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    韓国人にとって靖国神社とはいかなる存在なのか

    すが、日本の朝鮮統治は西欧型の植民地支配ではなく主権国家双方が合意のもとに締結した日韓併合条約という国際条約に基づく併合であり、同条約により大日本帝国と大韓帝国は武力を用いずに一つの国になったのです。日清戦争勝利で独立できた韓国 そもそも19世紀末、朝鮮という国は清国の属国で完全なる独立国ではありませんでした。それを日本が日清戦争に勝利したことにより大韓帝国という独立国となったのです。それは日清講和条約(下関条約)の第一条「清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼などは永遠に廃止する」を見れば明らかです。伊藤博文、李鴻章が会談した春帆楼2階大広間を再現した日清講和記念館 日清戦争後、日本は清の冊封体制を脱し独立国となった朝鮮に対して自立を促しましたが、彼らはこともあろうか当時の日本にとって最大の脅威であるロシアの支配下に自ら進んで入ろうと、王宮ごとロシア公館に逃げ込むありさまで、その結果ロシアは朝鮮半島におけるさまざまな利権を手に入れ、次第に日本とロシアは朝鮮半島の主導権をめぐって対立するようになっていきました。 満州だけではなく朝鮮半島がロシアの支配下に入れば「力のある白人国家が力のない有色人種国家を支配する」という当時の国際情勢に鑑みて、次に超大国ロシアに侵略されるのは弱小日本の番であることは火を見るより明らかですから、日本としては何とかそれを阻止しようと外交努力を重ねました。しかし当時、世界一の陸軍国といわれたロシアが弱小国日本に譲歩するはずもなく、日本は座して死を待つか、勝てる見込みは少なくとも打って出て戦うかという選択を迫られることになったのです。 戦うことを選んだ日本は、局外中立を宣言していた大韓帝国の防衛および領域内での軍事行動を可能にするため日韓議定書を締結し、それに応えた進歩会などの大韓帝国改革派は鉄道施設などの工事に数万人を動員するなど日本に協力的でしたが、皇帝を中心とする守旧派の腰が定まらないため、外交案件に日本政府の意向が反映されるよう、さらに第一次日韓協約を結びました。 ところが大韓帝国皇帝は、これに違反してロシアだけではなくフランス、アメリカ、イギリスに密使を送ったので、辛くもロシアに勝利した日本は後顧(こうこ)の憂いを絶つため「日本が大韓帝国の外交権を完全に掌握する」とする第二次日韓協約を締結しました。 しかし、その後も大韓帝国皇帝はオランダのハーグで開催されていた第2回万国平和会議に密使を送るなど迷走を止めず、日本の国家安全保障に重大な脅威を与え続けました。(密使は、会議参加国から「大韓帝国の外交権が日本にある」ことなどを理由に門前払いにされています) 日本は、この状態を放置して大韓帝国が植民地拡張政策を続ける欧米諸国の支配下に入れば再び日本は重大な危機に陥ると危機感を抱き、外交だけではなく内政も掌握するため、やむなく併合に踏み切ったのです。日韓併合と靖国神社は無関係 日本としては自主的に独立した大韓帝国と同盟を組んで西欧諸国に対抗することを望んでいたのですが、肝心の大韓帝国にその能力や意思がなく、朝鮮時代からの事大主義を改めることなく大国に擦り寄る政策を続ける姿勢を見て、今の大韓帝国には自主独立する力がないと判断し、他国の保護下になるくらいであれば日本の保護下に置く方が自国のためになると考えたのです。 このように、日本が大韓帝国を併合した最大の理由は自国の安全保障のためで、西欧諸国の搾取を目的とした植民地支配とは異なり、朝鮮半島には搾取するものはなく、併合後は搾取どころか内地から資金や物資を半島につぎ込んだため、内地に住む日本人の生活が苦しくなるほどでした。 しかも併合前は、そうなることを予見した人たちが併合に反対していたため、当時の日本の世論は併合賛成派と反対派が拮抗しており、日本人全員が朝鮮を併合しようと思っていたわけではありません。同様に大韓帝国内も併合賛成派と反対派に意見が分かれており、現在の韓国のようにほぼ100%反対ではありませんでした。 ちなみにアメリカとイギリスは併合に賛成、その他の主要国である清国、ロシア、イタリア、フランス、ドイツなどからの反対もありませんでした。つまり日韓併合は両国の国内に反対派がいたとしても両国政府が話し合いで合意し、かつ当時の国際法上何ら問題のないことで、今の韓国人が反対しているのは後付けの理屈でしかなく、百歩譲って日本の統治を非難するのであれば、その象徴である統監や総督を非難するべきなのですが、下表を見ればわかるように歴代10人の統監と総督のうち靖国神社に祀られているのは、朝鮮統治とは無関係の罪状で服役中に病死した小磯國昭ただ1人でした。 そもそも日韓併合に際して戦争は行われておりませんので戦死して靖国神社に祀られた将兵はいません。したがって日韓併合と靖国神社は無関係なのです。次回は靖国神社に「戦争犯罪人が祀られている」という韓国人の理屈がいかにおかしいかということについて説明をいたします。

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    トランプに怯える金正恩の秘策は「日朝首脳会談」の再現だ!

    対南工作にも関与させなかった。彼らは国内だけにいて、海外に送ることもしなかった。一言で言ってまったく国際感覚がない組織だ。 その組織指導部が金正日の死後、金正恩を取り囲み事実上、金正恩政権の最高権力機関となっている。張成沢処刑も彼らが主導したし、金正恩を支えたもう一つの支柱だった金元弘国家保衛部長をも今年初めに解任した。彼らは金正日の立てた国家戦略を盲目的に守ることしか考えていないから、いくら米国が圧力をかけても核ミサイル開発を止めるという決断はしないだろう。金正日が生きていれば…金正日総書記の肖像画に黙とうする幹部ら。左端は金正恩氏=1月17日、平壌(共同) 金正日が生きていれば組織指導部に国内監視を任せながらも、対外関係では大胆に決断をすることも可能だった。しかし、金正恩はそのような能力を持っていないと思われる。すでに国内で米国まで届く核ミサイルは完成している、米国本土を攻撃できると公言、宣伝しているので、外交的にずるく立ち回って時間稼ぎをするため核ミサイル開発を中断することができなくなっている。それをすれば、米国の圧力に敗北した弱い指導者だと国内で思われ、人民統制が困難になる。組織指導部は人民統制を最重視するので、その意味で外交的解決は不可能に近い。 金正日が生きていれば 第2の、金正恩政権の対外矛盾は交渉で解決できるものではないという理由を検討する。4月に朝鮮戦争が始まるのではないかと多くのメディアが報じたのは、トランプ政権がこれまでの米国政権の対北政策を間違いだったと断じたためだった。 トランプ大統領と政権高官らはオバマ政権の「戦略的忍耐政策」は間違っていた。こちらが忍耐している間に、北朝鮮は米本土に届く核ミサイルを持つ直前に至った。トランプ政権はそれを絶対に許さない。そのため、軍事行動を含む全ての手段をテーブルの上に置く、と繰り返し述べた。 米国にとってのレッドラインは、独裁者金正恩が米本土を核攻撃できる能力を持つことだと明言された。米国は強力な核兵器体系を保有しており、当然、北朝鮮を核攻撃する力を持っている。その米国も自国の安全のためには北朝鮮のような狂気の独裁国家が自国を核攻撃する能力を持たせないと宣言しているのだ。 ひるがえってわが国はどうか。すでに北朝鮮は1993年に日本のほぼ全土を射程に入れたノドンミサイルの実験発射を富山沖に向けて行ったが、当時の宮沢内閣はその事実を非公開にして、危機を見ないふりした。それを米国のウォールストリート・ジャーナルは「日本はお得意のダチョウのポーズをとっている。そのような国になぜ米国が核の傘をさしかけなければならないのか」という趣旨の記事が出た。 わが国にとって北朝鮮が米本土を核攻撃できる能力を持ったら、核の傘は機能しなくなる危険が高まる。その意味では、核攻撃は絶対に許してはならないが、一方で独自に核抑止力を整備する議論もすべきだと私は思っている。 一方、金正恩は先述の通り核ミサイル開発を止められない。したがって、今年秋にかけて米朝の矛盾は極限まで高まるだろう。その場合、拉致問題を核と切り離して先行協議できるというメッセージを日本が送り続ければ、米国の軍事圧力をかわすため日本を利用としようとした2002年9月の日朝首脳会談の再現があり得るかもしれないと、息を呑む思いで状況の推移を見守っている。

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    「口先攻撃戦略」金正恩が震え上がったトランプのあるセリフ

    日に新型ミサイルを発射した。同じ日に、中国の習近平国家主席が世界に呼びかけた経済圏構想「一帯一路」の国際会議が北京で開かれた。ミサイルは中国の威信を汚した。南北首脳会談に積極的な韓国の文在寅大統領もメンツを潰された。北朝鮮は、中韓の指導者をコケにする強気を示したように見える。一方、ミサイル発射に合わせ、米元国連大使と北朝鮮外務省局長の非公式接触も行われたという。弱気に揺れる指導者の悩みが浮き彫りになった。 トランプ米大統領は、北朝鮮指導者の扱いを熟知している。得意の「誇大表現」で「核施設を限定攻撃する」と思わせ、金正恩委員長を追い詰めた。米韓の情報機関は、金委員長が野外で行われる式典に姿を見せるのは、暗殺を心配する金委員長の「影武者」との情報をひそかにリークし、「弱気な指導者」を演出している。 北朝鮮は、「ソウルを火の海にする」などの過激な表現で、周辺大国を不安に追い込み、譲歩を得る手口を得意とする。ところが、トランプ氏がその「口先攻撃戦略」のお株を奪い取ってしまった。「北朝鮮は米国の安全保障にとって喫緊の課題だ」と強調し、金委員長を弱気にさせ、核実験を見送らせたのである。 トランプ氏は、習氏に「核実験をすれば、必ず限定攻撃する」と北朝鮮に伝えるよう求めたという。北朝鮮が中国に「4月20日に核実験を行う」と伝えた、との報道がある。中国は「トランプ氏は核実験施設を限定攻撃する」と強く警告した。4月29日、米ペンシルベニア州出行われた支持者向け集会で登壇したトランプ米大統領(ロイター=共同) 核実験は見送られたが、これでは金委員長の軍へのメンツは丸つぶれだ。4月15日の金日成主席の生誕105周年と、25日の朝鮮人民軍85周年の記念すべき日の前に、核実験もミサイル実験もできず、「トランプと習近平に脅された弱気の指導者」とみられてしまう。指導者に対する軍の信頼が揺らぎ、威信が傷ついた。 だからこそ、軍は指導者に新型ミサイルの実験を求めた。ミサイル発射は4度も失敗していた。北朝鮮では、担当者同士が横の連絡を取るのは禁止だ。軍は、米中首脳会談の内容や韓国大統領の対話策はもとより、米朝接触などの日程を知らされていないため、外交当局の弱腰に反発し妨害する。この平壌のポリティクス(政治)がわからないと、北朝鮮の行動は理解できない。 トランプ氏の「金委員長弱気作戦」の始まりは、2月の日米首脳会談であった。安倍晋三首相は、トランプ氏に北朝鮮がいかに小さな国であるかを説明した。北朝鮮は世界最低の「石油最貧国」で、年間の石油輸入量はわずか50万トンだ。安倍首相は、石油供給を止めれば軍隊は崩壊すると述べ、「対北石油禁輸」戦略に中国を巻き込む必要を強調した。トランプ氏は米中首脳会談で習氏に「対北石油禁輸」を求めた。 信じられないだろうが、北朝鮮の国家予算は公式レートで計算するとわずか80億円、韓国銀行の推計でも約8000億円しかない。消え去るのは国家か威信か…正恩氏のジレンマ 安倍首相は、北朝鮮に言及する際には「軍事オプションを排除しない」との立場を表明するのが効果的だ、とトランプ氏に説いた。トランプ氏をはじめ、米政府高官が「全てのオプションはテーブルの上にある」と述べるのは、安倍首相のアドバイスのおかげだ。 4月の米中首脳会談の前後に、トランプ氏は2度も安倍首相に電話し、中国への「対北石油禁輸」要請を確認した。米中首脳会談の晩さん会の最中、トランプ氏はシリアへのミサイル攻撃を行った。この作戦が平壌を震え上がらせた。 さらに安倍首相は4月27日にモスクワでプーチン露大統領と会談し、拉致問題と北朝鮮問題も話し合った。首相は、プーチン氏にトランプ氏との電話会談を説得して実現させ、日米中露の「北朝鮮包囲網」を作り上げた。 その後、トランプ氏は「北朝鮮は国家の安全保障に差し迫った課題で、外交上の最優先課題」と繰り返しながら、4月27日には「戦争になる可能性はある」と過激な表現を使った。北朝鮮も「破局的結果も覚悟すべき」「先制核攻撃」などの「言葉の戦争」を展開したが、トランプ氏にはかなわない。 北朝鮮の「過激な言葉」を分析なしに報じると、その「弱気」を読み違える。北朝鮮は「敵が挑発するなら」や「中国が制裁強化すれば」などの「留保表現」を忘れない。「米国に限定攻撃させたくない」との思いが痛いほど伝わる。5月14日、ソウル駅のテレビ画面で流れた北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の資料映像(AP=共同) 日本や米国、韓国では、米国が「核施設限定攻撃」をしたら北朝鮮の報復攻撃でソウルは壊滅的な打撃を受ける、だから米国は限定攻撃できないと言う。この分析は日米韓側の事情だけの判断で、戦略的分析とはいえない。北朝鮮側の「弱点」を計算に入れていないからだ。 北朝鮮は、核施設などを限定攻撃されても報復反撃はできないだろう。反撃して、全面戦争にはしたくない。全面戦争を継続できる石油がないからだ。 戦争なら北朝鮮は消滅する。だが、報復攻撃しなければ、指導者の権威と威信は失われる。金委員長のジレンマは深い。米国の限定攻撃に反撃しなければ、国内で「弱気」を批判される。米国の脅しに恐れをなしたと噂されれば、指導者の正当性と権威は失われる。 軍部は金委員長に「核実験継続」を迫る。「米国ごときは怖くない」との姿勢を示すためにも、核実験せざるを得ない。核兵器をミサイルへの搭載が可能になるほど小型化するには、なお実験が必要だ。必ず核実験をするだろう。そうなると中国は、石油禁輸に踏み切らざるを得なくなる。 それでも核とミサイルの実験が止まらなければ、トランプ大統領は「独自の対応」に踏み切ると明言する。北朝鮮は、核兵器の小型化と大陸間弾道ミサイル(ICBM)完成について、「最終段階」と明言する。この言葉には、完成すれば米朝交渉をするとの「戦略」が込められている。「もう少しで終わるから…。軍には逆らえないから…」理解してほしい、との指導者の弱気がにじむ。

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    金正恩がひた隠しにする「朝鮮人民軍」の致命的弱点

    鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト) 4月8日、米太平洋軍のハリス司令官は空母カール・ビンソンの北上を命じた。こうした命令が公開される事自体が極めて異例なことで、米国が北朝鮮に圧力を掛けるための作戦である。 1週間以内に北朝鮮近海に到達することは、ほぼ確実と見られていたが、まさに1週間後の15日、カール・ビンソンがインドネシアのスンダ海峡を通過したと公表された。北上せよとの命令が公表されていたにもかかわらず、この空母は逆に南下し1週間、南シナ海に留まっていた。なぜ直ちに北上しなかったのか?その疑問は4日後に解けた。 19日、米国のペンス副大統領は横須賀に停泊している米空母ロナルド・レーガンの艦上で演説し、北朝鮮を牽制した後、「空母レーガンの復帰は間近だ」と演説を締めくくった。レーガンは昨年11月に横須賀で定期修理に入っていた。期間は約半年とされていたから4月中に定期修理を終え実任務に復帰するわけだが、カールビンソンが南シナ海で待っていたのは他でもない、この空母レーガンの復帰だったのだ。米空母「ロナルド・レーガン」艦上でスピーチするペンス米副大統領 =4月19日、横須賀基地(古厩正樹撮影) 先のiRONNAへの寄稿「大都市を一夜で壊滅できる『世界最強』米空母カール・ビンソンの実力」で米空母の凄さを解説したが、基本的に米国の正規空母は、爆薬約2000トンと戦闘攻撃機「FA18ホーネット」50機前後を搭載している。そして戦闘攻撃機を3分に1機の時間間隔で発着艦させられる。 1機が2トンの爆弾を搭載するとすれば、60時間、敵地の爆撃を間断なく継続できる計算になろう。空母が2隻あれば、交代して爆撃を継続でき、日本で爆弾と燃料の補給を受けられるから、半永久的に爆撃を継続できるわけである。 第2次大戦において日本の都市の多くは米軍による空襲を受けた。民間の被害は甚大であったが、実は軍事活動は壊滅していなかった。空襲警報により、防空壕に避難し、空襲が去った後、軍事活動は再開されたからである。 中東におけるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)に対する空爆も同様であり空爆の間、避難し空爆後、活動を再開するため、IS軍を空爆だけで壊滅するのは難しいのが実情だ。だが、同時に上記2例はいずれも、空爆の間、軍事活動が一時停止することを示していよう。となれば空爆が間断なく続いた場合、軍事活動は半永久的に停止せざるを得ないわけだ。空母2隻体制で爆撃された場合、北朝鮮は反撃の機会すら与えられず、ただひたすら防空壕の中で空爆に耐えているしかないのである。 北朝鮮の金正恩委員長は今年の新年の辞で「ICBM(大陸間弾道ミサイル)試射の最終段階にある」旨を述べた。また1月8日には北朝鮮外交部の声明で、ICBMは「最高首脳部が決心する任意の時刻に任意の場所から発射されるだろう」と述べたが、現時点まで発射された形跡がない。 北朝鮮は2012年に人工衛星の打ち上げに成功しており、ICBMの基本的な技術は持っている筈だが、まだ実験すらしていない。つまり米国に届く長距離ミサイルが実戦配備されるには、今後数年を要すると見られる。北朝鮮の潜水艦は全くの無力 米軍基地のあるグアム島を射程に入れた中距離弾道弾ムスダンは実戦配備されていると見られるが、昨年10月に試射され失敗に終わっている。ムスダンは中国製と見られることから、発射に際しては中国の許可が必要となる筈である。 つまり、安全装置を解除するためには暗証番号を入力する必要があり、その番号はその都度、中国に聞かなければならない。正しい番号が入力されずに発射されれば、発射は失敗に終わる仕組みである。 これは4月16日、29日に発射された弾道弾も同様であり、いずれも中国の許可を得ずに発射を強行して失敗に終わったと見られる。 もちろん、北朝鮮製の弾道弾もあるにはある。例えば3月6日に4発発射され秋田沖に着弾した「スカッドER」は北朝鮮製である。また日本を射程に入れる「ノドン」も北朝鮮製であり、発射に中国の許可を必要としない。5月14日に発射した中距離弾道弾「火星12号」も同様である。 しかし、これらのミサイルは旧式の液体燃料型であり、発射に際してはその都度、数時間かけて燃料注入をしなければならない。つまり発射の予兆を探知されやすく、米軍による攻撃の格好のターゲットになろう。また、壊滅しそこなったとしても日米韓の分厚いミサイル防衛システムに阻まれることは必定である。 そして懸念が広がっている核爆弾の開発状況については、昨年9月に5回目の核実験に成功し、4月以降、6回目の実験を実施するのは確実と見られている。だが、弾道弾に搭載できるように小型化、軽量化するには、まだ数年を要するであろう。ミサイルの発射実験に立ち会う金正恩氏(中央)の写真=(共同) また、北朝鮮の海軍は排水量1700トンのロメオ級潜水艦を20隻程度保有しているが、これは旧ソ連製であり実力としては第2次世界大戦当時の標準的能力しか有していない。現在3500トン級の戦略潜水艦を建造中であるが、まだ完成には程遠い。日米の対潜水艦能力は世界最高水準にあり、これに対して北朝鮮の潜水艦は全く無力であろう。 戦闘機については、北朝鮮はロシア製のミグ23、29を合わせて数十機保有している。しかし、ミグ23は第3世代型の旧式機であり第4世代型のFA18や我が国のF15に太刀打ちできる代物ではない。 ミグ29は第4世代型であるが、パイロットの年間飛行時間が20時間程度と日米の150時間以上と比べて極端に少なく、格闘戦は不可能だ。しかも山口県の岩国の米軍基地には第5世代型のF35が配備されており、ミグ29を一瞬にして壊滅できる実力を誇っている。 北朝鮮の陸軍はT72やT62といった旧ソ連製戦車を多数保有しているが、やはり世代的に古く米国のM1戦車の敵ではない。自走砲として注目されているのが300ミリ多連装ロケット砲だが、制空権を維持できない状態では戦車同様、米軍の戦闘攻撃機の餌食になるしかないであろう。 北朝鮮の特殊部隊は10~20万人いるとされ、北朝鮮軍の中では唯一危惧されるべき存在であるが、これを管理している国家保衛省の上級幹部が最近多数解任されており、有事に際してどれほど動けるのかは不明である。

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    重要な敷居を超えつつある北朝鮮の核能力

    ている。 昨月IAEA事務局長は寧辺のウラン濃縮工場の規模が二倍に拡大されたとの報告を出した。科学・国際安全保障研究所は今のウラン濃縮・プルトニウム生産施設の能力を使えば18カ月の間に4~6個のペースで核兵器を製造することができる、もし秘密の第二の濃縮工場があれば生産能力は更に50%増大する、と予測している。 核開発が規制されない限り、北は2024年までに100個に近い核兵器を保有することになるだろう。これらのことは五つの次元で北の核脅威の性質を変えることになる。 第一に、核戦力の展開、ドクトリン、ポスチャーが変わる可能性がある。核兵器の保有量が増えれば、北はドクトリンを発展させ、もっと攻撃的なポスチャーを採用し、場合によっては核兵器を常時使用可能な状態に置くことまでしかねない。朝鮮半島の核戦争の脅威は大きく高まる。北は核能力を隠れ蓑にして、通常戦力による攻撃あるいはテロ攻撃を行ってくる可能性もある。 第二に、核分裂物質の保有量の増大は核兵器と運搬システムの進歩を容易にする。核実験のペースは速まっている。昨年は2回核実験をしたが、それまでの核実験は約3年の間隔で行われてきた。実験を通じて兵器の小型化、軽量化、強力化が可能となり、ミサイルの射程距離は増大する。 第三に、核兵器の移転のリスクが高まる。北はこれまでリビアへのミサイル売却やシリアでのプルトニウム生産原子炉の建設などを行ってきた。核物質の保有量が小さい段階では核物質や兵器の売却は軍事的にはコストの高いものだったが、保有量が増えればそのような懸念は縮小する。さらに、北への制裁は強化されており、価値のある核兵器や核物質を売る誘惑は増えるだろう。 第四に、北が核兵器を常時使用可能な状態に置くようなことになれば、偶発発射や無許可発射のリスクが高まる。経験を持たない北にとりリスクは一層高いものになる。第五に、核窃盗のリスクが高まる。核物質生産が大規模施設で行われるようになると、これらの物質を盗み出す機会は増大する。北は世界で最も厳しい警察国家だが、最悪の汚職国家でもある。 これまで北の核脅威は相対的に小さかった。米国と同盟国は強制等種々の政策を試みてきたが、北は、中国の庇護の下、処罰を受けることなく国際法を無視してきた。北の核物質保有量の増大により、脅威の緊急性とその性質は変わっている。戦略的忍耐は、もはや実効性のあるオプションではない。出典:William H. Tobey,‘The North Korean Nuclear Threat Is Getting Worse By the Day’(Foreign Policy, April 7, 2017)今の北朝鮮は50年代、60年代の中国と同じ 極めて興味深い、説得力のある見解です。筆者は、北の核物質生産能力の増大に伴い、(1)軍事ポスチャー、(2)技術進歩、(3)移転、(4)偶発、(5)核窃盗という五つの次元でリスクが大幅に増大すると主張しています。それに伴い北の通常戦力による行動も攻撃的になり得るとの指摘は重要です。これに対抗するためには、抑止力を強めるしかありません。その他のリスクが高まることも指摘の通りでしょう。 北の核能力は重要な敷居を超えつつあります。今の北朝鮮は50年代、60年代の中国と同じだとも言えます。成長する核兵器国が最も不安定で、危険な存在です。 筆者は、戦略的忍耐に代わる実効性のあるオプションが何であるかについては述べていません。しかし、筆者の議論から敢えて推測すれば、問題がこのような段階に至っている以上、優先順位として現下の脅威のリスクをコントロールすべきだということではないでしょうか。引き続き非核化を究極の目標としつつも、それが今できないのであれば、筆者が言う五つのリスクについて何らかのコントロールが必要だということでしょう。北朝鮮は、孤立させておくには危険になりすぎました。リスク・コントロールのためには話し合いが必要となります。 4月6~7日に行われた米中首脳会談は、共同声明もなく共同記者会見もありませんでした。報道によれば、米中両首脳は北朝鮮問題が極めて深刻な段階に入ったとの認識を共有し、米側は人権問題の重要性を指摘し、トランプは習近平に「中国が我々とともに行動しないのなら、米国は単独で対応する用意がある」との意向を伝え、北朝鮮への制裁強化を求めました。ただ、この問題で具体的な項目の合意はなかった、ということです。 しかし、トランプが述べたことは北朝鮮側にも伝えられたと思われるので、やり取りは有益であったはずです。戦術核の韓国再配備や米朝接触の可能性などが話し合われたかどうかは定かではありません。米中首脳会談の直後、4月9日ティラーソン国務長官は、米のシリア攻撃の北朝鮮への意味合いについて、「他国への脅威となるなら、対抗措置がとられるだろう」と述べています。米国としては、北への圧力を強めるとともに、北側の反応を見ようということでしょう。

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    北朝鮮の暴発を恐れたトランプの真意

    海野素央 (明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは「米朝危機、窮鼠猫を噛むか」です。ドナルド・トランプ米大統領は米通信社ブルームバーグとのインタビューの中で、すべての選択肢の中に米朝会談が含まれていることを示唆しました。「適切な条件下であれば」と加えながらも、なぜこのタイミングでトランプ大統領は会談の可能性に言及したのでしょうか。会談を持ち出した意図はどこにあるのでしょうか。本稿では、同大統領の北朝鮮問題における言動の変化の理由について考えてみます。 トランプ大統領の北朝鮮に対する言動に変化が起きました。原子力空母「カール・ビンソン」を中心とした空母打撃群及び原子力潜水艦「ミシガン」の派遣により「力」を見せつけ、軍事行使の可能性をちらつかせてきた同大統領ですが、突然キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長に感情移入をしたのです。「父親が亡くなって政権を引き継いだ時、26か27歳だった。特に将軍といったとてもタフな相手とやりとりしている。すごく若くして権力を継承できた。大勢の人々が権力を取り上げようとしたはずだ」と言うのです。その上で、キム委員長を「賢い人物」と評し、「適切な状況下で会うことは光栄だ」と持ち上げたのです。 一言で言えば、米朝危機においてトランプ大統領は「窮鼠猫を噛む」状況を回避しようとしています。追い詰められて逃げ場を失った北朝鮮が、必死に逆襲するという最悪のシナリオを避けるメッセージを送ったわけです。英語では「追い詰められたシカは危険な敵になる(A stag at bay is a dangerous foe.)」と言いますが、ネズミであれシカであれ北朝鮮が反撃すれば韓国及び日本に甚大な被害をもたらすことは明白です。 前回の記事「トランプループの罠にはまった習近平」で説明しましたように、トランプ大統領はループの罠をキム委員長にも仕掛けています。今回のトランプ大統領の発言には、「意表」を突いた言動をとり軍事的圧力をかけて「イライラ」させる段階から、同委員長をなだめすかして一旦「安心」させる段階に移行する意図があることが読み取れます。 周知の通り、過去に現職の米大統領と朝鮮労働党委員長による首脳会談は開催されていません。歴史的なレガシー(政治的功績)を残す欲求が強くしかも予測不可能なトランプ大統領が、今後米朝会談をもちかける可能性がまったくないとは言い切れません。 環太平洋経済連携協定(TPP)離脱に見ることができるように、トランプ大統領は多国間よりも2国間による交渉を好む傾向があるからです。中国主導の従来型の6カ国協議よりも、米朝による2カ国で核・ミサイル開発放棄の意思表明とキム体制保証の取引を直接行うという選択肢を選ぶ可能性は否定できません。 しかも、トランプ大統領にはエジプトのシシ大統領、トルコのエルドアン大統領及びフィリピンのドゥテルテ大統領といった人権軽視の専制主義的リーダーに好感を抱く傾向があるからです。キム委員長にはこれらの政治指導者と類似点が存在します。仲介役として重要な日本 ただ、ワシントンで下院外交委員会に所属するメンバーにインタビューを行うと、次のように語っていました。 「トランプがキム・ジョンウンと会談を行う可能性はかなり低いです。彼(キム氏)の名声を高めてしまうからです。トランプはそのようなことはしません。会談は最後のカードです」 トランプ政権は上下両院議員を集めて対北朝鮮政策について説明を行っています。この下院議員は軍事行動の可能性について以下のように述べました。 「私はトランプ政権が軍事行動をとる方向に徐々に近づいているという印象を持っています」 同議員の外交・安全保障問題担当のスタッフは、トランプ政権がオバマ政権の「戦略的忍耐は終わった」と繰り返し主張している点に関して、次のように指摘していました。 「トランプ政権の北朝鮮に対するアプローチは、対話と経済制裁を柱とする戦略的忍耐と中味は同じです。トランプ政権は自分たちの北朝鮮に対する政策を戦略的忍耐と呼びたくないのです」 日本は米国と中国の狭間でどのような役割を果たして存在感を示すことができるのでしょうか。2003年8月第1回目の6カ国協議が開催されて以来、日本は中国に主導権を奪われてきました。6カ国協議が停滞している間に、北朝鮮は核・ミサイルの技術を進歩させたというのが一般的な見方です。しかもトランプ政権が中国の北朝鮮に対する影響力に依存しているので、南シナ海における軍事拠点化の問題解決の糸口は一向に見つからないのです。 米議会の動きにも注目です。上院軍事委員会のリンゼー・グラム議員(共和党・サウスカロライナ州)は東アジアに甚大な被害が出ても、米国本土を守るために北朝鮮に対する先制攻撃を行う必要性を主張しました。上で紹介した下院議員は、インタビューの中でグラム上院議員のこの発言を「無謀だ」と非難しましたが、米国本土優先論が米議会及び世論で支配的になることは日本にとって決して好ましいことではありません。 中国がイニシアチブをとる6カ国協議の早期再開ではなく、米朝2国間によるトランプ・キム会談の実現に向けて平和的解決を目指す日本が仲介役となり、両国に働きかけることが極めて重要です。

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    デフレ崖っぷちの韓国、文在寅がハマる「財閥改革」の罠

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は対外・対内的に厳しい環境の中での船出を強いられている。対外政策的には、さっそく大統領就任への「祝砲」ともいえる北朝鮮の弾道ミサイルの発射が待っていた。核開発・弾道ミサイル問題で緊張する北朝鮮情勢をめぐっての、近隣諸国との調整がほぼ待ったなしで待ち構えている。今回の「新型」弾道ミサイルの発射をめぐっての対応を含めて、内外で文政権の姿勢を問う声は大きくなっていくだろう。ソウルの大統領府で開いた国家安全保障会議で発言する韓国の文在寅大統領=5月14日(大統領府提供・聯合=共同) 日本とはさっそく安倍晋三首相との電話会談を行い、そこで日本と韓国の慰安婦問題をめぐる認識の違いが早くも明らかになっている。「慰安婦問題」と書いたが、現状で「問題」化させているのは韓国側であることは言を俟(ま)たない。 経済政策的には、朴槿恵(パク・クネ)前政権が倒れた要因の一つともいえる、若年層を中心にした雇用の悪化をどうするのか、という課題がある。さらに雇用悪化が長期的に継続したことにより、社会の階層化・分断化が拡大している事実も忘れてはいけない。 韓国の若年失業率(15歳から29歳までの失業率)は11%を超えていて、最近は悪化が続く。全体の失業率は直近では4・2%であり、韓国の完全失業率が2%台後半と考えられるので、高め推移の状態であることはかわらない。韓国経済のインフレ目標は消費者物価指数で前年比2%であるが、インフレ率は前年同月比では1・9%(総合)と、目標を若干下回るだけで一見すると良好に思える。だが、この点がくせ者であることはあとで再び考える。 文政権の経済政策は、基本的に雇用の改善を大きく力点を置くものになっている。もちろん、政権発足まもないのでその実体は不明だ。だが、新しい雇用を公共部門で81万人、民間部門では50万人を生み出す、さらに最低賃金も引き上げるという文政権の公約は、主に財政政策拡大と規制緩和を中心にしたものになりそうだ。 公共部門で従事している非正規雇用の人たちを正規雇用に転換していくことで、雇用創出と同時に正規と非正規の経済格差の解消も狙っているという。これはもちろん賃金など待遇面での政府支出が増加することになるので、文政権の公約では、前年比7%増の政府支出を計画しているという。 韓国経済は完全雇用ではないので、このような財政支出は効果があるだろう。ただし完全雇用が達成された後で、膨れ上がった政府部門をどのように修正していくかは大きな問題になるだろう。だが、その心配はまずは現状の雇用悪化への対処がすんでからの話ではある。韓国「インフレ目標」のカラクリ 増税の選択肢は限られたものになるだろう。政府の資金調達は国債発行を中心にしたものになる。政府債務と国内総生産(GDP)比の累増を懸念する声もあるが、完全雇用に到達していない経済の前では、そのような懸念は事態をさらに悪化させるだけでしかない。不況のときには、財政政策の拡大は必要である。ただし文政権の財政政策、というよりも経済政策の枠組みには大きな問題がある。 それは簡単にいうと、「韓国版アベノミクス」の不在、要するにリフレ政策の不在だ。リフレ政策というのは、現在日本が採用しているデフレから脱却して、低インフレ状態を維持することで経済を安定化させる政策の総称である。第2次安倍政権が発足したときの公約として、2013年春に日本銀行が採用したインフレ目標2%と、それに伴う超金融緩和政策が該当する。 韓国でもインフレ目標が採用されている。対前年比で消費者物価指数が2%というのが目標値であることは先に述べた。この目標値は、15年の終わりに、従来の2・5%から3・5%の目標域から引き下げて設定されたもので、現状では18年度末までこのままである。韓国の金融政策は、政策金利の操作によって行われている。具体的には、政策金利である7日物レポ金利を過去最低の1・25%に引き下げていて、それを昨年6月から継続している。その意味では金融緩和政策のスタンスが続く。 だが、韓国の経済状況をみると、最近こそ上向きになったという観測はあるものの、依然完全雇用には遠い。さらに財政政策を支えるために、より緩和基調の金融政策が必要だろう。だが、その面で文政権関係者の発言を聴くことはない。どの国でも金融政策と財政政策の協調が必要であろう。特に韓国のように、最近ではやや持ち直している物価水準でも、実体では高い失業と極めて低い物価水準が同居する「デフレ経済」には、金融政策の大胆な転換が必要条件である。3月29日、米ニューヨークで新型スマートフォンを発表するサムスン電子幹部(聯合=共同) 日本でも長期停滞を、現在の文政権と同様に財政政策を中心にして解消しようという動きが10数年続いた。だが、その結果は深刻な危機の回避(1997年の金融危機など)には一定の成功をみせたものの、デフレ経済のままであり、むしろ非正規雇用の増加など雇用状況は一貫して停滞した。雇用の回復の本格化がみられたのは、日本がリフレ政策を採用しだした13年以降から現在までである。もちろんさらに一段の回復をする余地はあるが、金融政策の大きな転換がなければこのような雇用回復は実現できなかったろう。「スワップ協定がないと韓国経済破綻」という誤解 文政権の財政政策主導で、なおかつ現状の微温的な金融政策では、本格的な雇用回復とその安定化は難しいだろう。具体的には、韓国銀行はインフレ目標を3-4%の目標域に引き上げ、同時にマネタリーベース拡大を中心にした超金融緩和政策に転換すべきだろう。そのとき政府の財政政策の拡大は、より効率的なものになる。 つまり毎年いたずらに政府支出の拡大を目標化することなく、その雇用増加の恩恵をうけることができるはずだ。リフレ政策のようなインフレによる高圧経済が持続すれば、非正規雇用の減少が民間部門中心にやがて起こるだろうし、また現在の安倍政権がそうであるように最低賃金引き上げもスムーズに転換できるだろう。 だが、実際には金融政策の大きな転換の意識は、文政権にはない。むしろ民間部門を刺激する政策として、財閥改革などの構造改革を主眼に考えているようだ。だが、この連載でもたびたび指摘しているが、そのような構造改革はデフレ経済の解決には結びつかない。 韓国の歴代政権が、超金融緩和政策に慎重な理由として、ウォン安による海外への資金流出を懸念する声がしばしばきかれる。しかし超金融緩和政策は、実体経済の改善を目指すものだ。さらに無制限ではなく、目標値を設定しての緩和である。日本でもしばしば聞かれる「超金融緩和するとハイパーインフレになる」というトンデモ経済論とあまりかわらない。 私見では、リフレ政策採用による韓国の急激な資金流出の可能性は低いと思うが、もし「保険」をさらに積み重ねたいのならば、日本など外貨資金が潤沢な国々との通貨スワップ協定も重要な選択肢だろう。ただし、日本とは現状では慰安婦問題によりこの協議は中止している。通貨スワップ協定は、いわば「事故」が起きたときの保険のようなものなので、事故が起きない限り必要にはならないものだ。この点の理解があまりないため、「日韓通貨スワップ協定がないと韓国経済が破綻する」という論を主張する人たちがいるが、それは単なる誤解である。2016年8月、第7回日韓財務対話を終え、笑顔で言葉を交わす麻生太郎副総理兼財務相(左)と韓国の柳一鎬経済副首相兼企画財政相=韓国・ソウル(共同) ただし保険はあるにこしたことがない。特にリフレ政策を新たに採用するときには、市場の不安を軽減させるためには、日韓通貨スワップ協定は相対的に重要性を増すだろう。その意味では、慰安婦問題を再燃させる政策を文政権がとるのは愚かなだけであろう。もっともこの点は、日本側からすれば相手の出方を待っていればいいだけである。 ただし、そもそも文政権がリフレ政策を採用する可能性はいまのところないに等しい。その意味では、韓国経済の長期停滞、特に雇用問題が本格的に解消する可能性は低い。

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    トランプ政権が警戒する中国の野放図な野心

    宮崎正弘(評論家) 《徳間書店『米国混乱の隙に覇権を狙う中国は必ず滅ぼされる』より》 トランプ大統領のぶれない中国批判の源泉は、ピーター・ナヴァロの『米中もし戦わば』(赤根洋子訳、文藝春秋)のなかに潜んでいた。 トランプのツイッターメッセージの原典はこれかと思うほどである。 オバマ前大統領は軍事的知識に乏しく戦略的判断が不得手だったため、誰にそそのかされたのか、「敵と味方を取り違え」てばかりいた。イスラエルを敵対視し、イランと復交し、そのうえでロシアを敵視した。ハッカー攻撃の犯人だと証拠を挙げずに断定し、在米のロシア人外交官35人を追放した。プーチンはこの措置に報復せず「次期政権の出方を待つ」と余裕を見せた。 フランスの戦略思想家レイモン・アロンに有名な箴言(しんげん)がある。「正義が統治する社会を定義するより、状況を不適切と非難することは易しい」就任後初の施政方針演説をするトランプ米大統領=2月28日、ワシントン(ロイター=共同) トランプは「ツイッター大統領」(「ワシントンポスト」が名付けた)と呼ばれ、記者会見を滅多に開かず、逐一のメッセージを自らが書き込むツイッターで政策のヒントを繰り出してきた。既存のメディアを無視するやり方にアメリカのジャーナリズムはあわてた。政治に必要な即効性の武器がネット社会では変革していた。トランプは時代を先取りした。 そしてトランプは、「オバマやヒラリーに比べたらプーチンのほうが賢い。馬が合いそうだ」と強烈なメッセージを発信した。 トランプの中国に対する強硬姿勢には変化がなかった。 対中問題でタフな発言の数々をフォローすると、トランプの情報と分析の源泉はナヴァロに行き着くのである。 ナヴァロは前掲書において、まず、中国の軍事戦略を緻密に検証して、「中国は、ソ連とはまったく異なるタイプの軍事的競合国である」「このままでは、アメリカは中国に(少なくともアジア地域で)『降参』と言わざるを得なくなるかもしれない」という危機感を表明する。 最大の脅威とは核戦力や、ミサイルの数や、艦船、空母の員数や能力ではなく、ハッカー攻撃力である。「平和にとっては不都合なことに、中国ほどアグレッシブにサイバー戦争能力の増強を図ってきた国はない。また、平和で貿易の盛んな時代にあって、中国ほど積極的にサイバー戦争能力(の少なくとも一部)を展開してきた国も他にない」(ナヴァロ前掲書) ロシアのハッカー能力より中国がサイバー攻撃で勝っているのに、オバマはなぜロシアだけを問題にしたのかが問題だと示唆している。 中国にはアルバイトを含めて200万人のサイバー部隊がいる。「最も悪名高いサイバー部隊はおそらく、上海・浦東地区にある一二階建てのビルを拠点とするAPT1部隊だろう。APTとはアドバンスド・パーシステント・スレット(高度で執拗な脅威)の略語で、コンピュータ・ネットワークを長期間攻撃することを意味する(中略)。中国人ハッカー達がこうした産業戦線で盗もうとしているのは、大小の外国企業の設計図や研究・開発の成果、特許製法といったおきまりのものだけではない。彼等は電子メールから契約リスト、検査結果、価格設定情報、組合規約に至るまでありとあらゆるものを傍受している」 そのうえ中国のサイバー部隊には第3の戦線が存在している事実を、ナヴァロは指摘している。「配電網、浄水場、航空管制、地下鉄システム、電気通信など、敵国の重要なインフラへの攻撃である。これには、民衆を混乱させるとともに経済を壊滅させるという二つの目的がある」(以上、ナヴァロ前掲書) ともかくアメリカは「中国製品を買うたびに中国の軍事力増強に手を貸している」というあたり、まるでトランプのツイッターから放たれたメッセージと読める。いったい何をしでかすかわからないのが中国人の特性であり、信頼関係、友情などという人間社会の最低限度のモラルはいつでも破棄される。GDPのごまかしとか、外貨準備の偽装など、中国人にとっては日常茶飯の身の処し方からすれば歯牙にもかけない些細な行為でしかない。 これらの所論がトランプのツイッターのメッセージと重なる。消された「通州事件」 中国は「あったこと」を「なかった」と言うが、「なかったこと」は「あった」と言う癖がある。 前者の典型例が1989年6月4日の天安門広場での学生虐殺である。事件後、一切の報道はなくなり、映像は絶対にテレビ画面には出てこなくなった。したがって、若い世代の中国人は「天安門事件」を知らない。中年以上の世代には「あれは外国の諜報機関が仕組んだ和平演変(えんぺん)」だとして、外国の陰謀だったと教唆している。 後者の典型は幻のフィクション「南京大虐殺」なるものだ。同時に必死で「なかった」ことにしたいのが、中国の殺人部隊が居留日本人を虐殺した「通州事件」である。 中国兵に惨殺された邦人は257人。その通州事件で犠牲となった多くの日本人たちの非命をたどったノンフィクション、血涙の作品が加藤康男氏の『慟哭の通州』(飛鳥新社)である。 かの「南京大虐殺」とかいう架空の事件は、中国がでっちあげた嘘放送の類いだった。このことはすでに120%証明されたにもかかわらず、前述したように、ユネスコはこれについての資料を世界記憶遺産に登録しようという中国の申請を認めてしまった。ブルガリア共産党出身のボコバが主導した。日本が貶(おとし)められているのに日本政府も外務省も対策が遅れた。しかし後日、日本は少なからず報復した。ボコバが狙った国連事務総長の座という選挙運動に協力しなかった。ユネスコへの拠出金を支払わない挙に出て、すっかり国連があわてた。日本の拠出金がないとユネスコはにっちもさっちもいかない。 でっちあげはともかく、現実に起きた日本人大虐殺の「通州事件」は、ようやくにして「アーカイブ」が民間人の手で設立され、歴史教科書にも一部だけだが掲載され、各地で研究と講演会が連続開催され、ユネスコの世界記憶遺産への登録申請が行われる。 しかし事件から長い歳月が流れ、いったいどれほどの日本人が、この事件の真相を知っているのだろうか。まして日本政府は、この事件を忘却の彼方へと自虐的に追いやり、戦後、問題として取り上げ、中国に抗議して賠償を請求することは一度もなかった。複眼で通州事件を見ると、これが盧溝橋事件直後に起きたという時系列的なポイントが重要になる。なぜ北京郊外に日本兵がいたかは説明するまでもない。居留外国人の安全を護るための今日でいうPKOであり、断じて「侵略」ではなかった。 そもそも日本は対外的に侵略戦争を行ったことは一度もない。 歴史教科書とメディアの偏向にすっかり洗脳されて、日本の戦争が「侵略戦争」だと信じている人がいる。それも依然として夥しい数にのぼる。歴史学会の知の荒廃は凄まじく、外国の代理人が暗躍する世界に堕した。左翼史家、左翼作家がはびこり、嘘の歴史解釈がいまも拡大再生産されている。それが「歴史探偵」とか「歴史学者」を名乗るのだから、惨状の深刻さがわかる。 抜本的に謙虚に歴史を見つめなおすと、何が見えてくるか。 日本は神武天皇の肇ちよう国こくから対外的に一度も侵略した戦争はない。秀吉の朝鮮出兵も、台湾への出兵も歴史的経緯をよく注意してみれば、侵略ではない。朝鮮合邦は致し方なく、渋々行った結果であり、満洲の建国は五族共栄の理念によった。大東亜戦争は米欧に仕掛けられて、致し方なく、立ち上がった。 戦争の真実はどこにあるのか? 田中英道氏の『日本の戦争 何が真実なのか』(育鵬社・扶桑社)は古代から近・現代までの日本の対外戦争史をたどり、これまでの左翼史観の誤謬(ごびゆう)を正し、徹頭徹尾、防衛的専守防衛に徹していた真実を描きつくした。中国で「兵」と「匪賊」は同義語 白村江から「刀伊(とい)の入寇」。そして元寇、秀吉の朝鮮出兵。薩英戦争、下関戦争はイギリスの侵略に対して立ち上がり、実際には日本の勝ちであった。なぜ教科書では負けたことになっているのか? 日清・日露は左翼的傾向の強い司馬遼太郎でも防衛戦争であることは認めている。第一次世界大戦への参加は日英同盟の結果であり、第二次世界大戦は欧米の理不尽な侵略にやむにやまれず立ち上がった、その精神には崇高さがあった。 キリスト教が布教されると植民地化されるということを、信長も秀吉も宣教師の言い分ややり方を見て、よく理解していた。 キリシタンバテレンにそまった大友藩などでは神社仏閣を破壊し、異教徒の女性を拉致して外国へ売った。バテレンたちは、やがて侵略に備える下準備、その工作のために派遣されてきたスパイでもあった。織田信長も秀吉も、そうした認識ができていた。したがって朝鮮を助けるために進出しても、「侵略をしない」というのは「刀伊の入寇」「元寇」で明らかである。 賠償を求めたり、土地を奪ったり、攻めて支配したりするということは一切しなかった。対馬から向こうへ追い返したら、それ以上は何もしない。西洋人が戦争に勝ったときのように、相手に対して多額の賠償を要求し、さらに占領して搾取しようとするということはなかった。植民地化し、略奪・収奪して利益を得るといった西洋の方法はとらなかったのである。こうした日本人の態度は、西洋的な侵略とは異なる。 第一次世界大戦中、マルタに送られた日本軍は日英同盟によって艦船の護衛にあたる任務についた。ドイツのUボートの潜水艦攻撃を受け、59人の日本軍人が犠牲となった。その慰霊碑はマルタのイギリス海軍墓地の中央部にある。日英同盟の結果、介入せざるをえなかったからだ。ドイツが濡れ手に粟でつかんでいた山東半島から南太平洋の島々を、日本軍は次々と落としていった。 「アジアにおけるドイツの権益を合法的に奪った。これを単なる漁夫の利だという人もいるが、日清・日露戦争を利用してドイツがアジア周辺で占領していったものを日本が粉砕した」(田中前掲書)だけの話である。 さて「通州事件」により、日本は朝野をあげて「暴支鷹懲(ぼうしようちよう)」の合唱になった。 一気に国論がまとまったため、結果的に泥沼の戦争に巻き込まれてしまった。つまり、日本を戦争に引きずりこむために計画された陰謀の一環だった。加藤康男氏がその書で結論したように、通州の虐殺には「冀き東とう防共自治政府保安部隊」と国民党との密約が存在していた。彼らはもっと大規模な同時多発テロを準備していた。 中国の「兵」の定義に留意しておく必要がある。 加藤氏は次のように言う。 「中国では『兵』と『匪賊』の差がほとんどないのが実情だった。満洲まで含めれば『匪賊』に『緑林(りよくりん)』(盗賊、馬賊)が加わる。兵が脱走して匪賊・馬賊となり、匪賊、馬賊が帰順して兵となるのが日常化していると考えればよい」(前掲書) まさにいまもそうではないのか。経済統計の嘘を公然と発表し国内外の投資家を欺(あざむ)きながら、高官がやっていることは資産の海外移転だ。どこに兵と匪賊の区別があるのか。 通州事件前夜、あまりに悪い治安状況があり、重税が課せられた北シナでは、自治政府が結成され、河北省のリーダーが段汝耕(いんじよこう)だった。ほかにも宋哲元(そうてつげん)らがいた。彼らは「親日派」とされ、うっかり日本軍は段汝耕らを信じたが、地下で蒋介石とつながっていたのだ。 そして実際の虐殺では、シナの正規軍は日本の保安部隊と自治政府の保安部隊を襲い、数時間の戦闘となるのだが、そのあとで起きた民間人の虐殺は、匪賊系、つまり蒋介石の別働隊である「藍衣社」系列の殺人部隊が行ったのである。不都合な真実は消してしまう 殺戮の舞台となった通州は歴史的に由緒が深い場所である。安禄山(あんろくざん)の乱は、この地から発祥した。 明治4(1871)年、台湾で日本人虐殺が起きたとき、北京へ談判に出かけた大久保利通は「台湾は化外(けがい)の地」と清朝から言質を得た。その帰路、大久保は通州に滞在した記録がある。 「明代以降、通州は北京に次いで繁栄した大都市だった。運河による交易で行きかう人と銀が、通州城内を活気づかせていた」(加藤前掲書)。 大久保は通州で一詩を詠む。「和(わ)なり忽(たちま)ち下る通州の水 閑(かん)に蓬窓(ほうそう:よしずの下がった船の窓)に臥して 夢自(おのず)から平(たいら)かなり」 通州の虐殺事件で、奇跡的に助かった妊婦2人の証言や生き残った新聞記者の実録は、当時から新聞でも報道されていた。 これまでの通州事件の証言、資料にはなかった新しい資料が近年になって出てきた。北京への留学生だった河野通弘は目撃者から貴重な談話を集めて記録をつくり、1995年になって手記を残した。当日、彼は北京にいて通州方面に爆撃によるのか、黒煙の上がるのを見て飛び上がった。 彼が気がかりだったのは、「拓殖大学の先輩にあたる中山正敏を訪ねて東京からやってきたばかりの亀井実の安否だった」。河野は「大使館の要請で通州へ救援と通訳に駆り出される」ことになった。 通州で見た残虐な地獄。河野通弘は克明にメモをとった。同級生だった亀井は非命に斃(たお)れていた。  憲兵隊の荒牧中尉も記録を残していた。 「事件当時の通州憲兵隊長は安部起吉憲兵少佐だったが、事件から一年が経過した昭和十三年八月、新たに荒牧純介憲兵中尉が赴任して来た」。この荒牧が、安部が作成した事件調書を筆写しており、終戦後まで長く保存し、昭和56年に私家版の『痛々しい通州虐殺事変』を残していた。憲兵隊の原本が存在しないため、この荒巻私家版が真実を物語ることになる。 また加藤氏は、この事件を外国人特派員がいかに報じていたかを探し当てた。フレデリック・ウィリアムズが『中国の戦争宣伝の内幕』を書いていた。これは近年、田中秀雄氏が翻訳した(芙蓉書房出版)。ウィリアムズは「古代から近代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう」「最も暗黒なる町の名として(通州は)何世紀のあとも記されることだろう」と書き残した。 そして直近になって復刻されたのが実際の目撃者、佐々木テンの独白録である。 これは自由社からブックレットとなった(『通州事件 目撃者の証言』藤岡信勝編著)。 佐々木テンは、中国人と結婚していたので「目撃」する側にいた。彼女は目の前で陵辱され虐殺されてゆく邦人女性たちの業、その非命をまぶたに焼きつけていた。その手記が発見され、日本を震撼させた極悪非道、残酷無比な通州事件の全貌が明らかとなった。 このことから現代を類推してみると、中国は進出した日本企業をいずれ人質化することは明らかではないだろうか。投資してもらったカネを返済する考え方は脳裏にはない。いずれすべてを奪うという野心が潜在していないのか。 筆者は2回、通州事件現場を取材している。 最初は15年ほど前で、まだ虐殺現場の旅籠(はたご)が残り、西海子公園の離れには慰霊塔もあった。軍の跡地らしき建物や、駅舎、南門が残っていた。イスラムの貧民街があった。 数年前に行くと、旅籠はビジネスホテルに改築されていた。南門と駅舎が残っていたが、あとは「ここが現場だったのではないか」と推測できる陰気な場所が残っていたくらいだ。直近に現場を取材した加藤氏によれば、通州事件の痕跡はきれいさっぱりと消され、旅籠跡には高層ホテルが新築され、あたりはマンションが建ち並んでいた。 通州を北京の「通州区」として合併させ、副都心とするために土地を地ならしする工事が進んでいる由。事件の痕跡をきれいさっぱり消し去れというわけだ。 中国のお家芸、不都合な真実は消してしまうことである。現代版「農村から都市へ」が生む悲劇 「農村から都市へ」(毛沢東)は武装ゲリラ作戦の基本方針だった。 それがいまでは中国の都市集中がもたらす国土の荒廃、農地の砂漠化と地方の過疎化というあべこべの現実が露呈した。歴史のアイロニーである。 EU統合の眼目はヒト、カネ、モノが自由に動きまわるという国境なき世界であり、EU加盟国の大半が加盟した「シェンゲン協定」は移動の自由を掲げた。 だが、実際に起こったのは難民の移動の自由というアイロニーだった。 アルメニアは人口が300万人とされたが、じつは250万人に減っていた。出稼ぎに外国へ出たからだ。ジョージア(旧グルジア)も同様で、450万国民のうち40万人が国を捨て外国へ去った。この両国の出稼ぎ先は旧宗主国ロシア、お隣のトルコ、ギリシャなどである。 バルカン半島の付け根にあるギリシャは度重なる債務危機によって、ATMからユーロを引き出そうにも1日60ユーロに制限された。ジョージアやアルメニアへの仕送りが途絶えた。マケドニアからの出稼ぎも周辺諸国に散った。アルバニアは600万人のうち45万人ほどがイギリスやドイツへ、コソボはせっかく独立したのに農家は空屋だらけ、どっとイギリスやフランス、ドイツへ出稼ぎに出た。ポーランドからは100万人がイギリスへ渡った。移住である。このことが原因の一つとなってイギリスはEU脱退を決めた。ルーマニアからも、ブルガリアからも。つまり「農村から都市」へ、田舎から都市へ、農業から産業地区へとEUのなかで、大移動が起きた。 同じ事態が中国で先だって起きていた。全人口約13億8000万のうち農村人口8億5000万人とされたが、現在の中国の都市化は51%となった。 冷戦終結直後、ニューヨークのタクシーに乗ると、「先週ユーゴから来た。道がわからないので教えてくれ」というドライバーが多かった。その前までは韓国人のタクシー運転手が目立った。 このパターンは工業化を急いだ折の日本でもあった。農村の過疎化は、都市部への集中を生み、産業のある企業城下町はたちまち人口が増えた。農村は荒廃し、村々は過疎化という難題、つまりコミュニティ崩壊という予期しなかった文明の報復に襲われる。 中国で起こったことはその巨大版だったのである。 農村から近隣の村々へ、出稼ぎへ出た。近郊のマンションが建ちはじめ、そのうち地方都市にも建築ブームが興り、建設現場に人手が不足した。賃金、現金収入に引かれて、農家の若者がどっと都市部へ出稼ぎに出た。 地方都市は交通のアクセスが悪く、輸出産業は沿岸部に集中する。若い女工、3K現場の人手不足を補うために、人集め業者が田舎の奥深くへ入ってリクルートする。こうして地方農村から近郊の農村へ。近郊の農村からは地方都市へ。地方都市からは給与の高い沿岸部へと、カネを求めて人々は移動しつづけた。 日本やEU諸国の人々の移動とは、決定的に異なるポイントが中国にあった。それは「都市戸籍」と「農村戸籍」という、確固たる戸籍制度である。日本のような住民票という制度は、中国にはない。戸籍の変更は特例以外認められない。移動した先でその都市の戸籍がないと医療も受けられず、子供は学校にも行けない。 結果、中国でいかなる悲劇が起こったか? 農村には子供と老人しかいない。農村の荒廃が激甚である。戸籍を取得できない地方出身者は北京で、上海で、広州で、天津で、大連で、ありとあらゆる大都市に固まって暮らし、子供たちは学校へやれないから(地方戸籍だから)、田舎へ帰して学校へ通わせる。中国人がカネしか崇拝しないワケ 農村人口8億5000万人の中国で、「都市化率が51%」とは、つまり、13億の人口の6億5000万が都市に住んでいるということだ。これはすなわち、農村から2億人が消えたことになる。日本の2倍の人口が農業を捨てると、自給自足はおぼつかなくなり、中国は食料輸入国に転落した。いま同じことがEU諸国と旧ソ連圏で繰り返され、農村の過疎化は農地の砂漠化を招来し、いずれ国土の荒廃をもたらすことになるだろう。 日本の常識は中国の非常識であり、日本人と中国人は180度異なる。 中国の統治者が用いてきた「偽り」と「騙しのテクニック」(これを中国では「厚黒学」と呼ぶ)を集大成させて統治しているから当面は維持可能である。いまの中国人がカネしか崇拝しないのは、カネ以外なにひとつ信頼できるものがないからである。中国人の心に「反日」と日本への強いあこがれが同居する奇々怪々ぶりが日本人には到底理解できない。 2012年に中国各地で起きたあの「反日デモ」は、公安がネットでデモ参加者を募り、抗議スタイルを指導した、当局のやらせだった。そのネットがいまでは中国共産党の最大の脅威となって、外国へのハッカー攻撃を仕掛ける一方で、国内のネットを監視し、政府批判をすぐさま削除するのが当局なのだ。笑い話だが、共産党は権力を維持するために、ネット対策に必死なのである。 陳破空氏の『常識ではあり得ない中国の裏側』(ビジネス社)には次のようなブラックユーモアが並ぶ。「気持ちは反米、骨の髄は親米」(望むのは「中国夢」ではなく「アメリカンドリーム」)。「官製反日と『肺を交換するための日本旅行』」(憧れの国に対する異常な愛情)。「国の政策はコメント削除と軍事演習だけ」(マイノリティ共産党をあざ笑うネットの民たち)。「国を愛する人々が国を滅ぼす」(「不買」「デモ」「吊し上げ」の次に来る「革命」)。「私の最大の欠点は清廉であることだ」(誇り高き共産党高官たちのカネと権力「名言集」)。「実は民主化を後戻りさせた『国父』孫文」(国民党、共産党双方が神格化した男の真実) 中国共産党のネット対策は熾烈、かつ本格的である。 政府を批判するネット記事は即座に削除する。ものの1秒もかからない。共産党をつねに正しいとコメントする「やらせ組」は一つのメッセージを書き込むと「8円もらえる」仕組みを完成させた。これを「五毛幇」という(同書では「五毛党」になっている。1元= 16 円の半分が五毛)。 これらのネットゲリラは「『愛国』の旗を振りかざし、自分たちは『政治的に正しい』と思いこんでいる。彼らはプロのネット集団である。(中略)中国共産党は総力を挙げて五毛党の拡大を図ろうとしている。2015年、共青団中央は1050万人の『青年ネット文明志願者』を」公募した。ボランティアとして、政府批判の書き込みを削除し、政府を礼讃するコメントを書き込む輩である。そのうえ中国の謀略は対外的にもネット上で進んでいる。   近年では、台湾の独立運動や香港の雨傘革命をなした民主派のホームページやネット議論に大々的に参入し、ネット議論をかき乱し、混乱させた。ハッカー技術でセキュリティガードの固い壁を突破し、自由陣営のネットに割り込んで世論をねじ曲げ誤導しようというわけだった。 ところが、彼らが突破した台湾独立運動のネット論壇は、じつは中国共産党が設置したものだった。つまり国内のガス抜きも、自らが仕掛けたファイアーウォールで自作自演しているわけである。だから中国はややこしい。腹黒いのである。結局、「中国共産党がやっているのはネット削除と軍事演習だけ」(陳破空前掲書)。

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    次の狙いは北朝鮮との秘密交渉か、トランプ流外交で糸口探る

    佐々木伸 (星槎大学客員教授) 米空母艦隊の展開など北朝鮮情勢の緊張が続く中、トランプ大統領は軍事行動も辞さないという強硬姿勢を見せる一方で、金正恩朝鮮労働党委員長との対話の可能性を示唆するなど相手を翻弄する”トランプ流外交術”をいかんなく発揮している。硬軟取り混ぜたこうした発言は一部に、トランプ氏が北朝鮮に秘密交渉を仕掛ける布石ではないかとの観測を呼んでいる。 トランプ氏の北朝鮮に関する発言は6回目の核実験の動きが浮上したころから急増した。4月24日には国連安保理メンバーの国連大使らをホワイトハウスに招いて北朝鮮に強力な追加制裁を科すよう求めたと思うと、核施設などへの先制攻撃についても「そのうち分かる」と軍事力行使を否定しなかった。トランプ大統領=4月20日、ホワイトハウス(ロイター) さらに同氏は月末になって北朝鮮と「大きな紛争」が起きる事態もありうると警告し、「外交的な解決を望むが、非常に難しい」と発言。ホワイトハウスの側近らもあらゆる選択肢を検討中と述べるなど軍事的緊張の激化に拍車が掛かった。最近の弾道ミサイル発射実験に関しても「中国の望みをないがいしろにした」と金委員長への批判を強めた。 しかしトランプ氏はその後のブルームバーグ・ニュースとのインタビューで「適切な状況の下で金委員長と会えれば光栄に思う」と条件付きながら金氏との直接会談の可能性に言及。直前のCBSテレビでも「彼は相当頭の切れるヤツだ。非常に若いのに権力を掌握することができたからだ」などと金委員長を持ち上げて見せた。 だが、この発言の直後のFOXニュースとのインタビューでは「彼は扇動的で恐ろしい。世界の脅威だ」と非難し、上げたり下げたりの発言を繰り返した。トランプ氏のこうした発言の真意は不明だが、北朝鮮側がこのメッセージの解釈をめぐって困惑しているのは間違いない。 トランプ氏は元々、金委員長との直接会談を排除していない。選挙期間中から「話すことのどこが悪いのか。何の問題もない。ハンバーガーでも食いながら話せば良い」などと述べており、会談自体については一貫性がないわけではない。 トランプ・ウオッチャーの1人は大統領の一連の発言について「硬軟のタマを投げて、追い詰められている北朝鮮を困惑、混乱させることが目的。北にとって見れば、シリアを攻撃したように何をやるか分からない“予見不能”な人物の発言だけに余計不気味だ」と指摘する。トランプの狙いは「秘密交渉」 トランプ氏の次の狙いはズバリ、北朝鮮との秘密交渉だろう。軍事的な手段は勇ましいだけで、危険が大きすぎる。仮に米側が巡航ミサイルや空爆などで先制攻撃をしたとしても、核関連施設や弾道ミサイル発射基地、指揮管制センターなどすべての施設を破壊するのは不可能。ましてや地下深くにある施設が多い。金委員長個人の“除去”もうまくいく保証はない。不確定要素だらけなのだ。 その結果、報復能力が相当残り、ソウルは無論のこと、それこそ北朝鮮が恫喝するように東京が火の海になりかねない。報復攻撃を招かなくても、限定的な先制攻撃は核開発を数年遅らせる効果しかあるまい。この点は国防総省が冷徹に分析しており、トランプ氏も日韓の同盟国の意向を無視して軍事行動には踏み切れないだろう。 だからこそ、トランプ氏はあれほど非難をしてきた中国におべっかまで使い、北朝鮮へ圧力を掛けさせようと、いわば“下請け”に出さざるを得なかった。しかし中国がうまく北朝鮮を抑えられるのか見通しが付かないうえ、対中貿易交渉で中国側に主導権を握られる恐れが強く、その代償は大きいと言わざるを得ない。トランプ米大統領が主催した夕食会に出席した中国の習近平国家主席夫妻=米フロリダ州パームビーチ、4月6日(ロイター) トランプ政権の当面の北朝鮮政策は軍事、経済両面で、北朝鮮に対し圧倒的に圧力を掛け、金委員長を交渉のテーブルに就かせ、核兵器開発を放棄させることにある。しかしその前に、交渉入りに向けた環境を整えることが不可欠。そのためには、水面下での秘密交渉が絶対に必要なのだ。 トランプ氏は少人数の側近による手法を好む。秘密交渉はそのアプローチにも合致する。トランプ氏の外交問題の師でもあるキッシンジャー元国務長官がニクソン政権の補佐官(国家安全保障担当)にあった時、電撃的な中国との国交樹立に秘密交渉を仕掛けたのは歴史的な事実だ。 またトランプ氏が尊敬するレーガン元大統領が敵対するイランに当時のマクファーレン補佐官(同)を派遣し、レバノンで拘束されていた米国人人質を解放するために秘密交渉を行ったということもあった。この工作では、マクファーレン補佐官がイラン側に拘束され、国外追放されるというおまけまでついた。 こうした例に学び、中国の北朝鮮に対する緩慢な圧力に業を煮やしたトランプ氏が側近に北との秘密交渉を容認することは十分考えられる。行われるとすれば、恐らくは欧州のどこかになるだろう。その時、日本政府に通告があるのかどうか。米中国交樹立の“ニクソン・ショック”では、日本側に通告されたのは、正式発表の3分前だった。

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    「文在寅の韓国」に日本が迫る踏み絵はたった一枚しかない

    16年12月、韓国国会での大統領弾劾案可決によって朴槿恵前大統領の大統領権限が停止されて以降、韓国の国際政治上の位置は、「幽霊」のようなものであった。そのことは、ドナルド・J・トランプ米国大統領が政権を発足させた後の100日の間、韓国がトランプ大統領と紡ぐべき「縁」を紡げなかったことを意味する。 そもそも、トランプ大統領は、大統領就任以前からの言動から推察する限り、アジア・太平洋地域の事情に格別な関心を抱いていたわけではない。トランプ大統領が北朝鮮の脅威を切迫したものとして意識するようになったのは、トランプ大統領が安倍晋三首相をフロリダに迎えた2月の日米首脳会談以降、北朝鮮が相次いで「挑発」に走ったことに因る。 こうした国際政治局面の中で、トランプ大統領麾下の米国政府は、日本とは頻繁に連絡を取り、中国に対朝圧力の面での期待を表明したけれども、韓国には実質上「蚊帳の外」に置く対応をした。3月中旬、レックス・ティラーソン国務長官は、日本を「米国の最も重要な同盟国(our most important ally)」と呼ぶ一方で、韓国を「重要なパートナー(important partner)」と位置付けた。この発言は、「大統領の不在」状況下の韓国に与えられた国際政治上の位置付けを象徴的に表していたといえるであろう。THAADの搬入に反対し、警官隊と対峙する住民ら(手前)=4月26日、韓国南部の慶尚北道星州郡(聯合=共同) 確かに、トランプ大統領の対韓姿勢は、傍目から見ても冷淡な印象が強い。トランプ大統領が対韓関係の文脈で打ち出している政策対応は、米韓自由貿易協定(FTA)の「再交渉、あるいは破棄」の示唆にせよ、「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備に係る費用の追加負担要求にせよ、韓国の癇(かん)に障るものであろう。 もっとも、トランプ大統領の論理からすれば、米韓FTAの「再交渉、あるいは破棄」の示唆は、環太平洋経済連携協定(TPP)離脱や北米自由貿易協定(NAFTA)見直しと同様の趣旨の政策展開であろうし、THAAD配備費用の負担要求は、日本や北大西洋条約機構(NATO)に対するものと同様に安全保障上の「応分の負担」を求める対応であろう。THAAD配備の表向きの大義は、「韓国防衛」にあるのだから、そういう評価になる。 しかしながら、韓国政府にとっては、THAAD配備費用に絡む追加負担は、にわかに受け容れられまい。THAAD配備それ自体は、国内の紛糾を乗り越えてようやく決めた揚げ句、対中関係の悪化という代償を払ったのに、その上で費用まで拠出せよというのでは、理不尽な印象は確かに拭えない。トランプが韓国の「頭痛の種」をまいてきた思惑 ところで、「朴槿恵後」の韓国を統治することになったのは、文在寅(ムン・ジェイン)共に民主党前代表である。文在寅新大統領は政権発足早々、対米関係の文脈では米韓FTAとTHAAD配備の扱いに取り組まなければならない。文在寅新大統領は、従来の彼の言動から推察する限りは、THAAD配備費用負担要求を突っ跳ねるであろうし、事の次第によってはTHAAD配備同意それ自体の撤回に走るかもしれない。仮に、文在寅新大統領がそのような挙に出れば、米韓同盟の先行きはいよいよ怪しくなる。韓国大統領選の投票締め切り後、支持者の前に現れ声援に応える「共に民主党」の文在寅氏=5月9日夜、ソウル(共同) そうであるならば、米韓FTAとTHAAD配備の扱いに関して、トランプ大統領麾下の米国政府が、韓国にとっての「頭痛の種」をまいてきた思惑が浮かび上がる。一つの解釈は、韓国にとって癇(かん)に障る要求を突き付けることで、「文在寅の韓国」に「本当に『こちら側』に与(くみ)する気があるか」と「踏み絵」を迫ったというものである。 そうでなければ、もう一つの解釈としては、「文在寅の韓国」の「親北朝鮮・離米」傾向を見越した上で、北朝鮮情勢対応でささやかれる米中両国の「談合」の一環として、「西側同盟ネットワーク」からの韓国の「切り離し」を考え始めているというものである。米国にとってアジア・太平洋地域において絶対に維持されるべき「権益」が朝鮮半島ではなく日本であり、中国が朝鮮半島全域を自らの影響圏内にあるものだと認識しているのであれば、そうした解釈によるシナリオも決して荒唐無稽だとはいえまい。 「文在寅の韓国」は、果たして米国を含む「西側同盟ネットワーク」に忠誠を尽くすのか、それとも米中両国の「談合」に乗じて南北融和の夢を追うのか。韓国には、そうした旗幟(きし)を明確にすべき刻限が来ている。 日本政府が「文在寅の韓国」に対して示すべき政策方針は畢竟(ひっきょう)、一つしかない。それは、韓国が米国を主軸とする「西側同盟ネットワーク」の一翼を担うということの証しを立てさせることである。朴槿恵政権末期の永き「大統領の不在」状況に加え、文在寅新大統領が「親北朝鮮・離米」傾向をもって語られてきた政治家であればこそ、そうした証しの意義は重いものになる。 その証しには、具体的にはTHAAD配備の円滑な実行は無論、日韓慰安婦合意の確実な履行も含まれる。日韓慰安婦合意がバラク・H・オバマ米国前大統領麾下の米国政府の「仲介」によって成り、往時の米国政府の「歓迎」を得た文書であるならば、それは、「西側同盟ネットワーク」の結束を担保する文書でもある。この際、日本政府としては、日韓慰安婦合意を「歓迎する」としたオバマ前政権の評価をトランプ政権が踏襲していることの確認を求めるのが宜しかろう。 日本にとって対韓関係は、対外政策上の「独立変数」ではない。それは、「西側同盟ネットワーク」を円滑に機能させるための政策展開における一つの「従属変数」でしかない。そうした割り切った姿勢は、「文在寅の韓国」を迎える上では大事である。

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    盧武鉉の「生き写し」韓国新大統領、文在寅の末路が目に浮かぶ

    領の行跡と治績(ちせき)である。盧氏と文氏の経歴や政治姿勢は瓜二つであり、大統領を取り巻く政治状況や国際情勢も酷似しているからだ。 盧氏は1946年、慶尚南道金海の貧農に生まれた。高卒ながらも司法試験に合格し、判事を経て弁護士となり、法律事務所を開業。80年代には学生運動にかかわりを持ち、「人権弁護士」として80年代中盤の民主化運動にもかかわることになる。 88年4月の国会議員選挙で当選し、国会で全斗煥(チョン・ドゥファン)時代の不正を厳しく追及したことで有名となった。その後、数回の落選を経て98年の補欠選挙で再び国会議員に復帰するも、2000年の選挙では再び落選。金大中政権下では海洋水産部長官に任命された。2002年の大統領選挙に立候補し、同年に発生した在韓米軍における女子中学生轢殺(れきさつ)事件に対する反米感情が追い風(「盧風」と呼ばれた)になり、接戦を制して大統領に当選している。2007年5月、盧武鉉大統領(当時、右)と 秘書室長時代の文在寅氏 一方、文氏は1953年に盧氏の出身地に近い慶尚南道巨済の貧家に生まれた。釜山の高校を卒業後、慶煕大学校法学部に入学。75年、朴正煕政権に反対する民主化運動にかかわった容疑で逮捕された。 大学を卒業後、82年に弁護士となり、盧氏が当時運営していた法律事務所に入所、80年代中盤の民主化運動に取り組んだ。2002年の大統領選挙では釜山地域の選挙対策本部長を務め、盧氏が当選した後には青瓦台(大統領府)入りし、2007年には大統領秘書室長となっている。2012年の国会議員選挙で初当選、2012年の大統領選挙に立候補するも朴槿恵前大統領に僅差で敗れた。その後、朴氏が弾劾辞職した後、朴氏糾弾の世論の追い風を受け、今般大統領に当選した。 これだけ見ても盧氏と文氏の経歴が瓜二つであることが分かるだろう。二人とも韓国南西部の慶尚道出身。貧しい境遇から身を起こし、ともに司法試験に合格、法曹界を経て政界入りしている。保守色の強い地域の出身でありながら、二人とも民主化運動に参加し、「人権弁護士」として知られ、後に進歩系政党から大統領に立候補して当選している。ここまで似通った経歴を持った二人であるから、当然、新大統領の今後の行跡を予測するうえで、盧氏の行跡は大いに参考になるのである。文氏にとって盧氏は法律事務所の共同運営者であり、民主化運動の同志でもあり、側近として国政を補佐したわけでもあるから、政治的信条においても大きな影響を受けていることは容易に想像できる。文氏は盧武鉉を模倣する では、新大統領はいかなる政策を遂行するのか。ここでは文氏が核実験とミサイル発射を繰り返す北朝鮮にどのように対応し、また日韓関係はどのように変化するのか、この2点に絞って考えたい。 これらを予測するにあたっては、盧氏の行跡が参考になる。盧氏が金大中の「太陽政策」を継承し、ズブズブの親北朝鮮路線をとっていたことはよく知られている。あろうことか在任中に北朝鮮の核兵器開発やミサイル発射を容認する発言を行い、北朝鮮に手厚い経済援助を与えただけでなく、支持率が急落した政権末期には突然平壌を訪問して金正日総書記と何らの必要性もない会談を行っている。 文氏も米軍による戦術核の韓国再配置に否定的であり、THAAD(高高度防衛ミサイル)の配備にも及び腰である。その一方で、北朝鮮の開城工業団地を再開すると公約している。ちなみに今回の大統領選に出馬した有力5候補の中で開城工業団地の再開を公約していたのは文氏だけだった。 文氏は北朝鮮の核問題について「韓米同盟強化と周辺国家との協力を通じた根本的解決」を公約として掲げているが、いったい北朝鮮への融和的姿勢と「韓米同盟強化」をどうやって両立させるつもりなのだろうか。THAAD配備に及び腰なのは恐らく中国の顔色をうかがっているからだろうが、この辺り「東アジアのバランサー」という空虚な言辞を弄びながら、何の目算もなく親北朝鮮・反米反日的な発言を繰り返した末に、北朝鮮に核実験を強行された盧氏の外交姿勢を彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。街頭演説に臨む「共に民主党」の文在寅候補 =5月8日、韓国・ソウル(川口良介撮影) 恐らく、在任中には対北朝鮮政策をめぐって日米と何の得にもならない摩擦を起こし、「民族和合」という美名の下に北朝鮮をあれこれ援助し、結局は金正恩のいいように手玉に取られるのではないだろうか。 むろん、日韓関係については「絶望的である」と言わざるを得ない。これまでもそうであったように、これからもろくなことが起こらないだろう。日本では朴前大統領が史上最悪の「反日大統領」だと思われているが、文氏はその比ではない。 なにしろ、日本政府との慰安婦合意を反故(ほご)にする、ということを堂々と選挙公約に掲げているのである。このような反日姿勢も、あらゆる機会を捉えて日本非難に熱を上げていた盧氏に通じるものがある。ちなみに今回の大統領選有力5候補はすべて「日本政府との慰安婦合意は無効」と主張していた。そう主張しないと落選することは火を見るより明らかであり、有権者の大多数が「反日」という韓国の内情をよく表している。このような有権者によって選ばれた大統領が反日であるのは当然の帰結であろう。 おまけに昨年には竹島(韓国名・独島)にも上陸しているし、「親日(派)清算をしたい」となどと公言し、「真実と和解委員会」なるものを設置して過去の歴史を総括する、とも述べている。これは盧政権下で結成された「親日反民族行為真相糾明委員会」が「親日派名簿」を作成し、一部の「親日派」の子孫の財産を没収したことの模倣と思われる。文氏の末期を予言する もちろん日本大使館の慰安婦像撤去にも反対で、おまけに釜山の日本領事館前の慰安婦像設置にも大賛成である。こんな人物が大統領に当選したわけであるから、日韓関係がますます悪化するだろうということは三尺の童子でも容易に理解できる。近いうちに済州にある日本領事館前にも慰安婦像が設置され、大使館や領事館前に設置されている慰安婦像の周囲にもさまざまな日本糾弾用の銅像が増殖するだろう、ということも付言しておく。 最後に新大統領の国政運営について予測してみたい。クリーンで民主的だが、実務経験に乏しく、国際感覚が欠如しており、民族至上主義で親北朝鮮である、という文氏の姿は盧氏の「生き写し」である。 恐らく文氏は公約にあるように旧政権の不正追及や財閥への規制、厳しい対日姿勢、融和的な対北朝鮮政策、過去史清算などでしばらくは点数を稼ぐだろう。過去に盧氏がそうだったように。来年2月の平昌五輪が終わる辺りまでは、そうした手法が人気を博するに違いない。ソウルの国会議員会館会見場に入り、支持者らと握手を交わす文在寅氏(川口良介撮影 問題はその後である。良好な対米関係を維持できず、北朝鮮の挑発を抑えきれなければ保守派の激しい反発を招くだろうし、雇用や福祉、格差解消に失敗すれば進歩派の支持も失うだろう。中韓関係の改善が望めなければ、中国依存度の高い韓国経済には負担とならざるを得ないし、北朝鮮に対して圧力を加えてもらうこともできない。こうした懸案に対して新政権が有効な手を打てるか、と問われれば甚だ心もとないと言わざるを得ない。「クリーンで民主的」というだけでは解決できない問題ばかりだからである。 数年のうちに内政、外交、経済、福祉で目立った成果がなければ、たちまちのうちに進歩派の「ロウソクデモ」や保守派の「太極旗デモ」が発生し、政権を窮地に追い込むということは、過去の政権において立証済みである。 最後に大胆な予言をしてみたい。数年の後に韓国人は文政権に失望し、「すべては文大統領のせいだ!」と叫び出すだろう。かつての盧政権末期がそうであったように。

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    文在寅政権になっても「財閥の呪縛」が続く韓国経済の悲哀

    加谷珪一(経済評論家) 韓国大統領選は事前の予想通り、「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が当選した。文氏は盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近だった人物であり、盧氏と同じく人権派弁護士出身である。文氏の経歴などを考えると、文氏の政権運営は、盧武鉉時代の再来となる可能性が高い。本稿では主に経済面に焦点を当て、文政権の政策と日本への影響について考えてみたい。 今回の大統領選は、文氏と野党第二党である「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏による事実上の一騎打ちとなった。実はこの2人は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領が当選した前回(2012年)の大統領選でも熾烈な争いを演じている。両氏は野党候補として立候補を表名したが、候補者一本化のため、安氏が出馬を断念した。 安氏はIT起業家として成功した人物で、政治不信が著しいといわれる若年層からの支持が厚いとされてきた。出馬を表明してから支持率が急上昇したものの、結局は息切れし、文氏にリードを許す結果となった。現代の若者の意識を体現しているであろう安氏が2度にわたって勝利できなかったという事実は、韓国社会を理解する上での重要なポイントとなる。 よく知られているように韓国経済は財閥とその関連企業に大きく依存している。中でも携帯電話など電子機器で圧倒的なシェアを持つサムスン電子の存在感は極めて大きい。サムスン電子の2016年12月期の売上高は約202兆ウォンであり、同社が生み出した付加価値は約82兆ウォンに達する。同じ年の韓国におけるGDPは1637兆ウォンなので、サムスン1社で全GDPの5%を生み出している計算になる。これに加えて財閥の関係会社や下請け企業が重層的な産業構造を形成しているので、韓国経済に対する財閥の影響力はさらに大きい。 極論すると現時点では、サムスンの経営が好調であれば韓国経済も成長し、サムスンがダメになれば韓国経済も下降するという図式になっている。リーマンショック後、世界経済の不振が続いたにもかかわらず、韓国が何とか成長を維持できたのはサムスンの競争力のおかげである。ソウル市ではためく韓国の国旗とサムスングループの旗 だが、経済運営が財閥に依存しているということは、国内のマネー循環も財閥中心になるということを意味している。経済が好調で財閥やその関係会社が潤っても、その恩恵はなかなか全国民にまでは回らない。韓国では格差が常に社会問題となっており、これが時に激しい感情となって政治を左右する。現代的でソフトなイメージを持つ安氏よりも人権派弁護士である文氏が勝つのは、弱者のための政策を国民が強く望んだ結果である。 では、文氏は反財閥的で左翼的な政権運営に邁進するのかというと、おそらくそうはならないだろう。先ほど筆者は、韓国は格差社会であると書いたが、日本でイメージされているほど韓国の格差は激しくない。 2016年における韓国の1人あたりのGDP(国内総生産)は約2万8000ドルと、徐々に日本に近づいている(日本は3万9000ドル)。11年における韓国の相対的貧困率(OECD調べ)は14.6%となっており、16.0%である日本よりもむしろ良好だ。 また、社会の格差を示す指標である「ジニ係数」を見ても、韓国は0.307、日本は0.336とほぼ同レベルとなっている。高額所得者による富の独占についても同様で、所得の上位10%が全体に占める割合は、韓国は21.9%、日本は24.4%とあまり変わっていない。 韓国は欧州各国と比較すれば、かなりの格差社会ということになるが、日本と比較した場合、それほど大きな差ではないというのが実情である。確かに韓国では格差問題は重要な政治テーマだが、それは財閥という一種の特権階級に対する反発というメンタルな部分が大きい。結局は韓国経済は政治より財閥 日本において格差解消や弱者救済が具体的な政策になりにくいのと同様、韓国でも急進的な格差是正策がスローガンとして掲げられることはあっても、現実的な施策にまでは至らないことが多い。 これは盧武鉉政権が格差是正という急進的スローガンを掲げながらも、財閥という韓国経済の基本構造に手をつけなかった(あるいは手をつけられなかった)という事実からもうかがい知ることができる。 一般的に盧武鉉政権は経済運営で失策が続き、これが企業出身である李明博大統領の誕生につながったと言われているが、必ずしもそうとは言い切れない。盧武鉉時代の後半はウォン高が進み、輸出に依存する財閥の経営が苦しくなったが、李明博政権では為替はウォン安に転じ、これが経済を下支えした。 続く朴槿恵政権も同様である。李明博政権以後、韓国の輸出は急激なペースで伸びており、2016年の輸出額は約66兆円と日本(約70兆円)に迫る勢いとなっている。これはサムスンなど財閥企業の業績が好調であることに加え、ウォン安がかなりの追い風となっている。韓国経済は結局のところ、政治的イデオロギーよりも財閥の経営状態と為替に左右される部分が大きいわけだ。大雨の中、支持を訴える「共に民主党」の文在寅候補=韓国・釜山(共同) 文在寅政権は、盧武鉉政権と同様、格差是正や反財閥を掲げながらも、経済的には従来と同じ路線を継続する可能性が高い。北朝鮮政策がどうなるのかという政治的側面を除外すれば、今後の韓国経済を左右する要素は、為替と米国経済ということになる。  日本と韓国を比較した場合、日本企業の方が高付加価値の製品を作っている割合は高いものの、基本的なビジネスモデルは類似している。日本や韓国は基幹部品を製造・輸出し、アジアや中国で製品として組み立て、最終的には米国市場で販売する。 トランプ政権の経済政策が効果を発揮し、米国の好景気が続けば、韓国経済もそれなりの水準で推移することになる。トランプ氏が掲げる減税とインフラ投資が実現すれば、理屈上、ドル高が進むので、これは韓国経済にとって追い風となる。リスク要因としては、やはり日本と同じく金利上昇ということになるだろう。 日本の場合、金利上昇の影響を受けるのは政府債務だが、韓国の場合には家計債務である。韓国は、政府の財政状況は良好だが、家計債務の比率が極めて高いという特徴がある。 ここで金利上昇が進むと家計の収支が苦しくなり、これが内需の低迷をもたらす可能性がある。低所得層のローン返済が滞れば、金融危機が発生するリスクもゼロではない。結局のところ、日本も韓国も、トランプ政権に左右されてしまうという点では似たような状況にある。

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    韓国大統領選で先頭走る文在寅氏とは何者か

    澤田克己 (毎日新聞記者、前ソウル支局長) 9日の韓国大統領選は、進歩派(革新)である最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が優勢のまま最終盤を迎えた。3月末から4月上旬に支持率を急速に上げた中道系「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏はテレビ討論の失敗で失速し、代わりに、文氏を北朝鮮に融和的だと攻撃する保守「自由韓国党(旧セヌリ党)」の洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏が急速に追い上げる。「文在寅に勝てる候補」を求めて安氏に流れた保守派が、安氏を見限って保守候補に回帰しているのだ。 一方で最左派「正義党」の沈相奵(シム・サンジョン)氏も支持を伸ばしており、10%台の得票をうかがうのではないかという見方が強まっている。こちらは、「勝てる候補」として文氏に集まっていた左派票が「どうせ文氏の勝ちだ」と考えて沈氏に戻った模様だ。文氏陣営は「高い得票率で当選してこそ国政運営をきちんとできる」と防戦に努めている。 結局、文氏の優勢は変わらないものの、安氏が沈み、左右両極の候補がそれぞれ支持を伸ばすというのが選挙戦最終盤の構図だ。今回は、優勢を保ったまま最終盤にきた文氏の人物像を紹介したい。 メディアに付けられたニックネームの中で文在寅氏自身がもっとも気に入っているのは「盧武鉉の影法師」だそうだ。盧武鉉元大統領が政権の座にあった間、最側近として常に脇を固めていたとして付けられたニックネームだ。 文氏が政界入りする直前だった2012年1月に当時人気のあったバラエティ番組に出演して、そう語っている。各界で注目される人物を呼んで硬軟取り混ぜた対談で人物像を描く番組で、前週の出演者は与党の大統領候補になることが有力視されていた朴槿恵氏だった。野党で朴氏に対抗しうる人物として登場したのだが、文氏はまだ国会議員にもなっていなかった。文氏が初めて議員バッジを付けたのは同年4月の総選挙で初当選してからである。文在寅氏が描かれた韓国国旗を持つ同氏の支持者=5月9日夜、ソウル(ロイター) 1年後に控えた大統領選へ向けて政界が動き始めた時期だ。文氏急浮上の背景には、盧元大統領の側近グループが復権を果たしたことがあった。盧政権は内政・外交ともにつまずきが目立ち、特に景気低迷の影響で支持率低迷にあえいだまま退陣した。その後は側近たちもなりをひそめていたのだが、盧氏が09年に自殺したことで雰囲気が変わった。追悼ムードの中で進んだ盧氏再評価を追い風に息を吹き返し、野党内の主流派に戻ったのだ。 文氏は番組で「盧大統領が亡くなっていなければ、政治の道に入ることはなかっただろう」と語った。文氏のそれまでの経歴を考えれば本音だろうし、盧氏の死がなければ側近たちが復権を果たすにはさらに時間が必要だったかもしれない。 当時の取材メモを見ると、康元澤ソウル大教授(韓国政治)は「保守派の李明博政権下で格差拡大が社会問題になっている。弱者を助けようとしたイメージのある盧氏に対する再評価が、盧氏側近グループへの期待が高まる背景にあるのだろう」と話していた。両親は朝鮮戦争で北から逃げた避難民 文在寅氏と朴槿恵氏は同い年だが、独裁者の娘として育った朴氏と朝鮮戦争の戦火を逃れて北から南に渡ってきた家庭に生まれた文氏の人生はあまりにも違う。朴氏の人生も平凡とは言えないが、文氏もまた波乱万丈の日々を送ってきた人物である。朴槿恵(パク・クネ)前大統領が収容されているソウル拘置所。拘置所前には前大統領の写真が掲げられている=5月7日、韓国京畿道義王市(川口良介撮影) 文氏の両親は開戦半年後の1950年末、北朝鮮北東部・咸興(ハムフン)市の興南(フンナム)地区から米軍艦艇に乗って脱出した。10万人近い民間人が米軍輸送船に鈴なりになって脱出した「興南撤収」と呼ばれる有名な出来事だ。釜山に近い巨済島に避難民キャンプが作られ、文氏は53年に巨済島で生まれている。 生活の基盤がまったくない異郷での生活が楽なわけはない。学校に弁当を持っていくこともできなかったという。韓国の学校では当時、弁当を持ってこられない学生たちには牛乳やトウモロコシがゆの給食が出たのだが、食器は用意されていなかった。弁当を持ってきた級友からフタを借り、そこに給食を盛ってもらって食べたという。 番組が放送された時、韓国では給食無償化の是非が話題となっていた。生活に余裕のない児童生徒に限った無償化という主張もあったが、それでは各家庭の経済状況を子供たちにわざわざ意識させることになるから全面無償化でなければならないという主張もあった。文氏は番組で「(どちらにしても)給食を食べる子供たちの自尊心を傷つけないよう細心の注意が必要だ」と語った。文氏にとって給食は、胸の痛む記憶なのだろう。 釜山の名門である慶南高校を卒業してソウルの慶煕大法学部に進学。高校時代から社会の不条理に対する怒りを抱くようになっていたといい、朴正煕政権に反対するデモの先頭に立った大学3年の時に逮捕された。そして、韓国人男性の義務である兵役。軍隊生活にはうまく適応できたといい、陸軍特殊戦司令部の空挺部隊で爆破任務を担う優秀隊員として司令官表彰を受けた。 除隊後に復学し、司法試験に挑戦した。1次試験に合格し、2次試験を受けたのが80年春。朴正煕殺害後の政治的混乱の中、民主化運動の弾圧で200人以上の死者を出した光州事件の直前だった。光州での鎮圧作戦が始まる前日に戒厳令が全国に拡大された際、文氏は「危険人物」として再び収監されてしまった。司法試験の合格通知を受け取ったのは、ソウル市内の警察署の留置場でだった。 面白いのは、合格の報を受けて留置場での扱いが一変したことだ。署長から「令監(ヨンガム)」という敬称を付けて呼ばれるようになり、お祝いに来た知人と留置場の中での酒盛りまで認められたそうだ。軍事独裁とはいえ社会におおらかな面があったことともに、科挙の伝統を持ち、知識人が支配勢力となってきた伝統を持つ韓国ならではの光景だと言えそうだ。盧武鉉弁護士とともに民主化運動 次席という優秀な成績で司法修習を終えると、ソウルの大手事務所からの誘いを断って釜山に戻った。そこで人権派弁護士だった盧武鉉氏に出会った。82年のことだ。故盧武鉉元大統領の肖像写真を掲げる文在寅氏の支持者=5月4日、韓国・高陽(ロイター) 文在寅氏は番組で「それまでに会った法曹界の先輩たちは、権威主義というかエリート意識を感じさせる人ばかりだった。盧弁護士にはそういった雰囲気がまったくなく、私と同じ部類の人間だと感じた」と語った。その場で意気投合して盧氏の事務所に加わり、民主化運動にも一緒に身を投じた。 盧氏は87年の民主化後、後に大統領となる金泳三氏に見出されて国会議員となったが、文氏は釜山で人権派弁護士としての活動を続けた。 2002年大統領選で盧氏が当選すると、盧氏に強く請われて青瓦台(大統領府)に入った。常に盧氏に寄り添う姿から「影法師」と呼ばれるようになり、政権後半には実質的なナンバー2である大統領秘書室長を務めた。04年に盧氏に対する弾劾訴追案が国会で可決された時には、盧氏の代理人弁護士として「弾劾棄却」を勝ち取ってもいる。 盧氏退陣後は釜山での弁護士活動に戻っていたが、09年に盧氏が自殺したことで状況が変わる。盧氏逝去を受けて設立された盧武鉉財団の理事となり、その後理事長に。そして、2年後には盧氏の遺志を継ぐ存在として大統領選に担ぎ出されることになった。 朴氏に惜敗した後は「5年後」をにらんで本格的な政治活動を展開。16年秋に朴氏を巡る一連のスキャンダルが発覚した際には辞任要求の先頭に立ち、最大で100万人以上を集めたとされる「ロウソク集会」も積極的に後押しした。 文氏と同じ「共に民主党」に所属する重鎮の政治家は私に「文氏はロウソク集会に大きな借りがあると感じている」と話した。ロウソク集会に代表される世論の高まりが朴氏罷免という事態を招き、大幅に前倒しされた大統領選で文氏が有利になったからだろう。今後は、その思いとともに盧政権での教訓をいかに活かしていくかが問われることになる。

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    「脱悪魔路線」を進めたルペンを極右批判するのは大間違い

    八幡和郎(評論家、徳島文理大教授) フランス大統領選挙は世論調査のとおり、社会党政権から離脱して左右の不毛な対立からの脱却を訴えたエマニュエル・マクロン前経済相の圧勝に終わった。極右政党、国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン候補が勝つとか、接戦になるなどとデマを流す識者もいたが、フランス政治に対する無知か、アングロサクソンの欧州懐疑主義の願望か、ユーロなどの相場を撹乱(かくらん)してひともうけしようとした人に踊らされたのかどれかであって、まったくばかげた話である。 特に第1回の投票がほぼ世論調査どおりの得票で、本心を気恥ずかしくて言わない「隠れルペン」もいないことが立証されていたのだから、決選投票の段階になってからも隠れルペンの存在を語り続けるなど誠実さに欠ける態度だった。 ルペン氏が勝つかもしれないとか、善戦するだろうなどといった識者は反省が必要だし、もうフランス政治のことなど知ったかぶりして書かないほうがよいと思う。5月4日、フランス北部での集会で支持者の前に姿を見せるルペン氏(ロイター=共同) ルペン氏の支持者は第1回投票で示された21・3%という数字より多くも少なくもないのだ。確かに、父親のジャンマリ・ルペン氏が2002年の出馬で獲得した16・9%よりは多いが、あくまでソフト化路線の成果であって、当時の16人の候補者に比べて11人と少なかった。また、決選投票の約34%という数字も、父が02年に獲得した17・8%よりは大躍進したが、保守派の現職、シラク大統領相手だったのだからあまり比較にならない。 そこで、iRONNA編集部からいただいた「どうしてフランスのような伝統的に左派支持層が多い国でルペン氏が人気を集めるのか」というテーマについて論じたいのだが、議論をいくつかに分ける必要がある。 ひとつは、フランスではもともと反体制的な極右政党が一定の支持を集めることがあるということだ。そして、父親のジャンマリ氏のときからの国民戦線の成功の原因、ルペン氏になってからの躍進の理由、そして今後の可能性だ。 フランスでは、18世紀末のフランス革命後もナポレオン帝政、王政復古、7月王政、第二帝政が続き、共和制が安定しなかったが、普仏戦争の後に訪れた王政復古の機会が、フランス王家だったブルボン家が共和派のフランス三色旗を認めなかったことで頓挫し、ようやく共和制が確立された。それ以来フランスの政体では、「革命の伝統を引き継ぐ」という理念に結集することが体制派であることの条件になっている。 必ずしも、狂信的な国粋主義者とはいえない現在のルペン氏と国民戦線が極右といわれるのは、この定義によるものだ。娘が進めた「脱悪魔路線」 ただ、常に「自由・平等・博愛」や「ライシテ」と呼ばれる徹底した政教分離策といった共和国の理念に疑問を持つ勢力が出てきて、保守的な小市民の受け皿になってきた。 その勢力は、人気のある軍人を担ぎ、政府を武力転覆しようとしたブーランジェ事件や、ユダヤ人を排斥しフランス世論を二分したドレフュス事件に登場し、その敗北の反動から生まれた極右団体「アクション・フランセーズ」や、第二次大戦中ナチスに協力したペタン将軍のヴィシー政府などで中核を担ったのである。 そして、戦後は「プジャード運動」というのがあった。1953年、フランス中南部の文具書籍商ピエール・プジャードが中小商工業者への税金に対する不満を背景に税の不払いを呼びかけ、54年には右派政党の商工業者防衛同盟(UDCA)を創設し、56年の国民議会(下院)選挙で52人を当選させた。中小商工業者や農民など近代化に取り残された階層や後進地域の不満を吸い上げた結果だった。しかし、議員の内部分裂があり、ドゴール再登場後の58年の下院選挙で敗れ衰退した。 ジャンマリ・ルペン氏は、56年にプジャードのもとで下院選挙に出馬し、最年少の27歳で当選した。アルジェリア戦争に議員を休職して従軍し、58年にアルジェリア独立に反対して大統領選挙に立候補したが敗れ、そのときのトラブルで左目を失明した。5月1日、パリで「愛国者デモ」に参加し、報道陣に囲まれる国民戦線のジャンマリ・ルペン元党首(中央)(共同) その後右派諸派の糾合を目指し、72年に国民戦線を結成し党首となる。国民戦線は移民排斥、妊娠中絶反対、治安強化、欧州連合(EU)からの脱退(のちにユーロからフランへの回帰)、国籍取得制限の強化などを訴えた。 そして、2002年の大統領選では社会党のジョスパン候補を上回って決選投票に残った。しかし、07年の大統領選挙では与党国民運動連合のサルコジ候補がジャンマリ氏の政策に歩み寄るかたちで取り入れたので、11%の得票率に後退し、11年には娘のルペン氏に党首の座を譲った。 娘のルペン氏が進めたのは「脱悪魔路線」である。国民戦線をステレオタイプな極右政党から脱却させ、国民の広い支持を集める政党に脱皮させた。とくに、ナチスやペタン政権に一方的な非難をすることに疑問を呈しがちな父親を否定した。 14年、ジャンマリ氏が国民戦線を批判したフランスのユダヤ人歌手らに対し「驚きを感じない。今度はこちらが窯に入れてやる」と発言したが、第二次大戦中のアウシュビッツ強制収容所を連想させたため、ルペン氏は党のサイトに連載されていた父親のブログを削除した。ジャンマリ氏は翌年国民戦線の党員資格を停止され、10月には党を除名された。極右が不適切な保守政党として認知される日 さらにルペン氏は個人の権利や自由、中絶まで含めて女性の権利を擁護し、事実婚や性的マイノリティーに対しても寛容な姿勢を示した。自身も2回の離婚歴を持ち、服装もジーンズを好むなど伝統的な極右主義者の雰囲気は感じられない。 これを受けて支持層にも一定の広がりをみせ、12年の大統領選挙では17・9%と父の02年の得票率を上回ってみせた。 今回の選挙では、保守派の共和党がフィヨン前首相を候補者に選んだ。予備選ではポピュリスト的イメージで国民戦線の支持者とやや重なるが新自由主義的な経済政策を掲げたサルコジ前大統領、中道左派的でリベラルなジュペ元首相を退け、経済政策では誰よりも新自由主義的だがカトリックの伝統的な価値観に寄り添ったフィヨン氏が選ばれた。 また、社会党のアモン前国民教育相はマリフアナ解禁や最低所得保障(ベーシックインカム)制度の導入といった特異な左派的主張を展開。すでに何度も大統領選挙に立候補していた急進左派のメランション左派党元共同党首もややアンチEU的だが移民には好意的な綱領を掲げた。そして、社会党を飛び出したマクロン氏は、親EU、移民に好意的、市場経済を生かしつつ合理化した上で社会政策を維持するという新しい路線を打ち出した。 ただ、選挙戦が事実上始まってから、ルペン氏の票を一定割合食うとみられていたフィヨン氏が妻の架空雇用疑惑スキャンダルへの対応のまずさで沈没したことは、ルペン氏だけでなくマクロン氏をも利した。また、メランション氏が健闘したことで、ルペン氏はある程度の競合を余儀なくされ、やや精彩を欠いた。5月6日、フランス北部エナンボモンの投票所前に張り出された大統領選候補のマクロン氏(左)とルペン氏のポスター(AP=共同) 決選投票に残る候補者について、当初はフィヨン氏が確実でルペン氏が2位、マクロン氏がそれを追うとみられた。しかし、フィヨン氏の脱落で、マクロン氏とルペン氏が優勢となり、フィヨン氏とメランション氏の終盤の追撃を振り切ったが、僅差の結果に終わった。 さて、今後のフランス政治の見通しだが、マクロン与党が左派中心か、共和党を大きく取り込むかたちとなるか分からないし、何より共和党がどのような路線で再建を図るかが問題だ。ただ、今回の選挙で、ルペン氏のEUやユーロ離脱(最終的にはユーロとフランの併用と言っていたが)のような非現実的で、経済の行方に不安を与える政策を放棄し、いずれも運用の見直しをドイツなどに迫るような方向に政策の舵を切れば、極右が不適切な保守政党として、いよいよ認知される可能性も少なくないだろう。

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    私だけが知っているマリーヌ・ルペン「歴史的大躍進」3つの理由

    木村三浩(「一水会」代表) フランス大統領選挙は5月7日に決選投票が行われ、エマニュエル・マクロン氏が1900万票(得票率66.06%)を獲得し勝利した。一方、マリーヌ・ルペン女史は1100万票(得票率33.94%)余りの支持を受けたが敗北となった。白票はおよそ300万票。無効票とあわせて史上最多の約11%に上り、どちらも支持しない有権者の反発が示された。 4月23日に行われた一回目の投票において、マリーヌ氏が決選投票に勝ち進んだことで、今回、彼女を当選させまいとする強硬な「包囲網」が張りめぐらされた。反国民戦線ネットワークだ。これを突破できなかったことは、マリーヌ氏を通して今日のフランスの現状を変革しようとしてきた人々にとって、非常に残念な結果だったに違いない。 しかし、負け惜しみかもしれないが、マリーヌ氏が善戦し1100万以上の票数を獲得したことはある意味で、広範な国民の支持を受けたという証左でもある。それは、第一回投票で760万票を獲得し、決選投票では400万票弱を積み重ねたということについても言える。これまで国民戦線が獲得した票は、2014年欧州議会選挙の470万票(25%)、15年地域圏議会選第一回投票の600万票(28%)、前途の第一回投票の760万票から1100万票と大幅に増えた。 今後は来月に行われる国民議会選挙でどれだけ議席を獲得できるかが焦点となろう。議会選挙も決選投票を行う二回方式であり、強固な包囲網が形成されると思われる。フランス大統領選で敗北宣言し、支持者にあいさつするルペン氏(中央)=5月7日、パリ これまで多くのメディアは、フランス国民戦線(FN)を『極右』『排斥主義』と批判的に報じてきた。しかし、今回の大統領選でマリーヌ・ルペン女史が躍進した理由を考えると、報道を超えるフランス社会の現状が浮き彫りになっていることが分かる。私が考察するマリーヌ氏躍進の理由は以下3つだ。 第一に、国民のEU(欧州連合)に対する反発だ。統一国家、統一市場を理念とするEUでは欧州諸国に限り国境検査を撤廃するシェンゲン協定が結ばれ、加盟国に適用された。EUができたことでフランス国内の主権が損なわれていると感じている人が増えたことに加え、統一通貨「ユーロ」により多国籍企業が国内市場を席巻し、国内資本が衰えてしまった。農業でも何でもEUの基準が押しつけられ、それまでのやり方が通用しなくなった結果、多くの人たちが職を奪われる結果となった。 第二に、移民・難民問題だ。これもEUの定に沿う形で、義務的な受け入れ人数を割り当てられるが、移民の多くは出身国の文化や伝統をそのまま持ち込んでくるため、街の風景が昔とは一変してしまうことがある。国民戦線は「移民排斥」を主張していると誤解されているが、ルペン氏は「(受け入れ人数枠を)せいぜい1万人程度にしてほしい」と言っているにすぎないのである。 第三は、頻発するテロ。私がフランスを訪問した今年2月にもルーブル美術館でテロが起き、警備のフランス兵がエジプト系の男に刺された。つい先日も、ニースでトラックによるテロが起き約300人が死傷したほか、一昨年には雑誌社シャルリー・エブドがISに攻撃される事件が起きている。人々の安心、安全を確保することの優先順位が高まっているのだ。マリーヌ氏は当初から、職業の確保、移民制限、治安強化、そしてフランスの良き伝統を守ることを主要な政策に掲げていた。また、国民戦線の党首となる以前から「国民国家とは何か」「アイデンティティーとは何か」、そして「フランスとは何か」と地道に訴え続けており、それが人々に広く共感されているのである。フランスのみならず欧州諸国ではEUの政策に対する不満が高まり、近年「反EU」を政治政策に掲げる政党が支持を伸ばしている。マリーヌ氏と会った時のこと さて、マリーヌ氏といえば、昨今では元党首でマリーヌ氏の父であるジャン=マリー・ルペン氏との確執がしばしば話題となっている。ジャン=マリー氏は2014年、国民戦線を批判したユダヤ人歌手に対して差別的な発言を行い大問題となった。その後、マリーヌ氏は2015年10月に父親を党から除名。国民戦線を立ち上げた始祖であるにもかかわらず、名誉会長の座も剥奪されたことは不当だとして、父親は実の娘を訴え、親子の確執は最高裁の判断を仰ぐところまでもつれた。マリーヌ氏は、党のためひいては国民のために情よりも理を優先し、『泣いて馬謖(ばしょく)を斬る』ことのできる決断力の持ち主であるといえるだろう。私から見ると、マリーヌ氏は最初に会った13年前から、自分の思ったことをストレートに話し、凛(りん)として仕事をこなす、できるキャリアウーマンのような印象だった。父親はそんなマリーヌ氏に『わが政治家人生で唯一やり遂げられなかったのは大統領になれなかったことだ』と言って国民戦線の代表の座を譲った。マリーヌ・ルペン候補=5月1日、パリ近郊のヴィルパント つまり、大統領になるためには自分とは違うやり方で戦えと悲願を託したのだ。だからこそ、マリーヌ氏は国民戦線のイメージを一新させ、柔軟性をもったアプローチで国民に訴えた。国民戦線には既成政党、共和党、社会党、共産党の出身者が入党し合流している。結集軸が同戦線にあるということだ。既成政党の多くがEU等のグローバリズムな体制に甘んじているのに彼らは耐えられなくなり、「フランスの社会、伝統、文化を守るのは国民戦線だけだ」と見定め、党を割って合流してきているのである。今回の大統領選も、もう建前だけでは前に進めないことを国民が理解し「利益共同体としてのEUにこだわるのか」、それとも「フランス人としての主権を取り戻すのか」、フランス全体にこの二者択一の選択を迫った局面があったと言えるだろう。グローバリズムからフランスを解放しようとする国民戦線こそがフランスを救う唯一の国民政党であるとして支持が広がることも、十分にうなずける。 先述した今年2月のフランス訪問の際、私はリヨンで開かれた国民戦線の決起大会にも参加し、大会直前にマリーヌ氏と会見した。国民戦線の躍進については「われわれが長年主張してきたことが、国民にやっと理解されるようになったということだと思う」と語っていたのが印象的だった。さらに、マリーヌ氏は「私は日本を尊重しています。都合のよい時期に日本を訪問したい」と述べており、早ければ年内か来年にも来日する可能性があるだろう。愛国者としての立場から、日本人に対して現状認識を生の声で語っていただきたいと思っている。 改めて、フランスでは国民議会選挙が行われる。第一回投票が6月11日、決選投票が18日。今回、多くのフランス国民がマリーヌ氏に寄せた期待がどのような影響を与えるのか。ここが重要なポイントになると思っている。今回の大統領選では結果的に、現在のEU政策を維持するマクロン氏が選ばれ、向こう5年間は政治をつかさどる立場となるが、現状に対する国民の不満が高まっている中で、フランスの舵取りは今後も厳しい局面が続くことが予想される。

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    伝統的左派をも熱狂させたルペンの知られざる「政治的実験」

    ローバリストの政策を採用し、欧州経済の統合を目指し始める。 80年代にイギリスとアメリカから始まった国際化、規制緩和、市場主義、競争主義を柱とするネオリベラリズムの政策が欧州を飲み込み、グローバリゼーションが急激に進んでいく。EUはグローバリゼーションの象徴的な存在である。国民戦線は当初はEUを積極的に評価していたが、85年の党綱領で「反EU」を打ち出す。 グローバリゼーションは規制緩和、資本の自由化などを通して経済の効率性を高めたが、同時に雇用の喪失、所得格差拡大など大きな犠牲ももたらした。中産階級の空洞化も深刻な問題となった。先進諸国の製造業の衰退をもたらし、その最大の犠牲者は工場労働者であった。 トランプ氏の支持基盤となったのが低学歴の白人労働者であったのと同じように、フランスの国民戦線も「反ネオリベラリズム」や「反国際主義」を掲げ、次第にポピュリスト政党として受け入れられるようになる。大統領選の開票結果予測を受けて演説するルペン氏=フランス北部(ロイター=共同) ポピュリズム政党には、もうひとつの共通点がある。それは反移民である。欧州諸国は戦後の繁栄の時代に労働者不足で積極的に外国人労働者を受け入れてきた。だが80年代以降、不況の深化で外人労働者が国内の労働者と競合するようになる。さらに一時的に受け入れたはずの外人労働者が定住し、次第に人口を増やしていった。それが社会的な軋轢(あつれき)を生む要因となった。移民労働が賃金低下の要因であるとか、犯罪増加をもたらしたと主張されるようになる。 また、フランスには、もうひとつの重要な要因がある。それはイスラム系住民との文化的、宗教的軋轢である。それが遠因となって、フランス国内での相次ぐイスラム過激派のテロ事件へと結びつく。さらに最近のシリアなどからの大量の亡命者の流入もフランス国内の状況をさらに悪化させている。それが、移民を積極的に受け入れるべきだと主張するグローバリストと移民を規制し、フランスの文化や社会を守るべきだとするポピュリストの対立を招いている。左派も取り込んだルペンの「政治的な実験室」 こうした状況の変化の中で、ジャン=マリー・ルペン氏が率いる国民戦線の政策には限界があった。支持基盤を拡大するためには“極右”のイメージを払拭する必要があった。その役割を担ったのが、マリーヌ・ルペン氏である。彼女はバリ第二大学で法律を学び、弁護士となった。国選弁護士として強制送還を迫られた不法移民を弁護した経験も持っている。 30歳の時、北部の元炭鉱町エナン=ボーモンの地区選挙で国民戦線から立候補し、当選を果たした。従来、この地域は社会党などの左派政党の地盤であったが、地域経済の崩壊に有効な手立てを講ずることができなかった左派政党は影響力を失っていく。彼女はここでの経験を、自分にとっての「政治的な実験室」だったと回顧している。グローバリゼーションの影響を受けて疲弊する労働者や地域住民に寄り添うことを学ぶ。また、そうした人々に向かって反移民や反脱工業化を訴えることで支持基盤を拡大できることを学んだ。本来は左派政党が行うべきことを国民戦線は担ったのである。 ルペン氏は父親の選挙スタッフとして働いたが、2011年の党大会で新党首に選出される。彼女の最初の課題は、党の支持基盤を拡大することであった。そのために彼女が取った手段は、15年に極右的言辞を吐き続ける父親を党から追放することであった。党を除名された父親は訴訟を起こし親子の確執も見られたが、この決断は国民戦線のイメージ転換に極めて効果があった。 同時に、ルペン氏は父親とは違い福祉政策を擁護し、小さな政府の主張を退けるなどネオリベラリズムに反対する立場をより鮮明に打ち出した。グローバリゼーションは労働者に犠牲を強いること、EUからの離脱、フランス・フランの復活などを訴えることで、従来、敵対する存在であった左派や中道派、中間階級、若者層の支持を獲得することができた。大統領選挙ではマクロン氏を金融資本の代弁者だと批判を加えている。国内のエスタブリッシュメントに留まらず、EUや北大西洋条約機構(NATO)の国際機関のエリート批判も展開するなど典型的なポピュリストの政策を展開した。マクロン氏(左)とルペン氏のポスター ルペン氏は敗北宣言を行った。選挙は終わったが、選挙が提起した問題はなにひとつ解決していない。マクロン氏は勝利演説で、多くの国民を受け入れる幅広い政策を取ると主張しているが、同氏は基本的にグローバリストであり、フランスはEUに留まり続けるだろう。だが、ネオリベラリズム政策とグローバリゼーションでもたらされた社会、経済問題の解決は容易ではない。格差拡大は様々な局面でみられる。単に所得格差に留まらず、地域格差も無視できないほど大きくなっている。大都市の繁栄と地方都市の衰退は明白である。経営者や専門職、技術者と労働者の所得格差は許容範囲を超えている。人種による格差も極めて大きい。所得再配分政策や福祉政策が求められているが、誰も明確な地図を描き切れないでいるのが現状である。 また、文化・社会面では、移民問題が深刻な影を投げかけている。保守的なインテリ層はフランス文化固有のアイデンティティの維持を主張している。だが、グローバリストは新しいヨーロッパのアイデンティティの確立を模索している。その意見は妥協の余地がないほど違った方向を目指している。 フランス国民は現状維持を選んだ。しかし、問題は先送りされたに過ぎない。こうした状況の下で、ルペン氏が率いる国民戦線が従来以上に大きな存在になったことは間違いない。ルペン氏が提起した政治課題は選挙が終わったからと言って消えるものではない。選挙で敗北したが、ルペン氏の影響力は間違いなく強まるだろう。国民戦線を極右政党として切り捨てることはできなくなっている。これからルペン氏のもとで国民戦線がどう変貌を遂げるのかも注目点であろう。