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    日馬富士騒動、ワイドショーの悪ノリが痛い

    テレビをつければ、連日連夜くだんの日馬富士騒動だが、各局のワイドショーは軒並み高視聴率だという。騒動とは無関係の元モンゴル人力士が「場外乱闘」まで繰り広げ、ワイドショーの悪ノリもここまで来るともはや「公害」である。このバカ騒ぎの元凶はテレビなのか、それとも視聴者か。

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    日馬富士騒動に便乗したワイドショーの「場外乱闘」がみっともない

    会も事あるごとに「力士の品格」を口にしては所属力士たちを律するが、そんなものどこ吹く風で、品格のない事件や騒動は後を絶たない。 その要因は、意外に思われるかもしれないが「相撲は日本の国技ではない」という事実にあると筆者は感じている。 より正確に表現すれば、相撲は、国旗国歌法のように法律で「国技」であると定められているわけではない。演芸や工芸でもないので、文化財保護法における「重要無形文化財」でもない。菊の紋章のように、慣例的に「日本の国章」になっている類いのものでもない。 つまり、大相撲を頂点とした相撲文化が、日本の「国技」であることを示す法的な根拠はないのである。2017年9月、両国国技館で行われた土俵祭(撮影・加藤圭祐) 一方で、多くの日本人は相撲が日本を代表する武道であり、わが国の象徴的な「伝統文化=国技」であるとして受け入れることにやぶさかではない。多くの国民から「国技」であるとイメージされ、そこで活躍する力士たちも、日本の伝統文化を継承する人気者であるにもかかわらず、「国技の継承者」としては明確に定められていないという矛盾がある。 国民からの「国技の継承者=国の代表」としての認識は、力士たちと相撲協会に大きな収益や知名度といった特権を与えている。対外的にも「国技」としての役割も存分に担わされているにもかかわらず、日本相撲協会という民間団体だけによってコントロールされているのが実態だ。  メディアにとっては検証や批判がしづらい大相撲の高いコンテンツ力。「国技」としてのイメージを担わされ、特別な立場を享受している事実。しかし、実は単なる民間の競技団体でしかないという大相撲の実態。この相容れない3つの重なりが生み出す矛盾にこそ、日本の伝統文化にもかかわらず、品格なき事件を生み出す要因があるのではないだろうか。 もっとかみ砕いて言えば、大相撲で活躍するモンゴル人力士たちの中に、日本の「国技」を支えてきた、という自負が生まれ、それが品格なき「増長」をも許してしまうのではないか。 連日過熱する日馬富士騒動だが、ワイドショーを中心としたマスコミは「関係者」たちによる臆測報道ばかりで、こういった問題に対して言及することはあまりない。相撲界を正常化させ、より発展させるために期待される役割は決して小さくない。 無関係な人たちによる無責任な想像力を楽しむことも節度を守れば必ずしも悪いとは言い切れないが、それよりもメディアが取り組むべき魅力的なテーマは、他にいくらでもあるだろう。

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    「マスゴミの象徴」ワイドショーはどこへ行く

    取れる話題を求めるのは当然だ。そして時に、すべての話題がワイドショー化していく。 例えば、力士の暴力事件が大きな話題になり、人々の関心の的になれば、もちろんワイドショーはその話題を取り上げる。ニュース番組も新聞も同じ話題を取り上げるが、取り上げ方が違う。ワイドショーならジャンルを問わず、一番の話題として、最も関心度が高いテーマを取り上げることができる。 週刊誌も、読者が最も読みたがる話題を自由に取り上げられるが、さすがに雑誌のページの半分がその話題で占められることはないだろう。だが、ワイドショーならそれも可能だ。番組の始まりから力士暴力事件など一番話題のテーマを取り上げ、間で少し他のニュースやコーナーを行い、また力士暴力事件に戻ることも、しばしばある。ワイドショーこそ、テレビそのもの 各局で視聴率争いを行い、1分刻みの視聴率の変化に一喜一憂する。それがテレビだ。だから、うっかりすると、どのチャンネルのワイドショーもみんな同じテーマを取り上げることになる。しかも、今日も明日もあさってもだ。よほどその話題に関心を持つ人でないならば、うんざりすることもあるだろう。だが、別の話題にして視聴率が下がるようであれば、やはりこの話題を取り上げ続けるだろう。2017年11月、大相撲九州場所が行われている福岡国際センターで、役員室へ向かう貴乃花親方 ともかく話題を提供し続けなければならない。視聴率を取らなければならない。そうなると、同じような出演者(専門家)が、各局のワイドショーをはしごして出演することもある。少しでも他局のワイドショーより目立とうと思えば、センセーショナルな表現を取ってしまうこともある。 容疑者段階の人間を完全に犯人扱いし、ひどく侮辱することもある。おどろおどろしい表現で、必要以上に危機感をあおることもある。自殺の現場を生々しく撮影し、詳しい自殺方法を伝えてしまうこともある。これは、自殺予防の観点からすると大きな問題だ。 また少しでも新しい話題を提供しようと思えば、友人や知人、近所の人など雑多な人々にインタビューし、またスタジオに招くこともある。そこで価値ある情報が得られればよいが、不正確な情報を流してしまい、視聴者をミスリードする危険性もあるだろう。時には、内容が薄くなってしまうこともあるだろう。 テレビにとっては、わかりやすさは最重要事項の一つだ。わからないものは面白くない。わからなければ意味はない。テレビは、小学校4年生にもわかるように作ると語った人がいるが、確かにおじいちゃんも小学生も孫も一緒に楽しめるのがテレビだ。わかりやすいことは確かに大切だ。わかりやすく、そして意味あることが大切だ。時には、テレビで長々と放送されたものを見てもよくわからなかったものが、新聞記事を読んでわかることもある。ただし、集中してじっくり読まなければならないが。 マスコミのことを「マスゴミ」などと言って揶揄(やゆ)する人がいる。ワイドショーをばかにする人もいる。同じ放送局の中にも、事件現場に最初にワイドショーが入ってインタビューをすると「現場が荒らされる」と嘆く報道スタッフもいる。そういうこともあるのだろう。視聴率争いは激烈なのだから。 しかし、ワイドショーのスタッフたちも、心ある人々はもちろんよい番組作りを願っている。事件現場で、心のこもった思いやりあるインタビューをしようとしているリポーターのことも、私は知っている。 自由で楽しくてわかりやすい生放送。ワイドショーこそ、テレビそのものなのかもしれない。ワイドショーはどこに行くのか。それがテレビの未来像なのだ。

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    貴乃花親方がなんだかおかしい

    「角界のプリンス」ともてはやされたころから気難しそうな印象はあったが、今回の日馬富士騒動でもその掴みどころのない言動に周囲はヤキモキしているようである。ダンマリ貴乃花の胸の内もさることながら、そもそもこの騒動自体、なんだかスッキリしない。というわけで、本日は相撲ファンによる言いたい放題、大放言!

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    「八角理事長、許すまじ」貴乃花のガチンコ相撲道

    下の平幕力士貴ノ岩を暴行したのだろうか。当初、単なるモンゴル人力士同士の飲み会での乱行と思われていた事件は、不可解な経緯をめぐってメディアが大騒ぎしたため、意外な様相を見せるようになった。ただ、これまでの報道を見ていると、あまりにもピント外れなことが多いので、ここで、きちんと整理しておきたい。 まず、今回の事件をきっかけに「モンゴル人力士は日本の相撲を理解していない。横綱の品格がない」などという批判がもっともピント外れである。また、「もともと日馬富士は酒癖が悪かった」などと、個人的な問題に矮小(わいしょう)化してしまうのも、事件の本質を捉えていない。さらに、殴ったのがビール瓶であるかどうかも実は本質的な問題ではない。 ただ、この事件の背景に、貴ノ岩の師匠の貴乃花親方(元横綱)と日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)との間の「確執」があったというのは的を射ている。なぜなら、もしそうでなければ、貴乃花親方は相撲協会への報告をすっ飛ばして鳥取県警に被害届を出したりしないはずだし、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の「わび」を受け入れていたはずだからだ。 今回の事件のキーポイントは、その後に判明し、事件の伏線となった9月25日の「錦糸町ナイト」での貴ノ岩の発言だ。 このとき、酒に酔っていた貴ノ岩はモンゴル出身の若い衆に説教をしていた。彼には説教癖があるのか、時々声を荒らげるので、同席していたモンゴル出身の元幕内力士や元十両力士(いずれも現在は引退)らが「ほかにお客さんもいる」と注意したが止めなかったという。そのうち、矛先は注意した元力士やそのとき来日して同席していたという白鵬の友人らに代わり、「オレは白鵬に勝った」「あなたたちの時代は終わった」「これからはオレたちの時代」などと言い放ったのだという。2016年の秋場所で対戦した横綱日馬富士(左)と貴ノ岩=両国国技館 この話を初めて耳にしたとき、私は、正直、貴ノ岩は、日本の相撲というものを何もわかっていないと思った。ここでいう相撲とは勝負のことではなく、一つの「日本的な組織体」としての相撲である。これを全く理解していないから、こんな言葉が飛び出すのである。スポーツではない相撲のシステム 「あなたたちの時代は終わった」「これからはオレたちの時代」などといえば、言われた側はカチンとくる。相撲界であろうとなかろうと、自分の力をひけらかすのは、日本では控えるべきこととされている。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉があるくらいだ。したがって、横綱・白鵬に1回勝ったぐらいでこんなことを言ったら、「いい加減にしろ」となるのは当然だ。 ところが、貴ノ岩は相撲をスポーツだと考えていたようだ。スポーツなら実力、勝敗がすべてである。勝者が絶対の世界だ。しかし、日本の相撲は実力勝負とはいえ、その秩序は実力だけで成り立っているのではない。相撲の一番、一番は「注射」と「ガチンコ」で成り立っていて、これが「談合」と「カネ」で微妙に采配されることにより、横綱以下の序列が決まるようになっている。2017年1月、大相撲初場所14日目で貴ノ岩(手前)に寄り切られて敗れ、険しい表情の白鵬=両国国技館 だから、相撲にはテニスやゴルフのような、明確な実力ランキングは存在しない。スポーツならチャンピオンは1人だが、相撲の横綱は何人もいる。実際、現在は異例とも思える4横綱の時代である。しかも、力士(プレーヤー)は部屋に所属し、同部屋対戦がないので、本場所はトーナメントでもリーグ戦でもない。 これが、相撲という組織体のシステムであり、日本のほとんどの組織は、みなこのような原理で動いている。したがって、単に横綱に「ガチンコ」で勝ったぐらいで、「オレたちの時代」は訪れない。  貴ノ岩はモンゴル人だから、そんなことは知らないでいいではないかという見方もできる。しかし、彼の先輩のモンゴル力士たちは、みなこのシステムを受け入れ、日本人力士以上に相撲という「美しき伝統文化」を継承してきたのである。 はっきり書くが、もしモンゴル人力士がすべて「ガチンコ」だったら、いまの相撲界はまったく違ったものになっていただろう。モンゴル人力士の草分けである旭鷲山、そしてモンゴル出身で初の横綱になった朝青龍などがいたから、いまの相撲界がある。さらに、貴ノ岩を殴った日馬富士、大横綱の白鵬などが、このシステムを理解・実践してきたから、伝統文化は守られたのだ。「全部ガチンコなら体がもたない」 「注射」による相撲を八百長と呼ぶメディアがあるが、それでは理解が浅すぎる。 「注射文化」は江戸時代からあったという。しかし、戦後、相撲が大衆娯楽としての地位を得たことで花開いた。最初の大々的な「注射相撲」は、1955年3月場所の栃錦・若乃花の両横綱による全勝対決とされる。 このとき、若乃花は2場所前に栃錦に星を貸していたので、それを返してもらって優勝する絵図を描いた。しかし、栃錦も自分も全勝優勝したいと譲らず、両部屋の話し合いになったのである。当時を知る中島克治氏(元幕内力士の大ノ海の息子で、自身も1967年から4年間、花籠部屋所属力士)の証言(『週刊現代』2011年2月26日号)によると、栃錦が転ぶことを了承し、取り組みの細部まで突っ込んだ打ち合わせがあったという。  時代は下って、衝撃の「八百長告白」を行って謎の死をとげた大鳴戸親方(元高鉄山)によると、「八百長の全盛期のきっかけを作ったのは柏戸さんで、確立したのは北の富士だといえるんじゃないでしょうか」(『週刊ポスト』1996年2月2日号)という。さらに、このシステムを盤石にしたのが、先ごろ相次いで亡くなった名横綱千代の富士(九重親方)と、北の湖(第9代、第12代相撲協会理事長)だった。 そしていま、こうした伝統を受け継いで、土俵を盛り上げているのが、一大勢力となったモンゴル人力士たちなのである。  ところが、貴乃花親方は誰もが証言するように、「注射」は「相撲道」ではない、まして伝統文化などではないと考えている。それは、自身が現役時代、かたくなに「ガチンコ」を貫いてきたからだろう。「ガチンコ一直線」で来ると、フェアプレーでない取り組みが許せなくなる。なぜなら、スポーツの最高の価値はフェアプレーにあるからだ。2001年の大相撲夏場所、武蔵丸との優勝決定戦で仕切り中の横綱貴乃花=両国国技館 かつて週刊誌で編集者をやっていたとき、私はある現役力士に「なぜ『注射』をするのか?」と聞いたことがある。そのときの答えをいまも鮮やかに覚えている。「全部『ガチンコ』でやったら体が持ちませんよ。だから、最初はガチンコでも、勝ち進んで幕内に上がると『注射』の魅力に勝てなくなるんです。ただ、『注射』といっても『ガチンコ』で強くないとできません。はなから勝てる相手に誰も『注射』など持ちかけてきませんからね」 相撲の勝負は、言い換えれば巨体が全力で激突することである。それを15日間続ければ、体力は消耗し、場合によっては故障してしまう。「注射」はそれを避けるための知恵でもある。「もし、15日間全部『ガチンコ』でやれば、半分の力士が故障します。そうなったら、場所が成り立ちませんよ」 実際、無気力相撲や八百長相撲がメディアで問題化し、協会が対策に乗り出した後の場所では、故障・休場力士が続出している。貴乃花親方が許せない「相手」 今回の事件の背景には、貴乃花親方の協会執行部、特に八角理事長に対する根強い不信感があるとされる。貴乃花親方と八角理事長は、昨年の理事長選で対決し、6対2で貴乃花親方が敗れている。貴乃花親方の「正論」、つまり「改革」(ガチンコ改革)についていける親方衆はほぼいないからだ。2007年に時津風部屋で新弟子が暴行で死亡する事件が起きたときも、貴乃花親方は相撲界の改革を訴え、協会の透明化を主張した。相撲をスポーツにしようとしたのだ。 そんな貴乃花親方だから、現役時代の八角親方の生き方が許せるはずがない。現役時代の八角親方、つまり横綱・北勝海は、同部屋(九重部屋)の大横綱・千代の富士に次ぐ2番手の横綱として、千代の富士からの星回しで8回、優勝している。しかし、これは典型的な「注射システム」による優勝だった。次は、北勝海が優勝した8回の成績を、千代の富士の成績と比較したものだ。 見ればわかるように、千代の富士が優勝を捨てるか、あるいは休場した場所でしか北勝海は優勝していない。これは、千代の富士が優勝を捨てた場所では、千代の富士は下位力士に星を売り、その見返りに下位力士は北勝海に負けるというパターンが繰り返されたからである。こうすると千代の富士の黒星は白星となって北勝海に集まり、北勝海が優勝できることになる。そして、次の場所でこの逆をやれば、今度は千代の富士が楽に優勝できるというわけだ。実際、北勝海は千代の富士の引退後、1回も優勝していない。 前述したように、国民栄誉賞を受賞した名横綱・千代の富士の時代は「注射システム」が全盛の時代だった。そのとき、「注射」を「中盆」(仲介人)として仕切った板井圭介氏(元小結板井)を、私が所属する日本外国特派員協会が呼んで、記者会見を開いたことがあった。 2000年1月のことで、このとき、板井氏は現役時代の「注射」を認め、「注射」にかかわった20人の力士の実名を公表した。慌てた相撲協会は板井氏に謝罪を求める書面を送付したが、最終的に「板井発言に信憑(しんぴょう)性はなく、八百長は存在しない。しかし板井氏を告訴もしない」という玉虫決着で、この問題は終息した。 千代の富士や北勝海の「注射時代」を終わらせたのは、ほかならぬ貴乃花親方である。いまでも語り継がれるその出来事は、1991年の5月場所の初日で起こった。このとき、18歳9カ月の貴花田(当時)は、千代の富士を真っ向勝負で一気に寄り切ったのである。初挑戦での金星だっただけに、千代の富士のショックは相当なものだった。しかも、この18歳9カ月という金星は、若秩父の記録を破る最年少金星なのだから、角界も相撲ファンも世代交代の流れをハッキリと意識した。案の定、千代の富士はこの敗戦から2日後に引退を表明している。 貴花田はその後、相撲界の期待のヒーローとなり、翌年の初場所で最年少優勝を果たして横綱に昇進した。そして、引退するまで「ガチンコ」で11回優勝した。言うまでもないが、この優勝は北勝海の優勝とは中身が違うものだ。最近の「注射相撲」は本当につまらない 「注射」と「ガチンコ」。この二つは切っても切り離せないもので、これがある限り、相撲は観戦していて面白い。なぜなら、「注射」か「ガチンコ」かのどちらかになるまでに、さまざまな背景、人間関係、そのときの場所のムードなどが複雑に絡んでくるからだ。大相撲九州場所14日目、福岡国際センターを通って、東京へ出発する故北の湖理事長を乗せた霊きゅう車を見送った八角親方(右)と貴乃花親方=2015年11月(中川春佳撮影) 相撲を単にどちらの力士が強いかという見方で観戦してしまうと、日本の伝統文化に触れることはできない。 ところが、最近の「注射相撲」は本当につまらなくなった。かつてのように、綿密な事前打ち合わせなしで行われることが多いからだろう。 かつて私は、1年間の幕内の全取組の決まり手を調べ、それをランキングしたことがある。そうした結果、「寄り切り」「押し出し」「はたき込み」の三つの決まり手が上位を独占していることがわかった。現在、「注射」のほとんどは、この三つの決まり手のどれかで行われているとみていい。 なぜ、こうなるかといえば、力士がよほどの場合をのぞいて、複雑なシナリオを嫌うからだ。力士が一番嫌うのが、投げ飛ばされるなどして身体に砂がつくことだ。また、下手な倒れ方をしてケガをしてしまうこと。こんなことになったら、「注射」した意味がなくなってしまうからだ。となると、やはり「ガチンコ相撲」のほうが面白いとなるが、果たしてそれでいいのだろうか。 さて、モンゴル人力士たちが引き継いだ日本の伝統文化だが、師匠・貴乃花の教えで「ガチンコ」を貫く貴ノ岩のような力士の出現で、大きく揺らぐことになった。また、モンゴル人力士が増えすぎたため、同じモンゴル人力士のなかで「派閥」ができてしまったことも、伝統文化を脅かしている。 よく知られているように、傷害事件を起こして事実上協会から追放された朝青龍は、一大派閥を形成していた。反朝青龍の先鋒(せんぽう)は旭鷲山で、現役時代、風呂場で口論となった後、朝青龍は旭鷲山の車のサイドミラーを壊す騒動を起こしたのは有名だ。  現在の大横綱白鵬は、朝青龍の派閥を引き継いで、モンゴル人力士たちのまとめ役となっている。2006年5月場所で優勝したとき、白鵬は朝青龍から「注射」により300万円で星を買ったという(『週刊現代』2007年6月9日号)。以来、白鵬は朝青龍の派閥に組み込まれ、日馬富士も朝青龍の忠実な配下になったといわれている。 今回の事件でも、朝青龍は「本当の事聞きたくないか?お前ら」、「ビールびんありえない話し」などと、ツイッターに連日投稿している。  というわけで、今後、この事件がどういう展開になっていくのかは、私にはわからない。日馬富士が「傷害罪」で書類送検されるという話があるが、そうなれば、引退を余儀なくされ、モンゴルネットワークの一角が崩れるだろう。注射は土俵の上では効くが、カラオケ店のような「場外」では効かないのだ。 かといって、貴乃花以来の「ガチンコ一直線」の日本人横綱稀勢の里は満身創痍(そうい)である。「ガチンコ」と「注射」。これは、相撲を相撲たらしめている根本文化である。「ガチンコ」だけの相撲など成り立たないし、また、面白くもなんともない。 来年、2018年の初場所が本当に楽しみだ。

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    自らの出世のために「綱」を汚した貴乃花親方が小憎らしい

    杉江義浩(ジャーナリスト) 横綱日馬富士が貴ノ岩を殴りつけたとされる暴行事件は、本当にそんなに悪質な大事件なのでしょうか。必要以上にマスコミが振り回されてはいないでしょうか。一人の大相撲ファンとして報道される内容を見ていると、むしろ加害者である日馬富士の方が気の毒になり、貴乃花親方の方が小憎らしく思えてくる、不思議な感情にとらわれてしまいました。 もちろん張り手一発でも、土俵の外で行われれば、暴力は暴力です。許されて良いという道理はありません。ましてや日本の国技である大相撲の頂点に君臨する、神聖なる横綱ともあろうものが、暴行事件を起こして警察に取り調べられるなどとは、情けない限りであります。しかし今回はそのような正論はワイドショーに任せて、私は一連の騒動の本質に迫ろうと思います。 私は十数年前、奇しくも同じ九州場所の真最中に、横綱武蔵丸を密着取材したことがあります。苦労して日本相撲協会からもらった取材許可書には、但し書きが付いていました。力士が気乗りしないときには取材を断ることがあり得る、という文言とならんで、取材中に力士からいかなる暴力を受けても訴訟しないこと、という一文がありました。 どんな恐ろしい取材現場になるのだろう。私はビクビクしながら福岡の武蔵川部屋宿舎を訪れました。まもなく早朝から竹刀を持った親方の前で、新弟子たちの迫力満点のぶつかり稽古が始まりました。なんと立ち会いの瞬間、額と額を全力で激突させるのです。 頭と頭の骨がぶつかり合う「ゴーン」という音が部屋中に響き渡り、若い力士は脳震盪(のうしんとう)を起こしてふらふらになります。意識を取り戻して再びガツン。文字通りのガチンコ相撲の繰り返し。これでは死んでしまう、と思わず親方に言いたくなった頃、土俵の上は交代し、力士たちは互いに頭を左右によけて、相手の肩にぶつかるような稽古が始まりました。稽古総見で汗を流す日馬富士(右)=2017年9月、両国国技館の相撲教習所 相撲の歴史をひもとくと、戦国時代の勧進相撲では、相手を殺してしまうことも普通に行われていたようです。そんなルーツを持つ相撲の凄みに、私はぐいぐいと引き込まれていきました。先輩力士から受ける新弟子の稽古では、土俵の内外を問わず、私の目には暴力としか映らない光景も多く目にしました。その異様な雰囲気の朝稽古に比べると、稽古の終盤に現れた武蔵丸は、おおらかでユーモアがあり、ようやく私をホッとさせてくれました。 なぜこの話をしたかというと、大相撲の世界というのは、我々の非常識が常識になるような、特殊な世界だということを強調しておきたいからです。究極の暴力を日本の伝統文化にまで昇華させた、世界に例を見ない存在です。力士の身体はそれだけで武器です。ですから日馬富士の件でスポニチが第一報を出したとき、私は非常に違和感を持ちました。関取は素手が凶器 まずビール瓶で貴ノ岩を殴ったという表現。力士がそんなことするだろうかという疑問でした。実はビール瓶というのは、中身が入っている状態では重く威力のある鈍器になりますが、中が空の状態では軽いし瓶の方が割れてしまって武器としては微力なものです。 それよりは力士の素手の方が、ずっと破壊力がある凶器です。私のような素人が力士に張り手で頭をはたかれたら、それだけで死んでしまうかも知れません。日馬富士がわざわざビール瓶で殴るという行為には、どうしても意味が見いだせずに、首をかしげるしかありませんでした。カラオケのリモコンであろうと何であろうと力士の場合関係がありません。素手そのものが凶器なのですから。 もう一つは報じられた診断書です。「右中頭蓋底骨折、髄液漏の疑い」という記載です。本当に髄液漏など起こしていたら、全治2週間どころではない重傷です。いや命に関わる重態でしょう。でも医師は「疑い」と書いているだけであり、よく読めばそれほどでもないことがわかります。全治2週間というのも負傷した10月26日から起算して2週間です。 実際に貴ノ岩は翌日に鳥取の巡業に参加していますし、いくら力士が並外れた体力を持っているとはいえ、2週間での復帰は現実離れした回復力だということになります。ワイドショーが日馬富士の暴行のひどさを語るために、こぞって引用したこの診断書は、実はちゃんと正しく読めていなかっただけで、本当は軽傷に近いものだったのではないかと私は思っています。 何よりも理解に苦しんだのは、日本相撲協会の理事でもある貴乃花親方が、この事件を協会の八角理事長や危機管理委員会に報告せず、いきなり県警に被害届を診断書とともに提出したということです。引き揚げ時、テレビのインタビューに答える八角理事長=2017年11月、福岡国際センター(撮影・中島信生) もちろん一般社会の常識としては、暴力事件などが起こったらまず警察、それから内部調査という手順を踏むべきだとされています。しかし日本相撲協会というのは、文部科学省管轄の公益財団法人です。日本の国技としての伝統や精神を受け継いでいくために、さらに言えば暴力を神格化させた特殊な世界の自治のために、半官半民の立場を与えられています。 日本相撲協会には、不祥事などに備えて、組織の内部で解決するためのシステムがあります。危機管理委員会です。それは外部から招いた元地検特捜部の検事や弁護士などを含む、特別な委員会。すなわち今回のような内輪の事件が起きたときには、真っ先に相談すべき機関です。なぜそこに貴乃花親方は最初から報告しなかったのか。通報義務を無視して単独行動に出たのか。 組織の力学、というものがあります。組織の力は、その組織を守る方向に作用する、という法則です。それに従えば、貴乃花親方は今回のような事件の場合、まずは日本相撲協会に通報して、危機管理委員会の判断をあおぐ。その上で警察沙汰にするかどうか、結論を下すというのが自然な流れです。 その自然な流れに逆らって、今回の軽微な事件を最初から警察沙汰にし、刑事法廷も辞さない構えでマスコミにアピールした貴乃花親方の態度は、組織を守るというよりも、組織を相手にして追い詰めているように見えます。狙いは理事長ポストか 組織と敵対して追い詰めると、いったい何のメリットが貴乃花親方にあるのか。それを考えていくと、日本相撲協会の理事長の座をめぐる、現在の八角理事長と、理事長選に負けた貴乃花親方との確執以外考えられません。来年3月の理事長選に向けて貴乃花親方は、なんとしても八角理事長をスキャンダルで退任に追い込みたかった。そう考えるのは邪推でしょうか。  現役力士としての頂点である横綱を極めた貴乃花が、引退した後も管理職としての親方株を引き継ぎ、ついには大相撲界管理職の頂点である理事長の座を極めるべく情報戦にもつれ込む。そんなドロドロとした相撲協会内での勢力争いが垣間見えます。横審終了後囲み取材を受ける貴乃花親方=2016年3月両国国技館(今野顕撮影) 日馬富士の暴行事件をすっぱ抜いたのは、スポニチ一社だけでした。事件から20日も空白の期間があったとはいえ、見事なスクープ記事だったように見えます。しかしスポニチは貴乃花部屋と関係が深い、いわば貴乃花一門のお抱え新聞社です。そのことを考えると実態は、貴乃花親方によるリークであった可能性が十分考えられます。 自らの出世のために、神聖な横綱の真っ白な「綱」を汚す。その行為が大相撲ファンの私には許せなかったのかもしれません。 傷害容疑で日馬富士は書類送検となるとのことです。それにより横綱の立場は致命的なものになります。暴力を振るった日馬富士も悪いけど、先輩である横綱白鵬からの説教の最中に、スマホで恋人とのやりとりをした貴ノ岩にも非があるでしょう。そのどちらも大相撲という特殊な世界の中では、比較的軽微な罪だと私には思えるのです。 大相撲の世界で、現役の横綱を、現役の親方が警察に突き出す。それこそが日本の国技である大相撲が、今まで受け継いできた美しい伝統と、守り抜いてきた神聖なる「綱」の重みを、一瞬で台無しにしてしまう、極めて残念な行為なのだ、と私には感じられます。 私がかつて取材した九州場所での横綱武蔵丸は、番組のために特別に「綱」を見せてくれました。部屋の後輩力士たちが3人がかりで、白い手袋をはめて木箱から取り出し、持ち上げて見せてくれた「綱」は、塵一つ付いていない見事な純白のしめ縄でした。横綱はご神木と同様に、神様の扱いなのです。 その「綱」を締めたときはどんな気分か、という私のインタビューに答えた、当時の武蔵丸の言葉が、「綱」のまぶしい白さの印象とともに思い出されます。「コレつけると緊張するよ。悪いことできないから」 武蔵丸はアメリカ人横綱でしたが、日本の心をしっかりと理解していると感じました。日馬富士はモンゴル人横綱ですが、同様に日本の心を理解していると信じたいです。 酒の席で先輩が後輩に手を上げてしまった。今回の事件は一般の社会ではありふれた事件であり、たいていの場合は示談で片づくレベルの事件です。それがなぜ協会内部で解決できないのか。この事態を最も残念に感じ、嘆いているのは、事件のために汚されてしまった、横綱が締める純白の「綱」自身かもしれません。

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    ダンマリを決め込む貴乃花が抱えた「大人の事情」

    も疑わしいところがあるといった報道が出ている。その詳細について、貴乃花親方は一切、口をつぐんでいる。事件の発覚以来、貴乃花親方は沈黙を守り、警察の捜査にすべて委ねる形になっている。 そんな中、日本相撲協会は、巡業部長である貴乃花親方を今場所後の巡業から外し、代役を立てる方向だと報じられた。いまの貴乃花親方に、他の部屋に所属する力士を任せるわけにいかないという判断だ。それは、管理責任者としての資質を否定され、協会公務からの追放を示唆するものとも受け取れる。貴乃花親方(中井誠撮影)  「いずれは理事長になる」、引退直後は協会関係者もファンも多くがそう考えていた。引退後も貴乃花は、「角界のプリンス」であり続けるはずだった。それがなぜ、このような孤立を生んだのだろう。このままでは、来年早々、理事選後に予定される次期理事長選挙でも、過半数の支持を得るのは難しい情勢だ。さらに言えば、孤立を深める貴乃花親方がこのまま日本相撲協会の一員として活動し続けてくれるのか、そんな心配さえ広がる。 貴乃花親方は、日頃から「相撲という日本の伝統文化を改めて身近な人気分野にしたい」「老若男女、とくに子供がもっと日頃から親しむ環境を作りたい」といった主旨の夢を語り続けている。協会内で主張しているのも、その夢を前提にしたビジョンだ。 ところが、日本相撲協会の大勢は、そのような広い視野に立った深淵なビジョンではなく、当面の本場所や巡業の運営、日々の相撲部屋の経営に目が向けられている。それでなくても不祥事が続き、長年維持してきた財団法人としての既得権や恩恵が揺るぎかねない事態が続いている。権益や経営権をできる限り相撲界の外部に流失させず、相撲界の中に保持し続けたい、そのことに意識とエネルギーが注がれているように、貴乃花親方には感じられ、苛立ちが募っているように見える。 理想を追い、根本的な改革を目指す貴乃花親方は、自らを正しいと信じ、「これを成し遂げなければ相撲の未来はない」とさえ、危機感と使命感を募らせているように見える。そのことに異論はない。変化はあの「貴の乱」から だが、正義を背負い、自分には邪心がないと確信する人間が「現実論」「大人の事情」を斟酌せず、組織の中で摩擦を生ずることは往々にしてある。貴乃花親方はまさにその状況ではないか。自分が正しいと信じるがゆえに、理解しない周囲に物足りなさを感じ、敵視する傾向に向かう。2010年1月、二所ノ関一門からの離脱と日本相撲協会の理事選に立候補することを表明する貴乃花親方 2010年の理事選では、それまでの慣習を破って理事選に立候補し、「貴の乱」と形容された。改選前に一門同士が調整し、無投票で理事を決める慣例を破ったのだ。このころから、協会のぬるま湯的な体質に反発する積極的な姿勢と行動が目立つようになる。 貴乃花は、現役時代から「孤独」を感じ続けていたように感じられる。 横綱に昇進し、着実に優勝回数を重ねていた当初は、明るく、角界のスターそのものだった。ところが、横綱になって4年目ころから、親方や兄・若乃花と距離が開き、親しく会話しなくなったと伝えられた。ケガが重なり、休場も多くなり、次第に難しい顔が目立つようになる。 孤高の存在になる予兆は、現役時代にも見られた。 角界を背負う使命感とそれを理解してくれない周囲への苛立ちと失望。横綱時代、7場所連続全休という過去に例のない時期を過ごした。ケガの回復のため、入院したのはフランスの病院だった。 ケガから復帰し、次第に強さを取り戻した2001年5月場所での優勝は、いまも語り継がれる。小泉純一郎首相(当時)が、「痛みに耐えてよくがんばった、感動した、おめでとう」と言って内閣総理大臣杯を渡した。あの時の「鬼の形相」は多くの相撲ファンにいまも刻まれる記憶だが、思えば、あれほどのケガを負いながら土俵に上がり、そして勝った貴乃花を動かしたのは、尋常ではない背景によって生み出された精神的エネルギーだったのだろう。それも「孤高」と背中合わせの快挙だったように感じる。 引退を発表した日、貴乃花の表情は清々しかった。引退会見では「非常にすがすがしい気持ち」「心の底から納得しております」と繰り返し語った。 私はその日、貴乃花本人とNHKで会い、インタビューする機会に恵まれた。 「フランスの病院に入院して、いろいろなフランス人と接する中で日本の相撲の伝統、横綱への敬意を痛感して、日本の伝統を担う責任の重さを改めて感じた」と、素直な眼差しで語ってくれた。正直、その眼差しに魅了され、貴乃花親方による相撲界の改革に心から期待を感じた。 だが、使命感と意気込みが強ければ強いほど、相撲協会の現実、改革を本気で志向せず、現状維持によって自分たちの権益や収入を守ろうとする勢力への失望と憤りは募っていったのではないだろうか。 孤立を深めた背景には、部屋付きの親方で貴乃花親方の右腕と呼ばれた音羽山親方(元大関貴ノ浪)の早すぎる死もあった。ひとつ年上の貴ノ浪は、ストイックな貴乃花とは対照的に、大らかで明るく、部屋の垣根を越えて親しまれる存在だった。排他的な貴乃花親方 2年前の6月、音羽山親方が43歳で亡くなり、貴乃花親方は腹心を失った。協会業務で部屋を留守にすることの多い親方に代わって、稽古は音羽山が中心になって部屋を盛り立てていた。今回の「被害者」貴ノ岩も、音羽山親方が熱心に育てた弟子のひとりと言われる。いずれ貴乃花が理事長になるときには音羽山親方が右腕になる、カリスマ性が強く、近寄りがたい雰囲気がどうしても拭えない貴乃花親方を支える影の存在として、貴ノ浪が周囲との融和を図る役目を担うと多くの関係者がみていた。その貴重な存在を失ったことも貴乃花の孤立に拍車をかけたかもしれない。 沈黙を守る貴乃花親方から読み取れるのは、協会の現執行部への深い不信感、「警察の調べですべてが明らかになれば、自分の正しさが理解される」との確信。2005年1月、断髪式で音羽山親方(元大関貴ノ浪、手前)の大銀杏を切り落とす師匠の貴乃花親方=両国国技館(斎藤浩一撮影) だが、たとえ事実によって貴乃花親方の正義が立証されても、世の中はそれだけで円滑に動かないことを貴乃花親方も受け入れてほしいと、老婆心ながら思う。 妥協せよ、長いものに巻かれろと、具申したいのではない。改革は、ひとりではできない。支持があって初めて為される。いま貴乃花親方が敵視する執行部やその周りに連なる親方衆との融和がなければ、貴乃花親方が目指す相撲界の改革、相撲の普及も実現しない。 私は、貴乃花親方に共鳴し、相撲がさらに愛され、発展する夢を重ねるからこそ、その孤高ぶり、排他的な現在の貴乃花親方を案じる。 日馬富士やモンゴル勢を追放することが、日本の相撲界に活況をもたらす切り札ではない。悪しき慣習は、モンゴル勢だけではない。 真剣勝負の場所前に、戦う者同士が親しく杯を交わす「モンゴル会」の存在にも貴乃花親方は異議を唱えていたと伝えられる。確かに、それも一理あるが、異国を離れ、モンゴル語で話す相手のいない孤独な相撲部屋暮らしの中で、同胞との交流は彼らにとって貴重な時間ではないだろうか。親しければ八百長につながる、というのは事実ではない。こうした実情を理解し、受け入れる柔軟さ、発想の転換も、角界のリーダー、革命児には必要ではないだろうか。

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    日馬富士を「犯罪者」扱いするにわか相撲ファンが許せない

    逃れができないものだ。かつて不祥事が続いた頃、盛んに叫ばれた「品格」はそこにはない。これはただの暴行事件ではなく、暴行をトリガーにして、相撲界の悪しき体質が露呈された事件だといえるだろう。 だが、この混乱は果たして品格なき日馬富士と相撲協会だけが招いたものだろうか。 戦犯探しをすることが問題解決につながるとはかぎらないし、安全圏から悪い誰かを責めることは憂さ晴らしをする行為につながりやすいので気を付けねばならない。ただ、今回ばかりは日馬富士の騒動をかき乱した、2人の登場人物について触れねばならない。 騒動の原因を産み出したのが日馬富士で、適切な処理を怠ることで騒動を大きくしたのが相撲協会なら、不確かな情報を拡散し、事態を混乱させているのは間違いなくマスコミである。 夜の羽田空港で日馬富士を大勢で取り囲み、朝になればホテルの前を占拠してこれまでの経緯を報じる。有名人たちが番組内で不確かな情報を元に無責任なコメントを発し、今度はそれを元にネット記事が作成される。話題が朝から晩まで日馬富士で埋まるのは、彼らがこうして自ら話題を創り上げているからである。果たしてこのような報道姿勢が問題解決につながるのだろうか。 さらにその情報の中には、マスコミによって印象操作されているものまで存在している。 例えば、一連の報道でよく使われている貴ノ岩の写真の一つに、浴衣姿で顔がアザだらけのものがある。誰がどう見ても、これは日馬富士の暴行によってできたものだと思うはずだ。事実私もそうだった。十両に昇進し、会見の冒頭、貴乃花親方(右)と握手を交わし笑顔を見せる貴ノ岩(左)=2012年5月23日、東京・中野区の貴乃花部屋(大橋純人撮影) だが、実はこの写真は今回の事件と一切関係ない。貴ノ岩が数年前に昇進したときに撮られたものだ。アザだらけの貴ノ岩が貴乃花親方とガッチリ握手をしている写真も存在している。少なくともフジテレビ系情報番組「グッディ」と「めざましテレビ」でこの写真が使われていることまでは確認できている。 特にこの写真は有名なものではない。ネット検索しても、ヒットする順位はかなり低い。だから、偶然この写真を使ってしまったという言い分は通用しない。つまり貴ノ岩が被害者である印象を植え付けるために、マスコミが意図的にこの写真を選んだということである。 問題を解決する気がないだけでなく、問題を意図的に操作して伝える彼らは、果たして何がしたいのだろうか。そこに報じる立場としての自覚はあるのだろうか。そして、彼らが日馬富士に求めている「品格」が、彼ら自身にあると言えるだろうか。恐るべき「にわかアンチ相撲ファン」の正体 もう1人の触れておくべき登場人物は、マスコミの情報を元に事態をさらに混乱に陥れている「にわかアンチ相撲ファン」というべき人物たちである。 相撲ファンと彼らは明確に異なる。相撲ファンであれば、日馬富士の9月場所での活躍、3横綱が場所前に休場する中で不調にあえぎながらも15日間を戦い抜き、優勝にまでこぎ着けた姿を知っている。そして、大相撲がどん底の頃から人気回復のために土俵に立ち続けてきたことを知っている。だから日馬富士の功績の部分を考慮した上で、苦しみながら厳しい処分を求めている。 だが、にわかアンチ相撲ファンは、日馬富士を「犯罪者」であるとし、懲役や解雇、永久追放という言葉を並べて批判する。そして、ビール瓶で数十発殴ったという行為を声高に叫ぶ。当初の情報をうのみにして、その後の情報には目も向けない。そして、日馬富士の力士としての貢献には一切言及しない。だから、厳しい処分を求める以外は何もしない。 なぜ彼らがこうしたスタンスを取るのか。それはにわかアンチ相撲ファンが普段相撲を見ていないからだ。彼らの興味はあくまでも不祥事を起こした人物、会社、組織である。彼らの行動を見てみると、その前にかみついていたのは小池百合子であり、巨人の山口俊であり、宮迫博之のような人物たちであった。にわかアンチ相撲ファンは時ににわかアンチ野球ファンになり、時ににわかアンチ吉本興業になる。 だからこそ、彼らは「にわか」に相撲をたたく。つまり「にわかアンチ相撲ファン」というわけである。 にわかアンチ相撲ファンの恐ろしさは、実はこうした意見が一定数存在することで、世論に少なからず影響を与えることだ。彼らも世論の一部だ。そして、彼らとそれ以外の人の意見を区分けすることは難しい。なぜなら「にわかアンチ」という概念がまだ理解されていないため、彼らの意見を排除するという発想がないからだ。福岡空港に到着する横綱・日馬富士=2017年11月21日、福岡空港(仲道裕司撮影) 「にわかアンチ相撲ファン」もまた、見る側としての、そして意見を出す者としての品格がない。声高に非難する対象には品格を求めながら、彼ら自身は自らを省みない。 こうした状況の中で、相撲を愛する者も、そうでない者も、等しく日馬富士の騒動をこれから目の当たりにし続けることになる。正しい情報は何か。印象ではなく、事実に基づいて一視聴者として判断を下す必要がある。情報があふれているからこそ、自分が心地よい情報を選択する傾向にあるが、心地よく加工された情報、そして心地よい反応に囲まれていることを自覚せねばならない。 品格を求めるのであれば、まずは自らが品格を求めて考え、行動すること。日馬富士の事件が教えてくれたのは、われわれには見る側としての品格が必要だということである。

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    日馬富士殴打事件で「貴乃花クーデター第3幕」の幕開けか

    撮影) モンゴル出身の横綱・日馬富士(伊勢ヶ濱部屋)が同郷の後輩力士・貴ノ岩(貴乃花部屋)を殴打する事件が、巡業先の鳥取で起きたのは10月25日の夜。事件が表沙汰になったのは、九州場所3日目の11月14日朝だ。両者の間には秘密裏に示談交渉があったともされ、深刻化した背景には親方同士の理事選をめぐる遺恨もあるという。さらにモンゴル勢内部の「溝」も浮き彫りになった(※日本相撲協会に事件公表が遅れた経緯、示談交渉の存在について問うたが、広報部は「調査中につき取材はお断わりする」とするのみだった)。 角界の“分断”を白日の下に晒した今回の事件が、簡単に収まるはずもない。2018年2月には2年に一度の理事選が控えている。 2010年に日馬富士が同郷の先輩として慕っていた横綱・朝青龍が暴行事件をきっかけに引退に追い込まれた。その際には、師匠の高砂親方(元大関・朝潮)が監督責任を問われ、役員待遇から2階級降格処分を受けた。今回も、伊勢ヶ濱親方(元横綱・旭富士)は理事からの降格処分は避けられないだろう。 2016年2月の理事選では、自身の一門が持つ票だけでは理事になれない伊勢ヶ濱親方が、貴乃花グループから票を回してもらって当選した経緯がある。もしも伊勢ヶ濱親方も高砂親方と同様に降格処分をくらったらどうなるか。「そうなれば、貴乃花グループと関係の切れた伊勢ヶ濱親方が理事に返り咲くのは難しい。伊勢ヶ濱一門からの後任理事は貴乃花親方に近い浅香山親方(元大関・魁皇)になるとみられる。“貴派”の理事を一枠、奪い返せるわけです。さらには、横綱の不祥事だけに協会の最高責任者である八角理事長(元横綱・北勝海)の責任問題につながってくる。ここ数年、貴乃花親方への支持はじわじわと広がっていたものの、来年の理事長選はまだ劣勢とみられていた。それが今回の暴行事件をきっかけに、一気に形成逆転の芽が出てきた」(ベテラン記者)貴クーデター、待ったなし 協会改革を掲げてきた貴乃花親方は、事前の候補者調整で各一門が理事ポストを分け合い、本場所、地方巡業を含め様々な興行の利益配分を行なう既存体制に強い疑念を投げかけてきた。大相撲十一月場所5日目、会場入りする貴乃花親方=2017年11月、福岡国際センター(仲道裕司撮影) 2010年の理事選では、所属していた二所ノ関一門を割って出馬。貴乃花一門を立ち上げ、「貴の乱」「クーデター」と騒がれた。 そして昨年の理事長選では、敗れたものの正面から協会トップの座に挑んだ。「今回の事件は、『貴クーデター・第3幕』の幕開けになりうる」(同前) もちろん、“開戦”となれば、主流派も黙ってはいないだろう。「貴乃花親方も現執行部派から批判に晒されるようになるでしょう。事件が起きたこと自体に責任はなくても、巡業中の事件であり、巡業部長として責任を問われ、理事から降格処分となるかもしれない。また、協会に報告せずに被害届を提出したことでも責められる。ただ、貴乃花親方は、自分のグループの票で理事の座には戻れるし、なにより、世論を味方につけられると踏んでいるのではないか」(同前) 土俵外の闘いはむしろこれから、待ったなしの本番を迎える。関連記事■ 日馬富士殴打事件 深刻化の裏に「理事選での親方同士の遺恨」■ 日馬富士と貴ノ岩 本来、宴席に居合わせるはずはなかった■ 日馬富士殴打事件 秘密裏に金銭による示談交渉あったとの証言■ 【横綱・日馬富士暴行】貴乃花親方、冬巡業帯同させず 現執行部への不信感が問題複雑に ■ 相撲協会、貴乃花親方外しで反撃開始 冬巡業帯同させず、NHK解説は交代…敵対的姿勢看過できず

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    日馬富士と貴ノ岩 本来、宴席に居合わせるはずはなかった

     モンゴル出身の横綱・日馬富士(伊勢ヶ濱部屋)が同郷の後輩力士・貴ノ岩(貴乃花部屋)を殴打する事件が、巡業先の鳥取で起きたのは10月25日の夜。事件は根深い問題を表面化させた。 この夜、鳥取のちゃんこ屋での1次会には日馬富士、貴ノ岩のほかに横綱の白鵬、鶴竜、関脇・照ノ富士らモンゴル出身力士が多数参加した。「ただ、同郷の集まりというよりは、地元の相撲強豪校・鳥取城北高校に関係する力士を中心に集まっていた。貴ノ岩らはモンゴルから鳥取城北に相撲留学したOB。白鵬は、同校相撲部の石浦外喜義・総監督の息子である十両・石浦を内弟子に取っていて関係が深い。大相撲九月場所(秋場所)14日目の日馬富士=2017年9月、両国国技館(蔵賢斗撮影) 貴乃花親方は弟子たちに対し、稽古場を除いては他の部屋の力士と仲良く交流することを禁じています。本来、貴ノ岩が部屋をまたいだモンゴル勢の集まりに顔を出すことはないわけですが、高校の相撲部OB会ということで、親方の許可が出たとみられています」(ベテラン記者) さらに、ある鳥取城北高校OBはこんな話をする。「本来、日馬富士と鶴竜は鳥取城北高校とは何も関係ないから来るはずがなかった。数年前に鳥取への巡業があった時の同じような夜の会合には自分も顔を出したが、日馬富士と鶴竜はいなかった。今回は、白鵬がたまたま声をかけたんじゃないか」 モンゴル勢の集まりには顔を出さないはずの貴ノ岩と、鳥取城北の集まりには来ないはずの日馬富士が居合わせ、結果として2次会の席で事件は起きた。 つまり、幕内に9人(横綱3、関脇1、平幕5)という一大勢力であるモンゴル人力士たちは、全く一枚岩ではないのだ。「一言にモンゴル勢といっても前頭筆頭の玉鷲をはじめ、貴ノ岩、荒鷲、逸ノ城らは同郷の先輩とは積極的に交流しないし、土俵上でも遠慮なく全力でぶつかっていく。今年の初場所では、白鵬から貴ノ岩と荒鷲が金星をあげています。 2011年に発覚した八百長事件でモンゴル勢でも引退勧告を受けた力士がいたことから、若手はことさらガチンコを徹底しようとする。だんだんと世代間の溝が深まっていた」(前出のベテラン記者) 今回の事件は、単なる突発的な事故では片付けられない、モンゴル勢内部の「溝」の存在を裏付けている。関連記事■ 日馬富士殴打事件 秘密裏に金銭による示談交渉あったとの証言■ 横綱昇進の日馬富士 素行の悪さで“ミニ朝青龍”と呼ばれる■ 日馬富士殴打事件 深刻化の裏に「理事選での親方同士の遺恨」■ 協会が身内に牙むいた!貴ノ岩“仮病疑惑”浮上 「頭蓋底骨折」はあくまで“疑い”■ 【横綱・日馬富士暴行】貴乃花親方、冬巡業帯同させず 現執行部への不信感が問題複雑に

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    「ヒトラーとは考えが違う」植松聖被告が獄中ノートに綴った本心

    ただきありがとうございます」。植松聖被告はそう言って、面会室で立ったまま深々と頭を下げた。あの凶悪な事件を起こした犯人と思えないような丁寧な対応をするというのは聞いていた通りだ。 2016年7月26日未明、津久井やまゆり園に侵入して、障害者19人を殺害、多数に重症を負わせた植松被告に接見したのは17年8月22日のことだった。グレーのTシャツを着てさっぱりした印象なのだが、報道されてきたイメージと印象が異なるのは、髪の色が違うからだろう。逮捕後の植松被告については、彼が送検時に車の中で不敵な笑いを浮かべた映像が何度も公開されたが、あの金髪が強い印象を与えているようだ。髪の色が黒くなった植松被告は、ごく普通の若者という感じで、街中に現れても周囲の人は彼だと気づかないだろう。植松聖被告(フェイスブックより) 「髪を染めていたのを黒に戻したの?」。そう尋ねると彼はこう答えた。 「いや、伸ばしたままにしているだけです。だから後ろの髪の先のほうはまだ前のままなんです」。そう言って首をひねると、後ろで束ねられた髪の先が確かに金髪だった。 津久井やまゆり園の事件については、改めて詳細を語るまでもないだろう。精神鑑定の結果、植松被告は「自己愛性パーソナリティ障害」という診断を受け、刑事責任能力ありと判定されて2月24日に起訴された。驚いたのはその直後から彼が立て続けに新聞社の取材に応じたことだ。24日は金曜だったが週明けの27日月曜から、東京新聞、朝日新聞、毎日新聞、神奈川新聞と各紙が接見した。 接見は1日1組と制限されているので、毎日各社が接見希望を出したのだが、3月3日に接見予定だった通信社の依頼を植松被告は拒否。その後、マスコミの接見には応じていない。唯一、朝日新聞記者が事件の犠牲者の家族を同行していったのに応じただけだ。今回、本人に確認すると、毎日1社ずつ会っていってもきりがないと思ったことと、弁護士に止められたこともあったという。引きずり出されたタブー その後、植松被告は接見は拒否したが、マスコミの手紙による依頼には応じて、多くの新聞・テレビに自分の考えを書き送ってきた。ただそこに書かれていた内容は、彼が事件を反省するどころか、改めて障害者を安楽死させよといった主張だったため、大手マスコミは内容を公開せず「身勝手な主張」などと紹介したのみだった。植松被告の主張は昨年2月に、衆院議長のもとへ彼が届けた手紙とも基本的には同じだった。それゆえ差別思想を増幅させてはならないとマスコミが内容を伏せたのは当然と言えた。 そうした中で、『創』は敢えて2017年9月号で手紙の全文を公開した。その後、手紙のやり取りは頻度を増し、接見も行った。植松被告からは獄中で書いたノートも送られてきた。それらを今回、掲載することにした。この事件では植松被告が精神疾患によってあの事件を起こしたのか、それともそれは排外主義的な「思想」と考えるべきなのか、つまり彼は病気なのかそうでないのかが最大の争点だ。それを判断するためには、彼の主張や行動を検証する必要がある。しかも、この事件は、障害者差別や、犯罪と精神医療の問題など、ある意味でタブーになってきた問題を引きずり出した。植松被告がどこまで自覚していたかは別として、まさに「パンドラの箱」を開けてしまったのだ。事件発生から1年を前に報道陣に公開された「津久井やまゆり園」=2017年7月、相模原市緑区(共同) そうだとしたら、それらの問題に、社会は相当な覚悟を持って立ち向かわねばならない。司法だけに任せるのでなく、精神科医を始めとするいろいろな人の叡智を結集すべきことだと思う。そのためには情報をできるだけ公開することが必要だ。新聞やテレビのように否応なく情報が家庭に飛び込んでくるメディアと違って、雑誌は目的意識的に購入するもので、その点ではこういう作業に向いているとも言える。これまでも本誌は、幼女連続殺害事件の宮﨑勤死刑囚(既に執行)など多くの凶悪事件の手記を掲載してきた。それをまとめた宮﨑死刑囚の著書『夢のなか』『夢のなか、いまも』は、この事件の記録としては最も重要なものと言える。 相模原事件は単に死傷者が多かったという単純な理由でなく、日本社会が曖昧にしてきた問題をさらけ出したという意味で非常に深刻だ。それゆえ本誌も積極的にこの事件の解明に取り組むことにした。一番恐ろしいのはあれだけ衝撃的な事件だったにもかかわらず、1年たって風化の兆しが見えることだ。事件やニュースがものすごい速さで消費されていく今日においては、深刻な事件であっても、多くの人がすぐに、もう昔の事件であるかのような感覚になっていく。いったい何が植松被告をあの凶行に駆り立てたのか。それは理解可能なものなのか。まずは植松聖という人物に接触することから解明の糸口を見つけたい。前号で彼の手紙を掲載し、今回、彼との接見記録を公開するのはそういう理由からだ。障害者差別とは違う 以下の記述はメモをもとにしたものだし、そもそも裁判傍聴のようにメモをとることに専念できるわけではないから、細部は正確でない部分もあると思う。ニュアンスが違っているといった指摘が植松被告からなされた場合は、次号で訂正していくことにしよう。正確さを期すために、被告の見解はできるだけ手紙などの文書で送ってもらうのが望ましいのだが、なかなかそうはいかないこともある。以下の内容は、植松被告との接見の直後、記憶をたどってメモをまとめたものである。 篠田 この間、君はヒトラーの思想と同じだとよく言われているけれど、君自身は手紙で、それは違うと言っている。だからヒトラーと君の考えのどこがどう違うのか確かめたい。君は昨年2月に津久井やまゆり園で職員らと話をした時に、「それじゃヒトラーと同じじゃないのか」と言われ、それを覚えていたので、措置入院の時に「ヒトラーの思想が降りてきた」と語ったという。それで間違いない? 植松 その通りです。もともとヒトラーがユダヤ人を殺害したのは知っていましたが、障害者をも殺害していたことは知らなかったんです。その時、職員から初めて聞きました。 篠田 措置入院の時に「ヒトラーの思想が降りてきた」と言ったのはどういう意味だったの? 植松 それほど深い意味を考えて言ったわけではありません。今ちょうど『アンネの日記』を読んでいるのですが、ヒトラーと自分の考えは違います。ユダヤ人虐殺は間違っていたと思っていますから。 篠田 じゃあナチスが障害者を殺害したことについてはどう思うの? 植松 それはよいと思います。ただ、よく自分のことを障害者差別と言われるのですが、差別とは違うと思うんですね。 篠田 君は津久井やまゆり園で起こした事件については、今も間違っていたと思っていないわけね。 植松 安楽死という形にならなかったことは反省しています。 篠田 つまり死を強制してしまったことね。でも殺されるほうは同意するわけないじゃない。今『アンネの日記』を読んでいると言ったけど、君の優生思想と言われる考え方については、いろいろ調べたりしているの? 前の手紙でも難しい本を挙げていたよね(本誌前号参照)。ええと何という本だっけ。 植松 『アサイラム』ですね。あれは記者の方に教えてもらったのです。 篠田 君自身はどんな本を読んでいるの。 植松 鑑定のために一時立川署にいたのですが、その時はいろいろな本を読みました。医療関係の本とかですね。 篠田 精神医療ということ? 植松 延命治療とか安楽死とかについてです。 篠田 ああ、そういうことか。君は精神鑑定で「自己愛性パーソナリティ障害」と診断されたけど、それについてはどう感じているの? 植松 指摘されたことについては、ああそういうこともあるのかと、自分の欠点を指摘されたと思いました。ただ、それを「障害」と言われると違うと思います。 篠田 鑑定は君の責任能力を見るために行われたわけだけれど、君は昨年2月に衆議院議長に届けた手紙で、心神喪失という診断で無罪にという話を書いていた。今回の鑑定では責任能力ありと診断されたわけだけれど、そこのところはどう考えているの? 植松 あの手紙のその部分については、そこまで深く考えて書いたわけではないのです。「不敵な笑い」はまずかったなあ 篠田 君は自分のことがどう報道されているかある程度は知っているのだと思うけれど、テレビは見ているの? 植松 テレビは見ていません。 篠田 じゃあ送検の時の「不敵な笑い」と言われた君の表情については動画では見てないの? 植松 それは新聞で見ました。まずかったなあと反省しました。 篠田 「不敵な笑い」と言われても自分ではそんなつもりはなかったと。 植松  はい。 篠田 取材陣が殺到する異常な光景を見て思わず笑ってしまい、「不敵な笑い」と言われるのは、こういうケースでよくあることだよね。テレビを見ている人には取材陣が大混乱している様子が映されないから、事情がわからない。君はマスコミとの接見は拒否しているけれど、友人や家族とのやり取りはできているわけでしょう。 植松 はい。 篠田 昨年、措置入院から退院した後、両親と一緒に暮らすと言っていながら、実際はまたそれまでと同じ家に戻って一人暮らしをはじめ、それが君へのフォローができていなかったひとつの理由と、厚労省の報告でも分析されていたけれど、あの時はどうしてそうしたの? 植松 別に深い理由があってそうしたわけではありません。 篠田 君は退院の後、友人などに、障害者を安楽死させるという話を語って驚かれていた。君のその考えが拒絶されたことについてはどう考えていたの? 同意する人はいなかったでしょう。 植松 いや、そうでもありません。確かに拒絶する人もいましたが、理解はしたうえで、でもそれは法律上許されないからという人もいました。自分としてはそう指摘されて、それなら法律を変えなくてはいけないと思いました。 篠田 でも君の考えに同意する人はいないと思うけどなあ。 植松 自分の考えをきちんと説明すればわかってくれる人もいると思っています。 篠田 いたとしてもごく少数だろう。 植松 いやきちんと説明すれば半分くらいの人はわかってくれると思っています。 篠田 半分はいないでしょ。 植松 逮捕されてからもいろいろな人にこの話をしていますが、皆聞いてくれています。 植松被告が、自分の主張をきちんと説明すればわかってくれるだろう人を「半分くらい」と言ったことに対しては私も驚き、「いやそんなにいないだろう」と少し応酬になった。半分はいくら何でも多いだろうが、それは私が「君の考えは周囲にはほとんど同意されなかったはずだ」と強調したので、もしかすると彼も反発して強気の発言をしたのかもしれない。津久井やまゆり園での事件から1年が経過し、献花台に献花する園関係者=2017年7月、神奈川県相模原市(桐山弘太撮影) 私はこれまで世間で凶悪犯罪と言われた事件の当事者に何人も接してきたが、植松被告の特異な点のひとつは、あれだけの事件を起こして社会から指弾されながら、いまだに自分の考えは正しいと思い込み、それだけでなくそれを世に問いたいと考えていることだ。彼が接見禁止が解けて以降、マスコミ取材に応じてきたのは、それが理由だったのだろう。この強固な思い込みをいったいどう考えたらよいのか。そうした思い込みを実行に移そうとまでしたのがこの事件だが、そうした彼のパーソナリティをどう考えるべきかも精神分析の対象だろう。手紙からわかった客観的な目 その話に入る前に、ここでこの間、植松被告とやり取りした手紙の内容を紹介しておこう。そうしたやり取りを経て、この接見に至っているわけで、実際、彼の手紙には興味深い記述も少なくないからだ。【8月2日付、植松被告の獄中からの手紙】 同封してもらいました「ドキュメント死刑囚」を拝読させていただきました。宮﨑勤に関して執行までに12年かかっているわけですが、1食300円として食費だけで12年間で432万円の血税が奪われております。意思疎通がとれない者を認めることが、彼らのような胸クソの悪い化け者を世に生み出す原因の一つだと考えております。 第二次大戦前のドイツはひどい貧困に苦しんでおり貧富の差がユダヤ人を抹消することにつながったと思いますが、心ある人間も殺す優生思想と私の主張はまるで違います。赤ん坊も老人も含め全ての日本人に一人800万円の借金があります。戦争で人間が殺し合う前に、まず第一に心失者を抹殺するべきです。とはいえ、1千兆円の借金も返済できる金額ではなく、戦争をすることでしか帳消しにできないのかもしれません。 ゴミ屋敷に暮らす者は周囲の迷惑を考えずにゴミを宝と主張します。客観的思考を破棄することで自身を正当化させております。新聞のコピーも同封して貰いまして誠にありがとうございました。人生の多くを費やした者を無駄とされ憤るお気持ちはとてもよく分かります。ですが、遺族や障害者協議会など関係者に対して「現実逃避障害」と診断させていただきます。(以下略) 冒頭の『ドキュメント死刑囚』云々は拙著を送ってあげたことへの返事だが、執行までに12年というのは植松被告の勘違いで、12年は私が宮﨑死刑囚と接した年月だ。実際には逮捕から執行までは20年近く費やしている。私が拙著を送ったのは、死刑囚の現実について彼に知っておいてもらったほうが今後のためだという思いからだった。でもそれに対して、死刑囚をも早く執行しないと税金の無駄だと主張したのには驚いた。植松被告は自分もこのままでは死刑囚になるかもしれないという思いがあまりないのか、それともそれをわかったうえで早期執行をと言っているのだろうか。死刑執行を延ばすのは税金の無駄使いだという主張はこれまでにもあったけれど、植松被告がそれを主張するのは意味が異なる。【8月9日付、植松被告からの手紙】 先日は『創』9月号を差し入れていただきまして誠にありがとうございました。多くの利権を壊す私の考えは世間に出ることは無いと半ば諦めておりましたので『創』を読んだ時は手が震えてしまいました。死と向き合い、魂を燃やされている篠田先生、並びに創出版の皆様に心の底から脱帽致しました。 この度は篠田先生に折り入って御願いを申し上げたいのですが『創』10月号をセブンイレブン様、及び各コンビニのレジ横に置いて頂くことはできませんでしょうか。 大変恐縮ではございますが、読書ばなれが進む日本で本を販売されることはとても困難と思われます。加えましては中国やアメリカ合衆国、世界に向けて翻訳された7項目の提案に賛否を集計できましたら、形だけの選挙よりも実りある答えがだせるのではないかと考えております。 例の無い提案に多大なお手数をおかけしているのですが、一度ご検討いただけますことを切に願っております。せん越ではありますが、改めまして龍のイラストを描かせていただいております。また篠田先生に鑑査して貰えましたらとても嬉しく想います。 なにとぞ宜しく御願い申し上げます。 この手紙で驚いたのは「私の考えは…」というくだりだ。自分の考えが世に受け入れられ難いことを認識していることを示していたからだ。自分についてやや客観的に見る目も彼は持っているようだ。それをどの程度持っているかは、彼が精神的障害なのかそうでないのか考えるうえでひとつの判断材料になるように思う。できれば時間を無駄にしたくない【8月15日付、植松被告からの手紙】 お手紙を書いていただきまして誠にありがとうございます。度重ねて手紙を出してしまい申し訳ございませんでした。 鯉は自分のイメージで描かせていただきました。今描いている龍は「闇金ウシジマくん」の滑皮さんを参考にしています。 差し入れて貰いました報告書を読みましたが、ここが違うという箇所はありませんでした。6、7、8月は新聞を読ませていただいております。 それにしても送検時の表情はゾッとする思いです。走る車に人波が突撃しても、笑顔をみせるべきではなかったと反省しております。 鯉と龍は、彼が描いているイラストだ。差し入れた報告書というのは、昨年秋に出された厚労省の検討チームの発表した「中間とりまとめ」のことだ。この報告書では、植松被告が昨年、措置入院後に退院して事件を起こすまでの経過が詳細に追跡されている。その過程で事件を未然に防ぐことはできなかったのかというのが検討課題だったわけだ。犯行を予告してから実行に至る何カ月かの彼の行動を検証し、未然に防ぐためには何が可能だったか考えることは重要なのだが、その前提として報告書の記載が正しいかどうか本人に確かめたのだ。 植松被告は自分の考えていることを自分なりに整理した獄中ノートをその後送ってきた。彼は「7項目の主張」なるものを様々なマスコミに送っていたのだが、それをさらにまとめて「新日本秩序」なる冊子にし、世に問おうと考えたのだった。冊子の末尾には、それぞれの項目についての賛否を問うアンケートがつけられていた。 植松被告はそれを冊子として出版し、書店やコンビニで販売することを考えたのだが、現時点で相模原殺傷事件の被告である彼の主張をまとめたものをそのまま出版流通に乗せるのは簡単なことではない。それよりも事件後の出頭した時点からでよいから、今日まで彼がどう行動し、何を体験したか手記を書いてほしいと頼んだ。接見でも改めてそう依頼すると、彼はいささか意外な言葉を口にした。 「できれば時間を無駄にしたくないんです」 「安楽死」を含む7項目の主張を世に問うことが急務で、それ以外のことは時間を無駄にすることになるというのだった。いったい彼は何を急いでいるのか。あるいは自分の裁判がいずれ始まり、このままだと死刑判決が出される可能性が高いことをどの程度認識し、それについてどう考えているのか。 植松被告の手紙を最初に見た時、まず驚いたのは、事件当時と変わらぬ主張を繰り返していたことだ。あれだけの事件を起こして報道され、世の中に自分に対する指弾の空気が横溢していることに全くひるむ様子が窺えなかった。例えば2001年、小学校に押し入って児童を次々と殺傷した付属池田小事件の宅間守死刑囚(既に執行)も、裁判中に被害者を冒涜するような言辞を吐いていたが、それは植松被告の場合と事情が違う。宅間死刑囚の場合は、最初から自分は死ぬつもりで、どうせなら世の中に一矢報いて死にたい。そのために「エリートの卵」が通う学校の子どもたちを標的にした。社会を憎悪し、それに復讐して死ぬことを決意して事件を起こした。それゆえ謝罪や反省は彼にとってありえないことだった。秋葉原無差別殺傷との違い 同じような無差別殺傷事件でも、2008年に起きた秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚の場合は、そこまで目的意識が明確でなかったためか、事件の被害者や遺族に対して法廷で一貫して謝罪を続けた。多数の被害者や家族が特別傍聴人として法廷に来ていたのだが、加藤死刑囚は入廷と出廷の時に必ず、その席へ向かって頭を下げた。1審の法廷では、それら被害者や遺族が次々と証言台に立って、犠牲になった家族の思い出を語り、法廷にいる被告人に怒りの声を直接ぶつけた。7人が死亡したこの事件で、それぞれの被害者ごとに公判が組まれ、それが繰り返されるという、ある意味で壮絶な法廷だった。そして2審になると、加藤死刑囚は法廷に姿を見せなくなった。既に死刑を覚悟していたから、それ以上出廷する意義はないと思ったのだろう。加藤智大死刑囚 植松被告の裁判では、今のところどうやら犠牲者の家族は法廷でも実名が出ることを拒否しているようだ。恐らく出廷もしない可能性がある。植松被告はその法廷で、いったい事件に対して、被害者やその家族に対してどういう姿勢を見せるのだろうか。 彼が接見禁止解除後報道陣と接見した時に、障害者の家族などを辛い目にあわせ事件に巻き込んだことを謝罪したのは知られている。実は8月22日の接見の時、『創』9月号にインタビューを掲載した津久井やまゆり園の家族会前会長、尾野剛志さんの話も出た。彼は職員だった当時、尾野さんの息子とは担当していたホームが別だったため、あまり接点はないようだった。その話をしていた時、植松被告は突然、「尾野さんに手紙を書こうかと思っているのですが、篠田さんから渡してもらえませんか」と言い出した。 尾野さんの息子も重傷を負った被害者だから、家族への謝罪をしたいという趣旨かと思い、「どういうことを書くの?」と尋ねたところ、彼は「尾野さんは障害者を持ち上げすぎていると思うんです」と言うのだった。え、ちょっと待って…と思い、「家族なんだから当然でしょ」と言った。植松被告とは少し応酬になったのだが、彼が被害者やその家族へどう向き合おうとしているのか真意を測りかねる面がある。実際に彼がその手紙を書いてくるかどうかわからないのだが、どういう表現で自分の気持ちを示そうとするのか、もし届いたら尾野さんには声をかけてみたいと思う。そんな手紙は読みたくもないと尾野さんが言えばその場で破棄することになるかもしれない。 ちなみに『創』に掲載した尾野さんの言葉、「黙ってしまうと植松に負けたことになる」には、障害者を育てる親としての強い意志が感じられて胸を打たれた。19人の犠牲者の匿名問題については、いろいろな変化が出てきている。尾野さんの言葉は、その匿名のあり方を被害者家族の立場から語ったたものだ。当事者がこういう主張を行う意義は大きいと思う。彼の主張に同意する人は一定数いる 事件直後に、植松被告の犯行は精神的障害によるものか、そうでないのかは関心の的となった。もし彼の犯行が精神的疾病によるもので、責任能力も問えないとなった場合は全てがそこで終結してしまうのだが、この間の植松被告の発言を見てもわかるように、どうもそうではないことが明らかになりつつある。本誌前号にも精神科医の松本俊彦さんと香山リカさんの見解を紹介したが、今回、改めて斎藤環さんにも聞いてみた。 篠田 植松被告の書いたものなどをご覧になって、まずどんな印象でしょうか。 斎藤 彼の主張を見ると、それが精神医学的な妄想、心性妄想の類いでないことははっきりしたと思います。彼の主張は極端であり社会的にも容認され難い内容ですが、それでも彼の主張に同意する人は一定数いるでしょう。 篠田 平たく言うと精神的な病気によるものではない、ということですか。 斎藤 人格障害とか発達障害とかの概念を含めて考えた場合に、あれは妄想ではないとは言えるのですが、それが病気ではないと断定するのはいささか材料不足だと思います。 篠田 彼の場合はただ思い込んだだけでなく、実際の犯行に踏み出してしまったわけですが、それについてはどう考えればよいのでしょうか。 斎藤 『創』の以前のインタビューでも話しましたが(昨年10月号)、やはり私は、措置入院の問題が大きかったと思っています。彼が障害者を軽蔑していたとすると、それと同じ存在として自分が遇されたわけで、それは彼にとって屈辱だったと思われるのです。私はそれが事件の引き金になってしまったような気がしてならないのです。 斎藤さんは、相模原事件に対する対処として出てきた精神保健福祉法改正などについても見解を語ってくれたのだが、そうした問題については改めて論じることにしよう。 こうして植松被告の事件を追っていて気になるのは、彼の発想や考え方が、いま世界的に拡大している排外主義とどう関わっているのかということだ。アメリカでは誰もがまさかと思っていたトランプ大統領が誕生したし、欧州ではネオナチの流れを汲んだと言われる極右政党が勢力を広げている。社会が閉塞すると排外主義が拡大すると言われるが、日本におけるヘイトスピーチの台頭もそのひとつだろう。さらに言えば、安倍政権の根強い支持層のひとつがネトウヨと言われる勢力であることも挙げられる。 そうした流れと植松被告の思想は通底しているのだろうか。彼の獄中ノートを見ると、いろいろな言葉を断片的に書き留めた中に、こういう一節があった。 「やまゆり園で勤務している時に、テレビでISISの活動とトランプ大統領の演説が放送されていました。世界は戦争により悲サンな人達が山程いる、トランプ大統領は真実を話している、と感じました」 障害者19人を殺害するという植松被告の犯した事件を我々はどう考えればよいのか。今後も解明を続けようと思う。

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    新聞、テレビが絶対に報じない「障害者殺人」植松被告の罪意識

    篠田博之(月刊『創』編集長) 相模原障害者殺傷事件の植松聖被告との手紙のやりとりや接見の内容を掲載してきたが、今回は、彼自身が書いた手記も掲載した。彼はいまだにあの凄惨な事件を起こした自分の主張を誤っていたと認めておらず、むしろそれを多くの人に訴えたいと考えている。手記でも、その彼の考えが随所に語られており、新聞・テレビなどの大手マスコミでは到底掲載不可能な内容だ。しかし、あの忌まわしい事件を解明するためには、彼がどんな動機で事件を起こしたかを知らねばならない。 そのために彼自身の言葉をなるべく原文のまま『創』で取り上げていこうと思う。植松被告の言葉は、多くの人にとって差別的で許せないものだろう。しかし、そうであっても彼の主張を記録し公開することに意味があると思う。現状においては他のマスコミが植松被告と接触できておらず、彼の言葉を伝え得るのが『創』だけという事情もある。そのことも敢えて掲載していこうと思う理由である。 さて今回は、この間、植松被告と交わしてきた「死」または「死刑」についての議論を紹介しよう。これまで書いたように、彼は「意思疎通のとれない人間」を「心失者」と呼び、心失者は生きていても仕方ないと主張する。それが昨年、障害者を殺傷した動機でもあるのだが、同時に死刑を宣告された死刑囚についても、税金の無駄なので早期に執行すべきと主張する。このままであれば彼自身も死刑を宣告される可能性があるのだが、自分の死については、彼はいったいどう考えているのか。 また植松被告は、障害者を殺傷したことは正しかったと言いながら、被害者の家族を悲しい目にあわせたことは本意ではなかったと謝罪している。ナチスの大量虐殺についても、障害者を虐殺したことは正しかったが、ユダヤ人虐殺は誤っていたという。しかし、そういう線引きは果たして可能なのか。大切だと認める命と価値がないという命をどう区別するのか。そんな疑問をこの間、植松被告にぶつけてきた。(iStock) まず最初に9月5日に植松被告に接見した時のやりとりの一部を紹介しよう。 篠田 君は昨年、津久井やまゆり園に侵入した時、抵抗した職員に向かって、自分も命を賭けているんだと言ったそうだけど、この事件で死刑になる可能性があることは理解しているわけね。 植松 はい。 篠田 死刑になるかもしれないと覚悟してやったわけだ。 植松 はい。 篠田 君は2月に接見禁止が解除された直後にマスコミの取材を受けて、事件の被害者家族に謝罪をしたけれど、家族には申し訳ないと思っているわけね。 植松 そうです。 篠田 でも障害者への気持ちは今も変わらない。そこがわかりにくいのだけれど、どの命も大切だという考えはないの? 植松 いや、そこは全然違うと思います。「罪を償う」とは「人の役に立つ」 彼との議論はいつも平行線だ。でも次に届いた手紙を読むと、「とても考えさせられました」と書いている。そうであればこそ、植松被告とは今後も議論していかなくてはならないと思う。(iStock) 私が接見したその日に、彼はすぐに手紙を書いたようだ。9月5日付の手紙でこう書いてきた。【9月5日付、植松聖被告の手紙】 本日も遠くまで面会に足を運んで頂きまして、誠にありがとうございました。 この度の面会で、篠田先生の言われました最後の質問は、とても考えさせられました。そして、上手く言葉にしてお伝えするには難しい内容ですが「人間が幸せに生きる為に、心の無い者は必要ない」と、考えております。 大変恐縮ですが、篠田先生は死刑囚の肩をもつ文章が見受けられますが、それは、長年つきあう中で産まれた哀れみや同情と思います。 それこそ人間のもつべき心情ではありますが、心失者を擁護しては誰も幸せになりません。「罪を償う」とは「人の役に立つ」と、考えることはできないでしょうか。 しかし、人の役に立つことは容易ではございません。 生きる為には常に与えられる必要がありますので、その対価を支払えないと判断され、死刑になるのは仕方が無い選択ではないでしょうか。 なにとぞ、宜しく御願い申し上げます。 その前の8月26日付の手紙で彼はこう書いていた。【8月26日付、植松聖被告の手紙】 私の推測では、これから日本は戦争の中心となり、その戦火で私は死ぬと考えています。残念ではありますが、命を賭けた結果ですので、死を受け入れてはいます。 篠田先生は「死」について、どのようにお考えでしょうか。私は十中八・九「無」だと思っています。 終わりが無なら、がんばっても意味が無いと考えることもできますが、それでは“人間”として生まれた幸運を無駄にしてしまいますし、分からないことを考えても仕方がありませんので、自分ができることを精一杯がんばります。 「現実を見ろ」と人は言う。しかしそれは、絶対にたやすいことではない。特に組織の“自転”の中では、それは不可能に近いことであろう。 人に本当の現実が見えるのは、一瞬「我に帰った」ときだけかもしれない。「我に帰る」。すると急にすべてが、どうみてもおかしい。 ――一下級将校の見た帝国陸軍より 『創』に接見時の植松被告とのやりとりを紹介し、ニュアンスが違うという指摘が植松被告からあったら次号で訂正する、と書いた。それに関する9月21日付の彼からの手紙を紹介しておこう。大麻を吸うと「生きている喜び」を実感します【9月21日付、植松聖被告の手紙】 この度も『創』10月号を差し入れて貰いまして誠にありがとうございます。 篠田先生がほとんど頭のメモだけで鮮明に記した対談を拝読させて頂きました。優れた脳ミソは、創りがどう違うのか、とても気になります。 そこで、訂正ではないのですが、私は謙遜して「半分の同意」と答えています。「意思疎通がとれない者を安楽死させる」考えを本心で否定するのは「バカ」と「ブサイク」です。 バカは自分で考えることができずに、常識を丸呑みし、ブサイクは風当たりが厳しい為に、周囲の意見に同調します。更に言うと「自分より下の存在」が欲しいだけかもしれません。 希望の無い者は人の足を引っぱることしかできませんし、山程ある問題を何も解決せずに否定をすることが博識と勘違いしています。「私は考えています」それを主張する為に「障がい者」「障碍者」と述べる識者を、本当はバカなんだろう。と、疑っています。 もし、手足がなければ面倒で不便な障害ですが、それを克服して強くなる姿に感動を覚えるはずです。 人を想う心があれば、障害者も健常者も関係ありません。人生は、大麻を吸って楽しくお喋りすれば、それで充分です。  日本人は「大麻」に対する無知の知を認め、学ぶ必要があります。 大麻が「薬」になる理由は、楽しい心が身体を「超回復」させる為です。 大麻は生産性が落ちると指摘されますが、それは完全な誤解であり、その原因は“気温”です。 大麻を認めない本当の理由は「タバコ・精神薬」を売り捌く為です。 大麻を吸うと「生きている喜び」を改めて実感します。生きることが当たり前の社会では、命に対して無自覚になります。 皆様は、首輪でしばられた番犬の気持ちを考えたことがあるでしょうか。 津久井警察署の前の家では番犬を飼っていましたが、その鳴き声は「人間死ね‼」と、憎しみに満ちていました。 私は、大麻を吸って障害者支援の夜勤をしたことがあります。それは、より心を開き会話を試みる為ですが、それでも、心失者とは会話ができませんでした。 話を戻しますと、年金・生活保護受給者などの自立できないヒマ人ばかりが声を挙げる日本で、私の考えに賛同できるはずがありませんし、空気を読めばそれが異質な思想であると分かります。 ですが、その集団から離れて個人に問いかけた時に、心失者を擁護するわけがございません。彼らを安楽死させることは仕方が無いことです。 このような文章では反感を買うだけかもしれませんが、私に人心掌握する技術はございませんので、自分の信じる正論を述べることしかできません。投げかけられる本質的な疑問 『創』10月号で紹介した面会室でのやりとりについては、概ね間違っていないというわけだ。それから9月号で雨宮処凛さんが引用した朝日新聞取材班『妄信 相模原障害者殺傷事件』の記述について、こう指摘してきた。 職員を叱責したのは本当ですが、勤務先の周りでビラを配ることはしておりません。 余談になりますが、叱責した女性職員は、真夜中にも拘らず、利用者様に布団を運ばせる仕事を手伝わせていました。 それが、本人のできる仕事を与える前向きな考えであれば、良い支援かもしれません。 朝日新聞取材班の『妄信』は、この事件の取材に総勢50人を動員したというだけあって、事実経過が詳しく書かれており、私も参考にしている。大新聞社だからこそ書ける労作だが、それゆえにこそ本人が誤りだと言う箇所は指摘しておきたいと思う。原文はこうだ。 2月ごろには「障害者が生きているのは無駄だ」などと書いたビラを、勤務先の周りで配り、園の聞き取りにも自説を曲げなかった。(『妄信』より) それに関連して書いておくと、植松被告についてのネットにあふれた情報には裏の取れていない怪しげな情報が少なくない。凄惨な事件だけにおどろおどろしい話が流布されがちなのだ。こうして本誌が植松被告自身の言葉を報じるのも、少しでも正しい情報が伝えられることを期待してのものだ。 ちなみに、植松被告は、昨年の事件を最初は10月頃敢行する予定だったが、ヤクザに狙われるかもしれないので計画を前倒ししたと供述したとされている。これも背後に黒幕組織があったのではないかなどと憶測を呼ぶ一因になっているのだが、接見の時に聞いてみると、「そういうこともあり得ると思っただけで、深い意味はありません」とのことだった。 さて、この間、本誌が植松被告の発言を詳しく掲載しているとあって、いろいろな方から手紙やメールをいただいている。その中には精神科医や障害者施設関係者も少なくない。例えば、私がヤフーニュースに書いた記事を見て、こんなコメントが寄せられた。 いわゆる障害者と一緒にいる職場でずっと働いてきたものとして、いちばん知りたいのは彼が何年間かいっしょに時間を過ごしてきた事件の被害者たちを死んだ方がいいと思うようになった経緯です。彼が働き始めた頃に書いた文章を読んだのですが、若者らしい希望のある文章でした。・その彼がなぜ、長い時間をいっしょにすごした人たちを殺そうと思うに至ったのか?・そう思い至るような「やまゆり園」の処遇があったのか?・そして、地域で生き生きと暮らす重度の知的障害者の姿を見たことがなかったのか?・長い時間、いっしょにすごしたのに言語以外のコミュニケーションを使って、彼や彼らの思いを感じることができなかったのか? などです。 ぜひ、篠田さんには彼との信頼関係をもとに、そこまで聞き出して欲しいです。 これは結構本質的な疑問で、既に私も植松被告とは議論している。おいおい明らかにしていこうと思う。

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    相模原事件、植松聖被告「獄中ノート」

    神奈川県座間市のアパートで9人の遺体が見つかった事件は、海外メディアの注目も集めた。昨年7月に相模原市の障害者施設で起きた入所者殺傷事件を引き合いに出すメディアもあったが、猟奇殺人はなぜ後を絶たないのか。相模原事件で起訴された植松聖被告の「獄中ノート」からシリアルキラーの闇に迫る。

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    植松被告の「障害者無用論」は思想か妄想か

    篠田博之(月刊『創』編集長) 日本中を震撼させた津久井やまゆり園での障害者殺傷事件から1年余を迎えた。『創』は2016年10月号で総特集を組んだのを皮切りに、11月号、2017年2月号、5・6月号と継続してこの事件を取り上げてきた。雑誌メディアでは最も多く誌面を割いてきたのではないだろうか。そして今回、事件から1年を迎えて、その事件を引き起こした植松聖被告の獄中からの手紙を公開することにした。彼はこの間、多くのマスコミの依頼に応じて自分の気持ちを手紙に書いているのだが、趣旨は概ね同じだ。2016年2月に衆院議長あての文書に書いたのと同じ、障害者殺傷を目論んだ自分の信念を表明したものだ。事件から1年経っても、それは変わっていないのだ。 発生1年を機に多くの新聞が相模原事件を特集し、植松被告の手紙を紹介しているが、ほとんどがその要旨を紹介しただけで全文掲載はしていない。その内容が改めて被害者や遺族を傷つけることへの配慮からだろう。その姿勢はひとつの見識だと思う。ただ『創』は独自の判断で、植松被告の手紙をなるべく詳細に掲載していこうと思う。なぜそうするのか、その説明の前にまず、この半年間ほど植松被告がどんな行動をとってきたか振り返っておこう。津久井やまゆり園前に設置された献花台=2017年12月、相模原市緑区 2016年9月21日から17年2月20日まで、植松被告は精神鑑定を受けていた。その結果、責任能力を問えると判断して横浜地検は2月24日、彼を起訴したのだった。その直後、世間を驚かせたのは、植松被告が続けざまに新聞記者の接見に応じたことだ。起訴と同時に接見禁止が解かれたようなのだが、24日金曜日の後、週明けの27日月曜から連日、彼は取材に応じていった。27日は東京新聞、28日は朝日新聞、そして3月1日に毎日新聞、2日に神奈川新聞という具合だ。接見が行われたのは津久井警察署だが、接見は1日1組と決められている。朝一番で各社が接見申し込みを行い、そのうち1社だけが認められる。彼が接見に応じていることはすぐに各社に知れ渡り、申し込みが連日殺到することになった。 混乱を避けるために記者クラブで調整がなされたようで、3日以降も共同通信、その後はテレビ局などと接見の予定順番が決まっていた。しかし、植松被告は4日間応じた後、5日目から記者との接見を拒否するようになった。接見時間は15分以内とされていたが、実際には植松被告があらかじめ言いたいと考えていたことを話して10分弱で終わってしまうことが多かったようだ。裁判で争うべき事件の内容に触れることは原則禁止という条件だったから、あまり踏み込んだ取材はできていない。ただその接見で植松被告が謝罪したことだけは報道によって明らかにされた。彼が「謝罪した」その中身 例えば3月1日付東京新聞では、植松被告が「私の考えと判断で殺傷し、遺族の皆さまを悲しみと怒りで傷つけてしまったことを心から深くおわびします」と語ったことが報じられている。世間には彼が「謝罪した」という印象が広まったと思うが、問題はその中身だ。今回の手紙によって改めて明らかになったのは、植松被告は事件については謝罪反省をしておらず、犯行に踏み切った彼の思いは変わっていないことだ。つまり2月末に彼が謝罪した対象は障害者の家族など健常者で、それらの人たちを事件に巻き込んだことを謝罪したのだった。犠牲になった障害者に対する見方は、犯行当時と変わっていないのだった。マスコミ報道はある程度目を通しているらしいのだが、それでも日本中が衝撃と悲しみに包まれたこの1年を経ても、彼の思いは変わっていない。ある意味では驚くべきことかもしれない。相模原殺傷事件から1年となり、事件があった津久井やまゆり園に設けられた献花台に花を供える入倉かおる園長(右から2人目)ら=2017年7月、相模原市緑区 彼は2016年の事件の時も、侵入した津久井やまゆり園で、職員らには危害を加えるつもりはないことを告げており(実際には抵抗した職員などに暴力を行使しているのだが)、自分が何を標的にしているかについては明白な意思を持っていた。記者との接見においても、遺族に対しては謝罪し、その後彼は朝日新聞記者の仲介で遺族の接見を受け入れ、直接謝罪もしている。 さて、この事件の裁判で植松被告の責任能力が大きな争点となることは間違いない。刑法39条では被告が犯行時、心神耗弱ないし心神喪失であったと判断された場合は、それぞれ罪を減じたり無罪にすることが決められており、弁護団も恐らくそれを主張すると思われる。それゆえ植松被告の精神鑑定の中身は重要なのだが、起訴前の鑑定では、彼に「自己愛性パーソナリティ障害」という診断がくだされている。「パーソナリティ障害」は人格障害とも言われ、要するに精神障害ではない、責任能力はあったという診断だ。 例えば私が12年間関わった宮﨑勤死刑囚の場合は、精神鑑定の診断が精神科医によって幾つにも分かれるという異例の事態となった。それだけ精神鑑定とは難しいものなのだが、社会で大きな問題になった事件の場合は、最終的に裁判所が採用するのは「責任能力あり」と認定したものであることがほとんどだ。裁判所としては社会秩序の維持といったことを念頭に置いて裁きを行うから、どうしてもそうなるわけだ。 『創』2016年10月号の特集で精神科医の香山リカさんと松本俊彦さんが対談し、その中でも語られているが、今回の事件での植松被告の考え方を「思想」と見るべきか「妄想」と見るべきか、つまり彼は精神障害なのかどうかというのは事件についての一番のポイントだ。彼の主張は「思想」か「妄想」か 対談の中で松本さんはこう語っていた。 「最初は僕は病気じゃないと思っていたし、そもそもなぜ医療の中に入っていたんだろうと思ったりもしたんです」 「でもその後、冷静になって、改めて彼が書いた手紙を読んでみたんです。最初に読んだ時には、こんなに詳細に計画していたのかと。犯行は周到に計画されて、準備万端だし、しかも犯行後出頭したということは、違法であるという認識もあったと考えられます。これで精神鑑定がなされたら、完全責任能力ありで犯罪になる。そう思ったんですが、2回目に改めて読んで思ったのは、よく考えてみると荒唐無稽じゃないですか。革命を起こすとか5億円くれとか。 思想と妄想ってどこが違うかって、ずっと僕も考えたんですよ。思想というからには、少なくともそれを読んで、ある程度は、『よし、俺もその革命の同志になろう』という、人を募れる言説じゃなきゃいけない。でも、あれではたぶん誰もついてこないですよね」 植松被告についてどう見るべきなのか、彼の主張は「思想」なのか「妄想」なのか。松本さんと香山さんは、その後、本誌の2017年2月号でも対談を行っており、今回改めて、本誌に届いた植松被告の手紙を見てコメントもしていただいた。 また松本さんは2016年10月号の対談でこうも語っていた。 「病気であったとしても、妄想だとか言動も社会のいろいろなものを吸い取りながらなされるから、社会的問題だということは否定しないし、その通りだと思います」 病気であったとしても、妄想も社会のいろいろなものを吸い取りながらなされる。これは示唆に富む指摘で、仮に植松被告が何らかの精神障害に冒されていたとしても、彼の「障害者無用論」の背景にあるものを考えることは必要だ。何人かの識者も指摘しているように、植松被告の事件は、弱者を排除しようとする排外主義的な機運が世界中に広がっていることと無縁ではないような気がする。 そして今回、植松被告がマスコミに送った手紙の中には、トランプ大統領とイスラム国に言及したものもあった。例えば朝日新聞に送った手紙には、トランプ大統領の当選前の演説をニュースで見たのがひとつのきっかけだったと書いていたという。彼の犯行とトランプ演説やイスラム国との因果関係がどの程度あるのかはわからないが、気になるところだ。パンドラの箱を開けた相模原事件 そしてそのことに伴う次の大きな問題点は、植松被告の障害者観がいったいどういう体験を通じて彼の中に生まれたかということだ。この事件の衝撃はとりわけ、障害者施設の職員だった人物があのような観念に支配されるようになったという事実だ。ここは裁判でも恐らく大きな論点になるに違いない。植松被告が具体的に津久井やまゆり園の職員の仕事をしながら、障害者観が具体的にどう変わっていったのか、自分のその想念が優生思想とどう違うと認識しているのか。そのあたりの核心的な事柄については、彼のさらなる説明を聞いてみなければならない。(iStock) 相模原事件が衝撃的なのは、単に死者が多かったからといったことではなく、戦後、日本社会が敢えて直視してこなかったいろいろな問題を、パンドラの箱を開けるように引きずり出したことだろう。例えば措置入院のあり方についてだ。精神障害の恐れのある者の犯罪については、警察もなかなか対応できずに精神科医に匙をなげるといった対応で、かつ精神障害者の事件であることがわかった時点でマスコミ報道も途絶えてしまうため、実際にどういう対応がなされてその後、当事者はどうなったのかについてはほとんど闇の中だった。 植松被告についても、措置入院のあり方や退院手続きが適正だったかなど、当初問題になりかけたのは記憶に新しい。その後、厚労省の検証チームでもそのことの検討はなされ、精神科医の判断に問題はなかったという見解が出されている。しかし、退院後の植松被告へのフォローがきちんとなされていなかったことなど、対応のシステムに大きな問題があったことも指摘されている。これについては、措置入院患者の退院後の支援強化を図るための精神保健福祉法改正が次の臨時国会に提出される予定だ。 平成の時代になって、精神鑑定が鍵になるような難しい事件が目につくようになった。その走りは平成元年の宮﨑勤死刑囚の連続幼女殺害事件だったと思うのだが、精神科医の見解が分かれたというのは象徴的なことだ。裁判所は宮﨑勤に死刑を宣告したことで「裁き」は行ったのだが、ではあの事件が解明されたかといえばそうは言い難い。私は彼が処刑されるまで12年間、密につきあったのだが、わからないことの方が多かったと言うべきかもしれない。 現在の司法システムではなかなか事件の解明に至らない事例が目につくのは、恐らく今の社会で犯罪が複雑化したことの反映だろう。相模原事件はこのままなら裁判員裁判で裁かれる予定だが、こういう難しい事件をきちんと解明することができるのか、司法や社会の側の力量が問われることになると思う。私は、こういう難しい事件は、社会全体の叡智を結集しないと解明は困難ではないかと思っている。だから事件に関する情報はできるだけ社会にオープンにして、司法関係者だけでなく、精神医学や様々な専門家の知見を生かしていく必要があると思う。匿名であり続ける日本社会の「現実」 この事件はそのほかにも様々な問題を社会に投げ掛けた。犠牲になった19人がいまだに匿名であるということも、その背後に差別の問題があることを考えれば深刻な事柄だ。さる7月14日、参議院議員会館で日本障害者協議会(JD)主催の集会が開催され、被害者家族の尾野剛志さんがスピーチした。その話はまさに犠牲者が匿名である問題に触れたものだった。警察が今回は特例だと言って匿名発表にしたのだが、これも障害者に対する差別ではないのか。尾野さんがそう言った時、会場から拍手が湧きあがった。匿名問題は報道機関にとってだけでなく、障害当事者にとっても大きな関心事なのだ。(iStock) 今回の事件後1年の報道では、19人の犠牲者遺族のうち匿名ではあるが取材に応じる人が増えた。35歳で亡くなった女性の写真は新聞・テレビで公開された。名前は出せないが、娘の笑顔の写真をぜひ多くの人に見てほしいという親の意思なのだろう。 NHKが行っているキャンペーン「19のいのち」のウェブサイトには、遺族の言葉が掲載されているが、その35歳の女性の遺族はこう語っている。 「いま思うことは、『ごめんね』というおわびの気持ちだけです。犯人への憎しみよりも、施設に預けた方が悪いという気持ちが強いのです。容疑者の『障害者は不幸を作る』という言葉には憤りを感じ、違うという気持ちは当然あります。でも社会の中にはそう考える人はいるし、それ以上に優しい人もいます。社会を変えなくてはと思うより、社会はそうしたものだと受け止めています。最近は家族の間で彼女のことを話題にしないようにしています。つらくなるからかもしれません。静かに過ごしたいため、このまま名前を公表せずにいることを望んでいます」 このほかにも「いつか名前を出して伝えたほうがいいという気持ちもあります。ですが、名前を出せば何か差別を受けるのではないか、誰かが家に押しかけてくるのではないかと、社会の反応が怖く、今はまだそういう心境にはなれないのが現状です」と語る遺族もいる。 日本社会の現実を思えば、この遺族の不安も理解できる。匿名問題は、障害者差別の深刻な実態を浮き彫りにしたといえる。匿名か顕名かを原則論のレベルで議論することもあってよいが、それにとどまらず遺族や当事者に対して粘り強く働きかけ、壁を超えていく努力を、もっとマスコミはすべきなのだろう。そして、それを一歩一歩超えていくプロセスを社会に明らかにすることが大切だ。これはまさにジャーナリズムに問われた課題だといえよう。課題はあまりにも多いのに、この1年間、果たして議論や事件の解明がどれだけ進んだのかと考えると、絶望的にならざるをえない。事件1年を機にこの間、再び報道はなされているが、一方で事件の風化も指摘されている。この事件にどう立ち向かうべきか、どこまで解明できるのか。日本社会がそのことを問われているように思う。

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    「障害者の命に価値はないのか」今も私たちを苦しめる負のループ

    女の特徴だ。映画はいろいろなところで自主上映されている。機会があればぜひ観ていただきたい。――相模原事件について、発生当時感じたこと、それから何カ月か経って、周りの人の変化とか、話していただければと思います。海老原 最初は、事件の残虐さに対してショックを受けました。19人の方が抵抗もできない中で殺されていった場面を想像すると、本当にショックです。 でも一方で、事件が起きたことに対しては驚かなかったというのが正直なところなんです。私は、重度障害者として生きてきた中で、ずっと差別をされてきました。差別というとすごく強い言葉ですが、排除ですね。障害を持っていると常に社会から排除されながら生きていくことになるんです。「津久井やまゆり園」正門前には献花台が設けられたくさんの人が花を手向けに訪れていた=2016年7月29日午後、相模原市(三尾郁恵撮影) 生まれてすぐ、普通は赤ちゃんが生まれたら周りの人たちから良かったね、おめでとうと言われます。だけど、障害を持った子が生まれてきたとなると、周りから絶対におめでとうって言われないんです。自分のところに子供が生まれて、その子に重度障害があると言われたら、多分周りの人は絶句しますよね。なんて声をかけたらよいかわからない。可哀想ねというのも申し訳ないけど、大変ねって。雰囲気悪くなりますよね。 生まれた瞬間から障害者って歓迎されていないんですよ。そういう中で生きていく過程で、保育園や幼稚園にも、事故を起こすと困るから入れてもらえない。小学校中学校とかになると特別支援学校の方が人手もあるし、その子のペースにあった勉強ができるからよいんじゃないですかと言われ、地域の学校に入れてもらえない。卒業して、地域で暮らそうと思っても今度は、火事でもあったらどうするんですかと、アパートを貸してもらえない。一人暮らしを始めようとしても、24時間ケアが必要なら施設に行ったらどうですかと言われて、地域から隔離されて排除されていく。常に排除されて生きているんですね。事件が起きて一番変わったこと そういう境遇の中でずっと、「でも私は地域にいたいんです」ということで生きてきました。でもやはり障害者が身近にいると面倒くさいし、コミュニケーションも取れないし、どうしたらよいかわからない。いないほうがよいと思っている人が実はたくさんいるんですね。 あの事件を受けて、可哀想だね、価値のない命なんてないのに、なんであんなことをするんだろうねって、みんな口々に言うけれども、じゃあ「なんで重度障害者の命に価値があると思うんですか」と逆に聞くと、ちゃんと答えられる人はいないんですよ。津久井やまゆり園前に設置された献花台=2016年12月8日、相模原市(古厩正樹撮影) なぜその命が大事なのか。命が大事だということは、学校の道徳とかで習うけれども、なぜ大事なのかは習わないんですね。そんなものは一緒に生きていく中で感じとることだけれども、共に生きる環境がないから感じ取れないし、誰も教えてくれない。その中で起きた事件なので、背景には複雑な環境があるのだろうけど、起こるべくして起きた事件なのかなと私は思っています。 あの事件が起きたあと何が変わったかというと、一番思ったのは何も変わっていないということかなと思います。変わったことと言えば、重度障害者という人達が集まる施設があって、そこに障害者がたくさんいるんだということが世の中にちょっと広く知れたということですね。 でも障害者の命の価値を考える機会にはなっていないし、植松容疑者が本当に狂った人で、あんな危ない人を野放しにしておけないから、精神科病院や刑務所に早く入れてほしいと思う人が多いんでしょうね。危ない人、よくわからない怖い人をどこかに隔離しておいてほしいというのは、重度障害者の人は接し方もわからないし、ケアも大変なので施設に入れておいてほしい、という考え方と全く一緒なんです。 そういう負のループというか、人手もお金もかかる重度障害者という人がいて、その人達の間で起きた事件というように、ちょっとどこか他人事な受け止め方が多いのではないでしょうか。国民一人ひとりが自分にとってどういう影響があるかと、自分に結びつけて考えていけていないんじゃないかなと思います。 だから、私の周りにいる人でも、あの事件についてどう思うかとか、議論が盛り上がることがあまりないんですよ。私の生活は変わらない、皆さんの生活も変わらない。ごく一部の特殊な場所で起きた特殊な事件なんだと片付けられてしまっているという、そういう怖さが私の中にはずっとあります。匿名報道は当事者からみてもおかしい――周りの人の接し方で、事件の後、何か思うところはないですか?海老原 障害者にも色々いるんですね。私はあまり自分のことを障害者だとは思っていなくて、ただの人、ただの海老原宏美だとしか思っていない。だから障害者として扱われるとすごく違和感があるし、もっと普通に話してくれればいいじゃんという感覚があります。 私は聞かれて嫌なことは何もないんです。なんで身体ぐにゃぐにゃなのとか、なんでそんなにガリガリなのとか、全然聞かれて嫌じゃないし普通に答えられるんですよ。ただ、障害者の中には、特に年配の世代はそうですけど、障害を持っていることがすごく特別で、それをちゃんと意識してくれないと嫌だし、配慮してくれないと嫌だと言う人もいます。 障害者自身が自分を特別扱いしてほしい、だって自分は障害を持っていて、すごく大変なんだから、ちゃんと考えてよ、みたいに思っている人もいる。そういう人は一般人と同じように扱われると逆に怒るんです。「私、大変なのわかるでしょう」って言われたりする。 本当に障害者って面倒くさくて、そういうところは統一できないかなと思います。事件の時に、例えば匿名性のことが大きく取り上げられたじゃないですか。被害者の名前が出ない、顔が出ないのはどうなのかという意見があった。私もあれはおかしいというか、同じ障害を持つ人間としてすごく寂しかったんですね。事件のあった「津久井やまゆり園」に花束を持って訪れた人=2016年7月26日、相模原市 家族によっては、公表するとすごい取材が押し寄せて、落ち着いて悲しむ時間もなくなってしまうと考えた人もいると思います。そういう大変さはわかるのだけれど、あまりに被害者の背景やその人がどういう人なのかがわからなくて、障害者が殺されたということで一括りにされてしまう。誰が亡くなったということではなく、重度障害者が殺されたということで一括りにされてしまい、それで終わってしまう。そのことに悲しさを感じました。この事件を個人のものとして、被害にあわれた方や関係者、施設で働いている人たち、そういう個人に対する事件として片付けようとしているのか、それとも社会の問題として取り上げるのかということで、その差が出てくるのではないかと思うんです。 私たちは自立生活センターというところで活動をしていて、障害を持っていても、障害を持っていない人と同じように地域で当たり前に人として生きていける、そういう社会を作るための運動をしているんですね。こういう社会運動を障害当事者が始めた最初のきっかけは、1970年代に「青い芝の会」という団体が障害児殺しに対して起こした運動なんです。障害者は殺されてもいい存在なのか 障害を持った子供の将来を悲観して、自分も介護がすごく大変だということもあって、親が障害を持った子供を殺したんです。その殺したことに対して近所の人たちが、どうかあのお母さんを刑罰に処さないでほしい、だって大変だったもの、すごく苦労していたのはわかっていたから、だから許してあげてということで、減刑嘆願運動が起きたんです。 それを受けて障害者たちが、自分たちは殺されてもいい存在なのか、ということで起こした運動が最初なんですね。私はそれをすごく思い出したんです。障害者って殺されても仕方がない存在なのかなということが、今回の事件とリンクして、頭の中に浮かんできたんです。 それを施設だけの問題だとか、重度障害者をもった家族だけの問題ということにしないで、社会運動としてこの事件の意味をちゃんと取り上げて広げなければ、ますます私たち重度障害者の生きていく場所がなくなっていくんじゃないか。そう思ったので、匿名性をどうするかという問題、個人の問題とするのか社会の問題とするのかは大事なことだと思います。――この事件を通じて、障害者に対する社会意識が変わったということはないのでしょうか?海老原 私が当事者として感じることは、良かれと思ってやってくれることがだいたい差別なんです。特別支援学校とかもそうですよね。送迎をつけて、保護者の負担を減らして、人手も増やして、学校の中で手厚く見てもらえる。あたかもその子のためになっている感じがしますが、学校の中ではそれでよいかもしれないけれど、社会に1回出たら障害を持った人のペースで社会は動いていないんです。あっという間に取り残されていくわけで、それをフォローする仕組みは社会にはないんです。「津久井やまゆり園」の献花台で花束を手向けた後、目頭を押さえる女性=2016年8月2日、相模原市(三尾郁恵撮影) 確かに同じペースの子しかいない環境ではいじめもないと思いますが、社会に出たらいじめられるんです。トロいとか、仕事ができないとか。挙句の果てに殺されたりするわけじゃないですか。それに対応する力は、特別支援学校では身につかないんですね。良かれと思ってやることは大概差別だ そういうふうに良かれと思ってやってくれることが大概差別だという思いが私の中にあって、行政っていつもそういうところを勘違いしているなと思います。私が一番大切だと思っているのはインクルーシブ教育で、常に障害者だけでなく外国人だったり、いろんな人達が学校の中で共同生活をする中で、どうやって自分と全然違うタイプの人と生活していくか学び合っていくことがすごく大事だと思っています。日本は今、全く逆のことをやろうとしているので、勘違いが多いと私は思っています。 私も街を歩いてて「偉いわねえ」って泣かれることがあります。でも、おかしいでしょう? ただ普通にバスに乗っただけなのに、感動してお金くれる人がいるんですよ。もらいますけど(笑)。 そういうのはちょっと違うんじゃないかなと思っていて、偉いわねっていう言われ方はすごく他人事な感じがします。どういう言われ方をするとよかったと思うかというと「私はあなたがこういうことをやっているのを見て勇気をもらいました。だから自分も明日からこういうことをやってみようかなと思います」とか、自分にちゃんと関連付けて、自分にとって私の存在がどういう意味があったかというところまで伝えてくれると、わー生きててよかったな、呼吸器つけながらバス乗っていて良かったなと思いますね。(iStock) 当事者として生きていて思うのは、周りが思っているほど私は大変じゃないんですよ。大変なことも多いですけど、結構面白いんですね。目の前に障害が治る薬があったら飲みますかと言われたら、私は多分飲まないと思うんです。障害と生きるって大変なことがありすぎて面白いんです。別に強がりではなくて、障害があることで、健常者にはない喜びを得られる機会がもの凄くたくさんあって、色んな人に出会えたり、指が動く、手が動くことを凄く幸せに感じられたりだとか、世の中の一個一個の現象に対してすごく敏感になるんです。 私は進行性の障害なので、いつどう死んでいくかわからない、いつまで生きられるか、いつまで体が動くかわからないという状態に置かれている。死ぬことが身近にあるんですね。だから逆にいまやれることやらなくちゃとか、生に対する、生きるということに対する意識が健常者に比べると日常的に自分の中に湧き上がる機会も多い。1日1日を面白く楽しく生きていこうという思いが凄くあって、障害者として生きるってすごく面白いなと思うんですね。「死にたい」なら殺してあげようは間違っている――海老原さんたちは今、映画を作って自主上映を呼びかけていますが、どういうきっかけでそれを製作したのですか。海老原 もともとこの映画を作ろうと言い出したきっかけは、尊厳死法制化の動きがあって、何とかそれに反対したいということでした。私たちは人工呼吸器を使っている人たちの地域生活支援をやっています。尊厳死を法制化していこうという流れは長年あるのですが、この映画を作ろうとした直前に、にわかに盛り上がって、法律の案が出てきたんですね。映画『風は生きよという』公式HPキャプチャ その案を読んでみると、医師は、患者本人が望まない延命治療を行わなくても責任は問われないと書いてあって、その延命治療の中に私たちが使っている人工呼吸器とか、経管栄養が入っていたわけです。自分の死を自分の望むタイミングで選ぶというのはすごく美しい言葉に聞こえるんですけれど、私は、本当に死にたい人はこの世にいないと思っています。死にたいと言っている人はたくさんいますが、それはこんなふうに生きたいという思いが強いが故に、それが叶えられないから辛くて死んでしまいたいと言うのだと思うんですね。だから、まず社会を変えるとか、安心して生きていける環境を整えていくことが先なんじゃないの、という思いが私たちの中に強くあります。死にたいと言った言葉だけをパッと取り上げて、じゃあ殺してあげようよというのは間違っていると思うんです。 それを伝えるためにどうしたらよいかを色々考えました。まず人工呼吸器をつけて生きるってどんなイメージですかと聞くと、集中治療室でたくさんの管につながれて、意識もなくて会話もできなくて、ただ死を待つだけというイメージが皆さんの中で大きいんですね。私たちみたいに普通に地域で呼吸器を使いながら生活している人もいる一方で、そういうイメージだけが先行してしまっている。そういう現実が怖かったので、まずは自分たちの生活を見てもらい、知ってもらって、その上でもう一回考えてというふう社会に投げかけたいと思ったのです。それが映画を作ったきっかけですね。 ※映画『風は生きよという』の上映予定などは公式ホームページをご覧ください。

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    被害者の「匿名問題」に隠された障害者差別という現実

    尾野剛志(津久井やまゆり園家族会前会長) 津久井やまゆり園での事件からもう1年ですが、考えてみればあっという間でした。1日1日を考えた時は凄く長くて、やっと今日も終わったという感じでした。僕は2015年3月まで17年間、津久井やまゆり園の家族会の会長を務めてきました。園や家族のほとんどが実名を出さず、取材も受けないという中で、僕だけは話をしなくちゃいけないという気持ちに駆られて名前を出しました。報道陣の取材に応じる尾野剛志さんと妻のチキ子さん=2017年1月26日、相模原市(共同通信) 多くのマスコミの方から取材していただいて、1日1日、事件について聞かれるのが辛かったんです。でもこうして1年経ってみると、早かったなというのが今の気持ちです。 2016年7月26日は、朝7時半に園に行きました。5時15分に妻の友達から電話で起こされたんです。「尾野さんの息子、津久井やまゆり園だよね? 大変なことになってるから、ちょっとテレビつけて」と。慌ててつけたら、もう植松が逮捕されていて「15人死亡」というテロップが流れている。その後、犠牲者は19人になりました。 これは大変だということで私が駆けつけたのが7時ちょうど。園の中に入ったのが7時半でした。既にほとんどの遺族の方はいらしていたようで、僕は自分の息子の一矢のことが心配だったので、体育館に行ったのですが、そこにA4の紙が4枚あって、1課、2課、3課、4課と書いてありました。息子がいる施設は4課なんですが、その4課を見たら、〇が書いてあるのが5つ、×が書いてあるのが4つあって、何も書いてないのが8つか9つ。その何も書いてないところに息子の名前があって、立川の災害医療センターと書いてあったんです。だからすぐに向かいました。 一矢は何針も縫う大けがで、お腹を刺されて大腸がちぎれる寸前でした。全部割腹して、きれいに洗って縫い上げました。手術が終わった後も「明日の朝までは予断を許さない」と言われました。 その時、「本人と会っていって下さい」と言われて会いました。一矢は麻酔が効いているはずなのに、僕が看護師さんと話している時に、娘が「お父さん、一矢が泣いてるよ。お父さんの声、聞こえるんだよ」と言ったんです。見るとホントに涙が出ているんですよ。僕もどうやって家に帰ってきたかわからないほどのパニックでした。一矢は結局、23日間入院しました。 もともとお父さんとかお母さんとは喋らない、自分の言いたいことしか言わない子でした。それが、入院した時、4日めに行った時、急に「お父さん」という言葉を出してくれて、僕も感動しました。退院してきて、今は顔を見て「お父さん」とか「お母さん」と言って、話をしてくれるんです。だから一矢のために、生きている間は頑張ろうと思いました。匿名報道は親族が差別を恐れるから その後、遺族はいっさい匿名になってマスコミの前で名前と顔を出して話すことはないのですが、僕はそのことに反対なのです。7月26日、僕が行く前に遺族の方が5時半くらいにいらしてて、入倉かおる園長に絶対に名前を出さないで下さいとお願いをしたらしいんです。そこで園長と家族会の大月和真会長が津久井警察署に電話をしたんですね。 警察署は最初断ったようです。被害者の方は実名報道ですよ、ということで断られた。でも遺族の方が園長と会長に懇願して、もう一度津久井署に電話をしました。それで警察の方は本庁とも協議したんでしょう。「今回だけは障害者なので特例として匿名を認めます」ということで、匿名になったというんです。 しかも遺族だけじゃなくて負傷者の家族までいつのまにか匿名になってしまった。家族で実名を出して取材に応じたのは僕ともう一人だけでした。 僕はそれが納得できなくて、警察が「障害者だから匿名にします」というのは、差別じゃないかと思うんですね。僕は障害者という言葉自体も嫌いなんですけれど、健常の方も障害を持っている方もそれぞれ個性、特性があるんです。うちの一矢も一人の人間なんです。 この事件で「障害者だから匿名を認める」となると、犠牲になった方は名前が出ないわけですよ。19人の中には津久井やまゆり園で何十年も暮らしていた人もいたのに、そこにいたことにならなくなってしまう。彼とか彼女の人生は何だったのかなと思うと、植松にも殺されて家族にもまた殺されてしまったという気がするんです。 敢えてきつい言い方をさせていただくと、名前を出したくないという家族の方々が、被害を受けた当人でなくて、家族が差別されるから名前を出したくない。自分の保身で出さないんだと、僕はそう思っています。障害者施設「津久井やまゆり園」正門前には献花台が設置され、施設関係者や地域住民らが犠牲者らに思いをはせた=2017年5月26日、神奈川県相模原市 亡くなった人はこういう人生を歩んできたんだよ、大変なんだって知ってもらうことが、この事件を風化させないことだと思っているんですが、今はそうなっていない。ただ、最終的に決めるのはご家族だから、心が癒えて話してくれるのを待つしかない。僕がそれに対して「実名にしなさい」とは言えません。 匿名にする理由は、障害者が差別されてきた、偏見がなくなっていないからです。だから多くの家族は子どもを隠しているんです。私の知っている人ですが、1日だけテレビで顔を出したのですが、故郷の方から電話がかかってきたそうです。自分の子が障害者とわかったら、親戚、近所みんなから言われて恥ずかしい思いをする。だから、それまで知らせてなかったようなんです。そういう差別が続いてきたことが、今回の事件で犠牲者が匿名になった理由です。植松とは面識があった 僕は妻と再婚しましたから一矢は僕の子ではないのですが、一矢が4歳の時に知り合って、全然恥ずかしいと思ったこともないし、障害を持った子がいることを隠そうと思ったこともありません。事件で一時意識不明の重体となった尾野一矢さん(中央)と父の剛志さん(右)と母のチキ子さん=2017年6月(河野光汰撮影) 僕が知っている範囲でも、子どもが津久井やまゆり園にいるのに一度も来ない人がいるんです。障害をもった人が亡くなった時に、家族がお墓に入れないという例もあるんです。これが現実なんです。知的障害者であっても自分の子どもはかわいいんですが、それをわかちあえない。だから仕方なく隠す人がいるんです。 家族会の人たちは互いに顔も知っていますし、匿名でという人たちに僕がおかしいとか言う立場ではないと思います。事件の後、家族会でその問題について話す機会もありませんでした。2016年10月6日のお別れ会には、県の部課長も来たのに、遺族は一人も来ませんでした。まだ気持ちの整理がついていなかったのでしょうね。 ただ、それから時間がたって、今年7月22日に芹が谷園舎で祈りの集いをやったのですが、その時は亡くなった19人のうち8人の方の遺族、親戚なども含めて十数人が来ていらっしゃいました。 僕が名前と顔を出して息子のことを語るのも、黙ってしまうと植松に負けたことになるんじゃないかと思うからです。 僕は家族会の会長を17年もやっていたので、植松とも面識があるんです。息子のいたホームとは別のホームの職員だったために親しくはなかったのですが、話したことも二度くらい覚えています。 植松は僕のことを知っているから、「会長会長」と言ってました。催し物などの時にも「会長さん、一矢さん元気にやっていますよ」と言ってくれました。 逮捕されたのをテレビを見た時、最初は彼ではないと思ったんです。全然違う顔でした。職員になりたての写真が出て、初めて彼だとわかったんです。もともとの植松は、好青年で凄く朗らかでした。 でも、ある日突然刺青をしていることがばれてしまった。その刺青をどうすべきか園の会議でいろいろ意見があったけれど、当時は真面目にやっていたから刺青があるだけで辞めさせるのは酷じゃないかとなったのです。入浴介助や夏のプールの時はウェットスーツを着て刺青を隠してやってきました。 でもその頃から植松の言動が変わったと言われるんです。障害者に対しても馬鹿にするような言葉の虐待をするようになって、職員が注意すると「わかりました。すいません」と言うのですが、またそれを繰り返す。そうするうちに衆院議長のところへ手紙を持っていくというあの事件につながっていったわけですね。津久井やまゆり園の建て替えをめぐる議論 2016年7月26日の事件の後、津久井やまゆり園をどうするのかという問題が起こりました。ダメになってしまった部屋が幾つかあって、被害がなかった部屋に入所者がギュウギュウ詰めで入り、それでも入れない人たちは9月1日まで2カ月ほど体育館で暮らしました。 その後、三浦しらとり園、県の建物で厚木の七沢の老人介護だかの建物、かながわ共同会が運営している秦野精華園と愛名やまゆり園、厚木精華園に何人かずつお願いをして、入所者が移りました。9月21日にうちの息子も七沢に行ったのです。それで事件当時津久井やまゆり園にいた135人が全員、居場所を確保したわけですね。 そして9月に神奈川県の黒岩祐治知事が、私たちの要望に対して150名収容の昔の状態のままで建て替えますとおっしゃったんです。10月か11月に青写真が出来まして費用が60~80億円かかるとされました。 そしたらその頃、全国の障害者団体だとかグループホームやってる人たちとか、いろいろな人たちから「歴史に逆行してるんじゃないか」「地域で暮らすことが幸せなんだから、大きな建物を建てずグループホームなどにすべきだ」と反対の声があがったんです。 そこで、県としては「ではもう一度改めて検討しましょう」ということで、検討委員会の部会が出来たのです。部会は全部で12~13回やるのでしょうか。8月2日に最終結論を出して知事に報告する。あとは知事と県議会とかそういう人たちで精査して、最終的な県の方向性を発表するようです。「津久井やまゆり園」の殺傷事件で、県が設置した第三者検証委員会の初会合であいさつする黒岩祐治知事=2016年9月21日、横浜市 昨年秋に知事が発表して青写真まで作ったのにひっくり返ってしまったわけです。全国の障害者関連団体の方が反対をしています。ただ反対する人たちは津久井やまゆり園のことを知らない人たちで、家族とも会っていません。 もちろん反対の意味がわからないわけじゃないんです。2003年に支援費制度が出来、国が改革した支援制度の一つとして、コロニー的な大規模施設は縮小しなさい、あとはグループホームなどにして、地域で共生社会の流れを作りなさいということになった。そこで宮城県、群馬県、兵庫県とか、長野県もそうですけど、全部ある程度小さくしたんです。神奈川県の対応は順序が違う 昨年、神奈川県が建て替えか改修かで打診して来た時に、僕ら家族会はもう改修は不可能ですと申し上げたんです。家族はほとんどの方が建て替えをお願いしたいということで、知事や県議会議長のところにお願いに行きました。その結果、知事が建て替えをしますと言ったのに今ひっくり返ってしまったので、家族会としてはすごく憤慨しているんです。家族の気持ちが全然汲まれていないことに、すごい憤りを感じています。事件発生から1年となった知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、献花を終えた車いすの男性=2017年7月26日、相模原市 津久井やまゆり園の建て替え問題では、県障害者施策審議会の専門部会がやっている結果はまだ出ていないんですが、8月2日に報告書を県にあげるということなので、大月家族会会長が「8月5日の夕涼み会の日に堀江部会長に芹が谷に来て頂き、説明を聞きたいと思っている」と発言しました。8月5日夜は津久井やまゆり園の納涼祭なんです。 結局、専門部会は僕ら家族会の要望と違う方向に向かっているんです。分散化とか二極化とか色々言われてますが、施設を小さくしてグループホームとかにしようという方向にいってるので、それは僕ら家族会が県にお願いしたのとは、話が違うのです。 僕があちこちで話させていただいているのは、要するに順序が違うということです。グループホームに行きなさいというのであれば、先に津久井の周辺とか座間とか相模原とかに作って下さい。そうして僕らに選択肢を下さいよと。体験入所して、良ければ入所していけばいいんです。それが支援制度なんですから。 先にそういう受け皿を作ってもらって、それから話してくれれば、僕ら家族もちゃんと協力もします。津久井やまゆり園じゃなくたって、利用者がいつでも穏やかに暮らせるところがいいわけですから。 この建て替え問題にしても、匿名の問題にしても、知的障害者を含めた障害者と言われる方々が差別されているという現実が、まず問題だと思っています。  そうした差別は日本の文化や風土と結びついていて、根本的に変えるには100年かかるかもしれません。でも、僕はこの事件の背後にある差別や偏見をなくしていくことが一番大事なことだと思っているんです。 (談/2017年7月収録)

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    ナチスT4作戦、NHK番組が伝えた「価値なき者を殺す」衝撃事実

    藤井克徳(日本障害者協議会代表) 2016年7月26日未明に津久井やまゆり園で起きた事件は、障害のある人たちに深刻な影響を及ぼしており、いまだに怖いと言う人が多いですね。特に施設の元職員だった人物が容疑者だったことに衝撃を受けている人が多いようです。 もうひとつの衝撃は、やはりあの容疑者の衆院議長公邸に届けられた手紙の内容です。ナイフはいまだに自分たちに向けられている感じがするという声も少なくないようです。 3つ目は、今回の事件を通じて精神障害者への偏見が増すのではないかという恐れですね。障害当事者から多く出ている声です。送検のため神奈川県警津久井署を出る植松聖容疑者 =2016年7月、神奈川県相模原市 8月10日に第1回の会合が開かれた相模原事件再発防止検討会で塩崎恭久厚労大臣は「現行制度のもとでどこが悪かったのか検討したい」と言ったようです。「措置入院制度を見直す」とも言っているようです。検証の視点としては、現行制度そのものについてもメスを入れるべきであり、そもそも容疑者が精神疾患という見立て自体に疑問を持つ専門家が少なくない。誤った見立てを前提とした政策判断から見えてくるのは社会防衛策の強化であり、障害者政策に新たな混乱を持ち込みかねない。国は冷静に対処してほしいと思います。 今回、障害者問題がある意味で社会化したわけですが、普通の目線、感覚で見ることが肝心だと思うんです。そうすれば入所施設の異常性が、そして地域移行を加速できないでいる障害者政策、障害者行政の問題点や弱点がみえてきます。 もうひとつ、犠牲になった19人の氏名がいっさい伏せられている問題ですね。これも普通の感覚から言えば不自然な感じがします。さらに今なお90人近くがあの事件の後も同じ敷地内の体育館に住んでいるというのも普通ではあり得ない。 障害者を対象とした入所施設の数は、全国で3095カ所(2015年11月現在)存在しています。知的障害者は公表されている最新データでは74万1000人で、そのうち11万9000人、16パーセントが入所施設に入っている。6人に1人ですね。施設での虐待は後を絶たず、地域社会から遠隔地にあるものも少なくありません。こうした施設が抱えている体質と今回の事件とが無縁とは思えません。 そう考えると、今回の事件は、日本の障害者問題の縮図の側面があり、特にものを主張できない人に対する構造的な問題としてとらえるべきではないでしょうか。 今回の事件の容疑者の発想が優生(ゆうせい)思想だとして問題になっていますが、私はこの何年か、NHKと共同してナチスの「T4作戦」について調査を進めています。 T4作戦というのは、その作戦本部があったベルリン市内のティーアガルテン通り4番地という地名に由来する呼び方ですが、簡単に言うと、価値なき生命の抹殺を容認する作戦です。ここでいう価値とは、働けないもの、戦闘能力がないもの。要するに国家の役に立たないもので、そういうものは抹殺しても構わないというヒトラーの命令によって展開されました。ドイツ国内に限っただけでも20万人以上が虐殺されたと言われます。 しかもそれに精神科医を始め、医療関係者が手を貸した。これには、優生思想に基づくヒトラーの命令があるのですが、同時に、精神疾患に対する薬物療法ができてきて、治らないものが邪魔になる、さらには人体実験をやりたかったとの証言もあります。つまり医師がヒトラーの優生思想を隠れ蓑にして虐殺に積極的に関わったわけですね。 そして、ここで培われたガスを使っての大量殺人の方法が、翌年の1942年から始まったユダヤ人虐殺に使われました。だからこれはホロコーストのいわばリハーサルだったのではないかというわけです。T4作戦とホロコーストの関係 私がその問題に関わった最初のきっかけは、2004年にドイツに行った時に、3時間ほど空いたのでパンフレットに紹介されていた盲人の障害者が作った共同作業所を訪ねたことでした。私自身、作業所問題に関わっていたものですから関心があったのです。 そしたら、そこは廃屋同然で、人もいなかったのですが、たまたま玄関のパネルにオットー・ヴァイトという人のことが書いてあった。オットー・ヴァイトは全盲だけれど、戦前、また戦時中に全盲と全聾のユダヤ人を多数支援したり救出したと書いてあったのです。 それがずっと気になっていたので、2014年にフランクフルトでの視覚障害者の福祉機器展を観に行った時に、再度ベルリンを訪れました。そしたらEUの補助を受けたオットー・ヴァイト盲人作業所博物館という立派な施設に替わっていた。外観は変わらないんですが、内側はミニ博物館になっていました。そこでオットー・ヴァイトも大事な人物なのだけれど、T4作戦というのがあって、たくさんの障害者が虐殺されているという資料を手にしたのです。 そこで帰国後、一緒に取材をしませんかと何人かのマスコミ関係者に声をかけたところ、興味を示してくれたのがNHKのハートネットTV班でした。NHKは大変慎重で、リサーチャーを通して調査をして、2015年の1月にようやく、やりましょうと返事が来ました。NHK放送センター外観全景=東京都渋谷区 そこから共同体制を作って、同年の5月17日から26日まで第1次取材、7月26日から8月3日まで第2次取材を行い、番組を作ったんです。 ちょうど2015年が戦後70周年ということもあり、NHKのハートネットTV班によって、オットー・ヴァイトやT4作戦を主題にEテレや総合テレビ、ラジオを合わせて全部で6種類の番組が作られました。再放送を入れると15回以上放送されました。最後は今年の1月でしたが、女優の大竹しのぶさんのナレーションで、総合テレビで1時間放送しました。今年も私は個人で6月に調査に行っています。 実は、T4作戦とホロコーストとは本当に関係あるのかどうか、日本国内の研究者でも意見がいくつかありました。ドイツで、何人かの社会学者や歴史学者に意見を伺いました。これらの証言によると、T4作戦に携わった職員のアウシュビッツなどの収容所への異動、ガス室で使われた装置や道具が移されたなど、間違いなく関係性が深いのです。NHKの番組では、明確に関係性があるという立場をとりましたが、これに対する異議は出ていないと聞いています。 わかってきたことは、ヒトラーが政権をとった同じ年の1933年の7月14日に断種法と言われている遺伝病子孫予防法が成立するんです。国民投票法、いわゆる一党独裁法と言われる政党新設禁止法、それに断種法の3つの法律が同じ日に生まれたんです。断種法の制定以降の流れをみると、断種法で約40万人障害者や病人が断種手術を強要され、T4作戦で20万人以上の障害者が殺された。その後、ユダヤ人虐殺へと続くわけですが、「価値なき者」を殺すという考え方や精神科医を中心とする医師が手を下したという事実は段階的であり、連続していたわけです。優生思想と民族浄化思想 その根底にあったのが、徹底した優生思想と民族浄化思想です。1920年に精神科医のエイリッヒ・ホッへと法学者のカール・ビン・ディンクの二人が合作した『価値なき生命の抹殺を容認する書』というのがあるんですが、そこに優生思想が語られている。ナチ党が政権を獲得する前からドイツにはそうした考え方があったんですね。ドイツに脈々と流れていた優生思想や民族浄化の考え方をヒトラーはうまく利用したわけです。ナチス・ドイツの総統だったアドルフ・ヒトラー ちなみに、優生思想そのものはドイツが最初ではなく、1800年代の半ば以降に英国に端を発し、米国や他の欧州各国でも研究だけではなく政策として実行されていたのです。ただし、規模といい、方法といい、ナチスのやり方は次元を異にしていました。 そうした歴史的事実のふりかえりの節目となったのが、2010年11月26日のドイツ精神医学精神療法神経学会(DGPPN)の総会でした。総会会期中の追悼式典で、当時のフランク・シュナイダー会長は謝罪を骨格とする総括談話を行いました。70年余の沈黙を破る出来事でした。これをきっかけにドイツ社会でじわじわと表に出てきたんですが、それまではドイツでもこの問題は潜在していたと言っていいと思います。 ヴァイツゼッカーの名言で「過去に目をつむる者は現代においても盲目だ」というのがありますが、目をつむっていたもののひとつにT4作戦の問題があると思います。ユダヤ人の大虐殺については国をあげての総括と補償が行われましたが、T4作戦の問題はこれとは異なる道をたどることになりました。 2015年、フランク・シュナイダーが、日本の精神医療の学会に招かれた折に、NHKとしての取材ということで2時間のインタビューの機会を得ました。一つ印象深かったのが、「なぜ70年間黙っていたのですか」と質問した時に、「はっきりとはいえないが、関わったのは恩師の世代で、尊敬する恩師が生きているうちは……」といった趣旨のことを話していたことです。医者の世界独特の師弟関係も手伝って総括がしにくかった、私にはそう聞こえました。 DGPPNは総括講演の中で、国際検証委員会を設けて、ドイツ人以外の歴史学者や社会学者で検証し、2年後には発表しますと言ったのですが、遅れに遅れて、2015年11月にやっと検証報告書が出ました。500ページ余のドイツ語版です。何とか翻訳したいのですが、経費のことを含めて現在思案中です。 T4作戦には、6つの障害者専用殺戮施設が設けられました。現存しているのが、ハダマーというドイツ中西部の町に残っており、市民も見られるようになっています。NHKの番組制作ということで、学芸員からは特別に丁寧に解説してもらいました。 ガス室は地下室なんですが、12平米、7畳半くらいの部屋に一回に50人ずつ閉じ込めて、医者が一酸化炭素ガスを注入する。その後ナチスはさらに殺傷力の強いチクロンBを開発し、アウシュビッツなどで大量殺害を行うのですが、もともとガスを使った殺人は、T4作戦で培った方法なんです。 いまは、ベルリン・フィル・ハーモニーの本拠地になっている場所が、かつてT4作戦の本部だったんですが、そこに記念碑が出来上がったのは2014年9月。このこと自体が、長い間目をつぶっていた証拠だと思うんですね。遺族の高齢化が進み、証言者もどんどん亡くなっています。 NHKの番組の反響はすごかったですよ。特に障害を持った方の反応が大きかった。大学の授業でも視聴されたようで、学生からの感想もたくさん寄せられました。難があっても雇わざるを得ない T4作戦に精神科医が協力していたという歴史的事実は、日本の精神医学にとっても大きな衝撃だと思います。先ほど、昨年の6月にDGPPNの元会長のフランク・シュナイダーを日本の学会が招請したと言いましたが、その折に、学会の会場にT4作戦に関する「移動展示場」を持ってきてくれました。ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の舞台となったアウシュビッツ強制収容所=ポーランド南部のオシフィエンチム(ロイター) 厳密に言えば、写真はオリジナルで、文字は神奈川県立精神医療センター芹香病院の岩井一正先生等の尽力で日本語に翻訳されていました。私の印象では、案外見てくれる人が少なく、フランク・シュナイダーの特別講演も結構空席がありました。 日本の精神医学界では、T4作戦そのものを正確に知る人はそう多くなく、関心が薄い。私が精神医学関係の雑誌に書いても、初めて知りましたという人が少なくありません。まとまった書籍としては、精神科医でもある小俣和一郎先生が何冊か出していますが、まだ関心が偏っている感じです。本当は精神医学からもっと光を当ててほしいと思います。私は人権や障害という観点から焦点を当てており、NHKの番組制作も人権と障害の観点に重心を置いています。今後、日本でも精神医学の観点からの検証を期待したいですね。 私なりに追い続けてきたT4作戦の問題や優生思想が、こんな形で日本社会の今に現れたというのは何とも言えない驚きであり、戦慄です。ただ冷静に見れば、石原慎太郎氏が都知事時代に入所施設を見学した後「こういう人に人格ってあるのかね」と言ってみたり、去年の11月に茨城県の教育委員が「生まれる前に障害の有無がわからないのか」「茨城県は障害者を減らしたい」と発言した事例がありました。国会でも、尊厳死法案問題がくすぶっていますが、その中に障害者が入るのかどうか、グレーゾーンになっています。 特に近年は、格差社会や不寛容社会、多様性排斥とか言われますが、強いものが幅をきかせるのと並行して人権意識が薄らいでいる。そういう日本社会を覆う流れのなかで起きたのが今回の事件です。極めて特異な容疑者の人間性に光を当てると同時に、それを許すような社会的背景についても議論をしていかなければならないと思います。 この間の障害者政策をめぐっても、市場原理の影響を受けた規制緩和とか成果主義、自己責任論などが色濃く反映されています。たとえば、規制緩和策の一環と言ってもいいかと思いますが、非常勤職員で職員定数の頭数を合わせてもいいことになっています。営利企業の障害分野などへの参入も気になります。 いま全産業労働者の平均賃金が、厚労省の調査で月額30万円ちょっとなんですが、保育や障害者福祉関係は21万円くらい。これでは職員を募集してもなかなか応募者がいない。今回の容疑者は1年以上非常勤でしたが、どういう人物かは大体わかったはずです。津久井やまゆり園に限らず、全国的にみて多少難があっても雇わざるを得ないというのが福祉施設の実情です。福祉労働と言われる分野は、公費が抑えられていますが、その背後には、社会投資論の観点から見返りが乏しいという考え方が根強くあるのではないでしょうか。 津久井やまゆり園での事件については、こうした観点を含めて、さまざまな角度からとらえる必要があります。犠牲者や負傷者に報いるためにも、今回の大惨劇を、インクルーシブな社会を創っていくための新たなきっかけにしていかなければと思います。(談)

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    別役実氏 「相模原事件を事なかれ主義で隠してはいけない」

    でいるのではないかという意味で、別役さんが、注目したのが昨年七月に相模原の障害者施設で起きた大量殺傷事件だった。 自著『「母性」の叛乱 平成犯罪事件簿』の中で、〈犯罪を体感するためには、その現象面にではなく構造に、身を寄り添わせ、そこに身体を連動させるようにして感じとらなければならない〉と別役さんは書く。 19名の入所者が元職員の男に次々と殺されたこの事件について、彼は何を感じ取ったのだろうか。「パフォーマンスとしての犯罪が、社会の中により定着してしまってきている、という印象を持ちました。 これは今に始まったことではありませんが、人を殺すぞと宣言して犯行に及んだり、あるいは『死んでやるぞ』と言ってみたりというパフォーマンス。人を殺したり、自らの死によって世間に対して何かを言おうとしたりする犯罪に、僕はある種のふしだらさを感じます」『犯罪症候群』という論考集で、別役さんは〈私は犯罪というものを、共同体が共同体であるために不可欠な病気の一種である、という考えを持っている〉と言う。だが、現代には〈犯罪そのものが病んでいる〉と思える事件が増えており、そのことが犯罪を分かりにくくしている、と。──相模原の事件は、まさに「病んだ犯罪」だったということですね。「うん。さらに危険な感じがするのは、そのように病んだ犯罪を、社会全体が事なかれ主義で隠そうとすることです。 犯罪は社会全体が抱えるある種の病根で、犯罪者は社会の抱える矛盾やシステムの本音にそそのかされ、犯行に及ぶことがある。それを防ぐためには、何度も何度もその犯罪の有り様を公表し、社会の中で昇華させ、有効性を失わせていく必要があるのです。 何かがある度に『ここはちょっと静かにしておこう』『これは言わないでおこう』と反応していると、そうした犯罪がわけの分からないモノのままにされ、いつまで経っても昇華されない。それは僕が現実の事件を自分の演劇の中で繰り返し描いてきた理由の一つでもあります」●べつやく・みのる/1937年、旧満州生まれ。劇作家。1962年「象」が高い評価を受け、1968年「マッチ売りの少女」「赤い鳥の居る風景」で岸田國士戯曲賞。2008年「やってきたゴドー」で鶴屋南北戯曲賞。2008年朝日賞。ほか受賞多数。主な著書に『日々の暮し方』『虫づくし』など。聞き手■稲泉 連(ノンフィクション作家)、撮影■渡辺利博関連記事■ 元格闘家で全身刺青の異色の牧師が悩める人々に語りかける本■ 『罪と罰』等名作の犯罪者を実際に裁判にかけたら…の解説書■ 妖怪ウォッチ映画版 長澤まさみ、堀ちえみらがアフレコ公開■ TBS『隠蔽捜査』半沢手法にあまちゃん俳優起用も数字は似ず■ たけし提言「選挙権をやるなら、18歳に少年法はいらねェよ」

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    「殺害された19人は記号」元職員が感じた相模原事件の生きた証

    西角純志(津久井やまゆり園元職員) 津久井やまゆり園の事件から半年を経て、NHKは2017年1月26日に「19のいのち」というサイトを立ち上げました。犠牲となった19人のプロフィールをイラストを使って紹介し、関係者のコメントやいろいろな意見を取り上げています。  それ以前にNHKで放送されたのが、私が出演した2016年12月6日の「ハートネットTV シリーズ相模原障害者施設殺傷事件 匿名の命に 生きた証を」でした。 その活動そのものは『創』2016年10月号「亡くなった19人中6人が私がお世話した方だった」や『現代思想』同10月号に「津久井やまゆり園の悲劇―『内なる優生思想』に抗して」を寄稿した昨年9月から始まっていました。私は、やまゆり園の元職員として自分にできることは何かと考えた場合、19人の「声なき声」を拾い集め、文字化・言語化していくことだ、と思っていました。その頃は、ちょうどNHKから取材を受けていた時で、「ハートネットTV」の密着取材のもと、私はやまゆり園関係者に連絡を取るようになったのです。 今回の事件では、犠牲者19人は語られない人、語るに足りる人生がなかった人とされています。遺族の感情を考慮し、名前を公表しないという警察の匿名発表もこれを裏打ちしています。彼らは殺害される以前から語ることができない人にされておりました。19人が記号としてしか処理されていない今回の事件を見て当惑するのは私だけではないと思います。 犠牲者一人ひとりの人生は津久井やまゆり園で共に過ごしたボランティアさんも含めて多くの人々の心に刻まれているはずです。19人の「生きた証」を言語化し文字化するというのは、植松容疑者の「障害者はいなくなればいい」という言動に対する社会的なアンチテーゼでもあります。「痕跡も何もなくなればいい」ということではいけなくて、痕跡を残していく必要があるのだ、それが事件を風化させない、忘れない、というメッセージになると考えました。 ただ、今の段階で考えてみると、それだけではなく、今後、匿名での裁判ということになれば、裁判における証言として、「生きた証」というものが意味をもつことになるとも考えられます。「津久井やまゆり園」の元職員・太田顕さん=2017年2月21日、相模原市  今回の「聞き取り」活動そのもののアイディアは私ですが、やまゆり園に勤めていたのは2001年から4年間だけなので、園に36年間勤務した太田顕さんに協力を依頼しました。太田さんとは懇意で、『現代思想』の原稿を見てもらったりもしていました。具体的にどのような取り組みを行うか、ということで、2016年11月から元職員等に聞き取りを始めることにしました。11月5日に太田さんの家で打ち合わせをして、それから2週間ぐらい連日、連夜、やまゆり園関係者などいろいろな所を回りました。 「ハートネットTV」は反響を呼んで、『東京新聞』が12月8日夕刊トップで報じ、そのあと朝日、読売、産経、毎日と取材が続き、年が明けてからも共同通信、NHK、時事通信、神奈川新聞の取材がありました。12月15日の阿佐ヶ谷市民講座では報道陣含め約70名の参加者がありました。こんなに関心が高いとは思いもよりませんでした。 12月26日には献花台の撤去のニュースが流されました。これは『日刊スポーツ』が一面を割いて報道しました。当日の「報道ステーション」では、(名前は出ませんでしたが)、私の「あなたたちを忘れない」「事件を風化させない」というメッセージが報じられました。26日朝のNHK「おはよう日本」では、献花台撤去に合わせて「ハートネットTV」のダイジェスト版が流されました。「そっとしておいて下さい」事件発生から半年を前後にして、新聞各紙に「生きた証」に関する様々な記事が出ました。26日にはNHK「首都圏ネットワーク」と「ニュース7」でも活動について報じられました。 植松容疑者の鑑定留置終了後の起訴にあたって特集を組みたい、ということで、2月に入って、TBSの密着取材を受けました。その間にも県の地元説明会や、移転に伴う専門部会があり、私も傍聴しています。 19人が亡くなられて、職員含む27人がケガをされましたが、NHKやTBSの取材・ロケで訪ねて行けたのは10人ぐらいでした。やはり当初は、(今もそうかもしれませんが)元職員の中には自分のことのようにショックを受けている方もおられ、取材に応じていただくのが難しかったこともあります。追悼式には遺族ら関係者が多数出席した=2017年7月24日、相模原市南区 『創』2016年10月号では19人中6人の方のお世話をしていたと書きましたが、関係者を訪ね歩く中でもう一人お世話していた方がいることに気が付きました。その方は、私がいた当時は短期入所だったのですが、後に本入所になったのです。元職員を訪ねる中で、特徴を聞いて「あ、この人、○○さんだ」と分かったのです。 太田さんと私は誰をどう訪ねるか、という計画を立てて、最初にボランティアさんを訪ねました。でもボランティアさんは入所者を知ってはいたものの、ごく短い期間なので、名前と顔がなかなか一致せず、思い出というところまでは出てこないようです。 やまゆり園は同性介助が原則なので、男性の入所者についてはほぼ分かるのですが、女性入所者については情報がありません。太田さんにセッティングしてもらって、女性元職員3人の座談会を考えていました。でも結局、直前になって断られ、実現しませんでした。それで私の知っている女性元職員に当日になって直接電話をかけました。  やまゆり園の職員や入所者がよく通っていたのが近くの食堂「キッチンたかはし」で、私もよく知っていたので突然訪問して、いろんな情報を得ることができました。 犠牲者19人のうち分かったのが14人だった。私たちが退職した後に入所された方もいらっしゃるので、その方は私たちにも分かりません。 その他の被害者についてはどうなのか、誰がどうケガをしたのかなどもまだ分かりません。被害者として公表されているのは、尾野一矢さんと諸橋孝治さんの2人だけです。女性だと、野口貴子さんが実名公表されました。また、森真吾さんも事件発生当時は名前や顔を出されていました。 職員の誰がケガをした、といったことも公式には出ていません。事件の時に結束バンドで縛られた職員というのも名前は出ていませんし、発言もしていません。2月23日には現役3人の職員が心的外傷後ストレス障害(PTSD)の労災認定を受けたニュースがありましたが、被害者の名前というのは職員も含めて出ていないのです。警察発表で新聞に名前が出たのは尾野一矢さん、諸橋孝治さんの2人です。私は職員の住所録をたまたま持っていました。その住所録を手掛かりに何人か当たっています。 仲のよい県の職員もいるのですが、県から通達が出ていて、「取材には応じられない」というのです。現役職員にはまだ当たることができていません。ただ4月になると人事異動があるので、その中でいろいろな情報が出てくる可能性はあります。 14人分かった犠牲者のうち直接当たることのできたのは3人でした。ひとりは、存命中ずっと太田さんがご家族と関わりのあったラジオが好きな男性。もうひとりはお兄さんが大好きな女性の方です。ある男性からは最近「どうぞこのままそっとしておいて下さいませ」とのお返事をいただきました。園の建て替えをめぐって ラジオが好きな男性、通称「ラジオさん」の場合は、存命中から家族と職員とのつながりがあったので、何とかコンタクトを取ることができました。そのようなかたちで直接は3名ですが、もう少し増やしていきたいと思っています。元職員への「聞き取り」では、電話を切られたことも度々あります。関係者の間ではいまだに閉塞感があります。語ることができる雰囲気を作らないと、なかなか口を開いてもらえない感じです。 やまゆり園の再生構想として建て替えが決まったのは9月12日でした。年明けの1月10日、県は、有識者と障害者団体を招いて公聴会(ヒアリング)を開きました。この時、建て替えに関しては、反対意見が多数出されました。80億円をかけて建て替えすることをめぐり「同じ場所に再び大規模な施設を造るのは時代錯誤だ」「入所者の本人の意向を確認するべきだ」といった意見です。 今でも「地域移行が先だ」「グループホームのような小規模型の施設にせよ」「同じ場所で建て替えるのは事件をなかったかのようにするものである」といった批判があります。 一方で、「お別れ会」というのが10月16日にやまゆり園で行われました。園と家族会の主催によるもので、約400人が参加しています。これは「非公開」でしたので、私たちもメディアも入っていません。ただ、参加者の中にICレコーダーに録音されていた方もいたので、私たちも聴くことができました。これは、10月21日の『神奈川新聞』で活字化されています。 亡くなられた方一人ひとりのエピソードを入倉かおる園長が遺影を掲げて名前を呼びながら語られています。ただ、男性2人、女性1人の計3人だけは名前も遺影もなかったそうです。事件から1年を前に、津久井やまゆり園の内部が報道陣に公開された=2017年7月、相模原市 『東京新聞』11月18日によれば、「遺族によっては、やまゆり園への入所を知らせておらず、偽名で葬儀をせざるを得なかった方もいる」とのことです。 10月22日に旧相模湖町の元町会議員、宮崎昭子さんの呼びかけで、障害の有無にかかわらず「共に生きる社会を考えるつどい」が相模湖公民館で開かれました。「お別れ会」が地元住民に「非公開」であったこと、あるいは、東京や横浜では「つどい」が開かれましたが相模原では開かれなかったことへの疑問もあったのかもしれません。25人の参加者がいて、翌日の『神奈川新聞』『東京新聞』『しんぶん赤旗』NHKニュースでも報道されました。地元ではその後、11月27日、最近では3月22日にも「つどい」が開かれました。他方で、11月16・18・19日には県による地元説明会があって、慰霊碑を建てて欲しい、という要望が出たりしています。 毎月一回開かれる家族会にも犠牲者の家族は来ていません。家族会の大月和真会長は「遺族は語れる心境にはない」と言っておられました。大月会長自身は、1月26日を前後して取材に応じられています。 園の建て替えをめぐっては、やまゆり園の家族会が考えているものと障害者団体が考えているものとでは、ちょっと意向が違います。障害者団体は地域移行前提とまでは言いませんが、分散型の小規模なものにして欲しい、という考えです。 ところが、大月会長が配られたものを見ると、本来ならば障害者団体は我々家族会を応援していただきたいところ、そうではない形になっている、といいます。家族会では「津久井やまゆり園という言葉を聞きたくない」という方もいたりするそうです。封印された犠牲者たちの人生 犠牲者遺族の間で匿名についての意識は変わってきていると思います。なぜかと言うと、「19のいのち」のサイトで、何人かの方のイラストや遺族や元職員の方の語るエピソードが今も更新されています。つまり、NHKは遺族にアタックしているわけですね。イラストであれば顔を出していいですよ、とか少しずつ変わってきているようです。NHKなど報道関係者は別としても、現在、犠牲者に直接当たっているのは太田さんで、元職員については私が何人か当たっています。 植松被告に東京、朝日、毎日、神奈川の各紙が接見して、3月1日にその発言が報じられました。マスコミ各社の間では、「弁護士がちょくちょく接見に来ているようで、おそらく報道のされ方を見て、面会に応じるのをやめさせるという、方針転換をしたのではないか」という憶測が飛び交っているそうです。 「聞き取り」活動をする中で考えたことは、事件の後、オリンピックやパラリンピックが来ることになって、そちらの方は名前が連呼される一方で、事件の犠牲者たちのほうは「語られない」「語るに足りる人生がなかった」ものとされてしまっている。そういう中で「声なき声」を拾い上げる、事件を風化させない、ということです。 「アウシュヴィッツ以降、詩を書くことは野蛮である」、という言葉があります。この言葉はナチス・ドイツからアメリカに亡命したユダヤ系知識人テオドール・W・アドルノが戦後の西ドイツに帰還した際に、「文化批判と社会」(1949年)に書き記した言葉としてよく知られています。 アドルノは、死者や犠牲者を忘却し、何事もなかったかのように「以前」の文化を保持し続けようとする肯定的な、自己保身的な態度を痛烈に批判しています。 死者や犠牲者を前にして何もできなかった自分自身の無力さが、生き残った者の良心をさいなむというのです。容疑者によって殺害され家族によっても封印された犠牲者たちの人生とは一体何だったのでしょうか。 役に立たないものは切り捨てる、障害者がまさにそうだ、というのが植松容疑者の論理だとすれば、それに対するアンチテーゼとして、資本主義的な合理性・効率性に対する批判になります。健常者は資本主義の論理でどんどん効率的に仕事ができるけれど、障害者はそうでない。専門的な言葉で言えば、労働価値説の世界をどう考えるか、再生産論、贈与論という問題にもつながってきます。障害者という存在それ自体が、資本主義に対する批判になるのではないかと考えています。柄谷行人は『世界史の構造』(岩波書店、2010年)においてマルクス主義的な「下部構造」を「生産様式」としてではなく「交換様式」として捉えなおすことを主張されていますが、これを理論化しなければならないと考えています。「津久井やまゆり園」の献花台に手を合わせる男性 =2016年8月、相模原市緑区(三尾郁恵撮影) 今回の事件は、施設職員や福祉関係者が受けた衝撃よりも、障害を持った当事者とその家族が受けた衝撃の方が大きいのではないかと思います。というのも、献花に訪れるのは障害当事者や障害者の家族が多いからです。彼らは自分の身内や親族でもないのに他の都道府県からも献花に訪れています。 やはり当事者の問題としてこの事件を捉えているからではないでしょうか。ナイフを向けられたのは19人だけではなくて自分たちにも向けられたのだということです。車椅子で散歩をしても襲われるのではないかという不安もあるという話を聞きます。その一方で残念ながら事件があったことすら知らない障害者や、知らせない、口にしない職員や施設があることも事実です。 しかしながら「生きた証」の公表の道筋は決して容易なことではありません。被害者家族、家族会の意向もあり、そして地域住民、運営母体である「かながわ共同会」の思惑もあります。地域社会の再生への道のりはまだまだ険しいのが現実です。

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    サイコパスは生まれつきか

    書)や『サイコパス』(中野信子著・文春新書)がよく売れているそうです。背景には、相模原障害者施設殺傷事件や小金井女子大生傷害事件の加害者がサイコパスではないかとの世間の判断があると思われます。森友学園問題の渦中の人もそういう悪口を叩かれました。一度ある言葉が流行ると、独り歩きして濫用されます。 「サイコパス」とは精神医学用語です。もともとは「精神病質」と訳されていましたが、その適用対象が時代とともに変遷し、現在では「反社会性人格障害」と訳されています。殺傷事件があった津久井やまゆり園前に設けられている献花台=2016年12月、神奈川・相模原市(古厩正樹撮影) 犯罪心理学者のロバート・D・ヘア氏はサイコパスを以下のように特徴付けています。 ①良心が異常に欠如している ②他者に冷淡で共感しない ③慢性的に平然と噓をつく ④行動に対する責任がまったく取れない ⑤罪悪感が皆無 ⑥自尊心が過大で自己中心的 ⑦口が達者で表面は魅力的 こういう傾向をもった人は昔から一定割合でいましたし、また他の変人、異常性格者、精神病者と同じように程度問題で、グラデーションを成しています。サイコパスのすべてが犯罪者ではないし、逆に犯罪者のすべてがサイコパスであるわけでもありません。 ところで、冒頭に挙げた2著に共通しているのは、両者とも、多くの外国の研究を紹介しながら、このサイコパスが遺伝性によるものではないかという考えを提出している点です。つまり成育環境の影響によるよりも、生まれつき普通の人とは違った種族なのだという印象を読者に与える効果を醸し出しているのですね。もっとも、中野氏の著書のほうは、脳科学の専門家らしく、かなり慎重な記述を取っています。これに対して橘氏の著書のほうは、かなりその面を強調していて、その点、ある意味で刺激的であるともいえます。 ここでは、両著の批評を試みようというのではありません。 ちなみに一言だけ感想を申し上げておくと、両著とも英米系で発達した進化心理学なる学問にかなり信頼を置いているようですが、私自身は、この学問の方法原理をあまり信用していません。それには2つの理由があります。 1つは、自然界に見られる「種の形態的変異」の多様性を進化によって説明したダーウィンのオリジナルを、そのまま人類社会における「個体(個人)の心」の変異に適用することに無理を感じるからです。「人類社会」という、それ自体自然と関わりつつ変異を重ねていく1つの「種」を、自然環境と同一視しているのです。 もう1つは、進化心理学は、自分(この場合も「種」全体ではなく特定個体群です)の子孫の維持繁栄のための「戦略」という言葉を好んで用いますが、戦略というからには、初めからある目的を意識して特定の手段を用いる「主体」を想定しなくてはなりません(心理学なのですから)。ところが進化心理学は、その主体があたかも遺伝子それ自体であるかのような曖昧な擬人法を用います。それは「神のご意志」をDNAに置き換えただけのことです。DNA決定論と人間の自由意志とのあいだの矛盾という哲学的難問を飛び越したまま、生物学的進化と人間心理とを強引につなげているのです。だから私はこの学問は、疑似科学だと思っています。膨大な資料を収集して得られた統計的事実は現象として尊重しますが、説明原理には納得できないのです。 閑話休題。ラベリングに潜む倫理性からの免除  この論考で考えてみたいのは、「サイコパス」のようなラベリングによって、私たちを分節すること、いわゆる普通人と生まれつきの異常人とを区別することが、私たちの社会的関心にとって何を意味するのかという点です。 これは言い換えれば、倫理的なテーマです。ここで倫理とは、やや難しい言い方になりますが、ある行為や判断に関して、人生時間の長さや人間関係の広がりを視野に入れながら、その意味を考える精神のことです。この場合でいえば、「サイコパスは遺伝的に決定されているという説がある。それはこれこれの理由で当たっている(いない)」と表明しただけでは、物事を倫理的に見たことになりません。そのような捉え方を提出することの社会的な意味を考えることが重要なのです。サイコパスは遺伝現象だという判断が、どういう既成の理解や「正しさ」の観念を背景として投げ出され、それがどういう社会心理的効果を生むのか、それを見極めること――それが倫理的な営みというものです。 たとえば「病気」という概念があります。私たちは普通、この概念を、個体の心身の健全さが何らかの生物的・心理的原因によって内部で損なわれることと理解して疑いをもちません。しかしそれだけでは不十分なのです。病気とは、そうした心身の損害によって日常生活上の倫理的つながりから「免除」されることです。病気とはもともと人間関係に関わる社会的な概念なのです。ある個体の内部の変容、腹痛がするとか迫害妄想に悩まされるとか、それだけを取り出して「病気」と名付けるのではありません。 病気という概念は、周囲の人びとがその人の変容に対してどういう態度(モード)で振る舞うかという関わり方までを含んでいます。つまりその人から、義務や責任や普通に人と共に生きることまでも含めた倫理性を免除してやるという関わり方です。医師の診断書がないと会社が病気と認めてくれないなどということがよくありますね。周りに疎まれる振る舞いをやめない人のことを「あれは病気だから仕方がない」などといったりします。 倫理性からの免除は同時に日常的な関係からの「追放」でもあります。ことにメンタルな面に関して「あいつは病気だ」という周囲の判断は、「あいつとは付き合わないようにしよう」とか「あいつには仕事をさせられない」という決断に容易につながります。要するに自分たちとその人とのあいだに明確な一線を引くことで、仲間外れにするわけですね。「病気」に限らず、一般に他者に対するすべてのカテゴライズ、ラベリングには、この「免除」と「追放」との両義性が絡んでいます。過剰なPCに挑んだトランプ大統領 ポリティカル・コレクトネス(PC)について考えてみましょう。PCとは、人権尊重や平等主義、反差別主義の立場から、こうしたカテゴライズやラベリングを印象付ける表現を禁止することです。PCは、カテゴライズやラベリングを嫌います。これらが、共同性からの「追放」の側面を多かれ少なかれもつからです。しかし過剰なPCは、硬直したイデオロギーとなって、人びとを息苦しくさせます。冒頭に掲げた2著、とくに『言ってはいけない』は、過剰なPCに対する挑戦の意図を込めています。 米国は、民主党政権下で過剰なPCの傾向が顕著でした。多民族国家の秩序維持という難しい課題を前にして、実態としては相互異族視、排外主義、差別などが逓減していないにもかかわらず(だからこそ?)、建前の上でヒステリックなほどにPCを看板として立てています。「メリー・クリスマス」はキリスト教のお祭りの言葉で異教徒の差別につながるから言ってはいけないとか、「天にましますわれらの父よ」は父権主義の表れで女性差別だからダメだとか。 日本に比べて欧米では、PC問題はかなり深刻なようです。自由、平等、人権などの理念を強固に打ち出してきた歴史を抱えているため、それらの建前と実態との乖離がますます露出してきたからです。欧米は移民・難民問題を抱えており、この問題が生み出す異民族、異教徒間の緊張関係が深まれば深まるほど、建前の欺瞞性が明らかになってきました。EUの見せかけの寛容さの下で、シャルリー・エブド事件、難民たちによる数々の暴動、ホームグロウン・テロ(国外の過激思想に共鳴した国内出身者が自国内で起こすテロ)、本国人たちによる逆襲、難民受け入れ停止国の出現、移民排斥・移民制限を訴える政党の勢力伸長など、もはや収拾がつかないありさまです。 トランプ大統領が登場したことによって、PCの硬直性に風穴を開けようという雰囲気が新たに生まれました。空疎な理想主義を追わずに、現実をよく見て、本音で大いに語ろうではないかという雰囲気ですね。しかし彼のやり方、とくにアラブ7カ国(のち6カ国)からの移民・難民制限政策がやや急激であったため、それに対する感情的反動もものすごく、連邦地裁やいくつかの州の地裁で大統領令差し止めの仮処分がなされたほか、理念を前面に押し出す民主党陣営の反トランプ勢力も強く、トランプ氏は劣勢に立たされています。(iStock) けれども難民受け入れ制限についてのトランプ氏の大統領令の中身をよく見ると、テロを防ぐという現実的な観点からは当然といってもよいもので、格別、差別主義とか排外主義とか呼べるものではありません。ちなみにこの点については、拙ブログをご参照ください。刑法第39条は半ば形骸化している  橘・中野両氏の本も、それほど強くタブーを破っているといった印象はありません。「サイコパスは遺伝が原因である可能性が濃厚だ。サイコパスが犯罪者の一定割合を占めることは明らかだ」という判断を、精しい統計資料を紹介しながら述べているだけです。現実をよく見て、あるべき社会政策を考えていこうと提言するにとどまっています。 サイコパスという概念も、その言葉の発祥からして病気との関連性を失っているわけではありません。したがって、それとおぼしき人が凶悪犯罪の容疑者となったときには精神鑑定の対象となります。心神喪失や心神耗弱による減刑(刑法第39条)の要求は弁護側からよく出されますが、最近は、たとえ「サイコパス」などの鑑定がなされた場合でも、責任能力ありと判断される場合が多いようです。39条は半ば形骸化している感があります。 これは、社会倫理の重点が、たんなる人権尊重の観点から、社会秩序防衛の観点に少しずつ移ってきたということなのでしょう。被害者遺族の心情や犯罪が引き起こす一般市民の不安感情を考えれば、ある意味当然といえます。日本の治安状態は、いまのところ決して悪化してはいないのですが、情報社会化の進展によって、国際テロの影響などもあり、国民の不安が増大しているのだと思います。「サイコパスは、生まれつき決まっている蓋然性が高い」、さらに一歩深めて、「ある種の凶悪犯罪者はサイコパスであるから矯正困難だ」というような判断が力を得てくるのも、不安の増大の流れのなかにあるでしょう。 社会学的に見れば、1人世帯の急激な増加なども関係していると考えられます。しかしこうした判断は、何もいまに始まったことではありません。19世紀後半から20世紀初頭に活躍した犯罪人類学の元祖といわれるチェーザレ・ロンブローゾは、「生来的犯罪人説」を唱えて1世を風靡しました。この時期が、第1次大戦前夜のヨーロッパで、社会不安がたいへん高まった時期であるのも、何やら暗示的です。 あるそれらしき一群に名前を付けてカテゴライズし、それを「自分たち普通人」と区別(差別)しようという衝動が高まることの背景には、世界秩序の大きな流動化という要因が作用しているでしょう。それは個人に対して帰属意識(アイデンティティ)の不安定化を呼び起こします。名前の付いていない一群は、私たちをとても不安にします。ラベリングは私たちの集団心理を落ち着かせるために行なわれるのです。 これを巧みに利用したのがナチスです。古くからのユダヤ人差別意識を下地に、優生学的な判断を結び付けたナチスのような動きが吹き荒れたのも、世界恐慌後の混乱期を背景としていました。優生学といえば忌まわしいナチスを思い浮かべるのが、自由主義社会の住人の習慣のようになっています。しかしじつは私たちは、優生学的な判断に近いことを薄められたかたちで日々行なっているのです。私たちは、命は平等に尊いとは決して考えていません。たとえば大勢の人が危難に遭ったとき、誰を優先的に救うべきかという判断において、老人よりも子どもを、縁の遠い人よりも身近な親しい人を、大した取り柄のない人よりも重要人物を先に生かそうと考えるでしょう。英雄に憧れるのも能力の劣った人を軽視するのも「嫌な奴」を排斥するのも出生前診断で障害児の出産を避けるのも同じ感覚です。(iStock) 優生学的な考え方は、私たちが無意識に取っている、そういうごく当たり前な序列化の感覚を、強大な権力が民族や人種というわかりやすい集団的指標を拠り所に、世界の不安定に乗じて巧みに組織化したところに成り立ちます。優生学的発想は私たちのなかにもともとあり、逃れることはできないということを深く自覚する必要があります。 だから「サイコパスは遺伝的に決まっており、ある種の犯罪者はこれに属する」という捉え方を一概に斥けるわけにはいきません。こうした判断が、科学的真実として正しいか間違っているかが問題ではないのです。大事なのは、そういう見方をしなくてはならない局面がある、ということなのです。たとえば小学生の首を切り落として校門の前に置いた「少年A」や、同級生を絞め殺して遺体の頭や手首を切断した佐世保の女子高校生などを「理解」しようとするときには、こういう判断に立たざるをえません。決定論に頼ろうとする態度は不安の表れ  また、ある異常が先天的なものであるとか、これは「病気」であるとかラベリングされたときに、その当人がかえって安心して落ち着くという不思議な面を人間はもっています。それは、自分の努力とか責任の問題ではないという告知によって、アイデンティティ不安から逃れられるからです。諦めれば腰が据わって、生きる方向が見えてくるのですね。 だから、ある種の決め付けは、局面次第で仕方がないこともあれば、よい効果を生むこともあります。要は、決定論に陥らず、人間という生物の可塑性(外部からの刺激に対応して変化適応すること)を担保しておくことが大切なのです。しかし可塑性を担保しておくといっても、一部の人が好んで取りたがるような、人間の生まれつきの差異を極小に見積もろうとする態度にも全面的に賛成するわけにはいきません。この種の人たちは、遺伝決定論に対抗して環境決定論を持ち出します。この子の失調(非行、学力不振、暴力的傾向その他)は幼いときにこれこれの育てられ方をしたからだ、といったように。遺伝決定論も環境決定論も、科学によって決着のつく議論ではなく、初めに結論ありきの一種のイデオロギーなのです。(iStock) 遺伝か環境かというのは、決着のつかない永遠の問いですが、そもそもこの二者択一的な問いの立て方がおかしい。それはちょうど、グラスに入っている水の形を決めているのは、水の粒子の集まりか、それともグラスかと問うのに似ています。遺伝的形質は特定の環境を通してのみ発現します。ですから両方だと答える以外ありません。もともと質の違った2つの概念を目の前に並べてどちらかを選べという論理に無理があるのです。 人間の性格や能力や行動の傾向について、遺伝的要因が優勢か環境的要因が優勢かをいうことはできるでしょう。けれども決定論に頼ろうとする態度は、それ自体が、その人の不安を表しています。人間はいずれ不安から逃れるすべはないので、大事なことは、決定論に陥らないように両極端の均衡点に立つ不安に耐え続けることです。それがよい倫理的態度なのです。こはま・いつお 批評家。1947年、横浜市生まれ。横浜国立大学工学部卒業。 2001年より連続講座「人間学アカデミー」を主宰。家族論、教育論、思想、哲学など幅広く批評活動を展開。現在、批評家。国士舘大学客員教授。著書に、『日本の七大思想家』(幻冬舎新書)、『デタラメが世界を動かしている』『13人の誤解された思想家』(ともにPHP研究所)など多数。■ 小浜逸郎 老人運転は危険か■ 少年法は改正すべきか■ 『介護殺人』 介護者になったときストレスとどう付き合うか

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    「シリアルキラー」白石隆浩容疑者の素顔に迫る

    全国を震撼させた神奈川県座間市のアパート一室から9人の切断遺体が見つかった事件。逮捕された白石隆浩容疑者は警視庁の調べに「9人を殺害した」と供述し、全容解明が進むが、いまだ謎は多い。事件の背景に何があったのか。 iRONNA取材班が白石容疑者の素顔に迫る。テーマページは「9人殺害した」シリアルキラーの狂気をご覧ください。

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    逮捕後に顔を両手で覆った連続殺人犯、白石容疑者の心理

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 9人分の遺体の「一部」発見。事件の第一報を聞いたときに、これは典型的な連続快楽殺人だろうと思った。ほとんどの殺人者が1人しか殺さない中で複数殺人はまれだ。複数殺人の中でも、一度に大量の人を殺害する大量殺人者は自分自身の人生ももう終わりにしたいと思っているので、彼らは多くの人に目撃されながらでも殺人を犯す。一方、連続殺人犯はできるだけ見つからないように殺人を犯す。9人の切断遺体が見つかったアパート(奥)。目の前を小田急電車がひっきりなしに行き交う=2017年11月、神奈川県座間市 連続殺人犯にとっては、殺人は楽しみであり、できるだけ長く何度でも殺人を犯したいからだ。連続殺人の多くは快楽殺人である。金目当てなどの目的ではなく、殺人自体に快感を覚える。殺害後に遺体を傷つけることに快感を味わう犯人もいる。殺人の「記念品」「戦利品」として、被害者に関するものをコレクションする場合も多い。 連続殺人犯は、まず殺人を想像して楽しみ、実行して楽しみ、殺害後は記念の品を見て楽しむ。まるで私たちにとっての海外旅行のようだ。そして、次第にその楽しさが薄れてくると、次の殺人に思いをはせるようになる。連続殺人者は殺人をゆっくりじっくり楽しむ。また犯人は、警察や世間をあざ笑い、雄弁に堂々と自らの正当性を語ることもある。今回の事件もそのような連続殺人だと思った。 ところが、次々と情報が伝わる中で、典型的な連続快楽殺人とは異なる情報が入ってきた。容疑者は金目当て、性的暴行目的だったと語っている。部屋に残された9人分の骨と頭部は、捨てたかったが、犯行発覚が怖く捨てられなかったという。そして、わずか2カ月の間に9人を殺害したという殺害ペースも早すぎる。供述内容も、そして送検される容疑者の姿も、堂々とはしていない。 しかし、彼の言葉をそのまま信じることも難しい。通常の殺人者なら、こんなに次々と殺人を実行することはほとんどない。通常の殺人者なら、せっかく手間をかけて遺体を切断したなら、証拠を残さないように全て処分するだろう。自分が殺した多くの遺体の一部に取り囲まれて、異臭が満ちたワンルームのアパートで暮らすことは難しい。 容疑者は、遺体の頭部は切断し、体の部分は全て肉をそぎ落とし、内臓とともにゴミとして捨てたと供述している。通常の殺人者も遺体処理に困って遺体を切断することはあるが、ここまでの作業はしない。また彼は、遺体の処置に最初は3日かかったが、次第に1日でできるようになったとも供述している。まるで技術者が自分の腕が上がったことを自慢しているようだ。 これらのことを考えると、やはり彼には快楽殺人の部分があったと思わざるを得ない。彼の供述通りなら、確かに金も欲しかったのだろう。性的暴行もしたかったのだろう。同時に、殺害や遺体損壊にも興奮していたのではないだろうか。 だが、金目当てや乱暴目的という犯行は、ひどい話だが、常識的にも理解されやすい。しかし、殺害や遺体損壊への快感は話しやすくはない。それはまだ彼の心の秘め事であり、今はわかりやすい犯行目的を語っているのかもしれない。未熟な連続快楽殺人 容疑者の供述によれば、最初の被害者女性とは殺害前にも会話をしているようである。彼は、この女性のことをさらに求めたのかもしれない。2人になったときに交際を迫ったか、あるいは最初から乱暴目的で2人になったのかもしれない。だが女性に抵抗され、そこで彼は女性を殺害したのかもしれない。乱暴し、殺害し、遺体を切断する。彼はこの行為に、自分でも戸惑うほど興奮したのかもしれない。彼の心の底に潜んでいた快楽殺人者の心にスイッチが入ってしまったのかもしれない。 彼はこの異常な欲望を抑えることができなかったのだろうか。猛烈な勢いで次々と女性を誘い出し、殺害と遺体の切断を続けたのだろう。海外で見られるような典型的な連続殺人犯はある意味自分自身を受け入れている。自分の異常な欲望を理解し、行為をじっくり楽しみ、自分自身とその行為を正当化する。今回の容疑者は、そこまで心が進む前に数多くの殺害を実行してしまったのだろう。そこには、女性を誘い出し2人になりやすいネット上の自殺志願者の集まりの存在が影響しただろう。彼は典型的な連続快楽殺人者ではなく、未熟な連続快楽殺人と呼べるだろう。 また彼は犯行前、周囲に自殺をほのめかすような発言をしている。典型的な連続殺人犯は、長く殺人を楽しもうと思うが、彼は自分の人生は残り少ないと感じる中で、一気に多数の殺人を犯したのかもしれない。 大胆で巧みな連続殺人、異様な遺体処置の仕方。ここまでは連続殺人者らしい凶悪さを感じる。その一方で、次第に増えていく遺体の一部と強まる異臭に戸惑ってもいたのだろう。おもちゃで遊ぶのは楽しいが、夢中になって遊んでいるうちに、自分では片付けられないほど散らかしてしまった子供のように。 送検される容疑者は、両手で顔をしっかりと覆っていた。マスコミのカメラを避けるように容疑者が顔を隠すのはよく見る風景だ。だが、彼が両手で顔を押さえつけているのは、単に顔を隠しているのではなく、苦悩している姿のように私には思えた。夢中になって殺人を続けていたこの2カ月。彼は自分でも自分を見失っていたのだろう。逮捕され、初めて彼は自分の心の深い闇をのぞき始めたのかもしれない。2017年10月1日、送検のため、警視庁高尾署を出る白石隆浩容疑者 だがそれは、私たちが望むような被害者とご遺族に対する反省の思いではない。彼が悔恨の涙を流し謝罪するまでの道のりは長い。彼は、どんな人物なのか。彼の心の中で何が起き、現実の犯罪はどう実行されたのか。被害者は多く、彼の心の闇は深い。真実を解明する長い旅は、まだ始まったばかりだ。

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    「9人殺害した」シリアルキラーの狂気

    「9人殺害した」。神奈川県座間市のアパート一室から9人の切断遺体が見つかり、逮捕された白石隆浩容疑者はこう供述したという。遺体を損壊し自室に2カ月間も放置する異常性。人はなぜこれほど残虐になれるのか。平成の犯罪史に残る「シリアルキラー」白石容疑者の犯罪心理に迫る。

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    白石容疑者の犯行から切り離せない「死体愛」の影

    原田隆之(筑波大学教授) 神奈川県座間市のアパートの一室で9人もの遺体の一部が発見されたという事件に、日本中に衝撃が走っている。 事件の発覚は、東京都八王子市に住む23歳の女性が行方不明になったことが契機となった。この女性は、SNSで自殺を一緒にしてくれる相手を探していたといい、そのつながりから座間市に住む男の存在が浮かび上がり、自宅を捜索した結果、大量の遺体発見となったのである。 死体遺棄の疑いで逮捕されたのは、白石隆浩容疑者(27)。現在のところ、本人は遺体の遺棄容疑だけでなく、殺害も認めているという。私がこの事件の一報に接し、まず頭に浮かんできたのは「ネクロフィリア」という言葉である。「死体愛」と訳されることがあり、遺体に対して性的な欲望を抱く性嗜好障害の一種である。 しかし、これは私の単純な連想のようなものであって、最初に断っておかねばならないことは、残念ながらこのような事件に対して、犯罪心理学はとても無力であるということだ。 なぜなら、何十年に一度起きるかどうかわからない、きわめて特異な事件であり、過去のデータもなければ、研究もほとんどないからだ。このような事件に対しては、想像でしか語ることができず、それは犯罪心理学の専門家として、無責任であるばかりか、ともすれば被害者や遺族も心情を踏みにじるようなことにもなりかねない。9人の切断遺体が見つかった白石隆浩容疑者のアパート=2017年11月2日、神奈川県座間市 一方、社会に大きな衝撃と不安を与えている事件について、「わからないから何も語らない」ということも、専門家としての責任放棄になってしまう。ネットやメディアでは、早くもいたずらに事件の特異性や異常性を煽り立てるような真偽の定かではない情報があふれ返り、例によってまたぞろ「エセ専門家」が現れ、興味本位の「分析」を行っている始末である。こうした状況に一定の歯止めをかけ、乏しいデータや事例しかなくても、それらを基に冷静に科学的な分析を加えることも、やはり犯罪心理学を専門とする者の一つの社会的使命なのだと思う。 こうした前提に立ち、現在の断片的な報道を基に、少ないながらも過去の少数の類似事件のデータや事例を足掛かりとして、私なりの分析を試みたい。まずは、まだ多分に流動的であるが、これまで報道などでわかっていること、わからないことを整理してみる。 【わかっていること】・容疑者は27歳、座間市でワンルームのアパートに一人暮らしをしていた無職の男。・被害者の1人は23歳の女性で、自殺願望があり、容疑者とはSNSで知り合った。・遺体(一部)は全部で9体あり、8人が女性、1人が男性のもので、頭部などがクーラーボックスなどに入れられ、部屋に置かれていた。・容疑者は2カ月前に越してきて、そのころからアパートの住人は異臭がするようになったと証言。・容疑者は、女性被害者を殺害する前、性的暴行をしたと供述。また、金銭目的、性的暴行目的の犯行であるとも述べている。・遺体は自宅風呂場でノコギリなどを使って損壊し、内臓や肢体などはゴミとして捨てたという。・今年5月に職業安定法違反で逮捕され、現在執行猶予中であった。【わからないこと】・殺害の時期、殺害方法(現在のところは、8月下旬以降の2カ月間に首を絞めて殺したと報じられている)・正確な被害者の数(9人で全部か)・執行猶予中の事件以外の問題行動歴(明るみにはなっていないものはあるか)・共犯者の有無(ボックスを3人で運んでいたとの証言がある)・動機(本当に金銭目的か) やはり、気になるのは犯行の動機である。本人は金銭目的、女性の暴行目的と供述しているというが、これを正面から信頼することはできない。その目的と9人を殺害し、遺体を「保管」するという事件の態様には、大きな乖離(かいり)があるからだ。純粋にそれらが犯行動機であれば、何も殺す必要はないし、遺体の頭部を家に置いておく必要はない。指摘される「性的サディズム」 とすると、やはり一つのキーワードとして、先に述べた「ネクロフィリア」、あるいは「サディズム」のようなゆがんだ性的嗜好の存在が推定できる。一般的に、このような連続殺人事件の場合、そこには大きなゆがんだ衝動があり、さらに衝動コントロール不全がある。これを1人の犯行だとすると、9人も殺害し、その遺体をバラバラにするのは、想像以上に相当なエネルギーと労力がかかる。 それをわずか2カ月の間にやってのけるというのは並大抵のことではない。したがって、そこにはきわめて強い動機や衝動が想定されるわけである。そして、これだけの大きな衝動、しかも一過性ではない連続した衝動には通常、強い性的な欲動が伴っている。 この事件でまず思い出すのは、1997年の「酒鬼薔薇事件」(神戸連続児童殺傷事件)である。犯行に及んだ「元少年A」が発表した『絶歌』という手記のなかで、彼は自らが下した遺体損壊の状況を克明に記述しており、その際に抱いた性的興奮のことも赤裸々に告白している。つまり、元少年Aの場合も、単なる殺人衝動というよりは、殺害行為そのもの、または被害者の苦痛、あるいは遺体に対するゆがんだ性的興奮をかき立てられていたわけであり、精神鑑定では「性的サディズム」の存在が指摘されている。店頭に並ぶ、神戸連続児童殺傷事件の加害男性が「元少年A」の作者名で出版した「絶歌」=2015年9月、神戸市中央区(頼光和弘撮影) もう一つ、2005年に大阪で起きた「自殺サイト連続殺人事件」との類似性も指摘できる。この事件では、男女3人が犠牲になったが、犯人の前上博・元死刑囚は2009年に死刑が執行された。彼は、自殺サイトで知り合った被害者を言葉巧みに誘い出し、相手の口をふさいで窒息させ、もがき苦しみながら死亡する様子を見て性的興奮を味わっていたという。 そして、動機とならんで不可解な点は、遺体を損壊し、それを自宅に「保管」していたという点である。遺体損壊する犯人には、普通は二つの動機があり、一つは激しい憎悪のため、そしてもう一つは証拠隠滅のためである。前者は本件の場合、当てはまらないとすると、後者の可能性が考えられる。 ただし、この場合も証拠隠滅のためには、バラバラにすれば、それを捨てたり、埋めたりするのが通常である。それを身近に置いていたというのであるから、やはりそこに彼なりの「意味」があったのであろう。もちろん、1人の犯行だと仮定し、車などの運搬手段もなかった場合、単にそれを捨てることができなかったというのが一番単純な理由であるかもしれないが、そうだとしても、ワンルームのアパートで9体もの遺体に囲まれて毎日寝起きしていたというのは尋常ではない。 この種の犯人の場合、犯行を何度も思い出しては頭の中で反芻(はんすう)し、ゆがんだファンタジーを膨らませて、興奮状態を追体験するということがある。遺体の一部を部屋に保管していたのは、そのための「道具」として用いた可能性がある。 過度にセンセーショナルな推測は慎むべきだとしても、やはり本件には、このようにゆがんだ性的欲求にもとづく快楽殺人、「死体愛」といった病理を一番の動機として推測せざるをえない。周到な計画性 ただ、病的であるとは言っても、犯行には周到な計画性がうかがえる。ネットやSNSで被害者を物色する行為は、まさにその計画性を物語っている。行き当たりばったりの無差別殺人ではなく、より簡単に殺害ができ、性的興奮を味わうことのできる相手を探していたのであろう。被害者の大部分が女性であるのはそのためである。男性の被害者は、殺害された女性被害者の交際相手であると報じられており、被害者を探しに来たところを殺害したらしい。また、本件直前にこのアパートに引っ越してきたことや、遺体を損壊し保管するための道具や手段を準備していたことなどにも、周到な計画性がうかがえる。 さらに、犯行が露見しないよう、そして自分自身や周囲への「言い訳」として、自殺志願者を被害者としたのではないだろうか。自殺志願者の場合、身寄りや友人がおらず、社会的に孤立していて、殺害しても発覚が遅れる可能性がある。事実、9人目の被害者が出るまで、事件が露見しなかった。※画像はイメージ(iStock) また、本人が死にたがっているのだから、殺してもよいではないか、むしろ本人の希望を叶えただけだという、彼なりの「言い訳」によって、犯行のやましさを紛らわせ、実行へのハードルを下げていた可能性がある。 一方で、現在のところ大きな謎がまだいくつも残っている。最大の謎は、なぜこの時期に、まるで何かに火が付いたように短期間で大量の殺人を犯したのかということである。前科があるといっても、その内容と今回の事件との間には乖離(かいり)がありすぎる。彼のなかで、このような異常性は昔から影を潜め、それが何かのきっかけで爆発的に発現したということなのだろうか。この点と線をつなぐものは、まだ明らかになっていない。 さらに謎なのは、被害者についてである。この事件では、加害者の異常性にばかり注意が集まっているが、私は2カ月もの間、都会の真ん中で若い女性が立て続けに消えていたにもかかわらず、9人目の被害者が出るまで、誰も気づいていなかったということに大きな衝撃と寂寥(せきりょう)感を感じている。捜索願などが出されていたのかもしれないが、現時点では被害者が誰であるかまだわかっていない。 小説や映画の中であれば、次々に女性が消えていることがまず明るみになり、「連続誘拐殺人か」などとメディアが騒ぎ始めるのが常で、警察が次の犯行を防ごうと捜査網を敷いたりする。しかし、現実の世界で起きたこの事件は、誰も知らない間に次々と8人もの若い男女が殺され、容疑者は何食わぬ顔でその遺体と昼夜を共にし、さらなるターゲットを狙っていたわけである。  犯罪史上に残るこの残虐で不可解な事件を見るとき、そこに想像もつかない現代社会の深くて大きな闇が穴をあけているように思えてならない。

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    【独占手記】脅されても訴えられても、私は「大島てる」を続けます

    なでマッピングしていく投稿型サイトです。 神奈川県座間市のアパート一室から9人の切断遺体が見つかった事件では、このアパート内の隣人とみられる人物から「大島てる」にさっそく投稿がありました。大島てるの投稿 しかし私は、この投稿者が本当に「隣人」なのか否かについて、公にすることができません。そもそも、私自身も投稿者の素性を把握していません。事故物件の大家や地主からすれば、誰が投稿者なのかを知りたいところでしょう。だからこそ、大島てるとしては、投稿者のプライバシーを保護し、誰でも安心して情報提供できる環境を整備しています。 今回、本当に隣人が投稿したのであれば、私にとっては大変喜ばしいことです。大島てるは、事故物件をみんなで投稿していくサイトですが、大家や地主が隠蔽したくなるような情報を有している人は、そんなにも多くありません。 その数少ないうちの誰か一人に、大島てるへの情報提供を期待しているわけですから、大島てるというウェブサイトの存在は皆さんに認知してもらう必要があります。そのために、これまで日々精力的に広報活動を行ってきたわけです。この度の投稿は、大島てるの認知度向上の一里塚と言えるかもしれません。 そもそも事故物件とは、殺人事件や自殺、それから孤独死など、人の死にまつわる歴史的事実に対し、通常は嫌悪されてしまう土地や建物のことです。典型例として、殺人事件現場となったアパート等が挙げられます。 そういった事故物件の情報を広く一般に知らしめられることは、どれほど一般消費者にとって有益であろうと、事故物件の大家や地主としては、やはり歓迎できない事態であろうことは想像に難くありません。 もちろん、法令や判例を研究すれば、借り主や買い主に対して事故物件であることを告知する義務はあるのですが、それでもなお隠蔽(いんぺい)したいという大家や地主は存在します。 平成22年、横浜市のマンションで発生した死体遺棄事件に関連して、現場マンションの大家から「大島てるによる記事は事実無根で名誉棄損にあたる」として、横浜地方裁判所に民事提訴されました。大島てるに掲載された記事の削除や金銭の支払いに加え、謝罪文の掲載まで求められたのです。もちろん、記事は真実であり、結果は大島てる側の完全勝訴でした。 こうして事故物件情報の公示は法的に正しいという司法の「お墨付き」を得られたのですが、それならば大島てるを黙らせ、事故物件情報を隠蔽するにはもはやテロリズムしかないと安直に考える輩(やから)が現れても全く不思議ではありません。あらゆる不動産取引はギャンブル そしてついに今年4月、私は脅迫事件に巻き込まれることになるのです。兵庫県尼崎市に住む男がツイッターで「大島てるを殺したい。ここの運営の代表って誰ですか?殺してもいいんですか?もし、イイよって言ってくれる人がいたならば今からその人を殺しに行きます。武器はそこら辺のスーパーに売ってる安もんの包丁を買います。」「あと、大島さんを殺した後僕も死にます」「今思うのは、大島てるの創業者の首を生きたままゆっくりと切り落としたい気分です。断末魔を聞きながら日本酒が飲みたいです。嗚呼、その人を殺したい。殺したい。。。」などと書き込んでいたのです。 10月23日、男は警視庁に逮捕されました。しかし、脅迫事件の影響でいくつもの事故物件イベントが中止に追い込まれ、警察による厳重警戒の中で強行開催された数少ない公演でも、ファンの皆さんとの接触はかなり制約されました。 男が大島てるの狂信的ファンで、一方的な好意をこじらせてしまった挙げ句の犯行なのか、それともインターネット上で事故物件情報を公示している大島てるに対しての叛意(はんい)が犯行の動機なのか、あるいはそのどちらでもないのかは現時点ではまだ判明していません。ただ、今後、男の職業等が明らかになれば、犯行の動機を知る手がかりになるはずです。もし、犯人が「アパートの大家」であるといったことが分かれば、大島てるへの叛意が犯行動機だという可能性が高いと言えるでしょう。複数の遺体が見つかった白石隆浩容疑者が住んでいたアパート=2017年11月1日、神奈川県座間市 あらゆる不動産取引は「ギャンブル」です。勝つこともあれば負けることもあるのです。大損してしまった大家さんには「ご愁傷様です」としか言いようがありませんが、殺人犯や連帯保証人(多くの場合は親)に対して損害賠償を請求することはできます。自殺の場合も、故意ですから、当然、連帯保証人や相続人に請求できるのです。 事故物件となってしまったアパートを解体し、コインパーキングにするなどといった対処も考えられます。数時間自動車を駐車するだけなら、たとえ、そこで凄惨(せいさん)な事件が過去に起きていたことを知ったとしても、気にせず利用する人も少なくないからです。 にもかかわらず、アパートを事故物件化させた張本人の殺人犯ではなく、殺人事件が発生したという事実をただ単に世間に向けて大声で叫んでいるだけの事故物件公示サイト「大島てる」に責任を転嫁するのは、はっきり言ってゆがんだ心理と言わざるを得ません。 よしんば、保有する物件が事故物件となってしまった大家や地主は、ある意味で「被害者」だとしても、その物件を今後貸したり売ったりする相手をだましてもかまわない理由には全くならないのです。だからこそ、私は今後も「借りる人・買う人・住む人」のために、粛々と事故物件公示活動を続けていきたいと思います。

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    白石容疑者はいくつ当てはまる? 「性的サディズム」7つの特徴

    立川支部を出る白石隆浩容疑者=2017年11月1日、東京都立川市(川口良介撮影) 本稿では、仮にこの事件が「精神疾患診断・統計マニュアル」(DSM-5)の性的サディズムの要素を根拠にした反復する快楽殺人であると想定し、限られた情報の中で性的嗜癖(しへき)行動(性的なアディクション)の側面から検証した上で簡単に意見を述べたい。また、著者が今年8月に日本初の痴漢の専門書『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)を出版したが、この中で再三述べた「性暴力は性欲ではなく支配欲の問題」であるという観点から、本事件にも若干の考察を加えたい。 なお、ここに書いた論考はあくまでも現在の報道の中で得た情報をもとに分析したものであり、これから明らかになる事実と異なる可能性を内包している点は断っておきたい。 まずDSM-5でいうところの性的サディズム(Sexual Sadism Disorder)について記す。性的サディズムとは、他者に対し身体的・心理的な苦痛を与えることにより強烈な性的興奮を覚える、といった症状や病態を示す精神疾患をいう。以下は簡単な診断ガイドラインである。A 少なくとも6カ月間にわたり、他者への身体的または心理的苦痛から得られる反復性の強烈な性的興奮が、空想、衝動、または行動に表れる。B 同意していない者に対してこれらの性的衝動を実行に移したことがある、またはその性的衝動や空想のために臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。 本事件の供述内容から、8月頃から人を殺し始めたという報道があるため診断基準Aの「少なくとも6カ月にわたり」というのが該当するかどうかの判断が難しいが、「性的暴行を加えて殺した」という供述からその可能性は高い。また、いきなり二カ月前からそういった殺人願望を抱くようになったのではなく、以前からそのような空想やファンタジーはあったと推測したほうが自然である。一方、別の視点で死体を損壊した過去の猟奇的事件を振り返りながら本事件を眺めてみると、首を絞めて窒息させながら性行為を行う窒息性愛(ハイポクシフィリア)、死体と性行為をする死体性愛(ネクロフィリア)や、その損壊した人肉を食す食人性愛(カニバリズム)の可能性も否定できない。 S氏は「8月下旬以降で9人を殺害し、遺体を証拠隠滅しようとした。浴室で遺体を解体した」と供述している。浴室で遺体を解体するシーンは、神戸市児童連続殺傷事件の少年Aの出版した自叙伝「絶歌」の中に、かなり詳細に記述されていた死体損壊場面を想起させる。このとき少年Aは、殺害した少年の死体をのこぎりで切りながら射精している。少年Aの場合は、カエルの解剖や猫殺しからはじまり、最終的には人間をバラバラにするという快楽殺人を行っているが、一貫してその行動は性的衝動や興奮が伴っている。また、カエルから人間まで徐々にその性的嗜癖行動のエスカレーションが見られる。以下に、性的サディズムを性的嗜癖行動と捉え「行為・プロセス依存」の側面からその特徴をまとめてみた。【強迫性】 「それをやらずにはいらなれない」気持ちになることである。打ち消そうとしてもその考えが頭からこびりついて離れず、行動に移さずにはいられなくなる。性的倒錯行為はその行為をするときだけでなく、一日中、対象行為をすることを考えている。そこには非常に強い執着心がある。【反復性】 損失があるにもかかわらず何度もくり返すことである。例えば、逮捕まで至らなかったけど女性に抵抗されたでは彼らの行動は止まることはない。逮捕され罰金や示談金を払っても、仮に刑務所に入ったとしてもまたくり返す人はいる。だからこそ罰を与えるだけでは効果的ではなく、本事件のような被疑者であっても再犯防止を狙いとした治療が必要だとわれわれは主張している。問題は性欲よりも支配欲【衝動性】 思い立つと行動し、善悪の区別ができるにもかかわらず特定の環境や状況で衝動制御がきかなくなることである。性犯罪者の多くは「スイッチが入る」と表現する。そして性的倒錯行為に及んで、そのときのことはよく覚えていないと語る。スイッチが入ると行動を止められない。自らの衝動性をそのように自覚している。【貪欲性】 より強い刺激を求めて、貪欲に性的倒錯行為を達成するためにそれを求める。その行為を行うためなら、どんな障害でも乗り越えようと試みる。中には、より達成困難な状況に貪欲にチャレンジするものもいる。従って、先にも述べたがこのような類いの行動にはある種達成感が伴っていることが多い。【有害性】 性的倒錯行為は、有害以外のなにものでもない。対象行為をする本人にとっても社会的損失や経済的損失が大きいし、被害者にとってはいうまでもない。有害であるにもかかわらず、本人はこれで最後にしようと思いながら再び犯行に及ぶのである。【自我親和性】 有害でありながら、本人にとって何らかのメリットがなければその行為はくり返さない。いじめと同じ感覚で、相手を支配、征服したい欲求を満たすためや、達成感やストレス発散の方法として反復するものも多い。そういう意味で、性的倒錯行為は加害者にとって非常にメリットの大きい行動であるといえる。【行為のエスカレーション】 性的倒錯行為は徐々にエスカレートする性質を持っている。例えば身近な性暴力である痴漢で言うと最初は女性に手の甲(こう)で触れる程度だった者が、大胆に触るようになったり下着の中に手を入れるようになったり、もしくは一週間の頻度や行動化する相対的な時間が増えたり、彼らにとってよりむずかしい状況下で行為に及んだり……と亢進(こうしん)していく。一方で、エスカレートすることで周囲にSOSを出すのも彼らの特徴である。逮捕されたとき、「ほっとした」や「やっと捕まって安心した」と感想を述べるものもいて、被害者には理解しがたい心理的メカニズムかもしれないが、加害行為を通して周囲にSOSを出すこともある。 以上のように、反復する性的倒錯行為には上記7つの特徴があり本事件のS氏もこのような特徴を兼ね備えていたかどうか今後の捜査の展開とS氏の供述を見守りたい。※iStock ここまで性的倒錯行為について簡単に述べてきたが、この問題の本質は「性欲ではなく支配欲の問題」であることがよく分かる。人間はときに自分よりも立場の弱いものを支配したり、いじめたりすることで圧倒的な優越感や快感を得ることがある。また、全ての人間は加害者性や支配欲も持っており、それをわれわれは辛うじて理性や社会性でコントロールしている。それを証明するかのように、子どもの社会でも大人の社会でも、男性のグループでも女性のグループでもいじめに代表される加害行為はなくならない。 本事件は果たしてわれわれとは遠い存在の人間が起こした特殊な事件なのだろうか。私はそうではないと思う。誰の心の中にもS氏は存在し、それをわれわれは洗練された技術でコントロールしているだけに過ぎないのではないだろうか。この事件を通して自らの加害者性について今一度考えてみたい。 最後に、本事件のS氏が何がきっかけで2カ月前からこのような残虐な行為に及び、これだけ世間を騒がせる事件に発展したのか、その動機の解明を待ちたい。

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    なぜ自殺志願者たちはSNSに書き込むのか

    渋井哲也(フリーライター) 神奈川県座間市内のアパートでの死体遺棄事件の第一報を聞いたとき、特に関心を寄せる情報はなかった。しかし、「自殺サイトがからんでいる」「遺体の数は9人」という情報が入ってくると、当初の印象を裏切り「ネット心中」ではないかと思えた。 ネット心中とは、自殺系サイトで「一緒に死ねる人募集」などと書き込み、見ず知らずの自殺願望者たちが集団自殺を図ることを指す。最初の「ネット心中」は2000年11月、福井県内で男女の心中遺体が発見された。男性は福井県内の歯科医師、女性は愛知県の元OLだった。死因は睡眠薬の大量摂取による中毒死だった。2人に唯一あった接点は自殺系サイトだった。2人が悩みを書き込んだのが同じ掲示板だった。 ただ、新聞の社会面を賑(にぎ)わせたものの、この頃は「ネット心中」はそれほど注目されなかった。 むしろ、連鎖するのは03年以降だ。2月、埼玉県入間市のアパート内で3人が死亡しているのが発見された。死因は一酸化炭素による中毒死。遺体のそばには練炭が置かれていた。この事件が報道されると、ほぼ同じような「ネット心中」が続いたのだ。2004年10月、男女7人が練炭自殺した埼玉県皆野町の公園の駐車場。手前のレッカー車に積まれているのは自殺に使ったワゴン車(産経新聞社ヘリから) 中でも、個人的にも忘れられないのは04年10月に起きた、7人による「ネット心中」だ。この呼びかけ人の女性を私は以前から取材をしていた。女性の死にたい理由を聞いていた。そのため、死を考えてしまう背景は理解できていた。未遂を繰り返すこともあったが、自殺の話をする相手として存在することが、彼女と私の関係性を成り立たせる理由だった。 しばらく会っていなかったが、04年9月に会ったときには「ネット心中」が話題になり、すでに呼びかけていることを私に告げた。彼女が語ったいくつかの自殺の話の中で最もリアルな話だった。そのために「(ネット心中を)やめなよ」と口にしてしまった。関係を成り立たせる基盤が揺らいだのを今でも覚えている。その後、彼女は私と会うことを避けるようになり、呼びかけに応じた他の6人と一緒に亡くなった。90年代後半に現れた自殺系サイト 今回の事件を聞いたときに、殺害された9人は、同時に集まり、容疑者だけが生き残ったのかと思っていた。しかし、容疑者の供述によると、バラバラな時期に殺害をしたという。私が知っている自殺系サイトを使った「ネット心中」のイメージではない。2017年10月、9人の切断遺体が見つかった神奈川県座間市内のアパート(中央) もちろん、殺害目的で自殺系サイトにアクセスする人がこれまでもいた。05年8月、自殺系掲示板に書き込んでいた自殺願望者たちを「集団自殺をしよう」などと誘い出し、殺害する事件が起きた。自殺をテーマに接点を持って、やりとりを重ねていくというものではなく、自らの欲望を満たすために、自殺系サイトを利用した形の犯罪だ。今回の事件も、自殺願望者をだましたという意味では類似する面があった。 そもそも、自殺系サイトは、インターネットの登場とともに出現したと言っても過言ではない。インターネットは自由な表現ができる場だ。自殺をテーマにしたサイトができてもおかしくはない。90年代後半には、すでに心中相手を探すためのサイトや、自殺関連を含めて、メンタルヘルスについての悩みを受け付ける掲示板は存在していた。 しかし、相談をベースにした掲示板の利用者の中で、98年12月に連続怪死事件が起きる。掲示板の管理人が重篤な自殺志願者に青酸カリを配送していたのだ。管理人の思いは「いつでも死ねる薬があれば、今は死なない」というもので、むしろ自殺防止に役立つと思っていた。しかし、実際には亡くなる人が出てきた。それを警察から知らされた管理人も結局自殺してしまった。 こうした事件がクローズアップされると、「自殺」と名のつく掲示板をサービス提供業者が自主的に削除するといったことが起きた。ただ、法的な規制がないため、事件が忘れられれば類似の掲示板が増えるといった流れだった。 その後、インターネットでのコミュニケーションのありようは変化していく。掲示板やチャットでのコミュニケーションから、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)に移行していく。自殺志願者がたどり着いたツイッター ただ、07年、SNSの一つ、モバゲータウンの出会いをきっかけに殺人事件が起きた。SNSの日記で自殺願望をほのめかしていた女子高生を30歳の男性が殺害したのだ。この事件を受けて、SNS内でのメール機能(ミニメール)を使ってのやりとりは、電話番号など他の連絡手段を掲載したり、危険性があると運営会社から判断されると削除されていくことになる。 ミニメールが規制されるのが当たり前の状況になると、規制が厳しくないSNSが日本で人気になっていく。それがツイッターだった。もちろん、そこには自殺願望者も含まれている。そのため、ツイッター上では、以前から自殺志願者が「死にたい」「自殺したい」「一緒に死のう」などとつぶやいていた。白石隆浩容疑者が自殺志願者を集めていたとみられるツイッターの画面 なぜ、自殺志願者たちがSNSに書き込みをするのだろうか。それは現実の人間関係よりも、返信をもらえる他のユーザーを信頼しているからだろう。友人や知人、家族が「死にたい」とか、「自殺をしたい」と言ったとき、その話題を避けずに、話を聞こうとする人がどれだけいるのだろうか。少なくともSNSでは話を聞いてくれる人は見つけやすい。中には相談をしあったりする関係性が成立する。取材した中では恋人になったり、結婚する人も現れている。居場所として機能している面がある。 もちろん、自殺の悩みを相談できる機関や団体の中には、インターネットを窓口とした相談の場を提供しているところもある。しかし、多くの場合、きちんと内容を検討してから返事をするまでに時間を費やしている。それ自体は間違っていないだろうが、相談者からみれば、今すぐつながりたいという欲求は満たせない。すぐに返信があるSNSは、つながることで、孤独感や焦燥感を癒やせる効果がある。だからこそ、このような事件が起こるたびに、SNSに対して何らかの制約をする議論が持ち上がるが、単純に規制をかけることは意味がない。彼らの居場所を奪うことになって、かえって逆効果になることがあるからだ。 今回の事件に関連し、「ツイッターでこんなにも自殺したい人がつぶやいている」と驚愕(きょうがく)するスタンスの報道もあるが、むしろ、私としてはその見方に驚く。これまでネットと自殺との関連性を調べてみるだけも、自殺を考えている人がネットで感情を吐露することは自然なのだ。

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    「死にたい」とググってみたら、電話番号が表れる件について

     日本の自殺者数は減っているが、15歳から39歳までの死因の第1位は自殺という。しかし若年層の自殺についての研究はまだ始まったばかり。コラムニストのオバタカズユキ氏が考える。* * * この記事を読み始めた方はほぼ全員がネットにつながる端末をお持ちのはずだから、以下をさっそく試してほしいと思う。 グーグルの検索窓に、「死にたい」と打ちこむのだ。すると、端末がスマートフォンならトップに、PCでも2番目ぐらいに、それぞれデカデカと、「こころの健康相談統一ダイヤル」という名称とその実際の電話番号、ウェブサイトのURLリンクなどが表示される。(iStock) 他にも、「首つり」と検索したら同じ表示が出てくる。グーグルがこの仕組みを導入したのは、わりと最近のことのようだ。 当該サイトの説明によれば、「こころの健康相談統一ダイヤル」は、〈より多くの人が相談しやすい体制の整備を図る観点から、平成20年9月10日より、都道府県・政令指定都市が実施している「心の健康電話相談」等の公的な電話相談事業に全国共通の電話番号を設定〉したものだ。それがグーグルとつながったというのは、国の自殺対策に世界最大の検索エンジンが協力し始めたということである。 表示についてネット上での反応を拾ってみると、ややネガティブなものも混じる。どんな気持ちで「死にたい」と打ちこんだのか、〈google先生に「こころの健康相談統一ダイヤル」紹介されるってのクッソ笑う〉という具合に吐き捨てている人がいる。電話相談がいつもつながらないことを嘆いている人もいる。 もしそれが自分の役に立つとは思えない人ならば、グーグルの「こころの健康相談」誘導に対して「余計なお世話だ」と思うのは自然なことだ。また、行政が実施しているものだけでなく、いのちの電話などの民間電話相談を含め、その手の「無料サービス」にはなかなかつながらないのも事実だ。自殺をしたい気持ちの相談にのる専門家もボランティアも決定的に足りないことが、その最大の原因としてある。人手不足(≒予算不足)でつながらないのに、グーグルがそんな仕組みを導入したら余計に混乱するだけじゃないか。そうとも言える。 けれども、せっかくグーグル検索してもらったのだから、実際に「死にたい」と打ちこむ人について少し考えてみようではないか。ツイッターなどのSNSや、ヤフー知恵袋などのQ&Aサイトで悩みを相談、もしくは怒りや悲しみを訴える行為はまだ理解しやすい。そこには不特定多数の中の誰でもいいから自分の気持ちを聞いてほしいという欲求がある。検索窓に「死にたい」と打ちこむ心境 だが、それに対して検索窓はただの機械の入り口。その向こうに誰が待機しているわけでもない。直接、人間のレスが返ってくることは期待できない。なのに「死にたい」と打ちこむ心境はどんなものなのか。 聞いてほしい、でも、聞いてほしくない。自分なんかの気持ちを聞かせて、他人の気分を害したくない。呆れられたくないし、それより同情されたくない。無視はもっと嫌だ。一人でいたい。でも、これ以上、一人ぼっちでいられない。 おそらく彼や彼女が直面しているのは、何を考えても堂々巡りになってしまい、前向きになろうと思ってもその気持ちを駆動させるだけの自己肯定感が見当たらない辛さだ。その辛さに耐えきれなくなって、なんら返ってくるものがないと分かっていながら、検索窓に「死にたい」と打ちこむ。イメージすると、かなりギリギリな心境が見えてこないだろうか。発作的、衝動的で、自己破壊寸前の危うさを感じないだろうか(「首つり」検索は具体的な自殺方法の調査や確認なのだから、より切迫している可能性が高そうだ)。 ならば、そうしたギリギリの人が、「死にたい」「首つり」と検索した瞬間に、デカデカと「こころの健康相談統一ダイヤル」が表示されることには、多少なりとも意味があると思うのだ。意表を突くように具体的な相談先が明示されたら、発作的、衝動的な心の暴走スピードがゆるむかもしれない。自分の名前を明かさずに自殺の話ができる機関のあることを、そこで始めて知る人も実は大勢いるだろう。 たとえなかなかつながらなくても、社会の中にそのような自分を受け入れようとする存在があると知ることはきっと無駄ではない。世の中のすべてが自分を嫌っているわけじゃない。なんとかしたいと対策を探っている人たちだっている。その事実を知るだけでも楽になる効果はあると思うのだ。 先日、東京・永田町のあるビルで、国立の研究所内にある自殺予防総合対策センターが、今年初めてのメディアカンファレンス(マスコミ関係者向けの会議)を開催した。数年前からたまに出席させてもらっているのだが、今回のテーマは若年者の自殺対策だった。 日本の自殺者数は、1998年からずっと年間3万人を突破していたのが、2010年頃から減り始め、2012年には15年ぶりに3万人を下回り、今も減少傾向にある。だが、自殺数が減っているのは中高年層で、若年者の場合はそうじゃない。20歳未満の自殺死亡率は横ばいで推移しており、15歳から39歳の年代層における死因の第一位は自殺。これは他の先進国にはあまり見られない現象である。なぜ日本の若者は自殺するのか なぜ、多くの日本の若者が自殺するのか。カンファレンスで配られたA4で168ページの論文集『若年者の自殺対策のあり方に関する報告書』(同報告書のPDFはネット上で自由に入手可)の「はじめに」にはこうある。(iStock、画像と本文は関係ありません)〈特に小中高校生の年代における自殺は家族や学校だけでなく社会全体に与える衝撃や負の影響が大きいため、その実数の多寡だけで議論できないという年代特有の側面を持っている。しかし今まで若年者の自殺の実態や対策について科学的な観点から多角的に検討した研究はほとんどなされてこなかったと言ってよい〉 そうなのだ。カンファレンスでの登壇者たちの話を聞いても、この『報告書』を読んでも思うことは、「若者の自殺については、調査も研究も始まったばかりで、わからないことだらけだ……」という壁の厚さだった。精神科医や心理学者や社会学者や自殺問題に関係する各分野の先端を走っている専門家たちが集まっても、日本の若者の自殺が減らない理由や、その自殺対策をどうすべきか、パシッと答えが出るわけじゃない。 ただし、そうした気鋭の専門家たちが、自殺研究というあまり日の当たらない、頑張っても報われることの少ないテーマを追い始めていること自体は喜ばしいし、グーグルのような巨大企業が自社の技術を公共的に活用し始めたというのも確かな前進なんだと思う。 世界は必ずしも善意で満ちていないが、営利だけで動いているのでもない。弱っている人を切り捨てるだけではないのである。 もしこのコラムを読んでくれた方の周囲に「死にたい」若者がいたり、あるいは読者自身が「死にたい」人だとしたら、そう簡単に問題は解決しないかもしれないけれど、キミらのことをマジに考えている人もいるよと伝えてほしいし、その程度には世界が広いことを知ってほしい。関連記事■ 三段壁を訪れる自殺志願者を立ち直らせる牧師が書いた命の本■ 自殺が低年齢化している現状や背景とその予防策を紹介した本■ 自殺率 10万人あたり28.4人の韓国が急上昇して世界一■ 今年の自殺者増 上原美優さんの影響説と震災説で議論発生■ 「韓国ではレイプ被害者が差別されることあり」と韓国人識者

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    座間事件の白石容疑者 その過去と実家の不気味な目張り

    ボックスの捜査車両が何台も駆けつけた。捜査員は異臭が漂うボックスを抱えて、次々に車に積んでいった。 事件発覚のきっかけは、東京・八王子に住む女性(23才)が行方不明になったことだった。「女性は軽い知的障害を抱えていたようです。中学校の途中から学校に通わず、自宅で引きこもって生活するようになりました。最近、ようやく障害者が通う作業所で働き始めたのですが、21日夕方に作業所に姿を見せたのを最後に行方がわからなくなりました」(全国紙記者) 女性は20日昼過ぎ、ツイッターにこう書き込んでいた。《死にたいけど一人だと怖い。だれか一緒に死んでくれる方いましたらdm(注:ダイレクトメール)ください。 こちら23の東京です。車ある方だと嬉しいです。》 女性の兄が24日、警視庁高尾署に「妹の行方がわからない。連絡も取れない」と届け出たことで捜査が始まった。2017年10月1日、白石隆浩容疑者を乗せた車両を取材する報道陣=警視庁高尾署「兄が妹のパソコンを調べたところ、ネットで男性と連絡を取り合っていた。その男性が、白石容疑者だったようです。女性と白石容疑者は23日、アパート近くの小田急線相武台前駅やJR八王子駅で一緒にいるところが、駅の監視カメラで確認されました。そこで、警察が白石容疑者のアパートに踏み込んだところ、複数の遺体が見つかったんです」(前出・全国紙記者)「殺害した女性はすべて30才未満。一部の女性には性的乱暴をしてから殺した」と容疑者は供述しているという。“気の優しい子”だった白石容疑者“気の優しい子”だった白石容疑者 少なくとも9人の遺体が発見された現場アパートは、都心から約50kmの神奈川県座間市にある。戦後、進駐してきた米軍が基地「座間キャンプ」を置いたことで知られ、高度経済成長期は自動車産業を基幹に発展した。現在は、都心から約1時間という立地の典型的なベッドタウンだ。 白石容疑者は、そんなどこにでもあるような郊外の街で生まれ育った。現在の自宅アパートから車で約15分のところに、白石容疑者が幼少期から社会人になるまで暮らした実家がある。25坪ほどの土地に建つ2階建ての一戸建てだ。近隣住民が言う。「お父さんとお母さん、妹さんの4人家族で暮らしていました。25年ほど前に一戸建てを建てて、一家で引っ越して来ました。お父さんは大手自動車メーカーの下請けで部品を製造したり、設計したりする仕事をしていたようで、この辺りではごく普通の家族という印象でした」 白石容疑者は実家近くの地元の公立小学校、中学校を卒業し、高校に進学。その後、実家を離れてひとり暮らしを始めたという。「お父さんは息子さんのことをよく話していましたよ。“気の優しい子だ”とか、“今夜は息子が帰ってくるから一緒に飲みに行くんだ”などと、嬉しそうに話していましたね。娘さんが有名私立大に進学してから、奥さんが娘さんと暮らすと言って家を出られたんです。別居ですよね。それで、お父さんは優しい長男をかわいがっていたんだと思います」(前出・近隣住民) 白石容疑者は今年年初まで東京・池袋に住んでいたようだ。仕事は、ネオン街・新宿歌舞伎町での「スカウト」だった。スカウトとは、街行く若い女性たちに声をかけて、“仕事”を斡旋する男たちのことだ。スカウト業経験者が語る。(iStock、画像と本文は関係ありません)「キャバクラやスナック、クラブなどの飲食店でホステスとして働かないかと、街を歩く女性たちに手当たり次第に声をかけて、スカウトするんです。もし女性が働いてくれることになれば、女性の売り上げの何割かが毎月、その担当スカウトにお店から支払われるか、紹介料を一時金で受け取るシステムです。ただし、飲食店に紹介するだけでは、そこまで稼げません。売り上げがほしいなら風俗です。ヘルスやソープランドで働く女性をスカウトできれば収入も大きい。それで月に100万円、200万円と稼ぐスカウトもいます」 女性に声をかけるのは、たいがいは陽が落ちて、街のネオンに灯りがともってから。白石容疑者も夜な夜な、歌舞伎町の街角に立って女性たちに声をかけていたが、今年1月、ある事件を起こしている。「茨城県で違法に営業する風俗店に女性を斡旋し、紹介料を受け取っていたんです。スカウトの世界でいうと、“オンナを風俗に沈める”ことで、カネを得ていた。店が売春させることを知りながら女性を紹介したとして、職業安定法違反の疑いで、逮捕されました」(別の全国紙記者) そんな事件を起こしたからなのか、今年夏頃に白石容疑者はそれまで住んでいた池袋のアパートを引き払い、地元・座間に帰ってきた。「実家でお父さんがダックスフンドを飼っていたそうですが、この夏、その犬が体調を崩してしまったそうです。お父さんは“長男が面倒を見てくれて本当に助かっている”と周囲に話していましたよ」(前出・近隣住民)共犯者がいる可能性も視野に共犯者がいる可能性も視野に 別の近隣住民は、白石容疑者の実家について、こんな気になることを話す。「2階に息子さんの部屋があるそうなんですが、窓をすべて光を遮るビニールのようなもので目張りしていたんです。真夏でも窓を閉め切っていて、中が見えないようになっていて、不気味でした。よほど見られたくないものがあったのか、外ににおいを出したくなかったのか…」(iStock、画像と本文は関係ありません) 今年8月、白石容疑者は現場となったアパートへと引っ越してきた。実は、そのアパートを探していたのは、父親だったという。「父親が不動産業者を回って、白石容疑者が住むために手頃なワンルームのアパートが市内にないか探していたそうです」(前出・全国紙記者) 発見された遺体は少なくとも9体。アパートに引っ越してからたった2か月の間に、それだけの数の遺体を損壊することは不可能に近い。引っ越してくる前から、同様の犯行を繰り返していた可能性が高い。「遺体が発見される1週間ほど前、3人の男たちがアパートにコンテナボックスを運び込むところを近隣の住民が目撃していました。共犯者がいる可能性も視野に、捜査が続けられています」(前出・別の全国紙記者)関連記事■ 【座間9遺体】「カップルの女性を最初に殺害」 死体遺棄容疑で白石隆浩容疑者を送検■ 【座間9遺体】なぜ猟奇的犯行を…神戸連続児童殺傷と類似性、自分の行為楽しむ? 自殺願望者騙しやすく味しめた? 専門家分析■ 東名死亡事故石橋容疑者 女性と一緒だと態度がひどくなる■ 不貞の最中に腹上死した男性 その後家族はどうなる?■ 婦警事件簿…署内不倫、夜の副業、制服自撮り 採用急増影響か

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    警察も手を焼く「地面師」 映画のような詐欺の実態

    に処する」 今年1月下旬、東京地裁の法廷に、裁判長の淡々とした声が響いた。量刑の理由が続く。 「この事件は、他人の土地を売却し、2億5000万円をだまし取った『地面師詐欺』の事案である。周到に計画された犯行で、被害額も高額。被告は、ニセ地主を面接で選んだほか、中間買い主の『J』社の専務を務めるなど、刑事責任は共犯者の中でも最も重い」 判決を聞き終わった被告の男は、落ち着いた様子で小さく頭を下げた。 被告は、地面師グループの主犯格の1人だった。東京都杉並区にある約800平方メートルの土地を勝手に売却したとして、共犯者とともに詐欺罪で警視庁に逮捕、起訴された。過去にも同様の地面師事件で服役したことのある、名うての地面師だ。 警視庁の捜査や被告の裁判では、地面師グループの大胆不敵な手口が明らかになった。 被告らは杉並区の土地に目を付けると、その売却に向けてチームを組み、動き始めた。まず、神奈川県横浜市の不動産会社「K」社に、「(被告らが経営に携わる不動産仲介会社の)J社が杉並区の土地を買い取るので、それを売却したい」と持ち掛けた。K社が土地の購入に関心を示すと、土地の所有者と年齢や体形が似た「ニセの地主役」の男をリクルート。男が「報酬目当て」でニセ地主役を引き受けた後、精巧に偽造された土地所有者名義の運転免許証、印鑑登録証、土地の権利証などを手渡した。 偽造の身分証などを受け取ったニセ地主は土地所有者に成り済まし、J社に土地をいったん売却。その土地はJ社を通じ、K社の手に渡った。J社とK社による契約の場には、ニセ地主も同席し、土地所有者のフリをして売却の動機や経緯などを説明。被告らは、書類に指紋を残さないよう指にマニキュアを塗って取引に臨んだという。後日、K社からJ社宛てに、土地の購入代金である2億5000万円分の預金小切手が振り出された。 被告らがK社に直接土地を売却せず、J社を経由した理由について、詐欺や横領などの知能犯捜査を手掛ける警察幹部は「地面師事件で転売は常とう手段。売買が多い方が適切な物件に見える」と説明する。 土地所有者は幸いにもすぐに被害に気付き、東京地裁に提訴、登記簿によると半年後に移転登記は抹消され、所有権を取り戻している。一連の経緯をうかがおうと、世田谷区の高級マンションを訪ねたものの、インターフォン越しに「すいません。もう忘れたい出来事なので……」と断られてしまった。事件増加の背景に空き家率の上昇 「地面師詐欺事件では、その筋のプロたちが犯行時にバッと集まり、ミッションを遂行する。まさに『オーシャンズ11』の世界ですよ」 警察幹部は、地面師グループの鮮やかな手口を、皮肉交じりにそう例えた。オーシャンズ11は、犯罪のスペシャリスト集団がラスベガスの地下金庫から現金を盗み出すアメリカ映画である。 地面師グループは司法書士や不動産ブローカーを巻き込みながら、高く売れそうな土地を探し出して登記簿を取得。偽造の印鑑登録証明書や運転免許証を用意し、被害会社に巧みに話を持ち掛け、ニセ地主役の共犯者を真実の土地所有者と信用させる。 標的となる土地をどうやって探すのかは地面師グループの〝企業秘密〟で、今回の取材で直接の証言は得られなかった。警察幹部は「土地を探す人間がおり、管理が行き届いていない土地や空き家を足で探している。めぼしい土地の登記を取り、『この土地、要りますか』と声を掛け、引きがあれば、詐欺を実行する」と解説する。 地面師詐欺の犯行態様は極めて組織的で、計画的だ。売却しても気付かれにくい土地を探す者、偽造書類を用意する者、ニセ地主役を見つくろう者、ニセ地主、ニセ地主と行動を共にする後見人役─。 地面師グループは複数の人間が細かく役割を分担する。これが警察幹部をしてオーシャンズ11と言わしめる由縁である。仮にニセ地主が捕まっても、他のメンバーは「本物の地主だと思っていた」と、まるで被害者を装って関与を否定するため、全容解明へのハードルが高い。ニセ地主は、言わば末端の使い捨てで、全容を知らされていないケースも少なくないという。(iStock) 警察も全ての案件を解決できるとは限らず、あるベテラン刑事は「地面師事件はプロ(の捜査員)とプロ(の詐欺師)のガチンコ勝負だ」と語気を強める。 今回の事例以外にも、新宿区や港区、練馬区など都内各所で地面師詐欺の被害は報告されている。地面師の暗躍が目立つようになった背景には、「空き家率」の上昇がある。 総務省が5年に一度実施している調査によると、高齢の親世帯が亡くなった後、相続した子どもが住まないなどの事情から、全国の空き家の割合は1998年以降、右肩上がりで上昇している。直近の2013年の調査結果(総務省統計局)では、全国の住宅総数は6062万8600軒で、このうち空き家は819万5600軒。空き家率は13・5%に達する。警察幹部は「こうした土地は無断で売買されても所有者が被害に気付きにくいため、狙われやすい」と指摘する。 2020年の東京五輪・パラリンピック開催を控え、東京都内の公示地価が4年連続で上昇する中、「今後も被害が増える恐れがある。土地の所有者は定期的に登記簿を確認してほしい」と警鐘を鳴らしている。ふじかわ・ひろき 東京新聞記者。東京外国語大学外国語学部卒業。2004年、中日新聞社入社。中日新聞社東京本社(東京新聞)経済部、外報部などを経て、現在は社会部。近著に『ミャンマー権力闘争 アウンサンスーチー、新政権の攻防』(共著、KADOKAWA)がある。

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    積水ハウスが63億円騙し取られた“地面師”男女の仰天手口

    スは“Sさん”から手に入れる好機を得た。正確には、“Sさんになりすました別人”から、だったのだが。 事件の一端をうかがい知ることができる証拠品を入手した。“Sさん”が積水ハウス側へ身分証明書として提出したパスポートだ。名前や生年月日こそSさんのものだが、写真に写っている中年女性はお世辞にも往年の大女優には似ても似つかない。複数の近隣住民に確認してもらったが「別人だ」と口を揃える。 その女性はSさんになりすまして、積水ハウスと売買交渉に臨んだ。そのために用意したのがこの偽造パスポートだったのである。印鑑登録証明書も、同じく偽造のものだったという。 この間、本物のSさんは、拉致されていたという情報もあり、本人不在のうえでなりすましの準備を整えていたのである。この「なりすまし女」は誰なのか。取材を進めると、以前、この女性から土地担保融資を持ちかけられたという不動産業者にたどり着いた。「土地を担保に30億円の融資をしてほしい」という内容で、この時もパスポートを身分証として提出してきたという。“主演兼脚本家”は誰か「念のため、銀行通帳のコピーを要求したんだけど、用意できなかったのか、話は流れた。その後、彼女が不動産関係者の間で『池袋のK』と呼ばれる有名な地面師であることが発覚した」(不動産業者) 地面師とは、本来の所有者のあずかり知らないところで所有者になりすまし、土地の売り手となって購入代金を騙し取る不動産詐欺師である。 今回の事件では、なりすまし実行犯のKだけでなく、計画全体をとりまとめたもう一人の地面師が背後にいたと見られている。積水ハウスとの交渉の場にも同席していたという不動産ブローカーだ。「不動産会社に顔がきき、金融犯罪で逮捕されたこともある。近頃は金に困り、親しい人間に無心しながらサウナ暮らしを続けていたが、なぜか最近、数千万円にものぼる借金を完済し、都内に高級マンションを3軒も購入したと聞いている。鞄にはユーロ、ドル紙幣、キャリーバッグには日本紙幣をぎっちり詰め込んでいるそうだ」(前出・不動産業者) おそらくこの男女が、事件の“主演兼脚本家”と目されているのである。 4月24日に交わされた契約には、偽造書類を携えた「池袋のK」と“相棒”と思われる不動産ブローカーのカップル、そして彼らの委任弁護士が同席していた。一方、積水ハウス側には司法書士と弁護士、仲介業者の代表が同席した。(iStock) 巧妙な手口とはいえ、なぜ積水ハウスは見抜けなかったのか。「詳細についてはコメントできません。開示した資料の通りです」(広報部)と口は重く、詳しい経緯はいまだに謎である。 一方、所在不明だったSさんはその後、亡くなったようで、事件発覚後の6月24日に、弟とされる大田区の男性2人に所有権が相続移転されている。売買契約を結ぶはずだった所有者とは別の人物に所有権が移転したため、積水ハウスがこの土地を手に入れられる可能性は極めて低くなった。今後はいかに損害金を回収できるかが焦点となる。 前述の通り、地面師事件の難しさは、なりすまし犯以外はどこまでがグループに加担しているかが分からない点にある。「私も騙された」と被害者を装う関係者の中に、実際には地面師側に付いている人間がいる可能性は大いにあるのだ。 担当する警視庁捜査2課は、なりすまし犯の「池袋のK」の所在すら、いまだ掴めていない。全容解明までの道程は長い。関連記事■ タイで逮捕の「62才聖子ちゃん」 肌見せミニで近づく手口■ 中国の結婚詐欺 14歳の娘に「三重婚」させる手口まで発覚■ 年齢詐称62才山辺容疑者 「38才か39才」は絶妙すぎる■ 広陵・中村奨成が語る「僕が考える究極のキャッチャー」■ 豊田議員政策秘書の事務所への出勤撮 仕事時間は40分

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    【菅野完独占手記】すべてを失った籠池泰典が私だけに語った本心

    生徒を教壇から𠮟り飛ばす老練な教師のようだ。 「でも実際、籠池はんの言うことは正論やわな。議会で刑事事件を議論したかてしゃーないがな。府議会やねんから府の行政を検証せんとな。しかしなんやあの維新の若い子は。出来が悪いにも程があるやろ」 府議会本会議の様子をネット中継でみていた在阪メディアOBが、半ばあきれるように嘆息する。長年大阪府政を取材してきた彼の目には、今回の籠池氏参考人招致は「府議会の劣化の象徴」のように見えたのだという。大阪地検に向け自宅を出る籠池泰典前理事長 =7月27日、大阪府豊中市(山田哲司撮影) 「そやけど、最近の籠池はん、サヨクみたいやな。180度の変わりようや。あの人の口から『議会制民主主義』なんて言葉がでるとはなぁ」 刑事事件の容疑内容を議会で議論しても意味はないとの当然の指摘をとらまえて、「サヨク」呼ばわりとはいささか恐れ入るが、確かにこの老ジャーナリストの指摘どおり「最近、籠池氏が変わった」とは言えるだろう。 都議選最終日。籠池氏は安倍首相の街頭演説が行われるJR秋葉原駅前に姿を現した。「安倍さんに100万円を返しに来た」というのである。駅前ロータリーに蝟集(いしゅう)する聴衆の最前列に陣取るが、あえなく警察によって排除されてしまう。それでも籠池氏はなんとか安倍首相に食らいつこうと、100万円の札束を振り回しつつ、「嘘をつくのをやめろー!」「本当のことを言えー!」とヤジを飛ばし続けた。きっと安倍首相からみれば、あの日の籠池氏も、あの日あの場で「安倍やめろ」コールを叫び続けたプロテスターたちと同じ、「こんな人たち」の一人ということになるのだろう。 確かに籠池氏は変わった。今年の2月に森友事件が世間を騒がし始めた頃に流布された「ファナティックな愛国者」「狂信的な安倍政権支持者」としての要素は、最近の籠池氏の言動からは一切うかがい知ることはできない。議場で大阪維新の若い議員を𠮟り飛ばし、路上でプロテスターのように安倍晋三にヤジを飛ばす姿は、あの頃と180度路線変更したように見える。 だが、当の本人の認識はいささか違うようだ。 「第一次安倍政権のころのような、鮮烈さはもう安倍さんにない。あの頃はよかった。教育基本法の改正なんぞ、歴史的偉業ともいえるやろう。そやけどあの頃の安倍さんはもういない。いまあるのは、ただ単に地位に恋々としがみつく姿だけや。安倍さんは変わった」 かつてインタビューで安倍政権に対する見解を聞かれた際、籠池氏はこう証言している。どうやら、籠池氏本人は「変わったのは自分ではない。安倍晋三であり、その周囲だ」という認識をもっているようだ。塚本幼稚園の「愛国教育」 繰り返される空襲で壊滅的な被害をうけた大阪の地に、学校法人森友学園の経営する塚本幼稚園が誕生したのは昭和25年(1950年)のこと。私立の学校法人が幼稚園を開設するのはこれが全国初の事例だという。森友学園が運営する塚本幼稚園=大阪市淀川区 塚本幼稚園の経営は、戦後の「子沢山社会」の波に乗り順調に拡大。大阪市住之江区南港、兵庫県川西市清和台にも「支店網」を築くまでにもなった。昭和50年ごろからは各地の自治体から「小学校を作ってはどうか?」との提案が持ちかけられるようになる。しかしどの計画も具体化するたびに、法や規制の壁に阻まれ頓挫した。 平成9年、小学校建設の夢半ばで寛氏は他界する。その後の学園の経営を引き継いだのが、寛氏の長女・絢子氏の夫である籠池氏だ。小学校建設を「先代からの宿願」として引き継いだ籠池氏は、2代目理事長に就任した直後からさまざまな活動を展開するようになった。 転機が訪れたのは平成18年。第一次安倍内閣誕生の年だ。この年の12月、安倍内閣は教育基本法改正を断行する。 「うれしかったね。一人の愛国者として素直にうれしかった。学校法人の経営者としても『これで、ようやく教育現場で愛国心を正面から教えられる』との喜びもあった。で、同時に、文科省の方針としても愛国心をカリキュラムとして扱うというのだから、以前から自分でもやりたいと思っていた愛国教育を学園のカリキュラムとして育てられれば、規制の壁も突破できるんではないかなと思うたんよ」(籠池氏) ご真影遙拝(しんえいようはい)、教育勅語の奉読、軍歌・戦時歌謡の斉唱などの「愛国教育」はかくて誕生した。それは籠池氏が青年期から胸に抱いていた彼なりの「愛国心」と、安倍内閣による教育基本法改正という「時代の風」と、小学校建設という「年来の宿願」がない交ぜになったものだった。 籠池氏の狙いは正しかった。塚本幼稚園が愛国教育に力を入れれば入れるほど幼稚園の評判は高まりつづけた。各方面からの視察が相次いだ。その評判を聞きつけた中山成彬や山田宏など、「愛国心」を売りにする政治家たちが、「人を集めるコンテンツ」としての塚本幼稚園に目をつけるのは時間の問題だった。「愛国論評」で売り出し中だった青山繁晴や竹田恒泰などの保守論壇人たちも同様。彼らが塚本幼稚園で相次いで講演したのは、なにも籠池氏側からのアプローチだけが理由ではない。安倍・籠池「蜜月」のころ 実際にあの当時の保守業界では「塚本幼稚園の愛国教育」が「流行(はや)って」いた。当時のあの界隈(かいわい)の人士が幼児教育を語る際のトレンドは、「愛国教育に邁進(まいしん)する塚本幼稚園を称揚する」ことだった。現に、青山繁晴は当時ネットメディアに出演した際、「塚本幼稚園の籠池園長は立派。塚本幼稚園がんばれ!」と宣伝までしていたではないか。 こうした背景を踏まえれば、籠池氏が安倍晋三夫婦と接近し得たことは、極めて自然だったことが理解できるだろう。「施政方針演説の直後の辞任」という前代未聞の醜態をさらして総理の座をほうり投げた安倍晋三を、保守業界は支え続けた。保守論壇誌には安倍再起論が盛んに掲載され、各地の保守団体のイベントでは安倍晋三をゲストとして招聘(しょうへい)する動きが続いた。 そんな流れの中で籠池氏の周りでも「愛国教育で名高い塚本幼稚園で、安倍晋三講演会が開催できないか」との企画が立ち上がる。籠池氏が安倍サイドと初めてコンタクトをとったのは平成23年暮れのこと。人を介して電話で昭恵氏と会話したのが最初だという。昭恵氏と会話を重ねるなかで講演会の計画は具体化していき、平成24年10月に実現の運びとなったが、突如、安倍は総裁選への出馬を表明。講演会は直前にキャンセルとなり、籠池氏の手元には安倍事務所からの丁寧な謝罪の手紙が届いた。 その後も籠池氏と昭恵氏の交流は続き、「安倍晋三記念小学校」という名称の応諾も、平成26年3月に東京のホテルオークラで行われた籠池夫妻と昭恵氏の会食も、「極めて自然な会話の中で」(籠池氏談)次々と決まっていった。籠池氏によれば、昭恵氏からは「普段から、主人は塚本幼稚園の教育内容に感心しており、いまも総裁選出馬で講演会が取りやめになったことを残念に思っており、いつかはお邪魔してお話したいと言っている」との話を何度も聞かされたのだという。大阪地検に入る籠池泰典氏と妻の諄子氏 =7月27日、大阪市福島区(安元雄太撮影) 確かに安倍首相は今年2月「籠池理事長は大変熱心な教育者だと妻から聞いている」と国会で答弁してはいる。この籠池氏の証言はある程度は信憑(しんぴょう)性を認めてもよいだろう。その後の籠池氏と昭恵氏の交流が、どのような経緯をたどり、あの小学校の土地取引にどのような影響を与えたかに関する籠池氏の証言は、国会の証人喚問や各種の報道でご承知の通りだ。 だが、この「安倍・籠池蜜月関係」も、森友事件が国会で取り沙汰されるにつけ、ヒビが入るようになる。はじめて国有地不当廉売事件が国会で質問された当初、安倍首相は塚本幼稚園の教育内容と籠池氏の教育者としての資質を称賛しさえしていた。 しかし、不透明な土地取引の実態、幼児虐待疑惑、運動会での「安倍首相がんばれ!安倍首相がんばれ!」の選手宣誓など、新事実が明るみに出る中で安倍首相は答弁の方向を変更し、ついにはあの「私や私の妻や事務所が関与していたというのであれば、総理も議員もやめる!」と口走る。この不用意な一言で森友事件は一気に政局化し、そして籠池氏の運命も転落の一途をたどった。籠池氏の「信仰回帰」 籠池氏本人の認識にたてば、「先代からの宿願であった小学校建設に邁進(まいしん)するなかで、教育基本法改正という時代の風が吹いた。その風に乗ったところ安倍夫婦と繋がった。その後その風は神風となり、小学校建設一歩手前までこぎ着けた。にもかかわらず、安倍夫婦の変心で神風は逆風となり、いまやすべてを失った」ということなのだろう。 「いまおもたら、ここ数年間は、安倍さん夫婦の一言一言に翻弄されてきたようにさえ思う」 そう語る籠池氏の顔には寂寥(せきりょう)感さえ漂っている。当時の顧問弁護士だった酒井弁護士とともに盛んにテレビに露出していたころの、「大阪のあくどい中小企業者」然とした面影は、もはやどこにもない。 3月末の国会証人喚問の後、籠池氏はある習慣を再開した。毎朝5時に起床。そのまま端座合掌し約一時間ほど瞑想(めいそう)する。「生長の家」の教祖・谷口雅春氏が提唱した瞑想(めいそう)法「神相観」だ。元来籠池氏は熱心な「生長の家」信者。かつては毎朝「神相観」を行っていた。しかし小学校建設プロジェクトが加熱したころからいつしかこの瞑想(めいそう)を行わなくなったのだという。自宅前で取材に応じる籠池泰典氏(左) =7月27日、大阪府豊中市 「いろんなことが次々と起こり、舞い上がっとったんやろうな。神想観(しんそうかん)もやらんようになったし、『甘露の法雨(かんろのほうう)』(生長の家の経典)も読まんようになってた。いまようやくその大切さを思い出し、またやりはじめたところ。まあこんなんでは、雅春先生に怒られるわなぁ」と、籠池氏は自嘲気味に自分の「信仰回帰」を語る。 「僕は何が大切か思い出した。何が根本なのかを思い出したんや。安倍さんはどうやろうなぁ? 第一次政権のころのような、あの混じりけのない愛国心はどこへいってしもうたんやろうな? 地位のため嘘をつき、他人を蹴落とす。あのままでええんかね? あんな人が総理大臣で、日本国はほんまに大丈夫やろうかね?」 籠池氏の問いかけに、安倍首相はなんと答えるのだろうか。

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    森友事件「告発」市議が緊急寄稿 私はこうして安倍政権を追い詰めた

    人物に、しかるべき形で責任を取らせる」。加計学園問題の陰にすっかり隠れてしまったように見える森友学園事件は、この最も重要な課題が残されたままだ。ゆえに大阪地検による籠池泰典前理事長らの聴取はその始まりに過ぎず、言うまでもなく、私が目指すのは嘘をついて責任を逃れようとしている安倍政権を打倒することだ。 事件発覚の端緒は今年2月8日にさかのぼる。大阪府豊中市野田町にある国有地を森友学園に売却した契約書の金額などが黒塗りされていたため、私は非開示決定の取り消しを求める訴訟を大阪地裁に起こした。 これが新聞、テレビといったマスコミで大きく報じられ、その報道を見た国会議員が財務省などからヒアリングを開始。提訴翌々日の10日には、黒塗りなしの契約書が財務省から国会議員に提供され、あの信じられないような売却金額「1億3400万円」であることが明らかになったのだ。 これを受けて早速、翌週から国会での追及が始まった。17日には安倍首相が衆院予算委で「私や妻が関与していたなら、総理も国会議員も辞める」と答弁し、これで一気に政局化した。さらに問題となったのは、森友学園が運営する塚本幼稚園の教育内容だった。森友学園が運営する塚本幼稚園の調査に入る大阪府の職員ら=2017年3月、大阪市淀川区(前川純一郎撮影) 教育勅語を暗唱させ軍歌を歌わせるといった、いびつな愛国主義教育や児童虐待とも思えるような園児への対応、園長と副園長らによる中国、韓国へのヘイト発言など、異様な実態が次々と暴露された。極めつけが、幼稚園の運動会での「安倍首相がんばれ」という選手宣誓だろう。ワイドショーでも連日大きく取り上げられる大問題へと発展していった。 そして問題発覚からおよそ半年が経過した。冒頭で記した通り、今では報道されることもめっきり少なくなり、すっかり「過ぎた話」の感もある。だが、実のところ何も終わっていないのだ。この問題の疑惑の中心は、国有地のタダ同然の叩き売りと、不可解な学校設立認可の2点だが、どちらも「疑惑」=グレーというレベルを超え、もはや完全に「クロ」である。 理由は明白だ。4~5月、籠池氏サイドから、新たな資料が次々と公開されたが、①国有地値引きの根拠とされた「8・2億円のゴミ」などがなかったこと②極端な安値での売却へのレールを敷いたのは財務省側であること③籠池氏らは昭恵氏と頻繁に連絡を取り合い、昭恵氏側も首相夫人付秘書らが財務省などにはたらきかけ、結果的に籠池氏の望み以上の破格の条件となったこと、これら3点が事実をもってほぼ立証されている。市議としての「直感」 学校設立認可については、大阪府私学審議会は条件付ながら「認可適当」と松井一郎府知事あてに答申した。だが、財務面だけでなく、教育内容の面でも認可基準に照らしてあり得ない状況であり、これらは数々の客観的事実によってすでにはっきりしている。 国有地を不当に値引いて売却したのではないか、認可されるべきでないのに学校設立が認可されたのではないか、というこの2点は、繰り返しになるが、もはや「疑問」ではない。不当に値引いたのであり、認可などされてはならなかったのだ。 残る問題は「なぜそうなったのか」、つまり誰が、どういうプロセスを経て、そのようないびつな決定を下したのかである。そこに政治家(首相夫人を含む)の介入があったのか、なかったのか。その点だが、これについても、昭恵氏の関与があったことは、すでに疑いの余地などない。 そうならば「しかるべき人物に、しかるべき形で責任を取らせる」という、まさにここだけが手つかずのまま残されていることになる。 そもそも国有地の売買契約書をめぐって、私が提訴に踏み切ったのは、市議として「直感的」に不正があると確信したからだ。正直に言えば、自分が暮らす豊中市で、児童に教育勅語を暗唱させるような異様な皇民化教育をする小学校ができるなんて「我慢ならん」という思いもあった。「森友学園」が小学校用地として取得していた大阪府豊中市の旧国有地 また、この国有地は、元はと言えば豊中市が国から無償貸与を受けて公園として整備したいと考えていた物件だ。だが、国から「無償貸与などできない、使いたいなら買い受けろ」と強く迫られたため、泣く泣く断念したという経緯も不正を追及しようと決意した理由の一つだ。 ただ、名誉校長が昭恵氏で、理事長の籠池氏は安倍政権の強烈な支援組織といえる「日本会議」関係者であり、いわば「安倍政権」に直結する。これはひょっとすると、土地取得をめぐって何か胡散臭いやり方をしているのではないか。 だとすれば、そこを突けば、開校を阻止できるかもしれないと考えたのだ。この直感は的中したといえるだろう。案の定、「政権中枢と大阪維新が車の両輪となり、極右カルト学園の開校を全面支援した」という事件であることが明確になった。 結果として、開校を阻止できたわけであり、目的を達成できたかのうように見えるが、今はむしろ、歯がゆい思いの方が大きい。それは、一連の森友学園問題を通じて、この国には民主主義がまともに機能していないことを改めて見せつけられたからだ。「打倒安倍政権」と直結した闘い だれもが記憶しているはずだが、国権の最高機関たる国会での正式答弁で、安倍首相は「自分や妻が関与していたなら、総理も国会議員も辞める。間違いない。はっきり言っておく」と述べた。ならば、昭恵氏が大阪府私学審会長の梶田叡一氏と会っていたことも明らかとなった今、安倍首相は政治家を辞めるのが当然なのだ。 ところが安倍首相はいまだ辞めることなく、昭恵氏は国会証人喚問どころか記者会見すら開かず、森友学園問題については完全なダンマリを決め込んでいる。これでは、国会での議論など何の意味もない。戦没者墓地で日本の海軍兵を悼む安倍晋三首相(左)と昭恵夫人=2017年5月、マルタのカルカラ それだけではない。財務省の佐川宣寿理財局長(当時)は、土地売却をめぐる森友学園側との交渉記録について「売買契約締結をもって事案終了、事案終了と同時に記録は廃棄」と答弁した。「10年分納の契約なのに、契約締結と同時に事案終了なんておかしい」と指摘されたことに対し「一定期間経過すると、自動的に消去されるシステムになっている」との珍答でごまかしている。 「そんなばかな話があるか!」「仮に消去されても復元できるはずだ」と追及されると「間もなくシステム更新作業を始めるので、完全に消去され、復元も不可能」だという。それならばと、東京のNPO団体が証拠保全のためシステム更新作業をしないよう求める仮処分を申し立てたところ、東京地裁はこれを棄却してしまう始末だ。 そして6月1日から予定通り財務省のコンピューターシステムの総入れ替え作業が始まっている。報道によると、この作業にかかる費用は52億円にものぼるらしい。つまり、莫大な血税を投じて証拠隠滅を図っているのと同じではないか。 森友学園事件と「政治の私物化」という点で共通する加計学園問題も大疑獄事件に発展しているが、政権の対応はほぼ同じだ。完全否定し、情報を秘匿する。要は、どんな追及を受けてもひたすら「知らぬ存ぜぬ」を決め込み、やり過ごそうということだ。 そのようなふざけた態度を取り続ける安倍政権が「話し合っただけで罪になる」共謀罪を委員会採決をすっ飛ばすという禁じ手で強行成立させた。さらに、安倍首相は抗議行動に出た市民に対し「あんな人たち」呼ばわりしたのである。 最期にもう一度言っておく。「しかるべき人物に、しかるべき形で責任を取らせる」。これなくして民主主義は健全に機能しない。今や私にとって、森友学園事件とは、民主主義を守る闘いに他ならない。そして、その闘いは「打倒安倍政権」と直結しているのである。

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    籠池夫妻はどうしてこうなった?

    のお騒がせ夫婦が久しぶりにメディアをにぎわせた。学校法人「森友学園」(大阪市)をめぐる補助金不正受給事件で、大阪地検特捜部による初の取り調べを受けた籠池夫妻である。第一報からはや半年。被害妄想にも似たド派手なパフォーマンスは相変わらずだが、どうしてこうなったのか。

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    籠池夫妻を「捨て身の行動」に走らせた引き金は何だったか

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) どうしてこんなことになってしまったのか、というのが率直な思いだ。少し前まで、各種世論調査での安倍晋三政権の支持率は60%を超えていた。2012年12月の衆院選で勝利し政権の座に復帰してから、昨年7月の参院選まで国政選挙で4連勝した。安倍首相が目指す憲法改正を支持する勢力が、国民投票の発議可能となる衆参両院3分の2以上の議席を占めるまでになった。まさに「安倍一強」であり、向かうところ敵なしの勢いだった。 ところが、安倍政権の支持率が急落した。学校法人森友学園、加計学園問題への批判や、度重なる閣僚・所属議員の言動への反発、「共謀罪」などの国会審議で、強行採決を多用した強引な手法への批判が政権に大打撃を与えたのだ。都議選では、首相の街頭演説に「内閣退陣」などの横断幕を掲げる100人以上の集団が現れ、「安倍やめろ」のコールを繰り返す異様な光景となった。都議選では、自民党が大幅に議席を減らし、過去最低の23議席という壊滅的な結果となった。 安倍首相の街頭演説に対して、「安倍やめろ」コールを繰り返した集団の中に、1人の男が現れた。森友学園の籠池泰典前理事長であった。わずか3カ月ほど前には、自ら経営する塚本幼稚園で、園児に教育勅語を朗読させたり、運動会で「安倍首相がんばれ」と叫ばせたりする教育を行っていることが明らかになり、国民に衝撃を与えていた。また、設置申請中の小学校に「安倍晋三記念小学校」と名付けようとするなど、首相に心酔していたようにみえた籠池氏が、首相に退陣を迫る集団の中で、「安倍はうそつきだ」と叫んだことには、驚かされた。都議選候補者の街頭演説会場を訪れた森友学園の籠池泰典前理事長=7月1日、東京・秋葉原 籠池氏が、確固たる保守思想に基づいて行動してきた人物ではないことは、明らかだろう。森友学園への国有地売却を巡る一連の騒動の中で、首相に裏切られたと感じて切れたということは理解できる。だが、突然「敵」であるはずの共産党の小池晃書記局長らと一緒に記者会見し、共闘関係になるというのは、あまりにも行動が極端すぎる。 これは、籠池氏が実は何の思想信条も持っておらず、保守思想は彼にとって「ファッション」でしかなかったということを示している。換言すれば、保守思想を学校という金もうけの場での「道具」として使ったに過ぎなかったのだろう。だが、安倍首相はそんな人物の取り扱いを誤ったことで、「反安倍運動」の想定外の広がりを許してしまった。 森友学園への国有地売却問題が表面化したとき、安倍政権に大きなダメージを与える問題になるとは思っていなかった。これは、日本の地方政治で日常的によく行われていることに思えたからだ。しつこく繰り返された「普通の陳情」 一般的に、籠池氏のような学校経営者と政治家の間に、日常レベルでさまざまな接触があったとしても、別におかしな話ではない。運動会など学校行事に地方政治家や国会議員が、選挙対策として顔を出すのはよく知られていることだ。自民党や日本維新の会のような「保守」が塚本幼稚園に顔を出し、「教育方針が素晴らしい」などリップサービスを交えた来賓祝辞をしたことは、容易に想像できることである。 そんな日常的で気楽な付き合いの延長線上で、籠池氏が「小学校を設置したい」と、言い出すようになったのだろう。最初は地方議員に陳情を繰り返し、話がなかなか進まないと鴻池祥肇元防災担当相のような国会議員に陳情をしていったということだ。「学校の認可・設置に関する政治家への陳情」というだけならば、どこの地方でもよくあることだ。「政治家が相談に乗る」「役所の担当者を紹介する」程度のことなら、別に珍しい話ではない。 実際、鴻池事務所に対する籠池氏の「陳情報告書」の記録が明らかになっている。そこには、鴻池氏の元秘書・黒川治兵庫県議会議員(自民党)や、中川隆弘大阪府議会議員(大阪維新の会)らの名前が出てくる。彼らは、再三再四に渡って、籠池氏から「鴻池事務所につないでほしい」と依頼を受けていた。そして、「相談に乗ってあげてよ」という形で、鴻池事務所につないだという。ここまでも、まだ通常の陳情の範囲内だ。3月1日、森友学園の籠池泰典理事長との面会について説明する自民党の鴻池祥肇参院議員。口利きなどの関与を強く否定した しかし、2016年3月に森友学園が、くい打ち工事を行う過程で新たな地下埋蔵物が発見されたことをきっかけに、資金不足のために土地を賃貸することから、突然購入に方針転換してからは、陳情攻勢のしつこさが尋常ではなくなった。報告書には、「うちはコンサルタント業ではありませんので」「うちは不動産屋と違いますので。当事者同士で交渉を!」「どこが教育者やねん!」「大阪府の担当者は、土地以外(の生徒募集)を一番懸念されているようですが」などと、籠池氏のあまりにしつこい陳情に、鴻池事務所があきれかえっていた様子が記されていた。 そして、籠池氏は、要求に応じない近畿財務局を飛び越えて、財務省理財局を訪れて直談判に及んだ。その際、理事長は鴻池事務所にアポイント取りを依頼したが、断られていた。しかしアポイントなしで理財局に乗り込み、ゴミ処理代を8億1900万円とする内諾を得て、評価額9億5600万円の国有地を、1億3400万円で購入したのである。 要するに、籠池氏は地方・国のさまざまな政治家に接触し、近畿理財局にも掛け合ったが、国有地を安く購入することはできず、財務省理財局訪問のアポ取りさえ断られていた。彼が理財局に直談判して、初めて森友学園の要求が通ったのだ。つまり、地方議員も鴻池氏も、ルールに従って事務的に対応していた近畿理財局を動かすことはできなかったのだし、そもそも動かす気がなかったように思われる。ここまでは全て通常の「陳情」であり、何も違法性はない。首相が「口利き」するはずがない理由 結局、財務省理財局で何がどのように決められたかが問題であり、そこに政治家の関与、それも鴻池元防災相を超える「大物」、はっきり言えば安倍首相が関与したかだけに焦点が絞られることになる。 だが、基本的に安倍首相が「口利き」をしたはずがない。首相は、2006年9月に発足した第1次政権をわずか「365日」の短命政権に終わらせるという失敗を経験している。その一因は、年金未納問題や度重なる閣僚のスキャンダルなどで支持率が低下し、求心力を失ったからだ。スキャンダルが頻発したに背景には、教育基本法改正など、首相が保守的な信念を貫こうとして、左翼勢力を本気で怒らせたからだと考えている。5月9日、学校法人「森友学園」への国有地払い下げ問題を巡り、昭恵夫人のメールの記録などを手に答弁する安倍首相 安倍首相は、2012年12月に政権復帰するにあたって、この第1次政権期の失敗からさまざまな教訓を得ていたはずだ。それは、政敵に隙を与えないために、「守り」を固めるということだ。例えば、首相は、自身の保守的な思想信条を表明するのに非常に慎重だった。もちろんその間、特定秘密保護法、安保法制などを実現してきた。それでも、愚直に政策実現を目指した第1次政権期と比べれば、「アベノミクス」による経済重視を打ち出し支持率維持を図るなど、相当に慎重に振る舞ってきていた。 そんな慎重な安倍首相が、保守系の学校法人の土地取得に関与するなど、危ない橋を渡るはずがない。本人ではなくても、スタッフが関与したというかもしれないが、本人以上にスタッフが慎重なはずで、ありえないことである。 そのことを考えれば、結局、財務省理財局が籠池氏の直談判を自らの判断で受け入れてしまったと考えるべきだ。要は、籠池氏が安倍首相と「近い関係にある」と思い、安倍首相の意向を「忖度(そんたく)」して、理財局の判断だけで話を通してしまったのではないだろうか。 これも一般論だが、日本社会では「うるさい人」がやってきたら、いちいち理屈で抵抗しないで、できるだけ触らない、関わらないということで話を通してしまうということがよくある。まして、権力を持つ人がバックにいるとなれば、なおさらである。 籠池氏が財務省理財局に直接乗り込んできて、「安倍首相がバックにいる」とか、あることないことを言って圧力をかけたことは容易に想像できる。理財局からすれば、本当に首相がバックにいるのかどうかはわからない。しかし、杓子(しゃくし)定規に断った後で、本当に首相が出てきたら面倒な話になってしまう。事態を一変させた証人喚問 当時、麻生太郎財務相が国会で「適切に処理した」と再三答弁しているように、国有地の売却自体は、財務省理財局の権限でできるもので、違法ではないのだろう。だから、首相などに確認することもなく通したということだ。それならば、至って「日本的な話」だということになるのではないだろうか。 もちろん、14億円相当の国有地が森友学園に実質200万円で売却された経緯は不可解であり、真相が明らかにされなければならない。だが、この仕事はスキャンダラスな報道を続けるメディアを背景にした野党の追及では限界がある。学校法人「森友学園」が小学校用地として取得していた大阪府豊中市の国有地=7月27日 安倍首相はこの問題が発覚した当初から、「会計検査院」に調査を委ねるとしたが、それは別にこの問題から逃げたかったわけではないだろう。強い調査権限を持つ会計検査院の調査結果がないと、内閣は行政の誤りを認められないからだ。 繰り返すが、麻生財務相が国会で再三説明したように、国有地の売却については財務省に権限があり、その範囲内で処理したものには「違法性」はない。違法性がなければ、いくら野党が追及しても、財務省は誤りを認めようがない。それ以上に踏み込んで、国有地売却の不適切さを指摘しようとするならば、第三者機関である会計検査院の調査結果を待たなければならないということになる。実際、会計検査院は国有地売却の不適切性の是正に関して、多くの実績がある。 仮に、野党の追及に耐えられず、安倍首相や麻生財務相が不適切であったことを認めたら、それは、国有地の売却の決定に政治介入できるということになり、むしろ問題が大きくなる。役所の権限で決定し、第三者のチェックを受けるというシステムのほうが、政治的な影響を受けず、オープンで公平なのだ。ここまでは、安倍政権は野党とメディアの追及にいらだちを見せながらも、まだ冷静さを保っていた。 ところが、3月23日に籠池氏への証人喚問が行われたことで、事態は一変した。証人喚問の実施をずっと否定してきた自民党が一転、実施を決めたのは、籠池氏が「安倍昭恵夫人から『安倍晋三からです』と言って、100万円の寄付を受けた」と発言したからだ。「売られたけんかは買う」とばかりに「そこまで言うなら、『偽証罪』に問われる証人喚問で白黒つけてやろう」ということだった。正直、これは余計なことだった。 籠池氏は証人喚問で、昭恵夫人が森友学園の経営する塚本幼稚園で講演会を行った際、籠池氏と2人きりの状態で「安倍晋三から」として「寄付金として、封筒に入った100万円をくださいました」と、偽証罪を恐れることなく、事前にメディアに話した通りに証言した。また、籠池氏からは、大阪府の小学校設置基準緩和について、政治家に協力を求めたとして、以前から名前が出ていた鴻池氏に加えて、東徹氏(日本維新の会)、柳本卓治氏(自民党)らを挙げた。「捨て身の転向」で繰り返された暴露 だが、証人喚問で籠池氏が証言したことは、前述の通り、運動会など学校行事に地方政治家や国会議員が、選挙対策として顔を出すという「日本政治・社会の日常」の範囲を超えるものではなかった。証人喚問で明らかになったのは、その政治家の実名だけだった。しかし、政治家に役所を動かす力があったことが明らかになったわけではない。「政治家が相談に乗る」「役所の担当者を紹介する」という通常の陳情があっただけだ。名前が挙がった政治家も、陳情があったこと自体を否定していないし、そこに違法性はない。 結局、籠池氏が地方・国のさまざまな政治家に接触し、近畿財務局にも掛け合ったが、国有地を安く購入することはできず、財務省理財局訪問のアポ取りさえ断られていた。籠池氏が理財局に直談判して、初めて森友学園の要求が通ったのであり、政治家はルールに従って事務的に対応していた近畿財務局を動かすことはできなかったという、既に明らかになっていたことを超える事実は出てこなかったのだ。参院予算委員会の集中審議で、質問に答弁に立つ元近畿財務局長の武内良樹財務省国際局長(前列右)と元財務省理財局長の迫田英典国税庁長官(同左)=3月24日(斎藤良雄撮影) 一方、昭恵夫人はフェイスブック上で「私は、籠池さんに100万円の寄付金をお渡ししたことも、講演料をいただいたこともありません。私は講演などの際に、秘書に席を外してほしいというようなことは言いませんし、そのようなことは行いません」と完全否定した。昭恵夫人の主張が事実なら、籠池氏は偽証罪に問われることになる。ただし、そもそも安倍首相が寄付金を渡すこと自体は問題ない。政治家が学校に寄付をするという行為自体は、自らの選挙区外であれば違法ではないからだ。 仮に、寄付が事実だとしても、首相のプロセスへの関与を疑うならば、それは首相が「カネをもらった」ケースだろう。今回は、首相が「カネをあげた」のであり、そこから「首相と森友学園は深い関係だ」と推測することはできても、首相の関与との因果関係の証明は極めて難しい。今回の森友学園を巡る問題の中で、これは本質的に重要な問題ではなかったはずだ。 結局、「首相が100万円を寄付した」という籠池氏の発言に対して、「売り言葉に買い言葉」的に証人喚問を実施したものの、そもそも確固たる思想信条がなく、いわばファッション的に保守陣営に加わっていただけの籠池氏は、偽証罪におびえておとなしくなるどころか、「捨て身の行動」に走ってしまった。籠池氏は、右翼から左翼にあっという間に「転向」し、森友学園問題に関して暴露を繰り返すことになった。その結果、証人喚問によって、問題の本質ではないはずの「首相の寄付」「昭恵夫人のメール」に国民の関心が過度に集中してしまうことになったのである。軽率な権力行使を露呈した安倍政権 その後、森友学園をはるかに上回る深刻な問題として、加計学園問題が明らかになり、「お友達」に便宜を図るために批判されることなった。また、首相の「お友達」のジャーナリストの犯罪をもみ消したとされる騒動の発覚や、テロ等準備罪成立のあまりの強引さなど、「首相の権力の乱用」に、国民の厳しい視線が集中することになった。籠池氏を偽証罪に訴えると脅して逆切れさせた証人喚問実施は、安倍政権にとって、取り返しのつかない判断ミスだったといえるだろう。 「首相の権力強化」は、90年代以降に取り組まれてきた政治・行政改革の成果なのだ。逆に言えば、「首相の指導力欠如」は日本政治の永遠の課題といっても過言ではないものであった。小選挙区比例代表並立制という選挙制度改革によって権力は派閥の領袖から首相に移った。内閣府の設置と省庁再編によって、官僚支配は「首相官邸主導」に変わった内閣人事局の設置によって、首相官邸は各省庁の幹部の人事権を掌握した。首相官邸に入る菅義偉官房長官=6月8日 この改革は、自民党よりも、むしろ現在の民進党幹部が民主党の若手議員だった時代に強く実現を迫ったものだった。今、安倍首相を「独裁者」と批判する彼らは、かつて英国流の二大政党制の導入を目指した。英国政治の特徴は「交代可能な独裁」であり、その肝は「政権は任期の間、独裁的に物事を決められるが、失政を犯せば選挙で交代させられる」というものだ。「安倍一強」とは、「交代可能な独裁」そのものであり、民進党がかつて実現を望んだ改革が成功したことを示しているのは、皮肉なものである。 つまり、首相の権力が強化されたことは、日本政治の長年の課題を解決したことであり、それ自体は問題がないといえる。ただし、安倍首相の権力の使い方は問題が大きいと言わざるを得ない。「友達に便宜を図るため」「官僚のプライバシーを首相の御用メディアに流させるため」「首相の友人の犯罪をもみ消すため」に権力が使われたといわれている。もちろん、その真偽はわからないのだが、安倍政権には、それが事実だと思われても仕方がない「軽率さ」がある。 本来、強力な首相の権力は、財政再建・規制緩和のような各省庁・族議員の強い抵抗が予想される政策の断行に用いられるべきであり、究極的には「有事」において、首相が指導力を発揮するためにあるはずだ。ところが、安倍政権の「軽率さ」によって、首相の権力に対する国民の支持・信頼が失われてしまうことは深刻な問題だ。 重要政策の決断や有事の際に、首相の指導力が国民に信頼されないならば、それは国益を損ねることになる。強い権力を持つからこそ、何をしてもいいのではなく、普段はその扱いには慎重になるべきだ。そうでないと、いざというときに権力を使えなくなってしまうのだ。安倍政権は都議選の惨敗を機に、権力行使のあり方を厳しく反省する必要があるだろう。

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    籠池泰典氏長男「この先、加計さんも父みたいな目に遭うはず」

     学校法人を巡る「疑惑」の渦中にいる加計学園の加計孝太郎理事長に、ぜひ“先輩”からのアドバイスを──。そう森友学園の籠池泰典・前理事長に取材を試みたところ、「父の代わりに答える」と大阪の取材会場のホテルに現われたのは長男の佳茂氏だった。「父は秋葉原で(都議選の)安倍さんの街頭演説を見に行っただけなのに、警察に両脇を抱えられて連れていかれた。それもあって今は出ないようにしています」 沈黙を守る加計理事長に対して、証人喚問にも応じた籠池前理事長としては思うところがあると言う。「学校法人の理事長という意味では同じですが、経営の規模も学校の種類も違います。決定的な違いは、加計は経営が先にあり、森友は理念が先にあること。父は小学校設立のために奔走して無理な資金繰りもやってきて、借金もかなりある。父は日本のための人材を育てる教育者だが、加計さんは金儲けをする経営者なのでしょう」家宅捜索中の籠池泰典氏の自宅前で、報道陣に囲まれ厳しい表情で話す長男の佳茂氏=6月19日、大阪府豊中市(彦野公太朗撮影) 森友学園は業務停止になり、補助金適正化法違反などの疑いで大阪地検特捜部の家宅捜索も受けた。「森友の先行きは暗いばかりですが、加計さんは日本のエスタブリッシュメントで、根っからの権力側なのでしょう。だから、今回の“躓き”があっても安泰で、だんまりを決め込むことが得策だと思っている。でも本当にやましいことがなく、教育者という自負と理念があるのなら、事実を全て国会で話したほうがいい。初めは父も大変叩かれたが、事実をすべて話したことで、今はメディアや一般の人からも応援されていますよ」 最後に、安倍首相との“お友達関係”について忠告した。「安倍さんは、父と理念でつながっていたはずなのに、いきなり手の平を返した。そういう人ですから、この先、“腹心の友”の加計さんも、父みたいな目に遭うはずですよ」関連記事■ 稲田朋美氏を籠池氏に“応援”させるという落選運動■ “総理のご意向文書”作成女性課長補佐 異動→辞職懸念する声も■ 加計学園グループの敷地内に自民党支部が存在した■ 高須院長が都議選総括「反安倍派が喜ぶのはとんだ見当違い」■ 田村英里子 伝説の「半裸カレンダー」写真リバイバル公開

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    籠池泰典氏は首相周辺の空気をうまく利用した「魔術師」か

     数年前、場の雰囲気に合わせないことを「KY(空気が読めない)」などと避難する意味をこめた言葉が流布した。そしていま再び、「忖度」という似たような言葉が脚光を浴びている。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、「空気」をうまく利用する人たちについて考えた。* * *「忖度」という言葉が、一躍脚光を浴びている。発信源はもちろん、国有地格安払い下げ問題で証人喚問された森友学園の籠池泰典理事長(当時)の発言だ。 小学校の建設のための用地として、9億5600万円の土地を、1億3400万円という破格の額で購入した。その際、安倍首相の口利きがあったかどうかを問われた籠池氏は、「忖度をしたということでしょう」と答えた。5月8日、衆院予算委員会の集中審議を傍聴する籠池泰典氏(斎藤良雄撮影) 忖度とは、「他人の心を推し量ること」という意味だ。それ自体は悪いことではない。むしろ、相手の身になって考える風潮は、日本の「おもてなし文化」などを発展させてきた。 でも、忖度も、行き過ぎると害になる。そのことは、1977年に出た山本七平の『「空気」の研究』に詳しい。山本七平は、人の意思決定に、得体の知れない「空気」というものがかかわっていると指摘している。「結論を採用する場合も、それは論理的結果としてではなく、『空気』に適合しているからである。採否は『空気』がきめる」 圧倒的に力の差があるのを理解しながら、アメリカと開戦してしまったのも「空気」だ。その結果、負け続け、艦隊や戦闘機を失い、裸になった戦艦大和を、敵機動部隊が跳梁する外海に突入させていく。それが、作戦としては考えられないと認識しながらも、「空気」に逆らえなかったというエリートたち。「空気」というあいまいなものに支配され、判断や結果に対しては、だれも責任を取らない。 ぼくたちは、いまだその「空気」に支配され続けている。見えない同調圧力のなかで、みんなが小さく縮こまってしまうことに危機感をもったぼくは、2010年『空気は読まない』(集英社)を書いた。当時、「空気が読めない人」は「KY」などと呼ばれ、のけものにされる風潮が目立った。最近は、目立つ発言をした人たちが、「不謹慎狩り」の総攻撃のやり玉にされている。やっていることは、相変わらずだ。 森友学園の国有地払い下げが、籠池氏の言うように「忖度」でなされたのだとしたら、氏は、安倍首相周辺の「空気」をうまく利用した「空気の魔術師」だ。財務省までが、土地払い下げの経緯を示す「資料はない」と言っている。与党にも「ダメといえる」勇気を アメリカは、トランプ大統領就任以来、突風が吹き荒れている。だが、トランプ大統領の方針は、良識によって次々と覆されている。 オバマケアを廃案にし、新制度に置き換える法案を出したが、共和党内に異論が出て、法案を取り下げた。「空気」に流されない人たちがいるのだ。敗北を喫したトランプ大統領は、ツイッターに「オバマケアは破裂するだろう。国民のためのすばらしい医療保険制度案をつくるため、われわれは結束していく。心配は無用だ」と悔しい投稿をした。 イスラム系7か国の一時入国禁止を命じた大統領令に対しても、司法省のトップが異を唱えた。このトップはクビになったが、それでも勇気をもって、おかしいことにはおかしいと言える人間がいることが大事だ。その後、イラクを除いたイスラム系6か国を一時入国禁止とする新大統領令が出たが、再び、ハワイ州のホノルル連邦地裁は発効の一時差し止めを命じる仮処分を出した。 山本七平は、その場を支配する「空気」に、「水を差す」ことの重要性も訴えているが、アメリカではこの「水を差す」という機能がうまく働いている。 森友学園では、幼稚園の子どもたちに教育勅語を朗誦させるエキセントリックな教育方針でも、注目された。教育勅語とは、緊急事態の場合、皇国のために奉仕するというものだった。それを子どもたちに唱和させている大人の意図とは何だろうか。 安倍内閣が、教育勅語について、憲法や教育基本法に反しない形で教材として使用を認める閣議決定をした。閣僚が、教育勅語を肯定しはじめるこの動きは、いったい何なのだろうか。 この国の「空気」は、おかしな方向に行こうとしている。一強になった首相の思いを、みんなが読み合っている。自分がいい思いをするために、より激しく右へ動く競争をはじめたように思えてならない。志の高いホンモノの保守に、ニセモノの保守を駆逐してもらいたいものだ。 この流れを止めるために、ダメなものはダメと言える勇気が、与党のなかにもっとあっていいはず。 ぼくたち国民も、マスコミも、顰蹙を買ってでも、自由に発言することを忘れてはならない。少なくとも、明るみに出た問題は、忖度せず、きちんと事実を解明してもらいたいものだ。●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『遊行を生きる』『検査なんか嫌いだ』。関連記事■ 激ヤセのクリントン氏 1回数千万円の講演料で年収10億以上■ 【ジョーク】イラン大統領「オバマ無能」への対立候補の反応■ 【ジョーク】ヒラリー・クリントン氏が大統領目指すのはなぜ?■ 「徳川家康は教育パパだった」等歴史上人物の逸話満載した本■ 【ジョーク】オバマ米大統領とプーチン・ロシア大統領の違い

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    「性犯罪の中でも小児性愛は別格である」私が見た依存症治療の現実

    リンさんが通学していた小学校で保護者会会長をしていた男性が逮捕された。 私も含め、多くの人がこの類の事件の報道を耳にすると、2004年11月にあった奈良小1女児殺害事件を思い出す。実は、この奈良の事件をきっかけに2006年からわが国では初めて矯正施設や保護観察所で「性犯罪者処遇プログラム」が始まった。これと同時期に、榎本クリニック(以下、当院)でも社会内処遇の枠組みで、民間医療機関では日本で初めて「性犯罪者の地域トリートメント」に関する取り組みが始まった。そして時は流れ、現在明治時代から110年ぶりに性犯罪に関する刑法が改正される矢先、リンさんの痛ましい事件は発生した。 リンさんの事件に関しては、推定無罪の原則から刑が確定していない現段階で断定的なことは言えない。ちなみに国際的な診断ガイドラインであるDSM-Ⅴ(精神疾患の分類と診断の手引き)では、児童に対する小児性犯罪を「小児性愛障害」と呼んでいる。以下、診断基準を簡単に紹介する。【小児性愛障害(Pedophilic Disorder)】A 少なくとも6カ月にわたり、思春期前の子どもまたは複数の子ども(通常13歳以下)との性行為に関する強烈な性的に興奮する空想、性的衝動、または行動が反復する。B これらの性的衝動を実行に移したことがある、またはその性的衝動や空想のために著しい苦痛、または対人関係上の困難を引き起こしている。C その人は少なくとも16歳で、基準Aに該当する子どもより少なくとも5歳は年長である。※青年期後期の人が12~13歳の子どもと性的関係をもっている場合は含めないこと。 小児性犯罪は他の性倒錯に比べ再犯率が高いといわれている。また、先ほど述べたように合意に関するルールについても児童の場合は成立しない。これは相手がどのように受け止めていても全て犯罪とみなされる。そして、被害児童は成人してからもずっとその被害の後遺症に悩まされ苦しむ。これは家庭内性虐待の被害も同様である。 以上のような点で、リンさんの事件を見ても分かるように小児性犯罪は被害児童や社会に与える影響、マスコミの報道の仕方など、性暴力の中でも際立った存在であるといえる。学校などに潜む小児性愛者 小児性犯罪者には、大まかに幼い子どもにのみ性的欲求を感じるタイプと、成人女性にも性的欲求を感じるタイプとに分けることができる。筆者が出会ってきた小児性犯罪者は前者が圧倒的に多く、まれにではあるが男児への性的嗜好を持っている者にも臨床の場で出会ったことがある。男児の場合、加害者に同性愛的傾向があるため治療はより困難を極める。 彼らの頭の中はどのようになっているのだろうか。典型的パターンとして、職業選択や社会的役割を自らの小児性愛的嗜好を基準に選択しているケースがある。つまり、小学校の先生や保育士、本事件のように児童と接することができる学校の役割を担うなど、児童に関わることを何らかの理由を付けることで合理化し意図的に選択している者である。 彼らは口をそろえてこう言う。 「いずれ大人になったら経験することなのだから教育的な観点で性的接触を行っただけだし、相手もそのことについて好意を持っていたはずだ」 「可愛いからついついかわいがるつもりで一線を越えてしまった。決して傷つけようと思ったわけではないし相手もそれを受け入れていた」リンさんも歩いた通学路付近で保護者と下校する児童ら=4月14日、千葉県松戸市(宮崎瑞穂撮影) とんでもない認知のゆがみだ。ここでいう、認知のゆがみとは性的逸脱行動をくり返すための本人にとって都合のいい認知の枠組みと定義できる。児童にとって教師や身近にいる大人は拒否や反発が困難な絶対的存在である。また、大人側が「やってない」と否定すれば当該児童から根掘り葉掘りされたことを聞くことはあまりない。絶対的な立場を利用した卑劣な性暴力。現在ではこのような学校内での性暴力を「スクール・セクシュアル・ハラスメント」というが、被害児童は親にも打ち明けられず不登校になったり、自傷行為でSOSを出すなどのさまざまな後遺症に苦しめられる。子どもの性被害はよく「性的いたずら」と表現されることがあるが、そんな軽い言葉で表現できるほどこの問題は生やさしいものではない。「いたずら」という言葉にはそこまで大したことはないというニュアンスが含まれるため被害児童に使うべきではないし、やはり明確に小児性犯罪というべきだろう。  次に、そんな小児性犯罪の治療について迫っていきたい。 米国ではエイブルの研究があり「未治療の性犯罪者が生涯に出す被害者の数は380人」というデータがある。ところが、筆者が国内の某刑務所で性犯罪のプログラムに参加する受刑者にこの話をしたところ、「その数字は少ない」という反応が多数を占めていた。これは、小児性犯罪を繰り返す受刑者が多い治療グループでの反応だった。ということは、表面化(逮捕)しているのは氷山の一角である。性犯罪者の治療内容 被害者に与えるダメージを考えると、性犯罪者は厳罰に処すべきという意見が根強い。性犯罪は、今回の刑法改正案で厳罰化・非親告罪化されることになる予定だが、果たして再犯は減るのだろうか。実は、厳罰化だけでは再犯率は低下しないという明確なエビデンスが存在する。近年では、加害者臨床の分野にもEBP(Evidence‐Based Practice)のパラダイムが当たり前になり、性犯罪者を罰するだけのアプローチや、GPSによる電子監視だけでは再犯防止にほとんど効果はなく、医療モデル・教育モデル・社会福祉モデルを統合的に加えたアプローチこそが、再犯防止に最も効果的であるということが明らかになってきた(Andrews & Bonta,2010)。 そして、当院では反復する性的逸脱行動を嗜癖モデルで捉え、性依存症という疾病モデルからやめ続けるには専門治療が必要な病であると考え、日々再犯防止のためのプログラムを行っている。 性犯罪者の治療はある程度確立されている。当院では、約10年前から性犯罪および性依存症からの回復のための再発防止プログラムを実施している。性犯罪の治療プログラムは、世界的に共通する「RNRモデル(リスク・ニーズ・治療反応性の原則)」が確立されている。まず、リスクアセスメントの質問シートで低・中・高のリスク判定を施行し、各リスクに応じた密度のプログラムを受講する。高リスク群と低リスク群が共に治療を受けると、低リスク群の再犯率が上がるといわれていることから、いかに正確なリスクアセスメントが重要なのかということがわかる。 さらに、痴漢なら満員電車、盗撮ならエスカレーター、小児性犯罪なら学校のプールなど、各対象者の性的逸脱行動を起こしやすい状況をピックアップし、回避・対処行動を助言し、再犯防止計画(リスクアセスメントプラン)に加えていく。そして、本人の問題に応じた、最も治療効果を引き出せるプログラムパッケージを選択する。集中して治療を行う期間は、低リスク群は半年、中リスク群は1年、高リスク群は3年である。その後はメンテナンスプログラムに移行し、再発防止のための取り組みを継続する。男のサディズムと小児性愛(イメージイラスト) 日本ではグループワークが主で、本人の能力に応じたプログラムパッケージの選択がまだまだ不十分だが、当院では集団療法と個人療法を併用して再発防止のための治療を行う。場合によっては薬物療法も実施している。睡眠不足が引き金になって対象行為に至ってしまう人には、睡眠不足にならないスケジュール管理指導と並行し、睡眠薬を処方する場合もある。抗酒剤、向精神薬、SSRIなど、患者の状態によって薬の種類は異なる。 次に、この問題を理解している治療の協力者であるキーパーソンの立場も重要である。基本的には親、パートナー、友人などで、だれもいなければクリニックのスタッフがキーパーソンを務める。治療内容などの情報を共有し、再発防止のストッパーになってもらう。性犯罪者の常套句 通常、依存症の治療では「再発(リラプス)」は回復のプロセスであると考える。しかし、性犯罪に関しては被害者が背景にいるため、再発を回復のプロセスと考えるのは理論的に無理がある。従って、再発防止に最も重点を置く。このように、加害者臨床は他の心理臨床と異なる視点をいくつか持っている。ここでこの問題を考える際のヒントとして、私が加害者臨床で重視している視点を2つ紹介したい。 まず1つ目は、『従来の心理療法は「自分の行動や症状に対して責任を取る」という範囲にとどまっていたが、加害者臨床では「他者の行動や症状に対して責任をとる」という点を重視する。つまり自分の言動や生き方について被害者が聞いたらどのように感じるかを常に思考し被害者感情に少しでも近づく努力をし続けることである。しかもこの取り返しがつかないことをしてしまった責任性は人権侵害、すなわち「人格的な生存を破壊させてしまいかねないほどの、決定的苦痛を与えた」という、究極の責任性であることを前提としたものでなければならない』と考えている。 2つ目は、『加害者の加害行為の克服は、被害者の回復を促進する方向で進められるため、従来の心理療法とは異なる方針を数多く持つ。加害者は被害者とは非対等であり、問題解決のための負担を被害者に求めない方針をとる』という視点である。この2つの重要な視点をもとに治療プログラムでは「加害行為に責任をとる」とはどういうことかを深めていく。性犯罪はどんな理由があっても再発してはいけない。これはDVなどの加害者臨床でも同様であると私は考えている。 もう一点、近年日本にも導入されてきている新しい治療モデルが「グッドライフ・モデル」である。従来のプログラムでは、「回避する」「~しない」など禁止事項が中心であった。前述のRNRモデルや、依存症治療に用いられる認知行動療法はある程度効果はあるものの、禁止事項が多ければモチベーションが下がり治療継続率も低い。 彼らは「幸せになるための手段」として性犯罪をくり返すという誤った方法をとってきた。グッドライフ・モデルでは、「性犯罪以外の方法でどうなれば幸せな人生を送れるか」に注目し治療動機を高めていく。私は、性犯罪者に理解をという気持ちは毛頭ない。しかし、彼らを社会から排除するだけでは性犯罪はなくならないのだ。 彼らは反省しながらも、また再犯を繰り返すことがある。一見、深い反省をしているようだが、その数日後再犯することもある。そして裁判で同じような発言をする。さらに刑務所では非常に模範囚である。これは性犯罪の前科者だと周囲からいじめられるということがあるからおとなしくしているのかもしれないが、それにしても妙に静かである。彼らの常套(じょうとう)句は「もう絶対にやりません。今度こそ自分の力でやめることができます」である。 確かに一時的にやめることは可能かもしれないので、この発言はあながち嘘でない。しかし、この問題は「やめる」ことよりも「やめ続ける」ことが重要なのである。彼らに「あなたはやめ続けることはできますか」と質問すると、即答で返事は返ってこないことが多い。つまり、彼らは心底から児童への性的接触を悪いとは思っていないのと、この強力な性的欲求はずっと消えないことをどこかで知っているのである。そして、その行為がどれほどの深い傷を与えるのかという想像力が働かない。小児性犯罪は、被害児童の未来を奪う。そして、人間としての尊厳を深く傷つける。悲しいかなそれが小児性犯罪の現実である。

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    「なぜ抵抗しないのか」改正後も性犯罪被害者を苦しめる立件の壁

    下限が低すぎて執行猶予判決が多かったこと。3つめは、暴行・脅迫要件のハードルが高すぎて、立件されない事件が多すぎたことである。 まず、1つ目であるが、親告罪であること自体、被害者に二次被害を与えていた。被害者は、警察に相談に行くことだけでも相当な勇気を振り絞っている。そして、警察に行きさえすれば、後は警察が捜査してくれて犯人は逮捕され、裁判になると信じている。しかし、警察や検察で「事件にするかどうか自分で決めて」と言われてしまう。このことは、被害者にとって苦痛以外の何者でもない。そこで、加害者からの逆恨みを恐れ、告訴を断念した被害者も多い。 また、ほとんどの刑事弁護人が被害者に対し、「告訴を取り下げるなら被害弁償を支払う」と持ち掛けるし、「告訴を取り下げないなら、被害弁償はしない」とか「今ならそれなりの金額を支払うけど、起訴されたら金額は下がる」などという交渉をする。すると、被害に遭って心身ともに疲弊し、仕事やアルバイトができなくなって経済的に困窮した被害者は、泣く泣く告訴を取り下げて示談金を受け取るしかなかった。本来であれば、罪を犯した者は刑事責任を負い、損害賠償という民事上の責任を負うのが当然である。ところが、強姦罪などは親告罪であったがために、被害者は刑事か民事かという二者択一を迫られ、それ自体が二次被害となり、被害回復に多大な悪影響を及ぼしていた。 しかし、今回の改正によって非親告罪となったことから、被害者の負担はかなり軽減されると思われる。今までの刑罰は軽すぎた 2つ目の問題は、強姦罪の下限が懲役3年であり、強制わいせつ罪の下限が懲役6月であるなど、法定刑の下限が極めて低かったことである。これまで、強姦罪は強盗罪とよく比較され、暴行・脅迫により犯行を抑圧され財物を奪う強盗と、性的自由を奪われる強姦とで、なぜ強姦の方が刑が軽いのかなどと批判されてきた。 また、法定刑の下限が低いことから、検察官の求刑も低めであり、そのために執行猶予付き判決が出やすかったという現実もあった。特に、肛門性交や口腔性交などの悪質な犯行態様でも、これまでは強制わいせつ罪にしかならなかったことから、法定刑の下限は6カ月であり、前科がない場合はほぼ執行猶予判決になるという極めて理不尽な結果に終わっていた。性犯罪被害に遭うと、被害者は学校や会社に行けなくなってやめてしまったり、異性と交際できなくなり結婚を諦めたりする人が多く、被害結果は極めて重大である。それにもかかわらず、被告人が執行猶予判決を受けることは、被害者にとっては無罪放免に他ならない。そのことが司法に対する不信感となり、被害回復を阻害していた。 しかし、今回の改正により、強制わいせつ罪でしか処罰されなかった肛門性交や口腔性交が従来の強姦罪と同様の強制性交等罪とされ、刑の下限が懲役5年に引き上げられたことで、強制性交等罪では基本的に実刑となることから被害者救済に資するようになる。また、性犯罪を犯すと刑務所行き、ということが国民意識として定着すれば、抑止力も期待できる。 3つ目の問題点は、「暴行・脅迫」要件のハードルが極めて高いことである。被害者が問題としているさまざまな論点の中で、おそらく最も問題視されている点であるのに、今回の改正から外れたことは極めて遺憾である。 強姦罪・強制わいせつ罪などの「暴行又は脅迫を用いて」は、「被害者の反抗を著しく困難ならしめる程度」であることが必要というのが判例である。そのため、検察官が不起訴にする事件は非常に多く、検察官が相当絞って起訴しているのに無罪判決が出ることも少なくない。 この「暴行・脅迫」要件は、加害者側の「合意があったと思った」との弁解とも関連する。具体的な事例を紹介すると、まず被害者が行きずりの被害に遭った場合、加害者が被害者に殴る蹴るの暴行を加えたり、刃物を突き付けたりすれば、「暴行・脅迫」は認められやすいが、そこまでいかないケースが圧倒的に多い。現実問題として抵抗できない 例えば、人気のない夜道でいきなり声をかけられたり腕をつかまれたりすると、普通の女の子は驚きと恐怖で固まり、声も出ない。よほど訓練を受けた人か、日ごろからイメージトレーニングをしている人でない限り、逃げたり抵抗したりできない。まさに「反抗を著しく困難にされた状態」である。しかし、取調べや裁判では、「なぜ大声を出さなかったのか」「通りかかった人がいたのに助けを求めなかったのか」などと聞かれ、それをもって合意の証であると言い張る加害者もたくさんいる。 しかし、そのような目に遭った人が誰かに助けを求めることはまず不可能である。仮に助けを求めたとして、その人が助けてくれる保証はない。特に都会では、面倒なことに巻き込まれたくないと思い、その場を立ち去る人が多いのではないか。また、助けを求めたけど、その人に聞こえなかった場合、加害者が激昂して殺されるかもしれない、という恐怖心を抱くのは当然である。相手は行きずりで強姦してくるような人間なのだから。 さらに、被害者は服を脱がされていたりするから、恥ずかしくて助けを求めることができないということもある。それをもって助けを求められるのに黙っていた、だから加害者が合意と思っても仕方ない、よって立件できないなどというケースが非常に多い。これはあまりにも被害者の置かれた立場を顧みない残酷な実情である。 また、夜の時間帯だと、お酒が入っていることも多いので判断力が鈍っており、何が起こったのか分からずにあぜんとしていたら服を脱がされ、抵抗しようにも力が入らなかった。泥酔ではなく意識はあるので、準強姦罪にもならないといったケースも多い。 次に、被害者と加害者が顔見知りだった場合は、立件のハードルはより高くなる。特に難しいのは、上司と部下、先輩と後輩のようなそもそも被害者と加害者の立場が上下関係にあるような場合である。日ごろからパワハラを受けている上司から、仕事の話があると言って呼び出されると、被害者は上司が怖いので、その時点で萎縮している。仕事を失いたくないので上司に迎合せざるを得ない面もある。一度誘いを断ったら、翌日から仕事で嫌がらせを受け、職場にいられなくなったという人もいる。家計が苦しいため、絶対に仕事は辞められないと思い、泣く泣く上司からの求めに応じ続けていたという女性もいた。被害者が救われない現実 このような立場の女性は上司から仕事名目で呼び出され、2人きりになることを余儀なくされて迫られると、応じなければクビになると考える。その場面の写真や動画を取られていれば、「逆らえばネットにばらまかれるかもしれない」とおびえる。そのことが犯行を著しく困難にされた状態といえる。しかし、性体験がある大人の女性の場合、性行為を強要されると、「早く終わってほしい」という強い気持ちから、加害者が早く射精するように協力したり、せめて妊娠だけは避けたいと思って「避妊してほしい」と頼んだりする。それをもって合意と主張されてしまうことも多いが、合意ではなく、最悪の結果を避けるための苦肉に過ぎない。学校や部活の先輩・後輩の関係にある場合も、同じようなことが起きやすい。  以上のようなケースが何の罪にも問われないのは極めて理不尽である。したがって、被害の実情に即し、暴行・脅迫要件を緩和するとか、現在の強制性交等罪よりも暴行・脅迫の程度が弱い罪を創設することが必要である。そうしなければ、性的被害に遭っている多くの人々は全く救われない。この点は、性犯罪被害に関するさまざまな団体・個人から強い要望が出ていたにもかかわらず、先日の国会ではほとんど議論もされずに終わってしまった。今回の法改正で、最も残念な点である。 次に、今回議論の俎上に上らなかったが、性犯罪に関し、緊急に解決すべき課題について述べる。 まず、盗撮規制が必要である。現在、盗撮は各都道府県条例の迷惑防止条例で一定の規制があるに過ぎないことから、次のような問題が生じている。 今や性犯罪と盗撮はセットであるといっても過言ではなく、性犯罪の場面を動画や写メで撮られていることが非常に多い。被害者にとっては性犯罪に遭ったこと自体の被害はもちろん、その写真や動画があることに著しい不安を抱く。警察が画像を削除しても、他にコピーがあるのではないか、既に知らないサイトに流れているのではないかなど、一生不安を抱き続けることになる。その不安が解消されない被害者は、別人になろうとして、髪形や髪の色を変えたり、これまでとは違うファッションをしたりする。これでは自分らしく生きることはできない。つまり、盗撮は直接性的自由を奪う犯罪よりもダメージが大きいともいえる。ネットに流される恐怖 例えば、オイルマッサージ店を経営する男が複数の女性客に対して次々と強姦罪などを犯し、5件が起訴された事件がある。この男は犯行状況をビデオで撮影しており、検察側が任意提出するように促しても拒否した。そこで、裁判所が提出命令を出し、最高裁まで争ってようやく原本が没収された。また、刑事事件でも、ビデオ原本を没収する判決が言い渡されたが、これを被告人は争い、現在もまだ確定していない。 この事件は、性犯罪行為の撮影自体を禁止する法律がないことから生じた不都合である。提出命令や没収判決で対応できるが、あまりにも時間がかかり過ぎる。被害者はそうする間にも、ネットに流されるのではないか、という恐怖心にさいなまれ、刑事事件が終わっても気持ちが安らぐことがない。 また、都道府県条例に盗撮規制があるが、「公共の乗り物、場所」での盗撮しか規制されない条例も多く、私的領域の他、駅のトイレや会社の更衣室の着替えの盗撮などが野放しになっている例が多い。例えば、会社内のトイレの盗撮の場合、条例で規制できないと建造物侵入罪の成否のみ問題となる。建造物侵入罪の被害者は建物の管理者だから、盗撮された人は被害者にもなれないのである。 そもそも都道府県条例は、市民生活の平穏を守るという風紀を保つ観点から定められたものであり、個人の性的自由を守るものではない。誰もがスマートフォンを持つ時代になり、SNSが発達した現代では、盗撮は容易である一方、インターネットに流れると被害回復はほぼ絶望的である。 以上のように、盗撮行為自体を犯罪とする法律の制定が急務といえる。 次に、性犯罪の起訴状に被害者の名前を載せていいのかという問題がある。刑事訴訟法には、起訴状にはできる限り罪となるべき事実を特定しなければならない旨記載されている。しかし、被害者の名前が必要とは書かれていないことから、起訴状で被害者の匿名が認められた時期もあった。しかし、平成28年6月、強制わいせつ致傷罪の被害者が匿名とされた起訴状について、「実名を記載することで具体的な支障は生じない」として、訴訟手続に法令違反があったと断じた判決が出た後は、起訴状の匿名はほとんど認められなくなったようである。 特に通りすがりの犯行の場合、加害者は被害者の名前を知らないことが多い。被害者は加害者に刑務所に行ってほしいと願うが、自分の名前は絶対知られたくないのが当然である。名前が分かれば、今はFacebookなどで、どこに住んでいるか、結婚しているのか、子どもがいるのかなどの個人情報が簡単に分かる。被害者はSNSをやめろ、というのは時代に即さない。もともと加害者は被害者の名前を知らないのに、司法が被害者の名前を犯人に教えるようなことは許されないはずである。起訴状の匿名は条文に反しないのだから、原則として匿名にする運用を徹底するか、明文化するのか真剣に検討すべきである。

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    性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ

    ければ、犯罪は実行されないと考えるわけだ。 3月に起きた千葉県松戸市のベトナム国籍の女児が殺害された事件で、逮捕、起訴されたのは被害者が通っていた小学校の保護者会会長だった。この会長は、ほぼ毎日通学路で見守り活動をしていたため、保護者は「もうだれも信じられない」と嘆き、住民ボランティアは「ニコニコしながら子供に声をかけられない」と戸惑いを隠しきれなかったという。しかし、この苦悩は、間違った防犯対策による当然の帰結であり、正反対の方向に舵(かじ)を切りさえすれば、すんなりと消えてなくなるものである。 結論から言えば、注意すべき対象を人から場所(景色)へ移動すれば、問題は解決する。詳しく解説しよう。 犯罪機会論では「機会なければ犯罪なし」と考える。犯罪は、犯行の動機があるだけでは起こらず、動機を抱えた人が犯罪の機会に出合ったときに初めて起こる。それはまるで、体にたまった静電気(動機)が金属(機会)に近づくと、火花放電(犯罪)が起こるようなものだ。 海外では、犯罪原因論が犯罪者の改善更生を担当し、犯罪機会論が防犯(犯罪の未然防止)を担当している。ところが日本では、犯罪機会論は全くと言っていいほど知られていない。そのため、防犯への関心を高めた人たちが飛びついたのが犯罪原因論だった。もちろん、その人たちが犯罪原因論を意識していたわけではないが、「なぜあの人が」を連発するマスコミの影響を受けて、自然と犯罪者という「人」に目が向いたのだ。殺害されたベトナム国籍の女児が通っていた小学校正門付近にかけられた、不審者への注意を促す看板=3月27日午後、千葉県松戸市(川口良介撮影) しかし、防犯の分野では、まだ犯罪が起きていない以上、犯罪者も存在しない。したがって、「犯罪者」という言葉も使えない。そこで、苦し紛れに登場させたのが「不審者」という言葉である。 本来、犯罪対策にとっては、「事後」に登場するはずの犯罪原因論が、そのまま「事前」に持ち込まれてしまったために、事前の世界にも、犯罪者が姿を変えて、不審者として現れたわけだ。こうして、海外では使われることのない不審者という言葉が、日本では、誰もが知っていて当たり前に使われるようになったのである。外見だけで犯人特定はムリ 今でも家庭や学校では、「怪しい人に気をつけて」「知らない人にはついていかない」というように、子供たちを「人」に注目させている。しかし、こうした教え方では、「親切そうな人」「知っている人」が犯す誘拐は防げない。 私は時々、小学校で授業を行っているが、子供たちに「どんな人が不審者なのか」と聞くと、「サングラスやマスクをしている人」という答えが返ってくる。しかし、そうした姿の誘拐犯は聞いたことがない。こんな教育をしているから、子供は「サングラスやマスクをしていない人」についていく。実際、宮崎勤事件も、神戸連続児童殺傷事件も、奈良女児誘拐殺害事件も、だまされて連れ去られたケースだ。結局、外見だけでは、犯罪をたくらむ者を特定するのは不可能に近い。 それでも、無理やり不審者を探そうとすれば、平均的な日本人と外見上の特徴が異なる人を不審者とみなすことになる。過去にも、外国人、ホームレス、知的障害者が不審者扱いされ、人権が脅かされることがあった。ベトナム国籍女児遺体遺棄事件を受けて、保護者に付き添われ、集団登校する児童=4月17日、千葉県松戸市 さらに、疑心暗鬼になればなるほど誰でも怪しく見えてきて、子供たちは人間不信に陥る。子供は大人を怖がり、大人から離れていき、助けてくれる大人も拒否するようになる。一方、地域住民も自分が不審者扱いされたくないので、子供から離れていき、見て見ぬふりをするようになる。 このように、「人」に注意するやり方は、防犯面での教育効果がないだけでなく、地域の絆を切断し、犯罪者に狙われやすい環境を作り出してしまう。要するに、防犯の分野に犯罪原因論を持ち込んだ「ボタンのかけ違い」は、「百害あって一利なし」なのだ。 これに対し、犯罪機会論は「人」には興味を持たない。犯罪者が「知っている人」だろうが、誰だろうが、犯行パターンには共通点があり、その共通点を抽出することに犯罪機会論は興味を示す。 その共通点を一言で表すと、犯罪者は景色を見て、そこが「入りやすく見えにくい場所」だと判断すれば犯行を始めるが、そこが「入りにくく見えやすい場所」だと判断すれば犯行をあきらめる、ということだ。 「入りやすい場所」とは、だれもが簡単にターゲットに近づけて、そこから簡単に出られる場所である。そこなら、怪しまれずに近づくことができ、すぐに逃げることもできる。「見えにくい場所」とは、だれの目から見ても、そこでの様子をつかむことが難しい場所である。そこでは、余裕綽々(しゃくしゃく)で犯行を準備することができ、犯行そのものも目撃されない可能性が高い。子供がだまされないで済むには 住民によるパトロールというと、とかく不審者の発見を目的にしがちだが、それは有害無益と言わざるを得ない。そこで海外では、犯罪が起こりやすい場所を重点的に回る「ホットスポット・パトロール」が一般的である。ホットスポットとは、実質的には「入りやすく見えにくい場所」のことだ。残念ながら、日本でホットスポット・パトロールを実施している地域は1割にも満たない。 集団登下校やスクールバスの導入、あるいは防犯カメラの設置を提案する動きもある。しかし、子供が外にいる時間は、登下校時間の数倍に及ぶ。公園や塾の行き帰りの安全は、どう確保しようというのか。 防犯カメラにしても、犯罪機会論に基づくシミュレーションを前提にしなければ、犯人の検挙には役立っても、犯罪を未然に防止することは難しい。現状では、防犯カメラと言いながら、その実態は捜査カメラに過ぎない。 やはり、防犯対策の「1丁目1番地」は、子供が1人になったとしても、自分で自分の身を守れるようにすることだ。子供の性的誘拐のほとんどが、だまされたケースであることを考えると、最優先課題は「だまされないための教育」である。 では、どうすれば、だまされないで済むのか。人はウソをつくから、人を見ていてはだまされてしまう。だまされないためには、ウソをつかないものを見るしかない。それが景色である。景色は絶対に子供をだまさない。 私は、景色が放つメッセージを感受する力、言い換えれば、景色に潜む危険性を見抜く力を「景色解読力」と呼んでいる。景色解読力を高めれば、危険を予測して回避することが可能になる。景色に注意するだけで、人には注意しないので、地域の人間関係を損なうこともない。 では、どうすれば景色解読力を高めることができるのか。その簡単な方法が「地域安全マップ」づくりだ。地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を風景写真を使って解説した地図である。具体的に言えば、(だれもが/犯人も)「入りやすい場所」と(だれからも/犯行が)「見えにくい場所」を洗い出したものが地域安全マップだ。 ここで注意しなければならないのは、マップづくりとはいうものの、実際には能力の向上という「人づくり」であって、正確な地図の作製という「物づくり」ではない、ということだ。なぜなら、犯罪者は地図を見ながら犯行場所を探しているのではなく、景色を見ながら犯行を始めるかどうかを決めているからである。それは子供たちにとっても同じこと。地図を見ながら学校や友達の家に行ったりはしていないが、景色はいつも見ている。つまり、安全と危険は、地図の中ではなく、景色の中で判断すべきものなのだ。 景色を見ながら、安全と危険のポイントを解説した「写真集」として、『写真でわかる世界の防犯-遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)があるので、ぜひ参考にしていただきたい。そうした知的チャレンジを通して、通学路だろうが初めての場所だろうが、どこに行っても、景色からのメッセージをキャッチし、注意モードをオンにする景色解読力を高めてほしい。

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    性犯罪者の再犯率を半減させた「心理+薬物」ダブル療法の威力

    原田隆之(筑波大教授) 「小児性犯罪を減らす、たった一つの方法」。千葉県松戸市の女児殺害事件を踏まえ、フェイスブックで発信されたこの提案が議論を呼んでいる。提案したのは、子育て支援などに取り組むNPO法人「フローレンス」代表理事で、全国小規模保育協議会理事長を務める駒崎弘樹氏だ。一つの方法とは「子どもに関わる教師や保育士の採用時、またPTA等のボランティア参加時において、性犯罪歴をチェックできる仕組み」をつくることだという。 これに対し、子供を持つある父親が駒崎氏の提案に懐疑的なコメントを寄せた。その理由として、教育関係者による性虐待は全体の1%もないこと(大半は父親によるものである)、教育関係者への不要な疑念を増大させるだけであること、現状でも禁錮刑以上に処せられた者は教職に就けないこと、などを挙げている。私もこの意見に概(おおむ)ね賛同している。レェ・ティ・ニャット・リンさんの遺体が発見された現場で花を手向ける男性=千葉県我孫子市 両者とも子供を残虐な犯罪から守りたいという熱意による意見であり、その目的では一致しているが、対策の有効性に関しては見解が分かれている。また、類似の事件が起きるたびに、怒りや不安からヒステリックで過剰な反応を求める声が起きることはこれまでも度々経験してきたことだ。 このように性犯罪をめぐっては、われわれはとかく感情的、過剰防衛的になりやすく、そのせいで多くの事実とは異なる見解がまかり通っているのも事実だ。その例として、「性犯罪者は再犯率が高い」「性犯罪が増加している」という指摘は、事件が起きるたびにメディアでも繰り返される論調で、これはどちらも事実に反している。 犯罪白書によれば、性犯罪者の同種事件の再犯率は約5%であり、これは窃盗や薬物事犯など他の罪種と比べると「相当に低い」と法務省は述べている。また、刑務所の統計を見ると、刑務所収容人口のなかで、性犯罪者が占める割合は何年もの間一貫して約3%であり、増加しているという事実はない。 もちろん、どれだけ数が少なく、再犯率が低くても被害者や社会に与える影響は計り知れないほど重大で、性犯罪対策は重要な社会的課題でることは間違いない。しかし、だからこそ過度に感情的になったり不安を煽(あお)ったりすることは慎むべきで、どのような対策を講じるべきか冷静に議論すべきであろう。人権上問題も多い米国の対策 いずれにしても、子供を犯罪から守ることは社会の責務であり、それは性犯罪であってもそれ以外の犯罪であっても同じである。しかし、ここで重要なことは、私がたびたび主張していることであるが、「その対処に効果があるのか」という点について、冷静に科学的な視点から考慮したうえで判断すべきだということである。 つまり、科学的エビデンスに基づいた真に効果のある対処を講じなければ意味がない。感情的に反発することは、一時的に溜飲(りゅういん)を下げることには効果があっても、本当に大事な「犯罪予防」には効果がないことが多い。 そこで、一般的な性犯罪を例に取れば、世界的に見てもさまざまな対策が講じられている。駒崎氏が提案するように性犯罪者を登録しチェックする仕組みのほか、GPSによる電子監視、刑務所出所後も病院に監禁する民事拘禁などが代表的なものだ。 性犯罪者の登録について、アメリカの例を見てみると、子供を対象とした性犯罪が起きたことを契機に、1996年に性犯罪者を登録し公開する法律が施行され、それは被害者の名前を取って通称「メーガン法」と呼ばれている。 この年までに全米で数十万人の性犯罪者が登録されているが、その効果には大きな疑問が寄せられている。コネチカット州の矯正当局は、メーガン法の効果を検証した結果、法施行の前後で再犯率にも被害者数にも有意な変化が見られなかったことから、法には何の効果もなかったと結論づけている。 さらに、実際的な問題として、制度の実行は州単位であるため、別の州に移動して犯罪に至るようなケースではチェック機能が働かず、このような「犯罪の転移」を防ぐことはできないという問題なども指摘されている。 GPSによる電子監視についても、その効果は疑問だ。電子監視が犯罪抑制に及ぼす効果を膨大なデータを基に検証した研究者は、「現存するデータでは、電子監視が犯罪を抑制するツールとなることは支持されなかった」としている。 また、民事拘禁は最も極端な手段であり、人権上の懸念も大きい。カリフォルニア州では、刑務所の刑期が終了した後も、複数のメンタルヘルスの専門家によって再犯の危険が残っていると診断された場合、州立病院に「拘禁」することが可能となっている。※写真はイメージ 私もこの「病院」を訪問したことがあるが、病院とは名ばかりで、高い塀と鉄格子、高圧電流の電線で囲まれた重警備刑務所そのものであった。拘禁されている間は、当然再犯に至ることはなく、その効果は確実である。 しかも、大多数の者は事実上、一生涯釈放されることはない。ただし、その経済的コストは膨大で、カリフォルニアでの民事拘禁のための年間総予算は4200万ドル(約42億円)、年間1人当たり20万ドル(約2千万円)かかるとのことである。性犯罪を減らすたった一つの方法 このように見ると、どの対策にも効果がなかったり、コストが膨大であったりすることに加え、人権上の問題もあり、現実的な対策とは言い難い。しかし、悲観するのはまだ早い。ここで再び、膨大な研究データに目をやると、一つだけ確実に効果のある方法がある。 それは「性犯罪を減らすたった一つの方法」の正解であり、つまり「性犯罪者治療」である。具体的には、「認知行動療法」と呼ばれる心理療法や薬物療法がある。前者は、強い性衝動が起きた際にそれをコントロールするスキルを教えたり、女性に対する歪んだ認知を修正したりする。後者は、男性ホルモンの作用を抑制する薬物を投与する。 ケンブリッジ大学のレーゼル教授らの研究によると、これらの治療を受けた性犯罪者の再犯率は、治療を受けていない者に比べると、半分程度になったという。要は50%抑制されたということである。特に、心理的な認知行動療法というアプローチの効果が大きいという。 わが国でも2006年から刑務所で「性犯罪者再犯防止プログラム」が実施され、私もその開発に携わった1人であるが、その効果について法務省は一定の再犯抑制効果があったことを発表している。府中刑務所=東京都府中市晴見町 また、私は民間の精神科クリニックにおいて、性犯罪者の外来治療を行っているが、これまで400人近い人々が治療を受けている。そのほとんどは痴漢や盗撮を行った者であるが、強姦や強制わいせつ、小児性愛などに関わった者もいる。治療成績としては、これまでのところ再犯率は約3%程度である。彼らは受診する前は、再犯を繰り返し、いわば再犯率100%の者たちであるから、その効果は歴然としている。 さらに、われわれの研究グループは性犯罪者の「再犯リスク」を査定するチェックリストも開発し、それはわずか10項目の質問で80%近い正確さで再犯リスクを予測することができる。これを用いれば、まだ軽微な問題行動であるうちに、将来のリスクを予測することができ、ここで適切な治療を行えば、重大な性犯罪へと発展するのを予防することも可能である。 このように、今や科学の力、心理学の力を用いれば、社会的な病気ともいえる犯罪を効果的に「治療」することができる時代となった。もちろん、どんな病気もそうであるように、100%の効果というものは現実問題として不可能である。しかし、一時的な感情で効果のない方法に頼るよりは、よほど賢明であることは言を俟(ま)たない。 被害者の感情などを考慮すれば、今回の性犯罪に関する刑法が大幅改正されたことの意義は大きい。ただ、性犯罪の抑止については厳罰化だけではなく、心理療法や薬物療法といった手法を組み合わせることによって、さらなる効果を生み出すだろう。

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    なぜASKAは再び覚醒剤を使ってしまったのか

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 違法薬物を使うなど、とても愚かなことだと人々は思う。ましてや社会的に成功した人が、そんな悪いことをするなど常識的に考えられないと思う。しかし実際は、社会的成功者たちが次々と違法薬物で逮捕される。しかも、繰り返し。 2年前、CHAGE and ASKAのASKAが逮捕された時は衝撃的だった。判決は懲役3年、執行猶予4年の有罪判決。その執行猶予中に今回の逮捕は起きた。報道によれば、尿から覚醒剤反応が出ているという。普通なら、せめて執行猶予中は静かにするものなのに。多くの人が彼を支え、仕事も再開しようとしていたのに。だが、覚醒剤犯罪の再犯率は7割。彼もその一人になってしまったのだろうか。 人はなぜ薬物犯罪を繰り返すのか、容疑が事実とすれば、ASKAはなぜまた覚醒剤を使ってしまったのだろうか。2014年8月28日、ASKA被告(本名・宮崎重明)初公判で傍聴券抽選の整理券(リストバンド)を求めて並ぶ人々=午前、東京・日比谷公園(撮影・古厩正樹) 前回の逮捕、判決時、ASKAは深い反省を示していた。覚醒剤をやめたいし、やめなければならない。しかし、自分の意志だけではできない。医師の力を借りて、しっかり薬をやめたい。そうASKAは語った。見事な、模範的発言だ。妻も、しっかり夫を支えると語っている。多くの仕事関係者、ファンの支援も期待できた。病院にも入院し、自助グループにも入った。しかし、彼は再び逮捕された。 判決時、ASKAがどのような本心を持っていたのかはわからない。だが、この模範的すぎる発言は、あるいは用意されたものだったのかもしれない。あるいはウソではなかったが、表面的だったのかもしれない。たしかに、薬物使用は本人の意志の力だけでは治らない。意志の力で熱を下げたり、下痢を止められないのと同じだ。 薬物依存者は、自分の無力さを知り、だからこそ医療や自助グループの力を借りなければならない。意志の力だけでは無理なのだ。だが、治したいという強い動機づけは必要だ。ASKAには、どの程度の本気があったのだろうか。 入院したASKAは、優れた治療を受けている。規則正しい生活を送り、体力も取り戻した。薬物依存症者によると、薬物をやめること自体はそれほど難しくはないと言う。入院したり、逮捕されたりすれば、薬はやめられると。しかし、薬を生涯にわたってやめ続けることは、至難の技だと言う。 ASKAは薬物依存症更生施設のDARC(ダルク)にも入っている。ダルクのクリスマスパーティで「SAY YES」を熱唱したなどとも報道された。この報道は、頑張っているASKAに対する好意的報道だろう。薬物乱用を行う2つのタイプの人 だが、有名人が自助グループで良い体験をしていくことは簡単ではないだろう。本来なら、社長でも金持ちでも、他の人と同じように一人の依存症患者として人々と交流していくことが必要だ。しかし、みんなに知られている有名人は、それが難しい。持ち歌の熱唱も、それで本人もみんなが元気になるなら大変結構だが、結局普通の人としてはいられなかったとも言えるだろう。 ASKAは、その後音楽活動やネットでの発言を再開する。しかし、ネットでの発言内容は、何の根拠もないのに盗撮・盗聴されているといった内容だ。スマホやパソコンのパスワードが遠隔操作によって変更させられたとも語っている。彼は専門業者を呼び、盗聴器の有無を調べさせてもいるが、何も見つかっていない。常識的には妄想である。パスワードの件も、薬による記憶障害のためかもしれない。 これが、新たに薬物を使用し始めたせいなのか、以前の薬の影響なのかは断言できない。しかし、明らかにASKAは健康で正常な判断力を失っていた。本来なら、そんな発言は相手にされないだろう。だが、有名人の発言は一定の影響力を持ってしまう。マスコミ関係者なども、あまりむげに扱わず丁寧に接してきたようだ。 彼は、自分の信念を出版しようとしたようである。さすがにこの内容が出版されることはなかったが、やはり有名人として丁重な扱いをされたようである。本来なら、もっと早い段階で治療が開始されるべきだったろう。彼の妄想的言動は、止められるべきだったろう。有名人であることが、それを邪魔したのかもしれない。 薬物乱用を行う人には、2つのタイプがある。一つは、刺激を求めるタイプである。自動車の暴走運転のような刺激を求める人が薬物に手を出すこともある。もう一つのタイプが、正反対の真面目なタイプである。真面目だからこそ悩み、心理的に追い詰められ、薬物を使ってしまう。本当に孤独になっては立ち直れない 芸能人は、一見派手な生活をしているように見えるが、神経質で真面目なタイプの人は多い。浮き沈みの激しい生活で、ストレスもたまるだろう。 依存症者たちは、なかなか自分が依存症だとは認めない。アルコール依存症者も、酒なんていつでもやめられると語る。自分が依存症だと認めなければ、治療は進まない。強制的に酒を取り上げても、また自由になれば酒を飲むだろう。 自分は依存症だと知り、回復への強い動機を保つためには、どん底に落ちる必要もある。どん底に落ちたことで、初めて自分が依存であると深く理解し、人生をやり直す意欲も湧く。11月30日、東京湾岸署を出るASKA容疑者(桐山弘太撮影) しかし、有名人はたとえ逮捕されてもどん底には落ちないこともある。激しい非難は受けるものの、すでに多くの資産を持ち、逮捕されても応援してくれるファンもいる。芸能界であれば、数年で仕事復帰ができることもある。こうしてどん底に落ちないことによって、かえって更生が難しくなり、再び薬物に手を出すこともある。 一度は薬をやめた人々が、薬物の誘惑に負け、一度ぐらいなら、少しだけなら良いだろうと思い、また薬物の地獄へ落ちていく。 さらに、1度目の逮捕の時には支えてくれた家族や仕事仲間も、2度目の逮捕となると離れていく場合も多い。支えようと努力していた人々は、裏切られたと傷つき怒り、去っていく。その結果、実刑を受けて刑務所から出てきた彼には仕事も家族もなく、再び生活が荒れて薬物に手を出し、3度目の逮捕となるケースも少なくない。 薬物依存症者の更生のためには、どん底に落ちたと感じさせることが必要だろう。関係者が心を鬼にする必要もあるだろう。しかし、本当に孤独になっては立ち直れない。犯罪者、裏切り者と罵るのではなく、被害者であり、依存症の患者として治療と支援をしていくことも大切だ。 欧米諸国では、薬物を販売する人は犯罪者だが、薬物の使用者は患者として見ようと考え始めている。有名人の薬物使用、再度の逮捕は、社会的に大きなインパクトを与える。だからこそ、正しい社会の見方と、関係者全員による適切な支援が求められている。

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    ASKAの薬物中毒は犯罪か、病気か

    逮捕直前の不可解な言動に、薬物乱用の怖さを感じた人も多いのではないだろうか。大物ミュージシャン、ASKAが覚醒剤使用の疑いで再び逮捕された。むろん、違法薬物の使用は決して許されるものではないが、一方で彼は薬物依存の「患者」という見方もある。私たちは薬物依存症とどう向き合えばいいのか。

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    ASKAは「極悪人」ではない 彼の過ちより罪が重い断薬治療の失敗

    原田隆之(目白大学教授) ASKAさんが再度逮捕された。執行猶予中の逮捕であるので、実刑は免れないだろう。しかも前回の懲役3年の刑と今回科せられる刑と合わせて、いわゆる「2刑持ち」での受刑となるので、5年近くは刑務所に入る可能性が大きい。 逮捕時のエピソードによると、彼は「盗聴・盗撮されている」という「被害」を訴えて、自分で通報したということである。こうした主張は以前から見られたようで、覚醒剤精神病による幻覚妄想状態にあったことが推察される。盗聴・盗撮されているというのは、覚醒剤による妄想としてはありふれたものである。 それにしても、メディアの狂乱ぶりには呆れ返るしかない。自宅前にはマスコミ関係者が大挙して押しかけ、生放送ではレポーターが得意げに本人に電話してみせた。さらに、タクシーの運転手は平気でドライブレコーダーの映像を売り渡し、局も平気でそれを垂れ流す。まるで国家転覆を目論んだ極悪人か何かのようで、彼には人権の欠片もないと決めつけ、国を挙げて責め立て貶めているかのような有様だ。捜査員に付き添われて警視庁に向かうASKA容疑者(右)=11月28日、東京都目黒区 そしてそこで繰り返されるのは、「なぜ彼はまたも過ちを繰り返してしまったのか」という問いである。一時は日本の芸能界の頂点を極めたトップスターであり、当時ほどの勢いはないとしても、今なお多くのファンがいる大物ミュージシャンである彼が、どうしてすべてを無にしてしまうような愚行を繰り返すのだろうか。 何も失うものがない人間ならば、再犯に至ってもそれはある程度理解できるかもしれないが、支えてくれる家族がいて、まだ辛うじて仕事も社会的な地位もある人間が、なぜあえてそれを失うような真似をするのだろう。 答えは簡単である。それは覚醒剤だからだ。彼が乱用したのは覚醒剤であって、覚醒剤はそのような薬だ。あらゆる違法薬物の中でも、トップクラスの依存性を有し、一度使ってしまっただけでも、「脳が作り替えられる」くらいの破壊的な作用を有するのが、覚醒剤という薬物である。 脳には大脳辺縁系という部位があるが、覚醒剤を使うとそこに強力な「快感回路」が作られ、覚醒剤を求めて止まない脳になってしまう。したがって、ひとたびこの薬物を使ってしまえば、大物歌手だろうが一般人だろうが、有名だろうが無名だろうが関係なく、覚醒剤依存症になってしまう危険性が大きいのである。理性と本能が喧嘩していたASKA 「やめたい」という気持ちももちろんあっただろうが、それは理性の声であり、理性は大脳皮質の前頭前野という比較的新しい部位にその座がある。一方の大脳辺縁系は本能に近い部位である。理性と本能が喧嘩をしても、たいていは本能が勝ってしまう。このように、覚醒剤依存症という「脳の病気」は、理性や意志の力では到底太刀打ちできないのである。 さらに、彼の過ちを説明するもう1つの答えがある。それは「選択」である。前回の裁判でASKAさんは、一緒に薬を乱用して逮捕された女性に対する未練を滲ませていた。「全力で支えます」と言ってくれた妻がいるのに、何と厚顔無恥なと、呆れた方もいたかもしれない。 しかし、彼が口にした未練は、当の女性に向かっている以上に、「薬と別れたくない」と言っていたのと同じである。薬物をやめるために一番の障害になるのは、薬物仲間である。そのほか、当時の記憶と結び付いている場所や状況から悉く距離を置き、新たなライフスタイルを作り直していく選択をしなければならない。 彼がその後その女性と別れたかどうかは知らないが、少なくともこの期に及んでも未練たらたらであった様子から判断するに、薬物に纏わるすべてときっぱりと訣別する選択ができなかったのであろう。 また、本人のブログでは再び楽曲を作るなどして復帰に向けて音楽活動に勤しむ様子が綴られていた。しかし、過去に音楽に行き詰って薬物に頼ってしまっていたのに、このように断薬から間もない時期に以前と同じ状況に身を置くことは賢明な選択ではない。 彼が世間から忘れられてしまった歌手であれば、音楽の道もきっぱり捨てることができたであろうが、まだたくさんのファンがおり、復帰を待ち望まれていたからこそ大きな落とし穴が待ち構えている音楽の道に戻るという誤った選択をしてしまったのだろう。 一生とは言わない。せめて治療が軌道に乗るまでは、しばらくは治療に専念すべきだった。そして最大の選択の誤りは、その治療に関するものであった。彼はあまりにも早期に治療から離れてしまった。ASKA容疑者の自宅から押収物を運び出す捜査員=11月29日、東京都目黒区 執行猶予になった後、一時的に専門病院に入院をしたが、その後ほどなくしてその病院を退院し、いくつかの薬物依存治療施設に入所したという。今年になって妄想状態が再燃したときも、短期的に医療保護入院していた。 現在はほぼ月1回の通院しかしていなかったそうだが、これでは治療をしていないのも同じである。幻覚妄想状態の治療は、長い依存症の治療では最初のほんの1ステップであって、それが収まったからといって治療をやめてはいけない。通常、薬物の作用による幻覚妄想状態や、断薬に伴う離脱症状(いわゆる禁断症状)が落ち着いたなら入院は不要かもしれない。 しかし、その後通院や自助グループなどへの通所を継続し、日常的に何らかの治療サービスとつながっていることが必須である。 依存の程度にもよるが、覚醒剤依存症の治療は少なくとも数年間は継続する必要がある。なぜなら薬物によってダメージを受けた脳の機能は、最低でも2年の断薬を継続しないと回復には向かわないということがわかっているからだ。「負け」を認めれば救いはある つまり「傷」が回復に向かい始める前に彼は早々と治療から離れてしまったのである。これは明らかに時期尚早で誤った選択であった。 さらに、真っ当な治療者であれば治療中の「失敗」(つまりは薬物再使用)は最初から織り込み済みである。通常完全に断薬できるまでには、数回の失敗をするものだ。褒められたものではもちろんないが、このような失敗を繰り返しながら、そこから学びを深め薬物依存克服への道を歩むのである。だからきちんと治療につながってさえいれば、治療者は、治療中の失敗を「再犯」とは見なさず、一層強力な治療の継続を勧めただろう。 なぜ早期の治療終結という誤った選択をしてしまったのか。半分以上はそれを許してしまった治療者側の責任である。そしてASKAさんの側に問題があったとすれば、想像でしかないが、彼の「大スター」というアイデンティティが、治療の継続を許さなかったのかもしれない。総合格闘技「ASTRA」で国歌斉唱をしたASKA=2010年4月25日、日本武道館 病院や自助グループでは、周囲から注がれる目がさぞかし気になったことだろう。また、周りの依存症者と自らを比べて「自分は彼らとは違う。自分はスターなのだ」「自分なら自力で薬をやめることができる」などと考えてしまったのかもしれない。 しかし、それでは到底、依存症の克服はできない。逆説的ではあるが「薬の力にはかなわない」「自分一人ではどうにもならない」と「負け」を認めて初めて薬物依存に「勝つ」ためのスタート地点に立てるからである。 今後、裁判所や刑務所で彼が周囲の好奇の目に晒されるであろうことは想像に難くない。これらの場所は彼にとって一般の人以上に居心地が悪い場所となるだろう。しかし、そこでスターでもなく歌手でもなく、過去の栄光やプライドにすがって自分を取り繕うのでもなく、一人の人間としての自分と向き合うことができれば、まだチャンスはいくらでもある。 これですべて終わってしまったわけではない。今度こそ薬物とかかわりのあるすべてを断ち切る選択をし「負け」を認めて救いを求めるとき、そして新しい生き方の選択をするとき、そのとき初めて「再生」への道が開かれるだろう。 最後に一番強調したいことは、再生へと向かう彼を社会はどう受け止めるべきかという点である。これからも事あるごとにメディアで大々的に吊し上げ、非難し、人権侵害をし、好奇の目を注ぎ続けるならば円滑な社会復帰などできるはずもない。変わらないといけないのはASKAさん一人ではない。

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    ASKAが覚醒剤から解放されるためのヒント

    三浦陽二(日本ダルク本部ディレクター) ASKAさんの再逮捕は残念ですが、覚醒剤をやめる努力が足りなかったという一言に尽きると思います。実は私も、かつて覚醒剤を常用し、二度逮捕された経験があります。 私は小学校のころからいじめにあっていました。中学校に入学してもいじめは続き、中学1年の自分の誕生日に「一発逆転を図ってやろう」と思って、十数人と喧嘩したんです。やっぱり勢いというのはすごいもので、その喧嘩に私が勝ってしまい、そのときから自分の居場所が学校の中にできたような気になっていました。日本ダルク本部ディレクターの三浦陽二氏 ただ、虚勢を張らないとまたいじめられてしまうと思い込むようになり、それ以来、酒もタバコもやり始めました。中学2年のときには先輩からシンナーを勧められ、最初のうちは断っていたのですが、「お前は不良のくせにシンナーも吸わないのか」と煽られ、もしこの誘いを断ったら、自分は仲間外れになるんじゃないかと思って吸ったのがシンナー依存の始まりでした。 ある時、朝起きたら少年課のおまわりさんと両親が立っていて、「病院に行くか、警察に行くか」と突然迫られ、そのまま精神病院に入院しました。そのころはシンナーを吸ったままオートバイで出かけたり、家の中で隠れて吸って大きな声を出してバレたこともありましたから、きっとこのままでは危ないと思ったのでしょう。当時を振り返ると、シンナーは毎日吸っていたと思います。中でも、一番よく吸っていたのは、ウェットスーツを補修するためのゴム糊。値段は7~800円で、中くらいの歯磨き粉くらいの大きさだったでしょうか。それを1日1本くらい吸っていました。シンナーを続けていたせいで歯茎がジンジンと痛み、それを止めるために吸うことも多かったと記憶しています。 私の父はボクシングの日本チャンピオンで、母は皮膚科の医師でした。両親は私に期待をかけていましたが、その期待を裏切るようにグレてしまった。中学卒業後は都内の高校に入ったのですが、「お前は勉強ではダメそうだから、ボクシングをやれ」と父から勧められ、ボクシングを始めました。実は私が通った高校には当時、ボクシング部はなかったのですが、父が校長先生にかけあってボクシング部が創設されたんです。ボクシングを始めるようになってからはシンナーをやめていたのですが、高校1年のときに出場した大会の決勝で負けたことがきっかけで部活をやめました。その後は学校に行くふりをしてはシンナーを吸うようになり、やがて退学しました。初めての覚醒剤 モヤモヤした時間を過ごしていたあるとき、友人から「覚醒剤をやったことはある?」と聞かれ、まだやったこともないのに「あるよ」と見栄を張って嘘をついたことがありました。そして、そのまま先輩のところに行って一発3000円で売ってもらったんです。薬の効果は8時間くらい続くのですが、初めて打ったときの快感が忘れられず、3時間後にまた打ってもらいました。毛が逆立ってパワーアップしたような、何でもできるような感覚でした。人気漫画で言うところの、「スーパーサイヤ人」になったような気分です。それからはシンナーを一切やめて、覚醒剤にハマるようになりました。画像はイメージです 1回目の逮捕は20歳のときです。そのころガンマニアの先輩の家で自作の拳銃作りにハマっていたのですが、実はその先輩も覚醒剤の常習者だったんです。最初に先輩のところに警察の内偵が入り、僕もその後逮捕されました。先輩は前科があったので刑務所に行き、僕は裁判で執行猶予がついたのですぐに出てきました。それから覚醒剤はしばらくやめていたのですが、バイク事故を起こしてやけになり、覚醒剤の他にも大麻やコカインなど、いろんな薬物を乱用するようになりました。そのころは「自分は神に近い」などと口走ることも多く、親に再び精神科に連れて行かれて入院しました。  退院後はホテルマンになるための専門学校に入学しました。2年間で卒業する予定だったのですが、1年目にまた覚醒剤を使って逮捕されました。2度目だったこともあり、裁判では執行猶予がつかず1年間服役しました。服役中は「もう二度とやらない」と心に誓ったはずだったのに、そのうち「二度と捕まってたまるか」という考えに変わっていきました。当時、私の周囲にいた人たちは「自分からクスリを買えば安いよ」とか「一緒にやろうよ」と誘ってくる人たちばかり。自分も弱い人間だったので、警察に逮捕されなければいいやという気持ちになっていたんです。 逮捕された時は「やってない」と言い張りました。それは出所した後、信用をなくしてクスリを買えなくなるからです。私は自分が使うために「売人」もやっていたんです。10グラム買って、そのうち5~6グラム分を買ったときよりも高く売るんです。警察に黙っていることで買った先も売った先も守ったというわけです。服役が終わり出所した初日に、また覚醒剤をやりました。私が取り調べで口を割らずにかばった友人たちが出所パーティーを開いてくれて、そのお祝いに覚醒剤を持って来てくれたんです。「俺はこのままで大丈夫なのか?」 出所後は再び専門学校に通い始めたのですが、そのころにはもう28歳になっていて、さすがにもう覚醒剤はやめようと思いました。同年代には出世している人や結婚して家を建てている人もいて、「俺はこのままで大丈夫なのか?」って不安になったんです。でも、覚醒剤をやめることはできませんでした。画像はイメージです 専門学校卒業後、働く予定だった親戚のホテルで働くことができなくなり、先輩と屋台を引く仕事を始めました。休憩中には裏の公園で大麻やコカインを吸うようなことを繰り返していましたが、些細な喧嘩をきっかけに屋台の仕事も辞め、家で過ごすようになりました。ある日、そんな姿を見かねた母親から「ダルクの近藤さんと会いなさい」と言われたんです。ダルク代表の近藤(恒夫)さんは私が逮捕されたとき、裁判にも来てくれていました。親からは何度もダルクに行きなさいと言われ続け、その都度反抗していたのですが、一度会ってさえおけば、うるさく言われなくてすむかなと思い、しぶしぶ会いに行きました。 近藤さんからは「沖縄のダルクで働かないか」と誘われ、そのときは断ったんですが、その後アメリカのシカゴで開催される薬物依存症者の世界大会への参加に誘われたんです。母親からも「近藤さんと一緒に行くならお金を出してあげる」と言われ、そのときは親のカードを使ってやろうという下心もあり、近藤さんと一緒にシカゴへ行きました。当時の私は、ダルクがある種のカルト宗教のようなもので、自分が洗脳されたり、お金を巻き上げられるかもしれないと不審に思っていました。しかし実際、会場に到着すると、世界50数カ国、5万人もの薬物中毒者が集まっていて、「スッゲエな! 日本のヤクザだってこんなにも人を集められないぞ」となぜか心を動かされたんです。 そこでは参加者たちがクスリをやめた期間をお互いに発表し、喜びを分かち合っていました。5万人の参加者のうち、日本人はおそらく10人ほどだったと思いますが、すごく大切にされて、そのとき初めてクスリのことで苦しむ友人ができたような気がしました。クスリをやっていると、約束は守らない、金も返さない、自己中心的になる、喧嘩っ早い、人のことをすぐ疑う、という感じでしたから、仲が良かった友人ともどんどん離れていくんです。それまではクスリってかっこいいと思っていた気持ちもあったんですが、実はクスリをやめたやつの方がかっこいいかもしれないと思えるようになったんです。「クスリをやめることをやめろ」 帰りの飛行機の中でふと近藤さんを見て、この人も同じようにクスリでつかまった経験があるのに、世界中に仲間がいて、本を書いたり、テレビに出演したり、学校で講演までしている。なんでこんなに自分とは違うんだろう、羨ましいなって思ったんです。同時に、私もひょっとしたら真似できるんじゃないかと、帰国後に自分からダルクに行きました。その後、沖縄にダルクをつくるということでオープニングスタッフとして赴任し、18年ほど務めて現在は日本ダルクの広報を担当しています。日本ダルク本部ディレクターの三浦陽二氏 覚醒剤はダルクに入ってから一度もやっていません。なぜ今もダルクにいるのかっていうと、「ダルクを辞めたらまたクスリをやっちゃうかもしれないな」と思っているからなんです。実を言うと、数年前に自分がクスリを使う夢を見たことがあります。近藤さんに「クスリを使う夢を見ちゃいました」と言ったら、「よかったな。実際にクスリを使ってたらそんな夢を見ないだろ」って笑われました。たぶん、近藤さんも同じような夢を見たことがあるんだと思います。それ以来、私も仲間から同じような話を聞くと、「よかったな」と言うようにしています。 ダルクに来てまず驚いたしたのは、トイレの個室に「決して一人になるな」と書かれたステッカーが張ってあったことです。そして、「お前は意志が強いな」と励ましてくれたことです。刑務所や精神病院に入ろうが、母親が泣こうが、クスリだけは12年間も使い続けたからだと。そう言われ、やっと自分の中で解決の方法が見えた気がしました。私の問題は意志の強さ、弱さではなくて、意志の「方向」だったと。意志の方向を変えるのは、自分の生き方や価値観を変えることだと思いました。ただ意志を強くしろと励まされても、私はずっと悩んだままだったでしょうね。  「クスリをやめることをやめろ」と言われたときも驚きました。クスリをやめようとすればするほど、クスリのことを思い出して、またやりたくなるんです。薬物常習者は心の隙間や痛みから逃れるために何度もクスリを使ってしまう。だから、自分の生活の中でクスリだけを取ってしまっても、また手を染めてしまうんです。ASKAがクスリをやめるためには ASKAさんの件に話を戻すと、彼がクスリをやめるためには、本人がそれを自覚するしか方法はありません。クスリをやるということは、自分を否定しているのと同じなんです。クスリを絶つためには、そういった心の隙間を埋めていく努力が絶対に必要なんです。警視庁の捜査員に連行されるASKA(本名宮崎重明)容疑者 =11月28日、東京都目黒区 彼には類いまれなる才能がある。しかし、過去にもっと売れている時期があって、上から落っこちてしまったわけですから、過去の栄光にすがるような弱い一面もあったのかもしれません。彼に必要なのは、正直に自分の気持ちをさらけ出す場も必要なんだと思います。自分では不安に感じていても、芸能人はカメラの前で「二度とやりません」と誓わなきゃいけない。ダルクでは、同じ立場の人が集まっているから、本当のことを言える。彼にもそういう場が必要なのではないでしょうか。自分が思っていないことを言うのは気分のいいものではないし、どんどん孤立を深めていきます。 ASKAさんの再逮捕は彼のこれからの人生にとって、必ずしも「失敗」ではないと思います。今後の本人次第で、今回の逮捕を成功のステップにすることだってできる。ASKAさんがもう二度とクスリに手を出さない日が来ることを切に願っています。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望)みうら・ようじ 日本ダルク本部ディレクター。1994年沖縄ダルク開設にオープニングスタッフとして就任。沖縄ダルクエグゼクティブディレクターなどを経て、現在、日本ダルクの本部ディレクターとして広報活動等を行う。

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    ASKAが自分で110番したのは「異例」ではない理由

    田中紀子(ギャンブル依存症を考える会代表) 昨日、突然飛び込んできた衝撃的なニュース。歌手のASKAさんが、執行猶予中に薬物を再使用したとのこと。まだ容疑の段階であり、ASKAさんは強く否認しているとのことですので、詳細は不明ですが、一連のマスコミ報道には強い違和感を抱いております。11月28日、ASKA元被告が覚醒剤を使用した疑いが強まったとして、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで警察が逮捕状を請求、自宅には多くの報道陣が詰めかけた(春名中撮影) まず、ASKAさんが自分で110番したことについて、あるTV番組などでは「異例中の異例」などと報道していましたが、これは覚せい剤事犯では、非常によくあるケースです。ASKAさんの再使用の真偽はまだ定かではありませんが、一般論として、覚せい剤事犯が110番通報する多くは、以下のようなパターンがあります。 まず、覚せい剤乱用の幻覚妄想から、「警察に追われている」という考えにとりつかれるパターンです。例えば、ある経験者の話によると、「警察から射殺命令が出された」と思いこんでしまったそうです。そこで、警察に行って、「俺、なんで射殺命令が出されているんですか?」と、聞きに行ったそうです。 また、ある人は「俺は、覚せい剤しかやってないのに、なんで追われてるんですか?」と文句を言いに行ったそうです。すると警察官の方は、薬物事犯に慣れていますから、「そうか、大変だね。じゃあまず、おしっことろうか・・・」ということになって、尿検査され逮捕されるというパターンがあります。 またもう一つよくあるタイプは、「誰かに追われている」「盗聴されている」「見張られている」だから助けて欲しい・・・と言って警察に駆け込む場合です。いずれも薬物の幻覚妄想ですから、挙動不審な点があり、尿検査され逮捕に至ります。 いずれも2日位経って、薬が切れると「しまった!」と思うそうですが、その時は既に逮捕されています。依存症の再発はそれほど珍しくない 今回のASKAさん逮捕では、110番通報やワイドショー放映中のブログ更新などの行動が、さも重症で、奇行に走っているように取り上げられていますが、短期間の間に再発していたとしたら、重症であるかもしれませんが、再起不能な特殊な事例というわけではありません。 前述した経験者の方々も、服役が数回に渡った場合でも、今は、回復し社会人として就労し生活しています。ですから、現在の「ASKA容疑者は、こんなに重症だ!」と煽るような報道は、実情にそぐいません。 ましてや追いかけ回し、社会的に抹殺しようとするのではなく、ここからもう一度、回復の道に繋がれるよう、司法関係者や支援者が連携を作り、そしてマスコミの皆さんも協力し、ASKAさんの回復に適した、静かな環境を提供することが大切ではないかと思います。 また、ASKAさんは、病院で治療を受けたり、回復施設にも1ヵ月ほど入寮したりと、薬物依存症の治療プログラムを受けていましたが、そのことを取り上げ「最新医療も効果がなかった」などと書かれていた所もありましたが、依存症の治療プログラムとはそのように、白黒はっきりつけるものではありません。 プログラムにすぐにのれる人と、なかなかうまくのれない人がいて、回復するまで、再発を何度か繰り返し、もがき苦しむ人もいるのです。だからと言って、なかなか結果を出せない途中経過の段階で、再発してしまったら全くの無駄かと言えば、決してそうではなく、失敗の経験もまた必要なのです。 何度か失敗した上で、「あぁ、もう自分一人ではやめられない」と、周囲の人間、支援をしてくれる団体や仲間達に、素直に「助けて欲しい」と認めることができて、やっとプログラムが効いてきた・・・というパターンは往々にしてあります。 むしろASKAさんは前回の逮捕で、「もう絶対に薬には手を出しません」と声明を出していることから、自分が薬物依存症に罹患していると腹落ちしておらず、心のどこかで「強い意志でやめられる」と思っていたのかもしれません。 いずれにせよ、もし再発していたとしたなら、ここから治療をやり直すしかありません。マスコミの皆さんは大騒ぎしておられますが、依存症の再発はそれほど珍しいものではありません。 どうか過剰な煽り報道は控えて頂き、薬物依存症からの回復を、暖かく見守って欲しいと願います。(公式ブログ「in a family way」より2016年11月29日分を転載)

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    ASKA 更生を支えてくれた妻への背徳行為の数々

    細い路地に100人以上の報道陣が殺到。あるキャスターは「前代未聞の逮捕劇」と大はしゃぎだった。ただ、事件の“本当の現場”はそこではなかった。「警察は証拠隠滅の恐れがあるのに、逮捕翌日になってやっと自宅にガサ入れしました。押収したのは段ボールたった2箱だけ。つまりASKAは、自宅では覚せい剤を使っておらず、それを警察も知っていたんです。ASKA容疑者の自宅で家宅捜索を行い、押収物を入れた段ボールを運び出す捜査員=東京・目黒区 実は、ASKAは都内に別のマンションがあって、ほとんどそちらに住んでいた。いわゆる“クスリ部屋”です。直前までそこで覚せい剤を使用していたと見られ、警察はそこを重点的に家宅捜索して、証拠を押さえたそうです。その証拠品の中に、ASKAの更生を支え続けた妻の洋子さんを裏切る、ある“忘れ物”が見つかったそうなんです」(捜査関係者) 11月28日夜、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いでASKA容疑者が逮捕された。2014年5月に覚せい剤の所持容疑で逮捕されてから2年半──発端は11月25日、ASKAが自宅からかけた110番。「盗撮されているから調べてほしい」という支離滅裂な内容で、不審に思った警察が違法薬物の検査を行い、微量の覚せい剤の陽性反応が出たという。 ASKAは執行猶予中だ。もし今回も有罪判決が出れば、5年程度の実刑になると見られている。「ASKAが盗撮や盗聴の“被害妄想”で110番したのは、今回が初めてではありません。この数か月で、何度も繰り返しあったそうです。知り合いにも、同様の意味不明な電話をしょっちゅうかけていた」(ASKAの知人) ASKAの異常行動に、洋子さんの精神も次第にすり減っていった。洋子さんは元フリーアナウンサーで、ASKAの2才年上。前回の裁判では「夫に寄り添って支えたい」と更生を支えることを誓っていた。「洋子さんは、ASKAさんをなんとか元の居場所に戻そうと必死でした。保釈の身元引受人になり、千葉県内にある医療施設での薬物依存治療を懸命に支えた。ASKAさんが自宅に戻ってから、身の回りの世話もすべて彼女がやっていました。普通、夫がクスリで逮捕されたら離婚ですよ。しかも前回の逮捕前、洋子さんはクスリで錯乱したASKAさんから壮絶なDVまで受けていたわけですから」(洋子さんの知人)妻にはたらいたもうひとつの大きな裏切り だが、ASKAは2度目の過ち以外にも洋子さんに対してもう1つ大きな裏切りをしていた。「警察がASKAの別宅マンションから押収した証拠品の中に、あの“愛人”の所持品と思われるものが発見されたんです」(前出・捜査関係者) あの“愛人”とは前回の逮捕時、ASKAが共にクスリを使用し性行為に及んでいた相手、A子さん(39才)だ。2014年8月の初公判では彼女について、「大事な人です」と答えていたASKA。今年1月、突如としてインターネット上で公開した手記には、《私は、今回何の罪もないひとりの女性を巻き込み、犯罪者にしてしまいました》と綴り、彼女宛に送ったメールの文面を公開した。《A子のためになることならば、証人でもなんでもやる》《すべて、オレがやったことなのに何でA子が罪を問われちゃうんだろう…。神様は一番大事なところを見てないんだな》(※実際のブログには個人名が綴られていた)「精神状態が不安定なので、どこまで本当のことかわかりませんが、ASKAは最近、知人に“また都内のマンションでA子さんと会っている。ふたりで支え合っている”と話しています。ASKAの“クスリ部屋”から見つかったA子さんの持ち物が、最近もふたりの関係が続いていたことを示すものなのか、それとも前回の逮捕前からASKAが持っていたものなのかはわかりませんが、警察は重大な関心を寄せています」(前出・捜査関係者) はばかることなく彼女への思いを吐露する夫を、それでも妻は隣で支えてきた。いつまでもちらつく愛人の存在に、胸中も複雑だったに違いない。「もし関係が続いていたのだとしたらそれは許せないことです。実は今春、ASKAさんと洋子さんの間に大きな衝突があって、彼が自宅を飛び出したことがあったそうです。今思えば、そのとき洋子さんは今回の事態に気づいていたのかも…。前回の逮捕から2年半、洋子さんの努力は水泡に帰してしまった」(前出・洋子さんの知人) この2年間、洋子さんが歩いて出かけることはなかった。用事があれば日が沈んだあとそっと車で出る。ゴミ捨ても、買い物も深夜。自宅前に道行く人あれば、家の周りを何周もしてから戻る。引っ越しもしないまま近所に気を使い、身を隠すように暮らしていたのも、夫の再スタートを信じていたからこそだった。妻の思いを踏みにじった罪は何より重い。関連記事■ 高畑充希が坂口健太郎のマンションに通う姿をキャッチ■ 安室奈美恵、京都移住計画の裏に事務所独立と再婚願望■ ASKA 「もうクスリやめて」と懇願する妻に凄まじいDVをした■ 美食家・長野博と結婚 白石美帆の超高い「食卓レベル」■ ASKAの長男「何度も打つよ残さず打つよ」と替え歌を歌ってた

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    なぜやめられない?薬物、アルコール、高カロリー食の 「快感回路」

    ナの教養 週末の一冊】東嶋和子 (科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師) 歌手のASKA氏の覚醒剤事件や危険ドラッグの横行をみるにつけ、「なぜ手を出したのか?」「なぜやめられないのか?」と、蚊帳の外の人間は疑問に思う。 社会的な、あるいは文化的な説明はもちろん重要だが、それはいったん脇に置き、「もっと根本的な、文化の差異を超えた生物学的な解明」を試みたのが、本書である。快感をめぐる神経生物学分野のめざましい進展 著者のデイヴィッド・J・リンデン氏は、ジョンズ・ホプキンス大学医学部教授を務める神経科学者。おもに細胞レベルでの記憶のメカニズムの研究に取り組むとともに、脳神経科学の一般向けの解説にも力を入れている、と帯にある。『快感回路 なぜ気持ちいいのか なぜやめられないのか』(デイヴィッド・J・リンデン 著、 岩坂 彰 翻訳、河出書房新社) 原書の副題は、「私たちの脳はどのように、高カロリー食やオーガズム、エクササイズ、マリファナ、慈善行為、ウォッカ、学習、ギャンブルをすごく気持ちいいと感じさせるのか」である。ここに示唆されるように、本書は医学的な依存症のみを扱っているのでも、文化的な「悪徳」に焦点を当てているのでもない。 著者によると、「非合法な悪習であれ、エクササイズ、瞑想的な祈り、慈善的な寄付行為といった社会的に認められた儀式や習慣であれ、私たちが生活の中で『日常から外れた』と感じる経験はほとんどの場合、脳の中の、解剖学的にも生化学的にも明確に定義される『快感回路』(報酬系)を興奮させるものである」。 すなわち、買い物であれ、セックスであれ、ギャンブルであれ、あるいは学習や祈りや激しく続くダンス、オンラインゲームであれ、これらは等しく、脳の一連の領域へ収束する神経信号を生み出す。人間の快感は、この小さなニューロンの塊の中――「内側前脳快感回路」と呼ばれる領域――で感じられている、というのである。 「ハレ」と「ケ」という日本人の感覚でいいかえるなら、「ハレ」の経験は善も悪も、脳の同じ回路で快感として処理される、ということか。 こうした現象は、神経機能に関する知識が積み重なってきたことと同時に、脳を精密に計測したり観測したりする技術が開発されてきたことで、わかってきた。脳研究、なかでも快感をめぐる神経生物学の分野での進展はめざましい。本書は、そうした研究成果を数多く紹介しており、研究全体を概観するのにも役立つ。快感はよくも悪くも、人を導く羅針盤快感はよくも悪くも、人を導く羅針盤 私たちは、あらゆる「非日常」の経験から夢心地の快感を引き出せる回路を与えられたわけだが、一方で、この回路は、コカインやニコチンやヘロインやアルコールなどの刺激物によって、たやすく乗っ取られてしまう。「快感のダークサイド」、依存症である。 依存症の特徴である耐性(快感を得るための必要量が増す)や渇望、離脱症状、再発といった恐ろしい側面の根底には、おそらく神経機能の変化があるという。内側前脳快感回路内のニューロンやシナプスの電気的、形態的、生化学的機能の長期にわたる変化で、こうした変化は、脳のほかの部分で記憶を貯蔵するときに用いられる神経回路の変化とも、ほぼ同じものであるらしい。 記憶と快感と依存症はこのように密接に絡み合っているわけだが、経験を通じて快感回路に変化を起こすのは、依存症だけではない。 <私たち人間は、本能から離れたまったく《任意の》目標の達成に向けて快感回路を変化させ、その快感によって自らを動機づけることができるのだ。その目標が、進化上、適応的な価値を持つか持たないかは問題ではない。> クイズ番組でも、スポーツ競技でもかまわない。もっといえば、単なる観念でさえも、人間の快感回路を活性化できるのだ。 <快感に関する限り、人間の持つこの節操のなさは、私たちを素晴らしく豊かで、そして複雑な存在にしてくれている。> なるほど、快感とは必ずしも、コントロール不能なアリ地獄のようなものではない。対象を自由に選び、それに向かって自らを強く動機づけることのできる羅針盤(コンパス)にもなりうる。『快のコンパス』という原題には、快感はよくも悪くも、人を導く羅針盤である、という著者の深い思いが込められている、と気がついた。 依存症の発症は本人の責任ではないが、依存症からの回復は本人の責任である、と著者がいうように、強固につながれてしまった接続に抵抗する別の接続を意識的につなぐことは、けして不可能ではない。 そうしてみると、「何でも望みの対象を(生存や繁殖の必要性とは無関係に)快感刺激にしてしまう柔軟性」は、私たちへの天恵といえるかもしれない。私たちは自らの意思で、この天恵をもっと積極的に活かすこともできるのではないか。 快感の生物学的な基盤を理解することは、依存症に関わる道徳的あるいは法的な側面や、こうした快楽の市場を操る産業について、根本的に考え直す契機ともなる、という著者の指摘に同感である。

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    ASKAが9万5千字ブログに綴った「飯島愛」「盗聴・盗撮」

    あると主張する。《私は、今回何の罪もないひとりの女性を巻き込み、犯罪者にしてしまいました(中略)あの事件が冤罪であることを、少しでも多くの方たちに知ってもらい、彼女の未来のお手伝いをしなくてはならない責任と立場に立っています》 そう綴り、A子とのメールのやりとりを公開した。《A子(※実際のブログには個人名が記されている)のためになることならば、証人でもなんでもやる》《すべて、オレがやったことなのに何でA子が罪を問われちゃうんだろう…。神様は一番大事なところを見てないんだな》《少しでも役に立てたら幸せです》 そこには、A子への思慕ともいえる言葉が並んでいた。「愛人への想いを強く語る一方で、今も一緒に生活を送る妻・洋子さんや2人の子供たちへの謝罪の言葉は、この手記には一切書かれていないんです。そこが何とも不可解で…。彼に反省の気持ちはあるんでしょうか」(前出・スポーツ紙記者)関連記事■ ASKAに覚せい剤を教えたのは世界的な大物ミュージシャンか■ 飯島直子 スーツ姿の男性と朝までカラオケ&手つなぎ目撃■ ASKA逮捕で芋づる式か 元プロ野球選手や有名歌手も戦々恐々■ 栩内被告追い詰める ASKAの第3、第4のシャブ愛人の存在■ ASKA逮捕で関係者「著名ミュージシャンへ捜査進めたい」

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    ASKAが初犯で受けた「懲役3年執行猶予4年」の意味

    小森榮(弁護士) 9月12日、ASKAさんの覚せい剤事件の判決公判で、東京地裁は、懲役3年執行猶予4年(求刑懲役3年)を言い渡しました。起訴状によると、被告人は覚せい剤と合成麻薬MDMAを使用。また、目黒区内の自宅で覚せい剤0.432グラムと合成麻薬MDMAなどの錠剤計約26グラムを所持したとされています。懲役3年の意味 そもそも、先に行われた第1回公判で検察官は、懲役3年を求刑していました。それに対しては、初犯の末端乱用者としては重いという意見が聞かれました。2014年8月28日、罪状認否で起訴内容を認めたASKA被告=東京地裁(イラスト・井田智康) しかし、薬物事件では、求刑においても、判決においても、刑を決める最も重要な要素は薬物の量で、多量を所持しているほど刑事責任は重いと判断されます。薬物の量が多ければ、社会に及ぼす危害が大きくなるので、制裁も厳しいものになるわけです。 よく、覚せい剤事件では、初犯は懲役1年6か月といわれますが、それは末端乱用者の事件では、所持量が1グラム内外のケースが多いからです。 この事件では、被告人が自宅で所持した覚せい剤は約0.4グラムと、末端乱用者の所持量としては多いとまではいえない量ですが、問題はMDMAの量が約26グラムと極めて多量だという点です。MDMA錠剤は、平均的な1錠が0.3グラムといわれますから、被告人の所持した錠剤の数は80~90錠くらいでしょうか。検察官の論告では、被告人の使い方(1回当り1錠半)で約60回分とされていたと記憶しています。 密売人の所持量に匹敵するほどのMDMAを所持していた被告人に対して、その所持量に相応した、重い刑が言い渡されたということになります。 ちなみに、覚せい剤所持の法定刑はMDMA(通常麻薬)所持よりも重いので、覚せい剤でしたら、所持量が10グラム程度でも、懲役3年の求刑・判決ということもあります。執行猶予「4年」の意味執行猶予4年の意味 今回の判決は「懲役3年、執行猶予4年」だったと報じられています。被告人は3年の懲役刑を宣告されたのですが、現実に刑事施設に収容することが猶予され、社会内での更生の機会を与えられたのです。執行猶予期間は4年間、この期間を無事に満了すれば、刑の宣告そのものが効力を失い、有罪判決を受けなかった状態に戻ることになります。ただし、猶予期間中に有罪判決を受けるなどして、執行猶予を取り消されれば、猶予されていた宣告刑を現実に受けなければなりません。 執行猶予は、前科がない者などについて、3年以下の懲役、禁錮又は50万円以下の罰金を言い渡すときに付けることができます(刑法25条1項)。営利目的のない薬物事件では、初犯者の多くが3年以下の懲役刑が求刑されるので、被告人にとっては、執行猶予が付くかどうかが重大な関心事になります。 執行猶予は「情状により」付されるものとされていて(刑法25条1項)、被告人に対して執行猶予を言い渡すかどうかの判断は裁判所に委ねられています。刑事裁判で言う情状とは、量刑判断にあたって斟酌される事情のことで、被告人の性格や境遇、犯行の動機や態様などとともに、犯行後の状況も重要な要素とされています。 一般に、被害弁償などによって犯罪被害の回復に努めたことは、被告人にとって有利な情状として評価されますが、薬物事件のように直接の被害者がない犯罪では、被告人に再犯のおそれがないことが、とくに重要な情状となります。 さて、実際の公判では、ほとんどの被告人が真剣な表情で反省の言葉を述べ、「もう二度と薬物にかかわりません」と誓いますが、これだけでは再犯のおそれがなくなったとはいえないでしょう。 生活態度、交友関係、時間の使い方・・・いろんなことを変えないといけないのです。なぜ薬物を使ってきたのか、なぜやめられなかったのか、これまでの自分に欠けていたことを直視し、生活を変えてこそ、薬物と縁を切ることができるのです。 専門家による指導や、やめ続けている仲間の支えなども有効です。入院治療を受けたり、回復者施設に入所するなど、これまでと違う環境を選ぶことも努力を確かなものにする近道でしょう。ASKAさんのように、保釈を得て専門医による治療のスタートを切ることもよい方法だと思います。 しかし、何と言っても家族の支えが欠かせません。気がゆるんだり、嫌気がさしたりするときも、そばにいて、時には叱咤する家族の存在は、覚せい剤をやめる長い戦いを乗り越える最大の力なのです。弁護人でも気を使う「家族」の存在 覚せい剤事犯にとって、家族などの監督者の存在がどれほど大きいか、如実に示すデータがあります。 下のグラフは、覚せい剤事件で執行猶予判決を受けた519人について、判決から4年以内の再犯状況を調べた調査結果(平成21年版犯罪白書より)のうち、裁判の際に家族などが今後の指導監督を約束した人がいたかどうかを調べたものですが、指導監督を約束した人がいたケース(519人のうち403人)では、猶予判決を受けた後の覚せい剤再犯はわずか18.9%。いっぽう裁判時に監督を約束してくれる人がいなかったケース(519人のうち116人)では、44.8%が覚せい剤再犯に及び、その他の罪名による再犯も含めると、およそ2人に1人が再犯に及んでいるのです。覚せい剤事犯者の執行猶予判決後の再犯状況(監督誓約の有無別) 平成21年版犯罪白書249頁より転載 刑事裁判に関わる法曹関係者は、家族など身近な監督者の大切さを実感しているだけに、長年にわたる乱用で家族を裏切り、苦しめてきた被告人が、家族と和解し、執行猶予後の生活を共に分かち合える状態になっているかどうかが気になります。被告人が家族の監督に従うか、家族の側に被告人を監督する意欲があるか、こうした点を見極めることが重要なのです。 私が弁護人として事件を担当する際には、被告人本人よりも、むしろ家族に対してより多くの時間を割くことさえあります。 こうした具体的な解決策を丹念に仕上げたとき、公判の席上で、被告人は胸を張って「過去の自分と決別し、再出発します」と誓い、弁護人は「被告人に再犯のおそれはない」と言い切ることができるのです。 執行猶予期間は、裁判確定の日から1年以上5年以下とされています(刑法25条1項)が、私の担当した事件では中間の3年というのが最も多かったようで、これが標準だと思います。2年というケースもありましたが、数件です。2年に比べれば、4年という事件は、結構ありますが、犯情に若干問題があったケースが多かったようです。多いに問題があり、再犯のおそれが強ければ、5年になったり、保護観察が付いたりします。 本件についてみれば、裁判官は、最後に説示したようにASKAさんが人の意見を聞かないこと(マスコミ報道によれば)に不安を持ち、再犯のおそれが若干高いと判断したのでしょうか。もっとも、実務では、宣告刑より短い猶予期間を定めることは行われていないとされているので、その観点からみれば、宣告刑が懲役3年の本件では、4年は標準的な期間で、格別問題はないということもできるかもしれません。[参照]①グラフを引用した、覚せい剤事犯者の執行猶予判決後の再犯状況(再犯ありは154人で29.7%、うち覚せい剤取締法違反による再犯は128人で24.7%)の詳細は下記で読むことができます。平成21年版犯罪白書 第3章 第1節http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/56/nfm/n_56_2_7_3_1_1.html②覚せい剤事犯者の再犯状況については、次の過去記事をご参照ください。過去記事「覚せい剤と再犯」 2012年11月26日http://33765910.at.webry.info/201211/article_16.html(「弁護士小森榮の薬物問題ノート」より2014年9月13日掲載分を転載)