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    東シナ海上空は異常事態 安倍総理よ、中国に断固たる意思を見せろ!

    西村眞悟(元衆院議員) 先の時事通信で、東シナ海における中共の軍艦と戦闘機による領海と領空侵犯に対して、安倍内閣が国家の領域を守るという「断固たる意思」、即ち「命令」を発せられるか否かが、我が日本が平和を維持するか、彼の侵略を受けるか否か、即ち、戦争と平和の分かれ道となる。と書いた。そこで、この重大問題を取り上げ、安倍晋三内閣は、平成二十二年九月の菅直人内閣と同じ愚を繰り返していると警告する。 平成二十二年九月、中国漁船と称する船が、尖閣諸島領海内で、退去を命じる我が国の海上保安庁巡視船の右舷に突進して追突した。海上保安庁は、その船の船長を逮捕して石垣島に連行した。ところが、中共は、中国漁船に加害行為はなく、日本は武器を使って福建省の零細な漁民から生活の糧である漁場を奪っている、日本は昔も今も中国人民をいじめている、と国際社会に宣伝した。菅直人内閣は、この中共の国際宣伝が世界に広まっているのに反論せず、検察は中国人船長を釈放してしまった。 これでは、中共の国際社会に吹聴しているウソが事実として定着することになる。そこで、海上保安官の一色正春氏が、事実を明らかにする為に、中国漁船が我が巡視船に突進して衝突する影像を公開した。これにより、中共の対日非難はウソであることが国際社会に明らかになり中共は沈黙した。一色正春は、我が国の窮状を救った功績を讃えられるべきである。しかし、菅内閣は一色正春を犯罪者扱いした。 平成二十八年六月二十八日、元航空自衛隊航空支援集団司令官織田邦男空将(F4戦闘機パイロット)は、東シナ海上空で中国軍戦闘機が緊急発進した空自戦闘機に攻撃動作を仕掛け、空自戦闘機がミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱した、とする記事を公表した。さらに、織田空将は、戦闘機同士がいったん格闘戦に陥ると、空中衝突やミサイル発射に至る可能性は十分ある、と書き、産経新聞の取材に対して常識を度外視して中国軍機が尖閣上空まで近づいてきている、これが常態化すれば領空の安定は守れなくなると語った。航空自衛隊のF4EJ改戦闘機 六月三十日、自衛隊の統合幕僚長は、四月~六月の対中緊急発進(スクランブル)は過去最高だった昨年同期よりも1・7倍以上の約二百回に達したと発表した。しかし、その前日の六月二十九日、政府は、織田空将の指摘した事実を否定し、織田空将に対して遺憾だと述べた。また翌三十日に対中緊急発進の異常な頻発を公表した統合幕僚長も、政府に歩調を合わせて織田空将の指摘した事実を否定した。 そして、政府や自衛隊内では、退官している織田空将に、現役の誰がスクランブル時の状況をもらしたのかという「犯人捜し」が始められた。すると、中共は、この日本政府の否認を受けて、空自戦闘機がさきに中国戦闘機にレーダーロックオンをして仕掛けてきた、だから我々は正当な対応をした、すると空自戦闘機は赤外線の妨害弾を発射して逃げた、と公表して空中格闘戦(ドッグファイト)があったことを認めたのだ。   このように、東シナ海上空における空自戦闘機(F15)と中国軍戦闘機(Su30)のドッグファイトを空自OBの織田空将がはじめに指摘し、それを、日本政府が否認し、中共は認めた。東シナ海でのスクランブル発進は200回 では、この日本政府の否認を受けて、中共が認めたということは何を意味しているのか。それは、中共の公表内容を見れば明らかである。つまり、中共は、平成二十二年九月と同様に、我が国の沈黙の上に乗っかって、非は日本にあり、正義は中共にありと宣伝しているのである。この事態は、海における菅直人内閣の対応の、空における安倍内閣による再現ではないか。 そこで、目を「現場」に転じていただきたい。統合幕僚長が発表したように、四月~六月の東シナ海上空でのスクランブル発進は二百回、つまり我が国南西沖上空は、スクランブルが一日二回以上の異常事態なのだ。その為に、那覇基地の空自パイロットと機体の整備員は、我が国の領空を守るために、二十四時間待機している。その様子を前に見学したが、彼らは飛行服を着用してジッと待機し、ベルが鳴るとF15に向かって飛び出しコックピットに駆け上がって轟音を響かせて発進してゆく。そして、たった一人で上空で遭遇するのは、ミサイルを装備した中共の戦闘機Su30である。 その時、彼らを支えて任務を遂行させるものは何か。それは、祖国への愛と、祖国を守るという国家の意思を体現した使命感である。しかるに、安倍内閣は、まるで平成二十二年の菅直人内閣のように、事実にフタをして触れることなく、中共の我が空自機に非があるとする宣伝に反論もせずに済まそうとしている。これでは、四月からでも二百回以上、東シナ海上空で身の危険を顧みずに我が国を守っている空自パイロットと整備員が報われない。申し訳ないではないか。これでは、士気が維持できず領空防衛は破綻するではないか。 織田空将が言うように、「常識を度外視して中国軍機が尖閣上空まで近づいてきている、これが常態化すれば領空の安定は守れなくなる」のであるから、今こそ、最高指揮官の安倍総理大臣は、我が国家の領土領海領空を護るという断固たる国家の意思を明確にして、身の危険を顧みずに任務に当たる自衛官を激励すべきである。内閣総理大臣によるその「断固たる国家の意思」の表明が、平和を維持するか、彼の乱を招き入れるかの分岐点となる。安倍晋三首相 安倍総理よ!断ずるに当たって、断ぜざるは、却って、その乱を受くこの警告を忘れてはならない。今、断ずる時が来ている。東シナ海上空の「異常事態」に関する織田邦男空将の警告的公表の記事を見て、我が国の運命に影響を与える公表であると思い、直ちに雨の広島で候補者の中丸ひろむ君とともに、私の任務だと思って心ある有権者に国防こそ緊急重要課題だと訴えた。事態を公表した織田邦男空将に感謝する。(「西村眞悟の時事通信」より 2016年7月27日分を転載)

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    孤立深める中国軍暴走の危機 「アメリカ頼み」では尖閣を守れない

    井本省吾(元日本経済新聞編集委員) 国連海洋法条約に基づくオランダ・ハーグの仲裁裁判所は、中国が南シナ海に設定した独自の境界線「九段線」には国際法上の法的根拠がないと認定した。 同裁判所はこのほか、「南沙諸島には排他的経済水域(EEZ)を設けられる国連海洋法条約上の『島』はなく、中国はEEZを主張できない」「中国がスカボロー礁でフィリピン漁民を締め出したのは国際法違反」「ミスチーフ礁とセカンドトーマス礁はフィリピンのEEZ内にある」などと認定。中国の主張をほとんど退け、中国の国際的孤立を浮き彫りにした。 案の定、中国は逆上し(たふりをし)、「違法茶番劇」(中国メディア)、「紙くず(注―裁判所の判決)に外交努力が邪魔されるべきではない」(駐米大使)と批判して、領有権問題は当事者間の対話で解決されるべきだと、中国政府の従来の主張を繰り返した。中国は二国間対話を進めれば、孤立しないと思い込んでいるのだ。 「これは中国の錯誤である」――。米国の世界的な戦略家であるエドワード・ルトワック氏は近著「中国4.0――暴発する中華帝国」(文春新書)の中で、中国の動きを予測するかのように書いている。 (ベトナムのような)小国は圧倒的なパワーを持つ中国と二国間交渉をするはずはなく、他国の支援、同盟によって対抗しようとする。ベトナムより大きい日本でも同様だ。<中国が大きくなればなるほど、それに対抗しようとする同盟も大きくなるのだ。……中国が日本に対して圧力をかけようとすると、アメリカが助けに来るし、べトナム、フィリピン、それにインドネシアなども次々と日本の支持にまわり、この流れの帰結として、中国は最初の時点よりも弱い立場に追い込まれる。これが(中国の錯誤の)核心である> 安倍首相の活発な海外歴訪が示すように、実際の昨今の動きはそうなってきている。その分、国際法を無視する中国の孤立化が進んでいる。オランダの仲裁裁判所の判決はその決定打というべきものなのだが、中国はそれに気付いていない。あるいは気付いていても対応を変えられないのだ。中国人民解放軍の陸軍機関を視察する習近平国家主席(手前右)=7月27日(新華社=共同) ルトワック氏の「チャイナ4.0」とは、かつて国民党軍の高官が酔っ払って書いた「九段戦」という馬鹿げた地図を放棄し、アメリカの警戒感を解消するために空母の建設を放棄することにある。<(このチャイナ4.0は)今の中国にとって究極の最適な戦略だが、現在の中国にはおそらく実行不可能(だ)> 1つは今の中国は内向きで海外の正確な情報が習近平にまで届かず、極めて不安定だからだ。また、外国を理解できず、「自分たちこそ世界一、後の国は我々の家来だ」という昔ながら「冊封体制」のメンタリティが外国への理解を阻んでしまう。2000年代半ば以降の経済大国化(の幻想、過信)が「冊封」メンタリティをいやまし高め、それが大きな弊害となっている。<今1つは習近平がチャイナ4.0を思いついたとしても、彼は人民解放軍に殺されるかもしれないし、人民解放軍がわざと対外危機を起こすかも知れない> 世界の大国にのし上がりながら、北朝鮮とそれほど変わらない独裁国家の不安定性が増長されている。「今そこにある危機」である。日本の役所の大好きな「先延ばし戦略」は逆効果 では、日本はどうすればいいのか。日本人は今、昨今の尖閣領域への中国軍の侵入の増加などから「中国政府が軍をコントロールできていないために、現場が暴走するのではないか」という懸念を持っている。ルトワック氏は「この懸念は実に真っ当なもの」として対中「封じ込め政策」を提案している。 その提案は結論から言えば「尖閣領域のような小さな島の問題はアメリカに頼らず、自分でやれ」ということだ。米国は核抑止や大規模な本土侵略に対する抑止は日米条約によって提供する。だが、島嶼奪還のような小規模なことにまで責任は持てない。「日本が自分で担うべき責任の範囲なのである」。 ルトワック氏は戦略家として米国の軍事戦略にも深くかかわっている。だから、この姿勢は米政府もほぼ同様だ、と言っていい。 島嶼防衛は日本独自の責務--。そのためには多元的な対中封じ込め戦略が不可欠だ、と提案する。<(海上保安庁、海上自衛隊、陸上自衛隊、航空自衛隊、外務省などが)独自の対応策を考えておくべきなのである。「多元的能力」を予め備えておくことによって、尖閣に関する「封じ込め政策」は、初めて実行可能なものとなる>中国海軍艦が尖閣諸島周辺の接続水域に侵入した問題で記者会見する河野克俊統合幕僚長=6月9日、防衛省 その際、「慎重で忍耐強い対応」という日本の役所の大好きな「先延ばし戦略」は逆効果だ、とルトワック氏は警告する。<そもそも中国は、(過去)15年のうちに三度も政策を変更している。さらに作戦レベルや現場レベルで、ソ連でさえ決して許さなかったような軍事冒険主義が実質的に容認されている> 昨今の東シナ海、南シナ海での中国海軍の危なっかしい行動にそれが現れている。<これに対抗するには、有事に自動的に発動される迅速な対応策が予め用意されていなければならない。中国が突然、尖閣に上陸したとき、それに素早く対応できず、そこから対応策を検討したり、アメリカに相談をもちかけたりするようでは、大きな失敗につながるだろう> 自分でやらずに、すぐにアメリカに頼る日本の外務省の体質を熟知したような指摘である。そして外務省も尖閣侵入のような有事に備えて海外諸国と連携した対応策を用意しておかねばならない、と説く。 例えば、中国との貿易が多いEU(欧州連合)に依頼して、中国からの貨物処理のスピードを遅らせるよう手配する。<こうすれば中国はグローバルな規模で実質的に「貿易取引禁止状態」に直面することになり……かなり深刻な状況に追い込まれるはずだ> 大事なのは、こうした具体的な行動が実現できるように、平時から自力で準備しておくこと。対米依存度の高い外務省や防衛省は「今そこにある危機」に対応し、それをやっているだろうか。そこが問題である。(ブログ『鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌』より2016年7月14日分を転載)

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    日本は「言うだけ番長」か 中国の領海侵犯には海兵隊で対抗せよ!

    が分かれている。中国はいまや四面楚歌だ。5月末の広島でのG7外相会談でも、伊勢志摩サミットでも「海洋安全保障」がテーマとなり(名指しは避けたが)中国の行動に対する懸念が共有された。シャングリラ会議(第15回アジア安全保障会議、6月3~5日)や米中戦略・経済対話(6月6日・7日)でも中国批判や中国に対する牽制が相次いだ。 シャングリラ会議ではアシュトン・カーター米国防長官が36回も「原則(principle)」という言葉を使い「原則に基づく安全保障のネットワーク(principled security network)」を築くと演説した。いわゆる「九段線」を主張し、南シナ海のほぼ全域が「古来より中国の海」と主張する中国に対して、フィリピン沖スカボロー礁の埋め立てはけっして容認しないと強く牽制。「中国は孤立の“万里の長城”を築いている」とも指弾した。会議で中国を支持した国はなく、中国の孤立が際立った。 米主導の“対中包囲網”に対する反発があったのかもしれない。南シナ海の問題から世界の目を逸らそうと、東シナ海で挑発した可能性もありうる。当時実施されていた日米印の共同軍事演習に対する牽制の可能性もある。実際、6月15日の領海侵犯はインド軍艦艇を追尾する航跡だった。それがたんなる偶然とは考えにくい。同様に、9日の接続水域侵入も、中国フリゲートがロシア艦を追尾する航跡だった。たんなる偶然とは思えない。「日米同盟への挑戦といった趣旨ではなく、中国が領域を主張している尖閣周辺海域を、ロシアの軍艦が通航したことを受けた中国としての主権的行動」と見る専門家もいる。以上どれか1つだけが正しい見方ということではあるまい。 要は、中国が機会をうかがっていた最中、絶好の機会が訪れた。ロシア艦の出現は、日本の接続水域に入る格好の口実になった。そういうことであろう。一部マスコミは「軍の暴走」説を唱えたが、フリゲートや情報収集艦には、中国共産党の政治担当士官が乗艦していた蓋然性が高い。その意向を無視して「暴走」できるほど、中国軍は甘くない。正確にいえば、中国に「中国軍」など存在しない。中国国営CCTVのニュースを見ると、中国人アナウンサーが「日本人が中国軍と呼ぶ人民解放軍」と話す場面に出くわす。べつに正式名称を論っているのではない。 中華人民共和国(中国)の憲法は、その前文で「中国共産党の領導の下、マルクス・レーニン主義」云々と明記し、共産党が中国を「領導」する執政党(政権担当政党)と位置付けている。「領導」は「指導」よりも強く、上下関係のなかで用いられ、「上から命令し、服従を強いる」のが「領導」である。人民解放軍(中国軍)はどうか。憲法第93条と国防法第13条が「中華人民共和国中央軍事委員会は全国の武装力量を領導する」と明記。国防法は「中華人民共和国の武装力量は、中国共産党の領導を受け、武装力量内にある共産党組織は共産党の規則に従って活動する」(第19条)と明記する。解放軍は共産党が領導する、いわば「党の軍隊」であり、国家の軍隊(中国軍)ではない。「党が鉄砲(軍)を指導するのであって、鉄砲が党を指導するのではない」(毛沢東)。トカラ海峡は「国際海峡」ではない 日本の自民党は「自衛隊」を「国防軍」とする憲法改正草案を公表しているが、中国共産党内の議論は真逆である。もし、解放軍を「国防軍」にすれば、「党の軍隊」ではなく「国家の軍隊」となってしまう。軍の防護対象が共産党(政権)ではなく国家そのものとなる。それでは、もし内乱が起こり、軍が中立を維持すれば、政権が倒れてしまうかもしれない。共産党にとって、それは避けたい。だから解放軍の「国防軍」化論は潰されてきた(拙著『日本人が知らない安全保障学』中公新書ラクレ)。共産党の人民解放軍である以上「軍の暴走」という見方自体が的を射ていない。トカラ海峡は「国際海峡」ではない 中国の公船は、昨年度も一昨年度も34回にわたり領海に侵入した。およそ月に3回の頻度で領海侵入を繰り返している。遺憾ながら、日本政府として黙認しているようにも見える。なぜ、こんなことになってしまうのか。そもそも中国船は、領海の外側の接続水域で何日間も待機している。待機しながら、海上保安庁の隙を突くように領海侵入し、たとえば3時間航行したあと、また接続水域に戻る。こうしたパターンが「常態化」している。 そして今回「白い船」ではない「灰色の船」(軍艦)が入ってきた。「白い船」で常態化した右パターンを「灰色の船」で既成事実にする腹であろう。そうなれば、地域の安全保障環境は激変する。絶対に阻止しなければいけない。日本国にそうした危機感があるだろうか。マスコミも中国公船が接続水域に入ろうが、領海に入ろうが、ベタ記事扱いだ。国民も驚かない。中国に慣らされてしまっている。軍艦が入っても一過性の報道で終わり。今日もマスコミは中国艦ではなく、都知事選や参院選の行方を報じている。中国海軍のドンディアオ級情報収集艦 中国の海洋進出は「サラミ・スライス」戦術と評される(6月15日放送フジテレビ報道チャンネル「ホウドウキョク あしたのコンパス」拙コメント)。サラミを薄くカットするように、目立たないように、少しずつ敵対勢力を切り崩し、徐々に既成事実を積み重ねていく。最初は漁船や抗議船だったのが公船となり、やがて公船の規模能力が拡大。兵装した公船から軍艦となり、その軍艦が接続水域に侵入し、ついに領海侵犯した。もはや薄い「サラミ・スライス」というより「厚切りハム」(福島香織氏)に近い。重大な危機感をもって厳正に対処すべき事態である。 いつものごとく中国側は正当性を強弁している。領海侵犯に関し「(屋久島、種子島と奄美群島付近の)トカラ海峡は、国際航行に使われている海峡であり、中国軍艦の通過は国連海洋法条約に規定された航行の自由の原則に合致する」との国防省談話を出した。外務省報道局長も当日の定例会見で「トカラ海峡は、国際航行に使われる海峡であり、各国の艦船は通過通航権を有し、事前通告もしくは承認は必要なく、国際法に違反していない」と主張した。誤解を招く海上保安庁の表現 いずれも国際法上の根拠を欠く。日本の「識者」ですら誤解しているが、当該海峡は国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約)が定める「国際海峡」ではない。国際海峡に関する規定は「海峡内に航行上及び水路上の特性において同様に便利な公海又は排他的経済水域の航路が存在するものについては、適用しない」(第36条)と明記されている。当該海峡は中央に公海が存在しており、国際海峡には当たらない。ゆえに「通過通航権」も発生しない。もちろん「航行の自由の原則」もない。それは公海上の権利であって、領海では「無害通航権」しか認められない。それが世界の常識である。 誤解を招く海上保安庁の表現 問題は通過通航権である。これが認められると「海峡又はその上空を遅滞なく通過すること」や「武力による威嚇又は武力の行使(中略)その他の国際連合憲章に規定する国際法の諸原則に違反する方法によるものを差し控えること」(条約第39条)などの義務を遵守するかぎり、沿岸国つまり日本の海岸スレスレを、中国の潜水艦が潜没航行できる。中国の戦闘機が上空を飛行できる。中国が「国際海峡」と言い出した背景には、以上の事情があるのではないだろうか。 かつて領海は3カイリだった。それが12カイリとなり、それまで国際航行に使用されてきた海峡が沿岸国の領海でカバーされてしまうことになったことから「国際海峡」の「通過通航権」が認められた。島国であり、安全保障上も重要な海峡を有する日本は困ったことになった。具体的には「宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡」である。海峡の幅が24カイリ以内であり、中央の公海部分がなくなれば「国際海峡」となってしまう。 そこで日本は「領海及び接続水域に関する法律」の附則で「特定海域に係る領海の範囲」を定めた。「特定海域」とは右の5海峡である。「当分の間、(中略)特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする」と明記した。つまり原則は領海12カイリだが、特定海域は例外として(基線から)3カイリまでが領海と規定した。 この結果、《津軽海峡等は「通過通航権」の認められる「国際海峡」ではなく、ただの海峡ということ》になった(高野雄一『国際法概論』弘文堂)。この点、海上保安庁公式サイトが「国際航行に使用されるいわゆる国際海峡である宗谷海峡、津軽海峡……」と表記しているが、誤解を招く表現ではないだろうか。もし私が中国当局者なら今後、「日本政府が認めているとおり国際海峡」と主張する。本当に「無害通航」だったのか 津軽海峡などを中国の情報収集艦が堂々と通航する現状に憤慨し、「きちんと12カイリを主張し、重要な海峡を領海で塞げ」と主張する保守派の「識者」が少なくないが、そうなれば安全保障上も失うものが大きい。3カイリに留めた「日本の対処は賢明で合理的といえよう」(高野前掲著)。本当に「無害通航」だったのか 無害通航権はどうか。たとえばNHKニュースは「軍艦には領海での無害通航権が認められています」と報道した。民放や新聞も例外でない。マスコミ報道を鵜呑みにしたのか、自民党の国防族議員までが「国連海洋法条約で、無害通航権がある」と指摘した。テレビ番組で「無害かそうでないかは航行の態様で決まる、航行の目的は関係ない」と解説した防衛大臣経験者もいるが、いずれも妥当でない。日本を代表する国際海洋法学者の教科書を借りよう。 そもそも「軍艦に対して無害通航権が認められるかどうかについては、今日も一般条約上の規定がなく、解釈が対立している」「国連海洋法条約でも、軍艦の無害通航権について明文の規定をおくことに合意が成立せず、問題は未解決のままである」(山本草二『国際法』有斐閣)。フィンランドやイラン、ルーマニア、スウェーデンなど、事前許可制その他の国内法上の規制措置を適用する旨、(海洋法条約310条による)解釈宣言を行なっている国もあれば、英米はじめ、それに反対する旨の宣言を行なった国もある(山本草二『海洋法』三省堂)。 以上をどう解釈するかは、通過通航権を含め、津軽海峡を米軍の核搭載原潜が航行するケースで悩ましい問題をもたらす。「事前協議」(日米交換公文)の対象となり、「持ち込ませず」との非核三原則を貫くのか。なら、そうした「船種別規制」を強行する国際法上の根拠は何か。戦後日本は、こうした問題を直視せず、見て見ないふりを続けている。中国側の主張と行動は、そうした日本の隙を突いた格好ともなった。 論点を喫緊の問題に戻そう。6月15日の領海侵犯は本当に「無害通航」だったのか。国連海洋法条約は「通航は、沿岸国の平和、秩序又は安全を害しない限り、無害とされる」と規定した上で「次の活動のいずれかに従事する場合には、沿岸国の平和、秩序又は安全を害するものとされる」とし、「沿岸国の防衛又は安全を害することとなるような情報の収集を目的とする行為」(や「調査活動」)を挙げた(第19条)。 6月15日に領海侵入したのは「情報収集艦」である。まさに「情報の収集を目的とする行為」ではないだろうか。ならば国際法上「無害通航」とはいえない。かつて私は中国公船による領海の侵入を、NHK等が「領海侵犯」と報じ、保守派がそうとう騒ぎ立てたことに異議を表明してきた。国連海洋法条約第17条により「すべての国の船舶は(中略)領海において無害通航権を有する」からである。 だが今回は違う。それこそ領海侵犯と評すべき事態である。数日前まで中国フリゲートの接続水域侵入で大騒ぎしながら軍艦の領海侵入を「無害通航(だから、やむをえない)」と報じ、官民挙げてそう受け止めている。本末転倒ではないか。このままでは中国軍艦の領海侵犯が「常態化」してしまう。 最大の問題は今後の対応である。国連海洋法条約は「軍艦が領海の通航に係る沿岸国の法令を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた当該法令の遵守の要請を無視した場合には、当該沿岸国は、その軍艦に対し当該領海から直ちに退去することを要求することができる」(第30条)と明記するが、それ以上の規定がない。このため、沿岸国の退去要求に従わない軍艦に対し、武器の使用や武力の行使を含めた措置を取りうるのか、国際法上の論点となっている。 しかも、対応する日本の国内法が未整備なため、現状では実効的な対処が難しい。そこで2012年「日本を取り戻す。」と大書した自民党の「重点政策2012」(民主党でいうマニフェスト)で「『領海警備法』の検討を進めます」と明記されたが、法整備は(護憲派が「戦争法案」とバカ騒ぎした)平和安全法制でも見送られた。いまこそ再検討すべきではないだろうか。必要なのは日本版「海兵隊」 共同通信によると、6月9日未明の接続水域侵入に外務次官が対応した際「もし領海に侵入したら、必要な行動を取る」と中国大使を脅したらしい。事実なら、嘆かわしい。なぜなら、その6日後の15日、実際に領海侵犯されたにもかかわらず、日本政府は海上警備行動を発令しなかったからである。政府は一昨年の5月14日「我が国の領海及び内水で国際法上の無害通航に該当しない航行を行う外国軍艦への対処について」閣議決定した。そこでは「海上における警備行動を発令し、自衛隊の部隊により行うことを基本とする」と明記された。臨時閣議に臨む(左から)石原経済再生相、安倍首相、麻生財務相 併せて「特に緊急な判断を必要とし、かつ、国務大臣全員が参集しての速やかな臨時閣議の開催が困難であるときは、内閣総理大臣の主宰により、電話等により各国務大臣の了解を得て閣議決定を行う。この場合、連絡を取ることができなかった国務大臣に対しては、事後速やかに連絡を行う」とも明記された。要は、電話閣議で自衛隊を出動させるとの閣議決定である。だが、海上警備行動は発令されなかった。それどころか、中国に対する「抗議」すら控え「懸念」の表明に留めた。いったい何のための閣議決定だったのか。大きな疑問を禁じえない。安倍内閣にして、この有り様。なんともやりきれない。正直、私は落胆した。 日本版「海兵隊」を 政府が海警行動すら控える以上、もはや何を書いても空しいが、さらなる問題が控えている。海警行動が発令されても、法律上、正当防衛か緊急避難に該当する場合(または重大凶悪犯罪の現行犯や逮捕した被疑者が逃亡する場合)を除いて「人に危害を与えてはならない」。それ以前の問題として「必要であると認める相当な理由のある場合において」「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において」しか「武器を使用することができ」ない。こんな縛りでは現場が困る。 そこで「船舶の進行の停止を繰り返し命じても乗組員等がこれに応ぜずなお」「抵抗し、又は逃亡しようとする場合」「進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる」よう法改正された。だが、それも中国軍艦には適用できない。なぜなら「軍艦(略)を除く」と明記されたからである。いわゆる警察作用でしかない海警行動が法的根拠であるかぎり、撃沈はおろか危害射撃も許されない。 中国による一連の行動は、国連憲章にも、国連海洋法条約にも、日中共同声明にも違反する。国際法上も許されない。だが、仮に日本がそう「抗議」したところで、中国人は聞く耳をもたない。「法」や「言葉」ではなく、「力」だけが中国の行動を抑制できる。結果的に、日本は「言うだけ番長」のごとき対応に終始した(6月20日時点)。領海侵犯されたら、遅滞なく海警行動を発令する。実効的な対処を可能とすべく法律を早急に改正する。諸悪の根源たる憲法九条の改正も進める。陸自の「水陸機甲団」を中核とした日本版「海兵隊」を創設する。いますぐ、そうした作業に着手すべきだ。そうでなければ、すべてが無に帰す。このままなら、中国の高笑いが続く。関連記事■ 「サンデーモーニング」の何が気持ち悪いのか■ 韓国に圧倒される日本の対外発信■ 歴史戦に勝つ「女子力」

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    憲法9条が国防に支障を来す? 保守のプロパガンダに騙されるな

    がよい」が昨年の63%から68%に増え、「変える方がよい」の27%(昨年は29%)を大きく上回った。安全保障関連法に「賛成」は34%、「反対」は53%で、安保関連法に「反対」と答えた人の93%が憲法9条を「変えない方がよい」と答えた」 毎日新聞「憲法9条、改正反対52% 「憲法改正」は拮抗」 「憲法9条について「改正すべきだと思わない」とする人が52%で半数を超え、「改正すべきだと思う」とした27%を大きく上回った。「憲法を改正すべきだと思うか」については「思う」「思わない」がともに42%で拮抗(きっこう)した。」 NHK「世論調査 憲法改正「必要」27% 「必要ない」31%」「「改正する必要があると思う」が22%、「改正する必要はないと思う」が40%、「どちらともいえない」が33%でした。」 憲法9条についてみてみると、改正すべきでないが多数です。           朝日      毎日    NHK改正すべきでない   68%    52%    31%改正すべき      27%    27%    27% この調査を見る限り、憲法9条は現状維持で当然のことです。政府主導で行われる改憲策動はあまりにも胡散臭く、憲法9条を自民党憲法草案のように「改正」してしまったら、それこそこの日本は、また戦前の暗黒時代に逆戻りです。憲法9条を目の敵にする安倍政権 しかし、それでも思う疑問は2つです。1つは、どちらにも回答しない人たちって何を考えているのだろうということ、もう1つは、改正すべきが27%もいることです。 産経新聞によれば、憲法9条があるから国防に支障を来しているそうです。 「施行69年、国民を守れない憲法… 今こそ9条の改正や緊急事態条項の創設が欠かせない」 現状のどこで一体、国防に支障を来しているというのでしょう。毎年、聖域としてあれだけ莫大な国家予算をぶんどっていますが、自衛隊は世界有数の軍事力にまで肥大化しています。この憲法の枠組み、歯止めをさらに取っ払わなければ国防に支障を来すということは、さらなる軍事力増強を目指すという意味でもあります。昨今、安倍政権は核兵器を持つことも化学兵器を持つことも憲法に違反しないなどと言っています。恐るべき軍事力増強への執念です。 さて、安倍政権は憲法9条を、これでもかというほど目の敵にしています。日本の右翼層はこぞって自主憲法だ、軍隊だと声高に叫んでいます。何故でしょう。安倍氏らが決まって口にするのが中国や北朝鮮の脅威論です。これだけいつでも脅威論を叫んでいると「オオカミ少年」そのものなのですが、実際に現状の自衛隊の軍事力でも十分すぎるくらいのものです。 このような経緯からすれば、この憲法9条の「改正」の意味(争点)は、現状の維持か(従来ベースでの増強)、それとも、さらなる飛躍的な軍事力の増強と国軍化、さらには日本の防衛とは直接の関係のない海外で戦闘行為を行うことの是非です。護憲派の集会でメッセージを掲げる参加者(東京都江東区) マスコミの世論調査もしっかり前提を踏まえた上での調査をやってもらいたいものです。NHKなどは「どちらともいえない」に誘導したかった動機が見え見えです。 さて、これに対する典型的な言い掛かりがこれです。 「「立憲主義を守れ!」と騒ぐなら、自衛隊を否定すべきだろう。」(岩田温の備忘録) 典型的な争点のすり替えでもあるのですが、要は「憲法9条を守れ」というのであれば自衛隊を解散しろというのか!」というレベルのものです。仮想敵国の脅威というプロパガンダにだまされるな 自衛隊創設時であれば、このような争点設定も当たっているのですが、現在、日本は自衛隊という世界にもまれにみる巨大な軍事力を保有しています。ただ少なくとも海外での戦闘行為は憲法上できないということで大きな制約を課してきました。保有する軍事力も大きく制約されてきました。軍事力を米軍のもとで世界に展開したいと考えていた日本支配層にとっては憲法9条は邪魔な存在そのものでした。 その現状の枠組みを取っ払うのかどうか、というのが争点です。 欺されてはいけません。今時の9条の改憲の争点は、自衛隊が合憲か違憲かというのは争点ではありません。典型的なすり替えにころりと欺されてしまうと、9条改憲に賛成してしまったり、あるいは「どちらともいえない」などという心許ない選択になってしまいます。憲法を変えたがっている安倍自民党は決して自衛隊は違憲状態だから憲法改正によって憲法に適合させるなどとは言っていないのです。 欺されてはいけません。実際に中国や北朝鮮が本当に日本本土に侵攻してくるのかどうかということも冷静になって考えてみればわかることです。今、現実に中国や北朝鮮が日本本土に侵攻してくる計画があるのですか?中国、北朝鮮脅威論はすべて安倍政権側によって垂れ流されたプロパガンダです。何故、この程度のことに欺されてしまうのでしょう。東西冷戦下と全く事情が違うということすらも理解できていないのかもしれませんが、東西冷戦下では、それぞれの政治体制を守るため、双方が軍事力を対峙させてきたものであり、東西間では経済的な結びつきは全くなかったものです。現在、貿易相手国として、日米にとっても中国は不可欠の存在になっているのに、これで戦争状態に突入ですか。 ところで、最近、台湾が沖ノ鳥島問題で、軍艦を差し向けるそうです。「台湾が沖ノ鳥島問題で海軍艦を派遣へ 馬英九政権の対日強硬姿勢に歯止めがかからなくなってきた…」(産経新聞2016年5月2日) 台湾と開戦しますか。台湾を仮想敵国として軍事力増強しますか。憲法9条の改正しますか。この程度のことで騒いでいたら、夜もおちおち眠れなくなってしまいます。それ以上に日本が海外で武力行使をしてくる国になる方がよほど怖いと思いますよ。戦争の当事国になるわけですから。 憲法9条の「改正」の是非は、争点ずらしに欺されてはいけません、仮想敵国の脅威というプロパガンダに欺されてはいけません。9条を含む現行憲法を守りましょう!(弁護士 猪野 亨のブログより転載)

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    日米同盟解体・自主防衛のコストは25兆5319億円

     今後考えられる在日米軍の縮小・撤退は、日本を安全保障上の危機に晒すことになる。ドナルド・トランプ氏が米大統領になるか否かにかかわらず、日本における米軍の力が減じていくのは避けられないだろう。ならば、どう自力で国を守るかを考える必要がある。制約が多い自衛隊ではなく、国際的に見てもスタンダードな国防軍の創設を想定したとき、どれくらいのコストがかかるのか。 国防軍を創設する場合、現実的に大きな壁となるのは、コスト(費用)だ。国防軍創設の鍵はコスト(写真:菊池雅之)「日米同盟にも、コストがかかっています。一方、仮に日米同盟がない場合にどのくらいのコストがかかるのか。自主防衛を議論するにはそうした総合的な評価が必要です」 そう語るのは、防衛大学校の武田康裕教授だ。武藤功・防衛大学校教授との共著『コストを試算! [日米同盟解体]』(毎日新聞社)での試算を紹介しよう。●日米同盟のコスト 日本の防衛費は4兆6453億円(数字は武田氏が利用した2012年度予算に基づく)で、これには米軍の駐留に関わる経費負担も含まれる。日本は「思いやり予算」などで在日米軍の駐留経費や米軍再編関係経費など4374億円を負担しており、この額が同盟維持の「直接経費」となる。 同盟維持にかかるコストは他に「間接経費」がある。「税収や経済効果など、基地があることで日本が失う利益(機会費用)は約1兆3284億円。これを直接経費の4374億円と合算した計1兆7658億円が日米同盟を維持する総コストになります」(武田教授)自主防衛のコスト●自主防衛のコスト 日米同盟は米軍が「矛」、自衛隊が「盾」の役割を担う。仮に完全自主防衛するためには、[1]島嶼防衛のための部隊と輸送力(2993億円)[2]攻勢作戦を担う空母機動部隊(1兆7676億円)[3]対地攻撃能力と対空戦闘能力を持つ戦闘機(1兆1200億円)[4]日米が共同開発したミサイル防衛システムに代わる情報収集衛星や無人偵察機(8000億円)我が国の防衛体制を改めて考えるべき(写真:横田徹)[5]ミサイルを打ち込まれた場合に被害を最小化する民間防衛体制(2200億円)が新たに必要になる。総額は4兆2069億円だ。 また仮に日米同盟が解体するとなれば、日本の国際的な評価が下がり、貿易額の減少、エネルギー価格の高騰、円・株式・国債価格の下落による経済低迷が想定される。これらを「間接経費」というが、貿易額が6兆8250億円で、円・株式・国債価格の下落が12兆円、エネルギーが最大2兆5000億円で、合計21兆3250億円となる。 直接経費と間接経費の総額は、最大25兆5319億円に達すると武田教授は推計する。  以上は「日米同盟解体」という極端なケースを仮定した試算だが、より現実的なのは、日米同盟を維持しつつ、日本の防衛力を高め、機能を拡充する方法だろう。 「トランプ氏が日本の経費負担増を求めるなか、日米同盟の枠組みを維持したまま、日本の防衛努力を現状より増やす方向もあり得る。核の傘に加え、ミサイル防衛システムを支える高度な技術と情報を米軍に頼りつつ、尖閣など島嶼防衛やシーレーン対策で日本の負担を増やせば、それに応じて負担が軽減される米国は歓迎するだろう」(武田教授)  このやり方なら全面自主防衛より低コストで安全保障を維持できる。コストを試算! 日米同盟解体 ―国を守るのに、いくらかかるのか―関連記事■ 「米国内の日米同盟破棄論」少数意見だが米孤立主義の反映■ 安倍首相 抑止力の意味を含め日本独自の打撃力を備えるべき■ 米国内の日米同盟「縮小論」 どんなシナリオで進むのか■ 米国元高官「日米同盟の役割理解できなかったの鳩山氏だけ」■ 「子ども手当1年分で日本は空母を持てる」と櫻井氏指摘

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    激化する中国の軍事行動、自衛隊は憲法違反を犯すしか対抗できない

    になりません。では自衛隊ならば相手になるのかというと、今のところ一概にそうとは言えないところに我が国安全保障の問題点があります。 何しろ最高法規である日本国憲法の前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳い、他国が侵略してくることを想定せず自国の安全や国民の生存を他国に委ねているわけですから是非もないのですが、そろそろ米国の作った憲法に基づく「専守防衛」という自縄自縛のまじないにより、最初の一発を撃てないと固く信じ込まされている人たちも現実を直視して眼をさまし、最初に誰かが犠牲にならなければ国を守れないという我が国の防衛体制の問題点に真正面から取り組んでいただかねばなりません。 この問題は票にならないだけではなくマスコミや野党から攻撃される面倒なことかもしれませんが、面倒だからといって放置するのは、その不作為により犠牲者が出ることを容認しているのと同じことで、最前線で祖国防衛の任に就いている人間の生命を軽んじていると言っても過言ではなく、そんなものは「平和主義」でも何でもありません。 こう言うと、専守防衛であっても「相手が攻撃の意思を見せた時には先制攻撃が許される」「だからと大丈夫だ」と反論される方もいるでしょうが、はたして今から殴りかかる相手に「今から殴るぞ」と宣言してから殴りかかる人がいるでしょうか。よく例にあげられるのが「日本を攻撃する意図をもってミサイルに燃料を注入し出した時点で敵ミサイル基地を攻撃することは可能である」という話ですが、相手国の人間も馬鹿ではありませんから本気で日本を攻撃するつもりであれば、簡単にばれるような方法で準備するはずはなく、仮にその端緒をつかんだとしても、どうやって相手の意図を確認するのでしょう。まさか相手に「今からどこを攻撃するのですか」と訊いてから判断するつもりなのでしょうか。 ミサイルが発射され着弾地点が判明してからでは遅いのです。いずれにしてもスパイ組織を持たない我が国が単独で相手国の情報を得ることは非常に困難であり、このような話は机上の空論としか言いようがありません。そして何よりも今までの日本政府の対応を見ていると、普段は法令解釈上可能であると言っていたとしても、いざというときに攻撃をためらうあまり、それとは違う別の解釈を持ち出して決断しない可能性もあり、実際に適正なタイミングで攻撃命令を下せるかどうかは疑わしいと言わざるを得ません。やはり憲法をはじめとする国家の安全保障にかかわる重要な法令は、解釈によって違う意味にとることができるようなものではなく、誰がどう読んでも同じ解釈しかできないようなものでなければなりません。それに憲法が国家権力を縛るものだと言うのであれば、すべての公務員に我が国の領域を守る義務を課すべきです。 そして法令以上に深刻なのが、我々日本国民の意識の問題です。極端に戦争を恐れるあまり、見たくないものは見ず、聞きたくないものは聞かず、考えたくないものは考えないで70年以上過ごしてきたため、国民の大半は安全保障に関する知識と理解が極端に欠乏しており、そこに野党やマスコミが付けこんだのが昨年の安保法成立を巡る騒動です。中国は挑発に対する日本の反応を見極めている 憲法を護り、他国と対話をするだけで平和が保たれるのであれば、こんな楽なことはなく、少し考えれば実現不可能であることくらい小学生でもわかる話なのですが、自分は頭が良いと思っている人ほど自らの過ちを認められないため、思考の袋小路に逃げ込み現実を見ようとしません。口先だけで平和を唱えていた人たちが、ナチスドイツの軍備増強や領土拡張に目を瞑り結果的に第二次世界大戦を引き起こした歴史の教訓を忘れてはなりません。  このような日本国民の意識の弊害が顕著に現れたのが最近の東シナ海における中国の乱暴狼藉に対する我が国政府の対応です。おそらく選挙期間中であるため、普段より戦争アレルギーの人たちに配慮し、マスコミの印象操作を恐れているのでしょうが、あまりにも腰が砕けた態度では、敵に侮られるだけではなく、南シナ海で懸命に中国と対峙している国々に申し訳が立たないばかりか、昔の日本を知る国や同盟国からの信頼を失い、そして心ある日本国民から見放され9年前の参議院議員選挙のように本末転倒の結果になりかねません。東シナ海 自民党が政権に返り咲く事が出来たのは民主党政権の安全保障に関する無能ぶりに危機感を抱いた多くの国民が、もう彼らには国政を任せられないと3年半前の総選挙で判断したからです。そして安倍晋三であれば中韓に対して卑屈な態度をとらないだろうと期待したからこそ再度、総理大臣に選ばれたのです。昨今の自民党のだらしなさを見ていると、民主党と同じ轍を踏まないかと心配になるくらいです。現政権は反対勢力が、いくら「アべ政治を許さない」と吠えたところで倒れません。倒れるのは安倍晋三に日本の将来を託した人たちが失望した時です。 そこら辺を理解している中国は、今までの総理大臣とは違い、自分たちの言う事を聞かない安倍晋三をその座から引き降ろすべく日本に対して様々な工作活動を仕掛けてきます。中国という国は孫子の兵法を読めば解るように正々堂々と戦うことより謀をもって敵を欺き勝つことを至上としている国ですから、自分たちの挑発に対する日本の政府や国民の反応をじっくりと見極めて、何が日本の弱点なのかということを研究し、その弱点を突くべく虎視眈々と我が国を狙っており、現に尖閣諸島侵略の最大の障害である沖縄基地の海兵隊を撤退させるべく「夷を以て夷を制す」作戦を実行中です。そんな彼らが次の標的に選んだのが、今回の参議院議員選挙です。何しろ、彼らには国政選挙ではありませんが日本の首相を決める2010年の民主党代表選挙という成功体験がありますから、おそらく7月12日に南シナ海の問題に関して自分たちに不利な国際仲裁裁判所の判決が出て、国際社会から非難を浴びる前に既成事実を作ろうと考えたのでしょう。 中国は日本だけではなく1996年に台湾で初の直接選挙が行われようとしていた時も、台湾国民にプレッシャーをかけ選挙結果に影響を与えようとして軍事演習を行い台湾海峡にミサイルを撃ち込みましたが、アメリカ海軍が台湾周辺に空母を終結させ、武力による脅しには決して屈しないという態度を明確に示し、中国の軍事的圧力に反発した台湾国民により選挙結果も中国が望まない李登輝総統が大差をつけて当選したので、以降、この結果に懲りた中国は台湾の選挙に対して軍事的な圧力をかけることはしなくなりました。選挙期間中は日本への攻撃が有効であるということを彼らに思わせるような行動だけは慎まなければならないのです。然るに日本政府は、中国海軍の軍艦が尖閣諸島の接続水域を航行した時、真夜中に駐日中国大使を呼びつけて抗議を行ったところまでは良かったのですが、その後は何に配慮しているのか分かりませんが必要以上に問題を小さく見せようとして事態の鎮静化を図っているように感じられました。日本政府の対応は何がいけなかったのか 日本の安全保障を考えれば、逆に選挙期間中こそ中国の乱暴狼藉の実態を国民に周知し、正々堂々と我が国の安全保障に関する問題点を訴え、それに対する今後の方針を示すべきです。さすれば共産党系の野党はそれに応えることなどできるはずもなく、その姿を見た国民は正しい判断をするでしょう。そうやって日本に対しては選挙期間中に軍事的な圧力をかければ逆効果になるという実績を作ることこそ、今後予想される中国の不当な圧力に対する抑止効果となるのです。尖閣諸島 では、今回の日本政府の対応は何がいけなかったのか、中国側の言い分は如何に正当性がないのかを具体的に説明します。まず中国海軍の軍艦が尖閣諸島沖の接続水域に侵入した件ですが、事実関係として押さえておかなければいけないのが、最初にロシア海軍の軍艦が尖閣諸島沖の接続水域に進入したということです。それに対する中国側の言い分は「自分たちが領有権を主張する尖閣諸島の領海に他国の軍艦が接近したので警戒行動を行っただけで何ら問題はない」というものです。確かに接続水域は公海であり全ての国の船舶に対して自由な航行が認められているので、ロシア軍艦の通行は何の問題もありませんが、我が国の立場として、この中国の主張を認めることができるか否かは考えるまでもないでしょう。 もし自分の家の前に、かねてから「この家は俺のものだ」と主張している人間が現れ、武器のようなものをもってうろうろしていれば、例えそこが公道であっても、普通はその場から立ち去ることを要求するのではないでしょうか。国際法上禁止されていないから問題ないとおっしゃる方もいるようですが、禁止されていないからといって何をやっても許されるという話ではありません。現実的ではありませんが、台湾や日本が中国本土の領有権を主張しながら同様の行為を行えばどうなるかということを考えれば良くわかるかと思います。 問題は中国軍艦の接続水域侵入が国際法に違反したか否かということではなく、いたずらに軍事的な緊張を高めたということであり、それに対して何も抗議しなければ彼らの領有権を認めることに繋がりかねないということなのです。接続水域は公海だから問題ないなどと言っていれば、次は領海に侵入してくるのは火を見るより明らかで、そうなってからでは遅いのです。軍事的な衝突を避けるためには、いかに手前で防ぐかということが大事なのです。 次に中国海軍の軍艦が我が国領海である吐噶喇(トカラ)海峡に侵入した件ですが、これも中国海軍の情報収集艦がインド海軍の軍艦を追跡していたという事実と、それ故に彼らが明らかに国際法に違反したということを認識しておかねばなりません。ところが、この事件に対する日本政府の対応は、尖閣沖での時とは打って変わって「抗議」ではなく「懸念」を伝達するだけでした。 しかも、その理由というのが、なぜかは分かりませんが中国自身の主張と異なる「無害通航」に該当する可能性があるという理屈です。この時、中国が主張したのは吐噶喇(トカラ)海峡が「国際海峡」であるという出鱈目な解釈に基づく「通過航行権」です。この「無害通航権」と「通過航行権」は似て非なるもので、これを詳しく説明すると本論から話がそれてしまうので詳しい説明は省きますが、「通過航行権」には「無害通航権」で認められていない上空の飛行や潜水艦の潜没航行が認められているなど、より航行の自由度が高いという認識だけ持っていただければ以降の説明が理解できるかと思います。「国際海峡」とは何か そこで「国際海峡」とは何なのかと言いますと「国際航行に使用される海峡であって、海峡の沿岸国の基線から測定して、それぞれ12海里を超えない範囲で領海を確定した結果、航路がいずれかの沿岸国の領海内に取り込まれる海峡」です。これだけ読むとわかりにくいかと思いますので簡単に説明すると、船が国と国との間を行き来する時に通る海峡(二つの陸地により狭められた海の部分)のうち、海峡の幅が狭いため海峡の全体または一部が沿岸国の領海になり、その領海を自由に通行できなければ著しく不便になってしまう海峡を「国際海峡」と定義し、そこを通行する権利を「通過航行権」言います。 有名なところでは地中海と大西洋を繋ぐ「ジブラルタル海峡」、ペルシャ湾とアラビア海を繋ぐ「ホルムズ海峡」やインド洋と南シナ海を繋ぐ「マラッカ海峡」があります。世界地図を頭に思い浮かべて、もしこれらの海峡が沿岸国の都合により船舶の通行が制限されたらどうなるかということを考えてみてください。地中海沿岸の国はアメリカ大陸と船による貿易が行えなくなり、我が国をはじめとするアジア諸国に石油エネルギーや食料など生活に欠かせない多くの輸入品が入ってこなくなるなど、特定の国だけではなく世界全体の利益が損なわれるため、すべての国の船舶に「通過航行権」を与え、より自由度の高い通行権を保証しているのです。 となると吐噶喇(トカラ)海峡が国際海峡にあたるか否かが問題になってくるわけですが、結論を先に言いますと、地図を見ていただければ分かるとおり、そこが通れなくなったとしても影響を受ける船はほとんどありませんので国際海峡には該当しません。とは言え国際海峡については日本にも改善すべきところはあり、本来、我が国には「宗谷海峡」「津軽海峡」「対馬海峡東水道」「対馬海峡西水道」「大隅海峡」の五つの国際海峡があるにもかかわらず、その五つの海峡だけ領海の幅を3海里(通常は12海里)のままに据え置き、あえて海峡内に公海を作ることにより他国船の自由な航行を認め、「通過航行権」の問題を避けてきたという経緯があります。 これは核を搭載したアメリカの艦船が太平洋と日本海の間を移動する際、領海の幅を広げてしまうと必然的に日本の領海に入らなければならなくなり、それが非核三原則(核を持ち込ませない)に抵触するので、それを避けるために、あえて領海の幅を広げなかったと言われていますが、いずれにしろ我が国が国連海洋法条約に明記されている「国際海峡」や「通過航行権」に対する態度を曖昧なままにしてきたところを中国に突かれたということであり、日本はこのような外交姿勢を改める必要があります。 しかし、いくら日本の外交姿勢が曖昧であったとしても中国の出鱈目な主張を認めるわけにはいきません。吐噶喇(トカラ)海峡は一般の地図には載っていませんが実際は瀬や岩礁が点在しているうえ、黒潮の通り道で潮が速く操船が難しいため普通の船は特に理由がない限り通行を避け、東シナ海と太平洋を行き来するときは、その直ぐ北側にある事実上の国際海峡である大隅海峡を通行します。 これは船員の常識であり、日本をはじめとする水路誌の推薦航路に吐噶喇(トカラ)海峡は載っておらず、海運関係者に「吐噶喇(トカラ)海峡は国際海峡だ」などと言えば一笑に付されるのがおちで、中国政府はよくもそんな出鱈目が言えるものだと感心するほどです。とにかく中国という国は、法令は守るものではなく自己を正当化するためのものと考えていますから、色々な屁理屈をこねくり回し、それが通らないとなると平気で法令を無視するので、まともに相手をするのではなく、こちらもそれなりのロジックをあらかじめ考えておく必要があります。なぜ中国の立場から言い訳する? ではなぜ、中国はそのような大嘘を臆面もなく吐いてくるのかといえば、軍艦が外国の領海において無害通航権を持つか否かについては国際法も学説も一致した見解はなく(日本は無害通航を認める見解)言ったもの勝ちの世界であり、何より彼ら自身が国内法として1992年に制定した「領海及び接続水域法」により、自国の領海における外国軍艦の無害通航を認めていないからです。そして情報収集艦が日米印合同訓練に参加していたインド海軍の軍艦を追跡していたということは、電波情報の収集を行いながら我が国領海内に侵入したということであり、国連海洋法条約第19条第2項(C)に有害行為として明記されている「沿岸国の防衛又は安全を害することになるような情報の収集を目的とする行為」に該当するからです。 つまり中国は自分たちの行為が国連海洋法条約に定める「無害通航」にあたらないと自覚していたからこそ、「国際海峡」という概念を持ち出してきたのですが、我が国政府は、ご丁寧に彼らが主張していない「無害通航」にあたる可能性があるから違法とは言えないなどと、彼らの立場に立って言い訳をしているのです。おまけに一部の人たちは、今回の中国軍艦の行動はアメリカが南シナ海で行っている「航行の自由作戦」と同じだから日米両国は何も言えないなどと頓珍漢なことを言いだす始末です。南シナ海・南沙諸島のスービ礁 中国が南シナ海で埋め立てを行い自国の領海であると主張している岩礁は、そもそも島ではなく、国連海洋法条約に「自然に形成された陸地であっても高潮時水面下に没するものは領海を有しない」「人工島、施設及び構築物は、島の地位を有しない。これらのものは、それ自体の領海を有せず、また、その存在は、領海、排他的経済水域又は大陸棚の境界画定に影響を及ぼすものではない」と明記されており、いかなる解釈をもってしても領海の存在を認めることはできません。もし、その様な事が可能であるとすれば、公海にある世界中の浅瀬を大国が力ずくで埋め立ててしまえば、世界中にその国の領海が存在することになります。普通に考えれば、その様な行為が許されるはずがないことは言うまでもありません。そのような、世界中の国の中で中国一国だけが主張する領海と、自然に形成され現に人が住んでいる島とを同列に扱うこと自体が大間違いです。そもそも中国が主張する「九段線」自体が荒唐無稽なものであることは小学生でも地図を見るだけで理解するでしょう。 いずれにしろ日本政府が、何だかんだと理屈をつけて中国海軍の軍艦が我が国領海内で行った軍事行動を容認してしまったのは大失態としか言いようがなく、これでさらに中国の行為がエスカレートし、武力衝突の危険性が高まることは間違いありません。数年前から中国海軍は潜水艦の領海内潜没航行、航空機の異常接近、射撃用レーダー照射などなど、我が国自衛隊に対してやりたい放題で、彼らは日本が何をしても反撃してこないと思い込んでいるのかもしれませんが、行き着くところまで行ってしまえばお互い引くに引けなくなってしまい武力衝突が起こりかねません。それを避けるためには日本側の毅然とした対応が必要なのですが、今回の日本政府の対応を見ていると心もとない限りです。海だけではなく空でも由々しき事態 しかも東シナ海において海だけではなく空でも由々しき事態になっていることが、先日、明らかになりました。先月の28日に航空自衛隊OBの元空将が、東シナ海上空で中国軍の戦闘機が航空自衛隊のスクランブル機に対し、攻撃態勢をとったということをインターネットニュースで発表しました。翌29日、日本政府は航空自衛隊機がスクランブル発進を行ったことは認めましたが中国戦闘機の攻撃動作については公式発表では否定しました。 このニュースに接して思い起こされるのが平成22年に起こった尖閣諸島沖漁船体当たり事件です。あの時、国民に先駆けて映像を見た国会議員のうち数人は「大したことはない」と言うようなことを言っていましたが、実際はどうだったでしょうか。 何より事件のあった6月17日から元空将が発表するまで日本政府からの発表は何もなく、ようやく12日経過した29日になって元空将の記事を否定する形で発表を行ったこと自体が異常で、国民の知る権利を害するだけではなく、このような日本政府の態度が中国の反日宣伝工作に利用されると心配していたところ、案の定、当初は「事実無根だ」と言っていた中国が7月4日には「日本の航空自衛隊機が中国軍機に高速で接近挑発し、火器管制レーダーをわが方に照射した」と発表しました。これは平成22年に「中国の漁船が自国の領海内で操業中、日本の巡視船に体当たりされた」と主張していたのと同じで、日本も中国もやっていることが同じで進歩がありません。 元空将の記事によれば不測の事態を恐れた航空自衛隊機が現場を離脱したとありますが、簡単に言えば自衛隊機が中国軍機に対して日本領空への接近を阻止しようと試みたところ今までにない好戦的な態度をとったため、それ以上は何もできない自衛隊機が逃げ帰ったということです。このような我が国の主権にかかわる重大なことを、政府は元空将が発表するまで公表せず、そのことに対してマスコミは何も追及しないどころか、当初、大手メディアで記事にしたのは私の知る限り産経新聞だけでした。一体国民の知る権利に応えると日頃息巻いているマスコミの人たちは何をやっているのでしょうか。特定秘密保護法に反対する人たちは、政府が国民に対して情報を隠すことを危惧していたにもかかわらず、今まさに、その様な事が行われているというのに何ら抗議しないというのは理解に苦しみます。 そこで、なぜ日本政府が情報を隠し、毅然とした対応ができなかったのかを考えてみると「領有権を主張していない海域なので領海内を軍艦が情報収集しながら航行しても問題はない。」「中国軍機は実際にミサイルを発射したわけではないので問題はない」と考え、危機を危機として認識できなかった。中国を刺激して武力衝突になったら大変なので、嫌中世論にならないよう情報を隠し、ひたすら衝突を避けるべく、中国に対して過剰な配慮を行った。中国との対立がクローズアップされれば「戦争反対」「安保法廃案」と共産党系野党が勢いづくので選挙に不利になると考え、参議院選挙への影響を考慮した。 というような理由が思い浮かびます。どれも可能性がありそうに思えますが、私が思うに本当の理由は我が国に外国の軍艦が有害通行をした場合や外国軍機が領空を侵犯しそうになったとき(領空侵犯してからの法令はある)対処する法令がないからではないでしょうか。現行法で外国軍艦の領海侵犯に対して現実的に出来ることといえば海上警備行動を発令し自衛隊の艦船や航空機に中国軍艦を追尾させることくらいですが、本来、海上警備行動というのは国籍不明の不審船や海賊船に対応するためのもので軍艦相手に発令する事態を想定していません。したがって、武器の使用基準等は警察官職務執行法に準ずるため相手がこちらを攻撃してこない限り退去を要請することしかできません。自衛隊の能力を軍隊に近い形で発揮できる「防衛出動」 ちなみに国連海洋法条約においても軍艦の不法行為については軍艦が領海の通航に係る沿岸国の法令を遵守せず、かつ、その軍艦に対して行われた当該法令の遵守の要請を無視した場合には、当該沿岸国は、その軍艦に対し当該領海から直ちに退去することを要求することができる。旗国は、軍艦又は非商業的目的のために運航するその他の政府船舶が領海の通航に係る沿岸国の法令、この条約又は国際法の他の規則を遵守しなかった結果として沿岸国に与えたいかなる損失又は損害についても国際的責任を負う。 としか謳われていません。だったら他国も日本と同じように退去要請しかできないではないかと思われるかもしれませんが、他国の場合は軍艦には軍艦=軍隊が対峙するわけで、いざとなれば国防のために妨げになる国内法は日本のように存在しません。日本だけが軍隊の装備をした警察官が他国の軍艦と相対するというおかしな話がまかり通っており、多くの人が、その異常さに気が付いていません。これは、例えて言えばボクサーがフルコンタクト空手の大会に非常に重いグローブをつけて出場するようなもので、相手はキックやパンチを自由に打ち込んでくるのに対して、自分はグローブが重いため防御に徹しなければならず、たまに訪れる反撃の機会もグローブが重いため相手に対したダメージを与えられないという理不尽な話なのです。 領空侵犯に関しても、相手が領空侵犯する寸前までは法律上明確な規定はなく、相手が領空に侵入してはじめて「これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる。」と定められているだけで、現代の航空機の性能を考えると現実的な話ではありません。沖縄・先島諸島を通過した中国海軍艦船、ルージョウ級ミサイル駆逐艦116=2012年10月(防衛省提供) では、我が国の自衛隊は相手の侵略に対して為す術がないのかというと、そうではなく自衛隊の能力を軍隊に近い形で発揮できる防衛出動というものがあります。ですから、本来は自衛隊が相手国の軍艦や攻撃機に対応するためには防衛出動の発令を待たねばならないのですが、その発令条件は非常に厳しく国会の承認を得なければなりませんので非常に時間がかかります。なので、まず比較的発令要件の容易な海上警備行動や領空侵犯に対する措置で対応しようとしますが、前述のとおり法令通りに動けば自衛隊が最初の一発を食らう可能性が高く非常に危険なのです。話が飛びますが、昨年の安保法案審議中に「自衛官のリスクが高まる」と言って同法に反対していた人たちが、この現実的にある自衛官のリスクを放置しているという事実が、彼らが本気で自衛官のことを考えていないということの証です。 話を元に戻せば防衛出動というのは「我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至つた事態 」か「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」になるまで発令できませんので、現実的には誰かが犠牲になってから閣議や国会の審議を経て「防衛出動」が命ぜられることになることが想定されます。言い方を変えれば誰かが犠牲になるまで待たねばならないということです。つまり現行法で自衛隊を出動させれば、法令の縛りにより無駄な犠牲者が出る可能性が非常に高いのです。 当然、中国は、そのような我が国の法体制を熟知していますから、その弱点を突いてくることは火を見るより明らかで、不要な犠牲を避けるには相手が強く出てくれば撤退させるしかないわけで、それならば最初から自衛隊は出動させないと今回は判断したのではないでしょうか。自国を守る法令がないから神頼みしかない? 残念ながら、現在の我が国の法制度では自衛官が自国民や領域を守るために、法令に違反しなければならないケースがあります。はたして国家国民を守るために自衛官が法令に違反しなければならない今の法制度が正しいと言えるでしょうか。これらの問題は「戦力の不保持」や「交戦権の否定」を定めている日本国憲法に帰結します。国家の持つ当然の権利である自衛権を制限し、世界最高水準の戦闘機、軍艦、戦車を保有する24万人の戦闘集団を戦力でないと強弁するのはもう限界です。ここまで現実と乖離した憲法をもとにいくら法令を作ったところで、どこかに矛盾が生じ、その犠牲となるのは現場の人間です。今まで露骨に日本を侵略する国がなかったおかげで、この矛盾が露呈することはありませんでしたが、これからはそうはいきません。日本海から津軽海峡に向かう中国海軍艦隊。左手前からルフ級、ジャンカイII級、ドンディアオ級。中国海軍艦隊は日本列島を一周している(統合幕僚監部提供) 繰り返しになりますが、今からでも日本政府は東シナ海で起こっていることを国民に公表し、日本の安全保障にかかわる法体系の不備の改正を訴えるべきではないでしょうか。そして憲法を改正して他国と同様に国を守る体制を整えるのか、それとも日本だけは別だと現実逃避して多大な損害を被るまで何もしないのか、それを我々国民が選択しなければなりません。 とはいえ、法律を変えたり作ったりするには時間がかかり、憲法であればなおのことです。しかし、その間、相手が待ってくれているという保証はありません。そこで私が犠牲者の心配をする必要がないとりあえずの中国の尖閣侵略への対抗策を提案させていただきます。 それは、尖閣諸島の我が国領海に中国の公船や軍艦または軍用機が接近した翌日には、内閣総理大臣が日本国民を代表して靖国神社にお参りし平和を祈願する。総理大臣が行けない時は防衛大臣などの主要閣僚が代行する。というものです。 対外的には「自国の神様に平和を祈願して何が悪い」と主張すれば、実際に実力行使に及んでいる国と祈祷しているだけの国のどちらに非があるのかは一部の国以外は理解してくれるでしょう。そして、国内向けには「我が国は自国を守る法令がないため、神頼みしかない。今後もそれでいいのか」と訴えかけて国民の意識の変革を促します。中国の狙いは公船や軍艦、軍用機を尖閣の我が国領域に繰り返し侵入させることにより、日本人の感覚を麻痺させて、メディアをはじめとする日本人が騒がなくなることです。しかし、首相が靖国神社に行けば某国の意向を気にするマスコミは騒がないわけにはいかず、少なくともそれは阻止できるはずです。これが実現可能かどうかは、さておき、今は一刻も早く普通の国並みの法体制を整備し自衛官が心置きなく国防の任務に就けるようするのが政治家の務めではありませんか。

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    尖閣有事、自衛隊は何ができるか

    い。東シナ海にも触手を伸ばす中国との「尖閣有事」に、自衛隊は何ができるのか。国境の最前線からわが国の安全保障を考える。

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    海上で平和憲法など通用しない!日本版「海兵隊」創設こそ世界基準だ

    ド)だが、各国のコースト・ガードとは似て非なる組織だ。たとえばアメリカ合衆国のコースト・ガードは国土安全保障省の傘下にあり、軍隊に準じた組織となっている。日本の海上保安庁も、そうした名実ともの「JCG」に生まれ変わるべきときなのではないだろうか。 離島防衛の観点からは、海上保安庁に加え、陸海空自衛隊の活動が期待される。海上保安庁と海上自衛隊などが連携して、離島に上陸される前に、海上で食い止めなければならない事態が、今後、予想される。日本版「海兵隊」を創設を日本版「海兵隊」創設を いや、すでに起きている。今年6月、立て続けに発生している中国海軍による接続水域侵入や領海侵入、空軍戦闘機による航空自衛隊機への乱暴な威嚇や挑発は記憶に新しい。だが、安倍政権は、中国情報収集艦に領海侵入されても「海上における警備行動」を発令せず、自ら閣議決定した方針を空文化させた(詳しくは「Voice」8月号拙稿ほか)。その二日後、中国空軍機の威嚇を受けた際、空自機を空域から離脱させた。その経緯を問題提起した織田邦男(元空将)の論文を、内閣官房副長官が「国際関係に影響を与える」、「遺憾」と非難し、統合幕僚長も「不適切」と切り捨てた。いま、現場は激しく動揺している(月刊「正論」8月号、9月号拙稿参照)。平成28年度末の開発完了を目指し、テストフライトを重ねている空自新輸送機C2(防衛装備庁/航空自衛隊提供) 自衛隊を名実ともに軍隊とすべきである。私は一貫して、そう主張してきた。自衛隊には領域警備の任務すらない、集団的自衛権も限定的にしか行使できない。世界中どこを探しても、そんな軍隊はない。 加えて海兵隊の創設も必要であろう。陸上自衛隊に新設される「水陸機動団」などの部隊をベースに、海空の部隊と統合を図りながら、強襲揚陸能力などを付与していくのが現実的な政策ではないだろうか。たとえば陸自が新たに水陸両用車AAV7を導入するのはよいが、陸自に搭載可能な輸送艦はない。陸上自衛隊の部隊としてではなく、陸海空とは別の軍種として海兵隊を創設すべきと考える。 そもそも島国という典型的な海洋国家でありながら、海兵隊を持っていない。この現状は国際標準から外れている。「自衛隊」は憲法九条のもとガラパゴス化した歪な組織となっている。他方、海は一つ、世界に通じている。海の上では日本独自の「平和憲法」など通用しない。「自衛隊」がグローバル・スタンダードから遠いのと同じように、海兵隊を持たない日本の現状は世界基準に反している。

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    尖閣で日中開戦「5日」で敗北!米国に見捨てられる驚愕のシナリオ

    道を開くことは、第二次大戦以来の再敗戦を望む自殺行為と言えるでしょう。安倍政権が現実を見据えた外交・安全保障政策を実行してくれることを期待します。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年1月18日分を転載)

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    中国軍の尖閣上陸を許すな! 自衛隊が着せられる「侵略者」の汚名

    とも無く、日本は平和を維持してきた。それは日本国民にとって大変幸せなことであった。しかし昨今、日本の安全保障環境は急激に悪化しており、特に南西諸島では戦後経験したことのない緊迫した領域に突入しつつある。インターネットのオピニオンサイト、JBPRESSの6月28日付の記事で元航空自衛隊の空将(元F4パイロット)の織田邦男氏が東シナ海は一触即発の危機にあることを明かしている。航空自衛隊のスクランブル機が中国軍機に攻撃動作を仕かけられ、いったんは防御機動でこれを回避したが、このままではドッグファイト(格闘戦)に巻き込まれ、不測の状態が生起しかねないと判断し、自己防御装置(チャフやフレアだと思われる)を使用しながら中国軍機によるミサイル攻撃を回避しつつ戦域から離脱したというのだ。 本来スクランブル発進とは、領空侵犯の恐れがある国籍不明機に対して、退去勧告、または警告して領空侵犯を防ぐことにある。しかし、このケースでは、空自のパイロットは戦域から離脱したということは逆に追い出されてしまったということになる。尖閣諸島の海域では、中国海警局の公船の接続水域への侵入、領海侵犯は日常的になってしまっており、更に軍艦まで接続水域に侵入してくるようになり制海権を失いつつある。今回の事件は、それだけではなく尖閣上空の制空権まで失いつつあるという象徴的な事件である。尖閣諸島の天気予報がない日本 中国政府が進める実効支配は多角的で戦略的である。中国気象局は2012年9月11日から尖閣諸島の天気予報を行っている。天気予報を開始するにあたって、中国気象局の報道官は、「全国の陸地、河川・湖、及び海上の気象予報・警報などを行う責任を負っている」と述べている。一方、日本の気象庁は尖閣諸島の天気予報を未だに行っていない。気象行政では尖閣諸島を実効支配しているのは中国だということになる。ところで、ネットでその天気予報をみると尖閣諸島は福建省の一部となっている。つい数年前までは、台湾の宜蘭県の一部と主張していたが知らない間に変更されているのだ。変更された明確な日は不明だが、調べたところ2013年11月23日に中国政府が一方的に東シナ海に防空識別圏を設定した直前のようである。当然、尖閣諸島上空はこの防空識別圏の範囲に含まれている。ここで、頭を切り替えて理解しておかなければならないのは、この時から尖閣諸島上空は中国空軍にとって、侵入するエリアではなく、日本の航空自衛隊機に対してスクランブル発進を行うエリアになっていたということである。沖縄県・久米島周辺のEEZで確認された中国の海洋調査船「科学号」(第11管区海上保安本部提供) 中国は海底資源においても実効支配を進めている。その秘密兵器が海洋調査船「科学号」とROV(遠隔操作型無人探査機)「発現号」である。中国国内ではその活動の詳細が大々的に報道されているが、なぜか日本国内では報道規制されているかのように、その詳細が全く報じられていない。日本のメディアでは、《沖縄県・久米島周辺の排他的経済水域(EEZ)で19日、中国の海洋調査船「科学号」が海中に何らかの物体を投入したのを、海上保安庁の巡視船が確認した。》としか報道していない。しかし、中国のメディアは、《科学号は2014年4月8日から5月にかけて、沖縄トラフ熱水域の熱水噴出孔周辺の海洋物理及び化学環境の観測、サンプル収集、分析を行う予定》と報じていた。そこで久米島沖の熱水鉱床の存在を調べると、実は2012年に産業技術総合研究所が久米島西方海域に新たな海底熱水活動域を発見していたことがわかった。それは2008年から進めてきた研究の成果であり、鉱床の存在の可能性について調査・研究を進めていく予定と報道していた。戦争は「実効支配を失ったら負け」 日本の資源である熱水鉱床を堂々と横取りしたことは許せないが、中国政府の目的はそのような小さなものではない。中国メディアの報道では中国は「沖縄トラフは中日海洋経済区分の境界線であり、熱水鉱床は中国側にある」「日本が主張する日中境界線は国際法の原則に違反しており、中国は国連に東シナ海境界案を提出している」と主張している。つまり、これは熱水鉱床という海底資源スポットを奪う目的ではなく、東シナ海における日中間のEEZの境界線を日本の主張する日中中間線から沖縄トラフへ大きく変更させるのが目的なのである。科学号は出港に際して、その目的と期間を宣言し、側にずっと張り付いていて監視していた海上保安庁の監視・警告をことごとく無視して、宣言の計画通りに調査して帰港したのである。この瞬間に日本は東シナ海のEEZにおける制海権を事実上失ったといえるのではないだろうか。 戦争は「実効支配を失ったら負け」 このように、現在の政府の尖閣諸島への対応は最悪のパターンに向かっている。だから今後、決して尖閣諸島に人民解放軍を一人たりとも上陸をさせてはならない。これまでと状況が激変し、中国は上陸者の逮捕に動く海上保安庁を中国領土に対する侵略者と批判し始める可能性があるからだ。また、自衛隊は米軍と共に島嶼奪還訓練を行っているが、上陸されてからでは遅い。島を取り返す自衛隊に対しても、中国政府は日本を侵略者として次のように批判するであろう。「日本の自衛隊が我が国固有の領土に攻撃を仕掛けてきた。中国は断固として我が国の領土を守る。侵略者に対して手加減はしない。日本に対する核攻撃も辞さない。多くの日本国民が命を失うことになるかもしれないが、その責任は中国の領土を侵略しようとする日本政府にある」 このような嘘は国際的に通用しないと思ったら大きな間違いである。人民解放軍が尖閣諸島に上陸した時点で、実効支配しているのは日本ではなく中国になるからだ。つまり、尖閣諸島を守るためにパトロールしているのは人民解放軍であり、侵入を企てているのが自衛隊ということになるのである。「戦争は先に手を出したほうが負けだ」という声を聞くがそれは大きな間違いである。日本が尖閣諸島を実効支配している時に人民解放軍に射撃をしても「中国が日本を侵略した」と批判声明を発表することができる。中国がなんだかんだと批判をしても、実効支配しているのは日本であるから国際的に通用するのである。しかし、日本が実効支配を失い奪還作戦で人民解放軍に射撃をした場合、逆に中国に「日本が先に攻撃をした」と言われてしまうのである。「戦争は、先に攻撃を仕掛けたら負けではなく、実効支配を失ったら負け」なのである。沖縄防衛「真の敵」による煽動工作 日本政府はこれまで、「中国を刺激しない」という意味不明な理由で、尖閣諸島に日本国民を上陸させず、日本の建造物も建てず、自衛隊の監視隊も配備せず、天気予報も行わず、石垣市の環境調査のための航空機による調査も「不測の事態を避けるため」という理由で中止させてきた。これは、外国の目から見たら、尖閣諸島は中国の領土であるあるから日本は遠慮していたとしか見えないのである。日本政府が尖閣諸島防衛のために最も優先することは、外国人の誰が見てもわかるような方法で尖閣諸島を実効支配することである。具体的には、大きな日章旗を掲げた建造物を尖閣諸島内に建設することである。これにより、尖閣諸島に上陸しようとする外国人を射殺しても日本を批判する国はどこにもいなくなるのである。日本政府が今やるべきことは、領土、領海、領空の実効支配を断固として守ることである。実効支配している国こそ、侵略者に対して先に攻撃する資格があるのである。EEZ(排他的経済水域)に関しても、勝手に資源の調査を行わせてはならない。中国に対する黙認はEEZ内にあらたな軍事基地建設を許すことと同義である。沖縄防衛「真の敵」による煽動工作 南西諸島の島嶼防衛を考える時、決して無視できないものがある。それは沖縄の世論である。沖縄の世論は沖縄県民が作っているのではない、沖縄の琉球新報、沖縄タイムスの二紙を中心とした地元マスコミが作っているのである。沖縄の歴史を見ると、中国が軍事覇権を強める時期には必ず沖縄の反米世論はエスカレートしているのである。沖縄で過去最大の反米運動は佐藤総理大臣が米国と沖縄返還交渉を始めた1967年頃から71年11月の沖縄返還協定が国会で批准されるまでの間である。1960年代当初より毛沢東は核兵器の開発を急いでおり、1964年に最初の核爆発に成功し、その後核実験を繰り返し1970年4月24日に初の人工衛星、東方紅1号の打ち上げに成功し事実上核保有国となった。その裏では、日本の安保闘争と沖縄返還闘争の工作を仕掛けて日米安保の破棄を目指していたのである。日の丸を振って盛り上がっていた沖縄の復帰運動が、なぜ急に左旋回して安保闘争のようになったのかわからないという方が多いが、その理由は明確である。1960年4月28日に発足して沖縄県祖国復帰運動(大衆運動)の中心を担っていた沖縄県祖国復帰協議会は、毛沢東とつながっていた左翼の統一組織であり、本当の目的は日米安保破棄、在沖米軍基地の撤去であり、祖国復帰は県民を扇動するための材料に過ぎなかったからである。女性遺体遺棄事件に対する抗議集会が行われたキャンプ瑞慶覧のゲート前に立つ米軍関係者=5月22日午後、沖縄県北中城村 そして、現在の沖縄でも同じように反米運動が盛り上がっている。米軍属による女性暴行殺人事件をきっかけに、海兵隊の撤退を明記した抗議決議が沖縄県議会で可決され、6月19日の県民大会の大会決議案にも明記され、海兵隊の撤退が沖縄の総意という構図を作られてしまったのである。尖閣諸島や東シナ海を我が物顔で領海侵犯や領空侵犯を繰り返す人民解放軍の脅威に目を向けることなく、むしろ海兵隊の撤退を求めている状況は、1960年台後半に中国が核兵器を開発しても目を向けず、米軍基地の撤去運動が繰り広げられていた時と全く同じである。つまり、沖縄のマスコミと一部の政治勢力が1960年代には事実上中国共産党のコントロール下にあり、現在に至るまで日米安保破棄の工作を続けてきたということにほかならない。「琉球侵略」にすり替えられた国連勧告「琉球侵略」にすり替えられた国連勧告 「沖縄県知事が米軍基地の撤去を要求しようが外交防衛権は政府の専権事項であるから、政府は無視して粛々と安全保障政策を進めれば良い」という声を聞くことがある。確かにその言葉は正しいけれども、その論理を打ち砕く工作も進められている。それは国連の自由権規約委員会、人種差別撤廃委員会から2008年、2010年、2014年に2回、計4回日本政府に「沖縄の人々を公式に先住民族と認めて、文化、言語と土地、資源の権利を保護するべきとの勧告が提出されていることである。日本政府はこの勧告を認めていないが、国連基準では沖縄県民は1879年に日本に侵略され滅ぼされた先住民族なのである。去年9月に沖縄県の翁長知事が国連人権理事会で「(日米両政府により)沖縄の自己決定権がないがしろにされている」と訴えたが、国連からすると琉球民族の酋長が米軍基地の押し付けという差別の解消を訴えにやってきたと認識しているはずである。これらの先住民族勧告は国連NGOの「反差別国際運動(部落解放同盟が母体)」と「市民外交センター」の働きかけの結果、2008年から4回も出されて、実績を積み上げてきた。しかもこの8年間、県議会や各市議会で議論されたことも意見書が出されたこともないし、ほとんどの日本国民も当事者である沖縄県民も知らされずに進められていたのである。なんとも巧みな工作である。 多くの日本国民が自覚の無い間に尖閣諸島の実効支配を失っているだけではなく、沖縄県民が日本人で無くなっているのである。これは尖閣諸島に対する政府の失策以上に大きな問題である。なぜなら、この工作の本質は日本政府による「沖縄防衛」を「琉球侵略」にすり替えることだからだ。この大嘘は多くの日本人には理解困難なようであるが、かれらの言い分は次のようになる。「沖縄の人々は日本に侵略され滅ぼされた琉球王国の子孫であり先住民族である。1879年以降、明治政府により同化政策、皇民化政策により日本人であるかのように洗脳をされてしまった。第二次大戦の時にはその洗脳が成功し、勇敢に戦った人もいたが天皇に利用された犠牲者である。現在も同化政策により母国語である琉球語を日常で話すことができなくなってしまっている。琉球民族の誇りでありアイデンティティーである言語を奪われ差別を受けている。2008年の自由権規約による勧告にあるように、学校でも琉球語の教育のカリキュラムを取り入れるべきであり、米軍基地の押し付け差別の解消のため、2014年の自由権規約委員会の勧告にあるように土地と資源の権利を保護するように新たな法律をつくるべきである」 笑い話のようだが、これが国連基準として定着している沖縄県民の認識である。翁長知事は、在沖海兵隊の撤退を要求し始めたが、日本政府も米国政府もその要求を受け入れないことは百も承知であるはずである。その要求を拒否されたことをもって、琉球民族は日米両政府に差別されていると再び国連に訴えることが目的なのである。この訴えが万一国際社会に浸透するようなことがあれば、日本の沖縄防衛が琉球侵略とのレッテルが貼られてしまうのである。政府が行う沖縄防衛策はこれしかない政府が行う沖縄防衛策はこれしかない 結局、中国は尖閣諸島においても沖縄県全体においても、侵略しているのは中国ではなく日本だという国際世論をつくる巧みな工作をすすめているのである。政府は尖閣諸島など島嶼防衛の最前線はこのプロパガンダとの戦いであることをしっかり受け止めて対処するべきである。プロパガンダの発信源は沖縄のマスコミと国連である。沖縄のマスコミ対策は報道の自由を盾にされるため法整備は困難だが、政府がやるべき重要なことがある。それは、総理大臣、または防衛大臣が直接沖縄県民に政府の沖縄防衛政策への協力をお願いするメッセージを発信することである。これまで防衛大臣が沖縄に入ったときには県民ではなく知事の説得にあたっていたがそれは大きな間違いである。安全保障に対する説明責任を知事に押し付けることになるからである。外交防衛は政府の専権事項であるなら、当然説明責任も政府にあるはずだ。例えば次のようなメッセージを政府広報として全県民に届けていただきたい。「今、沖縄は中国の軍事的脅威の中にあります。どのようなことが起きても政府は断固として沖縄県民の生命と安全を守ります。また先の大戦のように決して沖縄を戦場にさせるようなことはしません。そのためには、自衛隊と同盟軍である米軍で沖縄の領海、領空、領土を断固として守ります。まだまだ、備えとしては不十分なため、自衛隊も増強配備し日米の共同訓練も積み重ねていきます。そのため、これから沖縄の皆様には多くの協力をいただくことになりますが、子々孫々平和な沖縄を残すために是非ともご理解、ご協力をお願い致します」 ただこれだけで、県民の認識は飛躍的に変わるはずである。中国の脅威は政府が口にしない限り「右翼による煽動」として一蹴されるのである。 国連先住民族勧告についても、政府がすぐにでも取るべき対策がある。それは、尖閣諸島と同様、外務省のHPで「沖縄県民自ら日本政府に先住民族として認めるよう要請をあげたことはない。国連の人権理事会や自由権規約委員会の沖縄県民を先住民族とする勧告は誤りである」と多言語で発信することである。続いてこの勧告が出されることになった背景の調査と再発防止のための法整備を行うことである。 以上、国防の危機にある日本政府の盲点や弱点を明らかにし、対応策を提案してみた。南京大虐殺や従軍慰安婦プロパガンダよりも長い歴史があり成功しているのが沖縄プロパガンダである。沖縄プロパガンダとは沖縄の政治報道全てといってもよい。つまり沖縄の政治を利用した日本政府に対する攻撃を沖縄のマスコミが作り出す沖縄の世論で隠蔽しているのである。その目的は日米安保破棄と在沖米軍基地の撤去に集約される。中国は60年近くそのための工作を続けてきた。復帰前は沖縄を日本に復帰させることにより日米安保を破棄させようと扇動し、工作に失敗し日本に復帰した現在は、逆に沖縄を日本から独立させることにより日米安保を破棄させようとしている。中国にとって翁長知事の誕生は人民解放軍数百万に匹敵する大きな戦力であろう。 中国に対する尖閣防衛、沖縄防衛は人民解放軍の部隊や装備を分析しているだけでは勝つことができない。沖縄のマスコミと政治工作、そして国連工作も日本の敵なのである。今後、防衛省はこれらを国家安全保障の危機として明確に位置づけて防衛計画を策定するべきである。大きな反発が予想されるが、可能なら防衛白書にも明記して日本の常識としてほしい。終戦から70年間、銃弾の飛ばない戦争は続けられ、日本は無抵抗なまま攻撃を受け続けてきたのである。そろそろ反撃を開始しようではないか。

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    ロシア軍艦尖閣航行が示した東シナ海危機管理メカニズムの必要性

     小谷哲男 (日本国際問題研究所主任研究員) 中国海軍の艦船が、6月9日未明に尖閣諸島周辺の接続水域を初めて航行し、東シナ海における日中間の緊張が再び高まっている。ロシア海軍が先に同海域に入ったこともあり、中国側の意図やロシア海軍の動きとの関連など、不明な点が多い。以下では、中国海軍の動きを分析し、今後の東シナ海情勢の見通しを考えてみたい。尖閣について特定の立場をとっていないロシア まず、時系列を追ってみよう。 8日21時50分ごろ、ロシア海軍の駆逐艦や補給艦など艦船3隻が尖閣諸島の久場島と大正島の間の接続水域に南から入った。3隻は5時間余りにわたって接続水域を航行したあと、9日3時05分ごろ、久場島と大正島の間を北に向かって接続水域から出た。ロシア海軍の動きは、海上自衛隊の護衛艦「はたかぜ」が監視していた。東シナ海上空から臨む尖閣諸島 8日21時30分頃、尖閣諸島北方の海域に遊弋していた中国海軍フリゲート艦が突然警告音のような汽笛をならし、南下の動きを開始したため、付近で警戒監視していた護衛艦「せとぎり」がこれを追跡した。9日0時50分ごろ、同フリゲート艦が、久場島の北東で接続水域に入り、南側に向かったあと、Uターンするように向きを北向きに変え、およそ2時間20分にわたって接続水域の中を航行した。この間「せとぎり」が監視を続け、航行の目的などを確認するため、無線で呼びかけを続けた。同フリゲート艦は、3時10分ごろに大正島の北北西で接続水域から出て、そのまま北の方向に航行した。 この間、公邸にいた安倍晋三首相にはリアルタイムで情報が入り、対処については、シンガポールに外遊中の中谷元防衛相が米軍との連絡も含めて実施した。齋木昭隆外務事務次官は、中国の程永華大使を2時に外務省に呼び出し、挑発行為について抗議をした。程大使は尖閣諸島の主権を主張し、抗議は受け付けないとするも、「事態のエスカレートは望まない」と回答した。 まず、ロシア海軍の動きはどのように理解するべきだろうか。ロシア海軍が今回の航路を取ったことはこれまでもあった。今回尖閣の接続水域を航行したロシア艦船は、インド洋や東南アジアなどでの訓練を終えて、母港のウラジオストックに帰港中だったと考えられる。 日露戦争時、バルチック艦隊がバルト海からインド洋、そして対馬海峡を目指した時も、尖閣諸島が属する八重山諸島付近を航行したことを考えれば、今回も通常の航路を通ったとみるのが正しいだろう。ロシアは尖閣諸島の領有権について特定の立場をとっておらず、ロシア海軍が接続水域内を航行することは、国際法上も問題はない。このため、日本政府もロシアに抗議をしていない。中国海軍はロシア海軍を識別できていなかったのか中国海軍はロシア海軍を識別できていなかったのか では、中国海軍の動きはどのように分析できるだろうか。これまでのところ、2つの見方が存在する。 1つは、日本がホストしたG7伊勢志摩サミットで、それぞれウクライナと南シナ海における行動を批判された中ロが連携して、日本に圧力をかけたという見方である。中国のメディアは「中ロ連携行動」と報道している。だが、この見方には無理がある。まず、ロシアが尖閣諸島の領有権に関して中国と歩調を合わせれば、フリーハンドを失い、中国に利用されることになる。また、中ロ両政府が連携していたならば、東京の中国大使館も事態を把握していたはずだが、深夜に外務省に呼び出された程大使は事態を知らなかったと日本側は分析している。 もう1つは、中国海軍が、ロシア海軍が接続水域に入ったことに便乗したという見方である。 ロシア海軍が接続水域に入るのを確認した中国海軍は、「主権維持行為」の一環としてロシア艦艇の監視を口実に、接続水域に入るという既成事実を作った。現場の艦長には、その程度の決定権はあると考えられ、このような突発的事態であれば、軍より格下の外交部(中国外務省)に連絡が入ってなくても不思議ではない。共産党政治局にも事後連絡でよい。 実際の時系列をみれば、この2つ目の分析の方が説得力はある。しかし、それでも疑問は残る。中国海軍は、尖閣の接続水域に入ったのがロシア海軍だと認識していたのだろうか。中国海軍は尖閣諸島の北方にいたが、ロシア海軍は南から接続水域に入っている。中国海軍のレーダーもその動きは探知していたはずだが、識別までできていたかは疑問だ。東シナ海を24時間常続監視している日本とは違い、中国にはそこまでの監視能力はまだない。 仮に中国海軍がロシア海軍を識別できていなかったとすれば、次のような分析も可能だ。尖閣の北方にいた中国のフリゲート艦は、レーダーで4隻(ロシア海軍3隻+海自1隻)の船影が尖閣の接続水域に接近し、入るのを確認した。ただし、識別はできておらず、海自が4隻の護衛艦を接続水域に入れてきた場合に備えて、確認および「主権維持行為」のために北方から接続水域に入り、ロシア艦船であることを確認した上で、接続水域から離脱したというものだ。つまり、中国海軍がロシア海軍を識別できていなかったため、今回の事態が起こった可能性がある。 2015年11月には、中国海軍情報収集艦が、尖閣諸島南方の接続水域の外側で反復航行する事案が初めて確認された。その他の中国海軍艦船も、尖閣諸島により近い海域で確認されるようになっていたが、接続水域には入らなかった。中国側は、軍艦を接続水域に入れることは日本側の対応を招き、事態が拡大することを認識していたはずだ。だが、日本側が先に海自を接続水域に入れれば、中国側も接続水域、さらには領海に入る手はずだったのではないか。 日本がロシアに抗議をしなかったように、中国にしてもロシア海軍が尖閣の接続水域を航行することには何の問題もない。接続水域にいるのがロシア海軍だとわかっていれば、中国海軍が「主権維持行為」を行う必要もない。ロシア海軍だと識別できていなかったために、接続水域に入るというリスクの高い行動を取らざるを得なかったと考えられる。「東シナ海は安定している」国際社会の誤解「東シナ海は安定している」国際社会の誤解 この見方が正しいとすれば、尖閣諸島周辺における中国側の監視・識別能力が不足しているため、第三国艦船という想定外の要因によって、東シナ海における緊張が拡大する可能性を示している。また、意図はどうであれ、中国海軍が尖閣の接続水域に入るという前例ができた以上、今後も同様の事案が発生する可能性は非常に高い。 このため、日本は中国による一方的な現状変更の試みに毅然と対処し、南シナ海だけでなく、東シナ海においても中国の行動が緊張を高めていることを国際社会に訴える必要がある。尖閣諸島・魚釣島周辺を警戒航行する海上保安庁の巡視船 国際社会には、南シナ海問題に対する懸念を強める一方、東シナ海は安定していると誤解する傾向がある。中国の政府公船(国家海警局所属)は、領海の外側にある接続水域にはほぼ常駐し、およそ10日間接続水域に留まった後、領海に数時間侵入し、帰還するという行動パターンが確認されるようになったからだ。2015年度に中国の政府公船が尖閣諸島の領海に侵入した回数は、前年度と同じ34回だった。 だが、14年度は3000トン級以上の大型船の割合は35%であったが、15年度は60%に増えた。海警は、12000トンと通常の軍艦よりも大きい巡視船も所有するようになっている。2015年末以降は機関砲を搭載した船による領海侵入も発生するようになった。頻度は変わっていないが、実際の状況はますます悪化しているのだ。このことを積極的に国際社会に発信し、東シナ海でも中国の行動を牽制する必要がある。海上連絡メカニズムを先行させよ 他方、日中防衛当局間で協議が行われてきた「海空連絡メカニズム」の運用開始も急務だ。 日中は、「海空連絡メカニズム」の中身、つまり防衛当局間にホットラインを設置すること、定期行儀を行うこと、および艦船および航空機同士が連絡に使う無線の周波数については原則合意している。ただ、中国側がこのメカニズムを尖閣諸島の領海と領空でも適用することを主張しているため、運用開始ができていない。これを領海と領空でも適応するなら、中国はこれを日本の領海と領空を侵犯する口実に使うだろう。それは認められない。 他方、中国の空軍は領空でのメカニズム適応にこだわっているが、中国海軍は領海での適用には必ずしも固執していない可能性が高い。仮にそうであれば、「海空」を切り離し、海自と中国海軍の間の海上連絡メカニズムとして先行運用してはどうか。米中にも同様の枠組みがあるが、海軍同士の枠組みを先に作り、後に空軍同士の枠組みを作っている。 危機管理のメカニズムができても、中国の現状変更行動を抑制することには直接つながらないだろう。メカニズムがある米中双方の軍同士でもいまだに一触即発の事態は起こっている。だが、危機が起こった際に、米中が直接連絡するメカニズムは機能している。日中間で危機を適切に管理するためにも、海上連絡メカニズムを先行させることが望ましい。

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    尖閣接続水域進入は中露連携なのか? 中国政府関係者を直撃取材

    遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士) 8日から9日にかけての中露海軍艦艇による尖閣諸島接続水域進入に中露連携はあったのか?中国のメディアは「日本は中露が連携したとは、どうしても認めたがらない」と報道。そこで中国政府関係者を直撃取材した。中国メディアの報道 日本の防衛省によると、6月8日午後9時50分ごろ、ロシア海軍の駆逐艦など3隻が尖閣諸島の久場島と大正島の間を南から北に向かって航行しているのを海上自衛隊の護衛艦が確認し、9日午前0時50分ごろ、中国海軍のフリゲート艦1隻が沖縄 県の尖閣諸島の久場島の北東で、日本の領海のすぐ外側にある接続水域に入ったのを確認したとのこと。 これに関して、日本のおおかたのメディアは、ロシアの艦艇3隻は通常の「軍艦に関する無害航行」であり、これまでにもあったことから大きな問題ではないとする一方、中国の軍艦が尖閣諸島周辺の接続水域に入ったのは初めてで、これまでの中国国家海警局の巡視船による進入とは違うと警戒しているというものが多い。 日本政府の見解も、おおむねこの範囲内にあり、ロシアに対しては外交ルートを通した注意喚起に留めたのに対し、中国に関しては真夜中の2時に程永華・中国大使を呼びつけて激しい抗議をしたようだ。尖閣諸島の領有権は日本にあるので、自国の領土だと主張する中国に対して厳しく処するのは良いことだ。 ただ、これら一連の動きに対して、中国のメディアは異口同音に「日本は中露が連携したとは、どうしても認めたがらない」とか「認めてしまうと日本が中露連携によって孤立化させられていることを認めざるを得ないからだ」と書き立てている。実際はどうなのか? 中国政府関係者を直撃取材 少しでも実態に近づきたいと思い、中国政府関係者に連絡し、単独取材した。 「中国のメディアは、“日本が認めたがらない”という言葉を仲介して、まるで中露連携があったように書き立てているが、中国が実際にどのような行動に出たのかに関しては書いていない。実際はどうなのか」という旨の質問をぶつけてみた。 すると、以下のような回答が戻ってきた。●現象を見れば、説明するまでもないだろう。一目瞭然ではないか。中国がなぜ、手の内を明かさなければならないのか?●そもそも中国とロシアの間には「中露戦略合作(協力)パートナーシップ」がある。戦略的に何も話し合わないと考えるのは、むしろ奇妙なことだ。●もちろんロシアという国は、自国の利益しか考えない国だ。中国が南シナ海問題で日米を中心とした西側諸国から非難されようと、自分の利益に関係ないと思ったら、一切関わってこようとしない。アメリカと余計な摩擦を招くことを嫌うからだ。●しかし、G7の動きを考えてみてくれ。ついこの間まではG8だった。そのロシアを、ウクライナ問題を口実にG8から追い出したのはアメリカだ。日本はそのアメリカに追随しているではないか。今般の出来事が、G7が終わって間もない時期であったことに注目してほしい。中露、どちら側が誘ったのか?中露、どちら側が誘ったのか? 「では、ロシア側から話があったのですか?」 筆者は食い下がった。すると相手は、「いやなことを聞くな」という語調になりながらも、次のような説明をしてくれた。●中国が、ロシア海軍の動きを知らないということは、逆に不自然だろう。ロシア海軍は、世界の各地でさまざまな軍事演習を行っている。これまでもよくあることだが、今回は3月に東南アジアで反テロ対策の国際的な軍事演習に参加していて、自国に帰る途中だった。●覚えているだろうか?3月10日、全人代開催の真っ最中に、王毅(外相)が突然姿を消してロシアに行きラブロフ(外相)と会っただろう? なんであの厳粛な全人代を中断してまでロシアに行かなければならなかったと思っているんだい?北朝鮮の問題だけだと思ったかもしれないが、実は3月下旬にはロシアの大型対潜艦アドミラル・ヴィノグラードフなど3隻がウラジオストックを出航して南シナ海に向かうことになっていた。出航前のさまざまな打ち合わせがあったと見ていいだろう。日本はどこを見ているのかなぁ……。●実はロシアはかつて(2013年)、南シナ海で中国に不利な発言をしたことがある。それを食い止める意味もあっただろう。今ではアメリカがウクライナ問題を使って「国際社会での虐めっ子ごっこ」のようなことをするから、中露の意気が投合しても不思議ではないだろう。G7では、関係のないヨーロッパ諸国まで巻き込んで、南シナ海問題を批難したりしたんだから、中露の利害が一致するところに追い込んだのはアメリカさ。それに追随する日本も悪い。●特にロシアとしてはバルト海を中心にして6月5日から始まった米軍とNATO関係国による軍事演習には激怒している。アメリカが東ヨーロッパ諸国を煽って、ロシアを牽制するため、かつてない大規模な実弾軍事演習を展開している。そのアメリカに日本が追随するなら、ロシアは容赦しない。●現に中露両国は5月28日から“空天安全-2016”シミュレーション演習を行なっている(国防部網情報)。中露の利害が一致しないはずがないし、中露が緊密に連携を取ってないはずがないということだ。●でも、日本は北方領土問題があるから、ロシアの恨みを買うようなことをしたくはないのだろう。だから「中露連携」があったとは認めたくない。中国メディアの報道の意味は、そういうことだ。 以上が取材した結果、中国政府関係者から得た回答である。 たしかに3月10日、全人代開催中だというのに、記者会見を終えた王毅外相は、突然姿を消したことがある。その裏には、このような戦略が隠されていたとは……。握手を交わすロシアのラブロフ外相(右)と中国の王毅外相=3月11日、モスクワ(ロイター) しかし軍事演習関係なら、なぜ外相が行って国防部長(大臣)が行かなかったのだろうか。それを含めた(カモフラージュのための)戦略なのかを聞いてみた。「露骨に分かるようなことはしない」という答えがが戻ってきた。そうだったのか……。筆者にも読み切れなかった。 それにしても、日本側が「中露は連携していただろう!」と厳しく詰問して、中国が「いや、そんなことはしていない」とか「そのようなことを明かす義務はない」といった否定的態度に出るのなら話は分かるが、今回は全く逆で「さあ、疑えよ」と言わんばかりだ。要するに、「いざとなったら中露が連携するぞ」という新たな威嚇なのかもしれない。 少なくとも、背景にある経緯はわかった。そういった要素も頭に入れながら、今後はどのような動きに出るのか、慎重に見極めていきたい。追記:以上はあくまでも中国政府関係者が「私個人の意見だが」という条件を付けて話したものであり、おまけに「中露連携があった」と断言する言葉は最後まで避けた。したがって「当たらずとも遠からず」といったところか。またロシア外務省は連携を否定しているが、いずれの国も「いくつもの顔」を持っているのが外交の世界。ロシアとしては日本に嫌われたくはなく、日露首脳の交流を通して、アメリカにより孤立化させられている現状から逃れるためにも、親日的姿勢を一方では模索しているものと考えられる。(『Yahoo!ニュース個人』より2016年6月13日分を転載)えんどう・ほまれ 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。 1941年、中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』など多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)。

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    「東シナ海は危機。もう日本に猶予はない」と櫻井よしこ氏

     ここ数か月、南シナ海を舞台にした中国の攻勢が、1~2年前とは違ったレベルで進んでいる。埋めたてた岩礁にミサイルを配備し、さらなる人工島も建造し始めた。日本はこの事態にどう対応すべきか。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が解説する。* * * 日本は今のうちから、南シナ海が完全に奪われた後のシミュレーションを行っておく必要があります。マラッカ海峡が閉鎖されて中東の石油が入ってこなくなった時にどうすべきか。本当に大変な状況になりつつあるのです。 南シナ海で起きることは、東シナ海でも起きると覚悟しておかなければなりませんから、日本は何としてでも米国と緊密に協力し合いながら、中国の南シナ海、東シナ海における支配を許さないよう、強い抑止力を構築していかなければなりません。中国がしていることに注目して、勝手な行動を許さない態勢を作らなければ、大変なことになります。 中国はすでに東シナ海で侵略的な動きを加速させています。東シナ海は深く、南シナ海のように簡単に埋め立てることはできません。そこで中国が着々と進めてきたのが、ガス田開発にかこつけた海上プラットホームの建設です。 各プラットホームはヘリポートを備えており、無人機を含む航空機の離着陸が可能です。レーダーやミサイル発射装置も十分に配備可能な、まさに「洋上基地」と呼ぶべきものです。 加えて中国は1万2000トンの大型巡視船「海警2901」の建造を進めており、強力なエンジン10隻分をドイツから購入済みです。対して日本の海上保安庁には1万トンを超える大型船はなく、海上自衛隊にも砕氷艦「しらせ」を除けば5隻しかありません。 今が千載一遇のチャンスと考えている中国が、南シナ海同様、今後数か月以内に東シナ海の海上プラットホームにもミサイル発射装置を配備するなど、“次の一手”に打って出る可能性は十分にあると思います。 そうなった時に、日本の防衛能力で尖閣諸島や東シナ海を守り切れるのか。  日本もアジアの国々も、中国と1対1で対峙するのはもはや不可能です。4月3日に海上自衛隊の潜水艦がフィリピンに寄港し、4月12日には同じく自衛艦がベトナムのカムラン湾に寄港したように、アジア諸国との連携を深めていくことが必要です。 米国との同盟関係はとりわけ重要です。オバマ大統領が消極的なことが世界を不安にしていますが、それでも米国は重要な同盟相手です。日米関係をさらに強固にしつつ、米国だけに頼らない防衛体制も構築するべきです。  日本に残された猶予はもうほとんどないことを、深く認識しておかなければなりません。関連記事■ 3000名もの中国漁民のゴミや糞尿が五島列島の海を汚している■ 中国が最も嫌がるのは日本、インド、ASEAN合同軍事演習■ 中国 南シナ海の領土主張と同手法を尖閣に適用する可能性も■ 中国軍 海南島に原潜秘密基地建設で南シナ海での対立激化か■ 李登輝氏「安保法制は台湾、東アジア安定に寄与する」と指摘

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    尖閣周辺のロシア軍艦航行 日本政府が抗議しなかった理由とは

     尖閣周辺を中国艦艇とロシア艦艇が同時期に航行するという異常事態が発生した。南シナ海で「航行の自由」作戦を繰り返すアメリカへの挑発か。中露は水面下で手を結んでいるのか。様々な憶測が飛び交うなか、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が両国の真意を読む。* * * 外交では、相互主義という原則がある。相手がやったのと同じ事をやり返す権利だ。日本政府も相互主義原則を適用して、中国の青島沿岸の領海や海南島沿岸の接続水域を自衛隊の護衛艦が通航することだってできる。 しかし、日本はあえてそれをしていない。それは、中国の外交部と海軍の間に、深刻な見解の相違があることが明白だからだ。6月9日未明に尖閣周辺の接続水域に中国軍艦が通航したとき、直ちに齋木昭隆外務事務次官(当時)が程永華駐日中国大使を外務省に呼びつけて激しく抗議した。〈外務省の斎木昭隆事務次官は午前2時ごろ、程永華駐日中国大使を同省に呼び出し、今回の行為を「一方的に緊張を高める行為だ」として同水域から直ちに出るよう抗議した。中国が尖閣諸島の領有権を主張しているためだ。〉(6月10日「朝日新聞」朝刊)。中国の程永華駐日大使 もし、中国外交部が中国海軍の行動を支持しているならば、深夜の呼び出しに程永華大使が応じることはない。大使館の当直が「大使と連絡が取れません」といって、翌日の勤務時間になってから、齋木氏の呼び出しに応じるという態度を取ったはずだ。日本政府としては、中国の外交部と海軍の間の温度差を最大限に活用して、日本に有利な状況を作り出そうと考えている。 ロシアの軍艦の航行について、日本政府が抗議せずに無視するのは、中露が連携している事実はないというインテリジェンス情報を外務省が得ていることと、この問題をことさら取りあげて、北方領土交渉に悪影響を与える必要はないとの首相官邸の政治判断によるものだ。裏返して言うならば、安倍晋三政権下で、日露の信頼関係がかなり高まっているので、今回は日本がロシアに「貸し1」という形で大人の対応をしているということだ。【PROFILE】1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。SAPIO で半年間にわたって連載した社会学者・橋爪大三郎氏との対談「ふしぎなイスラム教」を大幅に加筆し『あぶない一神教』(小学館新書)と改題し、発売中。関連記事■ 皮肉好き外務官僚 前原氏に「お子様ランチ」のあだ名つける■ 前原元外相が駐露大使を召還でなく「呼び戻す」とした理由■ ロシア人の罵り言葉 「あいつは中国人百人分ぐらい狡い」■ 安倍政権が大使館と総領事館新設へ 外務官僚のポスト増える■ 中国にいくらODAでカネ払っても日中関係改善に関係ナシ

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    国会前デモは「じいさんたちの同窓会」だった

    れば、俺たち、もう一回、青春を送れる」っていうくそじじいがいっぱい出てきちゃったの。2015年7月、安全保障関連法案に反対し、国会前をデモ行進する人たち呉:そうそう。新聞や週刊誌の写真見てると、ああ、こいつ、こいつって、知ってるヤツがいっぱい(笑い)。中川:元気そうだな、お前、みたいな。呉:いや、ホント、国会前デモやっていたのとは別の、人権啓発とか部落解放とかの活動をしている若いのに話を聞くと、「年寄りにはうんざりしますよ」っていうんだよ。30年前、40年前と理論がまったく変わっていないって。なぜ変われないかというと、自分の居場所をそこに見つけて、メシも食っていけるし、自分のアイデンティティも確認できるし、他との理論闘争もないしで、安住できるから。中川:ああ、なるほど。呉:だけど、中川君は去年から左翼がうんぬんといったけど、俺は一昨年夏の朝日新聞の慰安婦虚報謝罪から、左翼衰退が顕著になったと思う。あの事件で、今まで左翼の理論は、すごい虚妄な理論やウソの事実のうえに乗っかって組み立てられていたということがわかっちゃったでしょう。── 一方でSEALDsの登場が「リベラルの希望」といわれていますが。呉:あれを取り込もうと思った段階でバカだよ(笑い)。あんなものは何の役にも立たない。大衆を利用する方法はいくらでもあって、毛沢東でもスターリンでもやっているけど、じゃあ、アジったら、あいつら武器もって国会に突入するのかよ。中川:たぶん、「単位落とすぞ」っていわれたら、デモに来る数、激減じゃないですか?呉:俺が住んでいる名古屋でもあちこちにビラが貼ってあったの。ビラじゃなくてフライヤーとか呼んでて、その辺も軟弱で嫌なんだけど、それに「何月何日、何々公園に武器をもって集まれ」って書いてあったの。俺は感動して、ついに機動隊に殴りかかるかと思って、よく見たら武器じゃなくて「楽器」だった。『Yの悲劇』かよ(笑い)。この冗談の解説は入れないように。──了解しました!関連記事■ ネトウヨは変人が徒党組んでる、相手するのバカバカしいの指摘■ 国会前デモ報道のNHK 報じないことにデモ起こされたためか■ デモは出会いの場 全共闘世代の武勇伝に女子大生「すごい」■ 総選挙で新人議員184名誕生 氏名標作成業者は徹夜で名入れ■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」

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    安田純平さん手記「私が新聞社を辞めて戦場に行った理由」

    収めた。帰国後、これについての記事を書こうとした矢先、強硬なストップがかかったのだ。 米英両国が国連安全保障理事会に提出したイラク大量破壊兵器査察・廃棄決議案が11月初めに採択され、すでに査察が始まっていたが、このころの新聞やテレビは、いずれも査察の状況や各国の外交について述べるばかり。戦争が迫っている国の人々の表情などは、ほとんど見えてこない状態だった。 大手メディアもイラクに入国できる人数が限られ、「本筋」の査察取材で手一杯。調査団は、参加者20人余のうち半数は全国紙やテレビ局などメディア関係者という奇妙な市民グループだったが、それは、なかなか見えてこないイラク市民の様子を伝える格好のチャンスだったからだ。米国の「対テロ戦争」と追随する日本政府の方針に疑問 私は、戦争が近づいているといわれている国の人々がどのような表情をして暮らしているのか、そうした場所にいるということがどういった心境なのかを知りたいと思った。また、そうした人々の声を伝えるのが記者の役割だと考えていた。91年の湾岸戦争のとき、高校生だった私は、テレビゲームのようだったバグダッドの映像を見て「あの下にも人が住んでいるのだな。それはどのような心境なのだろうか」と感じていた。それは、さまざまな人々の境遇に触れる事のできる記者を志した原点の一つでもあった。 戦争の機運が高まり、世界的に反戦世論が広がってきていたにもかかわらず、日本国内は動きが鈍く、新聞やテレビで扱われることはほとんどなかった。長野県内にはそういった動きがなく、イラクにゆかりのある人も見当たらなかったため、地方紙に必須の「県内とからめた」イラク関連の記事を書くのが困難だった。イラク行きを決めたのは、「それなら自分が行くことで関連づけてしまえ」と〝安易な方向〟に走った面もあった。県内関係者が行くのを待ち、土産話を取材する機会を捜すという方法をとれないほど好奇心が勝っていた。 記事には出来なかったが、共感してくれた県内有志が帰国後に報告会を開いてくれた。「長野県に住む自分たちとは関係ない」などと思っていない県民がこの時期からたくさんいた。身近な人を取り上げることで読者が親近感を持つという地方紙としての考え方はあってもいいし、逆に、記者が自ら体験しても親近感を持ってくれるものだという側面も感じた。 しかし、これもとがめられた。あくまで個人的に話をしたのだが、就業規則に引っかかるらしく、「会社の名を語った」とされた。見てきたものを伝える、その方法をことごとく封じられた。 なぜ会社がそこまで強硬だったのかは分らない。ただ、12月に行く前に「取材で行きたい」と申請したが「危険だからだめ」とにべもなく却下されていた。さらに、「休みであっても何かあれば会社の名前が出る。休みは強制できないが、行かないでほしい」という会社側の意向に辟易し、強行したことが溝をつくってしまったかもしれない。画像はイメージです市民の側の現場に身を置くしかない 私は2002年3月、やはり休暇を使ってアフガニスタンを取材した。「9・11」のテロ事件から始まった米国の「対テロ戦争」と、追随する日本政府の方針に疑問を感じていたからだ。同時に、それまで知らなかったアフガン民衆の困窮も知った。アフガン攻撃をきっかけに、経済のグローバル化による貧富の差の拡大が広く認識されるようになったが、「貧」の側にいる人々の存在と、「富」の側にある日本の中で比較的「貧」である地方の暮らしを考えることは、自分の中で新しい視点につながっていくのではないかと思った。地方で記者をしながら、休みを使って紛争地帯・貧困地域に行こうと考えたのはそのためだ。しかし、そもそも大した日数はつぎ込めないのに記事を書けないのならば、その意味は半減する。 編集幹部は「イラクの話などに力を入れては読者にしかられてしまう」と言った。しかし、戦争が始まれば、紙面は戦争の記事で埋まることは分かっていた。帰国後に読んでみると、県内の市民数人に意見を聞き、攻撃反対の世論があることを紹介する記事が書かれ、各地で始まったデモや集会の紹介も手厚くなっていた。通信社からの配信を多数使い、米英側、イラク側の発表を織り交ぜていた。バグダッドにいた日本人に電話取材もしていた。識者へのインタビューも頻繁に行っている。朝日新聞なども似た内容だ。 せめて戦争が始まる前に、この程度でも力を入れることはできないものかと思う。後から検証することは大事だが、始まってしまえば人々が傷つき殺される。この段階で反戦の論調を打ち出しても基本的に手遅れである。 また、月並みな感想だが、どのメディアも、イラク市民の様子はいまいち伝わってこない。息遣いや生生しさを感じない。爆撃に対する恐怖も覚えない。戦況を伝えることは重要だが、あくまで基礎情報であって、それによって市民に何が起こっているのかを伝えるのが報道の使命のはずだ。そのためにはイラク市民の側の現場に身を置くしかない。 1月の段階で、メディア情報にはこうした最も重要なはずの部分が欠落することは予想がついていて、歯がゆい気持ちで日本でそれを見ることになるのはつらいと思った。アフガン攻撃でも、現場がどうなっているのかが見えてこず、焦燥感でいっぱいだったからだ。戦前にイラクに行っていながら記事にすることができなかった苛立ちと失望の中で、そうした情報に晒されるのは我慢できないだろうと思い至った。 戦争中に私がバグダットなどで訪れた病院は、血と膿と消毒液の混ざった生臭いにおいが充満し、路上に放置された民間人の遺体は強烈な腐臭を放っていた。空爆跡地は血だまりも残り、騒然とした空気が漂っていた。人々が発する怒りや嘆きも感じた。一方で、戦争のさなかにも人々は笑い、何気ない暮しをしていた。そうしたメディアからでは得られないものを全身で感じ、戦争とは何かを叩き込みたかったがため、私は現場へ向かうことを選んだ。そして、もちろん現場で取材できることの限界にもぶつかった。それらはフリーにならなければできないことだった。組織ジャーナリストとフリーランスの違い組織ジャーナリストとフリーランスの違い それにしても、膨大な情報の中から取捨選択して新聞を作っていることは周知の事実なのに、多くのメディアが「公明正大」「客観」と言う言葉を未だに使いたがるのはこっけいだ。組織ジャーナリズムの中にいるかぎり、記者は取捨選択に組み込まれる。バグダット陥落後に入って来たある全国紙の記者は、悔しそうにしながら「会社の論調に合わない記事はボツになる。悩んでいる同僚は多い」と話していた。記者たちがそうした悩みを抱えながら取材をしていることを、読む側も知っていてもいいと思う。 自分自身の状況判断と責任で行動を取れるかどうかが、組織ジャーナリストとの違いだ。フリーになって初仕事という意味では、開戦前後の葛藤はイラク戦争取材の中でも充実感の残った部分だ。組織の命令で動くならば、諦めもつくし、文句を言って気を紛らわすことも出来る。理不尽であると同時に、気楽な面もあったのだなと感じた。 組織から「危険だから行ってはいけない」という指示を受けることがあることは、私も何度も経験している。それが記者の声明を心配してのことと言うよりも、家族からの賠償請求など会社の責任を気にしてのことだということもよく言われる。しかし、私は「休みで行くので自己責任だ」と主張したが、会社は納得しなかった。あるブロック紙のカメラマンは、「家族が賠償を請求しないという文書を出すからイラクに行かせてほしい」と会社と交渉したが受け入れられなかったという。「何かあったら会社の名前に傷がつく」ことを恐れているようだ。私などは「紛争地がらみで会社名が出ればハクがつくだろうに」と思ったものだが、そう簡単なものではないらしい。  戦争中の3月末、通信施設が壊滅して連絡手段がいっさい途絶え、私を含む日本人の安否確認ができなくなり、ある通信社は死亡記事を用意していたらしい。私の記事を作るうえで、信濃毎日新聞のある幹部に取材をしたようだが、その幹部は私の行動で会社が取材されたことに激怒していた、という話を耳にした。何も迷惑をかけたつもりはないが、何かあれば当然、経歴とともにマスコミに出ることになるだろうし、あることないこと書くところも出てくるだろう。「何も起こらないのが一番」と考えるのも無理はない。恐らくどんな会社にいてもそうした反応をするはずだ。しかし、それが取材活動を制限することになるならば、その守りたい「名」とは何かと思わざるを得ない。(『創』2003年8月号)

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    安田純平さんも見殺しにするのか

    昨年6月に内戦下のシリアに入国後、行方が分からなくなったフリージャーナリスト、安田純平さんとみられる男性の画像がインターネットに投稿された。「助けてください。これが最後のチャンスです」。身柄を拘束した犯人グループの思惑と安田さん本人の覚悟が複雑に絡み合う事件の舞台裏を読み解く。

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    「嘘とカネ」思惑が渦巻く安田純平さん拘束の舞台裏

    高世仁(ジン・ネット代表) 私はテレビの制作会社をやっておりまして、報道番組やドキュメンタリー番組を作っています。時々フリーランスのジャーナリストから依頼されて、企画をプロデュースしてテレビ局へ売り込むということもやっている。安田純平さんもそのフリーランスの一人でした。 安田さんは、もともと信濃毎日新聞の記者で、フリーになって、2004年にイラクで拘束されています。あの時は高遠菜穂子さんたち三人が拘束された後に、安田さんと他にもう一人拘束されました。だから安田さんは今回二回目の拘束ということで、心配なのは「一回拘束されたのにまたやったのか」というバッシングにあいやすい状況にいることです。 彼は、新聞記者出身ですので、もともとはペンと写真の人です。2012年にシリア内戦で自由シリア軍に従軍して、その時初めてビデオカメラを回したのですが、それが素晴らしい出来でした。今後これを超える戦場ルポが果たして出るのかなというくらい素晴らしかった。それはTBSの「報道特集」で放送されました。 今回、安田さんは昨年の5月23日にトルコに入ってから、私に連絡してきて、どういう取材をしたらいいのかアドバイスを求められました。シリアに入るのは非常に難しくて、他のジャーナリスト仲間も、国境を超える時にトルコ側の国境警備隊から銃で撃たれたりしている。今回は今まで以上に厳しそうだと言っていました。 でも彼はトルコ南部、シリアとの国境付近ですごくいい取材をしていたんです。それだけで番組ができるような取材でしたから、私はそれで取材を終えて帰ってくるかなと思っていたんです。 そしたら、6月20日になって「シリアに入れる」という連絡が来た。その後22日に、共同通信の原田浩司さんに「これからシリアに入る」、23日にフリーのジャーナリスト常岡浩介さんに「どうももうシリアに入ってしまったらしい。ヘトヘトだ」というメッセージが入りました。そして、その直後に拘束されたようです。 その後7月3日に、現地の人から「安田さんと連絡がつかない」と連絡があり、4日には拘束されていることがわかりました。シリアで行方不明になったジャーナリスト安田純平さんとみられる男性の映像。フェイスブック上に公開された=2016年3月 常岡さんは安田さんの長年の友人ですが、彼と相談してこれからやることは二つということにしました。一つは、情報をそっと探ること。もう一つは、メディアに出さないことです。 なぜなら、拘束したグループから何のメッセージもなく、何のために拘束しているのかわからない。騒ぐことでこちらが有利になるのか不利になるのかわからない状況です。だからとにかく、そっとやろうね、と決めました。 その後、7月12日に、常岡さんがトルコに行きました。その時私たちが考えていたのは「もしかしたらスパイ容疑をかけられているんじゃないか」ということでした。あくまでも推測ですが。ヌスラ戦線が拘束したわけではない 安田さんが消息を絶ったところは、ヌスラ戦線というアルカイダ系の組織が強い影響力を持っている場所だったので、我々はてっきりヌスラ戦線が拘束したと思っていました。そこで、そのスパイ容疑を晴らすために安田さんが書いた本とか、記事とかテレビ出演している映像とかをヌスラ戦線に見せて、ちゃんとしたジャーナリストだよとアピールしようと思ったのです。 でも、事前にこのミッションは失敗が見えていました。というのも、5月の段階で、それまでシリア取材を熱心にやっていた日本人ジャーナリストが、トルコの空港についた時点で次々に入国禁止になって強制送還されていたからです。例えば、若い女性ジャーナリストの鈴木美優さん、『ジャーナリストはなぜ「戦場に行くのか」』(集英社新書)の執筆者でもある横田徹さんなどが立て続けに強制送還されました。 ましてや常岡さんは「イスラム国」を取材した数少ないジャーナリストで、2014年に日本で私戦予備陰謀というとんでもない容疑でパスポートから何から取り上げられて家宅捜索されたことのある人だから入国は絶対無理だと思いました。私は「まあダメもとで行ってらっしゃい、旅費は半分カンパするよ」と言って送り出したんです。画像はイメージです そしたら案の定、トルコには入れずにすぐに帰されて来ました。ここで問題なのは、トルコに入国できないこの3人というのが、いずれもヌスラ戦線と連絡を取れて土地勘のある人たちなんですよ。しかもみな安田さんの友人。安田さん救出に最も力になれそうな人たちが、ことごとく現地に近づけなくなっているんです。 これはあくまで推測ですが、日本政府が、そうしているんじゃないかなと私は思っています。というのも、安田さんが以前イラクでとらわれた後、日本政府が「安田純平にはビザを出すな」とイラク政府に要請したんです。だから安田さんはまともな方法ではイラクに入れなくなったので、コック(料理人)になってイラクの軍の基地でシェフとして働いた。その状況を書いた本が『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』(集英社新書)というのですが、これは戦場取材に新たな手法を持ち込んだ名著だと私は思っています。 彼は基地から出られないのでずっと厨房にいる。この本には「厨房から見た戦争」が描かれている。イラク社会ってどんなものかとか、戦争が民営化されていることもよく分かる。世界中からイラクに出稼ぎに来ていて、格差と戦争とか、大事なことがたくさん書いてあるすごく面白い本です。幾つものグループが救出に動く さて、7月以降、安田さんの友達などを含めて、民間で幾つものグループが救出に動き出します。そして、それぞれ間接的・直接的に拘束者との接触に成功しています。日本にこういう人材がいるのかと私は驚きましたね。 そのうちの一つがヌスラ戦線に「日本人が捕まっているだろ?」と問い合わせたら、ヌスラ戦線の方が「知らない」と言うのです。実は現地はヌスラ戦線の影響力が強いところですが、最初に安田さんを拘束したのはヌスラ戦線じゃなかった。実は現地には他にもいろんな武装グループがあって、その中にはヌスラ戦線と付かず離れずで、密貿易などをやっている「ならず者集団」もいます。最初に安田さんを拘束したのはそういうグループだったのです。 それで、ヌスラ戦線が日本からの通報を受けて調べたら、その「ならず者集団」が拘束していたので「我々のテリトリーで勝手なことするな」と怒って、ヌスラ戦線の部隊がそのグループを攻撃しました。これは死者が出るくらいの戦闘で、結果、ヌスラ戦線が安田さんの身柄を引き取りました。画像はイメージです 今日の話は、どこから聞いたとか一切言えないですけど、今、ヌスラ戦線に安田さんは捕まっていて、12月10日段階で、安田さんが生きていることは確実になっています。 問題はヌスラ戦線がどんな組織かということですが、もともとはイスラム国と同根のアルカイダ系組織で、途中からイスラム国と分かれます。今はイスラム国と最も激しく戦っている武装勢力です。今まで何人もジャーナリストを捕まえていますが、まだ殺していません。2012年にはスペイン人のジャーナリスト3人を身代金も何も取らずに帰しています。この時はクゥエート政府が仲立ちしたと言われています。 だから我々もなんとか静かに交渉がやれればと思っていたら、とんでも無いことが起こりました。昨年12月23日に「国境なき記者団」が「安田さんの拘束者が身代金要求をしている。期限内に金を払わないと、殺すか、他の組織に売ると言っている」と声明で発表した。これがドカーンと報道されて、日本人のほとんどがこの事件を知ることになりました。それまでは、常岡さんたちが、日本のメディアに「慎重にして」とお願いしていた。一時期「これは安倍政権がメディアに圧力をかけて黙らせている」というツイッターかなんかがあったけど、逆だったのです。 そんな中、国境なき記者団の声明発言で安田さん拘束が報道された。これが非常に問題だったのは、そもそも安田さんの家族にも、外務省にも身代金の要求は来ていない、つまり根本的に間違った情報だったのです。そこでおかしいじゃないかと問い合わせたら、国境なき記者団は29日に発言を撤回するんです。「5000万円で私が解決してあげる」「5000万円で私が解決してあげる」 どうしてこんなことが起きたのか。私が知っている安田さんを助けようとしている民間のルートの一つにスエーデン人のNさんというのがいて、この人が外務省に「5000万円で私が解決してあげる」と持ちかけていたんです。外務省は相手にしなかった。で、Nさんは、自分の出番を作るために国境なき記者団を使って演出したんだと私は思っています。 Nさんがヌスラ戦線にどんな取引を持ちかけているか分かりませんが、もし身代金での交渉ということになると、大変なことになります。 ご存知のように日本政府は、テロリストとは交渉も接触もしません。身代金も払いません。安田さんのご家族も巨額のお金を払えるわけがない。日本には身代金を払う人がいない。ですから、身代金での交渉となると、安田さんの身柄は非常に危険なことになってしまう。我々は、今一生懸命情報を探っている段階ですけど、Nさんのおかげで非常に難しい状況に立たされています。 こういう混乱が起きる背景の一つには、日本政府の「関与せず」というスタンスがある。政府に頼れないから、民間の人たちがこういうふうに一生懸命やるわけです。それぞれのルートがトルコまで行って独自に調査をやっています。 そして、私が知っている3人のヌスラ戦線と話が付けられるジャーナリストの動きは封じられています。 もし、トルコへの入国禁止を日本政府が要請しているとすれば、「関与せず」だけではなくて救出活動を邪魔することになっている。そもそもジャーナリストが武装集団に拉致された場合、どこの国もなんらかの形で政府が乗り出すものなんです。ところが、日本はそうなっていない。それどころか政府は、危ないところにいくジャーナリストは「蛮勇だ」などと言ってバッシングに加担する。このような日本特有の事情要因があって、今回の状況は起きているんだと思います。 とはいえ、日本政府が出て来ればかえって話がごちゃごちゃになるかもしれない。それが1年前の後藤健二さんの時の教訓でもありますので、私たちとしても動きがとれません。今はとにかく情報を集めようとしている状況です。 ただ12月10日の段階では少なくとも安田さんはまだ大丈夫だということがわかっています。これから、新たな段階でみなさんにご協力をお願いすることがあるかもしれない。その時はよろしくお願いします。  最後に、なぜ戦場に行かなければならないのかというきょうのシンポのテーマについて安田さんは先ほど紹介した本にこう書いています。「戦後60年が過ぎ、戦争を知っている日本人が年々減っていく中で、現場を知る人間が増えることは、空論に踊らないためにも、社会にとって有意義だ」。つまり、戦争のリアリティーを知る人が少なくなる中で、戦争のリアルを知っている人間がいるっていうことは、戦争が空論として論じられないためにもいいんじゃないかというのです。今の日本の状況にぴったりの言葉だと思います。 安田さんは非常に志のある有能な人だし、イラクでコックをやりながらアラビア語をマスターしていたので、拘束者との間に変な誤解が生じることはないと思います。必ず、無事で帰ってくると信じています。(1月15日に都内で行われたシンポジウム「ジャーナリストはなぜ戦場へ行くのか」での発言を収録)

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    取材現場での事故は殉職? 戦場ジャーナリストたちの意志と覚悟

     昨年6月にシリアで行方不明となった安田純平さんの動画が今年3月に公開された。いま安田さんをめぐる状況はどうなっているのか。4月19日に開催したシンポジウムの一部を紹介する。安田純平さんの意志を尊重すべき藤原亮司(ジャパンプレス) 安田純平さんが昨年6月23日にトルコの国境を越えてシリアに入って、すぐに地元の武装勢力につかまったということを、私はその数日後に耳にしました。個人的にも親交がありますので、私はそれから安田さんの情報をずっと追いかけてきました。私自身もシリアで取材したことがありますので、現地の友人や安田さんの友人、あるいは私が使っていたコーディネーターなどから情報を得ています。おそらく今はヌスラ戦線というシリアの反体制派グループに拘束されているだろうと言われています。 彼がつかまって以降、公にはずっと情報がなかったのですが、昨年12月22日付で、「国境なき記者団」という団体が声明を出しました。その内容は、日本政府が解放交渉を行わなければ安田純平は人質として転売されるか殺されるであろうというものでした。なぜそんな発表がなされたかというと、セキュリティ会社の社長を名乗るスウェーデン人の男がおりまして、それまでもずっと日本のメディアや政府に自分が仲介役になれる、交渉できると持ちかけて、一儲けしようと企んでいたのです。しかし相手にされず、国境なき記者団でよく知っているベンジャミンというアジア太平洋担当デスクに話を持ちかけた。そして彼が上司の判断を得ず、会社の会議にかけずに個人の判断でリリースを出してしまい、世界に広まってしまったということです。 それは全くの誤報であり、国境なき記者団に抗議を送ったところ、ベンジャミンの上司からすぐにメールが返ってきて、撤回させるとのことでした。私だけでなく複数の人が働きかけたと思いますが、それによって国境なき記者団は、声明を取り下げたわけです。 その後、今年の3月、今度は安田純平さん本人がビデオで語っている映像が流れ、大きく報道されて知られることになりました。今日のシンポジウムの開催趣旨にもありますが、「こういう局面で私たちが何をすべきか、何ができるのか」??。私は、何もしないでほしいと思っているんです。というのは、安田さんが3月16日のメッセージの中で、ご家族や奥様、ご兄弟のことを言っています。「いつもみんなのことを考えている。みんなを抱き締めたい。みんなと話がしたい。でも、もうできない」。これは、安田さんが家族や関係者に伝えようとした強烈な覚悟、意思表示だったと思うんです。自分は身代金による解放を望んでいないので、もう家族たちには会えないだろうという決意表明をしたのだと思います。私はこれは、一人の職業人として、ジャーナリストとして、本当に立派な覚悟のしかただと思っています。イラク日本人人質事件。保護されたバグダッドのウムクラ・モスク前から日本の両親に携帯電話をかける安田純平さん=2004年4月17日 安田さんは過去に一度、3日間ほどではありますが、イラクでも拘束されたことがあります。戦場においてジャーナリストや取材者が一時的に拘束されるというのは、時々起こりうることなんです。12年前にイラクで安田さんが拘束されたこともよくあることの一つだったにもかかわらず、大きく扱われてしまった。高遠菜穂子さんら他の3人の誘拐事件とタイミングが重なったために、非常に大きな扱いをされたわけです。 それ以降、彼はずっと、自分がもしどこかで拘束されたり、身の上に何かがあった時どう処すればいいかを考えて取材地に向かっていたはずです。彼はそれを、今回ヌスラ戦線と思われるところから流れてきたビデオによって、しっかりと表明したんです。それに対して我々はじめ同業者、あるいは関係者や一般の人たちが、政府に安田さんを解放してやってほしいと働きかけることは、安田さんの意に反することでもあるのです。これは国家が国民の身に何かが起きた時に、尽力する責任がある、義務があるということとは全く別の話で、当然政府にはそうした責務があるのですが、一方で安田純平さん個人が、自分の職責において、自分の生き方において、政府による交渉を望んでいないので何もしないでくれという訴えかけをしてきた時、私は友人として、同じ仕事をしている人間として、彼の意志を尊重したいと思うんです。 また、闇雲に政府に働きかけたり、それによって政府が何か動いたり、また我々の側からヌスラ戦線に解放してくれとアピールするといったことは、身代金を欲しがっている人間のことをこちらから宣伝してやっているようなものです。それは安田さんにとって何のメリットもないことだと、僕は思っています。現場での事故は殉職現場での事故は殉職野中章弘(アジアプレス代表) フリーランスのネットワークであるアジアプレス・インターナショナルは、シリア、イラク、パレスチナ、アジアの各地で30年ほど取材してきました。その中で1999年には、我々のインドネシア人のメンバーだったアグス・ムリアワン君が東ティモールで殺害されるということがありました。この時は襲撃されて殺害されており、今回のように拘束、誘拐ではなかったのですが、それは僕のジャーナリスト人生の中で一番つらい出来事でした。殺害されたという報告を受けてすぐに東ティモールに行こうとしたのですが、国連もジャーナリストもすべて撤退して入れない。まず、彼の故郷であるバリ島に行って、家族に報告をしなければいけない。説明に行くと、数十人の家族や親戚たちが待っているわけです。そこでアグス君がどうして亡くなったのか、どういう状況だったのかを報告しなければいけなかったのですが、それが僕の人生の中で最もつらい瞬間でした。それから東ティモールの事件の現場に行きましたが、国連との交渉や検視など、いろんな手続があり、殺害から3年後にようやく遺体を掘り起こして、東ティモールの海岸で荼毘に伏して、遺灰を故郷バリ島の海岸に流しました。 2012年には山本美香さんがシリアで殺害されました。山本さんも一時期アジアプレスに在籍していたこともあって、昔からよく知っていた仲間でした。こういう仕事をしていると、当然そういうリスクがあります。 ただ、誤解のないように言っておくと、アジアプレスのメンバーたちは自分が戦場ジャーナリストだという意識はたぶんあまりないと思います。これは大切なところで、戦場だから行っているわけではなくて、そこに伝えなければいけないことがあるから行っているのです。アジアプレスの譲れない原則のひとつは戦争に反対するということです。戦争が起きた時に、我々の命も生活もすべてが破壊されるわけです。戦争に向かうような動きに対して警告を発して権力を監視する。それがジャーナリズムにとって最も大切な使命なのです。そういうことが起きている現場に行き、現状を報告し、なぜそれが起きるのか、それを起こさないためにはどうしたらいいのか、そのような問題提起をすることがジャーナリストの使命、ミッションです。ただ、現場に行けば、いろんな形で事故が起こる。戦場でなくても、取材活動の中では、思わぬ事故が起きるわけです。山本さんも言っていたように、そういう現場での事故というのは殉職だと思います。職業に付随したリスク、それ以上でもそれ以下でもないと思います。 安田純平君の話をしますと、彼が信濃毎日新聞を辞めてフリーで仕事を始めた後、時々会って取材の話を聞いてきました。彼は、主に中東地域の取材をしてきたジャーナリストです。日本のフリーランスの中で、最もイラクやシリアの取材経験の長いジャーナリストの一人です。彼は彼の、本当の意味での自己責任で、自分の職責を全うするということで取材に行ったわけです。ここはきちんと共有したいと思うのです。彼はジャーナリストとして、そこで起きていることを世界に伝えるという役割を自分に課して取材に行った。そこで起きた事故です。 土井敏邦さんや、アジアプレスの綿井健陽や石丸次郎などを中心に、戦場ジャーナリストの仕事をサポートする動きが出てきていますが、とても大切なことです。画像はイメージです フリーランスの権利、取材の自由や安全を守る組織は、日本には全くありません。これは他の国と大きく違うところです。ですから安田君がこういうことになったからといって、組織的に救援に動けるような体制は、全くとられていないのです。友人たちが個々に動くということはあっても、救援活動を担う主体が日本にはない。これは非常に大きな問題です。誰かを責めているわけではなく、僕自身も含めて我々フリージャーナリストを守る主体は我々です。自分たちで自分たちを守るというふうに動かなければいけないのですが、残念ながら山本美香さんであれ、後藤健二さんであれ、その前には2007年に長井健司さんがミャンマーで殺害されましたが、いくつかそういう例がありながら、フリーランスの側が自分たちの権利を守っていくための組織作りができていません。だから我々自身にまず課題があるというふうに僕は感じています。 ただ、誘拐などが起きた場合、我々のできる力を遥かに超えてしまう。身代金であれ、処刑であれ、どう対応するのか。現実的な対応は非常に難しい。できることは限られている。フリーはマスメディアの人たちが行かないような場所に行けば仕事になる、お金になる、現実的にそういう面もあります。でもそういう補完的な気持ちで行っているわけではないのです。戦争の実相というのは、まず戦場の取材から始めなければいけない。僕は絶対にそう思います。ホワイトハウスやペンタゴンを取材したって戦争の本質はわかりません。イラク戦争でも取材の起点は戦場にしかない。だからそこに行くという判断を、自分でしているわけです。 アジアプレスのメンバーが万が一、拘束された場合は、基本的には一切救援活動はしないことにしています。責任を自分で負うということを引き受けて現場に行く。それがフリーランスの仕事のやり方であり、生き方だと思います。ジャーナリズムの自殺ジャーナリズムの自殺新崎盛吾(新聞労連委員長) フリーランスと組織ジャーナリズム、これは決して二つに分けられるものではありません。戦場取材等で、別の立場を取らざるを得ないケースはままあるのですが、取材に対しては同じ思いを共有していると考えています。 安田さんを初めて知ったのは、イラク戦争の時でした。2003年3月、実は私も、共同通信のイラク戦争取材班の一員として中東におりました。3月20日に米軍によるバグダッド空爆が始まるわけですが、大手メディアは全てヨルダンやシリアに撤退して、イラク国内にはフリーの方々だけが残っている状況でした。この時、安田さんは「人間の盾」として、イラク国内で取材活動をされていたわけです。私のような社会部記者がなぜ取材班に加わっていたかといえば、イラク国内には多くの日本人が残っており、空爆で日本人が亡くなったり、けがを負ったりすることがあるかもしれない。そんな最悪の事態に備える意味もありました。 イラク国内のフリーの方々は、大きな情報源にもなりました。今、隣にいる志葉さんは当時、空爆下のバグダッドで取材をされていました。私が志葉さんと初めて会ったのは、シリア・ダマスカスの空港でした。バグダッドから到着する便の乗客を取材している時にお会いして、イラク国内の話を聞いて記事にしたり、撮影された写真の提供をお願いしたりした訳です。もちろん自分で直接取材しなければ分からない、現場に入りたいという思いはありますが、業務命令でイラク国内に入れない状況下では、やむを得ない取材手法です。イラク邦人人質事件。成田空港に到着した渡辺修孝さん(左)と安田純平さん。記者らを前に、イラクに残る発言はしていないと釈明した=2004年4月20日、成田空港 その後、4月10日にバグダッドが陥落し、フセイン像が倒される映像が世界に流れるわけですが、実は共同通信の取材班は、この直前にバグダッドに戻っていました。本社から許可が出ていない中、現場の判断で半ば会社の命令を無視する形で戻ったため、後に社内では問題視されたのですが、歴史的に見ればバグダッド発で報じた共同通信の評価は高まりました。フリーであっても組織であっても、そういう現場の思いがあってこそ、戦場取材が成り立つわけです。 バグダッド陥落の日の紙面で、例えば読売は外電写真を使ってアンマン発で記事を出していました。ジャーナリズムの観点から、本当にそれでいいのかということです。ベトナム戦争の時は大手メディアも記者を従軍させ、現地から写真や映像を送り、戦争の生々しい現実を茶の間に伝えた結果、反戦ムードが高まりました。それが、メディアが本来やるべき戦争取材のあり方だと思います。戦争に反対し、ムーブメントをつくっていくためには、やはり戦場で何が起きているのか取材しなければいけない。そこに組織かフリーかの違いはないと思っています。  新聞労連は今回、安田さんの即時解放を求める声明を出しました。私は映像が流れた直後から、安田さんに対する罵詈雑言、いわゆる自己責任論などがネットで大量に流れたことに大変ショックを受けました。そんな一方的に非難されることを彼がしたのか、冷静に考えてほしいという思いがあります。声明にも書きましたが、メディアの人間、ジャーナリズムの人間は、国民の知る権利を最前線で背負っていると自覚しています。そして大手メディアが、ある意味尻込みをしている地域に、あえて入った安田さんがなぜ非難されるのか。国に迷惑をかけたというような発想が出てくることが、私にはちょっと理解しづらいのです。彼は戦争の現実を伝えるために、ある意味で命を張って行った。結果として危険に晒されたかもしれないけれども、それはジャーナリストとしてのリスクの部分だと思います。 特に今、大手メディアの中では安全最優先、あるいはコンプライアンスという考え方がかなり強まり、記者個人が自由に動ける範囲が少しずつ狭まっているように感じます。そういう中で、現場に行かなければならない、人々に伝えなければならないという思いを失くしてしまったら、組織であってもフリーであっても、ジャーナリズムの自殺だろうと思います。

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    シリアで拘束の安田純平氏が託した「イスラム国の重大資料」

     昨年6月9日、本誌記者に送られてきたメールは、こんな書き出しだった。〈突然の相談で恐縮です〉──それに続けてイスラム国(IS)の内部資料を入手したと綴られていた。送り主はフリージャーナリストの安田純平氏。 3月16日、安田氏と思われる人物が拘束されている動画が、インターネット上に公開された。動画を公開したシリア人男性は各種メディアに対し、安田氏がシリアでイスラム過激派組織「ヌスラ戦線」に拘束されたと証言している。 安田氏がシリアに入ったのは、本誌記者とメールのやり取りをした直後だったとみられている。安田氏と親しいフリージャーナリスト・鈴木美優氏の話。「安田さんはトルコ南部のアンタキアからシリア北西部のイドリブを目指す取材を計画していたようです。危険なルートであることを自覚し、緊張している部分もありましたが、イスラム国に対抗しようとする勢力への取材に興味を持っていました。ただ昨年の6月21日を最後に、連絡は途絶えてしまいました」 安田氏はトルコからシリアへと国境を越えた付近で拘束されたとみられている。その直前、冒頭のメールを含む本誌記者とのやり取りで安田氏は「トルコで入手したISに関する重大資料を記事にしたい」との考えを述べていた。安田純平氏のツイッター 安田氏の安否が確定しない中で、資料の詳細を説明するのは控えるが、文書、写真に加え、映像も含まれるものだ。3月22日にもベルギーの連続爆破テロの犯行声明を発表したIS。安田氏の資料の中にはそのISの資金管理に関係すると思われる資料もあり、それを分析した安田氏は〈イスラム国との戦いは「テロリスト」というより、国家に対して行うのと同等の規模で臨まなければならないのでは〉とメールに書き記している。 そうした問題意識が、安田氏を危険なシリアに向かわせたのだろうか。 安田氏と連絡が取れなくなり、シリアで拘束されたという情報が関係者の間で流れた昨年7月上旬、外務省邦人テロ対策室は本誌の取材に対し、「(安田氏が)拘束されたのではないかという情報は把握しており、事実確認を含めて情報収集している」と話していた。しかし、今回動画が公開されたことを受けて改めて取材すると「事案の性質上、回答は控えます。政府としては、様々な情報網を駆使して全力で対応に努めております」(外務省報道課)と答えるのみで、この間の“情報収集”の成果が何なのかはわからない。 思い出されるのは昨年1月にISによって拘束・殺害動画が公開された後藤健二氏のケースだ。安田氏の安否について前出の鈴木氏はこう指摘する。「ヌスラ戦線の兵士に取材したところ、公開された動画にヌスラ戦線のロゴが入っていないことを不思議がっていました。過去の例とはそこが違うそうです。一言でヌスラ戦線といっても、組織の中には様々なグループがある。安田氏の拘束は、ヌスラ戦線の中にいる外国人義勇兵グループが独自に動いて行なわれたものではないでしょうか。取材した兵士も、安田氏のことを知らなかったですから。 ISと違い、ヌスラ戦線は動画公開後に身代金取引で解放されるケースもあります。まだ生存している可能性が高いと信じています」 動画が公開されたのは、身代金を求める交渉のために安田氏の生存を証明する必要があったからなのか。安田氏が消息を絶ってから、まもなく10か月になろうとしている。関連記事■ 日本人拘束の「イスラム国」 日本語話す兵士存在と週刊誌報じる■ ネット駆使するイスラム国 正当性訴える「PR動画」多数製作■ 湯川遥菜氏救出に動いたイスラム法学者「外務省が見捨てた」■ イスラム国邦人人質事件 政府は解放交渉の有力ルートを無視■ イスラム国の目標 イスラエル、レバノンなど支配地域の拡大

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    日本人人質殺害事件と戦場ジャーナリズム

    安田純平(フリージャーナリスト)金平茂紀(TVジャーナリスト)綿井健陽(ジャーナリスト/映画監督)豊田直巳(フォトジャーナリスト)野中章弘(アジアプレス代表)司会進行:篠田博之(月刊「創」編集長)1月20日の公開前から仲間の間では懸念~安田純平──安田さんは後藤健二さんと面識があって、1月20日に映像が公開される前から、後藤さんのことは案じていたということですね。安田 本当に僕の知っている人たちがどんどん戦場で犠牲になっていくような状況で、こういう事件が起きるたびに、「なんで俺はこんなところに居るんだろう」とか、そういう気持ちばかりです。 後藤さんの件については、昨年10月の末にシリアに行っているらしい、と聞いていました。11月の頭にある週刊誌のインタビューの仕事があったはずなのですが、連絡もない。その後に講演会の予定もあったけれど、そこにも連絡がない。どうもおかしい、ということで、我々の間では11月の半ば過ぎには、何かまずいことになっているのではないか、という話になっていたんですね。 ただ、これまでのイスラム国の件もそうですけれど、交渉して身代金を払って帰ってくるケースでも、基本的には表に出ないで、ずっと裏で交渉していて、帰ってきた時に実はこうだった、みたいな感じになっている。だから、いま騒ぐのはまずいのではないか、と我々はお互いに言っていました。 僕もシリアに行った時は、移動する手段もないし、インターネットも繋がらなくなって、1週間ぐらい音信不通になったことがあります。日本では死亡説が流れていたんですが、そういうことはあるんですね。しかも後藤さんは非常に慎重な人でしたから、何か事情があるのではないか、あまり騒がないほうがよいと思っていたんです。シリア北部アレッポで取材活動中の後藤健二さん(インデペンデント・プレス提供) でもそれから1カ月経っても帰ってきていないということで、さすがにまずいのではないかと思いました。そのころご家族にどうなんですか、みたいに訊いたんですけれど、奥さんは「取材中です」とおっしゃっていた。むしろご家族はマスコミが騒ぎ出すのを警戒していたようで、外務省に「マスコミから守ってほしい」と言っていたみたいです。 私がご家族に訊いてみたのは12月の半ば頃ですけれど、12月の頭にはイスラム国側から身代金要求のメールが入っていた。それに対して日本政府は選挙中でもあったし、ほとんど交渉にはなっていなかったみたいです。交渉するとしたら、身代金を払うか払わないかしかないわけですから。 人質が解放された国というのは、裏でお金を払って、「払っていません」と言い張ってやっているわけですけれど、そのへんの決定も含めて最終的には官邸がやるしかない。ただ官邸もそんな状態じゃなかったようで、事実上動いてなかったんだと思うんですね。で、そうこうしているうちに、1月20日にあの映像が出てしまった。 その間、政府はヨルダンに対策本部を作って、人は居たけれども、何をしていたのか疑問なんですね。動画が出てからは、ヨルダンが絡んできたりとか、いろいろあって、それ以降の事情については、金平さんの方が詳しいかもしれません。国の形が変わるくらいの深刻な事態国の形が変わるくらいの深刻な事態~金平茂紀金平 今日はこのシンポジウムに1部のところで参加できて良かったと思っています。私は常々「現場の取材をしない人は語る資格はない」と思っている人間です。コメンテーターとか、解説者とか、そういう役割の人はもちろん必要ですが、自分は現場で取材をしたことに基づいてものを言いたい。ここにいらっしゃる方はそれぞれ身体を張って戦場取材をしている人ですよね。 今度の一連のことは、非常に多くの論点を含んでいる深刻な事態だと思っています。大袈裟に言うんじゃないですけど、この国の形が変わりつつあるのではないかとも思います。今年はちょうど戦後70年という節目にあたる年ですけれども、「戦後」というような尺度が〝無化〟されつつあるという気がします。戦後から「災後」を経て、本来であれば2011年の3月11日で、日本人は自分たちのやってきたことを反省して生き直すチャンスだったかもしれないものを、無かったことにして、前の通りにやればいいんだというように、どんどん逆向きに進んで行っています。「戦後」から「災後」に行って、今恐らく「戦前」になりつつあるんだという状況認識です。そのことが非常に露骨な形で表れてきているのが、今回のイスラム国による人質殺害事件への対応ということです。2015年2月、テロ行為非難を決議した衆院本会議で拍手する安倍首相 その間政府、あるいは外務省が、それから僕らを含めてですけれどもメディアがとり続けている姿勢というのは、この国が今までと形を変えようとしているというくらい大きな節目だと思います。恐らく皆さんもこの間の危機的な状況を敏感に感じられているからこそ、今日もこれだけ大勢の方が会場に来ていらっしゃるんだと思うんですね。 私はテレビ報道の仕事ばかりやってきた人間ですけれども、今回ばかりは現場に取材に行って、胃液が逆流するような思いを何度もしました。今まで国家と個人の関係で言うと、国民の生命財産を守るというふうに、どこかの政治指導者が口を酸っぱくするぐらい、口だけで言っていますけれども、実際に国家が国民の生命財産を守ろうとしていたのかどうなのかが問われています。 それを事実に即してきちんと検証しなきゃいけない。それが今メディアの最大の責務だろうと思っています。市民の側、あるいは国民の側の権利が蹂躙されようとしているときに、果たして今の国家とか、政府とか、官庁とかそういう所が自分たちを本気で守ろうとしているのかということをきちんと考えなければいけない、一種岐路に立たされている。それが偶然戦後70年の今年に重なってしまったんだと思うんですね。 ここに来る前に、ある外交官の方と話をしてきたんですけれど、その人はもう退官されて、それまで40年ずっと外交官として一線で働いてきた人ですけれども、同じことを言っていました。私たちの国の形が変わろうとしている。これまで自分たちは外交官として、国民の生命財産を守るために身体を張って、プライド、矜持を持って仕事をしてきたけれども、これからは違うことになるのではないか。「大義」のためには国民の犠牲もやむを得ない、と。そういうことを、危機感を持って語っていました。 事実経過で言えば、いろんな節目があるんですけれども、湯川遥菜さんが拘束されたのが昨年の8月です。10月6日に警視庁の公安部が常岡浩介さんとか、中田考というイスラム法学者に家宅捜索を行った。あの時の報道は皆さんよく記憶していると思いますけれども、常岡さんや中田さんを、いわば叩いた形ですよね。 その後に、11月1日に拘束されているという情報を政府が把握していたということになっていて、12月3日に後藤さんの奥さんのところに身代金の要求が来るわけです。しかしそれは外務省ないし政府の方から表に出さないようにということを言われていた形跡がある。実はその前の日の12月2日は衆議院選挙の公示日です。 今になって「テロには屈しない」とか大騒ぎをしていますが、その間、本当に国は人質を救出しようとしていたのか。交渉の糸口をつかむために、情報を表に出さないというやり方は他の国でもやっています。ただ、何もやっていない国というのは滅多にない。本当に日本の政府が何もやっていなかったということであるならば、責務を放棄していたと言わざるをえない。 そういうようなことを今、私たちは本当は検証しなきゃいけない。現場で取材をしている人たちが、どこまでやるかということが試されている、それくらいの気持ちで今考えているんです。私はそう思って、きょうここに参りました。戦場取材はこれからどうなるのか戦場取材はこれからどうなるのか~綿井健陽──綿井さんもイラク戦争を始め、戦場取材をやってきた経験から今回の事件についてお話しいただけますか。綿井 僕は「アジアプレス」というフリージャーナリスト集団に所属して15年くらいになるんですが、イラク戦争の取材は2003年からやってきました。去年ですが、イラク戦争の10年を描くドキュメンタリー映画『イラク チグリスに浮かぶ平和』の制作(各地で上映中)と、NHKでドキュメンタリー番組を放送しました。 この人質事件に関しては、「日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)」という、12年前に設立した、映像ジャーナリストと写真ジャーナリストの団体から、日本語、アラビア語の声明を出したり、その後はインターネット放送を通じてアラビア語で解放を呼びかけたりと、なんとかできることをしようと試みました。 しかし結局、力及ばず残念でした。今までも報道関係者が殺害されることは、この10年ぐらいの間では結構ありました。思い起こすのは、2004年にイラクで橋田信介さんと小川功太郎さんが車で移動中に襲撃されて殺害されたことです。2007年にビルマで長井健司さんが撮影中に背後から政府軍兵士に射殺された。その後2012年にシリアで山本美香さんが殺害されました。その間には、バンコクでロイター通信のカメラマンである村本博之さんがデモの取材中に銃撃されて殺害されています。 しかし、今回の後藤さんの事件はそれまでとは殺害までの経緯が異なります。取材や移動中の銃撃・殺害ではなくて、拘束されて身代金の要求、そして殺害された。しかも首を斬られて、なおかつその後にまた日本人全体に対する殺害予告ということですから、ちょっとこれまでとは違う恐怖感を感じます。 橋田さんたちがイラクで亡くなった後は、私もそうでしたけれどフリーランスは、その後もイラクの取材に結構行っているんですよね。けれども、振り返ると2004年の10月下旬に香田証生さんが首を斬られて、星条旗に包まれて、バグダッド市内で遺体で発見されたという事件がありました。 当時、日本の大手メディアはバグダッドから日本人記者を引き揚げさせるんですね。事件が起きる直前に、新聞がまず引き揚げさせて、香田さんの事件の後には共同通信が日本人記者をバグダッドから引き揚げさせた。その後、唯一NHKだけが日本人記者・カメラマンを2~3カ月交代で常駐させるという時期が長く続くんです。しかし、NHKも常駐をしているものの、ほとんど外には出ない。ホテルの中で、あるいは民家の宿舎の中でしか動けなくて、実質的にはイラク人スタッフしか外で取材できないという状況が当時始まるんです。 イラクの状況はその後、どんどん悪化していきました。報道陣の誘拐も相次ぎました。外国メディアも現地にはいるんですが、イラク人スタッフでしか、取材できなくなります。イラク・アルビルにある難民キャンプ だから香田証生さん殺害後の2004年の後半以降、フリーランスもイラク取材をする人は物凄く減りました。僕自身も行く回数は減りましたし、2006~7年に入った時は、ほとんど身動きができないくらいで、バグダッドまで入ったはよいけれども、自分自身での映像・写真取材はほとんどできないという状況でした。 2013年に6年ぶりにバグダッドに取材に行ったんですが、その時に外国の通信社のイラク人スタッフに話を聞きました。過去10年間で「イラク人だけで5人のスタッフが亡くなった。私たちの生活はイラク人市民とともにある」と言うのです。イラクではこの12年間で報道関係者が約160人亡くなっているんですけれど、そのうち85%がイラク人です。 イラク市民の死者も、報道関係者の死者も、過去10年を調べたら一番多いのは2006~7年の内戦状態、宗派抗争が激化した時期でした。イラク市民の死者数とイラク報道陣の死者数は連動していて、報道陣の殺害が多い時は、彼らが取材をするイラク市民全体も、毎日のように殺されているということがよく分ります。メディアが狙われる時、市民はもっと死んでいるということです。 今回、後藤さんが殺害されたことで、いま周りの人と話しているのは、これからフリーランスが戦場取材に行ったとしても、発表媒体がどれくらいあるかですね。後藤さんはテレビ朝日系列「報道ステーション」で、この3年ぐらいは何度もリポートをされていました。でも専属ではなくて、他の発表媒体にも持ち込んだりしていました。フリーランスの場合は、取材に行く前に「放送しましょう」と決まっていることはまずないんですね。危険地域の場合は特に取材が全部終わってから、「放送しましょう」「やりません」という判断になります。 後藤さんはたくさんテレビに出ていたたようにも見えますけど、取材に行ったけれど放送できなかったこともあったようです。だから取材してリポートがどんどんできる時は、欲も出ると言いますか、できる時にもっとやっておこうとか、そういう「もっと…」「もう少し…」という気持ちになっていったのではないか、と推測します。私自身もそんな時期はありました。今回、取材日程を見ても相当無理をしているし、フリーランスであるがゆえの、ベテランゆえの、何か「落とし穴」というようなものに嵌ってしまったのか……。ただこれは、本人がいないので確実なことは何も言えません。 今ネット上でこういう書き込みがあります。「テレビ局がフリーランスの、戦争取材の映像を買うからあの連中はそういうところに取材に行くんだ。だからテレビ局はそのような映像を買うのをやめるべきだ」と書いてあった。一人の書き込みかもしれませんけれど、僕が恐れているのは、それこそ放送局がフリーランスの戦争取材の映像等の扱いについて、これからどのように対応するのかということです。 似たような経験としては、2011年の3・11の後に福島第一原発の取材に行った時、立ち入り禁止区域に入った映像は、しばらく出せませんでした。「立ち入り禁止区域の映像は出せません」とテレビ局スタッフの方から言われました。一番訊かれたのは、「どこの許可を取って撮られた映像でしょうか?」ということでした。報道・取材はいつから「許可制」になったのかと驚きました。政府や国家が立ち入り制限・禁止をしているエリアこそ、とても重要な事実が隠されている。それを伝えるのがジャーナリズムの役目でしょう。 戦争取材に行くスピリットや心意気みたいなものは、多分これまでと変わらず、フリーランスの人たちは皆さんそれぞれあると思うんですけれども、ここから先どうやって発表することができるのか。特にマスメディアでの発表に関しては、この後にじわじわ影響が出てくるんだろうなというのが、いま気になっていることです。戦場から伝えることで初めてわかる真実も戦場から伝えることで初めてわかる真実も~豊田直巳──豊田さん、そのあたりいかがですか。豊田 その前に一つ申し上げておきたいことがあります。綿井君からありましたように、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会の仲間たちで、後藤さんが拘束されている映像が出たその日に、二人を解放してくれ、という声明を出しました。その後も救援の一部を担うような形を取らざるを得なかったのですけれども、少しお話しておいた方が良いかなと思うのは、実は今日のシンポジウムのタイトルも「後藤健二さんの死を悼み…」ですね。つまり湯川さんは消えてしまう。これは後藤さんがジャーナリズムに関わっていたということで、このシンポジウムのテーマとしてそうしたのでしょうが、僕たちの一回目の声明は、まだ二人が存命だという前提で二人について出しました。 僕たちも湯川さんがどのような人であるかということはネットに残っている映像くらいでしか知らなかったんです。その映像は彼が戦争オタクなのか軍事訓練なのか、様々な憶測を呼ぶようなもので、躊躇する部分はあったんですけれども、原則に立つべきだと僕たちは思いました。ジャーナリストであるかどうか、湯川さんがどんな人であるかに関わらず、殺してはいけないという原点に立つということです。だから二人の解放を訴えました。ただ、最近気になるのは、メディアの扱いが後藤さんだけの死を悼んでいるように見えることです。 それからもう一つ。なぜ僕がここにいるのか、といえば、綿井君も僕も後藤さんを知っていたということです。知っていると言っても20年前に1週間ほどヨルダンで一緒に居たことがあるというだけです。でも、安田さんと同じように、僕らの所には後藤さんが行方不明という情報は入っていました。それにも関わらず救えなかった。何もできなかったという後ろめたさもあって、彼の映像が出た時には何かしなければと思ったわけです。 今日のテーマである、後藤さんや僕らが危険を冒してでも戦場に行かなければならない理由というのは、もう既に金平さんが仰ったとおりです。現場に行かないと分からないことはいっぱいあるということを、自分の取材の中で体験してきているわけです。トルコ南東部のアクチャカレ付近から望むシリア。鉄条網の向こうは過激派「イスラム国」が支配する地域だ=2015年1月(共同) 例えば日本の自衛隊が派兵されるされないという議論のあった11年前、自衛隊がイラク中部のサマワに派遣され、しかも自衛隊が行くと給水支援ができる、サマワの人たちは水で困っているから水を支援するんだと説明されたんです。だから僕は実際に取材に行ってみたのですが、行ってすぐ分かったこととは、地元の人たちは水に困っているどころか、毎日お風呂に入っていました(会場笑)。だから、自衛隊がサマワに行く理由は全くないとわかるわけです。にもかかわらず何故かサマワの町の中には「自衛隊員の皆様ようこそ」という日本語で書かれた横断幕が掲げられていた。常識で考えて、日本軍という横断幕なら分かるけれども、自衛隊という言葉を知っているイラク人が何人いるんだろうと。結局それは日本人の「ジャーナリスト」が書いたものだと判明しますが、それが日本で報道されて、自衛隊が地元で歓迎されている、という話になっちゃうわけです。 必要があればジャーナリズムがカバーしなきゃいけないことはやっぱりあるんだ。しかも、国の流れが悪い方に行くことを止められる可能性が1%でもあるんじゃないかという思いもあって行っています。危険との天秤にはかけますけれども、ジャーナリズムの方を優先せざるを得ない場合もあるんだということをご理解頂きたいと思います。戦場で斃れた記者の大半がフリーランスだ戦場で斃れた記者の大半がフリーランスだ~野中章弘──シンポジウムのタイトルについての話もあったので主催者としてコメントすれば、きょうはジャーナリズムについて議論するということで後藤さんの名前を掲げました。それ以上の意味はありません。ただ豊田さんの指摘は大事なことだとは思います。 次に野中さんから、戦場取材についてお話をいただけますか。野中 先ほど綿井君から亡くなったジャーナリストの話がありました。1975年、ベトナム戦争が終わってから今年でちょうど40年になりますけれども、ベトナム戦争で取材中に亡くなった日本人ジャーナリストは十数名。実は沢山のジャーナリストが亡くなっています。それから40年経って、その間に何人のジャーナリストが戦争や内戦、騒乱などで亡くなったのか。数えてみると8人なんです。うち6人がフリーランスです。2004年、橋田信介さんと小川功太郎さんがイラクで襲撃されて殺害されましたが、この事件から今年の後藤健二さんまで、犠牲者は6人。この40年間のうちで最後の10年に集中している。6人のうち5人がフリーランスのジャーナリストで、企業内ジャーナリストは村本博之さんというロイター通信の方です。 その6人には共通点があるんですね。それは映像ジャーナリストだということです。犠牲者が増えた主な原因は2つあると思います。一つは、イラク戦争以降にジャーナリストが抱えるリスク、直面するリスクの質が大きく変わったということです。実は殺害・誘拐された人はジャーナリストだけじゃないんです。赤十字国際委員会、NGOスタッフなど人道援助の関係者たちも同じような目にあっています。まだ解放されていない国連などの職員たちも沢山いるということです。 80年代、90年代、僕もアジアの戦場取材を沢山やりましたけれども、それは戦場の危険であって、ジャーナリストが武装勢力のターゲットになることはほとんどなかったんです。今はジャーナリスト自身、あるいは外国人自身がターゲットになるという意味で、リスクが非常に高くなっています。 もう一つ、何故映像ジャーナリストたちの犠牲者が多いのか。ビデオカメラを持って現場に行った時は、とにかくインパクトのある映像、迫力のある映像を撮ろうと考える。これはカメラマンの本能です。だから前へ前へと進む。ファインダーを覗いている時は他のものは見えないんです。とにかく良いショットを撮ろうと前に進むんですね。記事を書くジャーナリストたちももちろん大変な仕事なんですけれども、ただ記者は戦場から帰ってきた人の話を聞いても記事は書けるわけです。けれども、写真とかビデオというのは、幾ら下手でもとにかく現場に行かないと撮れないわけですね。 フリーランスの場合は余計にそのプレッシャーが強いわけです。テレビ局のカメラマンよりも迫力のある映像を撮らないと発表できないからです。NHKとかTBSのクルーがもう既に同じような映像を撮っているとフリーランスの映像を使う必要はないわけです。ですからフリーランスがいつも考えるのは、NHKやTBSと区別される映像を撮るということ。やっぱり戦場でいちばんインパクトのあるシーンは戦闘ですから、どうしても、前へ前へと進んでしまうんですね。 ただ誤解のないように言っておきますと、ネットなどを見ていると、フリーランスは危険な映像を撮って沢山の金を貰っていると書いている人もいる。我々の中にそういう野心がないわけではないんですよ。しかし名誉の為に言っておくと、お金へのこだわりは、我々の中、少なくとも僕の周りにいる人の中では、あんまりない。勿論お金がないと取材の最前線まで行けない。だけど我々はお金よりも、お金に変えられない価値を生み出すためにこういう仕事をしています。それは現場で起きていることを多くの人に伝えるということです。それが我々にとっての最大の価値なんですね。ですから単にお金になるから、戦場取材で迫力のある映像を撮ろうとしているわけではない。 戦争取材の基本は戦場にある。はっきり言ってそうです。これはもう疑いのないことです。戦場で何が起きているのかを伝えなければ戦争の本質を伝えることにはならない。オバマ大統領がホワイトハウスでこういう声明を出しました、安倍首相がこういうふうに言っています、という報道も必要ですが、それだけでは戦争の実相を伝えることにはならない。映像ジャーナリストたちは、戦争の悲惨な実態、現実をみんなに知らせる、そういう役割を担って現場に行くわけですね。 また何故フリーのジャーナリストたちがそういう所へ行くようになったかと言うと、カメラがデジタル化され、小さなカメラでも戦場取材ができるようになったからなんです。フリーランスのジャーナリストがドキュメンタリーを作ったり、ニュース番組の中に登場したりというようなことは、20年ほど前まではあまりなかったんです。それまでテレビの取材はテレビ局のカメラマンが何百万円かのカメラを使って取材をしていた。だけどカメラが小型化され、安く手に入るようになってから、フリーランスの人たちもそういう仕事をするようになったわけです。 フリーランスの場合はたいてい単独で行動しますから、より危険です。何か起きた時に自分の救援をしてくれるような態勢を整えて行くわけではない。もちろん保険もかけません。戦争保険というのは僕の記憶では、危ない所では一日10万円ということもあります。たいがいのフリーランスは、保険にかける10万円があるんだったら取材費に使うわけです。かけても「海外旅行保険」ですが、これは多分戦場ではおりないと思います。何かあったら同僚たち、仲間たちが救援活動に携わるということです。本来ならばフリーランスのジャーナリストたち、我々自身が、仲間たちがそのようになったときに、すぐに救援に行けるように、あるいはそうならないように情報を共有したり、助け合う環境を整えることが今大切なのではないかと思います。「危険な所へ行くな」という誤った認識──イラク戦争の頃から、日本人が標的になるみたいな状況が出て来たのじゃないかと言われますが、綿井さんはイラク戦争の取材に頻繁に行かれていたので、その辺どうですか。イラク戦争が日本の戦争報道においてひとつのターニングポイントじゃないかとよく言われますが…。綿井 基本的に中東は日本人に対する親近感、尊敬の念と言いますか、日本人であることのアドバンテージはこれまで高かったです。2003年に行った時も、日本人というだけでチヤホヤされたような時期はありました。けれども、その日本がなぜアメリカの側についているのか、なぜ自衛隊を派遣するのかとか、そういうことを訊かれたことも事実です。 しかし、2013年にイラクのバグダッドに行ったんですけれども、「日本人ですか?」と声を掛けられることがほぼ皆無でした。それまではだいたいアジア人と言うと圧倒的に代表は日本人だったと思うんですけれども、バグダッドの街を歩いていても、99%「中国人ですか、韓国人ですか」としか言われることがなくなってしまった。それは、日本人に対して憎しみが高まったのではなく、相対的に中国とか韓国の電化製品や車が増え、中国・韓国系企業で働く人も増えて、生活や仕事の接点が日本よりも圧倒的に増えたんですね。 イラクに自衛隊が派遣されていた当時、自衛隊員が狙われるよりも、自衛隊が契約している道路補修業者や、地元の人で日本と接点があるイラク人が狙われるであろう、と思いました。そうすると、今回の邦人人質・殺害事件を受けて、今後は日本の企業で働いている、日本のメディアで働いている通訳の人とか、日本と接点のある人が狙われる可能性が高いんじゃないでしょうか。この予測は外れて欲しいんですけれど、自分自身の身の安全もありますが、地元の協力者たちが、日本や日本人と付き合うことで感じる「不安感」のようなものが高まることを危惧しています。「危険な所へ行くな」という誤った認識安田 今回、我々が問題にすべきなのは、どうやって現場の取材をするかという手法の部分だと思うんです。後藤さんがどうやって現場に入ったのかまだ全然経緯が分からなくて、どういう判断基準があったかも分からない。イスラム国に今まで行ってきた人って、イスラム法学者の中田先生のような、直接パイプのある人のつてで許可証を貰って入るとか、少なくともイスラム国の戦闘員と一緒に入るとかいう形でしか入れていないんですよ。後藤さんは、報道された範囲では、ガイドと一緒に検問所まで行って、そこで一人で降りてバスで向かって行ったんですけれど、誰も迎えにも来ていない。かなりイレギュラーな入り方をしていて、その辺の詳細が分からないんです。許可証があったかなかったかはっきりしないんですけれど、その入り方を見ていると、たぶんとっていないですね。 後藤さんの判断の基準は分かりませんけれど、我々が検証すべきなのは、その手法がしっかりしたものだったのか、ということです。その後朝日新聞がシリア側を取材したってことで産経や読売、政府関係者も批判していましたけれども、朝日が入った場所はコバニというトルコ国境に近いところです。イスラム国が攻め込んできたところをクルド勢力が追い返して解放した街と言ってアピールしている所ですよね。そこにクルド勢力のプレスツアーが入ったわけですよ。はっきり言ってそこでどうやって人質になるのという話ですけど、それから、アサド政権のビザをとって、ダマスカスからアレッポへ入ってその先へ行ったわけですよね。情報省の役人が付いているわけですよ。要するにどちらもイスラム国を排除したということをアピールしている現場ですよね。そこで護衛も付けているわけですよ。そういうところで、イスラム国が人質にするとしたら、襲撃してきて、護衛を蹴散らして、外国人を捕まえて連れ去るという状況ですよね。そうなるとコバニは解放されてないんじゃないかという話じゃないですか。 要するに具体的にこういう危険があるという指摘は何一つしていない。ただ危険だと言っているだけです。朝日新聞を批判しているところは〝空気読め〟っていうだけの批判しかできていない。僕は「空気読め」って話が一番危険だと思うんですよね。我々が必要なのは、自分の頭で物ごとを判断して、やっていることとか起きていることが妥当なのかそうでないのか判断することじゃないですか。そのための具体的な情報を出すのが我々の仕事であって、「空気読め」というのに乗るわけにはいかないし、使命感なんかなくたって、事実を見てくれればそれで良いわけです。 この間イラク北部で旅行者が捕まりました。どこでどうやって捕まったのか全然説明がないじゃないですか。政府にはクルド政府から絶対に説明があったはずですよ。官房長官が、イスラム国が戦闘をやっているようなところに入るなんて危険であると、一歩間違えれば大変なことになる恐れがあったと言っているんですけど、どういう危険があるのか何にも話してない。 それがクルド側とイスラム国側の最前線まで行こうとしたのかそうじゃないのか、全然違う所で捕まったのか。不審者だって言うのならどういう不審な行動をしたのかとか、それを全然説明しないんですよね。危ない危ないと言うだけで、具体的にそれがどうだったのか我々に判断させないようにしているわけですよ。恐怖を煽って政治的な要求を通すってテロの手法じゃないですか(拍手)。だから我々がやるべきことは、雰囲気とか恐怖とかいうことではなくて、それを克服して何がどうなっているのかをそれぞれ我々が頭で考えることなんですよ。テロに屈しないということは、そういうことだと思うんですよね。 それをどうやっていくかが、我々がすべきことで、政府の側は、そうさせないようにしたいわけですよね。旅券返納とかいうことも、「シリアなんて危ない所に行くなんて」「当然だろう」って雰囲気になっちゃってるわけじゃないですか。恐怖を煽って雰囲気だけで物事を進めようとしている。本当にこれは危険な方向に行っていると思いますよ。 しかも、パスポートを取り上げて、渡航禁止というのは憲法違反だと言うと、じゃあ憲法の方がまずいって話になっているわけでしょう。だから完全に憲法を変えるための流れになっているわけですよ。メディアもかなりやばいところに来ちゃったなというのが僕の印象です。映像で戦場の光景を伝えることの重要性映像で戦場の光景を伝えることの重要性金平 安田さんが今言われたことが一番、僕がこの場で話すべきことだと思っています。つまり何が現場で起きているかということについての丁寧な説明がなされていないんですよね。僕らが持っている強みというのは、フリーであろうが企業ジャーナリストであろうが現場で見てきたことを、その中の公益性があると思われる情報をきちんと提供することだと思うんですね。 例えば今言われていたコバニについては、僕はレバノンに取材に行っていた時にBBCワールドでコバニからのレポートをやっていまして、凄かったですよ。BBCの記者の顔のアップからずーっとズーム・バックしていくんですけれども、周りが全部瓦礫で、つまり破壊され尽くした跡にその記者が立っている。その映像を見た人は、ここで行われている愚かさというのが目に焼き付いて離れない。それくらい価値のあるレポートだったわけです。そういうことに何故僕らのメディアが気付かないかと言えば、そういうことに目配せする能力、編集する能力が劣化しているんですよ。物凄く狭い鎖国のような状態で自分たちの国のことだけ考えていて非常に勇ましいことを言って…。この間総理の所信表明演説を聞いていたら「列強」とか言ってました(笑)。もうびっくりしますね。つまり物凄く想像力が幼稚化しているというか、世界をちゃんと見ていないんですよ。 シリアのアレッポだって、僕らの同僚は1月初めに行きましたよ。やっぱり風景を見ると心を打たれるんです。アレッポって観光地だったですからね。遺跡観光で凄く賑わっていたところが今は無人で、荒れ果てていて、遺跡どころではないんですよ。遺跡の遺跡になっちゃっているわけです。そういう無人のところをずっと見た時に、僕らが伝えるメッセージの大きさというのがあると思うんです。それをいっしょくたにして「シリアは危ないらしいぞ、その周りも危ないらしいぞ」と言って、パスポートを取り上げるなんてもっての外です。そんなことをやる権利が国家にあるというふうに彼らは思ってしまっているというところで、西側のジャーナリストから言うと、「君らの国というのは江戸時代か!」みたいな話になるわけですよ。 僕らの国って主権在民ですよ。国家が先にあってその許しを得るとか許可を得るとか、いつからそんな国になっちゃったんだろう。イラク戦争を仕掛けたアメリカでさえ第一次湾岸戦争の時はCNNのピーター・アーネットが国防総省による退去勧告を無視してずっととどまり続けて、バグダッドから中継をやったんです。バグダッドの夜空がイルミネイティッドって最初にやったあの生中継をホワイトハウスの地下にあるシチュエーションルームという作戦本部がみんなで見ていたんですよ。つまりそれくらいメディアの力というのは強いんです。国防総省の人間でさえそれを見て自分たちの作戦を考えないといけないぐらい強い力を持っているということについての自覚がなくなってしまって、どこかの下僕になってしまっている。それはもうジャーナリズムじゃないでしょう。 例えば、朝日が注意深くやったシリア国内の取材を叩く新聞社というのは何なのですか。その新聞社のカイロ支局の人間はその記事を読んで泣いていると思いますよ。つまり僕が言いたいのは、ここに来ている理由もそうなんですけれども、フリーであろうが、組織内ジャーナリストであろうが、ジャーナリストである内部的自由というのがあるんですよ。これは近代国家であれば当たり前の、つまり自分の意見というのがあって、会社が、あるいは組織の上の人間から理不尽な命令をされたらそれに対して逆らう権利です。例えばイラク戦争でバグダッドが陥落した時、有名なサダム・フセインの銅像が倒れる瞬間があったでしょう。あの時に、恥ずかしいことながら、外務省の退去勧告に従って、日本の企業メディアは、どこもいなかったんです。何人かフリーの人だけが立ち会っていたわけですね。そこでレポートしていたのが綿井さんなんですよ。もちろん周りにはイタリアとかフランスとかそういう海外の企業ジャーナリストが一杯いて、そこからちゃんと中継をやっていたりしていたんです。何故日本だけいないんですか! 何故綿井さんだけなんですか!綿井 正確に言うと、当時、共同通信の記者・カメラマン3人は、開戦前に一度撤退した後、バグダッド陥落前にまたバグダッドに戻ってきました。豊田 私もいました!(会場笑)金平 フリーはいた(笑)。でも企業ジャーナリストは横並びで、今だから言いますけれど、外信部長会議というのがあって、みんなで引き揚げたわけですよ。  イギリスだってドイツだってフランスだって人質がとられたりしても、交渉をして帰ってきました。交渉もしない国ってなんですか。交渉もしない国でないというのであれば、その証拠をちゃんと出すべきですよ。そうじゃないと、国民は国家を信用できなくなるじゃないですか。いざとなったら救ってくれないんだ、という話になるわけで、きちんとメディアは、国に対して情報を開示しなさいみたいなことを言わないといけないと思います。そうじゃないと「テロに屈しない」という大義だけで、物凄く幼稚なわけですよ。今の政権の幼稚さには、がっかりというか恥ずかしいというか。つまり海外のジャーナリストたちの普通の感覚でいえば「ああそうなんだ、助けてくれないんだ」というふうに、僕も日本人ですから思われたくないですよね。ただ今現下で起きている状況はそうなっていて、一番問題なのはそこに引っ張られて、例えばパスポートの返納命令があっても「迷惑だよな」みたいなことを言う人たちが多い。メディアの僕らの仲間だってわからないですよ。「迷惑だよな」と思っている人がいるかもしれない。 さっきの社論と内部的自由の関係というのは、これから本当に僕らのメディアの存在意義を考える時に一番大事な話で、僕らがどこまで自分達の良心に従って組織の中できちんとした報道をしていくか。最終的には自分たちがやっていることが誰のためなんだという、そこが今揺らいでいるのではないかという気がしてしょうがないですね。これは僕の個人的な意見ですけれど。

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    田母神氏の論文から思うこと

     石破茂です。   田母神(前)航空幕僚長の論文についてあちこちからコメントを求められますが、正直、「文民統制の無理解によるものであり、解任は当然。しかし、このような論文を書いたことは極めて残念」の一言に尽きます。 同氏とは随分以前からのお付き合いで、明るい人柄と歯に衣着せぬ発言には好感を持っており、航空幕僚長として大臣の私をよくサポートしてくれていただけに、一層その感を深くします。参院外交防衛委員会の参考人質疑を終え、衛視に囲まれながら引き揚げる 田母神俊雄・前空幕長(中央)=2008年11月11日  日中戦争から先の大戦、そして東京裁判へと続く歴史についての私なりの考えは、数年前から雑誌「論座」などにおいて公にしており、これは田母神氏の説とは真っ向から異なるもので、所謂「民族派」の方々からは強いご批判を頂いております(その典型は今回の論文の審査委員長でもあった渡部昇一上智大学名誉教授が雑誌「WILL」6月号に掲載された「石破防衛大臣の国賊行為を叱る」と題する論文です。それに対する私の反論は対談形式で「正論」9月号に、渡部先生の再反論は「正論」11月号に掲載されています。ご関心のある方はそちらをご覧下さい)。  田母神氏がそれを読んでいたかどうか、知る由もありませんが、「民族派」の特徴は彼らの立場とは異なるものをほとんど読まず、読んだとしても己の意に沿わないものを「勉強不足」「愛国心の欠如」「自虐史観」と単純に断罪し、彼らだけの自己陶酔の世界に浸るところにあるように思われます。 在野の思想家が何を言おうとご自由ですが、この「民族派」の主張は歯切れがよくて威勢がいいものだから、閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち、それに迎合する政治家が現れるのが恐いところです。 加えて、主張はそれなりに明快なのですが、それを実現させるための具体的・現実的な論考が全く無いのも特徴です。 「東京裁判は誤りだ!国際法でもそう認められている!」確かに事後法で裁くことは誤りですが、では今から「やりなおし」ができるのか。賠償も一からやり直すのか。 「日本は侵略国家ではない!」それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからといって日本は違う、との論拠にはなりません。「遅れて来た侵略国家」というべきでしょう。 「日本は嵌められた!」一部そのような面が無いとは断言できませんが、開戦前に何度もシミュレーションを行ない、「絶対に勝てない」との結論が政府部内では出ていたにもかかわらず、「ここまできたらやるしかない。戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして滅びるは日本人の魂まで滅ぼす真の亡国」などと言って開戦し、日本を滅亡の淵まで追いやった責任は一体どうなるのか。敗戦時に「一億総懺悔」などという愚かしい言葉が何故出るのか。何の責任も無い一般国民が何で懺悔しなければならないのか、私には全然理解が出来ません。 ここらが徹底的に検証されないまま、歴史教育を行ってきたツケは大きく、靖国問題の混乱も、根本はここにあるように思われます。 大日本帝国と兵士たちとの間の約束は「戦死者は誰でも靖国神社にお祀りされる」「天皇陛下がお参りしてくださる」の二つだったはずで、これを実現する環境を整えるのが政治家の務めなのだと考えています。総理が参拝する、とか国会議員が参拝する、などというのはことの本質ではありません。 「集団的自衛権を行使すべし!」現内閣でこの方針を具体化するスケジュールはありませんが、ではどうこれを実現するか。法体系も全面的に変わりますし、日米同盟も本質的に変化しますが、そのとき日本はどうなるのか。威勢のいいことばかり言っていても、物事は前には進みません。 この一件で「だから自衛官は駄目なのだ、制服と文官の混合組織を作り、自衛官を政策に関与させるなどという石破前大臣の防衛省改革案は誤りだ」との意見が高まることが予想されますが、それはむしろ逆なのだと思います。 押さえつけ、隔離すればするほど思想は内面化し、マグマのように溜まっていくでしょう。 「何にも知らない文官が」との思いが益々鬱積し、これに迎合する政治家が現れるでしょう。それこそ「いつか来た道」に他なりません。 制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきなのだ、それが実現してこそ、自衛隊は真に国民から信頼され、尊敬される存在になるものと信じているのです。(石破茂オフィシャルブログ 2008年11月5日分を転載)

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    田母神氏&室谷氏対談「朝日はずる賢い」「最近の左翼は知的レベルが低い」

     朝日新聞は、慰安婦報道の大誤報を認めながら、2週間たっても謝罪もせず、木村伊量(ただかず)社長の記者会見も開かない。日本と日本人の名誉を著しく傷付けながら、このまま逃げ切るつもりなのか。今年2月の東京都知事選で61万票を獲得した田母神俊雄元空幕長と、新著『ディス・イズ・コリア』(産経新聞出版)がベストセラーとなっているジャーナリストの室谷克実氏が緊急対談し、朝日を「ずる賢い」「あきれた」などと一刀両断し、不買運動を呼びかけた。 ──朝日の検証記事(5日)後の対応をどう見るか 田母神氏「何とか、うまく逃げ切ろうという魂胆が丸見えだ。検証記事を読んでも『虚偽証言を見抜けなかった』『他紙も間違っていた』などと言い訳ばかり。潔くない。心から改心して謝罪していたら、国民の反応もまったく違っただろう。ずる賢い。実に朝日らしい」 室谷氏「編集担当の杉浦信之氏が『慰安婦問題の本質、直視を』という文章を書いていたが、昔から左翼が責任回避するときに使う得意な論法だった。あきれた。朝日の罪は国内にとどまらない。世界中で『慰安婦=強制連行』『日本人=悪』という事実無根のイメージが広まっている」 田母神氏「木村社長はすぐ、記者会見を開くべきだ。そのうえで、英語とフランス語、中国語、韓国語などで、自社の大誤報を世界に向けて説明し、訂正・謝罪しなければならない。木村社長は教育の一環である全国高校野球の開会式で立派なあいさつをしていたが、球児や国民に対して『間違ったら訂正して謝罪する』と自ら範を示すべきじゃないのか」 室谷氏「朝日の誤報といえば、サンゴ事件(1989年4月)や、伊藤律架空会見(1950年9月)があるが、今回は次元が違う。誤報で国の名誉を汚し、他国の批判材料になった。朝日は、国民全体に甚大な損失を与えている。甲子園のスタンドから『ウソつき』『きちんと謝罪しろ!』といったヤジが飛んでもよかった(苦笑)」朝日新聞の“特異体質”について語る田母神氏(左)と室谷氏 ──そういえば、田母神氏がアパグループの懸賞論文で最優秀賞を獲得したとき、朝日は厳しかった 田母神氏「確か、社説で『こんなゆがんだ考えの持ち主が、こともあろうに自衛隊組織のトップにいたとは。驚き、あきれ、そして心胆が寒くなるような事件である』と書かれた。何も間違っていないのに、ひどいこと書くなと思った。都知事選でも朝日は冷淡だったが、61万票を得たことで、もう『田母神だけがおかしい』といえなくなったのでは」 室谷氏「最近の左翼は知的レベルが低い。私の『呆韓論』(産経新聞出版)も読まずに批判し、レッテルだけ貼る。左翼のデモを見ても老人ばかりだ。日教組教育が下火になり、若者などがインターネットで幅広い情報に触れることができるようになったことが大きい」 田母神氏「その通り! ネットの出現で、メディアがウソをつき続けることができなくなった。私がツイッターで慰安婦問題を取り上げると、リツイートが1万件を超えることもある。国民の関心は極めて高い」 ──韓国メディアは朝日擁護が多いようだ 室谷氏「驚いたが、朝鮮日報は9日、国際部長の『朝日新聞の孤立』というコラムで、『(朝日は)孤立し、疲れが見えてきた。これを知恵を持って助ける方法が韓国政府にはあるはずだ』と主張した。同紙は2012年9月、編集幹部によるコラムで吉田清治氏の著書『朝鮮人慰安婦と日本人』を絶賛している。吉田証言を虚偽と断定した朝日にハシゴを外されたのに、韓国政府に朝日支援を求めるなど、相当入れ込んでいる。まさに『ディス・イズ・コリア』だ!」 --まさか、産経新聞の加藤達也ソウル支局長に対する、ソウル中央地検の「情報通信網法」違反疑惑での聴取とも関係するのか 室谷氏「韓国各紙が『言論の自由』『報道の自由』という価値観を持っているとは思えない。紙面を読む限り、身内の朝日がイジめられているから、こちらは産経をイジめてやれ、という雰囲気を感じる」 田母神氏「私が現役時代から、韓国はおかしかった。2004年ごろ、防衛協議で韓国に行くと、韓国の国防担当者は『韓国と中国、日本で頑張っていこう』といい、同盟国・米国のことは言わなかった。『韓国は何を考えているのか』と訝しがったが、当時は左翼の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権だった。今では日本のことも言わず、中国だけでは(笑)」 室谷氏「朝日は以前、韓国について『軍事独裁国家だ』と厳しく批判していた。ところが、1998年に左翼の金大中(キム・デジュン)政権ができてから、韓国が大好きになった」 ──朝日に謝罪・改心させるにはどうすればいいか 田母神氏「朝日も民間企業だから、経済的な影響が出ないと動かない。朝日の購読をやめて、企業は広告出稿を止めるべきだ。朝日は戦前・戦中と戦争をあおって売り上げを伸ばし、戦後は180度方向転換して部数を伸ばした。今回の大誤報を機に、親日新聞に大転換するよう促すべきだ」 室谷氏「朝日は上から下まで日教組教育の申し子みたいなタイプが多いから、無理でしょう」 田母神氏「関係者によると、朝日内部にも『現在の路線はおかしい』という意見はあるらしい。そうした正論を守るためにも、経済的に徹底的に締め上げないとダメだ。国民運動を呼びかければいい。もし、朝日が改心したら、その時こそ、(かつて軍旗に採用され、現代は陸上、海上自衛隊が使用している)旭日旗によく似た、朝日新聞の社旗がいきるのではないか」むろたに・かつみ 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論・執筆活動に。主な著書に、27万部を突破した『呆韓論』(産経新聞出版)や、ベストセラーになっている『ディス・イズ・コリア』(同)など。たもがみ・としお 1948年、福島県生まれ。71年に防衛大学校卒業後、航空自衛隊入隊。統合幕僚学校長、航空総隊司令官などを経て、2007年に航空幕僚長に就任。08年、懸賞論文への応募をめぐって幕僚長を更迭。同年11月に定年退官。その後、執筆・講演活動で中心に活躍。今年2月の東京都知事選で、61万票を獲得する。主な著書に『田母神戦争大学』(産経新聞出版)など。

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    そもそも「安保関連法案」とは? PKOや他国軍の後方支援をどう規定

    (THE PAGEより転載) 安倍晋三首相が今国会での成立を目指す安全保障関連法案が、今月15日にも衆議院特別委員会で採決される情勢です。6月の憲法審査会で3人の憲法学者が「違憲」と表明して以来、法案が「合憲」か「違憲」かに特に注目が集まってきましたが、そもそもこの安全保障関連法案がどんな内容か、必ずしも理解が深まっているとはいえないかもしれません。今回の法整備によって、日本の国際貢献、具体的には自衛隊の活動がどう変わるのか。安全保障問題に詳しい美根慶樹氏が解説します。そもそも「安保関連法案」とは?(上) 集団的自衛権をどう規定国際貢献は湾岸戦争以来の新しい任務 [図表]衆議院で審議されている安全保障関連法案の内容 国際貢献は自衛隊にとって湾岸戦争以来の新しい任務ですが、その重要性はますます増大しています。典型的な国際貢献は国連の平和維持活動であり、これは冷戦が終わる頃から急増し、日本も1992年に初めて参加しました。 安倍首相は、安全保障関係の法整備に関連して、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献する必要があると強調しています。 今回の法整備では、国連平和維持活動法(PKO法)の改正と「国際平和支援法案」が国際貢献の強化について規定しています。「国際平和支援法案」は新規の法案になっていますが、現在は失効しているテロ対策特別措置法(テロ特措法、2001年成立)とイラク人道復興支援特別措置法(イラク特措法、2003年成立)を恒久法(有効期限を定めない法律)にしたものです。自衛隊が海外で活動する点では「重要影響事態法」の場合と類似していますが、「国際平和支援法案」の場合は日本に対する脅威が前提となっていません。  国際貢献は国際の平和と安定のため各国が協力するところに主眼があり、それは本来各国の「自衛」のためでありません。 しかし、日本の場合は自衛隊が海外へ出動することに関する日本国憲法の制約があり、国際貢献も、法的には、「自衛」の枠内で処理されてきました。自衛隊員は、PKOに従事している場合も行動を厳しく制限され、武器は、自らの生命・身体を守るためやむをえない場合、つまり「自衛」の場合以外は原則として使用できず、他国の隊員が危機に瀕していても駆け付けて救助すること(駆け付け警護)などできませんでした。 しかし、これではあまりに不公平であり、改善する必要があると指摘されてきました。今回のPKO法改正案においてはそれを可能とする新しい規定がPKO法第26条として追加され、いわゆる「駆け付け警護」の問題は解決しました。国連ではないPKOにも参加可能に国連ではないPKOにも参加可能に また、PKO法改正案は、国連が実施するのではない平和維持活動(「国際連携平和安全活動」と名付けられています)への自衛隊の参加を可能とすることを新たに提案しています。PKOは通常国連が主体となって行われますが、そうでなく、数カ国の合意で実施する場合も認めているのです。その場合も紛争当事者の同意が条件となっていることなど基本的な仕組みは国連のPKOと類似していますが、紛争が終了していることは必ずしも条件となっておらず、紛争当事者が「武力紛争の停止およびこれを維持することに合意」している場合もその条件を満たすとみなされています。 国連ではないPKOへの参加を認めることは、紛争により危険にさらされている住民の保護などのために機動的対処できる面があるでしょうが、自衛隊の出動を国連でない機関や国による要請の場合にまで認めると、それらの機関や国と意見が違う国が出てきて、争いになり、自衛隊の派遣が反対される恐れがあります。写真]安倍首相は、日本は国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献する必要があると訴えている(ロイター/アフロ) また、派遣された部隊が国連の指揮下にないことも、後述する多国籍軍と同様に、自衛隊の派遣について争いが生じ、批判される原因となるおそれがあると思われます。 PKO改正法案はしきりに「いずれの紛争当事者にも偏ることなく実施」することの必要性を述べていますが、国連による自衛隊の派遣でない場合に、どちらの当事者にも偏らないで実施することが困難なことを法案みずから示唆しているように思われます。「多国籍軍」への後方支援の範囲は 国際貢献面での今回の法整備においては、「国際社会の平和および安全を脅かす脅威を除去するために国際社会が国連憲章の目的に従い共同して対処」し、「我が国が国際社会の一員としてこれに主体的かつ積極的に寄与する必要がある」場合が想定されており(国際平和共同対処事態)、国際平和支援法案はその場合の日本の自衛隊のあり方を定めています。これがいわゆる「多国籍軍」の場合であり、紛争は終了していません。 この事態では紛争は継続しており、日本が国際紛争に巻き込まれることを厳禁している憲法に抵触しないか、問題になりえます。これについて、国際平和支援法案は、支援として具体的に行う行動の範囲・種類、支援を行なう場所、国連の決議などによって歯止めをかけ、憲法違反になるのを防ごうとしています。自衛隊が行なう行動としては、捜索救助、船舶検査などとともに、いわゆる後方支援として物品や役務を「共同して対処する国の軍隊(つまり多国籍軍)」に提供することが想定されています。武器について言えば、提供は認められていませんが、輸送は認められています。これらの行動は集団的自衛権の行使として認められているのではなく、「武力の行使」でないとの考えに基づいており、テロ特措法やイラク特措法で認められていました。 後方支援は、武力行使を伴う戦闘行為ではないのは明らかですが、紛争中の当事者から中立の立場で実施することはできない、戦闘している国に後方支援すると、やはり敵対行為とみなされるとも指摘されています。 支援を行なう場所については、「現に戦闘行為が行われている現場では実施しない」と明記されています。 これは、支援活動を地理的に戦闘地域と切り離すための規定ですが、複雑な状況である現場においてそれははたして可能か、疑問の余地があります。国際平和支援法の前身であったイラク特措法の国会質疑において、当時の小泉純一郎首相が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、日本の首相にわかる方がおかしい。自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と答えたのは有名な故事ですが、「戦闘地域」と「非戦闘地域」の境界は明確でない、明確になしえないことを雄弁に語っているように思われます。「戦闘地域」でなければ紛争に巻き込まれないというのは机上の空論になるおそれがあります。紛争中の「多国籍軍」協力は憲法違反?紛争中の「多国籍軍」協力は憲法違反? 国連決議についても問題がありえます。激しい紛争の場合は国連安保理決議がなかなか成立しません。また、決議があるかないかさえ争いの対象になることがあります。イラク戦争がまさにその例であり、米英豪などが2003年3月、イラクに対する攻撃に踏み切った際に決議の有無が問題となり、独仏などはないという立場を取りました。 また、PKOの部隊は国連の指揮下に入りますが、多国籍軍は特定国の司令官が全体の指揮を執ります。ただし、PKOの場合はもちろん、多国籍軍の場合も国連の決議があることが多いので、多国籍軍としてもその決議に従う義務があります。その意味では、司令官といえども自由に行動できるわけではありませんが、国連の指揮下にあれば、決議だけでなく、実際の活動においても特定国の意思が働く余地はきびしく制限されます。 このように考えると、紛争が継続中に多国籍軍に協力することは憲法第9条が禁止する国際紛争での武力行使の禁止に違反する恐れがあると言わざるをえません。機雷の除去についても紛争が継続中であれば人道的な措置という理由だけでは説明しきれません。 多国籍軍への協力が憲法上問題となりうることは今回初めて出てきたことでなく、テロ特措法やイラク特措法にあったことですが、恒久法である国際平和支援法を成立させると今後繰り返し問題になる可能性があると思われます。(美根慶樹/平和外交研究所)美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹

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    戦争、戦争ってうるさいよ!

    集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法が施行された。国会前では安保法に反対する学生団体SEALDsらが「戦争反対」「憲法守れ」と恒例のラップ調で気勢を上げていましたが、はっきり言って耳障りです。少しは「現実」を直視する努力もしてみてはどうですか?

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    文藝春秋も日テレも間違えた! 意図的かつ無知な安保法制の誤報

    査会審議役)  一昨年(2014年)7月1日、政府は「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を閣議決定した。 私はそれ以来、100箇所ほど講演を、北は北海道から南は九州・沖縄まで行った。テレビも『朝まで生テレビ』や『チャンネル桜』で反対派との討論会に出演した。 そこでよく分かったことは、平和安全法制は、きちんと正しく説明すればみなさんによく理解してもらえるということ。今、本屋に行くと反対本や間違った本がたくさん並ぶ。そこで、私は閣議決定後に『安倍政権と安保法制』(内外出版)を、今回法律が国会で成立してから『平和安全法制の真実』(内外出版)を急ぎ出版した。真実を伝える必要があると思ったからだ。北朝鮮のミサイル再発射に備え防衛省内に設置された PAC3と周辺を巡回する自衛隊員 =東京都新宿区(長尾みなみ撮影) かつて有事法制についても、『急げ!有事法制』(朝雲新聞社)という当たり前の本を出し、勉強したいという方や国会議員のみなさんに参考にしてもらった。 また、『WiLL』7月号の「一問一答」では、テレビ局、学者、評論家の方々に対し名指しでのQ&Aを作ったが、どなたからも批判はなかった。つまりこれは全て正しいということ。もし間違っていれば批判される。WiLLの編集には「これはおかしい」といった話は皆無。「非常によく分かって勉強になった」という話はたくさんあったとのこと。 一昨年、鹿児島県の地方紙『南日本新聞』の記事で、私の講演が大きく取り上げられた。7月の政府の限定的な集団的自衛権容認の閣議決定に対して、鹿児島県出水市議会が「立憲主義の根本を破壊する暴挙」とする意見書を可決した。その後、私が鹿児島市で講演をしたところ議員たちの理解が進み、9月には行使容認を支持する意見書が可決された。 南日本新聞が取材してわかったことは、私の講演がきっかけで「戦争抑止と国際平和貢献のため、憲法解釈の閣議決定は必要と判断した」と変わったということだ。 反対の人たちは相変わらず「戦争できる国になる」とか言っているが、賛成の人たちは、「抑止力を高める必要がある」、そして「7月当時は勉強不足だった」という話だ。 つまり勉強すれば分かるということ。パワーポイントで話を聞いて分かったつもりでも、その後、他の人に説明できない。そこで私は全国で講演する際には、資料を配布して話を聞いてもらうようにしている。私の作成した資料を持って、他の人に説明できる。今回は、そうした地道な努力の成果である。マスコミの意図的かつ無知な誤報マスコミの意図的かつ無知な誤報 意図的及び無知な誤報は非常にたくさんあり、それをきちんと正し、指摘することが極めて重要だ。 例えば、柳澤協二氏は『週刊現代』で「一般の国民に比べて自衛官の自殺は1.5倍」「イラク派遣から帰国した人は10倍自殺する」と言っていた。これはおかしいと思い調べたら、男と女で自殺率が全然違うということだ。女性が100人自殺すれば男性は200人以上自殺する。つまり男性の方が自殺率は高いということ。自衛官は95%男性、一般男性の自殺率と自衛官の自殺率を比較すると、自衛官の方が自殺率は低いということになる。 イラクに行って帰ってきた人はどうかと言うと、もっと少ない。アメリカの場合と異なる。日本の場合は戦争が終わってから人道復興支援へ行ったわけで全然違う。これが事実だ。 この事実をきちんとPRすると、国会で自殺問題が取り上げられ大変だったのが、一切自殺の話がなくなった。 ところが今年に入って青森県で講演した際、「自殺は多い」と頭にこびりついている人が結構いることがわかった。だから、正しい情報を伝えていく必要がある。 自衛官の自殺について、『東京新聞』も訂正記事を載せたが、それは28面。間違った記事は1面で、3年前の記事だった。 防衛省に対しては「間違ったことはその時きちんと指摘しなければだめだ」と注意した。自殺の問題、私が提起しなければ嘘がそのまま通り、国会審議においても「自衛官の自殺は多い」というデマが流布されたままだった。『文藝春秋』も間違う 『文藝春秋』は11月号に「保守は『SEALDs』に完敗です」という対談を載せた。メンバーの奥田さんの発言中、「現状、自衛隊は軍隊ではありませんから、自衛官は、万が一拘束された時に国際法上の捕虜にもなれません」と。これは間違い。 編集長に電話してもピンと来ない。防衛省にも注意した。すると11月、防衛省広報課長が文書を持って編集長のところに直接出向いて申し入れを行った。基本中の基本がみんなわかっていない 『文藝春秋』には、「自衛隊は通常の概念で考えられる軍隊ではありませんが、国際法上は軍隊として取り扱われており、我が国が紛争当事国となり、万が一、自衛隊員が捕えられるような事態が発生した場合、国際人道法上の「捕虜」として取り扱われることになります」と。  憲法と自衛隊の関係についての基本を大学等で習っておらず、基本中の基本がみんなわかっていない。 憲法9条の建前から言えば戦力は持てない。戦力=軍隊だから、日本には軍隊がないということになる。では日本の独立はどうやって守るのだ。自衛隊である。自衛隊は軍隊までいかない必要最小限度の実力組織だから良いとなる。では外国に行けばどうなるか? 国際法上は軍隊として扱われる。それはすなわち捕虜としても扱われるということ。ただし、外国に行ったら軍隊だから外国の軍隊と同じようにPKOの活動を行い武器の使用ができるかというと、これはまた違う。「武力行使と一体化しない」というようにする等、国内法の制約の中で法律を作っていくから非常に厄介な仕組みになっている。そんな法律の仕組みは憲法との関係で日本しかない。 国会で問題となったのは、外務大臣による「自衛隊が海外に行くと捕虜として扱われません」との発言で、それだけがクローズアップされた。それはどういうことか? 重要影響事態法及び国際平和支援法によって自衛隊が他国軍隊に対して後方支援を行う場合、我が国がそのこと自体によって紛争当事国になることはないことから、そのような場合に自衛隊員が国際人道法上の捕虜となることはない、ただしその場合であっても、国際法上適正な活動を行っている自衛隊員の身柄が少なくとも普遍的に認められている人権に関する基準及び国際人道法上の原則及び精神に則って取り扱われるべきことは当然である、というわけである。 防衛省の文書にも「前述の奥田氏の発言は、明らかに誤りであり、適切ではない」と表現されており、『文藝春秋』に対しても「貴社は、報道機関として、その使命は重く、社会的影響力が大きいと考えており、正確を期した記事の掲載をされますことを切に要望いたします」とある。日本テレビも間違う日本テレビも間違う 次は、日本テレビの世論調査です。調査項目が、「同盟国などが攻撃を受けた場合、日本が攻撃されたことと見なして、反撃することができる集団的自衛権の行使など、自衛隊の活動を広げる安全保障関連法が、3月末までに施行されます。あなたは、この法律を支持しますか、支持しませんか?」となっていた。 そう聞かれると、支持する33%に対して支持しないが53%と多くなる。これについても問題ということで、防衛省広報課長が日本テレビの政治部長宛てに文書を送付した。今回の法律は「あくまで『限定的な集団的自衛権』の行使を認めたものであり、他国防衛それ自体を目的とするいわゆる集団的自衛権一般の行使を認めたものではありません」「このような設問は、…誤解を国民に与えるものであり、極めて遺憾であります」「今後慎重かつ適切な報道を強く要望致します」と。衆院特別委での安保関連法案可決のニュースを映し出す家電量販店のテレビ =東京・秋葉原のオノデン本店 同じテレビでも、例えばFNNの調査だと、「集団的自衛権を限定的に容認し、自衛隊の役割を増やした安全保障関連法を評価しますか」という質問となっており、この聞き方だと評価する方が割合は高くなった。こうした誤りは、基本的にはこの法律のことを知らない、無知から来ることが多い。知らないことによって間違える。知っていても意図的にわざとデマを飛ばすといったこともあるかもしれないが。 俳優の石田純一氏も間違った。『日刊ゲンダイ』の記事に「中国が攻めてきても、今まで周辺事態法というものがあり」と書いていたが、その場合、周辺事態法ではなく、武力攻撃事態法である。国が外部から攻められているから。そういう基本中の基本も分からないタレントが多い。今後も間違いを正す努力が必要だ。 今回の平和安全法制の議論でも、憲法と防衛政策・自衛隊の関係が正しく理解されていないことから、感情的な誤った主張が幅をきかせる結果となっている。 例えば、戦争は国際法上違法とされていることから戦争法という名前の法律を作れば憲法違反や国際法違反となる。平和安全法制を、戦争法だと批判する人の方が立憲主義の破壊者と言える。 また、徴兵制は憲法上できない。集団的自衛権の解釈を変更しても新たな法律を作ってもできない。さらに他国では、ドイツやスウェーデンなどは、徴兵制から志願制に移行しているのが現状だ。 国会でデモをしていた連中が参議院で法案が通ればこのデモはもっと大変なことになる、と言っていたが、最近はめっきり見かけなくなった。彼らは嘘を言っていた。

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    不毛な議論はもういらない 安保法制が新たな日米の「接着剤」になる

    日の法律作成に関する安倍内閣の意思表明となる閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を受けた法律策定作業の後、昨年5月14日の「平和安全法」の閣議決定、国会提出そして一連の国会審議を経て昨年9月19日に成立、同30日に公布されたものである。 法律の施行日は公布後6か月を超えない範囲で決められるが、関連政令やROE(交戦規定)等の部隊運用関連規則の策定、さらに現場部隊への周知徹底等の所要期間を考慮し、規定期間のほぼ全てこれに充て本日の施行となったものと考える。まず、不毛な論議、本質から離れた感情的反対を乗り越え今日に至った関係者の努力と苦労に敬意を払うものである。不毛な論議の連続だった国会審議 国会審議は冒頭から不毛な論議の連続であり、現下の厳しい国際安全保障情勢において我が国が採るべき方策を真摯に追求したものではなかった。国会審議・論議で真に必要であったことは、終戦そして現憲法制定後約70年の中で、中国の「法規を無視した行動、あるいは自己に都合の良い解釈のみを関係国に押し付けるとともに必要時には力を併用した国際社会秩序への挑戦」という、冷戦終結をはるかに超える厳しい安全保障環境の激変が我が国の近くで連続して起こっている現下の国際情勢・周辺の安全保障環境の中で、(1)国際社会の有力な構成国として、また(2)インド・アジア・太平洋圏における極めて安定した国家として、さらに(3)人民解放軍(中国軍)も『いったん事を構えれば「ただでは済まない」厳しい相手』と本音では認めざるを得ない自衛隊を保有する国として、そして(4)この地域の安全保障において唯一中国の力の挑戦を抑止できる実力を持つ米国の最有力同盟国としての、我が国の取り組みのあり方であったはずである。米海軍の横須賀基地(手前)と、海上自衛隊自衛艦隊総司令部(奥)=2008年1月11日、神奈川県横須賀市(本社ヘリから、芹沢伸生撮影) 残念ながら国会における論議の大半、特に野党の質問の大半は現実離れしたうえに軍事的合理性の「欠片」もない事態を、まるで明日にでも起きるように持ち出して政府に畳み掛けるものが大半で、まさに反対のためには手段を選ばない戦術であり、論議のあるべき姿からは程遠かった。残念である。また、野党の戦術は上で述べた法案の本質論議を外した政府答弁の揚げ足取りであったと見受けられ、政府との論戦において、自らの主張の正当性を確立して自己の得点を重ねるという本道よりも、政府の失点のみを狙ったものだった。 これでは、政府答弁が不十分な場合の地盤沈下は期待できるが、本件に関する野党の立場の浮揚・確立は、自らの政策を本質的に論議しない以上そのチャンスさえないことを意味し、先に述べた我が国が直面する大命題への取り組みを堂々と国民に示すものではなかった。野党は、一部対案らしきものは提出したが、それは反対の論陣を張る一部マスコミさえまともに取り合ったものではなかった。なぜ国民の理解を得ようとしないのかなぜ国民の理解を得ようとしないのか 同時に国民の平和安全法案への理解を得るという観点からは、政府の国会での対応が十分でなかったことも事実である。また、安倍首相自ら認めた通り、「国民に確実に理解してもらう」という点で、政府全体(チーム・アベ)として「理解を得るための気概」と「説明に際してのきめ細かな心遣い」に大きく欠けたことも事実であり、野党主導の不毛な論議をさらに加速した。 また、一般国民はもとより法律実施の主体となる自衛隊の部隊、自衛官でさえ理解が不十分といわれている現実に対し、主担当の防衛省・自衛隊(防衛省等)は法律成立後、どのような対策を取ったのであろうか。報道で見る限り、法律施行時点での国民の理解は国会提出時から大きく進捗したとき思えない。もちろん、直近の一大事である参議院選を意識して、主務組織である防衛省等が「出しゃばらずにロー・シルエットを保つこと」を政治から要求されていることも想像できる。そうだとしても、たとえば法律成立後、昨年秋の時点での積極的なタウンミーティングや地方マスコミへのブリーフィングなど、できることは多数あったはずだ。筆者の各地での講演会等における感触からは、一部マスコミの反対キャンペーンもあり、厳しい言い方をすれば一般国民の理解度は却って悪化している恐れさえある。 もちろん、ほとんどの自衛官が危険を伴う任務に対する健全な考えをもっていることは間違いなく、反対色の強いマスコミの法施行当日の報道でも「苦しくともやることはやる」という言葉があり、OBとして頼もしく思う。だからといって防衛省等が無策でよいわけではなく、特に我が国の社会、国民そして自衛官のより正しい理解を得るための防衛省の目に見える具体的活動が、この半年間あまり見えなかったのは筆者だけであろうか。将来、自衛隊に平和安全法制を適用した任務活動が下令された際、今回と同じ不毛な論議が繰り返されることを防ぐ意味でも、防衛省等の今後の取り組みに大いに期待したい。現場の目から見た「集団的自衛権」行使 一部マスコミや反対グループから「戦争法案」「徴兵制導入法案」などと諸悪の根源のように言われている平和安全法に関して、ここで改めて細部を述べることはしない。現場の目から見た集団的自衛権行使に絞って考察する。 この法制における最大の論議は個別的自衛権行使のみ認めてきた政府の憲法9条解釈との関わりにおける集団的自衛権行使の容認の可否である。今回の法制においては武力攻撃事態対処の際に、いわゆる「新三要件」を定め、その下でのみ武力行使を認めている。その第一要件である「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の独立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」から、一定条件下における集団的自衛権の行使が認められることとなった。ただし第一要件においても「他国の部分」を除けば自衛隊の武力行使に関わる基本的考えは従来と変わるところはない。さらに他の二要件は従来と同一といえることから、自衛隊の武力行使に関する従来の「強い制約的な考え方」も大きく変わるところはないと考えるのが常識である。中国を想定した日米同盟最大の「接着剤」になる 次に、軍隊の本質を考慮する必要がある。たとえ同盟関係にあるとしても、言語、人種、文化、社会背景等の異なる他国軍との共同作戦よりも、自軍単独作戦が「単純でやりやすい」ことは明白である。NATOの場合は、量的に圧倒的なソ連を中心とするワルシャワ条約軍と対抗するため、当時の米国と西欧諸国が離脱国なく確実に一体となる体制を構築する機構であり、軍本来の個別運用の利便性はその大目的達成のため、あえて封印したのである。日米同盟の場合は、「盾と矛」に象徴される「戦略防御任務は自衛隊」、「戦略打撃任務は米軍」という本質の異なる任務分担により、自衛隊と米軍それぞれの立場からは、両者間の戦略・作戦調整の下で実体的には日米両部隊が独自の作戦運用を行う体制を構築してきたのであり、指揮系統もそれに従い別個の二系統になっている。 そうであれば自衛隊が米軍に加勢する「集団的自衛権」を行使する必要がないように思えるが、前述した当地域の戦略環境の激変が、このような自衛権の行使を含む新たな自衛隊の運用体制の必要性を浮き立たせたのである。つまり、既成の枠を外れた挑戦者としての中国である。今後とも米軍はいかなる軍隊よりも圧倒的であり、米軍基地などの提供を中心とする我が国の支援と、防勢作戦に任ずる自衛隊との共同の下、平時のプレゼンスから有事の攻勢作戦までを米軍は独自で実施する能力を持っている。また、この能力により、通常の作戦環境下ほとんど全ての戦いにおいて米軍は勝利する能力を有している。このため、野党が指摘したような自衛隊が集団的自衛権を頻繁に行使すること、さらには行使することにより米軍の戦いに巻き込まれる公算はない。米空母セオドア・ルーズベルトと並ぶように航行する海上自衛隊の護衛艦「ふゆづき」=2015年10月17日、インド東方海上(代表撮影) しかし、新たな挑戦者であるが戦力的には弱者である中国は、米軍に与える被害として致命的な目標、具体的には空母、大型両用戦艦及び兵站輸送部隊等を選び、米軍のアキレス腱ともいえる宇宙やデジタルへの過剰依存部分など、あるいは米軍が作戦上の過誤により戦闘場面で隙をさらけ出した場合などに乗じて、そのアキレス腱に対して自らの兵力を徹底的に集中して勝利することを対米軍事戦略としている。このことから、いかに優秀かつ圧倒的な米軍でも、稀ではあるが窮地に陥る恐れが残るのである。過去の無敵といわれた軍隊が思わぬ敵に敗れた原因のほとんどはここにある。 このような事態において、仮に警戒監視や実作戦で自衛隊の部隊が米軍の近くに所在する場合、当該部隊が(1)従来通り「個別的自衛権のみ」ということで何もしないのか、あるいは(2)新三要件に合致する場合に米軍を加勢するか、という重大な判断分岐点に我が国は直面する。仮に(1)の場合で、被害や損失が致命的な米軍主要部隊、例えば空母が自衛隊部隊の目前で、自衛隊部隊が何もしないまま大被害を受けたと仮定すると、米国民は対日不信で燃え上がり、日米安保自体の存在さえ危うくなることは明白である。(2)の場合、自衛隊の加勢は窮地に陥った米軍へ何物にも代えがたい宝物となり、日米同盟体制はさらに強固となるであろう。 要するに、常識的には日米安保体制下で今後見通し得る将来の米軍の能力を考慮に入れた場合、自衛隊が集団的自衛権を行使する状況は極めて限定的でほとんどないといえる。その反面、もっと重要なことは、「とはいえ真に必要なときにはそれを行使することができる」ということである。これこそが理不尽な挑戦者中国を想定した日米同盟の新たかつ最大の「接着剤」であり、平和安全法制の最大の意義である。 野党の論議で欠けていたのは、集団的自衛権の行使を認めず、従来の個別的自衛権のみを今後の我が国の安全保障の柱とすることは政策として理解できるが、その場合上述したような日米同盟体制を失うという我が国の国益をかけたリスクがあり、これに対してどのように取り組むかということに尽きる。日米安保を破棄するというのであれば別であるが、少なくとも共産党と社民党を除く野党も、日米安保の維持は安全保障政策の柱のはずであり、上述のリスクの論議が全くなされなかったのは残念である。最後に同盟体制の維持には絶え間のない真摯な努力が必要であり、これこそが安全保障上の単純な戦理であり、今回の法制最大の長所はこれを実現したことである。 今後、平和安全法制に基づいた自衛隊の円滑な運用体制の確立を政治と行政に希望して筆をおく。

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    任官辞退と安保法に因果なし NHK、毎日新聞の印象操作が目に余る

    成24年4月に入校した若者たちで、在校中の去年9月、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法が成立しました。ことしの任官辞退について防衛大学校は、「例年に比べ、民間企業への就職を希望する学生が多かった」としていて、安全保障関連法が理由だと話す学生は確認していないとしています。防衛大学校では、安全保障関連法が成立してから初めての卒業式となりました。法律が来週施行されるのを前に、卒業生の親からはさまざまな声が聞かれました》。なんとも巧妙な報道ではないか。放送法違反との批判を浴びることのないよう防衛省が発表した数字や事実関係を伝えながら、同時に「安全保障関連法が成立」した経緯との関連性を強く匂わせている。上記のとおり「初めての海外派遣として湾岸戦争後のペルシャ湾に掃海艇が派遣された年」以来と報じ、ニュースの最後を「身の危険は親として心配です」「世の中がずっと平和であることを願っています」と語る卒業生の母親のコメントで締めた。 これでは、あたかも「安全保障関連法が成立」し「法律が来週施行される」から、任官辞退者が倍増した、かのように見える。平和安全法制(いわゆる安保法制)による海外派遣などに伴うリスクを、学生が恐れて任官を辞退した。そうした印象を視聴者は抱く。 果たして、それは真実(かつ公正な報道)なのだろうか。翌日の防衛大臣会見で以下の質疑応答が交わされた(防衛省公式サイト)「Q:安保法施行が迫っていて、それとの関連性についてはどう思われますか。 A:任官の辞退者から聞き取りを致しまして、その理由について全員から聴取をした結果、平和安全法制の成立に言及した者はいなかったと聞いております。また、平和安全法制の成立によりまして、任官辞退が増えたという御指摘は当たらないと考えております」 私の知る限り、大臣の答弁にウソはない。ただし「それはタテマエに過ぎない。辞退者が公式な聴取に対してホンネを話したはずがない」との異論や疑問はあり得よう。 ならば、実態はどうなのか。《「任官拒否」が倍増の47人 卒業生の1割》――卒業式翌朝付「毎日新聞」は社会面のトップ記事で、そう報じた。毎日新聞が報じた任官辞退の理由とは毎日新聞が報じた任官辞退の理由とは 彼ら彼女らは、なぜ任官を辞退したのか。その「内訳は、民間企業などへの就職26人▽身体的な理由11人▽大学院など進学6人▽その他4人」。続けて記事はこう報じた。「安全保障関連法施行で、自衛隊は他国軍の後方支援など任務の幅が広がり、リスクも高まるが、安保関連法を理由にした任官拒否者はいなかったという」。それは〝大本営発表〟に過ぎないとの異論や疑問もあり得よう。だが、そうではない。証拠を挙げよう。 この日の毎日社会面は「民間挑戦の男子 安保法論じぬ硬直性に違和感」と題し、任官を辞退した男子学生へのインタビュー記事も掲載した。以下が辞退の理由である。 《男子学生は安全保障関連法が理由で任官拒否したわけではないが、その国会審議を機に組織への違和感が募った。(中略)校内で議論はほとんどなく、学校側から法の説明はなかった。「自分たちの将来に関係することなのに議論する雰囲気がない。まるで思考停止のようだ」。安保関連法を機に改めてみえた組織の硬直性。違和感が増した》卒業式の最後に、帽子を投げ上げて退場する防衛大学校2015年度卒業生たち=3月21日、神奈川県横須賀市(鴨川一也撮影) 見てのとおり〝大本営発表〟とは違う。記事によると、指導教官らは「就活で絶対に失敗する」「任官して2、3年した後でも民間に行ける」などと「説得」。学生は「安保関連法で任官拒否が増えたと批判を浴びたくないのか、学校側は昨年より必死に食い止めようとしている」と感じたらしい。学生の告白に虚偽は感じられない。記事はこうも明記した。《自分の任官拒否の理由は安保関連法による自衛官の危険の増大ではない。周りでも聞いたこともない。「景気が良く民間に挑戦しやすいのが一つの要因」だ》 私の作り話ではない。平和安全法制を厳しく批判してきた毎日新聞の報道である。それも、任官辞退を「任官拒否」と呼ぶ社会面の記事である。その毎日が「周りでも聞いたこともない」と明記した。もはや、これ以上の論拠は要るまい。NHK以下マスコミがどう報じようが、真実は一つ。「安保関連法による自衛官の危険の増大」と、任官辞退者倍増との間に因果関係はない。あえて安倍政権との因果関係を挙げるなら、新法制ではなくアベノミクスとなろう。学生が率直に明かしたとおり「景気が良く民間に挑戦しやすい」から辞退者が増えた。それが真実に近い。 この際、改めて指摘しておきたい。平和安全法制が施行されても、徴兵制となる蓋然性はない。なぜなら、現役自衛官が退職しないからである。現に、法制を理由とした防衛大学校生の「任官拒否」は起きていない。この2年間の一部マスコミ報道はまったくの虚偽であり、完全なねつ造である(拙著『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』PHP新書)。先のNHKも例外でない。「憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法」と報じたが、それは公正でない。世界一厳しい要件下「限定的な行使」が認められるようになった。それだけに過ぎない。公共放送ですら、いまもこの調子なのだ。他の護憲派メディアは推して知るべし。保守陣営にも無理解が保守陣営にも無理解が 他方で保守系メディアにも一言申し上げたい。理由の如何を問わず、辞退者が倍増したことは事実であり、一定の意味を持つ。なのに、なぜ報道しないのか。不都合な現実を、見て見ぬ振りをするかのような姿勢は妥当でない。それもまた『カエルの楽園』(百田尚樹)ではないだろうか。 さらに言えば、一部保守陣営が「任官拒否」者を揶揄誹謗する姿は見るに堪えない。なかには「厳しい訓練についていけずドロップアウトした」と断罪した者もいるが、まったく違う。そうしたケースは入学前から発生する。まず「着拒」(着校拒否)。すなわち防衛大学校の入試に合格し、入校予定だったが、ドタキャンするケース。次が、第1年時のGWや夏休み。休暇明けに実家から戻らないケースである。そして今。陸海空や学科の進路が決まるこの春、第3のピークを迎える。今回報道された「1割」には、以上の数がカウントされていない。その割合は「任官拒否」より大きく、例年100名に迫る(つまり2割以上)。 加えて「隠れ任官拒否」と呼ばれるケースもある。いったん防大を卒業し任官するが、陸海空の幹部候補生に「着拒」する。つまり入校しない。あるいは、いったん入校した後、早期に退職を申し出る。そうしたケースを分子に加えれば、その割合は無視できない。入校予定者数を分母とし、以上すべてを分子で割れば、4~5割(半数)に迫る。しかも来年の割合は今年を上回る可能性が高いと聞く。 政府もマスコミも保守陣営も、以上を直視すべきではないだろうか。「税金泥棒」といった辞退者への差別的な言動や認識も、この際、社会全体で改めてほしい。同時に学校側も、辞退者を卒業式に参加させないなどの措置を再検討すべきと考える。 案外知られていないが、たとえば外務省やマスコミなど、様々な職場で任官辞退者は今も活躍している。近年の防衛省・自衛隊に対する理解の増進に、彼らが与えた貢献はけっして小さくない。 この春とて例外でない。任官を辞退した卒業生が、たとえばNHKで多数、活躍するようになれば、いずれ公共放送の誤解もとけ、色眼鏡の報道も消えていくであろう。 諸外国の士官学校を見ても、全卒業生が軍隊に進むわけではない。極端な例を挙げれば、フランス国防省理工科学校で「最も人気がないのは職業軍人としてのキャリアで、ポストは多く用意されているのにもかかわらず、年に二、三名がこれを選ぶのみである」(八幡和郎『フランス式エリート育成法』中公新書)。つまり、大半が任官しない。旧軍の士官学校と戦後の防大との決定的な落差旧軍の士官学校と戦後の防大との決定的な落差 かつて民主党政権は「防衛大学校卒業生について償還金の制度を導入」し「教育訓練の目的を達することなく離職する者については、授業料等を支払って大学を卒業した者との負担の公平の観点から、大学の授業料等を勘案した金額を国に償還させる」(平成24年3月9日・政府答弁書45号)法整備を図ろうとしたが、美しくない。それこそ「経済的徴兵制」との非難が当てはまる。裕福な家庭の子弟なら任官を辞退できるが、貧乏なら……。それが事実の一側面となり得よう。 今度は保守政権らしく正々堂々と王道を歩もう。民間企業より自衛隊のほうが物心両面で魅力的になれば、問題は雲散霧消する。そうなるべく予算や努力を傾注すべきだ。 ちなみに戦前の陸軍士官学校や海軍兵学校も学費は不要であった。加えて毎月、4~5円の「手当」が支給された。戦後の防大と異なり、旧軍の学校では、原則として受験資格で学歴を問われなかった。それゆえ、経済的事情から中学に進学できなかった男子でも、苦学独学すれば、陸士、海兵に入学できた。 陸士や海兵に入学したのは、貧しい家庭の庶民だけではない。明治6年(1873年)の太政官達により「皇族自今(じこん)海陸軍に従事すべく」と指示されて以後、終戦までの間、陸軍に18名、海軍に7名、計25名の皇族が配属された。昭和天皇の弟宮の秩父宮と三笠宮が陸軍に、高松宮が海軍に配属されている。(日本が併合した)朝鮮王侯族からも陸軍に配属された。同様に、華族も「成(な)るべく陸海軍に従事」すべしとされた。 言うまでもなく、戦後の防大に入学した皇族は男女問わず、一人もいない。戦前の陸士・海兵と、戦後の防大との、決定的な違いがここにある。南西諸島の防衛力強化に向けて創設された陸上自衛隊与那国駐屯地で開かれた隊旗授与式=3月28日午前、沖縄県与那国町 いま大切なことは、政府が平和安全法制の意義を改めて内外に訴えることだ。法律の施行を決めた3月22日の閣議では、国連のPKO活動で司令官の派遣が可能になることに伴う自衛隊法施行令の改正も決定した。この「司令官」には幹部自衛官が就く。その大半が防大卒業生となろう。その防大で「議論はほとんどなく、学校側から法の説明はなかった」(前掲毎日)のなら、問題の根は深い。本当に「議論する雰囲気がない。まるで思考停止のようだ」(同前)とすれば、日本の前途は暗い。幹部自衛官とは、自ら判断、決心し、命令する指揮官たるべき者である。その卵ともいうべき防大生が「思考停止」に陥るなど、あってはならない。 本質的な問題は、わが国に「健軍の本義」がないことに尽きる。そもそも「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(憲法9条)ことになっている。したがって日本に軍人はいない(ことになっている)。それなのに今後、たとえば国連PKOで日本人の司令官が外国人の士官や下士官、兵らを指揮(指図ないし統制)する。すでに多国籍軍の司令官に幹部自衛隊が就いた。 では、彼ら日本人司令官は軍人なのか。そもそも自衛隊は軍隊なのか。今後ますます複雑怪奇な議論となろう。このまま、なし崩し的な対応を続けるのは美しくない。問題を先送りする姑息な態度は、いずれ現場の士気を挫く。米海軍士官は大義のために死す米海軍士官は大義のために死す 《卒業生諸君。どうか、諸君には、日本国民を守る「百錬の鉄」となってもらいたい》――安倍晋三総理は今年の防大卒業式で、自ら「自衛隊最高指揮官」と称し、そう訓示した。例年になく完成度の高い訓示だったが、今年も憲法との矛盾が語られることはなかった。しかも上記のとおり「日本国民を守る」自衛隊とされた。世界標準では、あり得ない。「国民を守る」のは警察や消防、海上保安庁の役割である。軍隊の本来任務ではない。軍隊が守るのは、国民ではなく国家(の主権や独立、至高の価値)。だから軍人の職務は尊い。世界中の士官学校や海軍兵学校で、そう教育している。 一例として米海軍兵学校(アナポリス)を挙げよう。チャペル(教会堂)の入り口には、こう記されている。「NON SIBI SED PATRIAE(NOT FOR SELF BUT FOR COUNTRY)」 このチャペルで、毎年多数の卒業生が結婚式を挙げる。(海上自衛隊の創設に関わった)バーク提督の葬儀は、ここで行われた。アナポリスの学生は(生命より高次な価値である)国家共同体への奉仕を説くこのチャペルで神に祈りを捧げる。キャンパスの一角には、殉職した卒業生を記念するメモリアル・ホールもある。ホールの壁には同校創設以来の戦死者の名前と共に、こう刻まれている。「DEDICATED TO THOSE ALUMNI WHO WERE KILLED DURING THE WARS DEFENDING THE IDEALS OF THEIR COUNTRY」 卒業生は、何のために危険を顧みず職務を遂行するのか。その答えが刻まれている。海軍士官は、国民を守るために死んだのではない。それより高次の尊い理想(建国の本義)を守るために召天した。そう壁に刻まれている。これこそ世界標準の理解である。 さて「平和憲法」を戴く日本はどうか。 今年、卒業し任官した自衛官は何から、何を守っているのか。なぜ武器を手にし、誰かを殺害することが許されるのか。そもそも何のために命を懸けるのか。その根本から避け続ける限り、どんなに美しい訓示も、私の耳には、空しく響く。 平和安全法制の施行を機会に、憲法9条と自衛隊という戦後日本の根本的な矛盾を直視した上で、正面から堂々と9条の改正に向け、議論すべきではないだろうか。今年、任官した卒業生も、辞退した卒業生も、卒業を待たず退職した者も、みな、そう願っているのではないか。彼ら彼女らを見守る一人の父兄として、そう思う。

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    「緊急事態条項」 首相や内閣の独裁を許す危険はらむ

    議にかけて緊急事態宣言を発することができるというもので、国会での承認は事前・事後のどちらでもいい。「安全保障関連法に反対する学者の会」に名を連ねる、社会学者の上野千鶴子さんは激怒している。沖縄県・宮古島に配備されたPAC3=2月7日午前「これが成立したら、緊急事態を宣言すれば、内閣は国会を通さずに、法律と同じ効力のある政令を制定することができるようになります。これは、憲法に拘束されない全権限をナチスに与えた全権委任法と似ていて非常に危険です。その危険性を、国民はあまりわかっていないと思います」 草案を見ても、緊急事態の宣言が発せられた場合、「基本的人権に関する規定は最大限に尊重されなければならない」としつつも、「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」とされる。“とにかく国の言うことに従え”と言っているようなもので、首相や内閣の独裁を許す危険をはらんでいるのだ。 政府は「東日本大震災などの災害が起きたときのため」と災害対策を強調するが、「災害対策基本法」という法律は、まさに災害のためにある決まりなのだから、緊急事態条項など必要ないはずなのだ。 関連記事■ ヘリで福島原発行った菅首相の「カイワレ作戦」今回通用せず■ 【ジョーク】もし菅首相が伸子夫人と結婚していなかったら…■ 原発事故直後SPEEDI知らなかったという菅総理への疑惑証言■ 大前研一氏「菅首相のアジェンダ、私は3月に提案していた」■ ナースは見た! 術跡からはみ出した「うごめくピンク色の腸」

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    毎日「雨は降りません」が、「中国船は来ている」のです

    見た「意思と能力」の重要性」http://nakada.net/blog/3164 今年、安倍政権は安全保障法制をようやく作って少し前進しましたがしかし中国はこうして一歩ずつ一歩ずつにじり寄るだけではなく武器を見せながら近づいてきているわけで、わが国の安保法整備はやはりこれからも不断の見直しが必要だと言わざるを得ません。安倍さんよくやっていますが元を正せば自民党が長年の政権で手をつけてこなかったことのツケが回っているわけですから自民党はしっかりしなければいけません。 振り返れば1972年9月に日中は国交を正常化しましたが、その4ヶ月前に中国漁船が尖閣諸島に100隻もやってきて中国の島だ領海だとアピールしました。その後3ヶ月間睨み合いながら日中国交正常化となりましたけれどもその時に当時の日本政府は日中間の境界線をはっきりさせる方針だったにもかかわらずそうしなかったことが今に至っているわけです。 そして今、毎日のように中国船が来ていることをメディアはしっかりと伝えなければなりませんし、私達も「また来ているのか」と鈍感になってはダメで不断の注意が必要です。(2015年12月30日「中田宏ブログ」より転載)

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    元自衛隊医官の直言 日本の戦傷医療は戦後70年止まったままだ

    可能な限り身体機能を温存するためのシステムを構築(5)医師個人の力量ではなく、組織を整え、情報も国家安全保障にかかわるものとして管理(6)米国や英国、イスラエルなど実戦経験のある軍と交流し、有事の際は医学的観点を政府要人にアドバイスできる組織を構築(7)本来自衛隊の役割が大であるが、臨床経験が乏しいため、民間の経験者も活用特に(7)! 他国は民間医を活用されています。でもね佐々木先生みたいな医師は少ないですよ。だから防衛医大ができたんですよ! 安い給料で来てくれないんですよ。まして救急医! 全国足りないでしょう。>「法律だからできないと断って仲間を見殺しにするか、やって違法だと罰を受けるか」 会議で医官が自分から発しなかったのは、何度も書きますが文民統制の残りです。戦争は自分達が仕掛けなくてもおきてしまうことはあります。まして災害派遣の時もそうですが、戦傷と似たような外傷、精神障害はおきてしまいます。ただ救急処置は以前書いたように兵士が平時におこなうことは法的に許されていませんでした。仲間を助けて罪が問われることは避けなければいけません。だから法律ができるのを待っていました。やっとです。(訓練は前からしていますが、救命行動は法律で許されていなかった)昔の清谷さんへの反論記事はこの法律制定の流れを止めたくなかったというのも実はありました。(自衛官「国内では銃創や火傷は負わない」との前提 清谷さんのいうことも極端)本来任務を忘れるな 私を教えてくれた自衛隊の上司は、「災害派遣はLAST IN!FIRST OUT!災害派遣はあくまで添え物。我々は武装集団だ」と。ただし自衛隊医官の平時の生活において、本来任務であるはずのこのような戦傷医療の実戦はあまり現実味を帯びていませんでした。あのチュニジアの医官のように。 >自衛隊は「反対派」を意識するあまり、常に過度なまでに受け身に徹している。 はい。その通りです。そしてやっとそこから脱却できるチャンスです。佐々木先生の指摘する自衛隊病院や防衛医大も今変らなければ意味がありません。流れた血を誰が拭くのか>「人の命はきちんと面倒をみるべき」 今回の佐々木先生の記事ありがとうございました。さあ防衛省、自衛隊、医官。民間がやっと変ってきました。法律もなんとかできました。これから本当に国民の命を守ると同時に、兵隊の命を守る真の衛生となりましょう! それでも佐々木先生みたいな国民ばかりではありません。しっかり説明しながら防衛衛生を構築していただけることを今残っている医官達に期待します。(「中村ゆきつぐのブログ」より2015年10月9日分を転載)

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    北の核実験とミサイル発射をバネに戦後の惰性を打破する時だ

    西村眞悟(前衆院議員) 本年に入ってから北朝鮮は一月六日に核実験をし、二月七日に弾道ミサイルを発射した。そして、その北朝鮮が、二月に入り、我が国内で、スパイ・工作活動を展開していたことが発覚した。東京にある朝鮮大学校元幹部が、日本から北朝鮮のスパイ・工作活動を司令していたのである。これは、何を意味しているのか。それは、日本は、昭和四十九年八月十五日の文世光事件の以前から現在まで北朝鮮の「工作基地」であり「工作資金調達場」である、ということだ。 以上、本年に入って、我が国の内外において北朝鮮が提起した課題に対して、我が国は何を為すべきか!これが本稿のテーマである。 現在、北朝鮮の弾道ミサイル発射に対して、我が政界の政府と与野党は、非難決議をするとか制裁決議をするとか動いているし国連の決議に中国はどういう態度をとるのかという点に関心を示している。 しかし、そういうことをやるなとは言わないが、決議をしてもすぐ忘れる。それは、大震災の時の村山富市や菅直人でもすることではないか。それらは、この度明らかになった事態に対処して、国民を守り国家の安泰を図る為の本質的な決断ではない。 昨年の一年を使って安保法制の「専門家」になった議員諸侯は、何故、切実な防衛に関して言わないのか。非難決議に、積極的ミサイル防衛や核抑止力の構築の決断が入るのか? 待っておれないので、ここで言っておく。2015年10月、北朝鮮・平壌の金日成広場で行われた軍事パレードに登場したICBMとみられる大型ミサイル(共同) まず、我が国の防衛ラインは何処だ。  我が国の海岸線か、 海の上か、 敵基地の背後か。 敵ミサイル基地の背後である。ここが我が国の防衛ラインである。   即ち、敵が我が国に向けてミサイルを発射しようとする時、そのミサイル基地を地上において破壊することは我が国の自衛権(個別的自衛権!)の行使である。従って、今我が国が早急に決断して実行すべき事は、朝鮮半島及び大陸にあるミサイル基地を撃破できる国防体制の構築である。 次に、核爆弾を我が国に落とさせない体制を構築することが、この国際環境における我が政治の任務でなくて何であろう。つまり、核を既に保有している相手に、如何にしてその核を我が国に落とさせない体制を構築するのか。現実に二発の原子爆弾を落とされた我が国こそ、三発目!を断じて落とさせない体制を構築すべきではないか!  現実に、我が国の近くに二つの核を保有する独裁国家が存在する。我が国は、その独裁者に核を発射する決定をさせない抑止力を如何にして構築するのか。それは、核を発射すれば自分(独裁者)も死ぬという体制を造ることだ。  今こそ、我が国は、一九七七年九月のNATO(西ドイツ首相シュミット)の決断に学ばねばならない。シュミット西ドイツ首相は、ロンドンで、政治的、軍事的バランスの回復は死活的に重要であるという演説を行い、ソビエトがNATOに向けて実戦配備した中距離核弾頭ミサイルSS20に対抗して同じく中距離核弾頭ミサイルパーシングⅡをソビエトに対して実戦配備した。これ、NATOとソビエトの「軍事的バランス」の回復である。その上で、ソビエトに対して強烈な軍縮圧力をかけて、SS20をヨーロッパから撤去させた。  この時、西ドイツ国内に、パーシングⅡ導入反対の強力な「反核市民運動」が巻き起こった。しかし、ソビエト崩壊後、表に出てきたクレムリン秘密文書によって、この「反核市民運動」は、ソビエトの工作活動によって仕掛けられたものであることが判明した。 今こそ我が国は、とっくの昔から一九七七年当時のNATOの状態におかれているのであるから、ヘルムート・シュミット西ドイツ首相の決断に学ばねばならない。即ち、軍事的バランスの回復は死活的に重要なのであるから、そのバランスを回復しようではないか。 その時、我が国内に「反核市民運動」が巻き起こり日本軍国主義復活を許さないという叫びが起こる。その運動は、我が国内の北朝鮮や中国の工作基地において仕組まれる。 そこで強調しなければならない。  それは、我が国が、国家と国民の命を守る為に、敵ミサイル基地撃破体制と核抑止力体制を構築するためには、同時に、我が国内が敵のスパイ・工作活動基地になっている状況即ち「スパイ天国」状態を是正しなければならないということだ。何故なら、我が国が「スパイ天国」で、我が国内が敵スパイの工作基地であるということは、我が国の運命と、国民の生死が、敵に握られていることを意味するからである。 今こそ、独立自尊、自らの運命を自ら決定する日本を取り戻さねばならない。日本を取り戻すとは、具体的にはこういうことである。  なお、冒頭に記した文世光事件について述べておく。この事件は、北朝鮮が我が国を工作基地として、破壊活動を行い、日韓両国の運命が狂いかけた象徴的事件であり、この事件以降、北朝鮮による日本人拉致が頻発したからである。  しかも、驚くべきことであるが、我が国が工作基地であるという状況は、当時から全く是正されずに現在に至っている。 在日韓国人青年であった文世光は、大阪湾に入った北朝鮮工作船萬景峰号のなかで、北朝鮮工作員から韓国の朴大統領の狙撃を指令され、朝鮮総連生野支部政治部長金某の指導によって射撃訓練を済ませ、金から資金をもらって盗んだ大阪府警の拳銃を持って、日本人になりすまして韓国に入国した。そして、昭和四十九年八月十五日、光復節を祝う式典に出席した朴大統領を狙撃し横にいた大統領の夫人を殺害した。  捕まった文世光は、朝鮮総連にだまされたと告白し反省の弁明をした上で死刑に処せられた。そして、韓国は日本国内の工作活動の首魁の逮捕と朝鮮総連の捜索を望んだが、日本政府(田中角栄内閣)は韓国の要請を無視して朝鮮総連の捜索をしなかった。その結果、日韓関係は、国交断絶寸前まで悪化した。  そして、この状況を観察していた北朝鮮は、日本人に韓国に対するテロを実行させれば、日韓関係悪化という一石二鳥の効果があると悟り、以後、日本人拉致を本格化させる。その結果が、日本人化教育を受け日本人になりすました工作員が実行した大韓航空機爆破事件である。(平成28年2月9日「西村眞悟の時事通信」より転載)

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    国民が正しい日本の歴史を取り戻す時期が来ている

    立を脅かしつつある周辺事態の更なる悪化に備えて国民の生命・財産を守る目的で万全の防衛体制を整える為の安全保障関連法案に反対の為の反対をしている野党やマスコミによる「戦争法案」「徴兵制」などという反日プロパガンダに動揺している主婦や学生に目を覚まして欲しいのですが、戦後70年を迎えるにあたり発表された談話で安倍首相が述べておられるように、「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならない」と思います。 我国は、ロシアの南下によって植民地支配をされないため、国の存亡を掛けて日露戦争を戦いました。「戦争」というものは、当時軍隊を持っていた日本でも、簡単にできるものではありません。日英同盟という当時世界の覇者であったイギリスの助けがあった事以外に、高橋是清が戦争に必要な1000万ポンドもの外債を英国で半分、残り半分を何とかアメリカのジェイコブ・シフから賄えてやっと可能であったのです。これはギリギリの金額ですが、とてつもない金額です。その返済は、何と開戦(1904年)後82年経った1986年(昭和61年:今から僅か29年前)の事です。 そうです、戦争はただで出来るものでは無く、何よりも戦費が必要なのです。それを調達するためには、大義名分が必要です。大義の無い戦いには先ず日本国民が同意するはずがありません。もう一つ重要な点は、国連(英語で連合国という意味)では、2億7650億円(世界第2位、10.833%)もの分担金を支払い多大な貢献をしている日本は、いまだに敵国条項の対象国です。戦争の準備を始めていると判断されただけで、攻撃して良いとされている日本に対して、どの国も戦争国債を買ってはくれないでしょう。 先の戦争は、日露戦争の2年後、当時台頭してきた日本を叩くために立てられたアメリカのオレンジ計画に沿って資源の無い日本が最終的にABCD包囲網によってあらゆる資源の供給を断たれた上、突きつけられたハルノートの要求で戦争回避が不可能であると判断するしかなく、座してみすみす征服され辱めを受けるどころか、絶滅をも覚悟しなければならない降伏を選ぶよりは、民族の誇りをかけて最後の存亡の戦いに賭けようとしたもので、決して自分から戦争を仕掛けたものではありません。 もともと鎖国で平和に暮らしていた日本を不平等条約で無理矢理開国させたのは、アメリカをはじめとするアジアを侵略し、植民地としてきた欧米列強です。日本はそれ以来、何とか完全な植民地にはならないように文明開化の道を欧米に習って必死に進めてきました。日清日露の戦勝でようやく不平等条約を解消しましたが、それも僅か40年、先の大戦で敗れて以来、再びアメリカの軍事力に支えられ、擬似鎖国に入ってしまったようです。自分からした鎖国では、我国の歴史は誰からも歪められることは無く、しかも外国からの情報は入ってきていたので、日本はある程度対応することは出来たのですが、戦後70年間、果たして日本の歴史は学校教育で正しく教えられてきたでしょうか。 今こそ、国民が正しい日本の歴史を取り戻す時期が来ているし、その努力をしていかなければならないと思います。本当に正しい歴史認識を持てば、「戦争法案」「徴兵制」などのレッテル貼りに騙されることは無くなると思います。歴史を失った民族は滅亡に向かうだけで、輝く明日はありません。我が祖国日本は我々日本人が知恵を絞って守って行かなければならないと思います。

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    安倍内閣を待ち受ける南シナという第2の「キューバ危機」

    (CSISアジア海洋透明性イニシアチブ・デジタルグローブ提供、共同) そんな状況で、ケネディと聞けば安全保障通なら反射的に思い浮かぶのはキューバ危機である。1962年、旧ソ連は米国に近接したキューバに核ミサイル基地の建設を開始し、偵察機が撮影した航空写真でそれを察知した米ケネディ政権は、基地の撤去を求めてキューバを海上封鎖した。 当時キューバはソ連の衛星国であり、そこに核ミサイルが設置されれば、米国を含むカリブ海沿岸諸国は核攻撃の射程範囲になる。現在、スプラトリー諸島に戦闘機が配備されれば、南シナ海の制空権は中国のものとなり、沿岸国は従属を強いられる。ならば、これを阻止する手立ては半世紀前と同様、海上封鎖ということになろう。 展覧会では、キューバ危機にまつわる数々の資料が展示されており、そこには当時、訪米していた佐藤栄作自民党幹事長(後に総理)の日記も公開されていた。佐藤氏は安倍総理の大叔父であり、その日記を敢えて公開するのは、国民にキューバ危機を身近に感じて貰いたいとの総理の意向であろう。 展覧会が開催される直前の2月には、人工島が異常に拡大しているのが報道された。ヒューズ礁は2004年2月に380㎡だったのが2015年1月には7500㎡と200倍に拡大していたのだ。 展覧会が開催されている最中の4月にはスプラトリー諸島のファイアリークロスで滑走路の建設が始まったことを示す衛星画像が公開され、フィリピンのアキノ大統領が強い懸念を示した。バンドン会議で見せたリーダーシップバンドン会議で見せたリーダーシップ 同月、安倍総理はバンドン会議60周年首脳会談で「国際紛争は平和的手段によって解決する」べきと演説し、南シナ海問題でリーダーシップをとる姿勢を明確にした。 そもそもバンドン会議とは、1955年にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ首脳会議で、そこで植民地解放が宣言された。ところが、この会議には欧米列強やソ連は招かれなかった中で、日本だけが優先的に招かれたのである。 つまり当時のアジア・アフリカ諸国は欧米やソ連を植民地帝国として非難していたが、日本は植民地解放の盟主として評価されていた訳だ。いうまでもなく第2次世界大戦のさなか1943年(昭和18年)東京でアジア初の首脳会議「大東亜会議」が開かれ、そこで植民地の解放が高らかに宣言されたことを、各国の指導者は鮮明に記憶していたのである。 ところが、戦後は戦勝国側の歴史観ばかりが喧伝されたため、いつの間にか解放者であった日本が侵略国にされてしまい、2005年のバンドン会議50周年のアジア・アフリカ首脳会議では、当時の小泉総理は、「日本の侵略」を謝罪するという愚挙を犯し、バンドン会議や大東亜会議を記憶していた東南アジアの人々を失望させたのであった。 この謝罪を機に東南アジアの主導権は日本から中国に移り、中国は南シナ海侵略を本格化させることになったのである。 60周年に際して、安倍総理は、「日本の侵略」とか「謝罪」などの表現は一切用いず、「国際紛争は平和的手段によって解決する」というバンドン10原則の一節を引用する形で、中国の南シナ海侵略を批判した。 これに励まされた形で同月末、マレーシアで開かれたアセアン首脳会議では、中国の南シナ海埋立てを非難する議長声明が出されたのである。米中確執 高まる南シナ海危機米中確執 高まる南シナ海危機 この翌月すなわち昨年5月には、米国防総省は中国の南シナ海スプラトリー諸島の人工島の面積が4か月間で4倍に膨らんでいると発表した。同時期に米軍はオバマ大統領に同島周辺海域に米軍艦艇を進入させ、工事を阻止しなければ滑走路が完成してしまうと警告したが、許可されたのは偵察機による周辺飛行だけだった。 もし、このとき米軍艦艇が進入していればスプラトリー諸島に滑走路は完成しなかったであろうが、オバマの不決断の結果、9月に同諸島ファイアリークロス礁に戦闘機離発着可能な3000m級の滑走路の完成が確認され、同諸島の他2カ所でも同様の滑走路が建設中であることも確認された。南シナ海・スプラトリー(中国名・南沙)諸島のファイアリークロス(中国名・永暑)礁を埋め立てて建設した飛行場に着陸した中国の航空機=1月6日(新華社=共同) オバマが米軍艦艇の進入すなわち「航行の自由」作戦を許可したのは10月である。いかにも遅すぎるの感が否めないが、なぜ10月まで動かなかったのか?一体オバマは何を待っていたのか? 米国は常に同盟国の意向を重視する。もし戦争になった場合、味方になって共に戦ってくれるかを確認しなければ、軍事的行動を取らないのが歴史的通例だ。キューバ危機ではケネディはフランスに使者を送り時の大統領ドゴールに確認を取っている。 ならばオバマも同盟国の確認を取っていたのであろう。同盟国の確認とは集団的自衛権を行使するかの確認である。その確認をとるのに、そんなに時間の掛かる国は、世界に一つしかない。日本である。 平和安全法制いわゆる安全保障関連法が国会で成立したのが9月19日のことである。集団的自衛権の行使を一部容認したこの法制は、反日勢力によって骨抜きにされてしまったが、少なくとも米国とともに戦うことを明言することはできるのである。 だが法制が施行されるのは、4月以降である。米国は4月以降に南シナ海における軍事作戦を本格化させるべく下準備に入っている。2月にカルフォルニアで米アセアン首脳会談を開き、航行の自由を声明したのも、キューバ危機のとき、米国が中南米諸国の同意を得るべく米州機構を開催したのに酷似する。対する中国も南シナ海西のパラセル諸島には戦闘機を配置し、中央部であるスプラトリー諸島に戦闘機を配備する時期を伺っている。 4月以降、第2のキューバ危機ともいうべき南シナ海危機が勃発する公算は極めて高いのである。

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    在外邦人をいかに守るのか

    安全保障関連法が3月に施行される。自衛隊と米軍は、平時から有事までさまざまなかたちで同盟を深める。一方で、テロが頻発する世界情勢のなか、在外邦人の救出に策はあるのだろうか。自衛隊の役割を論じる。

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    人質事件を契機に考える 海外邦人の安全をどう守るか?

    菅原出(国際政治アナリスト)(THE PAGEより転載) 過激派組織「イスラム国(IS)」による日本人人質事件を契機に、海外にいる日本人の安全をどう守るかについての懸念が強まっているようです。2013年1月にアルジェリアのイナメナスで人質テロ事件が発生した時にも、海外邦人の保護についての議論が盛んに行われましたが、今回の事件を受けて、日本政府の邦人保護体制や今後の対策について考えてみたいと思います。 イナメナス事件では、テロに巻き込まれた民間企業に対して、日本政府が事前に十分な情報を提供できなかったり、現場の状況把握が遅れたことから、事件後「官民協力」の必要性が叫ばれました。その後、外務省と民間企業との間で定期的な官民協力セミナーが開催され、両者の人的交流や情報交換の機会も増え、平時からの情報共有や緊急時の協力体制などの面で大きな前進が見られています。邦人人質事件を報道する中国各紙(共同) 一方、ジャーナリストや旅行者のように海外の危険地に行く個人については、外務省側から危険情報などを配信して注意喚起を行う以上のあまり有効な手だてがないのが現状です。外務省は個人の旅行者向けには、「たびレジ」という新たな制度を導入しており、旅行日程、滞在先や連絡先などを登録しておくと、万が一滞在先でテロや暴動などの緊急事態が発生した際には登録した個人に緊急連絡が入る仕組みになっています。 しかし、シリアのように外務省でさえ大使館を閉鎖している国においては、当然に政府の情報収集能力も限られるので、十分な注意喚起も、邦人に事故などが発生した際の救援などもできません。このため、外務省はシリア全土を4段階の渡航規制でもっとも厳しい「退避勧告」地域に指定して、「退避を勧告します。渡航は延期して下さい」と呼び掛けています。 アフガニスタンも同じように「退避勧告」地域に指定されていますが、同国では日本大使館が今でも活動をしており、日本人の現地への渡航を厳しく規制しています。アフガニスタンの場合は入国に際してビザの取得が必要ですから、日本政府はアフガニスタン政府と協力して日本人へのビザ発給を制限することができます。実際駐日アフガニスタン大使館にビザを申請するには、外務省の添え状が必要になりますので、外務省側はアフガニスタン渡航を希望する日本人の存在を事前に把握し、渡航を見合わせるように個別に伝えることができます。「海外における邦人保護」という言葉で括れない問題 しかし、シリアに行こうとするジャーナリスト等は、トルコに渡航した後にトルコとの陸上国境を越えてシリアに入国するので、日本政府が彼らの動きを把握することは非常に困難です。トルコには観光客だけで年間35万人近くの日本人が訪れますので、その中の誰がシリアに渡航する気があるのかを事前に調べて渡航見合わせを要請するなど、事実上不可能でしょう。これは各国とも同じであり、シリアへ渡航する外国人戦闘員の流れを止められない理由の一つとなっています。 海外で危険に遭遇するリスクを下げるには、現地の情報をしっかり収集して、事前に注意しなければいけない地域やエリアを把握し、犯罪などの傾向や手口を知り、各自が気をつけるしかありません。そのための情報は外務省の海外ホームページ等で十分に得ることができます。また「たびレジ」なども極めて画期的なシステムです。 しかし、ジャーナリストのように危険な地域に入ることで仕事をしている人たちは、自分の旅程を外務省に知らせれば止められることを知っていますから、当然外務省に事前に「これからシリアに行ってきます」とは伝えないでしょう。また、たとえ外務省が事前に知ったとしても、「どうしても行きたい」と希望する個人の権利を制限することは困難です。 危険を承知で紛争地や戦地に赴くジャーナリスト等の安全を、現在の政府の邦人保護の仕組みで守ることは困難ですし、そうしたジャーナリストたちも政府に守ってもらうことを期待していないでしょう。海外でビジネスをする駐在員や観光客等の安全を守ることと、戦場ジャーナリストの問題は、同じ「海外における邦人保護」という言葉で括れない全く別の性質の問題であることを、しっかりと認識することが大事だと思います。すがわら・いずる 国際政治アナリスト、危機管理コンサルタント。米国の対テロ政策、中東など紛争地域の政治・治安情勢に詳しい。著書に『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房)、『リスクの世界地図』(朝日新聞出版)などがある。

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    邦人人質事件への日本政府の対応をどう見るか

    (THE PAGEより転載) THE PAGEが放送したTHE PAGE 生トーク「中東とどう向き合うか~イスラム国から日本外交まで~」。出演は、黒木英充・東京外国語大学教授、鈴木恵美・早稲田大学イスラーム地域研究機構招聘研究員、高橋和夫・放送大学教授。司会・進行は、萱野稔人・津田塾大学教授、春香クリスティーンさん。 以下、議論の第5部「中東と日本 人質事件が残したもの」を議論した部分の書き起こしをお届けします。※討論の動画はリンク先のページ内にある動画プレイヤーでご覧頂けます。日本政府にできることは限られていた(以下、書き起こし)萱野:最後のテーマにもなりますけれども、日本と中東の関係をどう考えたらいいか。あるいは、日本はどう中東に関わっていけばいいのかっていうことを、また最後にお伺いしていきたいなと思いますけれども、まずはそうですね。鈴木さん。人質問題で安倍政権の対応っていうのは良かったのか、悪かったのか。どのように評価されてます?鈴木:いや、もういいも悪いも日本政府ができることは限られてるとは思うんですけれども、よく安倍首相が中東に行ったからだっていうようなことを言う、そういう意見もありますけども、私の意見としては、もう人質を取られた時点でやっぱりもうかなりアウトだったと思います。何かのきっかけでこの人質2人を使うというふうにたぶん、考えてたと思うんですよね。それがたまたまやっぱり安倍首相が来たときに、うまくそれが使われてしまったということだと思うんですよね。 なので、安倍首相が中東に行ったからとかいうことではないと思います。もう人質を取られた時点でもうかなり厳しかったと。そのぐらいイスラム国ってやっぱり手ごわいと思いますね。萱野:なるほど。報道によると、12月の3日でしたっけ。上旬に人質になった後藤さんの奥さんにメールが来たと。人質を捕まえたグループから。で、なんらかの形で交渉があったというか交渉の可能性があった。で、1月8日動画が公開される形になった。この間に、問題解決をできた可能性っていうのはあったんですか、日本政府は。鈴木恵美・早稲田大学イスラーム地域研究機構招聘研究員鈴木:いや、直接のパイプを持ってないってことですから、なかなかそれは厳しいと思いますね。萱野:なるほど。なかなかイスラム国が人質を拘束しているということすら分からなかったっていうのが国会答弁でも政府が言ってますけども、やっぱり分からなかった、分からないもんなんですか、これは。鈴木:いや、どうでしょう。それは分からないですけれども、あらゆる可能性を考えていろいろ対策を立て、というか対処されてるとは思いますけれども、いかんせん直接のやり取りはできないわけですから、やれることというのは限られてると思います。交渉はできたのか?萱野:この辺りの日本政府の対応に関して、高橋さんはどのように評価されてますか。高橋:評価はしてないですね。結局、2人は亡くなったわけですから、評価はできないですよね。ただ、日本政府は今回はおそらく、人質の身代金は支払わないという方針を選択したんだと思うんですよね。その結果、交渉も動かないしと、こういう結果を招いたんですね。で、それがやっぱり、いいことなのかどうかっていうのは、もうそれは国民が決めることですよね。200億じゃないにしても20億だったら良かったのかとかね。萱野:最初、それくらいの額だって言われてましたよね。高橋:ええ。で、平均が2億7,000万って言われてますから、中東のバザールでカーペットを買う、値切って、値切って1割になると、3億円ぐらいでそれが妥当ということで払うべきだったのかというのは、それは国民が考えることですよね。で、もし払ったとしたら、また次に日本人が人質に取られやすくなるというもの事実ですよね。ですから、アメリカの人質は殺されてますけども、あれだけ中東でアメリカ人が活動してて、アメリカ人の人質の数は非常に少ないですよね。だから、ヨーロッパ人は捕まえればお金になるからって捕まえにきますよね。だから、どちらを選ぶのかということで、それは国民が決めることなんですけど、ただもう1つはやっぱり、指導者が私はこういう政策でいきたいということを、もう少し国民に切々と直接に訴えていただきたいなと思うんですね。もう人質もこの問題、悲劇的な形で決着しましたから、もう総理が直接国民に本音を語ってもいいころかなと思うんですけどね。萱野:なるほど。アメリカのほうが人質で身代金払ってないから、人質にされる人の数がやっぱり少ないんですか。高橋:ええ。圧倒的に少ないんですね。萱野:ああ、そうですか。高橋:うん。それも、アメリカ、イギリスから日本に対して、ヨーロッパ諸国に対して強い要請があったわけですよ。あなたが払うのはいいけど、そしたらまた人質は取られると。で、イスラム国はそのお金でまた悪いことをするじゃないかと、いい加減にしろというのがアメリカ、イギリスの立場で、で、国際公約として日本は交渉しないという立場に傾きつつあったわけですね。で、今回のケースがその最初の例になると思うんですね。で、これまでは政府はもちろん人質の身代金払うとは言ってませんけど、基本的には日本人が捕まった場合は、もう白紙の小切手を渡していくらでも書いてくださいというのが日本の対応だと思われてたわけですよね。萱野:それを踏まえて高橋さんはどちらが良かったと思います? 払うべきか、払わなかったべきか、払うべきではなかったか。高橋:僕は額によると思いますね。萱野:額によっては、じゃあ、払っても良かったんじゃないかと。高橋:うん。200億は高いですけどね。萱野:そこは表面化する前に、秘密裏に交渉が成立するなら、そちらのほうが良かったんじゃないかということですね。高橋:うん、そうですね。アメリカに対してはもちろん言い訳が必要ですけどね。アメリカだって、人質を例えばレバノンでアメリカ人のCIAの要員が取られたときは、イランに頼み込んで、イランに武器を渡して、解放、釈放してもらったこともあるんで、それはやっぱり議論はできたと思いますね。中東における日本のブランド中東における日本のブランド萱野:なるほど。そこは。黒木さんはどのようにお考えですか、今回の。黒木:確か最初に脅迫メールが来たのは11月の初めだったんじゃないですかね。報道されてるのは。萱野:11月初めでしたっけ。黒木:ええ。それが政府に伝わったのが12月初めっていうふうに、なんか政府は説明してる、実際分かりませんけどね。例えばトルコは数十人、外交官含めて解放してるわけですよね。それからイタリア、フランスも殺された人も、フランス人いますけれども、人質で解放されている人もいるわけですよね。それはなんらかの交渉があったっていうわけで。日本政府はおそらく最初から交渉しないっていう方針だったんじゃないかと思われますね。一応、だから、あの事件はお2人がビデオに出てきた瞬間にもう終わった。萱野:終わってたわけですよね。黒木:その前にしないといけなかったんですね、なんらかのことを。「ジハーディ・ジョン」の通称で知られるモハメド・エンワジ容疑者の映像(米国のイスラム武装組織監視団体「SITE」提供・AP=共同)萱野:こういう質問はどうですか。もし日本政府が身代金を払うつもりだったら、交渉は成立してたと思いますか。それでも成立しなかった可能性もありうると思うんですね。もし、政府が国会で言ってるように、なかなか相手を特定できなかった。で、実際にメールが来たと思ったらアカウントが変わってしまう。そういうところで相手と継続的に連絡を取り合うことすらできなかったとするのであれば、日本政府が身代金を払うと決めたとしても、交渉がうまくいかなかった可能性もあるかもしれない。黒木:そこは私は情報が足りないと思いますね、まだね。本当に分かんなかったのかどうか分かりませんよね、それは。萱野:なるほど。黒木:ええ。拘束された地域がどこかとか、それで言えば、ある程度のあの辺、今の状況を見れば想像はつくわけですよね。ちょっとこの人質問題というよりは、私はもうちょっと広く、中東との関わり、日本の関わりっていうことをやっぱり今、考えるべきだと思って、それはやはり、なんて言いましょう。日本独自にどれだけ自分の国のことを考えて、アメリカがどうだとかいうのではなくて、本当に自立して考えて、どういう環境を持つべきかっていうことをちゃんと考えないと、これはやっぱり長期的にこれ、大変な問題になっていくと思うんです。萱野:アメリカがこう言うからこうだ、とかではなくて。黒木:ではなくてですね。萱野:その場合じゃあ、どんな路線が一番望ましいと思いますか、黒木さんは。黒木:おそらく、第2次大戦後、日本が作ってきた1つのそれこそブランドがあるわけですよ。萱野:中東に対しての日本のブランド。黒木:ええ。中東における。日本人はこれだけアメリカに第2次大戦で原爆落とされ、何をされっていう、あったにしても、これだけ経済成長を遂げてきて、そして、非軍事的に軍事的な関与なしに中東にも関わってきたわけですね。だから、日本人は信用できるっていう、一種のわれわれが中東出掛けていっていろいろ話をするときに、そういうところから入っていけるところがあったわけですね。それが今、おそらくちょっと土台から崩れているという感じがするわけです。萱野:今のお話は非軍事的な関与を、やはり中東にはもっともっと強めていくべきだという。黒木:ええ。非軍事的で、なおかつ中立的ですね。萱野:中立的な関与を、ということで。黒木:で、それが決してずるいことじゃないんです。かつて湾岸戦争のときにクエートから感謝されなかったっていうのが一種のトラウマになってるっていうね。なんかそういうことをよく言われますけども、それは感謝しないほうがいけないわけであって、日本の立場っていうのはちゃんと説明すれば、それはそれで尊敬されるわけですよ。安倍総理の中東訪問の評価安倍総理の中東訪問の評価萱野:なるほど。今、大きくうなずいてますが、鈴木さんも同じようなお考えですか。鈴木:そうですね。日本は中東に対して結構いいことやってるわけですけども、経済援助1つにしてもそうなんですけども、やっぱりアピール不足ですよね。萱野:アピール不足。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による「後藤健二さん殺害」とする映像がインターネット上に公開され、各地の街頭ビジョンなどでニュースが報じられた=2月1日午後、大阪市中央区(沢野貴信撮影)鈴木:ええ。もっと日本はこんなにいいことしてますよと、こんなに非常に平和的ですよということをもっとアピールしていいかと思いますね。アラブ諸国の人たち、まだあまりよくその辺は理解してないと。情報がやっぱり足りないと思いますね、日本に対して。で、こういうネットとかの時代ですから、今回の人質事件なんかを通して、日本はアメリカとかヨーロッパの人たちと同じ路線の外交政策を歩んでる国だっていうふうに誤解されてしまうかもしれないですよね。今回の人質事件を通して。日本人は人質に取っていいんだっていうふうにああいう映像を見て思う人だって出てくると思うんですよね。そこをやっぱり打ち消さないといけないと。これからやはり日本政府はもっと日本は平和的に中東と関わってきたし、これからもそうですよというのをもっとアピールするべきだと思いますね。萱野:なるほど。安倍晋三首相黒木:一言だけいいですか。萱野:はい。黒木:要するにイスラエルのネタニヤフ首相と並んで安倍首相が言いましたよね。要するに。萱野:イスラム国対策の。黒木:ええ。要するにあとはイスラエルと一緒になってテロとの戦いに取り組むっていう言い方をしたわけですね。このインパクトは人質とはそこでは関係ないっていう話がありますけれども、要するにイスラム国はそのことを何も問題にしてないから、それは問題なかったんだという言い方がありますけども、私はそれは違うと思うんですね。あるいはイスラム国だけでなくて広くアラブの人たち、あるいはイスラムの人たちにとって、日本はやっぱりそうだったのかっていうイメージをあれは与えるものでしたよね。だから。萱野:なるほど。イスラエル首相とテロとの戦い、イスラエルの国境がここに見えてるっていう……。黒木:そうなんです。で、イスラエルは要するにパレスチナ人をテロリストだっていう形で、今までカザであれだけのことをしてきたわけですよ。それと一緒になるっていうふうに宣言しちゃったわけですからね。これはやはり長期的に大きな問題になると思います。非軍事と軍事の境界線非軍事と軍事の境界線萱野:なるほど。中立だというのは、中立が大事だというのは私もそのとおりだと思うんですけども、一方で今の状況を見ると、日本は例えば平和的に非軍事的に関与しろという意見がある中で、軍事と非軍事の区別が付けにくくもなってると思うんですよ。例えば、欧米で人質になってる人たちを見るとほとんどの人が人道活動家ですよね。人道支援に行っても人質になって首を切られてしまう。要は人道支援自体が軍事行動と一緒でなければ、今やあそこら辺では立ちゆかないということでもあると思うんですね。 逆にあと、自衛隊の活動自体も、例えばサマワに派遣されたときの自衛隊というのはほとんど人道支援のようなことをやってわけで、そこも軍隊だから軍事行動を直接するというわけでは必ずしもなくて、そこでも非軍事的支援と、軍事的な組織や行動ということが線引きできなくなってきているところがあると思うんですよ。そういう中で日本は本当に非軍事的な方向だけで行きますっていうことが言えるのかどうかっていうことは、少し私はちょっと考えてしまうところがあるんですね。その点に関して高橋さん、どのようにお考えですか。高橋:1つはサマワですけど、非軍事的で自衛隊だといってもアラビア語になってしまうと、自衛隊も軍隊もあんまり正確に区別はしてもらってないですし、もちろんサマワの周辺の人はよく分かってますけど、ファルージャでアメリカ軍と戦ってる人はそうは思わないですよね。だから、そこのところは難しいですよね。日本人が心の中で日本人は勝手に区別してるんですけど、中東の人にそう見えるかっていうのはまた別問題ですよね。だからやっぱり、問題、問題で、イシューごとの是々非々じゃないかなと思うんですよね。例えば、ソマリア沖で今自衛艦が海賊対策に当たってますよね。それによって各国の商船は安全になるわけですから、それに文句を言う人はあんまりいない。ただ、実際にじゃあ、またイラクにしろ、シリアにしろ、自衛隊が行くということになれば、たぶんまったく感覚は違ってくると思うんですね。ですから、一概に自衛隊が出ていくこと、これだから駄目、あれだから絶対駄目という問題ではなくて、イシューだと思うんですね。平成16年3月、イラクの人道復興支援で、パトロールを行う陸上自衛隊の軽装甲機動車=イラク・サマワ(内藤博撮影)萱野:日本が例えば非軍事的な関与を強める。今、有志連合の中には日本も一応、入ってるわけですね。その中で非軍事的な協力だけをするといっても、結局、全体が軍事行動も含めて有志連合になってるということを考えると、非軍事的に有志連合に関わるっていうこと自体が、日本人が思ってるように非軍事的だっていうふうな形で区別されないんじゃないかなっていう気もするんですけど、高橋:いや、おっしゃるとおりで、だから、イスラム国側が区別はしてないですよね。だから、今回安倍さんの、安倍総理の発言で問題になってるのは、人質が取られているにもかかわらず、あれだけ威勢のいいことを言うのが政治的に賢明であったかという判断であって、難民支援に対して批判というのは私はないと思うんですよね。黒木:それは難民支援だと言えばいいわけですね。本当に苦しんでる人たちを助けるんだと。だから、それはもう本当に自分が何かものを言ったときにどう解釈されるかっていうことですよね。日常生活でもわれわれありますよね。こういうことを言ったけども、そういうつもりはなかったけど、こう解釈されてしまうっていうことですよね。で、それはもう常に考えないといけないわけですよ、ああいう立場の人は。萱野:なるほど。非軍事と軍事の境界線がなくなる中で、今後も非軍事的な関与をやっぱり貫くべきなんだということでしょうか、今のお話というのは。貫き続けることができるんでしょうか。高橋:うん。これまでやってきて、これからできない理由はないなと私なんかは思うんですけど、少なくとも私が中東を旅行してて、いろいろ問題はあるんですけど、少なくとも日本の兵器で死んだ中東の人は1人もいないというのはね、ほっとしますよ。やっぱり、日本人がカラシニコフよりいい兵器を作って、やはり日本製の兵器はよく当たって、たくさん敵を殺しましたと言われるよりは。うーん。萱野:なるほど。日本車はたくさん走ってますけどね、戦場で。性能がいいんでしょうね、それは。なるほど。はい。春香クリスティーン:はい。時間もあとわずかになりましたけど。■プロフィール黒木英充(くろき ひでみつ) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。専門は中東地域研究、東アラブ近代史。1990年代に調査のためシリアに長期滞在、2006年以降はベイルートに設置した同研究所海外研究拠点長として頻繁にレバノンに渡航。主な著書に『シリア・レバノンを知るための64章』(編著、明石書店)など。鈴木恵美(すずき えみ) 早稲田大学イスラーム地域研究機構招聘研究員。専門は中東地域研究、近現代エジプト政治史。著書に『エジプト革命』中公新書、編著に『現代エジプトを知るための60章』、他、共著多数。高橋和夫(たかはし かずお) 評論家/国際政治学者/放送大学教授(中東研究、国際政治)。大阪外国語大学ペルシャ語科卒。米コロンビア大学大学院国際関係論修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て現職。著書に『アラブとイスラエル』(講談社)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)、『アメリカとパレスチナ問題』(角川書店)など多数。萱野稔人(かやの としひと) 1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。博士(哲学)。哲学に軸足を置きながら現代社会の問題を幅広く論じる。現在、朝日新聞社「未来への発想委員会」委員、朝日新聞書評委員、衆議院選挙制度に関する調査会委員などを務める。『国家とはなにか』(以文社)、『ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)他著書多数。春香クリスティーン 1992年スイス連邦チューリッヒ市生まれ。父は日本人、母はスイス人のハーフ。日本語、英語、ドイツ語、フランス語を操る。2008年に単身来日し、タレント活動を開始。日本政治に強い関心をもち、週に数回、永田町で国会論戦を見学することも。趣味は国会議員の追っかけ、国会議員カルタ制作。テレビ番組のコメンテーターなどを務めるほか、新聞、雑誌への寄稿も多数。著書に、『永田町大好き! 春香クリスティーンのおもしろい政治ジャパン』(マガジンハウス)がある。

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    「守護神」は1人で200人分の戦闘力 本当に強すぎる日本の特殊部隊

    。 昨今、こうした特殊部隊によるゲリラ攻撃や市民を巻き込んだ無差別テロの危機が高まっている。 そんな安全保障環境の変化に対応すべく防衛省は、各部隊で対ゲリラ戦闘訓練を実施すると共に新たに高度な戦闘技術を持ついわゆる「特殊部隊」を編成してきた。 中でも特に知られているのが陸上自衛隊の「特殊作戦群」だ。 この部隊は対テロ・ゲリラ専門の特殊部隊として編成(平成16)されたが、その任務の特性上、部隊編成や装備などが公開されておらず秘密のベールに包まれたままである。 編成完結式ではじめて写真が公開されたが、これまでの自衛隊の戦闘服とはまったく異なる黒い制服に身を包み、しかも隊員の顔は一切写っていない。だが現在判明している情報を総合すると、この部隊は世界一の特殊作戦能力を有する対テロ専門の米陸軍特殊部隊デルタ・フォースに学んでいるといわれており、個々が極めて高い戦闘能力を備えた精鋭隊員約300名で構成されている。隊員数は少ないものの、個々の戦闘能力は極めて高く、市街戦闘や水路潜入、そして落下傘降下などいかなる作戦行動にも即応できるよう訓練されているという。 陸上自衛隊には、この特殊作戦群のほかに、国際任務やテロ・ゲリラに即応対処する「中央即応連隊」がある。 約700人で編成されたこの部隊は、国内のテロ・ゲリラおよび災害への即応のみならず、PKOや国際緊急援助活動などの海外派遣任務に対する即応部隊であり、ソマリア沖の海賊対処行動のためジプチに展開する海上自衛隊航空部隊を護衛するために派遣されている他、ハイチ大地震災害(平成22)への国際平和協力活動にも先遣隊として急派されている。 こうした特殊部隊の基礎となっているのが第1空挺団だ。 この部隊は、3個普通科(歩兵)大隊(合計約1200名)を基幹として、施設(工兵)中隊、通信中隊を併せ持つ。これまで自衛隊最強部隊といわれてきた第1空挺団は、緊要な時期と場所に航空機によって機動し、落下傘をもって人員・資材を降・投下させて作戦を遂行する“空挺レンジャー部隊”であり、即応能力が求められる現代戦には不可欠の高機動部隊なのだ。 そしてこれらの特殊部隊を束ねたのが「中央即応集団」なのである。 中央即応集団とは、前述の「特殊作戦群」「第1空挺団」「中央即応連隊」のほか、NBC兵器への対処を専門とする「中央特殊武器防護隊」、兵員の空中機動を支援する「第1ヘリコプター団」などによって構成された、総勢約4200人のエリート部隊なのだ。航空自衛隊“100人のスーパーマン”たち 陸上自衛隊にはその他にも、離島に侵入した武装工作員などへの対処のため、西部方面普通科連隊(約700名)がある。 この部隊は、高度なレンジャー訓練を受けた多くの隊員が配属された3個普通科中隊を基幹とする日本版海兵隊のような水陸両用部隊なのである。近くこの西部方面普通科連隊を基礎としてさらに2個連隊を増強し、水陸両用装甲車を保有する3000人規模の「水陸機動団」を新編する予定だ。 さらに配備予定のMV22オスプレイによって迅速な空中機動が可能となり、陸上自衛隊の特殊部隊の即応能力は一層強化されることになろう。 特殊部隊は陸上自衛隊だけではない。ヘリコプターから不審船に乗り移る海上自衛隊の特別警備隊員=広島 海上自衛隊にも「特別警備隊」と呼ばれる特殊部隊があり、彼らは、船舶への強襲や不審船舶等への対入り検査など多岐にわたる特殊任務を担っている。四面環海の我が国とっては極めて重要な部隊なのだ。 加えて、航空自衛隊にも“特殊部隊”がある。 「この“100人のスーパーマン”になるための志願者が続く限り日本は大丈夫ですよ」 かつて航空自衛隊支援集団司令官であった織田空将(当時)はそう語ってくれた。 その“100人のスーパーマン”とは、航空救難団所属の救難員のことであり、通称「メディック」と呼ばれている。彼らの任務は、救難ヘリに乗り込んで、主として墜落した自衛隊機のパイロットや搭乗員を救助することだが、ほかにも民間船舶の海難事故や雪山での山岳遭難にも出動し、これまでに数多くの人命を救ってきた。 とくに東日本大震災ではその真価が発揮され、航空自衛隊百里救難隊だけでも実に1353人の尊い命を救い、60人の救急患者を空輸によってその命をつないだのだった。 メディックの数は100名。彼らはみな航空機整備や要撃官制など様々な職種の中から厳しい選抜試験をパスし、さらに自衛隊の教育機関の中でも最も過酷といわれる1年間の教育訓練課程を耐え抜いてきたエリート隊員なのである。なんと彼らは航空自衛官でありながら、陸上自衛隊の訓練の中でも最も厳しいレンジャー過程と空挺過程を修了しているのだ。 とにかくその訓練はとてつもなく厳しい。 なぜなら彼らを待ち受けているのは、厳冬の雪山から荒れ狂う海まで筆紙に尽くせぬほど過酷な環境だからである。 かつて教育救難隊の教官の一人がこう語ってくれた。 「ここでは、毎日が“トライアスロン”ですよ。訓練がないのは寝ているときだけです」 そのため訓練途中で選考に振るい落とされる者も少なくない。それでも毎年4―5名がこの過酷な訓練を耐え抜いてゆくのだからその精神力・体力は人並み外れたものがある。 至純の愛国心を胸に抱いた若者達が志願してやってくる自衛隊の中から、さらに厳しい訓練に耐え抜いた選りすぐりの者で編成されているのが“特殊部隊”なのだ。 まさに彼らは“日本の守護神”なのである。

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    日の丸企業戦士を危機から救う 自衛隊「特殊作戦部隊」のススメ

    前にして、完全に劣勢となった政府軍に対する武器弾薬の供給をも徹底的に邪魔してきた。 またイラクの議会安全保障・国防委員長であるハキム・アルザメリ氏などは、同国に跋扈するISILに対して大量の武器弾薬を空輸する英米軍輸送機の存在を何度も指摘しており、なかにはイラク軍によって撃墜された英軍機さえあるとしている。あるいは、ジブチの自衛隊基地の売店にはかつて、中国のスパイかと疑われた日本語の堪能な仏人美女が働いていたそうだが、そんな売り子から自衛隊の内部情報がパリに流れる可能性もあるだろう。 海外の前線では、こういった国家間の虚々実々の激しいやり取りが日常的に行なわれているのだが、一方の日本では、昨年7月には岸田外相が「紛争当事国の軍隊の構成員等で敵の権力内に陥ったもの」ではない自衛官は、仮に外地で拘束されても「ジュネーブ諸条約上にある捕虜の扱いを受けられない」という信じ難い国会答弁をしている。政府高官の平和ボケのおかげで、いざというときに酷い目に遭うのは自衛官たちだ。もしどこかの国の反政府組織の司令官が、自分の「領土」に不時着した自衛官を捕まえ、かつインターネットでこの政府答弁を知った場合、自衛隊や同盟を組む米軍の情報を取るためにも、捕われた隊員は徹底的に拷問されるだろう。なぜなら、当の日本政府が世界に向けて「捕まえた自衛官に対する人道的配慮は不要です」との「お墨付き」を与えているからだ。 こんな平和ボケは政府だけではない。有事の際に救出される側である日本企業の危機意識もまだまだ低いのが現状であり、この点も早急に改善される必要がある。日本人の悪い癖として「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というものがある。2013年のアルジェリア・テロ事件の後も、最初の数カ月こそ多くの海外進出企業が大騒ぎを演じたが、すぐにその大半が以前の平和ボケに回帰してしまった。 ここ数年、外務省は企業向けの対テロ訓練などを開催し、そんな企業の危機意識の向上に努めているが、70年余も太平の世にあった大半のサラリーマンにとっては、自分が危険地帯への赴任を命じられるその日まで、テロリズムなどは引き続き映画のなかの世界に過ぎないのだろう。しかしこのままだと、次のテロ事件でも日本企業は再び多大な犠牲を払うことになるに違いない。海外進出企業は元特殊部隊員を雇用すべし海外進出企業は元特殊部隊員を雇用すべし 西アフリカで勤務していたころ、私は緊急脱出の際の安全を少しでも確保するため、懸命に現地人の言葉や習慣を覚え、部族の王族のみならず、実は重武装マフィア集団の幹部でもある地元青年同盟の連中と一緒にタバコを吸いながら冗談を飛ばし合い、時には彼らに外国のお土産を渡すなどして交流し、周辺の治安情報を収集する努力をした。当時地元では、「あの施設には、わが部族の言葉を話す変な日本人がいる」というのがちょっとした噂になったようで、多くの現地人が私を見て笑いながら手を振ってくれるようになったが、30万人はいるその部族との間で強い信頼関係を醸成すれば、これは自らが30万の兵に守られているのと同じだと考えていた。  こうした現場での試行錯誤から痛感したのは、海外進出企業は今後自社の危機管理担当者として、無線通信や衛生、サバイバル技術などの高度な危機管理スキルをもつ日本人の元特殊部隊員を積極的に採用すべきだ、ということであった。有能な元隊員に現地の物理的セキュリティ対策のみならず、イラクで自衛隊が証明した巧みな人間関係作りを通じて地元民に対する宣撫活動や情報収集活動(ヒューミント)を行なわせれば、有事の際には友好的な地元民の協力を得ながら、彼ら自身が現地に不慣れな救出部隊と交信し、その誘導さえをも行なうことさえできるからだ。こんな危機管理担当者が得た現場情報やネットワークを、自衛隊の特殊部隊とも普段から共有することができれば、海外で戦う日本人駐在員やその家族の安全は飛躍的に向上するであろう。  もちろん、これら危機管理要員には高い語学力が必要だが、それは自衛隊の教育でも徹底すればよい。いちばんいいのは、現役隊員を企業に出向させ、海外でさまざまな経験を積ませるということだが、とにかくわが国が誇る超一流の元特殊部隊員の再就職先が、道端で旗を振るガードマンやコンビニの店員などであってはならず、この種の人材を海外で活用することこそが、一企業の安全と利益確保のみならず、日本の繁栄にも大きく貢献するのだということを社会全体が強く認識すべきだ。餅は餅屋なのである。  軍事のみならず、文化や社会、経済分野にまで精通する強力な諜報機能を有する現代の特殊部隊は、歩兵や砲兵、戦車部隊といったこれまでの通常戦力に代わり、先進諸外国の外交国防政策における「戦略的資産」として今日ますます重要な役割を演じ始めている。こんな「新しい特殊作戦部隊」の重要性に日本政府がようやく気付き、その整備と強化に取り組むことで在外邦人の救出が名実共に可能となれば、わが企業戦士たちは海外でもっと安心して戦えるようになるに違いない。  つまり、リアリズムに基づいた自衛隊特殊部隊の「装備・諜報力の強化」と「地位の向上」、そして官民協力による「危機意識と現場力の強化」は、わが国の国益をかけた経済成長戦略の『要』なのである。まるたに・はじめ 1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業。同大学院修士課程中退。オーストラリア国立戦争記念館の通訳翻訳者を皮切りに、長年、通訳翻訳業務に従事。現在は、講演や執筆活動、テレビ出演などもこなす、国際派ジャーナリストとして活躍中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』(PHP研究所)、『学校が教えてくれない戦争の真実』(ハート出版)などがある。関連記事■ 「イスラム国」日本人殺害事件の裏側■ 自衛隊員の本音を聞け~災害派遣とPKO活動の現場から■ 松下幸之助は「自衛隊」に何を求めていたのか■ 反日・反独映画の虚妄――なぜ『アンブロークン』の日本上映を望むのか?■ 防衛を忘れた空港―有事に対応できるのか?

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    国民の命を守ることが違憲か 「内なる敵」のため迷走する邦人救出問題

    いのか。もっと貧乏な国だって来ているじゃないか”と言われました。それが他国の人たちの率直な感想です。安全保障問題で、よく普通の国になる、ということを言いますが、しかし、普通の国というのがどういうものか、ということを、日本の国民のほとんどが知らないと思います。私はむしろ、そっちの方が問題じゃないかと思っています」 国家が「自国民の命を守る」という当たり前のことが、日本では「許されないこと」なのである。倒錯した法理倒錯した法理 それは、一体、なぜだろうか。 自衛隊機が邦人救出のために海外に派遣されることに対して、日本では大きな反対論がある。 「海外での武力行使に繋がる」 「それは、憲法違反だ」 そんな信じがたい主張をおこなう政治勢力やジャーナリズムが日本には存在しているからである。いや、むしろ、その方が優勢だといってもいいだろう。 国民の「命」を守ることは、言うまでもないが、「究極の自衛」である。そのことが、「憲法違反になる」という倒錯した法理を説く政治勢力や学者、ジャーナリストが、日本では驚くほど多い。 どこの国でも、腹を抱えて笑われるようなそんな空虚な言論が大手を振り、実際にマスコミでは、その意見が大勢を占めている。 「自国民を助けに行くことは不自然でもなんでもなくて、“自衛”なんです。なにも戦争を仕掛けに行くわけでもないし、当たり前の話だというふうに、世界の誰もが考えている。でも、その国際常識がないのが、日本なんですよ」 伊東氏もそう語る。 「戦争は嫌だ、という人が多いですが、戦争なんか誰だって嫌なんですよ。誰も戦争なんかやりたくない。だから、それとこれとは次元の違う話だ、ということがわからないんです。日本のようにボケるほど平和な国というのは幸せなんだろうけれども、あまりに考え方が現実離れしています」 イエメンで自分たちが救出されたことを伊東氏は、こう捉えている。 「私たちが助けてもらったケースなどは、自国民の救出を日本が“他国に委ねた”ことになります。それは、逆の場合もなければ、少なくとも対等なつき合いとは言えないですよね。しかし、では、東アジアで同じようなことが起こり、今度は他国から救出を頼まれた時、日本はどうするんでしょうか。自国民の救出すらできない日本が一体、どんなことができるのか。イエメン内戦の場合、国際社会が、力を合わせて私たちの命を守ってくれました。しかし、日本はどうするのか、私はどうしてもそのことを考えてしまいます」 そこには、世界の常識から逸脱した日本の姿がある。そして、残念なことに、自国民の命を助けることを「憲法違反」などと言う“内なる敵”への配慮から、日本はいまだに有効な法改正ができないままなのである。 イエメンでの出来事が教訓となって1994年11月、自衛隊法が一部改正され、第百条に〈在外邦人等の輸送〉という項目が加わった。 〈輸送の安全が確保されていると認める時〉は、航空機による当該邦人の〈輸送を行うことができる〉とし、輸送は政府専用機で行い、困難な時は、〈その他の自衛隊輸送機で行う〉ことができるようになったのだ。 しかし、その要件の中には、〈安全の確保〉がなによりも優先されたため、紛争国への派遣は、認められなかった。つまり、イエメンのような紛争地帯には飛んでいくことが「できない」のである。 邦人救出のために奔走した秋山進・イエメン大使はこれに対して、外務省の内部文書で以下のような意見を提出している。 〈先の内戦の際、独、伊、仏及びジョルダンの協力を得て約100名の邦人を無事国外に脱出させることが出来た。イエメン内戦を契機として改正された「自衛隊法第100条」は「当該輸送の安全について、これが確保されていると認めるときは」航空機による輸送を行うことが出来るとしているところ、他の先進諸国が実施している様に、「危険があれば、それを排除してでも邦人を救出する」ことの出来る制度が早急に確立されることが望まれる〉 それは国際紛争の実態をはじめ、「現場」を知る外交官として、当然の提言だっただろう。それでも救えない日本それでも救えない日本 『日本、遥かなり』では、2011年2月のリビア動乱の際の邦人救出問題も詳細に描かせてもらった。 前年暮れに起こったチュニジアでのジャスミン革命が、独裁者カダフィが支配する隣国リビアにも波及。首都トリポリをはじめ、リビア全土が大混乱に陥った。しかし、この時も日本からは邦人救出のための航空機は飛ばなかった。 邦人は、各国の民間機、軍用機、あるいは軍艦……等々でかろうじてリビアからの脱出を果たしている。 つまり、この時も、危機一髪の事態で、他国に救出を“委ねて”切り抜けている。それは、いくら政府専用機ができようと、課せられたさまざまな条件のために、他国のように「なにを置いても自国民を救出する」という行動が取り得ない日本の実情が露呈されたことになる。 そして、残念なことに紆余曲折の末に2015年9月に成立した一連の安全保障関連法(安保法制)でも、その実態は変わらない。平成25年1月、アルジェリアのテロ事件で犠牲となった日本人の遺体が帰国。関係者が献花し、黙とうを捧げた=羽田空港 それは、2014年5月15日、内閣総理大臣の諮問機関である安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が出した報告書の中の重要部分が安保法制には「採用されていない」からである。 邦人救出問題について、報告書には、こう書かれていた。 〈国際法上、在外自国民の保護・救出は、領域国の同意がある場合には、領域国の同意に基づく活動として許容される。(略)なお、領域国の同意がない場合にも、在外自国民の保護・救出は、国際法上、所在地国が外国人に対する侵害を排除する意思又は能力を持たず、かつ当該外国人の身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害があり、ほかに救済の手段がない場合には、自衛権の行使として許容される場合がある〉 そして、報告書は、「国家の責務」という言葉まで用いて、こう提言している。 〈多くの日本人が海外で活躍し、2013年1月のアルジェリアでのテロ事件のような事態が生じる可能性がある中で、憲法が在外自国民の生命、身体、財産等の保護を制限していると解することは適切でなく、国際法上許容される範囲の在外自国民の保護・救出を可能とすべきである。国民の生命・身体を保護することは国家の責務でもある〉 この提言の一部は、安保法制によって実現した。自衛隊法の改正によって、<在外邦人等の保護措置>という項目が新設され(第八十四条の三)、在外邦人がなんらかの危機に陥った時、これまでの「輸送」だけでなく、「救出・保護」を自衛隊が行えるようになったのだ。 防衛大臣は、外国における緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の〈警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置〉を内閣総理大臣の承認を得て、これを行わせることが可能になったのである。 しかし、その要件として、領域国が公共の安全と秩序を「維持」しており、領域国の「同意」があり、さらには領域国の関連当局との「連携・協力」の確保が見込まれる場合にのみ、自衛隊は、在外邦人の「救出・保護」を行える、とした。 これは、逆にいえば、この三要件が満たされなければ、自衛隊は在外邦人の「救出・保護」にはあたれないという意味である。 つまり、「邦人救出」には、いまだに、手枷足枷が嵌められており、そのため、自衛隊は海外で窮地に陥った在留邦人を救い出すことは極めて難しいのである。安全の確保を絶対条件とする「邦人輸送」に続き、国会審議と反対勢力への配慮から、懸案の在外邦人救出問題は解決を「阻止」されたのである。「大きな犠牲が必要」「大きな犠牲が必要」 私は『日本、遥かなり』の取材の過程で、かつて駐ペルー特命全権大使を務めた青木盛久氏(76)に話を伺った。 青木氏は、1996年にペルー日本大使館公邸占拠事件に遭遇し、ペルー政府の要人やペルーで活動する日本企業の駐在員らと共に127日間もの人質生活を体験している。 青木氏は、のちにケニア大使も務め、外務省での外交官生活は40年近くに及んだ。その間、多くの紛争や事件に遭遇しており、邦人救出問題にも詳しい。その青木氏に邦人救出問題について、意見を求めたのだ。 「国として邦人救出のために法整備を行い、そのためにさまざまな選択肢を持つことについては賛成しますが、これは、五年や十年でできる話じゃありません」 青木氏はそう語った上で、こんな意見を披瀝した。 「そういうものを選択肢として持っていない国は、主要国としては日本だけでしょう。しかし、ほかの国と同じように、自国民を救出できるような法案は、また“戦争法案”と言われてしまいます。要は、国民の意識が変わらないと、とても無理でしょうね」 これを実現するためには、「大きな犠牲」が必要だと、青木氏は指摘する。 「日本は、“大きな犠牲”が生まれるまでは、そういう選択肢をたぶん持たないだろうと思うんですね。つまり、その選択肢を持っていなかったために、多くの邦人が海外で命を失うことにならなければ、国民の意識は変わらないと思います。残念ですが、日本人の意識が変わるには、それが必要なのでしょうね」  在留邦人の生命を救うという「究極の自衛」を阻止しようとする人々と、そのことによって生まれるに違いない犠牲者-私は、憲法が存在している「真の意味」さえ理解できない人々の罪の大きさを、どうしても考えてしまうのである。かどた・りゅうしょう 昭和33(1958)年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家。『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(角川文庫)、『死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)など著書多数。『この命、義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で山本七平賞受賞。

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    軍事専門家「銃器犯罪少ない東京はテロ警備能力が格段に低い」

     「フランスだけでなく、ヨーロッパを狙ったテロが数日から数週間以内に再び起こる可能性がある」。パリ同時多発テロ「13日の金曜日」から3日後、フランスのバルス首相はラジオ番組でこう警告を発した。 しかし、危険なのはヨーロッパだけではない。テロリストの照準は日本にも定められている。イスラム国の電子広報誌は今年2月以降、日本をテロのターゲットにするとたびたび宣言してきた。実際、人質にされ、斬首動画を公開されたアジア人は日本人だけ。 「背景には、1月の安倍首相による、イスラム国と対立する中東諸国への約2億ドルの人道支援の表明があります。それにより、イスラム国は日本を敵認定しているのです」(外交ジャーナリスト) 警察関係者が言う。 「来年開催の伊勢志摩サミットや2020年夏の東京五輪など国際的なイベントに向けてテロ対策を進めているが、そんな悠長なことは言っていられない。日本の治安当局も今回のテロを受け、“臨戦態勢”に入っています」 日本国内でもすでにフランス大使館など外交施設、フランス系企業が入ったビル、フランス人学校などで機動隊による警備が強化されているが、警戒の対象はここだけではない。 「ロシア関連施設も要注意。というのも、10月末に起きたロシアの航空機の墜落も、ロシアを敵視するイスラム国によるテロだったからです。プーチン大統領の年内訪日の予定が見直しになったのも、パリ同時多発テロの影響でしょう」(前出・警察関係者) 日本政府の関連施設でいうと外務省や防衛省、経産省など、霞が関がまず警戒を強化している。そして、そのすぐ近く、虎ノ門も要警戒エリアだ。虎ノ門には、イスラム国が目の敵にするアメリカの大使館がある。 「アメリカ大使館には『中近東分析室』というアメリカ政府の情報機関『CIA情報総局』の下部組織があり、実はそこでイスラム国などに関する情報の分析を行っているのです。情報を持っているCIA関係者が頻繁に出入りしているので、テロの警戒を強めています」(米軍関係者) 軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏が指摘する。 「東京の対テロ警備能力はパリやニューヨークに比べて格段に低い。もともと銃器犯罪が少ないので、備えができていないんです。もし通勤ラッシュの新宿駅でテロリスト数人がカラシニコフ(自動小銃)を乱射したら、数百人が犠牲になるでしょう。 銃犯罪に慣れている海外ならすぐに特殊部隊が駆けつけて制圧しますが、日本のピストルを持った警官では相手にならない。機動隊投入にも数十分はかかる。国会や首相官邸にしても重装備のテロリストが10人ほどいたら簡単に突破できます。これも諸外国では考えられないことです」 日本国内で暮らす私たちの身近に、ひたひたと迫っているテロリストの影。パリでの出来事は決して、対岸の火事ではない。関連記事■ イスラム国の目標 イスラエル、レバノンなど支配地域の拡大■ イスラム国日本標的宣言 中央省庁警備に機動隊1個中隊増員■ 日本の原発 「テロリストが制圧できる可能性高い」と専門家■ 安倍首相「イスラム国に罪償わせる」発言は非現実的言い逃れ■ 安倍首相 エジプトでの前のめり演説で揚げ足取られたとの声

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    人質事件 現地国に責任丸投げするのが日本政府の悪しき伝統

     最悪の結果を迎えたイスラム国による日本人人質事件で、日本政府はヨルダン政府に頼り切りの状況だった。これまでも「現地国に責任を丸投げする」というのが、政治家・官僚ともに責任を取りたがらない日本政府の悪しき伝統でもある。 1996年に発生した「在ペルー日本大使公邸占拠事件」では天皇誕生日のレセプション中に武装勢力が乱入し、日本人駐在員やペルー政府関係者などを人質として約4か月にわたって占拠した。最終的にペルー軍と警察の特殊部隊が公邸に突入し、犯人グループを全員射殺し、犠牲者を出しながらも日本人全員が生還するという結末だった。 フジモリ大統領が特殊部隊に突入を指示する際、事前に日本への通告がなかったことが後に話題になった。大使館は治外法権であり、軍が許可もなく入ることは許されない。当時の橋本龍太郎首相はそれを「遺憾」と語っている。「イスラム国」日本人人質事件 後藤健二さん殺害の報を受けて多くの報道陣が集まる現地対策本部=2015年1月31日、ヨルダン・アンマン(大西正純撮影) だが、事件後に大統領官邸で行なわれた記者会見で、フジモリ大統領はその点を明確にするよう迫った本誌記者に気色ばんでこう答えている。「情報管理はすべてわれわれの手で、われわれの責任だけでやった。われわれに対し、誰も平和的解決に向けた具体的計画を示さなかった。だからわれわれの政府だけで解決した。これはあなたがたが望んだ結末でしょう」 つまり、日本政府は“平和的解決を”と注文をつけながら具体策も示さずにペルー政府に丸投げ。当時、本誌取材に対して政府中枢筋は「官邸とフジモリ大統領の間で、“武力突入やむなし”という暗黙の合意があったと考えていい」と話している。万一、強行突入で犠牲者が出た際にも日本政府に責任が及ばないよう予防線を張っていたのだ。 その姿勢は、ヨルダンに解決を丸投げした今回の人質事件でも全く変わっていない。 米英はテロリストとは一切取引しないと明言し、それを実行しているが、世界の人質交渉の実態について元駐レバノン特命全権大使の天木直人氏が解説する。「レバノン大使時代、頻繁に行なわれていたイスラエルとヒズボラ(レバノンのシーア派イスラム主義者組織)の人質交換を近くで見てきたが、すでに亡くなっている人質を生きているものとして交渉するなど、タフな騙し合いが常態化していた。日本とはレベルが違いすぎます」 フランスなどイスラム国との人質交渉で身代金を払う国もあるが、その場合も日本のやり方とは違う。国際政治アナリストの菅原出(いずる)氏はこう指摘する。「各国にいる交渉のエキスパートが出てきて、値切り交渉から人質の生存確認まで、ギリギリに条件を詰めたうえで支払いに応じている」 責任問題となることを恐れ、他国に丸投げする政府など先進国では我が国だけなのだ。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ【1/2】「北にそっくり」■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画【1/2】「鏡のない国のパク」■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ【3/4】「TPP後の世界」■ アルジェリア事件 人質犠牲でも英仏支持の理由を大前氏解説■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画【1/2】「根拠のないデマ」

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    「東シナ海さえ平和なら全てよし」は短絡だ 南シナ海にも積極的に関与せよ

    相は、アメリカによる「航行の自由作戦」に対して支持を表明し、自衛隊の南シナ海への派遣について「日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討する」とした。「存立危機事態」への誤解 日本は石油の83%、天然ガスの30%を政情不安定な中東に依存しており、これら化石燃料は1万2千キロもの長大な海上交通路(シーレーン)を通って運ばれてくる。 シーレーンは国民生活と日本経済の生命線である。しかし昨年の安保法制をめぐる議論では、ペルシャ湾にあるホルムズ海峡の機雷除去に対して、日本から遥(はる)かに離れた場所にあり、集団的自衛権行使の前提となる「存立危機事態」に該当しない、などと反対の声が上がった。 さらに南シナ海への自衛隊派遣についても、自民党有力議員からでさえ、南沙(スプラトリー)諸島で何が起ころうが日本には直接には関係がない、といった発言が飛び出す始末だ。 安全保障は“日本からの距離”で判断すべきではないことは言うまでもない。また東シナ海さえ平和であれば全てよしとする思考は、あまりにも短絡である。新編された「第9航空団」 シーレーンの問題を東海道新幹線にたとえてみる。新大阪-京都間で強風のために新幹線が止まれば、当然その影響で品川-東京間のダイヤも乱れる。新横浜-品川間で列車故障になれば、間近な東京駅にもたどり着けない。 新大阪-京都間を「ペルシャ湾」、新横浜-品川間を「南シナ海」、品川-東京間を「東シナ海」と見立てれば、シーレーンのどこで問題が生じても、中東からの石油は日本に届かないことがおわかりいただけよう。 つまりシーレーン上に発生するいかなる武力衝突も、実質的に日本の存立危機事態となるのだ。新編された「第9航空団」 中国の力による強引な現状変更が進む南シナ海は、周辺各国の領有権主張がぶつかり合うため、武力衝突の危険性は高く、場合によっては日本が存立危機に陥る。 東シナ海も同様に危機が高まっている。領空へ接近する外国軍機へのスクランブル発進回数は急増しており、平成27年度第3四半期までに567回、そのうち、中国機に対するものは66%を占めている。平成23年度から4年間で中国機への発進回数は約3倍に増えているのだ。 こうした事態に対応すべく1月31日、航空自衛隊那覇基地の南西航空混成団隷下に「第9航空団」が新しく編成された。これまでの1個飛行隊(F15戦闘機20機体制)から、2個飛行隊(同40機体制)に増強されたのである。これによって抑止力は格段に向上し、領空侵犯の対応にあたるパイロットの任務の負担も軽減された。第9航空団の記念式典後、那覇基地上空を編隊飛行する自衛隊機=1月31日午後 士気もすこぶる高い。「全ては国民の生命財産を守るため」「南西域の空の守りは任せてください」-団司令の川波清明空将補をはじめ、隊員の表情は実に頼もしく、彼らの発する忠恕(ちゅうじょ)にあふれた言葉と決意には胸打たれるものがある。 ところがそんな空自の増強に対しても、懸念の声が上がっているのだ。現在、沖合に第2滑走路が建設中だが、那覇空港の滑走路はわずか1本。民間旅客機がひっきりなしに離着陸する合間を縫って、空自機が舞い上がってゆく。 地元紙は自衛隊機の増強によって那覇空港が一層混雑し、民間機の離着陸への影響を危惧する。 しかし、それこそ本末転倒ではないか。那覇空港が過密化する原因は中国の挑発行為にある。非難すべき相手は中国にあるのだ。島嶼防衛は喫緊の課題 鹿児島南端から、日本最西端の与那国島までの島嶼(とうしょ)部は1300キロほど、ほぼ本州と同じ長さだ。しかし、沖縄本島には空自第9航空団の他にはP3C哨戒機を有する海自第5航空群はあるものの、護衛艦は1隻も配備されていない。陸自も総員2100人の第15旅団のみで、戦車部隊も野戦特科(砲兵)もない。 そんな南西方面の抑止力を高めるため、目下、防衛省は島嶼防衛を「喫緊の課題」として取り組んでいる。 この3月末には与那国島に150人規模の陸自の沿岸監視部隊が配置される。これまで無防備だった奄美諸島や、5万人の人口を抱える石垣島や宮古島への自衛隊配備も必要だ。 武装海警船による領海侵入で、いまや東シナ海の危険度は南シナ海と変わりがなくなっている。 もとより、東シナ海も南シナ海も、中国の軍事戦略目標ラインである第一列島線の内側にあり、そこには安全が保障される境界線など存在しない。だからこそわが国は、東シナ海のみならず南シナ海に対する積極的関与が必要なのである。南西方面の防衛力強化を急がなければならない。いのうえ・かずひこ ジャーナリスト。昭和38年、滋賀県生まれ。法政大学卒。軍事・安全保障・外交問題などをテーマに、テレビ番組のキャスターやコメンテーターを務める。航空自衛隊幹部学校講師、東北大学大学院・非常勤講師。著書に『ありがとう日本軍』(PHP研究所)、『日本が戦ってくれて感謝しています2』(産経新聞出版)など多数。

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    “TBSの顔”「岸井成格」とは何者か

    潮匡人(拓大客員教授、評論家)保守派陣営への罵詈雑言 “TBSの顔”と評して間違いない。平日は連夜、「NEWS23」(MC・膳場貴子)のアンカーを務める。日曜日にも毎週、「サンデーモーニング」(司会・関口宏)のコメンテーターとして出演。TBSの社長を知る視聴者は少ないが、彼の顔は広く知られている。 安住紳一郎アナを別格とすれば、凡百の局アナより知名度が高い。TBSの報道を主導している。「顔は言い過ぎ」との反論を封じるため、「NEWS23」公式サイトを借りよう。 《TBS/JNN系列でもおなじみの“顔”であり、週末の「サンデーモーニング」や各ニュース番組、選挙特別番組などでコメンテーターとして活躍中》 実際、たとえば二〇一四年末の報道特別番組「報道の日2014」(司会・関口宏、膳場貴子。TBS系列)にゲスト出演した。二〇一五年末も同様の待遇となろう。ちなみに、右サイトはこう続く。NEWS23のアンカー、岸井成格氏 「政治はもちろん、経済・社会から世界の動向まで、鋭い視点で切り取り、時代の深層を抉り出す力、さらにそれを明解な分析と分かりやすくテレビで伝えることができる力。この双方を備えた、稀有なジャーナリストといっても過言ではない」 まさに、べた褒め。恥の感覚を忘れた自画自賛と言ってもよい。我田引水、誇大広告、虚偽宣伝と評してもよかろう。以下、そう評する理由を述べる。 岸井成格。一九四四年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。ワシントン特派員、政治部副部長、論説委員、政治部長、編集局次長、論説委員長などの要職を経て、〈記者のトップである主筆を3年間務めてきた〉(TBS)。いまもアンカー業の傍ら、毎日新聞特別編集委員(役員待遇)を兼ねる。 TBSに加え、“毎日新聞の顔”と言ってもよい。事実、毎日新聞社の公式サイトは「情報番組などにコメンテーターとして出演するなど、毎日新聞の“顔”として多くの人におなじみの論客陣」のなかで岸井をトップで紹介している。 新聞「記者」、それも論説委員長や主筆まで務めた毎日の“顔”にしては著書が少ない。単著は『大転換──瓦解へのシナリオ』(毎日新聞社)だけ。対談本を含めた共著が三冊。編著を入れても合計七冊しかない(国立国会図書館サイト検索)。 問題は量より質だ。最新刊(二〇一三年三月刊)は、佐高信との対談『保守の知恵』(毎日新聞社)。なかで安倍晋三総理や閣僚を「タカ派」と断じて呼び捨て、揶揄誹謗している。政治家に限らない。自称「保守の知恵」を語りながら、いわゆる「保守」陣営への罵詈雑言を重ねている。岸井氏と佐高氏の恥ずかしい誤解岸井氏と佐高氏の恥ずかしい誤解 いまに始まった手法ではない。同書は、二〇〇六年発刊の『政治言論』(毎日新聞社)の続編に当たる。同じ対談本で、相手はもちろん佐高信。なかで佐高が「偏狭なナショナリストが晋三の周りにはたくさんいる」「たとえば岡崎久彦なんていうのも入っているわけでしょう?」と訊く。 岸井の答えは以下のとおり。「入ってる。中西輝政とか八木秀治とかね」 物心両面にわたり、岡崎大使のお世話になった者として聞き捨てならない。岡崎研究所特別研究員として岸井に問う。岡崎の、どこがどう「偏狭」なのか。一連の著作はどれもバランスがとれている。「真正保守」を名乗る右派から「親米ポチ保守」とレッテルを貼られたアングロサクソン重視派の岡崎が、「偏狭なナショナリスト」のはずがない。岡崎久彦・元駐タイ大使 同書発刊当時は第一次安倍政権。つまり岸井と佐高は、第一次、第二次とも安倍政権のときに対談し、総理以下の安倍陣営や保守派を揶揄誹謗してきた。念のため検索してみたが、「八木秀治」なる人物に該当者はいない。 ありがちな文字変換ミスでもこうはならないが、「八木秀次」(麗澤大学教授・日本教育再生機構理事長)の間違いであろう。お互い様なので、誤字誤植は咎めない。 問題は認識評価である。同書によるなら、たとえばフジテレビジョンは「偏狭なナショナリスト」に番組審議委員を委嘱したことになってしまう(八木は委員)。偏狭なのは岡崎や八木ではなく、岸井と佐高の主義主張ではないのか。 同書で岸井はこう語る。「理想論とかを頭に置いていると、政治記者という仕事はできない。もし理想論にこだわる人だったら、独立すべきだよ」 ならば、新聞社の役員待遇にしがみつくことなく、さっさと自主独立すべきであろう。なぜなら、そういう岸井自身が、よく言えば理想論、普通に言えば偏狭な主義主張にこだわる人だからである。「理想論」にこだわるあまり、真実も事実も見えていない。たとえば、いわゆる尖閣問題に関連し、最新刊の続編でこう語る。「これは言いにくいところだけれども、自衛隊、それから海上保安庁も、実力組織というのはこういう時になると、強硬論が台頭してくる」 続けて、佐高が根拠を挙げずに「絶対そうなるだろう」と追従。岸井がこう続けた。「しかしこういう時こそ慎重にならなければいけない。戦争に向かう時ってこうなんだ。軍部の本質というのはこういうものなんだ、という気がするな」 気のせいにすぎない。彼らの錯覚であり、恥ずかしい誤解である。自衛隊(と海保)の名誉のため、訂正しておこう。「絶対そう」ならない。対談から三年近く経つが、現にそうなっていない。自衛隊への強い偏見自衛隊への強い偏見 論証は以上で足りるが、念のため付言しておく。たしかに当時、一部の「保守」が自衛隊の尖閣派遣や部隊常駐論を唱えた。彼ら彼女らは全員、ジャーナリストや学者、文化人であって、現役自衛官でもなければOBですらない。 軍事や防衛には疎い人々が、「強硬論」ないし「理想論」を唱えただけ。それが現実にいかに困難かを説明して“慎重論”を唱えたのは、他ならぬ自衛隊である。われわれOBや現役の将官、佐官であった。 つまり、事実関係は正反対。完全な事実誤認である。「軍部」や「自衛隊」に対する偏見や蔑視が生んだ恥ずかしい誤解である。 自衛官に対する差別的な偏見は、今年も健在だ。拙著最新刊『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)で指弾したとおり、岸井は今年三月八日放送の「サンデーモーニング」で、いわゆる「文官統制」を是正した安倍政権をこう誹謗した。「総理大臣は最高指揮官なんですね。そうすると、軍人というのは命令に従う組織なんです。総理から言われたら、異を唱えるとか反対はできない。そういう組織なんです。それをチェックして『ちょっと待って下さい』と言えるのは文官しかいない。それを忘れてますよ」3月6日の衆院予算委員会で民主党議員から「シビリアンコントロール」について答弁する安倍晋三首相。後方右は中谷元・防衛相=衆院第1委員室(酒巻俊介撮影) これもすべて間違い。総理は「内閣を代表して」(自衛隊法七条)指揮監督できるだけ。「内閣がその職権を行うのは、閣議による」(内閣法四条)。このため、防衛出動には閣議を経なければならず、アメリカ大統領のような名実ともの「最高指揮官」ではない。また、自衛官は名実ともに「軍人」ではない。 許し難いのは後段だ。自衛官には服従義務があるが、文官なら総理の命令や指示を「チェックして『ちょっと待って下さい』と言える」らしい。岸井こそ重要な事実を忘れている。行政権は内閣に属する(憲法六十五条)。総理は内閣の首長である(同六十六条)。「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」(内閣法六条)。 岸井流に言えば、全省庁の「最高指揮官」である。 岸井が特別扱いする「文官」も、法的な身分は国家公務員。ゆえに、「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」(国家公務員法九十八条)。それを「チェック」して「ちょっと待って下さい」など、違法かつ不忠不遜な服務である。 さらに岸井は、安保法制で各種の「事態」が乱立している現状を「言葉の遊び」と揶揄し、こう述べた。「五つぐらいあるんですよ。新事態、存立事態とか武力行使事態とか周辺事態とかね」「事態とは何かと言うと戦争なんです。戦時体制ってことなんです。武器とか戦時体制って言葉を使いたくないんですね。だから言葉を変えようとするんですよ」聞きかじりで知ったかぶり バカらしいが、手短に訂正しておこう。岸井は、「集団的自衛権 事態がどんどん増える」と題した前日の三月七日付毎日社説を読んだのであろう。聞きかじりで知ったかぶりするから間違える。事実面での間違いに絞り、指摘しよう。 まず、岸井の言う「新事態」と「存立(危機)事態」は同じ概念である。そこから分かっていない。「武力行使事態」というが、そんな言葉もない。多分、「武力攻撃事態」と混同している。悲しいかな、最後の「周辺事態」だけが実在するが、岸井が何と言おうと「戦争」ではない。「戦時体制」とも違う。 法律上、周辺事態で自衛隊は武力行使できない。「武力による威嚇」すらできない。それを「戦争なんです」と断じるのは、暴論ないし妄想である。いわんや、「武器とか戦時体制って言葉を使いたくないんですね。だから言葉を変えようとする」との断定においてをや。もはや低俗な陰謀論にすぎない。 この日限りではない。前週の同番組でも、自衛官に対する差別的偏見が露呈した。「以前、防衛省を担当したことがあるんですが、中谷大臣の会見を聞いて『ああ時代が変わったな』と思いましたね。我々がいた頃は、まだ常識的に、非常に感覚的にアレかもしれませんが、文民統制とそれを補充する文官統制は、戦前の軍部のドクセイ(独裁? 独走?)に対する反省、とりわけ日本の場合、非常にそれが甚だしかったんで、それを担保するものだと感じてたし、また考えてたんですよね。 大臣は『まったくそうは思わない』っていうことですわね。そこは何でそういうことになってきたんだか。中谷大臣はアレ、自衛官出身ですから、ちょっとそういうとこあるかもしれませんけど。とにかくあの(以下略)」 きわめて差別的な暴言ではないだろうか。もし差別でないなら、「そういうとこ」とはどういうとこなのか、具体的に示してほしい。ついでに「アレ」の意味も教えてほしい。「CIA陰謀説」はオフレコ「CIA陰謀説」はオフレコ 事実関係も承服できない。かつて防衛庁長官官房広報課(対外広報)で勤務したが、私がいた頃は右のごとき「常識」や「感覚」はなかった。正確と公正を期すべく付言しよう。 以上の問題発言に先立ち、司会が「歯止めがなくなる」と誘導したにもかかわらず、田中秀征(福山大客員教授)は「制服組のほうが慎重であるということも十分ありえる」「戦前の軍の暴走のようになるかと言えば、そんなことはない」と抑制。 西崎文子(東大教授)も、「必ずしも軍人が好戦的で文民が平和的だとは思わない」とコメントした。せっかく両教授が示した見識を、以上のとおり、レギュラーの岸井がぶち壊した。 本来なら当たり前の話だが、派遣されるのは当の自衛隊。自身はもとより、同僚や部下を危険に晒す。高いリスクに加え、コストも負担する。必要な予算を捻出せねばならない。 自衛隊に限らず、軍隊はいったん命じられれば粛々と任務を遂行するが、基本的に慎重姿勢となる。威勢がいいのは、たいてい文官や政治家。そうでなければ、決まってジャーナリストである。リスクもコストも負わない軽佻浮薄な人々である。衆院本会議で民主党などが退席するなか安保関連法案が可決した=2015年7月16日午後、国会内 今年(二〇一五年)の終戦記念日、そのジャーナリストが集う「日本ジャーナリスト会議」で岸井が講演した。《「戦争法案」は衆院で強行採決された。戦後70年を迎え、安倍政権は若者たちを戦場へ送る方向へ突っ走っている。その実態、危険性などについて、ニュースの最前線から岸井氏が解説する》(同会議公式サイト) どんな連中を前に、どんな話をしたのか。聞かなくても想像がつく。念のため、講演録を検証しておこう。「安保法制とは何か。いつでもどこでも世界地球規模、どこへでも自衛隊を出します、と。アメリカから手伝ってくれ、助けてくれと要請があった時には自衛隊を出すんですね」「巻き込まれるどころじゃないんですよ。アメリカの要請があったら、積極的にアメリカがかかわっている紛争地や戦闘地域に送るんですよ!」 右を裏付ける事実は一切ない。平和安全法制(いわゆる安保法制)に該当条文はない。しかも土壇場の与野党合意により、「例外なく事前の国会承認」が前提条件となった。ゆえに「アメリカの要請があったら」ではなく、「事前に国会が承認したら」が正しい。 岸井は以下の見通しも披瀝した。「臨時(?)国会を延長と言いますか、先送りと言いますかね。この国会で一気に成立させないで、国民の反発が強すぎるから政権が倒れちゃうんじゃないの、それをやると、という判断がおそらく出てくるんだと思うんです。その空気は、いま自民党のなかにも芽生えつつある」 結果、そうならなかった。三つの野党を含む多数が賛成。通常国会で可決成立した。岸井は講演の最後をこう締めた。「最後に取っておきのオフレコです。安倍政治をずっと見ていて、思い出す言い伝えがある。「政権維持の三種の神器」。一がアメリカ、二、三がなくて四が財界、五がアンダーグラウンド人脈。これは生きているんです。(中略)なかでもアメリカは飛び抜けている。トラブったり何か問題があったりしたら、政権は必ずやられる。田中角栄さんがトラの尾を踏んだと言って話題になりました。いまの安倍さんがやっていることを見ると、まさにそのとおり。三種の神器ですよ。 そして右派、右翼、アンダーグラウンドのフィクサーに続いている。また三種の神器が甦ってきたな、大丈夫かこれで、という気がします。(中略) 風向きだけでなく、やや潮目も変わり始めているのかな、だからメディアもジャーナリズムの役割も大きくなっている。そういう感じがしています」 バカらしいが訂正しておこう。結果、そうならなかった。風向きも潮目も変わらず、可決成立。護憲派メディアは惨敗。その役割を終えた。 最大の問題は、田中角栄に関するくだりである。低俗な陰謀説を「取っておきのオフレコ」と語る神経は正常ではない。前出『保守の知恵』を借りよう。「アメリカの意志によって田中をロッキードで葬りさろうとした──そういう見方もあるが、俺の取材した中ではそうした事実はないし、これは一種のCIA陰謀説の一つだな」 こう語ったのは、他ならぬ岸井自身である。その二年後に、講演の最後を俗悪な「CIA陰謀説」で締める。これで生計が立つのだから、アンカー業とは気楽な商売だ。「拉致被害者を北に戻せ」「拉致被害者を北に戻せ」 いや、罪深い仕事と言うべきであろう。二〇〇二年十二月一日放送の「サンデーモーニング」で、誰が何をどう語ったか。翌々日付「毎日新聞」朝刊の連載コラム「岸井成格のTVメール」で振り返ろう。《私は「一時帰国の被害者5人をいったん北朝鮮に戻すべきです」と、一貫して主張してきた持論を繰り返した。/同席していた評論家の大宅映子さんは「私もそう思う」と同調した。/それが良識であり、国と国民の将来を考えた冷静な判断だろう。/私の知る限り、政府の強硬姿勢が世論の大勢とは到底思えない。/番組終了後も、田中秀征さん(元経企庁長官)は「政府が5人を戻さないと決めた時、背筋にゾッとするものを感じた」と率直に語っていた。勇ましい議論と感情論に引きずられる時の「この国」の脆弱さだ。(中略)「人はパンのみにて生きるにあらず」だ》2002年10月15日、帰国した北朝鮮による拉致被害者たち 拉致被害者やご家族、ご友人、支援者らがどう感じたか。想像するに余りある。いまからでも遅くない。関係者に謝罪し、放言を撤回すべきではないのか。『聖書』を引用して北朝鮮の主張を擁護するなど、もっての外。右聖句は「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と続く。 まず、悪魔(サタン)が「石をパンに変えてみよ」と誘惑する。イエス(キリスト)が『旧約聖書』を引き、右のとおり答える。 岸井に問う。「一時帰国の被害者5人をいったん北朝鮮に戻すべき」との主張こそ、サタンの誘惑ではないのか。少なくとも、『聖書』を論拠に公言すべきことではあるまい。引用を完全に間違えている。 岸井は二〇〇六年四月発行の対談本『これが日本の本当の話』(ロコモーションパブリッシング)でも、こう放言した。《彼らを一旦帰国させて向こうに残してきた家族とも話し合う。それを突っぱねていれば拉致問題の全面解決も遠のいて、最後には、「戦争するか」となっていく危険性が大いにある》 もはや確信犯と評すべきであろう。ここでは「聞き手」(元木昌彦)も共犯者。以下のとおり導入する。「テレビにハラが立っている。(中略)いくら孤立無援の国の独裁者だとはいっても、連日、“悪魔”のように言い立てるのは度が過ぎる」 私は右にハラが立つ。北朝鮮にハラが立つ。それが正常な感覚ではないのか。それを「悪魔のように言い立てるのは度が過ぎる」と独裁者を擁護する。 しかもタイトルは、「事実関係の検証をおろそかにして短絡的な報道に流れる今の風潮を危惧」。 具体例の一つに、「北朝鮮拉致被害者の扱いの問題」を挙げていた。他局のテレビ番組にハラを立てて「短絡的な報道」を危惧する前に、自ら発した言葉を検証してみてはどうか。常軌を逸した安保報道常軌を逸した安保報道 最近の安保法制批判も常軌を逸している。岸井らは、どんなに悲しい朝も日米両政府への批判は忘れない。邦人テロの悲報が流れた二月一日も、岸井は「サンデーモーニング」で英米への批判を語った。 先日(現地時間十一月十三日金曜夜)のパリでの惨劇を受けた十一月十五日放送の「サンデーモーニング」でも、「テロは許さないというのが欧米(の主張)だが、イラク戦争がそういうの(土壌)をつくっちゃった」「十字軍以来の憎悪の連鎖がある」と被害者(欧米)を責めた。 加えて「安保法制もできましたからね、(日本も)ターゲットになりやすい」と視聴者の不安を煽りながら、「今度の安保法制、危ないなと思った最初は、ペンタゴンのドンと言われる人たちを取材して」云々以下、趣旨不鮮明かつ検証不可能な話題を延々と続けた。肝心のテロ非難は番組最後の数秒だけ。いったい、どういう神経なのか。 その前週放送の同番組は、南シナ海問題を特集した。この日は西崎文子(東大教授)が留保を付言しつつも、「日米同盟を強化するのは基本的に良いことだと思う」。続けて田中秀征(福山大学客員教授)が、「人工島の十二カイリが領海だと認めれば、他の国もみんなやりますよ。国際法秩序、海洋法がまったく成り立たなくなる。アメリカの行動は正しいし、国際世論も賛成している。ここは絶対に譲ってはいけない」。パリ同時多発テロの現場の1つであるバタクラン劇場前に安倍晋三首相が手向けた花束=2015年11月30日朝、パリ(小野晋史撮影) この番組にしては珍しい展開になった。 ところが、司会者(関口宏)から「自衛隊の話がチラチラ出てきましたね」と振られた岸井が以下のとおり、いつもの流れに戻し、いつものレベルにまで質を落とした。「いや、一気に出てきましたね。特に新しい安保法制ができましたんでね、いつでもどこでも(新法が)施行されればですよ、アメリカの要請に応じて自衛隊を派遣するっていうことができるようになったわけです。 その前段階でアメリカが言っているのは、合同パトロールとか合同訓練をあの南シナ海でやりましょうっていう話があるんですよ、内々、そこへホントに出すのかどうかね。 そうすると、したたかな中国はおそらくアメリカに対する行動と日本の自衛隊に対する行動はおそらく分けてくると思うんです、分断を狙って。その時、本当に対応できるのか、とちょっと心配です」 この直後にCMへ。 せっかく西崎と田中が示した見識を木っ端微塵にぶち壊した。前掲拙著で詳論したとおり、「新しい安保法制」と南シナ海問題は直接関係しない。“古い安保法制”でも、要件を満たす限り「いつでもどこでも」自衛隊を派遣できる。 現に南シナ海でもどこでも、日米その他で共同訓練を繰り返してきた。掲載号発売中のいまも訓練中。岸井はまるで理解していない。批判すべき対象を間違えている 一週間前の同じ番組でも、同様の展開となった。NHK以下、他局が勝手にアメリカが中国の領有権を否定しているかのごとく報じるなか、TBSは正反対のスタンスで報じた(月刊『正論』一月号拙稿)。 この朝も「国際法では暗礁を埋め立てても領海と主張できないことになっているんですが、中国は」と解説し、埋め立ての現状を説明。「中国の海の軍事拠点ができるということになると、周辺の軍事バランスが一変してしまうのではと懸念されています」と紹介した。 司会の関口が、「(中国の主張や行動には)なんか無理があるように思うんですが、無理を続けてますね」と導入。それを岸井がこうぶち壊した。「私が一番気になっているのは、米軍の作戦継続のなかに、自衛隊の派遣による合同パトロールの検討に入ってるんですよね。 これは分かりませんよ。だけども日本や欧州に、あの~う豪州ですかね、オーストラリアに対しても要請するのかもしれませんけど、だけどこれはね、中国がそうなると、アメリカ軍と自衛隊に対する対応って分けてね、分断するような、そういうしたたかさが中国はあると思うんで、よほど派遣については慎重に考えないといけない」 日本語表現の稚拙さは咎めない。ここでも問題は、コメントの中身だ。 岸井に問う。牽制すべき対象は安倍政権による自衛隊派遣ではなく、中国による埋め立てや海洋進出の動きではないのか。岸井は批判すべき対象を間違えている。国際法や世界の常識を無視国際法や世界の常識を無視 九月十三日放送の同番組でも、こう放言した。「集団的自衛権という言葉が悪い。一緒になって自衛することだと思っている(国民がいる)が、違うんですね。他国(防衛)なんです。(法案を)撤回か廃案にするべき」「集団的自衛権」は国連憲章にも(英語等の公用語で)書かれた世界共通の言葉であり、岸井のコメントは外国語に翻訳不可能。国際法や世界の常識に反している。「悪い」のは「集団的自衛権という言葉」ではなく、彼の知力であろう。善悪を判断する知性を欠いている。 その翌週も凄かった。「どう考えても採決は無効ですね」「憲法違反の法律を与党が数の力で押し切った」と明言。こう締めた。「これが後悔になっちゃいけないなと思うことは、メディアが法制の本質や危険性をちゃんと国民に伝えているのかな、と。いまだに政府与党のいうとおり、日本のためだと思い込んでいる人たちがまだまだいるんですよ。 この法制ってそうじゃないんですよ。他国のためなんです。紛争を解決するためなんです。それだけ自衛隊のリスクが高まっていく(以下略)」。 まだ、批判報道が足りないらしい。どこまで批判すれば気が済むのか。新法制は「存立危機事態」の要件を明記した(その後の与野党合意で、例外なく事前の国会承認ともなった)。その経緯を無視した独善である。前述のとおり、外国語に翻訳不能な暴論である。もし、彼が本気で「自衛隊のリスク」を心配するなら、別のコメントになるはずだ。 よりリスクの高い国連PKO活動拡大の「本質や危険性をちゃんと国民に」伝えたはずだ。国連PKOが「日本のため」ではなく、「他国のため」ないし「紛争を解決するため」であり、「自衛隊のリスクが高まっていく」と訴えたはずである。 だが、岸井は決してそうは言わない。国民が自衛隊のPKO派遣を評価しているからである。視聴者に“受けない”論点を避け、「集団的自衛権」や「後方支援」だけを咎める。自らは安全な場所にいながら、「危険(リスク)を顧みず」と誓約した「自衛官のリスク」を安倍批判や法制批判で用いる。実に卑怯な論法ではないか。卑怯な「平和国家」論 十月十一日の同番組でも、岸井は「平和国家のイメージが損なわれるだけじゃなくて日本自身が紛争当事国になる」「テロのターゲットになるリスクも抱え込む」と視聴者の不安を煽った。 百歩譲って、そのリスクがあるとしよう。ならば訊く。リスクは欧米諸国に負担させ、自らは決して背負わない。そんな卑怯な「平和国家」とやらに価値があるのか。 岸井の説く「平和(主義)」は美しくない。不潔である。腐臭が漂う。 一九九二年六月九日、国連PKO協力法案が参議院を通過した。自衛隊のPKO派遣はここから始まる。その当時、翌朝の毎日新聞に岸井はこう書いた。「こうした政治の現状に目をつぶることはできない。不健全なシステムの中で決定されるPKO法案は、国民の信頼を得られないばかりか、国際的な理解を得ることもできないだろうということだ」 その後、どうなったか。自衛隊は見事に任務を完遂。PKO派遣に対する国民の理解は深まった。国際的にも高い評価を得ている。 そもそも「全国民を代表する選挙された議員」(憲法四十三条)で組織された国会を通過成立した法案なのに、「国民の信頼を得られない」と明記する感覚を共有できない。岸井の姿勢こそ、憲法と民主主義への冒瀆ではないのか。 以上の疑問は、すべて岸井の安保法制批判に当てはまる。“TBSの顔”がいくら「憲法違反」「採決は無効」と言おうが、事実と歴史が反証となろう。 今後、安倍政権の安保関連政策は(中国と北朝鮮を除き)内外から高い評価を得るに違いない。そうなったら岸井は何も言わず、きっと口を拭う。頬かむりを決め込む。PKO派遣についてそうしたように。 以上、すべてTBSの看板番組である。多くの視聴者が違和感を覚えたのであろう。 九月三十日、武田信二社長が「『一方に偏っていた』という指摘があることも知っているが、公平・公正に報道していると思っている」と会見した。社長は自局の番組を見ているのだろうか。 テレビは、「政治的に公平」「事実をまげない」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を求めた放送法を順守してほしい。新聞一面広告で指弾さる新聞一面広告で指弾さる 同じ疑問を抱いたのは、私一人ではなかったと見える。「私達は、違法な報道を見逃しません。」──こう大書した意見広告が、十一月十四日付産経新聞朝刊に掲載された。九月十六日の「NEWS23」で、岸井アンカーが「(安保法案の)廃案」を主張した点を指弾した全面広告だ。 ただし、岸井の問題発言は右に留まらない。「廃案」どころか、九月六日の「サンデーモーニング」では、「潔く成立を断念し、一から出直すべき」「これを通すことは容認できない」とドヤ顔で明言した。その他、ほぼ毎週、言いたい放題を続けている。 どうせ岸井には馬耳東風であろう。NHKの「やらせ報道」を巡り、十一月九日の「NEWS23」で「不当な政治介入との指摘は免れない。そもそも放送法っていうのは権力から放送の独立を守るっていうのが趣旨ですから、その趣旨をはき違えないでほしい」とコメント。NHKではなく、逆に政府与党を批判した。 きっと、自身の「重大な違反行為」(意見広告)についても同様のロジックを掲げて逆ギレするに違いない。岸井の放言、暴言、暴走は留まるところを知らない。追記 なお今回、この原稿を書くに当たり、『WiLL』編集部から岸井編集特別委員(兼アンカー兼コメンテーターその他)にインタビューを申し込んだが、許諾を得られなかった。おそらく、前掲拙著などが災いしたのであろう。もし実現していれば、以上の諸点について見解を求める所存だったが叶わなかった。意見広告に対する番組での言及もない。残念である。(本文敬称略) 

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    「テレビ局は公平を破る勇気を」 一部識者の煽動は浅薄なヒロイズムだ

    間にわたって紹介するなど、最たる例だ。まさに世論誘導に等しい」「(反対派を主に取り上げていて)本来の安全保障法案の中身に関して視聴者に提供する様子が全く見られない。(中略)私は安全保障法案賛成と言っているわけではないが、マスメディアとは視聴者に公平な目で考えさせることが本来のあり方だと思う」「男性司会者が『メディアとして法案廃案を訴え続けるべきだ』と発言した。メディアがそんなことを言っていいのか」「『説明不足』などと報じているが、メディアが安保法案について詳しく説明したことがあったのか」…。 たしかに、安倍晋三首相を生出演させて説明させながら、キャスターと一部のゲストの「反安倍」ばかり印象づけた夕方の民放ニュースもあった。かつて、新設の消費税について政治家が説明するのを「聞く耳持たぬ」と芸能人らがまぜっ返した某局の演出も思い出す。この8月の「戦後70年安倍談話」にも「はじめから批判ありきの放送姿勢」を指摘する声がBPOに寄せられたという。 放送界の内外で相当多くの人が誤解している。NHKは政治的公平を厳守すべきだが民放局は偏向に構わず編集し主張してもよい、という通念だ。そんな区別はどこにも存在しない。「放送法」第4条には、守るべき義務が4項あるが、その第2項には「政治的に公平であること」と明示してあり、民放には厳格に適用されないなどとは書いてない。 放送事業者側も、約20年前、日本民間放送連盟(民放連)とNHKが共同で定めた「放送倫理基本綱領」に「多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持」「事実を客観的かつ正確、公平に伝え」などの文言を明記した。浅薄なヒロイズムは論外 日本では、昭和26年以来、かなりの民放局が新聞社主導で誕生し育成された歴史的由来もあり、新聞の類推で民放のあり方を考える趣があるが、新聞には“新聞法”などはなく、開業から発行も「社論」の明示も一切、自由だ。放送は、有限の電波資源の割り当てを受けて開局を免許され放送法を適用される事業だ。 そこでまた放送人には誤解が生まれる。法を守って仕事したら萎縮して放送の活力が減ずる、と。放送人らしいセンスを欠き、個性的な工夫の楽しみを知らないことを告白した言だ。公平な両論併記でかえって放送は立体化し、厚みを増して盛り上がるのだ。一方のプロパガンダだけを取り次ぐのは最も安易、手抜きでしかない。 公平を破る勇気を持て、と一部識者が煽動(せんどう)するのは浅薄なヒロイズムと一笑に付せばよい。はねあがりからは情も理も生まれない。重心の低い、骨太な記者や制作陣が、確かな「自律の感覚」をもって生み出す放送こそ、国民の信頼を得、政治的教養を深めるためにも貢献できる。 日本の放送90年、民放65年。民放連の「報道指針」にも言う「節度と品位」を具(そな)えた電波へ。再出発する節目が訪れている。はが・やすし 昭和3年生まれ。北九州市出身。東京大学文学部国文科卒。東洋大学・法政大学助教授、東京工業大学教授(その間旧西独ルール大客員教授、NHK部外解説委員など)を経て現職。日本文化・日本語と現代政治を包括的に論究。NHK「視点論点」「ラジオ深夜便」に出演。「日本人らしさの構造」「売りことば買いことば」「言論と日本人」「日本人らしさの発見」ほか著書多数。

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    門田隆将×櫻井よしこ 日本は同胞を救わない国のままでいいのか!

    「条件」が必要なのか在外邦人の救出に「条件」が必要なのか門田 そして残念なことに、その状況は、今般の安全保障関連法改正でも本質的には変わっていません。 じつは2014年5月15日、内閣総理大臣の諮問機関である安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が報告書を出しました。この段階では、「国際法上、在外自国民の保護・救出は、領域国の同意がある場合には、領域国の同意に基づく活動として許容される」「領域国の同意がない場合にも、在外自国民の保護・救出は、国際法上、所在地国が外国人に対する侵害を排除する意思又は能力を持たず、かつ当該外国人の身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害があり、ほかに救済の手段がない場合には、自衛権の行使として許容される」とありました。 とりわけ重要なのは、以下の箇所です。「憲法上認められる自衛権の発動としての『武力の行使』を巡る国会の議論においては、在外自国民の保護・救出のための自衛権の行使が否定されているように見受けられるが、多くの日本人が海外で活躍し、2013年1月のアルジェリアでのテロ事件のような事態が生じる可能性がある中で、憲法が在外自国民の生命、身体、財産等の保護を制限していると解することは適切でなく、国際法上許容される範囲の在外自国民の保護・救出を可能とすべきである。国民の生命・身体を保護することは国家の責務でもある」(安保法制懇報告書、30ページ)タイ中部のウタパオ海軍航空基地で行われた邦人退避訓練で、自衛隊員に警護され輸送機に乗り込む日本人学校の生徒ら=2月17日(共同)櫻井 ここまで明確に国民の生命を守ることを打ち出す内容の報告書は、かつての日本にはありませんでしたね。門田 まったく申し分ない内容です。度重なる自衛隊法の改正を経て、安保法制懇の報告書では在外邦人救出に前提条件など必要ない、というところまで踏み込んだ。私もその後、安全保障関連法案での邦人救出の進展に大いに期待しました。 しかしその後の国会審議を経て、内容はずいぶん後退してしまいました。たしかに今回の改正で、従来の邦人「輸送」だけでなく「救出」も可能となったわけですが、在外邦人の「救出」を行なうためには「領域国の同意」「秩序の維持」「関係当局との連携」の確保が必要だという要件が設定されました。「救出」「輸送」いずれの場合でも、自衛隊は「戦闘行為が行なわれることがない」と認められるところにしか派遣できない。これでは今回、私が書かせていただいた各々のケースのいずれも、邦人救出のために自衛隊を派遣できるかは非常に不透明です。櫻井 海外にいる日本人の身に危険が及んだ際は自力で対処しなければならない、というのは国際社会の現実であり、どんな国にとっても常識のはずです。それなのに門田さんの期待が裏切られてしまった背景には、安全保障関連法案を「戦争法案」と称する共産党や市民運動の存在があったと思います。さらに罪深いのは、与党内にあって自民党の足を引っ張る公明党の存在でしょう。門田 「踏まれても蹴られても/付いて行きます下駄の雪」との都都逸があるように、公明党が自民党にぴったりと吸い付いた結果、両党が渾然一体となりすぎて、もはや見分けがつかないほどです。いまや自民党・公明党の候補者は互いの応援の見返りに、選挙区の後援会名簿を交換してさえいます。櫻井 私は、自民党のなかに「選挙区は自民党、比例区は公明党」と連呼する選挙活動に恥や違和感を覚えなくなった人が増えていることに驚きを禁じえません。門田 本来なら公明党との連携で得るもの、失うものを比較検討しなければならない。にもかかわらず、いまや選挙が唯一のメリットとなってしまい、両党が離れられない関係になってしまっているのではないか。加えて「自民党は右寄り」という国民の印象を和らげる「緩衝剤としての公明党」が便利だというのも、自民党の側が重宝がる理由でしょう。櫻井 自民党と公明党は本来、合併が難しい政党です。綱領も信条も政策も相容れない2党ですから、連立を組んでいることのほうがむしろ不自然です。にもかかわらず、選挙対策のためだけに離れられなくなっているのだとしたら、その先に待っているのは両党の埋没です。それは両党と両党を支持する有権者にとって、不幸以外の何物でもありません。 それでも私は、自民党が公明党を切り離すことは不可能ではない、と考えています。公明党から離縁を切り出すことはおそらくないでしょうから、主体性が問われるのは自民党の側です。 公明党が政権に深く食い込んだ結果、私たちはメディアが報じる政府の考えや政策が安倍首相の本意によるものなのか、公明党の意見の反映なのかが見えづらくなっています。また、自民党といっても1枚岩ではありません。党内力学によって自民党の政策が形づくられるのは当然でしょう。安倍政権の打ち出す政策を、こうした要素を踏まえてより丁寧に見ていく必要があります。「DREAMER」対「REALIST」「DREAMER」対「REALIST」門田 いまおっしゃった相違を判断する基準は、じつは「左派か、右派か」ではありません。安倍首相を右翼と呼ぶ人びとやマスコミは、自民党と社会党の対立という55年体制の幻想を引きずった「55年症候群」に罹っているだけでしょう。 日本の真の対立軸は「現実を直視しているかどうか」です。「DREAMER(空想家、夢想家)」対「REALIST(現実主義者)」の戦いですね。櫻井 そのとおりです。そして日本を取り巻く現実は、いまや中国の脅威を抜きにして判断できません。尖閣諸島沖に公船を送り込んで領海侵犯を繰り返し、南シナ海で人工島を建造して「自由で平和な海」を破壊しようとしている。さらに沖縄県の普天間基地の辺野古移設に反対する活動家を見れば、沖縄県民よりも本土の人や外国人が多数を占めています。中国による工作の手が及んでいる、と考えざるをえません。 門田 『日本、遥かなり』に登場する人びとはイランやクウェート、リビアなど日本から遠く離れた地で働き、世界のREALな姿を肌で知っている。これだけ世界中で日本人が活躍している現代ですから、そのような人は数多くいるはずです。 問題は、世界の常識を知らないドメスティックで不勉強な政治家であり、彼らを支持する「55年症候群」の人びとやマスコミのほうです。櫻井 自民党議員のなかでも、たとえば船田元氏は明らかに「DREAMER」側の人でしょうか。氏はかねてから、9条の改正に関してネガティブと受け取られてもおかしくない言動をしていました。2015年6月4日には、衆議院憲法審査会に憲法学者の長谷部恭男氏(早稲田大学教授)を参考人として招き、長谷部氏に安保法案を「憲法違反」と批判される、という不始末を起こしています。私が不思議に思うのは、船田氏はその審査会の場で、なぜ即座に「長谷部さんは憲法違反とおっしゃるけれども、それでは国民の安全はどうなるのか。現行憲法で、日本人の生命が守れると思うのですか」と反問をしなかったのでしょうか。 こうした動きに自民党全体が引っ張られてしまい、立党時から掲げる「自主憲法の制定」という党是を見失うことがあってはならないと思います。自民党内の憲法改正に向けての動きはいま、とても低調です。それでも私は、安倍首相ご本人の決意は揺らいでいない、と考えています。何より国民投票法の改正や18歳選挙権など安倍政権のこれまでの「行動」が、首相の決意を物語っているのではないでしょうか。「ストップ戦争法案」の運動そのものが憲法違反門田 憲法というと9条しか知らない人が多くて困りますが(笑)、ご指摘のとおり、憲法13条では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とあります。国民の生命が脅かされる事態になれば、個人の幸福追求などありえない。他国に支配されたり、拘束されたりすれば、その時点で、自由も、生存権も、幸福追求権も、すべてなくなるからです。 それゆえ、主権国家に与えられるのが自衛権なのです。国民を守る権利の意味を理解しないまま、自衛権を「憲法違反」と断じることが、いかに現実から遊離しているか。 日本のドリーマーたちは街頭で「ストップ戦争法案」と叫び立て、集団的自衛権や自衛隊の存在自体を「憲法違反」だといっています。しかし、日本国憲法をないがしろにしているのはむしろ彼らのほうです。日本に生まれたことを嘆かなければならないとは櫻井 彼らの運動そのものが、日本国民の命を危うくするとしたら、本質的に憲法に違反している、ともいえるでしょうね。 そもそも国家の法規は国内法と国際法に分かれており、国内法においては憲法が、国際法においては国連憲章が優先します。国連憲章の第51条には「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とあり、日本の自衛権が認められているのは周知の事実です。「集団的自衛権は戦争につながる」という人に申し上げたいのは、第1に、国家の自衛「権」は権利であって義務ではない、ということです。権利を行使するか否かはその時々の国会すなわち国民の判断によって決まります。したがって、他国の判断にすべてを委ねて戦争に巻き込まれる、という事態は起こりえません。第2に、日本は世界第3位の経済大国でありながら、なぜわが国だけがあらゆる他の国連加盟国が保有する権利をもとうともせず、依然として他国に守ってもらう立場に立とうとするのか。その意味を国民1人ひとりが考える必要があります。日本に生まれたことを嘆かなければならないとは 櫻井 『日本、遥かなり』の第11章で記された、イラク軍の人質になって製油所に軟禁された長谷川捷一さん(当時「アラビア石油」クウェート事務所技術調整役)のエピソードは衝撃的でした。長谷川さんは自分と同じく人質になった多くの国・人種の人びとと共同生活を送るうちに、日本の人質事件への対応だけがまったく違うことに気付いて愕然とし、「日本人として生まれたことは、果たしてよかったのか」と自問するまでに至ります。門田 長谷川さんは毎日ラジオを聞くことができたのですが、イギリスのBBCやボイス・オブ・アメリカは毎時間、人質向けの放送を行なっていたそうです。BBCは「あなた方が1人残らず解放されるまで、私たちは頑張ります。皆さんも頑張ってください」というメッセージを必ず流し、ボイス・オブ・アメリカも同様に人質を励ますコメントをラジオで放送していました。 では、日本は何を放送していたのか。ラジオジャパンは相も変わらず相撲の取り組みの結果や秋の味覚がどうのという放送内容で、まるで人質事件などなかったかのように通常の番組を続けていた。長谷川さんが帰国後、ラジオジャパンに抗議すると、その答えは「全世界に日本人がいるから、あなたたちのためだけには放送はできない」。これでは日本という国に絶望するのが当たり前です。櫻井 長谷川さん曰く「日本だけが、人質を励まそうなんて、そんな考えがないことがわかりました。なんでこんな国に生まれたのかと、情けなかった」。日本人が日本に生まれたことを嘆かなければならないとは。これほどの不幸があるでしょうか。 門田さんの本の凄さは、とにかく取材をし尽くすことによって「現実を触っている」ことです。やはり現実に触れることなしに、人間の生命の守り方や国の安全のあり方を論ずることはできない、と私は思います。門田 現実を触る、という点でいうと、今回の取材のなかで印象深かったのが、もし日本が「助けられる側」と逆の立場になったときに他国の人を救えるのか、という問題提起でした。たとえば中国や台湾、朝鮮半島などアジアで危機が起きたとき、トルコから「わが国民も助けてほしい」と頼まれたとしたら、日本は救出に行くことができるのか。法律で手枷足枷のような要件を嵌められてしまった自衛隊に、十分な働きは期待できない。それで普通の国といえるのでしょうか。日本人は、トルコ人がしてくれた行為を「奇跡の恩返し」といって感激しています。しかし、ただ感激するだけで国際社会に通用するのか、ということです。櫻井 おそらく現状の日本では、戦争状態にある地域に自衛隊機を派遣して他国民を救出することは難しいでしょう。日本人のためにテヘランまで救援機を出してくれたトルコのオザル首相(当時)のようなリーダーシップがあれば別ですが、現状では「なぜ外国人のために自衛隊機を出さなければいけないのか」という反対論が強い。時間をかけて日本人に理を説く以外にない、と思います。 日本は今後、国際社会の期待に本当の意味で応えていける国にならなければなりません。安倍さんにはもちろんこの先も首相を務めていただきたいですが、ほかの人が日本のリーダーになったときや、将来にわたる日本の国際平和貢献を考えるうえで、法改正は必須です。いわゆる「当該国」にあたる中国の圧力や妨害に抗して、日本人のみならず他国人を救うことができるのか、という問いに、真剣に向き合わなければいけません。友邦国の台湾を守る門田 現状、戦時において中国や韓国、台湾に自衛隊の救出機を出すのはそうとう困難ですからね。櫻井 たとえば韓国は、日本の集団的自衛権によって最も恩恵を受ける国の1つです。にもかかわらず2015年9月、安全保障関連法が成立した直後に「日本政府が戦後一貫して維持してきた平和憲法の精神を堅持しながら地域の平和と安定に寄与する方向で、透明度をもって推進していく必要がある」(韓国外務省)と、あたかも朝鮮半島への日本の軍事介入を懸念するようなコメントを出しました。韓国政府もまた、自国民の生存という問題に対して真剣に向き合わなければならない、と思います。友邦国の台湾を守る櫻井 日本にとってとりわけ心配なのが、台湾の行方です。2016年1月に行なわれる総統選挙と立法院選挙で民進党が勝利を収めた場合、5月までの4カ月間に何も起きなければ、無事に民進党の政権ができます。しかし、このシナリオも、疑問符を付けようと思えば付けられる余地が少なからずあります。さらに台湾は、いまや見るも無残なほどに経済面での対中依存を深めてしまっている。加えて中台間には途方もない軍事力の格差があり、中国がこのアドバンテージを手放すことは絶対にありません。 私たちが「難儀している相手を助けるのは当たり前」という立場に立つならば、日本の国益にも叶うやり方で、台湾という友邦国を守ることを考えていかなければなりません。門田 台湾は日本の生命線ですからね。仮に1996年のような台湾海峡危機が勃発し、今度は台湾海峡が中国の支配下に置かれるような事態になれば、台湾の地政学的な位置付け上、南シナ海が中国の内海になってしまう。それこそわが国の「存立危機事態」に直結します。櫻井 台湾を守るのは、何も台湾人のためだけではない。日本の存立に関わる死活問題という危機意識が必要です。門田 では、日本は台湾に対して何ができるのか。現在のように法律や世論の手枷、足枷を嵌められている状況では、自衛隊は拱手傍観するしかない。エルトゥールル号と邦人救出の教訓はまさにこの点です。他国に一方的に救出してもらうだけ、恩に着るだけでは、日本人が生存することは難しいでしょうね。櫻井 たとえば中国の台湾支配への対抗策として、アメリカは台湾関係法を定めています。1979年、アメリカが中国と国交を樹立して台湾との国交を断絶したとき、アジア地域を守る戦略上の観点から、アメリカが台湾に武器を供与し、軍事的に平和を脅かす勢力への台湾の軍事力行使を定めた法律です。 ところが、2001年の「9・11」テロ後に問題が起きました。アメリカは対テロ作戦に際して中国の協力を得るため、台湾への武器輸出を滞らせたのです。中国は、アメリカが喉から手が出るほど欲しいイスラム過激派テロリストの情報と引き換えに、台湾に武器を売らないよう要求し、アメリカがこれを呑みました。結果として台湾の軍事力はこの10年で脆弱極まりないものになり、中台間の力の格差には絶望的な開きが生じました。 わが国が取りうる対処はおのずと明らかです。すなわち日本版の台湾関係法を制定することです。自衛隊の派遣は難しいとしても、事実上、台湾の現状を維持するために軍事力を含めたバックアップを行なうことです。 いま台湾の国民党と中国が互いに「92年合意」を口にしています。92年合意は、台湾と中国は「1つの中国」であり、台中双方がそのことを認めた、というものですが、当時、台湾総統だった李登輝氏はそんな合意はなかった、と明言しています。台湾を支えるという意味で、日本はこの「92年合意」があるという中国側の論理に乗ってはならないと思います。同胞の集合体としての祖国同胞の集合体としての祖国門田 すると問題は結局、1972年の時点に回帰することになります。なぜアメリカは台湾関係法を制定したのに、肝心の日本は台湾に後ろ足で砂をかけるように「1つの中国」などという共産党の言い分を認めてしまったのか。 昔、ニュースを見ていて驚いたのは当時、外相を務めた大平正芳さんがあの細い目をかっと見開いて「日華条約は終了した」と強く宣言した瞬間です。のちに「アーウー総理」といわれた大平さんが、なぜあのときに限って田中総理のもと、党内の強硬な反対論を押し切って日華条約の失効を決め、拙速に中国と国交を結ぼうとしたのか。国交正常化を望んでいたのは日本よりも中国です。恩義ある台湾を捨ててまで事を急ぐ必要はなかった。台湾と1回断交した関係を再構築する困難さを考えるにつけ、当時の選択が検証されるべきなのに、それがまったくない。櫻井 台湾が中国の1部だとする中国の主張を、日本は「理解し尊重する」としてしまったのですね。「あのとき台湾を救えなかった」という恨みは、私たち日本国民の多くが感じています。 当時を振り返って痛感するのは「ニクソン・ショック」の影響の大きさです。1971年7月15日、アメリカのリチャード・ニクソン大統領がそれまで極秘だった中国との交渉を突如明らかにし、訪中を発表した。わが国には天地が逆転するほどの衝撃でした。日本は、あの日までの戦後ずっと、独自に外交路線を考えることはなく、戦勝国アメリカについて行きさえすればよいと思っていた。しかし、その夢想が1日にして崩れ去り、フタを開けてみればアメリカは日本の頭越しに中国と結んでいた。 ニクソン・ショックゆえに、雪崩を打つように中国との関係樹立に走り、台湾のことも十分には考えなかった。いま再び、南シナ海問題で孤立していた中国に、アメリカが航行の自由などの原則論を主張しながらも、1歩も2歩も引いた奇妙な姿勢を見せています。米中接近の可能性がないわけではありません。だからこそ、私たちは72年当時の対中傾斜という失敗を教訓にすべきでしょう。再び同じような苦い経験をしなくてもよいように、振り回されないように中国に対峙するだけの国力を涵養し、対中戦略を構築しなければなりません。 それにしても、習近平主席はいまごろ高笑いしていることでしょう。2001年の「9・11」テロのときと同じく、イスラム過激派組織のIS(イスラム国)がパリで連続テロの大惨事を起こし、南シナ海での中国の無法から世界の目が逸れたからです。門田 逆にいえば今後、日本の対応いかんでアジアの平和と安定が決まるということです。その意味で、われわれはいま大きな岐路に立っていますね。櫻井 大きな岐路、危機であるのと同時に、自立のための大チャンスでもあります。以前、アーサー・ウォルドロン氏(ペンシルベニア大学教授)とお話ししたとき「日本に戦後最大の危機が訪れている」と申し上げたら、「櫻井さん、戦後最大なんかじゃない。元寇以来の危機ですよ」と諭されました(笑)。たしかに現在は13世紀の元寇に匹敵するほど、大きな世界の潮目の変わり目にあります。この危機の荒波をきちんと受け止め、日本が成長するための好機に転じさせなければならない。安倍晋三という政治家が日本の首相であることは、その意味でこのうえない幸運です。ニクソン訪中に驚き、我を忘れて中国に擦り寄った田中角栄首相のような近視眼的外交姿勢を立て直そうと、全方位的な「地球儀外交」を行なっているのが、まさに安倍首相なのですから。門田 そもそも田中角栄は「福田赳夫では中国とうまくやっていけない」といって政敵を蹴り落とし、中国をタネに政権を奪取したようなものです。日中国交正常化の前後には不可解な出来事が多く、さらに背景を掘り下げて調べる必要があります。にもかかわらず、誰もそうした検証作業を行なっていない。そのあたりの時代の秘話をいま調べていて……詳しくは次回のノンフィクション作品で描く予定ですから、しばらくお待ちください(笑)。櫻井 門田さんの作品は分厚い取材によってつねに登場人物1人ひとりを際立たせ、その人の思いを読者に伝えてくれます。『日本、遥かなり』に出てくる人びとは、男性も女性も、いずれも立派な日本人ですね。門田 そうですね。皆、毅然としています。櫻井 日本人の足跡を日本人自身が知ることによって、私たちはふるさと、同胞の集合体としての祖国や国民国家に対する愛情と尊敬の念を育てることができるのではないでしょうか。門田 そういうふうに読んでいただけると嬉しいですね。関連記事■ 日本は同胞を救わない国のままでいいのか! | Web Voice■ 吉田調書の「真実」――現場は何と闘ったのか

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    日本の核武装を可能にするのは何か

    えた。 もちろん、この「より多ければ、より良い」の理論に対しては反論や攻撃が繰り返された。とくに国際安全保障が専門のスコット・セイガンは「より多ければ、より悪くなる」とウォルツを批判して論争した。 その論争は『核兵器の拡散』(W・W・ノートン&カンパニー社)として一九九五年にまとめられたが、さらに論争を続けたので追加して二〇〇三年に第二版が、ウォルツが亡くなった二〇一三年にも増補して第三版が刊行されている。核抑止論に決定版なし核抑止論に決定版なし ウォルツが論じたのはだいたい次のようにまとめることができる。 まず、核攻撃を受けたなら報復核で反撃する用意があれば先制核攻撃を抑止できる。また、たとえ中位国であっても核保有国は偶発による発射や非正規の使用を制御できる。したがって、核保有は抑止力を高めるだけだから、緩慢な核拡散は世界の安定に寄与するというのだ。 これに対してセイガンは次のように批判した。まず、ウォルツは中位国が核兵器を開発する間に攻撃は受けないと前提しているが、これはおかしい。また、核で報復すれば最初の攻撃国が耐えられない打撃を受けるとしているが、その保証はどこにもない。さらに、ウォルツは偶発的で非正規な攻撃は制止できるとしているが、それは信用できない。 こうした論争のなかで、ウォルツはセイガンの議論を「悪いことが起こると思うと起こる」という「マーフィーの法則」の信者のようだと揶揄し、セイガンはウォルツの議論には組織の特質が合理的判断を狂わせるという組織論的視点が、まるでないと批判した。 この論争はたいへん面白いのでなぜ翻訳がでないのか不思議だが、おおざっぱにいえばウォルツは国家を「ユニット」と呼び、世界の構造を作りあげているユニットは合理的な判断が下せると前提するのに対して、セイガンは政治・軍事組織には必ず非合理が紛れ込むと考える。 ウォルツはグレアム・アリソンがキューバ危機について『決断の本質』(中央公論社)を書いて評判になったときも鋭く批判した(『国際関係の理論』マグロウヒル社)。この本はベイジル・リデルハートの『戦略論』(原書房)と並んで経営学者の野中郁次郎氏たちによる『失敗の本質』(中公文庫)に影響をあたえているのでご存じの方も多いだろう。 アリソンはキューバ危機を米ソ双方の理性的な「合理的要素」、組織の軋轢という意味の「組織的要素」、双方の首脳の駆け引きという意味での「政治的要素」という三つの視点を移動させつつ総合的に論じようとした。しかし、ウォルツにいわせれば理論と呼べるのは合理的要素のレベルだけであって、あとの二つは理論ではないと手厳しく批判した。たとえば、組織的要素を持ち出すのは市場メカニズムを論じているときに会社経営の話をしてしまうようなものだというのである。 ここで念のために断っておくと、膨大な核理論をすべて紹介するわけにはいかないので、日本にとって切実と思われる中位国による核理論にしぼって述べている。仮に日本が核武装を検討するにしても、米露のような超大国型核武装はしないというのが前提である。 日本の核武装論者のなかで、日本が核武装すべきであり、できることなら独自核の開発を行なうべきだと考える者は、八〇年代にはガロアとボーフルの理論を取り上げ、九〇年代以降にはウォルツの洗練された理論に依拠する傾向が強かった。 それは理解できることだろう。軍事的に中位国である日本が核保有を正当化するには、単に独立国には核保有の権利があるというだけでは説得力に欠ける。ボーフルのように日本が核武装をすれば同盟国の負担が減ると論じ、あるいはウォルツのように核保有国が増えれば国際社会は安定すると主張すれば、諸外国を説得しやすいからである。 ただし、気をつけねばならないのは、ウォルツはその論理的思考の鋭さからか、理論できれいに割り切れることを好む傾向がある。それはウォルツを尊敬するミアシャイマーですら、著作『大国の悲劇』(W・Wノートン&カンパニー)の注記でウォルツの『国際関係の理論』に見られる理論経済学的思考を批判していることからも推測できるだろう。 ウォルツとセイガンの論争は、インドとパキスタンという核保有国どうしの衝突であるカルギル紛争についても行われた。セイガンはあくまでも歴史事実にこだわって細かく論じ、お互いに核を保有していても、戦争を阻止できなかったではないかと指摘した。 これに対してウォルツは、カルギル紛争は千数百人の犠牲ですんだのに、これを戦争だというセイガンは戦争の定義を変えたのかとジャブを繰り出しながら、パキスタンが攻撃を始めたときも抑制が効いており、インドが反撃にでようとしたときにはパキスタンの核抑止が働いて戦争には発展していないと断じた(『核兵器の拡散』第二版)。 もちろん、イラン問題においてもふたりは何の理論的変更もなく、それぞれのスタンスで論じた。二〇〇六年にセイガンは『フォーリン・アフェアーズ』誌に「いかにしてイランからの核爆弾を防ぐか」を寄稿してこれまでの核紛争を並べ立てた。これに対して二〇一三年、同誌にウォルツが「なぜイランは核兵器を持つべきか」を書いて、核抑止の理論は健在であり、インド・パキスタン紛争は「核保有国どうしの紛争はフル・スケールの戦争に発展しない」よい事例だと論じている。「先制核攻撃」宣言だけが抑止効果!?「先制核攻撃」宣言だけが抑止効果!? 私がしばしば評論やリポートを書いている経済の分野でも、ある種の理論が台頭して熱狂的なファンを獲得するが、やがて多くのケースに遭遇して、理論が完全に間違っているわけではないが、それは経済という巨大な現象の一部分やある期間だけに適用可能なものだと分かる。 経済理論と核戦略論をいっしょにする気はないが、核戦略論のほうは何せ核戦争という事例がないのだから、事実によって検証するということが困難である。もちろん、ちょっと実験してみようというわけにもいかない。しかし、もうすでに核保有国は九つとなり、戦争ではないにしても核保有国どうしの紛争はいくつも存在している。 最近、注目されるようになった核紛争理論家にMIT准教授のヴィピン・ナランがいる。名前からしてインド系だと思われるが、二〇〇九年に印パ紛争を扱った「平和のための核武装態勢とは」を発表し、かなり大胆に歴史的経験と理論を接合する試みを行なった。 二〇一四年には著作『現代の核戦略』(プリンストン大学出版)を刊行して、一部で話題になったが、ナランはウォルツのように世界の構造が国際関係を動かすことは認めるが、同時にセイガンやアリソンのように国内要素や国家指導者の資質も考慮するギデオン・ローズの言う「ネオクラシカル・リアリズム」の影響を受けていることを認めている。 ナランによれば、これまで核保有に達した中位国(ここには中国も含まれる)が採用した核戦略態勢は三つに分かれるという。 第一が、保有を曖昧にして戦略も曖昧なままにして危機のさいには第三国が介入することを期待する「媒介的核態勢」。第二が、報復は必ずやるが積極的に核攻撃はしない「確証的報復核態勢」。第三が、最初から先制攻撃の可能性を宣言している「非対称的エスカレーション核態勢」。ナランが繰り返し指摘するのは、こうした分類によって分析を行うかぎり、「核武装さえすれば抑止できる」という結論は出てこないということなのである。 ナランの初期の研究でも、前出のカルギル紛争が取り上げられている。インドが「確証的報復核態勢」を採用しているがゆえに、パキスタンは比較的安易に軍隊を動かしてしまったが、逆に、インドが通常兵器で反撃に出ようとしたとき、パキスタンの「非対称的エスカレーション核態勢」に抑止されて、本格的な戦争は思いとどまったという。 これに加えて『現代の核戦略』では対象を広げている。たとえば、保有国と見なされていたイスラエルは第四次中東戦争のさい、非保有国であるアラブ諸国が侵攻してくるのを阻止できなかった。ナランによれば、それは当時イスラエルが「媒介的核態勢」をとっていたため、非保有国の攻撃すら抑止できなかったとみることができるという。 さらに、中国については「確証的報復核態勢」を採用しているため、非保有国の侵攻は抑止できるが、「非対称的エスカレーション核態勢」をとる大国の攻撃を抑止できるかは保証のかぎりではない。しかし、イスラエルはいまや、通常兵器による攻撃を抑止するためにこの「確証的報復核態勢」に切り替えた。2015年9月3日、北京の天安門前をパレードする中国人民解放軍の対艦弾道ミサイル東風21D型(ロイター) こうしてみていくと、ナランの新しい理論はいまのところさまざまなケースをかなりよく説明しているように見える。核兵器登場以前の抑止例も統計的処理をして分析に加えているものの、まだまだ事例が少ない検証過程にある仮説だが、その暫定的な結論についても知っておく必要があると思われる。 「私は、核戦略には種類があって効果も違うので、核兵器を持てば抑止が働くとは思わない。いってしまえば、三つのうち『非対称的エスカレーション核態勢』のみが、核戦争の開始とエスカレーションに対して抑止として働くと考えている」「核保有の選択」の次を見据えよ「核保有の選択」の次を見据えよ労働新聞が2015年5月9日に掲載したSLBM発射実験の様子(聯合=共同) 日本の核武装の話をしながら、こうした近年の核理論とくに中位国の核武装論についてみてきたのは、ほかでもない、これから日本が幸いにしていまの平和主義を脱したさいに直面する核武装問題について、いまのうちに少しでも深く考えておきたいからだ。 ここまで読んだ方にはご理解いただけたと思うが、日本では核兵器について論じることが完全なタブーではなかったにせよ、一般のレベルではいまもあまり語られることがなかった。その当然の弊害として、核兵器についての知識だけでなく、私たちには核戦略についての論理能力がきわめて乏しい。 核兵器については、ともかく所有すればそれで何とかなるといった誤解も多い。これも憲法を改正さえすれば、日本が強大な独立国として復活できるという夢想とかなり近いものがある。憲法は改正してからも本当の意味で「日本を取り戻す」不断の努力が必要であり、憲法改正は終わりではなく始まりにすぎない。 核戦略も同じで、たとえばウォルツ理論ですら核保有が戦争をなくするのではなくて「全面戦争を阻止して戦争の頻度を下げる」といっているにすぎない。そしてナランの仮説が正しいとすれば「核の選択」もまた到達点ではなく出発点にすぎない。ひがしたに・さとし 昭和28(1953)年山形県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。国立民族学博物館監修「季刊民族学」、アスキー(株)などで編集に従事。その後、「ザ・ビッグマン」「発言者」各誌の編集長を歴任。著書に『不毛な憲法論議』(朝日新書)、『経済学者の栄光と敗北』(朝日新書)、『郵政崩壊とTPP』(文春新書)など多数。

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    日本は核武装すべきか

    北朝鮮が核実験に続き、長距離弾道ミサイルを発射した。国際社会で孤立を深める金正恩体制だが、核の脅威は確実に日本に迫りつつある。昨秋、国連総会で「日本が保有するプルトニウムは核弾頭千発分」と中国に非難された日本。「非核三原則」が国是とはいえ、わが国の平和と安全に核武装は本当に不要なのか。

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    韓国で核武装論高まる 保有すれば一流国になれるとの発想

     北朝鮮が1月6日に「水爆実験」を強行し国際社会から批判が高まっている。そもそも北朝鮮は2003年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明し、2006年に最初の核実験を行なったが、国際社会から経済制裁を受けて国家財政は窮地に陥っている。そんな隣国を目の当たりにしながらも、韓国で核武装論が盛り上がっている。それはなぜか。韓国の国民性に精通するジャーナリストの室谷克実氏がこう話す。 「韓国人の“核を持ちたい!”との願望は今に始まった話でなく、北の動向とも関係ありません。韓国で最初に核武装論が持ちあがったのは1970年代であり、北は核保有どころか、その兆候もなかった時代です。根底にあるのは韓国が抱く大国願望だった。つまり、核を保有する国こそ一流国である、という発想です」 無論、核を持てば世界から一目置かれるという思想は幻想にすぎない(北朝鮮がいい例だ)。それでも「核武装したい」との声が韓国内で大きなうねりとなっているのは、韓国人の持つコンプレックスが刺激されたからだという。「今回、韓国は北の核実験の兆候情報を事前にアメリカから提供してもらえませんでした。さらに朴槿恵・大統領と中国の習近平・国家主席の電話会談も実現していない(1月12日現在)。このように大国からは冷たい扱いを受ける一方で、自分たちより“格下”と見なしていた北朝鮮が当初は水爆実験を成功させたと発表した。その屈辱感が核保有論を一気に燃え上がらせたのです」(同前) 1月7日、与党セヌリ党の最高会議で金正薫・政策委員長が口にした次の言葉に韓国世論の本音が見える。「中国、ロシア、そして事実上の核武装国である北朝鮮、さらにウラン濃縮を行なっている日本もいつでも核武装ができる。(北東アジアで)我々だけが核で孤立している」 周りは皆持っているのに、どうして自分だけ――そんな悔しさを露わにしているのだ。しかし、そんな感情的な核武装論は、むしろ東アジア情勢にさらなる危機をもたらす可能性がある。ジャーナリストの惠谷治氏が指摘する。「仮に韓国の核武装が完成すれば、北朝鮮と韓国は戦争に近づく。現在、核兵器は実際に兵器として使うのではなく戦争に対する抑止としても、その威力を発揮している。それは朝鮮半島でも同じで、これまで北は韓国との軍事力の差を核の脅威で埋めることで、危ういながらも均衡を保ってきた。 しかし、互いに核を持つことで、北はアドバンテージを失い、韓国との軍事バランスが一気に崩れる。そうなった時、核の抑止力を失った北が暴発する可能性がある」関連記事■ 北朝鮮核ミサイルに対抗するには日韓核武装も選択肢と専門家■ 北朝鮮の核実験で韓国与党幹部が核武装発言 世論も同調■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 北の核実験に中国が激怒 日本の核武装につながるからと識者■ 核武装論高まる韓国 すでに核兵器製造可能な技術力保有

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    「日本は核武装を狙っている」 中国が進める日本悪魔化計画

     「アメリカを超える大国」を目指す中国は、その大目標の邪魔になる日本を貶める動きを加速させている。その試みは欧米の識者から日本の「悪魔化」と呼ばれ、警戒されている。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が、中国による日本の「悪魔化」の現実をレポートする。* * * 中国共産党政権が日本をことさら悪として断じ、その善や和の特徴をあえて無視する実態は私自身も1998年から2年余、産経新聞中国総局長として北京に駐在した時期から、いやというほど体験してきた。 小中高校用の歴史教科書は日本について戦時の「残虐行為」だけを誇張して教え、戦後の平和主義、民主主義の特徴はなにも教えない。日本が賠償の意味もこめて中国に供与した巨額の政府開発援助(ODA)など戦後の対中友好外交も教えない。 官営メディアは抗日戦争での日本軍の「侵略と虐殺」の歴史を繰り返し、ドラマも同様に悪逆非道の日本人ばかりが登場する。この反日宣伝の実例は自著の『日中再考』(産経新聞社刊)などで詳述した。 さてこの中国の「日本悪魔化」戦略はアメリカでも中国軍事研究の最高権威によって指摘されていた。1970年代のニクソン政権時代から一貫して国防総省の高官として中国の軍事動向を研究してきたマイケル・ピルズベリー氏の指摘であり、警告だった。 同氏は2015年2月刊行の著書『100年のマラソン=アメリカに替わりグローバル超大国になろうとする中国の秘密戦略』(日本語版の書名は『China2049』)で日本悪魔化戦略を明らかにした。 ピルズベリー氏は中国語に堪能で共産党や人民解放軍の軍事戦略関連文書を読みこなす一方、中国軍首脳との親密な交流を保ってきた。同氏はこの新著でアメリカ歴代政権の対中政策は間違っていたとして「中国を豊かにすれば、やがて国際社会の健全な一員となるという米側の期待に反し、中国は当初から建国の1949年からの100年の長期努力でアメリカを圧することを狙ってきた」と述べた。その世界覇権への長期の闘争を中国自身が「100年のマラソン」と呼ぶのだという。 同氏は中国のこのアメリカ凌駕の長期戦略の重要部分が「現在の日本は戦前の軍国主義の復活を真剣に意図する危険な存在だ」とする「日本悪魔化」工作なのだと明言している。日本の悪魔イメージを国際的さらには日本国内にも投射して日本を衰退させ、日米同盟やアメリカ自体までの骨抜きにつなげる一方、「軍国主義の日本との闘争」を中国共産党の一党独裁永遠統治の正当性ともする狙いだという。 逆にいえば、習氏にとって日本がいま平和、民主のままで国際的な影響力を強めれば、共産党統治の正当性を失いかねない。さらには中国の最大脅威であるアメリカのパワーをアジアで支えるのはやはり日本そして日米同盟であり、その両者が強くなることは中国の対外戦略全体を圧することにもなる。だから習氏はいまの日本をいかにも恐れるような異様な工作を進めるのだろう。ピルズベリー氏はその日本悪魔化工作の例証として以下の諸点を列記している。◆習近平氏が愛読する書『中国の夢』(劉明福・人民解放軍大佐著)は「日本は常に中国を敵視するから中国が軍事的に日本と戦い、屈服させることが対米闘争でもきわめて有効だ」と強調している。◆清華大学の劉江永教授は最近の論文で「日本の首相の靖国神社参拝は中国への再度の軍事侵略への精神的国家総動員のためだ」と断言した。◆李鵬・元首相に近い学者の何新・社会科学院研究員は一連の論文で「日本は中国の植民地化を一貫した国策とし、今後もそのために中国を分割し、孤立させようとする」と警告している。◆多数の中国の軍人たちが「日本は中国攻撃のための軍事能力を整備しており、日本の宇宙ロケット打ち上げはすべて弾道ミサイル開発のため、プルトニウム保有は核兵器製造のためだ」と主張している。  私はピルズベリー氏とは30年以上も交流があり、今回の彼の本についても対談する機会を得たが、氏によれば、これらの主張はほぼすべて事実に反するものの、現実には中国首脳部への真剣なインプットとなっているという。 日本はこの中国の「悪魔化」プロパガンダに対して常にその害悪を意識して正面から反撃し、論争を挑むことが不可欠だろう。関連記事■ 中国の軍拡事情を産経新聞論説委員・古森義久氏が分析した本■ 中国の軍事関連情報や分析 世界でワシントンが最も豊富な宝庫■ 日中海戦レポート著者「日本は現実に対して自信を持つべき」■ 中国 2049年の「月面軍事基地建設」と資源獲得意志を表明■ 米国製軍用ジープを丸パクリした中国製軍用ジープの写真公開