検索ワード:安全保障/254件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    「核とミサイルの罠」金正恩を追い詰める父の亡霊と内なる敵

    重村智計(早稲田大学名誉教授) 北朝鮮北東部の日本海に近い豊渓里(プンゲリ)には、核実験場がある。核実験に携わる人たちの放射能汚染や人権侵害を描いた韓国の小説「豊渓里」が、関係者の注目を集めている。作者は、豊渓里に長年居住した脱北者で、核開発の科学者たちとも交流があった。この中で、ロシアや東欧の科学者たちの存在が初めて確認された。 外国人科学者は、偵察衛星に発見されないように核実験場や核施設の近くには姿を見せず、都市に住まわせていた。この中に、ミサイル開発の外国人科学者もいた。最近の北朝鮮のミサイル開発の進展は、この外国人科学者のおかげだと言ってもいいようだ。 北朝鮮は、7月4日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行った。北朝鮮の報道機関は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が指示書にサインする場面を伝え、指示書の内容を次のように明らかにした。日本では報じられなかった。平壌駅前の大型スクリーンに映し出される、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による大陸間弾道ミサイル発射実験実施命令のサイン=7月4日(共同)「党中央は、大陸間弾道ロケット試験発射を承認する。7月4日午前9時に発射しろ。金正恩 2017.7.3」 実はこの表現からは、金委員長が全権掌握にかなり苦労している様子がうかがえる。この指示書で最も重要なのは、「党中央」の表現である。党中央は、後継者として登場する前の金正日(ジョンイル)総書記を意味する代名詞だった。今は金委員長を意味する言葉だが、最後にサインがあるので、文章としてはおかしい。ただ、素直に読めば、党中央を「労働党指導部」と読めないことはない。 どちらにしろ、今回のICBM成功は「金正恩委員長」と「労働党」の成功である、と強調しているわけだ。つまり、人民軍の成果ではなく、指導者と党の成果で「指導者の偉大な業績」と述べている。「軍でなく党の力」を見せつけようとしているのだ。裏を返すと軍の掌握に苦労している姿が浮かび上がる。 なぜ、これほど「指導者と党」を強調する必要があるのか。正日氏が残した「先軍政治」にすがる抵抗勢力を排除できない事情がある。金委員長は、軍優先の先軍政治の終了を宣言し、「経済と核の並進路線」に切り替えたが、軍部の抵抗はなお根強い。昨年6月、先軍政治の象徴であった国防委員会を廃止したものの、国防委の下部組織はそのまま維持されているからだ。 正日氏は、党の権限を弱体化させるために、先軍政治を数十年間展開した。この結果、事実上軍が党よりも権限を持つ事態が生まれた。多くの利権を軍が握っている。金委員長が目指す「経済建設」には、軍が握る利権を引き剥がす必要があるが、これが極めて難しい。軍の協力と努力に言及せずに、「党中央」を強調する理由がここにある。習近平と会談できない金正恩の重い現実 北朝鮮の指導者には、血統と思想の継承に加え「偉大な業績」が求められる。抵抗勢力は、「金委員長には偉大な業績がない」と陰口をたたく。だから、「ICBM成功」と「核保有」が必要になる。その思いは、金委員長の次の発言からも伝わる。「米帝との長い戦争も最後の局面に来た。警告を無視し、われわれの意思を試した米国に明確に示すときが来た」「米国野郎どもはたいへん不愉快だろう。独立記念日の贈り物が気にくわないだろうが今後も頻繁に送り続けてやろう」 朝鮮中央通信は、「絶妙なタイミングで、傲慢な米国の顔を殴りつける決断をした」と報じた。この発言は、一国の指導者としてはかなり下品な言葉だ。だが、こうした発言が国民の拍手を浴び、軍を掌握できるとの計算があったのだろう。ということは、それほどに国内掌握に苦労していると思われる。 また、この表現を報道した当局者の中に、抵抗勢力の影を見るのは読みすぎだろうか。「米帝」の表現は、米国に対する敵対意識が露骨で、米朝対話を求める意向を感じさせない。米国は怒るだろう。それを承知の上で、報道した事実からは金委員長をおとしめようとする人々の「悪意」が感じられる。 こうしてみると、北朝鮮は「核とミサイルの罠(わな)」に陥ってしまったようだ。 国内的には先軍政治の亡霊との戦いを強いられ、偉大な成果を生み続ける必要がある。経済優先政策も経済制裁のため頓挫している。 米国との交渉に乗り出したいが相手は応じない。米国を対話に向かわせるためには、ミサイルを発射し核実験を続けるしかない。緊張が頂点に達すれば対話に乗り出してくるとの過去の成功戦略にしがみついている。出口のない核とミサイルの罠から抜け出せない。 金委員長が、外国の指導者と首脳会談をできない現実は、祖父の金日成(イルソン)主席や父親の正日氏と全く異なる。特に中国の習近平国家主席と会談できない事実は、国際社会から追い詰められた現実を物語る。日米は中国の意向も尊重し、決定的な制裁は控えている。米国のヘイリー国連大使は、国連安保理での軍事的対応にも言及し始めている。すぐに軍事的な措置が取られる可能性はないが、やがて大きな議題になりそうだ。7月3日、「火星14」の発射実験を承認するため報告書に署名する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。朝鮮中央通信が配信した(朝鮮通信=共同) 北朝鮮軍は核実験実施を強く求めていると伝えられているだけに、金委員長は大きなジレンマに直面している。核実験に踏み切れば、中国とアメリカから大きな制裁を受ける。核実験ができなければ、米中を恐れる弱気の指導者と国内で陰口をたたかれ、権威が失墜する。 それを避けるために、「核兵器の完成」「ミサイルの完成」を宣言し、「核とミサイルの実験をしない」交渉に乗り出すとの戦略が、平壌から流されたこともあった。戦略への期待が急速に失われている。

  • Thumbnail

    テーマ

    日本のテロ危険度は本当に低いのか

    英マンチェスターのコンサート会場で起きた爆弾テロは世界に衝撃を与えた。イスラム教のラマダン(断食月)が始まり、過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロの危険度は一層高まる。欧州に比べ、危険度が低いと言われる日本だが、テロの脅威を楽観視して本当に大丈夫なのか?

  • Thumbnail

    記事

    日本でも浮かぶ「要人暗殺」の可能性、X国のテロから首相を守るには

    して、その環境は現在も決して変わってはいない。現代の自民党安倍政権誕生以降も、特定秘密保護法をはじめ安全保障法制、そして現在のテロ等準備罪などのアジェンダ(議題)に対して国会周辺等で大規模な反対デモも発生した。また沖縄を中心とした米軍基地への反対闘争、反原発運動などのイシュー(論点)で局所的な政治的闘争は存在している。こうした政治的闘争は、現代の日本においてきわめて民主的で合法的な手段を用いた社会運動として定着していることも事実である。 しかしながら、最悪の事態を想定する危機管理の観点からみれば、また60年代、70年代において学生運動やマルクス主義運動が過激化して多くの爆弾テロやハイジャックなどの事件を引き起こした歴史的事例をみれば、社会運動が過激化した結果としてテロリズムが発生する可能性は決してゼロではない。本来、民主的かつ合法的であった政治運動から逸脱した一部の「過激化(radicalization)」という現象がテロリズムに結び付くプロセスは現代においても見逃してはならない。 また、国際テロリズムや国際安全保障の文脈においても日本の要人がテロリズムの標的となるリスクは高まっている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、これまでのオリンピックなど国際的メディアイベントがそうであったように、テロリズムの標的になる可能性が高く、東京五輪に向けた日本のテロ対策の強化が求められている。さらに「イスラム国」による欧米各国へのグローバル・ジハードはまだ終結しておらず、世界のどこでイスラム過激派によるテロリズムが起きてもおかしくない状況はいまだ続いている。北朝鮮の核実験・ミサイル実験や、中国による尖閣諸島、南シナ海への侵出など、東アジアをめぐる国際安全保障環境も緊張状態にある。テロリズムを防止する手だて このような時代状況と国際環境を踏まえたとき、また現代テロの特徴であるソフトターゲットを狙った無差別テロへ意識が向かっている現在こそ、要人暗殺テロへの備えに綻びが発生する可能性がある。いまこそ、本来テロリズムの王道であった要人暗殺テロへの備えと予防策を強化すべきである。 要人暗殺テロを防止するためには、その①「リスク源(risk source)」となる問題や組織の洗い出しが第一歩となる。そしてそれらの問題や原因によってテロが発生する可能性があることを②「リスク認知(risk perception)」し、さまざまな情報分析により③「リスク評価(risk assessment)」を実施しなければならない。そうして得られた要人暗殺テロのシナリオや想定に対して、具体的な④「リスク管理(risk management)」を実施し、国内外に幅広くアピールする⑤「リスク・コミュニケーション(risk communication)」が重要となる。このプロセス全体がテロ対策をめぐる危機管理である。そこで重要な鍵となるのは情報活動、諜報活動とも訳される「インテリジェンス(intelligence)」である。 想定されるシナリオには多様なケースが存在する。しかし日本の要人暗殺テロにおいて、リスクとして可能性が高いのは次の2つのケースであろう。1つ目は「日本国内のメディアイベントで警備状況が手薄になるケース」であり、2つ目は「国外の外遊時に外国勢力に狙われるケース」である。 本来、いずれも警察や治安機関により警備態勢が強化されている状況にあるはずであるが、その警備が一瞬緩むポイント、タイミングが発生したときに要人暗殺テロが発生する余地が生まれる。あえて具体的なシナリオで示せば、とくに危険なのは要人が小規模な文化的催しに参加して一般人と交流し、その様子をテレビや新聞などのメディアに公開してアピールしようとするようなケースである。 そこで使用されるテロの道具は、蓋然性としては爆弾や銃器、刀剣などの一般的に普及していて利用しやすい兵器である可能性が高いが、同時にこれらの道具は金属探知機や手荷物検査で発見しやすく失敗する可能性も高くなる。反対に、サリンやVXガスなどの液体、炭疽菌などのように粉末状にできるもの、放射性物質などのNBC兵器は、入手や製造が困難であったとしても、探知機や手荷物検査で発見しにくいという条件から、こうしたNBCテロやCBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)テロは事前に防止するのが困難であるという理由で大きな脅威となる。インテリジェンス・サイクルを強化せよ 要人暗殺テロを防止するための対策にはさまざまなものがある。まずは、危険団体、危険人物を特定してマークするインテリジェンス活動である。警察庁、警視庁の外事や公安が実施している活動であり、通信傍受などのシギント(SIGINT)や、監視カメラによるイミント(IMINT)などの監視活動も含まれる。また、危険な外国勢力の入国を水際で阻止するための出入国管理も重要な活動である。法務省の出入国管理インテリジェンス・センターは、出入国管理の情報収集と分析をテロ対策に活かすために設置された組織である。外務省は国際テロ情報収集ユニットを結成して、外国のインテリジェンス機関と情報共有し、海外のテロ組織やテロリストの情報分析を強化している。これらの各省庁が実施しているインテリジェンス活動の成果が内閣情報調査室、および国家安全保障会議(NSC)に集約されることで安全保障やテロ対策など危機管理に活用される。こうした一連のインテリジェンス・サイクルの強化が現代の日本に求められている。 またテロリズムの防止には、ほかにも多様なアプローチが存在する。たとえば、企業の研究施設や大学の研究所で使用される化学剤や放射性物質が拡散してテロリズムに利用されないようにするための拡散防止、危険物質の管理が重要である。デュアル・ユース(dual use)と呼ばれる問題であるが、そのために化学剤やバイオ、放射性物質などに関する危険物を保持している企業や病院、大学などのネットワークを強化して管理体制を構築することが必要である。 戦後の日本国内では、オウム真理教による地下鉄サリン事件以降は、大規模なテロ事件が発生していない。むしろイラク日本人人質テロ事件、アルジェリア日本人テロ事件、シリアイスラム国日本人人質テロ事件、ダッカ襲撃テロ事件など、国外の日本人がテロ事件に巻き込まれるケースのほうが増えている状況である。グローバル化した国際テロリズムの時代にこそ、こうした国際的環境のなかで日本のテロ対策の在り方を見直し、国民のなかで議論を行なうべき時期が訪れている。ふくだ・みつる 日本大学危機管理学部教授。1969年、兵庫県生まれ。99年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員、日本大学法学部教授などを経て、2016年4月より現職。関連記事■ 福田充 危機管理学とは何か■ なぜ、イスラム系のテロ組織が多いのか―テロにまつわる4つの疑問■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?

  • Thumbnail

    記事

    重要な敷居を超えつつある北朝鮮の核能力

    研究所論評集岡崎研究所 米ハーバード・ケネディスクールBelfer Center主任研究員で米国家核安全保障局次長もつとめたウィリアム・トビーが、Foreign Policy誌ウェブサイトに4月7日付で掲載された論説で、北の核物質保有量の増大により核脅威の緊急性とその性質は大きく変わっている、戦略的忍耐はもはや実効性のあるオプションではない、と五つのリスクを挙げて主張しています。要旨は次の通り。 北朝鮮の核脅威が大幅に増大している。2015年に北が保有していた核分裂物質の量では20未満の核兵器しか作れなかった。しかし、北は急速に核物質の備蓄量とその生産能力を増大させている。 昨月IAEA事務局長は寧辺のウラン濃縮工場の規模が二倍に拡大されたとの報告を出した。科学・国際安全保障研究所は今のウラン濃縮・プルトニウム生産施設の能力を使えば18カ月の間に4~6個のペースで核兵器を製造することができる、もし秘密の第二の濃縮工場があれば生産能力は更に50%増大する、と予測している。 核開発が規制されない限り、北は2024年までに100個に近い核兵器を保有することになるだろう。これらのことは五つの次元で北の核脅威の性質を変えることになる。 第一に、核戦力の展開、ドクトリン、ポスチャーが変わる可能性がある。核兵器の保有量が増えれば、北はドクトリンを発展させ、もっと攻撃的なポスチャーを採用し、場合によっては核兵器を常時使用可能な状態に置くことまでしかねない。朝鮮半島の核戦争の脅威は大きく高まる。北は核能力を隠れ蓑にして、通常戦力による攻撃あるいはテロ攻撃を行ってくる可能性もある。 第二に、核分裂物質の保有量の増大は核兵器と運搬システムの進歩を容易にする。核実験のペースは速まっている。昨年は2回核実験をしたが、それまでの核実験は約3年の間隔で行われてきた。実験を通じて兵器の小型化、軽量化、強力化が可能となり、ミサイルの射程距離は増大する。 第三に、核兵器の移転のリスクが高まる。北はこれまでリビアへのミサイル売却やシリアでのプルトニウム生産原子炉の建設などを行ってきた。核物質の保有量が小さい段階では核物質や兵器の売却は軍事的にはコストの高いものだったが、保有量が増えればそのような懸念は縮小する。さらに、北への制裁は強化されており、価値のある核兵器や核物質を売る誘惑は増えるだろう。 第四に、北が核兵器を常時使用可能な状態に置くようなことになれば、偶発発射や無許可発射のリスクが高まる。経験を持たない北にとりリスクは一層高いものになる。第五に、核窃盗のリスクが高まる。核物質生産が大規模施設で行われるようになると、これらの物質を盗み出す機会は増大する。北は世界で最も厳しい警察国家だが、最悪の汚職国家でもある。 これまで北の核脅威は相対的に小さかった。米国と同盟国は強制等種々の政策を試みてきたが、北は、中国の庇護の下、処罰を受けることなく国際法を無視してきた。北の核物質保有量の増大により、脅威の緊急性とその性質は変わっている。戦略的忍耐は、もはや実効性のあるオプションではない。出典:William H. Tobey,‘The North Korean Nuclear Threat Is Getting Worse By the Day’(Foreign Policy, April 7, 2017)今の北朝鮮は50年代、60年代の中国と同じ 極めて興味深い、説得力のある見解です。筆者は、北の核物質生産能力の増大に伴い、(1)軍事ポスチャー、(2)技術進歩、(3)移転、(4)偶発、(5)核窃盗という五つの次元でリスクが大幅に増大すると主張しています。それに伴い北の通常戦力による行動も攻撃的になり得るとの指摘は重要です。これに対抗するためには、抑止力を強めるしかありません。その他のリスクが高まることも指摘の通りでしょう。 北の核能力は重要な敷居を超えつつあります。今の北朝鮮は50年代、60年代の中国と同じだとも言えます。成長する核兵器国が最も不安定で、危険な存在です。 筆者は、戦略的忍耐に代わる実効性のあるオプションが何であるかについては述べていません。しかし、筆者の議論から敢えて推測すれば、問題がこのような段階に至っている以上、優先順位として現下の脅威のリスクをコントロールすべきだということではないでしょうか。引き続き非核化を究極の目標としつつも、それが今できないのであれば、筆者が言う五つのリスクについて何らかのコントロールが必要だということでしょう。北朝鮮は、孤立させておくには危険になりすぎました。リスク・コントロールのためには話し合いが必要となります。 4月6~7日に行われた米中首脳会談は、共同声明もなく共同記者会見もありませんでした。報道によれば、米中両首脳は北朝鮮問題が極めて深刻な段階に入ったとの認識を共有し、米側は人権問題の重要性を指摘し、トランプは習近平に「中国が我々とともに行動しないのなら、米国は単独で対応する用意がある」との意向を伝え、北朝鮮への制裁強化を求めました。ただ、この問題で具体的な項目の合意はなかった、ということです。 しかし、トランプが述べたことは北朝鮮側にも伝えられたと思われるので、やり取りは有益であったはずです。戦術核の韓国再配備や米朝接触の可能性などが話し合われたかどうかは定かではありません。米中首脳会談の直後、4月9日ティラーソン国務長官は、米のシリア攻撃の北朝鮮への意味合いについて、「他国への脅威となるなら、対抗措置がとられるだろう」と述べています。米国としては、北への圧力を強めるとともに、北側の反応を見ようということでしょう。

  • Thumbnail

    テーマ

    朝鮮半島動乱、自衛隊は在韓邦人を救えない

    日本国憲法施行70年の節目の日に、安倍首相は2020年の憲法改正を明言した。最大の焦点は、9条に自衛隊の存在を明記する条文を追加することだが、はっきり言って遅すぎる。動乱が続く朝鮮半島情勢下、いまだ「違憲の軍隊」である自衛隊に在韓邦人の救出などできるはずがない。

  • Thumbnail

    記事

    ヒゲの隊長が緊急警告! 今の自衛隊では在韓邦人6万人を救えない

    佐藤正久(参議院議員) 3月6日、北朝鮮は東倉里(トンチャンリ)から4発のミサイルを発射し、そのうちの3発が日本の排他的経済水域(EEZ)に着弾しました。北朝鮮のミサイル技術は日々精度と射程が向上し、発射手段も多様化しています。米国の人工衛星画像などからの分析によると、核実験の準備も進んでいる模様です。 トランプ米大統領は「第一空母打撃群を派遣した」と発言。4月18日に来日したマイク・ペンス米副大統領は「平和は力によってのみ初めて達成される」と、北朝鮮の行動を強く牽制し、安倍総理も「新たな段階の脅威」と述べました。朝鮮半島の緊張状態は、朝鮮戦争以来ピークに達しているといえます。朝鮮半島情勢に関心を持つ日本人は増えていますが、かたや備えは十分できていると言えるでしょうか。 もし、北朝鮮がミサイルを発射した場合、ミサイルは10分ないし15分以内にわが国本土に到達します。早期警戒衛星などの情報をもとに全国瞬時警報システム(Jアラート)を使って自治体が国民に速報を打つことができるのは3~4分後になります。北朝鮮の軍事パレードに登場した、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星」=4月15日(共同) 政府並びに自治体が「弾道ミサイル」を想定した住民避難訓練を実施したのは、実は今年3月、秋田県男鹿市が初めてです。地震や津波の防災訓練をやるように、外国からの攻撃や弾道ミサイルを想定した訓練も、国民の生命を守るという点では同じことです。 北朝鮮の脅威が新たな段階に入ったのであれば、日本でも新たな備えが必要です。さらに、朝鮮半島有事の際は、韓国内にいる邦人の安全と避難についても考えなくてはなりません。 私は自衛官時代、朝鮮半島有事を想定した演習を実施してきましたが、未解決の課題はたくさんあります。有事になる前に邦人を避難させることができればよいのですが、情勢が急変する場合も想定し備えなければなりません。 韓国に滞在している邦人は、約6万人と言われています。日本大使館に滞在届けを出しているのは約3万8千人ですが、旅行者や出張の人が一日あたり約2万人と推定されており、実際の旅行者等の数や行動を把握するのは困難な現状です。 さらに、自衛隊を邦人救出に向かわせようと計画をしても、韓国政府の同意がなければ、自衛隊は韓国内に入ることはできません。その韓国政府との調整も歴史的背景から進んでいない現状もあります。「憂いあれども備えなし」は無責任 一昨年、平和安全法制を整備しましたが、自衛隊が邦人救出のために外国へ行って活動するには、次の3条件が必要です。① 当該外国の権限ある当局(警察など)が、現に公共の安全と秩序の維持に当たっており、かつ、戦闘行為が行われることがないと認められること。② 自衛隊が当該保護措置(邦人救出)を行うことについて、当該外国の同意があること。③ 当該外国の権限ある当局(警察など)との間の連携及び協力が確保されると見込まれること。 仮に韓国政府が自衛隊を受け入れたとしても、自衛隊は現地の警察が機能していて、現地の警察との連携の下で邦人を保護するという活動しか認められていないということです。 さらに、韓国に滞在している外国人は約200万人。そのうち半数は中国人です。アメリカ人が約20万人、ベトナム人が約14万人、タイ人は約8万人いると見込まれています。韓国の人口は約5100万人ですが、その半分の約2500万人が、ソウルと仁川、その周辺の京幾道の数十キロの狭い地域に暮らしています。 そこが〝火の海〟になれば、韓国は大混乱に陥り、韓国に滞在する外国人も、韓国人も、日本への避難を考えるでしょう。これは最悪のケースで、日本には数十万人から100万人の避難民が押し寄せる可能性もあります。邦人だけ救出するという状況は、実際には想定できないのです。 今から7年前の2010年、北朝鮮が韓国の延坪(ヨンピヨン)島を砲撃し、海兵隊員2人と民間の2人が亡くなりました。その時、フィリピン政府から「韓国にいるフィリピン人約5万人を避難させてほしい」と日本政府に申し入れがありました。韓国からフィリピンまで帰国させるには遠いので、一番近い日本にとりあえず避難させようと考えるのは自然です。他国も同じ考えでしょう。 もし、フィリピン人5万人を避難させるとなったら、韓国ー日本間をピストン輸送する必要があります。200人乗りの飛行機で250往復は現実的ではありません。 実際には、アメリカ人、ベトナム人、タイ人あるいは韓国人も日本に避難してくることを想定して備えなければいけません。すなわち、避難する人たちをどこに移送するのか。空港や港湾の利用状況は。滞在施設や生活支援はどこまですればいいのか。期間はどれくらいになるのかなど、東日本大震災や熊本地震などの経験を踏まえても、予め検討しておくべき課題は多くあるのですが、政府も地方自治体もこういう視点からの避難訓練をしたとは耳にしていません。陸上自衛隊11次隊の先発隊=2016年11月21日、首都ジュバの空港(共同) そもそも、邦人ではない外国人を避難させる場合、誰が輸送するのでしょうか。実は、私が自衛官時代にイラク人道復興支援でイラクに向かう際にも、迷彩服を着た自衛官を乗せると攻撃対象になるかもしれないという理由で、日本の航空会社から搭乗を断られた経験があります。 もし、朝鮮半島で緊張が高まった時、民間の航空会社が邦人救出に協力してくれるかどうかはわかりません。政府も、民間企業に「行け」とは命令できません。国民の自由と権利は憲法で保障されているからです。 結局、邦人を救出するには、自衛隊が十分に活動できるような法整備と、関係国との平素からの信頼醸成が肝となります。危機管理とは、最悪に備え、想定外をできるだけなくし訓練しておくことに他なりません。 「憂いあれども備えなし」は無責任です。「備えあれば憂いなし」がどれほど重い言葉か、東日本大震災から学んだはずです。

  • Thumbnail

    記事

    「在韓邦人救出も米国任せ」 日本人よ、ホントにこれで良いのか?

    も戦争のことばかり考え子供のころから反日教育を受けてきた国と、「平和平和」とお題目を唱えるだけで国家安全保障について深く考えることを拒否して能天気に暮らしてきた国とは考え方が大きく違うということを改めて認識し、彼らが日本に対して攻撃してくる可能性を排除せず、それに備えなければなりません。 日本人は今こそ、この言葉の重みを感じなければなりません。古人曰く「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮有事は「想定内」 在留邦人退避のためにまずやるべきこと

    吉富望(日本大学危機管理学部教授) 4月12日、菅義偉官房長官は「朝鮮半島で在留邦人の保護や退避が必要になった場合を想定し、常日頃から必要な準備、検討を行い、いかなる事態にも対応できるよう万全な態勢を取っている」と述べた。朝鮮半島情勢に対する国民の懸念が増す中での大変力強い発言である。しかし、「朝鮮半島で在留邦人の保護や退避が必要になった場合」における具体的な状況をイメージしてみると、菅官房長官に「在留邦人の保護や退避の態勢は、真に万全なのでしょうか?」と質問したくなる。 「朝鮮半島で在留邦人の保護や退避が必要になった場合」とは、朝鮮半島で戦争が切迫している場合、あるいは戦争が勃発した場合である。前者の場合には自衛隊による邦人の輸送は法的に可能であるが、韓国政府が自衛隊の受け入れに同意していない現状では、民間の航空機や船舶の使用を検討せざるを得ない。 しかし、いつ戦争が勃発しても不思議ではない切迫した状態の中で、政府は本当に民間の航空機や船舶に危険覚悟での派遣を要請するのだろうか。また、民間の航空機や船舶の乗員組合は運航に同意するのだろうか。結局のところ、民間の航空機や船舶の派遣には大きな疑問符がつく。(※写真はイメージです) 韓国には邦人以外にも多数の外国人が滞在している。戦争が切迫している場合、多くの国は自国民を退避させるだろう。しかし、米国でさえ約20万人の在韓米人を自力のみで退避させることは難しいだろう。 したがって、多くの国が韓国に隣接する日本に自国民の退避への協力・支援を依頼し、日米を含む多国籍での大規模な退避作戦が実施されることも考えられる。この時に隣国の日本が日の丸を掲げた民間機、民間船舶、そして自衛隊も派遣せず、代わりに外国の民航機をチャーターして邦人や外国人の退避を行う姿は、日本の国際的な信頼にどのような影響を与えるだろうか。 日本が1991年の湾岸戦争において資金協力しかできず、国際的に評価されなかった轍(てつ)を踏むことは避けねばならない。政府は米国、韓国に多数の自国民が滞在する国々と連携し、韓国政府に対して邦人及び外国人の退避のための自衛隊の受け入れを強く働きかける必要がある。全面戦争レベルじゃなくても武力行使を行う北朝鮮 ここで仮に、韓国政府が在留邦人などの退避のための自衛隊の艦艇や航空機の受け入れを認めたとしよう。しかし、それでも懸念は残る。朝鮮半島で戦争が切迫している状況下では、自衛隊の艦艇や航空機は平素を上回るレベルで情報収集、警戒・監視、部隊輸送などの任務に従事し、本土防衛のための即応態勢の維持を求められる。その結果、韓国に派遣できる艦艇や航空機の数が制約される可能性は否めない。この際、自衛隊が保有する輸送機や輸送ヘリの搭載人員数は多くないことから、1隻で多数の人員輸送が可能な艦艇による在留邦人などの退避への期待が高まる。韓国・ソウル しかし、戦争が切迫している状況は、危険が全くないという状況ではない。2010年3月に韓国海軍の哨戒艇が北朝鮮の小型潜水艇による魚雷攻撃を受けて沈没した事件と、同年11月に北朝鮮が韓国北西部の延坪島(ヨンピョンド)を砲撃した事件は、北朝鮮が平素においても全面戦争に至らないレベルで武力行使を行う可能性を示唆している。 この際、特に警戒が必要なのは、10年の哨戒艦沈没事件と同様の小型潜水艇による艦艇への魚雷攻撃である。こうした攻撃は匿名性が高く、北朝鮮にとっては好都合なのだ。加えて、水深の浅い海域に潜伏する小型潜水艇を発見するには時間と困難が伴う。 また、いつ戦争が勃発しても不思議ではない切迫した状態の中では、艦艇で在留邦人などを退避させる前に潜水艇の捜索に十分な時間をかける余裕はない。したがって、在留邦人などを乗せた艦艇が魚雷攻撃を受けるリスクは覚悟せざるを得ない。 しかし、幸いなことに日本と韓国は近接しており、たとえば博多-釜山の距離は約200キロしかない。この距離であれば小型・中型艇を使った退避作戦も可能であり、喫水の浅い高速艇であれば、「おおすみ」型輸送艦などの大型艦に比べて魚雷攻撃を受けるリスクは大幅に低下する。したがって、人員を200-300人積載可能で、40ノット程度の高速性を有し、約800キロ以上の航続距離(無給油で博多-釜山間を2往復以上)を有し、海岸へのビーチング(直接乗り上げ)や岸壁への接岸も可能な高速揚陸艇を自衛隊が多数保有することは、朝鮮半島からの在留邦人などの退避にあたって意義が極めて大きい。邦人救出、現在の法制度でできること 現在、海上自衛隊は巨大ホーバークラフト「エアクッション艇(LCAC=エルキャック)」を6隻保有している。しかし、LCACの航続距離は40ノットでの航行時に約370キロと短く、一般の船舶に比べて小回りが利かないため小規模な漁港湾には入港しづらく、岸壁に接岸した場合には人員の乗降に時間がかかるという欠点を有するため、朝鮮半島からの在留邦人などの退避に適しているとはいえない。政府は、朝鮮半島からの在留邦人などの退避に備えて、LCACとは別の新たな高速揚陸艇を10隻以上自衛隊に保有させるべきだろう。2016年9月、支援車両を乗せて西表島の大原港に上陸する、海上自衛隊のエアクッション艇「LCAC(エルキャック)」(宮崎瑞穂撮影) もちろん、こうした新たな高速揚陸艇の導入には一定の時間を要し、現在の朝鮮半島情勢の緊張に直ちに対応はできない。しかし、北朝鮮が現在の危険な体制を維持する限り、朝鮮半島では今後も緊張が繰り返されることが予想され、それに備えた装備品の導入は急ぐ必要がある。また、高速揚陸艇は朝鮮半島からの邦人などの退避のみならず、南西諸島などでの離島防衛あるいは大規模震災における海路からの救援活動においても有効性が高く、「四面環海」の日本には不可欠の装備である。 最後に、危機管理の基本は「最悪の事態に備えた準備をしておく」ことであり、戦争が勃発した場合における在留邦人の退避態勢の整備を政府・与党に強く求めたい。現在の法制度では戦闘下における在留邦人の退避は外国頼りであり、イラン・イラク戦争中のトルコ航空機による在留邦人のテヘランからの救出劇(1985年)の再現を祈るほかに手段はない。野党も、在留邦人の命を守るという国家の責任に思いを致し、現実的な姿勢で議論に臨んでほしい。 6年前の東日本大震災は「想定外」だったのかもしれない。しかし、朝鮮半島で戦争が勃発した場合に多くの在留邦人が命の危険にさらされることは「想定内」である。「想定内」の事態に備えないことは、「想定外」の事態への準備がなかったことに比べれば、はるかに罪が重い。

  • Thumbnail

    記事

    元海自小隊長 自衛隊員が最も「死」に近づいた瞬間を語る

    際に彼らを送り込むことはなかったが、自衛隊員が最も「死」に近づいた瞬間だった。緊迫感を増す日本周辺の安全保障環境において、能登半島沖のような事態は十分起こりうる。(談)【PROFILE】いとう・すけやす/1964年生まれ。日本体育大学から海上自衛隊へ入隊。「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を経験。後に海自の特殊部隊「特別警備隊」の創設に関わる。現在は退官し、警備会社のアドバイザーを務めるかたわら、私塾にて現役自衛官の指導にあたる。著書に『国のために死ねるか』(文春新書)。関連記事■ 能登半島地震 2013年から2019年にかけ起こる可能性と専門家■ イラクで活躍「ヒゲの隊長」 震災後の自衛隊の活躍を報告■ 海上自衛隊特殊部隊の能力を、お世辞を言わない米軍がホメた■ 安保論議の最中に「命令あらば実戦で任務遂行」と現役自衛官■ 震災後に士気高揚した自衛隊 最前線に行きたい人間が増加する

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮の核実戦配備は最終段階へ、3つの抑止策とは

    美しいアルプスの山並みを望むことができる。このホテルの会議場で、スイス外務省は9月中旬に北東アジアの安全保障に関する1・5トラック(政府関係者と民間研究者が参加)のハイレベルセミナーを開催した。日米中ロ韓にEU諸国の代表団が集う会議場が独特の緊張感に包まれたのは、同セミナーに初めて北朝鮮の政府代表団が参加したからだ。 主催者によると、過去に開催された同セミナーへの招待に振り向きもしなかった北朝鮮だったが、今回は強い要望で参加が実現したという。その代表団を率いたのは崔善姫(チェ・ソンヒ)外務省米州局副局長だった。同氏は5月末にスウェーデンのストックホルムで開催された国際会議、翌6月に中国の北京で開催された「北東アジア協力対話」(ミニ6カ国協議と呼ばれる)にも相次いで参加している。後者の会議は北朝鮮が新型ミサイル「ムスダン」発射の最中に開催され注目された。崔副局長は同会議で「6カ国協議は死んだ」と発言したとされており、記者会見でも「(北)朝鮮の非核化を議論する会談に応じる気はない」と強調した。 改めて9月のモントルーでの北朝鮮代表団の主張の概要を紹介したい。・我が国は本年に入り2度の核実験を成功させ核兵器の技術的精度を高めた。また多種多様なミサイル実験も成功させ運搬手段を多角化した。これにより敵国である米国に対する抑止力を完成するに至った。・我々が「核兵器国」であることは現実であり、もはや一方的な非核化などありえない。核兵器の開発を中途半端にした結果、愚かにも崩壊を招いたイラクやリビアなどの轍は絶対に踏まない。・我が国は「責任ある核兵器国」であり、核兵器保有の目的は我が国の自衛に限定される。また我が国は核兵器の先制不使用を採択し、無用に他国を刺激することはない。・6カ国協議の過去の共同声明は(「核兵器国」である我が国の実態とは乖離しており)すでに死文化した。我々は同共同声明に関し、何ら履行義務を負わない。現況のような米国の敵視政策が続く限り、公式な多国間の対話をすることは考えられない。 以上のように、北朝鮮は今年に入って相次いで実施した核実験及びミサイル実験の成果を背景に、インドやパキスタンに連なる「核兵器国」としての地位を獲得したことを自認し、これを国際的に認知させることに躍起となっている。かつて北朝鮮自身が署名した「すべての核兵器及び既存の核計画を放棄」を柱とする6カ国協議共同声明は、もはや「核兵器国」としての現実と乖離し、リセットしなければならないと主張するのである。核の実戦配備は、すでに最終段階へ 北朝鮮のこうした言説キャンペーンの背景には、自他共に「核兵器国」として認める新しい現実を作りたい意図があることは明白である。しかし、問題となるのは核兵器計画や抑止力の実態の評価、そしてそれに基づく今後の対北朝鮮政策のあり方である。 北朝鮮が過去5回の核実験によって核兵器の小型化・弾頭化を実現させた可能性は高まった。特に9月に実施された第5回実験では過去最大の10キロトン程度と推計され、その爆発規模もさることながら、弾頭化に必要とされる運用の信頼性が重視されている。北朝鮮の声明によれば、今回の核実験により「小型化・軽量化・多種化」された核弾頭を必要なだけ生産できるようになり、「核兵器化はより高い水準」に引き上げられたという。 長年その実現が疑問視されてきた「小型化・弾頭化」について、日本の防衛白書(2016年度版)も「米国、ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去4回(刊行当時)の核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も考えられる」と踏み込んだ評価をしているのである。 核兵器の運搬手段としてのミサイル開発も急速な進展がみられる。相手国に探知されにくい潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、移動式発射型ミサイルの実験、ミサイル防衛で迎撃を難しくさせるノドンミサイルの連続発射実験、中距離弾道ミサイルに匹敵するムスダンの「ロフテッド軌道」(通常の軌道に比べて高高度まで打ち上げる)実験の成功など、攻撃手段の多様化と高精度化を同時に追求している。また、北朝鮮は弾頭の耐熱性技術の確保に熱心に取り組み、最近のミサイル実験では再突入時の弾頭保護について相当の成果を得たという分析もある。金正恩朝鮮労働党委員長(中央)=2016年12月、平壌(共同) 現段階において、北朝鮮の核兵器の実戦配備はほぼ最終段階にあるとみてよい。北朝鮮の核・ミサイル実験は実戦配備に向けた軍事的合理性に適ったものであり、単なる「核保有」という象徴的な意味合いから「核の運用」という現実的段階へと状況は急速にシフトしているのである。その意味で、「北朝鮮の核兵器は運用段階にない」といった楽観的評価や、核・ミサイル実験の主たる目的は国威発揚や対米交渉カードであるといった情勢判断は、北朝鮮の意図と能力の過小評価であると言わざるをえない。 しかし、冒頭の北朝鮮代表団が言及したような、北朝鮮が対米抑止力を持ったという判断は過大評価でしかない。核兵器が抑止力として機能するためには、いかなる状況下でも相手国に核ミサイルを高精度で打ち込める能力(具体的には相手国からの攻撃を回避し、ミサイル防衛を突破できる能力)を担保する必要がある。北朝鮮が現時点で達成したのはその一部分の能力であり、最小限抑止を担保する攻撃手段の残存性や指揮命令系統の信頼性の確保など、まだ初歩的な段階に過ぎないのである。 しかし、仮に北朝鮮が、米国や韓国への抑止力を確保したという認識を一方的に持った場合、地域における小・中規模の軍事的挑発行為を誘発する可能性も高まる。これが北朝鮮の核能力を過大評価することの危険性である。 我々は以上の過小・過大評価を慎重に避けつつ「核兵器の実戦配備は現実的段階にあるが、信頼ある対米抑止力の確保には至らない」ということを情勢判断の基礎に据えるべきである。北朝鮮の戦略的優位を阻む、不断の抑止態勢を築け 北朝鮮の核・ミサイル開発の進展は、日本を含む北東アジア諸国にとり、現実的で差し迫った問題となっている。 しかし、6カ国協議の再開の目処が立たず、北朝鮮が6カ国協議の共同声明を反故にするなかで、膠着状態に陥った多国間外交に打開の可能性を見出すことは難しい。今年の3月に制裁措置を追加・強化した国連安保理決議2270が全会一致で採択されたことは重要な成果だが、北朝鮮の核・ミサイル開発の制止に向けた効果を見出すことはできていない。制裁の効果の鍵を握る中国も北朝鮮の体制の動揺・崩壊に繋がるような圧力の強化には依然として及び腰である。 こうした中で重要性を増すのは、北朝鮮に新たな能力獲得によって戦略的な優位をもたらさない、不断の抑止態勢の整備の必要性である。第1に重要なのは、日本の弾道ミサイル対処能力の総合的な向上の必要性である。近年の北朝鮮の多種・多様なミサイルとその運用態勢に対応するためにも、隙のない即応態勢や同時・継続的な対処能力を強化する必要がある。 第2に、日米韓の安全保障協力を一層強化する必要がある。在韓米軍のTHAAD導入決定を重要な機会と捉え、韓国における早期警戒情報やXバンドレーダーの情報を日米韓がリアルタイムに共有することは日本のミサイル防衛の精度向上に不可欠となる。軍事情報包括保護協定(GSOMIA) (出所)各種資料をもとにウェッジ作成 そのためにも、日米韓でミッシングリンクとなっている日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の早期締結は急務だ。また、本年実施した日米韓のミサイル防衛合同演習を定例化・活性化させるとともに、米韓合同軍事演習への自衛隊の参加や、日米共同統合演習における北朝鮮の挑発・エスカレーション事態の重視など、平素の安全保障協力の基盤強化が重要となる。 第3は米国の核拡大抑止(核の傘)の重要性を日米及び米韓が不断に確認することである。北朝鮮の核・ミサイル開発の実態を踏まえつつ、北朝鮮のあらゆる事態に適合した米国の核態勢の維持は、北朝鮮の挑発行動の拡大を抑止するための鍵となる。その意味でも、米次期政権の下で策定される「核態勢見直し」が北東アジアの現実を見据え、核戦力の戦域展開を担保するものであってほしい。性急な核戦力の削減や「先制不使用」は北東アジアの現実とは相容れないのである。 以上の抑止態勢の整備によって、北朝鮮の核・ミサイル開発が限定的な効果しか生み出しえない戦略環境を作るべきである。こうした戦略的膠着が定着してこそ、北朝鮮に外交オプションを真剣に追求する機会を促すことができる。北朝鮮の核・ミサイル能力の過大評価に基づく必要以上の外交的妥協や、逆に過小評価に基づいて実態に向き合わないことの双方が、大きな安全保障上のリスクとなるのである。

  • Thumbnail

    記事

    朝鮮半島有事 10~15万人の北朝鮮難民が日本に流入か

     米軍は、韓国に駐留させている軍隊を縮少・撤退する方針を発表している。朝鮮半島の軍事バランスが崩れた場合には何が起きるか。 軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏は、「在韓米軍撤退後、金正恩が軍事挑発を繰り返し、第二次朝鮮戦争を誘発する可能性がある」と指摘。北朝鮮を支援する中国との全面戦争を回避するためアメリカが韓国支援を控えた場合、どうなるか。「韓国が反撃に出れば金正恩がソウル一斉攻撃を決断するかもしれません。そうなれば、北は板門店付近に配備したロケット砲などでソウルを火の海にするでしょう。北の工作員によるテロも多発し韓国は大混乱に陥ります(フェーズ1)」 ただし、戦力は韓国が北を上回り、早い段階で北の対南攻撃部隊は壊滅。その後、韓国軍の対北空爆、地上進撃が始まり、1か月程度で平壌が陥落する(フェーズ2)と黒井氏は見る。「中朝国境に追い詰められた金正恩が捨て身の反撃で核攻撃を仕掛ける可能性もある(フェーズ3)。韓国の複数の大都市が焦土化すれば、被爆地から大量の韓国人が日本に避難してくるでしょう(フェーズ4)」 2007年、日本政府は、朝鮮有事で日本に流入する北朝鮮難民を10万~15万人と見積もった。これに韓国の避難民が加われば日本の治安当局の機能は麻痺。難民の暴徒化や、北の武装難民が上陸することも考えられる。 約4万人の韓国在留邦人の救出も課題だ。韓国に自衛隊艦艇を派遣すれば、北からの攻撃に晒されかねない。金正恩が日本本土にミサイル攻撃を仕掛ける事態も想定される。米軍撤退は、東アジアの悪夢の始まりになるかもしれない。関連記事■ 延坪島砲撃事件 北朝鮮難民の日本への不法流入を専門家懸念■ 日中尖閣紛争が起きれば混乱に乗じて金正恩が南侵する可能性■ 次の将軍様・金正恩に「取り柄」が一つだけあるとの指摘出る■ 金正恩はシンクロナイズドスイミング愛した父の趣味受継ぐか■ 金正恩政権で予想される崩壊シナリオ 「朝鮮統一」「暗殺」等

  • Thumbnail

    テーマ

    北朝鮮有事、日本はどう動くべきか

    もはや火薬庫と化した朝鮮半島情勢だが、北朝鮮の挑発が止む気配はない。「米軍が先制攻撃に踏み切れば、いかなる戦争にも対応する」。報復を警告した北朝鮮の標的には、むろん日本も含まれる。迫り来る北朝鮮有事に日本はどう対応し、いかに備えるべきか。北朝鮮クライシスを考察する。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮の核暴発から日本を守る「戦略」は先制攻撃ではない

    しなければならないという声もある。「敵基地反撃」能力を持つべきであるとの提言が、3月30日に自民党の安全保障調査会・国防部会で発表されるなど、従来の専守防衛では、高まる北朝鮮の核・ミサイルの脅威には対抗できないのではないかという問題意識だ。北朝鮮の軍事パレードに登場した、新型ICBM用の可能性がある発射管付き車両=2017年4月、平壌(共同) しかし、そのこと自体、何を問題にしているのかよくわからない。生半可な理解のまま国防を語るのは危険だ。勇ましいようでも、あらぬところに弾を打ちまくるならば、それは恐怖の裏返しにすぎない。専守防衛と敵基地攻撃 「専守防衛では、ミサイルが飛んでくるまで何もできないのだから、発射前に破壊できるようにしなければならない」という発想について考えてみる。 専守防衛とは、「相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」とされている。 これは、他国領域への先制攻撃を否定するものではあるが、「自衛のための必要最小限度」の範囲内であれば、敵基地への攻撃を否定するものではない。また、国土に被害が出るまで何もできないわけでもない。自衛権を行使するのは、攻撃が完了した段階ではなく、敵が武力攻撃に着手した段階だから、日本を攻撃することは明白な敵兵力が行動を開始すれば、それがいまだ敵国の領域にとどまっていたとしても、反撃することができる。 弾道ミサイルの場合、日本を目標にしたミサイルが発射準備に入れば、その時点でこれを攻撃しても、専守防衛からの逸脱とは言えない。問題は、専守防衛にあるのではなく、敵のミサイルが発射態勢にあることをどのように察知し、それが日本を狙っていることを誰がどのように判断できるのか、そして、そのミサイルを首尾よくつぶせば、それでことが終わるのか、ということだ。 そもそも、地下に格納され、あるいは移動発射台に搭載されたすべてのミサイルの位置を把握し、同時に破壊することは不可能だ。そして、残存したミサイルによる報復攻撃が来る。それが核であったら、今度は日本が壊滅する。 テレビの映像で、3月7日に北朝鮮が4発のミサイルを同時に発射するシーンが放映された。「そこをつぶせばいい」という気分になる。しかし、「そこ」が「どこ」なのか、誰が知っているのか?当日の衛星画像を解析すれば、どこであったのかが判明するかもしれない。しかし、それこそ「後の祭り」である。相手は動くのだから。報復の抑止力 発射態勢にあるミサイルを破壊しようとすれば、北朝鮮上空を無人偵察機で覆うか、あるいは、あらかじめ特殊部隊を潜入させるなどして、爆撃目標を視認して、攻撃部隊に指示しなければならない。問われるのは、攻撃手段ではなく目標探知能力なのだ。 つまり、敵基地攻撃を行うとしても、ミサイルを100%防ぐことはできないということだ。それゆえミサイルは、劣勢にある側が優勢にある敵に対抗する拠り所となる。北朝鮮がミサイルに固執する理由もそこにある。報復の抑止力 そこで、ミサイルは防げないことを前提にした対応が必要となる。それが、「報復力」にほかならない。 今年2月14日の衆議院予算委員会で、安倍晋三首相は「北朝鮮のミサイル発射の際、共同で守るのは米国だけだ。撃ち漏らした際に報復するのも米国だけだ。トランプ大統領が必ず報復するとの認識を(北朝鮮に)持ってもらわないと冒険主義に走る危険性が出てくる。日本としては、トランプ大統領と親密な関係を作り世界に示す選択肢しかない」と答弁している。衆院予算委員会で民進党の辻元清美氏(左)の質問に答弁する安倍晋三首相=2017年2月14日(斎藤良雄撮影) ここで言われていることは、ミサイル攻撃をすれば報復するという典型的な「報復による抑止」の思想である。防げない攻撃を思いとどまらせるには、倍返しの脅しによって攻撃を思いとどまらせるというものだ。そして、その報復力を担うのはアメリカである、と言っている。政府は、自身の敵基地攻撃よりもアメリカの攻撃力に拠ろうとしている。 脅威とは、攻撃する能力と意志の掛け算で定義される。同様に抑止力も、攻撃されれば報復する能力と意志の掛け算である。アメリカに、北朝鮮を壊滅させる能力があることは、だれも疑っていない。北朝鮮も、それを知っているがゆえに、アメリカを「抑止」しようとして核・ミサイルを開発している。これは、基本的に、アメリカと北朝鮮の間のパワー・ゲームである。 安倍首相の答弁も、アメリカの能力がないからではなく、アメリカの報復の意志が揺らいでは抑止力にならないという認識に立っている。ちなみに、トランプが「アメリカは常に100%日本とともにある」というとき、英語では「stand behind Japan」なので、アメリカは「背後から」日本を守る、つまり、報復するというわけで、安倍首相の答弁と表裏一体をなしている。抑止力の限界抑止力の限界 しかし、アメリカの報復に頼ることにも問題はある。 第一に、アメリカが、常に100%日本の味方であることは、日本への攻撃に対して常に100%報復することと同じではないということだ。アメリカは、日本だけでなく、韓国も、そして何より、自国の兵力を守らなければならない。 日本に数発のミサイルが着弾したとしても、アメリカの報復が北朝鮮の韓国に対する大規模報復を招くのであれば、韓国の利益も考慮せざるを得ないだろう。少なくともアメリカの報復作戦は、韓国軍による38度線付近にある北朝鮮軍の砲兵陣地への攻撃と連動しなければ、たちまちソウルが火の海になる。 第二に、アメリカの報復によって北朝鮮の体制を崩壊させるかどうかという悩ましい問題がある。アメリカが報復する場合、その規模は限定的なものではなく、再発射可能なすべてのミサイルを破壊するものでなければならないが、それは、北朝鮮の攻撃能力を失わせることになり、ひいては体制の崩壊につながる可能性が大きい。 体制が崩壊すれば、北朝鮮はたちまち破たん国家となる。2000万の人口をどうやって食わせるかという難問が待ち構えている。ミサイルを破壊しても、100万人の軍隊と100万人の労働党の武装組織が残っている。韓国がこれを喜ぶはずはないし、この地域を統治するには、半分を中国に任せなければならないほどの大量の軍隊が必要になる。 アメリカが本気を出せば、北朝鮮との戦争に勝つことは難しくないだろう。だが、勝った後の方がよほど大変なのだ。それでもあえてアメリカが報復するのかというのは、当然の疑問だ。韓国・釜山に入港する米海軍の原子力空母カール・ビンソン=2017年3月15日(共同) 第三に、アメリカが報復する前提である「撃ち漏らしたとき」とは、日本にミサイルが落ちているということになる。それが何発なのか、核や化学兵器が積まれているのか、どのくらいの被害が出ているのか、述べられていない。つまり、抑止が成り立つ前提には、少なくとも敵の第一撃に耐える覚悟と態勢がなければならないということだ。 日本人が陥りがちな勘違いは、アメリカの抑止力があるから戦争にならない、戦争にならないのだから戦争の被害を考える必要はない、というものだ。だが、アメリカ軍が考える抑止力とは、戦争になれば必ず勝つ力を持つことを前提としている。 抑止と戦争は、日本人が考えるよりもずっと近い関係にある、同じコインの裏表なのだ。そして、そうでなければ抑止も成り立たないというところに、抑止と安全のジレンマがある。 第四に、北朝鮮は、攻撃目標が在日米軍基地であると公言している。在日米軍基地から発進する戦闘機が、北朝鮮を攻撃する最大の脅威であるからだ。すなわち、北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃つ動機は、米軍がいるからということになる。抑止力であるはずの米軍の存在が攻撃の動機を与えているところに、抑止と挑発は紙一重というジレンマがある。 第五に、抑止という戦略は、抑止が効いている限り、北朝鮮はあえて攻撃しないという仮定の上に成り立っている。北朝鮮の最大の目標は、体制の生き残りだから、体制の崩壊につながるようなアメリカの報復を招くような攻撃はしないだろうという仮定に「確からしさ」はある。だがそれは、「相手もこちらと同じように考えるはずだ」という仮定である。戦略とは、確かではなく、確からしさの上に作られる計算式にすぎないのだ。 北朝鮮をとことん追い詰めれば、たとえ負けても一撃を食わせるという判断に至るかもしれない。現に北朝鮮は、そのためにアメリカに届く核ミサイルの保有を、最後の拠り所として目指している。 総じて言えば、抑止戦略は、攻撃を思いとどまらせる効果はあるにしても、やりすぎれば逆効果になる危険性があり、同時に、相手をこちらの思い通りに行動させる(例えば、核を放棄させる)効果はない。アメリカの抑止力がすべてを解決するわけではないのだ。ミサイル防衛に関する戦術と戦略ミサイル防衛に関する戦術と戦略 ミサイルを落とせないなら先にミサイルをつぶせばいいというのは、戦術の話であり、しかも確からしさのない思考という意味で、戦術論とも言えないかもしれない。一方、どうすればミサイルを撃たせないことができるかというのは、戦略に属する話だ。 言い換えれば、戦術論とは、自分が能力を持っているときにそれをどう使うかということであり、一方、戦略論とは、能力が十分でないことを前提に、それを敵との比較の中でどう補っていくか、敵の弱みを最大化し、こちらの弱みを最小化するか、という思考である。 北朝鮮の弱みとは、体制を守らなければならないという目的そのものにある。あのような古代王朝的な独裁体制を維持すること自体に無理があるということだ。一方、日本の弱みは、戦争の被害に対する耐久性がないことにある。 ミサイルを撃ちあうような戦争に耐えられないということだ。「だからアメリカの報復が抑止になる」というのは、敵基地攻撃よりもはるかに戦略的思考である。しかし、それには限界があることもすでに見てきた。 戦略の上に大戦略があるとすれば、ミサイルが飛んでこないようにするという目標を達成するためには、報復の威嚇によって抑止するだけではかえって攻撃の動機を与えるのだから、むしろ攻撃の動機である恐怖を和らげることを併用することがその大戦略に当たる。 これまで我々は、核・ミサイル開発を止めることを交渉の条件としてきた。しかし、現状は止まっていない。北朝鮮は、体制の保証のために核を手放すことができない。体制をつぶそうとすれば、おそらく必ず暴発してくる。核保有を止められないなら、核を使う動機をなくさなければならない。ミサイル攻撃という悪事への懲罰だけでなく、悪事をしないことのご褒美を用意することだ。北朝鮮の朝鮮中央テレビが放映した、軍事パレードを観覧する金正恩委員長(右)の映像(共同) そのために必要なのが、体制を外部からつぶさないという安心供与、あるいは「報償による抑止」といわれる手法である。外部からつぶさなくても、やがて内部崩壊するであろうから、それまでの間、「暴発させない」というところに戦略目標を変えるという意味でもある。 もちろん、ここまで来てしまった以上、事は容易ではない。一方、トランプ政権のように、空母を派遣して交渉のテーブルに着かせるという威嚇外交は、成功すればいいが、相手が応じなければアメリカの軍事的威嚇、ひいては抑止力の信ぴょう性を傷つける。 イラク戦争の前年、アメリカは、大量破壊兵器に関する完全な申告と査察をイラクに要求する国連安保理決議を背景に、戦争準備をもって威嚇したが、イラクの譲歩を得るに至らず、ついに戦争に踏み切った。イラクのサダム・フセインの誤算は、大量破壊兵器があるように思わせなければアメリカに攻撃されるという思い込みだった。北朝鮮が、アメリカの空母を目の当たりにして、同じ誤算をしないとは限らないことが心配だ。 確かなものは何もない。だからこそ、我々に必要なものは、やったらやり返す戦術ではなく、核を持った北朝鮮と付き合い、自滅を待つ長期的な戦略的思考なのだ。

  • Thumbnail

    記事

    対北朝鮮「敵基地反撃能力」を日本が保有しなければならない理由

    いるが、それでも北朝鮮による挑発は止まらない。 そこで自民党が北朝鮮核実験・ミサイル問題対策本部や、安全保障調査会、国防部会の場において積極的に議論したところ、北朝鮮が新たな段階の脅威であることが明確になった。 そこで今般、党安全保障調査会の下に「弾道ミサイル防衛に関する検討チーム」(座長・小野寺五典元防衛大臣)を急遽発足させ、これまでとは異なる北朝鮮の新たな段階の脅威に対して有効に対処すべく、あらゆる実効性の高い方策を直ちに検討し、「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」を取りまとめ、予算措置を含め、政府に対しその実現を求めることとした。 この提言は3月29日に発表され、党の政調審議会の了承を経て、翌日、今津寛党安全保障調査会長、小野寺座長らによって総理官邸で安倍総理に報告された。 提言の内容は、(1)「弾道ミサイル防衛能力強化のための新規アセットの導入」(2)わが国独自の敵基地反撃能力の保有(3)排他的経済水域に飛来する弾道ミサイルへの対処―の三点で、政府において実現に向けた検討を迅速に開始し、さらなる抑止力の向上により、北朝鮮にこれ以上の暴挙を断念させるとともに、国民保護体制の充実を含めたより一層の対処力の強化により、万が一の際に国民の生命、わが国の領土・領海・領空を守り抜く万全の備えを構築することを求めるものである。先制攻撃は許されない 「弾道ミサイル防衛能力強化のための新規アセットの導入」は下記の通りだ。 イージスアショア(陸上配備型イージスシステム)やTHAAD(終末段階高高度地域防衛)の導入の可否について成案を得るべく政府は直ちに検討を開始し、常時即応体制の確立や、ロフテッド軌道の弾道ミサイル及び同時多発発射による飽和攻撃等からわが国全域を防衛するに足る十分な数量を検討し、早急に予算措置を行うこと。また、将来のわが国独自の早期警戒衛星の保有のため、関連する技術開発をはじめとする必要な措置を加速すること。 これは、従来の防衛予算の大綱・中期防、歳出化予算、概算要求といったことではなく、災害対応で予備費を充当するといった大胆な発想で早急に政府の決断を求めている。あわせて、現大綱・中期防に基づく能力向上型迎撃ミサイルの配備(PAC-3MSE:平成32年度配備予定、SM-3ブロックⅡA:平成33年度配備予定)、イージス艦の増勢(平成32年度完了予定)の着実な進捗、事業の充実・更なる前倒しを検討すること。 次が「わが国独自の敵基地反撃能力の保有」で、この点がマスコミに「敵基地能力の検討を提言」と大きく報道されたところである。 これは、従来からの敵基地攻撃とか策源地攻撃などについては議論されてきたが、今回は責任ある与党・自民党から「わが国独自の敵基地反撃能力の保有」が打ち出されたことで、野党から従来の日本の防衛政策の変更ではないか、例えば、民進党の安住淳代表代行の「専守防衛に徹してきた今までの流れを根本から変えていく話なので、私は反対だ」との発言など、専守防衛と逸脱するのではないかと言った批判がある。 専守防衛は「憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢」とされ、「相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保有する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限ること」を意味している。オスプレイを使って自衛隊員らが日米共同訓練を行った=2013年10月、滋賀県高島市(松永渉平撮影) これをさらに具体的にすると「政府は、わが国に対して誘導弾等による攻撃が行われた場合、そのような攻撃を防ぐのにやむをえない必要最小限度の措置として、他に手段がない場合に発射基地を叩くことについては、従来から憲法が認める自衛の範囲に含まれ可能と言明しているが、敵基地の位置情報の把握、それを守るレーダーサイトの無力化、精密誘導ミサイル等による攻撃といった必要な装備体系については、「現在は保有せず、計画もないとの立場をとっている。」とのことである。したがって、「わが国独自の敵基地反撃能力の保有」は憲法上からも専守防衛の観点からも可能と言うことになる。 従来からの敵基地攻撃とか策源地攻撃などの用語は、先制攻撃ではないかとの誤解が生じる恐れがあることから、今回「敵基地反撃能力」として、先制攻撃ではないことを明確にした。 先制攻撃は、武力攻撃が発生する前に武力行使をするものであり、わが国の憲法上はもとより、国際法上も許されるものではない。今回自民党の提言に盛り込んだ「わが国独自の敵基地反撃能力」については、こうした先制攻撃を考えるものではなく、このことを明示する趣旨で敵基地「反撃」能力との用語を用いた上で、これまでの法理上の解釈に基づき、かつ日米同盟の抑止力・対処力の一層の向上を図る観点から検討すべきとしたものである。楯と矛を考える 日本の防衛政策は、自衛隊と米軍が、いわゆる「楯と矛」の関係性の中で日本の防衛を行っている。つまり、自分の国を守るという「楯」としての役割は自衛隊が担っている。一方、相手から攻撃された場合、では相手の国を攻撃するにはどうすればいいのかというと、全面的に「矛」としての米軍に依存するということになっている。 これが今の日本の防衛政策の仕組みだが、今回のトランプ米新政権が同盟国に対して自助努力を促していることからも、提言では「北朝鮮の脅威が新たな段階に突入した今、日米同盟全体の装備体系を駆使した総合力で対処する方針は維持するとともに、日米同盟の抑止力・対処力の一層の向上を図るため、巡航ミサイルをはじめ、わが国としての『敵基地反撃能力』を保有すべく、政府において直ちに検討を開始すること」とした。 三つ目が「排他的経済水域に飛来する弾道ミサイルへの対処」で、提言の内容は「昨年8月以降、北朝鮮は3度にわたりわが国の排他的経済水域内に弾道ミサイルを着弾させており、航行中の船舶への被害は生じなかったものの、操業漁船が多い海域でもあり、わが国船舶等の安全確保は喫緊の課題である。  このため、弾道ミサイル等の脅威からわが国の排他的経済水域を航行しているわが国船舶等の安全を確保するため、政府は、当該船舶に対して、航行警報等を迅速に発出できるよう、直ちに検討すること。また、これらの船舶の位置情報の把握に関する技術的課題や当該船舶を守るための迎撃を可能とする法的課題について検討すること これは、排他的経済水域内には、わが国の船舶が多く所在し、これらの安全を確保することは極めて重要と考えている。 一方、これらの船舶がどこに所在するかを精緻に把握することは難しいことから、今回の提言では、この船舶の位置情報を把握する技術的課題の検討とともに、迎撃のための法的課題の検討についても検討すべき旨を盛り込んだ上で、船舶への航行警報を迅速に発出するための検討に直ちに着手すべきとした。自衛隊と米軍の共同訓練でボートで沖縄本島東方の浮原島に上陸し、米兵ら(左)と担架を運ぶ自衛隊員=2016年11月7日 法的課題の検討とは、具体的に現在の自衛隊法第82条の3の規定による弾道ミサイル等に対する破壊措置は「我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止する」ことを目的とし、「我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等」を破壊するためのものであるため、排他的経済水域(EEZ)に落下する弾道ミサイルについては、同条の規定による措置を取ることはできないとの課題がある。 この点については、技術的課題に係る検討と併せ、政府において検討を進めてもらいたいとの提言である。今回の自民党の「弾道ミサイル防衛の迅速かつ抜本的な強化に関する提言」は、現憲法下で許容される範囲のもので、専守防衛を逸脱したものではない。今後は、国民の生命と財産をしっかりと守るためにも憲法改正を急ぎ、国際標準の防衛法制及び政策の策定が喫緊の課題となっている。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮有事の「最悪シナリオ」に日本が取るべき選択肢は一つしかない

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者、「自衛隊を活かす会」事務局長) 北朝鮮情勢が風雲急を告げている。真剣な対策が必要だ。軍事対応と外交努力をどう適切に結合させればいいのか、その「最適解」を見つけだすことが決定的に重要だと考える。それはどんなものだろうか。 軍事対応だけでも、あるいは逆に外交努力だけでも、北朝鮮の核問題には対応できない。歴史的な経緯を見ればそれは明白だ。 いわゆる1990年代前半の朝鮮半島第一次核危機。クリントン政権が軍事対応を志向したが、その道を進めば100万人以上の死者が出るとの試算も出され、当時の韓国・金泳三政権が断固として反対したこともあって、軍事対応には至らなかった。後で論じるように、軍事対応が今でも同じ問題を引き起こすという構図は変わっていない。 一方、その核危機がカーター米元大統領の訪朝によって回避され、北朝鮮は1994年のいわゆる「米朝枠組み合意」により、核兵器を最終的には放棄することを約束した。その見返りに北朝鮮に対して軽水炉2基を供与するとともに、それが完成するまでの間、毎年50万トンの重油を供与することになり、日本も軽水炉建設費の30%を負担した。トランプ米新大統領の就任式会場で開会を待つ(左から)カーター、クリントン、ブッシュ(子)の各元大統領夫妻=1月20日、ワシントン(ロイター=共同) 「外交努力」の成果だと見られたが、北朝鮮は秘密裏に核開発を続行しており、ついにはIAEA(国際原子力機関)の査察を拒否し、NPT(核拡散防止条約)からの離脱も宣言、外交努力は見事に破綻したのである。「外交努力だけでなんとかなる」というならば、この時の失敗の教訓を徹底的に酌みつくした上で、「このやり方ならば」というものを説得的に提示しなければならないが、そういうものにはまだお目にかかっていない。 それに続くジョージ・W・ブッシュ大統領の時代、アメリカはイラク戦争に突入し、小泉純一郎首相は「北朝鮮が攻めてきたときはアメリカに頼る必要があるのだから」という理由で、その戦争を支持した。今回、トランプ政権のシリア爆撃を「理解」した安倍晋三首相につながってくるが、故金正日は、化学兵器の保有をちらつかせるような甘い対応では体制を打倒されるということをイラク戦争の教訓だと捉え、本気で核保有国になる決意を固めたとされる。シリア爆撃を「牽制」とする見方は、北朝鮮には通用しないだろう。 オバマ大統領の時代、アメリカは「戦略的忍耐」といって、北朝鮮が核放棄するまでは相手にしないという態度をとった。軍事対応は行わず、外交努力もしないという新たな対応だったが、結局その間に北朝鮮の核、ミサイル開発は加速した。 要するに、これまで世界がどういう対応をしようとも、北朝鮮は核、ミサイル開発をやめなかったということだ。アメリカが軍事対応してくるかもしれないという恐怖感があったとしても、何らかの経済的利益を得られるかもしれないという期待感があったとしても、そういうものには目を向けることなく、まさに自分たちも「戦略的忍耐」を堅持して、ただひたすら核開発を完遂するのが体制維持に決定的だと考え邁進しているのが、現在の北朝鮮ということである。 そういう国とどう向き合えばいいのか。我々は今まさにこの問題に直面している。単純な結論で済むはずがない。日本独自の立場も貫かなければならない この問題を考える上でもう一つ大切なことは、アメリカ抜きで解決することはできない問題であると同時に、日本独自の立場も貫かなければならないということである。日米の利害は一致しているように見えて、異なる部分もある。 北朝鮮の核、ミサイル開発を阻止するという目標では日米は共通している。情報交換その他、緊密な日米連携が必要であることは論を俟(ま)たない。 しかし、決定的に違うのは、もし戦争になるようなことがあれば、戦場になるのは日本(と韓国)だということである。アメリカに届くミサイルが完成しているわけではないので、米本土は戦場にならないからだ。 アメリカの中で「先制攻撃」がオプションの一つとして浮上しているのは、そうなる前に何らかの対処が必要だと考えられているからであって、主にアメリカの国益を最優先させる立場からである。90年代前半の核危機では100万人の死者というシナリオを前に冷静になれたが、トランプ政権下では、たとえ軍事攻撃をしたとしても、北朝鮮は体制維持を優先させようとするので、体制崩壊につながるような全面戦争に北は踏み切らないという楽観的な考え方も生まれつつあると聞く。 けれども、それはあくまで希望的観測である。北朝鮮が体制維持を最優先させるのは間違いないが、アメリカに一方的に攻撃され、反撃もできないとなれば、それこそ金正恩体制を維持する求心力は失われるだろう。体制維持のために反撃に出てくるシナリオだってあり得るということだ。「国体護持」の保証を得るため、どんなに被害が拡大しても戦争を止めなかったようとしなかった日本の過去のことを考えれば、こちらの方が現実味があるかもしれない。 そうなれば、アメリカの先制攻撃を支持し、発進基地を提供する日本は間違いなく標的となる。北朝鮮のミサイルの精度が高まっていることは日本政府も認めていることであって、日本に到達する前に落下したり、上空を通過していくということにはならないだろう。 要するに、日本としては、自国が戦場になることは避けるという目標を持つことが大切だということだ。アメリカがお気軽な先制攻撃のシナリオを持つのも、米本土は戦場にならないという安心感が生み出すものであって、自国を戦場にしないと考えて行動するのは、どの国であれ決して身勝手な立場ではない。お互いの異なる立場をぶつけ合って、対応を決めていく必要があるということだ。日米の軍事対応が外交努力と矛盾してはならない 一方、軍事的対応は絶対にとらないという選択肢も、あり得ないだろう。その選択肢は極論すれば、北朝鮮からミサイルが撃ち込まれるようなことがあっても「こちらは我慢する」「被害を受けても外交努力だけに徹する」と言っているように聞こえる。 1955年1月、アメリカのアチソン国務長官が、アメリカの防衛ラインは日本列島からフィリピンまでだと演説したため、金日成が韓国を攻撃しても反撃されないのだと考え、朝鮮戦争が勃発したというのが国際政治学では通説となっている。その教訓を踏まえれば、もし北朝鮮が核やミサイルで先制攻撃してくれば、それ相応の反撃をするという意図を北朝鮮側に伝えていく必要がある。北朝鮮のミサイル発射に備えて設置されたPAC3(地対空誘導弾パトリオット)=2012年10月12日、沖縄県石垣市(恵守乾撮影) 具体的に言えば、もしミサイルが日本に落ちてきた場合、現存のミサイル防衛システムを発動し、迎撃するのは当然だろう。10年ほど前までは、北朝鮮はミサイルを「衛星」だと強弁しており、仮に撃ち落とされれば反撃すると公言していた。本当にそれが「衛星」だったなら、北朝鮮の反撃にはそれなりの正当性があったと言える。しかし、今の北朝鮮は核、ミサイルの開発という意図を隠していないわけだから、落ちてくるミサイルを迎撃するのは、国際法上も許される自衛措置である。 他方で、日本あるいは日米がやろうとする軍事対応が、北朝鮮に核、ミサイル開発を止めさせるための外交努力と矛盾するものであってはならない。最終的にこれを止めさせるようとすれば、外交の力に頼るしかないからだ。 この点では、こちら側が先制攻撃するというのは、最悪のシナリオである。北朝鮮にミサイルや化学兵器を使用させる口実を与えてはならないのだ。 それと表裏一体のことだが、北朝鮮側の先制攻撃がない限り、こちら側は武力の行使をしないというメッセージも明確に伝えるべきだ。さらに、その武力行使の規模と態様も、もっぱら自衛措置の範囲に止まることを明確に北朝鮮に伝えるべきだ。ミサイルが撃ち込まれるなら、そのミサイル発射基地は叩くという程度のものにするということである。 北朝鮮は、イラクのフセイン政権の末路その他、アメリカがこれまでに実際にやってきたことを見て、武力を行使される時は体制が転覆される時だと感じ、必死になって核ミサイル開発に狂奔している。だからこそ、多少のメッセージで真意を伝わるのは簡単ではなかろうが、核ミサイル開発を止めさせようとすれば、そこに真剣になる必要があるのだ。 北朝鮮が核やミサイルを開発し、使用するようなことがあれば、現体制は維持されない可能性がある。しかし、その開発を中断し、核とミサイルを放棄するなら、体制の維持につながる報償は与える。与えることになる報償の内容は、外交関係者が知恵を出していかなければならないが、軍事対応と外交努力の結合というのはそういうことである。「敵基地攻撃」の抑止力が効かない相手 こちら側の武力行使が、先制攻撃されたときの自衛に限られるとなれば、その最初のミサイルが着弾することを前提としており、日本が被害を受けることになるではないかという批判が寄せられよう。しかし、それ以外の手段は創造できないほどの大規模な厄災を招くのであって、自衛に限るやり方こそが被害を最小化する考え方である。北朝鮮の労働新聞が3月7日掲載した、砲兵部隊による訓練で発射される4発の弾道ミサイルの写真(共同) 例えば、北朝鮮のミサイル基地を一挙に叩けばいいのだと、威勢のいいことを言う人もいる。けれども、テレビに映るミサイルの発射場面やアメリカの軍事衛星の写真を見ると、基地がどこにあるか分かっているような錯覚に陥るが、発射台がどこにあるのかすべて分かっているわけではない。たとえ分かったとしても、移動式の場合は、予想を超えたところから発射されることになる。しかも、すべての基地を一挙に完全に叩くことができなければ、残りのミサイルがアメリカではなく、日本と韓国に飛んでくることになるのである。 北朝鮮は、ノドン200発とスカッドER100発の計300発程度のミサイルを保有していると考えられている。最初の一撃で半分を破壊したとしても、なお150発のミサイルが残る。北朝鮮がその報復として、化学兵器を搭載したミサイルを東京に向けてきたらどうするのか。そういう想定を抜きにして、敵基地の先制攻撃論を語ってはならない。一方、自衛の場合に限って対応する場合は、発射した場所が特定されるのであって、破壊できる確実性もはるかに増すことになる。 いや、敵基地を攻撃するというのは、あくまで威嚇であって、抑止するためだという人もいるだろう。確かに、怖いから手を出さないでおこうと北朝鮮が認識すれば、暴発はしないかもしれない。しかしこの間、北朝鮮はそういうことにお構いなく、核やミサイル開発を加速させてきたではないか。抑止力というのは、要するに相手の意思をくじこうとするものであり、結局のところ「くじけない相手」には効かないのである。 であれば結論は明白だ。軍事と外交の適切な結合しかない。北朝鮮が先制攻撃するなら、こちらは自衛の範囲で対応することを明確にし、その意図を北朝鮮に伝える。同時に、北朝鮮が核やミサイル開発を放棄するなら、体制を転覆するようなことはしないという立場で、あらゆる外交努力を強める。簡単なことではないが、現状での「最適解」はそこにしか存在しないのではなかろうか。日米に中国の損失をかぶる覚悟はあるか なお最後に、中国が果たすべき役割について触れておく。日本やアメリカは、中国に役割を果たさせるため何をすべきかという問題も含めてだ。 北朝鮮の核、ミサイル開発を止めさせる上で、中国の役割が大きいと言われる。いくら国連が経済制裁を決めても、北朝鮮の輸出入の相手国がほとんど中国だけという現状では、中国が本気にならなければ効果は薄いものになるのは事実だろう。 ただ、中国に経済制裁の協力を本気で求めるには、中国が被る損失を誰がかぶるのかという問題は避けて通れない。日本やアメリカは、自分たちが中国の損失をかぶる覚悟があるのかということだ。 中国は現在、本来は受け入れるべき政治難民にあたる脱北者でさえ、拘束しては北朝鮮に戻しており、国際社会から批判を受けている。経済制裁が効いてくることになると、経済的に困窮した大量の難民が中国に逃れて来るのは目に見えている。中国全人代の全体会議で、言葉を交わす習近平国家主席(右)と張徳江・全人代常務委員長=3月12日、北京の人民大会堂(共同) その対策を中国任せにするという態度では、中国を本気にさせることはできない。日本やアメリカは、そこまで考え抜いて、経済制裁の実施を提唱すべきだろう。自分たちも費用を分担したり、難民を受け入れるのかという覚悟も必要になる。 同時に、中国を本気にさせようとしたら、現在のような先制攻撃路線は百害あって一利なしだ。中国は、制裁が北朝鮮の体制崩壊につながることを心配していると言われるが、実は最も懸念しているのは「在韓米軍の緩衝地帯」がなくなることである。 朝鮮半島が統一されれば、米軍の駐留を受け入れる国家が目の前に立ち現れることなる。軍事的な選択肢で北朝鮮が崩壊するようなことになれば、それを遂行した軍隊がそのまま占領し、継続して駐留するようになるであろうことは容易に推測できる。 これを逆の角度から見ると、中国を本気にさせることができるとすれば、経済制裁の結果として北朝鮮が崩壊するようなことがあっても、その際は韓国から米軍が撤退すると分かった時だけだろう。アメリカにその気はあるのだろうか。中国を本気にさせるというが、いま問われているのは「アメリカの本気度」のように思えてならないのである。

  • Thumbnail

    記事

    朝鮮半島の恐怖は「次の一手」が読めない指導者の暴挙

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 父親・故金正日総書記が得意としてきた「瀬戸際外交(作戦)」がもはや通用しないことを息子の金正恩労働党委員長は一刻も早く悟るべきだろう。2016年12月、金正日総書記の死去から5年を迎え、平壌の万寿台の丘で銅像に向かい一礼する人たち(共同) 朝鮮半島が一触即発状況に陥ったことは今回が初めてではない。しかし、金正日総書記時代と根本的に違うのは米国にトランプ大統領が登場したことだ。正恩氏はトランプ氏の性格を多分十分に理解していないのだろう。「戦略的忍耐」を表明し、北側の度重なる国連決議違反に対しても静観し続けたオバマ前米大統領とは、その出自からそのキャリアまで全く違うのだ。トランプ大統領の米国にはもはや「瀬戸際作戦」は通用しないのだ。 朝鮮半島の政情はここにきて米国と北側の心理戦の様相を帯びてきた。なぜならば、両国とも「もし……するならば絶対に許さない」と表明し、武力行使も辞さない姿勢を見せているからだ。 北側は国営メディアを通じて得意のプロパガンダを駆使し、「相手が望むならば核戦争も辞さない」と宣言。一方、トランプ陣営は「核実験や弾頭ミサイルの発射の兆候が見られれば、即先制攻撃で破壊する」と警告を発しているのだ。両国とも武力行使の用意があることを繰り返し表明している。すなわち、北朝鮮も米国も武器のボタンに手をかけている状況だ。 ところで、北朝鮮と米国双方は本当に武力衝突を考えているのだろうか。北側は世界超大国の米軍と正面衝突した場合、勝算はまったくないことを軍事専門家でなくても分かるはずだ。だから、金正日総書記は瀬戸際外交を展開し、土壇場で米国が手を引くと期待していたのだ。幸い、相手側は土壇場で対話路線に転換させてきた経緯がある。正恩氏も父親と同じように瀬戸際作戦を展開させている、といった気持ちがあるかもしれない。 一方、トランプ氏の場合、対北作戦を展開させる前に2回、派手な軍事活動を指令している。同大統領は7日、地中海の米海軍駆逐艦からシリア中部のアサド軍のシャイラト空軍基地へ巡航ミサイル、トマホークを撃ち込む指令を出し、13日には、アフガニスタン東部のナンガルハル州のイスラム過激派テロ組織『イスラム国』(IS)の拠点に非核兵器では最高火力を持つ「MOAB」(GBU-43)を初めて投下させている。正恩氏は面子を大きく失わない段階で挑発を中止すべきだ トランプ氏の軍事デモンストレーションに対抗し、正恩氏は16日午前、弾道ミサイル1発の発射を命令したが、ミサイルはどうやら発射直後、爆発した。この段階でトランプ氏と正恩氏の脅迫作戦の勝負ははっきりしたのだ。米軍は北が弾道ミサイルを発射しようすれば、北のミサイル機能をマヒさせる電子攻撃を仕掛け、落下させるからだ。 北は昨年10月段階で計8度、中距離弾道ミサイル「ムスダン」(射程3500キロ)を発射し、成功は同年6月22日の1回だけだった。グアム米軍基地まで射程に収める弾道ミサイルの開発という平壌の宣伝文句が空しくなるほどの結果だったのだ。 弾道ミサイルを開発し、核搭載ミサイルで米本土を攻撃すると豪語した金正恩労働党委員長に対し、米国は電子戦を展開させ、軍事力の差を示したわけだ。今回のミサイル発射失敗も同じ理由が考えられるのだ(「米軍の電子戦で『ムスダン』は不能?」2016年10月21日参考)。 ちなみに、米軍は80機の戦闘機を運ぶ米原子力空母カール・ビンソンを朝鮮半島近海に派遣する一方、トマホーク巡航ミサイルを発射できる駆逐艦2隻のうち1隻は現在、朝鮮半島から約480キロ離れたところで待機中だ。 正恩氏は面子を大きく失わない段階で挑発を中止すべきだ。さもなければ、トランプ氏は米海軍特殊部隊を動員させ、奇襲攻撃に出ざるを得なくなるのだ。なぜならば、「もし、……ならば」と繰り返し表明してきた立場上、トランプ氏は一旦手をつけた刀(武器)を容易に鞘に納めることはできないのだ。 トランプ氏と中国の習近平国家主席の間で対北政策で一定の合意が達成された兆候が見られる。米財務省は14日、中国を「為替操作国」に認定することを見送る一方、中国国際航空は17日から北京と北朝鮮の首都・平壌を結ぶ便の運航を停止するとともに、中国旅行社は北観光を全面中止するなど、人的交流の制限に乗り出してきているのだ。金正恩氏を取り巻く情勢は限りなく北に不利だ。 正恩氏もトランプ氏も世代は異なり、国は違うが、面子を重視する点で似ている。その上、両者とも「計算できない、予想外の言動をする人物」と受け取られていることだ。換言すれば、朝鮮半島の危機とは、武力衝突の危機というより、「計算できない、予想外の言動に走る」2人の指導者の“次の一手”が読めない危険性を意味しているわけだ。データ主義が席巻する21世紀の国際社会では、次の一手が予想できないというほど怖いことはないのだ。世界は今、この恐怖と対峙しているのだ。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2017年4月17日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    安倍首相が外交の素人・トランプ大統領を頼る危険性と愚かさ

    ない外交に世界中が振り回されている。北朝鮮がミサイル発射を繰り返すなか、そのトランプ政権に頼る日本の安全保障政策は危険だと、ジャーナリストの落合信彦氏は指摘する。 * * * トランプ政権の外交政策での支離滅裂が凄まじい。つい最近、安倍(晋三首相)とゴルフ三昧の首脳会談を終えて「信頼関係」を築いたと語っていたが、その舌の根も乾かぬうちに、再び日本バッシングを始めているのだ。トランプの懐刀でアメリカ国家通商会議(NTC)のトップに指名されたピーター・ナヴァロは、3月の講演で次のように日本を批判した。「日本からアメリカへの2日分の自動車輸出が、アメリカから日本への輸出の1年分より多い」 アメリカ車が消費者にとって魅力のない商品であることを棚に上げて、“日本はもっと車を輸入しろ”というのだ。何よりも、外交が一貫しない国は信頼されないということを、トランプは理解していないようだ。 トランプは当選直後に台湾総統の蔡英文と異例の電話会談をした。そのことは「1つの中国」と主張している習近平を揺さぶったが、今度は4月に仲良く米中首脳会談を行うというのである。 ビジネスの現場でカネのことばかり考えてきたトランプは、外交についてはまったくの素人だ。だからその場しのぎの外交を繰り出してくるのである。問題なのは、安倍が、そんな一貫しない国のトップを全面的に頼っていることだ。 3月上旬、北朝鮮が4発の弾道ミサイルを連射して秋田県沖の日本のEEZ(排他的経済水域)に着弾させた。それを受けて安倍は緊急でトランプと25分間にわたって電話会談した。安倍はトランプから「アメリカは日本を100%守る」と言われ、官邸は大喜びしたという。電話会談の内容はすぐに新聞記者たちにリークされた。官邸に入る安倍晋三首相=2017年4月7日、首相官邸(斎藤良雄撮影) しかし、トランプの「守る」という口約束を聞いて喜んでいる場合ではない。今の“一貫しないアメリカ”に頼るのは、愚かなのだ。 実際に北朝鮮から我が国に向けてミサイルが発射されたら、日本は自らの手で国土と国民を守るしかない。国会では森友学園とやらの「土地疑惑」が盛り上がって多くの時間が割かれている。防衛相の稲田朋美は自らの立場を“防衛”することに必死で国を守ることは何も考えていない。国家の安全が問われている今、いつまでもあのような矮小な議論をしている場合ではないはずだ。 日本政府・外務省は、北朝鮮の暴挙に対し「遺憾である」「断固とした措置をとる」「厳しく対応する」とお決まりのフレーズを繰り返している。彼らは日本国民がミサイルで殺されても、同じ言葉を発するつもりなのだろうか。 私は、金正恩は地上のミサイル迎撃体制が手薄な大阪周辺や九州をまず狙ってくるとみている。3月のように何発も一度にミサイルを発射されてイージス艦による高高度迎撃で撃ち漏らした場合、地上の“最終迎撃手段”であるPAC3で対処することになる。だが、その射程範囲はわずか20kmと狭い。 首都圏では、市ヶ谷の防衛省本部や練馬の朝霞駐屯地、千葉の習志野駐屯地にPAC3が配備されて人口密集地がカバーされているが、大阪などではそれが手薄なのだ。人口が多い都市では1発着弾しただけでも、多大な犠牲が出るだろう。 安倍はその責任をとって総理大臣を辞めたら、トランプの会社に雇ってもらうつもりなのではないか。安倍がトランプを全面的に頼っている姿を見ると、そうとしか思えない。関連記事■ 日中軍事力 総兵力:23万人/224万人、民兵:0/800万人■ 【ジョーク】金正男から金正恩にメール「TDL破壊しないで」■ 史上最も長生きは仏人女性の122歳 117歳まで喫煙していた■ 落合信彦氏 中国が軍事で米に挑んでも現状はお話にならない■ 北朝鮮 米韓怖いから日本だけミサイル攻撃すると大前研一氏

  • Thumbnail

    記事

    早晩、日本に「金正恩後の朝鮮半島」を考える局面が来る

    した一つ一つの「可能性」を吟味する議論こそが、現下の日本には要請されているのではなかろうか。 日本の安全保障政策論議には、「病が重篤になってから慌てて病院に行く」風情が漂っている。慌てた議論は、往々にして「火事見たさ」の議論に重なる。どちらも無益な議論である。

  • Thumbnail

    記事

    〝四面「核」歌〟状態の日本が生き残る道

    脅威を増している。日本を取り囲むこれらの核保有国の具体的な脅威とは。日本がとるべき戦略とは。核戦略・安全保障の専門家3人に語ってもらった。編集部(以下、――)北朝鮮の核・ミサイルの脅威が高まっています。今年に入っても2月、3月と続けて弾道ミサイルを発射していますが、狙いは何でしょうか。また、その技術はどれくらい進化しているのでしょうか。日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター 主任研究員の戸崎洋史氏神保:北朝鮮は、自らの核抑止力を技術的に証明することに躍起になっています。かつては核開発を進めることを通じて米国との直接交渉を目指していましたが、現在は核兵器の実戦配備を通じて事実上の核兵器国としての承認を欲している状況です。核弾頭の小型化、ミサイル実験の多種化、弾頭の大気圏再突入技術の誇示など、全てこのロジックに沿っています。小泉:核爆発装置があるという段階から、実際に戦略として核を使用できる段階まで進んできているということですね。ただ、北朝鮮は面積としてはかなり小さな国で、先制攻撃を受けた場合に核兵器が生き残る能力にはかなり疑問があると思いますが、いかがでしょうか。先制攻撃から生き残ってミサイルを発射できてもミサイル防衛もすり抜ける必要があるわけですし。戸崎:確かに、他の核保有国と比べると開発は初期段階ですが、恐らく自らが世間一般の常識の枠を超えた「非合理的」な存在として見られていることを知っていて、初期段階ながらも、何をするか分からない、核兵器をいつ使うか分からないという恐怖心を他国に抱かせようとしている側面もあるのではないでしょうか。さまざまな計算の上での行動だと思います。小泉:非合理性の合理的な利用、もしくは戦略的曖昧性といったところですね。神保:北朝鮮は抑止力について3層の戦略を考えていると思います。1層目は、韓国の都市部や米軍基地に対する通常戦力による奇襲能力や核兵器の打撃力を誇示して、米韓同盟にくさびを打ち込むこと。2層目は、日本の都市や在日米軍に対するミサイル攻撃能力の確保。過去10年程度進めてきた中距離弾道ミサイル・ノドンの連続発射実験、移動式発射台の運用、ミサイルの固体燃料化などは、ミサイル防衛を難しくさせています。 そして3層目は、米国に対して長距離弾道ミサイル・テポドン2改良型や開発中のKN−08などの大陸間弾道ミサイル(ICBM)を本土に打ち込める能力を示し、米国と同盟国を切り離し(デカップリング)、拡大核抑止の信用性を揺るがすこと。これらが彼らの戦略だと思います。北朝鮮が攻撃対象にしやすいのは日本戸崎:その中で、特に危険なのは日本でしょうね。北朝鮮にとって、朝鮮半島統一という将来的な目的のためには、韓国に核戦力で壊滅的な被害を与えることは望ましくないことから、最も実際の攻撃対象としやすいのは日本でしょう。また、日本を威嚇して朝鮮半島事態への関与から手を引かせれば、米国による韓国防衛コミットメントの遂行も難しくなります。その意味でも、日本は3カ国の中で一番適当なターゲットだと思います。小泉:国力やテクノロジー面で劣勢な国は、必ずその制約の中で何かしらの軍事戦略を考えるものです。そういった意味では、北朝鮮も必ず相手の隙をつく作戦を考えてくると思われますので、侮れないですね。  北朝鮮が戦略的曖昧性を最大限に発揮する中で、米国は韓国との合同軍事演習で朝鮮半島上空に爆撃機を飛ばすなど、その程度の能力では核抑止は確立していないと北朝鮮に知らせる行動を繰り返し起こしています。これはイタチごっこのような気がしますが、どこかで均衡して交渉に向かうことはできるのでしょうか。日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター 主任研究員の戸崎洋史氏戸崎:難しい問題ですね。互いに相手の能力や意図を十分に認識しているつもりが、実際にはそうではない部分も少なくないと思います。北朝鮮が核を持ち、増強しようとする目的をどう捉えるかによっても変わってくるでしょうね。現体制の維持という防御的な目的であれば、交渉での解決を目指せるかもしれませんが、核を背景にした挑発などによって攻撃的な目的の達成を狙っている場合は、抑止など強い圧力をかけないと北朝鮮はチャンスだと判断しかねません。 しかも、北朝鮮の狙いも、自らの核戦力の強化とともに変わる可能性があり、その動きを絶えず慎重に把握していないと間違った政策判断を下すことになりかねません。――トランプ大統領は就任前に、北朝鮮への対応は中国に任せておけばいいという放任的な発言もしていました。小泉:トランプ大統領の選挙中の発言は正直あてにならないと思います。選挙戦中の発言とその後の行動が合致していないことが多々あります。選挙戦中は北朝鮮なんてどうでもいいと言っていましたが、現実的に彼が米国の安全保障戦略を仕切る立場においては、そうは言っていられないでしょう。神保:大統領選挙期間中のトランプ大統領に明確な北朝鮮政策があったとは思えません。しかし今年2月のマティス国防長官の韓国・日本訪問や、日米首脳会談の際のミサイル実験への対応、3月に実施されている最大規模の米韓合同軍事演習を通じて、トランプ政権が北朝鮮への軍事的警戒を強めていることは明確になりました。オバマ政権の「戦略的忍耐」が失敗したという認識のもとに、現在はマクファーランド大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)の下で北朝鮮政策の見直しが行われているとも伝えられています。  しかし、対北朝鮮政策が大幅に変更されることは考え難いと思います。北朝鮮の影に隠れた中国の核戦力――北朝鮮に関する報道の影に隠れて表に出ない中国の核戦力も日本にとって脅威となるのでしょうか。戸崎:中国は、核弾頭を250~300発、米国に届くICBMを少なくとも50基以上、日本を対象にできる中距離ミサイルを数百基保有していると言われています。ただし、中国の核戦力における透明性は低く、保有する核弾頭数も運搬手段の種類・数も公表していません。運搬手段については、海(潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM))、陸(弾道・巡航ミサイル)、空(爆撃機)と多様化しています。 さらに、米ロ間では、中距離ミサイルを全廃する中距離核戦力(INF)全廃条約を締結していますが、中国はその締約国ではなく、この中距離ミサイルも保有しています。このように、核運搬手段の多様性という点においては、他の核兵器保有国を上回っている状況です。 核戦略に関して、中国は一貫して「最小限抑止」、「先行不使用」、「非核兵器国には核兵器を使わない(消極的安全保証)」、という3点を主張してきましたが、核戦力が拡大していく中で変化する可能性も指摘されています。最近では、1基の弾道ミサイルに数発の核弾頭を載せたMIRV化ICBMを配備したという話もありますが、これは先制攻撃に有効な兵器のため、先行不使用政策を本当に今後も継続するのかという懸念が生じています。 日本にとっては核・通常両用の中距離ミサイルが脅威ですが、核を後ろ盾にしつつ、通常戦力を積極的に活用する戦略をとってくるのではないかと思います。核戦力と通常戦力の双方への対応も考えなければいけないという点で、北朝鮮以上に対応が難しいと思います。小泉:中国は、北朝鮮やロシアと違って通常戦力をどんどん近代化させているので、核に頼らなければならない場面は逆に減っていくと思います。日本にとって中国の核が問題になるとすれば、尖閣諸島などで米国のコミットメントが後退した場合に、通常戦力ではなんとか中国に対応できたとしても、核を使用されることになれば何もできなくなるというシナリオでしょう。 ただし、トランプ大統領は尖閣諸島においても日米安保条約を適用すると明言しました。その意味では、トランプ政権に変わったことで日本が中国の核を今まで以上に気にする必要が出てきたということはないと思います。中国の核開発と米ロ核軍縮の行方は?――中国の核弾頭数が明らかにされていないことを踏まえると、中国が数年後に米国やロシア並に多くの核弾頭を持つこともあり得るのでしょうか。小泉:それはさすがに難しいでしょうね。米国の分析にもありますが、中国で生産できる核分裂物質の数から考えると、そこまで多くの核弾頭を作れないと思います。戸崎:もし仮に、核弾頭数を大幅に増やすことができるとしても、どこまで増やすのかは、中国がどのような核戦略を目指すのかによっても変わってくると思います。米ロと同数程度の核弾頭を持つことで、米ロに並ぶ大国としての地位を築きたいと考えるのであれば、米ロの核弾頭数に並ぶまで数を増やすことを考えるかもしれません。 一方、米国に相当程度のダメージを与えられる能力を持つことで中国の目標達成に十分だと考えるのであれば、そこまで核弾頭数を増やす必要はないと考えるでしょう。神保:冷戦期の米ソ間の「戦略的安定性」を中国は異なる文脈で追求していくと思います。かつて米ソは数万発の核兵器を保有し、互いに第二撃能力を保持することを通じて、確実に報復が可能な「相互確証破壊」を基礎に据えて、相互抑止を模索しました。 しかし中国は自らの核心的利益を保護するために、米軍の介入を阻止する通常戦力を重視し、核戦力はその延長に位置付けられています。中国にとって重要なのは米国に対する限定的な確証報復(米本土の都市部を確実に攻撃すること)であり、米国と同じレベルの核戦力(パリティ)は目指さないと思います。したがって米中・中ロの間で核弾頭数では非対称の「戦略的安定性」をつくることができるかが、大きなポイントになります。――中国が核開発を進める一方で米国とロシアは2国間で核軍縮を進めてきましたが、この構図は続いていくのでしょうか。トランプ大統領は核戦力を増強する姿勢を見せ始めています。未来工学研究所客員研究員の小泉悠氏 小泉:米ロ間では18年までに戦略核弾頭(長射程で破壊能力の高い核兵器)の数を1550発まで削減する新戦略兵器削減条約(新START)という条約を結んでいます。ここまでは減らせるかもしれませんが、さらに1000発まで減らすことはできないでしょう。ロシアは中国を恐れているため、米国との2国間でのさらなる軍縮は避けたいと考えているからです。 そして、核軍縮に中国を巻き込めないのであれば中距離ミサイルを持てるようにすべきだというのがロシアの主張です。先日、ニュースでも報じられていましたが、とうとうロシアが米国とのINF全廃条約を破ったことは、その主張の強い表れだと思います。 米国にとっては、中国から飛んでくる核弾頭はせいぜい100発程度でしょうが、ロシアの場合は距離が近く、もっと多くの核弾頭が中国から飛んでくる可能性があります。保有する核弾頭数を1000発程度まで減らすと、ロシアは米国の1000発に加え、中国の数百発を気にしなくてはならなくなるため、新STARTを超えたさらなる削減はのまないでしょう。日本にとってのロシアの脅威とは?――ロシアの核戦略の中には、日本を核攻撃する計画もあるのでしょうか。小泉:ロシアの参謀本部の中には日本を核攻撃するオプションも用意してあるのでしょうが、標的は自衛隊の基地というより米軍基地でしょう。日ロ間の軍事的な対立レベルは低いので、日本を攻撃する優先度はそこまで高くないと思います。 ロシアが本当に核戦力を使うのは、日本と通常戦力で戦って劣勢になりそうな場合でしょうが、そのシナリオ自体が考えにくいです。今ヨーロッパでロシアと緊張が高まっているのは、ソ連崩壊後、ロシアの勢力圏だと思っていた地域が西側に取り込まれそうになっているからです。――昨年の日ロ首脳会談では北方領土問題が話題になりましたが、より重要なのは、平和条約締結によりロシアの危険度を下げることなのでしょうか。小泉:日本にとってのロシアの危険度はそこまで高くはないものの、日ロ間でずっとわだかまりが続くことは戦略的に望ましくないため、それを取り除こうとはしていますね。一番の原因は相互不信だと思います。結局日本は米国の同盟国であり、そんな国に領土を譲り渡すのは心配だ、ということをロシアは繰り返し言っています。慶應義塾大学総合政策学部准教授の神保謙氏神保:過去数年間の航空自衛隊のスクランブル数は、冷戦期の最も多い時期に匹敵します。中国機への対応が急速に増えたことに加え、ロシア機も過去3年ほど活発な活動を続けています。 日本は新しい防衛大綱のもとで力点を中国と接する南西にシフトしたいのですが、北方から離れられない状態であり、ロシアが自衛隊の構造改革を遅らせているともいえます。日本は中国とロシアの二正面で防衛態勢を維持する余裕はないので、ロシアとできるだけ信頼関係を深めて中国に注力できる状態にしていく必要があります。さらに外交戦略まで踏み込むと、日本は中ロ分断を進める必要があるでしょう。戸崎:中ロを分断するという意味においては、日本は基本的価値、あるいは国際秩序などよりは、もっと「利益」の側面に焦点を当てる方が良いと思います。神保:その通りだと思いますね。ヨーロッパから見たロシアとアジアから見たロシアは違い、アジアにとっては機会主義的な見方ができると思います。小泉:ロシアは、アジア太平洋にはそんなに不満を抱いているわけではなく、むしろ期待を持っています。ヨーロッパの国々と付き合ってもそこまで高度成長を望めないので、アジアに入っていくというポジティブな姿勢でいます。これまでは中国という非常に大きなパートナーがいましたが、その次に日本とどんな関係が結べるかというのがロシアの関心だと思います。その時に日本がロシアをうまく引き付けることで北方の脅威を軽減し、南西側の脅威に専念できるようにすることが、安保上の重要な方策でしょう。日本が生き残るための具体的な戦略とは?――北朝鮮、中国、ロシアという核保有国に取り囲まれる中、日本が生き残るための具体的な戦略について教えてください。神保:核戦略は単純なものではなく、それぞれの国、地域の特色に応じた戦略が重要で、日本はそれに適合した形での抑止戦略を丁寧に作り上げていく必要があります。その前提として、米国のアジアにおける地域的な核戦略が明確に定義されている必要があります。具体的には、米国が北朝鮮や中国の戦力構成に対してカスタマイズした兵器体系と宣言政策を明示していることです。 日本については、海上配備型迎撃ミサイルのSM−3ブロック2Aの配備計画を着実に遂行し、地対空誘導弾パトリオット(PAC3)との二段構えのミサイル防衛態勢を構築するとともに、早期警戒、破壊措置命令が運用レベルで維持できるように整えておくことが重要だと思います。それでも穴があるようであれば、高高度ミサイル防衛システム(THAAD)を導入してさらに多層的な迎撃態勢を整えていく必要があるでしょう。韓国の米軍烏山基地に到着した最新鋭迎撃システム「THAAD」の関連装備=3月6日夜(在韓米軍提供・共同)小泉:日本独自の敵基地攻撃能力も視野に入るのでしょうか。神保:実際の運用は難しいのではないかと思います。日本を射程におく北朝鮮のノドンについて言えば、発射までに要する時間が短い上に、抗堪化(敵の攻撃の中で生残り,その機能を維持できるようにすること)・秘匿化が進み、移動式発射車両を利用するとなると、これらの策源地を確実に攻撃できる能力を持つことは至難の技です。 そう考えると、日本にとっての有効な資源配分の在り方は、確実なミサイル防衛配備と拡大核抑止の信頼性の担保の2点セットであり続けるのではないかと思います。戸崎:おっしゃるとおりですね。ただ、北朝鮮による日本への核攻撃に対して、もし米国、韓国による防衛が間に合わないという状況になったときには、日本として敵基地攻撃をせざるを得ないような状況に追い込まれるかもしれません。 また、米韓が自国だけでなく日本の防衛も目的として敵のミサイルや指揮命令系統を攻撃するという梃子(てこ)、のようなものを常に与えておく必要があると思います。日本単独で24時間体制の監視・攻撃を行うことはほぼ不可能なので、米韓との協力体制を強化しておくことがいずれにしても不可欠です。米国が日本に期待すること――仮に日本がTHAADを配備したとすると、中国からの大きな反発を生むことになるのでしょうか。神保:韓国のTHAAD配備とは少し意味合いが違うと思います。中国が最も気にしているのは、新たに前方配備されたレーダーにより、核能力をはじめ中国の軍事情報が収集されてしまうことです。日本は、THAADの運用に必要なXバンドレーダーを既に地上に配備しているので、韓国のTHAAD配備と同じ目線で反発するということはないと思います。 ただ、一般論として新しい兵器体系が日本に入ることに対しての反対は間違いなくあるでしょう。戸崎:韓国がこれまでミサイル防衛に慎重だったのは中国との関係に留意していたからですが、その韓国が16年に入ってTHAAD導入を決定したこと自体に中国は強い不快感を抱いています。さらに、それが日米韓のミサイル防衛を通じた連携を強める可能性があるということも、反発を強める一因になっていると思われます。――米国が日本に対して、新たな役割として期待していることはありますでしょうか。神保:自らの防衛や地域間協力の責任をもっと担ってほしいという考え方はオバマ政権以前から継続してあると思います。 中国のA2/AD能力(遠方で米軍の部隊を撃破し、中国軍の作戦地域に進出させないようにする能力)拡大により、米国の前方展開のコストは飛躍的に増えています。その中で同盟国として期待されるのは、やはり抗堪性の高い形での駐留能力、つまりは米国がプレゼンスを確保できる環境を整備することだと思います。 そうすると、日本のミサイル防衛も首都防衛だけでなく、在日米軍基地防衛の在り方を考える必要がありますし、敵の攻撃に耐え得るような地下施設やコンクリートの厚い滑走路の建設、修復能力の強化、場合によっては、嘉手納、岩国、三沢などの米軍基地が攻撃されたときに他の航空基地や民間空港が使える体制を整える必要があるでしょう。 トランプ政権になって、米軍の駐留経費負担の問題も議論されます。労務費や光熱費といった使途もいいのですが、日米が協力して在日米軍基地の抗堪性の強化に投資するとすれば、非常にピントの合った議論ができるのではないかと思います。現代の戦略環境に沿った形で同盟を位置づけるためにお金を使うことが重要だと思います。

  • Thumbnail

    記事

    オスプレイの飛行再開でメディアの偏向報道は続く

    山田順(ジャーナリスト) 12月19日のNHK「ニュース7」のトップニュースは、オスプレイの飛行再開だった。なんで、この程度のことが、トップニュースになるのかまったく理解できない。先日のオスプレイの墜落は、1人も死者を出さず、事故原因が機体にないことはすでに米軍によって公表されている。とすると、これ以上、なにが問題なのだろうか? ところが、NHKをはじめとする日本の大メディアは、「100パーセント安全でないとダメ」というオールオアナッシングの非科学(宗教)に染まっていて、それを主張する人間のコメントしか報道しない。それをいいことに、たとえば沖縄の翁長知事は「原因究明をしっかりやって説明を果たしてもらわないと認められない。とんでもないことだ」などと現地視察で記者団にコメントした。しかし、前記したように、事故原因はすでに公表されている。それ以上なにが知りたいのだろうか。1月6日、米軍普天間飛行場に駐機する新型輸送機オスプレイ=沖縄県宜野湾市 じつは、この方は、米軍がどんな報告を出そうと聞く耳を持っていない。そればかりか、沖縄は米国の従属国・日本の一地方だという事実を受け入れられないという、現実無視メンタリティの持ち主である。 だから、自分の行動を「植民地の王」としてふさわしいと信じているようだ。ところが、沖縄の人々で、自分たちの状況に不満を持っている人は、大メディアと現地メディアが騒ぐほど多くないだろう。 ただ、それがバレてしまうとメディアは困るので、基地反対派、オスプレイ反対派のインタビューコメントばかりを取り上げる。 NHKニュースは、「アメリカ軍がオスプレイの飛行を再開させたことについて、普天間基地がある沖縄県宜野湾市の住民からは、批判や不安の声が聞かれました」などと、嘘ではない程度にナレーションして、たとえば40代の男性の「小さい子どもがいるので、飛行を再開すると聞いて非常に不安です。こんなに早く飛行を再開することは許されることではありません」などいう声を伝えた。 しかし、ここであえて言いたいが、もし日本のメディアが伝えるようにオスプレイが本当に危険な飛行機なら、いちばん不安なのは、それに搭乗するパイロットなどのクルーたちだろう。次に、そうした兵士を送り出した親や家族たちだ。万が一の事故で巻き込まれる可能性がある地上にいる住民より、彼らのことを心配する方が、たとえメディアとしても先に来なければならない。沖縄住民を本当に危険にさらしているのは誰だ 在沖縄米軍トップのニコルソン中将(四軍調整官)は、飛行再開に先立ち、現地を訪れて住民らに事故について謝罪し、「MV22の安全性と信頼性に米軍が最大級の自信を持っていることを日本国民に理解していただくことが重要だ」とする声明を発表した。そして、「この4年間、ここを飛んでいるが事故は1度もなかった」と言った。 日本のメディアの論理で行くと、この司令官は部下の命を顧みない、人命無視の非情な軍人ということになる。2016年12月22日、沖縄県名護市で開かれたオスプレイ不時着事故への抗議集会に参加した翁長雄志知事(奥中央)。同市内で開かれた北部訓練場返還式には欠席した(恵守乾撮影) 不思議なことに、この国では翁長知事のような考えが正義だと考える人間が少なくない。たとえば、民進党の蓮舫代表は、オスプレイの飛行再開より、事故原因の説明が先だと指摘し、「安全を担保した、 どのように担保したのかを、しっかり政府は説明する責任があると思います」と述べた。 オスプレイが飛ぶこと自体に反対なので、いくらコメントを求めてもこうなるという程度のことしか、この人は言わない。 おそらく、この日本には、オスプレイが飛ぶことを歓迎している人もいっぱいいるだろう。私は、沖縄と同じように米軍基地が多い神奈川県民だが、小さい頃から基地に遊びに行ったりしたこともあり、米軍に出て行ってほしいと思ったことは1度もない。本当にほとんどの沖縄県民が、今度のことで怒っているのか? メディアはちゃんと世論調査して、その結果を公表してほしいと思う。 沖縄の住民を本当に危険にさらしているのは、じつは米軍であるわけがない。それは、尖閣諸島に押し寄せ、しばしば領海侵犯する中国の艦船と、最近、領空侵犯寸前を繰り返すようになった中国軍機のほうだ。 民兵が乗っている中国の「偽装漁船」、あるいは中国空軍の戦闘機「スホイ30」や戦略爆撃機「轟&K」とオスプレイでは、どちらがより潜在的な脅威か考えてみたほうがいい。米軍は、日本の同盟軍である。 これまで、翁長知事はワシントンDCやスイスに出向き、「県民の人権が侵害されている」などと訴えてきた。しかし、この人は行く場所を間違えている。彼が本当に抗議しに行くべきなのは、アメリカ政府、国連、日本政府ではない。それは、北京だろう。それをしなければ、この知事は、県民の安全を平気で無視できる偽善者と言わざるをえない。(Yahoo!ニュース個人より2016年12月19日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    テロを知らない日本人でもよく分かる「共謀罪」議論の核心

    福田充(日本大学危機管理学部教授) 自民党安倍政権はこれまで、国家安全保障会議設置法、特定秘密保護法、平和安全法制など、安全保障に関する法制度を整備してきたが、その方針は常に一貫していた。それは、グローバルな安全保障環境において国際的に求められる基準に適した法制度を日本国内で整備するという姿勢である。 現在の安全保障、テロ対策はグローバルな枠組みにおいて機能するものであり、日本もその国際社会の中で生きている以上、グローバリゼーションに適応する形で改革すべきであるという方針である。現代の国際安全保障において、平和構築や集団安全保障も、テロ対策も、国際社会が一致団結して克服せねばならない課題であり、そのために日本に求められているのは安全保障における国際協調路線である。日本がこれまでの一国平和主義の殻を破って脱却するための生みの苦しみのプロセスである。 この方針は、現在の国会で審議が進んでいるテロ等準備罪に関する組織犯罪処罰法改正案においても一貫している。国際化する組織犯罪への対処のため、国連において国際組織犯罪防止条約が発効した際には、当時の小泉政権において日本政府はこの条約に署名した。 その後の自民党政権は、この国際組織犯罪防止条約が求める諸項目に関して国内法整備を進めるための作業を進めてきた。その一つが、国際組織犯罪防止条約における第5条の「組織的な犯罪集団への参加の犯罪化」である。この「組織的な犯罪集団への参加の犯罪化」を国内法制度において整備するための方策が、安倍政権が主張するところのこのテロ等準備罪に関する組織犯罪処罰法の改正案である。 これが過去の経緯を踏まえて、メディアや野党によって「共謀罪」と呼称されていることは周知の通りであるが、これも繰り返されてきた「いつか来た道」である。これまでも通信傍受法は「盗聴法」と呼ばれて批判され、平和安全法制も「戦争法」と揶揄された。いずれも組織犯罪に対するインテリジェンス、国際安全保障におけるグローバル・スタンダードへの適応には不可欠な法整備であったにもかかわらず、極めてドメスティックな、レトロスペクティブな志向によるラベリングによって、本来なされるべき議論と合意形成が阻害されてきたという不幸な歴史が繰り返されている。 通信傍受法も、特定秘密保護法も、平和安全法制も、完全な法体系ではなかったかもしれない。本来、国会ではその法案の不備が議論され、修正される過程の中で、政府による説明責任が果たされ、より広い合意形成がなされ、よりよい法体系が構築されるというのが、議会制民主主義の理想である。テロ等準備罪の創設に反対する民進党の泉健太衆院議院運営委員会理事=2月16日午後、国会内 しかしながら、特定秘密保護法も、平和安全法制もこうしたラベリングによって「廃案ありき」が前提の野党や一部メディア報道によって、十分な議論が尽くされないまま、十分な修正が施されないまま、与党の数の論理により不完全な形で成立してきた。このパターンが、今回の組織犯罪処罰法の改正においても繰り返されようとしている。われわれ日本人はまずこの「負のらせん構造」から脱却しなくてはならない。常に問題となるテロ等準備罪の「等」 当然、この組織犯罪処罰法の改正案も完全なものではなく、検討すべき問題が含まれている。この組織犯罪処罰法が、これまでの歴史的なコンテクストとは異なり、テロ対策の文脈で運用されることが、本来議論すべき論点の一つであるが、これは戦後の日本が法体系の中で例えば「テロ対策基本法」のような形でテロリズムというものを規定してこなかったことに起因する。1995年のオウム真理教による地下鉄サリン事件でさえも当時の日本ではテロリズムではなく、治安犯罪としての「事件」として扱われたのである(※注1)。このテロ対策後進国である日本において、これまでの歴史的コンテクストの中で扱われてきた「組織犯罪」に、現代的なテロリズムという問題がなじむのか、このねじれた状態の中で根本的な問いに立ち返る必要がある。 同時にこの組織犯罪処罰法の改正案が戦後の日本の法体系における特性から大きく一歩を踏み出し、逸脱する側面は否定できない。その最も大きな論点は、これまで処罰の対象を、違法な「行為」に限定してきた刑法の体系から、違法行為の計画段階で処罰することを目的としているという点である。危機管理上、テロ対策で重要であるのは、テロリズムに起因するテロ事件を未然に防止することである。テロ対策では、テロを防止するために計画段階でテロ組織を拘束できることが望ましく、イギリスのテロ対策を筆頭に欧米の法制度において広がりつつある(※注2)。 そして、法制度において常に問題となるのは「テロ等準備罪」でも使用されている、この「等」の表現であり、この「等」に含まれる範囲の曖昧さに、運用における危険性が残されるという指摘である。運用の恣意性を排除するために、「組織的犯罪集団」をどのように規定するか。「準備行為」の範囲をどこまでとするか、「実行準備行為」において、どこから実行とみなすか、その基準の明確化が求められる。2月に入り、組織犯罪処罰法改正案の審議において政府は、犯罪の合意があっても実行準備行為がなければ逮捕できないとの統一見解を示した。味の素スタジアムで記念撮影する、各国・地域の国内オリンピック委員会の視察団=2月6日 テロリズムのための道具の準備、資金の準備を把握するためには、準備行為を監視し、実行準備行為を捕捉しなくてはならない。そのためには通信傍受によるシギント(SIGINT)、情報衛星や監視カメラなどによるイミント(IMINT)などのインテリジェンス活動の強化が求められる。そこで課題となるのは、テロリズムを防止するための「安全・安心」の価値と、テロ対策によって影響を受ける「自由・人権」の価値のバランスをどうとるかという問題である(※注1)。国民の「自由・人権」を守りながら、テロ対策を実行するために、リベラルで民主的な危機管理をどう構築していくか、これが最も重要な課題である。 2月に入り、NHKが実施した世論調査の結果、テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案をめぐり、これらの法整備が必要だと思うかという問いに対して、「必要だと思う」という回答者が46%、「必要ではないと思う」という回答者が14%という世論の動向が明らかとなった。2020年の東京オリンピック・パラリンピックをひかえた日本が、欧米のテロ対策先進国が世界に求めるテロ対策のグローバル・スタンダードに対して、どう対応するのか、世界が注目している。【引用文献】※注1 福田充『メディアとテロリズム』(新潮新書、2009)※注2 福田充『テロとインテリジェンス~覇権国家アメリカのジレンマ』(慶應義塾大学出版会、2010)

  • Thumbnail

    テーマ

    日本人が知らない「共謀罪」のウソ、ホント

    「共謀罪」の構成要件を厳しくして「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、政府は対象犯罪を277に絞り込んだ。遅きに逸した感は否めないが、野党や左派メディアは相も変わらず「廃案ありき」の大合唱である。彼らに言いたいことは山ほどあるが、ここはあえて両論併記で議論の核心を読み解いてみよう。

  • Thumbnail

    記事

    安倍首相が「共謀罪」で駆逐したい本当のターゲット

    山下幸夫(共謀罪法案対策本部事務局長) 政府は、かつて国会に上程して3度廃案になったいわゆる共謀罪法案を手直しして「テロ等準備罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案を国会に上程する予定である。 しかしながら、そもそも、国会で3度も廃案になったのは、国会審議を経て、共謀罪法案が極めて危険で濫用のおそれのある法案であることが明らかとなり、多くの国民の反対の声を受けて、野党が強力に反対したからであった。 我が国においては、法律上保護されるべき利益(保護法益)を侵害した既遂犯を処罰するのが原則であり、例外的に結果が発生しなかった未遂犯も処罰する。また、例外的に、重大な犯罪については準備段階から予備罪・準備罪として処罰し(約46罪)、それよりもさらに重大な犯罪(刑法で言えば内乱罪など)についてのみ、陰謀罪・共謀罪として賜与罰される(21罪)。 このように、犯罪の既遂から遡って、既遂犯←未遂犯←準備罪・予備罪←陰謀罪・共謀罪という流れの祥で、犯罪を合意したという共謀段階での処罰は極めて例外であるというのが我が国の刑事法の体系であった。「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり組織的犯罪集団と認定される基準について見解を示した金田勝年法相 ところが、今回新たに上程されようとしている法案では、277もの新たな共謀罪(政府はこれを「テロ等準備罪」と呼んでいる」)を新設しようとしており、極めて例外であった共謀罪・陰謀罪を一挙に10倍以上も増やそうとしているが、それは刑事法の体系を崩すものであり、刑事法による処罰は抑制的であるべきであるとする謙抑主義に反している。 そもそも、犯罪の合意(新たな法案では、これを「計画」と言い換える)だけで犯罪が成立し、しかも、言葉を直接交わさないでも、「暗黙・黙示の合意」でも良いとされることから(2005年の国会審議では、当時の法務省の大林刑事局長は、「目くばせ」でも合意が成立すると答弁したことが有名である)、果たしていかなる場合に合意が成立したのかが極めて曖昧である。 そのため捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用によって、市民運動や労働組合などによる反政府的な運動の弾圧に利用されるおそれがある。 「暗黙・黙示の合意」は、何ら言葉を交わしていないのであるから、実際には何の合意もしていないのに、警察が、政府に反対する運動をしている市民団体や労働組合の構成員について、「犯罪の合意があったに違いない」と認定されすれば逮捕したり家宅捜索をすることが可能になるのである。 したがって、捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用を招く恐れがあり、えん罪を生む恐れがある。会社組織でも「組織的犯罪集団」に? 新たな法案では、かつての政府案が、単に「団体の活動」として、団体を限定していなかったことから、一般の市民運動団体、労働組合、会社組織も適用されるのではないかと指摘され、対象となる「団体」があまりにも広すぎるとの批判があったことを受けて、新たな法案では、「団体」に変えて、「組織的犯罪集団」という用語が使用され、団体のうち、その結合関係の基礎としての共同目的が対象犯罪(長期4年以上の犯罪)を実行することにある団体と定義されるようである。 今年の通常国会の予算委員会の審議において林真琴刑事局長は、2017年1月31日、「そもそもの結合の目的が犯罪の実行にある団体に限られる」と答弁して、普通の団体は除外されると答弁していたが、金田法務大臣は、その団体の活動内容が一変すれば、普通の団体にも適用されることを認める答弁をしていたことから、法務省としての統一見解を求められ、2017年2月16日、法務省は、「もともと正当な活動を行っていた団体についても、目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合には、組織的犯罪集団にあたりうる」ことを認めている。画像はイメージです しかも、「一変」したかどうかは、第1次的には逮捕状を請求する警察や勾留請求をする検察官の判断による。警察は、特定の団体の構成員を四六時中尾行するなどして、その行動を監視して、その情報を集積した上で、彼らなりに「一変」したどうかを判断するのであり、そこでは恣意的な判断がされるおそれがある。 そうだとすると、普通の市民運動団体、労働組合、会社組織でも「組織的犯罪集団」に当たりうることとなり、「一般人には適用されない」という菅官房長官の説明は完全に破綻したことになる。 また、新たな法案では、単なる「計画」だけでなく、「準備行為」が必要とされる。国会に上程される法案には、例示として、「資金又は物品の手配」や「関係場所の下見」を挙げた上で、「その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」が行われたことを要求するようである。 アメリカの各州の州法においては、共謀罪の成立を認めるためには、単なる共謀だけでなく、「顕示行為」(overt act)として一定の客観的行為を要求するのが普通である。そして。これは犯罪の成立要件ではなく、処罰条件であると解されており、その考え方を我が国の法律に取り入れようとしていると考えられる。共謀(計画)しただけで広範な処罰が可能に 今年の予算委員会における審議の際に、林真琴刑事局長は「準備行為が疎明されなければ逮捕・勾留しないように法案を作成する」と述べているが、「準備行為」が処罰条件としてなのか、犯罪構成要件としてなのかは、現時点では不明である。 ただ、新たな法案が参考にしたと考えられるアメリカの州法で要求されている「顕示行為」(overt act)は、共謀を裏付ける何らかの客観的行為であれば足りるとされ、かなり緩やかに認められていると指摘されている。 したがって、新たな法案で要求される「準備行為」についても、予備罪・準備罪におけるような法益侵害の可能性のある犯罪的な行為に限らず、およそ犯罪的ではない中立的行為でも「準備行為」となると解され、例えば、ATMで現金を下ろす行為など広く日常的に行為も「準備行為」とされることになると考えられるから、何ら濫用の歯止めとはならないと考えられる。 最近、外務省は、民進党のヒアリングにおいて、この法案の根拠となっている国連国際犯罪防止条約を批准するために、新たに共謀罪を立法した国はノルウェーとブルガリアの2ヶ国であることを明らかにしているが、その2ヶ国が一体いくつの共謀罪を新設したのかは明らかにされていない。数百の単位の共謀罪を新設したとは考えにくい。 国連は2004年に、この国連条約を各国が立法するための立法担当者向けの「立法ガイド」を作成しているが、そこでは、実質的に見て重大な組織犯罪について、未遂以前の段階で処罰できるようにすれば良いとされている。 我が国の現行法上、未遂以前の段階で処罰できる犯罪としては、①陰謀罪8、②共謀罪13、③予備罪38、④準備罪8がそれぞれあり、実質的に重大な犯罪についてはこれらの犯罪が既に対応していると言える。しかも、我が国には、判例上、共謀共同正犯理論が認められており、組織犯罪について単に共謀しただけの者についても広範な処罰が可能となっており、予備罪についても共謀共同正犯が認められている。 したがって、共謀した者のうちの1人が予備行為をすれば、単に共謀(計画)しただけの者にも予備罪の共謀共同正犯が成立する。「共謀罪」法案本当のターゲット これは準備行為を共謀罪の成立に必要とするという新たな法案と、かなり近い処罰が可能になるといえるし、未遂以前の段階で処罰可能な法制度は既に存在していると言えるのである。 したがって、国連条約を批准するために何らかの立法が必要であるとしても、実質的に見て重大な組織犯罪を未遂以前の段階で処罰する罰則が足りない部分を、ゼロベースで検討して、それを必要とする立法事実があれば個別立法をすることにより対応可能であると考えられる。参院予算委員会で答弁する安倍晋三首相 =2月28日、国会・参院第1委員会室 政府は、新たな法案は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのための「テロ対策」として必要であり、安倍首相は、「テロ等準備罪」がなければオリンピックを開催できないとまで述べている。しかし、安倍首相は、オリンピック招致の際には、「日本が世界で有数の安全国」であると述べていたのであり、矛盾している。 そもそも、国連の国際組織犯罪防止条約は、元々、経済的利益の獲得を直接又は間接な目的とする組織犯罪を対象とする条約であり、マフィアや暴力団対策のための条約であった。ただ、2001年のアメリカでの9.11同時多発テロを受けて、その後、G8においては、この条約をテロ対策のためのものであると読み替えるようになったという経緯がある。 しかし、本条約の主たるターゲットは組織犯罪であることは明らかであり、テロ対策が主たる目的ではないことは明らかである。 ちなみに、我が国は、国連の13のテロ防止関連条約の全てに加入し、そのための国内法整備も済んでいるし、政府の国際組織犯罪・国際テロ対策推進本部は、2004年12月10日に「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その後、その行動計画に基づく国内法整備が実施されている。 このように、我が国は、テロ対策についての法整備はかなり実施されている。それを何のテロ対様もないかのように説明するのは極めてミスリーディングであると言わなければならない。共謀罪を実際に検挙するためには、共謀の現場を押さえるのがもっとも効果的であるが、実際には、共謀のための謀議は、密室など人から見えない場所で行われることから、実際には共謀罪を検挙することは難しいと考えられるため、謀議に加わった共犯者の自首や自白がなければ立件は難しいと考えられる。 ところで、この法案が成立すれば、それを検挙するための捜査手法が必要となる。国民のプライバシーが根こそぎ把握されるおそれ その捜査手法としては、尾行などの古典的な捜査のほかに、おとり捜査や潜入捜査(組織の中に、捜査官がその身分を隠して潜入すること)も考えられるし、なるべく早く、謀議の内容を把握する捜査方法として考えられるものとして通信傍受や室内盗聴が考えられる。 既に、通信傍受法(盗聴法)は2016年の通常国会で成立し、対象犯罪を財産犯である窃盗・強盗、詐欺・恐喝を加えるとともに、殺人、傷害、傷害致死、現住建造物等放火、爆発物使用などの殺傷犯、逮捕・監禁、略取・誘拐、児童ポルノの提供罪等のその性質上必ずしも組織犯罪ではない一般犯罪も対象犯罪する改正は、既に2016年12月1日から施行されており、既に詐欺罪での通信傍受が実施されたことが報道されている。 テロ等準備罪(共謀罪)を一挙に277も新設する法案が成立すれば、盗聴捜査が有用・必要という理由で盗聴の対象犯罪とする改正がなされることが強く予想される。画像はイメージです また、通信だけでなく、室内の会話を補足する必要があるとして、現在認められていない室内盗聴(会話傍受)の制度化を求められる声があがることも予想される。これらが実施されれば、これまで公安警察がとってきた手法が、刑事警察の分野でも日常的に行われるようになり、監視国家化が進むことは間違いない。 それだけでなく、政府は、テロ対策を掲げていることから、アメリカが9.11の後の愛国者法で認めたように、テロの未然防止のための傍受(行政盗聴)を可能にする法律を提出することも考えられる。これが実現されれば、まさに監視社会となり、国民の全てのプライバシーが根こそぎ政府に把握されるおそれがある。 政府は、本年3月10日頃までに閣議決定をして、新たな法案(組織犯罪処罰法改正案)を国会に上程する予定である。国会審議を通じて、この法案の問題について多角的な検討が行われることが期待されるが、この法案が国民の自由や人権に密接に関わる重要法案であることから、決して、数の力に頼った強行採決がされるべき法案ではない。国会での審議を通じて、この法案の問題点をあぶり出し、廃案にすべきである。

  • Thumbnail

    記事

    役所や企業に厳しくとも「共謀罪」が日本にもたらす巨大利益

    若林亜紀(ジャーナリスト) 今、国会で共謀罪についての論議が深まり、構成条件を厳しくした「テロ等準備罪」に名を変えて審議が行われている。金田勝年法務大臣は同法案について「国際組織犯罪防止条約の締結に伴って必要となる法整備である」と述べ、条約の目的を離れた意図はないことを明言した。 実は、「テロ等準備罪」の成立を待つ条約がもう一つある。国連腐敗防止条約である。これは国際組織犯罪防止条約の関連条約として、2003年の国連総会で採択された。日本では、小泉内閣時の2006年の国会で、川口外相のもと、当時外務副大臣であった金田現法相が趣旨説明をし、与野党の全会一致で署名(調印)が認められた。国連総会=ニューヨーク(国連提供、共同) だが、正式な条約締結のためには共謀罪の整備が必要とされ、国際組織犯罪防止条約とともに未締結のままとなっている。 その間世界の181の国と地域が次々と締結し、2016年末で未締結の国は日本、北朝鮮、シリアぐらいとなってしまった。日本はトランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数(CPI)では清廉度が世界で20位と高いながら、腐敗防止法制の点では世界から大きく遅れ、孤立している。その結果、国際的な腐敗防止網の抜け穴となってしまっている。2012年には、日本の地方銀行がテロや麻薬絡みの巨額の国際マネーロンダリング(資金洗浄)事件に利用されていたことが露見し、アメリカから強い非難を受けた。とばっちりで日本の金融機関が一律に銀行間の国際送金網から外される恐れも一時あった。 私はジャーナリストの仕事の延長で、腐敗をなくす国際NGOトランスペアレンシー・インターナショナルの日本代表を務めている。その観点からも、「テロ等準備罪」の成立と国連腐敗防止条約の締結を強く望む。 まず、腐敗防止の国際法制と条約の特徴を挙げよう。腐敗防止の国際条約としては他に、OECD外国公務員贈賄防止条約というものがある。これは、1997年にOECD(経済協力開発機構)で採択された、国際ビジネスにおいて相手国の公務員にワイロを送らないという条約である。日本も締結しているが、締結国は41カ国しかない。 国連腐敗防止条約というのは、2003年に国連総会で採択されたより包括的な条約である。①官民の透明性を高め、腐敗防止の公的機関を設立する。また、民間の腐敗防止団体の運営も奨励する。②外国公務員への贈賄だけでなく、自国公務員をも含めた公務員の贈収賄を禁じる③犯罪者の引き渡しや捜査・司法の国際協力④資金洗浄の防止と犯罪収益の没収、当該国への返還⑤日本では禁じられていない、民間企業間での贈収賄も違法とする、などを内容とする。 役所や企業にとっては厳しい法律だが、日本にもたらすメリットも大きい。貿易立国の日本に絶対必要な国連条約の締結 ひとつは、2001年のアニータ事件のような、海外に持ち出された犯罪収益の回収である。2001年に青森県住宅供給公社の職員が約15億円を横領した。職員はアニータというチリ人女性と結婚し、国際別居婚をしながら彼女に少なくとも11億円を国際送金した。職員の横領罪が確定した後、公社による民事訴訟で裁判所は職員に横領額の賠償を命じた。公社はチリに渡った金の回収を図ったが、現地で再び訴訟を行うことを余儀なくされた。結局、回収できたのは1億5000万円ほどで、チリでかかった6000万円の訴訟費用などを除くと5000万円しか残らなかった。国連腐敗防止条約を結べば、捜査の国際協力や犯罪収益の没収・国際回収が迅速・容易になると見込まれる。 条約締結は日本企業にもメリットがある。安倍政権は「質の高い日本のインフラを世界に売り込む」ことを掲げているし、実際に日本企業が途上国の鉄道や地下鉄、魚市場、水道設備、発電所の建設などを次々に受注している。 ただし、インフラ事業は契約の相手が途上国の政治家や公務員であるため、また、外国企業との競争も激しいため、贈収賄のリスクが高い分野である。それなのに、日本が国連腐敗防止条約を締結していないために、日本人や日本企業の腐敗に対する意識やリスク管理が世界の常識から大きくずれているので、うっかりワイロを払ってしまうケースも少なくない。こうして日本企業が外国で有罪となり企業の評判を落としたり、外国当局から数十億円規模の罰金・解決金を科されたりする事件が毎年起きている。 国連腐敗防止条約の締結は、貿易立国であり、投資立国であり、インフラ輸出を進める日本が、収益と信頼を守るためにぜったいに必要なのだ。省庁が集まる霞が関 また、アジアやアフリカの発展途上国ではかつてはワイロが横行していたが、この10年でどの国も国連腐敗防止条約を締結し、刑法を改正するとともに贈賄防止法を新設し、公的・中立の腐敗防止委員会を設立している。日本では腐敗を告発する先はマスコミしかない。明らかな犯罪となれば警察に告発できるが、それ以外の不正について相談や届出を受けたり、調査や懲罰をしてくれたりする機関はない。だが日本や北朝鮮、シリア以外の世界のほとんどの国では、いまや警察や消防と同格に腐敗防止委員会という公的機関があるのだ。 国連腐敗防止条約の署名に関しては、2006年の国会で与野党が全会一致で承認している。だから、共謀罪の構成条件が厳格になった「テロ等準備罪」の新設には野党も反対する理由がないはずだ。不満があるなら、法案の修正に知恵を出せばよい。 国連腐敗防止条約の締結をこれ以上先送りすることはできない。

  • Thumbnail

    記事

    多数の命が奪われる憎むべきテロ、その阻止のため緊急になすべきこと

      テロによって多数の国民の命が奪われる悪夢を現実化させるわけにはいかない。だからこそ、「刑事法の専門家、捜査の専門家、テロ対策の専門家、及びテロを憎む政治家」の立場から、声を大にして心から次のように訴えます。1  2020東京大会に関連して敢行される大規模テロの危険性等 周知のように、世界各地でテロが頻発しています。日本でも3年半後の2020東京大会に関連し、『大規模テロ』敢行の危険性が増大しています。   実は、平成16年に警察庁が発出した「テロ対策推進要綱」において、 既に「日本がテロの標的になる可能性が増大」、「テロ防止の法制備の必要性」が記載されていました。12年前にそうした発信がなされていたにもかかわらず、我が国では、テロ資金を規制する法律が一部成立したのみで、「テロ未然防止法(仮称)」のような抜本的法整備が全くなされないまま今日に至っています。  最近では、平成28年4月1日の衆議院内閣委員会において、警察庁警備局長(現 沖田芳樹警視総監)が「テロ対策に関する法整備は重要である」旨答弁していますが、それからほぼ1年。政府から「テロ未然防止法」のような抜本的な法整備への動向は見られません。   要は、多くの政治家においてテロという犯罪に対する具体的問題意識が弱く、国民においても、我が国における象徴的テロ行為が三菱重工爆破事件及びオウム事件の数件であることから、テロに対する具体的危機感に乏しいことが、その要因です。   しかし、2020東京大会に関連し大規模テロが敢行されれば、日本人及び外国人(含む要人)の命が瞬時に奪われるだけではなく、大会の実施が困難になります。そればかりか、テロ対策の法整備がなされないまま国際大会を大々的に開催した能天気な日本に対し世界的な批判が集まり、我が国の国際的信用が失墜しかねません。東京五輪・パラリンピックを控え、千葉海上保安部は千葉中央埠頭で県警など関係6機関とテロ対策合同訓練を実施した=2016年11月9日、千葉中央埠頭2  今、緊急になすべき課題と政治の責任   今、必要な緊急課題は、2020東京大会に関連した大規模テロの阻止であり、 そのためのテロに特化した「テロ未然防止法(仮称)」の整備です。こうした法律が大会の直前に施行されてもテロ阻止効果が半減します。ですから、その整備が今緊急に必要なのです。 未然防止という枠組みとなると、我が国の法制度上、新たな制度を取り入れることにもなります。 例えば、テロを敢行する恐れが存する者について、やむを得ない場合に、テロ阻止目的で、緊急にその身柄を拘束することです。ただ、その際、重要なことは、人権侵害の排除ないし人権擁護の価値観も重視しなければならないということです。  そこで、一つの試案ですが、既に現行法で導入されている「緊急逮捕制度」(※1)にならい、それと同様に、テロを敢行する恐れが高い者の身柄を緊急性に基づき拘束し、その身柄拘束の適否につき事後的(かつ直ち)に裁判官の判断・令状審査を得るという令状主義の徹底を図ることが考えられます。  要は、現行の緊急逮捕制度と同じ事後的令状主義の徹底のもと、テロ未然防止のため、緊急性に基づき、テロを敢行する恐れが高い者の身柄拘束を認めるとの試案です。※1 緊急逮捕制度は、裁判官から事前の令状を得て行われる「通常逮捕制度」と異なり、まず逮捕し、その後事後的速やかに裁判官の令状審査・令状を得るという制度 国民をテロから守るためには効果が乏しい   そして、こうした「テロ未然防止法」ですが、もともと2020東京大会に関連するテロ対策法であるので、その効力も大会終了時頃まで(時限立法)のものが望ましいというのであれば、それも選択肢だと思います。    いうまでもなく、政治の大きな役割は、国民の命を守ることにあります。テロに特化した「テロ未然防止法」の整備を今行わなければ、国民等の生命及び我が国の信用を危殆に陥れるものです。想定外のことへの対応では決してなく、まさに想定内の危機管理の問題です。   ことは、国民の大多数の命を守る気概が政府にあるかどうかの問題です。残された時間は最早少なく既に砂時計状態です。3  いわゆる共謀罪創設法案の射程範囲 報道によれば、政府が「テロ等準備罪」(以下、「いわゆる共謀罪」と云う)を新設すべく、それに関わる法律案 (組織犯罪処罰法改正案)を平成29年通常国会に提出すべく用意しているようです。 しかし、名称にいくら「テロ」の言葉を盛り込んでも、専門家の私から見て、この法案では、国民の多くの命をテロから守るためには効果が乏しいです。 私は、まさに、かつてこの組織犯罪処罰法の適用に係る捜査責任者、及びテロ関係の責任者に就いていた関係からこのように申し上げることができます。追って詳述します。 ですから、いわゆる共謀罪を法律化すればテロ対策に相当役立つと考える政治家がいらっしゃるとすれば、それは所管の官僚がそのように説明し、それにごまかされています。伊勢志摩サミット、東京五輪を見据えて外国人テロリストによるバスジャックを想定した対応訓練が福生署管内の富士見公園で行われた=2015年6月18日、東京都羽村市緑ケ丘 その上、いかにもテロ防止に資するような名称を付け、これでテロ対策の法律としてひと安心という誤った意識を国民と政治家に抱かせ(ミスリ−ディングする)、テロ未然防止法(仮称)の制定に至らないこと自体、何よりも極めて危険です。 政府がこの法律改正案(いわゆる共謀罪)を国会で通過させたいと考えているのは、16年前に署名した「国際組織犯罪防止条約」を締結するためには、この法改正が必要条件だからという理由です。  しかし、この条約のターゲットは、そもそも、不正な『金銭的利益』等に絡む国際組織犯罪の防止です。ですから、所管官僚等において、「テロ対策といえば法案を通過させやすい」という思いがあるとすれば、法律の作り方としては邪道です。 とにもかくにも、政府は、テロに特化した「テロ未然防止法」の制定に早急に取り組むべきです。にもかかわらず、国民をミスリーディングする恐れのある形でいわゆる共謀罪だけを通過させるようなスタンスでは、テロ対策に係る政府の責任の放棄です(組織犯罪撲滅に向けてのいわゆる共謀罪自体の導入を政治課題とすること自体に異論はありません)。 今は、国民の命を守るため、まずテロ対策に特化した「テロ未然防止法」の整備が緊急事態なのです。【この記事は、主に「水月会」のブログからの転記です】(若狭勝オフィシャルブログ「法律家(Lawyer)、議員(Legislator)、そのL字路交差点に立って」2017年1月17日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    共謀罪を「テロ等準備罪」と言い換えを垂れ流す世論誘導がひどすぎる

    猪野亨(弁護士) 安倍政権は、共謀罪を成立させようと躍起になっていますが、そのもっとも姑息であり卑劣な方法が名称を変えたことです。「テロ等準備罪」としながらも、「テロ」に限定しないというあからさま偽称名称を用いていますし、仮に「テロ」に限定したとしても、この共謀罪の危険性は全く除去されるものではありません。 しかし、名称を偽称することによること、東京オリンピックの開催には共謀罪が必要だという安倍政権のデマ宣伝が一定の影響力が出ています。「共謀罪」の構成要件を改め「テロ等準備罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案を今国会に提出する政府方針に対しては、賛成66.8%、反対は15.6%だった。退位、57%が恒久制度化=「共謀罪」に賛成6割超-時事世論調査(時事通信2017年2月17日) 名称を変更しただけ、しかも世論誘導を狙っていることがあからさまだったのですが、その結果がこれだけいとも簡単に世論が誘導されてしまう、というのは世論の恐ろしさでもあります。もうちょっと考えようよ、と思いたくなる気持ちもよくわかります。[名前を変えたらコロッと騙される】共謀罪あらため「テロ等準備罪」、必要が46%、必要ないが14%【NHK世論調査】(Everyone says I love you !) 上記記事のNHKの調査が2月14日ですから、さらに悪化した状況です。もっともマスコミによっては結果は多少違います。日本テレビの世論調査では、賛成33.9% 反対37.0%  わからない、答えない29.2%2017年2月定例世論調査(日本テレビ世論調査) この違いはどこから来るのでしょうか。これはどうみても質問の仕方が全く違うからです。時事通信「共謀罪」の構成要件を改め「テロ等準備罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案を今国会に提出する政府方針NHK 政府が組織的なテロや犯罪を防ぐため、「共謀罪」の構成要件を厳しくして「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法の改正案を今の国会に提出する方針であることをめぐり、こうした法整備が必要だと思うか聞いたところ日本テレビ 政府は、組織的犯罪集団が犯罪を実行しなくても準備段階で罪に問える「共謀罪」の趣旨を含んだ、「テロ等準備罪」を設ける法案を今の国会に提出する方針です。犯罪の計画段階で、処罰の対象となることに対して、人権侵害や、捜査機関による乱用の恐れがあるとの指摘もあります。あなたは、この法案に賛成ですか、反対ですか? 時事通信もNHKもそうですが、あからさまに政府の宣伝の上に乗った上で、質問を組み立てています。日本テレビに質問事項が一番、まともです。国会でも現在、共謀罪の問題点が野党議員によって追及されていますが、金田法相をはじめ、まともな答弁が全くありません。 金田法相は、「一般市民は非対象」などと答弁していますが、全く理由になっていません。これでどうして人権侵害がないなどと言えますか。「金田法相は「正当な活動を行っていた団体について、結合の目的が犯罪を実行することに一変したと認められる状況に至らないかぎり、組織的犯罪集団と認められない」としたうえで、「認定するかの判断は、裁判所が行うもの」と述べ、一般市民がテロ等準備罪の対象にならないことを、あらためて強調した。」 あからさまな詭弁です。犯罪捜査は警察、検察の捜査機関がまず行うという大前提とそれによってもたらされる効果(影響)というものがすっぽりと抜け落ちています。 最終的に裁判所において「無罪判決」が出ればいいというものではありません。構成要件が不明確なものは本来、それだけで罪刑法定主義に反するものとして違憲無効ですが、制定された法律というものは捜査機関によって独り歩きするもの、というのは、治安維持法制定過程での歴史が証明しています。帝国議会での答弁でも労働運動は対象外というのが政府答弁ですが、その後、労働運動にも適用されていったことは歴史が語っています。(『弁護士 猪野亨のブログ』より2017年02月20日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    噛み合わぬ質疑、飛ばされる論点 バランスを欠いた「共謀罪」論議

    室伏謙一(政策コンサルタント) 平成29年度予算案の審議も終盤、中央公聴会も既に開催され、分科会を経て後は締めくくり総括質疑、いわゆるシメソウと採決を待つばかり。24日に本会議採決が予定されていたが、その日は金曜日で初の「プレミアムフライデー」実施の日。さすがに「プレミアムフライデー」の夕方に衆議院本会議を入れるようなことをすれば、まさに掛け声倒れということか、翌週の27日月曜日に先延ばしになったようだ(おかげさまで他の委員会審議も後ろ倒し。さてはて、いいのか悪いのか…)。 さて、その予算委員会、本来予算に関連する審議が行われるべき場であるが、実際に行われている質疑の多くは予算とは直接的な関係がないものばかり。文科省天下り問題に南スーダンPKO問題、そして共謀罪。いずれも議論することの必要性や重要性を否定するつもりはないし、大いに議論すべきであるが、来年度予算についての質疑は国民の税金の使い途を決める大事な質疑。せめて予算委員会では来年度予算の中身や金額、編成の在り方といった内容の質疑に集中してもらいたいもの。 さはさりながら、衆院での来年度予算の審議が終わろうとしているところ、今後は本格的な法案の審議に入るわけであるので、こうした予算委員会で取り上げられた事項のうち、実際に法律改正を行うこととなる「共謀罪」について、テロに代表される組織犯罪への対処の在り方という観点から少々整理してみたい(なお、この「共謀罪」、「テロ等準備罪」とその名称を変えたが、本稿では便宜上「共謀罪」の方を使用する)。 まず、この「共謀罪」、関係法令を改正して新設しようという話が始まったのは小泉内閣の時代。その後衆院解散による廃案、再提出、解散による廃案を経て、与野党が修正案を提出しての活発な議論が行われたが、結局またしても衆院解散により廃案となっていた。つまり、この「共謀罪」についての検討や審議は最近始まった話ではないということだが、与野党、少なくとも自民公明のみならず、民主(当時)も、スタンスの違いはあるものの、前を向いて審議に参加していたわけである。 では、そのスタンスの主な違いとは何かと言えば、「共謀罪」の対象範囲である。当初は適用対象は「団体」とされ、対象犯罪も600以上であったようだが、民主党(当時)がこれを「組織的犯罪集団」に限定するとともに、対象犯罪も300程度に絞り込む修正案を出した。前述のとおり本案共々採決に至らず廃案になったのだが、次の段階の議論では、与党が提出した修正案では対象犯罪こそ600以上のままだったが、適用対象は民主党(当時)同様の「組織的犯罪集団」となったようで、廃案、再提出となったものの、少しずつではあるが、議論は建設的に行われてきたようである。今国会に提出予定の法案の適用対象も、どうやら「組織的犯罪集団」のようである。「国際組織犯罪防止条約」の批准のために必要か その対象犯罪、現在準備中の政府案では676とされていたが、ここへきて277まで絞り込むこととしたようだ。適用対象が「組織的犯罪集団」ということであれば、対象犯罪は基本的には組織犯罪と直接関連があるものなるはず。ところが、4年以上の懲役又は禁錮の刑を定める刑を「機械的」に対象としていたようで、これでは「共謀」とは無関係のものまで含まれてしまうことになるということで、絞り込んだということのようだ(少なくともそう聞いている)。 また、この「共謀罪」新設の背景は「国際組織犯罪防止条約」、いわゆるパレルモ条約の批准に必要であるからとされている。これについては両論あるようで、法務省や外務省は必要であるという立場であり法務省のサイトにもその旨説明がなされているが、例えば日本弁護士連合会は現行法で対処可能であり、不要であるとしている。現行制度で対処可能ならばあえて法令改正を行う必要はないということになるが、さてどう考えるべきだろうか。 これについて一つの考え方として、このパレルモ条約の性格を検証してみよう。この条約、国連の条約であって締約国・地域も187と多く、そこまで細かな内容が記載されているわけでもない。そしてこの手の条約の場合は、国内法で対処できると説明し、それを裏付ける根拠を示すことができれば批准は可能といえば可能。そうなってくると、条約の批准を金科玉条のように位置づけるのは少々難しくなってくるだろう。本来考えるべきは条約の批准云々よりも我が国の安全の確保。国際条約の批准やましてやオリンピックを根拠として必要性を訴えるのは主権国家としては筋違いのように思えてならない。さて、実際の法案審議では政府はどう説明するのか。 一方、「共謀罪」は国民の自由を奪うもののように野党や左翼系と言われる人たちから非難されている。金田法務大臣の答弁ではないが、成案が得られていない現段階では何とも言えないが、頭から否定することはできないだろう。「共謀罪」の新設、刑法を中心に法律の専門的知識がないと議論するのは難しいばかりか、聞いている方も理解するのは容易ではない。そこで、「平成の治安維持法」といったようなある種のレッテル貼りをしないと一般有権者に分かってもらえないと、左翼系の人たちを中心に考えているふしもあるようで、そこから自由を奪う云々の話につながっているという側面もあるようだ。(ご年配の元運動家の方々のある種のアレルギー反応みたいなものもあるのかもしれない。) まあ自由を奪うかどうかという話になってしまうと少々抽象論になってしまうのは、一般市民のレヴェルであれば無理もないように思うが、国会議員にはそんなお粗末な議論はしてもらいたくないもの。やはり具体的な点に関して論戦を行って、問題があるのであれば問題を明らかにして欲しいところである。重要案件の割にお粗末過ぎる与党 その具体的論点の一つとして、「犯罪を実行する団体に一変したと認められる場合には組織的犯罪集団に当たり得る」というものがある。これは法務省のみならず、菅官房長官や安倍総理までその趣旨の発言をしているのであるが、要は犯罪を実行する団体になったら一般団体にも共謀罪が適用されることとなるという話で、一般論として考えれば至極当然であろう。では、「一変したと認められる場合」とはどのような場合なのだろうか?ここが「自由を奪う」という観点からは非常に重要な点であるように思う。仮にこうした点が厳格に運用されれば、国民自由を奪う可能性は低くなると考えられるが、誰が何をもって「一変した」と認めるのだろうか?どこまでいったら「ヤバイ」ということになるのか、現状では分からない。これを法律に規定するのか、政令以下に委ねてしまうのか、更に解釈に委ねてしまうのか(もっとも関係法を改正したからといって、直ちに関連する犯罪の取締りができるようになるわけではないのだが)。 いずれにせよ「共謀罪」の新設のための関係法の改正案の提出はこれからである。それを受けて個別具体的な議論が法務委員会で行われることになるのであるが、予算委員会での審議の実態を踏まえて少々苦言を呈しておくと、共謀罪を巡る議論は与野党ともに議論が噛み合っていなかった。まず、野党側は成案が得られていないにも関わらず、細かい点を突きすぎていたように思う。そうして突いた点が実は成案には盛り込まれていませんでしたということになったらどうするつもりなのだろうか。民進党における「共謀罪」質疑の急先鋒である山尾志桜里衆議院議員、元検察官ということもあって、まさにこの質疑にはうってつけの専門家であるが、「空回り」との意見も民進党内にあったとも聞いている。専門という名の趣味の世界ではない実のある質疑が、果たして法案審議の段階でできるのだろうか。 他方、与党側も専門的な話であるとは言え、咀嚼した答弁ができていない場面が目立ったように思う。法務省の担当部局の役人は当然に説明できるのだろうが、重要案件の割に、そしてこれまでに何度も議論してきた事項にも関わらず、金田大臣のサポート体制も含めてお粗末だったように思う。(大臣ポストには待機組が多いので、交替前提であえて金田大臣に失点を重ねさせていたりして…) テロや国際犯罪から国民を守ろうという総論に反対する人はいないだろう。ただし、そのために法制的な面の検討も必要ではあるが、犯罪を未然に防ぐためにはまず国家としてのインテリジェンス機能(高度な情報の収集・分析等)の強化・充実が必要であろう。それでも犯罪が起こってしまうような時に対処するための一つの措置が刑事罰の強化であるが、ことが起こってから刑事罰でははっきり言って遅いだろう。国際的なテロや組織犯罪と紛争は表裏一体であったり紙一重であったりもする。警察、更には自衛隊の在り方や日常的な国民の意識の啓発等、ハード面ソフト面でいろいろやるべきことはあるはずではないか。 予算委員会ということであれば、そのための予算措置についての議論があってしかるべきであるが…(公式ブログ「政治・政策を考えるヒント!」より2017年2月23日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    第一次安倍内閣の嫌なムードに似てきたと安倍首相こぼす

     国会では「戦闘行為」や「共謀罪」をめぐって答弁が迷走する稲田朋美・防衛相と金田勝年・法相が野党から辞任を要求され、文科省では高級官僚の天下り腐敗が表面化、さらに安倍晋三首相にも昭恵夫人が名誉校長を務める私立小学校への国有地格安売却という疑惑が発覚した。「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」 そう啖呵を切って自身の疑惑を否定した首相だが、政権丸ごとの火だるま状態に心中穏やかでいられるはずがない。「総理は“あの時の嫌なムードに似てきたな”とこぼしている」(側近) 安倍首相の胸中には、不祥事や失言で5人の大臣が辞任に追い込まれ、政権が沈没していった10年前の第1次内閣の苦い経験が蘇っているようなのだ。 しかし、再登板後の安倍政権は10年前とは明らかに違う。この間、小渕優子・経産相と松島みどり・法相のダブル辞任(2014年10月)をはじめ、西川公也・農水相(2015年2月)、甘利明・経済再生相(2016年1月)が不祥事で辞任に追い込まれたが、政権基盤が揺らぐことはなかった。 それがなぜ、急にガタガタになったのか。政治ジャーナリスト・野上忠興氏は「ファイアマン(火消し役)の不在」を指摘する。「安倍政権が再登板後の数々の閣僚スキャンダルを乗り切ったのは、国会の数の力で押し切った面もあるが、それ以上に政権の危機管理に長けた菅義偉・官房長官の存在が大きい。衆院予算委員会で、平成29年度予算案の集中審議について、民進党の今井雅人氏の質問に頭を押さえる安倍晋三首相(右)=14日午後、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) 菅氏が官邸の中心にどっかと座り、大臣が失言すれば呼びつけて厳重注意し、不祥事が発覚すれば持ち前の情報収集力で更迭すべきか、あくまで守るべきかを的確に判断して安倍首相に報告、うまく火消しをしてきた。ところが、最近は菅氏の影が薄く、政権の危機管理に大きな穴が開いている」 確かに菅氏の対応にはかつての機敏さがみられない。 防衛省が陸上自衛隊のPKO部隊の日報を1か月以上、稲田防衛相に報告しなかった問題では、記者会見で「厳重注意に値する」と他人事のような言い方だったし、金田法相が共謀罪の国会質疑を法案提出後にするよう求めた文書を出した問題では、火消しどころか、逆に菅氏が二階俊博・自民党幹事長から「緊張感を持ってやれ」と厳重注意を受ける始末だ。 一体、菅氏はどうしてしまったのか? ジャーナリストの藤本順一氏が語る。「菅さんは権力を持ちすぎた。安倍首相の再登板以来、歴代最長の3年以上官房長官として官邸中枢に座り、官僚機構を牛耳り、党の存在を軽んじて内政を思うままに操ってきた。しかも、先の改造人事ではポスト安倍に照準を合わせて幹事長のイスを狙って安倍総理の不信を買ってしまった。 政権の重鎮である麻生太郎・副総理や二階幹事長も世代交代を促しかねない菅さんの突出ぶりを面白いはずがなく、影響力を削りにかかっています。党内に足場のない菅さんは身動き取れずに、官邸内に雪隠詰めの状態です」 官邸の“存立危機事態”だ。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ【1/2】「集団的自衛権」■ 安倍首相 民主党・小西議員を前にすると異常にヒートアップ■ 安倍首相 橋下維新との全面対決指示で菅氏の存在価値低下か

  • Thumbnail

    記事

    尖閣占領に「王手」をかけた中国 日本が取るべき一発逆転のシナリオ

    一色正春(元海上保安官) 前回の(「一色正春が読み解く尖閣史、日本はいつまで中国の侵略を許すのか」)に引き続き、中国が東シナ海で行ってきた主な侵略行為について振り返ります。震災から丸一年が経過した2012年3月16日に満を持して中国国家海洋局所属の海監が我が国領海を侵犯し(通算3度目)、その5日後に同局海監東海総隊の責任者が人民日報のインタビューに答えて、その行為を「日本の実効支配打破を目的とした定期巡視」と述べました。 海監総隊という中国の海洋権益を確保するための実行部隊の責任者が「日本の領海を実力で取りに行く」と明言したのですから、言われた我が国は宣戦布告がなされたくらいの認識がなければならないのですが、この時も日本政府の反応は鈍くマスコミも大々的に報じることはありませんでした。如何にこれが異常な事かは、日本の海上保安庁第十一管区本部長が「中国の西沙諸島実効支配を打破するために定期巡視を行う」と新聞のインタビューに答えたらどうなるかを考えてみればよくわかるかと思います。 ちなみに現在、アメリカが行っている航行の自由作戦は中国を含む13カ国が、領海を持たない人工島や国連海洋法条約で認められている範囲(12海里)を超えて主張する領海などを根拠にして他国の船舶や航空機の航行を制限しようとしていることに対して、それを容認しないという意思表示として単に航行するだけなので、他国を侵略する意図を持って行っている中国の蛮行とは全く異なるものです。 そんな中、その約1カ月後の4月17日に石原東京都知事(当時)が、アメリカのシンクタンクのシンポジウムで「東京都が尖閣を買い取る」と宣言したのです。自称識者の方たちの中には、この石原氏の言動により中国の攻勢が強まったとして、いまだに同氏を非難しますが、はたしてそうでしょうか。 この表を見ていただければ分かるとおり3月16日から定期的に行われるはずであった中国の定期巡視が石原氏の宣言後、約3カ月間行われていません。おそらく日本国民の熱狂的な反応と、何をするかわからない石原氏を警戒して定期巡視を行うことを控えたのでしょう。それは日本政府の国有化方針が報道されるようになってから中国公船による領海侵犯が再開されたことからも推測できます。 ですから、中国が石原氏の言動により尖閣への攻勢を強めることになったというのは事実誤認で、逆に中国の定期巡視を止める効果があったのです。それだけではなく一時的とはいえ中国の尖閣諸島への圧力をレベルダウンさせました。南シナ海の過去の事例を見ると中国の諸島侵略は、ある程度パターン化しており、それを簡単に言うと「漁船」と「活動家」を使い分けて既成事実を作り、「公船」や「軍艦」で海上抵抗勢力を排除し、最後に上陸占領するというものです。石原氏の発言で後退した中国 中国にしてみれば、3月に「日本の実効支配打破を目的とした定期巡視」などと大見得を切った以上、以降の主役は漁船から公船に移り、2016年10月現在のように公船が定期的に領海侵犯する予定であったものを、石原氏の発言により一旦後退し、一時的とはいえ台湾の船や活動家を使って様子を伺うしかない状況に追い込まれたのです。この試みは結果的には失敗に終わりましたが、中国が1970年代から一方的に行ってきた尖閣諸島侵略に対する、日本の数少ない実効的な反撃であったと言えます。 ですから中国のプロパガンダ通りに石原氏の「尖閣買取宣言」が中国の尖閣諸島侵略の原因であると吹聴するのは中国に尖閣侵略の口実を与えるだけではなく日本の反撃を封じることになり、結果的に尖閣諸島を危機にさらす行為に他なりません。それにしても、この時もそうですが日本青年社の灯台建設にしても本来は国家の責務である領土保全を民間や地方自治体が率先して行わなければならないこと自体が間違っているのですが、日頃から政府批判が大好きなマスコミもそこは指摘しません。東京都の尖閣諸島購入について語る石原慎太郎知事 =2012年4月17日、米国・ワシントン 石原氏の思わぬ反撃に少し怯んだかに見えた中国ですが、暫くすると自分たちの息のかかった台湾や香港の活動家を使って日本政府の反応をうかがい、尖閣諸島は東京都ではなく国が買い取るという話がメディアに流れ始めたころ、尖閣諸島付近海域への公船派遣を再開して日本の反応を確かめ、日本政府が石原氏のように反撃してこないと見るや9月に日本政府が国有化を発表したのを契機に堰を切ったように公船を尖閣諸島に送り込んでくるようになり現在に至っています。 つまり中国が日本の国有化を契機に尖閣への圧力を強めたというのは事実ですが、動機は日本の国有化に憤慨したというより、東京都と違い日本政府は何もしてこないので安心して行動できるようになったからというのが本当のところです。ところがマスコミは、連日、中国本土で起きる管制反日デモの映像を繰り返し流しながら、まるで日本が国有化したから暴動が起こるのは当然だというような論調で報道していました。そして、いつの間にか中国公船が我が国領海を侵犯する行為が当たり前のようになったのです。 自国の侵略行為を日本が原因であるかのようにイメージ操作をして自己反省が大好きな日本人の自虐意識に訴えかけ、その陰に隠れるような形で公船の領海侵犯という重大な主権侵害を既成事実化する。これが中国の情報戦というもので、戦いは既に始まっており、現在までのところ日本は一方的にやられています。 しかも、それに日本のマスコミや、いわゆる識者が結果的に協力した為、多くの国民は真実に気が付いておらず、事ここに至っているというにもかかわらずいまだに危機意識を持つ人が少なく、そしてそのような他国のプロパガンダを助長する利敵行為を取り締まる法令がないのが我が国の現状です。日本のグレーゾーンに隙をつく中国 それから3カ月経った総選挙投票日3日前の12月13日、中国は海だけでは飽きたりず空でも触手を伸ばし始め、初めて国家海洋局所属の航空機が尖閣諸島領空を侵犯しました。そして年が明けた2013年の1月には2010年の中国漁船体当たり事件を口実に日中ガス田協議を避け続けていた中国が日本との合意に反して、東シナ海に新たな採掘施設を建造していることが確認されました。尖閣諸島の我が国領海に対する侵犯行為も、東シナ海の日中いずれの国の排他的経済水域であるのかが確定していない海域におけるガス田開発も、日本がいくら抗議しても一向に止めない中国。それに対して、この期に及んでも「話し合うのが大事だ」という人もいれば、武力行使を検討すべきだという人もいます。 どちらが正しいかは、さて置いて、相手と話し合うにしても武力を行使するにしても、我が国の自衛隊が100パーセントの能力を発揮できるよう法整備を行い相手に圧力をかけるべきなのですが、国会内にはいまだ有効な代案も示さずに「安保法廃止」を訴えている人間が少なからずいることには絶望感を感じざるを得ません。だいたい彼らが昨年の安保法案審議の時に「戦争法案」「徴兵制」などと荒唐無稽な話を持ち出し、国会内でまともな論争をすることなく国会外でデモに明け暮れたため、肝心のグレーゾーンに対応する法整備が御座なりにされ、今、中国にその隙を突かれているのです。いったい彼らは誰のために自衛隊の手足を縛ろうとしているのでしょうか。外務省が公表した中国の海洋プラットホーム (第12基) =防衛省提供 今のところ中国が正面切って攻めてこないのは、人民解放軍を動かしたにもかかわらず尖閣攻略に失敗すれば、国内の批判により政権が持たないことがわかっているからです。だから米軍と協力するなど日本が尖閣防衛の体制を万全に整え、中国が力で奪おうとすれば失敗する可能性が高いと思わせることこそが最大の抑止力になるのです。 そんなことは過去の歴史を振り返れば簡単にわかることで朝鮮戦争が勃発したのは金日成が南進してもアメリカの介入はないと誤った判断をしたからです。それなのに沖縄を日本が自力で守ることが難しい現状を無視して基地反対運動を行っている人たち、特に国会議員は無責任としか言いようがありません。 そうこうしている間も日本国外務省は再々中国に話し合いを呼び掛けてきましが、中国は一向に応じる気配がありませんでした。そんな中国政府の身勝手な態度に業を煮やした日本政府は2015年7月に東シナ海での中国によるガス田開発の現状を示す写真や地図を外務省ホームページ上に公表しましたが、中国にとっては、この程度の反撃など痛くも痒くもないようで、目立った反応は返ってきませんでした。 彼らは日本からの度重なる開発中止の要請や交渉再開の呼びかけを無視する一方で、その間、東シナ海に16基もの海上プラットフォームを建設し、今この瞬間にも採掘を行っています。尖閣の島が難攻不落の要塞と化す日 こうしている間にも、そこから中国本土にガスが送り続けられ、海底でつながっていると思われる我が国ガス田の貴重な資源が吸い取られている可能性が非常に高いのですが、日本政府は何一つ有効な対抗策を取るどころか、そんな中国に年間300億円もの援助を行っているのですから、訳が分かりません。 それにしても恐るべきは2013年6月から約2年の間に、南シナ海の埋め立て工事を行いながら、東シナ海に12基もの海上プラットフォームを建造設置する中国の実行力です。仮に尖閣諸島の一部でも中国に占領されてしまえば、この強大な建造能力により、あっという間に尖閣の島が難攻不落の要塞と化してしまいかねません。一旦そうなってしまえば、たとえ取り返すことができたとしても多大な犠牲を払わなければならなくなるので何としても中国人の上陸を防がなければならないのですが、我が国の目に見える対応策は石垣島の巡視船増強だけです。沖縄県・尖閣諸島周辺の領海に侵入した中国公船(左)に 退去を促す海上保安庁の巡視船(同庁提供) 尖閣諸島と一口に言っても端から端まで約100キロメートルもあるため船だけで守ろうとすれば生半可な数では足りず、万全を期すためには中国漁船と同数以上の船が必要になります。しかも巡視船をいくら増やしても、相手が軍艦を出して来れば対応できないので島嶼防衛という観点から見れば戦力になりません。 やはり普通の国がやっているように島に人を配置するのが一番効果的で、ミサイル部隊を配備すれば、今のように敵が近寄ることすらできなくなるでしょう。それに巡視船10数隻を運用するためには年間数十億という多額の費用が掛かるので経済的にも島に人を常駐させる方が安く済みます。また、万が一上陸された場合に備えて海兵隊のような組織を創設することも必要です。 このようにして中国は東シナ海ガス田を独占的に採掘し、ゆっくりと時間をかけて中国公船を尖閣諸島周辺海域に常駐化させ、そしてとうとう今年の6月9日に尖閣諸島の接続水域に、6月15日には口永良部島の我が国領海に中国海軍の軍艦が侵入してくるようになりました。つまり中国の諸島侵略パターンの最終段階に入ったのです。 にもかかわらず、日本政府は6月9日のフリゲート艦の接続水域航行に対しては厳重に抗議したものの、6月15日の情報収集艦の領海侵入については、彼らが国連海洋法条約に明記された違反行為を行っているにもかかわらず「無害航行の可能性がある」と相手が言ってもいない言い訳まで代わりにして問題視しませんでした。そして8月5日には冒頭で述べた中国海警局の巡視船2隻と中国漁船6隻が同時に尖閣諸島周辺の領海に侵入する事件が発生したのです。誰かが死ななければ反撃できない それだけではありません。中国の侵略の魔の手は海の上だけではなく空にも伸びてきています。多少時間は前後しますが、今年の6月28日に航空自衛隊OBの元航空支援集団司令官が、中国軍戦闘機が我が国自衛隊機に空中戦を挑んだというような内容の記事を発表しました。記事の内容によると、故意に日本の領空に接近した中国軍戦闘機が、スクランブル対応した日本の戦闘機に対して、日本側が絶対先に攻撃してこないのを良いことに攻撃動作をとり、結果として日本の戦闘機が尻尾を巻いて逃げ帰ったということで、残念ながら、これが我が国の防衛体制の現状です。中国軍の戦闘機 いくら優れた性能の戦闘機に優秀なパイロットが乗っていても、彼らは相手から撃たれるまで何もできず、超音速の世界では先に撃たれた方がかなりの確率で撃墜されます。つまり誰かが死ななければ反撃できないということなのです。そして犠牲はパイロット1人にとどまるという保証はありません。 仮に戦闘機の後ろに爆撃機がいたとすれば、最悪の場合は核爆弾を積んだ爆撃機に我が国領空への侵入を許してしまい、多くの日本国民が無駄に命を失うという事態になりかねず、それから反撃しても失われた命は帰ってきません。 当然、現場の人間は、そうさせないために努力しますが、突き詰めていくと、いざという時に、今の法体系では現場の人間が自身の責任で法を破らなければならない事態に陥りかねません。 いくら机上の空論で迎撃は可能だとか色々と理屈をこねまわしても「自分たちは自国の国内法に従い、祖国防衛のために戦う」という信念に基づいて攻撃してくる敵と、いかに憲法や自衛隊法などの法令に違反しないように対応するのかということを一義的に考えなければいけない自衛官とのハンデは歴然としており、それは埋めようがありません。専守防衛というのはそういうことなのです。 このように歪な防衛体制を、60年以上も党利党略に明け暮れ法整備を怠り、現場に責任を押し付けてきた立法府の責任は誠に重いとしか言いようがありません。立党精神をなおざりにして政権維持のために存在してきた自民党、その自民党に反対するためだけに存在してきた野党、もういい加減、国会で「自衛隊が海外侵略を始める」というような、ありもしない危機を煽るのではなく、東シナ海や南シナ海で起こっている現実を直視して、実りある憲法改正論議を行ってもらわなければなりません。 そのためには我々国民も黙って見ているのではなく世論を喚起しなければならないのですが、政府もマスコミも、その判断材料となる東シナ海や南シナ海で起こっている事実を国民になかなか教えようとはしません。軍事機密までとは言いませんが、東シナ海や南シナ海における中国の動向は我が国の命運にかかわる重大な問題なのですから政府は嘘偽りなく発表し、マスコミはそれを厳しく監視するべきなのですが、まったくもって不十分です。そして、なぜか特定秘密保護法に反対している人たちも、このことについては何も言いません。国内法で既成事実をつくる中国 以上、日中国交樹立前後から中国が東シナ海で行ってきた主な侵略行為について簡単に振り返ってみましたが、書いていて嫌になるほどの日本政府の体たらくと、それに付け込んで、どんどんと侵略の度合いを深めてくる中国という図式が良くわかるかと思います。 最初は漁船を使い違法操業から始め、時折活動家に上陸を試みさせるなど段々と力を強め、自国の海軍力が充実したと見るや公船を送り込み、今や軍艦と戦闘機を使って我が国の領域を脅かすまでになりました。これら一連の流れを良く見れば中国が尖閣に注ぐ力をレベルアップするタイミングが何度かあったのがわかりますが、その時に日本政府はやるべきことをやってきませんでした。 繰り返しになりますが、1992年に中国が尖閣諸島を国有化した時、当時の中国の海軍力など取るに足らないもので、しかも天安門事件により世界的に孤立していたので、日本も同様に国有化して本格的な灯台を建造していたとしても中国は日本に対して有効な対応策をとれなかったはずです。2009年に中国が海島保護法制定した時も、相手が合意に反して単独でガス田を採掘しているのですから日本も試掘など有効な対応策を取るべきでした。尖閣諸島周辺の領海に侵入した中国漁船 =8月5日(海上保安庁提供) この2例を見てもわかるように、中国はまず国内法を制定して、それを根拠に既成事実を作るというパターンが多いので、彼らが中国の侵略行為を正当化するような国内法を作った時点で日本が対応すれば少なくとも後手に回ることはなかったのですが、歴代政権の無為無策が今日の事態を招いてしまいました。 今後は、このような事例の反省の上に立って中国に対抗していかねばならないのですが、今年の8月1日に中国の最高裁に当たる最高人民法院が中国の管轄海域で違法漁労や領海侵入をした場合に刑事責任を追及できるとする「中国の管轄海域で発生する関係事案審理における若干の問題に関する最高人民法院規定」を定めた(最高人民法院が海洋権益に関し具体的な条文で司法解釈を定めるのは初めて)ことに対して、10月17日時点で私の知る限り日本政府は何ら対応策を講じていません。 そもそも、これは2年前に尖閣諸島付近の公海で起こったパナマ船籍(船主は日本法人)の貨物船と中国漁船との衝突事故に端を発します。この事件の後に、中国漁船側が貨物船の船主を厦門海事裁判所に訴え、今年3月、最終的に当事者同士が和解しました。 その結果について、最高人民法院の周強院長が全人代で「我が国が釣魚島海域で司法管轄権を行使した典型例」「尖閣諸島に対する中国の司法管轄権が明確になった」と発表したのです。これに関して日本側の関係者は衝突場所が公海上であるため、和解協議の過程に裁判所は関与していないと述べており、百歩譲って中国の裁判所が和解案を取りまとめたとしても、公海上で起きた民事事件が尖閣諸島の様々な権利に影響を与えるはずがありません。漁民の生活を犠牲にする日本 要は中国の裁判所のトップが事実に基づかない話を根拠にして日本の主権を侵害するようなプロパガンダを行ったということなのですが、この時も日本政府は通り一遍の抗議しかしなかったので、その反応を見て味を占めた最高人民法院が5カ月後にこの規定を定めたということなのです。つまり、この問題に関しても日本は、すでに後手に回っており、いつものようにマスコミが大々的に取り上げることもなく、国会で質問されることもありません。 産経新聞の記事によれば条文の内容は条文では海上の自国領域での環境汚染や、シャコやサンゴなどの生物、資源の違法採取を厳重に刑事処分することを強調した上で、「ひそかに国境を越えて中国領海に違法侵入」し「域外への退去を拒む」場合などに厳罰を科すことができるとしている。規定が適用される「管轄海域」については、「内水、領海、接続水域、EEZ、大陸棚」などとしている となっています。条文の詳しい内容は確認できていないので断定はできませんが、この記事の内容を素直に読めば国連海洋法条約に定められている無害通航権を否定しているようにもとれます。それよりも日本にとって問題なのは規定が適用される管轄海域に内水、領海、接続水域だけではなく排他的経済水域と大陸棚を含めていることです。 彼らの主張する排他的経済水域は、東シナ海は沖縄トラフ(沖縄本島の西方約60海里)まで、南シナ海に至ってはほぼ全域の九段線ですから、東シナ海で操業する漁船だけではなくペルシャ湾から日本にエネルギーを運ぶタンカーも対象になりかねません。ここは南シナ海沿岸諸国と連携しながら厳重なる抗議を行って国際法に反する取り締まりを行わないよう釘を刺しておく必要があります。2014年12月、中国国家海洋局が立ち上げた尖閣諸島の 領有権を主張する専門のサイト 私は当初、8月5日に中国海警局の巡視船2隻と中国漁船6隻が同時に尖閣諸島の我が国領海に侵入したのは、中国の巡視船が自国の漁船に対して執行管轄権を行使して尖閣諸島海域で主権を行使したという実績を作るためだという見方をしていたのですが、この最高人民法院規定が制定されたことと重ね合わせて見ると、むしろ同規定により日本の漁船を拿捕して人質外交に使おうとしているのではないかという思いが強くなってきました。 なにしろ日本は竹島や北方領土で漁船の乗組員を人質に取られ良いようにやられた過去がありますから要注意です。それを警戒してか現在、日本政府は石垣島など地元の漁船を尖閣諸島に接近させないようにしていますが、そんなことを続けても漁民の生活を犠牲にするだけで何の解決にもなりません。日本が約40年間耐え忍んできた結果 とりあえずは中国のこの動きに対抗するため日本側も法整備を行い、いざというときは中国漁船を拿捕できるようにしておかなければなりません。 というのも現状、違法操業を行う中国漁船に対して尖閣諸島の領海内は外国人漁業の取締に関する法律(外規法)で対応できますが、領海を一歩出た排他的経済水域においては日中漁業協定に付属する書簡により北緯27度以南の東シナ海(領海を除く)において両国は互いに相手国の国民に対して漁業に関する自国の法令を適用しないとし、あえて国内法の適用範囲から同海域を除外しているため日本には中国漁船を取り締まる法律がないからです。沖縄県・尖閣諸島の大正島=2011年6月 具体的には、まず排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律(EEZ漁業法)施行令で定めている法律適用の特例海域から中国最高人民法院規定を精査して、それに対応する海域を外し、何かあればいつでも尖閣諸島沖の我が国領海及び排他的経済水域において、違法な中国漁船を取り締まることができるような体制を法的に整えます。 ちなみにEEZ漁業法施行令は政令ですから国会の審議を経なくとも閣議決定で改正可能なので、首相が決意すればすぐにでも出来ます。そして関係省庁間の調整を行い物理的に大量の人間を検挙することができる体制を整え、中国に対して「やられたらやり返す」という日本の意思を明確に示すことこそが抑止になるのです。その上で、日本も九州から沖縄の各漁協が協力して漁船団を組むよう行政が音頭を取り、海上保安庁の巡視船を護衛につけて尖閣諸島沖で操業し、日本の漁業権益を守らなければなりません。 日本は東シナ海の問題に対して今まで約40年間耐え忍んできました。このままで耐え忍ぶだけでは、じり貧でますます状況が悪くなるだけです。日本はそろそろ反転攻勢に出るべきです。

  • Thumbnail

    記事

    中国の尖閣侵犯の狙いは「世論戦」 日本は自衛隊出動で本気を示せ!

    山田吉彦(東海大学教授) 2010年9月7日、尖閣諸島海域で中国の漁船が、海上保安庁の2隻の巡視船に体当たりをする事件を起こした。この事件を契機に中国の尖閣諸島侵出の動きが本格化した。当時の民主党政権は、ことの重大さを認識せず、事件を起こした中国漁船の船長を処分保留で釈放してしまった。 当時の内閣は、中国への過度の配慮から尖閣諸島における日本の主権を放棄するような判断をしたのである。以後、中国船の尖閣諸島海域への侵入が続くようになった。2012年、民主党政権は、再び尖閣諸島の管理において大きな過ちを犯した。東京都の石原慎太郎知事(当時)の発案により、東京都が尖閣諸島を購入し、実効支配体制を確立しようとする動きに対抗し、国が尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島の三島を買い取り、国家管理の下、何も開発行為をしないことを選択したのだ。尖閣諸島沖で2010年に起きた中国漁船衝突事件で、動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」に当時投稿された事件のビデオとみられる動画 日本国政府の消極的な管理体制に対し、中国は恒常的に尖閣諸島海域への侵入を繰り返すようになった。現在では、3隻から4隻の中国海警局の警備船が、月に3回ほどの頻度で日本領海への侵入を続けている。これらの行為は、中国が尖閣諸島を管理しているという既成事実を作ることを目的としている。日本も島の開発を行わず海上保安庁が洋上から管理するだけなので、日本と中国の管理状況は、同等であるとしているのだ。 さらに中国は、尖閣諸島周辺海域に漁船団を送り込んでいる。今年8月には300隻を超える漁船が押し寄せたのだ。このような状況を中国中央電子台(CCTV)によるテレビ放送、特に衛星放送を通じて、「尖閣海域を管理し利用しているのは中国である」と国際社会にアピールしているのである。中国の侵略行為の非軍事作戦である「三戦」の中の「世論戦」である。国際世論を中国に有利になるように導こうとしているのだ。 先般、カタールの放送局アルジャジーラの記者から尖閣諸島問題に関する取材を受けた。取材後、記者に対し、尖閣諸島問題をどのように見ているのか質問をしたところ、「日本は尖閣諸島を必要としていないのではないか。 現状では管理しているとは言えない」との答えを得た。これが、国際社会における一般的な見方であるのかも知れない。島の開発を放棄し、周辺海域の監視だけを行う消極的な管理体制では、領有権の主張さえも危うくしているのだ。優先順位は南シナ海から東シナ海へ 今年7月、フィリピンが、中国の人工島建設などによる南シナ海への強引な侵出を抑止しようとしてオランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所に訴えていた裁判の判断が示された。 判断の内容は、中国の九段線による南シナ海支配は、歴史的に法的な根拠はないと一蹴され、人工島の建設も国連海洋法に規定された環境保全の義務に違反していることを指摘された。中国は、仲裁裁判所には管轄権が無いとし、判断を受け入れない意向を示したが、アジア諸国や欧米諸国は、中国に対し国際法の順守を強く求めている。中国の習近平国家主席=9月4日、中国・杭州 主催国としてなるG20を控え、国際的な孤立を恐れる中国は、一旦、南シナ海への侵出を控え、フィリピンに懐柔策を進める戦略に移行した。しかし、中国国内では、習近平政権の海洋戦略に対する疑念が広がり、ネット社会を中心に政策を批判する動きも現れ始めた。 習近平氏は、国家主席就任時に海洋強国になることを掲げた。海洋侵出を止めることは政権への信頼を失いことにつながりかねない。そこで、南シナ海戦略から東シナ海への侵出に、優先順位を移したようである。対日強硬策を採ることは、中国のナショナリズムを満足させることにつながる。 今年8月、中国は尖閣諸島侵出をこれまでにない規模で推し進めた。前述の300隻ほどの漁船団とともに15隻の中国海警局の警備船などを同時に日本の接続水域に送り込んだのである。 尖閣諸島を守る海上保安庁は、2015年度、第11管区海上保安本部石垣海上保安部に600人体制の尖閣専従部隊を設置した。この部隊は10隻の1500トンクラスの巡視船に交代要員を配置することで、12隻相当の能力を有し、那覇海上保安部に所属する2隻の3000トン級ヘリコプター搭載型の巡視船と連動し、総勢14隻相当の勢力をもっている。海上保安庁としては、かつて例をみない大規模な陣容である。 この専従部隊が、交代で常時、尖閣諸島周辺海域の警備にあたっている。しかし、中国側は、海上保安庁の警戒態勢や装備を十分に研究し対応策を打ち出して来る。今年8月に押し寄せた中国海警局の警備船は、日本の尖閣専従部隊に対抗し、3000トン級の指揮船の下、1500トン、1000トン級の警備船で構成されていたのだ。 この船団を構成するために本来、尖閣諸島を担当する東海分局所属の船だけではなく、他の地域で管理している船も動員しているのである。さらに、海上保安庁の主力装備である20ミリ機関砲を上回る、30ミリ機関砲を搭載している警備船も含まれていた。中国に性善説で向き合うことはできない 昨年12月までは、尖閣諸島周辺に姿を現す中国公船は、武器を搭載していなかったが、今は機関砲を装備している船が含まれている。恒常的に日本の管轄海域に侵入する船舶が増加していることも含め、中国側の尖閣諸島奪取戦略は、さらに一段階ステップアップしているのである。 中国は、軍艦の色を塗り替え、軍人を海上警備員に配置換えすることで、容易に海上警備能力の増強を果している。さらに、数限りない漁民、漁船をその配下に組み入れ、日本の領土、領海を脅かしているのである。この中国の拡大戦略に対抗するためには、海上保安庁の増強だけでは対応できない。447万平方キロに及ぶ領海+排他的経済水域を持つ日本の海を守るためには、現行の海上保安庁の体制では無理があるのだ。自衛隊との連携も不可欠であろう。サンゴ密漁中の中国船(左)に対し、監視と警告を発する海上保安庁の巡視船「するが」=2014年11月9日、小笠原村父島の領海内で(大山文兄撮影) 2012年には、106隻の漁船に乗った総勢2000人ほどの中国漁船が、五島列島の玉之浦という入り江を占拠した。2014年には、212隻、2000人を超える漁船がサンゴの密漁船といわれる小笠原諸島周辺に押し寄せた。さらに、今年は300隻、3000人以上が尖閣周辺海域を占拠したのだ。 この漁船団に乗る漁民が、島嶼への上陸をめざし動き出した場合、海上保安庁や島嶼に配備されている警察能力だけでは阻止することはできないだろう。無人島や過疎化、高齢化が進む島嶼を占領するためには、屈強な漁師であれば武器を持たなくても可能である。武器を持たない漁民に対しては、国土が脅かされても自衛隊の対応は難しいのだ。現行の自衛隊による警備出動もしくは治安出動において、島嶼防衛、島嶼警備が可能な制度を検討すべきである。 国際法廷の判断を「紙屑」とまでいう中国の暴走が、日本に領土、領海への侵出に向いているのである。中国の海洋侵出に対し、性善説で向き合うことはできない。紛争を予防するためにも、用意周到な対応策を持つことが必要である。

  • Thumbnail

    テーマ

    中国の尖閣侵略はこうやれば阻止できる

    次期米大統領、トランプ氏がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の離脱を明言した。「対中包囲網」を念頭に参加を決めた日本にとって、尖閣を含む東シナ海の防衛戦略を根底から見直す必要に迫られたとも言える。今も領海侵犯を続ける中国とどう対峙すべきか。日本が取るべき道はこれしかない!

  • Thumbnail

    記事

    失速する中国、尖閣に集まる船は習近平の焦りそのもの

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) 尖閣周辺に漁船と公船らしき船が突如集まりだしています。日本政府は中国側に連日の抗議をしていますが、いったい中国に何が起きているのでしょうか?中国から一時の勢いを感じさせる話題が聞こえなくなった気がします。尖閣諸島・魚釣島周辺を警戒航行する海上保安庁の巡視船  今からちょうど1年前、中国の株価が暴落、そして今年1月に二度目の試練がありました。それから約半年強、中国の株式市場は政府の必死の市場介入で指数を維持し、不安感を鎮静させることに努めました。 ところが臭いものにいくら蓋をしても歪んだ蓋はきちんと閉まらず匂いは漏れます。不都合なことに鉄道部門でも問題は起きてしまいます。中国が威信をかけた高速鉄道輸出計画はメキシコやアメリカでの白紙撤回、そして、唯一受注しているインドネシアでも工事はほとんど進んでおらず、インドネシアと中国側でその責任の擦り付け合いをしています。 もともと日本への発注で10中8、9決まっていたもののインドネシアのジョコ大統領の慢心でひっくり返ったような経緯があります。ジョコ大統領は今になって日本に再びすり寄る姿勢を見せているともされています。いずれにせよ、中国の鉄道輸出が失敗したことは世界における周知の事実となっています。 そこに更なる打撃となったのが6月、英国が国民投票の結果、EUからの離脱を選択したことであります。これは中国政府にとっても想定外の結果でありました。中国は対欧州経済政策について英国との関係を強化し、英国を通じてEUへの食い込みを図るプランでありました。 事実、習近平国家主席が英国に訪問した際、女王をはじめ熱烈な歓待を受け、習国家主席としては自身の力を内外に示す真骨頂そのものでありました。英国の不都合はEUの離脱選択だけではありませんでした。親中派のキャメロン氏があっさり首相の席を降り、メイ首相に変わった途端、お約束だった中国による英国の原発事業を見直すと発表したのです。つまり、中国にとって完全にメンツを潰された形となりました。 問題は経済関係に留まりません。南シナ海に人工島を作り、飛行場まで建設した中国に対して仲裁裁判所の裁定で完全なるクロの判断が下されました。中国側はもちろん一歩も引かない態度でありますが、国際会議の席ではその件について言及せず、各国個別にやり取りするという外交的ディフェンスの姿勢に転じています。尖閣への船団は習近平のパフォーマンスか 更にアメリカは韓国に高高度防衛ミサイル(THAAD)を配備することを決定しました。これは表向き、北朝鮮との対立軸となっていますが、当然ながら中国への脅威ともなります。中国はこの事実に大きく反発していますが、今のところ、これが覆る可能性は低そうです。 では今さらの尖閣の船団は何か、といえば中国の力を示す数少ない方法の一つともいえるのではないでしょうか?そしてこの作戦が中国全体の和をもって行われているとは思えず、習近平国家主席の苦しさそのものを表しているともいえましょう。G20首脳会議で議長を務めた中国の習近平国家主席 現在、中国では北戴河会議なるものが開催されています。これは共産党長老と現役指導部が現状を様々な見地から討議する年次の重要会議でありますが、長老には当然ながら反習近平派もあり、これらの施策の失敗を糾弾している可能性は否定できないでしょう。今年は2017年党大会に向けた人事問題が主題とされますが、当然、そこには激しい派閥争いが繰り広げられます。 個人的見地とすれば尖閣への船団は習国家主席とその派閥の北戴河会議向けパフォーマンスではないかという気がしてなりません。この会議があくまでも国内の力関係を見せつけるものである以上、習氏としてはコトがうまくいっていると見せつけなくてはいけません。 が、全体像としては反習近平派が攻め入る余地はかなりあるように思え、今後、共産党内の軋みが生じる可能性は否定できないと思います。中国数千年の歴史で皆丸く収まって仲良しが長く続いたことはなく、現代のように利害関係が複雑になればその力関係はより接戦となることでしょう。日本が中国国内事情で振り回されるのは全くありがたくないことであり、岸田外相の怒り心頭はこのあたりからくるのではないかと思います。(岡本裕明公式ブログ 2016年8月10日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    「核の戦国時代」に、どうする日本国憲法

    日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)(『「核の戦国時代」が始まる』まえがき より)ワシントン情報から読み解く世界大混乱の行方 太平洋戦争が終わる直前、30万という日本人を一度に殺傷したアメリカの原子爆弾。 日本の人々は爆弾が落とされた場所に慰霊碑を建て、平和を求める聖地として大切にしてきた。 2016年5月、その聖地をアメリカの現職大統領が訪れて祈りを捧げたことは、原爆がもたらす惨劇をいま一度、世界の人々にはっきり示した歴史的な出来事だと受け取られている。しかし、この日、アメリカ国防総省の最高首脳たちは、2020年以降におけるアメリカの核戦力の大規模な増強と高性能化を検討しはじめている。 第二次世界大戦後の世界を動かしてきたのは、アメリカをはじめとする核保有国である。現実の世界は、広島の原爆慰霊碑を訪れた大統領の言葉とは逆に、これから「核の戦国時代」とも言うべき、危険な時代を迎えようとしている。 北朝鮮は水爆の実験を実施したと噂されている。ロシアはアメリカとの核兵器制限交渉を事実上やめて、新しい核弾頭とミサイルの開発を行っている。 中国は保有核兵器については隠蔽しているが、合わせて1000発を超える大陸間弾道ミサイルや中長距離ミサイルを実戦配備している。この大量のミサイルが水爆を装備していることは当然である。北京で開かれた軍事パレードで、天安門前を行進する中国人民解放軍兵士=9月(共同) 中国はアメリカやロシアを真似て、長距離爆撃機の開発を進めているが、搭載する水爆も多数つくっているはずである。 インドも新しいミサイルとミサイル潜水艦を建造し、核弾頭の開発と増強を行っている。  ハドソン研究所の中東専門家は、「経済封鎖を解かれたイランが核兵器開発に拍車をかけ、近い将来、核兵器保有国になることは確実だ」と述べている。 1989年11月、ベルリンの壁が崩壊した後、世界はアメリカの一人勝ち体制のもとで安定を続けてきた。ところがアメリカの力が急速に後退するとともに、世界は新たな対立と抗争の時代を迎えている。 地域大国のロシア、中国、イラン、インドが核兵器を「使える兵器」として増強し、核弾頭を搭載するミサイルの開発に力を入れている。北朝鮮は核保有国であることを誇示している。世界は「核の戦国時代」を迎えて、再び1960年代の核戦争の恐怖に直面しようとしている。完全に行き詰まった国際連合完全に行き詰まった国際連合 アメリカの力が後退するなかで、独裁者がすべてをとりしきる専制国家ロシア、中国、北朝鮮が核兵器を持ち、今後ますます侵略的な政策を露骨にしてくると思われる。そうしたなかで、まず懸念されるのは朝鮮半島である。 ワシントンの専門家は、朝鮮半島の歴史から見て北朝鮮が核兵器を開発しているのは、朝鮮半島の統一を国家目標にしているからだと見ている。すでに述べたように、北朝鮮は韓国の存在を認めず、朝鮮半島にあるべき国家は北朝鮮だけである、と主張している。北朝鮮の労働新聞が掲載した弾道ミサイル発射訓練の写真(共同) 北朝鮮が核兵器を開発するとともに、在韓米軍の陸軍師団は、朝鮮半島の南に移動してしまった。北朝鮮が韓国に侵略を始めた場合には、同じ民族同士の戦いになると見られている。 もっともワーク国防副長官が指摘したように、25年先の朝鮮半島情勢は、予想すらつきかねる。 中国もロシアもそれぞれ、国内的な政治不安を抱えている。アメリカという敵が後退したあと、ロシアと中国がどのような形で国内の政治的統一を保つのか。こうした問題を総合的に勘案すると、まさに25年後の世界は、予想することが非常に困難である。 変動に次ぐ変動の25年間になると考えられるが、危険なことに、世界にはいまや核兵器が溢れている。 日本は、予測の困難な国際情勢のなかで安全を保つためには何をなすべきか。まず基本的に必要なのは、日本の安定と繁栄を維持するために、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの国々との協力体制をつくることである。アメリカの世紀、アメリカ一人勝ちの時代が終わり、新しい国際的な協力の時代がすでに始まっているからである。 国連をはじめとするアメリカのシステムが、いまやうまく機能しなくなっていることは誰の目にも明らかである。国連が何を決めようとしても、ロシアと中国が反対する。国際平和の維持を標榜する国際組織、国際連合はいまや完全に行き詰まってしまった。 アメリカの共和党大統領候補になると思われるドナルド・トランプが、アメリカ国民の支持を集めているのは、彼が既存のアメリカの体制や世界の体制を変えようとしているからである。日本も「アメリカの後の世界」をつくるために、いかなる役割を果たすべきか考える必要がある。 日本は、アメリカの一部の人々によって動かされた日米安保外交や国連外交に代わる新たな外交政策を展開するために、従来の体制を根本的に変えなくてはならなくなっている。米の軍事力が日本と日本の憲法を覆った米の軍事力が日本と日本の憲法を覆った もっとも、日本でもすでにこの問題について多くの論議がなされている。憲法改正の動きもその一つといえる。 世界のすべての国が憲法を持っているわけではない。たとえばイギリスには憲法がない。だが憲法を持つ国にとっては、それを変えることは国民の社会生活に大きな影響を与えるために、たやすく行えることではない。 日本にとって重要なのは、憲法を変えるか否かという問題もさることながら、これからの日本が国際社会でどのように行動するべきか、という原則を明確にすることである。 私は『アメリカが日本に「昭和憲法」を与えた真相』(PHP研究所)という本を書いたとき、第二次世界大戦後に日本を占領し、サンフランシスコ講和条約で日本に独立を与えたアメリカの政治家や軍人たちが何を考え、どうしてきたかを詳細に調べた。また憲法作成に関わった人々にも直接会って話を聞いた。昭和21年11月に皇居前広場で開かれた日本国憲法公布記念祝賀都民大会 当時、日本を占領していた軍人たちは、あらゆる努力を結集して、日本の新しい憲法が日本人の手によって考えられ、つくられたという体裁を整えようとした。そう努力したのは当然のことである。占領軍が憲法を与えたということになれば、その憲法は占領体制が終わると同時に捨てられてしまう。憲法作成に関わった人々の誰もが私にこう言った。 「占領が終わったら、日本人はこの憲法を廃棄するだろうと思った。だから日本人がつくったのだという形をとることが大切だった」 占領軍の当事者たちはまた、古い明治憲法との連続性を維持することに全力を挙げた。 つまり新しい憲法は、明治憲法と同じように、日本人が作成したものであると、日本人をはじめ内外に示そうとしたのであった。 この試みが成功したのは、憲法そのものが優れたものであったからだ。アメリカの政治学の碩学であるハーバード大学のジョン・ケネス・ガルブレイス教授は、私とのインタビューのなかではっきりとこう言った。 「良い憲法は誰がつくっても良い」 たしかにそうであるが、日本の多くの人が信じ込んでいるように、この良い憲法が日本という国の安全を維持してきたわけではない。日本の安全が保たれたのは、アメリカの軍事力が日本と日本の憲法を覆ってきたからである。アメリカの力が、長い平和を日本にもたらしたのだ。 第二次世界大戦後の70年間にわたって、アメリカの力というドームが日本をすっぽりと覆い隠していたために、中にいる日本は平和な状況が当たり前のことになってしまった。 日本は、ドームそのものも、ドームの外にあるアメリカの力を見ることも認識することもなく、「憲法が平和をもたらしてくれた」と信じ込んでしまった。真の独立国になる機会を逃すな真の独立国になる機会を逃すな このドームが、いまや消えようとしている。憲法は依然として存在はしているものの、日本と日本の憲法を覆っていたアメリカの力が消えようとしている。  すでに触れたが、ドナルド・トランプが『ニューヨーク・タイムズ』の記者や編集者と1時間20分にわたって外交、国際問題を話し合ったなかで、「日米安保はいらない」と述べたことから、日本では日米安保条約の将来と日本の孤立について関心が強くなっている。大統領選の共和党候補トランプ氏(AP) 日米安保条約はアメリカの占領体制が終わり、サンフランシスコ講和条約が発効した1952年、アメリカの国際戦略の一つとして成立した。 当時のアメリカは、ソビエトや中国と関係を持つ国内過激派が日本政府を転覆させたり、日本がソビエトに基地を提供したりするのではないかと強く危惧していた。 そうした事態を防ぐ目的でつくられた日米安保条約がその後の60年間、アメリカの重要な国際戦略の一つとして存在し続けてきた。 日米安保条約がなくなれば、たしかに日本は孤立する懸念がある。だが、その孤立によって日本の安全が脅かされると、単純に考えるべきではない。日本は孤立することによって、ようやく真に独立した国家になる機会を手にするのである。 日本という国は、その存在のすべてを日米安保条約に基づくアメリカの政策に委ねてきた。このことは世界中の国が見てきたことである。 私は17年半続いた『日高義樹のワシントンリポート』という番組のために、ドイツの指導者、ヘルムート・シュミット元首相3回ほど、インタビューした。 1回目のインタビューの場所は、ハンブルクのアトランティック・ケンピンスキーホテルのスイートだった。シュミット元首相は、どっしりとした安楽椅子の背にもたれ、タバコを片手に、時々それをふかしながら辛口のアメリカ批判を聞かせてくれたが、そのなかで彼がこう言った。 「日本は世界に、アメリカしか友達がいない」 シュミット元首相は、アメリカの軍事力にすべてを頼っている日本は、結局のところ、あらゆることをアメリカに頼っているのだ、と指摘したのである。 日本は国連を金科玉条のごとく尊重し、外交の基本にしているが、国連はアメリカの力によって設立された国際機関である。日本外交は即、国連外交だと世界中から言われているが、それはすべてをアメリカに頼っている外交という意味に他ならない。 日米安保条約が空洞化し、アメリカが日本を見放せば、日本の国連外交は壊滅する。だが日米安保条約が空洞化することは、日本が真の独立国家として存在することを意味する。 世界は「核の戦国時代」に入るだけでなく、予想すらできない困難な状況になろうとしている。 だが逆に言えば、日本は真の独立国になる機会を手にすることになる。この機会を逃してはならない。ひだか・よしき ハドソン研究所首席研究員。1935年、名古屋市生まれ。東京大学英文学科卒業。1959年、NHKに入局。ワシントン特派員をかわきりに、ニューヨーク支局長、ワシントン支局長を歴任。その後NHKエンタープライズ・アメリカ代表を経て、理事待遇アメリカ総局長。審議委員を最後に、1992年退職。その後、ハーバード大学客員教授、ケネディスクール・タウブマン・センター諮問委員、ハドソン研究所首席研究員として、日米関係の将来に関する調査・研究の責任者を務める。1995年よりテレビ東京で「日高義樹のワシントンリポート」「ワシントンの日高義樹です」を合わせて199本制作。主な著書に、『アメリカの歴史的危機で円・ドルはどうなる』『アメリカはいつまで日本を守るか』(以上、徳間書店)、『資源世界大戦が始まった』『2020年 石油超大国になるアメリカ』(以上 ダイヤモンド社)、『帝国の終焉』『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか』『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』『アメリカが日本に「昭和憲法」を与えた真相』『アメリカの大変化を知らない日本人』『「オバマの嘘」を知らない日本人』『中国、敗れたり』(以上、PHP研究所)など。関連記事■ アメリカは変えにくい憲法を日本に与えた■ 中国は本気で「核戦争」を考えている■ 国際社会は北朝鮮の核兵器開発を阻止できるか

  • Thumbnail

    記事

    お飾りになった自衛隊 現役隊員は「国軍」である自覚を持て

    者問題調査会代表)伊藤祐靖(海上自衛隊「特殊部隊」初代先任小隊長)(『自衛隊幻想 拉致問題から考える安全保障と憲法改正』第一章より抜粋)自衛隊は「抑止」の存在 荒谷卓(陸上自衛隊「特殊部隊」初代群長) 冷戦の間、ずっと日本は「抑止」だけできました。もっと言えば、日米安保があれば、日本は攻撃されることはないと考えてきた。日米安保は軍と軍の関係で成り立っています。だから自衛隊を保持しておくことが必要で、それによって日本の安全が保障されるということです。その意味で、自衛隊は「抑止」の存在であった。だから自衛隊が何かに対処する事態を、政府は具体的には検討していません。 仮にソ連が攻めてきたらどのように対処するか、どの程度の攻撃だったら日本は単独で持ち堪えられるのか、そういった検討をしていないのです。「基盤的防衛力構想」というものがありましたね。平成22年の防衛大綱改定で「動的防衛力」の構築に代わるまでは、「基盤的防衛力」という考え方で日本は防衛力を整備していました。「基盤的防衛力構想」は政府が説明しているように、具体的な想定に基づいて算出された戦力ではなく、必要な機能を最低限、持っておこうというものでした。「戦車がないのはおかしい」とか「戦闘機はあったほうがいい」とか、駆逐艦や補給艦などを一通り持っておくと、いざ本当に戦争になったときに、それをエクスパンド(増産)すれば対処できるという考えです。つまり、「基盤的防衛力構想」では、具体的な侵略などを想定して対処する戦力ではなかった。それは「防衛白書」でも説明しています。平成26年10月、航空自衛隊百里基地で行われた航空観閲式に出席した安倍晋三首相(手前) 荒木和博(特定失踪者問題調査会代表) 私が予備自衛官になった頃に、現役自衛官やOBと話をしていてショックだったのは、拉致問題を自分たちの仕事だと捉えている人がほとんどいなかったことです。「自衛隊が拉致被害者救出に向かうべきではないですか?」と聞いても「憲法上の制約がある」「自衛隊法の制約がある」と、あれが駄目これが駄目と言うだけでした。いい加減な人間がそう言うならまだ救いがあるのですが、すごく真面目な自衛官が「自分たちの仕事ではない」という話をするので、かなりショックを受けました。 自衛隊の中にも拉致問題を考えてくれる人はいますが、一所懸命考えすぎると、自衛隊の中にいづらくなるという矛盾もあります。極めて真面目な組織なので、命令があればどんな犠牲を払ってでもそれを行うでしょうが、その命令がないので拉致問題に関わってこなかったわけです。ちなみに、拉致問題対策本部の職員は各省庁からの出向です。防衛省からきても事務官で、しかも防衛とは関係のない業務をしている。自衛隊との連絡将校のようなことはやっていないわけです。 よく例に挙げるのですが、実は自衛隊がはじめて拉致問題に関わったのは、平成25年12月の北朝鮮人権侵害問題啓発週間です。拉致問題対策本部主催のコンサートがあり、海上自衛隊の歌姫こと三宅由佳莉三等海曹が歌を歌ったときがはじめてでした。そこには「拉致問題には自衛隊は意地でも使わない」という日本政府の意思を感じます。自衛隊の存在を忘れていたとか、なんとなく使わないのではなく、「絶対に使わない」という明確な意図があるようです。 吉本正弘さん(元陸上自衛隊特殊作戦群副中隊長、予備役ブルーリボンの会幹事)が第六章で「防衛白書」の北朝鮮の項目に「拉致」に関する記述がないと述べていますが、拉致問題を安全保障の問題だと認めると対処しなければならなくなるわけです。さらに、これまでの論理がすべて破綻してしまうから困るということなのではないでしょうか。拉致問題交渉の場に自衛官を参加させるべきだった 荒谷 田中眞紀子外務大臣のときに、「TCOG:3国調整・監督グループ」という日米韓の外交・防衛部門が集まって北朝鮮問題について議論する枠組みがありました。参加国の外交・防衛部門から代表が出るということだったのですが、日本は外務省だけで、防衛庁(現防衛省)は出席していませんでした。つまり北朝鮮問題は拉致問題も含めて、総じて防衛省は関係なかったのです。おかしいですよね。 ですから私は、会合に防衛庁スタッフも出席できるように田中外務大臣に直訴したら、田中さんは、「そうだったの、それはおかしいわね」と言ってくれましたが、そうしたら、外務防衛両高級官僚から「何を勝手なことをやってるんだ」とひどく怒られました。でも結局は、その会合に防衛庁側が出席してよかったし、出席しないのはおかしいわけですよ。北朝鮮問題に関して、防衛省は当事者になっていないんです。拉致問題だけでなく、いろいろな意味でミサイル防衛以外当事者ではない。 平成28年8月3日に、北朝鮮が日本の排他的経済水域(EEZ)、秋田沖に弾道ミサイルを撃ってきました。そういうミサイルに関しては対処しています。が、防衛というのは対処だけではなく、安全保障問題に平素から絡んでいくのが常識です。でも日本は対処だけ。他国の軍隊が襲ってきたときの対処、ミサイルが飛んできたときの対処というふうにしてしまっているから片手落ちです。日朝間の拉致問題の交渉の場に、制服を着た自衛官を参加させれば北朝鮮に対するインパクトは大きく変わってきます。 荒木 北朝鮮の弾道ミサイルに対して安倍総理は、「我が国の安全保障に対する重大な脅威であり、許し難い暴挙だ」と語ったそうですが、では何をするのかといえば抗議するとか日米韓の連携を強めるといった程度の話です。それなら「許すしかない暴挙だ」の方が適当なのではないでしょうか。本当に許し難いなら具体的な方策を取るのが当然で、それができないならそういう言葉を使うべきではありません。そもそも領土に着弾したわけでもないミサイルが「許し難い暴挙」なら拉致問題は何なのかと思います。 荒谷 せっかく安保法制で、国民の中にも「国は守らなくてはならない」「いざというときには軍事的な対応も必要」というような議論が行われる素地ができてきたのです。もういい加減に、「危険だと判断されれば自衛隊は出さない」とか「後方支援は戦闘ではない」というくだらない議論をせず、「どんな目的でどういうときにどの程度の軍事力を使うことを国民は是とするか」という真面目な議論ができる場をつくっていかなければいけない。 おそらく多くの国民は、すでにそのような議論ができるようになっています。いい加減、馬鹿な議論はやめてくれ、と国民は思っているのではないでしょうか。だから拉致問題も、どうやって自衛隊を使うべきか、その条件がどこにあるのかを議論すればいい。それを本書ではシミュレーションしましたので、叩き台にしてもらえればいいと思います。拉致問題を知らない自衛隊拉致問題を知らない自衛隊 荒木 「予備役ブルーリボンの会」のシンポジウムで伊東寛さん(陸自初のサイバー戦部隊「システム防護隊」初代隊長、現在は経済産業省サイバーセキュリティ・情報化審議官)が、自衛隊には拉致問題に対する危機感がまったくないと指摘されていました。伊東さん自身も二七年間、自衛隊にいて任務に非常に真面目に励んでいたけれども、拉致問題について考えたことがなかった、どこか他国の人の話のように遠く感じていたといいます。 伊東さんは情報関係の部門にもいたので、拉致問題を知らなかったわけではありません。実は非常によく知っていたけれども、それを自衛官の問題として捉えることはなかったというわけです。自分が拉致問題を解決するために汗をかくということを、当時は考えつかなかったという。そしてシンポジウムではこう述べておられます。「私は自衛官として、戦争に備えていると思っていたけれども、すでに日本は戦争をしていたのかもしれない、自分の国の国民が外国の勢力に捕われてしまっているのは、すでに戦争かもしれないと気がつきました」米陸軍(手前)とともに訓練開始式に臨む陸上自衛隊員=2015年12月5日、兵庫県伊丹市の陸上自衛隊伊丹駐屯地 また、伊東さんは普段からブルーリボンバッジをつけていますが、防衛大学校の教授をしている後輩と食事をしたときに、「先輩、そのバッジは何ですか」と訊かれたといいます。防大の教授で、制服自衛官が、ブルーリボンバッジを知らなかったというわけです。伊東さんはすでに民間人なので、彼に「馬鹿野郎!」とは言えなかったそうですが(笑)、丁寧に説明して、自分のバッジを外して彼にあげた。そして、「あなたは防大の先生なのだから、明日からバッジをつけて歩け。おそらく防大生のほとんどがブルーリボンを知らず、『それは何ですか』と訊いてくるはずだから、そうしたら説明しろ」と言ったというわけです。伊東さんは、拉致が犯罪だと思っていたら解決しないと言っておられましたね。 北朝鮮による日本人拉致とは何なのか。普通の国の情報機関が行うような拉致は、その対象が要人などになります。が、北朝鮮はそのようなものではなく、基本的には山賊のやっている人さらいと同じ。そういう意味でいうと北朝鮮による拉致を表現するのは難しいものがあります。日本国内で北朝鮮が行ったことに関しては犯罪ですし、テロという側面もある。山賊が国を運営していて、その国の意思として日本人を拉致したわけですから、そういう意味では戦争ということになりますね。 伊藤祐靖(海上自衛隊「特殊部隊」初代先任小隊長) 私は何でもいいと思うんですよ。自分の国から国民をかっさらっていった奴をどう表現しようがね。犯罪者だろうと敵だろうと、山賊だろうと、何でもいいから、取り返すという話です。テロだろうが戦争だろうが、何かの表に照らし合わせれば拉致はそのうちのどれかに当てはまるのかもしれませんが、その表をつくるよりももっと大事なことがある。 荒谷 私は北朝鮮による拉致とは、少なくとも警察だけが対処する治安上の問題ではないし、外務省だけが対処する外交上の問題ではないと思います。その拉致にどう対処するのか、それを日本政府が決めればいいだけです。 荒木 平成11(1999)年、伊藤さんがイージス艦「みょうこう」に航海長として乗っていたとき、能登半島沖での北朝鮮工作船への対処で、日本初の「海上警備行動」の発令がありました。拉致被害者が乗っている可能性があることを前提としての命令は、そういう意味では日本としてはかなり明確な意思表示だったのでしょうか。現役自衛官は拉致問題に関心が薄い 伊藤 その命令はなかったですね。「拉致被害者が乗っている可能性があるから何々せよ」という命令はなかった。自衛隊得意のアクションだけです。「何々だから何々せよ」は、やはりなかったのです。「みょうこう」に乗っていた我々自衛官が「拉致被害者が乗っているんじゃないか」と思っただけです。我々はあの北朝鮮の工作船の中に日本人がいる可能性が非常に高いと考え、日本人が乗っていることを前提に任務遂行を考えました。 少なくとも私はいままで、上級司令部からの「拉致被害者が乗っている可能性があるので何々を行え」という命令は、見たことも聞いたこともありません。ただ、私も船乗りだったときは拉致問題に限らず、正直に言って、突き詰めて考えてはいませんでした。まだ二〇代から三〇代前半だったので若く、目の前の業務に追われていたわけです。自衛隊のやることなすことには根拠法規がある。だから船乗りだったときは、この業務を年に何回しなさい、というような決まりがあって、スケジュールを組んで、それをこなすことが真面目だと思っていました。 しかし、能登半島沖事案をきっかけに特殊部隊を創設した頃になって振り返ってみると、自分は真面目ではなかったと気がつきましたね。何をすべきかを何も考えていないなんて、頭がどうかしていました。先ほどの荒谷さんの話にもありましたが、その原因は何なのかと言うと「このために行ってこい」というのがないんです。つまり、目的がない。平成19年3月31日、陸上自衛隊中央即応集団の編成祝賀式に黒い覆面姿で出席した特殊作戦群隊員=東京都練馬区の朝霞駐屯地 荒木 私は平成15(2003)年、技能公募の予備自衛官補に応募し、10日間の訓練を終えて予備自衛官に任官しました。そのとき、現役の何人もの方から「ともかく失望しないでくれ」と言われ、最初は何を言われているのかわからなかったものです。予備自衛官は年間5日間の訓練に出頭します。任官して最初の訓練に行くと、その班の方は真面目な方々でした。しかし後で聞いてみると、最近は厳しくなったものの、昔は訓練に来ても昼は熱発(発熱のこと)就寝で訓練に参加せず、夜になるとどんちゃん騒ぎをしてそれを5日続け、手当てをもらって帰るというのが普通だったということでした。 予備自衛官制度は「とにかくあればよいだろう」ということだったのだと思います。一応揃えておいて、最低限のことをやっておく。しかし、それは3・11で激変しました。それまでも少しずつ変化していましたが、あのとき明確に変わりました。3・11のときには翌日に私のところにも連絡があり、災害派遣に行けますかという声がかかりました。いつでも行くと答えて、大学で当時の渡辺利夫学長に事情を説明し、場合によってはご迷惑をおかけしますと言ったものです。学長は理解のある方で、「よしわかった、私が責任をとるから行ってきてくれ」と言われました。結局は招集はかかりませんでしたが、そういうことがありました。だんだんと変わってきていることは間違いありません。よい方向に進んでいます。しかし、その後押しをする世論が内外に向けて必要です。 荒谷 現役自衛官が、拉致問題に対する関心が低いのではないかという指摘は、確かにその通りだと思いますし、一国民として関心を払うべき重要なことだと思います。ただ、自衛官の心情によって自衛隊が実力を行使するようなことは当然あるべきではありません。自衛隊を運用するためには、国家意思が絶対的に必要です。そして、国家意思の決定には国民の意思が必要です。自衛隊は自国の主権、領土、国民を守る実態と実力が必要 戦後の日本はずっと「我が国防衛」のために自衛隊は存在するのだと言っていました。でも実際は、我が国防衛すらしていなかった。していないと言い切るのは極端かもしれませんが、先ほど述べたように基盤的なことしかやっていなかったのです。だから何かあったときには「超法規でもいいからやるぞ!」という、現場にはそういった気持ちを持っている人もいます。装備が少なかろうが、敵が来たらやるしかないと考えている自衛官がいます。 しかし、全体を見ると、やはりやれないんですよ。平成15年まで、有事法制すらありませんでした。しかも、できた有事法制も信号機が赤でも行っていいとか、その程度のものです。なぜそのようなことになるのか。先ほどの話に戻りますが、国全体の理念の準備ができていないからです。まず、自国の安全と防衛を自分達で果たそうという国民の意識、政府の意思が必要なのです。 そして自衛隊は「国軍」である以上、自国の主権、領土、国民を守る実態と実力が必要。その次の段階として、国際的な軍事活動にどんな目的でどの程度参加すべきか、可能性と必要性を考えるという段取りですよ。その中で、アメリカの要求に対して日本はここまで応えましょう、ここから先はやらないという議論ができるようにならなくてはいけない。 つまり、アメリカの国益と日本の国益はどこまで重なっているのかをよく見極め、「トランプ候補がアメリカの大統領になったら、日米の国益が重なるかわからない」などという前に、自国と自国民の安全と防衛は自分の責任で果たすという自覚が必要です。

  • Thumbnail

    記事

    迎撃網は穴だらけ! 北朝鮮の脅威に自衛隊は無力なのか

    る」(最新平成28年版「防衛白書」)。“二正面作戦”を強いられている自衛隊 ノドンは「我が国に対する安全保障上の重大な脅威」(防衛省)であり、防衛大臣は「引き続き、情報収集・警戒監視に万全を期せ」と指示したが、それは難しい注文である。 現にノドン発射の兆候すら探知できなかった。このため海自イージスMD艦も、空自パトリオット(PAC-3)ミサイルの事前展開も、「Jアラート」の発信もなく、政府は自衛隊に破壊措置命令を出すことすらできなかった。『毎日新聞』(8月4日付)紙上で「政府関係者」が語ったとおり「もし日本の領土まで飛んで」いたら「迎撃できなかっただろう」。 翌々日の8月5日には、中国公船が尖閣諸島周辺の領海に侵入。その後も、領海や接続水域への侵入を繰り返した。自衛隊は“二正面作戦”を強いられている。これほど深刻かつ重大な脅威が迫っているのに、NHK以下マスコミ報道の扱いは小さい。この間、テレビや新聞はリオ五輪関連のニュースで埋め尽くされた。 マスコミはノドンの着水地点を「秋田県沖」と報じたが、的を射ていない。標的は秋田県ではなく、青森県の米陸軍「車力通信所」であろう。車力は発射軌道の延長線上に位置し、早期警戒レーダー「Xバンド・レーダー」が配備されている。韓国への配備が決まった迎撃システム「THAAD(ターミナル段階高高度地域防衛)」のレーダーでもある。つまりTHAAD配備への反発に加え、実際に車力を攻撃するための発射訓練であった。もはや発射実験の域は超えた。私はそう考える。 もとより米軍は事態を深刻に受け止めた。米国から要請があったと聞く。日本政府は今後、自衛隊がつねに迎撃態勢を取れるよう、破壊措置命令を常時発令することとした(政府は発令を肯定も否定もしていない)。関連法の想定を超えた異常な発令だが、現行法令上なしうる実効的な対処はほかにない。憲法上、自衛隊は軍隊ではない。ゆえに根拠法令がなければ、迎撃はおろか出動すらできない。 今後は(非公表の)破壊措置命令を根拠として、迎撃ミサイル「SM-3」を搭載した海自のイージスMD艦や、空自のPAC-3が常時展開される。 だが現実問題、イージスMD艦は4隻しかない。定期的な点検や整備の必要上、同時に運用できるのは最大で3隻。そのうち1隻を訓練や演習に充てれば、残りは2隻しかない。じつは2隻あれば、ほぼ日本全域をカバーできる。……ひと安心、というわけにはいかない。なぜなら、MD艦の乗員とて人間だからである。当たり前だが24時間、365日は戦えない。2隻を常時展開するのは“机上の空論”にすぎない。ロフテッド軌道によって迎撃がより困難にロフテッド軌道によって迎撃がより困難に2007年2月、米軍嘉手納基地で配備が完了し、公開された最新鋭の地対空誘導弾パトリオット(PAC-3)(鈴木健児撮影) さらにいえば、空自のPAC-3による迎撃網も穴だらけ。海自のSM-3と違い、PAC-3の迎撃範囲は小さい。すべてフル可動させても日本列島をカバーできない。おそらく都心や米軍基地など特定の拠点防空に絞った迎撃態勢となろう。だとすると、大阪の空にも、名古屋の空にも穴が開く。 ならば、どうすればよいか。MD艦と、能力向上型迎撃ミサイル(SM-3ブロックⅡA)の整備を進める。加えてTHAADを導入する。それらが整えば穴は塞がるが、それは最短でも2年後以降。それまでは今後も脅威にさらされる。 ノドンに加え、「ムスダン」の脅威も忘れてはならない。いずれも日本を射程に収める弾道ミサイルだ。しかもTEL(発射台付き車両)に搭載され移動して運用される。ゆえにSLBM同様「その詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難である」(白書)。 北朝鮮は今年4月15日にムスダンを初めて発射させ、失敗した。その直後、私は「今回は失敗したが、次は発射に成功すると想定すべきだ」、「最近の(中略)一部航跡がロフテッド軌道を辿った」、「意図的に高く撃ち上げた可能性が高い。どうやら北朝鮮は本気だ」と警鐘を鳴らした(「時事評論」5月20日号拙稿)。 6月22日、北朝鮮は再び(正確には6度目)ムスダンを発射。高度は1000kmを超え、約400km飛翔し、日本海上に落下した。最新版「防衛白書」を借りよう。《高い角度で発射され、通常の軌道に比べて高高度まで打ち上げる一方で、短い距離を飛翔させる、いわゆる「ロフテッド軌道」で発射されたものとみられる》 さらに白書はこうも注記した。「ロフテッド軌道により弾道ミサイルが発射された場合、一般的に、迎撃がより困難になると考えられている」 上述のとおり通常軌道でも迎撃網には穴が開く。「迎撃がより困難になる」ロフテッド軌道なら、どうなるか。具体的には海自イージスMD艦が搭載する「SM-3ブロックⅠAミサイル」の迎撃高度より、はるかに高い軌道を描く。そのため自衛隊による迎撃は不可能となってしまう。 そこで日米は現在、先述した「SM-3ブロックⅡAミサイル」を開発中だが、最短でも2018年まで配備できない。年内や来年に再発射があり、もしロフテッド軌道を辿れば、日本への着弾が現実の脅威となってしまう。仮に核弾頭が搭載されれば、被害は甚大となろう(詳しくは拙著『日本人が知らない安全保障学』中公新書ラクレ)。 こうした軍事技術の進展に加え、見過ごせない問題がある。再び白書を借りよう。「仮に北朝鮮がこうした弾道ミサイルの長射程化をさらに進展させ、同時に核兵器の小型化・弾頭化等を実現した場合は、北朝鮮が米国に対する戦略的抑止力を確保したとの認識を一方的に持つに至る可能性がある。仮に、北朝鮮がそのような抑止力に対する過信・誤認をすれば、北朝鮮による地域における軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性もあり、わが国としても強く懸念すべき状況となり得る」金正恩がどう考えているか金正恩がどう考えているか 流行りの「地政学」を“客観”に依拠した分析とするなら、“主観”に着目した分析も忘れてはならない。その意味で右の指摘は重要である。ベストセラーの書名を借りれば、『世界は感情で動く』(モッテルリーニー・紀伊國屋書店)。北朝鮮もその例外でない。 実際に北朝鮮が核の小型化・弾頭化に成功したか、よりも、金正恩にどう報告され、彼がどう考えているか、のほうが重要である。もし彼が「過信・誤認をすれば(中略)強く懸念すべき状況となり得る」(白書)。第2次朝鮮戦争が始まるかもしれない。 今年1月の核実験に始まり、2月のテポドン2派生型の発射以降、多くの「識者」がメディアに露出し「北朝鮮はまだ核の小型化・弾頭化に成功していない」と解説したが、私はひとり異論を表明してきた(月刊『正論』拙稿など)。この点、防衛省の認識はどうか。最新版の白書はこう述べる。「北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も考えられる」 昨年度版の白書はこう書いていた。「北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も排除できない」 要は、この1年間の動き(と最新の『東アジア戦略概観』の表現)を踏まえ、防衛省として「核兵器の小型化・弾頭化」のプロセスが進んだ、つまり脅威が高まったとの認識を示したわけである。もし昨年の記述を踏襲すると“霞が関文法上”そうはならない。そこで微妙に表現を変えたのであろう。本稿執筆中の8月下旬現在、北朝鮮による核実験の兆候が伝えられている。はたして来年度版の防衛白書はどう表現するのであろうか。 話を戻そう。NHK以下テレビ御用達の「識者」らにより「北は弾道ミサイルの再突入技術をまだ獲得していない」とも解説された。しかし過去、北朝鮮はスカッドやノドン、テポドンなど弾道ミサイルの再突入を繰り返し成功させてきた。識者らは「高速で大気圏に再突入する弾頭を高熱から保護する技術はまだない」というが、惠谷治氏(軍事ジャーナリスト)と私は異論を表明してきた。専門にわたるので深入りしないが、ここでも先の“主観”に依拠した“感情論”が当てはまる。 つまり、実際に北が再突入技術を獲得したか、より、金正恩がどう思っているか、のほうが重要である。実際「獲得した」との報告を鵜呑みにした可能性が高い。専門的な技術論や地政学より、そのほうが重要な論点ではないだろうか。いつ何が起きても不思議でない 証拠を挙げよう。ムスダン発射の翌6月23日、北の朝鮮中央放送は「地対地中長距離戦略弾道ロケット『火星10』の試験発射を成功させた」と発表し、「高角発射(ロフテッド)体制」で行なわれたことや、「最大頂点高度1413・6km」まで上昇し、目標水域に正確に着弾させたことに加え、「再突入段階での弾頭の耐熱性と飛行安全性が検証された」と自画自賛した。現地視察を行なった金正恩は「太平洋の作戦地帯内の米軍を全面的かつ現実的に攻撃しうる確実な能力をもつことになった」と豪語した。潜水艦発射弾道ミサイルの実験を成功させた関係者らをたたえる金正恩朝鮮労働党委員長(中央)。朝鮮中央通信が8月25日に報じた(朝鮮通信=共同) たとえ客観的な事実がNOでも、金正恩がYESと考えているなら、「軍事的挑発行為の増加・重大化につながる」(白書)。そうである以上、いくらテレビ御用達の識者が技術的な問題点や地政学的な分析を披瀝しても議論の実益に乏しい。白書はこうも懸念する。「幹部の頻繁な処刑や降格・解任にともなう萎縮効果により、幹部が金正恩党委員長の判断に異論を唱え難くなることや、対南政策を担う統一戦線部の金養建(キム・ヤンゴン)部長が(中略)交通事故死し、後任には強硬派とされる金英哲(キム・ヨンチヨル)偵察総局長が就任したとの指摘もあることから、十分な外交的勘案がなされないまま北朝鮮が軍事的挑発行動に走る可能性も含め、不確実性が増しているとも考えられる」 昨年、(北朝鮮軍で対外工作を担当する)偵察総局の幹部(大佐)と、アフリカ駐在の外交官が相次いで韓国に亡命した(別途、2名の上将、中将と少将の計4名の将官も亡命)。今年4月には、中国のレストランで働いていた男女13人が集団で韓国に亡命した。8月17日には、駐英公使の韓国亡命も明らかになった。「今年に入って、北朝鮮のエリート層の亡命が相次いでいる。(中略)北朝鮮になんらかの異変が生じつつある」(8月23日付「産経抄」)。 これらは白書が懸念する「不確実性」の増大を強く示唆する。6月のムスダン発射、8月のノドン発射と今回のSLBM発射。それら発射の相次ぐ成功は「軍事的挑発行為の増加・重大化につながる可能性」(白書)を飛躍的に増大させた。 もはや、いつ何が起きても不思議でない。関連記事■ ついに領海侵犯した中国の「灰色の船」■ 放送法論争、国民は怒っている■ 「サンデーモーニング」の何が気持ち悪いのか

  • Thumbnail

    テーマ

    北朝鮮に忍び寄る崩壊の足音

    北朝鮮が5度目の核実験を強行した。建国記念日に合わせた核実験の狙いは国威発揚だが、短い周期で弾道ミサイルの発射を繰り返す背景には、金正恩体制の維持を国際社会に認めさせたい思惑もある。亡命者が相次ぎ、軍事的挑発以外に生きる道がなくなった北朝鮮。忍び寄る「崩壊」のシナリオを読み解く。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮に交渉など通用しない! 脱北者による「亡命政権」の樹立を急げ

     李英和(関西大学教授) 金正恩政権の暴走がどうにも止まらない。外向けは、核ミサイル開発を予想以上に急加速させている。内向けには、高級幹部を相次いで粛清している。 北朝鮮の核問題は長らく「核・ミサイル開発」と表現されてきた。核とミサイルの間に「中黒(・)」を挿入する書き方だ。核弾頭の小型化が進まず、弾道ミサイルの精度と飛距離が不足なので、戦力化はかなり先の話だという前提に立っていたからだ。 ところが北朝鮮の核戦力は実戦配備の段階にまで近づく。今や「開発」の二文字と中黒を取り払い「核ミサイル問題」と表現するのが正しい。核ミサイルの現実的な脅威が周辺諸国の目と鼻の先に迫り来る。 金正恩政権が発足して5年を迎えるが、その間に処刑された高級幹部は100名を越す。確かに金正日政権の発足時にも粛清の嵐が吹き荒れた。犠牲者だけ数えれば、そのときの方が二桁も人数が多い。だが、先代が殺したのは大部分が地方の幹部や庶民だ。亡き金日成を慕う雰囲気を一掃し、金正日時代の到来を世に知らしめるのが狙いだった。ところが、金正恩は高級幹部を狙い撃ちだ。北朝鮮の労働新聞が掲載した、発射訓練を視察する金正恩氏の写真(共同) 側近たちを死の恐怖に陥れ、その余波で海外に逃亡する幹部が相次ぐ。その心はいったい何なのか、理解に苦しむ。 はっきりしているのはひとつ。北朝鮮は暴君の率いる核武装した「ならず者国家」ということである。突然の大きな危険に直面すると、ひとも国家も異様な言動に走ることがある。北朝鮮の核ミサイル問題で、中国の責任は極めて大だ。運搬機器、工作機械、ロケット燃料など、中国の歴代政権あるいは軍部による助力なしには、北朝鮮が核武装することはできなかった。 ところが習近平政権は自国の責任を棚に上げ、高高度防衛ミサイルの配備問題で韓国に八つ当たりする。正気を失っているのは中国だけではないようだ。日本と韓国の言論界と専門家も同じ。防衛ミサイル無用論を言い立て「交渉」による平和的解決を唱える。核ミサイルの迎撃が技術的に困難だとしても、その代案が「交渉」になるわけではない。むしろ経緯を振り返れば、北朝鮮との「交渉」がいかに無力であるかは容易にわかる。 かつてアメリカを含む国際社会は軽水炉建設を含む多額の経済援助を北朝鮮に提供した(94年核合意)。あるいは、韓国の左翼政権が莫大な経済支援をほぼ無条件で10年間も注ぎ込んだ。その結果が、いま目の前にある重大な核ミサイル危機である。交渉で核兵器を放棄するつもりは北朝鮮にない。 だとすれば、交渉以外の手段を探るほかない。有力な代案のひとつは軍事的手段だ。防御が無理と言うなら、攻撃で相手を制するしかない。だが、この選択肢は筆者を含む「平和愛好家」にとってはきつい。戦争を望まないというのなら、別の手段を真剣に急いで準備するほかない。筆者のいち押しは「亡命政権の樹立」だ。暴政に苦しむ国民が海外に亡命政権を作るのは珍しくない。 むしろ、その機運が醸成されないことの方が奇妙だ。だが、北朝鮮では亡命政権の機運が芽生えなかった。それには理由がある。ひとつは、韓国という強力な「反体制勢力」「合法政府」が存在すること。「どうせ統一するのだから、亡命政府は要らない」との論法だ。東西ドイツの場合のように、急激な吸収統一を想定する場合には、合理的で説得力がある。「亡命政権」はヨーロッパで樹立するのが望ましい だが、国際的には北朝鮮は独立国家であり、韓国民の半数以上が即時吸収統一を望まない。周辺諸国も建前上は段階的で平和的な統一を希望する。筆者は即時の吸収統一を強く支持するが、世論がそれを望まないのなら折れるしかない。その場合、金正恩政権の退場後には、何らかの平和愛好的な政権が一定期間存在することになる。それが理屈だ。ここに亡命政権樹立の必要性が生まれる。 もうひとつの理由は、亡命政権の中核となる有力な指導者に恵まれなかったことだ。これまで大物亡命者としては、黄長燁労働党書記(97年韓国亡命、2010年死去)が知られる。だが、黄元書記は政治家というよりも学者だ。亡命の時期も悪かった。亡命して間もなく韓国に親北朝鮮の左翼政権が登場した。おかげで10年間も「飼い殺し」に近い暮らしを強いられた。 その後も脱北者の人数は着実に増えた。だが「旗振り役」を欠くせいで、脱北者は離合集散を繰り返すばかり。亡命政権樹立の機運は一向に盛り上がらなかった。脱北者の団結を欠く情けない状況も、ようやく転機を迎えるようだ。このところ労働党、人民軍、内閣の高位幹部の脱北者が相次ぐ。多彩で有能な人材が蓄積されている。あとは旗振り役が現れるのを待つばかりだ。朝鮮中央通信が報じた軍海部隊を視察する金正恩第1書記(朝鮮中央通信=共同) 亡命政権を支持する国際世論も欠かせない。したがって亡命政権の性格が大切だ。親中でもなく親米でもなく、幅広い国際的支持を得られる中立的な政権。そして、それを体現する人望が厚くて政治力のある指導者の登場。これが期待される。亡命政権の樹立には、韓国政府の理解と寛容が不可欠だ。韓国憲法は当然のことながら、朝鮮半島で唯一の合法政府を「韓国」と明記する。これにこだわれば、亡命政府は受け入れ難い。 また「韓国籍」を取得した脱北者が亡命政権に加わるのも窮屈だ。外見上は「韓国政府の傀儡」と映りかねないからだ。奇異に聞こえるが、日本にある朝鮮総連の幹部と構成員も同じ。彼らの大半は「韓国籍」を持つ。韓国で左翼政権が誕生した際、調子づいて大挙して「朝鮮」から「韓国」に国籍を変えたからだ。 あれこれ消去法で考えると、亡命政権はヨーロッパで樹立されるのが望ましい。韓国以外の地での亡命者、あるいは韓国籍を何らかの形で離脱した脱北者。これらの北朝鮮人が亡命政権の樹立に向けて大同団結する。そして、その他の脱北者が亡命政権に支援を惜しまず、戦争を望まない平和愛好家がこぞって声援を送る。これが現時点で筆者の考え得る最良のシナリオだ。

  • Thumbnail

    記事

    核を持つ「反日国家の出現」という朝鮮半島危機に備えよ

    西岡力(東京基督教大学教授) 金正恩政権はついに末期現象を見せ始めた。北朝鮮内部から伝わってくる多数の情報は、商売で自分の生活をどう守るのかしか考えていない住民たちはもとより、治安機関と軍や党の幹部らにさえ見捨てられつつある若い独裁者が、最大の支援国中国指導部を怒らせてしまった姿を赤裸々に伝えている。北朝鮮の労働新聞が8月29日に掲載した金日成社会主義青年同盟の大会で演説する金正恩朝鮮労働党委員長の写真 金正恩は、米本土まで届く核ミサイルを持って第2次朝鮮戦争を仕掛けるという金日成が1950年代に構想し、金正日が住民の15%を餓死させても強行した大戦略を完成させようと繰り返し実験をしている。かなり技術水準は上がり、あと数回実験すれば完成するか、すでに完成した可能性すらある。一方、独裁者が暗殺されるなど政権が突然崩壊する可能性も高まっている。政権崩壊のプロセスで、自分を守るためには何でもする独裁者のエゴイズムが、大規模な軍事挑発や韓国などに対するテロを引き起こす危険性がある。 一方、虎視眈々と半島全体を属国化しようと狙っている中国は言うことを聞かない金正恩にあきれて、厳しい制裁で屈服させるか、本人抜きの「新しい朝鮮」すなわち、親中で改革開放を行い、米韓の影響力を北進させない新政権の樹立を構想し始めている。中国首脳は親中政権樹立の過程で、韓国は対中経済依存度の高さを使っていくらでもコントロールできると判断しているという。 金正恩政権が倒れるプロセスは始まった。我が国と東アジア全体の自由民主主義勢力にとって最善のシナリオは、韓国と北朝鮮住民たちが主導する自由統一だ。最悪のシナリオは、金正恩が戦争やテロをしかけて大きな被害が出ることだ。次悪、あるいは長期的に見ると最悪とも言えるシナリオは、中国主導で金正恩政権が倒され、親中政権が北朝鮮地域にでき、韓国でも米国との同盟を破棄して中国と結ぼうという勢力が政権をとって半島全体が中国の影響下に入り「核を持つ反日国家」となることだ。 最善と最悪の間にさまざまな中間形があり得るが、まずその両極端を頭に置いて、我が国としては、できれば大混乱になる前にまず拉致被害者を助け出し、その上で抑止力を高めるため、現状の日米韓の3国軍事連繋を強める一方、最悪の場合、対馬が「核を持つ反日国家」との軍事的最前線となることもあり得ることを想定して、自衛力を高める努力をしなければならない。白村江の戦いで負けたあとと同じ地政学上の危機が来るかもしれない。現代版「防人」すなわち、憲法改正と軍備増強を急ぐべきときだ。 北朝鮮内部からの情報を紹介しよう。 住民は金正恩への忠誠心を持っていない。昨年10月、労働党創建70周年記念日に金正恩政権が住民に配った贈り物の中に、子供のための飴があった。しかし、国産のその飴は固くて不味いもので、子供らを失望させ、ある地方都市では金日成、金正日の銅像に向かってその飴を献げて「首領さまが召し上がって下さい。私たちは市場で買った飴を食べます」と話した子供が捕まった。金正恩を「肥った奴」と呼ぶ住民たち 同じ頃、中国と接する国境の町で、住民を集めて政治講演会が開かれた。平壌から派遣された党幹部の講師が「中国を信じるな。お前たちは国境に住んでいるので裏切り者がよく出る」と話したとき、聞いていた住民の一人が「そんなに我々を信じられないなら、朝鮮から切り離して中国にくっつけて下さい」と抗議し、その場で捕まった。 住民たちは、信用できる仲間同士話すときは、金正恩のことを本来呼ぶべき「元帥様」と言わず、「あの若い野郎」「肥った奴」などと呼んでいる。 金正恩政権成立5年目を迎え、当初は少しは暮らしがよくなるかもしれないと期待していた住民も、あきらめている。国境地域だけでなく、内陸まで市場では北朝鮮通貨はほとんど使われず、ドルか人民元がないと小さなもの以外買えない。中朝国境近くでは豆腐一丁も全て人民元でしか買えない。 治安機関も動揺している。今年2月から国家保衛部(政治警察)、人民保安省(一般警察)の末端職員の家族に対する配給が止まったという。職員本人分しか配給がないということだ。これまでは、90年代半ば、一般住民への配給が止まって300万以上が餓死したときもこのようなことはなかった。人民保安省職員らは、市場に行って難癖をつけて物資を没収するなどして家族を食べさせることができる。だが、保衛部は捜査の対象が政治犯であるため、捕まえたら収容所に送るか殺すかしなければならず、ワイロを受け取って見逃すとあとで自分が捕まりかねないから、役得がなく、むしろ生活が苦しいという。独裁政権を守る最後の砦と言うべき政治警察が末端から弱体化している。 引退した保衛部の元最高幹部は最近、肉親に「国がどうなるか分からない」と漏らした。末端の地方保衛部員らは、住民をなるべきならつかまえたくないと思っている。現政権は長く持たないから、政権崩壊後に自分たちが人民にリンチされることを恐れているという。北朝鮮・平壌にオープンしたすし専門店でタッチパネルを使い料理を注文する男性客=9月7日  様々な方法で外貨を貯めた新興富裕層(トンジュ)がいまや生産分野にも投資するようになった。社会はほとんど資本主義化している。外貨を払い、労働者を食べさせていけるなら小さな工場や商店の経営権を買うこともできる。一定のカネを上納して雇用する労働者を食べさせることができれば、運送業、薬局、食堂、中小工場の経営権を買える。登録は国営企業などになる。保衛部が金の出所を調査するが30万ドル以下であれば、華僑が投資したというとそれ以上問題にならない。労働者の解雇もできるという。 不動産業者が平壌と地方で営業している。土地やアパートを売買する(使用権という建前)。平壌で住宅を買う場合、最低5万ドル、まずまずの家なら30万ドル必要だという。病院務めの医者も自宅で闇開業している。家の表に紙で「●●科診療受けます」とはる。値段も決まっている。現金だけでなく米やトウモロコシでの支払いも認める。「いつかあの一家も殺される」怖いもの知らずにカネ儲け 金正恩のまわりの何人かを除くと、みなカネが全てと考えている。権力層の息子らはみな、外貨稼ぎ部門にいき、やりたい放題ドルを使っている。国家保衛部長金元弘の息子金チョルは外貨稼ぎの利権を父親の威光で従来の業者から奪い、怖いもの知らずでカネ儲けをし「セキ(子供)保衛部長」と呼ばれている。彼は、平壌で仲閒を引き連れ遊んでいる。いつかあの一家も殺されるとささやかれている。金チョルは金正恩の実兄正哲らとグループを作って平壌で贅沢三昧をしている。正哲は金正恩の了解もらわず海外に出かけている。保衛部もどうしようもない。4月に北朝鮮の労働新聞が掲載した金正恩第1書記(中央)の写真 ついに、昨年から党の秘密資金が枯渇しはじめた。各地方の党責任書記には外貨上納が割り当てられ、それができないと地位を追われる。軍や治安機関幹部らさえ金正恩への忠誠心はない。近く金正恩政権は倒れて、改革開放政権ができることは必至で、そのときまとまった外貨を持っていて鉱山などを買い占めればよい暮らしを維持できるが、それに失敗すれば軍や党の幹部もみな乞食になると考えている。 ソ連が崩壊したとき、外貨を持っていた者は油田やガス田などを買い占めマフィアになったが、それ以外の幹部は使用人となったと、陰で話し合っている。平壌の幹部は改革開放に備えて100万ドル集めることを目標にしており、地方幹部は10万ドルを目指している。物資の横流し、ワイロ、情報を海外に売るなど、地位を利用してカネになることなら何でもする。 金正恩があまりにも多く粛清、殺した。軍では軍団長、師団長クラスは簡単に殺す。党、軍、保衛部ではみな側近になりたがらない。昇進しても一切助言はせず、与えられたことだけする。 昨年の玄永哲人民武力部長公開処刑を見てみな恐れている。姜健軍官学校で行われた公開処刑を参観させられた軍幹部ら、俺たちは何のために生きているのかと感じ、忠誠心を失った。金儲けしか考えていない。 在外公館も本国から外貨は来ず、自給を強いられている。大使の月給が千ドル程度で麻薬や密輸で稼ぐしかない。海外で秘密資金の持ち逃げが続出している。昨年、香港で500万ドル、ロシアで600万ドル持ち逃げされた。秘密資金を管理している党39号室関係者が外貨を持って韓国に逃げた。韓国政府は私有財産は没収しない。まさに「悪の枢軸」 ISと手を組んだ韓国テロ計画 英国大使館公使をはじめ、高官の亡命が相次いでいる。韓国政府の調査によると2014年から16年に韓国に入った脱北者の約7割が「北朝鮮で自分は中・上級の暮らしをしていた」と答えている。経済的理由ではなく、体制への不満から脱北する幹部が増えている。 昨年、韓国マスコミが亡命説を報じ、北朝鮮が「スキー場工事に今も従事している」と否定した朴勝元上将は本当に亡命していることを私は確認した。彼は元人民軍総参謀部副参謀長を歴任した最高幹部の一人で機密情報を多数持っている。朴上将の略歴は以下の通りだ。1946年11月生まれ、現在69歳。人民軍人養成のための最高学府である金日成軍事総合大学を卒業し、1992年4月に中将階級に上がり、人民軍総参謀部副参謀長を歴任した。2000年9月に済州島で開催された第1回南北国防長官会談に北朝鮮側次席代表として参加、2002年4月人民軍上将(星3つ)階級となった。2010年9月、金正恩が後継者として正式に推戴された朝鮮労働党代表者会議で党中央委員に選出された。 韓国政府は認めていないが、私が入手した北朝鮮側の情報によると、亡命した将軍は4人いる。少将1、中将1、上将2。残り3名の名前は不明だ。韓国マスコミがやはり昨年亡命説を報じた朴在慶大将は亡命していないが、第三国で保護されている可能性がある。これまでの軍人亡命の最高位は大佐だったから、将軍が複数亡命した事実は、人民軍幹部の忠誠心がどれほど低下しているかを示す指標となる。北朝鮮の労働新聞が6月23日に掲載した中長距離戦略弾道ミサイル「火星(ファソン)」の発射実験を視察する金正恩朝鮮労働党委員長の写真 内部情報によると、多くの将軍らは金正恩にはついていけない、除去すべきだと考えているが、家族親戚まで粛清されるので機会を待っているという。朴勝元将軍も韓国で金正恩打倒を支援して欲しいと提案したという。 すでに金正恩暗殺未遂事件が2回あった。1回目は2012年11月3日、平壌紋繡通りの建設現場でのことだった。その日、金正恩は完工を控えた複合サービス施設柳京院と人民野外スケートリンク、ローラースケート場を視察するということになっていた。当日朝ある男性が柳京院の近隣の横になった檜の木の下に巧妙に隠されていた装填された機関銃を発見して直ちに保衛部に申告し、暗殺未遂事件が発覚した。事件直後、金正恩官邸と別荘をはじめとする専用施設30ヶ所余りに装甲車100台余りが新しく配置された。 2回目は日本でも一部で報じられた2013年5月、平壌市内での交通事故偽装暗殺企図だった。現場にいた女性交通巡査が「共和国英雄」称号を受けたことから、暗殺説が拡散していたが、北朝鮮は「金日成、金正日の肖像画を火事から守った」という偽情報を流していた。 最後に北朝鮮の金正恩政権がテロ集団ISに韓国内でテロを起こすことを依頼した、という驚くべき情報について書いておく。私が今年4月頃、北朝鮮内部から入手したところによると、米韓軍が斬首作戦(金正恩殺害軍事作戦)演習を行ったことに激怒した金正恩は3月初めISが支配するシリア国内に5人の使者を送り韓国内でのテロ実行を依頼し、見返りとして武器支援を提示した。ISはその依頼を受諾したという。まさに、「悪の枢軸」によるテロ連繋だ。

  • Thumbnail

    記事

    国際社会は北朝鮮の核兵器開発を阻止できるか

    武貞秀士(拓殖大学大学院特任教授)(PHP新書『なぜ韓国外交は日本に敗れたのか』より) 国際社会は、北朝鮮の核兵器開発を阻止できるのだろうか。 北朝鮮の核兵器開発には長い歴史がある。国家目標と軍事戦略の重要な根幹をなしているからだ。そして金正恩第一書記の体制下、核開発はさらに加速している。2014年4月から実施している新しい義務教育制度の教育カリキュラムは、理数系科目を重視する内容に変わった。義務教育の期間を1年延長して12年とし、物理、化学、数学、英語の時間を増やしたのである。日本の高校に当たる教育では、核分裂と核融合の違いを教え、ロケットの仕組みを高校生が説明できるという。2014年10月、羅先特別市の高級中学(日本の高校に当たる)を訪問したとき、高校生たちは目を輝かせて「科学者になりたい」と語っていた。羅先特別市の街には「科学立国」のスローガンが目についた。 北朝鮮の科学教育の重視は、核兵器開発計画と無関係ではない。北朝鮮に対する制裁を強化することにより、北朝鮮が核兵器開発を断念することはないだろう。 そして各国の姿勢の変化のなかで目立つのは、2016年1月以降の韓国の姿勢の変化だった。1月6日、北朝鮮が核実験をしたあと、韓国は中国との外相同士の電話会談を実現し、朴槿恵大統領と習近平国家主席とのホットラインでの中韓首脳協議を試みた。しかし、このホットラインでの協議に中国が応じたのは2月5日夜であった。 そして中国が中韓の首脳による電話会談に応じたとき、朴大統領は北朝鮮に対する強力で実効的な国連安保理決議の採択に向け、中国側の積極的な協力を要請した。国連安保理で中国が制裁問題に慎重姿勢を続けていることを考慮したうえでの要請であった。 しかし習国家主席は「当事国は朝鮮半島の平和・安定という大局に立ち、冷静に対処しなければならない」と答えた。つまり中国は、北朝鮮への強い制裁は避け、対話で解決しようと答えたのである。 2月7日に北朝鮮がミサイル発射をしたあと、韓国はアメリカとのあいだでTHAADの協議を再開することを表明した。これに対して中国の張業遂筆頭外務次官が2月16日、韓国を訪問して林聖男外務第一次官と会談を行ない、THAADの韓国配備に反対する立場を表明した。林外務第一次官は「韓国の安保と国益の観点から判断する事案である」という韓国政府の立場を張筆頭外務次官に説明した。それに対して張筆頭外務次官は韓国の立場を配慮し、「中国は安保理で新しく強力な対北朝鮮制裁決議案を通過させることに賛成する」と述べたが、実際には、中国は1月以降、強力な制裁には反対していた。 つまりは中国のほうにも、これまでに蓄積してきた中韓の戦略的な協力関係をフイにはしたくない、という苦悩がうかがえるのだ。一方で北朝鮮への影響力を維持するため、強い制裁は回避したい。国際社会の期待は、中国が強い制裁に応じてくれることである。北朝鮮の実験は「中韓離反」をもたらしたのか 中国の政策優先順位はどうなっているのか。その第一は、在韓米軍へのTHAAD配備阻止であるようにみえる。王毅外相は韓国の尹炳世外相との会談で「(配備は)中国の戦略的な安全利益を毀損するものだ」と厳しく批判した。中国のメディアは「THAADが韓国に配備されるなら、戦略と戦術の両面で中国の軍事的な目標に公式に選ばれる」と報道した。 しかし、韓国の方向転換は続いた。朴大統領は2月16日、国会演説を行ない、開城工業団地の全面中断措置を決定した。この演説で朴大統領は、米韓の「共助」、日米韓三国間の「協力」を強化して、中国・ロシアとの「連帯」も重視していくと述べたが、その発言は、中国との関係を格下げし、日米韓協力を格上げしていく、ということを示唆していた。 これは政策転換といってもよい内容だった。韓国の迷いが表れている。中国は韓国の姿勢が変化したことを注視して、韓国政府に警告を発する事態になっている。わずか一カ月のあいだに起きた東アジアの構造変化には、ただ驚くほかはない。韓国はアメリカとの同盟関係と中韓戦略的パートナーシップのあいだで板挟みになり、そして、アメリカとの同盟関係を優先しはじめた。 北朝鮮が核実験とミサイル発射をしたのは、規定路線を確認したにすぎない。実験を繰り返して、アメリカ東部を射程に入れる技術の習得を急ぐ。日本、アメリカ、韓国、中国、ロシアの対応は違っているが、そのなかでも韓国の変化に対し、中国は失望を禁じえないのではないだろうか。 北朝鮮の動きがめだった2016年前半であったが、奇妙なことに北朝鮮が多くのものを獲得していることがわかる。2016年2月と3月、北朝鮮の2つの実験が終わったあと、韓国は中国の姿勢に疑問をもちはじめている。中国が必要以上に北朝鮮を支援しているのではないか、とみなしはじめたのだ。つまり、北朝鮮の行動によって生じた重大事態の一つは、韓国の中国への猜疑心である。北朝鮮の実験が「中韓離反」をもたらしたのであれば、それは北朝鮮の「外交成果」を意味する。ことほどさように、東アジアの国際政治はいつもダイナミックなのだ。 たけさだ・ひでし 1949年兵庫県生まれ。77年慶應義塾大学大学院博士課程修了。防衛庁(当時)のシンクタンクである防衛研修所(のちに防衛研究所と改称)に入り、2011年に統括研究官として退職するまで36年間勤務。その間、スタンフォード大学、ジョージワシントン大学に客員研究員として滞在。11年より2年間、延世大学国際学部で日本人初の専任教授に着任。現在、拓殖大学大学院国際協力学研究科特任教授。著書に、『韓国はどれほど日本が嫌いか』 (PHP研究所)、『東アジア動乱』(角川oneテーマ21)などがある。関連記事■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 中国は本気で「核戦争」を考えている■ ヒラリーが大統領になると、アメリカの対日政策はどうなる?■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?■ イスラームの悲劇~中東複合危機から第3次世界大戦へ

  • Thumbnail

    記事

    金正恩に未来はない! 北朝鮮を揺るがす「エリート一家」の亡命

    朴斗鎮(コリア国際研究所所長) 8月24日午前5時半ごろ、北朝鮮は東部の咸鏡南道・新浦沖でまたもや潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)1発を発射した。最長の500キロを飛び、日本の防空識別圏内に80キロほど入った海上に落下したとみられる。金正恩委員長は第7回朝鮮労働党大会以後も引き続き核・ミサイル開発と恐怖政治にしがみついているが、その強硬路線が体制内の亀裂を深めている。それは特権層に属する高官・外交官の亡命や中流エリート層に属する海外派遣員などの脱北として表面化している。 かつて脱北は政治的な理由による亡命、生きるための脱北が主流だったが、今では子どもの将来など未来を見据えた脱北という新しいスタイルが登場している。そこには金正恩体制には未来がないと判断する特権・エリート層(特に青年層)の意識変化が背景にある。 最近にも香港で開かれた国際数学オリンピックに参加し、銀メダルを獲得した18歳の男子生徒が7月16日に現地の韓国総領事館に逃げこみ亡命を申請した。 そうした折、韓国統一部は8月17日、在英国北朝鮮大使館のナンバー2、テ(太)・ヨンホ公使(党生活担当)が妻や子どもと共に亡命し、先ごろ韓国入りしたと発表した。 北朝鮮で最高権力層クラスの身分を持つテ氏は、在デンマーク大使館書記官、欧州連合(EU)担当課長、外務省欧州局長代理などを歴任してきた北朝鮮外務省を代表する欧州通のエリート外交官だ。英国では約10年勤務し北朝鮮体制宣伝を行っていたが、本国に呼び戻されるのを前に、先月半ばごろ亡命を決行した。亡命理由に「子どもの将来」を挙げていることから、亡命の背景には子息の「意識変化」が絡んでいると考えられる。 テ氏の亡命は、金正恩政権に大きな衝撃を与えている。テ氏の亡命が衝撃的なのは、彼が英国大使館を実質的に牛耳る党組織担当公使だっただけではない。彼の家系と夫人の家系が北朝鮮政権の根幹である抗日パルチザン人脈に繋がる核心層に属するからである。核心層すら見放す金正恩の「危険な火遊び」 テ・ヨンホ氏の父テ・ビョンヨル氏は、解放前の抗日パルチザン闘争で金日成の伝令兵を務めた人物だといわれている。1997年に死亡するまで、民族保衛相、政治安全局長、党中央委員、党軍事委員会委員、最高人民会議代議員を務め、人民軍大将と共和国2重英雄の称号を与えられている。 また兄と言われているテ・ヒョンチョル氏は朝鮮労働党7回大会で討論した人物だという(JNNニュース2016・8・18)。テ・ヒョンチョル氏は1953年生で党中央委員、金日成総合大学学長、教育委員会高等教育相などを歴任する思想・理論分野の現職重要幹部であり、2015年10月には金日成総合大学代表団のロシア訪問を引率した人物である。 一方夫人のオ(呉)・ソンヘ氏の家系もまたパルチザン家系だ。オ・ソンヘ氏は北朝鮮の最高特権層に属する抗日パルチサン一族の呉白龍(オ・ベンリョン)前国防委員会副委員長(息子はオ・クムチョル軍副総参謀長)の親族だと言われている。呉白龍は金日成主席のパルチザン時代の同志として知られており、党政治局委員、中央軍事委員会委員、護衛司令官を歴任した人物だ。 この「呉氏」の一族は、金日成に忠実な「模範一家」とされている。1960年代末に「遊撃隊5兄弟」の 題名で芸術映画化され(3部作)、北朝鮮だけでなく朝鮮総連幹部たちの忠実性教育の題材にもなった。 最近、呉兄弟の「首領決死擁護精神」に学ぶ運動である第3回「呉ジュンフプ7連隊称号争取運動熱誠者大会」が開催(2016・8・6)されたが、そこには金正恩委員長が直接参加している。しかし皮肉にも、呉ジュンフプの「首領観」に学ばなければならないと強調する大会を開いているその時に、「呉一族」から脱北者が出てしまったのだ。金正恩委員長に与えた衝撃には計り知れないものがある。 高官の脱北では、金正日総書記に大きな衝撃を与えた1997年2月の「黄長燁(ファン・ジャンヨプ)書記」の亡命が思い起こされるが、テ・ヨンホ氏はその地位では黄氏に及ばないが、その家系では黄氏をはるかにしのぐ人物だ。 今回のテ・ヨンホ氏亡命事件は、核とミサイル開発で求心力を強めようとする金正恩委員長の思惑が空回りしていることを示した。核心層でさえ「金正恩の核・ミサイルオールイン路線では北朝鮮の未来はない」と判断しているということだ。 金委員長は、今回のSLBM発射成功で、担当幹部と抱き合って喜ぶ無邪気な姿を労働新聞紙上にさらけ出したが、危険な火遊びにうつつを抜かしているどころではなくなってきている。パク・トゥジン コリア国際研究所所長。1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)など。

  • Thumbnail

    記事

    部下の失敗許す金正恩 「北朝鮮崩壊論」には現実味なし

    ったことで沈静化したものの、2011年の金正日総書記死去後に再び勢いを増した。 この問題については、安全保障問題で特集を組むことの多い雑誌「インテリジェンスレポート」が今年5月号で「『北朝鮮崩壊論』を検証する」という特集を組んでいた。崩壊論が語られてきた歴史や背景を検証するとともに、経済や軍事といった側面から崩壊論が妥当かを検証する興味深い内容になっている。 専門家で早期崩壊論に与する人は、まずいない。北朝鮮の軍事に詳しい聖学院大の宮本悟教授は「『北朝鮮崩壊論』は、朝鮮半島統一のために北朝鮮が崩壊して欲しいという願望」だと断じ、軍事クーデターが起きる可能性が極めて低いことを論じる。金正恩氏は侮れない相手だ アジア経済研究所主任調査研究員である中川雅彦氏は、経済という観点から検証。1990年代後半にどん底に落ち込んだ後、回復軌道に乗っている北朝鮮経済について「規模がアジア最低水準であるが、高度成長を続けている。食糧事情は飢餓水準より上で満腹の水準より下というものである」と結論づけた。中川氏の論考の副題は「満腹してなくても今日より明日がよく見える社会」である。 また、拓殖大大学院の武貞秀士特任教授(元防衛研究所主任研究官)は「側近の粛清、更迭、承認(おそらく「昇任」の間違い:澤田注)、降格、左遷が目立つのが金正恩第一書記の体制であるが、権力抗争の結果であるのかどうかについては不明である。権力の掌握度が高まった結果、人事権を自由自在に行使しているのが金正恩第一書記であるという見方が可能であろう」と指摘。「絶対にない」ことは世界に存在しないから突然の北朝鮮崩壊に備える必要はあるとしながらも、崩壊論には弊害が多いと説いている。 韓国統一省の高官や韓国の北朝鮮研究者は、「金正恩に関する情報は蓄積がないので判断が難しい」と言い続けてきた。その状態は、これからもしばらく続く。ただ、侮れない相手だとは考えた方がいいようだ。北朝鮮崩壊論は「読み物」としては面白いかもしれないが、それ以上のものではないと考えるべきだろう。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮金融制裁、中国の非協力

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 ウォールストリート・ジャーナル紙の6月5日付社説が、北朝鮮を「主要マネー・ロンダリング懸念先」に指定したオバマの対北朝鮮措置について、強制されれば大きな効果がある、オバマは今回本気かもしれない、として措置決定を評価しています。要旨、次の通り。 オバマ政権は北朝鮮を「主要マネー・ロンダリング懸念先」に指定した。これは金融分野で最も強い手段である。これが強制されれば、世界の銀行は北との金融取引を続けるか、米金融システムへのアクセスを維持するかの二者択一を迫られる。金正恩と中国の銀行にとっては難しいことになる。 この措置は時宜に適ったことだ。ミャンマーやイランに対してはこのような包括的な禁止措置を執ってきたが、北には一部の機関や個人に対する制裁しか執ってこなかった。そのため北は外国の銀行と取引を続け、麻薬や通貨偽造、奴隷労働や武器といった闇の市場で獲得した汚い金を動かしてきた。昨年オバマは世界で最も大きな制裁を受けている国家が北朝鮮だと述べたが、それは正しくなかった。しかし今回はそれにコミットしたのかもしれない。iStock 先例は2005年にブッシュ政権が執ったバンコ・デルタ・アジア銀行への制裁措置である。これにより2500万ドルのキム・ファミリーの資産が凍結され、他の銀行は米国の金融システムからの排除を恐れ北との取引を止めた。北は間もなくミサイルの部品や仲介業者への支払いができなくなり、措置の解除を懇願してきた。 ブッシュ政権は国務省のコンドリーザ・ライスとクリストファー・ヒルの強い主張によりバンコ・デルタ・アジア銀行に対する措置を、北朝鮮による非核化の約束と引き換えに、2007年に解除した。しかし予想通り北は約束を反故にした。他方この事例は国際的な金融システムへのアクセスを失うことに対する北のレジームの懸念の大きさを示すことにもなった。 今回の措置の効果は大きいかもしれない。外国の銀行が米のシステムから排除されることになれば、北はバンコ・デルタ・アジアの事例どころではない大きな問題に直面するだろう。 しかし、北の庇護者である中国は米国のシステムに依存しない一部の銀行に北と取引をさせたり、北への援助を強化したりして、米国の措置を阻害することができる。中国は米の今回措置を「一方的措置」であり、制裁は「中国の正当な権利と利益を害する」ことがあってはならないと批判した。中朝は関係修復か 措置の効果は米国がいかに中国を説得できるかにかかっている。その点で今回措置の決定のタイミングは希望をもたらすものである。それは南シナ海を巡り米中の緊張が高まる中、更に年次米中戦略経済対話の直前に、かつ習近平が金正恩の特使と会見した時期に措置が取られたからである。オバマ政権は過去屡々外交日程を考えて強硬措置の決定を躊躇ってきたが、今回は動いた。この措置が今後強制実施されることを希望する。出典:‘Squeezing Kim Jong Un’s Bankers’(Wall Street Journal, June 5, 2016)http://www.wsj.com/articles/squeezing-kim-jong-uns-bankers-1465145840*   *   * オバマ政権による北朝鮮マネー・ロンダリング(資金洗浄)懸念先指定の措置を評価しその強制実施を期待する論評です。論評は特に措置決定のタイミングを評価しています。論評の言う通り、今般の米国の措置は良いことです。 6月1日、米財務省は北朝鮮が核やミサイルの開発資金の不正な送金を続けていることや銀行に対してサイバー攻撃を掛けていることを指摘して、北朝鮮を法に基づくマネー・ロンダリング懸念先に指定、米金融システムへのアクセス拒否を含む金融取引を一段と厳しくする制裁措置を発表しました。これにより北朝鮮の銀行は米国の銀行との取引が禁止されるほか、北と取引を継続する米国以外の国の銀行は米国の金融システムから排除されることになります。財務省は声明で他国政府も同様の措置を講じるよう期待を示しました。 イランを核交渉に動かした要因として米国による金融措置の力は大きいものでした。また、2005~07年のバンコ・デルタ・アジア銀行制裁措置解除に向けた北朝鮮の執念を見れば、金融措置の潜在的インパクトは大きいです。しかし、イランの場合とは違い北朝鮮への効果は不確定だとの指摘もあります。第一は、同様の措置はイランの莫大な石油収入を止めるという大きな遮断効果を持ったが、北朝鮮への遮断効果は限られるとの点です。通貨偽造についても米国がその後100ドル紙幣の仕様を変更したため偽造ビジネスは相当程度できなくなりました。第二は、中国がどれほど協力するかということです。中国は既に今回措置を批判しています。中朝は関係修復か 中朝関係に最近、関係修復とも受け取られうる動きがみられます。5月9日、習近平は金正恩に祝電を送って北朝鮮労働党委員長に推戴されたことを祝いました。さらに、6月1日、習近平は北京を訪問中の李洙墉朝鮮労働党副委員長と会談しました。約3年ぶりの北朝鮮要人との会談でした。その席上、習近平自ら中国が求める朝鮮半島の非核化を念押ししたと言われます。中国の朝鮮半島研究者の中からは「原子力発電などの核開発は進めるが、核実験は封印すると約束したのではないか」との観測が出ているといいます。他方、5月の党大会で金正恩は「責任ある核保有国」を宣言し、核保有国の既成事実化を狙っています。北はイランなどの例も入念に検討しているに違いありません。

  • Thumbnail

    記事

    命を虫けら以下に扱う金正恩 知られざる北朝鮮「恐怖政治」の実態

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) 世の中には不思議なことがいろいろありますが身近な疑問の一つになぜ、北朝鮮はまだ存続しているのか、なぜ、金正恩氏はあれだけの横暴を続けることができるのか、であります。 直近のニュースによると副首相を処刑、その理由はどうも見せしめのようだったというのですが、彼には人の命は虫けら以下、ましてや副首相、あるいは叔父の張成沢氏といった身近な人間だからこそ、見せつけの恐怖政治を極めることができるのかもしれません。もはや、多少の忠誠心では収まらず、命を懸けて金体制を支持しなくてはいつ処刑されるかわからない事態とも言えるでしょう。 北朝鮮には出身成分という身分仕訳が全国民に対して行われているとされます。まず、大まかに「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」という三つの分類があり、それぞれにサブカテゴリーとして13,27,11種あり、合計51種の分類となります。敵対階層の多くは「日帝」の関連者、親日、親米、キリスト教、仏教、哲学者、富裕地主といった人たちがあげられるそうです。また、平壌には主に核心階層のみ居住を許されるともされ、どこまで真実かわかりませんが、同国には少なくとも金三代において国民を牛耳るシステムを作り上げているとも言えます。 また、朝鮮労働党の組織指導部は一種の党員を把握する人事部のようなものでここで作成される人事記録が悪化すれば格下げ、炭鉱送り、処刑といった罰が待ち構えます。全党員と勤労者が参加する土曜日午前10時の「生活総和」は自己批判をしあう会でありますが、参加者は好き嫌いにかかわらず自己批判を通じて組織に把握される仕組みが出来上がっているとも言えます。 こう見てくると流れとしては中国の文化大革命の時と非常に似ています。当時は毛沢東主席が作り上げようとする革命国家に対して紅衛兵が国の隅々まで回り、革命分子を見つけては、自己批判させ、祭り上げ、街中を引きずり廻し、資産を強奪し、命を奪っていきました。あの頃の中国に世界は誰も手を付けられない状態でありました。まさに傍観であります。 が、文化大革命は割とあっさり崩壊しました。一つは四人組の不正、分裂、崩壊、そしてもう一つは毛氏の死去であります。特に四人組の崩壊については結局、それぞれの野心が国民の不信を買い、毛氏の信頼を失ったこともあるでしょう。四人組の一人、江青は毛氏のワイフでありましたが様々な図書を読む限り、このワイフの性格は酷く、悪女そのものでありました。国連に北朝鮮を止める強制力はないのか 現代において北朝鮮が文化大革命とかなり似た状態で国家運営されている事態を見る限りにおいて長くは続かないだろうという予想はあります。ただ、どれぐらい持つのか、という点になるとこれは何ら根拠がなくなってしまいます。1年かもしれないし10年かもしれません。確実に言えることは金正恩氏に権力が集中している限りに於いて彼が末端まで掌握し、コントロールできる体制を維持できれば「基本的国家生命力」はある程度維持できます。 次いで、彼が諸外国との外交を行うにあたり、現在のように敵を作る一方であれば彼は国防を更に強化し、国民に緊張感を与え続けなくていけない一定の「成長」が求められます。 父の金正日氏の時は中国なりロシアなりのサポートがあり、外交的味方がいました。あるいは金正日氏の時代に飢饉があった際にも中国をはじめ日本も食糧支援をするなど基本的国家生命力の維持には人権的見地から手を差し伸べたのであります。それは金正日氏は金正恩氏ほど無謀な敵対外交をしませんでしたし、中国とのコミュニケーションもとっていました。 今の北朝鮮は外国からのサポートはないに等しいといっても過言ではありません。つまり、宣言こそしていませんが緊急事態がずっと続いているようなものでありましょう。国民の疲弊にも限界があります。国外脱出もあるでしょう。外交官からレストランで働く給仕まで脱出を試みるのは当然の成り行きであります。 諸外国はこの事態をじっと見守るしかないのでしょうか?体制という名のもので多くの民が虫けらのように殺害されたり生命の危機に陥れられているのに国連も何処も強制力が使えないのか、使わないのか、譲り合いなのか、火の粉を被りたくないのか、実に悩ましい状態だと言えそうです。(ブログ「外から見る日本、見られる日本人」より2016年9月5日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    脱北で異様な緊張感 寂しい北の「建国記念日」祝賀会

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 9日は北朝鮮の第68回建国記念日だ。それに先立ち、海外の北朝鮮大使館では6日夜、ゲストを招いて祝賀会が開催された。海外駐在外交官の脱北が増加している時期だけに、大使館内の雰囲気は例年とは異なり、緊張感が漂っていたという。建国記念日を祝賀する在ウィーンの北大使館(2016年9月6日午後6時、筆者撮影)  駐オーストリアの北朝鮮大使館(金光燮大使、Kim Kwang Sop)でも同日、ゲストを招いて祝賀会が開かれたが、朝から雨模様で、気温も前日より5、6度低いこともあってか、ゲストの数は少なかった。当方が大使館前で見ていた範囲では、30分間に数人のゲストが目撃されただけだ。大使館の中庭には外交官がゲストの到着を待っていたが、手持ち無沙汰のようだった。 ところで、駐英北朝鮮大使館のテ・ヨンホ公使が脱北したことで、海外駐在外交官への監視の目が一段と厳しくなってきた。今年に入って既に5人の外交官が脱北したという。外交官の亡命防止策として、外交官の家族は帰国を命令されたという情報も流れた。確認はできていないが、6日のウィーンの祝賀会でゲストを接待する外交官の奥さんたちの姿は少なかったという。多くの外交官は単独赴任を強いられるのだろうか(参考までに、韓国の聯合ニュースが7日報じたところによると、「今年1月から8月までに韓国入りした脱北者は894人で前年同期比15%増加した)。 なお、毎年6月末から3カ月間、休暇を兼ねて平壌に戻る金光燮大使(大使の夫人、金敬淑夫人は故金日成主席と金聖愛夫人との間に生まれた長女)は8月中旬にウィーンに帰国している。北朝鮮で休暇を楽しんでいる間に、ウィーン駐在の外交官が脱北でもしたら大変、責任を追及されかねない。そこで今年は大急ぎでウィーンに戻ってきた、というのかもしれない。それとも、金正恩氏の命令が出たのかもしれない。なお、金敬淑夫人は現在、ウィーンに戻ってきている。 ウィーンの大使館の掲示板には9枚の写真が掲載されていたが、今年5月に36年ぶりに開催された第7回北朝鮮労働党大会の写真で占められていた。それも金正恩党委員長の写真だけだ。祖父の故金日成国家主席、父親・故金正日総書記の写真は1枚もなかった。当方の知る限り、祝賀会で両者の写真が展示されなかったのは初めてのことだ。金正恩氏にとって、祖父や父親の助けなくして一人立ちしたことを内外にアピールしたいところだ。好意的にいえば、政権を世襲して今年12月で5年目に入る金正恩委員長の政権掌握の自信の表れだろう。 ちなみに、北では2月の金正日総書記誕生日(光明星節)、4月の金日成主席誕生日(太陽節)には世界各地の北朝鮮大使館でも祝賀会が開催されるが、ゲスト参加数では金日成の誕生日が圧倒的に多い。「金日成主席にはカリスマ性があり、依然人気は高いが、その息子金正日になると人気はガックと落ちる」という。 3代目の金正恩委員長が自身の誕生日1月8日を公式祝日としないのは、父親や祖父の功績への配慮からというより、自らの人気のなさを知ったうえでの判断かもしれない。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年9月9日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    核は運べるか? 北朝鮮ミサイルの謎を暴く

     [WEDGE REPORT]能勢伸之 (フジテレビ解説委員兼ホウドウキョク「週刊安全保障」アンカー)【北朝鮮の弾道ミサイル能力を読み解く4つのポイント】1. 日本にとってまず脅威となるのは、技術も運用も確立済みのノドンやスカッドER2. 現在、日本にとって迎撃しにくいのはムスダン。ただし、4月の発射実験は3連続で失敗?3. ムスダンの発射実験失敗で米国本土に届く弾道ミサイルの開発も揺らぐ可能性4. 北朝鮮が発射実験に成功したとする潜水艦発射弾道ミサイルは将来の日本にとって大きな脅威 36年ぶりに開かれた北朝鮮の朝鮮労働党大会で、新設された「党委員長」に就任した金正恩氏は、過去4回の核実験を背景に「核強国の地位に堂々と上がっただけに、それ相応の対外関係を発展させていかなければならない」(党中央委員会活動報告5月7日)と核保有の意義を強調した。だが、「核」は、敵地への運搬ができなければ、「核兵器」にならない。4月23日に実施された潜水艦発射弾道ミサイルの発射試験は、日本にとって大きな意味を持つ(AP/Aflo) では、北朝鮮が今年に入って次々打ち上げた様々な弾道ミサイルはその役割を担えるだろうか。まず、党大会開会の辞で、金正恩氏が「わが軍隊と人民は……初の水素爆弾実験と地球観測衛星『光明星4号』の打ち上げを成功させ……」と意義を強調した、「銀河」。2月7日、衛星の軌道投入に使用された「銀河」は、防衛省では「テポドン2派生型」と呼ばれ、弾頭を大気圏に再突入できる技術力があれば、射程は1万2000kmと米本土もカバーし、〝事実上の弾道ミサイル〟となる。 金正恩氏が2カ月前、「核攻撃能力の信頼性をより高めるため、早期に核弾頭の爆発試験と、核弾頭搭載が可能な様々な弾道ミサイルの発射実験を行うと表明し、準備を命じ」(3月15日付朝鮮中央通信)ていたが、その言葉に沿う形で発射されたのは移動式中距離弾道ミサイル、ムスダンだ。4月15日に1回、同28日には2回と、計3回発射されたが、韓国軍はいずれも失敗と評価している。 さらに、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM/KN-11)発射試験(4月23日)も実施しているが、約30km飛んだところで爆発したとして、韓国軍は、飛翔が短く失敗と見ている。北朝鮮メディアが伝える党大会の金正恩氏の発言に、ムスダンやSLBMを示唆する言葉はなかった。 北朝鮮の保有する弾道ミサイルは大まかに4系統に分かれる。 まずは〝おなじみ〟のノドンに至るスカッド系統だ。1981年にエジプトから入手した旧ソ連の液体推進のスカッドB弾道ミサイルのコピー及び発展型で、別々のタンクに入った液体の燃料と酸化剤をエンジンで燃やし、噴射する。全長を長くして、推進剤を増やし、弾頭も小型化して、射程を1000kmに延伸したスカッドER、スカッドBの直径、全長ともに1・5倍に拡大、エンジンも大型化した射程1300kmのノドンなどがある。ノドンなら東京が射程に入る。北朝鮮の弾道ミサイルその歴史と能力北朝鮮の弾道ミサイルその歴史と能力 米国防総省の資料では、ノドンの移動式発射機は、50両以下とされる。見方を変えれば、この数だけ、ノドンは連射が可能ということになる。この系統のミサイルは、噴射口が1つで、4方向から噴射口に突き出したベーンという板を動かして、噴射の向きを変え、ミサイルの飛翔方向を調整する。北朝鮮は米国に届く弾道ミサイル開発に躍起だ(出所)防衛省「平成27年版防衛白書」など各種資料を基にウェッジ作成 2つ目は、ムスダンに代表される旧ソ連の液体燃料の潜水艦発射弾道ミサイルR-27の系統だ。北朝鮮は、ソ連崩壊(91年)前後に、R-27と、そのエンジン4D10を約50基入手したとされる。4D10は、メインエンジン1基の他に、偏向可能な小型のロケットエンジン2基を組み合わせた構造。小型のロケットエンジンの向きを変えて、ミサイルの飛翔方向を制御する。 R-27は旧ソ連時代に653発が試射され、579発が成功と安定した性能を示したとされる。ムスダンは、全長約9mのR-27を12m余に延長して、燃料と酸化剤の量を増やし、4D10、または、その北朝鮮版エンジンを使用したとみられ、最大射程は2500kmとも4000kmとも言われる。 ムスダンは、最大射程なら日本を飛び越えるが、物理的には意図的に高く打ち上げて手前に落とす方法で日本を狙うことも可能だ。もし発射実験に成功して運用が開始されれば、日本のイージス艦に現在装備されている迎撃ミサイルでは迎撃が困難であり、日本にとって厄介な存在となりかねない。 3つ目は、旧ソ連のOTR-21固体推進薬弾道ミサイルをベースに開発された短距離のKN-02ミサイル。液体の燃料よりも発射準備に時間がかからない固体燃料で、燃料と酸化剤を混ぜたゴム状の推進薬を充填したケースの中で燃焼させ、噴射する。射程150km程度とされるKN-02は、日本には届かない。  4つ目は、先述の「銀河」だ。第1段はスカッドのエンジン4基に偏向可能な小型ロケットエンジン4基、第2段はスカッドまたはノドンのエンジンを1基、第3段は固体推進モーターを使用しているとみられる。つまりこれまでの3系統の〝混成〟といったところ。米本土を狙う大陸間弾道ミサイルとして使用するなら射程1万2000kmに達する。ただし、一度、大気圏外に出た弾頭部が大気圏再突入の熱や振動に耐えられるのか、また、全長32mという大きさから発射準備が偵察衛星や偵察機から見られないように隠す竪穴式の発射装置「サイロ」の有無がカギとなる。 北朝鮮メディアは、3月24日に、弾道ミサイル用の固体ロケットモーター、4月9日に大陸間弾道ミサイル用の液体燃料エンジンの試験の画像を公開し、それぞれ金正恩氏が現地指導したと報じた。それだけ、北朝鮮にとっては重要ということだろう。液体燃料エンジン試験の画像を見ると、噴射の筋に太いのと細いのとがあるのが分かる。これは、何を意味するのか。 朝鮮中央通信は、3月9日、銀色の球体を前にした金正恩氏の「核爆弾を軽量化して弾道ロケットに合わせて標準化、規格化を実現した」との発言を複数の画像とともに報じた。その画像の中に、まだ詳細は不明ながら移動式の3段式大陸間弾道ミサイルと見られるKN-08の、第1段下部と思しき部分に大きさの異なる噴射口が映り込んでいた。4月9日の画像と比較すると、KN-08の1段目は、4D10系列の主エンジンと副エンジンを複数組み合わせたものとも推測され、同様に詳細不明な大陸間弾道ミサイルKN-14も同形式の可能性がある。日本にとって無視できないムスダン(共同) ここで、気にかかるのが、ムスダンの失敗である。4月15日の失敗後、28日まで、北朝鮮の技術者が、何もしなかったとは考えにくい。2週間弱の期間では発見、改善できなかった、何か抜本的問題があることを示唆するのか。もし、それが4D10系エンジンに関わるなら、KN-08やKN-14移動式大陸間弾道ミサイルの性能への〝疑問符〟につながりかねない。 そんな状況のまま党大会を迎えたことが、金正恩氏の「敵対勢力が核でわれわれの自主権を侵害しない限り……先に核兵器を使用せず」との「活動報告」に盛られた核先制不使用表明の背景にあるのだろうか。日米韓のミサイル防衛にかかわる潜水艦発射能力日米韓のミサイル防衛にかかわる潜水艦発射能力 実は日本にとっては、4月23日に試射された潜水艦発射弾道ミサイル(KN-11)の存在が大きい。たった30kmで散ったとしても、それが海中から飛び出し、点火することに成功したからだ。弾道ミサイル迎撃システムを備える海上自衛隊のイージス艦「こんごう」(GettyImages) 先述の通り韓国軍は失敗と評価したが、朝鮮中央通信(4月24日)は「最大発射深度での弾道ミサイル冷発射システムの安全性と新たに開発した大出力固体エンジンを利用した弾道ミサイルの垂直飛行態勢での飛行動力学的特性、階段熱分離の信頼性、設定された高度で戦闘部核起爆装置の動作正確性の確証を得ることを目的として……信頼性の完全な確証が得られ」として、発射準備が短くて済む固体推進薬のミサイルを海中の潜水艦から高圧ガスで撃ち出し点火、所定高度で核の起爆装置試験を行い、成功したと説明した。 米ジョンズ・ホプキンズ大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」は、衛星画像の分析から、北朝鮮が弾道ミサイルを撃つためのさらに大きな潜水艦を建造している可能性を指摘した。従来、北朝鮮の弾道ミサイルは地上発射だけだったので、日本も米国も韓国も北朝鮮の方角だけを警戒していたはずだが、潜航中の潜水艦からの発射となれば、警戒すべき方角が広がる。 しかも、金正恩氏は「強力な核攻撃のもう1つの手段」(前掲)と評価していた。どの方角から飛んでくるか、予測しづらい潜水艦からの核弾頭。実現すれば、ノドンとともに日本にとって厄介な存在となるかもしれない。

  • Thumbnail

    記事

    「税金がない国」北朝鮮の意外な徴収方法とは!?

    会計のポータルサイト カイケイ・ファン 耳を疑ってしまうようなニュースが日々報じられている一方で、北朝鮮当局が自国民に対して強制的に募金を徴収していることを知っている人はあまり多くはないでしょう。どうして当局がそこまで頻繁に募金を集める必要があるのでしょうか? その背景には、国外ではあまり知られていない北朝鮮の税制事情があるのです。税金がない国、北朝鮮の強制募金の実情とは? 北朝鮮では1974年3月21日に「税金制度を完全になくすことについて」という最高人民会議法令が発布され、同年の4月1日には「世界ではじめての税金のない国になった」という内容の宣言が行われました。こういった経緯から、北朝鮮では4月1日を「税金制度廃止の日」と定めています。 近年では、外貨獲得手段の一つとして観光分野にも力を入れ、消費税や空港税といった税金がかからないというのが他国にはない特徴の一つとなっています。 このように税金がないと聞くと、国民に負担をかけない優しい国のように思う人も多いでしょう。しかし、その実情は決して甘いものではありません。 北朝鮮当局は税金を徴収しない代わりに、何らかの使用量や募金といった名目で、法的裏付けのない金を頻繁に徴収しているのです。さらに付加価値税は「取引収入金」として、所得税は「社会協同団体利益金」として、法人税は「国家企業利益金」として徴収しているようです。 結局、当局が国民に対して金銭を徴収していることには変わりなく、これが北朝鮮における事実上の税制であるといっても過言ではないでしょう。北朝鮮の硬貨税金が「ない国」から「なかった国」へ。北朝鮮の税制が復活する!? 現在、北朝鮮で行われている募金の徴収は、5月に開催予定となっている第7回労働党大会の資金集めのため。当局は「70日間戦闘」と呼ばれる労働党大会のキャンペーンを行っており、募金の徴収もその一環であるといわれています。 しかし、この労働党大会を前にして、税金制度が復活する動きが出ているようです。その背景には、金正恩(キム・ジョンウン)第一書記の意向があるといわれています。金第一書記はスイス留学の経験があり、税金のある生活を送っていたので、北朝鮮に税金がないことに疑問を感じていたようです。 復活が検討されているのは個人所得税であり、新興富裕層が対象になると言われています。これは、新興富裕層がお金によって権力を得ないようにするためだと考えられています。税率などの具体的な内容は未だに決まっておらず、現状では新しい情報が明らかになるのを待つよりありません。 3月2日には国連で北朝鮮制裁決議が採択されました。これによって統治資金の確保に大きな痛手を受けるのではないかと言われています。今回の税金導入が進歩的な理由から検討されたものかどうかはわかりませんが、そうであればいいと思いつつ、今後の動きに注目したいところです。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年08月31日分を転載)【関連トピックス】■五輪選手の育成には、税金が使われている?http://www.kaikeinet.com/topics/20160524-21646.html■犬税に営業税、独身税って? 世界の変わった税制が生まれる背景とはhttp://www.kaikeinet.com/topics/20160325-20950.html■ギリシャの高い滞納率 納税意識の低さとその背景http://sharescafe.net/46653453-20151022.html■成立した税制改正関連法。覚えておきたい軽減税率の注意点 カイケイ・ネットhttp://sharescafe.net/48749879-20160603.html■企業版ふるさと納税、現行制度での課題点や懸念点は?http://sharescafe.net/47104676-20151207.html

  • Thumbnail

    記事

    金正恩「核保有」の次は「イスラム国」との連携か

     北朝鮮・金正恩労働党委員長の「偶像化」が進んでいる。36年ぶりの朝鮮労働党大会の開催は、独裁者の権力基盤を固めるためのものだ。この党大会は何をモデルに開催されたのか。そして、繰り返される「核保有」発言と、日米韓インテリジェンス関係者の間に飛び交う「謎の情報」について、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が読み解く。 * * * 5月6~9日、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の平壌で、朝鮮労働党第7回大会が行われた。前回の第6回大会が開催されたのは、36年前で、北朝鮮建国の父である金日成が主宰した最後の党大会だった。 第6回大会で、金日成は、全社会の主体(チュチェ)思想化を提唱し、当時存在していたソ連・東欧諸国などの社会主義国が掲げていたマルクス・レーニン主義とは、一線を画したイデオロギーで、北朝鮮を統治する方針を明確にした。北朝鮮の労働新聞に掲載された、戦闘機のコックピットに着席した金正恩第1書記(聯合=共同) さらに金日成の息子の金正日が政治局常務委員に選ばれ、共産主義国としては異例の世襲体制(王朝)の道筋がつけられた。北朝鮮の憲法では、朝鮮労働党は国家を指導する特別な位置にある。これは旧ソ連のスターリン憲法を踏襲したものだ。 過去36年間、労働党は大会を行っていなかったので、第6回大会で選出された幹部は、既に死去しているか、生きていても加齢で十分な活動ができないと推定される。今回の中央委員も中央委員候補も金正恩派によって完全に固められたと見ていいであろう。1934年にスターリンによって行われたソ連共産党第17回大会は「勝利者の大会」と呼ばれたが、これを金正恩が労働党第7回大会のモデルにしていると筆者は見ている。 問題は、金正恩が今後、核をどう取り扱うかだ。朝鮮労働党の規約改正で「経済建設と核戦力建設を並進させる」という文言が盛り込まれた。北朝鮮は、今後の核実験と長距離弾道ミサイル発射によって、恫喝をかけながら、米国を交渉に引き出そうとしている。ただし、米国と本格的に対峙することを避けるというのが金日成と金正日の政策だったのだが、遺訓から解放された金正恩には抑制が働かない可能性がある。 さらに北朝鮮の工作員が「イスラム国」(IS)の自称首都ラッカに出没しているという情報がインテリジェンス関係者の間で流れていることだ。北朝鮮は、地下秘密基地を造る土木能力に秀でているので、米軍の偵察衛星、無人飛行機やロシア軍の空爆から逃れる本格的な施設をISは必要としているのであろう。 北朝鮮は、過去にもシリアやリビアで地下秘密基地を造った実績がある。旧ソ連は、国際テロリスト・カルロス(終身刑が確定し、フランスで服役中)を支援したことがある。カルロスは、ソ連のルムンバ民族友好大学に留学したときにテロリストとしての訓練を受けたが、思想的に共産主義に共鳴したわけではない。カルロスの西側やOPEC(石油輸出国機構)に対するテロ攻撃が結果としてソ連の利益に役立つので利用したのだ。 ISと北朝鮮は、イデオロギーは異なるが、米国とその同盟国に対する敵対行動については、利益を共有している。北朝鮮の工作員が、ISのテロリストを偽装して、日本や韓国でテロ活動を行う危険に備えなくてはならない。●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。『SAPIO』で半年間にわたって連載した社会学者・橋爪大三郎氏との対談「ふしぎなイスラム教」を大幅に加筆し『あぶない一神教』(小学館新書)と改題し、発売中。関連記事■ 金正恩「表情は20代にしては不遜、不敵で生意気」と評される■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 次の将軍様・金正恩に「取り柄」が一つだけあるとの指摘出る■ 金正恩政権で予想される崩壊シナリオ 「朝鮮統一」「暗殺」等■ 金正恩氏がキューバ議長に親書 米朝首脳会談依頼か

  • Thumbnail

    テーマ

    「国防軍」創設から読み解く安倍総理の下心

    自民党の憲法改正草案は、9条2項を削除し「国防軍」の創設を明記する。先の参院選では、憲政史上初めて改憲勢力が衆参3分の2を超え、憲法改正はいよいよ政治スケジュールに上る。安倍首相の悲願でありながら、いまだ多くを語ろうとしない首相の本音と下心やいかに。

  • Thumbnail

    記事

    安倍総理よ、憲法改正は「魔法の杖」ではない

    清谷信一(軍事ジャーナリスト)自衛隊は「戦力なき軍隊」 筆者も憲法改正自体には賛成の立場だ。現実問題として現憲法による制約や国防に関する歪んだ「常識」が存在し、それを是正する必要性は筆者も重々承知している。普通の日本人が現憲法を素直に読めば、我が国は自衛隊を含めて戦力を保有できず、交戦権もない、と読めるだろう。当然自衛隊は違憲だし、国防のための戦争もできない。つまりは自衛権を放棄している。それでも多くの国民は国防も自衛隊も必要だと認めている。現実の憲法のギャップを解消しなければならない。  だが筆者は現状での憲法改正は極めてリスクが大きく、改正をすべきではないと考えている。それは政治家の現実認識が非常に甘く、かつ当事者能力が著しく欠如しているからだ。つまり政治家に憲法を改正するための知識や見識、当事者能力がないということだ。 「憲法改正」を求める安倍首相をはじめとする保守の政治家、論壇の「保守の論客」と称する人たちの主張を聞くと、その主張がまるで70年代の観念的平和主義者のような空想的スローガンの連呼と同様に聞こえるのは筆者だけだろうか。  彼らは憲法さえ改正して「普通の国」にして自衛隊を国防軍にすれば、国防に関する全てのことは上手くいく、と思い込んでいるように思える。その一方で、現憲法下で可能な自衛隊を縛る個別の法律や規制の変更には極めて無関心だ。 だが、地道な努力によって防衛省や自衛隊を現実的に変えていかないと、憲法を改正するための実際的な問題点も見えてこないし、現実的な議論のベースができない。実際問題として憲法を改正しなくとも、自衛隊を縛る法令や規制を変えるだけで多くのことが変えられる。 これを怠って憲法を改正するのは、いわば基礎工事を抜きに楼閣を立てるようなものだ。形而上学的な観念や情念だけで憲法を改正してもまともな憲法にはならないだろう。またそのような現実的な変革の努力なしに文言だけを弄ぶ神学論争で新たな憲法を制定しようとしても、多数派の国民の理解は得られないだろう。  かつて小泉政権時代は「有事法」や「国民保護法」が制定され、一定の進歩を見た。「有事法」ができるまで自衛隊はその土地の地主の許可を取らないと塹壕や蛸壺一つ掘れなかった。また自衛隊は野戦病院を持っていたがそれを使うことができなかった。それをやれば「犯罪者」になるのだ。まるで喜劇やコントのようだがこれが現実だ。衆院本会議で有事法制関連7法案が起立多数で可決=2004年5月(撮影・瀧誠四郎).jpg そして未だに自衛隊を縛る法制や規制は少なくない。現在の法制を順守する限り、自衛隊は戦争も戦闘行為も、国民を守るために戦うこともできない。 戦時に国防を全うしようとすると、犯罪者になり、それが嫌ならば侵略されるままに指をくわえて見ているしかない。だから「ミグ25事件」や「オウム真理教事件」の時も、連隊長クラスは腹を切る覚悟で部隊を動かしたのだ。政治と行政の無能が自衛隊の現場の指揮官に責任を押し付けている。これが我が国の「文民統制」の現実である。このような責任の押し付けは文民統制が機能しているとはいえず、法治国家といえない。だがそれを政治家もメディアも大きな問題と受けとっておらず、その解消に不熱心だ。我が国の文民統制に問題点はないと思い込んでいる。保守系も含めて「軍事音痴」「平和ボケ」は度しがたいのが我が国の現実だ。  このような政治の無関心が、法律や各種の規制が自衛隊を歪めている現状を放置している。どうせ「軍隊」でもないし、戦争はできないのだという開き直りや諦めが自衛隊の常識、となっている。当然ながらそのような考えを元にした自衛隊の装備調達や運用は軍事的整合性を欠いている。法や規制は自衛隊の行動を縛るだけではなく、自衛隊から軍事的整合性のある思考力や常識すらも奪いとっているのだ。 その意味では吉田茂の言った自衛隊は「戦力なき軍隊」という言葉は正鵠を得ている。自衛隊が精強だというのはイリュージョンであり、憲法さえ変えれば自衛隊が「軍隊」として機能するというのは幻想に過ぎない。戦争を前提としない平和ボケ戦争を前提としない平和ボケ 右派左派問わず、憲法さえ変えれば自衛隊がすぐにでも戦闘や戦争ができると思っているのであれば、それは「平和ボケ」に他ならない。  自衛隊が戦争を前提としていない平和ボケに陥っている好例は、衛生、特に陸自のファースト・エイド・キットだ。自衛隊は戦争や戦闘で死傷者がでることを組織として想定していない。 近年まで陸自は各隊員には第二次大戦当時と同様に包帯二本を支給するだけだった。5年前の東日本大震災後にはファースト・エイド・キットを導入したが、米陸軍のそれは18アイテムあるのに対して、陸自の海外用は8アイテム、国内用に至っては3アイテムだけだ。ポーチ以外の内容物は止血帯、包帯が各1個だけだ。PKO用ですら途上国のものと比べても大きく見劣りしている。 防衛省は筆者がこの事実を指摘した当時、国内用装備が粗末でも「国内は病院がいっぱいあるから大丈夫」だと主張していた。尖閣諸島のどこに総合病院があるのか。また国内が戦場になった場合、民間人も死傷するわけで、自衛隊が勝手に病院を専有することできない。それは空論に過ぎない。10式戦車(菊池雅之氏撮影) 筆者がこのことを追求したためか、防衛省と陸幕は、その後は戦時には国内用のセットをPKO用と同じように補充する「計画」があると主張を変えた。 だがそれは事実ではない。率直に申せば陸幕衛生部の保身のための嘘である。防衛省には備蓄はなく、業者の流通在庫を当てにするというが、その「計画」とやらは業者すら知らなかったし、現実として流通在庫はほとんど無い。アイテムの多くは輸入品であり、使用期限がある製品を売る当てもないのに貯めこみ、ムダな在庫を抱え込むことはできない。 だが陸幕衛生部は「計画」があると主張して、そのよう防衛大臣や幕僚長に説明しているのだ。このような「思いつき」あるいは「寝言」レベルの話が防衛省では「計画」と称するのであれば、防衛大綱や中期防衛力整備計画などの内容もかなり怪しいと疑わざるをえない。現状維持と組織防衛のために組織のトップを騙すことが恒常化しているのが自衛隊という組織だ。そしてその嘘を政治家は検証することなく信じ込んでいる。 因みに最新式の10式戦車の衛生キットは箱だけで中身が支給されてもいないのだ。これで果たして戦争、戦闘ができるのだろうか。「戦争ごっこ」だけをやっていればよい 「演習」という「戦争ごっこ」 メディック(衛生兵)にしても陸自は概ね250人に一人であるのに対して、諸外国は概ね20名に一人だ。我が国からODAを受けているヨルダン軍など15名に一人だ。しかも自衛隊のメディックは民間の准看護師扱いなので、医官の指示がないと投薬も注射もできない。当然簡単な縫合手術もできない。つまり諸外国のメディックよりも能力が大きく劣る。個々の隊員も他国で支給されるような痛み止めすら持つことが許されない。多少大げさにいえば自衛隊のメディックは石器時代レベルだ。 自衛隊が戦闘や戦争をすれば諸外国の軍隊なら助かる隊員の命や手足が、戦傷による痛みでのたうちまわりながら無為に失われるだろう。まるで旧軍と同じだ。西部方面普通科連隊(菊池雅之氏撮影) このような事態は「駆けつけ警護」でも発生する可能性があるのだ。PKOの駆けつけ警護で自衛隊が多大な損害を出すだけではない。他国の兵士を救護するときに、諸外国のレベルからみて著しく劣った救命処置を行えば、諸外国の信用を失うことになる。安倍首相をはじめ、安保法制を議論した政治家のどれだけがこのような極めて深刻な現実を認識しているのか。たいへん疑問である。  仮に医師法の改正が政治的に難しいのであれば、フランスの軍のように医官を増やして現場に派遣するという手段もある。だが現状自衛隊の部隊での医官の充足率は2割を切っており、インターンに至ってはゼロである。医官を多少増やしても焼け石に水だ。それにも関わらず、組織を改変し、医官を増やす努力は行われていな。反面10式戦車のような武張った威張りの効く「火の出る玩具」だけを喜々として買っているのが自衛隊の現実だ。この現実に防衛省も自衛隊も危機感を持っていない。 防衛省の平成28年度の行政事業レビューの資料では国内用セットをPKO用と同等とするのは以下のように予算的に難しいと説明している。「個人携行救急品を全隊員分確保した場合、約13億円が必要となるが、限られた予算においては現実的な金額ではない。よって、即応隊員分等の最低限必要となる分を確保し、有事等の際において追加で必要となる隊員分の取得方法について検討を実施している」としている。  島嶼防衛やゲリラ・コマンドウ対処などでもファースト・エイド・キットの充実は必要だ。現状連隊規模の戦車部隊が我が国に揚陸してくるような事態は想定し難い。これは「防衛白書」や「防衛大綱」でも認めている。にも関わらず、より優先順位が低い衛生品の、たかだか13億円を使うは惜しい、そのような「ムダなカネ」があれば戦車でも買いたい言っているのだ。平和ボケもいいところだ。あるいは隊員の命を虫けら並とでも思っているとしか考えられない。仮に島嶼防衛もゲリラ・コマンドウ事態も絶対起こらないというのであれば、陸自は大幅に戦力を削減すべきだろう。繰り返すが、このような状況に関して政治は無知であり、無関心だ。  このように自衛隊は死傷者がでることを想定しない。「演習」という「戦争ごっこ」だけをやっていればよい、というのが自衛隊という組織の本質であり、このような組織が真摯に、軍備の整備や実用的な兵器や装備の調達、開発ができるはずがない。やればできたの事なかれ主義やればできたの事なかれ主義 自衛隊の装輪装甲車は車幅が2・5メートル以下となっているが、これは道路法の規制による。だが、その規制は在日米軍を例外扱いしている。ところが衛省や自衛隊は「法令で決まっていることだから仕方ない」と、規制の変更も米軍と同じ扱いをしてくれと要求もしてこなかった。96式装輪装甲車(菊池雅之氏撮影) だが例外規定もあり、法律を改正せずとも国交省に許可をとれば2・5メートル以上の横幅も可能だったが、それすら利用してこなかった。戦争が起こるわけでもない、面倒くさいことはやりたくない、現状維持が楽だからだろう。結果96式装甲車は他国の8輪装甲車と比べて、路外踏破性が著しく悪く、事実上路外で使用できない。軍用の装甲車として失格だ。近年開発された機動戦闘車は全幅が3メートル近くだが、そのまま採用される予定だ。これはメーカー側から「全幅が2.5メートルならまともなものが作れない」と詰め寄られた結果だ。つまり現行法でもやればできたのが、事なかれ主義でやってこなかったのだ。 無線も同様だ。筆者は長年自衛隊、特に陸自の無線は通じないと警鐘を鳴らしてきたが、先の東日本大震災ではそれが現実となった。自衛隊の無線は、国交省から割り当てられている周波数帯が軍用無線にあったものではなく、無線がつながりにくい。しかも新旧3世代同居で相互につながりにくいので尚更つながりにくく、混線も多い。 米軍と演習をしても米軍の無線機が通じるところでも、自衛隊の無線機は通じないことは多い。現代の軍隊は情報化、ネットワーク化されており、音声無線のみならず動画やデータをやり取りするが陸自ではそれは不可能だ。ネットワーク化では既に中進国からも遅れている。この周波数帯の問題を解決しないかぎり、無線機はまともに機能しない。事実最新型のNEC製の無線機もよく通じないと現場の隊員は指摘している。また周波数帯の問題は無人機の運用にも大きな障害となっている。 この周波数帯の問題も法改正など必要なく、政治家が決断すれば解消する話だ。だが政治家は「東日本大震災」という「実戦」の後でも、このような実態に興味すらもっていない。そして通じない「最新型無線機」が無為に調達され続けている。これはいくら憲法を変えても続くだろう。できることから手を付けよすぐにできることから手を付けよ このように憲法を変えるまでもなく、政治家の決断で法改正あるいは、単なる規制の緩和は可能であり。それによって自衛隊をより「戦える組織」にすることは可能である。本来これらの問題点を一つ一つ検証し、それを解消してくことが政治家やジャーナリズムの仕事のはずだ。 だが現実は政治やメディアはこのような地味で時間がかり、専門知識と勉強が必要で面倒な作業が必要な現実には目をつぶっている。現実から逃避してひたすら憲法改正を連呼するか、件法改正絶対反対、自衛隊に戦争をさせるな、という不毛な感情論を戦わせている。職業的な当事者意識と能力が欠如していると言わざるをえない。 ところが多くの保守系の政治家や「保守の論客」諸氏は自分たちこそ、現実派であり、改憲に反対する勢力は原理主義や思考停止だと思い込んでいる。筆者からみればどちらの側も原理主義であり、思考停止にしか見えない。 法律を変えたから外地で戦闘ができるはずだ、お前ら戦闘やってこい、といわれる現場の自衛官たちこそいい迷惑だ。保守の劣化は目を覆うばかりだ。  繰り返すが国防を真摯に考えるならば、まずできることから手を付けるべきだ。有事法の充実と自衛隊を縛る諸々の法律や規制を一つずつ潰していくべきだ。それは今日からでも手をつけることが可能だ。またその過程において様々な議論が起こり、憲法改正の本質的な議論のベースとなるだろう。 すぐにできることをやらずに、憲法改正のみを連呼し、憲法を改正すればすべてが魔法のように上手くいくと思い込むのは夢想であり、観念主義にすぎない。 これらのような法律や規制を撤廃する努力を精一杯行い、それでも問題があるから憲法を改正したいというのであれば、多くの国民の理解も得られるのではないか。逆にそのような努力を一切怠り、憲法さえ変えれば素晴らしい未来が実現すると宣伝しても多くの国民の賛同は得られまい。 実際に既に小泉政権が先鞭をつけて、この問題に手を付けている。できないわけがない。何故それ以降の政権にそれができないのか。憲法改正は「ドラえもん」のポケットでも、すべてを癒やす魔法の杖ではない。

  • Thumbnail

    記事

    世界に誇れぬ憲法9条、総理は「洗脳」された世論を正常化できるか

    実を理解していないヒステリックな妄想でしかない。そんなことは絶対にあり得ない。 昨今の日本を取り巻く安全保障環境の劇的な変化に対応し、国民の生命と国土を守るためにこそ、その行動に理不尽な法的制限の課せられた自衛隊を、いかなる脅威にも柔軟に対応し得る世界標準の「軍隊」に改編すべきなのである。 繰り返すが、安倍総理がこうしたことを、国民にわかりやすく根気強く訴えてゆくことが国防軍創設の第一歩となろう。