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    なぜASKAは再び覚醒剤を使ってしまったのか

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 違法薬物を使うなど、とても愚かなことだと人々は思う。ましてや社会的に成功した人が、そんな悪いことをするなど常識的に考えられないと思う。しかし実際は、社会的成功者たちが次々と違法薬物で逮捕される。しかも、繰り返し。 2年前、CHAGE and ASKAのASKAが逮捕された時は衝撃的だった。判決は懲役3年、執行猶予4年の有罪判決。その執行猶予中に今回の逮捕は起きた。報道によれば、尿から覚醒剤反応が出ているという。普通なら、せめて執行猶予中は静かにするものなのに。多くの人が彼を支え、仕事も再開しようとしていたのに。だが、覚醒剤犯罪の再犯率は7割。彼もその一人になってしまったのだろうか。 人はなぜ薬物犯罪を繰り返すのか、容疑が事実とすれば、ASKAはなぜまた覚醒剤を使ってしまったのだろうか。2014年8月28日、ASKA被告(本名・宮崎重明)初公判で傍聴券抽選の整理券(リストバンド)を求めて並ぶ人々=午前、東京・日比谷公園(撮影・古厩正樹) 前回の逮捕、判決時、ASKAは深い反省を示していた。覚醒剤をやめたいし、やめなければならない。しかし、自分の意志だけではできない。医師の力を借りて、しっかり薬をやめたい。そうASKAは語った。見事な、模範的発言だ。妻も、しっかり夫を支えると語っている。多くの仕事関係者、ファンの支援も期待できた。病院にも入院し、自助グループにも入った。しかし、彼は再び逮捕された。 判決時、ASKAがどのような本心を持っていたのかはわからない。だが、この模範的すぎる発言は、あるいは用意されたものだったのかもしれない。あるいはウソではなかったが、表面的だったのかもしれない。たしかに、薬物使用は本人の意志の力だけでは治らない。意志の力で熱を下げたり、下痢を止められないのと同じだ。 薬物依存者は、自分の無力さを知り、だからこそ医療や自助グループの力を借りなければならない。意志の力だけでは無理なのだ。だが、治したいという強い動機づけは必要だ。ASKAには、どの程度の本気があったのだろうか。 入院したASKAは、優れた治療を受けている。規則正しい生活を送り、体力も取り戻した。薬物依存症者によると、薬物をやめること自体はそれほど難しくはないと言う。入院したり、逮捕されたりすれば、薬はやめられると。しかし、薬を生涯にわたってやめ続けることは、至難の技だと言う。 ASKAは薬物依存症更生施設のDARC(ダルク)にも入っている。ダルクのクリスマスパーティで「SAY YES」を熱唱したなどとも報道された。この報道は、頑張っているASKAに対する好意的報道だろう。薬物乱用を行う2つのタイプの人 だが、有名人が自助グループで良い体験をしていくことは簡単ではないだろう。本来なら、社長でも金持ちでも、他の人と同じように一人の依存症患者として人々と交流していくことが必要だ。しかし、みんなに知られている有名人は、それが難しい。持ち歌の熱唱も、それで本人もみんなが元気になるなら大変結構だが、結局普通の人としてはいられなかったとも言えるだろう。 ASKAは、その後音楽活動やネットでの発言を再開する。しかし、ネットでの発言内容は、何の根拠もないのに盗撮・盗聴されているといった内容だ。スマホやパソコンのパスワードが遠隔操作によって変更させられたとも語っている。彼は専門業者を呼び、盗聴器の有無を調べさせてもいるが、何も見つかっていない。常識的には妄想である。パスワードの件も、薬による記憶障害のためかもしれない。 これが、新たに薬物を使用し始めたせいなのか、以前の薬の影響なのかは断言できない。しかし、明らかにASKAは健康で正常な判断力を失っていた。本来なら、そんな発言は相手にされないだろう。だが、有名人の発言は一定の影響力を持ってしまう。マスコミ関係者なども、あまりむげに扱わず丁寧に接してきたようだ。 彼は、自分の信念を出版しようとしたようである。さすがにこの内容が出版されることはなかったが、やはり有名人として丁重な扱いをされたようである。本来なら、もっと早い段階で治療が開始されるべきだったろう。彼の妄想的言動は、止められるべきだったろう。有名人であることが、それを邪魔したのかもしれない。 薬物乱用を行う人には、2つのタイプがある。一つは、刺激を求めるタイプである。自動車の暴走運転のような刺激を求める人が薬物に手を出すこともある。もう一つのタイプが、正反対の真面目なタイプである。真面目だからこそ悩み、心理的に追い詰められ、薬物を使ってしまう。本当に孤独になっては立ち直れない 芸能人は、一見派手な生活をしているように見えるが、神経質で真面目なタイプの人は多い。浮き沈みの激しい生活で、ストレスもたまるだろう。 依存症者たちは、なかなか自分が依存症だとは認めない。アルコール依存症者も、酒なんていつでもやめられると語る。自分が依存症だと認めなければ、治療は進まない。強制的に酒を取り上げても、また自由になれば酒を飲むだろう。 自分は依存症だと知り、回復への強い動機を保つためには、どん底に落ちる必要もある。どん底に落ちたことで、初めて自分が依存であると深く理解し、人生をやり直す意欲も湧く。11月30日、東京湾岸署を出るASKA容疑者(桐山弘太撮影) しかし、有名人はたとえ逮捕されてもどん底には落ちないこともある。激しい非難は受けるものの、すでに多くの資産を持ち、逮捕されても応援してくれるファンもいる。芸能界であれば、数年で仕事復帰ができることもある。こうしてどん底に落ちないことによって、かえって更生が難しくなり、再び薬物に手を出すこともある。 一度は薬をやめた人々が、薬物の誘惑に負け、一度ぐらいなら、少しだけなら良いだろうと思い、また薬物の地獄へ落ちていく。 さらに、1度目の逮捕の時には支えてくれた家族や仕事仲間も、2度目の逮捕となると離れていく場合も多い。支えようと努力していた人々は、裏切られたと傷つき怒り、去っていく。その結果、実刑を受けて刑務所から出てきた彼には仕事も家族もなく、再び生活が荒れて薬物に手を出し、3度目の逮捕となるケースも少なくない。 薬物依存症者の更生のためには、どん底に落ちたと感じさせることが必要だろう。関係者が心を鬼にする必要もあるだろう。しかし、本当に孤独になっては立ち直れない。犯罪者、裏切り者と罵るのではなく、被害者であり、依存症の患者として治療と支援をしていくことも大切だ。 欧米諸国では、薬物を販売する人は犯罪者だが、薬物の使用者は患者として見ようと考え始めている。有名人の薬物使用、再度の逮捕は、社会的に大きなインパクトを与える。だからこそ、正しい社会の見方と、関係者全員による適切な支援が求められている。

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    ASKAは「極悪人」ではない 彼の過ちより罪が重い断薬治療の失敗

    原田隆之(目白大学教授) ASKAさんが再度逮捕された。執行猶予中の逮捕であるので、実刑は免れないだろう。しかも前回の懲役3年の刑と今回科せられる刑と合わせて、いわゆる「2刑持ち」での受刑となるので、5年近くは刑務所に入る可能性が大きい。 逮捕時のエピソードによると、彼は「盗聴・盗撮されている」という「被害」を訴えて、自分で通報したということである。こうした主張は以前から見られたようで、覚醒剤精神病による幻覚妄想状態にあったことが推察される。盗聴・盗撮されているというのは、覚醒剤による妄想としてはありふれたものである。 それにしても、メディアの狂乱ぶりには呆れ返るしかない。自宅前にはマスコミ関係者が大挙して押しかけ、生放送ではレポーターが得意げに本人に電話してみせた。さらに、タクシーの運転手は平気でドライブレコーダーの映像を売り渡し、局も平気でそれを垂れ流す。まるで国家転覆を目論んだ極悪人か何かのようで、彼には人権の欠片もないと決めつけ、国を挙げて責め立て貶めているかのような有様だ。捜査員に付き添われて警視庁に向かうASKA容疑者(右)=11月28日、東京都目黒区 そしてそこで繰り返されるのは、「なぜ彼はまたも過ちを繰り返してしまったのか」という問いである。一時は日本の芸能界の頂点を極めたトップスターであり、当時ほどの勢いはないとしても、今なお多くのファンがいる大物ミュージシャンである彼が、どうしてすべてを無にしてしまうような愚行を繰り返すのだろうか。 何も失うものがない人間ならば、再犯に至ってもそれはある程度理解できるかもしれないが、支えてくれる家族がいて、まだ辛うじて仕事も社会的な地位もある人間が、なぜあえてそれを失うような真似をするのだろう。 答えは簡単である。それは覚醒剤だからだ。彼が乱用したのは覚醒剤であって、覚醒剤はそのような薬だ。あらゆる違法薬物の中でも、トップクラスの依存性を有し、一度使ってしまっただけでも、「脳が作り替えられる」くらいの破壊的な作用を有するのが、覚醒剤という薬物である。 脳には大脳辺縁系という部位があるが、覚醒剤を使うとそこに強力な「快感回路」が作られ、覚醒剤を求めて止まない脳になってしまう。したがって、ひとたびこの薬物を使ってしまえば、大物歌手だろうが一般人だろうが、有名だろうが無名だろうが関係なく、覚醒剤依存症になってしまう危険性が大きいのである。理性と本能が喧嘩していたASKA 「やめたい」という気持ちももちろんあっただろうが、それは理性の声であり、理性は大脳皮質の前頭前野という比較的新しい部位にその座がある。一方の大脳辺縁系は本能に近い部位である。理性と本能が喧嘩をしても、たいていは本能が勝ってしまう。このように、覚醒剤依存症という「脳の病気」は、理性や意志の力では到底太刀打ちできないのである。 さらに、彼の過ちを説明するもう1つの答えがある。それは「選択」である。前回の裁判でASKAさんは、一緒に薬を乱用して逮捕された女性に対する未練を滲ませていた。「全力で支えます」と言ってくれた妻がいるのに、何と厚顔無恥なと、呆れた方もいたかもしれない。 しかし、彼が口にした未練は、当の女性に向かっている以上に、「薬と別れたくない」と言っていたのと同じである。薬物をやめるために一番の障害になるのは、薬物仲間である。そのほか、当時の記憶と結び付いている場所や状況から悉く距離を置き、新たなライフスタイルを作り直していく選択をしなければならない。 彼がその後その女性と別れたかどうかは知らないが、少なくともこの期に及んでも未練たらたらであった様子から判断するに、薬物に纏わるすべてときっぱりと訣別する選択ができなかったのであろう。 また、本人のブログでは再び楽曲を作るなどして復帰に向けて音楽活動に勤しむ様子が綴られていた。しかし、過去に音楽に行き詰って薬物に頼ってしまっていたのに、このように断薬から間もない時期に以前と同じ状況に身を置くことは賢明な選択ではない。 彼が世間から忘れられてしまった歌手であれば、音楽の道もきっぱり捨てることができたであろうが、まだたくさんのファンがおり、復帰を待ち望まれていたからこそ大きな落とし穴が待ち構えている音楽の道に戻るという誤った選択をしてしまったのだろう。 一生とは言わない。せめて治療が軌道に乗るまでは、しばらくは治療に専念すべきだった。そして最大の選択の誤りは、その治療に関するものであった。彼はあまりにも早期に治療から離れてしまった。ASKA容疑者の自宅から押収物を運び出す捜査員=11月29日、東京都目黒区 執行猶予になった後、一時的に専門病院に入院をしたが、その後ほどなくしてその病院を退院し、いくつかの薬物依存治療施設に入所したという。今年になって妄想状態が再燃したときも、短期的に医療保護入院していた。 現在はほぼ月1回の通院しかしていなかったそうだが、これでは治療をしていないのも同じである。幻覚妄想状態の治療は、長い依存症の治療では最初のほんの1ステップであって、それが収まったからといって治療をやめてはいけない。通常、薬物の作用による幻覚妄想状態や、断薬に伴う離脱症状(いわゆる禁断症状)が落ち着いたなら入院は不要かもしれない。 しかし、その後通院や自助グループなどへの通所を継続し、日常的に何らかの治療サービスとつながっていることが必須である。 依存の程度にもよるが、覚醒剤依存症の治療は少なくとも数年間は継続する必要がある。なぜなら薬物によってダメージを受けた脳の機能は、最低でも2年の断薬を継続しないと回復には向かわないということがわかっているからだ。「負け」を認めれば救いはある つまり「傷」が回復に向かい始める前に彼は早々と治療から離れてしまったのである。これは明らかに時期尚早で誤った選択であった。 さらに、真っ当な治療者であれば治療中の「失敗」(つまりは薬物再使用)は最初から織り込み済みである。通常完全に断薬できるまでには、数回の失敗をするものだ。褒められたものではもちろんないが、このような失敗を繰り返しながら、そこから学びを深め薬物依存克服への道を歩むのである。だからきちんと治療につながってさえいれば、治療者は、治療中の失敗を「再犯」とは見なさず、一層強力な治療の継続を勧めただろう。 なぜ早期の治療終結という誤った選択をしてしまったのか。半分以上はそれを許してしまった治療者側の責任である。そしてASKAさんの側に問題があったとすれば、想像でしかないが、彼の「大スター」というアイデンティティが、治療の継続を許さなかったのかもしれない。総合格闘技「ASTRA」で国歌斉唱をしたASKA=2010年4月25日、日本武道館 病院や自助グループでは、周囲から注がれる目がさぞかし気になったことだろう。また、周りの依存症者と自らを比べて「自分は彼らとは違う。自分はスターなのだ」「自分なら自力で薬をやめることができる」などと考えてしまったのかもしれない。 しかし、それでは到底、依存症の克服はできない。逆説的ではあるが「薬の力にはかなわない」「自分一人ではどうにもならない」と「負け」を認めて初めて薬物依存に「勝つ」ためのスタート地点に立てるからである。 今後、裁判所や刑務所で彼が周囲の好奇の目に晒されるであろうことは想像に難くない。これらの場所は彼にとって一般の人以上に居心地が悪い場所となるだろう。しかし、そこでスターでもなく歌手でもなく、過去の栄光やプライドにすがって自分を取り繕うのでもなく、一人の人間としての自分と向き合うことができれば、まだチャンスはいくらでもある。 これですべて終わってしまったわけではない。今度こそ薬物とかかわりのあるすべてを断ち切る選択をし「負け」を認めて救いを求めるとき、そして新しい生き方の選択をするとき、そのとき初めて「再生」への道が開かれるだろう。 最後に一番強調したいことは、再生へと向かう彼を社会はどう受け止めるべきかという点である。これからも事あるごとにメディアで大々的に吊し上げ、非難し、人権侵害をし、好奇の目を注ぎ続けるならば円滑な社会復帰などできるはずもない。変わらないといけないのはASKAさん一人ではない。

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    ASKAの薬物中毒は犯罪か、病気か

    逮捕直前の不可解な言動に、薬物乱用の怖さを感じた人も多いのではないだろうか。大物ミュージシャン、ASKAが覚醒剤使用の疑いで再び逮捕された。むろん、違法薬物の使用は決して許されるものではないが、一方で彼は薬物依存の「患者」という見方もある。私たちは薬物依存症とどう向き合えばいいのか。

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    ASKAが覚醒剤から解放されるためのヒント

    三浦陽二(日本ダルク本部ディレクター) ASKAさんの再逮捕は残念ですが、覚醒剤をやめる努力が足りなかったという一言に尽きると思います。実は私も、かつて覚醒剤を常用し、二度逮捕された経験があります。 私は小学校のころからいじめにあっていました。中学校に入学してもいじめは続き、中学1年の自分の誕生日に「一発逆転を図ってやろう」と思って、十数人と喧嘩したんです。やっぱり勢いというのはすごいもので、その喧嘩に私が勝ってしまい、そのときから自分の居場所が学校の中にできたような気になっていました。日本ダルク本部ディレクターの三浦陽二氏 ただ、虚勢を張らないとまたいじめられてしまうと思い込むようになり、それ以来、酒もタバコもやり始めました。中学2年のときには先輩からシンナーを勧められ、最初のうちは断っていたのですが、「お前は不良のくせにシンナーも吸わないのか」と煽られ、もしこの誘いを断ったら、自分は仲間外れになるんじゃないかと思って吸ったのがシンナー依存の始まりでした。 ある時、朝起きたら少年課のおまわりさんと両親が立っていて、「病院に行くか、警察に行くか」と突然迫られ、そのまま精神病院に入院しました。そのころはシンナーを吸ったままオートバイで出かけたり、家の中で隠れて吸って大きな声を出してバレたこともありましたから、きっとこのままでは危ないと思ったのでしょう。当時を振り返ると、シンナーは毎日吸っていたと思います。中でも、一番よく吸っていたのは、ウェットスーツを補修するためのゴム糊。値段は7~800円で、中くらいの歯磨き粉くらいの大きさだったでしょうか。それを1日1本くらい吸っていました。シンナーを続けていたせいで歯茎がジンジンと痛み、それを止めるために吸うことも多かったと記憶しています。 私の父はボクシングの日本チャンピオンで、母は皮膚科の医師でした。両親は私に期待をかけていましたが、その期待を裏切るようにグレてしまった。中学卒業後は都内の高校に入ったのですが、「お前は勉強ではダメそうだから、ボクシングをやれ」と父から勧められ、ボクシングを始めました。実は私が通った高校には当時、ボクシング部はなかったのですが、父が校長先生にかけあってボクシング部が創設されたんです。ボクシングを始めるようになってからはシンナーをやめていたのですが、高校1年のときに出場した大会の決勝で負けたことがきっかけで部活をやめました。その後は学校に行くふりをしてはシンナーを吸うようになり、やがて退学しました。初めての覚醒剤 モヤモヤした時間を過ごしていたあるとき、友人から「覚醒剤をやったことはある?」と聞かれ、まだやったこともないのに「あるよ」と見栄を張って嘘をついたことがありました。そして、そのまま先輩のところに行って一発3000円で売ってもらったんです。薬の効果は8時間くらい続くのですが、初めて打ったときの快感が忘れられず、3時間後にまた打ってもらいました。毛が逆立ってパワーアップしたような、何でもできるような感覚でした。人気漫画で言うところの、「スーパーサイヤ人」になったような気分です。それからはシンナーを一切やめて、覚醒剤にハマるようになりました。画像はイメージです 1回目の逮捕は20歳のときです。そのころガンマニアの先輩の家で自作の拳銃作りにハマっていたのですが、実はその先輩も覚醒剤の常習者だったんです。最初に先輩のところに警察の内偵が入り、僕もその後逮捕されました。先輩は前科があったので刑務所に行き、僕は裁判で執行猶予がついたのですぐに出てきました。それから覚醒剤はしばらくやめていたのですが、バイク事故を起こしてやけになり、覚醒剤の他にも大麻やコカインなど、いろんな薬物を乱用するようになりました。そのころは「自分は神に近い」などと口走ることも多く、親に再び精神科に連れて行かれて入院しました。  退院後はホテルマンになるための専門学校に入学しました。2年間で卒業する予定だったのですが、1年目にまた覚醒剤を使って逮捕されました。2度目だったこともあり、裁判では執行猶予がつかず1年間服役しました。服役中は「もう二度とやらない」と心に誓ったはずだったのに、そのうち「二度と捕まってたまるか」という考えに変わっていきました。当時、私の周囲にいた人たちは「自分からクスリを買えば安いよ」とか「一緒にやろうよ」と誘ってくる人たちばかり。自分も弱い人間だったので、警察に逮捕されなければいいやという気持ちになっていたんです。 逮捕された時は「やってない」と言い張りました。それは出所した後、信用をなくしてクスリを買えなくなるからです。私は自分が使うために「売人」もやっていたんです。10グラム買って、そのうち5~6グラム分を買ったときよりも高く売るんです。警察に黙っていることで買った先も売った先も守ったというわけです。服役が終わり出所した初日に、また覚醒剤をやりました。私が取り調べで口を割らずにかばった友人たちが出所パーティーを開いてくれて、そのお祝いに覚醒剤を持って来てくれたんです。「俺はこのままで大丈夫なのか?」 出所後は再び専門学校に通い始めたのですが、そのころにはもう28歳になっていて、さすがにもう覚醒剤はやめようと思いました。同年代には出世している人や結婚して家を建てている人もいて、「俺はこのままで大丈夫なのか?」って不安になったんです。でも、覚醒剤をやめることはできませんでした。画像はイメージです 専門学校卒業後、働く予定だった親戚のホテルで働くことができなくなり、先輩と屋台を引く仕事を始めました。休憩中には裏の公園で大麻やコカインを吸うようなことを繰り返していましたが、些細な喧嘩をきっかけに屋台の仕事も辞め、家で過ごすようになりました。ある日、そんな姿を見かねた母親から「ダルクの近藤さんと会いなさい」と言われたんです。ダルク代表の近藤(恒夫)さんは私が逮捕されたとき、裁判にも来てくれていました。親からは何度もダルクに行きなさいと言われ続け、その都度反抗していたのですが、一度会ってさえおけば、うるさく言われなくてすむかなと思い、しぶしぶ会いに行きました。 近藤さんからは「沖縄のダルクで働かないか」と誘われ、そのときは断ったんですが、その後アメリカのシカゴで開催される薬物依存症者の世界大会への参加に誘われたんです。母親からも「近藤さんと一緒に行くならお金を出してあげる」と言われ、そのときは親のカードを使ってやろうという下心もあり、近藤さんと一緒にシカゴへ行きました。当時の私は、ダルクがある種のカルト宗教のようなもので、自分が洗脳されたり、お金を巻き上げられるかもしれないと不審に思っていました。しかし実際、会場に到着すると、世界50数カ国、5万人もの薬物中毒者が集まっていて、「スッゲエな! 日本のヤクザだってこんなにも人を集められないぞ」となぜか心を動かされたんです。 そこでは参加者たちがクスリをやめた期間をお互いに発表し、喜びを分かち合っていました。5万人の参加者のうち、日本人はおそらく10人ほどだったと思いますが、すごく大切にされて、そのとき初めてクスリのことで苦しむ友人ができたような気がしました。クスリをやっていると、約束は守らない、金も返さない、自己中心的になる、喧嘩っ早い、人のことをすぐ疑う、という感じでしたから、仲が良かった友人ともどんどん離れていくんです。それまではクスリってかっこいいと思っていた気持ちもあったんですが、実はクスリをやめたやつの方がかっこいいかもしれないと思えるようになったんです。「クスリをやめることをやめろ」 帰りの飛行機の中でふと近藤さんを見て、この人も同じようにクスリでつかまった経験があるのに、世界中に仲間がいて、本を書いたり、テレビに出演したり、学校で講演までしている。なんでこんなに自分とは違うんだろう、羨ましいなって思ったんです。同時に、私もひょっとしたら真似できるんじゃないかと、帰国後に自分からダルクに行きました。その後、沖縄にダルクをつくるということでオープニングスタッフとして赴任し、18年ほど務めて現在は日本ダルクの広報を担当しています。日本ダルク本部ディレクターの三浦陽二氏 覚醒剤はダルクに入ってから一度もやっていません。なぜ今もダルクにいるのかっていうと、「ダルクを辞めたらまたクスリをやっちゃうかもしれないな」と思っているからなんです。実を言うと、数年前に自分がクスリを使う夢を見たことがあります。近藤さんに「クスリを使う夢を見ちゃいました」と言ったら、「よかったな。実際にクスリを使ってたらそんな夢を見ないだろ」って笑われました。たぶん、近藤さんも同じような夢を見たことがあるんだと思います。それ以来、私も仲間から同じような話を聞くと、「よかったな」と言うようにしています。 ダルクに来てまず驚いたしたのは、トイレの個室に「決して一人になるな」と書かれたステッカーが張ってあったことです。そして、「お前は意志が強いな」と励ましてくれたことです。刑務所や精神病院に入ろうが、母親が泣こうが、クスリだけは12年間も使い続けたからだと。そう言われ、やっと自分の中で解決の方法が見えた気がしました。私の問題は意志の強さ、弱さではなくて、意志の「方向」だったと。意志の方向を変えるのは、自分の生き方や価値観を変えることだと思いました。ただ意志を強くしろと励まされても、私はずっと悩んだままだったでしょうね。  「クスリをやめることをやめろ」と言われたときも驚きました。クスリをやめようとすればするほど、クスリのことを思い出して、またやりたくなるんです。薬物常習者は心の隙間や痛みから逃れるために何度もクスリを使ってしまう。だから、自分の生活の中でクスリだけを取ってしまっても、また手を染めてしまうんです。ASKAがクスリをやめるためには ASKAさんの件に話を戻すと、彼がクスリをやめるためには、本人がそれを自覚するしか方法はありません。クスリをやるということは、自分を否定しているのと同じなんです。クスリを絶つためには、そういった心の隙間を埋めていく努力が絶対に必要なんです。警視庁の捜査員に連行されるASKA(本名宮崎重明)容疑者 =11月28日、東京都目黒区 彼には類いまれなる才能がある。しかし、過去にもっと売れている時期があって、上から落っこちてしまったわけですから、過去の栄光にすがるような弱い一面もあったのかもしれません。彼に必要なのは、正直に自分の気持ちをさらけ出す場も必要なんだと思います。自分では不安に感じていても、芸能人はカメラの前で「二度とやりません」と誓わなきゃいけない。ダルクでは、同じ立場の人が集まっているから、本当のことを言える。彼にもそういう場が必要なのではないでしょうか。自分が思っていないことを言うのは気分のいいものではないし、どんどん孤立を深めていきます。 ASKAさんの再逮捕は彼のこれからの人生にとって、必ずしも「失敗」ではないと思います。今後の本人次第で、今回の逮捕を成功のステップにすることだってできる。ASKAさんがもう二度とクスリに手を出さない日が来ることを切に願っています。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望)みうら・ようじ 日本ダルク本部ディレクター。1994年沖縄ダルク開設にオープニングスタッフとして就任。沖縄ダルクエグゼクティブディレクターなどを経て、現在、日本ダルクの本部ディレクターとして広報活動等を行う。

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    ASKAが自分で110番したのは「異例」ではない理由

    田中紀子(ギャンブル依存症を考える会代表) 昨日、突然飛び込んできた衝撃的なニュース。歌手のASKAさんが、執行猶予中に薬物を再使用したとのこと。まだ容疑の段階であり、ASKAさんは強く否認しているとのことですので、詳細は不明ですが、一連のマスコミ報道には強い違和感を抱いております。11月28日、ASKA元被告が覚醒剤を使用した疑いが強まったとして、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで警察が逮捕状を請求、自宅には多くの報道陣が詰めかけた(春名中撮影) まず、ASKAさんが自分で110番したことについて、あるTV番組などでは「異例中の異例」などと報道していましたが、これは覚せい剤事犯では、非常によくあるケースです。ASKAさんの再使用の真偽はまだ定かではありませんが、一般論として、覚せい剤事犯が110番通報する多くは、以下のようなパターンがあります。 まず、覚せい剤乱用の幻覚妄想から、「警察に追われている」という考えにとりつかれるパターンです。例えば、ある経験者の話によると、「警察から射殺命令が出された」と思いこんでしまったそうです。そこで、警察に行って、「俺、なんで射殺命令が出されているんですか?」と、聞きに行ったそうです。 また、ある人は「俺は、覚せい剤しかやってないのに、なんで追われてるんですか?」と文句を言いに行ったそうです。すると警察官の方は、薬物事犯に慣れていますから、「そうか、大変だね。じゃあまず、おしっことろうか・・・」ということになって、尿検査され逮捕されるというパターンがあります。 またもう一つよくあるタイプは、「誰かに追われている」「盗聴されている」「見張られている」だから助けて欲しい・・・と言って警察に駆け込む場合です。いずれも薬物の幻覚妄想ですから、挙動不審な点があり、尿検査され逮捕に至ります。 いずれも2日位経って、薬が切れると「しまった!」と思うそうですが、その時は既に逮捕されています。依存症の再発はそれほど珍しくない 今回のASKAさん逮捕では、110番通報やワイドショー放映中のブログ更新などの行動が、さも重症で、奇行に走っているように取り上げられていますが、短期間の間に再発していたとしたら、重症であるかもしれませんが、再起不能な特殊な事例というわけではありません。 前述した経験者の方々も、服役が数回に渡った場合でも、今は、回復し社会人として就労し生活しています。ですから、現在の「ASKA容疑者は、こんなに重症だ!」と煽るような報道は、実情にそぐいません。 ましてや追いかけ回し、社会的に抹殺しようとするのではなく、ここからもう一度、回復の道に繋がれるよう、司法関係者や支援者が連携を作り、そしてマスコミの皆さんも協力し、ASKAさんの回復に適した、静かな環境を提供することが大切ではないかと思います。 また、ASKAさんは、病院で治療を受けたり、回復施設にも1ヵ月ほど入寮したりと、薬物依存症の治療プログラムを受けていましたが、そのことを取り上げ「最新医療も効果がなかった」などと書かれていた所もありましたが、依存症の治療プログラムとはそのように、白黒はっきりつけるものではありません。 プログラムにすぐにのれる人と、なかなかうまくのれない人がいて、回復するまで、再発を何度か繰り返し、もがき苦しむ人もいるのです。だからと言って、なかなか結果を出せない途中経過の段階で、再発してしまったら全くの無駄かと言えば、決してそうではなく、失敗の経験もまた必要なのです。 何度か失敗した上で、「あぁ、もう自分一人ではやめられない」と、周囲の人間、支援をしてくれる団体や仲間達に、素直に「助けて欲しい」と認めることができて、やっとプログラムが効いてきた・・・というパターンは往々にしてあります。 むしろASKAさんは前回の逮捕で、「もう絶対に薬には手を出しません」と声明を出していることから、自分が薬物依存症に罹患していると腹落ちしておらず、心のどこかで「強い意志でやめられる」と思っていたのかもしれません。 いずれにせよ、もし再発していたとしたなら、ここから治療をやり直すしかありません。マスコミの皆さんは大騒ぎしておられますが、依存症の再発はそれほど珍しいものではありません。 どうか過剰な煽り報道は控えて頂き、薬物依存症からの回復を、暖かく見守って欲しいと願います。(公式ブログ「in a family way」より2016年11月29日分を転載)

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    なぜやめられない?薬物、アルコール、高カロリー食の 「快感回路」

    ナの教養 週末の一冊】東嶋和子 (科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師) 歌手のASKA氏の覚醒剤事件や危険ドラッグの横行をみるにつけ、「なぜ手を出したのか?」「なぜやめられないのか?」と、蚊帳の外の人間は疑問に思う。 社会的な、あるいは文化的な説明はもちろん重要だが、それはいったん脇に置き、「もっと根本的な、文化の差異を超えた生物学的な解明」を試みたのが、本書である。快感をめぐる神経生物学分野のめざましい進展 著者のデイヴィッド・J・リンデン氏は、ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授を務める神経科学者。おもに細胞レベルでの記憶のメカニズムの研究に取り組むとともに、脳神経科学の一般向けの解説にも力を入れている、と帯にある。『快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか』(デイヴィッド・J・リンデン 著、 岩坂 彰 翻訳、河出書房新社) 原書の副題は、「私たちの脳はどのように、高カロリー食やオーガズム、エクササイズ、マリファナ、慈善行為、ウォッカ、学習、ギャンブルをすごく気持ちいいと感じさせるのか」である。ここに示唆されるように、本書は医学的な依存症のみを扱っているのでも、文化的な「悪徳」に焦点を当てているのでもない。 著者によると、「非合法な悪習であれ、エクササイズ、瞑想的な祈り、慈善的な寄付行為といった社会的に認められた儀式や習慣であれ、私たちが生活の中で『日常から外れた』と感じる経験はほとんどの場合、脳の中の、解剖学的にも生化学的にも明確に定義される『快感回路』(報酬系)を興奮させるものである」。 すなわち、買い物であれ、セックスであれ、ギャンブルであれ、あるいは学習や祈りや激しく続くダンス、オンラインゲームであれ、これらは等しく、脳の一連の領域へ収束する神経信号を生み出す。人間の快感は、この小さなニューロンの塊の中――「内側前脳快感回路」と呼ばれる領域――で感じられている、というのである。 「ハレ」と「ケ」という日本人の感覚でいいかえるなら、「ハレ」の経験は善も悪も、脳の同じ回路で快感として処理される、ということか。 こうした現象は、神経機能に関する知識が積み重なってきたことと同時に、脳を精密に計測したり観測したりする技術が開発されてきたことで、わかってきた。脳研究、なかでも快感をめぐる神経生物学の分野での進展はめざましい。本書は、そうした研究成果を数多く紹介しており、研究全体を概観するのにも役立つ。快感はよくも悪くも、人を導く羅針盤快感はよくも悪くも、人を導く羅針盤 私たちは、あらゆる「非日常」の経験から夢心地の快感を引き出せる回路を与えられたわけだが、一方で、この回路は、コカインやニコチンやヘロインやアルコールなどの刺激物によって、たやすく乗っ取られてしまう。「快感のダークサイド」、依存症である。 依存症の特徴である耐性(快感を得るための必要量が増す)や渇望、離脱症状、再発といった恐ろしい側面の根底には、おそらく神経機能の変化があるという。内側前脳快感回路内のニューロンやシナプスの電気的、形態的、生化学的機能の長期にわたる変化で、こうした変化は、脳のほかの部分で記憶を貯蔵するときに用いられる神経回路の変化とも、ほぼ同じものであるらしい。 記憶と快感と依存症はこのように密接に絡み合っているわけだが、経験を通じて快感回路に変化を起こすのは、依存症だけではない。 <私たち人間は、本能から離れたまったく《任意の》目標の達成に向けて快感回路を変化させ、その快感によって自らを動機づけることができるのだ。その目標が、進化上、適応的な価値を持つか持たないかは問題ではない。> クイズ番組でも、スポーツ競技でもかまわない。もっといえば、単なる観念でさえも、人間の快感回路を活性化できるのだ。 <快感に関する限り、人間の持つこの節操のなさは、私たちを素晴らしく豊かで、そして複雑な存在にしてくれている。> なるほど、快感とは必ずしも、コントロール不能なアリ地獄のようなものではない。対象を自由に選び、それに向かって自らを強く動機づけることのできる羅針盤(コンパス)にもなりうる。『快のコンパス』という原題には、快感はよくも悪くも、人を導く羅針盤である、という著者の深い思いが込められている、と気がついた。 依存症の発症は本人の責任ではないが、依存症からの回復は本人の責任である、と著者がいうように、強固につながれてしまった接続に抵抗する別の接続を意識的につなぐことは、けして不可能ではない。 そうしてみると、「何でも望みの対象を(生存や繁殖の必要性とは無関係に)快感刺激にしてしまう柔軟性」は、私たちへの天恵といえるかもしれない。私たちは自らの意思で、この天恵をもっと積極的に活かすこともできるのではないか。 快感の生物学的な基盤を理解することは、依存症に関わる道徳的あるいは法的な側面や、こうした快楽の市場を操る産業について、根本的に考え直す契機ともなる、という著者の指摘に同感である。

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    ASKA 更生を支えてくれた妻への背徳行為の数々

    細い路地に100人以上の報道陣が殺到。あるキャスターは「前代未聞の逮捕劇」と大はしゃぎだった。ただ、事件の“本当の現場”はそこではなかった。「警察は証拠隠滅の恐れがあるのに、逮捕翌日になってやっと自宅にガサ入れしました。押収したのは段ボールたった2箱だけ。つまりASKAは、自宅では覚せい剤を使っておらず、それを警察も知っていたんです。ASKA容疑者の自宅で家宅捜索を行い、押収物を入れた段ボールを運び出す捜査員=東京・目黒区 実は、ASKAは都内に別のマンションがあって、ほとんどそちらに住んでいた。いわゆる“クスリ部屋”です。直前までそこで覚せい剤を使用していたと見られ、警察はそこを重点的に家宅捜索して、証拠を押さえたそうです。その証拠品の中に、ASKAの更生を支え続けた妻の洋子さんを裏切る、ある“忘れ物”が見つかったそうなんです」(捜査関係者) 11月28日夜、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いでASKA容疑者が逮捕された。2014年5月に覚せい剤の所持容疑で逮捕されてから2年半──発端は11月25日、ASKAが自宅からかけた110番。「盗撮されているから調べてほしい」という支離滅裂な内容で、不審に思った警察が違法薬物の検査を行い、微量の覚せい剤の陽性反応が出たという。 ASKAは執行猶予中だ。もし今回も有罪判決が出れば、5年程度の実刑になると見られている。「ASKAが盗撮や盗聴の“被害妄想”で110番したのは、今回が初めてではありません。この数か月で、何度も繰り返しあったそうです。知り合いにも、同様の意味不明な電話をしょっちゅうかけていた」(ASKAの知人) ASKAの異常行動に、洋子さんの精神も次第にすり減っていった。洋子さんは元フリーアナウンサーで、ASKAの2才年上。前回の裁判では「夫に寄り添って支えたい」と更生を支えることを誓っていた。「洋子さんは、ASKAさんをなんとか元の居場所に戻そうと必死でした。保釈の身元引受人になり、千葉県内にある医療施設での薬物依存治療を懸命に支えた。ASKAさんが自宅に戻ってから、身の回りの世話もすべて彼女がやっていました。普通、夫がクスリで逮捕されたら離婚ですよ。しかも前回の逮捕前、洋子さんはクスリで錯乱したASKAさんから壮絶なDVまで受けていたわけですから」(洋子さんの知人)妻にはたらいたもうひとつの大きな裏切り だが、ASKAは2度目の過ち以外にも洋子さんに対してもう1つ大きな裏切りをしていた。「警察がASKAの別宅マンションから押収した証拠品の中に、あの“愛人”の所持品と思われるものが発見されたんです」(前出・捜査関係者) あの“愛人”とは前回の逮捕時、ASKAが共にクスリを使用し性行為に及んでいた相手、A子さん(39才)だ。2014年8月の初公判では彼女について、「大事な人です」と答えていたASKA。今年1月、突如としてインターネット上で公開した手記には、《私は、今回何の罪もないひとりの女性を巻き込み、犯罪者にしてしまいました》と綴り、彼女宛に送ったメールの文面を公開した。《A子のためになることならば、証人でもなんでもやる》《すべて、オレがやったことなのに何でA子が罪を問われちゃうんだろう…。神様は一番大事なところを見てないんだな》(※実際のブログには個人名が綴られていた)「精神状態が不安定なので、どこまで本当のことかわかりませんが、ASKAは最近、知人に“また都内のマンションでA子さんと会っている。ふたりで支え合っている”と話しています。ASKAの“クスリ部屋”から見つかったA子さんの持ち物が、最近もふたりの関係が続いていたことを示すものなのか、それとも前回の逮捕前からASKAが持っていたものなのかはわかりませんが、警察は重大な関心を寄せています」(前出・捜査関係者) はばかることなく彼女への思いを吐露する夫を、それでも妻は隣で支えてきた。いつまでもちらつく愛人の存在に、胸中も複雑だったに違いない。「もし関係が続いていたのだとしたらそれは許せないことです。実は今春、ASKAさんと洋子さんの間に大きな衝突があって、彼が自宅を飛び出したことがあったそうです。今思えば、そのとき洋子さんは今回の事態に気づいていたのかも…。前回の逮捕から2年半、洋子さんの努力は水泡に帰してしまった」(前出・洋子さんの知人) この2年間、洋子さんが歩いて出かけることはなかった。用事があれば日が沈んだあとそっと車で出る。ゴミ捨ても、買い物も深夜。自宅前に道行く人あれば、家の周りを何周もしてから戻る。引っ越しもしないまま近所に気を使い、身を隠すように暮らしていたのも、夫の再スタートを信じていたからこそだった。妻の思いを踏みにじった罪は何より重い。関連記事■ 高畑充希が坂口健太郎のマンションに通う姿をキャッチ■ 安室奈美恵、京都移住計画の裏に事務所独立と再婚願望■ ASKA 「もうクスリやめて」と懇願する妻に凄まじいDVをした■ 美食家・長野博と結婚 白石美帆の超高い「食卓レベル」■ ASKAの長男「何度も打つよ残さず打つよ」と替え歌を歌ってた

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    ASKAが9万5千字ブログに綴った「飯島愛」「盗聴・盗撮」

    あると主張する。《私は、今回何の罪もないひとりの女性を巻き込み、犯罪者にしてしまいました(中略)あの事件が冤罪であることを、少しでも多くの方たちに知ってもらい、彼女の未来のお手伝いをしなくてはならない責任と立場に立っています》 そう綴り、A子とのメールのやりとりを公開した。《A子(※実際のブログには個人名が記されている)のためになることならば、証人でもなんでもやる》《すべて、オレがやったことなのに何でA子が罪を問われちゃうんだろう…。神様は一番大事なところを見てないんだな》《少しでも役に立てたら幸せです》 そこには、A子への思慕ともいえる言葉が並んでいた。「愛人への想いを強く語る一方で、今も一緒に生活を送る妻・洋子さんや2人の子供たちへの謝罪の言葉は、この手記には一切書かれていないんです。そこが何とも不可解で…。彼に反省の気持ちはあるんでしょうか」(前出・スポーツ紙記者)関連記事■ ASKAに覚せい剤を教えたのは世界的な大物ミュージシャンか■ 飯島直子 スーツ姿の男性と朝までカラオケ&手つなぎ目撃■ ASKA逮捕で芋づる式か 元プロ野球選手や有名歌手も戦々恐々■ 栩内被告追い詰める ASKAの第3、第4のシャブ愛人の存在■ ASKA逮捕で関係者「著名ミュージシャンへ捜査進めたい」

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    ASKAが初犯で受けた「懲役3年執行猶予4年」の意味

    小森榮(弁護士) 9月12日、ASKAさんの覚せい剤事件の判決公判で、東京地裁は、懲役3年執行猶予4年(求刑懲役3年)を言い渡しました。起訴状によると、被告人は覚せい剤と合成麻薬MDMAを使用。また、目黒区内の自宅で覚せい剤0.432グラムと合成麻薬MDMAなどの錠剤計約26グラムを所持したとされています。懲役3年の意味 そもそも、先に行われた第1回公判で検察官は、懲役3年を求刑していました。それに対しては、初犯の末端乱用者としては重いという意見が聞かれました。2014年8月28日、罪状認否で起訴内容を認めたASKA被告=東京地裁(イラスト・井田智康) しかし、薬物事件では、求刑においても、判決においても、刑を決める最も重要な要素は薬物の量で、多量を所持しているほど刑事責任は重いと判断されます。薬物の量が多ければ、社会に及ぼす危害が大きくなるので、制裁も厳しいものになるわけです。 よく、覚せい剤事件では、初犯は懲役1年6か月といわれますが、それは末端乱用者の事件では、所持量が1グラム内外のケースが多いからです。 この事件では、被告人が自宅で所持した覚せい剤は約0.4グラムと、末端乱用者の所持量としては多いとまではいえない量ですが、問題はMDMAの量が約26グラムと極めて多量だという点です。MDMA錠剤は、平均的な1錠が0.3グラムといわれますから、被告人の所持した錠剤の数は80~90錠くらいでしょうか。検察官の論告では、被告人の使い方(1回当り1錠半)で約60回分とされていたと記憶しています。 密売人の所持量に匹敵するほどのMDMAを所持していた被告人に対して、その所持量に相応した、重い刑が言い渡されたということになります。 ちなみに、覚せい剤所持の法定刑はMDMA(通常麻薬)所持よりも重いので、覚せい剤でしたら、所持量が10グラム程度でも、懲役3年の求刑・判決ということもあります。執行猶予「4年」の意味執行猶予4年の意味 今回の判決は「懲役3年、執行猶予4年」だったと報じられています。被告人は3年の懲役刑を宣告されたのですが、現実に刑事施設に収容することが猶予され、社会内での更生の機会を与えられたのです。執行猶予期間は4年間、この期間を無事に満了すれば、刑の宣告そのものが効力を失い、有罪判決を受けなかった状態に戻ることになります。ただし、猶予期間中に有罪判決を受けるなどして、執行猶予を取り消されれば、猶予されていた宣告刑を現実に受けなければなりません。 執行猶予は、前科がない者などについて、3年以下の懲役、禁錮又は50万円以下の罰金を言い渡すときに付けることができます(刑法25条1項)。営利目的のない薬物事件では、初犯者の多くが3年以下の懲役刑が求刑されるので、被告人にとっては、執行猶予が付くかどうかが重大な関心事になります。 執行猶予は「情状により」付されるものとされていて(刑法25条1項)、被告人に対して執行猶予を言い渡すかどうかの判断は裁判所に委ねられています。刑事裁判で言う情状とは、量刑判断にあたって斟酌される事情のことで、被告人の性格や境遇、犯行の動機や態様などとともに、犯行後の状況も重要な要素とされています。 一般に、被害弁償などによって犯罪被害の回復に努めたことは、被告人にとって有利な情状として評価されますが、薬物事件のように直接の被害者がない犯罪では、被告人に再犯のおそれがないことが、とくに重要な情状となります。 さて、実際の公判では、ほとんどの被告人が真剣な表情で反省の言葉を述べ、「もう二度と薬物にかかわりません」と誓いますが、これだけでは再犯のおそれがなくなったとはいえないでしょう。 生活態度、交友関係、時間の使い方・・・いろんなことを変えないといけないのです。なぜ薬物を使ってきたのか、なぜやめられなかったのか、これまでの自分に欠けていたことを直視し、生活を変えてこそ、薬物と縁を切ることができるのです。 専門家による指導や、やめ続けている仲間の支えなども有効です。入院治療を受けたり、回復者施設に入所するなど、これまでと違う環境を選ぶことも努力を確かなものにする近道でしょう。ASKAさんのように、保釈を得て専門医による治療のスタートを切ることもよい方法だと思います。 しかし、何と言っても家族の支えが欠かせません。気がゆるんだり、嫌気がさしたりするときも、そばにいて、時には叱咤する家族の存在は、覚せい剤をやめる長い戦いを乗り越える最大の力なのです。弁護人でも気を使う「家族」の存在 覚せい剤事犯にとって、家族などの監督者の存在がどれほど大きいか、如実に示すデータがあります。 下のグラフは、覚せい剤事件で執行猶予判決を受けた519人について、判決から4年以内の再犯状況を調べた調査結果(平成21年版犯罪白書より)のうち、裁判の際に家族などが今後の指導監督を約束した人がいたかどうかを調べたものですが、指導監督を約束した人がいたケース(519人のうち403人)では、猶予判決を受けた後の覚せい剤再犯はわずか18.9%。いっぽう裁判時に監督を約束してくれる人がいなかったケース(519人のうち116人)では、44.8%が覚せい剤再犯に及び、その他の罪名による再犯も含めると、およそ2人に1人が再犯に及んでいるのです。覚せい剤事犯者の執行猶予判決後の再犯状況(監督誓約の有無別) 平成21年版犯罪白書249頁より転載 刑事裁判に関わる法曹関係者は、家族など身近な監督者の大切さを実感しているだけに、長年にわたる乱用で家族を裏切り、苦しめてきた被告人が、家族と和解し、執行猶予後の生活を共に分かち合える状態になっているかどうかが気になります。被告人が家族の監督に従うか、家族の側に被告人を監督する意欲があるか、こうした点を見極めることが重要なのです。 私が弁護人として事件を担当する際には、被告人本人よりも、むしろ家族に対してより多くの時間を割くことさえあります。 こうした具体的な解決策を丹念に仕上げたとき、公判の席上で、被告人は胸を張って「過去の自分と決別し、再出発します」と誓い、弁護人は「被告人に再犯のおそれはない」と言い切ることができるのです。 執行猶予期間は、裁判確定の日から1年以上5年以下とされています(刑法25条1項)が、私の担当した事件では中間の3年というのが最も多かったようで、これが標準だと思います。2年というケースもありましたが、数件です。2年に比べれば、4年という事件は、結構ありますが、犯情に若干問題があったケースが多かったようです。多いに問題があり、再犯のおそれが強ければ、5年になったり、保護観察が付いたりします。 本件についてみれば、裁判官は、最後に説示したようにASKAさんが人の意見を聞かないこと(マスコミ報道によれば)に不安を持ち、再犯のおそれが若干高いと判断したのでしょうか。もっとも、実務では、宣告刑より短い猶予期間を定めることは行われていないとされているので、その観点からみれば、宣告刑が懲役3年の本件では、4年は標準的な期間で、格別問題はないということもできるかもしれません。[参照]①グラフを引用した、覚せい剤事犯者の執行猶予判決後の再犯状況(再犯ありは154人で29.7%、うち覚せい剤取締法違反による再犯は128人で24.7%)の詳細は下記で読むことができます。平成21年版犯罪白書 第3章 第1節http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/56/nfm/n_56_2_7_3_1_1.html②覚せい剤事犯者の再犯状況については、次の過去記事をご参照ください。過去記事「覚せい剤と再犯」 2012年11月26日http://33765910.at.webry.info/201211/article_16.html(「弁護士小森榮の薬物問題ノート」より2014年9月13日掲載分を転載)

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    私が慶大で出会った広告学研究会という滑稽な「リア充」たち

    鈴木涼美(社会学者) 「すみません、ミス慶応の出場者を募ってる者なんですが、ぜひ出て下さい!」と当時大学に入って間もない私に声をかけてきたのはTシャツにシャツを羽織ってちょっとしたネックレスをつけた男だった。もちろん「あ、でも君の場合は勿論あれです。エントリー写真は顔のアップじゃなくて乳の谷間のアップで」というオチつきで。失礼な。 そういう、大して面白くはないけれどその場は盛り上がるような笑いを彼らは持っていた。その数ヶ月前、入学式の翌日、日吉でも三田でもない辺境のキャンパスで広告研究会の「キャンスト班」の新歓お茶会にも行った。先輩たちが飲めよ食べよその代わりぜひ入ってね、とやる例のやつである。テーブルで話題になるのは去年の海の家で誰と誰がヤッたとか付き合ったとか、一昨日の三田との合同のバーベキューで誰と誰がヤッたとか付き合ったとか、夏は誰々がクルーザーを借りるらしいとか、誰々の親はなんちゃら株式会社の社長だとか。暴行問題で揺れる慶応大学日吉キャンパス=13日、横浜市港北区  どれもこれも別にすごく面白くはないが、場がしらけずに湧く。時は2002年。ちょうど早稲田の有名サークルのトップが逮捕されたことが話題になっていた頃である。慶応の広研はそれよりは随分上品に、けれども若さで想定しうるありきたりなことはすべて内包していた。セックス、恋愛、お酒、オシャレ、不真面目、オカネ儲け、嫉妬、仲間、遊び、遊び、社会、悪意、ノリ、リアル。どれをとっても別に特別なことではない。特別なことではないが、どれも真剣に全うしようとすると結構時間と手間がかかる。 2002年当時はまだ「リア充」なんていう便利なコトバは一般的ではなかった。その代わり、慶応の辺境であるSFCには暗い、マニアック、オタク、真面目っぽい、ダサい、キモいで形容されるような在り方はたくさんあった。その対義語、アンチテーゼとして彼ら広告学研究会らの佇まいはあった。私はここ10年「リア充」というコトバが一般名詞として使用される度に、なんとなく広研の人らを想起する。 この度、そのリア充集団である広研は未成年の飲酒問題で伝統あるイベントのミスコンを中止にしてしまったことを発端とし、集団レイプ疑惑やら美人局疑惑まで浮上し、ポリティカリー・インコレクトな存在として不名誉な脚光を浴びているらしい。私は失礼なミスコンスカウトや入学直後のちょっとした飲み会などの縁しかない同サークルを擁護する義理も愛も何もないし、そもそも法律を破った人らに肩入れする熱意のある異端派でもない。ただ、彼らをただの鬼畜で非人道的な犯罪者集団として説明してしまうような安易さは、後々自分自身の首を締めるのではないかとちょっと懸念しているだけだ。おそらく杞憂に終わるし、おそらく気のせいだが、あまりにコレクトネスにとらわれると、逆に正しさへの自然な敬意を失うこともある。「若気の至り」の境目 「非リア」に対するやや批判的なニュアンスを含んで肯定されていた「リア充」という流行語だが、「非リア」という言葉の利用のされ方が当事者たちによる自己愛的な自虐である場合が多いのに対し、「リア充」は表面的には羨望として、内実はちょっとした嘲笑とともに、あるいは軽い冗談として他者を指す。フェイスブックで「いいね!」の数がものすごい量だとか、土日のスケジュールが3ヶ月先まで埋まっているとか、自分の誕生日に100人規模のパーティーをするとか、LINEの友達数が異様に多いとか。多くの非リアは自分を非リアで非モテだと自虐しながら、リア充の必死さを嘲笑う。確かにちょっと滑稽なのだ。無理して社交的であらんとしている人たちの姿というのは。画像はイメージです なぜだろうか。リアルが充実している、ということ自体は何よりも重要なことに思える。虚構が充実していて助かるのは女優や芸術家であって、この世を生きる多くの人間にとってリアルより重要なことなどないのだ。ただし、社会性をもって都会的であって充実して楽しいというのは作り出すものではなく、演出するものでもない。過剰にそれをアピールしている「リア充」はバランス感覚が悪い。 ヤンキー漫画のヒーローたちがあれだけめちゃくちゃに暴れて殴りまくってもどこか牧歌的なのは、間違いなく子供の頃から暴れて殴り殴られまくっているからだ。どれくらい殴っていいのか、知らぬ間に肌が覚えこんでいる。若さというのはそれだけでとてつもない価値があるが、間違えれば狂気や痛々しさにもなりうる。「若気の至り」の境目を生身の手の感触で探り当てる子供時代は絶対に必要だ。 強制わいせつや美人局を「若気の至り」なんていって許容する社会は危なすぎる。今回の騒動がすべて事実ならそれは糾弾されるに値する罪だ。しかし、その彼らをなぜ若さと犯罪の区別もつかない大馬鹿野郎に育ててしまったのかは一考の余地がある。 私が6歳まで育った中央区月島のマンションには付帯施設の公園があり、タイヤや丸太を駆使したアスレチックの吊橋部分から落下した時に切ったおでこの傷は今も注意深く見れば分かる程度に残っている。私がお酒を飲んで初めて吐いたのは高校時代の体育祭の打ち上げで行った安いサワーを樽で出すような高田馬場の飲み屋だった。店主が「絶対に急アルにはなるな。そうしたらもうこの店で飲み会はできなくなるんだから」と飲み会前に演説するような店だった。月島のマンションも高田馬場の雑居ビルも健在だが、アスレチック遊具もその居酒屋もいつの間にかなくなっていた。 集団レイプを若さなんていう免罪符で許容するような緩みは必要ない。しかし、子どものパックリ割れたおでこや高校生のゲロで汚れたトイレを一切の予断なく切り捨てる緩みのなさは、結果的に若さの許容範囲を理解することもなく美人局をしたり、ひたすらフェイスブックの「いいね!」のために味もわからない店の高い料理を頼む滑稽な若者たちを生み出していることには、もっと自覚的でなければならないと思う。

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    なぜ「ヤリサー」は消えないのか オンナを性の道具と見下す男の心理

    を動画で撮影されたという。これが真実であるならば、まさに「鬼畜の所業」と言わずして何であろう。 この事件の報を聞いて、先月に行われた東京大学の男子学生による性的暴行事件の裁判を思い出した人も多いだろう。この事件でも、女性に飲酒を強要し、前後不覚になった被害者を凌辱した。両事件に共通することは、まるでゲームか何かのように、1人の人間を弄び心身に大きな傷を負わせても平気であったということだ。被害者が受けたはかり知れない傷の大きさを思うとき、これら加害者の「軽さ」に愕然とする。東京大学 これらの事件によって、「名門大学生による性犯罪が増えている」などと言うのは早計である。また、「名門大学生がなぜ」などと言う疑問にもあまり意味はない。確かに立て続けの感はあるが、名門大学生がこの時期に挙って悪党になったわけでもなければ、名門大学の教育が性犯罪者を生んでいるわけでもない。報じられないだけで、名門大学生によらない性犯罪のほうがはるかに多い。 要は、これらの事件では、卑劣な性犯罪者がたまたま名門大学生であったということであり、立て続けに同じような事件が起こったというのは偶然でしかない。確かに、東京大学の事件で犯人は「相手は自分より頭が悪いと見下していた」という内容のことを述べており、彼の歪んだ特権意識が一因であったことも事実である。しかし、それは事件の本質ではない。性犯罪は「ある種」の人間が犯すもの 卑劣な性犯罪は、名門大学生であろうとなかろうと、「ある種」の人間が犯すものであり、今回の男子学生たちにもそれが当てはまる。つまり、この種の性犯罪者の特徴として第一に挙げられるのは、女性に対する著しく歪んだ認知である。彼らは、女性を自分と同じ人格を持った人間として尊重する認知を有していない。そもそもそのように見ることができない。そのため、相手がどれだけ傷つき、苦しむかということが想像できない。 「女性は産む機械」と発言して物議を醸した大臣がいたが、程度の差こそあれ、これも似たような認知の類である。つまり、「女性は性の道具」としか見ることのできない人間が、残念ながら世の中には存在し、彼らがこのような性犯罪を起こす。酒を飲ませ、まさに人格を失わせてから行為に及んだ犯行の態様を見ても、彼らにとって相手の人格は邪魔でしかなかったことが明らかである。 かつて私は痴漢で懲役刑となった性犯罪者に対し、刑務所で調査をしたことがある。その結果からは、彼らの女性に対する露骨な認知の歪みが浮かび上がり、愕然とさせられた。彼らの多くは、「女性のほうも痴漢をされたがっている」「痴漢をされても声を上げないのは、OKの印」などと本気で考えていた。このような認知を有しているからこそ、公共の場である電車内で、誰憚らず見知らぬ他人の体に触れるという行為に出ることができるのである。 痴漢行為が卑劣な性犯罪であることは間違いないが、今回の一連の性犯罪では、はるかに悪質な数々の非人間的行動に至っている。したがって、彼らの認知の歪みもはるかに悪質であることは想像に難くない。 また、このような性犯罪者の特徴として、四六時中「性的妄想」に耽っているということも挙げられる。彼らは、女性を見ればあたかも白日夢のようにすぐさま性的なファンタジーに耽り、次はどのようにして相手を陥れ、どのような行為をしようかということばかり考えている。薬物依存者が、弱い薬物が効かなくなるとより強い薬物を求めるように、より刺激的な性行為を夢想し、エスカレートしていく。報じられているように、被害者に尿をかけたり、動画に撮影したりという倒錯的な性行動に出たのはそのためである。 これらの要因に加え、集団であったからエスカレートしたということも、彼らの心理の一面としては当たっている。ここで重要なことは、リーダー的な「首謀者」の存在である。私はかつて、早稲田大学の「スーパーフリー事件」の際に、主犯の男に面接をしたことがあるが、あの事件は、上述のような性犯罪者の特徴をすべて兼ね備えた男が主導し、周囲の共犯者が同調したものであった。アダルトビデオは要因ではない 本件を含め多くの集団犯罪がそうであるように、1人のきわめて異常な、そしてある意味カリスマ的な首謀者の存在がなければ、これらの事件は起こっていなかっただろう。とはいえ、そもそもそうした反社会的な者に嫌悪感や危機感を抱いて距離を置くのが「正常な」人間だとすれば、逆にそのような危険な人物に魅了され、付き合いを深めていた同調者たちにも、程度の差こそあれ同様の「歪み」があったことは確かである。今回の事件でも同じ合宿所にいながら、これらの行為に加担しなかった男子学生もいたということであるから、同じ状況にあっても、すべての者が同調するわけではないのである。慶大広告学研究会が合宿していた集会所=神奈川県葉山町 しかし、それでは彼らの「歪み」は、どのようにして生じたのだろうか。多くの人は、世に氾濫するアダルトビデオなどの影響を想定するかもしれない。世の中には「強姦モノ」「痴漢モノ」などの性犯罪を扱ったアダルトビデオが数多く存在する。しかし、これまでの研究によれば、こうした性的コンテンツは、そのような性的嗜好を既に有している者たちの逸脱を助長することはあっても、元来そのような嗜好を有しない者に、逸脱した性的嗜好を植え付けるものではないことがわかっている。 代わりにまず挙げられるのは、生理学的な要因である。男性ホルモンであるテストステロンの血中濃度の高さは、攻撃性や性的衝動が強めることが知られているが、このような者が性犯罪者にも一定程度存在する。環境的要因としては、家庭や友人など彼らを取り巻く環境の影響も無視できない。例えば、そこで女性を見下すような価値観が共有されていたという可能性が挙げられるだろう。 しかし、何より彼らの歪んだ心理の根底にあるものは、救いようのないほどの男性としての自信のなさである。彼らは心の底では、女性を下に見ているどころか、実は著しい劣等感を抱いている。そしてその一方で、「男は女より上でなくてはならない」という価値観にがんじがらめになっている。そのため、力で女性を押さえつけ、凌辱することで自分の優位性を得ようとする。しかし、他人を貶め、傷つけることで一時の優越感を得たとしても、当然のことながら現実的に彼らは何も高められてはいない。彼らの「歪んだゲーム」には果てがないのだ。

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    ブスは相手にしないミスコンを「見なくてよい自由」はないのか

    ニュース。被害にあった女子学生はどれだけ苦しかっただろう。 「不祥事」というにはあまりにも卑劣な暴力事件のために、今年のミス慶応コンテストは中止になった。当然というほかないし、もし性暴力を楽しむような「伝統」が同サークルに受け継がれているとしたら、それが「ミスコン」という「女性を容姿(≒性的魅力)によってランク付けするイベント」の主催団体であることに、直感的な嫌悪を感じた人もいるのではないか。大学におけるミスコンが、そのような「伝統」と一切無関係であると言い切れるのか。2006年、ミス慶応に輝いたテレビ朝日の竹内由恵アナウンサー 個人的な立場を明らかにしておくと、筆者は大学で行われるミス・コンテストのすべてには反対していない。が、賛成でもないし、積極的にやるべきではないという立場である。どっちつかずの曖昧さを残しているのは、「自由」をたてにされると何も反論できないからだ。 「ミスコンに参加する女性たちの自由はどうなる」「イベントを開催する学生の自由はどうなる」そのとおり。自由は最上位に置かれるべき価値観だ。やりたい人はやればよい。が、筆者は個人的な意見として、女子大生が容姿によって序列化される品評会がまるで「一世一代のイベント」のように報じられ、場合によっては景品や広告提供などの名目で巨額のスポンサーがつく現実は「あまり見たくない」と思う。 これは好みの問題で、筆者はできるだけ、その喧騒に巻き込まれたくないのである。大学では容姿のことなど忘れて学問に集中したいから、という理由もある。冒頭で述べたように、今回の慶応大サークルのように「性暴力を当然とする風土」をもつ団体が、ミスコンを主催していたという現実もあまり直視したくない。性暴力とミスコンが、どこかでつながってしまう気がするからだ。見たくもないものを、無理やり見せられているような気分になる。 「考え過ぎ」「そこまで言わなくても」という意見もあるだろうが、そういう直感をもつ人間もいるということだ。ミスコンが人気を集める一方で、「ミスターコンテスト」が圧倒的に少ないのは、外見による序列化が男性より女性に優位に働くことを示している。そして、その序列化を当然とする態度が、ときに性暴力を当然とする態度につながる可能性はある。そこに直感的な怖さを感じる人間もいるのだ。国公立大の「ミスキャンパス」に反対の理由 「ミスコンを主催する自由、参加する自由」があるというなら、こちら側の「見なくてよい自由」も保障してほしい。ただし、これは言い換えれば「見なくてよい自由」=「間接的にでもかかわらなくてよい自由」が保障されている限り、ミスコンには反対できないということでもある。大学主催のミスコンが「いちサークルの主催で行われる学園祭のいちイベント」であれば文句は言えない。こちらは、ただ黙って目を背けるだけである。 しかし、これが私たちの税金によって運営される団体によるものであれば、話は違ってくる。たとえば京都大学では度々、ミスコンが企画されては潰れるという「事件」が起きているが、国立大の公認サークルが企画するというのであれば、当然私たちの税金が一部でもミスコンに使われる可能性があるわけで、「関わらない自由」があやうくなる。国公立大学でのミスコンは基本的に反対だ。税金をつぎ込んで女性の外見を品評するくらいなら、奨学金の充実や研究費に充てた方がよほど社会のためになるであろう。 余談だが、この論理からいえば、地方自治体の実質的なミスコンである「何とか美人」「何とか大使」みたいなものもやめるべきだということになる。美しい女性が地方のPRになる、と言いたいのは理解できないこともないが、生身の人間を使うのはやめておくべきだ。どうしてもやりたいなら、2次元の美しいキャラクターに代わってもらえばよい。 筆者の主張は単純だ。民間団体が主催するミスコンには反対こそできないが、「見なくてよい自由」を保障してほしい。こちらが見なくてよいミスコンであれば、どんどんやればいい。成人雑誌のゾーニングのように、あちら側とこちら側を分かつものがあればよい。が、そんなミスコンがありえるだろうか。大学で開催されるミスコンはもはや年中行事と化しているし、特に首都圏のそれは週刊誌やネットメディアから注目を集め、大々的に報道される。 「ミス・キャンパスコンテスト」が、我々の視界から消えることはないだろう。つまりそれを見たくない人の自由は、ギリギリのところであやうい。ここまで肥大化したミス・キャンパスに、成人雑誌のようなゾーニングは難しいだろう。見たくない者は、鼻をつまんで目をそむけるしかない。自由という価値観が最上位にある限り、「ミスコンを廃止せよ」と叫ぶことの正当性は薄い。それでも我々には、「ある種のミスコン」に違和感を唱える権利があるし、女子学生を品評するその土俵がいつかまた、今回のような暴力事件と結びつかないことを祈る「自由」もある。

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    「ヤリサー」主催のミスコンなんてもういらない

    女子アナの登竜門として知られる「ミス慶応コンテスト」の主催サークルに集団レイプ疑惑が浮上した。しかも突然のミスコン中止に波紋が広がった矢先である。関係者の証言からは、その実態がセックス目的の「ヤリサー」だったとの声も聞こえてくる。もう金輪際、バカ学生が牛耳るミスコンなんてやらない方がいい。

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    美人に生まれるのは本当のところ得ですか?

    林真理子(作家)中沢沙理(2016ミス・ユニバース日本代表)美人に生まれるって、本当のところ、得なの損なの? 林真理子さんの最新小説『ビューティーキャンプ』の登場人物は美女ばかり。刊行を記念して開かれたGINGER STYLE セミナーで対談の相手を務めるのも、2016ミス・ユニバース日本代表に選ばれたばかりの日本一の美女・中沢沙理さん。世界に通用する美とはどのように培われるのか。圧倒的な美が周囲にもたらすものとは。(撮影:岡村大輔)ミス・ユニバース・ジャパンが選ばれるまで林真理子(以下、林) こんばんは。今日はお集まりいただきありがとうございます。今年のミス・ユニバース日本代表中沢沙理さんです。中沢沙理(以下、中沢) 皆様こんばんは。3月1日に開かれました日本大会にて2016年ミス・ユニバース・ジャパンに選んでいただきました。今日は皆様と楽しい時間を過ごせたらと思います。よろしくお願いいたします。2016年ミス・ユニバース・ジャパンの中沢沙理さん(南雲都撮影)林 あまりにお綺麗で、今、「おぉっ」と会場からどよめきが起きましたけれども、どうですか? 日本代表に選ばれる自信はありました?中沢 100%の自信はなかったんですが、ずっと以前よりミス・ユニバースに憧れていて、特にこの半年間は集中して取り組んできましたので、自分の可能性を信じてとにかくベストを尽くそう。そう思って臨みました。林 今回私は本を書いた仕上げとして初めて日本大会の審査員を務めましたが、大会は一次審査、二次審査とありまして……。中沢 全国47都道府県からそれぞれの代表が集まり、一次はダンス審査と、大会前に行われた2週間のビューティーキャンプでの生活態度などの結果で、まずは46人から16人に絞られました。林 47都道府県のうち、唯一棄権が出たのが、私の故郷、山梨。それで46人。まぁ、それはどうでもいいんですが。でもミス・ユニバースの苛酷なところは、なんといっても1位が選ばれる瞬間ではないですか。中沢 二次審査で選ばれた5人のうちから、4位、3位、2位と発表されて、最後残されるのが1位と5位。林 二人が手を取り合い向かい合って、その時を待つ。今回、中沢さんと向かい合った方はとても背が高くて。中沢 182センチくらいありました。林 中沢さんがとっても華奢で小さく見えたので、世界大会に行くのは背の高い子かしらと思ったんですけど。選ばれて、どんな思いでしたか。中沢 びっくりしました。身長が高い方が世界大会で有利だと多くの人が思っていらっしゃるでしょうし、それでも「選ばれたい」という気持ちが自分の中にありまして。ひらすら祈ってました。林 最後にああやって二人が向かい合うってイヤなことじゃないですか。中沢 12月から少しずつトレーニングが始まって、ファイナリストはライバルでありながら仲間でもあったので、最後は誰が選ばれても「おめでとう」と言えるようでありたいとはずっと思ってました。実際のビューティーキャンプは小説より苛酷?実際のビューティーキャンプは小説より苛酷?林 『ビューティーキャンプ』はお読みいただいているかしら?中沢 もちろんです。林 この小説はミス・ユニバースの舞台裏を取材して、「ビューティーキャンプ」という2週間の非常に苛酷な、アスリートのような合宿の模様を描きましたが、実際に体験してどうでしたか?中沢 小説と近いものがありました。実際、朝7時のジョギングから始まって夜中までダンスレッスンがある。体力的にも精神的にも大変でした。林 小説にはエルザという美の伝道師が出てきて、美しい人たちに向かって、「あなたたちは今まで美しいことで辛い目に遭ってきたでしょう」と問いかける。小中学生くらいだと「首が長い」「背が高い」と苛められ、高校生くらいになると「色目使ってる」「イヤらしい」と責められる。中沢さんはそうした経験はされたのかしら?中沢 直接的に苛められることはありませんでしたが、身長が高くて目立っていたので男の子は全然来てくれませんし、男の先生と話していると女の先生がイヤな目で見てくるとか、そういうことは確かにありました。林 いくつくらいで、“自分っていけてる"って自覚するものですか?中沢 はっきりした自覚の記憶はないのです。でも自信をもっとつけたいと思い始めたのは中学生の時でしょうか。中1で165センチはありました。林 「沙理ちゃん綺麗」って、みんなから言われたでしょう。中沢 「かわいいね」と言われたことはありますが、「調子に乗り過ぎちゃダメ」と母にずっと言われてまして。褒められた時は、素直に「ありがとう」という気持ちでいました。林 中沢さんは今歯科医を目指していて、勉強にも励んでいる。それはただ綺麗な人と言われるのがイヤだからとか?中沢 そんなことはないんですが、単純に身体や人に興味があったので勉強を続けてきたら、ここまで来ました。美しすぎる女は男からも女からも敬遠される美しすぎる女は男からも女からも敬遠される林真理子氏林 先ほど控え室で意地悪な質問をしたんですよね。ミス・ユニバースのファイナリストレベルに綺麗だと逆にモテないんじゃないかって。私も小説を書くにあたってたくさんの元ファイナリストたちから話を聞いたんですが、みんな本当に綺麗で。ある時、青山で取材して、皆さんが店の外まで見送ってくれたんですけど、他にも女の人がたくさんいる中で彼女たちだけに光が燦々と当たっている感じだった。すごい輝き。でも、彼女たちの半分以上は外国の方と結婚している。これだけ綺麗だと、日本人の男性は怯えちゃうんじゃないかな。だから、ファイナリストレベルになると、男性に対して実はあまり得してないような。中沢 男性からちやほやされた経験は本当にないです。林 モテないなんて、信じられない。高校は共学?中沢 共学で、理系コースだったので3分の2以上が男の子でした。それでもクラス内で付き合うってこともなく。大学も理系で1クラスで6年間ずっと一緒なんですが、やっぱりなにもないんです。林 学校に行く時はヒールを履いたりなさる?中沢 履きます。ヒールを履くと180センチを超えてしまうので、男性と歩く時は履かないようにとも思いますが、気を遣うのもしんどくて。林 このレベルでの美しさだと、声をかけづらいのかしら。小説『ビューティーキャンプ』のエルザは「美しさは不当に貶められている」と言います。聡明さや優秀さは努力して身につけたものだから賞賛されるけど、「美人」「かわいい」は生まれつきだから評価されにくいと。「どうせ美人だからうまくいったんでしょう?」みたいな言われ方はされたことあります?中沢 「笑っておけばなんとかなるよ」というお言葉をいただいたことがあって。半分は褒めて下さってるのかなと思いながらも、中身をきちんと見てほしいという気持ちもあります。林 ビューティーキャンプでは協調性とか前向きであるとか、そうしたことも審査対象になるんですか?中沢 そうですね。50時間ほどの講義には常にカメラが入ってまして、先生方からの評価もあるので、全く気を抜けませんでした。少しでもイメージが下がると上げるのが難しいので。その他大勢にならないよう、自分のカラーを他の人に伝えるためにはどうしたらいいか、ということをずっと考えていました。林 大会本番ではスピーチ審査もあるんですよね。中沢さんが本番で受けた質問は?中沢 あなたの人生にもっとも影響を与えた人物は誰ですか? という質問だったので、ずっと憧れていた女優のオードリー・ヘップバーンについて話しました。誰が見ても美しい女優ですが、晩年にはチャリティー活動をされてまして。外見だけではなく行動でも多くの人を魅了したところに惹かれています。林 スイスのローザンヌに旅行した時、案内の方がどうってことのないお墓の前で車を停めてくれて。それがオードリー・ヘップバーンのお墓でした。あの方は顔もほとんどいじってなくて。あえてシワなどもそのままにしてて、白人の女性にしては珍しい。ところで中沢さんは女の友達は多いのかしら?中沢 私はかわいい女の子が好きで、みつけるとすぐに声をかける方です。林 かわいい女の子同士でつるむ?中沢 そういうわけじゃないんですけど。いろいろな方と知り合いたくて、キャリアを積んでる方から、専業主婦になってお子さんもいらっしゃる方までいます。林 モデルさんって同じくらいの美しさの人たちと一緒にいるのが楽で、普通の人とは群れないって、ご本人たちからお聞きしたことがあります。中沢 確かに特殊な仕事なので、お互いの環境を言い合えるという意味では落ち着きます。でも私の場合は好奇心の方が勝ってるかもしれません。林 今日びっくりしましたが、まだ22歳? この威厳。この落ち着き。2012年のミス・ユニバース日本代表の原綾子さんにお目にかかった時、彼女も若いのに、辺りを睥睨するような威厳があって。女王のようなオーラを発していた。ビューティーキャンプで身につくものなのかしら?中沢 ビューティーキャンプを始めとするミス・ユニバースの活動を通じて、考えはぶれないようになってきたとは思います。完璧な肉体美は偏見をもはねのける完璧な肉体美は偏見をもはねのける林 この間の日本大会を見てると、舞台上の皆さんがすごく楽しそうで。水着姿だけど、羞恥心なんて皆無。音楽に合わせてリズムにのって、「私を見て」って歩く。ターンする姿も、一朝一夕で作れるものではなくて圧巻でした。 そんなことと比べるなと言われそうですが、昨夜テレビで女芸人たちが、それこそ恥ずかしげもなくお腹を見せて笑いをとっていて。その対極がミス・ユニバースなわけですが。贅肉のひとかけらもないボディに、完璧に伸びた脚とくびれ。イヤらしい目で見ることができないくらいの肉体美。80年代にミスコン批判がありましたけど、そうした偏見をはねのけるほどでした。中沢 私自身、普段は肌をだすことに抵抗があって、女友達と行く温泉さえイヤなんですが、今回ミス・ユニバースに参加するにあたって、水着に着替える時間が限られており、そんなことにこだわっている場合じゃなくて、全員の裸を見飽きるくらいに吹っ切れました。苛酷な2週間の最後の締めくくりだから、舞台の裏で「みんなで盛り上げよう」と円陣を組んで臨みました。林 今後は歯医者さんのお勉強も続けていく?中沢 軸は変わってません。勉強は最後までやりたいですし、それに加えてミス・ユニバースという新しいブランドや知識を取り入れて美容と健康も伝えていけるようになりたいです。もともとファッションが好きなので、メークや服の着こなしなども発信していきたいと思ってます。林 今日のメークはご自分でされたとか? 今日の方が、大会の時より綺麗。中沢 大会時はプロのメークさんにミス・ユニバースらしいメークをしていただきました。今はミス・ユニバースのブランドイメージと、2016年の新しい私にしかない魅力を伝えられるメークを研究中です。強くてゴージャス。世界で通用する美とは林 数年前の日本大会ではたかの友梨さんが審査員でした。「あの子かわいいですね」と言ったら、「確かにかわいいけど、世界大会でどうなんでしょう」とおっしゃって。それが印象に残って小説で使わせてもらいました。難しいですね。世界が求める美しさは強くてゴージャス。日本人はそういうのがわりと苦手のようで。中沢 今回、本を読ませていただき、そのシーンはとても印象に残りました。実際のキャンプ中でも、かわいらしくて日本人が好きそうなタイプの方もたくさんいて、でも目標は世界なので、世界でどうアピールできるかを、私も小柄な方ではありますが、ずっと考えてます。林 中沢さんはアジアンビューティーだからアジアとか日本を前面に出すのはどうですか。中沢 日本人として育ってきましたので、日本の良さをアピールすることは大事だと思ってます。日本と日本人女性の良さを伝えていきたいです。林 これまでだと知花くららさんは日本人だったら誰もが好きなタイプで、その後の森理世さんは強烈な個性を放って世界一の美女になった。世界に通用する美を手にするのは大変なこと。中沢 世界大会は80カ国くらいから集まってきて、国によって美の基準もバラバラ、肌の色も違う。そんな中で単純に日本人が見て顔がかわいいとかスタイルがいいというだけでは世界で目立てない。内面も含めて世界基準で誰もにいいと思っていただけるようにならなくては。林 日本の男性は狭量で、自分よりも背が高い女性とか強い個性を持つ女性を敬遠する傾向があって。そうした男性と合わせ鏡にある日本の女性はいつまで経っても「かわいい」を第一に考えるところがあると、『ビューティーキャンプ』の書評にありました。中沢 日本の男性が望むのは、自分の一歩後ろをついてくる気の優しい女性なのかなと思いますし、そういうふうに実感する場面もたくさんあります。でも世界で、日本でももちろんそうですが、活躍するためには、自分を出していかないといけないと思ってます。そうしないと成長も難しいのかな、と。林 私が取材でお会いした日本人男性と結婚した元ファイナリストたちの多くが離婚されてましたよ。男性側が受け止めきれないんでしょうね。でもいいじゃないですか。世界に羽ばたいて外国の方と結婚するというのも。中沢 そうですね。結婚願望はありますので、世界でいろいろな方と出会える機会が今後あるとすると楽しみです。起き抜けの白湯とストレッチ、フルーツの効用起き抜けの白湯とストレッチ、フルーツの効用3月8日、滋賀県の三日月大造知事(手前)を表敬訪問、談笑する中沢沙理さん林 これだけの美しさを保つために気をつけてらっしゃることがあれば、最後に教えて下さい。聞いても無駄なような気がしますけど(笑)。お肌のためにやっていることとか?中沢 日焼け止めは、春先も冬も、肌に負担のない範囲でつけてます。林 ダイエットはなさったりする?中沢 ビューティーキャンプの時は体力的に厳しくて、一日三食プラス補食を2回とか食べてました。もともと食べることが好きで、東京で美味しいものを探すのが趣味です。小さい頃は新体操と水泳、中学高校はバレーボール部、今はヨガを中心にジムに通ってます。ダイエットをやるというより、運動して食べる感じです。林 この間対談で堀北真希ちゃんにお会いしたら、中学時代にジャージ姿のところをスカウトされたそうで。ジャージ姿から今日の彼女の美しさがわかるなんてすごい。中沢さんもスカウトされたとか。中沢 高校時代にたまたま東京に遊びに来ていた時でした。林 どこを歩くとスカウトされるのかしら?中沢 表参道です。林 ヒエー。やっぱり綺麗だったんでしょうね。普段はお水などにも気をつけてらっしゃる?中沢 水分をたくさん摂ろうとは思ってます。起き抜けに白湯を一杯飲んでから動くようにしてます。その後軽くストレッチして、フルーツを少し食べる。それはこの5、6年続けています。林 世界大会に向けてそろそろ準備も本格的に始まりますか? 数年前に取材の一環で、ラスベガスで行われた世界大会を見に行きましたが、中南米の人たちの応援がすごかった。彼らは世界一になると一族郎党がお金に困らないくらいのお金持ちになれる。日本だと賞金もないそうですけど。プレッシャーをかけるわけじゃないですが、そのくらい国を懸けてやってる人たちとの競争は大変ですね。ぜひ頑張っていただきたいです。中沢 楽しんでやりたいと思います。林 ここにいる皆さんも応援してます。頑張ってください。はやし・まりこ 1954年山梨県生まれ。82年エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』でデビュー。86年『最終便に間に合えば/京都まで』で直木賞を受賞。95年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞を、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞を受賞。週刊誌や女性誌の連載エッセイも人気で『野心のすすめ』は大ベストセラーとなる。近著は『中島ハルコの恋愛相談室』『マイストーリー 私の物語』など。なかざわ・さり 1993年滋賀県生まれ。2016ミス・ユニバース日本代表。現在、都内の医療大学に通う。身長171センチ。関連記事■ 人はなぜ“苦しい恋愛”にハマるのか?■ 「忙しくて整理ができない」の悪循環から抜け出すには■ 戦争は体験してない。なのに身体に沁み込んでしまった戦争の記憶

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    早大生の停電デマ、慶大生の女性中傷 驚愕の「デジタルネイティブ」たち

    こういった「倫理よりもノリ」を重視するキャンパス内の雰囲気も原因の一つではなかっただろうか。「小女子事件」や内定取り消し騒動を知らないのか「小女子事件」や内定取り消し騒動を知らないのか 少し前に流行ったデジタルネイティブという言葉がある。1990年代以降生まれを指すことが多く、生まれたときからITに触れ合う環境があったことを意味する。デジタルネイティブは「ITを直感的に使いこなす」「SNSでの距離感が絶妙にうまい」「ネット上での自己プロデュースがうまい」など、ポジティブなイメージを持っていた人も多いだろう。 バカッターという言葉があるように、バイトでの不正行為をツイートして若者が次々と炎上する現象もあったが、これもいったん収まり、数々の屍を踏み台としてインターネットの世界は教訓を得たと思われていた。しかし、このような大学生のツイートを見ると過去の炎上や、ネット上の犯行予告で逮捕者が相次いだことを知らない層もいるのかもしれない。 数年前には「小女子を焼き〇す」「おいしくいただいちゃいます」と書き込んだ男が逮捕されたり、立教大学の学生が起こしたレイプ事件について「別に悪いと思わない」「女がわりー」などと書き込んだ同大生が炎上して内定先企業が内定取り消しをしたと思われる発表を行ったりしたことがあったが、今の学生はこういった例を知らないのだろうか。リアルで言えないことを言うのがツイッターであり、悪乗りにノレないユーザーはKY。そんな、かつての2ちゃんねるのような空気を、一部の学生は感じてしまっているのかもしれない。 学生がこういったツイートをしてしまう背景にある他の要因として、狭い世界で周囲から受け入れられていると錯覚してしまう点があるのだろう。普通なら顰蹙を買うようなツイートが、仲間内からは「いいね」されたり、「また言ってるww」と苦笑を返されたりする。本当は画面の向こうで眉をひそめている人がいるのかもしれないが、相手がアクションを取らない限り、それはネット上ではなかったことになる。自分に好意的な反応だけを目にしているうちに、それに応えるために徐々に過激なツイートをしてしまう現象は確かにある。また受け手側も、周囲が「いいね」を押しているからアリなのだと錯覚し、感覚が麻痺していくのだろう。 ツイートが炎上した場合、かつては即刻アカウントを削除する人が多かった。しかし今回紹介した学生たちは皆、すぐにはアカウントを消さずに粘ろうとしていた。さらに「凍結された場合はこちら」と最初からサブ用のアカウントへ誘導していることもある。いったんやり過ごせば、次第に炎上の注目度は下がると知っているのかもしれない。もしくは炎上してもなおアカウントを消せないほど、そこでのつながりにしがみついているのかもしれない。

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    3年夏が山場 女子アナ志望就活生の合言葉は「ミスコン出る?」

     厳しい大学生の就職戦線のなかでも、群を抜いて熾烈なのが「女子アナ」の採用試験である。 民放キー局(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ)の昨年の女子アナ採用人数はわずか7人。少ない“枠”を目指し、競い合う就職活動は過酷だ。 女子アナ就活の最初の山場は、3年の夏に訪れる。各テレビ局が実施する「1日アナウンサー体験」のようなセミナーである。 そして、セミナーが行なわれるのと同じ時期、女子アナ就活生の間では「ミスコン出る?」が合言葉になる。 ニュースキャスターに憧れ、昨年、キー局入社を目指したAさん(23)がいう。「女子アナにはミスコン出身者が多いので、選ばれれば箔づけになる。私はニュースキャスター志望だったので違和感を感じて出なかったけど、周りの子たちは真剣にエントリーするか悩んでいました」 ちなみにミスコン出身者の女子アナは、「ミス慶應」の中野美奈子(元フジ)や青木裕子(元TBS)、「ミス青学」で準ミスだった田中みな実(TBS)など多数いる。

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    「不当に責められすぎている」 性犯罪者はなぜ反省できないのか

    者への共感も低いなら、加害者が反省できなくても不思議ではありません。裁判、そして示談裁判 少年が強姦事件を起こした場合などは、関係者一同が本人を反省させようとすることが一般的ですが、大人の裁判では違います。検察側と弁護側が戦います。 被害者とされる女性が、いかに普段から性的に奔放だったかとか、事件発生時も男性を誘うかのような行為をとったかなどが指摘されることもよくあるでしょう。 これが例えば路上強盗事件なら、いかに被害者が強欲だったかとか、当日どれほど高価なスーツを着て偉そうに歩いていたかなどは、問われないでしょう。 たしかにケースとしては、女性が同意していたのに、後から男性を訴えることもあるでしょう。これで逮捕有罪となれば、冤罪です。しかし本当に強姦なのに、女性側の責任が問われるような裁判のスタイルは、加害者男性の反省には悪影響でしょう。示談 強姦罪は、親告罪です。強姦致傷や集団強姦は、違います。強姦罪が親告罪なのは、裁判を始めることが被害者にとって不利益になることがあるとの配慮でしょう。 本当は100パーセントの被害者でも、性犯罪被害者は不当に責められ、傷つくことが多くあります。弁護士の中には、その点を強調し、示談を迫る人もいると言われます。 強姦罪で一度は逮捕されても、示談が成立して釈放となれば、反省をしない加害者もいることでしょう。 以前、ある教育系の大学で、6人の男子学生が19歳の女性学生への集団準強姦罪で逮捕される事件がありました。サークルの宴会で、酔った女性を別部屋に連れ込み、6人の男性が次々と襲ったとされた事件です。集団準強姦罪も集団強姦罪も刑の重さは同じです。大学は、彼らを停学処分にしましたが、被害者女性は後に示談に応じました。 この事件を、検察は不起訴としました。不起訴にも種類がありますが、このケースでは、「起訴猶予」でした。起訴猶予とは、被疑事実は明白でも、様々な状況から訴追を必要としない(公判が維持できない、有罪にできる見込みがない等)と判断されたものです。 学生側は、起訴猶予処分を受けて、停学処分を下した大学の処分が不当として民事裁判を起こします。一審は、被害者女性が証言台に立つこともなく、学生側勝訴でした。学生は、疑いが晴れたと喜びの涙を流し、弁護士は「ある意味、刑事事件での無罪にあたる」とコメントしています。 しかし、その後の二審の高裁判決では、大学の行なった処分は教員養成大学の社会的責任として合理的な措置であるとして、地裁の判断を大きく見直す判決が下されています。 この学生らによる事件も、今回の「高畑事件」も、示談や不起訴が絡む事件です。どちらも、様々な推測はできるものの、事実は闇の中です。多くの場合当事者しかいない性犯罪、強姦事件は、事実の解明が困難です。被害者女性が不利益を被りかねない現状では、捜査や裁判への協力が得られなくても、女性を責められません。 示談成立、不起訴でも、深く反省できる人はいるでしょうが、示談と不起訴で、自分はやはり悪くなかったと感じる人もいることでしょう。 「疑わしきは罰せず」ですし、たとえ事実があっても、家族や弁護士が、当人を守るのは当然です。示談を求め、不起訴や無罪判決を願うのは、当然です。しかし、本当に当人を守るとは、事実があるとするなら反省させ、更生させることではないでしょうか。性犯罪加害者の反省と更生のために性犯罪加害者の反省と更生のために 刑事事件としては、不起訴や無罪でも、社会的制裁を受けることはあります。完全に冤罪であるならば、社会的制裁も受けるべきではありませんが、有罪判決は出なくてもルール違反や不道徳な行為はあった場合は、学校や会社が処罰を下すのは、一般的です。 さらに、起訴されれば正式な処分が下され、有罪となれば社会的生命が奪われることも多いでしょう。 問題は、これで加害者が反省するかどうかです。多くの加害者は、自分が不当に責められすぎていると感じています。 彼らの中には、女性蔑視の思いがあったり、男女の人間関係の感覚がゆがんでいたり、世の中全体を見る目がゆがんでいることもあります。大切なのは、彼らの価値観を正し、認知の歪みを取ることです。 犯罪者を甘やかすべきではないと思います。しかし、不当に責められていると思っている人を責め立てるだけでは、彼らの心はさらに固くなり、反省がかえって難しくなったり、形だけの反省になったりします。 彼らに深い罪の意識を持ってもらうためには、時にカウンセリング的なアプローチが必要です。彼らの言い分を一度は傾聴し、その上で、自分の考え方の歪みを自覚してもらう方法です。 このような性犯罪者への更生プログラムは、再犯防止に効果を上げています。 性犯罪者を反省更生させるためには、有罪になってもならなくても、更生プログラムを受けることが大切だと思います。さらにその前提として、罪を憎むと同時に、たとえ罪を犯してもやり直す価値はあると感じさせること、そして社会全体で被害者への共感と支援の思いを強めることが大切でしょう。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年9月13日分を転載)

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    大学イッキ飲みの悪習健在「バケツに日本酒、焼酎を配合」も

    ト(アルハラ)として、立派な強要罪に該当する。学生など若者の「イッキ飲み」による急性アルコール中毒死事件が繰り返される度に、大量飲酒の危険性が叫ばれてきたが、十分な抑止力にはなっていないようだ。「こんなに辛い思いをする親はわれわれで最後にしたいと思い、提訴に踏み切った」――。画像はイメージです 2012年、東京大学テニスサークルのコンパで大量飲酒をした息子(高原滉さん)を亡くした両親が、サークルメンバー21人を相手取り、約1億7000万円の損害賠償を求める裁判を起こした。高原さんは同サークルで恒例となっていたラッパ飲みの“儀式”に従い、アルコール度数25度の焼酎原液を1.1リットル飲んだ後に意識不明に陥ったという。 子供を飲酒事故で亡くした親らでつくる市民団体「イッキ飲み防止連絡協議会」によれば、1983年以降で112人、直近10年間でも34人の大学生や専門学校生などが無謀な飲酒で命を落としているという。急性アルコール中毒による救急搬送も毎年1万人を超え、一向に減る気配がない。 全国の大学では、サークルやクラブの代表者にイッキ飲みを強要しない誓約書を提出させたり、「飲めません」を書かれたバッジを配布して飲み会で付けるよう指導したりと、あの手この手の防止策を取っているが、効果のほどは疑問だ。「最近は、『飲め飲め』と皆でイッキを煽るような光景こそ少なくなりましたが、新歓コンパで一発ギャグなどをやらせてウケなければ注がれた酒を自ら飲み干すといった暗黙の“ルール”は生きているので、そのプレッシャーで飲まざるをえない空気が蔓延しています」(神奈川県の私立大学職員) 前出の協議会に寄せられた「こわい飲み会エピソード」には、依然としてこんな悪質な事例が寄せられた。〈大学のサークルでは、両手に瓶ビールを持ち、替え歌を歌いながら2本を空にしなければならず、帰ろうとすると部長から「遠慮はしないで」としつこく言われた〉〈アルコール度数が非常に高いお酒をイッキ飲みさせられた。危険を感じた同級生がお酒のビンを隠すと、激怒した先輩が「ビンを見つけたやつはイッキ飲みを免除する」というルールを設け、全員でビンを探す羽目になった〉〈サークル合宿。数十人の先輩がはやし立てる前で新人は直立不動で大声で挨拶させられ、面白くなければ一気飲み、面白くても褒美として一気飲みさせられた〉 当サイトにも、かつて恐ろしい新歓コンパを経験した記者がいる。「関西の私大で寮に入ったのですが、大学内で行われる新歓コンパは代々『名物』として語り継がれるほどヒドイものでした。 先輩が円形に座り、真ん中で新入生が一人ずつ一発芸を披露します。その前には酒を注ぐバケツが置かれ、面白さの度合いによって中身の“配合”が変わります。面白くてもビール、日本酒、焼酎などがチャンポンされるのですが、面白くなければウイスキーやウォッカも加えられる。 結局、ほとんどの新入生が酩酊し、自ら歩けなくなった人は軽トラックの荷台に押し込まれ寮の部屋に連れ帰される。私は記憶がないまま、翌朝、部屋中が汚物まみれになっていました。今から思えばよく死人が出なかったと思いますよ」 もちろん、いまだにこんな伝統が続いていたら大問題だが、それ以上に各人がイッキ強要の罪悪感を持たなければ取り返しのつかないことになる。「イッキ飲みをさせて誰かが急性アルコール中毒になれば、強要罪どころか傷害罪に該当し、もし死んでしまえば傷害致死罪で3年以上の懲役刑が科される可能性がある。周囲ではやし立てた人も現場助勢罪に問われる。また、今回の東大生のように損害賠償責任を負わされるケースも増えている」(ハラスメント被害に詳しい弁護士) 若気の至り、悪ふざけでは済まされないことを、いい加減、肝に銘じる必要がある。関連記事■ 血中アルコール度0.05~ 0.1%ほろ酔い期 本音出てキス魔にも■ 泥酔期や昏睡期でも複雑な判断を必要としない帰宅などは可能■ 休肝日を作る酒飲みは48% ならどうやって作ればいい?■ 高リスクで肝癌に進展する「非アルコール性脂肪肝炎」とは■ いまどきの大学生に暇人はレア 少人数教室増え代返も困難

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    「人は障害者を差別する」 私たちの心に根強く残るホンネとタテマエ

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 相模原施設襲撃事件。世にも恐ろしい事件だ。19人もの人が殺害された大量殺人だからということはいうまでもない。だが、それだけではない。重度の知的障害者はいない方が良いと語る男性による、大量殺人だからだ。 今回の事件は、海外でも大きく報道されている。治安の良い日本で起きた残虐な大量殺人であること、そして障害者がターゲットとされたことが、報道を世界的に大きくしている。現場となった障害者福祉施設「津久井やまゆり園」では、日没後も報道陣が取材を続けた=7月26日午後、相模原市緑区(早坂洋祐撮影) 私たちの社会は弱肉強食ではない。ルールがあり、マナーがある。順序を守って並ぶ。高齢者には席を譲る。車椅子のためにスロープを作り、視覚障害者のために点字ブロックを作る。 お笑い芸人たちは、しばしば相方の欠点を指摘し笑いを取るが、実際に軽蔑しているわけではない。相手の間違いを指摘する「ツッコミ」も、侮辱ではなく愛情表現だ。 子どもたちは、ケンカをすることもある。ケンカは両成敗が基本だろう。いじめが起きることもある。いじめは、両成敗ではない。被害者を守り、加害者を指導しなければならない。 さらに、障害児に対するいじめなど、絶対に許されない。これは、ただの理想や抽象論ではない。学校現場において、障害児に対して、その障害のゆえのいじめなど起きたら大問題だ。即座に教育委員会に報告され、普通のいじめ問題以上に、加害者は強く指導されることになる。 芸能人や政治家の発言もそうだろう。公の場、ネット上などで、障害者を差別するような発言がなされたら、大炎上するだろう。 しかし、それでも障害者差別はある。人は、障害者を差別する。たとえば、人は見慣れないものに不安や不快感を感じる。手足がない人や、奇妙な歩き方をする人を突然見たら、戸惑う人は多いだろう。 これは、身体障害者に限らない。たとえば外国人を見たこともない人が、金髪青い眼の白人など見たら、やはり戸惑い、不安を感じるだろう。ただし、見慣れれば大丈夫だ。今は、街中で普通に外国人を見る。 パラリンピックなどの機会も大切だ。身体障害のある人々が活躍する様子を始終見ていると、もうその障害の部分にだけ注目することは少なくなり、純粋に競技が楽しめるようになる。人が差別を好む根底にある「歪んだ優越感」 それでも、人は差別が好きだ。人は他の人と比較することで自分自身のイメージを作る。人は、自信があるときには自分より優れた人物と比較して自分を正しく見ようとし、自信がないときには自分より弱い相手を比較して、歪んだ優越感を得ようとする。 自分たちのチームの実力を知りたいために、強いチームと試合することを願うこともあれば、自分より弱い相手と試合し、楽々勝って相手を見下すようなチームもあるだろう。 健常者である自分と障害者である誰かを比較して、歪んだ優越感を得ようとすることもある。相手が経済的にも人格的に優れているとしても、自分のように普通に歩くことができなければ、その部分を侮辱することもあるだろう。 身体障害以上に、精神障害や知的障害は、微妙で複雑な問題を抱えている。以前であれば、街中で車椅子を見れば、奇異な目で見る人もいただろう。さすがに、現代では見慣れてきたために好奇な目で見る人はいないだろうが。 邪魔者扱いをする人はいるだろう。もちろん、車椅子もルールやマナーをわきまえずに、通行の邪魔をしてはならない。しかし、道には様々な人がいる。子どもも高齢者も、ベビーカーも通る。強く速い人だけが他を押しのけて歩いて良いわけではない。そこに車椅子や視覚障害者がいても、同じだ。 むしろ、子ども、高齢者、車椅子などは、道路上の交通弱者である。交通強者としての自動車は、特に交通弱者に注意して守らなければならない。 車椅子が来たからといって、露骨に不愉快な顔をする人は、現代のまともな市民にはいないはずだ。それだけ、私たちは学んできた。しかし、知的障害や精神障害ならどうだろうか。 たとえば、誰かが場違いな笑顔でへらへらと笑いながら近づいてきたらどうだろう。何らかの障害があるだろうと予測ができても、嫌な顔をしてその場を離れる人は、今も少なくないだろう。 近所に内科や外科の病院ができることは、多くの人が歓迎する。だが、精神病院ができることを反対する人は、少なくないだろう。近所に身体的なリハビリ施設ができることに反対する人は、少ないかもしれない。だが、知的障害者の施設ができるとなれば、反対もあるだろう。 「弱きを助け、強きをくじく」。日本人が慣れ親しんできた言葉だ。特に若者たちは、強いものと対決し、伝統を否定し、弱いものを助けようとしてきた。しかし、現代の若者は違ってきている。 若者は保守化し、そして強いものとの対決を避けるものもいる。さらに、弱者を攻撃する若者もいる。校長にも政府にも逆らわないが、弱いものいじめをたり、ホームレスを攻撃するような若者たちだ。弱者への攻撃でストレス発散を行う人もいる。ネット上でのひどい差別的発言をストレス発散で行っている人もいるだろう。「社会のお荷物」という意識は微塵もないのか いじめは、実は自分より優れたものに対して行われる。自分の方が上だと余裕をもって感じるなら、わざわざいじめる必要はない。自分より優れている人が憎く感じ、その人が持つ些細な弱点を突いていくのが、いじめだ。弱点は、ケンカをしないことかもしれないし、苗字が少し変わっていることかもしれない。つまり何でも良いのだ。 だが弱者に対するいじめも当然あるだろう。成績も良く、裕福で、スポーツもでき、外見も良い人が、何をしてもダメな人をいじめることもある。これは、単なるストレス発散ではなく、自分の方が優れているのに、相手の方が愛されたり認められたりしていることが我慢できないと感じるのだ。 自分が虐げられているのに、自分よりも劣っている人が特別な配慮を受けているなどと感じれば、相手への憎しみが増すだろう。こうして、障害者差別や人種差別が起きることもあるだろう。 今回の事件の容疑者は、障害者は家族や施設職員を苦しめるという。障害者がいない方が、経済的に繁栄し、平和になると衆議院議長あての手紙で語っている。施設には、重度の障害者が多かった。今回彼は、コミュニケーションが取れない障害者を狙ったとも語っている。事件のあった津久井やまゆり園前に集まった緊急車両=7月26日午前、神奈川県相模原市緑区(桐原正道撮影) テレビの出演者たちは、許されない犯罪だと異口同音に語っている。その通りだ。テレビを見ている人も同感だろう。しかし、その私たちに障害者、特に精神障害、知的障害者に対する偏見差別はないだろうか。隣に知的障害者施設ができるなら、反対しないだろうか。 重い知的障害に重い身体障害が重なっている人もいる。彼らを、社会のお荷物だと感じる意識は、微塵もないだろうか。 事件に感じる世にも恐ろしさは、そこにある。私たちは殺人はしないだろう。公の場で無配慮に差別的発言をすることもないだろう。だが、私たちの心の中にも、まだまだ精神障害や知的障害に対する偏見差別は根強く残っていると言わざるをえない。 容疑者男性の言動の一部は、おそらく妄想的なものだろう。しかし同時に、現代の私たちがまだ解決できていない障害者差別への思いに通じる部分はある。自分を安全な場所に置き、容疑者男性を責めるだけでは、いけない。犯罪は、社会を映す鏡だ。目を開き、事件の全容を見、そして現代社会と私たち自身の姿をも見なければならない。

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    障害者に向けられた狂った刃 身勝手な「英雄イズム」の暴走

    に金持ちに怒りの矛先が向かない。生活保護問題なども含め、貧しい人へ怒りが向いてしまうのだ。  池田小事件(8人が死亡、15人が負傷)では「金持ちの子が通ってるから」と宅間守元死刑囚=16年9月執行、当時(40)=が大教大附属池田小を襲ったが、秋葉原通り魔事件(7人が死亡、10人が負傷)をはじめとして、大量殺人の類いはどうも自分より弱い者、一般市民にその矛先が向けられてしまっているようだ。  なぜ障害者に対し差別意識をもってしまうのか。僕がアメリカに住んでいたとき、子供が差別を受けたことがある。うちの子が手をつなごうとしても白人の子が手を振り払う。まだ3歳ぐらいのときで、「ひどいなあ」と思って見ていたら、それをかわいそうに思ったのか、今度は黒人の子がうちの子に手をつなぎにきてくれた。そのとき、うちの子が黒人の子の手を振り払った。大人の感覚から言えばもうため息が出ることなんだけど、3歳くらいの子供だから「ああ、こういうもんなんだ」って思ったことがある。障害者に対する差別意識は、そういう意味では精神障害者は別にして多くの場合目に見えるものだから、子供のころは見てて怖かったり、気持ち悪かったりといった生理的な感覚によるものも大きいと思われる。勝手な英雄感勝手な英雄感 被疑者には物事の解決をある種、力による解決に頼ってしまうという発想のパターンが感じられる。障害者施設に勤めれば、障害者は神様だとは言わないがとにかく大事に扱え、言うことを聞こうが聞かなかろうが殴ったり蹴ったりしてはいけないという教育が普通為されるはずだ。  僕が以前勤めていた病棟で、「患者は医者を殴ってもいいけど、医者は患者を殴ってはいけない」というロジックを言う人がいた。女医で自分は殴られた経験がないんだけど、僕は当直のときに躁病の以前学生運動をやっていた患者に思いっ切り殴られたことがある。そういう理不尽さを障害者施設に勤める人で感じている人は多いかもしれない。容疑者の自宅周辺に集まる報道陣=7月26日、相模原市緑区(古厩正樹撮影) 障害者がかわいそうだとか、ナイチンゲール精神で障害者施設に勤める人はいいが、経済的理由や仕事がないから障害者施設に勤め、安い給料で働かされると「なんで入所者や利用者がこんなに偉そうにして、健常者である自分は、こんなに安い給料でこき使われないといけないんだ」と、逆恨みをする人が出てもおかしくない。川崎の老人ホーム転落死事件では、元職員の被疑者が給与水準の低さ、待遇の悪さに対する不満感をずっと口にして、ネットではそのことに納得する書き込みが散見された。 被疑者は事件後「世界が平和になるように」とツイートしたとされる。もう完全に話が妄想レベルだから、この人がこんなことをしたから、これからもこんなことが起きるとは僕も思っていない。どんな妄想で被疑者がこうなったのか分からないが、勝手な英雄感を持っている。  変な言い方だが、ナチスだって私が知る範囲だと、ドイツのハイパーインフレのときに出てきた。ユダヤ人の金貸しがドイツ人に金を貸し、返せないと家を取り上げたり奥さんを売春させた。そういうことへの恨みがあり、ユダヤ人を大量に殺すなかでもヒロイズムみたいなものを持っていたという背景がある。最近の話で言えばイスラム国で、自分たちが異教徒を殺すことでヒロイズムを持つ。この被疑者の中にもそういうものがあった可能性はあるかもしれない。 今の社会構造の何が問題かというと、本来、障害者施設や介護施設に勤めるのはどちらかといえば真面目で心温かい人が多く、今回の被疑者のような人たちは昔だったら違うところで働いていたかもしれない。アベノミクスで企業が多少、景気が良くなったからといって、障害者施設は依然給与水準が低く、慢性的な人手不足だから、現実問題として売り手市場になる。だからもし「こいつ札付きのワルっぽいし柄も悪い」っていう人でも、断る余裕もないのかもしれない。今回の被疑者も、本来ならそこにいるはずの人ではなかったかもしれないのだ。そういう意味では今回の事件はお互いにとって悲劇というしかない。(聞き手、iRONNA編集部 溝川好男)

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    なぜ殺人鬼は生まれたか 「人間らしさ」を奪う障害者施設の現実

    者を支援する必要はないし、お金のムダだという声は、14年前の活動当初からずっと言われ続けてきました。事件のあった「津久井やまゆり園」の前に集まった緊急車両 =7月26日、神奈川県相模原市緑区(桐原正道撮影) 障害者施設で19人を手にかけた元職員の男の行動は決して許されるものではありませんが、起こるべくして起こったという見方もできます。「障害者なんていなくなればいい」と思える環境があったからこそ起きた悲劇で、差別や偏見がまったくない社会だったら彼のような人間は生まれなかったのではないでしょうか。 障害者、高齢者、ニート、引きこもり、ホームレス…。こうした人たちをひっくるめて、「役に立たない」「足手まとい」だと思う感情は、誰でもうっすらとは持っているものではないでしょうか。障害者については、危険な人たちなんじゃないかという声を良く聞きますが、そういった反応は特殊なものではないということを忘れてはならない。 あってはならないことが、なぜ起きたのか。容疑者自身の問題とともに、彼が置かれていた環境についても考えなければいけないでしょう。事件のあった施設では、夜勤の場合、1人で20人ほどの入所者を担当していたという情報もあります。複数の障害がある重複障害者だと徘徊も激しいし、暴言や暴力もあるでしょうから、相当な負担がかかります。 少ない職員でなるべく多くの障害者をみようというやり方自体が問題。本来であれば、重度の障害者1人に対し、常に2人~3人つく必要があるでしょう。容疑者が衆議院議長に宛てた手紙の中に「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過ごしております」という記述がありますが、事件のあった施設は重複障害者を含めた約160人もの障害者を収容していました。施設に一括収容というのは国際的にみるとかなり時代遅れであり、それ自体が人権侵害だという指摘もある。収容者は果たして「人間らしい」生活が送れていたのか。容疑者の「動物として生活を過ごす」という表現についても、言い過ぎではない可能性もあります。 一生懸命やっている職員もつらい、家族も苦しいのだったら死んだ方がいい―。彼の正義感は歪んでいるし、肯定できないが、理解できる部分もある。障害者施設に勤めたり、介護の経験がある人ならば「こんな人いなくなればいいのに」と思ってしまうようなことは一度はあるのではないでしょうか。容疑者が感じていた社会福祉の欺瞞 また、手紙の中には「保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気を欠いた瞳」という記述がありますが、実際、その通りだと思いますよ。職員たちは疲れきっているし、十分な休みがとれなかったり、どれだけ頑張ってもやりがいが見出せないこともある。重度の障害者となると、感謝の意思とか、気持ちがつながりあうまでに時間がかかります。5年、10年関わって、初めて心を開く人もいる。しかし、障害者施設の職員の給与は宿直を入れても20万円前後が一般的。サラリーマンの平均年収より100万円前後も低い。スキルも不十分で、支援体制も整っていない中で働き続けるというのは厳しく、離職率が高い現実があります。障害者施設の陶芸作業所を見学する関学大の学生ら=2015年11月、大阪府池田市の「三恵園」 ただでさえ給料が低い上に残業代も支払われないケースもありますし、最低賃金ぎりぎりで務めている人も多い。命を預かる仕事ですから、本来は処遇を上げて、処遇に見合う人を募集して集めないといけないのですが、人手がとても足りない。だれでもいいから来てほしい、という状況で、いまや失業者が集まってくるような産業になってしまっている。 労働の内容に比べ、対価があまりにも安すぎるのです。障害者施設の職員だけでなく、介護士や保育士もそうですが、これまで家族に委ね、押し付けてきた分野が、少しずつ社会化しているわけですが、その労働環境があまりにも劣悪で、半分ボランティアのような状況で働かせられている。容疑者が社会福祉というものに対しての欺瞞性を感じていたことは確かです。 悲劇を二度と起こさないためにはどうすればいいのか。課題は山のようにありますが、彼が特殊な人間でないということ。まず誰もが内面に差別なり偏見というものをもっているんだということを受け止めなければならない。ゆとりがない社会であればあるほど、そういう感情は出てきて、弱い人たちに対する攻撃性が出てきてしまう。 差別感情をもつ人はますます増えているように感じます。この背景には、中間層の衰退があって、自分たちの生活だけで精一杯という人が増えてくると、弱い人たちに対するまなざしが厳しくなる。偏見や差別をもたないようにという教科書的な説教じみたことを言うつもりはなくて、自分たちがゆとりをもって暮らせる。できれば障害のある人について思いを馳せられるように日常生活の中にゆとりを持てるようにしたい。 こういう問題があると、必ず障害者の制度を変えろとか支援しろとなるのですが、下から底上げするというよりも中間層から上に上げる政策を優先すべきです。中間層から上げると下も引っ張られますから。社会を構成している圧倒的多数の人たちを上に引き上げないと、結局、障害者も救われないのだと思います。(聞き手、iRONNA編集部 川畑希望)ふじた・たかのり 1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事、聖学院大学客員准教授(公的扶助論、相談援助技術論など)、反貧困ネットワーク埼玉代表、ブラック企業対策プロジェクト共同代表、厚生労働省社会保障審 議会特別部会委員(2013年度)、社会福祉士。著書に、『ひとりも殺させない』(堀之内出版)、『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(朝日新聞出版)などがある。最新刊は『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』 (講談社現代新書)

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    「障害者を抹殺せよ」の衝撃

    殺害したとして逮捕された植松聖容疑者は、常軌を逸した身勝手な誇大妄想で尊い人命を次々に奪った。凄惨な事件の背景にあるのは、障害者に対する偏見と差別。事件が与えた衝撃を私たちはどう受け止めるべきか。

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    集団生活施設から浮かび上がる障害者「強制管理」システムの病巣

    佐藤彰一(國學院大学教授、弁護士) 現時点の報道では容疑者の人物像がクローズアップされており、事件があった「津久井やまゆり園」という障害者施設の生活の全容はまだ明らかになっていない。それだけにこの事件を読み解くのは難しい。容疑者は措置入院したというが、医師が2週間程度で退院を認めたということは、重度の精神疾患ではないとの判断だろうが、この点もまだ判然としておらず、詳細な分析はできない。 ただ、容疑者は「障害者を抹殺する」というような強烈なメッセージを発しており、今回の事件で重視すべきは容疑者個人の精神構造だけでなく、なぜこのような考え方を持つにいたったのか、施設で働き始めた後に抱いたと思われるだけに、施設の運営方法や職員と入所者の関係など、内情もきちんと検証しなければ本質は見えてこないと思っている。 このような施設の中で起こり得る事態は、職員が働くうちに、入所者への差別意識が極度に先鋭化し、職員が入所者と対等ではない関係に思えてくる傾向が強くなることだ。 こういった感覚に陥る要因は、施設での障害者は否応なく集団生活をしなければならないからだ。集団生活をするということは、風呂やトイレのほか、食事や外出など、入所者がさまざまな要望を職員に投げかけても、その要望を職員がすべて引き受けることはできず、手間がかかる障害者に支援が集中したり、重度の障害者だけににかかりきりになったりし、その中で一部の入所者の要望は無視されることになる。多数の死傷者が出た相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」=26日 こうなると自分の意向を無視される入所者はあきらめが先行して希望を失い、その一方で無視せざるを得ない職員の方も入所者を対等の人として見えなくなるという悪循環が生まれてしまう。 また、本来障害者施設では就寝時に入居者の部屋の施錠をしてはならないことになっているが、これまで高知県や鳥取県など、いくつかの県立施設で施錠の実態が明らかになっており、職員の数や手間を省くために施錠をしてしまうケースは後を絶たない。 やまゆり園の施設がどうなっていたのかはまだ判明していないが、個別の部屋の施錠は原則として禁止されていても、原則通りに運用されているかはわからない。個々の支援記録に記載されないケースもいくつかの施設で見られ、実態は報道によっても明らかになっていない。施設の玄関や施設内のフロアなど区切れたスペースでの施錠はしていたわけで、これに加えて夜間の部屋の施錠管理が行われていたのかどうなのか、容疑者が「職員から鍵を奪った」行為が何を目的にしているのかなど、これらはこれから明らかになるだろう。強制的な管理が職員を変化させる 施錠によって入所者の行動可能な範囲を限定することは、入所者を閉鎖的・集団的に管理してしまうことになり、職員の感覚を変えてしまう要因となる。一定のスペースを施錠して管理する行為は、特に障害者の受け入れを断れない公立の施設で多いようだ。 こうした環境の中で職員は、結果として入所者が人間らしい生活をしていないと実感する場面に遭遇する。当初はこの状況に疑問を抱く職員もいるだろうし、多くの職員はその環境を人間らしいものに変えようと努力していると思う。だが、日常の仕事の中で入所者が言うことを聞かないことや、意思疎通が思うようにできないなど、仕事自体がうまくいかないようになれば、入所者が「重い」存在になっていき、職員はストレスを溜めやすくなる。最終的には入所者をうっとうしい存在に思えてくる。 だからといって殺人まで起こすケースは異例なことだが、平成25年に起きた千葉県袖ケ浦市の施設で起きた暴行死事件の容疑者は入所者を人間と思っていなかったという趣旨の話をしている。その後に発覚した川崎市の特別養護老人ホームの介護職員が入所者を突き落として殺害した事件などでも、結局は入所者に対して「邪魔者」という感覚に陥っている点で共通しているのかもしれない。 そもそも知的障害者は集団生活が苦手だ。にもかかわらず、集団生活を強いられてるだけに、入所者と職員がともに大きなストレスを感じている現状にも問題がある。理想を言えば、一対一の支援で、個人の意向に沿った対応ができればよいが、人手を十分に確保できない現状ではこういった対応は難しく、解決策を見出すのは容易ではない。改善につながる対策といえば、根底から施設の生活環境を変えるしかない。 今回の事件の容疑者は、薬物依存などといった行動がみられるが、単に施設を辞めた後、無関係なものからの影響で犯行に及んだとは思い難い。容疑者は職員として採用される際に試用期間があったとの情報があるが、おそらくその時点で犯行に及ぶ兆候はなかったからこそ正式に採用されたのだろう。ゆえに容疑者の異常な考えやメッセージは施設環境の中で育まれたといえる。 やはり重要なのは、施設内で容疑者が見た風景というものが、どうだったのかであり、職員や入所者と生活する中で、犯行につながるような出来事があったとみるのが妥当だ。そこに何があったのかは、やまゆり園の施設の運営状態に加え、職員に対する指導やサポート体制といった対策が行われていたのかなども含め、内情をじっくり検証していく必要がある。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資) さとう・しょういち 昭和28年福岡県生まれ。立命館大学大学院法学研究科博士後期課程修了。立教大学、法政大学の教授を経て現在國學院大学教授。専門は民事訴訟法と権利擁護。平成12年に弁護士登録し、障害者とその家族の権利擁護活動に従事。20年から全国権利擁護支援ネットワーク代表も務める。

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    薬物依存はなくせるか 「生きづらさ」が薬物依存を生む

    THE PAGEより転載 薬物依存症の人々の再出発を支えるには、社会的な受容度も問われる。薬物依存症にくわしい国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦・薬物依存研究部長は、元プロ野球選手の清原和博被告の薬物問題を例にとり、失敗した人間を容赦なく攻撃する風潮を懸念するとともに、「米国では、麻薬経験のあるオバマ氏だって大統領になれました。もっと病気の人を応援できる社会になれないかと思います」と訴える。 この連載では、薬物依存について日本ダルク本部・近藤恒夫代表の壮絶な実体験と、回復の過程を記してきたが、たとえ違法な薬物をこの世からすべて消し去ったとしても、問題の根本的な解決には必ずしもならない。薬物依存をなくすことは、患者の根本にある「生きづらさ」のケアをすることそのものだ。もし、あなたが清原被告と友人だったら、彼に何をどうやって伝えるだろう?【連載】薬物依存はなくせるか「生きづらさ」を抱える人の心のケアが重要  「薬物依存の問題というと、薬物ばかりにフォーカスが当たりがちですが、それを使う人間の方にもより光を当てる必要があります」と松本部長は強調する。「依存症は決して恥ずかしくはない」と話す松本俊彦・薬物依存研究部長 たとえ、薬物依存の患者が薬をやめたとしても、今度はアルコール依存やギャンブル依存、セックス依存などに移行する場合も多々あるのだという。つまり、世の中に薬物が存在しなかったとしても、それらの人々は別の依存症に陥る可能性がある。 依存症に陥りやすいのは、幼少期に両親の不和で家庭での居場所がなかったり、いじめられた経験があったり、性的虐待を受けた経験があったりするなど、生きづらさを抱えて生きている人。こうした人たちが薬物を摂取した場合、快感の度合いはより大きく、それが繰り返して使用する動機となる。 松本部長に言わせると、依存症に陥る人の多くは意志が弱いのではなく、逆に強い反面、人に頼るのが下手で、むしろ“依存できない病”なのだ。「私たちは、職場や家庭などで、愚痴を言ったり、助けを求めたり、といろんな人に頼って生きていますが、依存症になりがちな人は周囲に何も言えず、自らの生きづらさを薬だけ、酒だけで何とかしようとしてしまいます」。人に助けを求め、愚痴を言っても構わないと、若いうちからいかに浸透させるかも大切と指摘する。 薬物を含む依存症の予防に向けて、生きづらさを抱える人の心をケアする社会資源の充実が必要と松本部長は説く。たとえば学校なら、子供が助けを求めた時に誰かが手を差し伸べられる環境の整備など。「依存症は決して恥ずかしくはありません。適切な支援によって人に頼る大事さや、辛い思いを話しても良いと知って薬物をやめられたら、人生はより深まり、上手な生き方ができる人間として成長していけます」。まず「精神保健福祉センター」へ相談をまず「精神保健福祉センター」へ相談を もし、自分の周りの人が薬物依存症だとわかったら、どうすればいいか。松本部長は、各都道府県および政令指定都市にある「精神保健福祉センター」への相談を勧める。医療機関ではないが、精神科医や臨床心理士など専門資格をもったスタッフを抱える「心の問題に特化した保健所」的存在で、依存症の本人のほか、家族など周囲の人の相談も受け入れる。「依存症は、本人よりも先に、周囲が困る病気なんです。たとえば、覚せい剤の使用を知って家族は心配するけれど、当の本人は『コントロールして使用しているから大丈夫』などと意に介さないなどがあります」。周囲の人が、治療に前向きではない本人への対処法を聞くなどの相談を続ければ、治療開始につながる可能性もある。 松本部長によると、依存症からの回復ステップは、(1)薬を断つ、(2)欲望の分析・制御を学ぶ、(3)自助グループでの活動、の3段階。 (1)では、とにかく原因となる薬物を断ち、体のなかから薬物を排出する。覚せい剤の場合は、幻覚や妄想を抑えるために薬物療法も用いられる。これらは、医療機関で行う。 (2)は、たとえば、覚せい剤を注射していた人は、ミネラルウォーターを見ると薬を使いたくなるケースがあるし、疲労や空腹、寂しさも、薬を欲する要因になりえる。こうした欲望のスイッチが入る条件を知り、避けられる場合はとにかく避け、もし欲しくなったらどう気を紛らせるかを考える。医療機関、精神福祉保健センター、またはダルクなどの民間リハビリ施設で行う。 (3)は、同じ依存症の人々が集まる自助グループ「ナルコティクス・アノニマス」で、自らの体験談などを話し合う。薬をやめたばかりの人の話を聞いて初心を思い出し、数十年薬を絶っている人の姿から自分の未来を想像するなど、他の人の話を通じて自分自身を見つめ直したり、励みを得たりするなどの効果がある。やめがたい気持ちを、安心して口に出せる場であり、正直に薬への欲望を話すと称賛される。「『薬をやりたい』という言葉は、やめ続けたいという気持ちのあらわれでもあるのです」と松本部長は話す。もし、清原被告と友人だったら もし、松本部長が清原被告と友人だったらどう対処するのだろう。冒頭と同じ質問を松本部長にすると、このように返ってきた。 「清原被告は、過去、お遍路にも行っていたと報道されていましたが、あれは薬をやめるためだったのかもしれません。そうした変わりたいと思っている時をとらえて、『あなたを心配している』という思いと、『治療にいってはどうだろうか』という提案を、穏やかに伝えます。それを、間隔をあけて何度も繰り返します。上から目線で責めてはいけません。意地になって余計に反発しますから。時間がかかってまどろっこしいですが、本人が心から変わりたいという気持ちを自発的に持つには、この方法だと思います。強引にやめさせても本人の気持ちがついていかなければ、すぐに再発するんです」(取材・文:具志堅浩二)

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    清原被告に高すぎる「壁」 想像を超える中年ドラッグ脱出の困難!

    告の初公判で、傍聴券抽選の整理券を求め並ぶ人たち=2016年5月17日、東京・日比谷公園 薬物絡みの事件は、一部で「被害者無き犯罪」ともいわれる。ある人物が違法薬物を使用したところで、第三者が傷を負うことはなく、不利益を被ることはないからだ。もちろん、ある人物の家族や親族、仕事のパートナーにとってはそう言えないだろうが、薬物事件が一般的な殺人や窃盗などの「事件」とは性質が大きく異なるものであることも確かだ。 私はこれまで覚せい剤やいわゆる危険ドラッグなどの、違法薬物にまつわる取材を続けてきたが、薬物事件においての本当の被害者は、違法薬物にのめり込んでしまった当の本人である、と思っている。その上で、被害者ともいえる清原被告の今後について「更生出来るか」、また「社会復帰出来るか」という点については、いずれも悲観的にしか説明ができない。 その理由は大きく分けて二つある。 一つは「中年の薬物依存者は脱出困難」という、私の取材や当局データに裏付けられた事実だ。以前取材したドラッグ依存者の更生施設において、施設入所者のほとんどが30代以下の若者だった。入所のきっかけはさまざまだが、ドラッグの使用により逮捕や心身に異常をきたし、かつ「親などの強制力」によってそこにいる、という人がほとんどだった。切れない誘惑 施設入居所者に中高年のドラッグ依存者が少ない理由は、彼らには親などの強制力が存在しない、というのが一番の理由である。ドラッグに溺れた自分に嫌気がさし、自ら施設に入所するような中年の薬物依存者はいない。シャブや大麻など、長年の使用歴を誇り「俺は大丈夫」と過信するような中年のドラッグ依存者も存在したくらいだ。 一部報道によると、清原被告は覚せい剤を性行為にも使用していたとされる。いわゆる「シャブセックス」も、シャブの経験も筆者にはないため、何とも言えないが、凄まじい快楽を経験した清原被告が、再びその欲求を自ら断ち切ることができるだろうか。また、高齢で介護が必要だという清原被告の両親、離別した元妻と子供が「強制力」になり得るとはどうしても考えられないのだ。 警察庁が発表した「平成27年における薬物・銃器情勢」でも、30代以下の覚せい剤事犯が右肩下がりであるのに対し、40歳以上の世代の検挙数は今なお右肩上がりを続けている。再犯率に至っては7割を超えるのだ。中高年の薬物依存者にとって「ドラッグから足を洗う」ことの困難さは、数値上でも浮き彫りになっている。 もう一つの理由は、清原被告の特殊性、すなわち彼が有名人であるが故の立場に起因する問題だ。逮捕後の取り調べに対し、覚せい剤の入手先などについて「今は言わない」などと供述していた清原被告。だが、清原被告に覚せい剤を売り渡していた売人の逮捕や、清原被告と売人が知り合うきっかけを作った人物がマスコミに登場し、清原被告に不利とも思えるさまざまな情報をリークするなど、その様相は大きく変化している。清原和博被告が覚醒剤を受け取ったホテル=群馬・太田市  「清原は全て罪を認める」。当局やマスコミ関係者による従前からの見立ては、このような流れを汲んだものと思われるが、清原被告の真摯な反省がそこに存在するのだろうか、疑わしい部分もある。清原被告をよく知る都内の暴力団関係者は、次のように話す。  「キヨは今、本当に後悔しているようだが、とにかくカネがないから、自分の面倒を見てくれる人を探している。 タニマチだった有力者にもそっぽを向かれ、精神的にもボロボロ。退院後の今は”半グレの親玉”みたいな人物に囲われている、という噂もある」 また、ある芸能関係者は次のようにも解説する。 「シャブのマエ(前科)があろうが、清原さんレベルの人を連れて歩きたいという人はゴマンといます。そういう人々との交流の中で”誘惑”がないなどとは考えられません。ドラッグをチラつかせ、清原さんを取り込もうとする輩だっているはずです」 清原被告の「社会復帰」を阻む壁は、世間や、そして本人が想像する以上に高いのかもしれない。

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    「覚醒剤依存症」清原和博に必要なのは刑務所じゃなく治療だ

    や根性で治るものではない。薬物依存症者に必要なのは刑務所ではなく治療である。 このことを、今回の清原事件を契機にして、マスコミもテレビのコメンテーターも強く訴えてほしいと思う。清原被告は、間違いなくまだ依存症から脱していない。病人である。病気なら治さなければならない。 そうしないと、私たちの社会は麻薬にさらに蝕まれる。覚醒剤使用を、清原被告の個人的な問題で片付けてしまってはならないと、切に願っている。

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    清原和博の薬物更生を阻むこれだけの理由

    覚せい剤取締法違反の罪に問われた元プロ野球選手、清原和博被告の初公判が東京地裁で開かれ、清原被告は起訴内容を認めた。「引退で目標をなくした」「心の隙間を埋めるためだった」…。公判で語った清原被告の言葉は、薬物依存の恐怖と苦しみを物語る。かつての球界のスターが更生する日は来るのか。

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    「あっ、グリーニーを忘れた!」練習前に叫んだ投手

     [赤坂英一の野球丸]赤坂英一 (スポーツライター) 清原和博容疑者が覚醒剤取締法違反で逮捕されて以来、巨人でチームメートだった野村貴仁氏の言動が注目を集めている。野村氏の言うように、清原容疑者が巨人時代から覚醒剤を使うようになったのかどうかは、私にはわからない。ただ、野村氏が巨人に在籍していた1998~2001年、グリーニーという興奮剤を常用していたことならよく知っている。これを使うたら違うぞふだん眠っとるパワーが出てくるんや グリーニーとはアンフェタミン系の興奮剤で、日本の厚生労働省には医薬品として指定されていない。野村氏はこのグリーニーを釣りの道具箱のような小さなバッグに入れ、大きなショルダーバッグの中に忍ばせて持ち歩いていた。こっそりと使っていたわけではなく、結構大っぴらに選手や関係者の前でグリーニーを服用していたという。iStock 宮崎キャンプでのこと、投げ込みをしようとブルペンに入った野村氏が突然、「あっ、グリーニーを忘れた! おれのバッグ取ってきてくれ!」と言い出し、後輩の若手に使い走りをさせた。その若手が野村氏のバッグの中味を見たところ、グリーニー以外にも筋肉増強剤のアナボリック・ステロイドなど様々な薬物がきれいに整理されて入っており、根深い〝中毒ぶり〟が感じられたという。グリーニーはオリックス時代、元大リーガーの外国人選手から勧められ、その選手のルートを通じて入手していた。「これを使うたら違うぞ。ふだん眠っとるパワーが出てくるんや」という野村氏に感化され、グリーニーに手を出した巨人の選手も何人かいる。私と親しい選手は「すぐやめた」と言っていたが。 巨人や野村氏に限った話ではない。05年夏には週刊朝日が、ボビー・バレンタイン監督率いるロッテの選手10人近くがグリーニーを常用していると報道し、球界全体を揺るがす問題に発展した。ロッテが終始一貫、強硬に否定したことで騒動は収束したものの、球団は週刊朝日を名誉毀損で訴えておらず、灰色決着に終わったという印象は否めない。あいつのナニは馬並みだあいつのナニは馬並みだ 私はそのころ、ある球団の通訳兼渉外担当から、外国人選手たちのクスリの乱用ぶりを聞いていた。パワーヒッターで鳴らしていた複数の大物がグリーニーやステロイドを常用していて、その通訳は実際に目の前で彼らが注射を打つ場面も見たという。元大リーガーの間では経口薬のグリーニーだけではなく、競走馬が出走前に打たれる興奮剤が流行していた。「あいつのナニは馬並みだ」という下世話なジョークを地でいく話だ(失礼!)。iStock メジャーリーグにおけるグリーニーの歴史は古い。元ニューヨーク・ヤンキース投手のジム・バウトンが執筆、1970年に出版されたMLB史上初の暴露本と言われる『ボール・フォア/大リーグ衝撃の内幕』(邦訳は1978年出版、現在絶版)には、大勢の大リーガーたちがまるで現代のレッドブルのようにグリーニーを服用している実態が赤裸々に描かれている。バウトンはボストン・レッドソックスのトレーナーから入手し、「レッドソックスは主力選手のほとんどがこのクスリをやっている」と書いてある。誰もが容易に手を染めてしまいかねない環境 いまの日本プロ野球がそこまで薬物に汚染されているとは思わないが、誰もが容易に手を染めてしまいかねない環境にあるのも確かだ。NPBや各球団のトップは清原容疑者や野村氏の個人的な背後関係ばかりに目を取られていないで、秘かにどのような薬物が流行し、選手たちの手に渡っているかを洗い直すべきだ。清原容疑者や野村氏以前にも、現役引退後に覚醒剤で逮捕された野球人の大物がいた。現状のままではいつ第二、第三の清原や野村氏が出てきてもおかしくはない。 ちなみに、『ボール・フォア』の著者バウトンは出版から8年後の1978年、39歳にしてアトランタ・ブレーブスと契約し、まさかのメジャー復帰を実現。5試合に登板して1勝を挙げている。これほど見事なカムバックはクスリに頼るだけではできないだろう。 興奮剤グリーニー(正式名称クロベンゾレックス)がNPB(日本野球機構)に禁止薬物に指定されたのは、選手のドーピング検査が導入された2007年からである。野村氏や巨人の選手たちが使用していた1998~2001年は、使ってもルール違反にはならなかった。 その後、2004年、グリーニーはWADA(世界アンチ・ドーピング機構)によって禁止薬物に指定される。このため、翌05年にロッテで複数の選手が常用していると報じられたときは社会的な問題にまで発展した。 また、日本の厚労省はグリーニーを医薬品にも禁止薬物にも指定しておらず、「未承認医薬品」と説明。公式HPでは「医師の適切な指導のもとに使用されなければ健康被害のおそれがある」として注意を促している。 ジム・バウトンの著書『ボール・フォア』はMLBで大反響を巻き起こし、当時のコミッショナー、ボウイ・キューンは薬物の乱用を問題視。コミッショナー名義で『ベースボールvsドラッグ』という公式パンフレットを全球団に配布するという措置を取り、薬物汚染に歯止めをかけるきっかけとなった。

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    清原容疑者は更生できるのか?メジャーの社会復帰成功例

    THE PAGEより転載 覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された清原和博容疑者に対する世間の視線が厳しい。今後、彼は更生できるのか? 野球界に復帰できるのか? という疑問の声も大きくなっている。だが、メジャーリーグでは、多くの人間が社会復帰に成功している。日米の社会性に大きな違いこそあれど、そこに清原容疑者が更生するヒントはないかーー。 2010年3月のこと。当時レンジャーズの監督(現アスレチックスコーチ)だったロン・ワシントン監督のコカイン使用が発覚した。前年、大リーグの薬物検査で陽性反応が出たと報じられたのだ。その時点でワシントンは辞任を申し出たそうだが、ノーラン・ライアン(当時レンジャーズ社長)らに慰留され、その後も指揮を執っている。 その理由としては、「1回だけだから」というものだったが、日本の感覚からすれば、1回とはいえ大リーグの監督がコカインを使用していた、ということだけでも十分に衝撃的で、チームが慰留したこともまた、清原容疑者が今、これだけの立場に置かれていることを考えれば、別世界と映るのではないか。あのとき実は、まさかワシントンが!? という声は多くはなかった。清原容疑者同様、ひょっとしたらと囁かれていた。なのに簡単に復帰を認められた理由には、メジャーの時代背景がある。 ワシントンが大リーグでプレイした1980年代は、大リーガーの40%がコカインに手を染めていたといわれ、1986年2月には、パイレーツの選手を中心に11選手がコカインの使用で当時のピーター・ユベロスコミッショナーに処分されるというスキャンダルが起きている。残念ながら当時、大リーグは麻薬にまみれていたようだ。 その際の処分内容も、日本から見れば甘く映る。例えば、デイブ・パーカーら7選手は、1年間の出場停止処分を受けたが、給料の10%をドラッグの更生プログラムに寄付する限り、試合に出場することを許された。もちろん、不定期の薬物検査、薬物に関連した100時間の社会奉仕活動も課されたものの、出場そのものが制限されることはなかった。残りの4選手も60日間の出場停止となったが、やはり給料の5%を寄付する限り、プレイすることができ、薬物検査などの条件はついたが、それだけだった。コカインを使用してもセカンドチャンス では、なぜ、コカインを使用しても、清原容疑者のように逮捕をされることもなく、セカンドチャンスが与えられ、更生の成功例が増えるのかだが、そこにはやはりアメリカ社会と日本社会のコカインなど薬物中毒に対する考え方の差がある。日本ではあくまでも犯罪だが、アメリカでは売る側に回らない限り、薬物に手を染めた人は、中毒”患者”と捉えられる。止めたくても止められないーー。つまり、日本では犯罪者となるが、アメリカでは病人と捉えられるため、リハビリによって更生させることに主眼が置かれる。大リーグの場合でも、ステロイドの使用には厳しい罰則があるが、コカインなどの場合は、更生プログラムが適用され、週3回の薬物検査が課される。 過去、完全なジャンキーとなったエンゼルスのジョシュ・ハミルトンにしても、大リーグ機構は 出場停止処分を下したが、復帰の道を閉ざすことはなかった。1999年6月のドラフトで“いの一番”でレイズから指名されたハミルトンは、2年後にはコカインにはまっていく。翌年から2005年までは、大リーグ機構から受けた出場停止処分も含め、3年間も試合に出場できなかった。その間は無給だったが、2006年にレイズのマイナーで復帰すると、その年のオフにルール5ドラフトでレッズに指名されて移籍。翌年、メジャー初出場を果たし、その初めての試合では彼が打席に入ると、シンシナティの4万2000人のファンが、薬物中毒から抜け出したことに対する賞賛の拍手を送った。ファンらは、後ろ指を差すのではなく、むしろ彼の勇気を称えたのである。 その後、ハミルトンはリーグMVPを獲得するまでになる。実際、そうして薬物中毒から復帰して活躍した選手は少なくない。前出のパーカーは1990年オールスターに選ばれた。同じときに処分を受けたロニー・スミスは、1989年に「カムバック・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー」を受賞している。もちろん、ロッド・スカリーのように薬物中毒から抜け出せず、コカインの過剰摂取による心臓発作で死亡したケースもあるが、大リーグ機構もアメリカの社会も、彼らを見つめる目は、決して批判的でなく、社会復帰を念頭に置いたものだ。 現役時代、そして引退後に何度かコカインで陽性反応を示したダレル・ストロベリーという選手などは、薬物患者を救う側に回った。彼もまた1980年のドラフトでいの一番に指名されメッツ入り。1984年から8年連続でオールスターに選ばれたスーパースターだが、紆余曲折を経て2014年、2つ目の薬物中毒専門のリハビリセンターを開設している。自分が救われた経験を生かし、「同じように苦しむ人を救いたい」のだという。彼もまた、社会から排除されていたら、どうなっていたか。 ちなみにそうしたリハビリセンターでは、どういうことが行われているのか。かつて、トム・ウィルヘルムセン(レンジャーズ)が、マリファナの陽性反応が出ると、当時所属していたブルーワーズから強制的に施設に送られたが、その様子を教えてくれた。「毎日、朝食が終ると、グループごとに集まって、過去の過ちを共有する時間が設けられているんだ。家族を失った人の話も聞いた。仕事を失った人、ホームレスになった人もいた。そういう話をすることは、他人に危険性を伝えるというより、自分自身を晒すことで、過ちを自覚し、障害を乗り越えるという狙いがあるようだ。ただ、それよりきつかったのは、プライベートの時間だ。部屋にはルームメイトがいたが、完全なジャンキーだった。20歳ぐらい上かな。薬物中毒になるとこうなるのか、その恐怖と、彼と一緒にいる恐怖で、とにかく早く出たいと思っていた」ウィルヘルムセンはその後、一旦は野球を辞めバーテンダーをしていたが、独立リーグから大リーグ復帰を目指すと、マリナーズでそれをかなえている。あの時もまた、彼が初めてメジャーのマウンドに上がると、スタンドからはスタンディングオベーションが沸き起こり、拍手が鳴り止まなかった。 清原が今後、どう更生の道を歩むかはわからない。覚せい剤に対する社会的な制裁や捉え方に日米の社会で大きな違いがあることは確かだが、日本のトッププレーヤーがこぞって憧れて挑戦を続けているメジャーリーグには、薬物使用から更生した成功例がある。清原容疑者の更生の意思が強いならば、メジャーに習って野球界が、手を差しのべる必要があるのかもしれない。(文責・丹羽政善/米国在住スポーツライター)

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    「怪しいことに惹かれる」運命の清原 復帰への道は?

    田が、旬な有名人の未来を予測するシリーズ「“きゃって”に占い」。今回は、5月17日に覚醒剤所持・使用事件の初公判を控えている元プロ野球選手・清原和博被告について占っていただきました。【プロフィール】清原和博(きよはらかずひろ)生年月日:1967年8月18日 48歳出身地:大阪府岸和田市 1986年、西武ライオンズに入団、新人賞を獲得。西武の黄金時代を支える。1997年、巨人に移籍。2006年、オリックスに移籍し、2008年に引退。その後、主にタレントとして活動するも、2014年に薬物疑惑が浮上。そして、2016年2月3日、覚醒剤取締法違反(所持)の容疑で自宅マンションにて逮捕された。【注目の初公判は5月17日】 * * *──さて、5月17日に覚醒剤使用事件での初公判を迎える清原和博被告ですが、現在の星まわりはどんな状況なのでしょうか?竹田:現時点での星まわりは、特別に悪いわけではないですね。清原さんの場合は、生まれ持ってのホロスコープで「怪しいことに興奮する」という傾向が出ているんですよ。刺激的なことや、怪しいことに流されやすかったり、そういった誘惑に弱いタイプなんです。──まさにドラッグにハマりやすい、というか…。竹田:そうかもしれませんね。だからこそ、ドラッグに近寄らないように生きてくるべきだったんです。ここ数か月の星まわりは悪くはないんですが、怪しいことに溺れて歯止めがきかなくなる傾向は出ていましたね。あとは、「行動パターンが変わりやすい」という傾向も見えます。──「行動パターンが変わりやすい」ですね…。ということは、いままで以上に派手に覚醒剤をやってしまったというか、罪悪感がなくなってきておおっぴらになってきたというか、そういうことだったのかもしれませんね。だからこそ、逮捕されたというか…。竹田:逆にいうと、この逮捕が清原さんにとっての良い変化です。このままでは、結界が外れて、身体的にも人生的にも収拾つかなくなってしまっていましたから。【清原復帰の時期を占うキャメレオン竹田】──そうなんですね。これで、人生が修復されるかもしれないということですね。竹田:あとですね、誇大妄想を抱えやすいタイプで、ちょっと悪いことがあるとまわりが敵に思えてくるんですよ。そして、常にチヤホヤされ続けていないと、すぐに自信をなくしちゃう。だからこそ、現実逃避をしやすい。──そこで覚醒剤に手を出してしまった、と。竹田:それだけじゃなくて、怪しげなものに惹かれやすいタイプでもあるんですよね。だから余計にドラッグなんかにハマリやすかったんだと思います。──おそらく有罪判決は間違いなくて、執行猶予がつく可能性が高いといわれています。果たして、球界や芸能界への復帰はあるんでしょうか?竹田:何らかの形で復帰することはできると思いますが、時間はかかりますね。ホロスコープ的には、早くて2023年。あと6年から7年くらいはメディアには出てこられないと思います。──どんな形での復帰がいいんでしょうか? プロ野球の指導者などは難しそうですが…。竹田:やっぱり常にチヤホヤされて、人々の中心で目立っているのが好きっていうところは、変わらないんですよ。なので、ひっそりどこかで社会復帰するというよりも、「清原」っていう名前を前面に出してメディアに復帰するというほうがいいと思います。──目立っていないと、また被害妄想が出てきて、現実逃避をしてしまう…ということですよね。竹田:たとえば芸術的な何かにハマれば、妄想とか怪しいことに惹かれる体質から開放される可能性もありますね。──なるほど。ドラッグの代わりにハマることができる何かが必要だというわけですね。竹田:もしくは、ドラッグの怖さを伝えていくという仕事もいいと思います。たとえば講演をするとか。やっぱり伝えていく力はすごく強い人ですし、それが才能でもあります。発信力がものすごく高い。そもそもチヤホヤされたいという願望が強い人なので、外に向けてアピールすることが大好きで、人前に立つ仕事が合っていると思います。だから、そのチヤホヤされたい願望を、いかに良い方向にもっていくかということを考えれば、社会復帰もできるのではないでしょうか。 * * * もともと依存体質だということで、判決後もちょっと心配な清原被告。世間の厳しい目もあり、社会復帰への道もかなり険しそうだ。【プロフィール】キャメレオン竹田/占い師、作家、画家、詩人、旅人。株式会社トウメイ人間製作所代表取締役。一般社団法人フォーチュンコーディネーター協会会長。占術は西洋占星術とタロットカードで、現在の鑑定予約は困難。テレビ・ラジオ出演、雑誌、アプリなど複数監修。ANA公式サイトの占いも連載中。著書は計15冊。新刊は『マンガ おもしろいほどよく当たる! 12星座あるある』(アスコム)※LINEで、「キャメレオン竹田」とお友達検索をしてお友達になっていただくと、毎日の12星座占いが配信されます!関連記事■ 勘三郎不在が痛い歌舞伎界 海老蔵の7月復帰で挽回なるか■ 出産早期復帰の木村佳乃 働く女性からの共感得やすいとの声■ 酒井法子 「恩人」の死で芸能活動復帰計画白紙の可能性も■ 板東英二 タレント再生工場「さんまのまんま」に近く出演か■ 三段壁を訪れる自殺志願者を立ち直らせる牧師が書いた命の本

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    「清原被告から焼肉弁当、もしあなたなら」 記者たちの弁

    食べることは『貸し』が生じてしまうため」(30代全国紙男性記者)「自分は食べません。取材対象が、刑事事件の被告となれば買収を疑われるような行動は厳に慎むべきだと考えます。清原被告をヒーローに祭り上げてきたのは、ほかでもないマスコミです。彼がスターに駆け上がり、また転落していった一連の流れの中には、ある意味マスコミとの共犯関係があったのではないかと自戒すべきだと思います。もっとも、弁当を食べて伝えるのも、その記者や所属するメディアの切り口であり、その記者個人を責めようとは思いません」(40代全国紙男性記者) 自分は食べなくても、食べる人を批判はしないという人が多い中で、40代スポーツ紙デスクはこう憤る。「食べない。取材対象に借りは作らない。作ると筆が鈍る。例えば食事をごちそうになったら、同額の贈り物をしています。その辺はしっかり線引きしています。『スポニチ』の記者が食べたことで、スポーツ紙記者がみんなクレクレ体質と思われるのが心外です。『スポニチ』の罪は大きい」 また20代男性のテレビ局ディレクターも、「食べない。少しでも相手に借りや弱みを作ると、本気で取材できないためです。批判はしませんが、食べる方たちは取材者との距離感を意識できていない方なんだなと思ってしまいます」 と、なかなか手厳しい。やるせなくて食べる気分になれない 他にも「口に入れるものなので得体の知れない弁当は食べたくない」(50代男性全国紙記者)「あのスーパーヒーローが転落しているその場にいることがやるせなく、とても食べる気分になれない」(30代男性スポーツライター)という意見も。 40代男性出版社編集者は、こういう。「現場で焼肉弁当は腹に重いため食べません。取材対象から焼肉弁当以上の豪勢な便宜供与を受けている取材者(特に政治部)なんて掃いて捨てるほどいますし、これが供応とかいう問題は木を見て森を見ず的な議論だと思う」 一方、「食べる」派の典型は、この30代男性ノンフィクション・ライターの意見だろう。「食べます。食べたうえで『清原の焼肉弁当』でエッセイ一本書きます。特上なのか上なのか、その店の常連だったか否か。なぜ焼肉弁当なのか。どこの店なのか。楽しそう。清原の気持ちに近づく上でも、食べない選択肢はこの場合はないかと」 50代男性コラムニストも、「ここぞとばかりに食べます。どんな弁当か、その中に清原の人となり、もしかしたらその時の心境も語られているかもしれないからです」 と、ノリノリだ。ネタとしてむしろ食い気味に食べたい人が多い。「食べます。それも写真を撮影次第、どの程度温かいかなどの情報も入れておきたいので、できるだけ早く食べます。今回の事件の性格を考えると、拾える材料はすべて拾いたい。食べるのも取材のうちであり、むしろ食べないのは職務怠慢と考えます。ネットであれこれ言われていますが、弁当ひとつで筆が鈍るわけがない。」(40代男性フリーライター)「どういう弁当なのか食べてみないとわからない。食べて、その感想や味について原稿に生かせればいいと思う。供応を受けるのとは違うと思う」(50代全国紙男性記者)「食べます。どんな弁当(味)か知りたいから。食べない理由が見つからない。食べないほうが失礼」(30代男性スポーツライター)「たぶん食べます。弁当の中身もネタになるかもしれないから。ただし、奢られっぱなしは気持ち悪いので、何回もは食べません」(40代男性週刊誌デスク)「個人的には食べたいですね。美味いのかまずいのか、それだけでも分かれば彼の心境を推し量る材料の一つになりそうです。ただ、現場で食えば批判されるのは目に見えていますし、悩むんでしょうね。あと、食べるなら何らかの形で代金を支払うべきだとは思います」(50代全国紙男性記者) 「供応」批判に対しては、こんな感じだ。「スポーツイベントのプレスルームで主催者が振る舞うサンドイッチやお菓子やお茶の類と同じようなものだと思う。あれをいただいたからといって、大会運営の瑕疵を見逃してやったりはしないでしょう。特定の会社や記者個人にあてたものでなければ、『取材相手からの供応』とはいえないような気もします」(50代フリーライター)「食べます。わざわざ返すのも大人げない。2000円程度の弁当では供応にはあたらないでしょう」(30代男性出版社編集者)「食べる。とりあえず、開けて撮影。この場合、食べたとしても便宜を図るような類のものではないので、取材として食べる。食べないと言う方も、例えば記者会見先で出された食べ物とかお土産、受け取ってますよね」(30代男性カメラマン)シャブ中・清原が差し入れた弁当の『中味』 他にも、「食べ物を無駄にしたくないから食べる。代金を清原宅ポストに代入れとけばなおよし」(50代男性全国紙記者)「過去に清原被告と知った関係であれば、ありがたくいただくと思います。人としての関係性として、そんなに悪いこととも思えないです。書くことは書くと思いますけどね」(40代男性ノンフィクション・ライター)なども。 いかにもテレビっぽいのが、50代テレビ局報道部ディレクターだ。「弁当はスタジオに持ち帰ってまず見せる。必要とあらばMC、コメンテーターに食べてもらって感想をいってもらう」 自分ではなく他人に食わせるという発想が面白い。また、かつて清原被告の私生活を撮るために自宅前などを張った経験がある40代男性写真週刊誌編集者は、こう語る。「食べます。他媒体は食べないだろうから。どこの誰がどういう経緯で作ったもので、味はどうなのか?知りたい読者は必ずいるはずです。また、焼き肉弁当というのがミソで、清原といえば焼き肉人脈で知られていますから、支援者につながる可能性もあります。取材後や取材中に差し出されたのならば考えますが、そうではなく、かつ、焼き肉弁当だったから、私ならば食べてリポートします」 本サイトでも大人力コラムニストとして活躍している石原壮一郎さんも「食べる」派だ。「せっかく差し入れしてくれたのに、食べないと相手にも弁当にも失礼です。罪を憎んで弁当を憎まず。そして何より、いいネタになるから。何にでも貪欲に食らいつくのが物書きの矜持では。ありがたくいただいた上で、同額程度のお返しを考えるのが大人のマナーだと思います」 続いて「供応批判」について。「そもそも清原の張り込みをしている時点で、芸能スキャンダルの色が濃い『野次馬取材』なわけですよね。もちろん、メディアにとって『野次馬』になることはとても大事です。だけど、そういう取材なのに、ジャーナリズムとしてのケジメ、みたいなことを言われても、ちゃんちゃらおかしいとしか思えません」 私自身どうかいえば、やっぱり食べて原稿にする。その場にいる報道陣全員に公然と配られたものなので「供応」とまではいえないと思う。ネガティブな取材を仕掛けている刑事被告人からの差し入れに若干後ろめたさを感じつつ、「シャブ中・清原が差し入れた弁当の『中味』」というタイトルを頭に浮かべながらその蓋を開けるだろう。関連記事■ いつでも温かいお弁当が食べられるUSB保温ポーチ■ セレブ系ハーフタレント 楽屋弁当食べず「何様!」の声出る■ 清原和博氏 転職サイトで運転手兼マネージャー募集の理由は■ 戸田菜穂 第2子出産以降、初の連ドラ出演でママの顔見せる■ 駅弁通の東進ハイスクール日本史講師が絶賛「廣島上等弁当」

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    「栗栖事件」に連なる田母神俊雄氏更迭騒動

    文にまとめ上げられた、その勉強ぶりにはほとほと感嘆するより他のない労作である。栗栖弘臣元統幕議長栗栖事件に連なるもの その内容は、平成7年の大東亜戦争停戦50周年の節目を迎へた頃から急速に高まり、密度を濃くしてきた、「日本は侵略戦争をした」との所謂東京裁判史観に対する反論・反証の諸家の研究成果をよく取り入れ、是亦短いながら日本侵略国家説に真向からの反撃を呈する見事な一篇(いっぺん)となつてゐる。 筆者は現職の自衛隊員を含む、若い世代の学生・社会人の団体に請はれて、大東亜戦争の原因・経過を主軸とする現代史の講義を行ふ機会をよく持つのだが、これからはその様な折に、この田母神論文こそ教科書として使ふのにうつてつけであると即座に思ひついたほどである。ここには私共自由な民間の研究者達が、20世紀の世界史の実相は概(おおむ)ねかうだつたのだ、と多年の研究から結論し、信じてゐる通りの歴史解釈が極(ご)く冷静に、条理を尽して語られてゐる。村山談話は破棄すべし そして、さうであればこそ、この論文は政府の見解とは対立するものと判断され、政府の従来の外交姿勢を維持する上での障害と看做(みな)されて今回の突然の空幕長解任といふ処置になつたのであらう。1日付の本紙は、歴史認識についての発言が政府の忌諱(きき)にふれて辞任を余儀なくされた、昭和61年の藤尾氏、63年の奥野氏を始めとする5人の閣僚の名を一覧表として出してをり、これも問題を考へるによい材料であるが、筆者が直ちに思ひ出したのは昭和53年の栗栖統幕議長の更迭事件である。 現在の日本の憲法体制では一朝有事の際には「超法規的」に対処するより他にない、といふのが、国家防衛の現実の最高責任者であつた栗栖氏の見解で、それはどう考へても客観的な真実だつた。栗栖氏は「ほんたう」の事を口にした故にその地位を去らねばならなかつた。その意味で今回の田母神空幕長の直接の先例である。村山談話は破棄すべし 我々が「真実」だと判定する田母神論文と相容(あいい)れないといふのなら、政府の公式見解は即(すなわ)ち「虚妄」といふことになる。実にその通りである。政府見解の犯してきた誤謬(ごびゅう)の罪も中曽根、細川両首相があれは侵略戦争だつたと言明して以来の長い歴史を経てゐるが、決定的な罪過(ざいか)は平成7年の村山富市談話である。 あの年の夏、国会による過去の戦争についての謝罪決議といふ、世界史上未曾有の愚行がすんでの所で実現しかかつたのを、国民運動による506万人分といふ数の決議反対署名を以て辛うじて阻止した。すると村山首相がまさに民意の裏をかく卑劣な手管を弄し、総理大臣談話といふ形で謝罪決議が目指した効果の一半を果すの挙に出た。 それ以来、内閣が交替する度毎に、歴代首相は政府の歴史認識は村山談話を踏襲すると宣言しては、外交上の自縄自縛状態に閉ぢ籠り続けた。この閉塞(へいそく)状態を打開してくれる尖兵(せんぺい)として我々が期待をかけた安倍晋三氏もそれを敢行してくれなかつたし、今度の麻生太郎氏も、田母神論文を排して村山談話に与(くみ)するといふ選択をはつきりと見せつけてしまつた。 この選択の誇示によつて、懸案の同胞拉致も領土問題も、靖国神社公式参拝問題も全て、国民の期待と希望を大きく裏切つて又しても解決が遠のく。国民の名誉と安全が脅かされてゐる事態は解消しない。然し田母神氏の更迭事件は我々に或る大きな示唆を与へてゐる。即ち、今や村山談話の破棄・撤回こそが、国民の安全にとつての最大の政治的懸案となつたのである。(こぼり けいいちろう)(※iRONNA編集部注:肩書き等は産経新聞掲載当時のものです)

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    ネット右翼の終わりが鮮明に 田母神事務所強制捜査の衝撃

    古谷経衡(著述家)共闘から埋めがたい亀裂へ 「―やっぱり(捜査が)入ると思っていた。特段の驚きはない」 3月7日昼過ぎ、元航空幕僚長の田母神俊雄氏の事務所や自宅を、東京地検特捜部が強制捜査(業務上横領容疑)したという衝撃的なニュースが入った直後、筆者の電話取材に対し、田母神選対に深く関わった元関係者のA氏は冷静にこう答えた。 2014年2月、猪瀬都知事(当時)の辞任に伴う東京都知事選挙で、独自候補として擁立された田母神俊雄氏は、主要四候補のうち最下位の4位に終わったものの、約61万票の得票を受けておおむね健闘した。その際、最大の支持母体は衛星放送番組制作会社・日本文化チャンネル桜(以下チャンネル桜)と、同局と一体となっている傘下の政治団体などであった。2014年都知事選で演説する田母神候補(写真:Natsuki Sakai/ アフロ) 非自民で強固な保守層(自民党より右)に訴えた田母神氏は、当時チャンネル桜やそれを包摂した保守界隈が一丸となった応援によって、インターネット上で保守的、右派的な言説を採る「ネット右翼層(ネット保守とも)」から絶大な人気を集めた。ネット上のアンケートやハッシュタグで、「田母神旋風」が吹き荒れた。 選挙結果は既に述べたとおりだったが、選挙後しばらくして、かつて「同じ釜の飯を食った」同志であるチャンネル桜と田母神氏との間に埋めがたい亀裂が表面化した。田母神氏が選挙時に集めた(寄付)約1億3200万円の内、5000万円にも及ぶ巨額の使途不明金疑惑が浮かび上がったのだった(この上で、昨年、田母神氏は秘書による私的流用を一部認めている)。 田母神氏を「東京だけではなく日本の救世主」として候補に祭り上げたチャンネル桜自体が、一転して田母神氏の資金疑惑を追求する、という展開になった。今回の強制捜査は、こうした一連の使途不明金疑惑を受け、地検が本格的に動いたものだ。無論、田母神氏は起訴されたわけでもなく、よって裁判になっているわけでもない。現時点(本稿執筆の2016年3月7日現在)では無罪だ。が、地検による強制捜査という今回の報道は、疑惑に蓋然性があるのではないかという憶測に火が付き、各方面に衝撃が走っている。ネット右翼の象徴としての田母神氏ネット右翼の象徴としての田母神氏 田母神氏が表舞台に立ったのは2008年。ホテルグループ「APA」が主催する懸賞論文『真の近現代史観 懸賞論文(第一回)』に、田母神氏の論考が採用され、大賞を受賞したのだ。この「論文」の内容は一言で言えば「日中戦争はコミンテルンが仕掛けた謀略であり、日本は中国を侵略していない(むしろ防衛戦争であった)」という歴史根拠の一切無いトンデモ・陰謀論を彷彿とさせるものだった。が、当時定年間近とはいえ現役の航空幕僚長が政府見解と真逆のオピニオンを展開したことで、氏は一躍時の人となった。 思えば、田母神氏はネット右翼にとって象徴的存在であった。前記「田母神論文」が世を賑わせるやいなや、一躍スターとして保守界隈に踊りでた田母神氏は、著作・番組出演・講演会などと八面六臂の活躍を見せた。それまで雑誌『正論』と産経新聞という、貴族的な言論空間に自閉し、突飛な物言いを謹んできた旧来型の保守(凛として美しく路線)と、田母神氏は何から何まで異なっていた。田母神俊雄氏 田母神氏いわく、 「(世田ヶ谷で検出された2.7マイクロシーベルトの)1万倍の放射線でも24時間、365日浴びても健康上有益」 「(福島第一原発から)発生する高濃度汚染水は、欧州ではコーヒーを飲むときの水」 「(イスラム国に拉致・殺害されたジャーナリストの)後藤健二さんが在日かどうか調べて欲しい」 「左翼は見ればわかります、体が左に傾いているから」 などと、到底事実とは異なるトンデモで過激な物言いが氏のツイッターやブログから飛び出すことになった。それまで穏健・温和を旨としていた保守系言論人には無い過激な物言いに、ネット右翼は一斉に喝采を送った(これは、現在のトランプ旋風にも似ている現象である)。権威としての「田母神」 現在では、保守系言論人の少なくない部分の人々が田母神氏と同様の発言を行っている嫌いがあるが、ブロガーやユーチューバーなどではなく「元航空幕僚長」という立派な社会的肩書でこのような言説を展開する人物がほぼ皆無だっただけに、これまで既存の大手メディアから黙殺・蔑視され、それゆえに権威からの承認に飢えていたネット右翼は「元航空幕僚長・田母神俊雄」を熱狂的に支持した。 そしてなにより、田母神氏の持つあらゆる世界観こそ、根拠なき陰謀論や空想が寡占的であったネット右翼の世界観を忠実にトレースしたものだった。普通、保守系言論人は、自らの下位に位置するネット右翼に知識を与え授ける「上からの教化」を役割としていたが、田母神氏の登場によって粗悪な陰謀論を縄張りとするネット右翼の言説と、保守系言論人が一体化するという皮肉な劣化現象が発生したのである。 ネット右翼が創りだした根拠なきデマを田母神氏が広い上げ、ツイッターで拡散する。すると「権威から承認された」「田母神さんが言っているんだから間違いはない」などとして、ますますそのデマが雪だるま式に拡散されていく、という悪循環を生んだ張本人が田母神氏であった(その典型が、前述後藤さんの例など)。 無論、「私はいいひとです!」などのジョークを旨とする氏の軽快で個性的なキャラクターも人気の原因のひとつであった。まさにこのように、田母神氏は、我が国のネット右翼史を語るにあたって、避けて通れない最大のキーパーソンなのである。都知事選立候補都知事選立候補 田母神氏の上記のような過激で、時としてトンデモや陰謀論を惹起させる物言いに眉間にしわを寄せる保守系言論人も少なくはなかったのだが、氏が保守界隈の押しも押されぬスターとしてその階段をかけ登っていくうちに、そういった異論は封殺されていった。 2010年2月、チャンネル桜と密接な関係にある政治団体「頑張れ日本!全国行動委員会」が設立されると、その会長として田母神氏が擁立された。同会の実質的な運営は、幹事長に就任したチャンネル桜の創設者で社長でもある水島総(みずしまさとる)氏が指導的であった。この団体の設立こそ、2014年2月の東京都知事選挙に田母神氏を候補として突き進んでいく第一の橋頭堡だったのである。東京都知事選告示後、渋谷駅前で第一声をあげた田母神俊雄氏(右)と応援に駆けつけたタレントのデヴィ夫人=2014年1月23日、東京都渋谷区 2013年12月の忘年会で「きたる来年(2014年)の都知事選挙に立候補して欲しい」という水島氏の説得を快諾した田母神氏が、翌2014年の年明け早々、立候補を公式に表明すると、当然、擁立母体のチャンネル桜を中心として、国家総力戦の如き猛烈な「動員」が実施された。「動員」とは、同局に出演しているキャスターや常連コメンテーターらを片っ端から選挙応援演説に繰り出すことであり、それはまるで「根こそぎ動員」の状況であった。「田母神を支持せぬ者は保守に非ず」 ここから生まれたのが、「田母神ガールズ」と呼ばれた女性陣であった。彼女たちは街頭で田母神氏の応援カー(街宣車)に乗り、高らかに田母神支持を訴えた。彼女たちは全員チャンネル桜の常連出演者と同一であり、ここからも同局が一丸となって田母神氏を応援したことが分かる。それだけ彼らは真剣で必死だった。その燃える心は、本物だったであろうと現在でも思う。 後援団体「田母神としおの会」には、保守界隈の重鎮から末端に至るまで、続々と賛同人が記載されていった(下記)。何を隠そう、当時、同局のネット番組のいち司会を務めていた私も、この賛同人の末席に登場する。当時の保守界隈の空気感は、「田母神を支持せねば保守に非ず」といった風で、田母神氏への異論は完全に封殺されていた。 私はそもそも「田母神論文」の発表時点で氏の言論人としての性質に疑問を持っていたし、あらゆる著作内容を総合しても、到底都知事の器ではあるまいと考えていたが、それを関係者に吐露すると「古谷(筆者)は反田母神の思想を持っている裏切り者だ!」と選対本部に通報されるという、ゲシュタポか中世末期の魔女狩りの塩梅であった。当時の保守界隈の空気感はこんなかんじだった。「あの金はどこへ行った」「あの金はどこへ行った」 選対から何度も何度も「応援演説に来るように」という矢のような催促があったが、私は1回だけ参加した以外は全て断った。そうして選挙が終わり、田母神氏が負けると「敗戦処理」のような状況になり、選挙に貢献しなかった人物が徐々に疎まれるようになった。私は名指しで説教をされ、田母神ガールズの人々からも徹底的に嫌われてしまった。 頑なに田母神氏の応援を拒否した私も人付き合いが下手だったのだろう。もう少し柔軟であれば、現在でも彼らと酒を酌み交わすくらいの仲で在り続けたかもしれない。が、過ぎた日は帰らない。私がこの後、彼らと行動を分かった直接の遠因はこの選挙だった。そして彼らの異論を許さない異様な同調圧力に精神が耐えかねたのもこの選挙だった。その後、チャンネル桜と田母神氏も前述のように離反して、現在に至っている。業務上横領容疑で東京地検特捜部の家宅捜索を受けた、田母神俊雄氏の事務所が入るビル=2016年3月7日午後、東京都千代田区 冒頭に登場したA氏は、しみじみと言った。 「田母神論文の内容を度外視して、ある種の熱気として、シンボルとして田母神氏を祭りあげてしまった、保守側にも原因はあるのだろう。そのせいで、田母神氏のずさんな部分を知りながら、何も言うことのできない強烈な同調圧力が出来てしまった。いま思えば慙愧に堪えない」 かつて「東京のみならず日本の救世主」として保守界隈、そしてネット右翼からスターに祭り上げられた田母神氏が、地検から強制捜査の咎を受けるとは、よもや都知事選挙の際には万人の頭の中になかったであろう。 無論、繰り返すように、田母神氏は現在、なんら罪が確定したわけではない。が、ネット右翼の象徴として君臨し、そして君臨し続けた田母神氏への疑惑が強制捜査となったのは、単にいち候補の選挙資金の使途不明疑惑という枠を超えた意味合いを見つけることができる。 「年金生活者の老人たちが、苦しい生活の中から一万円、二万円を(田母神氏の政治資金管理団体に)寄付していた事実を知っているだけに、やるせない思い」(前述A氏) 「都知事選挙でボランティア、手弁当で参加、協力したのに、裏切られた思い。事実ならお金を返して欲しい」(匿名のB氏) 「秘書が流用しているだけと信じたいが、本当に本人は知らないのか、ますます不信が高まった」(匿名のC氏) このようなやるせない人々の声は、果たして晴れる時が来るのであろうか。「原罪」を背負った保守「原罪」を背負った保守 都知事選挙の時、田母神氏の応援賛同人にあらゆる保守界隈の人々がこぞって名を連ねた。或いは田母神氏の理論の誤謬を見つけながらスターとして祭り上げた。分かってはいるが、知ってはいるが、「保守全体の利益」だの云々、或いは「東京のため、国家のため」を大義として、彼をスターに祭り上げたのは他でもない保守自身だった。これは保守にとって「原罪」として記憶されることになるのではないか。 左の写真は2014年2月の東京都知事選挙の時に作られた賛同人一覧を示すポスターである。保守論壇を飾るきらびやかな人々が重鎮から末端に至るまでずらりと名を連ねている(筆者は、上段四段目右側)。少なくとも田母神氏自身が認めているように、本人の関与は分からないが、秘書による私的流用は事実だ。 支援者からの浄罪、つまり寄付金が私的に使われたという大きな疑惑に、いっときでもお墨付きを与えてしまった保守界隈は、果たして無実でいられるのだろうか。あらゆる意味で田母神氏を利用し、祭り上げ、そしてネット右翼に力を与えてきた保守界隈に、罪なき人など居ないのである。今後の状況は捜査の進展次第になろうが、すまし顔で「私は関係ない」としているのならば、それは潜在的共犯であろう。 私は、氏の政治資金団体に1万5千円の寄付(決起集会参加費)をしたのを、今でも後悔している。 ネット右翼の象徴としての田母神氏は、ネット右翼を映す鏡でもある。氏の言動はネット右翼の集合知そのものであり、またそれはネット右翼に転写され影響力を持つ「合わせ鏡」だ。氏の権力の衰微は、そのまま保守界隈とネット右翼の減衰に直するのは言うまでもない。保守政権下、ただでさえ安倍政権から疎んじられている保守界隈とネット右翼の、本格的終焉が近づいている。 そうならないためにも、保守界隈は「私は関係ない」では済まされない。*参考・出典『ネット右翼の終わり』(晶文社、2015年、拙著)(2016年3月7日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    元少年Aの「性的サディズム」は本当に解消されたのか

    小宮信夫(立正大学文学部教授) 神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)の加害男性(元少年A)が世間を騒がしている。手記「絶歌」の出版、自身のホームページの開設、週刊誌のスクープと続いたからだ。猟奇的犯罪を再び犯すのではないかという不安も生まれている。そこで以下では、犯罪学者の視点から、元少年Aの再犯の可能性と少年法の更生システムの問題点について考えてみたい。殺人の原因と再犯の可能性 神戸家裁の少年審判では、性的サディズムが殺人の原因だったと認定された。これは、通常であれば、女性の身体的特徴(視覚的刺激)によって起こる性的興奮が、相手に苦痛を与えることで起こる性的嗜好である。神戸連続児童殺傷事件、土師淳君の頭部が見つかった友が丘中学の現場を視察する佐藤英彦・警察庁刑事局長ら=1997年6月1日 この認定に基づき、医療少年院では性的サディズムの解消に向けた治療プログラムが行われた。そのかいがあって、少年Aは女性に関心を示すようになったという。治療効果が確認できたので、少年Aは少年院を退院していく。 もっとも、性的サディズム自体は合意があれば犯罪にはならないので、少年Aの場合は、それがエスカレートし、人を殺したり遺体を損壊したりすることで性的満足を得る「快楽殺人」に至った点も忘れてはならない。 エスカレートさせた要素は、単なるキレやすい性格なのか、あるいは殺人さえも表現形態とみなす自己顕示欲なのか。いずれにしても、性的サディズムが解消されたとしても、そうした要素が減退していない限り、再犯の心配がないとは言えない。 元少年Aのホームページには、難解な絵が多数掲載されている。この絵を見たとき、FBI(米司法省連邦捜査局)を訪問したときのことを思い出した。FBIの行動科学課は、プロファイリングを開発したことで有名だが、その一角に、連続殺人犯が描いた絵や彼らが書いた手紙を集めた「邪悪心研究博物館」がある。そこで見せてもらった絵も、不気味なものばかりだった。元少年Aの絵とは明らかに違うと言えればいいのだが、そう言い切る自信はない。 このように、人々の不安をかき立てることが続くと、必ず少年法がクローズアップされる。厳罰で臨むべきだとか、適用年齢を引き下げるべきだといった議論だ。しかし、こうした改正は少年犯罪の抑止力にはならない。なぜなら、犯罪をする瞬間は「絶対に捕まらない」と思っているからだ。逆に言えば、「捕まるかもしれない」「捕まったらどうしよう」と思う人は、犯罪はしないのである。少年法の根拠とその揺らぎ そもそも、少年法のルーツはアメリカの「犯罪原因論」にさかのぼる。犯罪原因論は、生物学的原因、心理学的原因、あるいは社会学的原因を取り除くことによって、犯罪を防止できると考える立場だ。しかし20世紀後半、犯罪原因論に有効性と有害性の両面から厳しい批判が向けられた。 有効性を否定する論調に大きな影響を与えたのが、ニューヨーク市立大学のロバート・マーティンソンが1974年に、「これまでに報告されている更生の取り組みは、再犯に対して目に見える効果を上げていない」と発表した論文だ。 この「何をやっても駄目」(Nothing works)と考える立場は、要するに、犯罪の原因を特定することは困難であり、仮に特定できたとしてもその原因を取り除くことは一層困難である、ということを根拠としている。 更生プログラムに再犯防止の効果が期待できないとなると、刑罰の存在意義が疑われることになる。その結果、「犯罪が行われないように罰する」という未来指向の見方(功利主義的刑罰観)から、「当然の報い」(Just Deserts)として「犯罪が行われたから罰する」という過去指向の見方(応報主義的刑罰観)へと、刑罰の位置づけが変わった。多彩なメニューで柔軟な対応を 一方、有害性を指摘する批判は「犯罪原因論は人権侵害につながる」というものだ。例えば、心理学的原因が取り除かれるまで収容できる少年法の不定期刑の下では、軽犯罪しか行っていない者でも、当局の判断次第で少年院や刑務所に長期間入れておくことができる。再犯防止の役割を刑罰に期待する功利主義的刑罰観に立てば、当然そういうことは起こり得る。その結果、罪刑均衡と量刑の公平性を求める応報主義的刑罰観の方に支持が集まるようになった。 1975年のアカデミー賞主要5部門を独占した『カッコーの巣の上で』も、犯罪原因論の有害性を告発した映画だ。そこで取り上げられたロボトミー(脳の前頭葉を切除する)手術は、今でこそ廃人同然にする「悪魔の手術」として禁止されているが、かつては「奇跡の治療」として大流行し、その考案者であるリスボン大学のエガス・モニスはノーベル賞まで受賞している。 こうして、犯罪者が抱える原因に注目する犯罪原因論は求心力を失うとともに、それまでの決定論的な色彩を薄め、確率論的なリスク論へと変容していった。それは、「原因としての決定因子から傾向としての危険因子へ」という視座の移動である。ここで言う危険因子(リスクファクター)とは、それが多ければ多いほど犯罪へと走らせる可能性を高めるもの。「高血圧や高コレステロールは生活習慣病の危険因子」などという言い方と同じ使い方だ。多彩なメニューで柔軟な対応を この視座の移動は、非行少年の処遇はワンパターンであってはならず、多様なバリエーションを用意すべきことを意味する。なぜなら、決定因子は少数だが、危険因子は多数だからだ。 例えば、日本には、犯罪原因論が当然の前提とした、国家と加害者を主役とした「刑事司法」しか存在しないが、西洋諸国には「修復的司法」と呼ばれるもう一つのシステムが存在する。そこでは、被害者、加害者、そしてコミュニティという三者間の人間関係の修復を目指し、被害者と加害者が直接に話し合い、裁判官ではなく、コミュニティが話し合いをまとめている。 システムの外に被害者が置かれていては、被害者の心の傷を癒やすこともできなければ、被害者の苦痛の大きさを犯人に気づかせて犯人を改心させることもできない、というのが制度導入の理由だ。 また、サウスカロライナ医科大学のスコット・ヘンゲラーが開発した「多重システム療法」(Multisystemic Therapy)も、海外で高い評価を得て実践されている。そこでは、少年の周囲に焦点を合わせ、親のエンパワーメント(能力強化)や、友人・地域のサポートネットワーキング(支援人脈づくり)が図られている。 危険因子を抱えた少年を支援しても、その周囲の人が望ましくない行動をとっていれば、それがコピーされ、支援の効果が消されてしまう、というのが手法導入の理由だ。 日本でも、非行少年の性格や境遇は千差万別だ。それに伴って、犯罪の動機や原因も千種万様である。治療法や支援策が非行少年の個別のニーズにできるだけ合うように、処遇メニューの多様化が必要ではないだろうか。少年法をめぐる議論の中に、このことも取り込んでいただきたい。

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    表現の場が理不尽に奪われたとき、元少年Aの「Xデー」はやってくる

    元少年A」という表現者として、世間に登場したことになる。東京都内の書店に並べられた、神戸連続児童殺傷事件の加害男性が「元少年A」の名前でつづった手記「絶歌」 彼にとっては「書くこと」は「生きる道」だ。もちろん、『絶歌』の出版は賛否両論がある。事件の舞台となった神戸市の図書館では取り扱わないとの方針まで出た。出版という手段だったことも手伝って、表現したことがバッシングがなされた。出版への反対意見が強まれば、「書くこと」が制限され、「生きる道」を閉ざされる心配はあった。 しかし、「週刊文春」や「週刊新潮」、「女性セブン」に資料を送りつけてまで、彼自身はホームページの存在を知らしめた。表現の場を確保したことをアピールしたのだ。さらには有料のブロマガまで発行しようとした。私がメールで取材依頼をしたことへの返答もこのブロマガでなされた。表現するほどの欲求がないのかもしれない さすがに有料での情報発信は、『絶歌』への批判が消えていないタイミングでもあるため、批判が多かった。私は有料かどうかではなく、取材依頼をメールを断りなく、掲載されたことについて、少なくとも事前に公開することは教えて欲しかった。結局、サービス元が彼のブロマガの発行停止をした。 ただ、彼の「書く」場がなくなったわけではない。ホームページも当初から見ると、改良されており、更新されている形跡がある。ただし、『絶歌』出版に感じていた「書くこと」が「生きる道」といったほど、表現欲求に枯渇しているようには見えない。例えば、昨年12月25日のブログのエントリーがそれを物語っている。というのも、7月に美術館に行った話を12月にアップしているのだ。 そのエントリーには、こう書かれている。 物造りを生業とする人にとって、利き手が自由に使えないことはどれほどの恐怖だったろう…… たとえ手足を捥がれようと、常に何かを造らずにはいられない表現者という生き物の業に身震いがした。 彼なりに表現者への理解を示している。「常に何かを造らずにはいられない表現者」というのは、まさに『絶歌』を出版し、ホームページを作った彼自身の欲求に似ている。しかし、なぜ、5ヶ月前の話を書いたのか。想像すると、何かを表現したいという気持ちがないわけではないだろうが、「ネタ」が何もないのではないか。あるいは、表現するほどの欲求がないのかもしれない。 最新のエントリーも1月だ。しかも、読者の質問に答えつつも、12月に行った絵画展のことが書かれている。なぜ、12月に書かなかったのか。少なくとも、現段階では、表現欲求がそれほど高くはない。そして、読者の悩みについて、こう書いている。 あなたも僕と同じ表現者の端くれであるならば、今回のように辛く苦しく理不尽な事態に直面した時に、自らの苦悩の表出を他者に委ねるようなことはせずに、今こそ「チャンス」であると捉えてほしいのです。 自らの苦境を表現することで満たせていくことをアドバイスしている。もし、真にそう感じるのであれば、まさに、彼自身が『週刊文春』にされた行為に対して、「自らの苦悩を表出」すればいいはずだ。しかし、その場では乱暴に振舞っているが、表現欲求が揺さぶられているようには思えない。 彼はかつて、殺害した男児の首を校門に置いていた。彼にとってはそれが表現の手段だったかのような書き方を『絶歌』で書いている。彼の表現欲求が高まるときは、世間を騒がせたい欲求と似ている。だとすれば、ホームページなどで、表現しても表現しきれなくなったときにこそ、あるいは、表現しようとしてもその場が理不尽な奪われ方をしたときにこそ、「Xデー」がやってくるのではないかと思える。少なくとも今は、そこまで表出する何かを感じることができない。

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    元少年Aの「Xデー」はあるのか

    昨年6月に手記『絶歌』を出版した「元少年A」の近況が、週刊文春の直撃取材で明らかになった。取材の是非については賛否があったとはいえ、自己顕示欲がむき出しの彼の奇行からは、更生とはほど遠い一面もうかがえる。一部メディアでは「逮捕情報」まで飛び交う元少年A。Xデーはあるのか。

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    警察は元少年Aを強制捜査できるか 少年法の「呪縛」と事件価値

    ことはだれの目にも明らかだ。 元警察官の経歴を持つ者として、読者諸氏が最も関心のあると思われる、この事件を着手する際の社会的意義、特に警察の判断の背景などを一私人、個人の立場から紹介してみたい。 実は警察幹部が事件を判断する際に「事件価値」というものがある。事件価値というあいまいな概念はなかなかわかりにくい。警察が強制捜査に踏み込む際には、担当捜査幹部による総合的な判断がなされる。今回の事件では兵庫県警本部長に加え、警察庁担当部局にも相談しているだろう。証拠に基づく犯人の特定や犯罪成立に関する教科書的な構成要件、違法、有責といった基本的な逮捕の前提となる諸要素のほか、事件の悪質性、世間への影響、世間の関心の高さなど様々な要素があり、それらをまとめて事件価値という。 同時に事件価値の判断には、警察当局のその時々の考え方・意図が最も鮮明に込められることになる。元少年Aの場合でも警察当局は逮捕に踏み切るべきか否か、事件価値を判断することになる。 警察当局には「少年法の呪縛」というような思いがのしかかっている。今回の事件に関しては、少年法の目指す「少年の健全育成」という理想の呪縛がある。「性格の矯正」「環境の調整」などの保護処分や「刑事事件について特別な措置」を講じて、少年を健全に育成するという理想の追求がうたわれている(少年法1条)。 我が国の少年法制は、占領下、GHQ関係者の理想主義に基づいたある意味で実験的な立法という側面があったといわれる(少年法の制定は昭和23年7月15日、施行は昭和24年1月1日)。 アメリカの少年法制に比べてもわが国の少年法制は理想主義色が濃い。進駐軍はある意味わが国で実験しようとしたのだろう。その根本は、少年は健全に育成できるという「性善説」に基づいている。しかし、現実は犯罪少年の矯正、再教育は困難を極める。どの国でもどうしたらいいのか議論が続いている。 今回の容疑者は、犯行時成人になっている元少年Aということになる。既に成人であるから少年法が影響することはない。成人だから成人として淡々と判断すればいい…と一応はいえるが、現実的には元少年Aの実名などが白日の下にさらされることになることは否定できない。 しかし、元少年Aの再度の犯罪であることで世間の注目度が高く、結果的に少年時代に犯し少年法で守られてきた多くのことが改めて掘り起こされ、暴かれることになる。少年法は成人してから再犯者となった人物の、それまで守られてきた少年時代の情報保護の縛りを解除することを想定していない。新たな立法が必要になるだろう。社会防衛が優先されるのか、個人の自由が重視されるべきか また、重要なことは加害者の矯正が重視され、被害者の立場が考慮されてこなかったという現実がある。今回の元少年Aの出版で、被害者や遺族は改めて深刻な被害にさらされた。 我が国では長らく、犯罪者の矯正や社会復帰などにより重点を置いて、被害者の感情などへの配慮に欠けてきた。平成16年の犯罪被害者等基本法の制定は、犯罪被害者の立場に配慮をする姿勢への転換点であった。 元少年Aに犯行を悔いる発言や謝罪がないことなど被害者の感情への配慮を欠き、遺族の反対を押し切って犯行に関する出版に踏み切ったことなどから、元少年Aへの反感や被害者への同情が世間的に高まっている。「少年法で一方的に守られている少年Aは好き勝手に行動させておいていいのか」といった世間の元少年Aに対する批判的な感情も強まっている。 さらに、社会全体に厳罰化の傾向がある。危険運転致死傷罪や飲酒運転などでの厳罰化で、結果的に交通事故死が半減以下になったことが代表例だ。厳罰化の成果ということができよう。もちろん犯罪防止は厳罰化だけが唯一の手段ではない。むしろ、犯罪を生む原因である貧困や経済格差の解消が犯罪の減少に効果が大きい(相関性がある)。これら経済や教育上のさまざまな手段と、警察などによる厳罰化などの強制手段を最適に組み合わせることで、防犯効果を期待できる。 さて、社会不安の高まりと、盗聴・予防拘束・拘束など警察への強い手法の付与は強い相関関係にある。社会防衛が優先されるのか、個人の自由が重視されるべきか。いずれの国でも最終的には犯罪情勢とのバランスの関係で決まる。 例えば、性犯罪者の身体に位置確認のチップを埋める手法を巡って賛否両論がある。米国や韓国で行われているが我が国ではどうすべきか…などということが議論されている。我が国では、性犯罪者が出獄し隣に引っ越して来ても、地域住民には知るすべがない。そうした情報を公開すべきか否か、犯罪歴を有する者の社会復帰と地域住民の社会安全との調整の在り方が議論の分かれる所だ。結局は、社会不安の程度次第ということだろう。また、元少年Aの凶暴性が復活しているようなら、そういう状況下で元少年Aを野放しにしておいて、社会の安全という観点からいかがなものかという議論もある。  他にも警察のマスコミへの特殊な影響力に関する問題に触れておきたい。警察の行動(強制捜査)が一般のマスコミに報道でお墨付きを与える効果があるからだ。警察として、元少年Aの氏名など、社会復帰に妨げになるようなことを公表しないという少年法に基づいた配慮をすべきという視点があろう。しかし、現実としてはマスコミの報道でそれらは事実上不可能になる。さらに警察が強制捜査に踏み切れば報道機関は縛りが解け、元少年Aの様々なことが集中砲火的に報道されることも明らかなのだ。神戸連続児童殺傷事件、捜索のため集結した警察官=1997年6月7日 最後に、強制捜査に踏み込む場合の警察当局の判断の本音を推測してみよう。今回、元少年Aの旅券法違反等での逮捕に踏み切るとして、その判断には、このまま元少年Aを放置しておくことを世論は期待しているのかいないのか見極めが必要になる。警察が踏み込んだ場合、犯罪の低年齢化、少年犯罪の深刻な状況など、現在意見の分かれる数々の論点で社会的に議論を促進する結果になるだろうと、警察として判断したということだろう。社会防衛への国民の関心を高めたいとの判断もあるだろう。 以上のような理由で、事件価値があると判断するのかどうか。 Xデーはあるのか。私は国民的議論を求めるためにも、警察当局はあえて一歩踏み込む価値は高いと考えるのだが…。

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    週刊文春の直撃に元少年Aが「命がけで来てんだな」と威嚇した意味

    を直撃」については、疑問も含めていろいろ考えさせられる。 『週刊文春』のその記事は、神戸連続児童殺傷事件の元少年Aを直撃して、目伏せをした顔写真を公開したものだ。元少年Aの近影が公開されるのはこれが初めてだ。 元少年Aについては、昨年、『女性セブン』も直撃を行っているが、相手が否定しているから、それが本当に元少年Aなのかどうか曖昧だった。しかし今回の記事は、昨年の『絶歌』発売前後から250日にわたって彼を追跡してきたという経緯が詳細に書かれており、印象としては本物と考えてよいだろう。 記事によると、元少年Aは昨年9月末までは神奈川県のアパートに住んでいたが、突如そこをバッグひとつで慌てて退去。ウイークリーマンションで数週間過ごした後、12月に都内のアパートに入居した。ここを1月26日に『週刊文春』が直撃したのだが、そこも数日後に退去したという。マスコミの動きを含め周囲に何か気配を感じるとすぐに転居するということを繰り返しているらしい。 『週刊文春』は取材に応じてほしいという手紙を渡すために記者が直撃したようなのだが、相手は自分が元少年Aであることを否定。さらに記者が食い下がると、乗っていた自転車を地面に叩きつけて、こう言ったという。 「命がけで来てんだろ、なあ。命がけで来てんだよな、お前。そうだろ!」 自身がマスコミ報道によって身の危険にさらされるのだからお前も命がけで来てるんだろうな、と記者に詰め寄ったというのだ。これはなかなか象徴的だ。今回の『週刊文春』の記事を読んで思うのは、直撃して顔写真を載せるという行為をするにあたっての報道機関としての大義名分は果たして何なのだろうか、ということだ。それなしに、ただ犯罪を犯した人間を追い回しているだけでは、単なる「報道の暴力」だからだ。 いまの元少年Aというのは、少年法の精神によって更生を図るというのは具体的にどういうことなのか、身をもって示している実例だ。神戸児童殺傷事件について知っている者は誰だって被害者に同情し、犯人に怒りを覚えている。それにもかかわらず刑罰を科さず、元少年が更生することを保証するという試みが少年法で、それは現実社会において果たして有効なのかどうか。彼は刑事罰を免れる代わりに、その少年法の有効性を証明してみせる責任を負っている存在だ。 元少年Aが住居を転々として逃げ回るのは、へたをすると自分が集団リンチにさらされ、抹殺されかねないということを知っているからだろう。正直言うと、彼の怯え方はやや度を越しているようにも思えるのだが、そういう恐怖心を抱くのは決して杞憂ではない。一歩間違えればそうなる危険性はたぶんにあるといえよう。 そんなふうに元少年Aを社会がおいつめ、更生の機会を奪ってしまうのを少年法は戒めている。今回の『週刊文春』は敢えてその危険な領域にまで踏み込んでいるといえるのだが、それゆえにこそ、それなりの「報道する理由」は必要だ。 今回の『週刊文春』の記事においては、そういう問題があることを自覚して、いろいろと「なぜ報道するか」を説明しているのだが、それがどの程度説得力を持っているかについては、若干の懸念は感じざるをえない。たぶん同誌としては、今回、満を持して対象に直撃を行ったのだから、その当面の成果だけでも誌面化したいと思ったのだろう。何を何のために報道するのか 正月以来、連続してスクープを放っている『週刊文春』の進撃ぶりには敬意を表したいが、たぶんいつまでそれを続けられるのか、若干のプレッシャーを編集部は感じていることだろう。そこから、多少無理をしてでも話題性のある記事をという心理状態に陥ることは避けなければならない。 報道機関は、その報道が本当に重要だと思ったら、相手が傷つくのを知っていても敢えて記事にするという覚悟が必要だ。しかし、そのためには、いったい何を何のために報道するのかという自問は重要だ。 元少年Aは出版の話を持ち掛けた幻冬舎の見城徹社長への手紙の中で、本を出すひとつの理由を〈精神をトップギアに入れ、命を加速させ、脇目もふらずに死に物狂いで「一番肝心な」三十代を疾走してやろうと決めたのです〉と書いていた。 ただ現実には『絶歌』出版もさることながら、ブログの公開内容などを見ていると、『週刊文春』が今回書いているように、周囲に相談する人もおらず「糸の切れた凧」状態にあるように見える。死に物狂いで疾走していったいどこへ向かおうとしているのか確かに気になるのだが、だからといって放置すると危険だから追い詰めろという理屈が妥当性を持つとは思えない。 今回の『週刊文春』がひとつの問題提起を行ったという意図は認めたい。ただ元少年Aの「命がけで来てんだろうな」という問いに、今回の報道が応えることができているのかどうか。同誌編集部には自問してほしいし、我々も考えてみるべきだと思う。(2016年2月20日「Yahoo!ニュース」より転載)

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    元少年Aに出したメールに返信が来た 贖罪と更生の深さを考える

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 神戸児童連続殺傷事件の元少年Aに出したメールに、返信が来ました。彼の更新されたホームページ内での返信です。犯罪によって利益を得ることは、道義的に許されません。被害者は保護されるべきです。同時に、彼の更生には支援が必要です。元少年Aとのコミュニケーション 神戸連続児童殺傷事件の「元少年A」。彼の著作「絶歌」と彼のホームページ「存在の耐えられない透明さ」を読み、9月10日に彼にメールを出していました。その返信がありました。私個人へのメール返信ではなく、10月12日に更新されたサイトに返事が載っていました。 彼も私が書いたページ「元少年A公式ホームページ「存在の耐えられない透明さ」全文を読んで:酒鬼薔薇事件は今も続いているのか」を読んでくれていました。元少年Aに出したメール先月9月10日。次の内容のメールを元少年Aに出していました。「存在の絶えられない透明さ」ウェブマスター 様はじめまして。私は、新潟青陵大学にて心理学を担当しております碓井真史と申します。貴サイトに関しまして、マスメディアの方からの取材を受けた関係で、一般の人より一足早く、サイトとメールアドレスを知りました。ご著書とホームページを拝読いたしました。ご著書の出版に関しましては、様々な意見があります。出版に関しては、私も問題を感じざるを得ません。しかし同時に、ご著書を拝読し、心震える思いを持ったこともまた事実です。教育や少年司法に関わる人々には、ぜひ読んでもらいたいと感じました。ホームページも、興味深く拝見いたしました。インターネットは、たしかに自由な表現の場としては、良いものだと思います。「ギャラリー」にある、昆虫のようなものが、祈っているように見える絵が、私は気になりました。なめくじは、あなた自身の象徴なのでしょうか。メイキングは、普通の人にとってはかなり気持ちの悪い画像でしょう。「レビュー」を拝見し、私も「ひげよ、さらば」をアマゾンで注文しました。「NIGHT HEAD」は、私も当時テレビで見ていて、とても印象的なドラマでした。佐川一政さんに関するコメントも、納得させるものがあります。さて、ホームページとメールアドレスを公開すれば、様々な意見が寄せられるでしょう。批判的な意見が来ることもご覚悟の上かと存じます。犯してしまった犯罪事実は消えませんが、法的にはすでに終わっています。どうぞ、今後とも心穏やかに、そして優れた表現者としてご活躍されますことを、お祈りしております。新潟青陵大学 碓井真史(うすいまふみ)元少年Aからの返信 元少年Aからの返信は、「存在の絶えられない透明さ」の「告知」→「元少年Aの “Q & 少年A”」に掲載されていました。 昨日10月12日にアップされたようですが、私は先ほどマスメディアの方から連絡をもらって、初めて知りました。(補足10/15:現在このページにはアクセスできなくなっています。「元少年Aの有料ブロマガが「閲覧不能」に…運営元が凍結か」) 返信の内容は次のようなものです。 「~『彼は彼なりに深く反省し後悔していると思います。』『犯行当時の彼とは違い、今は人の優しさも彼なりに感じ取れるようになっているようです。』と書いてくださっていたことが印象的でした。普通、こういった行動を取れば「ほら見ろ、あいつは全然治っていないし、反省もしていない」という、判で押したような意見しか出ないものと思っていたのですが、碓井さんは人間全般への理解が他の人たちよりも一段深い方なのだなと、素直に感動したものです。」 「それにしても、「真史(まふみ)」ってユニセックスで美しい名前ですね。ご両親のネーミングセンスが素晴らしいです。」 このほかに、彼が感想を書いていた『ひげよ、さらば』に関しての話題や、人間の心の複雑さなどについての話題がありました。 彼の本の出版も、ホームページの開設も、「元少年Aの “Q & 少年A”」というコーナー名も、被害者ご遺族の心情を逆なでするようなものだと思います。彼の過去の犯罪行為自体、ほんのわずかも認めることはできません。 しかし、その上で、あえて誤解を恐れずに正直な気持ちを言うならば、私は彼からの返信を読んで、「好感」を持ちました。このようなメールのやり取りをすれば、その人と友人になりたいと思うほどです。もちろん、ほめられているといった単純な理由ではありません。歯の浮くようなお世辞を言われても、少しもうれしくありませんから。 彼は元凶悪犯罪者であり、またある意味とても注目されている有名人ですが、だからと言って不自然な虚勢や自己卑下がなく、まるで青年からもらったメールのようなナチュラルな印象を受けました。そこが好印象につながっているのかと思います。(もちろんその自然さが、無反省だという世間からの怒りにもつながるのでしょうが) 彼は、別の人からのメールにも返信しています。あるメールには次のようにありました。 「罪がこれから先も消えることはない。」「罪を一生背負って生きていくことを要求する。反省のなかで、自殺したところで、多くの人々及び、被害者遺族がご自身を許すはずがない」。 このメールに対しては、たった一言、「“禿同”です。」(激しく同意です)との返信がありました。個人的メールが公開された個人的メールが公開されたこと・ネット上で返信をもらったこと 自分が個人的にもらった手紙やメールでも、送り主に無断で勝手に全文公開などしてはいけません。彼もメールの公開に際しては、「一般の方に関しましては明らかにハンドルネームとわかる場合を除き頭文字表記or任意の呼び名」と書いています。 私と、フリーライターの方だけ、実名が出されています。彼としては、このような立場の人間の氏名所属は出しても良いと判断したのでしょう。 しかし職業は何であれ、私信ですから、ネット上でさらしてはいけません。個人的に書いた手紙が不特定多数に読まれれば、誤解を受けることもあるからです。ただし、今回のことに限って言えば、私はまったく不快には思っていません。そのことよりむしろ、返信があったことをうれしく思っているほどです。 元少年Aは、碓井に返信したいと思ったのでしょう。そして同時に、それもまた「表現」としての作品にしたかったのでしょう。みんなに、そのやり取りを読んで欲しいと思ったのでしょう。 このような彼の態度を、目立ちたがりとか、自己顕示欲とか、かまって欲しいのかとか言う人がいます。私は、少し違うと思います。もっと純粋に、ただ表現したい強い思いなのだと思っています。 その表現したい思いが、事件当時は、犯罪行為や犯行声明文になってしまったのでしょうか。今は、道義的な批判は受けるものの、合法的な表現手法になっているのかと思います。有料ブログ 彼は、有料ブログ(FC2ブロマガ)を始めました。上記ページに、購入ボタンが設置されています。これもまた、世間の非難を浴びることでしょう。ただ彼も、これで大金が得られるとは思っていないでしょう。(現在、このページはアクセスできない状態になっています。10/15) でも、自分が書いた文章がお金になることは、文筆家を目指す人にとっては、喜びです。彼は、表現し、自分の表現を認めてもらいたいのでしょう。そしてもちろん、生活もしていかなければなりません。贖罪と更生と 私が元少年Aにメールを出した目的は、もう二度と犯罪など犯さず立派に更生して欲しいとの思いからです。彼は、元凶悪犯罪者ですが、今は社会生活を送っているわけですから、私は著者、ウェブマスターとしての彼にに対する敬意を込めて、素直な感想と共にメールを出しました。 最も伝えたかったことは、メールの最後の段落です。このような活動をしていれば、世間からのバッシングを受けることになるだろうが、どうか精神的に不安定になることなく、社会生活を送って欲しいとの思いです。 彼に対する法的制裁は終了しています。だからマスコミも、犯罪者扱いはできません。しかし、人としての贖罪は続きます。けれども、だからといって彼が罪への思いで自殺してもよいなどとは思いません。そんなことで、ご遺族の心は癒されないでしょう。再犯はもってのほかです。彼には何としても更生してもらわなければなりません。社会に貢献し、働き、収入を得て、自立してもらわなければ困ります。 しかし同時に、被害者ご遺族は保護されなければなりません。今回の一連の出来事で、ご遺族は傷つかれています。社会としては、被害関係者の保護が第一です。そして同時に、元少年犯罪者の更生への努力も求められています。犯してしまった罪をつぐない,社会の一員として立ち直ろうとするには,本人の強い意志や行政機関の働き掛けのみならず,地域社会の理解と協力が不可欠です。出典:法務省保護局「更生保護とは」 本の出版によって得た大金を、被害者遺族に渡すべきだとの意見も多く聞かれます。けれども、犯罪被害者の会の弁護士さんお聞きしました。そんな本で得たお金を差し出されたりしたら、かえってご遺族は傷つくだろうと。 犯罪者は再犯を犯さず、更生することが必要です。しかし、更生した姿を見て苦しむ被害者や遺族もいます。加害者はただ元気に更生すればよいわけではありません。贖罪とつぐないの思いを強く持つこともまた、真の更生のためには不可欠なのでしょう。 更生と被害者保護。それは、とても両立が難しい問題です。それでも、私達はその両者を進めていかなくてはなりません。(Yahoo!ニュース個人より2015年10月13日分を転載)

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    少年Aは、更生していない

    。しかし、賛否両論の中、同書は初版十万部に続いて、五万部の増刷が決定された(六月十八日時点)。それは事件の遺族が「本の回収」を求める中での出版社側の“強行策”にほかならなかった。 私が「本に書かれていない」と言う「核心」とは何か。 それは、あの犯罪が果たして「人間の行為」だったのか、という根本的な問いかけにほかならない。神戸連続児童殺傷事件の元少年Aが出版した手記『絶歌』 人間というのは、恨みや怒りによって、時に人の道を踏み外して、絶対に犯してはならない「殺人事件」を引き起こすことがある。その理不尽な事件が日々、報道され、世間はそれに眉を顰める。しかし、酒鬼薔薇事件は、それとはまったく異なるものだった。恨みや怒りではなく、ただ快楽のために「殺すこと」を目的とした弱者抹殺の殺人行為だ。 人間と動物との決定的な違いは何か、と問われれば、私は「憐憫の情」と答える。生きるためにハンターとしてほかの生き物を捕食する動物には、憐憫の情がない。生きるために「食らうこと」に必死で、そんな情が入り込む余地は存在しない。 しかし、人間は、憐みの気持ちを持つ生き物だ。時に道を踏み外すことはあっても、それでも殺人事件という絶対悪に対してさえ、まだ人間的な理由がある。だが、Aは、自らが得る快楽のために殺すことだけを目的とした事件を起こした。そこには、人間が持つ憐憫の情というものが皆無で、それは今も変わっていない。事件から十八年が経ってなお、Aは本の出版によって、残された被害者遺族に想像もできないような無惨な苦悩と哀しみを新たに与えたのである。 一九九七年五月、酒鬼薔薇事件は起こった。神戸市須磨区の友が丘中学の正門前で、小学五年生の土師淳君(11)=当時、以下同=の切断された頭部が発見された。〈さあゲームの始まりです 愚鈍な警察諸君 ボクを止めてみたまえ ボクは殺しが愉快でたまらない 人の死が見たくて見たくてしょうがない 汚い野菜共には死の制裁を 積年の大怨に流血の裁きを〉 淳君の口には、〈酒鬼薔薇聖斗〉の名前で、そんな犯行声明文が咥えさせられていた。淳君は頭部を切断されただけでなく、口の両端を耳の近くまで切り裂かれ、両まぶたにバッテンの傷までつけられていた。『絶歌』には、〈この磨硝子の向こうで、僕は殺人よりも更に悍ましい行為に及んだ〉 としか触れられていない。それは、およそ「人間」の行為とは思えない。約一か月後に逮捕された十四歳の少年Aは、二か月前には小学四年生の山下彩花ちゃん(10)を金づちで殴り殺し、さらにその一か月前には、女児にハンマーで重傷を負わせていた。『絶歌』には、これらの事件に至るまでの「ナメクジの解剖」や、猫を殺すさまが、この上なく緻密な筆法で描きだされている。胸が悪くなるほどのリアルさであり、類いまれなAの筆力を感じさせる。 自分より弱いものを容赦なく殺す。しかも、それは何かの「儀式」に違いなかった。それは、彼が日記に残し、そして崇拝してやまなかったというバモイドオキ神への“生贄”でもあったのだろう。しかし、このバモイドオキ神への生贄と儀式についての記述はない。 人としての憐憫の情を持たず、弱者を抹殺し、世間が騒ぐさまを見て喜ぶ。サイコパス、言いかえればモンスターともいうべき異常犯罪者が、事件の真相をどう表現するのか。しかし、その「核心」には、一切触れられていなかったのである。 読み終えた私は溜息をつき、そして失望した。「祖母の死」と冒涜の儀式「祖母の死」と冒涜の儀式 Aが自ら転機としたのは、「祖母の死」である。どんな時でも味方で、優しく包んでくれた祖母の存在は、Aにとって絶対的なものだった。しかし、その死がすべてを暗転させた。 Aは小学五年の時に経験した祖母の死をこう記述している。〈眼の前にいるのは確かに僕が愛し、僕を愛してくれた祖母だった。冷たく固い、得体のしれない物体と化した、祖母だった。その口はもう二度と僕の名を呼ぶことはない。その手はもう二度と僕の頬を優しくつねってはくれない。 自分の内部から何かがごっそりと削り取られたのを感じた。確かな消失感が、そこにあった。僕はこの時はっきりと悟った。「悲しみ」とは、「失う」ことなんだと〉 祖母の死に対する衝撃と、その亡き祖母の部屋で知った電気按摩を用いた性の快楽。細かな描写は、読む側を引き込むに十分だ。〈祖母の位牌の前に正座し、電源を入れ、振動の強さを中間に設定し、祖母の想い出と戯れるように、肩や腕や脚、頬や頭や喉に按摩器を押し当て、かつて祖母を癒したであろう心地よい振動に身を委ねた。少年Aが収容されていた神戸少年鑑別所 何の気なしにペニスにも当ててみる。その時突然、身体じゅうを揺さぶっている異質の感覚を意識した。まだ包皮も剥けていないペニスが、痛みを伴いながらみるみる膨らんでくる。ペニスがそんなふうに大きくなるなんて知らなかった。僕は急に怖くなった。(略)僕は祖母の位牌の前で、祖母の遺影に見つめられながら、祖母の愛用していた遺品で、祖母のことを想いながら、精通を経験した。僕のなかで、“性”と“死”が“罪悪感”という接着剤でがっちりと結合した瞬間だった。その後も、僕は家族の眼を盗んでは、祖母の部屋でこの“冒涜の儀式”を繰り返した〉 やがてその性的倒錯は「殺人」へと発展していく。Aは、弟の友だちでもあった淳君の殺害について、こう記述している。〈僕は、淳君が怖かった。淳君が美しければ美しいほど、純潔であればあるほど、それとは正反対な自分自身の醜さ汚らわしさを、合わせ鏡のように見せつけられている気がした。 淳君が怖い。淳君に映る自分が憎い。淳君が愛おしい。傍に居てほしい。淳君の無垢な瞳が愛おしかった。でも同時に、その綺麗な瞳に映り込む醜く汚らわしい自分が、殺したいほど憎かった。 淳君の姿に反射する自分自身への憎しみと恐怖。僕は、淳君に映る自分を殺したかったのではないかと思う。真っ白な淳君の中に、僕は“黒い自分”を投影していた〉 Aは、自ら三島由紀夫と村上春樹に傾倒していることを明かしているだけに、文体まで二人を真似ている。読みようによっては、自分の文章に自己陶酔しているようにも思える。“核心”には触れず“核心”には触れず しかし、それでいて核心部分には、Aは一切、踏み込んでいない。そして、自分が人間的な感情を取り戻していることを思わせる描写は、繰り返し出てくる。会社の先輩の家に招かれ、そこで子供たちの姿に衝撃を受ける場面はこんな具合だ。〈無邪気に、無防備に、僕に微笑みかけるその子の眼差しが、その優しい眼差しが、かつて自分が手にかけた幼い二人の被害者の眼差しに重なって見えた。 道案内を頼んだ僕に、親切に応じた彩花さん。最後の最後まで僕に向けられていた、あの哀願するような眼差し。「亀を見に行こう」という僕の言葉を信じ、一緒に遊んでもらえるのだと思って、楽しそうに、嬉しそうに、鼻歌を口ずさみながら僕に付いてきた淳君の、あの無垢な眼差し。耐えきれなかった。この時の感覚は、もう理屈じゃなかった。 僕はあろうことか食事の途中で体調の不良を訴えて席を立ち、家まで送るという先輩の気遣いも撥ね退け、逃げるように彼の家をあとにした。 自宅へ帰るバスの中で、僕はどういうわけか、涙が止まらなかった〉 しかし、そこまで犯行への悔恨を表現しておきながら、少年たちが持つ「なぜ殺人をしてはいけないか」という疑問に対して答える場面では、Aはこう記述するのである。〈大人になった今の僕が、もし十代の少年に「どうして人を殺してはいけないのですか?」と問われたら、ただこうとしか言えない。「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、あなた自身が苦しむことになるから」 哲学的な捻りも何もない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来十一年間、重い十字架を引き摺りながらのたうちまわって生き、やっと見付けた唯一の、僕の「答え」だった〉 自分自身が苦しむことになるから、やめておけ――それが、Aにとっては、「どうしても人を殺してはいけない理由」なのである。 なんと理不尽で手前勝手な論理だろうか。果たして、Aは更生したと言えるのだろうか。 淳君の父親、土師守さん(59)は、こんなことを語ってくれた。「私は、今回の出版で、淳は二度殺されたと思っています。本は読んでないし、読む気もありません。こういう本を出すということは、更生もしてないし、(病気も)治ってへんやろう、ということですよ。反省の気持ちもないことがよくわかりました。今まで、ずっと(命日が近づくたびに)手紙に書いて送ってきた内容も嘘だったということです。手紙を読むと、“こうあって欲しいな”という気が、どうしてもありました。それが、やっぱり、思った通りやったんやな、ということです。そういう意味では、逆の意味だけど、私の中でも区切りがつきました」 Aにとって、これだけは踏み外してはならなかった遺族への贖罪。遺族に無断で出した一冊の本は、酒鬼薔薇聖斗への長年にわたる治療と矯正教育が、見事に「失敗したこと」をなにより物語っている。(了) かどた・りゅうしょう 昭和33(1958)年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家。『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(角川文庫)、『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)など著書多数。『この命、義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で山本七平賞受賞。

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    週刊文春の餌食になった元少年Aが受けた代償

    が飛ばしまくっています。今回は、自己陶酔し、「酒鬼薔薇聖斗」というふざけた名前で、おぞましい猟奇殺人事件を起こした元少年Aへの直撃取材記事です。よくガス欠しないで突っ走るものだと関心するばかりです。記事タイトルが「元少年Aを直撃! 『命がけで来てんだろ? お前、顔覚えたぞ!』となっているように、文春記者は激怒した元少年Aから恫喝され、追いかけられた切迫感が伝わってくる記事でした。週刊文春の「元少年A」直撃取材で炎上 (1/2) - ITmedia ビジネスオンライン 元少年Aは、生き残りを賭けてスクープを追う週刊文春の恰好の餌食になったのですが、それはご遺族の感情を無視して「絶歌」を出版した代償だとしても、素顔の写真まで晒すというのは、正義に名を借りたリンチに等しいのじゃないのかという気もします。【衝撃】素顔を週刊文春に掲載された元少年A / 半年間で4回引越し! 女性セブンの報道で逃亡した事も判明 | バズプラスニュース Buzz+被害男児の遺体が発見された現場に供えられた花束 週刊文春の記事は、被害者ご遺族、土師守さんの「少年法を考える上で重要なのは、万引きなどの軽微な非行と、被害者が存在する傷害や殺人などの重大な非行を同列に扱うことは許されないということです。重大な非行に対しては現行の少年法は甘すぎると思います」という言葉を紹介し、「第二の少年A」が出現する前に、今こそ少年犯罪、矯正教育について、国民的議論が必要ではないかとしていますが、その通りだと思います。 キャスターの長谷川さんは、以前ブログで、誰しもいつ何時、加害者側の立場になる可能性を持っていること、ほんとうに犯罪をなくす、第二の元少年Aを生み出さないためにも出版を行ったことへの安易な批判はよくないとされていました。趣旨は理解できるとしても、いや、そうではなく、やはり批判されるべきだと思います。 社会が病んできている兆候があり、誰もが加害者になる可能性があるとしても感じるとしても、元少年Aの犯した犯罪のような極端な事例はあまり参考にならないように思えます。なにか、インフルエンザの予防が問われているときに、マラリア病の感染症状を知ったところで何が学べるのかと感じてしまいます。『絶歌』を批判する人に決定的に欠けている視点 : 長谷川豊 公式ブログ 『本気論 本音論』 ほんとに怖いのは、確率的にも元少年Aのような稀有で極端な犯罪ではなく、もっと日常のなかに潜んでいる、本人も自覚のない、そして回りも見逃しがちな心の病気のほうかもしれません。とくに他の人への気持ちへの無関心や一切無視するという病です。なかなか絶えない、いじめなどの問題がその典型ではないでしょうか。(2016年02月19日「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載)

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    元少年A 直撃取材のたびに住居変えられる潜伏生活の秘密

     事件から18年目となる昨年6月に『絶歌』(太田出版刊)と題する手記を発表した「元少年A」に『週刊文春』(2月18日発売号)が直撃取材した。記者への発言や記者を追いかけ回す様子は、医療少年院での治療を経て2005年に“社会復帰”したAの更生を強く疑わせる内容だった。それに加え、新たな疑問も浮かび上がる。 Aの「機動的すぎる潜伏生活」に関する疑問だ。 昨年6月の手記出版以降、最初にAの暮らしに迫ったのは『女性セブン』(2015年7月30日・8月6日号)の報道だった。全国を転々としていたAが2010年から静岡県浜松市で暮らすようになり、手記出版直前の昨年4月に東京都内のマンションに居を移したことを報じた。Aとされる人物への直撃取材も行なっている。「その後、すぐにAはそのマンションから姿を消し、首都圏で転居を繰り返していたとされます。医療少年院を出てからも居所を常に把握していた当局も、Aの動きを追いかけるのに苦労するようになったようです」(警察関係者) 前述の週刊文春の記事では、昨年秋以降、神奈川県内のアパートやマンションをAが転々としていたと報じられており、昨年12月から暮らし始めたという東京都内のアパート近くで直撃取材が行なわれた。 そして、「やはりその直後から、暮らしていたアパートには姿が見えなくなった」(同前)というのである。 いくらAがメディアの追跡を逃れようとしているとはいえ、ここまで頻繁に住居を変えるのは容易ではない。手記が25万部のベストセラーとなり、数千万円の印税収入があったことを考えれば費用的には可能なのかもしれないが、移る先を探して確保し、荷物をまとめて移動するという作業だけでも、一人でやるには相当な労力が必要になる。なぜそんな芸当が可能なのか。まだ書きたいことがある 前出の警察関係者はこんな言い方をする。「名前を変えているので、引っ越しの際に気付かれて物件を借りられなくなることはない。新しい名前で旅券を所有していると見られているから、身分証には困らない。保証人不要のウィークリーマンションも今はいくらでもある。 ただ、メディアの直撃取材を受けてすぐに姿をくらませられるのは、暮らせる場所があらかじめ複数確保されていると考えるのが自然だろう。協力者がいれば、そうした準備や荷物の移動も難しくはない」 つまりAに支援者がいるのではないかとみられているのだ。「Aが暮らしていた部屋に出版関係者が出入りするところが目撃されている。手記の第2弾も計画されているのではないか」(同前) 本誌は、手記の発行元である太田出版の岡聡・社長にそうした支援の実態があるのか、直撃した。──Aが頻繁に居場所を変えるのを支援しているのではないか。「なにも申し上げることはありません」──Aが部屋を借りる際に保証人になったりしているのではないか。「コメントはありません」 何を聞いても、そう繰り返すのみだった。 支援の実態は明らかではないが、一方で専門家からは直撃取材を受けたAが見せた激しい反応について、懸念の声があがっている。犯罪者の心理に詳しい、臨床心理士の矢幡洋氏が解説する。「記者とのやり取りをみると、いまだに彼の過剰な攻撃性は矯正しきれていないといっていいでしょう。 また、記事からは彼の自己愛とそれに基づく演出が読み取れます。直撃取材を受けて、Aは実は喜んでいたのではないでしょうか。記者に声をかけられても最初は『違います』と微笑を浮かべていたといいますが、こうした余裕の笑みに自己愛や自己顕示的なものが感じられます。 その後の反応も、キレているようで、自分の見せ方を意識しながら行動している面もあります。わざと露悪的に振る舞って、少年Aという“ブランド”を作り、自著やメルマガを売る。犯罪ブランドを利用してもっと利益を得ようとしているのではないか」 たしかにAは手記出版後も、昨年8月に複数の出版社宛てに手記執筆の経緯を綴った長文の手紙を送りつけ、同時に自身の公式HP立ち上げを宣言した。以後、不定期でブログを更新するなど、目立とうとする意思を隠さない。 1997年に当時14歳だったAにナイフで腹部を刺されたものの、奇跡的に生還した被害女性・織田史子さん(仮名)の母親は静かにうなだれる。「Aにはとにかく、ただ真面目に静かに生きて、少しずつ償いを果たしていってほしいと思っています。なのになぜこんな風に目立とうとばかりするのか……」 Aを巡る環境は、本当にこのままでいいのか。関連記事■ 元少年A直撃記事に被害者女性「恐ろしさを感じました」■ メルマガ失敗もブログ開設の少年A 「更新待ってました」の声も■ 女性司会者Kも被害 手が込んだテレビ界のいじめの実態■ 巨人時代の清原 興奮剤入りコーヒーを後輩に飲ませていた■ 丸山和也氏に「不倫調査探偵事務所の女性と不倫」疑惑

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    例外的措置で本名を変えた元少年A 当時の名前の文字は使わず

     潜伏生活を続ける神戸連続児童殺傷事件の犯人・酒鬼薔薇聖斗こと元少年A(33才)は、自著の発刊に続き自身のHPを立ち上げ、2発目の“爆弾”を投下した今、騒然とした社会を眺めて昂揚が抑えられないでいるのか。「取り憑かれたように筋トレしているそうです。日課のランニングも、走り込む量が増えたとか。“世の中を再び騒がせた”という興奮で心がざわついて、体を動かさずにはいられないんでしょう」(Aを知る関係者) この3か月、日本中がAに振り回された。遺族と世間の猛反発を買った6月の『絶歌』出版騒動を皮切りに、8月末には複数の週刊誌宛てに手紙を投函。そしてこのたび公式ホームページまで開設した。 女性セブンに届いた手紙は、遺族への謝罪は一言もなく、手記の売り上げを伸ばしたいがゆえのプロモーションに終始していた。そして、Aはホームページで、ナメクジや全裸の自撮写真などおよそ一般人には直視することのできないおぞましい画像の発信を始めた──。 手記出版以降、Aの近況を追い続けた女性セブンは、2011年から静岡県浜松市に定住し、6畳一間のアパートで手記執筆に臨んでいたこと、今年4月に都内アパートに住居を移したことを突き止めた。 その過程で、現在の彼の本名も把握した。同姓同名者に配慮した上で、Aのイニシャルを公開する。現在の彼の名前はK.M.。医療少年院を退院後に改名したものだ。両親のどちらの姓を名乗っているわけではなく、名前も変えており、姓名ともに事件当時のものは一文字も使われていない。日本更生保護学会会長で犯罪学者の藤本哲也氏が語る。「日本では戸籍法があるので、姓を変えるのは非常に難しい。ただ、『姓を変更しないとその人の社会生活において著しい支障が出る』場合は、管轄の家庭裁判所に申し立てて、『姓の変更許可』を得ることができます」 Aの改名は、法務省の超例外的な措置だった。「法務省内で戸籍や国籍、公証を管理する民事局が極秘裏に主導して、出所前に改名に至ったといわれている。A以外にこんな処遇がなされた少年犯罪者を知りません。それだけの事件だったということでしょう」(ある国会議員)関連記事■ 創価学会二代目会長の戸田城聖氏 姓名判断に凝り何度も改名■ 元葉山エレーヌ 「石田みゆき」へ改名願うも局員制止で断念■ 広末涼子夫キャンドル・ジュン氏 妻の広末姓を名乗る理由■ 少年Aの手記 遺族の理解得られぬと別の出版社はお蔵入りに■ 酒鬼薔薇事件以降増えた「普通の少年」の犯罪防ぐ策に迫った書

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    清原和博の薬物報道はここがおかしい!

    元プロ野球選手、清原和博容疑者が覚醒剤事件で逮捕されてから1カ月余り。当初過熱したメディアの報道もひと段落したとはいえ、節目のたびにスキャンダル的に再び盛り上がる構図は従来と何も変わっていない。更生を促し、再犯を防ぐメディアの役割とは何か。ここが変だよ、ニッポンの薬物報道!

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    【茂木健一郎緊急寄稿】私が清原和博さんを「容疑者」と呼ばない理由

    清原和博容疑者 =2月4日、東京都千代田区(撮影・今野顕) 清原和博さんが覚醒剤の所持で逮捕された事件で、違法薬物の問題に社会的な関心が高まっている。これを機会に、日本における違法薬物規制、そして報道のあり方について、考えたい。 違法薬物の問題から見えてくるある一つの対立軸がある。それは、国のあり方を考える時に、「個人の自由」と、「社会の秩序」のどちらをより重視するかという価値観の問題である。 もちろん、個人の自由と社会の秩序は、必ずしも対立するものではない。ある程度の秩序がなければ、個人の自由は保証されない。17世紀に英国の思想家、トマス・ホッブズがその著書『リヴァイアサン』で展開した論によれば、そもそも、国家というものは個人の権利を守るために「社会契約」を通して形成されるものであり、刑罰が課される根拠もそこにある。 しかし、個人の自由と社会の秩序のどちらを重視するか、というニュアンスの差のようなものは、やはりある。そして、今後の文明のあり方を考える時に、この微妙なニュアンスが、実は大切だと感じる。 アジアは、違法薬物について厳しい地域だと認識している。中国やシンガポールなど、いくつかの国では、違法薬物を輸入しようとすると死刑が課せられる。私自身は死刑廃止論者であるが、それでも、もし仮に死刑が適用されるならば、殺人のような人の命を奪う犯罪に対してだろうと考えている。違法薬物も、社会に対して悪影響を与えるという意味では重大な犯罪につながるが、それにしても死刑を適用するというのは、個人的には行き過ぎだと思わざるを得ない。なぜアジアは違法薬物に対して厳しい態度をとるのか? なぜ、中国を始めとするアジアでは、違法薬物に対して厳しい態度をとるのだろうか? アヘン戦争に至る、中国の社会での薬物の蔓延などの経験も関係しているのかとも思うが、やはり本質的なのは、個人の自由と、社会の秩序のどちらを重視するかという価値観だろう。 中国などの国では、個人の自由よりも、明らかに社会の秩序を重視する価値観が主流である。違法薬物に関する犯罪に対する厳罰主義は、そのような思想の現れだと思う。 一方、欧米では、ホッブズの『リヴァイアサン』のような著作が出てくることからもわかるように、もともとは、個人の自由を重視する思想が有力である。社会の秩序は、あくまでも、個人の自由を実現するための手段としてある。社会の秩序自体が、崇高な価値であるわけでも、目的であるわけでもない。米経済学者のミルトン・フリードマン氏 薬物についての態度も異なる。私がかつて留学していた英国では、20年前から、主要な新聞が一面トップでマリファナの合法化を主張するなど、社会的な議論が巻き起こっていた。米国のレーガン政権に影響を与えたノーベル賞受賞の経済学者、ミルトン・フリードマン氏は、個人の自由を重視し、政府の介入を最小限にすべきだという立場であり、薬物も合法化してその使用の判断を個人の自由に任せるべきだと主張していた。 もちろん、フリードマン氏のような論は、米国においても必ずしも多数派ではない。それでも、有力な学者がそのような論を表明するあたりに、個人の自由を重視する思想的伝統を見る。 米国においては、「保守主義」とは、個人の自由の徹底を意味する。国家の秩序を最重視する中国の「保守主義」とは、そこが違う。 日本は、アジアと、欧米の中間に位置する、興味深くユニークな国である。日本における個人の自由と社会の秩序のあり方は、どうあるべきか。明治維新で欧米の思想を柔軟に取り入れた日本では、人権や自由などの思想が社会にある程度根付いている。その一方で、清原和博さんが逮捕されると一律に「清原和博容疑者」と報じるなど、罪を犯した人を「別扱い」することで社会の秩序を保とうとする、アジア的な傾向も見られる。 薬物で逮捕された芸能人が、公衆衛生や刑事罰の問題を超えて、社会的にバッシングされ、反社会的という烙印を押されてしまうことにも、個人の自由、権利よりも社会の秩序を重視する傾向を見てしまう。 果たして、それで良いのだろうか? 私には、大いに疑問なのである。 日本は、これから、どのような社会を目指すのだろうか。 私自身は、日本は、アジア的な伝統と、欧米のようなグローバルな普遍的な価値を志向する社会という、二つの動きの間に位置するユニークな国でありつづけて欲しいと考えている。何よりも、個人の自由を重視する思想がないと、ITや人工知能といった分野におけるイノベーションが起こらず、経済も発展しない。 中国の経済は、思想や言論の自由に対する抑圧的態度をとっている限り、行き詰まるだろうと私は考える。日本としては、個人の自由を重視する米国のやり方の、良いところは学ぶべきだろう。 私たちは、一体、これから何を求めるのか? 清原和博さんの薬物使用に関する報道や、世論のあり方を見ると、日本という国の課題も、希望も、見えてくるように思うのである。

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    正義ヅラするメディアの「洪水報道」に意味はあるか

    にも残らなくなることが心配だ。 洪水報道はいいが、問題はその先にある。なぜなら、今回のような麻薬常用事件は、それを犯した個人だけの問題ではなく、社会的な問題だからだ。個人の問題として片付けてしまう日本 “麻薬大国”のアメリカでは、薬物乱用による逮捕者が増えすぎて刑務所が足りなくなり、「どうすれば乱用者を減らせるか」という研究が進んだ。その結果、ヘロインやコカイン、覚せい剤などの麻薬常用者は、依存症に罹っているのと同じだから治療しなければならないとなって、治療施設が全米につくられることになった。麻薬が蔓延することで、社会は多大なコストを強いられるからだ。 しかし、日本ではこういう意識は薄く、乱用者は「厳罰主義」で服役させて終わりだ。社会から隔離してしまえば、それで問題が解決したことになっている。 だから、実際は麻薬が蔓延していても、一般人はそれに気がつかない。しかし、ここ数年でも、有名人の麻薬事件は多い。酒井法子、ASKA、小向美奈子などが相次いで逮捕されている。それなのに、メディアと大衆は、それを個人の問題として片付けてきた。 つまり、「クスリに負けたのは人間として弱いから」というわけだ。“ダメ人間”のレッテルを貼って、社会から追放して終わりというわけだ。  しかし、ホィットニー・ヒューストンやマイケル・ジャクソンを薬物乱用で失ったアメリカでは、これを個人の問題とは考えない。社会的な問題として、メディアも含めて解決法を探ってきた。 なにしろ、アメリカでは薬物乱用による死亡者が年間4万人を超え、交通事故の死亡者を上回っているからだ。これに対して日本は、2014年における薬事事犯の検挙人員は1万3121人(警察庁『平成26年の薬物・銃器情勢』)なので、死亡者は数百人と思われる。 しかし、だからといって、この問題を放置してはおけない。麻薬で捕まる人間の8割が、麻薬として最悪の覚せい剤事犯であり、水面下には検挙者の何倍、何十倍の潜在的な乱用者がいるからだ。覚せい剤ばかりではない。昨年まであれほど事件が起きていた「危険ドラッグ」も、いまは地下に潜って蔓延している。 アメリカでは数年前、テレビドラマ『ブレイキング・バッド』が大ヒットした。これは、肺がんで余命2年と宣告された高校の化学教師が、キャンピングカーの“キッチンラボ”で覚せい剤(メタンフェタミン)をつくる物語だ。  アメリカでは、ごくフツーの人間まで、覚せい剤をつくるのかと驚いた。 日本では、覚せい剤は製造されていない。清原容疑者の入手ルートが問題になっているが、たどっていけば必ず海外に行き着く。日本に流れ込む覚醒剤は、北朝鮮モノ、中国モノ、南米モノ、アフリカモノとさまざまあるという。先日も、鹿児島で末端価格にして70億円に相当する約100キロの覚せい剤を保持していた疑いで4人が逮捕されている。 このような暴力団がらみの闇ルートを断つことも大事だが、依存症に陥ってしまった人間を助けることも大事だ。アメリカには、薬物リハビリ施設が2000カ所ほどある。しかし、日本にはほとんどない。 そのうちの一つ、あの田代まさしも入所している「ダルク」の近藤恒夫代表が、次のようなことをテレビや新聞で言っていた。 「交通事故みたいなもの。誰でもなり得る」「クスリに負けた人間に、『どうしてそんなものに負けたんだ』と言うのは、薬物の怖さや依存症について知らないから」「クスリをやって捕まった人間に、『おまえはダメだ』と言ってもなんの意味もない」「薬物依存は病気。病気を治療するのは恥ずかしいことじゃない。彼らに必要なのは依存症から回復するための適切な助言と情報です」 これが、今回の事件の教訓だろう。 つまり、私たちの社会とメディアが問われているのは、清原容疑者がはたして社会に復帰できるかどうかだ。とくにメディアは、そこまで見据えた報道をしてほしいと思う。 もちろん、「禊(ミソギ)が済んだから」という復帰ではない。人間として復帰できるかどうかだ。ただ、一般大衆はそんなことはどうでもよく、この洪水報道が終われば、清原容疑者は「あの人はいま」で取り上げられるだけになるだろう。

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    薬物をめぐって日本で何が問われているのか

    は即決手続をとれば2週間後に裁判があって、その日に執行猶予が言い渡される。トータルで1カ月ちょっとで事件が解決してしまう。これでは、この人たちを野放ししているに過ぎない。そこで、民間の団体に業務委託して、任意の薬物テストを受けることを約束させ、その予後を観察する。強制力はないけれど、これは一つの方法かもしれません。 もう一つ、仮釈放には必ず保護観察がつきます。この期間、薬物事犯については定期的に保護観察所に行って薬物検査をさせる。併せて、薬物依存者用のプログラムをやって、2週間に1回程度のグループカウンセリングをやる。仮釈放するときには、遵守事項というのがついて、それに違反すると仮釈放が取り消され、刑務所に戻されることがあるのですが、薬物依存症者には特別遵守事項を付けて、薬物依存プログラムに参加することを義務付ける。2007年から執行猶予者の保護観察にも特別遵守事項が付けられることになったので、執行猶予でもプログラムをつけることができるようになりました。その後、更生保護法という法律ができて、二つの保護観察が一本の法律に規定されることになりました。私は、弁護士登録しているので、薬物の弁護のときには、保護観察付き執行猶予を求めて、再度の執行猶予を求める弁論をしています。裁判所は、なかなか慎重で、この制度をまだ活用してはいません。最大のハードル──今のお話だと、日本もできる範囲で手は打ちつつある、と。石塚 ただ、最大のハードルは、再使用した場合に犯罪になってしまうことですね。先ほども言いましたようにドラッグ・コートの場合には再使用というのは、回復のためのひとつのプロセスだと見るので、再使用には刑罰以外のサンクションを科すことで、プログラムを継続できるように処理しています。しかし、日本では、保護観察中に陽性の反応が出たら、公務員である保護観察官は、通報の義務があるので警察通報する。これでは、プログラムを中止するために薬物検査をしていることになってしまいます。 だから、一番の障害はここです。薬物依存が病気であることを認め、再使用は、回復するための一つのプロセスだという認識を社会が共有することが必要です。プログラムを続けている限りは、警察には通報しない。刑事上の罪は問わない。こういう条件さえ整えば、今の日本のシステムの中でも、ドラッグ・コート的なものは十分運用できます。 とりわけ日本で一番使える可能性があるのは、検察が起訴するかしないかを判断するときです。日本は起訴便宜主義を取っているので、検察の起訴裁量が非常に広い。だから、起訴判断に際して、プログラムに参加することを約束し、これをきちんと守ることができたときには、起訴猶予処分にする。裁判所と検察庁がしっかり協議して、きちんとした基準とルールを作れば、十分できることだと思います。薬物事犯についてではありませんが、かつて、昭和20年代には、このような試みがなされていたようです。起訴猶予に際して、一定の条件を付し、条件が充たされた場合には起訴しない。しかし、戦後の民主化の流れの中で、司法の恣意的な運用をもたらす可能性があるということでやめることになったようです。たしかに、いくつか問題はありますが、要は、関係者のやる気と熱意です。 もう一つ必要なことがあります。英米では、判決前に専門家による調査が行われます。アメリカでは保護観察官(プロベーション・オフィサー)がこれを担当します。日本では少年については、家庭裁判所の調査官が審判の前に調査をしています。警察官や検察官も捜査をしますが、被疑者・被告人に不利益な情報は集めてきますが、有利な情報を集めて裁判所に提出するようなことは皆無といっていいでしょう。彼らの仕事は刑事訴追ですから。当然といえば当然かもしれません。その人の処分を決めるに際して必要な情報をすべて集めることが必要なので、この種の専門調査官が判決前調査を行うシステムを構築する必要があります。日本は薬物についての認識が低すぎる日本は薬物についての認識が低すぎる──よく薬物犯罪は再犯率が高いと言いますが、基本的に追跡調査はやってないんですよね。石塚 してないです。日本では追跡調査がないので、厳密な意味での再犯率は分りません。再入率といって、刑務所に入っている受刑者の中で、かつて刑務所に入っていた人がどのくらいの割合でいるかを調べて、再犯率だと言っています。前科前歴をデータで調べてみても、同じようなことが明らかになりますが、窃盗で同種前科がある人の率よりも、薬物事犯で同種前科のある人の方が高いということで、薬物事犯は再犯率は高いと言われているようです。──薬物で刑務所を出たり入ったりする人について、社会でアフターケアをしなくてはいけないという考え方はあるんですか。石塚 あると思います。現実に薬物事犯を処遇している矯正や更生保護の分野では始まっています。ただ、それを法務省管轄でやっている限りは、司法が問題を抱え込むことになります。厚生労働省の医療と福祉の関係機関と協力して、総合的な対策を立てるべきです。縦割りでなく、横切り・斜め切りです。 そのために二つのアイデアがあります。一つは、薬物の単純な所持や使用の問題の解決を市町村レベルの自治体に任せることです。国はお金の支援をするだけ。市町村だと警察や司法の機関や権限を持っていないので、警察ではなく、福祉や医療の分野で対応せざるを得ません。もう一つは、NPOやNGOなど、民間の機関にプログラムのプロバイダーとして参加してもらうことです。市町村と民間が薬物に手を染めた人たちをサポートするシステムを創り、民間に業務を委託して、その費用を国が補助することにすればいい。刑事司法機関や刑務所での処遇にかかっている費用をこちらにまわして財源にします。処遇効果を総合評価して、より優れたプログラムを開発していくのです。アメリカの実証研究では、きちんとしたプログラムのあるドラッグ・コートは有効であるという評価が出ています。まあ、当然といえば当然で、ドラッグ・コート裁判官は、とても面倒見がいいですから。 ──日本の場合、司法を含めたシステムの変更も必要ですが、その前に、社会的な啓蒙がもっとなされないといけないとも思いますね。石塚 薬物についてみんなが知らなすぎます。麻薬といえばどれも同じで、快楽を求めて始めて、やめると禁断症状が出て……。薬物はそれぞれ効能が違います。乱用の仕方で依存の仕方も異なります。 きちんとした情報と正確な理解にもとづいて、治療や対応を考えるべきです。.(月刊『創』2009年11月号掲載記事に加筆)

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    【岡崎聡子獄中手記】薬物で服役して一番辛かったこと

    岡崎聡子さんは1976年モントリオール五輪に出場した元体操選手で、高校生の頃までは体操一筋の女性だった。2009年2月に覚せい剤使用で逮捕されたのだが、これが5度目。依存症と言ってよいだろう。ある意味では再犯率が高いと言われる薬物依存の怖さを体現しているケースだが、いったいそういう自分自身についてどう考えているのか。その2009年に獄中で書いてもらった手記だ。その後、彼女は刑期を終えて出所したが、現在もまた服役中だ。(『創』編集部)元体操選手の岡崎聡子 私の薬物での逮捕は今回で5回目。薬物を始めてから合計すると10年くらい、生きている時間の半分くらいを獄中で過ごしていることになります。私がオリンピックにも出場した元体操選手であるため、逮捕のたびに報道され、家族には大きな迷惑をかけてきました。私自身は実から出たサビと思っていますが、家族は本当にやりきれない思いをしてきたと思います。 女子刑務所に入って一番つらいのは、残された子どもが施設に入れられて淋しい思いをしているとか、そういう話が多いことです。何の罪もない子どもが一番の犠牲者かもしれません。最初の薬物体験はアメリカだった 私が最初に薬物を体験したのは、アメリカのロサンゼルスに、エアロビクスの勉強に行っていた時でした。最初はアメリカにいる時だけ使っていました。コカインもやるようになりました。そのうち日本でも、つきあっていたのが六本木の水商売の人だったこともあり、入手もできました。仕事が終わると一服、という感じで、アルコールと同じ感覚で使っていました。気持ちがパッと明るくなるし、活力も出る。もちろん性的な部分での快楽もありました。 ちょうどタバコやアルコールと同じで、薬物とは一度その効用を知ってしまうと、なかなか知らなかった頃には戻れないものだと思います。よく薬物依存者はいろいろな症状が出てくると言われますが、私の場合は精神的依存はありますが、身体面では何の影響も現れませんでした。恐らくその辺は個人差があるのではないでしょうか。刑務所での「薬物離脱教育」の実態 もちろん乱用の怖さはあると思います。お金と同じで、使っているつもりが逆に支配される。その結果、逮捕となれば一気に堕ちていく。それが、今の日本の覚せい剤使用者のなれの果てかもしれません。  女性刑務所は薬物犯が多いと言われますが、例えば平成7年の初犯工場(栃木)の頃は、雑居の6~7人のうち半数は薬物犯でした。初犯工場は年の若い薬物犯が多いのです。でも前刑の平成17年から約3年いた福島刑務所の雑居は、累犯と初犯の混成工場で、累犯は老人の万引き犯とかが薬物より多かったと思います。薬物犯は6人のうち2人とか、そのくらいでしょうか。身よりのない老人がすごく多かったのが印象に残っています。 刑務所での「薬物離脱教育」、昔は「薬物教育」と言いましたが、私は毎回必ず受けています。でも役に立っているかは疑問です。女子刑務所のほとんどの受刑者は仮釈放をもらって早く出たいという一心で受けています。仮釈放には「反省の情がある」ことが必要なのです。同じ房で「ねえ、おいら何したの? 何でこんなとこ入れられてるの? 誰も傷つけたわけでもないのに」と話している人が、薬物教育の場では「覚せい剤は人間をボロボロにするし、二度と手を出そうとは思いません」と「反省」を口にして、先生方を満足させている光景を何度も見てきました。  これを言うと驚く人もいますが、薬物については、法律違反といっても具体的にどこがどういう理由でいけないのか考えてみる価値はあると思います。だって心身がボロボロになるというのなら、アルコールでもっとひどいことになった人はいくらでもいます。なぜそれは犯罪とされないのでしょうか。 私は遠くない時期に刑が確定するでしょうし、刑務所に行く覚悟はできています。でも今の刑務所が更生施設といわれるのには疑問を感じます。それこそ「こんなものいらない」ではないかと思うところも多々あります。あの中で、本当に受刑者を更生させようという気持ちがお上にあるのか。疑問です。

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    清原を笑っている人々は汚物に群がる「ハエ」に等しい

    だけの数字です。要は、「捕まっていない人間はカウントされていない」のです。 私は推測ですが、覚せい剤事件を起こし、初犯ということで執行猶予が付いた人間の…7割…いえ、8割ほどはもう一度手を染めているのではないか?と推測しています。だって「再犯」で捕まっているだけで64.5%なのですから。 簡単に言うと、日本、覚せい剤に対して取り締まる気がないのですよ。 本気で取り締まろうと思えば、警察が本気を出せば覚せい剤事件なんて、もっと減らせるんです。 なのに、やる気がないのです。全く。再犯64%って、そういう数字です。一部の噂では、警察も暴力団組織と一部でつながっていて、大きな資金源である以上、黙認してるんじゃない?なんて噂もありますが、ホント、そう考えたくなります。アメリカの取り組み しかし、これがアメリカですと、あまりにも状況が違います。 アメリカはすぐ南にメキシコがあるものですから、違法麻薬とは、長年戦い続けてきた歴史があります。特に1981 年に就任したレーガン大統領は「麻薬との戦争 (War on Drugs)」政策っていうんですが、中毒治療のための予算を減らす一方で麻薬犯罪者の投獄を推し進めまくったんです。(その結果、アメリカ中の監獄が定員オーバーになるんですけど…) でも、そこで終わらないのがアメリカでした。 1989年なんですが、フロリダのマイアミにアメリカ初の「ドラッグコート」ってのを作るんです。 …何それって? いやいや!こういうことをちゃんと学んで報じるのがニュースの役割なんです。そもそも、清原の転落人生とか、ただの視聴率稼ぎですから!「ドラッグコート」ってのは…要は「麻薬中毒者に特化した裁判所」って感じだと思ってください。専門的に言うと「治療的法学(Therepeutic Jurisprudence )っていう理論を応用した場所なんですが、 そもそも、麻薬中毒者って「犯罪者」だけれど、同時に「被害者」じゃね? っていう発想から「ドラッグコート」では、裁判官の監督に基づいて「ドラッグ・トリートメント及びリハビリテーション」が専門的に実施されます。犯罪者にはなんと 「刑罰」と「治療」を選択させる 上、ちゃんと治療を選択した場合、懲役をさせない代わりに更生プログラムの参加を義務付けて、更生プログラムを終了したら「公訴を免除」されたり「薬物逮捕歴を抹消」されるという特典が用意されているんです。 ちなみに、2009年12月の時点で全米で2301ものドラッグコートが稼働しています。 なぜ日本にドラッグコートが作られないのか!? アメリカと日本では、あまりにも覚せい剤犯罪に対する取り組みへの真剣さが違いすぎます。日本人は「何かミスをした人間をバカにして笑いものにすることが大好き」な人たちが多いのですが、あまりにも下品で悲しい感性と言わざるを得ません。 今は下品なサイトなどで、私のことを「嘘つきだ」とか「謝罪しろ」とかネットに書き込んでいるだけの情けない人たちがそこそこいるようですが…私だって人間です。これだけの分量、これだけのコラムを書いていれば、当然、時としてはミスもあれば、間違いもあることでしょう。そこで大切なことは「きちんと認めて謝罪し訂正すること」だと思っています。 私は誠意をもってその対応をしたつもりですが、必死になって私をバカにして喜んでいる、トイレに落書きするしか能のない連中が結構いるでしょ?そういう人たちって、何か一つでも叩けるネタがあると飛びついて喜ぶんです。自分は何も出来ていなくても。そんな連中、汚物に群がるハエと同じレベルの連中だ。そんな寒い連中が 「清原の転落人生」とかをやってると喜ぶわけです。大喜びするんです。こっちにおいで~みたいな感じで。情けない限りです。そんな連中をテレビが相手にしてどうするんだ、と問いたい。 私は、清原容疑者を笑わない。 じゃあ、彼を笑蔑んでいるハエ軍団は彼と同じ実績を残せるのか?絶対に出来ないはずだ。そんな彼が何故落ちたのかを検証し、問題を解決するために動くべきだ。 清原容疑者は初犯なので執行猶予が付くことでしょう。あのスーパースターを、どうやって更生させて、どうやって再生させるのか。そこを考え・実行するのが「先進諸国」の姿勢です。今のままの日本のシステムだと、国として何の取り組みもされていないに等しく、再犯を促しているようにすら思えるほどです。 犯罪者は法廷で裁かれなければいけない。が!被害者であれば、送られる先は病院や厚生施設であるべきだ。 清原容疑者を叩いて喜んでいるうちは、日本の取り締まりは絶対に前進しない。私はそう断言します。もうどれだけそんな低レベルの報道が繰り返されているのか。その度に通り一遍のコメントをしていてもしょうがない。 清原容疑者を産んだのは、日本の「全く麻薬を取り締まる気のない国自体のシステム」だ。少なくとも私はそう考えています。((長谷川豊公式ブログ「本気論 本音論」 2016年2月7日分を転載))

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    江夏豊と同様に「一発実刑」で清原和博を蘇らせることはできないか

    そして、多くの者が、執行猶予中に再び覚せい剤に手を染めて有罪判決を受け、執行猶予が取り消され、新たな事件の懲役に、前の事件の懲役が加算され、かなり長期の受刑となる。いきなりの長期の服役で更生の意欲が失われてしまうことも珍しくない。 「初犯⇒執行猶予」「再犯⇒実刑・初犯の執行猶予取消」というお決まりのパターンが、かえって、覚せい剤事犯者の社会復帰を妨げているとも言える。 清原の場合も、数年前から覚せい剤の影響と考えられる奇行が目立っていたと言われており、覚せい剤への精神的依存性は相当高いと思われるが、初犯なので執行猶予となる可能性が高い。執行猶予であれば、服役はせず、社会内で生活できることになるが、もちろん、社会の表舞台で働けるわけはない。もともとの知名度の高さに加え、今回、これだけテレビで顔を露出させられた清原が、普通の社会人として暮らすことは困難であろうし、結局、どこかに閉じこもって失意のうちに時を過ごすことになる可能性が高い。そのうちに再び覚せい剤に手を染める、というパターンで再犯に及んでしまうことが強く懸念される。 江夏の成功例を見る限り、清原の場合も、初犯であっても、1年程度の実刑とし、一定期間矯正処遇を受けさせることが、逆に、社会復帰の可能性を高めることになるのではないか。 執行猶予を付するか実刑にするかは裁判官の裁量だ。覚せい剤事犯は、それ自体は一般的には被害者がいない犯罪であり、裁判官として初犯に実刑を言い渡すことに抵抗があるのは理解できる。しかし、本来、執行猶予は、社会内での処遇が本人の更生に資すると確信がもてる場合に言い渡されるべきだ。社会に戻ることで逆に再犯の可能性が高まると考えられるような場合にも、形式的・機械的に執行猶予の恩典を与えるのが果たして本人のためになるのだろうか。 清原を裁く裁判官に、球史に残る名投手江夏豊に一発実刑を言い渡した裁判官と同様の英断を望むことはできないだろうか。(「郷原信郎が斬る」2016年2月12日分を転載しました)