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    今川義元を知らずして、井伊直虎を語るなかれ

    今年の大河ドラマの主人公、井伊直虎の半生に絶大な影響を与えた人物といえば、駿遠三の太守、今川義元であろう。歴史の教科書では桶狭間の敗死ぐらいしか記憶にないかもしれないが、実は当代一の戦国大名だったことはあまり知られていない。本日は「海道一の弓取り」義元の人生を再評価してみたい。

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    お歯黒、馬にも乗れない「軟弱武将」今川義元はこんなにも凄かった!

    」に明文化されている。寄親は国人領主とか国衆といういわれ方をするが、支城主クラスである。今年のNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の井伊家は寄親ということになる。 その下につく寄子は土豪、すなわち地侍である。ふだんは農業経営に携わる村に住む有力農民で、この寄子が、戦いのとき、自分の被官を引き連れて参陣することになる。寄親で井伊谷城主の井伊直盛に何人の寄子がいたかはわからないが、直盛と同じく桶狭間で討ち死にした二俣城主の松井宗恒には50人の寄子がいたことがわかっている。1人の寄子が仮に10人の被官を連れてくれば500人となる。1人の寄親が最低このくらいの人数は動員できたと思われる。 義元の時代、こうした寄親、つまり支城主が20人ほど確認できるので、これだけで1万人になる計算である。ほかに義元直属の兵が1万5000人いれば、合わせて2万5000となる。この軍事力があったからこそ、あの武田信玄と上杉謙信が戦った第2次川中島合戦で、義元が仲裁役をつとめることができたものと思われる。 外交力の点で何といっても注目されるのは「甲相駿三国同盟」である。甲斐の武田信玄、相模の北条氏康、そして駿河の今川義元が同盟を結んでいるが、これは、義元の軍師太原雪斎が仕掛人であった。義元はこの同盟を有効に生かし、三河からさらに尾張へ侵攻していくことになる。

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    今川義元に翻弄され続けた井伊直虎「大逆転人生」のなぜ

    橋場日月(歴史研究家・歴史作家) 大河ドラマで人気の井伊直虎。劇中では今川家の重臣・関口親永の娘の瀬名(後の築山殿)が登場していた。その母は花總まりさんが演じ、佐名という名で紹介され、井伊直平の娘として生まれ今川義元へ人質として送り込まれたあげくお手つきとなり、飽きたら雑巾の様に親永に下げ渡されてしまったために実家の井伊をも恨んでいるという素振りだが、その裏で義元の母・寿桂尼に嘆願して直虎が今川の人質とされるのを阻止してくれた、という内容で描かれる。NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」で馬を駆る井伊直虎を演じる柴咲コウ そして成長した瀬名(演じるのは菜々緒)は、北条と縁組した氏真への未練を友人となった直虎に書き送る。その傍らには駿府で人質生活を過ごす松平竹千代(後の徳川家康。演じるのは阿部サダヲ)。この人間関係がこの作品の柱となっていくわけだが、史実では佐名という女性の実名はわからない。ただ、彼女が井伊家の出であることは確かな様だ。 彼女について言及している史料を並べてみよう。『寛政重修諸家譜』直平―女 今川義元養妹『系図纂要』直平―女 今川義元朝臣内室     後関口刑部大輔親永妻『井家粗覧』直平―女 今川上総介義元内室、再嫁関口刑部少輔親永、東照神君簾中築山御前之母公是也『井伊年譜』初めは今川義元の側室となり、後に義元の妹となり、関口刑部大輔親永に嫁し、一女を生む。すなわち、義元媒となって神祖に嫁ぐ者、築山御前これなり『井伊直平公御一代記』徳川広忠は井伊直平別懇の事、御相談の上にて、直平の孫娘は年十三となるを娘分になされ、駿府へ遣わされ、義元公の娘分になされ候。直平娘は築山御前と申し候 以上、最後の『井伊直平公~』のみが“直平の孫娘を徳川広忠(松平広忠。徳川家康の父)が養女としたうえで義元のもとへ送り、義元の養女とした、その母は築山殿”と情報が混乱錯綜しているが、そのほかを総合すると直平の娘が人質として駿府へおもむき、義元の側室となった後にその養妹とされて重臣の親永に嫁いだ、そして築山殿を生んだ、という経緯が確認できる。 なお、ドラマ中では佐名は南渓和尚を「兄上」と呼んでいたが、『井家粗覧』の系図では彼女は直宗の次に入れられているため、彼女は南渓和尚の義姉、直満・直義らの実姉だったと思われる。 今川義元は仏門に入っていたが、天文5年(1536)、兄・氏輝と彦五郎の死によって急遽還俗。花蔵の乱で異母兄弟の玄広恵探と今川家の当主の座をめぐって血で血を洗う戦いをくりひろげ、勝利をおさめた。その直後、直虎にとって大叔母にあたる女性(“佐名”)が人質として今川義元のもとに赴いたという流れだったと思われる。直虎と瀬名に重大な決意をもたらした悲劇 義元が正室として武田信玄の姉を迎えるのは翌年のことだから、身の回りの世話をするために側室として迎えられたものの、正室の武田氏に遠慮して重臣・関口親永に下げ渡されてその妻となったのではないだろうか。 天文5年というと、直虎が生まれたと推定される前後のことであり、直虎自身が駿河へと向かったこの大叔母の姿を覚えていたとは考えられないが、その後井伊谷で彼女の噂を聞くたびに女の人生は男によって左右されるのが戦国の定めなのかと、成長するにつれ直虎は複雑な思いをかみしめていたに違いない。 この大叔母の娘、築山殿も本名は定かではない。後世の史料が「瀬名」「鶴」などと呼んでいることから、ドラマでも「瀬名」を用いているが、この「瀬名」は親永の実家の名字である。「瀬名の姫」と呼ばれていたものが、いつか彼女の名と混同されてしまったのだろう。 彼女は弘治3年(1557)に竹千代あらため松平元信(後の徳川家康)と結婚。このとき家康は数え15歳だが、彼女の年齢は分かっていない。一般には姉さん女房だったという。義元の肝煎りだったが、彼は織田との戦いに備え松平氏をより引き付けておくため、義理の姪をさらに自分の養女とした上で縁付けた。 永禄3年(1560)桶狭間の戦いで井伊・松平がともに先鋒隊に組み入れられたのも、この縁組で両者が親戚関係となったのが大きいかも知れない。 桶狭間の戦いで今川義元が敗死すると、家康は本拠の三河岡崎城に戻って今川家から独立し、その支配地を侵し始めた。瀬名と子の信康・亀の兄妹は人質交換で駿府から岡崎へ迎えられたが、関口親永は義元の子・氏真から責任を問われ、切腹させられてしまう。そして、このときその妻も自害に追い込まれたという話もあるから、これが“佐名”のことであれば彼女の生涯は徹頭徹尾自分では何も決められない、哀しいものだったと言うほかない。 だが、彼女の死は、逆に残された直虎・築山殿というふたりの血縁の女性に重大な決意をもたらしたのではないだろうか。 天正2年(1574)に牟礼(むれい)勝成という6歳の子供が徳川家に出仕するのだが、実は彼は築山殿の妹の子(“佐名”の孫)である。彼の父・勝利は氏真から織田信長に転仕しているが、築山殿が自分の甥である勝成を連れて来たものと思われる。彼は信康の小姓として仕官し、やがて家康の旗本となるのだが、築山殿は自分と信康の近くに親族を置いて結束を固めようと計らったのだ。 さらに、天正3年(1575)、直虎が直政を徳川家康に出仕させる。直虎にとっては築山殿の庇護を期待できるからだったからであり、逆に築山殿も牟礼勝成同様、自分の親類である直政を徳川家臣とし、こちらは家康の側近くに仕えさせることによって自分と信康の立場を強化できると考えたのではないか。つまり、直政の徳川家仕官は直虎と築山殿の協力によって実現したと言う訳である。 義元によってつくられた、“佐名”を中心とするつながりをよすがに、ふたりの女性が運命を切り開こうと考えたのだ。 ドラマの瀬名は少女時代「龍王丸(氏真)の妻となり、今川を手に入れる」と夢を語っていたが、血縁をテコにしてそれを徳川家において実現しようとした築山殿は、4年後に不幸な事件で信康とともに死をとげるが、直虎が期待をかけた直政は家康の信任を得て出世していく。義元の婚姻政策を逆手にとった、直虎の勝利だった。

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    女主人公を暗躍させたがる謎の「大河縛り」 もうやめたら?

    一億総活躍社会」って。輝いて活躍しなきゃいけないのか。LED電球かよ。キツイなぁ。 ここ最近のNHK大河ドラマも、これと同じニオイがする。女を主人公に据えるだけならいいのだが、やたら暗躍させようと躍起になっている印象がある。歴史上有名とは言い切れない女たちを、さも能力を発揮したかのように描かなかければいけない、謎の「大河縛り」。しかも清廉潔白、清く正しく美しく、とな。 その生贄となったのは、間違いなく綾瀬はるかと井上真央だ。綾瀬主演「八重の桜」ではNHKが福島復興への熱い思いを託したものの、一般視聴者にはさらっと流されてしまった。「男まさり・女だてら」をキーワードに、わかりやすく鉄砲撃ちゃいいってもんじゃないと思うのだが。4月20日、「花燃ゆ」の試写会に出席した主演の井上真央は苦戦中の視聴率について「主演である以上、私の力不足」と責任を口にした そして、沈黙に近い静けさを持って現在も放映中の「花燃ゆ」。兄・吉田松陰に感化され、政治に首をつっこむ妹キャラの井上は、「大河ドラマ終焉」の主犯格とされてしまったようだ。 さんざんディスってきた割に、今さら肩を持つのもなんだが、「花燃ゆ」は決して井上が悪いわけではないと思う(今も観続けてるのよ、ずっと)。なんだかんだと流されて臨機応変に生きてきた女の一生とも言えるのだが、その魅力が活かされない描き方なのである。井上演じる久坂美和の半生(現段階まで)を超短縮版で振り返ってみよう。 まず初恋の相手(大沢たかお)を姉に奪われ、義妹という立ち位置になる。そして家族にさんざん迷惑をかける兄(伊勢谷友介)の暑苦しい理想論に感化され、その中でもさらに暑苦しい男(東出昌大)とうっかり恋に落ち、婚姻。ところが夫は勢い余って京都に乗り込み、なぜか芸妓に手を出し、子供まで作っちゃった挙句、後輩の男と自害。 夫の死後は大奥に入り込んでうまいこと乳母(守役)に昇格するも、時代の流れで大奥システム崩壊。せっかく居場所を見つけたのに、ふりだしに戻る。 お家存続のため、芸妓の子供を引き取ろうにもうまくいかず。姉の子供を養子にしようもまったく懐かず。踏んだり蹴ったりの人生。さらには病弱な姉と義兄に付き添って、群馬くんだりまでお供に。しかし群馬においても女中扱いで、クソ真面目な義兄の小間使いに徹する。ここまで「主体性」がない女の人生って、なかなかに過酷だ。 激動の時代、バラエティに富んだ不運かつ数奇な人生、普通は面白くなるはずなのに。妹キャラ設定かつ大河縛りで、井上が負の感情を吐露することもほとんどなく、パッとしないまま宙ぶらりんな存在に。せっかくの不幸エピソードもちっとも活きてこない。視聴者は心を奪われないまま、時が過ぎて、今に至る……。 女主人公をたてるのであれば、心の内面をより細かに描くほうがいいのではないか。すべての女がそうではないが、少なくとも男よりは感情豊かで、心の機微に敏感で、意地も悪けりゃ、心根も図太く逞しい。こんなに長所と短所がたくさんある、素晴らしく困った生き物なのに、画一的に「出しゃばらない妹キャラ」に押し込めてしまうのは非常にもったいない。 どんなに献身的な女であっても、その生き様の陰には無数の打算と妥協が働いているはず。そういう利己性と生臭さをもうちょっと観たいんだけどな。 そういえば池田秀一のナレーションで多いのは「その頃」という言葉だ。歴史の流れに沿って物語を進めなきゃ、と史実の整合を追うのに必死。極めて叙事的。 大河とはいえ、もっと叙情的でもいいのでは? 女主人公にするならなおのこと、叙情的のほうがいいのではないか。といってもイケメン使ってキャッキャ騒げ、という意味ではない。限られた条件の中でも主体性をもって生きてきた女が、いかに取捨選択と決断をしてきたのか。その心の情景を映し出してほしいのだ。 再来年は柴咲コウ主演で、井伊直虎ときた。そうきたか。相変わらずの「男勝り・女だてら」路線を貫くのね。 そろそろ大河も大きな変革を必要としているのではないか。朝ドラ人気に圧されっぱなしだし、1年間という長期間拘束によって、主演俳優は疲弊困憊。低視聴率を記録しようものなら、未来永劫叩かれまくり。個人的には、他局に不可能な「大河システム」を存続してほしいと思うが、構造改革も必要なのかもしれない。 ひとつ、超私的趣味からの提案をしよう。もう戦国時代や幕末に飽きた。武将も姫も食傷気味。壮大な戦乱シーンもどうせ作れないし、見事な殺陣もほぼ皆無。だったら、もっと違う人物を主人公にしてはどうか。 公平を期する皆様のNHKに対して、荒唐無稽な意見と承知で書く。大河で観てみたいと思うのは空海。弘法大師である。多くの作家が空海を描いているし、私のような無知でも「温泉・高野山・衆道」の魅力的なキーワードが浮かぶ。真言宗一派がダメなら、最澄とW主演で。主演は、染谷将太か菅田将暉でどうか。 あるいは浮世絵師。類まれなる社会不適応っぷりと、権力に屈さない気骨で1年間もたせるのはキツイかもしれないけれど。たとえば、人材豊富な歌川国芳一門を描くとか。もれなく河鍋暁斎や月岡芳年もついてくる。 歴史はほんの一握りの権力者が作っているのではない。市井の人や反権力の人もアリではないだろうか。 あ、浮世絵師が主人公のドラマだったら、海外に輸出できるビッグコンテンツになるかもよ。あの人たち、浮世絵と春画、大好きだし。

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    もう「おんな大河」はやめなさい

    今年の大河ドラマ「花燃ゆ」は、結局大コケのまま幕を閉じそうですが、再来年の大河もまた井伊直虎という歴史上の人物としては無名の女性が主人公だそうです。制作側のNHKが女性の活躍を意識しているのかは定かではありませんが、もうそろそろ「おんな大河」路線はやめにしませんか?

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    「暴力は悪」の呪いに縛られるNHK おんな大河が連発する理由

    成馬零一(ドラマ評論家) 2017年のNHK大河ドラマが『おんな城主 直虎』に決まった。主演は柴咲コウ。戦国時代に実在した女性の戦国武将・井伊直虎を主人公にした物語だという。 2016年の大河ドラマが2004年の『新選組!』以来12年ぶりの三谷幸喜脚本、堺雅人主演の『真田丸』であるため、2006年に放送された仲間由紀恵主演の『功名が辻』以降、ほぼ一作品ごとに女性主人公の大河ドラマが放送されていることになる。 もちろん、それ以前にも女性主人公の大河は放送されていた。初の女性主人公の大河ドラマは1967年の『三姉妹』。物語は幕末の動乱から明治維新までを舞台に 旗本の三姉妹で反骨精神の旺盛な浪人・青江金五郎を狂言回しにして幕末の動乱を描いた作品だ。 主人公が無名の存在で、歴史の傍観者的な存在だったという作りは現在放送中の『花燃ゆ』にも通じる。しかし、これは影響というよりは、そもそも歴史上の偉人を主人公にすると、男性主人公に対し圧倒的に人数が少ないからだろう。そのため、名前が知られていない無名の偉人か架空の人物。あるいは偉人の妻や娘を主人公にせざるをえない。 現在までついて回っている女性大河の弱点はこの時点で明らかだったと言える。 そもそも、大河ドラマというものは日本のテレビドラマ史の中でも極めて特殊なジャンルだ。子どもから大人までの基礎教養だった歴史上の偉人に対する共通認識がまず成立していることが前提のドラマであり、多くの人がなんとなく知っている織田信長や豊臣秀吉、あるいは「本能寺の変」や「関ケ原の戦い」といった日本史の基礎教養が求められる。 そのため、戦国時代以外の大河ドラマはどうしても視聴率的に苦戦してきた。NHKの籾井勝人会長は定例会見のたびに「花燃ゆ」について辛口なコメントを繰り返してきた だがこれは世代の問題もあるのではないかと思う。筆者は今、38歳の1976年生まれなのだが、時代劇が基礎教養だったのは、筆者の父親の年代にあたる団塊の世代までが上限で、それより下の世代にとっては、漫画やアニメ、あるいはゲームがその代りを果たしている。 それはビジネス書の定番が「歴史上の人物に学ぶ~」というタイプのものに「『機動戦士ガンダム』に学ぶ~」といったアニメ作品が混ざってきたことから明らかだろう。 かつて司馬遼太郎の時代小説を読んでいた感覚で若いサラリーマンは『ガンダム』に接しているのだ。 とはいえ、日本の歴史に30代が興味ないということはないかと思う。ゲームの『信長の野望』や『戦国BASARA』などを通して知識としては知っていたりする。 あるいは『龍馬伝』のチーフディレクターだった大友啓史が監督した映画『るろうに剣心』の原作漫画の影響などもあって、幕末の知識も実は持っている。 話を戻そう。 いわゆる女性が主人公の大河ドラマで、近年もっとも成功したのは2008年の『篤姫』だろう。本作も『三姉妹』や『花燃ゆ』と同様に幕末の動乱の中で、実は歴史の裏舞台で活躍していた天璋院篤姫の生涯を描いたドラマである。 そのため、篤姫の物語と同時進行で坂本龍馬などの維新志士などのドラマが描かれていく。 男性主人公の戦国時代モノが圧倒的に優勢の大河ドラマの中で、幕末が舞台の女性主人公モノがここまであたったのは、宮崎あおいの演技などいろいろな要素があるのだが、何より『新選組!』から入ったような若い大河ドラマ視聴者にとっては幕末という舞台はむしろなじみのあるものだったからだろう。 その後、2010年の『龍馬伝』2013年の『八重の桜』2015年の『花燃ゆ』と幕末モノが増えているのも、かつてはわかりにくいと言われた幕末がある種の基礎教養として定着しているからという作り手の認識がうかがえる。 だが、それ以降の大河ドラマの苦戦を考えると、むしろ『篤姫』の成功が大河ドラマの足枷となっているようにも感じる。 また、近年の大河を考えるうえで『篤姫』と同じくらい重要な作品は『龍馬伝』だ。 敵対的買収の内幕を描いた『ハゲタカ』などで高い評価を得ていたチーフ演出の大友啓史は撮影にプログレッシブカメラを持ち込み、臨場感のある生々しい映像を生み出した。 それはもちろんストーリーにも反映されている。『ハゲタカ』などで描いてきたグローバリズムに直面した2000年代の日本を、幕末末期の開国を迫られている日本に置き換えた物語は実にハードなものだった。それまで、お約束で成り立っていた大河ドラマに物語、映像、両方の面で革命を起こしたのだ。 しかし、その新しさは、大河ドラマに安定感を求めていた年配の視聴者からは拒絶された。この傾向は2012年の『平清盛』では、より顕著となり、賛否は大きく別れた。兵庫県知事に『画面が汚い』と言われたという話は、旧来の大河ドラマに年配の視聴者が求めていたものがよくわかる話だ。 余談となるが、龍馬伝と同じ年に放送された連続テレビ小説は『ゲゲゲの女房』だった。現在、テレビドラマではクオリティと視聴率、両方の面で朝ドラの一人勝ちといえる状況が続いているのだが、それは『ゲゲゲの女房』からはじまっている。つまり『龍馬伝』と『ゲゲゲの女房』が登場した2010年はNHKドラマにとっても大きな転換期だったのだ。しかし、人気が盛り返した朝ドラに対して、大河は現在苦戦しており、明暗は大きく別れた。 現在の大河ドラマを見ていて思うのは、映像やストーリーにおける作り手の本気度がうかがえる一方で、そのクオリティの高さゆえに視聴者にとって敷居の高いものとなっているということだ。 この敷居の高さ(あまりに情報量が多いために見ていて疲れる)に対して、朝ドラは一日15分×6日を半年かけて放送するという視聴環境の見やすさでカバーしているのだが、大河は毎週45分×一年という長丁場。再放送は他の民放ドラマに比べればはるかにフォローされているが、日曜日の放送とはいえ、これはよっぽど好きでなければ追いかけるのは困難だろう。 これに関連して思うのは、大河ドラマを見ていると、途中まではよかったのに「後半になるにつれてガタガタとドラマが崩れていっているなぁ」と感じることが多い。 例えば、『八重の桜』は全体でみると決して出来のいい作品ではないが、物語中盤の鳥羽・伏見の戦いにおける籠城戦に関しては戦争を描いた作品として文句なしの傑作だったと言える。 逆に前半は主人公の八重(綾瀬はるか)が物語に絡まず、状況説明が続き、後半は活劇としての面白さはなくなってしまう。終わってみて思うのは、なぜ作り手は籠城戦だけで一年描こうと思わなかったのか? という疑問なのだが、大河ドラマは一年かけて一人の主人公の全人生を描かなければならないという先入観が強すぎるのだろう。同じことは『花燃ゆ』にも言えるのだが、コロコロと舞台が変わって何をやってるのかわからない惨状を見るに、松下村塾の話に特化して幕末を舞台にした学園青春ドラマとして、最後まで描くべきだったのではないかと思っている。 こういうことが大河には多い。せっかく一年という長丁場を使えるのに、その使い方がへたくそだ。 そんな中で三谷幸喜の『新選組!』が秀逸だったのは、一話で起こることを一日と決めていたことだ。こういった時間を限定して、その時起こったことをみっちり描くというやり方は、もっと模索されていいのではないかと思う。 最後に、これは『龍馬伝』以降の大河ドラマを見ていて思うのは、英雄たちの戦いを痛快活劇として描くことが今の作り手にとっては難しいのかもしれない。ということだ。 例えば戦国時代の歴史ものや剣豪たちが登場する時代劇が人気だったのは、あれこれ理屈をつけても、最終的にはチャンバラの戦闘シーンが痛快だったからだ。これは戦争映画などもそうなのだが、戦いを面白おかしく描くということに対して、今の大河ドラマの作り手はどこか躊躇しているように見える。その変わり『龍馬伝』以降は、仮に戦国時代や幕末であっても戦いは悲しいもので、チャンバラは所詮、刀と刀で斬り合う殺し合いでしかない。という“暴力としての戦闘”を描こうとしている。 こういったお約束で成り立っていたジャンルに暴力のリアリズムを持ち込むというのは、エンターテイメントではよくあることだ。時代劇でいえば黒澤明がそうだし、ロボットアニメで言えば『機動戦士ガンダム』がそうだった。そしてそういう作品は評論家や有識者からは高い評価を受けやすい。 しかし、それ以降に起こるのは大抵、ジャンルの衰退で、『龍馬伝』以降の大河ドラマを見ているとどうしても、同じことが起きていると感じてしまう。 と同時に思うのは大河ドラマが戦国時代や幕末が多く、いわゆる第二次世界大戦などの昭和の戦時下を描いたものがないのは、娯楽としての戦いを描くことが難しいからだろう。逆に朝ドラの舞台で多いのは明治末期から昭和初期にかけてであり、そこで日本の戦争は常に批判的に描かれ、娯楽活劇として描かれることはない。 『龍馬伝』や『花燃ゆ』を見ていると維新志士を現代のテロリストに重ね合わせる描写が多々見られる。これ自体は現代性を意識した作り手の誠実さだとは思うのだが、一方で思うのは、そうやってなんでも暴力と悪だと片付けてしまうと、ドラマとしてのカタルシスはなくなるよなぁ。と、思う。 女性主人公の大河が増えているのも、突き詰めるとこのことが原因だろう。 つまり今の時代において武士や維新志士を描こうとすると「戦いと立身出世」の物語を「暴力と権力闘争」に彩られた“呪い”の物語としてしか描かないからだ。これは男性原理の呪いと言っても過言ではなく、そこから自由になれる存在は女性だけだ。というのが根本の発想にあるのだろう。 個人的にはそれ自体、偏見に思えるのだが、『江~姫たちの戦国~』において散々批判された「戦は嫌にござりまする」のいう台詞の不自然さや、あれだけ鉄砲でガンガン敵を撃ち殺していた八重が後半になるとしおらしくなるのは、そういった背景があってのことだと言えよう。  つまり、今の大河が陥っている困難は1.ストーリーと映像のハイクオリティ化によってもたらされた敷居の高さ2.一年間という長尺の使い方のへたくそさ3.活劇を暴力としてしか描けないこと の三点だ。2.以外は見方によっては美点ともいえるのだが、少なくとも日曜夜8時から放送し、年配の視聴者に向けて作り続けている以上は、今後どんどん足枷となっていくだろう。

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    歴史は男だけのものではない 魅力的な女性を発掘する「おんな大河」

    佐伯順子(同志社大学大学院社会学研究科教授) NHK大河ドラマが1963年に始まってからほぼ半世紀。硬派な歴史ドラマの印象が強いこのシリーズだが、女性主人公の初登場は時期的には意外と早く、『三姉妹』(1967年)の旗本永井家の三姉妹に遡る。その後、女性主人公(『利家とまつ』は夫婦もの)は2017年放送予定の第56作『おんな城主 直虎』まで含めると全13作、全体の約23%で、ほぼ5分の1の割合で女性主人公が描かれている。 しかし初登場の後、20年近く女性主人公は登場せず、次作は1979年『草燃える』の北条政子を待つ。続いて80年代に、『おんな太閤記』(1981年)のねね、『春の波濤』(1985年)の川上貞奴、『いのち』(1986年)の女性医師、『春日局』(1989年)と、立て続けに女性主人公が描かれたのは偶然ではなく、男女雇用機会均等法(1986年4月施行)に象徴される、女性の社会進出を促す社会的気運が後押ししたのであろう。逆に90年代には、女性主人公は『花の乱』(1994年)の日野冨子のみであり、『篤姫』(2008年)まで間隔があいたのは、フェミニズムや女性学が台頭した80年代に比して、バックラッシュ的な動きが生じた経緯ともつじつまがあう。 2010年代に入ると政府の女性活用の推進とも連動してか、『江』(2011年)『八重の桜』(2013年)と、隔年で女性主人公ものが制作されるようになった。歴史は男性のみで作られたものではないのだから、世間的注目度の高い大河ドラマで女性主人公を描くことは、女性が日本史上に果たした役割について考えさせる重要な取り組みといえる。 ただ、女性主人公ものの平均視聴率は19.2%(関東地区、ビデオリサーチ、放送終了『八重の桜』まで)で、シリーズ全体の平均22.7%に照らせば若干苦戦傾向である。とはいえ、男性主人公ものでも10%代はままあるので(歴代最低視聴率は『平清盛』の12.0%)、女性主人公ものがあたらないと一概にはいえない。八重(綾瀬はるかさん)の生涯を描いた「八重の桜」最終回の一場面(NHK提供) 表立った政治ドラマを描くとなると、事実に即せばどうしても男性主人公が浮上してきてしまい、『八重の桜』では前半、“八重の桜ではなく覚馬の桜”と揶揄されることもあった。だが、知名度の低かった女性をあえて主人公に取り上げ、従来は男性の視点から描かれがちであった日本近代史を、女性の視点から描こうとする試みは画期的であり、同類の試みを『花燃ゆ』でも続ける大河の姿勢は評価に値するだろう。男たちが社会で躍動している間にも、身内の女たちは自宅や藩内という限られた空間に縛られていた事実を提示したこと自体が斬新であり、逆照射的に、女性の歴史的に制限された立場を認識させることにつながる。高視聴率でなくとも、表現すべきものを表現していく。それが公共放送の使命であれば、今後も大河ドラマで女性主人公ものを制作し続ける社会的意義は大きい。 脚本家に占める女性の割合も18回分を数え、女性主人公の登場回数をしのぐ32%におよぶ(複数回の執筆者は複数回、複数女性による執筆は一回分で計算)。平岩弓枝、橋田壽賀子、小山内美江子、内館牧子等の大御所、売れっ子も執筆し、『新・平家物語』『竜馬がゆく』『花神』といった男性主人公ものも少なからず女性脚本家の手になっているのが興味深い。もっとも、『新・平家物語』の常盤御前や『花神』のオランダお稲のきめ細かい描写を思い出せば、脚本における女性視点は健在である。 歴史的に重要な役割を果たした女性主人公を探すのが難しいとの見方もあるが、五十年以上のドラマの歴史をふりかえると、平清盛、坂本龍馬、豊臣秀吉など、複数回登場する男性もあり、男女を問わず、大河ドラマで一年もたせるほどの歴史上のビッグ・ネームは限られていることに気づかされる。 有名人が登場する歴史ドラマは、その人物の功績を中心に描かれがちであるが、今期の『花燃ゆ』では、吉田松陰の行動にはらはらする家族たちに焦点をあてることで、有名人の身内は型破りな行動に振り回されて、実は楽ではないと認識させたのがユニークで面白かった。『江』では江を主人公らしく描くため、江がいるはずのない場面にもしばしば彼女を登場させたことが、史実と違うと批判の的にもなったが、視聴者としては、史実とフィクションの落差を踏まえながらも、ドラマ的虚構の意図するところをくみ取るのも一興であろう。女性主人公ものは中世、近世、近代と時代的にもまんべんなく描かれており、目配りがうかがえる。今後は、持統天皇や光明皇后など、より古い時代のドラマに挑戦してみるのも一案ではなかろうか。 多メディア時代の到来で、そもそも、テレビという媒体やドラマというコンテンツ自体の視聴率低下が指摘されるなか、コンスタントに10%以上の視聴率を維持している大河ドラマは健闘しているといってもよい。 今春、中津城を訪れる機会があったが、『軍師官兵衛』の幟が翻り、グッズも販売されていた。ひとたび舞台となれば半永久的に地域活性化のシンボルともなり得る社会的影響力の高いこのドラマ枠で、今後も魅力的な女性主人公を発掘する冒険を期待したい。

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    「真田丸」は難破せずに大河を順調に航海できるのか

    新田哲史(「アゴラ」編集長、ソーシャルアナリスト) どうも新田です。小学校2年からほとんどの大河ドラマを観ておりますが、今年の「花燃ゆ」はイマイチ過ぎてすっかり観なくなり、テコ入れがあると聞いて久々にちょっと見てみたら、”なんちゃって大奥”になっていて呆然、視聴率がどこまでどん底になるのか激しく傍観しているこの頃です。それで来年の大河「真田丸」を早く観たいわけなんですが、先日の主要キャスト発表で出てきた情報を観ていて、取りざたされた「国民の大河離れ」も一段落するのではと思った次第です。定説「戦国ものは幕末ものより当たる」は本当か? まずは過去の傾向からの占いです。昔から「大河は戦国ものが当たるが、幕末は当たらない」と言いますが、それが本当なのかしらというわけで、歴代作品のビデオリサーチ社の視聴率(関東地区)から「戦国」「幕末」ごとの平均値を出してみましたよ。エクセル苦手だし、面倒くさかった末のグラフはこちらです。 やっぱり総じて幕末は低いですね。 ただ、このあたりは昭和期と平成期で、視聴者を取り巻く環境の変化、すなわちドラマに感情移入するにあたっての社会背景も考慮しないといけないとは思います。「八重の桜」のオンエア前にも書きましたが、バブル崩壊前まで比較的経済が安定していた時期は、武家社会から近代国家へのレジームチェンジが描かれるというストーリーにシンパシーを感じにくいのかもしれません。一方で平成期は日本の国力が衰退し始めて、構造改革だの、シルバーデモクラシーだの、終身雇用制崩壊だの言われてきておりまして、2000年代以降の平均視聴率を比較してみると……。 さほど差は無いんですよね。NHK側も過去の「幕末は当たらない」という定説にビビったんでしょうか、1998年の「徳川慶喜」と2004年の「新選組!」の間で6年もインターバルがあり、2000年代の16作品中では戦国ものが8本に対し、幕末ものは5本と差はあるんですが、局側が萎縮するほどの差ではなかったわけです。 まあ、大河が国民的ドラマじゃなくなったからという全体的なシュリンク傾向もあるでしょうし、若い女性視聴者を開拓した「篤姫」のように企画とマーケティング次第で、時代に関わらずヒット作品を生み出すことは可能なのだと思います。「真田丸」大きな期待とひとつの懸念 その意味では、三谷さんの脚本とNHK製作陣の企画がどれだけシナジーを発揮するかがカギになるわけですが、スポニチの報道によりますと、これまでの大河の英雄一代記にありがちだった序盤は子役が少年時代を演じるような展開ではなく、堺さんが初回からずっと登場されるそうです。三谷さんといえば、映画「清須会議」で信長の跡目を巡り織田家中で蠢く策謀をコミカルテイストを交えつつ、人間味あふれる描写が秀逸だったのですが、ああいう、短時間の“密室”に濃縮された人間ドラマを描く主義。総花的に歴史ストーリーを描くのは好まれないそうなので、初回から幸村を中心とする物語を、それこそ毎回ある1日に絞って一流の武将へと成長するプロセスを濃密に描いていくのではないかと思われます。その意味では、比較的スムーズに視聴者サイドが物語に感情移入しやすいという効果もありそうです。 また、幕末以上に、戦国ものの方が、ファンタジックかつ活劇要素を盛り込みやすいという点で、三谷さんは筆を振るいやすいような気もします。「新選組!」放映開始の頃だったかトーク番組で歴代の大河作品で「黄金の日々」が大好きだったとおっしゃっていたあたりからも、どんな作品を作ろうとするのか期待できます。「黄金の日々」は私が物心つく前の作品なので、一度ツタヤでDVD全巻借りて見たのですが、大航海時代の視点から切った戦国絵巻をダイナミックに描き、そこに若き日の松本幸四郎さんや、円熟の極みだった鶴田浩二さんたちの名演技で惹きつけられました。 ひとつだけ懸念があるとすれば、一部の戦国ファンが指摘もしているように、実在の真田幸村という人が歴史の表舞台で大活躍したのが、最後の大阪の陣くらいで「過大評価ではないか?」という冷静な指摘もあります。青年期は上杉家や豊臣家での人質生活ですし、徳川の大軍を破った2度に渡る上田城合戦も昌幸パパの軍配に寄るところなわけで、家康の首まであと一歩と迫った壮絶な最後の合戦の印象があまりに強くなっているために、「信長の野望」で統率92とか武勇99とか、スーパー武将扱いになっているところがあります。 そうなると関ヶ原に至るまでの段階で、どういう成長ストーリーを描いていくのが最大のカギのように思えるんですが、三谷さんが「新選組!」の折に「教科書で書いていないからといって間違った史実ではない」的なコンセプトの下、近藤勇と龍馬が無名の若い頃はお友達として顔を合わせていた的な、やりたい放題があまりに繰り広げられてしまうと、コアな歴史好きの視聴者がしらけてしまったり、あるいは「大河ドラマは学校の歴史の授業でも教材に使われるものだから」的な教育方面からのお叱りを受けてしまったりする懸念もありますが、フィクションと史実の間で絶妙な折り合いをつけられるのかもポイントになりそうです。三谷さんの凄みに期待します それにしても三谷さんって本当に面白い方ですね。 記者会見の折は報道陣に混じって「壁新聞の記者」を名乗って俳優陣に質問もされていたそうで(笑)大泉さんとの丁々発止なやりとり、楽しい雰囲気が伝わってきます。質疑応答の終盤では、記者席にこっそり座る脚本の三谷幸喜氏(53)が出演者に質問を浴びせる場面も。予定外の挙手で指名され、「西日暮里壁新聞の三谷と申します。大泉さんに!」と質問を切り出した三谷氏に大泉は「時間ないから打ち切ってください!」と爆笑。それでも三谷氏は「戦国武将を演じるということですごく意気込んでいるとお聞きしたんですが、一年間、ふんどしを絞め続けるというのは本当ですか?」と質問を続行。大泉は「そんなことはありません」とちゃんと回答しつつも「壁新聞の方ですか?壁新聞の方をどうして入れるんですか?なんだ、あの人。だったらコッチ座ればいいじゃないか。会見中も僕を見てやれ!みたいな顔して鬱陶しいんだよ!」と不満が止まらず、会場は笑いに包まれた。(スポニチより) 実は私も社会部の記者時代に映画祭の取材で三谷さんと一度だけお会いしたことがあるのですが、照れ隠しでギャグをジョブ的に繰り出すあの飄々とした語り口。あれカメラが回っていないところでも全く変わらないんですよ。楽屋で繰り広げられるトークはステージやテレビで披露されるのと同じくらい軽妙で笑わせてもらいつつ、改めてすごい人だなと思いました。「真田丸」期待しております。ではでは。(「新田哲史のWrite Like Talking」より2015年7月13日分を転載)

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    柴咲コウ主演「女ばかりの大河ドラマ」に惨敗ドラマとの共通点

     主人公も制作陣も「おんな城主」となる、異例の大河ドラマがスタートする。NHKは2017年の大河ドラマが『おんな城主 直虎』に、主演が女優の柴咲コウ(34)に決まったことを発表した。戦国時代、後に大老・井伊直弼を輩出する井伊家を滅亡の危機から守り抜いた女性・井伊直虎を描く。柴咲はNHKのドラマ初出演となる。 「『八重の桜』(2013年)の綾瀬はるか、『花燃ゆ』(2015年)の井上真央など、今まで大河の主役を演じてきた女性は過去にNHKの他のドラマ出演経験がありましたが、一度も経験がない柴咲が大河の主役に抜擢されるのは異例です」(NHK関係者)2017年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』主演の柴咲コウ 制作陣も異例の体制で臨む。脚本家は『JIN-仁-』(TBS系)などの森下佳子氏、チーフプロデューサーは岡本幸江氏と、「おんな城主」というだけあってか、主演、脚本、プロデューサーには女性がズラリと並んだ。これも大河史上初だ。理由についてNHK広報局は、「チーフプロデューサーの岡本さんが『直虎をドラマで扱いたい』と思い、脚本をお願いするなら森下さんだと確信していた。柴咲さんは強さとかわいい面を持ち、直虎の活躍した年齢と近いのでお願いしました。(女性ばかりになったのは)結果的にそうなっただけ」 としている。ただ、すでに不安の声が上がっている。井伊直虎という一般的には知名度が低い人物を取りあげること、さらに主役が女性であること。現在放映中の久坂玄瑞の妻を描いた『花燃ゆ』と同じ構図だ。視聴率が一桁の回も多いなど苦戦が続いているのは周知の通り。『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版刊)の著者で、ドラマウォッチャーの田幸和歌子氏はこういう。「大河ドラマはメジャーな人物のダイナミックな生き様を描いたものが主流。女性目線でのドラマ作りとなると、支え合う光景を描く朝ドラのようになってしまう危険があり、大河ドラマファンが離れてしまう可能性があります」 血湧き肉躍る大河ドラマになればいいが。関連記事■ 武井咲 11本のCMに出演する17歳美少女のミニスカナマ脚■ 井上真央 『花燃ゆ』特別展でノースリーブ姿でドラマ見所語る■ 剛力彩芽が走る、走る! 19歳の疾走シーンを独占撮り下ろし■ 大河ドラマの「時代考証」具体的にどんな仕事をしているのか■ 金網越しに見た剛力彩芽を撮影 近くて遠い距離がもどかしい

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    大河ドラマはなぜつまらなくなったか

    今年の大河ドラマ「花燃ゆ」がスタートした。「女が主役ではつまらない」「これから盛り上がるはず」…。こんな大河談義があちこちで聞かれるのも、「国民的ドラマ」として注目される所以である。とはいえ、ヒットが出ないと揶揄され続ける昨今の大河ドラマ。なぜ、つまらなくなったのか。

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    「花燃ゆ」視聴率は出遅れ気味でも期待できるの評

    代表の山下柚実氏が2015年のNHK大河について分析した。* * * 1月4日にスタートした NHK大河ドラマ『花燃ゆ』。 初回の視聴率は関東地区16.7%(ビデオリサーチ調べ)、「史上3番目の低さ」などと喧伝されていますが、いやいやどうして。数字なんかにとらわれず、期待をもって見続けたい。そう感じた初回ではなかったでしょうか。 今回の大河ドラマは、吉田松陰の妹・文が主役。井上真央という紅一点の周辺には、松陰の伊勢谷友介、小田村伊之助の大沢たかお、久坂玄瑞に東出昌大、高杉晋作に高良健吾、入江九一に要潤……キラ星のようにイケメンが勢揃い。キャッチコピーは「幕末男子の育て方。」とか。NHK大河としては、かなりチャラいフレーズですが、中身はどうしてどうして。ドラマの骨格は太い。多少、筋立て優先のご都合主義に閉口しましたが、全体としては期待できそうな匂いがぷんぷん漂っています。 理由として、3点あげられるのではないでしょうか。 【1】骨格がしっかりしていて、何がポイントかという「地図」が描けている 兵学・吉田、儒学・小田村といった長州藩の立ち位置、海外と日本との関係性、公と個との距離感、幕末に本が持っていた価値と力、「何のために学問をするのか」といった哲学とテーゼ、妹・文と周囲の男たちの星座のような位置取り……。それぞれにすっきりと「地図」が描けている。だから説明もくだくだしない。幕末という時代の緊張感とドラマのシーンとが有機的につながっている、と感じさせてくれる。 【2】役者と演出が効いている たとえば、伊勢谷友介と大沢たかおが、「禁書」をめぐって議論するシーン。何が良いといって、互いの瞳がキラキラと光り、うっすら涙すら滲んでいたこと。言葉が言葉を超えて「魂の言葉」に転換している。「情感」が役者のリアルな身体から溢れ出ている。それを画面にいっぱいに映し出す。これってまさしく「テレビドラマの醍醐味」ではないでしょうか? もしかしたら、幕末の志士たちとはこんな風にピュアだったのか、と想像させる演出力。「イケメン」とか呼ばれている男優たちが、自分の存在を賭けて本気の勝負をかけている。チャラチャラした評判をぶっとばすくらいの気合いを入れ、互いに演技を競い合う。そんな緊張感を感じる現場に、今後の展開も期待が膨らみます。 【3】歴史のはざまに落ちていた、無名の女性が主人公 書かれた「歴史」とはたいてい、戦いとその結果であり勝った側の価値観や視点が反映されるもの。そうした「太文字」の出来事の間に、実は、無数の人間ドラマが埋まっているのです。今回は明治維新を素材にするとはいえ、「太文字」のタイトルに寄りかからず、吉田松陰の影にかくれた妹の視点から、人々のドラマに挑もうとしています。 私はふと、『篤姫』を思い出しました。島津家に生まれ徳川家に嫁ぎ、第13代将軍徳川家定の御台所となった、「無名」の女の生き様を描いたあの大河ドラマ。非常に興味深く見応えがあり視聴率も高く、人気を集めました。奇しくも、『篤姫』の原作者・宮尾登美子さんの訃報が届いたタイミングで『花燃ゆ』がスタート。どうか『篤姫』に迫り、それを超えていくようなドラマになっていって欲しい。 『花燃ゆ』の初回を見ていて、思い至りました。 朝ドラ『マッサン』に足りないのはこの面白さではないか、と。「ウイスキー作りへの情熱」といった主旋律以外には、時代性も歴史性もくっきりと浮かんでこないし手応えが薄い。いったい、当時の人たちがどんな政情の中でどんな食卓を囲みどんな楽しみを持ってどんな買い物をしていたのか。3か月間も「ウイスキー作りが好き」というワンテーマを、怒鳴るばかりの猪突猛進型主人公に繰り返されると、「もうわかったよ」とか言いたくなってしまうのです。 長丁場のドラマで視聴者を惹きつけるためには、時代の中の位置取りやバラエティある演技を引き出すことが、必要不可欠でしょう。ドラマブームと言われる昨今。朝ドラと大河ドラマは、まさしく日本を代表するドラマ。だからこそNHKには、時代と社会をしっかり土台として描き、その上に主人公の人生模様を描き切るという王道を歩いて欲しいのです。関連記事■ 武井咲 11本のCMに出演する17歳美少女のミニスカナマ脚■ 大河『花燃ゆ』撮影をNHK会長も視察 政権に配慮との声も■ 剛力彩芽が走る、走る! 19歳の疾走シーンを独占撮り下ろし■ 金網越しに見た剛力彩芽を撮影 近くて遠い距離がもどかしい■ 剛力彩芽独占撮り下ろし こちらをじっと見つめる瞳が眩しい

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    なんとなく薄気味悪い 大河ドラマの「妹路線」

     ここ数年、NHKの大河ドラマに熱い思いを寄せたことがほとんどない。1年間ダラダラやってるし、土曜日に再放送あるし、オンデマンドでも観られるし。「絶対観ておかなきゃ話題に乗り遅れる!」的な危機感も皆無。ありがたみのなさで言えば、テレ朝の「相棒」と似ている。たとえ見逃しても、思いのほか早く午後に再放送してくれるし。 考えてみたら、大河ドラマは他のドラマと異なる、最大のデメリットを抱えている。史実に基づいて製作する限り、「ストーリーの顛末を皆がうっすら知っている」のである。ここで誰それが死ぬ、戦に負けるなどの見せ場が周知の事実って、とてつもなく不利だ。度肝を抜く奇想天外な方向へは決していかない。物語の流れ自体にワクワクするような新奇性がないのに、淡々と1年間続けるって、ある意味地獄だよね。「妹キャラ」大作戦 そこで、NHKが考案したのが「妹キャラ」である。教科書に載っていない、脚光を浴びていない、皆があまり知らないキャラクターを主人公に据えることで、ひろくあまねく興味を惹きつけようという作戦だ。 直近の作品で言えば、2011年の「江 姫たちの戦国」(茶々は名実ともに有名だが、その妹・江がメイン)、2013年「八重の桜」(会津藩士の妹)、そして今年の「花燃ゆ」(吉田松陰の妹)である。なんだろう、この一貫した「妹系路線」は。デキる兄でもやんちゃな弟でも手厳しい姉でもなく、「御しやすい」イメージの妹を据えるところがなんとなく薄気味悪い。 この妹路線三部作の最新版「花燃ゆ」は、さらにNHKが大きく踏み切った感がある(いや、踏み外した感なのかもしれないが)。「若くて血気盛んでインテリなイケメンたちの中に紅一点、妹が混じって、さあ大変♪」……って、乙女ゲーム(恋愛シュミレーションゲーム)と見紛う設定だ。 2話では、大沢たかおが井上真央にうっかり覆い被さる「壁ドン」ならぬ「床ドン」シーンまで登場。一瞬、私の頭に浮かんだのは「貧すれば鈍(ドン)する」の言葉である。大河でもドンしちゃうのかぁ……。 登場人物もどこか現代風。現代女性が好きそうな、バラエティに富んだ顔ぶれだ。 家族に大迷惑をかけまくるも、その熱血が歴史上名を遺した吉田松陰(伊勢谷友介)は、今でいうダメンズ代表格。「この人は私がいなきゃダメなのよ」と女に思わせる、呪わしい、忌々しい存在である。 女心を1ミリも理解しない、ボサッとキャラの小田村伊之助(大沢たかお)。幕府批判本をなくしてしまう抜け感、手間暇かけた料理をぶっかけ飯でかっこみ、承認欲求の強すぎる嫁(優香)を怒らせてしまう無神経さ。それでも憎まれない、むしろヒロインからは永遠に慕われる。天然ボケでもうっかり勝ち組・エリート男子といった趣だ。 いいとこのボンボンで世間知らずの久坂玄瑞(東出昌大)は、スピリチュアル志向男子(おみくじに願掛け)である。強気な言動の割に、心情をいともたやすく吐露し、オンオン泣きじゃくって弱音を吐いちゃうあたりは、女心を掴むのかもしれない。「男気・プライド」が標準装備だった過去の大河ドラマキャラに比べると、あまりに素直すぎて。行く先が心配で、皆を母なる気持ちにさせるのだ。 そうか、大河ドラマもここまできちゃったか、と正直驚いた。この路線で1年間大丈夫か? と心配する声もちらほら聞こえてくる。 とはいえ、これはこれでNHKの大きな勇断である。今期の大河ドラマのターゲット層を完全に女性に絞ったのだ。史実検証にこうるさい年輩男性層を排除し、過去にさんざん描かれてきた男臭い幕末をビジュアル重視のまったく異なる視点で描くことを決めたワケで。個人的には盛大な拍手を送りたいと思っている。その勇気ある決断に対しては。手練れのヒール求む 今後、松下村塾の塾生たちが繰り広げる「尊王攘夷男子ソーシャル」に、ついていけるかどうかは正直自信がない。キラッキラした高身長イケメン男子組を愛でるだけなら飽きてしまうだろう。彼らのもつ自意識や正義感を根本から揺るがすような、強烈な脇役や悪役、人間臭さにおいての汚れ役が出てくることを祈る。 たとえば、「龍馬伝」における岩崎弥太郎(香川照之)や、「軍師官兵衛」における道薫(田中哲司)のような存在ね。1年の長丁場だからこそ、次々に登場してすぐ死ぬような雑魚キャラレベルのヒールではなく、長期にわたって嫌悪感と興味をそそる手練れのヒールを所望する。私的には。 ま、今は朝ドラのほうがブーム化しているので仕方ない。平均視聴率も話題性も、そして「壮大な町おこし効果」も、朝ドラのほうがはるかに上回っている。 というのも、朝ドラには「あさイチ」という強烈な受け皿があるからだ。有働さんが視聴者(中年女性)目線で男優に垂涎し、柳澤さんがしれっと薀蓄をたれ、イノッチが両者をたしなめるという黄金の図式。これ、実は最強なのである。いくら「スタジオパークからこんにちは」やEテレ「歴史にドキリ」(中村獅童が歌って踊って大奮闘する子供向け番組)で大河ドラマを盛り立てようと目論んでも、残念ながら都合の良い番宣としか映らないのだ。 大河が大儀な時代である。虎視眈々と次の波が来るのを待つしかないと思う。関連記事■ 戦国の覇王が築城した安土城の謎に迫る■ 信長の次男織田信雄 プライド捨てて秀吉に臣従 ■ いざ天下分け目の関ケ原!渾身の決断に見る漢たちの魅力

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    「花燃ゆ」大コケの背景に作品巡る政治的配慮あり

     NHKの大河ドラマ『花燃ゆ』が視聴率歴代ワースト3位という不名誉な記録とともにスタートした。大コケの背景には作品を巡る”政治的配慮”があると指摘するのは、本作決定時からその経緯に疑問を呈してきたジャーナリストの鵜飼克郎氏である。籾井勝人会長のもと、安倍ポチ路線を突き進むNHKに公共放送を名乗る資格はあるのか。* * * 幕末の長州藩士で維新志士の理論的指導者であった吉田松陰の妹・杉文の生涯を描く新大河ドラマ『花燃ゆ』が出鼻をくじかれた。 1月4日放送の初回視聴率は関東地区で16.7%。1989年の『春日局』(初回14.3%)、1977年の『花神』(同16.5%)に次ぐ史上3番目の低さとなり、第2回も視聴率13.4%とまったく振るわなかった。 井上真央演じる主人公・文は松陰の末妹で、松下村塾の塾生である久坂玄瑞と結婚した女性だ。久坂の死後、群馬県令を後に務める楫取素彦と再婚したが、歴史上の人物としては無名で、作品化されたことはほとんどない。当然ながら人気作家による原作もなく、オリジナル脚本で制作される。視聴率を稼ぐには不利な条件ばかりが揃っていた。 関係者の間では、そんな大コケ濃厚の大河ドラマが制作された背景に「NHKの安倍政権への阿りがある」と当初からいわれていた。安倍首相の地元・山口が大河の舞台となるよう無理に決まった作品だという“疑惑”である。 制作発表までの経緯は異例続きだった。まず目に付くのが、制作発表の「遅れ」だ。通常、大河ドラマは放送開始2年前の5~8月に発表される。 たとえば来年放送予定の戦国武将・真田幸村の生涯を描く『真田丸』の制作発表は昨年5月12日に行なわれた。2012年放送の『平清盛』が2010年8月4日、2013年放送の『八重の桜』は2011年6月22日に発表されている。「キャスト調整に手間取って発表が遅れた」(NHK関係者)とされる昨年放送の『軍師官兵衛』は、発表が2012年10月10日にずれ込んだが、これでも異例の遅さである。 それに対し、『花燃ゆ』の制作発表はさらに遅く2013年12月3日だった。他の年より数か月~半年も遅れたのはなぜなのか。 筆者が『花燃ゆ』制作発表直後(2013年12月)に舞台となる山口県萩市を取材すると、さらに奇妙な経緯が浮き彫りになった。当時、萩市の商工観光部観光課課長はこう証言した。 「NHKのチーフ・プロデューサーがこちらに来たのは9月のことです。脚本家2人を連れて、『山口県に何か大河ドラマの題材がありませんか』などと聞かれ、市内の案内も頼まれました」 例年なら制作発表が終わっている時期にもかかわらず、題材も主人公も未定。しかも舞台となる「場所」だけが決まっていたような言い方だ。 「最初男性の主人公候補を提案したが、NHK側からは『女性で誰かいないか』といわれ、伊藤博文夫人などの話をしました。その後、10月になって『吉田松陰ではどうか』と聞かれ、妻や3人の妹について説明した。『女性でいろいろ面白い話がありますね』という反応でしたね。まさか2015年の放送とは思わず、もっと先の大河のリサーチかと思っていました」(同前) 2009年放送『天地人』のチーフ・プロデューサーは雑誌インタビューに〈2006年あたりからこの大河ドラマ48作目の題材を考えはじめていたのですが、当初、局内で「直江兼続でいきたい」と話したとき、みんな知らないわけですよ〉(『時代劇マガジン』2009年1月号)と答えていることからもわかるように、放送の数年前から作品の構想が立てられることも通例で、「主人公を誰にするか」は最重要視されるといわれてきた。 「舞台は山口県であること」が重視された形跡がある『花燃ゆ』は不自然きわまりない。それも、安倍政権発足直後に決まった方針と推測され、それ以外に「山口」である必要性は見当たらないのである。 ●取材・文/鵜飼克郎(ジャーナリスト)関連記事■ 大河『花燃ゆ』撮影をNHK会長も視察 政権に配慮との声も■ ヨン様 いまでも会見に650人の日韓報道陣集める力■ 大河ドラマが安倍首相の地元に決定するまでの「異例」の経緯■ 武井咲 11本のCMに出演する17歳美少女のミニスカナマ脚■ 韓流ドラマ制作者 命を賭けているからこそ大ヒット生まれる