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    仲間に「バカと言わせる強さ」ルフィが理想のリーダーになれた極意

    安田雪(関西大社会学部教授) 『ONE PIECE(ワンピース)』を題材に、最近のリーダーや組織について3つのポイントを語ってみたい。第1は「『バカ』と言える力」、第2は「スピーチ・アクト」、第3は「喪失の代償」である。 まずは、ワンピースについておさらいをしよう。ワンピースは、1997年から「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載が開始され、2017年7月現在、85巻までの単行本を出版、累計発行部数は3億5000万部を超えている。小学生から大人まで幅広い支持を得ており、「国民的漫画」と称されることもある。 紹介するまでもなく、主人公ルフィが海賊王を目指し、仲間とともにいくつもの冒険をしながら成長していく物語である。テレビ、映画、果ては歌舞伎にまで広がり、ファンはストーリーに一喜一憂するわけである。(C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーションフジテレビ 土曜プレミアム『ワンピース エピソード オブ 東の海(イーストブルー)~ルフィと4人の仲間の大冒険!!~』8月26日(土)21時~ 「所詮、少年漫画の世界」「私には関係のない漫画」と考える方もおられるだろう。だが、ビジネス社会を担う大人にとっても、ワンピースから学ぶべきことは多いと私は考えている。現に、小学生時代にワンピースを愛読していた子供たちは、既に社会人として働き始めており、彼らはルフィ率いる海賊団「麦わらの一味」のような仲間のあり方を理想としているような世代でもある。 前回の衆院選では、当選こそしなかったが「ワンピースのような政治をしよう」と訴え、自民党から出馬した候補者さえいた。ともあれ、ワンピースという世界、ひいては主人公らのあり方にある種の魅力があるようだ。「ワンピース世代」とともに働き、生きていく私たちには、共感するか否かはさておき、まずは彼らを理解する必要がある。 ルフィには、仲間をまとめ、場合によっては敵さえも味方に変えてしまう魅力とリーダーシップがある。その源泉はやはり言葉と行為である。ルフィの「仲間力」やリーダーシップについては拙著で既に言及しているので、今回はそれらとは違った視点から、ワンピースにおけるリーダーシップについて話をしたい。まずは「バカ」と言える力についてである。 パワハラやアカハラの訴えや、モンスターペアレントなどが跋扈(ばっこ)し、「物言えば唇寒し」この時代だが、意外なことに、ワンピースの主要人物のセリフでは「バカ」が多用されている。ワンピースの主要人物たちは、かなりの頻度で、周囲の人々に「バカ」と言っているということである。これは、ゼミの学生がワンピースの主要登場人物のうち3人、すなわち主人公のルフィ、魅力的な女性航海士であるナミ、世界一の剣豪をめざすゾロを選び、そのセリフをテキストで書き出し、彼らの使う言葉の特徴を分析してくれた結果である。なぜ「バカ」と言えることが強いのか さすがに全巻・全セリフの入力と分析は不可能だったので、おおよそのワンピースという漫画の性格が固まってくるとされている第1話からアラバスタ編までの全セリフをデータ化し、テキストマイニング(文章解析)して分析してくれた結果である。テキストマイニングの技術や入力ルールの詳細は省くが、この主要メンバー3人にどのような言葉が多く使われているかを数え上げていくと、「海賊」「仲間」「船」「偉大なる航海」など、いかにも「ああ、ワンピースらしいなぁ」という言葉が頻出している。ところが、意外なことに頻出ランクが高いのが「バカ」という言葉なのである。 バカと相手に言える強さ、そして、それ以上に、バカと言われて、それを受け止められる力の問題である。京都や大阪では「アホ」といわれるのは愛情を感じるが「バカ」と言われると腹が立ち、東京では「バカ」と言われるのは耐えられるが、「アホ」と言われると腹が立つという俗説があった。これも上方芸人たちの活躍で、関東と関西での受け入れられ方はかわりつつあるようにも思う。 話を元に戻そう。ここで述べておきたいのは、関東・関西を問わず、礼儀作法は当然のことであるが、時には互いに「バカ」と言い合える余地や余裕も、組織における上下関係、リーダーと部下との間にあっても良いのではないか、ということだ。ただ「バカ」と言っただけでパワハラだと解釈されるような隙間のない組織やコミュニティーは、互いの信頼関係についてもう一度考えたほうが良いだろう。 第2のポイントは、スピーチ・アクト(言語行動)である。ルフィ、ナミ、ゾロのセリフを分析していくと、基本的に前向きでポジティブなセリフが多い。麦わらの一味のなかにはネガティブ思考の固まりのようなキャラクターもいて、私は彼に共感することが多いのだが、残念ながら彼は今回の分析対象外である。ルフィらの言語がポジティブかネガティブかということよりも、ここでは言語が行動そのものになっている、いわゆるスピーチ・アクトに注目したい。「海賊王に俺はなる」宣言が持つ意味 ルフィは「海賊王におれはなる!」と宣言して冒険の船出をするのだが、物語が進むにつれて、いつのまにか行為が海賊王と周囲が見なす(すなわち海賊としての懸賞金が桁外れに上がっていく)にふさわしくなっていく。ルフィは海賊王なのではなく、海賊王になると宣言することで、自らが海賊王としての行動をとっているのである。これは、スピーチ・アクトの典型的な一例である。すなわち、自分が何かを宣言することで、自分がそのものになる、周囲を巻き込みながらそういう状態を生成できるということである。 リーダーのありよう、組織のありようとして、自分が何者か、何者でありたいのか、どのような状態を望むのかを、明確に言語化することで他者を巻き込み、物事を実現させていく。宣言から始め、生き延び、責任を取るというありかたは、今の時代に適合的なリーダーの姿だと思う。 第3は、喪失の代償である。これはセリフの計量的な分析とは関係はなく、ワンピースに多く登場する、主人公らの「過去の記憶」についてである。 ワンピースには、大切な人を喪う光景が多々出てくる。最も象徴的なのが、ルフィにとっての最愛の兄エースの喪失である。自暴自棄になったり後ろ向きになったり、心身ともに苦悩した後、ルフィはついに立ち直る。だが、立ち直った後に、喪失の代償にルフィの中では、幼かったころに兄と過ごした日々が、金色の輝きを放ち続ける。 ナミであれゾロであれ、それぞれが大切な人と死別し、その人々との記憶を自分の中に閉じ込め、その記憶をエネルギーとして自己研鑽(けんさん)をし、前向きに日々を生きている。過去に対する恨みや憎しみは、根本的な問題を何も解決しない。失った人とのかけがえのない時間や思い出は、自己のなかで幸福の糧となり、生きることを肯定し、「なお生きよ」「なお先へ進め」と呼びかけてくる。喪失という大きな代償のかわりに、かつての幸福の記憶が人を支えるのである。 失敗や敗走、そして喪失を体験したリーダーは強い。リーダーに限らずとも、喪失を知った人々は、笑えることの喜びを知り、大きく成長する。そして、いつか、他者とともに夢をかなえ、他者を癒す力さえ持つに至るのだろう。 関心を持ってくださった方は、拙著『ルフィの仲間力』『ルフィと白ひげ-信頼される人の条件』(ともにアスコム)をお読みいただければ幸いである。

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    「麦わらのルフィ」に学ぶリーダーの極意

    るからに他ならない。決してマンガと侮るなかれ。ワンピース世代が憧れる主人公ルフィの生き様には、日本のリーダー像を考える上で欠かせないヒントがたくさんある。

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    ヨコ社会が理想のワンピース世代も現実は赤犬か白ひげの選択しかない

    える枠組みは古い考え方とは相容れない。 ヨコ社会を信奉する世代にとって「ワンピース」に登場する理想のリーダーは主人公のルフィそのものだ。その特長は3つある。 まずビジョンは示すが無理強いや命令はしない。「海賊王にオレはなる!」「冒険をめざす」という感じで、この先、自分たちが何を目指してどう行動するのかをルフィははっきりと示す。しかし、仲間たちには何か訓練をしろとか、こう行動しろとか、具体的な命令を出すことは決してない。ビジョンに向けて一緒に進んでいくのが仲間だというのがルフィの一貫したスタンスだ。 次に物事の善悪や、やるやらないの判断を自分ではっきりと考えて、その答えを自分で示す。しかもそれがゆるぎない。ルフィは敵が巨大だからここは黙っておこうとか、そういったずる賢い判断は一切しない。ついていく仲間は大変だと思うが、そのルフィのスタンスに仲間もしびれ、仕方ないと言いながらついていく。(C)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーションフジテレビ 土曜プレミアム『ワンピース エピソード オブ 東の海(イーストブルー)~ルフィと4人の仲間の大冒険!!~』8月26日(土)21時~ 三番目に自分だけでは何もできない。だから仲間に頼るのがルフィのリーダーとしてのスタンスだ。船は操れない、料理はできない、けがや病気は治せない、壊れた船は修理できない。簡単に言えば戦う以外に何もできないルフィだからこそ、周囲の仲間にも自分の居場所ができる。言い換えれば、リーダーにできないことがあれば、支える仲間たちも自分の役割をそれぞれ実感できるのである。 さて、われわれが生きる実社会ではルフィとその仲間たちのように自由でさわやかに生きていくことはたぶん難しい。大半の人間は大人になって実社会がわかるようになると、ルフィのようには生きることができないこともわかってくる。 実社会にいる理想のリーダーに近い「ワンピース」の登場人物はルフィとは結構違う。 実社会で言えば誰がリーダーとしてふさわしいだろうか?  異論は結構あると思うが、もし会社組織のリーダーだったとしたらという前提でピックアップすれば、まずは赤犬(サカズキ)と白ひげ(エドワード・ニューゲート)、そして少し変わったところでリク王(リクドルド3世)がリアルリーダーとしては適任ではないだろうか? 赤犬は「ワンピース」に登場する最大組織・海軍の元帥で、海賊として要所要所で海軍を打ち破っていかない限り、ルフィたちの冒険は前に進まない。そのルフィから見れば赤犬はまさにラスボスといった存在にある。 その海軍のトップ赤犬は、いわゆるマキャべリスト的なリーダーである。組織をあやつるための権謀術数に優れ、恐怖と力とほんのわずかなインセンティブとで部下たちを動かす。海軍組織の上にいけばいくほど、構成員には元帥の怖さが身にしみている。 赤犬は「絶対正義」を掲げ、あらゆる海賊の芽を摘み取るという方針を打ち出すことで、組織の末端には考える暇を与えない。海軍こそが正義なのだから、細部は考えずに海賊を退治することだけを考えろというのが赤犬のやり方だ。リーダーの理想は「リク王」か 大きな目的のために中くらい以下の犠牲はやむを得ないと考える赤犬のスタンスも、現実社会とよく合致している。具体的なエピソードで言えば避難民であふれた船の中に政府にとっての危険分子が1名いる可能性があると考えたら、躊躇(ちゅうちょ)せずに船を撃沈させるのが赤犬だ。 危険分子1名が生き残ることでこの先どれだけの血が流されるかを考えたら、数百名の避難民の命を奪うことに迷いがない。ひどい話だが、グローバルな政治のリーダーは多かれ少なかれこのような判断、このような意思決定を下しているものだ。 「ワンピース」に登場する海賊団の最大勢力のトップ白ひげは、豪快な性格からファンも多いキャラクターだが、リーダーとしての特徴が力と恐怖にあるという点では、実は赤犬とよく似ている。 白ひげ海賊団は白ひげの直属部隊と、白ひげに敗れて傘下に加わった海賊たちからなる。過去の経緯では白ひげと戦い、一時は死を覚悟しながらも、白ひげに許されて船団に加わった海賊たちがたくさんいる。 大きなファミリーのトップとして彼らを庇護する白ひげだが、近づけば近づくほど、その存在の恐ろしさに刃向かう気力はみじんも出てこない。少し引いて白ひげのリーダーシップを見つめると、映画『ゴッドファーザー』のドン・コルレオーネの愛と暴力に満ちたリーダーシップはかぶってみえる。映画「ゴッド・ファーザー」の一場面 そもそも「ワンピース」の舞台は大海賊時代。力が何よりもモノを言う時代であり、その時代において大部隊を動かすことができるリーダーシップは、本来は恐怖と力を基盤に置く以外にはないのであろう。 ただ、例外もある。その代表がドレスローザの国民に愛される国王・リクドルド3世だとは言えないか。何よりも戦うことを嫌い、国同士の戦争には加担せず、理念で国を平和にたもとうとする。 その結果、より強い悪に国を奪われて、本人も国民もたいへんなつらい日々を送る。最終的にルフィらによってドレスローザが解放されるのだが、ガレキの山と化した国土の中で、国民たちはリク王に「もう一度、リーダーになってくれ」と懇願する。結果は出せなくても、国民はリーダーとして慕ってきたのだ。 現代社会は大海賊時代ではないが、それでも過去と比べてみれば混沌とした時代であることには間違いがない。実社会では海軍元帥・赤犬や海賊白ひげのようなリーダーたちが生き残っていく可能性が高い中で、理想としてはリク王のようなリーダーを求める気持ちが強い時代なのではないだろうか。 そして何よりもルフィのように圧倒的なパワーとエネルギーで仲間を導いてくれる、夢のようなリーダーの出現が何よりも期待される時代なのかもしれない。

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    「麦わらの一味」は理想のようで、実は若者の個性を奪う危険な組織

    常見陽平(千葉商科大学国際教養学部専任講師) やっぱり苦手である。「週刊少年ジャンプ」(集英社)の看板作品である『ONE PIECE(ワンピース)』だ。この作品、理解はできるが、まったく共感できないのである。 この作品が良い商品であることは間違いない。なんせ、約20年にわたって売れ続けているのである。TVアニメ化、映画化されたのは言うまでもなく、関連商品もよく売れている。海外にも広がっているという。ビジネスの世界においては、良い商品とは、売れている商品である。激しく売れているという点で、ワンピースは素晴らしい。 売れる理由もよく分かる。海賊という設定、「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求めて旅をするという世界観、ルックスがよくキャラ立ちしていてそれぞれが人生のビジョンを持っている登場人物たち、痛快な戦闘シーン、笑って泣ける人間ドラマ。深く作りこまれている作品だと思う。しかも、ずっと作品を続けやすいフォーマットになっている。前述したように、TV化、映画化、商品化、グローバル化により、「大ワンピース経済圏」が作られていく。売れるスパイラルになっているのである。この、売れる仕組み作りができている点においても素晴らしい。2012年3月、東京・六本木で行われた「ONE PIECE展」に出展された単行本第61巻の表紙を再現した模型 ただ、うがった見方をするならば、全てが確信犯的で、まるで勉強熱心な若手社員がさまざまなビジネス書を読みこんで書き上げた企画書を読んでいるような感覚に襲われる。同作品はちょうど、掲載誌である週刊少年ジャンプが発行部数1位という指標で講談社の「週刊少年マガジン」に負けた後に連載が始まった。この作品の貢献もあり、部数1位を奪還できた。ただ、このような背景からも考えると、同作品は『ドラゴンボール』終了後のプロジェクトX、プロダクトXだったようにも思えてくる。 週刊少年ジャンプに連載されている漫画の悪しき部分かとも思う。以前、漫画家を描いた作品『バクマン。』の映画版を見た。ジャンプとそこで描く漫画家、支える編集者を描いた作品だとも言える。同誌の特徴は、新人漫画家を発掘して専属にすること、編集者が作品に関わること、何よりも読者はがきによる人気ランキングを厳格に運用することが特徴である。若者の理想どころか「搾取組織」 『バクマン。』はある意味、ジャンプの自己批判、自らのパロディー化が面白いのだが、そしてこれ自体がフィクションではあるが、よくも悪くも「強い商品」を作りこもうという同誌の体質がよく分かるものである。中でもワンピースには何か、こう「作品」よりも「商品」の臭いを感じてしまうのだ。もちろん、エンタテインメントと芸術は完全にイコールなわけがなく、このように商業的であるがゆえに手軽に楽しむことができるわけであるが。 決定的に苦手なのは、ワンピースに登場するルフィとその仲間たちである。若者たちの中には、これを理想の組織だという人たちがいる。皆が夢を持ち、個性を発揮し、リスペクトしあっている。気持ちはよく分かるが、世の中のたいていの組織は、こんなに楽しくはないものである。いや、漫画の世界とは、現実社会であり得ないことを描くという場でもあり、人々の願望という意味では別によい。しかし、組織はこうあるべきだと盲目的に信じていたとしたら、なんて頭の中がお花畑なんだろうと思う。 もっとも、ベンチャー企業などでは、ワンピースをベンチマークして組織運営している企業が存在する。実際に公言している場合や、そうしないまでも裏テーマとして掲げているのだ。社員がビジョンを語り、個性を尊重する、仲間を大切にする、と。ただ、釈迦に説法ではあるが、それは別に社員を尊重しているようで、人材マネジメントの取り組みに他ならない。大事にされているようで、企業の目標達成、永続的な価値の創造と利益の追求のために酷使、搾取されているだけである。もちろん、企業に楽しくだまされるための演出だとも言えるし、大事にされていることを装うことで労働者は慰められるのだろうが。 組織は別に、あなたのために存在しない。本来、不愉快なものである。『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)という本に記したが、私はむしろ『機動戦士ガンダム』のホワイトベースの方が現実の日本企業に近いと思っている。なんとなく巻き込まれ、戸惑いつつも、組織に順応し、当事者意識を発揮し、居場所を見つけていくのである。 このワンピースという漫画が描いている組織は若者の理想のようで、夢、個性尊重による若者搾取組織だと私は捉えている。夢や仲間という言葉は美しいが、「絆」「愛」という言葉同様に、安っぽく消費されているのではないか。商品として楽しむのは結構だが、厳しい現実こそ直視したい。

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    漫画通の石破茂氏が「演説で台詞を拝借した」という漫画は?

     誰しも若い頃、胸を熱くし、夢中になった漫画があったことだろう。しかし多忙になるにつれ、漫画を手に取る機会も少なくなっていく。人生も折り返しを過ぎた今こそ、再び読み始めてはどうだろう。きっとあなたの老後は豊かなものになるはずだ──。 そこで本誌では、各界の「漫画通」が薦める作品を「感動部門」、「政治・経済・社会部門」、「歴史部門」、「スポーツ部門」に分けてピックアップ。面白く、しかも知識がつくというサラリーマンにピッタリの漫画を紹介する。 毎年のヒット作を表彰する『マンガ大賞』の発起人で、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏は、「投資本よりも、経済の仕組みが頭に入ってくる」として、『インベスターZ』(三田紀房、講談社刊)を推す。経済漫画といえば、サラリーマンや起業家が主人公というのがお決まりだが、同作の主人公は中学生だ。 「学校の“投資部”に所属する中学生が『投資は遊びだ。ゲームを楽しめ』といって、運用資金3000億円をバンバン動かす非現実的な設定ですが、内容は、ウォーレン・バフェット氏や堀江貴文氏らの実例を引用する本格派。漫画が投資の指南書の挿絵の役割を果たしてるから分かりやすい」 防衛相や自民党幹事長などを歴任し、漫画愛好家としても知られる石破茂・代議士は、『加治隆介の議』(講談社刊)と『黄昏流星群』(小学館刊)という、弘兼憲史氏の代表作を挙げた。石破茂前地方創生担当相(2012年12月撮影) 「政治漫画といえば『加治隆介の議』でしょう。連載が始まった1991年は、僕はまだ当選2回目。首相まで上り詰めた主人公・加治隆介は憧れだったなあ。『黄昏流星群』は、60~70代なら共感できる人が多い作品ですよ。同窓会でバッタリ会った学生時代の同級生と恋に落ちるなんて……いいよねぇ~。あっ、僕がそうだという訳じゃないですよ」 そんな石破氏が「もう一つ政治漫画を挙げたい」と熱弁を奮うのが『サンクチュアリ』(原作・史村翔、画・池上遼一、小学館刊)だ。 「『加治隆介の議』と違って主人公が総理になる直前で死んでしまう。かっこ良い台詞が読み所だな」 お気に入りは、当選1期目の主人公が先輩議員に「あんたは派閥の番頭になるのが目的で代議士になったんですか。あんたたち団塊の世代がナマクラだから、今の政治ができあがっちまったんだよ」と言い放つシーンだ。 「痛快だよね。こうありたいと思いますよ。出てくる台詞のいくつかは拝借して、演説で使った気がする。どれを使ったか? それはいえないな(笑い)」(石破氏)関連記事■『あしたのジョー』のラストをちばてつや氏が独自解説した書■SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「オール民主党」■「ママの憧れ」 永作博美がベストマザー賞授賞式で見せた笑顔■SAPIO人気連載・業田良家4コマ「TPP後の世界」■呉智英氏が「70歳になる私が号泣した」と語る漫画は?

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    弘兼憲史氏が語る「もし島耕作が東芝の社長になったら…」

     東芝が経営危機に陥っている。決算発表を二度にわたって延期した末に、監査法人のお墨付きを得ないまま、2016年(4~12月期)決算を発表せざるを得なくなるという異常事態を迎えている。 カネもない、事業もない、責任を取る人間もいない……市場関係者の多くが「もはや万事休す」と見放すなか、東芝という会社に残ってほしいという気持ちは、かつての東芝の栄光の時代を知る者ほど強い。 『島耕作』シリーズなどで知られる漫画家の弘兼憲史氏は、かつて松下電器(現パナソニック)に勤務していた時代に、「泥臭い関西の松下に対して、東京のハイカラなイメージの東芝に憧れを抱いていた」と明かす。 「もし島耕作が、東芝の社長になったら」として弘兼氏はこう話す。取締役会で社長職を辞し会長職に退くことを発表するテコットの島耕作社長(2013年7月11日発売の講談社の週刊漫画誌「モーニング」から) 「漫画だったら、島耕作が自ら上場廃止を宣言して、株主には『多大なご迷惑をおかけするが、必ず立て直す』と訴える。それでまた再上場を狙って頑張る──という物語にはなるでしょうね。  島耕作シリーズの『社長』時代に考えていたのは、韓国の電機メーカー“ソムサン”に対抗するために、“ソラー”と“(島耕作の)初芝電産”を中心に日本の業界を再編して2社か3社にする構想です。 東芝も他の会社と合併するという手があるかもしれません。そうなると、大量リストラはやらざるを得ないでしょうが、誰かが悪者になって『将来のために、痛みは自ら背負っていく』という決断も、物語の中でならできるのです」  現実的な方法としては、弘兼氏は新たな分野への参入を挙げる。 「社長になった島耕作は、家電のノウハウを活かして農業に進出しました。実際にパナソニックはコンピューター制御のガラスハウスをつくっている。電機メーカーのノウハウで、人工の光を使って、コンピューター制御で野菜をつくる。原子力発電から出る温水を利用して温室栽培をするというアイディアもあります。農業も原発も国策。国と一体で、立ち直るのです」関連記事■ 島耕作の妻役で声優に挑戦の壇蜜「小2で読んだ。刺激的」■ 若き「島耕作」も学んだ裸踊りの宴会芸 著者は「半分実話」■ 弘兼憲史氏 「パワハラ時代こそ若者は宴会芸を使いこなせ」■ 社長から会長になった島耕作 引き続き夜も期待したいとの声 ■ 舛添、猪瀬、菅直人 なぜ墜ちた団塊は助けてもらえないのか

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    松下幸之助にみる経営者たるもの

    褪せることなく、多くの日本人の心に響く。「経営の神様」とまで呼ばれた幸之助イズムにみる理想の経営者、リーダー像とは何か。

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    孫正義が「規格外」の速さで決断できる理由

    三木雄信(ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト〔株〕代表取締役社長3歩先ではなく、常に「1歩先」を目指す 現代の日本の経営者の中で、最もスピード感があるのが孫正義・ソフトバンク社長であることは、多くの人が同意するところでしょう。私が秘書として間近で見た例としては、1996年4月にサービスを開始した国内初のポータルサイト「Yahoo!JAPAN」があります。前年の11月に米Yahoo!への出資を決めてわずか5ヵ月で日本展開という驚異的な速さで、そのスピード感があったからこそ、「Yahoo!JAPAN」は今でも日本で圧倒的な成功を収め続けています。その後もブロードバンドや携帯電話事業への参入、iPhoneの独占発売など、普通の会社なら何年もかかるような大きな意思決定を次々に成し遂げてきています。 ただ、孫社長の「すぐやる」力というのは、単なる「素早さ」のことではありません。たとえば、事業を始める、投資をするといったハイレベルな意思決定の場面で言えば、孫社長の基本的な考え方は、「7割の成功率が予見できれば事業はやるべき。5割では低すぎ、9割では高すぎる」というものです。 いくら先見の明かあっても、世の中の3歩先を行ってしまうと事業は成り立たない。でも、みんながやろうとしていることでは遅すぎる。ちょうど世の中の1歩先くらいのタイミングが、「7割」の成功率が予見できるときです。むやみに早ければいいと考えているわけではありません。重要なのは「権限」と「情報量」を揃えること ただ、この成功率の予見は結局のところ主観です。その成功率をいかに見極めて、決断するか。そこに孫社長のスピードの秘密があるのです。 孫社長の口癖の1つに「今すぐヒトデにつなげ」というものがあります。ヒトデというのはポリコム社製のスピーカーフォンの通称で、複数の人と会話ができます。会議中に疑問点や確認点が出てくれば、すぐに「ヒトデ」で部下を呼び出します。相手が会議中だろうが、海外出張中だろうがお構いなしです。 その理由は、孫社長は何かを決める際に「権限と情報量」を最も大事にしているから。実際、営業の目標数値を決めようというときに、権限を持つ営業部門の責任者がいなくてはどうにもなりません。また、何か情報を得たいなら、それについて最も詳しい人に聞くのが一番早い。この「権限と情報量」をいかに素早く揃えられるかが、質の高い意思決定をスピーディにこなすコツなのです。 そんなとき、多くの企業では、「今日は○○さんがいないから、ペンディングで」と決定を先送りしてしまいます。だったら、無理にでも権限と情報を持っている人をその場に集めて決めてしまう。それがソフトバンク流なのです。 もちろん、部下は大変です。海外にいても時差なんてお構いなしですから(笑)。しかも、もしその人が呼び出しに応じなければ、「かわりにその件に詳しい部下を呼べ」ということになり、それで用が足りれば「お前はもういらない」となりかねません。ですからソフトバンクの管理職は常に、自分の担当分野について最新の情報を持ち、いつでも答えられるようにしておかねばならないのです。 加えて、ソフトバンクでは毎日どころか、毎分・毎秒単位で売上げの数字が誰でも見られるようになっています。これもまた、常に最新の情報を得るべきだという発想からです。 このエピソードに表われているように、孫社長は意思決定の「前提を揃える」ことを急ぐのです。権限と情報量が足りないところで無理矢理エイヤと決断することはない。だからこそ、浮き沈みの激しいベンチャーの世界でずっと生き残ってこられたのです。「検討中」の一言は決して言ってはいけない! 「すぐやる」ことに関して、私が孫社長から一番影響を受けた考え方は、「10秒考えてわからないものはそれ以上考えても無駄」という姿勢です。 やってみればわかりますが、10秒間1つのことを考え続けるのは案外難しいものです。「昼食に何を食べるか」ということさえ、自分の頭という閉鎖された中だけで考えていたら、10秒も思考が続きません。 これはどんな問題でも同じです。たとえば「ある会社を買収するか、しないか」について、ひたすら時間をかけて考え続けたところで無駄。「買収するとしたら、資金調達はどうするか」「ローンにするか、証券化か」などと問題をブレイクダウンしていくか、判断に必要な権限と情報量を得るために今すぐ動くかしなくては、問題は前に進まないのです。 ソフトバンクでは「検討中」という言葉が使われません。万一、孫社長の前で「その問題は検討中です」などと言おうものなら、こっぴどく怒られます。考えてわからないなら、必要な情報を集めるための調査を始めるべき。「その件に関しては、他社動向を調査していて、その結果がいついつまでにわかります」といった答えが即座にできなくてはならないのです。 私は今、いくつかの会社の社外取締役や政府の委員会の委員を務めていますが、そこでこの孫社長方式の「検討中は許さない」というルールを広めるようにしています。すると、それだけで組織の意思決定のスピードが驚くほど上がります。皆さんもぜひ、試してみてください。「やらないことを決める」胆力も必要 また、これはよく言われることですが、「結論から言え」ということも、孫社長とのコミュニケーションで常に求められることの1つです。 ただ、ここで誤解してほしくないのは、孫社長はどんなことに関しても、今すぐに決断すればいいとは思っていないということです。あえて「決めないことを決める」こともまた、孫社長の強みの1つなのです。 実際、どんなに情報を集めても「評価できない」ケースも当然、あります。そんなとき孫社長は、あえてギリギリまで決めようとしません。たとえば発注先を決めるに際して、部下がいくら、「ここはC社でいきましょう!」などと提案しても、まったく動こうとしないのです。 もちろん、そのことにより時間のロスも生まれますし、部下の手間も余分にかかります。それでも孫社長は「まだ決める時期ではない」と考えたら決めない。そのために部下の手間が増えるのは必要なコストと考え、ギリギリまで最適な選択を追求し、一番いいタイミングで決めるのです。 人は「すぐやる」ことが難しい一方で、「決めないと気持ち悪い」と感じる生き物でもあります。でも、そこで気持ち悪さに負けて拙速な決断をしてしまうこともまた、失敗の原因になるのです。 決断を急ぐのではなく、決断の成功率を高めるためにどうするか。その視点をぜひ、身につけてほしいと思います。みき・たけのぶ 1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所〔株〕を経て。ソフトバンク〔株〕入社。27歳で社長室長に就任。孫正義氏の側で、「ナスダック・ジャパン市場創設」「Υahoo!BBプロジェクト」をはじめ、取多くのプロジェクトを担当。現在は自社経営のかたわら、東証一部上場企業など複数の取締役・監査役を兼任。内閣府の原子力災容対策本部で廃炉・汚染水対策チームプロジェクトマネジメント・アドバイザーを務める。近著に「海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる」(PHP研究所)がある。<取材構成:川端隆人/写真撮影:まるやゆういち/孫氏写真撮影:鶴田孝介>関連記事■ 孫正義・25文字の成功哲学「孫の二乗の法則」とは■ アイリスオーヤマ・大山健太郎社長の「即断即決」仕事術■ 英語を1年でマスターするための「7つの戦略」とは

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    稲盛和夫氏が語るリーダー

     日本は戦後、政治や経済のリーダーが懸命に努力し、海外と肩を並べてきた。が、近年は、世界に誇ったものづくりでもリードを許すなど、劣勢が目立つ。今の日本を立て直すのに必要なリーダーシップとは何か。京セラ創業者で、日本航空の再建に尽力した稲盛和夫氏に聞いた。 ──政治、外交、経済を引っ張るリーダー像は 「表面上起こるさまざな問題や、波瀾(はらん)万丈な現象に惑わされず、その奥に何があるかをしっかりと見極められる人材だ」 ──本質論から物事を見る能力が求められる? 「感情や損得などで物事を表面的に判断してはだめだ。政治家であれば、日本のあるべき姿を洞察できる資質を持ち、具体的な行動指針で問題点を解決する不撓(ふとう)不屈の精神が必要だ」 ──日本はリーダー不在などと指摘される 「頭が良くて能力が高い人をリーダーに選びがちだ。日本では何でも試験があり、高級官僚になるにも難しい試験をパスしなければならない」 ──能力や知識だけではトップになれないということか 「ビジョンを決め、実行するには胆力がいる。知識だけでは何の役にも立たない。知識を見識に高め、強い信念を持ち、己を捨てて実行できる人でないと。最も戒めなければならないのが慢心だ。戦後史や経済界をみても、没落は慢心が原因なのは明らかだ」 ──強いリーダーを輩出できる環境が、今の日本には不足している 「日本は戦後、力強いリーダーが壮大な夢と信念を持って引っ張り、素晴らしい国になった。だが、バブル崩壊後、大きなビジョンを掲げることが危険視されてきた。近年は優秀で利発なリーダーたちが安全運転しており、それが発展を妨げた要因だろう」 ──リーダーはどう育てるか 「リーダーというのは逆境の中から生まれる。現代はあまりに平穏で、真のリーダーが生まれない。経済大国になった余力で一般の生活は豊かだが、平穏な時代だからこそさまざまな誘惑があり、胆力や精神力が備わったリーダーが育ちにくい」 ──戦後のリーダーとして思い浮かぶのは 「ホンダ創業者の本田宗一郎氏や出光興産創業者の出光佐三氏。私利私欲にまみれない男気のある人たちで、どんなことがあってもへこたれずに邁進(まいしん)する。それだけのことができれば、誰でもリーダーになれる」関連記事■ 松下幸之助が重視していた経営力とは■ 孫正義が「規格外」の速さで決断できる理由■ あの「名経営者」はどんな教養を身につけてきたのか?

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    あの「名経営者」はどんな教養を身につけてきたのか?

     不確実性が高く、状況が日々変動し、論理による決定だけでは前に進めない時代には、身についた教養こそがリーダーにとって不可欠な資質であることを、5人の事例は示している。 関連記事■ なぜいま、「教養」がスキルとなりうるのか? ~3つの視点から■ 孫正義・25文字の成功哲学「孫の二乗の法則」とは■ テラモーターズの挑戦 ~ 失敗しなければ成長できない

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    松下幸之助が重視していた「経営力」とは

    PHP研究所経営理念研究本部 経営は人間が行なうものであり、人間が幸せになるために行なう活動である――。そう信じた経営者・松下幸之助にとって「経営力」とはどのようなものだったのでしょうか。 日本が開放経済体制に移行、貿易自由化に踏み込んだ1960年代、松下は、日本企業が自ら不利な条件を克服し、国際競争に勝ち残るには「何といっても経営力しかない」と述べています。また当時から、国際競争力の強さを如何なく発揮していたトヨタ自動車の経営に敬意を表し、「トヨタ自動車の今日あるのは、石田さん(故・石田退三氏〈当時トヨタ自動車工業会長〉)独特の精神といいますか、トヨタ自動車がもつところの経営力があったからだと思います。そういうものを中心として、技術、販売、一切のものがいまや世界化しつつある、こういうふうに感じます」(1965年の発言)と評してもいます。それほど、松下はこの「経営力」というものを重視していました。以下は戦後の苦境期、1948年7月に当時社長の松下が、松下電器社内で発信された「経営革新社長指令」の中で語ったものです。 経営革新の断行に当ってその基本をなすものは卓越した経営力である。戦時戦後を通じて経営力は著しい低下を来し会社全般の活動力を鈍化させたが、今こそ再び経営力を強化して、これを会社経営理念であるところの、社会的必要な優良品の生産、従業員高水準給与の確保、経営の維持発展の為の適正利潤の確保の諸点に発現させ生産能率の向上、市場競争への必勝態勢の整備・利潤確保による増資態勢の確立を期さなければならない。経営力の発揮は独断から出発した独裁であってはならない。広く合理的に衆智を集め、全員の情熱が結集されてはじめて強力な経営力が形成されるのであって、これが社長をはじめ各首脳者を原動力として会社の細部まで滲透するとき、我社の経営は危機を突破して安定圏に入り、将来の躍進を約束することができるのである。この意味で社長は全従業員の協力を要望し提案を期待する。(『社長所信集・1』〈1959〉より)1952年10月、フィリップス社との技術提携の調印式にて ここで松下がいう経営力とは、会社全体の実力を指しており、経営理念を実践する力、すなわち社会に繁栄をもたらし、従業員を幸せにするための力として認識していることが看取できます。  その後、松下電器はこの最大の困難期を乗り越え、事業を急速に伸展させていきます。オランダのフィリップス社との技術提携(1952年)、5年後に800億円の販売目標を設定した「5カ年計画」の発表(1956年)、販売会社の設立開始、ナショナルショップ制度発足(1957年)、のちに「熱海会談」とよばれる全国販売会社代理店社長懇談会(1964年)後の販売制度改革――。経営力を試される機会が幾度となくありました。  とくにフィリップスとの提携における交渉では、世界最高峰の技術力をもつ大企業に、松下電器の経営力を「経営指導料」として認めさせ、条件改善に成功しています。松下はこのときの体験を、経営の社会的価値を高める一役を担うことができたものと感じていたようです。  のちによく「経営は生きた総合芸術」というようになったのも、経営というものに、芸術と変わらないほどの社会的価値が認められ、経営者自身もその自覚を強くもつところに、事業の発展、ひいては日本経済全体の発展があると考えていたからでした。  一方で「経営は人間が行なうもの」であり「人間が相寄って、人間の幸せのために行なう活動である」という信念をもっていた松下は、経営を担う人間の力、経営力を適切に把握することなしに、会社の発展はありえないことも重々心得ていました。 経営は人間が行なうものである。そして、人間の能力というか、経営力というものは、人それぞれに異なるであろうが、いずれにしても人間は神のように全知全能というわけではないから、その力にはおのずとある一定の限度がある。したがって、事業を行なっていくについても、そうした一定の限度を考えつつ、(中略)その時々における自分の力の範囲で経営を行ない、社会に貢献していく、いいかえれば「適正経営」という考え方がきわめて大切である。(中略)  私は長年の事業の体験の中で、数多くの取引先を見てきた。その中には、最初は経営が非常にうまくいっているのに、業容を拡大していくにつれて成果があがらないというところが出てくる。そういう場合に、思い切ってその商売を二つなら二つに分け、もとの経営者の人はその一つを見て、もう一方は然るべき幹部を選んで全面的に経営を任せるというようにすると、その二つともが順調に発展していくようになることが多い。結局それは、その経営者の経営力の問題である。(中略)  もちろん、会社を二つに分けるというようなことはできにくいという場合も実際にはあるだろう。そういうときには、一つの会社のままで、部門を分けて、それぞれの部門の運営についてはその責任者に大幅に権限を与えて、あたかも独立会社のごとき実態においてやっていくようにするのも一つの方法である。  私の会社の事業部制というものは、そういうところから生まれた制度である。新しい事業分野が次々にできたときに、私自身が何もかも見るということができなくなったから、それぞれの分野について然るべき人を選んで、製造から販売までいっさいの経営を任せたわけである。そのようにすることによって、会社全体としての総合経営力は高まってくるから、そういうかたちにおいて、人を増やし、業容を大きくしてくることができた。そのように、かたちはいろいろあっても、経営力に応じた範囲で独立会社的に運営しつつ、一歩一歩業容を拡大していくことが望ましいと思うが、その場合、こういうことも考えてみる必要がある。それは、そうしたそれぞれの部門の規模ということである。もちろん、それぞれの人によって経営力は異なるし、また人間の力というのはだんだんに成長していくという面もあるから、あまり固定的に考えずに、実情に応じた姿にしていくのが一番いいと思う。(『実践経営哲学』〈1978年〉より) 松下はもちろん、この「事業部制」のリスクについてもよく認識しており、経営力のある人なくして「事業部をつくったならたいへん」なことになる、事業部は潰れてしまう、と述べています。  結局のところ、その時々の会社の人間の力、経営力に応じて融通無碍に組織形成がなされる姿が望ましいと考え、松下はその実現をめざすとともに、自社と自らの経営力の向上に傾注し続けたのです。  ★松下幸之助「経営力」語録★「広く合理的に衆知を集め、全員の情熱が結集されてはじめて強力な経営力が形成される」 「経営力の乏しいところではいかに立派な人材を得てもその人材が生きてこず、むしろその人々に煩悶を与えることになる」 「みんなに好まれるような製品をつくるということも、経営力があればできる」 「財務内容をよくするということも、経営力があって立派な経営が遂行できれば、それは生まれてくる」 「今かりに、いい製品、いい財務内容があっても、経営力がなかったらそれらはやがて失われてしまう」 「会社を見るには、経営力があるかどうか、したがって経営陣がいいか悪いかということがまず問われなければならない」 「組織で動くということも、むろん大事でありますが、組織で動くにしましても、組織そのものは決して仕事をいたしません。組織を組み立てたならば、その組織を動かし生かすところの運営力と申しますか、経営力と申しますか、そういうものがあって初めて効果がある」 「大きくなればそれにふさわしい組織が必要であるが、同時にそれを動かしていくところの経営力というものが、それに併行して、あるいはそれ以上に発生していかなければ、その組織は生きてこない、いわゆる組織負けになってしまう」 「経営力のない人が会社の社長になったら、会社がつぶれてしまう」 「会社や商店の経営でも、主人公(社長)自らが経営力をもたなければ、しかるべき番頭さんを求めたらいい」 「経営力の大切ささえ忘れなければ、やり方はいくらでもある」 (PHP研究所経営理念研究本部 研究出版事業部) ※《特設サイト『松下幸之助.com』今月の「松下幸之助」 より転載》関連書籍のご案内(PHP研究所)■ 文庫判『実践経営哲学』■ 新書判『実践経営哲学/経営のコツここなりと 気づいた価値は百万両』