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    元ソフトバンク社長室長が明かす孫正義「世界企業帝国」の野望

    嶋聡(多摩大学客員教授、ソフトバンク前社長室長) 「イノベーション」で有名な経済学者シュンペーターは、企業家は「自己の王朝」を創るために動くと述べた。マイクロソフト帝国、アップル帝国など、アメリカには世界企業帝国が数多くある。日本には「世界企業帝国」は今までない。孫正義は、日本で初めて「世界企業帝国」を本気で目指している。 孫正義の得意とするところは、パラダイムシフトの入り口で先手必勝、行動することである。大統領選の確執により、アップルをはじめ、シリコンバレーのIT企業とトランプ大統領との間に隙間風が吹いている今こそ、日本発の「世界企業帝国」をつくるチャンスである。ソフトバンクグループの孫正義社長(右)との会談内容を説明するトランプ次期米大統領=12月6日、ニューヨークのトランプタワー(共同) 2016年11月6日、孫正義はアメリカ次期大統領トランプ氏と約45分間にわたって会談。アメリカに500億ドルの投資と5万人の雇用をつくることを約束した。 トランプ氏は、孫氏をファーストネームで呼び、「マサはわれわれが選挙で勝たなかったら、この投資を決してしなかっただろうと言ってくれた」とツイートした。政治家でも経済界の代表でもない日本の民間人がアメリカ次期大統領と会談する。これは日本の歴史上、初めてのことであろう。 会談後、両氏はそろってトランプ・タワーのロビーに登場し、トランプ氏が孫氏を見送った。「トランプ氏は積極的に規制緩和を推進すると話していた。私はすばらしいことだと思っており、もう一度ビジネスをする国として米国にチャンスがやってくると考えている。米国は再び偉大になる」と述べた。 「規制」は経済活動を制限し、社会的公正さを維持するために創られる。規制緩和とは経済活動を解き放つことを意味する。トランプ大統領によって時代は「ビジネス化」する。市場対国家の戦いは「市場優先」の時代になるのだ。このパラダイムシフトの入り口で、孫正義はトランプ次期大統領に会った意味は限りなく大きい。IoTバブルが起きる トランプ・孫会談について、スプリント、Tモバイルの合併の話をしたのだとか、フォックス・コンを入れてアップル救済の話をしたのだとかいろいろ喧伝されているが、私はそんな小さな具体論にはとどまっていないと思う。 孫正義は、来るべき第4次産業革命=IoT革命について話したに違いない。なぜなら、IoT革命は2018年をクロスポイントに一挙に具体化し、進むからである。そして、IoT革命推進のために、孫正義はアーム社を三・三兆円で買収したのである。 人間の脳は二進法で、ニューロン(神経細胞)の接触の有無によって「ゼロ」と「1」の関係を表す。コンピューターのチップも同じである。そして、トランジスタの数が人間の脳のニューロン数300億個を超える物理的なクロスポイントが2018年なのである。政治と経営 シリコンバレーは沸き立っていることであろう。500億ドル=約5兆7千億円をスタートアップ企業に投資するというのだ。日本のGDPはアメリカの約四分の一である。渋谷のビットバレーに、4分の一の約1兆4千億円も投資されるとなったら、日本のベンチャー企業は大いに沸き立つ。 今回の孫氏の投資は世界にIoTバブルを引き起こすであろう。「バブル」というと悪い印象がある。しかし、将来の期待がなければバブルは起きない。孫氏はITバブルの大波に乗って軍資金を手に入れ、世界に雄飛した。バブルは、次代を拓く経営者に軍資金を与えるのである。ビル・ゲイツはITバブル真っ最中の1999年、記者団の「今はバブルではないか」というしつこい質問にこう答えた。 「ああ、もちろんバブルだよ。でもあなた方は肝心な点が見えていない。このバブルは、今まさに新たな資本を大量にこのインターネット産業に吸い寄せ、イノベーションをどんどん加速させているんだよ」  残念ながら渋谷のビットバレーに投資しても世界は動かない。シリコンバレーが動いてこそ世界は動く。2017年はIoT革命、IoTバブルのスタートの年になるに違いない。そして、世界の資本をIoT産業に吸い寄せ、イノベーションをどんどん加速させるのである。政治と経営 「孫社長のことだから(トランプ大統領の)携帯電話番号くらいは聞いているのではないか」とフジテレビの取材に答えた。インドのモディ首相など孫氏がさりげなく携帯電話番号を聞くのは氏の常套手段だからだ。 その10日後の16日、孫正義社長が日ロ首脳会談に合わせて東京で開かれた財界人らによる「日露ビジネス対話」の全体会合に現れた。孫氏はプーチン大統領の近くに指定席を用意された。ロシアのプーチン大統領と肩を抱いて親しげに話し合った。孫氏は記者団に「トランプ米次期大統領と電話で話す予定があり、プーチン大統領からも『ぜひよろしく伝えてくれ』と頼まれた。今度、我々は米国に投資するが、『ぜひロシアにも』と頼まれた」と記者団に話した。アメリカ大統領と一民間人である孫正義がホットラインでつながっているとは驚きである。 孫氏とプーチン大統領のつき合いは二十一世紀初め、大統領就任前の政権準備期間から始まる。当時、IT長者だった孫氏を、ウルフォウィッツ世界銀行総裁(当時)が紹介したという。当時、ロシア経済は疲弊しており、「日本人で初めてプーチンに会ったのですよ。そのとき、会った若者たちが、皆、プーチン政権の閣僚になっていきました」と私に話していた。 今回、政権交代準備期間中のトランプ次期大統領に会ったのもこの成功体験があったからであろう。残念ながら、このときは会談すぐにITバブルが弾け、ロシアへの投資はならなかった。それから十五年、満を持して孫氏はロシアに投資することになる。高転びに転ぶことの危険性 現在は企業が国家の後押しを受けて世界に進出する国家資本主義の時代である。私が社長室長だった時代、ビジネスの大きな企てを始める前に、政治トップを押さえる事を常としていた。 そんなこともあって、「政商」と呼ばれることもあり、孫氏はそれを嫌っていた。だが、孫氏は素直な人である。なんといっても、先に政治を押さえるほうがものごとは上手く進むことを学んだ。ARM社買収時には、イギリスのメイ首相と電話会談にて国内雇用支援の継続を約束。インドでもモディ首相と面談。韓国では朴大統領。そして、中東ではムハンマド副皇太子と10兆円ファンド。そして極め付きが今回のトランプ次期大統領とプーチン大統領である。 松下幸之助氏は「政治家でも経営がわからないものはダメである。経営者でも政治がわからないものはダメである」と言った。孫正義は政治と経営の二つを見事に使いこなしているといえる。高転びに転ぶことの危険性 絶好調に見える孫正義であるが、元社長室長、参謀としてはいささか気がかりなことがある。孫正義は基本的に政治が苦手である。さらにネバー・セイ・ネバーの国際政治は全くといっていいほど苦手である。 政治は華やかな舞台があり、自らの虚栄心を満たすことができる。だが、満たされた虚栄心と同じ数だけの「嫉妬」が渦巻く。今回、プーチン大統領との親しげさを見せつければ見せつけるほど、政府関係者は憮然としていたという。最も憮然としていたのは、最高権力者である安倍総理だったとのことである。このあたりの深刻さが孫正義は理解できないところがある。日露ビジネス対話に出席した安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領=12月16日、東京都千代田区の経団連会館(桐山弘太撮影) 心配して、ソフトバンク関係者に連絡したところ、今回のプーチン、孫正義会談は突然に押しかけたのでなく、政府から呼ばれて行ったということらしいので少し安心した。 どうも「プーチンサイドが会いたい」と言ったとのことのようだが、単純に旧友に会いたいというだけの理由で呼ぶはずがない。プーチン側から見れば孫正義に何らかの利用価値があったと見るのが国際政治の常識である。それは単純に投資を呼び込むことかもしれないし、安倍総理を牽制することだったのかもしれない。 戦国時代に、織田信長に面会した安国寺恵瓊は、主君の毛利元就に送った書簡で、信長は五年、三年は持つだろう。しかし、その後に「高ころびに、あおのけに、ころばれ候ずると、見え申候」と述べた。 世界企業帝国をめざす孫正義が「高ころび」に転ぶことがないことを願うものである。

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    カリスマか狂人か「買収王」孫正義の正体

    いったい、あの御仁は何を考えているのか。ソフトバンクグループ社長、孫正義氏のことである。米次期大統領、トランプ氏と電撃会談したかと思えば、来日したロシアのプーチン大統領とも意気投合する様子が伝えられた。電光石火のごとく動き回り、強烈な存在感を放つ「買収王」。その真意やいかに。

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    孫正義の「手土産外交」の狙いはどこにあるのか

    片山修(経済ジャーナリスト) 世界の舞台で、もっとも影響力がある日本の経営者として、真っ先にソフトバンクグループ社長の孫正義氏の名前をあげることに異論はないだろう。7月、ロンドンでアーム・ホールディングス買収について記者会見するソフトバンクグループの孫正義社長(ロイター=共同) その大物ぶりを証明したのが、12月6日に行われた次期米大統領ドナルド・トランプ氏との電撃会談だ。会談後、トランプ氏は孫氏とともにトランプタワーのロビーに現れ、二人そろって笑顔で写真撮影に応じた。あのシーンは、強烈なインパクトがあった。 それから、わずか10日後の16日、今度は東京でロシアのプーチン大統領と親しげに肩を組むシーンがテレビ画面に流れた。 なぜ、孫氏は世界の大物と堂々と渡り合えるのか。答えは、ズバリ、ケタはずれの“手土産”だ。それは、大風呂敷に近い。いや、だからこそ、世界の指導者を惹きつけることができる。 ソフトバンクグループは13年7月、米国の携帯電話事業3位のスプリントを約1兆8000億円で買収した。続いて、業界4位のTモバイルUSを買収し、顧客規模の拡大を狙っていたが、オバマ政権下、米連邦通信委員会(FCC)の反対で目論見がはずれた。現在、スプリントは収益があがっていない。 ところが、「米国ファースト」を打ち出すトランプ氏の勝利で、一転、風向きが変わった。Tモバイル買収の絶好の機会がめぐってきたのだ。 機を見るに敏なる孫氏はさっそく、動いた。米国への約5兆7000億円の投資話の“手土産”を携えて、トランプ氏を電撃訪問したのだ。トランプ氏は自身のツイッターで「マサは総額500億ドルを米国に投資し、5万人の新規雇用に合意した」と発信した。 孫氏は、プーチン大統領には何度か会っており、“手土産”は、ロシアの電力網構想といわれている。ロシアにとって喉から手が出るほど魅力的なビジネスといえる。 孫氏の“手土産ビジネス外交”は、米露にとどまらない。7月25日には、英国のメイ首相と会談した。日本企業による海外企業の買収額としては過去最大規模の3兆3000億円で買収した英半導体設計大手アーム社に関して、英国における同社の雇用拡大などを伝えたのだ。9月30日には、韓国の朴槿恵大統領を表敬訪問し、IoTや人工知能(AI)などの分野で、今後10年間に約4600億円を目標に対韓投資を進めることを明らかにした。 極めつけは、サウジアラビアの政府系ファンドと共同で設立する「10兆円ファンド」だろう。孫氏は9月、来日したサウジアラビアのムハンマド副皇太子と会談し、わずか1か月で10兆円ファンドの立ち上げ合意にこぎつけた。 サウジアラビアの国家財政は、歳入の約7割を原油輸出が占めるが、ここ2年余りの原油安の影響から厳しい状況が続いている。ムハンマド副皇太子は、「脱石油」を強く打ち出しており、国家の安定に向けて「投資立国」への転換を進める。そこに、孫氏は10兆円ファンド話をもちかけたのである。世界の首脳たちが飛びつく「手土産」を差し出せる理由 では、なぜ、孫氏は、各国の首脳たちに、これほどタイミングよく食指を誘う“手土産”を差し出すことができるのか。 その主要な要因は、孫氏がオーナー経営者であり、即断即決が可能なことのほか、稀に見る行動力の持ち主だからだ。私は、ビジネスのスタートラインに立ち、頭角を現した頃の孫氏にインタビューした経験がある。もう、その当時からオーラがあった。話は、テキパキしているし、質問に対する、よどみない受け答えは、決断力を感じさせた。加えて、その後の孫氏を見ていると、世界のビジネストレンドに対する鋭い嗅覚に目を見張るばかりだ。1997年3月、テレビ朝日株問題で会見する(左から)ソフトバンクの孫正義社長、朝日新聞社の松下宗之社長、豪ニューズ社のルパート・マードック会長 孫氏のビジネスセンスのルーツは、シリコンバレーにある。もともと、孫氏は米西海岸と縁が深い。16歳で渡米し、サンフランシスコの高校を卒業、カリフォルニア大バークリー校に学んだ。やがて、シリコンバレーに強い関心を寄せる。そして、ソフトバンク設立後、インターネット関連企業への投資に成長の軸足を置くようになる。彼は、まさにITの申し子といっていい。 指摘するまでもなく、いまや、ITを抜きにして、国家の成長はありえない。彼は、そのことを百も承知だ。実際、だからこそ、IT企業への投資話に世界の首脳たちは飛びつくのだ。その投資話には、資金的裏付けがある。何兆円であろうが、ヤフーやアリババの株を売却すれば用意できる。 だから、トランプ氏にしても、プーチン氏にしても、孫氏のために多忙な時間を割く。むろん、孫氏にも、見返りがある。そのへんのところは、抜け目なく計算ずみだ。 実際、6日のトランプ氏と孫氏の会談を受けて、7日の東京株式市場のソフトバンクの株価は、前日の終値6956円から7387円へと大きく上げ、その後も上昇基調にある。孫氏は、十分に目的を達成したのだ。 孫氏が代表を務めるソフトバンクは通信会社である。しかし、狙うのは、通信インフラに関する事業にとどまらない。嗅覚バツグンの孫氏の関心事は、いまやAIやIoTなど、IT関連の最先端分野だ。つまり、通信事業を軸にして、小売りやエネルギー、金融など、さまざまなコンテンツで稼ぐビジネスモデルを構築しようとしている。 ヤフー、アリババ、ガンホーなど、過去の投資実績をみても明らかだ。 ただし、孫氏のこれまでの“手土産”が必ずしもすべて実現、あるいは成功しているわけではない。例えば、米スプリントや英アーム社の買収は、まだ評価するには早い。孫氏が超大物ぶりを発揮するかどうかは、むしろこれからといえるのではないだろうか。

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    「倍々ゲーム」経営を可能にする孫正義の恐るべき世界人脈

    加谷珪一(経済評論家) ソフトバンクの孫正義社長が、また世間を驚かせた。ニューヨークのトランプ・タワーでトランプ次期大統領と会談し、米国への巨額投資と雇用の確保を約束したのである。トランプ氏が掲げるアメリカ・ファーストにいち早く呼応したわけだが、孫氏の狙いはどこにあるのだろうか。またソフトバンクはこれからどのような事業展開を考えているのだろうか。 今回の会談には様々な思惑があり、何かひとつのことを目的としたものではないだろう。だがあえてひとことで言うならば、ソフトバンクの米国における基盤強化と将来の案件獲得の布石ということになるかもしれない。 ソフトバンクは日本の通信会社だが、事業の軸足はすでに米国にシフトしつつある。同社は2013年7月、216億ドル(当時のレートで約2兆2000億円)を投じて、米国第3位の携帯電話会社スプリントを買収している。同社は続いて米国4位の通信会社であるTモバイルUSの買収を試みたが、市場の寡占化を懸念した司法省などの反対で実現しなかった。記者会見するソフトバンクの孫正義社長(左)と、スプリント社のダン・ヘッセCEO(当時)=2012年10月 米国の移動体通信市場は、AT&T、ベライゾン、スプリント、TモバイルUSの4社で激しいシェア争いが行われているが、AT&Tとベライゾンは2強となっており、それぞれ1億人の顧客を持つ。ソフトバンクがスプリントとTモバイルUSを傘下に収めれば、ソフトバンクはトップ2社と互角となり、米国という世界最大の通信インフラの一部を担うことができる。 ソフトバンクは、創業直後の米ヤフーに出資しており、同社の大株主であると同時に、中国の電子商取引サイト最大手アリババの大株主でもある(アリババは米国市場で上場している)。さらに2016年7月には、英国の半導体設計大手アーム・ホールディングスを240億ポンド(約3.3兆円)もの金額で買収している。 ARMは、スマホ向けCPU(中央演算処理装置)の設計では圧倒的なシェアを持つ超優良企業として知られる。今後、あらゆる機器類がインターネットにつながるIoT(モノのインターネット)市場が拡大すると予想されており、こうした機器類に搭載される半導体の多くがARM社の設計になる可能性が高い。 ソフトバンクは通信インフラを中核に、関連企業を囲い込む一種のコングロマリット形成を目論んでいると考えられる。同社は2016年8月にサウジアラビア王室と組み、10兆円という巨額投資ファンドの組成を発表した。このファンドの目的は、AI(人工知能)、シェアリング・エコノミーなど次世代のテクノロジーに投資することだが、すべては通信事業と相互補完関係にある。トランプ氏との会談で確約した500億ドル(約5兆7000億円)の投資と5万人の雇用の一部についても、この10兆円ファンドから拠出される可能性が高いとみてよいだろう。世界各国の企業が無視できない孫氏 孫氏は常に、次世代において主役となる企業を先んじて取り込み、業界での地位を確保することによって、さらに大きな事業を得るという、一種の倍々ゲームでビジネスを進めてきた。今回の動きもその延長線上にある。記者会見するソフトバンクの孫正義社長 ソフトバンクが最初に手を付けた会社はコムデックスなど米国の展示会運営企業であった。ただの展示会に1000億円も投じるなど狂気の沙汰と言われたが、著名展示会のオーナーとして米国IT業界へのフリーパスを手にした孫氏は、米ヤフーの発掘に成功。ヤフーが上場したことで巨額の含み益が転がり込み、これが後の買収戦略の原資となった。 ARMの買収も同じである。同社はIoTの分野では主役となる企業のひとつであり、ARMのオーナーともなれば、IoT分野の巨人である米GE(ゼネラルエレクトリック)や独シーメンスといった企業も、孫氏を無視することはできないはずだ。 今回、IT業界関係者としてはいち早くトランプ氏との関係を強化した孫氏のプレゼンスは今後、さらに高まる可能性が高い。しかも今回、孫氏はトランプ氏と対立している米アップルとの間を仲介するような動きも見せている。 一連の動きがうまく結びつけば、ソフトバンクは、再びTモバイルUSの買収を実現し、さらにそれ以上の大きな買収案件を獲得できるかもしれない(ちなみにソフトバンクによる買収について反対してきた米連邦通信委員会のウィーラー委員長は1月15日に辞任する)。IT業界は変化が早く、誰も10年後を予測することはできない。 10年後に重要な立ち位置にさえいれば、案件が自動的に転がり込んでくるという考え方は、計画性がないように見えて実は合理的なのだ。ハイリスクと引き換えの経営戦略 孫氏のこうしたやり方に対しては、スタンドプレー型でリスクが大きいと指摘する声もある。確かに孫氏の戦略は大きなリスクと引き換えであり、財務的には常に綱渡りが続く。だが、孫氏は、話題になった企業に脈絡もなく食らい付いているわけではなく、緻密な情報収集を常に行っている。大胆不敵な買収はこうした行為の先に存在している。 筆者はこの話を想像だけで書いているわけではない。筆者がまだ駆け出しの記者だった時代、ソフトバンクが取り扱う、ある小さな製品について同社に取材を申し込んだことがある。てっきり若手の社員が担当なのかと思いきや、広報担当者が言うには孫社長自身が担当者だという。孫氏は米国の展示会などを小まめに回り、面白い製品やサービスがあると、自分で交渉してその場で契約を結んでくるのだという。 すでにソフトバンクは株式を上場(店頭公開)して、一連の巨額買収をスタートさせており、孫氏は多忙を極めていた。そのような中でも、こうした小さな案件にも孫氏は目を光らせ、自身の手でハンドリングしていた。 おそらく孫氏にとっては、当時の小さな案件と3兆円の大型案件には大きな違いがないのかもしれない。自らの手でデューディリジェンス(投資などにおいて案件を吟味すること)を行い、自身の戦略に添って投資をするというポリシーは規模とは無関係だ。 もっとも、この話は同社における後継者問題とトレードオフになる。社長含みで招聘した元グーグルのニケシュ・アローラ氏は、結果的に孫氏の後継者になることはできなかった。幸い孫氏は59歳と若く、あと10年は問題なく世界を飛び回れるだろう。その間に、どこまでコングロマリットを拡大し、集団経営体制を構築できるかがカギとなる。

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    孫正義はなぜ「未来」を予測できるのか?

    三木雄信(ジャパン・フラッグシップ・プロジェクト社長)元社長室長が語る「先読みの極意」「日本を代表する経営者は?」という質問に、孫正義・ソフトバンク社長の名前を挙げる人は多いだろう。数々の新規事業を成功させ、国内外の有望な企業を発掘しいち早く提携するその眼力の秘密を、ぜひ知りたいと思っている人も多いはずだ。ではなぜ、孫正義氏は未来を見通すことができるのか。ソフトバンク元社長室長として、孫氏を間近で見てきた三木雄信氏。著書『ソフトバンクで孫社長に学んだ 夢を「10倍速」で実現する方法』を発刊した三木氏に、その「極意」をうかがった。 孫正義は「タイムマシーン」を持っている!? 孫正義社長の経営は「タイムマシーン経営」と言われることがよくあります。まるで未来を見てきたかのように、のちに大きく成長する事業や企業を見抜いて、早い段階で先物買いをしているからです。米国次期大統領ドナルド・トランプとの会談の後、取材に応じるソフトバンクCEO孫正義氏=2016年12月6日 たとえば、アメリカのYahoo!に200万ドル(当時の為替レートで2億円)の出資をしたのは1995年11月のこと。アメリカのYahoo!が会社として事業を開始したのは、1995年3月です。つまり設立から間もない段階で、孫社長はこの会社に価値を見出し、思い切った投資をしたことになります。 そして結果は、ご存知の通り。Yahoo! は世界最大級の検索エンジンに成長し、Yahoo! JAPANもポータルサイトとして日本で圧倒的なポジションを占めています。 最近では、中国のインターネット通販企業アリババ。ソフトバンクは、アリババが創業した翌年の2000年に20億円を出資し、その後、同社は急成長を遂げます。そして2014年にニューヨーク証券取引所に上場したことで、株主のソフトバンクは8兆円の含み益を得ました。投資から14年間で、4000倍のリターンを得たわけです。これらの事例を見れば、タイムマシーン経営と言われる理由も納得がいくはずです。 「未来を読む」ことは誰にもできない では果たして、孫社長は本当に「未来を読む達人」なのかというと、実は、そんなことはありません。 もちろん、私を含む一般の人たちよりは、はるかに先を見通す力を持っていることは確かです。しかし、長年そばで見ていてわかったのは、孫社長の予測も外れることがあるという事実です。考えてみれば、孫社長も人間なのだから、百発百中で未来を言い当てることなど不可能なのは当たり前です。 そもそも孫社長自身も、「未来は読むことができない」という前提で物事を考えています。とくにITの世界の不確実性は、他の業界に比べて非常に高いものです。 では、なぜ孫社長は、まるで未来を見てきたかのように、次々と成功を引き寄せているのか。その秘密こそが「くじ箱戦略」です。ソフトバンクがここまで成長を遂げた最大の理由は、ここにあると言っていいでしょう。ソフトバンクを成長させた「くじ箱戦略」とは?ソフトバンクを成長させた「くじ箱戦略」とは? 「くじ箱戦略」は、いたってシンプル。「当たりが出るまで、箱からくじを引き続ける」、これだけです。 お祭りに、1回100円で引けるくじ箱があったとします。あなたは100円を払って、くじを引きましたが、はずれでした。手持ちのお金はそれしかなかったので、もうくじを引くことはできません。ボーダフォン日本法人の買収会見後に握手するソフトバンクの孫正義社長(中央)とボーダフォン日本法人のビル・モロー社長(当時、左)=2006年3月17日(飯田英男撮影) ところが、たまたま気前のよい親戚のおじさんが通りかかり、「当たりが出るまで引いていいよ」と言ってくれたとしましょう。あなたは10回、20回と、何度でもくじを引くことができます。そのくじがインチキではない限り、いつか必ず当たりを引くことができるわけです。「そんなのずるい!」と思うかもしれませんね。でも、周囲から「運がよい」と思われている人は、これと同じことをやっているのです。「くじが当たるまで引き続ける」――実はこの原則は「リアル・オプション」という経営理論にもとづいています。 ちゃんと理解しようとすると、なかなか難しいのでここでは詳細を割愛しますが、孫社長と私はこの理論についてしばらく研究していた時期があります。この理論の専門家である大学教授にレクチャーを受けに行ったこともありました。 おそらく孫社長は、それ以前から直感的に「くじ箱戦略」の原則に従って行動してきたのでしょう。そして理論的にも、「くじ箱戦略」は間違っていないことがわかった。それからは確信を持ってくじをどんどん引き続け、ソフトバンクを大企業へと成長させていったのです。 1回のコストを下げれば、よりたくさんの失敗ができる<当たりの確率を高めるための3つのポイント> この「くじ箱戦略」には、ポイントが3つあります。1 当たりが多そうなくじ箱を選ぶ2 くじを引くコストを下げる3 くじを引き続ける 孫社長が創業期のYahoo! を発掘できたのも、まさにこの三つのポイントを押さえたからです。 実は1990年代のソフトバンクは、アメリカで成功している企業や事業と組んで、ジョイントベンチャーを次々に作っていました。Yahoo! JAPANも、その一つです。「アメリカで成功しているビジネスは、日本でも成功する確率が高い。つまり当たりが多そうなくじ箱だから、どんどん引いていこう」孫社長はそう考えたわけです。当時の孫社長は「条件に合う企業すべてとジョイントベンチャーを作れ!」と指示を出していたほどです。 ジョイントベンチャーという形を選んだのにも理由があります。それは「安く作れるから」。ジョイントベンチャーへの出資比率は交渉次第なので、2割や3割といった低い割合で済むこともあります。つまり、2番目のポイントである「くじを引くコストを下げる」もしっかり押さえたことになります。 それに、1回あたりのコストが下がれば、たとえ外れてもダメージは最小限で済みます。孫社長も大胆なように見えて、実は「失敗しても会社が潰れることはない」という範囲でしかチャレンジしません。「勝率は7割でいい。あとの3割が失敗しても、すぐに撤退すれば問題ない」 これが孫社長のモットーです。だからこそ、3割は失敗しても大丈夫なように、1回あたりのくじのコストをできるだけ下げる努力を惜しまないのです。 ただし、いくら当たりの多い箱を選び、くじを引くコストを下げても、1回や2回引いただけで当たりが出るとは限りません。 最初の9回がはずれでも、10回目に当たりが出るかもしれない。だから、3番目のポイントである「くじを引き続ける」が大事なのです。 当然、孫社長もたくさんの外れを引いています。それでもしつこく、あきらめずにくじを引き続けました。「もうこの辺でいいかな」などと妥協しなかったから、多くの大当たりを引くことができたのです。そもそもなぜ、孫社長はIT業界を選んだのか?そもそもなぜ、孫社長はIT業界を選んだのか? この3つのポイントは、聞いてしまうと「なんだ、そんなことか」と思うかもしれません。しかし実際は、多くの人がこの点についてまったく考えずに物事を決めています。 とくに「当たりの多そうなくじ箱を選ぶ」というのは、成功するための基本ルールとも言っていいものですが、それを意識している人はとても少ないと感じます。 そもそも孫社長がITの分野で起業したのは、「これから発展するのが確実な業界だ」と考えたからでした。 その裏づけとなったのが「ムーアの法則」です。これは簡単に言えば、「コンピュータの性能は18カ月から24カ月ごとに倍になる」というものです。インテルの共同創業者であるゴードン・ムーアが1965年に唱えた経験則で、現在に至るまでこの法則が破られたことはありません。 当時からムーアの法則を知っていた孫社長は、いつかコンピュータが人間の脳を超える処理能力を持つ日が来ることを想定し、IT業界は今後も永続的に発展すると考えました。つまりIT業界で起業することは、「上りのエスカレーター」に乗るようなものだと確信したのです。 孫社長は決して「未来を予測」しているわけではありません。ただ、「上りのエスカレーター」を見つけ、それに乗ってきた。だからこそより多くの「当たり」を手にすることができ、周りの人からは孫社長が「未来が読める」ように見えるのです。 もちろんこの考え方は、仕事はもちろん、「結婚相手を探す」などというプライベートなことまで、あらゆるものに応用できます。 ぜひ、皆さんも意識してみていただければと思います。 みき・たけのぶ 1972年、福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱地所〔株〕を経て。ソフトバンク〔株〕入社。27歳で社長室長に就任。孫正義氏の側で、「ナスダック・ジャパン市場創設」「Υahoo!BBプロジェクト」をはじめ、取多くのプロジェクトを担当。現在は自社経営のかたわら、東証一部上場企業など複数の取締役・監査役を兼任。内閣府の原子力災容対策本部で廃炉・汚染水対策チームプロジェクトマネジメント・アドバイザーを務める。近著に「海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる」(PHP研究所)がある。

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    ぶっちゃけて言うと、孫正義が羨ましい

    やまもといちろう(ブロガー・投資家) 久しぶりに友達と気兼ねなく酒を飲んで帰ってきて、酔っ払ったので書きたいことを書く。 いや、孫正義はすげえわ。基地外だわ。どうしても仕事をしていると資金尻というか帳尻を考える。借金をしたら、まあどう返そうかなという算段がつかない限り、次の勝負には出られんが普通だ。 でもあの禿は違う。抜け毛を増やしてでも次の勝負に出る。そして、大人はだんだんついてこなくなる、それでも次はこれその次はあれってんで、どうにか支援してくれる連中をかき集めて、何とかしてしまう。そして、5個うって3つか4つは外れる。メガソーラーなんたらとか、筋が悪い連中囲っちまって、にっちもさっちもいかなくなるとパッと諦めて別の大きい仕掛けに夢中になる。もちろん、担ぎ上げられた馬鹿な自然エネルギーの連中は置いてけぼりだ。奴らは孫正義の財布がなければ糸の切れた凧っていうか、ただのタコだから。記者会見でヒト型ロボット「ペッパー」を見つめるソフトバンクの孫正義社長=2015年6月18日、千葉県浦安市(寺河内美奈撮影) エネルギーとか国策とかまったく興味がないんだろうね、孫正義。ビジネス的な直感というか、感性だけで生きてる。だから、大人は誰も信頼しない。でも、そこに薄くとも勝算がある奴をいくつも蛸足で並べて、とりあえずいっちょ噛みだけしてみて、上手くいきそうなものだけ手を出してそこそこの実績を出す。それ以外のところは死屍累々でも全然気にしない。 願わくばそういう無責任だけど資本の論理の権化みたいな仕事をしてみたい。だっていままで築き上げた事業や資産や将来利益をフルレバレッジかけて海外事業を買収にかかったりするんだよ。ギャンブラーだろ。ストレスで薄くなるわ。もう孫正義は薄くなってるけど。っていうか無いけど。毛が。もう完全に騙しだし、ペテンなのは数字が読める奴なら誰もが分かってる。でも孫正義はやる。なぜなら、放っておいたら自分の帝国が潰れるのを知ってるから。泳ぐのを辞めたら死ぬ鮫同様に、いつも何か仕掛けて常に騙されるカモが市場にいないと孫正義は孫正義ではなくただの在日ハゲでしかないんだよ。個人投資家だろうが大銀行だろうが次の冒険つーかフルレバレッジの具になりそうなものは常に動員する。ロマンだよねえ。ハゲの癖にロマンなんだよねえ。そんで、周辺にいるのはモノを知ったる人々の屍骸だ。本当に、孫正義に協力した奴は死ぬか死ぬまで協力するかのどちらかなんだよ。 たぶん、ソフトバンクは孫正義一代で終わる。彼が良い死に方をするかどうかは知らないが、彼の後に彼なみの人間が出るとは思えない。というか、孫正義のあとを継げるような男は自分で事業をすでにやっている。なんで才能ある奴があんなハゲの散らかした事業の後始末をしなければならないのだ。そして、孫正義はそれを知っていて、アカデミーとかやってる。自分のあとを継げる男なんて出てこないのを知っててやってる。ハゲはいっぱいいるだろうが、学んで孫正義になろうとする馬鹿はソフトバンクの番頭にはなっても経営者にはならないだろう。 そして、みずほやらその辺の投資家に、膨大な不良債権だけが残る。孫正義は失敗しなくとも、いずれ彼の膨張戦略はどこかで終わりを告げる。彼の挑戦の結果、ケツを拭くのは日本国民だ。だって、ペテンなんだもの。スプリント買収にしたって詐欺だろあんなもの。誰も引き取り手が無かったゴミのような全米負け組3位キャリアだぞ。孫正義に全力で育毛したって業績の劇的回復は無理だ。 そんで、企業努力を払って何年かして少しでも上向く加減のイベントフラグでも立ったら、また別の事業を買収しようと孫正義は目論む。いまのSBMにしたってスプリントにしたって、そう何年ももたないからだ。それは誰よりも孫正義が分かってんだろ。 あらゆる意味で、あのハゲは偉大だよ。やかんをひっくり返したような見事なつるっぱげだが偉大なものは偉大だ。あれだけネタを巻き起こして、投資家や銀行家を煽るだけ煽って、引き出せる金は全部引き出したところで駄目になったら次の勝負にすでに出ている。これは確固たる才能であって、羨ましがらずに何ができる。私もそれなりに金はあっても倍倍チャンスに賭け続ける度量はねえよ。どっかで守りに入るよ。これ以上薄くなりたくねえよ。だが孫正義は違う。盛大にハゲ散らかしやがって。この国の金融システムをどうしてくれるんだってぐらいにでっかい借金をこしらえたまま、次の勝負に負けるか、どっかでひっくり返る、そのときは日本の金融システム不安の引き金を引くことになるんだよハゲの癖に。 こうなったら意地でも植毛してやりたくなる。リーブでもアデランスでも孫正義の両手両足を掴んで診察台の上に乗せて強制植毛の刑に処すべきだ。あの薄毛がいかんのだ。もしくは異常な幸運がいけない。しかも本人に豪運の自覚が無い。 っていうかハゲちくしょう。ちくしょう。(2012年10月19日 やまもといちろうオフィシャルブログより転載)

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    孫正義のジャパニーズドリーム実現 韓国での受け止め方は

     佐賀県・鳥栖の朝鮮部落に生まれた孫正義は、裸一貫で時価総額8兆円の巨大帝国を作り上げた。在日が実現した「ジャパニーズドリーム」は、祖国・韓国ではどう受け止められているのか。『あんぽん 孫正義伝』著者の佐野眞一氏がレポートする。* * * 経営者・孫正義の真髄は、米でヤフー、中国でアリババを発掘した投資眼に尽きる。孫が世界各国の人材やベンチャー企業を発見する様は、未掘の金鉱探しのようにも映る。1999年6月、インターネットでおもちゃを売るビジネス「イー・ショッピング・トイズ」を発表したソフトバンクの孫正義社長。バンダイ、トミー、タカラ、エポックの玩具メーカーなどと合弁会社を設立することを発表(後藤徹二撮影) だが、孫の関心が母国・韓国に向いたことは少ない。財閥中心の閉鎖的な韓国経済に、孫の心をくすぐる宝は埋まっていないのか。それとも、祖国に対する複雑な感情が投資意欲を鈍らせるのか。 一方、韓国人は孫をどう見ているのか。5年前、『あんぽん』取材の途次に訪れたソウルで、孫の評判を聞いてみた。皆、成功者として認識してはいるものの、彼らの口ぶりから熱気を感じることはなかった。ある韓国の企業人は孫が「在日」だから誇らしいのではなく、世界的成功を収めた孫が「韓国にルーツを持っていること」が誇らしい、と言った。この言葉を聞いた時、やれやれ、歴史観を消失してしまったのは日本人だけではなかったんだな、と私は胸の内でつぶやいた。 私が初めてソウルを訪れた40数年前、今でこそ韓国の銀座といわれる明洞(ミョンドン)は、ひどく薄暗かった。街はマニラやバンコクなどと共通するアジア特有の不気味な埋蔵量を感じさせたが、外観はおよそ垢抜けていなかった。金浦空港を出るなり、突然声をかけてきた少年が今でも印象深い。「日本の新聞、十円だよ」 思わず買うと1か月前の新聞だった。顔をあげるともう少年は、風のように消えていた。当時、韓国はまだ貧しかったが、「在日」にまとわりつく悲哀を、国民全員が共有していた。日米韓の悲しい歴史の狭間で産み落とされた男 私が生まれた東京・下町の在日韓国人が言った言葉が忘れられない。「美空ひばりは韓国人だ。あんなに歌のうまい日本人がいるはずない」。この話が真実かどうかに興味はないし、詮索してもあまり意味はない。ただ、在日という宿命を背負った人間の「都市伝説」信仰の根深さに圧倒された。 だが、漢江(ハンガン)の奇跡といわれた1960年代の驚異的高度経済成長や1988年のソウル五輪の開催に伴い、この種の話をする者はほとんどいなくなった。とりわけ、1990年代末の通貨危機を乗り越え、今や日本に対等に物を言うようになったこの国では、対馬海峡を命からがら渡った末に、炭鉱夫や土方といった重労働に就いた在日の物語は、完全に忘却されてしまった感がある。 そのくせ従軍慰安婦問題はいつまでもトラウマとして突き刺さっている。こうした矛盾した現実に異様なものを感じながら、私は孫の父方の祖父の生まれ故郷の大邱(テグ)に足を運んだ。「金くれちゅうこっちゃろが」 大邱に到着して、まず向かったのは、市の中心部に近い雑居ビル群の中にある「一直孫子会館」だった。ここは、朝鮮半島南東部に位置する慶尚北道(キョンサンプクト)・道庁所在地の安東市をルーツに持つ「孫一族」の氏子集団の親睦を目的として作られた。事務所を訪ねると、10人ほどの老人が一斉に立ち上がり握手を求めてきた。全員、「孫氏」である。「孫正義は一族の誇りです」 事務局長の孫在出(ソンジェチュル)が顔を紅潮させながら言う。応接室の書棚に眼をやると、孫正義関連の本がズラリと並んでいた。孫在出は、自慢げに簡易製本された「一直孫氏」の家系図を広げた。大邱一帯には、孫一族が約3万人おり、孫正義は、25代目にあたるという。「直接手渡そうと思って作ったが、どうやら彼は忙しいらしい。日本に帰ったら正義に渡してほしい」 そこを辞去して大邱の郊外ののどかな農村を訪ねた。ここは正義の祖父の孫鍾慶(ソンジョンギョン)が住んでいたところである。孫の遠縁にあたる男に話を聞くことができた。「孫鍾慶の家は代々、米を作っていましたが、近くに日本軍の飛行場ができたため、農民が土地を奪われた。そこで鍾慶は仕方なく日本に出稼ぎに行ったんです」 日本で鍾慶は正義の祖母・李元照(イウォンゾ)と出逢い、その後、正義の父・三憲(みつのり)を含めた4男3女をなした。鍾慶は戦後、子供を連れて一時大邱に戻ってきたという。「だが祖国は荒廃し、仕事はなかった。鍾慶一家は一年滞在しただけで、日本に戻りました。そのとき彼らが住んでいた家はもうない。朝鮮戦争が始まると、今度は米軍が日本軍から接収した飛行場を拡張するために、この一帯の家を取り壊した」 田畑は日本に、家は米に接収された。孫正義は日米韓の悲しい歴史の狭間で産み落とされた男だった。これだから朝鮮民族にはかなわない 最後に孫家の墓所に行ってみた。墓所では地元職員や記者らしき人間が待ち構えていた。私も様々な取材をしてきたが、こんな“VIP扱い”されたのは初めてである。しばらくすると黒塗りのハイヤーまで到着し、ますます芝居じみてきた。車から下りてきた男は、ハンナラ党(現セヌリ党) の地元区長だという。「私は孫社長の故郷が大邱と知って以来、地域の人と孫家の墓所の草むしりをしている。彼は世界的人物だが、どんな有名人でも故郷は大切だ。ぜひ彼の故郷訪問を実現させてくれないか」 これほど露骨な有名人へのすり寄りは、いっそ微笑ましかった。だが、翌日の大邱の新聞に、「孫正義会長取材陣、大邱到着」という仰々しい見出しが付けられたのには絶句した。 記事には、「大邱市では、孫会長が故郷を訪問する場合、曾祖父の墓から大邱空港までの道路を『正義路』と名付け、盛大に歓迎する」といった孫の遠縁の言葉まで紹介されていた。 田舎政治家らしいパフォーマンスといい、「正義路」という臆面のないネーミングといい、冷淡なソウルの反応と対照的な熱の入れようである。これだけのラブコールがあれば、孫の故郷訪問も近いのではないか。そのときは一瞬そう思った。 帰国後に孫正義の父・三憲にこの話をすると、「どうせ金くれちゅうこっちゃろが」とニベもなかった。三憲が、パチンコ業で財をなしたとき、故郷から数千万円の無心があったという。三憲の口ぶりからは、韓国人に在日がどんな辛い思いをして金を稼いできたかわかるか、という口惜しさがストレートに伝わってきた。孫正義の故郷訪問に対しても、大邱の地元企業への投資を期待していた可能性が高い。 これだから朝鮮民族にはかなわない。別に悪口でいっているわけではない。孫のことをあるときはクールに、あるときは故郷の英雄のように祭り上げ、その裏でこっそり金をせびる。会談を前に握手するソフトバンクグループの孫正義社長(左)と韓国の朴槿恵大統領=9月30日、ソウルの青瓦台(聯合=共同) これが中国大陸にへばりつき、海のすぐ向こうに日本という経済大国を望むという地政学的な悪条件の下で、数多の試練を乗り越えてきた彼らの強さの原動力となっているのだろう。 ただ、一点気になるのは、彼らが僑胞(キョッポ、*)の歩んだ苦難に無関心な点である。アジア一の経営者となった孫正義の光の部分ばかり注目し、その影を見ようとしないのは、虫が良すぎる。歴史を忘れた民族は、いつかしっぺ返しにあうことを肝に銘じなければならない。 この教訓は、無論、日本と日本人も例外ではない。(*在外韓国人の韓国側の呼び方)関連記事■ 編集者は見た! 孫正義が故郷・韓国に暮らす親戚写真見て涙■ 孫正義氏 「社員は私がツイッターすると緊張するようだ」■ 差別を体験してきた孫正義氏 福島放射能差別について意見■ 孫正義氏 この世に生まれなかったかもしれぬ2つの危機あった■ 孫正義氏 同郷のブリヂストンを抜ける根拠のない自信あった

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    孫正義氏 空前のプロジェクト描き北方領土のキーマンに

    首相がロシアを訪問する際には日本の財界をあげて、大規模な経済ミッションを組んで同行した。しかし現在、企業経営者の多くは、ロシアへの投資に尻込みしている現実がある。「ロシアへの投資には米国が目を光らせており、経済制裁破りと見られて厳しいペナルティを科せられる危険が大きい。日本の企業も銀行も恐くて事業参加に踏み切れない」(メガバンク関係者)からだ。 また安倍政権の原発再稼働政策を財界も支持している手前、ロシアの自然エネルギーに投資することにも躊躇がある。そうした中、孫氏は米国の大統領選挙で“監視”が緩んだ間隙を縫って、経済制裁下にあるロシアに単身乗り込み、独裁的な権力を握るプーチン大統領に“直談判”した。空前の国際プロジェクトの絵を描いてみせ、いまや北方領土返還のキーマンになった。 その行動は「海賊」と呼ばれたあの人物を思わせる。60有余年前、出光石油の創立者・出光佐三氏は、英国の経済制裁で石油メジャーさえ手を出せずにいたイランにひそかにタンカーを送り、原油を買い付けて日本に運ぶという荒技で世界をあっと言わせた。「地球のどこかで太陽は輝き、風は吹き、水は流れる。2020年の東京五輪のとき、(4か国の)ゴールデンリングの電力で電気のトーチがつながればいいと思っています」 孫氏は、今年9月に開かれた日本の自然エネルギー財団の記念シンポジウムで、満を持して東京五輪までの構想実現をぶち上げた。関連記事■ ロシア通記者が露大統領再登板のプーチンの実像を記した本■ 池上彰氏 メドベージェフ氏の国後島訪問に隠れた意図を解説■ 訪露の森喜朗元首相 銅像に献花しプーチン氏の琴線に触れた■ 大前研一氏 「北方領土問題は面積等分方式で交渉せよ」

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    自動運転の覇権狙うグーグルに待った! トヨタの「仁義なき逆襲」

    片山修(経済ジャーナリスト) 自動運転車の実用化に向けた動きが加速している。背景には、AI(人工知能)、IoT、ビッグデータなどの急速な進展がある。 日産は今年8月、高速道路の同一車線自動運転技術「プロパイロット」を搭載したミニバン「セレナ」を発売した。加速、操舵、制動の複数の操作を一度に行う「レベル2」だ。 日産は、20年までに一般道を走れる自動運転車を発売する計画だ。トヨタとホンダも、20年頃までに高速道路での自動運転の実用化を目ざしている。加速、操舵、制動をすべてシステムが行い、システムが要請したときのみドライバーが対応する「レベル3」だ。 その先にあるのは、「レベル4」のドライバー不要の完全自動運転車だ。 米フォードは、完全自動運転車の量産を2021年までに始めると発表した。独BMWや、スウェーデンのボルボもまた、2021年頃、完全自動運転車の商用化を目ざすと表明している。 完全自動運転車は、原則としてハンドルもブレーキもない。したがって、車内での過ごし方も違ってくる。走行中に映画の鑑賞もできる。車内が“移動リビング”になるのは、もはやSFの話ではない。 自動車メーカーは、自動運転の実現に向けて、実証実験を重ねながら、一歩一歩、着実にレベルアップしてきた。 これに対して、一気にジャンプし、完全自動運転の実現を目指すのが、IT企業だ。米グーグルやアップル、テスラなど、ITの巨人である。 例えば、グーグルは、09年から自動運転の開発をスタートさせた。12年にネバダ州で公道運転免許が交付され、15年には地元カリフォルニア州での公道実験の認証を取得。現在、55台の自動運転車を毎日、シリコンバレーなどの公道で走らせている。12月13日、米サンフランシスコで開かれたイベントで披露された米アルファベット傘下の新事業子会社「ウェイモ」の自動運転車(AP) グーグルはまた、16年5月、フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と自動運転車の開発で提携すると発表した。 完全自動運転車に必須とされるAI、ソフトウエアの無線による更新、セキュリティ技術などは、IT企業が得意の分野で、自動車メーカーに比べて一日の長がある。グーグルは、車載OS(基本ソフト)の主導権を握る構えだ。 また、コネクテッドカー(インターネットに常時接続された車)のプラットフォームについても、リードしているのが現状だ。グーグルをはじめIT企業は、ここぞとばかりに、既存の自動車のビジネスモデルを破壊し、新たなビジネスチャンスをつかみとろうと狙っているのだ。ITの巨人からの巻き返しに懸命なトヨタ 実際、このままいけば、スマホのOSがグーグルのアンドロイドとアップルのiOSに支配されているように、自動運転に関するOSは、IT企業に握られる日が現実になるかもしれない。それは、自動車産業の構造変化を巻き起こすことになる。つまり、彼らが自動車ビジネスの“主役の座”に躍り出れば、自動車メーカーは単なるアセンブリメーカーになりかねない。 当然、自動車メーカーの危機感は強い。巻き返しに懸命である。 トヨタは、AI研究に力を入れている。16年1月、米シリコンバレーに元DARPA(国防高等研究計画局)でプログラムマネージャーを務めたギル・プラット氏を代表とする研究開発部門「トヨタ・リサーチ・インスティテュート」を設立した。グーグルのロボット開発部門の責任者ジェームズ・カフナー氏を引き抜くなど、人材獲得にも力を入れ、“AI=ドライバー”の実現へと一気にアクセルを踏み込んだ。 また、トヨタのコネクティッドカンパニー社長で、トヨタの専務役員を務める友山茂樹氏は11月1日に開かれた事業戦略説明会の席上、次のように語った。「トヨタは今後、モビリティサービス・プラットフォーマーとして、新たなる成長戦略を描いていきます」 トヨタは、2020年までに日米で販売する、ほぼすべてのクルマにデータ・コミュニケーション・モジュール(DCM)と呼ぶ通信端末を標準搭載して、インターネットにつなぐという。G7交通相会合でトヨタ自動車の自動運転車に乗り込む米フォックス運輸長官。日本政府関係者が固唾をのんで見守る=9月24日、長野県軽井沢町 このほか、トヨタは16年5月に提携したライドシェア大手の米ウーバーテクノロジーズとともに、個人間のカーシェアリング事業にも力を入れる方針だ。 アップルやグーグルが自動車産業を牛耳る日はやってくるのか。あるいは、既成の自動車メーカーが今後とも覇権を握るのか。次世代車のプラットフォームの構築をめぐる競争には、自動車メーカーの生き残りがかかっているのは間違いない。

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    世界の誰よりも早いロボットタクシーの事業化を目指す

    谷口恒(ZMP社長)【連載 経営トップの挑戦】第3回〔株〕ZMP代表取締役社長 谷口恒 2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでに、ドライバーのいない自動運転タクシーを実現させる。そんな大きな夢に向かって、政府のあと押しも受けながら突き進んでいるのが、ロボットタクシー社だ。同社はZMPとDeNAの合弁会社。カギとなる自動運転技術を担うのがZMPである。自動運転といえば、日米欧の自動車メーカーが開発にしのぎを削っている技術。その中で、ベンチャーであるZMPはどのような戦略を取っているのか。勝算はあるのか。ZMPの創業社長であり、ロボットタクシー社の会長も務める谷口恒氏にうかがった。ヒト型ロボットでやれることはやり切ったZMP・谷口恒社長 ――まず、ZMPを起業された経緯をお教えください。谷口 私は、メーカーと商社を経て、1999年にインターネットの会社を創業したのですが、翌年にITバブルが崩壊しました。会社への影響はほとんどなかったものの、「これからどうしようか」と思っているときに出会ったのがロボットでした。 取引先の方が文部科学省所管の科学技術振興機構の技術参与になられたので、そこでロボットを研究しているのを見に行ったんです。2足歩行をするものの、まだ頼りない感じではあったのですが、「ロボットには可能性があるな」と思いました。 2000年はロボットが世の中に出始めた頃で、人びとがその未来に心をときめかせていました。大きな夢があったのです。ソニーがAIBOを発売したり、ヒト型ロボットを開発したりしていて、ホンダもASIMOを開発していた。自分も、そんな大手企業がやっている事業に参加したい、という想いもありました。そこで、ロボット開発会社のZMPを設立したのです。 ――具体的に、ロボットでどういうビジネスをしようと思われていたのですか?谷口 初めの頃はあまり考えていませんでした。『PINO』(右写真)という高さ70cmの2足歩行ロボットを作ったのですが、そういうロボットは珍しいということで、イベントへの出演依頼が来たんですね。そこへキャスティングして、出演料をいただいていました。芸能事務所みたいな仕事ですね(笑)。アルバイトに手伝ってもらいながら1人でやっていたので、出演料の金額設定も自分で考えて決めていました。テレビCMに出演することもありましたし、宇多田ヒカルさんの『Can you keep a secret?』のミュージックビデオに出演したこともあります。 そうしているうちに、だんだんお金が入るようになって、人も採用できるようになりました。そこで、技術者を採用して、自分たちでロボットを開発することにしました。それまでの、技術移転を受けて製品化していたロボットは、すぐに壊れてしまっていたんです。 ――科学技術振興機構からの技術移転ですか?谷口 そうです。移転を受けたのは研究段階の技術だったので、それを自分たちで高めていくことにしたわけです。目指したのは、家庭用のヒト型ロボットで一番乗りをすること。家庭用ロボットとしては、それまでにもAIBOがありましたが、ヒト型はありませんでしたから。 ――家庭用というのは何をするのでしょうか? 家事とか?谷口 いやいや。今でも家事ができるロボットはないですよね。ヒト型ロボットを量産する、というだけです。やったのは、家庭で買える値段にすること。当時、高いノートパソコンが30万円くらいでしたから、それくらいに抑えることを目標にしました。コストを下げるために、モーターの数を減らしました。モーターの数を減らすと、大きなものは作れないので、小さくなります。小さくなりすぎるとまた高くなるので、40㎝くらいの大きさに落ち着きました。また、量産するにはお金がかかるので、ベンチャーキャピタルからの出資を受け入れました。そうして2004年に発売したのが『nuvo』(左写真)です。結局、58万8,000円になってしまいましたが。 高くなった要因は、ほぼすべての部品が世の中になく、自ら特注品を作ったからです。また、目がカメラになっていて、携帯電話でアクセスをすると、その映像を見ながら遠隔操作できるようにもしました。この技術はNTTドコモさんと共同開発したもので、特許も持っています。 発売すると、最初は勢いよく売れました。でも、どんどん鈍化していく。値段が高いですからね。では、頑張って40万円にしたら売れるかといえば、そんなことはないだろうと思いました。というのは、ヒト型ロボットには、機能が「面白さ」以外にないからです。 ――言ってしまえば、おもちゃにすぎない、ということですか。谷口 おもちゃとしても、乱暴に扱うと壊れてしまうし、高価ですから、どうかな、と。 発売することによって、ユーザーの要望を聞けるのではないかという期待もありました。それを機能として製品に搭載することを考えていたのです。しかし、出てくる要望は、それこそ「家事をしてほしい」といったものばかりで、現実的ではない。ユーザーの期待と実際にできることとのギャップがあまりに大きすぎました。そこで、在庫は売り切って、次の量産はしないことにしたのです。 ヒト型ロボットに対する期待と実際にできることのギャップは、今でも当時とほとんど変わっていません。多少変わったのは、音声認識の性能や画像認識がよくなったくらい。でも、それは入力インターフェイスの1つにすぎなくて、ヒト型ロボットとして、歩行する、手で何か仕事をする、などの技術ではないですよね。家庭用の歩くヒト型ロボットは、ZMPが出して以来、どこも出していません。音楽ロボットの開発から「自律移動」の技術が始まった ――ヒト型ロボットの開発に区切りをつけたあとは、どうされたのですか?谷口 ヒト型ロボットには、値段が高いということの他に、歩くことが飽きられるという問題もあります。最初は、歩いたり、自分で起き上がったりするのが面白がられていたのですが、次第に、歩くことが欠点に変わってきたのです。遅くて移動に時間がかかるし、倒れやすいわけですから。しかも、モーターをたくさん使うので、電池が持ちません。 そこで、次に開発した『miuro』(上写真)というロボットは、モーターを2つだけ使って車輪で移動するものにしました。そのほうが速いし、自由に動けるうえに、電池も長く持ちます。 機能については、私はエンターテインメントが好きなので、音楽を運んでくれるロボットにしました。自分の好きなときに、好きな場所で音楽が聞ける、新しいミュージックライフを作ろうと考えたのです。たとえば、夜の10時くらいにウイスキーを飲んでくつろいでいるところに来てジャズを流してくれる。朝、寝室に来て、ロックで目を覚まさせてくれる。そんなロボットです。 そのためには、自律移動の技術が必要でした。『miuro』は、世界で初めての、自律移動する家庭用ロボットです。この技術はSLAM(Simultaneous Localization and Mapping)と呼ばれるもので、今、話題になっている自動車の自動運転にも使われています。 たとえば、miuroに玄関からソファまで来てほしいとすると、まずは、リモコンで玄関からソファまで操作します。するとmiuroは、移動しながら、車輪についた距離計で距離を測り、障害物センサーで周囲のモノとの距離を測って、自分が通るべき道の地図を作ります。同時に、カメラでところどころの写真を撮って、目印にします。そうすることで、作った地図の中での自分の位置を特定することができるわけです。 ――高度な技術だと思いますが、自社で開発されたのですか?谷口 そうです。miuroは飛ぶように売れたのですが、さらに量産しようとしたところでリーマンショックが起きて、資金調達ができなくなってしまいました。そこで、自律移動技術を4輪に応用して、2008年からRoboCarの開発を始めました。量産するものではなく、研究開発用に自動車メーカーなどに販売するものです。私はもともと自動車関連のメーカーにいたことがあり、自動車については明るかったので、「これから自動車もロボットになる時代が来るだろう」と考えたのです。翌年、まずは、miuroと同じくらいの、乗用車の10分の1サイズ(429×195×212.2mm)のRoboCarを発売したところ、よく売れて、そこからだんだんサイズを大きくしていきました。 ――この技術は、他の企業は開発していなかったのですか?谷口 していませんでした。今は自動車の自動運転で注目されている技術ですが、いきなり自動車のような大きなもので実現しようとすると、かなり難しいのです。私たちは、miuroという小さなもので開発したから、実現できたのだと思います。それから、小さな4輪で実現して、1人乗りの電気自動車で実現して、プリウスで実現して、と、段階的に、継続して開発してきました。 ――今、世界中の自動車メーカーが自動運転技術の開発を競っています。その中で、先行者としての強みがあるということでしょうか?谷口 全部、イチから自分たちでやっているという強みはありますね。 自動運転に必要なのは、目と頭、つまり、ステレオカメラとしてRoboVision、人工知能として膨大なデータを計算するコンピュータIZACだけです。今の自動車は電子制御になっていて、電気信号を出せば動きますから、運転をするための身体は必要ありません。カメラと人工知能はロボットの開発でフォーカスしてきた技術ですから、その点でも強みがあると思います。 また、RoboCarを販売した自動車メーカーからのフィードバックが得られるのも、当社の強みです。 ただ、技術ということだけで言うと、すでに自動運転に必要なものは論文などで世の中に出回っています。今は、いかに精度を上げるか、高価なセンサーをいかにコストダウンするか、といった実用化のフェーズに移っています。このフェーズで最も重要なことは、その技術を何に使うか。この点で、自動車メーカーと私たちは決定的に違っています。 自動車メーカーの顧客はドライバーです。ドライバーが、好きな自動車を買って、運転する。それが安心、安全にできるように支援するために、自動運転の技術を使うわけです。つまり、これまでのビジネスの延長上に自動運転がある。 一方、私たちが顧客として決めているのは、高齢者や子供、障害者、外国人観光客など、運転免許を持っていない人や自分で運転できない人、あるいは自分で運転したくない人です。そういう人たちのためのロボットタクシーに、自動運転技術を使います。要するに、私たちは旅客業をやるのです。 ですから、自動車メーカーと競合するわけではありませんし、グーグルとも競合しません。自動運転タクシーというものは、ZMPとDeNAさんの合弁会社であるロボットタクシー社が世界で初めて謳ったものです。最近、ウーバーが自動運転車を開発すると発表していますから、それは競合になり得るでしょうが、自動運転タクシーという市場に誰よりも早く参入して、広く使われるようになれば、それが最大の強みになります。これはもう技術の問題ではありません。 ――今はプリウスなどを改造して自動運転の実証実験をされていますが、将来的には完成車メーカーになろうというお考えはありますか?谷口 「完成車」というとわかりにくいのですが、自分たちでイチから自動車を作るかといえば、ノーです。やはり、今から自動車生産を始めるのは利口ではない。一般のタクシーは市販の自動車を改造して使っていますよね。同様に、ZMPが自動車メーカーから車両を購入して自動運転車に改造し、それをロボットタクシー社に販売する、という形を取ります。 ――ロボットタクシー社は、あくまでタクシー会社なのですね。谷口 そうです。車両はフランチャイズすることも考えられますね。配車はインターネットを使って行ないます。たとえば、1週間後に日本に来る外国人旅行者が、羽田空港から浅草まで乗りたいと思えば、インターネットで予約しておける。言葉の通じないドライバーを相手に苦労をしなくても、快適に観光ができるわけです。 ――タクシー事業に参入することになると、タクシー業界から反発があるのではないでしょうか?谷口 タクシー業界からは歓迎されるのではないかと思います。というのは、人手不足の業界で、人件費がかさんで採算が悪化しているからです。しかも、ドライバーには高齢の方が多く、今後ますます人手不足が深刻化していくと見られています。体力的にきつく、事故を起こしてしまうと人生を棒に振る可能性もある大変な仕事ですから、若者が就職したがるわけでもありません。ロボットタクシーが参入して、人手不足の問題が解消することは、業界にとっても、利用者にとっても、良いことではないでしょうか。 ――それでは、タクシー業界におけるロボットタクシーの強みはどこにあるのでしょうか?谷口 1つは、ドライバーがいないので人件費がかからず、運賃を抑えられることです。とはいえ、極端に安くするつもりはありません。原価が低い電子書籍の値づけが紙の本を基準にしているように、ある程度、他社と足並みをそろえるつもりです。 もう1つは、完全な個室になること。ドライバーの目を気にする必要がありません。他人に聞かれたくない話もできます。実は、タクシーのクレームで多いのはドライバーの加齢臭や体臭なのですが、ロボットタクシーなら、そんな心配もありません。すべての道をロボットタクシーが走る必要はない  ――実際のところ、実用化できるところまで技術の精度は上がっているのでしょうか?谷口 私は、まずは、極力、一般のドライバーが運転する自動車と混在させないようにしようと思っています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックのときにはタクシー専用のレーンができるでしょうから、職業ドライバーしか走らない、そのレーンを走らせることを考えています。 また、全国あまねく、すべての道路を走れるようにしようとは思っていません。たとえば、センターラインが引かれていない道路や歩道と車道が分離されていない道路は危険ですから、走らせるつもりはありません。 ――走れるところを走ればいい、と?谷口 そうです。国道と都道府県道くらいの幹線道路だけ走れれば、実用的には十分です。実際、皆さんがタクシーを拾うときは、幹線道路まで出てきているのではないでしょうか。 ――なるほど。ロボットタクシーの事業について、よくわかりました。他に、御社が注力されている事業には、どのようなものがあるのでしょうか?谷口 ロボットタクシーの次に皆さんの関心が高いのが、物流ロボットの『CarriRo』(右写真)です。 メーカーなどの物流の現場も、タクシー業界と同じで、人手不足が深刻です。倉庫の中はほとんど自動化されておらず、人の手で荷物が運ばれているので、作業者の身体への負担が大きい。それなのに、働いているのは65歳以上の方が多いのです。 CarriRoは台車の形をしたロボットで、経路をインプットしておけば、自動で荷物を運んでくれますから、作業者の身体への負荷を大きく減らせます。また、カルガモのように、1台のCarriRoのあとを複数台のCarriRoがついていくので、作業効率も上がります。 2016年に量産を始める予定で、すでに130社以上から引き合いがあります。その半数以上が東証1部上場の大手です。 ソニーモバイルコミュニケーションズさんとエアロセンスという合弁会社を設立して、一般的な4枚羽根のドローンや固定翼のVTOL(垂直離着陸型)も作っています。ドローンといっても趣味用ではありません。土木工事や建築の現場で、工事の進捗の過程を空撮して記録するためのものです。デベロッパーなどに、すでに一部、サービスをご利用いただいています。ちゃんと図面どおりに工事が進んでいるかが確認でき、品質保証になるわけです。 ――ロボットが日々の仕事の中で活躍しているイメージが浮かんできました。本日はありがとうございました。革新的なサービスを、日本から 2015年10月1日、ロボットタクシー社と内閣府は、2016年から神奈川県藤沢市で自動運転タクシーの公道での実証実験を始めると発表した。谷口氏にとって、待ちに待った実験だ。 谷口氏が政府にロボットタクシーの構想を伝えたのは3年ほど前のこと。しかし、法的な問題もあり、なかなか話が進まなかった。そこで谷口氏は、さまざまなメディアの取材を積極的に受け、ロボットタクシーの構想と必要性を説き、講演でも紹介を行なってきた。そしてようやく世論も動き始め、小泉進次郎氏のあと押しも得ることができ、政府が動くに至ったのだ。 可能な限り早く事業を始めるため、谷口氏はさまざまな手段を取っている。ロボットタクシー社を設立するに当たって合弁相手にDeNAを選んだのも、スピードを重視したからだ。複数のIT企業が関心を示していただが、最も決断が速かったのがDeNAだったのだ。加えて、ロボットタクシー社の社長に就任した中島宏氏(現在、DeNA執行役員オートモーティブ事業部長を兼任)の情熱が決め手だったと谷口氏は言う。 ZMPで働く技術者は、国内外を問わず募集し、優秀な人材を集めている。採用要件に日本語ができることは入れていない。社内では英語での会話が飛び交っているそうだ。これも、技術開発のスピードを速めるためだ。 世界に先駆けて、日本でロボットタクシーが実用化されれば、日本の先進性を世界にアピールすることにもなる。その日が来るのが、今から楽しみだ。《写真撮影:まるやゆういち》《製品写真提供:〔株〕ZMP》たにぐち・ひさし 〔株〕ZMP代表取締役社長。兵庫県生まれ。大学卒業後、エンジニアとして制御機器メーカーで商業車のアンチロックブレーキシステムの開発に携わる。その後、商社の技術営業、ネットコンテンツ会社の起業を経て、2001年、〔株〕ZMPを設立。01年に研究開発用2足歩行ロボット『PINO』、04年に家庭向け2足歩行ロボット『nuvo』、07年に自律移動する音楽ロボット『miuro』を発売。08年から自動車分野へ進出し、09年、自動運転技術開発プラットフォーム『RoboCarシリーズ』を発売。15年、〔株〕ディー・エヌ・エーとの合弁会社ロボットタクシー〔株〕を設立。同年、ソニーモバイルコミュニケーションズ〔株〕との合弁会社エアロセンス〔株〕を設立。

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    タクシーの日本交通とトヨタが組んだワケ

    【WEDGE REPORT】中西 享 (経済ジャーナリスト) 自動運転やライドシェア(相乗り)といった新しい移動手段が登場する「移動革命」が起きつつある中で、タクシー・ハイヤー業界最大手の日本交通の川鍋一朗会長は、このほど日本記者クラブで講演、「配車アプリなどITを活用して世界最高のタクシーサービスを提供できるようにしたい。これからのタクシー業界はスマートフォンを使って呼べる時代に、さらには自動運転の時代になっていくだろう。今後10年、15年かけてこの変化を乗り越えていかなくてはならない」と述べた。 「ウーバー追撃」iStock 日本交通はタクシー業界の規制緩和が進む中で、国際的にも高いとされる東京都23区(武蔵野市、三鷹市を含む)のタクシー初乗り運賃を現在の730円を410円に引き下げる申請をするなど、タクシー業界を新しい方向にリードしてきた。来年10月にはタブレット型パソコン端末を積んだ「ジャパンタクシー」が東京に登場するそうで、このタクシーは外国語の自動翻訳が可能で、利用者がタブレット上で行き先を指定すれば目的地まで行ってくれて、クレジット決済ができる。川鍋会長は「タクシー専用にトヨタ自動車が開発した。車内のスペースは広く、お客様に送風する風を調整でき、座席暖房もできるなど細かいサービスが行き届き、しかも初乗りが410円で、間違いなく世界一のタクシーサービスが提供できる。 ロンドンの『ブラックキャブ』やニューヨークの『イエローキャブ』と比較しても価格競争力がある。(この車の開発には)東京都からも予算をもらっており、東京オリンピックまでには東京で走っているタクシーの3台に1台はこの車に変えたい」と抱負を語った。配車アプリの現状については「日本交通はボディーに『アプリで呼べる』と書いたタクシーを走らせている。すでに日本のタクシーのうち4万台がアプリ配車のできるタクシーだ。来年の2、3月にはこれに東京無線のタクシー4千台が加わるし、個人タクシーも入ってくる。配車アプリでいまはウーバーが先行しているが、どんどん追いついている」と指摘、「ウーバー追撃」の動きが強まっている。 このほか、規制緩和とアプリ配車の実現により、来年以降には乗車前に運賃を事前に決める「前決め運賃」や、急に雨が降ってタクシーが捕まらないときに少し割増料金を払うことにより捕まりやすくなる「ダイナミックプライシング」、相乗りなどのタクシーの新しいスタイルが登場してくるという。東京五輪までに自動運転タクシー東京五輪までに自動運転タクシー 自動運転車については「自動運転の車が出て来ると、タクシーは要らなくなるのではと思われるが、お客を運べるのは旅客運送事業の免許をもらっている我々しかできないので、タクシー会社が自動運転をやれば勝てそうと思った。そこで、自動車メーカーで最も強くてタクシーの8割の比率があるトヨタと全国ハイヤー・タクシー連合会が今年8月に自動運転車の開発に関して覚書を交わした。20年の東京五輪までにトヨタが開発した自動運転タクシーのデモを行う。 自動運転に必要なデータは毎日4千台のタクシーを走らせている日本交通が最も蓄積しているので、トヨタのデータリサーチ会社に送って分析してもらう。これを使って再来年までに東京の3D地図を作成する」と述べ、自動運転タクシーの実現に向けて準備を進めていることを明らかにした。 自動運転のタクシーは、今年9月に米国のベンチャー企業がシンガポールで試験走行を開始、ウーバーも同月に米ピッツバーグの路上で試験走行を開始している。 AI(人工知能)の活用については「渋滞した際にどの道を走るかはこれまではドライバーの経験に頼っていたが、AIを使えば簡単に最適のルートを選択することができ、テスト段階の現在、AIを活用することで売上が10%上がってきている。タクシーのコストの73%が人件費なので、AIを使って効率的に管理すれば、圧倒的な人件費比率を下げられる余地がある。その意味でタクシー業界はローマージンではあるが、新しいテクノロジーを使えば利益が拡大するチャンスがある。これを生かせるかどうかは経営者の私の才覚にかかっている」と述べた。アプリを武器に業界を再編 日本全体で24万台あるタクシー会社はオーナー企業が多く、その多くは先代の経営者が残っているため、アプリについての理解が乏しく、なかなか新しい時代に対応して動いてくれないという。川鍋会長は「その中で戦いたい人にはアプリという武器を渡して、業界再編をしていく中でタクシー業界をもう少し強くしたい。市場規模は年間1兆6千億円あるが、業界トップの日本交通の売り上げは5百数十億円でシェアは3%しかない。トップ企業のシェアがこれほど低い業界はほかにはない」と述べ、最新のテクノロジーを積極的に導入することで新しい時代を生き抜きたい方向を示した。 配車アプリサービスでウーバーとの違いは「日本交通はタクシーなので、ウーバーよりも圧倒的に捕まえやすい。ウーバーはハイヤー車両なので素敵ではあるが、料金はわが社の方が安い」と話し、競争力は十分あることを強調した。リスク許容度に違い ライドシェアが日本の都市部で認められない点には「ウーバーはタクシー事業者ではあるが、事故が起きた時などの事業者責任は負わないと言っている。このため、政治家や国土交通省は事業責任をだれが負うのかについて非常にリスクを感じている。国交省は今年1月に軽井沢で起きたスキーツアーバス事故以来、安全面などの規制を強化してきている。インターネットの世界なら、事業者責任を取らなくてもいいのかもしれないが、事故が起きたらだれが責任を負ってくれるのかということになるので、東京ではなかなか難しい。これが認可されない最大のハードルになっている。米国は車検もないし、国によって交通に関しての抜本的なリスク許容度が異なる。ウーバーのアプリは素晴らしいので良い面は吸収したい。しかし、素晴らしくないのは事業責任を認めないことだ」と述べた。 今年5月に京都府京丹後市でスタートした自家用車を使ったライドシェアについては「京丹後市か京丹後市が委託したNPO法人が事業責任を負うということで事業責任が担保されたので認可されている」と説明、ライドシェアが認可されるためには事業責任の明確化が求められるとの見方を示した。 自動運転車の登場によりタクシードライバーが必要なくなることに関しては「ドライバーは1年間に10%は入れ替わるので、10年間採用しないと、2、3割しか残らない。自動運転車はいきなり出てこないが、自動運転になってもヘルパー、ベビーシッター、観光案内など人間が関与する部分は残るので、若い新卒のドライバーにはキッズ(子供)、介護、観光のうちのどれかのプロになるように指導している」と述べた。川鍋一朗(かわなべ・いちろう) 1970年生まれ。慶応大学卒業後、米国の大学でMBAを取得、マッキンゼー日本支社を経て2000年に日本交通入社、05年に社長、昨年10月から会長。東京最大のタクシー会社の創業家3代目で、「タクシー王子」と呼ばれる。東京タクシー協会の会長も務める

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    自動車メーカーは置き去り  Googleが目指す完全自動運転

    【WEDGE REPORT】自動車業界関係者 計150万マイル(約240万km)の公道実走試験を行うなど、米Googleは米国で積極的な自動運転開発を行っている。しかし自動車業界の関係者からよく耳にするのは、「Googleは恐るるに足らず」という声だ。それは本質を捉えているのだろうか? Googleはなぜ凄いのか、自動車業界関係者が徹底解説する。公道を走るGoogleの自動運転車(撮影:生津勝隆) 自動運転車の開発で、Googleが他社を凌駕している技術がある。それが、一般道まで含めた完全自動運転のソフトウェア(走行アルゴリズム)だ。いわゆるレベル4と呼ばれるドライバー不要の自動運転車が走る時代には、このソフトウェアの良し悪しが、クルマの重要な競争要因になる。 Googleが他を凌駕している根拠となるのが、AI(人工知能)におけるディープラーニング(深層学習)という技術だ。 ドライバー不要の自動運転を、米国の報道ではしばしば「Drive by themselves=クルマが自ら運転する」と表現する。そのためには、走行中、人間が脳で認識、判断している作業を、コンピューターが代替することになり、信号のない交差点で他のクルマとの発進順を判断するといった、走行に必要なソフトウェアをそのコンピューターに搭載する。人間ではほぼ不可能な自動運転用のソフトウェア開発撮影:生津勝隆人間ではほぼ不可能な自動運転用のソフトウェア開発 このソフトウェアに入る走行アルゴリズムの開発は人力ではほぼ不可能なゴールの無い作業だ。自動車の運転環境は、高速道路、一般道路、生活道路等によって大きく異なる。一般道路や生活道路では高速道路と異なり、交差点があり、信号があり、多様な道路標識があり、歩行者がいて、実はコンピューターではバイクと見分けがつきにくい自転車もある。一般道は各国で交通ルールも若干異なり、地域の暗黙の了解といったものもある。クルマに搭載されたコンピューターが状況判断に窮することは容易に想定される。 そこでディープラーニングの有効性が注目されている。ディープラーニングによって学習した画像認識は、2015年には人間のエラー率より低くなったといわれる。米国を競争の場として世界中でこうした研究開発が急激に進んでいる。今年3月、Googleの囲碁AI「アルファ碁」が韓国の世界トップレベルのプロ棋士・李セドル九段に勝つなど、この分野におけるGoogleの技術力は圧倒的だ。 ディープラーニングでは周りの人間や自動車の動きに対して、こうした状況ではこのように走り抜けるのが「最も正しい」といったことを、環境データや走行データから、自ら状況把握して学習する。人間よりも早く走行方法を最適化して、そのソフトウェアを逐次クルマのコンピューターにダウンロードする。それを販売後のクルマに対しても行うようになる。複数の対象物を同時に早く正確に認識するなど、人間には困難なこともやってのけ、結果的には、さも人間が運転しているかのごとく自動運転車が走るようになる。 とりわけ自動運転の開発は、「人間の運転」を置き換える部分に集約され、人工知能の一つの初期的適用分野として最適である。クルマは2足走行ロボットや工事現場や荒地を走行するロボットとは異なり、まず人間が運転できる道であることを前提としている。日常生活の全てをこなすことを求めているわけではなく、交通ルールを守るという前提や、道路上で想定し得る全ての事象を認識・分析・判断対象として網羅することも課題を限定しており、十分限定的な条件設定が可能だ。 ディープラーニングを行う際は、大量の「生データ」が必要になる。Googleはカリフォルニア州マウンテンビューに行けば誰の目にもとまる物量で公道実走試験を行い、せっせとデータを溜めこみ分析している。 Googleが毎月公開している報告書によれば16年4月30日時点で、特徴的な形をしたSelf-Driving Carのプロトタイプ計34台がカリフォルニア州マウンテンビュー、テキサス州オースチン、ワシントン州カークランド、アリゾナ州フェニックスで走行しており、これまでの総走行距離数は約150万マイル(約240万キロメートル)に及ぶ。1週間で1万〜1.5万マイルも、「ソフトウェアがクルマを運転しておりテストドライバーは手動(足を含む)の操作レバーにタッチしていない」クルマが走行データを積み重ねている。Googleに依存せざるを得ない自動車メーカーGoogleに依存せざるを得ない自動車メーカー 更に、昨年3月のTEDカンファレンスでは、Googleの自動運転開発責任者であるクリス・アームソンが毎日300万マイル(約480万キロメートル)もの距離を自動運転車がコンピューター上でシミュレーション走行しているとコメントしている。 クルマにディープラーニングを適用させるには、個人情報的な観点からはもちろんの事、競合上の観点からもデータを他社に出すことはできない。Googleのように自社の実走試験から得た「生データ(一次データ)」をいかに確保できるかがポイントになる。自動運転車が走れば走るほど、学習するデータが増え、ソフトウェアの運転は更に上手くなる。 ただ、データさえあれば誰でもディープラーニングを行えるのかというと、そうではない。ディープラーニングには複雑な計算を解く極めて高度な数学的知識やネットワークを介した分散処理、計算機としてのコンピューターの特性に対する高度な理解が必要だ。SAE(米自動車技術会)の年次総会にて、自動運転のカンファレンスに登壇したGoogle自動運転部門幹部のロン・メッドフォード氏(撮影:生津勝隆) 今後は、ディープラーニングを利用するためのいろいろな支援ツールが出てきて、現状よりは広く扱えるようになる可能性はある。しかし、究極的な問題解決には常に先駆的な人間の卓越した能力が必要だ。今後は更に広範なAI全体に対する知識や、脳神経科学、分子生物、遺伝学、倫理、法学といった学際的知識も必要となる。このような高レベルの人材を一番抱えているのはGoogleだろう。Googleが送った50項目以上の質問状 13年5月30日に、NHTSA(米国運輸省道路交通安全局)が「クルマの自動化」に関する提言(Preliminary Statement of Policy Concerning Automated Vehicles)を発行した。その冒頭でNHTSAは、過去100年間で構築されてきた人とクルマの関係が、今後10〜20年でこれまで以上の変化を遂げると指摘した。 更に、レベル4の完全自動運転に対して、「それを実現する技術やクルマと人間とのかかわりに関する多くの課題は、今後レベル3の開発と公道試験を通して解決されるものと確信する」とし、それを実現する社会的メリットを含め必要性を強調している。これが3年前の話であり、提言中に示した研究期間を4年としているので、17年にはレベル4の定義が明確に提示されることが期待されている。 このNHTSAとの間でGoogleは、「コンピューターがドライバーとして認められるか否か」について、50以上の項目に対して詳細な議論や具体的な解釈、事実のやりとりを行っている。「クルマが自ら運転する」レベル4の自動運転開発がGoogle内部で具体的に進んでいることを示している。 昨年開催されたTED カンファレンスではGoogleの自動運転開発責任者、クリス・アームソン氏が登壇。TEDのHP上ではこの際の映像が確認でき、Googleの自動運転開発の状況が一目でわかる。日本語版も閲覧可能(http://www.ted.com/)ソフトウェアは競争領域 ようやく認識した日本ソフトウェアは競争領域ようやく認識した日本 トヨタは1月、AIの研究開発を行うTRI(トヨタ・リサーチ・インスティテュート)を設立した。 方向性としては正しいが、製造業のど真ん中を走ってきた日本の自動車メーカーが、これからいかにソフトウェア技術においてGoogleをキャッチアップし追い越し得るのか。高い壁であることは間違いない。 自動車メーカーだからこそ、膨大な実験のデータは得られるだろう。車載センサー、地図、走行用ソフトウェアの開発を全て自らやろうとする発想を否定はできない。しかし、これから世界中で独自の地図を作成しメンテナンスすることなど、経済性から見てもコストが合わない。大きく先行するGoogleよりも効果的なディープラーニングが行えるかも疑問だ。撮影:生津勝隆 Googleは走行アルゴリズムを開発するために、「三次元地図」と呼ぶ詳細な地図情報を自ら開発して利用している。三次元地図は車載センサーが得た情報を照らし合わせるため、道路の勾配やカーブの角度などをデータとして持つ。しかし、IT的な発想からすれば、Googleは今後どんな第三者から新たな三次元地図が出てきても、ソフトウェア自体に手を加えずに例えばデータ形式の変換のみで、自動運転が行えるよう開発を進めているはずだ。 彼らの作るソフトウェアは自分自身の地図や相手のハードに縛られることなく利用できる形式になっているだろう。つまり、コンピューターが言った通り正確に走れるクルマを自動車メーカーが造れば、そこにGoogleのソフトウェアを載せて一足飛びに自動運転領域で名を上げる可能性がある。  フォードが1月に公開した雪道での自動運転の実験動画は、Googleに近い自動運転技術を使ったものだった。 自前技術に固執している時間はない。協調すべき領域は積極的に協調し「クルマが自ら運転する」、自動運転時代にふさわしい自動車開発に向けて、自社の優位性が発揮できる競争領域に集中し進んでいかなければ、自動運転領域で日本の自動車メーカーは国際競争力を失いかねない。

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    日産の自動運転 他社の技術者はどう見ているか

     日産自動車は7月13日、自動運転技術「プロパイロット」を発表した。8月にフルモデルチェンジ予定のミニバン「セレナ」に搭載するという。いよいよ日本でも本格的な自動運転時代が訪れるのだろうか。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏がレポートする。* * * 自動運転は今日の世界の自動車業界において、開発競争がもっともホットな技術のひとつだ。その自動運転というキーワードを入れた技術をライバルに先駆けて投入することは、国内市場で劣勢に立たされている日産としては勝負手とも言える策。また、自動車業界全体を見ても自動運転の商品化が今後どういう形で進むのかを占う試金石でもある。高速道路の同一車線で自動運転する新型ミニバン「セレナ」 果たしてそのプロパイロットとはどのようなものなのか、中身を見ていこう。日産は技術発表において、高速道路の単一レーンを自動走行するためのものと説明している。具体的には長時間の高速巡航や渋滞時に前車を自動的に追尾する機能を持たせている。 システム図を見るかぎり、単眼カメラ、ミリ波レーダー、外部情報を解析するコンピュータ、電動パワーステアリングやバイワイヤブレーキなどの技術パッケージは、今どきのステアリング制御つきクルーズコントロールと大きくかわるところはない。 しかし、運転操作の多くをクルマ側に預けるには、それなりに多くのハードルがある。実際にどれだけ有効であるかは公道で試してみないと何とも言えないが、既存の支援システムに比べ、挑戦的な領域に明らかに一歩踏み込んできているのは事実だろう。 日産の説明によれば、日本の高速道路によくある車線の白線が二重になっているところでも迷わされずに車線を認識できるようにするなど画像処理・解析レベルを大きく引き上げ、また高速道路のアンジュレーション(うねり)や段差のきついところを通過しても車両の安定を保ちつつ車線を守れるようなステアリング制御を持たせたとのこと。 特定の環境下でしか機能しないシステムではなく、路面パターンが多様で、また割り込みや追い越しをする他車もたくさんいるような環境でも使えることを狙っている。 このように、さまざまな技術進化が盛り込まれたプロパイロットだが、重要なのは、現時点では自動運転装置ではなく、あくまで運転支援システムの範囲にとどまるということだ。 日産の言い回しも絶妙で、プレスリリースに自動運転技術とは書いてあるが、これはあくまで技術であって、システムとして自動運転をうたっているわけではない。発表会でも終始、運転支援システムであるという姿勢を崩さなかった。多くのマスメディアはこれを自動運転機能と報じたが、これは明らかに視聴者、読者ウケを狙ったものだ。ライバルメーカーはどう見ているのか さて、プロパイロットについて、ライバルメーカーはどう見ているのだろうか。技術者の一人は言う。「日産さんはまだ実物が出てきていないので何とも言えませんが、技術的には今までの運転支援システムをブラッシュアップさせたもので、革命的な何かがあるようには思えない。 ただ、挑戦的だなとは思いますね。いくら責任は全面的にシステムを使う側であるドライバーにあるとしても、今日の技術レベルで自動運転という感覚をユーザーに持たせるだけの度胸と覚悟はまだウチにはない。その点、ゴーン(日産社長)さんはやっぱり肉食系なんだなと」 ともあれ、部分的とはいえ自動運転機能を公道で使えるようになることは、モビリティの変化の第一歩であることは確かだ。日産は今後、2018年には高速道路の複数車線を使えるように、さらに2020年には市街地で走行できるように、プロパイロットを進化させていくというコミットメントを発表している。 この先、自動運転はどのくらいのスピードで社会に普及していくのだろうか。 現状の運転支援システムの延長線上にあるセミ自動運転でも、運転の負担を軽減するのにはそれなりに役立つ。少なくとも渋滞を自動的に走ってくれるだけでも御の字だ。将来的に複数車線を走れるようになれば、車線変更時に後方から思わぬ高速で接近するクルマを見落としていてヒヤッとするようなことも少なくなるに違いない。 だが、その一方で、運転に新たな苦痛が生まれる可能性があるのも否めない事実だ。その最たる敵は眠気である。 筆者は一昨年、スバルの「アイサイト」という運転支援システムがついたステーションワゴン「レヴォーグ」で、どこまでアイサイト任せで走れるかということを試したことがある。富士重工業の販売店の実演コーナーで「アイサイト2」により前方への衝突を回避した乗用車=2012年3月、東京都三鷹市 東京を出発し、東名、新名神、山陽道と進んだ。アイサイトの最新版はプロパイロットほどではないが、ステアリング修正機能も備わっており、ステアリングに手を添えているだけで緩いカーブはクルマのほうでかってに曲がってくれる。それでも白線認識レベルが信頼に足らないため、進路保持は運転者が主体だが、スロットル、ブレーキ操作はほとんど必要なかった。 ところが、東名を過ぎ、新名神に入ったあたりで猛然と眠気が襲ってきた。コーヒーを飲もうがガムを噛もうが耐えられなくなり、途中でドロップアウトすることも視野に入れてアイサイトを切り、自分で走った。すると不思議なことに眠気は消え、普通に走れるようになった。アイサイトクルーズを使うと、ほどなくしてまた眠気に襲われる。それはちょうど、助手席に乗ってクルマに揺られていると眠くなるのと同じような感覚だった。 プロパイロットはあくまで運転支援システムであり、システムがその場の交通状況や道路環境に対処できなくなったときにはシステムがキャンセルされ、ドライバーが即座に主体的な運転をすることが求められる。が、アイサイト以上に自律走行機能が強化されているとしたら、運転への注意力を保持することもより難しくなる。「完全自動運転」実現への理想と現実 日産は発表会のプレゼンにおいて、帰りの運転を心配することなく目一杯遊べるとメリットを説明していたが、プロパイロットはクルマの中で寝ていていもいいことを保証するものではない。日産だけでなくどのメーカーも同じことだが、ドライバーが運転への専念義務から解放されないかぎり、この問題は自動運転技術が進化するにつれて、むしろ深刻になっていくものと考えられる。 では、クルマに乗る人が運転への注意を払わなくてもよい、言い換えれば免許がなくても、酒を飲んでいても、あるいは車内でスマホに興じていても大丈夫なようになる時はいつやってくるのだろうか。これについては自動車業界だけでなく、人工知能開発の最前線ですら懐疑的な見方のほうが圧倒的に多い。「囲碁のプロがコンピュータに敗れたといったことで機械学習が万能視され、中には人間がコンピュータに支配される、コンピュータに滅ぼされるといった話まで飛び出していますが、荒唐無稽な話だと思います。そんなことができるなら、現時点でコンピュータのプログラムのバグフィクスなど、たちどころにすべて完璧にこなせてしまうはず。 でも、現実にはそうなっていない。人間と機械では考えるという行為の目的が違うことを知らなければならない。完全自動運転を実現するには、人間が走らせるということが前提の道路づくりを全部変えるところから始めなければ不可能だと思います。 自動運転はまずアメリカで飛び出し、欧州、日本と追従しているものです。これまでも米国や欧州はいろいろなバラ色のロードマップを描くことがありましたが、必ずしも世の中がそうなるとは限らないことも頭に入れておくべき」(ロボット開発者) 自動運転のニーズは多い。過疎地に住む高齢者をはじめとするモビリティ弱者や長距離トラックなどは、自動運転時代が来ればその恩恵を大きく受けられることだろう。 しかし、その実現は現在の正常な技術進化の延長線上にはない。もちろん技術開発競争に負けてはいけないが、プロパイロットの意味合いを誤解して世の中が間違った期待をかけると、技術の方向性やインフラ整備の方向を誤らせる原因にもなりかねない。 あくまでクルマを使ったモビリティは人が主体という時代が続くという現実を踏まえながら、それから脱するにはどうしたらいいかということを考えていく必要がある。関連記事■ 乳がんの小林麻央 全摘出しなかったのはなぜなのか?■ 眞子さまがエコノミーで渡英 秋篠宮家の質素倹約と台所事情■ 浴衣の新人レースクイーン「ずっと私のことを応援し続けて」■ 鳥越俊太郎氏 ネットとテレビでなぜ評価が異なるのか■ 写真集が話題・深田恭子の体の仕上がりを撮影した写真家語る

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    トヨタ、日産は大丈夫か? トランプショックはこうやれば乗り切れる

    片山修(経済ジャーナリスト) 米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利は、日本の経済界に衝撃を与えた。最大の懸念は、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱など、トランプ氏の保護貿易主義の姿勢だ。 オバマ米政権は11日、任期中のTPPの議会承認を見送る考えを明らかにした。トランプ氏との対立を防ぐためだ。これにより、世界の国内総生産(GDP)の4割を占める巨大経済圏確立の道筋はほぼ閉ざされた。 さらに気がかりなのは、米国がカナダ、メキシコと結んでいる北米自由貿易協定(NAFTA)の行方だ。 かりに、米国がNAFTAから離脱するとなれば、カナダやメキシコから無関税で米国に製品を輸出することはできなくなる。米国内からメキシコに生産拠点を移管してきた日本の自動車メーカーは、北米戦略そのものを大幅に見直さざるをえない。窮地に陥るわけだ。 トヨタ自動車は、メキシコでピックアップトラック「タコマ」を年8万2000台生産している。19年の稼働に向けて、メキシコ・グアナフアト州に生産能力20万台の新工場の建設も進行中だ。 日産自動車は、メキシコに2つの工場をもつ。生産台数は、55万5000台と31万6000台だ。16年までにメキシコの生産能力を年100万台に引き上げる計画である。 ホンダは、メキシコに2つの工場をもち、米国向け「フィット」など、合計28万台を生産している。 また、マツダは、メキシコ・グアナフアト州の工場で米国向け「Mazda3」(日本名マツダアクセラ)など、28万台を生産している。 加えて、日本の自動車メーカーの完成車工場の周辺には、デンソー、日本精工、リケンなど、多数の自動車部品メーカーが進出している。その中には、中小企業も少なくない。 では、日本の自動車メーカーにとって、「トランプ・ショック」は文字通り危機そのものなのか。北米戦略は見直さざるを得ないのか。80年代の日米貿易摩擦のように日本車はやり玉にあげられるのだろうか。“いいクルマづくり”に磨きをかけよ いや、必ずしもそうはならないだろう。なぜならば、いまや経済はグローバル化し、相互依存関係が緊密化しており、日米の二国間で通商問題を解決することなどできなくなっているからだ。 第一、メキシコには、米国のGMや独のBMWの工場のほか、フォードの工場進出の話も出ている。部品調達に関しても、サプライチェーンが世界中に張り巡らされており、米国産の部品だけでクルマを生産するのは到底不可能だ。ましてや、自動車メーカーに限らず、日系企業による雇用創出は70万人を超える。日本企業を排除する保護貿易主義のシナリオは考えられない。 そもそも、世界首位の経済大国アメリカが、かりにも保護主義に傾斜すれば、貿易停滞により、世界経済は足元から揺らぐことになる。それは、米国の利益にならないばかりか、他国からの猛反発を受ける。根っからのビジネスマンのトランプ氏は、安易に国益を最優先する「米国第一主義」を押し通すことは考えられないというのが、まずは常識的な見方だろう。 だからといって、楽観視することもできないのは確かだ。トランプ氏の選挙中の言動などからして、少なくともゴタゴタは避けられない。覚悟しておいたほうがいい。 対策として大事なことは、これを機に経営トップに現地人を積極的に登用するなど、一層の現地化すなわち土着化の道を突き進むことである。 それからトヨタの豊田章男氏が日ごろからいっているように、“いいクルマづくり”に磨きをかけることに尽きる。トヨタは1997年、世界初の量産ハイブリッド車両「プリウス」を発売し、世界をあっといわせた。残念ながら、FCV「ミライ」は先進性が評価されても、ヒット車とはいえない。 自動車はいま、AI、ロボット、ビッグデータなどのほか、衝突安全、自動運転などを取り込みながら大きく様変わりしようとしている。日本の自動車メーカーが競争力を高めるには絶好のチャンスだ。トランプ次期政権の経済政策がどのようなものになろうとも、日本の自動車メーカーは従来通り、技術やブランド価値を上げ続けることができれば、変革の時代を乗りこえることができるのではないだろうか。

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    SOSは届かない 電通女性社員を死に追いやった「職場の常識」

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) 過労死はいつになると、死語になるのだろう。思えば、私が労働問題に興味を持ったのは、10代の頃に見た「過労死」に関するドキュメンタリーだった。「“俺がいないと職場が回らない”とAさんは言っていた。倒れたその日も、会社は普通に動いていた」そんな内容のナレーションを今でも覚えている。人が会社で死ぬという事実に衝撃を受けた。この「過労死」という言葉は1980年代に生まれた言葉だ。それ以前は「突然死」と呼ばれていた。高橋まつりさんの遺影と母親の幸美さん=10月7日、東京・霞が関 あれから数十年経ったが、「過労死」は死語になっていない。今でも日本人は職場で死んでいる。この10月にはこの「過労死」をめぐって、大きな出来事があった。厚生労働省が『平成28年版過労死等防止対策白書』を公表したこと、そして昨年、大手広告代理店電通で起きた過労自殺の問題である。 特に後者については、過去にも過労自殺事件が起きていること、新入社員の女性が何度もSNSでパワハラを受けていることや、過重労働で病んでいる状態にあるなどの危険信号を発信していたのにも関わらず悲しい結果になったことなどが問題視されている。 まずは、今一度、『平成28年版過労死等防止対策白書』を今一度、噛み締めたい。もともと、この白書を発表することは数年前から決まってはいた。ただ改めて、いま、国が大規模な調査を行い、発表する意味を噛み締めたい。概要版だけでもかまわない。これは過労死で亡くなった人、その遺族、職場で過労が原因で体調不良になった者の悲痛な叫びの塊である。我が国の労働社会を理解する上でも、極めて有益である。改めて、働きすぎ社会であることを再確認するとともに、対策を考える機会としたい。 後者の電通過労死事件に関しては、「電通」「東大卒」「女性」「新人」「母子家庭出身」などのキーワードが注目されたり、先日あったネット広告の不正請求と絡めて叩く意見も散見される。私も同社や、その経営陣、管理職の責任は重いと感じるが、彼女の死を無駄にしないためにも、怒り、憤りをこらえつつ、もちろん下世話な勘ぐりも捨てた、冷静な議論が必要だと考える。 電通には、労基署の抜き打ちの立入検査も行われたのだが、遺族への償いをするとともに、再発防止に向けての対策が必要だ。社内調査もそうだが、第三者委員会を設置した上で、状況を社外に開示するなどの取り組みを行うべきだ。同社はコミュニケーションのプロであるはずだ。社会がどうすれば納得するのかは理解しているはずである。単なるごまかしではなく、どこまでの対策をすれば十分かをよく考えて欲しい。「精神論」に答えを求めるな ここで気をつけるべきは、大手広告代理店や、電通という企業の「特殊性」にとらわれた議論にしないことである。同社は「電通鬼十則」といわれるものが伝承されていると言われる。これは電通だけでなく、他社の社員にも信奉者がいる。私も新人時代に先輩から渡された。仕事はここまでやるのだという厳しさが語られている。美談とされるが、この手の「体育会的」いや「軍隊的」な体質が今回のような悲劇を生んだという批判もある。あるいは、大手広告代理店にありがちな「クライアントファースト」的な考え方である。たしかに、金曜日の夕方にクライアントから「資料よろしく」と言われれば断れることのできない業界ではある。 ただ、この手の問題は「精神論」に答えを求めてはいけないと私は考える。もう一歩踏み込んで、「なぜ、そんな精神が強要されてしまうのか」ということを考えなくてはならない。電通や大手広告代理店は既得権ビジネスであるはずなのだが、それ「だけ」では決定的な差別化にならず、「人間力」なる曖昧なものが求められてしまう。電通ですら(電通だからという声もあるかとは思うが)ここまでやらないといけないのだ。 これは、電通のこの案件「だけ」を攻撃するのではなく、自分事として捉えるべきではないだろうか。商品・サービスの決定的な独自性、優位性がない状態で、成長が鈍化した市場で戦わされ、誰もが昇進・昇格を目指して(あるいは少なくとも評価が下がらないことを目指して)競争させられる、任される仕事の範囲も明確ではない労働社会を私たちは生きている。不安を煽るわけではないが、明日は我が身なのだ。 我が国は「働き方改革」が大きなテーマとなっている。取り組み項目の中には、長時間労働の是正があげられている。今回の事件だけではなく、我が国は、職場で人が死ぬ社会なのだ。過労死、そしてその予備軍をいかに減らすかを考えることは急務だと言えよう。 この「働き方改革」をめぐる議論自体、労と使の利害関係が一致しないことが早くも可視化されているし、中堅・中小企業や、非正規雇用や個人請負などの人たちの視点がどれだけ取り入れられているのかは大変に不安な要素ではあるが、どうか、人が職場で死なない世の中をつくるために議論を深めて頂きたい。 「働き方改革」と言いつつ、それは良くも悪くも「働かせ方改革」でもある。さらには「働き方改悪」になってしまってはいけない。労働者を救うことを装って、より搾取に向かう改革にならないか、私たちは監視する必要がある。どんな労働社会をつくりたいのか、何日、何時間、どんなふうに働く社会をつくるのか。全体像がぼやけている。あえてぼかしているのか、実は具体像などないのか。これも我々が見極める必要があると言えるだろう。 何より、まず同じ職場や家庭で、仕事に疲れている人、働きすぎの人、嫌な想いをしている人がいないか、ケアをしよう。人に優しくすることから始めよう。過労死をいつか死語にするための取り組みが必要だ。

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    理不尽さを受け入れる「美徳」が招いた電通女性社員の悲劇

    大内裕和(中京大学教授) 広告大手電通に勤務していた高橋まつりさん(当時24歳)が、2015年12月24日に過労自殺し、今年9月に労災認定されました。東京労働局が10月14日、実態解明のため東京本社を立ち入り調査しました。まずは、亡くなられた高橋さんに心から哀悼の意を表したいと思います。このようなことが二度と起こらないよう、大学で教鞭をとっている研究者として、微力を尽くしたいと考えています。この文章もその一つとなることを願っています。 電通では1991年にも入社2年目の男性社員が過労自殺し、損害賠償請求で最高裁までもつれ、2012年に「会社は社員の心身の健康に注意義務を負う」と判断されました。過労自殺が繰り返されたということは、それを生み出す会社の体質が変わっていないということを意味します。今回の電通をはじめ、日本では過労死事件は繰り返し起こっています。アメリカやヨーロッパ諸国では、同様の過労死事件は起きていません。なぜ、このような過労死事件が日本社会からなくならないのでしょうか? 第一に長時間労働の蔓延と労働時間規制の弱さがあります。2016年に出された『過労死等防止対策白書』によれば、日本において、週49時間以上の労働をしている労働者の割合は男女合わせて21.3%です。韓国の32.4%には及びませんが、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなど、アメリカやヨーロッパ諸国のどの国よりも高くなっています。 白書によれば、過労死ラインとされる「月80時間超」の残業をした社員がいる企業が23%もあり、業種によっては4割を超えています。長時間労働が蔓延していることが分かります。どうして長時間労働がなくならないのかというと、労働時間規制が余りにも弱いからです。労働基準法第32条では下記のようになっています。第32条 1 使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。 2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。 1日8時間、週40時間以上労働させてはならないという法律は存在しています。しかし、労働基準法第36条に使用者が労働時間を延長できる規定があります。この条文に基づくいわゆる「36(サブロク)協定」で決めれば、労働時間を延長して残業させてもよいことになっています。しかも、36協定で定められる上限の労働時間について規制がありません。厚労省は協定を結ぶ際に、月45時間、年360時間の限度基準を示していますが、拘束力がありません。さらに特別の事情があればさらに延長できる「特別条項」がありますから、残業時間は事実上、青天井ということになります。学校教育に「働き過ぎ」を容認する根幹 また、労働基準監督官の人員不足という問題もあります。労働基準監督署で監督指導するのは、国家公務員である労働基準監督官です。全国に配置されている労働基準監督官は、2010年5月のデータで2941人(本省23人、労働局444人、労働基準監督署2474人)です。雇用者1万人あたりの監督官の数はドイツの3分の1にとどまっています。世界的に見ても労働基準監督官が人員不足の現状で、違法企業全てを取締まることは困難でしょう。 第二に、過労死を生み出すような「働き過ぎ」を容認する意識が、社会全体に根強く存在していることです。その意識は、社会の様々な要素によって構成されています。特に子どもの頃から受けている学校教育は、重大な役割を果たしていると見ることができます。 中学校や高校における部活動は、その参加のあり方や活動の仕方が、個々の生徒よりも部という集団を優先する傾向が強くあります。部活動はその活動の主旨からいって自主的な参加が原則であるはずですが、部活動に加入することを生徒全員に強制する学校もあります。また、部活動におけるさまざまなルールは、それが理不尽なものであったとしても「受け入れる」ことがメンバーに強制される慣習が色濃く残っています。そこでは一人ひとりの個人の意見よりも、集団の秩序を維持することが優先されることがしばしばあります。 それに加えて、教員の部活顧問までが強制となっています。部活動は自主活動であって、教員の本来業務ではありません。ですから、部活の顧問を引き受けるかどうかは本来、教員の自主的な判断にゆだねられるべきです。しかし、実際には部活動の顧問を引き受けることが強制されており、このことが現在、大きな社会問題となっています。こうした理不尽なルールを受け入れることが強制されている学校の部活動を、私は「ブラック部活」と呼んでいます。ブラック部活での長時間の活動や集団主義への同調圧力は、過労死を生み出す企業の構造と実に良く似ています。 ブラック部活に加えて、高校生や大学生時のアルバイトのあり方も長時間労働と深く関わっていると考えられます。近年、高校生や大学のアルバイトは大きく変化しました。かつてのアルバイトが比較的責任の軽い労働をしていたのに対して、近年は低賃金であるにもかかわらず、責任の重い労働を強制するアルバイトが急増しています。 私はこのような「学生であることを尊重しないアルバイト」を、2013年6月~7月に「ブラックバイト」と名づけました。ブラックバイトが高校生や大学生の間に蔓延していることは、ブラック企業対策プロジェクトや厚生労働省の調査で確認されています(詳しくは大内裕和『ブラックバイトに騙されるな!』、集英社クリエイティブを参照)。ブラックバイトは、かつては正規雇用労働の「補助」労働であったアルバイトが、職場の「基幹」労働となったことを意味しています。会社に「気に入られる」人材づくりも問題 アルバイトであるにもかかわらず、厳しいノルマやシフト設定、自爆営業、他店舗へのヘルプや新人育成、店舗の営業成績への貢献など、とても高いレベルの労働が求められるようになっています。こうした働き方に慣れている学生たちは、卒業後の職場での長時間労働やブラック企業に直面しても、それに疑問を感じることすら困難です。むしろ、アルバイトの時よりも大抵の場合は賃金が上がるのですから、過酷な労働を当然のように考える傾向が強いと思います。 高校や大学に広がったキャリア教育も、長時間労働に疑問を持たない構造を助長しています。近年のキャリア教育は、就職難の時期に導入・拡大したこともあって、各高校・大学の卒業後就職率引き上げの手段としての意味を、強く持たされることとなりました。そのことから、キャリア教育の多くが企業に「気に入られる」内容を中心とするものになっています。高校生や大学生の時から、企業に適応することを刷り込まれているのです。これでは長時間労働に疑問を感じたり、批判を行うことは困難でしょう。 過労死事件をなくしていくためには、どうしたらよいでしょうか? 対策は大きく分けて二つあります。第一に労働時間の規制強化や公契約法・公契約条例の活用です。労働時間の規制強化のためには、労働時間の上限を決めて規制すること、それから就業から始業までの時間の規制(インターバル規制)を実現することが大切です。また、近年増加しつつある公契約法・公契約条例を活用することも効果があります。 国や地方自治体レベルで、「過労死を起こした企業とは、一定期間公契約の締結が許されない」「一定の労働基準法違反を繰り返した使用者とは、一定期間公契約の締結を結ばない」などの法律や条例を制定することです。国や自治体との取引が停止されることは、ほとんどの企業に大きな打撃を与えますから、効果は大きいと思います。労働法を順守し、まともな労働条件の企業が生き残る点で、公正な企業間競争を促進する意味もあります。理不尽なルールの受け入れを「美徳」とする風潮 第二に、学校教育における労働法(ワークルール)教育の充実・必修化です。未払い賃金や罰金、自爆営業、辞めたくても辞めさせてもらえないなど、高校生や大学生の多くが、アルバイトの労働現場で違法状況にさらされています。この点で最も責任が重いのは、使用者側であることは明らかです。違法行為を行っている使用者に対しては、適切な指導や罰則の強化が早急に行われなければなりません。 それに加えて、高校生や大学生に労働法についての基礎的な知識が欠けていることも、違法で過酷な労働が蔓延する一つの要因となっています。これを是正するためには、高校や大学において労働法(ワークルール)教育の充実さらには必修化を行い、すべての生徒・学生が基本的な知識を習得することが重要だと考えます。 労働法教育の充実・必修化の効果はブラックバイトの改善だけではありません。ブラック部活や「企業に気に入られる」内容のキャリア教育にも、変化を及ぼすこととなるでしょう。労働法教育の充実・必修化によって、子ども一人ひとりの尊厳よりも集団秩序への適応を重視し、理不尽なルールを我慢して受け入れることを「美徳」とする日本の学校文化を変革することが、とても重要な課題であると私は考えます。

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    電通女性社員の「過労自殺」をどう読む

    日本を代表する広告大手、電通の女性社員の過労自殺が波紋を広げている。違法な長時間労働が常態化していた疑いが浮上し、東京労働局が立ち入り調査、刑事事件に発展する可能性も出てきた。今後、電通の労務管理の在り方が焦点となるが、なぜ日本では「過労死」が後を絶たないのか。

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    ついに電通に立ち入り調査 人はなぜ過労で死ぬのか

    渡辺輝人(弁護士) 「電通過労自殺(自死)事件」は、過労死や過労自死(自殺)問題に取り組む弁護士にとっては、特別な響きのある事件です。 この事件は、1990年4月に電通に入社したAさんが、翌年の1991年8月27日に自宅で自殺した事件です。ご遺族は、Aさんの死は電通に責任があるとして、損害賠償請求訴訟を提起しました。以下は、地裁、高裁の判決文等から、いくばくか、事件の事情を紹介したいと思います。なお、判決文を引用する場合でも、すべて、西暦に転換して引用しています。 はじめに書いておきますが、本稿、結構長いです。1991年の電通過労自死事件の概要→なぜ過労死は発生するのか→2016年の電通過労自死事件と労基署の立ち入り調査、という順番で論じます。電通過労自死事件とはどういう事件だったのか 地裁、高裁判決で認定された事実を読むと、Aさんはスポーツが得意で、中学時代にマラソンで一位、高校時代はテニス部の部長を勤め、アメリカンフットボール、スキューバ-ダイビングやスキー等もたしなんでいたようです。会社側は、主張が要約された判決文を読んでも、(法律ではなく)文学的とも思える、Aさんのプライベートな事情から自殺に至った可能性を主張していましたが、最終的にはすべて排斥されています。この記事には書きませんが、それらの事情を読む限り、私生活も若者らしく充実しており、今風に言うならいわゆる「リア充」に属する方で、自ら死を選ぶような要因は見当たらないように見受けられました。 電通という会社は、この事件との関係では色々と語り継がれている事情があるのですが、中でも有名なのは「鬼十則」(公益財団法人吉田秀雄記念事業財団のホームページに今でも誇らしげに掲示してあります)と言われる社訓の類です。特に5項目の「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは...。」は有名です。「殺されても放すな」です。 会社の上下関係は厳しいように思われます。地裁判決では、以下のような事実認定がされています。 Aは、新入社員として、午前九時までに出社して机の雑巾掛けをすること、ホワイトボードの書換えをすること、コピー機等のスイッチを入れたり切ったりすること、すぐに電話を取ること、出前を取ること、部費、局費を集めること、ラジカセ等の部品管理をすること、ゴルフ・コンペの賞品を手配すること、一時間に一回はファックスが来ていないかどうか確認して、来ていれば配ること等の作業をすることを求められていた。 また、地裁判決の認定によれば、広告代理店らしく、いわゆる「飲みニケーション」重視です。 Aは、酒を嗜まない方であったが、スポンサーとなる会社や、営業局との間で酒の席が設けられることも多く、また、一月に一度は、班の飲み会があり、酒を無理強いされて醜態を演じたこともあった。また、酒の席で、訴外○○から靴の中にビールを注がれて飲むように求められ、これに応じて飲んだことや、同人から靴の踵部分で叩かれたことがあった。1990年10月ころの時点では、ラジオ局員の中には、他の部署に移りたいと希望する者が多かった。・あまり飲めないのに飲酒強要・靴にビールを注がれ飲まされる・靴のかかとで叩かれる バブル真っ盛りの時代の華やかな大手広告代理店の裏側で、こういうことが行われていたのですね。なお、このように会社の部署ぐるみの飲み会で断りづらい雰囲気がある場合でも、労働時間として認定されることは、原則としてありません。認定されている労働時間の外側にも、このような事実上の拘束時間があることも重要な事情なのです。上司に説明しきれない作業を残業申請しなかった 電通は、Aさんもそうですが、従業員が休日出勤したりすることもあり、地裁判決によると、Aさんの元同僚は、Aさんと同様、休日にプライベートな用事を済ませてから夜に出社して翌日に退社したこともあったようです。この同僚は、時間外労働時間が90時間を超えると、上司からどういう作業をしているのか質問されるため、上司に説明しきれない自信の無い作業については、残業時間として申請をしていなかったようです。 Aさんについても、電通に申告していた残業時間と、「監理員巡察実施報告書」「深夜退館記録簿」など、電通が社内警備用などのために作成していた文書に残されたAさんの在社時間は大きく異なるものでした。代理人弁護士の推計では「1991年1月から8月までの一カ月当たりの平均残業時間は147時間に及ぶことになる」結果となりました。 このような状況でAさんは疲弊していきます。地裁判決では以下のような認定をしています。 Aは、前記のとおり、入社した1990年当時は明るく積極的であったが、1991年春から初夏にかけての午前二時ころ、訴外××が帰ろうとしてAを探したところ、Aは雑誌局の真っ暗なフロアで目を開けたままぼんやり横になっており、訴外××が何か悩みがあるのかと尋ねたところ、まあなというような返事が帰ってきたことがあった。 同年七月ころから、Aは、元気がなく、暗い感じで、うつうつとして、顔色が悪くなり、目の焦点も定まっていないことがあるようになった。訴外××は、Aの顔色が悪いことと目の焦点が定まっていないように見えることがあったことから、Aの様子がおかしいと気づいた。××は、Aから、プライベートな問題での悩みを聞いたことがなかったため、仕事で追い詰められているのかと思った。訴外××も、そのころ、従来服装もきちっとしていたAが、ネクタイを緩めた状態でいるようになり、また、顔色が悪くなったため、Aの健康状態が悪いのではないかと気が付いた。Aは、訴外○○に対し、自分がたまに何をしているかわからないとか、どうしていいかわからない、七月ころから二時間くらいしか寝れない、寝ても二時間くらいで目が覚めてしまう、八月に入ってそれが一層ひどくなった、その原因はわからない旨話すようになった。Aは、帰宅時は、汗ばみ、疲れ切って、眼が飛び出しそうな感じであった。 地裁判決に現れたその後の1991年8月のAさんの足取りは、もはや、涙無しには読めません。 徹夜勤務明けの8月3日から5日まで休日・休暇をとったほかは、電通社内での連日のような徹夜勤務や深夜~早朝までの勤務が続きます。休日に友人にあった後に出社するなどもしています。そして、Aさんは、8月24日から26日まで、クライアント企業が後援した有名歌手の番組に関連するイベントのため長野県に出張しました。その間、24日(土)の終業後に休暇を取っていた先輩の別荘に遊びに行くなどしましたが、その際に車の蛇行運転をするなどの行動が見られました。25日(日)は朝早くからクライアント企業の関係者とテニスをしたものの思うようにできず、午後8時にイベント終了、午後9時頃からはスタッフの打ち上げで飲酒をしたが嘔吐するなどしたようです。26日(月)もイベントの関連行事に随行し、午後5時頃に車で帰宅の途につきました。イベント期間中、Aさんと一緒にいたTBSの社員は、Aさんが、従前とはイメージが変わって、きつい感じがなくなり、優しくなっており、従前の大声で笑う笑顔がまったくなかったと感じていた、とのことです。 そして、8月27日(火)。Aさんは、午前6時ころ、自車で帰宅しましたが、無口な感じで、弟に、「会社に行かないで、医者に行く。会社から電話があったら病院に行ったと言っておいて。」などと話し、午前9時ころ、同僚に電話して「体調が悪いので会社を休む。」と告げたものの、午前10時ころ、自宅において自殺していることが確認されました。涙無しには読めない判決文 結論を先取りすると、長時間労働の末に発症した、うつ病の症状である「希死念慮」(自分は死ななければならない、と思う気持ちのことです)によって、自殺に至ったものです。この種の事件にかかわる弁護士が「過労自殺」ではなく「過労自死」という言葉を使う場合があるのも、決意の自殺ではなく、このようなメンタル疾患の症状として死に至ってしまうことを念頭に置いたものです。 ここでは、要約して経過を記載しましたが、大きな図書館や大学の図書館では裁判例が掲載された雑誌が備えられている場合も多いです。裁判例の原典に当たれる条件のある方は、以下の各判例雑誌に東京地方裁判所の判決文(東京地判1996年3月28日)が掲載されていますので、一読をお奨めいたします。本当に、涙無しには読めません。判決文なのに。判例タイムズ906号163頁判例時報1561号3頁労働判例692号13頁労働経済判例速報1599号3頁労働法律旬報1386号33頁電通事件最高裁判決 1996年の東京地裁判決は、原告(遺族)の請求を全面的に認める判決を出しましたが、翌年の東京高裁判決は、電通が支払うべき損害賠償金を3割減額しました。とても乱暴に要約するなら、Aさんの、真面目で責任感が強く几帳面かつ完璧主義で仕事を抱え込む「病親和性ないし病前性格」、それによる長時間労働、自分に責任のないことについて責任を感じる性格、残業時間を過少申告したことによる会社の労働時間把握の困難化、知的・創造的労働であり労働者に労働時間の配分がゆだねられているところAさんが時間の適切な使用方法を誤り深夜労働を続けたこと、などを理由としています。真面目で几帳面な性格の人が、真面目に几帳面に働いて過労死したことを理由に会社の責任を減じてしまったのです。 これに対して、遺族が上告。最高裁は2000年3月24日に判決を出しました(電通事件最高裁判決は裁判所のホームページで閲覧できます)。最高裁判決は、 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法六五条の三は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。 とした上、要旨にも書いてありますが、概略以下のように述べて、3割の相殺を認めた高裁判決を否定し、電通に対して満額の損害賠償を命じました。1 Aが長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、Aの上司は、Aが業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、Aに対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、使用者は、民法七一五条に基づき、Aの死亡による損害を賠償する責任を負う。2 業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合において、右性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、右損害につき使用者が賠償すべき額を決定するに当たり、右性格等を、民法七二二条二項の類推適用により右労働者の心因的要因としてしんしゃくすることはできない。 電通は、Aさんの「性格」、プライベートの「悩み」、Aさんの遺族の「責任」まであげつらって責任を逃れようとしましたが、この最高裁判決によりAさんの死について電通に責任があることが確定したと言えるでしょう。電通は、その後、遺族に1億円(遅延利息を含む)を遙かに超える賠償金を支払うことになりました。しかし、Aさんが遺族の元に帰ることは、もちろん、ありませんでした。人はなぜ過労で死ぬのか そして、Aさんの命という取り返しのつかない代償のうえに出されたこの最高裁判決により、使用者が、労働者の長時間労働による疲労や心理的負荷の蓄積により労働者が心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うことが明確になりました。この判決は日本の労働判例の歴史に、とても、とても、大きな足跡を残し、その後の労働行政、労務管理、裁判実務に多大な影響を及ぼすことになりました。(傍論)使用者による労働時間適性把握義務について厚生労働省が通達を出す やや脇道にそれますが、電通で採用されていた残業の「自己申請制」は、使い方を誤ると労働時間を適切に把握できない可能性が高いものです。そこで、電通事件最高裁判決後の2001年になって、厚生労働省が「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」(原文はこちら)という通達(通称「4.6通達」)をつくりました。ここでは、タイムカード等による労働時間把握を原則としつつ、やむなく自己申告制を採る場合でもア 自己申告制を導入する前に、その対象となる労働者に対して、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。イ 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施すること。ウ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。 という三つの要件を満たすべきことを求めています。 今でも、労働者の残業申請を阻害する目的でこの制度を採用していることが疑われる事例は、散見されます。もちろん、このような場合、労働者が自分でメモ等を作成していれば、裁判所はそのメモが客観的事情(ごく一例を挙げればパソコンのファイル保存時刻、メール送信時刻等)と付合していれば、申請できなかった残業も残業と認めます。人はなぜ過労で死ぬのか 以上、1991年の電通過労自死事件についてまとめましたが、次は、人はなぜ過労で死ぬのかについて、法律・医学的知見にまたがる話を書きます。もっとも、筆者は医学については素人ですが。 大ざっぱに過労死という場合、脳・心臓疾患など循環器系の疾患を中心とする原因で亡くなる「過労死」と、メンタル疾患になった後、自殺(自死)に至る「過労自殺」(過労自死)の二つがあります。 過労死については、電通事件最高裁判決後の2001年に、他の最高裁判決を踏まえ、厚生労働省がようやく認定基準を作成しました。ここでは、週40時間労働制との関係で被災前に月80時間を超える時間外・休日労働がある期間がおおむね2~6ヶ月続いた場合や、被災前にひと月100時間を超える時間外・休日労働がある場合には、過労死と認められやすい傾向があるとされます。詳しくは「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(リンクはこちら)をご覧下さい。 よく、「100時間くらいの残業で死ぬわけがない」という類の言説を耳にすることがあり、直近にも、東京大学の教授や武蔵野大学の教授がネット上でわざわざそれに類する発言をして物議を醸しました。後者については発言が行き過ぎ、大学から処分を受ける可能性もあるようです。 しかし、この「80時間」「100時間」という基準は、単純に残業時間に着目したものではなく、それだけの残業をするようになると疲労が蓄積した上、通勤時間や私生活との兼ね合いを考えると、睡眠時間すら圧迫するようになり、蓄積した疲労を回復することが困難になっていき、いわば、雪だるま式の疲労蓄積を招いて、循環器系の疾患を発症しやすくなることに着目したものなのです。長時間労働で人が死ぬようなこと自体あってはならない 従って、長時間労働をしたとしても、労働の質が比較的軽く疲労蓄積が過度でない場合や、ストレスを気にせずにすぐに寝ることができる性格・家庭責任がない(果たさない)・通勤時間が短い場合などの要因で睡眠時間を確保できる場合や、体が丈夫な場合など、過労死しないこともあるのです。実際、過労死ラインを超えて残業をしてもただちに死なない方は沢山います。むしろ多数派かもしれません。ただし、その場合も、高血圧の原因になったり、様々な病変の原因ともなり得、長期的には寿命を縮める可能性があります。 一方、多くの人がただちに死なないからといって、そのような過重労働の末に亡くなった方について自己責任とはいえず、やはり、過労死として認めるべきなのです。そもそも、長時間労働で人が死ぬようなこと自体、あってはならないのです。 なお、過労死認定基準の策定については、専門家が集団で作成した「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(PDFなので注意。リンクはこちら)が作成されているので、そちらもご参照ください。医学的知見を踏まえながら、日本人の平均的生活像などにも言及して基準を策定していることが分かります。 電通事件最高裁判決にも現れていますが、例えば長時間労働やパワハラによる精神的なストレス、その他の業務上のストレス要因は、うつ病等のメンタル疾患の原因になります。そして、うつ病等の症状として「希死念慮」といわれる、死ななければならない衝動が発生し、自死に至るのです。そうであれば、そのような業務上のストレス要因と死の因果関係を認めるべきであり、その場合、労働災害(労災)となるのです。 現行の基準ではうつ病等のメンタル疾患発症直前のひと月に160時間の残業をした場合や、発症直前の2ヶ月に平均120時間以上の残業をした場合に、労災認定することとしていますが、実際には、これより相当少なくても、他のストレス要素(業務の責任の重さ等)も総合考慮して、労災認定する場合があります。それにしても、この認定基準は労働時間単独で労災と認めるために必要な残業時間が長きに失すると思われます。 余談となりますが、2014年に発生した「STAP細胞」を巡る騒動のなかで、理化学研究所の研究者が自殺した件が大きな話題になりました。もちろん、筆者がものごとを断定する立場では全くないことは前提ですが、上記の意味での労災性のメンタル疾患に起因する自死である可能性は排除できないように思います。拙稿:人はなぜ自殺に至るのか-労災認定基準の観点から くり返しますが、これらの過労死認定基準は、必ずしも機械的な数値ではなく、他の諸事情を考慮して、これらよりも短い残業時間である場合でも労災認定される場合があります。そして、そのような労災の発生について、使用者が「業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務」を怠った結果として発生した場合は、企業責任が追及されることとなるのです。 その後の「日本海庄や事件」(大庄事件)では、ついに、企業責任のみならず、経営者個人の賠償責任まで言及されるようになりました。2016年に再度起きた電通過労自死事件2016年に再度起きた電通過労自死事件10月14日、立ち入り検査を終え、電通本社をあとにする労働基準監督署の監督官ら(伴龍二撮影) 先週、またしても電通が過労自死(労災)を発生させてしまったことが判明しました。この件については、既にニュースでご承知の方も多いかと思いますが、1991年の電通過労自死事件をおさらいした後だと、なにやら既視感があります。コンプライアンス部門を持ち、他の企業の範となるべきリーディングカンパニーで、二度までもこのような事態を招いたことについて、批判は避けられないでしょう。なお、遺族の代理人弁護士は、1991年の電通事件の地裁、高裁の代理人を務め、急逝された藤本正弁護士の遺志を引き継ぎ、最高裁判決を勝ち取った川人博弁護士、新進気鋭の蟹江鬼太郎弁護士(誤植ではありません)のようです。記者会見の写真を見る限りは。(朝日)「死んでしまいたい」 過労自殺の電通社員、悲痛な叫び(産経)「24歳東大卒女性社員が過労死 電通勤務「1日2時間しか寝れない」 クリスマスに投身自殺 労基署が認定」上記朝日新聞の記事を引用すると 電通では、社内の飲み会の準備をする幹事業務も新入社員に担当させており、「接待やプレゼンテーションの企画・立案・実行を実践する重要な訓練の場」と位置づけている。飲み会の後には「反省会」が開かれ、深夜まで先輩社員から細かい指導を受けていた。上司から「君の残業時間は会社にとって無駄」「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」「女子力がない」などと注意もされていたという。 とされています。この件では、メンタル疾患発症前の1ヶ月の時間外労働が105時間と認定されたようですが、すでに述べたように、これらの飲み会や反省会は、労働時間とは認定されていない可能性が高いと思います。しかし、これらのイベントが心身の健康を損なうことにつながったことは、想像に難くないでしょう。また、セクハラ的、パワハラ的な「指導」が精神的なストレスにつながった可能性も高いと思われます。やはり、「100時間の残業くらいでは死なない」という決めつけは浅薄と思わざるを得ません。 そして、ついに、昨日、電通に労働基準監督署の立ち入り調査があったようです。(朝日)電通に労働局が立ち入り 長時間労働、全社で常態化疑い 労働基準法違反とのことなので、違法残業などで使用者が起訴される可能性があります。大企業で労基法違反が見つかった場合には、労働者の数が多いだけに、犯罪の成立件数が膨大な数になるはずです。例えば「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」が定められている違法残業については「労働者一人」「一日あたり」「一件の犯罪」が成立し、すべてが「併合罪」の関係になります。10人の労働者に10回の違法残業をさせれば、100回の犯罪が成立するのです。その場合、刑法45条以下の条文により、懲役刑の上限は9ヶ月となり、または、罰金の上限は30万円×100=3000万円になります。経営者の個人責任のみならず、企業そのものも責任追及されます(両罰規定)。労働基準法は本当は恐ろしい法律なのです。実際の運用が甘いのは、労働基準監督官の絶対数の不足(これは元々足りないのと、あまり根拠のない公務員バッシングの「成果」でもあります)、検察庁がこの種の事件にやる気を出さないことなど、様々な要因によるものです。 この種の犯罪には、一罰百戒が肝要です。一度ならず二度までも過労自死を招いた電通で、重大な労基法違反が見つかった場合、使用者個人も、企業そのものも、厳しく罰することが必要ではないでしょうか。 そして、最後に。過労死は、絶対に、根絶すべきです。筆者はこの種の事件にもかかわるので、遺族の方にも面談しますが、どの案件でも、遺族は凄惨な現場を目撃し、自らを責め、大きな苦悩の中に投げ込まれます。一方、過労死や過労自死につながる長時間労働は、政府が断固たる姿勢を取れば、無くすことが可能だと思います。法律を変え、そういう社会を作っていくべきではないでしょうか。本稿ではこの点には触れません。この点については、佐々木亮弁護士:「電通過労自死事件から真の「働き方」改革を考える」をご参照ください。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年10月15日分を転載)

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    「俺は長時間でも大丈夫なのに」 電通事件に潜む身勝手な企業人の論理

    佐々木亮(弁護士) 痛ましい事件が起きた。広告代理店の最大手の電通に勤務していた新入社員の高橋まつりさんが昨年末に自殺したのは、長時間の過重労働が原因だとして労災と認定されたのだ。つまり、彼女の死は、避けられたのだ。 電通と言えば、有名な「電通事件」という最高裁判決の舞台となった企業だ。この事件は、いや、この事件も、大学卒の新入社員である労働者が過労によって自死に追い込まれた事件であった。東京地裁、東京高裁と会社の責任が認められ、最高裁でも、会社に安全配慮義務違反があったとして、電通に対し遺族への損害賠償の支払いを命じた原審の判断を維持した。最高裁判決が出たのが2000年、同事件の労働者が自死したのが1991年、すなわち、最初の事件発生から24年後、電通では再び新入社員が過労により自ら命を絶ったことになる。立ち入り調査のため、電通に入る東京労働局の労働基準監督官=10月14日、東京都港区過労死等防止対策推進法の成立 周知のとおり、過労死(karōshi)は日本語の読みの通りに世界で通用する国際語となっている。日本にとって極めて不名誉な事態であるが、労働法制における過労死防止の対策は取られてこなかった。むしろ、この二十数年においては、労働法制については規制緩和が続いており、企業側にとって有利な改正が重ねられたといっていいだろう。 他方、現実には、電通事件をはじめとして、過労死問題が社会問題として横たわっており、毎年のように痛ましい事件が発生している。電通のような有名企業かつ社会的に影響が大きな企業であれば、今回のように大きな注目を集めるが、そうではない企業や当事者の事情で公表を控えている事件も相当数あり、毎年多くの過労死・過労自死事件が発生している。 公表されているデータでいえば、毎年厚労省が発表する「過労死等の労災補償状況」というデータがある。その中の「精神障害に関する事案の労災補償状況」に、労働を原因として精神障害(うつ病など)となった場合の労災の状況を示す数値があがっている。まず、年々増加しているのが請求件数であり、2015年度は1515件(前年度比59件の増)であった。このうち未遂を含む自死件数は199件(前年度比14件減)とされる。また、同年度の支給決定件数は472件(前年度比25件減)、うち未遂を含む自殺の件数は93件(前年度比6件減)である。 支給決定件数について2015年度はやや減少に転じたものの(ただ、それは単に証拠が示せないことや基準の硬直的な運用で不支給となっていたりするので、額面どおりには受け取れないという実感はある)、申請件数で見ると増加は止まっていない。多くの労働者(及びその遺族)の主観としては、精神障害になった原因を「労働」に求めるケースが増えていることを示している。 こうした中で、これまで有意な対策をしてこなかった政府であったが、過労死遺族を中心に粘り強い運動がなされ、ようやく一昨年、過労死等防止対策推進法が成立したことは記憶に新しい。それを受け、2015年には、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が閣議決定され、今年は過労死白書が公表された。これらの動きは即効性があるわけではないが、過労死・過労自死という社会問題をなくしていく方向に、日本社会を動かしていくものであり、評価したい。日本の脆弱な労働時間規制日本の脆弱な労働時間規制 他方、我が国の労働法制は、長時間労働を抑制する機能がほぼ機能していない現状が続いている。そして、その問題点は、多くの過労死事件が発生するたびに指摘されてきたが、何ら改善されないまま今日に至っている。 まず、簡単に我が国の法制度をおさらいしよう。労働基準法においては、労働者の労働時間は厳しく制限されている。それは1日8時間、1週間40時間が上限とされ、これを超える労働をさせた場合は、罰則をもって臨むという強い姿勢を示している。これが大原則である。電通の子会社「電通東日本」が入るビル=10月18日、東京都港区 ところが、この原則の例外として「36(サブロク)協定」というものがある。これは使用者と労働者(労働者の過半数を代表する者か、労働者の過半数を組織する労働組合)とが合意した範囲内であれば、1日8時間・週40時間を超えて労働させることができる、というものである。そして、さらにこの「36協定」は基準を厚労大臣が定めるとされており、4週間で45時間まで、1年間で360時間までというように、一応の基準が策定されている。 こうした制度を見ると、我が国の労働法制は、長時間労働については違反者には罰則をもって臨むという強い原則を示し、その例外には労使の合意という「歯止め」をかけ、その合意も大臣が示す基準以内でしか許さないという、一見するとよくできている内容となっている。立法者としては、まさか労働者が死ぬほど働くことを許容する内容の協定を締結することはないと考えたのかもしれないし、仮にそういうことがあっても、大臣の示す基準があれば二重の「歯止め」となると考えたのかもしれない。 しかし、現実には、この「36協定」は「特別条項」という方法で大臣の示す基準はあってないが如くとすることができる。現実に、日本経団連、経済同友会の役員企業など40社・93事業所を対象に、「36協定」を調べたところ、「過労死ライン」とされる月の残業時間80時間を超える協定を結んでいる企業が78%にのぼるという調査(2014年)が発表されている(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-11-28/2014112801_01_1.html)。やや古い(2012年)ものでも、東証1部上場の売り上げ上位100社(2011年決算期)の7割が、月80時間以上の36協定を結んでいると報道されたこともある(http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20120725152715895)。おそらく、現在でもこの状況に大きな変化はないだろう。 これを踏まえて先に示した過労死の申請件数を思い出してもらいたい。過労死という社会問題が露呈してから数十年も経つにもかかわらず、合法的に過労死ラインを超えて働かせることができる制度が我が国の労働法制にあり、それによって労災申請件数が増加し続けているのである。ところが、この点に対する労働法制の「改革」は今日まで何一つなされてこなかったのである。長時間労働規制には何が有効か長時間労働規制には何が有効か (1)制度 まずは労働法制であるが、1つは極めて単純である。労働時間の上限を決めてしまうということである。具体的提案内容としては、日本労働弁護団が公表している「あるべき労働時間法制の骨格『第一次試案』」が参考になる。1日の上限は10時間(労働協約により1日12時間まで延長可能)、1週の上限48時間(労働協約により1週55時間まで延長可能)、各週の実労働時間のうち法定労働時間(週40時間)を超過する部分の時間の合計の上限年間220時間、この程度とする必要があろう。 次に、我が国ではまだ制度としては導入されていないが、ヨーロッパ諸国で導入されている勤務間インターバルの創設である。すなわち、使用者に対し、当該労働者の終業時刻から次の始業時刻まで一定時間の休息を取らせることを義務づけるものである。具体的数値としては、勤務開始時点から24時間以内に連続11時間以上の休息時間を与えることを使用者に義務づけるというものが望ましい。 これは、労働から解放された終業時刻から11時間以上を経過しなければ次の労働を開始することができないという規制であると同時に、始業時刻から終業時刻までの途中に長時間の休憩時間があっても、実労働時間と休憩時間の合計である拘束時間は13時間以内でなければならないとするものである。こうした制度を整え、これを実効せしめる行政機関の充実(労働基準監督官の増員)が重要である。 (2)制裁 ただし、制度を整えただけでは不足である。企業はリスク勘定をし、法違反を犯すことがある。また、法に無頓着であったり、労働法に敵対心を抱いて、あえて違反を犯すことさえある。その証左として、ブラック企業と言われる企業では、堂々と法違反を重ねる企業は多い。したがって、実際、罰則をもって臨んだとしても限界はある。そこで、企業の経済合理性に適った制裁が必要である。 その第一に、法違反企業の企業名公表がある。法違反や過労死認定をされた企業名を公表し、インターネットでも検索できるようにすべきであろう。そうすることによって、社会的制裁を加えるのみでなく、企業のコンプライアンスの実現度も分かるし、就活時の入社先の選定にも資することとなる(なお、企業の汚名返上の措置として、法違反是正への取り組みや過労死防止策をどう取ったかなどを報告させ、公表する制度を設けることも考えられる)。エンドユーザーに直接接する業種であれば、こうした事態は避けることが企業活動として当然であろうし、そうでない企業であっても、社会的に公表されることのデメリットは大きいだろう。 次に、法違反や過労死を出した企業については、公的事業(国や地方公共団体)への入札の参加を一定期間禁止するなどのいわゆる公契約法の制定が必要である。税金を使って行う事業を、法違反を犯している企業に請け負わせることこそ馬鹿げたことはない。この規制は、都市部・地方を問わず効力があり、下手な助成金を出すより効果は絶大であろう。(詳細は嶋崎量弁護士の記事を参照されたい。http://bylines.news.yahoo.co.jp/shimasakichikara/20161014-00063271/)長時間労働の撲滅には、こうした制裁の側面も検討する必要がある。必ずいる「俺はそれ以上働いても大丈夫だった」という人 (3)文化 最後に、長時間労働を受け入れてしまっている我が国の文化を変えなければいけないだろう。これは過労死事件を他人事と考えることをやめるということでもある。過労死事件が起きると、必ずと言っていいほど、「俺はそれ以上働いても大丈夫だった」という者が表れる。そして、亡くなった人間の方に非難の矛先を向けるのである。極めて想像力の乏しい、非常にレベルの低い言説である。一体全体、大丈夫だったから何だというのだろうか?自分は大丈夫だったから、お前も大丈夫のはずだ、大丈夫でなければならない。そう言いたいのだろうか。これはただ想像力の乏しさを露呈する言説に他ならない。立ち入り調査のため、電通に入る労働基準監督官=10月14日、東京都港区 また、「やりがい」があれば長時間労働は問題ないとする言説もある。こうした言い分には一定理解できないことがないでもないが、長時間労働で精神障害となる労働者が最初からやりがいを感じずに働いていたわけではないことを理解する必要がある。いかにやりがいをもって働いていたとしても、それによって長時間労働が全然辛くない、楽しくさえ感じていたとしても、何か一つ、ほんの些細なことで、そのバランスは崩れるのである。このことを前提にすれば、「やりがいさえあれば長時間労働も苦ではないから、やりがいが大事だ」という結論にはならないだろう。 こうした過労死・長時間労働に対する想像力不足や誤ったイメージを払拭する取り組みが必要であろう。それは労働法に対する教育、過労死・過労自死に関する教育が重要であると思われる。 今、政府は「働き方」改革として、長時間労働をなくすと謳っている。しかし、他方で、労働側から「定額働かせ放題法案」「残業代ゼロ法案」などと指摘される労基法改正案を撤回しておらず、むしろその成立に意欲を見せている。政府のいう「働き方」改革がいかなるスタンスなのか、言葉だけで終わるのか、それとも、今回発生した痛ましい過労死事件をゼロにする方向で本腰を入れた改革とするのか、問われるところはそこである。 筆者としては、過労死ゼロ社会を実現するという観点から与野党で大いに議論して、真の「働き方」改革が実現されることを切に望むものである。そして、痛ましい過労自死事件が起きない社会を実現したいと心から思うものである。

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    月105時間の残業、電通女性社員を自殺に追い込んだ現代の身分制度

    谷本真由美(コンサルタント兼著述家) 電通の新入社員の方の自殺が労災認定された件が話題になっています。(写真はイメージです) 東大を卒業して電通に入社した高橋まつりさんは、入社後にインターネット広告を担当するデジタル・アカウント部に配属されましたが、月の残業時間が105時間を超え、昨年12月のクリスマスの日に会社の寮から投身自殺してしまいます。 この件はいろいろ大炎上しているわけですが、ここまで燃え上がってしまうのは、「電通はフリーメイソン」だと思っている 一般民の興味を集めているという以上に、やはり日本では、サビ残、長時間労働に苦しんでいる人が多く、「これって俺だったかも…」と思っている人が多いからでありましょう。過労自殺 電通に抜き打ち調査(NHK NEWS WEB)http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20161014/3505981.html電通「鬼十則」背景か 東大卒エリート美女、自殺までに綴った苦悶の叫び(Yahoo!ニュース)http://news.yahoo.co.jp/pickup/6217721吉田秀雄と「鬼十則」(吉田秀雄記念事業財団)http://www.yhmf.jp/pdf/activity/adstudies/vol_01_03.pdf ところで、こういう事件が表沙汰になりますと、毎回金太郎飴のように出てくるお話が「過労死は日本文化!」「長時間労働は日本の伝統!」というやつです。 しかし、長時間労働も、サビ残も、滅私奉公も、過労死も日本文化とは関係がなく、伝統でもなんでもありません。 日本も戦前は、身分の安定したサラリーマンや役人というのは、実は社会の少数派で、エリートでした。こういう人たちは、今に比べたら緩いですが、組織にご奉仕する働き方をしていました。 しかし、大多数は、不安定な立場で、自分の労働時間やスキルを売って生活していたのです。日雇いの職人のような状態です。 堺屋太一氏の『日本を創った12人』によれば、大正から昭和にかけての日本では、従業員の首切りが簡単な自由競争の社会で、働く人の転職率は、世界一だといわれていました。 京都大学の久本憲夫教授の『正社員の意味と起源』(政策・経営研究 2010 vol.2)(http://www.murc.jp/english/think_tank/quarterly_journal/qj1002_02.pdf)によれば、日本で終身雇用前提の正社員が一般化したのは、1960年代以後であり、それまでは、経営首脳陣候補であるごく一部の正社員以外は、中途採用や転職が当たり前でした。 正社員以外には、ホワイトカラーで事務職であるが経営首脳陣候補ではない準社員、現場で作業にあたる職工と呼ばれるブルーカラーがいました。正社員とは給料、福利厚生、昇給などで大きな差があり、終身雇用でもなかったため、会社への帰属心は薄かったとされています。転職も珍しくありませんでした。 1960年ごろの大企業では、ごく少数の正社員は定期採用中心でしたが、職工の採用数は正社員の10倍にもなりました。その多くは臨時工であり、今でいう非正規雇用のような雇用体系でした。その多くは、職場の親方により雇われ、採用の多くは縁故(コネ)であり、親方との関係により、解雇されてしまうこともあるという状態でした。 日本で幹部候補の社員以外も定期採用が実施されるようになり、終身雇用や、職場への高い定着率が一般的になったのは、50年ほど前のことであり、それ以前は、働く人のほとんどは、フリーターのような状態で、転職は当たり前、さらに、職場への帰属心も高くはなかったのが一般的だったのです。ユルユルと仕事していた日本人 1960年以前はもっと不安定で、『東京の下層社会』や『戦後の貧民』によれば、戦後の頃の下層民や労働者の扱いなど、もう本当にひどいもので、会社に滅私奉公なんてのは最近の話だ、 というのがよくわかります。 開国直後の日本を訪れたイギリス人旅行家のイザベラ・バードの『日本紀行』を読みますと、当時の 人々は相当適当な上に、小銭をごまかしたり、やる気ゼロに近く、若干滅私奉公的な感じがするのは、ごく一部の上流階級です。それ以外は今のインドのインチキ耳かき屋真っ青のやる気のなさです。 江戸時代なんてもっといい加減で、『代官の日常生活』という本を読みますと、江戸時代の中間管理職だった代官ですらユルユルと仕事していたようでありますし、 『百万都市 江戸の生活』では、 一般庶民は適当に数を数えたりと、やはりやる気がありません。 身分制度が厳しく、垣根を越えるのは難しかったので、最初からやる気がないわけです。 水飲み百姓は一生水飲み百姓、お侍様は一生お侍様です。 こうやって、過去をちょっと振り返ってみると、そもそも、終身雇用や働く人の多くが、正社員として、新卒で一括採用される仕組みの方が異常であった、ということがいえるでしょう。 たかだか50年程度しか歴史のない仕組みが、「日本固有の雇用体系」といえるかどうかは疑わしいわけです。戦後の高度成長期は、従業員を長期で雇っておいた方が労使管理が楽だったし、作れば売れるという時代だったので人が必要だっただけの話で、そういう産業構造に合わせて、長時間働けば見返りがありますよ、という仕組みが適用されていただけにすぎなかった、というだけの話です。 今のサラリーマンは、正社員にしろ、非正規にしろ、水飲み百姓や製糸工場の女工と変わらないわけです。 いくら高学歴だろうが、いくら見た目が良かろうが、親に金があってコネがなければ、ホワイトな仕事にはありつけず、天下りや収賄で美味しい思いもできない。高橋さんのように東大を出て超有名企業に就職できても、結局は女工以下の生活が待っているのが現実です。 だったら、開国直後のころの庶民のように、毎日適当にやるのが正しいというものですよ。

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    過労死対策にはエリートと非エリートを明確に分けるしかない

    大石哲之(ティンバーラインパートナーズ代表) 今朝は、武蔵野大学の教授のコメントで炎上をしているのをみて、すっかり釣られてしましました。 電通の自殺報道は知らなかったので、一般論としてコメントを解釈したのですが、一般論でいいますと、正しいとおもいます。何処の国でもエリートは100時間くらいの残業というのは普通で、というより、残業代がつかない働き方が一般的です。教授の話は、エリート向けと考えればおかしくはないでしょう。 問題は、日本の労働制度が、向上心のあるエリートと、1日8時間きっちり働いて賃金貰えれば別にいいという層を区別しておらず、なんだかんだで全員「幹部候補生」とかいって、それを餌に、長時間労働をごまかしていることです。といっても、こんどは、エリートとノンエリートを明確にわけてしまうと、格差社会だみたいな横ヤリが入ってしまうので、なんとも難しいわけですが、私は、もう分けたほうがいいと思っている考えです。 ノン・エリートにサービス残業を強いる一方、エリートが残業代をもらえて時間管理になっていたりする労働環境は、どちらにとってもよろしくないわけです。ノンエリートは悲惨だし、エリートのほうも生ぬるい環境で国際競争力がつくはずもなく。といった話をしていると、どうも、電通の新入社員の女性が過労死したという話を読みました。 母子家庭で、親孝行しようと東大に入り、電通に入ったところで自殺というのは、大変痛ましく、心からご冥福をお祈りします。この女性の事情が実際にどうだったかのかは知る由もないので、以下、一般論としてということを明記しておきますが、やはり、自殺というのは単純な労働時間だけではないようにも思います。 私が新卒で入りましたコンサル会社は当時は激務で、徹夜して仕上げた資料が価値がないとゴミ箱に捨てられる現場や、日付をまたいでから、翌日の朝のミーティングのための資料作りの会議を始めるといったこともあり、ピーク時は睡眠時間数時間に、徹夜も織り交ぜ、なかなかの過酷な環境であったことは確かです(なお、現在は相当に労働環境は改善されていると聞き及んでいます)。そして、このレベルの労働は、コンサルや外銀にかぎらず、そんなに珍しくないと思うんですよね。 それで、体を壊したりする人も居たのですが、知る限り自殺者は出なかったような気がします。というのも、そういう状況になると、(体を壊して)休職したり、(ついていけないと)辞める人が多かったからです。見逃されがちな2つの論点 コンサルなんていう商売は、体力的にもせいぜい40歳半ばくらいまでしか続かないとみんな思ってましたし、人の入れ替わりも激しい会社でしたので、当然終身雇用なんてありません。また、役員は首になる人も多かったので、そんなもんだと思ってました。 というわけで、駄目だっり、嫌になったら辞めればいいやとみんな思っていたからか、一時的に体を壊す人はいても、死ぬ前に歯止めがかかっていたように思います。なので、過労死自殺という話の場合、2つの論点があることは見逃されがちです。①労働時間の長さ、過酷さ②やめたら後がないみたいな退路の問題 です。とりわけ、自殺に結びつくのは、②の問題が大きいんじゃないかとおもいます。退路がないと鬱にも成りやすいですから。もちろん①があっての話だとおもうのですが。 では、実際に退路がないのかというと、そうではないと思います。新卒で体を壊して1年めで辞めたら、その後どう響くのかというと、私はエグゼクティブ・サーチの仕事をしていたこともあったので断言しますと、なにも響きません。別に普通に第二新卒として他の企業を受ければやり直しがききますし、それこそ、学歴も、経歴もあれば、なんの問題もありません。 ただ、やっぱり、多くの人は、自分が憧れだった企業や、世間として立派とおもう企業に一旦入ったら定年まで勤めたいと考える訳でしょうし、すぐにそこを辞めてしまうのは、どうにも言い訳が立たなくなってしまうというのはあると思います。 日本は自殺が飛び抜けて多い国です。特に30代40代男性の自殺率が、単なる統計誤差とは考えられないほど突出して高く、彼らも、言い訳が立たない状態に追い込まれている可能性があります。(この場合住宅ローンと家庭が影響していると言われています) なにも自殺しないでも・・とみんな言うでしょうが、退路がなくなるとそうなっちゃいますからね。冒頭の大学教授も皆さんあんまり追い詰めないでくださいね。さて、過労死対策としては、①エリートとノン・エリートを明確に分ける②ノン・エリートは昇進・昇給が限定されるかわりに残業もなくす③労働市場を流動化して、出入りが多い労働環境にする といったことなんですが、これらはむしろ(過労で困っている人からの)反対意見が多いとおもわれるのが、面白いところです。どうしたらいんでしょうか?(「大石哲之ブログ」より2016年10月8日分を転載)

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    電通の「整備された労働環境」は、なぜ新入社員の自殺を生み出すのか

    榊 裕葵(社会保険労務士・CFP)        電通で月100時間を超える残業をしていたという新入社員の女性が昨年自殺をし、労働基準監督者がこれを労災と認定したというニュースが流れた。残業時間の長さだけでなく、上司の圧力により精神的なプレッシャーも相当にかかっていたようだ。電通は「人権を尊重」し「労働環境を整備」するとのことだが…電通では、1991年にも若手社員が同じような過労による自殺をしてており、裁判の経過なども大きく報道されたが、また同じような悲劇が繰り返されてしまった。なぜ、このような悲劇を防ぐことができなかったのであろうか。この点、電通のホームページを見ると、メインメニューに「CSR」というタブがあり、ここにカーソルを合わせると「人権の尊重」や「労働環境の整備」という項目が出てきて、労働者保護に関する電通の取組が数多く紹介されている。たとえば、「人権の尊重」のページを見ると、人権に対する意識を啓蒙するための研修を行ったり、ハラスメントの相談窓口を社内に設けたりすることはもちろん、社内のクリエーターが「人権ポスター」まで作成しているということである。「労働環境の整備」のページを見ても、ワークライフバランスの推進や、健康管理体制の整備といった言葉が並び、「メンタルヘルス対策を強化している」ということも明記されている。本社のビル内には、内科、整形外科、眼科、耳鼻科、精神科などの診療が受けられる健康管理センターまで設置されているということだ。なぜ電通の福利厚生制度は機能しなかったのか一般的な中小企業とは比べ物にならないくらい充実した福利厚生メニューが整っているにもかかわらず、過労による従業員の自殺を防げなかったのである。そして、それは今回が初めてだったのではなく、1991年に起こったのと同じことが繰り返されたわけである。その事実を踏まえると、電通には様々な労務管理制度が整っているように見えて、それが機能していなかったのではないか、という疑問が浮かび上がってくる。私は電通社内の詳しい事情は分からないので、電通という個別の会社に対して推測で物事は言えない。しかし、一般論としては、制度は色々と制度を整備したり施策を展開したりしても、それが形骸化してしまっているという会社は少なくないと思われる。社内制度を形骸化させないための4つの着眼点社内制度を形骸化させないための4つの着眼点そこで、本稿においては、今回の事件を踏まえながら、社員を守るための社内制度を形骸化させないためにはどのようなことに気を付けなければならないか、着眼点を4点説明したい。トップの本気第1は、「トップが本気になること」である。私は、会社で実施する制度や施策がどれだけ定着するかは、トップがどれくらい本気かによるところが大きいと考える。たとえば「残業を削減しましょう」という呼びかけに対しても、人事部が各部署に呼びかけるだけでは、各部署の責任者の受け止め方や温度差によってバラツキが出てしまう。私がサラリーマン時代に勤務していた会社でも、「水曜日はノー残業デーにしましょう」とか、リーマンショック後は「残業は原則禁止」のような指示が出たこともあったが、それを徹底している部署もあれば、聞き流している部署もあるというのが実態であった。この点、調味料大手の「味の素」は、1日の所定労働時間を7時間15分に短縮するなど、労働時間の短縮やワークライフバランスの実現に取り組んでいる会社として世間的な評価も高いが、私は味の素本社の人事部の方に話を伺ったことがあり、そのような企業風土が実現できている理由を伺ったところ、人事部の方が強調されていたのは、「経営トップのコミットメントによる裏付けがある」ということであった。トップが残業の削減やワークライフバランスを本気で重要な経営指針として位置づけで社内へ落とし込んでいるからこそ、全ての部署がその重要性を意識しており、管理職はトップの方針を守ろうと意識するし、社員も安心して定時退社や休暇取得ができるということであった。もちろん、その実現を裏付けるための業務の効率化にも積極的に取り組んでいるということである。逆に言えば、ホームページや社内報にどれだけ綺麗なことを書いたとしても、トップが本心では「世の中にはホンネとタテマエがあるから仕方がないよね」とか「現場に任せるから可能な範囲で頑張ってね」と思っていたら、企業体質は変わらない。トップが労働時間の削減やハラスメントの防止を本気で重要な経営課題と考え、どれだけ真剣に社内に落とし込んでいくかがポイントなのである。周知徹底がなければ「宝の持ち腐れ」周知徹底がなければ「宝の持ち腐れ」第2は、「制度や取り組みを周知徹底すること」である。社内にどれだけ立派な制度を構築したとしても、社員がそれを知らなければ「宝の持ち腐れ」になってしまう。たとえば、社内にセクハラやパワハラの相談窓口を設置したとしても、それを周知しなければ社員は相談窓口自体の存在を知ることができないし、仮に知っていたとしても、誰がどのような立場で相談に乗ってくれるのか分からなければ、人事考課で不利益をうけるかもしれないなどと考え、怖くて相談をすることができない。であるから、社員集会をなどで、窓口の存在や、相談者の立場で話を聞き人事考課上の不利益はないので安心して相談してほしいことを積極的に会社は社員に対してPRしていく必要がある。電通のホームページによると、電通にもハラスメントの相談窓口は存在していて、「ハラスメント相談課」という組織まで存在しているということである。もし、自殺した女性社員がこのような相談窓口があることを知らなかったり、相談をためらっていたとしたら、非常に残念なことである。自社の常識に縛られず、客観的な基準を持つ第3は、「客観的な基準や数値を意識して労務管理を行う」ことである。サラリーマンとしてある特定の会社に所属していると、自社の文化が当たり前になってしまいがちである。「うちの会社は女性社員も含め皆ノリが良いので、これくらいはセクハラにならない」とか「俺が若い頃はもっと厳しくしごかれたので、これくらいの叱り方は当然だ」とか「うちの会社の仕事内容なら月100時間の残業は当然だ」というような、ローカルな価値観に縛られてしまうと、無意識のうちにセクハラやパワハラを引き起こしたり、社員に過重労働を課す結果になってしまう。したがって、厚生労働省が出している指針や裁判所の判例などに基づき、「こういう行為を行うとセクハラやパワハラになる」ということを把握したり、「月100時間以上の残業は、1か月でもそのような月があれば過労死の恐れがある」というような厚生労働省の基準があることを認識するといったように、経営者や人事責任者が客観的な基準を積極的に学び、社内の各部門の責任者にも教え込んでいかなけれればならない。そのような基準を周知徹底することで、たとえば、部下を持つ立場の社員に「俺は正しいと思って厳しく部下を指導していたけど、これはパワハラになりかねないやり方だったんだな」という気付きを与えたりしていくことができ、徐々にハラスメントや過重労働の無い企業文化を醸成していくことができるであろう。国としては、労務監査制度の構築を国としては、労務監査制度の構築を第4は、立法論や政策論になってしまうが、会計監査制度のような「労務監査制度」を、法制度として構築することである。やはり、どれだけ意識しても当事者としてのバイアスを排除することは困難であるし、確信犯的に過重労働を行わせたりハラスメントを放置したりする企業も皆無ではないと考えられるからである。財務面に関しては、上場企業に関してではあるが、公認会計士が第三者としての立場から財務諸表や、その根拠となった証憑についてチェックを行うことになっている。同様に、労務面に関しても、労働基準法等の各種法令や、就業規則で定められたルール等が適正に順守されているか、第三者が定期的にチェックするような仕組みが必要なのではないだろうか、ということである。確かに、労働基準監督署による立ち入り調査は存在するが、労働基準監督官の数も限られているので、労働者からの申告があったり、大きな労災が発生したときに事後的に立ち入るという場合がほとんどである。それとは別に、予防的な観点から、労務監査制度が必要なのではないだろうか。公認会計士の財務監査は投資家保護が主目的であるので上場企業に限られているが、労務監査を行うとしたら、どのような規模の会社であれ労働者は等しく保護されるべきであるので、理想としては1人でも労働者を雇っていれば、会社には労務監査を受ける義務があるという形が望ましい。監査は、公認会計士が財務監査を行うのと同様の考え方で、その会社と利害関係のない中立的立場の弁護士や社会保険労務士が実施するのが適切であろう。そして、監査コストを誰が負担すべきかというところであるが、大企業であればともかく、中小企業に過大な負担を強いるものになってしまってはならない。したがって、労務監査によって、過労死や離職などが防げるとするならば、労災保険料や雇用保険料に財源を求め、企業希望に応じ監査料の一部または全部を補助することも考えられよう。社内制度の構築は経営の重要テーマ最後に、実効性を持った社員を守るための社内制度を構築することは、社員のためだけでなく、会社や経営者自体のためにもなるということを補足したい。社員も、できる限り穏便に済ませたいというのが本音であることが多いので、社内の相談窓口が機能していれば、まずはそちらに相談するであろう。だが、そのような窓口が存在していなかったり形骸化していると、労働基準監督署や労働組合に相談したり、訴訟に発展したりして、会社としても対応の負担が大きくなってしまう。上場企業であれば、企業イメージや株価への影響も避けられないであろう。であるから、過重労働やハラスメントの予防はもちろんのこと、素早い初動対応で問題が深刻化する前に早期解決を実現することで、会社のリスクを防止するという意味においても、実効性のある労務管理体制の構築は、重要な経営テーマなのである。末筆になりますが、亡くなられた新入社員の方の御冥福をお祈り申し上げます。《参考記事》■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? 榊 裕葵http://sharescafe.net/49408703-20160829.html■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” 榊 裕葵http://sharescafe.net/41626385-20141030.html■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵http://sharescafe.net/45556859-20150715.html

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    電通への強制捜査、その真意を読み解く4つのポイントとは?

    榊 裕葵(社会保険労務士・CFP)立ち入り調査の意義10月14日、東京労働局の特別対策班が、電通の本社に立ち入り調査に入ったというニュースが報道された。立ち入り調査のため、電通に入る東京労働局の労働基準監督官=10月14日午後1時、東京都港区「かとく」が動いた 第1は、電通に立ち入ったのが労働基準監督署の監督官ではなく、東京労働局の「かとく」(過重労働撲滅特別対策班)であったということだ。 「かとく」は、重大性や悪質性の高い労働基準法違反を取り締まる役割を担うため、2015年にベテランの労働基準監督官を集めて、東京および大阪の労働局に新設された組織である。 通常、企業に労働基準法違反の疑いがあった場合、立ち入り調査を行うのは、その企業の所在地を管轄する労働基準監督署の監督官である(電通本社の場合は三田労働基準監督署)。しかし、今回「かとく」が立ち入ったというのは、厚生労働省や東京労働局が、この事件をそれだけ重要視し、本気で取り締まりを行うという姿勢を見せていることであることは間違いない。立ち入りは「抜き打ち」だった 第2は、立ち入り調査が「抜き打ち」であったということだ。 労働基準監督官が調査を行う場合、定期調査の場合や、労働者からの申告に基づく調査であっても違法性や証拠隠滅の恐れが小さいと考えられる場合は、あらかじめ調査の日時を通知した上で、立ち入りが行われたり、労働基準監督署に出頭を命じられたりする。 今回は、事前の通知がなく、「抜き打ち調査」であったと報道されているので、「かとく」は、電通の労働基準法違反が重大なものであるという認識を持って、調査に当たっているのだと考えられる。官房長官のコメント官房長官のコメント 第3は、この立ち入り調査について、菅官房長官がコメントを発表したということである。 一企業に対する労働基準法違反の立ち入り調査について、官房長官がコメントを発表するというのは異例であるが、日本経済新聞は次のように報じている。「菅義偉官房長官は14日の記者会見で、電通への東京労働局の立ち入り調査について「結果を踏まえ、過重労働防止に厳しく対応する」と述べた。その上で「働きすぎによって尊い命を落とすことがないよう、働く人の立場にたって長時間労働の是正、同一労働同一賃金を実現したい」と話した。官房長官「過重労働、厳しく対応」 電通立ち入り調査受け 2016/10/14」 有名企業である電通の過重労働を厳しく取り締まり、これに対するコメントを官房長官が発表したという事実を踏まえると、「一罰百戒」の意味を持つ国策捜査であったという一面も否定できないであろう。 国策捜査が良いか悪いかの議論はここではしないが、国が過重労働の取り締まりにどれだけ本気であるかを国民に知らしめたという点においても、今回の立ち入り調査は重要な意義があったと考えられる。 長時間労働を美徳と考えたり、美徳とまでは言わずとも「必要悪」だと考える経営者や管理職はまだまだ少なくないので、そのような価値観を打ち壊すきっかけになってほしいものである。電通という「勝ち組」の会社に立ち入った 第4は、世間の一般的な評価として、「ブラック企業」ではなく、むしろ「エクセレント企業」とされている電通に対して立ち入り調査が行われたということである。 これまで過重労働がニュースで大きく取り上げられたのは、靴小売の「ABCマート」の書類送検や、棚卸代行の「エイジス」の社名公表処分などであった。あるいは、「すき家」のワンオペ、「ワタミ」の過労自殺といったよう、どちらかというと、非正規社員を多く雇用し、低賃金で重労働になりがちな小売業や飲食業が話題の中心であった。 しかしながら、今回は「電通」という、給与水準も高く、新卒で内定を得られたら「勝ち組」と称えられる一流企業に「かとく」が立ち入ったわけである。 この点、私の肌感覚ではあるが、広告代理店、テレビ局、総合商社のように、激務であるが給与水準が高い会社に関しては、これまで「十分な待遇が保証されているから、激務も容認される」というような暗黙のトレードオフが存在していたのではないかと感じる。 だが、今回の電通への立ち入り調査をひとつのきっかけとして、そのようなトレードオフは正当化して良いものではなく、過重労働が発生していれば、どのような企業であっても取り締まられるべき、という社会的風潮の形成が進むのではないかと私は思う。国が過重労働を厳しく取り締まる理由国が過重労働を厳しく取り締まる理由 それでは、なぜ国はこのような過重労働を厳しく取り締まる姿勢を示すようになったのであろうか。 私は、安倍首相が「働き方改革」を強調しているよう、日本の活力や国際競争力を維持するためには、過重労働の防止や、企業の労働生産性を高めることが不可欠だ、という考えを、政府が本気で持つようになったからではないかと考えている。 現代は「国際化社会」と言われて久しいが、労働力の国際化も進んでおり、日本企業に魅力がなければ、優秀な日本人は海外企業に流れるし、逆に優秀な外国人労働者も日本企業で働きたいとは思わないであろう。そうなると、日本企業は徐々に競争力を失っていくことになりかねない。 過重労働を厳しく取り締まることには、日本企業に効率的な働き方ができる企業体質への脱皮を促し、働く人にとっての日本企業の魅力を高めたいという狙いもあるのではないだろうか。 また、効率的な働き方は、ワークライフバランスの実現にもつながるので、婚姻率の上昇や、高齢化社会の中で介護と仕事の両立の土台にもなるであろう。 さらには、効率的な働き方により、日本企業の労働生産性が高まれば、企業の利益率も改善することが期待される。個別企業においては例外もあるが、総論的に言って、日本企業は、売上はそれなりにあっても、利益率ベースでは欧米の企業の後塵を拝しているという印象がある。 上場企業であれば、株価は基本的には利益によって決まるので、日本企業全体の利益率が高まれば各企業の株価や、日経平均、TOPIXといった株価指数も上昇が期待される。それが実現すれば、日本国民の公的年金資金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)や、個人個人が自己責任で運用している確定拠出年金(401k)の運用利回りも、自ずからアップしていき、老後に対する不安も軽減するのではないだろうか。 このように見ていくと、日本の将来をかけ、過重労働の取り締まりが行われているといっても大げさではないのではないかと私は感じている。《参考記事》■社会保険の未加入企業は「逃げ切り」ができるのか? 榊 裕葵http://aoi-hrc.com/shakaihoken-mikanyuu■社員を1人でも雇ったら就業規則を作成すべき理由 榊 裕葵http://aoi-hrc.com/blog/shuugyoukisoku-sakusei/■電通の「整備された労働環境」は、なぜ新入社員の自殺を生み出したのか?  榊 裕葵http://sharescafe.net/49737385-20161011.html■「非常に強い台風」が接近していても会社に行くのはサラリーマンの鏡か? 榊 裕葵http://sharescafe.net/49408703-20160829.html■働く人が労災保険で損をしないために気をつけるべき”3つのウソ” 榊 裕葵http://sharescafe.net/41626385-20141030.html

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    長時間労働問題、本人さえよければOK?

    (THE PAGEより転載) 電通の過労死事件をきっかけに、日本企業における働き方があらためて問われています。日本では形の上では労働基準法という法律が整備されており、過剰な労働は禁止されているはずですが、実際にはあまり機能していません。一部には、こうした滅私奉公的な働き方を推奨する雰囲気もあります。日本企業における働き方について論点整理してみました。男女問わず全員丸刈り、パソコンの利用は禁止でも社員は満足 電通のケースでは、残業時間の長さだけでなく、職場環境の問題も大きかったと考えられます。ネット上でもこうした状況は是正すべきであるという意見がほとんどでした。しかし電通事件と前後してネットではまた別のケースも話題となっていました。それは、雑誌SAPIOで紹介された神奈川県にある木工企業の事例です。 その企業では、若手の社員は「丁稚(でっち)」と位置付けており、5年間にわたる厳しい寮生活が義務付けられています。起床は朝5時で就寝は23時。男女問わず全員丸刈りが強制され、携帯電話やパソコンの利用は禁止です。私的な連絡手段は手紙のみとなっており、休みは盆と正月のみ。また、恋愛は「絶対禁止」ですが、多くの社員は満足しているそうです。「本人が納得しているならよい」「職人としての修行は厳しいものだ」 同社の就業実態が正式に開示されているわけではないので断言はできませんが、この記事で紹介されている内容が本当であれば、労働基準法に違反している可能性はかなり高いとみてよいでしょう。 ネットの反応を見ると、「こんな企業は即刻、摘発して欲しい」という意見が多いものの、「本人が納得しているならよい」「職人としての修行は厳しいものだ」といった意見もかなり見られます。 もし本人が納得しているなら厳しい環境も許容されるというのはひとつの考え方ではありますが、悪質な会社の場合には「君は納得して入ったのだから我慢すべきだ」といった教育を施す可能性があり、法律に違反しているのかの線引きが非常に難しくなります。低生産性の原因はIT化の遅れと、人的資本投資の貧弱さ 一方で、幹部候補生として採用された人については、時間ではなく成果で評価すべきものなので、一般の労働者と同じように過剰に保護する必要はないとの意見もありました。いずれにせよ、日本では労働契約の締結という概念が薄いですから、事前に企業と労働者はどのような契約を結んでいるのかということについてはもっと真剣に考える必要がありそうです。 これとは別に、日本企業全体の構造的な問題や生産性の低さを指摘する声もあります。日本では原則として解雇ができず、正社員については終身雇用が保障されています。企業は、不景気で人員が過剰になっても解雇できませんから、安易に人を増やせません。このため仕事が多い時には、長時間労働でこれを乗り切るということが仕組みとして定着しており、これを具現化したのが、事実上社員に無制限の残業を課す36協定(サブロク協定)ということになります。 先月公表された労働経済白書では、日本の労働生産性は先進国の中でも著しく低い水準にあるとの厳しい評価が出ています。主な原因はIT化の遅れと、人的資本投資の貧弱さです。長時間残業問題がこうした構造的要因なのだとすると、すぐに改善することは難しいでしょう。(The Capital Tribune Japan)

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    電通は本当に政財界マスコミを牛耳っているのか

     東京五輪招致で、電通が裏金に関与していた疑惑が発生した。ネットの世界では電通といえば黒幕というイメージが定着している。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏がその実態を解説する。 * * * 裏金疑惑に電通登場でざわめくのがネットである。というのも、複数テレビ局がカネの流れの図を示す時に電通部分を外し、さらには国会でも民進党議員がフリップに「広告会社D社」なんて書く。いずれも電通が政財界マスコミを牛耳っているということの証明とされた。 ネットの定説としては、電通はCM・番組のキャスティング権をすべて握り、企業不祥事も握り潰し放題。AKBと韓流があたかも流行っているかのように見せる演出もお手の物で、朴槿恵と舛添要一の会談も電通が仕切り、男の社員は全員が芸能人の枕営業を受けている。こうなったら大雪も猛暑もゲリラ豪雨もすべて電通の陰謀によるものだ。 実際、メディアが電通に遠慮するところはあるだろう。それは、大きな権力を持っているからということ以前に、「身内」だからということが案外大きい。マスコミは身内に甘い面もある。テレビの場合でも稲垣吾郎が道交法違反で逮捕された時も「稲垣メンバー」と報じたほか、島田紳助がマネージャーを殴った時も「島田司会者」と手心を加えて報じた。今回も「いつも広告くれてるからなァ……」なんてことで、「まっ、名前は抜いておくか」と甘くしたのだろう。 広告ビジネスの成り立ちを考えると、電通はスポンサーの下請け業者である。だから、彼らから切られたら終わりなのだ。ただし、電通を切っても他にロクな広告会社がなく、電通が最も優れているだけになかなか切りづらい。そこは2位の博報堂や3位のADKなども含め、お前ら情けないぞコラ。 この力関係から言えば、電通にペコペコするのは、下請けの制作会社やら、滅多に広告が入らなくて困っている弱小メディア、芸能事務所だけである。むしろ、広告主にとっては、広告を見てもらう対象である我々「視聴者様」こそが最強なのである。 だから、電通が行なったキャンペーンやCMで不備を発見し、クレームを入れまくれば、スポンサーは電通担当者を呼び出し事情聴取をし、対応協議をするだろう。電通は一般人にはからっきし弱い かつて、「日清ラ王」のCMで、照英が槍ヶ岳の山頂でラーメンを食べる演出があった。だが、一般登山者が山頂登頂を制止されるなどの内幕が暴露され、クレーム殺到でOA自粛へ。 というわけで、電通は一般人にはからっきし弱い。もしも業界から足を洗った人物が、たとえば電通の社員から受けた恫喝の数々をそいつの実名とともにツイッターにUPすれば、簡単に炎上させられる。そして、一斉にクレームが同社とスポンサーに行き、大弱り。 昨年、東京五輪エンブレム騒動では審査員の多くが博報堂関係者だったことから「博報堂が五輪利権を吸い上げる」というガセネタがネットで流れ、この時博報堂は批判の矢面に。その時同社社員が言っていた言葉が味わい深い。「やっと電通さんの気持ちが分かった。これまで『巨悪』を一手に引き受けてくれて申し訳なかった」関連記事■ 東京五輪不正疑惑 「電通」の名を報じぬ各局の見解■ 五輪招致活動の顔はJOCや招致委だが頭脳と手足は電通■ 2020年東京五輪開催で電通への就職志望者増加が確実と専門家■ 勝谷×中川 代理店がスタークリエイターを起用する理由暴露■ 五輪の各種独占権を持つ電通 東京五輪特需で株価の上昇期待

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    電通過労自殺事件へのコメントで炎上した大学教授を考察

     過労で自殺した電通社員について、批判した大学教授のコメントが炎上した。問題は何か。コラムニストのオバタカズユキ氏が語る。 * * * マスコミ界のガリバーとも称される大手広告代理店に勤めていた24歳の社員が、慢性的な長時間労働でうつ病に罹患し、自殺した。 亡くなった社員は大学卒業とともに、厳しい入社試験を突破し、念願の広告代理店へ。ところが、秋ごろから徹夜勤務が増え、帰宅してもその2時間後に出勤する日がたびたびあるという状態に。親御さんが心配して有給休暇を取るように勧めたが、「上司に言いにくい」などと拒み、結果、翌年の夏に自ら命を絶ってしまった。 さて、以上の話、このたび労災認定され、大きな話題となっている電通の新入社員だった女性(享年24)の過労死事件のことではないのである。1991年におきた「電通事件」についてなのだ。同じ会社で同い年の若手社員がまた過労死したわけなのである。「電通事件」は、最高裁が過労自殺で使用者である会社の責任を認めた画期的判決として、人事の世界で知らぬ者はいない。この事件を深刻に受け止め、メンタルヘルス体制を構築しようと動いた役員も電通社内にいたが、実際は「そんなことをしたら競争力が落ちる」とする勢力に阻まれたと聞く。この件は、ヒアリングしているので、いずれきちんとした形で世に出したい。 ここではその電通批判を批判する人々に、はっきりNOを言いたい。残業残業でロクに寝る暇もないのは、電通だけでなく他の広告代理店もそうだし、マスコミ全体も似たようなもの。いや、激烈な競争社会に生きるビジネスパ~ソンたるもの、みんなだいたいそうなのだ、という意見が根強くある。実態がそうだ、ではなく、そうあるべきなのだ式の論調で言うのである。謝罪文に見えた教授の決定的欠陥 そして、今回の電通の過労死事件の報道に対し、東芝出身の武蔵野大学グローバル学部グローバルビジネス学科の長谷川秀夫教授が、ネット上で言ってのけてくれた。さんざん出回っているが、残業ぐらい当たり前だ派の本音がとてもよく表れている文章なので、ここにも転記したい。こうだ。〈月当たり残業時間が100時間を越えたくらいで過労死するのは情けない。会社の業務をこなすというより、自分が請け負った仕事をプロとして完遂するという強い意識があれば、残業時間など関係ない。自分で起業した人は、それこそ寝袋を会社に持ち込んで、仕事に打ち込んだ時期があるはず。更にプロ意識があれば、上司を説得してでも良い成果を出せるように人的資源を獲得すべく最大の努力をすべき。それでも駄目なら、その会社が組織として機能していないので、転職を考えるべき。また、転職できるプロであるべき長期的に自分への投資を続けるべき〉 日本では(ほとんどの国でも?)死者に鞭を撃つ言動は非道徳とされているが、おかまいなしでべき論の連打である。亡くなった女性社員が遺した過去のツイートを見ていくと、セクハラ、パワハラ、モラハラまみれの職場だったようで、そうした環境でうつ状態になれば、プロ意識云々以前にまともな認知機能が働かなくなるという、ビジネスマネジメントの基礎知識の基礎のキの字もわかっていない。 当然、この投稿は炎上した。そして、慌てた教授は謝罪文を投稿。私はここにこそ決定的な欠陥を見る。全文、転記する。〈私のコメントで皆様に不快な思いをさせてしまい申しわけございません。ここで、皆様にまとめて返信させていただきます。(1)言葉の選び方が乱暴で済みませんでした。(2)とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました。以後、自分の専門領域を中心に、言葉を慎重に選び、様々な立場、考え方の方々がいることを念頭において、誠意あるコメントを今まで以上に心がけてまいります〉 これでまた再炎上した。「皆様に不快な思いをさせたんじゃなくて、死者を侮辱したんだろうが!」「たかが言葉の選び方の問題という認識なのか?」「しかもこの謝罪記事も削除して逃亡。ふざけるな!」と大勢が怒った。当然だ。 この教授はグローバルだか何だか知らないが、若者にあるべきビジネスを教える仕事で食っている。なのに、ビジネス戦線のリアルが分っていない。〈とてもつらい長時間労働を乗り切らないと、会社が危なくなる自分の過去の経験のみで判断し、今の時代にその働き方が今の時代に適合かの考慮が欠けていました〉とあるが、「今の時代の働き方」を知らない。 今、多くの労働者はですね、とてもつらい長時間労働を乗り切ってもそのまた先によりつらい長時間労働が待ち構えていて、そこでどんなに頑張っても会社が普通に危なくなる時代を生きているんです。あなたはアガリで大学教授になったから分らないのだろうけれど、ならばその職業適性は皆無です。 騒ぎを受けて10月10日、教授の職場である武蔵野大学の学長が、大学の公式HPのトップ画面に、お詫びの文章を載せた。〈このたびの発言は、当該教員の個人的な見解であり、本学の教育方針とは相いれず、また、人権・倫理の尊重を旨とした本学の「ソーシャルメディア利用ガイドライン」からも逸脱した見解と判断いたします。このような発言が本学の教員によってなされたことは誠に遺憾であり、残念でなりません〉と。 ぎりぎり連休中に掲載までこぎつけた危機管理の頑張りは認めたい。できれば、浄土真宗本願寺派の宗門関係学校として設立された歴史ある大学なのだから、「当該教授の見解は、“いきとし生けるものが幸せになるために”という根本精神を目標とする本学として到底看過できず」くらいに言ってほしかったが、大事なのはこの次だ。長谷川教授の説明責任を大学がきちんと果たさせること、このまま曖昧にしないことが大学としての今後の生き残りをも左右するだろう。どろどろの内部批判も ところが、曖昧どころか、どろどろの闇を感じさせる一件がある。この長谷川問題に対し、同大学同学部同学科のチャド・カズオ・ハナシロ講師が、ご自身の立場を明らかにして批判のツイートをしていたのだ。10月8日には、〈私は武蔵野大学の教員で長谷川秀夫教授と同じ学科に所属しております。このような無責任な発言は決して許されるものではありません〉から始まり、〈武蔵野大学の名に泥を塗るような発言はしないでいただきたい〉と言い切る、勇気ある連続ツイートもしていた。 そのツイッターアカウントが、10月9日に消えたのである。ハナシロ講師のツイート内容は極めてまっとうだったのに、である。〈残業時間100時間を超えるというのは、高橋まつりさん本人に問題があるというわけではなく電通という組織に問題があると思います〉〈私が思うのは、高橋さんが残業時間100時間も働いていたということに関しては、彼女は責任感がとても強いということ。彼女は決して弱いにんげんではありません〉〈長谷川秀夫教授に一言。グローバルビジネス学科の教授である以上、様々な人たちの価値観を尊重するべきですし、他者の立場から考える必要があります。それが分からないようであれば、グローバルビジネス学科の教授として学生に教える資格はないと正直思います〉 日本の組織ではこういう内部批判が許されないということか。だったら、グローバルビジネス云々の看板はおろしたほうがいい。この件に関する事情も、大学に説明していただきたい。関連記事■ 保守派言論人26人に「脱原発」アンケート 「無条件継続」は4名■ 大学教授傲慢医師 診察の際に患者を見ずに看護師通じて会話■ フジ・山中章子アナも結婚 電通マンが女子アナにモテる理由■ 岡山大医学部と製薬会社の癒着を告発した2教授が停職処分に■ 世界中を議論に巻き込んだ舞台 志田未来と田中哲司が対峙

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    「副業解禁」で成功する人、失敗する人

    いま大手企業を中心に社員の「副業」を認めるケースが増えている。経産省の調査によれば、副業を容認している企業はわずか3・8%。労働人口の減少が続く日本の働き方改革の切り札としても注目を集めるが、本当にそうなのか。「副業解禁」によるメリット、デメリットを考えてみたい。

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    副業解禁! 成長への秘策か、体のいいリストラか?

     [WEDGE REPORT]WEDGE編集部 櫻井 俊 8月3日、第3次安倍再改造内閣が発足。新内閣では働き方改革の担当相が新設された。安倍晋三首相は会見で「最大のチャレンジは『働き方改革』」とGDP(国内総生産)600兆円達成への強い意気込みを語った。GDPを上昇させるためには、働き方改革で高齢者や女性など、働く人の数を増やすと同時に、1人当たりの労働生産性を高める必要がある。付加価値の高い新規事業の創出も必要だ。 それは企業にとっても同様の課題だ。 「ITの進化によって事業は短命化しており、各企業は短期で非連続な新規事業を生み出さなければならない。経営者は共通してイノベーション、次世代リーダーの育成、労働生産性の向上に悩んでいる」と、転職サイト「リクナビNEXT」の藤井薫編集長は語る。 日本では長らく、社員を終身雇用して経験を積ませることで、生産性や競争力を高めてきた製造業が産業の中心だった。しかしモノづくりの現場が新興国に移り、ITによる産業構造の変化が起きたことで、経験の蓄積を1つの優良なアイディアが勝るようになった。 そうした中、注目され始めているのが「副業」だ。副業に詳しい東京大学大学院経済学研究科の柳川範之教授のもとにも「経団連所属の大企業の担当者から副業に関する問い合わせが増えている」という。ロート製薬の狙いは「多様性」の確保だ 今年2月、ロート製薬が社員の副業を認める「社外チャレンジワーク制度」の導入を発表すると大きな話題となった。同社では入社3年目以降の国内正社員全員が対象で、競業他社を利するようなものでなければ人事部への申請の後、副業が許可される。「新しい事業を生み出すには『多様性』が大きなキーワード。過去の成功体験だけでなく別の価値観が必要だ。各企業はこれまで社内異動でそれを得ようとしてきたが、限界がきた」と広報・CSV推進部の矢倉芳夫副部長は制度導入の背景を語る。大手企業がヒアリング専業禁止のベンチャー大手企業がヒアリング専業禁止のベンチャー 「大手インフラ企業の人事担当者が話を聞きに来た」 生活雑貨のオンライン通販などを手がけるエンファクトリー(東京都渋谷区)の加藤健太社長は、大手企業の副業に対する意識の変化を語る。同社のホームページには「専業禁止!!」という言葉が枠囲みで表示されており、強制ではないが社員に副業を持つことを勧めている。 副業に対する唯一のルールは「1年に1度、自分がやっている副業について全社員の前で発表すること」だという。「小遣い稼ぎじゃなく、自分で商売をやってみることで経営者の視点が身につく」と加藤社長は語る。エンファクトリーの加藤健太社長 ソフトウェア開発を行うサイボウズは、副業の申請すら社員に求めず、原則許可している。また、勤務時間と出社日数で区分した9つの働き方を用意しており、社員は自由に選ぶことができる。給与は、転職市場の相場などから独自に算出しており、50歳を過ぎると金額は下がる傾向にある。 「定年もないが退職金もない。社員にはサイボウズがなくても生きていけるよう自立することを求めている」(同社人事部の松川隆マネジャー)。終身雇用を維持することで社員に忠誠を求めてきた従来の日本企業とは対照的だが、今のところ同社の離職率は4%台にとどまる。 「1年に1度の新規事業開発プロジェクトへの応募が、15年度は前年度の5倍の100件でした。今年度は200件に届きそうです」 結婚情報誌『ゼクシィ』などを発行するリクルートマーケティングパートナーズの田中信義経営管理部長は、副業による予想以上の効果を笑顔で話す。同社は12年10月の創業から副業を認めている。15年4月からは働き方を改革し、社員は会社から2時間以内の場所であればどこでもリモートワークが可能となったことで、副業にかける時間が増えた。 ヤフージャパンも副業を認めている。同社で副業を持つ社員の数は全社員約6000人のうち数百人に上る。「社員の面倒を会社が一生みられるわけではない。社員にも個人として色々な経験を積んで準備をしてほしい、会社はその環境を整えるべきだ」(湯川高康人事部長)と社員のキャリア形成を後押しする。 副業に対して、日本では否定的に見られてきたが、優秀な人材の採用や、社員の流出を防ぐために、副業を行える環境を整える必要性が出てきた業種もある。ヘッドハンティングを行うプロフェッショナルバンクの高本尊通常務取締役は「ITエンジニアを中心に、副業OKを条件とする転職者が多い」と語る。ITの進化で高まる副業ニーズITの進化で高まる副業ニーズ 副業が広まる背景にはITの進化がある。インターネットを通じて低コストでビジネスに取り組むことが可能になり、企業の枠にとどまらない働き方を志向する人が増えている。 事業への助言を求めるクライアントとその分野の専門家を、ネットで仲介するビザスク(東京都新宿区)。助言を行うアドバイザーの登録者数は、昨夏の5000人から約2万人に急増した。ほとんどが35歳から45歳のこれまで1つの会社に勤めてきた大手企業の社員だという。「エンジニアから経理や財務の文系職まで、自分の経験が社会に通用するのか試したいという人が多い」(同社広報)。(写真・KOHEI HARA/GETTYIMAGES) 一方、副業を解禁する上で懸念されるのは副業の成功による人材の流出だ。しかし、副業を促進している企業は一様に「流出するならそれは副業のせいではない」(ヤフーの湯川人事部長)と語る。 前出の藤井編集長は「副業を促進することで、社員は外部の知恵や人脈を得る。副業で自らがやりたいことをやるために本業の時間意識の向上にもつながる」と語る。 「副業については禁止も推奨もしていない。制度を変えるつもりもいまのところない」(NTT広報)と、まだまだ副業に対して積極的な企業は少ない。ただし、「労働契約から外れた私生活は自由が原則。副業は、本業と競業したり信用を傷つけたりするなど、合理的な理由がなければ禁止できない」(労働法を専門とする早稲田大学法学部の島田陽一教授)。 一度副業についてフラットに捉えなおし、働き方改革や評価制度改革などとあわせて、検討してみる価値はあるだろう。 日本では長らくネガティブに捉えられてきた副業。IT企業やベンチャーだけでなく、大手製造業でも副業が容認されはじめました。現在発売中のWedge9月号では、「副業解禁」と題して、副業を容認することで企業にもたらされる効果を、副業を容認している企業や、実際に副業をしている人へ取材し、特集しています。本誌では労働時間の管理など、副業を容認することで発生するリスクへの対処についても取材しました。こちらの書店や駅売店にてお買い求めいただけます。

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    こんな「女性活躍」はうまくいかない

    からの時代を生き抜くために必要なのはイノベーションだ。イノベーションを起こし続けられる組織作りこそ、企業経営の最も重要な部分である。大企業でイノベーションが起きないといわれて久しいが、イノベーションを起こす組織に不可欠なのはダイバーシティー(多様性)だ。 多様な人材を組織で生かし、どのようにイノベーションを起こしていくかが、企業のマネジメントの肝になってくるだろう。青野慶久 Yoshihisa Aono サイボウズ代表取締役社長。1971年生まれ。大阪大学工学部卒業後、松下電工入社。97年にグループウェアなどを手掛けるサイボウズを設立。近著『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。 女性活躍推進法の仕組みとして面白いのは、企業に義務を課している部分が「情報の開示」だけであることだ。女性を活躍させるために行動計画を決め、目標数値を立て、その結果を開示する。義務はこれだけなので、企業にとってはあまり反対する理由もない。しかし、この情報の開示こそが威力を発揮する。女性活躍への対応が遅れた企業は、女性から選ばれなくなってしまう。だから企業は環境を整え、仕組みを変えざるを得なくなる。情報を開示することで多くの問題は自然と解決に向かい、対応できない企業は淘汰されてゆく。 弊社は12年から社員の副業を認めているが、副業解禁も政府が法律で定めようとすると、当然反対する勢力も出てくるので非常に時間がかかってしまう。だから各社が副業に対してどんなスタンスをとっているのか、実際に年間何人の副業を承認しているのか、どんな副業なら認められるかなど、情報を全部オープンにすればよいのだ。 新卒採用でも中途採用でも、仕事の中身だけでなく、働き方の実態も重視して、応募者が会社を選ぶ時代に差し掛かっている。 駒崎 働き方を変えたり、組織を多様化したりすると、業績や売り上げが下がってしまうのではないかという恐怖があり、及び腰になっている企業が多い。ワークライフバランスを整えると優秀な人材が採用でき、なおかつ企業の業績も好調となれば良いですね。ワーカホリックだった起業時代時短勤務で非効率な働き方に気付くワーカホリックだった起業時代 時短勤務で非効率な働き方に気付く --青野社長も、起業した直後はライフ・イズ・ワークといった働き方をしていたと聞いている。 青野 たしかに毎日、昼も夜も関係なく猛烈に働いていた(笑)。ところが子どもが生まれ、時短勤務をしてみると、子育てと仕事の両立が難しくなり、働き方を変えざるを得なくなった。 そこで仕事を棚卸ししてみると、自分の非効率な働き方がよくわかった。ボーリングでいえば、時短を取る前は10本のピンを1本ずつ倒そうとしていた。しかし、仕事を効率化するためにはセンターピンだけを倒せば良いのだという当たり前のことに気づいた。 駒崎 私も2児の父で、現在も毎日定時の18時には退社しているので共感する。結局働いている時間の長さが問題なのではなく、成果を残していれば良いのだ。自分だけでなく、社員をマネジメントするという面でも同じことがいえる。たとえば、在宅勤務をする社員が仕事の合間にテレビを5分間だけ見ているかもしれない。しかし性悪説に立って、何でもかんでも報告を求めるような、規則で縛るマネジメントをすると、逆にその制度を運用するためのコストの方が高くつくと思う。それより成果で社員を評価したほうが良いはずだ。 青野 何でもかんでも制度化して社員を縛っていくことが性悪説に基づいているとしたら、多様な制度を整えて社員に自由を与えていくことは性善説に基づいているといえる。 性悪説に基づき、厳格化することはマネジメント手法として最も簡単だが、その方法論では社員の多様性が損なわれ、画一化が進む。結果としてイノベーションが起きない組織になってしまう。性善説に立って制度を運用していくためには公明正大という「文化的インフラ」が必要だ。ネット社会の到来で企業はウソをつけないネット社会の到来で企業はウソをつけない 駒崎 ネット社会の到来で、ウソをつくことや不誠実でいることのコストはかつてないほど高まっていると感じている。たとえば転職サイトなどを見ても、ある会社を辞めた社員が、その会社の社風や制度を誉めている場合がある。これは、中長期的に見ればその会社にとってもプラスになる。 最近、特に大きなウソをついて会社経営を危うくしている事例が出てきている。企業が公明正大であることの合理性に、多くの人がまだ気づいていないのではないか。人材の獲得競争が熾烈さを増す中、「ブラック企業」という烙印を押されることは大打撃になる。 青野 ただ、ホワイト企業であればそれで良いかといえば、必ずしもそうではない。離職率が1%の超優良企業もあるが、社員の出入りがないということは、多様性に欠けるともいえ、それはイノベーションを起こしにくい組織であるともいえる。社員にとって働きやすい企業にする、というだけでは組織のマネジメント手法としては十分とはいえない。 駒崎 社員の多様性を広げ、イノベーションが起きる組織をいかに作れるかが、企業の将来を左右するという青野さんの主張には納得感がある。そのために、女性が活躍しやすい環境を整えることはもちろん、副業を認めたり社員に他流試合を経験させたりすることが重要になるというわけだ。(写真・山本宏樹) 現在発売中のWedge9月号では、ライフネット生命保険の出口治明会長とママスクエアの藤代聡社長に女性活躍社会に向けて、いかに働くママたちの雇用を創出していけばいいのかを語って頂いております。こちらの書店や駅売店にてお買い求めいただけます。

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    男が働かない、いいじゃないか! 変わらぬ日本男性の生き方に異議

     [オトナの教養 週末の一冊]『男が働かない、いいじゃないか!』 田中俊之氏インタビュー本多カツヒロ (ライター) 夫より妻の収入が多いと格差婚と報道されたり、平日の昼間に家の近所を歩いていると白い目で見られたりと、「男は会社員としてバリバリ働くべきだ」という画一的な意識が未だに残っている。一方で育児への参加、女性の活躍などの多様性が叫ばれるこの世の中で、男はどう生きて行くべきなのか。そこで『男が働かない、いいじゃないか!』(講談社)、『<40男>はなぜ嫌われるか』(イースト新書)などの著作があり、男性学を専門とする武蔵大学社会学部の田中俊之助教に男性学や長時間労働、中年男性の弱さなどについて話を聞いた。――結婚や出産、専業主婦、働き方など女性としての働き方や生き方については様々に論じられる一方で男性に関しては未だに「働く」以外の選択肢がないように見えます。田中:当然、これまでも男性自身が男性として求められる働き方や生き方に疑問を持っていたとは思いますが、それはなきものとして扱われてきました。『男が働かない、いいじゃないか!』(田中俊之 著、講談社) その背景には高度経済成長期から1970年代にかけて「男は仕事、女は家庭」と分業が進んだことがあげられます。右肩上がりに経済成長が続いていた時代には、この分業は非常に機能的でした。例えば企業にとって人件費は大きな支出です。夫婦二人に働いてもらうよりも、夫一人にがむしゃらに働いてもらったほうが支出は少なくて済む。それだけがむしゃらに働き疲れ果て家に帰れば、子育てや家事をすることは出来ません。そこで専業主婦の妻にケアをしてもらえば、次の日また働くことが出来る。経済効率や成長だけを考えると、性別役割分担は非常に機能するんです。 70年代の日本の女性は男女雇用機会均等法がまだ存在せず、早期に退職させられたり、給与も安く現在から考えれば明らかな女性差別の慣習がありました。現在でも女性が女性であるために抱えてしまう問題は数多くあり、そうした中で女性の働き方や生き方を研究する女性学が登場したことは明らかです。多様だった友達がワンパターンになっていく 一方、男性の中にも仕事ばかりの生き方に不満や生きづらさなどの疑問を持っていた人はいたと思いますが、仕事を辞めてしまうと家庭も社会も崩壊しかねなかったのでなきものとされてきたんです。――そういった状況から先生のご専門である男性学はどのように誕生するのでしょうか?田中:そうした仕事中心の男性の生き方に対する異議申し立てに代表されるように、男性が男性であるがゆえに抱えてしまう悩みや葛藤に着目する学問で、80年代後半から90年代初頭にかけて、女性学の影響を受け議論が始まりました。男性学と女性学の共通の目的は「性別にとらわれない多様な生き方の実現」です。これは、仕事に全てを捧げる男性や専業主婦の存在を決して否定しているわけではなく、そうした男性や女性がいる一方で、主夫やバリバリ働く女性も認めようという考えです。 日本には男性学をメインに研究している大学教員は現在も5人程度しかいませんが、私が研究を始めた20年ほど前に、仕事中心の男性の生き方に異議を唱えたりすると周りに白い目で見られることもよくありました(笑)。 私自身大学4年時を振り返ってみると次のような思い出があります。真面目な友人や、バンド活動やアルバイトばかりしている友人、髪の毛の色もいろんな色の友人とそれまで多様だった同級生が、突然みんな同じようなスーツを着て、同じような髪型にして就職活動を始めたんです。就職して定年までの約40年間、最低でも1日8時間の週40時間、さらに残業までして働くとみんなが言い始めた。そういう生き方に違和感を持ちましたし、それが男性学を志したキッカケです。 それまで多様だった友達がワンパターンになっていく仕組みは面白いなと思いましたね。研究を始めると、例えば農家なら家族で働いており男だけが仕事しているわけではないので、人が会社などに雇われて働かないとそういう仕組みにならないことがわかりました。 就活でみんなが就職することに疑問を持ったことをキッカケに、その後は戦後日本社会でいかに男は仕事、女は家庭というみんなが当たり前だと思っている仕組みが成立していったかを研究しています。――先ほど仕事中心の男性の生き方への異議申し立てとありましたが、失われた20年を経た現在でも、そのような「普通の家族」のあり方を目指している人も多い印象がありますし、週刊誌などでも夫より妻の収入が多いと格差婚などと揶揄されます。田中:高度経済成長期に形成された性別役割分担は、昨日より今日、今日より明日が良くなっていくことが前提の社会でこそ機能します。男性側からすると、自らの生活の全てを仕事に没入させれば家族全員が食べられたし、親よりも良い生活が出来た。そうした働き方自体に様々な問題はありましたが、少なくとも納得感はありました。ここ50年ほど男性が1日8時間、週40時間以上働くという前提で社会が回ってきました。それを期待して、家のローンを組んだり、子どもを進学させたりと。サラリーマンという生き方以外のロールモデルを見たことがない しかし、現在のように成長が乏しく、昨日より今日のほうが良いと思えない中では、生活の全てを犠牲にしても割に合わない。その割に合わなさを理解しながらも、なんらかの形で働き続けなければならないわけですから、どう働くかを考えてみましょうよというのが今回の本『男が働かない、いいじゃないか!』のメッセージでもあります。――私も田中先生と同じくみんながどうしてそこまで会社にコミットするのか理解に苦しむ時があります。「普通であることが大人になること」と言う人もいますし。どうして未だにモーレツ社員のような働き方に意義を申し立てないのでしょうか?田中:「普通の道に進むことが大人になること」程度の理屈で納得することを僕は理解できませんし、未だに会社勤めの拘束時間の長さは耐え難いと感じる。 ただ、現在の若い人たちの親の多くがサラリーマンで、その他の生き方のロールモデルを見たことがないんだと思います。ということは、僕らのような40歳前後の世代が新しい生き方をつくっていかないといけないと思いますね。手本がないから出来ないではなく、生き方が決まっていなから自分で決めていく楽しさを感じて欲しい。 現在は、男性がいくら働いたところで家族全員が食べられなくなってきているわけですから、共働きをすることや、結婚はせずにひとりで暮らしていくのも有力な選択肢になっていくと思います。――生涯未婚率(50歳時点で一度も結婚したことがない人の比率)の問題が、ここ数年取り上げられることが多いですが、必ずしも結婚しなくてはいけないわけではないですからね。田中:2010年の生涯未婚率が男性で20.1%と、およそ5人に1人が生涯未婚という状況ですから。――日本の長時間労働についてはうつ病のリスクや自殺率の高さ、生産性の問題と様々な問題を孕んでいると指摘されています。田中:生産性が低いという議論はあまり意味をなしていないと思っています。それよりも長時間労働が単に習慣化しているから、つまりはみんなが長時間働いているからそうなってしまっているだけだと思います。 自殺については、長時間労働も一因としてはあると思いますが、男性的な特徴を考えると人に悩みを打ち明けるのが苦手なことも大きいのかなと思います。自殺するまで追い詰められる前に、悩みを吐露したり、人に言葉をかけてもらったり踏みとどまる要素がないのが問題。『<40男>はなぜ嫌われるか』に書きましたが、中年男性は悩みを吐露したりする友達がいないんです。定年後の「暇な時間」をどう過ごすか 他にも中年男性は、趣味もなく、孤独な人が多い。そこは会社員だろうが、自営業だろうが共通点としてあります。そういうことに若い時に気が付き、例えば高校・大学時代の友達を大切にしておくことも重要です。――中年男性はどうして悩みを打ち明けられないのでしょうか?田中:それは男らしさという規範に関係があると思いますね。古い規範だと「男は泣いてはいけない」「感情を表に出してはいけない」「我慢強くあるべき」とは幼少の頃から女子より強く言われてきた。そうした「男はこうであるべき」という規範が、男性の感情の吐露を妨げているのではないか。 他にも本書のタイトルのように「働きたくない」と結婚している男性が言い出した時、女性は受け止められないのではないかと。ですから、仕事を辞められないとなると抱え込むしかなく、その上に弱音を吐くのがルールとして禁じられているのが大きいかなと思いますね。 最近、僕が考えているのは、長時間労働も含め、男性は社会の中で雑に扱われているのではないかということです。もちろん、女性が社会の中で男性よりも下に扱われているという前提での話、です。 長時間労働は健康上の問題はもちろん、そもそも自分の人生の大部分を仕事に費やす上に、本人たちもそれが当たり前だと思ってしまっているところがある。また、体調が悪くても、多忙を理由に病院へ行かなかったりします。本来は、仕事よりも健康の方がはるかに大事なのに、それでも働こうとする。これは、社会が男性を雑に扱っているとも言えるし、逆に男性もそうした雑な扱いに慣れている、さらに男性自身が自らを雑に扱っているのではないでしょうか。――長時間労働を改善するには、現役で働いている人たちがもっと意識していくことが大事でしょうか?田中:労働基準法では、基本的に1日の就労時間は8時間、週40時間が原則で、それ以外の勤務は時間外労働と書かれています。この原則に立ち返り、今はイレギュラーな働き方をしていると認識してほしいですね。――仕事に人生のほとんどを費やし、趣味など楽しみものがないという中で定年を迎える人も多いですよね。田中:定年を迎えた男性へのインタビュー調査の結果、定年後の一番の悩みは喪失感。約40年間、仕事ばかりの生活だったんですから、多くの人は心にポッカリと穴があきますよね。ただ、喪失感というのは時間と共に癒えていきますが、根本的な問題として残るのは暇な時間です。計画を立てないでいきなり有給を取ってみる――平日の昼間に喫茶店に行くと、確かに高齢の方々が暇そうにしている姿を見かけます。田中:朝から同じ新聞をずっと読んだり、中には1週間前の新聞を読み返している人までいる。つくづく暇なんだなと。そういう人たちは、仕事を中心に一生懸命働くべきだと言われてそうしただけで、その結果がそうした状況ならあまりにもひどいと思いますね。 だからこそ現役の最中から仕事と適切な距離を取るなど備えておく必要があります。――他にも現役中からできる準備はありますか?田中:以前、コラムニストのジェーン・スーさんとの対談の中で、彼女は計画を立てないでいきなり有給を取ってみるとことをすすめていました。そうすると、多くの人はやりたことも、行きたいところも、会える人もいないことに気がつくと思います。 また、副業もお勧めです。働いている会社では評価が芳しくなくても、副業の会社では高評価を得ることがあるかもしれません。副業を禁止している会社も多いので、それをクリア出来れば、ですね。 他には友達を作る。働いていると周りには同業者ばかりで、どんどん視野が狭くなりますから、別の角度の見方が出来る友達が良いですね。例えば、結婚していて子供がいる方は、保育園や幼稚園のパパ友。そうなると必然的に仕事も年齢もバラバラになりますし、地元に友達も出来ます。地元ならば、学生時代の友人のように住んでいる場所もバラバラではないので、割と気楽に食事に行けます。――長時間労働でフルタイムで働く「普通の生き方」や結婚するしないを始め、田中先生は多様な生き方の必要性を指摘されていると思います。海外に目を向けるとどうでしょうか?田中:日本も現実には多様化しているんです。ただ、僕らのイメージが追いついていない。例えば、最近ではセクシャルマイノリティが認められつつありますし、男は仕事、女は家庭というのも通用しなくなってきている。現実には人種もセクシャリティも多様性が表面に出てきているのに、僕らの常識が変化についていけていない。しかし、外国人や同性愛者に反発が出たりと、今は過渡期なんだと思います。これが多様性を認める方向へ行くのかどうかわかりませんが、僕は人に敬意を払われたいし、他人にも払いたい。お互いに認め合って、大切に扱う方向に進んでくれれば嬉しいですね。

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    なぜ大手企業は「副業」を解禁するのか?

     金子欽致(起業コンサルタント) 今年、大手企業はベアを実施し、所得も上向いていると言われます。しかし、景気回復を実際に肌で感じている人は、いったいどれくらいいるのでしょうか? 国税庁によれば2014年の平均年収は414万円。派遣社員、契約社員など非正規雇用となれば、これよりさらに少ない金額となります。一方で平均寿命は延び、男性も80歳まで生きる時代となりました。65歳で定年退職するとして、その後15年間生活するための老後の蓄えが必要となります。1カ月の生活費を20万円とすると1年で240万円、15年では3600万円にも上ります。写真はイメージ 昨年ベストセラーとなった『下流老人』の著者・藤田孝典氏は、「高齢者の9割は貧困化する」と、これからの老後不安に警鐘を鳴らし話題となりました。最近、副業を始める人が増えているのも、まさにこうした背景があってこそでしょう。シンクタンクのMDD研究所が2015年にビジネスパーソン7724人に調査をしたところ、「14%が副業をしている」という結果になったそうです。また『月刊SPA!』の調査によると、「副業はしたことはないが興味がある」と答えた人は43%に上るといいます。世の中が下流化するなかで、副業人口は今後ますます増えていくことが予想されます。 大手企業が副業を認める本当の理由とは? とはいえ現在のところ、副業を禁止している会社のほうが圧倒的に多いのが現実です。ただ、ここ数年で副業NGが当たり前の風潮に変化が起こり始めています。最近も、ロート製薬が4月から副業を容認すると公表し話題となりました。あまり知られていませんが、日産、富士通、花王など、大手企業にも以前から副業を認めている会社は少なくありません。 では、なぜこれらの大手企業は副業をOKとしているのか。その理由はシンプル。「優秀な人材を確保する」というのが最も大きいのです。優秀な人材であればあるほど、各種プロジェクトからの誘いや会社を通さない形で直接仕事を依頼されるケースもまた多くなりますが、副業規定の制限があると当然、彼らも動きにくくなります。その結果、「副業がNGなら会社を辞めようかな」と、より魅力的で自由度の高い会社に引き抜かれてしまうということが起こります。これは企業にとって大きな痛手であり、リスクです。ならば、「優秀な人材を組織に留めておくために、副業を容認しよう」ということになるのです。月30万を稼ぐ「パラレルワーカー」も 副業を奨励することで、優秀な人材を育成している会社の代表格がリクルートです。会社の仕事をしながら、自分で会社を興し、事業をこなしている社員も少なくありません。IT系の会社ではサイボウズも副業OKの会社として有名です。ベンチャー企業のなかには、逆に専業を禁止している会社まで存在しています。オンラインショピング事業を展開する株式会社エンファクトリーは「専業禁止」、つまり、「会社の仕事だけをしていてはいけない」というユニークな制度を導入し、ネット上で話題となりました。自身の事業を持つことで、起業家精神やスキルが身につくので、人材が早く育ち、本業のほうも加速しているといいます。 これらの事例はあまりに突飛で極端な印象を受けるかもしれませんが、将来的には複数の事業を持つ「複業」や「パラレルワーク」を奨励する会社に優秀な人材が集まる時代になっていくことは間違いないでしょう。 月30万を稼ぐ「パラレルワーカー」も また、経済の先行きが見えない不確実な時代において、キャッシュポイントが会社の給料だけというのはリスクが高い、と感じる人は増えているはずです。大手企業でもリストラが当たり前になっていますし、リーマンショックのような経済危機や震災などの大きな自然災害が起これば、瞬時に経済が停滞し、個人の所得はますます打撃を受けます。大企業でも突然倒産するリスクもあります。収入源が1つということではいささか心もとない。 こうした時代の流れを考えたとき、個人として家庭を守るため、本業とは異なる別の収入源を得るための「パラレルワーク」をする人が増えていくことは、もはや間違いないと思われます。 私は起業コンサルタントとして1000名以上の起業指導をしてきましたが、会社に勤めながら自分のビジネスを立ち上げる方は、ここ数年で劇的に増えてきています。そのなかには、本業とは別に副収入だけで月30万円を超えるパラレルワーカーも数多く誕生しています。会社を辞めての「独立起業」となると、リスクがつきまといます。収入ゼロの状態が続くことで精神的にも苦しくなり、再び会社員に戻っていく方を、私も多く見てきました。だからこそ、むしろ会社員の立場のままサイドビジネスを立ち上げるパラレルワークをお勧めしたいのです。 ここまで読んできて、「副業には興味があるけど、うちの会社にもきっと副業規定があるし……」と思っている方も多いと思います。そういう方はまず、今の会社が本当に副業を禁止しているのかどうか、または自分が考えている副業があるなら、その内容が就業規則に抵触するのかどうか、人事部に問い合わせてみることをお勧めします。もし副業そのものを禁止しているなら、その理由を尋ねてみてください。マイナンバーによる「副業バレ」をどう考えるか? 一般的には「本業がおろそかになるから」「情報が漏洩するから」「会社の信頼を落とすようなリスクがあるから」などが代表的な理由として返ってくるはず。その場合、さらに食い下がり、「これらに抵触しない副業ならいい」ということなのかを探ってみてはどうでしょう。それでも「ダメだ」と言われたら、どうするか。そのときはそのとき。時代の流れに逆行する古い体質の会社に自分の未来を託すべきかを冷静に考え、副業OKの会社に転職するという選択肢を一考してみるいい機会かもしれません。 マイナンバーによる「副業バレ」をどう考えるか? また、「マイナンバー制度が普及することで、副業が会社にばれるのでは……」と考え、副業に足踏みしている方もいると思います。この点については、私は逆にマイナンバー制度の普及によって優秀な社員が会社から流出することを恐れる企業が、副業を認めるケースも増えていくのではないかと見ています。それでも副業がNGのままであれば、先ほど申したように転職する道も視野に入れればいいのではないかと考えます。写真はイメージ 確かに、「今」だけを考えるなら、サラリーマンとして安定した給料をもらうことが、安心をもたらしてくれるかもしれません。しかし、あと10年後、20年後の社会を想定したとき、収入源が1つしかないという未来に安心と希望を感じることができるでしょうか。そもそも、副業を禁止する会社は、私たちの未来を保証してくれるというのでしょうか。もし将来、信頼しきって尽くしてきた会社が倒産してしまったとして、「人生が台無しになってしまったのは会社のせいだ」と訴えても、失った未来を取り戻すことはできません。結局、どのような未来を選択するかは、会社がうんぬんではなく、すべて自己責任であるということです。 以上はあくまでも私の考えです。人によっては違和感を抱くかもしれませんし、そのまま鵜呑みにする必要も一切ありません。今回の文章が、あなたやあなたの大切な家族にとっての今、そして未来を考えるうえで、なにかしらの題材としていただければ嬉しいです

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    本業に生かす経験と年収補完 副業はメリットも普及にはなお時間

                                                                                       (THE PAGEより転載) 社員の副業を積極的に認める会社が徐々に増えつつある。年収の減少や倒産リスクといった切実な事情を背景に、副業解禁を求める声も高まっている。企業側は、社員が副業での経験を本業に生かすといった好循環を当て込む。ただ、依然として大多数の企業で禁止されており、一般的に広まるにはなお時間がかかりそうだ。ロートが副業を認めた理由とは 製薬大手のロート製薬は2016年2月、多様な働き方を推進する取り組みの一環として「社外チャレンジワーク」制度を立ち上げた。休日などの就業時間外で本業に差し障らないという条件付きで、社会貢献をする趣旨に合えば、社員の副業を容認する。既に60人超から応募があり、薬剤師の資格者がドラッグストアの店頭に立つといった形で既に働き始めているという。 ロート製薬は、お金に換算できない「プライスレス」な経験を社員に積んでもらうため、「社外の人と共に働くことで、社内では得られない大きな経験ができ、自立・自走できる社員を育てられる」として副業制度を設けたと説明する。 一般的に、副業をしたい理由で最近人気を集めているのは、やりがいや経験といった金銭面以外のメリットだ。一般に、会社員は会社の看板を背負って取引先やお客さんと接する。長く勤めていると、会社独自のルールが染みつき、それが常識と思い込んでしまう嫌いがある。 一転して副業で他社に身を置いてみると、社風や商品、戦略といったさまざまな違いに気付かされ、自社を客観視できるきっかけになる。また、自社で培ったノウハウが多かれ少なかれ副業先で歓迎され、本業で苦労したことが報われた気分にもなる。逆に、副業で増えた人脈や知識が本業で生かせることもあるだろう。 増収を続け、過去最高の連結純利益を上げている安定企業が、副業という新たな取り組みに挑むのは珍しい。副業を認めている企業は他に、日産や花王、ITのサイボウズなどが知られている。減り続ける会社員の平均年収会社員の平均年収の推移 会社員にとって副業のメリットは大きい。1つは収入源を増やせることだ。国税庁が毎年実施している民間給与実態統計調査によると、会社員の平均年収は1997年の467万円をピークに減り続け、世界的な金融危機、リーマン・ショックに見舞われた直後の2009年には405万円まで急減。近年も410万円前後で推移し、上昇の兆しは見えない。そうした中、補完的に収入を得たいという需要は拡大している。副業を認める企業は依然として少数派 また、非正規雇用の増加を背景に、企業が人員削減するリスクはつきまとい、雇われる側にとっては不安定な時代だ。しかし副業をしていれば、万一リストラで退職を余儀なくされても、すぐに食い扶持が無くなるわけではない安心感がある。退職と同時に無職となるのに比べ、精神衛生上の健全さを保てる。副業を認める企業は依然として少数派 副業への関心は、インターネットが普及して個人間で自作品や中古品を売買しやすい環境が整い始めた2000年前後から高まった。特にリーマン・ショック後、リストラや倒産のニュースが連日報じられていた頃、副業に関するセミナーや出版物も増えた。ロート製薬の山田邦雄会長兼CEO(大阪市北区) とは言え、副業を認める企業は少数派だ。人材採用のリクルートキャリア(東京)が2015年2月に公表した兼業・副業に関する実態調査によると、兼業・副業を「容認」としたのは全体(回答数4513社)の3.8%にとどまり、「不可」が96.2%と圧倒的多数を占めた。 容認する場合も、ロートのように「就業時間以外で本業に支障を来さない」といった条件を示すのが通例だ。副業をしようとするなら、勤め先の服務規定に従う必要がある。規定に違反すると懲戒処分を受けるケースもある。また公務員は公務員法によって副業が原則禁じられている。 望めば誰でも副業が可能という時代はまだ遠そうだ。しかし、ひとたびリーマン・ショックのような危機が起こり、雇用環境が悪化するような事態になれば、副業を含む多様な働き方の議論が急速に熱を帯びるかもしれない。それに向けた準備を今から始めても遅すぎることはないだろう。

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    女性看護師が風俗店でバイトしたら懲戒処分を受けるのは当然か

    佐藤敦規(ファイナンシャルプランナー) 毎日新聞が以下のように報じている。大阪府立母子保健総合医療センター(大阪府和泉市)を運営する地方独立行政法人・府立病院機構は15日、風俗店でアルバイトをしていた同センターの女性看護師(24)を停職1カ月の懲戒処分にした。(2014/5/16 毎日新聞)懲戒処分は本当に当然のことなのか 懲戒処分の理由は、「内部規則で原則禁止している兼業に当たると判断した」とのことであったが、本件は世間一般においても、「懲戒処分されて当然。」と直感的には受け止められているであろう。 しかしながら、日本国憲法は合法な範囲の風俗業に従事することを含め、「経済活動の自由」を認めている。今回はたまたま女性看護師の勤務先が府立病院であり、身分が公務員だったので、地方公務員法38条に定められた公務員の副業禁止違反として、法律上懲戒処分は正当化された。しかし、もし、この女性看護師の勤務先が民間の病院であったとしても、同様に懲戒処分は正当化されるのだろうか、というところが私の問題意識の出発点である。 というのも、報道によると、女性看護師が風俗店のアルバイトをしていたのは「勤務時間外」とのことである。「勤務時間内」にこっそり抜け出して風俗の仕事をしていたと言うならば、職務専念義務違反として完全に懲戒の対象であるが、雇用契約に定められた勤務時間外は本来、何をしようが従業員の自由なはずである。 常に中立性や品位の保持が義務とされる公務員ならばともかく、民間企業が勤務時間外の行為で従業員を処分するのは、従業員の私生活に対する過度の干渉ではないだろうか。雇用契約は1日8時間のはずなのに、なぜ24時間365日、会社の干渉を受けなければならないのか、ということに私は着眼したいのだ。 この点、判例等で確立されてきた考え方として、法的に民間企業が従業員の勤務時間外の副業の制限を正当化できるのは、以下の3つの場合に限られるとされている。副業禁止理由① 機密保持 第1は、企業機密が漏洩するリスクがある場合である。例えば、楽天の従業員が、ネットショップを立ち上げた友人をアルバイトで手伝っていたことが発覚したとしよう。これは懲戒処分を受けて当然のケースである。楽天のノウハウが友人のネットショップに流出してしまうリスクがあるからだ。 もし、友人が立ち上げたのがネットショップではなくラーメン屋であれば、基本的には競合関係にないであろうから、それを手伝ったとしても、少なくとも「企業機密の保持」という観点で懲戒処分をすることは許されないであろう。労務提供の質の維持 今回の女性看護師のケースにおいても、病院と風俗店の間には通常、競合やノウハウが流出する関係はないから、機密保持の観点から女性看護師が処分されることは正当化されないと考える。副業禁止理由② 労務提供の質の維持 第2は、労務提供の質の低下が懸念される場合である。長時間の副業をした結果、疲労によって集中力を欠いたり、作業効率が落ちたりしたら、会社としては雇用契約の本来の趣旨に沿った労務の提供を受けているとは言えない。会社が雇用契約を結ぶ際に前提としているのは、心身が完全な状態での労務の提供である。 今回問題となった女性看護師の件に関して言えば、病院を退社した後、深夜まで連日連夜風俗店でアルバイトをしていたとなれば、医療過誤などが叫ばれる現在、充分な休養をとらずにアルバイトをし、リスクを発生させているとして懲戒処分は可能であろう。 しかしながら、実際に女性看護師が副業で得た収入は、9ヶ月で160万円ということなので、月当たりにして約18万円である。仮に風俗店からのキャッシュバックが1時間1万円とするならば、月に18時間労働、1日当たり1時間未満であるから、よほど特殊なサービスを提供していたということでない限り、直ちに疲労が蓄積するとまでは言えないであろう。副業禁止理由③ 名誉・信用の毀損防止 第3は、会社の名誉や信用を傷つけるリスクがある場合である。従業員がその副業をしていることが社会的に明るみに出た場合、会社が世間的な名誉や信用を失うかどうか、という点である。例えば、弁護士法人の社員が闇金融の顧問をしていたとしたら、懲戒処分を受けても当然文句は言えないであろう。この点、今回のような風俗店のアルバイトは非常にデリケートな問題である。私個人は、風俗で働く女性は卑下する気持ちは全くない。雇用の多様化とガイドラインの必要性 しかしながら、世間一般的な感情として、「風俗店で働いている看護師がいる病院」という評判が立ったら、売上に影響することは避けられないであろう。したがって、今回の事例は、女性看護師の勤務先が民間の病院であったとしても、この第3のケースに該当するものとして、懲戒処分を受けることはやむを得ないというのが法的な結論である。なお、懲戒処分の内容である「停職1ヶ月」も、本業を怠ったわけではないことを考えると、処分の重さとしては妥当な範囲であると考える。総括 今回は、風俗店でのアルバイトという極端な事例に基づいた話であったが、公務員の場合はともかく、民間企業において副業に関して考える場合、「勤務時間外に従業員は何をしようが自由」というのが大原則である。会社は無制限に副業を禁止することはできず、会社の業務に支障が出たり、会社の利益や信用を損なったりするような場合に限ってのみ、副業禁止規定は適用されるということを覚えておいてほしい。であるから、従業員の視点から言えば、必要以上に副業をすることに及び腰になることは全くないのである。写真はイメージ 終身雇用や年功序列が崩壊したこのご時勢、自分や家族の生活を守るため、副業を考える方は少なくないであろう。もはや1つの会社に人生の全てをかけるのは非現実的であるし、会社側にとっても、経営が苦しくなったとき、従業員にテコでも動かないほどしがみつかれるのは不本意であるはずだ。 そうであるならば、お互いの利益のために、会社は副業を頭ごなしに否定せず、また従業員側も無秩序に副業を行うのではなく、それぞれの会社において労使で話し合って、副業のガイドラインを共有していくことが、雇用の多様化が進んだ現在において、副業禁止規定の目指すべき姿ではないだろうか。(シェアーズカフェ・オンライン 2014年5月19日分を転載)参考記事■会社は使用者責任のリスクにどのように備えるべきか■中小企業の経営者が知っておきたい有給休暇対応 4つのテクニック■残業代ゼロ法案は真面目な社員ほどバカを見る結果になる■JTB中部はバスの手配を漏らした社員を責める前に企業体質を自省すべき■「息子の入学式に出るので、欠席します」事件。悪いのは教師ではなく学校の対応だ!

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    副業に夢中になる若者にかける言葉

    佐藤敦規(ファイナンシャルプランナー) ようやく仕事が終わった。今日も残業だった。電車のつり革につかまりながら、スマートフォンでSNSを見る。タイムラインに表示される文言に反応してしまったことはなかろうか?「平凡なサラリーマン(OL)だった私が、副業を始めたおかげで今では信じられないようなお金と自由な時間を得ています。ほんの少しの勇気を出して一歩を踏み出してみませんか!」 副業といっても会社の勤務が終わった後、アルバイトをすることではない。権利収入(過去の努力や働きが反映される)獲得を目指すもので、ネットワークビジネスとネットビジネスが中心である。我が子がネットワークビジネスに熱中するあまり、会社を辞めると言い出したらどう説得するのか。あるいは目をかけていた後輩や部下が仕事に身が入らなくなったとき、あなたはどう声をかけるのか?就職したての若者が参加しやすいネットワークビジネス 権利収入といっても色々なものがあるが、ある程度の元手が必要な不動産投資などと比較すると交友関係を元に始められるネットワークビジネスは、若者にとって敷居が低いのかもしれない。就職して間もない時期であれば、学生時代の友人との付き合いも密である。筆者が異業種交流会などに参加すると、副業、本業を問わずネットワークビジネスをしている若者によく出会うことがある。 ネットワークビジネスの特徴は、連鎖販売取引(Malti-level Marketing)と称されるもので、問屋や小売店などの流通経路を通さない販売方法とテレビCMや新聞の広告に頼らない口コミによる宣伝方法である。勤務後や週末に行えば、本業の仕事と両立できる。副収入を得て、精神的な安定や物質的な満足感を得た人もいるであろう。 とは言え、ネズミ講と間違えられるなど世間的な評判は悪い。また販売対象を身近な友達から始めるため、人間関係に罅が入るケースもある(生命保険の営業方式と類似している)。販売のための交通費や交際費もそれなりにかかるので商品を購入して勧誘する人を見つけることができなければ、副収入どころか、マイナスになりかねない。まだまだ魅力的なネットビジネス ネットビジネスとは、インターネットを介して収入を得るしくみである。広義で捉えるならば、有料ブログやWebデザイナーなども該当する。ただし芸能人やスポーツ選手ならともかく、無名な人がブログで稼ぐのは難しい。趣味で動画を作るのと異なり、継続的にお金を稼ぐのがそれなりに経験やスキルが必要だ。誰でも簡単に参入できない。 代表的なのはアフリエイトや物販である。これなら隙間時間を利用して気軽に始められる。しかしそれほど稼げない。この分野で成功しているのは、金儲けのノウハウや株価の予想、ギャンブルの必勝法、異性にもてるための情報などをまとめた情報商材の販売である。一昔前、ネオヒルズ族などともてはやされた与沢翼氏もこの情報商材により、有名になったと言われている。商材を元にした高額な有料セミナーなどを開催し、定期的にお金を儲ける仕組みを作っている。与沢翼氏のような人を情報起業家(インフォプレナー)とも呼ばれている。若者が副業を始める理由 ウェブ用にアレンジした短文の宣伝文句の羅列は、胡散くさい印象がある。しかし意外と購入者はいるようである。ブームは沈静化したと言われるが、異業種交流会などに参加すると取り組んでいる若者によく出会う。与沢氏のような先駆者について崇拝の念を込めて熱く語る人もいる。 ネットワークビジネスと異なり、在庫を抱えるリスクや身内への勧誘などの人間関係を壊す恐れはないのでハードルがさらに低い。ただし成功した情報起業家が主催するセミナーは高額なものが多いため、金銭的な負担は少なくない。またそうしたセミナーに参加して、覚悟を決めてやらないと成功できないなどという話を聞いて、没頭してしまうと仕事への影響もでてくる。本業のパフォーマンスが悪くなれば元も子もない。年収を上げるどころか逆になる。若者が副業を始める理由 ネットワークビジネスやネットビジネスにはまる若者が増えた理由は二つある。一つは、将来に対する強い金銭的な不安である。年金は貰えないかもしれない。終身雇用も崩壊し、大企業に勤めていてもいつリストラされるかわからない。「下流~」といって貧困化を煽る書籍もベストセラーとなっている。個人的に持続的な収入を得るしくみを作っておかないと安心できないという考えだ。 最近、極小邸宅の作者、新庄氏が「ニューカルマ」という小説でネットワークビジネスに嵌まっていく若者の様子を描いている。主人公がネットワークビジネスに参加するきっかけは、勤務する大手メーカー内で行われたリストラだった。 二つ目は、働く時間をコントロールできるという魅力である。日本企業において長時間労働の問題はなかなか解消しない。むしろ顧客優先主義のため、よりストレスが溜まるものとなっている。「ワークライフバランス」や「男性の育児休暇」など口に出すと上司から罵倒されることもあるであろう。 ネットビジネスであれば、子供が寝た後、集中的に取りくむこともできる。一時、脚光を浴びたノマドワーカーなどに対する憧れもある。ビジネスの成功者がSNS上で誇示している内容も、豪邸や高級車などを物質的な豊かさから好きなときに旅行に行ける、家族と過ごせる時間が増えるなど精神的な豊かさへと変化している。 ではネットワークビジネスやネットビジネスに夢中になっている子供や後輩、部下の目を醒ますのには、どんな言葉が有効なのであろうか?会社員である利点を強調する ネットワークビジネスに専念するために会社を辞める」と言ってきた場合、一つの会社で働き続けることや仕事に熱中する大切さを説いても鼻で笑われて終わりだ。彼らがバイブルとしている「金持ち父さん、貧乏父さん」(ロバートキョサキ著)に記されている労働収入と権利収入の違いを出され、「だから貧乏父さんなんだ」と言いくるめられるかもしれない。ネットワークビジネスで昔からの友人と縁を切られた息子や後輩に「友達は大事だぞ」と言ってもビジネスの仲間が本当の友人だと反論されるかもしれない。アドラー心理学のエッセンスをまとめた「嫌われる勇気」などもネットワークビジネスに取り組む人には、よく読まれている。自分で起業することを勧める 会社員であるメリットを説明するのはどうであろうか。自営業者と比べると固定収入があるサラリーマンの信用は侮れない。住宅購入のローンなどを比較的、たやすく組める。今後、人口が減少する日本で、不動産投資は激しい部分もあるかもしれないが、良い物件に当たれば安定した収入を長期に渡って得られる。外国人旅行者をターゲットにした民泊(AirBnb)などという手段もある。ネットワークビジネスよりは、軽い労力で権利所得を手にすることができる。自分で起業することを勧める 会社を続けろというアドバイスとは真逆になるが、「いっそ起業してみたらどうだ」というのはどうであろう。我が国において会社を作るというのは、連帯保証、一家離散に繫がるなどリスクが大きいと捉える人が多い。また会社を潰した経営者は、犯罪者のように扱われることもある。 起業するよりも過酷な勤務体系の職場や歩合制の比重が高く収入が安定しない営業職でも、組織に属しているだけマシという考えが我が国では強い。しかし最近では起業のハードルが下がっている。国からの助成金などもある。若いときであれば、失敗しても再び会社員として働くことも可能だ。若者たちが崇めるアップ(ネットワークビジネス)や師匠、メンターなどの成功者のセミナーに参加してお金を投資するよりは、自分で起業するほうがビジネスについて学べるし、精神的にも鍛えられる。 そしてあなた自身も起業を想像して色々と調べてみよう。今、実行に移さなくてもよい。新しい世界が見えてくるはずだ。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年3月31日分を転載)参考記事■遺産争族、なぜ財産が少ない家族ほど相続による争いが起きるのか?(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)■積み立て型の生命保険、終身保険は不用?(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)■「身近な人が亡くなった後の手続きのすべて」が売れている理由 (佐藤敦規 FP・社会保険労務士)■本当に医療費の支払いで老後破産になるのか?(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)■病気で下流老人?医療保険の加入者が確認すべきこと(佐藤敦規 FP・社会保険労務士)

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    サラリーマン節税 趣味と実用の副業で赤字にし所得税ゼロも

     サラリーマンの多くは、「税金」について、不公平感を抱えているに違いない。確かに自営業者などに比べて節税の手段は限られているが、あの手この手で、ぎりぎりの抵抗を試みている人たちがいる。彼らは「サラリーマン無税族」と呼ばれる。 節税しているサラリーマンの間で最もポピュラーな手法が、副業による収入に対し経費を計上して“赤字”になること。その赤字をサラリーマンとしての収入と相殺して確定申告し、天引きされた所得税を取り戻す方法だ。 営業マンのA氏は昨年9月からネットでブログを開設しアフィリエイト広告(成果報酬型広告)による副業を始めた。ブログで商品を紹介し、誘導されたユーザーが販売サイトで商品を購入すると報酬が入る仕組みだ。12月までの収入は20万円。 これに対し、新しく用意したパソコン代、通信費、ネット副業についてのセミナー代、ソフト代、家賃の一部といった経費を計上すると、100万円超の赤字になる計算だ。  A氏の本業の年収は約500万円で、所得税と住民税の合計は15万円ほどだった。だが、副業の赤字分をサラリーマンの収入と相殺すると税金の計算のベースとなる「課税所得」がゼロになり、天引きされた所得税はすべて還付された。住民税は、1人数千円の「均等割」だけは払う必要があるが、所得に応じた税金(所得割)はゼロになったという。「自宅の家賃や光熱費の一部も、副業に必要な部分だけ経費計上する人は少なくない。副業開始直後は赤字になるケースが多いので、とくに初年度は“税金ゼロ”になる人がいる」(税理士) 古本や中古のDVD、CDなどを安く仕入れネットで転売する「せどり」も副業として人気だ。仕入れた商品は売れれば仕入額はもちろん経費となる。売れなければ「在庫」なので経費計上できないが、自宅に在庫を置くことで家賃の一部やネットで相場を調べる名目での通信費を経費として申告しサラリーマン収入と相殺する人も多いという。 絵心のあるサラリーマンのB氏は趣味が高じ、イラストレーターの副業で年間100万円の収入を得ているという。「画材などの費用や家賃・光熱費といった経費が180万ほどかかり、約80万円の赤字です。本業の年収は約500万円ですが、副業の赤字を申告することで、税金は約40万円のところ24万円まで圧縮できています。 しかも画材は、イラストの仕事をしていなくてもどうせ趣味で買っていたもの。税金が減って手取りが数十万円近く増えたことで十分得をしています」(B氏) ほかにも、店舗に来店して接客態度などを覆面調査するミステリーショッパー、デザインやネーミングなど報酬の出るコンテストへの参加など、趣味と実益を兼ねた副業が人気だ。 節税できているとはいえ、副業が赤字を出しているというA氏、B氏の例に矛盾を感じるかもしれない。しかし、多くの「副業節税サラリーマン」は家賃や商品の運搬に使う車など、本業のみでは計上できなかった経費を積み上げているのだ。 中には趣味のサークルで知り合った“同業者”との飲み会を“勉強会”にすることで経費計上している人もいる。旅行が趣味で旅行ついでに購入したアクセサリーの販売を副業ではじめた夫婦は、旅行代の一部を仕入れ費用として計上し、所得税の還付を受けた。 ただし、家賃や旅行代といった経費がどこまで認められるかは税務署の判断に委ねられる。最近では家族との食事や私的な旅行、キャバクラでの飲み代などまで経費として申告する人がいて、税務署も目を光らせている。そうした副業収入とは関係ない費用や生活費などは、むろん経費に含めることはできない。 また、副業を始めてから一切の利益を出さず赤字続きでは事業とはみなされず、「単なる趣味」と判断される。副業が実態を伴っておらず悪質だと判断されれば、脱税として告発されることも考えられる。さらに、サラリーマンが副業をする際には勤務先の許可を得ておく必要があることをお忘れなく。関連記事■ ホームページ監視の副業 書き込みチェックで時給1000円~■ 2012年注目の副業 墓参り代行(5000円~)やプラモ作成など■ 「サラリーマン大家」になって節税をしつつ資産増やすコツ■ 副業的農家の平均年間所得は792万円、米農家は664万円■ 会社員時代副業していた森永卓郎 今の会社員にネトオク推奨

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    「サラリーマン大家」になって節税をしつつ資産増やすコツ

     税の不公平感を解消するために、節税しているサラリーマンは少なくない。最もポピュラーな手法が、副業による収入に対し経費を計上して“赤字”になること。その赤字をサラリーマンとしての収入と相殺して確定申告し、天引きされた所得税を取り戻す方法だ。 しかし副業自体を会社が禁止している場合はどんな手段があるのか。「社員の副業を禁じる会社は多いが、不動産投資は憲法で規定されている財産権に関わるため禁じられない。だから『サラリーマン大家』は会社も税務署も認めざるを得ないれっきとした資産運用であり、赤字が出たら堂々と確定申告して、納めた所得税を取り戻せます」 そう語るのは、かつて自身も「サラリーマン大家」で『サラリーマン大家道』(実業之日本社刊)などの著書がある藤山勇司氏。不動産購入初年度には取得税や登録免許税、登記費用などが経費として計上され、基本的には赤字となるため、本業の所得と損益通算することで所得税は限りなくゼロに近づく。その後も「減価償却が節税に有利に働く」と藤山氏はいう。「たとえば500万円の中古物件を購入し、家賃を年間72万円得られるとします。建物の価値にもよりますが、例えば1年目の減価償却は100万円で、家賃収入から引くとそれだけで28万円の赤字。このように減価償却を意識すると大きな節税につながります」 『お金が貯まるのは、どっち!?』(アスコム刊)の著者・菅井敏之氏も銀行員時代に不動産投資を始めた「サラリーマン大家」のひとりだった。「私は総費用の2割程度の自己資金を用意してローンを組み、土地を買って新築アパートを建てましたが、取得費用を計上して赤字になりました。所得税もゼロになり、住民税も抑えられた。それから物件を毎年のように購入することで所得税を軽減しながら資産を増やしていきました」 不動産投資というと、まとまった資金が必要になるなどハードルが高いように思えるが、菅井氏はこう指摘する。「自営業などと違い、会社員は銀行からお金を借りやすい。とにかく手元資金を貯めて、銀行から安い金利でお金を借りて、それを元手に資産を増やす。ただし、物件選びは大事です。過熱している都心のワンルームマンションに投資しても思うようなリターンが得られず、家賃収入がローン返済を下回ったり、安いからという理由で地方の築年数が古い物件を購入したものの修繕費ばかりがかさんでしまう、といったケースもあります」 サラリーマンには自営業者などと比べて多くの制約がある。しかし資金調達など、時にはサラリーマンであることを利用し、税制のスキを突いて多くの税金を取り戻している「無税族」たちが存在しているのだ。関連記事■ 年収700万円のサラリーマンの納税額は年収500万円の3倍■ 2012年注目の副業 墓参り代行(5000円~)やプラモ作成など■ 零細企業社長が高級車を「営業用自動車」で経費計上する例も■ 所得税 低所得者の多くが払わず正直に払う高所得者は少ない■ 93年に消費税増に同意してた部課長の68%が「10%が良い」

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    破壊的イノベーションの真の推進者

    森山祐樹(中小企業診断士) 昨今の日本経済、政府・地方自治体、企業においてイノベーションが叫ばれて久しい。日本全体としてそれを後押ししていくことで、経済や社会の発展を成し遂げていこうという気運が高まっている。しかしながら、世に出るイノベーションには、歓迎されるものがある一方で、既存業界はもちろんのこと、後押しをしているはずの国や地方自治体からの抵抗に合うケースも存在する。これらは破壊的イノベーションとも呼ばれ、業界に大きな波紋を呼んでいる。 最近の例では、「みんれび」が提供し、アマゾンで販売している「お坊さん便」、ライドシェアサービスの「ウーバー」、観光立国推進によりその存在感を増す「民泊」などがある。これらは既存業界のみならず、政府や法までも巻き込んだイノベーションを作り上げている。日本宗教界の破壊的イノベーション「お坊さん便」 「みんれび」が提供するお坊さん便は、都会などで寺やお坊さんとのつながりが希薄となった層が、手軽で低価格でその地域に疎い者であっても利用できるサービスである。しかしながら、このサービスに対し、全日本仏教会は猛反発し、抗議文を提出するに至った。 このサービスが多くのメディアで取り上げられ、利用者の支持を得ているのは、現代の日本人が求める本質(家族構成や社会の発展による宗教・寺とのつながりの希薄化、葬儀の多様性、世間体、信仰心ではなく儀式としてのお坊さん等)に応えるものであり、消費者ニーズの変化である。全日本仏教界が考える既存の宗教行為とは異なる面があるのではないだろうか。そもそも、これらのニーズは仏教会が抱えていた既存市場ではなく、利用したくてもこれまではできなかった層を取り込んだいわば新規市場である。そこに加えて、これまでの宗教行為に不満を持っていた層がそのニーズを満たすために流出したと考えられる。 一方、お坊さん側にもニーズがあり、檀家の減少に伴い収入が減少傾向にあるお坊さんには手軽に新規顧客を開拓でき、仕事をもらえる手段として両者の求めていたものをマッチングさせた商品であった。これは現代のライフスタイルやニーズに対応するために生まれたサービスであり、いわば必然のものであったと言える。ライドシェアリング その他、ライドシェアリングで全世界に大きな波紋を呼んだウーバーは、日本においても例に洩れずタクシー業界からの猛反発があり、最後には国土交通省が待ったをかけたものの、その有用性や期待度は疑いようがない。また、ライドシェアは単なる都市部のビジネスとしてのみならず、このビジネスモデルを活用することにより、地方の過疎化地域等の既存交通インフラ(電車や路線バス)にかわる低コストの解決策を生み出す将来性をも秘めている。民泊 民泊についても同様である。観光立国を目指して、外国人誘致を図った結果、国内の宿泊施設が不足し、シェアリングエコノミーの考え方とそのニーズから生まれた新しいビジネスモデルである。これについても、既存のホテル・旅館業界は猛反発をしているが、京王電鉄が民泊の予約仲介サイト運営会社に出資する等、既存業界との軋轢を承知で民泊を支援する動きが活発化してきている。また、行政側も昨今の宿泊施設不足を背景に、民泊を進めるための体制作りを急ぎつつある。破壊的イノベーションの証明 お坊さん便、ウーバー、民泊などに見られるように、既存企業・業界をはじめとする利害関係者からの反発は破壊的イノベーションの特徴でもある。(既存企業が破壊される可能性を当初は認識せずに破壊が進むイノベーションも存在する)むしろ、反発をされるほど既存業界は危機感を持っているということであり、その破壊可能性の大きさを証明するバロメーターにもなろう。 これらの破壊的イノベーションを生み出す企業の裏には、既存業界や行政との軋轢が生まれることは十二分に理解しながらも、これらの企業・サービスを支援し続ける投資家が存在する。例えば、ウーバーは各国でタクシー業界からの反発を生んではいるものの、グーグルやゴールドマンサックスなどの投資家から資金を集め続け、同社が起業から5年間で調達した資金は借入と株式発行を合わせて50億ドルを超える。また、お坊さん便を提供するみんれびは、国内においてグローバルブレイン、三井住友海上キャピタル、SMBCベンチャーキャピタルからの資金調達を受け、販路としてはアマゾンが大きな支援をしている。 これら破壊的イノベーションを提供する企業の投資家や協力者は、様々な規制の壁や既存業界からの反発や衝突を理解しつつも、既存業界を敵に回してでもこのサービスには価値があるという判断を下している。そして、なお彼らに軍資金を与え続けることで、その破壊的イノベーションが規制の壁を破り、既存業界の反発を撥ね退け、その業界に大きな風穴を開けるため、思う存分に戦うことを投資家自身が強く望んでいるのである。【参考記事】■ポルシェの拡大戦略に潜む罠とは(森山祐樹 中小企業診断士)http://sharescafe.net/47952351-20160229.html■日本企業のM&A「対等の精神」に潜む影 「ファミマとユニーの経営統合」(森山祐樹 中小企業診断士)http://sharescafe.net/47656741-20160129.html■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)http://sharescafe.net/47203706-20151215.html■地方創生時代に輝く地方企業の挑戦と秀逸な競争戦略(森山祐樹 中小企業診断士)http://sharescafe.net/46572214-20151014.html■ブルーボトルコーヒーに見る戦略ストーリー「人気のブルーボトルコーヒーは何を捨てたのか!?」(森山祐樹 中小企業診断士)http://sharescafe.net/45855247-20150808.html

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    葬儀の「お布施」は言い値 相場より低くても寺は断われない

     「日本全国の寺院のうち、35.6%が消滅の可能性がある」(鵜飼秀徳著、日経BP社刊『寺院消滅』より)。今、日本全国の寺が困窮にあえいでいる。4人の現役僧侶が葬式にまつわるお金の話を語り合った。 今回、自らの寺院を持つ住職・副住職たちが一堂に会した。甲信越地方の浄土宗の副住職A(43)、関西地方・浄土真宗の住職B(63)、関東地方・曹洞宗の住職C(50)、そして北陸地方の臨済宗の住職D(35)が、匿名を条件に「葬式の費用」について語る。浄土宗A:葬儀は定期的にあるものではないので、副収入的に考えていますね。それに葬儀の際の「お布施」は、一応相場はあるものの、こちらで額を決めることができない。そもそもお布施とはお寺に対する寄付のこと。こちらで具体的な額を提示してしまうと商取引になり、課税される可能性がある。 一応お布施の相場は東京が高額で40万~50万円、大阪や名古屋が30万~40万円、京都が20万~30万円で、地方だと10万円前後といわれていますが、原則「寄付する側の言い値」でやらなきゃいけない。相場より低いから葬儀を断わるということはできません。浄土真宗B:でも今は「値段はいくらですか」とストレートに聞かれる時代になりましたね。我々は「お気持ちで」というしかない。それでは困るといわれた時には、「本意ではないが相場ではこのくらいです」とお伝えするようにしています。 そうした相場は親や親戚の年配者から引き継がれ、暗黙の了解となっていたんですが……。最近では袋に「お経料」と書いて持ってくる人がいるくらい(苦笑)。これは「料金」ではない、ということで「『お布施』と書いてください」とお願いしています。浄土宗A:その点、葬祭業者が仲介している場合には、こうしたことを代わって伝えてくれるから安心ですよね。葬祭業者に手数料を取られるから難しいところではありますが。曹洞宗C:自分だけでは葬儀を行なえない寺が増えてきているから、最近の葬祭業者は強気ですよね。仲介手数料名目の「中抜き」が2~3割、多いところで5割ぐらいでしょうか。臨済宗D:最近は葬儀は必要ない、墓も要らないという「ゼロ円葬」の時代ですから、業者も大変なんでしょう。でも我々はいつの時代でも「お気持ちで」と返すしかない。収入は減るばかりです。関連記事■ お布施の相場 お経をあげてもらうだけの読経料は最低20万円■ 柴又帝釈天 「御前様」の後継者をめぐり騒動が勃発していた■ 金満僧侶はごく一部 檀家増やすためバー開きマスター就任も■ 北京で葬儀費用が高騰 一般人の年収の3分に1に及ぶケースも■ 葬儀費用の稼ぎ頭「戒名」 正式な由来も根拠もなく寺の都合

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    海外企業買収10兆円突破  国内市場縮小で海外に活路

     [WEDGE REPORT]中西 享 (経済ジャーナリスト) 日本企業による海外企業のM&A(買収・合併)の金額が10兆円を突破した。10兆円の大台乗せは初めてで、日本企業が買収を経営戦略の中枢に置き始めた証拠ともいえる現象だ。M&Aの調査会社レコフの調べによると、日本企業の海外M&Aは474件、10兆44億円になり、前年同期比を件数で19件、金額で5兆594億円上回った。国内市場縮小に危機感 これほどまで買収金額、件数が増えたのは、国内市場の縮小傾向で日本が海外に活路を見いだそうとしている結果の表れで、為替が円安傾向にあったにもかかわらず買収金額が前年の2倍にまで増えた。 M&Aは世界的にも欧米を中心に、ビール世界最大手のベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブによる同2位の英SABミラーの買収(約710億ポンド、約13兆円)など大型買収も起きており、買収により手っ取り早く市場を拡大する傾向が強まっている。このためレコフは「日本でも成長の追及を背景に、海外企業を買収するM&Aは加速するのではないか」とみている。(出所)レコフ 日本企業による海外M&Aはリーマンショックにより一時的に停滞したが、2010年に増加に転じ、11年から円高などを背景に増加、その後は為替が円安になったにもかかわらず衰えていない。これまでM&Aに縁のなかった内需関連の食品、物流関連企業も積極的に海外企業を買収するようになってきており、消費高齢化による国内マーケットの縮小を背景に、時間を節約して事業を拡充できる企業の海外買収戦略は業種に関係なく重要な経営課題になっている。 地域別では、アジアが162件、北米が148件、欧州が116件で、対アジアは前年同期比で16・9%減少、欧米は逆に19・4%増加した。一昨年から昨年はアジアでのビジネス拡大を狙ってこの地域での企業買収が増加したが、少し一段落した形だ。一方で、欧米の先進国の中で、良い案件があれば思い切って買収に踏み切るケースも見られた。 買収金額で最高だったのは、資源分野から非資源分野への事業見直しを進めている伊藤忠商事が、タイの最大財閥のチャロン・ポカパングループと共同で、中国最大の国有複合企業であるCITICグループ傘下のCITIC Limitedに約1兆2000億円の出資を行ったケースで、1兆円を超える大型出資となった。伊藤忠の狙いは、CITICグループと資本関係を持つことで、CITICグループが持つ中国全土の食品などの流通チャンネルを活用したビジネスの拡大を考えている。 内需企業の典型だった日本郵政は、東京証券取引市場への上場を機に世界へ向けて事業展開を計画しており、その先駆けとして日本郵便を通じて豪州の物流大手トール・ホールディングスを7249億円で買収した。同社はトールを国際物流の拠点と位置付けており、これを機に国際物流の事業を大幅に伸ばしたい計画だ。保険会社に焦り 今年は生損保会社による大型買収案件が連続して起きた。生損保業界は人口減少の影響をもろに受けるため、国内市場の縮小に危機感を抱いていた。なかでも昨年6月に第一生命が米国の中堅保険会社を57億ドル、約6500億円で買収したことから、業界内に急速に不安感が広がり、保険各社はせかされる形で買収出来そうな企業を必死で探してきた。買収後が課題 まず、6月に東京海上日動火災保険が米国のHCCインシュアランス・ホールディングスを9413億円で買収した。金額では伊藤忠のCITICグループへの出資に次いで第2位の規模だった。7月に明治安田生命が米国のスタンコープ・フィナンシャル・グループを6284億円で買収すると、8月には住友生命が米国のシメトラファイナンシャルを4703億円で買収した。9月には三井住友海上火災が英国のアムリンを6420億円で買収、さらに10月には日本生命がオーストラリア銀行の孫会社を2040億円で買収するなど、毎月、買収案件が起きた。 この流れを見ると、よそがM&Aをしているから、わが社もやらなければという思いが先行して買収に突っ走った印象がある。買収する前に、買収後にいかにシナジー効果を発揮できるかを十分時間をかけて検討したかどうか。焦るあまりに高い買い物をしたのではないか。日本の生保会社は1980年代の後半に、われもわれもと米国の不動産を買い漁ったことがあった。この時買った多くの不動産は、買値より安く売却することになったケース多いといわれる。今回の企業買収ラッシュが不動産買いの二の舞にならなければよいのだが。買収後が課題 海外の企業買収はマスコミなどに華々しく伝えられるが、買収が成功するかどうかは、買収後に被買収企業との統合をいかにスムーズにできるかどうかにかかっている。2007年に日本企業による海外企業買収の最高額となる2兆2500億円で英国ギャラハー社を買収したJTの新貝康司副社長は「買収が成功するかどうかは買収後の被買収会社との統合がうまくいくかどうかだ」と指摘する。特に国内市場が中心だった内需関連企業がいきなり海外企業を買収した時が要注意だ。 かつて2006年に日本板硝子が英国の世界第3位のガラス会社ピルキントンを買収した時は、「小(日本板硝子)が大(ピルキントン)を飲んだ」としてもてはやされたが、その後リーマンショックや欧州債務危機が重なったこともあって、経営上の内紛が起きてこの買収はM&A史に残る失敗例となった。また最近では住宅設備大手のLIXILグループが買収した会社の子会社の隠れ債務が発覚して大きな損失額の計上を迫られるなど、M&Aは一つ間違えると大きな負のリスクを抱え込むことになる。 日本企業は国内市場に限界があることに気づき、この10年は海外に積極的に出ていくようにはなったが、まだ経験が十分ではない。特に海外の企業をマネイジするだけの経営能力が育ってないのが現実だ。このため、被買収会社に権限を委譲し過ぎると放漫経営を見過ごすことになり、逆に警戒して日本企業が箸の上げ下げまで被買収企業の経営に介入すると、買収された企業がやる気をなくしてしまう。日本人と考え方が異なる外国人経営者をしっかりグリップしながらある程度までは任せる、この兼ね合いが難しいといわれている。外国企業を買収した企業は、経営の統合を短期間に行ってシナジー効果を出せるかどうかが問われている。

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    海外M&A失敗の本質 歴史と地政学による文明の違いを理解せよ

    杉山仁(JPリサーチ&コンサルティング顧問)成功率はせいぜい30%程度 この2、3年、円安傾向にもかかわらず、日本企業による大型海外M&A(合併と買収)が続いている。2015年通年の日本企業による海外M&A金額は11兆円を上回り、前年の9割超の増加ペースで急拡大している。日本企業が成長性の高いマーケットでのシェアを上げるとすれば、海外M&Aは手っ取り早い方法であろう。 しかし、海外M&Aは買収合意を発表したときは大々的に報じられ、マスコミも囃し立てるが、買収を完了したあとで、当初の買収目的を実現できている案件はきわめて少ないのが実情である。 筆者はメガバンク勤務時より転出後の現在に至るまで海外M&Aの仕事に携わっているが、筆者の見たところ、日本企業による海外M&Aで買収後ただちに買収目的を実現できているケースは件数にして全体の10%程度ではないだろうか。買収後数年の努力のあと、ようやく買収目的の実現に至るのが全体の20%程度であり、これらを含めても成功率はせいぜい30%程度と思われる。 日本の大企業が、大型海外買収を誇らしげに発表したあと、ほんの2、3年で大失敗に終わり、巨額の損失を被っている例は枚挙に暇がない。またM&Aの失敗を隠し続け、減損損失を先送りしているケースも、東芝に限らないであろう。 日本企業による海外M&A失敗の原因を考察するため、公表された失敗事例を見てみよう。 第一三共によるインドの製薬会社ランバクシー・ラボラトリーズの買収では、デューディリジェンス(買収対象企業の実態を買収前に精査すること)で発見したリスクに対し適切な対応がなされなかった、と報じられている。買収完了前の段階でランバクシーの工場で生産した医薬品が、米国当局により米国への輸出を禁止されていたにもかかわらず、対応策が講じられず、かつ買収契約書に当該問題についての売り手責任が明記されていなかったという。 この結果、第一三共は買収後6年間で買収金額約5000億円の大宗を占める4500億円の損失を被り、最終的には所有するランバクシー株の全株を売却し、撤退する事態を招いた。買収完了を急ぐあまりにデューディリジェンスによる発見事項に対し、買収契約書で補償義務を明確にしておく等の対応を取らなかったことが致命傷の1つになったと思われる。 住設機器メーカーLIXILが2014年1月に買収したドイツ現地法人Joyou AGは中国で衛生陶器等の製造・販売を行なっていたが、買収後わずか1年5カ月で同社は破産手続を開始すると発表した。これに伴うLIXILの損失額は660億円と報じられている。Joyou AGは買収される前から周到な粉飾を行なっており、LIXILはデューディリジェンスで粉飾を発見できなかったとされる。 2013年7月、総合商社の丸紅はアメリカ第3位の穀物商社、ガビロンを2700億円で買収、丸紅の穀物部門と統合し、アメリカにおける穀物ビジネスを急拡大させる計画であった。 ところがガビロン買収による丸紅とのシナジーは計画どおり実現せず、買収後わずか1年8カ月後の2015年3月期決算において、ガビロン買収時の「のれん代(買収額と正味資産の差額)」1000億円のうち、500億円の減損計上を余儀なくされている。買収金額を大きくするため、買収後の利益見通しを楽観的に計上しすぎたためと推察される。シャープ本社を訪れ、報道陣の取材に応じる鴻海精密工業の郭台銘会長=2月5日、大阪市阿倍野区のシャープ本社(彦野公太朗撮影) 2月25日、シャープは台湾のOEMメーカー、鴻海への売却を取締役会で決議した。 鴻海は創業者1代で築き上げた世界最大のOEMメーカーではあるが、世界に通用する独自技術と自社ブランドはもっていない。相互信頼か相互不信か また中国大陸に工場が集中しているため、最近の中国経済減速の影響を受けているとも伝えられているし、1代で築いたワンマン経営ゆえ、中長期的安定性も不明である。 鴻海はシャープの液晶技術と世界に通用するブランドを獲得したかったのであろう。 株主が海外企業となる場合、M&A案件として注意しなければならないのは、株主企業の中長期的経営安定性と買収時コミットメントの確行である。シャープ取締役会による鴻海への売却決定はおそらく主力銀行の意向を反映したものと思われるが、鴻海の中長期的経営安定性と買収時コミットメントの確行については懸念が残ると思う。相互信頼か相互不信か 日本企業のM&A失敗の原因はいろいろ考えられるが、筆者の海外M&A経験に基づく考察によれば日本固有の社会と文化に一因があると思う。 ここで強調しておきたいのは、筆者は日本固有の社会と文化を海外と比べて是非や優劣を論じるつもりはまったくなく、客観的事実として彼我の違いを認識し、これを日本企業によるM&Aに役立てようとする姿勢である。 筆者の論点は、最近はやりのグローバリズムに基づく日本ダメ論、日本変われ論ではなく、それぞれの民族が地政学上の環境において過去数千年に亘って培ってきた文明と、それに基づく行動の違いを認識することにより、日本企業の海外M&Aの成功率を高めようとするアプローチである。 日本企業の場合、M&Aや資本提携の対外交渉にあたり、相互信頼、共存共栄、長期関係の三原則を基本とすると考えられるが、外国企業は必ずしもそうではない。 筆者の経験では、外国企業はM&Aや資本提携の交渉時に、いかにしたら自社の利益を極大化できるか、相手の弱みは何か、相手企業に対してどのようにしたら優位に立てるか、という姿勢で交渉に臨む。支配・被支配関係を前提とした相互不信と警戒感が先立つのである。 こういう相手と交渉をする場合、日本人特有の相互信頼の精神だけでは思わぬ落とし穴に落ちかねない。M&Aの最初のプロセスであるトップ会談で、売り手の外国人社長に惚れ込んでしまう日本人社長がいるが、自分が惚れ込んでも、相手が自分のことを信頼して好きになってくれるとは限らない。当たり前のことだが、自分の会社を高く売りたいため、あるいは有利な提携条件を結びたいため、愛想よくしているケースがほとんどであろう。 日本では昔から「至誠天に通ず」という言葉があり、こちらが誠意を見せれば相手も必ず誠意をもって応じるという相互信頼の精神があるが、これはおそらく外国人と接したことのなかった日本人の言葉であろう。 何千年、何万年ものあいだ、土地を求めて異民族同士の殺戮を繰り返してきた一神教のユーラシア大陸の民族(およびその派生であるアメリカ)にとって、相互信頼の精神は育たないのである。 メソポタミアの粘土板の歴史書にも、ある日砂漠の彼方から砂煙を上げて異民族の大軍が押し寄せ、メソポタミアの都市国家を破壊し尽くし、住民を皆殺しにした史実が記録されている。13世紀のモンゴルによる中近東と欧州への進攻もその一例である。 異民族を見たら敵だ、という発想なのであり、その考え方は21世紀の企業行動においてもユーラシアの人びとのDNAに植え付けられ、基本的には変わっていないことを認識すべきである。人間平等主義VS奴隷制人間平等主義VS奴隷制 江戸時代以前より、近江(いまの滋賀県あたり)商人のあいだで「売り手よし、買い手よし、世間よし」という三方よしの商売哲学があった。今風の言葉でいえば、商取引にあたってすべてのステークホルダーが得するのが商売の大原則という考え方であった。 この考えは江戸時代に入って石田梅岩が心学として体系化し、「先も立ち、我も立つ」という共存共栄の利を共にする精神を日本中の商人に広めたのである。現在でも日本の伝統的な企業で、社是として取引先と従業員との共存共栄を原則としている企業はいくらでもある。 共存共栄の精神の基には、徹底した人間平等主義がある。日本ではこの世の人びとは皆平等である、と考えるゆえに富を分かち合うという精神が芽生えたのである。 これに対して、征服した異民族を殺戮したり、人権のまったくない奴隷として酷使したユーラシアの人びとには、一神教の教えもあり、そもそも人間平等という考えはなかった。有史以来、世界中の文明圏で奴隷制がなかったのはおそらく日本だけではなかろうか。奴隷制があったかなかったかで、その文明の人びとの振る舞いがまったく異なってくるからだ。 古代民主制といわれるギリシャの都市国家アテネでは、12万人の市民のほかに3万人の外国人と8万人の奴隷を使っていたことが記録されている。「民主主義」といっても奴隷には人権はいっさい認めず、家畜と同様に酷使、虐待、虐殺していたのがギリシャの「民主主義」の実態である。 ローマ帝国に至っては、戦争で奴隷になった異民族の男をグラジエイター(「剣闘士」と訳されている)としてコロセウム(闘技場)に追い込み、同じグラジエイター同士をどちらかが死ぬまで剣で戦わせ、これをローマ市民が観覧席から高みの見物をして楽しんだ、という事実は読者もよくご存じのことであろう。奴隷は闘牛の牛と同様の扱いであったのである。 有史以来、ユーラシア大陸の国家と民族では戦争に敗れた人びとは、殺されるか、家畜同然で死ぬまで酷使されるという過酷な運命が待っていたのである。 この奴隷制を地理的に海外に拡大していったのが、西欧植民地主義である。16世紀のスペインによるインカ帝国征服を嚆矢として広がった西欧の世界中の植民地では原住民の人権はいっさい認められず、原住民はただ殺戮と搾取の対象であったのである。 つまりユーラシア大陸においては勝者のみが正義、敗者は家畜同然の奴隷とされたのである。 奴隷制の伝統に基づく勝者独り勝ちの精神は、アップル、グーグル、IBM、ウォルト・ディズニー等の多国籍企業が、徹底した節税スキームで税金の支払いを少なくし、この結果、積み増した利益を株主と経営者が山分けするという行動の原点となっているのである。 これは日本企業が長いあいだ培ってきた「三方よし」という、人間平等主義に基づいた互恵の精神と正反対のものである。 最近話題になっている人工知能やロボットに対する警戒感も、奴隷制度があった国と、日本のような人間平等主義が伝統である国では考え方が違うと思われる。ユーラシアの奴隷制度が長く続いた国では、ロボットを奴隷と捉え、奴隷、すなわちロボットの反乱を警戒する姿勢が根付いていると考えられる。  経営者個人の利益を優先するとなると、当然、短期経営志向となる。なぜなら個人が経営者でいられるのはせいぜい数年から10年程度のあいだであり、この間に会社の利益を上げ、個人の手取りを極大化する必要があるからである。クライシス対策より組織の名誉 最近のアメリカの企業による自社株買いも、経営者が設備投資や従業員に対する配分を削ってでも、ROEを高めることにより経営者報酬を増やしたい、という意識の表れといわれている。 上位1%の富裕層が所得の9割超を獲得しているアメリカの著しい格差社会化の進行は、独り勝ち短期経営の結果でもある。 これに対して日本企業の長期志向は、百年以上続く長寿企業が日本では1万5000社以上(世界で首位)ある一方で、2位はドイツで1000社以下という統計にも表れている。ホンダジェット=羽田空港(早坂洋祐撮影) トヨタの水素自動車、東レの炭素繊維、ホンダのアシモロボットやホンダジェット等の世界最先端技術は、これら日本企業のすべてのステークホルダーが30年以上の超長期投資に耐えた結果であり、欧米流短期経営では絶対に開発できない技術である。 一方、海外企業は超長期投資にすべてのステークホルダーが耐えるということはできず、フォルクスワーゲンの排ガス不正、GMの欠陥車放置、ノバルティスファーマの実験結果改竄等、短期でコストのかからない不正に走ってしまうのである。クライシス対策より組織の名誉 以上のとおり、日本企業の行動原則として、(1)相互信頼、(2)共存共栄、(3)長期経営の3つを挙げ、日本企業にとって、これらの行動原則が通用しない海外企業と交渉する際の弱みになってしまい、これが日本企業による海外M&Aの成功率が低くなっている要因であると考えている。 ユーラシアの民族の行動原則をわかりやすくいうと、「自分だけ、今だけ、金だけ」ということになり、これは日本人の「皆も、将来も、金だけでない」という行動原則と正反対のものである。 筆者はこれに加え、日本文明に基づく日本企業の共同体志向が、M&A失敗の一要因ではないかと考えている。 日本企業による大型M&Aの場合、社長以下会社全体で買収完遂に突っ走ってしまい、買収完遂が自己目的化してしまい、デューディリジェンスで発見されたリスクに対する対応策や、買収の基本前提となる将来収益見通しとシナジー実現可能性の慎重なチェックが疎かになってしまうことがよくある。冒頭に挙げた第一三共、LIXIL、丸紅がそのケースであろう。 また買収後、トラブルが多発しても、社外はもちろん、社長と担当役員以外には社内にも知らせずトラブル情報を隠蔽してしまうケースが多い。その結果、対策が後手に回り、かえって損失が拡大してしまう。巨額粉飾が発覚したオリンパス。2011年4~12月期決算を発表する当時の高山修一社長=2012年2月13日、東京・大手町(瀧誠四郎撮影) オリンパスの巨額粉飾事件もこうした背景があったことが明らかになっている(巨額粉飾の事実は代々の社長と担当役員のみに引き継がれていたが、これは現地採用出身のイギリス人社長が、日本から逃げてロンドン都心の警察署に身柄保護を申し出たことから発覚した)。 まだ世間には公表されていない、こうした潜在失敗ケースはいくらでもあると思う。歴史と地政学による文明の違いを理解せよ 昭和17(1942)年のミッドウェー海戦で、日本海軍が大敗した情報も極秘とされ、国民にはもちろん知らせなかったし、陸軍出身の東條英機首相にもすぐには報告されなかったという話もある。海軍大将山本五十六と海軍全体の名誉を守るためであった。 日本の大組織の場合、終身雇用制度の下、年功序列人事が現在でも支配的であり、組織の論理が貫徹しやすいため、まず組織の名誉を守ることが、当面のクライシス対策よりも優先するのである。 組織の名誉を守るという行動は、日本人の共同体志向に基づく行動であり、江戸時代に幕府に対し各藩がお家騒動等の不名誉な出来事を隠そうとしていた史実に通底するものがある。 またそれぞれの組織が失敗とその原因を開示せず、失敗を隠蔽する行動を取るため、M&Aリスク回避策がいつまでたっても企業社会で広く共有されず、同じような失敗がほかの企業でも繰り返されるのである。 以上述べてきたとおり、日本と海外の企業文化の違いは、筆者は歴史と地政学要因による文明の違いにあると考えている。宗教の異なる一神教の異民族同士が土地を求めて争いを続けてきたのが、ユーラシア大陸の民族の歴史であり、これは現在でもキリスト教徒とイスラム教徒の一神教同士の終わりのない対立抗争として続いている。 一神教の異民族同士の争いが長いあいだ続くと、当然、相互不信と警戒、支配被支配と奴隷制の世界観、勝っているあいだに収奪する短期志向等の考えが定着し、現在に至るまで、その文明の人びとの行動様式を支配しているのではなかろうか。 これに対し、日本列島は大海に孤絶し、海に囲まれていたという地政学上の要因により、ユーラシア大陸からの異民族との武力衝突が元寇を除いてはなく、かつ多神教であったため、国内でも大規模な宗教戦争がなかったというきわめて恵まれた環境にあり、ここに縄文時代以来1万年以上に亘り、世界でもまれな日本文明が育まれたのである。 歴史と地政学により条件付けられた文明というインフラストラクチャーは、そこに生きる人びとの文化、すなわち考え方と行動様式を規定する。ここからユーラシアの民族と日本人との文化の著しい差が生じたのである。 グローバリゼーションという耳当たりのよい言葉に流されず、彼我の文化と文明の違いと、そこから生ずる行動様式の違いに目を向けるべきである。日本企業は自らとは異なる文明の人びととM&A交渉を行なっていることを十分に認識すべきである。 同時に、日本人の共同体志向はクライシスにあたって、クライシス対策よりも共同体組織の名誉を守ることが優先されがちであるため、これが海外M&Aのリスク要因となっていることを、日本企業は率直に認識することにより、海外M&A成功に役立てるべきであろう。すぎやま・ひとし JPリサーチ&コンサルティング顧問。1949年生まれ。72年一橋大学卒業、旧三菱銀行入行。米英に約十二年間勤務し、海外M&A業務に従事。2001年転出後、大手企業投資ファンドや上場事業会社で海外M&Aと買収後経営に携わる。海外を含む投資先企業の取締役を務め、内外の子会社経営や買収後リスク対応の経験が豊富。現在、M&Aリスクコンサルティング会社であるJPリサーチ&コンサルティングの顧問を務める。関連記事■ 日本企業の「未来」は、少しの想像力で読み解ける■ グローバルレベルのスピードは「完璧を求めすぎない」ことから生まれる■ 冨山和彦・日本企業が再び世界の覇者になるビッグチャンス

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    なぜ今、ハーバードで「日本」が注目されるのか?

    佐藤智恵(作家・コンサルタント) 今年1月の発売と同時に即、増刷が決定するなど、大きな話題になっている本がある。それが『ハーバードでいちばん人気の国・日本』(佐藤智恵著)だ。本書のために20人以上の教授へのインタビューを敢行した佐藤氏が、取材の中で痛感したこと、それは「日本人は、自分たちの本当のすごさを知らなさすぎるのではないか」ということ。 それはいったいどういうことか。そして、世界のビジネススクールの頂点たるハーバードにおいて、「日本人と日本企業」はどのように教えられているのか。お話を伺った。取材をすればするほど出てくる「日本」の名前――自らも米ビジネススクール出身で、MBAについての著書も多い佐藤さん。なぜ今回、このテーマで書籍を書こうと考えたのでしょうか。 「『日本への注目が高まっている』――リーダーシップについての取材でハーバードの教授陣へのインタビューをしていたとき、そう感じたのがきっかけです。取材の中で『日本企業を題材にしたケースが人気を集めている』『今度、この日本の企業のケースを書こうと思っている』といった話が何度も出てくるのです。 ご存じのとおり、アメリカのビジネススクールの授業は『ケース』と呼ばれる事例をもとに、ディスカッション形式で進められるのが一般的です。その中で、日本企業を扱ったケースがとりわけ人気を集めており、新たなケースも続々と執筆されている、というのです。 同じころ、日本人留学生からある話を聞きました。それは『今、ハーバードで一番人気があるのは日本』だということ。ハーバードに限らずアメリカのビジネススクールでは世界各国への研修旅行が組まれることが多いのですが、その一番人気の行き先が日本で、100名の枠がすぐに埋まってしまう、というのです」――佐藤さんが留学されていた当時よりも人気が高まっている、ということでしょうか。 「私が米コロンビア大学経営大学院に留学していたのは2000年から2001年。当時も、日本への研修旅行はそこそこ人気がありましたし、日本のことを扱ったケースもないわけではありませんでした。でも、ここまでの人気ではなかったと記憶しています。 なぜ今、日本に注目が集まっているのか。それをぜひ解き明かしたいと考えたのです」ハーバードが注目する日本のベンチャーとは?――「ハーバードのケースとして取り上げられた」というと、それだけでかなりすごいことのように思います。 「いえ、実はそうとは言い切れないのです。実際には毎年膨大な量のケースが執筆されており、そのうち授業でずっと使われるのはごく一部。重要なのはあくまで『どれだけ使われているか』です。 そんな中、トヨタやホンダを扱ったケースはロングセラーとして何十年も教えられ続けており、最近ではそれに加えて『日本航空』や『全日空』、意外なところでは『楽天』を扱ったケースの人気が急上昇している、というのです。とくに楽天の『英語公用語化』のケースは、日本企業関連の事例では近年最大のヒットと言われるほどです」「新幹線のお掃除」がなぜか大人気――注目を集めているのは、やはりこうした大企業中心なのでしょうか。 「実は、日本でも知る人ぞ知るといった企業にも注目が集まっています。たとえば、ロボティクスで注目を集めるサイバーダインや、健康系ベンチャーのキャンサースキャン、旅行に特化したサイト運営を手掛けるベンチャーリパブリックなど。 日本はアメリカに比べるとベンチャーが育たない、と思っている方は多いと思いますが、ハーバードの見方は逆。ニティン・ノーリア学長自ら『日本では、世界を席巻しそうな企業が密かに生まれつつある』と言っているほどです」「新幹線のお掃除」がなぜか大人気――「日本企業に注目が集まっている」「興味深いベンチャーが続々登場している」……こうしたハーバードの日本観は、むしろ今の日本人自身の日本観と真逆のように感じます。 「取材の中で再認識させられたことがあります。それは『日本人ってこんなにすごかったのか』ということです。日本人はどうしても謙遜の精神が出て、自分たちを過小評価しがちです。でも、『ハーバードの教授陣』という世界最高の知性が、日本人のすごさの本質を見抜いてくれた。そんな思いを抱いたのです。 その象徴とも言えるのが、『新幹線のお掃除』で知られるテッセイ(JR東日本テクノハートTESSEI)を扱ったケースです。 華やかな衣装をまとい、ホームに入ってくる新幹線を一礼して迎えると、1両たった7分でスミからスミまで磨き上げる清掃員さんの姿を、皆さんもご覧になったことがあるかもしれません。その会社こそがテッセイです。 実は、テッセイは最初からこうした優良企業であったわけではありませんでした。2005年に取締役に就任した矢部輝夫さんが努力と工夫を重ねた結果、『自分たちの仕事はどうせ清掃』という意識を変え、社員のモチベーションを喚起。今ではその技術とホスピタリティの高さで注目を集め、多くのメディアで取り上げられています」――『新幹線お掃除の天使たち』という書籍にもなるなど、今、注目の企業ですね。 「とはいえ、まだまだ知らない人のほうが多いでしょうし、トヨタやホンダのような、いわゆる大企業ではありません。にもかかわらず、このケースがハーバードの学生の間で大人気なのです。 実はこのケースを執筆したイーサン・バーンスタイン助教授と2014年に話をした際、本人から直接『テッセイのケースを書きたい』という話を聞いていました。日本のことをここまで見てくれている人がハーバードにいることに驚いたものですが、その後、完成したケースが大人気だということにさらに驚かされました」日本人の「当たり前」を、世界が学ぶ時代に――なぜ、テッセイの話はここまで受けたのでしょうか。 「ケースの共同執筆者であるビュエル助教授にうかがったところ、最初は学生たちも『清掃会社から何を学べるのだろう』という感じだったそうです。階級社会の欧米において、清掃作業はあまり階層の高くない人の従事する仕事。海外の空港などに行くと、やる気なさそうにモップがけをしている人を見かけますよね。これが欧米では普通なので、あえて『従業員のやる気を高めよう』などとは誰も考えない。『もっとお金を出せばいい』『やる気がなくても仕事が進むシステムを作る』という発想しか出てこない。 だからこそ、自分たちの仕事の意義を説き、人の役に立つ喜びを伝えることで従業員の意識を変えた矢部氏の事例を知り、『こんな考え方もあったのか』と、新鮮な驚きを感じるのです。 ここに、日本人が今、ハーバードで注目されている理由の一つがあると思います。『お金よりも大事なことがある』『人の役に立ってこそなんぼ』といった、日本人が自然と身につけている価値観。学校でわざわざ習うようなこともないその価値観を、今、ハーバードの学生たちが必死になって授業で学んでいるのです」「日本のシニア」は、もっと自信を持っていい!――いわゆる「マネー至上主義」のアメリカで、こうした価値観が受けているというのは、正直意外です。 「これは日本が変わったというより、アメリカが変わった結果だと思います。ちょうど私が留学していた2000年頃は金融至上主義の時代。金融工学の知識を駆使していかに儲けるかが追求され、ビジネススクール卒業生も投資銀行に続々と就職していきました。マスコミ出身の私ですら、投資銀行から内定をもらったほどです。 9・11やリーマンショックなどを経て、そんなマネー至上主義が徐々に見直されてきました。お金儲けはもちろん大事だが、品格や倫理もまた、必要なのではないか。そう気がついたとき、日本が再発見された。そういうことではないかと思うのです」「日本のシニア」は、もっと自信を持っていい!――ただ、バブル崩壊後、経済的に停滞している日本に対し、現在の世界経済で注目を集めているのは、中国やインドといった新興国です。 「もちろん、日本経済がこの20年、表面的には停滞していたことも事実です。ハーバードの教授の中にも興味・関心が中国やインドなど発展目覚ましい国に移った人もいます。それでも、少なくない数の教授が『日本から学ぶことは多い』と研究を続けています」――本書を読むと、そんな日本人の底力のようなものを感じますね。 「私は無条件に『日本は素晴らしい』と言うつもりはありません。ハーバードの教授陣も授業において日本の素晴らしさに触れると同時に、その課題についてもしっかりと触れています。私も本書を執筆する中で、一方的な日本礼賛にならないよう、バランスを取ることを心がけました。 それでもやはり思うのは、『日本人はもっと、自信を持っていい』ということです。特に今の団塊の世代を中心とするシニア層。満員電車で通勤し、毎日残業して、家族もプライベートも犠牲にして猛烈に働いてきた。それが、気がついたら定年を迎え、やるべき趣味もない。しかも若手からは『時代は変わった』『バブル崩壊後の停滞は団塊世代のせい』などと責められる。自分の人生、いったいなんだったのか……そんな悩みを持つ人も多いはずです。 ハーバードで今、日本が注目されているということは、シニア層のやってきたことが決して間違っていなかったということでもあります。むしろ、戦後の日本の経済成長と平和で安定した国づくりは『日本人が達成した偉業』と評価されているのです。そのこともぜひ、お伝えしたいと思っています」さとう・ちえ 作家・コンサルタント。1970年、兵庫県生まれ。92年、東京大学教養学部卒業後、NHK入局。ディレクターとして報道番組、音楽番組などを制作する。2001年、米コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。著書に『外資系の流儀』(新潮新書)、『世界のエリートの「失敗力」』(PHPビジネス新書)など。関連記事■ なぜ、モスバーガーは愛され続けるのか?■ グローバルレベルのスピードは「完璧を求めすぎない」ことから生まれる■ 「たった5%」の情報でも、仮説を立てて即断即決する

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    盛り上がりに欠ける? 北海道新幹線 テレビでは開業日に特番ラッシュ

    (THE PAGEより転載) 【北海道・札幌】3月26日、北海道に「新幹線」がやって来ます。第1号列車はすぐにチケットが売り切れましたが、それ以外の予約率は、開業日から9日間では25%にとどまっていることが報じられました。 テレビでは毎日のように「いよいよです!」と北海道新幹線の開通を歓迎ムードとともに報じていますが、北海道民全員が盛り上がっているわけではないように思います。予約率は25%にとどまるJR札幌駅の外観にも「いよいよ」の文字が躍る ここで、北海道新幹線の開業に向けた昨年末からの動きを簡単におさらいしておきましょう。●2015年10月JRグループが北海道新幹線に関わる料金表を発表。東京~新函館北斗間は片道2万2690円(運賃1万1560円/指定席1万1130円)に決定。東京~札幌間は2万6820円(同1万4140円/1万2680円)。●2015年12月JRグループが3月26日以降のダイヤを発表、東京~新函館北斗間は最短で4時間2分で運行することが判明。接続などを含むと東京~札幌間は最短で7時間44分で、これまでのダイヤよりも1時間23分の短縮。収支試算は年間48億円の赤字(収入111億円、支出160億円)という厳しい数字。●2016年2月マスコミも多数乗車して行われた避難訓練中に5分間の停電。JR北海道は「送電の手順に誤りがあった」と人為的なミスであることを発表。●2016年3月JR北海道が、3月26日の北海道新幹線開業日から9日間の指定席予約状況が25%に留まっていることを発表。また「はまなす」「カシオペア」などの北海道と本州の架け橋的電車が相次ぎ休止。特に「はまなす」は、「最後の急行列車」として愛された存在だった。 このように、決して好調とはいえない指定席の予約状況や厳しい収支予想が発表される中でも、開業PRキャラクター「どこでもユキちゃん」がラベルに登場する記念フードが販売されたり、新幹線に関係する各駅ではイベントが催されたり、札幌ではスキー場で開業を祝う花火大会が開催されたりするなど、開業を歓迎する動きは見られます。今回は「札幌」まで開通しない朝から二部構成で各局が特番放送 一番顕著なのは、テレビの特別番組ラッシュです。開業に向け、これまでも折にふれて特集が組まれてきましたが、 26日の開業日には民放5テレビ局が軒並み特別番組を放映します。(時間はいずれも午前)●HBC(北海道放送/TBS系列)「北海道にガッチャンコ!新幹線がやって来たまるわかりスペシャル!」(第1部5時45分~7時30分、第2部9時25分~11時45分、ゲスト:杉村太蔵他)●STV(札幌テレビ放送/日本テレビ系列)「みるみる北の新幹線!北海道開業スペシャル」(第1部5時58分~6時28分、第2部9時30分~11時25分、ゲスト:サンドウィッチマン他)●HTB(北海道テレビ放送/テレビ朝日系列)「新幹線がやってきた!ユメをのせて出発進行」(第1部5時30分~8時00分、第2部9時50分~11時45分、ゲスト:タカアンドトシ他)●UHB(北海道文化放送/フジテレビ系列)「みんなの新幹線」「ゆったりしあわせ旅」(それぞれ9時55分~11時15分、12時~12時55分、ゲスト:矢野直美他)●TVh(テレビ北海道放送/テレビ東京系列)「体感LIVE!新幹線1番列車~期待と課題載せ出発進行~」(6時30分~7時、3月22日に池上彰司会の特別番組を編成)今回は「札幌」まで開通しない ほぼ同時刻に、ほとんどの局が早朝から昼までの長時間にわたる二部構成で特集するという 「テレビ報道の加熱ぶり」と、わずか25%という新幹線の 「低調な予約率」のコントラストが浮き彫りになっています。それにはさまざまな背景があると考えられます。 まずは、今回のタイミングでは札幌まで開通しないこと。予定では2030年度末に札幌に開通するので、後15年ほどかかります。札幌市の人口は190万人強、函館市の人口は26万人強ですから、単純に7分の1の人口規模では全道へ盛り上がりを波及させるのは至難の業です。北海道新幹線の路線図(北海道庁ホームページより) しかも、札幌駅から新函館北斗駅まででも3時間半近くかかります。プラスして、新函館北斗駅があるのは函館市に隣接している北斗市。新函館北斗駅から函館駅までも、新設される「はこだてライナー」などを利用し20分近くかかってしまいます。 SNSをのぞいてみると、「26日の時点では札幌まで開通しないこと」「新函館北斗駅が函館市にないこと」はあまり知られていないようです。 時間的な面・費用的な面などでも、飛行機に後れを取ってしまっている北海道新幹線。「試される大地」(ここ数年北海道のキャッチフレーズに採用されている文言)に乗り込んでくる新しい列車たちは、まさに北の大地で試されようとしています。(ライター・橋場了吾)

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    新幹線開業で勃発する「函館ホテル戦争」の期待と不安

     北海道初の乗り入れとなる新幹線開業(3月26日)まで1か月強と迫っているが、北の玄関口となる函館周辺では、観光客の大幅増加を見込んだホテルの新規開業計画や改装が目白押しで、顧客争奪戦が激化しそうだ。 函館港に面する人気のベイエリア地区では、「センチュリーロイヤルホテル(札幌)」を運営する札幌国際観光が2017年のオープンを目指して200室規模のリゾートホテルを建設予定。またJR函館駅前の市有地では大和ハウス工業がホテルと物販の複合施設の建設を提案しているほか、新幹線駅の新函館北斗駅前でも、地元経済界がホテルやレストランの入る施設をつくる計画となっている。 既存ホテルのリニューアルも着々と進んでいる。リーマン・ショックなどの影響で閉鎖されていた函館市内のホテルを買い取ったWBFリゾートは、2014年に「函館グランドホテル」、2015年7月に「函館グランドホテル別館 ラ・ジョリー元町」を次々オープン。会議室や展示場などのコンベンションを備える「函館国際ホテル」もおよそ3億円を投じて客室を大改装した。北海道函館市で人気が高いホテル「ラビスタ函館ベイ」=3月11日 注目ホテルはまだある。ホテル評論家の瀧澤信秋氏は、〈サービス拡充〉〈周辺余波〉というキーワードで2棟のホテル名を挙げる。「口コミサイトなどで“朝食のおいしいホテル”としての人気が定着している『ラビスタ函館ベイ』は食事だけでなくサービス全般の拡充に力を入れています。 また、新幹線駅からは少し距離がありますが、人気リゾート地として知られる大沼公園周辺では、ホテル営業が一旦休止されていた『クロフォード・イン大沼』が新幹線開業に合わせてリニューアルオープンする予定です」 さらに、湯の川温泉地区の旅館改装も急ピッチで行なわれている。オリックスグループのオリックス不動産が観光ホテル「ホテル万惣」を買収して全面改装をしているのはその一例だ。 その他、「東横イン」「ルートイン」「スーパーホテル」など全国チェーンのビジネスホテルも鎬を削る中、函館ホテル戦争は“新幹線特需”の奪い合いの様相を呈してきた。 しかし、不安要素も多いと指摘するのは、前出の瀧澤氏だ。「函館は『さっぽろ雪まつり』のような注目イベントが少なく、ホテル業界も夏の繁忙期と冬の閑散期の稼働率の差に苦しめられてきました。昨年は中国の航空会社が相次いで函館との定期路線就航を果たしたおかげで中国人観光客に救われましたが、インバウンド効果はいつまで続くか分かりません。 もちろん、新幹線の開業に伴って本州からの観光客も集中するでしょう。しばらくはホテルの予約が取れないほど盛況になるのは確実ですが、北陸新幹線が開業した金沢などと比較すると、どうも街の話題性が少ないことが気になります。 ホテルは観光地の人気を如実にあらわします。そういう意味では、北海道新幹線の開業によって函館の実力が試されるといってもいいでしょう」(瀧澤氏) いま、函館の観光業界は、単に施設や名所を巡る「見る」観光だけでなく、体験型プランなどを組み込んだ「する」観光を前面に掲げ始めている。ホテル業界も同様、リピーターを増やす集客策を練らなければ、いくら立派な施設を築いても一時的な新幹線効果で終わってしまうだろう。関連記事■ 新幹線建設の歴史を振り返り新幹線網整備が急務と提言した本■ 元新幹線運転士の著者ならではのエピソードが満載された本■ 銀座の金沢アンテナ店 芸妓さんとのお座敷遊びも定期的開催■ 新幹線だけじゃない 注目の九州観光列車&特急列車■ 新幹線延伸で注目の金沢・富山ビジネスホテル 評論家が推奨

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    「ゼロ戦は世界一の技術だった」は時代に逆行する発想

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) 日本も捨てたものではない、国内でそれほど名が知られていないけれど、高い技術で世界でトップの企業がある。日本はまだまだ技術力が高いという話を聞くと複雑な思いをします。挙句のはてはゼロ戦は世界一の技術だったと溜飲を下げる人がおられますが、まったく時代に逆行する発想ではないかと感じてしまいます。再び日本の空を飛んだ零戦(零式艦上戦闘機)=1月27日、鹿児島県鹿屋市の海上自衛隊鹿屋基地 もちろんグローバル市場で活躍する日本の企業が存在することは素晴らしいことです。それぞれの企業は素晴らしくとも、広がりが薄く、点在している感が強いのが残念なところです。しかも、過去の日本産業が高い競争力を持っていた時代と比べれば、やはりそれぞれが小粒になってしまった感が否めません。 日本は、かつて、ブラウン管テレビでは世界の半分のシェアを持っていたにもかかわらず、液晶テレビの時代になって、どんどんシェアを落とし、生き延びることができるかどうかにまで追いやられています。半導体もそうです。ウォークマン、携帯電話・・・イノベーションが起こるたびに世界での日本の競争力が落ちてきました。日本は、それだけ産業の新陳代謝を生むダイナミックなメカニズムをもっていなかったことになります。 先に触れたゼロ戦も同じです。ゼロ戦がその素晴らしい能力で恐れられた時期もありました。しかし、研究しつくされ、対策を練られ、最後は惨めに撃ち落とされていく標的でしかなかったのです。職人芸に頼り、戦略やシステム発想に欠け、結局は進化させることができなかったというのがゼロ戦の教訓でした。 さて韓国貿易協会国際貿易研究院が発表した面白い報告が紹介されています。2014年に世界首位の製品数で、トップは中国で1610品目、ドイツ(700品目)、米国(553品目)、イタリア(222品目)、日本(172品目)の順だったと朝鮮日報が伝えています。韓国は前年から1ランクダウンの13位だったようです。世界市場でトップシェア、韓国13位64品目・日本5位172品目 また中央日報によると「世界1位製品最多輩出国」の中国は、10年間にわたり世界1位をキープしており、しかもこの10年で世界トップの品目を678個も増やしてきています。しかも韓国が強い産業分野を蝕んできており、韓国は、開発途上国型製品から、先進国型製品に主に力を注ぐべきだという主張も出てきているといいます。世界1位製品…韓国、先進国型に移行する時 | 中央日報 さて、市場は小さくとも、ユニークで、高い技術力を持った分野で存在感を示すグローバルニッチをめざせ、つまり小粒でもぴりりと効く企業を日本で生み出し、育てようといのは正しい戦略だと思います。そうでなければコモディティ市場で価格競争にまきこまれてしまいます。しかし、ニッチだということは市場規模が小さく、イタリアのように、よほど多くのグローバルニッチ企業を数多く生み出し、集積させないと日本の経済を支えるには限界がでてきます。 日経がそういった素晴らしいグローバルニッチ企業を紹介していますが、こういった企業をどんどん育てる仕組みをもつことが日本の成長戦略の軸になってくると考えるのが筋でしょう。もちろん紹介されている企業以外でも、一眼レフカメラとか、CMOSセンサー、内視鏡などの分野で世界でトップの地位を保ってはいますが、まだまだ集積不足であることが否めません。「世界シェアNo.1」隠れた日本企業のチカラ:日本経済新聞 しかし、アベノミクスは効果を急ぎすぎ、金融政策の特効薬と、大企業優先の政策をとってしまったために、効果があがらず、日本の経済は再び失速しはじめています。 いくら大企業の業績があがったとしても、雇用の7割を占める中小企業の業績が上がらなければ、経済の好循環は生まれません。今から思えばアベノミクスは金融政策が実態経済をどう活性化できるかの壮大な実験でしたが、まったく効果が波及せず、「常識通りの結果」でした。「トリクルダウン」という言葉も今となっては懐かしいだけです。 グローバル化経済から逃れることができない以上、グローバル市場で競争力を高めるしか、日本の存在感も高まってきません。そのためには、国際競争力を持つ中小企業を生み出し、育てること、もうひとつはいずれかの産業のプラットフォームを日本が主導する頂上作戦の両輪が日本の戦略になってくるはずです。 安倍内閣でも、安倍内閣でなくともいいのですが、目先の政策をとらずに、時間を要しても、再度日本の経済産業政策の焦点を絞り、まずは、中小企業の生産性を高め、たとえ小さな市場でも世界のトップとして存在感のある企業をどう生み出すか、また育てるのかの原点にもう一度立ち戻るべきではないかと強く感じます。 (「大西 宏のマーケティング・エッセンス」 2016年2月15日分を転載)

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    日本人にiPhoneがつくれない理由

    かつてソニーがウォークマンをつくり、世界を驚かせたのも今は昔。海外勢とのグローバル競争で劣勢を強いられ、「日の丸家電」という言葉もいまや死語になりつつある。もはや風前の灯になったともいわれる日本のモノづくり。スティーブ・ジョブズを超える日本人が現れる日はいつか。

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    日本の技術は負けていないという思考停止

    竹内健(中央大学理工学部教授) 日本の半導体はソニーのイメージセンサー、東芝のフラッシュメモリなど数少ない勝ち組を除いては、総崩れになりました。 特に酷い状態なのがシステムLSI。日立、三菱電機、NECのシステムLSIを主力とする半導体をスピンオフして作られたルネサスエレクトロニクスは業績悪化によって、社内の半数近くもがリストラされる状況に追い込まれました。 東芝でもシステムLSIが不適切会計の舞台になったように、システムLSI事業は不採算だったようで、これからリストラが行われます。 車も電気自動車・自動運転など、コンピュータ化が進んでいます。社会のあらゆる機器に組み込まれる半導体はこれからも重要です。 実際、「アマゾンが半導体製造 米ネット企業の垂直統合戦略」にも書かれているように、サービス事業者であるアマゾンが自社のサービスを差別化するために半導体に参入しているのです。 アップルはiPhoneに搭載される半導体を自社で設計しています。半導体の外販はしていませんが、実はアップルは世界有数の規模の半導体メーカーなのです。 先ほどの記事にも書かれているように、ソフトウエア企業であるグーグル、マイクロソフト、オラクルも半導体に参入しています。 ああ本当に、日本の半導体は勝手に一人でずっこけたんだな、と思いました。 日本の半導体の不振の理由として、円高、新興国企業の台頭、垂直統合から水平分業へのビジネスモデルの転換の遅れ、などが言われています。 これら環境は経営も重要な問題点でしょうが、本当にそれだけなのでしょうか。 もし経営が問題だとしても、他人事のように言っていて良いのか。 同じような文脈で、日本は技術では負けていない、とも言われています。 日本は技術至上主義、技術で上なのは尊いことだ、と思われがちではないでしょうか。 本当に技術で負けてなかったか?と私は思っていますが、もし仮に技術では負けていなかったとしても、なぜ素晴らしい技術を開発した優秀な技術者が、技術開発だけに留まってしまったのか。 もし経営で負けたのならば、優秀な技術者は弱点である経営を助ける仕事になぜ転換しなかったのか。 日本は技術では負けていない、と言った瞬間に、思考が停止してしまって、もう技術者の責任ではない、というニュアンスを感じてしまうのです。 古くはインテル、アップル、マイクロソフトを創業したアンディ・グローブ、スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツは技術者から経営者になりましたし、最近でもアマゾンを創業したジェフ・ベゾスも元々は技術者です。 私自身も含めて技術者は、技術という狭い世界に閉じこもっていたことを、反省しなければいけないのではないでしょうか。 もちろん、技術者として優秀な人が、経営に向いているとは限りませんし、優秀な技術者の全てが経営を行うべきでもありません。 求められる技能・特性が全然違いますから。 ただ経営でITをはじめとする技術が重要になっている時代ですから、技術者の中の何人かは、経営の道に進むべきではなかったか。 現在、技術者出身で経営をされている方の多くは、技術関係の課長・部長・事業部長・・・と勤め上げた上で、経営者になっているのではないでしょうか。 つまり、終身雇用の中で「出世した成れの果て」に結果的に経営者になっている。 これで経営者の重責を担え、と言われても本人も困ってしまうでしょう。 経営の専門家として鍛えられ、経営者として評価されて経営者になっていないからです。 そのように技術者が経営者として十分な訓練がされていないのは、企業自体が技術者は専門領域を深堀して欲しい、という人事システムだったから、というのもあるでしょう。 技術者が経営の仕事にかかわるためには、韓国の三星電子のように、技術者としてひと仕事したら、30代半ばには商品企画・マーケティングに異動させ、経営者になるためのキャリアパスを歩ませる、ということも必要でしょう。 大学も反省しなければいけません。手に職をつけさせるために、専門技術だけ教えていれば良かった時代は終わりました。 学部の学生に技術と経営の両方を学ばせるのは当然、難しい。学部・修士課程の間はまずは技術を身に付けるので良いと思います。 そして、就職して企業の実践の場で技術を磨いた後、30代前半くらいで経営を学ぶ再教育の場として、本当は大学が機能しなければいけないのだと思います。 私も留学したアメリカの大学のMBAはまさに、そのようなひと仕事した後の再教育の場となっているのです。 大学の側の勝手な事情と言うと、少子化で大学に入ってくる人の数は減っていくので、市場は縮小します。再教育の場という新しい市場を開拓しないと、大学が生き残ることも難しくなっていくでしょう。 このように、なぜ日本の電機メーカー・半導体が総崩れになったかを総括すると、企業、大学、技術者個人の誰もが反省しなければいけないのではないか。 自分たちは技術力があるから、と過信、油断していなかったか。 創業期のインテルに入社し、1980年代、DRAM事業で日本メーカーに敗北したインテルをCPUメーカーに転換させたアンディ・グローブは名著「Only the Paranoid Survive(インテル戦略転換)」の中で、いかに自分が油断していたか、優柔不断だったか、自分に不都合な現実から目をそらしていたか、を反省しています。 この本はいわゆる「成功本」ではなく、自分の失敗を赤裸々に懺悔する「失敗本」なのです。 世間では名経営者と思われているグローブが、結果的に大成功したのは、自分の功績ではないと語っています。 果敢な戦略転換を実行し、経営危機のインテルを復活に導いたアンディ・グローブでさえも、「パラノイド(病的なほど心配性)でなければ生き残れない」と考えています。 ましてや、我々が油断・過信していたら、ひとたまりも無い。だから負けたのではないか。 日本の電機メーカーは家電や半導体、B2Cからインフラ、車載、B2Bなどに事業を転換させています。 日本は技術力はあったのに、経営者がダメだったから負けたのだ、などと思っていては、同じ失敗を繰り返してしまうのではないでしょうか。 まずは失敗した現実を直視することから。(2016年1月30日「竹内研究室の日記」より転載)

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    精密で誠実な日本人と新発想できる米国人は最強の組み合わせ

     日本経済を「悲観論」が覆っているが、アメリカ経済との関係を見ても決して主従関係ではない。お互いになくてはならない相互補完関係にあるといっていい。 たとえば、米国を代表する企業であるアップルの看板商品、iPhone。1300点ともいわれる部品の半分以上は日本製で占められている。電気を一時的にためておくセラミックコンデンサを手がける村田製作所のほか、京セラ、TDKなど独自の技術を持つ日本企業なしではiPhoneは作れない。著名投資銀行家“ぐっちーさん”こと山口正洋氏がいう。 「村田製作所はもともと京都の伝統工芸である清水焼を手がけており、数百年に及ぶ焼き物のノウハウを蓄積して、それが応用されている。これは韓国や中国の部品メーカーがおいそれとマネできないキラーコンテンツであり、多少の円高になろうともアップルは買わざるを得ません。このような代わりの利かないモノづくりはまさに日本の強みなのです」時計のイベントで実演する職人=2015年10月21日、ベルン 今や日本の最大の貿易相手国は中国だが、輸出額は今でも対米輸出が1位であるうえ、貿易黒字額も6兆円超と、日本にとってアメリカが一番のお得意様であることに変わりはない。 そして、アメリカが依然として世界最大の経済大国であり続けることを示すデータがある。最も目を引くのが、人口動態だ。「アメリカの人口分布を見ると、最もよく働き、最も消費する30代層は2050年までは増え続ける。総人口は減っても生産消費層は増えるという日本とはまったく違う状況にあり、今後数十年、経済成長が続くのは間違いないでしょう」(山口氏) アメリカの中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が3月の追加利上げを見送る公算が高く、アメリカ経済の行方を懸念する声も高まっているが、「足元の指標を見ると、そんなことはない」と山口氏は言い切る。「新規住宅着工件数や自動車販売台数、あるいは失業保険申請者数、雇用者数などはいずれも好転しています」日本では、いまだにTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に対する脅威論も根強い。しかし、実際には庶民は多くの恩恵を受ける可能性が高い。第一生命経済研究所の主席エコノミスト・永濱利廣氏の見方だ。「まず関税が撤廃されることで、輸入する食料品や衣類などの日用品が安く買えるというメリットが考えられます。日本の農業が追い込まれるという指摘もありますが、一方で世界中で人気の高い和牛などを世界で売る機会が増えることも予想されます」 山口氏は金融サービスの多様化をメリットに挙げる。「日本の住宅ローンは返済できなくなったら、担保の家を取られ、それでも足らなければ残りのローンを払い続けなければなりませんが、アメリカの場合は払えなくなったら家を銀行に渡して終了。実はこれが世界標準であり、住宅ローンはもっと使いやすくなるかもしれません」 さらに、山口氏は「アメリカ経済は日本にとって良いことだらけ」だと強調する。「新しいものを発想するのが得意なアメリカ人と、精密かつ誠実にモノづくりができる日本人というのは世界最強の組み合わせです。日米関係の進化が、さらなる成長を日本にもたらすと私は確信しています」関連記事日本在住34年米教授 日本のエロ本を“世界的下品”と形容【キャラビズム】家族の会話の代わりに電化製品が会話する時代に米就活人気企業 社内運動会のような日本的催しを展開半導体 韓国企業にノウハウ提供し寝首かかれたと大前研一氏ソニーやパナソニックも買収される可能性を大前研一氏が指摘

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    日本企業はグローバル化できるのか? 出井伸之氏インタビュー

    殊な金融用語で話していることが殆どだ。しかし株主は機関投資家だけでなく個人投資家も存在するのだから、企業経営や個々の経営判断について一般の投資家にも分かるように伝えることが必要になる。だからIRには、営業やマーケティングの経験があってMBAで財務を勉強し、機関投資家と一般の投資家向けに二通りの話し方が出来る人を配置する必要があると思う。 -(田中)「コミュニケーションの拙さによって日本企業の株価は過小評価されているのか?」 もちろんコミュニケーションやその時々のトレンドの影響もあるだろう。しかし株価や企業価値については別の理由を考える必要がある。Google、FacebookやAmazonのようなインターネット企業が、なぜこんなに大きくなっているのか。例えばコンサルティング会社であれば従業員数の規模などで企業価値がある程度決まってくるが、いわゆるプラットフォーム企業にはそれがない。 プラットフォームは利用するユーザーがどんどんユーザーを広げていってくれるので、よりアップサイドの余地があると判断され、たとえ現在の売上は小さくてもその可能性から株価が上がるからだ。しかし、こういった一番値段がつく場所に日本企業はまだ一社もおらず、古いコングロマリットに値段がついているというのが現実だ。-(安倍)「日本企業はどのようなビジネスモデルを構築するべきか?」 日本企業が今一番やるべきことは、既にあるプラットフォームを真似るのではなく、ユーザーやマーケットに「これはすごい」と思われるものを考え出すことだ。そういった試みはまだ日本から出ていないと思う。それは現在の日本企業でプラットフォーム企業にこれだけ値がついてることの意味を認識している人間が少ないからだろう。 リアルとバーチャルが一緒になって次の時代が来ている今、どういうビジネスモデルが必要か、そこで必要とされるビジネスモデルを新しく概念レベルから作り出すべきだが、そもそも日本の内と外でやっていることが盆踊りとサッカーぐらい違うというのが現状だ。-(安倍)「そのような状況で日本企業は変われるのか?」 非常に難しいが、結局は日本企業の大量生産型、仕様が決まったものを大量に作るというビジネスモデルが人を抱えすぎて、大企業で安定した仕事をしている人たちが多過ぎるのが問題だ。低ROE、低株価、でもみんな幸せ、というモデルもある程度は続くが、グローバルな競争では通用しない。それが変わるにはあと20年はかかると思う。 その中で生き残る企業は超グローバル企業か、コンパクトな企業の二種類だろう。超グローバル企業は、インターネットの外部性や規模のメリットを享受できるし、コンパクトな企業は細かなアジャスト、アダプトが上手く出来る。ただ、古い人間がいる会社では難しいだろう。 ソニーは今60歳が一番上の役員で、みんな54、5になった。その下にいるのは40代で、もう少しすると本当の変化というか全然違う概念が出てくると思う。デジタルネイティブを、大学生の時にインターネットに触れたかどうかという基準で考えると、ちょうど37、8歳が一番上だ。 とにかく企業に限らず今の日本のシステムはものすごく古い。そして変化を内発的に起こす必要がある。現在2020年のオリンピックに注目が集まっており、それまでは暫く今のやり方で生き残ることが出来るだろうが、オリンピック後の2030年を見据えて、どのような経済・社会システムを実現するのかを検討するべきではないか。-(田中)「具体的なアイデアはあるか?」 ここ10年アメリカで講演して一番評判が良かったのが、Fortuneのパネルディスカッションでやった、都市のOSを作る「シティOS」という話だった。実は日本は戦後新幹線でいち早く同期型の社会を作りあげたが、次にやることは都市にOSを作ることだと思う。エネルギーやインフラをスケーラブルなOSとして作って、その上でサービスのような個々のアプリケーションを乗せてみてはどうかという話をしたら、名刺交換の列が出来た。 日本社会の活力を生かすためには、「今日本を作ったらどうなるか」ということを根本的に考え直す必要があると思う。例えば、江戸時代の藩というのは日本の地域コミュニティの文化的な求心力があった思うが、廃県置藩のようなことをやって、どうすれば良いコンパクトシティが実現できるのかを考えることが非常に重要だと思う。【インタビューを終えて:編集長 安倍宏行】 出井氏の視点はグローバルだ。リアルとバーチャルが一緒になり、次の時代のビジネスモデルがダイナミックに生まれている現状を指摘した上で、日本の多くの経営者がそれに気づいていないことに警鐘を鳴らした。全く同意する。残念なことに今成功しているIT・プラットフォーム企業は基本的にアメリカ生まれだ。日本発はない。 そうした中、出井氏は我が国のデジタルネイティブ層に期待をかける。現時点で37、8歳以下の人たちだ。60歳以上の経営者が考えもつかない、新たな概念が生まれる可能性がある、と出井氏は期待する。目先のオリンピックに目を奪われることなく、その先を見通して、グローバル競争に勝ち抜く新たなビジネスモデルを構築する必要がある、という氏の提言を重く受け止めた。

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    挑戦心に火をつける! 米起業家の言葉

    現代のアメリカを代表する起業家たちの言葉は、挑戦心を失いがちな我々の心に火をつけてくれる。それら珠玉の名言を、米起業家たちについての著書を数多く発刊している竹内一正氏に選んでいただいた。 スティーブ・ジョブズ(アップルコンピュータ創業者)「 ハングリーであれ、愚かであれ」「他人の人生を生きてはいけない」 アップルコンピュータを創業し、マッキントッシュ、iPod、iPhone、iPadなど数々の革命的な製品を開発しながら、2011年に惜しまれつつこの世を去ったスティーブ・ジョブズ。数多くの名言があるジョブズだけに一つに絞るのは難しいのですが、ここでは二つ選ばせてもらいました。 まずはあまりにも有名な「ハングリーであれ、愚かであれ」。2005年にスタンフォード大学で行なわれた講演会で発せられたひと言です。 飽食の時代、ハングリーになるのは非常に難しいことですが、誰もが豊かさに慣れてしまっては、イノベーションは生まれません。また、ここでいう「愚か」とは、「当たり前のことを疑うこと」だと私は解釈しています。たとえば「前例がこうだから」「上司からの命令だから」と何も考えないで仕事をこなす姿勢からは、成長は期待できません。 納得できない命令には、「なぜ、それをやるのですか?」と聞き返してみる。時に批判覚悟で「当たり前を疑う」という愚かさこそが、成長の原動力となるのです。 そして、「他人の人生を生きてはいけない」ということもまた、ジョブズの生涯を通じての重要なテーマでした。「会社のために」「上司のために」などという言葉は一見美しいですが、それは誰かの言いなりに仕事をしていることに他なりません。「会社のために」というお題目のもとに倫理観が失われ、その結果起こった企業不祥事も、枚挙にいとまがありません。 ジョブズには、これも有名な「今日が人生最後の日だとしたら、今日やることは本当にやりたいことか」というセリフがあります。ぜひこの問いを胸に、「自分は、自分の人生を生きているのか」としばし立ち止まって、考えてみてほしいと思います。 もう一つだけ、ジョブズについて取り上げておきたいのが「点と点を結ぶ」という言葉。今やっていることに一生懸命取り組んでいれば、そのときは無駄だと思ったことがやがて役に立つことがある、ということです。 有名な例が、ジョブズが大学時代に学んでいたカリグラフィー。当時はなんの役にも立たないと思っていたものが、マッキントッシュの美しいフォントを生み出すことにつながりました。「自分の人生を生き」、目の前のことを一生懸命こなしていれば、やがて点と点が結びついて成功に至る。そのことを体現した生涯でした。スペースX、アマゾンのカリスマ「珠玉の言葉」イーロン・マスク(テスラモーターズ会長/スペースX社CEO)「 真似するのではなく、基本的原理から発想する」 電気自動車「ロードスター」「モデルS」で自動車業界に旋風を巻き起こし、商業用宇宙ロケット「ファルコン9」にて民間企業で初めて国際宇宙ステーションとのドッキングを成功させる……。今や、ジョブズを超える経営者とまで評されるのが、電気自動車メーカー・テスラモーターズ会長であり、ロケットベンチャー企業・スペースX社創業者のイーロン・マスクです。その型破りな発想の原点とも言えるのがこの言葉です。 「学ぶ」という言葉が「まねぶ」から来ているように、他社を真似て商品を開発するのが間違っているわけではありません。ただ、それでは「世の中をあっと言わせるようなもの」を作ることができないのも事実です。 「火星に人類を移住させる」と公言するイーロンは何か物事を考えるに当たり、常にその根本に立ち返って発想します。これは、彼が学生時代、物事の原理原則を考える学問である「物理学」を専攻していたことに由来します。 たとえば、電気自動車のコア技術である「バッテリー」が良い例です。三菱や日産などは大型の専用バッテリーを開発してきました。一方、イーロンは、ノートPCで使う汎用品の小さなリチウムイオン電池を大量に(約七千個も)並べて一つのバッテリーパックとして高性能を実現したのです。まさに、「バッテリーとは何か」という基本的原理に立ち返ったからこそ、出てきた発想でしょう。 また、現在挑戦中ですが、スペースX社では一度飛ばしたロケットの再利用実験を進めています。「一度使ったものを再利用することができれば、ロケットコストは劇的に安くなる」というのは、根本から考えればまさにそのとおりですが、「ロケットは使い捨て」という常識にしがみついた既存の宇宙ロケット企業では踏み出せない大きな壁でもありました。従来の常識を一度忘れて「そもそも」に立ち返ることで、革新的なイノベーションは生まれるのです。 イーロンは南アフリカ出身で、その後アメリカに移住。若い頃は肉体労働などをして稼ぎながら学業を続けた苦労人でもあります。しかし、当時を振り返って、「貧しくてもハッピーであることは、リスクを取る際に非常に大きな助けとなる」と言っているように、常に楽天的であり続けました。根本から考え、楽天的に実行する。真のイノベーションはそこから生まれることを、彼は教えてくれます。ジェフ・ベゾス(アマゾン・ドット・コムCEO)「 顧客のニーズから逆算せよ」 アマゾン創業者であるジェフ・ベゾス。現代のアメリカを代表する起業家ですが、ジョブズやゲイツと彼との間には大きな違いがあります。それは、ジョブズやゲイツには「自分が売りたいもの」があったのに対して、ベゾスにはそれがなく、「ネットを使えば大きく儲けられるのでは?」という発想が原点にあることです。 もちろん、本が好きだからアマゾンを始めたというエピソードは本当でしょうが、一方で根っからの「商売人」でもある。そんな彼の本質をよく表わした言葉がこれです。 実際、アマゾンほど顧客のニーズに忠実な会社はありません。サジェスト機能など次々と新機能を提供したかと思うと、ニーズがなければすぐに引っ込める(ちなみに彼は「小さな一歩を細かく繰り返すほうが多くを学べる」とも言っています)。一方、「いろいろな商品が買いたい」というニーズに応えていった結果、今では本だけではなく家具や雑貨まで扱う総合商店となっている。 特筆すべきは「中古書籍」まで扱っていること。本当に本にこだわりがあるのなら、その売上げを妨げる中古書籍を扱うはずがありません。自らのこだわりを捨て、徹底的に顧客の利便を考える。そこがベゾスのすごみでもあるのです。ビル・ゲイツ、ラリー・ペイジの珠玉の言葉ビル・ゲイツ(マイクロソフト創業者)「仕事と莫大な富と、どちらを選ぶと聞かれたら、仕事を選ぶ」 マイクロソフト創業者であり、今や世界一の大富豪でもあるビル・ゲイツ。ただ、彼の本質はどこまでいっても「ソフトオタクのワーカホリック」であると私は思っています。BASICやMS‐DOS、そしてウィンドウズと次々とソフトを開発し、それをバージョンアップしていく。才能のあるチームメンバーとスリリングな仕事をすることに何よりの楽しみを見出していたのがゲイツという人なのです。 そして、この言葉に表われているように、自分がいくら稼ぐかということにはまったく執着しませんでした。マイクロソフトが株式公開したとき、社員の一人が上がる株価チャートをデスクの横に貼りつけて仕事をしていたのを見て一喝したというエピソードからも、彼自身にとって株価(お金)は二の次だったことがわかります。 ゲイツには「1日24時間では処理しきれないほど難問がある。だから、無駄にしている暇はない」という言葉もあります。せっかちでワーカホリックなゲイツと一緒に働くのは大変なことだったと思いますが、それがマイクロソフトの成功の要因だったことは事実です。 「仕事が好き」であることは、絶えざる改善の原点となります。iPodやiPhoneなど、次々に斬新な新製品を出していくジョブズに対し、ゲイツは地道に「ウィンドウズ」のバージョンアップを繰り返しました。 飽きずに改良を続けることができたのはまさに「仕事が好き」だからこそ。性能的に見劣りしていた「ウィンドウズ1・0」をひたすら改良し続け、ネットブラウザーを開発したネットスケープ社などライバルが台頭したと見るや剛腕で叩き潰し、やがてウィンドウズは世界を席巻していくことになるのです。 ちなみにゲイツのもう一つの特徴が「心配性」。「成功は最低の教師だ。優秀な人間をたぶらかして、失敗などあり得ないと思い込ませてしまう」という発言もあるように、常に「いつ失敗するか」を考えながら仕事を進めていました。前述のネットスケープ社の例はまさにそうで、心配の芽は早いうちに潰しておこうというゲイツの心配性の表われです。 そんなゲイツの仕事のスタイルには賛否両論あるでしょう。ただ、「好きな仕事をとことんやる」という当たり前のことでも、突き詰めれば億万長者への道が拓ける。ゲイツの言葉からは、そんなことに気づかされます。ラリー・ペイジ(グーグル創業者・CEO)「イノベーションは小さなグループから起こる」 スタンフォード大学院在学中に出会った友人のセルゲイ・ブリンとともにたった二人で始めたグーグル。今や巨大企業となったグーグルですが、「イノベーションは小さなグループから起こる」という彼のポリシーはまったく変わっていません。 グーグルマップやストリートビューなど多くの斬新な機能は、たった一人、あるいは少人数のプロジェクトからスタートしたものです。本業以外の好きなことに仕事の二割の時間を割いていいという「20%ルール」が、これを促進しているのは言うまでもありません。 人は何かを始める際、どうしても「人が足りない」「モノが足りない」と言いがち。しかし、やる気さえあれば少人数でも、いや、少人数だからこそうまくいくのだということが、この言葉からはわかります。面白いことに、実は同様のことをジョブズやゲイツも言っています。 また、ペイジは根っからのエンジニア気質で、「エンジニアこそ巨大な変化をもたらすことができる」とすら言っています。グーグルの社員への待遇の良さは有名ですが、それもエンジニアの力を信じているからこそでしょう。日本のメーカーが忘れつつある「モノ作りの本質」を思い出させてくれる気がします。

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    日の丸家電を蝕み続ける呪縛 「技術で勝つ」なんて妄想だ

    産性のジレンマ」と呼んだ現象である。 「効果の経営」を追求するにしても、無尽蔵にムダを許容していては企業経営は成り立たない。ある程度、ムダの範囲を制限してあげる必要があり、それが経営者の役割である。つまり、「効果の経営」とは、より正確に言うのであれば、計画的にムダを許容する経営スタイルといってもいい。日本は世界の家電産業を席巻していない日本は世界の家電産業を席巻していない 今世紀に入ってから、ハイブリッド車のトヨタやホンダが注目される自動車産業とは対照的に日本の家電産業の凋落が激しい。これについて、新興勢力の韓国や台湾が日本の物まねをして価格攻勢を仕掛けてきたので日本は世界市場から撤退を余儀なくされた、という論調の主張が見受けられるが、これは2つの点で間違いである。 ひとつはアジア、特に韓国のサムスン電子やLG電子は家電領域で価格競争を仕掛けてきたという事実はない。彼らはむしろ、欧米で着実にサムスンやLGのブランド力を構築するため、高級、高品質な家電製品を洗濯機、冷蔵庫などいわゆる白物家電からテレビなどの黒物家電に至るまで、フルラインアップで欧米先進諸国に投入し、新興国市場だけでなく、先進国市場でも一流ブランドのイメージを築き上げた。 もうひとつの間違いは、日本は日本人が思うほど、家電製品で世界を席巻してきてはいなかった。具体的に言えば、特に白物家電を欧米諸国に本格的に導入した日本企業は1社もない。アメリカ人やヨーロッパ人にとって、サムスンやLGに総合家電メーカーのブランドイメージを抱くことはあっても、日本のパナソニック、東芝、シャープなどのブランドに総合家電のイメージは現在だけでなく過去から存在していなかった。総合家電メーカーとしての日韓国際競争という意味では、日本はそもそも市場参入をしておらず、不戦敗といってもいい。 これは、日本の家電メーカーが1970~1990年代に主にブラウン管テレビとVHSビデオデッキに集中的に開発資源を投入して、テレビ、ビデオメーカーとして欧米市場に入り込んでいたためである。これはこれで当時の戦略としては間違ってはいなかったのかもしれない。先述の通り、家電には当たりはずれが大きく、大ぶろしきを広げすぎると、計画的なムダの許容の限界を超えてしまっていたかもしれない。当時、ブラウン管カラーテレビやVHSビデオデッキはハイテク商品であり、付加価値も高い。日本は、こうした付加価値の高いハイテク商品に特化することで、高い収益を限定的な領域の技術開発に再投資をして世界で抜きんでた技術を持ち続け、それが日本のハイテク製品の優位性につながっていたといえる。デジタル化で日本の匠の技が簡単に 1990年代まで日本の家電メーカーの利益率は日本の自動車メーカーの平均よりも高かったと一橋大学の延岡健太郎教授は指摘する。転機は2000年前後で今世紀に入って、家電と自動車の利益率は逆転をしたと同教授は指摘している。「日本は技術で勝つ」という呪縛 その最大の要因は、デジタル化である。デジタルテレビやDVD、ブルーレイなど、デジタル技術による黒物家電は基本性能が飛躍的に向上した。そのため、技術による差が消費者の認知できるレベルをはるかに超えてしまった。1982年にCDを開発したソニーはその後、CDよりも高音質のSACDを開発するが、SACDはほとんど普及せず、むしろCDよりも音質の低いMP3オーディオの方が、消費者に受け入れられる結果になっている。現在の家電市場は、技術成果がそのまま製品価値に結びついていないのだ。 さらに、デジタル化は汎用化をもたらし、汎用化は参入障壁の低下をもたらした。デジタル家電の場合、ほとんどの機能が半導体チップによって実現されている。半導体は装置産業であり、規模の経済性が効くので、同じ半導体を大量に作れば作るほどコストは低下する。このように半導体部品を大量生産すれば、自社内で消費する以上の半導体生産を行う企業が出始め、競合他社に自社の部品を供給する外販ビジネスが増加する。 外販ビジネスが増えれば、外部の顧客企業が使いやすいように半導体設計をするようになるので、これまで日本の匠の技がなければ実現できなかったようなことが、半導体の中にブラックボックス状に組み込まれ、顧客企業が簡単にその恩恵を被ることができるという状態が生まれる。こうすると、経験のない企業でも家電産業に簡単に参入することができるようになる。 VHSビデオデッキは長く、日本メーカー以外は複雑なメカデッキを作ることができず、日本の優位性となっていた。しかし、DVDにおいては、デジタル化された部品がだれでも簡単に手に入るため、日本企業が収益化するよりも前にあっという間に中国の新興メーカーなどが低価格機種を出すようになった。日本にはテレビ番組を録画するという文化があるので、ブルーレイやハードディスクのレコーダー製品がメインであるが、北米や中国には録画をするという文化がなく、DVDにしてもブルーレイにしてもプレーヤー(再生専用機)が主力製品であるが、店頭に並ぶ製品に日本製品はない。「日本は技術で勝つ」という呪縛 日本の家電産業の凋落の要因をアジアの諸外国に求めるのは、1960年代に日本がアメリカから物まねだと批判されたのと同じで負け惜しみでしかない。日本は、1980年代後半をピークとした収益のすべてを特定の技術開発につぎ込むという成功体験に縛られている。時はちょうどバブル景気に浮かれていたので、何を作っても高値で売れる、いわば戦略不在でもビジネスが成立してしまう時代であった。今日の日本の家電産業の凋落の直接的な要因はデジタル化による競争環境の変化であるが、より根深い問題として存在しているのは、安易な成功体験しか知らないバブル入社組のメーカー社員が、ここにきて経営層に入り込む時代となっているという不幸が重なっていることだ。家電産業が抱えている問題は簡単だ 多くの家電メーカーの経営層や中間管理職には、いまだに「日本は技術で勝つ」という内製技術至上主義的な妄想がはびこっている。しかし、デジタル化のくだりで述べたように、部品は標準化され、国際的に流通しており、競争環境は彼らが若くして体験した安易な成功の時代とは大きく異なっている。なんでも日本でやるということ自体、そもそも無理な話になっている。 そもそも、家電メーカーとはいえ企業である。企業の目的は優れた技術を生み出すことではない。企業は短期的には収益性を、長期的には戦略的な組織能力を企業内に蓄積していくことであり、技術はその一部に過ぎない。技術さえ良ければいつかはわかってもらえるという妄想から脱却しない限り、日本の家電メーカーの復活はない。家電産業が抱えている問題は簡単だ 日本にいまだに優れた技術があること自体を否定するつもりはないし、技術は新たな製品を実現するために必要なツールである。しかし、メーカーの使命は消費者が高くてもお金を出してほしがるような製品を世の中に出すことであって、技術を売っているわけではない。そこを勘違いしてはいけない。 日本の家電産業は混迷の様相のように見えるが、筆者は実は単純な問題でしかないと考える。つまり、現在、まともな経営ができる経営者が家電メーカーにあまりに少なすぎるということだけが問題なのであり、経営層を優れた、いや、それほど優れていなくてもまともに戦略的判断ができる人材に変えるだけで、日本の家電メーカーは簡単に立ち直るのではないだろうか。 筆者は、4年ほど前からソニーは平井一夫社長の下で経営回復をするだろうと述べてきた。理由は二つである。平井社長はエレクトロニクスのソニー本社ではなく、CBSソニー出身の経営者であり、技術を経営のツールとして冷静に見られる立場にある。CBSソニー出身の社長は故大賀典雄会長と同じである。ソニーがCDやMD、プレイステーションの開発にGOを出した大賀会長は、自身がエンジニアでないからこそ、技術をどう活かすかという目的に着目してヒット商品を生み出してきた。 もうひとつの理由はぶれがないことである。戦術レベルでの軌道修正はあるものの、大きな方針は平井ソニーではぶれていない。スマートフォンやCMOSセンサー、メディカルなどの領域に積極的に投資をしていくというのは、平井社長就任当時の赤字のころから一貫しており、ソニーの研究開発投資は平井社長就任以降着実に伸びている。 新しい特定の分野で一貫した投資を続けているという意味では、パナソニックの津賀一宏社長も同様だ。同社は、中途半端な国際戦略を一時撤収し、家電は国内市場メインで高付加価値路線をとる一方で、BtoBビジネスでは積極的にグローバル市場を狙うという一貫した方針をとっており、早期の黒字化を果たした。 今期の四半期決算の結果を見ると、パナソニック、ソニーという勝ち組と、東芝、シャープという負け組の差がはっきりと見えるが、東芝もシャープも自社の従来の事業と技術に固執しつづけているという共通点がみえる。日本はアジアの家電の頭脳となれ日本はアジアの家電の頭脳となれ シャープの債権を鴻海に任せるか、産業革新機構に任せるかが世の中をにぎわせている。それぞれのプランの是非は、他でも多々述べてきたのでここでは割愛するが、話の中心がアジアへの技術流出をどうするか、という議論をしているのが、日本の経営能力の低さを如実に表している。 冷静に見れば、家電産業の中心は日本を含む、中国、韓国、台湾などの地域である。その中で21世紀の序盤戦では日本は敗退をしている。一方、市場も作り手側の世界もグローバル化しており、前世紀的な国内垂直統合ビジネスは全く通用しない。そんな中で、国内弱者連合をいくらつくっても、諸外国勢に勝てるはずがない。 技術面でも必ずしも日本が強いとは言えなくなってきている。特に生産技術に関しては、台湾や中国が日本よりも高い領域が現れてきている。 しかし、日本にはまだ隠れたアドバンテージがある。まったくゼロベースで新しいものを考え、商品にまとめあげる力はまだまだ日本の方が一日の長がある。日本が着目すべきはアップルのやり方だろう。アップルは、スティーブ・ジョブズが「アップルはソニーになりたい」と言っていた。ソニーにもバブル世代の内製技術至上主義者たちがいまだに跋扈しているが、スティーブ・ジョブズがなりたかったソニーはそうした彼らの考えるソニーではなかった。もしそうであれば、iPhoneやiPadなどの製品の設計・製造を台湾のEMS企業、鴻海に丸投げするなんてことはしなかったであろう。ジョブズの考えたソニーとは、今までに世の中になかったアイデアを実現するというところであり、水平分業が進む今日では、鴻海という外部の能力も活用しながらソニーのようなユニークな製品を出していこう、というのがジョブズの考えるソニーであったはずだ。 ただ、ジョブズ亡き今、アップルが今度は今世紀初めの日本のような状況に近づいている。ジョブズの遺産というべき製品カテゴリーの中での機能・性能進化以外、ここ数年のアップルには新たな驚きがなくなってきており、実際にiPhoneは減産局面に入っているという。 アップルが弱く、いまだ中国、韓国が日本企業ほど新たな商品企画力を獲得していない今こそ、効率の良い生産は、アジアの力を借りつつ、日本は彼らが考えられないゼロから新しい商品カテゴリーを生み出していくこと、いわば今度は日本メーカーが「アップルになる」ということが必要であり、それさえできれば日本の家電産業の復活はそれほど難しいことではない。 繰り返しになるが、多くの日本の家電メーカーには戦略がない。あると思っていたらそれは「戦略ごっこ」でしかない。シャープが鴻海の傘下に入るように、海外の経営能力を持って経営陣改革を行うのも一つの手であろう。もうひとつの手段は、日本の他産業、特に技術至上主義に陥っていないローテク産業から経営者を迎えることであろう。アイリスオーヤマは数年前までプラスチックの三段ボックスのメーカーでしかなかったが、パナソニックによる旧三洋電機社員のリストラの受け皿になって、ユニークな家電事業を展開している。家電産業の中で同質的な弱者連合をくむより、考えるべきは、全く異なる発想ができる企業との組み合わせであろう。 それさえできれば、日本の家電産業の未来は明るいし、それはそう遠い話ではないだろう。