか」と発言していたことを批判したうえに、国会での発言の軌道修正を取り上げて「なぜ持論を一変させたのか、その説明が足りない」と叩いていましたね。  先生 反政権としてはツッコミ甘いんじゃないか(笑)。俺が朝日新聞なら、もっと厳しく突っ込むけどね。8月15日にアフリカのジブチに視察に行って、全国戦没者追悼式にも出ず、靖国神社参拝もしなかったことを民進党の辻元清美に追及されて泣いていたが、自衛隊を率いる者として、部下の自衛官が見たら、どう思う。 編集者 しかし、あの涙は過去の戦争で命を落とした人たちのことを思ってのものでは?  先生 だったら、稲田は靖国に行けば良かったじゃないか。 編集者 現実の国際政治に配慮せざるを得なかったから、行きたくても行けなかったんじゃないですか。 先生 俺は、大臣として首をかけても行くべき価値があったと思うぞ。それから、稲田は弁護士出身で法律の専門家なんだから、国会答弁もしっかりしなきゃダメだろ。防衛行政のトップとして「防衛費」というべきところを「軍事費」と言い間違えていたぞ。 編集者 間違いはあったかもしれませんが、稲田先生は保守にとって大事な政治家ですし、弊誌にも何度も登場してくださって…。 女史 まあ、まあ。編集者が正論常連さんを擁護したい気持ちはは分かるけど、興奮しない。 編集者 す、すみません…。  女史 でも、左翼の人たちの中にも、防災訓練で東京・銀座に装甲車が走ったとき、「銀座に戦車を走らせた」って、混同して批判していた人もいたからね。(笑)   先生 国会で思い出したんだが、民進党の階猛が、翌日の衆院予算委員会で審議をめぐって、役所への質問通告を午前0時過ぎまでしなかったそうだ。「しかも、『全省待機』をかけたので、全省の多数の官僚が0時過ぎまで待機させられた。この官僚たちは、200台のタクシーで分乗帰宅、と政府筋から聞いた。民進党に働き方改革や行革を語る資格はない」と、公明党衆院議員の遠山清彦がネットのツイッターで怒っていた。  女史 公務員だからって、いくらでも待たせればいいという発想は、ひどい労働条件を押しつけるブラック企業の経営者と同じだとみられたんだろうね。ネットでも評判良くなかった。   教授 民進党は「ワークライフバランス」なんて調子の良いこと言ってますが、やっていることは全く違いますね。  編集者 ただ、読売新聞によると、階氏は「質問通告は、午後10時台に秘書に渡した。意図的に通告を遅らせたわけではない」と釈明したそうです。   先生 そもそも、官僚が国会議員の質問取りに過剰な労力をさく永田町の悪しき慣習は国益とは何の関係もないと思うぜ。今後は国会質問の事前通告の時間と内容を「◯◯議員から◯◯大臣に、何時何分に、こういう質問の通告が来ました」とネットで公開して、議員が政府に嫌がらせをしているのか、政府が都合の悪い質問を誤魔化そうとしているのか、有権者の国民に判断してもらえばいい。ただ、そうしたら、その質問に自動的に回答するパソコンのアプリができて、国会で質問する必要もなくなってしまうけど。(笑) 女史 ネットの「ヤフー知恵袋」で、一般人の誰かが質問に答えてくれるかもよ。(笑)  教授 人工知能、つまりAIが答えてくれる時代になるかもしれませんね。   先生 そうなると、国会審議自体がいらなくなる(笑)。議会制民主主義のために国会は重要なんだが、これからは人間が考え、人間が議論するだけの意味がある審議でなければ、必要なくなるということさ。この頃は法令作成も人工知能でできるらしいぞ。過去の判例も全部入れれば、人間より人工知能の方が早いし正確らしい。   教授 となると、集団的自衛権を認めるか認めないかで大もめにもめた内閣法制局も、そのうちいらなくなりますね。(笑) 文藝春秋をやめた大物?文藝春秋をやめた大物? 先生 文藝春秋の編集後記みたいな「社中日記」があるだろ。11月号のを読んだか? 正論のライバルだった保守系オピニオン誌諸君の編集長だった仙頭寿顕のことが出ていたぞ。   編集者 文藝春秋の編集者で、保守論壇では有名な方ですよね。 先生 社中日記にはこう書いている。「仙頭寿顕が社を去ることに。…『会社を辞めた後は?』との質問に『しばらく古本屋巡りでもするかな』と煙に巻き、靖国方面へと立ち去った…」とね。仙頭がその後、どこへ行ったか知っているか? 編集者 弊誌のライバルWiLLを出しているワック社に行ったらしいですね。 先生 そう、そこで雑誌歴史通の編集長になったそうだ。仙頭が元諸君編集長なら、WiLLの編集長、立林昭彦も元諸君編集長。正論のライバルはいまも、諸君なのかもしれないな。(笑)  編集者 「諸君」は実はまだ生きていたというわけですか? 今は月刊Hanadaという売れている保守系雑誌あるし、競争が激しくて勘弁してほしいな…。 女史 (笑)弱音を吐くな、編集者?  GHQの押しつけじゃない? 先生 インターネット版の朝日新聞の9月25日06時00分に「憲法9条の理念と現実 専門家2氏に聞く」という記事が出ていたが、9条大好き朝日新聞らしい、いい記事だったぜ(笑)。「2氏」のうち、一人は政治学者の山口二郎だが、果たして憲法9条の専門家かね? もう一人の古関彰一という独協大学名誉教授は「憲法は単純にGHQが押しつけたものではありません」と独自の説を主張していたが、GHQに強いられたことは、みんな知っている史実だぜ。それで、「憲法史」が専門だと言うんだから、ビックリだね。  編集者 「GHQが押しつけたものではありません」の前に、「単純に」と言っているところがミソでしょう。押しつけられたことを否定するものではないけど、日本側も自主的に改正した一面もあるから、「単純に」押しつけられたものではない、と言っている。 教授 巧妙ですね。文章の言い回しを利用して、結局「押しつけ」を否定しているわけでしょう。ネット版ではなく、新聞紙面には慶応大教授の添谷芳秀氏が改憲について書いているのですが、「戦後憲法と表裏一体をなす、侵略や植民地支配といった過去に向き合わなければ、国際社会に理解される改憲の展望は開けようがない」と朝日的な史観を引きずっていましたね。改憲論議をするためには、まず反省しろというんですね。そういえば、毎日新聞10月6日付朝刊に出ていましたが、九条の会の呼びかけ人が高齢化したり、亡くなったりしたので、12人の世話人を補強したそうですね。 先生 あ、この記事かな。「護憲の担い手、高齢化の一途」。ある意味、当然だろ。あんなのにしがみついているのは、安保闘争大好きの左翼じいさん、左翼ばあさんばかりだしな。 女史 9条のノーベル賞を狙っているみたいだけど、今年も残念だったね。(笑) 寂聴さん、死刑賛成はバカ? 女史 僧侶の瀬戸内寂聴さんは日弁連の死刑制度に関するシンポジウムにビデオメッセージで出演したんだけど、死刑制度を批判しただけじゃなくて、「殺したがるバカどもと戦ってください」と発言したんだって。犯罪被害者もいるのに、「バカども」ってヒドくない? さすがに日弁連もお詫びしたって。あの人って結構、放言するよね。東京都知事選のときも鳥越俊太郎さんを応援するのに、「あの厚化粧の人に都知事になんかなって欲しくない」と、小池百合子さんに対する悪口メッセージを出してた。 瀬戸内寂聴さん 先生 その鳥越を10月7日にフジテレビ系バイキングが出演させて、「鳥越俊太郎氏生出演!小池都政を斬る」とやっていたが、小池も、都知事選であんなショボい選挙戦をし、女性問題も報じられた鳥越なんかに都政を斬られたくないだろうな。前にTBSも出演させていたが、鳥越なんか出さなきゃいいのに。先月号でも言ったが、よくテレビ局が都政の問題で猪瀬直樹を出演させているが、あれもおかしいだろ。猪瀬は、公民権停止なんじゃないか。 編集者 弊誌10月号でも猪瀬さんには登場いただきまして…。内容があれば、面白いし、ダメなんでしょうか。 先生 まあ、新聞や雑誌はともかく、テレビは政治的な公平中立を求める放送法が規制する公共の電波だろ。一票の行使も認められない人物に政治を語らせるのは納得がいかないね。神社陰謀論がSAPIOに神社陰謀論がSAPIOに 先生 SAPIO11月号は「安倍政権を動かす『神社本庁』の密事」という特集をやっていたな。   女史 また出た! 安倍政権を動かす組織の陰謀シリーズだね。   教授 日本会議のときと全く同じやり方ですね。神社本庁が、安倍政権を操っているわけがないし、そこまで政治的影響力はありませんよ。「7万9000の神社から10億円の収入」と大袈裟に書いていますが、たった10億円で、政権を動かせるわけないでしょう。「大臣20人中19人が『神道政治連盟メンバー』」とも書いていますが、自民党の国会議員は選挙対策もあってほとんど入っているんだから、当たり前ですよ。1人だけ入っていない大臣は公明党ですよ。これも、当然ですよね。(笑)   先生 こんなのが許されるなら、自民党支持の大きめの政治連盟なら、なんでも「政権を動かしている」と攻撃できるぜ。  教授 北朝鮮の拉致問題に取り組む拉致議連にもみんな入っていますが、じゃあ、「安倍政権を動かす『救う会』」と書くんですか。それは決して、やらないわけでしょう。  女史 解散したSEALDsのメンバーは、いろんな左派リベララル的な運動に関わっているから、「左翼を動かすSEALDs」っていう陰謀論もできるよ。(笑) 解散にあたり記者会見する、若者グループ「SEALDs」の奥田愛基さん(左端)ら=8月6日、国会 編集者 しかし、SAPIOはどっちかというと右派系なのに、なんでこんな特集を組んだんでしょうね。 教授 雑誌が売れると思ったからでしょう。日本会議の批判本も売れたので、二匹目の泥鰌を狙ったんじゃないですか。「べっぴんさん」はまた… 先生 NHKの朝ドラ「べっぴんさん」は、子供服メーカー「ファミリア」の創業者をモデルにしているらしいが、最近、そういうの多いな。その前は「暮らしの手帖」のとと姉ちゃんだし、ニッカウヰスキーの創業者をモデルにしたマッサンもあった。 編集者 そろそろウイスキー飲みたいですね。ノドが鳴ります。 先生 そういう問題ではないんだよ。これ、結局、名前は出していないけど企業のCMになってんだろ。そのくせ、公共放送を気取って、ドリンクがどこのメーカーか分からないように缶にモザイクみたいなのかけたりなんかしてんだぜ。   教授 確かに、マッサンのせいか、飲み屋でニッカのウイスキーの値段も上がりましたね。けしからんことに。  女史 教授も結構、ウイスキー好きだよね。(笑)  先生 NHKは本や雑誌は堂々と番組で取り上げているけど、よく考えたら、あれだって出版社という私企業が出している商品だよな。NHKで紹介された本は売れるだろうから、著者と出版社はラッキーだろう。それなのに、月刊正論の執筆者のような人の本は、まず、取り上げられないもんなー。  編集者 (笑)   教授 笑い事ではないんです。切実な問題なんです。  先生 それで公共放送だといって、パソコンやスマホも受信料の対象として検討されるそうじゃないか。ワンセグ付きの携帯電話も受信料をとろうとして、さいたま地裁で敗訴したけど、控訴したらしいじゃないか。どれだけカネとろうというんだよ。朝日のご譲位報道は意外に…朝日のご譲位報道は意外に… 教授 天皇陛下の譲位の「ご意向」をめぐる議論では、民進党の野田佳彦幹事長が党独自で皇室典範改正案を出す方針を示しましたが、こんな問題で政治的なパフォーマンスをして、国民の対立を煽るのは得策ではないでしょう。自らのタイミングの悪い解散で首相を首になった野田氏は、民進党幹事長に返り咲いて、ハイになっているんですかね。上から目線で安倍総理の消費増税延期の批判をしていましたが、週刊文春10月13日号で宮崎哲弥氏が「財政右翼」とからかっていましたよ。 先生 SAPIO11月号では小林よしのりがゴーマニズム宣言で男系維持派の渡部昇一や八木秀次たち保守論客をバカみたいな絵で描いていたな。これ、これ。 教授 ひどい描き方ですね。しかも名前を書いていない。文句を付けられないように、わざと書いていないんでしょうね。彼は、天皇陛下のお言葉があったのだから生前退位の法改正を進めるべきだという意見です。ゴー宣でも「承詔必謹の本を出す」と書いていますが、陛下のお言葉で法制度を改正したら、陛下が政治関与されたことになるんですよ。それが分かってないとしたら浅薄ですよ。この問題で意外にいいのは、朝日新聞なんです。盛んに、ご譲位に慎重な保守派の知識人を引っ張り出していますね。9月10日付朝刊では「男系維持派 困惑」という見出しで、大原康男氏、加瀬英明氏、八木氏らのコメントを並べて載せていました。皇室を大切に思っている保守派が「生前退位」で困っているという記事なんですね。正論に掲載された渡部氏やWiLLの加地伸行氏らの論考3本も紹介していましたよ。翌11日付の朝刊では、やはり男系維持派で、慎重な議論を求める櫻井よしこ氏、明確な反対派の八木氏のインタビューを、写真付きでかなり長く載せていました。 先生 いずれも二階堂友紀という記者の記事なんだが、朝日にしては、彼女の記事はいいよな。   編集者 たしかに朝日がこれだけ保守系の論客の意見を、なんの悪意も感じさせずに載せているというのは、画期的ですね。  教授 しかし、後から加地氏を「男系維持派」としたのは誤りだったという趣旨の訂正が出たのは面白かったですね。「掲載した識者のうち、加地伸行・阪大名誉教授には男系維持の工夫に関する論考はありますが、加地氏から、男系・女系天皇をめぐる問題については慎重な態度をとっている、との指摘がありました」とね。 編集者 よく意味が分かりませんが。 教授 この訂正文をみる限り、加地氏に「男系維持の工夫に関する論考」があるから男系維持派として並べたのに、本人からクレームを受けたと読めますね。  女史 (笑)  先生 問題は、このように反対論、慎重論の論理を詳しく説明している記事が、保守派を自認する産経新聞でもなく、いわんや読売新聞でもなく、朝日新聞によく出ているということだろ。産経も読売も、ダメじゃないか。 編集者 ただ、産経も読売も、自分たち自身が本音では「困惑」している当事者でもあるから、はっきりものが言えなくて、当事者じゃない朝日だから、冷静にものが言えるのでは…。 先生 少なくとも、月刊正論ではもっと反対・慎重論を明確にして、議論を喚起すべきじゃないか。一向にそんな気配はないが。 編集者 また、そんな厳しいことを…。9月号でも10月号でも、渡部先生や八木先生の反対論を載せていますよ。しかし、天皇陛下のお考え、ご意向は、尊重申し上げなければならないということもありますし、かといって、陛下が政治的発言をしたことになってはいけないし、いろいろ考えると、なかなか…。竹田恒泰先生の連載を読んでも、そこのところを悩んでいるのが、分かるじゃないですか。勘弁してください。 女史 しかし、その結果、重要かつオイシイ論点は、君らが日頃から散々、批判している朝日新聞にもっていかれているじゃないか。それでいいのか。確かに正論には鋭い反対論も載っているが、編集部がつける見出しは、そこをはっきりさせないような見出しになっている。いろんなところに“配慮”しすぎて、よく分からない。  編集者 しかし慎重に…。  先生 そういう弱気な性格が、先月号の編集後記操舵室からにもよく出ている。 編集者 え?  先生 編集長が執筆者に叱られたり、社内や編集部員や読者にも気を使ったり、しまいにはせっかく女房と飲んでいるところに、「某先生」に呼び出されて、嫌々、飲み屋に行くという話が書いてあっただろ。まさか、あの「某先生」は、俺のことじゃないだろうな。嫌なら、飲みにこなくてもいいんだぞ。(笑)  編集者 いやいや、そんな意地悪を言わないで下さいよー。       (文中一部敬称略)※この記事は、月刊「正論12月号」から転載しました。

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    自民党関係者が政敵蹴落とすため赤旗に情報流すこともある

    った。上杉:敵対関係に見える自民党と共産党は、実はつながりが深い。自民党にとって赤旗は党内派閥や大手メディアと違い、「永遠の敵」で利権が重なりません。自民党関係者が、党内の政敵を蹴落とすため、赤旗に情報を流すこともある。 自共で言えば、近年は野中広務氏ら自民党重鎮が次々と赤旗に登場しました。政治の本質は権力闘争であり、政権を取ることが最大の目的ですが、共産党は現状では絶対に政権を取れないので、真の脅威ではない。だから彼らが赤旗に出て、ガス抜き的に政権批判をしても全然問題にならないんです。記者会見する共産党の志位委員長=東京都渋谷区の党本部筆坂:自民党の重鎮が登場すると赤旗は妙にはしゃぎますね。でも、もし僕が自民党機関紙に登場したら、赤旗は「裏切り者!」って激しく批判するだろうね(笑)。上杉:情報網で言えば、組合関係からの内部告発的な情報提供もあるんですか?筆坂:昔は大企業に勤める党員から情報が流れることもあったけど、今は企業に党員が少なくなったから情報収集能力は落ちています。上杉:ただし官公庁には、情報網が未だに残っています。都庁なんか共産党の牙城ですから、赤旗でも都知事選を大きく扱っていました。筆坂:組合の他に赤旗には通信員という制度があり、地方の党員が定期的に記事を送ります。少なくなったとはいえ、30万人を超える共産党員が全国津々浦々に組織を張り巡らせる。これが赤旗の強みでしょうね。上杉:かつて田中角栄の金脈問題を最初に追及したのも、長岡市議会の古参の共産党議員でした。僕は何度もこの地方議員を取材したけど、彼は市の財産を角栄さんと越後交通が私物化することに腹を立て、ひとりでコツコツ調べたんです。 余談ですが、後にこの議員の自宅が火事で全焼したとき、角栄さんが駆けつけて100万円をポンと出した。議員が何度拒んでも、「困ったときはお互い様だ。同じ新潟県民じゃないか」と譲らない。それでも断る議員に対し、「借りたと思え。いつか返しにくればよい」と半ば強引に金を手渡した。天敵をも呑み込む角栄さんは、さすがですよね。うえすぎ・たかし 1968年東京都出身。鳩山邦夫氏の衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。ふでさか・ひでよ 1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 赤旗独自の情報網、内部告発は大企業や官公庁勤務の党員から■ しんぶん赤旗を読み解く9つのキーワード■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 丸川珠代 三原じゅん子の自民党内での台頭に愚痴をこぼす■ 赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される

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    日本のテレビは猛省せよ! 朴槿恵退陣「失政の本質」はそこじゃない

    「駐韓米軍の撤退があれば核を放棄してもよい」との欺瞞情報を流すことも指示した模様、と報じている。外国メディアと記者会見する韓国の次期大統領選の有力候補で最大野党「共に民主党」の文在寅前代表(中央)=11月15日、ソウル(共同) さらに朴氏によると、金委員長は、韓国の混乱拡大を狙い、新北朝鮮である野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)前代表の支援を統一戦線部に指示した、という。文氏は次期大統領選の有力候補だ。その文在寅氏は11月26日演説し、「開城(ケソン)工業団地閉鎖は理解できなかったが、いまになって疑問が解けた。その背後で崔順実が作用したのだろう。そうでなければとうてい理解することはできない」と述べた。朴槿恵大統領の開城工業団地閉鎖決定の黒幕は崔被告だとの主張だ。 更に文前代表は「北朝鮮に市場経済を伝播し、北朝鮮に資本主義体制と自由民主主義体制の優越性を見せ、北朝鮮住民たちをわれわれの側に引き込み、そして有事の際には北朝鮮が中国に手を差し出すのではなく、われわれ大韓民国に手を差し出すよう大韓民国に依存するようにしなければならない」とも力説したという(中央日報日本語版2016年11月27日)。まさに太陽政策そのものではないか。 「崔順実ゲート」を朴政権転覆の為に最大限利用しようとする野党側の戦略は明白で、これは北朝鮮の思惑と合致する。朴大統領が退陣した後にこうした野党勢力が政権を担うことが日本の国益に叶うのかどうか、という視点はテレビからは全く聞こえてこない。先に上げた朴政権下の「成果」がちゃぶ台返しの憂目にあうかもしれないのだ。とても対岸の火事として見てはいられない。 2017年、アジア情勢は風雲急を告げる。まず、アメリカではトランプ政権が発足する。トランプ氏は、金正恩委員長と直接話す意思がある、と語っている。また、日韓の駐留米軍費の負担も求めている。また、台湾の蔡英文総統と電話会談し(2016年12月2日)中国を刺激しており、今後の中国の出方が要注意となった。 朝鮮半島情勢の安定、すなわち対北朝鮮外交の要は日米間の緊密な連携だが、それがどう変化するか、トランプ氏が変数として入ることにより予測は困難になった。また、トランプ氏はロシアのプーチン大統領とも良好な関係を築こうとしている。 今はすっかり鳴りを潜めているが、対北朝鮮外交は、日米韓中露5カ国と北朝鮮とによる「六カ国協議」の枠組みで行われてきた。北朝鮮以外の5カ国の足並みが乱れれば、金正恩体制を存続させるばかりでなく、核ミサイル開発が進み、極東アジアの脅威は高まるばかりだ。なぜ北朝鮮に厳しい識者が登場しないのか 翻って日本はようやく平和安全法制が成立したばかりである。軍事面では、高まる北朝鮮のミサイル脅威から我が国を守る為に、THHADの国内配備やイージス艦のシステムを陸上に設置してSM-3迎撃ミサイルを運用するイージス・アショア(Aegis Ashore:陸上型イージス)の配備などの議論も進めなければならない。 経済的要因も無視できない。トランプ氏が大統領になることで米抜きとなるTPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋経済連携協定)に対し、RCEP(Regional Comprehensive Economic Partnership:東アジア地域包括的経済連携)ががぜん注目を集めている。RCEPは、ASEAN10か国+6か国(日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インド。以下「FTAパートナー諸国」)が交渉に参加するメガ自由貿易協定(FTA)交渉で、TPPに比べGDPこそ劣るが、域内人口は4倍超、その成長性に期待する声も大きい。アメリカは参加しておらず、中国がイニシアチブを取ろうとしている。 テレビは同じようなコメンテーターばかり使っているが、北朝鮮に厳しい論調の識者は登場しない。先に引用したコリア国際研究所の朴斗鎮氏に加え、関西大学経済学部の李英和(リ・ヨンファ)教授にアジアプレス大阪オフィス代表の石丸次郎氏らは画面で最近見たことが無い。 朴氏は2014年5月に写真週刊誌で「朝鮮総連のテレビ局への圧力により出演を断わられた」と告発したこともある。この問題は国会でも取り上げられた。(衆議院「北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会」2014年5月9日議事録 質問者:日本維新の会・三宅博議員(当時))報道の独立性は一体どうなっているのか。 放送法は多様な意見を視聴者に提示することを求めている。朝鮮半島情勢は、単に極東の一地域の問題ではなく、グローバルな安全保障の枠組みで考えるべきである。「崔順実ゲート」そのものに議論を矮小化させず、日本の軍事・経済安全保障の観点を第一義に議論すべきだろう。 昨今のテレビは報道とワイドショーの垣根がなくなり、むしろ朝から午後にかけてのワイドショーで国際情勢問題を取り上げることが少なくない。しかし、出演しているのはタレントがほとんどであり、内容も本稿で指摘したような視点が欠けている。10月31日、韓国ソウル中央地検前でメディア関係者や朴槿恵大統領の退陣を求める市民らに取り囲まれる崔順実氏(AP) 「崔順実ゲート」が日本に与える影響は深刻である。ワイドショーで扱うのも結構だが、出演者、中身を含め、真剣に見直さなければ、下手をすると北朝鮮を利することになり国益を損なう可能性すらある。このままでは視聴者をミスリードすることになると警鐘を鳴らしておく。

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    韓国大混乱、実は朴槿恵の方がマシだった?

    韓国の朴槿恵大統領の弾劾訴追はあっけなかった。日本でも連日ワイドショーをにぎわし、まるで韓国政界の混乱を楽しんでいるかのような報道ぶりが目立った。ただ、朴氏のこれまでの政治家としての評価まで無視していいのか。日本のテレビ報道を見る限り、本質的な議論が決定的に抜け落ちてはいないだろうか。

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    DeNA大炎上、キュレーションを疑え

    り、デタラメ、何でもあり。DeNAが運営する10ものキュレーションサイトが閉鎖に追い込まれた。ネットメディアに潜む病巣を浮き彫りにしたともいえるが、この問題は決して他人事ではない。iRONNAでも自戒を込めて、今回の炎上騒動の意味を考えてみたい。

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    情報を万引き&転売してカネ儲けするDeNAの「組織犯罪」

    藤本貴之(東洋大学准教授・博士/メディア学者) 医療系情報を大量に配信していたキュレーションメディア「WELQ(ウェルク)」騒動に端を発し、DeNA社が運営するすべてのキュレーションメディアが非公開になった一連の問題から、「ウェブメディアの信頼性」や「メディアの責任」に大きな注目が集まっている。 本年9月に、人工透析患者に対して「自業自得だ!死ね!」と暴論を書いたことで炎上し、1ヶ月足らずで、ほぼ全ての仕事を失ったフリーアナウンサー・長谷川豊氏のように、ウェブメディアに端を発してリアル社会の人事やビジネスに影響を与える事例も近年、急増している。 本稿では、メディア学者をしつつ、実際にこれまで複数のウェブメディアの開発・運営(例えば、メディア批評サイト「メディアゴン」)に携わってきた筆者の研究・実務の両面の視点から、今回の「WELQ騒動」を通して見えてくるキュレーションメディアを中心としたウェブメディアが持つ課題、問題について考えてみたい。謝罪会見したディー・エヌ・エーの守安功社長と南場智子会長(右) =12月7日、東京都渋谷区ウェブメディアの自由度と責任 これまで、ウェブメディアといえば、その機動性の高さと自由度から、急激に情報源としてのニーズを伸ばしてきた。テレビを見ない層・新聞を読まない層の急増は、それ自身の質や魅力の低減もさることながら、情報源のウェブ化があったことは否めない。 ウェブメディアがテレビや新聞といった既存メディアにも並ぶ影響力や消費を生み出すようになった一方で、そこにはテレビ業界のような明確な法規制や業界規制はない。公序良俗の遵守や信頼性の確保といった部分は、あくまでも運営者・発信者の良識と感覚が大きく左右してきた。記録が残るとはいえ、新聞などとは違い「瞬時に削除や修正」が可能である点も運営者の緊張感を緩ませる要因になっているように思う。 高い自由度が生み出す「信頼性は低いけど面白いコンテンツ」を拡散させることで影響力を確保しつつも、「所詮ウェブですから」といった意識と逃げ道を設けることができる仕組みは、ウェブメディアの大きなメリットの一つだ。既存メディアでさえ、敵視しつつもウェブメディアの世界に進出し、保有していることからもそれは明らかだ。組織的な情報「万引き」とその「転売」 今回、DeNA社が運営する10のキュレーションメディア全てが非公開化されたことに、驚いた人は少なくないはずだ。なぜなら、今回の騒動の発端は、医療情報を標榜するサイト上で十分な検証や確認がされることなく、誤解や間違いを流布するような記事を配信してしまったという、薬機法(旧薬事法)に抵触する恐れのある問題だった。しかし、騒動が進行して行く中で、若い女性をターゲットにした流行情報を配信する「MERY(メリー)」のような主力サイトまでもが非公開になった。 「薬機法に抵触するような不確かな医療情報の流布」もさることながら、その記事やコンテンツの作成過程で無許可引用や「ほぼ盗作」「実質、切り貼り」が公然と横行し、それらが大量に存在しているという事実。そして、それによりメディアの維持(=収益化)がされていた、という組織的な「情報万引きとその転売」のような、もうひとつの大きな構造的問題が明らかになったのである。 「信頼性の薄い情報を流布した」ということも、情報メディアとして大きな問題であるが、それ以上に、「無駄引用」「ほぼ盗作」「パクリ」「著作権侵害」は、メディアの存在自体を揺がす取り返しのつかない致命的な問題である。 「信頼性の薄い情報」への批判だけであれば、100歩譲って、スポーツ新聞や超常現象雑誌、UFO番組のように、「信頼性は薄いけど、面白い」というエンターテインメントとしての逃げ切りも可能かもしれない。しかし、無断引用や「ほぼ盗作」「実質、切り貼り」にそういった逃げ道はない。キュレーションメディアのCPの高さ 現在、指摘されているキュレーションサイトは、いわば「他人のふんどしでとる相撲」である。運営会社はもとより、記者やライターが独自の取材をしたり、一次情報源や責任著者になることはほぼない(少なくとも筆者はそう感じている)。 しかしながら、他メディアからの「まんまパクリ」まではしていないが、バレないだろう発想で、切り貼りを常態化させ、十分な原稿料を支払ってコンテンツを制作することもない。こういう「ギリギリアウト」で、しかも極めて中途半端な立ち位置から、独自取材やオリジナル記事、一次情報を配信しているような情報サイト、ポータルサイト以上のPV(アクセス数)を稼ぎ出す。この極めてコストパフォーマンス(CP)の高い商材がキュレーションメディアだったわけだ。検索上位2、3サイトで満足するユーザー DeNA社が抱えるような大手サイト以外の、中小サイト、個人サイトのレベルでもその基本的な構造は同じだ。 もちろん、それを成立させている背景にあるのは、既存のテレビや新聞といったメディアの影響力が薄れる一方で、「正確さ」や「客観性」は著しく劣るものの、手軽に入手できるウェブメディアからの情報で済ませてしまう、済ませることができる、という若者層たちを中心としたライフスタイルの現実である。 さらに、無数に存在するウェブメディアをつぶさに見て回らずとも、関連する情報を「どこかの誰か」が、話題のニュースやトッピクが発生すれば、瞬時に「まとめサイト」にまとめてくれる。個人のSNSから新聞社の記事、公的情報に至るまで、あらゆる情報が「どこかの誰か=まとめ人」の感性で、1つのまとめサイト上で「整理」される。非常に便利ではあるが、そこには情報の確からしさを確認するステップは存在しない。キュレーションメディアは「フランケンメディア」 まとめサイト、キュレーションサイトとされるサイトの仕組みは確かに便利であり、多くの人が一度ならずとも、利用したことがあるはずだ。 筆者のような「メディアの信頼性」や「炎上の仕組み」「メディアの開発・分析」などを専門とした研究者であっても、軽い話題、特に芸能ネタやグルメや流行などに関する情報であれば、それで多くを済ませてしまうことも決して珍しくない。 もちろん、筆者のような職業であれば、その情報源としての信頼性や利用方法は十分に理解しているので、あくまで参考にしたり楽しむ程度にとどまり、それを鵜呑みすることもないし、ましてやそれを第三者に「情報」として提供することもない。しかし、それがウェブメディア読者の圧倒的多数を占める「一般消費者」「一般生活者」であれば、どうか。 多くの人が、必要な情報を求める時、グーグルで検索して、最初に出てくる上位2、3のサイトや題目に掲載されている情報で満足してしまう。そして、そのような検索で出てくる「上位2、3サイト」に定席を持っていたのが、信頼性の薄い、あるいはほとんど切り貼りで構成されたフランケンシュタインのようなまとめサイトやキュレーションサイトだったわけだ。「キュレーションメディア」いう名前自体に違和感 そもそも、筆者が気になるのは、「キュレーションメディア」というネーミングだ。この言葉が頻繁に利用されるようになったのここ2、3年だが、メディアの手法としてのこのネーミングには違和感を覚えてきた。 外部からの情報を読者にわかりやすく「まとめ」て、情報提供をする、という意味では、全てのメディアがキュレーションであるからだ。新聞などは、世界中の情報を効率的にカテゴライズして、限られた紙数にまとめつつも、一定の信頼性と確からしさを確保している脅威の「キュレーションメディア」である。 しかしそれがなぜか、「ウェブで、手軽に、既存コンテツを切り貼りして、どこかの誰かがまとめて(編集して)公開する」というフランケンシュタインのようなメディアを「キュレーションメディア」と表現するようになった。 手法としては、明らかに既存メディアの劣化版、簡易版である「フランケンメディア」でしかないにもかかわらず、「キュレーションメディア」という横文字新造語にはどことなくオシャレ感と先進性が漂う。このITメディア用語特有のオシャレ感はありふれたモノやコトを新しそうに見せるための常套手段だ。 信頼性なき「フランケンメディア」であっても、「キュレーションメディア」などという横文字新造語に置き換えることで、「新しいメディア」を感じさせてしまう。しかし、よく考えてみれば、DeNA社のサイトに限らず、問題となっているキュレーションメディアたちは、「どこかの誰か」が個人的な感性で玉石混合の情報をかき集めただけであることは誰の目にも明らかだ。 そもそもインターネット黎明期、我々は方々から無許可でコピーしてきたコンテンツを寄せ集めた「違法だけど便利なサイト」を「アングラサイト(地下サイト)」と呼び、その運営者を「管理人」などと呼んできた。それが今日は「キュレーションサイト」となり、その運営者は「キュレーター(=学芸員)」と呼ばれているわけだが、サイト自体の本質はアングラサイトと同根であるように思う。 そして、いずれも多くの読者がそれ(=違法・脱法)をわかった上で利用している、という点も共通している。しかし、罪悪感はアングラサイト時代よりも格段に薄まっているか、皆無だ。だからこそ、キュレーションメディアが持つ今日的な問題はより根深い。つまらなくなったテレビの二の舞に? 本来、執筆者/製作者たちのウェブメディアの自由度と機動性を活かし、しかも専門性や着眼点のユニークさが注目され、そこから話題を生み、拡散され、それがひいてはテレビや新聞、雑誌といった既存の大手メディアに取り上げられ、ブームやお金を生む。これこそウェブメディアという「飛び道具」を利用するうえでの最も効果的な手法で、メリットだ。 一方で、日々、無数の情報が生み出されるインターネットの世界では、一つのニュースが持つ賞味期限は、長くても1日。通常は、朝に配信されたニュースや情報はその日の午後には、影響力を潜め、夕刊が出る頃になれば、どんなビッグニュースであったとしても、朝に出されたコンテンツの痕跡や影響力はほぼ消えている。 よって、コンテンツが埋もれないように、ウェブメディアやコンテンツホルダーが腐心していることがSEO対策になる。検索結果でできるだけ上位に表示されるようにするためのテクニックだが、この精度を高めることがコンテンツそのものを作りよりも高い価値と意味を持つようになってしまっているのも現実である。 ネット上ではあらゆる情報が瞬時に「埋もれる」。そのため、「埋もれない」ようにするための努力に最大のエネルギーが注がれているのがウェブメディアの現状でもある。 その結果、「話題のコンテンツ、注目の記事が、結果的に検索上位にくる」ではなく、「検索上位にくるようにコンテンツを作る」といった逆転現象の起きてしまう。その結果が、今回のWELQ騒動に起因するDeNAキュレーションメディア問題の本質である。そしてその実態が、今回の騒動により一般にも明らかになったというわけだ。テレビをつまらなくする仕組みの「二の舞」 今回の騒動がウェブメディア業界にとって与えるデメリットは計り知れない。少なくとも、黙認されてきた自由度への規制(自己規制、業界内規制を含め)が加速することは間違いないからだ。それは、消費者・利用者からの視線という点でも、である。 ウェブメディアが既存メディアに対して圧倒的な優位性をもっていた「自由度」とそれに基づいた「機動性」に対して急激なブレーキがかかってくる可能性もあるだろう。テレビ業界が「コンプライアンス」という言葉の発明によって、急激にその自由度を失い、機動性を鈍らせ、表現の自由を抑制するようになったことは言うまでもないが、それがウェブの世界にも遠からず持ち込まれることになろう。厳罰化はテレビや新聞報道並に? 一度、失った情報源としての信頼性を回復することは難しい。今後、DeNA社が同種のビジネスを画策する場合は、社名が見えない形で出資したり、分かりづらいように別会社経由させるなどの策を弄することになるのだろう。 少なくとも、若い女性層に人気だった「MERY」のようなサイトを自前で保有することは難しくなるはずだ。何よりも「パクリはダサい」からだ。有名ブランドのパクリファッションが本当の意味で流行することはない。謝罪するディー・エヌ・エーの守安功社長、南場智子会長(右) ら =12月7日、東京都渋谷区 これまで相当度黙認されてきた自由度によってPVを伸ばしてきたウェブメディアに対し、「責任感のない記事」や「不確かな情報源」を追及したり、社会的制裁を含めた厳罰化が、今後、テレビや新聞報道なみに進んでゆくことは想像に難くない。 もちろん、これまで「ネットにいいようにやられてきたテレビや芸能人たち」が反撃をしかけてくるようにもなるだろう。少なくとも、「ネットで叩かれたら、炎上しないように黙って嵐が過ぎるのを待つ」というスタイルは減ってくるはずだ。 その意味では、今回の騒動は、ウェブメディアと既存メディア、ウェブメディアとコンテツホルダーの関係にとっては、いわば「健全化」の第一歩のようにも感じる。一方で、ウェブメディアのこれまでのビジネスモデルに大きな変換が迫られることも事実であり、産業構造自体の「転換点」でもあるのだろう。 ウェブメディアを開発したり、運営している側の立場としてみれば、ウェブにおける自由度の抑制は、機動性を低め、ネットの「飛び道具」としての威力を低減させかねない。それはそのままウェブメディアのメリットの目減りにつながるのだから死活問題ですらある。 しかし、メディア学者という立場から客観的に今回の現状(あるいは惨状)を観察してみれば、こういった状況は訪れるべくして訪れたモノであり、遠からず通らねばならない道であったことは間違いない。今回はたまたま、「WELQ=DeNA騒動」がそのきっかけとなってしまったにすぎない。これがWELQやMERYでなくても、同じような「事件」はどこかで必ず起きていたはずなのだから。

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    「脱法的ブラック企業」の臭気漂うDeNAとネットメディア

    宮脇睦(ITジャーナリスト) グーグルはコンテンツの内容を精査しない。グーグルの検索順位決定の仕組みを単純化するとこうだ。多くのサイトからリンクを貼られたコンテンツは、それだけ人気=価値があると評価する。いわゆる「美人投票」と同じだ。何を説明しているコンテンツかは、掲載されているキーワードによって分類する。これを逆手にとれば、グーグルの検索結果は「操作」できる。これを「SEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)」と呼ぶ。 21世紀の初め頃、女性タレントの名前での検索結果に、アダルトサイトが並んでいたのはSEOの悪用による。プロ野球球団「横浜ベイスターズ」のオーナーとして知られる東証一部上場企業「DeNA」が運営する医療系サイト「WELQ(ウェルク)」の手口も同じだ。 「死にたい」との検索結果の1位にWELQのコンテンツが表示されていたのだが、鬱病患者を追い込みかねない不適切な内容を孕むものだった。転職サイトへ誘導して利益を得るためのものだったのだ。心の弱っている人に目をつけ、金儲けを目論んでいたのだからアダルトサイトより悪質だ。 2016年10月24日、SEOの専門家である辻正浩氏が当該コンテンツの問題点をまとめて指摘しネットで話題となる。批判を受けDeNAは10月26日に、広告部分を削除したが、コンテンツは会員による投稿で、会員規約に違反していないため削除も修正もしないと発表する。WELQはサイトに登録した会員からの投稿で運営されていると説明していたが噴飯物の仕組みがそこにはあった。 会員という言葉は、善意の第三者的な一般市民を連想させるが、外部発注仲介サイト「クラウドワークス」などを通じて集めた「ライター」なのだ。「クラウドワークス」を介してライターとなり、執筆した人物のブログによれば、執筆方法についての細かな指示がだされており、DeNAの監督下にあったのだ。ネット媒体「buzzfeed」は、独自入手したDeNAが構成まで指示する「マニュアル」を公開している。「会員」とすることで、記事への責任を回避していたと見るのが自然であろう。ここにも悪質さを確認する。 会員と称するライターへの報酬は1文字0.5円。400字詰め原稿用紙1枚で200円だ。クラウドワークスが募集する「ライター」職には、0.2円というものもあり、これでは80円にしかならない。筆の進みに個人差はあるが、0.2円では最低時給を上回ることすら現実的ではない。下請け業者であるライターに、労働基準法は適用されない。脱法的ブラック企業の臭気が鼻をつく。上場企業が聞いて呆れる 一方、2016年11月4日にDeNAが発表した「2016年度 第2四半期決算説明会資料」には、WELQの所属する「新規事業・その他(キュレーションプラットフォーム事業)が2016年9月に単月黒字を達成し、第3四半期で黒字になるとあり、添えられたグラフの売り上げ収益は15億円を指している。 両者を並べたとき、航海法から逸脱し、労働法規にも守られずに搾取される労働者を描いた小説『蟹工船』が脳裏に浮かび離れない。謝罪会見を終え疲れた表情で会場を出るディー・エヌ・エーの守安功社長(右)と南場智子会長=12月7日、東京都渋谷区 辻氏の指摘からネットは「炎上」状態となっていた。「(肩こりは)幽霊が原因のことも?」といった噴飯物の見だしや、コピペレベルのパクリが次々と発覚し、健康を害する記事まで確認できたからだ。DeNAがWELQの「一時中止」を発表したのは、辻氏の指摘から一ヶ月以上過ぎた11月29日のことだ。その前日、事態を重く見た東京都の福祉保健局が、DeNAの担当者に来庁による説明を求めていた。つまり、行政が介入するまで「放置」していたということだ。モラルより金儲けということか。 安倍晋三首相を本部長とする「日本経済再生本部」において、成長戦略の新たな司令塔となる「未来投資会議」の民間議員には、WELQの運営会社DeNAの創業者で会長の南場智子氏が選ばれている。情報を盗み(コピペ)し、ライターから搾取した果てに、行政が腰を上げるまで劣悪なコンテンツを放置し続けたDeNAの会長の語る「未来」に明るい色を見つけることができない。 違法でなければ合法という発想は、いまは「危険ドラッグ」と呼ばれる脱法ドラッグと同じ発想だが、残念ながらDeNA(2432)だけではないようだ。「アメブロ」や「ピグ」を提供するサイバーエージェント(4751)の「Spotlight(スポットライト)」、リクルートホールディングス(6098)の「ギャザリー」、ヤフー(4689)「TRILL(トリル)」が、WELQの騒動を受けて、一部の記事を非公開としたのだ。そのタイミングはこの12月にはいってからで、DeNA同様の体質が透けて見える。なお、社名隣に記した番号は「証券コード」だ。ライター斡旋の場となった「クラウドワークス(3900)」も含めて上場企業である。彼らを監視する東京証券取引所を筆頭に、コンプライアンス(法令遵守)を辞書で引くべきであろう。 かつてネットは「便所の落書き」と呼ばれた。根拠不明の怪しい情報が溢れていたからだ。WELQの騒動を受けて、こうした批判が首をもたげている。1995年の「Windows95」の発売を「インターネット元年」と定義したとき、二十年を越え積み重ねてきたネットの信用を、WELQは一瞬で崩してしまった。万死に値する、と、言葉を窮めるのは、その歴史とほぼ同じ年月、引用の範囲を超えるコピペや、搾取に手を染めずに、コンテンツ作りに取り組んできた筆者の慟哭だ。参考記事■辻正浩氏まとめhttps://twitter.com/i/moments/782773534850371584■元ライターの告発(体験記)http://cwhihyou.exblog.jp/24972121/■Buzzfeedマニュアルhttps://www.buzzfeed.com/keigoisashi/welq-03?utm_term=.dmlRnnAY9#.cw6kDD2Mp■WELQ幽霊http://www.oricon.co.jp/article/56921/■WELQを呼び出しhttp://www.oricon.co.jp/article/59997/■DeNA 16年2Qhttp://dena.com/jp/ir/library/presentation.html■決算資料PDFhttp://v3.eir-parts.net/EIRNavi/DocumentNavigator/ENavigatorBody.aspx?cat=ir_material&sid=60722&code...

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    キュレーションは生き残れるか? グーグルを騙し続けたDeNAの罪

    神田敏晶(ITジャーナリスト) 上場会社のDeNAが、自社や関連会社で運営するオウンドメディアのキュレーション媒体を全記事非公開化に踏み切ったことは、ウェブメディアのビジネスだけでなく日本のウェブの文化にも大きなインパクトを与えている。キュレーションメディア全体が大きな危機を迎えている現状を分析してみたい。2013年12月、ディー・エヌ・エー(DeNA)本社を見学に訪れたバイデン米副大統領(中央)、ケネディ駐日米大使(左)を案内する、同社創業者の南場智子取締役(代表撮影) DeNAのヘルスケア情報メディア「WELQ」の実情を白日のもとにさらけだしたのが、BuzzFeed日本語版の2016年11月28日の「DeNAの『WELQ』はどうやって問題記事を大量生産したか 現役社員、ライターが組織的関与を証言」という記事だ。 しかし、この記事は、DeNAの現役社員や契約ライターによる社内の秘匿情報の漏洩という側面も知ることもできる。チャット画面などの公開は、果たしてスクープといえるのだろうか。秘匿義務違反や内部通報で社内ルール違反の上にスクープが成り立っているのか。 ただ、法律を犯す指示をしたとか著作権違反を強要しているのを判断するにはBussFeedではなく、司法の判断だ。BuzzFeedがここまで踏み込んだのは、それをさかのぼる1カ月前、10月28日の「無責任な医療情報、大量生産の闇 その記事、信頼できますか?」という記事にあった。 10月の段階でBuzzFeedはWELQの問題をDeNAに対して正攻法で取材し、DeNA側は「真摯に対応してまいります」と応えていた。そして、最後に「BuzzFeed Newsは、医療や健康をテーマとしたキュレーションメディアが引き起こす問題を引き続き取材します。WELQに執筆されている方など、関係者からの情報をお待ちしております」と掲載したことが、内部の密告者とコンタクトのきっかけなのだろう。まさにメディアとしての正しい攻め方だ。 DeNAがこの時点で、真摯にBuzzFeedの指摘に対して、SEO対策としての8000文字もの長文記事を1日100本も掲載することの異常さを感じ、医療情報というセンシティブなメディアに対しての責任感が伴えば、このようなキュレーションメディアの全面閉鎖ということにはならなかっただろう。キュレーションメディアを乱造させた「張本人」 しかし、問題はDeNAが謝罪し、閉鎖しただけでは終わらなかった。「DeNAショック」は一気に業界を震撼させ、キュレーションメディアの順次自主的な非公開という対応をとりはじめた。つまり記事の量産化、著作権違反の奨励、写真の無断使用など、同じ穴のムジナとなっている業界なのだ。しかもヤフーの「TRILL」、サイバーエージェントの「spotlight」、リクルートの「ギャザリー」、KDDI子会社のSupership「nanapi」と上場企業のキュレーションメディアばかりだ。 なぜ、このようなことが起きるのか。日本のIT業界は、歴史の短いインターネット史の中で、同様の失敗を何度も繰り返している。まったく学習機能がオンにならない業界なのだ。 最初のインターネット・バブル時代は、海外も含めて初めてのバブル経験で、スピード成長とユーザーの抱え込みに問題があった。次は上場で得られた資金でのテレビコマーシャルへの大量投下。ソーシャルゲームの課金ブームが訪れる。そう、2012年の「コンプガチャ問題」だ。 莫大な利益をあげたコンプガチャだが、2012年に終息してしまう。そして、スマホ活用の「ソーシャルゲーム」へと進化するが、そのゲームも頭打ち。さらに上場会社でも、ヴァイラルメディア(口コミネットコミによって伝染するかのようにひろがるメディア)やキュレーションメディア(多数の情報をまとめ精査することによって新たな価値を生み出すメディア)の有効性に目をつけはじめた。 Googleなどの検索に効果を発揮するSEO化された記事を量産するために「クラウドソーシング」で安価な素人ライターを獲得し、記事を乱造してPV数を稼ぎ、広告で利益を得るという方法をとる手法が展開をはじめる。このあたりの「上場会社」という社会の公器としての意識がIT業界はまだまだ低い。資金調達のための上場だからだ。 要するに、キュレーションメディアを乱造させたのは、実はGoogleなのである。Googleが良いサイトだと認識し、検索した時に上位に表示し、そこをユーザーが閲覧し、広告を見て、クリックするという流れが起きる。そこでGoogleは広告主からお金をもらい、メディアには掲載手数料をアフィリエイトとして支払い、自社広告をとるキュレーションメディアはGoogleによる流入をSEOでかさ上げして、広告主から表示数やクリック数に応じた広告費を稼ぐ流れだからだ。「タコツボ」にハマり前が見えなくなったDeNA しかし、この状況を考えてみると、恐ろしいネット上の「サイロ・エフェクト(縦割り化現象)」がもたらされている。 適当なサイトから、クラウドソーシングで働くライターがパクって作成した医療記事が、検索エンジンによりトップに表示され、そこに掲載されている健康食品の広告で商品を購入し、また精査されていないはずの記事を鵜呑みにして、行動を起こす。いつしか、大きな健康被害が発生しても責任の所在地がはっきりしない状況になりかねない。 しかも、これらの現象は今起きたことではない、少なくともキュレーションメディアやヴァイラルメディアの功罪は5年以上の歴史があるのだ。その間、GoogleもSEO化されないように、いろいろとアルゴリズムを調整し続けている。 しかし、それもイタチごっこであり、常にGoogleに検索されやすい施策を取り続けてきた。それが、個人や中小企業でも参入しやすいキュレーションメディアを買収することによって集積し、拡大させ、資金を投入し、人的な加工でGoogleのエンジンをまんまと騙し続けてトップ表示させて流入を稼ぐ。IT企業を標榜するような企業が、インターネット上に役立たない情報を乱造し続けてきたにすぎないのだ。 また「サイロ・エフェクト」はタコツボ現象と訳することができる。組織が高度化し、専門性を高めれば高めるほど、費用対効果を極限にまで追い求める。しかし、そこには組織としての目指すべきヴィジョンやゴールに対しての明確なヴィジョンがないとタコツボ化して前が見えないまま走り続けてしまう。 もう一度、DeNAのサイトを確認してみた。創業時からDeNAのDNAは「新しいことに挑戦し続けること」「世界に喜びと驚きを」。何かの重要な「コトバ」が足りない気がしてならない。「正しい姿で…」「あるべき姿で」というコトバをDeNAにプレゼントしたいと感じた。 組織が立ち止まった場合に考えるべき重要なことは、社会に対してのコミットメントだ。そこの意識がないと組織全体が好き勝手に挑戦し続け、好き勝手な喜びと驚きを与えつづけたのかもしれない。 インターネット登場から20年も経過したのだから、IT業界全体が焼畑農業でなりふりかまわず稼ぐ時代はもう終わった。オトナの組織として社会全体を良い方向に導くために自社がなにをすべきなのかを全社員と意識を共有し、社内リソースを改めてキュレーションしなければならないのだ。

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    なぜダンマリか、DeNA騒動の中心人物「村田マリ」にも説明を求む

    し、敬虔な反省と持つとともに、真摯に省み、自己批判をしなさい。次回は村田某にもコメントをさせなさい。メディアも、株主も同社と経営陣の責任を非妥協的に追及せよ。同サイトに振り回された至純の魂を持つ消費者よ、断固たる闘争に起て。 もっとも、この手の問題というのは、問題を起こした企業や、関係者を糾弾しただけでは解決しない。構造的問題を直視しなくてはならない。 これはネットビジネスが直面している構造的問題だと解釈している。広告型のビジネスモデルではPV数がモノを言う。そのPVを稼ぐためには、検索されなくてはならない。このようなビジネスモデルであれば、粗製濫造と言われようとも、さらにはそれが機械的に作られていようとも、大量に記事を生産し、アップした方が有利になる。このような魂の腐敗、道義の頽廃とも言える取り組みが合理的になってしまうのが、ウェブの世界なのである。 この「PV課金の広告型モデル✕検索エンジン」という呪縛に、ネット関連のサービスは常に囚われている。それこそ、DeNAの愚行を報じるネットニュースサイトも広告課金、検索エンジンという掌の上で踊らされている。 釣り記事や炎上狙いの記事が話題になるが、この手のものも単に関わっている企業や書き手の問題だけではなく、このビジネス上の構造的な問題のもとに成り立っている。ついついPV稼ぎに走ってしまう中、どうブレーキをかけるのか。倫理だけで阻止することができるのか。ウェブサービスは魂を空白状態にするのだ。 上場しているネットベンチャー企業には、常に変化への対応と、成長が求められる。これもまた、株式市場の論理だ。 DeNA社の悪辣なる愚行に対する我々国民の怒りは、もう限界のレベルに達している。とはいえ、こういった構造的な問題も理解しておくべきである。ネット社会は、普遍的・根底的矛盾を抱えているのだ。記者会見したディー・エヌ・エーの守安功社長と南場智子会長(右)=2016年12月7日 もうひとつ、おさえておきたい論点がある。それは、生活者にとっての価値だ。 健康や美容に関連して間違った情報が掲載され、放置されていたということは、上場企業が行うサービスとしては断じて許してはならない。もっともこれは「情報の管理が行き届いていなかった」「剽窃なども放置されていた」「しかも、それを推奨していた」というのが問題であって、「わかりやすく、情報がまとめられている」ということは悪いことではない。 つまりこういうことだ。元AKB48の前田敦子風に言うと「キュレーションメディアを嫌いになっても、キュレーションそのものを嫌いにならないで欲しい」というわけである。 釈迦に説法だが、情報が氾濫する時代である。信頼できる、自分に合った情報に辿りつくのも困難である。そんな中、情報をわかりやすくまとめるキュレーションという行為は、本来、生活者にとって便利なものであったはずだ。だから、「キュレーションサイト」というサービスが起こした「問題」は直視するべきだが、「キュレーション」という取り組み事態は否定できないのではないか。 今回の件はネット社会、ベンチャー企業を論じる上で格好の材料である。同じような案件は今後も出てくることだろう。構造的な問題は理解しなくてはならない。しかし、善良なる市民を冒涜する企業、経営者、サービスを断じて許してはなるまい。我々はもっと怒っていいと思うのだ。追伸 このインタビュー、私が苦手なNewsPicksに掲載されているものなのだが、いま読むと色々考えさせられるので、ぜひご覧頂きたい。「私が、DeNAにiemoを売った理由」(https://newspicks.com/news/640478/)

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    DeNA「サイト炎上」MERY、iemoの原罪とカラクリ

    家・ブロガー) 山本一郎です。毎日幸せに暮らしています。 ところで、先日来のDeNAのキュレーションメディアについては、健康情報サイト「welq(ウェルク)」を中心にDeNAパレットと称された10個のうちMERYを除く9個のサイトをCEO守安功さんが謝罪とともに非公開化したと発表がありました。 個人的には、いまのDeNAにできる最大限のことで、守るべきところは守ったという点で、英断だったと思います。ぎりぎりの判断をされたDeNA経営陣は凄いなと思いました。代表取締役社長兼CEO 守安功からの一連の事態に対するお詫びとご説明 | 株式会社ディー・エヌ・エー【DeNA】(DeNA公式サイト 16/12/1)「がん」などのインターネットの検索結果で「信頼できる医療情報」を手に入れるために知っておきたいこと(ヤフーニュース個人 朽木誠一郎16/10/24)無責任な医療情報、大量生産の闇 その記事、信頼できますか?(Buzzfeed Japan 16/12/1) 先日、簡単に経緯をまとめた記事はこちらです。DeNAがヘルスケア絡みのキュレーションメディア商売で大炎上(ヤフーニュース個人 山本一郎 16/11/28) ネットで流れるデマ医療情報やニセ科学とSEOの関係については、この方面の大御所である辻正浩さんが「自殺」をキーワードに上位表示に打って出たことを指摘したことに端を発するわけでありますが、およそ一か月余りでwelqは非公開とDeNAによる謝罪で序盤の攻防を終えることになりました。その後、話題は「こういうビジネスがアリか無しか」や「ネットで流通する情報の正確性はどう担保されるべきか」といった方面に移ってきたわけであります。「[死にたい]でSEOされたwelq(運営:DeNA)の大きな問題」(作成者: @tsuj) そのDeNA守安さんについては、TechCrunchのインタビューで興味深い発言を連発しています。DeNA守安氏「認識が甘かった」ーーWELQに端を発したキュレーションメディアの大騒動(TechCrunch Japan 16/12/1)―過度とも言えるSEOによるグロース施策を実行していた人物として、キュレーション企画統括部の部長の名前が具体的に挙がっています。 それぞれのメディアには担当者がいて、グロースハック部とメディア部がどう絡み合っていたのかは分からないのですが、私を含め「SEOを重視しよう」という方針で運営していました。村田(やまもと註:村田マリ女史)が責任者でいて、配下の部長が数名いる中の二人だったという認識です。―事業のキーマンの採用は現場の采配によるところが大きかったということでしょうか。 メディア全体の方針やモラル的な問題に関しては私に責任があると思っていますが、現場の判断に関しては村田の判断が大きいです。―ただ、社内外からSEOの手腕に関して「ちょっと強引じゃないか」という声も挙がっていたと伺っています。 報道を見るとそういう面もあったのかなと思いますが、社内の中では把握していませんでした。 そうですか。社内の中では把握していませんでしたか。組織的なステルスマーケティング 実は、当時DeNAがPalette事業をやったり、バイラルメディアで問題起こした人物らがグロースハック部なる部門でDeNAの“活躍”が問題視される2年ほど前の、2014年11月に、MERYやiemoで他社画像投稿サイトで掲載されている画像や図版、文字などの剽窃、無断利用について、事業統括であった村田マリ女史に直接「これは問題ではないか」と問い質していました。 ちなみに、村田マリ女史のDeNA加入はこういう経緯です。ちょっと悪意ある書き方かなとも思いますが、事実関係はだいたいこんな感じです。DeNA(2432)と村田マリ氏とその夫(本間 真彦氏)に利益相反は無いのだろうか?(カツシン!! VIPE(電子タバコ)初心者 16/12/2) その村田マリ女史が運営していたiemoというサイトをDeNAが買収したわけですけれども、何と言っても、当初はPinterstなど画像投稿サイトなどから4万件以上の剽窃、無断利用が判明していたので、さすがに問題ではないかと思ったわけですね。 その際には、村田女史から「(DeNAの)法務に相談し、社内の対応も急ぎで進めています」との回答があり、実際に、その後画像投稿サイトからの直接リンクや剽窃、無断盗用が一部削除になり、きちんとご対応いただけた、という認識でおりました。その意味では、私どもの打診について村田マリ女史にお話しさせていただき、内容をしっかりと理解していただいたうえで、具体的に法務と検討され、社として問題の投稿を削除対応されたということです。その意味では、DeNAもきちんと考えてくれるのだな、村田マリ女史も良く対応してくれたな、という心証でおりました。 ところが、実際に今回非表示化されたDeNA Paletteの13万以上記事や、「別組織だから」と温存されたMERYの全ページを検証してみると、やっぱり商用ではない外のサイトから画像をそのままぶっこ抜いてきて、テキストつけて記事にしていることが分かります。GettyImagesなどフリー素材サイトもかなり含まれてはいますが、MERYという媒体の性質上、よりオリジナリティの高い画像を利用する必要があり、ネットで検索した画像を適当にもってきて記事にしている、ということなのでしょう。 現存しているMERYの記事の、少なくとも約2割強にあたる460件ほどが、権利関係が不明確な剽窃や無断利用と思われる状態です。MERY自体は、Buzzfeedも指摘するように8割以上の記事が削除されていますが、それでもなお、これだけの問題のある記事が残っている、ということになります。投稿者の責任であるとして、プロバイダ責任法で逃れるとしても、そのような問題のある記事を投稿させてそこに広告を貼ってビジネスをすることが果たして是か非かという論点はどうしても残ります。DeNA疑惑の画像まとめcsvお持ち帰り用(dropbox csvファイルです)DeNA の「MERY」は問題なし? 記事9割削除に広告代理店やライターも困惑(Buzzfeed Japan 16/12/2) たぶん、DeNAも分かっていてこれらの記事を残しているのかなあと思うのは、どことは言いませんが、大手広告代理店などが広告や精読率などの効果測定するために使っているタグを残さなければならないページばかりだからでしょう。これらの話は組織的なステルスマーケティングの問題とも言えます。残っている記事の一部は、投稿サイトを装いながら実質的にはペイドコンテンツであるという疑いが濃厚だからです。ここから推測するに、MERYを本来ならば非表示化するのが筋なのに理由をつけてそうしないのは、一連の事業はDeNAが主体的にやっていたものとはいえ、上流にモラルの低い大手広告代理店がくっついて、クライアントビジネスをしていたからではないかと予想されるわけです。記事の量産を担う「コピペロボット」 そして、この画像の剽窃や無断利用とセットで語られるのが、“SEO対策をされた“記事群です。すでに具体的な社名が上がっていますが、クラウドワークス、ランサーズ、シュフティといった、マイクロビジネスの受け口がエンタープライズ向け記事集稿システムを担っていたと見られます。実際に、記事集めの責任者がいて、ウェブメディア向けの営業を繰り返し行っており、そういうマイクロビジネスを使ったライティングの元締めとなって、古き良き編集プロダクションの競合になるぐらいの勢いでありました。次に謝罪があるとするとこっちの方面ではないかと思うところもあります。 問題となるのは、1文字あたり1円にも満たないという単価です。正業のライターでこんな値段で請ける人物などいないでしょうし、またライター志望や副業であったとしても一定の品質を保ちながらこれだけの量を生活の足しにするほどに入稿するのは不可能です。 しかしながら、実際にこの手の記事の量産を担っているのは、だいたいにおいて人間ではありません。「サクラ」であり「肉袋」である、コピペロボットです。 もしも、いまお手すきでしたらこの記事を読み終わった後で「リライトツール」と検索していただければすぐわかります。ネットでは、1万5,000円から高価なもので4万円程度のソフトウェアが売られています。どれも万全なSEO対策、作業時間短縮といった機能が並び、これらのソフトを購入してきちんとチューニングすれば、クラウドワークスなどから提示される執筆のレギュレーションを満たし得るサイトから元の文章をソフトウェアに流し込むだけで、10万種類以上のリライト文章を生み出すことができます。 この手の定番ソフトを売っている大手ベンダーのサイトでは、「1秒で2,000文字を自動的にリライト」とか「当ツールは1000文字に対して40箇所くらいは普通にリライトします」などといった、とても魅力的なパワーワードが並んでおり、小遣いに悩む主婦や暇な学生のハートをがっちりキャッチするわけであります。IAX研究所(webarchives) さらに、これらのシステムを転がすだけではネットで記事を探し回ったり、複数のサイトの記事をつなぎ合わせるなどいちいちマウスをポチポチやらないといけません。なので、コピペとリライト作業をもっと効率化するために「お目当てのキーワードを入れるだけでネットから品質の高い記事をコピーしてきてリライトソフトにぶち込んでくれるBOT」が出回ることになります。その威力で申しますと、BOTとリライトソフトの組み合わせで一日2時間サーバーを転がすだけで300本ほど約2,000文字の記事が出来上がります。 最盛期は漁場が空いていたこともあり2,000字の記事が一本1,100円ほどで水揚げされていました。記事を微調整するバイト君の人件費を除けば一日の利益が300万円も夢ではないという世界だったため、みんな群がって、DeNAもこりゃいいってことでどんどんサブカルや自動車などジャンルを増やしてDeNA Paletteとして10サイトも作ったんだと思います。他のICT企業も目をつけて参入が相次いで、競争が激化してしまったために今年の夏ぐらいから一本当たりの文字数を増やすよう指示があり、またリライトツールが浸透して入稿数が増えたためか、単価も2,000文字600円ぐらいまで下落する豊作貧乏なレッドオーシャンの世界になってしまったわけであります。Googleのロジックをハックする「SEO技術」 残念ながらBOTは一般には売られていませんが、これらのBOTが流通している背景は、いまはもうなかなか儲からなくなった出会い系サイトの運営技術があります。スマートフォンが出てくるまでは、出会い系サイトにやってくる下半身がいきり立った男性が大量にやってくる夕刻や深夜前の時間帯に、大量のスケベメッセージが送られてくるのをすべてバイトで雇った「サクラ」の女性が思わせぶりなチャットを返してあげることでサイトの収入の根幹を担っておりました。 収益性を考えるとサクラをやってもらうのは概ね50代60代のおばちゃんなのですが、ガラケーの画面の向こう側の事情などお客様には分かりませんから、男性たちは従量課金でせっせとスケベメッセージを送り続けます。ただし、概ね40秒以上返信を待たせると、男性たちが通信を切ってしまう可能性が高くなります。もっとも繁盛する時間帯にこれをやられるときついので、登板するのが自動返答機能付き「サクラ」であり、「肉袋」と呼ばれるシステムです。 ところが、出会い系サイトが一般のチャットや無料掲示板に置き換えられ始めると、徐々に廃業するところが出てきます。LINEなどで出会えてしまうようになると、儲からなくなってくるのです。大手のYYCが我らのmixiに身売りしたのですが、それでも、古き良き出会い系サイトのシステムは生き残り、「実際に会わなければほとんど人間が応答しているのと変わらない」レベルにまで精度が上がっているのが実情です。特定の固有名詞やジャンルのない一般的な会話であれば、リアルタイムに二時間でも三時間でも引っ張ることができます。 このシステムが人工知能ブームで技術革新をおおいに進めました。生物の進化において真核生物がミトコンドリアを取り込んで酸素を呼吸し始めたようなものです。ウェブから引っ張ってきた文章をリライトしただけの大量のコピペ記事を、クラウドワークスなどからDeNAに送り込むと、アクセス情報が広告代理店に流れ、これらがクライアントのステルスマーケティングの根幹を担うというネット業界的大スペクタクルへと発展していきます。テーマに沿った画像をネットで見つけてきて引っ張るツール、一人で大量の記事を納品するとバレるので架空のTwitterIDやChatWorkと紐づけるツールや、アカウントへの業者からの問い合わせに自動返信するツールまでついているので、対個人取引で必要なマイナンバーの提示を求められない限り安全です。 で、これらの仕組みをDeNAはご存知だろうと思います。今回の謝罪の前に説明しましたから。GoogleというスーパーパワーのロジックをハックするSEO技術の根幹には、長年下半身をしごき続けてきた男たちの財布に裏打ちされたソリューションが脈々と生き続けてきたと思うと感動の熱い涙が溢れるのを止められない気分になります。品質の低い記事でも高い収益性 問題の核心は、やはりウェブメディアの品質問題って私たちが思っている以上に深刻なんだということです。 どんなにコピペ記事の品質が低い、DeNAのビジネスはけしからんと既存のウェブメディアが拳を振り上げたところで、この問題が起きるまでは、日本にあるあらゆるウェブメディアよりもDeNA Paletteの仕組みは収益性が高く、多くのユーザーに読まれていました。その中でも、画像が無断利用されたうえに記事の品質が低いにもかかわらずMERYが飛び抜けて収益性が高かったのは理由があります。SEOだけでなく相応のリピート読者を獲得し、広告代理店がしっかりとついて多くのクライアントが広告を出稿していたからです。読者がたくさんいて、広告を出しても買われるから、広告が出続けるんですよ、品質の低い記事でも。 真面目に取材し、記事を執筆し、画像を選び抜いた記事よりも、ネット上のつぶやきや引用、取りまとめをして簡単な編集をしただけの記事の方が読まれているという現実は、DeNAを叩くよりも前に各ウェブメディアが胸に手を当てて真摯に反省するべきところではないかと思います。 それとは別に、これだけのことを医療情報でやらかしたDeNAが、ヘルスケア事業や医療情報を扱うサービスを手掛けてよいのか、という論点も出てくるでしょう。ただ、ウェブメディアビジネスのカラクリの一部を知る者として、正しい情報を担保する努力が圧倒的な収益性の前に負け続けることについては、意外と指摘され語られることも無かったように思うので、たまにでもいいので「情報の質を高めるために、私たちは何をするべきか」というテーマを思い出していただけると嬉しいです。 なお、タイトル画像で起用した質の高い書き手、鳴海淳義さんの魂の叫びはこちらです。MERYの学芸大学駅お出かけ記事をめぐる冒険 エピソード4 - Blog @narumi(narumi BLOG 16/1/2) あしたも幸せな一日が来るといいなと思っています。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年12月2日分を転載)

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    WELQ元ライターが告発した1文字1円以下の実態

    【ネット炎上のかけらを拾いに】網尾歩 (ライター) キュレーションメディアWELQに批判が殺到している。これをきっかけに、ぜひともアクセス至上主義のウェブメディア業界も、少し目を覚ましてほしい。「正確な情報よりアクセス数」の現状 DeNAが運営するキュレーションメディアWELQが燃えている。近年、キュレーションメディア、バイラルメディアと呼ばれる媒体に、たびたび批判が集まっていたが、今回WELQを批判する人が多いのは、運営元が大手であることと、SEO対策が非常に強く、特に医療関連の情報で曖昧な内容が多かったからだろう。生死に関わる情報について、こんなサイトの記事が上位に出てしまうのは、さすがにまずいだろうと思う人が多かった。情報の誤りや、他サイトからのコピペが多いという指摘も続いている。 質の低い記事を大量に制作し、検索での上位ヒットを狙う。欲しいのはアクセス数だ。どのニュースサイトでもアクセス数が稼げなければ広告が入らないから、アクセス数にこだわるのは当然のことではある。しかし、「メディア」と名乗る以上、アクセス数以上にこだわらなければいけないのは正確な情報を読者に伝える姿勢だろう。正義感ぶったことを言っても始まらないが、短期的にアクセス数稼ぎに走ったがゆえの当然の帰結に思えてならない。地道に質のいい記事を作ろうと試行錯誤する人たちからすれば、そりゃ潰さなければいけないメディアだと思われてしまうだろう。iStock WELQでは炎上を受けてサイト上に改善していく意向を表す「お知らせ」を出した。これですぐに糾弾の声が弱まるとは思わないので、以降、似たようなメディアはどうか出てこないでほしい。 WELQで記事を書いていたというライターからの告発も話題となった。記事の原稿料が1文字1円にも満たない安さだったこと、素人が書いた医療系記事を、素人が確認してOKを出すような制作スタイルだったことなどが語られている。 記事の中では、こんなことも書かれている。素人の編集者(?)であり、実際のところ医療情報や引用元についての確認はほとんど行わないにもかかわらず、「キーワードが入っているか」「構成が指示通りか」については厳しいダメ出しが行われていたと。キーワードと構成は、検索対策において重要な点だから厳しいチェックが入ったのだろう。 しかし、1文字1円以下という価格で厳しいダメ出しが入るというのも、なかなか過酷な仕事だ。文章を書くという作業が、これほど低く見積もられている現場があるのだなと悲しく感じる。 そう、文章を書くという行為は、「誰にでもできる」と思われがちだ。実際、現代に生きる人は毎日大量の文字を綴っている。プライベートのLINEや、仕事のメール、自分のブログやSNS、ニュースサイトのコメント欄で。義務教育の基本は書くことにあるのだから、文章を書くのは誰もが身に着けているスキルであると思われている。ビジネスシーンにおいて、わざわざ「私は文章が書けます」などと言う人はいない。 しかし、多くの人がやすやすと文章を書けるのは、自分が考えていること、思っていることについてのみだったりする。プライベートでの他愛のないメールのやり取りは好きでも、ビジネスメールになるとピタリと手が止まってしまう人もいるだろう。 人が言っていることや本に書いてあることを要約したり、インタビューを面白く構成したり、難しい専門的な文章を一般の人が読めるようにリライトしたり……といった行為は、それなりのスキルや経験が必要になる。 WELQでクラウドソーシングを通じて記事を発注していたライターは、ライターの中でも「100円ライター」「1文字1円ライター」などと揶揄されることがある。心あるライターや編集者は、「WELQのようなサイトで記事を何本書いてもライターとしての経験値にはならない」と苦言する。自ら取材しない、文責を持たない。そんな記事をいくら書いたって無駄だと。かたや1記事20万円 今ここにあるライターの賃金格差かたや1記事20万円 今ここにあるライターの賃金格差 しかし筆者は、こうも思う。WELQがライターに求めていたものは、本来「医療や美容などの専門的な内容について」「正確な情報を集め」「パクリにならないように引用し」「それなりにキーワードを散りばめ」「全文にわたって整合性の取れた内容」にすることだったと思う。こういったレベルの記事を大量に作るのは、本来とても難しいことだ。実際、WELQが生産した記事は正確な情報を集められていないし、コピペになってしまっているし、整合性も取れていない文章が散見する。 もし、WELQの求めるクオリティーを完全にクリアした原稿を毎日30本書けるライターがいたとしたら、それに支払われるべき対価は1文字1円以下では決してない。それなのにWELQは、簡単で誰にでもできる副業かのように、安価でライターを募集した。ツイッター上では「まるで奴隷労働だ」と指摘されていたが、本当にそう思う。肉体を酷使する仕事ではないが、精神的に疲弊する仕事であることは、同じライターとしてよくわかる。 一方、ウェブ業界の一部では、いかに記事をバズらせるか、拡散することができるかが、ライターの評価軸として確立しつつある。フォロワーが1万人以上いることを誇る、あるPRライターは、1記事20万円だと自身の原稿料を公開していた。5000PVが1つの指標なのだそうだ。5000PVなんて、既存のメディアや大手ポータルサイトからしたら大した数字ではないのだが、広く知られていないオウンドメディアを餌場とすれば、こんなPV数でも価値がつけられる。 それもライターとして一つの生き残り方だと思うし、特にマイナーメディアにおいて拡散力が評価の大きな軸となっているのは、現状では仕方のないことだと思う。しかし、情報をきちんと精査する能力や、文章力や構成力に長けたライターも、制作側がきちんと評価していかなければいけないと感じる。彼らの仕事は一見地味に見えるが、彼らが活躍できる場がなければ、質の良いコンテンツは枯渇し続け、読者がインターネットを諦めるからだ。拡散力を持つか1文字1円の仕事か。その2択になってしまうインターネットを見たくない。WELQのようなサイトに読者が吸収され続けるのは、ちょっともう見てられない。

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    キュレーションメディア問題はDeNAの成果追求風土に原因あり?

    果、同社の急成長を実現してきた組織風土の負の部分に原因があったと考えています。短期間で影響力の大きなメディアを作り上げたディー・エヌ・エー 今回のディー・エヌ・エーの情報サイト閉鎖の理由は、以下の二点にありました。 (1) 細心の注意を払って取り扱うべき医療情報を、専門家による監修のないまま、根拠が不明確なまま載せていたため、下手をするとその内容を信じた読者の健康を悪化させる恐れがあったこと。 (2) ウェルクも含めたキュレーションメディアの記事制作のマニュアルやライターの方々への指示などにおいて、他サイトからの文言の転用を推奨する等、著作権を軽視したと捉えられかねない点があったこと。 様々なサイトに掲載された情報をまとめて掲載する「キュレーションメディア」と言われるサイトについては、その情報の質や編集責任の所在に、疑問を抱く声はありました。今回、特にディー・エヌ・エーのサイトが問題視されたのは、検索エンジンのアルゴリズムを活用して、自社のサイトが検索結果の上位に並ぶよう対策を打っていたことも一つの要因です。検索上位になった結果、ページビューも他のキュレーションサイトに比べて多く、影響力が大きいからです。高い成長意欲と能力を持つ集団高い成長意欲と能力を持つ集団 キュレーション事業のみならず、ディー・エヌ・エー自体が非常に成長志向の強い会社です。創業は1999年。6年後には東証マザーズに上場、翌々年には東証一部に市場変更し、創業10年足らずで、いわゆる「上場企業」となりました。グループ企業全体で2000人を超える大企業となった今でも「永久ベンチャー」として、新たな挑戦を続けることを社風として謳っています。 同社の成長への原動力は、次々に新規事業に挑戦してきたところにあります。創業当初は、ネットオークションを手掛けていたものの、その後、事業の主軸をゲームからコマース、エンターテイメント、ヘルスケア、ライフスタイルメディア、そしてプロ野球球団と事業の幅を広げてきました。DeNA創業者の南場智子会長=2013年11月20日 その成長を支えてきたのが、「年功や肩書に囚われない権限付与」です。創業者の南場智子氏は、その方式を「パーミッションレス型」と称しています。日本語に訳すと「許可不要」とでも言えるでしょうか。南場氏は、次のように語っています。 「私たちは失敗と反省を繰り返して、経営会議だけで決めることをやめてしまいました」「偉い肩書を持っている人間がなんでも決める時代は終わりました。そのサービスの素晴らしさ、そしてサービスのアクセルを踏むか否かのジャッジするのは経営会議ではなく、ユーザーなのです」(「南場智子が語る『新しいビジネスの作り方とデザインの関係』UI Crunch U25」 エン・ジャパン「キャリア・ハック」2015年9月25日付)成果を出した人から、次の活躍の場を得られる「早抜け方式」成果を出した人から、次の活躍の場を得られる「早抜け方式」 急激な成長を支えるために、意慾、能力ともに高い人材の確保に力を入れているのもディー・エヌ・エーの特徴です。 2014年度4月に同社に新卒採用された98名のうち、東大卒(学部、院卒)は28名。学生数の多い早稲田、慶応をおさえ、4分の1以上を東大卒が占める結果となりました(「激変、東大生の就活!新御三家はこの3社!商社、金融を押しのける 人気のメガベンチャー」東洋経済オンライン 2014年3月31日付)。 もちろん、東大卒だからといってビジネスパーソンとして優秀とは限りません。しかし、ディー・エヌ・エー社は数日間の合宿方式のインターンシップを行い、そこにメンターとして社員を張り付けて指導に当たらせるなど、新卒採用の目利きには多大なリソースを注いでいます(前述記事)。その結果が入社社員の学歴として現れたと考えてよいでしょう。 また、成果をあげた社員へのインセンティブとして、「好きなこと」を手掛ける優先権を与えていることも特徴的です。 2010年から2013年にヒューマンリソース本部長を務めた中島宏氏は、「活躍している順に好きなことをやらせるという異動ポリシー」があるとインタビューで語っています(「2020年の人事シナリオ~企業人事トップ×ワークス研究所 所長対談」リクルートワークス研究所) このポリシーは、新入社員として入社した直後から適用されているようです。ディー・エヌ・エーで技術人事を担当する大月英照氏によると、新人エンジニア研修では、研修を終えた人から実際の配属になる「早抜け方式」を取っているとのこと。(「新入社員を未来のスーパーエンジニアに!ディー・エヌ・エーの「早抜け」方式の新卒研修とは」 「SELECK(セレック)」リレーションズ株式会社 2015 年 8月20日付) こうした例から見ると、ディー・エヌ・エーは、「成果の出た人が、さらに次のやりたいことを行う場を、他の人より早く得ることができる」施策を取ることによって、社員のモチベーションを喚起し、組織を活性化してきたと考えられます。能力と意欲に自負する優秀な人材が集まる効果も大きかったでしょう。 もともとモバイルゲームが事業の柱であったディー・エヌ・エーが、キュレーションメディアを買収したのが2014年。そこから2年間で、情報サイトの中で圧倒的な存在感を示すまでに成長を遂げた背景には、有効な戦略を考え、実行力のある優秀な社員の存在の寄与するところも大きかったと思います。業績に直接影響しない要素は軽視した?業績に直接影響しない要素は軽視した? ディー・エヌ・エーは2015年度の決算説明会で、新たな事業の柱として、今回問題となったキュレーションプラットフォーム事業を2016年度下期に黒字化し、2017年度には利益貢献できるまでに育てる計画を発表していました。その達成のために、経営陣も含めて、売上最優先に走ってしまったことは想像に難くありません。 この状況の中で、社員は売上のような目に見える成果を競い合うようになっていったことは容易に想像できます。成果をあげて、次の成長事業に自分のフィールドを移していかないと、ディー・エヌ・エー社員である限り、下手をすると永遠に成長の余地のない事業部門に残らざるを得ない状況に陥りかねないからです。 そうした状況の中で、業績に直接影響のない、いや、見ようによっては「売上アップの阻害要因」と考えられる著作権管理やコンプライアンスといった要素は軽視されがちになったのではないでしょうか。前述の「パーミッションレス方式」は、ユーザー志向の意思決定をめざしたものであったはずです。しかし、大企業となった組織には、経営者の芯の意図が末端まで浸透するのは難しいのが現実です。「ユーザーの支持がある=売上があがる事業ならゴーサイン」と、誤解が生じてしまったと考えられます。 コンプライアンスは、「守って当たり前のもの」。守らなかったときの罰則はあるものの、厳密に守ったからと言って、そのこと自体で評価されることは、ほとんどありません。そのため、評価につながる売上アップなどが優先されがちです。しかし、売上アップとコンプライアンスと、二律背反のことを両立させるのが経営でます。ディー・エヌ・エーでは、目に見える成果を追い求めるあまり、評価軸が偏ってしまい、コントロールが効かなくなっていたのではないでしょうか。組織の活力を失わずに改革をするには?組織の活力を失わずに改革をするには?旧リクルートコスモス(現:コスモスイニシア)本社 今回のディー・エヌ・エーの事件をきっかけに、私が思い出したのはリクルートのことです。若手に大幅な権限移譲を行いながら、新規事業で成長を果たしたという点で、リクルートとディー・エヌ・エーとは非常に似た文化を持っています。 リクルートは、かつてトップによる未公開株贈賄事件で糾弾を受け、バブル崩壊後の事業の行き詰まりも重なり、冬の時代を送りました。 そんなリクルートが復活を果たしたのは、社員が社内ではなく、お客様に真摯に向き合い続けたことで、顧客の支持を失わずに済んだからです。元リクルート・フェローの藤原和博氏は、著書で以下のように述懐しています。 「結果的には、リクルートというよりは、営業マン一人ひとりのお客様に相対してやっていたサービスが、ギリギリのところで会社の信用をつなぎとめた。また、リクルートという社名は傷ついても、各情報誌のブランドに瑕がつくことはなかったことも大きい。(中略)半年間、マスコミのリクルートたたきが続いても、読者と顧客は離れなかった。」(「リクルートという奇跡」2002年9月 文藝春秋刊) 藤原氏によると、この事件を機に、創業者である江副氏の個人商店的組織から、本当の意味で社員個々が立つ組織に脱皮できたとも語っています。 今回問題となったディー・エヌ・エーのキュレーション事業については、残念ながら「お客様と相対し」ている状態ではなく、社内の評価軸に向いているようです。であるならば、まず顧客が本当に何を望んでいるのか、誠実に向き合うことが必要なのではないでしょうか。 ディー・エヌ・エー全体で見たときに、その要素は十分にあると思います。例を挙げると、横浜ベイスターズや横浜スタジアムの経営です。 今年、久しぶりに横浜スタジアムに野球観戦に出かけ、サービスレベルの向上に目を見張りました。ディー・エヌ・エーがオーナーとなってもらって、本当に良かったと思っています。 肩書や年功に囚われない実力主義は、組織の活力を維持するためにも重要です。また経営陣の意思や机上の分析より、「ユーザーエクスペリエンス」を重視することも決して間違ってはいません。しかし、ユーザーの期待には、コンプライアンスに基づく「信頼性」への期待も含まれています。 ディー・エヌ・エーは自らを「清々しく、泥臭く、逆境を楽しむ 飽くなき挑戦を続ける、永久ベンチャー」と称しています。ぜひこの逆境を、自らを鍛える機会とし、新たな成長のきっかけとされることを期待しています。【参考記事】■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか? http://sharescafe.net/49083976-20160715.html■SMAP騒動の裏に見える「中年の危機」http://sharescafe.net/47565368-20160120.html■近鉄車掌飛び降り問題を、「怒り」の視点から考えてみた。http://sharescafe.net/49684012-20161003.html■「女性活躍推進法」は女性を追いつめる両刃の剣? http://sharescafe.net/48120829-20160322.html■石原さとみさん主演「地味にスゴイ!校閲ガール」は報われない仕事をやっていると思った時にお勧めしたい。http://sharescafe.net/49959839-20161109.html

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    ゴミ記事を量産20代「元編集長」がテキトー過ぎる運営を激白

    得ている人も少なくない昨今、IT大手ディー・エヌ・エー(DeNA)が運営する“医療情報キュレーションメディア”「WELQ」が炎上した。出典の曖昧な記事やデマや信憑性が低く、さらに薬事法にも抵触しているような記事を量産し掲載していたことが原因で、新興ネットメディアの運営は大手といえども驚くほどいい加減なものが多いことが浮き彫りになる事件だった。11月29日をもってWELQのすべての記事の非公開を決定、同社が運営するWELQ以外の9つのキュレーションメディアについても、12月7日までにすべて公開を中止した。  東京都の丸山麗子さん(仮名・28歳女性)も、そんな「いいかげんメディア」の運営に関わった一人。某IT企業に転職して間もなく、その会社が持っていたポータルサイトの「編集長」にされてしまったのだという。――突然編集長に?丸山:前職で編集の経験があったからか、『このサイトで記事をアップして』って言われたんですね。受けたら次の週、編集長の名刺を渡されたんです(笑)。女性向けの美容とかカルチャーの記事を、まずは準備期間1ヶ月ほどで、1人で1日1~3記事。ビジネスとしてはかなり小さいものでしたが……会社の「負の遺産」をどうにかしてくれる人が欲しかったんでしょうね。――負の遺産、とは?丸山:私が入るずっと前からそのサイトはあったみたいなんですけど、有名な会社にサイトを構築してもらったらしくて、ほっといても月に数十万円の維持費がかかるような状態だったんですね……誰もお金に換えることができなかったから、新人にやらせちゃえ! みたいな(笑)。月間PV3万くらいのサイトを、まず3ヶ月で10万にします! という目標でした。――まずどのように運営を始めたんですか?丸山:準備期間のうちに、まず昔の仕事仲間に声をかけました。でも、あんまり安いお金では動いてもらえないから、どうにか予算をつけてもらって、1記事3000~5000円。「安くてごめんねー」なんて言いながら頼んでました。 後から知ったんですが、実はこれって破格に高いんですよね? この額って他の有名なメディアと同じくらいだったりしました。クラウドワークスみたいなサービスを使って素人ライターを雇えば1記事100円なんていうのもザラで……。自然と行き着いた「小エロ系記事」――節約しきれなかったんですね。丸山:はい。でも、100円とかで書かれる記事なんて面白いわけがありませんよね……。そんな風に準備をしていたら、PVが実は月間1万以下しかないサイトだということが発覚して。でも、あてがわれた目標は変わりませんでした。3万が10万になるのと、1万が10万になるのは相当違いますよね(笑)。 相当慌てたので、正式に更新をはじめてからは、PVの稼げるようなことはなんでもやりました。例えばNHKのドキュメンタリー番組には「再放送」があるので、1回目を見た後にその内容を取り上げて記事にすると、2回目の放送の直後にPVが稼げるとか……セコいですよね。芸能人をタダで出したかったので、PR会社の知人に頼って記者会見発表に山ほど行って、どうでもいいような発言をムリヤリ女子の教訓にしてみたりとか……そんな流れの中、自然と行き着いたのは「小エロ系記事」でしたね。――女性向けのエロ系記事……?丸山:ライターも全員女性だったんですけど、お任せしておくとエロ系の記事ばっかり上げてくるんですよ(笑)。『an・an』が「セックスできれいになる」って言ってる部分はどこなのか女医さんに聞いてみたりとか、行為の時の手の動きがエクササイズになるだとか……バカでしょ? そういう記事ばっかりだったわけでもないんですが、途中まで順調にPVは上がりましたね。――目標は達成したんですか?丸山:1ヶ月遅れで達成しました。でもその先のことは何も考えてなかった。「売れるサイト」にするには特定のジャンルのキーワードで検索に強くなることが必要だったりするんですが、うちのサイトはPVを上げることだけに照準を当てて運用してたので、特定のエロ系ワードにだけ異様に強い感じでした。 PVが上がっても、収益は上がらないまま……でも、私もみんなも当時はわかってなかったんで、誰にも怒られたりしませんでしたね……。――サイトはどうなったんですか。丸山:その後もしばらく続けていましたが、予算削減である時静かに閉じていくことになりました。サイトオープン時にすでに2000万円、私が入るまでに3000万円かかっていたサイトは、どうでもいい記事を世の中に撒き散らして消えたんです。でも、ゴミみたいなサイトをネットの海に残しちゃうより、うちのサイトはちゃんと消えたから、まだマシかな……と思っています。関連記事■ 紗栄子 ローションドロドロ誕生会、費用は1000万円■ 高橋由美子 「生々しくてヤバい」写真集の秘蔵カット■ 炭水化物抜きダイエット実践の愛子さま「摂食障害」の指摘も■ 元アナ徳永有美 「いちばんの勝ち組」と囁かれる理由■ SMAP、最後の歌収録 中居正広は嗚咽を漏らした

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    極端な「潔癖主義」がネットメディアをつまらなくしないか

     岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) ネット情報の便利な点の一つに欲しいテーマについて情報が集まっている点があります。ニュースサイトでも関連ニュースが記事の下にずらっと並んでいますし、ファッションでも雑貨でも自動車でも趣味の分野に様々なブログやメルマガが立ち上がっていますがそれらを一括で取りまとめれば読み手としては便利であります。まとめサイトのことをIT用語でキュレーションサイトと呼ぶそうですが、最近、急速に問題視されるようになってきました。 ことの発端はDeNAが運営していたキュレーションサイトの一つで医療系の内容を取り扱うWELQに於いて不正確なものがあり、読者から批判が出ていた為、同社が運営するキュレーション サイトを確認したところ、信憑性の確認ができず、全キュレーションサイトの閉鎖に追い込まれたものです。日経の後追い記事を見る限り同様のサイトを持つリクルートやサイバーエージェント、ヤフーでも一部サイトの閉鎖や見直しを行っているようです。 正直、この問題の扱いは難しいと思います。 情報にどこまで信憑性を持たせるのか、すべての情報がいつも正しいかといえばそれはあり得ません。報道機関でも誤報はしばしば起きています。私が愛読する日経も一面トップが誤報だったことはしばしばあります。あるいは誤報かどうか、その判断は文面をじっくり読まないとひっかけられることもしばしばです。記事内容は条件付き肯定文になっていてもタイトルはあたかも無条件でそうなると思わせるような書き方をするケースもしばしばです。 これは数年前から特に顕著に表れたケースなのですが、非常に強いトーンのタイトルで読者を引っ張り込むのが一種のテクニックのようになったためにタイトルと内容が合致しないこともしばしばあるのです。私がかつて記事を提供していたところでも内容はそのままでタイトルはよりアグレッシブなものに書き換えられていました。 また、キュレーションサイトの場合、投稿内容は似たような記事が中心となるため、投稿者が競合意識を持ち、極端な書き方をするケースも出てきます。傍で見ていて「やりすぎだろう」と思ったこともしばしばですが、そのような気を引くサイトが更にヤフーなど総合型のポータルサイトに転載されればまさにそのトーンが市民権を得たような形にすらなりかねないのです。ブログもハイリスク 内容の点検、チェック機能も脆弱です。新聞社は何重にも内容を点検して違和感が出ない内容に校正しますが一般人のブログ形式ではそれはまずありえません。この辺りの粗削りさが出るのが良い部分でもあり、今回のように弱点にもなりえるのです。 例えばキュレーションサイトの代表格、トリップアドバイザーは旅行計画をするには旅行雑誌よりも早い情報と多くの写真でなるほど、その気にさせます。そうすれば旅行につながり、同サイトが提供するより具体的な旅行情報に誘導することができますのでビジネスにつながるということかと思います。 問題はこの情報が間違っていたり、限定的情報だった場合どうするのか、であります。 私もこのように毎日ブログを書かせていただき、多くの方にお読みいただいています。内容について注意深く書いていますが、何時も必ずしも正しいわけではなく、間違いもあります。そして皆様からご指摘をしばしば受けるわけです。また、ある一面から見ればそういう見方もできるかもしれないかなり際どい記事も当然ながらにしてあります。いわゆる「際物」はリスクが多い半面、そうなった場合、「へぇ、やっぱりあの記事の通りになった」という反応の大きさもあります。まさにハイリスクハイリターンです。 「際物」を「際物」としてお読みいただき、そのリスクを認識していただければそれがベストなのですが、時として前提条件のところを読み飛ばしてコアの部分だけを取り上げて「お前はこう言った」と指摘されると私もグーの音も出なくなります。この辺りが悩ましいところです。 私の場合には収益を持たないブログですので儲けるための一定方向のポジショントークはしません。これだけ多くの方が訪問されるブログなのに、なぜ儲けないのか、と思われるかもしれません。私のブログはそもそもが自分で勉強や見聞き、読み込んだインプットを自分なりに頭でまとめてアウトプットしなおすという自分の為の復習の作業であります。そのあたりが他のサイトと若干違うところかもしれません。完璧を目指すだけでいいのか では、本題に戻りますが、キュレーションサイトの間違いがある投稿は全部落とすべきなのでしょうか?そんな作業は今は旬な問題ですので一時的に運営者はやらざるを得ないとしてもいずれ、ギブアップしてしまうでしょう。どこまでを間違いとするかの判断も容易ではありません。そのためにいちいち専門家に聞いていたらそれこそ手間暇でサイト運営そのものが出来なくなります。 個人的には悪質なものについてはともかく、一般的なものはディスクレーマー(免責事項)をサイトにつけて読者に注意を促すしかない気がします。あるいはキュレーションサイトの運営者が書き手のクオリフィケーション(格付け)をつけるのも方法論としては考えられますが、これは難しいかもしれません。 日本人は極端な潔癖主義で一方向に影響を受けやすいタイプです。しかし、完璧を目指し、何処までも漂白して純白にしたら記事の「えぐみ」がなくなって面白くないものになると思います。 一つ、確実に言えることはキュレーションサイトに投稿する多くの書き手は本当に主張として書いているのか、儲けたかったからなのか、売名なのか、この辺りの書き手の質とそれを著名キュレーションサイトが載せてしまう短絡なスキームにも疑問点は残るでしょう。実に微妙なところです。(公式ブログ「外から見る日本、見られる日本人」から2016年12月6日分を転載)

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    トランプ叩きで墓穴を掘った既存メディアの「不都合な真実」

    渡邉哲也(経済評論家) 米国大統領選挙は、私がフジサンケイビジネスアイに寄稿した「【高論卓説】米メディアの選挙ビジネス 批判逆手に存在感、トランプ氏が全否定」の予想通りの結果に終わった。ほぼすべてのメディアがヒラリー優勢という情報を流す中、結果的にトランプが勝利したわけだ。また、その理由に関しては、9月末にiRONNAに寄稿した「米左翼メディアが垂れ流すトランプの「ネガキャン」に騙されるな」ですでに解説済みだ。 記事で確認できると思うが、今回の大統領選挙、私の「予想シナリオ通り」に進んだのではないだろうか? いまだにトランプへのネガティブキャンペーンを続け、必死に言い訳を考え自己正当化しているメディアが多数見受けられるが見苦しい限りであるといえる。米大統領選でのトランプ氏の予想外の勝利を伝える ニューヨーク証券取引所内のテレビ=11月9日 歴史に「もし」はなく、過去は変えられないのである。必死にトランプ批判を繰り広げたところでトランプが次期大統領になるのは事実であり、確定項でしかない。また、他国の国民が選んだ次期大統領に対して、評論を超える人格批判をするのは間違っていると私は思う。それは米国人への侮辱行為でもあるわけだ。 では、何故、そこまで批判に固執するのか考えてみたい。このような場合、「相手の立場で考える」これが思考の基本になる。彼らがそこまで批判に固執するには彼らなりの理由があるからであり、それが「不都合な事実」であるからに違いないからである。 私が考えるに、一番の理由は自分たちの選挙予測や世論調査が外れたことであると思う。事実を必死に批判することで、自己を正当化し、その事実から目を背けたいことのあらわれだ。同時に、これが日本にも波及することをおそれているのであろう。 今回の選挙戦では、全米の大手紙100社の内、ヒラリー支持が57社 トランプ支持は2社であったと報じられている。(11月7日 NHK)つまり、レガシーメディアの神通力は世論を動かせなかったわけである。そして、今回の選挙結果は「メディア世論」と「大衆世論」の乖離を印象づけるものであったわけである。トランプ勝利、騒ぐには理由がある 二番目の理由は放送作家や論説員や執筆者、コメンテーターなどの問題であると思う。一部の選挙速報などがその典型であるが、票が開くにつれ、お葬式モードに突入し、アナウンサーもコメンテーターも言葉を失っていったわけである。すでに用意されていた台本やテロップ、予定稿が使えなくなり、呼んでいたヒラリー支持のコメンテーターも立場を失ってしまった。それは拷問に近いものであっただろう。さらに、選挙後の分析報道においても同じく「外した」人たちが行っているわけであり、批判的になるのは当然と言えよう。 そして、三番目の理由は、トランプが一部の人達にとっての「聖域」を壊したからである。米国のリベラルメディアと米国民主党は人権や差別撤廃という美名のもとで、少数派と言われる人たちの権利を拡大してきた。そして、それに反する行為に対して、「レイシスト」というレッテル貼りを行い、言論封殺してきたわけである。このため、メディアによる批判を恐れる政治家は、問題に触れるのを忌避し、これが聖域になっていたのだ。しかし、トランプはあえてこの問題を提起し、政治の舞台に載せたわけである。 日本のメディアで報じられた「問題発言」のほとんどが、この類の話であり、それも微妙なすり替えがなされていたものが多い。例えば、「移民排斥」であるが、トランプが主張していたのは「違法移民の強制送還」であり、「合法的な移民を否定するものではない」しごく当然の話であるわけだが、これすら議論を許さなかったわけである。その上で、不当に権利が拡大されてきたのであった。そして、米国人はNOを突きつけたというわけである。これを認めることは、一部の日本のメディアにとっても非常に不都合であるのだろう。米大統領選でトランプ氏の勝利に抗議する人々 =11月10日、サンフランシスコ そして、現在、反トランプデモなどが行われており、それを必死に報じている人たちがいるようだが、それはアメリカ人の一部でしかなく、アメリカ人であるかもわからないのである。強制送還される可能性が高い不法移民がトランプ批判を繰り広げるのは当然であるとも言えるわけだ。また、民主主義にとって、主権者である国民が政治を選ぶ選挙が最も大切であり、デモや暴動により選挙が否定されることなどあってはならない。 これは日本にも言えることだ。そして、集団的自衛権反対や反安倍デモを好意的に捉えていたり、支援している人たちとトランプ批判を繰り広げている人たちがかぶると思うのは私だけではないだろう。お困りだから騒ぐのであり、騒いでいるのはお困りだからなのである。

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    「隠れトランプ」はどこに潜んでいたのか

    「世紀の番狂わせ」と言われた米大統領選をめぐり、米大手メディアによる事前の世論調査がことごとく外れたことに衝撃が広がった。とりわけ注目されたのが「隠れトランプ票」の存在である。「トランプ憎し」の極端なスタンスで報じ続けたメディア不信の表れとの指摘もあるが、なぜ既存メディアは票読みを誤ったのか。