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    中国のネット検閲はどこまで進んだか

    中国のインターネット統制の中心的役割を果たし、「ネット皇帝」と呼ばれた魯煒氏が失脚した。民主化を訴える人々からは歓喜の声も聞かれたが、こうした雑音はどこ吹く風と習近平国家主席はネット言論の規制強化に突き進む。近い将来、ネット言論が中国の民主化を導く可能性はあるのか。

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    「習近平の独裁に黙っていない」中国ネットユーザーのあくなき闘い

    加藤隆則(汕頭大学長江新聞與伝播学院教授) 中国eコマース(電子商取引)が米国と肩を並べる成長を遂げていることはよく知られているが、情報の領域でもまた、中国のネット化は日本をはるかにしのいでいる。全国の新聞はほぼ無料で電子版を閲覧できるし、テレビのニュース番組も随時、視聴が可能だ。映像・画像を中心にした新進のネットメディアが、時に「削除」の横やりを受けながらも、新奇なニュース発信にしのぎを削っている。 都市部ではみながスマートフォンを手にし、露店の焼き芋屋まで携帯での代金決済が浸透している。私が教える中国南方の大学でも、学生はもはや財布を手にせず、主要な生活用品はすべて宅配で済ませている。中国は最もインターネットの恩恵を受けている国の一つである。 モノや情報のほか、国境をまたぐ人の移動も拡大している。公式統計によると、2016年の1年間で、海外を訪れた中国人は延べ1億3千万人を超え、中国を訪問した外国人は7630万人に達した。 世界各地の観光地ばかりでなく、大学にも中国人留学生があふれ、米ハーバード大学では国別最多の921人、留学生全体の2割近くを占める(同大公式サイト)。海外にいる中国人が携帯で現地の情報を発信し、世界の情勢はたちどころに流れ込んでくる。 列強の侵略によって半植民地化した近代以降、中国人が現在、少なくとも物質面において、過去にない豊かな生活を享受していることは紛れもない事実だ。まずはこの状況を頭に入れたうえで、言論統制を行っている巨大な隣国をとらえる必要がある。 習近平国家主席は共産党と軍の権力集中を進め、「一強」体制ができあがりつつある。毛沢東時代への逆戻りだと報じる日本メディアを見かけるが、東西冷戦下で鎖国体制を築いていた時代と今を単純に比較するのは、国際情勢や中国の経済発展、情報通信技術の発展を無視した荒唐無稽な暴論だ。中国共産党大会の習近平総書記=2017年11月、北京の人民大会堂 中国がネットを規制し、言論を統制しようとしていることは、同国を含む世界中が知っている。逆に言えば、そのことを最も切実に、身近に感じているのが中国の人々である。そのうえで、不便を感じながらも、生活に大きな支障がないために忍従している。だから、日本メディアが中国における言論弾圧の事例を繰り返し報じても、中国人の胸には響かない。 もっと言えば、日本メディアは他国を批判できるほど、言論の自由を堅持し、守っていると胸を張れるのだろうか。上司に意見も言えない記者が増えている。社内で言論の自由はほとんど保障されていない。世界における日本の報道自由度ランキングが年々悪化していることに対し、日本人はあまりにも鈍感に思える。 では、中国の言論統制をいかに把握すべきか。 第4回世界インターネット大会が12月3日から5日まで、浙江省烏鎮で開かれ、米アップル社のティム・クック最高経営責任者(CEO)、米シスコシステムズのチャック・ロビンス最高経営責任者(CEO)らの出席が注目を集めた。中国の巨大なネット空間は、たとえ規制があっても、無視できない市場なのだ。露骨なそろばん勘定が透けて見える。 政経分離が進んでいるのかと早合点しがちだが、習近平は開幕に寄せた書簡の中で、持論の「ネット主権」を強調し、「共同して発展を推進し、安全を保護し、ガバナンスに参画し、成果をシェアする」と述べた。相互の主権尊重にクギを刺したのだ。中国の言論の主戦場はネット すでに指摘したように、中国で言論の主戦場は、新聞でもテレビでもなく、世界の潮流に合わせてネットに移行している。米主導で進むネットでのルール作りに対抗して、自分たちの陣地を築かなければ、主権を飲み込まれてしまうとの危機感がある。政治とビジネスには明確な一線が引かれている。 だからグーグルを追い出して検索エンジンの「百度(baidu)」を育て、フェイスブックを遮断して「微信(ウィー・チャット)」が成長を遂げた。それを巨大な国内市場が国家ブランドをバックアップしている。国内企業の育成とともに、国家主権がかかわる以上、台湾や領土問題と同様、譲ることのできない「核心的利益」となる。 ネット規制の大義はまずこの一点、国内ではなく国外に向かっている。 次は政治闘争の側面だ。習近平は、旧勢力を打破するために反腐敗キャンペーンを利用した。周永康・元党中央政治局常務委員や中央軍事委員会の元制服組トップ2人をバタバタと摘発し、最高指導部には法が及ばないとする不文律を破った。 かなりの荒療治だけに返り血も浴びた。周永康が問われた国家機密漏洩罪には、習近平ファミリーの個人資産を米国メディアに流した事案も含まれ、また、周永康一派による習近平暗殺計画まで発覚した。 打倒された利益集団は、メディアやネットを使い、国内の不満に乗じて党内分裂を図ろうとする。それでなくても貧富の格差や民族、宗教など、不和の要因はいくらでも転がっている。習近平を過剰に称え、崇めることで、逆に反発を引き起こそうとする動きもみられる。内実は非常に複雑だ。 このため敵対勢力に寸分の隙をも許さないよう、メディアやネット全体への締め付けが強まる。政治と無縁の庶民にはいい迷惑だが、「ペン=言論」、「剣=軍」は権力を支える車の両輪なのだ。今のところ手綱を緩める余地は小さい。 三つ目は、国民全体への宣伝効果がある。習近平政権は今年に入り、ネット規制強化に乗り出し、中国と海外とを結ぶ仮想プライベートネットワーク(VPN)を遮断している。10月の第19回党大会を境にして一気に加速され、学生や教師も「海外の研究ができない」と悲鳴を上げた。香港中心部で行われた穏健民主派のデモ行進。左は中国共産党に反対する旗=2016年7月 だが、学生たちはいつの間にかいろいろな知恵を絞って、ファイヤー・ウォール(ネット攻撃などを防ぐソフト)を乗り越えるすべを探し出した。逆に束縛を受けている分、海外の事象に関する知的好奇心は、日本の学生よりも強いように感じられる。政権にとっても、一般庶民が自分の興味や研究のために情報を収集したところで、ムキになる必要はない。 むしろ目に見えるネット規制は、政権の思想イデオロギー統制を担う一種の宣伝工作として働いている。「ここまではOK、これを超えるとアウト」と、言論の自由に網をかけるシグナルを発しているのだ。 ネットユーザーはそのデッドラインを手探りしながら、時には隠語を用い、器用に泳ぎ続ける。庶民と権力が際限のない化かし合いをしている姿を想像してみればよい。いくら政権が政治標語を繰り返しても、多様な価値観に触れた若者たちはもはや振り向きもしない。内心うんざりしながら、現実的な選択をしているに過ぎない。投獄を覚悟した闘い 習近平がひと声かければ、全国民が震え上がって命令に従っているなどと考えてはならない。そうしたステレオタイプの一党独裁国家観では、実像からかけ離れるばかりだ。規制の裏には、それができていない危機感や焦燥感があることもあわせて考える必要がある。自信を過剰にアピールするのは、自信がないからなのだ。 あともう一つ、付け加えなければならない。 奇想天外なニュースがあふれる中国には、「ニュースの天国、記者の地獄」とのブラックジョークがある。 広大な国土と膨大な人口を乗せた高速鉄道が経済成長路線をひた走る一方、政治制度の不備や社会建設の立ち遅れから想像もできないような事件が頻発する。56の民族からなる14億人が多層の社会構造を生み出し、複雑な表情を見せる。5000年の歴史が不動の座を占め、針の先にも満たない微少な個人をのみこんでしまう。一つの国の概念では収まらない世界、それが中国だ。北京の天安門広場で警備する武装警察隊員。後ろは党大会が開かれる人民大会堂=2017年10月 ニュースの素材には事欠かないが、メディアは統制され、一党独裁体制を否定する言論や思想は、政権転覆扇動や国家機密漏洩罪のレッテルによって弾圧される。こうしたリスクを踏み越え、脇目も振らず真実を追求しようとする者は投獄の危険さえ覚悟しなければならない。 中国の主要大学には決まって置かれている記者養成の新聞学院(ジャーナリズム学部)も、メディア自体の凋落で求人が減り、職業の魅力が薄れたため、カリキュラムの大幅な見直しが進む。私が授業で取り上げているのは人工知能(AI)と人間との共存だ。 学部の学生たちは給料の高いネット関連や、その他、企業の広報、PR部門へと殺到している。この点は日本の若者と同様、政治への関心は薄れ、生活重視の価値観へと急速に転換している。党大会のニュースに関心を持つ学生はほとんどいない。 だが、弾圧があるということは、それに立ち向かう人物がいることを意味する。勇気を出して声を上げ、大きな犠牲を払って真実と正義を追求する人たちがいる。7月12日、61歳で亡くなったノーベル平和賞受賞者、劉暁波はその代表だ。簡単に「ペン」をゆがめる日本 私が直接会った人物の中で、忘れられないのは北京の法学者、許志永(1973年生まれ)だ。彼は大学で教べんを取っていたが、それに飽きたらず自ら社会の中に入り、憲法による権利擁護の実践を呼びかけた。度重なる弾圧にも屈せず、出稼ぎ労働者ら社会的弱者を救済する運動に身を投じたが、群衆を集めた「違法集会」を理由に刑事訴追され、2014年4月、懲役4年の刑を受けた。芯の強さとは裏腹に、物静かに国の将来を憂える姿は、私の記憶から消えたことがない。 情報統制による直接的なコントロールを受けない外国人記者は、「ニュースの天国」のみを享受できる特権的な立場にある。取材対象者に対する圧力や記者ビザ発給の制限で取材活動が妨げられることはあるが、中国人に対する締め付けとは比べものにならない。北京の中国外務省で記者会見する華春瑩副報道局長 私もかつて外国人記者の一人として「天国」の恩恵に浴したが、困難を乗り越え自由を勝ち取ろうとする中国人を間近に見ながら、常に自問してきたことがある。投獄の危険がない日本社会の中で、我々記者は真実を追求する気概と責任を忘れてはいないか。唯々諾々として会社や上司の指示に従い、人の批判を恐れてやすやすと妥協し、簡単にペンをゆがめてはいないだろうか。 新聞社の仲間から聞かされる話は、失敗を恐れる事なかれ主義が幅を利かせ、だれも責任を取ろうとせず、みなが押し黙って大勢に流されている姿だ。草を食みながら黙々と歩く羊の群れを思わずにはいられない。 北宋の詩人、蘇東坡は「人生、字を識るは憂患の始まり(文字を覚えて学べば思い煩うことが増える)」と説いた。字をなりわいとする者は生来、思考し、苦悩することから離れることはできない。雑踏の中から拾うべき事実を書きとどめ、歴史を記録する仕事への誇りを失えば、我々は時の記憶さえ失うことになる。明治の反骨ジャーナリストで『福岡日日新聞』編集局長を務めた菊竹六鼓は自伝に「憂患に生きて安楽に死ぬる」の境地を記した。 『旧唐書』に次の言葉がある。 「銅を鏡と為せば、衣冠を正すことができる。古を鏡と為せば、興亡を知ることができる。人を鏡と為せば、得失を明らかにすることができる」 人は外部環境からの反射によって自己認識を深める。環境を自分から切り離してながめても、外野で野次を飛ばしているようなもので、ストレスの発散にしかならない。隣国をいかに知るかという作業を通じ、我々は多くのことを学ぶことができる。内省を欠き、優越感とコンプレックスの矛盾が生む中国脅威論や中国崩壊論は、百害あって一利なしである(敬称略)。

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    ネット検閲に1千万人動員 「ノミの心臓」習近平の世論操作

    高口康太(ジャーナリスト、翻訳家) 「自由微博」(フリー・ウェイボー)というウェブサイトがある。中国の大手ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「微博」の検閲状況を明らかにするために匿名のネットユーザーによって創設された。微博で発表された書き込みをすばやく収集し、その後閲覧不能になったものを表示するシステムだ。 「劉暁波」や「RIP」と入力しても検索ができない 短文投稿サイト「微博」の画面=2017年7月19日 このサイトを見ると、検閲対象が一目瞭然だ。習近平総書記など中国共産党高官に対する批判から、話題の社会事件、さらにはノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏などの(政府に抗議する)異見分子、人権派弁護士に関連する書き込みなどが対象となっている。原稿執筆時には、北京市の富裕層の子供が通う紅黄藍幼稚園の幼児虐待事件と、北京市の「低レベル人口」追い出し事件が特に注目の話題であった。 インターネットの普及からおよそ20年、中国政府は検閲制度とシステムの発展を続けてきた。特に習近平体制発足後の発展ぶりがすさまじい。現在ではSNSやネット掲示板、ウェブメディア企業による自主検閲、大学生など共産主義青年団(共青団)を中心としたボランティア、政府部局に雇われたサクラなど多層的な検閲システムが用意されている。サクラはいわゆる「五毛党」と呼ばれ、かつて一書き込みあたり5毛=約0・9円の報酬で求人が出ていたことに由来する。 また、いわゆるネット炎上事件をいち早く察知し対応するためのソフトウエアも開発されており、このネット世論監視ソフトを扱うための「ネット世論管理士」なる国家資格まであるほどだ。検閲・世論操作に従事する労働者は一説では1000万人を超えるという。ネット検閲を回避する手段を俗に「壁越え」という。最近では仮想プライベートネットワーク(VPN)を使う手法が一般的だが、やはり規制強化が進み、つながりづらくなっている。 これほどのリソースを費やしてまで検閲を行うのは中国共産党の危機感のあらわれだ。2002年から12年まで続いた胡錦濤体制の中国は「維権運動の10年」だったと言ってもいい。「維権」とは権利擁護を意味する中国語だ。土地収用、環境破壊、官僚の汚職、不当解雇、賃上げ要求、露天商に対する横暴な取り締まり…さまざまな分野で、政府批判の声が上がった。 司法の独立が担保されていない中国において、かつては「維権」の手段として活用されてきたのが陳情だ。中国の中央政府、地方政府には陳情担当の部局があり、正当なる異議申し立てのルートとされている。ただし、陳情を受け入れるかどうかは政府担当者の胸一つであり、まさに「いちるの望み」という言葉がぴったりの、極めて成功率の低い賭けであった。 2000年代中盤以降、陳情に変わりネット経由の告発が「維権」の新たな武器となった。ネット掲示板やSNSを活用して問題を告発し自らの窮状を訴える。その訴えが一定以上の注目を集めれば、政府とて無視できず救いの手を差し伸べざるを得ない。ネットの告発とて成功率は決して高いものではないが、少なくとも注目を集めるための手段を工夫する余地がある。 当時、「囲観」という言葉が流行していた。やじ馬を意味する中国語だが、ある社会事件について注目する、あるいは言及するようなやじ馬を集めることこそが政府に圧力を与え、譲歩を引き出す手段として認識されていた。何も全身全霊で支持する必要はなく、その問題について一言二言何の気なしにつぶやくようなネットユーザーが相当数存在すること。その事実が政府をおびえさせるというわけだ。書き込みを工夫してネット炎上に持っていくことができれば、勝算はある。陳情という相手頼みの手段とは異なり、主体的な取り組みができる異議申し立ての手法だった。ロウソクの絵文字まで禁止 ネットを活用した「維権運動」の最大の成功例として知られるのが烏坎(うかん)村の事例だろう。広東省陸豊市の烏坎村では村役人による横領が問題となった。村民らは汚職した村役人を追放し、自ら新たな村役人を選出し問題解決にあたることを求めて、抗議デモや陳情を繰り返して抗議したが、警察に逮捕された抗議運動のリーダーが取り調べ中に死亡したことをきっかけに抗議活動は激化。村民がバリケードを築いて村に立てこもり、その周りを武装警官隊が包囲する事件にまで発展した。 この間、村民らはインターネットを通じて積極的に情報を発信した。「武装警官隊に包囲された村」「民主選挙を求める村人たち」とはなんとも気を引く話題ではないか。多くの中国ネットユーザーがこの事件を「囲観」し、英BBCなど海外メディアも大々的に報じた。こうしてついに中国政府側は譲歩し、村民による独自選挙で新しい村役人を選出することに合意した。 胡錦濤体制末期にはこうしたネット炎上が政府の譲歩につながる社会事件が続出していた。習近平政権はネットを活用した抗議活動を統治の危機と考え、検閲体制を大幅に強化している。異見分子や人権派弁護士などネット炎上を演出し政府に圧力をかけるノウハウを持った人々に対しては逮捕、弾圧といった強行策をとったほか、前述した共青団による監視ボランティアの拡充、ネットサービスの実名化推進や自主検閲の強化などの体制づくりが進んだ。 2017年現在の中国ネット世論は5年前と一変している。ネット炎上事件がゼロになったわけではないが、検閲のスピードアップにより鎮火のペースは以前よりもはるかに速くなった。またネットユーザーの増加に伴い大衆化が進み、政治よりも娯楽に関心を寄せる人の比率が高まった。今、中国のネットを眺めてもかつてのような社会批判があふれかえっている光景はない。香港にある中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」前で 劉暁波氏を悼み記帳する人たち=2017年7月14日 もっともネットから政府批判が一掃されたわけではない。例えば今年7月、劉暁波氏が死去したとき、政府はこの話題に関する検閲を断行、ロウソクの絵文字まで禁止するほどの徹底ぶりを見せた。それでも一部の人々は「先生がお亡くなりになった」「惜しい人をなくした」などの表現で自らの心情を表現した。 また近年流行しているのが、音声による情報拡散だ。「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞した人権活動家の陳光誠氏は2012年から米国に在住している。陳氏に関する情報は検閲対象だが、その講演録は音声ファイルという形で中国のネットに流通しているという。検索可能な文字情報は検閲がしやすい。動画情報は厳格に規制されておりやはり流通が困難だ。政府が察知しづらく、またファイルサイズも小さいため、気軽に送れる音声ファイルでの情報流通が広がっているという。陳氏は「ユーチューブで動画を公開した15分後には音声ファイルが出回っていた」と話す。陳氏以外でも、多くの講演が音声ファイルとして広く出回っているという。 胡錦濤体制当時のような表だった盛り上がりはないが、水面下では当局がひた隠しにする情報が流通している。中国政府は検閲技術の向上や人海戦術によってさらに規制を強化していくだろうが、この流れを完全に絶つことはできないだろう。この水面下での情報流通が何を生み出すのか、見過ごしてはならない動きだろう。

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    中国民主化闘士のアイコン、劉暁波「血の代償」の意義

    三船恵美(駒澤大法学部教授) 基本的な人権を求めること、それが中国では「罪」にみなされてしまうのだ。 勇気をもって中国にとどまり言論活動を続け、非暴力で平和的な民主を勝ち取ろうと訴え続けた劉暁波氏の人生は、投獄や強制労働収容にも折れることなく、民主と自由の理想を追い続けるものだった。世界中で多くの人々が、劉氏の死に哀悼の意を表している。 中国の権威主義的な統治や専制制度の腐敗を批判して、自由や民主の尊重を求めてきた劉暁波氏が、2017年7月13日午後5時35分、「病死」した。まだ61歳だった。当局監視下で〝獄中死〟を遂げるまで、妻の劉霞さん(左)の解放を求め続けた劉暁波さん。劉霞さんは法的根拠もなく、今も軟禁下に置かれている(劉氏の家族提供・ロイター=共同) 「肝臓がんが全身に転移している」と中国当局が6月末に発表してから半月ほどで亡くなった。末期がんと診断されて刑務所から病院へ移送されたということは、中国当局が「中国における民主化闘士のアイコン」である劉暁波氏に、「刑務所での獄死」や「アメリカやドイツの病院でようやく治療されてからの絶命」ではなく、「中国内の病院での病死」で息絶えてほしかったのだろう。 最期の痩せ細った劉暁波氏の映像は、中国の人権問題に関心を抱く世界の人々に大きな衝撃を与えた。劉氏の耐えた苦しみやつらさを察して有り余るほどだった。劉暁波氏は、1989年の第2次天安門事件以来、威厳のある態度で、中国の自由や民主を訴え続けてきた。自らの良心に基づいて、専制体制の改革や批判を主張して亡くなった人物として、その背景は違うものの、ロシア人女性ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏や、ロシアの元情報将校であったアレクサンドル・リトビネンコ氏を思い浮かべた人も少なくなかっただろう。 劉暁波氏は、中国における民主化闘士の象徴的存在として、服役中の2010年にノーベル平和賞を受賞した人物だ。劉氏は、世界人権宣言の公布から60周年目の世界人権デーにあたる08年12月10日に、「08憲章」を公表しようとしていた。しかし、その直前の12月8日、警察に連行されてしまった。劉氏は、09年12月25日の北京市第一中級人民法院(地裁に相当)における判決公判で、国家政権転覆扇動罪で懲役11年、政治権利剥奪2年の実刑判決を言い渡された。翌年2月に上訴が棄却され、判定が確定した。まさに、その年に劉氏は中国民主化運動のアイコンとしてノーベル平和賞を受賞したのである。 劉氏が出席できなかった授賞式では、受賞者席が空席のままという異例の形で行われた。ネットの規制が厳しい中国で、劉氏の死を悼む人々が椅子の写真を投稿していたのは、このためである。授賞式をめぐっては、式への招待を希望している著名学者や弁護士、人権活動家ら140人以上の出国を中国当局が禁止したことでも話題になった。「反体制の知識人」という表現は最適か 日本の多くのメディアは、劉氏を「反体制の知識人」と紹介する。果たして、その表現は最適なのだろうか。中国の社会構造は「一枚岩」ではない。また「体制派」と「反体制派」の勢力闘争をしてきたわけではない。劉氏は、「自治」と「共生」によって平和的に民主を勝ち取ろうと、ひどい受難に遭いながらも、希望を持ち続けてきたのだ。 「私に、敵はいない」。そう語った劉暁波氏を「反体制の知識人」として呼ぶならば、劉氏の人生や活動を矮小(わいしょう)なイメージに押し込めてしまうことにならないだろうか。 筆者に与えられたテーマは、劉暁波氏の人生や活動が中国や世界に及ぼした外交面・政治面での影響について語ることだ。そこで、若い読者には「08憲章」を知らない方がいるかもしれないので、まず、なぜ劉氏が「罪人」とされ、劉氏が起草した「08憲章」が何を主張していたかを概説することから始めよう。 劉暁波氏の名を世界が知るようになったのは、89年の第2次天安門事件であった。天安門事件から28年、香港で開かれた事件の犠牲者追悼集会でろうそくをともす人たち=2017年6月4日(共同) 北京師範大講師として、コロンビア大学で客員研究員であった劉氏は、第2次天安門事件が起こると帰国した。ニューヨークから北京へ向かう飛行機が東京で乗り継ぎだったため、帰国途中で、4月26日付『人民日報』の「動乱社説」を知った。「動乱社説」とは、胡耀邦元共産党総書記の死去を契機にデモを行っていた学生たちの行動を、鄧小平の指示によって「動乱」と決定付けた「旗幟(きし)鮮明に動乱に反対せよ」という社説だ。劉氏には、その時に東京からニューヨークに戻って、アメリカから中国の政治改革の主張を発信することもできたはずであった。しかし、劉氏は北京へ向かった。 天安門では、劉氏は「絶食4君子」の1人として、ハンガーストライキを指揮した。人民解放軍が学生らを武力で弾圧すると、劉氏は学生らの安全な撤退を解放軍と交渉した。事件後、劉氏は「反革命宣伝扇動罪」で投獄された。91年に出所すると、劉氏は国外へ亡命せず、中国国内に踏みとどまって人権と民主の尊重を訴え続けたのである。最後に発信した「08憲章」という主張 劉氏は、96年に政府批判の書簡を公表して、3年間の「労働改造所」送りの処分を受けた。08年暮れには、インターネット上で発表された「08憲章」の起草の中心的役割を果たした。劉氏は中国当局に逮捕され、「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年の刑に服することになったのだ。獄中にあった劉氏は、中国当局から罪を認めれば釈放してやるといわれ続けても、応じてこなかった。結局「08憲章」は、劉氏が中国国内と国際社会へ発信した最後の主張となった。 「08憲章」は、以下を主な基本理念としていた。・権利としての自由(言論、出版、集会、結社、移動、ストライキ、デモ行進などの自由)・人権(国家が賜与する人権ではなく、人間が生まれながら享有している権利としての人権)・公民の社会的・経済的・文化的・政治的平等の原則・分権とチェック・アンド・バランス・主権在民と民選政府・憲政(憲法が公民の基本的自由と権利を保障する原則のもと、政府の権力を法が抑制する制度的措置として機能するしくみ) 「08憲章」の基本的主張の主な点は、以下についての提起である。・主権在民を原則とする憲法改正・三権分権の保証とチェック・アンド・バランスの確立・立法機関の直接選挙、公正正義な立法機関・民主的で平等な選挙の実施・司法の独立、公正な司法の保証、憲法裁判所の設立・軍の国軍化(※筆者注:人民解放軍は「党軍」)と党組織の軍隊からの退出・人権の保障(公権乱用による人権侵害の防止、人間としての尊厳や身体の自由の保障、不法な逮捕や拘禁や処罰をしないこと、労働矯正の廃止)・警察を含む公務員の政治的中立性・人の移動の自由(都市と農村の戸籍による差別の撤廃)・結社、集会、言論、宗教の自由・私有財産の保護・権限と責任が明確な財政の確立・すべての人民を対象とする社会保障制度の確立・教育・医療・養老・就業における基本的な保障・一党統治に奉仕するための政治教育と政治試験の廃止、普遍的な価値と権利を基本とする公民教育・党派によらない平等な就業機会・政治的迫害を受けた人々の名誉の回復・香港・マカオにおけるリベラルな制度の維持 「08憲章」が提起した内容は、欧米先進国であれば、生まれながらのあたりまえの権利として享有しているものだ。ただし、「08憲章」は中台和解と民主的憲政の枠組みにおける連邦共和国樹立についても提起しており、その点が中国特有の「例外」であることは指摘しておく。ベルリンの壁崩壊につなげた劉氏の勇気 劉暁波氏らの勇気ある活動や人生は、中国や世界の政治に影響を与えてきた。その主な点として、紙幅の都合で以下3点を挙げる。 その最も大きなものは、「ヨーロッパ・ピクニック計画」から始まった89年の東欧革命への影響だ。第2次天安門事件は、当時「天安門の虐殺事件」と世界で呼ばれていた。「人民解放」を冠とする軍の戦車が武器を持たずに抵抗していない学生や市民を踏みつぶして通り過ぎる映像を目にした東欧の指導者らは、「ブランデンブルク門を天安門にしてはならない」と口にした。中国の天安門事件を世界中が批判した教訓から、非暴力のデモに対して、東欧諸国の政府は武力で露骨に押さえつけられなくなったのだ。ゴルバチョフもソ連軍介入の要請を認めなかった。それが、同年末の「ベルリンの壁」崩壊へとつながったのだ。劉暁波氏らが指導した非暴力の民主化要求とそれによる「血の代償」は、国際政治史の中で意義あるものとして指摘される点だ。ベルリンの壁の前で遊ぶ子供たち=1990年3月 その一方で、劉暁波氏の悲痛な最期は、中国における民主化の動きを下火に向かわせるだろう。天安門事件を知らない若い世代は、劉氏の名さえ知らない。劉氏の人生と活動を知っている人たちであっても、中国当局が妻の劉霞氏や劉氏の支持者らを次々と厳しい監視下に置いている。また、劉氏の死をめぐる世界中からの批判を気にした中国当局は、劉氏やその周辺人物の名前のみならず、亡くなった直後に「くまのプーさん」までもが、インターネットで検索不能になるほどであった。一時的に「くまのプーさん」が検閲対象になったのは、入院中の劉暁波氏が劉霞氏と色違いでおそろいの「くまのプーさん」のマグカップで乾杯している写真がネットで拡散していたからだとみられている。 劉氏の人生や活動、そしてその悲しい最期は、中国で自由や民主を求めれば、つまりは中国共産党にあらがえば、いかに重い「代償」を払わされるかを、中国内で民主化の希望を抱いてきた人々や世界に知らしめることになったのだ。 最後に、「経済大国になった中国」が強権的な姿勢を見せても、世界の政治指導者らは中国の言うことを受け入れる、と中国が再確認してしまったということだ。劉氏の死をめぐり、中国への批判声明を公表した英国などの一部の例外を除けば、人権や民主や自由や法の支配といった「普遍的価値」を口にしている諸国の政治指導者らは、「経済大国になった中国」を前に、批判を避けた。ドイツのメルケル首相は、ドイツを訪問していた習近平主席に対して劉氏の受け入れを複数回表明していたと、報道されている。しかし、共同記者会見で劉暁波氏について触れることはなかった。米国のトランプ政権は、「米国の価値観を外国に押しつけない」と公言している。 「価値観外交」を唱えてきた日本政府の高官らは、劉氏の死を悼む言葉を口にしても、中国の人権政策について直ちに批判することはなかった。劉暁波氏の人生と死をめぐる一連の出来事は、中国の人権のみならず、安倍政権の価値観外交についても、日本人と国際社会に考えさせたのである。

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    ネットから見る中国社会 「スモッグ」が生み出した新たな政治参加

    古畑康雄(共同通信社記者) 「中国では、インターネットが出現する前には『世論』が存在しなかった」北京大学のネット研究者、胡泳教授は筆者にこう語っている。人民日報や中国中央テレビ、新華社に代表される中国の伝統メディアはあくまでも共産党や政府の指導方針を知らせるため、つまりプロパガンダの手段であって、民意を表出できる場ではない。ネットが登場する以前、人々が民意を表明できる場は口コミなどに限られていた。北京でスマホを閲覧する男性 ネットが登場し、特に「ウェブ2.0」という双方向型ソーシャルメディアが2000年代後半に相次ぎ出現したことで、人々はネットを使って身の回りの問題や政治、社会への意見を表明できる場を手にした。そうした網民(ネット市民)の相互交流から民間世論が形成され、政策決定にも影響するようになった。 中国の民衆が何を考え、政治、社会、外交などの問題についてどのような見方をしているかを知る上で、ネットは今や欠くことのできない手段である。特に日中関係において、日本の対中認識は共産党政権の強硬な姿勢や、それを受けた『環球時報』などのタカ派メディアの論調に影響されているが、ネットにはより多様な意見も存在する。 ただこうしたネット世論の急速な成長に脅威を抱いた中国政府は、オピニオンリーダーを逮捕、あるいは微博(短文投稿サイト)アカウントの強制削除などネット言論にも厳しい規制を加えている。このような中国ネット社会の情勢を拙著で紹介したが、本稿ではその後の状況を含め、掘り下げていきたい。 中国のネット社会ではしばしば新語が登場し、時代を象徴するキーワードとして人々の間に広がる。最近よく目にする言葉の一つに「為人民服霧」というものがある。中国各地を覆う「霧霾(スモッグ)」の別名なのだという。 無理に訳せば「人民に霧を服用させる」だが、中国に対する知識があれば、これは天安門広場にも掲げられたスローガン「為人民服務(人民に奉仕する)」のパロディであると分かる。 このようなスモッグに関する笑い話をネットで検索すると、北京の交通情報ラジオにある男性から電話があった。 「スモッグで信号がよく見えず、赤信号を4、5個も無視してしまった。どうしたらいいか?」ラジオ局のアナウンサーはこう答えた。 「大丈夫、スモッグが濃いからナンバープレートも見えない」1. 個人の対処法:マスクを着ける2. 家族全員の対処法:保険に入る3. 金と時間がある人の対処法:国外旅行に出る4. 土豪(成金的特権階層)の対処法:移民する5. 国家の対処法:風が吹くのを待つ6. 全人民の対処法:全部吸ってしまう など、枚挙にいとまがない。 こうしたジョークは、いずれも政府がスモッグ問題に対して無策であることを批判したものだ。当局が厳しい言論統制を続ける中、ストレートな批判をすると取り締まりの対象になってしまうため、人々はジョークだけでなく、様々な方法を用いてスモッグ問題で声を上げ始めている。その中心となっているのが、「90後」(1990年代生まれ)の若者や、都市部の中産階級である。ラジオ・フリー・アジア(RFA)などの報道によると、四川省成都市では次のような抗議活動がネットで広がったという。ネットを介した抗議の呼び掛け 成都では12月5日から大規模なスモッグが発生、ネットではもはや「成都」ではなく発音の似た「塵都」だと言われていた。こうした中、網民は「我愛成都、請譲我呼吸(私は成都を愛しています。私に呼吸をさせてください)」とネットで人々に市中心部の天府広場に集まって抗議することを呼び掛けたのだ。 この呼び掛けに対し、「成都の90後は自らの主張を始めた。彼らはもはや我慢できず、街へと出た。子どもたちにこんな生活をさせた、こんな世界を与えたことで、われわれはみな同罪だ」と、このような書き込みで応じたという。 さらに網民による「一人一図反霧霾」(1人1枚(写真)でスモッグ反対)というマスクを着け、スモッグの中で標語を掲げた写真を投稿するように呼び掛けるキャンペーンも行われた。 しかしこうした呼び掛けは、当然のことながら当局も警戒しており、10日に予定していた活動は事前に当局によって阻止された。微博での呼び掛けはたちまち削除され、管理者は「書き込みはデマだ」と声明を発表。同日の天府広場の入り口には大量の警官が配備され、人や車の進入が禁止となった。春熙路にはマスクをした若者が集団で地面に座ったが、警察に職務質問を受けたという。 「一人一図」の写真もたちまち削除され、スモッグを題材に作品を発表した成都のカメラマンも後日警察に呼び出されたようだ。RFAによるとこのカメラマンはネットに「スモッグ写真をネットで発表したため、カメラマンと助手が警察に連行された。このような写真は撮影も発表もできない」と書き込み、スモッグの中で立つ人やかすんで見えないビルなどの7枚の写真を掲載。さらに「次のような写真は多く発表すべきだ。カメラマンとしてわれわれはより多くの『正能量』を大衆に発表すべきだ」として、青空と白い雲の2枚の写真も載せたと報じている。 ここで言う「正能量(プラスのエネルギー)」とは、中国共産党や政府を賞賛するような内容のことで、多くは「五毛党」と呼ばれる御用ネットユーザーらによる書き込みや文章である。 このカメラマンの「正能量」の書き込みと青空写真の投稿に、多くの網民は「高級黒」だと指摘している。高級黒とは、表向きは当局の政策を支持しているように見えて、裏で批判や皮肉を込めた中国ネット独自の言い回しだ。 また、この書き込みをネットで転載した人はRFAに対し、中国政府は「問題を解決するのではなく、問題を提起した人を処分する」という一貫した考え方をしていると指摘し、続けて次のように述べた。 「当局が一番恐れているのは、カメラマンがスモッグの実情を人々に伝えることだ。人々がもはや身を隠す場所がないと理解し、行動を開始した時、この体制は崩壊する。それゆえ当局は神経過敏になり、カメラマンがスモッグを吸い込んで死のうとも、こうした事情を撮影し発表することを許さないのだ」 四川省成都市在住のネット作家劉爾目は、スモッグの根源は偽りの発展を追求する共産党政権にある、という趣旨の文章をネットで発表したため、警察に連行された。後にVOA(ボイス・オブ・アメリカ)の取材で、「スモッグは成都の民衆にこの問題を意識させ、議論に参加して訴えるように覚醒させた」と述べた。「子供のために一時的にスモッグから逃れることはできる、だが後の世代のために共産党への批判や、環境問題への関心は放棄しない。今後も抗争を堅持し、人々に目覚めるよう呼び掛け、権利を守ることを支持する」と続けた。 このように政府の民衆のあらゆる意見表明を封じるやり方は、政府と民衆の対立関係を強めるだけである。中国人民大学の周孝正教授はRFAの取材に、スモッグ問題の本質は「政治霧霾(政治的なスモッグ)」だと述べている。そして共産党政権の利益集団が長年行ってきた経済発展モデルが、資源浪費や環境汚染を生み、既得利益層は海外へと大規模な移住で難を逃れているが、逃れられない一般大衆に問題を押し付けていると批判した。スモッグ警報が出された北京の天安門広場前で使い込まれたマスクを着けた男性 =2017年1月15日 スモッグ問題は、こうして環境問題から政治問題へと発展し、若者や中産階級が積極的に政治参加する「霧霾政治(スモッグ政治)」とも言うべき状況になっている。 中産階級について、社会運動の研究者で作家の呉強は、スモッグ政治における中心的役割を担っていると指摘。その背景として、中産階級の資産が拡大し、中国で最も発言権を持つ階層になったことを挙げている。そして、この中国で最も活発な集団は、政治や環境問題への関心が高く、地域的なスモッグ問題を全国的な関心事へと展開することができる。スモッグ政治は過去のGDP中心の経済モデルを徐々に消滅させ、政府や官僚の地位に直接影響を与える、これが中国の中産階級が運動に及ぼす役割だと述べている。 また、呉は香港のネットメディア端伝媒でも「意外性のある、生き生きとした新中産階級が、スモッグの中で急速に形成された。『早く蓄財して急いで移民しよう』という移民志向の他に、SNSによる結社化や非公式の場での大量の不満表明、そして予想もつかない小規模な抗議行動を取るようになった」「当局が人権派弁護士を弾圧、学校での政治思想統制を強化、そして都市化が急速に進んだことで、スモッグ政治に代表される中産階級による政治が、それまでの権利擁護運動に代わり、密かに拡散している」と指摘し、その例として成都の抗議活動を挙げた。 現在、中国当局は「維穏」(治安維持)の技術やノウハウを高め、あらゆる反対表明の動きの芽をもつもうとしている。だが環境問題、さらにはその根源にある体制そのものが持つ欠陥が解決されない限り、人々の不満は従来の市民運動とは違った形で表出する可能性が高い。新たな形での意思表明や政治参加は、スモッグのように拡散し、当局のコントロールはますます困難になるだろう。こうした動きにネット社会がどのように関与するのか、今後も注目していきたい。

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    「世界共通のインターネット」時代は終わりを迎えるのか

    塚越健司 (拓殖大学非常勤講師) 前回は中国のシェアリングサービスを論じることで、制度設計が人々の行動習慣にどのような影響をもたらし得るかを論じた。本連載でも最近中国について論じる機会が増えてきたが、それほどまでに特殊なIT事情を有する中国は、やはり注目に値する。 とはいえ中国は、世界をつなげてひとつにする「世界共通のインターネット」から離脱しようという意図がみえる。またグーグル検索においてもこの「世界共通」は複雑な問題を抱えている。 そもそもインターネットは当初こそ軍事利用的な発想で生まれたが、一般的な普及にあっては世界中の人々がひとつにつながることで、対立から融和への道を示そうという思想的な側面が存在していた。この思想は現在に至り、多くの問題を抱えている。そこで今回は、インターネットが1つであることの困難やその問題について考察したい。 中国の積極的な「世界共通のインターネット」から離脱せんとする動きが問題となっている。以前本連載でも述べた通り、中国は海外のIT製品を締め出し、国内だけでまわるインターネット経済圏を構築しようとしている。また2017年6月に施行した「サイバーセキュリティ法」は、海外企業が中国国内で業務を行う際に当局の求めに応じた協力が要請されており(具体的な指定がないが故に、範囲はいくらでも拡張可能だ)、場合によっては個人情報の提出などが考えられる。このように海外企業への一層の取り締まりの一方、国内の統制も強化されている。 よく知られている通り、独裁国家や抑圧的な国家は特定の情報などへのアクセスが禁止されたり、時に国民の通信回線を遮断することもある。中国はインターネットに関する有名な検閲システムがあり(いわゆる「Great Firewall」)、TwitterやFacebookといったSNSをはじめ、Googleのサービスや「ニューヨーク・タイムズ」といったメディアへのアクセスも不可能なばかりか、天安門事件などについては検索に表示されず、政府批判の発言は削除されてきた。iStock 中国は最近になって、VPNを2018年2月1日までに大手キャリアに禁止させる予定であると報道されている。VPNとは「Virtual Private Network(仮想プライベートネットワーク)」を意味するもの。技術的な詳細を省きごく簡単に概要だけ説明すれば、セキュリティレベルを上げることで他者からの攻撃を阻止するとともに、設定によっては中国にいながら他国からアクセスしたようにみせかけることを可能とする技術だ。これにより、中国の人々も欧米からアクセスしたようにみせかけることで、欧米のSNSなどを利用することが可能であった。中国は他国のインターネットにも介入? しかし先の報道によれば、来年からは中国の3大キャリア計13億のユーザーはVPNの利用ができなくなるという。その他のプロバイダーにも禁止措置が適応されるかどうかはわからないが、いずれにせよ大規模な禁止が実行されると、ますます中国はインターネットから孤立することになる。その結果、中国国内の研究者やビジネスマンへの影響もさることながら、仕事で中国に滞在する日本人を含む海外の人々にとっても大きな障害となるだろう。iStock こうして中国が世界共通のインターネットから離れていく一方、中国が海外に圧力をかけていることも判明している。16世紀から続く最古の出版社であるケンブリッジ大学出版局は2017年8月、中国政府の要請に応じて、ケンブリッジ大学出版局が発行する中国研究の学術雑誌における論文300本あまりを、中国国内からアクセス禁止にすることを決定した。 この雑誌は中国研究の世界的権威でもあり、300本の論文の多くは台湾やチベット、天安門など中国にとって好ましくない内容であるが、決定には多くの批判が生じた。内部のメールがネットに流出したこと等から判明しているのは、中国政府から政治的、経済的な圧力がかけられており、この300本の条件を飲まなければ最悪の場合すべての研究業績が中国の人々の目に触れることができなくなると、ケンブリッジ側が判断したということだ。しかしこの決定は中国政府の介入がその後増すこと、そして最終的に編集権を中国政府に握られることを意味しており、多くの批判の後でケンブリッジ大学出版局はこの決定を撤回した。 中国はインターネットは国ごとに主権があるという考えをもっており、一国のインターネットに関する(アクセス制限などの)政策は国家が指導すべきとの立場を示している。だがこのケースから明らかになったのは、中国の政治的・経済的な権力によって他国のインターネットに介入しようとする態度であろう。 こうした動きは中国だけではなく、ロシアにも見られる。ロシアも中国同様に国内のインターネットに関する取り締まりが厳しく、特にテロ対策や違法サイトの取り締まりの名目で、言論弾圧や盗聴の合法化などが行われている。また企業活動に際して、データはロシア国内にサーバーを設置しなければならず、当局の求めに応じて個人情報を提出しなければならないことも法律で決まっている。そのため2017年5月から、これを拒否したLINEや中国のWe chatなどはロシア国内では使用できない状態となっている。全世界のグーグルの検索結果を削除できるか さらに7月にはVPNを禁止する法案が上院下院でともに満場一致で採択。はやければ11月にも施行されるという。すでにVPNを利用しなければLINEも利用できないロシアにおいて、VPNの禁止はやはり大きな痛手となる。またこの法案に関しては、反対するデモが行われ逮捕者も出ているが、テレビなどでこの事実が報道されることはなかったという。  中国については日本においても多くの報道がなされているが、ロシアもまたインターネットの主権を国家ごとに認めるべきとの立場であり、結果的に欧米のサービスではなく自前のSNSなどをつくっている。中国もロシアも、世界から自国に都合の悪い情報をシャットアウトしようという意思がうかがえる。iStock しかし、「世界共通」であることが一般の人々の利害に反していることもある。グーグルは多くの訴訟問題を抱えているが、カナダで生じた事件は好例だ。事件を簡単に概観すれば、まずカナダの「Equustek」という企業が、自社のソフトウェア技術が盗まれ、同じ内容のものをパッケージを入れ替えただけで別の業者が違法に販売している事実を知り、この業者を訴えた。訴えられたのは「データリンクゲートウェイ」というEquustekの販売代理店で、当初は否定したものの国外に逃亡し訴訟を放棄。その後この違法行為を働いた張本人には逮捕状が出ているが、居場所がわからず海外で活動している状態だ。 そこでEquustekはグーグルにデータリンクゲートウェイの情報を検索結果から削除してほしいと依頼し、グーグルは受け入れる。しかしグーグルが削除に応じたのは「Google.ca」、つまりカナダ版のグーグルのみだった。Equustekはこれを全世界に適応するよう訴え、2017年6月にカナダ最高裁でEquustekは勝利した。 Equustekは何の罪もない被害者であり、訴えは最もだと思う読者もいるだろう。だがグーグルは7月にカリフォルニア州の裁判所に差し止め請求を行っている。検索結果の削除を全世界に適応するのはアメリカ憲法修正第1条(言論または報道の自由)に反しており、カナダ国内の判決が全世界的に影響が及ぶのはおかしい、という理由だ(事件について詳しくはこちらの記事やこちらを参照してほしい)。「忘れられる権利」の難しさ グーグルもデータリンクの活動を許容しているわけではない。しかし、一度全世界に削除を適応すれば前例をつくることになり、他の判断が難しい削除要求もまた全世界に適応されかねないという問題がある。例えば日本のアニメや二次創作コンテンツは、しばしば欧米においてポルノとみなされることがある。その際、特定の国家においてコンテンツに関する検索結果が削除されたとしても、それを日本や世界中に適応すると問題が生じる。なぜなら文化や地域によって性や暴力、あるいは政治をめぐる解釈は異なる場合があり、特定の国の基準で削除が全世界に適応されてしまえば、他国では問題ないコンテンツへの検索表示もできなくなる恐れがあるからだ。 また一度全世界への適応を認めれば、ある国では検索結果を残すべしと逆に訴えられることにもなりかねない。ましてや世界全体共通の削除基準をつくることは、明らかな暴力など了解されやすいものでない限り難しいことは、上述のとおりだ。世界共通の削除基準は、逆にインターネット空間の縮小を招くことにもなるために、現状ではグーグルはなんとか個別の削除範囲に抑えようとしている(これに関してはアメリカの市民団体(EFF)などもグーグルを支持している)。 この問題は、現在とは異なる過去の情報について削除を行う「忘れられる権利」についてグーグルが直面していることでもある。忘れられる権利については本連載でも議論したが、これもまた削除範囲をどのように決定するかは困難だ。削除が全世界に適応すればビジネスにも影響が出る他、これまで以上に削除依頼が殺到し、インターネットに恣意的な操作が可能になってしまうことが予想される。とはいえグーグルこそがインターネットを恣意的に牛耳っている、という指摘も他方で存在しており、Equustekの訴えが間違っているわけでもなく、ここでは困難なバランスが要求されている。iStock 最終的には経営的な判断からグーグルは諸国家の判断に従うことが予想されるが、特に忘れられる権利を巡ってはEUが削除範囲をEU以外の範囲に拡張することを目指しており、これもグーグルにとって深刻な問題だ。中国・ロシアがインターネットから離脱しかけているが、グーグルは逆に「世界共通」で情報が削除される恐れに直面している。インターネットはもはや「世界共通」ではない? グーグルにせよ中国・ロシア問題にせよ、結局のところ我々はもはやインターネットがひとつの共通空間であるという認識を持ち難くなっている。最後に、世界共通であることに何の意義があるかについて言及しておきたい。iStock 昨今は国家間対立だけでなく、国家内部の市民同士の対立はアメリカや日本においても激化している。特にアメリカの人種や政治をめぐる対立は、もはや市民同士が敵対する市民の個人情報をネットに晒し合う戦いにまで発展してしまっている。これらdoxingと呼ばれる晒し行為は最近、クラウドファンディングによって特定者に報奨金が払われるまでに至っている(これについては筆者が他媒体で論じている)。こうして共通の基盤をもって対立する両者が議論することがますます困難な時代となり、インターネットの「世界共通」という理念もまた維持が困難であることがわかる。 こうした問題は日本や日本人にとっても他人事ではない。中国やロシアの人々との交流が難しくなれば、いたずらに対立感情を煽るような言説に接近したとき、人は対話への意思が挫かれてしまうおそれがある。また海外の判例によって日本人が必要とする情報が検索結果から消去されてしまえば、同じく歴史認識や政治的・文化的な共通意識を世界全体で構築していくことが困難となる。 世界共通のインターネットには問題が多くあるのも事実だ。しかし、それでも共通基盤のもとで(時に大きな)対立と対話を行い続けるか、さもなければこの基盤から離脱し、対立を回避して棲み分けを行うかのいずれかの選択が要求されることになる。リベラルな思想が要求する理想的な対話環境として想定されたインターネットは、今や岐路に立たされている。つかごし・けんじ 拓殖大学非常勤講師。1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

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    やはり中国に人権はない! それを許すトランプの情けなさ

    樫山幸夫 (産經新聞前論説委員長) アメリカはもう「人権の国」ではなくなってしまったのか。 中国の著名な民主活動家で、ノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏が7月13日に亡くなった。各国首脳が相次いで哀悼の意を表明する中、トランプ米大統領は同じ日、マクロン仏大統領との首脳会談後の共同記者会見で、劉氏死去には一切触れず、あろうことか、中国の習近平主席を「偉大な指導者で才能あふれる人物」と絶賛してみせた。 ネット空間などで批判含みの反響が続出したため、ホワイトハウスは、あわてて5時間後に追悼の声明を発表した。しかし「大統領は深く悲しんでいる」というわずか5行の素っ気ないものだった。 驚くべき冷淡さだが、筆者は、こういう反応を予想していた。というのも、その5日前の7月8日、ドイツのハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議の機会に開かれた米中首脳会談で、トランプ大統領の口から、劉暁波氏に関する懸念表明、注文が一切聞かれなかったからだ。 ハンブルクでの首脳会談が開かれたのは、時あたかも、劉氏が重篤に陥り、診察を許可された米独両国の医師団も手の施しようがない状況の中だった。しかも中国は、劉氏を国外の病院に移して適切な治療を施すべきだという各国からの強い要請を、無視し続けていた。  こうした事情があったのだから、本来なら、トランプ氏は、劉氏の問題を会談の主要議題に据え、習主席に対して、非人道的な対応を厳しく批判し、国外での治療を認めるよう迫るべきだった。ホワイトハウスで記者団に話すドナルド・トランプ米大統領=2017年12月2日、ワシントン(ロイター=共同) しかし、この会談を報じた内外メディアの記事を読む限り、トランプ大統領は、そのことに一切言及していない。また、人権問題そのものも、会談全体を通して取りあげられた形跡はない。北朝鮮の核開発、貿易不均衡といった緊急の課題があったとしても、不可解、驚きというしかない。 会談後、ホワイトハウスが公表した記者団向けのメモを確認してみたが「人権」の文字はなかった。念のため、ワシントンに戻る大統領専用機内で行われたホワイトハウス当局者による大統領の欧州歴訪を総括するブリーフィングをチェックしてみたけれど、やはり、結果は同じだった。 記者団からそれに関する質問もなかったというのも実に不可解な話だ。  それにつけても、思い出すのは、1997年10月の江沢民主席(当時)とクリントン米大統領(同)との共同記者会見だ。国賓として訪米した江沢民主席が、最初の訪問地としてハワイを選び、日本にあてつけるかのようにパールハーバーで献花した、あの時の外遊だ。日本でも記憶している人は少なくないだろう。筆者もこの江沢民訪米を取材した。  米中のすさまじい応酬 晩秋の一日、ワシントンでの首脳会談を終えた両首脳は、ホワイトハウスに隣接する荘重なオールド・エグゼクティブ・ビルの講堂に並んで立った。 1989年の天安門事件について聞かれた江沢民主席は、「国家の安全を脅かし、社会的安定を損なう政治的争乱に対して政府が必要な措置を執ったということだ。党と政府はこの判断が正しかったと確信している」と流血の弾圧を正当化した。北京の人民大会堂で開催された人民解放軍創設80年を祝う式典に出席した江沢民前国家主席=2017年8月1日(共同) こういうとき、ホストは、国賓であるゲストの言い分を一応聞き置くという態度をとるものだが、クリントン大統領は違った。自ら発言を求め、「われわれは考えが違う。この事件、それに続く活動家への容赦ない措置によって、中国は国際社会の支持を失った」と賓客を面罵した。  江沢民主席は憤然として、「民主主義、自由、人権というものは、それぞれの国家の状況に従って、他国から干渉されずに検討されるべきものだ。温かい歓迎には感謝しているが、時に雑音が耳に入ってくる」と激しく反発、人権活動家が宿舎やホワイトハウス前でデモや集会を行っていることをもあてこすった。 これで終わるかと思ったところ、クリントン大統領は主席の発言を制するように、「中国はさまざまな問題で正しい決定をしているが、この問題に限ってみれば誤った結論だ」と重ねて中国を非難し、「私や家族に対しても様々なことがいわれてきたが、それでも今私はこの場所にいる」と、批判を受け入れるのが政府の姿勢だと迫った。 すさまじい応酬だった。これまで、各国首脳の記者会見を取材したが、あれだけの丁々発止はみたことがない。 本来、国賓を迎えての記者会見は、美辞麗句、友好ムードにあふれるのが相場だが、このときはそんな雰囲気とはほど遠いものだった。記者会見の場で、こうだったのだから、非公開の会談ではどんなとげとげしいやりとりがあったことだろう。20年たった今でも両首脳の激しい言葉のやりとりが目に浮かぶ。 実はこのとき、会談の翌月、中国が国家転覆陰謀罪で収監、服役させていた著名な民主活動家の魏京生氏を釈放した。原子力協定の履行などという取引材料はあったものの、米政府が魏氏の釈放を首脳会談で強く働きかけた結果だった。人権問題が、「言い放し」だけでなく、実質的な外交交渉の対象になった典型的な例だろう。 そもそも“人権外交”は、1977年に就任したジミー・カーター大統領(民主党)が声高に掲げ、その後の歴代政権においても米国の外交政策の最重要、中心課題のひとつであり続けてきた。カーター政権以前も、自由と民主主義という米国の価値観、さらにはキリスト教の倫理観もあって、米国の外交政策で大きな比重を占めてきていた。トランプ大統領の異様な行動 冷戦時代に、米国は旧ソ連に対して、ノーベル平和賞受賞者のアンドレイ・サハロフ博士の流刑などを強く批判するなど、人権抑圧に懸念を表明し続けてきた。 冷戦終了後、中国が新しいスーパーパワーとして米国と対峙するようになると、その矛先が中国に向けられたのは自然の成り行きだった。 台湾問題、貿易不均衡などとならんで、首脳会談の主要な議題としてとりあげられ、魏京生氏の釈放のように、人権問題が、首脳会談の正否を左右することも少なくなかった。  米国務省は毎年、「世界の人権に関する年次報告」をとりまとめ、各国の状況を批判的に分析している。中国については毎年、チベット、新疆ウィグル自治区での人権抑圧、民主活動家への弾圧などをやり玉にあげている。  1990年からは「米中人権対話」という枠組みが設けられ、米側の懸念が高官レベルによる協議を通じて、中国に直接伝えられた。この対話は、中国側が「米国にも人権問題はあるだろう」と強く反発したことから、「それならお互いの人権問題について話し合おう」という趣旨で設けられたが、実態は、米側が一方的に中国を糾弾することに終始した。最近は、「人権対話」のニュースを聞かないから、休眠状態になっているのかもしれないが。 オバマ前政権末期の昨年6月、北京で開かれた米中戦略・経済対話で、ケリー国務長官(当時)が、人権派弁護士らが多数拘束されていることや、チベットでの人権の弾圧を強く非難した。任期切れが近づいても追及を緩めることのない態度からは、「人権」に対する執念すらうかがえる。米バージニア州知事選、民主党候補ラルフ・ノーサム氏(右)の応援演説に立つオバマ前米大統領=2017年10月19日、米バージニア州(加納宏幸撮影) こうした人権をめぐる過去の米国の一貫した強い姿勢に比べてみたとき、弾圧された民主活動家が亡くなったその日に、中国の最高指導者を絶賛してみせるトランプ大統領の行動はまことに異様に映る。 もっとも、女性に対する数々の蔑視発言、移民に対する血も涙もないコメントを聞く限り。トランプ氏にまっとうな反応を求める方が無理というものだろう。「死の床」にある劉氏の写真に驚いた 加えて、米中間には、北朝鮮の核開発、貿易不均衡、為替、台湾、南シナ海問題など多岐にわたる問題が目白押しだ。 だが、人権ばかりにかかわっているわけにはいかないという認識があるのであれば、それこそ中国の思うつぼ、米外交にとっても取り返しのつかない失策になろう。 いままで繰り返してきた主張を一度でも引っ込めてしまえば、相手は「われわれに屈した」と思ってしまうだろう。 中国の人権問題については、もとより、米国だけでなく、各国が声を合わせて中国に改善を迫っていかなければならない。しかし、対中関係の悪化を恐れてか、歯切れの良さを欠くケースが少なくないようだ。 わが国にしても、中国が劉氏の国外治療を認めなかったことについて、「日本の考え方は中国に伝えてはいるが、詳細は控えたい」(岸田文雄外相)など、関係改善へのマイナスになることを恐れ、腰が引けているようだ。  本来なら、ここは安倍晋三首相の登場を期待したい。首相は昨年の大統領選で、トランプ氏が当選した後、外国首脳としては真っ先にお祝いにかけつけた。就任後も、フロリダの大統領の別荘で二晩も過ごし、ゴルフ三昧で、世界の耳目を集めた。それほど親密な関係なら、大統領と率直な意見交換ができるはずだ。それができるかどうかによって、「個人的な信頼関係」がホンモノかどうかの尺度になるはずだ。日米首脳がゴルフ会談 出迎えたゴルフ場で握手する安倍晋三首相(右)とトランプ米大統領=2017年11月5日、埼玉県(代表撮影・時事通信) それにしてもだ。今回の劉氏の死去で何よりも驚いたのは、“死の床”にある劉氏の写真を中国当局が公表したことだ。医師団に囲まれ、適切な治療が施されているということをアピールしたかったのだろうが、患者の人権、プライバシーはどうなっているのだろう。やせ衰えた瀕死の姿をさらしたいと思う患者などいるはずがない。 人権に配慮しているふりをして、人権を侵害する。やはりこの国に“人権”はない。かしやま・ゆきお 産經新聞前論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

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    中国のSNS 警官を侮辱したりテロ組織に勧誘すると逮捕される

     豊かになったのは間違いが、暮らしやすい社会かと言われればそうとは言いにくいのが実情のようだ。中国の情勢に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏が指摘する。* * * 中国版LINEとも呼ばれる「ウィチャット=ウェイシン(微信)」。中国のテンセント(騰訊)が提供するスマートフォンユーザー向けメッセージングアプリである。一説には12億人が利用しているともされ、中国ではスマホユーザーの実に9割がインストールしているともいわれる。 先行していた新浪の提供する「中国版ツイッター」、微博(ウェイボー)と合わせて中国では人々に欠かせないコミュニケーションツールとなっている。微信(ウィー・チャット)のアプリ(iStock) だが、かねてから指摘されるように習近平政権下のメディアに対する締め付けは厳しく、この波がいよいよ伝統メディアの枠を超えて個人間のコミュニケーションにまで及んでいることを思わせる事象が連続して起きた。 まずは中国ネット管理部門が国内でSNSや掲示板サービスを提供する代表的企業・テンセントや百度(バイドゥ)など3社に対し、「情報管理が不徹底」だとして罰金処分にしたことだ。8月25日のことだが、当局は続く流れの中で「グループチャット内での監視の強化」も視野に入れていた。 そして30日、『人民日報』は、〈「グループチャット」内で三文字を発信! 女性はそれで行政勾留 たとえ仲間内の会話でも注意が必要〉という記事を配信した。 中身は、一人の女性ドライバーが駐車違反をして罰金を科されたことに怒り、警官を侮辱する「三文字」をグループチャット内で発信し、それを見た交通民警が地元公安分局に通報。最終的に女性ドライバーが罰に処せられたというものだ。中国には「中華人民共和国治安管理処罰法」というのがあり、法律で警察を侮辱し悪辣な影響を与える行為を禁じている。その第26条に違反に相当するというのだ。 また同じように9月4日には北京の張強という若い男性が友達とも会話の中で、ふざけて「オレと一緒にISISに入ろう」と書き込んだところ逮捕され、最終的に9カ月の刑を言い渡されたことも紹介されている。 まあ、経済発展している一方で息苦しい空間も広がっている中国の実情がよく伝わってくる話だ。関連記事■ 中国の大学生 約半数が「在学中に恋愛なし」のデータも■ 男尊女卑が根強い中国 妊婦が無謀な産み分けに走る悲劇も■ 九州でエイズ急増 中国若年層の患者激増との符号■ 中国でラブドールのレンタル開始を発表したら…■ もはや技術大国、中国で時速4000km高速飛行列車の研究開始

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    劉暁波氏 幻と消えた「日本でがん治療計画」スクープ証言

     獄中でノーベル平和賞を受賞し、7月13日にがんで死去した中国の民主活動家、劉暁波氏は、死してなお弾圧を受けている。 まず中国では、彼の死そのものを知ることができない。NHKが死亡のニュースを配信すると、中国では映像が突然黒塗りになった。インターネットで追悼の意を表わそうにも、ことごとく書き込みが削除され、ロウソクの絵文字すら消されてしまう。さらには墓が反政府活動のシンボルにならないよう、“遺族の意向”との名目で海に散骨され、遺骨すら遺すことを許されなかった。香港返還から20年を迎えた1日、民主化を求めてデモ行進する人たち。ノーベル平和賞受賞者の民主活動家、劉暁波氏の似顔絵が掲げられた=2017年7月1(共同) こうした対応は、中国がいかに劉氏を恐れていたかの表われでもある。劉氏は末期がんの治療を海外で受けることを望んだが、中国当局は最後まで出国許可を出さなかった。実は治療先の候補として挙がっていたのが日本だった。『習近平VSトランプ』などの著書がある遠藤誉・筑波大学名誉教授が明かす。「私が連絡を取り合っている在米華人の人権団体『公民力量』のメンバーである弁護士から、7月2日に『飛行機の移動時間も短く、医療も進んでいる日本で、劉氏に治療を受けさせるか、日本から専門医を派遣するなど、日本で呼びかけてもらえないか』という中国語のメールが届いていたのです」 ワシントンなどに拠点を置く公民力量は、劉氏の人権活動を長く支援してきた団体だ。彼らから連絡を受けた遠藤氏は、日本で専門医探しや、政府に働きかける道を模索していたが、劉氏は帰らぬ人となってしまった。遠藤氏は、劉氏を救えなかった悔しさをにじませる。「ドイツのメルケル首相が『劉氏をドイツで治療させたい』と直接習近平国家首席に伝えたのに対し、安倍首相はドイツでの日中首脳会談で劉氏の問題に触れもしなかった。日本は中国の顔色ばかり見ていてはいけない」 安倍首相が「主張する外交」でノーベル平和賞を受賞することはないだろう。関連記事■ ノーベル賞の劉暁波氏の治療映像 8年前に撮影された疑い■ 天安門「戦車男」釈放か だが中国の政治犯に過酷な状況続く■ 110mハードル五輪金の劉翔氏が300日で離婚 収入減も原因か■ 腐敗摘発の徐才厚・元中央軍事委副主席 末期がんで危篤状態■ 習近平氏に大きな爆弾 中国共産党元幹部23人が民主化を要求

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    中国内に「韓国による朝鮮半島の統一」を求める声

    「北朝鮮は米国に次ぐ、第2の仮想敵だ」「韓国が朝鮮半島を統一した方が中国に有益」──。中国は激しい北朝鮮批判を続けている。もはや「血で塗り固められた友誼」は存在せず、国境をはさんで両軍が対峙。このままでは、米朝より先に、中朝戦争が勃発する可能性も指摘されている。ジャーナリストの相馬勝氏がレポートする。* * *「北朝鮮=仮想敵」論をいち早く発表してきたのが、上海の華東師範大学国際冷戦史研究センター主任の沈志華教授だ。沈教授はソ連邦崩壊でロシアが混乱していた1994年、個人資産を投じて、ロシア政府から朝鮮戦争時のスターリンや毛沢東、金日成主席が交わした公電やその後の中朝ソ3か国が取り交わした秘密文書などのコピー数万部を入手し、翻訳や解読を行った。 その研究成果の一部が同大のホームページ上で公開されている。それは今年3月、大連外国語大学で行った講演録で、約2万3000字に及ぶ長大な論文だ。そこには中朝関係の秘話が満載されている。 たとえば、朝鮮戦争後の1958年、中国の義勇軍が北朝鮮から撤退する際、毛沢東は金日成と会談し、「もし、再度戦争するようなことがあれば、中国の東北部を北朝鮮に譲っても良い」と発言した。毛の真意は「戦争で北朝鮮が窮地に陥った際、北朝鮮軍は東北地方を拠点にして戦ってもよい」ということだと教授は語る。(iStock) この言葉を言質として、2001年に訪中した金正日総書記が中国側に「東北部を『視察』したい」と申し出た。中国側は「外国首脳が(東北部に)行くなら、『訪問』であって、『視察』ではない」と異議を唱えたが、金総書記は「父親の金日成が生前『毛沢東主席は東北部を北朝鮮に譲った』と話していた」と反論した。 江沢民指導部はすぐに、中国共産党中央対外連絡部の朱良部長(当時)に調べさせた。「たしかに金親子が毛沢東発言について自分たちに都合の良い部分だけを取ったのだが、事実だったことは間違いない」と教授は明かした。「このような解釈を行う北朝鮮こそ、中国の潜在的な敵だ。北朝鮮は中国の広大な領土を求めるという野心を持ち続けているのだ」と教授は憤る。 また、北朝鮮が中国に敵対的な態度をとるようになったのは1992年8月、中国の最高実力者、トウ小平が金日成の反対を押し切って、中韓の外交関係を樹立してからで、この後、金日成は核兵器開発に着手し、金正日から、いまの金正恩指導部に引き継がれている。なぜ「北朝鮮=潜在敵」なのか「中国の核心的利益の一つは『東北アジア域内の平和的環境であり、中国の経済発展の持続』だが、北朝鮮は核開発に突き進み、域内の平和的環境を崩そうとしているのは明らかだ。もはや、この時点で北朝鮮は『潜在敵』であり、逆に韓国は『潜在的な友人』で、この結果、中朝友好協力相互援助条約は一片の紙屑でしかなくなった」と教授は指摘する。 さらに、教授は「朝鮮半島の統一は中国にとって脅威だろうか」との疑問を呈し、「一般的に中国は米韓による朝鮮半島の統一よりは、北朝鮮が存続し続け、南北朝鮮が対立している現状の維持を望んでいる」との説に反論。韓国は潜在的な友好国なのだから、「韓国が朝鮮半島を統一した方が、中国にとって有益だ」と力説する。「なぜならば、韓国による朝鮮半島の統一によって、韓国と国境を接することになる中国東北部に韓国資本が流入し、東北部の経済発展を促進することになるからだ」と分析している。 このような教授の「北朝鮮=潜在敵」論は、米国の朝鮮半島問題専門家で、ブッシュ政権当時の国家安全保障会議(NSC)アジア部長を務めたビクター・チャ米戦略国際問題研究所(CSIS)担当部長にも支持されている。チャ氏は今年4月25日、米上院アジア太平洋の政策と戦略に関する軍事問題公聴会で次のように証言した。「北朝鮮は1994年から2008年の間に16回のミサイル発射実験および1回の核実験を行った。09年1月からこれ(今年4月25日現在)まで71回のミサイル実験および4回の核実験を実施した」と語り、核開発は近年、急ピッチで進められていると強調。とくに09年以降、北朝鮮は中国などとの話し合いにも応じておらず、「核開発中止に関して話し合いをする気がないことを示している」と断定する。チャ氏は「13年には中国側の窓口役を務めた張成沢氏を処刑して、中国とのパイプを絶った。これは金正恩委員長が中国を敵視している証拠だ」と鋭く指摘している。(iStock) 沈教授も米紙「ニューヨーク・タイムズ」の取材に対して、「もし、北朝鮮が核開発を完了すれば、世界は北朝鮮の独裁者の足下にひれ伏さなければならなくなるだろう。膠着状態が続けば続くほど、北朝鮮に有利になる」と分析。そのうえで、教授は「もし、北京とワシントンの政治的な協力が失敗し、北朝鮮の核開発の野望を封じ込められなければ、米中両国政府は対北朝鮮軍事オプションを前提とした協力体制を敷くべきだ」と強調している。●そうま・まさる/1956年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、香港支局長、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員等を経て、2010年に退社し、フリーに。『中国共産党に消された人々』、「茅沢勤」のペンネームで『習近平の正体』(いずれも小学館刊)など著書多数。近著に『習近平の「反日」作戦』(小学館刊)。関連記事■ 麻央さん娘・麗禾ちゃん 明るく振る舞う姿に周囲が心痛める■ 小泉孝太郎、気遣い上手な女性と交際 本人は直撃に認める■ 熱愛発覚の小泉孝太郎 本人直撃時の一問一答を全文掲載■ 旭日旗批判は韓国人にとって先祖の行いを批判・侮辱する行為■ 恋愛、結婚、そして就職も諦め 韓国「七放世代」の悲鳴

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    なぜ中国は「北朝鮮の非核化」に消極的なのか

    して認めろ」という北朝鮮の主張が、現実味を帯びてきた。BRICS首脳会議が閉幕し、記者会見で手を振る中国の習近平国家主席=9月5日、中国福建省アモイ市(共同) 残念なことに、北朝鮮の核・ミサイル開発問題をめぐり、行き詰まりをみせる国際社会がいくら中国に期待を寄せても、中国が「平和的な方法と全関係者による直接対話を通じてのみ解決されるべき」という姿勢を崩すことはない。核実験翌日の9月4日に採択された新興5カ国(BRICS)首脳会議の共同宣言「アモイ宣言」にも、それが示されていた。 中国は、北朝鮮の核・ミサイル問題を米日欧の経済制裁や国際的な圧力では解決できない、と考えている。2016年1月に4回目の核実験を行った直後、北朝鮮の朝鮮中央通信は、イラクとリビアを「国際社会の圧力で自ら核を放棄したために、破滅の運命を避けることができなかった」と批判していた。イラクのフセイン元大統領やリビアのカダフィ大佐の「なれの果て」を知っている北朝鮮の金正恩政権と軍が、米日欧の要求通りに核を放棄したりはしない、ということを中国は承知している。中国はCVID(完全かつ検証可能で後戻りできない核放棄)が「非現実的な目標」であるとみている。 中国は北朝鮮をコントロールできていない。しかし、中国ほど北朝鮮に影響力を及ぼすことができる国がないことも事実である。そのことが、国際社会における中国の外交プレゼンスを高めてきた。したがって、中朝間の対立につながる国連制裁決議など、国際社会による対北朝鮮制裁の枠組みに中国が真摯(しんし)に取り組むはずがない。中国が北朝鮮へ及ぼせる影響力を制限することになれば、また、中国と北朝鮮の「軋轢(あつれき)」が「対立」へ発展すれば、それは中国の国益にならない。 これまで通り、国連などによる多国間アプローチには、中国とロシアによって「抜け道」が作られていくことになるであろう。 とはいえ、「習近平体制下の中国」と「金正恩体制下の北朝鮮」の関係がうまくいっているわけではない(「習近平体制下の中国」と「金正恩体制下の北朝鮮」の2国間関係だけでなく、江沢民系の故徐才厚が牙城としていた旧七大軍区時代の北朝鮮と隣接する旧「瀋陽軍区」・現在の五大戦区に編成された「北部戦区」と、習近平勢力との中国内の利権に絡む政治対立構図が、「習近平体制下の中国」に従わない「金正恩体制下の北朝鮮」の関係構図の根底の一部にあることは、言うまでもない)。中国のメンツをつぶす 北朝鮮の6回目の核実験を受けて、中国政府は、9月4日、北京に駐在する北朝鮮の池在竜(チ・ジェリョン)大使を中国外交部へ呼びつけ、厳重に抗議した。大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射時には、中国外交部は北朝鮮大使を呼びつけていない。9月3日に北朝鮮が強行した核実験は中国の習近平国家主席のメンツを北朝鮮がつぶした、と世界中で報道させることになり、中国を以前よりも怒らせることになった。 北朝鮮による核実験の一報が世界を駆け巡ったのは、9月3日に中国福建省の厦門(アモイ)で開催されたBRICSビジネスフォーラムの開幕式で、習主席が基調演説を行う3時間ほど前のことであった。BRICSとは、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国のことである。今年で9回目を迎えたBRICS首脳会議(9月4~5日)は、2009年以降、加盟国の持ち回りで開催されている。BRICSの枠組みは、域外へ実質的な影響力を及ぼすことができていないものの、「国際関係の民主化の推進」「覇権主義および強権政治への反対」「持続可能な安全保障観」を共に唱える中露協力を中国が米日欧諸国へアピールする舞台となってきた。 しかも、BRICS首脳会議直前、ヒマラヤ山脈の国境地帯ドクラム高原における中国軍の道路建設で長らく対峙(たいじ)していた中印両軍の撤退が合意され、インドのモディ首相のBRICS首脳会議参加が実現したことにより、ホスト国として中国の面目が保たれたばかりであった。BRICS首脳会議に合わせた会談で、握手するインドのモディ首相(左)と中国の習近平国家主席=9月5日、中国福建省アモイ市(新華社=共同) 習主席は、10月18日から開催される中国共産党の第19回党大会を控え、大国外交の成果と自身の権威をアモイから国内外へ向かって発信するはずであった。アモイは、習主席が1985~88年に市党委員会常務委員や副市長を務めた地方市である。2002年に浙江省へ党委員会副書記・省長代行として異動するまで、習主席は福建省で17年も務めた。そのような福建省アモイへゲストを含めて9カ国の首脳を招いていたBRICS国際会議の当日に、金正恩朝鮮労働党委員長は核実験を行ったのである。レッドラインを越えたのか 昨年9月に杭州で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議と今年5月の「一帯一路」国際フォーラムの開催日にミサイルを発射したのに続き、中国がホスト国を務めた重要なBRICS会議開催日に、北朝鮮は核実験をぶつけ、習主席のメンツをまたもやつぶしたのである。  米政府は8月上旬、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄した場合に「4つのノー(ない)」を約束すると説明していた。「4つのノー(ない)」とは、(1)北朝鮮の体制転換は求めない、(2)金正恩政権の崩壊を目指さない、(3)朝鮮半島を南北に分けている北緯38度線を越えて北へ侵攻しない、(4)朝鮮半島の再統一を急がない、という4つの行為をしないという内容であった。それでも北朝鮮が核実験を強行したということは、「金体制の維持」を約束するだけでは北朝鮮が満足しないということを、また、米国の「レッドライン(越えてはならない一線)」を北朝鮮が越えたことを意味する。G20首脳会合に臨む中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2017年7月7日、ドイツ・ハンブルク(代表撮影・共同) しかし、米高官が「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」と繰り返すものの、米政府の選択肢が限られていることを中国はわかっている。米国とその同盟国の財政状況を見れば、日英独加などが戦費を出したことで戦争が可能であったイラク戦争のようにはいかない。北朝鮮と全面戦争をしても戦費と復興再建費を積極的に出そうとする国がないのは明らかである。米国の同盟国である日本と韓国は、自国への被害を考え、米朝の軍事衝突に否定的である。米トランプ政権では、アジア政策の実務担当の高官ポストがいまだに埋まっていない。トランプ政権の北朝鮮政策は袋小路に陥っている。 一方、9月3、4日の中露の対応を見る限り、核実験は中国のレッドラインをまだ越えていない。3日の吉林省延辺の朝鮮自治州では、北朝鮮による核実験の激震で建物に亀裂が入るほどの被害があった。中国の環境保護部(「部」は日本の「省」に相当)は、3日の核実験を受けて、北朝鮮に隣接する吉林省などで放射性物質のモニタリングを始めた。翌4日には、環境保護部は、放射性物質による異常が見つかっていないと発表した。北朝鮮による中国国境付近への放射性物質の侵犯、そのレベルこそが、中国のレッドラインではないかとみられている。中国の狙いはココだ 中国は、北朝鮮の核・ミサイル問題を制裁や圧力では解決できないと考えている。また、トランプ政権には北朝鮮問題を処理できないとみている。中国は北朝鮮のミサイル発射の目的を「金体制の存続」と「米日韓からの経済援助を引き出すための恫喝(どうかつ)」にあると見ており、対米攻撃を北朝鮮の核・ミサイル開発の目的とは考えていない。 さらに、北朝鮮問題は、「アジア安全保障の最大関心事」を南シナ海から朝鮮半島に移してくれている。「北朝鮮が米国にとってコントロール困難な問題国」である間、米国にとっての中国は「南シナ海や東シナ海への姿勢を変えさせる対象国」である前に、「北朝鮮情勢をめぐって協力を引き出させる協力国」として位置づけられる。また、「尖閣奪取へのろしを上げた中国」にとって、日本の防衛力が北朝鮮に分散することは悪くない話である。 したがって、中国が北朝鮮を追い詰めることはしないであろう。中国が北朝鮮を追い詰めれば、北朝鮮に対するロシアの影響力だけが強まり、そこに中国のメリットはない。 また、中国が金委員長の首をすげ替えようとすることは当分ないであろう。「ポスト金体制の北朝鮮」が不安定化したり多元化したり米韓の傀儡(かいらい)政権に北朝鮮を握られるよりは、ましてや「反中国体制」が北に誕生するよりは、「金正恩体制の現状維持」のほうが中国にとってはマシだからである。 北朝鮮が7月28日に発射したICBMの移動発車台は中国が「民生用」として提供した「中国産の新型」を北朝鮮が改造した可能性があるとの専門家の指摘が報じられている。北朝鮮の強気な態度の根底には、中国とロシアの影響力があると見るべきではなかろうか。BRICS首脳会議で、記念写真に納まるロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席=9月4日、中国福建省アモイ市(共同) 「カリスマでもなければ、カリスマが指名した指導者でもない」習主席にとって、安定した米中関係の構築は、中国最高指導者としての威信の確立に必至である。中国は、「北朝鮮をめぐる米中協議」を「アフガン・パキスタン・メカニズム」(4カ国調整グループ)への再開とともに、米中協調外交の政治的ツールとして組み込んでいきたいところであろう。名ばかりの経済制裁 国連安全保障理事会の新たな制裁決議に基づき、中国が8月15日から実施した対北朝鮮禁輸を受けて、中国メディアは、中朝国境に架かる橋の上で海産物を載せて中国側に入ろうとするトラックを拒否した中国側通関の報道を「宣伝」した。しかし、国連などの統計によれば、北朝鮮の約9割強の貿易相手国は中国であり、そのうち約1割が海産物である。その海産物の禁輸を「パフォーマンス以上のレベル」で中国が実際に行っているのであれば、北朝鮮の中国に対する反発はもっと激しいものになっているはずではなかろうか。 9月1日に中国吉林省の長春で開幕された国際展示会では、日本や韓国など110以上の国と地域の企業とともに、北朝鮮からも30社以上が出展していた。そこでは、国連制裁決議で輸出が禁止されているはずの海産物の乾燥ナマコも売られていた。 中国は、「国連や米国に対する協調のパフォーマンス」を内外へ、特に米国へ「宣伝」している。しかし、それが厳密に実施されているかは、疑わしい。 「トランプ米大統領が明確な対北朝鮮外交・安全保障政策をもたないままに、北朝鮮を挑発している」と中国は見ている。米朝両国が「偶発的な衝突」に突入しないように、中国とロシアは、米朝両国を抑制するような中露協調外交を強化していくことを明らかにしている。 ただし、中国はロシアの動きにも注視している。中国の「一帯一路」構想の港湾戦略を据えたベンガル湾沿岸国でロシアが軍事外交を積極的に展開する近年(この点は拙著『米中露パワーシフトと日本』〔勁草書房、2017年〕を参照されたい)、中露の北朝鮮政策は海洋戦略も含んでいる。ロシアとの「競合と協調」のバランスを図りながら、中国は北朝鮮の地政学を「氷のシルクロード(北極海航路)」構想においても位置づけて、「北朝鮮をめぐる対話・協議による大国外交」を主張していくであろう。このままでは、アジア太平洋の秩序形成におけるパワーシフトが、ますます中国優位へと加速してしまうことになる。米国が中国頼みの北朝鮮政策を転換すべき時期にきていると、日本はもっと声を高めていくべきではなかろうか。

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    北の核実験で習近平の怒りも頂点に 血で固めた友誼どうなる

    ンプ大統領の堪忍袋の緒が切れるのだろうか。しかし、堪忍袋の緒が切れるのはトランプ大統領だけではない。中国の習近平主席も同じ思いかもしれない。朝鮮半島問題研究家の宮田敦司氏が、友好関係に亀裂が入りかねない中朝関係についてレポートする。* * * トランプ大統領は9月3日、ツイッターに「北朝鮮の言動は引き続き、米国に対し非常に敵対的で危険だ」と非難した。一方、中国外務省も同日、「断固たる反対と強い非難」という声明を発表している。 このように、今回の核実験をめぐり、米朝関係だけでなく、中朝関係、すなわち習近平と金正恩の関係も悪化した。中国による金正恩排除 これまで北朝鮮を擁護してきた中国でも、なりふり構わない北朝鮮の行動や言動に対しては我慢の限界というものがある。金正恩はいまだに中国を訪問していないばかりか、中国を名指ししての批判まで行った。このような指導者を中国はいつまでも放置しないだろう。中国の習近平国家主席=2016年11月19日、リマ(AP=共同) 習近平主席が「現状維持よりも金正恩を排除したほうが得策」と判断した場合、北朝鮮への経済支援を完全に停止するなどして圧力をかけ、金正恩を亡命させて政権を崩壊させるかもしれない。 中国が金正恩排除を実行する可能性があるのは、中国にとって米軍との緩衝地帯としての「朝鮮半島北半分」の地域が必要となるためなのだが、そのためには中国に従順な政権である必要がある。 そもそも中国にとっては、緩衝地帯となる地域の指導者が金正恩である必要はなく、その地域が「朝鮮民主主義人民共和国」である必要もない。中国のコントロール下に置くことができればいいのだ。従って、中国に反発するような政権は必要ない。 ただ、中国にとっての金正恩排除後のリスクは、北朝鮮からの難民の流入である。この問題は非常に厄介だが、金正恩排除後に直ちに中国軍が北朝鮮北部を占領し、中国へ北朝鮮難民が押し寄せるのを防ぐための安全地帯を設ける可能性もある。悪化を続ける中朝関係 中朝関係は「血で固めた友誼」で結ばれていると言われている。これは、朝鮮戦争を通じて血で固められた友情を意味する。この関係を明文化したものが、1961 年 7 月 11 日に締結された「中朝友好協力相互援助条約」といえる。 この条約の第2条では、「いかなる国家からの侵略であってもこれを防止するため、全ての措置を共同でとる」「締約国の一方が戦争状態に陥った場合に、締約相手は全力をあげて、遅滞なく軍事的およびその他の援助を提供する」と規定している。 しかし、このような規定があっても、中国は自動的に軍事支援を行うことはないだろう。中朝はもはや同盟関係とはいえないからだ。また、この条約は20年ごとの自動更新で、前回は2001年に更新されたのだが、2021年に更新されるかどうかは微妙なところだろう。 中朝関係が微妙になっているのは、中国国防省は公式には認めていないものの、今年4月以降に次のような報道があったことからも垣間見える。【中国軍が臨戦態勢に次ぐレベルの「2級戦備態勢」に入り、中朝国境地帯に10万~15万人規模の兵力を展開した】【中国空軍の爆撃機が「高度な警戒態勢」に入った】【中国が国境付近で軍を改編・増強し、核・化学兵器の攻撃に備えて地下壕を整備している】【北朝鮮へ派遣される可能性がある特殊部隊などの訓練や、武装ヘリコプターによる実弾演習を行った】 軍の動向以外にも、中国共産党機関紙「人民日報」系の国際情報紙「環球時報」が今年4月以降、頻繁に北朝鮮への警告と受け取れる内容の記事を掲載している。 しかし、北朝鮮の中国に対する態度は、既に2013年に変化していた。軍や秘密警察の幹部に対し、「中国に幻想を持つな」「有事には中国を敵とみなせ」とする思想教育を進めていたというのだ。(「産経新聞」2013年12月29日) 北朝鮮が友好国である中国を露骨に批判した文書が明らかになるのは異例だが、2015年にも、朝鮮労働党が国連安全保障理事会の制裁に同調する中国の動きを「敵対視策動」と見なして猛反発し、党中央が地方組織の下級幹部向けの講習会で、米国に対抗するための闘争を党員らに指示している。(「時事通信」2016年3月28日)非現実的な南北統一非現実的な南北統一 こうした中国の動きに対して、韓国の文在寅大統領は韓国主導による南北統一を強く主張するだろう。しかし、現在の韓国には統一に必要な費用を捻出する余力がないうえ、南北統一のロードマップすら策定できていない。 これは、朴槿恵大統領が2015年2月16日、大統領府で大統領直属の統一準備委員会を開催して、南北統一のロードマップを策定するよう述べていることからも裏付けられる。 ロードマップを策定するにあたっての障害は、南北統一に必要な費用、すなわち統一コストの問題だろう。統一コストには2400億ドル(約26兆円)という数字もあれば、2兆ドル(約220兆円)という数字もありバラつきが激しい。 これは、北朝鮮が経済統計を発表していないため、韓国銀行(中央銀行)などが北朝鮮の経済指標を推定せざるを得ないことと、インフラの整備や工場の再建などに、どの程度の費用が必要なのか分からないためであろう。 とはいえ、南北統一にはさまざまなシナリオが考えられるが、どのような形にせよ、大量の難民の発生が最大の問題となる。難民の流入を防止するため、韓国では1990年代に、北朝鮮の国民1人ずつに生活補助金を与える場合とそうでない場合を想定したシミュレーションを行ったことがある。 このシミュレーションの結果、生活補助金を与えない場合の年間流入者は140万人、月額10万ウォン(現在のレートで約9800円)で102万人、20万ウォンで80万人となった。 韓国が受け入れ可能な単純労働者は67万人であることから、20万ウォンを援助しても1年で限度を超えることになり、難民の受け入れができないことが改めて証明される結果となった。 一方、韓国政府は1997年7月に詳細な難民対策案を作成している。これは「30日計画」と呼ばれるもので、同計画よると難民流出は1か月間で韓国に10万人、国境を接する中露などに20万人の計30万人を想定し、「国際会議」の構成や日本からの食糧・財政支援などを含めた具体的な対応策を構想している。 いずれにしても、韓国の負担はあまりにも重い。筆者は南北統一に関する事項を管掌する統一部のレポート類を読んでいるが、読めば読むほど南北統一の難しさを感じる。北朝鮮の命運を握る中国 これまで述べてきたように、韓国主導による南北統一は非現実的であるため、金正恩排除後の北朝鮮の命運を握るのは中国ということになる。 米国が武力行使する可能性については、現在の米国はイラクやシリア、アフガニスタンでの戦争で手一杯であるため、トランプ政権は現に戦闘が行われている地域を重視せざるを得ないため現実的ではない。 しかも、米国防総省は、2012年2月1日に公表した「4年ごとの国防政策の見直し」(QDR)で、「同時に発生した2つの地域戦争に対応する二正面作戦の実行を可能にする」という方針を改め、対武装勢力、対テロ作戦を重視した柔軟な国防体制に転換する方針を明らかにしている。 現在は北朝鮮への圧力として、グアムのB-1B戦略爆撃機を韓国上空へ派遣することしか出来ていない。朝鮮半島近海に空母を派遣していないことについては、空母の維持費は年間600億円とも言われており、1隻だけで毎日億単位の予算を消費することになる。このため、朝鮮半島近海だけに配備するわけにはいかないのだ。 結局、米国は北朝鮮に手を出すことができず、中国の動きを黙認せざるを得ない。つまり、金正恩政権の将来は米国ではなく中国に握られているのだ。 そろそろ金正恩は自分の命運を習近平が握っていることを自覚し、中国の意向を考慮した行動を取る必要があろう。これ以上、中国を怒らせることは、長期的に朝鮮半島の不安定化を招くことになる。 金正恩が排除された場合は難民の流入など、日本も他人事ではなくなる。中国や韓国だけでなく、日本も「その時」に備えておく必要があろう。関連記事■ 使える時間は4分のみ 現実に見えた「Jアラートの実力」■ 金日成の健康法は少女からの輸血や少女との入浴など■ インフラ破壊し1年後に9割死亡 「電磁パルス攻撃」の恐怖■ 「日本の刑務所すら夢のような世界」北朝鮮の難民リスクは■ 大谷翔平「風俗店に直筆サイン」騒動で球団が火消しに奔走

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    中国が切った「中朝軍事同盟カード」を読み切れなかった日米の失敗

    名誉教授、理学博士) 北朝鮮が核実験を強行した。習近平は再び顔に泥を塗られた。それ以上に重要なのは、中国が切った「中朝軍事同盟」カードの重要性を、日米が読み切れなかったことだ。最後のチャンスを逃してしまった事実は大きい。習近平は再び顔に泥 5月14日付けのコラム「習近平の顔に泥!――北朝鮮ミサイル、どの国への挑戦なのか?」に書いたように、中国が建国以来最大のイベントと位置付けていた一帯一路(陸と海の新シルクロード)国際サミット初日の朝、北朝鮮は弾道ミサイルを発射して習近平国家主席の顔に泥を塗った。世界を中国に惹きつけるための晴れの舞台で開会の挨拶をする直前だった。 今回もまた、9月3日から習近平の政治業績地の一つ、福建省のアモイでBRICS(新興5ヵ国)会議を開催する、まさにそのタイミングに合わせて核実験をしたのである。又しても習近平が晴れの舞台として開会の挨拶を準備万端整えていた最中のことだ。 なぜ北朝鮮は必ず習近平の晴れの舞台を狙うのか? それは金正恩委員長が習近平を嫌い、「敵」と位置付けているからである。 習近平の方も朝鮮半島の非核化に逆行する金正恩の核・ミサイル開発に関する暴走を実に苦々しく思っている。二人はおそらく「世界で最も仲が悪い首脳」だろう。金正恩にとって最大の敵がアメリカなら、2番目の、あるいはそれと同等程度の敵は中国なのである。日米2プラス2会合を前に握手する(左から)小野寺防衛相、河野外相、米国のティラーソン国務長官とマティス国防長官=8月17日、ワシントン(ゲッティ=共同) その中国に北朝鮮を説得する力などないが、唯一、中国は強烈なカードを持っていた。 それは「中朝軍事同盟」というカードだ。中国が切っていた「中朝軍事同盟カード」を読み切れなかった日米 8月15日付のコラム「北の譲歩は中国の中朝軍事同盟に関する威嚇が原因」に書いたように、8月14日、金正恩は「アメリカの動向をしばらく見守る」と述べ、グアム沖への弾道ミサイル発射を一時見送る考えを示した。 その原因は8月10日に中国が北朝鮮に発した警告にある。 くり返しになるが8月10日、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は社説として以下の警告を米朝両国に対して表明した。(1)北朝鮮に対する警告:もし北朝鮮がアメリカ領を先制攻撃し、アメリカが報復として北朝鮮を武力攻撃した場合、中国は中立を保つ。(筆者注:中朝軍事同盟は無視する。)(2)アメリカに対する警告:もしアメリカが米韓同盟の下、北朝鮮を先制攻撃すれば、中国は絶対にそれを阻止する。中国は決してその結果描かれる「政治的版図」を座視しない。(3)中国は朝鮮半島の核化には絶対に反対するが、しかし朝鮮半島で戦争が起きることにも同時に反対する。(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦にも反対する。この立場において、中国はロシアとの協力を強化する。 この内の(1)と(3)は、北朝鮮にとっては存亡の危機に関わる脅威である。もし北朝鮮がグアムなどのアメリカ領を先制攻撃してアメリカから報復攻撃を受けた場合、中国は北朝鮮側に立たないということであり、その際、ロシアもまた中国と同じ立場を取るということを意味する。 北朝鮮にとって中国は世界で唯一の軍事同盟を結んでいる国なので、中国が「中朝軍事同盟を無視する」と宣言したとなれば、北朝鮮は孤立無援となる。北朝鮮の軍事力など「核とミサイルと暴走」以外は脆弱なものだ。韓国や日本には大きな犠牲を招くだろうが、アメリカと一国で戦えば全滅する。したがって14日、グアム沖合攻撃は延期(実際上放棄)することを表明した。 北朝鮮がミサイル発射を自制するなどという好機は二度とない。しかも核・ミサイル技術がここまで発展した今となっては絶好のチャンスだった。 だから習近平は8月17日、訪中した米軍制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長と人民大会堂で会談した時に異例の厚遇でもてなした。それはアメリカに米韓合同軍事演習を「暫時」やめてほしかったからだ。 中国の主張は「双暫停」(米朝双方が暫定的に軍事的行動を停止する)。 この前提の下で北朝鮮が一時的にミサイル発射を見送ったのだから、アメリカも同様に8月21日から始まる米韓合同軍事演習を一時的に停止してほしかった。そうすれば話し合いのテーブルに着ける。 金正恩が言っていた「アメリカの動向をしばらく見守る」とは、この8月21日から始まる米韓合同軍事演習を指している。もし演習を行なえば、それ相応の報復を覚悟しておけという趣旨のことを金正恩は言っていた。 しかし8月17日にワシントンで開催された日米の「2+2」外交防衛会議後の共同記者会見で日米の外務防衛代表は日米韓の安保協力強化と北朝鮮に対する圧力をかけ続けることで一致したと述べ、その流れの中でダンフォードは「米韓合同軍事演習の実施は、いかなるレベルでも交渉対象になっていない」と述べたのである。 この時点で北朝鮮問題の動向は決まった。 一回だけ米韓合同軍事演習を中止することは出来なかったのか。その後の北朝鮮の爆発的な暴走と日本に与える脅威を考えたら、どちらが賢明な選択であったか、考えてみる必要があるだろう。圧力をかけることは北朝鮮に技術向上の時間的ゆとりを与えるに等しい 9月3日のNHK日曜討論で、「(8月14日に)北朝鮮がグアムへのミサイル発射を抑制したのはなぜだと思うか」という趣旨の質問に対して、河野外務大臣は(正確には記憶していないが)おおむね「おそらくアメリカが強く出たことを気にしたのではないか」という見方を示していて、少なくとも「中国が中朝軍事同盟を持ち出して北朝鮮を威嚇したから」という話は出なかった。 日本は、北朝鮮にとって唯一の軍事同盟国である中国が最後のカードを切ったことを認識していないし、またそれによって北朝鮮が一時、自己抑制的になったのだということも全く読めていない。 日米は高らかに「圧力をかけ続けることが肝要」と言うが、そうだろうか? これまで国連安保理決議による制裁をやり続け、米韓合同軍事演習もやり続けてきたが、北朝鮮は一向にひるんでいない。 ひるんだのは唯一、中国が中朝軍事同盟カードを切った時だけだった。それも、結局米韓合同軍事演習を始めてしまったので、北朝鮮は今後も上記(1)の条件に抵触しない範囲内で「北朝鮮が言うところの報復」に出るだけだろう。その間に北朝鮮が言うところの「訓練」を積み重ねていくだけだ。中国はもう動かないだろう 中国としては10月18日に党大会を控えているので、まず今は何も動かないだろう。来年3月5日に全人代(全国人民代表大会)が始まり、最終日の14日に選挙を行なって「国家主席」と「国務院総理」が選ばれる。その時から二期目の習近平政権に入るわけだが、それまでは大きな行動をしないだろうと推測される。 もちろん中国にはまだ石油の輸出を断つ「断油」というカードがあるが、一部の航空機燃料としての「断油」は早くからしているが、民間生活も含めた「断油」カードを単独で使うことはないものと思う。なぜなら北朝鮮のミサイルの矛先が北京に向くからだ。国連安保理による決議なら、一定程度は国連のせいにすることもできるが、単独では行なわない。アメリカの軍事行動 トランプ大統領の気まぐれツイートは一応無視することとして、マティス国防長官は「軍事行動を排除しない」と述べているようだ。 「排除しない」とか「すべての選択肢はテーブルの上に載っている」と言いながら、結局「犠牲があまりに大きすぎるから…」と言って実行しないのは、北朝鮮をこの上なく勇気づけるだけだ。「どうせ、できないんだ」と舐められてしまう。 言ったからには、そして本当にアメリカの軍事技術が高いなら、核・ミサイル施設のピンポイント攻撃や「斬首作戦」などを実行するしかないだろう。言っておきながら実行しないことほどまずいものはない。北朝鮮を利するばかりだ。休戦協定に違反しているのはアメリカと韓国 忘れてならないのは、アメリカと韓国が朝鮮戦争(1950年~53年)の休戦協定に違反した行動をとっているということだ。このまま続ければ第三次世界大戦になることを恐れたアメリカが休戦すべきと提案したのに、韓国の李承晩大統領が聞き入れず「休戦したくない。韓国一国でも戦いたい」と駄々をこねたので、アメリカはやむを得ず米韓相互防衛条約(米韓軍事同盟)を結んだ。休戦後3ヵ月以内に全ての他国の軍隊は朝鮮半島から撤退するという休戦協定に署名しながら、一方では米軍は永久に韓国から撤退しないという米韓軍事同盟にサインした(詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』第3章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」)。 スタートからダブルスタンダードを取ってきたツケが、いま日本を巻き込んだ関係国に襲い掛かっている。 それを正視せず、圧力を強化していくと宣言するアメリカに同調するばかりの日本。それによって日本国民を守れるのか。本当に日本国民の生命安全を優先していると言えるのだろうか? 政治経験の長い安倍首相は、政治経験のないトランプに、事実を正視し、知恵を絞るようアドバイスするくらいの関係でいてほしいと望む。(『Yahoo!ニュース個人』より2017年9月4日分を転載)

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    カネと欲望の習近平「一帯一路」

    「中華民族の復興」を旗印に掲げる中国の習近平国家主席にとって、ユーラシア大陸に広域経済圏をつくる「一帯一路」構想は己の野望を具現化する最大のチャンスだ。反面、カネと欲望にまみれた巨大プロジェクトは、さながら「中華思想の遺伝子」である。懸念材料が尽きないとはいえ、日本はどう立ち向かうべきか。

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    米露を呑み込む中国の「一帯一路」 巨大利権に潜む習近平の大戦略

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) 5月14日と15日、中国は初となる「シルクロード経済圏構想」(一帯一路)首脳会議(以下、首脳会議)を北京で開催した。「一帯一路」をテーマに北京で開かれた国際会議の記念撮影で手を振る各国首脳。前列中央右は中国の習近平国家主席、同左はロシアのプーチン大統領=5月15日(共同) 現状、そこには青写真があるだけで「一帯一路」の全体を把握することは難しい。ましてや成功か失敗かなどを議論する段階ではないのは言うまでもない。ただ、この会議ではっきり伝わってきたのは、中国が次の発展のためにも「一帯一路」の成功を不可欠と位置付けていることだ。同時に中国は、この構想を軌道に乗せるためにも国際社会との関わり方を変えていかなければならないという考えに至ったことも感じさせた。 例えば、「一帯一路」首脳会議で基調演説に立った習近平国家主席は「(シルクロードの)開拓事業に使われたものは、戦馬と長槍ではなく、ラクダのキャラバンと善意であり、頼りにしていたのは艦艇と大砲ではなく、宝船と友情だったのである」と平和の重要性を前面に出した。 会議には南シナ海の領有権をめぐって対立するベトナムやフィリピンからもトップが参加し、習氏の憂いを一つ晴らす材料となったのだが、習氏もそれにこたえるように、「他国の内政には干渉せず、社会制度と発展モデルの輸出もしなければ、それを他国に強要することもしない。中国は地政学ゲームのような古いやり方を繰り返すようなことはせず、安定を打ち破る小さなグループを作ることもせず、平和共存の大家族を築き上げる」と懸念の払拭に努めた。 こうした中国の姿勢は随所に見受けられ、首脳会議の前には「独断で進めるつもりはない」と耿爽報道官(5月5日の中国外交部の会見)が言及している。 この首脳会議には、直前になって米国が代表団を送ることが決まり、実際に代表団が参加したのだが、中国の準備は実に4月上旬の「マール・ア・ラーゴ」(トランプ大統領のフロリダ州にある別荘)における米中首脳会談にまでさかのぼる。 この米中首脳会談は、トランプ氏と習氏の個人間のつながりが生まれた会談として位置づけられているが、一方で中国側からの通商面での強い働きかけがあったことでも知られている。 事実、米中両国の合意の中には「双方は今後、一定期間の重点協力分野と努力目標を確定した。そして、二国間投資協定交渉を引き続き推進し、インフラ建設やエネルギーなどの分野での実務協力を模索し展開していく」(『人民網日本語版2017年4月8日』〈中米首脳会談 積極的シグナルを発信〉)とある。しかも、会談後には習氏が「中米貿易が協力を強化するということの前途には、大きな広がりがある。双方はこのチャンスを逃してはならない。中国は米国が『一帯一路』という枠組みに参加することを歓迎する」と語っている。米経済構想との親和性 この「一帯一路」構想が、実は米国にとってそれほど大きなストレスではないことは、この地域において米国が主導して進めてきた経済構想と「一帯一路」が一体化する方向で話し合いが進んできたことからも推測できる。 それがヒラリー・クリントン元国務長官の下で進められてきた「新シルクロード戦略」である。この「新シルクロード戦略」は、そもそもイランとロシアを分断し牽制(けんせい)する意味から生まれたもので、これに対するロシアの構想が「ユーラシア経済連合」である。 興味深いのは、この「ユーラシア経済連合」も「一帯一路」との一体化を進めていることだ。要するに国際政治の視点からみれば、米露の対立の場であったシルクロードが、比較的中間色の強い中国の「一帯一路」に吸収されるという構図が見て取れるということだ。 一帯一路は、従来モデルの経済発展に限界を感じた中国が、外にその活路を見いだしたことにあるが、考えてみれば次の「成長エンジン」として期待される国が集中している地域でもある。 中国がそこに旗を立てれば、行き場を失っているマネーが流れ込むことは予測できる。そして、一旦そうした流れができれば、この一帯の経済発展は中国だけで手当てできる規模ではないことは明らかだろう。 中国がこのところの見せる対外宥和(ゆうわ)に「ウィンウィン(win-win)」が強調されているのは、こうした背景があるからだ。 こうして政治的な壁を取り払いながら、今後は実を取る作業へと向かうことになるのだが、その先頭を走るのは貨物列車と各地のインフラの整備である。 2011年に中国は貨物鉄道の建設を完成させた。現在、浙江省の義烏から11の国29の都市を通ってスペインのマドリードまで、約18日で結んでいる。この貨物鉄道の開通で、いま中国-欧州間には百億ドルに相当する貨物が行き来するまでになっている。 具体的には、中国から工業製品が運ばれ、帰りにマドリードからオリーブオイルとワインを積んで戻る貨物列車だ。小ロットの運搬が可能な貨物列車の運行により、従来は中国との貿易には無縁であった各国の中小業者が貿易に参入するという効果を生んでいる。それにつれ、互いの利益のために税金や通関制度などでの共通化が劇的に進んでいる。 現状はそうした効果が、本線である義烏とマドリード間だけでなく、北はバルト三国のラトビアの首都リガからロンドン、イタリアのミラノ、西はイランのテヘラン、アフガニスタンのマザーリシャリフなどにも広がっていく可能性が指摘されている。カザフスタン・ホルゴスの〝陸の港〟。右は中国用の線路、左はカザフスタン用の線路=6月12日(共同) まだ始まったばかりの一帯一路を評価することは難しい。ただ、これを「失敗する」と決めつけてしまうのはあまりに早計だ。この構想の背後には、多くの利害共有者がいるという事実も見落としてはならないからである。

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    日本の円圏構想をパクった中国の「一帯一路」はどうせ失敗する

    上念司(経済評論家) 中国が主導する一帯一路構想を一言で表現するなら「リスキーな投資」である。中国共産党が口で言うほど簡単ではない。なぜなら、投資した瞬間に不良債権の山になるような政情不安定な国への投資だからである。当然、それがうまくいくかどうか全く保証はない。そもそも、中国の債権問題は最近再びクローズアップされている。なぜなら、上海市場の金利がここのところ急騰しているからだ。 金利の急騰は社債の借り換えにダイレクトに影響する。すでに社債の発行が全体的に低調になり始めている。ロイターは先月次のように報じた。 中国企業は今年1300億ドル、来年には2480億ドルの借り換えが必要になる。しかしトムソン・ロイターの推計によると、今年1─4月の国内の債券発行額は約1320億ドルと、前年同期の7960億ドルに比べ5分の1未満に減った。ドイツ銀行の推計では、中国の債券市場は昨年、前年比32%拡大して9兆3000億ドルに達していたが、情勢が一変。このペースが続けば来年の借り換え分を賄えなくなる。(ロイター 2017.5.9) 金利の急騰は為替操作の副作用である。現在、中国は人民元の暴落を防ぐために巨額の為替介入と厳しい資本取引規制を実施している。人民元を買い支えるためには市場から人民元を吸い上げなければならない。これはすなわち市場の資金不足を意味する。資本取引が自由であれば、不足した国内市場に海外から資金が流入するが、中国の場合はこれを厳しく規制しているため資金は流入しない。むしろ、中国共産党は国内経済がボロボロであることを嫌気した国内資金が海外に逃避することを恐れているのだ。香港島の観光名所に展示されている中国の習近平国家主席のろう人形=6月5日(共同) しかし、国内が資金不足に陥れば、国内のビッグプロジェクトは借り換え困難に陥る。資金難が深刻化すればその事業は頓挫するだろう。しかし、こうしたプロジェクトの多くは政府や地方政府が主導した公共事業である。どの事業が救済され、どの事業が見捨てられるのか。共産党内部の激しい権力闘争が始まりそうな予感だ。 こんな状態にある中国に「一帯一路」を進める余力はあるのだろうか。むしろ、国内経済の問題からエネルギー切れになる可能性の方が高いように思える。実際に、各種プロジェクトの遅れはそれを象徴しているのではないだろうか。新聞報道によれば、インドネシアの高速鉄道が先月ようやく融資に合意したそうだ。 このプロジェクトは2015年に合意したものの、2016年1月の起工式以降まったく進捗(しんちょく)がない状態が続いていた。おそらく当初の約束だった2019年完成という目標は達成されないだろう。一帯一路の重要なプロジェクトであるはずなのに、なぜこれほど遅れたのか。やはり中国国内が「金欠病」に陥っており、進めたくても進められなかったのかもしれない。※注1一帯一路は日本のパクリ そもそも、一帯一路構想とはかつて日本がやっていた「円圏構想」のパクリだ。「円圏構想」とは、「東アジア共同体構想の目的として、アジア共通通貨単位の導入による為替レート安定」を目指すものである。主に大蔵省を中心として1980年代の後半に本気で検討されていたようだ。しかし、この構想には大きな問題がある。早稲田大学教授の若田部昌純氏は次のように指摘している。 これが経済学的にいかに問題かは、通貨バスケット制やドルペッグ制のような広い意味での固定相場制の問題点を考えてみればよい。国際経済学には、安定的な為替相場、国際間の資本移動の自由、および金融政策の自立的な運営の三つが確立しないという「不整合な三角形」と呼ばれる関係がある。この関係のもつ政策的な意味はきわめて大きい。すなわち、固定相場制(安定的な為替相場)を維持しようとすれば、資本移動を規制するか、金融政策の自立性を放棄するしかない。そして、固定相場制というのは投機攻撃にさらされやすいのである。(若田部昌澄『経済学者たちの闘い』東洋経済新報社)会談の席に向かう安倍首相(左)と中国の習近平国家主席=7月8日、ドイツ・ハンブルク 産経新聞の北京支局に9年勤務し、昨年末に帰国した矢板明夫記者によると、中国共産党幹部は総じて元高を歓迎しているという。なぜなら人民元の価値が高い方が外国企業を買収するのに都合が良いと考えているからだそうだ。まさに円圏構想的な発想にとらわれていると言っていいだろう。 私に言わせれば、彼らは基軸通貨というものの本質が全く分かっていない。為替レートを高く維持することと、その通貨の利便性が高いことは必ずしも一致しないからだ。実際に、彼らが頭でっかちに考えているほど、プロジェクトは進んでいない。フィナンシャル・タイムズは次のように報じている。中国商務省のデータによると、一帯一路の沿線国家に対する中国からの直接投資は昨年、前年比で2%減少し、今年は現時点で18%減となっている。沿線53カ国に対する昨年の金融を除く直接投資は総額145億ドルで、対外投資全体のわずか9%だった。しかもこの投資の減少は、中国の対外直接投資が前年と比べて40%も増え、過去最高を更新する状況の中で起きた。中国当局が資本流出を止めるために対外取引の制限に動いたほどだ。(日本経済新聞 2017.5.12) やはり、一帯一路は巨大な不良資産の山を積み上げて終わるかもしれない。かつて、日本が円圏構想でバブル崩壊を迎え、その後長期停滞に陥った歴史が被って見えるのは気のせいだろうか。注1:「インドネシア高速鉄道建設、中国ようやく融資に合意」(朝日新聞デジタル 2017年5月15日)

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    安倍首相の「一帯一路に協力」は早計だったかもしれない

    加谷珪一(経済評論家) 中国が提唱する現代版シルクロード構想「一帯一路」が徐々に動き始めている。5月に北京で初の国際会議が開催され、中国はインフラ投資基金の増額を表明した。安倍政権は一帯一路について、二階俊博幹事長を会議に派遣するなど積極姿勢を見せているが、同じく中国が提唱するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に関しては様子見の姿勢を続けている。一帯一路はまだその全体像が見えていないが、現時点における位置付けについて考察してみた。会談を前に握手する自民党の二階幹事長(左)と中国の習近平国家主席=北京の釣魚台迎賓館(共同) まずは、一帯一路とはどのような構想なのか再整理してみよう。一帯一路は、中国の習近平国家主席が2013年に提唱した中国と欧州を結ぶ巨大経済圏構想である。中国から欧州に至る経路は主に2つが想定されており、ひとつは陸路を使って中欧アジアを経由し、欧州に続くルートで、中国ではこれを「一帯」と称している。 もう一つは海路で南シナ海からインド洋を通り、欧州に向かうルートで、こちらは「一路」とよばれている。両者を合わせて一帯一路ということなのだが、当然のことながら、一連の構想は、かつて東洋と西洋を結ぶ重要な交易路であったシルクロードをイメージしたものとなっている。 沿線の国は70カ国に及び、中国は一帯一路に沿って、インフラ投資や貿易を活発化することによって自国経済圏を拡大しようとしている。 中国は似たような構想としてAIIBも提唱している。AIIBは、中国主導の地域開発金融機関で、米国主導で作られたアジア太平洋地域における開発金融機関であるアジア開発銀行に対抗して作られた。アジア各国や欧州各国が参加しているが、日本と米国はガバナンスが不十分といった理由から参加を保留している。 中国がどのように説明しようが、両構想とも中国の覇権を強化するための枠組みであることは間違いないのだが、安倍政権はAIIBに対しては慎重姿勢を示す一方、一帯一路については積極的だ。このスタンスの違いは一帯一路とAIIBの質的な違いをそのまま表しているといってよい。 安倍政権が一帯一路に対して積極的なのは、一帯一路は、インフラ投資の活性化による景気対策という面が大きく、日本企業にとってうま味があるというのが最大の理由と考えられる。 確かにシルクロードという誰もが知る歴史的テーマを前面に押し出した一帯一路構想は、大きな政治的インパクトをもたらすかもしれない。だが、地政学的なリアリズムに徹した場合、一帯一路構想の重要度はAIIBよりも低い。その理由は、海上交通網が整備された現代においては、陸路の輸送力は経済的に見てあまりにも貧弱だからである。 大航海時代以前であれば、ユーラシア大陸における物資の移動は陸路に頼るしかなく、シルクロードはまさに交易の拠点であった。だが近代以降は貿易の中心は海上交通路となり、その図式は今も変わっていない。 中国は現在、世界の工場としてあらゆる工業製品を米国や日本、欧州に輸出しているが、これらの大半はコンテナ船など使って海上輸送される。電子部品など軽量で即納が必要なものは空路で輸送されるケースもあるが割合は少ない。その理由は、船の経済性が突出していることによる。 条件によって輸送コストは異なるので単純な比較は難しいが、筆者が各種データから試算したところでは、1トンの荷物を1000キロ輸送するコストは、船が約1万円 鉄道は1万2千円、トラックは2万5千円、航空機は15万円になる。船は港があればすぐに運用が可能であり、鉄道や道路という長大なインフラを建設する必要がない。トータルすると船による輸送は圧倒的な経済力を持つことになる。アジアの地域開発に変形させた中国 地政学という学問は英国で発達したものだが、そのベースとなっているのは地理学である。地政学の世界では、ユーラシア大陸の中央部には西と東を断絶するエリア(ハートランド)があり、これが各国のパワーバランスを決める大きな要因になっていると考える。このハートランドこそが、中央アジアであり、まさにシルクロードの中枢部ということになる。 中国は西部に行くと高い山や砂漠が連なり環境が厳しくなる。中央アジアも基本的に山岳地帯が多く、ここに道路や鉄道を建設するコストは極めて高い。仮に建設できたとしても、その輸送能力には限界がある。ハートランドが世界のパワーバランスに大きく影響するのは、このエリアを境に東西の移動が極端に難しくなるという根源的な要因が関係しているのだ。 2105年度における中国の貿易総額は4・3兆ドル(約480兆円)と日本のGDPに匹敵する金額だが、このうち18%が欧州向け、14%が北米向け、7%が日本向け、15%が豪州、アフリカ、中南米向けとなっている。これらの貿易の多くは海上輸送となっており、ロシアやインドといった内陸部の国との貿易はごくわずかしない。上海の港に並べられたコンテナ=上海(ロイター) 中国にとっては海洋覇権の方が圧倒的に重要度が高く、そうであるがゆえに、南シナ海や東シナ海における制海権にこだわっている。 一帯一路における海上ルートは、現時点においては、米軍が制海権を握っており、中国は手も足も出ない。陸路の開拓は、経済的にはある程度の効果はあるものの、地政学的な状況を劇的に変化させるほどの力を持つとは考えにくい。結果として一帯一路は、道路や鉄道といったインフラ建設による景気対策という側面が強くなる。 中国経済は、何とか6%台の経済成長を維持しているが、国内のインフラ建設は完全に飽和状態にある。景気対策としてのインフラ投資を、アジアの地域開発という形に変形させたものが、今回の一帯一路ということになる。 案件を受注する日本企業にとってはうま味がある話かもしれないが、基本的には中国企業が潤うためのプロジェクトであることに変わりはない。AIIBに対して慎重であるにもかかわらず、一帯一路については積極的ということでは、中国側に足元を見透かされる可能性がある。中国に対して距離を置くのか、積極的にコミットするのか、もっと包括的な判断が必要だろう。

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    習近平の「一帯一路」に吹く逆風

    通りです。海峡の町、マレーシアマラッカのマラッカ橋 4月10日、ロンドンを発った貨物列車が3週間後に中国の義烏に到着した。海路に比べて約1カ月の時間短縮だった。また4月11日には、ミャンマーのチャウピュー港と昆明を結ぶパイプラインで石油輸送が始まった。同パイプラインを使えば、マラッカ海峡を迂回できる。 二つの出来事は、習近平の「一帯一路」構想が事実を確立しつつあることを示すものだ。習は、東南アジアや中央アジアで年間1500億ドルのインフラ支出を行い、中国のための新たな市場と影響圏を創ることを期待している。5月14日、15日にプーチンやスーチー等、28カ国の首脳を迎えて開催する同構想の祝賀会では、自国のグローバル・リーダーとしての自信を誇示するだろう。 しかし、外見とは裏腹に、習は一帯一路で逆風に直面している。問題の第一は、同構想の優先事項や責任主体に関してだ。各省に加えて数百もの国営企業が同構想について独自の投資計画を持っている上に、政府の支援を受けて多数のプロジェクトが異例の速さで立ち上げられた。しかし、日常的に統括する者がいない。その結果、数千の財政的に覚束ない計画が一帯一路のプロジェクトとして認可されてしまった。 第二に、ユーラシア通商ブロックの創設というその壮大な目的に見合う、十分な数の利益になるプロジェクトは容易に見つからない。例えば、ロンドン=義烏鉄道は、船舶の倍以上の輸送コストがかかり、どの程度成功するかわからない。また、中国は高速鉄道の建設技術の輸出を考えているが、中国が短期間に何千キロもの鉄道を建設できたのは、安い労働力と住民の強制立ち退きが可能だったからで、これは外国では再現できないかもしれない。 既に破綻しかけているプロジェクトもある。カザフスタンの製油所では、稼働能力の6%以上の原油は買えないことが判明した。中国はパキスタンでは投入資金の80%、ミャンマーでは50%、中央アジアでは30%を失うとの試算もある。 第三に、中国の高圧的なやり方や、不穏当な政権にすり寄る手口に対して各地で批判や反対運動が起きている。2011年には、ミャンマーが中国出資の大規模ダムの建設工事を中断し、住民の喝采を受けた。スリランカでも中国資本による港湾建設を巡って論争が続いており、パキスタンでは、中国は「他国の内政不干渉」の金看板を捨て、グワダルと新疆を結ぶ中パ経済回廊の建設を妨害しないよう反対派の政治家たちに訴えた。 諸国は巨大な中国に圧倒されることを恐れている。例えば、中国輸出入銀行の融資だけでキルギスタンの対外債務の3分の1を占める。中国の中では貧しい雲南でさえ経済規模はミャンマーの4倍だ。諸国はこうした中国からの投資を切望すると同時に恐れてもいる。 中国もやり方を変えようとはしている。東南アジアのNGOは、中国企業が現地の批判に耳を傾け始めたと言う。中国の銀行も、より高度な基準の確保を願って、外国の政府系投資ファンドや年金基金等に一帯一路プロジェクトへの融資を呼び掛けている。北京の集まりでは、中国は一帯一路が脅威ではないことを示そうと、他のインフラ・プロジェクトと一帯一路との関連性を強調するだろう。一帯一路の列車は既に発車したが、中国は単に車内サービスの向上に努めているに過ぎない。 「出 典:Economist ‘China faces resistance to a cherished theme of its foreign policy’ (May 4, 2017)」あまりに粗雑すぎる構想 上記解説記事は、「一帯一路」構想の現実をかなり正確に描写していると言って良いでしょう。中国のやり方は、大体こういうものだからです。日本スタンダードからすれば、あまりに粗雑すぎ失敗は避けがたいということとなるでしょう。中国でも、この構想を「10年後には誰も覚えていないでしょう」と冷たく突き放す学者もいます。「中国の対外借款はほぼすべて不良債権となる。これ以上借款を供与すべきではない」と主張する学者もいます。しかし習近平が、自分のイニシアチブで打ち出した構想が失敗するのを座視することも考えられません。習近平時代は少なくともあと5年続きます。 習近平がこの構想を打ち出した最大の狙いは、「中国の特色ある大国外交」を内外、特に国内に示すためでしょう。習近平の新外交は、「鄧小平外交-韜光養晦+中国の特色ある大国外交」で収まってきたと見ることができます。そのためにも新たに付け加わった大国外交を成功させる、少なくとも国内的にそう見られる必要があります。5月14日から開催された「一帯一路」首脳会議は、この意味で重要です。今後も、この方面の努力は続けられるでしょう。 この構想の中国にとって考え得る実際上の経済的効果は、欧州経済との関係を強めることにあると考えられます。ただ、鉄道による陸路の輸送が、経済的に見合うことを早く証明しないと、このプロジェクト自体が、赤字が積み上がり何の意味もないことになります。

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    世界の超大国になりきれない中国

    究所 ワシントン・ポスト紙の5月15日付け社説が、習近平の一帯一路構想は成功するかどうか分からない、中国の勢力圏構築が成功するとすればそれはTPP離脱により米国が自ら譲ったからだ、と述べています。社説の要旨は次の通りです。 一帯一路構想は中国版マーシャル・プランだと言われてきた。5月15日に閉幕した一帯一路国際会議は地政学的効果を狙うものだ。中国はユーラシアにまたがる勢力圏を築き、場合によっては米国を凌駕するような超大国になろうとしている。 この構想により習近平は「中国の夢」を実現するかもしれない。少なくとも既に建設が進行中のパキスタン、ラオス、ミャンマー、インドネシア等途上国で鉄道網や港湾、発電所が建設されていくだろう。しかし、トップダウンで専制的、そして、中国の利益になるプロジェクトばかりを集めるようなやり方では構想の狙いを達成できないだろう。 習近平の構想は、欧州の民主主義国家の復興のために米国が支援したマーシャル・プランとは相違するという点で、失敗する可能性が高い。中国の構想には民主主義や透明性は全くない。中国企業によるインフラ投資により、中国は自国製品の輸出を増大させ、パキスタンのグワダル港などを中国海軍の補給基地にし、また、その過程で中国の一部「エリート」は私腹を肥やすことになるかもしれない。スリランカでは港湾建設等を巡り政治的反発が起きている。 5月14日に習近平が約束した1240億ドルの投資は過剰設備を抱える中国の製鉄、セメント産業の助けになるだろう。建設業界は活性化し、何万という中国人労働者は海外に渡り働くだろう。ほとんどの資金は中国の銀行からの借り入れとなる。鉄道建設が進められているラオスやケニアなどの貧しい国々は将来債務の返済に悩まされるだろう。 周辺国の利益にならないと言っているのではない。電力不足のパキスタンは発電所を必要としている。東南アジアや東アフリカで建設される鉄道網は対中輸出を可能にするだろうが同時に対中輸入の手段にもなる。西側企業も分け前を得たいと考えている。トランプ政権や欧州の代表者は会議で公開入札(コスト削減や汚職防止にもなる)の必要性を説いて回った。 習近平は、自由貿易・投資の旗手のように振舞っている。中国のプロパガンダ機関は一帯一路を「グローバリゼーション2.0」と称している。周辺諸国や西側企業はそれが事実でないことを知っている。しかし、トランプは米国と11の太平洋の国々を結びつけるはずだったTPPから離脱した。そのことは、米国が中国の構想に対する対案を欠いていることを意味する。もし習近平が勢力圏構築に成功すれば、それは米国が自ら譲ったからだということになる。出典:‘China has a plan to become a global superpower. It probably won’t work.’(Washington Post, May 15, 2017)  社説は、「一帯一路(OBOR)」という超大国構想には民主主義や透明性はなく、インフラ建設プロジェクトは旨く行っているとは言えず、構想が成功するかどうかは分からない、としています。現実的な分析でしょう。会議は巨大な外交ショー 中国主催の「一帯一路」国際会議(BRF)は5月14、15日、北京で開催されました。会議にはプーチン、エルドアン、シャリフ、ドゥテルテ等30の政府首脳や国連事務総長、世銀総裁、IMF専務理事等が出席、100カ国以上が参加しました。米国からは、NSCのポッティンガー東アジア部長、それに、ポールソン元財務長官が参加しました。インドは会議をボイコットしましたが、これは、カシミール地方が「中パ経済回廊」と呼ばれる「一帯一路」関連事業の対象地域となっているためと言われています。 習近平は基調講演で中国は関連プロジェクトに1240億ドルを追加融資すると述べる(国営通信によると既に1兆ドルが投資されているという)とともに、構想推進に当たって中国は「古い地政学的な策を弄することはしない」と述べました。各首脳が署名した共同声明は「開放された経済を築き、自由で包含的な貿易を確保し、あらゆる形態の保護主義に反対する」と述べています。また、協力原則として、①平等な立場での協議、②相互利益、③調和と包含、④市場重視、⑤均衡と持続可能性を挙げています。そして、習近平は2019年に第2回会議を開催することを会議閉幕後明らかにしました。 会議は巨大な外交ショーでした。具体的な議論は乏しかったようです。それにもかかわらず増大する中国の国力を世界に印象付けることになりました。この会議は、習近平による秋の党大会への布石の一つとも言われます。共同声明は素晴らしいレトリックを述べていますが、中国中心主義的な思考は一向に変わっていません。協議重視が共同声明の協力原則に掲げられているものの、AIIB(アジアインフラ投資銀行)を含め、多国間主義の手法は十分に取られていません。 一帯一路構想が今後どうなるかは、まだ注意深く見ていく必要があります。関係国の間では債務拡大の懸念も広まっています。尤もな心配です。さらに習近平はジャカルタ・バンドン高速鉄道、中国・ラオス鉄道、アジスアベバ・ジブチ鉄道、ハンガリー・セルビア鉄道の建設を加速化し、グワダル港(パキスタン)、ピレウス港(ギリシャ)を改修した、と述べましたが、プロジェクトの実施は遅れ、スリランカのハンバントタ港については債務の膨張や中国の影響力の増大などで住民の反対運動が起きていると言います。 中国がこの構想を推進する背景には、習近平の国内基盤強化や超大国としての勢力圏の構築という大きな野望があります。しかし、同時に、貯まるカネを国際的にリサイクルしていかねば経済が回らないという経済的必要性も大きいのではないでしょうか。野望と必要性の双方があります。 西側は中国に見合う対応をしていかねばなりません。トランプによるTPP離脱決定は近視眼的な米国第一主義による間違った決定でした。社説が米国は自ら中国に譲ったのも同然である旨述べるのは、全くその通りです。米国抜きの「TPP11」の進展などが強く期待されます。

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    中国版プラザ合意実現したら投機に走り中国製造業崩壊の危機

     中国政府は、景気を下支えするために新たな減税策を決定した。減税規模は約6兆円に達し、これに伴い財政赤字が3兆円も拡大するとされる。中国経済の実態はかなり怪しくなっていると見られるが、悲劇的な「チャイナショック」はあり得るのか? 大前研一氏は独自の視点から「中国経済インプロージョン(圧壊=内側に向かっての爆発)の激震に備えるべき」と警鐘を鳴らす。* * * FBI(連邦捜査局)のジェームズ・コミー長官の首を切ったことをきっかけに、ドナルド・トランプ大統領の首もにわかに怪しくなってきた。したがって世界経済もまた乱気流に放り込まれる危険性があるが、それとは切り離した事象として、このところ中国経済の行く手に暗雲が垂れ込めている。 たとえば、中国の景気の先行指標とされる製造業の購買担当者景況指数(PMI)が4月に2016年9月以来7か月ぶりの低水準(50.3)となり、中国経済が下降トレンドに入るという見方が広がった。財務省の浅川雅嗣財務官は「中国経済の減速がグローバル経済にとって引き続き大きなリスクだ」と警戒を強めている。 だが、今後の中国経済はマクロ経済指標の動きとは異なる観点から、大きな影響を受ける可能性が高い。それはアメリカのトランプ大統領が中国の習近平国家主席に4月の首脳会談で突き付けた「三つの要求」だ。 一つ目は、アメリカの対中貿易赤字是正に向けた「100日計画」の取り組みである。これについては中国がアメリカ産牛肉の輸入を解禁したり、アメリカ企業の完全子会社による中国での電子決済サービスを認可したりすることなどで5月に一部合意した。 二つ目は、「為替操作国」(為替相場を不当操作している国)に認定されたくなければ中国元をフロート制(為替レートの決定をマーケットに委ねる制度=変動相場制)にしろ、ということだ。もし、為替操作国に認定されたり、フロート制への移行を強いられたりしたら、中国にとってはパニック以外の何物でもない。だから習主席は貿易問題と後述する北朝鮮問題でアメリカに譲歩し、それを受けてトランプ大統領は中国を為替操作国に認定しないと表明したのである。 そして三つ目は、北朝鮮の核開発をやめさせろ、ということだ。中国は北朝鮮の対外貿易の9割を占めているが、これまでは国連安全保障理事会が全会一致で採択した制裁決議に頬かむりしてきた。だから首脳会談でトランプ大統領は習主席に北朝鮮への影響力を行使して協力するよう要請したのである。実際、中国は北朝鮮が輸出した石炭を送り返したとされる。さらに中国は北朝鮮に対し、核開発をやめなければ原油の供給を止めると通告したと言われる。北朝鮮は原油の9割を中国に依存しているからだ。「中国版プラザ合意」の破壊力 アメリカのメディアによれば、中国は金正恩を殺害して体制を崩壊させる「斬首作戦」は容認できないが、朝鮮半島近海に空母カール・ビンソンとロナルド・レーガンを展開して脅しをかけることや、北朝鮮の核施設をピンポイントで破壊することについては反応しない(中国軍は動かない)とアメリカに告げたという。したがって、アメリカは北朝鮮問題で中国と軍事衝突することはないと判断したようだ。 この三つの要求をトランプ大統領に突き付けられた首脳会談直後の習主席は、まるで「電気ショック」を受けたかのように呆然としていた。しかし、その後、トランプ大統領が議会やメディアに追い込まれ、支持率が低下していく中で、中国が一部の約束を履行している点が数少ない成果になるとして、むしろトランプ大統領のほうが中国になびいてきているように見える。“中国版プラザ合意”の破壊力 トランプ大統領はツイッターで「北朝鮮問題で我々に協力している中国を為替操作国とどうして呼べようか」とコメントした。対中強硬派のピーター・ナバロ国家通商会議(NTC)委員長の影響を受けていた当初の立ち位置から見れば、大幅な後退だ。 それでも米中経済交渉の行方は、中国に大きな影響をもたらす。 かつて日本は日米貿易摩擦でアメリカから、1960年代後半の繊維製品を皮切りに、合板、鉄鋼、カラーテレビをはじめとする家電製品、自動車、半導体などで輸出の自主規制や数量規制および超過関税、農産物(コメ、牛肉、オレンジ、サクランボ)で市場開放を求められた。もし、中国が北朝鮮問題でサボタージュしたら、アメリカはそれと同じやり方で中国に圧力をかけるだろう。二国間協議では、トランプのようなワイルドな大統領でなくてもアメリカの攻撃は執拗だ。日米貿易戦争に匹敵する米中交渉となれば中国経済が大打撃を受けることは間違いない。 一方、為替操作をやめろという要求に中国が応じれば“中国版プラザ合意”となる。 日本は1985年のプラザ合意によって、為替のドル/円レートは1ドル=240円から急激にドル安・円高が進み、1987年末には121円台になってドルの価値は半減した。その後もドル安・円高の流れは止まらず、1994年に100円を突破し、1995年4月には瞬間的に79円台を記録した。固定相場制時代の1ドル=360円から見れば、円の価値は4.5倍になったのである。中国の人民元は2005年までの固定相場制時代は1ドル=8.28元だったので、4.5倍になったら1ドル=2元になってしまう。 日本企業はプラザ合意後の急激なドル安・円高を、イノベーション、生産性向上、コストダウンの努力と生産の海外移転によって乗り越え、「為替耐性」をつけた。たとえば、日本の自動車メーカーは品質とブランド力の向上によって1万3000ドルで売っていた車種を5万ドルで売れるようになったし、今や海外で1800万台を生産するまでになっている。 しかし、中国企業に日本と同じことはできないだろう。もし“中国版プラザ合意”が起きて1ドル=2元(その半分の4元でも)になったら、中国企業の経営者は誰もモノを作る気がなくなり、日本企業のように地道な努力はしないで全員が不動産投機に走ると思う。つまり、製造業が崩壊し、その一方でかつての日本のように国内で不動産バブルが膨らむわけだ。世界的なコスト・プッシュ・インフレ プラザ合意後の日本では不動産が暴騰し、東京都の山手線内側の土地価格でアメリカ全土が買えるという試算も出たほどだった。日本企業は強くなった円でニューヨーク、ロサンゼルス、ハワイなど世界中で不動産を買いまくった。それと同じことが中国発で起きるのだ。世界的なコスト・プッシュ・インフレ しかし、周知の通り、日本のバブルは4年余りであえなくはじけて地価が暴落し、銀行が次々とつぶれて日本経済は「失われた20年」に突入した。中国も同じ轍を踏み、(日本は何とか持ちこたえた)製造業が崩壊しているとなれば、かつての日本以上の惨憺たる状況になるだろう。すなわち中国経済の「インプロージョン」だ。 また、中国の製造業が崩壊したら、世界が困る。なぜなら「世界の工場」と呼ばれている中国に代わる製造基地はどこにもないからだ。 たとえば、広東省だけでも人口は1億人以上で、ベトナムの約9300万人よりも多い。ベトナムやタイの人口では中国全体の製造を代替することは到底できないし、人口約1億6000万人のバングラデシュは輸出する港湾などのインフラが整っていないので、ジャスト・イン・タイムで製造しなければならない商品には対応できない。ミャンマーもインフラが整っていない上、まだ政府の役人に賄賂を渡さないと輸出枠をもらえないというような状況だ。 したがって、中国の製造業が崩壊した場合、中国製品を輸入している国々で物価が高騰し、世界的な「コスト・プッシュ・インフレ」が起きるだろう。とくにアメリカは様々な物を中国から輸入しているので、ウォルマートやコストコなどの棚は空っぽになると思う。 トランプ大統領はアメリカ国内に産業を戻して2500万人の新規雇用を創出するという公約を掲げているが、それは無理だ。アメリカの失業率は5%を下回って完全雇用に近く、人口動態から見ても、メキシコなどから移民を大量に入れない限り不可能なのだ。となると、アメリカは中国に代わる輸入先を見つけるしかないわけだが、前述したように、それもまた不可能だ。 その結果、世界のお金の流れが止まってしまうだろう。そこから先はどうなるのか予想し難いが、世界恐慌を引き起こす可能性も否定できない。 そうした事態を回避する最も簡単な方法は、中国がトランプ大統領の三つ目の要求に応え、何としても北朝鮮の核開発をやめさせることだ。そうすればトランプ大統領は満足して、一つ目と二つ目の要求を取り下げるのではないか。 いずれにしても、日本は米中の動きを注視しながら、中国経済のインプロージョンという激震に備えなければならない。 米中が喧嘩して中国元がフロート制になっても、北朝鮮制裁を徹底して米中が仲良くなって北朝鮮が暴発しても、世界には激震が走る。米中問題はドナルド・トランプと習近平という2人のマッドマンに任せておくわけにはいかないくらい、世界経済に甚大な影響を与えるのだ。関連記事■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 中国が「北朝鮮は自国領」と伏線張っていると櫻井よしこ氏■ 政治・経済で存在感の薄れる日本 「AXJ」と揶揄される■ 北朝鮮が保有する特殊作戦専用ヘリは日本はまったく保有せず■ 櫻井よしこ氏 豊かな鉱物資源持つ北朝鮮を中国が狙うと指摘

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    中国・習近平が鳴り物入りで喧伝する「一帯一路」の末路

     中国の習近平国家主席が、香港返還20周年記念式典のため、就任後初めて香港を訪れた。「一帯一路」構想を進めるための行動のひとつと見られているが、この構想は、中国の思惑通りに進むのだろうか。経営コンサルタントの大前研一氏が、中国版の新帝国主義ともいえるこの構想について論じる。* * * 中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」の年次総会が6月中旬、韓国で開かれた。AIIBは中国政府の現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」を金融面で支える組織だが、日本政府は代表を派遣しなかった。 5月に北京で開催された「一帯一路」に関する初の国際フォーラムには「首脳級」として親中派の実力者である自民党の二階俊博幹事長らを派遣していたが、依然として日本側は慎重な姿勢を崩していない。北京で開かれた「一帯一路」をテーマにした初の国際会議で、プレスセンターのモニターに映し出された演説する中国の習近平国家主席の映像(共同) 同フォーラムには120か国以上から29か国の首脳を含む約1500人が参加した。「一帯一路」構想は、中国西部から中央アジアを経由してヨーロッパにつながる陸路の「シルクロード経済ベルト」(一帯)と、中国沿岸部から東南アジア、スリランカ、アラビア半島沿岸部、アフリカ東岸を結ぶ海路の「21世紀海上シルクロード」(一路)でインフラ整備や貿易促進、資金の往来などを促進して巨大な経済圏の構築を目指すもので、中国の習近平国家主席が2013年に自ら提唱した鳴り物入りの壮大なプロジェクトだ。 だが、この構想は習主席があたかも現代のアレキサンダー大王かチンギス・ハンを目指すようなものであり、遅れてきた中国版“新帝国主義”にほかならない。 実際、すでに中国は海外の港湾施設などを次々に買収している。たとえば、ギリシャ最大の港でアジア・中東地域から欧州への玄関口にあたる地中海の海運の要衝・ピレウス港は、中国の国営企業で海運最大手の中国遠洋運輸集団(コスコ・グループ)が買収した。 あるいは、パキスタン南西部のグワダル港は、中国が2015年から43年間租借することになり、「中国・パキスタン経済回廊」の重要拠点として中国に陸路でつながる道路や鉄道、電力設備、石油パイプラインなどを整備している。同港は、中国にとってインド洋とアラビア海への“玄関”であり、「一帯一路」構想における一帯(陸)と一路(海)の合流・結節点となる。 また、モルディブでは首都マーレの島と国際空港がある隣の島を結ぶ橋を中国が無償で建設。他の島でも空港や港湾などを無償で造っている。ただし、中国の航空機や艦船が必要な時には使えるという条件付きだ。つまり、ピレウス港やグワダル港、モルディブは中国の“今様植民地”なのだ。習近平はチンギス・ハンになれる? かつて西欧列強は、資源や安価な労働力、市場、軍事的・戦略的要地の獲得などを目的にアフリカやアジアを植民地にしていった。一方、今の中国は、国内の高速道路や高速鉄道、空港、港湾、大都市インフラなどの建設があらかた終わり、鉄鋼・機械メーカーや鉄道車両メーカー、セメント会社、建設会社、デベロッパーなどの“巨大マシン”が破綻しかかっている。 このため、それらの企業を“人馬一体”で海外に持っていくと同時に軍事的・戦略的要地を獲得して勢力範囲を拡大しようとしているのだ。つまり「一帯一路」構想は自国の企業救済と影響力拡大のための新・植民地政策、というのが本質なのである。それは今に始まったことではなく、2015年末に発足したAIIBも同様だ。 では、これから習近平主席はチンギス・ハンほどの権勢を振るうのか? 実際には過去の中国の海外インフラ・プロジェクトでやりきったものはほとんどない。アメリカのラスベガスとロサンゼルスを結ぶ高速鉄道計画ではアメリカのエクスプレスウエスト社が中国鉄道総公司との合弁を解消したし、中国が受注したベネズエラ、メキシコ、インドネシアの高速鉄道計画も軒並み頓挫している。 中国国内の高速鉄道用地は、共産党が人民に貸している土地を取り上げればよいだけなので建設が簡単だ。しかし、海外ではそうはいかない。民間から用地を買収しなければならないので時間がかかるし、そのためにコストも嵩むから黒字化するのは至難の業である。 もともと海外インフラ・プロジェクトはリスクが高く、過去に日本企業が手がけたプロジェクトも、大半が赤字になっている。経験もノウハウもない中国が成功する可能性は非常に低いだろう。 しかも、AIIBに至っては、ようやく5月に初めてインドへの融資を承認したというお粗末な状況だ。報道によれば、世界銀行とともに1億6000万ドルを融資し、アーンドラ・プラデーシュ州の送電・配電システムをグレードアップする無停電電源装置プロジェクトをサポートするそうだが、100兆円の出資金を集めたAIIBの第1号案件としては実にしょぼい。第2回年次総会で開幕を宣言したアジアインフラ投資銀行(AIIB)の金立群総裁=韓国・済州島(河崎真澄撮影) かたや「一帯一路」構想のシルクロード基金は1兆5000億円積み増した上でやっと4兆5000億円だ。AIIBの100兆円に比べれば“誤差”のようなものである。前述した国際フォーラムでも、公正さや透明性に問題があるとして、欧州各国が共同声明への署名を拒否したという体たらくなのである。関連記事■ 松居一代、船越と親しい女性を追いハワイ当局から接近禁止令■ 小林麻央さん 左胸に腫瘤発見時に“生検”を受けなかった■ 習近平構想の新独裁都市 行ってみたらこんなトコだった■ 田村英里子 伝説の「半裸カレンダー」写真リバイバル公開■ 相次ぐ日本人の拘束事件 中国側の言い分とは

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    侵略と人権弾圧の歴史、中国「パンダビジネス」はこんなにエゲつない

    上念司(経済評論家) 1972年のニクソン、田中角栄の電撃訪問でこの国が少しまともになる前まで、中国のやっていたことは今の北朝鮮と変わらない。チベット、ウイグル、南モンゴルを侵略し、国内で度重なる人権弾圧を行い、外国の政治に干渉して核開発までやっていたのだ。 そして1982年までの「パンダ外交」とは、世界中から孤立していた中国が、パンダという希少動物をネタにして、何とか世界に振り向いてもらおうとする外交政策だった。だからこそ、パンダは友好の証として無償譲渡され、文字通り外交的な貸しを作ることで政治利用されていた。 ところが、81年に中国がワシントン条約に加盟したことを契機に、無償譲渡は終わった。現在、中国がやっているのは世界中の動物園に共同研究や繁殖などを目的として有料で貸し出すビジネスだ。報道などにある通り、パンダのレンタル価格は2頭で年に約1億円である。 しかし、それでもパンダ外交そのものは終わっていない。今までは中国が自分のカネでやっていた外交的プロパガンダを、相手のカネでやるように変わっただけである。あえてこれを「新パンダ外交」というなら、中国にとってより都合の良いビジネスであると言えるだろう。 例えば、上野動物園のリーリーとシンシンも貸与された東京都が中国野生動物保護協会と「共同研究」目的で協定を結び、10年間の有料貸し出しを受けているにすぎない。先日赤ちゃんが生まれたことで話題にもなったが、この協定により、パンダの赤ちゃんは「満24カ月」で中国側に返還することになっている。パンダのかわいさに目がくらみ、尖閣諸島に押し寄せる中国公船への対応が甘くなったりはしていないと思いたい。上野動物園のジャイアントパンダのシンシン(公益財団法人東京動物園協会提供) また、2008年には「団団」と「円円」が台湾に貸与されている。翌年1月にこれら2頭が公開されると3日で6万人もの観客が押し寄せる大人気となった。もちろん、中国の隠れたる意図は、台湾統一に向けて、台湾国内の共産党に対する敵対的な世論を緩和させることだ。 当時の台湾メディアはこの件について警戒する論調も見られた。しかし、昨年8月に「団団」と「円円」は12歳の誕生日を迎え、飼育員がデザインした特製ケーキが与えられたと伝えられている。微笑ましいニュースに台湾侵略を企図する中国の悪辣なる意思はカモフラージュされてしまったのだろうか。 マスコミはかわいらしいパンダの赤ちゃんをネタとして扱うだけで、こういうドロドロした背景については何も語らない。パンダも卓球も京劇も雑技団も、共産党が利用するものにはすべて警戒が必要だ。パンダ外交が新パンダ外交に変わり、それがビジネスライクになっても、絶対に警戒の手を緩めてはいけない理由がある。中国の意図を隠蔽するマスコミ マスコミはすぐに「報道しない自由」を発動し、中国の意図を隠蔽してしまう。そもそも、パンダビジネスとは侵略と人権弾圧の歴史の象徴だ。この点を抜きして、パンダを語ることなかれなのだ。 まず、重大な事実を確認しておこう。そもそも、パンダは中国の動物ではない。チベットの動物である。それがいつのまにか中国を象徴する動物にすり替えられてしまった。そのテクニックはこうだ。 かつて、パンダの生息域は現在よりもずっと広かった。しかし、辛亥革命以降、中華民国軍が東チベットを侵略し、多くの中国人が入植してきたことでパンダは乱獲されるようになった。パンダは毛皮を取られたり、食用にされたりしてその数を激減させた。 チベットの支配地域に残ったパンダは虐殺を免れた。なぜならチベット人は仏教徒であり、無益な殺生をしなかったからだ。パンダが生き残った地域は、現在の青海省のほぼ全てと四川省の西半分にあたるエリアにある。パンダの食料である笹はチベット高原の東斜面に多く生息するためだ。そしてこの地域こそが、中華民国の侵略を免れチベットに残った領土だったのだ。中国・四川省成都の施設で、餌を食べる5頭の子パンダ ところが、1950年に悲劇が訪れる。今度は中共軍がやってきた。東チベットのチャムドが侵略され、翌年にはチベットの首都ラサが占領された。そして、1955年にチベットの東半分は青海省と四川省に組み込まれてしまったのだ。中国はチベットから領土を盗み、その地域に生息していたパンダまでも盗んでいったのだ。 現在、世界中で育てられているパンダを見るたびに、人々はそのことを思い出すべきだ。中国による激しい人権弾圧が繰り返されるチベットでは、抗議の焼身自殺が相次いでいる。国際社会はチベットを無視してはならない。 次に、中国が行っているパンダの有料レンタルビジネスの正当性がすでに失われていることについて指摘したい。これは私が勝手に言っているのではなく2016年9月の、世界自然保護基金(WWF)の公式な見解だ。 この見解の中で、WWFはパンダの格付けが「絶滅危惧種(endangered)から危急種(vulnerable)に引き下げられた」ことを朗報として伝えている。国際自然保護連合(IUCN)によれば、2014年までの10年間で中国国内の野生のパンダの頭数は17%増加し1864頭になったそうだ。私が子供のころ、パンダは千頭しかいないと言われてていたが、いつのまにこんなに増えたのだろうか。IUCNの「レッドリスト」にも「Current Population Trend(最近の頭数の傾向) : Increasing(増加中)」との表記があった。 パンダがもはや絶滅危惧種ではなくなった以上、有料でレンタルして共同研究を進める正当性もかなりグラついていると思える。しかし、中国にこのビジネスをやめる気配はない。元々、チベットから盗んできた動物なのに、なんと図々しいことだろう。 元々パンダに罪はない。罪深いのは中国だ。私たちはパンダを見るたびに、その背後にあるドロドロしたものから目を背けてはならないのだ。

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    台湾統一から世界覇権まで「パンダ外交」で膨らむ中国の夢

    や経済利益や広報活動を担っている動物は、なかなかいない。丸くてふわふわ、モコモコ、愛らしいパンダは、中国のソフトパワーの象徴である。 ジャイアントパンダのメンメン(夢夢)とチアオチン(嬌慶)が6月24日、ドイツの首都ベルリン近郊のシェーネフェルト国際空港に、ルフトハンザ航空の特別貨物機で到着した。ベルリン動物園で15年間飼育されることになった2頭のパンダに、毎年約92万ユーロ(約1億1000万円)がドイツ側から中国側に支払われる。空港から動物園まで信号ノンストップで移動したメンメンとチアオチンは、盛大なセレモニーで歓迎され、敷地面積約5500平方メートルの「新居」を準備された。 7月5〜7日にドイツを公式訪問した中国の習近平主席は、ドイツのメルケル首相とともに、ベルリン動物園でのパンダ館開館式に出席した。中独国交樹立45周年を迎えた2017年の「パンダ外交」は、ハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会合に出席のために習主席が訪れたドイツで、友好ムードの演出を大いに盛り上げるものとなった。6月24日、ベルリンの空港に到着し、輸送用コンテナの中から外を見るパンダ(DPA=共同) 国交正常化45周年を迎えた日本でも、上野動物園でリーリー(力力)とシンシン(真真)の間にメスのパンダが誕生し、祝福ムードが続いている。自民党が東京都議会選挙で大敗した7月2日に、中国海軍の情報収集艦1隻が津軽海峡で日本の領海を侵犯するなど、中国の挑発的なニュースが絶えない。しかし、上野のパンダ誕生については、日本の多くのメディアが和やかに祝意を示している。中国艦船による領海侵入をあまり報道しなかったメディアでも、パンダ誕生については時間や紙面を割いて伝えている。パンダの「威力」は大きい。 パンダ外交の歴史は古い。太平洋戦争の最中、国民党政権が日中戦争にアメリカから協力を得ようと、プロパガンダ(宣伝)の手段としてパンダを贈呈したことに遡(さかのぼ)る。蒋介石夫人の宋美齢がアメリカに贈ったパンダは、1941年12月、日米開戦における負傷兵の第1便とともに、サンフランシスコに到着している。 ただ、中国が「パンダ(と信じられている動物)」を外交に登場させたのは、658年に唐の則天武后(在位690-705年)が日本の斉明天皇に国礼としてつがいのパンダを贈ったことに始まる、という説を報道した中国メディアもある。しかし、これは歴史的に証明されていない。 中華人民共和国建国後、中国がパンダを贈与したり貸与したりすることの意義や狙いは、何だろうか。パンダ外交は大きく3つの時期に分類できる。その変遷によって、パンダ外交の意義や効果は広がってきている。政治家にはできない「親善大使」の影響力 最初の時期(1957-1983年)のパンダは、「友好国としてアピールしたい国」に「親善大使」として贈与された。1957年にピンピン(平平)を贈られたのは、中ソ論争がまだ対立へ発展していなかった時期のソ連であった。65年には北朝鮮にも贈られた。中ソ対立が激化して中国と米国が接近すると、72年以降は、贈与対象国が米日英仏などの西側主要国にも広げられていった。 日中が国交正常化した72年、戦闘機で護衛された旅客機に乗ったランラン(蘭蘭)とカンカン(康康)が、日本への親善大使として贈られてきた。国交を回復したばかりの中国は、「竹のカーテン」で覆われていた。しかし、その不透明な中国のイメージを、愛くるしいランランとカンカンが爆発的なパンダ・フィーバーを日本に巻き起こし、払拭した。パンダは、中国との友好のシンボルとしてアイコン化していった。政治家ではできない影響力と効果であった。 第2の時期(84-2008年)は、パンダ外交が「無料で贈与」から「期間限定で貸与」に切り替えられていったことで、「外貨獲得」と「シンボル」の意味が高められていった。世界自然保護基金(WWF)のロゴ。シンボルにパンダが使われている パンダは、米中接近以前の61年に、世界野生生物基金(WWF)のシンボルマークになっていた。創設メンバーのピーター・スコット卿がデザインしたものだ。86年にWWFは世界自然保護基金に名称を変更するが、パンダは今に至るまで、そのシンボルマークになっている。70年代に生育環境の保護も含めた活動が広がっていった中、中国は81年に野生動物の国際取引を規制するワシントン条約に加盟した。加盟時点では、パンダは比較的規制の緩い「附属書III」に分類されていた。 しかし、84年には、パンダが条約の中で最も規制が厳しい「附属書I」に分類されることになった。パンダが絶滅危機にあることなどを理由に国際間の移動が制限されると、中国は香港や台湾などをのぞき、外国への贈呈をやめて「貸与」することにした。そのため、パンダの贈呈は、82年にやってきたフェイフェイ(飛飛)が最後となった。 貸与に伴い、借用国が支払う「レンタル料」は、パンダの繁殖生態研究費に充てられている。ワシントン条約で保護されているパンダを、政治的に贈呈したり無料で貸したりすることには厳しい制約がある。そこで、中国はパンダ繁殖研究基金を払わせる代わりに、研究のために貸し出しているのである。高額なレンタル料は、パンダの希少性への価値を高めることになり、高額な外貨獲得のみならず、外交交渉での優勢性や機会などの付加価値を中国側にもたらすことになった。パンダの貸与継続交渉を通じて、外交交渉における中国の姿勢を知らしめる機会を中国側に提供することになる。中台統一工作に利用されるパンダ また、中国はワシントン条約が「国際取引の規制」を趣旨としていることを利用して、中国国内だと誇示したい地域に、パンダの贈呈を政治利用している。中国政府は80年代後半から台湾へのパンダ贈呈を何度か試みたものの、台湾側が受け入れを拒み続けていた。2005年に台湾国民党の連戦主席が訪中して60年ぶりの国共トップ会談を実現させたとき、中国が台湾にパンダの贈与を表明した。当時は民進党の陳水扁政権であったため、ワシントン条約を問題視し、パンダの贈呈はすぐにはかなわなかった。しかし、中国に対して積極的な政策を進めた国民党の馬英九政権が08年5月に誕生したことで、同年8月、台湾はパンダの受け入れを決定し、12月には中国が台北市立動物園につがいのパンダを「貸与」した。中国から台湾に贈られたパンダのつがい(共同) このケースでは、中国では「国内移動」の手続きを取り、台湾での手続きでは「国際移動」と解釈できるようにした。また、中国で一般公募されたとする台湾へ貸与したパンダの名前がトアントアン(団団)とユエンユエン(円円)であり、「団円」という中国語が「離れていた家族の再会」を意味することから、中国がパンダ外交を中台の統一工作に利用していることがうかがえよう。この中国のパンダ工作を、06年4月3日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルは、「トロイの木馬」をもじって「トロイのパンダ」と指摘している。 第3の時期(09年以降-現在)は、リーマン・ショックによる世界金融危機後に、中国がグローバルな経済パワーとしてのプレゼンスを強めた時期でもある。この時期のパンダ外交は、世界中で愛されているパンダのイメージを活用し、国連開発計画(UNDP)などの活動において、中国のプレゼンスを高めている。例えば、16年にUNDPは、世界五大陸の14カ国から17人の「パンダ大使」を選出し、国連の持続可能な17の発展目標を宣伝している。それは、UNDPの活動への理解を深めるだけでなく、中国のイメージアップにも貢献している。 以上、概観してきたように、中国にとってパンダ外交の意義や狙いは、友好のアピールから外貨獲得、台湾統一、イメージ操作まで幅広い戦略や戦術がある。 中国のパンダ外交をめぐり、そのレンタル料が高いという議論が交わされている。しかし、商業的な議論は、経済的効果が黒字であるならば、それをあえて否定することもないだろう。問題は、中国のソフトパワーのアイコンとしての「丸くてふわふわ、モコモコ、愛らしいパンダ」が、中国の膨張主義や地球的課題への対応で、ネガティブな側面をこれからも覆い隠していくのかどうかである。そのことをクリティカルに議論していく必要が、日本国民と日本のジャーナリズムに求められているということだろう。

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    中国のパンダ外交よりもひどい日本の歪んだ「動物格差」

    ライツセンター代表理事) 野生のパンダの数は少し増加し、絶滅危惧種から危急種に引き下げられています。中国はかわいいパンダを保全することのメリットを十分に把握しており、飼育下での繁殖だけでなく、より重要なパンダの生息域の保全も行っています。キーとなる動物の生息域を保全することは他の動物種にとっても恩恵があり、パンダに害を及ぼさない限りにおいて、その生息域では人為的脅威からは守られます。パンダの保護はパンダ自体が増えることが意義深いのではなく、生息域での自然保護が進むという点でこそ意義深いものです。パンダの野生での個体数を増やすことに成功した実績は、中国のイメージを向上させ、評価されるでしょう。 しかし、パンダ外交としてパンダを外交交渉の手段にすることや、海外の動物園に有償レンタルすることは、保全の意味を損なっています。 まず、中国はパンダをレンタルやプレゼントするにあたっては「若い・きれい・健康・活気がある・かわいい」という5つの基準を重視しているそうです。この人間にとって優性な遺伝子選択をしていくことは、パンダの多様性を奪い、種の本来の姿をゆがめていく可能性があります。 パンダの保全に日本の動物園が協力しているのだとする意見も聞かれますが、中国での繁殖技術や飼育環境は日本より優れていますので、遠く離れ生息地とも環境が異なる東京都での生息域外保全は、現状パンダにとって特に必要はなく、純粋に中国は外交カードや商売として、東京都は娯楽の対象や集客集金ツールとして利用しているにすぎません。上野動物園のジャイアントパンダの雌シンシン =5月19日、東京・上野 さらに、国にメリットをもたらす動物種だけを守るという姿勢は、生態系保全とはいえません。自然保護のためにキーとなる動物としては、パンダよりも行動範囲が広いトラのほうが重要だと考えられますが、中国では野生のトラは絶滅に瀕(ひん)しています。一方で中国のトラ牧場には数千~数万頭のトラが、毛皮や骨のためにひどい福祉状態で監禁され飼育されていますが、野生への再導入は行われていません。中国の姿勢は明快です。外交カードとして「使える」動物はその保護の重要性を説きながら保全をし、外交カードにしては「使えない」が死体でお金をもうけられる動物は、保全するのではなく養殖して殺して利用します。 守りたい動物だけ守り、利用したい動物は守らずに利用し尽くすというのは、誤った生態系保全ですし、あからさまな差別の肯定であるといえます。  中国だけを非難するつもりは特にありません。なぜならこれらのゆがんだ動物利用や保全は日本でも一般的であるからです。 かつてほど話題にならないとしても、東京都はかわいくて人寄せに利用できるパンダには多額のお金と労力をつぎ込み続けます。お金を費やすことについては採算がとれる限りにおいては批判されないかもしれません。しかし、パンダのようにお金を稼げる動物の福祉は向上し、そうではない動物の福祉が低下するという動物格差が生じているという点は、大いに問題であるといえます。動物たちの「格差」 上野動物園の飼育環境は国内動物園の中では良い方であると思いますが、それでも一部動物の環境は非常に乏しく、また動物園での飼育に限界のあるホッキョクグマなどの動物は常同行動(異常行動)をし続けています。その他、同じく東京都が養っている動物の多くも、低い福祉環境の中、監禁生活を強いられています。上野動物園のホッキョクグマ=2011年10月 叩く蹴るなど能動的な行為だけが虐待なのではなく、動物がその動物らしい行動を発現できず、動物福祉の5つの自由(飢餓と渇きからの自由。苦痛や傷害または疾病からの自由、恐怖および苦悩からの自由、不快さからの自由、正常な行動ができる自由)が守られていないことも虐待的な飼育です。欧米や南米で批判を受けたり閉鎖したりする動物園の環境を見ると、日本ではトップクラスといえるような環境であったりします。それほど日本の動物園のレベルは大変低く、私たちアニマルライツセンターも海外観光客から日本の動物園がひどすぎるという相談を度々受けています。動物の自由を奪い飼養管理することの責任を重く捉え、動物の福祉改善に必要なお金と労力を費やしてほしいと思います。 また、子どもたちに、本来の行動を取れない環境下に置かれた動物を見せ、あれがクマだよ、ゾウだよ、と教えることは誤った認識を植え付ける行為です。比較的優遇された動物と冷遇された動物が混在していることも精神的悪影響を与えます。パンダや犬や猫のようなかわいい動物は守り、畜産や実験に使われる動物や好みに合わない動物は守らず、ひどい状態のままでよいとすることが、当たり前と感じてはいないでしょうか。明らかな差別行動ですが、その差別に人々は気が付くこともなくなってしまっています。 犬猫の保護以外、日本の動物保護は他国から後れを取っていますが、その理由の一つは幼少期に虐待状態の動物と動物格差を見慣れてしまっているということにあると私たちは分析しています。動物園の役割の中に「教育」を入れるのであれば、動物の生態や行動が観察できる広い環境と本来の行動を発現させるケアを、飼育するすべての動物に等しくとり入れなくてはなりません。人気のある動物以外、動物福祉の5つの自由を担保したケアが保証できないということであれば、動物種、動物の数を思い切って減らしていくべきではないでしょうか。  パンダの赤ちゃんが産まれた上野動物園で、今後パンダたちはまさに「人寄せパンダ」としての見せ物になるという仕事を囲いの中でこなさなくてはなりません。パンダに限らず、人気のある動物の赤ちゃんの出産があれば、動物園はそれを使って集客し、そして一部の人々は週末の娯楽に動物園を選択します。動物の赤ちゃんが生まれるかどうかは、動物園にとっては死活問題なのかもしれません。しかし、一生自由を奪われ狭い囲いの中に閉じ込められ続けることは、それが希少種であろうと、かわいかろうと、個々の動物にとっては悲劇でしかないということに変わりはないということも、認識してほしいと思います。

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    日本人の目をくらます中国の「パンダ外交」

    京・上野動物園のジャイアントパンダが5年ぶりに赤ちゃんを出産し、パンダブームに日本中が沸いた。ただ、中国にとっては、その愛くるしい姿とは裏腹のしたたかな外交ツールでもある。G20首脳会議を前にドイツにも貸与したことが話題になった。中国の「パンダ外交」に隠された思惑とは。

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    なぜ「パンダフィーバー」は上野動物園でしか起きないのか

    代表する老舗ブランドであることは間違いありません。 だからこそ、「パンダ外交」として日本に贈られた日中国交正常化のシンボル、ランランとカンカンは日本の首都・東京に位置し、日本一有名な老舗動物園「上野」に来たのです。1972年10月28日、上野動物園に到着したカンカン(康康・左)とランラン(蘭蘭) それにしても、当時、ジャイアントパンダ2頭が初来日したときの熱狂ぶりはすさまじく、フィーバー(熱狂的大流行)という言葉はまさに当たっていました。当時10歳だった私の記憶の中にも、45年も前の興奮がいまだに残っています。その背景には、時代というものが多分にあったと思います。 今のように、インターネットがないあの頃は、情報が一極集中する傾向にありました。テレビひとつ取ってみても、BSもCSもネットチャンネルもオンデマンドもなければ、ビデオも普及していないわけです。情報の発信源が少なかったため、みんなが同じ情報を共有し、学校や会社でその情報をお互いに確認し、反復するかのように伝達しあいました。「熱狂」が決定づけたブランドイメージ 当時の情報の一極集中ぶりがよく現れていたのが歌謡曲です。ランラン、カンカンが来日した1972年のレコード売り上げ1位は宮史郎とぴんからトリオの「女のみち」、2位は小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」ですが、当時物心ついていた人なら、どちらの曲も、すぐさまそのメロディーが出てくるのではないでしょうか。 一方、去年のオリコンの年間CD売り上げランキング1位は、AKB48の「翼はいらない」、2位もAKB48で「君はメロディー」ですが、果たして口ずさめる人はどれぐらいいるでしょう。SNSやYoutubeの登場で、国民全員が情報の発信源となりうる今は、情報がありとあらゆる分野で蔓延(まんえん)し、人々は自分の好みの情報をえりすぐっているため、一極集中にはなり得ないのです。 そのような背景も手伝って、日本人特有ともいえる「皆がしていることは自分もしなければならない」的な性質が、パンダフィーバーをさらに加熱させました。日本人は流行を追うのがとても好きなようで、ミシュランガイドの星が1つでも付けば、その店はたちまち大行列ができるのです。 おそらく、今以上に流行に敏感だった高度成長期末期の日本人は、当然のことながら上野に殺到しました。ランラン、カンカンの公開当日、1キロもの行列ができ、約5万6千人がパンダを一目見ようと押しかけました。実際にパンダを見られた人は、わずか3割程度だといわれています。3時間待ちの長蛇の列に断念せざるを得なかったのです。中国から来日したパンダのランラン、カンカンが上野動物園で初公開され、観客が殺到した=1972年11月5日 幸運にもパンダを見ることができた約1万8千人は、パンダの前で立ち止まることは許されず、見られる時間はたった30秒程度でした。その30秒の間、パンダは背を向けていたり、あるいは微動だにしなかったことはザラで、たまたま観客のほうを向いていたり、何かを食べていたりしたら大ラッキーで自慢の種になったのです。 当時は良くも悪くも、世の中に「忖度(そんたく)」がゴロゴロ転がっていた時代で、私は上野動物園の関係者だった父の友人の忖度で閉園後にパンダ舎のバックヤードにこっそりと入れてもらいました。子供心に、もう十分だと思われる程の時間、ランランとカンカンを妹と2人だけで見させてもらったという、今では考えられないような思い出があります。その光景は、セピアカラーながらも、今でも鮮烈に記憶に残っています。その後数日間は、ずっとその話を友達に自慢し、友人たちもその都度、大きなリアクションをしていたのを覚えています。 このような、一般にはなかなか見られないという希少性やチラリズムが、上野のパンダをさらに貴重な存在へと押し上げていきました。パンダ来日決定から公開の間に、「パンダ」と「上野」が合体した強烈なブランドイメージが出来上がってしまったのです。当時小学生だった私の世代、つまり今の50代から上の世代は、今でもそれをずっと引きずり、その思考が自分たちの子供の世代へと受け継がれたのではないでしょうか。フィーバーが植え付けた意外な「言葉」 上野動物園のブランドイメージ同様に、この時期に人々の意識を固定させてしまったのが、「パンダ」という呼び方です。本来、ただパンダと言った場合は先に発見されたレッサーパンダを指していました。そこで、後から発見された白黒の大きな、いわゆるパンダの方はジャイアントパンダという名前にしたわけで、日本では正式和名はあくまでジャイアントパンダです。京都市動物園の特任園長に任命されたレッサーパンダのジャスミン ところが、今、パンダと言ってレッサーパンダを想像する人はまずいないでしょう。実はこれも、当時のマスメディアによる影響が大きいのです。実際、羽田空港に日本航空の特別機でジャイアントパンダが到着した時点では、そのコンテナに「大パンダ」という文字が大きく記されていました。ところが、待ち受ける上野動物園では、横断幕や看板に「パンダ」としか書かれていなかったのです。 既に上野動物園にはレッサーパンダがいたのですが、その元祖パンダをそっちのけにして、ジャイアントパンダをマスコミもこぞって「パンダ」と言い放ちました。その方が、響きもよく覚えやすくインパクトがあったからでしょう。爆発的ブームの中、人々は何のためらいもなく、ジャイアントパンダ=パンダという認識を固定化させ、現在に至っているのです。 1972年のあの熱狂が、「パンダは上野」「ジャイアントパンダはパンダ」という固定観念のようなものを植え付け、今もそれが続いているわけです。 上野に遅れること22年、94年からは和歌山県のアドベンチャーワールドでジャイアントパンダの飼育が始まり、2000、01、03、05、06、08、10、12、14、16年と恐ろしいほどコンスタントに子供が生まれています。パンダ外交は日本のみに行われているわけではなく、旧ソ連、フランス、イギリス、メキシコ、スペイン、ドイツ、アメリカ、韓国、オーストラリアといった国々にもパンダは貸し出されましたが、アドベンチャーワールドの繁殖実績は、中国本土を除けば文句なしに世界一なのです。 もちろん、生まれるたびに報道はされているのですが、誕生したその日限りの報道が多く、上野のような経過報道はほとんどされず、人々の記憶にはあまり残らないというのが現状です。たとえ実績が1位になっても、老舗ブランドには勝てなかったわけです。「2位じゃダメなんでしょうか?」どころの騒ぎではなく、ことパンダに関しては、上野以外は1位になってもダメだったのです。上野のパンダの系譜は、高度成長期末期のあの熱狂を、宿命的に今も引き継いでいるのでしょう。日本に「パンダ」は何頭いる? そして、その上野のパンダでさえも、盛んに報道されているお母さんパンダのシンシンとその赤ちゃんだけが話題に上がり、ニュース映像に映し出されないお父さんパンダの方は、ほとんどの人がその名前さえ知らないのです。よくよく考えてみれば、とても不思議な話ですが、これもマスメディアの影響なのです。 今回、上野のパンダが誕生して以来、2週間以上もの間、赤ちゃんの成育状況は欠かすことなく毎日、テレビのニュースなどで報道されています。でも、少なくとも私の知る限り、雄のリーリーの名前は赤ちゃん誕生のその日しか出てきていません。 また、上野動物園には、ジャイアントパンダよりも生息数が少なく、絶滅の危機にひんしている希少動物がたくさんいますが、それらがメディアで取り上げられることはまれです。たとえ取り上げられても和歌山のジャイアントパンダと同様で、単発的にちょっと報じられる程度にすぎません。 例えば、上野動物園の正門を入ってすぐ右手には、アカガシラカラスバトという鳥がいますが、ほとんどの入場客は、その前を通過せず、まっすぐに行ってしまいます。しかし、この鳥は小笠原諸島だけに生息し、野生個体数は約40羽しかいない日本の天然記念物です。上野動物園では、このアカガシラカラスバトの飼育繁殖に取り組み、成果をあげてきましたが、それを知る人は皆無に近いでしょう。 この差は、あのジャイアントパンダの容姿やしぐさといったパンダ独特のアイドル性も大きな要因だと思いますが、やはり最初のパンダ外交とその報道の強烈なインパクトがいまだに尾を引いているからではないでしょうか。 ところで、今日現在、日本には何頭のジャイアントパンダがいるかご存じでしょうか。正解は9頭ですが、内訳は、上野に赤ちゃんパンダを含めて3頭。和歌山に5頭。神戸の王子動物園に1頭です。ところが1カ月程前までは、12頭もいたということを知る人はほとんどいないでしょう。 2017年6月12日に、上野のパンダ、シンシンが1頭のパンダを産んだことで、日本国内のジャイアントパンダは1頭増えた計算ですが、実はそのちょうど1週間前の6月5日、日本のジャイアントパンダが3頭も減ったのです。和歌山のアドベンチャーワールドで生まれ育ったジャイアントパンダの海浜、陽浜、優浜の3頭が中国・四川省の研究施設へ返還されました。繁殖のため中国に行くジャイアントパンダの「優浜」(左)と「海浜」=4月7日、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド 実は、現在日本にいるジャイアントパンダは全てレンタル扱いで、たとえ日本の飼育下で子供が生まれても、基本的には性成熟する4歳ぐらいまでに中国に引き渡されることになっているのです。上野のシンシンが産んだ今の赤ちゃんパンダも2年をメドに中国に返されるようです。それを知ると、このパンダフィーバーもなんだか切ない気がします。 田中角栄、周恩来両首相による日中国交正常化の外交として湧き上がったパンダフィーバーは、マスコミによってさらに大きな熱を帯び、今もときどき、その炎を燃え上がらせては切なく消えていくのです。

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    双子パンダがすくすく成長、飼育のカギは蜂蜜ペロペロ?

     東京・上野動物園のジャイアントパンダの雄・リーリーと雌・シンシンが2月に交尾をしていたことが判明、5年ぶりの赤ちゃん誕生が期待されている。とはいえ、ジャイアントパンダの繁殖期は短く、雌の受胎が可能な期間がわずか数日しかないこともあり、繁殖は簡単なものではない。実際、この2頭の間には2012年にも赤ちゃんが誕生したが6日後に死んでしまったなどの悲しい過去もある。 そうしたパンダの生態にもかかわらず、約2年に一度のペースでパンダの繁殖に成功しているのが、和歌山県にある「アドベンチャーワールド」だ。こちらでは、昨年2016年9月に産まれたメスの結浜(ユイヒン)を含め、3月現在でなんと8頭ものパンダを飼育している。結浜は、すでに体重も10kgを超え、ふわふわ、ぽてぽてとした仕草が、一般公開でも大人気となっている。父の日の日付入りの氷を贈られた雄のジャイアントパンダ「永明」=6月18日、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド しかも同施設では、従来難しいとされていた双子の赤ちゃんパンダ、桜浜(オウヒン)・桃浜(トウヒン)を育てることにも成功している(2014年に誕生)。いったいどうやって、双子のパンダをうまく育て上げているのだろうか。キーワードとなるのが「母乳育児」だ。 通常、パンダの母親は一度に1頭の赤ちゃんにしか授乳しない。そのため、双子の場合は、残りの1頭には人工哺乳することになる。しかし、母乳には免疫物質が含まれているため、両方の赤ちゃんに飲んでもらいたいのが飼育員さんの本音。 そこで登場するワザが「赤ちゃんのこっそり入れ替え」。パンダの大好物中の大好物「ハチミツ」を母パンダに与え、母親がそれにペロペロと夢中になっているすきに、授乳中の赤ちゃんを入れ替えてしまうというものだ。なんともおおらかな話だ。 ちなみに、人工哺乳で与えるパンダミルクは、母乳に近い成分を再現したすぐれもの。1歳までは母乳とパンダミルクで育て、その後リンゴとタケノコを離乳食として与え、1歳半で完全に乳離れするそうだ。 ここで掲載したアドベンチャーワールドでのパンダの食事シーンの画像は、動物写真集『動物mg(モグ)図鑑』(松原卓二/写真・文)に収録されているもの。同書を参考に、パンダの知られざる生態に迫ってみてはいかがだろうか。関連記事■ 死亡したパンダの赤ちゃん 学術的資料として冷凍保存になる■ 11頭のパンダ育てた和歌山の動物園 成功の秘密に民間経営も■ パンダ交尾写真を袋とじにすべきか『週刊ポスト』編集部悩む■ 札幌の動物園だけで見られるホッキョクグマ赤ちゃんが公開■ 未だ根強い「母乳信仰」 途上国向けのガイドラインが背景に

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    二階俊博氏と中国との蜜月ぶりで和歌山にパンダが7頭も存在

    氏(76)にとっては関わりのない事情のようだ。5月22日からは観光業界関係者ら約3000人を同行して中国を訪問すると発表し、そのときに「他の政治家ではありえないVIP待遇だろう。習近平・国家主席がホスト役としてでてくるかも」(日中関係筋)と言われるほどだ。そんな二階氏を中国側も万全の態勢で招き入れる予定だという。先の日中関係筋の話だ。会談を前に握手する自民党の二階俊博幹事長(左)と中国の習近平国家主席=5月16日、北京の釣魚台迎賓館(共同)「二階氏はかつて江沢民・元国家主席の石碑を地元・和歌山を皮切りに日本全国に作ろうとしたほどの親中派。上野動物園に2頭しかいないパンダが、和歌山・白浜町のアドベンチャーワールドには7頭いることからも二階氏と中国との蜜月ぶりがわかる。中国は二階氏を自民党だけでなく、日本の“陰の権力者”と見ている」 なぜ、この人物がそれほどの力を持ったのか。 二階氏は和歌山県議を経て1983年に初当選。当時の竹下派に所属していたが、1993年の政変で小沢氏とともに自民党を離れる。その後、小沢氏と袂を分かち、保守党を経て2003年に自民党に復党。小泉内閣で経産大臣、安倍政権の総務会長、麻生内閣では再び経産大臣と常に中枢に座り続けている。自民党中堅議員が語る。「出戻り議員としては非常に珍しいパターンで、率いている二階派は2009年総選挙で本人以外全員落選したが、それでもちゃっかり旧伊吹派の会長に収まっていまも勢力を拡大している。資金力がケタ違いで若手議員の面倒見は抜群にいい」 先の総選挙ではその辣腕ぶりを発揮した。無所属で出馬して自民党議員に勝利した元民主党の山口壮・代議士を“特別会員”として自派閥に入れ、ついには周囲の反対を押し切って入党させるという荒業をやってのけた。 いまだ安倍首相の訪中が実現していない中で、大訪中団を引き連れて習近平氏と握手することになれば、党内に敵なしと思い込んでいる安倍首相の心中も穏やかではないだろう。ただし、それが中国の狙いであることを二階氏はよくご存知のはずだ。関連記事■ 二階俊博氏 3000人同行で中国を訪問発表、15年前は5200人■ 対中外交 強気な安倍氏も本気で構えたら大変との指摘出る■ 外務省分析員が新指導体制下の中国が抱える問題を解説した本■ 細川氏出馬宣言に自民党色の緑ネクタイで臨んだ小泉氏の真意■ 小渕氏ら親中派を結束させ安倍氏の対抗勢力に 中国が画策か

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    中国の「沖縄包囲網」は最終段階に入った

    一見すると、そのような期待感も漂っているが、手放しで喜べる状況にはない。沖縄の現状をつぶさに見ると、中国による沖縄工作が既に始まっているからだ。4月10日、北京の人民大会堂で中国の李克強首相(右)と握手する沖縄県の翁長雄志知事(共同) 昨年12月28日、東京都内のホテルで沖縄県と中国・福建省が「経済交流促進に係る覚書」(MOU)を締結し、福建の自由貿易試験区での規制緩和や手続きの簡素化に向けた協議を進めることなど6項目の取り組みを約束した。締結式には翁長氏や中国の高燕商務次官のほかに、日本国際貿易促進協会(国貿促)の会長、河野洋平元衆院議長も出席した。沖縄県は、県産品や沖縄を中継した国産品の輸出拡大を図る絶好の機会とみている。 さて、辞任した安慶田氏の後任として副知事に就任したのが、沖縄国際大学元学長の経済学者で、県政策参与を務めていた富川盛武氏である。富川氏は、参与時代からさまざまな沖縄経済の発展構想を県のホームページで発信しており、その構想に期待を示す県民も少なくないだろう。 実は、富川氏が示しているプランは、沖縄県が福建省と締結した覚書と同じ路線にある。それが「福建-台湾-沖縄トライアングル経済圏」構想である。沖縄県の経済特区、福建省の自由貿易試験区、台湾の経済特区のトライアングルをつないだ経済圏を構築するものだ。それは、沖縄県産品のみならず、那覇空港をハブと位置付けて日本全国の特産品を福建省に送る「沖縄国際物流ハブ」構想だ。 確かに沖縄は「アジアの玄関口」として物流の中継点に好立地である、という発想は正しい。 しかし、少し立ち止まって考えていただきたい。経済的視点から、沖縄が「アジアの玄関口」であることは、軍事的に見れば「日本侵略の要所」「日本防衛の最前線」でもあるということだ。現に、昨年度の航空自衛隊のスクランブル発進は1168回(前年比295回)と過去最高であり、そのうち、中国機に対する発進が851回(前年比280回)で7割超を占めている。前年比から増加したのはほぼ中国機である。沖縄自民党にすりより始めた中国 そして、ここで忘れてはならない重要なことは、中国は尖閣諸島を福建省の一部と位置付け、天気予報まで行っているということだ。つまり、沖縄県はあろうことか、海と空から尖閣実効支配の既成事実を作ろうとしている中国の、一地域と主張する福建省の経済圏に自ら入り込もうとしているのだ。 中国との経済交流を進める動きは行政だけではない。今年2月3日、那覇市内のホテルで、「沖縄県日中友好協会」の設立を記念した祝賀会が開催され、中国の程永華駐日大使の講演会も行われた。駐日大使の講演があったということは、この組織が中国共産党、中国政府の肝いりということがうかがえる。 この祝賀会には、日中友好協会の丹羽宇一郎会長も参加し、乾杯の音頭をとっている。だが、参加した政治家は翁長氏を応援する「オール沖縄」系ではなく、自民党などの保守系がほとんどだった。中国の一部メディアは、沖縄県日中友好協会が「沖縄県議会議員の提唱によって、官民ともに設立した一般社団」と報じている。その県議会議員とは特別参与に就任した県議会議員を指していると推測されるが、彼もやはり自民党所属議員だ。 沖縄県と福建省の経済的な動きは既に加速度的に進み始めている。県内企業の中国貿易を支援する琉球経済戦略研究会(琉経会、方徳輝会長)は2月23日、中国国際貿易促進委員会の福建省委員会と貿易や投資促進を目指す覚書を交わした。会長の方氏は貿易業のダイレクトチャイナ社長であり、中国現地の会社と連携して県産品を中国に送り込むビジネスを展開している人物である。県と福建省が昨年12月から規制緩和や手続きの簡素化に取り組む中、企業間交流を加速させ、具体的な取引を始めさせる算段だ。中国・福建省の中心都市、廈門(アモイ)の海岸 3月には新たな福建省に進出が決まった企業のニュースも報じられた。沖縄本島南部にある与那原町の合同会社「くに企画」が7月から県産化粧品7商品を福建省のドラッグストアで販売することが決まったというのだ。この実現には県と中国政府の手厚い支援がある。中国では化粧品を輸入する会社は、政府の国家食品薬品監督管理局の許可を得ることが必要である。「くに企画」の商品を輸入するケースでは、「上海尚肌(しょうき)貿易有限公司」が許可を取得し、福建省内のドラッグストア十数店と契約を締結した。 一方、沖縄県のほうでも、くに企画に政府系金融機関の「沖縄振興開発金融公庫」から1000万円の融資が行われたという。くに企画を調べると、2015年10月設立された法人の存在は確認できるが、会社のホームページすら存在しない。その実態は、くに企画によるビジネスというより、中国の会社が沖縄からの仕入れを計画し、くに企画にたまたま白羽の矢が立って、沖縄振興開発金融公庫が融資を行ったようにしか見えないのだ。人民解放軍の軍人が潜伏? 日本では日中国交正常化以来、中国に進出した企業の多くは、人件費の高騰や政策変更などリスクがつきまとい、撤退を始めている。しかし、現在の沖縄では、福建省に進出するといえば誰でももうけさせてもらえるような、上げ膳据え膳のサポート態勢が整いつつある。沖縄では20年以上遅れて、中国と福建省の合作で人為的な中国進出ブームが起きようとしているのだ。 一方、観光客のみならず、さまざまな切り口で沖縄に中国人を呼び込むプロジェクトも進められている。昨年3月、中国で高齢者福祉などを支援する中国老齢事業発展基金会(李宝庫理事長)が、中国への介護技術の普及に向けた「沖縄国際介護先端技術訓練センター」建設のために、本島南部の南城市にある約4300平方メートルの土地を買収したのだ。 沖縄をモデル地域に位置付け、中国からの研修生が日本の介護技術を習得し、中国国内約300都市に設置予定の訓練センターで介護技術普及を図るという。この案件を進めたのも、前述した河野洋平氏が会長を務める国貿促だ。国貿促の担当者は沖縄を選んだ理由に、アジアの中心に位置し国家戦略特区であることを挙げたという。 その訓練センターの事業体として、昨年9月13日、東京都赤坂のアジア開発キャピタル(網屋信介社長)と中国和禾(わか)投資(周嶸、しゅうえい代表)が共同出資を行い、新会社「アジア和禾投資」を設立した。新会社はアジアキャピタルの連結子会社となり、所在地もアジアキャピタルと同じビルとなっている。新会社への出資比率はアジアキャピタルが55%と多いが、社長は中国に多くの人脈を持つ中国和禾投資の周代表が就いている。沖縄に中国人が社長を務める巨大な介護訓練センターが出現するのだ。 もう一つ、気になるプロジェクトがある。航空パイロットの育成を手がけるFSO(玉那覇尚也社長)が中国の海南航空学校と業務提携の覚書を締結し、今年から70人程度の訓練生を受け入れるというのだ。FSOは沖縄県にフライトシミュレーターと実際のフライトを組み合わせた訓練場を、宮古諸島にある下地島空港の活用策として提案しており、県から空港利活用の候補事業者としても選定されている。中国人訓練生の中には人民解放軍の軍人が潜り込んでいる可能性もあり、かなり危険なビジネスである。有事の際、下地島空港で破壊活動や工作活動をされるリスクを招くのではないだろうか。翁長敗北で起こる「最悪のシナリオ」 沖縄は既に、多くの中国人観光客が訪れ、街も変貌してきたが、これら2つの事業が本格化しただけで沖縄のビジネス界も様変わりしてしまう。沖縄は既に中国経済に飲み込まれるレールが敷かれているのだ。米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する集会で演説する沖縄県の翁長雄志知事=3月25日午前、沖縄県名護市 以上、中国による官民一体となった沖縄経済の取り込み工作の実態を確認してきた。このままいけば、沖縄では中国人観光客があふれるだけではなく、「社員が中国人」という会社が多くなり、「私の会社の社長は中国人」というケースも増えていくことになるだろう。そんな中、来年の県知事選で辺野古移設阻止に失敗した翁長氏を自民党系候補が破り、県政奪還に成功しても、新知事も福建省との経済交流推進者にならざるを得ない「最悪のシナリオ」が起こる可能性は大きい。自民党にターゲットを定めたかのような沖縄県日中友好協会の設立はそのための伏線ではないだろうか。そうなれば、沖縄が後戻りすることはもはや不可能になってしまう。 また、尖閣諸島で紛争が起きたとき、中国政府は中国進出企業との取引を停止する制裁を科すだろう。「中国依存度」の高い会社からは、政府や沖縄県に取引再開の交渉を求める声が当然上がってくる。会社が倒産したら、社員の明日の生計が立たなくなるからだ。琉球新報や沖縄タイムスには「政府は無人の尖閣諸島より県民の生活を守れ!」という趣旨の見出しが掲載されるだろう。そこで、中国は紛争の解決策として「尖閣諸島の共同管理」を提案してくることは間違いない。そのとき「沖縄は中国と経済交流してここまで豊かになってきた。中国と戦争して貧しくなるより、尖閣諸島を共同管理、共同開発して豊かな生活をしたほうが良い」という声が上がったら否定するのは極めて困難になってくる。 現代の戦争は軍事衝突だけではない。平時においても戦争は行われている。それは外交戦、経済戦、歴史戦、国際法律戦など、ありとあらゆる手段を使った戦争が行われているのだ。武力戦が始まるときにはほぼ勝負は決まっている。今、東シナ海の真ん中にある沖縄は、その総力戦のまっただ中にある。 沖縄をハブ空港として発展させるビジョンは正しいが、その背後に経済・防衛政策がなければならない。なによりも、沖縄を日本の経済圏の中に断固として組み込み、中国にコントロールされるような隙をつくらないことが必要だ。沖縄防衛は自衛隊だけでは不可能な時代である。手遅れにならないためにも、日本政府は経済や歴史、文化侵略など、あらゆる側面から沖縄防衛計画の策定を急がなければならない。

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    中国に7000万人 LGBT向けビジネスが活発化

     中国で「LGBT」と呼ばれる性的少数者=L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)が7000万人に達していることが明らかになった。 これはイギリスの人口を上回る規模で、その年間消費額も4700億ドル(約53兆円)と推計されているが、中国ではLGBTを蔑視する傾向が強いことから、海外での挙式に関心を示しており、潜在的に大きな市場として海外の旅行業界などが開拓に乗り出している。米タイム誌などが報じた。香港のLGBTの権利保護を訴える団体が開いた集会 中国の同性愛者向け出会い系アプリ「Blued」の最高経営責任者(CEO)・耿楽氏によると、Bluedは世界で最大級の同性愛者向けアプリでユーザー数は1500万人にのぼる。 彼ら(彼女ら)は社会的なステータスが高い層が多く、平均月収は約1万元(約16万円)と全国の労働者の平均月収の5倍にも達しており、可処分所得が高くブランドモノを好む傾向が強いという。 これは大半のLGBTに子供がいないことが大きな原因だとみられる。 欧州や米国に次いで世界3位のLGBT人口を抱える中国が大きな市場として観光業者の関心を集めている。これは日本のみならず、欧米諸国も同じで、中国のLGBTを自国に取り込もうと躍起になっているというほどだ。 これは、中国内でのLGBTにはまだ市民権が与えられていないことも大きな原因だ。 中国では同性愛行為者が罪に問われた時代が長く続いていた。それが、違法ではなくなったのは1997年で、LGBTがタブー視されていない香港が同年7月、中国に返還されたためだとみられる。 その後、2001年からLGBTは精神疾患リストからも外されたが、一般的にはまだまだ認められていない。 ネット上では、同性愛者が「ハワイで結婚式を挙げた」などという書き込みに対して嫌悪感を表明する意見も少なくない。 日本でも同じような傾向はみられるが、中国の場合はこれまで一人っ子政策が適用されていたことから、「子供がいないのは罪悪」という感情がより強く、「一人っ子の男性の場合は『偽装結婚』をして、子供を作ってから、安心して同性愛にのめり込むという傾向が中国では強い」(香港紙「リンゴ日報」)とも報じられている。関連記事■ 同性愛者がなぜ必ずクラスに1人いるのかという謎に迫った本■ 米の性調査 同性愛者比率は60年前からほぼ変わっていない■ 中国大都市圏で同性愛エイズ患者拡大 一人っ子政策の影響も■ 聖火リレーに同性愛者象徴旗持つ男が乱入しプーチン怒り心頭■ 中国・周恩来元首相に同性愛説広まるも国内では反発の声

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    米国混乱の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる

    宮崎正弘(評論家) 《徳間書店『米国混乱の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』より》 第45代アメリカ大統領にドナルド・トランプが就任した。 そして2017年2月27日、トランプ大統領は「次年度予算で国防費を10%増加させる」とした。10%増は6兆円、これだけでも日本の防衛費のトータルより大きい。主眼は対中国である。 後世の歴史家は「これにより米中は対決時代に入った」と書くだろう。トランプ米大統領(左)の出迎えを受ける安倍首相 =2月10日、ワシントンのホワイトハウス(ロイター=共同) トランプの当選直後にニューヨークへ飛んで西側指導者として真っ先に会見した安倍晋三首相は、2017年2月10日にも訪米し、ワシントンで日米首脳会談を終えるや、「冬のホワイトハウス」と呼ばれるトランプの豪華別荘に招待され、ゴルフに興じた。 まさに異例の厚遇、破格の待遇で、アメリカのマスコミは辛辣(しんらつ)に「安保をアメリカに依存する以上、日本にはほかの選択肢はない」と皮肉ったが、一方で中国の習近平(しゆうきんぺい)国家主席に対して、トランプは一通の書簡を送っただけである。これは「破格の冷遇」だ。 中国に一歩ひるんだ姿勢だったオバマ前政権とは完全に異なるスタイルであり、この日本厚遇、中国冷遇がトランプの外交を鮮(あざ)やかに象徴している。フロリダにおける日米共同声明直後、トランプ大統領と安倍首相が夕食を愉しんでいるタイミングを狙って北朝鮮はミサイル実験を行った。背後で中国が仕組んだのではないかとする邪推も生んだ。 そして、2月13日にはマレーシアで北朝鮮の金正男(キムジヨンナム)が刺客に暗殺された。 日本にとって現実の軍事的脅威は北朝鮮の核とVXガス。そして中国の軍事力である。朝鮮半島、東シナ海、南シナ海でアメリカはどう動くのか、その最終的な政策決定のキーパーソンは次の3人である。 ジェームズ・マティス国防長官、スティーブ・バノン大統領上級顧問、もう1人はピーター・ナヴァロ国家通商会議代表だ。 トランプは指名の折、マティスを「マッドドッグ」と言った。これは「狂犬」と訳すより「暴れん坊」という意味である。マティスはどの軍人よりも読書家であり、マキャベリから『孫子』まで愛読し、蔵書が7000冊ともいわれている。独身である。マティスが政権発足後、真っ先に日本にやってきたのも、東アジアへの軍事的脅威に本腰を入れるという合図である。 マティスはアフガニスタン、イラク戦争で実際に軍事作戦の指揮を執り、適切な指揮、果敢な判断、その勇気によって軍人の多くから尊敬を集めてきた。彼の持論はその体験から生み出されたもので、「当面の敵はIS(イスラム国)である。このIS殲滅(せんめつ)のためにはロシアとの協力関係が必要である」というものだ。まさにマキャベリズムを地でいっている。 議会、とりわけ共和党主流派は、ロシアを敵として位置づけているため、マティスは議会証言では「ロシアが基本的に敵であることに変わりはない」と発言している。頑迷にロシアを敵視するジョン・マケイン上院議員らを得心させるための公聴会用の発言である。本心を語らなかったのは、国務長官に指名されたレックス・ティラーソンも同じだ。親ロ派の姿勢を鋭く衝かれるや、彼は「当面、ロシアが敵であることに変わりはない」として、むしろ議会人を安心させることに重点を置いた発言を繰り返した。 トランプ大統領は「ウォール・ストリート・ジャーナル」(2017年1月13日付、電子版)とのインタビューで、中国とロシアに対して、通商や外交面での「譲歩」を促している。ただし、ロシアに対しては「当面、制裁は解除しない」としてプーチンからの信号待ちという状態である。アメリカの主要敵は中国? 一方、中国への姿勢は一貫して強硬である。トランプは同インタビューに対し、「もし通商や外交面での譲歩に応じない場合は、中国に対しては『一つの中国』というアメリカの外交基本さえ含めた協議を始める」と発言した。中国はただちに反論し、陸報道官は「一つの中国政策は交渉の余地がない議題であり、中国外交の核心である」と述べた。 ただしトランプはその後、「45%の関税」に関しては「検討を始める」と大幅に過去の発言を後退させ、「中国は為替操作国である」という認定問題に関しても「ただちに認定する」とは言わなくなった。  中国はまだ様子見で弱々しい反応しか見せていない。「もしアメリカ軍が出てくるなら対抗する」と人民日報系のタブロイド紙「環球時報」に書かせている程度である。トランプの対中強硬姿勢が、どれほど本気なのかを見極めようとしているのである。航行する中国の空母「遼寧」(共同) 南シナ海に関して中国は、2016年12月にアメリカ海軍の無人潜水艇を捕獲したが、すぐ返却するなど、現場の暴走も目立つ。そのうえ、2017年1月には空母「遼寧」に台湾をぐるりと一周させ、軍事的威嚇(いかく)を強めた。 南シナ海でアメリカが軍事行動に出るとは想定しにくいものの、「暴言老人」と「暴れん坊」がこれからのアメリカを牽引するのだ。 2017年2月初旬、筆者がロスアンゼルス空港の書店で「TIME」を見たら、表紙はスティーブ・バノン大統領上級顧問だった。 大統領上級顧問ふぜいが「TIME」の表紙になることは異例中の異例である。つまり左翼ジャーナリズムが、トランプ攻撃の代理標的にバノンを選んだということでもある。このバノンが言っているのだ。「向こう5年か、10年以内にアメリカと中国は南シナ海で戦争となるだろう」と。バノンがすでにホワイトハウスで辣腕(らつわん)をふるい始めたことに留意しておきたい。 トランプがCIA(中央情報局)長官に指名したマイク・ポンペオも対ロシア強硬派だ。マティス国防長官もどちらかといえばロシア=主要敵論に与(くみ)している。ペンタゴンもジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長(海兵隊出身)、ポール・セルバ副議長(空軍出身)ら制服組のトップは「現実に存在する強敵はロシアで、ISではない」と反論している。国防総省を統括するマティスに対して共和党主流派が強く推薦する副長官以下の人事に露骨に反対しており、ナンバー2以下のペンタゴン人事が進んでいない。 直後に、ロシアのある戦略家が「プラウダ」(英語版)に寄稿してこう言っている。「アメリカは主要敵を読み違えた。アメリカの主要敵は中国であり、いまこそロシアを味方に引き入れたほうがよいだろう」北朝鮮の暴走に対する米中の思惑 2017年2月、北朝鮮がアメリカに届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の実験を行ったことは、これまでの米朝関係を変えた。 トランプは北のICBMに関して「そうはさせない」とツイッターでメッセージを発信している。ならば「そうはさせない」という具体的中身は何か? 選択肢は三つのシナリオが考えられる。 第1は、ICBMを単なる北のブラフと認識する態度を続ける。 第2は、北がアメリカと直接対話をしたいための信号であるという外交の駆け引きに対応する。 第3は、前者二つの選択肢を無視して、実際にアメリカが予防的先制攻撃をする。 つまり北朝鮮の核施設を空爆で破壊して、脅威をとりのぞくという軍事的選択である。アメリカの対北朝鮮攻撃は、おそらく潜水艦からのSLBM(弾道ミサイル)発射が主力となるだろう。4月15日、北朝鮮の軍事パレードで公開された 新型ICBM用の可能性がある発射管付き車両(共同) 実際にこれまでも、北朝鮮の核施設攻撃オプションはペンタゴンで何回か立案された。だが、ときのクリントン政権は土壇場で回避し、オバマ政権ではタブー視された。 ところが北朝鮮が六者会合を無視し、中国の政治的圧力を避け、ついに今回、ICBMのレベルまで達すると、予防的先制攻撃の選択肢が、アメリカ内で公然と論じられるようになった。「フォーリン・アフェアーズ」でも論究されるとなると、ペンタゴンでもシナリオが存在しているに違いない。 トランプならやりかねない、というのが国際政治の現場感覚だろう。 しかし先制攻撃というシナリオを前にして、アメリカが直面する三つの難題がある。 第1は、中国がどう動くか。これまでに、「中国が北朝鮮を抑制し、影響力を行使すれば、やめさせることができた。なのに、しなかった」(トランプ)。 もちろん中国もこの北朝鮮の核こそが、対米交渉の有効なカードである以上、へたな使い方はしないだろう。 第2に、韓国がいかなる反応をするか、つまり北朝鮮攻撃作戦遂行後、米韓関係は緊密化するか、対決となってしまうのか、である。現実に朴槿恵(パククネ)政権は弾劾(だんがい)の淵に立たされ、命運が尽きようとしているが、次期韓国政権は親北派の勝利が予測されている。火に油を注ぐ結果が明らかな現状で、アメリカは軽率な行動はとれそうにないように見える。 第3は、「全面戦争」への発展をアメリカは考えていないという前提から発生する諸問題だ。つまり攻撃後の北朝鮮の報復は必ず行われ、韓国へ侵攻するだろう。そのときに在韓米軍はどこまで耐えるか。北朝鮮からソウルは距離的に近く、また地下トンネルが無数に掘られている。メトロポリタン・ソウルという人口密集地(1400万人)が人質となるが、その犠牲を恐れずにアメリカが先制攻撃を行えるかどうか。 1981年、イラクのオシラク原子炉をイスラエル空軍機が破壊した。アメリカ軍の秘密の協力があった。2007年、シリアの核施設をイスラエル空軍機が破壊した。むろん、背後ではアメリカ軍の協力があった。しかしイランの核施設はイスラエル側に破壊能力があるのに、できなかった。 北朝鮮の核施設の正確な場所を把握していないかぎり、作戦の成功もまた難しくなる。こう考えてくると、残されるのは、北朝鮮を交渉の場に引きずり出し、中国にも圧力行使を期待しての「核の凍結」という選択肢がもっとも現実的なことになる。急速に悪化するアメリカ人の中国観 オバマ政権後期からアメリカは着実に、しかし慎重に対中国政策を変更している。直接の動機は中国軍の南シナ海での軍事行動だった。「航行の自由」作戦、フィリピンとの安保条約改訂、米空母のベトナム寄港、オーストラリアのダーウィンへの海兵隊駐留、そして台湾への梃子(てこ)入れと沖縄米軍基地の拡充を急いできた。 日本はこの動きをじっと見てきたのではない。周辺国を説得し、プロジェクトを持ち込み、船舶や潜水艦技術などもフィリピン、ベトナムに供与した。 日本の内閣府による2016年11月の「外交に関する世論調査」でも、中国に「親しみを感じない」と答えた日本人は圧倒的に多く80・5%となった。中国に対する親近感は、比較可能な1978年の調査から40年弱で完全に逆転しており、日本人の国民感情の冷え込みは顕著である。 ならば、アメリカ人の中国観はどう変貌したか。 レーガンの反共路線時代は、アメリカにとって主要敵はソ連であり、ブッシュ時代にゴルバチョフが登場して東西冷戦が終結すると、ソ連がたちまちにして崩壊し、新生ロシアとアメリカは急速に仲良くなった。 ロシアはアメリカの敵ではなくなった。アメリカの政治学者フランシス・フクヤマは「以後の世界は自由経済でまとまる」と楽天的予測を著書『歴史の終わり』のなかで展開し、日本でもベストセラーとなった。ソ連は瓦解したが、軍拡著しい中国が新たにアメリカの仮想敵となった。歴史は終わらなかった。フクヤマの予測は外れた。米ワシントンの歓迎式典に出席するオバマ大統領(右)と中国の習近平国家主席=2015年9月25日(ロイター) ブッシュ、クリントン、ブッシュ・ジュニア、オバマの歴代政権は中国との直接的な対決を極力回避し、融和的で微温的な姿勢で対中外交に取り組んだ。とりわけ中国の代理人とまで酷評されたキッシンジャーがG2(米中二極体制)を提唱し、これを受けたアメリカの政治学者ブレジンスキーなどは米中関係は蜜月、今後も「新しい大国関係」となり、均衡を取りながら世界を主導すると倒錯した議論を展開した。 だが、そのような甘い中国観は南シナ海における軍拡、その侵略的行為であるサンゴ礁埋め立て、軍事基地建設、滑走路建設などに見られるように直接的にアメリカにとっての脅威となり、その結果、アメリカの対中姿勢はがらりと変わる。 日本のメディアはあまり報道しないが、米中関係は急速冷凍のように冷え冷えとしているのである。 トランプの中国認識は強硬論一色である。その側近らのなかにも中国に甘い人間はいない。大統領選挙中、トランプは次のように繰り返した。 「2000年、クリントン政権の後期にアメリカは中国のWTO(世界貿易機構)加盟を認めた。農業から通信機器、自動車から航空機までアメリカの製品は中国市場へのアクセスが増えるため、この取引はアメリカに裨益(ひえき)するとクリントン大統領は言ったが、実際には中国との貿易アクセスのお陰で、アメリカは50万の工場を閉じた。クリントンの言ったことはすべて嘘だった」 トランプは中国に対して強い語彙を選びながら、以下のように続ける。 「中国との通商の失敗が代表するようにワシントンの政治家がやったことはアメリカ経済の失敗につながった。中国との交渉で必要なのはタフな交渉力とリーダーシップである。ウォール街の権益のみならずアメリカの労働者、製造者の利益を護るために力強い交渉を中国とやり直すべきである」  トランプの中国論は抽象論とはいえ、わかりやすい批判である。単純に中国を仮想敵として置き換えることによって労働者、一般納税者へ訴えるパワーがある。 トランプは南シナ海の中国の軍事力拡大にいらだち、極東ならびに南シナ海でのアメリカ軍のプレゼンスを明確に拡充せよと言っているのであり、オバマのように優柔不断ではなく、南シナ海における中国軍の横暴には断固として対抗措置を講じると宣言している。こうした背景を照覧すれば、アメリカと中国の対決が本格化することは間違いないだろう。

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    米中戦争、トランプならやりかねない

    中、トランプ就任後初の米中首脳会談が実現した。対北緊密協力で「米中蜜月」をアピールするも、トランプの中国認識は強硬論一色である。南シナ海や経済摩擦などをめぐり、急速に冷え込む米中関係は今後どうなっていくのか。トランプ政権の思惑と習近平に迫る危機を読み解く。

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    トランプ政権が警戒する中国の野放図な野心

    宮崎正弘(評論家) 《徳間書店『米国混乱の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』より》 トランプ大統領のぶれない中国批判の源泉は、ピーター・ナヴァロの『米中もし戦わば』(赤根洋子訳、文藝春秋)のなかに潜んでいた。 トランプのツイッターメッセージの原典はこれかと思うほどである。 オバマ前大統領は軍事的知識に乏しく戦略的判断が不得手だったため、誰にそそのかされたのか、「敵と味方を取り違え」てばかりいた。イスラエルを敵対視し、イランと復交し、そのうえでロシアを敵視した。ハッカー攻撃の犯人だと証拠を挙げずに断定し、在米のロシア人外交官35人を追放した。プーチンはこの措置に報復せず「次期政権の出方を待つ」と余裕を見せた。 フランスの戦略思想家レイモン・アロンに有名な箴言(しんげん)がある。「正義が統治する社会を定義するより、状況を不適切と非難することは易しい」就任後初の施政方針演説をするトランプ米大統領=2月28日、ワシントン(ロイター=共同) トランプは「ツイッター大統領」(「ワシントンポスト」が名付けた)と呼ばれ、記者会見を滅多に開かず、逐一のメッセージを自らが書き込むツイッターで政策のヒントを繰り出してきた。既存のメディアを無視するやり方にアメリカのジャーナリズムはあわてた。政治に必要な即効性の武器がネット社会では変革していた。トランプは時代を先取りした。 そしてトランプは、「オバマやヒラリーに比べたらプーチンのほうが賢い。馬が合いそうだ」と強烈なメッセージを発信した。 トランプの中国に対する強硬姿勢には変化がなかった。 対中問題でタフな発言の数々をフォローすると、トランプの情報と分析の源泉はナヴァロに行き着くのである。 ナヴァロは前掲書において、まず、中国の軍事戦略を緻密に検証して、「中国は、ソ連とはまったく異なるタイプの軍事的競合国である」「このままでは、アメリカは中国に(少なくともアジア地域で)『降参』と言わざるを得なくなるかもしれない」という危機感を表明する。 最大の脅威とは核戦力や、ミサイルの数や、艦船、空母の員数や能力ではなく、ハッカー攻撃力である。「平和にとっては不都合なことに、中国ほどアグレッシブにサイバー戦争能力の増強を図ってきた国はない。また、平和で貿易の盛んな時代にあって、中国ほど積極的にサイバー戦争能力(の少なくとも一部)を展開してきた国も他にない」(ナヴァロ前掲書) ロシアのハッカー能力より中国がサイバー攻撃で勝っているのに、オバマはなぜロシアだけを問題にしたのかが問題だと示唆している。 中国にはアルバイトを含めて200万人のサイバー部隊がいる。「最も悪名高いサイバー部隊はおそらく、上海・浦東地区にある一二階建てのビルを拠点とするAPT1部隊だろう。APTとはアドバンスド・パーシステント・スレット(高度で執拗な脅威)の略語で、コンピュータ・ネットワークを長期間攻撃することを意味する(中略)。中国人ハッカー達がこうした産業戦線で盗もうとしているのは、大小の外国企業の設計図や研究・開発の成果、特許製法といったおきまりのものだけではない。彼等は電子メールから契約リスト、検査結果、価格設定情報、組合規約に至るまでありとあらゆるものを傍受している」 そのうえ中国のサイバー部隊には第3の戦線が存在している事実を、ナヴァロは指摘している。「配電網、浄水場、航空管制、地下鉄システム、電気通信など、敵国の重要なインフラへの攻撃である。これには、民衆を混乱させるとともに経済を壊滅させるという二つの目的がある」(以上、ナヴァロ前掲書) ともかくアメリカは「中国製品を買うたびに中国の軍事力増強に手を貸している」というあたり、まるでトランプのツイッターから放たれたメッセージと読める。いったい何をしでかすかわからないのが中国人の特性であり、信頼関係、友情などという人間社会の最低限度のモラルはいつでも破棄される。GDPのごまかしとか、外貨準備の偽装など、中国人にとっては日常茶飯の身の処し方からすれば歯牙にもかけない些細な行為でしかない。 これらの所論がトランプのツイッターのメッセージと重なる。消された「通州事件」 中国は「あったこと」を「なかった」と言うが、「なかったこと」は「あった」と言う癖がある。 前者の典型例が1989年6月4日の天安門広場での学生虐殺である。事件後、一切の報道はなくなり、映像は絶対にテレビ画面には出てこなくなった。したがって、若い世代の中国人は「天安門事件」を知らない。中年以上の世代には「あれは外国の諜報機関が仕組んだ和平演変(えんぺん)」だとして、外国の陰謀だったと教唆している。 後者の典型は幻のフィクション「南京大虐殺」なるものだ。同時に必死で「なかった」ことにしたいのが、中国の殺人部隊が居留日本人を虐殺した「通州事件」である。 中国兵に惨殺された邦人は257人。その通州事件で犠牲となった多くの日本人たちの非命をたどったノンフィクション、血涙の作品が加藤康男氏の『慟哭の通州』(飛鳥新社)である。 かの「南京大虐殺」とかいう架空の事件は、中国がでっちあげた嘘放送の類いだった。このことはすでに120%証明されたにもかかわらず、前述したように、ユネスコはこれについての資料を世界記憶遺産に登録しようという中国の申請を認めてしまった。ブルガリア共産党出身のボコバが主導した。日本が貶(おとし)められているのに日本政府も外務省も対策が遅れた。しかし後日、日本は少なからず報復した。ボコバが狙った国連事務総長の座という選挙運動に協力しなかった。ユネスコへの拠出金を支払わない挙に出て、すっかり国連があわてた。日本の拠出金がないとユネスコはにっちもさっちもいかない。 でっちあげはともかく、現実に起きた日本人大虐殺の「通州事件」は、ようやくにして「アーカイブ」が民間人の手で設立され、歴史教科書にも一部だけだが掲載され、各地で研究と講演会が連続開催され、ユネスコの世界記憶遺産への登録申請が行われる。 しかし事件から長い歳月が流れ、いったいどれほどの日本人が、この事件の真相を知っているのだろうか。まして日本政府は、この事件を忘却の彼方へと自虐的に追いやり、戦後、問題として取り上げ、中国に抗議して賠償を請求することは一度もなかった。複眼で通州事件を見ると、これが盧溝橋事件直後に起きたという時系列的なポイントが重要になる。なぜ北京郊外に日本兵がいたかは説明するまでもない。居留外国人の安全を護るための今日でいうPKOであり、断じて「侵略」ではなかった。 そもそも日本は対外的に侵略戦争を行ったことは一度もない。 歴史教科書とメディアの偏向にすっかり洗脳されて、日本の戦争が「侵略戦争」だと信じている人がいる。それも依然として夥しい数にのぼる。歴史学会の知の荒廃は凄まじく、外国の代理人が暗躍する世界に堕した。左翼史家、左翼作家がはびこり、嘘の歴史解釈がいまも拡大再生産されている。それが「歴史探偵」とか「歴史学者」を名乗るのだから、惨状の深刻さがわかる。 抜本的に謙虚に歴史を見つめなおすと、何が見えてくるか。 日本は神武天皇の肇ちよう国こくから対外的に一度も侵略した戦争はない。秀吉の朝鮮出兵も、台湾への出兵も歴史的経緯をよく注意してみれば、侵略ではない。朝鮮合邦は致し方なく、渋々行った結果であり、満洲の建国は五族共栄の理念によった。大東亜戦争は米欧に仕掛けられて、致し方なく、立ち上がった。 戦争の真実はどこにあるのか? 田中英道氏の『日本の戦争 何が真実なのか』(育鵬社・扶桑社)は古代から近・現代までの日本の対外戦争史をたどり、これまでの左翼史観の誤謬(ごびゆう)を正し、徹頭徹尾、防衛的専守防衛に徹していた真実を描きつくした。中国で「兵」と「匪賊」は同義語 白村江から「刀伊(とい)の入寇」。そして元寇、秀吉の朝鮮出兵。薩英戦争、下関戦争はイギリスの侵略に対して立ち上がり、実際には日本の勝ちであった。なぜ教科書では負けたことになっているのか? 日清・日露は左翼的傾向の強い司馬遼太郎でも防衛戦争であることは認めている。第一次世界大戦への参加は日英同盟の結果であり、第二次世界大戦は欧米の理不尽な侵略にやむにやまれず立ち上がった、その精神には崇高さがあった。 キリスト教が布教されると植民地化されるということを、信長も秀吉も宣教師の言い分ややり方を見て、よく理解していた。 キリシタンバテレンにそまった大友藩などでは神社仏閣を破壊し、異教徒の女性を拉致して外国へ売った。バテレンたちは、やがて侵略に備える下準備、その工作のために派遣されてきたスパイでもあった。織田信長も秀吉も、そうした認識ができていた。したがって朝鮮を助けるために進出しても、「侵略をしない」というのは「刀伊の入寇」「元寇」で明らかである。 賠償を求めたり、土地を奪ったり、攻めて支配したりするということは一切しなかった。対馬から向こうへ追い返したら、それ以上は何もしない。西洋人が戦争に勝ったときのように、相手に対して多額の賠償を要求し、さらに占領して搾取しようとするということはなかった。植民地化し、略奪・収奪して利益を得るといった西洋の方法はとらなかったのである。こうした日本人の態度は、西洋的な侵略とは異なる。 第一次世界大戦中、マルタに送られた日本軍は日英同盟によって艦船の護衛にあたる任務についた。ドイツのUボートの潜水艦攻撃を受け、59人の日本軍人が犠牲となった。その慰霊碑はマルタのイギリス海軍墓地の中央部にある。日英同盟の結果、介入せざるをえなかったからだ。ドイツが濡れ手に粟でつかんでいた山東半島から南太平洋の島々を、日本軍は次々と落としていった。 「アジアにおけるドイツの権益を合法的に奪った。これを単なる漁夫の利だという人もいるが、日清・日露戦争を利用してドイツがアジア周辺で占領していったものを日本が粉砕した」(田中前掲書)だけの話である。 さて「通州事件」により、日本は朝野をあげて「暴支鷹懲(ぼうしようちよう)」の合唱になった。 一気に国論がまとまったため、結果的に泥沼の戦争に巻き込まれてしまった。つまり、日本を戦争に引きずりこむために計画された陰謀の一環だった。加藤康男氏がその書で結論したように、通州の虐殺には「冀き東とう防共自治政府保安部隊」と国民党との密約が存在していた。彼らはもっと大規模な同時多発テロを準備していた。 中国の「兵」の定義に留意しておく必要がある。 加藤氏は次のように言う。 「中国では『兵』と『匪賊』の差がほとんどないのが実情だった。満洲まで含めれば『匪賊』に『緑林(りよくりん)』(盗賊、馬賊)が加わる。兵が脱走して匪賊・馬賊となり、匪賊、馬賊が帰順して兵となるのが日常化していると考えればよい」(前掲書) まさにいまもそうではないのか。経済統計の嘘を公然と発表し国内外の投資家を欺(あざむ)きながら、高官がやっていることは資産の海外移転だ。どこに兵と匪賊の区別があるのか。 通州事件前夜、あまりに悪い治安状況があり、重税が課せられた北シナでは、自治政府が結成され、河北省のリーダーが段汝耕(いんじよこう)だった。ほかにも宋哲元(そうてつげん)らがいた。彼らは「親日派」とされ、うっかり日本軍は段汝耕らを信じたが、地下で蒋介石とつながっていたのだ。 そして実際の虐殺では、シナの正規軍は日本の保安部隊と自治政府の保安部隊を襲い、数時間の戦闘となるのだが、そのあとで起きた民間人の虐殺は、匪賊系、つまり蒋介石の別働隊である「藍衣社」系列の殺人部隊が行ったのである。不都合な真実は消してしまう 殺戮の舞台となった通州は歴史的に由緒が深い場所である。安禄山(あんろくざん)の乱は、この地から発祥した。 明治4(1871)年、台湾で日本人虐殺が起きたとき、北京へ談判に出かけた大久保利通は「台湾は化外(けがい)の地」と清朝から言質を得た。その帰路、大久保は通州に滞在した記録がある。 「明代以降、通州は北京に次いで繁栄した大都市だった。運河による交易で行きかう人と銀が、通州城内を活気づかせていた」(加藤前掲書)。 大久保は通州で一詩を詠む。「和(わ)なり忽(たちま)ち下る通州の水 閑(かん)に蓬窓(ほうそう:よしずの下がった船の窓)に臥して 夢自(おのず)から平(たいら)かなり」 通州の虐殺事件で、奇跡的に助かった妊婦2人の証言や生き残った新聞記者の実録は、当時から新聞でも報道されていた。 これまでの通州事件の証言、資料にはなかった新しい資料が近年になって出てきた。北京への留学生だった河野通弘は目撃者から貴重な談話を集めて記録をつくり、1995年になって手記を残した。当日、彼は北京にいて通州方面に爆撃によるのか、黒煙の上がるのを見て飛び上がった。 彼が気がかりだったのは、「拓殖大学の先輩にあたる中山正敏を訪ねて東京からやってきたばかりの亀井実の安否だった」。河野は「大使館の要請で通州へ救援と通訳に駆り出される」ことになった。 通州で見た残虐な地獄。河野通弘は克明にメモをとった。同級生だった亀井は非命に斃(たお)れていた。  憲兵隊の荒牧中尉も記録を残していた。 「事件当時の通州憲兵隊長は安部起吉憲兵少佐だったが、事件から一年が経過した昭和十三年八月、新たに荒牧純介憲兵中尉が赴任して来た」。この荒牧が、安部が作成した事件調書を筆写しており、終戦後まで長く保存し、昭和56年に私家版の『痛々しい通州虐殺事変』を残していた。憲兵隊の原本が存在しないため、この荒巻私家版が真実を物語ることになる。 また加藤氏は、この事件を外国人特派員がいかに報じていたかを探し当てた。フレデリック・ウィリアムズが『中国の戦争宣伝の内幕』を書いていた。これは近年、田中秀雄氏が翻訳した(芙蓉書房出版)。ウィリアムズは「古代から近代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう」「最も暗黒なる町の名として(通州は)何世紀のあとも記されることだろう」と書き残した。 そして直近になって復刻されたのが実際の目撃者、佐々木テンの独白録である。 これは自由社からブックレットとなった(『通州事件 目撃者の証言』藤岡信勝編著)。 佐々木テンは、中国人と結婚していたので「目撃」する側にいた。彼女は目の前で陵辱され虐殺されてゆく邦人女性たちの業、その非命をまぶたに焼きつけていた。その手記が発見され、日本を震撼させた極悪非道、残酷無比な通州事件の全貌が明らかとなった。 このことから現代を類推してみると、中国は進出した日本企業をいずれ人質化することは明らかではないだろうか。投資してもらったカネを返済する考え方は脳裏にはない。いずれすべてを奪うという野心が潜在していないのか。 筆者は2回、通州事件現場を取材している。 最初は15年ほど前で、まだ虐殺現場の旅籠(はたご)が残り、西海子公園の離れには慰霊塔もあった。軍の跡地らしき建物や、駅舎、南門が残っていた。イスラムの貧民街があった。 数年前に行くと、旅籠はビジネスホテルに改築されていた。南門と駅舎が残っていたが、あとは「ここが現場だったのではないか」と推測できる陰気な場所が残っていたくらいだ。直近に現場を取材した加藤氏によれば、通州事件の痕跡はきれいさっぱりと消され、旅籠跡には高層ホテルが新築され、あたりはマンションが建ち並んでいた。 通州を北京の「通州区」として合併させ、副都心とするために土地を地ならしする工事が進んでいる由。事件の痕跡をきれいさっぱり消し去れというわけだ。 中国のお家芸、不都合な真実は消してしまうことである。現代版「農村から都市へ」が生む悲劇 「農村から都市へ」(毛沢東)は武装ゲリラ作戦の基本方針だった。 それがいまでは中国の都市集中がもたらす国土の荒廃、農地の砂漠化と地方の過疎化というあべこべの現実が露呈した。歴史のアイロニーである。 EU統合の眼目はヒト、カネ、モノが自由に動きまわるという国境なき世界であり、EU加盟国の大半が加盟した「シェンゲン協定」は移動の自由を掲げた。 だが、実際に起こったのは難民の移動の自由というアイロニーだった。 アルメニアは人口が300万人とされたが、じつは250万人に減っていた。出稼ぎに外国へ出たからだ。ジョージア(旧グルジア)も同様で、450万国民のうち40万人が国を捨て外国へ去った。この両国の出稼ぎ先は旧宗主国ロシア、お隣のトルコ、ギリシャなどである。 バルカン半島の付け根にあるギリシャは度重なる債務危機によって、ATMからユーロを引き出そうにも1日60ユーロに制限された。ジョージアやアルメニアへの仕送りが途絶えた。マケドニアからの出稼ぎも周辺諸国に散った。アルバニアは600万人のうち45万人ほどがイギリスやドイツへ、コソボはせっかく独立したのに農家は空屋だらけ、どっとイギリスやフランス、ドイツへ出稼ぎに出た。ポーランドからは100万人がイギリスへ渡った。移住である。このことが原因の一つとなってイギリスはEU脱退を決めた。ルーマニアからも、ブルガリアからも。つまり「農村から都市」へ、田舎から都市へ、農業から産業地区へとEUのなかで、大移動が起きた。 同じ事態が中国で先だって起きていた。全人口約13億8000万のうち農村人口8億5000万人とされたが、現在の中国の都市化は51%となった。 冷戦終結直後、ニューヨークのタクシーに乗ると、「先週ユーゴから来た。道がわからないので教えてくれ」というドライバーが多かった。その前までは韓国人のタクシー運転手が目立った。 このパターンは工業化を急いだ折の日本でもあった。農村の過疎化は、都市部への集中を生み、産業のある企業城下町はたちまち人口が増えた。農村は荒廃し、村々は過疎化という難題、つまりコミュニティ崩壊という予期しなかった文明の報復に襲われる。 中国で起こったことはその巨大版だったのである。 農村から近隣の村々へ、出稼ぎへ出た。近郊のマンションが建ちはじめ、そのうち地方都市にも建築ブームが興り、建設現場に人手が不足した。賃金、現金収入に引かれて、農家の若者がどっと都市部へ出稼ぎに出た。 地方都市は交通のアクセスが悪く、輸出産業は沿岸部に集中する。若い女工、3K現場の人手不足を補うために、人集め業者が田舎の奥深くへ入ってリクルートする。こうして地方農村から近郊の農村へ。近郊の農村からは地方都市へ。地方都市からは給与の高い沿岸部へと、カネを求めて人々は移動しつづけた。 日本やEU諸国の人々の移動とは、決定的に異なるポイントが中国にあった。それは「都市戸籍」と「農村戸籍」という、確固たる戸籍制度である。日本のような住民票という制度は、中国にはない。戸籍の変更は特例以外認められない。移動した先でその都市の戸籍がないと医療も受けられず、子供は学校にも行けない。 結果、中国でいかなる悲劇が起こったか? 農村には子供と老人しかいない。農村の荒廃が激甚である。戸籍を取得できない地方出身者は北京で、上海で、広州で、天津で、大連で、ありとあらゆる大都市に固まって暮らし、子供たちは学校へやれないから(地方戸籍だから)、田舎へ帰して学校へ通わせる。中国人がカネしか崇拝しないワケ 農村人口8億5000万人の中国で、「都市化率が51%」とは、つまり、13億の人口の6億5000万が都市に住んでいるということだ。これはすなわち、農村から2億人が消えたことになる。日本の2倍の人口が農業を捨てると、自給自足はおぼつかなくなり、中国は食料輸入国に転落した。いま同じことがEU諸国と旧ソ連圏で繰り返され、農村の過疎化は農地の砂漠化を招来し、いずれ国土の荒廃をもたらすことになるだろう。 日本の常識は中国の非常識であり、日本人と中国人は180度異なる。 中国の統治者が用いてきた「偽り」と「騙しのテクニック」(これを中国では「厚黒学」と呼ぶ)を集大成させて統治しているから当面は維持可能である。いまの中国人がカネしか崇拝しないのは、カネ以外なにひとつ信頼できるものがないからである。中国人の心に「反日」と日本への強いあこがれが同居する奇々怪々ぶりが日本人には到底理解できない。 2012年に中国各地で起きたあの「反日デモ」は、公安がネットでデモ参加者を募り、抗議スタイルを指導した、当局のやらせだった。そのネットがいまでは中国共産党の最大の脅威となって、外国へのハッカー攻撃を仕掛ける一方で、国内のネットを監視し、政府批判をすぐさま削除するのが当局なのだ。笑い話だが、共産党は権力を維持するために、ネット対策に必死なのである。 陳破空氏の『常識ではあり得ない中国の裏側』(ビジネス社)には次のようなブラックユーモアが並ぶ。「気持ちは反米、骨の髄は親米」(望むのは「中国夢」ではなく「アメリカンドリーム」)。「官製反日と『肺を交換するための日本旅行』」(憧れの国に対する異常な愛情)。「国の政策はコメント削除と軍事演習だけ」(マイノリティ共産党をあざ笑うネットの民たち)。「国を愛する人々が国を滅ぼす」(「不買」「デモ」「吊し上げ」の次に来る「革命」)。「私の最大の欠点は清廉であることだ」(誇り高き共産党高官たちのカネと権力「名言集」)。「実は民主化を後戻りさせた『国父』孫文」(国民党、共産党双方が神格化した男の真実) 中国共産党のネット対策は熾烈、かつ本格的である。 政府を批判するネット記事は即座に削除する。ものの1秒もかからない。共産党をつねに正しいとコメントする「やらせ組」は一つのメッセージを書き込むと「8円もらえる」仕組みを完成させた。これを「五毛幇」という(同書では「五毛党」になっている。1元= 16 円の半分が五毛)。 これらのネットゲリラは「『愛国』の旗を振りかざし、自分たちは『政治的に正しい』と思いこんでいる。彼らはプロのネット集団である。(中略)中国共産党は総力を挙げて五毛党の拡大を図ろうとしている。2015年、共青団中央は1050万人の『青年ネット文明志願者』を」公募した。ボランティアとして、政府批判の書き込みを削除し、政府を礼讃するコメントを書き込む輩である。そのうえ中国の謀略は対外的にもネット上で進んでいる。   近年では、台湾の独立運動や香港の雨傘革命をなした民主派のホームページやネット議論に大々的に参入し、ネット議論をかき乱し、混乱させた。ハッカー技術でセキュリティガードの固い壁を突破し、自由陣営のネットに割り込んで世論をねじ曲げ誤導しようというわけだった。 ところが、彼らが突破した台湾独立運動のネット論壇は、じつは中国共産党が設置したものだった。つまり国内のガス抜きも、自らが仕掛けたファイアーウォールで自作自演しているわけである。だから中国はややこしい。腹黒いのである。結局、「中国共産党がやっているのはネット削除と軍事演習だけ」(陳破空前掲書)。

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    次の狙いは北朝鮮との秘密交渉か、トランプ流外交で糸口探る

    る選択肢を検討中と述べるなど軍事的緊張の激化に拍車が掛かった。最近の弾道ミサイル発射実験に関しても「中国の望みをないがいしろにした」と金委員長への批判を強めた。 しかしトランプ氏はその後のブルームバーグ・ニュースとのインタビューで「適切な状況の下で金委員長と会えれば光栄に思う」と条件付きながら金氏との直接会談の可能性に言及。直前のCBSテレビでも「彼は相当頭の切れるヤツだ。非常に若いのに権力を掌握することができたからだ」などと金委員長を持ち上げて見せた。 だが、この発言の直後のFOXニュースとのインタビューでは「彼は扇動的で恐ろしい。世界の脅威だ」と非難し、上げたり下げたりの発言を繰り返した。トランプ氏のこうした発言の真意は不明だが、北朝鮮側がこのメッセージの解釈をめぐって困惑しているのは間違いない。 トランプ氏は元々、金委員長との直接会談を排除していない。選挙期間中から「話すことのどこが悪いのか。何の問題もない。ハンバーガーでも食いながら話せば良い」などと述べており、会談自体については一貫性がないわけではない。 トランプ・ウオッチャーの1人は大統領の一連の発言について「硬軟のタマを投げて、追い詰められている北朝鮮を困惑、混乱させることが目的。北にとって見れば、シリアを攻撃したように何をやるか分からない“予見不能”な人物の発言だけに余計不気味だ」と指摘する。トランプの狙いは「秘密交渉」 トランプ氏の次の狙いはズバリ、北朝鮮との秘密交渉だろう。軍事的な手段は勇ましいだけで、危険が大きすぎる。仮に米側が巡航ミサイルや空爆などで先制攻撃をしたとしても、核関連施設や弾道ミサイル発射基地、指揮管制センターなどすべての施設を破壊するのは不可能。ましてや地下深くにある施設が多い。金委員長個人の“除去”もうまくいく保証はない。不確定要素だらけなのだ。 その結果、報復能力が相当残り、ソウルは無論のこと、それこそ北朝鮮が恫喝するように東京が火の海になりかねない。報復攻撃を招かなくても、限定的な先制攻撃は核開発を数年遅らせる効果しかあるまい。この点は国防総省が冷徹に分析しており、トランプ氏も日韓の同盟国の意向を無視して軍事行動には踏み切れないだろう。 だからこそ、トランプ氏はあれほど非難をしてきた中国におべっかまで使い、北朝鮮へ圧力を掛けさせようと、いわば“下請け”に出さざるを得なかった。しかし中国がうまく北朝鮮を抑えられるのか見通しが付かないうえ、対中貿易交渉で中国側に主導権を握られる恐れが強く、その代償は大きいと言わざるを得ない。トランプ米大統領が主催した夕食会に出席した中国の習近平国家主席夫妻=米フロリダ州パームビーチ、4月6日(ロイター) トランプ政権の当面の北朝鮮政策は軍事、経済両面で、北朝鮮に対し圧倒的に圧力を掛け、金委員長を交渉のテーブルに就かせ、核兵器開発を放棄させることにある。しかしその前に、交渉入りに向けた環境を整えることが不可欠。そのためには、水面下での秘密交渉が絶対に必要なのだ。 トランプ氏は少人数の側近による手法を好む。秘密交渉はそのアプローチにも合致する。トランプ氏の外交問題の師でもあるキッシンジャー元国務長官がニクソン政権の補佐官(国家安全保障担当)にあった時、電撃的な中国との国交樹立に秘密交渉を仕掛けたのは歴史的な事実だ。 またトランプ氏が尊敬するレーガン元大統領が敵対するイランに当時のマクファーレン補佐官(同)を派遣し、レバノンで拘束されていた米国人人質を解放するために秘密交渉を行ったということもあった。この工作では、マクファーレン補佐官がイラン側に拘束され、国外追放されるというおまけまでついた。 こうした例に学び、中国の北朝鮮に対する緩慢な圧力に業を煮やしたトランプ氏が側近に北との秘密交渉を容認することは十分考えられる。行われるとすれば、恐らくは欧州のどこかになるだろう。その時、日本政府に通告があるのかどうか。米中国交樹立の“ニクソン・ショック”では、日本側に通告されたのは、正式発表の3分前だった。

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    トランプが手を結ぶ トウ小平ファミリーの「大富豪」

    だ。ジャーナリストの相馬勝氏がリポートする。* * * この“密会”のホストは同ホテルのオーナーで、中国有数の保険会社「安邦保険」グループ会長の呉小暉。中国の「改革開放の祖」トウ小平の孫娘の夫でもある。主賓はジャレッド・クシュナー。ドナルド・トランプ大統領の娘婿で、トランプ政権の大統領上級顧問。大統領選からわずか1週間後のことだった。当選祝いの乾杯は1本2千ドル(約22万円)以上もするボルドーワインが何本も惜しげもなく空けられた。中国・深セン市内の公園にある故鄧小平氏の肖像が描かれたスローガン=2月9日(共同) 呉小暉は謎多き人物だ。メディアの取材に応じたことは1回もなく、その経歴もほとんど知られていない。彼の名前が知られるようになったのは2014年、安邦保険グループがウォルドーフ・アストリアを買収したことからだ。 ウォルドーフはアメリカを代表する世界的に著名なホテルであり、ニューヨークを訪れる歴代の米大統領のほか、日本の天皇陛下や首相ら各国の要人が宿泊する高い格式を誇る。 それが、当時はまだ創業して10年しか経っていない中国の保険会社が買収したことで大きなニュースとなった。 ことに相手は中国企業だけに、盗聴装置などを取り付けられたら安全保障上の脅威にもなりうるということで、オバマ大統領は定宿リストからウォルドーフを外したほどだ。 その安邦保険グループの総帥、呉は1966年10月生まれで現在50歳の若さ。故郷の温州市平陽県政府の工商局職員という末端の役人としてキャリアをスタートさせた後、これまでに3回結婚している。 2人目の妻は浙江省の副省長や杭州市市長を務めた人物の娘だ。1990年代、役所を辞めて、温州で起業した呉は自動車リースや販売などのビジネスで大きな成功をおさめた。彼の会社は地元の大企業である上海自動車グループのなかで、最大の販売成績を残したのだ。それほど車を売ることができたのは、省政府などの地元の役所や企業に大きな影響力をもつ義父のおかげだったことは想像に難くない。 しかし、呉は間もなく2人目の妻と別れ、2003年、3回目の結婚をした。その相手がトウ小平の孫娘だった。彼女はトウ小平の二女、トウ楠・元中国科学技術省次官の長女。彼女の同僚の紹介で呉と知り合いゴールインした。これで、呉は高級幹部子弟(太子党)グループの一員となった。米海軍基地が見渡せるホテル米海軍基地が見渡せるホテル 結婚の翌年、呉は太子党の人脈を生かして、中国建国当時の軍最高幹部で、外相や副首相も歴任した陳毅元帥の息子の陳小魯とともに、安邦保険を創設。安邦はこの10年ほどで飛躍的に成長した。太子党のコネクションを利用し中国政府の強力な支援を得て、3500万人もの顧客を獲得したからだ。2012年12月、中国共産党総書記に就任後、広東省深セン市を訪れ、鄧小平氏の像に献花する習近平氏(新華社=共同) 安邦は中国では私営企業ながら、時として中国政府の息がかかった“公営企業”と言われるが、まさに政府の意を受けて、海外でのビジネス展開を急拡大している。19億5千万ドル(約2400億円)でウォルドーフを買収したのもその一環だ。 米国内では昨年10月、サンディエゴにある高級ホテル「ホテル・デル・コロナド」の買収に成功したかにみえたが、米外国投資委員会によって「待った」をかけられた。ホテルは米海軍基地と隣接し、しかも海軍の特殊部隊「シールズ」の本部が置かれているからだ。「米国の国家安全保障上の脅威になりうる」との判断だが、これはウォルドーフ買収の際の懸念と同じだ。 その呉とジャレッド・クシュナーが知り合ったのはいつごろか。米紙ニューヨーク・タイムズによると、呉がウォルドーフを買収した翌年の2015年ごろで、同年6月まで4年間、ニューヨーク州金融サービス局長を務めていたベンジャミン・M・ロウスキーの紹介だったとされる。 ロウスキーは局長を辞めたのち、金融コンサルタントとして活動。顧客の一人が米中堅生保「フィデリティ・アンド・ギャランティ・ライフ」の買収を手がけていた呉だった。呉はいったん同社の買収で合意したと発表したものの、その後、州金融サービス局の命令で、安邦の株主などの詳細な経営情報の開示を求められ、買収は現在、暗礁に乗り上げている状態だ。 呉はデッドロック状態を打開しようとロウスキーに接触。逆に、ロウスキーから彼の顧客の一人であるクシュナーの存在を知らされた。なぜならば、クシュナーも大きなビジネス案件を抱えており、資金を提供してくれる支援者が必要だったからだ。 当時のクシュナーはニューヨーク・マンハッタンの5番街に位置する41階建て「5番街666ビル」の再開発計画を構想していた。666ビルはクシュナーが2006年に18億ドルもの巨費を投じて買収。ニューヨークではロックフェラーセンターに隣接する最高級物件。買収額は当時のニューヨーク史上最高値で、以前の持ち主の買収額の3倍だった。 クシュナーはこの買収劇で、ニューヨークのビジネス界における有望な若手実業家として一躍名前を知られる。そのころ社交界で知り合ったのが、いまの妻のイバンカ・トランプだった。言わずと知れたトランプ大統領の娘だ。中国資本との不透明な関係中国資本との不透明な関係 クシュナーはもともと、司法関係に進みたかったらしい。ハーバード大で美術を学び、卒業後、ニューヨーク大でMBA(経営学修士)と法学修士を修得。ニューヨーク州検察官事務所でインターンをしていたが、そのころ、祖父の代からの不動産会社を経営していた父チャールズが脱税で逮捕、2年間の懲役刑で投獄。長男のクシュナーが「クシュナー不動産」の会長職を引き継ぐことになった。 クシュナーは父が釈放されてからも会長職を継続。本来ならば、司法の道に入るはずだったクシュナーには天賦の経営の才能があったようで、これまでの10年間で1200件ものプロジェクトを手がけ70億ドルの売り上げを上げたという。 しかし、その内実はというと、「火の車」らしい。同紙によると、負債額は38億ドルに達している。苦境のクシュナーに救済の手を差し伸べたのが呉なのだ。呉にとっても米大統領の娘婿やそのファミリーに食い込む、またとないチャンスだ。ビジネスでも、マンハッタンの中心部の最高級物件への投資だけに悪い話ではない。 11月16日の密会は、クシュナーがホワイトハウス入りした後の算段を話し合う場だった。そこには父親のチャールズらもいた。その1週間後の23日、同じ場所で、呉はチャールズらとランチをともにした。その後、呉は喜色満面の笑みを浮かべて、チャールズらを見送り、「皆さんは愛すべき人物だ」と独り言を口にした。交渉は上首尾だったことをうかがわせるエピソードだが、クシュナー不動産が呉の手に落ちた瞬間だったかもしれない。ドナルド・トランプ氏(右)と娘イバンカさん(中央)、ジャレッド・クシュナー氏=2016年6月、ニューヨーク(ロイター=共同) いや、すでにクシュナーの手がけているビジネスには多くの中国資本が参画していることで知られている。クシュナーは昨年11月、ニュージャージー州ジャージーシティで、トランププラザに隣接する高層の高級マンションを完成させたが、建設費用の2億ドルの4分の1に当たる5千万ドルは中国資本であると伝えられる。とはいえ、クシュナー不動産では出資先を明らかにしていない。中国資本との不透明な関係だ。トランプ─馬─習近平トランプ─馬─習近平 クシュナーは新たなビジネスとして、医療や不動産検索のIT機器の開発に乗り出しているが、新事業に出資しているのが中国電子商取引最大手アリババ集団の馬雲会長である。馬の投資額は1830万ドルといわれる。1月9日、ニューヨークのトランプタワーで会談後、握手するアリババグループの馬雲会長(右)とトランプ氏(ロイター=共同) 馬といえば、今年1月、ニューヨークで、大統領就任前のトランプと会談した。彼は「中国には3億人以上の中間所得層と海外商品への旺盛な需要がある」などと語り、米国製の衣料品などを中国で売り込み、5年間でアメリカ国民100万人の雇用を創出する「BABA」計画について話し合ったという。トランプは会談後、馬と一緒に記者団の前に現れており、話し合いに満足した様子だった。 その馬は習近平と極めて親しい間柄である。習近平が浙江省トップ時代、民間企業育成のために地元の優良企業に補助金を出す制度を設け、その第1号がアリババだった。 当時の同社は経営規模が小さかったので、省政府からの補助金の話を聞いた馬は「なぜ、ウチのような会社に…」と習に漏らしたところ、「あなたが経営しているからだ」と習は笑顔を見せた。いまも習の外遊には経済代表団の一員として馬が随行することが多い。北京の外交筋は「トランプ馬会議も中国側の深謀遠慮とみてとれる」と指摘する。 トランプは新たな政策提言機関として「大統領戦略・政策フォーラム」を設立。その議長は運用資産3千億ドルを超す世界有数の米大手投資会社「ブラックストーングループ」の会長兼最高経営責任者であるシュワルツマンだ。 米大手投資会社であるリーマン・ブラザーズを辞めたシュワルツマンがブラックストーンを興す際、同社の株式の9.37%に当たる30億ドルを出資したのが、中国の政府系投資会社「中国資本有限公司」だった。ブラックストーンには多額の中国マネーが流れ込んでいるのだ。 このためか、今年1月中旬、ダボス会議に出席した習近平は多忙なスケジュールの合間を縫って、シュワルツマンらと昼食をともにしたほどだ。シュワルツマンはまさにトランプと習近平を結ぶチャイナコネクションの重要人物なのだ。 さらに、トランプ自身もクシュナーに劣らず、チャイナマネーに手を染めている。トランプの持ち株会社の株の3割に当たる約9億5千万ドル分は中国の4大国有銀行のひとつ中国銀行を中心とする中国資本が有しているという。ニューヨークのトランプタワーの最大のテナントの一つも中国最大の民間銀行、中国工商銀行なのである。 強面のトランプだが、トランプ帝国には膨大な額のチャイナマネーが流れ込んでいる。紅い中国金脈がトランプ政権を蝕む日も遠くないかもしれない。【PROFILE】そうま・まさる/1956年生まれ。東京外国語大学中国語学科卒業。産経新聞外信部記者、香港支局長、米ハーバード大学でニーマン特別ジャーナリズム研究員等を経て、2010年に退社し、フリーに。『中国共産党に消された人々』、「茅沢勤」のペンネームで『習近平の正体』(いずれも小学館刊)など著書多数。近著に『習近平の「反日」作戦』(小学館刊)。関連記事■ 陰謀論研究、トランプ当選の背後にフリーメイソン?■ 本田圭佑モノマネのじゅんいちダビットソンが勧めるビール■ 大前研一氏 「トランプ政権は遠からず崩壊する」の根拠■ 中国でトランプ氏支持者急増!? 現地ファンクラブ管理人を直撃■ トランプ氏所有の大邸宅 126部屋あり1泊1000ドルで宿泊可

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    〝四面「核」歌〟状態の日本が生き残る道

    戦の終結とともに、米国とソ連はそれぞれが保有する核兵器の数を削減してきた。しかし、その一方で北朝鮮や中国は核戦力を増強し、脅威を増している。日本を取り囲むこれらの核保有国の具体的な脅威とは。日本がとるべき戦略とは。核戦略・安全保障の専門家3人に語ってもらった。編集部(以下、――)北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まっています。今年に入っても2月、3月と続けて弾道ミサイルを発射していますが、狙いは何でしょうか。また、その技術はどれくらい進化しているのでしょうか。日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター 主任研究員の戸崎洋史氏神保:北朝鮮は、自らの核抑止力を技術的に証明することに躍起になっています。かつては核開発を進めることを通じて米国との直接交渉を目指していましたが、現在は核兵器の実戦配備を通じて事実上の核兵器国としての承認を欲している状況です。核弾頭の小型化、ミサイル実験の多種化、弾頭の大気圏再突入技術の誇示など、全てこのロジックに沿っています。小泉:核爆発装置があるという段階から、実際に戦略として核を使用できる段階まで進んできているということですね。ただ、北朝鮮は面積としてはかなり小さな国で、先制攻撃を受けた場合に核兵器が生き残る能力にはかなり疑問があると思いますが、いかがでしょうか。先制攻撃から生き残ってミサイルを発射できてもミサイル防衛もすり抜ける必要があるわけですし。戸崎:確かに、他の核保有国と比べると開発は初期段階ですが、恐らく自らが世間一般の常識の枠を超えた「非合理的」な存在として見られていることを知っていて、初期段階ながらも、何をするか分からない、核兵器をいつ使うか分からないという恐怖心を他国に抱かせようとしている側面もあるのではないでしょうか。さまざまな計算の上での行動だと思います。小泉:非合理性の合理的な利用、もしくは戦略的曖昧性といったところですね。神保:北朝鮮は抑止力について3層の戦略を考えていると思います。1層目は、韓国の都市部や米軍基地に対する通常戦力による奇襲能力や核兵器の打撃力を誇示して、米韓同盟にくさびを打ち込むこと。2層目は、日本の都市や在日米軍に対するミサイル攻撃能力の確保。過去10年程度進めてきた中距離弾道ミサイル・ノドンの連続発射実験、移動式発射台の運用、ミサイルの固体燃料化などは、ミサイル防衛を難しくさせています。 そして3層目は、米国に対して長距離弾道ミサイル・テポドン2改良型や開発中のKN−08などの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を本土に打ち込める能力を示し、米国と同盟国を切り離し(デカップリング)、拡大核抑止の信用性を揺るがすこと。これらが彼らの戦略だと思います。北朝鮮が攻撃対象にしやすいのは日本戸崎:その中で、特に危険なのは日本でしょうね。北朝鮮にとって、朝鮮半島統一という将来的な目的のためには、韓国に核戦力で壊滅的な被害を与えることは望ましくないことから、最も実際の攻撃対象としやすいのは日本でしょう。また、日本を威嚇して朝鮮半島事態への関与から手を引かせれば、米国による韓国防衛コミットメントの遂行も難しくなります。その意味でも、日本は3カ国の中で一番適当なターゲットだと思います。小泉:国力やテクノロジー面で劣勢な国は、必ずその制約の中で何かしらの軍事戦略を考えるものです。そういった意味では、北朝鮮も必ず相手の隙をつく作戦を考えてくると思われますので、侮れないですね。  北朝鮮が戦略的曖昧性を最大限に発揮する中で、米国は韓国との合同軍事演習で朝鮮半島上空に爆撃機を飛ばすなど、その程度の能力では核抑止は確立していないと北朝鮮に知らせる行動を繰り返し起こしています。これはイタチごっこのような気がしますが、どこかで均衡して交渉に向かうことはできるのでしょうか。日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター 主任研究員の戸崎洋史氏戸崎:難しい問題ですね。互いに相手の能力や意図を十分に認識しているつもりが、実際にはそうではない部分も少なくないと思います。北朝鮮が核を持ち、増強しようとする目的をどう捉えるかによっても変わってくるでしょうね。現体制の維持という防御的な目的であれば、交渉での解決を目指せるかもしれませんが、核を背景にした挑発などによって攻撃的な目的の達成を狙っている場合は、抑止など強い圧力をかけないと北朝鮮はチャンスだと判断しかねません。 しかも、北朝鮮の狙いも、自らの核戦力の強化とともに変わる可能性があり、その動きを絶えず慎重に把握していないと間違った政策判断を下すことになりかねません。――トランプ大統領は就任前に、北朝鮮への対応は中国に任せておけばいいという放任的な発言もしていました。小泉:トランプ大統領の選挙中の発言は正直あてにならないと思います。選挙戦中の発言とその後の行動が合致していないことが多々あります。選挙戦中は北朝鮮なんてどうでもいいと言っていましたが、現実的に彼が米国の安全保障戦略を仕切る立場においては、そうは言っていられないでしょう。神保:大統領選挙期間中のトランプ大統領に明確な北朝鮮政策があったとは思えません。しかし今年2月のマティス国防長官の韓国・日本訪問や、日米首脳会談の際のミサイル実験への対応、3月に実施されている最大規模の米韓合同軍事演習を通じて、トランプ政権が北朝鮮への軍事的警戒を強めていることは明確になりました。オバマ政権の「戦略的忍耐」が失敗したという認識のもとに、現在はマクファーランド大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)の下で北朝鮮政策の見直しが行われているとも伝えられています。  しかし、対北朝鮮政策が大幅に変更されることは考え難いと思います。北朝鮮の影に隠れた中国の核戦力――北朝鮮に関する報道の影に隠れて表に出ない中国の核戦力も日本にとって脅威となるのでしょうか。戸崎:中国は、核弾頭を250~300発、米国に届くICBMを少なくとも50基以上、日本を対象にできる中距離ミサイルを数百基保有していると言われています。ただし、中国の核戦力における透明性は低く、保有する核弾頭数も運搬手段の種類・数も公表していません。運搬手段については、海(潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM))、陸(弾道・巡航ミサイル)、空(爆撃機)と多様化しています。 さらに、米ロ間では、中距離ミサイルを全廃する中距離核戦力(INF)全廃条約を締結していますが、中国はその締約国ではなく、この中距離ミサイルも保有しています。このように、核運搬手段の多様性という点においては、他の核兵器保有国を上回っている状況です。 核戦略に関して、中国は一貫して「最小限抑止」、「先行不使用」、「非核兵器国には核兵器を使わない(消極的安全保証)」、という3点を主張してきましたが、核戦力が拡大していく中で変化する可能性も指摘されています。最近では、1基の弾道ミサイルに数発の核弾頭を載せたMIRV化ICBMを配備したという話もありますが、これは先制攻撃に有効な兵器のため、先行不使用政策を本当に今後も継続するのかという懸念が生じています。 日本にとっては核・通常両用の中距離ミサイルが脅威ですが、核を後ろ盾にしつつ、通常戦力を積極的に活用する戦略をとってくるのではないかと思います。核戦力と通常戦力の双方への対応も考えなければいけないという点で、北朝鮮以上に対応が難しいと思います。小泉:中国は、北朝鮮やロシアと違って通常戦力をどんどん近代化させているので、核に頼らなければならない場面は逆に減っていくと思います。日本にとって中国の核が問題になるとすれば、尖閣諸島などで米国のコミットメントが後退した場合に、通常戦力ではなんとか中国に対応できたとしても、核を使用されることになれば何もできなくなるというシナリオでしょう。 ただし、トランプ大統領は尖閣諸島においても日米安保条約を適用すると明言しました。その意味では、トランプ政権に変わったことで日本が中国の核を今まで以上に気にする必要が出てきたということはないと思います。中国の核開発と米ロ核軍縮の行方は?――中国の核弾頭数が明らかにされていないことを踏まえると、中国が数年後に米国やロシア並に多くの核弾頭を持つこともあり得るのでしょうか。小泉:それはさすがに難しいでしょうね。米国の分析にもありますが、中国で生産できる核分裂物質の数から考えると、そこまで多くの核弾頭を作れないと思います。戸崎:もし仮に、核弾頭数を大幅に増やすことができるとしても、どこまで増やすのかは、中国がどのような核戦略を目指すのかによっても変わってくると思います。米ロと同数程度の核弾頭を持つことで、米ロに並ぶ大国としての地位を築きたいと考えるのであれば、米ロの核弾頭数に並ぶまで数を増やすことを考えるかもしれません。 一方、米国に相当程度のダメージを与えられる能力を持つことで中国の目標達成に十分だと考えるのであれば、そこまで核弾頭数を増やす必要はないと考えるでしょう。神保:冷戦期の米ソ間の「戦略的安定性」を中国は異なる文脈で追求していくと思います。かつて米ソは数万発の核兵器を保有し、互いに第二撃能力を保持することを通じて、確実に報復が可能な「相互確証破壊」を基礎に据えて、相互抑止を模索しました。 しかし中国は自らの核心的利益を保護するために、米軍の介入を阻止する通常戦力を重視し、核戦力はその延長に位置付けられています。中国にとって重要なのは米国に対する限定的な確証報復(米本土の都市部を確実に攻撃すること)であり、米国と同じレベルの核戦力(パリティ)は目指さないと思います。したがって米中・中ロの間で核弾頭数では非対称の「戦略的安定性」をつくることができるかが、大きなポイントになります。――中国が核開発を進める一方で米国とロシアは2国間で核軍縮を進めてきましたが、この構図は続いていくのでしょうか。トランプ大統領は核戦力を増強する姿勢を見せ始めています。未来工学研究所客員研究員の小泉悠氏 小泉:米ロ間では18年までに戦略核弾頭(長射程で破壊能力の高い核兵器)の数を1550発まで削減する新戦略兵器削減条約(新START)という条約を結んでいます。ここまでは減らせるかもしれませんが、さらに1000発まで減らすことはできないでしょう。ロシアは中国を恐れているため、米国との2国間でのさらなる軍縮は避けたいと考えているからです。 そして、核軍縮に中国を巻き込めないのであれば中距離ミサイルを持てるようにすべきだというのがロシアの主張です。先日、ニュースでも報じられていましたが、とうとうロシアが米国とのINF全廃条約を破ったことは、その主張の強い表れだと思います。 米国にとっては、中国から飛んでくる核弾頭はせいぜい100発程度でしょうが、ロシアの場合は距離が近く、もっと多くの核弾頭が中国から飛んでくる可能性があります。保有する核弾頭数を1000発程度まで減らすと、ロシアは米国の1000発に加え、中国の数百発を気にしなくてはならなくなるため、新STARTを超えたさらなる削減はのまないでしょう。日本にとってのロシアの脅威とは?――ロシアの核戦略の中には、日本を核攻撃する計画もあるのでしょうか。小泉:ロシアの参謀本部の中には日本を核攻撃するオプションも用意してあるのでしょうが、標的は自衛隊の基地というより米軍基地でしょう。日ロ間の軍事的な対立レベルは低いので、日本を攻撃する優先度はそこまで高くないと思います。 ロシアが本当に核戦力を使うのは、日本と通常戦力で戦って劣勢になりそうな場合でしょうが、そのシナリオ自体が考えにくいです。今ヨーロッパでロシアと緊張が高まっているのは、ソ連崩壊後、ロシアの勢力圏だと思っていた地域が西側に取り込まれそうになっているからです。――昨年の日ロ首脳会談では北方領土問題が話題になりましたが、より重要なのは、平和条約締結によりロシアの危険度を下げることなのでしょうか。小泉:日本にとってのロシアの危険度はそこまで高くはないものの、日ロ間でずっとわだかまりが続くことは戦略的に望ましくないため、それを取り除こうとはしていますね。一番の原因は相互不信だと思います。結局日本は米国の同盟国であり、そんな国に領土を譲り渡すのは心配だ、ということをロシアは繰り返し言っています。慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙氏神保:過去数年間の航空自衛隊のスクランブル数は、冷戦期の最も多い時期に匹敵します。中国機への対応が急速に増えたことに加え、ロシア機も過去3年ほど活発な活動を続けています。 日本は新しい防衛大綱のもとで力点を中国と接する南西にシフトしたいのですが、北方から離れられない状態であり、ロシアが自衛隊の構造改革を遅らせているともいえます。日本は中国とロシアの二正面で防衛態勢を維持する余裕はないので、ロシアとできるだけ信頼関係を深めて中国に注力できる状態にしていく必要があります。さらに外交戦略まで踏み込むと、日本は中ロ分断を進める必要があるでしょう。戸崎:中ロを分断するという意味においては、日本は基本的価値、あるいは国際秩序などよりは、もっと「利益」の側面に焦点を当てる方が良いと思います。神保:その通りだと思いますね。ヨーロッパから見たロシアとアジアから見たロシアは違い、アジアにとっては機会主義的な見方ができると思います。小泉:ロシアは、アジア太平洋にはそんなに不満を抱いているわけではなく、むしろ期待を持っています。ヨーロッパの国々と付き合ってもそこまで高度成長を望めないので、アジアに入っていくというポジティブな姿勢でいます。これまでは中国という非常に大きなパートナーがいましたが、その次に日本とどんな関係が結べるかというのがロシアの関心だと思います。その時に日本がロシアをうまく引き付けることで北方の脅威を軽減し、南西側の脅威に専念できるようにすることが、安保上の重要な方策でしょう。日本が生き残るための具体的な戦略とは?――北朝鮮、中国、ロシアという核保有国に取り囲まれる中、日本が生き残るための具体的な戦略について教えてください。神保:核戦略は単純なものではなく、それぞれの国、地域の特色に応じた戦略が重要で、日本はそれに適合した形での抑止戦略を丁寧に作り上げていく必要があります。その前提として、米国のアジアにおける地域的な核戦略が明確に定義されている必要があります。具体的には、米国が北朝鮮や中国の戦力構成に対してカスタマイズした兵器体系と宣言政策を明示していることです。 日本については、海上配備型迎撃ミサイルのSM−3ブロック2Aの配備計画を着実に遂行し、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)との二段構えのミサイル防衛態勢を構築するとともに、早期警戒、破壊措置命令が運用レベルで維持できるように整えておくことが重要だと思います。それでも穴があるようであれば、高高度ミサイル防衛システム(THAAD)を導入してさらに多層的な迎撃態勢を整えていく必要があるでしょう。韓国の米軍烏山基地に到着した最新鋭迎撃システム「THAAD」の関連装備=3月6日夜(在韓米軍提供・共同)小泉:日本独自の敵基地攻撃能力も視野に入るのでしょうか。神保:実際の運用は難しいのではないかと思います。日本を射程におく北朝鮮のノドンについて言えば、発射までに要する時間が短い上に、抗堪化(敵の攻撃の中で生残り,その機能を維持できるようにすること)・秘匿化が進み、移動式発射車両を利用するとなると、これらの策源地を確実に攻撃できる能力を持つことは至難の技です。 そう考えると、日本にとっての有効な資源配分の在り方は、確実なミサイル防衛配備と拡大核抑止の信頼性の担保の2点セットであり続けるのではないかと思います。戸崎:おっしゃるとおりですね。ただ、北朝鮮による日本への核攻撃に対して、もし米国、韓国による防衛が間に合わないという状況になったときには、日本として敵基地攻撃をせざるを得ないような状況に追い込まれるかもしれません。 また、米韓が自国だけでなく日本の防衛も目的として敵のミサイルや指揮命令系統を攻撃するという梃子(てこ)、のようなものを常に与えておく必要があると思います。日本単独で24時間体制の監視・攻撃を行うことはほぼ不可能なので、米韓との協力体制を強化しておくことがいずれにしても不可欠です。米国が日本に期待すること――仮に日本がTHAADを配備したとすると、中国からの大きな反発を生むことになるのでしょうか。神保:韓国のTHAAD配備とは少し意味合いが違うと思います。中国が最も気にしているのは、新たに前方配備されたレーダーにより、核能力をはじめ中国の軍事情報が収集されてしまうことです。日本は、THAADの運用に必要なXバンドレーダーを既に地上に配備しているので、韓国のTHAAD配備と同じ目線で反発するということはないと思います。 ただ、一般論として新しい兵器体系が日本に入ることに対しての反対は間違いなくあるでしょう。戸崎:韓国がこれまでミサイル防衛に慎重だったのは中国との関係に留意していたからですが、その韓国が16年に入ってTHAAD導入を決定したこと自体に中国は強い不快感を抱いています。さらに、それが日米韓のミサイル防衛を通じた連携を強める可能性があるということも、反発を強める一因になっていると思われます。――米国が日本に対して、新たな役割として期待していることはありますでしょうか。神保:自らの防衛や地域間協力の責任をもっと担ってほしいという考え方はオバマ政権以前から継続してあると思います。 中国のA2/AD能力(遠方で米軍の部隊を撃破し、中国軍の作戦地域に進出させないようにする能力)拡大により、米国の前方展開のコストは飛躍的に増えています。その中で同盟国として期待されるのは、やはり抗堪性の高い形での駐留能力、つまりは米国がプレゼンスを確保できる環境を整備することだと思います。 そうすると、日本のミサイル防衛も首都防衛だけでなく、在日米軍基地防衛の在り方を考える必要がありますし、敵の攻撃に耐え得るような地下施設やコンクリートの厚い滑走路の建設、修復能力の強化、場合によっては、嘉手納、岩国、三沢などの米軍基地が攻撃されたときに他の航空基地や民間空港が使える体制を整える必要があるでしょう。 トランプ政権になって、米軍の駐留経費負担の問題も議論されます。労務費や光熱費といった使途もいいのですが、日米が協力して在日米軍基地の抗堪性の強化に投資するとすれば、非常にピントの合った議論ができるのではないかと思います。現代の戦略環境に沿った形で同盟を位置づけるためにお金を使うことが重要だと思います。

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    金正男暗殺に揺れる中国 「人類史上最悪バブル」につける薬はあるか

    金正男(キム・ジョンナム)暗殺事件は、いまだ世界の大きな関心を集めている。そこで注目されているのが、中国の出方である。北朝鮮の核実験による国連安全保障理事会の制裁強化をうけて、中国は北朝鮮からの石炭輸入を年内一杯禁止する処分を行った。これに対して北朝鮮は反発している。北朝鮮への各国の経済制裁が本当に実効性を持つならば、同国の経済失速はさらに鮮明になるだろう。他方で、東アジアの経済や安全保障のリスクを考える上で、中国経済の動向も大きな関心事であることは疑いない。高層マンションの建設ラッシュに沸く中国安徽省合肥市。不動産開発投資は15年に比べ大きく伸びた=2016年10月(共同) 中国経済は潜在的なリスクを抱えたまま、現時点では「安定」した状態にある。2016年の実質経済成長率も、6%台と国家目標の範囲内に落ちついた。もちろんGDP統計の真偽をめぐる議論は今も識者の間で沸騰中だ。ただ経済成長率が高いか低いか、その正確な数値は度外視しても、中国経済が短期的なリスクに直面していることは明白である。そのリスク自体、短期的には中国政府の財政と金融双方の政策スタンスに大きく関わっている。 2014年夏に筆者は人民日報の国際版である『環球時報』に、中国の「バブル」についての“楽観的”な見通しを書いた。バブルの破裂、つまり不動産価格の急激な破たんからの経済の大失速は当面にないだろう、という見立てである。この“楽観的”な見通しがうけたのか、中国当局の意見を代理する人民日報の国際版にかなり大きく採用された。 その後、AIIBへの参加についても寄稿するように要請があったが、日本は参加すべきではない、という原稿を書いた。ただしこれは中国の国策に背いたようで(笑)、現時点でその原稿がどうなったのか、一切音沙汰がなくなっている。筆者としてはとんだムダ働きであった。だが、かの国の報道姿勢の一端を知ったのはいい経験である。閑話休題。 ところでその論説ではバブル破裂を回避するためには、積極的な経済政策を行うべきだと指摘した。特に金融緩和政策を行うべきだというのが趣旨であった。そして財政政策(公的部門主導の不動産投資の過熱)はその中身こそが、中国のバブルを生み出しているので、抑制していくべきだ、という主張だった。日本の経験からいえば、90年代初めのバブル崩壊とその後の経済失速は、金融の超緊縮とその後の維持に原因があったことを教訓としている。 だが、中国の経済政策は筆者の親身な(?)アドバイスとは真逆の方向に傾斜していった。 一つは財政政策の拡大である。これについては中国当局が、エコカー減税(自動車取得税を10%から5%へ引き下げ。現行は今年度末まで“減税”延長、税率は7%に)、公共事業の増加で対応した。これらは日本でも、リーマンショック後の対応策として政府がとったものと同じである。エコカー減税も規模は縮小しているが継続中であり、また公共事業も継続中である。問題はこの公共事業の中身である。「人類史上未曾有の土地バブル」 さきほど中国のバブルは「公的部門主導の不動産投資の過熱」がその実体だと書いた。中国のGDP統計をみてみると、先進国と比較して、投資に過度に傾斜している。その主因は、冒頭に書いたように不動産投資が内実である。この不動産投資は、地方政府とその関連企業、ディベロッパーが連携して行っているケースが大半だ。みかけは「民間」にみえても、実際は地方政府の「公共事業」的色彩のものが大半である。つまり公共事業という形で、地方政府を主体にした不動産価格のコントロールを行っている。だが、そのコントロールは「人類史上未曽有の土地バブル」という異常事態を生んでしまい、事実上失敗している。北京にある中国人民銀行本店(ロイター) 公共事業の非効率性は日本でもそうだが、中国でも顕著である。しばしば話題になるように、地方都市にある高級マンションやオフイスビルの入居率が極端に低い。いわば「空き家」を投資目的のためだけに転売して、それで利ざやを稼いでいるのだ。これは日本のバブル期でもしばしばみられた「土地転がし」という手法と一緒である。 ただ、中国の場合はそれを公的部門が事実上仕切っていることに問題がある。これは土地の価値を究極的には政府・地方政府が暗黙のうちに保証しているという人々の予想が裏づけになっている。さらに中国では本格的に時価会計制度が採用されていないために、不良資産の判定に甘いことも、政府・地方政府による暗黙の保証を制度的に支持することになっている。 現状でも地方都市の住宅の過剰在庫(空き家率)は高止まりのままである。純粋な居住用の需要には結びついてはいないが、他方で投機目的のための住宅ころがしは、地方都市を中心に健在なのである。これが中国不動産バブルの真因=官製バブルである。 他方で、金融政策は国内の経済対策には利用されていない。中国の為替レートを一定に保つため、元の価値をコントロールすることに利用されているからだ。例えば、アメリカの金融政策が利上げスタンスを強化すると予想されると、米中の(予想)金利差が拡大する。そうすると海外投資家などは人民元を売却してドルをより多く保有するだろう。より低い中国の金利で資金を運用するよりも、より高い金利のドルで資金を運用する方が得だからだ。中国はこの元安の傾向を防ぐために市場に介入する。やがて訪れる中国版「失われた20年」 中国が保有する外貨準備はドル(米国債)が中心である。したがってドルを売って人民元を買う。そうすると必然的に外貨準備残高は減少する。実際に中国の外貨準備は3兆ドルを割り込み減少傾向は緩むことはない。他方で元安圧力は依然として継続している。外貨準備残高の減少は、これは短期金利の上昇圧力にもなっている。政策金利こそ据え置きの構えだが、市場での短期金利への圧力は高い。北京のマンション建設現場(共同) 消費や投資にかかわる中期から長期金利は、短期金利によって決まるので、この上昇圧力は民間消費と民間投資を低迷させる要因になる。この民間需要の不足分を埋めるために、先ほどのバブル誘発型の公共事業に依存しているのがいまの中国経済のありようである。バブルを維持するためにバブルを生み出し続けることが国家的必然なのだ。このバブルは逃げ切ることができるのか。つまりソフトランディングが可能なのだろうか。 筆者はこの点についてきわめて懐疑的である。いまの中国経済はざっくりいえば、過去のソ連経済と似ている。ソ連経済は消費を抑制した、投資中心の経済であった。しかし投資の中身といえば軍事支出という「非効率な公共事業」であった。アフガニスタン戦争や核開発競争の過熱化、旧ソ連の軍産複合体の権益などで、この非効率的な軍事支出によってソ連経済の経済成長は抑制されていたのである。 中国も軍拡に傾斜しているが、それに加えてバブル維持のためのムダな公共事業を拡大している。中国の消費はそのため抑制されている。このような歪んだ経済構造は、旧ソ連の場合では維持が不可能であった。中国はどうだろうか。成長が抑制されることで、やがて「中所得国の罠」に陥るのではないか。いや、もう陥っているのではないか。バブルのつけは、やがて中国版「失われた20年」につながるかもしれない。

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    重量8tの中国宇宙ステーションが制御不能で頭上に落ちてくる

     いまや米露と並ぶ宇宙大国となった中国。人民解放軍主導で進められる宇宙開発への懸念は、軍事的脅威の拡大だけではない。拓殖大学客員教授の石平氏が解説する。* * * 近年、中国の宇宙開発は目覚ましい進展を遂げている。昨年10月には6度目となる有人宇宙船の打ち上げに成功(神舟11号)。軌道上の宇宙ステーション実験機「天宮2号」にドッキングし、飛行士2名が33日間に及ぶ宇宙滞在を実施した。さらに2018年には「天宮」のコアモジュール(本体)を打ち上げ予定で、2022年には宇宙ステーションの完成を目指すという。 中国の宇宙開発の主な狙いは2つ。一つは国威発揚だ。冷戦時代に米ソが宇宙開発で覇を競ったように、宇宙開発は国力の象徴となる。習近平には、国内外に技術力の高さを見せつけ、宇宙開発の分野でも中国が覇権を握りつつあることをアピールする意図もある。 もう一つは、言うまでもなく軍事目的だ。1990年代から本格化した中国の宇宙開発は人民解放軍主導で進められ、有人飛行、月面探査、宇宙船のドッキングを次々と成功させてきた。 さらに中国は、2007年1月に自国の気象衛星を弾道ミサイルで破壊した。この実証実験は米国をはじめとする国際社会を震撼させた。 米国の軍事行動は人工衛星に大きく依存しており、中国が地球上からのミサイル発射で衛星を確実に破壊する技術を持てば、ハイテク化された米国軍は無力化されてしまう。これは重大な軍事的脅威である。 そうしたなか、中国の宇宙開発に新たな懸念が広がっている。2011年に打ち上げられた宇宙ステーション実験機「天宮1号」が、今年後半に地球へ落下することが報じられているのだ。 当初、中国当局は「天宮1号」が制御不能に陥っていることを否定していたが、最近になってこれを認めた。背景には、宇宙開発を急進するあまり、技術が追いついていない現実がある。(iStock) 8tもある「天宮1号」の本体のほとんどは大気圏で燃え尽きるとされているが、米国の宇宙物理学者でハーバード大教授のジョナサン・マクダウェル氏によれば、「燃え尽きなかった一部のパーツが地上に降り注ぐかもしれず、落下地点も予測できない」という。 一方、「地球の表面の7割は海だから、陸地に落下する可能性は低い」との見方もある。だが、2015年11月にはスペインで、衛星の破片と見られる物体が一週間のうちに3つも落下し騒動となった。毎年、いくつもの宇宙ゴミが陸地に落ちていることを考えれば、「天宮1号」の破片が地表に降り注ぐ可能性は否定できない。 当の中国は国際社会への 影響よりも自国の利益を優先する国だから、たとえ誰かの頭に金属の塊が落ちてきても習近平は何の関心も持たないだろう。私たちは中国がそういう国であることを自覚し、禍に巻き込まれぬよう祈るしかないのだ。●せき・へい/1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒業。四川大学哲学部講師を経て、1988年来日。1995年、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了後、評論活動に入る。2007年、日本に帰化。『なぜ中国人は日本人を憎むのか』、『なぜ中国はいつまでも近代国家になれないのか』(いずれもPHP研究所刊)、『帰化人が見た靖国神社のすべて』(海竜社刊)など著書多数。関連記事■ 江角マキコ 「実際は4時間、同席者いた」A氏との関係語る■ イ・ボミ超えの韓国美女2人参戦へ 女子ゴルフが開国ムード■ テレ朝局内不倫報道 田中萌アナと加藤泰平アナの明暗■ 大谷翔平 コース料理では足らず1万円松葉ガニ3杯おかわり■ 松方弘樹さんの事実婚妻 自分で納骨希望、財産分与は難航か

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    トランプはなぜ「ひとつの中国」という絶対的タブーを破ったのか

    石平(評論家) 黄文雄(評論家)《『「トランプ大統領」から始まる中国大乱』より》トランプが台湾総統との異例の電話会談をした意味黄 2016年11月17日、安倍首相とトランプ次期アメリカ大統領がニューヨークのトランプタワーで初会談を行いました。トランプは他国の首脳から早期の会談要請が殺到するなか、安倍首相との会談を最優先させたといいます。 しかも自宅に招くという厚遇ぶりで、日本を重視している姿勢を見せました。当然ながら、大統領選挙のときに見せた暴言も日本批判もなく、会談後に安倍首相が「信頼できる指導者だと確信した」、トランプが「素晴らしい友好関係を始めることができてうれしい」と述べるなど、会談が有意義であったことを強調しています。会談前に握手を交わす安倍首相とトランプ次期米大統領。奥は娘のイバンカ氏と夫のジャレッド・クシュナー氏=11月17日、ニューヨークのトランプタワー(内閣広報室提供)石 安倍首相の素早い動きには、中国も驚いたと思います。安倍首相は、トランプの当選が確定した日の翌朝すぐに電話で祝意を伝えました。おそらく中国はそれに焦ったのでしょう、11月9日、CCTV(中国中央電視台)は習近平主席がトランプと電話会談したというニュースを流しました。ところが、トランプ側から「していない」と否定されてしまいました。安倍首相が電話会談した以上、習近平も会談したことにしないと、大国の指導者としてのメンツが潰れると思ったのでしょう。 14日になって実際に電話会談をしたようですが、いずれにせよ、赤っ恥をかかされたかたちになりました。黄 さらに12月2日(アメリカ時間)には、トランプは台湾の蔡英文総統と電話会談しました。これは1979年のアメリカと台湾の断交以来初めてのことです。しかも、自身のツイッターで「台湾総統が今日、私に、大統領選勝利に祝意を表したいと電話をくれた。ありがとう!」と書き込みました。「ThePresident of Taiwan」と、あたかも独立国家の元首のように扱っていたのです。 当然、台湾では大きく報じられ、トランプへの期待が非常に大きくなっています。安倍・トランプ会談について、中国共産党の機関紙である「人民日報」の国際版「環球時報」は「朝貢だ」と書きましたが、蔡英文との電話会談については王毅外相が「台湾側のくだらない小細工だ」と嫌味を言いました。これは中国のパニック状態を象徴しているのではないかと思います。 石 中国はかなり衝撃を受けたのではないでしょうか。なにしろトランプは、数十年来の絶対的タブーを破ったのですから。 即座に不快感を表明し、アメリカにも抗議したといいますが、アメリカ政府になのか共和党になのか、どこに抗議したのかはよくわかりません。しかも、王毅外相は台湾を批判していますが、トランプのことは批判していません。トランプと衝突するのを避けたのでしょう。あくまで台湾が仕掛けたものだというスタンスです。黄 しかし、トランプはかなり中国を意識した行動をしていると思います。「自由時報」(2016年12月3日付)によれば、当日はシンガポールのリー・シェンロン首相、フィリピンのドゥテルテ大統領、アフガニスタンのガーニ大統領とも会談していますが、ツイッターには蔡英文のことしか掲載されていないそうです。これは意図的にやっていることでしょう。中国の反応を見ているとしか思えません。トランプと蔡英文の電話会談石 トランプが蔡英文と電話会談したことは、中国政府からだけでなく、アメリカの多くのマスコミからも批判されたようですね。オバマ政権も、すぐに国家安全保障会議(NSC)の報道官に「ひとつの中国」という原則を堅持すると強調させました。黄 トランプはそれを受けて、ツイッターで「アメリカは台湾に数十億ドルの武器を売っているのに、お祝いの言葉すら受け取るべきではないというのは、興味深いことだ」と述べています。 さらに12月4日(アメリカ時間)には、「中国は米企業の競争を困難にする通貨の切り下げや、中国向けの米国製品に重い課税をしていいかと尋ねたか」「南シナ海の真ん中に巨大な軍事施設を建設していいかと尋ねたか。私はそうは思わない!」(「産経新聞」2016年12月5日付)など、南シナ海や通商問題に関する中国批判をツイートしました(117ページ写真参照)。一部は大統領選挙で主張していたことと同じ内容ではありますが、「習近平嫌いでプーチン大好き」なトランプらしい、正直な本音が出ています。 よく知られているように、アメリカでは政権が変わると、ホワイトハウスのスタッフから政治任用されている上級官僚までがごっそり入れ替わります。トランプ政権になると、台湾に対する意識が、オバマ政権とはかなり変わってくるのではないかと期待しています。記者を指さすトランプ氏=1月11日、米ニューヨーク旧来メディアとリベラルの没落石 それにしても、台湾はれっきとした民主主義国家なのに、いざとなると民主主義を標榜するアメリカメディアが、台湾よりも独裁政権の中国に同調するというのは異常です。日本の場合と同様、やはり左翼メディアは偽善だとしか思えません。黄 まあ、あれだけトランプ批判を繰り広げても、大統領選挙の勝利を阻止できなかったのですから、影響力はだいぶ低下していると思いますよ。日本の左翼メディアも、たとえばシールズ(SEALDs)のような学生たちによる左翼運動を持ち上げていましたが、総選挙にしても東京都知事選挙にしても、シールズが支持する政党や支持者は勝てなかった。 若者の代表のように言われていましたが、その若者は自民党に投票する率のほうが大きかったというのですから、左翼メディアも左翼運動もしぼんでいくばかりでしょう。石 何しろ、言うことがコロコロ変わりますからね。安倍・トランプ会談に対して、民進党はなんだかんだとイチャモンばかりつけていました。安住淳代表代行は「朝貢外交」だなどと貶(おと)しめていましたが、これは先ほどの「環球時報」とまったく同じ論調です。 中国共産党の場合は、安倍首相の対米外交に先を越されたことへの悔しさからの悪態ですが、民進党の場合は結局、首相の外交的得点が気に食わないだけでしょう。国も党も違いますが、根性の卑(いや)しさは同じではないでしょうか。 蓮舫(れんほう)代表にしても、トランプの大統領選挙中の発言を問題視して、安倍首相に「なぜ信頼できたのか」などと問いただしていましたが、その理論なら、民進党はトランプが発言を撤回しないかぎり、同盟国の大統領との信頼関係をつくらないつもりなのですかね。 批判のための批判という感じしかしない。もしも安倍首相がトランプに会わずに、他国の首脳に先を越されていたら、「なぜもっと早くアプローチしなかったのか!」と言っていたに違いない。黄 蓮舫代表は、相手を批判するなら自身の二重国籍問題をもっときちんと説明してからでないと、なんとも説得力がないですよ。自分を「生まれたときから日本人」と言ったかと思うと、別のところでは「華僑(かきよう)の一員」「在日中国人」などと発言したりして、発言が一貫していません。 発言が一貫しないのと、自分に甘くて他人に厳しいというところからすると、日本人や台湾人というより、きわめて中国人によく似た性格ですね。彼女は自身の国籍問題にからんで、「ひとつの中国論」を持ち出したので台湾でも批判が高まりました。過去の発言もあわせて考えると、中国共産党のエージェントではないかと疑いたくなってしまいます。米左翼の反差別は一種のファシズム石 2016年の新語・流行語大賞のベスト10に「保育園落ちた日本死ね」がランクインして、民進党の山尾志桜里(しおり)議員が笑顔で授賞式に出ていたことが批判されていましたが、どうも民進党の議員は国益という視点が薄いように感じるのです。 だいたい、国会議員が「日本死ね」などという言葉を流行語に選んでもらって、それをうれしがるという感覚がわかりません。黄 世界の流れを見ると、トランプのアメリカだけではなく、イギリスも、あるいは他のヨーロッパで起こっていることからも、まず大きな特徴として、「国益」を中心として考える国が多くなってきているということですね。 トランプは「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」を掲げ、不法移民を排除すると述べて支持を得ました。 たしかに、ヒューマニズムとか人権というものは大切です。しかし、それが過剰になると国益や国民の利益を圧迫することにもつながります。移民問題などもそうですね。自国民の職が奪われるからと移民受け入れに反対すれば、差別主義者のレッテルを貼られてしまう。差別的な言動をしないことを「ポリティカル・コレクトネス」と言いますが、行きすぎた風潮にうんざりした人たちが、イギリスのブレグジットやアメリカのトランプを後押ししたのだと思います。 しかし、旧来の左翼メディアが消えていくと同時に、国益を無視してポリティカル・コレクトネスに走った政党も消えていく運命にあると思います。左翼メディアに支えられてきた面がありますから。 いずれにせよ、いまの世界では建前よりも本音で語ることのほうが支持を得られるので、そうした姿勢が主流となりつつあるようです。石 そのとおりだと思います。オバマ政権は、一定の不法移民に対して3年間の強制退去の免除と就労許可を与えましたが、これに対する不満も大きいのだと思います。 アメリカのリベラルの反差別は一種のファシズムになっていると思います。アメリカの政治家がマイノリティに対して、少しでも不用意な発言をすれば、叩かれて政治生命を失うことになってしまう。 アメリカのリベラルがあれほどトランプを嫌うのも、彼の過激な発言が、リベラルな世界観、価値観を完全に破壊するものだからです。だから差別発言扱いしますが、賛同する人も多かった。要するに「本音」で語ることは、リベラルな価値観に対しての一種の反乱なのです。しかも、彼はそれで成功してしまった。 日本のマスコミもアメリカのメディアとまったく同じ論調でした。一貫して、トランプを過激発言のとんでもない泡沫(ほうまつ)候補扱いしてきましたが、それも自分たちの価値観が絶対なものではないという現実を受け入れたくないからです。だから、選挙結果を突きつけられて、パニックになってしまった。いまでも「あんなのがアメリカの大統領になるとは信じられない」と言い続けていますね。 アメリカの旧来メディアの崩壊は、日本の左翼メディアにも伝播(でんぱ)していくと思います。たとえば、蓮舫代表の二重国籍問題でも、左翼メディアは「多くの先進国が二重国籍を認めている。だから日本も認めるべきだ」「多文化共生主義が世界の流れだ」などと書きましたが、多民族国家のアメリカがそれを否定する方向へ向かったのですから、もうそんなことは言えなくなるでしょう。日本のリベラルメディアにとっても、トランプ大統領の出現はトドメの一撃になると思います。 私は国際政治の面からトランプ大統領の政策を危惧していますが、日本のマスコミや左翼はむしろ悲鳴を上げているのが現状です。 だいたいアメリカのリベラルはおかしいですよ。選挙結果に不満だからデモをするというのは、民主主義の否定そのものです。リベラルが民主主義を否定してどうするのでしょう。もっとも、リベラルの本当の正体は、もともとそういうものなのかもしれませんが。ネトウヨが世界を変えるネトウヨが世界を変える黄 アメリカや日本も、新聞やテレビといったメディアはリベラルが強いですよね。もっとも、アメリカでは新聞やテレビを信用する割合が2割程度なのに対して、日本では7割を超えていますから、日本のほうが重病でしょう。 ちなみに台湾のメディアはほとんどが国民党系か中国資本なのですね。台湾独自資本のメディアというのは、自由時報と三立電視と民間全民電視公司(民視)くらいしかない。3つしかないから「三民自」(サンドイッチを意味する「三明治(サンミンツウ)」と同音)と言われています。 ですから、台湾ではメディアの信頼度は1%程度しかないと言われています。しかし、メディアというのは既得権なのです。だから絶対に手放したくないし、それに対抗する勢力には敵対してきます。 ヒラリーは、メディアとウォールストリートという2大既得権益層とズブズブだと批判されていたわけですが、そういった既得権益層も崩壊していく予兆なのでしょう。当選後初めて記者会見するトランプ次期米大統領=1月11日、ニューヨークのトランプタワー石 アメリカの新聞やテレビ局などの主要メディアでは、57社がクリントン支持で、トランプ支持を打ち出したのは2、3社しかありませんでしたが、トランプはSNSやインターネットを駆使して、相手の批判をうまく利用していました。そこにも勝因があったと思いますね。 アメリカの国民がそれほどメディアを信用していないなら、むしろメディアにこぞって叩かれたほうが、目立つし、逆に国民からは信用されることになる、ということになりますね。 自分の主張や反論はインターネットに載せて、どちらが正しいか有権者に判断してもらえばいいのですから。 私もツイッターをやっていますが、中国批判よりも、日本の左翼を批判したツイートのほうが反響があるのです。ツイッターを始めたのは2013年からですが、2014年にフォロワーが3万人に達したと思ったら、その2年後の2016年12月にはなんと24万人を突破しました。 日本のなかに、左翼の言動がおかしいと感じている人はかなりいると思いますし、やはり国益中心、自国中心に考えるというのが世界の潮流となりつつあることは感じていますもっとも、ツイッター上で、私のことをネトウヨと呼ぶ人も少なくありません。しかし、彼らの感覚からすると、「暴言」を吐くトランプこそネトウヨですよね。世界一のネトウヨが大統領になったともいえるでしょう。黄 日本での左翼言論人の支配の時代というのは、もうそろそろ終わろうとしていると思います。まだ終わってはいないけれど、終わるのは確実。だから最後のあがきとして、一生懸命、あちこちに銃口を向けているのではないかという気がするのです。石 イギリスにしても、EU離脱を問う国民投票では、事前の世論調査と結果がまったく異なりました。まともに答える人がいなかったのではないでしょうか。これも既存メディアの終焉を意味していると思いますね。 リベラルは、メディアを通じて人々を支配してきましたが、このトランプの当選をきっかけに、世界各地で彼らの支配が終わるとすれば、日本の健全化にとっても非常にプラスです。トランプ大統領は日本の大チャンストランプ大統領の誕生は日本の大チャンス石 トランプ大統領の出現には、そうしたリベラルの絶対的価値観の破綻と、左翼メディアの支配の終わりといういい面もありますが、やはりかつてのモンロー主義に戻り、内向きになってアジアへの関与を減少させていった場合、日本の安全保障が大変な危機にさらされることになる可能性も十分にある。この点は第1章で述べたとおりです。 しかし別の面からすれば、アメリカがもしアジアへの関与を減少させていくならば、それは占領政策が終わったということでもあります。 アメリカの対日占領政策は、日本が再びアジアの強国になれないようにすることでした。だから平和憲法を押しつけた。沖縄にアメリカ軍基地があるのも、ある意味では、日本の軍事力強化を押さえ込む目的もあったのかもしれません。 しかし、アメリカがアジアに対する関与をやめるならば、日本を押さえつけておく必要性もなくなります。日本が平和憲法を改正して再軍備や核武装を進めても、アメリカは与(あずか)り知らないということになる。そういう意味では、トランプ大統領の誕生で、日本は完全に戦後体制から脱出するチャンスになるという期待もあります。黄さんはいかがですか?黄 トランプはモンロー主義というよりも、レーガンの時代に戻ろうとしているのかもしれませんね。大型減税や金融規制の緩和などを掲げていて、レーガノミクスに近い。「偉大なアメリカの復活」というスローガンは、冷戦をアメリカの勝利に導いたレーガン時代を指しているのではないかと思います。 そして日本にとっても、いまがいちばんいいチャンスだと思っています。世界は反グローバリズムのなかで、列強の時代に戻りつつあります。そのような時代には、やはり世界の調整役(バランサー)が必要だと思うのです。 いま先進国のなかで、グローバリズム推進派のトップと見なされているのはドイツのメルケル首相でしょう。一方で、トランプはもっとも保護主義派となるでしょう。日本はその調整役となるいい位置にいます。 また、2017年のドイツの総選挙でもしもメルケルが負ければ、安倍首相は西側自由主義諸国の政界で最長老となります。長期安定政権ですから、世界の首脳も相談しやすいのです。 そうした追い風を味方につけて、日本の戦後を終わらせられれば、明治維新の志士と並ぶ人物になれます。石 アメリカに締結させられた不平等条約への不満が明治維新につながったわけですからね。そして日清(にっしん)、日露(にちろ)という2つの戦争に勝利したことで、1911年に不平等条約を改正することができました。 アメリカに憲法を押しつけられ、在日アメリカ軍基地や日米地位協定といった「属国的」なものを受け入れざるをえない立場から脱するためにも、再び明治維新のような大事業が必要だということなのですね。台湾の総統執務室でトランプ次期米大統領と電話協議する蔡英文総統(中央)=昨年12月(総統府提供)黄 そうです。しかもそれは日本だけではなく、アジアのための明治維新です。 私は蔡英文総統にも期待はしていますが、そこまでのことはできないでしょう。ですから、日本と台湾が手を握り、あるいはASEANと手を握って、日本がリーダーシップをとって、アジアを再興していく。世界が列強の時代の19世紀に戻るのであれば、その延長線上として、日本がアジアの盟主になるしかありません。うまくやれば安倍首相が米国をリードする石 中国もそれを恐れているのかもしれません。だから、安倍首相がトランプと電話会談をした直後、習近平も「電話会談した」と嘘をつかなくてはならなかった。 トランプは政治も外交も素人ですから、おそらく今後、安倍首相が日米同盟の重要性や、アジア太平洋地域におけるアメリカの重要性をレクチャーすることになるのではないかと思います。安倍首相は世界のトップの中でも、海外の首脳ともっとも多く会っているキーパーソンですから。 うまくやれば、安倍首相がアメリカをリードするかたちになる。トランプからアジア外交の軸になってほしいと頼まれる可能性もあります。そして、これを機会にして日本が憲法改正と国防体制の強化を行えば、アメリカにとって日本は頼りにしなければいけない存在となります。日米同盟に新しい変化が起こるわけです。 トランプ大統領当選の直後の11月10日に、インドのモディ首相が来日し、日印原子力協定に署名しましたが、中国を警戒した安全保障協力についても話し合っています。 アメリカの影響力が落ちることになれば、多くのアジア諸国は日本に期待してくると思うのですが、どうでしょうか。黄 台湾、フィリピンなどはもちろんそうですね。韓国だけが少し違うのですが、アジアの多くの国が日本に目を向けて期待しています。アメリカ大統領選挙の直後にモディ首相の来日日程が組まれていたというのも、そのタイミングで日印の結束を中国に見せておくためでしょう。 日本は技術力を持っていますし、私は核技術にしてもイスラエルより上だと見ています。 ただ、日本では核アレルギーがありますから、核武装というのはなかなか難しいでしょう。しかし、目下、世界では核を上まわる兵器技術や核防衛システムの開発が進められています。非核兵器であれば日本も配備可能でしょう。 日本の国防予算はGDPの1%程度で5兆円を突破したくらいです。GDPの2~3%まで予算を組んでようやく世界の「普通の国」レベルなのです。仮に日本が10兆円規模の防衛予算を組めば、そうした兵器に十分な開発費をあてられますし、日本であれば開発できると思います。それこそが平和貢献です。 そうして日本が積極的にアメリカと相互補完しながら、トランプ大統領に対して、アジアはわれわれに任せろ! と言えばいいのですよ。石 トランプ政権が、アジアは面倒だからということで、少し手を引いていくときに、トランプ政権と話をつけることが日本にとってチャンスとなるでしょう。アメリカが手を引く分は、日本が分担するということにして、日本とアメリカがアジアで対等な立場で共同責任を持てばいい。 日米同盟に関するトランプのいちばんの文句は、アメリカだけが責任を持ち、日本は何も責任を持たないということです。「日本タダ乗り論」ですね。 だから、日本もアメリカと同じようにアジアの安全保障に責任を持つということになれば、逆に日米同盟も強化されて、日本の立場も強くなります。 そういう意味では、日米同盟再構築のひとつのチャンスにもなる。もちろん日本は憲法改正を急がなければならないし、国防体制もつくり直さなければいけません。 トランプ大統領の誕生によって、その必要性がますます高まったということなのですね。こうした世界状況は、国内の憲法改正論議にとっても追い風になるはずです。安倍首相は、この歴史的機会を最大限に活用すべきです。 そうすれば、安全保障上のピンチをチャンスに変えることができる。日本は普通の国と同様の自主憲法を持ち、普通の国防体制を持ち、アメリカと共同責任でアジアの平和を守る。まさしく戦後体制からの脱却であり、真の独立です。戦後体制からの脱却が完了する日本の「戦後体制からの脱却」が完了する黄 オバマ政権では、安倍首相の靖國(やすくに)神社参拝に対して、アメリカ政府は「失望した」などと口を出してきましたが、そういうことも言わなくなってくるでしょうね。石 もともとアメリカは、首相の靖國参拝に文句は言ってこなかった。しかし日韓関係が悪くなっていたために、これ以上の亀裂(きれつ)が生じるとアメリカがやりにくくなるので、オバマ政権は行ってほしくなかったということを表明しただけですよね。 アメリカは中韓が批判するような、靖國神社が「軍国主義の象徴」だとか「A級戦犯が祀(まつ)られているから」という理由で反対したわけではないですね。これまでも反対してこなかったですし。参拝を終えた「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の議員ら。中央は尾辻秀久会長=2016年10月18日午前、靖国神社黄 ただ、アメリカが「失望した」と言ったせいで、日本の左翼を勢いづけてしまった。普段はアメリカを嫌っているくせに、「同盟国のアメリカすら反対している」「世界も反対している」といった論調がマスコミに躍りました。 おそらく次に安倍首相が靖國参拝した場合、左翼連中は「アメリカも反対した靖國参拝を強行した」などと叩いてくるはずです。  そういうときに、トランプ大統領に「アメリカは反対していない。国のために命を捧(ささ)げた者に哀悼(あいとう)の意を表するのは当然のことだ」と言ってもらわないと、建前ではあっても、「対等な日米関係」は元の位置に戻らないと思うのです。石 なるほど、たしかに左翼を黙らせる必要はありますね。ある意味では、政治というのは時期を見て素早く行動する必要があります。安倍政権はそれができる。おそらく安倍政権もトランプの当選を予測していなかったと思います。外務省は完全に予測を外したとも言われています。 しかし、トランプが当選したら、電光石火でどの世界指導者より早く直接会談まで実現できた。安倍首相には実力も運も備わっていると思います。トランプ大統領の誕生により、国内的には左翼の崩壊、メディアの信用失墜ということが起こりました。これはすべて安倍政権にとっては追い風です。 それでもうひとつの大きな追い風が、アメリカがアジアにおけるプレゼンスを少しずつ引いていくなら、それは当然、日本の安全保障の問題となり、日本の憲法改正の道を開くことにもなります。 外交の情勢も日本に有利になりつつあります。フィリピンのドゥテルテ大統領はオバマ政権に対してはきわめて敵対的でした。トランプ大統領が決定したところで、関係を回復しようと言い出しましたが、まだ、どうなるかわかりませんね。 しかし、来日時の態度が示しているように、ドゥテルテ大統領は日本に対しては最初から信頼している。インドも当然ながら、中国よりもずっと日本を信用している。 ロシアのプーチン大統領にしても、ある意味で信頼しているのは、中国よりも日本であり、安倍政権です。中国とロシアというのは、長い歴史のなかでお互い不信の塊なんですね。 だから、日本がアメリカ同様に国際的な責任が持てるような国になれば、アジアの安全保障、あるいはアジアの経済秩序の新しい軸になってほしいと思う国も多いと思うのです。アメリカもそのような日本を頼りにしてくると思います。黄 私も、安倍首相のインドのモディ首相やロシアのプーチン大統領との関係性は、他のどの国よりも突出していると思います。そして、これにアメリカのトランプ大統領が加わる。トランプはプーチンを英雄視していますから、日米露の関係強化は十分可能だと思います。 しかも、中国は伝統的に「遠交近攻」の国ですから、どうしてもいつかは隣国のロシア、インドとぶつからざるをえない。それは歴史が物語っています。中印露の「三国志演義」が繰り広げられるなかで、日米露印が提携すれば、中国を包囲することができるのです。日本中心の大東亜共栄圏が復活石 こう考えると、トランプ大統領の誕生は、安倍首相が脱却を悲願としていたアメリカの束縛や戦後体制、戦後リベラルが流してきた自虐史観といったものを、一気に吹き飛ばしてしまうことになる可能性がありますね。 トランプはまず4年間、2021年1月までの任期がある。安倍政権は自民党総裁の任期延長で2022年までの任期が可能となる。だから、安倍首相は今後数年、自らの考えるビジョンをどんどん追っていけばいいのです。日本を中心とした大東亜共栄圏が復活する黄 そういう意味では、いま、日本は安倍政権で本当によかった。これが民進党と日本共産党の連合政権だったらと思うと、ゾッとします。日本にとっても世界にとっても、これから大変な時代になるでしょうが、幸い、安倍政権には先見性と行動力と運があるようです。また明るい見通しが出てきます。石 逆に、このチャンスをもし掴(つか)まなければ、日本はいつまでも一人前の国家になれないでしょう。 もしかすると、これは、アメリカによって潰された大東亜共栄圏を、アメリカの衰退によって日本が復活させるという歴史の必然なのかもしれません。黄 20世紀の戦後の人類の対立の軸は、私有財産制か公有財産制かという対立、つまり自由主義か社会主義かという対立でした。そして、社会主義は「国家死滅」を理念にしていますから、コスモポリタン的な考え方が強い。つまり、社会主義そのものがグローバリズムとの類似性や親和性が高いと思うのです。だから、現代中国もグローバリズムをすんなり受け入れられたのです。ただし、民主主義や表現の自由といった思想面はまだ拒否したままですが。 そしていま、保護主義による巻き返しが起こるなかで、文化対文明の対立がひとつの大きな軸として起こってくると思います。 文化というのはユニークなものです。国、民族、地域によってそれぞれユニークな文化が存在しています。それに対して、文明というのはより普遍的なものです。世界に押し広げていこうというものが文明です。 今後、普遍的な文明とユニークな文化が対立していくのだと思います。たとえば、習近平は「中華民族の偉大なる復興」を「中国の夢」としています。これは中華文明の栄光を取り戻そうと夢見ているわけですね。決して中国人の文化を世界に紹介したいというものではない。だから、世界と対立せざるをえないのです。 そして、日本には文化としてのソフトパワーがある。たとえば、台湾からは、高齢者と赤ちゃんも数に入れて、年間で8人に1人くらいが日本に観光にきている計算になります。 毎年何回も日本に遊びにくる台湾人母親に、東南アジアなら日本の1回の旅行費用で4、5回行けるのに、なぜ何回も日本に来るのかと聞くと、彼女は、教育面から考えると、自分の国より経済発展をしていない途上国に子どもを連れていきたくないと言っていました。 そして台湾より進んでいる国は、アジアでは日本しかないわけです。台湾人が世界でいちばん住みたい国というのは日本です。2番目はカナダ。日本がトップである理由は、四季折々の景色があり、何度来ても飽きることがないということだけではありません。社会が安定していて環境衛生も清潔、しかも思いやりがあってマナーもいい。人のことも疑わなくていい。要するに、安心できる社会だからです。そういう国こそがいちばん魅力的なのです。 石 中国がいくら頑張っても、やはり日本のソフトパワーには絶対にかなわない。日本には安心安全な社会があり、アニメやゲームなど世界最強のソフトがあります。世界が憧(あこが)れるソフトパワーがあります。 古代ローマ時代、ヨーロッパの人々はローマ人になることが夢でした。それは誰もがローマ帝国の文明に憧れたからです。しかし、現在の中国に憧れる人は世界中どこを見てもいません。中国人自身が自国から逃げようとしているのですから。 そして戦後が終わり、世界も根本的に変わろうとしています。高いポテンシャルを持つ日本は、このチャンスを逃すべきではありません。トランプ大統領の誕生をきっかけとして、日本はアジアや世界のリーダーとして頼られる存在になる大きな可能性があるのです。

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    トランプ大統領から始まる中国大乱

    トランプ政権がいよいよ始動する。米国が一国主義へと舵を切り、世界の覇権を狙う中国だが、トランプは中国と対峙関係にある国と立て続けに接触し、中国を苛立たせている。トランプ大統領の誕生によってアジア情勢は大きく変わることは間違いない。そして、その行方を左右する「主役」は間違いなく日本である。

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    中国、習近平をパニック状態に陥らせるトランプの思惑

    石平(評論家) 黄文雄(評論家)はじめに《『「トランプ大統領」から始まる中国大乱』より》 いま、世界では大きな変革が起こっている。 2016年6月にはイギリスの国民投票でEU離脱が決まり、11月のアメリカ大統領選では一貫して泡沫(ほうまつ)候補扱いだったドナルド・トランプが選ばれた。「まさか」という事態が立て続けに起こったのだ。 そして当初、トランプ大統領の誕生を歓迎していたのは中国だった。トランプは大統領選期間中、一貫して、日本をはじめとする同盟国に対して駐留アメリカ軍の費用増を求め、TPP(環太平洋連携協定)からの離脱を宣言し、「アメリカ・ファースト」というモンロー主義的な内向き政策を打ち出してきたからだ。もちろん中国に対しても、「アメリカ人の職を奪っている」と批判し、為替操作国に認定すると主張していた。ドナルド・トランプ次期米大統領 中国としては自国への制裁措置には警戒しつつも、「暴言王」トランプが大統領になればアメリカは国内が混乱し、国力低下を招くだろう、他国に干渉する余裕も気力もなくなり、日米同盟は弱体化、アジアでのプレゼンスも落ちていく──そんな読みがあったと思われる。 実際、中国共産党機関紙である人民日報系の「環球時報」は11月17日、「トランプ現象は米国が世界を支配する時代が終わったことを意味している」「われわれは米国が多くの領域で指導者の役割を放棄する現実を受け入れ、『ポスト覇権』時代に新たな世界秩序をどう構築するのか準備しなければならない」とする程亜文・上海外国語大学教授の寄稿を掲載した(「産経ニュース」2016年11月19日付)。  これまで習近平(しゅうきんぺい)国家主席は、つねにアメリカに対して「新型大国関係」(アメリカと中国が対等な立場で世界のことを決めていく関係)を主張してきたが、オバマ政権はまともに取り合わなかった。だが前記の寄稿文は、アメリカが一国主義へと舵(かじ)を切り、世界への関心を失い、国力低下を招くならば、新型大国関係どころか、中国は世界の覇権国になることも可能だとほのめかしている。同様の分析は、中国国内のみならず日本でも見られた。 しかし、トランプ次期大統領は11月17日、世界の指導者のなかで、同盟国である日本の安倍晋三首相を最初の会談相手に選んだ。秋の党大会がカギ そして12月2日には、それまでの慣例を破って台湾の蔡英文(さいえいぶん)総統との電話会談を行い、そのことをわざわざ自身のツイッターで発表した。しかも「台湾総統」という表現を用い、一国の元首としての扱いをしていた。 当然ながら、これに対する中国の反発は大きかったが、トランプは意に介さず、そのあとからツイッター上で中国批判を展開しはじめた。中国が抱いていた当初の期待は、大きく裏切られたかたちとなった。おそらく中国政府はパニック状態に陥ったことだろう。 もちろん、これらの2、3の出来事をもって、トランプ次期大統領が中国の覇権主義を打ち砕こうとしているとか、アジアの平和に積極的に関与するつもりだなどと、軽々に判断するのは誤りである。 しかし、トランプが中国と対峙(たいじ)関係にある国と立て続けに接触し、中国を苛(いら)立だたせているのも事実だ。日本としてはこれをどう活用していくかという戦略が重要となってくる。会談を前に握手を交わす安倍首相(左)と中国の習近平国家主席 =2016年9月5日、中国・杭州 本書は、トランプ大統領の誕生がもたらすアジア秩序や中国情勢の大変化から、日中・米中関係の今後まで、徹底的に論じ合ったものである。 2017年にはオランダ、フランス、ドイツで次の政治リーダーを決める選挙がある。イギリスのEU離脱やトランプ現象に見られる「反グローバリズム」の流れがさらに加速するのかどうかの分かれ道となる。そして、それはグローバリズムの波に乗って急成長してきた中国にどのような影響を与えるのか。  加えて同年秋には中国で5年に一度の党大会が開催される。ここで習近平は権力の完全掌握に成功するのか。あるいは「ポスト習近平」の存在が浮かび上がってくるのか。 そうした点も、われわれ2人は縦横無尽に述べ合っている。先が見えない世界情勢のなか、これからアジアや日本、中国に訪れるであろう大きな潮流変化と、日本が進むべき道を考えるうえで、本書が一助となれば幸いである。

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    東シナ海は「世界の火薬庫」 日中軍事衝突は現実に起こり得るのか

    邱海涛(ジャーナリスト)《徳間書店『中国大動乱の結末』より》 南シナ海問題では、2016年7月、仲裁裁判所がフィリピンの提訴に対して、「中国が主張する領有権は認めない」という裁定を出した。 中国の地方都市ではいくつか小規模の対米抗議デモがあったものの、まもなく取り締まりによって姿を消した。おもしろいことに、翌日になってアメリカ、日本、中国の株市場では株価がいっせいに大きく値上がりした。 フィリピンが仲裁裁判所に提訴したのは2013年1月で、同裁判所は2015年10月に本格審理入りすることを決めた。そのときから中国が悪戦苦闘を強いられることになった。 中国政府は最初から不利な結果が出るだろうと予測していたため、あの手この手でフィリピン側の提訴を阻止しようとした。南シナ海に人工島を造成、中国の実効支配が進む 中国はWTOなどの経済分野での国際訴訟については、一応、対応する姿勢を見せているが、人権や領土などをめぐる国際裁判への提訴には、いっさい応じない立場をとっている。基本的に中国は国際裁判所を欧米の傀儡だと決めつけており、まったく信頼していないからだ。 そのため、フィリピンを原告とする南シナ海紛争の国際裁判について、中国は「4つのしない」を貫いてきた。すなわち、「裁判に応じない、相手の提訴を認めない、判決の結果を受け入れない、判決の処罰に従わない」という外交姿勢である。 だから、中国側は裁定が出る前から「裁定は紙くず」だと宣言していた。中国は国連安全保障理事会の常任理事国であり、国際裁判所が判決文1枚で巨大な特権を持つ常任理事国の勝敗を決めるなどということは、中国にとってとても考えられない不面目なことなのである。 加えて、中国が国際裁判を拒否するのは、次のような懸念があるからである。まず、フィリピンが主張している島の領有権の範囲は、南シナ海の約3分の1にもおよんでいるので、南シナ海の全体を支配しようとしている中国にとって当然、受け入れられない。 また、中国はファイアリー・クロス礁、スビ礁、ミスチーフ礁などに莫大な投資をして7つの人工島を建設しているが、裁定に従うならば、そのうちのいくつかの島をフィリピンに返さなければならない。 南シナ海問題は、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイなど、7~8カ国が権利を主張している複雑さがあり、フィリピンが勝訴すれば、フィリピンの真似をする国が現れる恐れがある。これを中国は非常に警戒しており、そのために仲裁裁判所自体を否定しているのである。ASEANの切り崩しに動く中国 中国は紛争の解決案について当事国としか交渉しないと主張し、アメリカの介入を批判・阻止してきた。それはルールの制定や交渉の主導権がアメリカ側に渡ることを心配しているからである。一方、当事国側はアメリカが中国に働きかけ、公正平等な秩序をつくってもらおうとアメリカの介入を強く希望している。 たしかに、仲裁裁判所が下した裁定に強制力はないが、判決が出た以上、やはり中国に常にマイナスのイメージがつきまとう。国際舞台でのリーダシップをとりにくくなるし、欧米からは「仲裁裁判所の裁定を守れ」と要求される。実際、2016年9月のG20において、オバマ大統領は習近平主席との米中首脳会談で仲裁裁判所の裁定受諾を迫ったとされる。中国・杭州で開かれたG20サミッ=2016年9月ASEANの切り崩しに動く中国 こうした懸念から、中国はこれまでも、ASEAN(東南アジア諸国連合)各国が南シナ海問題で一致団結することを恐れ、切り崩し工作を進めてきた。 実際、関係各国は対策がばらばらで、必ずしも思惑が一致しているわけではない。カンボジア、ラオス、ミャンマーのような親中派と、フィリピン、ベトナム、マレーシアなどの反中派、そしてシンガポールやタイなどの中間派に分かれている。さらに、反中派の国でも中国とは緊密な経済関係にあり、徹底的に対抗することには躊躇があり、常に態度が変わったりしている。 そのうえ、自国も南シナ海で埋め立てや空港建設、施設軍事化を進めているので、立場が曖昧だ。 こうした背景が、アメリカの対中外交を弱めている一因だといわれてきた。2015年11月4日にマレーシアのクアラルンプール近郊でASEAN拡大国防相会議が開かれたが、南シナ海問題をめぐって混乱し、共同宣言の採択には至らなかった。続いて11月23日にASEAN首脳会議が開かれ、議長声明を発表した。南シナ海問題に関し「軍事プレゼンスの強化やさらなる軍事拠点化の可能性について、複数の首脳が示した懸念を共有する」と明記したものの、紛争場所を特定せず曖昧な表現にとどまっていた。 2016年2月17日にアメリカ・カリフォルニア州パームスプリングス近郊で開かれたアメリカとASEANの首脳会議では、南シナ海情勢を念頭に「航行と飛行の自由」「紛争の平和的解決」などを盛り込んだ共同声明が発表されたが、相変わらず紛争場所は特定しなかった。中国を援護するカンボジアの狙い 2016年7月12日に仲裁裁判所の裁定が出た直後ですら、ASEANは南シナ海での中国の主権を否定した仲裁裁判所の判断を支持する内容の共同声明採択を断念している(7月13日)。議長国ラオスが「コンセンサスが得られなかった」と加盟各国に通知した。カンボジアなど親中派の加盟国が反対したためと見られる。 さらに、7月25日にはASEAN外相会議が開かれたが、ようやくまとめられた共同声明ではやはり仲裁裁判所の裁定のことは触れられず、当事国同士の話し合いによる解決が望ましいという文言が盛り込まれることになった。このニュースが中国国内に報じられると、世論は外交上の大勝利だと沸き上がった。仲裁裁判所の裁定について触れられなければ、国際世論の圧力が和らぐからだ。 当事国同士の話し合いというのは、中国以外の当事国が消極的だった。彼らはアメリカかASEANに調停に入ってほしいと思っていた。交渉で中国に強く出られることを警戒していたからだ。 しかし、中国は、それを頑なに拒否してきた。中国側の理由としては、「関係のない第三者が入ると、問題がより複雑化する恐れがある」ということだが、アメリカ在住のある中国問題専門家は、「それは建前で、実際には、中国は経済援助も含めて当事国の弱みを握っており、対策に長じているため、個別交渉のほうが圧倒的に有利だからだ」と語った。中国を援護するカンボジアの狙い しかも、ASEANでは「全会一致」の原則がとられており、1カ国でも反対なら共同声明は発表できないことになっている。2016年7月のASEAN外相会議では、カンボジアが中国に不利な内容が盛り込まれることに強く反対したため、各加盟国は妥協案を探るしかなかった。 このことについて、「産経新聞」(2016年7月25日付)はこう分析する。 「カンボジアは、過去に採択した声明文までも引っ込め、中国に配慮するよう迫った。背景には、30年以上にわたりカンボジアの実権を握ってきたフン・セン首相が、軍事的にも経済的も中国へ依存を深めざるをえない事情が指摘される。国内でも強権体質が強まり、2018年の総選挙を控え政治対立が激化している。南シナ海問題では、ASEAN内部でも、親中のカンボジアなどと、フィリピンやベトナムなど対中強硬派が対立している」カンボジアの親中姿勢 中国のほうでは、カンボジアをどう評価しているのか。「人民日報」傘下の「環球時報」(2016年7月27日付)には、「世間ではフン・セン首相の夫人の先祖が中国人(海南島出身の林氏家族)であることは言い伝えられているが、それは事実だ。ある日、内閣会議が開かれているところ、フン・セン首相は突然、翌日が中国の旧正月にあたるのを思い出して急いで会議を終わらせ、家に帰って夫人の傍で正月料理の準備を手伝った。家ではかかあ天下であることを披露している」という記事が掲載された。 カンボジアの親中姿勢は、中国がカンボジアへ巨額の援助をしているからではないか、という問いに対して、記事は、カンボジアに対する援助は日本が長い間トッブを占めており、20年間で総計30億ドルの援助があった。にもかかわらず、フン・セン首相が中国を支持してきたのは、絆が強いためだと述べる。アメリカもTPP加盟をカンボジアに持ちかけて誘惑したが、それでも功を奏することができなかった。西側と比べて中国の経済援助は無償で、カンボジアは中国人民に感謝しているという。カンボジアのフン・セン首相=10月7日、首都プノンペン そのため、フン・セン首相はカンボジア在住の華僑たちと良好な関係を持ち、いままで禁止されていた中国語の使用を広げるようにした。華僑たちも積極的にカンボジアの経済建設に力を捧げている。 記事は最後にフン・セン首相の性格に触れ、彼は恩返しを知る男だと評価した。ちなみに、カンボジアはいま中国で「柬鉄(かんてつ)」と呼ばれている。「柬」はカンボジア国名の略称で、「鉄」は永遠の友達の意味である。 記事は中国の無償援助がカンボジアに感謝されていると書いているが、筆者はやや疑問である。かつて中国はベトナムに大量の軍事的、経済的援助を行ったが、現在では敵対関係にある。 問題の本質は、カンボジアの外交戦略にあり、宿敵のベトナムに対抗するために中国の力を必要としているからだ。言い換えれば、中国とカンボジアが互いに利用し合っているわけだ。 カンボジアと中国は国境を接していないから、国境紛争で悩まされることがない。それに対して、ベトナムは隣国であるため、長い間、紛争が繰り返されてきた。カンボジアに言わせれば、現在のベトナムの国土の多くはカンボジアから略奪したものだという。アメリカが中国に譲歩 フン・セン首相はもともとベトナムへ亡命した過去もあり、1978年のベトナムによるカンボジア侵攻により樹立したベトナム寄りの政権で外務大臣になった人物である。また、政権を取る際にもベトナムの支援があったとされている。だが、首相に就いてからは、傀儡政権にならないようにずっとベトナムを警戒している。南シナ海問題で対中強硬派のフィリピンやベトナムと対立しているのもそのためである。 東南アジアにおいてベトナムは、もっとも実力のある国である。だから、フン・セン首相は小国カンボジアの安全のために軍事的にも経済的にも中国に依存しなければならないのだ。 2016年10月13日付の「ロイター」の報道によると、習近平主席は同日、カンボジアを訪問し、高速鉄道建設やシェムリアップ州での空港建設などに対する中国の投資を促進させることを約束したうえで、中国政府が約8900万ドルの債務を免除することも表明した。また、融資合意など合わせて31件の合意が成立し、カンボジア首相側近は「合意や約束の数という点で歴史的」と述べた。中国は1400万ドルの軍事支援も約束したという。「中国は国際秩序と規則に挑戦するつもりはない」 2016年7月25日、アメリカと中国の間で2つの会談が行われた。いずれの会談も非常に興味深く、日本のメディアも報道していたが、なぜか大事な内容を書き漏らしたり、あるいは事実を隠したりしていた。 まず、1つめの会談を見てみよう。ラオスのビエンチャンで開催中のASEAN外相会議に出席したアメリカのケリー国務長官は25日、中国の王毅外相と会談した。南シナ海をめぐる仲裁裁判所の判決後、初めての米中外相の会談であったが、ケリー長官が中国の主権主張を退けた仲裁裁判所の裁定を遵守するよう要求したのに対して、王外相は裁定を拒否する中国の立場をあらためて伝え、南シナ海問題へのアメリカの介入を牽制した。 日本のメディアが伝えたのは、ここくらいまでだった。しかし、大事な内容が報じられなかった。中国メディアの「新華網」(2016年7月26日付)は、会談の中身をこう伝えた。 「ケリー国務長官は中国とASEANが関連の共同声明を発表したことを歓迎し、米国側は南中国海の仲裁結果に対し立場を持たず、中国・フィリピンによる二国間対話の再開を支持し、仲裁案というページを速やかにめくり、南中国海情勢の温度を下げさせるべきだとの見方を示した」 中国にとって都合のいい表現が織り込まれてはいるが、ポイントは「米国側は南中国海の仲裁結果に対して立場を持たない」というケリー国務長官の意思表明である。これは作り話ではなく、事実である。アメリカが中国に譲歩したと見られる。 2つめの会談は、習近平国家主席とライス大統領補佐官の間で行われた。7月25日、習近平国家主席は訪中したライス大統領補佐官と会い、「互いに核心的利益を尊重しなければならない」と述べ、南シナ海問題で譲歩しない立場をあらためて表明した。一方で、「中国は国際秩序と規則に挑戦する意図はなく覇権は求めない」と強調した。 ここのポイントは、「中国は国際秩序と規則に挑戦する意図がない」という習近平の意思表明である。外交上の策略であるかもしれないが、いままで習近平はどんな場合でも、このような言葉を一度も口にしたことがない。言い換えれば、「中国はアメリカをはじめとする国際秩序と規則に挑戦する意図がない」という意思表明であり、中国も一歩下がったと解することもできよう。 仲裁裁判所の裁定が出てから、米中関係はさらなる緊張が高まることもなく、逆に歩み寄りそうな言動が見られた。全面対決はアメリカの国益に背くことになるからであり、また、オバマ政権の終わりが近づき、アメリカ人の関心は南シナ海ではなく大統領選挙に注がれている。こんなときに戦争を発動することは考えられない。 加えて、仲裁裁判所の裁定はアメリカにとっても不利な影響が広がる恐れがある。今回の裁定は国際法上の「島」の要件を厳格化した。裁定は、島で人間集団が安定した共同体(コミュニティ)を維持できることや、外部に依存しないで経済的生活が保てることなどを要件として示した。 ただし、この基準を敷衍(ふえん)していけば、アメリカにとっても厄介なことになるかもしれない。中国メディアは専門家の話を引用して、「アメリカには『島』と呼ばれる領地が多くあるが、この基準で認定すれば島とは呼ばれなくなり、ただの岩礁にすぎないことになるケースが出てくる」と報道している。東京都小笠原村の沖ノ鳥島=2005年4月 日本にしても、すでに国内で議論されているように、日本最南端の沖ノ鳥島の法的地位が揺らぎ、EEZ(排他的経済水域)の設定などが難しくなるだろう。だから、アメリカは、南シナ海の仲裁結果について立場を持たないと言って、曖昧な態度を示したのである。 中国にもいくつか譲歩の姿勢があった。外電には、仲裁裁判所の裁定が出る前日に、中国は南シナ海のウッディ(永興)島に配備された地対空ミサイル「紅旗(HQ)9」を本土に移動させたという報道があった。 また、中国とASEAN外相会議の共同声明では、関係国がこれから無人の島、礁、浅瀬などでの入植をいっさいしない義務が定められた。もちろん、これは主に中国を制約するものだ。むしろ危ないのは日中の衝突 次の章で詳しく触れるが、南シナ海が紛争・戦争状態になることでもっとも困るのは、中国である。海上輸送が封じられると、中国経済は計り知れない損失をこうむるからだ。そのため、仲裁裁判所の裁定以降、中国は南シナ海で目立った活動はしていない。 その裏で、アメリカをはじめとする欧米世論への対策、ASEANの切り崩しなどを静かに進めているのである。G20首脳会合で中国の習近平国家主席(右)と 握手する安倍首相=2016年9月4日、中国・杭州むしろ危ないのは日中の衝突 2016年8月に入ってから、東シナ海では日本と中国の関係が急変し、日本のマスコミが頻繁に「中国船侵入事件」を報道するようになった。「産経新聞」(2016年8月9日付)は次のように伝えた。 「中国の公船が尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領海への侵入を繰り返していることに対し、北京の日本大使館の伊藤康一公使は8日『現場の緊張をさらに高める一方的な行動』として、中国外務省に抗議した。日本大使館が明らかにした。中国の公船と漁船が尖閣諸島周辺の接続水域や領海での航行を活発化させた5日以降、北京の日本大使館から中国側への抗議は4日連続」 2012年9月、日本政府は尖閣諸島(中国名は釣魚島)を国有化した。中国側は再三にわたって日本政府にこの「誤った」決定を撤回するよう求めた。そして、日本側が「島に上陸しない」「島の開発はしない」「海洋調査は行わない」という3つのことを守れば、中国は日本の国有化を黙認してもいいという秘密交渉が行われていたとも囁かれた。 実際、日本はこの「3つのしない」に対しては、そのとおり実行している。一方で、中国政府は月に十数回も監視船、海警船および監視用の飛行機まで繰り出して、国土保全の意志がいかに堅いかを国内に示してきた。 しかし、2016年8月からはかなり違った展開となった。それは、これまで日中双方にあった暗黙の了解が破られたことを意味する。 まず、船の量だ。中国が尖閣諸島の周辺海域に漁船約230隻を集結させた。これは過去の最大規模の集結より2倍も多い数であった。加えて、日本領とされる水域にまで入ってきたのである。これまでは中国漁船が入ったことはあるが、監視船などの公船が入ったのは初めてだという。 なぜ、中国は、日本に対して急に強硬な態度をとるようになったのだろうか。 日中両国のマスコミには、それを分析した記事が多い。安倍晋三政権が右翼思想の稲田朋美氏を防衛相に起用することへの反発との説もあれば、公船によるパトロールの常態化を強化し、世界の目を南シナ海の紛争から東シナ海に逸らす狙いだという説もある。日中戦争はいつでも起こりうる 筆者は、南シナ海問題でアメリカに追随する日本に対する報復措置という面が強いと考えている。中国では、日本は部外者だという認識であり、それだけに余計な口をはさんで中国の邪魔をする日本を憎む気持ちが強い。 中国政府は、仲裁裁判所の裁定について、「一部に事態をかき乱そうとする者がいた」と強く主張している。2016年7月25日、岸田文雄外務大臣と中国の王毅外相が会談を行った際、王毅は「これ以上介入を続ければ、別の意図があると証明することになる」などと高圧的な態度を見せたという。中国政府の日本に対するいらだちは、日本人が思う以上に強い。南シナ海の南沙諸島で訓練する中国人民解放軍の海軍兵士日中戦争はいつでも起こりうる 中国の国際問題専門家(シンクタンク)は、中国のアジア政策を「穏北、保東、争南」という言葉で説明している。以下、それぞれの説明である。 ・穏北:北とは朝鮮半島を指し、バランスをとりながら韓国と北朝鮮との外交を展開する。「穏」は安定化を図るの意である。 ・保東:東とは釣魚島(尖閣諸島)と台湾を指し、それを奪回することが目標である。「保」は取り返すの意である。 ・争南:南とは南シナ海を指し、国益を確保しながらも、ASEAN諸国にも利益を残す。「争」は交渉するの意である。 中国最高指導部は、外交政策を調整しながらアジア各国や地域との関係を維持している。上層部の詳しい情報は知らないが、前記のシンクタンクの考え方はかなり反映されていると思われる。 1つの裏づけがある。中国外務省はいま、多くの場で南シナ海を「共同家園」(皆の家)と呼ぶようになった。たとえば、2016年3月8日に第12期全国人民代表大会第4回会議が開かれ、王毅外相が記者団の質問に答えたとき、彼は、「南シナ海は中国と周辺諸国の『共同家園』だ」と語った。 一方、東シナ海や釣魚島について「共同家園」という言葉が使われることはない。これからも使わないだろう。なぜなら、取り戻さなければならないからだ。 こうした中国の対外政策の違いからすると、紛争や戦争が起こる可能性があるのは南シナ海よりも、むしろ東シナ海をめぐる日中間のほうだと考えられる。 香港・台湾の軍事専門家には、次のような中国の戦略シナリオを描く人が多い。 尖閣諸島所有権紛争でアメリカを介入させないように、中国はまず海上武装警察という準軍事力を使うだろう。海上武装警察の海警船には銃器・火砲などの武器が装備されているので、戦闘力が結構ある。このままでは日本に勝ち目がない 中国側はしつこく挑発し続けるが、第一砲は撃たない。そして日本側から攻撃を受けたら、ただちに全面的に反撃に出る。もし、日本の海上自衛隊が出動したら、中国の正規軍も登場する。中国はあくまで「応戦」という形をとるから、アメリカが出にくくなる。 戦いは一進一退すると思われるが、日本政府が尖閣諸島の領有権について双方が係争中であることを認めれば、中国は撤退していく。領有権交渉の余地が出てくれば、第1戦の目的は達成される。これで将来、島を取り戻す正当な理由ができるからである。いつかアメリカと日本の軍事同盟の関係がゆるみ、隙間ができるのを待って、この理由をもって島を奪回することができる。 日本メディアのなかにも、中国軍事専門家たちの作戦シナリオの実効性を認める見方がいくつかある。日本のあるメディアは、次のように指摘する。 現在、海上警備では日中間のパワーバランスが崩れはじめている。1000トン級以上の船艇の数が日本の倍にまでになるなど、中国の優位性がかなり目立つようになってきた。 2016年1月1日現在、海上保安庁は合計454隻の船艇を保有している。2013年前後には海上保安庁が保有している1000トン級以上の船艇は中国より多かったが、中国が急速に保有数を拡大して逆転した。2014年は日本54隻に対して中国82隻、2015年は日本62隻に対して中国111隻と、驚くべき伸張ぶりを見せた。 2016年以降は、その開きがさらに大きくなると予測される。このままでは日本に勝ち目がなくなることは明らかであろう。訓練のため南シナ海を航行する中国初の空母「遼寧」(右中央)=1月2日 しかし中国の官製サイトには、海上警備では日本の実力のほうが中国をはるかに超えていると紹介する記事もある。そのきっかけは、2016年8月11日に尖閣沖で中国漁船がギリシャ船籍の貨物船と衝突し、海に転落した漁船の乗組員6人が日本の海上保安庁の巡視船によって救助されたという事件だった。 中国公船の救助対応が遅かったため、中国のインターネットでは「肝心なときにどこへ行った」など、海警局を批判する書き込みが相次いだ。中国官製サイトはこの件についての記事を発表したが、それによると、海での上空パトロールや海難救助について中国と日本ではかなりの差がある、ということだった。 中国では海上警備や漁業保護にあたっては、海監、漁政、海事、税関、公安、国境警備隊など複数の管理部門がそれぞれ行っているが、職権の範囲が曖昧なために、公務執行上、多くの支障が生じている。職責不明で放任のままということである。2013年にはこれらの部門を1つに統合するという中央政府の決定がなされたが、いまだにばらばらで1つになっていない。 要するに、命令系統や設備などがまちまちで、実力は想像以上に乏しいということであった。中国の軍事専門家の分析 一方、中国の軍事専門家たちは、米中衝突よりも日中での紛争・戦争の確率がかなり高いと見ている。いつでも不測の事態が起こる恐れがある、としている。 その理由として、日中間では、米中のような危機管理連絡メカニズムが1つもできていないということである。日中間では海空連絡メカニズムの構築について数年にわたって協議されているが、いまだに合意には至っていない。その裏には、相互不信のために日中首脳会談がほとんど行われていないという重大な事情があげられよう。海上自衛隊が東シナ海で撮影したルーヤンII級 ミサイル駆逐艦=12月24日(防衛省提供) 2016年8月15日付の「産経新聞」は、中国の海洋戦略を研究するアメリカ官民の複数の専門家の見解を紹介した。それによると、2016年8月に中国が見せた動きは、尖閣の奪取にとどまらず、東シナ海全体への覇権を目指す野心的目標への新展開だと見ている点で、ほぼ一致しているという。 「中国の最近の尖閣海域での動きは明らかに日本を威圧する作戦の新たなエスカレーションであり、日本を領土問題での2国間協議に引き出すことが当面の狙いだろう」 アメリカ海軍大学の中国海洋研究所のピーター・ダットン所長はこう述べたうえで、「米国の当面の役割は軍事衝突を抑止することだ」という表現で、現在の尖閣情勢が軍事衝突に発展する危険性が高いことを示唆した。 日中の軍事的な衝突の可能性は、ますます現実味を帯びてきているといえるだろう。

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    習近平の権力闘争、経済停滞 中国の混乱が止まらない

    邱海涛(ジャーナリスト)はじめに《徳間書店『中国大動乱の結末』より》 ここ数年、日本では中国の報道について、かなり悲観的なものが目立つようになってきた。経済の落ち込み、南シナ海をめぐるオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の裁定、国内の権力闘争など、さまざまな問題が取り沙汰されている。 一方で、「AIIB(アジアインフラ投資銀行)の加盟国が100カ国まで増えそうだ。中国が世界経済を制する」という報道もあれば、「AIIBはうまくいっていない。確実に失敗する」というものもある。その時々や立場によって、かなり論調が異なるものも多い。はたしてどちらが正しいのか。 筆者の実感では、日本の中国報道については、そのとおりであるものもあれば、現地の実情からしてかなり誇張されているものもある。 逆に、中国ではあまりネガティブな報道はされない。報道規制で報じられないようなニュースもある。とくに官製報道は、中国の国民もそれほど信用していない。米大統領選後の11日、北京の人民大会堂で、孫文の生誕150周年の式典で講演する習近平国家主席。 たしかに、中国は大きな転換点を迎えようとしている。さまざまな矛盾が顕在化し、混乱もあちこちで起こっている。それだけに情報が入り乱れるのも無理からぬ話なのだろう。 本書は、筆者が目にしている中国の国内事情、国内メディアや香港メディアの報道、日本のニュースなどとも照らし合わせながら、中国の現状を分析し、今後を予測したものである。 さまざまな中国報道でも、内外で一致しているのが中国経済の落ち込みについてである。国内は経済の減速がますます目立つようになり、輸出入も低下の一途をたどっている。とくに輸出の落ち込みは深刻で、中国の税関当局が2016年10月13日に発表した9月の貿易統計は前年同月比の10%減で、6カ月連続で前年を下まわった。 中国政府もこれ以上の経済停滞を避けるべく、さまざまな手を打っている。国内では「城鎮化」という農民政策、対外的には「新シルクロード構想」(一帯一路)やAIIB、あるいは高速鉄道の海外輸出など積極策に出ている。2015年にはインドネシアの高速鉄道建設において、中国が日本に競り勝って受注した。ただし、この高速鉄道については、うまくいっていないという報道が日本でさかんに出ている。 はたして、これらの経済政策は、今後、うまくいくのだろうか。今後の中国経済に明るい展望があるのか否か。 また、2016年6月には仲裁裁判所が、中国が主張する南シナ海の領有権について「歴史的根拠なし」という裁定を出したが、これによって中国はどこまで追いつめられているのか。しかも、仲裁裁判所に提訴したフィリピンでは、ドゥテルテ新大統領が選ばれてから急速に中国への接近が進んでいる。このようなきわめて流動的な国際情勢は、どう見るべきであろうか。中国はアメリカとの衝突を想定しているのか。加えて東シナ海では日本に対して何をしようとしているのか。 さらに混沌としているのが中国国内の権力闘争である。反腐敗運動をてこに、習近平主席はかなりの領域で権力を掌握したと思われるが、2017年秋の中国共産党第19回全国代表大会(党大会)に向けて、はたして思いどおりに改革が実施できるのだろうか。政局が逆転する可能性はないのだろうか。 本書では、こうした複雑かつ情報が錯綜しがちな問題について、中国国内で入手した情報も交えながら論評を加えている。 筆者は仕事の関係で、長年、日中の間を行き来し、両国の国柄から民族性、政治、社会制度などの違いについては、よく知っているつもりである。それだけに、日本人が中国の何に関心があるのかということも理解しており、それを誇張なく正確に伝えることができるとも自負している。 本書が読者の中国理解、現状把握、そして未来分析に役立てば本望である。 2016年10月中旬 邱海涛

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    実は身近にいた中国共産党スパイ

    月刊『Voice』最新号に掲載された。執筆した作家、拳骨拓史氏によれば、日本国内には現在、5万人もの中国共産党員が滞在し、工作活動を展開しているという。わが国に根を広げる中国共産党の情報網。隣のスパイにくれぐれもご用心を。

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    中国の独裁体制崩壊を見据えた習近平の野望

    丹羽宇一郎(公益社団法人日本中国友好協会会長)「両刃の剣」の留学生 習近平は「欧米の風俗、価値観に感化された人びとが指導層に増えてくると、中国本来の美点が失われる。留学生を早期に戻すといったコントロールが必要だ」と言ったとされる。 もともとアメリカなど、人権意識の高い国々に多くの留学生を送り込むのは、中国の指導者層にとって「両刃の剣」の側面がある。米大統領選後の11日、北京の人民大会堂で、孫文の生誕150周年の式典で講演する習近平国家主席(ロイター) 先端技術などを学び、中国に導入するためには必須となる海外留学だが、中国社会の異質ぶりに気づいて帰国しなくなるケースも少なからずある。技術の蓄積のためにはある程度、目をつぶっていたのだろうが、すでに許容範囲を超えてしまったのかもしれない。 国民の基本的人権を抑圧する国家は、長い目でみれば必ず衰退していく。恐怖政治を強いた独裁国家がいずれ滅んでしまうことは、歴史が証明している。世界に受け入れられないというだけでなく、優秀な人材が母国から流出してしまうからである。中国に戻りたがらない留学生が少なからずいるという現実に、その兆候が表れている。 留学経験のある優秀な科学研究者が、中国の技術力底上げのカギを握ることは間違いない。たんに処遇を手厚くするだけではなく、個人の自由をある程度認めなければ、簡単には中国に戻ってくれなくなる。 そのことは指導部も、十分にわかっているだろう。実際、若い世代のリーダーほど国民の声をもっと尊重しなければいけないという思いは強い。ということは、民主化は中国の未来にとって必須の課題ということだ。留学生をはじめとする人材確保という問題がきっかけとなって、中国は徐々に新しい方向へ変わっていくのは必然の流れだろう。少数民族や人権活動を弾圧少数民族や人権活動を弾圧 中国ではチベット族、ウイグル族などの反政府・分離独立運動が続いており、これに対して中国当局はアメとムチを基本としながらの弾圧政策をとっている。 チベット自治区では抑圧的な統治に対する僧侶らのデモが以前から繰り返され、抗議の焼身自殺による死者は2009年以降で120人を超えている。ウイグル族への圧政は苛烈を極め、頻繁に起こる自爆テロや暴動に対する当局の弾圧と鎮圧が続いている。 習近平政権発足後は、反スパイ法や国家安全法、反テロ法などを次々と施行し、記者や人権活動家への圧力を強め、言論・報道統制も厳しくなった。2015年7月には、公安当局が北京、上海、広州など中国各地で、人権派弁護士や人権活動家ら100人以上を拘束したほか、メディアや非政府組織(NGO)に対する規制も強化されている。 中国ではかたちのうえでは三権分立をとっていても、実態としては裁判所に司法権はなく、中国共産党の政法委員会が実質的に判決を下す。「審議する者は裁かず、裁くものは審議せず」という言葉が不文律として定着している。 アムネスティ・インターナショナルによれば、2015年には、世界で少なくとも1634人の死刑が執行され、前年比で五割以上増えた。中国では死刑に関する情報が公開されていないため、この数字には含まれていないが、アムネスティは「世界で最も死刑執行が多い国は依然として中国」と指摘し、2015年には数千人が処刑されたと推定している。 アメリカなどの欧米諸国は国連人権理事会で、習近平体制下での人権活動家の拘束、インターネット利用の制限、少数民族への弾圧などを指摘して、「集会、結社、宗教、表現の自由」などを抑圧する政策をとっていると中国を非難している。 国内の反体制派とその家族、友人らに対する拘束、監禁、拷問などの人権侵害の指摘について、中国側はそのたびに否定しているが、国内に急速に民主主義的な価値観が広がることを警戒していることは確かだろう。 あるいは香港では、トップの行政長官選挙(2017年実施)で、中国政府が自由な立候補を阻はばむ選挙制度を決めたことに対する大規模な民主化要求運動が2014年9月に起こった。警察の催涙スプレーに民主派のデモ隊が雨傘を開いて対抗したことから、「雨傘革命」と呼ばれた。 歩み寄りの姿勢を見せない中国政府を欧米諸国は批判したが、民主派への妥協は中国本土の反政府運動や分離独立運動に飛び火しかねない。今後も時が来るまで政府が決定を撤回することはないだろう。従来の民主主義国は教訓にならない従来の民主主義国は教訓にならない 人権問題も含めて中国が民主化、あるいは民主主義体制に移らないかぎり、中国の存在は国際社会の脅威となる、そんな指摘を少なからず耳にする。 現在の中国について、元北京市長で中国の最高指導部たる中央政治局常務委員の王岐山とは、互いの立場を離れて一対一で議論したことがある。私が「現在の中国は日本を含む先進国の資本主義や民主主義を学ぶべきだ」と話したところ、王岐山は「それはちょっと違う」と異論を唱えて、おおよそ次のように語った。「民主主義的資本主義体制にある先進国の教訓は、中国にはそのまま教訓にならない。中国はこれだけの巨大な人口を抱えている。いままでの資本主義社会は、せいぜい数億人の規模にすぎない。そういう国の資本主義、民主主義体制と、14億人の民主主義体制はまったく違う。経済の規模、深さ、あらゆる意味で同じことをやって統治ができるとは思えない。この巨大な国を、雇用から環境問題まで、すべての面にわたって多数決の民主主義で統治することができるだろうか」 アメリカやユーロ圏の人口は3億人、日本は1.2億人。それに対して人口14億人、92%の漢民族と55の少数民族を抱え、日本の25倍以上の国土を持っている中国で、どうすれば自由と民主主義を実現できるのか、という問いである。アメリカや日本の例は、参考にはなっても教科書にはならないという。私は、彼の意見に一定の説得力があることを認める。 たとえば、全人代(全国人民代表大会)に所属する3000人の議員が、いかにして日本やアメリカのように熟議を尽くして審議していくのか。全員が議論して多数決で決めることなど、とうてい無理だ。ある程度、民主的な手続きを飛ばした独裁的な決定がなければ、何も決まらないだろう。習近平国家主席が大型画面に映し出された全人代=北京の人民大会堂(共同) 国家の統一が担保されなければ、その国の発展も繁栄も安定もない。そう考えると、現在の経済力の下での国家体制を考えるかぎり、中国という巨大な国家を統治するには、共産党の一党独裁以外の選択肢は考えられないのではないか。 もちろん、言論弾圧や人権侵害は厳しく批判されてしかるべきである。しかし、欧米と同じ民主主義体制では14億人の民を統治することはきわめて難しいというのが、長年のあいだ中国とつき合ってきた私の実感でもある。にわ・ういちろ 公益社団法人日本中国友好協会会長 1939年、愛知県生まれ。前・中華人民共和国駐箚特命全権大使。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。98年に社長に就任すると、翌99年には約4,000億円の不良資産を一括処理しながらも、翌年度の決算で同社の史上最高益を計上し、世間を瞠目させた。2004年、会長就任。内閣府経済財政諮問会議議員、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任ののち、10年、民間出身では初の駐中国大使に就任。12年の退官後も、その歯に衣着せぬ発言は賛否両論を巻き起こす。現在、早稲田大学特命教授、伊東忠商事名誉理事。著書に、『中国の大問題』(PHP新書)など。関連記事■ 丹羽宇一郎が語る、人類と地球の大問題■ なぜ中国はいつまでも近代国家になれないのか?■ 中国が仕掛けるオンナの「歴史戦」に断固対抗せよ

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    日米同盟の分断を目論む中国の挑発を止めろ!

    鈴木馨祐(衆院議員) 中国海軍とロシア海軍の艦艇が、我が国の尖閣諸島の接続水域に侵入したということです。領海内ではないとはいえ、極めて憂慮すべき事態であり、厳重な警戒が必要です。これは当然のことながら偶然やミスではなく、意図的な行動と考えなければなりません。米軍機への中国軍機の異常接近なども発生していたことを考えれば、考えられる背景としては次のようなものかと思われます。南シナ海の西沙諸島付近の海域で実弾演習する中国海軍=7月8日(共同) まず第一に、アメリカにおいて大統領選挙の構図が固まる中で、またいわゆる「トランプ現象」で明確となったアメリカ国民の間で強まりつつある孤立主義的傾向というトレンドの中で、アメリカのアジアへのコミットメント、日米同盟へのコミットメントを試す動きというものです。 中国にとっても、ロシアにとっても、アメリカが東アジアで軍事的な影響力を維持することは、非常に邪魔なことです。アメリカとそのアジアにおける最大の同盟国日本の関係を揺さぶり、またアメリカの地域における影響力を長期的に低下させることが、中国、ロシアにとっては最も望ましいシナリオです。 その一番のテストケースが尖閣諸島であり、またおそらく台湾海峡の問題ということになります。中国とロシアが連携しているのか否かはわかりませんが、少なくとも中ロ両国が、「共通の利害」を持っているということは客観的に見て妥当な分析だと思われます。 そして、第二に、南シナ海については「航行の自由」などの観点から、伊勢志摩サミットでも大きな議題となり、その他の国際会議でも議論され、国際社会全体として、問題認識を共有してきているますが、一方で東シナ海の問題がその陰に隠れてしまって国際社会での問題認識の共有ということでは一歩遅れを取ってしまっているという点があるのではないかと思われます。挑発をエスカレートさせる中露 国際法的には南シナ海以上に東シナ海の状況のほうが明確で、日本の中間線の主張に100%理があるが故に、そして実効支配を日本がしているが故に、日本は国際社会で問題が存在していないという立場を取り続けています。実際、日本政府として国際社会に対しても、南シナ海の問題に言及することのほうが多いかもしれません。 その結果として、私も最近いくつかの国の高官・トップリーダーと話す機会がありましたが、日本以外の国においては、南シナ海の問題のほうが東シナ海の問題よりもはるかに認識されていて、「東シナ海については、日本もあまり一生懸命主張していないので問題が深刻ではないのだろう」といった誤解が生じてしまっている現実があります。その間隙をついて、中国やロシアが今回の行動を起こした可能性が高いと思われます。 このような背景で引き起こされた今回の事案ですから、おそらくこれから、中国やロシアはさらに挑発行為をエスカレートさせていく可能性が高いと言わざるを得ません。 中国の艦艇が領海内に侵入する、あるいは民間人が尖閣に上陸するといった挑発行為が今後起こる可能性が高まっているという認識の下で、日本としても、あらゆる可能性に対応できるよう、自衛隊・米軍の警戒レベルを上げ万一の時の対応ができる体制を作っておくというハード面、万一の場合に対応できる法的整備と世論形成、トップリーダーの覚悟といったソフト面、その両面での備えを強化することが必要です。 「太平の眠りを覚ます蒸気船」ではありませんが、米国の動向も世界的に注目される中で、国際社会との連携強化とともに、われわれ日本人が日本の国を海外の侵略的行動から護るということを真剣に考えるきっかけにせねばならないくらい深刻な事態、それが今回の中国海軍の艦艇の初の尖閣諸島接続水域侵入事案なのではないでしょうか。(鈴木馨祐公式ブログ 2016年6月9日分を転載)

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    仲裁裁判所判決を「紙くず」 無法中国への最大の反撃

    櫻井よしこ(ジャーナリスト)国際法を巡る闘い中国、完全敗北(7月13日付産経新聞1面) 国際法を守る陣営と国際法を破る陣営との闘いが始まった。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の判決が斬り出して見せた現実である。同裁判所は七月十二日、南シナ海での中国の無法な主張や行動について、中国の主張をほぼ全面的に退ける裁定を下した。 当初から中国にとって不利な判決になろうことはある程度、予測されていたが、仲裁裁判所は現在できうる限り最大限に踏み込んだ判決を示し、中国が独自に設定し、領有を主張してきた「九段線」について、「法的根拠なし」と断じたのである。 これにより、中国が南シナ海の全域にわたってその領有を主張する根拠はすべて崩れ去った。中国の完全なる敗北である。 フィリピンが仲裁裁判所に仲裁申し立てを行ったのは、二〇一三年一月だった。国際海洋法裁判所や国際司法裁判所と異なり、仲裁裁判所は相手方の当事国が提訴に応じなくとも手続きを進めることができる。中国は、これに反発した。 「当事国同士の協議で解決すべき」「仲裁裁判所にこの問題を扱う権利はない」と主張して、彼らは昨年十一月の口頭弁論にも参加しなかった。一方、フィリピン側は中国の活動に関して十五の申し立てを行い、一万ページにもわたる資料を提出して裁定に臨んだ。 裁定は、前述のように中国側の言い分をすべて退けるものだった。内容を要約すると、以下のとおりだ。 ①中国の主張する「九段線」に国際法上の根拠なし ②中国が埋め立てた人工島は「島」ではなく「岩」であり、排他的経済水域や大陸棚の権利は主張できない ③スプラトリー諸島には国際法上の「島」は存在せず、岩にどのような構築物を建設しても領海や領空は生じない ④中国の埋め立てや中国船による漁業が、周辺海域の生態系を破壊している ⑤中国船がフィリピンの石油探索や漁業を不法に妨害している ⑥仲裁手続きが始まっているのに、なおも大規模な埋め立てや造成を行ったことを非難する 内容を見る限り、裁定はハーグ仲裁裁判所の固い決意を示している。それは国際社会は徹頭徹尾、互いに法に従い、法に基づく秩序によって治められるべきとする考えだ。中国のような“大国”が、国際法遵守という二十一世紀の人類のあるべき原理原則を破壊しようとしていることに対する警戒心、さらに憤りさえも垣間見せるものだ。中国は暴言吐いて猛反発中国は暴言吐いて猛反発 仲裁裁判で中国が一方的に造成した建造物等の取り壊しを求めなかったことに対し、一部からは「踏み込みが足りない」との指摘もあるが、取り壊しの指示に関しては仲裁裁判所の範疇を超えるものであろう。判決内容は、むしろ驚くほど踏み込んだものであり、裁判所はできうる限りの十分な裁定を下したと言うべきだ。 仲裁裁判所の裁定に異議を唱えることは許されておらず、これが最終決定であることも考えれば、裁定がいかに重大かつ決定的な意味を有することか、そのことの深刻さを一番よく理解しているのが中国であろう。 彼らは、当初から仲裁裁判による解決を拒絶しており、当然のことながら、この判決にも激しく反発している。中国外務省は十二日、「法的拘束力のない判決を受け入れることはない」 「中国の権利を著しく侵害した」とする声明を発表、中国政府も「南シナ海における活動は二千年以上の歴史がある」と主張した。 習近平国家主席も同日、EUのトゥスク大統領との会談で「裁定に基づくいかなる主張や行動も受け入れない」と述べた。中国政府は一体となって絵に描いたような横暴、法の理念を覆す発言を繰り返す。 七月十三日付の朝日新聞にコメントを寄せた北京大学国際関係学院の帰泳濤副教授は〈裁判で争う問題ではない〉と題し、次のように述べている。〈中国には、領土問題について歴史的に欧米主導の国際法体系から「被害を受けた」という潜在意識がある。中国は近代史の中で領土や権利を失ってきたが、いずれの場合にも条約があり、「合法的」とされてきた。既存の国際法が形成される過程で、中国の意見はほとんど反映されなかった〉 中国の強硬姿勢の背景にある思想が凝縮されているではないか。つまり現在の国際社会で遵守すべき国際法は、先んじて先進国となった欧米に有利な内容であり、後発の中国には不利なものだから受け入れないというのだ。 だが、中国は国連海洋法条約(UNCLOS)を批准した。批准したからにはそのルールを守らなければならないというのが、私たちの原理原則である。批准によるメリットを受けながら、一方で自国に不利な部分のみ無視する勝手は許されない。中国はそうした西側陣営の基本的価値に真っ向から挑戦しているのである。“無法者国家”そのもの“無法者国家”そのもの2010年10月、中国で拘束されていた社員が解放されたゼネコン「フジタ」の本社には多くの報道陣が集まった(松本健吾撮影) 中国との価値観の闘い、国際法を守る側と破る側との究極の対立は、しかしいまに始まったことではない。これまでも中国は、“無法者国家”の振る舞いを見せてきた。それが明らかになったのが二〇一〇年だった。 いまさら指摘するまでもなく、中国はWTO加盟国である。加盟国として中国は、海外からの投資をはじめ、多くのメリットを享受してきた。 にもかかわらず、中国は為替操作や鋼管にかけていた反ダンピング関税など、ルールを無視したWTO違反を繰り返している。 そうしたなかで二〇一〇年、尖閣沖中国漁船衝突事件のあと、中国は在中日本企業・フジタの職員を拘束しただけに留まらず、レアアースの禁輸を発動した。尖閣諸島は自国領だと主張する中国漁船が、海保の巡視船に体当たりで突っ込んできたうえ、船長を拘束した日本政府に抗議するために、事件とは無関係の企業社員を拘束し、加えて中国が独占しているレアアースの禁輸を宣言したのである。明らかなWTO違反である。 その時その時で、国際法など容易に破り捨てるのが中国である。事実、同件はのちに明確なWTO違反が確定している。 中国の利己主義は国際法違反の行為を生むだけではない。歴史の解釈にも同様の現象が生じている。中国が近現代において欧米先進国から被害を受けた、という被害者意識を強く抱いていることは、先述の北京大学帰副教授のコメントが示すとおりである。 中国は自身を被害者だと言い募るが、自身が加害者であることには口を噤んでいる。 チベットもウイグルも、もともと中国の一部などではなかった。それを力ずくで奪ったのが中国共産党である。もともとの民族の主張を尊重すべきだというのであれば、中国はチベットとウイグルの人々が有していた国土を放棄すべきであろう。 また、南モンゴル(現在の内蒙古自治区)は米英ソ三国のヤルタ会談で中国に属すると決められた。南モンゴル出身の楊海英静岡大学教授は、このヤルタ協定こそ、南モンゴル人の悲劇の元凶だと語る。仮に、中国が先んじて先進国となった国々のルールに異議申し立てをするのであれば、現在の内蒙古自治区の独立をも了承すべきだろう。 中国はしかし、そのようなことは決してしない。彼らは自国に都合の良いところだけをつまみ食いするように利用するだけである。「判決は紙屑」の横暴「判決は紙屑」の横暴 中国は文明国でもあり、文化大国でもある。私はそのような中国への尊敬も抱いている。しかし、共産党支配の中国の「法の支配」を否定する非常識は断固受け入れられない。 胡錦濤政権時代、外交の責任者だった戴秉国は、判決が出る直前の七月五日、アメリカのワシントンで行われた米国カーネギー国際平和財団と中国人民大学重陽金融研究院主催の南中国海問題対話の開幕式で講演を行った。 そこで「仲裁裁判所の判決は重大なものではない、ただの紙屑だ」と述べた。裁定後の七月十三日には中国の外務次官も同様の発言をしたが、戴秉国の講演は全体にわたって驚くべき暴言、虚言の連続である。中国外務省は戴演説の全文をホームページに掲載した。つまり、戴氏の暴言は中国政府の主張そのものだということだ。一部を引こう。〈南沙諸島の中国復帰は、(第二次世界大)戦後の国際秩序と領土の取り決めの一部であり、国連憲章など国際法によって守られている。 その後フィリピンやベトナムは中国の南沙諸島の一部の島や礁を不法に武力侵略・占領した。国際法に基づき、中国は自己保存権と自衛権を完全に有し、こうした島や礁を取り戻す能力もある。 だが中国は地域の平和・安定維持の観点から、長年高度の自制を保ち、交渉による平和的解決を探り続けてきた〉〈フィリピンが中国との南中国海紛争について一方的に仲裁を申し立てたことは、南中国海における関係国の行動宣言や、中国側との一連の二国間合意、および国連海洋法条約の規定に背き、始めから不法だ。 仲裁裁判所が近く示す裁定は紙くずに過ぎない。中国がこのような仲裁を受け入れず、いわゆる裁定を認めず、執行しないのは、国際法に基づき自らの権利を守ることであり、国連海洋法条約の完全性と権威を守ることでもある〉〈近代以降、中国は西側列強にさんざん虐げられてきた。これは中国人の記憶に新しい。中国が領土主権の問題における命運をしっかりと自らの手に握り、いかなる第三者の解決案も断じて受け入れないのはこのためだ。当面の急務は、いかなる挑発的行動も取らないようフィリピンを厳しく制約することだ〉〈中米は世界最大の発展途上国および最大の先進国として、世界経済の発展、国際平和・安全の維持などの面で一層の共同責任を担っている。中米は共に知恵と先見性に富む偉大な民族だ。共通利益の観点から、相互尊重を堅持し、率直で誠意ある意志疎通を行ないさえすれば、双方は溝を適切に管理・コントロールし、協力のチャンスを見出すことが必ずできる〉(人民網日本語版、二〇一六年七月七日付記事より) 驚くべきことに、「仲裁を受け入れないことこそが国連海洋法条約を守る態度である」と述べているばかりか、「いざとなれば力尽くで島や礁を奪い返すだけの力はあるのだ」と誇示しているのである。 さらに西側に虐げられてきたとする被害者、後進国としての主張と、米国と並ぶ大国になったという二つの立場を使い分けながら、〈中国の平和的台頭及び覇権争いをしない戦略的意図を明確に認識〉するようアメリカに要求している。中国の身勝手なダブルスタンダードが鮮明に読み取れる。戴秉国とヒラリーの蜜月戴秉国とヒラリーの蜜月2009年7月、米ワシントンで「戦略・経済対話」を終えた中国の戴秉国国務委員(左)とクリントン国務長官(ロイター) この発言が、戴秉国という人物のものであることは大いに注目すべきだろう。戴秉国は、キッシンジャー時代からアメリカの政治家たちの心を掴んできた人物だ。 キッシンジャーはヒラリー・クリントンが国務長官になった際、戴秉国は〈中国政府高官の中で、最も開放的で魅力的な人物の一人〉とわざわざ申し送りをした、と彼女の著作(原題『Hard Choices』、翻訳版は『困難な選択』日本経済新聞出版)に綴られている。 本書に描かれた戴秉国とヒラリーの関係は、これ以上ないほどに親密である。ヒラリーと各国とのかかわりが一章ずつ記されているなかで、日本については「アジア」とまとめられた章のなかでわずかに触れられたのみである。対して、中国については「中国」 「北京」と二章割かれており、その中心人物が戴秉国である。〈私と戴秉国は即座に意気投合し、その後何年にもわたって多くを語り合った。彼は時折、米国がアジアでやる何もかもがいかに間違っているかを、皮肉たっぷりに、しかしつねに笑みを浮かべながら懇々と説いた〉〈まだ出会ってすぐのころ、彼(注・戴秉国)はまだ生後間もない女の子の小さな写真を取り出して、「私たちはこの子のために、こうしているのですよ」と言った。その思いに私は共感した。(中略)この情熱の共有が二人の揺るぎない絆の中心にあった〉 国務長官まで務めたアメリカの政治家、それも大統領候補として最も有力視されている人物が、中国の政治家に対してこれほど入れ込んで、はたして大丈夫か。そう思わせる表現の連続だ。戴秉国との面会時の写真を口絵に掲載するほどの惚れ込みようなのである。 ヒラリーにここまで信頼を抱かせる「開放的で魅力的」な人物が、国際法に基づく裁定を「紙屑」と呼んで憚らないこのギャップを、私たちはどう考えるべきだろうか。「中国はもとよりそのような国だ」と言うだけで終わりにはできない。 中国はアメリカの政治状況を見ているのだろう。レームダック化したオバマ大統領はもとより、大統領選のさなかでアメリカが活発に動くことができない現状で、中国が強く出たとしてもアメリカは実行力を伴う行動には出られまい──。そう睨んでいるのではないか。 いまはむしろ強く出て押し込んでおき、新政権ができたら対話に応じてほんのわずかな譲歩の姿勢を示す。そうして「話の分からない中国ではない」と印象づけ、責任ある大国としての姿勢を強調し、米側の新政権に「中国の譲歩を引き出した」とのお土産を渡す算段ではないだろうか。中国が考える「次の手」中国が考える「次の手」 むろん、その譲歩は、南シナ海一帯をわがものとする中国にとってはもはや痛くも痒くもない程度のものに留まるであろう。現在の言動は、その効果をより大きく見せるための布石と見えなくもない。そう考えれば、現在の習近平政権の常軌を逸した強い反発も、戦略的な計算ゆえであると推察できる。 中国の横暴さに慣れてしまった私たちは、ともすれば「またやっている」「恥も外聞もない」と一蹴してしまいがちだ。なかには、「中国の暴言は中国の焦りだ」と見る人もいる。中国が焦るのは当然としても、その先に日本もアメリカもアジア諸国も何をすべきかを考えなければならない。中国が焦っているとして、こちら側が優位にあるなどと安心するのではなく、中国の長期的・戦略的思考に備えなければならない。 情勢は、実は中国の思惑どおりに事が進むほど甘くはない。中国の南シナ海支配は外交問題だけではなく、内政や共産党内の権力闘争にも大きくかかわってくるからだ。仲裁裁判所の判決を「紙屑」とまで一蹴しておきながら、それを受けて習近平政権が退いたとなれば、習近平政権、ひいては共産党支配の正統性にかかわる問題となる。 南シナ海の問題は、国際世論と国内世論のゼロサムゲームになってしまっているのである。強く出て国内世論の支持を得れば得るほど、国際世論からの信頼を失う。中国自身が始めたこのゲームは、自らを縛ることにも繋がっている。 中国が南シナ海支配を目に見えて活発化し、行動に移し始めた二〇一四年早春以降、国際会議の場では中国への非難が相次いだ。顕著なのは毎年、五月末から六月頭にかけてシンガポールで行われるIISSアジア安全保障会議(通称・シャングリラ会合)である。 二〇一四年の第十三回会合では安倍晋三総理が基調講演を行い、中国の動きを次のように牽制した。〈世界が待ち望んでいるのは、わたしたちの海と、その空が、ルールと、法と、確立した紛争手続きの支配する場となることです〉〈南シナ海においては、ASEANと中国の間で、真に実効ある行動規範ができるよう、それも、速やかにできるよう、期待してやみません。 日本と中国の間には、二〇〇七年、私が総理を務めていたとき、当時の温家宝・中国首相との間で成立した合意があります。日中両国で不測の事態を防ぐため、海、空に、連絡メカニズムをつくるという約束でした。 残念ながら、これが、実地の運用に結びついていません〉 このように中国を名指しで批判し、法の支配に基づくアジア地域の繁栄を、と説いた安倍演説は、各国の安全保障担当者からスタンディングオベーションを以て迎えられる画期的なものだった。 これに対し、中国の王冠中人民解放軍副総参謀長は用意してきた原稿を脇に置いて、安倍総理と、同じく中国を牽制したヘーゲル米国防長官を「中国を敵視している」 「覇権主義と威嚇の言葉に満ちた非建設的な内容」 「(日本の)冷酷なファシスト的、軍事的侵略の復活を許さない」と猛烈に批判した。 さらには中国のやり方は平和的であり、周辺国と「ウィンウィン」の関係を保っていると断言。「南シナ海は二千年前から中国のものであり、現在の国際法が遡及できるものではない」と述べた。 王氏の演説はあまりに非論理的な内容で失笑を買ったものの、以来、中国は南シナ海について「二千年前からの領有権」をずっと主張し続けて今日に至る。米国が怠った初期対応米国が怠った初期対応 二〇一五年の会合では、中国の孫建国人民解放軍副参謀長が「武力では平和を実現できず、強権では安全を保証できない。ウィンウィンの関係が大事。中国は積極的に国際的な責任と義務を履行し、世界と地域の安全・安定の維持のなかで建設的な力を発揮している」と述べている。 さらに、シンガポールのリー・シェンロン首相に講演をさせる「代理戦争」を展開し、リー首相はなぜか歴史問題で日本を批判。過去を乗り越える必要があるとしたうえで、「米国と中国のどちらかの味方につくかを選びたいと思う国はない」としながらも、南シナ海問題は日本やアメリカなど第三国が介入するよりも、中国とASEANの「当事国が解決すべき」とアメリカよりも中国の思惑に沿った講演を行った。 そして今年のシャングリラ会合では、アシュトン・カーター米国防長官が〈中国がいまの行動を続けるなら、中国は孤立した万里の長城を築いて終わるだろう〉と厳しい言葉で中国を批判したうえ、公演中に「principle(原理・原則)を重んじよ」と三十七回も述べたのである。 これに対し中国側は前年同様、孫建国氏が登壇し、「南シナ海の問題は完全に解決されている」 「ウィンウィンだ」 「フィリピンの主張は国際法違反である」などと述べたうえ、アメリカを名指しはしないながらも「某国が南シナ海で『航行の自由作戦』を展開し、中国に圧力をかけている」などと述べた。 こうした中国の強気の姿勢とは裏腹に、今年はASEANの小国を含めて一国たりとも中国の味方をする国がなかった。ASEAN諸国はアメリカ側に付くとは明言しなかったけれども、開かれた海、つまり「航行の自由」こそが大切だと述べたのである。 それにしてもなぜ、アメリカは国際社会の常識である「航行の自由」をあえて声高に叫ばなければならない状態に至るまで、南シナ海における中国の一方的な暴挙を許してきたのか。 二〇一三年九月、オバマ大統領がシリアへの軍事的不介入を決めて「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言したことを契機として、中国は南シナ海での埋め立て、軍事基地の建設を活発化させた。ロシアもすばやく動き、シリア問題で巧みにリーダーシップをとった。この時、アメリカを軸に保たれてきた冷戦後秩序に異変が生じ始めた。パックス・アメリカーナの崩壊の始まりだったと言えるだろう。日本が先頭に立つべし日本が先頭に立つべし オバマ大統領の軍事的不介入政策を奇貨として、中国が南シナ海をわが物とする主張や行動を見せ始めたにもかかわらず、アメリカは初期対応を怠ったのである。南シナ海の南沙諸島で警備する中国人民解放軍の海軍兵士=1月(新華社=共同) 中国の埋め立て、軍事施設の建設がどうにも止まらない、もはや後戻りさせることなどできないことが明白になって、二〇一五年六月、オバマ大統領は初めて南シナ海の実情を、映像を通じて公表することを許した。世界は南シナ海がどのように中国の海と化しつつあるかを見せつけられて驚愕した。 アメリカは「航行の自由作戦」を展開すると宣言した。しかし米軍がスプラトリー諸島周辺にイージス艦・ラッセンを派遣したのは、それから五カ月も過ぎた昨年十月末だった。 米国は三カ月に一度、米艦船や航空機を南シナ海に派遣すると発表し、今年一月にはパラセル諸島にイージス駆逐艦カーティス・ウィルバー、五月に再びスプラトリー諸島周辺に米海軍のイージス駆逐艦ウィリアム・P・ローレンスを派遣した。七月には、空母ロナルド・レーガンが警戒監視活動を行った。 三カ月に一度の監視活動で、中国を抑止できるとは思えない。ただその一方で、アメリカは直接的な衝突を避けながら、中国を第一列島線内の行動に制限すべくオフショア・コントロール戦略を取っている。 これに対し、高い潜水艦技術を有する日本が協力できる部分は大きいのではないか。日本にはアメリカの基本戦略を支える行動と決断が求められるが、その第一は、軍事的提携のために警察力による南シナ海の秩序維持のための監視体制を支えることである。 二〇〇六年に作られた枠組みとして、「アジア海賊対策地域協力協定」がある。同枠組みはASEAN諸国に日米、韓国、オーストラリアなども加わった多国間の協力システムである。こうした枠組みをより強化する先頭に日本が立つのがよい。 日本はすでにコーストガード(沿岸警備)の分野では、フィリピンやベトナムに航空機の派遣や巡視船の無償供与など、多大な貢献を行っている。同じことは東シナ海でも同じことは東シナ海でも もう一点、日本が最も警戒しなければならないのが東シナ海である。南シナ海で起きることは、必ず東シナ海でも起きる。現に中国は、尖閣諸島の久場島周辺に海軍のミサイル駆逐艦を入れてきた。鹿児島の口永良部島では、同様のミサイル搭載のフリゲート艦が領海に侵入した。 軍艦が日本の接続水域や領海にまで入ってくるようになったことは、中国の対日戦略が新しい、より緊迫した局面に入ったということである。 南シナ海では警察力を主軸とする監視体制を強化するとともに、東シナ海も含めたアジアの海を守るために海保と自衛隊の協力、他国との共同パトロール体制も推進しなければならない。 なぜこのような防衛努力を日本がしなければならないか、なぜ日本が指導力を発揮しなければならないかは、アメリカをはじめとする国際社会が、かつてないほど孤立主義に向かっていることを見れば明らかである。 オバマ大統領の「アメリカは世界の警察官ではない」という宣言とシリアに対する軍事介入否定、それに続く南シナ海での中国に対する軍事介入の否定は、アメリカの孤立主義を際立たせる。こうしたアメリカの内向き志向は、トランプ氏によってさらに強調されつつある。 国際社会を広く眺めれば、アメリカのみならずEUからの離脱を決めたイギリスをはじめ、自国中心主義、孤立主義の連鎖が起こり始めている。 イギリスのEU離脱に追随するかのような動きが、マリーヌ・ルペン党首率いるフランス極右政党「国民戦線」をはじめ、オーストリア、ドイツ、ポーランド、チェコ、スロバキア、オランダなど多数の欧州諸国で見て取れる。 EUを離脱したイギリスの存在感が失われれば、英米を中心とするNATOの枠組みにも影響を及ぼすだろう。その時、ほくそ笑むのはクリミア併合などの動きに見て取れるように、「法を重んじない側」のロシアである。中国に“反撃”せよ! 日本は昨年夏に安保法制を通過させたが、国際情勢を見れば、それに続いて憲法改正を急ぐ必要がある。これからの国際社会では、警察力、軍事力の双方で多国間の協力システムが作られていくだろう。日本だけが「ここから先はできません」と憲法を理由に動かないわけにはいかない国際情勢が出現するだろう。何にもまして、東シナ海が危機に見舞われるとき、多国間の枠組みによって守られるのは日本である。米大統領選の結果を受け、トランプ氏について発言する安倍晋三首相=11月9日午後、首相官邸(斎藤良雄撮影) こうした軍事協力の枠組みを構築しながら、日本は二十一世紀の国際社会の価値観も、自信を持って提唱するのがよい。「法の支配のもとの繁栄」を謳いあげ、国際法に基づく国際秩序を守ることこそが二十一世紀の世界にとって何よりも重要だとの理念を、日本が先頭に立って説くのである。 これこそが、中国の覇権を支える「三戦」(心理戦、世論戦、法律戦)を逆手に取った、中国が最も苦手とする最大の“反撃”となるに違いない。さくらい・よしこ ベトナム生まれ。米ハワイ大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務、日本テレビ・ニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリストとして活躍。『エイズ犯罪血友病患者の悲劇』(中央公論社)で大宅壮一ノンフィクション賞受賞、『日本の危機』(新潮社)など一連の言論活動で菊池寛賞を受賞。近著に『日本の敵』(新潮社)、『戦後七〇年 国家の岐路―論戦2015』(新潮社)など。

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    【現地レポート】人民解放軍と習近平、軋轢の深層

    矢板明夫(産経新聞中国総局記者)軍の暴走が招いた“敗北” オランダ・ハーグにある仲裁裁判所は七月十二日、南シナ海を巡る中国の主張を全面的に否定する判断を出した。習近平政権は、外交上で大きな“敗北”を喫したといえる。中国が実効支配する南シナ海・パラセル(中国名・西沙)諸島のウッディー(永興)島=2015年10月(共同) この結果を招いたのは、中国海軍が強引に同海域に進出し、フィリピンやベトナムといったほかの国が領有権を主張する離島で、軍事拠点建設などを始めたことがきっかけだった。中国外交は後手となり、フィリピンが提出した仲裁裁判に対応できなかった。軍の暴走によって中国の国益が損なわれた構図といえる。 あるベテラン外交関係者は、こう証言する。「情報を共有せず、勝手なことばかりをする軍に対し、外交交渉の厳しい矢面に立たされる外交官たちは大きな不満をもっているが、文句が言える雰囲気ではない」 二〇一二年秋に発足した中国の習近平政権は、三十万人軍縮や軍の組織再編を実施するなど、軍の掌握に力を入れてきた。しかし、軍組織はバラバラとなって結束力が低下し、現場から指導部への不満も高まり、各部署は勝手な行動をすることが多くなったという。「改革は決して成功したといえない」と断言する軍関係者もいる。 南シナ海に限らず、最近は、東シナ海でも中国軍の艦船による尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖の接続水域への侵入や、中国軍機が空自機に攻撃動作を仕掛けるなど、日本に対する挑発も頻発している。これらの行動は、必ずしも軍中央から指示を受けていないという見方もある。利権拡大を目指す中国軍の現場を、中央がコントロールできなくなりつつあるようだ。四人の上将が揃い踏み 中国海軍は七月五日から十一日にかけて、南シナ海の西沙(英語名・パラセル)諸島付近の海域で大規模な実弾演習を実施した。仲裁裁判所が南シナ海をめぐる問題の裁定を示す十二日の前に、軍事力を誇示するとともに同海域への実効支配を国内外にアピールする狙いがあったといわれる。 演習には南シナ海の防衛を担当する南海艦隊のほか、ロシアや朝鮮半島方面を担当する北海艦隊、さらに日本や台湾方面を担当する東海艦隊からも複数の主力艦が参加し、計百隻以上の軍艦に数十機の航空機とミサイル部隊が、赤と青のチームに分かれる形で対抗演習を展開した。 赤は中国人民解放軍、青は米軍を想定しており、赤チームが守る海域に青チームが侵入を試みたが、空、海上、水面下でさまざまな打撃を加えられ、最後は赤チームが完勝するというシナリオだ。 国営中央テレビ(CCTV)記者は、昨年十二月に配備されたばかりの最新型のミサイル駆逐艦で、赤チームの指揮艦となった合肥艦に同乗。ミサイルや魚雷などを発射する場面を撮影したほか、同艦内に設けられた赤チームの司令部の内部の様子も伝えた。 司令部のなかには、海軍司令官の呉勝利氏、海軍政治委員の苗華氏、軍事委員会連合参謀部副参謀長の王冠中氏、南部戦区司令官の王教成氏の四人の上将が揃い踏み、海図を前にして相談しながら命令を出す様子がテレビの画面に映し出された。 中国軍の最高階級は元帥で、その次は大将だが、この二つの階級は日中戦争と国共内戦に参加した軍指導者、計二十人にだけ授与された。すでに全員が物故しているから、現在の実質的最高階級は上将だ。 日本メディアは、中国軍の「上将」を「大将」と訳す場合が多い。現役上将は約三十人いるが、軍組織各部署のトップやナンバー2などの要職を占めている。 中国の軍関係者は、「通常の軍事演習の最高指揮官は現場責任者の少将か中将が務める。上将が参加するのは極めて異例だ。しかも、四人もの上将が同時に第一線に出てくることはこれまでありえなかったことだ」と話した。 中国メディアは、四人の上将が肩を並べて陣頭指揮をとることを大きく伝え、党中央と軍本部が今回の演習を重要視している証拠だと強調した。 しかし、「船頭多くして船山に登る」という言葉があるように、四人もの軍首脳が同時に演習を指揮することに対し、軍関係者の間では「現場を困惑させるだけ」といった冷ややかな意見が聞かれた。「習近平政権による軍改革後の混乱ぶりを象徴している」と指摘する声もあった。騒然となった海軍人事騒然となった海軍人事 習政権は昨年末から今年はじめにかけて実施した軍改革で、長年、伝統がある軍中枢部門を構成する「四総部」と呼ばれた総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部を解体し、その機能を「連合参謀部」 「政治工作部」 「訓練管理部」 「国防動員部」など十五の部局に分散した。軍権を細かくわけることで、軍トップである習氏が全面掌握を進めたい狙いがあるといわれる。(AP) しかし、この改革の評判はよくなかった。「会社でいえば、四人の部長を全員解任して、社長が直接十五人の課長に指示を出すシステムになったようなもので、全体像が見えるのは社長一人だけとなり、現場は大混乱している」といった声が聞かれた。「演習に複数の上将が参加したのは、各部門の代表がいないと組織を動かせなくなった事情があるからだ」と軍事に詳しい中国人ジャーナリストは説明した。 昨年までなら、このような演習は南海艦隊の司令官が陣頭指揮をとり、北京にある海軍司令部を通じて各部署との調整を行えばよかったが、組織機能が細かく分散してしまったため、そうしたことがしにくくなったという。 四人の上将のなかで最年長は、海軍司令官の呉勝利氏だ。習近平氏と同じく、元党高級幹部を父親にもつ太子党の一人として知られる。今年で七十歳、すでに定年を過ぎているが、習氏には信用して任せられる人材がほかにいないため、何度も引退時期を延期した経緯がある。 副参謀長の王冠中氏は北京の中央軍事委員会本部との調整役で、南部戦区司令官の王教成氏は海南島などにある陸、空軍基地との調整役を務めた。しかし、四上将のうち海軍政治委員の苗華氏の役割については「分からない」と首を傾げる人が多く、さまざまな憶測がある。 共産党の軍隊は、司令官と政治委員のツートップ制を採用している。司令官は軍事訓練など、政治委員は人事や思想教育などを担当する。苗氏が演習に参加したことは、会社の人事部長が営業の現場に出てきたようなもので、違和感を覚えた人が多い。 苗氏は福建省に駐屯する陸軍三十一集団軍の出身で、若い時に同省に勤務した習近平氏と交流があったため、ここ数年、最高指導者の側近としてにわかに出世した。海軍の経験が全くないにもかかわらず、海軍政治委員に任命されたため、人事が発表されたときに一時騒然となり、大きな反発も起きたという。 苗氏は赴任してから一年半が過ぎたが、いまだに部下から警戒されており、海軍内で浮いた存在だといわれる。今回の演習は自ら希望して参加したというが、その目的について「自分自身の露出度を増やして存在感を示すほか、習氏の目付役としてほかの将軍たちを監視する役割があるのではないか」と囁かれている。  このような憶測があることは、組織として異常。習近平氏がいまだに多くの軍幹部を信用しておらず、軍幹部たちもまた習氏に対して大きな不信感を抱いていることが窺える。夜眠れない軍幹部夜眠れない軍幹部  南シナ海における軍事演習が行われていた最中の七月九日、中国軍の士気に大きく影響を与えるニュースが流れた。国営新華社通信などが、「元空軍政治委員の田修思上将が重大な規律違反の疑いで党の規律部門に拘束された」と報じたのだ。 習指導部が発足してから、軍内で実施された反腐敗キャンペーンのなかで、軍制服組トップの党中央軍事委副主席だった徐才厚氏と郭伯雄氏に続き、田氏は三人目。香港紙によれば、田氏は七月五日早朝、妻と一緒に北京市内の自宅から連行された。別の都市に出張していた田氏の秘書も、同じ日に拘束されたという。 田氏は一九八〇年代、連隊長として中国とベトナムとの国境武力紛争に参加したことがあり、中国軍のなかで数少ない実戦を経験した将軍である。成都軍区政治委員を経て、二〇一五年夏まで空軍政治委員を約三年間、務めた。引退後は、全国人民代表大会(国会)で外事委員会副主任を務めていた。 徐才厚氏と郭伯雄氏が失脚したあと、それぞれの元部下ら数百人が連座する形で粛清されたが、田氏が拘束されたことで今後、その周辺者や関係者のなかにも逮捕、または職を追われる人が多くいると見られる。「元成都軍区と空軍のなかに、夜眠れなくなった幹部が急増した」といった話が聞かれた。「虎もハエも叩く」と宣言する習近平政権が主導する反腐敗キャンペーンは、二〇一四年に徐才厚氏、二〇一五年に郭伯雄氏、二〇一六年に田修思氏と毎年一人ずつ「軍のなかの大虎」として上将を摘発した。このことに大きな不満をもつ軍幹部は多い。 ある幹部は、「まとめて摘発するならまだいいが、一人ずつやることで現場に恐怖を植え付けようとしている。このままでは、誰も安心して仕事できない」と語った。 田氏が失脚した表の理由は、現役時代の巨額な贈収賄などの汚職にあったとされるが、本当の理由は習氏主導の軍区改革に反対したことだといわれる。田氏はほかの軍長老と連携して、自らの出身である成都軍区の撤廃に最後まで抵抗した。それが、習氏の逆鱗に触れたとされている。習近平の「マージャン改革」 中国人民解放軍は、二〇一五年まで計七つの軍区があった。習指導部は今年二月、済南と成都の両軍区を廃止し、北京を中部、瀋陽を北部、蘭州を西部、南京を東部、広州を南部にして、名称も軍区から戦区に変更した。 ところが、この変更について「各司令部の配置バランスが極めて悪い」と首を傾げる軍事専門家がいる。七軍区は小平時代に定着した区分けで、各方面に起こりうる戦争や軍事衝突を想定し、その性質、規模などを考量したうえで対応する軍種を配置、それぞれの軍区には違う使命があった。しかし、これを五つにしたことで、チベットやインド方面を担当する司令部がなくなり、東沿海部の防衛も手薄になった。「中国地図の形と仮想敵を一切無視して、強引に東、西、南、北、中の五つに分けた。語呂合わせとして良いかもしれないが、それ以外に七つを五つにする意味がわからない」といった不満の声が、軍の現場から聞こえた。マージャン牌には東西南北中があることから、今回の戦区再編を「マージャン改革」と揶揄する声もある。 軍関係者によれば、習氏は当初、戦区を五つにしたのは、瀋陽軍区と蘭州軍区を廃止したかったためだという。瀋陽軍区は徐才厚氏、蘭州軍区は郭伯雄氏の出身軍区だった。習指導部は、胡錦濤時代を支えたこの二人の実力者を排除し、その勢いで二人の出身軍区も廃止して、二人の影響力を軍内から一掃することを狙ったのだ。 しかし、現在の軍指導部内には瀋陽、蘭州両軍区の出身者が多くおり、反対が強く、同時に両軍区の戦略的位置が極めて重要であるため、激しい攻防の末、当初の構想になかった成都と済南の両軍区が廃止されたという。司令官を“国替え”司令官を“国替え” これに対し、成都軍区出身の田氏らが猛反発した。方針が決まってからも決定を覆そうとして、ほかの軍長老と連携して活動をしたことが問題視されたという。汚職よりも、習氏に逆らったことが失脚の本当の原因といわれている。田氏の拘束はほかの幹部に対し、「中央の指示に従え」という見せしめ効果を狙った側面もある。 また、習指導部が任命した新しい戦区の司令官もサプライズ人事だった。五人の司令官のうちに四人もAからB、BからC、CからAといった形で“国替え”させたのである。「上官とその部隊を強引に切り離すことが狙いで、現場を信用していない表れだ」と指摘する声がある。 ある元軍幹部は、現在の軍内の上将クラスのほとんどが郭、徐両氏に登用された幹部で、習氏は彼らを信用していないが、ほかに使える人材が手元にいないため、「このような形で使うしかない」と説明した。しかし、「こんな無茶苦茶な人事をすれば、現場の志気が低下するに違いない」とも指摘した。リストラされた将兵たち 昨年末頃から、「このままでは解放軍は共産党の軍隊でなくなり、習家軍(習近平個人の軍隊)になってしまう」と危惧する声が軍長老の間で聞こえ始めた。軍内でいまでも大きな影響力を持つ江沢民元国家主席も軍長老たちと同じ意見だ、との情報もある。 二〇一五年九月三日に行われた抗日戦争勝利七十周年の軍事パレードの際に、習主席が「三十万人の軍縮」を突然発表したことに対しても、軍内で大きな不満が噴出したという。 軍縮案は習氏とその側近だけで決めており、軍現場への事前の根回しが不十分だったため、多くの高級将校はテレビ中継で初めて知ったという。「自分たちも削減対象なのか」と疑心暗鬼に陥り、部下から聞かれても何も答えられないなど、現場は大混乱したという。 習氏が軍事パレード演説のなかで軍縮を発表したのは、世界中に高まる「中国脅威論」を払拭する目的のほか、自身が「平和を愛する指導者」をアピールする狙いもあった。情報が事前に外国メディアに漏れないように、極秘扱いにしたという。 削減される三十万人の中身について、習氏に近いとされる元陸軍少将の徐光裕氏が中国メディアに対し、各軍区の陸軍を中心に二十万人の将兵のほか、医療、通信、芸術、宣伝工作団など計十万人を加えると説明した。国営新華社通信が配信した解説記事では、三十万人の人件費は年間約六百億元(約一兆二千億円)で、浮いた金は兵器・装備の一層のハイテク化に使われると説明したが、リストラされた将兵たちの処遇には言及していない。軍の暴走を黙認する習近平 削減対象となる高齢の陸軍将校らの再就職は難しい。それだけではなく、中国では近年、復員軍人に対する社会保障も不十分で、地元政府の財源不足のため復員軍人手当を支給しない事態も各地で起こり、元軍人による抗議デモが頻発している。「政府は私たちの面倒を見てくれるのか」といった軍現場での不安の声が多いという。(ロイター) 軍掌握を狙った習近平氏による強引な軍改革がさまざまなハレーションを起こし、組織の機能不全をもたらして指導部への不満を募らせた。最近になって、それが外国への挑発行為にも繋がったという。 軍改革実施後、南シナ海で中国海軍の艦船がフィリピンやベトナムの領海などに侵入し、これらの国の軍艦と対峙することが増えている。六月上旬には、中国が領有権を主張し、インドの実効支配下にあるインド北東部アルナチャルプラデシュ州にも二つの中隊(約三百人)の中国軍兵士が侵入した。数時間後に中国国内に戻ったが、インド軍が一時、戦闘準備態勢に入るなど緊張が高まった。 ほぼ同じ時期の六月九日には、中国の軍艦がロシアの軍艦とともに尖閣諸島沖の接続水域に侵入した。これらの挑発行動について、中国国防省は国内外のメディアの問い合わせに対し、「関連する報道を注視している。中国の主権範囲内での行動なので問題はない」といった趣旨のコメントを発表した。 軍に詳しい中国人ジャーナリストは、「国防省のコメントにわざわざ『報道を注視している』という文言が入っていることは、国防省が承知した計画的な軍事行動ではないという意味だ」と指摘し、「いずれも現場の判断のはずだ」と主張した。軍の暴走を黙認する習近平 いま、南シナ海問題が国際社会の焦点となったことで、担当する南海艦隊や南部戦区が注目され、最新兵器も予算も優先的に配分されることに対し、ほかの部隊の間で不満が高まっている。こうしたことから、自らの存在感を示すために勝手に挑発的な行動をとったといわれる。  軍現場による度重なる他国への挑発行為は、「中華民族の偉大なる復興を」といった民族主義を煽るスローガンを掲げる習政権の政権方針と一致していることから習政権は黙認する側面があり、そうした風潮が軍の強硬姿勢をますます助長する結果となった。 南シナ海問題をめぐる仲裁裁判所の判決で中国が全面敗北となったことを受け、軍内の強硬主張はますます台頭し、今後、さらなる挑発行為に出る可能性もある。尖閣問題などをめぐり、日本は中国外務省との交渉だけではなく、軍改革で統率がとれなくなりつつある軍の暴走にもしっかりと備える必要がある。

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    総力大特集 中国は本気だ!

    南シナ海を巡る仲裁裁判所で完全敗北を喫した中国。しかし、反省の色は全くない。判決を「紙くず」と呼んではばからないその横暴の裏で進める習近平の“次の手”とは。

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    習近平の現代版「国盗りゲーム」が長続きしない理由

    言われればそれよりも資金を投入し、自分の色に染め、俺のBホテルのほうがもっと良いと自慢します。彼らは中国人社会の中で自慢し、多くの人が「Bさんのほうが凄い」と言わしめる為に金を使い、影響力を使い、人を買い、力づくの勝負をします。 ホテルの話題だけではありません。1986年にバンクーバーという「新開地を発見した」香港人はリーカーシンをはじめ香港主要デベロッパーがこぞって上陸するきっかけをつくり、激しい不動産開発競争を繰り広げました。では彼らの生み出したコンドミニアム群はどの程度の評判か、といえば今一つローカル受けしないのであります。理由は様々で、出来が悪いという基本的な問題からアフターサービスが良くないなどでありますが、カナダ人と「価値観のコミュニケーション」が通じ合わないところが最大の問題点ではないかと思います。 これはアジア人と欧米人という仕切りよりも中華系のビジネスに対する姿勢の問題ではないかと思います。中華系にとってビジネスとはマネー、マネー、またマネーであって良い仕事をするとか、新たに価値を生み出すといった「面倒な」ことはせずに模倣でもなんでもよいので目立てばよい、という発想は少なからずとも私には強烈な印象として残っています。シャープを欲しがった鴻海のテリーゴウCEOの目的はシャープの商品開発能力だった点においてなるほど、中華的思想だな、と思ってしまいます。 南シナ海の人工島問題についてハーグ仲裁裁判所が国際法違反であると断じました。報道にあるように中国の完敗であります。もともと海洋進出のために尖閣をはじめ、太平洋に抜けるルートを模索し続ける中で力関係で圧倒できるフィリピンやベトナムが関与する南シナ海に力づくの勝負をかけました。米シンクタンク「戦略国際問題研究所」が公表した中国が南シナ海で埋め立てを進めるスービ礁の写真 習近平国家主席はその独裁化を進めるため、国内では粛清を進め、海外ではAIIBなどを通じて世界への影響力を駆使し続けました。巨大国家と巨額マネーというあたかもクジラが小魚を追うがごとく戦法で「俺のほうにすり寄らなければ様々な影響が及ぶ」と脅し続けました。アメリカ企業もネット企業が中国内で自由にビジネスができないなどの弊害が出ていました。 中国の南シナ海進出の理由づけはどう逆立ちしても論理的ではなく、国際法に乗っ取れば完敗することはわかっていたはずです。現代において世界大戦をしていた頃のような領土の奪い合いをする非常識観はどこから来るのか、といえば根本的な中華思想による拡大主義もありますが、過去10数年の世界における中国の立場を中国政府が過大評価したような気もします。 ビジネスを成長させるには何が大事か、といえば従業員に幸せを、という経営者は多いと思います。中華系の企業においてビジネスの目的は金儲けをして、自分が人から「凄い!」と言われることであります。では中国という国家運営において何が最も大事か、といえば民を幸せにすることを置いて他に何を優先するでしょうか?大きな曲がり角にきた中国 ところが今の中国の体制は現代版国盗りゲームで習近平氏がいったん勝ち抜いたように見えます。「見える」というのは長く続かないのは目に見えているからです。強固な体制は反体制派を余計勢いづかせることになります。反体制派はそのチャンスを虎視眈々と狙っていることでしょう。その習体制は綻びが目立ち始めました。習近平国家主席 中国の鉄道会社、中国南車は北車と合併し、世界最大の鉄道会社となり、海外進出を図ったもののインドネシア、メキシコ、アメリカと大どんでん返しが続き、鉄道輸出事業は完全に行き詰ってしましました。そのすべては着工前の段階で頓挫していますが、理由は中国スタイルの押し付けそのものであります。 AIIBを含め、英国との関係強化でEU圏へのビジネス拡大戦略を狙った中国ですが、同国のEU離脱問題で今後の道筋は全く描けない状態となりました。ホトケのオバマ大統領を怒らせたのも習近平国家主席との意見の相違からでありました。多くのアフリカ諸国は中国からの金融支援を嬉しく思ったものの中国人労働者が大挙して押し寄せ、中国からの製品を押し付け、多くのアフリカ諸国ではギスギスした関係となっています。 私は「栄枯盛衰」という言葉を時々使わせていただいています。中国については今世紀初めごろから世界の工場としての認知度が高まり、WTOが2005年にクォータ制度(輸入数量割当制度)を撤廃したころから世界の貿易が中国を中心に栄えます。また08年には北京オリンピック、10年には上海万博で世界の目が中国の様々なところにも向けられます。08年のリーマンショックの直後には56兆円規模の緊急経済対策を打ち出し、世界の中の評価はステップアップしました。反対に当時、日本は海外からJapan Passing、Japan Nothingと揶揄されていました。 個人的には10年ごろが中国のピークだった気がします。何年か前にオリンピック10年後説というのをこのブログで紹介させていただきました。オリンピックから10年前後経つとその開催国は非常に大きなトラブルに巻き込まれるというものです。日本(石油ショック)、韓国(IMF援助)、ソ連(崩壊)、ギリシャ(国家危機)などであります。中国が大きな曲がり角に来ていることは疑いの余地がありません。中国政府が声高々に反発する声はむなしく空に響くだけでしょうか?(ブログ「外から見る日本、見られる日本人」より2016年7月13日分を転載)