検索ワード:メディア/386件ヒットしました

  • Thumbnail

    テーマ

    百田発言のどこが悪い

    沖縄二紙について、百田尚樹氏の「つぶさなあかん」発言が槍玉に上げられている。沖縄二紙は会見まで開き、被害者面して言論の自由を訴えた。ならば、これまでの沖縄二紙の報道を徹底検証してみようではないか。

  • Thumbnail

    記事

    地元メディアの「暴走」 米軍ヘイト報道が奪う沖縄の未来

    ばならないとしたら、私はためらうことなく後者を選ぶだろう」という名言で知られている。しかし彼は同時にメディアの無責任さにも気づいており、「何も読まない者は、新聞しか読まない者よりも教養が上である」「新聞で最も正しい部分は広告である」といった辛辣な言葉も残している。ジェファーソンの時代と異なり、私たちの周りには新聞以外に様々なメディアが存在する。情報を深く広く収集できるメディアは今でも必要だが、彼らが時々起こす過失や無責任さといったものを無条件に見逃すべきではない。 では誰がメディアを監視しているのだろう。私自身を含め、日本国民はメディアを過信してきたのではないだろうか。今や自らの過ちを認めない、自浄作用のないメディアをチェックすべきだという意思は世界中に生まれ、特にインターネットを通じ、一般市民の間に一種の協力体制が確立されつつある。 メディアの自浄作用といえば、日本新聞協会は2000年6月21日、44年ぶりに改定した『新聞倫理綱領』を採択した。これによれば「報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」とあるが、特に沖縄関係の報道では、多くのメディア関係者はその規定を守っていない。こうした報道の実態は日本のメディア全体の課題でもあるが、アジア太平洋地域全体の安全保障に影響する沖縄県が直面している大きな問題だ。さらに沖縄問題の報道にしばしば見られる「意図的な誤報」は、なにも沖縄県出身者や日本人記者だけによるものではなく、活動家まがいの外国人メディア関係者にも大きな責任がある。彼らの生み出す偏向報道は、多くの摩擦や間違った認識を生じさせている。 本稿は、沖縄問題をめぐる最近の報道を検証することを目的にしている。いくつかの事例を取り上げることによって、報道がどのような誤解を招き、最終的にどのような摩擦や憎しみという結果を生むのかを考えて頂ければ幸いだ。地元紙の「暴走」 今年2月22日のキャンプ・シュワブでの活動家らの拘束劇、なぜ私がその一部始終が撮影された映像を外部に提供したかなどについては「正論」7月号掲載のインタビューの通りである。今号ではその後の地元紙の「見出し」を通じて、事件後のメディアの暴走ぶりを紹介してみたい。 読み返してみてもっとも滑稽なのは「『境界線越えてない』と抗議」(2月24日・沖縄タイムス)という見出しである。3月4日に私が外部に提供した映像からわかる通り、基地反対活動家らは越えてはいけない黄色い線を、自ら何度も越えている。これは動かせない事実だ。沖縄タイムスの読者としては、この「誤報」に対してだけでも訂正を出すべきだと思っているのだが、いまだに「お詫びと訂正」の記事を見ていない。 「拘束は米軍独断の見方も」(同)という見出しもおかしい。米軍の基地施設管理権には警察権まで含まれる。そもそも一般市民とて自宅に不法侵入者がいれば、「独断」でそれなりの対応を取るだろう。 また「辺野古集会の直前拘束」(2月23日・沖縄タイムス)という見出しは、ことさら米軍側が基地反対集会つぶしを企図し、タイミングを計って活動家を拘束したように読ませたいように見えるが、買いかぶりすぎである。今回の件にそのような政治的意図はない。たまたまその日、定められたルールを逸脱した「侵入者」がいたので、ルールに従ってこれを拘束せざるを得なくなっただけだ。 各紙の見出しの中でも特に理解しがたいのは「『背後から無通告』不当」(2月24日・沖縄タイムス)というものである。いきなり無抵抗の者を拘束したように読ませたいのだろう。事件の一方の当事者だった日本人警備員の名誉とプロフェッショナリズムのために特に強調しておくが、ゲート警備にあたる者は、礼節ある態度で基地訪問者に接しているし、そうあることを求められる。ここに書かれたように、基地警備員は本当に「背後から」「無通告」で拘束したのか、私が外部に提供した映像でもう一度確認してみてほしい。 映像の提供から3カ月以上経過しても、彼らにとっては事件は終わっていなかったようだ。6月18日付琉球新報が掲載した「海兵隊解雇に不満」「昇格期待していた」との記事に、同紙の並々ならぬ関心がうかがえる。 琉球新報の記事は、映像提供を理由に海兵隊を4月に解雇されたことについて、私が本誌7月号のインタビュー記事で、「(映像提供で)昇格を期待していたくらいだ」と処分への不満を漏らしている、と伝えている。 実際はどうなのか。読者のみなさんには、本誌のインタビューで私がどんなニュアンスで「昇格を期待していたくらいです」と発言したか、お読みいただいたうえで、琉球新報記事について考えていただきたい(ネットで閲覧可能)。私は狙われていた~地元紙と英字紙の「連携」 地元紙の見出しから十分に恣意性は感じられたと思うが、状況はこれだけにとどまらない。海兵隊司令部で米軍と県民や日本国民との相互理解、交流を積極的に推進してきた私は、それを望まない者のターゲットにされていた節がある。ロバート・D・エルドリッヂ氏 今年1月上旬、日本で発行されている英字紙「ジャパン・タイムス」に、新設されたシンクタンク「新外交イニシアチブ(ND)」を絶賛する記事が掲載された。私は専門家としてその記事の信ぴょう性に疑問をもち、これに対する投稿を送った。同紙には30回以上寄稿しており、今回も問題なく掲載されるだろうと考えていたが、掲載可否を確認してもはっきりした答えがない。実は一昨年、知人の研究者も沖縄の問題点を紹介する英文原稿の掲載を断られている。いずれもやや不自然な却下の仕方だった。 「ジャパン・タイムス」の編集長からは「webのコメント欄に書いてください」と言われたので2月10日にそのようにした。するとそれを受ける形で、2月13日付の沖縄タイムスで「米軍幹部が研究所批判/安保政策の異議紹介記事に投稿/『騒音・不協和音』と表現」と題する記事が掲載されたのだが、紙面での扱いは1面のトップ・顔写真入りと大きなものだった。 この2月13日付の記事は今もネット上で読めるが、私は沖縄を巡る「状況」を「騒音と不協和音」と比喩的に表現したのであって、新設されたこのシンクタンクおよびその活動をそう評したわけではない。このシンクタンク「ND」に対しては「理事たちの沖縄問題に対する視点の変化のなさ」を指摘し、「研究は重要だが、(中略)事実に基づいて客観的、建設的にすべきだ」と書いたにすぎない。 記事内では「『外部の社会問題への発言の自由は保障されている』と説明。(中略)処罰対象にならないとの見方を示した」という海兵隊報道部のコメントも紹介されている。どんな質問をすればこのコメントを引き出せるのか、読者諸氏も記者になったつもりで想像してみてほしい。おそらくそれは「今回の件で彼は処分されないのか?」だっただろう。もしそうだとしたら、軍隊内ですら一定の範囲内で保障されている「言論の自由」という権利を行使した件に関する質問としては大げさすぎる。私はそれほど大物ではないが、映像提供の件で解雇される前からターゲットにされていたのかもしれないと思う一件だ。さて単なる意見表明は、新聞の1面を飾るほどの重大事件だろうか。私は被害妄想、あるいは被包囲心理が強すぎるのだろうか。 ちなみに「ジャパン・タイムス」からは、毎日のように普天間飛行場近くで海兵隊員に汚い言葉を投げつける「プロ市民」の実態を指摘したことで、なぜか個人攻撃を受けたこともある。同紙は英字紙であるので「正論」読者諸氏には馴染みが薄いかもしれないが、在日外国人に非常に影響力のある媒体で、日本語を読めない外国人たちにとっては日本の情報の窓口である。もちろん同紙に真面目な記者はいるのだが、この件に関わったのは外国人ライター。活動家のような書き手もいるということだ。 問題なのは、誤った情報を同紙から得た外国人読者が、その間違った情報に基づいて国外で話すことになる点だ。このままでは海外に拡散した報道が、伝染病のように国内に入り込み、日本人も「外から」影響されてしまうことになりかねない。沖縄を巡るこのような構図は、従軍慰安婦問題のそれと極めて似通っている。翁長県知事の成果なき訪米(揶揄ではない。彼らの予定通りだったと思う)が終わった今、次の「戦場」は海外へと移っていくだろう。こうした共通性が明らかになるにつれ、沖縄問題や地元紙の偏向報道の背後にある「何か」が浮かび上がってくるはずだ。 「正論」7月号でも言ったように、私は他者の「何かに反対する権利」「何かを主張する権利」を否定しない。ただその抗議や主張のやり方に問題がある、あるいは事実誤認があると指摘しただけで、個人攻撃に近い報道まで行った両紙には失望せざるを得ない。いずれにせよこれは「ペンの暴力」とでも呼ぶべきものだろう。人命救助さえ報道しない沖縄紙人命救助さえ報道しない沖縄紙 今年の1月14日、筆者は地元高齢男性の命を救った一人の米海兵隊員を称える式典に出席した。男性は昨年12月23日、沖縄県北部・金武町の国道で自転車から転落したが、キャンプ・ハンセンに向かう途中のジェイコブ・バウマン軍曹(25)が安全な場所に移動させ、蘇生させたものだ。式典は司令部で行われ、彼の上司や同僚、そして彼の若き妻が同席した。司令官のランス・マクダニエル大佐は、他の運転者が行わなかったバウマン軍曹の行動を賞賛したが、軍曹はこの行動について、他者を助けるという考えから行った、と短く答えた。 報道関係者も招待されていたが、地元住民の命が救われたにもかかわらず、日頃から「命どぅ宝」と訴えている「琉球新報」「沖縄タイムス」がいなかったことは大変残念だった。なぜ取材がなかったのか、理由は定かではない。「招待を耳にしなかった」といった言い訳をよく聞いたが、この式典に関してはそのような主張は通用しない。式典のかなり前に案内はされていたからだ。若者の将来より、己の主張 もう一つ例を挙げたい。在沖米総領事館が主催したあるパーティーで、長年親交のあった地元メディアの人に「より多くの県内の学生がその機会を捉えられるよう、海兵隊政務外交部でのインターンシップ制度の紹介をお願いしていたのですが」と話しかけてみた。「それは目新しいものじゃないから」という反応だったが、大阪大学在職時の経験から、インターンシップ制度は大学側も受け入れ企業側もアレンジに相当苦労することを伝えた上で「米軍が日本の学生に対してこういう機会を提供したことはあまりない。特に海兵隊司令部内では初めてでニュースバリューもあるはずだ」と再度お願いしてみた。すると彼は「基地問題がある限り、米軍にとっていいことは書かない」と本音を吐いた。これは米軍への憎しみのあらわれというだけではなく、沖縄の子供たちの将来を大人の都合で犠牲にし、教育や体験の機会を奪っていることに他ならない。元教育者として絶対に許せない。 幸いなことに、それでも10名の日本人学生が海兵隊でのインターンシップを体験した。そのうち沖縄出身は3名。彼らは地元メディア、米軍からの案内を学生に周知しない県内の大学からではなく、別ルートから情報を得たという。こうした形でも、沖縄の閉鎖的な教育界とメディアが沖縄の将来を損なっている。 これらは私が海兵隊在職中、何千件と経験したよくあるケースのうちの一つに過ぎない。地元メディアは日米両政府どちらかにとってマイナスの印象となる情報は積極的に掲載する一方、プラスの印象を読者に与えるものは載せない(あるいはそもそも取材しない)傾向がある。私はなにも米軍による犯罪の報道をするなと主張したいのではない。人道的行為、青少年育成といったよき側面を持つ話も、等しく県民に伝えるべきだといいたいのだ。知事訪米にあわせた米紙への寄稿 最近の翁長知事訪米の際、「沖縄の知られざるもう一つの側面」と題した私の論文が「ワシントン・タイムス」に掲載され、大きな反響を呼んだ。 同紙を寄稿先に選んだのは、昨年11月の沖縄県知事選の際、革新系といわれ同紙のライバルでもある「ワシントン・ポスト」に掲載された間違いだらけの記事に対し、それを指摘する原稿を送付したが、沖縄の地元メディア同様、黙殺された経緯があったからだ。冒頭で述べた通り、メディアは国民からの監視、あるいは明らかな間違いの指摘といったものに対して真摯に対応する姿勢が必要だと思う。 さて沖縄のメディアから派遣された記者は、翁長知事訪米団と一緒に行動し、その動きを紹介していた。ちなみに沖縄の地元紙は沖縄問題について海外の研究者、活動家、メディアなどが発信する時、必ずといっていいほど記事にして紹介する。最近だとネパールの被災地に派遣されたオスプレイの性能に批判的な現地新聞の記事まで引用した「報道」が記憶に新しい(「オスプレイ『役立たず』 ネパール支援で地元紙」/5月8日・琉球新報)。 今回の「ワシントン・タイムス」への寄稿は沖縄のメディアには取り上げられなかったが、訪米団をはじめ、同行する記者らはこれを読んでいないはずがない(もしも現地で見ていないのであれば、特派員としてはもちろん、記者としての資質を疑わざるを得ない)。彼らの主張の妨げになりかねないこの文章が沖縄のメディアで紹介されなかったことそれ自体、一種の情報操作と結論づけてもおかしくはない。おわりに 偏向報道はアメリカでも昔からある問題だ。例えば50年以上前、あのジョン・F・ケネディ大統領もメディアには悩まされていた。普及し始めたテレビでの生放送でインタビューに臨んだ彼は、親友で「ニュースウィーク」誌のライターでもあったベン・ブラドリーに対して「新聞や雑誌経由ではなく、テレビを通じて直接語る際に、アメリカ国民の理解と支持が得られるのだ」と皮肉っぽく語っている。日本政府もケネディ同様の事情に悩んでいたに違いない。だからこそ安倍政権は昨年12月の衆議員選挙において、メディアに対して公正な報道するよう呼びかけざるを得なかったのだろう(案の定、その行為は批判された)。在沖縄米軍海兵隊が宮城県気仙沼市大島でのがれき撤去作業を6日で終了。島を離れる前に上陸用舟艇(LCU)に乗り込む隊員らに、住民がハイタッチするなどして感謝を表した=2011年4月6日(大西史朗撮影) この原稿の執筆にあたり、地元メディアの報道を改めて精査してみたが、米軍に好意的な報道はほぼ存在せず、とてもみじめで悲しい気持ちを思い出すことになった。例えば2006年に私が発案と実施とに深く関わった「トモダチ作戦」は、東日本大震災時の実際の運用で、在日米軍が災害時にどのような協力ができるのかのモデルケースになったと思うが、被災地での支援活動すら地元紙には「どのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設はもういらない」(2011年3月18日・琉球新報)、「震災の政治利用は厳に慎むべきだ」(2011年3月22日・沖縄タイムス)と、意地悪く評された。震災直後の被災地で苦しむ人、それを助けようと真剣に任務に取り組む者がいた時期の論評とは思えない。よくもまあこういうことが書けたものだと思う。 約600名の海兵隊員が復興支援に従事した大島(宮城県気仙沼市)の島民とは特に深い信頼関係が生まれた。「燃えるゴミと燃えないゴミを混ぜちゃダメ!」と、あふれかえる瓦礫の撤去を急ぐ屈強な海兵隊員たちを叱りつけて回っていた島の子供のことを、うっすらと涙を浮かべて楽しそうに話す隊員がいまだにいるくらい、その想いと絆は深い。しかし私が作った、沖縄の海兵隊員たちの家に東北の子供たちをホームステイさせるプログラムのこと、島民と隊員たちとの心温まる交流の継続といった事実もまた、沖縄で報道されることはまれである。「しまぬくくる」(沖縄、沖縄人のこころ)の美しさを説く一方、ここまでの悪意を他者に向け続け、自分と異なるものを排除しようとする地元紙の「ちむぐくる」(まごころ)は一体どこにあるのだろう。 紹介してきたように恣意的なメディアの存在は民主主義の破壊のみならず、個人の人権まで損なうようになる。今、沖縄の報道は健全な状況にない。日米両政府と沖縄県にも課題はあるが、沖縄問題を煽っている最大の責任は、沖縄メディアとその報道にある。ロバート・D・エルドリッヂ氏 1968年、米国ニュージャージー州生まれ。99年に神戸大学法学研究科博士課程後期課程修了。政治学博士号を取得。2001年より大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授。09年9月より在沖縄海兵隊政務外交部(G―7)次長に就任。基地監視カメラ映像を不適切に公開したとして同職解任。近著に「尖閣問題の起源」(名古屋大学出版会)。日本人の鼓動が響く フジサンケイグループのオピニオン誌「正論」日本が日本でなくならぬよう、誇るべき歴史、受け継いできた志を正しく伝えたい。昭和48年の創刊以来の思いをこれからも変わることなく、一つ一つ紡いでいきます。定期ご購読はこちらから

  • Thumbnail

    記事

    沖縄二紙の偏向報道と世論操作

    での世論形成の実情を報告し、その背景を探れればと思う。 丸4年間の沖縄生活で常に驚かされたのは、地元メディアの時には目を覆いたくなるばかりの報道ぶりだった。地元紙二紙「琉球新報」「沖縄タイムス」の紙面には、1年を通して米軍基地反対を訴える記事が載らない日はない。ほかにもニュースはあるだろうに……と注文をつけたくなるほどだった。 しかも、イデオロギーに支配されているのではないかと疑いたくなる記事がいかに多いことか。東京時代、一部新聞の偏向報道に辟易したこともあったが、それ以上だった。偏向報道というより恣意的な世論操作ではないか──という印象すら持った。 私が沖縄に赴任したのは、民主党政権が発足した直後の平成21年10月。当時、沖縄が抱えていた最大の課題は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題だった。民主党政権になり、鳩山由紀夫首相(当時)が移設先を「国外、少なくとも県外」と宣言したことから、県内移設反対論が激化。 全てのメディアは、この反対論調を支持、県外移設こそが沖縄県民130万人(当時)の総意だと伝えていた。私自身、最初はその報道を信じて疑わなかった。 赴任して一週間後、移設予定先の名護市辺野古を訪ねた。 米軍基地のキャンプシュワブと接する海岸にはテントが張られ、普天間飛行場の移設に反対している人たちが屯していた。話を聞くと、全員が「移設反対」だという。報道は間違っていなかった──と納得し、辺野古の集落に向かった。 普天間飛行場が移設されると、騒音問題などさまざまな問題と対峙することになる住民の声を直接聞こうと思ったからだ。報じられない地元民の声 ある民家に飛び込んだ。家主の男性に名刺を差し出しながら「普天間飛行場の移設のことでお話を聞かせていただきたいのですが……」と切り出すと、怪訝な顔をするのだ。理由を尋ねると、「新聞記者が話を聞きに来たのはあなたが初めてだ」。 一瞬、耳を疑った。同席したタクシー運転手も「エーッ」と声を上げた。 「ほとんどの名護市民は普天間飛行場の辺野古移設に反対だと伝えられているが、メディアは取材に来ないのか」沖縄県名護市辺野古地区の米軍普天間基地移設予定地・大浦湾には、ボーリング調査を行う台船が浮かんでいる。奥の陸地は米軍キャンプ・シュワブの敷地=6月22日午後、沖縄県名護市(川口良介撮影) 再度尋ねると、 「いろいろな新聞社やテレビ局は来るが、みんな反対派が集まっているテント村にだけ行って、我々の声なんか聞こうともしない。最初から反対ありきなのです」 真偽を確かめようと、20人ぐらいの住民と話をしたが、予想に反して9割近くが条件付きながらも移設容認だった。 ある住民はこう嘆いていた。 「普天間が移設されると、海兵隊と実際に付き合うことになるのは我々、辺野古の住民だ。その住民が受け入れると言っているのだから問題はないはず。それに普天間の危険性が除去されるじゃないか。ところが、そうした我々の声は一切、報じられない」 米軍基地を抱えて生活する住民の思いは、他の地域に住む者には予想できない。基地は嫌だが、地域の経済活性化のためには基地経済に頼らざるを得ない。20人は複雑な思いをぶちまけた。 「一番心配なのは、ある日突然、キャンプシュワブがなくなったらどうしようかということだ。アメリカのことだから突然、撤退を決めかねない。キャンプシュワブがなくなったら我々はどうすればいいんだ。ホームレスになってしまう」 「アメリカがかつて、フィリピンから撤退したらすぐに、南沙諸島に中国が出張ってきた。日本と沖縄は尖閣諸島を抱えているが、日本に軍隊がない以上、もし沖縄から米軍がいなくなったらどういうことになるか。火を見るよりはっきりしている」 いずれも、50歳代から60歳代の男性の声だが、こうした意見が沖縄のメディアに報じられたことはなかった。 辺野古地区はこれといった産業がなく、過疎化が進む一方だという。普天間飛行場の危険性除去という大義名分のもと、振興策を目当てに経済活性化への望みを繋いだのが、移設受け入れ容認の理由だった。 過去には移設を受け入れる条件で、北部振興策として名護市など北部の市町村に1千億円に上る補助金が投下された。その一部で公民館の改築や国立高専の建設、IT産業の誘致などを展開、地域は普天間飛行場を受け入れることで経済活性化を模索する途中にあった。 ところが鳩山発言で、地元メディアを含む基地反対勢力は勢いづき、条件付きとはいえ移設受け入れの意思を明確にしていた住民の思いは一蹴され、反米軍基地を訴えるイデオロギー闘争が展開されたのだ。 私は、紙面で辺野古住民の思いをまとめたところ、「よく書いてくれた」という声の反面、非通知の無言電話が数日間かかってきた。一人の男性と話をしたが、彼は関西弁だった。電話の主は最初、静かに話していたが、突然、「ゴキブリ野郎」と声を荒らげると、そのまま電話を切った。私はいまでもその声を忘れない。県民大会の異常な“盛況” 今年の7月はじめに、約2年ぶりに辺野古を訪ねた。一人の主婦が、「いまでも辺野古の住民が移設反対と報道されるので困っている。我々の気持ちは変わっていない」と語気を荒らげた。名護市辺野古の住民の多くは、いまも条件付きながらも受け入れ容認の姿勢を崩していないのである。 こうした容認派の声を無視できなくなったのか、最近になって申し訳程度に取り上げられるようになった。だが、なぜこうも住民の本音を無視してまで、沖縄県民全員が反対であるような世論が独り歩きし続けるのか? そこには、沖縄二紙を中心にしたメディアの作為を否定できない。 沖縄では県民大会なるものがしばしば開かれる。沖縄の民意を全国に発信するのが狙いだそうだ。平成22年4月25日に沖縄県・読谷村で、普天間飛行場の県内移設に反対する県民大会が開かれた。沖縄二紙や全国紙は、この県民大会に9万人以上(主催者発表)が参加したとして、「県内移設反対」は県民の総意だと発信し続けた。 だが、本当にこれが県民の総意なのだろうか。私自身、この県民大会を取材して強い違和感を覚えた。 会場に着くと人の多さに圧倒されたが、それ以上に驚いたのは、立錐の余地がないほど活動家組織の旗がたなびいていたことだ。一般の県民は何人いるのだろうと疑うぐらいの“盛況”ぶりだった。 あとで学校関係者から聞いた話だが、高校の教員が理由を言わずに女子高生2人をドライブに誘い、途中で会場に連れて行ったり、高校の新聞部の部員を取材と称して会場に“派遣”したりするケースなどもあったという。集会参加人数を“水増し”集会参加人数を“水増し” “異変”は、県民大会が始まると同時に表れた。開会の辞の直後、地元二紙が「県内移設反対決議」という号外を配布し始めた。県民大会は始まったばかり、まだ何も決議されていないのに、である。参加者からは我が意を得たり、と大きな歓声と拍手が上がった。 さらに大会が半ばまで進むと、主催者側が突然、「旗を降ろしてください」と注意を促した。一斉に旗が消えた。県民大会後、地元紙が写真集を発行したが、そこには活動家のかざす旗はほとんど写っていなかった。 事情を知らない人や大会に参加しなかった人には、これほど多くの県民が反対しているのだ、反対は県民の総意だ──と映るのは当然だった。主催者の狙いは的中した。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する集会で、沖縄県の翁長雄志知事(左手前)の話を聞く大勢の人たち=5月17日午後、那覇市 参加人数も不可解だった。閉会直前、主催者側が発表した参加人数は9万人あまり。だが、その日の夜、警察、情報関係者の間では「参加者数は多くても3万人前後」という情報が飛び交った。なかには2万人という数字を出した機関もあった。 1平方メートル当たりの人数を計算すると、せいぜい3万人程度だった。しかも活動家グループが大半を占め、一般県民の実数は正確には掌握できなかったという。 それでも、翌日の各紙朝刊には「沖縄県民の民意、県外・国外移設で一致」という文言が躍った。 どうだろう。客観的に見ると、県内移設反対グループと地元紙が反対闘争に県民大会を利用、世論を創り上げたことは否定しようがない。結果、思惑は的中、「県民の総意=反対」という創られた世論が独り歩きを始めてしまったのだ。 こうした環境が構築されると、本音を伝える以前に本音を話せなくなってしまう。本音が封印されてしまうのだ。辺野古の移設容認派の一般住民は、実名が報道されるのを嫌った。地方議員も創られた世論に歯向かえない。 ある保守系地方議員は、「米軍基地の受け入れ容認発言をすると地元メディアに叩かれ、当選するのが難しくなる。だから反対派に回るほかない」と愚痴をこぼした。 またある首長は、「沖縄では、本音を言うとネガティブキャンペーンに結びつくので本音を言えない。本土の選挙運動が羨ましい。でも、そんな実情を本土の政治家は分かろうともしない」と怒りを露わにしていた。 そもそも、危険性の除去から早期移設が叫ばれている普天間飛行場の周辺住民の真意も疑わしい。60歳代の軍用地主は匿名を条件に、こう漏らした。 「本音は、普天間はいまのままがいい。決まった軍用地料が毎年入ってくるから。仮に返還されたとして、再利用、再開発するのに20年以上はかかる。でも、メディアのインタビューに正直に答えると反対派の反発を受けるから、ついつい『基地反対』と言ってしまう」 この男性と同様、軍用地主や基地雇用者、そして基地の恩恵を受けている自治体は、なかなか「基地容認」を口に出せないのが現実だ。「金で沖縄を売っている」と批判の的にされるからだ。支援活動は報じない 平成23年暮れ、沖縄防衛局が普天間飛行場移設事業に対する環境アセスメントの評価書を沖縄県に提出した。沖縄二紙をはじめメディアは提出を阻もうと、県庁の敷地内や県庁舎内に座り込み、反対を叫ぶ反対派の姿を通し、大々的に「県民の総意は反対」と伝えた。 だが、実情はどうだったか。一歩、県庁の敷地内から外に出ると、いたって平穏。まるで何事も起きていないような静けさで普段と変わらない町並みだったが、その様子は伝えられることはなかった。これも世論創りの一つだ。 偏向報道とも思える事象は、普天間飛行場の移設報道に関してだけではなく、随所で散見した。もう少し事例を紹介しよう。 平成23年3月に東日本大震災が発生し、在日米軍による大規模な救援活動が繰り広げられた際、地元紙は在沖海兵隊員の支援活動内容を詳細に伝えようとはしなかった。 3月11日から4月5日までに掲載された米軍の写真は、「琉球新報」が3枚で「沖縄タイムス」は2枚。実際に支援活動をしている海兵隊の写真は1枚も掲載されなかった。 そればかりか、「琉球新報」は3月17日付朝刊で「在沖海兵隊が震災支援 普天間の有用性強調 県内移設理解狙い 不謹慎批判上がる」という見出しで、在日米軍が普天間飛行場の地理的優位性や在沖海兵隊の存在感などをアピールしているとしたうえで、「援助活動を利用し、県内移設への理解を日本国内で深めようとする姿勢が色濃くにじむ」と主張した。 加えて、「在沖米海兵隊の出動までに地震発生から三日かかった。一、二時間を争うかのように海兵隊の対応が強調されているが、迅速性について普天間飛行場の場所が決定的に重要でないことが逆に証明された」という大学教授のコメントを引用、疑問を投げかけた。 さらに翌18日付の社説では、「在日米軍が普天間飛行場の地理的優位性や在沖海兵隊の存在意義などをアピールしている。強い違和感を覚える」「地震発生から三日経ての出動なのに即応でもあるまい」とし、「米軍がどのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設は沖縄にはいらない」と締め括っている。 一方、「沖縄タイムス」も3月22日付の社説で「災害支援を理由に現施設規模を維持する必要性を主張する。普天間移設問題が日米間の重要な懸案であることを承知しながら、米軍当局が震災の政治利用を画策しているのなら、文民統制の観点から見逃せない」とし、「震災の政治利用は厳に慎むべきだ」と断じ、支援活動の評価は一切なかった。 被災地はもちろん、多くの国民が国家的な災害に対する米軍の救援活動に感謝の気持ちを表明しているにもかかわらず、二紙にはそうした発想がない。それどころか、米軍による支援活動が政治利用されかねないと主張すること自体、二紙自身に政治的な思惑があることを示している。 テレビの全国ニュースで、在沖海兵隊の支援活動の実態を知ったという知人の1人は、「海兵隊が何をしているのか、初めて分かった。沖縄のメディアはそういうニュースは伝えないから何も知らなかった」と話していた。沖縄県民の六つの立場 偏向報道と見紛う報道姿勢は挙げればきりがない。 沖縄の米軍基地問題を考える場合、米軍に軍用地を貸して賃貸収入を得ている軍用地主の立場、米軍基地に雇用されている住民の立場、基地関連収入のある自治体の立場、真に米軍基地の撤退を願っている住民の立場、無関心な県民の立場、そして基地問題を反米イデオロギー闘争の手段に使っている活動家グループらの立場──の六つの視点から見つめないと、沖縄県民の本音はなかなか見えてこない。ところが、クローズアップされるのは米軍基地反対派の声ばかり。 客観的にみると、反米軍基地闘争、そして米軍基地が沖縄に駐留することを容認している日本政府に対する反抗のために、世論が創り上げられているのは明明白白だ。 すべての情報が意図的に伝えられず、情報統制が敷かれ、真の情報から隔離されているとすれば、どこかの国と同じで、県民に公正な判断ができるはずがない。 地元メディアがこうして創り上げた“沖縄の声”に寄り添って、本土のメディアが「沖縄はいつも被害者で怒っている」とステレオタイプに拡散していくのだ。沖縄の実情と、本土に伝わる沖縄発の情報との間に大きなギャップが生じるのは当然の結果だ。本土ではなく「祖国」復帰本土ではなく「祖国」復帰 ただ、ここに根本的な問題が横たわっている。沖縄二紙が偏向報道を展開したとしても、実際に数十万人の県民に読まれているという現実である。実態に気づいている県民も少なくはないが、多くの読者は偏向報道に気づいていないのだ。 他の情報と接して比較する術が少なく、事実を知る機会が閉ざされていることが大きな要因だが、それ以前に、根本的に本土に対する不信感と対抗意識があるからだ。では、なぜそうした感情が蔓延しているのか? それを解明するには、一つには43年前の本土復帰の時点に遡らなければならない。 沖縄の本土復帰運動の先頭に立ったのは、教職員が結成した「沖縄教職員会」(前身は「沖縄教育連合会」で昭和27年に改称)だった。この教職員会は、昭和35年に愛唱歌集を作成している。 そのなかの一つ、「祖国への歌」は次のような詩だ。 「この空は 祖国に続く/この海は祖国に続く/母なる祖国 わが日本/きけ一億の はらからよ/この血の中に日本の歴史が流れてる/日本の心が 生きている」 「此の山も 祖国と同じ/この川も祖国と同じ/母なる祖国 わが日本/きけ一億の はらからよ/この血の中で日本の若さがほとばしる/日本の未来が こだまする」 「この道は 祖国に通ず/この歌も祖国にひびく/母なる祖国 わが日本/きけ一億の はらからよ/この血の中は日本の命でもえている/復帰の悲願で もえている」 「本土復帰」ではなく「祖国復帰」。その切実な思いが伝わってくる。 だが、民族的悲願としての祖国復帰を掲げる初期の復帰運動は、昭和35年に「沖縄県祖国復帰協議会」(復帰協)が結成されると恒常的な運動が展開されるようになり、38年頃から安保闘争の高まりが沖縄にも波及し、「沖縄を階級闘争の拠点に」と訴える活動家が参入。 教職員会が率先して進めていた復帰優先の運動は、安保や米軍基地問題を焦点とする運動へと形を変えていった。 元県議は、「それまでオール沖縄の闘争だったのが徐々に階級闘争が展開されるようになった」と振り返った。日の丸は戦争に突入したシンボルだとし、反体制派の活動家や学者、マスコミが「沖縄を最後の砦に」を合言葉に沖縄に押し寄せた。いまなお続く反日教育 祖国愛教育を実践していた教職員会も、その余波で徐々に変質。愛唱歌の一つだった『前進歌』の四番の歌詞、「友よ仰げ日の丸の旗/地軸ゆるがせわれらの前進歌/前進前進前進前進輝く前進だ/足並みがひとりでに自然に揃う/だれも皆心から楽しいからだ」も削除された。「仰げ日の丸の旗」は許されない歌詞になってしまったのだ。 「反安保、非武装という思想を持った教員がどんどん入って来て、日の丸は罪悪だとして日の丸を掲揚しないようにと指示がきた。我々が推し進めていた純粋な復帰運動は、完全に日米両政府に対する階級闘争に変貌してしまった」 と元教職員会のメンバーは振り返った。 復帰協のなかにあって、教職員会は本土復帰前年の46年9月30日、沖縄県教職員組合(沖教組)に姿を変え、47年5月の沖縄の本土復帰を経て49年、米軍基地の撤去などを求める闘争を全国的に展開するため日教組に正式に加盟、組織的に反米軍基地闘争や反日運動を開始した。並行して、子供たちにも反日教育を徹底するようになった。 前出の元教職員会のメンバーは、 「シューベルトの『軍隊行進曲』は軍隊を煽り、自衛隊を軍隊にする歌だから生徒に歌わせてはいけない。『海』の詩にある『行ってきたいなよその国』の部分は侵略を意味するからだめ──と沖教組から指示された」 と言う。こうした反日教育が戦後70年、復帰43年を経たいまも続いているのである。 たとえば沖縄では毎年、6月23日の「慰霊の日」が近づくと、県内の各小中学校で昭和20年の沖縄地上戦を題材にした平和教育の特別授業が行われる。 だが、その内容について元教員はこう言った。 「戦争の悲惨さというより、ビデオなどで日本兵がどれだけ悪かったか、沖縄の民が皇民化を強いられたなかでいかに苦しんで死んでいったかを教える。すべて日本軍が悪だと強調する。 普天間の問題についても、また沖縄は日本の犠牲になるんだと。しかも、沖縄戦以外のことは教えない。沖縄が中心で、沖縄だけが本当の戦争被害者だと教えることも多い」「本土vs沖縄」の構図 沖縄二紙も毎年、慰霊の日が近づくと、平和についての連載を展開する。だが、学校での平和教育と足並みを揃えて旧日本軍批判に終始、旧日本軍を犯罪者扱いする記事が溢れる。その主張はほぼ毎年、同じだ。 年がら年中、そうした記事ばかりに接していると、戦争体験がない無関心層も、心の底にある種の思想が刷り込まれてしまうのは当然だ。 ある50代の男性は、 「当時は国歌を聞くとぞっとした。国旗を見るとどきっとした。『君が代』はだめ、日の丸もだめと言われ続けたので、生理的に拒否反応を示すようになっていた。平和教育の名の下で、『日本軍=悪い人間』という認識を持つようになっていた」 と自身の小中高時代を振り返った。誤った歴史認識が、教育現場とメディアを通して県民に刷り込まれてきたのである。 やはり元沖教組の関係者だが、彼はこう指摘する。 「沖教組は闘争の主導的役割を果たしているだけでなくて、地元メディアと協力し合って世論誘導にもかかわっている。沖縄を闘争場所に利用しているだけだ。原点にあるのは戦後教育の歪みだ」 戦争を経験していない県民や復帰後に生まれた若者の間では、被害者意識が薄れつつある。だが、沖教組や地元メディアにとって、それは薄れては困るのである。 だから、悲惨な地上戦を経験した県民の心の奥底に潜む被害者意識を煽って大日本帝国の被害者なんだ、そしていまも米軍基地を押しつけられて被害者の立場は続いているのだ、だから日本に屈してはいけない……と反日・反米闘争に利用しているのである。 沖縄在任中、何度となく、「沖縄に謝罪しろ」という言葉を耳にした。今回の騒動でも、「沖縄に謝れ」といった言葉が飛び交った。根底に日本本土vs沖縄という創られた構図があるからで、どことなく韓国の対日感情と似ている。 同じ日本国民でありながら、沖縄と本土の間には大きな壁があり、一つの国家として意識を共有できないでいるのではないか──と感じる。だから二紙が必要とされ、読まれるのだ。「対策」ではなく「政策」を ではこれに対して、日本本土の長年にわたる沖縄観はどうだろう。 「沖縄は大変だなあとか、可哀相だなあとか、同情の声はよく耳にするが、具体的にどうしようという声は一切出てこない」 と知事経験者がぼやいたことがあるが、たしかに本土に住む日本人は、どこまで「沖縄は同じ日本だ」という立場に立って沖縄を見ているのだろうか、と疑問に思うことがある。 私事だが、先日、沖縄地上戦で壮絶な戦いを展開した護郷隊を描いた本、『少年兵はなぜ故郷に火を放ったのか──沖縄護郷隊の戦い』(KADOKAWA)を出版した。ところが、ほとんどの日本人はこの護郷隊の存在すら知らなかった。沖縄を知り尽くしているような発言をする本土の日本人(私も含めて)は実のところ、それほど知らないのではないか。知らないから、メディアにいいように翻弄されているのではないかと思う。 シンガーソングライターの佐渡山豊さんが作詞・作曲した楽曲に、『ドゥチュイムニー』(ひとり言)という作品がある。 「唐ぬ世から大和ぬ世/大和ぬ世から/アメリカ世/アメリカ世から/また大和ぬ世/ひるまさ変わゆる くぬ沖縄」 中国から日本へ、そしてアメリカからまた日本へ──と支配者はどんどん変わったが、自分たち市民は何も変わらない、変わるのは統治者ばかり──。 沖縄の歴史は複雑だ。この詩は、大国に翻弄され続けてきた沖縄の歴史を端的に表している。 そうした歴史を持つ沖縄に対して、戦後70年、復帰して43年という歳月のなかで、日本政府は経済振興に終始する沖縄対策は講じたが、はたして沖縄政策が講じられてきたのだろうか。実は、それを欠いたがゆえに、教育現場と沖縄メディアの“暴走”を許してしまったのではないか。 沖縄メディアがいとも安易に、かつ当然のように偏向報道を続けるが、一面、日本に「沖縄は日本のものではなく、日本である」という認識のもと、沖縄政策の有り様を改めて問いかけている気がする。  

  • Thumbnail

    記事

    「言論・表現の自由を再生、強化する機会に」沖縄二紙編集局長

    になるのか不可思議」と述べた。 また、この問題では、党執行部が木原稔衆院議員を会長から更迭したほか、メディアや両紙を批判する発言などをしたとして大西英男、長尾敬、井上貴博の3衆院議員を厳重注意処分にしているが、潮平氏は「なぜ問題の発覚後すぐに国権の最高機関である国会で陳謝しなかったのか、あるいは1億2千万の国民の前で、目に見える形で陳謝しなかったのか、甚だ疑問」と、安倍首相が謝罪を行わないことに対して疑問を呈した。 質疑応答では「在京メディアは政権と近すぎるのではないか」という指摘に対し、潮平氏は「在京のメディアは確かに政権与党批判、政府批判を真正面からやることは少なくなった」との認識を示し、「東京のメディアの常識が、日本のメディアの常識ではない」と、地方紙の主張にも目を向けてほしいと訴えた。武富和彦・沖縄タイムス編集局長の冒頭発言 今日はこういう機会を与えて頂き感謝しています。 沖縄の新聞社として県内で発行していて、沖縄の民衆の声に関して、県内では思い切り発信している自負はあるんですが、なかなかそれが日本本土には伝わっていない現状があり、ジレンマを感じている中、今回の「沖縄の二紙を潰さないといけない」という百田氏の言葉には非常に憤りを感じています。 琉球新報さんと出させていただいた共同抗議声明にも書かせていただいたおとり、政権の意にそわない新聞報道は許さないんだという言論弾圧の発想に関しては民主主義の根幹である表現の自由、言論の自由を否定する暴論だと受けとめています。7月2日、日本記者クラブで記者会見する沖縄タイムスの武富和彦編集局長(左)と琉球新報の潮平芳和編集局長 また一番の問題だと感じているのは、百田さんの言葉を引き出した自民党の国会議員だというふうに思っています。「沖縄の世論が歪んでいる」として、「正しい方向にもっていくにはどうすればいいのか」という質問は、沖縄県民を非常に愚弄するものであり、大変失礼だと思います。 新聞社に対して「潰さないといけない」という以上に、「沖縄の世論が歪んでいる」ということは、沖縄県民を馬鹿にしているということであり、憤りを感じております。 沖縄の民意は明確です。去年の選挙、県知事選や名護市長選など、全て自民党が応援する候補が負けました。ある意味そういう結果で、「沖縄の民意が歪んでいるんだ」と言いたいんでしょうけれど、そういう民主主義において最も尊重すべき選挙結果を否定することは、民主主義の否定に他ならないと感じています 安倍政権は昨年11月に当選した翁長知事と長らく会おうとしませんでした。やっと今年の4月になってからです。私たちは「辺野古新基地建設」と呼んでいますけれど、これまで安倍さんは「普天間飛行場の移設に関しては、辺野古が唯一だ」という言葉を繰り返すだけです。 菅官房長官や中谷防衛大臣に至っては、「この期に及んで」だとか「粛々と」という言葉を使って、威圧するような形で沖縄と向き合ってきました。翁長知事から「上から目線で」と指摘され最近ではこういう言葉を使わなくなりましたが、本音の部分では何も変わっていないと思います。そういう安倍政権の姿勢が今回の国会議員の発言に現れたと思っています。 ここ数年、沖縄のメディアに対する自民党の攻撃的姿勢が目立っています。沖縄が政権の意のままにならないことをメディアのせいにしている形ですけれど、「メディアが世論を操っている」と、そういう風な見方に凝り固まっていると、問題の本質を見誤ると思います。 国土の0.6%しかない土地に74%もの米軍専用施設が、基地があるがゆえに、米軍機が自由に爆音をまき散らして上空を飛び交い、道路も軍用車両が走る。事件・事故が多発する。戦後70年、沖縄はそういう苦しみを背負わされてきました。今日に至って、これ以上の苦しみはいやだ、と声を上げたのに聞いてもらえない。 現在世論調査をしても、政府が普天間基地の移設だと称する辺野古への新基地建設については6割以上の反対があります、もちろん賛成派も居ますが、2割前後です。そういう意味で、住民の意思は堅いものがあります。にも関わらず、その意思を捉えて「世論は歪んでいる」と言い放つのは、あまりにも無神経ではないでしょうか。 戦後、沖縄には10以上の新聞社がありましたが、今日まで残っているのは、沖縄タイムスと琉球新報の二つだけです。米軍の圧政下であっても、常に民衆の側に立ったというのが支持されて、今日に至っています。民衆の支持がないと、新聞というのは存続できないと思います。新聞社が世論をコントロールしているのではなくて、世論に突き動かされて新聞社の報道があると思っています。為政者にとって都合が悪い報道だとしても、民衆の意見、民意をしっかり受け止めるべきだと思います。 繰り返しになりますが、「潰さないといけない」とターゲットにされたのは沖縄の二紙ですけれど、その発言を引き出したのは自民党の議員たちです。彼らは「マスコミを懲らしめる」と言いました。自分たちの気に入らない報道、論説は許さないという、まさに報道の自由、表現の自由を否定する思考が根底にあります。この思想は、沖縄にとどまらず、いずれ全てのメディアに向けられる恐れがあると思います。 「マスコミを懲らしめるには広告料収入が無くなるのが一番だ」と、広告を通して報道に圧力をかける発言があったために、日頃は主義主張の違うメディアも「言論封殺は許さない」と行動を共にしています。これまで日本に漂っていた、戦争につながりかねない危険な空気が、実は今回の国会議員の発言で、国民の目や耳に触れる形で表面化したことは大きいと思います。名指しされたのは沖縄の新聞ですが、全国共通の問題が横たわっていることが認識できたかと思います。 沖縄タイムスは1948年に創刊されました。戦前の新聞人が、戦争に加担したという罪の意識を抱えながら、戦犯的な意識を持ちつつ、戦後、二度と戦争のためにはペンを執らないんだと、平和な暮らしを守り、作るというのが出発点になりました。この姿勢は今日にも継承されており、今後も変わることはないと確信しています。 琉球新報もそうですけれど、「偏向報道」という批判もあります。しかし沖縄タイムスの創刊メンバーの一人がこういうことを言っています。「一方で圧倒的な権力を持つ、一方には基本的人権も守られない住民がいる。そういう力の不均衡がある場合に、客観・公正を保つには、力の無い側に立って少しでも均衡を取り戻すのが大事なんだ」と。この言葉は本土復帰の前ですけれど、沖縄の状況は今も変わらないものがあります。今に通ずるものがあると思います。 普天間飛行場の成り立ちとか、基地の地主が金持ちだとか、そういう事実誤認に基づく百田さんの発言にも色々と言いたいことはありますが、それについては社会的に大きな影響力を持つ作家が事実関係も歴史的な経緯も知らずに 発言するのは謹んで欲しい、ということだけを述べて、最後に、外国のメディアの皆様に期待というか、お願いをして締めたいと思います。 外国のメディアの皆さんには、辺野古への新基地建設問題を契機に、沖縄取材を頻繁にやっていただいています。そのことに関しては非常に感謝しております。日本は民主主義国家なのか、しっかり見て、報道してほしいと思います 選挙結果に従うというのが、民主主義の基本だと認識していますが、今の政府の対応というのは民主主義だと言えるのでしょうか。今、沖縄で起きていることは、日本の他の地域でも今後起こりうることだし、米軍が駐留している他の国でも起こるかもしれない出来事です。 米軍基地の問題では、もう一方の当事者であり、民主主義国家だと信じていたアメリカへの期待も非常に大きいものがありました。しかし今のところ、日本において沖縄が置かれている差別的状況、選挙で民意を示しても一顧だにされない沖縄のことが、アメリカに十分伝わっているとは言いがたい状況があるんではないかと思っています。 沖縄タイムスは、折に触れて英語訳を付けた特集を発行しています。6月23日、沖縄における組織的戦闘が終わったとされる日の新聞には、例年だけだと日本語だけで発行しますが、今年は英訳をつけました。5月には県民大会がありました。それも英訳を付けました。以前にはケネディ駐日大使が沖縄にいらしゃったときに、英語の社説を一面に掲げたこともあります。 日本国内で差別的扱いを受けている認識がありますが、日本政府に事態を改めるよう求めてもなかなか改善される兆しがない中、一種の外圧に頼る必要もあると考えています。当事国のアメリカをはじめ、より多くの方々が沖縄の方の声を聞いて、沖縄の実態を肌で感じて、それぞれの国に向けて、沖縄の今、県民の今を伝えてほしいと思います。以上です。ありがとうございました。潮平・琉球新報編集局長「民主主義、表現の自由、言論の自由は危機的な状況にある」潮平芳和・琉球新報編集局長の冒頭発言 今日は本当に、ここにお集まりの海外特派員の皆さま、市民の知る権利とジャーナリズムの発展のために日々戦っている皆さまと貴重な時間を共有できることを嬉しく思います。こういう場を設けていただいたことに感謝申し上げます。 武富さんが本当に沖縄県民の怒り、苛立ち、悲しい思い、全ての思いを喋り尽くしたので、このまま連名で会見を済ませてしまおうかという気がしないでもないですが(笑)、武富さんとかぶらない形で意見を述べさせていただきたいと思います。 記者会見と言えば、良いことをしたか、あるいは悪いことをしたかのどちらかの場合に記者会見する場合が多いのだと思いますけれども、琉球新報も沖縄タイムスも、権力を監視するという当たり前の活動をしていてこういう場で記者会見をせざるをえない。このことは何を意味するのでしょうか。ここにお集まりのジャーナリストの皆さまが心の中で思っている、民主主義、表現の自由、言論の自由は、やはり危機的な状況にあるのではないかと思います。 今朝の紙面を沖縄から持ってまいりました。共同電ですけれど、昨日、安倍首相が公明党の山口代表に対して今回の報道圧力問題を陳謝したというこの記事、これが一面を飾っております。 安倍首相が懇談会で陳謝したことは半歩前進と言えなくもないですが、私はタイミングと場所を間違っていると思います。なぜ問題の発覚後すぐに国権の最高機関である国会で陳謝しなかったのか、あるいは1億2千万の国民の前で、目に見える形で陳謝しなかったのか、甚だ疑問であります。何か知事選挙への影響を考慮してそういう陳謝したという話も伝わってきますが自分の党の議員が報道機関へ圧力をかけたことについて反省は二の次なのか、そういう意味で大いに疑問であります。 今回の自民党勉強会における一連の報道圧力発言は、事実に基づかない無責任な暴論であり、許せないという思いでいっぱいであります。 議員の一人が、「マスコミを懲らしめるには広告料が無くなるのが一番だ」、そして「文化人や民間人が経団連に働きかけてほしい」と求めた発言は、政権の意に沿わないメディアは兵糧攻めにして経営難に陥らせ、言論の自由、表現の自由を取り上げる。これはもう言論弾圧そのものだと考えます。 このような言説を目の当たりにすると、この国はもはや民主主義国家をやめ、全体主義の国に一歩一歩進んでいるのか、そういう懸念を持たざるを得ません。「マスコミを懲らしめる」という発想自体が、日本国憲法の尊重、遵守義務にも違反し、二重、三重の意味で憲法違反だと考えます。 別の議員が「沖縄の二紙が沖縄の世論を歪めている」「世論が左翼勢力に乗っ取られている」という発言したようですけども、沖縄の新聞がもし世論を弄ぶような思い上がった新聞だったら、とっくに県民の支持を失い、地域社会から退場勧告を受けていたことでしょう。地域住民、読者の支持無くして新聞は成り立ちません。持続可能な平和と環境を創造する新聞、社会的弱者に寄り添う新聞が、驕り高ぶることなどあろうはずがありません。紙面を手に記者会見する琉球新報の潮平芳和編集局長(右)と、沖縄タイムスの武富和彦編集局長=7月2日、日本記者クラブ 少しだけ歴史の話をさせて頂きます。1940年に、沖縄では3つの新聞が統一し、「沖縄新報」という 沖縄新報は国家権力の戦争遂行に協力し、県民の戦意を高揚させる役割を果たしました。そのことによって、夥しい数の住民が犠牲となりました。沖縄の新聞にとって、そのような悲惨な末路を招いたことは痛恨の極みであります。 皆さまの手元の共同抗議声明の中にもあるとおり、戦後、沖縄の新聞は、戦争に加担した新聞人の反省から出発し、戦争につながるような報道は二度としないというのが報道姿勢のベースにあります。 琉球新報について言えば、一貫して戦争に反対するとともに、過酷な沖縄戦や人権を脅かされ続けた戦後の米軍支配の経験も踏まえ、沖縄にも自由、民主主義、基本的人権尊重、法の支配といった普遍的な価値を、日米両国民と同じように適用してほしい、平和憲法の恩恵を沖縄にももたらしてほしい、そういった主張、論説を続けておりますし、その精神で日々の紙面も作っております。 また、軍事偏重の日米関係ではなく、国民の信頼と国際協調の精神に根差した持続可能な日米関係を目指すべきだと主張しています。こうした主張をすることが、どうして世論を歪めていることになるのか不可思議ですし、沖縄二紙が「偏向」呼ばわりされるのは極めて遺憾です。 結論的なことを一言申し上げれば、今回の報道圧力問題が、この国の民主主義の"終わりの始まり"ではなく、この国の言論の自由、表現の自由を再生・強化する再出発の機会になればと考えています。そのためにも、海外メディアの皆様も一緒に戦ってくれたら幸いであります。予定よりもはしょりますけれども、以上です。質疑応答 -安倍首相が国民全体に謝罪すべきだと思っているのでしょうか。また、日本社会において、メディアと政府の信頼関係が揺るがされたと思うのですが、そもそも日本のメディアの方々は政府と近すぎると思いますか。(フランスの記者)潮平氏:まさに謝罪すべきだと思います。たしかに安倍首相は総理大臣の立場ですけれども、同時に自民党総裁でもあるわけですから、都合のいいときは自民党総裁で、都合の悪い時は語らないというのはやるべきではないと思います。誰が見ても自民党の議員が問題発言をしたわけですから、そういうことは問題だという意識があるのであれば諌めるのが党の総裁としての責任なる態度ではないかと思います。 政府とメディアが近すぎるのではないかという質問ですが、皆さんもお感じになっていることだと思いますので、私からあらめて言うことではないのかもしれませんが、ちょっと違った視点で申し上げれば、最近、在京のメディアは確かに政権与党批判、政府批判を真正面からやることは少なくなったと私も感じます。 集団的自衛権の問題、TPPの問題、あるいは原発政策の問題、在京のメディアを見ると賛否が真っ二つという風に見えます。しかしここで私たちが強調したいんですが東京のメディアの常識が、日本のメディアの常識ではないということです。日本には50以上の地方新聞、地方紙、ブロック紙がありますけれども、その仲間たちのスタンスは集団的自衛権の問題にしろTPPの問題にしろ原発政策にしろ、大半が批判的です。 これ以上は申し上げませんが、海外のメディアの皆さまには、東京の視点だけで日本の政府や政党を評価するということは、今日を機会に改めていただければなと考えています。 -もっと地方紙を読むべきだということですが、二紙のサイトを見ても、英語の記事が少ないと思います。私たちは全てを翻訳することは出来ませんので、もっと他の言語で載せてほしいと思います。 さて、国会議員が広告料収入について言及しましたが、広告出稿を控えられるという心配はありますか。また、こうした発言をした議員への献金をやめてください、というような反撃のキャンペーンを張ることは考えていますか。(中東のメディア)武富氏:反応で言うと、少なくとも沖縄の企業からは自民党の国会議員が言うようにスポンサー降りるとか広告収入で圧力をかけるという動きはありません。 さきほど空港でたまたま沖縄県内で比較的大きな企業の社長さんと待合室で一緒でしたけれど、頑張れ、潰されるな、かえるなと、むしろ激励の言葉をもらいました。冗談で「潰さないでくさいよ」と言うんですけれど(笑)、「それは任せとけ」と、少なくとも今日あった経営者の方はそういう反応です。 会社の方にはメール、電話、FAX等でいろいろな反応があります。普段から反応はありますが、やはり今回の百田発言、国会議員発言を受けまして、反応が増えました。その7〜8割は激励です。もちろん「売国奴」とか「非国民」とか「日本から出て行け」という、「潰れろ」に近いメールもありますけれども、それは前から一定程度ありましたので、そういう声が急に増えたということはなく、むしろ応援する声が増えたということです。 一昨日には、神戸の方がわざわざ飛行機に乗って訪ねてこられました。「こういう無知な先生が未だにいるのに驚いている。そういう無知だけじゃないぞ」と、商店街で沖縄の新聞を購読するということで、数十部分の購読申し込み書類を届けてくださいました。 そういう意味では、かなり威圧するような攻撃的な過激な声もあるんですが、現時点での沖縄県内での受け止め方、読者の方々の反応でいうと、百田さんや一部の国会議員の方々の思惑とは反対の方向に動いているのではないかという印象です。 -昨年、政府が報道機関に中立な報道をという依頼をしたことが問題になりましたが、沖縄のメディアにもそういう依頼は来ているのでしょうか。(オーストリアの記者)潮平氏:先だって、沖縄の地方組織幹部が、辺野古新基地建設について、賛成と反対半々と言わないまでも、もっと賛成の意見を載せて欲しいという指摘をしておりました。その点については、我々も真摯に受け止めたいと思っております。必ずしも半々載せるのが公正中立ということではなくて、世論の8割が反対をしていて、各種選挙では反対派が全勝するという状況の中で、社会を映すというような観点に立った場合、紙面で反対意見が多めになるのは仕方がないと思います。だからと言って、賛成意見を無視する、軽視するという立場は取りません。可能なかぎり、声なき声、少数意見も救い上げるような、そういう新聞でありたいと思っております。

  • Thumbnail

    記事

    異論認めぬ沖縄二紙の画一的報道 当事者証言も黙殺

    聞やテレビは、私のような体験談や意見は全く流さない」と、知念氏は指摘する。 取材を受けないまま、地元メディアに一方的な記事を書かれた点では、戦後の琉球政府で旧軍人軍属資格審査員として軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄氏(83)も同様だ。 照屋氏は2006年8月、産経新聞の取材に対し、「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類をつくった」と証言し、当事者として軍命令説を否定した。 それに対し、沖縄タイムスは2007年5月26日付朝刊で、慶良間諸島の集団自決をめぐり、当時の隊長らが作家の大江健三郎氏らに損害賠償などを求めている裁判での被告側主張を引用。「『捏造(ねつぞう)』証言の元援護課職員 国の方針決定時 担当外 人事記録で指摘」などと、4段見出しで大きく報じた。証言を否定する趣旨の記事で、名指しこそしていないが、すぐに照屋氏だと分かる書き方だ。 しかし、照屋氏は当時の琉球政府辞令、関係書類などをきちんと保管している。被告側が提示した記録について、照屋氏は「人名の上にあるべき職名が伏せられていたり、全員、庶務係となっていたり不自然だ」と指摘するが、こうした反論は地元メディアには取り上げられない。 照屋氏は渡嘉敷島に1週間滞在して住民の聞き取り調査を実施しており、「隊長命令があったと言った人は1人もいない。これは断言する」と述べている。「捏造」と決めつけた沖縄タイムスから謝罪や訂正の申し入れは一切ないという。「集団自決を削除」と誤解 「この記述をなくそうとしている人たちは、沖縄戦を経験したおじい、おばあがウソをついていると言いたいのか」 「次の世代の子供たちに真実を伝えたい」教科書検定意見撤回を求める県民大会。沖縄地元2紙は主催者発表の参加者数「11万人」を繰り返し掲載した=2007年9月27日 9月29日の県民大会で、高校3年生の2人が集団自決に関する教科書検定を批判するシーンは、繰り返しテレビ各局で放映された。 また、同日付の沖縄タイムスは「県議会の意見書が指摘するように『日本軍による関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実』である」、30日付の琉球新報は「いかなる改竄(かいざん)、隠蔽(いんぺい)工作が行われたにしても、真実の姿を必死に伝えようとする県民の意志をくじくことはできない」と、それぞれ社説で主張している。 だが、検定意見は「軍が(自決を)命令したかどうかは明らかといえない」と指摘したにすぎない。 また、検定決定後の記述でも、軍の関与自体はそのまま残っている。 甲南大、熊本大などの学生有志が11月、沖縄県で実施した興味深いアンケート調査(723人回答)結果がある。 それによると、検定意見がついた背景に、元琉球政府職員の照屋昇雄氏らの新証言があったことを知っていたのはわずか17%。8割の人が「知らない」と答えた。県民大会に「参加した」または「参加したかった」と答えた人にその理由を聞くと、「集団自決を伝えたい」が48・1%に上り、「軍命令を記述してほしい」は25・7%にとどまった。 「多数の県民は報道を通じ、集団自決そのものが抹消されたと誤解している。地元紙は、検定対象が軍命令の有無であることをストレートに報道してこなかった」 歴史評論家、恵忠久氏(82)はこう指摘する。恵氏らは県民大会の場で、「検定意見では、集団自決の記述は従前どおりであり、変更はない」「沖縄の新聞などの異常な報道ぶりは、誤報でしかない」などと訴えるビラを配布した。すると翌日から「これは事実か」と約100件の問い合わせ電話があったほか、「本当のことを聞かせてほしい」と直接訪ねてきた人も数人いたという。 ただ、沖縄ではこうした意見を表立って論じにくい空気がある。元宜野湾市議の宮城義男氏(83)は「軍命令はなかったという話をすると、『非県民』扱いされる。だから本当のことは言えない」と語る。『鉄の暴風』と軍命令説 沖縄戦の集団自決を日本軍の「命令」と最初に書いたのは、沖縄タイムス社編『鉄の暴風-沖縄戦記』(朝日新聞社刊、昭和25年)だ。この本の記述がノーベル賞作家の大江健三郎著『沖縄ノート』(岩波書店)などさまざまな書籍に孫引きされ、「軍命令説」が広く流布されていった。「鉄の暴風」は渡嘉敷島での集団自決についてこう書いている。 《恩納河原に避難中の住民に対して、思い掛けぬ自決命令が赤松からもたらされた。「こと、ここに至っては、全島民、皇国の万歳と、日本の必勝を祈って、自決せよ。軍は最後の一兵まで戦い、米軍に出血を強いてから、全員玉砕する」というのである》 赤松とは、慶良間列島・渡嘉敷島守備隊長だった赤松嘉次氏(故人)のことだ。大江氏は『沖縄ノート』で赤松氏らを念頭に「慶良間の集団自決の責任者は罪の巨塊」と断罪している。これに対し、赤松氏の弟、秀一氏らは平成17年8月、「誤った記述で多くの読者に非道な人物と認識される」として、大江氏と岩波書店に、出版差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こしたが、23年4月に最高裁が原告側の上告を退け、大江氏側勝訴の判決が確定している。

  • Thumbnail

    記事

    閉ざされた言論空間 沖縄メディアが報道しない「移設」賛成の声

    ともかく、表現の自由の範囲内だと思う。新聞社が自社への批判を封じ込めてはいけない。 そもそも、沖縄のメディアには、県内外から批判が出ている。 沖縄県石垣市を拠点とする八重山日報の仲新城誠編集長は今月半ば、夕刊フジでの連載「沖縄が危ない!」で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設問題に触れて、以下のように指摘していた。 《現在の沖縄では「移設」を「新基地」と言い換えるなど、反基地活動家の「造語」がマスコミを中心に氾濫している。県民感情を反基地へと導く印象操作の役割を担っている》《マスコミは辺野古(移設)容認の政治家を厳しく批判する一方、辺野古反対の政治家は厚遇する》翁長知事は対案を提示すべきではないのか 同県の翁長雄志知事は「辺野古に基地は造らせない」と公言している。多くの沖縄メディアは「反基地派」と一体化したような報道をしている。「権力のチェック」「多様な意見の反映」といったメディアの使命はどうなっているのか。 実は、沖縄には「辺野古移転に賛成」という県民もいるが、そうした声は沖縄メディアでは、まず報道されない。閉ざされた言論空間に対し、沖縄出身のジャーナリスト、我那覇真子(がなは・まさこ)さんは「沖縄のガンはメディアだ」と声をあげている。期待をもって注目したい。 辺野古移設は「世界一危険」といわれる普天間飛行場の危険性を除去し、沖縄の基地負担を減らすための、日米両政府の合意事項である。これができなければ、日本は「政府間合意を実現できない国」となり、その信用は失墜する。 翁長氏は、元自民党県連幹事長まで務めた政治家である。辺野古移転に反対するなら、実現可能な代替案を提示すべきだ。沖縄の地政学的重要性を無視して、ただ、「反基地」を連呼して、移設を妨害する権限を行使するなら、「活動家が知事になった」といわれても仕方ない。 中国は1990年代以降、国防費を毎年10%前後増加させている。日本領空に接近した中国軍機に対する航空自衛隊機のスクランブル回数は2014年度、過去最多の464回になった。沖縄西方の東シナ海にある中国の海洋プラットホームは、この1年間で2倍の12カ所に急増し、軍事基地化が懸念されている。 沖縄メディアも、翁長氏も、中国の軍事的脅威を冷静かつ深刻に受け止めるべきではないか。(取材・構成 藤田裕行)

  • Thumbnail

    記事

    自民党勉強会中止の小林よしのり氏 「意見違うなら議論せよ」

     自民党の「文化芸術懇話会」で言論弾圧すべしとの暴言が飛び出す一方で、同日開催される予定だったリベラル派の勉強会は党によって中止に追い込まれた。このリベラル派による勉強会にゲストとして出席予定だった漫画家・小林よしのり氏が、言論の自由を奪おうとする安倍自民の正体を喝破する。* * * ゲストとして招かれていた「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」が、「国会が空転しているから」という理由で開催2日前に急遽中止となった。自民党のリベラル系若手議員による勉強会「過去を学び『分厚い保守政治』を目指す若手議員の会」の会合で、講演を前に挨拶する御厨貴東大客員教授=7月1日午後、衆院第1議員会館(酒巻俊介撮影) しかし、実際に安保法制の国会審議が始まったのは勉強会の翌日の6月26日からだ。しかも同日には同じ自民党内で「文化芸術懇話会」なる安倍支持派の勉強会が開かれている。出席した議員から「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなるのが一番。経団連に働きかけて欲しい」などという暴言が飛び出し、ゲストの百田尚樹氏が「沖縄の二つの新聞社は絶対に潰さなあかん」と発言した勉強会だ。 向こうがやれて、こっちがやれないなんて話があるものか。負けたな、と思った。「分厚い保守政治の会」は自民党リベラル派が中心となって立ち上げ、すでに4回の会合を開いていた。そこへ対抗するように作られ、初会合を同日にぶつけてきたのが「文化芸術懇話会」だ。産経新聞(6月24日付)にはメンバーとなっている議員の「首相の再選を阻む“邪魔者”の排除が懇話会の役割」という発言が載っていた。 リベラル派は排除されたのだろう。今、自民党は皆が同じ方向を向くよう強いられ全体主義に陥っている。 朝日新聞電子版(6月26日付)によれば、自民党幹部は「小林氏を呼べば、政権批判をされ、憲法学者が法案を違憲だと指摘した二の舞いになる」と打ち明けたという。 わしと意見が違うならば議論すればよいではないか。わしは当初、「歴史を学んだ保守政治家とはいかなるものか」を話すつもりでいた。もちろん、質疑応答などで安保法制の話が議員側から出れば、その話もするつもりだったし、わしと違う立場のタカ派議員も勉強会に来ればいいと思っていた。だが自民党は幅広い意見を聞いて議論することより党の方針に反する声を封殺することを選んだ。 26日深夜の『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系。テーマは「激論!若手政治家が日本を変える?!」)に出演予定だった自民党議員は急遽キャンセルし、歩調を合わせるように公明党議員も出演しなかったため、野党議員だけで番組が進められた。要は若手議員には一切話させないということだ。 総理がいった「国民に丁寧に説明」する場があるのだから出てくればいい。だが彼らは説明できない。自信がない。だから党内に箝口令を敷き、言論統制を行なうのだ。関連記事■ 細川氏出馬宣言に自民党色の緑ネクタイで臨んだ小泉氏の真意■ 野田聖子、高市早苗ら女性議員が要職占める自民党で女の争い■ 丸川珠代 三原じゅん子の自民党内での台頭に愚痴をこぼす■ 民主党 宗教団体との連携強化のため宗教票が次の総理決める■ 稲田朋美行革相のブログ 「ご地元」など文章の敬語おかしい

  • Thumbnail

    テーマ

    テレビは生き残れるか

    ようやく、というべきか。テレビ局がいよいよインターネット戦略に本腰を入れ始めた。2015年はテレビにとって「ネット戦略元年」として記録されるだろう。「巨人」ネットフリックスの日本参入で生き残りへと動き出した民放キー局。この先視聴者が選ぶのは一体誰なのか。

  • Thumbnail

    記事

    Netflixが突きつける「ポスト・テレビ時代」のテレビ局経営

    志村一隆(メディア研究者)米国での成功体験 米国市場におけるNetflixの快進撃は敵失にある。彼らがストリーミング配信を開始した2007年から少なくとも3年間は、競合するケーブルテレビや衛星放送といった有料放送大手はマルチスクリーン配信に消極的だった。その3年間で、Netflixは会員を1500万件以上増やす。急拡大するスマートテレビやスマートフォン、タブレットでの映像消費需要は、既存プレイヤーでなく新興勢力のNetflixが刈り取っていったのだ。 1990年代から始まったIT企業は競合よりも安価に利便性を提供し、既存ビジネスを代替していく。それを映像市場で実践したのがNetflixである。日本での成功は限定的? では、その成功戦略は日本でも通じるのだろうか?2007年当時の米国と2015年の日本で違う点は以下の2つ。 第1に、競合プラットフォームもマルチスクリーン展開を完成させている。スカパーもWOWOWもスマホやタブレットへの配信サービスを会員に「無料」で提供している。つまり米国市場で成功要因のひとつだった利便性を「安価」に提供という競合優位は消されている。 第2に、日本は有料放送市場の規模が小さい。スカパーやJCOM、WOWOWなどの有料放送の会員数は1200万件。米国では9000万件を超える。人口比でも米国は約30%、日本は約10%である。Netflixが有料放送の代替ビジネスであるということを考えると、成長の上限が決まっている。 上記2点を考えると、Netflixの日本市場での成功は限定的といえる。 誰とどこで競合するのか? では、Netflixはどの局面で誰と競合するのか?まず、海外ドラマや映画の配信プラットフォームという点で、スカパーやWOWOWなど有料放送と競合している。コンテンツが同じなら、視聴者は安く・見やすい手段を選ぶだろう。 有力な有料放送事業者が存在する国に進出した先行事例では、英国やフランスがある。2014年9月に進出したフランスにはCanal+という1500万件以上の会員がいる衛星放送が存在し、そのCanal+のOTTサービスCanalplayは60万5千件の会員がいる(2014年末現在)。米国Variety誌によれば、Netflixはそのフランスで10万件の会員獲得に2週間で成功したそうだ。Netflixは国別会員数を明らかにしていないので、その後どれくらい会員数を集めたのかは不明であるが、日本市場でどれくらい会員数を伸ばせるか?なんらかの参考にはなるだろう。 ちなみに、Netflixの米国以外の会員数は1390万件(2015年3月末現在)。収支はいまだに赤字。ヘイスティングスCEOは2016年までに海外進出を終え、2017年に海外ビジネスの収支を均衡させるとアナリスト向け会見で述べている。 次に、オリジナルドラマなどコンテンツ面で民放テレビ局と競合する。米国のドラマ(たとえば、Netflixの「ハウス・オブ・カード」など)はストーリーがスピーディーかつ入り組んでおり、展開についていくのが大変だ。エピソードごとに長さ(時間数)が違ったり、シーズンごとに回数も違ったりする。 マス大衆向けの日本製ドラマとはテイストが違うし、広告枠を気にした作りにもなっていない。一見、無料の民放テレビドラマと有料のNetflixではビジネスの位相が違う。 しかし、今後テレビの役割はスポーツ・報道といったライブ放送に収斂され、ドラマなどの作品はインターネットでオンデマンド(自分の好きなときに)に見る習慣が増えていく。この前提で考えると、ドラマ制作集団としての民放テレビ局はNetflixの競合となる。コンテンツを消費者に売ることができるのか 今後インターネット上でお金を払ってでも見てもらえる作品を作れるか?これが、Netflixがテレビ局に突きつける最もラジカルな問いであろう。 日本の民放テレビ局は広告放送とは違った映像文法を新たに構築する必要がある。有料のコンテンツを制作し、それを売る仕組みにリソースを振り分ける必要があるのではないか。 スマートテレビやネット配信、VODといったサービスは、テレビ市場に突然変異のように生まれた過去と非連続な発展である。未来は現在の延長線の上にはない。テレビ局が今後も市場から必要とされるためには、成功経験を捨てた戦略転換が必要ではないか。しむら・かずたか 1991年、早稲田大学卒業、WOWOW入社。2001年、ケータイWOWOW代表取締役を務めたのち、情報通信総合研究所主任研究員。2014年よりヤフー。著書「明日のテレビ」(朝日新聞出版)「ネットテレビの衝撃」(東洋経済新報社)「明日のメディア」(ディスカヴァー・トウェンティワン)などで、いち早く欧米のスマートテレビやメディアイノベーションを紹介したメディア・コンテンツ研究の第一人者。5月に新刊「群像の時代」(ポット出版)が発売された。2000年米国エモリー大学でMBA、2005年高知工科大学で博士号取得。水墨画家アーティストとしても活躍。

  • Thumbnail

    記事

    仕掛け人が語る「ホウドウキョク」 ラジオに近いメディア

    クトリーダーを務めるのが報道局次長の福原伸治さん(52)だ。「テレビとネットの感覚を融合させた新しいメディアに育てたい」と語り、前例のない試みの船出を楽しんでいる。 プロジェクト第1弾は、スマートフォン(スマホ)、タブレット、パソコンといったマルチデバイス向けニュース番組の24時間生放送・生配信。スマホ向け放送局「NOTTV(ノッティーヴィー)」とフジの動画配信サービス「フジテレビオンデマンド(FOD)」上でスタートする。数々の話題番組を手掛けてきた福原伸治さん。「いい意味での緩さがフジテレビの良さ」と語る=東京・台場(斎藤浩一撮影) スタジオから最新ニュースを伝えていくのを基本として、テレビと同様、時間によって番組名や出演者が入れ替わるタイムテーブルを組む。ただ、「イメージはテレビよりラジオに近い」といい、ユーザーとの距離を近づける仕掛けを模索している。 「さまざまな情報端末が普及する中、テレビが時代遅れになってしまう危機感があった。既存のテレビニュースをただ24時間に延ばすのではなく、番組発の話題がネットで拡散していくような作りにしたい」 具体的には、平日夜には国際政治学者の三浦瑠麗さんをはじめとする論客を日替わりで招き、ニュースを深掘りしていく。また、深夜0時からは、各分野のプロがトーク番組を担当。水曜深夜には作家・歌人の加藤千恵さんと作家の羽田圭介さんが本について語り合うなど、文化やサブカルチャーの話題も充実させる。 「先を見通しづらい時代だからこそ、世の中の方向性を指し示すような羅針盤としてのニュースが求められている。若い世代から働いている世代まで、世の中の動きを前向きに考えたいユーザーに見てほしい」 各番組には、フジのアナウンサーや記者、解説委員もフル動員。軍事・安保分野が専門の能勢伸之解説委員が、その分野には詳しくないタレントと安全保障について語り尽くす番組も予定しており、「フジの専門記者をユーザーに認知してもらえれば」と期待する。 もっとも、フジ報道局を挙げた“総力戦”になるため、現場は試行錯誤の連続のようだ。「仕事は大変でも、面白いことをやれば受け入れてくれる人もいる。必ずしも合理的ではないことを面白がってくれるのはうれしい」と、充実した表情を見せる。 NOTTVもFODも有料契約が必要だが、ホウドウキョクの公式サイトでは番組のうち1日12時間程度を無料で配信する。初夏にはプロジェクト第2弾として公式サイトを拡充、データや番組アーカイブも充実させる予定。「第3弾はスマホアプリを出したい。時間や場所を選ばず、ニュースに触れられるサービスを進化させていく」と力を込める。常に新しく面白いことを 先進、先鋭-。福原さんの過去の仕事を振り返ると、そんな表現がぴったり当てはまる。 数多くの情報番組を手掛ける中、「これまで新しいこと、誰もやっていないことをやり続けてきたつもりです。会社がよく許してくれたなぁと思いますが…」と笑う。演出を担当した科学情報番組「アインシュタイン」(平成2年)や子供番組「ウゴウゴルーガ」(4年)では、CG(コンピューターグラフィックス)を使ったバーチャル(仮想)スタジオをいち早く導入。特に「ウゴウゴルーガ」では、「ミカンせいじん」をはじめとするCGキャラクターが人気を集めた。 「バーチャルスタジオで生放送をやったのは恐らく初めてでしょう。インターネットを使ってデータを転送したり、テレビ用のプロ機材に一般家庭用の機器をつないだり、制作側でもかなりチャレンジができましたね」 一方、インターネット連動ドラマ「秘密倶楽部o-daiba.com」(12年)では、ドラマのストリーミング配信にも挑戦するなどネット時代を先取り。「ビッグデータ」という言葉が一般化していなかった20年には、ブログを解析して近未来の流行を予測する情報番組「近未来予報ツギクル」も送り出した。 「番組ごとに、いろんなチップを置いてきた感覚はあります。最近、仕事で新しい人に会うと、昔の仕事を見てくれているケースが多くて、ありがたいですね」と手応えを語る。 これらの担当番組は、日本のネット文化を盛り上げてきた人たちにも多大な影響を与えてきた。特に、KADOKAWA・DWANGOの川上量生会長からは、動画サイト「ニコニコ動画」で使われているテレビのアイコンは、「ウゴウゴ-」のキャラ「テレビくん」からヒントを得たと明かされたという。 「過去の仕事が新しい仕事につながっている。ネットが一般化し、人間同士のつながりも変わって、面白い時代になりました」 デジタル、ITの最先端を見つめてきた自身にとって、「ホウドウキョク」は“まとめ”。「新しくて面白いことをやり続けたい。僕はそれだけなんです」と情熱を燃やしている。

  • Thumbnail

    記事

    「黒船来航」でテレビ局の戦国時代は加速する

    スマホやタブレット向けに様々な番組を提供する予定だ。 TBSは2011年12月に日本経済新聞社と「新メディア」や経済・社会のグローバル化に伴い成長する「新市場」に焦点をあてた コンテンツの開発・提供などで業務提携することで合意。共同事業組合「日経・TBSスマートメディア」を設立し、2012年9月にスマホ向け新サービス「日経サプリ with TBS」の配信を開始し、TBSの番組に連動した経済解説動画などを配信しているが、あくまで単独の有料サービスに止まっており、ニュースのネット生配信にはなっていない。 フジテレビ「ホウドウキョク」の動きを他のキー局も注目している。テレビ朝日の報道局幹部は「(ニュースの配信は)正直どのプラットフォームがメインになるかわからない。もしかしたらFacebookのようなものになるかもしれない」とし、当面は全方位で臨む姿勢を示した。 また、日本テレビの経営戦略幹部は「うちも日テレNEWS24などのニュースコンテンツがある。フジテレビの『ホウドウキョク』が成功してくれれば、さらなるネット戦略拡大に向け、社内的に大義名分が出来る」と述べ、ニュースのネット配信の次の戦略を見据える。定額制動画配信サービス6月18日、サービス開始について報道陣に説明するネットフリックスのグレッグ・ピーターズ日本法人社長= さて、そのフジテレビがネット・メディア戦略の二の矢として6月に打ち出したのがアメリカ定額制動画配信サービス最大手、Netflixとのオリジナル番組の製作・配信だ。今年秋に、海辺のシェアハウスに同居する若い男女6人の恋愛模様を描いた人気番組「テラスハウス」の新作などを提供する。世界50か国に6200万人のユーザーを抱えるNetflixとフジとの協業だけに耳目を集めたが、ふたを開けてみれば資本提携ではなく、単なるコンテンツの共同製作。他局もNetflixと共同製作をやろうと思えばやれるわけで、基本的に資本関係にある日テレとHuluとの関係とは全く違う。 その日テレ・Hulu連合は、フジ・Netflixの発表に先立ち、初の地上波・ネット連動型共同ドラマ製作を手掛けていた。それが、唐沢寿明主演のアクションドラマ「THE LAST COP(ラストコップ)」第1話をまず地上波で放送し、第2話以降をHuluで配信するという初の試みだ。担当プロデューサーは「地上波ではいろいろな制約があって製作出来ないようなシーンもネットなら可能なのが魅力。時間的な制約もない。ドラマの製作者としてとてもチャレンジングだ」とオリジナル作品の持つ可能性に期待をかける。前出の日テレ幹部も「評判は上々。動画視聴者数も伸びている」と評価する。 とはいえ、今回の共同製作はあくまで話題づくりの側面が強い。真の狙いはあくまで、ネット動画配信を通じて地上波のリアルタイム視聴を増やすことにある。そうした狙いを、日本テレビは系列局に説明し、Hulu上にコンテンツ提供を依頼し、実際かなりの数の番組が系列局から提供されている。一見、日本テレビ本体と系列局、一体となってネット戦略にまい進しているかに見えるが、取材してみると系列局から日本テレビのHulu重視の戦略に関し不安の声が漏れ聞こえる。NHKを注視する民放各社 どういうことかというと、系列局はもともとキー局のバラエティ番組やドラマを購入し再放送を実施しているが、同じ番組がHuluでいつでも視聴できるということは、自局の視聴率低下につながるのではないかという懸念があるというのだ。また、キー局がいくらネットへの番組配信の目的が「リアルタイム視聴への回帰」にある、といっても、実際にネット配信によって地上波の視聴率が上がったこと示す確たるデータはない。また、ネットでの動画視聴は若年層の利用者が多い上、映画やドラマを視聴する人が多いことから、どこまで閲覧者がいるのか疑問との声もある。このままだと地方局弱体化につながるのではないかという不安ばかりが広がっているのだ。 とはいえ、テレビ朝日の幹部は「Huluは月額会費1000円弱、会員数100万人として年間100億円の収入となる。これだけあれば色んなことが出来る」と日本テレビ-Huluの今後の動きに神経をとがらせており、キー局の定額制動画配信サービス強化の動きは止まりそうもない。系列局との関係を維持しつつ、どうビジネス上のシナジーを生んでいくのか、先は見通せない。NHKを注視する民放各社 一方、民放各社が懸念しているのはNHKの動きだ。それは、NHKが今年1月に「NHKビジョン」を発表し、「公共放送」から、ネットを含めた「公共メディア」に進化すると宣言したからだ。2015年度からの新3カ年経営計画では、放送番組をネットでも同時に配信する「同時再送信」やネットを使った様々なサービスを拡充すると発表した。6800億円を超える巨額の収入があるNHKの動きが、民放の競争を阻害するのではないかとの懸念の声も強い。NHKのネット戦略が本格化してくるとさらに一波乱ありそうだ。 いずれにしてもようやく、テレビ局のネット戦略は端緒についたばかり。どの局もライバル局の動向を見ながら次の一手を探っている状態だ。ニュースのネット配信と、動画の定額制配信が、地上波のリアルタイム視聴回帰に貢献するかどうか、まだわからない。もっといえば、巨額の資本を持つNetflixがオリジナルコンテンツを作り始めたら日本のテレビ局は太刀打ちできるのか、不安視する向きもある。 現にNetflixは100億円の製作費をかけてオリジナル超大作ドラマ超大作『ハウス・オブ・カード 野望の階段』を製作した実績が有る。このドラマは、全米で2013年2月に一挙配信されるやいなや、たちまち大評判となり、ネットドラマとして初めて米放送業界で最も権威がある「エミー賞」3部門を受賞した。なにせ主演は映画「セブン」のケビン・スペイシー、そのクオリティは日本のドラマの比ではない。コンテンツメーカーとして君臨してきたテレビ局は、ネット戦略を加速しないとその座を奪われかねない。まさにテレビ局にとって“戦国時代”に突入したといえよう。

  • Thumbnail

    記事

    本質さえ忘れなければ新メディアは、旧メディアの敵ではない

    のダッシュボードにあるカップホルダーにはスマホが挟まっており、そこから安住アナの声が聞こえてくる。旧メディアはであるラジオは、新メディアであるネットを利用して復活した。特にTBSラジオはターゲットを商店主や自営業者、農家など在宅する高齢者に絞ったことで、もう13年もトップを走っている。 小説家の小林信彦さん(83)は、「テレビはいろんな意味でうるさくて、ラジオしか聞かない」と、常々おっしゃっている。ラジオのことが褒めたいと思って、本稿を書き始めたわけではない。 「旧メディアが新メディアを敵だと思うのは見当違いだ」 と言うことが言いたいのである。 ずいぶん古い昔、テレビが始まった頃。寄席のテレビ中継をやろうとしたら、「テレビで、タダで噺を見せちまったら、寄席におタロ(お金)払って聞きに来るキンチャン(客)がいなくなるじゃねえか」と主張した噺家や席亭が居た。彼らにすれば、テレビは寄席の敵だった。新メディアであるテレビを利用することを考えなかった。それで、落語は長い低迷期にはいった。 「笑点」は続いていたけれど、あれは、落語の一側面でしかないし、そんなに面白いものでもない。最近落語が一過性のブーム((C)春風亭小朝)になって、しばらくの間一過性のブームが続くようになっているが、それは落語家が落語であることの本質を演るようになったからだ。 テレビではダメになったスポーツエンターテインメントもある。あれほど人気があった力道山やジャイアント馬場のプロレス、F1レース。プロ野球は、ジャイアンツがカネを頼んで選手を集めるようになって愛想を尽かされた。サッカーは「ガンバレ日本」でないと視聴率を取れなくなった。 これは、テレビでやったから飽きられたのではない。本質を忘れているからだ。 大相撲はお年寄りが多く観ているから、視聴率はよいが、白鵬ばかり勝っているのは相撲の本質ではない。白鵬には、大鵬の柏戸に当たる人がいない。 とまあ、本質さえ忘れなければ新メディアは、旧メディアの敵ではない。 テレビ対日本映画という新旧メディア対決もあった。あっさりとテレビが勝った。でも、日本映画は、長い低迷期を抜けたように思える。テレビでは出来ないことをやろう。テレビ局に入るのではなく、貧乏でもいいから映画をずっとやっていこうという監督が増えたからではないか。 逆に、今は、テレビが映画監督に頼っていることもよくある。 テレビとネットの関係を考える。ネットはテレビの敵だという人がいた。今もいる。それは間違いである。テレビ自体の視聴率が落ちたのは他メディア時代が到来したからだが、そのせいばかりにするテレビマンは考え違いをしている。 テレビがネットのまねをしているからイケないのだ。動画を集めてみせるコーナーは、ネットに任せておけばいいし、ひな壇に芸人を並べてずっとしゃべっている番組もネット動画の得意技だ。 テレビしか出来ないことは何だろう。それは「創る」ことだ。「稽古」することだ、これ以上は企業秘密だから言わない。 テレビゲームがいくら流行っても、レゴで遊ぶ人はいる。スマホがいくら全盛でも、ガラケーに戻す人はいる。手帳を使い続ける人はいる。電子書籍が場所を取らないと言っても、紙の本を棚に並べたい人はいる。紙の本が、本としての本質さえ失わなければ。(メディアゴンより転載)

  • Thumbnail

    記事

    中高年も地上波離れ BSに格安でCM出す方が反響大きい例も

     今秋、映画やドラマなどをインターネットを介して配信する米ネットTV最大手「ネットフリックス」が日本でサービスを開始する。これまでのように週1回、決まった時間にテレビの前に陣取ったり、録りためておいたりする必要はない。いつでも好きなだけ自分の都合でドラマや映画を堪能できるようになる。このサービスに対応したテレビも続々投入される。 一方、日本の地上波テレビは特に若年層の視聴者から見放されつつある。BS放送局幹部が話す。BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』に出演している吉田類さん 「『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)や『大杉蓮の蓮ぽっ』(BSフジ)などのBSのヒット番組は地上波から視聴者を奪う牽引役になっている。4月からBS放送でも視聴率調査が始まるが、人気番組だと6~7%は十分狙える。地上波を超える数字を叩き出す番組もいくつか出るはずだ」 CSやケーブルTVを契約する家庭も増え続けており、海外ドキュメンタリーやスポーツ・チャンネル、アニメ、映画、海外ドラマなどを主に見るという家庭も今や多い。 さらに地上波テレビ局から視聴者を奪っているのがインターネットだ。YouTubeなどの動画投稿サイトばかりでなく、アイドルや芸人が冠番組を持ち、多くの視聴者を獲得する「プロ」によるインターネット番組が増えている。 『Cheer Upバラエティ!しずる館』はお笑いコンビ・しずるがMCを務める今年1月スタートのネット番組。2月19日放送では、同時間帯で国内トップの視聴者数(3095人)を記録。YouTubeでも1か月で再生回数3万回を超えた。 動画共有サイト・ニコニコ動画を運営するニワンゴの生放送専用サイト「ニコニコ生放送」では、アイドルグループ・NMB48の冠番組『NMB48 アイドルらしくない!!』が人気だ。毎回メンバーのひとりが登場しファンと討論するなど、地上波ではできない番組作りが支持を集めている。 一つひとつの番組の視聴者数は地上波には及ばないが、ネット上にはそうした番組が無数にあり、ユーザーは好みに合わせて見ることができる。テレビを持たない若者が増えているのもうなずける。 総務省調査によると、2013年度のテレビ視聴時間(平日、リアルタイム)は2012年度に比べ16.4分(約9%)減。中でも40~50代の視聴時間が前年度比で40分も減少した。テレビ離れは若者だけでなく、中高年世代の「卒テレビ」が顕著なのだ。 視聴者が減ればテレビ番組の「商品価値」も下がる。広告代理店関係者の話だ。 「スポンサーにとって地上波にCMを出すメリットはどんどん減っている。料金は高いが全国にCMが流れることこそ地上波への出広の最大の理由だったが、BSに5分の1や10分の1の値段でCMを出したほうが商品への反響が大きいといったケースが増えている」関連記事■ 視聴率最高記録は『第14回NHK紅白歌合戦』の81.4%■ BS・CSのゴールデン帯総視聴率 NHK、フジ、TBS超える日も■ 地デジ化は世界のスタンダードに逆行 欧米では超マイナーだ■ フジ島田彩夏アナ「この春、エリートコースに乗った」と評判■ テレビ局儲けのテクニック「続きは有料で」の新たな手口登場

  • Thumbnail

    記事

    「文学性」と「話題性」は両立するのか?

    能のひとつです。 今回の『火花』の場合も「文學界」での雑誌発表以来、著者が(読書家の)一流芸人としてメディアに知られるひとだということで、小説の中身とはかならずしも関係なく話題になったり注目されたりもしてきたわけで(『火花』の評価をめぐるぼくへの取材で、「ところでどんな小説なんですか」と聞いてきたひとが少なくないのが象徴的ですね。まさか著者本人にはそうは聞かないでしょうが…ちなみに、個人的には『火花』の会話と、笑いの手法を裏返して哀愁を作ってるあたりに、著者ならではの技術を感じます)、「話題になる」ということと、「それが文学作品として優れている」ことは、基本的には言うまでもなく別のことです。だから、その点では芥川賞も本屋大賞も、なんならイグノーベル賞も同じ機能を持っている。芥川賞の受賞が又吉直樹さんと羽田圭介さんに決まった=2015年7月16日午後、東京都千代田区の帝国ホテル(鴨川一也撮影) ただ、古舘さんがついコボしたように、歴史的にも芥川賞がちょっと特別なのは、「話題になる」ことと「文学として優れている」という、ぜんぜん関係ないことがひとつに結びつく、稀有な機会である(こともある)ためです。たとえば、同じく発表される直木賞は「エンターテインメントの小説として優れている」ことが基準なので、その基準と「売れること≒話題になること」とのあいだに、矛盾が存在しません。売れ方の方法論が違うけれど、最近の本屋大賞も同じです。 でも、「文学として優れている」ことは、たとえば「個人と社会の関係について深く洞察がなされている」とか「未来の文学の可能性を拓く、技術的に刮目すべき実験が行なわれている」とか、「いまは売れていないかもしれないけれど、千年後の世界にも読み継がれるはずだ」とか「稀有に倫理的である」とか「目をそむけたくなるほど不道徳的である」とか、そういうたぐいの基準になるので、「話題になる」こととはあまり相性がよろしくない。『火花』に書かれていたことで言えば、「共感しやすさ」と「話題」は結びつくけれど、「共感しづらさ」はそうではない、ということです(だからまあ、その意味では古舘さんの炎上も、ちょっとブンガク的なのかもしれませんし、逆に、多数派が優位に立ちがちなネット議論との相性はそれほどよくはない、とも言えます)。 本来は結びつきづらい両者を、芥川賞という特殊なシステムが結びつけてきた、そのことが芥川賞の功績なのだとぼくは考えていますが、だからこそ、それが近い将来の「売れる小説家」ではなく「優れた文学者」を見いだすためのものであることは、忘れてもなくしてもいけない(それゆえ選考委員たちは「芸人であるというのは関係なく選んだ」わけですし、たとえ200万部売れたとしても出版社も著者もそのことに惑わされてはいけません)。 文学者というのは、「おもしろいお話を提供してくれるひと」ではなくて、ひとりの個人がどう生きるか、世界とどんな関係を結ぶかを考え、実践するひとです。ただ小説家であるだけなら政治も経済も哲学も宗教も教育も知らなくてもいいし、思いつきででたらめを言ってもおもしろければそれでよいけれど、文学者はそうではない。又吉直樹という、芸人としての才能も持ったひとに期待されているのは、まさに、その後者であることでしょう。彼がそういう存在になったとき(そしてその影響力を正しく活用したときに)はじめて、2015年7月16日に行なわれた今回の授賞が「ふさわしかったのだ」と、誰もに伝わるはずです。

  • Thumbnail

    記事

    出版不況を象徴する「栗田出版販売民事再生」と講談社『G2』休刊

     7月6日の栗田出版販売「民事再生手続き」債権者説明会に行ってきた。まず驚いたのは債権者の数の多さ。1千人は超えていたと思う。1社1人に限定された債権者はほとんどが出版社だから、主な出版社が一堂に会したということなのだろう。倒産とはいっても民事再生手続きに入るということで栗田出版販売がなくなるわけではないのだが、手続きを始めた6月26日以前の取引の支払は全面停止となった。売れた本の出版社への支払いを全面停止したわけだから、打撃を受けた出版社も多いに違いない。私が経営している創出版の場合も、6月末入金予定のお金が26日に突然、支払停止と通告されて「え?」という感じだった。栗田出版販売の債権者説明会 今の出版界がどんなに大変かは、業界の人間なら誰もが肌身に感じて理解しているから、栗田出版販売に対しても同情の見方と、「再生がんばれ」という声が多いと思う。私もそういう心情だが、ただそうは言っても、取引額の大きかった出版社には相当な痛手だろう。弊社についていうと、ちょうど「マスコミ就職読本」委託精算の時期で通常の月より金額の多い入金予定だったので、せめてもう1カ月後にしてほしかった、などとも思った(笑)。 企業が倒産した時の債権者の集会では、よく怒声が飛び交うといった話も聞くのだが、取次の場合は債権者が出版社だからだろう。会場につめかけた人たちはメモをとりながら淡々と説明を聞いていた。栗田出版販売は社長以下、役員も出席し、何度もお詫びし、頭を下げていた。確かに同社の場合は、仕入れの仕方など改善すべき点はあったのだろうが、戦後一貫して右肩上がりだった出版界では、いささかアバウトで牧歌的なやり方でもやっていけた時代が続いた。どんな経済不況に直面しても出版の売り上げは一貫して伸びていたという日本の出版をめぐる良き時代が終わりを告げてしまったということだろう。 この何年か、出版市場は予想を超えるペースで縮小している。特に雑誌市場はこの10年余で市場が約半分になるというものすごい状況だ。一部の雑誌を除いてはコミック誌も含めて大半の雑誌が赤字で、それを書籍化の利益げでカバーしているのが実情だ。ただ雑誌連載を書籍化してヒットが出るというのはほとんど小説やコミックで、ノンフィクションやジャーナリズム系はなかなかそうはいかない。 そういう状況を象徴するのが、この6月の講談社のノンフィクション誌『G2』の休刊だ。講談社が『月刊現代』を休刊させた2008年、このままではノンフィクションがジャンルごと死滅すると危機感が広がり、講談社はその後継誌として『G2』を創刊したのだが、それも赤字に耐えられず、ついに休刊となったわけだ。印象的だったのは、6月19日に開かれた大宅壮一ノンフィクション賞受賞式で、今回受賞した安田浩一さんが挨拶の中で、受賞作を掲載した『G2』が今月で休刊という話を披露したことだ。大宅賞を受賞した作品を載せていた雑誌が、その受賞式の時期に休刊というのは、ノンフィクション界の厳しい現状を象徴する出来事だ。大宅賞受賞式で挨拶する安田浩一さん それに輪をかけて、その『G2』休刊の話題を新聞が当初取り上げず、話題にもならなかったことに、私などは余計寂しい気持ちになったものだが、さすがにここへきて全国紙が相次いで『G2』休刊とノンフィクションの危機について次々と記事を掲載している。ノンフィクションは、金と労力がかかるのにそれほど売れないという典型的なジャンルで、苦境に立たされた大手出版社が2008~2009年に次々と月刊総合誌を休刊させた。その結果、作品の発表媒体がなくなったために、ノンフィクションを書いてきたライターが生活できなくなって、廃業が相次いでいる。 私も大きな事件の裁判傍聴などに足を運ぶ機会があるが、昔は佐木隆三さんや吉岡忍さんらノンフィクションに携わるライターとよく現場で顔を合わせた。狭山事件など大きな冤罪事件などでは何人ものライターが競うようにして取材にかかっていたものだ。ところが最近は、大きな事件の裁判傍聴や現場に行っても、事件を何年も追い続けているライターの姿をほとんど見かけない。ひとつの事件を何年もコツコツと追いかけるといった仕事をやっていては、確実に生活が破綻し廃業に追い込まれるからだ。 こういう状況が続けば、事件を記録し、後世に残すというノンフィクションの機能そのものが停止してしまう。だから『G2』という雑誌の休刊は、雑誌1誌の問題にとどまらず、講談社がノンフィクションというジャンルへの関わりを今後どう考えようとしているのか、という問題を提起している。雑誌休刊は、同社の取り組みが後退しているのではないか、という印象を与えたという意味で残念なことだ。 ちなみに私が月刊『創』を出し続けているのは、『月刊現代』休刊の時の議論などに関わり、次々と大手出版社が総合誌を廃刊していくのに対して、その流れに同調したくないと思ったからだ。『G2』も赤字で大変だったろうとは思うが、講談社全体の儲けを考えれば続けられないことはなかったはずだ。例えばテレビ局の場合も、金のかかる割に視聴率の稼げない報道番組を、バラエティ番組の稼ぐ利益で補うという構造になっているはずだ。 雑誌をやめてしまうと、長期的に書き手を始めノンフィクションの土壌を作り上げていくという営為がストップしてしまうことになる。そのあたりを講談社の上層部はいったいどう考えているのか。次に社長に会う機会があったら、ぜひ訊いてみたいと思っている。(『Yahoo!ニュース個人』2015年7月8日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    もう文学賞は「ショー」でいいのではないか

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師)出版文化の多様化か、劣化か 「キミは又吉直樹の『火花』をちゃんと読んだのか?」 私はまず、声を大にしてそう問いかけたい。 「お笑い芸人ピース又吉直樹が純文学を書いた」「それが掲載された『文學界』が史上初の大増刷となった」「又吉直樹の『火花』が芥川賞に選ばれた。お笑い芸人としては初の受賞」「『火花』は大増刷され、100万部を突破した」などと言った、「景気の良い話」が話題になる。 「出版不況」という言葉が使われるようになって久しい。ただ、「不況」という言葉は、もともとの定義は「景気循環の一局面で、経済が停滞している状態」ことを指す。私がこの言葉を聞くようになってから、十数年以上経つ。もはや「不況」ではなく、出版業界は「衰退産業」と言って良いのではないか。売上ベースで言うならば、昨年(2014年)の書籍や雑誌の推定販売額は1兆6065億円だった。ピークだった1996年から約4割減。実に1兆円以上も縮小している。私の研究テーマの一つは、雇用・労働問題、なかでも新卒学生の就職活動だが、この「出版不況」は「就職氷河期」という言葉と使われ方が似ていると思う。言葉が生まれ、使われ始めた頃よりも、その後の状況がさらに悪化していったという意味においてである。 こんな時代にお笑い芸人又吉直樹氏の『火花』が芥川賞を受賞し、大増刷となった件を、私はどう受け入れるべきか、非常に戸惑っている。前述した通り、出版業界にとっての大きなニュースではあるのだが、これを出版文化の多様化と呼ぶべきか、劣化と呼ぶべきなのか。 まず、私が不思議に思ったのが、「又吉直樹、文学」「又吉直樹、芥川賞」という言葉はよく見かけたのだが、作品の内容や感想に関するコメントをあまり見かけなかったことだ。一応、帯には「芸人の先輩・後輩が運命のように出会ってから劇は始まった。笑いとは何か、人間が生きるとは何なのか。」とあるのだが。もちろん、「ネタバレ」を防止する意味もあるだろうが、あくまで「又吉直樹」「純文学」「芥川賞」という言葉がひとり歩きしていったように思う。読んだ上で「若き老害」からの苦言 読まずに語るのは失礼なので、担当編集からこの論考を実質半日という厳しい納期での執筆を要求されるというスリリングなスケジュールの中、私はこの本を読んだ。3月に発売された際に書店で購入して以来、「積読」状態になっていたこの本を初めて開いた。なんせ、私自身、売れているからという理由で手にとっただけである。そもそも、私はお笑いをまったく見ない人だ。ピースも又吉直樹も実は見たことがないのだ。 文芸は素人という前置きをさせて頂いた上で、感想を言わせて頂くならば、なかなかの佳作だと感じた。「純文学」だと言えるクオリティだったとも思う。想いが伝わってくる話でもあった。真面目そうな印象のお笑い芸人の主人公徳永、やはり芸人で破滅的な先輩である神谷の対話は、生きる、働くとは何かを問いかける内容であった。やや自分語りだが、私は会社員を15年やり、その途中で著者デビューし、3年間フリーランスで活動したあと、この4月から大学の専任教員となった。特にここ数年は、自分の才能と魂で、自分で自分を支えて食べるということとはどういうことかを考え、悩み続けたこともあった。そんな自分と重なることもあり、共感した次第である。言ってみれば、著者の又吉直樹が生きている、普段見ているお笑いの世界を描いたものではある。とはいえ、内容は見事な青春劇だったと感じた。中編は初めてとのことだったが、ならではのパッションも感じた次第である。 というわけで、駄作では決してないし、面白い作品ではあった。とはいえ、「若き老害(ラジオやネットでの私のニックネーム)」としては、ここで苦言を呈さざるを得ない。やはりこれは、内容以上に又吉直樹が書いたからこそ話題となり、売れてしまったのではないかと。本業は小説家ではない者が受賞することについては、疑問を感じざるをえない。文学賞の選考システム、あり方に問題があるのではないかと思ってしまう。さらに言うならば、日本の文学について層の薄さを感じてしまう。中身より「プロフィール」芥川賞を受賞したお笑いコンビ「ピース」又吉直樹さんの「火花」を並べた売り場=7月17日、大阪市北区の紀伊國屋書店梅田本店(村本聡撮影) ここで、そもそも文学賞とは何かということを確認したい。これは「賞」なのか「ショー」なのか。「出版不況」が慢性化する中、徐々に「ショー」の役割が増しているのではないだろうか。 芥川賞に限らず日本の文学賞に対する「なぜ、これが受賞してしまったのか?」という疑問は、今に始まった話ではない。作品そのものよりも「戦後最年少」「戦後最年長」「元歌手」「女優」「普段は会社員」などのプロフィールが話題となる。石原慎太郎が『太陽の季節』で受賞した際も、作品の内容もそうだが、「学生作家」というプロフィールも話題の一つだった。今回の、「史上初、お笑い芸人が受賞」という件もまさにそうだろう。私は、各者の作品を否定するつもりはまったくないが、とっくの昔から、作品の中身よりも、作者のプロフィールに注目が集まるというものになっている点をまず指摘しておきたい。 また、芥川賞に関しては「純文学の新人を世に出す賞」という機能が期待されている。だから、別に「完成度が高い」もの「だけ」が評価される世界ではないことも確認しておきたい。 やや不確かな話であるが、この賞は、もともと菊池寛氏が立ち上げたわけだが、日本でも権威のある文学賞を作りたいという想いを抱きつつも、彼には文学が売れない時期に販売促進したいという下心もあったという説を文学に詳しい方に聞いたことがある。「さもありなん」という話ではある。違いがわからなくなってきている賞の意味 それぞれの文学賞の位置づけ、棲み分けも問題だ。もともと芥川賞(純文学)と直木賞(大衆文学)の境界が曖昧だと言われていた。約10年前から「書店員がもっとも売りたいと思う本」を選ぶ「本屋大賞」も設立され、すっかり定着している。明らかに違うコンセプトのはずだったのだが、これもまた、他の賞との違いがわからなくなってきている。2015年度の本屋大賞は直木賞受賞作『サラバ!』(西加奈子 小学館)が2位に入り話題となったが、これは作品の強さだけではなく、賞の意味の違いがわからなくなってきていることを示してはいないだろうか。 この又吉直樹の芥川賞受賞をめぐっては、テレビ朝日系「報道ステーション」でキャスターの古舘伊知郎が「芥川賞と本屋大賞の違いがわからない」と発言し、ネット上では炎上気味になったという。燃えてしまったのは、作品を読まなかったことを公言したことや、彼のキャラもあると思うのだが、とはいえ、私はそんなに間違っていることを言っているようにも思えないのだ。 今回の又吉直樹の受賞に関しては、『文學界』掲載時から、ややあおり気味の、売らんかなという姿勢が気になっていた。芥川賞受賞を受けての大増刷もそうだ。これもまた、最近の傾向で、大増刷自体をニュースにしてしまうという手法である。又吉直樹は受賞会見で「僕の本を読んで、別の人の本も読んでくれたらいい」と語ったという。いや、これは又吉直樹の本が話題になったのであって、純文学ブームがきたわけでも何でもないだろう。その又吉直樹の本も、在庫の山になってしまわないかと心配してしまう自分がいる。 多様な著者が純文学を書くことを私はまったく否定しない。これもまた多様性、層の厚さとも言える。北野武や松本人志をはじめ、お笑いの枠にとらわれない天才はいる。又吉直樹もそうだろう。だが、今回の受賞の件が変わった著者に純文学を書かせるゲームに化してしまわないかと私は危惧している。 これが日本の文学界の現実だ。あなたはどう思ったか。 そういえば、水嶋ヒロの『KAGEROU』という本もあったなぁ。

  • Thumbnail

    テーマ

    「又吉文学」にみる芥川賞の価値

    お笑い芸人としては初の受賞となる芥川賞に、又吉直樹さんのデビュー作「火花」が選ばれた。日本の純文学界にとって久々の明るい話題となったが、一方で不振が続く出版業界の「思惑」を勘繰る向きもある。文学性と話題性は本当に両立するのか。芥川賞の「価値」と出版不況について考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    静かにそして徐々に紙の雑誌の「死」が近づいている

    。20代、30代の社会人も3〜4時間は使っているはずだから、紙の雑誌や書籍など読む時間はない。 印刷メディアは実態以上にお金を貰いすぎ  こうした社会背景のなか、LINE上級執行役員の田端信太郎氏が、「若者の○○離れ」の原因について言及したこと(「マーケティングテクノロジーフェア2015でのプレゼン」が、ネットで話題になった。 彼は、「20代はスマホが本妻、テレビは愛人」という主旨のことを述べ、「(ユーザーの消費時間の)7%のシェアしかないプリント予算に、いまだに広告主は25%も使っているのはおかしい」と言った。 さらに、彼のプレゼン発言を記すと、次のようになる。「一言で言いますと、印刷メディアがお金を実態、実力以上に貰いすぎていて、実力以上に貰わなさすぎているのがモバイルだということですね。これ2011年、2012年、モバイルは生活者の時間の10%を取っていますが、広告予算としては1%しか取れてない。 ここだけでも理論上10倍の伸び代がありますし、さっきの10%といってもメディア接触時間自体がばんばん伸びていくでしょうから、もっともっと伸び代があるんですね。だから新聞や雑誌がどんどん廃刊休刊になり、いろんな新しいベンチャー企業がモバイルグループにどんどん生まれるわけです」 たしかに、データから言えば田端氏の指摘のとおりで、そのとおりになれば雑誌はやがて死ぬだろう。雑誌を支えているのは部数に比例した広告収入だからだ(コミック誌は例外)。 ネット広告が、テレビ、新聞、雑誌広告以上に効果があるかどうかは疑問だが、時代は間違いなくこの方向に進んでいる。(『Jun’s Media 山田順プライベート・ウェブサイト』2015年3月24日分より転載)

  • Thumbnail

    記事

    芥川賞の「価値」とはなにか

    石原千秋(早稲田大学教育・総合科学学術院教授) 2015年上半期の芥川賞受賞作が決まった。羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』と又吉直樹『火花』である。特に後者は、すでに数十万部発行されている「お笑い芸人」の作品だったこともあって、候補に挙がるかどうか、受賞するかしないかと、前から話題になっていた。芥川賞を受賞した又吉直樹氏の「火花」が収録されている文学界、羽田圭介氏の「スクラップ・アンド・ビルド」が収録されている文学界(左から)=7月16日、東京都千代田区の帝国ホテル(鴨川一也撮影) こうなると「売らんかなの思惑が見える」とかなんとかケチをつけたがる人々やマスコミが出てくる。かつてのみすず書房の社長のように、「売れる本はダメな本だ」という偏屈者が一定数いることは、社会にとって健全なことだ。もっとも、多くの場合は「話題作」に流される「大衆」を見下すことで、「大衆」を見下す自分を一段高みに置きたいだけの俗物でしかないのだろうが。僕自身がそうだから、こういう心理はよくわかる。 芥川賞に限らず、文学賞に対する誤解もあるようだ。芥川賞それ自身に「価値」があるという思い込みである。だから、「この作品は芥川賞に値しない」というような言い方が出てくる。こういう思い込みにある程度の妥当性があることは否定しないが、根本のところで間違っている。あえて言えば、芥川賞は器にすぎない。 一口に文学賞と言っても、新人賞と芥川賞は性格が異なっている。新人賞はまだ活字になっていない文章を受賞作として活字化するのだから、「この文章で世に送り出すのは、かえって気の毒だ」という判断があっていい。つまり、「該当作なし」があってもいい。しかし、芥川賞はすでに活字になった小説を候補作として事前に公表するのだから、「該当作なし」は失礼である。 それより重要なことは、ある小説を「芥川賞受賞作品」として歴史に刻む役目が芥川賞には確実にあるということだ。なぜなら、芥川賞は時代を映す鏡だからである。極端に言えば、芥川賞の「価値」はそこにしかない。「該当作なし」では、そのもっとも重要な役目を放棄したことになる。選考会議で「今回は『受賞作なし』でいいのではないか」などと発言する選考委員がいたとしたら、芥川賞の歴史上の役割が理解できていないのだから、すぐに降りた方がいい。 このことは、僕にとって『火花』が面白い小説であることを意味するわけではない。平均的な小説でしかないと思っている。要するに『蒲田行進曲』のパターンで、お笑いコンビ「スパークスの徳永」が「あほんだらの神谷」を慕い続ける話である。徳永は「この人に褒められたい、この人には嫌われたくない、そう思わせる何かがあった」と思うのだが、こういうことを直接書いては「説明」にしかならないし、そもそもその神谷にちっとも魅力がないのだから困惑するばかりである。 その頃、神谷さんが嵌まっていたのが、パンツを脱ぎ、「若手の、若手の、若手の、登竜門!」と言いながら、でんぐり返しで、僕に肛門を見せつけることだった。 べつに面白くないし。ごくふつうの若者の悪ふざけ程度だろう。 神谷さんは、窓の外から僕に向かって、「おい、とんでもない漫才思いついたぞ」と言って、全裸のまま垂直に何度も飛び跳ね美しい乳房を揺らし続けている。 これがラスト。こういう持続テイストの終わり方は今の流行で、いかにも「小説してます」感が漂っている。 誤解のないように、確認しておく。僕は『火花』は芥川賞に値しないなどと言っているのではまったくない。『火花』は芥川賞を受賞したその瞬間に、「芥川賞受賞作品」としての価値を持つ。そしてその瞬間から、『火花』を高く評価できないことは、『火花』の問題ではなく芥川賞の問題となる。芥川賞が『火花』の価値を保証するのではなく、『火花』が芥川賞の「価値」を決めるのだ。現在の芥川賞の社会的な地位は、これまでの受賞作が作ってきたものだ。それが「芥川賞は器にすぎない」ということの意味であり、歴史の重みというものである。『火花』はその歴史に加わったのである。 だから、僕はいかなる作品であっても、受賞を祝福する。それが「いま」を受け入れることであり、歴史を受け入れることでもあるからだ。

  • Thumbnail

    記事

    政治の介入を自ら招くテレビ 毅然とした報道が今、求められている

     政治のメディアに対する圧力が問題となっている。特に最近の自民党議員の暴言というか失言は目に余る。各メディアがこぞって非難するのもむべなるかな、だ。 しかし、こうした政治家のメディアに対する態度は何も今に始まったことではない。権力はいつもメディアを自由に操りたい、という欲望から逃れられないのだ。自分たちの都合のいいことだけ流し、都合の悪いことは流さないメディアが彼らにとって一番だ。当然だろう。しかし大抵、メディアは彼らの都合のいいように流してはくれない。だから政治家にはフラストレーションがたまる。これはある意味必然である。そもそも権力とはそういうものなのだ。 特に新聞はコントロールが聞かない。法律で縛れないからだ。しかし、テレビは違う。放送法というものがある。政治的に公平、公正に報道しなければならない、と定めているこの法律は、えてして政治家が介入する口実になる。衆院本会議に出席後、報道陣の質問に答える大西英男氏=30日午後、国会内(斎藤良雄撮影) 政治討論番組では老舗のフジテレビ「新報道2001」はほぼ毎回政治家をゲストに呼ぶが、キャスティングにはものすごく気を遣う。誰と一緒だったら出ない、とか、自分1人だけなら出るなどと我儘を言う政治家もいれば、番組での質問が気に食わないと放送終了後、怒鳴り散らす政治家もいる。 こんなことがあった。元総務庁長官のベテラン参議院議員(当時自民党)と外資系コンサルタント会社の社長が同席した時だ。放送が終わり控室にゲスト一同が戻って来た時のこと。番組内ではそのコンサルタントが新自由主義にのっとって自由貿易論を展開していたのだが、当の議員はそれがよほど不満だったのか、控室でもそのコンサルタントと議論し始めた。だんだんヒートアップした議員は何を勘違いしたか突然「免許を取り上げるぞ!」とそのコンサルタント氏を恫喝したのだ。隣にいた私も耳を疑ったがそのコンサルタントの人は鼻白んで「私はフジテレビの人間ではありません」とその議員に言った。その議員は驚いた様子だったがその場がシーンと静まり返る中、すかさず私が「フジテレビの人間は私ですから」とやったものだからそれ以上は険悪にならなかった。 このことからわかるように、政治家はいつでも自分はメディアをコントロール出来ると思っている。番組終了後、機嫌を損ねてへそを曲げた政治家のところに番組プロデューサーや報道局幹部がご機嫌を取りに足を運ぶこともある。 ことほど左様に政治家のそうした“驕り”はいたるところで顔を出す。何も今回の2年生議員に限ったことではない。政治家になった途端、権力の座についたのだからメディアをコントロールできるとの錯覚に陥るのだ。しかし、現実はコントロールなど出来るわけがない。報道の自由はしっかり担保されているのが日本である。ネット上では報道萎縮などと騒がれてるが、巷の報道は政権批判で溢れているではないか。 とはいえ、いくら政治家の口先介入や圧力に慣れているといっても、テレビは政治の介入を招くような放送をしてはならない。テレビ朝日の「報道ステーション」のコメンテーター古賀茂明氏の降板問題などはそのいい例だ。反安倍政権の急先鋒である古賀氏に政権批判をさせ、挙句の果てに降板に至る裏話を一方的に番組で暴露された。こうしたことが続けば、政治家を勢いづかせ、テレビをなんとかしろ!などという声が次第に大きくなってくるのだ。 政権の政策を正当に批判し、その理由を明確にして放送する。それが健全なテレビ報道だろう。放送法は「政治的に公平であること」を求めていると同時に、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」も求めているのだ。視聴者に考えてもらうために様々な見方、意見、分析などを届けるのが使命と言ってもいいだろう。しかし、情報番組化したニュースを垂れ流すだけで、テレビはその使命を果たそうとしていないとみるのは筆者だけだろうか。 大阪都構想の住民投票の時も、都構想の狙いをどれだけの市民が理解していただろうか。最後は市を解体し5つの特別区に分割した時の経済効果のあるなしだけに矮小化されてしまったのではなかったか。二重行政による無駄や市民サービスの低下について改革することが本来の都構想の狙いだったはずだがそこは市民に浸透しなかった。結局、都構想はついえ、改革は先送りとなった。これは大阪市民にとっては不幸なことだろう。テレビの責任は重い。 一方、今国会は安保法制の議論の真っただ中だ。野党は戦争法案だ、日本は米国の戦争に巻き込まれる、と声高に叫ぶが、テレビは法案の中身を丁寧にわかりやすく視聴者に説明しているといえるのか。この法改正は、国の安全保障の根幹にかかわる最重要課題である。しかし、市井の人々の多くは中身がわからない、とぼやく人が多い。それを勉強不足と切り捨てるのは簡単だが、メディア、特にテレビが丁寧に解説し、視聴者に判断する材料を提供すべきだろう。 政治の圧力を論じる前に、現政権が進めようとしている政策について厳しく評価し、批判すべきは批判し、対案を出すときは対案を出す。毅然としたテレビ報道こそが、今、求められている。政治との緊張関係が崩れている時、“圧力”は顔を出すのだ。

  • Thumbnail

    テーマ

    マスコミを批判してはいけないのか

    自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」で、議員らが報道に圧力をかけたなどとして問題になっています。確かに発言の中身は上品とは言えないのかもしれませんが、マスコミ批判をしてはいけないような風潮に逆に怖さを感じてしまいます。マスコミだけがそれほどの“聖域”なのでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    マスコミの罠にかかった自民党若手議員による勉強会

    番」、井上貴洋議員は「(マスコミの)スポンサーにならないこと」とコメント。さらに長尾敬議員が「沖縄のメディアは左翼勢力に完全に乗っ取られている」とすると、講師の百田氏は「沖縄の二つの新聞社は絶対つぶさなあかん。……沖縄のどっかの島でも中国にとられてしまえば目を覚ますはずだ」と答えた。 この辺はすでに報道されているので、どなたもご存じだろう。これについて、当然のことながらマスコミからは一斉の反発報道が展開された。言論の自由を弾圧するような言語道断の発言だ的な脈絡がそれだ。しかし、どうなんだろう?ここで議論されている「マスコミの現状」「現在のマスコミの本質」的なものについて、このメンバーのコメントは、その前提においては当たっていないこともないと考えることも可能だ(政治的なコメントについては、僕の立場からは全く容認できないことをお断りしておく)。そして、その構造それ自体が、今回の報道を生んでいるとも考えられる。「暴力団に『オマエは乱暴だ』と言ったら殴られた」的状況 そこで、今回はメディア論的に今回の勉強会を巡る構造を考えてみたい。衆院平和安全法制特別委員会で、自民党勉強会で相次いだ報道機関を批判する発言を野党側が厳しく追及。審議は一時中断した =26日午前、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) まず、はじめにこの勉強会の出席者をヨイショしておこう。つまり、今回の議論について当たっている部分について評価してみよう。それは「マスコミがやっぱりどうしようもない状態にある」という認識だ。自らの視点からすれば都合のよい部分だけを報道し、そうでない部分は一切報道しないという認識。これは十分理解できる。そしてマスコミの「自らの視点」とは、煎じ詰めれば商業主義、つまり視聴率と発行部数、そしてリスク回避にたどり着く。その際の報道のポイントはスキャンダリズム。そのためには弱気をくじき、強気を助けることも厭わない。これに勉強会のメンバーは苛立ち、同様にこれに苛立っている百田氏を講師として招いたというわけだ。 ただし、この勉強会、きわめてマヌケなものであったことは否めないだろう。自らが批判する構造の中に入り込んで、その構造の餌食になっているのだから。たとえて言えば、暴力的な人間の前で「オマエは暴力的だ」と発言して殴られるようなものである。 つまり、こうだ。 前述したように、マスコミの基本的な立ち位置は、もはやスキャンダリズムとしよう。そしてそのことをこの勉強会メンバーが批判した。だが、それを、たとえ私的な勉強会といってもマスコミ報道に触れる形で開催される中で展開し、そこで「マスコミは広告収入がなくなるのが一番」だとか「マスコミのスポンサーにならないこと」なんて発言したら、そりゃ、スキャンダリズムの奴隷であるマスコミにとっては思う壺。一斉に報道して叩きはじめ、メディアイベント的にメディアを賑わすに決まっているし、事実、現在、これが物議を醸すに至っている。当然ながら、彼らはマスコミの餌食になってしまった。 もちろん、この勉強会ではそれ以外の内容も議論されたはず。だが、例によってそれらをマスコミが取り上げることはなかった。重要なのはスキャンダリズムだから、あたりまえだ。いつも通りのことをやられたのに過ぎない。つまり勉強会のメンバーは批判するマスコミの構造に従って自らが批判=バッシングされてしまったのである。その結果、会の代表で今回の勉強会を開催した木原稔青年局長はら一年間の役職停止処分を受けることになってしまった。何とも、お粗末と言わざるを得ない。墓穴を掘る百田氏の言い訳 百田氏はその後、「沖縄の新聞社はつぶすべき」的な発言をしたのは報道陣が退出し、一般には公開されない内輪の席での発言と弁明している。曰く、「飲み屋でしゃべっているようなもの」。ただし、声が大きいので外に丸聞こえになってしまい、それがマスコミの耳に入ったというわけだ。この弁明は「もう報道向けのものは終わったところで内輪話をやっているだけなので、それを報道するのは卑怯だ」というニュアンスだろうが、実はこれは自家撞着に陥っている。 そんなおおらかなジャーナリズムが通用したのは、もうとうの昔のこと(ただし、このおおらかさを利用して特ダネを取り出す辣腕記者がいたことも事実)。批判するマスコミは、しつこいようだが、今や先ずスキャンダリズムありき。それこそハイエナ的にスキャンダルになりそうなネタであればどんな手を使っても入手しようとする。ということは「内輪でやるので、これをネタにすべきではない」というモノノイイは通用しない。マスコミの構造を知っているのならば(あの批判からすれば知っていなければおかしい)、当然ながらこれに対する周到さがなければならないからだ。彼らはあまりに無防備。自分の言っていることが自分の身に降りかかってくることについての自覚がなかったのだ。他者への想像力の欠如は政治家の資質を疑わせる 国会議員、そして百田氏に共通する最大の欠点は「他者に対する想像力の欠如」だ。つまり、前述したように相手が暴力団とわかっていてケンカを売るような状況。だから批判した内容の形式に基づいて、彼らは一斉に批判=バッシングを受けてしまった。マスコミがこうやることがわかっているはずなのだから、この勉強会も完全にクローズドでやる、あるいはオープンでやる場合にはマスコミがどうやってこれを報道するのかを十分考えてからやらないといけない。 そして、こういった「他者に対する想像力の欠如」は、翻って政治家としての資質に疑問を投げかけるものとなる。この人たちはちゃんと国政が見通せているのか、有権者の意見を反映させる力があるのか……。今回の件は、それがないと言うことを「語るに落ちる」状態で証明してしまったことにならないだろうか。そして、そういった資質(「資質の無さ」という資質だが)が、結果として、今回の乱暴なコメントを生んでしまったともいえないだろうか? ちなみに百田氏だが、ま、これはこれでよろしいのではないか?彼は政治家ではないし、小説という「妄想(imagination)を芸術に昇華する」世界で生きているのだから(もちろん、政治の世界に入ってきてしまっては困るけれど。はからずも、今回はそういうことになってしまったので、というか最近はやたらと政治の世界にコミットメントしているので、ちょっと困るが)。問題は、これをことさらに登用する自民党だろう。ここにもまた他者への想像力の欠如が感じられる。物議系の百田氏を使えばどうなるかなんてことは、最初からわかっていなければならない。(ブログ「勝手にメディア社会論」より2015年6月28日分を転載)あらい かつや メディア研究者。関東学院大学文学部教授。ブログ「勝手にメディア社会論」を展開中。メディア論、記号論、社会心理学の立場から、現代のさまざまな問題を分析。アップル、ディズニー、バックパッカー、若者文化についての情報も。

  • Thumbnail

    記事

    なぜ私は「沖縄の世論」発言に至ったのか

    長尾敬(衆議院議員) 6月25日に開催された「文化芸術懇話会」における「沖縄の特殊なメディア構造をつくったのは戦後保守の堕落だ。沖縄の世論はゆがみ、左翼勢力に完全に乗っ取られている」という私の発言、「沖縄のゆがんだ世論を正しい方向に持っていくためには、どのようなアクションを起こされるのか」という百田尚樹氏に対する私の質問などが、自民党の報道の自由、言論の自由に対する基本的な精神を誤解させるものであり、国民の信頼を大きく損なうもので看過できないとされ、党により厳重注意処分が決定し、これを謹んでお受けいたしました。国会審議にも影響を及ぼし、他関係各位にも多大なる混乱を招き、心からお詫び申し上げます。懇談の場であったにせよ、議員として誤解を招く表現を発したことに対して、自身を律し、戒め、今後とも公務に勤しんで行く所存です。  衆議院大阪14区(八尾市・羽曳野市・柏原市・藤井寺市)を活動基盤とする私が、なぜ沖縄問題に関心を持ったのか? よく地元でも、沖縄は選挙区でもないのになぜそんなに一生懸命に沖縄問題に取り組むんだ? と質問を受けることがあります。沖縄の問題は、大阪の問題、日本全体の問題。領土領海の上に存在する私達の日常生活の安心安全は、現行安全保障上、奇跡的に担保されているものの、もはや限界点を超え、予想される危機に対しては制度上の切れ目を認めざるを得ず、沖縄は深刻な事態にあると確信するからです。衆院本会議に臨む自民党の長尾敬氏=30日午後、国会・衆院本会議場(酒巻俊介撮影) 私はこれまでに5回の尖閣諸島漁業活動に参加しました。2013年7月1日、中国公船2隻と、深夜3時すぎ、接続水域付近で鉢合わせをしました。漆黒の闇のなかに、電光掲示板に光る不気味な紅い文字で中国語を確認出来ました。我々が近寄ると、中国公船は後退します。我々が後退すると、中国公船は近寄ってきます。お互いに睨み合いながら船を進め、いよいよ尖閣諸島、魚釣島の灯台が見えてきました。夜が白々と空けると、我々は海上保安庁巡視船、巡視艇、そして中国公船に取り囲まれていました。その後、約10時間にわたり、私達が乗船するたった11トンの小さな漁船は、1000トン級の中国公船5隻に追い掛け回され、命の危険に晒されました。  この場合、何かの事故が起きなければ動けないのが我が国の法体系の現状です。海上保安庁の巡視船、海上自衛隊の護衛艦などは、我々の動きに合わせる中国公船の動きを遠目で、時には近くで、見守るだけです。残念ながらこれが法的な限界なのです。  中国には1982年にトウ小平の主導により策定された近海防御戦略があります。太平洋に向けて、日本本土、沖縄、尖閣諸島まで縦断するラインを「第1列島線」、グアムまで進出したラインを「第2列島線」と定め、それぞれ2010年、2020年までの達成を掲げています。そして第1列島線のタイムリミット間近の2010年9月に、図ったようなタイミングで、尖閣諸島沖で海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突事故が起きました。  また2013年1月31日には、海上自衛隊護衛艦に対するレーダー照射を行っています。午前10時頃、東シナ海海上において、江衛型フリゲート「連雲港」が、海上自衛隊第7護衛隊所属の護衛艦「ゆうだち」に向けてレーダーを照射したのです。これはそれまでの行動から一歩踏み込んできた行為です。なぜなら、攻撃実行に至る「銃口を向ける」「レーダーを照射する」「引き金を引く」という3つのステップにおいて、最終段階の「引き金を引く」直前までいったのです。レーダー照射が完了し、引き金が引かれれば砲弾は間違いなく対象を打ち抜きます。現代軍事技術においては、砲弾が発射されればその砲弾を打ち落とす以外に、それを避ける手立てはなく、我が国にはその技術はありません。今後、沖縄本島がターゲットになっていくことは明らかです。他、琉球独立運動なるものを始め、公安調査庁が要監視団体としている過激派などが凄まじい情報戦等を展開しています。  これが、尖閣諸島、東シナ海の現実であり、沖縄の、日本の現実なのです。  沖縄を確実に掌中に収めようという中国の国家意志に対して、我が国はその脅威と対峙することができる法体系となっているのか? 国家がその意志を明確に示しているのか? 国民もその意志が共有できているのか? 危機意識と対峙する覚悟はあるのか? を問うた時、まったく充分ではありません。   折しも平和安全法制関連法案の審議が行われています。あくまでも自衛の為の限定的武器使用の議論をはじめ、他法改正、新法も憲法の枠組みを超えぬ法案であるにも関わらず、「戦争法案である」、「安倍政権は地球の裏側にまで行って戦争をしようとしている」、「徴兵制が復活しようとしている」などという喧伝と共に、あらぬレッテル貼りを前提とした国会議論に辟易としてしまいます。  全ては、今そこにある危機を実感できていないからだと思います。また、命を落とすであろうという攻撃を受けた時、それが自衛の為であっても、「命を落としてでも武器使用は拒否する」と言わんばかりのイデオロギー優先の思想の存在も排除できず、私は得体のしれぬ危機を感じるのです。  中国は東京ドーム270倍の広さの埋め立て工事を、南シナ海の南沙諸島で進めています。恥も外聞もなく、中国外務省自ら岩礁の埋め立て工事を近く完了させると発表し、実効支配が進んでいることをアピールする始末。南シナ海の航行の安全のためだなどとして、埋立地での施設の建設を続けているのです。  この南シナ海で起きていることが、沖縄で起きる可能性を感じなければなりません。海洋進出を企てる中国としては、沖縄確保は重要な経過目標なのです。 戦後、地政学という学問的概念が消され、外国からの侵略という危機意識も消されてしまいました。沖縄という地政学的位置が、日本全体にとって安全保障上いかに重要な位置であるのか、あらゆる国防の手段をそこに投じる必要性の検討。いまこそ、これら課題解決は平和安全法制議論をきっかけに達成されなければなりません。そして、基地負担の軽減だけでなく、全ての日本国民は沖縄に対して、国防の概念からもっと強く感謝する姿勢が必要だと思います。  米国に安全保障を委ね自国の力だけで国家、国民生活を護れない。沖縄には感謝ではなく破格の補助金を配るだけ。一部にある市民運動を隠れ蓑にした反社会的行動を排除できずにいる現状などを正し、今私たちは、地政学に基づく「沖縄を中心とした国防」を確立する正念場にあると思います。そして、その議論の場に立たせて頂いている自身の立場に、身も引き締まる思いです。  沖縄は、地政学的にも情報戦的にも、安全保障上、我が国の生命線なのです。ながお・たかし 衆議院議員(比例近畿、2期目)。厚生労働委員会理事、拉致問題特別委員会、東日本大震災復興特別委員会、社会保障と税の一体改革関連特別委員会・委員。領土議連事務局長、日本会議国会議員連盟事務局次長、憲法96条改正超党派議連幹事などを歴任。

  • Thumbnail

    記事

    慰安婦問題“虚偽情報”の流布 朝日の重大責任と「倒錯」

    可能性を示唆したと語っているが、総領事は真っ向から否定している。 記事の最後で、ゲルミス記者は「海外メディアへの外務省の攻撃は昨年あたりから、完全に異質なものになった。大好きな日本をけなしたと思われたくなかったので躊躇(ちゅうちょ)したが、安倍政権への最後のメッセージと思って筆をとった」と話したという。 朝日新聞は翌29日、この問題を「外務省の広報」「報道の自由を損なう」と社説で取り上げて、外務省を厳しく批判した。「メディア側に圧力と受け止められれば、対外広報としては失策だ」「いま起きているのは、外務省が率先して自国の印象を損なっているという倒錯である。根本的に考え直した方がいい」という。 連載第1回で述べた、欧米を中心とした日本研究家の認識のように、一旦流布してしまった慰安婦問題の虚偽情報は、容易なことでは修正されない。世界に流布してしまったのは、朝日新聞が吉田清治氏の虚偽証言など間違った報道を30年以上も放置し、外国、特に欧米のマスコミがそのまま広めてしまったからである。韓国による、対外宣伝も見逃せない。 しかし、問題はそれだけではない。その虚偽情報の拡散に対し、日本政府、具体的には外務省がそれを打ち消すための努力を、積極的にやってこなかったのも、極めて重要な原因である。 安倍政権の下で、遅まきながらも誤りを修正するための対外広報が始まったに過ぎないのだ。 朝日新聞は慰安婦問題の虚偽情報を流し、「率先して自国の印象を損なってきた」張本人である。本当なら、自ら外国マスコミの誤解と偏見を正す重大な責任があるのだ。しかし、朝日新聞は外務省の努力を真っ向から誹謗・批判する。驚くべき「倒錯」である。酒井信彦(さかい・のぶひこ) 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、夕刊紙や月刊誌で記事やコラムを執筆する。著書に「虐日偽善に狂う朝日新聞」(日新報道)など。

  • Thumbnail

    記事

    左右両翼と闘う河合栄治郎の精神と朝日新聞の差

    平川祐弘(比較文化史家、東京大学名誉教授) 「教養主義者は嫌いだ!」 三島由紀夫が言い放った。1968年『批評』誌関係者の席でのことだ。その日は日沼倫太郎が三島の連載『太陽と鉄』を論じ「三島さん、あなたは死ぬべきだ」と思いつめたように叫ぶ。江藤淳主宰の『季刊芸術』の方が売れ行きがいい。そんな話も出ると三島は「江藤は才子だ」と言う。「それなら次号の『批評』は三島さんの責任編集で」と商売上手が提案すると三島が承知し散会した。大アジア主義にも冷静な目 小さくなっていた私は、自分が東大教養学部教養学科出身の教養学士だから、それで罵(ののし)られたかと錯覚した。だが、そんな私の履歴など三島が気にするはずがない。さては『批評』誌上で私が河合栄治郎(1891~1944年)を讃(たた)えたのが三島の癇(かん)にさわったのかと後になって気がついた。河合は「教養主義者」だからである。 だが戦前、自由主義のために戦った河合の「五・一五事件の批判」「二・二六事件の批判」は堂々たる論で、河合は東大教授の職を賭し、生命の危険をも顧みず軍部を批判した。しかし自決2年前の三島は『憂国』や『英霊の声』で二・二六事件で蹶起(けっき)した青年将校を描き、その心情に乗り移ろうとしていた。そんな三島は「教養主義者は嫌いだ」ったのだろう。 だが私は河合を尊敬する。白人の圧迫からアジア民族を解放しようという青年将校の間に強かった大アジア主義にふれて、『批評』にこんな河合の冷静な言葉を私は引いた。1月5日、記者会見する朝日新聞社の渡辺雅隆社長=東京都中央区(大西正純撮影) 「アジア諸国は独立を回復することを熱望することは確かである。然(しか)し日本の力を借りることには賛成しまい。何故(なぜ)なれば英米の宣伝により日本を誤解している点もあろうが、日本の過去の外交史が彼等(かれら)に疑惑を抱かしめるからである。英米を排して日本を代わりに引き込むならば、彼等は寧(むし)ろ英米の方を選ぶだろう。何故なれば日本の内部に於(おい)て同胞に対してさえ充分(じゅうぶん)の自由を与えていないのに、その日本から外国は充分なる自由を与えられることを期待しえないからであり、又(また)英米にはたとえ不徹底なりとも自由主義的思想が浸潤している。異民族を統御するに就いて彼等は日本人よりも妙諦を解しているからである。アジアの諸国に於ける日本の信用をば、吾々は決して過超評価してはならない」真の自由主義者の系譜 河合は昭和初年、プロレタリア独裁を肯定する左翼共産主義が盛んとなるやそれを批判した。が満州事変以後、青年将校が暴発し右翼国家主義が台頭するや今度は軍部専横を批判した。真の自由主義者は今でもそうだが、左右両面の敵と戦わねばならない。河合研究会で丸山真男が河合の衣鉢を継ぐ学者だと武田清子が言うから私は真っ向から反論した。右翼には手厳しいが左翼には甘い男が河合の思想的系譜に連なるはずはない。 河合は首相暗殺をはじめとする軍人の直接行動を敢然と否定した。なぜならそれは「国民と外国との軍に対する信用を傷つけ…軍人が政治を左右する結果は、国民の中には、戦争が果して必至の運命によるか、或(あるい)は一部軍人の何らかの為(ため)にする結果かと云(い)う疑惑を生ずるであろう」。しかし当時のマスコミは犬養首相を殺害した「純粋な」青年将校を「昭和維新の志士」と称揚した。暗殺者は死刑にもならず、日本は滅びた。思想の自由守り続けた粕谷 大学を追われた河合は自己の思想信条を懸け裁判に臨んだ。弁明は学術論文のごとく見事である。一旦は無罪となるが結局は敗訴する。だが日本は一党専制のナチス・ドイツや共産国とは違う。河合は罰金刑で戦争中も河合の学生叢書(そうしょ)は広く読まれた。私の姉は『学生と生活』を昭和14年に、兄は『学生と教養』を19年に古本で求めている。その年に河合は満53で早世した。生きていれば敗戦後は首相に推されただろう。私は戦後『学生に与う』を読み、溌剌(はつらつ)とした精気と明るさに驚いた。とても苦境に立たされた人の文章とは思えない。私は河合が説く「友情」や「自我」の言葉に酔いしれた。 1960年、マスコミは一斉に「安保反対」を叫び、国会包囲のデモ参加者を「純粋な」学生と称揚した。そんな時、まだ30代の粕谷一希(1930~2014年)は事態を冷静に見ていた。粕谷は『中央公論』の編集長に抜擢(ばってき)されるや周囲の突き上げにもかかわらず思想の自由を守り続ける。その勇気に私は感心した。後年、粕谷が評伝『河合栄治郎』(1983年)を書くに及んで合点した。粕谷も若くして河合を読み、闘う自由主義者の系譜に連なったのである。この夏死去したが編集者として後世に名をとどめるだろう。 では朝日の慰安婦検証記事の関係者はどうか。「朝日撤稿」は中国紙でも先日大きく報ぜられた。それなのに、若宮啓文氏は「朝日の報道によって国際世論に火が付いたという批判はおかしい」(文芸春秋10月号)とまだ言い張っている。こんな朝日の前主筆も後世に名をとどめるだろう。ただしその悪名によって。

  • Thumbnail

    記事

    国防を「悪玉視」して貶め続けた朝日 偏向の大罪

    権の暴挙を、跳ね返すことができるかどうか。 国会論戦に臨む野党ばかりではない。草の根の異議申し立てやメディアも含めた、日本の民主主義そのものが、いま、ここから問われる》 戦争にならないよう抑止力を高める。そのために集団的自衛権行使容認を閣議決定したのだ。抑止力を高めれば、わが国への侵略意図を未然に挫くことにつながる。“他国の戦争に加担する”ためでは断じてない。わが国と国民の生命を守るためなのだ。そういう論理を頭から全否定して始まる朝日新聞の報道こそむしろ“暴挙”ではないのか。 産経新聞は『「積極的平和」へ大転換』と大見出しをつけ、『首相「今後50年 日本は安全だ」』と題した記事で、閣議決定の目的を正確に伝えた。主張も《戦後日本の国の守りが、ようやくあるべき国家の姿に近づいたといえよう》と切り出し《反対意見には、行使容認を「戦争への道」と結びつけたものも多かったが、これはおかしい。厳しい安全保障環境に目をつむり、抑止力が働かない現状を放置することはできない》と書いた。わが国をとりまく安全保障環境は劇的に変化している。それに間断なく対処せねばならない。防衛体制に不備があれば当然それは是正する責任がある。 読売新聞も『集団的自衛権 限定容認』と、閣議決定内容を正確に伝え、田中隆之政治部長の『真に国民を守るとは』と題した記事があった。 《今回の見解にあるように一国では平和を守れない。日本が集団的自衛権を限定的に認め、対米連携を深めることが不可欠だ。それこそが真に国民を守る手段となる。時代にそぐわない憲法解釈を安倍首相が正したことは高く評価できる》 閣議決定の目的と主旨を正確に伝えている。社説でも《今回の解釈変更は、内閣が持つ公権的解釈権に基づく…いずれも憲法の三権分立に沿った対応であり、「立憲主義に反する」との批判は理解し難い》として解釈変更に何の問題もないと指摘している。 しかし、朝日新聞は、こうした冷静な報道を一顧だにしない。社会面に『不戦 叫び続ける』と題した記事を掲載、若者の「びびってます」とか元兵士の「限定的でも引きずり込まれる」といった声をちりばめて『列島 抗議のうねり』と牽強付会にあおるのだ。 日本列島が反対一色であるかのような記事だが、福井市のJR福井駅前での“市民団体”の呼びかけに応じて集まったのは、わずか「30人」だったらしい。これのどこが『列島 抗議のうねり』なのだろう? 日本列島が抗議のうねりに呑みこまる状況など一体どこに存在したのだろう。空自ヘリと取材ヘリ、ニアミスしたのは…平成19年空自ニアミスの報道 これだけではない。平成19年4月9日の朝刊ではこんな見出しが躍った。空自ヘリ、ニアミス墜落機の救助中 NHK取材ヘリと 見出しの横には『墜落機の救助中 NHK取材ヘリと』とある。ということは、墜落機の救助中の空自ヘリが取材中のNHKヘリに近づきすぎてニアミスを起こしたということになる。ところが本文を読んでみると… 《空自ヘリが遭難地点に侵入するために左旋回したところ、相手ヘリが右に旋回して急速に接近した》 つまり“相手ヘリ”が、空自ヘリに異常接近したのであって空自ヘリがニアミスをおかしたのではなかったのだ。本来この記事の見出しは、『NHK取材ヘリ、ニアミス』とすべきだろう。あたかも空自ヘリがNHKヘリにニアミスしたと読者が錯覚するような見出しを付けているのだ。NHKヘリはなぜか「相手ヘリ」として社名を隠し、空自ヘリを際立たせているところにも自衛隊への悪意が垣間見える。 しかもこの事故の隣には 持ち出し、イージス艦中枢情報も という見出しの海上自衛隊の情報漏えい事件の記事が併記されている。読者は「なんだ、航空自衛隊も不祥事をおこしたのか!」と瞬時に連想してしまう。実に巧妙な印象操作だと言わざるを得ないのだ。 そもそもこの遭難事故は、平成19年3月30日に鹿児島県徳之島で発生した救急患者の緊急空輸のため、那覇基地を飛び立った陸上自衛隊第101飛行隊(現・第15飛行隊)の大型輸送ヘリコプターCH47JAが徳之島の天城岳山中に激突して機長以下4名の隊員が殉職した痛ましい航空機事故があって、このとき陸自機の捜索・救難にあたったのが、同じ那覇基地にある航空自衛隊の那覇救難隊の救難ヘリUH60Jだったのである。 いずれにせよこの“ニアミス事故”なるものの非は、NHKの取材ヘリにある。朝日新聞の自衛隊を貶めようとする意図を感じざるを得ない。海自「おおすみ」と釣り船衝突 平成26年1月15日、瀬戸内海の広島沖を航行中の海上自衛隊輸送艦「おおすみ」に釣り船が衝突して釣り船の船長と乗客の2名が死亡するという海難事故が発生した。海上自衛隊輸送艦「おおすみ」と転覆した釣り船(手前右)=2014年1月15日午前、広島沖(本社ヘリから、山田哲司撮影) この事故を取り扱った読売新聞の見出しはこうだ。 衝突、同方向に航行中海自艦と釣り船 重体の船長死亡 ところが朝日新聞の見出しはこうなっている。 回避行動の状況調査へ 海自艦衝突 追い越す船に「義務」 海自艦と釣り船が衝突したのに、表記されているのはなぜか海自艦だけだ。これではまるで海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」に責任がある印象を読者に与えかねない。 この記事のリードも問題である。 《一方、安倍政権は過去に起きた自衛艦の事故の苦い経験を踏まえ、影響を最小限にとどめようと迅速な対応をアピールした》 書き手の悪意がにじみ出たおかしな書きぶりである。そもそも“迅速な対応”は褒められこそすれ、揶揄されることではないからである。逆に、対応が遅ければ、厳しく非難される。迅速に対応すると今度は「影響を最小限にとどめようとアピールした」。ここから安倍政権を叩いてやろういう魂胆が行間から読み取れる。始末に負えない書きぶりだ。 平成12年9月に石原慎太郎都知事(当時)の旗振りで実施された陸海空自衛隊を動員した災害派遣訓練“ビッグレスキュー”を取り扱った朝日新聞のいやみな批判記事は今も忘れられない。 一面には装甲戦闘車両の写真の下に『銀座上空に対戦車ヘリ』の見出しが躍り、銀座上空に物騒な対戦車ヘリが飛んできて軍事訓練したかのような記事となっている。 さらに社会面だ。『迷彩服だらけの首都防災訓練』と『大通り装甲車堂々』と見出しがあって『憂いあり』。いずれも白抜きの大きな文字だ。いったい何に対して、どんな憂いがあるというのだろうか? 誇大妄想も甚だしい。東京都の総合防災訓練。都営大江戸線による自衛隊部隊集結訓練で、地下鉄に乗り込んだ自衛隊員ら=2000年9月3日 迷彩服は自衛隊の制服だ。いったい何が問題なのか。装甲車は大通りを堂々と走行してはいけないのか。装甲車は人目をはばかるように移動せよというのか。 おまけに『憂いあり』の文字の下には『「治安出動」批判派デモ』なる小さな記事がぶら下がっている。自衛隊を動員した都心での災害派遣訓練がどうして「治安出動」に結び付けられて批判されなければならないのか。 どうも朝日新聞の記事には、読者を自らの偏った政治主張や特定イデオロギーに引きずり込もうとするいかがわしいトラップが随所に仕掛けられていると言わざるを得ない。気の毒なのは正確な事実が伝えられず公正な判断ができない読者である。海自「あたご」と漁船の衝突事故 コラムもやりたい放題である。 平成20年2月19日におきた海上自衛隊イージス艦「あたご」と漁船が衝突した海難事故について、平成20年3月3日の「ポリティカにっぽん」と題するコラムで、朝日新聞コラムニストの早野透氏はこう書いている。 《石破茂防衛相が「ハイテクの極致」とたたえるイージス艦、ハワイのミサイル防衛の訓練に疲れ、艦長が居眠りしている間に千分の一の「親子船」を撃沈してしまうとは!》 「艦長が居眠りしていた」などと、まるで任務中にコックリコックリと居眠り運転していたかのように書いている。だが、そもそも艦長は交代で就寝中だったのであって、訓練に疲れたせいでオペレーション中にうっかり居眠りしたのではない。艦長は、航海長に艦の運航の指揮を委任しており、就寝したことは何ら問題ではないのだ。「訓練に疲れ」という言葉が付け加えられ、これに続けて「居眠り」とある。これでは間違いなく誤解を誘発する書きぶりだ。 「親子船」という無条件に国民の同情を誘う言葉を使う一方で、自衛隊には「撃沈」なる言葉を使うのも首を傾げてしまう。そもそも「撃沈」とは、相手を沈める意図があって砲撃や雷撃・爆撃などの攻撃で沈没させることだ。イージス艦「あたご」に漁船を沈める意図など微塵もない。撃沈では決してないのだ。これはほとんど“捏造”の域といっていい。自衛隊の事故なら何を言っても構わないという空気に乗じたゆゆしきコラムである。中国国防費に対する記事も酷かった中国国防費めぐる報道 2010年(平成22年)の中国国防費に対する記事も酷かった。読売新聞(平成22年3月4日)はこんな見出しだ。中国国防費7・5%増2けた伸び21年止まり 開発費除外か これが朝日新聞になるとどうなるか。中国国防費 伸び鈍化10年は7・5% 22年ぶり1ケタ このニュースで読者に伝えなければならない最重要ポイントは、中国の国防費がこの年もまた7・5%も増えた客観的事実で次に兵器の開発費が除外されている可能性だ。これまで20年以上にわたって続いてきた国防費の前年度比2けたの伸び率が2010年は1けただったことは、単なる参考データでしかない。その意味で読売新聞の見出しは、このニュースの伝えるべきポイントを要領よくおさえている。 一方の朝日新聞は、参考データに過ぎない国防費の伸び率が1けただったことをまず強調し『中国国防費 伸び鈍化』と大見出しで『22年ぶり1ケタ』とアピールし、読者に、あたかも中国の軍拡がスローダウンしたかのような印象を与える記事となっている。 最も肝心な前年度比7・5%もの非常に高い国防費の増額については、『10年は7・5%』とだけ記載し、「増」の文字がない。これでは「7・5%」という数字が意味するところがよくわからないのだ。朝日新聞は「7・5%もの増額」という大幅な増額を巧みにごまかしたのである。ちなみにこの年のSACO関係費を除いた日本の防衛費は前年度比0・4%減だった。いかに中国の7・5%という伸び率が驚異的であるか。おわかりいただけよう。自衛隊と韓国軍のイラク派遣報道 自衛隊がイラクに派遣されたさいも朝日新聞は批判を繰り返した。平成19年5月16日の社説はこう述べた。 《英国ではブレア首相が世論の批判から退陣に追い込まれた。ブッシュ大統領も、米軍の期限付き撤退を条件とする予算案や決議を議会から突き付けられた。支持率は最低水準に低迷している。 そんな中で、日本では自衛隊の派遣延長がすんなりと国会を通っていく。これといった総括や反省もないままに、大義に欠ける、誤った米国の政策に参画し続ける。なんとも異様と言うよりない》 最後はこう結んだ。《政府はすみやかに自衛隊を撤収し、イラク支援を根本から練り直すべきだ》 ところが朝日新聞はこの同じ年の1月31日付の紙面で、イラク北部に派遣された韓国軍に対しては『復興支援 韓国がっちり』という見出しをつけ、こう言っているのだ。 《治安悪化で泥沼化するイラクで、唯一安全といえる北部クルド地域に2300人の部隊を駐留させる韓国が、軍と政府機関による復興事業を着々と進め、地元の信頼を勝ち得ている。すでに民間企業も進出するなど、治安の問題から南部サマワで十分な復興支援ができなかった日本との差を際立させている》 ちょっと待てよ!といいたい。あなた方は「大義に欠ける、誤った米国の政策に参画し続けている」と日本を批判したのではなかったか。なぜ韓国だけは“異様”でないのか。これは明らかにダブルスタンダードである。矛盾していることに自ら気づかないのだろうか。 記事には、『安全バックに事業次々』という小見出しがあった。 《韓国の民間人スタッフは全員、韓国軍基地内に居住。町へ買い物やレストランでの食事にも出かけるが、現地で雇った武装警護員を必ずつける。 さらに韓国軍も復興事業として学校54カ所、診療所11カ所、井戸200カ所を建設。基地内で開く自動車修理、コンピュータ技術から菓子料理までそろえた職業訓練コースは、月給110ドルがもらえる上、軍の送迎付きとあって市民に大評判だ。各地でテコンドークラブが作られ、韓国兵らが指導に当たっている。 ハウラミ・スレイマニア商工会議所会頭(32)は「韓国には本当に感謝している。投資促進にも非常に前向きだ。我々は先に来てくれた人を大切にしたい」と話す》 なぜ自衛隊と韓国軍のイラク派遣に対する評価がこうも違うのか。彼らの偏向こそ“異様”であり“異常”である。 朝日新聞は、イラクで自衛隊がどこの国の軍隊よりも歓迎され、そして感謝されていたことを知らないのだろうか。自衛隊はイラク南部サマワで病院や学校の建設、加えて橋や道路の整備を行なって地元イラクの人々からいたく感謝され、地元住民らによる自衛隊への感謝の意を表するためのデモ行進まで起きている。また自衛隊の撤収時には、地元住民が、自衛隊との別れを惜しんで涙したなどという感動のエピソードもある。朝日新聞はそんな数々の話をまったく耳にしたことがないのだろうか。否である。実は朝日新聞はこうした事実を知っているはずだ。なぜ書かないか。自衛隊を利するから書かなかったと私は考えている。海自イージス艦派遣めぐる報道 防衛報道、自衛隊報道における朝日新聞の恣意について述べてきた。最後に私自身の経験を話そう。かつて筆者は謝罪文を朝日新聞から書面で受け取ったことがあるからだ。 平成13年11月23日付の朝日新聞(西部本社発行版)に筆者のインタヴューコメントが掲載された。これは、世界を震撼させた9・11テロに端を発する対テロ戦争で海上自衛隊補給艦による多国籍軍艦艇へのインド洋上での燃料補給任務の護衛に海自イージス艦を派遣させるかどうかの問題が持ち上がったことへの筆者のコメントだった。 朝日新聞はわざわざ佐世保支局からインタヴューを取りに来た。私は記者に、相当時間を割いて海自イージス艦派遣の意義と問題点などを説明し、この記者もよく理解して帰っていった。筆者の主張の要旨はこうだった。 「洋上補給は、補給艦と受給艦が長時間真っ直ぐ並走せねばならず、そんなときに脅威が迫っても迅速な回避行動がとれない。そのため脅威をできるだけ遠くで発見しなければならず、したがって広域の上空および洋上監視ができるイージス艦がこの任務に最適である。 だがそもそもイージス艦の派遣がなぜ問題になるのか。国は、国家の命令によってインド洋に派遣される海上自衛隊の補給艦を全力を挙げて守らねばならないのだから、そのために必要なら、イージス艦であろうとなんであろうと必要な艦艇や航空機を総動員してでも守るべきだ。にもかかわらず派遣を命じた側の国会議員の中に、日本がイージス艦を派遣すると周辺諸国に脅威を与えるのではないかとか、集団的自衛権の行使はできないなどと言っている者もいるようだが、まず政府は、派遣される自衛官の命を守るために万策を講じることを最優先に考えるべきだ」 限られた字数に収めるため、掲載記事内容について記者と電話で文言や字数の調整などを繰り返した。短くなったが着地点を見出して私も納得した。ところが翌朝の新聞を見て仰天してしまった。 私のコメントは、『実績優先し 派遣迷走』という記事の中で、こう短く取り扱われていた。 《安全保障分野を得意とするジャーナリストの井上和彦氏(38)は、今回の派遣論議に自衛官の安全を考えた立場からの議論がなかったと批判する》 これではイージス艦の派遣に賛成なのか反対なのかすらわからない。ただ「批判」という最後の言葉の印象が強いため、反対しているようにも受けとれる。 私は猛然と抗議した。 その結果、次のような謝罪文が送られてきたのだった。 《先日は、ご多忙の中、取材に応じていただき、ありがとうございました。23日付、西部本社発行版(九州・山口)の第3社会面で掲載された記事の中に、井上様との取材の一部を使わせてもらいました。本紙を郵送させてもらいます。 編集の関係で短い扱いとなり、井上様のご意見を十分にくめなかった点があることは、否めません。お時間を取って頂きながら、ご不満を抱かれたことに、お詫び申し上げたいと思います。 今後とも、安全保障分野で取材をお願いすることもあると思います。こちらも、より細心の注意を払うようにします。今後ともよろしくお願いいたします》 私のコメントが朝日新聞の編集方針にそぐわず、最終段階でコメントの核心部分を外し、都合よくつなぎ合わせたのだろう。いずれにせよ、私の言いたかったことは闇に葬り去られたのだ。いのうえ・かずひこ 昭和38(1963)年、滋賀県生まれ。法政大学社会学部卒業。軍事・安全保障・外交問題などをテーマとしたテレビ番組のキャスター&コメンテーターを務める。著書に『東日本大震災秘録 自衛隊かく闘えり』(双葉社)『日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争』(産経新聞出版)など多数。関連記事■ 立憲主義を破壊する…わけがない解釈変更■ 朝日新聞、「角度つき」安全保障報道の系譜■ 「重く受け止めて」ないじゃないか! 驚愕の朝日・慰安婦社説

  • Thumbnail

    記事

    朝日新聞、「角度つき」安全保障報道の系譜

    佐瀬昌盛(防衛大学校名誉教授)朝鮮戦争はじまる 昭和25年6月25日、突如として朝鮮戦争が勃発した。朝鮮半島ではその二年前、南で大韓民国の樹立宣言があり(8月15日)、後を追うように北に朝鮮民主主義人民共和国が誕生していた(9月8日)。日本の敗戦後、半島の北はソ連が、南は米軍が占領したが、それぞれに政権が生まれたので両占領軍はほどなく撤退していった。あとに残されたのは両大国による力の空白状態だった。 追いかけるように昭和30年1月、アチソン米国務長官が極東の安全保障環境に関する演説を行ない、西太平洋における米国の防衛線に言及した。それはアリューシャン列島、日本、沖縄、フィリピンを結ぶ線だとされた。その西方の朝鮮半島は、米軍に関する限り力の空白地帯となるわけだった。1950年6月の朝鮮戦争勃発直後、金浦空軍基地に到着したダグラス・マッカーサー元帥を迎える李承晩・韓国初代大統領(右) 同じ頃、欧州に向けてのワシントンの関心は全く違っていた。大戦が終結しても、東欧一帯を「解放」したソ連軍は撤退するどころか、東欧各国に順次、親ソ政権を樹立していった。逆に米軍はナチス・ドイツを打倒したあと、大西洋の彼方へと撤退した。つまり、冷戦の予感は米国には働いていなかった。国際連合が誕生し、その中核となる安全保障理事会では米、ソ、英、仏、中の五大国が――拒否権はもったものの――国際の平和のため協調していけると信じたのである。 ところがモスクワのこの一方的行動を前にトルーマン米大統領は有名な「ドクトリン」を発表(昭和22年3月12日)、西欧を「力の空白」地帯とはしない方針を明示した。冷戦のはじまりである。欧州と極東に対する米国の安保関心には注目すべきタイム・ラグがあった。と言うのも、アチソン演説を修正して、ワシントンが朝鮮半島にコミットするには、北による南の攻撃とそれがもたらした衝撃という高い授業料を払わなければならなかったからだ。 朝鮮半島での戦乱勃発は、日本統治の全権を有したに等しいマッカーサー元帥とGHQにとって大衝撃となる。わが国を占領していた在日米軍は急拠、仁川に上陸作戦を展開する。そしてソウルを目指して北上していった。では日本はどうなるのか。こんどはわが国が力の空白地帯化する懸念がでてきた。その空白を日本自身によって埋める必要はないのか。 欧州での冷戦開始、朝鮮半島への熱戦勃発、そして日本の安保問題という玉突き現象の結果、マッカーサー総司令部と吉田茂政権とは厄介な難題に直面する。米国の日本統治は民主化、非軍事化、非集中化の3D政策を追求してきたのだが、いまや二番目のDは変更を迫られる。そのうえ、日本政府はワシントンの朝鮮半島への反攻を支援しなければならない。それはどういう形で行なわれたか。 やや誇張して言えば、出撃する米軍のため臨時の軍需工場の役割を引き受けることだった。いわゆる「朝鮮特需」である。その一端を私ははからずも目撃した。当時、私は奈良市に住んでいたが、越境入学して大阪の住吉高校に通った。毎朝乗る近鉄線で布施駅近くを走る車窓から見ると、沿線近くの町工場の敷地に多数の砲弾がピカピカと輝いて並べられていた。聞くところによると、朝鮮戦争で米軍が使用するための下請け生産ということなので、妙な気がした。平和憲法を叩き込まれた高校生にとっては忘れ難い光景である。なんとなく「他人の不幸、鴨の味」といった感じだった。「国家警察予備隊」を創設せよ「国家警察予備隊」を創設せよ わが国の自衛隊の前々身たる警察予備隊は、朝鮮戦争なくしては生まれなかった。朝鮮動乱が始まってからちょうど2週間目の7月8日、日本占領の最高司令官たるマッカーサー元帥から一通の書簡が吉田茂首相に届けられた。それは「日本警察の増強に関する書簡」と題されており、7万5千人の「国家警察予備隊」の創設と海上保安庁定員の8千名増員を「許可」する、となっていた。 政府部内は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。弱体だった警察力の強化こそ総司令部に求めていたものの、マッカーサー書簡が「許可」してきたのはそれとは違う。「許可」という形式になってはいたものの、その実態は「命令」であった。逆らうことはできない。真意を問い合わせた日本政府が得た説明は、国家警察予備隊とは従来の警察とは全く別組織の総理大臣直属の警察隊であり、事変、暴動などに備えて治安確保に当るものだから、機動力を備え、装備としては隊員にカービン銃を持たせるし、将来的には大砲や戦車も保有することになろう、というものだった。 問題はわが国の報道界がこれをどう扱かったかである。GHQは厳しい検閲制を敷いていた。日本に進駐してきた米軍は45年9月12日に新聞・ラジオの検閲を始めた、と「読売報知」(当時)が報じた(「読売」に改称されたのは後年)。それがあまりに厳格であったため、日本の新聞は畏縮した。「長い物には巻かれろ」だった。 この風潮の下、各紙の報道は大同小異の趣を呈するに至る。「朝日」の紙面も例外ではなかった。たゞ同紙の場合、他紙に先駆けて検閲のパンチを喰らった。9月20日の1面には次のような「社告」が掲載された。当時の事情を知るうえで興味深いので、全文を示す。〈朝日新聞東京本社はマックアーサー最高司令官の命令により本日十五、十六、十七日附掲載記事中マックアーサー司令部指示の新聞記事取締方針第一項「眞實に反し又は公安を害すべき事項を掲載せざること」に違反したものありとの理由によつて十八日午後四時より廿日午後四時まで新聞発行の停止を受けた。よつて十九日附および二十日附本紙は休刊の止むなきに至つたが、二十一日附は特に四頁に増頁して三日間における記事、寫眞を収載しました。 右御諒承願ひます。 昭和二十年九月廿日朝日新聞東京本社〉(表記は原文のまま) 一体どうして「朝日」はマッカーサーの逆鱗に触れてしまったのか。この件は同紙にとってのトラウマとなった。そのことは1995年7月に編纂された大部の「朝日新聞社史」から読みとれる。また、「朝日文庫」収録の「新聞と『昭和』」、上巻(2013年8月刊)にもこの「社告」の件が出てくる。つまり、同紙にとっては忘れ難い事件なのだろう。GHQが問題にしたのは9月15日付で掲載された鳩山一郎講話であった。鳩山は、米国が「正義は力なり」を標榜するのなら、「原子爆弾の使用や無辜の国民殺傷が病院船攻撃や毒ガス使用以上の国際法違反、戦争犯罪であることを否むことは出来ぬであろう」と語っていた。 検閲に引っかかったもう一つの記事は、翌々日の9月17日に掲載され、「求めたい軍の釈明/“比島の暴行”発表へ国民の声」と見出しが付けられていた。この見出しから記事内容を推定することは困難だろうから説明すると、日本進駐後の米軍兵士が各地で起こした暴行事件と大戦中に日本軍がフィリピンでみせた暴虐行為とを同列に論じることへの疑問を述べたものである。一方は平時、他方は戦時であったことを考えるならば、「朝日」記事の言い分にはもっともなところがあった。 のちに『閉された言語空間――占領軍の検閲と戦後日本』(文藝春秋刊)を発表した江藤淳氏は、問題視された記事は後年首相となった石橋湛山が東洋経済新報社社長・主幹時代に書いたものだ、と詳しく考証している。いずれにせよ、GHQの高飛車の前に『朝日』は恭順の意を表するほかなかった。泣く子と地頭には勝てない。先掲の「社告」は敗戦国ジャーナリズムの屈辱の記念碑とも呼ぶべきものであった。 いずれにせよ、マッカーサー元帥の威光は絶対だった。それをいや応なしに日本人に教えたのは9月29日付の全国紙各紙に掲載された一枚の写真である。『朝日』はそれを「天皇陛下、マックアーサー元帥御訪問」と題して1面トップに掲げた。2日前の27日に昭和天皇はモーニング姿で元帥を米大使館に訪問された。迎えたマッカーサーは開襟の日常服、手を腰に回した悠然たるポーズで新聞写真を撮らせたのである。この写真は後年さまざまな出版物に繰り返し転載されたから、戦後報道写真中で最もよく知られた一枚だろう。日本国民に敗者の悲哀を味あわせたものとして、これを凌ぐ写真はあるまい。 回顧趣味に耽るのをやめて、先を急ごう。欧州での東西冷戦と日本での国内冷戦欧州での東西冷戦と日本での国内冷戦 米国には朝鮮戦争勃発の予感が働いていなかった。それだけにショックが大きく、対日占領政策は徐々にではなく、急激に右旋回した。日本はそれに振り回される。しかし同じころ、もうひとつの敗戦国であるドイツでは事情が違った。ここでは対ドイツ戦勝四国は東西に分かれて対立しはじめてからすでに久しかった。ヒトラーに対して勝利した英国の戦時指導者ウインストン・チャーチルが野党党首として訪米、ヨーロッパの東西の間に「鉄のカーテン」が降りたと有名なフルトン演説を行なったのは、欧州での大戦終結から数えてわずか10ヵ月後のことである。それは冷戦の告知となった。 東西冷戦の主要舞台となったのは、戦勝四国たる米英仏ソが分割占領したドイツである。東欧圏に順次、共産政権を擁立したスターリンは、ソ連占領地帯である東独地域にも類似の親共政権を持ち込んだ。かくて戦時大同盟は雲散霧消し、ドイツは東西冷戦の主戦場となってゆく。その過程を少し辿ってみることは、1940年代後半のわが国の問題を考えるうえで大いに参考になる。 ソ連が占領した東独ではモスクワの命令で、一九四九年秋になると軍隊類似の「待機警察」が設置されていたことが判明する。これが誘い水となり、西独でも軍備是非論が台頭する。1950年6月の朝鮮戦争の勃発よりかなり早い。当時の日本の新聞を繰ってみると、ヨーロッパでの、なかんずくドイツをめぐる冷戦機運については熱心に報道していたことが分かる。 同じ敗戦国たる日本とドイツを比較して気付くのは、欧州ないしドイツでの冷戦は東西両体制間に見られた現象であったのに対し、日本でのそれはいわば国内で戦われたという事実である。日本のこの国内冷戦を戦ったのは第一義的には国会に議席をもつ左右の政治勢力であった。なかで保守陣営では戦時中の因縁もはたらいていくつかの勢力の離合集散が絶えなかったが、左翼陣営の事情はさほど複雑ではなかった。要するに社会党と共産党の二系列があるということで説明がついた。 では報道界ではどうだったか。政党新聞は別として一般の新聞が自紙の党派性を否定するのは当り前のことである。一般読者を対象とするからだ。『朝日新聞』も例外ではなかった。1952年制定で今日なお生きている「綱領」は全体で四項から成っているが、その第一項はこうである。「一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す」。問題は、この綱領が制定された時期である。それは敗戦から7年目、まさに朝鮮戦争がきっかけとなってワシントンでは、軍事的に丸裸の日本を再軍備させるべきではないかとの議論が強まりつつある季節のことだった。『朝日』をはじめ新聞の多くが神経質そうに米国内の日本再軍備必要論をあれこれ報道していた。 それより先、1950年6月下旬には大統領により対日講和問題担当特使に任令されていたジョン・フォスター・ダレスが訪日、マッカーサー元帥との意見調整を始めていた。 まさにその機を捕えて「ダレス顧問に訴える」と題する社説が『朝日』に掲載された(6月25日付)。同紙はいう。 敗戦日本は完全に非武装化された。その日本の安全保障の方式としては国連に委ねる道もあれば、国連に代る「連合諸国」による保障など、いくつか考えられる。そのすべてが検討されるべきであるが、その結果としての選択を知りたい。それが示される場合、「日本が戦後決意しかつ連合諸国が希望して来たこの完全非武装の国は、はじめてその生き得る道を見出すことができる。それとは反対に、非武装地帯が、例えばある一国との盟約による武装によって守られるならば、事態は全く別の方向に走り出すであろう。我々はその意味で、この『完全非武装国の国際規約』の設定こそ、日本問題の解決のカギであることを唱道してきた」。『朝日』の願望表明はなお続く。「我々は、米国のもつ国際正義と高き理想主義が、何よりもまずこれをもって対日講和の第一原理として、連合諸国に呼びかけることを真剣に希望したい。我々は、それがまた、当面の東西緊張に緩和をもたらす一契機となることを疑わないのである」。 要するに『朝日』は、日本に引き続き非武装国家の道を歩み続けさせてほしいと訴えたのである。ひいてはそれが東西冷戦を緩和する一助になるのだから、との論理だった。各界からのダレス特使に向けられた要望は多種多彩であった。新聞各紙もさまざまな期待や注文を表明していた。しかし、「非武装国家の道を引続き歩ませてほしい」と要望したのは『朝日』一紙であった。 この社説は、「中立」を選ばせてほしいとは述べていなかった。もし「非武装」に加えて「中立」願望までもが表明されていたならば、それは当時の日本社会党内の左派勢力の声そのものだったはずである。その後の歩みを眺めるならば、社会党左派的な「非武装中立」論がいかに現実感覚を欠いていたかは明白だった。が、『朝日』もそれに劣らず非現実的な希望的観測に身を委ねていた。事実の規範性事実の規範性 1950年7月8日、マッカーサー元帥は吉田首相に書簡を送った。いわゆる警察予備隊の設置を命じるものである。『朝日』は即刻号外を出した。全文は以下のとおり。 国警七萬五千増員/マ元帥 吉田首相へ書簡 マックアーサー元帥は八日朝、吉田首相に書簡を送り国内警察力および海上警備力の充実を指令し、日本に国家警察予備隊約七万五千を設けることを許可した。なお現在の日本の警官総数は十二万五千名で、そのうち国家警察官は三万名である。 念のために言うと、この号外は縮刷版には収録されていない。正規の紙面ではなく号外だからである。私は通常、縮刷版を活用するが、念のためにデータベースを検索していてこの号外を発見した。驚いた。そこには「…を許可した」とあるが、本当の意味合いは「…を命じた」にほかならない。それにしても警察予備隊設置命令が号外扱いで報じられた事実は、それが如何に大ニュースであったかを雄弁に物語っている。 蜂の巣をつついたような騒ぎがはじまった。喧騒をきわめた新聞報道を紹介するかわりに、その後の経過をここでは昭和三六年に防衛庁から刊行された大部の「自衛隊十年史」に語らせよう。その冒頭「第一節 警察予備隊の創設準備」は、こう始まっている。総司令部を出るマッカーサー=1950年10月「二五年七月八日マ元帥の書簡を受領した政府は、この機会をとらえて早急にその実現を図ることとし、(中略)新しく設置される警察予備隊の性格が明らかでないこと、ことに従来の警察との関係についての疑問点を中心に、政府の意見を具して総司令部側と数回にわたって協議を重ね、その意向を十分に確かめた」(傍点引用者)。 傍点個所は意味深長である。不意討ちをくらった世間では号外騒ぎがもち上がっていたが、政府は待ってましたとばかり、「この機会をとらえ」たのだった。突発した朝鮮戦争で在日米軍が韓国へ派遣されたため、日本政府は治安の悪化を懸念し、警察力の増員を求めてGHQに打診していた。ところがマッカーサー元帥が命じてきたのは普通の警察力増強ではなかった。しかもその数たるや7万5000! 政府は度重ねて総司令部と協議、その結果、警察予備隊は従来の警察とは異なり、全組織が総理大臣直属の警官隊であること、またその使命は必要に応じ随時随所に出動し、治安確保のため重点的に運用されるものであることなどを確認した。自分たちが望んだものとはあまりにも違う。政府は喜んでいいのか、悲しんでいいのか。 これが、警察予備隊誕生にまつわる秘話である。ほどなく隊員募集が始まる。全国津々浦々に隊員募集のポスターが張り出される。そこには「平和日本はあなたを求めている」とのキャッチフレーズの下に鳩が羽ばたいていた。応募者採用試験は8月17日に全国一斉に行われたが、「募集期間がきわめて短期間であったにもかかわらず、予想以上の志願者が殺到した。すなわち、第一日においてすでに採用者の半数に近い応募者があり、締切当日には七万五〇〇〇人に対し約五倍にのぼる三八万二〇〇三名の応募者があった」(先掲「自衛隊十年史」)。『朝日』とてこの好評に目をつむることはできない。募集開始の2日後、「予備隊員の選考に慎重なれ」との社説が掲げられた。その出だしの一文はこうである。「警察予備隊の応募状況はすこぶる好評で、すでに二十万を突破し、全国各管区では第一次採用試験が始まっている」。なのに慎重な選考が必要だとはどういうわけか。ここで憲法九条が登場してくる。いわく、「終戦後、陸海空全軍隊が解体され、新憲法第九條に『陸海空その他の戦力は、これを保持しない』と宣言している建前からいって、日本が今日陸海空の軍備を保有しえないことはいうまでもない。」 募集を始めてはみたものの、志願者は少ないだろうと『朝日』は読みたかったらしい。ところが、結果は逆だった。事実の規範性が教えるところ、日本社会は警察予備隊員募集を歓迎したのである。それでも同紙はまだ半信半疑だったとみえる。右の社説掲載からほどなく、9月20日の紙面には「講和條約をどう思う?」と題して世論調査結果が発表された。そこに表われた国民の反応を『朝日』は信じたくなかっただろう。「日本も講和条約ができて独立国になったのだから、自分の力で自分の国を守るために、軍隊を作らねばならぬ」という意見があります。――そう前置をして、回答を求めた。結果はこうであった。 賛成    71% 反対    16% わからない 13% また、「もし軍隊をつくるとしたらあなたは志願兵制度と徴兵制度のどちらがよいと思われますか?」との設問もあった。志願兵制をよしとする声は五五%、徴兵制がよいとの答は二四%だった。ここでも軍配がどちらに上げられていたかは明白である。国民の大半が警察予備隊の発足を是認し、それが志願兵制であるべきだと考えていることは、疑いの余地がなかった。朝鮮戦争勃発後の日本国民の不安心理を『朝日』は完全に読み誤まっていたのである。これが最初のボタンのかけ違えだった。そのため、後年に高い授業料を払わされることになる。 しかし、ことあるごと読者にお説教したがるこの新聞は、他面で当時の全能者ともいうべきマッカーサー元帥に対しては信じ難いほど従順であった。同元帥は誇り高く、かつ野心的な将軍だった。やがてそれが仇となり、朝鮮戦争をどう進めるかでこの政治的軍人はトルーマン大統領と衝突する。それが原因で解任される。させ・まさもり 昭和9(1934)年、大連生まれ。東大大学院国際関係論専攻修士課程修了。ベルリン自由大学に留学後、東大教養学部助手、成蹊大助教授をへて防衛大学校教授。著書に『虚報はこうしてつくられた――核情報をめぐる虚と実』(力富書房)、『むしろ素人の方がよい――防衛庁長官・坂田道太が成し遂げた政策の大転換』(新潮選書)など多数。産経新聞社「国民の憲法」起草委員会委員。

  • Thumbnail

    記事

    参考人全員「違憲」は改憲へのチャンスである

    に対して「違憲」としたことが話題となっている。とりわけ、与党側が招致した学者が「違憲」としたことは各メディアにおいて大きく報道され、与党内にも衝撃が走ったそうだ。これを受けて、安保関連法案の改正に反対する護憲派や左派系マスコミは「憲法学者の声を無視するのか」「長谷部教授(与党側が招致した早稲田大学法学学術院教授)はよくやった」などと述べ、この法案の廃案に向けた動きを強めている。衆院憲法審査会に出席した参考人の(左から)早稲田大の長谷部恭男教授、慶応大の小林節名誉教授、早稲田大の笹田栄司教授=6月4日午前 普段、「学歴や職業で人を区別するのはよくない!」と叫び、原発問題の際には「専門家や大学教授を絶対視してはいけない!」と語る人々やマスコミが、「憲法学者」という権威に頼っている姿は何とも滑稽である。また、自分たちが招致した憲法学者が「違憲」の述べたことを大げさに騒ぎ立てる与党も情けないと思う。 私は、今回の事件をきっかけに与野党は、堂々と憲法改正の議論を行うべきであると思う。この法案における大きな問題は、憲法9条と矛盾し、我が国の安全保障の根幹を変えるような話題にも関わらず、これを解釈と法律のみで変えるということである。また、自衛隊がいつ、どこまでの実力を行使できるのかについての議論もまだまだ不十分であることも問題だ。こうした応急処置的で中途半端な議論で終わっては、この法案が目的としている安全保障の強化がむしろ後退してしまうのではないかと私は危惧する。 このようなことを防ぐためにも、「ネトウヨ」や「戦争法案」などと情けないレッテル貼りで終わるのではなく、堂々と改憲議論を行い、論戦を繰り広げることが我が国の安全保障と発展に向けた道になるはずだ。参考人全員「違憲」の騒動を改憲へのチャンスにできるかは、今後の改憲派の実力にかかっている。関連記事■ 左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか■ 政治学者が考える憲法論議 政争の具ではいけない■ 文官が総理より偉い? 懲りずに安倍政権を中傷するメディア

  • Thumbnail

    記事

    野党や一部メディアの安保論議は平和ボケにしか聞こえない

    に審議入りした。安倍晋三首相が、国民の生命と財産を守るための法制整備を訴えているのに対し、野党や一部メディアは「自衛隊のリスクが高まる」「戦争法案だ」などと批判している。米紙ニューヨーク・タイムズや、英紙フィナンシャル・タイムズの東京支局長を歴任した、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス氏が、疑問点や問題点を語った。 クエーカー教徒である私は「平和主義者」だ。しかし、国家の平和や安定、国民の生命と財産を守るには、軍隊が必要だと思っている。軍隊は国家の独立を維持し、他国の侵害を抑止し、外交力を補完し、国内政情を安定化させる。国家存立の危機に、命を賭して任務を全うする軍人の存在はやはり欠かせない。 そうした観点からいうと、野党幹部や一部メディアによる「自衛隊のリスクが高まる」といった批判や指摘は、私には平和ボケにしか聞こえない。日本を取り巻く安全保障環境は激変しており、一般国民にリスクが波及する恐れがあるから、自衛隊に新たな役割が与えられるのである。 そして、「戦争法案」といったレッテル貼りは、自国の安全保障という極めて重大な問題を話し合う、国会の議論の基盤を壊す行為といえる。レッテル貼りをする政治家やジャーナリストは、活動家や扇動家に近いのではないか。平成24年2月、国連平和維持活動(PKO)のために到着した陸上自衛隊施設部隊の隊員らを、南スーダンの与党の副幹事長らが出迎えた=ジュバ(早坂洋祐撮影) 東シナ海や南シナ海の現状をよく見るべきだ。中国は1990年代以降、国防費を毎年10%前後増加させている。いまや、沖縄県・尖閣諸島の周辺海域には、中国艦船が連日侵入しており、日本の生命線である「シーレーン」も危うくなっている。中国や北朝鮮は日本向けに数百発のミサイルを配備しているとされる。 英国の軍人もそうだが、日本の自衛官も任官に当たっては「危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえる」といった宣誓をしている。国民や国家の危機にはリスクを恐れない。それが軍人である。 私は英国のボーディング・スクール(全寮制の寄宿学校)で学んだ。徹底した少人数制のもと、文武両道、厳しい全人教育をたたき込まれた。敷地内には、国家のために命を捧げた先輩たちの「忠魂碑」があり、その前を通る際は、脱帽して最敬礼していた。忠魂碑には「キャリー・オン」(後に続け)と刻まれていた。崇高な精神に続けということだ。 国会での議論を聞いていると、70年前の敗戦によって、日本人は「自国を守る」「国民の生命と財産を守る」といった独立主権国家としての気概を失ってしまったのではないかと感じてしまう。 ただ、私は知っている。4年前の東日本大震災で、数多くの自衛官や警察官、消防隊員らが、自らの危険を顧みず、被災者の救助・救出や、原発事故の対応に当たったことを。そして、彼らを「日本のために、被災者のために頑張ってください」と言って送り出した家族がいたことを。現場で体を張っている人々にこそ、日本人の精神が宿っているのだと感じた。 震災時、日本の政治は機能不全を起こしていた。現在の安全保障の議論を見ていると、危機が目の前に迫っているのに、永田町の住人だけが「井の中の蛙」で、時代の変化から取り残されている気がしてならない。 (取材・構成 藤田裕行)関連記事■ 左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか■ 政治学者が考える憲法論議 政争の具ではいけない■ 文官が総理より偉い? 懲りずに安倍政権を中傷するメディア

  • Thumbnail

    記事

    アベさまのNHKへ変質か 首相の「早く質問しろよ」ヤジ黙殺

    のニュースヘッドラインをチェックしている」(官邸筋)といわれる。 政府スポークスマンとして世の動きやメディアがどんなニュースを重視するかを見るのは当然だろうが、実際は安保法制をめぐるNHKの忠犬ぶりに朝からテンションが上がって仕方ないのだろう。 国民の受信料で運営される「みなさまのNHK」の報道が、“アベさまのNHK”へと変質している。5月26日の衆院本会議の安保法制の代表質問をテレビ中継せずに批判されたのは序ノ口だった。衆院平和安全法制特別委で、民主党の辻元清美氏の質問中にやじを飛ばす安倍首相=5月28日午後 安保法制の国会審議が本格化した5月28日と29日、『おはよう日本』に不思議な報道があった。国会では連日論戦が行なわれているのに、最新の質疑の映像を使わず2日間とも同じ映像を使って安保法制の“ニュース”を流したのだ。 1日目(28日朝)は〈「後方支援」国会審議の焦点に〉のヘッドラインで、政府が周辺事態法を重要影響事態法に改正し、自衛隊による後方支援について地理的制約をなくそうとしていることを報じた。使われたのは前日(27日)の岡田克也・民主党代表の質問映像だ。岡田「もっと近くまで行ってやりたいのだけど、できなかったという意味なのか。だから『非戦闘地域』という概念を取り外し、現に戦闘が行なわれていない地域であればできるように変えたということか」安倍「現実の安全保障環境に即した合理的かつ柔軟な仕組みに整理し直した。活動に参加する自衛隊員のリスクを高めることは考えていない」──という論戦を報じた。 ところが、翌日(29日朝)の同番組でも〈安保法制 対立点浮き彫りに〉と題し、「おととい」というクレジット入りで同じ27日の岡田氏と安倍晋三・首相の質疑応答を流し、「対立点が浮き彫りになってきた」と“再放送”したのである。NHKは「28日」の国会質疑をスルーした。なぜか。 その日に起きたのが、安倍首相が辻元清美・民主党代議士に「早く質問しろよ!」とヤジを飛ばして国会が紛糾した“総理の品格”事件だった。 民放は当日のうちに首相のヤジを報じたが、NHKは当日夜の『ニュース7』『ニュースウオッチ9』で黙殺したうえ、翌朝はわざわざ古い映像を使って首相の失点を隠蔽したのである。 しかも、この日の安保法制のヘッドラインの順番は、「今いくよさん死去」より下に置かれ、「視聴者に安保法制の国会紛糾に関心を持たせたくない」と思っているような構成だった。 NHKが首相のヤジをようやく報じたのは29日に国会審議がストップしてからだ。さすがにその原因を報じないわけにはいかなくなったためだが、ヤジについては谷垣禎一・自民党幹事長の「挑発上手な人もいるので、挑発に乗らないように」という発言でしっかりフォローした。 一方で、国会で首相が非を認めて謝罪(6月1日)したことは当日の『ニュース7』でも、翌朝の『おはよう日本』でも報じなかった。視聴者の中には野党に非があると思い込んだ人もいただろう。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ【1/2】「集団的自衛権」■ 安保法案 官邸が想定する強行採決タイムリミットは6月19日■ 憲法改正へ向け安倍ブレーンが「公明党との連立解消」進言か■ 安保法案 成立の最大の障害は中谷防衛相の存在と官邸は懸念■ 防衛大卒業生25人が任官拒否 安保法制によるリスクも影響か

  • Thumbnail

    テーマ

    安保法制論議のカラ騒ぎ

    「戦争に巻き込まれる」「憲法を守れ」。安全保障関連法案に対するばかげた意見が世論をにぎわしている。文官統制も安保法制も十把一からげの護憲派マスコミに、「昔の名前」の面々が批判会見する唐突感。

  • Thumbnail

    記事

    集団的自衛権閣議決定 NHKの放送時間は政府側の言動に偏重

     NHKは、5月30日、中谷元・防衛相がシンガポールで開かれたアジア安全保障会議で南沙諸島の埋め立てなど海洋進出を活発化させている中国を批判する演説を行ない、カーター米国防長官が同調したことを時間をかけて報じ、「政府の進める安保法制を実現することが重要」と印象づけた。 しかし、同会議の基調演説では、開催国であるシンガポールのリー・シェンロン首相が「日中韓は戦争の過去を乗り越える必要がある」と厳しい注文をつけ、特に日本に対しては「過去の過ちを認識し、国民は右翼学者や政治家の極端な歴史解釈を拒否すべき」「慰安婦や南京事件に対する態度がはっきりしない」などと述べた。衆院平和安全法制特別委員会で書類を見ながら話し込む安倍晋三首相(右)と中谷元防衛相 そうしたアジア諸国の安倍政権への批判的な見方もしっかり伝えてこそ不偏不党の報道姿勢のはずだが、NHKは政権に都合の悪い話を完全に無視したのである。 NHK報道の偏向を計量的に分析した人物がいる。元NHKディレクターの戸崎賢二氏は昨年7月に政府が集団的自衛権行使を閣議決定するまでの『ニュースウオッチ9』を分析し、首相や政府側の言動が放送時間(167分)の約7割を占め、反対派の市民や識者の言動はわずか77秒しか報じられなかったと指摘した。戸崎氏が語る。「今のNHKは安倍首相の失点になる報道はカットする傾向が一段と強まっている。ヤジ問題以外にも、首相は共産党との党首討論でポツダム宣言について質問され、『つまびらかに読んではおりません』と答弁した。日本のリーダーが戦争責任を語るときにポツダム宣言をよく読んでいないというのは相当な問題発言だが、当日の『ニュースウオッチ9』ではそれも取り上げなかった」

  • Thumbnail

    記事

    立憲主義を破壊する…わけがない解釈変更

    えき・けいし 昭和24(1949)年生まれ。東大大学院経済学研究科博士課程単位取得。関連記事■ 左翼メディアよ、そんなに集団的自衛権が憎いのか■ 政治学者が考える憲法論議 政争の具ではいけない■ 文官が総理より偉い? 懲りずに安倍政権を中傷するメディア

  • Thumbnail

    テーマ

    フジテレビ、低視聴率の苦悩

    かつて視聴率三冠王の名を欲しいままにしたフジテレビの視聴率低下に歯止めがかからない。その原因は何なのか? 元フジテレビ解説委員の安倍宏行氏が「古巣」復活のカギを探る。

  • Thumbnail

    記事

    『フジテレビの視聴率低下は「8チャンネル」のせい』論を考察する

    った3つの理由■ 植村隆君、木村伊量君のようなやり方はいい加減やめなさい■ あの日を境に変わった私のメディア認識

  • Thumbnail

    記事

    テレビ番組の現場スタッフがBPOを過剰に恐れる理由

     政権、スポンサー、芸能事務所など、テレビ局はさまざまなタブーに配慮し、その顔色を窺いながら番組づくりを行っている。そのなかでも、現場の番組スタッフたちがいま、一番恐れているのは何か。 彼らの多くは「BPO」だと口を揃える。名前だけはよく聞くこの組織、一体なぜそんなに恐れられているのか。 BPO(放送倫理・番組向上機構)は、NHKと民放各社からなる民放連(日本民間放送連盟)が出資して2003年にできた任意団体で、「放送への苦情や放送倫理上の問題に対し、自主的に、独立した第三者の立場から迅速・的確に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを目的」(BPO規約第3条)としている。NHK「クローズアップ現代」の問題で、BPOへの申し立て後に記者会見する男性(手前)=4月21日午後、大阪市 視聴者からの苦情や、取材対象者らによる人権侵害の申し立てをもとに、それぞれ10人程度の有識者からなる3つの委員会で番組について検証を行い、意見や要望などを通達する。ただし、これらには強制力がなく、テレビ局がそれをもとに独自に判断するだけだ。 しかし、このBPOをいま、テレビ局は過剰なまでに気にしているという。キー局の情報番組スタッフはこう話す。「BPOは検証のうえで『問題なし』とするケースも多いんですが、番組側は『BPOに申し立て』というニュースが報じられること自体を気にするようになっています。 ワイドショーや情報番組は主婦層がメインの視聴者になるので、スポンサーも保険会社や洗剤、化粧品などイメージ重視の企業が多い。そういった会社は、実は視聴率よりも番組イメージのほうにうるさい。『BPOに申し立て』と報じられると、それだけで番組イメージが損なわれるので、スポンサーが嫌がるんです。しばらく経って『問題なし』という結果だったとしても、それは新聞には小さくしか載りませんから。 だから、いまは『速報よりもウラ取り』が合言葉になっていて、視聴率が取れるスクープネタよりも、BPOで問題にされないように確実にウラ取りができる安全なネタが優先されるわけです」 テレビでは、BPOで審議されないように、先回りして問題になりそうな表現や演出を自主規制することが増えている。『ガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系)がBPOで審議入りした際、ダウンタウンの松本人志は、「規制がなかったらアカンとは思うが、サービス精神からちょっとはみ出してしまうことをなしにしてしまうと、テレビは毒にも薬にもならなくなる」と危機感を示した。 ワイドショーのスタッフはこう言う。「ゴーストライター問題を起こした佐村河内守さんが、自身をネタにした『IPPONグランプリ』(フジテレビ系)についてBPOに人権侵害を申し立てたり、女子中学生とLINEして問題になった大阪府議が、『スッキリ!!』(日本テレビ系)でテリー伊藤に『キモい』と言われたことに申し立てしたり、批判される側がBPOを使ってそれを止めようとする傾向があり、番組側もそれを少なからず気にして歯止めをかけてしまいます」関連記事■フジTV・安藤優子の降板説広がる理由 夫の人事異動も関係か■フジ『グッディ』低迷 『ミヤネ屋』関係者笑い安藤降板説も■マスコミが騒ぎすぎなニュース1位■大河『花燃ゆ』 3人脚本家体制で主人公キャラ毎回変わる迷走■TV局トップが安倍氏と会食の理由 面倒臭いから付き合うだけ

  • Thumbnail

    記事

    テレビドラマを見ない大学生の「背伸び」しないライフスタイル

    藤本貴之(東洋大学総合情報学部准教授、メディア学者)「満遍なく見られていない」という事実 先日、筆者の研究室では大学生650人を対象に、現在キー局地上波で週1回放送されている連続テレビドラマ25番組の視聴回数を調査した(東洋大学・藤本貴之研究室調べ:http://mediagong.jp/?p=9828)。 視聴率では把握しづらい大学生の現実的な「視聴回数」の実数から、大学生のテレビの視聴傾向を「テレビドラマ」を通して分析するために実施した調査。しかし、「一週間でテレビドラマを一度も見ていない」と回答した大学生がおよそ6割にも達した。 視聴ランキングも順位こそつけられるが、その差も「誤差の範囲」といっても良い程度にしかついていなかった。いわば、「満遍なく見られていない」という事実が露呈したかたちだ。 本来の調査目的とは異なり、結果として、視聴傾向や分析ができるようなデータになっていないほどに「視聴されていない」という結果になってしまったように思う。 もちろん、男女比のばらつきや、大学生という限定的な世代を対象とした調査であることを考慮すれば、必ずしも我が国のテレビドラマの視聴傾向全体を示しているわけではない。ドラマの主要な視聴層である「女性」すなわち、女子大生をより多く対象としていれば、結果も少しは変わったかもしれない。 しかしながら、それらを考慮した上でも、圧倒的に「テレビドラマ」が見られていないという事実に変わりはない。「憧れ」を生み出したトレンディドラマ かつて、若者たちの流行や消費、価値観に大きな影響を与えてきたテレビドラマ。そこで扱われる商品や振る舞い、あるいは言動やファッション、時には住まいや人間観にまで、その影響は及んでいたはずなのに、だ。その面影は今回の調査からは垣間見えなかった。 トレンディドラマ華やかりし頃の90年前後を象徴するヒットドラマの数々は、それがそのまま若者たちのライフスタイルや消費生活・価値観形成と重なっていた。若者層をターゲットにしたテレビドラマこそ、当時の若者たちを「憧れの職業」「憧れの生活」を生み出し、それが「憧れの消費」という背伸びをさせていたわけだ。 そう考えれば、現在の日本のテレビドラマが大学生にほとんど視聴されていないという現実は、「テレビ離れ」といった、若者達のメディアへの接触傾向の変化という単純な評論には止まらない大きな問題を秘めている。 つまり、流行が生まれない、新しい文化が浸透しない。結果として、高度な消費が誘発されない、若者消費の衰退を加速させているように思うからだ。 もちろん、情報番組やバラエティ番組で美味しいスイーツや若者に人気のファストファッションが紹介され、それがちょっとした「行列」やブームになることはある。しかし、かつてのテレビドラマが作り出したような若者達に牽引される大きな消費にはつながらない。 トレンディドラマ世代であれば、荒唐無稽なライフスタイルに憧れる若者達が、多くの「高度な消費」を生んできた。20代で都会の高級高層マンションに住む、毎日違ったブランドスーツで通勤する、仕事帰りにいつもの仲間と高級バーでカクテルを飲む、彼氏がスポーツカーでデートに迎えに来る・・・。 このような所得と年齢、職業的実体を無視したライフスタイルは、テレビドラマというフィクションの世界であるからこそ成立していた。そして、子供が「ウルトラマン」に憧れるように、ドラマの中のライフスタイルに若者達が本気で憧れていたからこそ、高度な消費が誘因されていたのである。背伸びをしなくなった若者たち かつて、伝説のAV監督といわれた山下浩司(バクシーシ山下)氏は、次のように述べた。 (雑誌)『JJ』を読むこと自体がAVギャルへの第一歩なんですよ。物欲を煽るだけ煽って。手に入れる方法は買うしかないわけだから。そうすると金が必要になってくるわけで、そこでみんなAVギャルになっちゃうわけですよ。「私も女優にしてください」太田出版 1997 煽られた物欲とそこで成立するライフスタイル。そしてそこに対する「憧れ」こそが、判断を誤らせるほどの消費を若者の中に生み出してゆく。その是非はさておき、今日の若者達に、そこまでの強い物欲や消費欲、それを叶えようとする原動力となる「憧れ」は薄い。 つまり、若者達が背伸びをしないのだ。背伸びをする対象となるイメージ、背伸びの参考となる教科書を読まないのだから当然だ。 韓流カルチャーが、ドラマ「冬のソナタ」(韓国で2002年、日本では2003年放送)のヒットを契機として、急速に日本で受容され浸透していったように、私たちのライフスタイルの中に浸透しやすいテレビドラマのような身近で生活に密着したコンテンツから、文化そのものの受容へとつながる事例は少なくない。 逆に言えば、テレビドラマが見られなくなる、という現実は、そのようなドラマなどのコンテンツに付随していた高度な消費のチャンスが失われる、ということをも意味しているように思う。 もちろん、テレビ離れはドラマだけの話ではない。しかし、テレビドラマの影響力の低減は、若者層のテレビ離れと消費衰退をもっとも象徴的に表しているのではないだろうか。 そんな、若者のテレビ離れや低視聴率の背景には何があるのだろうか?誕生以来「テレビは低俗」誕生以来「テレビは低俗」 テレビゲーム、インターネット、携帯電話やスマートフォンが急速に普及してゆく中で、次第に接触率を低下させていったテレビが、その情報源、あるいはエンターテインメント装置としての存在価値が見出されづらくなっている。必ずしも多いわけではない若者達の資金の大部分が携帯電話や通信費に多くが消費される。 それに加えて、近年、テレビの「質的低下」を嘆いたり批判したり、そこから「マスゴミ」と断定するような論調も多い。これは、テレビのクオリティ劣化こそが、視聴者離れを加速させているという論理であるが、筆者には、この論調はあまり的を得ていないように感じる。 テレビを低俗なメディアと断じた大宅壮一による流行語「一億総白痴化」が生まれたのは、1957年2月のことだ。日本でのテレビ放送の開始が1953年のことであるから、テレビは誕生以来、低俗なメディアと言われ続けていることになる。 近年、「テレビの質的低下」がいくらさけばれようが、そもそも、スタートから低俗という認識だったのである(映画との比較を前提とした「質」の優劣なのだろうが)。 「テレビは低俗」「マスゴミ」と言われても、誕生から現在まで言われ続けていることと考えれば、いまさらの「マスゴミ」論は注目すべき指摘ではないだろう。 むしろ、そんなテレビであっても、インターネット上に氾濫する無数の動画や映像と比べてみれば、それが圧倒的に高いクオリティを持っていることに気づかされる。 テレビは低俗かもしれないが、インターネットの世界は、それ以上に「低俗」な世界が広がっている。「低俗」という言葉に語弊があるならば「最低限の質が保証されていない世界」と言い換えることができるかもしれない。「クオリティ」がテレビ離れを誘発した テレビの質が低下したと言われる今日でも、まだまだテレビのクオリティは高い。見方によってその評価・判断は別れることは承知の上でも、テレビは十分にクオリティメディアであると言えるだろう。 しかし、そんな「クオリティ」こそがテレビ離れを誘発している最大の原因となっているように思う。 まず何よりも、テレビは「時間と空間(=放送時間とテレビが置かれた部屋)」を拘束する装置である。しかし、現在の若者たちを見ていると、「見たいテレビ番組をいち早く見るために、放送時間にテレビの前に座ってスタートを待つ」ということはない。 もちろん、録画という方法に依存している場合もあるが、それができていなくても、どこかしらで見ることはできる。何より、例え見れなくても他に自分の娯楽を補完するものはいくらでもある。つまり、テレビの受像機と放送時間に何ら優位性はなくなっているのだ。 その一方で、良質な内容や高いクオリティで作られたテレビ番組には、視聴者を引きつける魅力があり、そこには、大きな力がある、という作り手の一方的な「願い」とも「思い込み」とも言える感覚があるように思う。 ただ、現実は違う。 クオリティが追求されてたものが若者達の視聴対象になるわけではない。高い質のテレビ番組であったとしても、多くの若者が、時間と空間の拘束を受けてまで、テレビを見るという選択はしないというのが実態だ。質と選択が無関係な時代になっているのである。 それに対し、ゴミ屋敷のようなワンルームアパートで毎日、何をするわけでもなくコンビニ弁当の食事風景や雑談をネット動画で生中継しているような動画が、万単位の視聴者を集めている現実がある。 なまじっかのテレビ番組よりもはるかに集金力や訴求力がある素人による素人コンテンツが存在しているのだ。巨大な予算をかけたテレビ番組が、事実上、そういった素人コンテンツに競り負けている現実が確実に存在している。 高画質・高音質の映像をお茶の間の大画面で観るよりも、「劣悪なネット動画の画質・音質」であっても「好きな時、好きな場所」で、スマホの狭小画面で視聴することを選択するのだ。 そういったクオリティでもなんら不満を持たないぐらいに、若者達のコンテンツに対する「質」への感覚は変化している。それがメディアへの接触スタイルの変化の根幹にあるように思う。 現在の若者達は、クオリティよりも、自分たちのライフスタイルに重きを置いた選択をしているにすぎない。よって、社会が判断や評価の基準にしてしまいがちが「メディアの質(クオリティ・オブ・メディア)」が、若者層にとっては、ほとんどなんの意味を持っていない、というのが現実なのだろう。猶予なきテレビの未来 皮肉なことに、若者に関して言えば、テレビ番組の質的な改善が視聴者回復にはつながらないように思う。もちろん、テレビ局や番組制作における意思決定層が、「テレビ時代を満喫してきた中高年層」であるということも要因の一つにはあるだろう。 そうなると、テレビはこのまま無限にそのクオリティを落とし、低俗さを加速させてゆくことでしか生き残れなくなってしまうのだろうか? しかし、少なくとも現段階では放送法に縛られた許認可業であるテレビ放送が、無限の質的低下や影響力の衰退を加速させることはないだろう。守られた「下限」はあるはずだから、影響力を復活させる猶予も可能性もはまだ十分にあるように思う。 それでもあと数年、あるいは10年程度のスパンで、若者層あるいはその予備軍である小中学生たちが若者になり、やがて大人へとなってゆく。完全にテレビに対する信仰心がなくなっている世代だ。もちろん、そういったライフスタイルの世代の増加に合わせて、メディアに接触するためのデバイスや環境も今からでは想像もできないような形式で登場してくるだろう。 そう考えれば、やはり、猶予はあるようでない。まさにギリギリの状態なのかもしれない。また、数年から10年後に現れてくるであろう環境や状況の明確な予測は誰もできないし、おそらく、そんな未来予測のほとんどがハズれてしまうはずだ。 しかしながら、筆者の観点から、ただ一つ言えることは、テレビというメディアが今後、議論・検討し、模索してゆくべき道は、現在、議論されているものとは全く別の視点と方向性、あるいは考え方からしか現れてこない、ということだ。 あらゆる未来予測はハズれるであろうが、この予測にはちょっと自信がある。関連記事■ 長谷川豊が考える テレビがつまらなくなった3つの理由■ あの日を境に変わった私のメディア認識■ 今こそNHK民営化議論を盛り上げませんか

  • Thumbnail

    記事

    「視聴率が取れないテレビ番組」でも放送される理由

    、明日の朝、考えることにしよう。・・・そんな毎日を繰り返しているテレビマンは筆者だけではあるまい。(メディアゴンより転載)関連記事■ 当たり前のことを言える時代 風向き変わり萎縮する左派言論人■ 古賀さんの降板に私が「もったいない」とつぶやいた理由■ 地方紙はローカルニュースだけでよい

  • Thumbnail

    記事

    ライバル『ミヤネ屋』に惨敗…『グッディ』主婦層にウケない訳

    ンを食っている。おかげで宮根さんの軽妙さがかえって目立つようになった。 焦った安藤さんは宣伝のため各メディアに露出を増やしているが、効果は現われていません。局内では早くも安藤さんの降板が囁かれ始めている」

  • Thumbnail

    記事

    フジテレビ、復活への道はあるか

    った3つの理由■ 植村隆君、木村伊量君のようなやり方はいい加減やめなさい■ あの日を境に変わった私のメディア認識

  • Thumbnail

    記事

    石田衣良氏 「右傾エンタメ作品」ばかりが売れる社会を分析

     NEWSポストセブンの年始恒例企画、直木賞作家石田衣良氏へのインタビューをお届けする。「文化が寡占化する日本」。(取材・構成=フリーライター神田憲行)* * * 今の日本で嫌なのは文化的に寡占傾向が進んだということです。小説の世界でもアイドル、ドラマでも同じだと思います。誰かが何かを「面白い」と言えば、すぐ行列が出来ちゃう。行列の先になにがあるかわからないけれどとにかく並んでおくか、という貧しい時代のソ連のようですね。 たとえば僕がいる小説の世界で言うと、フロー(新刊)は売れてもストック(古典)が全く売れないんです。いま生きている作家でも死んだら途端に売れなくなります。あまり表に出てないですが、リーマンショック以降、作家の3分の1は厳しい状況ですよ。でも出版界全体の売り上げはピーク時の3分の1が落ちたところ。音楽CDのように半減していませんから、これからもっと落ちるかもしれない。石田衣良氏は文化の寡占化を憂う 原因みたいなのが二つあって、まず読者全体が「右ぶれ」しているな、という感想があります。去年、僕が選考委員している小説賞の最終候補のうち5編のうち2編が戦争末期のテーマだったんですよ。敵の女スパイを拷問してみたいな描写があって、みんなどうしちゃったんだろうと思いました。僕は「右傾エンターテイメント」と呼んでいます。 書く側からしても右傾エンターテイメントって、日本人の「古層」に響くところがあるんですよ。実は僕いま、ネットで軍国小説を連載しているんです。架空の近未来の軍国主義の日本が舞台で、主人公はそこの士官学校通っている。中途半端にセンチメンタルにおじいさんが国のために死んだという話を書くぐらいなら、徹底的に他の国を侵略して占領地にしてくらしていくしかない若い戦闘員たちの話を書いてみようと、極端に振れてみました。右傾エンターテイメントの世界に飛び込んでその禍々しさを書いてみると、「忠義を尽くす」とか戦闘シーンだとか、日本人てこういうの好きだよなとわかるんです。 編集者の意識も変わってきました。いまの若い編集者はすぐ「スタジオジブリの本を作りましょう」って言うんだって。いやいや違うんだ、お前がジブリにならなきゃダメだろうと(笑)。作家の中でも最近は自分の小説を「商品」と呼ぶ人がいますからねえ。僕はいわない。商品といえばそうなんですが、それだけに収まらない精神性とか魂みたいなのがこもっているから良いわけじゃないですか。僕は商品と強がっていわないといけないほど、読者のこと信頼していないわけじゃない。 文化的に寡占が進む二つ目の理由が、若い人が本当に疲れていることです。この間、若い人と話をしたんですが、彼がいうには毎日契約社員とかバイトしていると夜中に帰ってきて崩れるように寝るだけで、テレビとか映画をみる余裕がない。そういうなかで、もし見るとするなら癒やし効果があるもの。たとえば若い人に人気がある「ライトノベル」で多いパターンは、主人公は取り柄もないけれど女の子に続けて惚れられる。敵には無敵に勝つ。そんなのが今わりと売れています。ドラマの「半沢直樹」にしても、ある意味で「水戸黄門」なんですよ。リアルがあまりにも辛いので、本当に痛みを描いたドラマとかダメなんですよ。 それぐらいみんな疲れているんですね。その根っことヘイトスピーチと右傾エンターテイメントがつながっているんですよ。みんな生活の疲れが来ちゃっているんだなあという気がしますね。自分たちがこれだけ苦しいから、在日がもっと苦しめ、生活保護は許せん。グローバリズムは本当に辛いなあ。 そう言ってても仕方ないんで、日本は安全な社会という点では素晴らしいし、みんな無理してでもおもてなしで頑張るし、いいところはいっぱいある。来年も今年と変わらず、陽の当たるところと当たらないところの差がはっきりついていくだけの話です。その中である種の人々は浮かれているけれど、生活の苦しさも増していく。生きて行くには、難しいけれど自分のなかの戦う武器を作って、この社会全体のシステムをうまく利用する人間になるしかないと思う。 社会の坂道がどんどん急になっていく。全員が豊かになる社会はもうこない。その坂道に爪を立てていけるか、どうしがみつけるか這い上がっていか考えるしかない。もうこれが王道だという生き方はないんですよ。自分ができる範囲で頑張り、世界の潮流を捉まえて高く飛ぶことを考えるしかない。(談)関連記事■ みうらじゅんと宮藤官九郎が「友達と親友の境目」等語った書■ 踊る大捜査線好き男 彼女に「俺の海綿体、封鎖できません」■ 辻希美に加護亜依が「いつ大人になるんだろう」発言■ 石田衣良氏 40~50代でも日本女性は韓国女性より若く見える■ 石田エレーヌ 麺食べ終わったカップ麺に冷えご飯投入が好物

  • Thumbnail

    テーマ

    「右傾エンタメ」の嘘

    愛国心をくすぐる作品を「右傾エンタメ」というレッテルを貼って、日本の右傾化の象徴として危険視する朝日。「永遠の0」のような感動作や、「艦隊これくしょん」のような美少女ゲームまであげつらう魂胆とは何なのか。右傾エンタメの「嘘」を暴く。

  • Thumbnail

    記事

    「艦これ」は歴史修正主義ゲームなのです?

     一昨年春に公開されてから3年目に突入し、提督(=プレーヤー)数300万人を誇るゲーム「艦隊これくしょん(艦これ)」。出る杭は打たれるものなのか、艦これに対する批判の声が一部でくすぶっている。「艦これは歴史修正主義」だというのだ。本当に艦これが歴史修正主義エンタメ作品なのか、実際にゲームをプレイして考えてみた。 艦これ批判記事で興味深かったのが先日、本と雑誌のニュースサイト・リテラに掲載された「『とうらぶ』をネトウヨと結びつけるのは妄想…でも『艦これ』アニメは明らかに歴史修正主義だ!」という見出しの記事だ。筆者は東池誠之氏。見慣れない名前だが、文章はしっかりしており、素人とは思えない。中堅~ベテランの編集者・記者の筆名ではないかと推察される。記事も単なる炎上狙いではなく、何かウラの意図もありそうだ。まずは記事の内容をみていきたい。 同じリテラのサイト上で以前に掲載された、日本刀を擬人化したゲーム「刀剣乱舞」の危険性を論じた記事を取り上げて《いったい『とうらぶ』の設定や構成のどこに右傾化の要素があるのか》と指摘し《サヨク界隈ではこの記事に限らず、こういう短絡的な決めつけをしばしば見かける》と一刀両断している。 返す刀で《これが『艦隊これくしょん』となると、話は別だ。少なくともアニメ版『艦これ』を見る限り、サヨクの偏見や妄想とはまったく関係なく、その底流に歴史修正主義があると考えざるをえない》と断じる。なにゆえ、底流に歴史修正主義があるといえるのか。アニメの流れを追い、ミッドウェー海戦を想起させる「MI作戦」に勝ってアニメ第1期が終わったことをもって《そこからはどうしても、負けた戦争になんとかして勝ち、敗戦の記憶を塗り替えようとする意志が伝わってくる》というわけである。 筆者の東池氏にとっては、前半でおおむね先の対米戦争の流れに沿っていたアニメ「艦これ」が後半に入って史実からずれていったことが、我慢がならなかったようだ。しかしこれはアニメの制作者側からすれば「そんなことを言われても…」という話であろう。歴史の流れに忠実にアニメを作って、それが面白いだろうか。これは娯楽作品なのである。そもそもMI作戦で史実通りに主力空母が軒並み沈む事態になってしまっては、アニメ第2期につながらなくなってしまう。商業的な観点からすれば、東池氏の指摘は言いがかりに過ぎないと断言できる。艦これで人気の駆逐艦、初雪・白雪・吹雪(左から)。姉妹艦だが、細部の微妙な違いがきちんと表現されている 東池氏はまた記事中で《戦争の悲惨さ、残酷さがまったく描かれていないところにも歴史修正主義との共通点がある》とのたまう。では歴史を題材にしたゲーム、例えば「信長の野望」シリーズや「三國志」シリーズで、そうした戦争の悲惨さはきちんと描かれてきたのだろうか。付言すれば、「三國志」では魏以外の国でも中華統一を実現できる可能性があるが、それはまさに歴史修正主義ということになるはずだ。こう考えてみると、東池氏の指摘はナンセンスだということが分かるはずだ。一体、ゲームやアニメに何を求めているのか。筋違いもはなはだしい。 ことのついでに、4月11日の朝日新聞朝刊「耕論」欄で「右傾化」とのテーマのもと、ゲーム「艦これ」が取り上げられていたことにも触れておきたい。そこでライター・評論家の「さわやか」氏は、艦これが愛国エンタメだとか右傾化の表れとは思わないとしながらも《イデオロギー的なものが抜け落ちているので、かえって不気味に見える》として《その真空状態にかえって拝外主義的な思想が入り込む危険性があります》などと指摘。挙げ句の果てに《戦争を扱うゲームやアニメのファンも「現実の戦争を描いたものじゃない」と開き直るべきではない。戦争賛美と見なされかねない作品だということを受け入れ、しかも自分たちはネトウヨとは違うとはっきり言えなくてはいけない》とゲームのプレイヤーやアニメの鑑賞者に求めている。一体これは何なのか。同様のことが「三國志」や「信長の野望」のプレイヤーにも要求されるのだろうか。また「自分たちはネトウヨとは違う」と誰にどうやって宣言しろというのか。ずいぶんと無茶な強要のように感じるのだが、読者の皆さんはどう読まれただろうか…。 さて話を戻して、東池氏の記事の末尾は《擬人化美少女に萌えるのは大いに結構だが、萌えているうちに「日本が敗戦したのは何かの間違いだった」なんていう自己慰撫的思想にはまらないようせいぜい気をつけていただきたいものである》との捨て台詞で締めくくられている。艦これのアニメを見て、あるいはゲームをプレイして、そうした思想にはまる人が本当に出てくるとは想像しがたい。300万の提督もずいぶんとバカにされたものだ。東池氏の記事こそ「サヨクの偏見や妄想」の類だと断言していい。 ところで著述家の古谷経衡氏が『「正義」の嘘』(産経新聞出版)の中で、映画「永遠の0」が「どちらかと言えば右寄りの話ではないか」との問いに対し「見ていない人がそういうふうに思って、そう言っているのではないですか」と答え、映画の具体的な内容に即して「永遠の0」が右傾化作品ではないことを論証している。同様に、アニメは実際に見てみる必要があるし(東池氏はアニメはきちんと見てはいるようだ)、ゲームなら体験してみる必要があるだろう。というわけで、ゲーム「艦これ」は右傾化作品ないし歴史修正主義作品なのかどうか、実際にプレイして確かめてみることにした。◇ さて人気のゲーム「艦これ」はすぐには参戦できず、現在は週に3回ほど、限られた時間に毎回数千人ずつしか新規参入ができない。4月下旬の金曜日夜になんとか鎮守府への着任を果たし、記者の艦これプレイが始まった。ゲームの最初に5択で自分の駆逐艦を選ぶが、私は電(いなづま)を選択。そこから出撃と艦船の建造を繰り返して、自分の艦隊を育てていった。東郷平八郎・連合艦隊司令長官の像(左)と記念艦三笠。マストにはZ旗がひるがえる=神奈川県横須賀市 先の大戦を振り返ってみても、制空権を確保することは最優先課題であり、航空母艦を建造すべく努めたところ、ゲーム開始4日目で正規空母「飛龍」を獲得。その破壊力たるや目を見張るものがあり、3つの海域を立て続けにクリアすることができた。 軍艦を擬人化した「艦娘(かんむす)」の名前は、そのまま先の大戦で活躍した日本軍の艦船の名前だ。しかし軍艦の名前を登場人物に流用した作品は以前にもあった。綾波、葛城、伊吹、青葉、日向、冬月…。そう、20年前にテレビ放映されたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン(エヴァ)」である。そうした先例もあり、軍艦の名前を登場人名に流用しているからといって、ただちに右傾エンタメとはいえないだろう。 ただ考えてみるとエヴァは第3新東京市(箱根)を目指してくる「使徒」をひたすら「迎撃」する、いわば「専守防衛」アニメだった。こちらから攻めていくわけではないので必然的に「本土決戦」になり、戦闘の際に街がひとつ消えたりする被害も出ていた。専守防衛というきれいごとは、実際は国民に甚大な被害を強いるものなのだと、アニメを通して暗示していたのかもしれない。 一方で「艦これ」はひたすら、敵を求めてこちらから出撃していくゲームであり、エヴァと比べると好戦的な作品だ、という見方は成立するかもしれない。では艦これは侵略戦争作品なのかといえば、そうとは言い難い。前提として、敵方の「深海棲艦」が周囲の海を支配しており、艦娘たちは「迫りくる脅威から、海の平和を護るために」(ゲーム内での説明)戦っているとされている。形の上ではこちらから攻めていくからといって、ただちに侵略戦争とは言えないのだ。 さて普段の仕事もあり昼間にゲームをするわけにもいかないので、ひたすら夜戦主義で、退社後に連日連夜、「月月火水木金金」状態で激闘を繰り広げる。ただし戦いが連続すると艦娘にも疲労が蓄積して実力を発揮できないので、ひと戦闘終えていったん銭湯へ行って、自宅に戻ってまた戦闘…という形で適度に休憩を入れながらプレイする。 ただこのゲーム、戦闘がメーンなわけではない。あくまでも「艦隊育成型シミュレーションゲーム」であって、戦闘中は提督としては腕組みをして見守るだけだったりする。いかに強い艦隊を作って戦場に送り出すか、そのマネジメント能力が問われるゲームだといえるだろう。 そして戦闘にばかり注力していると、気がつくと資源が不足して損傷した艦娘の修理すらできない、という事態が発生する。各種資源は時間の経過とともに蓄積されるので、こういうときはゲームを一旦中断して待つのが一番。「果報は寝て待て」「待てば海路の日和あり」である。資源を貯めるためにも、週に2日くらいはプレイをしない「休艦日」を挟んだほうがいいかもしれない。それでも資源が足りないとなれば、第2、第3艦隊を「遠征」という名の「おつかい」に出して資源確保に努めねばならない。ゲームを進めていくほどに、資源の確保が戦争を継続する上でいかに重要かということを思い知らされることになる。近代戦争は総力戦なのだ。そして獲得した資源をいかに配分し有効に使うかが、提督の腕の見せどころになってくる。 そうこうしながら、ゲーム開始から2週間で序盤の難関とされる「沖ノ島海域」を突破(このときの旗艦は駆逐艦・電)。さらに2週間後には駆逐艦だけで出撃しなければならない「キス島撤退戦」もクリアした(このときの艦隊は特Ⅲ型駆逐艦4姉妹の暁、響、雷(いかづち)、電に加え、「呉の雪風、佐世保の時雨」といわれた幸運艦2隻)。ところでキス島撤退戦は、先の大戦での「キスカ島撤退戦」を下敷きにしているのは明らかだろう。実際にどんな作戦だったのかは将口泰浩著『キスカ島 奇跡の撤退』(新潮文庫)あたりを読んでいただくとして、ゲームでは駆逐艦のみの艦隊で敵の戦艦や重巡洋艦と戦わねばならない。それでもどうにか勝ててしまうわけで、わが駆逐艦「電」はこれまでに何度も、敵の戦艦や空母を一撃で沈める活躍をみせてきた。このあたりもまた、歴史修正主義だと言われてしまうゆえんだろうか。 この1カ月でかれこれ数百隻の敵艦を沈めてきたが、自軍で沈んだのは今のところ駆逐艦1隻のみだったりする。これは1度の戦闘で自艦が沈むことはなく(最悪でも大破止まり)、大破状態で進撃しない限りは沈没しないためだ。敵艦は一撃で沈むのに、この甘さは何だろうとも思うが、提督たちは不注意さえなければ自艦が沈むことはなく、安心してプレイできるようになっている。結果、たいていの提督は数百~数千隻の敵艦を轟沈させて自艦の沈没はほとんどないという、日本海海戦を超えるような大勝利を収めているはずである。これもまたごく一部の勢力からは「歴史修正主義だ」と言われそうな気が、しないでもない。 ところでこのゲーム、公開から2年余りが経過しているが、どう終わるのかが見えない。期間限定海域などもあって今のところ、いつまでもプレイが続けられるようなのだ。もっとも先の大戦は対米戦に限っても3年8カ月続いており、まだまだ先は長いと思うべきか。「終わりの見えない戦争に突入してはいけない」ということも、このゲームから学べる教訓かもしれない。そう考えるとこの作品、実は反戦ゲームなのかもしれない…と思えてくるのである。 かれこれ1カ月、艦これをプレイしながら考えてきたが私の感想としては「右傾化作品というには大甘」だ。このゲームにはまって、例えば「憲法9条改正は必要だ」と考えが変わるような提督は、まず現れないだろう。「艦これは歴史修正主義だ」などという雑音に惑わされることなく、提督はそれぞれ粛々とゲームを楽しめばいい。心配は不要だ。(産経新聞文化部 溝上健良) 関連記事■ 百田尚樹がどうしても伝えたかった「奇跡の世代」への熱い想い■ 柳田邦男に聞く 根強い零戦人気の本当の理由■ レイテ謎のUターン「栗田中将の名誉回復を」 証言集出版

  • Thumbnail

    記事

    「右傾エンタメ」批判の嘘

    古谷経衡(著述家)「右傾エンタメ」とはなにか「右傾エンタメ」という言葉が流通して久しい。この言葉は作家の石田衣良氏が考案したものとされている。かいつまんで言えば「その内容に右傾的なものを内包しているエンターテインメント作品」のことだ。「右傾的」の定義はともかく、一般に「右傾エンタメ」とは1型)旧日本軍や第二次大戦での日本の立場を美化・肯定的に捉えたもの=先の戦争の美化・肯定2型)旧日本軍の装備品等を作品中のモチーフにして、なおかつそれを否定的ではないエンターテインメントの文脈の中で扱ったもの=旧軍の装備品の美化 であるといえる。 代表的な事例として百田尚樹氏のヒット作『永遠のゼロ』は明らかに1型、旧日本軍の艦艇をモチーフにしたゲーム『艦隊これくしょん』(艦これ)は2型、魔法を扱う少女らが戦中世界(現実世界の歴史軸とは異なる)に於いて敵と戦うアニメ『ストライクウィッチーズ』は2型、第二次大戦時代に日本を含む各国で使われた戦車に美少女が搭乗するアニメ『ガールズパンツァー』(ガルパン)も2型のパターンである。 これら「右傾エンタメ」を否定的に観る人々は、このような「右傾エンタメ」の隆盛そのものが「日本社会の右傾化」であるとか「若者の右傾化の象徴」であるとかして否定的な視線を送っている。が、果たして本当なのか。 例えば「右傾エンタメ」という単語の誕生のキッカケとなったとされる『永遠のゼロ』は、ゼロ戦のエースパイロット・宮部久蔵(架空)とその孫をめぐるお話である。話の筋だけを観ると1型を踏襲した「右傾エンタメ」の様に思える。 たしかに原作小説の中には所謂「大東亜戦争肯定史観」の文脈が頻出するが、原作と同じく空前の大ヒットとなった映画版(山崎貴監督)では、こういった「東亜戦争肯定史観」が大幅に薄められ、原作での「大東亜戦争」という表現も「太平洋戦争」に置き換わっている。 主人公宮部久蔵が特攻に向かうまでのくだりでは、宮部は特攻作戦にまったく懐疑的であり、その辺りはボカされている。これは映画『男たちの大和』に共通するニュアンスであり、明らかに「反戦」を強調した内容で、実際この時期に発刊された週刊誌等の特集記事を読んでも、映画『永遠のゼロ』を鑑賞した20代の観客は、口々に「戦争っていけないと思いました」という感想を述べている。 要するにこのことから伺えられるのは、『永遠のゼロ』は「反戦・平和」の戦後民主主義の肯定とも解釈することができる。結果「旧日本軍や先の戦争を美化・肯定的に捉えた」作品とは遠い。1型の「右傾エンタメ」に捉えられがちな『永遠のゼロ』は、このような意味に於いて、実際には旧軍を肯定しているどころか、寧ろ「過ちは繰り返しませんから」に近い反省を述べているものであり、これは前述した『男たちの大和』で、長嶋一茂役の海軍大尉が、日本の科学軽視主義や大艦巨砲主義を批判して没していく処と瓜二つであり、実際には「右傾エンタメ」とは違っている。 よって『永遠のゼロ』の小説のほうは1型の右傾エンタメと呼べなくも無いが、日本アカデミー賞を総なめにした映画版の『永遠のゼロ』には右傾要素は存在しない。記録的な観客動員数を動員した同作の映画版のほうが、明らかに社会に与えるインパクトは大きなものがあっただろう。単純に映画的完成度が極めて高かったことが、本作の成功の原因である。日本が右傾化したから映画がヒットしたわけではない。「右傾要素」の不在 ところが「永遠のゼロは右翼作品である」というレッテルに凝り固まると、如何なる作品でもそれを右傾化作品であると色眼鏡で見てしまう。こと『永遠のゼロ』に関しては、その作者の百田氏が、保守的な言動をSNSや雑誌対談や著書の中で繰り返したり、2013年の東京都知事選挙で元航空幕僚長の田母神俊雄氏の応援演説に駆けつけるなど、保守系言論人としての旗色を益々鮮明にしたことから、「百田=右翼」のイメージが固着化され、実際には作品を読んでいない・映画を観ていない人々が「右傾エンタメ」の大合唱をはじめる流れが定着したように思う。つまり「右傾エンタメ」論は、作品批判ではなくイメージの産物である。 これに関連して、先に例示した例えば『艦隊これくしょん』は、右傾化を警戒する文脈の中で「若者の中で屈託のない旧軍礼賛のゲームが流行っていることを憂慮」や、またぞろ「若者の右傾化」などという見解の表明が散見されるに至ったが、それもこのゲームの実相を何ら分かっていない人々による色眼鏡だといえる。 このゲームには「艦隊を徐々に育成する」という戦略的要素があるので、それが純粋に楽しい、という層も多い。この要素はオンラインゲームの定番構造だ。ハードに依拠せず、純粋にブラウザゲームとして楽しめ、かつ優秀であったのが、ヒットの原因だ。 或いは『艦これ』をベースとした創作同人誌は現在隆盛の極みに達しているが、それらを検索すれば、およそこのゲームがどのようなユーザーに嗜好されているのかが一目瞭然だ。 要するに『艦これ』は旧軍の装備品をモチーフにしただけの美少女ゲームの一種であり、誤解を恐れずに言えば90年代から勃興した「ギャルゲー」の延長線上にある亜種である、と言うこともできる。 なぜならこのゲームの司令官「提督」はプレイヤーの分身であり、このゲーム構造自体、古典的な「ギャルゲー」の一人称世界・ハーレム世界の基本線を踏襲している、と見做す事もできるからだ(別にそれが悪いと言っているわけではない)。よって上記に上げた二次創作の中では、「提督」は男性として描かれ、ハーレム構造は更に補強されている。このような二次創作に流用される余地が多かったからこそ、このゲームが相乗的にヒットしたと見做すことができる。『艦これ』のユーザー層には政治性は無いし、ゲーム構造も既に述べたような、古くから存在しているこの手の美少女ゲームと巨視的には大差ない。旧軍の戦艦や駆逐艦などの装備品をモチーフにゲームを構成することと、先の戦争への評価は全く関係がない。それは『ストライクウィッチーズ』や『ガルパン』も同様である。 確かにそこに「否定的なニュアンスがない」という事をもってすれば2型の右傾エンタメということもできないわけではない。しかし純然たるゲームに一々、「先の大戦を反省し…」などという言葉の挿入はゲームバランスを狂わせるのは自明だ。そもそも政治性のない作品に、そのような政治的配慮を混入させること自体が政治的である。  つまり、現在「右傾エンタメ」と呼ばれているものの多くは、実際には想定される『右傾エンタメ』ではないし、それを受容するユーザーの側にも「右傾的な要素」を見出すことは出来無い。例えば『艦これ』の熱心なユーザーは自民党支持者なのか、といえばそのような傾向は全くないであろう。 むしろ、『艦これ』の二次創作(18禁同人誌)などを好むクラスタは、所謂「表現規制問題(”非実在性少年”をめぐる都条例問題)」や「児童ポルノ法」に反対の姿勢を鮮明にしていた場合が多かった。この場合、同法に明確に反対の姿勢を取っていたのは社民・共産・民主の一部などのリベラル勢力であり、党派的には「左派」であろう。どこに「右傾化」が存在するというのだろう。なぜ『ヤマト』を取り上げないのかなぜ『ヤマト』を取り上げないのか  私は、『右傾化エンタメ』とされる作品の筆頭に『宇宙戦艦ヤマト』の名前が上がってこないのが、不思議で仕方がない。『宇宙戦艦ヤマト』は御存知の通り第一次アニメブームの嚆矢となった作品であるが、同作のプロデューサーで著作権者(松本零士氏との裁判で確定)の西崎義展氏(2010年没)は、明らかに保守的思想を持っていた人物であり、『ヤマト』に際しても、「先の大戦で片道で帰ってこなかったヤマトを、SFの世界の中では地球に帰還させたい」という強い思いのもと、『ヤマト』の世界構築にこだわっている。 坊ノ岬沖に沈んだ旧軍の戦艦大和を宇宙船に改装して蘇らせ、ただ一隻ガミラス帝国に突入し、地球人類を救う『宇宙戦艦ヤマト』の世界観は、土台『永遠のゼロ』や『艦これ』と比較できぬほど「右傾エンタメ」であり、その型としては1型、2型の両方を含んでいるといえる。ヤマトが撃滅した相手はガミラス帝国で一見ナチス風に描かれているが、明らかに史実で日本を打ち負かしたアメリカそのものであり、『宇宙戦艦ヤマト』はSFにおける日米戦争の復讐戦である。『ヤマト』はテレビ版がシーリズ3作まで続き、劇場版も続々と制作された。無論、1974年の放送当時、『ヤマト』に対しては軍国主義的、の批判はあった。しかしそれはそれとして、SF作品としてのエンタメ性が勝り、『ヤマト』への頓狂な批判はなくなっていった。またそこには、1979年に『機動戦士ガンダム』が放送され、程なくリアルロボットブームが沸き起こり(第二次アニメブーム)、『ヤマト』ブームがかき消された感があった、ということも影響していよう。 ともあれ、現在指摘される『右傾化エンタメ』よりもはるかに政治的意味合いをもった『ヤマト』は、日本SFアニメの黎明期における金字塔として、歴史にその名を刻んでいる。「右傾エンタメ」を批判する勢力の側に立てば、往時の『ヤマト』ファンは、旧軍礼賛の軍国主義者であると非難されるべきだが、そのような機運はない。 要するに、アニメや漫画、映画やゲームといったカルチャー全般に疎い論者が、このような雑駁な「右傾エンタメ」論を展開しているのが事の真相なのである。「右傾エンタメ」よりも危ういもの このように現在、政治性からは寧ろ遠い作品群が「右傾エンタメ」と呼ばれて、見当違いの頓狂な批判の矢面に立たされている。が、私は真に憂慮するべき作品とは、彼らの網羅しない作品群の中にあると考えている。たとえばその最も重要なもののひとつは、2008年に漫画として刊行され、2009年にアニメ化されヒットした日丸屋秀和氏原作の『ヘタリア』である。 この作品は第二次大戦時代の世界各国(枢軸、連合、中立陣営)を擬人化した作品で、タイトルの『ヘタリア』とは、屁たれ(軟弱)とイタリアを掛けた造語である。つまり、第二次大戦時代においてイタリア軍が弱兵であったという故事を元に、国家を擬人化してパロディとした作品であるが、私は所謂「右傾エンタメ」よりもこちらのほうがよほど、批判に値すると思う。 この作品は、ファンの手でボーイズラブ風作品として認知され、旺盛な二次創作の対象となったが、様々な価値観をもった人々の集まりである国家や民族を、漫画的キャラクターとして擬人化し、国民や民族を強引に「個人の性格」に結びつけて展開しているものだ。 この、国家を「擬人化」させて単純化する、という世界観こそ、のちに跳梁跋扈することになるネット上の粗悪な世界観のベースの一つになったのではないか、と私は思う。つまり「韓国・中国は嘘つき国家」などの所謂「国や民族をひとまとめにして呪詛する」、いわゆる「ネット右翼的」言説の世界観の根底にある「国家の擬人化」という考え方のベースのひとつになっているのが、『ヘタリア』という作品の中心にある発想だ。 イタリア人は全員が女好きではないし、ドイツ人は全員が神経質ではないし、ソ連人は全員が酒乱ではない。日本人が全員几帳面で時間を厳守する人間ばかりではないのと同じである。どんな所にも、国家や民族レベルで多様性があるのは当然だ。それを無視して、国家というあまりにも大規模な単位を、いとも簡単に、印象によってひとりのキャラクターの中に「擬人化」するというこの単純性こそ、「国や民族をひとまとめにして呪詛する」粗悪な言説の根底を形成しているのではないか、と思う。 無論、『ヘタリア』自体には差別性や悪意はない。純粋に作品や二次創作を楽しむことに文句を言っているわけではない。ただし国家や世界を単純化してエンタメ化するという、こういった「擬人化」の悪弊は、明らかに近年目立っている。「韓国人は嘘つき」「中国人は物を盗む」「台湾人は親日家」、しかしどっこい現地に行ってみるとそんな事はないのは、当たり前のことだ。実際の中国人が「~アルヨ」とは言わないのと同様、国家や民族はたった一人のキャラクターに単純化することなどできない。「国や民族をひとまとめにして評価する」。この思考の根底にあるのが「擬人化」である以上、「右傾エンタメ」よりもこういった擬人化作品郡にこそ「無知性だ」の非難の声をあげても良いだろう(実際、『ヘタリア』ブームの折には、この作品の歴史考証の正確性という意味で、批判が起こった部分はあった)が、繰り返すように「右傾エンタメ」問題の本質とは、アニメや漫画、映画やゲームといったカルチャー全般に疎い論者が、このような雑駁な論を展開しているのが真相であるから、そもそもそういった視座がない。冒頭に上げた石田氏は、もしかしたら『ヤマト』も『ヘタリア』も、あまり観たり読んだりした経験が無いのかもしれない、とさえ疑う。 作品内容を咀嚼すらしないで、漠然と語られる「右傾エンタメ」論には説得力はない。「右傾エンタメ」は、このような理由で幻想であり、よってその存在も、批判の理屈も嘘だらけと断罪せざるを得ない。真に問題なのは、従来の「右傾エンタメ」に網羅されない作品群ではないか。関連記事■ 「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている■ NYタイムズが注目した「ネトウヨ」 憂うべき日米の行き違い■ 松本零士 「ヤマト」は生きるために飛ぶ

  • Thumbnail

    記事

    「右傾エンタメ」を読むと本当に「軽い戦争」気分になるのか

     作家の石田衣良氏が朝日新聞紙上で、百田直樹氏の『永遠の0』、有川浩氏の『空飛ぶ広報室』、福田和代氏の『碧空(あおぞら)のカノン』などの小説を「右傾エンタメ」として総称してから、しばしばこの言葉を目にするようになった。特に『永遠の0』はその筆頭にあげられることがある。例えば最近出た笠井潔氏と藤田直哉氏の共著『文化亡国論』では、『永遠の0』は百田氏の思想的立場が全面にでた「右傾化」作品として挙げられている。 ただ笠井氏らは「右傾化」そのものよりも、大衆が持っていた従来の戦争のイメージが、それらの作品を読むことで無意識のうちに上書きされてしまい、「軽い戦争」のようなものに想像力が向かうことを警戒している。そしてこの「右傾化エンタメ」を読んで、「軽い戦争」気分に傾斜しやすいのは、笠井氏によれば日本が先の大戦で(沖縄以外)「本土決戦」しなかった、つまり「徹底的に負けなかった」ことに原因があるという。実はこれに類した主張はかなり多い。 例えば、古谷経衡氏は著作『クールジャパンの嘘』の中で、(沖縄戦はあったものの)本土決戦がないことが米国文化の受容に決定的な役割を果たしたことを指摘している。つまり面と向かって殺し合うことがなかったため、多くの日本人にとってアメリカとの戦争は一種の「天災」とでもいうべき見方になってしまった。そのためアメリカ文化の受容に心理的な抵抗がほとんどなかった、と古谷氏は指摘している。また村上龍も浅田彰や坂本龍一との対談の中で笠井氏や古谷氏らと同じ主張を展開していた(『EV.Cafe 超進化論』収録)。笠井氏らと古谷氏では論点がずれてはいるものの、「本土決戦」がなかったことが戦後の日本文化の受容のあり方に決定的だったとすることでは同じである。これを「本土決戦なき想像力」とでも名付けたい。 古谷氏の指摘は、さらに占領期の日本におけるアメリカ文化や価値観の流行が、占領軍の見えざる検閲や誘導の結果である、としている点でユニークである。つまりソフトパワー(文化戦略)の背後には、米国の圧倒的なハードパワー(軍事)の影響力が常に存在していた。この古谷氏の着眼点は興味深いものである。 だが、「本土決戦なき想像力」には別な視点もあるのではないか? ここで少し、古谷氏や笠井氏らの論点に自分なりに挑んでみたい。 一例だが、ドイツのように敵国兵士と面とむかって本土決戦をしても、(かっての敵国)文化の受容にはあまり支障をきたしてはいない。敗戦後の混乱期を抜けて、1950年代終わりから60年代初めにかけて西ドイツではジャズやロックン・ロール、ハワイアンなどがブームとなった。その中心的な役割を担ったのが、西ドイツ最初の「女性アイドル」といわれるコニー・フロベスだ。彼女は西ドイツ版の美空ひばりともいうべき存在で、ひばりが敗戦後に子役として天才的な歌声でブレイクしたのと同じように、コニーもまた8歳で最初のデビュー曲が大ヒットした。コニーは映画の中で軽快なダンスを踊りながら、米国で流行していたジャズ、ロックン・ロール、そしてハワイアンなどをドイツ語の歌詞で歌った。コニーは国民的なアイドルとしていまでもドイツ国民の中で語られている。 興味深いのだが、60年代後半から70年代にかけてのハード・ロックやパンク・ロックのブームでは、ドイツ語の歌詞ではなく、英語の歌詞をロック風の曲につけるのが西ドイツでは一般的になった。ドイツ語はロックに合わない、というのが「通説」だったらしい。しかし占領の記憶がいまだ残る時代(西ドイツの主権回復は55年)に、コニーが歌ったのは、ドイツ語の歌詞に米国でブームだったジャンルの音をつけたものだった。コニー以後も(西)ドイツでは、米国のポピュラー音楽を積極的に吸収しブームと化していった。インタビューに応じる歌手の南沙織=1971年7月23日、日比谷公園 日本ではどうだろうか? 例えば南沙織。彼女の出身地である沖縄は米国との激戦地であり、いまもその記憶は生々しい。南沙織は返還直前の沖縄から来た“日本の最初のアイドル”だった。 中森明夫氏は、論説「敗戦後アイドル論」の中で、この返還前であったにもかかわらず、「日本のアイドル」と称された、「南沙織」という虚構性(=アイドル性)に注目している。中森氏によれば、南沙織には「アメリカの影」が刻印されている。南本人は米軍基地文化の申し子であった。具体的にいえば、彼女の母親(沖縄出身の日本人)と再婚したのは基地で働くフィリピン人だった。そのため南沙織は基地で流れる米国音楽の洗礼をうけている。ビートルズ、ジャクソン・ファイブらが大好きであった。だが、他方で南沙織における米国基地文化の影響は、彼女をとりまく大人たちの事情で長く封印された。だが、南自身が決戦の場になった沖縄で、ほとんどわだかまりなく米国音楽を受容してきたことは、「本土決戦なき想像力」のこれもまた重要な例外ではないだろうか? さて今日の「右傾化エンタメ」は、笠井氏らのいうように「本土決戦なき想像力」ゆえに、「軽い戦争」というイメージを大衆に定着させてしまうのだろうか? いまもいくつかの事例で指摘したように、私には「本土決戦なき想像力」仮説自体がまだ十分に検証されているようには思えない。 むしろ「右傾化エンタメ」よりも、大衆が戦争に対して持つイメージは、「エンタメ」のような「現実」そのものによって更新されているように思えてならない。とくに湾岸戦争以来、テレビやネットなどで配信されている戦争や紛争の膨大な映像記録、それを見ることが日常化し、一部では「娯楽」とさえいえる状況にまで陥った環境そのものに、「軽い戦争」への傾斜を目視できるように思える。この点はさらに検討を加えなければならないだろう。関連記事■ 百田尚樹がどうしても伝えたかった「奇跡の世代」への熱い想い■ なぜ「高度成長」の考察が重要なのか■ 「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている

  • Thumbnail

    記事

    沖縄で騒がれ出した「独立論」の正体

    拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。関連記事■ 問われる「保守」のカタチ■ 何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか■  基地問題 「妥協の時は過ぎた」

  • Thumbnail

    テーマ

    亡国の「左傾メディア

    拠や事実を示さずに一知半解で政権批判を繰り返し、それでいて自分たちが喧伝した嘘は謝らない。一体、左傾メディアはこの国をどうしたいのだろうか。国なく人もない、亡国へと追いやるつもりなのか。

  • Thumbnail

    記事

    植村隆君、木村伊量君のようなやり方はいい加減やめなさい

    川村二郎(元朝日新聞編集委員) 朝日新聞社の社長、重役が代わり、新体制になった。新体制の評判はどうだろうと思っていると、親しい編集委員から、 「最近、社内ではやっているナゾかけがあるんですけど、ご存知ですか」と、メールがきた。 こういうナゾかけだそうである。 朝日の新体制とかけて、何と解く? ロシアの人形、マトリョーシカと解く。 そのココロは? 形が同じで、どんどん小粒になっていく。 作者は不明らしいが、 「作者に座ぶとん一枚」と、返信した。 別の編集委員からは、「会社の社長が代わって再建、再生するときは、新しい社長が自分の方針をまず明らかにして、それから社員に意見を求めるのがふつうです。ところが朝日新聞は、そうではない。社長が自分の考えははっきりさせないまま、社員に意見を求めようとする。社員としては、社長の考えがわからないまま意見を言えと言われても、困るわけですよ」 と、メールがきた。 こういうところがいかにも朝日新聞社的だと、私は思う。 自分の考えを言えば、その考え方が正しかったかどうか、結果はいずれ明らかになる。結果が出れば、責任を問われる恐れがある。朝日で偉くなる人は、責任を問われることを何よりもいやがる。責任を問われれば、出世に響くからだろう。自分の考えを言うことは、いわば“地雷原”に足を踏み入れることになる。君子、危うきに近寄らずとばかり、口をつぐむわけである。 その結果、編集の現場からカンカンガクガクの議論が消えて活気がなくなり、紙面が面白くなくなったことは、すでに本誌に繰り返し書いた通りである。朝日で出世したければ、沈黙こそが金なのである。 そういえば、渡辺雅隆新社長は就任直後の記者会見ではほとんどの質問に、 「(批判は)重く受け止めます」 と答えてすませたが、この答え方は判断を迫られた時の最も無難で重宝な、したがって見方によってはズルイ答えである。場合によっては、言論人としての資格を問われることである。メルケル来社に大喜び… 経済部の記者は、 「社長が中堅記者を10人ずつ2回に分けて集めて、話を聞く会をするそうです。どうせ、『私は社員諸君の意見を聞いていますよ』という、アリバイ作りのセレモニーのような気がしますけどね」と言ってきた。 彼が「アリバイ作りのセレモニーではないか」というのは、無理もないことだった。新体制がスタートした昨年十二月から、販売店に社長や重役が出向き、読者の声を聞く集まりをした。新聞の業界紙はその模様を報じていたが、それを読むと、わざとらしい写真がついていて、「読者の声には真摯に耳を傾けますよ」という、アリバイ作りといって悪ければ、“お芝居”という感じが強かった。中堅記者の声を聞くというのも、その延長線にあるのだろうと、カンのいい記者なら誰しも思うことだろう。 かと思うと、あるベテラン記者は、 「朝日新聞丸という船に乗っている私たち乗組員は、氷山に衝突寸前のタイタニック号に乗っているようでビクビクしているのですが、朝日丸の船長以下高級船員は、デッキでパーティーをやってます。現実を見るのは怖いので、現実は見ないようにしているのでしょう」と、メールをくれた。 これには解説が必要かもしれない。 デッキでパーティーとは、7年ぶりに訪日したドイツのメルケル首相が朝日新聞社を訪問したことを指すと思われる。高級船員たちは恐らく、 「メルケル首相はうちには来ても、読売にはゆかない。ドイツの首相は、日本を代表する新聞は朝日だと思っているんだよ」と自画自賛し、悦に入ったことだろう。ハシャグ姿が目に浮かぶようである。 実際、メルケル首相の朝日訪問を取材した週刊誌の知り合いの記者は、 「メルケル首相の案内役を務めた編集担当の西村陽一・取締役は得意満面、喜色満面でしたよ。西村さんは人前で笑顔を見せない人かと思っていましたけど、笑うこともあるんですね」と言っていた。読むに耐えない天声人語読むに耐えない天声人語 しかし西村・編集担当は、喜んでいる場合ではなかった。メルケル首相の来訪に合わせるように、2015年3月12日号の『週刊文春』で適菜収氏の「今週のバカ」という一ページの連載が、「受験生、読んではいけない『天声人語』」という見出しで、朝日新聞一番の看板コラムを批判した。最近の「天声人語」のどこがどうおかしいか、微に入り細をうがち、ユーモアというオブラートにくるんで笑いものにしたのである。 たとえば2015年2月22日の天声人語が高浜虚子の句〈春寒く子猫すりよる夕かな〉を引用して、 「飼うにせよ地域でかわいがるにせよ、責任が欠かせない。そんな一句と読み取りたい」と書いたことにふれ、「バカですか?」とからかった。 確かに2月22日の「天声人語」を読んだ読者の中には、高浜虚子の句のこの解釈にギョッとした人がいたはずである。私もその一人だった。 その翌日の「天声人語」が沖縄・辺野古の海に巨大なコンクリートブロックが投入されている記事を見て、『土佐日記』を書いた紀貫之が荒れる海に鏡を投げ入れた話を思い浮かべたと書いたことについては、 「完全にイカれていた」と書いた。 問題の「天声人語」は、私のように古典の素養のない人間が読んでも「コンクリートブロックと『土佐日記』の話はつながらないだろう」と思ったものだ。 「今週のバカ」は、 「(「天声人語」は)文章が下手とかイデオロギーに汚染されている以前の問題。偶然読んだ二日分がこれなので、バカな文章が日々垂れ流されているのだろう。朝日新聞は(「天声人語」を書き写すと=筆者注)『文章力・時事力が身につく!』と自画自賛していたけど、こんなの読んでいると、確実に大学に落ちるよ」と、“トドメ”を刺した。 このコラムを読んだ朝日新聞広告局の社員は、 「朝日の編集担当は、読んだんですかねえ。僕らでも『そうだ、そうだ』と思ったんですから、読者も『天声人語』を読まなくなるんじゃないですか。偉い人は『天声人語』を何とかしようとは、思わないんですかねえ」 と、メールで言ってきた。別の広告局の社員は、 「よその新聞のコラムの話なら、笑えるんですけど、朝日のことなので、とても笑う気になれません」と、やはりメールで言ってきた。 広告の社員は、「体制が変わっても『天声人語』が変わらなければ意味がない」と言いたいのだろう。 実は私自身、5、6年前に雑誌に「天声人語」に「ふと思う」という言い回しの多いことを指摘し、 「人間、そんなに都合よく『ふと思う』ことなど、あるものか」 と書いたことがある。「論旨も言葉遣いも粗雑で、読むに耐えない」と書いたこともある。中学や高校で講演を頼まれると「天声人語を書き写すことは余り勧めない」と話している。その手前、「天声人語」は毎日読み、「天声人語」批判には一通り目を通しているつもりだ。しかし、「今週のバカ」ほど辛辣で正鵠を射た批判は、読んだことがない。 『週刊文春』は現在、一番売れている週刊誌である。「今週のバカ」の影響は、無視できないだろう。それなのに、ドイツの首相が来社したといって自画自賛し、手放しでハシャイでいて良いのか? ベテラン記者が、 「デッキでパーティー」 と言った意味は、おそらくそういうことではないかと、私は理解している。メンツを保つための組織改変 このベテラン記者は、「調査報道」を売り物に生まれた「特別報道部」が人員削減したことを、 「自分から取材力のキバを抜いて、朝日新聞はいったい、何をするつもりなんでしょう」とも言ってきた。彼に言わせると、 「編集の幹部は社内で風当たりの強い『特別報道部』の看板を降ろしたかったようです。しかし看板を降ろすと『プロメテウスの罠』の功績まで否定することになりかねない。そこで看板は降ろさず、人員を減らすことにして、社内の批判をかわそうとしたようです。しかし、どう考えても実質的な解体ですよ」 ということになる。看板を降ろさなかったのは、メンツを保つためだというわけである。 その一方、不可解な人事が発表された。 東京本社の社会部長を務めたU君は何年か前、定年を待たずに朝日を退職し、大阪の朝日放送に転じた。そのU君が再び朝日新聞社に入社したのである。U君と年齢の近い記者は、 「他人の懐をのぞく趣味はありませんけど、U君は朝日を辞める時にそれなりの退職金を手にしたはずです。朝日放送を退社すれば、また退職金が入ったでしょう。朝日にもどって退職すれば、また退職金がもらえるんでしょうかねえ。そうだとすれば妙な話ですよね」 と言っていた。 U君が渡辺・新社長と同期の入社とあって、この人事には、社内で揣摩臆測が広がっているらしい。理由のはっきりしない人事は、社員の士気を下げるばかりである。 社員の士気と言えば、4月から出張の旅費規程が変わることが社内で話題になっているそうである。これまでは、たとえば1泊2日の出張なら、帰任日の2日目も1万円近い日当が支払われた。ところが4月からは、帰任日の日当をゼロにするというのである。帰任日はどんなに腹が空いても、食事は自腹ということになる。社員の士気が下がるのは、目に見えている。結局、池上コラム再開 ウソを謝らない木村前社長結局、池上コラム再開 ウソを謝らない木村前社長 年があらたまった1月下旬、ジャーナリスト池上彰氏のコラム『新聞ななめ読み』がほぼ半年ぶりに再開された。 池上氏は再開1回目に、朝日新聞の従軍慰安婦報道の誤りにふれ、 「朝日新聞は不良債権処理を先送りした銀行と同じで、誤りがわかった時点でさっさと訂正とお詫びをして、処理しておくべきだった。慰安婦問題を大きくした原因は、朝日の先送り体質にある」 と書いた。その通りである。 これを読んだ朝日の20代の記者からは、 「池上さんは去年、朝日に言論の自由を奪われたわけでしょう。ジャーナリストの名誉と誇りに賭けて、コラム再開を拒否してもらいたかったです」と、連絡があった。 その意気やよしと言いたいところだが、池上氏と朝日の間でどういう話し合いがあったかは、明らかではない。真相がわからない以上、口を挟むのは礼を失することになるだろう。 池上氏のコラム休載の問題で、私には気がかりなことが一つある。吉田調書についての会見を行う朝日新聞社の木村伊量社長(当時)=2014年9月11日、朝日新聞東京本社(早坂洋祐撮影)  昨年夏の朝日新聞社の記者会見で、当時の木村社長は、 「休載を命じたことはない」と言った。 私はそれを聞き、当時の杉浦信之・編集担当が社長の胸中を勝手に忖度し、休載にしたのだろうと思った。部下が上司の顔色をうかがい、「たぶん、上司はこうすることを望んでいるのだろう」と判断をする。後で判断が間違っていたとわかっても、上司は「部下のしたことです」と言って逃げることができる。詳述はしないが、私はそういう場面を何回か見てきた。朝日新聞では、さほど珍しいことではない。 ところが、第三者委員会の調査の結果、コラムの休載は、木村社長の決定であったことが明らかになった。木村社長は記者会見でウソをついたことになる。 木村前社長は、1日も早く会見を開くなりして、ウソをついたことを認め、謝罪すべきだろう。渡辺・新社長は、 「そうしないと木村さん、一生ウソつきのレッテルを付けられたままになりますよ」と、言うのが親切というものではないか。言論機関の社長が「ウソつきだった」というのでは、シャレにならない。末代までの恥だろう。 このことでもわかるように、朝日新聞が深刻な状態にあるのは、池上氏の指摘する「先送り体質」に加え、都合の悪いことには目をつぶり、具合の悪いことには取材に応じず、逃げ隠れする体質が原因の一つになっている。この体質と先送り体質は、ニワトリとタマゴのような関係にあり、どちらが先かは不明だが。 誤解のないように書いておくと、いついかなる時も逃げ隠れしない、まともな記者はいくらでもいる。OBになったが山田厚史君は、その一人である。彼は最近もアンチ朝日を売り物にするある月刊誌で、「朝日新聞は廃刊にすべし」と主張するジャーナリスト櫻井よしこさんと、正々堂々と渡り合った。 私は彼が新人記者のころから知っていて、編集委員になってからもつき合いがあった。決して卑怯な振る舞いはしない。顔にそう書いてある。 ところが困ったことに、敵を作ることを恐れず、誰に対しても言うべきことを言い、書いたものに対する反論、批判には自分で答えるこういう記者は、朝日では出世をしないことになっている。朝日新聞の一番の問題はそこにあるかもしれない。 昨年12月の、社長交代を決めた株主総会のことである。 株主総会では、歴代の社長が出席することが恒例になっていた。社長経験者にとっては、一種の晴れ舞台と考えられていたためかと思われるが、昨年末の総会には、1人も出席しなかった。社内事情に詳しい知人によると、 「従軍慰安婦問題は、歴代の社長で誰一人として無縁だった人はいない。総会に出ることは、針のムシロに座ることになる。総会で責任を追及されることはなくても、株主の冷たい視線にさらされるのは目に見えている。だから逃げたんでしょう」ということになる。社主「経営まかせて良いのか」 歴代社長の欠席が珍事なら、社主が質問に立ったことも珍事と言うより、はじめてのことだったらしい。ところが社主は社長に、 「経営をまかせて良いのか?」と質問し、軽く一蹴された。 社主は朝日新聞社のビルの建設を一手に受ける竹中工務店の竹中家の人たちと昵懇だそうで、朝日が大阪にタワーを建てることを決めると、 「大きな仕事をいただくのはありがたいが、タワーが朝日の経営を圧迫するのは目に見えている。考え直したほうがいいですよ」とアドバイスされたそうである。社主は、この話を親しい人にしている。 本気で朝日新聞の経営を心配するなら、株主総会でこの話を社長にぶつけるべきではなかったか。 ところが社主は、経営の核心を突く(と思われる)質問をしなかった。通り一遍の質問で言わばお茶を濁したのは、どういう考えからだったのか? 私には見当もつかないが、これも一種の逃げではないか? 私にはそう思われてならない。 新体制になって1カ月した2015年1月9日、朝日新聞の記者時代に「従軍慰安婦」に関する問題の記事を書いた植村隆君が、文芸春秋社と西岡力・東京基督教大学教授を名誉毀損で訴えたことには驚いた。 西岡教授が植村君の記事の間違いを指摘した文章と、文芸春秋社が『週刊文春』で報じた植村君についての記事によって名誉を傷つけられたというのが植村君の主張である。その結果、家族がいやがらせや脅迫を受け、危険を感じていることも訴えた。 私が驚いたのは、言論人なのに言論戦を挑まずいきなり裁判に訴えたことである。特に西岡教授に対して失礼ではないかと、私は考える。 西岡教授のお書きになった慰安婦報道の批判文は読んでいるつもりだが、私の見るところでは、植村君の記事は分が悪い。私のようなボンクラが読んでも、取材の甘さが目につく。事実かどうかは、裁判に訴える前に、言論で争うべきである。逃げ続けた植村君が今ごろ…逃げ続けた植村君が今ごろ… 尊敬するジャーナリストの先輩は、 「ジャーナリストのレゾンデートルは、批判に対して自分の筆で反論していくことです。言論人が法廷で正義を決めてもらうというのは、健全なジャーナリズムではない。もし言論に対する批判に対して訴えだしたら、訴訟が無限に起きるだろう」と、ある雑誌に語っていたが、まったくその通りである。 しかも植村君の場合、これまでも何回か、週刊誌の取材を受けた。言論で応える機会があったのである。しかし取材に応えず、週刊誌の記者に追われ、あたふたとタクシーに乗り込んで逃げる様子が、報じられている。見苦しいと言わざるをえない。そういうことをしておきながら裁判に訴えるのは、恥の上塗りと言うものではないか。 植村君が月刊誌『文藝春秋』に寄せた一文も読んだが、私には言い訳としか読めなかった。ジャーナリストの書いたものとはとうてい、思えなかった。あれだけのページを与えられるなら、なぜ西岡教授や櫻井よしこさんとの対談にしなかったのか?「週刊文春」の記事コピーを手に日本外国特派員協会の記者会見に臨む植村隆氏=1月9日午後、東京・有楽町の日本外国特派員協会 (川口良介撮影) もちろん、お嬢さんの写真がネットに載せられ、「売国奴の娘」などと書かれたり、いやがらせをされたり、脅迫されたりしていることには同情する。しかし、これは全て犯罪である。犯罪は警察にまかせるしかないではないか。 もう一つ不思議なのは、取材からは逃げ回っていた植村君がなぜ、一転して訴訟という手段に訴えることにしたのか?ということである。雑誌の記事によると、植村君には200人近い弁護士が“応援”に付いたようである。 悪意をもってみれば、頼もしい応援団が付いたことで植村君は風向きがアゲンストからフォローに変わったと判断し、態度を変えたのではないか?と思われる危険がある。実際、作文の教え子で記者になった若者の中には、 「もしかして植村さん、自分こそは言論の自由の旗手だと思っているんじゃないですかねえ」と言ってくる記者もいる。私は、 「そこまで言っては植村君がかわいそうだよ」と返事をしているが、こういう誤解を招くのは、植村君が言論戦を避けて、取材に対して逃げ隠れを続けたからである。記者は逃げたら終わり たびたび書いたことだが、新聞記者たる者は、書いたものに異論反論疑問が出た時は、決して逃げ隠れしないことである。 一度でもこれをすると、読者の信頼を失う。一度失った読者の信頼を書いたもので取り返すのは、至難の技である。 一度逃げ隠れしたジャーナリストは、一生、身を潜めて生きてゆくしかない。この屈辱に比べれば、過ちがわかった時はただちにお詫びと訂正をすることなど、何でもないことである。 植村君の書いたものについては、朝日新聞の第三者委員会は、 「縁戚関係者を利する目的で事実をねじ曲げた記事が作成されたとはいえない。しかし(記事が)強制的に連行されたという印象を与え、安易かつ不用意な記載があった」と、指摘している。 法廷の外では、勝負はついているのではないか。 植村君の行動について、朝日の社内でどういう評価がされているのか、私にはわからない。私が望むことは、朝日の記者諸君には植村君を他山の石として、記事についての批判や反論異論には耳を塞がず、逃げ隠れせず、堂々と振る舞ってもらいたい、ということである。特に局長、役員をめざす諸君には、そうしてもらいたい。 ペンは剣よりも強しと言う。しかし、都合が悪くなると逃げ隠れするペンでは、竹光はおろか割り箸にも勝つことができないだろう。かわむら・じろう 昭和16(1941)年、東京・本郷生まれ。慶應義塾大学卒業。39年、朝日新聞入社。社会部記者、週刊朝日編集長、朝日新聞編集委員などを歴任。退社後も、文筆家として執筆活動を続ける。本誌の昨年7月号から朝日新聞の本格批判を始めた。NPO法人日本語検定委員会顧問。著書に『学はあってもバカはバカ』(かまくら春秋社)など。関連記事■  朝日はなぜ嫌われるのか 傲慢トップと社内文書■ 朝日に引導を渡すことができるのは購読者自身である■ 「重く受け止めて」ないじゃないか! 驚愕の朝日・慰安婦社説

  • Thumbnail

    記事

    当たり前のことを言える時代 風向き変わり萎縮する左派言論人

    地位ある政治家が憲法が米国製の即席産物であるという「本当のこと」を指摘したならば、右翼だの反動だのとメディアの批判にさらされ、袋だたきに遭っていただろう。 また、2月26日の記者会見で東京裁判の法律的問題点について言及した自民党の稲田朋美政調会長はその後、産経新聞の取材に「以前は東京裁判を批判するなどあり得ない、という状況だった」と振り返った。 文芸評論家の江藤淳氏のいう戦後日本を長く覆ってきた「閉(とざ)された言語空間」はほころび、自由闊達(かったつ)な議論がかなりの程度、可能になってきたようだ。かつて「国益」も忌避衆院予算委員会で民主党の菅直人代表(左)の質問に答弁する小泉純一郎首相=2003年11月25日(小松洋撮影) 慰安婦問題もそうだ。かつては「従軍慰安婦」という言葉が戦後の造語であることを指摘するだけで、「慰安婦の存在を否定する人たち」と偏見に満ちたレッテルを貼られた。 軍や官憲による強制連行の証拠は見つかっていないという事実を述べると、元慰安婦の人権を無視する暴論だと反発された。平成8年に早大学園祭のシンポジウムを取材した際には、同様の趣旨を述べた藤岡信勝東大教授(当時)に学生らが「元慰安婦の前でも同じことが言えるのか」「教授の感性が許せない」などと罵声を浴びせ、議論にならなかったことが強く印象に残っている。 さらに現在では、野党議員も含めて国会で普通に外交上の「国益」が論じられているが、これも以前は利己的で自己中心的な用語として忌避されていた。 「国益を考えない援助はあるのか。ODA(政府開発援助)政策の中に国益の視点があるのは当然だ」 15年6月の参院決算委員会で、小泉純一郎首相(当時)が中国へのODA見直しに関してこう述べた際には永田町界隈(かいわい)で話題を呼んだ。それまでは国益を堂々と追求することについて、どこかうしろめたく思う風潮があったからだろう。検閲後遺症から回復 戦後の占領期、GHQはメディアに(1)東京裁判(2)GHQが憲法を起草したこと(3)中国-などへの批判や、「占領軍兵士と日本女性との交渉」などへの言及を禁じ、厳しく検閲していた。 この検閲の後遺症と身に染みついた自己規制から、日本社会は少しずつ回復してきた。ちょっと前までは特に保守系の言論に対し、甚だ不寛容な空気が支配的だったが、随分と自由度が増し、風通しがよくなったものだと実感している。 ところが逆に、左派系言論人、ジャーナリストらがこのところ「政権批判を自粛する空気が広がっている」などと盛んに吹聴している。政権を批判したら、ネット上で激しくバッシングされるのだそうだ。 彼らは、ちょっと風向きが変われば萎縮する程度の覚悟で、これまで言論活動をしてきたのかと少々驚いた。関連記事■ 「萎縮」が阻んだ拉致打開 今は北朝鮮に萎縮させるときだ■ 天敵記者は忘れない ドン・輿石の原罪■ 朝日、「吉田証言」記事取り消しの矛盾  男性の強制連行はそのまま

  • Thumbnail

    記事

    文官が総理より偉い? 懲りずに安倍政権を中傷するメディア

    「文官が自衛官を統制」がシビリアン・コントロール?潮匡人(評論家・拓殖大学客員教授)古舘、古賀の空虚な批判 政府は3月6日、いわゆる文官統制の廃止を閣議決定した。“背広組”の文官(防衛官僚)と“制服組”の自衛官が、共に対等の立場で防衛大臣を補佐できるよう防衛省設置法を改正する。政府与党は「切れ目のない安全保障法制」についても協議を重ねているが、両者は別次元であり、閣議決定のプロセスも別途進んできた。だが、護憲派マスコミはお構いなし。今も十把一からげに報じている。このため論点が「文官統制の廃止」以外に拡散するが、予めご了承いただきたい。 先月号の本誌「正論」で、ISIL(「イスラム国」)による邦人殺害を論じた(「敵はISより安倍政権!?」4月号)。先月に続き今回も「報道ステーション」(テレビ朝日系)にスタジオ生出演した古賀茂明(元経産官僚)には驚愕した(敬称略・以下同)。前回同様、中身はスカスカ。内容は幼稚、表現も拙い。期せずして同じ番組の、同一人物による、同趣旨のコメントを俎上に載せるが、目の敵にしているわけではない。彼に会ったこともないし、特段の興味もない。 番組では、いわゆる文官統制の廃止が閣議決定された3月6日の夜、古舘伊知郎キャスターが「武力攻撃事態法」と大書された立て看板風のフリップを指さしながら「こういう局面にならないと、この『武力攻撃』はできないんだという縛りがある」と解説(?)した。ここからして間違い。 法律の正式名称は「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」。その名のとおり「この法律は(中略)我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に資することを目的とする」(第1条)。善かれ悪しかれ「縛り」を定めた法律ではない(それは自衛隊法等)。「この『武力攻撃』はできないんだという縛り」云々も間違い。なぜならこの法律の「武力攻撃」とは「我が国に対する外部からの武力攻撃をいう」からである(第2条)。外部ではなく自衛隊のことが言いたいなら「武力行使」と表現せねばならない。 古舘キャスターは続けて「周辺事態法」と大書されたフリップを指さし「これは朝鮮有事の際を見据えて、周辺であることが起きた場合に、ここまでは武力行使はできませんよという縛りがやはりあった。今後どう変わるのか。この2点に絞って今日は考えてみます」と番組を導いた。これも間違い。右同様、名実とも「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」であり「縛り」を定めたものではない。第2条で「対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」と明記しており「ここまでは武力行使はできませんよ」という法律でもない。 番組は「文官統制」廃止の閣議決定を取り上げ、古舘キャスターがこう導いた。 「というように、これ以外も色々あるわけですけど、色々な項目や色々な文言がドンドン動いてきているわけですね。古賀さんは全体を見渡してらして、どんなご意見をお持ちですか」――以上のとおり、同日閣議決定された「文官統制廃止」と関係ない法律を取り上げ、事実と異なる解説を加えたあげく「全体を見渡して」いるらしい古賀茂明に論評を委ねたのである。案の定、古賀は「文官統制」に一言も触れることなく、こう安倍政権を揶揄した。 「そうですね、安倍政権が始まってからですね。国家安全保障会議というのが出来ましたよね。それから特定秘密保護法っていうのが出来、それから武器輸出がほぼ全面解禁に近い形で解禁して、いまODAでも軍関係に使えるようにしようとかですね、ドンドンこう進んで、いま本丸の集団的自衛権の議論を細かく始めてるという感じなんですけど、なんか一個一個出てくるんですね。それぞれが非常に難しくて、言葉の定義の話になってきますね。常に。『なんかよく分かんないな』って思う人が多いと思うんですよ」繰り返された「I am not Abe」 よく分かっていないのは、古賀自身であろう。相変わらず、表現も拙い。 「そこが、実はその、なんでしょう、もう変わっちゃってるんじゃないかっていう、日本っていう国が。そういう話があって、実はある総理経験者の奥様が(略)ある大使館の大使の奥様と話をしてて『日本はとってもいい国だったのにね』という会話があるらしいんですよ」と反証困難な「らしい話」を始め、前回同様こう「安倍責任論」を開陳した。 アメリはテロに慣れている、日本は一番危ない国等々、看過できない暴言である。「そういう話をたくさん聞く」というが、事実なら友人関係や情報源を見直したほうがよい。ISIL対応を含め、安倍政権の外交・安全保障政策は世界中から支持ないし理解されている。例外はISILその他のテロ集団や一部の周辺諸国だけである。 しかし、古賀は2月12日の施政方針演説を論拠(?)に、こう独断と偏見を続けた。 「明治時代に富国強兵、殖産興業で欧米を見てですね(略)『あの時代は素晴らしかった。あの時代を思い出そうよ』というのが安倍さんの呼びかけなのかな、という風に理解したんです」「安倍さんは『そういう大国の中に日本も入れてくれ』ということをやりたいのかなっていうふうに見えちゃうんですね。でもそういう風に考えると、たしかに今やっていることは全部必要だよねと」――もはや妄想を通り越した病気である。 「まあ、またこういうことを言うと、なんか官邸とか、そういうところから色々怒られちゃたりして、ご迷惑がかかったりすると思うんですけど、日本が目指すべき道は、安倍さんのように列強を目指す道なのか、それとも、いやそうじゃない、今までやってきた日本の平和大国としての(以下略)」 「官邸とか、そういうところから色々怒られちゃたり」というのは、ISIL関連で「外務省は総理官邸に対し中東訪問自体を見直すよう進言していた」と報じた2月2日の放送のことを言っているのかもしれないが、政府は「怒った」のではなく、「事実無根」と抗議した。訂正も求めている。しかも、抗議したのは官邸ではなく外務省である(先月号拙稿)。なんであれ迷惑をかけた自覚があるなら、発言を慎むべきであろう。だが古賀は以下のとおり放言した。それも笑いながら。 「ですから安倍さんの道がいいと言う人は『I am Abe』ですよ。だけど『全然違いますよ』と、『平和大国目指すんですよ』と言う人は、僕はこの間も言って、ものすごく怒られちゃったんですけど『I am not Abe』ということを世界に発信しないと。(略)もうちょっと手遅れに近いのかもしれないんですけど、(略)皆さんで議論してほしいと思います」 ――等々、番組は7分40秒も古賀に独演させた。先月号と同じことを書く。「ご覧のとおり中身はスカスカ。表現も日本語として成立していない。(略)英語としても意味不明。あまりに幼稚すぎる」。ちなみに私は怒ってなどいない。ただただ呆れる。たぶんテレ朝も困っているのであろう。日曜朝にTBSが放言、暴言日曜朝にTBSが放言、暴言 民放中、テレビ朝日と並び護憲リベラルの双極をなすTBSは同夜どう報じたか。閣議決定された6日の「ニュース23」は「文官統制の廃止を容認する元背広組OB」として柳澤協二を「元防衛庁官房長」の肩書で起用。閣議決定に理解を示した柳澤のコメントだけを流した。その後VTRで「今後自衛官の発言力が増す可能性がある」とも指摘したが、スタジオ出演した藤原帰一(東大教授)が「シビリアン・コントロールの本来の趣旨から言えば」と原則論を語って閣議決定に理解を示し、イラク戦争を例に、実は本性的に戦争を嫌がる軍の背中を、逆に文民政治家が後押しするリスクを指摘、「そのほうがとても心配」ともコメントした。 藤原はISILによる邦人殺害問題で2月2日の「ニュース23」に出演した際も、岸井成格キャスターの“安倍責任論”を「それを考えることは我々にとって一番大事なことなのか。(略)問題はあちら(ISIL)にあります」と釘を刺した。テロ対処に「力の行使」が避けられない現実も認めた。同じリベラル派でも、古賀茂明とは、知性と見識において雲泥の差がある。 他方、4月8日朝のTBS「時事放談」では藤井裕久(元財務相)がこう発言した。 「集団的自衛権そのものを許すべきじゃないと思いますが、周辺がありますね。周辺事態法をどうするとか、国連決議が要らないとか。これ集団的自衛権の延長線上だと思います。根っ子の一番悪いのは集団的自衛権。つまり完全な、平等の軍備を持つということ。それは(憲法が?)許してない」 およそ意味不明だが、たぶん安倍批判なのであろう。事実、番組最後にも「安倍政策を是認してはダメだよ。日本の将来が危ない」と語った。(集団的であれ個別的であれ)自衛権は国際法上の自然権である。重要閣僚を務めた著名人が「そのものを許すべきじゃない」と明言するのは、世界でも日本だけである。それを司会者の東大教授(御厨貴)も止めない。隣の片山善博(元総務大臣)まで、安倍内閣が目指す掃海部隊の派遣を「いつか来た道」と批判した。いくら「放談」でも、度が過ぎる。脱力感を覚えるが、先に進もう。 同じ8日朝、同じTBS系列で全国放送された「サンデーモーニング」が凄かった。 「文官統制」を「文官(防衛官僚)を自衛官よりも上に位置づける考え方」と報道。その「根拠」として防衛省設置法第12条関連の政府答弁を紹介し「安倍政権の考え方は少し違うようです」「今後、自衛官の発言力が強まるおそれがあります」と報じた。自衛官の発言力が強まるのは悪いことなのか。 続けて司会者(関口宏)が「色んな暴走を食い止めるために、色々ね、先人たちがつけてきた知恵が一個一個取り外されちゃって、簡単に(自衛隊を?)動かせるようになってますかね」と導くと、涌井雅之(造園家・東京都市大学教授)がこう放言した。 「そうなんですね」「憲法で『内閣総理大臣並びにその他の国務大臣は文民を原則とする』と、こう書いてますね。それは何かというとやっぱり先の大戦の反省に基づいてるんですね。だから何重にもロックをかけて、軍事力を持ったいわゆる自衛隊、軍に歯止めをかける。ここだったんですけど、このブレーキをドンドン外してるという、非常に大きな問題ですね」 すべて間違い。そもそも古賀茂明同様のど素人に語らせるセンスを疑う。バカバカしいが訂正しよう。憲法は「文民を原則とする」などと書いてない。正しくは「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」(66条2項)。原則規定ではなく、例外を許さない。なぜ「文民」なのか。「先の大戦の反省」ではなく、憲法制定過程で行われた、いわゆる芦田修正が原因である。9条の芦田修正により日本国は軍を保有できる余地が生まれたのだが、そこで一部の連合国(中ソ)が、シビリアン・コントロールを明記するよう求めた。その結果である。詳しくは関連拙著に委ねるが、短く説明しておこう。文官は総理より偉いのか? 「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(憲法9条)のなら、日本国に軍人はいなくなる。国民はみな文民となる。ゆえに「文民でなければならない」と明記する必要などない。実際、芦田修正以前の案文に文民条項はなかった。それが右の経緯で明記された。涌井らは以上の経緯を知らない。涌井はシビリアン・コントロールをクラウゼヴィッツの『戦争論』で説明する珍説も披露した。無視して先に進もう。続けて岸井成格がこう発言した。 「もう一つ重要な点は、総理大臣は最高指揮官なんですね。そうすると、軍人というのは命令に従う組織なんです。総理から言われたら、異を唱えるとか反対はできない。そういう組織なんです。それをチェックして『ちょっと待って下さい』と言えるのは文官しかいない。それを忘れてますよ」 「防衛省・自衛隊60周年記念航空観閲式」で栄誉礼を受ける安倍首相=2014年10月26日、空自百里基地(鈴木健児撮影) これもすべて間違い。「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する」(自衛隊法7条)が、「内閣を代表して」指揮監督するに過ぎず、自衛隊を防衛出動させるにも、閣議や国家安全保障会議を経なければならない。米国大統領のような名実ともの「最高指揮官」ではない(が、みな誤解しているので咎めない)。自衛官は「軍人」ではないが、もはや目を瞑る。許しがたいのは後段だ。 自衛官は服従義務があるが、文官なら、総理の命令や指示を「チェックして『ちょっと待って下さい』と言える」らしい。 岸井こそ重要な事実を忘れている。行政権は内閣に属する(憲法65条)。総理は内閣の首長である(同66条)。「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」(内閣法6条)。岸井流に言えば、全省庁の「最高指揮官」になる。岸井が特別扱いする「文官」も、法的な身分は国家公務員。国家公務員法は「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」(98条)と明記する。それを「チェック」し「ちょっと待って下さい」など、違法かつ不忠不遜な服務である。 さらに岸井は安保法制で各種の「事態」が乱立している現状を「言葉の遊び」と揶揄しこう述べた。 「五つぐらいあるんですよ。新事態、存立事態とか武力行使事態とか周辺事態とかね」「事態とは何かと言うと戦争なんです。戦時体制ってことなんです。武器とか戦時体制って言葉を使いたくないんですね。だから言葉を変えようとするんですよ」 バカらしいが手短に訂正しておこう。岸井は「集団的自衛権 事態がどんどん増える」と題した3月7日付「毎日新聞」社説を読んだのであろう。聞きかじりの知識で知ったかぶりするから間違える。私は「言葉の遊び」とは思わないが、もはや客観的ないし事実面での間違いに絞り指摘する。 まず岸井のいう「新事態」と「存立事態」は同じ概念であり、三つしか例示されていない。他方「五つぐらい」でもないが、数には目を瞑る。「武力行使事態」というが、そんな言葉はない。きっと「武力攻撃事態」と混同しているのであろう。最後の「周辺事態」だけが現行法上実在するが、岸井が何と言おうと「戦争」ではない。「戦時体制」とも違う。前述のとおり周辺事態で自衛隊は武力行使できない。「武力による威嚇」すらできない。それを「戦争なんです」と断じるのは暴論ないし妄想である。いわんや「武器とか戦時体制って言葉を使いたくないんですね。だから言葉を変えようとする」との断定においてをや。もはや低俗な陰謀論にすぎない。 しかも、この日限りではない。3月1日の番組でも同様の展開となった。まず2月27日の中谷元防衛大臣の会見質疑が流れた。Q:(略)「文官統制」規定というのは戦前の軍部が独走した反省から防衛庁設置法ができた時に、先人の政治家達が作ったと考えられるかどうかという点を伺いたい。A:そういうふうに私は思いません。Q:思わない。A:思わない。Q:思わない。A:はい。Q:思わないですね。A:今までそういうふうに。(との答えを遮りながら・潮注記)Q:戦前の反省から作られたというふうに思わないのですね。A:そのように今までは、両方の補佐をしていただくということで機能してきたし、これからもそのように機能していくと。Q:戦前の反省からできた「文官統制」規定だというふうに思わないわけですね。防衛省公式サイト自衛官は差別してもいい?自衛官は差別してもいい? 公式記録からも、くどくど質問した記者(共同通信)の傲慢無礼な態度が推知されるが、番組は正反対の脈絡で紹介した。以下の発言者は岸井成格。冷笑を浮かべながら、こうコメントした。 「以前、防衛省を担当したことがあるんですが、中谷大臣の会見を聞いて、『ああ時代が変わったな』と思いましたね。我々がいたころは、まだ常識的に、非常に感覚的にアレかもしれませんが、文民統制とそれを補充する文官統制は、戦前の軍部のドクセイ(独裁?独走?)に対する反省、とりわけ日本の場合、非常にそれが甚だしかったんで、それを担保するものだと感じてたし、また考えてたんですよね。大臣は『まったくそうは思わない』っていうことですわね。そこはなんで、そういうことになってきたんだか。中谷大臣はアレ、自衛官出身ですから、ちょっとそういうとこ、あるかもしれませんけど。とにかくあの(以下略)」 表現の巧拙以前に、自衛官という職業ないし身分に対する蔑視が透けて見える。きわめて差別的な暴言ではないだろうか。日本国憲法第14条は「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定める。民間人の岸井に「この憲法を尊重し擁護する義務」はないが、ぜひ尊重してほしい。もし差別でないなら、「そういうとこ」とは、どういうとこなのか、具体的に示してほしい。ついでに「アレ」の意味も教えてほしい。 事実関係の誤りも承服できない。かつて私も、防衛庁(長官官房)広報課(対外広報担当)で勤務していたが、私がいた頃は、右のごとき「常識」や「感覚」はなかった。 この日の問題発言は岸井だけではない。目加田説子(中央大教授)も「平和国家と銘打っている日本における自衛隊の位置づけという根本的な問題だと思うんですね。そもそも閣議決定で決めることではない」「納得できないですね」と発言した。すべて間違い。 内閣が国会に提出する法案について閣議決定するのは当然である。それが許されないなら、議員立法でしか法改正できなくなってしまう。まだ閣議決定されただけであり、これから国会で審議される。「決める」のは内閣ではなく、国会である。天下の中央大教授なのだ、しっかりしてほしい。 公正を期すべく付言しよう。以上の問題発言に先立ち。司会が「歯止めがなくなる」と誘導したにもかかわらず、田中秀征(福山大客員教授)は「制服組のほうが慎重であるということも十分ありえる」「戦前の軍の暴走のようになるかと言えば、そんなことはない」と抑制。続けて西崎文子(東大教授)も「必ずしも軍人が交戦的で文民が平和的だとは思わない」とコメントした。せっかく両教授が示した見識を、直後に目加田が損ね、レギュラーの岸井が2週連続でぶち壊した。TBSも困っているのではないか。文官も政治に代替できない 欧米に類例を見ない「文官統制」の発生は(保安庁、自衛隊の前身である)警察予備隊の発足に溯る。警察予備隊はGHQ(総司令部)民生局別室(CASA)の統制下にあった。CASAは米陸軍をモデルとして指導したが、当時日本側は理解できず、中央行政官庁組織として構想。このためCASAは「警察予備隊本部及び総隊総監部の相互事務調整に関する規定」の作成を指導し「Civilian Supremacy(文民優位)」の徹底を図ったが、CASAの二世通訳がこれを「文官優位(統制)」と誤訳。共産国を除き世界に類を見ない奇形はここから生まれた(宮崎弘毅「防衛二法と文民統制について」他参照)。米国防総省 他方「文民統制」の生みの親アメリカはどうか。ご存知のとおり「軍事に対する政治の優先」が貫徹されている。米国防次官や次官補らは政治任用(ポリティカル・アポインティー)された「文民」であり、公務員試験に合格した「文官」ではない。 しょせん「官僚は、政治を代弁することはできても、政治に代替することはできない」(廣瀬克哉『官僚と軍人』岩波書店)。(自衛官同様)民主的な手続で選出された政治家ではない。いくら「文官」が制服組を「統制」しても、政治が軍事に優先したことにはならない。3月6日に中谷大臣が答弁したとおり「文民統制における内部部局の文官の役割は、防衛大臣を補佐することであり、内部部局の文官が部隊に対し指揮命令するという関係にはない」(政府統一見解・衆院予算委)。一部のマスコミ報道は以上を弁えていない。 他方、「制服組」が閣議決定を手放して礼賛するのも筋違いであろう。なぜなら「内局優位の組織体制は、内局の広範な長官補佐権という権限のみによってささえられているのではなく、三軍対立という普遍的な現象のもたらす組織力学にも負っている」からである(廣瀬)。リベラルな学者(廣瀬)の偏見ではなかろう。昭和45年4月15日、当時の防衛庁長官(中曽根康弘)もこう答弁している。 「私は内局による統制というのは必要だと思っているんです。(略)三軍がばらばらにならないように、そういう意味で内局においてこれを統合するということは非常に大事な要素でもあるのです。そういう意味におけるシビリアンコントロールというのはある程度あるでしょう」(衆院内閣委) 利権やポスト、予算を奪い合う陸海空自衛隊(三軍)の調整役として(文官の牙城たる)内局が機能する限り、防衛省設置法を改正しても実質的な文官優位は揺るがない(と考える)。護憲派なら、そう批判すべきではないだろうか。 《「シビリアン・コントロール」という概念は、これまで決して満足に定義されてはいない》(ハンチントン『軍人と国家』原書房)――そう考えるのが国際標準である。同じ著者の『文明の衝突』(集英社)と違い、日本では存在すら知られていないが、欧米では(同書を批判したファイナー著『馬上の人』とともに)必読文献とされている。文民統制はテレビ人が一知半解で発言すべき分野ではない。最低でも以上の文献は読んでほしい。 日本のテレビは昔から変わらない。平成13年、小泉純一郎内閣の防衛庁長官として、現在の防衛大臣でもある中谷元代議士が就任した際も、組閣直後の「ニュース23」で筑紫哲也キャスターが「戦後、制服組が防衛庁長官に就いたことはない。シビリアン・コントロール上の問題がある」と批判した。 正しくは以下のとおり。「『文民』は『武人』に対する用語であり(中略)元自衛官は、過去に自衛官であったとしても、現に国の武力組織たる自衛隊を離れ、自衛官の職務を行っていない以上、『文民』に当たる」(政府見解)。そもそも「文民統制は、シビリアン・コントロールともいい、民主主義国家における軍事に対する政治の優先、または軍事力に対する民主主義的な政治による統制を指す」(防衛白書)。民主的に選ばれた衆議院議員が防衛庁長官や防衛大臣となることに「シビリアン・コントロール上の問題」などあるはずがない。それどころか文民統制の理想形である。14年後の今もなお、自衛官やOBへの差別的なコメントがテレビで流れる。先月号で指弾した誤報や放言を含め、暗澹たる気持ちになる。 かつて福田恆存はこう説いた(「防衛論の進め方についての疑問」)。 「軍の暴走は軍のみにその責めを帰し得ず、文民優位の護符一枚で防げると思ふのは大間違ひで、優位に立つ文民は軍と対等に渡り合へる専門家でなければならないのである」 諸外国と違い、日本には(防大以外)軍事を教える大学もなければ、学部もない。その意味でも、中谷大臣の再登板は意義深い。一部テレビ人の批判はまったく当たらない。くだらぬ中傷は無視するに限る。うしお・まさと 昭和35年生まれ。早稲田大学法学部卒業。旧防衛庁・航空自衛隊入隊。大学院研修(早大院博士前期課程修了)、航空総隊司令部、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。防衛庁広報誌編集長、帝京大学准教授等を歴任。国家基本問題研究所客員研究員。岡崎研究所特別研究員。民間憲法臨調代表委員。東海大学非常勤講師。『日本人が知らない安全保障学』(中公新書ラクレ)など著書多数。最新刊は『ウソが栄えりゃ、国が亡びる』(ベストセラーズ)。関連記事■ アキも悲しむ? NHKにやっぱり「日本」なし■ “古賀れたテープレコーダー”は止まらない!■ 言論封殺!「か」の字も許されない核アレルギー