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    石川の中学教諭 旧日本軍の加害性を強調する授業を実施

     18歳選挙権がスタートする一方で、特定思想を植え付ける洗脳まがいの「政治教育」に突っ走るケースが続出している。日本の教育現場を蝕む偏向教育の数々をフリーライターの森下毅氏がレポートする。* * * 主権者教育は18歳のためだけではない。小中学校の段階から中長期的に、政治的中立に留意しつつじっくりと身につけさせるべきものだ。そのため文部科学省も啓発計画を策定したが、それを逆手にとってじっくりと自虐的な考え方を刷り込む教員も少なくない。2月5日、岩手県滝沢市で開かれた日教組の第65回教育研究全国集会 先述の教研集会で報告された石川県小松市の女性中学教諭の授業はなかなか強烈だ。中学3年間を通じて沖縄戦や原爆投下などを平和学習として学ぶが、問題視すべきは2年時の授業内容。日本軍の残虐性をことさら強調し、中国共産党のプロパガンダ説も囁かれる反戦マンガ「はだしのゲン」(*)の視聴は序の口だ。【*同作の単行本全10巻のうち、特に第6巻以降で原爆投下を容認する主人公の台詞や日本軍の残虐行為を強調する描写が多く、近年、一部の図書館などで閲覧制限を実施するなど騒動となった】 計12時間にわたるワークシート学習では太平洋戦争の原因と原爆投下理由、東京大空襲と沖縄戦による戦争被害などを学んでいくが、注目すべきは南京大虐殺、皇民化政策、強制連行など旧日本軍の加害性をことさら強調する授業を丸々1時間も実施していることだ。 南京大虐殺をめぐっては死者数で依然論争が続いており、中学の歴史教科書でもさらっと触れている程度だが、この授業では重点的に学習する。 さらに驚くべきは、日本の加害性をさらに誇張するため、シンガポールの小学4年生の教科書を使って、日本軍による植民地支配の苛烈さを教えていることだ。教科書ではイギリスから日本に支配権者が代わって生活が厳しくなったことや、多数の中国人がスパイ容疑で処刑された「華僑虐殺」も盛り込まれている。自虐史観の刷り込み以外の何物でもない。【PROFILE】森下毅●1970年東京都生まれ。学校現場や行政機関に幅広い取材源を持ち、経済から教育まで幅広く取材、執筆している。関連記事■ 池上彰氏が実際に中学で行った世界を知る為の授業を収めた本■ アメリカの原爆投下に戦争責任はないのかを真正面から問う本■ 「性教育増進で興味がわき、性環境が悪化」と保護者クレーム■ 中学必修化のダンス「キレやすさ」改善に効果アリと脳科学者■ 学習塾塾長らが選ぶ“英語・理数教育に力を入れている学校”

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    米国に飛び火した「反日」拠点 ウソで塗り固めた戦争記念館の実態

    そも中国国民党系でした。しかし、90年代に2代目社長の息子が中国共産党の上海閥の高官の娘と結婚。現地メディアは「国共聨姻」と記し、「ファン家は国民党を食い、共産党も食う」などと報じました。その“予言”どおり、アジアン・ウィーク社は地元の英字メディアを次々と買収、合併していったのです。つまり江沢民派(上海閥)との“密接すぎる関係”で大躍進していったのが、サンフランシスコの抗日戦争記念館の創始者兼館長であるファン家族なのです。 ファン女史は、2000年1月に北カリフォルニア州中国和平統一促進会をサンフランシスコで創設。その名誉会長という立場で同年8月、欧州で開催された全世界華僑華人中国平和統一促進大会に出席して、「中国と台湾、両岸の平和統一のために支えます。統一してこそ中華民族が飛躍し、21世紀を華人世紀にするという理想を実現させることができます」と発言したと、中国語メディアに記されています。戦後の勝者はコミンテルン? 杉田 国民党系から共産党系に乗り換えたのか、双方を合体させていったのか? 両岸でずっと対立していたと思われてきた2つの政党が、アメリカを舞台に90年代より共存共栄を企てていたのですね。まさに「オール・チャイナ」といえます。 河添 つまり、サンフランシスコの抗日戦争記念館は“新・国共合作”による「歴史戦の旗艦施設」という立ち位置なのかなと思います。中国人は主義・主張というより権力、すなわち利益と結託しますし、われわれが入り込めないネットワークを基軸に動いています。そもそも「誰が米中を舞台に抗日プロパガンダをやってきたのか?」といえば、そのパイオニアは宋美齢だったと私は考えています。 無能力で腐敗しきった蔣介石政権を美化し、キリスト教徒である西洋社会との共通性を強調しながら、英語力でルーズベルト大統領を説得してアメリカから多大な資金と物資を供給させる。そして、フライング・タイガーを呼び込んで日本軍と交戦させ、石油など必要物資の日本への禁輸にまで踏み切らせたのです。さらに、米ルーズベルト大統領にオネダリし、1943年11月27日、英国ウィンストン・チャーチル首相との米英中三国会談――対日方針などを決めたとされるカイロ会談に蔣介石を押し込みました。 杉田 実質的には、宋美齢とルーズベルト、チャーチル会談だったのでしょうね。宋美齢にまつわる四方山話というか初暴露は、このたびの新刊でもたっぷり披露しています。 戦後の勝者はコミンテルン?  杉田 噂にあったとおり、韓国に事務局を置く日中韓などの8カ国・地域の民間団体からなる「国際連帯委員会」が、慰安婦関連資料をユネスコへの記憶遺産に登録申請しました。中国外務省の報道官は「被害国の民間組織による共同申請を支持する」と公式に表明しています。今回の申請では、歴史問題で日本と徹底的に対抗したい中国政府が裏で大きな影響力を発揮した可能性が高いですよね。 河添 そう考えます。両国が結託する意図は、「残虐非道な日本人」を拡散し、反日組織をより拡大させ、世界へ発信していくこと。さらに賠償請求と請求金額のつり上げにあるのでしょう。そして、その先が日本の財閥系企業を破綻させるか、乗っ取ろうって流れではないでしょうか。 杉田 なにせ、今回の申請では強制連行された慰安婦の数が20万人から40万人以上に膨らんでいます。賠償請求に関して言及すれば、被害者はすでにほぼあの世ですが、遺族の数が多ければそれだけガッツリ賠償請求ができるってことですよね。なりすましは、さらに増えそうです。 河添 中華人民共和国の習政権が仕掛ける「歴史戦」の本丸は、「参加していない」サンフランシスコ講和条約の否定であり、「カイロ宣言」「ポツダム宣言」を規範とする戦後体制への転換なのです。他方、サンフランシスコ講和会議に呼ばれなかった中華民国、つまり国民党政権は、日本と1952年4月に日華平和条約を締結し、その際、賠償請求権が放棄されています。中華人民共和国も1972年に日中国交を樹立した際、賠償請求を放棄しているのですが、日華平和条約はこの時点で破棄され、無効となったと主張する中華人民共和国とそれを認めていない中華民国とのあいだで歴史のすり合わせをしなければ、どうにもなりませんけれど……。平和ボケが進行して、すでに不感症 杉田 中国共産党と中国国民党という双子の政党が国際社会で並走しながら、そうした矛盾をご都合主義的にどう修正していくのか。今後も、ずっと注視しなくてはなりません。 河添 ただ、日中戦争を戦ったのもカイロ宣言に関わったのも、中華民国であり中国国民党です。だからこそ、政党として弱体化しようが、中国共産党からすれば存在価値はまだまだあるのでしょう。ポツダム宣言には「日本国軍隊の完全な武装解除」「日本国領土の占領」などが謳われていますが、これは“日本の属国化”や“日米安保の破棄”などを虎視眈々と狙う中国政府の野望、さらにはコミンテルンの悪巧みとも合致します。ドイツ・ポツダムでの首脳会議の合間に、スターリン・ソ連首相(左)の宿舎を訪問したトルーマン米大統領=1945年7月 杉田 国連を使って、とうとう皇室典範にまで踏み込んできました。 河添 そうですね。中国政府そしてコミンテルンは、これまで皇室の解体と神社潰しを目論んできました。日本の強さの根源が、天皇陛下と皇室にあると分析しているのです。さらに、日本人の大多数が望んでいないはずの“ジェンダーフリーな社会”に向けた工作にも注力しています。日本は敗戦後、38度線で分断された北朝鮮と韓国のようにはならなかったけれど、思想の分断工作についてはかなりやられてしまった。日本国民は、サイレントマジョリティとその声を代弁する一部の保守がいて(まぁ右翼などと揶揄されますが)、それに対してマジョリティのフリをした左翼が真ん中に居座っています。 杉田 事なかれ主義と能天気さゆえに放置しつづけてきた挙げ句が、醜く肥大化してしまったような……。「平和ボケ」が進行して、すでに不感症? 河添 まったくねぇ。このたびの新刊の『「歴史戦」はオンナの闘い』は、杉田さんの大きな力が加わっていますので、国内のみならず世界でも話題になるよう頑張りたいです。 杉田 私も頑張ります! われわれ女子が、皆さんの危機感を刺激しつづけることを期待して!すぎた・みお 前衆議院議員。1967 年、兵庫県神戸市生まれ。前衆議院議員(1 期)。日本のこころを大切にする党(旧:次世代の党)所属。鳥取大学農学部を卒業後、住宅メーカー勤務を経て、兵庫県西宮市役所に勤める。2010 年に退職し、2012 年、日本維新の会から出馬し、衆議院議員初当選。従軍慰安婦問題など数々のタブーに切り込み一躍注目を浴びる。他にも子育てや歴史外交問題に積極的に取り組む。充電中の現在も、国際NGOの一員として国連の「女子差別撤廃委員会」「人権基本理事会」などで日本の真実を国際的に発信するなど、東奔西走の日々を送る。国家基本問題研究所客員研究員、チャンネル桜、チャンネルくらら、チャンネルAJERのキャスターを務める。先の著書に『なでしこ復活――女性政治家ができること』(青林堂)、『みんなで学ぼう日本の軍閥』(共著、青林堂)、『胸を張って子ども世代に引き継ぎたい:日本人が誇るべき〈日本の近現代史〉』(共著、ヒカルランド)。現在、『産経新聞Web』に「杉田水脈のなでしこレポート」を連載中。 かわそえ・けいこ ノンフィクション作家。1963 年、千葉県松戸市生まれ。名古屋市立女子短期大学卒業後、1986 年より北京外国語学院、1987 年より遼寧師範大学(大連)へ留学。1994年に作家活動をスタート。2010年に上梓した『中国人の世界乗っ取り計画』(産経新聞出版)は、ネット書店Amazon〈中国〉〈社会学概論〉の2部門で半年以上、1位を記録するベストセラー。主な著書は『世界はこれほど日本が好き №1親日国・ポーランドが教えてくれた「美しい日本人」』(祥伝社)、『だから中国は日本の農地を買いにやって来る TPPのためのレポート』『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』(共に産経新聞出版)、『国防女子が行く』(共著、ビジネス社)など。世界の学校・教育関連の取材・著作物として図鑑(47冊)他、『エリートの条件――世界の学校・教育最新事情』(全て学研)などがある。『産経新聞』や『正論』『WiLL』『週刊文春』『新潮45』『テーミス』などで執筆。NHK、フジテレビ、テレビ朝日ほか、TVコメンテーターとしての出演も多数。ネットTV(チャンネルAJER、チャンネルくらら)にレギュラー出演中。40 カ国以上を取材。関連記事■ 中国が仕掛けるオンナの「歴史戦」に断固対抗せよ■ [日韓「歴史戦争」]日本がサンドバッグ状態を脱するとき■ 日本のメディアはまだGHQの占領下にある

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    中国「日本軍が女性200人要求」と嘘をバチカンに告発

     日本に関するデマを世界中にまき散らかしてきた中国は、今度はバチカンを舞台に日本を貶める新たな嘘をバラ撒こうとしている。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、その中国の新たな戦略を解説する。* * *「南京大虐殺」をはじめとする嘘によって日本を貶めてきた中国が、今、ローマ・カトリック教会の総本山・バチカンを巻き込んだ新たな謀略を進めています。再び、歴史を歪めようとしているのです。ローマ法王フランシスコ 日本軍が南京に入城する2か月前の1937年10月9日、中国河北省の正定という場所にあるカトリックのミッション(伝道団)の支部に強盗が押し入り、宣教師9人が誘拐、後に殺害される事件がありました。正定事件と呼ばれます。 最近になって中国は、この事件について、「日本軍が女性200人を要求」し、宣教師たちはそれを断ったために誘拐、殺害されたと主張し始めたのです。中国はオランダと共同でバチカンにそう主張し、200人の女性を救うために自ら犠牲になったとして、9人の宣教師の「列福」を申請したのです。「列福」とは、「聖人」に次いで聖性の高い「福者」に列せられることで、列福が実現すれば、ローマ法王は9人の宣教師を聖なる人物として全世界のカトリック教徒に宣伝します。それは「日本の悪辣非道ぶり」と対になるもので、日本は世界11億人のカトリック教徒の非難に晒されることになるのです。 しかも、「列福」の後に日本が「そんな事実はない」と主張すれば、「福者を貶めた」としてカトリック教徒を敵に回すことになります。 もちろん中国の主張は大嘘です。中国がバチカンに対してそうした動きを始めたという情報を日本に最初にもたらしたのは、ジュネーブの国際機関で働く白石千尋さんです。白石さんは、当時のミッションを庇護していて事件を調査していたフランス政府の資料を調べました。 その資料は6人の証言で作成されており、うち2人がオランダの神父、2人が中国人でしたが、いずれも女性の要求については一切触れられていませんでした。 女性の要求について証言したのは1人の神父のみでした。それさえも伝聞に過ぎません。伝聞では「日本兵がやってきて女性を要求」し、宣教師が拒否すると「戻ってきて宣教師たちを誘拐し、後に殺害した」となっていますが、「200人」という数字は出てきません。つまり、200人の女性を要求したというのは捏造と考えてよいのです。 それどころか資料の中には日本軍が使っていない「ダムダム弾10発」と「中国刀一振り」が残されていたとの証言のほか、強盗が「完璧な中国語を喋っていた」との証言も複数ありました。 中国が、捏造情報によって日本を世界の悪者に仕立て上げようとしていることは、日本人が常に頭に刻み込んでおかなければならないことだと考えます。【PROFILE】新潟県長岡市出身。ハワイ州立大学卒業。元日本テレビ「きょうの出来事」キャスター。1995年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で大宅賞受賞。関連記事■ 世界の体位 1位は「騎乗位」2位「バック」3位「正常位」■ 日本人の知識欲、勉さ、美徳等を台湾出身論客が紹介する本■ 中国のネットで流行る歌 「日本殺すにゃ武器要らず」■ 50年前の女性 「バックでヤられるのはイヌ扱いです!」と怒る■ 中国人観光客に「ストリップ劇場」が人気 夫婦で鑑賞が定番

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    中韓の間違いを正す気なし! 日本の国益を守れぬ外務省の「敗北主義」

    井本省吾(元日本経済新聞編集委員) 宮家邦彦氏は優れた元外交官かつ外交評論家であり、その論考は学ぶべき点が多い。2015年9月に発行された「日本の敵」(文春新書)もその例にもれない。だが、終章「日本の敵」に至って、前回のブログ「慰安婦問題が好転し始めた--外務省の無策の中で」の関連で、強い違和感、反発を感じた。「やはり日本の外交官の限界か」という失望も。<(ロシア、中東、中国、朝鮮半島などに新民族主義が広がる今)日本が生き残るための、日本の最大の敵は「自分自身」である。……日本民族のサバイバルのためには、日本自身が普遍的価値を掲げ、自らの民族主義的衝動を適切に制御する必要がある> ここまでに異論はない。だが、この後に強い違和感を覚えるくだりが出てきて当惑させられる。<日本が国際社会において守りたい伝統や価値があれば、自由、民主……法の支配といった普遍的価値のロジックで説明していくことだ。日本が世界各国と競争しているのは国際政治であり、過去の歴史の事実関係の判断ではない><イルカ、捕鯨、慰安婦……ナショナリズムは時に普遍的価値と対立するが、これを日本人にしか理解できないロジックで何度説明を試みても、結果は生まれない。引き分けに持ち込むことは可能かもしれないが、勝利はない。これは国際政治の現実である><(過去の歴史の議論は)国際政治ではなく……教室の中でとことんやれば良いではないか。日本の政治指導者が今真剣に考えるべきことは、普遍的価値に基づき、過去の事実を受け止めた上で、これを対外的に説明する能力を高めることだ> イルカ、捕鯨の問題は置いておき、慰安婦問題に焦点を絞ろう。慰安婦問題は「日本人にしか理解できないロジック」でしか説明できない、と宮家氏は本気で思っているのか。 また、中国や韓国が現在、日本の歴史を糾弾する情報戦を国際外交戦略として大々的に展開している現実をどう思っているのか。彼らは世界各国が自分たちに呼応して日本を糾弾するように、史実を歪曲、誇張、捏造し、巧妙な論理で日本を貶めようとしている。「ウソも100回言えば、本当になる」とばかりに。それによって日本に対し道徳的優位に立ち、日本の国際的地位を引き下げようとしているのである。抗議は国益を守る外交活動だ 例えば、この秋、中国は1937年の南京事件について「南京大虐殺」という誇大、誇張した記録を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に提出、ユネスコはこれを世界記憶遺産として登録してしまった。 日本がこれに抗議することは日本の国益を守るための国際政治である。偏頗なナショナリズムではない。国益を維持するためのまっとうな外交活動である。日本の若い世代、将来世代がいわれなき屈辱にひたされることなく、胸を張って生きていけるようにするための健全な政治である。 史実を歪曲され、濡れ衣を着せられた状態になっても沈黙していて、どんな国益があるというのか。史実を駆使して中国や韓国の主張の間違いを正すことは、歴史学の本道であり、学問の普遍的価値に基づいたものだ。決して「日本人にしか理解できないロジック」ではない。 宮家氏は、歴史について何度日本の主張をしても「結果は生まれない。引き分けに持ち込むことは可能かもしれないが、勝利はない。これは国際政治の現実である」という。だが、これこそが日本の外務省に見られる典型的な敗北主義、役人の怠慢なのである。 戦後、日本の民間企業の多くは国際市場に自社の製品を売り込みに行って、何度も苦杯をなめた。知名度も信用もなく、いくら説明しても相手にしてくれなかった。だが、それでもひるむことなく「ウチの製品は世界のライバルに負けない」という自負をバネに、さらに説明に行き、次第に顧客を獲得して行った。 売れなければ倒産が待っている。その危機感が企業家をビジネスに駆り立てた。外交官らはそれだけの危機感をもって、史実の間違いを正す努力をしているだろうか。 前回のブログで紹介したように、日本を思う民間の篤志家たちが慰安婦問題に果敢に挑み、まだわずかではあるが、日本側の主張が少しづつ、米国や国連に浸透しつつある。その努力を外交官たちはどう見ているのか。 宮家氏は「普遍的価値に基づいて説明する」ことが大事だなどと書いているが、彼の言うのは実は普遍的価値などではなく、「米国など国際的な軍事・外交力のある国々の意見、主張に従え。これが国際政治の現実だ」と言っているにすぎない。要するに「長いものに巻かれろ」ということだ。 むろん、国際政治では「長いものに巻かれる」ことも重要だ。が、同時に少しでも、国際政治の風向きを自国の国益に沿った方向に導く努力も怠ってはならない。もちろん史実という普遍的価値に沿った努力だ。 米国はじめ国際社会に対して慰安婦問題や南京事件の史実を粘り強く知らせていく。長期戦を覚悟のうえで、世界の理解を得ることが正しい外交戦略というべきだろう。(ブログ『鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌』より2015年12月24日分を転載)

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    沖縄ヘイトの現実

    「沖縄はゆすりの名人」。基地問題で揺れる沖縄だが、差別と偏見によるバッシングはいまだ後を絶たない。その一方で高江のヘリパッド建設をめぐり地元住民と機動隊が衝突を繰り返している事実を本土の人間はどれほど知っているだろうか。そう、この「温度差」こそが沖縄蔑視の現実なのである。

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    「沖縄に関心がない」東京のメディア 地元紙が痛感した温度差

    ッド建設をめぐって住民と機動隊とが激しく闘っていることが、SNSなどで漏れ伝わってきます。でも在京のメディアではそう頻繁に報道されないため、東京では「高江」といっても知らない人が多い。そういう沖縄と本土の温度差をどう考えるのか、沖縄の地元紙はどんな取材・報道を行っているのかお聞きします。 まず高江での取材ですが、地元紙は現場に張り付いて取材しているようですが、東京からマスメディアが取材に行っているという状況ではないわけですね。筑紫哲也さんが健在だった頃の「NEWS23」とか、昔は在京メディアももっと沖縄を取材していたような気がしますが。宮城 東京からメディアが取材のために頻繁に高江へやってくるという状況ではないと思います。沖縄のことを報道するのも、例えば自衛隊のヘリコプターが資材の搬送に使われたとか、そういう大きな動きがある時だけでしょう。それもテレビは地元の系列局が取材した映像を使っているのではないでしょうか。キー局からわざわざ取材に来るというのは、テレビ朝日の『報道ステーション』とTBSの『報道特集』の金平茂紀さんくらいじゃないですか? それは、沖縄をめぐる構図というか、沖縄についての認識をどう持つかということだと思うんですよね。私たち地元紙は、過重な基地負担がある上に、更に住民の生活が大きく脅かされようとしていることについては、地元の人の生活や人権、また地方自治に関わるという普遍的な価値の問題として捉えているわけです。ヘリパッド建設に反対する人々を規制する警察官ら=7月22日、沖縄県東村高江―沖縄の地元紙2紙は、いま高江に連日、現地取材を行っているわけですね。宮城 毎日行っています。朝6時頃から、一人は必ず現場にいるようにしています。そしてツイッターとかで現場から状況を発信しているんです。取り組みはどの部署というより編集局全体でやっています。ローテーションを組んで、今日は何部が行く、明日は何部が行くと毎日、現場に行っているんです。北部支社もありますし、中部支社もあるので、そこから行く記者もいるし、那覇から行く記者もいます。 高江は地理的にも那覇から遠いですから移動も大変です。それでもやはり反対する市民たちがいて、警察や機動隊とやりあっているわけですから、その現場で起こっていることを伝えるのは地元紙としては当然の務めです。 8月20日にその現場に行っていた記者を機動隊が拘束し、車と車の間に押し込んで取材妨害するという事件が起きました。腕章をつけ、記者証も示して、取材活動であることを告げているのに拘束されたわけです。不要な土地を返し、機能強化した施設を得ようとする米国宮城 機動隊の車両と車両の間に市民を押し込めていくというのは以前からやられていて、現場では「仮監獄」とも言っています。2012年のオスプレイ配備の時にも、普天間飛行場のゲート前での抗議行動に対して市民を車両と車両の間に押し込めるというやり方をしていました。 記者証を示した記者に対してそういうことをやるというのは、やはり現場で抗議行動が起きていることを報道させない、県民とか国民の目に触れさせないという狙いもあると思います。 この取材妨害については、新聞労連や沖縄県のマスコミ労協などから抗議声明が出ました。東京新聞も特報面で取り上げたし、信濃毎日や高知新聞も社説で批判しましたね。 生活が脅かされることに対して、沖縄の住民が、あるいは支援する市民が立ち上がるというのは、1950年代に「島ぐるみ闘争」というのがありました。米軍が沖縄に基地を作るために住民の土地を強制的に奪っていったのですが、抗議する住民に対しては投げる蹴るで規制し、奪った土地に入って耕作しようものなら、銃も打ったりして排除したんですね。規模は違いますけれど、今それと同じようなことを、日本政府側が機動隊を使ってやっているのだといえます。 今回日本政府もアメリカ政府も、高江にヘリパッドを新しく作れば、7500位ヘクタールある北部訓練場の、過半、4000ヘクタールを返す、大規模返還になると言うわけですね。もともと半世紀以上前に奪って使ってきた土地なんですけど、アメリカの「戦略展望」という報告を見ると、その4000ヘクタールは、アメリカにとっても不要な土地なんです。それを返すから、新しいヘリパッド建設を受け入れよというわけです。 不要な土地を返して、機能強化した施設を得るというのが、アメリカの狙いなわけです。それを日本政府も一緒になって、大規模返還だという。高江のヘリパッドから海に出入りする訓練水域とかも新しく提供されていますし、訓練しやすい環境を整えて、いらなくなった土地を返す。そういう狙いがあるわけです。 ヘリパッドも高江の集落から一番近いところで3~400メートルのところにできるわけですから、付近の住民からすると大変だと思います。自然環境も破壊されれば住環境も影響を受ける。それに対して反対し、住民の暮らしを守りたいという思いは当然じゃないかと思います。そこをどう捉えるのか。 東京などであまり報道されないのは、沖縄の人は我慢したらという意識が何処かにあるのではないかという疑念を持つこともあります。そういうところが沖縄の人からすると、見え隠れする。何の問題なのかというのをしっかり押さえないと継続的な報道にならないし、現状を変えていくことにならないと思います。身近な「基地問題」を取り上げるのは当然―宮城さんは現在は東京支社にいるわけですが、沖縄の地元紙として東京のメディアを見ていて、関心とか動きが鈍いと感じますか?宮城 そこは難しいんですけどね。翁長知事の誕生以後、以前よりは取り上げられるようになったと思います。全国紙でも沖縄のことをよく知っていて、しっかり取材して書く記者はいるんです。でも、扱いが小さくなってがっかりするという声が多いですね。なぜ全国紙や中央のメディアで沖縄の報道が難しいのか、沖縄のことが伝わらないのか、検証してみる必要がある気がします。沖縄はいま刻一刻動いていて、新しい局面もどんどん出てきているんだけど、東京だと、また沖縄か、また反対しているとかいうようなことで、「ああいつものね」という感じになっているようなのですね。 沖縄についての報道が大きくなるのは政局が絡んだりする時です。同僚の記者が言っていましたけれど、辺野古をどうするか、辺野古がどうなるかじゃなくて辺野古でどうなるか。どうなるという対象は辺野古の住民じゃなくて、政権がどうなるか、だというのです。 だから去年の「沖縄の2紙はつぶさないかん」という百田発言の時も、全国紙の出足は最初遅かったけれど、その後、結構やりましたよね。あの時は安保法案が問題になっていた。辺野古をどうする、辺野古がどうなるではなくて、それによって政府がどうなっていくという話でしょう。やはり沖縄の問題を一面的にしか見ていないという印象は受けます。 今年9月1日の辺野古をめぐる裁判だって、一地方の問題でなくて、地方自治の話であったり、国と地方の関係であったりというような、大きな問題だと思うのですが、中央のメディアはなかなかそうなっていないような気がします。 沖縄と本土の温度差というのがよく指摘されますが、私が沖縄本社社会部から東京支局に来て最初に思ったのは「こんなに沖縄のことを知らないのか」ということでした。「知らない」というより「関心がない」と言うべきでしょうか。 それまで2年間、社会部にいて、オスプレイの配備に始まり、仲井眞さんの埋め立て承認とか、そういうことばかり取材してきたので、東京に来た当初は、その違いに驚きました。「日米安保は大事だけれど、米軍基地は近くにない方がいい」「沖縄にあるんだから、沖縄にがんばってもらった方がいい」というような雰囲気を感じました。 沖縄の人にとって身近な問題は基地問題であり、基地が集中することに絡むいろんな問題です。それが紙面において大きな分量を占めるのは、地方紙として当然ではないでしょうか。例えば福島の地方紙2紙が原発の問題をたくさん取り扱うのは当たり前で、やはり読者が一番身近に感じていること、命や暮らしの問題を報道する役割が地方紙には当然あり、紙面の価値判断も大手メディアとは違ってくると思うんです。 沖縄の場合、過酷な沖縄戦があって、その後の人権もないような米軍支配があって、復帰してもなかなか変わらない現状があり……といったことを考えると、そういう問題のウェイトが高くなるのは必然なのかと思います。―それが沖縄の2紙の特徴なのですね。宮城 保守的な新聞や親米的な新聞も含めて、戦後沖縄には10紙くらい新聞ができました。アメリカの検閲があり、紙の供給も握られているわけですから、沖縄タイムスにしても、当初はなかなか今のように米軍に対して厳しい論調でなかったようです。その後、1950年代の土地闘争の頃、土地の接収方針に反対する住民の意見を前面に出すような紙面展開をするようになります。 そういう厳しい現実の中で、ここまで論調を鍛え上げてきたのは、やはり民意に押されたのだと思います。結局10紙のうちほとんどはなくなってしまい、今この2紙が残っているわけです。もちろんそれは沖縄本島での話です。 沖縄の復帰までの歴史というのは、自治権にしろ、人権にしろ、米軍と対峙しながら一つ一つ住民が勝ち取ってきたものです。そういう中で、沖縄タイムスも住民に背中を押されてここまで来たのだと思います。住民に支持されなかったら他の新聞と同じように消えていったはずです。沖縄の歴史、住民感情に理解した報道を沖縄の歴史、住民感情に理解した報道を―辺野古の問題の捉え方なども、東京と沖縄では違っていると感じましたか?宮城 はい。東京へ来てからは、沖縄の問題については、一から説明しないといけないんです。別に、誘致して基地ができたわけでもないし、そもそも海兵隊って50年代に岐阜とか山梨とかから移ってきたものだし。今で言うと「海兵隊って、本当に抑止力になってるんですか」というところまで含めて説明します。 そもそも何度世論調査を行っても、沖縄の人は現状に反対なわけです。辺野古移設については、沖縄世論は少ない時でも6割、多い時には8割以上が反対だし、「県外へ」という機運が強くなってきたわけです。我々がリードしているんじゃなくて、県民世論がそうだというので、これに立脚しない報道がありうるのかということですよね。過去の沖縄がたどってきた歴史も含めて、本当に虫けらみたいな、人権もないような時代もあったんですから。僕らの世代も、入社して、勉強して沖縄の特異な歴史の重みを理解し、誰のために何を報道するかを考え、認識を深めてきたのです。 今の翁長知事が那覇市長の時、2013年1月に東京でパレードをしているんです。オスプレイ配備の撤回、普天間の県外移設、閉鎖ということを、全首長、市町村とかが署名して、建白書というかたちにした。そして、日比谷公園で集会を開いて、総理官邸に持って行き、パレードもやっているんです。その時に、沿道から「売国奴」とか、ものすごい罵声を浴びせられたんです。「安全保障の問題だからお前たちは黙っていろ」「それに反対するのはシナの手先か」といった罵声ですね。あれは、沖縄の人が本土との溝を痛感した出来事じゃないでしょうか。この圧力が、近年ひどいですよね。 沖縄の人からすると、本土紙の扱いが冷たいなと感じることがあるんですが、それも歴史的経緯に根差しているものだと思います。私たちは住民に押されて、あるいは住民の意見に立脚して紙面を作ってきていますが、本土の新聞はどちらかと言うと両論併記、あるいは扱いが小さい。どこかで「基地は沖縄に置いておけばいい」という考え方が基本にあるからだろうと思います。 沖縄の視点や感情は、突然生まれたものではありません。そこを体系的に理解してあたらないと、県と政府が対峙した局面になると、「落としどころは」というふうな取材に変わり、何も解決されない、「やはり沖縄に」という悪循環になります。 基地問題では、沖縄の人から見れば「なんで沖縄だけなんだ」と思ってしまう。戦争で捨石にされて、その後は米軍に差し出されて、みたいな過去の記憶がありますよね。過重負担だと言って負担を軽減してくれと言っているにも関わらず、同じ状況がずっと続いている。それが差別感みたいなところで捉えられる。逆に言うと、「沖縄問題」と言われながらいろいろな問題がずっと解決されないできている、そういう現状の裏返しではあると思うんです。(月刊「創」2015年9・10月号のインタビューを大幅に加筆しました)

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    カメラが映した「辺野古」と「高江」 2人の映画監督が見た現実

    江で激しい攻防が続いている。現地に泊まり込みでカメラを回し続けている森の映画社の共同監督2人が、大手メディアを含む現場での取材状況を語った。 都内の映画館「ポレポレ東中野」に森の映画社の藤本幸久さんと影山あさ子さんを訪ねた。二人が共同監督を務めたドキュメンタリー映画「圧殺の海 第2章『辺野古』」の話を聞くためだった。この映画の前作「圧殺の海」は2014年7月の辺野古の新基地建設着工から11月の翁長知事誕生までを撮ったものだが、今回の作品はそれ以降、今年3月4日の代執行訴訟の和解までを撮影したものだ。 地元住民がゲート前で反対運動を繰り広げたり、カヌーを繰り出して海上で抗議行動を行う攻防戦を至近距離から撮影した迫力ある映像だ。カヌーからの撮影者がカメラもろとも海に投げ出され、突如画面が水中の映像に切り換わる場面もある。  この第2章の上映が続く間も、藤本さんたちは沖縄でカメラを回し続け、第3章を撮影していた。さらに沖縄本島の高江のヘリパッド建設予定地をめぐる反対運動も撮影しており、それは「高江―森が泣いている」というタイトルで9月20日から大阪で公開され、10月からは東京でも上映される。通常、ドキュメンタリー映画は撮影終了から公開まで半年以上かかると言われるが、緊迫の度合いを強める沖縄の実情を少しでも早く多くの人に伝えたいという思いで、藤本さんたちは、第2章の自主上映を全国に広げると同時に次回作を緊急上映するというスケジュールを組んだ。激しく揺れ動く沖縄を撮り続ける藤本さんと影山さんに、現地での取材状況を聞いた。沖縄北部「高江」に機動隊が大量投入 藤本 私たちは2014年7月1日の辺野古着工からほぼ毎日、辺野古を撮影しながら、上映・宣伝も自分たちでやってきました。当初は3月の和解の後、最高裁の判決が確定するまでは、少し時間的余裕もあるだろうから、その間に全国のキャラバン上映をやろうと思っていたんです。同時に、第2章の英語版と中国語版と韓国語版を作っています。韓国や台湾、アメリカで上映し、安倍政権が「沖縄に寄り添う」と言いながら、実際はどういうやり方をしているのかをワシントンの議会関係者たちやアメリカのNGOの人たちにも知ってもらおうと思いました。 しかし、その一方で今、沖縄本島北部の高江に機動隊が大量に導入され、むちゃくちゃなことがやられている。ですから、この間、高江でもカメラを回し、その映画「高江―森が泣いている」を9月20日から大阪で、10月15日から東京のポレポレ東中野でも上映します。それも早急に英語版を作って、年内に辺野古と高江の基地建設がどのように行われているかを、日本全国で自主上映を展開しながら、アメリカや近隣諸国も含めて見せていこうと考えています。映画「高江ー森が泣いている」より ただ、思いのほか裁判の進行が速い。証拠証人調べもなく、7月の裁判の時に9月16日の判決まで提示されるという進行です。9月16日以後は少なくとも陸上工事は再開したいと言っていますから、辺野古の方も機動隊を動入しての工事再開が行われるだろうと思います。今回は本当に沖縄の将来や日本の先行きに大きく関わってくることなので、辺野古に1軒宿舎を借りて、24時間365日撮影に入れる体制を作っています。そこを拠点にして、2014年3月以後ずっと誰かが現地にいるようにして、撮影を続けてきました。昔は報ステやNEWS23が取材 ―宿舎を借りたというのは具体的にどうやったのですか? 藤本 バーを経営していた母親がベトナム戦争の時代に米兵に殴り殺された金城武政という人がいるのですが、今も辺野古のゲート前のテントで世話人をやっています。僕たちとは10年位付き合いがあって、とにかく辺野古に拠点がないと撮っていくのは難しいと思ったので武政に頼んで、母親が殺されたバーのワンフロアを借りて宿舎にしているんです。集落の中にある場所ですし、10分位でゲートまで歩いて行けますから、そこを拠点に撮影をずっとやってきています。ヘリパッド反対派の車両を撤去する機動隊員ら=沖縄県東村高江 ―藤本さんたちが最初に沖縄を撮り始めたのは2004年頃から(05年公開の「Marines Go Home」)ですが、その頃と比べると現地取材の状況がだいぶ変わったというのですね。 藤本 テレビメディアで直接現地に取材に来るというのがどんどんなくなっているんです。 影山 昔なら『報道ステーション』とか、筑紫哲也さんがいた頃の『NEWS23』とか、もっと沖縄に取材に来ていました。 藤本 沖縄のことをずっとフォローし続ける専門知識のある記者もいたんです。でも、そういう記者が報道番組の現場からいなくなった。いないようにされたんですね。 僕達がそのことを感じたのは2008年、海兵隊のブートキャンプを取材した時でした。『NEWS23』と共同取材をするという形で国防総省の許可をとって入ったのですが、それが10分の特集2回で放送された。でも、しばらくしてそれをやったディレクターから連絡が来て「もう皆さんと一緒にやることができなくなりました」と言われたんです。沖縄の問題をフォローしてきた人たちがバラバラにされて、報道ではなく情報番組みたいなところに移されるということがあった。 当時は『報道ステーション』も沖縄のことをずっとフォローする記者が育っていたんですが、そういう人たちが報道の現場からいなくなっていったんです。昨年来、報道番組からキャスターが次々と降板し、話題になっていますが、そういう動きはもっと前からあったのです。 今でも大きな出来事、例えば9月16日の辺野古判決とか、そういうのは放送されますよ。でも沖縄の系列局が撮ったものをその日の出来事として報道するんですね。長期にわたって調査報道をするという機能がなくなっているんです。 今でも比較的沖縄取材をやっているのはTBS『報道特集』ですが、それでも頻繁に取材に訪れるのは難しくなっていると言います。しかも、それは東京の取材陣だけでなく、RBC(琉球放送)とかQAB(琉球朝日放送)とか、沖縄のテレビも現場に来るのが減っていますね。以前はほとんど毎日、地元のテレビが来ていましたけれど、今は大きな出来事がある時しか来ない。琉球新報と沖縄タイムスという2つの地元新聞は相変わらず毎日来ていますけれど。 影山 現場へ来た時でも、カメラマンの撮っている位置が遠くなっていますね。近づいて撮ろうという感じがない。 藤本 日々のニュースのネタとして撮っているという感じです。たぶん東京のテレビ局で起きているようなことが沖縄のテレビ局でも起きているのだと思います。 ―藤本さんたちはどういう体制でカメラを回しているのですか? 藤本 僕たち2人ともカメラを回すし、2006年から一緒にやっている栗原良介カメラマンも撮影に加わっています。 影山 最初、3人で4台のカメラと言っていたのですが、私たち3人のほかに海上保安庁に抗議するカヌーチームの一人に防水カメラをつけてもらって撮影しました。陸と海から4台のカメラを回し続けたんです。 藤本 それと第2章からは、あと3人、20代30代の若いカメラマンが加わっています。キャンプシュワブゲート前と陸と海、県庁の知事の動きも見ていかなければならないので、とても僕たち3人では持たないとわかった。そこで、若いカメラマンでやってくれる人を増やそうということで、6人体制を作りました。僕と影山は拠点が札幌ですし、若いカメラマンも関西とかから行くことになるので、6人のスケジュールを綿密に打ち合わせて取材体制を作ったのです。「同時代」を映しながらそれを記録する「同時代」を映しながらそれを記録する ―人物インタビューもはさまず、現場での激しい闘いを近い距離からリアルに描くという手法ですね。 藤本 いろんなドキュメンタリーの作り方があると思うけれど、例えば多いのは誰か人物に焦点を当てて、インタビュー映像を使って、話を作っていくというスタイルですね。けれど、今回の圧殺の海シリーズではそういう作り方はしませんでした。実際に現場で起こった出来事、行動する人のアクション、現場の出来事で辺野古での現実を見せていくというようスタイルにしています。そういうやり方をダイレクトシネマというのですが、実際に起こった出来事で見せていく。セリフとかインタビューで説明するスタイルは取らないことは決めてありました。映画「圧殺の森 第2章『辺野古』」より インタビューも、ナレーションも、作り手がこういうことを言いたいということを登場人物に喋らせるという手法ですよね。だからある意味インタビューは説明です。でも、そういうのはやめようと思いました。 ―撮影したものをできるだけ早く編集して公開していくというやり方も特徴的ですね。 藤本 いわば寿司屋ですね。握ったものをその場で生のまま味わってもらう。 影山 編集に時間をかけ、十分宣伝してからと言っていたら沖縄の状況は変わってしまい、「今頃かよ」って映画になってしまうんです。 藤本 僕たちは「同時代を記録する」ということをやっているんですね。今起こっていることを起こっていることとして伝えていく。同時代を撮りながら、歴史的にはその時代を記録する。その時代の記録になるというようなことをやろうと思っているんです。例えば、500人機動隊を動員して、沖縄の民意がどうであろうと政府が決めた通りやるということが今、高江で起こっている。このまま行くと今年中にヘリパッドができます。今の国のこういうやり方は、今後全国で起こり得る。そのことを見せなければいけないと思うので、ヘリパットが出来てから公開するようなものでないと思うんですよね。見た人が現代史に関わるようなものとして映画を成立させたいんです。 影山 今、高江で行われていることは、とにかく政府の思った通りにやる、従わなければ潰す。違法にするというか。はっきりとそんなふうに見えますね。 藤本 すごい圧迫感がありますよ。2キロ位にわたって10メートルおきに機動隊をずらーっと並べて、阻止行動をする人が声をあげようとしたり何かアクションをしようとしたら、取り囲まれて地面に押し付けられて何も出来ないような状態です。土本典昭監督の教え「記録なくして事実なし」土本典昭監督の教え「記録なくして事実なし」 ―警察が映像撮影を妨害することはないのですか? 藤本 最近はないですが、でも例えば7月22日はそうでした。 影山 私たちだけではなくて、メディア全部、完全に排除されました。 藤本 何キロも先で全部止めて中に入れない。既に中にいる人間はしょうがないから、撮影している分には直接妨害することはないけれど、そこを一回離れたら二度と戻さないというような形で、撮影をなるべくさせないということはやっています。機動隊が「お前たちはメディアと認めない」と排除しようとするから、「あなた達が決めることではない、何を言っているんだ」と言ってそのまま撮るんだけど、何人かに取り押さえられて。現場から出されることもあります。 影山 撮影する際のフットワークが悪いと、「はい、そこ! プレス排除!」って言われ、すぐに排除されてしまうんです。 藤本 混乱すると、時には僕たちだけでなくて琉球新報とか沖縄タイムスなど新聞社も排除されます。 影山 琉球新報と沖縄タイムスはローテーションを組んで、常時現場に来ていますね。辺野古の取材にしても北部の人だけがくるんじゃなくて、那覇とか中南部の人も来て、今日は誰琉球新報と沖縄タイムスは一緒になることが多いですね。その沖縄2紙と森の映画社は臨時制限区域の中に抗議船があれば入りますけど、大きいメディアの方は入らない。実際の現場には彼らは近づかないことになっているのかな。中に入れば刑事特別法で逮捕起訴の対象になり得るからでしょうね。沖縄県の米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古沿岸部=6月 藤本 そんなことを言っても入らなければ何も見えないんですよ。だから入るけれども、東京から来たような大きいメディアの人はそういうことがあったら困るから、あえて入らない。でも遠くから見ていたって何も見えないですよ。 影山 最近は陸の上から望遠撮影も多いですね。 藤本 とにかく現場で起こっていることを記録し続けようということです。土本典昭監督が常々言っていたことだけれど、「記録なくして事実なし」。記録されないものはいつか消えていくと。事実として存在するためには、記録されなければいけない。そういうことを我々はやっているんだとずっと言ってました。それは僕も非常に重要なことと思っています。インターネットで流しているだけでは残っていかない。それを作品としてまとめて、多くの人が見られる形にしないと残らないんです。そういうふうに考えているし、そういうことをやるのは我々の役目だと思っているんです。 東京では辺野古についてはある程度知られていますが、映画を観た人に「高江のことを知っていますか」と聞くと知っているのは3分の1とか半分ですよ。圧倒的に知られていない。だから知らせないといけないし、撮ったものを速攻で出していこうと考えています。 ※映画「高江―森が泣いている」は9月20日より大阪・シアターセブン、10月15日より東京・ポレポレ東中野と沖縄・桜坂劇場に続いて全国順次公開。映画「辺野古」も全国にて自主上映展開。詳細は「森の映画社」のHPを参照のこと。http://america-banzai.blogspot.jp/

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    沖縄「高江」の機動隊導入 安倍政権が進める強硬姿勢の象徴

    猪野亨(弁護士) 沖縄県東村高江では、ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設工事に反対する住民たちは、2007年以降、工事をさせまいと反対活動を展開、道路に街宣車を置くなどして、工事を阻止してきました。オスプレイ利用が予定されていますが、オスプレイなど沖縄県民が求めているものでありません。このような危険な施設を住民が当然に受け入れなければならないということにはなりません。 生存権を掛けた闘いです。「沖縄・東村高江 緊迫する米軍ヘリパッド建設 辺野古新基地と強行連動」(赤旗新聞2016年4月25日)「民家を取り囲むようにして建設されるため、地元住民らは2007年から工事車両が出入りするゲート前で座り込みを続けています。昨年、2カ所の建設が完了しましたが、残り4カ所は一歩も進んでいません。」ヘリパッド建設に反対する人々を規制する警察官ら=7月22日、沖縄県東村高江 その工事が再開されようとしています。しかもそのやり方があまりにひどすぎます。安倍政権の対応は、参議院選挙が終わった途端に工事の強行ですが、選挙期間中に強行すれば、自民党公認の島尻安伊子氏の落選がその時点で確定するからです。工事の強行がなくても島尻氏は落選しましたが、それでも望みは持っていたのです。島尻氏を沖縄北方担当相にするなど露骨な選挙対策をしてきたことからもかなりの重点区だったわけです。 従って、選挙期間中に工事を再開するなどあり得ない選択肢でした。「沖縄県民を裏切った島尻安伊子沖縄・北方担当相 『私は大嘘つきだけど、カネをばらまく…かもしれないから票を入れてね』」 2007年以降、工事は中断されたままですが、この時期に再開を睨んでいたのは、安倍政権が力によって沖縄支配を実現するためです。昨年、安保関連法を強行採決して成立させ、日米軍事同盟の強化という国策のもと、沖縄がもっと頑強な抵抗を続けていることが許さなかったからにほかなりません。暴力による支配は恥ずべきやり方 その意味では、選挙結果によって島尻氏が再選したとしても、工事は強行されていましたが、何よりも島尻氏の落選によって衆参どちらも沖縄選挙区から選出された国会議員がゼロになり安倍政権への批判が象徴的に示されたことによって、より一層、安倍氏の逆鱗に触れることになりました。安倍氏にとっては屈辱以外なにものでもなく、改憲勢力が3分の2を超えたなどということで満足する安倍氏ではありませんでした。自分に抵抗する者は力によって屈服させることこそ、安倍氏が求めているものです。 それが本土からの大量の警察官、機動隊の導入というやり方です。「東村高江に機動隊500人 辺野古の5倍投入へ」(沖縄タイムス2016年7月13日)「県警も機動隊員と各警察署からの応援隊員、不測の事態を警戒する刑事らで250~300人規模の要員を確保し、本土の隊員と合わせ最大で約800人の警備体制を敷く見通しだ」 「高江の機動隊投入 『暴力団壊滅と同規模』 自民議席失い、政府強行」(琉球新報2016年7月18日)「一方、一部の警察、防衛関係者からは異論もある。警備関係者は『工藤会の壊滅作戦と同規模だ。重火器を持つ暴力団と一般市民を同一視するのは尋常じゃない』と苦渋の表情を浮かべ、特定危険指定暴力団工藤会の壊滅作戦で2014年に機動隊が約530人に増派された例を挙げ、同様に一般市民に対峙(たいじ)する政府の姿勢を疑問視した」 本土から沖縄支配のために警察官、機動隊を動員し、暴力によって支配を貫徹するというのは恥ずべきやり方です。このようなヘリパッドなどなくても全く困らなかったレベルのものです。安倍政権が意地になって沖縄での建設に固執しているだけです。そこには辺野古同様、抵抗は一切、許さないという安倍政権の強権姿勢の表れだということを知るべきでしょう。また、そのような安倍政権による沖縄に対する剥き出しの暴力を本土の人たちが黙認して良いのかどうかが問われている、これを忘れてはなりません。(弁護士猪野亨のブログ 2016年7月20日分を転載)

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    日テレ24時間テレビがやっぱりおかしい

    障害者の姿を映し出して感動を押し付ける「感動ポルノ」という言葉がある。今年も放映された日本テレビのチャリティー番組「24時間テレビ」の直後には、この言葉がネットの検索キーワードで急上昇したという。障害者蔑視や商業目的との批判が止まない日テレの看板番組。いつもやり玉に挙がるのはなぜか。

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    「障害者パロディ」がNHKにできても日テレにはできない理由

    常者だってみんな頑張っている。障害者の頑張りはわかりやすい 今回の「バリバラ」では、骨形成不全症でコメディアン兼ジャーナリストのステラ・ヤングのスピーチが紹介された。彼女が、障害者の感動ポルノという言葉を作った人だ。ステラは、10代の時、地域の「達成賞」をもらったという。しかし、彼女は思った。自分は普通に生きているだけ。まだ何も達成などしていないと。 私は、かなり小柄な男性だ。もし誰かが、「あなたはこんなに小さいのに、とても頑張って生きてきました。感動しました。表彰します」と言われたらどうだろう。あまり素直には喜べないかもしれない。チビ、ハゲ、デブ、ノッポ。音痴、不器用、近眼、老眼。ああ、それなのにあなたはこんなに頑張ってきた、素晴らしい。そう言われて、うれしいだろうか。 それは、私が障害者手帳を持っていないからだろうか。では、障害者手帳がもらえるような低身長なら、賞賛を素直に喜べるだろうか。 頑張っている人はたしかに素晴らしい。県大会目指して一生懸命練習している中学生を見ただけで、私たちは十分感動できる。ただそれだけだと、テレビ番組にはならないだろう。 障害者の頑張りは、わかりやすいのだ。それに、中学校の部活は多くの人が体験しているが、目が見えなかったり、手足がなかったりすることは、多くの人は経験していない。そのような障害があるのに、普通に生活し、ましてやスポーツなどしているのは、素直に驚くし、すごいと人々は思う。 しかし、障害者だから素晴らしいのではなく、困難を乗り越え、挑戦している姿が素晴らしいのだ。障害者でも、健常者でも、チャレンジしている人は、賞賛に値する。感動が生まれる。 けれども多くの障害者は、普通に生活しているだけだ。普通の生活を普通に取材して普通に放送しても、それはゴールデンタイムの放送には耐えられない。そこで、「24時間テレビ」では、特にチャレンジしてきた障害者を2時間ドラマにして紹介したりする。普通の障害者に何か困難な課題を与え、そこに挑戦する姿を番組にする。 番組だから、編集はある。演出もある。それは、真面目なドキュメンタリーも同じだ。厳しいコーチとして有名な人を取り上げるなら、特に怒鳴っている場面が使われるものだろう。 しかし、「障害者」という枠組みで、すべての障害者を感動の対象としてしまうことに、問題は感じる。それは、女性をモノ化してポルノを作るのと同様に、障害者をモノ化した感動ポルノになる危険性があるからだ。 感動自体が悪いわけではない。今回の「バリバラ」でも次のように語られている。「誤解してほしくないのは、感動は悪くないんですよ。感動の種類をちゃんとわかってないと怖い」「一番怖いのは無意識」。障害者への優しい思いの裏に潜む偏見や差別の心 「24時間テレビ」の社会的貢献は大きいと思う。39年間の間に、多くの寄付金を集め、障害や難病の理解を深めた。有名アイドルと障害を持った人々の交流は、心のバリアフリー解消のために貢献してきたと思う。 「24時間テレビ」は、一般向け、子どもを含めた初心者向けだ。その意義は大いにあるだろう。ただし、39年間の間に世の中もマスメディアも、少しずつ進歩してきている。パラリンピックが大きな注目を集める時代だ。NHKが、障害者問題でパロディーができるようになった現代だ。感動は素晴らしいが、それだけで良いのかと、私たちは問い始めている。リオデジャネイロ・パラリンピックの選手村に入る日本選手団=8月31日(共同) 障害者への配慮は必要だし、思いやりは素晴らしい。しかし、気をつけなくてはならない。その優しい思いの裏に、賞賛の声の下に、偏見や差別の心が潜んでいないか。障害者は、あなたの態度を歓迎しているのか。 社会心理学の研究によると、障害児と健常児をただ一緒にするだけでは偏見の思いは無くならない。健常児たちは優しい心を持って障害児を助けるのだが、その結果は、障害児は私たちの助けが必要な弱い人という偏見を強めてしまう。 そこで、障害児が持つ特徴や能力を活用し健常児と協力しあわなければ勝てないゲームをやらせる。そのような体験が、偏見差別の心理を減らす効果があった。 ジェンダーに関する研究では、レディーファーストを「好意的差別」と呼ぶことがある。レディーファーストができる男性は、評価が高くなるのだが、これらの男性の中には、無意識的に女性を低く見る「敵意的差別」をも同時に持っている人々がいることがわかっている。 それにしても、障害者問題、差別問題は複雑だ。すべての障害者が過剰な賞賛や同情を拒否するわけでもない。同じ言葉や態度に対して、喜ぶ人もいれば傷つく人もいる。そうだ、人の心は複雑で、人それぞれなのだ。 障害者も健常者も、いろんな人がいる。日常生活があり、笑いも感動もある。そんな私たち一人ひとりが、もっと自由に、もっと楽しく生きていける社会にしていきたい。

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    日テレは正気か? 障害者の「見世物小屋」と化した24時間テレビ

    藤本貴之(東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者) 1978年に日本テレビ開局25年記念番組として始まった「24時間テレビ」は、我が国におけるチャリティー番組の代名詞でありつつも、これまでも少なからず批判をされたり、揶揄・嫌悪の対象になってきた。 「24時間テレビ」に同情すべき点としては、あらゆるチャリティー・コンテンツがもっている「チャリティー(といった批判できない対象)を利用したビジネス」への不信感を、チャリティーを標榜した番組の代表として、集中的に受けていることかもしれない。 一方で、ボランティや福祉などをテーマにしたテレビ番組は、近年「24時間テレビ」以外にも多数存在している。必ずしも、その全てが批判や嫌悪の対象になっていないことを考えれば、「24時間テレビ」の制作方法や番組のあり方自体にも、少なからぬ問題があることは間違いない。本稿では、「24時間テレビ」が炎上している理由について、メディア産業の現実を踏まえつつ、考察したい。日本テレビ25周年記念・チャリティーテレソン「24時間テレビ・愛は地球を救う」 左から番組キャスターの大橋巨泉、チャリティーパーソナリティーの大竹しのぶ、萩本欽一=1978年、麹町チャリティーコンテンツへの不信感 「24時間テレビ」に限らず、チャリティー・コンテンツは、人に感動や共感、応援を与えるものの、ともすれば「善意の商業利用ではないか?」「本当にチャリティーなのか?」といった不信感を持たれる諸刃の刃型コンテンツだ。そのような猜疑の目は出演する側、タレントや芸能人の中にも存在し、「24時間テレビ」からの出演依頼を断る有名芸能人も少なくないと言われる。 ましてや「24時間テレビ」は、民放テレビ局という営利企業が販売する「商品」である。ボランティアではない。これが厳しい疑いの目で見られてしまうは止むをえない。「チャリティー」をテーマとしつつも、それはあくまでも「テーマ」であって、番組制作、放送、広告などがチャリティーではないことは誰の目にも明らかであるからだ。 しかしながら、チャリティーをテーマとしている「商品」ということだけで、それを「障害者の商業利用」だとか、「感動ポルノ」などと一概に批判はできない。テレビに限らず、出版でもイベントでも、チャリティーや福祉、環境問題や障害者などをテーマにしたイベントは多々あるからだ。すべての構成要素や人材が完全なボランティアと言い切れるようなものの方が少ないだろう。 むしろ、メディアにおけるチャリティー・コンテンツは、商業利用の側面がある一方で、啓蒙活動としての価値に大きな意味がある。メディアを介して広がるチャリティーやボランティアの理解やそこから始まるムーヴメントは多い。無批判に受け入れるべきではないものの、一概に批判ばかりすべきものでもないのだ。 よって、「見世物小屋」や、行為そのものへの理解が十分ではない知的障害者に対して「面白いことをやらせる」というような明らかな人権侵害は論外であるものの、そのチャリティー・コンテンツ自体が嫌悪されるか(批判)、好意を持たれるか(容認)は、対象をどのように扱ってるのか、という問題になる。許容されない24時間テレビというビジネス「24時テレビ」が批判される2つの要因 「24時間テレビ」に対する批判や嫌悪は、今に始まったことではない。しかし、それが昨今のように、急激に表面化し、国民的な議論へと発展してしまう背景にあるのは、「一億総ネット評論家時代」ともいえる社会状況だ。 従来であれば、ゴシップレベルの批判や個人的なオピニオンやメッセージで終わっていたものが、近年ではSNSを使い、誰もが自分の主張を不特定多数に発信できるようになった。決して少なくない頻度で、無名の個人(でしかも匿名)の意見が、社会性をもったオピニオンとして拡散されてしまう。日本テレビ系「24時間テレビ」で司会をするアナウンサーの徳光和夫=1998年  近年急速に「24時間テレビ」への批判がネット炎上を着火点として加速している背景には、大きく2つの要因がある。 まずひとつ目は、上述した「チャリティー標榜ビジネス」に対する嫌悪や不信感だ。欧米では、ハリウッドスターなどが無償でチャリティーイベントに参加するのは常識だ。一方で、「24時間テレビ」では、出演者にはしっかりとギャラが支払われる。もちろん、高額ギャラの人気タレントたちが出演することで、視聴率を上げ、話題性が高めれば、広告価値が高まり、それは巨額の広告収益を生む。それがテレビ局および周辺企業の売り上げとなるわけだが、この構造に対して不信感や嫌悪感は持ってしまう人は多い。 もちろん、福祉やチャリティーといったことを国民的な関心として盛り上げて行くために、行政や関係団体が巨額の広報費用、啓蒙活動費を利用していることを考えれば、「24時間テレビ」で得られる収益や、そこでやり取りされる巨額なギャラなどは、チャリティーや障害者問題の啓蒙活動のための「必要経費の範囲内」と言えるのかもしれない。よって、ギャランティの有無や商業性の大小に関しては、非常に難しい問題をはらんでおり、一概に明言できないのが実情だ。 よって、「24時間テレビ」がチャリティーの理解を深めるための啓蒙活動として価値を持ち、そのための広報費、啓蒙活動費として「24時間テレビというビジネス」が許容できるなら、それほど大きな問題は起きない。しかし、実際には大きな騒動として議論され、デマや揚げ足取りを含めた様々な批判が飛びかっている。その理由は、視聴者が「24時間テレビ」に対してチャリティーや福祉の啓蒙番組としての価値や意義を見いだせていない、ということにあるのではないだろうか。 2007年の「24時間テレビ」チャリティーマラソンにおいて、ギャラを全額寄付したと言われている欽ちゃんこと萩本欽一氏のエピソードが、番組における美談・逸話として有名である。しかし、よく考えれば、これが美談・逸話としてあつかわれること自体が「24時間テレビ」の特殊性を示している。「一億総ネット評論家時代」の視聴者 そして2つ目が「一億総ネット評論家時代」の確立と成熟だ。従来であれば、「放送しっぱなし」でも許されたテレビ番組。しかし今日、チャリティー番組に限らず、あらゆる番組が、少数のコア視聴者たちによって事細かに検証され、その問題点や疑問点がエビデンスや比較対象資料までつけて分析され、ブログなどで即座に公開され、SNSで拡散されてゆく。その真偽はさておき、意図的な表現改ざんなどの編集を繰り返しつつ、無限に広がるという評論フローが完成している。 当初はアンダーグラウンドな「暴露話」「都市伝説」レベルであったネット評論も、2000年代に入り、一定の検証性や客観性を帯び、リアル社会にも影響を及ぼすようになったものも登場するようになった。 例えば、2002年4月に放送されたNHKスペシャル「奇跡の詩人」は、そういった動きの最初期の事例である。「奇跡の詩人」は、重度の脳障害をもつ11歳の少年が、民間療法ドーマン法のよって驚異の能力を発揮するに至り、文字盤を利用して複雑なコミュニケーションをし、著書を執筆・出版するなど、健常者以上の才能を開花させている状況を取り上げたドキュメンタリーである。 しかし、放送直後から、ネットを中心に疑義が噴出した。母親が操作する文字盤を少年が指差すことで文章を作る・・・としているが、よそ見をしている時でも、文字盤を指差す(指を動かされている)などが事細かに検証された。その結果、製作責任者が釈明放送をするにまで至った騒動だ。 近年でいえば、2014年に起きた小保方晴子氏を中心とした「STAP細胞騒動」がある。この時は、匿名のネット民(だが、おそらく専門に精通した研究者)により、ネイチャー誌に掲載された論文から彼女の博士論文の検証がなされ、論文の取り下げはもとより、博士論文の取り消しにまで発展した。 もちろん、2015年の「東京五輪エンブレム騒動」も同様だ。佐野研二郎氏によってデザインでされた東京五輪のエンブレムの類似指摘に端を発し、その後、続々と五輪エンブレム以外のあらゆるデザイン物に対して「パクリ」指摘が相次いだ。その細かな検証結果は、ネットで拡散され、前代未聞となる五輪エンブレムの取り下げ、再公募となったことは記憶に新しい。(ことの経緯、炎上過程については、拙著「だからデザイナーは炎上する」中公新書ラクレを参照) これらの全ては、「一億総ネット評論家時代」でなければ起き得ない騒動だろう。これまでも同じような検証者はいただろうが、それを不特定数の表明する手段も、拡散させる方法もなかったからだ。言い換えれば、無限に存在するネット上の情報やコンテンツがあれば、揚げ足取りでも、自分の検証や理論を立証させるエビデンスを収集することは容易だ。対象者を貶め、攻撃するエビデンスとは、理論的検証能力というよりは、むしろ「ネット内での発掘能力」なのだ。批判を受ける「24時間テレビ」固有の問題炎上する「24時間テレビ」固有の問題「チャリティー標榜ビジネス」と「一億総ネット評論家時代」という2つが、「24時間テレビ」を炎上させる基本的な要因である。しかし、これは考えてみれば、非常に普遍的な要因でもある。必ずしも「24時間テレビ」だけに当てはまる問題ではない。無数のチャリティー・コンテンツが存在する中で、なぜ、ここまで「24時間テレビ」が問題視され、各方面からの嫌悪を持たれるのだろうか。そこには二段階の問題がある。マラソン終盤、日本武道館へ入る林家たい平=8月28日、東京都千代田区まず、第一段階は上述したように、「24時間テレビ」が我が国におけるチャリティー番組の代名詞であり、同時に「チャリティー標榜ビジネス」の象徴にもなっているためである。この点に関しては、むしろ、チャリティー標榜番組の先駆けであるがゆえに同情する部分ではある。しかし近年、「24時間テレビ」がチャリティー・コンテンツの代表として批判されていること以上に炎上が加速し、鎮火しない最大の理由は、次の第二段階目にある。第一段階がチャリティー・コンテンツ全体への嫌悪・批判だとすれば、第二段階は「24時間テレビ」固有の問題だ。その固有の問題とは、「24時間テレビ」がチャリティー番組ではなく、「障害者を素材にしたバラエティ番組」となっており、しかもそれが視聴者にバレてしまっている、という現実だ。これは、テレビ産業それ自体の地盤沈下、相対的な刺激や影響力の低下によるメディア産業全体の問題でもある。まず前提として、近年のバリアフリーの意識や社会インフラの盛り上がり、技術的な高まりに伴い、障害を持っている場合でも、ほとんど健常者と変わらない生活ができることも珍しくなくなった。もちろん、パラリンピックなどで、国益を代表して大きく注目されるチャンスも増えてきた。一方で、パッと見ただけでは障害とは思えない「障害」への理解も深まりつつある。例えば、発達障害や学習障害を持つハリウッドスターや人気タレントなども珍しくはない。しかし、身体障害のような直感的に理解できる障害とは異なり、なかなか理解はされづらい障害だ。それでも最近ではそういった障害に対する理解も進み、障害が持つ多様性も認められるようになり、障害と健常とは明確に線引きできるものではない、という認識も深まっている。今日、障害とはわかりづらい「グレーゾーン」の部分にこそ、多くの問題や課題が含まれている。その一方で、テレビという直感的なメディアでは、「分かりやすい=目に見える」インパクトが求められる。「お茶の間・娯楽の王さま」から陥落し、「ながら視聴」が一般化した今日、その状況は一層加速している。テロップや擬音で埋め尽くされたテレビ画面は、音を消しても理解できるような状況だ。油断すれば、スマホやパソコンなど、他のメディアに即座に視線を切り替えられてしまう。そのような現状を考えるだけでも、直感的ではない、説明を要するような、わかりづらい「グレーゾーン」は扱いづらい。その結果、「24時間テレビ」のようなチャリティー標榜番組でも、「分かりやすい障害」を扱いがちになってしまうことは想像に難くない。もちろん、扱う場合の内容も、視聴者の関心を釘づけるために、より強いインパクト(=わかりやすさ)を求め、障害者が露骨に「障害と戦う」「障害に苦しむ」姿を描かざるを得なるわけだ。つまり、「見世物小屋」だ。なぜ足に障害のある少年に富士登山をさせるのかなぜ足に障害のある少年に富士登山をさせるのか 足に麻痺を持つ少年に一合目から富士山登頂を目指させるという本年の企画。これは「足に障害を持つ少年が、決死の努力によって富士登頂を果たす」という感動のストーリーを創り出すには、最適な素材なのかもしれない。しかし、「障害克服する」というテーマで、視聴者を啓蒙し、また、障害に苦しむ人たちに勇気を与える目的であれば、必ずしも「足が悪い少年」でなくても良いのではないか、と思う。 目に見えない「心の障害」に苦しむ人でも良いのではないか。苦しみや、克服への努力に貴賎の上下も障害のレベルもないはずだ。しかし、それでは「分かりづらい」。「足が悪い人」が「富士山」という日本で一番高い山に登ることにインパクトがあると考えているからこそ生まれる企画だろう。 チャリティーマラソン企画なども、そのような「わかりやすさ=視覚的なインパクト」を求めている以外の何物でもない。なぜ、無目的に番組時間中、走りつづける必要があるのか。これは「タレント苦しんでいる場面=感動」の置き換えに過ぎない。 ランナーとなるタレントたちは、その多くが「チャリティー」とも「福祉」とも「マラソン」とも無関係だ。そこに理由はない。なぜなら、視覚的なインパクトあるコンテンツという意味しか持たないからだ。 「24時間テレビ」に限った話ではないのであろうが、ここで重要なことは、現在の「24時間テレビ」の作り手が、「チャリティー番組」という本来の意義や意味は、何も考えていない/考えられていない、というリアルでシビアな現実を理解することであるように感じる。 同番組がチャリティー番組としての成長する過程で、いつの間にやら、「チャリティー標榜ビジネス」となり、今日ではもはや「障害者を素材にしたバラエティ番組」へとメルトダウンしている。 そうなれば、作り手たちは、常日頃作っているバラエティ番組と同様に、「より過激に」「よりくだらなく」「インパクト重視」で企画を練り、作る。そこに、チャリティー番組としての細かい検証などほとんどない。なぜなら、「障害者を素材にしたバラエティ番組」なのだから。残念ながら現場レベルでは、日々に仕事に追われ、番組スタート当初の志や意義などはほとんど継承されていないだろう。「24時間テレビ」をチャリティー番組と思うことの問題 例えばオリエンタルラジオの「パーフェクトヒューマン」をダウン症の少女と躍るという企画も同様だ。歌詞の内容とダウン症という症状があまりに乖離しているといった批判があるが、客観的に考えて、制作者が、意図的に障害者を笑い者にしようとして、あるいは批判を覚悟の過激企画として「パーフェクトヒューマン」を選んだとは考えづらい。話題の「PERFECT HUMAN」を踊る オリエンタルラジオの中田敦彦ら=東京・文京区 もちろん、内容の不適切さに対する浅はかさは反省すべきだが、作り手はバラエティ番組として良かれと思って単純に「話題のヒット曲」と「障害者」を抱き合わせただけだろう(それはそれでまた別の問題があるのだが)。制作者は、よりインパクトある、話題性がありそうな企画を、放送可能なギリギリのラインで狙っただけなのだろう。その意味では、制作者の狙いは見事に達成している。チャリティー番組と思うこと自体が問題 よって、「24時間テレビ」をチャリティー番組、福祉の啓蒙番組として認識することにも問題があるのではないか、と筆者は考えている。「障害者を素材にしたバラエティ番組」として捉えれば、あとは出演する人の解釈や倫理的問題、コンプライアンスの問題だ。出る出ない、見る見ないは、当事者の問題である。 「24時間テレビ」には、多くの障害者の方やその家族、関係者が登場している。無理矢理出演させているわけではないのだから、当事者たちにも「24時間テレビ」には、まだ、出演する意味や意義が見出されている、ということでもある。 ただし、それらの人たちがみな、「24時間テレビ」の「障害者を素材にしたバラエティ番組」としての実態を理解しているかは、不明だ。放送を見て、驚く場合もあるかもしれない。一方で、「障害者を素材にしたバラエティ番組」を障害者自身が許容し、あるいは楽しみに、そこに意義を見出すこともあるだろう。 「24時間テレビ」がチャリティー番組ではなく、「バラエティ番組」という認識が広がれば、それはそれでまた新しいバリアフリー番組のあり方も生まれてくるように思う。スポンサー集めや募金活動のあり方も変わってくるであろうし、これまで積み重ねてきた歴史や経緯、社会的意義も失いかねない大きな問題だろうが、それは日本テレビの都合であって、ほとんどの視聴者には無関係だ。少なくとも、現在のようなチャリティー標榜バラエティによって発生する批判は軽減するように思う。

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    どんな障害者の姿なら納得するのか? 「感動ポルノ」批判の傲慢

    どこから生まれたのだろうか。 いくつかの記事を見ると、この言葉の由来は2014年12月に亡くなったコメディアンでジャーナリスト、そして自身も障害を負っていたステラ・ヤングが、TEDで語った内容にあるという。 彼女は周囲の人たちや様々なメディアで、障害者が「障害というマイナスをはねのける、ポジティブな存在」として特別扱いされ続けていることを指して「感動ものポルノ」と称した。ポルノという言葉を使った理由は「ある特定のグループに属する人々を、他のグループの人々の利益のためにモノ扱いしている」様子を指したという。 ネットでは感動ポルノというものが、一方的に報じる側、すなわちメディア側だけの問題にされているようだ。しかしテスラはポジティブなものとしてしか障害者を受け入れられない「周囲の人達」の態度も問題にしていた。感動ポルノの論理は、決してメディアという報じる側だけへの批判ではなく、障害者を受け入れる周囲に対する疑問でもある。どんな障害者の姿なら納得するのか それを踏まえたうえで、24時間テレビの感動ポルノを批判している人たちは、どのような障害者の姿であれば納得するのだろうか? 障害の辛さに耐えかねて、周囲に八つ当たりする障害者だろうか? 障害を利用して女性を口説いて不倫をするような障害者だろうか? 目が見えないふりをして作曲をゴーストに丸投げする障害者だろうか? 特定のモデルがいるような気もするが、そうした人間的で善悪だけでははかることのできない障害者の姿を、本当に感動ポルノを批判している人は欲しているのだろうか? そして何より重要なことがある。そうした障害者に対して我々は募金をしたいと思うだろうか? もし「障害をものともせず、何かに常に挑戦しようとしているポジティブな障害者」と「障害があるからと、開き直って酒ばかり呑んでいる障害者」がいるとして、我々はそのどちらに募金したいと思うだろうか? 障害者が普通の人と同等の生活を行うためには、たくさんのお金や支援が必要だ。五体満足であれば、他人をにらみつけ雑言を吐くようなクソオヤジだって、大手を振って道を歩くことができるが、障害を持つ人は車いすや義手義足などの特別な器具を使い、さらに周囲の人に手伝ってもらい、何度も何度も頭を下げながらでないと、道をも満足に歩くことができない。 寄付という形式で、そうした器具を買い保守するためのお金をもらい、周囲の人に手伝ってもらうためには、周りに対しておもねるしかない。感動ポルノとは周囲から好意的な関心を持ってもらうための、手段なのである。障害者は肉体的にも金銭的にも、多くの人たちの「善意」に頼らなければ生活できない。だからこそ障害者は感動ポルノを演じるしかないのである。ポジティブな障害者しか受け入れられない では、問題を解決する手段はあるのだろうか? ある。 多くの人たちの善意に頼らなければ生活できないことが感動ポルノの原因なのだから、障害者がなるべく他人に頼らなくても生活できる社会を実現すればいいのである。 それにはもちろんバリアフリー化ということもあるのだが、最も重要なのは、障害者に対してシステマティックに富を分配することのできるような、社会保障の充実である。 社会保障は国に頼ることであり、頼らないことと矛盾するように聞こえるかもしれないが、障害者の人権を守るのは国の義務である。その義務を国に達成するように要求することは、法治国家においては当然のことであり、頼る頼られるという関係性は存在しない。送検のため相模原・津久井署を出る車の中で笑みを浮かべる植松聖容疑者=2016年7月27日 そもそも、障害者が感動というポルノを見せなければならない理由は、障害者や支援の団体に回るカネが少なく、危機をアピールする必然性に迫られているからだ。分配が足りていれば、障害者がわざわざ他人相手に感動を売る必要もないのである。 もちろん社会保障というものが「固有の権利」であるという社会的合意も必要不可欠である。それがなければ社会保障自体が「持つモノからのお恵み」として認識され、生活保護受給者バッシングと同じ批判が障害者を襲うことになるだろう。 今年7月に相模原市の障害者施設で発生した19人殺傷事件の植松聖容疑者は友人に対して「産まれてから死ぬまで回りを不幸にする重複障害者は果たして人間なのでしょうか?」 「人の形をしているだけで、彼らは人間ではありません」(原文ママ)というメッセージを送っていたという。そこには五体満足の人間を標準とした、機能性でしか人間を選別しない傲慢さがあると僕は考える。 こうした傲慢さに対して、これまで障害者を「ポジティブな姿勢を見せる」という機能性でしか受容できなかった私達の社会は、ハッキリと対抗の意思を示すことができるのだろうか。 あまり楽観視できないと、僕は思う。

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    日テレはナメているのか? 障害者の私が見た24時間テレビの違和感

    感動ポルノとして健常者に消費される」というタイトルの記事が出回ったことが大きい。 オーストラリアのコメディアン、ステラ・ヤング氏が2014年のTEDxSydneyに出演した際のプレゼンの紹介記事が大きな反響を呼んだ。障害当事者やその家族、支援者だけでなく、ネットメディアで情報を得る多くのひとがこの記事に賛同していた。 「お前、障害者のこととか興味あったの?」と勘繰りたくなる地元の悪友でさえ「感動ポルノなんて気持ち悪い」とか言う始末。障害者をどう報じるか、どう取り扱うかというテーマが市民権を得たのは、ここ最近の話である。24時間テレビのオープニング。左から徳光和夫、波瑠= 8月27日、東京都千代田区 「障害者×◯◯」という方程式に感動を代入しますか? 笑いを代入しますか? これが24時間テレビとバリバラの分かりやすい構図だが、実は、そんなことはどうでもいい話で、そもそも「障害者が何かをやる」という前提で企画を練る発想に、違和感を覚える。 この国には「障害者フィルター」が存在している。障害者が何かをやるだけですごいと思ってしまう価値観フィルターだ。健常者(何をもって健常者というか怪しくなってきた気がするが)と違い、どこかに障害を抱えているから障害者であるわけで、その障害分のマイナスをパフォーマンスで補ったとき、ひとは「すごい」と感じるスイッチを入れてしまうのである。「障害者×◯◯」という式は、この「障害者フィルター」を前提条件に企画や演出方法を考えている。  「障害者フィルター」の厄介なところは、そもそものOKラインを一般社会のものから低いハードルで位置づけてしまうことにある。仕事でもスポーツでも何でもいいのだが、障害者が何かをやるときに健常者と同じだけの成果が求められるかというと、それは否であり、同じことをやるだけで「すごい」のである。 もちろん、障害が理由でできないことがある分、すべてを健常者と同じ水準で求めるのは酷なことだが、その確認をせずとも、「これくらいでOKだよ、ありがとう」というOKラインが下がるのである。そして実は、OKラインが自動的に下がることを自覚している障害者は一定数いる。 社会側の無知という状態、社会側が無知であると認識している障害者側。双方の見えない合意の元で「障害者フィルター」が確実に存在している。これを巧みに演出すれば「感動ポルノ」に仕立てられるし、意地悪く使えば「障害者に遠慮して何も言えない」状態を創り出すことができる。なんだかんだ言って、持ちつ持たれつなのだ。頭ごなしに批判するのはナンセンス 感動ポルノという言葉が議論されるほど、障害者の存在を考える機会が増えてきている。また、2020年の東京パラリンピック開催はひとつの契機に、バリアフリー設備が整い、かつてよりも確実に生活しやすい状態が生まれるだろう。しかし、意識レベルでは「障害者フィルター」が存在し続けているように、大して変わってはいない。ナメられていると表現した3年前と状況は実は変わっていない。 おそらく社会側は、そういえば「障害者フィルター」ってあるなと自覚するくらいで十分。そのフィルターをどう使うかは本人次第だが、自分が事故や病気で障害者になったとしたら、そのフィルターの対象に自分も含まれることになる。すると、自ずと使い方が見えてくる。感動だの笑いだのと「障害者×◯◯」の議論が生まれたが、それをどう使うかは番組の方向性であって、頭ごなしに批判するのはナンセンスだ。 状況を変えるには、障害者側には少し負荷がかかる。もっともっと外に出ていかなくてはならない。障害が理由でできないこと以外は健常者と何も変わらないのに、それを伝えない、それが伝わっていないからフィルターが存在し続けている。社会の一員として障害者がいることが当たり前で、周囲を見渡せば障害者がいる日常になれば、上下ではなくフラットな関係性に近づけるだろう。社会がどれだけ改善されたとしても、障害者にアクションが生まれなければ、何も変わらない。 友人に「車いすカメラマン」がいるが、彼の撮った写真はクオリティが高い。彼は「車いすカメラマン」なのではなく「質の良い写真を撮る彼は車いすに乗っている」だけである。この違いがこれからの社会に必要なことである。 障害が特別視されることなく、本人や社会にとって、当人を特徴付ける要素のひとつくらいの認識になれば、こんな議論をせずとも済むだろう。24時間テレビやバリバラは「障害者フィルターがどのように作用しているか」という現状を示すバロメーターでしかない。

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    24時間テレビを感動ポルノと批判した「バリバラ」の快挙

    自殺関連の番組にもいえることだし、全国紙の新聞にもいえることだ。 では、なぜテレビや新聞といったマスメディアは、障害者を「同情すべき人」あるいは「感動を与える存在」に仕立てあげてきたのか? その問いを考える前に、「感動ポルノ」の言葉で問題提起したジャーナリスト兼コメディアンの故・ステラ・ヤングさんのTEDでのスピーチを約10分間、観てほしい。 ステラさんは、「障害は悪いことではない」と言い、「障害があってもがんばれ」という美談がはびこっている現実を指摘する。そのように特定の存在を感動の対象にすることによってトクする人がいる、とも言っている。 「自分はまだ恵まれている」と健常者に思わせるために、障害者が存在しているかのような誤解が正当化されているが、「私たちが乗り越えたいのは、障害そのものではない。社会からもたらされる障害(=みんなが私たちを特別視すること)は身体や病状よりひどい」とステラさんは言う。障害者の知名度を上げるという点で野心的な『バリバラ』 その点で、『バリバラ』は野心的な番組を制作してきた。健常者がしている恋愛・セックス・婚活・就活・アート活動などが障害者にもあることを紹介し、「SHOW-1グランプリ」という”障害者芸人”によるお笑いコンテストも制作してきた。そうした画期的な取り組みの延長線上に、「お笑いは地球を救う」が生まれたのだ。 こうした取り組みを観て、「障害があったから注目されるのは嫌だ」と感じる人もいるだろう。 しかし、芸人として出演したい人にとって、”◯◯芸人”としてカテゴライズされるのは、むしろふつうの売り込み方であり、特別視とは真逆の作法といえる。芸人として目立つために、「ハーフ芸人」や「高学歴芸人」など自分のキャラを最大限に活かすことで芸を観てもらうチャンスを作るのは、王道だからだ。2014年12月、NHK「バリバラ」で放送された特集ドラマ「悪夢」。障害者エキストラの迫力ある応援で盛り上がるラウンジ「悪夢」のプロレスシーン それを考えれば、自分には障害という強みがあったんだという気づきは、芸人を目指す当事者にとってはうれしいことかもしれない。もちろん、実際に芸人としてメシを食って行きたいなら、『バリバラ』以外の番組や他局にも出演できるようにしていくことが求められるだろう。それが、芸人としてふつうのことだからだ。 そこまでの売り込み指南を『バリバラ』がしていくのかどうかはわからない。だが、『バリバラ』はこれまでもスタジオゲストだった障害者たちをドラマに出演させたり、障害者芸人とプロの芸人を共演させてお笑いビデオを制作するなど、知名度を上げるという点では意欲的な番組制作を行ってきた。 チャンスは十分に与えられた。あとは、”障害者芸人”自身が自分にとって納得できるお笑い活動をどう展開していくのかについて、番組の外でのありようを紹介してほしいものだ。当事者の声を聞かない報道は、あなたと常識を支配する当事者の声を聞かない報道は、あなたと常識を支配する さて、NHK『バリバラ』が障害者自身のニーズをふまえているのに、日テレの『24時間テレビ』はそれができないのか? そして、なぜ両足に麻痺が残る少年を無理やり登山に連れて行き、父親にどつかれることまで「感動」に仕立てあげようとしたのか? 同じテレビ番組でも、番組の制作費を誰が出すによって、制作方針が変わって来るからだ。 NHKは、番組制作費に充てられる視聴料を直接、視聴者から受け取る。視聴者からの声に応えなければ、当然、NHKに直接苦情が入り、局内で問題になる。 そうなれば、視聴者はNHKに視聴料の不払いをしかねない。不払い者が増えれば、番組制作費が減り、最悪の場合、局内の誰かのクビが飛ぶ。 一方、企業がCM枠で莫大な広告費を提供し、それを番組制作に充てている民放は、NHKのようなリスクは負っていない。視聴者が特定の番組に対して不満でも、局やBPOに苦情を言う人が一部に出てくるものの、よほどのことがない限り、企業が一斉にスポンサーを降りることは珍しい(※かつてはあった)。 民放テレビ局・ラジオ局にとって、広告は主な収入源なので、スポンサー企業を喜ばせるには、視聴率の高いコンテンツが最優先の番組制作の方針になる。東京・渋谷のNHK放送センター 視聴率を上げるには、より多くの人が観たがる番組を作る必要がある。それを「多数派が観たがる内容」という具合に誤解すれば、マイノリティ(社会の中で少ない属性の人たち)は出演者やスタッフから日常的に除外される。 障害者はもちろん、LGBTや外国人、帰国子女や中卒以下の低学歴層など、マイノリティとして判断された人は、番組制作のメインとしては認知されないのだ。それどころか、そうしたマイノリティに光を当てるはずの番組でも、マイノリティ当事者の声をあらかじめ尋ねることはしない。 実はこれ、東京在住者の作法かもしれない。NHKの『バリバラ』も、NHK大阪が制作している番組なのだ。 在日外国人、ホームレスなど、障害者以外にも差別の問題が根強く顕在化している大阪だからこそ、「笑い」に包んで現実を浮き彫りにさせるという作法が生きている。 同じEテレで自殺関連の番組が、自殺を思いつめたことのある視聴者の一部に不信感や嫌悪感が根強くあるのは、自殺経験の当事者の声をそのまま番組に反映させようという作法が成熟していないからだろう。 成熟していなくても、彼ら自身は、視聴率さえとれれば何も困らないのだから、成熟を動機づけるチャンスはあらかじめ失われている。 このままだと、ディレクターが番組を制作する以前の企画段階でも、当事者の声を十分に取材しないまま企画書を作るという悪習慣も温存される。そういう番組制作の現場では、よく知らないマイノリティについて頭の中の妄想や一般的なイメージを裏付ける映像さえ撮れれば、仕事が終わってしまう。 それは、マイノリティの既存のイメージを上塗りするだけであり、前述のステラさんがもっとも嫌うことだ。マイノリティを害しても平気でいられるさもしい作法 それでも、そのような安易な方法で番組を作る方が、短時間で視聴率が取れる仕事ぶりになるのだから、やめられないのだろう。もちろん、本物の取材というのは、それまでのイメージやものの見方を根本的に変えてしまう文脈を現実の中から新たに発見することだ。 たとえば、家出人を「不良」と一方的にみなす風潮があるが、現実の家出人は親からのひどい虐待から避難するために家から飛び出し、早めに安定した居場所と仕事を得ている。家出後の生活はふつうの人と変わらないので、ドラマチックな映像にはならない。 すると、凡庸なディレクターは「視聴率が取れない」と嘆き、過激な暮らしぶりをしているレアケースの家出少女の売春を探し出しては撮りたがり、それが家出のマスイメージとして定着してしまったのだ(※家出人で犯罪の加害・被害に遭った人はたった6%程度/警察庁の発表)。 以上をふまえれば、テレビや新聞といったマスメディアが、障害者だけでなく、マイノリティの人たちを「同情すべき人」あるいは「感動を与える存在」に仕立てあげてきた事情を理解できるだろう。 3・11の本でも、やたらと感動の文脈で売れ筋に仕上げた“ノンフィクション”が書店に並んだ。そうした「感動」は、当事者の求めるものと違うのは明らかだ。 マイノリティ当事者をダシにして、自分の稼ぎを守ろうとする人たちを、僕は軽蔑する。それは、当事者にしか持ち得ない固有の経験や苦しみという価値を、自分自身の生活のために奪う「さもしい作法」だからだ。 むしろ、他人を害しても平気でいられるそのさもしい作法こそ、キャリアポルノと呼ぶにふさわしいのかもしれない。 『24時間テレビ』では、1年間に1度しかない全国放送のチャリティ番組なのに、障害者の自発的な意志とは無関係に無理強いをさせ、そのことによって出演する芸能人は莫大なギャラをもらい、広告代理店とテレビ局は大儲けしている。 しかも、小さな子どもが1年間、一生懸命に貯金箱に入れて、寄付したお金は、福島の被災地にオカリナ100個を提供するのに使われるなど、TVチャリティでしかできないわけでもない用途に使われている。 もちろん、福祉車両を福祉団体に寄付してもいるが、団体へ施しをすれば、団体自体が自分たちの力で活動経費を賄うだけの自助努力を動機づけなくなり、結果的に団体にはいつまで経っても経営力が身につかず、『24時間テレビ』への依存度が高まるばかり。これでは、団体の世話になっている障害者も、全国各地で着実に増えている「自分のやりたい仕事を作り出す取り組み」を、ゆめにも思わなくなるかもしれない。 当事者の声を大事にしない報道は、取材対象・視聴者・寄付者などを支配し、常識やマスイメージを固定させ、マイノリティの苦痛をいつまでも温存するのだ。 しかし、時代はいまこの時も、常に変わり続けている。魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えるのが、当事者の自立・自由・尊厳を守る。難民にネイルアートを教えて仕事を作り出しているアルーシャのような事例も増えている。 番組制作も、福祉の仕事も、ソーシャルビジネスへ変えていくことで、当事者満足度の高いものに進化させていく時代なのだ。報道関係者だけでなく、視聴者のあなたも覚えておいてほしい。(「今一生のブログ」より2016年8月30日分を転載)

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    「24時間テレビ 愛は地球を救う」の功績と叩かれる理由

     (THE PAGEより2015年6月13日分を転載) 先月下旬に日本テレビ系「24時間テレビ 愛は地球を救う」(※以下「24時間テレビ」)の今年の「チャリティーマラソン」のランナーが、歌手でタレントのDAIGOに決まった。今年で38回目の放送を迎える「24時間テレビ」は、視聴者から寄付を募るチャリティーキャンペーン活動を主題とした番組で、今や日テレの看板番組の一つとなっている。番組放送中、長時間にわたってランナーが走り続ける「チャリティーマラソン」をはじめ、同番組ならではのさまざまな企画が催されて話題を振りまく一方で、「偽善番組だ」や「障害者を利用している」など批判的な意見も多い。日本テレビ本社アンチファンの槍玉に挙げられる「ギャラ問題」 とくに槍玉に挙げられるのが、海外ではノーギャラといったケースが多いチャリティー番組でありながら、出演者に高額なギャラを払っている点で、一昨年7 月に写真週刊誌「FLASH」が関係者の証言をもとに、メインパーソナリティーをはじめとした出演者のギャラや番組のCM収入などを報じた際には大きな波紋を広げた。  こうした“ギャラ問題”に対して、絶対匿名を条件に同局関係者は実状を明かす。 「別に本業がある方ならいざ知らず、芸能活動を生業にしている芸能人に対して、こちらの方から『チャリティー番組なのでノーギャラでお願いします』とは言い出しにくいです。すべてうちの局の“持ち出し”で番組を制作するというのであれば、日頃からうちとお付き合いのあるタレントさんたちにそういった提案もできるかもしれませんけど、番組にはスポンサーがついているわけですしね。ただ、タレントさんや所属事務所さんによっては、『チャリティー番組なんだから、そんなに高いギャラはいらない』とおっしゃる方もいます」  そのうえで、こう続ける。 「ぶっちゃけた話、『24時間テレビ』に関しては番組のイメージも良く、スポンサーもつきやすいんです。出演するタレントさんサイドにとっても、イメージアップに繋がりますからね。だからと言って、偽善とか、商業目的とか言われるのは…。出演者の方も、制作陣も少しでも良い番組を作り募金を集めようと懸命に取り組んでいます。実際に毎年視聴者の方から多くの募金が集まり、好意的な視聴者の方からは『感動した』、『励まされた』といううれしいお声も頂いていますしね」毎年視聴者から寄せられる億単位の募金 たしかに、同番組の公式ホームページによると、過去最高となる4年前の19億8641万4252円をはじめ、一昨年が15億4522万6444円、昨年が9億3695万5640円と、毎年多額の募金が集まっているという現実も無視できない。 公共の電波を利用し、国の免許事業である放送事業を主幹とするテレビ局は、公共放送のNHKのみならず、民間の放送局に関しても、一般の企業より“公共性”が求められるとされている。 とはいえ、広告収入を経営基盤としている営利企業である民放局において、チャリティー番組といえども、スポンサーを募らなかったり、出演者のギャラをゼロにしたりするリスクはかなり高い。 「出演者のギャラの件など一部に批判的な意見があるのは重々承知していますが、現実的にはいち民放局としては今の形の番組作りが最良なのかなと思っています」(同関係者)。今年も8月23~24日に放送される「24時間テレビ」だが、さまざまな話題を集めそうだ。

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    「24時間テレビ」はどれ位地球を救ったか? 感動ポルノはもうやめよ

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) 実に痛快な記事だった。Eテレ「バリバラ」のことを伝える毎日新聞の記事だ。ヤフートピックスにも掲載されていた。 Eテレ「バリバラ」が日テレの「24時間テレビ」を批判、風刺するような内容を放送したというのだ。番組を見逃してしまったが、再放送されるというのでチェックすることにしよう。少なくとも、この番組を伝える毎日新聞の記事は私が長年(それこそ、物心ついた頃から、三十数年にわたり)抱いていた違和感を見事に代弁している。 本来は再放送された番組を見てからコメントするべきだが、いてもたってもいられなくなり、キーボードに向かっている。腐敗しきった「24時間テレビ」、「愛は地球を救う」なんていう欺瞞に満ちた番組に、私はこの檄を叩きつける。 「バリバラ」が批判したように、「24時間テレビ」は「感動ポルノ」そのものだ。社会的に弱い立場にある者(たとえば障がいがある者)に愛を注いでいるようで、見下している、それを視聴率に利用しているのは見え見えだ。芸能人が突然、マラソンを始めるのもまったく理解できない。実にけしからん話である。 だいたい、この日だけ注力して「愛」を叫ぶのはいかがなものか。日テレには見るべき番組がない。ふと気づいた。日テレの番組に一つも録画してでも見たくなる番組がないことを。毎年、恒例の他局つぶしの「宮崎アニメ」もすでにBlu-rayで買い揃えたので、私には効かない。大衆に迎合した低俗なバラエティ番組を垂れ流す中、突然「愛」と言われても困る。 「愛は地球を救う」というコピー自体は素晴らしい。「愛」は否定しないが、ここでいう「愛」とは何なのだろうか。「愛」という言葉は時に思考停止を誘発するし、暴力になる。40年近くやってきて、この番組で言う「愛」はどれくらい地球を救ったのだろうか。「愛」と言いつつ、それは自局や番組、出演者の自己愛ではないのだろうか。 私は母子家庭の出身なのだが、家族が亡くなっていく前、生まれた頃は、脳腫瘍で半身不随で障害者手帳を持っている父、人工透析に通う祖父、心臓の弱い祖母と一緒に暮らしており、それを母が切り盛りしていた。その姿を見て学んだことは、障がいや病気とは、当事者にとっては付き合うものであり、向き合うものであり、違いである。その悩みはそれぞれだ。苦労は想像を超えている。一方、その障がいや病気ゆえに見える世界だってある。幼い頃、そんなことを学んだのは私自身も貴重な体験だった。 「24時間テレビ」の世界観は、一億総中流と言われた時代の世界から脱していない。多様化、格差社会化する世界にまったくついていっていない。「スポットをあててやったぞ」「救ってやるぞ」という世界観をいつの間にか醸しだしていて、それが共感を呼んでいないことをわかっているのだろうか。 Eテレ「バリバラ」は、放送に至ったのは今年度だったものの、長年、番組関係者と視聴者は「24時間テレビ」に対する怒りが溜まっていたことだろう。普段からの問題意識の積み重ねを感じる。民放に対して批判的な内容を放送することを決断した番組関係者を尊敬する。 別に謝罪はしなくていい。「24時間テレビ」関係者はこれまでの番組のあり方を総括し、敬虔な反省を持つとともに、自己批判をしなさい。喝だ。大リニューアルが行われない限り、私は一生見ない。まあ、私が死ぬまでには、同番組は支持されず、終了していることを祈る。そして、「24時間テレビ」なんていうイベントがなくても、普通に障がいや貧困を乗り越えた愛に満ちた世界が実現することを祈る。 だいたい愛なんてことをわざわざ叫ぶ社会は、愛が足りないのだよね。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2016年8月29日分を転載)

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    演出で完成する「感動ポルノ」 24時間テレビの偽善に煽動される大衆

    猪野亨(弁護士) NHKのEテレ「バリバラ」の番組の中で、ジャーナリスト・コメディアンのステラ・ヤング氏が「感動ポルノ」を解説していたことが話題になっています。 障がい者を使って、無理矢理「感動映像」をとって制作者と視聴者が自己満足を得る、それで視聴率を稼げればすべてOKという商業主義と偽善が織り混ざっています。 「感動ポルノ」(健常者に勇気や感動を与えるための道具)という言葉を聞いて私は目から鱗が落ちました。 その番組が報道されているとき、日本テレビが毎年恒例の「24時間テレビ愛は地球を救う」を報道していたことも話題になる一因でした。 それはともかく、これが話題になったのも、いかに日本テレビの「24時間テレビ愛は地球を救う」が偽善番組として嫌われているかの裏返しでもあります。 私も若い頃、何度か見たことがありました。この番組では募金集めが主眼のようですが、演出によって作り上げた「感動」によってその気になって募金していくという構図です。 もっとも、バリバラに出演していたグレース氏はこの「24時間テレビ愛は地球を救う」にお誘いがあれば出演するかという問いには出演するということでした。 「24時間テレビ愛は地球を救う」でも自分の主張を訴える1つの機会であることに変わりはなく、積極的に乗り込んでいくというのも行動力です。 しかし、この偽善番組の視聴率は最高値で何と35.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)というから驚きです。司会にアイドルを使ったということもあるでしょうが、それ自体、番組全体を安っぽくしています。 8月26日~28日に掛けて日本経済新聞社とテレビ東京が行った世論調査では、安倍政権の支持率が62%を記録したというのですから驚くに値しないことなのかもしれません。マリオに扮し、赤いボールを手に五輪閉会式に登場した安倍首相=8月22日、リオデジャネイロ(ロイター=共同) 日経新聞の分析では、リオデジャネイロの閉会式に安倍氏が登場したことが追い風になったのではないかとしています。まさにオリンピックの政治利用そのものなのですが、こういった演出に世論が大きく動くというのが現実です。 「24時間テレビ愛は地球を救う」程度の演出に共感し、あるいはアイドル見たさだけの番組の高視聴率に安倍政権の支持率の高さと同じ臭いを嗅いでしまうわけです。福祉などを考えるきっかけになるような番組ではなく、一時的な快楽の提供であって、偽善の拡大再生産でしかありません。 このようなことで煽動されてしまうとすれば、小池百合子氏が「グリーンに染めましょう」とやって煽動されていくのと全く一緒です。(「弁護士 猪野 亨のブログ」より2016年8月30日分を転載)

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    24時間テレビは「偽善番組」か NHKが「障害者の描き方」問う

     障害者差別は「愛」で解決できるのか。NHK番組の挑戦から、オバタカズユキ氏が考える。* * * 明日(28日・日曜)の夜(19時~19時30分)に放送されるEテレ『バリバラ』が楽しみだ。同番組公式HPの放送予告文はこうなっている。〈「感動するな!笑ってくれ!」というコンセプトで始まったバリバラ。しかし、いまだ障害者のイメージは「感動する・勇気をもらえる」というものがほとんど。「なぜ世の中には、感動・頑張る障害者像があふれるのか?」その謎を徹底検証!スタジオでは「障害者を描くのに感動は必須か?」「チャリティー以外の番組に障害者が出演する方法は?」などのテーマを大討論!Twitterで視聴者ともつながり、みんなで「障害者の描き方」を考える。〉 放送タイトルは、〈【生放送】検証!「障害者×感動」の方程式〉。もうお分かりのように、裏番組の『24時間テレビ 愛は地球を救う』にライブでケンカを売ろうというわけである。 8月27日18時30分~28日20時54分に放送する今年の『24時間テレビ 愛は地球を救う』は、番組テーマを「愛~これが私の生きる道~」としている。ラストの盛り上げに入ろうかという時間帯にぶつかる『バリバラ』には、ぜひ日テレに向けてこう問いかけてもらいたい。 愛、愛、言ってるだけで、障害者は救われるの? そういう一方的な善意の押し付けは「キラキラ差別」って知ってる? 最近は“攻めのNHK”のイメージも出てきているEテレだ。中でも福祉情報番組『きらっといきる』(放送終了)内企画として2010年4月から始まり、2012年に独立した『バリバラ』は、有名無名を問わず、障害者がエンターテイナーとして出演し笑いを取ろう、というラディカルな番組である。 今春からは対象を障害者に限らず、LGBTなど〈「生きづらさを抱えるすべてのマイノリティー」の人たちにとっての“バリア”をなくすために、みんなで考えていく〉番組へマイナーチェンジ。〈緊急企画 障害者殺傷事件を考える〉など、硬派なジャーナリズム路線も取り混ぜ、攻めの姿勢をさらに強めている。 ならば、日本のテレビ界最強の福祉系番組に真正面(真裏?)から噛みついてみせてほしい。予告の動画では、番組MCの山本シュウが、「何かが起きる~ッ!」と叫んでいる。30分番組で何が起こせるのか、要チェックだ。 ところで、そうして同じテレビ界にも批判者が現れた『24時間テレビ』は、なにやら放送前からバタバタである。オリエンタルラジオと共に番組パーソナリティー役を務める予定だった俳優の高畑裕太が、23日に逮捕されてしまった。送検のため、群馬県警の前橋警察署を出る高畑裕太容疑者=8月24日、前橋市(宮崎瑞穂撮影) 容疑は強姦致傷。読売新聞によると、高畑容疑者は、警察の調べに対し「間違いありません。女性を見て欲求が抑えきれなかった」と容疑を認めているとのこと。福祉的にお話にならない。定説となった「24時間テレビの三大疑惑」 逮捕の当日、『24時間テレビ』の公式HPは、さっそく番組パーソナリティーとして記されていた「高畑裕太」の文字を消した。のみならず、彼は同番組の目玉である24時間テレビドラマスペシャル『盲目のヨシノリ先生~光を失って心が見えた』の出演者でもあり、そのドラマ公式HPのキャストのページからも氏名が消えた。 なんでも彼の登場シーンは代役を立てて撮り直すとのこと。ドラマの放送は27日の21時頃で時間がない。いったいどう修正できるのか気になる~、とネット上ではへんな期待を集めている。「テレビ屋の意地を見せてくれ!」など日テレにエールを送る声がある一方、「視聴率アップでウハウハですね~」的に揶揄する向きも強い。 それでなくとも長いこと、『24時間テレビ』は、良くないウワサが絶えない番組であった。チャリティー番組の看板を出しておいて出演者に高額のギャラを出す異常、テレビ局も広告収入でボロ儲け、チャリティーマラソンの走者は車を使うなど完走なんか真っ赤なウソ。どこまでそうなのか、真相は闇の中だが、上記はもはや「24時間テレビの三大疑惑」として定説のようになっている。 1978年放送開始以来、38年間も続けてきた巨大な人気番組だ。大きな金が動くので、いろんな利権も発生するだろうし、いわゆる「演出」「編集」もさまざまに施されているのだろう。肝心なのは、それらコミでも、あの番組に存在価値があるかという点だ。 Eテレの『バリバラ』は要するに、「頑張る障害者=感動」という図式でしか社会的マイノリティーを捉えることのできない不自由さの象徴、もしくはその態度の発信源として、『24時間テレビ』を批判しようとしている。著書「相方は、統合失調症」の出版イベントを行った松本ハウス。往年の決めポーズを決めたハウス加賀谷(左)と松本キック=7月1日、東京・新宿 たしかに、ハンディキャップにめげず戦う者の姿は美しい。私だって、容易に感動する。でも、だったら、依存症というハンディキャップを乗り越えようと頑張ってクスリ断ちをしている元有名人たちになぜ目を向けないのか。それは犯罪だから、か。 だとしても、ならばなぜ身体障害者ばかり取り上げて、精神障害者にはちゃんと向き合わないのか。絵にならないからか。愛では救えないからか。いや、そんなら3年前の8月に出版され、大きな話題を呼んだ『統合失調症がやってきた』を熟読し、そこにあるコンビ愛の深さを知り、松本ハウスの2人に番組出演を依頼してくれ。そうすれば、いまだに根深い精神障害者蔑視の風向きが変わる。そんな大きな力があの番組には潜んでいる。「チャリティー精神の破壊」と考えたことはなかったのか チャリティー番組である『24時間テレビ』は、過去38年間で356億6732万304円の寄付金を集めたという。そのお金はすべて「福祉」「環境」「災害復興」などの支援に使われ、例えば、これまで方々の施設や団体に1万台以上の福祉車両を贈呈してきた。2013年12月に公益社団法人の認定を受けた「24時間テレビチャリティー委員会」の公式HPでは、その成果を高らかに謳いあげている。 でもね、38年間頑張ってきて、もっとも大事な視聴者に対するチャリティー精神の啓蒙・普及は、どれだけ成果をあげただろうか。数字で数えられないから分らないではなくて、『バリバラ』のようなアンチが公然と現れ、その背景には「24時間テレビは偽善番組だ」という大勢の視聴者の声があることをどう捉えているのか。私たちのやっていることは逆にチャリティー精神の破壊かもしれない、と制作者たちは一度でも考えたことはあるだろうか。 番組と一心同体の関係にある「24時間テレビチャリティー委員会」の公式HPをじっくり見て回って、「あれ?」と気づいたことがある。これまで集めてきた寄付金の総額を放送年ごとに記した一覧表だ。 寄付金総額が、2014年は9億3695万5640円、昨年2015年は8億5672万8209円、とイマイチなのである。前記したように過去38年間の全総額は356億6732万304円。38で割ると、1年あたりの平均は9億3861万3692円で、直近2年はそれを下回っている。公益社団法人の認定を受けたことで、寄付金には寄附金控除や損金参入など税制上の優遇措置が適用となった。その効果が出たはずの2年間なのに低調なのだ。 番組の視聴率はここ20年以上ずっと好調。テレビ低迷の時代にあっても、平均視聴率15%超えをほぼ毎年達成、目玉のドラマは20%超えを当たり前のようにしている。 人は集まる。が、金が集まらなくなってきた。その社会的背景には何があるのか。それは愛で解決できるのか。感動していればそれでいいのか。 感動には思考ストップの副作用もある。愛より頭が必要な時代になってきており、『24時間テレビ』も熟考の時をむかえている。そう私には思える。関連記事■ 高畑裕太容疑者、業界内で広まっていた悪癖 母は新居建築中■ 木村拓哉だけの「特例結婚」でメンバーたちは諦めの境地■ いるだけで視線集める木村拓哉 光GENJIから厳しく叱られた■ 18才息子と渋谷デートの安室奈美恵に主婦から羨望の声■ 18才息子と渋谷デートの安室奈美恵に主婦から羨望の声

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    『24時間テレビ』続く理由 初回・高校生の一言からの大拍手

     1978年の第1回放送から37回目を迎えた日本テレビ系の『24時間テレビ 愛は地球を救う』(8月22・23日放送)。今年は、チャリティーマラソンランナーにDAIGOが選ばれ、100キロを走る予定だ。このコーナーは1992年から設けられ、名物企画となっており、今では“マラソンのない24時間テレビ”を知らない世代も多数存在するようになった。 そもそもの『24時間テレビ』の始まりを振り返ると、当時の大人気番組『11PM』(日本テレビ系)までさかのぼる。同番組は1975 年から「スウェーデンの福祉」などの企画を年に3回ほど放送しており、都築忠彦プロデューサーがその延長線上で『24時間テレビ』を発案。日本テレビは『開局25周年記念特別番組』として、1978年に1回きりの放送をする予定だった。 その時のテーマは『寝たきり老人にお風呂を! 身障者にリフト付きバスと車椅子を!』と明確に掲げられており、『11PM』の司会者でもあるキャスターを務めた大橋巨泉は番組の最後に、「(募金額の)99%が1円玉、5円玉、10円玉だと思うんですね。金額は少なくとも量は。ということは、決して豊かでない人たちが僕たちの企画に賛成してくれて、募金してくれたと思うんです。僕が言いたいのは、福田(赳夫)総理大臣を始め、政府の方、全政治家の方に、本来はあなた方がやることだと思うんです。ですから、福祉国家を目指して良い政治をして頂きたいと思います」と時の政権に訴えかけていた。「24時間テレビ」現在のメーン会場、東京・日本武道館 チャリティーという意識が浸透していない時代に、『24時間テレビ』の持つ意義はとても大きかった。 第1回目のチャリティーパーソナリティは萩本欽一、大竹しのぶが務め、番組キャスターには東京では大橋巨泉、竹下景子、大阪では横山やすし、西川きよしが起用された。第1回に男性や子供ばかりが集まった理由 また、現在の番組テーマ曲はエンディングで必ず歌われる『サライ』だが、第1回目は「番組シンボル」であるピンク・レディーが、テーマ曲『2001年愛の詩』を歌っていた。電話で視聴者からのメッセージを受け付けると、その電話は鳴り止まない。時には欽ちゃんなどのタレントが話し込む場面もあった。24時間で189万本もの電話があり、スタジオに繋がったのはたったの7万本。3.7%の確率でしか繋がらなかった。古参の芸能記者が話す。「初開催とあって、とにかく盛り上がりが凄かったんです。代々木公園で行なわれたグランドフィナーレには、萩本欽一と大竹しのぶ、ピンク・レディーが登壇。テレビを見ていた視聴者が会場に押し寄せ、後方のカメラからでも入りきらないほどの人だかりとなりました。欽ちゃんや大竹がステージの上から客席に手を伸ばし、直接募金をもらいに行くと、波を打つように人が集まってきました。 また、街頭で募金を集めていたタモリが黄色いTシャツと白い短パン姿、青と白のシマシマ靴下で、なぜか聖火ランナーとして登場。聖火台に点火していました(笑)」 現在はジャニーズ事務所所属タレントが司会を務めることもあり、会場となる日本武道館には女性ファンが大半を占めている。しかし、第1回目の代々木公園には男性や子供ばかりだった。「人気絶頂のピンク・レディーがいたからという理由もあるでしょうが、それ以上に番組に対する熱狂が凄かった」(同前) サポート役として進行していた徳光和夫氏(当時日テレアナウンサー)が会場へ降り、「こんなことを欽ちゃんたちに言いたいということがあれば、手を上げてください」と質問を募った。すると、千葉から訪れた高校3年生の男子が熱く訴えかけた。「欽ちゃんさ、あの聖火みたいにさ、今日1日で消さないでさ、ずっと続けてよ。これ消えちゃったら、つまんないじゃない? タモリも頑張ってよ。どんどん訴えて、笑いで」 会場からは拍手が巻き起こり、欽ちゃんも「そうだよなあ!」と呼応。「笑いで訴えて」と言われたタモリは「わかりました」と冷静に対応していた。 この熱狂ぶりに、当時の小林與三次日本テレビ社長が舞台裏から突然登場。欽ちゃんからマイクを奪い、「全国の皆さん、ありがとう。心から御礼申し上げます」と感謝。欽ちゃんが会場を指差し、「また来年もやってくれと言ってますよ」と問い掛けると、「ご支持いただくなら、何度でもやります! そういう必要がある限り」と力強く宣言。すると、会場からは小林社長の声をかき消してしまうほどの大拍手が巻き起こり、翌年以降の開催も決まったのである。 盛り上がりに比例するように、最終的な募金額は12億円近くに上り、日本初の大型チャリティー番組は大成功に終わった。あの熱狂から37年。今も番組は続いている。関連記事■ 萩本欽一「丁寧な番組作りはいかりや長介から学んだもの」■ 24時間テレビ 計33回の放送で合計募金総額は291億円超■ 加藤茶の体調不安 「テレビで見る姿以上に深刻」との証言も■ 関根勤、勝俣州和ら欽ちゃんファミリーが今も売れ続ける理由■ 7億当せん番号の宝くじ持つ萩本欽一 換金せず見せびらかす

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    【三ちゃん独白】めちゃイケに必要なのは僕の「復帰」なんです(笑)

     三中元克(お笑い芸人) 2010年秋にナインティナインさんのバラエティー番組「めちゃ×2イケてるッ!」の新メンバーオーディションを受けたのは、子供のころからめちゃイケが好きで、中でも岡村隆史さんの大ファンで尊敬していたからです。 小学生のときからめちゃイケの人気はすさまじかったんですよ。地元の大阪の友達は全員見ていました。中学時代にやっていた人気コーナー「数取団」が面白くて、学校でみんな真似していましたね。週明けの月曜日はまず、めちゃイケの話から始まるのが当たり前でした。 だから物心ついたころから、お笑い芸人になりたいって本気で思っていて、岡村さんみたいにお笑いで多くの人を感動させることができるようになるのが夢でした。小学校の卒業文集にも将来の夢として書いたぐらい。僕の原点はめちゃイケなんです。 2001年からロバートさんやキングコングさんらが出演していたお笑いバラエティー番組「はねるのトびら」が始まり、そっちの方が面白いって言う友達もいましたけど、僕は絶対めちゃイケの方が面白いって力説していました。 高校3年の夏休みに同級生3人で、アルバイトで貯めた6万円を持って東京旅行に行きました。当時お台場でやっていたフジテレビのイベント「お台場冒険王」のめちゃイケブースで番組関連グッズなどを買い漁って5万円ぐらい使ってしまったんです。2日目目のディズニーランドでは何も買えませんでしたが、目的はめちゃイケブースだったので大満足して帰りました。それぐらいめちゃイケが好きだったんです。 本気でお笑い芸人を目指したのは高校時代です。ただ、通っていた高校の進路指導の先生に相談したら、一度はちゃんと就職しないさいと言われ、お金もなかったので納得しました。 当初は吉本興業のタレント養成所「NSC」の大阪校に行くつもりでしたが、実家からだと甘えてしまうし、中途半端な気持ちでは親を説得できないだろうと思って覚悟を見せたかったんで、東京でやろうと決めたんです。卒業後は棚の製造会社に就職しましたが、1年間で辞めました。入社前の面接で「一生働きます!」なんて言いましたけど、最初からまとまったお金が貯まればすぐに上京しようって決めていたから。運命を感じたオーディション 1年間で45万円ぐらい貯まったので、翌年に会社を辞めて上京しました。食べることに困らないよう、レストランとかファストフード店とか、飲食店ばかりでアルバイトをしましたね。 最初にめちゃイケとの関係ができたのは、上京から3か月半ほどたったときでした。携帯電話でアルバイト情報を見ていたら「あの人気番組で働ける」と書いてあったので、もしや!って思ったんです。絶対めちゃイケか「はねるのトびら」だろうって。応募締め切りはその日の午後5時、時間をみたら午後4時。猛ダッシュしてギリギリ最後に受け付けてもらったら、仕事はやっぱりめちゃイケだった。帰りの電車の中で採用の連絡がきて、もうめちゃくちゃうれしかったですね。 そのアルバイトは「お台場冒険王」の後継だったフジテレビのイベント「お台場合衆国」で、めちゃイケのブースでした。「矢部家の牛丼」という、矢部浩之さんのお母さんが考案した肉の代わりにタコさんウインナーをのせた丼を作ったりしていました。憧れのめちゃイケに関わる仕事ができて本当にうれしかったですね。フジテレビ夏の恒例イベント「お台場合衆国」 大きな転機が来たのは、めちゃイケメンバーのオーディション実施が発表されたその年の9月。上京した年だったことに加え、アルバイトもした後ですし、何か運命のようなものを感じてオーディションに参加しました。 でも当日会場に行ったら8千人ぐらい集まっていて、こりゃだめだって思ったのを覚えています。もう思い出づくりにでもなればと参加して、最初は○✕クイズで一度は落ちたんです。だけど運がよかったんですよ。あまりにも落選者が多かったので敗者復活になり、それで勝ち残ることができた。30秒の自己PRに進んだときは、事前にあれこれ考えていたけど、いざ面接になると、目の前に加藤浩次さんや濱口優さんらがズラリといて、頭は真っ白。「お台場合衆国」でアルバイトしていたことしか言えませんでした。もうだめだと思っていたけど、濱口さんが僕のことを「気になるわぁ」、「素人中の素人が来たなあ」って言ってくれて、目をつけてくれたんです。 オーディションで選ばれてからは大変でした。岡村さんや加藤さんらは僕とは親子ぐらい年も離れていますし、収録前なんかはどんな話をすればいいのかまったくわからない。憧れの岡村さんと一緒に仕事ができるうれしさや楽しさ以上に不安ばかりでした。もし、岡村さんと絡んでスベッたらどうしようとか、もちろんめちゃイケには素人として出ていたので、メンバーやスタッフの方々から「期待せんから大丈夫やで」って言われてましたけど、やっぱり岡村さんの前では面白いやつでありたかったですからね。 岡村さんは、収録前はほとんどしゃべらないとか聞いていたけど、実際は違いますよ。現場ではメンバーのみなさんとよく話しているし、僕が楽屋にあいさつに行ったときも「三ちゃんおはよう」って返してくれます。よい意味で、ぜんぜん違うんだとわかりました。 それから岡村さんみたいになりたいって簡単に思っていたけど、当たり前ですが、まったく及ばないことも実感しました。昨年の「27時間テレビ」で岡村さんが1時間ダンスを続ける企画があって、その当時は「ライザップ」で鍛えていたのに、ダンスの練習も同時にやって、クタクタの状態で本番に臨むんです。それでも完璧にやりこなして。本当のスターはこういう人なんだって圧倒されて、鳥肌が立ちましたね。めちゃイケに必要なのは「三中の復帰!」(笑)  僕に対して厳しいときもありましたけど、とても深い愛情もあったと感じました。岡村さんは「芸人はカメラの前で感動の涙を流してもいいけど、あまり簡単に涙をみせちゃいけないよ」と指導してくたことがありました。それから「心」という漢字にタスキをかけると「必死」の「必」になるって言われて、「三ちゃんが1週間や2週間で劇的に面白くなることはないから、とにかく一生懸命やればそれが伝わって、必ず認められるから」とか、すごくいろんなことを教えてもらいましたよ。 結果的に視聴者が参加するめちゃイケの再オーディション「国民投票」で不合格だったことは悔しいし、残念です。めちゃイケの20周年を一緒に迎えたかったですから。スペシャル番組を見たりしていて寂しいなって思いました。それが本音です。 めちゃイケという番組自体の魅力は、僕の子供時代と何も変わらないと思いますよ。自主規制なんかが厳しくなる中で、まだまだ攻めている番組の一つでしょう。加藤さんの義理のお父さんが亡くなって、そのお墓の前でパロディやるとか、視聴者から「不謹慎だ」なんて言われるかもしれないことをやったり、めちゃイケがすごいのは「やっちゃいけない」ギリギリのようなことにチャレンジするところだとずっと思っていますから。そんなめちゃイケは今後もずっとこれまで通りに、めちゃイケらしさを大切にして続いてほしいですね。 めちゃイケの視聴率向上のために何が必要かと言えば、そりゃあ「三中復帰!」でしょう(笑)。冗談ですよ。絶対に冗談ですよ。 でも、めちゃイケを卒業になって思うのは、やっぱり僕はめちゃイケみたいなことやりたいし、芸人として目指しているのはナイナイさんです。だから高校時代の同級生とやっているお笑いコンビ「dボタン」で、僕は岡村さんみたいになりたいし、相方には矢部さんみたいになってほしいと思っています。 将来については、本当におこがましいことだと分かっていますが、めちゃイケを卒業になったので、自分自身でめちゃイケのようなものを作ればいいじゃないかと思っていて、舞台なんかで挑戦していきたいですね。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望)さんなか・もとかつ 1990年7月24日、大阪府生まれ。大阪府立今宮工科高校(大阪市西成区)卒業。2010年10月、フジテレビのバラエティー番組「めちゃ×2 イケてるッ!」の新メンバーオーディションで素人枠から合格し、レギュラーメンバーとして出演。今年2月に視聴者参加型の再オーディション企画「国民投票」で不合格となり、降板した。現在は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビ「dボタン」のボケ役として活動している。

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    「もうアホじゃない」 岡村隆史はめちゃイケMCとしてどうあるべきか

    木村隆志(コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者) 「めちゃイケ」は1995年に深夜番組からゴールデンタイムに昇格した番組ですが、ナインティナインや極楽とんぼをはじめ、勢いがあって、何かやってくれそうな期待感を抱かせるメンバーが揃っていて、とにかく瞬発力がある番組でした。 90年代というと、ウッチャンナンチャンやダウンダウンがそれぞれ冠番組でコントやバラエティ番組らしい企画をやっていましたが、派手なドッキリや岡村隆史さんがさまざまなことに挑戦する「岡村オファーがきましたシリーズ」など、既存のバラエティをもうひとつ飛び越えてくるような、驚きや楽しさがありました。2013年8月、「めちゃイケ」DVDの手売り販売を行ったナインティナイン・岡村隆史 たとえば「めちゃ日本女子プロレス」という企画があって、女性プロレスラーや現役のトップアイドルと加藤浩次さんが闘うのですが、本気で傷めつけたりしていて、今では問題になってしまうような企画でした。最後に岡村さんがタイガーマスクを被って下半身モロ出しで登場するなど、若い芸人にしかできない思い切った企画が多かったのです。 いまではメンバーの高齢化が進み、初期からのメンバーはアラフォーからアラフィフに入ってしまうくらいの年齢になってしまいました。矢部(浩之)さんも子供ができましたし、45歳で独身の岡村さんがモテない企画をやったとしても痛々しさが出てしまいます。ただ、「面白ければいい」という当初からの番組のコンセプトは変わりません。 お笑い芸人も歳をとれば、業界内や芸人同士での役割は変わります。たとえば、ビートたけしさんやダウンタウンの松本人志さんは、ご意見番の立場になっているように、共演者も観ている人もリスペクトしてしまうんですよね。視聴者は「いい歳だし、キャリアもあるし、そんなにアホじゃないでしょ」という目でみてしまうのです。 そんな瞬発力、突破力を不足を補うためか、岡村さんが休んでいるときにオーディションで新メンバーを入れましたが、残念ながら揃って不発でした。岡村さんをはじめとする初期メンバーのような瞬発力、突破力があり、思い切ったコメントや動きができるような人が誰ひとりとしていませんでした。もっと新メンバーを活かすような演出を仕掛けたり、力量がなかったら替えたりすればいいのに、それもしていません。企画だけでなく、人の面でも硬直化してしまい、新しい風が入りませんでした。いまはコンテンツ消費の時代。裏番組の「ジョブチューン アノ職業のヒミツぶっちゃけます!」では、毎回司会だけ固定でゲストをどんどん投入しています。めちゃイケも同じように新メンバーをどんどん替えていけばよかったんですけど、チームでつくっている意識が強すぎて、流れの早いいまの時代には合っていない面もあるでしょう。「めちゃイケ」らしさって何だ? それに、いまだに内輪受けというか、楽屋トークをやってしまうところが気になります。プロデューサーやスタッフが出演するなど、「知らないと笑えない」というケースが度々出てきます。そうしたノリはもともと、とんねるずさんの十八番ですが、90年代は内輪ネタが受け入れられる時代でしたし、みんなそういうものを知りたいと思っていました。「タレントって面白いな」とか、「裏が知りたい」とか。でも、今はそういうことに興味がある人が少なくなっているのでしょう。 いまではもう、「めちゃイケ」は放送年月でいえば、「ドリフ大爆笑」を越えました。土曜午後8時という放送時間は、ドリフや「オレたちひょうきん族」などファミリーで楽しむバラエティ番組の伝統枠。「めちゃイケ」はその枠の最後の砦であって、フジテレビの象徴とも言える番組です。視聴率が落ちそうになると、大きな企画をぶち上げて視聴率をとってなんとかやってきたわけですが、最近は特番でも視聴率がとれなくなってきて、酷評されることも増えました。フジテレビ系「めちゃ2イケてるッ!SP」 ナインティナインの矢部浩之(左)、岡村隆史 深夜時代から番組を見てきた一人として、企画の迷走は感じます。放送界はBPO(放送倫理・番組向上機構)を恐れて自主規制する風潮が強くなっていますが、「めちゃイケ」も何度か審議対象になりました。かつて「七人のしりとり侍」という人気コーナーがあって、罰ゲームとして負けた人をボコボコにするのですが、「いじめを助長する」とBPOに抗議が寄せられ、2001年に打ち切られました。芸人同士、信頼関係でやっている「お約束」なのですが、それはもう通用しないのです。2014年にはSTAP騒動の小保方(晴子)さんのパロディが批判を受けてお蔵入りしてしまいました。以前だったら放送してから怒られていたのですが、現在は事前情報だけで追い込まれてしまっているのです。 自主規制やネットを中心にした批判の影響か、「めちゃイケ」の企画の立て方に迷いを感じることが多くなりました。たとえば、今年2月に「痔7」と題した痔のタレントを7人集めた企画があったのですが、夕食の時間帯ですし、苦情も多かったと聞いています。「BPOを意識しながら、視聴率がとれるもの」となると、グルメだったり健康だったり、情報番組のような企画になってしまうのが、制作サイドにとってはつらいところ。視聴率を意識しながら「めちゃイケ」らしさを出そうとしていて、変な方向にいってしまったという企画でした。もっと単純に笑わせてくれればいいのではないか、と思いますが、それが難しい時代といえばそうなのかもしれません。 これは「めちゃイケ」というより、テレビ業界全体の責任ともいえます。いま、バラエティ番組は、グルメや雑学をテーマにしたものが増えて、夜の時間帯でも生活情報番組化が進んでいます。コント番組もほとんどなくなってしまいましたし、特番では成立してもレギュラーになると視聴率がとれないため、各局は無難な生活情報番組を選んでしまうのです。すべての元凶は、視聴率にこだわりすぎていること。そんな中でも、めちゃイケは色々なことにチャレンジしていますし、存在意義がある番組だと思います。だからこそ、視聴率に一喜一憂するのではなく、笑えるだけでまったくためにならないようなバカバカしいことをやり続けてほしいですね。(聞き手・iRONNA編集部 川畑希望)きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。

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    「めちゃイケ」が負の連鎖に苦しむワケ

    フジテレビの看板バラエティー『めちゃ×2イケてるッ!』の低迷が続いている。番組改編期になれば、たびたび打ち切り説が流れ、ネット上でもバッシングが絶えない。今年、番組開始から20年の節目を迎えためちゃイケ。なぜ「負の連鎖」から抜け出すことができないのか。

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    岡村にも読んでほしい! めちゃイケ「復活劇」の台本はこれしかない

    票で決めるという企画が話題を呼びましたが、それでも9.8%と、10%には届かず。2月には、いくつかのメディアで、めちゃイケが「3月で打ち切りか」と報じました。中には、4月からはナインティナインら一部のメンバーが残り、タイトルを少し変えたりしてリニューアルされると伝えるメディアもありました。結局、3月上旬に、4月以降も放送継続されることが伝えられましたが、その間も「早く終わって欲しいご長寿バラエティ番組」というアンケート調査でめちゃイケが1位になったとのインターネットのニュースを読みましたし、当面は厳しい状況が続いて行くと思われます。めちゃイケが再び、かつての人気を取り戻すには、何が必要なのでしょうか。1999年1月、なんばグランド花月で漫才をするナインティナイン めちゃイケはテレビバラエティにおいて多大な足跡を残しました。もともと『新しい波』という深夜のネタ見せ番組から、後にめちゃイケの総監督になる片岡飛鳥さんがまだまだ無名だったナインティナインやよゐこ、極楽とんぼ、オアシズの光浦靖子を見出して、『とぶくすり』という深夜のコント番組に抜擢しました。90年代前半はとんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンら第3世代が引っ張るお笑いブームでしたから、彼らよりももっと注目されていた若手がいっぱいいましたが、その中から片岡さんの独特のセンスによってとぶくすりのメンバーが選ばれたわけです。 そして『めちゃ×2モテたいッ!』を経て、めちゃイケでゴールデンに進出します。とぶくすりの頃はスタジオコントをやっていましたが、めちゃイケになってからはロケなんだけど、ドキュメントとコントの要素をミックスしたような独特の企画を展開していきました。どこまでが計算された台本と演出で、どこからがアドリブやハプニングなのかわからない、笑いの流れを作った上で起こるアドリブやハプニングを上手に取り入れていく虚実皮膜な笑いをめちゃイケがテレビバラエティの中で確立させ、20年続くことができたのだと言えます。うまくハマった「片岡流」と出演者のキャラ この虚実皮膜の笑いを成り立たせるにはメンバー、特にナイナイの芸人としての勘のよさが大きなポイントになったと思います。岡村隆史さんがダンスや舞台、スポーツに挑戦する「岡村オファーが来ましたシリーズ」で見られるようなの彼の動きのキレが初期の軸になっていました。他のメンバーにしても20代だから体のキレもあるし勢いもある。極楽とんぼのようにやんちゃで思いきったことが出来るメンバーもいましたしね。 さらにスタッフ側にも片岡さんは自らの肩書きを監督や総監督とするほど、演出やプロデュースだけじゃなく編集やデザイン、テロップ、効果音に至るまで細部にこだわっていました。テロップや挿絵の入れ方や、言葉の選び方とタイミングはまさに「片岡流」と呼ぶべきもので、この片岡さんのセンスと出演者のキャラクターがうまく合致していたから成立したんだと思います。他局のバラエティにも大きな影響を与え、ドキュメントバラエティというジャンルが定着していった。めちゃイケはPTAが選ぶ「子供に見せたくない番組」の常連でしたが、『8時だョ!全員集合』も低俗番組のレッテルを貼られてましたから、それだけ子供たちにウケた裏返しとも言えますよね。そういえばBPO(放送倫理・番組向上機構)に寄せられた番組への苦情を逆手に取りながら、生コンクリートを頭からかぶるなど岡村さんが体を張った企画を詰め込んだ放送もしていて、私は志の高い笑い作りをしているなと感心しました。 めちゃイケは、枠からはみ出しそうなスリリングな面白さが当時の若い人から支持されてきたと思います。20年が経って、今の若者は物心ついた頃からめちゃイケを見て、育ってきた世代ですよね。私は大学でお笑い論を教えていて、教え子たちも凄く好きな人たちが多いのですが、インターネットを見ていると「最近のめちゃイケが面白くない」「新メンバーが加わってからつまらなくなった」という書き込みが多い。もともとめちゃイケを低俗番組として認めてなかった人たちが言うなら別ですが、本来めちゃイケを好きだったはずの人たちが声を上げはじめているのが気になります。「芸人の性」を呼び起こさせよ 国民的番組だった全員集合でも16年で終わりました。20年続くと、当たり前ですが出演者・スタッフもそのぶん歳を取ります。総監督だった片岡さんも後進に道を譲る形で企画統括となりましたが、めちゃイケはある種クセの強い片岡流バラエティでしたから、若い作り手に変わっていっても、片岡さんが作りあげた演出やその他の技法といった番組の特徴を踏まえながら、新しい企画を作らなければならない難しさはあったと思います。それだけが原因ではないと思いますが、最近は定番の企画や番宣絡みの企画が多くて、初期のような虚実皮膜な笑いが影を潜めている感じがします。 作り手の中でも、片岡さんを超えるような思いきったことをやる若手が出てきてもらいたいと思いますし、それは出演者にも同様のことが言えます。岡村さんが体調不良で一時休養していた2010年にオーディションで選ばれたジャルジャル、たんぽぽらの新レギュラー陣は、下剋上の気持ちで遠慮せずに初期メンバーを食って、自分たちが中心になるんだという気概を持ち続ける必要があるのです。番組スタート時のナイナイ、よゐこ、極楽は失うものがない分、誰に遠慮することなく、本当に思いきって暴れ回っていましたよね。主演者とスタッフの両サイドから新しい風を吹かせて、起爆剤となる役割を担ってほしいと思います。極楽とんぼの加藤浩次(左)と山本圭壱=2004年6月 芸人も勢いのある20代の若手から40代になって落ち着いてしまう部分があるのはある程度仕方なく、芸風も多少変わってしまうのは誰でもあることだと思います。だからこそ新レギュラーが若さや勢いを活かして、初期メンバーに刺激を与え続けてほしい。どれほどの大物でも、遠慮されて気を使われて笑いが起こらないよりも、ツッコんでもらってウケたほうがいいに決まっているわけですし、それが芸人の性なんですよ。 新しく入ったメンバーが、実質的な座長格であるナイナイから番組の中心としてのポジションを奪い取っても良いぐらいだと私は考えます。めちゃイケは『ぐるぐるナインティナイン』と違って、ナイナイ中心の番組ではあるけれど、彼等の冠番組ではないわけですからね。とぶくすりの時は、ナイナイもよゐこも極楽もフラットな状態でスタートして、ナイナイが多くの笑いを取り続けることで、自然に中心的な存在になっていったのです。新メンバーがナイナイにいじられる側のポジションで落ち着いてはいけないですよね。もっとも、新メンバーには、イジられるほうが向いているキャラが多かったのも確かだと思います。公開オーディションで新メンバーを選ぶ難しさがあったのかもしれません。フジテレビの得意な手法が見えなくなった フジテレビは80年代の漫才ブームでも、横澤彪さんやひょうきんディレクターズが若手だったツービートや紳助・竜介、B&B、ザ・ぼんちを抜擢して『THE MANZAI』や『笑ってる場合ですよ!』、『オレたちひょうきん族』で成功を収めました。フジテレビが一躍、視聴率で民放のトップを走るようになったのはそれからです。無名でも自分たちが面白いと思った人たちに賭けて、良さを引き出して、育てながら一体となって番組を作っていくのが得意なテレビ局だったんです。その後、下の世代の作り手がダウンタウンやウッチャンナンチャンの『夢で逢えたら』を作り、片岡さんがめちゃイケを作っていき、上手に世代交代していきました。めちゃイケの後も『はねるのトびら』『ピカルの定理』が深夜のコント番組からゴールデン番組に昇格しましたが、めちゃイケが続く中で先に番組が終わってしまい、フジの得意なお笑い・バラエティの手法は最近目立っていません。このスタイルを引き継ぐ若手スタッフがフジの中で育っているのかも問題になりますね。2011年からはじめた漫才コンテストの「THE MANZAI」では優勝者に新番組のレギュラーを与えましたが、フジ本来のお笑い・バラエティ番組のスタイルではないと思います。 90年代後半まで若手お笑い芸人の大半が、フジに抜擢されて、フジで自分たちの冠番組を持つことを目標にしていました。無名の芸人をスターに育てられる若い作り手が出てくるかどうかが、フジが再び民放のトップに返り咲くカギになるのではないでしょうか。 片岡さんは新しい波で仕事をしていく中で、無名に近かったナイナイ、よゐこ、極楽の面白さや可能性に賭けて今に至るわけですが、若い作り手もオーディションを行って上層部やみんなで選ぶのではなくて、自分たちで芸人を発掘して上司に「コイツをレギュラーに入れたい」「彼らをナイナイと組ませたら面白い」と訴えて番組で使ってみて、新メンバーに随時加入させていくやり方も「有り」だと思います。めちゃイケは初期メンバーの武田真治さんや鈴木紗理奈さん、雛形あきこさんを卒業させることなく使い続ける、ファミリー感の強い「情」の部分があって、それが他の番組にはない特徴と言えます。でも、一方でナイナイに刺激を与えられる芸人だったら、いきなりレギュラーにする大胆さも欲しい。『笑っていいとも!』だってタモリさんに刺激を与えるようなレギュラー出演者の入れ替わりという新陳代謝で32年間続いた側面もあるでしょう。ダウンタウンがいいとものレギュラーになった1回目の放送を今でも覚えていますが、タモリさんのことを「タモやん」と呼び、臆することなく食らいついていっていました。めちゃイケの存続が決まった今は、リニューアルしたのかと思えるくらいの「新しいめちゃイケ」を見せてもらいたいと願うばかりですね。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)さいじょう・のぼる お笑い評論家、江戸川大学准教授。昭和39年、東京生まれ。古今東西の笑いに精通。主な著書に『ニッポンの爆笑王100』(白泉社)『ジャニーズお笑い進化論』(大和書房)など。

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    視聴者に飽きられたフジテレビ 「めちゃイケ」に染み付く内輪ウケ体質

    吉野嘉高(筑紫女学園大学教授) 低視聴率に喘いでいるとはいえ、バラエティー番組『めちゃ×2イケてるッ!』(毎週土曜日19:57~20:54)がフジテレビの看板番組のひとつであることは間違いない。今年で20周年を迎える長寿番組であるが、今なお、筆者の笑いのツボを適度に刺激してくれる。 5月の放送(21日)では、岡村隆史扮する「E村P」が、ドラマ『ラブソング』に出演するという設定のコントは絶妙であった。E村Pと、このドラマの主演、福山雅治や演出担当、平野眞氏との、とぼけたやりとりが滑稽で何度もクスクスと笑ってしまった。 面白かったのは確かなのだが、同時にフジテレビが凋落した原因はこのような「内輪ウケ」に象徴されていることを改めて考えさせられた。これを続けている限りフジテレビは再生しないのではないか(もちろん、めちゃイケの番組全体が「内輪ウケ」だけで構成されているわけではない。ここでは敢えて“フジテレビらしさ”が凝縮されたこの部分だけを抜き出して論考する)。 E村Pというのは、この番組の飯村プロデューサーをモチーフにしているらしいが、視聴者はこの人物を知らない。したがって、目をつり上げたり、“チャラい”言動で模写を試みたりしたところで、似ているのかどうかがさっぱりわからない。今や“絶滅危惧種”のような“ギョーカイ人”、飯村プロデューサーのデフォルメされた姿を笑える人もいれば、わけがわからないと感じる人もいるだろう。 めちゃイケには、これ以外にも明松(かがり)プロデューサー本人が登場する「ガリタ食堂」や「コリタ食堂」というコーナーがあった。本来裏方であるべきスタッフが出演して仲間内で盛り上げようとする、という意味で「内輪ウケ」の部類に入るだろう。 この笑いのパターンは古く、淵源は80年代前半に遡る。1981年に始まった『オレたちひょうきん族』に、ディレクターが「ひょうきんディレクターズ」として出演したりレコードを出したりしたのが始まりであろう。 このほかに1982年に始まった『笑っていいとも』のテレフォンショッキングのコーナーにはディレクター「ブッチャー小林」が出演していたし、とんねるずの石橋貴明による石田プロデューサー(通称「ダーイシ」)のモノマネもE村Pのネタとかぶる「内輪ウケ」である。フジテレビの社風に視聴者が共感した理由 フジテレビで誕生した「内輪ウケ」は、仲間内の人間関係を尊ぶフジテレビの社風と密接に関連している。旧社屋(新宿・河田町)時代は、大部屋主義によって醸成された会社全体の連帯感、一体感が視聴率三冠王の原動力となっていた。内輪で盛り上がることこそがエネルギーだったがために、フジテレビで「内輪ウケ」は定着した。 こういった背景があるため、フジテレビでは、バラエティーだけでなく、他ジャンルにおいても「内輪ウケ」が番組制作の根本原理として、長期にわたってフジテレビで信奉されてきた。 朝の情報番組『めざましテレビ』では、「めざましファミリー」と呼ばれる出演者たちがまるで家族のように仲良く会話する部分があり、一部で「内輪ウケ」と指摘されている。 また、ドラマの分野では、脚本などのストーリーよりも、キャスティングありきの制作スタイルになっていることが最近よく批判されている。役者や事務所との関係など「身内の人間関係」を何よりも重視しているという点で、広い意味で「内輪ウケ」の原理が働いているといえる。 「内輪ウケ」のマイナス面は、視聴者目線より身内の人間関係や楽しさを優先してしまうため、視聴者が往々にして置いてきぼりになるということである。これは本末転倒である。視聴者目線で番組を対象化できないとプロの仕事にはならない。昨今フジテレビがあまり見られていないのは、自分たちの都合ばかり押し付ける「内輪ウケ」体質に視聴者が飽き飽きしているという一面がある。 振り返って、80年代であれば、「内輪ウケ」を連発しても、フジテレビは視聴者に共感されていて不満を持たれることはなかった。 なぜ共感を持たれていたかというと、当時、フジテレビの庶民的、反権威主義的なところが、世間の感覚と合致していたからだ。 例えばオレたちひょうきん族は、台本通りで進行するそれまでのバラエティー番組とは異なり、番組スタッフや舞台裏のゴタゴタが映り込むのもお構いなしだった。ビートたけしは「ブス」「ババア」など乱暴な言葉を使ったり、アドリブでロケを休んだことさえ笑いに変えたりして、テレビの権威や建前の世界を“ぶち壊し”、本音を露呈させる新たな笑いに挑戦していたのだ。 ひょうきん族がブレイクする一方で、その頃、TBSの『3年B組金八先生』や『積木くずし―親と子の200日戦争―』がヒットし、校内暴力が社会問題となっていた。個性化が進む若者たちは、権威主義的に教員や親から一つの考え方を押し付けられることに対して、鬱屈した感情を溜め込んでいたのだろう。 フジテレビがバラエティー番組などで権威を“ぶち壊し”、定型的な常識や社会規範を相対化させて見せる時、視聴者が共感を示したのはこのような社会状況があったからにほかならない。あの頃、日本社会がフジテレビを欲していたのだ。庶民派から既得権益にしがみつく「特権階級」へ しかし、今、日本社会はフジテレビを欲していない。「フジテレビの番組といえば、古臭くてつまらない」というネガティブバイアスも加わり、視聴率は下がるばかりだ。 フジテレビが視聴者からそっぽを向かれるようになったのは、日本社会もフジテレビも変わってしまって、両者の間に埋めがたい溝ができてしまったからだ。東京・河田町にあったフジテレビ旧社屋 まず日本社会の人間関係が変わった。NHK放送文化研究所の調査によると、職場での人間関係において「全面的なつきあい」を望ましいと答えた人は、フジテレビが全盛期を迎えた頃の83年で全体の52%だが、2013年には35%と減っている。一方、「形式的つきあい」を望む人は14%から26%に増えている。 フジテレビが出演者や番組制作者の協調的人間関係をアピールしたところで、違和感がある時代になったのだ。人々はあっさりとした人間関係を望みつつある。「内輪ウケ」の前提となる仲間内の濃密な人間関係を疎ましいと感じる人が増えているのだ。 もうひとつ挙げれば、2011年に東日本大震災が発生した時、日本社会がシビアな雰囲気に変化した。ところが、相も変わらず「楽しくなければテレビじゃない」という80年代の方針に固執し、内輪でぬくぬくと楽しんでいるようなフジテレビに視聴者は苛立ちを覚えたと考えられる。 フジテレビ社員も変わった。80年代であれば、前述したようにフジテレビの庶民性が共感を呼んだのだが、その後フジテレビは、ピーク時には平均年収約1500万円と業界NO.1の給料をもらえる一流企業になってしまった。一方で、下請けのスタッフはその何分の一かの薄給でこき使われている。もう庶民派のイメージはない。第三者からみれば既得権益にしがみつく特権階級だ。 そんなフジテレビ社員の実態がネットで世間に知れ渡った今、身内の協調的人間関係を前面に押し出して番組への参加を促しても、視聴者は拒否反応を示すのではないか。「私たちは、皆さんの仲間です」とでもいいたげな「内輪ウケ」で親しみやすさを演出しても、そこにもはや共感はない。 このようにめちゃイケの「内輪ウケ」に象徴されるフジテレビの番組制作の原理は、もはや耐用年数を過ぎて役に立たなくなりつつある。近い将来きっとなくなるだろう。その時、新しい番組制作の座標軸を構築する必要性に迫られ、フジテレビ再生の物語が始まるのかもしれない。 しかし、未だに会社内の危機感は薄いと聞く。減ってきたとはいえ、給料も他企業に比べれば、羨ましがられるレベルであることに変わりはない。尻に火がついた状態ではないのだ。楽観的なところがフジテレビの良いところと言えないわけでもないが…

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    めちゃイケの三ちゃんオーディションは「公開いじめ」ではない!

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 三ちゃんこと三中元克さん(25)は、素人として5年間も「めちゃイケ」に出演し続けている人気者です。前回のめちゃイケは、三ちゃん特集でした。そして以前から芸人にあこがれていた三ちゃんは、ついに吉本に入り、芸人になろうとしてます。次回の番組では、三ちゃんがプロとして芸を披露し、番組に残れるかどうかは、視聴者の投票によって決まる!ということで、番組は盛り上がっています。 ただ三ちゃんは、その素朴さとドジっぷりで人気なのであり、彼が器用に漫才やコントができるとは、多くの人が思っていないでしょう。バラエティー番組の中で、いつもイジられ、しごかれ、ドッキリを仕掛けられ続けてきた三ちゃん。これって、ひどいことでしょうか。 「なぜ「めちゃイケ」は素人・三中元克を5年間も使い翻弄し続けるのか?」と、弁護士の高橋維新さんはおっしゃっています。番組の中で、不当に彼の人格をおとしめ、才能もない人間を5年間も翻弄してきたのは問題だとおっしゃっています。ごもっともなことです(でも、才能がないと公言してしまうのもまた失礼かとも)。ただまあ、そんなに難しいことを言わなくても、テレビのバラエティーなのだからという声も聞こえてきそうですが、テレビ関係者の方も発言しています。 高橋秀樹さん(日本放送作家協会・常務理事)のご意見です。「<バラエティ制作の倫理>素人・三中元克を追い詰める「めちゃイケ」は公開イジメか?」。このご意見も批判的ご意見ですね。テレビのバラエティーだからといって許されない、これは「公開いじめ」だと。三中元克さん ネット上には、様々な意見があります。三ちゃん、大好き面白いという意見もあれば、大嫌いとか、面白くないと言う意見もあります。次回の番組で行う投票についても、「めちゃイケメンバーの“三中元克公開リストラ”に批判殺到」というニュースにもなっています。 賛成反対応援アンチ、どちらにせよこうして話題になって視聴率が上がれば、番組としては大成功でしょう。芸人はいじめてもいいけど素人はだめ? 以前、あるバラエティー番組のゲームで、動物が罰ゲームを受けるシーンがあって、視聴者の不評をかったことがありました。人間であるお笑い芸人は、もっとひどい罰ゲームを受けているのに、なぜ動物だと視聴者は不快に思うのでしょうか。 それは、動物が「自己決定」していないからだと思います。自己決定は基本的人権だと思いますが、心理学的にも大切な考え方です。自己決定感を持つことが、人間の幸福につながります。芸人さんたちは、その職業を自分で選んでいます。イジられることをとても喜びます。芸人さんにとっては、正解して少ししかテレビに映らないよりも、不正解の罰ゲームでみんなに大笑いしてもらったほうが、「オイシイ」でしょう。 視聴者である私たちも、それがわかっていて、安心して笑います。本当に人が困っている姿を見て笑うのは、非人間的でしょう。素人のアクシデントビデオを見て笑えるのも、大した怪我はしなかったとか、本人も放送されることを了解して、それをユーモアとして受け入れているからです。 昔あったテレビ番組「ドッキリカメラ」は、素人をだましますが、素人が受け入れてくれる範囲内のことを行います。素人さんたちは、そのときはびっくりしますが、放映を許可し、良い思い出となる出来事になります。 では、三ちゃんこと三中元克さんは、どうなのでしょうか。三ちゃんと自己決定三ちゃんと自己決定 三ちゃんは、おもしろいです。さすが「めちゃイケ」関係者のみなさん、すごい素人を見つけました。並みの芸人や、ただの出たがりの素人では、こんなに笑いは取れないでしょう。三ちゃん自身の芸で笑わせているわけではありませんが、笑いを作り出す素材としてはすばらしいでしょう。 テレビ番組で有名になった素人はたくさんいます。素人としてテレビでトークしたり、恋をしたり、評論したり、鑑定したり、解説したり。有名になって、芸人になったり、ブロガーになったり、本を出したり、政治家になってしまった人もいます。本業の方がますます繁盛している人もいるでしょう。有名になることは大きなリスクを伴いますが、上手く活用している素人もたくさんいます。中には、テレビに出たことを後悔している人もいるでしょう。でも、世間はテレビ局や番組を非難はしません。 三ちゃんは、何が違うのででしょう。 テレビにレギュラー出演する素人の多くは、器用な人が多いでしょう。または、まだ学生だったり、本業ですでにかせいでいる人たちが多いでしょう。けれど、三ちゃんは現在学生でもなく、他の仕事も持っていません。そして、器用どころか、とても不器用に思えます。番組内でも、からかわれる役まわりです。三ちゃんは、ただ利用されているだけではないか、一生を棒に振るだけではないか、そう感じれば、三ちゃんかわいそう、テレビ局と番組はひどいことをしているとなるでしょう。 素朴な素人で人気が出た人としては、古い話ですが、フジテレビ「欽ちゃんのドンとやってみよう!」の「気仙沼ちゃん」がいます。方言で話す、気仙沼出身の女の子でした。この方は、現在では結婚され地元で民宿経営をされています。三ちゃんも、女性で、素朴だけれどしっかりしたところがあり、家業を継ぐことになっていたりすれば、世間も心配はしなかったかもしれません。ダウンタウンとトークする萩本欽一さん(右) それでも、三ちゃんも大人です。子どもでもないし、奴隷でもないし、詐欺でだまされているのでもありません。三ちゃんは自己決定していると思います。三ちゃんを心配するのは、優しさからでしょうが、三ちゃんには三ちゃんの人生があるでしょう。番組の作り方や演出がひどいというのは、また別の問題ですが。自己決定と芸能界自己決定と芸能界 自己決定とは、単純に自分が決めることではありません。金を出すか殺されるか、どっちがいいか、自分で決めろ。こんな風に言われてお金を出すのは、自己決定ではありません。難しくて理解できない説明をされて、わからないまま、手術するかどうかを決めてくださいと言われても、そんなのはインフォームドコンセントの自己決定になりません。自己決定できるだけの、心の落ち着きや理解できる情報が必要です。 自分が望み、出場者募集のオーディションに申し込んだのですから、自己決定でしょう。その後の活動で、番組に利用されているだけかどうかは、微妙です。番組関係者が、彼の将来のことをまったく考えず、利用するだけなら、番組は道義的に非難されるべきだと思います。そうなのかどうかはわかりませんが、私は関係者一同がそんなに冷酷だとはあまり想像できません。 ある中学生アイドルと話したとき、彼女は芸能人がよく行く高校に進学したいと言っていたのですが、親やマネージャーは普通の高校へ行けと言っているそうで、勉強が大変だと語っていました。大人は、考えていますね。AKB48のような活動も、ずっと芸能界でやっていける人は少数で、他の子達にとっては、部活動のような思い出作りや人生の経験の一つと考えている関係者もいます。 数年の芸能活動が、プラスになるかマイナスになるかは、本人や家族の考え方次第です。三ちゃんも、この先どうなるかは、誰にもわかりません。才能のある人が失敗し、才能のなさそうな人が成功することもあります。これからのことは、本人が親や芸能関係者のみなさんと相談しながら、決めていくことでしょう。たしかに見ていると、危なっかしくて不安になりますが、がんばっている三ちゃんを応援したくもなります。 次回2月27日放送「めちゃイケ」は、「真冬にあせをかきまくれ 国民投票だよ全員集合 全力の生スペシャル」というとで、視聴者の投票によって、三ちゃんの番組出演が続くかどうかが決まります。 番組としては、投票がどちらになっても、それを笑いとし、視聴率アップにつなげていく準備と工夫をしているのでしょうが。三中元克さんも、器用に貪欲に番組を活用して、幸せな人生を歩んでほしいと願っています。 追記:視聴者投票の結果、なんと三ちゃんは不合格でした!

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    『めちゃイケ』が視聴率低迷 レギュラー陣の高齢化も要因か

     10月で、放送開始から19年目に突入する『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の視聴率低迷に歯止めがかからない。5月31日に視聴率10%を取って以降、1ケタ台の視聴率が続いているのだ(8月30日現在)。テレビ局関係者が語る。「これまでも不調の時期はあったが、3か月も1ケタが続いたことは記憶にない。さすがにヤバい数字です。亀山千広社長は就任以来、大改革を進行し、『笑っていいとも!』『新堂本兄弟』などの長寿番組を打ち切ってきた。今後、その対象に『めちゃイケ』が入ってもおかしくないでしょう。 フジは『自分たちがバラエティの歴史を作ってきた』という自負がある。その象徴が、土曜8時の枠だった。10月改編は乗り切りましたが、この数字が続けば、来年3月限りで打ち切られても何ら不思議ではありません」 6月末の大規模な人事異動では、開始当初から同番組を支え続けた名物演出家が復活し、巻き返しを図ろうとしている。だが、その一方で不安視する声も根強い。放送作家が話す。「もともと、『めちゃイケ』はティーンエイジャーを対象とした番組のはず。だが、最近は“本気ナンパ対決”企画を立て続けに放送するなど、軸がブレている感じがします。今どきの高校生の“リア充”は、土曜の夜にテレビを観ずに、外で遊んでいる子も多いはず。そんななか、家でテレビを観ている若者層に“ナンパ企画”がどれだけ響くのでしょうか。実際、その企画を放送した8月2日は6.6%、9日は9%という低視聴率に終わっています。 20代の頃のナインティナインや加藤浩次、武田真治などがナンパをすれば、リアリティもあるし、共感もできたかもしれません。しかし、40歳を超え、富も名声も得た芸能人が女性に声を掛けても、視聴者はついてこない。40歳を過ぎた男が声をかけられずにモジモジしている場面を放送しても、『いい大人が何をしているんだ』と思われるだけではないでしょうか。つまり、狙っている視聴者ターゲットが見えてこないのです」 番組開始当初、20代だったレギュラー陣は軒並み40歳を超えた。2010年、加入した新レギュラー陣であるジャルジャルやたんぽぽも、既に30歳を過ぎている。 「子供・学生を対象にした番組にしては、レギュラー陣の年齢層が高くなってしまった。思えば、土曜8時の先輩番組である『8時だョ!全員集合』(TBS系)は、主要メンバーだった仲本工事や加藤茶の年齢が40歳を越えたころに終了しています。元メンバーの荒井注は45歳のときに『全員集合』を降板し、ドリフからも外れた。『めちゃイケ』と同じ枠で放送されていた『オレたちひょうきん族』も、ビートたけしが42歳のときに終わっている」(前出・放送作家) ナイナイの岡村は今年44歳になり、矢部も10月で43歳を迎える。はたして『めちゃイケ』は、レギュラー陣の高齢化問題と、どう対峙していくのだろうか。関連記事■ フジTV・カリスマP現場復帰で山本圭一を電撃復帰させるとの噂■ 極楽とんぼ・山本 復帰実現しないのは元所属事務所が理由か■ 佐々木主浩氏 「妻が娘へ仕打ち」の報道に事実と違うと主張■ 江角マキコ 落書き謝罪したのはバイキングに抗議殺到したから■ 太川陽介 バスの旅で最もイライラした蛭子能収の言動を告白

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    三中元克をクビにした「めちゃイケ」の「卑しい手口」

    高橋維新(弁護士)(メディアゴンより2016年2月28日分を転載) 2016年2月27日放映のフジテレビ「めちゃ×2イケてるッ!(めちゃイケ)」4時間スペシャル。メインは、素人からプロの芸人になった三中元克がめちゃイケに居続けられるかどうかを視聴者の投票で決めるという生放送企画である。 ただ、この三中企画は番組の最後の最後に位置しており、前半は違う企画も放映していた。 以下、一つ一つ見ていく。<オカ柳徹子> 黒柳徹子に扮した岡村が、秋田県の「岡村」という集落に(おそらく)仕込みなしのアポなしで突撃し、そこで偶然出会った素人と絡む企画である。このコンセプトは、完全に「鶴瓶の家族に乾杯」(NHK)と一緒であり、特に目新しさはない。 この企画では仕込みなしで素人と絡むことになるため、きちんと撮れ高を確保するにはできるだけたくさんのおもしろい素人と出逢う必要がある。この素人のおもしろさを引き出すのは、ロケに出向いたタレントの役目である。鶴瓶は、この能力が異常に高い。ナインティナイン矢部浩之(左)と岡村隆史=2011年9月(千村安雄撮影) 理由を察するに、まずハゲとブサイクのフラで固められた見た目が、全体的な「話しかけやすい雰囲気」を醸し出しており、素人でも絡みやすいからだろう。そのうえきちんとツッコミができるため、素人のおもしろいところが出ればいちいち拾うことができる。 この「話しかけやすさ」と「ツッコミ」が素人との絡みでは非常に重要である。他のタレントだと、例えばさんまはどちらも申し分ないが、とんねるずは普段の傍若無人な芸風から素人では話しかけにくいうえに、ツッコミも程度がきつすぎるために素人相手にやると視聴者を引かせてしまうことになるため、向いていない。 今回の岡村はどうか。岡村も、鶴瓶と同じようなストレートなフラを持っているため、視聴者からすると話しかけやすいのは確かである。また、ツッコミも一定水準の能力を持っている。そのため、鶴瓶と同じような役回りをできることはできる。 ただやはりボケのイメージが強いため、岡村が素人のボケにツッコんでも少し寒さが残る。特に今回はわざわざ紅白の派手な衣装を着て黒柳徹子に扮し、フラを上乗せしていたため、見た目からしてボケている岡村に素人のボケが重なると少し画が散り気味になっていた。ゆえに岡村の恰好については、もうちょっと考える必要があるだろう。 あと、鶴瓶はどちらかというと絡む相手の年齢層が高いのだが、今回、岡村が絡んでいる人は若い人が多目だった。2人のファンの年齢層の違いに起因するものであろうが、若い素人はどうしても前に出てこようとするため、映像が痛々しくなりがちである。 素人の良さは「天然ボケ」であり、テレビで目立とうとしてちょける10代・20代よりは、カメラを意識せずに年の功の特権で好き勝手なことを言うジジババの方が圧倒的におもしろい。そういう意味では、やっぱり鶴瓶の方が向いている企画である。続けてはいけない企画<矢部オファー> 矢部に色々な仕事をさせる年始の恒例企画。今回は、「BUDDY」というスポーツ教育に力を入れている幼稚園に先生として参加していた。 矢部オファーは、一昔前のバラエティによくあった、芸能人に異種の職業を体験させるドキュメンタリーである。これがエンターテインメントたりうるのは、畑違いの分野に首を突っ込んでいるのに、その状態で何らかの結果を出せば、それが視聴者の感動を生むからである。 そのオチの前段階には、慣れない異分野で指導役の人から怒られる芸能人を見せられることになるだけに、感動のカタルシスも大きくなるのである。 つまり、「めちゃイケ」が志向する笑いのエンターテインメントではない。めちゃイケで、続けてはいけない企画である。 現に、毎回矢部オファーで笑えるのは、オカレモンが出てきてミニコントをするシーンだけなのである。オカレモンが頑張っている矢部を邪魔したり揶揄したりして、それに対して矢部が怒って喧嘩をすることで、笑いになるのである。 まあ、今回の矢部オファーもここで書いている内容から一歩も外に出なかったので、特に追加で書くことはない。<三中企画> 前半は、三中が相方と芸人として活動し、今回の生放送に至るまでの道を隠し撮りの映像でまとめたVTRだった。前回の放映で頭出しされた内容である。 VTRでは、三中が色々な芸能事務所のオーディションを相方と受けに行く。「めちゃイケ」は、事務所の協力を得て全てのオーディションにカメラを入れる。 相方にも協力してもらって、解散を持ちかけるというドッキリを仕掛けてみる。その翌日には「タイミングよく(=おそらく仕込みで)」ある芸能事務所(人力舎)から「三中一人とだけ契約したい」というオファーが来る。  要は、ただの三中に対するドッキリなのである。相方と解散の話をした翌日に人力舎から一人契約のオファーが来るところなどは話ができ過ぎている。ドッキリなので、三中の素人・天然という良さは十二分に出ており、VTR単体では及第点をあげられる出来になっていた。 あるオーディションでたまたま一緒になった別の芸人が、相方からの解散話の際に登場するというような念入りな伏線の張り方も、往年の「めちゃイケ」ドッキリの水準に達していたと言ってよい。加えて、前回の放送で「だらしない」という印象を徹底的に植え付けられた三中の一生懸命なところにフィーチャーしており、名誉を挽回する作りにはなっていたので、気持ち悪さは一定程度減退していた。やっぱり芸人には向いていない さて生投票の結果、三中は結局不合格で「めちゃイケ」を卒業することになった。今回のオンエアでも散々指摘されていたが、三中はアドリブでおもしろいことは全く言えていないし、ネタでのパフォーマンスも褒められたものではない。 根本的な問題として演技力が低いので、例えば今回のネタだと「いけしゃあしゃあとバレバレの嘘をつく」というボケは全然伝わってこなかった。三中はやっぱり芸人には向いていないので、本人は早くそのことに気が付いた方がいい。 だから、今回の不合格という結論には筆者は異論はない。唯一、三中がアンタッチャブルの柴田と即興で絡んだくだりは大変おもしろかったので、いじられキャラの天然芸人なら生き残る道はあるかもしれないが、そのキャラは今回の三中のように目立とうとしたら終わりである。 「めちゃイケ」は、この結果を望んでいたのだろうか。筆者は望んでいたと思っている。もう使い出のなくなった三中を追い出すためにやったのが今回の企画であるとすら思っている。三中元克さん 三中の芸人としてのパフォーマンスが低いことは、普段近くで接しているめちゃイケのスタッフはよく分かっていたはずである。その三中が付け焼刃でネタを作っても、視聴者に受け入れられるものはできないだろうというのが番組の見通しだったと思う。 なんなら、あの相方ですら番組の仕込みで用意されたのではないかと筆者は思っている。現に、相方は番組のドッキリに1回協力しているのである。相方がなぜ三中とコンビを組むことになったのかの経緯が一切語られない点が、この憶測を強くしている。 今回のオンエアがされる前の視聴者の予想では、結局出来レースで三中が残ってお涙頂戴の感動オチだろうというものもあった。 確かに、不合格という結果に、ゲストで来ていた鈴木奈々は素に見える驚き方をしていた。最後に出てきた横断幕にも「おめでとう」としか書かれていなかった。不合格になったことが宣明されただけで、オチも一切なかった。 このへんに着目すれば番組側は三中を残したかったと言えるかもしれないが、まあ、真相は闇の中である。ただ、不合格になった場合のオチが用意されていなかったのはいただけない。それは、どちらの結論にもなり得ることを予測したうえで、何か準備しておくべきだったろう。<総評> 今回の結果次第では3月打ち切りという声もある中での放映だったが、少なくとも三中企画は一定の結果を出したように思う。ただ、その前の2本の企画はそれほど新鮮味も面白味もなかった。 そのため全体としては番組の最後に位置づけた三中企画を餌に視聴者を引っ張る構成になっていた。古いテレビの嫌らしい手法である。このやり方を茶化してこそ「めちゃイケ」なので、わざわざこのレベルに堕すのはいただけない。 三中企画も、三中が残るかいなくなるかの生放送で視聴者を釣るという内容であって、一回しか使えないカンフル剤である。今回数字が良くても「めちゃイケ」は綱渡りを続けることになるだろう。

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    来年フジ民放最下位転落と加藤綾子ら人気者流出を関係者懸念

     「2016年3月には本当にビリになる」──そんな不安がフジテレビを覆っている。バラエティ路線を突っ走り、“民放の雄”をほしいままにした時代は遠い昔。11月第4週のゴールデン帯(19~22時)視聴率では、“民放のお荷物”と呼ばれ続けたテレビ東京の後塵を拝し、瞬間風速とはいえ民放最下位に転落した。 2015年度上半期の決算では民放キー局で唯一の減収減益、開局以来初の赤字に転落。31年続いた(※注)長寿番組『ごきげんよう』、その後の昼ドラ枠を3月に打ち切りとするなどのテコ入れ策を発表した。【※注/1984年から始まった前身番組『ライオンのいただきます』を含む】 さらに、同局を代表するバラエティ『めちゃ×2イケてるッ!』の2時間SP(12月5日放送)が視聴率7.5%と惨敗すると、「3月打ち切り説」が報じられた。フジ編成関係者は、「10月に20周年を迎えるので、それまでは続けるだろう」と否定するが、危機には変わりない。フジ中堅社員が諦め顔で語る。「バラエティ番組をリストラしても、その後を埋める番組がコケればジリ貧になる。4月に大改編しても、前回の二の舞になれば、それこそ“テレ東の下”に落ち込んでしまう」“前回”とは、2015年3月に昼の番組を刷新しスタートさせた情報番組『直撃LIVEグッディ!』のことだ。今も視聴率は1%台を連発する超低空飛行。「春の改編は鬼門」(同前)と囁かれる所以だ。結局、加藤綾子アナはフリーに転身した そんな逆風を打開すべく検討されているのが、3月に終了する『ごきげんよう』の後継の情報番組に、カトパンこと加藤綾子アナ(30)をキャスターに起用する計画だというが……。「同じパターンで失敗した『グッディ!』を目の当たりにしているだけに、カトパンは難色を示すだろう。それどころか、2015年7月に報じられたフリー転身が再燃するきっかけになりかねない」(フジ関係者) この時は亀山千広社長が会見で「加藤から〈退社しません〉というメールが来た」と明かして否定した。「この亀山発言によって、退社を延期したといわれるカトパンですが、芸能事務所との接触は続けているようです。新番組がスタートする前の3月に、亀山社長に〈お世話になりました〉というメールが届くかもしれません」(スポーツ紙芸能担当記者) そんな事態になれば、「カトパンと親しい椿原慶子アナ(30)、山崎夕貴アナ(28)、三田友梨佳アナ(28)ら人気アナも、後を追うように退社しかねない」(フジ関係者)との不安がよぎる。 バラエティ不振に続いて、人気女子アナたちから“三行半”を突きつけられれば、いよいよ深刻な危機を迎える。

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    「激しい言葉」と「鋭い質問」は違う 舛添疑惑の過熱報道に残る違和感

    新聞からこの種のスクープが影を潜めたのでしょうか。 週刊文春の新谷学編集長は今年3月、インターネットメディアのインタビューに応じ、「いまのメディアは、批判をされない、安全なネタばかり報じる傾向が強まっているように思います。評価が定まったものに対しては『悪い』『けしからん』と叩きますが、定まっていないものは扱いたがらない」と語りました。新谷氏のこの言葉は、新聞やテレビの“ダメさ加減”を的確に言い当てています。つまり、既存の大マスコミがリスクを取らなくなった、ということです。経営悪化で調査報道が縮小傾向 かつては、新聞報道が「政界疑獄」のきっかけを作ったことがありました。竹下登内閣を崩壊に追い込んだ朝日新聞の「リクルート疑惑報道」(1988年)はその最たる実例でしょう。こうした取材・報道は「調査報道」と呼ばれますが、調査報道には時間も経費もかかります。成功するかどうかも途中では分かりません。週刊文春も甘利氏の疑惑では、1年もの時間を費やして取材し、確たる証拠を握るまで報道しなかったそうです。参院税特委に証人として出席した江副浩正リクルート前会長=昭和63年12月6日、国会 しかし本来、人も資金も潤沢に有しているはずの新聞・テレビは最近、失敗を恐れ、ほとんどリスクを取らなくなりました。理由は二つあります。一つは部数減や広告収入の減少などにより、新聞・テレビの経営環境が急速に悪化していること。特に、かろうじて調査報道を支えてきた新聞の凋落ぶりは著しく、全国の日刊紙は1年間で合計100万部前後も部数を落としています。こうなると、会社は、金のかかる調査報道の比重を落とし、危ない橋を渡ることを避けようとします。経営上、リスクを取らなくなるわけです。 特別報道部を作り、鳴り物入りで調査報道を進めていた朝日新聞も、福島第一原発事故の「吉田調書」問題をめぐる失敗をきっかけとして、特別報道部の体制を事実上、縮小してしまいました。これも“失敗”に懲りて、リスクを取ることを恐れた一例と言えます。 一方、経営悪化によって、社員のリストラに着手した新聞社も少なくありません。こうなると、現場でもリスクを恐れ、記者がますます冒険をしなくなります。「行政の言うことをそのまま書いていればいい」「街の楽しい話が読まれるはずだ」――。そんな「自粛の空気」が取材現場にじわじわと広がってきたわけです。政治資金収支報告書の点検などはかつて、調査報道の基本中の基本でしたが、舛添知事問題が起きて「初めて政治資金報告書なるものを見た」という都庁詰めの記者もいたそうです。記者クラブ制度と“構造的”な問題記者クラブ制度と“構造的”な問題 大手新聞やテレビが週刊誌にも追いつけなくなった背景には、記者クラブ問題も横たわっています。広く知られるようになりましたが、記者クラブは原則、新聞やテレビの会社員記者しか加盟できません。週刊誌やフリー、ネットメディアの記者はメンバーになれず、記者会見を取材することも不可能なことが大半です。そのぬるま湯の中で、各社の記者は「仲良しクラブ」を作り、半ば談合のような取材を繰り返してきました。 舛添氏をめぐる報道では、こんな“構造問題”も見えてきました。語るのは大手新聞の中堅記者。「都庁担当は政治部ではなく、社会部です。記者にすれば、都庁は首相官邸や外務省などと比べて格下だし、都庁にはふつう、入社数年の若い記者か、やる気を失った記者しかいません」。全国紙の場合、都内版を埋めることが都庁担当の重要な役割の一つであり、「知事の“疑惑”にふだんは目も向いていない」(同)というわけです。「言葉の激しさ」=「追及」ではない 舛添氏の釈明会見では、“中国服を着て習字を書くまねをして”といった質問も飛び出しました。そんなニュースに接し、レベルの低さにあきれた方もいるのではないでしょうか。週刊文春の新谷編集長が指摘するように、取材力が低いと、おぼれかかった犬は一斉に叩き始める傾向があります。昨年問題になった“号泣会見”の兵庫県議に対する集中砲火のような報道も、そうした事例の一つと言えるでしょう。 おそらく「舛添疑惑」のような問題を取材する大手メディアの記者は今後、会見で激しい言葉をぶつけていくでしょう。例えば、2005年のことですが、JR西日本の福知山線で列車脱線事故が起きた際、全国紙の記者が会見で“ヤクザまがい”のような言葉で罵声を浴びせて批判され、のちに会社から処分されたことがあります。「罵声や大声=追及」と勘違いした一例と言えるでしょう。 言葉の激しさ、とげとげしさは「質問の鋭さ」とは別次元の話です。結局、日々の地道な取材こそが、いざという時に力を発揮するのではないでしょうか。それがないから、常にウオッチしているはずの政治家らへの取材は甘くなり、問題が起きても記者クラブ内の「なあなあ」の雰囲気の中で追及は中途半端にしか進まず、そしてターゲットがおぼれかけていると見るや今度は一斉にたたき始める――。そんな傾向が続くのではないでしょうか。 舛添氏をめぐる問題でも、それがあからさまに見えてしまいました。大マスコミの体たらくは今に始まったことではありませんが、思わず、「おい、しっかりしろよ」と言いたくなる日々はまだ続くのかもしれません。

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    無意味なリーダー潰しではなく、舛添氏を「育てる」べきだった

    添氏を辞めさせた方がいいか、都知事を続けさせた方がいいか」は、自分たちの利益を考慮して判断すべきだ。メディアの「舛添バッシング」に乗ると、最終的に自ら、あるいは子ども達がツケを支払うことになりかねない。 私は、舛添氏は、政治家としての卓越した能力を持つと考えている。過去に私がみてきた厚労大臣の中で、舛添氏の業績は傑出している。また、東京都知事としても、きっちりとした仕事をしていたと思う。本稿では、政治家舛添氏に対する私の評価をご紹介したい。妊婦死亡事件から医師不足問題に道筋 舛添氏は07年8月から09年9月まで、第一次安倍・福田・福田改造・麻生内閣の四期にわたり厚労大臣を務めた。この期間、多くの問題を片付けた。例えば、C型肝炎訴訟、年金記録、新型インフルエンザ騒動、そして医学部定員増である。 いずれの問題においても、既得権者が存在し、「改革」は困難を極めた。舛添氏の手法は、マスコミを巻き込みながら、世論を喚起し、さらに永田町の政治バランスを利用して合意を形成していくというものだった。厚生労働相に就任し、会見に臨む舛添要一氏=2008年9月 その真骨頂は、08年6月に、1997年の医師定数削減の閣議決定を撤回させることに成功したことだ。当時、わが国で医師が不足していることは自明だった。国民が医師不足を知るきっかけは、06年2月に、福島県立大野病院で癒着を伴う前置胎盤に対し、帝王切開手術を受けた妊婦が死亡した事件だ。 担当医が逮捕された。この「不当逮捕」に対し、全国の医師が憤った。そして、メディアも、この問題を調べるようになった。その結果、逮捕された医師が、一人医長として24時間365日、お産に対応していることを知った。この不幸な事件を契機に、国民は、問題の本質が「医師不足」であることを認識し、「医療崩壊」「医師不足」を繰り返し報じるようになった。 この事件に早くから取り組んだのは、当時参議院議員だった舛添氏である。国会で取り上げ、関係者を支援した。08年8月に福島地裁は無罪判決を下し、検察は控訴しなかったため、無罪が確定した。厚労官僚の信頼を得ていた舛添氏 医師不足が明白にもかかわらず、舛添氏が厚労大臣になるまでは、誰も手をつけなかった。官僚、日本医師会という抵抗勢力が存在したからだ。 官僚の抵抗は熾烈だった。舛添氏が医学部定員を増やそうとしたときには、文科省医学教育課長に出向中だった医師免許を持つ厚労省の幹部官僚が、東大などの医学部長に「医師はなるべく増やさない方向で頼みます」と電話し回ったことが判明している。日本医師会の横倉義武会長(右)=2016年4月 厚労省の幹部官僚から、直接電話で「依頼」された医学部長たちは悩んだことだろう。厚労大臣は大きな権限を持つ。しかしながら、任期は通常1~2年だ。一方、幹部官僚には、その人物が退官するまで、研究費の工面や審議会の人選などで「お世話」になる。大臣と幹部官僚の板挟みにあった場合、どちらにつけばいいかは言うまでもない。 舛添氏は様々な手法を用いて、この問題を克服した。例えば、前出の医系技官のケースでは、マスコミにリークした。舛添氏本人ではなく、彼の意向を汲んだ部下たちが動いたようだ。このことは、08年10月10日、日本経済新聞が朝刊の一面で報じ、大臣に対して面従腹背の厚労官僚の姿が国民に曝された。そして、この動きは止まった。 なぜ、舛添氏はこういうことができたのだろうか。それは厚労省内の心ある官僚たちが、舛添厚労大臣を応援したからだ。2007年夏に厚労大臣に就任後、「誠実に勤務する姿が、部下で官僚たちの信頼を得た(厚労官僚)」という。 日本医師会との闘いは、日本医師会の幹部だけでなく、その意向を受けた「族議員」との代理戦争だった。 舛添氏は、メディアが醸成した世論、及び民主党と連携することで、日本医師会・族議員の抵抗を抑えることに成功した。メディアについては、あらためて言うまでもないだろう。ただ、メディアだけでは族議員は屈服しない。最終的には永田町での多数決が勝負を決める。 注目すべきは、07年以降、参議院で与野党が逆転していたことだ。当時、最大野党の民主党の医療政策をリードした仙谷由人・元官房長官や鈴木寛・元文科副大臣だった。舛添氏は彼らと太いパイプを持っていた。仙谷氏や鈴木氏は、医師を増員すべきと考えており、彼らが中心になって作成した09年の総選挙の民主党のマニフェストは、ほぼ舛添氏の考えを踏襲していた。 この結果、舛添氏は、日本医師会や厚労官僚の抵抗を押しきることが出来た。そして、医学部定員を5割増員することが決まった。当時約8000人であった医学部定員は、1万22000人になる まで、毎年400人ずつ増員されることになった。国民の利益を代弁できる数少ない政治家 ただ、舛添氏の改革は、その後、骨抜きとなる。医学部定員が当初の予定通り増員されたのは2010年度までで、2011年度には77人の増員に減らされた。東日本大震災で東北地方の医師不足が顕在化したにもかかわらず、医学部定員の増員にはブレーキがかかったのだ。 その後、現在にいたるまで大きな変化はない。2015年度入試での定員は9234人で、前年から65人増やすだけだった。さらに、2015年9月13日には、日経は一面トップで「医学部の定員削減、政府検討 医療費膨張防ぐ」と報じた。厚労省は、20年から医学部定員を削減しようとしていることを報じ、医師数削減を既成事実化しようとしたことになる。 勿論、このままで医師不足は改善しない。図は首都圏の75才以上人口1000人あたりの60才未満の医師数の推移を示す。全都県で団塊世代が亡くなる2035年頃に一時的に回復するものの、その後は悪化している。このまま無策を決め込めば、首都圏の医療は崩壊する。これでいいのだろうか。図;首都圏での75才人口1000人あたりの60才未満の医師数の推移 筆者と井元清哉・東大医科研教授の共同研究  日本医師会にとっても、医師免許をもつ厚労官僚にとっても、ライバルとなる同業者は出来るだけ少ない方がいい。選挙で支援を受ける族議員も、彼らの機嫌を損ねたくない。こうやって医師不足は放置されてきた。そして、これからも放置されるだろう。 この問題を解決するには、国民が考え、そして国民の利益を代弁する政治家が必要だ。知名度が高く、独自の支持組織を持たない舛添氏は、国民の利益を代弁できる数少ない政治家の一人であった。東京五輪をダウンサイズ では、都知事として、舛添氏はどうだったろうか。「介護や医療を売り物にして当選したのに、都知事になったら何にもしなかった」と批判する人がいる。 確かに、結果的にはそうだったかもしれない。ただ、私は、これはやむを得なかったと思う。それは、13年9月に、2020年に東京五輪が開催されることが決まっていたからだ。舛添氏が都知事に当選する前のことである。 国民・都民が東京五輪の開催を希望していた以上、舛添氏は、東京五輪を着実に推進するしかない。知人の東京都庁の職員は「舛添知事の仕事のエネルギーの半分以上は、東京五輪関係に費やされていた」という。 では、その仕事の中味はどうだったろうか。私が注目するのは、東京五輪をダウンサイズしたことだ。例えば、物議を醸した新国立競技場の建設計画は、15年12月に白紙撤回され、ゼロベースで見直されることになった。予算は約3000億円から1581億円に減額され、395億円を東京都が負担することとなった。 これを主導したのは舛添知事だ。15年5月、下村博文文科大臣(当時)が「競技場は東京のど真ん中、都民のスポーツ振興にもなる」という理由で東京都に約500億円の支援を要請したとき、舛添氏は「500億円もの税金を都民に払えと言う以上、きちんとした根拠がないといけない」と反発し、計画が見直されるきっかけを作ったことは有名だ。 私は日本国民の一人として、国立競技場の改修が必要な事は認める。ただ、税金を使う以上、費用対効果を考える必要があると思う。舛添氏の仕事を評価したい。おそらく、普通の知事なら、こんなことはしなかったろう。巨大公共事業には利権が付きものだからだ。東京五輪のダウンサイズが、自民党都議団や彼らの支持組織の不評を買ったのは想像に難くない。都市外交の能力も都市外交にも能力を発揮 舛添氏が批判されるきっかけは、度重なる外遊だ。では4年後に五輪を開催する都市のトップとして、舛添氏はどうすればよかったのだろうか。 私は、この点について舛添氏を批判するのはお門違いだと思う。政府は勿論、都市、民間ベースで交流を続けるべきだ。これは東京五輪に限らず、東京の世界的な地位を上げるために必要なことだし、戦争や災害など危機にあたっては、個人的なネットワークがものをいうからだ。会談を終え、握手する遠藤五輪相(左)と東京都の舛添要一氏=2015年7月、都庁 幸い、舛添氏には、その能力がある。どうせなら、もっと都市外交をやって貰えばいい。そして、有機的なネットワークを作ってもらえばいい。フランスや韓国などの大統領や首相に面談を求め、実際に会って貰える政治家が、わが国にどれくらいいるのだろう。 新国立競技場の建設に500億円を支払うことには反対しないのに、一回数千万円の舛添氏の外遊費を批判することが合理的だろうか。「外遊はすべきだが、もう少しコストを下げるように」と要望するだけでいい。リーダーを使い捨てにしても無意味 わが国には優秀なリーダーが必要だ。それは、わが国が、巨額の財政赤字を抱え、かつ東アジアのパワーバランスは不安定だからだ。遠くない将来、大きな決断を迫られる可能性が高い。 国家が危機を迎えたとき、官僚では大きな方向転換は出来ないし、わが国が議会制民主主義をとっている以上、そうすべきではない。このようなとき、矢面に立つのは政治家だ。このような政治家には、歴史、文化、経済、科学などに対する広い教養が必要だ。 海外のリーダーを交渉する際には、語学力や国際関係に関する知識は勿論、タフでなければならない。急速に国力を失いつつあるロシアを支えるプーチンのイメージだろうか。 このような政治家は、一部の国民からは「性格が悪い」と映るだろう。そして、メディアにバッシングされるだろう。果たして、どの程度の国会議員や知事に、その矜持があるだろうか。また、能力があるだろうか。舛添氏には、能力と矜持がある。リーダーに何を期待するか有権者が考えるべき マスコミは、舛添氏を批判し続けたが、彼の対応は立派だったと思う。もし、自分が同じ立場に置かれたときに、同様の対応ができるか自信がない。 例えば、一連の疑惑報道に対し、舛添氏は自ら説明した。6月13日の東京都議会の総務委員会集中審議では、いくつかのメディアが完全生放送した。 記者会見では、誰でも参加可能で、全ての質問に答えなければならないという都庁記者クラブのルールに従った。二時間を超えることもあった。舛添氏は、病気」を理由に、入院したりしていない。東京都議会総務委員会の集中審議で答弁を終え、自席に戻る舛添要一氏=6月13日 また、政治資金が問題視されたとき、「秘書がやりました」とは言わなかった。これは、昨今、政治資金規正法や贈収賄の疑いを指摘された政治家とは対照的だ。 海外出張の際には「都庁の役人のお膳立て通りやった」と言ったが、おそらくその通りだったのだろう。都庁の役人の中には、都市外交に意義を感じ、率先して進めた人も少なくないはずだ。 誰と会い、何を行い、そしてどう交渉するかは舛添氏が決めただろうが、ロジについては役人に任せたのだろう。そして、役人は「前例」通りやったのだろう。費用を節減する必要があるなら、「前例」を変えればいいだけだ。 都庁の知人は「これまでの知事は、あまり出勤してこなかった。だから、政治決定すべきことがしにくかった。舛添さんになって、やっと普通の組織になったと思う」という。このように考えると、舛添騒動も全く違って見えてくる。 舛添叩きをすることは簡単だ。果たして、それでいいのだろうか。リーダーの揚げ足をとって、使い捨てにしても、有権者には何のメリットもない。舛添氏には「公私混同を慎んで下さい」と釘を刺し、さらに働いて貰えばよかった。舛添氏が「成長」するきっかけになっただろう。 リーダーは、我々が育てるものだ。リーダーに何を期待すべきか、いまこそ、我々、有権者が考えるべきである。

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    職業人として悲しくないのか? 誇りなき日本メディアの「舛添劇場」

    は誰で、その動機は何だったのか? そのような構造を明らかにすることも、「本寸法」の報道だったろう。 メディアにも、商業的な側面がある。新聞社だって、テレビ局だって、食っていかなければならない。従って、たとえ「色物」だとわかっていても、いわば「にぎやかし」としてそれらの話題を取り上げること自体が、悪いとまでは言えないだろう。 その一方で、「本寸法」の精神を忘れてしまっては、職業人として悲しい。何よりも、ジャーナリズムの名が、恥ずかしい。さらに、ヘタをすれば、国の方向を誤る。舛添さんの一連の騒動で、現場の記者たちに、そのような矜持は、どれくらいあったのだろうか。 連想されるのが、米大統領選挙をめぐる、アメリカ国内のメディア状況である。 不動産王トランプさんは、確かに注目を集めやすい人である。メキシコとの国境に壁をつくって、その費用はメキシコに負担させるとか、イスラム教徒は入国させないとか、実現の可能性が怪しい、派手な花火を打ち上げる。トランプ報道で冷静だった米国メディア その独特のヘアスタイルから、華やかなライフスタイル、さらには、父親からの資金援助が最初にあったとは言え、自らの努力で資産を築き上げた「アメリカン・ドリーム」の物語など、トランプさんが注目を浴びる要素は、たくさんある。 テレビなどのメディアは、そのようなトランプ現象に乗っかり、かなりの分量の報道をした。その過程で、それなりに利益も上がっただろう。トランプさんが事実上の共和党の候補になる上では、そのようなメディアの後押しが大いに役に立ったことだろう。 しかし、そのようなトランプ現象は、所詮、「色物」である。では、「本寸法」の報道は、忘れ去られてしまったのだろうか? そんなことはなかった。トランプさんが、共和党の候補者指名を獲得しそうだ、という情勢になった頃から、米メディアの中に、真剣な報道が目立ち始めた。もちろん、最初からあったのだろうが、騒ぎが一段落して、そのような冷静な声が聞こえ始めたのである。米ウィスコンシン州の集会会場に到着したトランプ氏=2016年3月(ロイター) トランプ現象は、確かに、今回の大統領選挙を盛り上げている。一方で、実際に、大統領になる資質があるかどうかの検証、主張されている政策の是非、さらには、トランプさんを支持している人たちの特徴についての、冷静な分析ーーこれらの「本寸法」の仕事を、米メディアは忘れていなかった。これらの報道は見応えがあるし、記事は、読み応えがある。さすがは、「ピューリッツァー賞」に象徴される、「ジャーナリズムはこうあるべき」という規範のしっかりした国らしい、ほっとさせる動きだと思う。 話は、日本のメディアに戻る。最近の日本のメディア、そしてソーシャル・ネットワークでの議論を見ていると、どうも、タガが外れてしまっているような気がしてならない。すべてが「ネタ」として話題にされ、そして消費されていく。誰も、そもそも原則論としてはどうなのか、ということを気にしない。そして、喧騒の中で再び誰かが神輿に担がれ、やがてまたスキャンダルで失脚していく。 そろそろ、日本の将来、政治の本来の課題について、冷静かつ合理的な議論をすべきなのではないか。そのような対話の助けになる、「本寸法」の報道がなされるべきなのではないか。 これは、何も、米国に見習え、という話ではない。「本寸法」、「色物」という価値観を創ったのは、私たちの祖先である。それは、日本の文化の根幹に根付いている、ある「生真面目」な感覚である。 今の報道のあり方が良くないということは、報道陣も、そして報道を消費する私たちも、どこかで気づいているのではないか。祭りの喧騒はほどほどにして、そろそろ、背筋をぴんと伸ばしてものごとを考えるべき時が来ているように思う。 日本人の生真面目さは、世界の人たちが称賛するところである。舛添さんに関する報道にそれがあまり見られなかったのは、一時的な現象だと思いたい。

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    「バカ殿」を演じた舛添氏を「切腹」させたメディアの罪

    た「疑惑追及劇場」が、「セコイ」という日本語を世界に拡散しただけで終わった。本当に残念である。世論とメディアが、ひたすら「辞任」を要求しなかったから、こんなことにはならなかっただろう。 私は、「疑惑劇場」が始まってしばらくしてから、「辞めてほしくない。もっと続けてほしい」と願うようになった。 それまでは、このまま「逃げ切ろう」という姿勢が許せず、一刻も早く「出場停止」にし、「永久追放」してほしいと思ってきたが、考えが変わった。このまま「辞職します」と頭を下げて、いなくなってしまったら困る。「反省しています」「生まれ変わります」「給料を返上します」と言っているのだから、しばらく都庁にいてもらって、毎週、同じ会見と議会審議を続けていってほしかった。 舛添「疑惑追及劇場」が始まったのは、「文春砲」(週刊文春5月12日号)が放たれた4月27日だった。その後、「口先言い逃れ」が続いたが、6月20日の「無言逃亡」により、劇場はわずか2カ月で終幕してしまった。険しい表情で都庁を後にする東京都の舛添要一知事(中央)=6月20日午後 この間、メディアの報道は盛り上がり、とくにテレビのワイドショーは視聴率を稼いだ。だから、一部のテレビ関係者は私と同じ思いで、「すぐに辞めてもらっては困る」と言っていた。「すでに辞任は既成事実化している。ならば、辞めるのはいつでもいい。もっと先でいい。毎日、ナマ中継でき、ここまで視聴率が取れるコンテンツはそうない」 というのが、その理由だ。 メディアは常に「都民の声」を代弁していると言いつつ、本音では「劇場」が続くことを願っていた。しかし、都議会与党の自民・公明の議員まで「恥ずかしくないのか」「あなたは辞めるべきです」などと言い出したため、舛添氏は辞めざるをえなくなってしまった。 本当に、残念である。辞任で本当にホッとしている人たち辞任で本当にホッとしている人たち  多くの都民、いや日本国民全体が舛添辞任を「よかった」と思っているかもしれない。「やっと辞めてくれた」とホッと胸を撫で下ろし、「今度はもっとまともな人を選ぼう」と思っているかもしれない。 しかし、舛添辞任を本当に「よかった」と思っているのは、都民・国民ではなく、都議会の与党、そして都の役人たちである。もっと大きく言えば、日本の政治・官僚支配システムのなかで、税金で生きるすべての人々である。 なぜなら、舛添氏は、都知事としてほぼなにもせず、「素晴らしき遺産」を守り通してくれたからだ。これは、世界の民主制国家のなかで、どこの国にも見られない世界遺産に匹敵する「日本遺産」である。 では、舛添氏が守り通し、残していった遺産とはなんだろうか? 以下、列記してみよう。視察という「外遊」には常にファーストクラスで行き、宿泊は5つ星ホテルのスイートでOK(「事務方が用意してくれた」のだから問題なし)。公用車は「走る知事室」なのだから、どこに行こうとかまわない(週末別荘通い。家族といっしょに巨人戦観戦もOK)。「視察」と言えば、趣味の「美術館めぐり」をいくらでもやっていい。正月の家族旅行を「会議」にしてしまえば、旅行代を政治資金でまかなっていい。「クレヨンしんちゃん」も政治資金で買っていい。「外国からの賓客にプレゼントする」とすれば、政治資金で趣味の美術品をヤフオクで買っていい。「中国服」を書道用に使うという画期的な着用方法がある。「第三者の厳しい目」として、ヤメ検弁護士を使えば「関係者は関係者」と言ってくれる。 まだまだいくらでも「遺産」はあるが、この辺にしておこう。要するに政治家は、税金、政治資金を好きなように使えるということである。政治資金規正法は「公私混同法」 ところで、舛添氏はどうして、このようなことをしたのだろうか? どんなに優秀、頭がいい人間でも、このような素晴らしい(=セコイ方法)は思いつかない。いずれも、優秀な学者アタマでは考えられない方法である。 そこで言えるのは、彼は政治家になり、先輩政治家たちを見て、こうした方法を学んだのではないかということだ。そうでなければ、「クレヨンしんちゃん」を政治資金では買うはずがない。1件あたり3万円程度の美術品を外国の賓客にプレゼントしたら笑われるはずなのに、それを堂々と買うわけがない。 その意味で、彼の学習能力は極めて高い。 つまり、政治資金規正法が主として献金の授受に関しての規定であり、その使用法については特段の記載がない「ザル法」であることを知り、ほかの政治家がどのようにそれを活用しているのかを学習したのだろう。 その結果、この法律は「公私混同法」であることを早くから見抜いていたのだ。 舛添氏は素晴らしい「語録」を残している。「政治家というものは私利私欲を離れて公のために尽くす気持ちがなければ、政治家になるべきでない」は、そのなかでも筆頭に挙げられるものだ。 しかし、彼は政治家になって、これが「戯言」にすぎないことを、身を持って知ってしまった。マスコミが本当に追及すべきことマスコミが本当に追及すべきこと さらに、舛添氏が学んだことがある。 日本では上に立つ者はなにもしてはいけない。トップリーダーというのは、改革者であってはいけないということだ。上に立ったら、下の者たちがいうことをすべて聞き入れ、「バカ殿」として振る舞うことこそが、やるべきことだということだ。 「文春砲」が放たれるまで、舛添氏の都庁における評判はすこぶるよかった。同じく金銭疑惑で辞任した猪瀬直樹前知事は、行政改革をやろうとしたため、労働組合の強い反発を受けた。しかし、舛添氏は改革などいっさい言い出さず、官僚の言いなりに都の財源を気前よく使った。 東京五輪の“裏金招致”疑惑の追及などには無関心で、まして、五輪利権で潤う既得権者のために、いくらでも都の資金を投入することを許した。 日本の組織においては、トップは下に担がれる「神輿」、つまり「バカ殿」でいいのである。いくら、自分をアタマがいいと思っても、そのアタマを使ってはならない。アタマがいいほど「バカ殿」を演じなければ、必ず「神輿」を外される。このような日本独特の民主制のあり方は、世界でも類を見ない。 舛添氏に「バカ殿遊び」をさせていたのは、いったい誰なのだろうか? メディアが追及すべきは、セコイ公私混同疑惑ではなく、じつはこちらのほうではなかったか? さらに、政治資金規制法という「ザル法」を改正させることではなかったのか? こうして見れば、舛添氏は「素晴らしい知事」だった。国民も都民も“怒り損”「担がれるほう」もそうなら、「担ぐほう」も、税金、政治資金を勝手に使って、遊興生活を送っている。 自由民主党東京都支部連合会の収支報告書を調べれば、舛添氏と同様に「会議」名目で、都内の高級料亭などで、飲食三昧しているのがわかる。たとえば、2013年2月5日には、高級料亭「つきぢ田村」約98万円、2014年4月4日には、ミシュランの星付きの高級割烹「玄冶店 濱田家」に約52万円を支払っている。東京都議会の自民党が舛添要一知事への不信任決議案を提出した議会運営委員会=15日午前0時46分 このような会議費は、2014年までの3年間で、約3500万円に達している。 その意味で、舛添氏の「ホテル三日月」の家族旅行費は本当にセコイ。出版社社長には、部屋にあるお茶程度しか出さなかったというのだから、彼はもっと学習するべきだった。「舛添“逃げ切り失敗”劇場」が終わって、途方もない虚脱感が残った。 とくに、自民党の都議5期を務める重鎮・野村有信都議が「侍で言えば、打ち首よりも名誉ある切腹の方がいいでしょ。最後の引き際は尊敬すべきだと思いますよ。そう思って、みなさん、許してあげましょう」と述べたのには、驚きを通り越した。  この国は、まだ戦国時代、江戸時代なのだろうか?   結局、メディアの洪水報道は失敗に終わってしまった。政治資金規制法の改正も、都条例の改正も実現できなかったのだから、国民も都民も“怒り損”だ。「文春砲」がいくら放たれても、これでは日本はなにも変わらない。私たちが税金を払うのは、「受益者負担」という原則に基づいている。しかし、日本では「受益者」は、この国を支える人一人の国民ではない。

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    「舛添叩き」は正義といえるか

    らず都庁を去り、疑惑の解明もうやむやになったままだ。舛添氏のどこがダメで、何がいけないのか。そして、メディアによる執拗な「舛添叩き」は何が問題なのか。

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    開き直れなかった舛添要一氏の陰で「飛んで」しまった課題

    渡辺輝人(弁護士) 舛添要一・東京都知事が辞表を提出しました。舛添氏の問題は、出張旅費の濫用の問題に始まり、政治資金の濫用・流用の問題に発展していきましたが、前者は所詮ローカルな東京都の財政の問題で、後者については東京都の財政にすらあまり関係ない一政治家・舛添要一の問題でした。日本国民の将来がかかった7月10日の参議院選挙を前にして、「事実上の選挙戦」が始まっているにもかかわらず、毎日一定量しかないニュースの時間を東京ローカルのネタに占領されることに、筆者は「それでいいのか」という思いに駆られていました。しかし、舛添氏は辞任し、参院選・東京都知事選に向けてことは動き始めました。そこで、舛添氏の問題でどこかへ飛んで行ってしまった、法的にも、政治的にも重要な問題について、いくつか指摘しておこうと思います。舛添氏を都知事候補に担いだ人たちがいること すでに拙稿「ひらきなおれ!舛添要一」で指摘したことですが、舛添氏の政治資金に関する疑惑は2014年2月の舛添氏が当選した東京都知事選の前から指摘されていました。東京都知事の旅費濫用についても、石原慎太郎氏のガラパゴス旅行以来、東京都では“当たり前”になっていたことでした。 それらの問題がすでに顕在化していたのに、特に問題にされることもなく、舛添氏は都知事候補として担がれたのです。下記動画をご覧下さい。YouTubeの舛添氏の公式ページにアップされていたものですが、タイトルは「舛添要一(ますぞえよういち)【東京都知事選 2014 街頭演説動画】自民党の安倍総裁、公明党の山口代表と共に支持を訴えました!- 2月2日(日) 銀座編-」です。 司会は東京都選出の自民党の参議院議員・丸川珠代氏ですね。舛添氏を紹介するときに「私たちにはこの人しかいない」(2:36~)と言っています。 舛添氏本人の演説の後に登場するのは山口那津男・公明党代表(10:47~)です。街宣に公明党の街宣車が使われていることを指摘した後、「ぜひとも、舛添さんに勝ってもって、この世界の都市東京、日本の首都東京、素晴らしい世界一の都市東京を作ろうではありませんか」(11:18~)と述べます。 その次にマイクを握ったのは安倍晋三・自由民主党総裁(総理大臣)(19:23~)です。「この東京の良さを引き出し、競争力を引き出し、国際社会における、この競争に打ち勝つことができる、その都知事候補は、舛添要一さんしか、みなさん、いないじゃないですか」(25:46~)と言った上、安倍氏、舛添氏、山口氏が三人で手をつなぎます。 すでに指摘されていた舛添氏の政治資金問題に知らん顔して、舛添氏を推薦した人たちに、責任はないのでしょうか。「裏金問題」と政治資金規正法はどこへ行った東京五輪の裏金問題がどこかへ行ってしまった件 思い返してみると、舛添氏の問題に火がつく直前まで、私たちが目にしていた政治ニュースは、2020年の東京五輪招致に絡む裏金問題でした。2億2千万円ものお金(実際には10億円ものお金が動いた、という報道も一部にあります)が投票権を持つ国際オリンピック委員会の委員の買収工作に関連して使われた、とも言われています。フランスでは、現在でもこの問題の捜査が続いており、万が一の可能性としては東京五輪が取り消しになることもありうるとさえ言われています。東京五輪ののぼりを横目に、都庁を後にする舛添要一知事(右手前)=6月20日午後 五輪招致委員会は、東京都や日本オリンピック委員会などが中心になって作られたNPO法人ですが、すでにホームページの主要部分は消され、財政報告を見ることはできません。一方、オリンピック招致に多額の都税(平成24年度、25年度だけで33億円)が投入されたことは明らかであり、本来、6月の東京都議会では、この問題も審議されるものと思っていました。が、舛添氏の問題で完全にどこかへ行ってしまいました。 私も一国民として支払っている税金が、疑惑にまみれた東京五輪に関連して投入されるのは、正直言って御免被りたいです。また、報道されていることが本当であれば、五輪絡みの不正な金員の額は、舛添氏が不正に使用したお金の比ではないはずです。参院選でも、都議会でも、焦点にされるべきこの問題が舛添氏個人の問題に押し出される形でどこかへ行ってしまったのは遺憾としか言いようがなく、今後の都知事選、参院選で改めて議論をして頂く必要があると思います。徹底調査と、クロだった場合のオリンピック返上を掲げるくらいの都知事候補は出てこないのでしょうか。そういう政党はないのでしょうか。政治資金規正法、収賄関係の法律の改正こそ急務 舛添氏の政治資金問題は、一部、違法の可能性もありますが、多くの部分は乱脈ではあっても、現行法では責任すら問えない可能性すらあります。これは舛添氏に限った話ではなく、今の政治資金規正法はあまりにザル法過ぎ、小渕優子氏(元経産大臣)、下村博文氏(前文科大臣)など、安倍政権の閣僚たちがザルの目をかいくぐって責任を問われないままになっています。安倍首相自身の多額のガソリン代の問題は利益供与の可能性すら指摘されながら大きな話題になっていません。これを機に、政治資金規正法の改正をすべき事は、国民の大方が一致する意見なのではないでしょうか。そして、政治家と金の問題では、この間、甘利明(前特命大臣)によるあっせん利得の問題について、東京地検特捜部が不起訴にする、という大変ショッキングな話題がありました。この件も、舛添氏の問題に押しのけられる形で、どこかへ行こうとしています。あれだけ証拠が揃っているのに不起訴になるのなら、今後、政治家が汚職めいたことをやっても、ほとんどは無罪放免になってしまうでしょう。そうであるのなら、悪いのは法律です。政治家の贈収賄をもっと厳しく取り締まる法律の制定は待ったなしの課題であるはずなのです。 報道各社は、舛添氏に対する微に入り細に穿った報道と同じレベルで、これらの問題を報道し、追及し、不正を暴き、厳しい法律を制定するために、頑張って戴きたいと思います。そうしないと、我が国の政治倫理は、崩壊してしまいます。政権に近い者だけが免罪され、そうでない者はマスコミ総動員でクビを飛ばすことになってしまうのですから。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年6月15日分を転載)

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    舛添報道「幕引きにするな」というテレビはなぜ取材をやめるのか

    高橋秀樹(放送作家/日本放送作家協会・常務理事)(メディアゴンより転載) 日本経済新聞デジタル版が次のように伝えている。 東京都議会は15日の本会議で、舛添要一知事の辞職の申し出に同意した。舛添氏は残務処理の後、21日付で正式に辞職する。本会議に登壇した舛添氏は『これ以上、都政の停滞を長引かせることは耐えがたい。私が身を引くのが一番だと考え、職を辞することを決めた』と辞職理由を述べた。 最後まで自分を飾ることばで締めくくっているところに、舛添氏の誤ったプライドを感じてしまう。 テレビの報道番組は軒並み辞職を伝えた後、以下のような旨の発言で締めくくる。 これで幕引きにしてはならない。 テレビならずとも、それは多くの都民、国民が思うところである。そもそも疑惑についての都知事自身の説明は全く納得できない。第三者と言われるヤメ検弁護士は舛添氏に雇われた身内で、関係者にあたってさえいない。普通の感覚で言えば第三者ではない。【参考】自ら「炎上」へと突き進む?舛添都知事の「理論的な釈明」 第三者たり得るのはマスコミであろう。しかしながら、実際はそれも心もとない。政治資金の「公私混同」疑惑について、弁護士の調査結果を公表した東京都の舛添要一知事(左奥3人目)。注目の調査結果に、大勢の記者やカメラマンが集まった=6月6日(早坂洋祐撮影) キャスターやコメンテーターたちは「これで幕引きにしてはならない」とは言うものの、これは体のいいまとめの言葉。「幕引きにしてはならない」とは言いながら、残念ながら大抵それで「取材は幕引き」になってしまうのである。 舛添氏の疑惑について、明らかにしておかなければなければならないことはまだまだある。ザル法と言われる政治資金規正法についても提言を行うべきである。しかし、今後の取材は行われないだろう。 それは猪瀬直樹前知事の失脚の原因になった徳洲会からの5000万円授受問題の背景が未だに明らかになっていないことを思い出せばわかるだろう。あの話も、すでに「お蔵入り」している感は否めない。【参考】<税金も含まれる「政治資金」>舛添都知事の「政治資金」余っているなら返還すべき ではなぜ、マスコミによる以後の取材は行われないか? 理由は簡単である。取材して放送しても視聴率が取れないからである。視聴率が取れないことを今の報道番組は過剰に恐れている。バッシングは面白いが辞めてしまった人はもう過去の人だ。見る方はもう飽きている。だから取材は行われない。 その意味では、「幕引きにしてはならない」の発言は単なる区切りの思考停止でしかない。都庁クラブに1人か2人かの記者しか配置していない現状では、民放には取材能力が無いとも言えるかもしれない。 「だが!」と筆者は声を大きくして言いたい。本当に視聴率は取れないのか、と。 実は取れるかも知れないのだ。例えば、1週間に1回のペースで、舛添都知事の疑惑を調査報道するコーナーをニュース内に設けてはどうだろうか。ずっとずっとしつこく調査し続ける。密着の連載コーナーだ。手法自体は今のテレビは苦手ではないはずだ。 もしそれが実現できれば、そんなことを他の局はやっていないのだから、ユニークさで目立つ。しつこいほどやって、ある日とんでもないことが分かることもある。これであれば、確実に視聴率は取れる。調査報道は番組に力を与える。もし、記者が足りないなら、下請けでも何でも使えばよい。力を持っている者、ぜひともそれに参加したいジャーナリストはいくらでもいるはずだ。

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    舛添氏に対してNOを突きつけた民衆は本当に「愚民」か

    諌山裕(グラフィックデザイナー) 舛添都知事の辞職が確定したようだ。今回の一件に関して、小林よしのり氏は舛添氏に対するバッシングを「集団リンチ」と書いているのだが……舛添都知事をギロチンにかけよという民衆の声が静まらない。都議会でもマスコミでも、集団リンチが続いている。(中略)「レ・ミゼラブル」のエピソードに倣って、コソ泥には銀の食器を与えよ、反省して死にもの狂いで働くからと言っても、聞く耳を持たない。(中略)民衆とはそうした愚昧な連中なのだ。舛添都知事をギロチンにかけよと熱狂する民衆 「愚昧(ぐまい)」とは……おろかで道理に暗いこと。また、そのさま。愚蒙。「―な人」「―なる通人よりも山出しの大野暮の方が遥かに上等だ」〈漱石・吾輩は猫である〉ぐまい【愚昧】の意味 - goo国語辞書 ……の意だが、「愚昧な民衆」とは「愚民」ということになる。「愚昧」の対義語は「賢明」だが、では「賢明な民衆」とは存在しえるだろうか?……という疑問がわいた。「愚民」の対義語は、「賢民」になりそうなものだが、「賢民」という熟語は辞書にはない。「賢民」は造語になってしまう。2014年2月、雪が降りしきる中、東京都知事選の候補者の街頭演説に足を止める有権者ら=JR品川駅前(宮川浩和撮影) 誤解しそうなのが「良民」だが、本来は「良い民」の意味ではなく、階級制度のあった時代(奈良時代)の身分を表す言葉だ。辞書によっては「善良な人民。まじめな国民。」と記しているものもあるが、福澤諭吉の「学問のすすめ」あたりから派生した拡大解釈だと思われる。 かかる愚民を支配するにはとても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。福沢諭吉 学問のすすめ ここに「良民」という言葉が出てくる。同時代の陸羯南(くがかつなん)の著作「近時政論考」(1891年刊)では、良民について…… 吾輩はあえて議員諸氏に向かいてこの編を草するにあらず、世の良民にして選挙権を有し読書講究の暇なき者のためいささか参考の資に供せんと欲するのみ。陸羯南 近時政論考 ……と書いていて、選挙権を有していることが条件のひとつになっている。当時の選挙権は、「国税を15円以上おさめている満25才以上の男性に限られ、全人口の1%の人」だったことを考えると、富裕層が対象だったようだ(※当時の15円は、現在の60万~70万円ぐらい)。 「愚民」の対義語が「良民」と定義されていないのはなぜなのか? 字義に別の由来があるからなのかもしれない。「賢民」の語がないのは、個人としては賢明さを備えていても、民衆という大人数の集団になると賢明さを失い愚昧な人々になってしまう……ということではないだろうか。 つまり、「賢民」が存在できないのであれば、民衆と愚民は同義語あるいは補完関係にあり、「民衆とはそうした愚昧な連中」という指摘は成立しないことになってしまう。人が数万人~数百万人~数億人と集まって「民衆」になると、「愚昧化」するともいえる。 小林氏が、舛添問題での民衆のあり方を「愚昧=愚民」と批判するのであれば、「賢民」といえる事例を引き合いに出さなければ説得力が乏しい。1077万人が集団リンチに賛同したわけではない 「愚昧」の辞書に用例として出ている「吾輩は猫である」の一節が象徴的だ。 「愚昧なる通人」とは不特定多数を指しているが、「山出しの大野暮の方」は個人もしくは少人数を指していると思われる。少人数のコミュニティであれば人間関係が密で、意見の集約も比較的容易だが、大人数の民衆になると全員一致の意見集約は困難になる。そのため、多数決をとったり、折衷案で妥協したりする。YESかNOで白黒をつける必要性が出てくると、個々の意見の細部は切り捨て、問題を簡素化して二者択一の結論を出すことになる。ある人が、100%賛成ではないが60%賛成ということで、YESに投票すれば不本意な40%の意見は無視される。民衆の規模が大きくなるほどに、意見や意思表示は絞られ、先鋭化していく。枝葉の部分は切り落とされ、1本の丸太になってしまう。 それが民衆。言い換えると、愚昧化した人々の集まりが民衆だ。そして、民衆とは実体をともなわない仮想の存在でもある。誰も民衆を目視することができない。多くの人々という漠然としたイメージの産物なのだ。小林氏のイメージする民衆と、他の人々がイメージする民衆は同じではない。「こんな感じ」と想像しているのが民衆だ。 東京都の人口は、約1351万人のうち有権者数は、約1077万人(2013年7月)。舛添氏に対する意見は、1077万通りあるはずだが、最大公約数で集約すると先鋭化された「辞任要求」になってしまった……ということだろう。 小林氏は「レ・ミゼラブル」を引き合いに出したが、それはちょっと違うと思う。Wikipediaから該当するあらすじを拾うと…… その夜、大切にしていた銀の食器をヴァルジャンに盗まれてしまう。翌朝、彼を捕らえた憲兵に対して司教は「食器は私が与えたもの」だと告げて彼を放免させたうえに、2本の銀の燭台をも彼に差し出す。それまで人間不信と憎悪の塊であったヴァルジャンの魂は司教の信念に打ち砕かれる。迷いあぐねているうちに、サヴォワの少年プティ・ジェルヴェ(Petit-Gervais)の持っていた銀貨40スーを結果的に奪ってしまったことを司教に懺悔し、正直な人間として生きていくことを誓う。 レ・ミゼラブル - Wikipedia ヴァルジャンは懺悔したが、舛添氏は自分の行為を正当化し、正直な証言をせず、懺悔もしなかった。「言えない」「記憶にない」というばかりで、誠実さを示すことはなかった。 「銀の食器を与えよ」というが、都民は彼に「都知事」という座を与えた。銀の食器よりもはるかに価値のあるものだ。それを使って彼が真剣に仕事をし、正直な人間として、人々に称賛される成果を出せればよかったが、実態は違っていた。そのことに民衆は怒ったのだと思う。 ヴァルジャンに置き換えるならば…… マスゾエ・ヴァルジャンは、銀の食器を手に入れたことに味をしめて、銀の食器をもっと手に入れるために、同様の手段であちこちの教会で盗みを働いた。 罪を重ね、逃げ続けたマスゾエ・ヴァルジャンだが、ついには捕まってしまう。 裁きの場に立たされたマスゾエ・ヴァルジャンは、司教に許しを乞う。「どうか、お許しを。今度こそ、心を入れ替えます」 司教は失望感を露わに告げる。「マスゾエ・ヴァルジャンよ。私が銀の食器を与えたのが間違いだった。もはや、私にはどうすることもできない。神のご意志にまかせるしかない」 ……という筋書きになる。 「学問のすすめ」には、以下のような一節もある。 また一方より言えば平民といえども悉皆無気無力の愚民のみにあらず、万に一人は公明誠実の良民もあるべし。しかるに今この士君子、政府に会して政をなすに当たり、その為政の事跡を見ればわが輩の悦ばざるものはなはだ多く、またかの誠実なる良民も、政府に接すればたちまちその節を屈し、偽詐術策、もって官を欺き、かつて恥ずるものなし。この士君子にしてこの政を施し、この民にしてこの賤劣に陥るはなんぞや。福沢諭吉 学問のすすめ 為政者が不正を働ければ、「良民」も賤劣に陥る……と説いている。そういう意味では、セコい不正ではあるが、舛添氏の行いに対してNOを突きつけた民衆は、愚民かもしれないがまだ良識はあったともいえる。不正利用が少額だから許してやれとか、言い訳に嘘をついても許されるとしたら、法律や倫理・道徳は守らなくてもいいって話になってしまう。人の上に立つ者が、それでいいのか? 小林氏が「集団リンチ」と呼ぶのは、ネット上でバッシングの嵐が吹き荒れることをいっているだと思う。ネットのない時代であれば、飲み屋で「あの知事は首だよ、首」と話題にしたとしても、それが拡散することはなかった。個々の声は、半径5メートル以内で消えていた。 それがネット時代の現在では、つぶやきが瞬時に日本中に広がる。小さなつぶやきでも、共感する人が多いほどに、大きな叫びになっていく。 しかし一方で、バッシングに同調している数は、騒ぎの大きさほど多くはないという実態もある。数百人がつぶやきを発していると、あたかも日本中が同調しているような錯覚をしてしまう。人間の脳の処理能力には限界があり、大量の情報が一気に押し寄せると、「1つ、2つ、3つ……たくさん!」と、ひとかたまりに省略してしまう。処理しきれない数になるため、「民衆」という抽象化をしてしまうのだ。 何人からが「民衆」なのか? 10人? 100人? 1000人? 1万人? そこに厳密な定義はない。少なくとも、1077万人が集団リンチに賛同したわけではない。 個人的な希望としては、小林よしのり氏が都知事選に立候補したらいいのではと思う。知名度はあるし、主義主張もはっきりしているし、官僚や周辺の政治家からの圧力に屈することもないだろう。愚昧ではない小林氏なら、都政は正常化できるかもしれない。私は小林氏に1票入れるよ。(ブログ「諌山裕の仕事部屋」より2016年6月15日分を転載)

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    舛添知事を辞任に追い込む有権者の行動の危うさ

    猪野亨(弁護士) 都議会自民党も舛添都知事に対する不信任決議案の提出を決めました。議会解散を恐れる自民党は舛添氏の自主的な辞職を求めているようですが、舛添氏は拒否しています。そこまでしてリオ五輪に出席したいのかということですが、その程度の理由ではもはや説得力はありません。 カネにせこいという程度のものではなく、高額な外遊も含めて都の財政の私物化ですから、カネを戻せば済むという話ではなく、辞職は当然のことです。 政策に問題があるから辞職を求めているわけではありません。都議会自民党が動いたのは、はっきりと「世論」です。この「世論」によって参議院選挙への影響を懸念した自民党が観念したというところです。都議会、都庁や自民党への抗議の電話が多数、寄せられているようですが、こういった事情も無視しえなくなったことでもあります。 風見鶏の公明党は、さっさと決断しています。背景には公明党は都議会議員選挙には強いということ、つまり不信任決議案が可決され、知事が議会を解散しても何も怖くはないからです。 ところで、最近、辞職した人といえば宮崎謙介議員です。イクメンを宣言した最中での不貞行動でしたから、なお一層、世論の反発は強く、議員辞職に追い込まれ、おまけに自民党は補選で公認候補を立てられないところまできました。 しかし、同時期にカネまみれの問題で甘利明氏は、検察庁が不起訴処分にするまで引き籠もり、只ひたすら嵐が過ぎ去るのを待っていたという感じなのですが、実は宮崎氏に対する批判に比べたら、大した嵐でもありませんでした。辞職すらもしないで済み、今や晴れ晴れとしています。このままでは次期選挙でも当選するでしょう。 責任の重さは、こんな感じなのです。 宮崎謙介氏            >     甘利明氏 舛添要一氏「議員としての問題行動の重さ ≠ 責任の取り方 自民党の論理は違う」なぜあの人との扱いがここまで違うのか さらに比べたいのが石原慎太郎氏です。この石原氏は、都庁にもほとんど来ず、外遊は頻繁、高級ホテルは当たり前。都の職員は、石原氏に怒鳴られることでビクビクしていたとも都知事現職時代にも報じられていました。「舛添より酷かった石原慎太郎都知事時代の贅沢三昧、登庁も週3日! それでも石原が批判されなかった理由」(リテラ) しかし、大マスコミはほとんど報じず仕舞い。石原氏は、当時、圧倒的な支持率を背景にしていましたが、それでも何故、有権者は、石原氏との扱いがここまで違うのかということです。日本外国特派員協会で会見する石原慎太郎元東京都知事=5月19日(山崎冬紘撮影) 今、舛添都知事のことで、都庁や自民党などに抗議の電話を入れている人たちが、石原都政時代に同じような抗議をしたのかということが問われているといえます。 確かに、舛添氏が弁明すればするほど、醜態をさらしていますし、それがマスコミを通じて広く知れ渡ったからということになるのですが、そのような動画なり印象を植え付けるようなものがなければ行動には移さないのか、それとも動画を見ることによって行動に駆り立てられてしまったのか、いずれにしてもこのような傾向は情報操作のもとでは危うい「世論」ということになります。 世論は一度、火が付くと止められない危うさがあり、今回の舛添氏の問題は、この危うさを露呈しています。私たちは、舛添氏を辞職に追い込むだけでなく、それが何故、今回、このような舛添氏への批判の嵐になったのかを自らにも問うべきです。ただの自己満足だけの行動ではあってはならないということです。(「弁護士 猪野 亨のブログ」より2016年6月14日分より転載)

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    安田純平さん手記「私が新聞社を辞めて戦場に行った理由」

    交について述べるばかり。戦争が迫っている国の人々の表情などは、ほとんど見えてこない状態だった。 大手メディアもイラクに入国できる人数が限られ、「本筋」の査察取材で手一杯。調査団は、参加者20人余のうち半数は全国紙やテレビ局などメディア関係者という奇妙な市民グループだったが、それは、なかなか見えてこないイラク市民の様子を伝える格好のチャンスだったからだ。米国の「対テロ戦争」と追随する日本政府の方針に疑問 私は、戦争が近づいているといわれている国の人々がどのような表情をして暮らしているのか、そうした場所にいるということがどういった心境なのかを知りたいと思った。また、そうした人々の声を伝えるのが記者の役割だと考えていた。91年の湾岸戦争のとき、高校生だった私は、テレビゲームのようだったバグダッドの映像を見て「あの下にも人が住んでいるのだな。それはどのような心境なのだろうか」と感じていた。それは、さまざまな人々の境遇に触れる事のできる記者を志した原点の一つでもあった。 戦争の機運が高まり、世界的に反戦世論が広がってきていたにもかかわらず、日本国内は動きが鈍く、新聞やテレビで扱われることはほとんどなかった。長野県内にはそういった動きがなく、イラクにゆかりのある人も見当たらなかったため、地方紙に必須の「県内とからめた」イラク関連の記事を書くのが困難だった。イラク行きを決めたのは、「それなら自分が行くことで関連づけてしまえ」と〝安易な方向〟に走った面もあった。県内関係者が行くのを待ち、土産話を取材する機会を捜すという方法をとれないほど好奇心が勝っていた。 記事には出来なかったが、共感してくれた県内有志が帰国後に報告会を開いてくれた。「長野県に住む自分たちとは関係ない」などと思っていない県民がこの時期からたくさんいた。身近な人を取り上げることで読者が親近感を持つという地方紙としての考え方はあってもいいし、逆に、記者が自ら体験しても親近感を持ってくれるものだという側面も感じた。 しかし、これもとがめられた。あくまで個人的に話をしたのだが、就業規則に引っかかるらしく、「会社の名を語った」とされた。見てきたものを伝える、その方法をことごとく封じられた。 なぜ会社がそこまで強硬だったのかは分らない。ただ、12月に行く前に「取材で行きたい」と申請したが「危険だからだめ」とにべもなく却下されていた。さらに、「休みであっても何かあれば会社の名前が出る。休みは強制できないが、行かないでほしい」という会社側の意向に辟易し、強行したことが溝をつくってしまったかもしれない。画像はイメージです市民の側の現場に身を置くしかない 私は2002年3月、やはり休暇を使ってアフガニスタンを取材した。「9・11」のテロ事件から始まった米国の「対テロ戦争」と、追随する日本政府の方針に疑問を感じていたからだ。同時に、それまで知らなかったアフガン民衆の困窮も知った。アフガン攻撃をきっかけに、経済のグローバル化による貧富の差の拡大が広く認識されるようになったが、「貧」の側にいる人々の存在と、「富」の側にある日本の中で比較的「貧」である地方の暮らしを考えることは、自分の中で新しい視点につながっていくのではないかと思った。地方で記者をしながら、休みを使って紛争地帯・貧困地域に行こうと考えたのはそのためだ。しかし、そもそも大した日数はつぎ込めないのに記事を書けないのならば、その意味は半減する。 編集幹部は「イラクの話などに力を入れては読者にしかられてしまう」と言った。しかし、戦争が始まれば、紙面は戦争の記事で埋まることは分かっていた。帰国後に読んでみると、県内の市民数人に意見を聞き、攻撃反対の世論があることを紹介する記事が書かれ、各地で始まったデモや集会の紹介も手厚くなっていた。通信社からの配信を多数使い、米英側、イラク側の発表を織り交ぜていた。バグダッドにいた日本人に電話取材もしていた。識者へのインタビューも頻繁に行っている。朝日新聞なども似た内容だ。 せめて戦争が始まる前に、この程度でも力を入れることはできないものかと思う。後から検証することは大事だが、始まってしまえば人々が傷つき殺される。この段階で反戦の論調を打ち出しても基本的に手遅れである。 また、月並みな感想だが、どのメディアも、イラク市民の様子はいまいち伝わってこない。息遣いや生生しさを感じない。爆撃に対する恐怖も覚えない。戦況を伝えることは重要だが、あくまで基礎情報であって、それによって市民に何が起こっているのかを伝えるのが報道の使命のはずだ。そのためにはイラク市民の側の現場に身を置くしかない。 1月の段階で、メディア情報にはこうした最も重要なはずの部分が欠落することは予想がついていて、歯がゆい気持ちで日本でそれを見ることになるのはつらいと思った。アフガン攻撃でも、現場がどうなっているのかが見えてこず、焦燥感でいっぱいだったからだ。戦前にイラクに行っていながら記事にすることができなかった苛立ちと失望の中で、そうした情報に晒されるのは我慢できないだろうと思い至った。 戦争中に私がバグダットなどで訪れた病院は、血と膿と消毒液の混ざった生臭いにおいが充満し、路上に放置された民間人の遺体は強烈な腐臭を放っていた。空爆跡地は血だまりも残り、騒然とした空気が漂っていた。人々が発する怒りや嘆きも感じた。一方で、戦争のさなかにも人々は笑い、何気ない暮しをしていた。そうしたメディアからでは得られないものを全身で感じ、戦争とは何かを叩き込みたかったがため、私は現場へ向かうことを選んだ。そして、もちろん現場で取材できることの限界にもぶつかった。それらはフリーにならなければできないことだった。組織ジャーナリストとフリーランスの違い組織ジャーナリストとフリーランスの違い それにしても、膨大な情報の中から取捨選択して新聞を作っていることは周知の事実なのに、多くのメディアが「公明正大」「客観」と言う言葉を未だに使いたがるのはこっけいだ。組織ジャーナリズムの中にいるかぎり、記者は取捨選択に組み込まれる。バグダット陥落後に入って来たある全国紙の記者は、悔しそうにしながら「会社の論調に合わない記事はボツになる。悩んでいる同僚は多い」と話していた。記者たちがそうした悩みを抱えながら取材をしていることを、読む側も知っていてもいいと思う。 自分自身の状況判断と責任で行動を取れるかどうかが、組織ジャーナリストとの違いだ。フリーになって初仕事という意味では、開戦前後の葛藤はイラク戦争取材の中でも充実感の残った部分だ。組織の命令で動くならば、諦めもつくし、文句を言って気を紛らわすことも出来る。理不尽であると同時に、気楽な面もあったのだなと感じた。 組織から「危険だから行ってはいけない」という指示を受けることがあることは、私も何度も経験している。それが記者の声明を心配してのことと言うよりも、家族からの賠償請求など会社の責任を気にしてのことだということもよく言われる。しかし、私は「休みで行くので自己責任だ」と主張したが、会社は納得しなかった。あるブロック紙のカメラマンは、「家族が賠償を請求しないという文書を出すからイラクに行かせてほしい」と会社と交渉したが受け入れられなかったという。「何かあったら会社の名前に傷がつく」ことを恐れているようだ。私などは「紛争地がらみで会社名が出ればハクがつくだろうに」と思ったものだが、そう簡単なものではないらしい。  戦争中の3月末、通信施設が壊滅して連絡手段がいっさい途絶え、私を含む日本人の安否確認ができなくなり、ある通信社は死亡記事を用意していたらしい。私の記事を作るうえで、信濃毎日新聞のある幹部に取材をしたようだが、その幹部は私の行動で会社が取材されたことに激怒していた、という話を耳にした。何も迷惑をかけたつもりはないが、何かあれば当然、経歴とともにマスコミに出ることになるだろうし、あることないこと書くところも出てくるだろう。「何も起こらないのが一番」と考えるのも無理はない。恐らくどんな会社にいてもそうした反応をするはずだ。しかし、それが取材活動を制限することになるならば、その守りたい「名」とは何かと思わざるを得ない。(『創』2003年8月号)

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    安田純平さんも見殺しにするのか

    昨年6月に内戦下のシリアに入国後、行方が分からなくなったフリージャーナリスト、安田純平さんとみられる男性の画像がインターネットに投稿された。「助けてください。これが最後のチャンスです」。身柄を拘束した犯人グループの思惑と安田さん本人の覚悟が複雑に絡み合う事件の舞台裏を読み解く。

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    「嘘とカネ」思惑が渦巻く安田純平さん拘束の舞台裏

    、彼と相談してこれからやることは二つということにしました。一つは、情報をそっと探ること。もう一つは、メディアに出さないことです。 なぜなら、拘束したグループから何のメッセージもなく、何のために拘束しているのかわからない。騒ぐことでこちらが有利になるのか不利になるのかわからない状況です。だからとにかく、そっとやろうね、と決めました。 その後、7月12日に、常岡さんがトルコに行きました。その時私たちが考えていたのは「もしかしたらスパイ容疑をかけられているんじゃないか」ということでした。あくまでも推測ですが。ヌスラ戦線が拘束したわけではない 安田さんが消息を絶ったところは、ヌスラ戦線というアルカイダ系の組織が強い影響力を持っている場所だったので、我々はてっきりヌスラ戦線が拘束したと思っていました。そこで、そのスパイ容疑を晴らすために安田さんが書いた本とか、記事とかテレビ出演している映像とかをヌスラ戦線に見せて、ちゃんとしたジャーナリストだよとアピールしようと思ったのです。 でも、事前にこのミッションは失敗が見えていました。というのも、5月の段階で、それまでシリア取材を熱心にやっていた日本人ジャーナリストが、トルコの空港についた時点で次々に入国禁止になって強制送還されていたからです。例えば、若い女性ジャーナリストの鈴木美優さん、『ジャーナリストはなぜ「戦場に行くのか」』(集英社新書)の執筆者でもある横田徹さんなどが立て続けに強制送還されました。 ましてや常岡さんは「イスラム国」を取材した数少ないジャーナリストで、2014年に日本で私戦予備陰謀というとんでもない容疑でパスポートから何から取り上げられて家宅捜索されたことのある人だから入国は絶対無理だと思いました。私は「まあダメもとで行ってらっしゃい、旅費は半分カンパするよ」と言って送り出したんです。画像はイメージです そしたら案の定、トルコには入れずにすぐに帰されて来ました。ここで問題なのは、トルコに入国できないこの3人というのが、いずれもヌスラ戦線と連絡を取れて土地勘のある人たちなんですよ。しかもみな安田さんの友人。安田さん救出に最も力になれそうな人たちが、ことごとく現地に近づけなくなっているんです。 これはあくまで推測ですが、日本政府が、そうしているんじゃないかなと私は思っています。というのも、安田さんが以前イラクでとらわれた後、日本政府が「安田純平にはビザを出すな」とイラク政府に要請したんです。だから安田さんはまともな方法ではイラクに入れなくなったので、コック(料理人)になってイラクの軍の基地でシェフとして働いた。その状況を書いた本が『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)というのですが、これは戦場取材に新たな手法を持ち込んだ名著だと私は思っています。 彼は基地から出られないのでずっと厨房にいる。この本には「厨房から見た戦争」が描かれている。イラク社会ってどんなものかとか、戦争が民営化されていることもよく分かる。世界中からイラクに出稼ぎに来ていて、格差と戦争とか、大事なことがたくさん書いてあるすごく面白い本です。幾つものグループが救出に動く さて、7月以降、安田さんの友達などを含めて、民間で幾つものグループが救出に動き出します。そして、それぞれ間接的・直接的に拘束者との接触に成功しています。日本にこういう人材がいるのかと私は驚きましたね。 そのうちの一つがヌスラ戦線に「日本人が捕まっているだろ?」と問い合わせたら、ヌスラ戦線の方が「知らない」と言うのです。実は現地はヌスラ戦線の影響力が強いところですが、最初に安田さんを拘束したのはヌスラ戦線じゃなかった。実は現地には他にもいろんな武装グループがあって、その中にはヌスラ戦線と付かず離れずで、密貿易などをやっている「ならず者集団」もいます。最初に安田さんを拘束したのはそういうグループだったのです。 それで、ヌスラ戦線が日本からの通報を受けて調べたら、その「ならず者集団」が拘束していたので「我々のテリトリーで勝手なことするな」と怒って、ヌスラ戦線の部隊がそのグループを攻撃しました。これは死者が出るくらいの戦闘で、結果、ヌスラ戦線が安田さんの身柄を引き取りました。画像はイメージです 今日の話は、どこから聞いたとか一切言えないですけど、今、ヌスラ戦線に安田さんは捕まっていて、12月10日段階で、安田さんが生きていることは確実になっています。 問題はヌスラ戦線がどんな組織かということですが、もともとはイスラム国と同根のアルカイダ系組織で、途中からイスラム国と分かれます。今はイスラム国と最も激しく戦っている武装勢力です。今まで何人もジャーナリストを捕まえていますが、まだ殺していません。2012年にはスペイン人のジャーナリスト3人を身代金も何も取らずに帰しています。この時はクゥエート政府が仲立ちしたと言われています。 だから我々もなんとか静かに交渉がやれればと思っていたら、とんでも無いことが起こりました。昨年12月23日に「国境なき記者団」が「安田さんの拘束者が身代金要求をしている。期限内に金を払わないと、殺すか、他の組織に売ると言っている」と声明で発表した。これがドカーンと報道されて、日本人のほとんどがこの事件を知ることになりました。それまでは、常岡さんたちが、日本のメディアに「慎重にして」とお願いしていた。一時期「これは安倍政権がメディアに圧力をかけて黙らせている」というツイッターかなんかがあったけど、逆だったのです。 そんな中、国境なき記者団の声明発言で安田さん拘束が報道された。これが非常に問題だったのは、そもそも安田さんの家族にも、外務省にも身代金の要求は来ていない、つまり根本的に間違った情報だったのです。そこでおかしいじゃないかと問い合わせたら、国境なき記者団は29日に発言を撤回するんです。「5000万円で私が解決してあげる」「5000万円で私が解決してあげる」 どうしてこんなことが起きたのか。私が知っている安田さんを助けようとしている民間のルートの一つにスエーデン人のNさんというのがいて、この人が外務省に「5000万円で私が解決してあげる」と持ちかけていたんです。外務省は相手にしなかった。で、Nさんは、自分の出番を作るために国境なき記者団を使って演出したんだと私は思っています。 Nさんがヌスラ戦線にどんな取引を持ちかけているか分かりませんが、もし身代金での交渉ということになると、大変なことになります。 ご存知のように日本政府は、テロリストとは交渉も接触もしません。身代金も払いません。安田さんのご家族も巨額のお金を払えるわけがない。日本には身代金を払う人がいない。ですから、身代金での交渉となると、安田さんの身柄は非常に危険なことになってしまう。我々は、今一生懸命情報を探っている段階ですけど、Nさんのおかげで非常に難しい状況に立たされています。 こういう混乱が起きる背景の一つには、日本政府の「関与せず」というスタンスがある。政府に頼れないから、民間の人たちがこういうふうに一生懸命やるわけです。それぞれのルートがトルコまで行って独自に調査をやっています。 そして、私が知っている3人のヌスラ戦線と話が付けられるジャーナリストの動きは封じられています。 もし、トルコへの入国禁止を日本政府が要請しているとすれば、「関与せず」だけではなくて救出活動を邪魔することになっている。そもそもジャーナリストが武装集団に拉致された場合、どこの国もなんらかの形で政府が乗り出すものなんです。ところが、日本はそうなっていない。それどころか政府は、危ないところにいくジャーナリストは「蛮勇だ」などと言ってバッシングに加担する。このような日本特有の事情要因があって、今回の状況は起きているんだと思います。 とはいえ、日本政府が出て来ればかえって話がごちゃごちゃになるかもしれない。それが1年前の後藤健二さんの時の教訓でもありますので、私たちとしても動きがとれません。今はとにかく情報を集めようとしている状況です。 ただ12月10日の段階では少なくとも安田さんはまだ大丈夫だということがわかっています。これから、新たな段階でみなさんにご協力をお願いすることがあるかもしれない。その時はよろしくお願いします。  最後に、なぜ戦場に行かなければならないのかというきょうのシンポのテーマについて安田さんは先ほど紹介した本にこう書いています。「戦後60年が過ぎ、戦争を知っている日本人が年々減っていく中で、現場を知る人間が増えることは、空論に踊らないためにも、社会にとって有意義だ」。つまり、戦争のリアリティーを知る人が少なくなる中で、戦争のリアルを知っている人間がいるっていうことは、戦争が空論として論じられないためにもいいんじゃないかというのです。今の日本の状況にぴったりの言葉だと思います。 安田さんは非常に志のある有能な人だし、イラクでコックをやりながらアラビア語をマスターしていたので、拘束者との間に変な誤解が生じることはないと思います。必ず、無事で帰ってくると信じています。(1月15日に都内で行われたシンポジウム「ジャーナリストはなぜ戦場へ行くのか」での発言を収録)

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    取材現場での事故は殉職? 戦場ジャーナリストたちの意志と覚悟

    れたかというと、セキュリティ会社の社長を名乗るスウェーデン人の男がおりまして、それまでもずっと日本のメディアや政府に自分が仲介役になれる、交渉できると持ちかけて、一儲けしようと企んでいたのです。しかし相手にされず、国境なき記者団でよく知っているベンジャミンというアジア太平洋担当デスクに話を持ちかけた。そして彼が上司の判断を得ず、会社の会議にかけずに個人の判断でリリースを出してしまい、世界に広まってしまったということです。 それは全くの誤報であり、国境なき記者団に抗議を送ったところ、ベンジャミンの上司からすぐにメールが返ってきて、撤回させるとのことでした。私だけでなく複数の人が働きかけたと思いますが、それによって国境なき記者団は、声明を取り下げたわけです。 その後、今年の3月、今度は安田純平さん本人がビデオで語っている映像が流れ、大きく報道されて知られることになりました。今日のシンポジウムの開催趣旨にもありますが、「こういう局面で私たちが何をすべきか、何ができるのか」??。私は、何もしないでほしいと思っているんです。というのは、安田さんが3月16日のメッセージの中で、ご家族や奥様、ご兄弟のことを言っています。「いつもみんなのことを考えている。みんなを抱き締めたい。みんなと話がしたい。でも、もうできない」。これは、安田さんが家族や関係者に伝えようとした強烈な覚悟、意思表示だったと思うんです。自分は身代金による解放を望んでいないので、もう家族たちには会えないだろうという決意表明をしたのだと思います。私はこれは、一人の職業人として、ジャーナリストとして、本当に立派な覚悟のしかただと思っています。イラク日本人人質事件。保護されたバグダッドのウムクラ・モスク前から日本の両親に携帯電話をかける安田純平さん=2004年4月17日 安田さんは過去に一度、3日間ほどではありますが、イラクでも拘束されたことがあります。戦場においてジャーナリストや取材者が一時的に拘束されるというのは、時々起こりうることなんです。12年前にイラクで安田さんが拘束されたこともよくあることの一つだったにもかかわらず、大きく扱われてしまった。高遠菜穂子さんら他の3人の誘拐事件とタイミングが重なったために、非常に大きな扱いをされたわけです。 それ以降、彼はずっと、自分がもしどこかで拘束されたり、身の上に何かがあった時どう処すればいいかを考えて取材地に向かっていたはずです。彼はそれを、今回ヌスラ戦線と思われるところから流れてきたビデオによって、しっかりと表明したんです。それに対して我々はじめ同業者、あるいは関係者や一般の人たちが、政府に安田さんを解放してやってほしいと働きかけることは、安田さんの意に反することでもあるのです。これは国家が国民の身に何かが起きた時に、尽力する責任がある、義務があるということとは全く別の話で、当然政府にはそうした責務があるのですが、一方で安田純平さん個人が、自分の職責において、自分の生き方において、政府による交渉を望んでいないので何もしないでくれという訴えかけをしてきた時、私は友人として、同じ仕事をしている人間として、彼の意志を尊重したいと思うんです。 また、闇雲に政府に働きかけたり、それによって政府が何か動いたり、また我々の側からヌスラ戦線に解放してくれとアピールするといったことは、身代金を欲しがっている人間のことをこちらから宣伝してやっているようなものです。それは安田さんにとって何のメリットもないことだと、僕は思っています。現場での事故は殉職現場での事故は殉職野中章弘(アジアプレス代表) フリーランスのネットワークであるアジアプレス・インターナショナルは、シリア、イラク、パレスチナ、アジアの各地で30年ほど取材してきました。その中で1999年には、我々のインドネシア人のメンバーだったアグス・ムリアワン君が東ティモールで殺害されるということがありました。この時は襲撃されて殺害されており、今回のように拘束、誘拐ではなかったのですが、それは僕のジャーナリスト人生の中で一番つらい出来事でした。殺害されたという報告を受けてすぐに東ティモールに行こうとしたのですが、国連もジャーナリストもすべて撤退して入れない。まず、彼の故郷であるバリ島に行って、家族に報告をしなければいけない。説明に行くと、数十人の家族や親戚たちが待っているわけです。そこでアグス君がどうして亡くなったのか、どういう状況だったのかを報告しなければいけなかったのですが、それが僕の人生の中で最もつらい瞬間でした。それから東ティモールの事件の現場に行きましたが、国連との交渉や検視など、いろんな手続があり、殺害から3年後にようやく遺体を掘り起こして、東ティモールの海岸で荼毘に伏して、遺灰を故郷バリ島の海岸に流しました。 2012年には山本美香さんがシリアで殺害されました。山本さんも一時期アジアプレスに在籍していたこともあって、昔からよく知っていた仲間でした。こういう仕事をしていると、当然そういうリスクがあります。 ただ、誤解のないように言っておくと、アジアプレスのメンバーたちは自分が戦場ジャーナリストだという意識はたぶんあまりないと思います。これは大切なところで、戦場だから行っているわけではなくて、そこに伝えなければいけないことがあるから行っているのです。アジアプレスの譲れない原則のひとつは戦争に反対するということです。戦争が起きた時に、我々の命も生活もすべてが破壊されるわけです。戦争に向かうような動きに対して警告を発して権力を監視する。それがジャーナリズムにとって最も大切な使命なのです。そういうことが起きている現場に行き、現状を報告し、なぜそれが起きるのか、それを起こさないためにはどうしたらいいのか、そのような問題提起をすることがジャーナリストの使命、ミッションです。ただ、現場に行けば、いろんな形で事故が起こる。戦場でなくても、取材活動の中では、思わぬ事故が起きるわけです。山本さんも言っていたように、そういう現場での事故というのは殉職だと思います。職業に付随したリスク、それ以上でもそれ以下でもないと思います。 安田純平君の話をしますと、彼が信濃毎日新聞を辞めてフリーで仕事を始めた後、時々会って取材の話を聞いてきました。彼は、主に中東地域の取材をしてきたジャーナリストです。日本のフリーランスの中で、最もイラクやシリアの取材経験の長いジャーナリストの一人です。彼は彼の、本当の意味での自己責任で、自分の職責を全うするということで取材に行ったわけです。ここはきちんと共有したいと思うのです。彼はジャーナリストとして、そこで起きていることを世界に伝えるという役割を自分に課して取材に行った。そこで起きた事故です。 土井敏邦さんや、アジアプレスの綿井健陽や石丸次郎などを中心に、戦場ジャーナリストの仕事をサポートする動きが出てきていますが、とても大切なことです。画像はイメージです フリーランスの権利、取材の自由や安全を守る組織は、日本には全くありません。これは他の国と大きく違うところです。ですから安田君がこういうことになったからといって、組織的に救援に動けるような体制は、全くとられていないのです。友人たちが個々に動くということはあっても、救援活動を担う主体が日本にはない。これは非常に大きな問題です。誰かを責めているわけではなく、僕自身も含めて我々フリージャーナリストを守る主体は我々です。自分たちで自分たちを守るというふうに動かなければいけないのですが、残念ながら山本美香さんであれ、後藤健二さんであれ、その前には2007年に長井健司さんがミャンマーで殺害されましたが、いくつかそういう例がありながら、フリーランスの側が自分たちの権利を守っていくための組織作りができていません。だから我々自身にまず課題があるというふうに僕は感じています。 ただ、誘拐などが起きた場合、我々のできる力を遥かに超えてしまう。身代金であれ、処刑であれ、どう対応するのか。現実的な対応は非常に難しい。できることは限られている。フリーはマスメディアの人たちが行かないような場所に行けば仕事になる、お金になる、現実的にそういう面もあります。でもそういう補完的な気持ちで行っているわけではないのです。戦争の実相というのは、まず戦場の取材から始めなければいけない。僕は絶対にそう思います。ホワイトハウスやペンタゴンを取材したって戦争の本質はわかりません。イラク戦争でも取材の起点は戦場にしかない。だからそこに行くという判断を、自分でしているわけです。 アジアプレスのメンバーが万が一、拘束された場合は、基本的には一切救援活動はしないことにしています。責任を自分で負うということを引き受けて現場に行く。それがフリーランスの仕事のやり方であり、生き方だと思います。ジャーナリズムの自殺ジャーナリズムの自殺新崎盛吾(新聞労連委員長) フリーランスと組織ジャーナリズム、これは決して二つに分けられるものではありません。戦場取材等で、別の立場を取らざるを得ないケースはままあるのですが、取材に対しては同じ思いを共有していると考えています。 安田さんを初めて知ったのは、イラク戦争の時でした。2003年3月、実は私も、共同通信のイラク戦争取材班の一員として中東におりました。3月20日に米軍によるバグダッド空爆が始まるわけですが、大手メディアは全てヨルダンやシリアに撤退して、イラク国内にはフリーの方々だけが残っている状況でした。この時、安田さんは「人間の盾」として、イラク国内で取材活動をされていたわけです。私のような社会部記者がなぜ取材班に加わっていたかといえば、イラク国内には多くの日本人が残っており、空爆で日本人が亡くなったり、けがを負ったりすることがあるかもしれない。そんな最悪の事態に備える意味もありました。 イラク国内のフリーの方々は、大きな情報源にもなりました。今、隣にいる志葉さんは当時、空爆下のバグダッドで取材をされていました。私が志葉さんと初めて会ったのは、シリア・ダマスカスの空港でした。バグダッドから到着する便の乗客を取材している時にお会いして、イラク国内の話を聞いて記事にしたり、撮影された写真の提供をお願いしたりした訳です。もちろん自分で直接取材しなければ分からない、現場に入りたいという思いはありますが、業務命令でイラク国内に入れない状況下では、やむを得ない取材手法です。イラク邦人人質事件。成田空港に到着した渡辺修孝さん(左)と安田純平さん。記者らを前に、イラクに残る発言はしていないと釈明した=2004年4月20日、成田空港 その後、4月10日にバグダッドが陥落し、フセイン像が倒される映像が世界に流れるわけですが、実は共同通信の取材班は、この直前にバグダッドに戻っていました。本社から許可が出ていない中、現場の判断で半ば会社の命令を無視する形で戻ったため、後に社内では問題視されたのですが、歴史的に見ればバグダッド発で報じた共同通信の評価は高まりました。フリーであっても組織であっても、そういう現場の思いがあってこそ、戦場取材が成り立つわけです。 バグダッド陥落の日の紙面で、例えば読売は外電写真を使ってアンマン発で記事を出していました。ジャーナリズムの観点から、本当にそれでいいのかということです。ベトナム戦争の時は大手メディアも記者を従軍させ、現地から写真や映像を送り、戦争の生々しい現実を茶の間に伝えた結果、反戦ムードが高まりました。それが、メディアが本来やるべき戦争取材のあり方だと思います。戦争に反対し、ムーブメントをつくっていくためには、やはり戦場で何が起きているのか取材しなければいけない。そこに組織かフリーかの違いはないと思っています。  新聞労連は今回、安田さんの即時解放を求める声明を出しました。私は映像が流れた直後から、安田さんに対する罵詈雑言、いわゆる自己責任論などがネットで大量に流れたことに大変ショックを受けました。そんな一方的に非難されることを彼がしたのか、冷静に考えてほしいという思いがあります。声明にも書きましたが、メディアの人間、ジャーナリズムの人間は、国民の知る権利を最前線で背負っていると自覚しています。そして大手メディアが、ある意味尻込みをしている地域に、あえて入った安田さんがなぜ非難されるのか。国に迷惑をかけたというような発想が出てくることが、私にはちょっと理解しづらいのです。彼は戦争の現実を伝えるために、ある意味で命を張って行った。結果として危険に晒されたかもしれないけれども、それはジャーナリストとしてのリスクの部分だと思います。 特に今、大手メディアの中では安全最優先、あるいはコンプライアンスという考え方がかなり強まり、記者個人が自由に動ける範囲が少しずつ狭まっているように感じます。そういう中で、現場に行かなければならない、人々に伝えなければならないという思いを失くしてしまったら、組織であってもフリーであっても、ジャーナリズムの自殺だろうと思います。

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    日本人人質殺害事件と戦場ジャーナリズム

    決議した衆院本会議で拍手する安倍首相 その間政府、あるいは外務省が、それから僕らを含めてですけれどもメディアがとり続けている姿勢というのは、この国が今までと形を変えようとしているというくらい大きな節目だと思います。恐らく皆さんもこの間の危機的な状況を敏感に感じられているからこそ、今日もこれだけ大勢の方が会場に来ていらっしゃるんだと思うんですね。 私はテレビ報道の仕事ばかりやってきた人間ですけれども、今回ばかりは現場に取材に行って、胃液が逆流するような思いを何度もしました。今まで国家と個人の関係で言うと、国民の生命財産を守るというふうに、どこかの政治指導者が口を酸っぱくするぐらい、口だけで言っていますけれども、実際に国家が国民の生命財産を守ろうとしていたのかどうなのかが問われています。 それを事実に即してきちんと検証しなきゃいけない。それが今メディアの最大の責務だろうと思っています。市民の側、あるいは国民の側の権利が蹂躙されようとしているときに、果たして今の国家とか、政府とか、官庁とかそういう所が自分たちを本気で守ろうとしているのかということをきちんと考えなければいけない、一種岐路に立たされている。それが偶然戦後70年の今年に重なってしまったんだと思うんですね。 ここに来る前に、ある外交官の方と話をしてきたんですけれど、その人はもう退官されて、それまで40年ずっと外交官として一線で働いてきた人ですけれども、同じことを言っていました。私たちの国の形が変わろうとしている。これまで自分たちは外交官として、国民の生命財産を守るために身体を張って、プライド、矜持を持って仕事をしてきたけれども、これからは違うことになるのではないか。「大義」のためには国民の犠牲もやむを得ない、と。そういうことを、危機感を持って語っていました。 事実経過で言えば、いろんな節目があるんですけれども、湯川遥菜さんが拘束されたのが昨年の8月です。10月6日に警視庁の公安部が常岡浩介さんとか、中田考というイスラム法学者に家宅捜索を行った。あの時の報道は皆さんよく記憶していると思いますけれども、常岡さんや中田さんを、いわば叩いた形ですよね。 その後に、11月1日に拘束されているという情報を政府が把握していたということになっていて、12月3日に後藤さんの奥さんのところに身代金の要求が来るわけです。しかしそれは外務省ないし政府の方から表に出さないようにということを言われていた形跡がある。実はその前の日の12月2日は衆議院選挙の公示日です。 今になって「テロには屈しない」とか大騒ぎをしていますが、その間、本当に国は人質を救出しようとしていたのか。交渉の糸口をつかむために、情報を表に出さないというやり方は他の国でもやっています。ただ、何もやっていない国というのは滅多にない。本当に日本の政府が何もやっていなかったということであるならば、責務を放棄していたと言わざるをえない。 そういうようなことを今、私たちは本当は検証しなきゃいけない。現場で取材をしている人たちが、どこまでやるかということが試されている、それくらいの気持ちで今考えているんです。私はそう思って、きょうここに参りました。戦場取材はこれからどうなるのか戦場取材はこれからどうなるのか~綿井健陽──綿井さんもイラク戦争を始め、戦場取材をやってきた経験から今回の事件についてお話しいただけますか。綿井 僕は「アジアプレス」というフリージャーナリスト集団に所属して15年くらいになるんですが、イラク戦争の取材は2003年からやってきました。去年ですが、イラク戦争の10年を描くドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』の制作(各地で上映中)と、NHKでドキュメンタリー番組を放送しました。 この人質事件に関しては、「日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)」という、12年前に設立した、映像ジャーナリストと写真ジャーナリストの団体から、日本語、アラビア語の声明を出したり、その後はインターネット放送を通じてアラビア語で解放を呼びかけたりと、なんとかできることをしようと試みました。 しかし結局、力及ばず残念でした。今までも報道関係者が殺害されることは、この10年ぐらいの間では結構ありました。思い起こすのは、2004年にイラクで橋田信介さんと小川功太郎さんが車で移動中に襲撃されて殺害されたことです。2007年にビルマで長井健司さんが撮影中に背後から政府軍兵士に射殺された。その後2012年にシリアで山本美香さんが殺害されました。その間には、バンコクでロイター通信のカメラマンである村本博之さんがデモの取材中に銃撃されて殺害されています。 しかし、今回の後藤さんの事件はそれまでとは殺害までの経緯が異なります。取材や移動中の銃撃・殺害ではなくて、拘束されて身代金の要求、そして殺害された。しかも首を斬られて、なおかつその後にまた日本人全体に対する殺害予告ということですから、ちょっとこれまでとは違う恐怖感を感じます。 橋田さんたちがイラクで亡くなった後は、私もそうでしたけれどフリーランスは、その後もイラクの取材に結構行っているんですよね。けれども、振り返ると2004年の10月下旬に香田証生さんが首を斬られて、星条旗に包まれて、バグダッド市内で遺体で発見されたという事件がありました。 当時、日本の大手メディアはバグダッドから日本人記者を引き揚げさせるんですね。事件が起きる直前に、新聞がまず引き揚げさせて、香田さんの事件の後には共同通信が日本人記者をバグダッドから引き揚げさせた。その後、唯一NHKだけが日本人記者・カメラマンを2~3カ月交代で常駐させるという時期が長く続くんです。しかし、NHKも常駐をしているものの、ほとんど外には出ない。ホテルの中で、あるいは民家の宿舎の中でしか動けなくて、実質的にはイラク人スタッフしか外で取材できないという状況が当時始まるんです。 イラクの状況はその後、どんどん悪化していきました。報道陣の誘拐も相次ぎました。外国メディアも現地にはいるんですが、イラク人スタッフでしか、取材できなくなります。イラク・アルビルにある難民キャンプ だから香田証生さん殺害後の2004年の後半以降、フリーランスもイラク取材をする人は物凄く減りました。僕自身も行く回数は減りましたし、2006~7年に入った時は、ほとんど身動きができないくらいで、バグダッドまで入ったはよいけれども、自分自身での映像・写真取材はほとんどできないという状況でした。 2013年に6年ぶりにバグダッドに取材に行ったんですが、その時に外国の通信社のイラク人スタッフに話を聞きました。過去10年間で「イラク人だけで5人のスタッフが亡くなった。私たちの生活はイラク人市民とともにある」と言うのです。イラクではこの12年間で報道関係者が約160人亡くなっているんですけれど、そのうち85%がイラク人です。 イラク市民の死者も、報道関係者の死者も、過去10年を調べたら一番多いのは2006~7年の内戦状態、宗派抗争が激化した時期でした。イラク市民の死者数とイラク報道陣の死者数は連動していて、報道陣の殺害が多い時は、彼らが取材をするイラク市民全体も、毎日のように殺されているということがよく分ります。メディアが狙われる時、市民はもっと死んでいるということです。 今回、後藤さんが殺害されたことで、いま周りの人と話しているのは、これからフリーランスが戦場取材に行ったとしても、発表媒体がどれくらいあるかですね。後藤さんはテレビ朝日系列「報道ステーション」で、この3年ぐらいは何度もリポートをされていました。でも専属ではなくて、他の発表媒体にも持ち込んだりしていました。フリーランスの場合は、取材に行く前に「放送しましょう」と決まっていることはまずないんですね。危険地域の場合は特に取材が全部終わってから、「放送しましょう」「やりません」という判断になります。 後藤さんはたくさんテレビに出ていたたようにも見えますけど、取材に行ったけれど放送できなかったこともあったようです。だから取材してリポートがどんどんできる時は、欲も出ると言いますか、できる時にもっとやっておこうとか、そういう「もっと…」「もう少し…」という気持ちになっていったのではないか、と推測します。私自身もそんな時期はありました。今回、取材日程を見ても相当無理をしているし、フリーランスであるがゆえの、ベテランゆえの、何か「落とし穴」というようなものに嵌ってしまったのか……。ただこれは、本人がいないので確実なことは何も言えません。 今ネット上でこういう書き込みがあります。「テレビ局がフリーランスの、戦争取材の映像を買うからあの連中はそういうところに取材に行くんだ。だからテレビ局はそのような映像を買うのをやめるべきだ」と書いてあった。一人の書き込みかもしれませんけれど、僕が恐れているのは、それこそ放送局がフリーランスの戦争取材の映像等の扱いについて、これからどのように対応するのかということです。 似たような経験としては、2011年の3・11の後に福島第一原発の取材に行った時、立ち入り禁止区域に入った映像は、しばらく出せませんでした。「立ち入り禁止区域の映像は出せません」とテレビ局スタッフの方から言われました。一番訊かれたのは、「どこの許可を取って撮られた映像でしょうか?」ということでした。報道・取材はいつから「許可制」になったのかと驚きました。政府や国家が立ち入り制限・禁止をしているエリアこそ、とても重要な事実が隠されている。それを伝えるのがジャーナリズムの役目でしょう。 戦争取材に行くスピリットや心意気みたいなものは、多分これまでと変わらず、フリーランスの人たちは皆さんそれぞれあると思うんですけれども、ここから先どうやって発表することができるのか。特にマスメディアでの発表に関しては、この後にじわじわ影響が出てくるんだろうなというのが、いま気になっていることです。戦場から伝えることで初めてわかる真実も戦場から伝えることで初めてわかる真実も~豊田直巳──豊田さん、そのあたりいかがですか。豊田 その前に一つ申し上げておきたいことがあります。綿井君からありましたように、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会の仲間たちで、後藤さんが拘束されている映像が出たその日に、二人を解放してくれ、という声明を出しました。その後も救援の一部を担うような形を取らざるを得なかったのですけれども、少しお話しておいた方が良いかなと思うのは、実は今日のシンポジウムのタイトルも「後藤健二さんの死を悼み…」ですね。つまり湯川さんは消えてしまう。これは後藤さんがジャーナリズムに関わっていたということで、このシンポジウムのテーマとしてそうしたのでしょうが、僕たちの一回目の声明は、まだ二人が存命だという前提で二人について出しました。 僕たちも湯川さんがどのような人であるかということはネットに残っている映像くらいでしか知らなかったんです。その映像は彼が戦争オタクなのか軍事訓練なのか、様々な憶測を呼ぶようなもので、躊躇する部分はあったんですけれども、原則に立つべきだと僕たちは思いました。ジャーナリストであるかどうか、湯川さんがどんな人であるかに関わらず、殺してはいけないという原点に立つということです。だから二人の解放を訴えました。ただ、最近気になるのは、メディアの扱いが後藤さんだけの死を悼んでいるように見えることです。 それからもう一つ。なぜ僕がここにいるのか、といえば、綿井君も僕も後藤さんを知っていたということです。知っていると言っても20年前に1週間ほどヨルダンで一緒に居たことがあるというだけです。でも、安田さんと同じように、僕らの所には後藤さんが行方不明という情報は入っていました。それにも関わらず救えなかった。何もできなかったという後ろめたさもあって、彼の映像が出た時には何かしなければと思ったわけです。 今日のテーマである、後藤さんや僕らが危険を冒してでも戦場に行かなければならない理由というのは、もう既に金平さんが仰ったとおりです。現場に行かないと分からないことはいっぱいあるということを、自分の取材の中で体験してきているわけです。トルコ南東部のアクチャカレ付近から望むシリア。鉄条網の向こうは過激派「イスラム国」が支配する地域だ=2015年1月(共同) 例えば日本の自衛隊が派兵されるされないという議論のあった11年前、自衛隊がイラク中部のサマワに派遣され、しかも自衛隊が行くと給水支援ができる、サマワの人たちは水で困っているから水を支援するんだと説明されたんです。だから僕は実際に取材に行ってみたのですが、行ってすぐ分かったこととは、地元の人たちは水に困っているどころか、毎日お風呂に入っていました(会場笑)。だから、自衛隊がサマワに行く理由は全くないとわかるわけです。にもかかわらず何故かサマワの町の中には「自衛隊員の皆様ようこそ」という日本語で書かれた横断幕が掲げられていた。常識で考えて、日本軍という横断幕なら分かるけれども、自衛隊という言葉を知っているイラク人が何人いるんだろうと。結局それは日本人の「ジャーナリスト」が書いたものだと判明しますが、それが日本で報道されて、自衛隊が地元で歓迎されている、という話になっちゃうわけです。 必要があればジャーナリズムがカバーしなきゃいけないことはやっぱりあるんだ。しかも、国の流れが悪い方に行くことを止められる可能性が1%でもあるんじゃないかという思いもあって行っています。危険との天秤にはかけますけれども、ジャーナリズムの方を優先せざるを得ない場合もあるんだということをご理解頂きたいと思います。戦場で斃れた記者の大半がフリーランスだ戦場で斃れた記者の大半がフリーランスだ~野中章弘──シンポジウムのタイトルについての話もあったので主催者としてコメントすれば、きょうはジャーナリズムについて議論するということで後藤さんの名前を掲げました。それ以上の意味はありません。ただ豊田さんの指摘は大事なことだとは思います。 次に野中さんから、戦場取材についてお話をいただけますか。野中 先ほど綿井君から亡くなったジャーナリストの話がありました。1975年、ベトナム戦争が終わってから今年でちょうど40年になりますけれども、ベトナム戦争で取材中に亡くなった日本人ジャーナリストは十数名。実は沢山のジャーナリストが亡くなっています。それから40年経って、その間に何人のジャーナリストが戦争や内戦、騒乱などで亡くなったのか。数えてみると8人なんです。うち6人がフリーランスです。2004年、橋田信介さんと小川功太郎さんがイラクで襲撃されて殺害されましたが、この事件から今年の後藤健二さんまで、犠牲者は6人。この40年間のうちで最後の10年に集中している。6人のうち5人がフリーランスのジャーナリストで、企業内ジャーナリストは村本博之さんというロイター通信の方です。 その6人には共通点があるんですね。それは映像ジャーナリストだということです。犠牲者が増えた主な原因は2つあると思います。一つは、イラク戦争以降にジャーナリストが抱えるリスク、直面するリスクの質が大きく変わったということです。実は殺害・誘拐された人はジャーナリストだけじゃないんです。赤十字国際委員会、NGOスタッフなど人道援助の関係者たちも同じような目にあっています。まだ解放されていない国連などの職員たちも沢山いるということです。 80年代、90年代、僕もアジアの戦場取材を沢山やりましたけれども、それは戦場の危険であって、ジャーナリストが武装勢力のターゲットになることはほとんどなかったんです。今はジャーナリスト自身、あるいは外国人自身がターゲットになるという意味で、リスクが非常に高くなっています。 もう一つ、何故映像ジャーナリストたちの犠牲者が多いのか。ビデオカメラを持って現場に行った時は、とにかくインパクトのある映像、迫力のある映像を撮ろうと考える。これはカメラマンの本能です。だから前へ前へと進む。ファインダーを覗いている時は他のものは見えないんです。とにかく良いショットを撮ろうと前に進むんですね。記事を書くジャーナリストたちももちろん大変な仕事なんですけれども、ただ記者は戦場から帰ってきた人の話を聞いても記事は書けるわけです。けれども、写真とかビデオというのは、幾ら下手でもとにかく現場に行かないと撮れないわけですね。 フリーランスの場合は余計にそのプレッシャーが強いわけです。テレビ局のカメラマンよりも迫力のある映像を撮らないと発表できないからです。NHKとかTBSのクルーがもう既に同じような映像を撮っているとフリーランスの映像を使う必要はないわけです。ですからフリーランスがいつも考えるのは、NHKやTBSと区別される映像を撮るということ。やっぱり戦場でいちばんインパクトのあるシーンは戦闘ですから、どうしても、前へ前へと進んでしまうんですね。 ただ誤解のないように言っておきますと、ネットなどを見ていると、フリーランスは危険な映像を撮って沢山の金を貰っていると書いている人もいる。我々の中にそういう野心がないわけではないんですよ。しかし名誉の為に言っておくと、お金へのこだわりは、我々の中、少なくとも僕の周りにいる人の中では、あんまりない。勿論お金がないと取材の最前線まで行けない。だけど我々はお金よりも、お金に変えられない価値を生み出すためにこういう仕事をしています。それは現場で起きていることを多くの人に伝えるということです。それが我々にとっての最大の価値なんですね。ですから単にお金になるから、戦場取材で迫力のある映像を撮ろうとしているわけではない。 戦争取材の基本は戦場にある。はっきり言ってそうです。これはもう疑いのないことです。戦場で何が起きているのかを伝えなければ戦争の本質を伝えることにはならない。オバマ大統領がホワイトハウスでこういう声明を出しました、安倍首相がこういうふうに言っています、という報道も必要ですが、それだけでは戦争の実相を伝えることにはならない。映像ジャーナリストたちは、戦争の悲惨な実態、現実をみんなに知らせる、そういう役割を担って現場に行くわけですね。 また何故フリーのジャーナリストたちがそういう所へ行くようになったかと言うと、カメラがデジタル化され、小さなカメラでも戦場取材ができるようになったからなんです。フリーランスのジャーナリストがドキュメンタリーを作ったり、ニュース番組の中に登場したりというようなことは、20年ほど前まではあまりなかったんです。それまでテレビの取材はテレビ局のカメラマンが何百万円かのカメラを使って取材をしていた。だけどカメラが小型化され、安く手に入るようになってから、フリーランスの人たちもそういう仕事をするようになったわけです。 フリーランスの場合はたいてい単独で行動しますから、より危険です。何か起きた時に自分の救援をしてくれるような態勢を整えて行くわけではない。もちろん保険もかけません。戦争保険というのは僕の記憶では、危ない所では一日10万円ということもあります。たいがいのフリーランスは、保険にかける10万円があるんだったら取材費に使うわけです。かけても「海外旅行保険」ですが、これは多分戦場ではおりないと思います。何かあったら同僚たち、仲間たちが救援活動に携わるということです。本来ならばフリーランスのジャーナリストたち、我々自身が、仲間たちがそのようになったときに、すぐに救援に行けるように、あるいはそうならないように情報を共有したり、助け合う環境を整えることが今大切なのではないかと思います。「危険な所へ行くな」という誤った認識──イラク戦争の頃から、日本人が標的になるみたいな状況が出て来たのじゃないかと言われますが、綿井さんはイラク戦争の取材に頻繁に行かれていたので、その辺どうですか。イラク戦争が日本の戦争報道においてひとつのターニングポイントじゃないかとよく言われますが…。綿井 基本的に中東は日本人に対する親近感、尊敬の念と言いますか、日本人であることのアドバンテージはこれまで高かったです。2003年に行った時も、日本人というだけでチヤホヤされたような時期はありました。けれども、その日本がなぜアメリカの側についているのか、なぜ自衛隊を派遣するのかとか、そういうことを訊かれたことも事実です。 しかし、2013年にイラクのバグダッドに行ったんですけれども、「日本人ですか?」と声を掛けられることがほぼ皆無でした。それまではだいたいアジア人と言うと圧倒的に代表は日本人だったと思うんですけれども、バグダッドの街を歩いていても、99%「中国人ですか、韓国人ですか」としか言われることがなくなってしまった。それは、日本人に対して憎しみが高まったのではなく、相対的に中国とか韓国の電化製品や車が増え、中国・韓国系企業で働く人も増えて、生活や仕事の接点が日本よりも圧倒的に増えたんですね。 イラクに自衛隊が派遣されていた当時、自衛隊員が狙われるよりも、自衛隊が契約している道路補修業者や、地元の人で日本と接点があるイラク人が狙われるであろう、と思いました。そうすると、今回の邦人人質・殺害事件を受けて、今後は日本の企業で働いている、日本のメディアで働いている通訳の人とか、日本と接点のある人が狙われる可能性が高いんじゃないでしょうか。この予測は外れて欲しいんですけれど、自分自身の身の安全もありますが、地元の協力者たちが、日本や日本人と付き合うことで感じる「不安感」のようなものが高まることを危惧しています。「危険な所へ行くな」という誤った認識安田 今回、我々が問題にすべきなのは、どうやって現場の取材をするかという手法の部分だと思うんです。後藤さんがどうやって現場に入ったのかまだ全然経緯が分からなくて、どういう判断基準があったかも分からない。イスラム国に今まで行ってきた人って、イスラム法学者の中田先生のような、直接パイプのある人のつてで許可証を貰って入るとか、少なくともイスラム国の戦闘員と一緒に入るとかいう形でしか入れていないんですよ。後藤さんは、報道された範囲では、ガイドと一緒に検問所まで行って、そこで一人で降りてバスで向かって行ったんですけれど、誰も迎えにも来ていない。かなりイレギュラーな入り方をしていて、その辺の詳細が分からないんです。許可証があったかなかったかはっきりしないんですけれど、その入り方を見ていると、たぶんとっていないですね。 後藤さんの判断の基準は分かりませんけれど、我々が検証すべきなのは、その手法がしっかりしたものだったのか、ということです。その後朝日新聞がシリア側を取材したってことで産経や読売、政府関係者も批判していましたけれども、朝日が入った場所はコバニというトルコ国境に近いところです。イスラム国が攻め込んできたところをクルド勢力が追い返して解放した街と言ってアピールしている所ですよね。そこにクルド勢力のプレスツアーが入ったわけですよ。はっきり言ってそこでどうやって人質になるのという話ですけど、それから、アサド政権のビザをとって、ダマスカスからアレッポへ入ってその先へ行ったわけですよね。情報省の役人が付いているわけですよ。要するにどちらもイスラム国を排除したということをアピールしている現場ですよね。そこで護衛も付けているわけですよ。そういうところで、イスラム国が人質にするとしたら、襲撃してきて、護衛を蹴散らして、外国人を捕まえて連れ去るという状況ですよね。そうなるとコバニは解放されてないんじゃないかという話じゃないですか。 要するに具体的にこういう危険があるという指摘は何一つしていない。ただ危険だと言っているだけです。朝日新聞を批判しているところは〝空気読め〟っていうだけの批判しかできていない。僕は「空気読め」って話が一番危険だと思うんですよね。我々が必要なのは、自分の頭で物ごとを判断して、やっていることとか起きていることが妥当なのかそうでないのか判断することじゃないですか。そのための具体的な情報を出すのが我々の仕事であって、「空気読め」というのに乗るわけにはいかないし、使命感なんかなくたって、事実を見てくれればそれで良いわけです。 この間イラク北部で旅行者が捕まりました。どこでどうやって捕まったのか全然説明がないじゃないですか。政府にはクルド政府から絶対に説明があったはずですよ。官房長官が、イスラム国が戦闘をやっているようなところに入るなんて危険であると、一歩間違えれば大変なことになる恐れがあったと言っているんですけど、どういう危険があるのか何にも話してない。 それがクルド側とイスラム国側の最前線まで行こうとしたのかそうじゃないのか、全然違う所で捕まったのか。不審者だって言うのならどういう不審な行動をしたのかとか、それを全然説明しないんですよね。危ない危ないと言うだけで、具体的にそれがどうだったのか我々に判断させないようにしているわけですよ。恐怖を煽って政治的な要求を通すってテロの手法じゃないですか(拍手)。だから我々がやるべきことは、雰囲気とか恐怖とかいうことではなくて、それを克服して何がどうなっているのかをそれぞれ我々が頭で考えることなんですよ。テロに屈しないということは、そういうことだと思うんですよね。 それをどうやっていくかが、我々がすべきことで、政府の側は、そうさせないようにしたいわけですよね。旅券返納とかいうことも、「シリアなんて危ない所に行くなんて」「当然だろう」って雰囲気になっちゃってるわけじゃないですか。恐怖を煽って雰囲気だけで物事を進めようとしている。本当にこれは危険な方向に行っていると思いますよ。 しかも、パスポートを取り上げて、渡航禁止というのは憲法違反だと言うと、じゃあ憲法の方がまずいって話になっているわけでしょう。だから完全に憲法を変えるための流れになっているわけですよ。メディアもかなりやばいところに来ちゃったなというのが僕の印象です。映像で戦場の光景を伝えることの重要性映像で戦場の光景を伝えることの重要性金平 安田さんが今言われたことが一番、僕がこの場で話すべきことだと思っています。つまり何が現場で起きているかということについての丁寧な説明がなされていないんですよね。僕らが持っている強みというのは、フリーであろうが企業ジャーナリストであろうが現場で見てきたことを、その中の公益性があると思われる情報をきちんと提供することだと思うんですね。 例えば今言われていたコバニについては、僕はレバノンに取材に行っていた時にBBCワールドでコバニからのレポートをやっていまして、凄かったですよ。BBCの記者の顔のアップからずーっとズーム・バックしていくんですけれども、周りが全部瓦礫で、つまり破壊され尽くした跡にその記者が立っている。その映像を見た人は、ここで行われている愚かさというのが目に焼き付いて離れない。それくらい価値のあるレポートだったわけです。そういうことに何故僕らのメディアが気付かないかと言えば、そういうことに目配せする能力、編集する能力が劣化しているんですよ。物凄く狭い鎖国のような状態で自分たちの国のことだけ考えていて非常に勇ましいことを言って…。この間総理の所信表明演説を聞いていたら「列強」とか言ってました(笑)。もうびっくりしますね。つまり物凄く想像力が幼稚化しているというか、世界をちゃんと見ていないんですよ。 シリアのアレッポだって、僕らの同僚は1月初めに行きましたよ。やっぱり風景を見ると心を打たれるんです。アレッポって観光地だったですからね。遺跡観光で凄く賑わっていたところが今は無人で、荒れ果てていて、遺跡どころではないんですよ。遺跡の遺跡になっちゃっているわけです。そういう無人のところをずっと見た時に、僕らが伝えるメッセージの大きさというのがあると思うんです。それをいっしょくたにして「シリアは危ないらしいぞ、その周りも危ないらしいぞ」と言って、パスポートを取り上げるなんてもっての外です。そんなことをやる権利が国家にあるというふうに彼らは思ってしまっているというところで、西側のジャーナリストから言うと、「君らの国というのは江戸時代か!」みたいな話になるわけですよ。 僕らの国って主権在民ですよ。国家が先にあってその許しを得るとか許可を得るとか、いつからそんな国になっちゃったんだろう。イラク戦争を仕掛けたアメリカでさえ第一次湾岸戦争の時はCNNのピーター・アーネットが国防総省による退去勧告を無視してずっととどまり続けて、バグダッドから中継をやったんです。バグダッドの夜空がイルミネイティッドって最初にやったあの生中継をホワイトハウスの地下にあるシチュエーションルームという作戦本部がみんなで見ていたんですよ。つまりそれくらいメディアの力というのは強いんです。国防総省の人間でさえそれを見て自分たちの作戦を考えないといけないぐらい強い力を持っているということについての自覚がなくなってしまって、どこかの下僕になってしまっている。それはもうジャーナリズムじゃないでしょう。 例えば、朝日が注意深くやったシリア国内の取材を叩く新聞社というのは何なのですか。その新聞社のカイロ支局の人間はその記事を読んで泣いていると思いますよ。つまり僕が言いたいのは、ここに来ている理由もそうなんですけれども、フリーであろうが、組織内ジャーナリストであろうが、ジャーナリストである内部的自由というのがあるんですよ。これは近代国家であれば当たり前の、つまり自分の意見というのがあって、会社が、あるいは組織の上の人間から理不尽な命令をされたらそれに対して逆らう権利です。例えばイラク戦争でバグダッドが陥落した時、有名なサダム・フセインの銅像が倒れる瞬間があったでしょう。あの時に、恥ずかしいことながら、外務省の退去勧告に従って、日本の企業メディアは、どこもいなかったんです。何人かフリーの人だけが立ち会っていたわけですね。そこでレポートしていたのが綿井さんなんですよ。もちろん周りにはイタリアとかフランスとかそういう海外の企業ジャーナリストが一杯いて、そこからちゃんと中継をやっていたりしていたんです。何故日本だけいないんですか! 何故綿井さんだけなんですか!綿井 正確に言うと、当時、共同通信の記者・カメラマン3人は、開戦前に一度撤退した後、バグダッド陥落前にまたバグダッドに戻ってきました。豊田 私もいました!(会場笑)金平 フリーはいた(笑)。でも企業ジャーナリストは横並びで、今だから言いますけれど、外信部長会議というのがあって、みんなで引き揚げたわけですよ。  イギリスだってドイツだってフランスだって人質がとられたりしても、交渉をして帰ってきました。交渉もしない国ってなんですか。交渉もしない国でないというのであれば、その証拠をちゃんと出すべきですよ。そうじゃないと、国民は国家を信用できなくなるじゃないですか。いざとなったら救ってくれないんだ、という話になるわけで、きちんとメディアは、国に対して情報を開示しなさいみたいなことを言わないといけないと思います。そうじゃないと「テロに屈しない」という大義だけで、物凄く幼稚なわけですよ。今の政権の幼稚さには、がっかりというか恥ずかしいというか。つまり海外のジャーナリストたちの普通の感覚でいえば「ああそうなんだ、助けてくれないんだ」というふうに、僕も日本人ですから思われたくないですよね。ただ今現下で起きている状況はそうなっていて、一番問題なのはそこに引っ張られて、例えばパスポートの返納命令があっても「迷惑だよな」みたいなことを言う人たちが多い。メディアの僕らの仲間だってわからないですよ。「迷惑だよな」と思っている人がいるかもしれない。 さっきの社論と内部的自由の関係というのは、これから本当に僕らのメディアの存在意義を考える時に一番大事な話で、僕らがどこまで自分達の良心に従って組織の中できちんとした報道をしていくか。最終的には自分たちがやっていることが誰のためなんだという、そこが今揺らいでいるのではないかという気がしてしょうがないですね。これは僕の個人的な意見ですけれど。

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    ジャーナリストには使命がある!取材制限に関わる既存メディアの愚

    を感じるし、だからこそ筆者がジャーナリストとして伝えるべきことを伝えるべきだとも思う。 このところのメディアの動きで気になることがある。先日配信した記事でも書いたが、日本のジャーナリストが、紛争地取材を行うべきではない、退避勧告を守るべきだと言わんばかりのニュアンスで、書かれている記事がいくつもあることだ。 読売、産経が朝日のシリア取材「批判」 外務省は渡航見合わせ強く求めていた(http://www.j-cast.com/2015/02/02226867.html) 「イスラム国」:「後藤さん殺害」 3回、渡航自粛を要請 官房副長官明かす(http://mainichi.jp/shimen/news/m20150203ddm041030137000c.html) 先の記事でもツイッターの投稿を引用させていただいた、自民党の佐藤正久参議院議員が、また朝日新聞記者のシリア取材についてツイートしていたので、引用させていただこう。 今般の湯川氏、後藤氏の事案は、退避勧告が発出されている地域で発生したもの。危機管理の基本の一つは危険な地域に近寄らないことだ。シリアのヌスラ戦線で戦う日本女性や、アルジェリア系仏人の夫と共にシリアで不明になった日本女性報道もある。再発防止の為、朝日新聞の記者含め、早期退出を願う こうした主張が、ジャーナリストの紛争地取材を禁止させようという流れにつながるのではないか、と警戒している。 外務省が退避勧告を発令するのは、邦人保護という職務上、仕方ない部分もある。しかし、ジャーナリストにはジャーナリストとしての職務がある。 イラク戦争やガザ侵攻など、日本の国家の政策と絡む紛争も多い(自衛隊イラク派遣やF-35などの武器輸出など)。そうした政策を国会で審議する場合も現地情報として報道が果たす役割は大きい。また一般の人々も現地で何が起きているのか、主権者として知る権利がある。 日本人のジャーナリストが現地で取材するからこそ、現地の問題を日本と関連付けて取材することができる。情報がろくに無い中で、何を決めることができるのか。政府に都合のいい情報だけでいいのか。ジャーナリムが人々の知る権利を保障する、民主主義に不可欠な役割を果たすことを、一般の人々は勿論、メディア関係者すらも忘れているのではないか。 公的な仕事をする人間は、危険だからと言って、職務を放棄していいのか?警察や消防隊員が「危ないから」と職務を放棄するだろうか?人命が関わっているのは、ジャーナリズムも同じだ。ジャーナリストの報告を多くの人々が真剣に受けとめ、戦争を止めるならば、流される血、奪われる命も少なくなるだろう。日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけ 筆者は、危険な紛争地の取材であっても、ちゃんと日本に生きて戻り、現地の状況を伝えるまでが仕事であると考えている。しかし、万が一、紛争地で死ぬことになっても、それは職業上のリスクにすぎない。片足を失ったガザのジャーナリスト。むしろ現地の記者こそ危険度が高い。アル・クドゥス放送提供 SNSやインターネットが発達した現在、ぶっちゃけ現地の映像や写真はネット上でも得られないでもない。しかし、こうした映像や画像も、そこで撮っている人間がいることを忘れるべきでない。昨夏のイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの侵攻では、現地のジャーナリストが16人死んでいるのだ。安易に「現地の映像や画像を使えば」という主張には、強い憤りを感じる。 また、志葉も含め、外国人ジャーナリストが取材中に殺される可能性があるのだが、外国人ジャーナリストの方が殺されない可能性が高い場合もある。筆者自身、イラクで取材中に米軍に不当拘束されたことがある。誤解が解け、筆者は数日で釈放されたが、もし筆者がイラク人記者だったら、酷い拷問をされていただろう。実際、そうした拷問を受けたイラク人記者が筆者の友人にもいるのだ。 日本のメディアや社会の、日本人の命至上主義にも疑問を感じる。たった今も紛争地で犠牲となっている、あまりに多くの罪の無い人々の命より、日本人ジャーナリスト一人の命が重いかと言えば、それは違うだろう。だが、これまで、日本のメディアがどれだけ、シリアやイラクの惨状を伝えてきたのか?どれだけ多くの人々が関心を持ってきたのか? 思うに、ネットで気軽に報道された情報を得られるようになってから、情報というものがどのように得られるのか、わかっていない人々が多くなったような気がする。情報はタダではない。それなりにリスクをおかし、経費も時間もかけて、取材の中で現地との人脈もつくって、ようやく得られるものなのだ。 後藤さんのケースで言えば、日本政府は「救出に全力で取り組む」フリをしただけだ。実際には常岡浩介さんや中田考さんらのISISとのパイプを活用しなかったし、ISISが後藤さんのご家族にメールしていたのに、そのメールを使っての交渉も「一切しなかった」(今月2日午後の菅官房長官の会見での発言)。 結局は「自己責任」ということなのだろうが、それならば、より一層、政治家や官僚が「報道の自由」に口出しするべきではない。まして、メディアがそうした取材活動の制限に関わるのは、本当に愚かしい「メディアの自殺」なのだ。(志葉玲氏ブログ 2015年2月3日分を転載)

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    批判を恐れて萎縮する日本のテレビが迎えるジャーナリズムの「死」

    安倍宏行(Japan In-depth 編集長) 「日本に報道の自由はない」とか「安倍政権がメディアに圧力をかけている」との批判が活字メディアを中心に頻繁に見られる。論拠によく上がるのが、1.パリに本部を置くNGO「国境なき記者団」が発表した「報道の自由ランキング」で、日本が180ヵ国中、72位2.高市早苗総務大臣の停波発言3.直言キャスターの一斉降板4.国連特別報告者のデービッド・ケイ氏(米カリフォルニア大アーバイン校教授)の調査報告。などだ。 1は正直このNGOの実態がよくわからないので、何故72位なのか不明だが、2から4まではかなり恣意的な要素が入っていると思われる。安倍政権に批判的な勢力が主張しているように見えるのだ。 2013年にテレビ局を辞し、フリーのジャーナリストとして独立して以来、政府の報道に対する圧力はあるか、と幾度となく既存メディア(特に新聞、雑誌)から取材を受けたが、いつも「干渉が全くないかと言うとそんなことはないが、圧力というほどのものは感じたことが無い。それによって自分の記事の内容がゆがめられたこともない。」と答えてきた。21年間の記者生活で「政治の圧力」を感じたことが無いのだから正直にそう答えたまでだ。ついでに言うと「スポンサーの圧力」を指摘する声も多いが、それも一度たりとも感じたことはない。 さて、ではなぜこれほどまで執拗に「日本に報道の自由がない」という言説が跋扈するのか。それはひとえに既存メディアである新聞、テレビの報道姿勢にあると筆者はみている。とりわけ、年が明けてから政治スキャンダルなどのスクープで息を吐いている週刊文春をはじめとする週刊誌ジャーナリズムの元気がいいから、余計に既存メディアの消極的な報道姿勢が目立つ。 特にテレビだ。「自主規制」という言葉がしっくりくるが、テレビの報道姿勢が非常にあいまいになっている印象を持つ。この春、古舘伊知郎(テレ朝系「報道ステーション」)、国谷裕子(NHK「クローズアップ現代」)、岸井成格(TBS系「NEWS23」)が降板したが、これは政府の圧力というより、テレビ局がさまざまな理由から判断して彼らを降ろした、というのが本当のところだろう。各局ともにその理由はさまざまだが、その背景にあるのは局幹部の過剰な「リスク管理」意識、いや「忖度」したといってもいい。「自粛」は言い換えれば「委縮」 筆者の感覚だとここ15年くらい、テレビ局内のこうした「リスク管理」意識は強まる一方だ。背景には、ネット社会を中心に強まって来たテレビ局批判がある。これまで可視化されてこなかった批判が一気に噴出し、それが増幅されてきた歴史がある。時にはいわれない理由でバッシングが起きることもある。フジテレビの韓流押し批判など、その最たるものだが、身に覚えがなくてもいとも簡単に世論は沸騰する。そしてテレビ局の評価は下がる一方だ。 そうした批判にテレビ局自身が鈍感だったことも不幸だった。局員がネットに疎く、時代の流れを読めなかったことが、事態を悪化させた。そして、局内に、「無駄に批判を招くような番組は自粛しよう」という空気が蔓延した。「自粛」は言い換えれば「委縮」と取られる。 現在、筆者はクライシスマネジメントの仕事にも関わることも多いが、企業の「リスク管理」意識は今、大きく変貌している。ネット社会において、企業のレピュテーションは簡単に毀損する。企業は批判や攻撃を防御するだけではなく、「攻め」が必要な時代になっている。テレビ報道は「委縮している」という批判に甘んじたくなければ、「攻めの報道」をしなければだめだ、ということだ。 キャスターの首をすげ替えただけで、批判が消え去ると思ったら大間違いだ。むしろ逆だろう。批判に立ち向かうためには、番組内容を変え、むしろ批判に答えていかねばならない。具体的には、キャスターと番組が一体となり、国民的関心事、例えば憲法改正や原発問題、政治とカネの問題などに対する提言を積極的に放送するとか、継続的に「調査報道」を行う、などがそれにあたる。口先批判などと揶揄できないほどのクオリティと確固たる報道姿勢が前面に出すことが、批判に答える唯一の道だ。 しかし、テレビ局はキャスターを代えたことでお茶を濁し、ニュースのバラエティー化に邁進している。それは「自主規制」や「委縮」というより、「怠慢」に近い。地上波では「ハードなニュースを流しても数字(視聴率)が取れない」などと思っているなら、それは大間違いだろう。現に、硬派の報道番組の代表格であるBSフジ「プライムニュース」などはしっかりと視聴者に支持されているではないか。それはBSだから、という言い訳は、実際に地上波でやってから言ってもらいたい。間違った「リスク管理」の名の下に、何もしない=不作為は、筑紫哲也氏ではないが、報道の死を意味する。 「報道の自由」が毀損している、との批判は、政府の圧力よりも、報道する側の「委縮」と「怠慢」が招いている。その自覚がないとなれば、そうした批判に甘んじて生きるしかないのだろう。

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    テレビが黙殺する「報道の自由」の真実

    する報道の自由度ランキングで、日本は72位に転落した。安倍政権による「報道圧力」を指摘する野党や左派メディアはここぞとばかりに自由の危機を憂いたが、なぜかテレビだけはこの問題にダンマリを決め込む。そこにはテレビ局側の「内」なる事情もあるらしい。

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    「報道の自由」不信を生んだ日本の古きジャーナリズム

    現行政権の報道の自由への介入を声高に、強い口調で非難し、保守派は報告者の人物像と基準の偏り、また左派メディアの過去のさまざまな同種の瑕疵をもとに冷笑する…。 すでに、この対立の構図それ自体を見飽きた気さえしてくるが、大半の生活者はあまり気にしていないか、なんとなくどのメディアに対しても「なんとなく偏っているのではないか」などと漠然とした不信感を抱いている。実態はともかくとして、日本の「報道の自由」に対する閉塞感、不信感については否定できないだろう。 もちろん、両者の言い分には、それぞれ一定の耳を傾けるべき理由があり、また説得力があるが、本稿では、こうした対立の構図を支えるジャーナリズムの課題に目を向けてみることにしたい。 政治とメディアの冗長的な「慣れ親しみ」の関係をもとに形成された「規範のジャーナリズム」が機能不全を起こしているが、その変革に失敗していることである。ここでいう政治とメディアの「慣れ親しみの関係」とは、政治とメディアが、生活者よりも密な関係を形成することである。詳しくは拙著『メディアと自民党』(角川新書)などを見て欲しいが、日本の政治とメディアは、歴史的な発展過程のなかで緊密な関係を形成してきた。そのあり様のことを指している。ネガティブな側面が指摘されることが多いが、後述するように、受け手とメディアのあいだで十分に価値観の共有がなされていた時代には、ポジティブに機能することもあったというのが筆者の認識だ。 「規範のジャーナリズム」とは、このような政治とメディアの関係を踏まえて、大所高所から政治や社会のあり様について、特定の価値観のもとに政治や生活者がどうあるべきかという指針を提示する、やや図式的にいえば「速報、取材、告発」を重視するジャーナリズムのかたちである。情報の受け手とメディアに共有されていた価値観 言うまでもなく、ジャーナリズムの存在理由のひとつは権力監視にある。しかし、日本の政治とメディアでは、佐藤栄作元総理の首席秘書官を勤めた元産経新聞政治部の楠田實や読売新聞主筆の渡邉恒雄の回顧録を引き合いにだすまでもなく、双方に対して間接どころか、ときには直接的な影響力が行使されていたことが知られている。東京ドームで試合を観戦する渡辺恒雄・読売新聞主筆(手前左)、森喜朗元首相(右隣)ら=2015年5月13日午後、東京都文京区の東京ドーム(撮影・大橋純人) それでも、情報の受け手とメディアのあいだに一定の価値観の共通がなされていた時代には、読者はその媒体を「信頼」することができ、その信頼を基盤とした「表現」と「ジャーナリズム」が可能だったと思われる。紙幅の、あるいは放送時間上の強い制約を受けるため、接続詞、主語、目的語、論理などを省略化しようとするし、簡略化した発言が好まれる。 メディアと情報の受け手のあいだの価値観の共有が省略化された前提を、「適切に」補完することで、「規範のジャーナリズム」にも合意できた。合意できない場合には、別のメディアを手に取ればよいのだから、直接的な違和が表明される機会は乏しく、実質的に媒体ごとに特定の価値観共同体が形成されてきた。 しかし、現在では、その基盤が大変脆弱なものとなっている。若年世代は新聞を読む機会をもたず、メディアもコンテンツをばらばらに、自社やニュースポータルを経由してネット配信する。そこでは、従来的な意味での価値観共同体は存在しないが、記事の大半は伝統的な製作方法に由来して作られている。適切なニュアンスの補完は働かないし、前提とした宛先とは異なったコミュニティに届いてしまう「誤配」も生じてしまう。 多くの生活者は、日本の初等中等教育課程における、実効的で実質的な政治教育のカリキュラムの不在や、社会教育の機会の不備によって、メディアが伝える政治や社会問題を読み解く素地を形成できているとは言いがたい状況にあった。こちらも、戦後の日本のメディアの「復興」過程と、現在の教育基本法第14条の政治教育のあり方(かつての、いわゆる「8条問題」)についての歴史的な側面が強く影響している。 簡潔にまとめると、生活者にとって、平易に読み解くための素材(情報)と道具立て(論理やフレームワーク)が乏しいメディア、とくに古典的なマスメディアが提供する情報環境のなかで、大上段の命題と「べき論」中心のコンテンツに慣れ、ときに過剰なメディアへの信頼・不信頼・対立や、社会や政治の問題それ自体から目をそらし続けるという誤った耐性が生まれてしまっている。 また私的生活におけるコストの観点からして、すべての生活者が日常的に権力を監視し続けるというのは、あまり現実的に思われない。政治と生活者が直接対峙するのではなく、やはり第三項としてのメディア、そしてジャーナリズムの役割は大きい。 ただし、日本のメディアメディア環境の変化に対応できていないがゆえに、生活者から、やや過剰に信頼を失い、そのいっぽうで、状況への適応を進める政治との緊張関係のなかで劣勢に、また従属的な地位にはまり込もうとしているように見える。規範から「機能のジャーナリズム」へ 筆者の主張はこうだ。メディア環境の変化を理解し、それらを踏まえ実効的な権力監視の役割を果たす「機能のジャーナリズム」へと変化する必要があるのではないか。あえて対立的に記すと、「整理、分析、啓蒙」を重視する必要があるように思われる。近年、情報量は格段に増えたが、文脈は断片化し、またメディアが前提としてきた価値観共同体も遠くない将来に消え去ることが自明になりつつある。 そのような時代のジャーナリズムは、無数にある情報のなかから価値あるものを取捨選択して整理し、定量的、定性的な分析や比較、解説を加え、生活者がそのコンテンツを受け取るまでのインターフェイスや表現の形式までをデザインすることで現代的な啓蒙を試み、政治との新たな緊張関係を取り戻すことを期待したい。 そのうえで、冒頭のたとえば、「世界報道自由度ランキング」の結果をどのように評価するか、私見を提示しておくことにしたい。2015年に日本は61位という過去最低の順位を記録した。実はランキングの低下はいまに始まったことではない。2011年の東日本大震災と福島第一原発事故をきっかけにしている。2012年は22位、2013年53位、2014年には59位と順位を下げ続けてきたのだが、2015年にとうとう過去最低の数字を刻んだのである。 比較のために幾つか他国の順位も挙げておくと、1位フィンランド、2位ノルウェー、3位デンマークと最上位には北欧諸国が並んでいる。カナダ8位、ドイツ12位、イギリス34位、フランス38位、アメリカ49位、韓国60位と続く。いずれにせよ、この基準に照らすと日本の報道をめぐる状況は、OECD加盟34カ国のなかでは、もっとも低い水準にあると評価されていることになる。 もちろん「世界報道自由度ランキング」の評価方法についてもこのランキング特有の評価の傾向があるから、「世界報道自由度ランキング」を偏っていると見なすこともできるが、この基準それ自体はさほど大きく変化していない。それを踏まえれば、重視するか否かはさておくとして、日本は民主党政権の時代から、第2次安倍内閣にかけて一貫して順位を下げていることになる。したがって、この間に生じたメディア・イベント、なかでもメディアと政治に関係したメディア・イベントが、日本の報道の自由を引き下げるものであったと対外的には評価されたといえる。 一般にこうした国際ランキングにおいて、低位に甘んじていることが、日本と日本のメディアにとって愉快なはずはないし、メリットが有るとも思えない。だとすれば、政治も、メディアも改善の措置を講じるべきだと思うのだが、どうだろうか。

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    秘密保護で抑圧?国家機密の前にメディアは無力なのか

    、戦後民主主義における日本の方針を大きく転換させる契機となった。これらの法案審議中においては、一部のメディア報道によって反法案キャンペーンが展開され、法案可決阻止を目指した市民によるデモ活動も大規模に発生した。 インテリジェンス活動は秘密工作、情報収集・分析、防諜活動など多様な側面を持つが、現代国家において国家機密の情報保全は極めて重要な基本的な機能である。しかしながらこれまでの日本にはその制度が存在せず、「スパイ天国」と揶揄される時代が続いた。特定秘密保護法の成立過程において、特定秘密指定のプロセスの不透明性や第三者機関によるチェック機能の問題、運用の恣意性の問題などから、メディア報道が抑圧される可能性も指摘された。国境なき記者団による「世界報道自由度ランキング」(World Press Freedom Index)2015年版において日本のランキングが61位に下がり、さらには2016年版において72位にランキングが下がったことの背景として、特定秘密保護法の成立とメディア報道への影響が指摘されている(福田,2015)。情報保全諮問会議であいさつを交わす安倍晋三首相(左)と座長の渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長(右)=4月5日午後、首相官邸(斎藤良雄撮影) 戦争や紛争に関する安全保障、テロリズムやミサイル事案に対する国民保護、自然災害や原発事故などの災害対策といった社会的危機においては、国家機密の問題に触れる場面が想定されるが、国家機密の問題とは別の次元で、危機的状況においては、政府発表にメディアが依存せざるを得ない状況が発生する。危機において情報源が政府に集中し、記者会見や政府発表の情報をそのままメディアが報道する状態、これが発表ジャーナリズムの問題である。 ここには、危機における政府による情報の統制という危険性だけでなく、危機においてメディアが自力の取材活動や報道の独立を放棄するという危険性も同時に存在している。こうした現象は日本に限られたことではなく、国際的に見られる現象である。安全保障と国家機密…欧米ではどうなのか 安全保障と国家機密にまつわる欧米の制度とメディア報道の関係はどうなっているだろうか。 アメリカにおける情報自由法では、情報公開の例外規定として国家の安全保障に関わる問題が指定されている。9つある例外規定の1番目は、大統領令によって定められた国防、外交における機密である(福田,2010)。ペンタゴン・ペーパー事件やウォータゲート事件など歴史的な事件を経て、アメリカ政府とメディアの対立と緊張関係がもたらすダイナミズムの中で、アメリカの報道の自由は維持されている。 イギリスにおける公務機密法では、国家機密を漏えいしたものに対する処罰が規定され、政府とメディアの間で安全保障をめぐる報道について調整するDAノーティス制度が存在する(福田,2009)。DAノーティス制度においては、イギリス軍の作戦・計画・能力について、イギリスの安全保障・情報機関・特殊部隊についてなど5項目に関連する報道がなされる場合に、事前にDPBACという機関において政府とメディアの代表が報道について検討、審議しなければならない。 アメリカやイギリスのような先進国においても、安全保障やインテリジェンスなどに関する報道については、政府とメディアの間に緊張関係が存在する。安全保障など社会的危機をめぐる政府とメディアの対決と克服によって民主主義が運営されている。 ジャーナリズムの重要な役割のひとつは権力の監視機能である。それは民主主義社会における極めて重要な機能であり、報道の自由や市民の人権と結びついている。著者が所属した日本大学新聞学研究所が実施した「日本のジャーナリスト1000人調査」においても、ジャーナリズムの重要な機能として、日本のジャーナリストに多く挙げられたのが「正確な情報提供」(42%)と「権力の監視」(40.3%)であった。ジャーナリズムの国際比較調査においても、各国のジャーナリストの中でこの権力監視機能の重要性は指摘されている。 しかしながら、その反面で国家の安全保障において国家機密の情報保全も極めて重要な活動である。それは国民の安全・安心を守るために必要不可欠な機能を有している。この「安全・安心」の価値と、「自由・人権」の価値は市民社会において重要な役割を果たしていて、どちらか一方だけが優先され、どちらか一方が破棄されてよいものではない。つまり、報道の自由や人権を守るために国家機密の情報保全に関する法制度が未整備のまま放置されてよいわけではなく、反対に、国家機密の情報保全のために報道の自由や市民の人権が損なわれてよいわけではない。この「安全・安心」の価値と「自由・人権」の価値がバランスよく運用されるための、インテリジェンス、テロ対策、安全保障の制度のあり方を議論する必要がある。 「報道の自由」がどうあるべきか、その問題を考えるひとつのテーマとして、これまで日本では議論がなされてこなかった、この安全保障やインテリジェンス活動とメディア報道の問題について、根本的な議論を始めなくてはならない。【参考文献】福田充(2009)『メディアとテロリズム』(新潮新書)福田充(2010)『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会)福田充(2015)『「報道の自由度」ランキング、日本はなぜ61位に後退したのか?』https://thepage.jp/detail/20150304-00000004-wordleaf日本大学新聞学研究所編(2007)『日本のジャーナリスト1000人調査報告書』.Shinji Oi, Mitsuru Fukuda & Shinsuke Sako (2012) The Japanese Journalist in Transition: continuity and change, "The Global Journalist in the 21st Century". David H. Weaver, Lars Willnat(ed.), Routledge.

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    国連特別報告者、反日の系譜

    力や抑圧により危機に瀕している」という趣旨を総括した。 この結論に対し日本政府の外務省などやニュースメディアの一部は「そんな事実はない」という反論をすぐに公表した。日本政府では近くケイ氏への反論を文書にまとめて公表し、国連本部へも伝達するという。「反日」政治活動家と対話する特別報告者 ところが日本側のそうした公式な対応がまだ出ないうちにケイ氏の母校のカリフォルニア大学アーバイン校では「アレクシス・ダデン教授とデービッド・ケイ教授の『日本の言論の自由への脅威』についての対話が5月12日に催される」という通知が流された。この「対話」はアメリカのアジア研究学会の機関誌「アジア研究ジャーナル」の共催とされていた。この機関紙の編集長格のジョージタウン大学のジョーダン・サンド教授はダデン教授とともに慰安婦問題で日本への批判を続けてきた人物である。 ダデン氏は2000年の東京での「女性国際戦犯法廷」という模擬裁判で慰安婦問題を追及し、昭和天皇に有罪判決を出すという活動をはじめとして、日本の歴代政権を糾弾してきた。日本の北方領土や竹島、尖閣諸島の主権主張も「膨張主義的な野心」の結果として批判した事実もある。ダデン氏はとくに安倍晋三氏に対して「悪漢」「軍国主義志向」「裸の王様」などというののしりの言葉も浴びせてきた。その一方、韓国とは親密な関係を保ち、韓国政府の対米政策の相談にも乗ってきた実績がある。 またダデン氏は昨年、欧米の日本研究学者らの多数の署名を得て日本の国民や政府、安倍首相あてに日本の慰安婦問題への態度が不適切だと非難する書簡のまとめ役となった。その際にサンド氏もダデン氏とともに書簡草案の起草や発信の役を担った。 このように「反日」とか「日本叩き」という描写が当てはまる政治活動家的な人物と国連特別報告者としての日本での調査活動を終えたばかりのケイ教授がすでに日本での「言論の自由への脅威」という結論を打ち出しての公開討論をすることは日本にとってまさに不公正だといえる。 そのうえに共催組織の代表のサンド氏も日本糾弾という政治色の濃い履歴を持つ人物なわけだ。だからケイ氏の今回の日本での調査も、すでに最初に結論ありきの安倍政権非難という政治傾向がにじむのだ。 しかしケイ氏の調査結果は本来、国連への報告が主目的なはずである。その過程では「報道の抑圧」を非難された日本政府側がその非難は事実に反するとして、正規の反論をいま準備中なのだ。であるにもかかわらず、ケイ氏は自分だけの結論をアメリカ国内ですでに一方的に広めようとする構えを明らかにした。日本にとってまさに不公正な動きである。 アメリカの学界にもこのケイ氏の今回の動きを不適切だとする意見がある。ウィスコンシン大学の日本歴史研究学者のジェーソン・モーガン博士は次のように述べるのだった。 「ダデン氏はアメリカ学界全体でも最も過激な反日派であり、韓国の利益を推進する政治活動家としても知られる。国連特別報告者の肩書きを持つケイ氏がそのダデン氏との密接な協力を露呈した今回の『対話』はアメリカ学界の安倍叩き、日本叩きの勢力がその政治目的のために国連をも利用している実態を示したといえる。明らかに日本や日本語を知らないケイ氏がわずか1週間の滞在で日本の報道や政治の全容をつかむというのは不可能であり、この種の日本断罪は不公正であり、傲慢だ」 さあ日本側がどう対応するか。日本の報道界も無関心ではいられまい。

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    報道の自由度ランキングはどう偏っているのか

    016)」を発表した。2つのランキングを比較する 国境なき記者団のランキングは日本の多くのニュース・メディアがセンセーショナルに報道したので、ご存知の方は多いと思う。先進国であるはずの日本が報道の自由度で180カ国中72位(前年61位)と低位にランクされたというニュースは、確かにインパクトがあった。 一方、同時期に発表されたフリーダムハウスの報道の自由度については日本ではあまり報道されなかったので、知らない人が多いかもしれない。 Googleトレンドのスコアではフリーダムハウスが国境なき記者団を圧倒するように、グローバルな認知度ではむしろフリーダムハウスの方が高いとも言えるのだが、日本が全体の44位というフリーダムハウスの結果は良くも悪くもない印象で、ニュースとして扱うには平凡に過ぎたのだろう。 フリーダムハウスのランキングは、ツバルやソロモン諸島等の小国を網羅し、国境なき記者団が一まとめに扱う東カリブ諸国機構(OECS)についてもその構成国をそれぞれ別個に評価していることから、実は評価対象が20カ国も多く、両者を比較するにはまずここを調整しなくてはならない。 両者がどちらもカバーする評価対象は179カ国。その中での日本の順位は、フリーダムハウスが33位、国境なき記者団は変わらず72位だ。72位 vs 44位でも印象はかなり違ったが、72位 vs 33位となれば、違いはさらに際立つ。 では、どちらかの「報道の自由度」が偏っているのだろうか?偏りがあるのは当たり前 「報道の自由度(ランキング)」はどちらも偏っているし、そうなるのは当然のことだと言うのが、私の見方だ。こうした定性的な評価に基づく指標には、ランキング作成者の「価値観」が必ず反映されるからだ。 両者の評価手順を比べると、NGO自身が事前に決めた基準に従い専門の分析者が評価するフリーダムハウスに対し、国境なき記者団では当該国の関係者数十名程度のアンケート結果を数式に当てはめて評価値を算出するという違いがある。設定する評価基準や数式をどう決めるか、アンケート回答者として誰を選ぶか等によって、それぞれの組織の価値観が反映される。 評価のプロセスに価値観が反映される以上、そこに相応の偏りが生まれるのは自然なことなのだが、そうした偏りは、両者の評価点の分布によく表れている。 下図では、各国の評価点の平均からの距離を標準偏差の倍率として表し、その分布を比較している。 オレンジ棒が示すフリーダムハウスの評価点は、均一に近い平たい分布だ。基準に従い専門の分析者が評価を行うやり方は、分布を平均的に散らすような調整に向いているのだろう。 他方、青棒が示す国境なき記者団の評価点は、尖度が大きめの分布だ。尖度とは、確率分布の特徴を表す指標の一つで、尖度が大きい分布は中心が鋭く尖る一方、厚く長く伸びた裾を持つ。いわゆるファットテールだ。 左右の非対称性も国境なき記者団の特徴で、低評価方向にのみテールが長く伸びている。多くの国が平均近くに集まる中、一部の低評価の国を特に低く評価した分布だと言えるだろう。平均周辺に多く集中するのは、十分に組織展開できない国ではアンケート協力者を確保しづらい、といった事情があるのかもしれない。国境なき記者団はアジアが嫌い?国境なき記者団はアジアが嫌い? 両ランキングの相対的な偏りがより顕著に表れているのが、地域ごとの扱いの違いだ。国境なき記者団がフリーダムハウスと比べ特に厳しく評価したのは、もちろん日本だけではない。 両者の評価順位の差を相対的な厳しさの指標とすると、国境なき記者団が最も厳しく評価した国はフィリピンで、以下、インド、マリ、インドネシア、ブルガリア、イスラエル、東チモール、モンテネグロ、日本と続く。アジアの国が目立つ印象だ。 実は、二つのランキング順位の差を地域ごとに平均すると、アジア太平洋が断然、国境なき記者団が相対的に厳しい態度をとっていることが分かる。(フリーダムハウスが相対的に優しい。) 逆に、ユーラシア(ロシア等)に対しては、フリーダムハウスの方が相対的に厳しい。(国境なき記者団が相対的に優しい。) 米国のNGOがアジアに相対的に寛大で、フランスのNGOが旧ソ連地域に相対的に寛大だという傾向には、納得できる。政情や歴史的経緯、地政学的な関係等が影響しているのだろう。表:ランキング順位差(国境なき記者団 - フリーダムハウス)の地域別平均ユーラシア       -14.8位(かなり優しい)サブサハラ・アフリカ  -7.7位(優しい)北中南米        +1.4位(ほぼ同程度)中東・北アフリカ    +1.5位(ほぼ同程度)ヨーロッパ       +5.7位(厳しい)アジア太平洋      +13.8位(かなり厳しい)注:()内は、フリーダムハウスと比較した場合の国境なき記者団の相対評価。 とは言え、地域ごとの平均がマイナス14.8位やプラス13.8位だと言われても、それがどの程度の偏りなのか、あまりピンとはこない。 そこで、これを分かりやすく見るため、179カ国の順位差の分布を所与の確率分布と見なし、ランダム抽出による出現確率をシミュレーションにより概算してみた。 結果は、ユーラシア12カ国の平均が-14.8位以下となる確率が約0.26%、アジア太平洋32カ国が+13.8位以上となる確率は約0.034%である。 どちらも、かなり低い確率だ。比較して分かること このように二つの「報道の自由度(ランキング)」を比べることで、どちらが正しいか分かるかというと、そうではない。そもそも、どちらか一方が正しいというようなものではない。 日本に関して明らかに言えるのも、「誰がどのような方法で計測するかによって、同様の指標で72位にもなれば33位にもなる」ということくらいだろう。 だが、身も蓋もない言い方になるが、こうしたランキングに一喜一憂するのが如何に馬鹿らしいかということだけは、分かって頂けるのではないだろうか。【参考記事】■日本が先進国で最下級だという「幸福度」ランクについて、みんなが勘違いしていること。 (本田康博 証券アナリスト)http://sharescafe.net/48183188-20160325.html■日本代表FW岡崎慎司のレスター優勝で賭け屋が大損した、本当の理由。 (本田康博 証券アナリスト)http://sharescafe.net/48557339-20160509.html■日本がギリシャより労働生産性が低いのは、当たり前。 (本田康博 証券アナリスト)http://sharescafe.net/47352836-20151229.html■軽減税率で一番損なのは誰か、分かりやすく解説してみました。 (本田康博 証券アナリスト)http://sharescafe.net/47171441-20151211.html■映画『マネー・ショート』を見ていて混乱するのは、「空売り」を予習したせいだ。 (本田康博 証券アナリスト)http://sharescafe.net/48046767-20160310.html

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    「報道の自由」で一番大切なのは言論人の強い覚悟

    細川珠生(政治ジャーナリスト) 「政権のメディアへの圧力」が国内外で問題視されているようだ。メディアの一端に身を置いて20年超が経つが、仕事を始めた当初からフリーランスで活動してきた私は、報道機関に属す記者等とは、問題意識も多少異なると思っている。正直、「メディア=報道機関」への圧力という点においては実感がないし、本当にあるのかどうかも、私自身はわからない。評論家の細川隆元氏 =昭和57年10月29日 とはいえ、フリーランスで活動しているものが、その対象外であるということもないだろう。フリーランスは自分自身の活動の一回一回が評価の対象になっているという思いで活動しているので、ある意味、「世の中からの圧力」を常に受けているという感覚である。自分が何を、どんな目的を持って伝えていくかことについて、かなり真剣に考えて一つ一つの仕事に取り組んでいる。一回の失敗が命取りになるという意識でいるので、安易な妥協はしない。しかし、「使っていただく身」としては協調も大事であり、自分の思いだけでは仕事は成り立たたないことも、フリーランスの身でありながらも実感することでもある。 さて、私自身の「最初からフリーランス」という経歴は、少し特殊だとは思うが、同じような経歴を持つフリーのジャーナリストの先輩をお手本にしてきた。最も身近で見てきたのは、父の細川隆一郎であり、大叔父の細川隆元である。二人とも、「毒舌」「辛口」などと評されることが多いが、それだけ、政治に対し、政権に対し、また現職の総理大臣に対しても、容赦ない力強い評論活動をしてきた。大叔父の隆元は、TBS開局時に始まった「時事放談」でお茶の間をお騒がせしてきたが、放送内容によっては、局が何らかの勢力(政権ということではなく)に取り囲まれるような騒ぎ、番組への苦情なども多々あったと聞く。しかし、その時には社を上げて、番組を守り、出演者を守ってくれたという強い意志があったと、父・隆一郎から、その様子を聞いたことがある。また父も、特に時の総理大臣に厳しい評論を行っていたが、そのことによって活動が制限をされることは一度もなかったと、娘としても記憶している。二人とも故人となった今、その時々の詳細を確かめることはできないが、言論人として、メディア人としての強い覚悟、それを支える報道機関の信念が感じられるエピソードとして、私自身がこれまでフリーランスで活動する中で、幾度となく思い起こされ、勇気づけられた体験談なのである。「フリーランス」は活動しにくい 「政権からの圧力」以前に、私はフリーランスのジャーナリストが非常に活動しにくいということを常々感じているのだ。記者クラブ制度の外に置かれているのがその最たるものであるが、民主党政権以降は、フリーランスであっても、一定の条件を元に取材が可能となった記者会見も随分増えた。しかし、取材のベースである国会や議員会館、当然官邸なども、記者章がないために、その都度面会票を書かなければ入館できない。しかも、何らかの約束がなければ入館も許可されないので、自由に出入りをして取材をするということは、一切できないのである。報道機関と政治・行政の双方に問題意識がなければ、一向に改善されないことであり、正直、かなり不利な条件の下で活動してきたと感じている。もちろん一定の条件は必要だが、もう少し開かれた世界にならなければ、本当の意味での「報道の自由」が確立できないのではないかと感じるのである。 報道機関に属する人々も、フリーランスで活動する者も、切磋琢磨し、それぞれがよい報道を目指せば、メディアの世界も、言論の世界もより良いものが世の中に提供され、それを目にする視聴者や読者である国民の意識や質も向上していくのではないだろうか。その意味では、政権との関係という以前に、メディア側の閉鎖性という課題も重要であるように思う。 「評論家は正論を言っていくことが大事だ。長く仕事をしていれば、親しい政治家も増えるし、人の気持ちもわかるようになる。でもそこで批判の刃を鈍く切れ味わるくしてしまえば、この仕事は成り立たない。それで壊れる人間関係にならないように、人として信頼される評論家になれ」 仕事を始めたころには、なかなか実感できなかったが、今は、父のこの言葉がとても心に響く。立場の違いを超え、メディアに係わる多くの人にも訴えるものであればと願う。