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    あんなに大騒ぎしたのに、こんなにショボい安保法制

    平和安全法制(いわゆる安保法制)が公布された。今後、半年以内に施行される。 今回すべてのマスコミが「安全保障政策の大転換」(NHKほか)と報じたが、本当にそうか。法案に反対した護憲派メディアは非難する意図から、保守派も賛成する意図から、そう報じたが、どちらも正しくない。前者は論外だが、後者もいただけない。私に言わせれば、“ほめ殺し”である。 平和安全法制については、月刊「正論」誌上で詳論する機会を与えていただいた。拙稿をアップデートした新刊『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)も上梓した。テレビ番組にも出演した。「夕刊フジ」でも連載した。繰り返し述べてきたとおり、私が下す法制への評価は〇でも×でもなく、△である。「戦争法案」と非難するのは論外だが、手放しで評価するのもおかしい。 平和安全法制は多くの課題を残した。本来「シームレス」(=切れ目のない)な「安全保障法制」のはずが、結局いくつも「切れ目」を残した。おかげさまで拙著は発売早々、異例の大増刷が決まったが、私の筆力が乏しいせいか、平和安全法制が積み残した課題がいまだ理解されていない。虎の威を借りよう。 終盤国会となった九月八日の参議院平和安全法制特別委員会は参考人質疑を実施した。与党推薦の神保謙参考人(慶応大准教授)が以下のように述べた。「安保法案をめぐる最大の論点は、この法案がシームレスな安全保障体制を確保できているかどうかということにある。その点に関し、私は研究者という立場から、この法案は十分でないと考えております」 そのとおり。皮肉にも、これが今国会中、最も鋭い批判となった。本来なら、野党やマスコミが指弾すべき問題点であろう。北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット(PAC3)=1月29日午後、東京都新宿区の防衛省(宮崎瑞穂撮影) あっさり言って、ショボい法案である。だが、ないよりはマシ。現状より多少は改善する。私は何度もそう書いた。 ところが、護憲派はそう考えない。それどころか、「戦争法案」と誹謗した。いったい、どの条文を読めば、そう思えるのか。いや、条文も読まず「戦争法案 絶対反対」と叫んだ。たった10条しかない条約を読まず「安保反対!」と合唱した世代を思い出す。当時も護憲派メディアが「反対」を煽った。護憲派批判は拙著や月刊「Voice」十二月号掲載予定の拙稿に譲り、いま一度、虎の威を借りよう。 神保准教授は十月十四日放送のBSフジ「プライムニュース」でも「グレーゾーン事態」を挙げ「シームレスな安全保障体制を確保できていない」と指摘した。おっしゃるとおり。具体例を最新刊コミックから借りよう。かわぐちかいじと惠谷治のベストセラー共著『空母いぶき』(小学館)は、中国人による尖閣諸島への上陸場面から始まる。 そうした「グレーゾーン事態」で平和安全法制は何ができるか。実は何もできない。閣議の手順が迅速化されただけで、法整備は一条文も図られなかった。「日本を、取り戻す。」――安倍晋三総裁がそう宣言した自民党の「重点政策2012」は「領海警備を強化する法律の制定に取り組みます」と明記。「『国家安全保障基本法』を制定します」とも明記した。だが、その公約は今度も果たされなかった。 法案可決成立の直前となった九月十六日、ロイターは《安保法制で転換迎える日本、「普通の国」なお遠く》と題した記事を報じた。記事は導入部分でこう報じた。《自衛隊と米軍は中国を想定した備えができるようになるが、日本は「イスラム国」空爆のような作戦には今後も参加できず、英国やオーストラリアといった「普通の国」とは、まだ開きがある。/自衛隊の役割拡大に対する米国の期待が過剰に高まれば、かえって日米関係がぎくしゃくするとの指摘もある》 そのとおり。皮肉にも、これが関連報道中、最も鋭い批判となった。日本の護憲派マスコミは一度もこうした鋭い批判を加えなかった。誤報や捏造、扇情的な偏向報道を繰り返しただけだ。まだ「普通の国」の半分以下まだ「普通の国」の半分以下 続けて記事の指摘を借りよう。《「普通の国」の半分》との見出しを掲げ、こう報じた。《英国やオーストラリアといった米国の他の同盟国と比べれば、「普通の国」にはなお遠いとの指摘もある。/新法制で集団的自衛権を行使するには、日本の存立が脅かされるなど3条件を満たす必要がある。安倍晋三首相は、武力行使を目的に他国の領土へ自衛隊を派遣することは憲法違反で、中東のホルムズ海峡での掃海を除いて想定できないと説明。イスラム国への空爆に参加することはないと繰り返してきた》 こんなにショボいのに、どこが「戦争法案」なのか。なにが「大転換」なのか。記事で豪ニューサウスウェールズ大学のアラン・デュポン教授がこう語る。「これまで(普通の国の)25%だったものが倍増して50%になり、海外に自衛隊を派遣する柔軟性と能力が増す。しかし『業界標準』からすれば、まだ50%足りない」 法制公布後のいまも、日本は「普通の国」になっていない。国際標準からみれば、まさに中途半端な法整備となった。記事は今年訪米した日本人のコメントも掲げた。アメリカで法案はどう受け止められたのか。米軍のF16、韓国軍のF15両戦闘機とともに在韓米軍基地のある韓国・烏山上空を通過する、核ミサイルが搭載可能なB52戦略爆撃機(共同)「国際法上、米国と同等な集団的自衛権を行使できるのではないかと誤解している専門家がいた」(森本敏・元防衛相)「日本と米国の間で認識のギャップがある。実際にできることの間にギャップがあるので、摩擦が起きるのではないかと思う」(川上高司・拓殖大学教授) 私もそう指摘してきたが、護憲派マスコミはスルーした。代わりに大学生の絶叫やタレント文化人の感情論を報じた。元々「切れ目のない安全保障法制の整備」(昨年七月の閣議決定の標題)だったのに、結局「切れ目」が残った。日米同盟の信頼性を担保するための法整備だったのに、かえって米国の「誤解」を招き、日米間の「摩擦」を生んだ。中途半端どころか、本末転倒とも評し得よう。 しかも、以上の話には続きがある。右記事が出た九月十六日、自由民主党と公明党の連立与党に加え、日本を元気にする会、次世代の党及び新党改革の野党3党を含む5党が「平和安全法制について」合意した。これにより、法制の「切れ目」がさらに拡大した。 合意は単なる口約束ではない。翌十七日の参議院特別委員会で、合意が附帯決議として議決され、十九日の参議院本会議で可決成立した。加えて「政府は、本法律の施行に当たっては(中略)合意の趣旨を尊重し、適切に対処する」と閣議決定された。 護憲派が「憲法違反の戦争法案」と騒いだ「集団的自衛権」はこう合意された。「存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること」 同時に、合意文書は「存立危機事態と武力攻撃事態等が重ならない場合は、極めて例外である」とも明記した。 ホルムズ海峡封鎖(に伴う機雷除去)を想定すれば、話は分かりやすい。このケースは言わば、純然たる「存立危機事態」(集団的自衛権)である。朝鮮半島有事のような、それが存立危機事態にも「武力攻撃事態等」(個別的自衛権)にもなり得る一般的なケースとは違い、「極めて例外」的である。 つまり、護憲派メディアは「極めて例外」的なケースを繰り返し取り上げ「憲法違反の戦争法案」と大騒ぎしてきたわけである。あえて百歩譲って「集団的自衛権」の行使に、なんらか法的な問題があるとしても、土壇場の与野党合意で「例外なく事前承認を求めること」になった以上、もはや「戦争法案」でも何でもない。「歯止め」がかかり「切れ目」が増えた「歯止め」がかかり「切れ目」が増えた 肯定的に言えば、法案の実質的かつ大幅な「修正」であり「歯止め」だが、視点を変えれば、「切れ目」とも評し得る。たとえば今後、参議院が承認しない場合、政府は自衛隊を派遣できない。 それ以前の問題として、国会承認を得るまでに要する時間が対応の「切れ目」となる。国会閉会中なら、最低でも三日かかる。運よく開会中でも、野党が「葬式ごっこ」の真似をしながら牛歩戦術を駆使したり、「セクハラ作戦」で議長や委員長を閉じ込めたりすれば、時間的な「切れ目」は拡大する。げんに先の国会でそうなった。 本来なら護憲派が「民主的な文民統制が強化された」「歯止めがかかった」と合意を評価し、保守派が「切れ目が増えた」と批判すべきところであろう。ところが現状は正反対。なんとも不毛な議論ではないか。 合意が残した「切れ目」はホルムズ海峡の場合に限らない。こうも合意された。「重要影響事態においては、国民の生死にかかわるような極めて限定的な場合を除いて、国会の事前承認を求めること」 集団的自衛権に次いで、護憲派が大騒ぎした論点が「重要影響事態(と認定した場合における後方支援活動)」である。PAC3は自衛隊には平成19年から配備されている(航空自衛隊提供) 今回いわゆる一般法(恒久法)として「国際平和支援法」が新たに整備された。この新法の要件を満たした場合、今後、自衛隊が「協力支援活動」を実施できる。NHK以下マスコミはこれを「後方支援」と呼び、批判したが、正しくは「協力支援」であって「後方支援」ではない。 この新法による「協力支援活動」は「例外なき事前の国会承認」に基づく。法律上そう規定された。なぜ「協力支援活動」が「例外なき事前の国会承認」とされたのか。連立与党が抵抗したからである。護憲派マスコミ世論に阿ったからである。自民党政府が譲歩し妥協を重ねた結果である。 それと同じことが土壇場の国会で起きた。ホルムズ海峡などの「存立危機事態」(集団的自衛権)に加え、重要影響事態も「国会の事前承認」とされた。例外は「極めて限定的な場合」に限られる。拙著で「協力支援活動」の課題として論じた指摘がみな、ここにも当てはまる。 今回の法改正で、従来の「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」は「重要影響事態等に際して実施する船舶検査活動に関する法律」に改正される。つまり従来の「周辺事態」が「重要影響事態」に変わる。拙著で詳論したとおり、そう名前が変わるだけで、中身はほとんど変わらない。 護憲派メディアは「周辺」が外れ、「地球の裏側まで自衛隊が『後方支援』で派兵される」と非難したが、政府が何度も答弁したとおり「周辺事態」は元々地理的概念ではない。 NHK以下マスコミがなんと言おうが、真実は一つ。名前が変わるだけで、中身は大して変わらない。たとえば、右法律の「別表(第五条関係)」は改正されない。 具体例として朝鮮半島有事を想定いただきたい。北が韓国に南進するケースよりも、北の体制が内部崩壊するケースのほうが、リアリティが高い。どちらにせよ法的には「重要影響事態」となり得る。 その際「実施する船舶検査活動に関する法律」だが、同法により、北朝鮮の不審船に、海上自衛官が乗り込む可能性は事実上ない。軍事的な意義は空中給油だけ軍事的な意義は空中給油だけ なぜなら法律上「乗船しての検査、確認」ができる船舶は「軍艦等を除く」。したがって北朝鮮軍の船舶は対象外。 漁船に偽装した工作船も例外でない。なぜなら、法律上「当該船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て」からしか、乗船検査できないからである。もちろん北朝鮮の船長が「承諾」するはずがない。 北が停船の「求め」に応じない場合どうするか。法の規定は「これに応じるよう説得を行うこと」。ならば、「説得」に応じない場合どうすべきか。平和安全法制が許すのは以下のとおり。「説得を行うため必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走及び進路前方における待機を行うこと」 たったこれだけ。「普通の国」の海軍なら許される警告射撃すら許されない。いやそれ以前に、海自は停船命令も出せない。 もし編集部が許すなら「(笑)」と付記したいところである。実際、私が講演で分かりやすく右を説明すると、会場から失笑や爆笑が起こる。むろん、笑い話では済まされない。護憲派はこんなショボい内容なのに「戦争法案」とレッテルを貼り、「従来『非戦闘地域』とされてきた場所でも後方支援できるようになる」と危険性を煽った。 当たり前だが、右の制約がもたらすリスクと実害は政府も承知している。ゆえに昨年来、法改正が検討されたが結局、実現できなかった。そもそも「国家安全保障基本法」の制定を主張してきた自民党が、護憲派の要求に譲歩を重ねた結果が、この有り様である。それに土壇場の与野党合意が止めを刺した。 従来の「周辺事態」が「重要影響事態」に名前が変わるだけで中身に大差はない。大差はないが、小差はある。法改正で今後、実際に何が変わるのか。 結論から言えば、今後は空中給油が可能となる。たとえば朝鮮半島有事で日本海に展開する空母機動部隊の艦載機に対し、航空自衛隊の空中給油機が、日本海上空で燃料補給(空中給油)を実施できる。 航空戦力の特質を踏まえれば、以上の軍事的な意義は大きい。拙著で苦言を呈したとおり、本来なら護憲派の野党やマスコミは、空中給油の是非を論じるべきであった。 もう一つ、従来の「周辺事態法」で許されなかったのが、米軍への弾薬提供である。それが今回の法改正で変わる(ただし武器の提供は引き続き不可)。 拙著で「米軍への弾薬提供が可能になるなど、現行法制よりは多少ましだが、依然として抜本改正とは程遠い」と書いた。もし改訂版を出す機会があれば、「その弾薬提供ですら、土壇場の与野党合意により、『他国部隊の要員等の生命・身体を保護するために使用される弾薬に限定される』ことになった」と追記しなければなるまい。 もはや軍事的な意義は小さい。たぶん米軍のニーズはないであろう。つまり与野党合意により、周辺事態法改正の軍事的な意義は空中給油だけとなった(その他、平和安全法制整備の意義としては、米軍のアセット防護や任務遂行型の武器使用が認められた点が大きいが、マスコミはこれもスルーした)。 加えて、以下も合意された。「大量破壊兵器やクラスター弾、劣化ウラン弾の輸送は行わないこと」「駆け付け警護を行った場合には、速やかに国会に報告すること」「180日ごとに国会に報告を行うこと」 いずれも先の国会で審議された重要な論点である。加えて「国会関与の強化」も合意された。それなのに、なぜか護憲派は評価しない。それ以前にメディアが報道しない。「歯止めがかかった」とも評し得るが、「切れ目が増えた」とも評し得る。後者の立場からは、土壇場の与野党合意により、名実とも「切れ目のない安全保障法制」ではなくなったと評し得よう。道半ば、まだゴールは遠い道半ば、まだゴールは遠い いや、それ以前に元々の法案から「切れ目」だらけであった(拙著参照)。いわゆる「集団的自衛権」の行使も「存立危機事態」の要件を満たす場合だけ。自国の自衛権行使に、こうした限定を課しているのは世界で日本だけ。それをマスコミが「集団的自衛権行使を可能とする安保法案」(NHKほか)と報じただけの話である。 正確には「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合にしか行使できない。 つまり今後とも自衛隊は、日本しか守らない。守るのは日本国の存立と自国民の生命だけ。同盟国の存立や同盟国軍兵士の生命はお構いなし。自分は守るが、他人は助けない。家族や親友でさえ見殺しにする。そうした「卑怯な商人国家」(英エコノミスト誌)であり続ける。しかも自衛権の行使は「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない」場合だけ。それすら「必要最小限度の実力行使にとどまる」。関連法制上「普通の国」となっていない。本来、安倍総理が目指すべき「美しい国」とは程遠い。 近日中にも、北朝鮮が弾道ミサイルを発射する可能性が高いが、そうして発射された弾頭がグアムやハワイ、米本土へ着弾する航跡なら、海上自衛隊は洋上で迎撃できない。内閣法制局長官を含め、先の国会で政府はそう答弁した。「存立危機事態」の要件を満たさないからである。米国の存立や米国民を守ることになってしまうからである。技術的には迎撃できても、憲法と平和安全法制の歯止めにより迎撃できない。 邦人救出も「領域国政府の承認」が要件とされた。したがって拉致被害者を含む北朝鮮の邦人を救出できない。韓国とて例外でない。韓国政府の「承認」が要る。かりに日本人の母子が米艦で韓国から帰国する途中、北朝鮮軍や中国軍の攻撃を受けたら、どうなるか。「普通の国」なら、ただちに応戦するが、日本は違う。反撃も阻止もしない。日本人母子が乗船しているだけでは「存立危機事態」の要件を満たさない。内閣法制局長官を含め、先の国会で政府はそう答弁した。マスコミはそれを「要件があいまい」と批判する脈絡で報じたが、私なら「日本国政府が自国民を見殺しにするリスク」の一例として報道する。 先日、総理は国連安保理常任理事国入りへの意欲を表明した。私は苦言を呈したい。武力行使を伴う国際安全保障措置への参加を、自ら封印、忌避しておきながら、それはなかろう。安保理とは安全保障理事会である。集団安全保障措置に参画しない者に常任資格などあるまい。 ここまでショボい法制となった理由は明白である。抜本改正を図らず、パッチワークのような弥縫策を続けた結果である。「政府のこれまでの憲法解釈は間違いだった」と認めなかったからである。砂川判決や昭和四十七年見解をたてに、過去の答弁との整合性を維持しようとしたからである。 やはり「国家安全保障基本法」の制定を目指すべきだった。私は歯がゆい。せめて「領域警備法」の制定を図るべきだった。政府与党が「電話閣議」でお茶を濁した一方、野党が領域警備法案を国会に提出する奇妙奇天烈な光景となった。挙句の果ては乱闘騒ぎで可決成立。土壇場で政府与党は一部野党に大きく譲歩した。 法制自体もさることながら、政府の答弁にも疑問が残った。なかでも兵役(ないし自衛隊の任務)を「苦役」と表現したのはいただけない。マスコミ謹製の「徴兵制への不安」を打ち消すべく憲法上の根拠に敷衍した結果だろうが、現場の反発は大きい。苦言を呈したのは私ひとりではない。元陸幕長や元海幕長もメディアで疑問を表明した。 安倍総理は(抑止力が高まるから)日本のリスクは下がるという話ばかりしたが、海外派遣された自衛隊が国連PKOで治安維持業務に就くなどリスクが増える側面もある。総理はそれを、きちんと説明し、「リスクを日本だけが背負わなくて良いのか」と、自分の言葉で率直に語ったほうが、法案への理解は深まった(九月十九日付産経朝刊の潮コメント)。 まだ道半ば。美しい日本の憲法をつくる。自衛隊を名実ともの軍隊とする。そのゴールに向かう歩みを止めてはならない。うしお・まさと 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒業。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。同大大学院研修(早大院法学研究科博士前期課程修了)、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。東海大学非常勤講師。『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(文春新書)など著書多数。

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    日韓が「自衛的核武装」を強調しなければ、北の核に対抗できない

    趙甲済(「月刊朝鮮」前編集長) 韓国と日本が昨年末、慰安婦問題を最終的に解決することで合意したことにより、新たな時代が幕を開けた。今年に入り北朝鮮が4回目の核実験を強行し、韓国政府は米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の配置をカードに、中国により強力な対北制裁を要求している。その実効性が疑わしい中、韓国では「自衛的核武装論」が台頭している。金正恩という予測不能な存在 今回の核実験は、北朝鮮が主張する「水爆実験」ではない可能性が高い。しかし、初の核実験から10年を経た北朝鮮が濃縮ウラン型の核の大量生産態勢を備え、核爆弾を小型化し、ミサイルに搭載できる段階に至ったとする見方は否定できない。増え続ける数十個の核爆弾や、韓国と日本を射程に収める中短距離ミサイルの脅威よりも恐ろしいのは、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記という存在だ。 米情報機関の分析によると、この30代前半の独裁者は「危険で予測不能、暴力的、誇大妄想的」である。彼が核ミサイルの発射ボタンを押そうとするとき、北朝鮮にそれを止めることができる者はいない。韓国は隣接する敵が核武装をしても、核開発はもちろん防衛網さえ持っていない。日本の防衛網も完璧ではない。 北朝鮮の核ミサイルの脅威にさらされる韓国と日本が「自衛的な核武装」を試みることができないのは、正常ではない。これは米国が、韓日と軍事同盟を結んで、いわゆる「核の傘」を提供しているためだ。だが、拡大抑止とも称される「核の傘」は、金第1書記がその怖さを分かっていなければ、無用の長物になってしまう。 韓国の立場から見れば、北朝鮮の核武装を防げない米国の「核の傘」は半分、破れているも同然である。韓国は北朝鮮に対する米国の生ぬるい対応を信じられなくなっている。韓国がそうなのに、金第1書記が米国の「核の傘」を信じようか。つまり「北朝鮮が核ミサイルで韓国の首都圏を攻撃し、国家機能をマヒさせれば、米国は北朝鮮に反撃する。それによって米国は、米国西海岸に北朝鮮の長距離核ミサイルの報復を受けることも覚悟している」-と金第1書記が思わない限り、核抑止力の作動は難しい。核抑止戦略は敵が核を撃った瞬間、終わりなのだ。正当防衛のための核武装正当防衛のための核武装 過去30年間、北朝鮮が主導して中国が事実上、進めさせた「朝鮮半島の核ゲーム」は、北の核武装を招き、韓日の対抗力が後退した。ゲームの規則を変えねばならない時が来ている。韓日が“ゲームチェンジャー”にならなければならない。 韓日は国家の生存が脅かされる“核被害者”の立場から、「正当防衛的な核武装権の許容」を主張し、核拡散防止条約(NPT)の改定を要求することができる。韓日はNPT第10条に依拠し、核問題により国家生存の危機に直面しているという理由で、解決に期限を設け、脱退を予告することも可能である。 同時に「核の傘戦略」の意思決定の過程に韓日が加わることができるよう、米国に要求すべきである。米国が韓日それぞれに約束した「核の傘」を、韓米日の統合指揮体制に改編し、北大西洋条約機構(NATO)のように共同対応する方策も研究すべきだ。 「正当防衛的な核武装の権限」を要求できる韓日が、中国の核兵器にさらされる台湾とも連携して、「非核地域協議体」のようなものを作れば、中国が実効性のある対北制裁を行うよう圧力もかけられる。隣接する敵が核武装する以上、正当防衛を目的にした核武装での対応は、主権国家の当然の選択である。「韓日共助」の体制模索を 韓国の原子力技術は世界的な水準だ。科学者らは「国家が決心すれば、2年のうちに核実験の必要もなく、数十個の核爆弾を作れる」という。日本はウラン濃縮と再処理施設を合法的に運営している。韓日は核爆弾を作る実力がないのではなく、米国を信じて核開発を放棄して“核武装解除の状態”に置かれている。 われわれ国家の生存を、どこに向かうか分からない若い独裁者と、米国の善意だけに任しておけようか。韓日の指導部は米国の核の傘に安住して、「米国と国連が問題を解決してくれるだろう」という消極的な態度を見せてきた。“被害当事国”が後ろに回って、米中が前に立つ理由はない。体制の命運をかけ、核武装に邁進(まいしん)する北朝鮮に対し、韓日も主体的、戦略的、創意的に決断を下してこそ「朝鮮半島の核ゲーム」は公正に行われる。 北朝鮮の核問題は、切迫した状況に置かれる韓日が前面に立って「自衛的核武装の不可避性」を強調し、米中を引っ張っていかなければ、事態を打開できない。問題解決の過程では、朝鮮半島統一の道が開かれることもあろう。 北朝鮮の核問題解決に向けた協力は、韓日新時代の最も重要な共同課題とならねばならない。「対北核韓日共助」の体制模索を提案したい。

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    韓国で核武装論高まる 保有すれば一流国になれるとの発想

     北朝鮮が1月6日に「水爆実験」を強行し国際社会から批判が高まっている。そもそも北朝鮮は2003年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明し、2006年に最初の核実験を行なったが、国際社会から経済制裁を受けて国家財政は窮地に陥っている。そんな隣国を目の当たりにしながらも、韓国で核武装論が盛り上がっている。それはなぜか。韓国の国民性に精通するジャーナリストの室谷克実氏がこう話す。 「韓国人の“核を持ちたい!”との願望は今に始まった話でなく、北の動向とも関係ありません。韓国で最初に核武装論が持ちあがったのは1970年代であり、北は核保有どころか、その兆候もなかった時代です。根底にあるのは韓国が抱く大国願望だった。つまり、核を保有する国こそ一流国である、という発想です」 無論、核を持てば世界から一目置かれるという思想は幻想にすぎない(北朝鮮がいい例だ)。それでも「核武装したい」との声が韓国内で大きなうねりとなっているのは、韓国人の持つコンプレックスが刺激されたからだという。「今回、韓国は北の核実験の兆候情報を事前にアメリカから提供してもらえませんでした。さらに朴槿恵・大統領と中国の習近平・国家主席の電話会談も実現していない(1月12日現在)。このように大国からは冷たい扱いを受ける一方で、自分たちより“格下”と見なしていた北朝鮮が当初は水爆実験を成功させたと発表した。その屈辱感が核保有論を一気に燃え上がらせたのです」(同前) 1月7日、与党セヌリ党の最高会議で金正薫・政策委員長が口にした次の言葉に韓国世論の本音が見える。「中国、ロシア、そして事実上の核武装国である北朝鮮、さらにウラン濃縮を行なっている日本もいつでも核武装ができる。(北東アジアで)我々だけが核で孤立している」 周りは皆持っているのに、どうして自分だけ――そんな悔しさを露わにしているのだ。しかし、そんな感情的な核武装論は、むしろ東アジア情勢にさらなる危機をもたらす可能性がある。ジャーナリストの惠谷治氏が指摘する。「仮に韓国の核武装が完成すれば、北朝鮮と韓国は戦争に近づく。現在、核兵器は実際に兵器として使うのではなく戦争に対する抑止としても、その威力を発揮している。それは朝鮮半島でも同じで、これまで北は韓国との軍事力の差を核の脅威で埋めることで、危ういながらも均衡を保ってきた。 しかし、互いに核を持つことで、北はアドバンテージを失い、韓国との軍事バランスが一気に崩れる。そうなった時、核の抑止力を失った北が暴発する可能性がある」関連記事■ 北朝鮮核ミサイルに対抗するには日韓核武装も選択肢と専門家■ 北朝鮮の核実験で韓国与党幹部が核武装発言 世論も同調■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 北の核実験に中国が激怒 日本の核武装につながるからと識者■ 核武装論高まる韓国 すでに核兵器製造可能な技術力保有

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    中国メディア「日本には実験なしで核兵器開発できる能力がある」は本当か

    13-08-28■[科学]韓国には言わせておけばいい、飛べ、日本のイプシロン!~潜在的な意味で日本の安全保障上のカードにもなり得るすばらしい技術http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20130828 このイプシロンではロケット自らが人工知能により不具合の有無をチェック可能です、これは簡単に言えばロケット内のチェックすべき総数数万の各パーツをLAN(ローカルエリアネットワーク)化して掌握し人工知能により正確な自己判断を行うという、ロケット技術としては世界初の最先端の試みであります。 そして、打ち上げ費用30億(目標値)という驚異的な費用圧縮と、ロケットに人工知能搭載という最新の日本のIT技術を結集した日本独自の固体ロケット技術なのです。 さて、イプシロンは日本の主力ロケット「H2A」などの液体燃料大型ロケットではなく、固体燃料を用いた中型ロケットであります。 ここがキモです。 固体燃料を用いる技術であることから、弾道ミサイルに即軍事転用可能である、すなわちイプシロン打ち上げ成功は大陸間弾道ミサイル(ICBM)への転用も可能な技術を日本が確保した事を意味します。 静止衛星は地上3万6千キロの静止軌道に打ち上げますが、約1トンの衛星を地上3万6千キロに打ち上げるという技術は弾道ミサイルの技術をはるかにしのぎます。そして費用圧縮にも成功したイプシロンは量産可能です。 で、肝心の核弾頭であります。ようは核爆弾の小型化ですが、まったく問題なく現在の日本の技術でそれを実現可能です。ただここでも核実験ができないことを考えるとアメリカの情報提供がほしいところではありますね。 最後のポイント。・日本が核兵器を保有した場合、西太平洋地区、とくにわが国の安全に対する重大な脅威となる まあそうなるでしょうね。核弾道ミサイルを300発保有する技術も原料も、日本には十分にありますから。・・・ まとめます。 国民が核を持つ意思をしめし、憲法が改定され、同盟国の同意を得て、特にアメリカが技術的に協力してくれる、というおそらく有り得ないだろう仮定で考えてまいりましたが、「日本には「実験なし」で核兵器開発できる能力がある!」という中国発の論説ですが、ある程度当っていると当ブログは考えましたが、はたしてどうでしょうか? いずれにしても日本の有する技術力をもってすれば、核爆弾を持つという国民の総意・意思が固まれば、それは早期に実現可能であろうと思われます。 さてエントリーして思いついたのですが、安全保障上のカードとして、また現憲法に抵触しない範囲で何か可能なことはないのかという意味でこんなのはいかがでしょうか。 製造技術を確立してプルトニウム抜きの核爆弾を300発ほど保有する。そしてイプシロンを改良して弾道ミサイルも同数量産しておく。プルトニウムが入っていませんから、爆発もしないし兵器ではないことになります。 で、日本を怒らしたら、いつでも瞬時にプルトニウムを挿入できるぞ、という脅しになります。「日本がその気になれば核ミサイルはすぐに保有できる」、この事実だけでも安全保障上の有効なカードとなると思います。読者の皆さんはどうお考えでしょうか。(ブログ「木走日記」より2015年8月12日分を掲載)

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    だから日本も核武装? 常に臨戦態勢の極右勢力

    猪野亨(弁護士) 今頃になってのものですが、櫻井よしこ氏ら極右勢力の日本会議がこのような集会を今年の8月に行っていたのですね。「反核平和 70年の失敗~憲法9条は中国軍拡も北の核兵器も止められなかった!~」 戦争法案の審議の最中にこのようなことをやっていようとは、大変な軍国主義者たちです。戦争法案を合憲だと言っていた数少ない憲法学者も名前を連ねています。「戦争法案の合憲性を主張する憲法学者 百地章、西修、長尾一紘の各氏ら御用学者の活用方法」 それにしてもすごいタイトルです。タイトルばかりではありません。敢えて8月6日の広島で開催するという当てつけです。 中国に負けじと日本も軍拡、そうなると日本も核武装ですか? そのようなことをしたって中国の軍拡や北の核兵器開発が止められるわけがありません。単なる軍拡競争になるだけです。 櫻井氏は、米国の価値観は違うから、アジア諸国は中国の台頭に対しては日本に期待していると言うのですが、しかし、あまりにうがった見方です。ASEAN諸国も中国に同調する国々が少なくないではありませんか。 だから、日本が軍事力を拡大するというのであれば、単に銃剣を振り回すだけの国として、他のアジア諸国に対して日本に従えと言っているだけの姿にしか見えません。中国に対する牽制というなら、アジア諸国と軍事同盟でも結びますか。何だか「八紘一宇」の発想です。「八紘一宇を絶賛! 三原じゅん子議員 侵略戦争美化」 しかも憲法9条が隣国の軍拡路線を止められなかったというのもひどい言いがかりです。冷戦期には、中国も北朝鮮も大した軍事力はありませんでしたし、中国の本格的な軍拡が始まったのは、つい最近の話です。 しかも、現実には、日本政府は憲法9条の理念を踏みにじることばかりをしてきました。今年の戦争(安保)法制は最悪ですが、以前から自衛隊の軍備拡張を押し進め、さらには海外派兵にまで踏み出しました。 これで憲法9条の理念を世界各国に説いていっても説得力はありませんし、日本政府がそのような行動をとったこともありません。それでありながら憲法9条が中国の軍拡を止められなかったなどとよくもいえたものです。 櫻井よしこ氏らが目指すものは、日本の軍事大国化であり、再び戦争ができる国家にすることです。しかも、復古的な軍事大国化です。かつてのアジア・太平洋戦争を聖戦として位置づけ、過去の歴史をあからさまに否定する歴史歪曲を押し進める人たちです。 そのようなことをすれば、あるいは戦後の日本がそのようなことをしていたとすれば、経済は破綻していたであろうし、国民は窮乏生活を強いられていたことでしょう。これからだって同じです。軍事大国化路線や、ましてや核武装政策を推し進めれば国家財政が破綻するだけです。私たちにとって良いことは何1つありません。 憲法9条の理念を実現するために日本が率先して行動することこそ、世界の人々に期待されているところです。(「弁護士 猪野 亨のブログ」より2015年11月23日分より転載)

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    大学生が考える 「戦争法案」という主張は本音かタテマエか

    定した。あたかも自分たちは博識みたいな傲慢な態度であった。 賛成派は本法案が合憲とする論理は、現行の安全保障体制の延長であり、ドラスティックな解釈はしていないと主張する。そもそも、今回の法案は集団的自衛権の行使ではないが、既に日本は何度も一般国際法上集の団的自衛権を行使してきた歴史を持つし、日米安保を破棄していないことが、集団的自衛権自衛権容認に他ならない。憲法には条約は順守しなければならないという旨が明記してある事について反対派はどう説明するのか。また、今回の法案の論点であった集団的自衛権が違憲であるならば、日本政府がとるべき行動は3つあり、反対派はそれを大声で主張しなければならない。1 国連憲章に対し留保をつける2 日米安保が憲法に反していることになるので、基地提供(国際法上の見解は集団的自衛権に含む場合が少なくない)をやめ、米国に対し条約破棄を一方的に通告する3 現行の安全保障に関する法律の抜本的改正 国連憲章の51条には国家の自然権として集団的自衛権を認めているが、日本の憲法上禁止されているならば、留保の旨を通告しなければ国際政治で大きな誤解を生む。基地提供に関しても、ベトナム戦争時に嘉手納基地から米軍が出撃している時点で集団的自衛権行使である。さらに自衛隊法でも、公海上であっても米艦隊が攻撃を受けた場合に武力行使が可能な事態が明記されている。(自衛隊法88条、95条等)国会前で行われた安保法案反対デモには多くの女性が参加した=8月30日(早坂洋祐撮影) ゆえに、繰り返しになるが、憲法違反だと主張するならば上記の3つのことを主張しなければ論理的整合性はない。しかし、反対派が叫んでいる事は、「打倒安倍政権」、「廃案」、「立憲主義の破壊」など様々で感心すらする。こういう人達が「反知性主義」とか言うのだから滑稽である。実際のところ、憲法学者の解釈はごまかしであり、ご都合主義で、「マスコミが騒いでいるから目立っておこう」的な意図を感じてしまう。だから、私は憲法学者の主張はあくまでタテマエであり、本当は分かっていると信じている。もし、本音であるならば、日本の憲法学者に存在価値は無い(タテマエでもタチは悪いが…)。 実は、少数であるが論理的な主張をしている人もいる。代表的な人は伊藤塾塾長である。彼は現行憲法に則り、行政を行うならば非武装中立しかないと言う。思想的に「正常」かは抜きにして考えれば彼の主張自体は筋が通っている。ただし、筋が通っていれば正しいことにはならない。チベット、ウイグル、東南アジアの現状を見れば彼の主張がいかに愚かであるかは一目瞭然である。 よって、今回の法制は必須であり、まだ不十分であるくらいであるし、将来的にはフルスペックの集団的自衛権の行使を容認した方がリスクは軽減される。憲法学者や一部の愉快な人たちはゲーム理論や国際関係学、統計学を知らないかリスクは増えると言うが、あくまで条件付き確立の想定であり、本質でない(※詳しいことは嘉悦大学教授の高橋洋一氏の記事を参照)。 今後、日本が国際平和に貢献していく気があるならば、経済大国に相応しい軍事力を備え、抑止力を増大させるべきである。一人の学生として日本がより安全になることを願っている。

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    世界秩序が混乱の度を深める中、なぜ日本には危機感がないのか

    田久保忠衛(杏林大学名誉教授) 視点の相違は弁(わきま)えておかなければならない。日本にとって東シナ海、南シナ海は死活的に重要だが、残念ながら欧米諸国の感覚は別だ。昨年、頻発したテロの中でもパリで2回、次いで米カリフォルニア州サンバーナディーノでの惨劇が与えた衝撃は日本のメディアでは分からない。米国もフランスもロシアも英国もイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の根拠地に爆撃を加えているが、一般市民というソフトターゲットを狙ってくる敵を防ぐのにどれほど効果が上がったのか。指導性欠如著しいオバマ大統領 全体像を捉えにくいテロリストに各国の指導者が的確に対応できないうえに、シリアやアフガニスタンから難民が殺到してくる。難民受け入れ反対を唱えるフランスでは超右翼「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首が来年の大統領選挙を、米国では共和党のドナルド・トランプ氏が今年の大統領選挙をそれぞれ目指す事態になってきた。両者の動きは連動している。 オバマ米政権に多くは期待できない。ロバート・ゲーツ、レオン・パネッタの2元国防長官が相次いで回想録を出し、その中でオバマ大統領を批判したと思っていたら、最近、チャック・ヘーゲル前国防長官が米フォーリン・ポリシー誌とのインタビューで、シリア政策をめぐる大統領との意見の相違があった事実を認めた。3人の前・元国防長官に一致しているのは大統領の指導性欠如の指摘だ。ただ事ではない。 時系列で見ても大統領はシリアの内戦に介入すると言いながら、結局、行動を起こさなかった。その間にISが反体制派にもぐり込み、いまやシリアからイラクにまたがる広大な地域を実効支配し、自ら世界各地でテロを指示し、実行するに至る。 居住地を狙うホームグロウンあるいはローンウルフ(一匹狼)などのテロは身近になった。移民で頭を悩まし、加えて難民の扱いで弱っているところに、1年間で2度の惨劇がフランスを見舞った。フランス人はどのような反応を起こすか。昨年12月にフランスで実施された2度の地域圏議会選挙で2回目には敗れたものの、1回目に「国民戦線」は大勝している。危険なルペン・トランプ現象 サンバーナディーノ銃乱射事件はパリにおける2度目のテロから3週間たっていない。トランプ氏は「移民、難民、旅行者を含めイスラム教徒の入国を当面、全面禁止する」との声明を出した。同時にオバマ大統領は「われわれはISを壊滅させる」とホワイトハウスの執務室から国民に向けて演説した。どちらに拍手が湧くか。トランプ氏の支持率は他の共和党候補を圧倒的に引き離している。 ルペン・トランプ現象を、ポピュリスト政治家が巻き起こしている一時的な出来事と見るか、時代的背景を持つ危険な兆候と考えるか。米仏両国の良識がいずれ感情を抑えて熱は冷めるという人は多いが、希望的観測を述べているやじ馬にすぎないと思う。 トランプ氏がホワイトハウス入りしたら、米国内の世論は真っ二つに割れるだろうし、移民、難民を入れて苦労をしている国々からの反発はすさまじいに違いない。ISへの応募者が爆発的に増える事態を想定しただけで世界中は大混乱に陥るだろう。漁夫の利を得る中国「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事に出席した習近平国家主席(左)と江沢民元国家主席=2015年9月3日、北京の天安門(共同) 昨秋、訪日した米外交問題評議会のリチャード・ハース会長が米国の弱点として、与党の民主党が上下両院で少数党になっており、野党の共和党は分裂していると語っていた。だれが大統領になるにせよ、オバマ政権で対外的に抑制的になった「内向き」の姿勢を「外向き」に転換しないと米国の威信はさらに落ちる。秩序維持の役を取り戻すにはかなりの年月を必要とする。その間に米国は知力と国力を国際テロリストとの戦いに注ぎ込まなければならない。 世界が関心をISに移しているときに、漁夫の利を得るのは中国だろう。政治家の腐敗、環境汚染など庶民の不満の原因となる内臓疾患をいくつも抱える中国が、折からの経済不振も重なって東シナ海、南シナ海を利用し、国内ナショナリズムをかき立てる事態は現に進行しているではないか。 中国が現在悪化している米国との関係を一挙に挽回しようと企てて、対テロ戦で米国に全面的協力を申し入れないとも限らない。9・11同時テロで中国は当時のブッシュ政権に中国がらみの国際テロ関係資料を手渡し、両国の雰囲気が急に改善された前例もある。 国際テロが主権国家群を手玉に取って秩序を混乱させる暴挙にどう対応するか、主要国が死にもの狂いになっているのと対照的なほど、日本には危機感がない。 大手新聞が昨年11月に実施した自民党の党員意識調査で、憲法改正を「急ぐ必要はない」と答えた者が57%だったという。国際情勢の大局が分かっていないか、世渡りのうまい回答ではないか。 年頭の心配はこの一点だ。たくぼ・ただえ 昭和8年、千葉県生まれ。外交評論家、杏林大学名誉教授。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長などを歴任。59年に杏林大学教授、平成8年から現職。専門は国際政治。著書に『戦略家ニクソン』(中公新書)など。第12回正論大賞受賞。

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    狂気の北核実験、金正恩は賭けに勝った

    北朝鮮は6日午後、「朝鮮で初の水爆実験を成功させた」と発表した。北朝鮮による4回目の核実験は2013年2月以来だが、真偽はともかく国際的な孤立を深める北朝鮮にとって、最後の賭けに出たとも言える。米国をはじめ世界を手玉に取った金正恩。狂気の独裁者が次に打つ手は何か。

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    北朝鮮、狂気の核実験 濃縮ウラン型開発が対テロ戦争を揺るがす

    06年から兵器級の濃縮ウランの生産が本格化したならば7年後の今回の実験にそれが使われることは自然だ。安全保障の基本は「最悪に備えよ」であり、北朝鮮がすでに相当量の兵器級の濃縮ウランを持っていることを前提に備えをなすべきだろう。 そのことは北朝鮮核問題の重大な構造変化を意味する。北朝鮮がふんだんな原料で量産した兵器級濃縮ウランをイランやシリア等のならず者国家やアルカイダなどのテロ集団に販売する危険が高いからだ。そうなれば北朝鮮の核問題は、東アジアの安全保障の問題から中東の安保と世界の対テロ戦争の問題へと深刻化する。赤化統一のため日本とアメリカを脅す赤化統一のため日本とアメリカを脅す 2002年1月当時のジョージ・ブッシュ大統領は有名な悪の枢軸演説でこう語った。「このような国家(北朝鮮、イラン、イラク)と彼らのテロ同盟者たちは、悪の枢軸を形成しており、世界の平和を脅かすために武装を進めている。大量破壊兵器を入手しようとすることで、これらの政権は、深刻で日々高まる危険をもたらしている。彼らは、こうした兵器をテロリストに提供しかねず、そうなれば、テロリストに、彼らが抱く憎しみに見合う手段を与えることになる。彼らは、われわれの同盟国を攻撃したり、アメリカを脅そうとしかねない。こうした状況のもとで、無関心でいることは破滅的な犠牲をもたらすであろう」。ブッシュが警告した悪の枢軸がテロリストに核兵器を提供する危機が眼前に迫っている。 その意味でこの10年間の米国とその同盟国である日本と韓国の対北朝鮮政策は大きく間違っていたことになる。どこから間違ったのか。北の核開発は体制の根幹である対南赤化戦略の一環であり、話し合いや経済支援では止めさせることはできない。いつでも独裁者本人と彼からの指令系統を攻撃できるという抑止力を担保しつつ、彼らが自前で準備できない資金や技術の流入を徹底的に断つ以外に開発を止める方法はないという単純な真理を、日米韓の政府と専門家が理解していなかった。 まず、北朝鮮の3代世襲独裁政権が核ミサイル開発を続ける理由は何かという基本命題から考えておこう。彼らの核戦略について、私は20年以上、論争してきた。90年代初め北朝鮮の核開発が国際社会の争点となったとき、日米韓の多くの専門家や情報関係者は、外交交渉のカードとして開発しているふりをしている、実際は核武装を目指していない、などと主張した。いわく、「合理的に考えれば核武装を強行するより中国型の改革開放政策を採るしかない」「米国の強大な核戦力に対抗できるはずがない」「最貧国の北朝鮮に核ミサイルを実戦化する資金も技術も無い」「米国の衛星に見えるように施設を建設しているだけだ」などなどの議論が主流だった。 ある著名な国際政治学者は1998年北朝鮮が日本を飛び越えるテポドン1ミサイルの発射実験を行ったとき、「これは日本とアメリカに対する求愛だ。助けて欲しいというメッセージだ。したがって、われわれは北朝鮮を追い込んではいけない、援助を続けるべきだ」などとコメントしていた。 2000年代に入り、北朝鮮が核開発凍結を約束したジュネーブ合意を破って濃縮ウラニウム爆弾開発を秘密裏に続けていたことが明らかになり、また2006年、09年と核実験が続く中、さすがに北の核ミサイル開発は交渉のためのダミーだという説はほとんど姿を消した。だが、その後も北の核を「自衛のため」「体制を維持するため」「追い込まれて生き残るためのもので実際に使う危険は小さい」など説明する論者が多かった。2012年12月、北朝鮮北西部・東倉里の西海衛星発射場から発射される事実上の長距離弾道ミサイル(共同) 一方で、北朝鮮は同族である韓国には核を使わないから北朝鮮の核の標的は日本であるという議論も出てきた。彼らが核の小型化に成功し、日本全土を射程に入れた核ミサイルを実戦配備すれば、日本は彼らの脅迫に応じざるを得ないとの危機感だった。 たしかに、北朝鮮は核ミサイル開発を外交カードとして経済支援を得てきたし、体制擁護のためにも、日本を脅すためにも使うだろうが、それはあくまでも二義的三義的である。私は北朝鮮の核武装は第一義的には韓国を赤化併呑することを目標としていると主張し続けてきた。冒頭に引用した趙甲済氏の見解と一致している。 いまでもはっきり覚えているが、1998年北朝鮮がテポドン1を発射したとき、私は当時韓国の空軍大学教授だった李チョルス氏に会いに行った。彼は1996年ミグ19に乗って韓国に亡命した元北朝鮮人民軍のパイロットだ。私は李元大尉に北朝鮮軍の戦略の中で核ミサイルはどの様な位置づけをされているのかと質問した。彼は私の顔をじろじろと見つめ、「あなたは本当に北朝鮮問題の専門家ですか。なぜ、このような基礎的なことを尋ねるのですか」といいながら次のように語った。「自分たち北朝鮮軍人は士官学校に入ったときから現在まで、ずっと同じことを教わってきた。1950年に始まった第1次朝鮮戦争で勝てなかったのは在日米軍基地のせいだ。あのとき、奇襲攻撃は成功したが、在日米軍基地からの空爆と武器弾薬の補給、米軍精鋭部隊の派兵などのために半島全域の占領ができなかった。 第2次朝鮮戦争で勝って半島全体を併呑するためには米本土から援軍がくるまで、1週間程度韓国内の韓国軍と米軍の基地だけでなく、在日米軍基地を使用不可能にすることが肝要だ。そのために、射程の長いミサイルを実戦配備している。また、人民軍偵察局や党の工作員による韓国と日本の基地へのテロ攻撃も準備している」 彼はすでに1992年金正日が命じて北朝鮮人民軍は対南奇襲作戦計画を完成させていると話した。李元大尉の亡命の翌年、1997年に労働党幹部の黄長●(●は火へんに華)氏が亡命した。黄長●氏がその作戦計画について次のように詳しく証言している。 1991年12月に最高司令官となった金正日は人民軍作戦組に1週間で韓国を占領する奇襲南侵作戦を立てよと命じ、翌92年にそれが完成した。金正日は作戦実行を金日成に提案したが、経済再建が先だと斥けられた。 作戦の中身は、概略以下の通りだ。北朝鮮は石油も食糧も十分備蓄できていないから、韓国併呑戦争は短期決戦しかない。1週間で釜山まで占領する。まず、韓国内の米韓軍の主要基地を長距離砲、ロケット砲、スカッドミサイルなどで攻撃し、同時にレーダーに捕まりにくい木造のAN2機、潜水艦・潜水艇、トンネルを使って特殊部隊を南侵させて韓国内の基地を襲う。在日米軍基地にもミサイルと特殊部隊による直接攻撃をかける。 同時に、米国にこれは民族内の問題であって米軍を介入させるな、また、日本に在日米軍基地から米軍の出撃を認めるな、それをしたら核ミサイル攻撃をするぞと脅すというのだ。韓国内に構築した地下組織を使い大規模な反米、反日暴動を起こしながら核ミサイルで脅せば、米国と日本の国民がなぜ、反米、反日の韓国のために自分たちが核攻撃の危険にさらされなければならないかと脅迫に応じる可能性があると彼らは見ている。 金日成は1970年代、工作員を集めて「祖国統一問題は米国との戦いである。米国は2度の世界戦争に参戦しながら、1発も本土攻撃を受けていない。もし、われわれが1発でも撃ち込めば、彼らは慌てふためいて手を上げるに決まっている」と教示している。国民の被害に弱い民主国家の弱点を突こうという一種のテロ戦略だ。 今回の核実験の詳細について現段階では情報が限られている。しかし、彼らが米国本土まで届く核ミサイルを開発するために、持てるだけの資金と人材を最優先でつぎ込んでいることだけは明白である。すでに北朝鮮はプルトニウムを相当量持っている。北朝鮮はプルトニウムを作れる寧辺の5000キロワットの原子炉を1986年から1994年までと2003年から2007年まで稼働した。同原子炉には一回に8000本の燃料棒が装填でき、使用済み燃料棒を再処理するとプルトニウムができる。その間、4回燃料棒が取り替えられ合計3万2000本の使用済み燃料棒が全量再処理された。恵谷治氏の推計によると、北朝鮮が生産したプルトニウムの総量は90キロから105キロだ。原爆1発に使われるプルトニウムは4~8キロで、2006年と2009年の実験で2発分が使われたので、今回の実験がウラン爆弾だとすると北朝鮮の持つプルトニウムは74~97キロ、原爆9~24発分となる。これだけでも先に見た奇襲南侵作戦の脅迫用には十分な量だ。その上、濃縮ウランが量産体制に入ったとしたら悪夢と言うしかない。北の暴発・先制攻撃に対抗する「斬首作戦」北の暴発・先制攻撃に対抗する「斬首作戦」 韓国ではいま、独自核武装を求める声が高まっている。北朝鮮の核戦略が韓国の併呑を目指すものである以上、その危機感は当然だろう。わが国にとっても地政学的に、朝鮮半島全体が敵対勢力を手におちることは重大な危機となる。古代朝廷は白村江の戦いで新羅・唐連合軍に敗れた後、九州に防壁を築き防人を徴募して守りを固めた。元寇は高麗が元に敗れた後にやってきた。日清、日露の戦役は半島全体が反日勢力の手におちないようにするための国運をかけた戦いだった。朝鮮戦争を戦ったマッカーサー元帥は日本防衛のためには半島と旧満州の確保が必要だったと米議会で証言している。 先に書いたように私は北朝鮮の核開発は在日米軍基地を使わせなくするために日本を脅迫することを目的にしていると主張し続けてきた。だから、その脅しに対していったいどの様に対処すべきか、考え続けてきた。10年前の2003年、東京財団の朝鮮問題プロジェクト論文で次のように書いた。〈ここで我々が考えるべきことは、テロと闘う基本姿勢である。テロリズムの語源は「テラー」(恐れ)である。つまり、国際社会は自衛権の行使や集団的安全保障などでの武力行使を認めているが、その場合でも戦時国際法などのルールを課している。しかし、テロリストらは非武装の市民などを対象に組織的な武力行使を敢行し、相手を恐怖に陥れて自分たちの政治目的を達成しようとする。脅迫に屈してテロリストの要求を受け入れれば、第2、第3の要求が来るだけで、問題の解決にはならない。テロを実行すれば、数百倍の実力行使で報復するぞという強い意志を示してテロリストの要求を退けること以外に、テロに勝つ方法はない。ペルー大使館占拠事件でゲリラらが米国軍特殊部隊の出動準備という報道があった直後、米国人人質をいち早く解放したことは、まさにその典型的例だ。水爆実験の実施を発表する朝鮮中央テレビの映像を伝える大型モニター=6日、大阪・道頓堀 たとえ、金正日が数発の核ミサイルをすでに持っているとしても、日本、韓国が軍事同盟を結んでいるアメリカは膨大な核兵器体系を持っている。金正日政権が実際暴発カードを使う、すなわちアメリカ本土を攻撃すればもちろんのこと、日本、韓国を攻撃しても、アメリカから壊滅的な報復攻撃を受ける。特に、暴発を命令した金正日はかならず除去されるという緊張関係が成立していれば、金正日は暴発カードを使えない。 したがって、日米同盟強化こそが暴発カードへの対抗策となる。そのためには集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈の正常化を早急に実現すべきだ〉 北朝鮮の核の脅しに対する抑止は日米同盟と韓米同盟の強化によって独裁者をいつでも殺すことができるという状況を作ることだ。この考えは今も全く変わっていない。韓国の軍事戦略研究家である権泰栄博士は2008年に出版した著書『21世紀軍事革新と未来戦』で「暴発を命令した金正日はかならず除去されるという緊張関係」という私の考え方をより緻密に展開して「先制攻撃」を含む積極的、予防的、抑制的防衛戦略としての「斬首作戦」を提唱している。 趙甲済氏が権博士の戦略を分かりやすく紹介しているのでそれを引用する。〈権博士は、絶対に北韓軍に奇襲を許してはいけないという点を幾度も強調した。1.北側は核兵器、化学生物武器、そして長射砲など長距離奇襲・打撃能力を保有している。2.首都圏に人口の半分、国富の70%以上が集中している上、休戦ラインと隣接した枹川、議政府、高揚地域が急激に開発された。したがって、奇襲された時退く空間がない。後退してから反撃作戦で勝利しても首都圏の荒廃で実益がない。3.したがって、過去のように敵に領土を譲歩した後反撃して失地を回復する防衛概念から脱して、領土の外で短期間内に決定的に勝利できる能力を誇示することで、戦争を事前に予防・抑制する防衛概念の採択が不可避だ。このような抑制および予防次元の防衛(Preventive Defense)ができるためには、過去の「守勢-消極」防衛から、「攻勢-積極防衛」へ転換し、「先制奇襲的攻撃/打撃(Preemptive Surprise Attack/Strike)」も必要時は許すという「威厳性」を持たねばならない。4.防衛の目標と水準を、「積極、予防、抑制防衛」へと格上させるためには、軍事力を先端情報技術軍へと脱皮させねばならず、多くの予算が必要だ。 韓国軍は、先制攻撃の概念を発展させるため、ひとまず戦争が起きれば敵の指揮部を集中打撃する「斬首作戦」のための新武器開発にお金を使い、先端NCW(Network-Centric Warfare)戦力も整えねばならない。 NCWとは、敵陣に対するリアルタイムの情報と敵の指揮部と神経系統を同時並列的に打撃できる新武器体制の結合を意味する。敵の戦略重心拠点(Center of Gravity)を数百、数千箇所選定しておいて、開戦と同時にミサイル、戦闘機、誘導爆弾などで同時多発的攻撃を敢行すれば、瞬間的に敵の指揮体制が麻痺する。指揮体制が麻痺した軍隊は、頭が切られた胴になる。 権博士は、このような攻撃的防御体制を構築しながら、金正日政権に対しても適当に知らせねばならないと主張する。独裁者は自らの安全を最優先に思う者らだから、戦争を企図しては自滅するということが分かれば、戦争を諦めるという論理からだ〉 権博士の戦略はすでに一部、米韓軍によって採用されている。米韓軍は北朝鮮が奇襲南侵を企図した場合に備えた作戦計画5027を持っている。当然のことながらその内容は極秘であり、数年ごとに情勢の変化に合わせて改訂されている。1998年、「北朝鮮が攻撃してくる予兆があれば先制攻撃を加えて戦争を開始し、部隊を北進させ平壌を占領する」という同作戦計画の一部が意図的にリークされた。ワシントンポスト同年11月19日付けやファー・イースタン・エコノミック・レビュー12月3日号によると作戦計画は次の通りだ。1 北朝鮮の攻撃があれば米韓軍は・兵力展開、・24時間以内にミサイルと爆撃で北朝鮮砲兵軍団攻撃、・平壌に向けて侵攻、・東西海岸から海兵隊上陸、・平壌占領、の5段階前面反攻に出る。2 米軍は常に北朝鮮軍の動向を監視しており、攻撃開始の3日前には兆候をつかめる。3 明白な兆候のある場合は、多連装ロケット砲と長距離砲と爆撃機などをはじめとする前線の軍事施設のすべてを徹底的に破壊する先制攻撃をなす。これは5段階のうちの・と・にあたる。4 日本は日米防衛協力のための新ガイドラインに従い周辺事態法を発動して米軍の後方支援を行う。 権博士の「斬首作戦」は3の部分に「敵の指揮部と神経系統を同時並列的に打撃」することを追加する。分かりやすく言うと金正恩ら最高権力者の所在地とそこからの通信手段を一挙に攻撃するのだ。独裁国家では独裁者の決済なしに軍は動けないから「指揮体制が麻痺した軍隊は、頭が切られた胴になる」。日本は集団的自衛権解釈の見直しと再入国不許可制裁の拡大を日本は集団的自衛権解釈の見直しと再入国不許可制裁の拡大を 安倍政権は集団的自衛権に関する憲法解釈の見直し作業を始めた。しかし、北朝鮮の核ミサイル開発が深刻化している以上、集団的自衛権の問題は類型化された概念論ではもはや間に合わない。作戦計画5027が発動された場合、日本は何をするのかという日米同盟の根幹をなす戦略問題の観点から具体的に論議すべき緊急課題となる。私は従来、「・同盟国アメリカの領土が武力攻撃された際と、・いわゆる周辺事態『我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態』のために出動した米軍が敵国から武力攻撃を受けた際に、自衛権を発動できる」という政府見解を出すことを提言している。 米韓両国は、北朝鮮政権が政変、内戦、暴動、天変地異などで崩壊した場合に軍隊を北進させる作戦計画5029をも持っている。米韓軍を北進させるという点は5027と同じだが、両者ともに混乱の中で拉致被害者が危険な目にあわないようにどの様に救出するかがわが国の重大課題となる。米韓軍の作戦計画に被害者救出のミッションをどのように組み込ませるか、これも集団的自衛権を発動して日本ができうる限りの貢献を両作戦計画に対してなしてはじめて実現できる戦略的課題だ。北朝鮮が水爆実験を行った6日、広島市の平和記念公園で平和を祈り合唱する人たち 特に2015年には米韓同盟の根幹である米韓連合司令部が解体される予定となっている。米韓連合司令部がなくなって5027や5029作戦計画を問題なく遂行できるのか、できないならば解体を延期すべきではないのか、日本の果たす役割を含めて今から3国の高いレベルで真剣に検討すべき重大課題だ。 最後に、北朝鮮の核ミサイル開発をどの様に止めるのかについて論じよう。日米韓3国の抑止力強化が守りの戦略というなら、こちらは攻めの戦略だ。ブッシュ悪の枢軸演説はこの点について「われわれは、同盟国と結束し、テロリストとテロリスト支援国家には、大量破壊兵器の製造と運搬を可能にする材料、技術、専門知識はけっして渡さないようにする」と明確に処方箋を書いていた。わが国がなすべき制裁はまだ多く残っている。私は、在日本朝鮮人科学技術協会(科協)に所属する核やミサイル技術者が自由に訪朝して北朝鮮の核ミサイル開発を支援している状況を告発し、最低でも彼らまで再入国不許可を拡大すべきだと繰り返し主張してきた。 ミサイルエンジン専門家である金剛原動機合弁会社副社長の徐判道は昨年3回訪朝している。関係者によると彼が訪朝するたびにミサイル実験が行われるため、ミサイル基地での点検作業に立ち会っている疑いがあるという。2006年と09年のミサイル実験の前にも徐の訪朝が確認されている。 北朝鮮は在朝日本人に出国の自由を与えていない。わが国は、総連幹部であっても出国の自由を制限したことはない。ただ、誰に再入国許可を出すかは、主権国家の固有権限だ。北朝鮮の核ミサイル開発を非難しながら、そのための資金と技術が持ち出されていることを放置してきたわが国の在り方を反省すべきだ。金融制裁再発動と南北交易停止で外貨を絶て金融制裁再発動と南北交易停止で外貨を絶て 北朝鮮の場合、イランなどと違って国際市場に売ることができる石油などの資源を持っていない。したがって、彼らが核ミサイル開発を続けるためには外貨をどこかから調達する必要がある。 ブッシュ政権はそのことを正しく理解し金融制裁を発動した。国務省に作られた北朝鮮の核開発を阻止する特別チームは北朝鮮の経常収支統計に注目したという。すなわち毎年5億~10億ドルが赤字なのに数十億ドルかけて核ミサイル開発が進んでいく。ベンツなど高価な贅沢品の現金での輸入も止まらない。北朝鮮は国庫とは別に党の39号室などが管理する秘密資金を海外の銀行の秘密口座に隠し持っていることが分かってきた。米国情報機関はその金額を40億から50億ドルと推計して隠し口座を追跡してきた。マカオの銀行バンコデルタアジアがその資金の出し入れの窓口として資金洗浄を行っていることをつかみ、同行に北朝鮮のテロ資金を扱っているという理由で米国金融機関との取引を停止するという制裁をかけたのだ。それを見ていた世界中の金融機関が北朝鮮との取引を敬遠するようになり、結果として彼らは秘密資金を引き出すことが困難になった。 実は秘密資金の資金源の一つが朝鮮総連だった。内閣調査室が1993年に調べた結果によると、90年代初め、年間1800億円から2000億円相当が送られていた。その原資は朝鮮総連の不法活動だった。第1の手法は、組織的脱税だ。総連系商工人の税務書類を総連が代行して作成し、税務署と談判して税金額を大幅に削減させていたことは、多くの証言がある。彼らは、自分たちは1976年に国税庁との間で5項目の合意をしていると豪語していた。いわゆるパチンコマネーが北朝鮮に送られた背景にはこのような組織的脱税があった。 第2は、朝銀信用組合を使った不正融資だ。朝鮮学校などを含む総連所有の不動産を担保にして、総連系個人やペーパー会社に朝銀が多額の融資を行なう。借り手は最初から返すつもりがなく、その資金は総連を通じて北朝鮮に送られた。当然、融資はこげ付き、朝銀は全国で次々に破綻したが、そのたびに「善意の預金者保護」の建前の下、公的資金が投入されて、対北送金でできた穴を埋めていった。総額1兆4000億円という巨額の資金が朝銀に入った。 しかし、これらの不法送金は第1次安倍政権が「厳格な法執行」を掲げて行った事実上の対北制裁措置の結果、大幅に減少した。第2次安倍政権は1月に拉致問題対策本部会合を開き、引き続き「厳格な法執行」を継続することを決めた。その方針は正しい。 中国は北朝鮮に原油や食糧を支援しているが外貨は渡していない。むしろ韓国が開城工団を中心とする南北交易で北朝鮮に外貨を落としている。李明博政権5年間の南北交易額は90億9600万ドル、年平均は18億192万ドルだったが、これは北朝鮮財政の約4割だ。韓国統一部によると「北朝鮮は南北交易では黒字構造を、中朝貿易では慢性的な赤字構造であるので、南北交易で稼いだ外貨が中朝貿易の増大を支えている」という。 北朝鮮を追い込んで核ミサイル開発を止めるには39号室資金を枯渇させればよい。安倍政権は総連への厳しい法執行を続けるとともに、米国には金融制裁の再発動を、韓国には開城工団の閉鎖を求め、北朝鮮の外貨源を断つ国際包囲網の構築を目指して積極的に動くべきだ。にしおか・つとむ 昭和31(1956)年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。筑波大学大学院地域研究科東アジアコース修士課程修了。在ソウル日本大使館専門研究員などを歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長。著書に『韓国分裂』(扶桑社)『金賢姫からの手紙』(草思社)など。

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    水爆保有で「核大国」へ 北朝鮮の核放棄はますます困難になる

    ルギーを放出する。核融合は言わば、水素爆弾を作る基礎でもある。さらに、米国のシンクタンク、科学・国際安全保障研究所(ISIS)は北朝鮮が延辺の核団地でトリチウムを生産していた可能性を指摘していた。高純度の液体トリチウムも水素爆弾の原料の一つとしても利用される。「核融合に成功した」との北朝鮮の発表にロイター通信は「太陽が2つ空に昇ったら、信じてもよい」と嘲笑するソウル国立大学の核専門家クン・Y・スー氏の意見を載せていたが、皮肉なことに当時、韓国に亡命していた故・黄ジャンヨプ元労働党書記だけが「成功した可能性は十分にある」と「反論」していた。 黄元書記は「北朝鮮の実態を何も知らない連中らが不可能と言っている。彼らは一体どれだけ北朝鮮の技術力を理解していると言うのか。北朝鮮の大量殺傷兵器(WMD)技術はすでに相当のレベルに達しており、間もなく水素爆弾の製造が始まったと発表するかもしれない。一度に発表しないのは、国際社会の報復を恐れているからだ。北朝鮮は当初から水素爆弾も研究していた」と、語っていた。 過去に水爆を実験した国は米国、ロシア(旧ソ連)、英国、フランス、中国、インドなど6か国だが、米国は原爆から7年後、ロシアは6年後、英国は5年後、フランスは6年後、そして中国は1964年の初の原爆実験から3年後の67年に水爆実験を行っている。インドに至っては、1998年5月11日に3回、1日置いて13日に2回同時に複数の実験を行ったが、11日の3回の実験の一つが水爆実験だったとされている。一回目(2006年)の実験から6年経過したわけだから他の原爆保有国ができて北朝鮮にできないはずはないとの見方も当然成り立つ。 以前にも触れたが、万が一、水爆にまで手を伸ばせば、国連安保理が認めようと認めまいと、北朝鮮は名実共に「核保有国」どころか「核大国」となり、今以上に放棄させることは困難となるだろう。(Yahoo!個人 2015年12月11日分を転載)

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    平壌の美しさを知っているか? 鍵を握る北朝鮮問題の解決

    IT立国を目指し、アニメの分野で重要な人材リソースになっているのを聞いて驚いた。北朝鮮は西側に対して安全保障面では核武装、経済外交面ではレアメタルやウランなどの地下資源、さらにはITを扱える若い頭脳など、交渉を有利に導けるいくつかの「カード」を保有している。その一方で、外貨資金が不足、慢性的な食糧不足にも悩まされている。北朝鮮のほしがっているものを緻密に分析した上で、「日本モデル」で提案していけば、一筋の光明が見いだせるかもしれない。来年こそは北朝鮮問題解決に向けて、前向きな展開を期待したい。小倉紀蔵(おぐら・きぞう) 1959年東京都生まれ。東京大学ドイツ文学科卒業。ソウル大学哲学科博士課程単位取得。専門は朝鮮半島の思想・文化、東アジア哲学。NHKテレビ・ラジオハングル講座講師。「日韓友情年2005」実行委員、「日韓文化交流会議」委員などを務めた。現在は京都大学大学院人間・環境学研究科、総合人間学部教授。

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    「北の核実験も排除できず」韓国外務次官が警戒していた

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 韓国の朴槿恵大統領が3日、中国の北京で開催された抗日戦争勝利70周年式典と軍事パレードに出席したことに対して、日本や米国から批判の声が出たことは既に報じられてきたが、朴大統領の70周年式典と軍事パレード参加に不愉快な思いを持ったのは日米両国だけではなく、北朝鮮もかなり神経質となっていた。 海外中国反体制派メディア「大紀元」(14日付)が米政府系ラジオ・フリー・アジア筋として報じたところによると、北朝鮮当局は中国の軍事パレードを国民がテレビで観ないように受信防止装置を付け、テレビで北京の軍事パレードを観た国民を逮捕したり、罰金を科したという。 「大紀元」によれば、「軍事パレードに関するニュースは国民の間に広がった。韓国の朴槿恵大統領が、中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領の近くに並んでいたことに、多くの市民はショックを受けた」という。北側は日頃、「米国の傀儡政権」と批判してきた韓国の朴大統領が習近平主席の傍で軍事パレードを観覧している姿を国民に見せたくなかったのだ。そこでテレビ中継を観ないようにに、受信防止装置を付けたというわけだ。 ちなみに、同式典に参加した北側の崔竜海・朝鮮労働党書記は軍事パレードでは中央から遠い端の方に追いやられ、中国側の要人との会談もなく帰国している。 北は10月10日の労働党創建70周年では軍事パレードを予定しているが、「大紀元」によれば、「中国人民軍の規模と比較して、北の軍事パレードが貧弱に受け取られることを警戒している」というのだ。 朴大統領を招請し、それも大歓迎した中国の習近平主席に対し、北側は快く思っていない。中国と北朝鮮との関係は、金正恩氏が政権を掌握して以来、険悪化してきた。その発端は、中国側が親中派の叔父、張成沢氏との会談の中で、金正恩第1書記を追放し、異母兄弟の金正男氏を担ぎ出す動きに同調したことからといわれている(それを知った金正恩氏は激怒して張氏を処刑した)。 北朝鮮は今月9日、建国記念日を迎えたが、習近平主席の祝電には、両国国民が朝鮮動乱でも共に戦った血で固められた友情という意味で「血盟関係」を誇示する慣例の表現はなく、「両国の健全な発展」を願うといった極めてクールな表現に終始した内容になっていたという。 その文面に不快な思いをした北側の労働新聞は、ロシアのプーチン大統領とキューバのカストロ国家評議会議長からの祝電を一面で紹介する一方、中国の国家元首の祝電を2面扱いで掲載するなど、不快感をあらわにしているほどだ。 中朝関係を見てきた韓半島ウォッチャーは久しく、「中国はいざとなれば北朝鮮を支援する」と見てきたが、両国は目下、これまで体験したことがない深刻な緊張関係にあると言わざるを得ない。 南北両国が一触即発の状況にあった先月、北側が板門店で開催された南北高官会議で地雷問題で異例の「遺憾表明」をし、南北間の軍事衝突を回避した。その唐突な展開は、北側が中国との関係改善を断念し、手っ取り早く経済支援が期待できる韓国との関係改善に乗り出すことを決めた結果ではないか、と推測されてきた。軍事パレードの観閲を終え、金日成広場の観衆に手を振る北朝鮮の金正恩第1書記。右は中国共産党の劉雲山政治局常務委員=2015年10月10日、平壌(共同) 北の核問題の6カ国協議では、中国はホスト国として北を宥める役割を演じ、時には圧力を行使してきた。しかし、中国の対北外交が今後、その実効力を失うのではないか。具体的には、北は労働党創建70周年前後に中国の反発を無視してミサイル実験、核実験などを強行する可能性が排除できなくなってきたわけだ。 興味深い点は、中朝関係が最悪な状況となってきたことから、中国に代わって韓国が北の非核化に指導力を発揮できるチャンスが巡ってきたことだ。任期後半に入った朴大統領の対北非核化への入れ込みはそのことを鮮明に裏付けている。ただし、北が核兵器を放棄する考えがない以上、その成果は余り期待できない。 以下、ウィーンの本部で開催中の国際原子力機関(IAEA)第59回総会に韓国首席代表として参加した同国外交部の趙兌烈第2次官は15日、当方とのインタビューに応じた。同次官は、「北朝鮮は過去、戦略的挑発を繰り返してきたから、来月10日の労働党創建70周年前後にミサイル発射だけではなく、核実験を実施する可能性は排除できない。わが国としてはIAEAを含む国際社会と連携し、6カ国協議加盟国と連絡を密にしているところだ」と述べた。 韓国政府はミサイル発射を警戒する一方、北の核実験については「兆候が見られない」という理由から否定的だった。韓国高官が北の核実験の可能性を示唆したのは今回初めて。 朴大統領が北の非核化問題でここにきてイニシアチブを取り出したことに対し、趙次官は、「北の核問題はわが国だけの議題ではない。中国との首脳会談、米韓のサミット会談でも常に最優先課題として扱われていることだ」と強調、韓国側が北の核問題で中国に代わって、主導的な役割を演じる考えがある、といった推測を否定した。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2015年9月16日分を転載)

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    中国が見捨てつつある北朝鮮 側近派遣などでロシアに急接近

     中国人民解放軍南京軍区の副司令官を務めた王洪光氏は2015年12月1日、共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)に「北朝鮮は既に中国の根本利益を損ねている。中国が(北朝鮮のために)戦う必要はない」との論評を載せ、大きな話題になっている。 香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」などが環球時報の記事を引用し、「中国はもはや北朝鮮を見捨てた」などと指摘。対する北朝鮮もロシア寄りの姿勢を強めており、中朝関係の冷却化が急速に進んでいる。 王氏は同紙への寄稿で、「中朝両国はかつての社会主義政党間の同志的関係ではなく、単なる国家間の利益関係が主体になっている。それは、北朝鮮がそうしたからだ」と指摘。その理由として、中国が断固として反対している北朝鮮の核兵器開発を北朝鮮指導部が推進しているためで、「中国に核汚染(のリスク)という深刻な脅威を与えている」と激しく非難。 そのうえで、北朝鮮が米国や韓国などから攻撃を受けても、「中国は救世主ではなく、北朝鮮が崩壊するとしても救うことはできない」と突き放した。北朝鮮の朝鮮労働党創建70年を記念する軍事パレードを観閲し、 中国共産党の劉雲山政治局常務委員(左)と言葉を交わす金正恩第1書記 =2015年10月10日、平壌 中朝関係は2013年12月、北朝鮮の張成沢・国防委員会副委員長の処刑以来、急激に悪化し、中国はすでに北朝鮮への石油輸出をストップしているほか、経済支援もほとんど行なっていない。 その代わり、急接近しているのがロシアだ。金正恩第一書記は自身の特使として、事実上のナンバー2で最側近の崔竜海書記を11月中旬、ロシアに派遣し、金氏のロシア訪問について協議したとみられる。 これに先立ち、プーチン氏の側近として知られるガルシア極東発展相が11月下旬、ロシアの経済代表団を率いて訪朝し、総事業費が約250億ドル(約2兆9000億円)に及ぶ北朝鮮の鉄道整備・改修計画を請け負うことで合意。 外貨不足の北朝鮮は、この見返りとして、国内の金やレアメタル(希少金属)など豊富な鉱産資源の開発権益をロシア側に提供する。さらに、金氏の信任が厚い側近の李スヨン外相が10月末から11日間にわたって訪露し、ラブロフ・ロシア外相らと会談している。 サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、中国指導部と緊密な関係を維持してきた張成沢氏が粛清されたことで、中朝関係は緊張状態が続いており、金第一書記が北朝鮮の最高指導者就任後、初の外遊先としてロシアを選ぶことで、対露関係を最重要視している姿勢を示す狙いがある。 しかし、そうなれば、中朝関係はほぼ断絶状態に陥ることが予想され、北京の軍事的圧力が増し、金第一書記の首を絞めかねないのは明らかだ。関連記事日本人拉致被害者情報提供する脱北者 謝礼は最低でも数十万円拉致問題や拉致被害者の家族は韓国政府にとって厄介な存在落合信彦氏 なぜ「脱北者はウソをつく」がわからないのかソウルで客死した金正日元側近「韓国は北朝鮮より自由ない」上野の摘発風俗嬢は脱北者、店長は北朝鮮美人工作員だった

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    「原発にミサイルを撃ち込まれたら? 」山本太郎議員の質問は杞憂

    (THE PAGEより転載) 「原発に弾道ミサイルが撃ち込まれたらどう対処するのか?」この疑問を「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎議員が国会で質問し、原子力規制委員会の田中俊一委員長は「そのような事態は原発の設置者に対策を求めていない」と答弁しました。これはミサイル攻撃が一体どういったものかを理解していれば、山本太郎議員の質問は杞憂であると直ぐ分かると思います。参院平和安全法制特別委で質問する「生活の党と山本太郎となかまたち」の 山本太郎代表=7月29日午後、国会・参院第1委員会室(酒巻俊介撮影) そもそも弾道ミサイルには原発施設に命中を期待できるようなピンポイント攻撃能力はありません。例えば北朝鮮は核兵器と弾道ミサイルをセットで開発しようとしていますが、これは命中精度の低い弾道ミサイルには大量破壊兵器を組み合わせないと効果が著しく低いことが理由の一つです。弾道ミサイルを小さな施設に狙って撃ち込んでも直撃する確率は低く、軍事作戦としてまともに検討するようなこと自体が考え難いので、原発に弾道ミサイルが撃ち込まれた場合の想定がなくても妥当な判断だと言えます。 なお巡航ミサイルならばピンポイント攻撃能力がありますが、北朝鮮は保有していません。対地攻撃用の長距離巡航ミサイルに高い命中精度を与えるためには偵察衛星からの詳細な地形データが必要なので、自前の偵察衛星を持たない北朝鮮の技術では開発が難しいからです。 ロシアや中国の場合は核弾頭を大量に保有しており、核弾頭を積んだ弾道ミサイルを相手の都市部に落とせば確実に大被害をもたらせるので、原発へのミサイル攻撃を行う意味がありません。核弾頭をまだ大量保有していない北朝鮮にしても、弾道ミサイルの弾頭に高レベルの放射性物質を搭載するという方法があります。やはり不確実な原発へのミサイル攻撃に拘る必要性がありません。原発への攻撃は戦時国際法違反となる ジュネーブ条約第1追加議定書は、危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原発)に対する攻撃を重大な違反行為としています。このジュネーブ条約第1追加議定書は日本の仮想敵国であるロシア、中国、北朝鮮も締約しています。これらの国が戦時国際法を遵守するという保証はありませんが、重大な違反行為と規定されていることを破るとなると、大きなリスクを背負うことになるでしょう。また仮にアメリカが、同盟国の稼働中の原発へ攻撃が行われた場合は大量破壊兵器の使用と同等と見做し核報復を行うと宣言した場合、強力な核抑止力が発生します。 これまで原発へのミサイル攻撃の可能性が低いことを説明してきましたが、テロ攻撃ならば可能性が出てきます。だからこそ既に原発へのテロ攻撃対策と訓練は行われています。原発施設の主要部コンクリート壁は航空機が突入してきた程度なら耐えられる強度を持っていて、アメリカではF-4ファントム戦闘機を実際に衝突させる試験を行っています。地上からテロリストが侵入してきた場合は、警察が警備を行って対応することになります。 もしも「可能性が低くても原発への弾道ミサイル攻撃の対処が必要だ」とした場合は、自衛隊がミサイル防衛システムを用いて迎撃する、あるいは地下原発・海底原発といった防御力が強固な施設への転換を図るという選択が考えられますが、反原発の立場である山本太郎議員はそういった方向での議論を欲しているようには見えません。弾道ミサイルの命中精度や弾道ミサイルを迎撃する能力を既に日本は保有している事実がすっぽり抜け落ちていたために、あのような質問を国会で行ってしまったのでしょう。(JSF/軍事ブロガー)

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    掴みどころがない北朝鮮 情報収集の限界

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 米ニューヨーク・タイムズ紙のDavid E. Sangerワシントン支局長及びChoe Sang-Hunソウル特派員は、5月6日付ニューヨーク・タイムズ紙で、「北朝鮮、その新しい指導者についての情報は掴みどころがないままである」との論説を掲げ、北朝鮮に関する情報には限界があることを論じています。 すなわち、オバマ・朴会談の準備にあたり、情報専門家は共通の敵、北朝鮮について不完全な理解しか持っていない。北朝鮮の指導部や兵器についての理解は悪化さえしている。 CIAは当初、金正恩が父親、祖父の先軍政策よりも経済改革に関心があると判断したが、これは今や間違いだったとされている。 第3回目の核実験から3カ月経つが、米国は北朝鮮がウラン爆弾を実験したのか否か、答えられない。北朝鮮が、米国が航空機で集めている北朝鮮周辺空域でのガスを封じ込めたからである。 その後、新型移動式ミサイルが現れたが、偵察衛星から隠され、グアムに届く能力があるのかどころか、所在もわからない。6日、ソウル市内でニュース速報を見る市民(共同) 国防情報局(DIA)は、北朝鮮はミサイルに核弾頭を付け得るまで小型化したと言ったが、オバマ大統領、国家情報長官はそれに疑問を呈している。 北朝鮮の情報を収集するのは、常に難しい。北朝鮮はスパイ摘発に長けている。また、北朝鮮の科学者は外国旅行をせず、旅行の時も監視役がいて接触が困難である。携帯電話の利用が北朝鮮でも始まったことは情報収集にとり好都合であるが、効果は限られている。 イランでは、ナタンズの濃縮施設へのサイバー攻撃が出来たが、これもコンピュター、インターネットがあまり使われていない北朝鮮では難しい。 金正恩に関する情報も不確かだ。中国も金正恩とは金正日と違い、ほとんど会っていない。米国人で彼と会ったのはバスケットボールのスター、ロッドマンぐらいである。 小野寺防衛大臣は、金正恩はいつ平和モードに戻ればいいのか判らないのではないか、と心配していると述べた。 韓国高官は、金正恩が若さや未経験にかかわらず、軍を統制していることに驚いていた。ある計算によると、北朝鮮の上級将軍の3分の2が更迭されたという。しかし、金正恩が父親同様強いとの説には異論もある。正確なことは判らない。 太平洋軍司令官ロックリアは、金正恩は、父親以上にせっかちで予測不可能と言うが、DIA長官のフラインは、金正恩はカリスマのある指導者で現実政治を理解しているとしている。 核実験場は空気の証拠を出さないようにシールされている。早晩、北朝鮮はウラン爆弾を作れることを公表するだろう。しかし、何故金正恩がいまだにこれを秘密にしているかは、不明である。それは、技術が宣伝通り成功していないからかもしれない、と述べています。* * * サンガー記者は、ニューヨーク・タイムズの中では、情報機関に良く食い込んでいる記者です。イランのナタンズ攻撃に米国がどうかかわったか、暴露記事を書いたのもサンガー記者です。 今回の記事は、北朝鮮についての情報が限られている事に焦点を当てていますが、情報関係者は何を知っているか、何を知らないかを明らかにすることはありません。したがって、この記事の内容も、常識的にこう思われるということを述べたものでしょう。 第3回目の核実験がプルトニウム型かウラン型かを米国がまだ確定しえていないというのは、何らかの情報を得て書かれているようです。小型化が行われたか否か、また今後の北朝鮮による核兵器の開発スピードは、このことに依存します。 金正恩がなぜウラン型かプルトニウム型かを隠そうとしているか、良くわかりません。金正恩は、北朝鮮の核の威力を宣伝したいと思われますので、ウラン型が上手く行かなかったからという推測は十分可能性があります。 インテリジェンスの世界では、核実験がなされた場合、あるいはその疑いがある場合、空中の塵を集めて分析したりします。ウラン型かプルトニウム型かを知るのは重要ですが、それ以上に、核実験は行われたわけですから、それにどう対応するかがより重要です。結局、我々は不確実な中で行動して行かなければなりません。

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    抑止力のために核技術は最高水準に保つことが必要

    袴田茂樹(新潟県立大学教授) 相次いで核問題の国際協議が難航、頓挫している。各国の平和への意欲が足りないからだろうか。日本人が目を向けたくない現実について語りたい。冷徹な国際政治と核保有 冷戦が終わった1990年代、欧州統合も現実化し、国家間の対立や紛争の時代は終わったという楽観論が支配的となった。これからは「文明の衝突」の時代だと述べたS・ハンチントンも、ウクライナと露の武力衝突はもはやあり得ないとして、ウクライナに核兵器(以下、核とする)放棄を促した。氏はまた、J・ミアシャイマーなどは「両国間の緊張関係はむしろ強まる」と見、ウクライナに核保持を提言している、として「リアリスト的考えに凝り固まった人たち」を憐(あわ)れみの目で見下している(『文明の衝突』)。 少し前に私は本欄で、ウクライナに5万でも優れた装備と士気の高い軍があったら、その抑止力でクリミア併合もウクライナ東部の紛争もあり得なかった、と断言した。ウクライナが核を保持していたら、やはり同じことが言える。 1994年のブダペスト覚書で露、米、英など核保有国がウクライナの主権と領土保全を保証する代わりに同国に核を放棄させた。この保証は空手形に終わったが、今日のウクライナの事態に米、英などが強い責任を感じているふうには見えない。 2003年にイラクのフセイン政権が核疑惑で欧米の軍事攻撃を受けて崩壊したとき、リビアのカダフィは震え上がって核開発放棄を宣言した。やがてカダフィ政権も革命運動と北大西洋条約機構(NATO)軍の攻撃で11年に崩壊した。善しあしは別として、カダフィ政権が核を保有していたら政権は存続しただろう。国際政治のこの冷徹な現実を考える限り、交渉で北朝鮮に核を放棄させることは、残念ながらほぼ不可能だ。 今年3月からイランの核開発問題が同国と国連常任理事国プラス独によって協議され、4月初めに「枠組み合意」が成立した。これはイランの核開発制限と同国への制裁解除の交換取引で、最終合意は6月末だが、イスラエルの対イラン不信や米共和党内での強い批判もあり、合意の先行きは不透明だ。日本は核廃絶を推進すべきか この5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議でも、イランやアラブ諸国が強く主張した「中東地域の非核化」問題で合意が成立せず、最終文書は成立しなかった。ちなみに同文書では、提案のあった「核禁止条約」構想も削除されていた。イランの首脳たちはイスラエル国家の存在そのものを認めておらず「地上から抹殺する」とさえ公言してきた。パレスチナ評議会で多数を占め、イスラエルでテロや武装闘争を遂行しているイスラム過激派のハマスも同様の主張を掲げている。イスラエルは核保有国とみられているが、中東地域の政治状況を現実的に考えると、イスラエルが中東の非核化に合意するとは考えられない。 核兵器の恐るべき本質から見て、私は一部の国のみに核保有を認める今の国際秩序は不合理だと考えている。同時に、核保有国がなし崩しに増えている現状も強く懸念している。では、唯一の被爆国として日本は、核廃絶あるいはすべての国が加盟すべき「核禁止条約」を推進すべきか。しかしこれも、現実性がないと考える。北朝鮮のミサイル発射に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット (PAC3)=2013年4月16日、東京・防衛省(鴨川一也撮影) 核は人類が発明した最強の兵器だ。ただ、人類社会を性善説で見ない限り、いったん発明された最強の兵器(現在は核)は削減はできても、次の3条件の何れかがないと原理的に廃絶は不可能だ。つまり(1)核より強力な兵器の発明(2)核を確実に無力化するシステムの開発(3)世界政府の成立、である。 オバマ米大統領は09年4月のプラハ演説で、核のない世界を目指すと約束してノーベル平和賞を受けた。しかし彼はその時、非核世界の実現は彼の生存中は無理だろうとも述べている。私は彼の言を聞いて、オバマの真の狙いは、核拡散防止だと考えた。自ら核を保有しながら他国に保有禁止を訴えても説得力がないからだ。 かつてモスクワの国際会議で私はロシアの有力政治家から次の質問を受けた。「中露間では静かに交渉して領土問題は解決したが、日露間では何十年も声高に交渉しながらなぜ解決しないのか?」 これに対して、私は次のように答えた。「残念ながら、ロシアは中国を日本よりも重視し恐れているからだ。わが国が核を保有すればロシアの態度も変わるかもしれない。ただ日本は核保有の技術力、経済力はあるが非核国の道を選んでおり、われわれはそれを支持している。核保有論がわが国で台頭しないためにも、ロシアは日本をもっと重視すべきだ」 イスラエルは核の保有、非保有を公表しないことを戦略的な抑止力としている。わが国は、核保有の意図はないが「何時でも保有は可能」という、その能力を抑止力にすべきではないか。そのためには、平和利用の核技術も常に最高水準に保つ必要がある。

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    元自衛官の共産党市議が激白 安倍政権よ、自衛隊を安易に使うな

    際紛争に協力してこなかったことも大きな要因です。とりわけ平和憲法第9条の役割は強大で、日本を取り巻く安全保障関連が悪化した場合であっても、紛争解決のために武力(抑止力含む)を伴う国際的平和活動にも自衛隊を使うことはありませんでした。また時の政府による右傾的暴走の歯止めになっていたのも憲法9条の力であることは、周知の事実だと多くの国民は知っています。 日本国憲法には、立憲主義・主権在民・民主主義など、日本人が日本人であるために必要な条文が決められ、すべての国民はこの憲法を守り生かしていく事になっています。これは日本人にとって絶対のルールであり、改憲するのであれば国民の過半数の賛同が必要です。 なかには、日本国憲法を否定する者、米国からの押し付け憲法などと日本国憲法を認めない改憲派の存在もあります。そんな人たちをも包んで見守っているのも日本国憲法なのです。どおしても納得しないのであれば納得のいく国に住めばいいだけです。世界は広いのです。私は憲法の条文を読めば読むほど素晴らしく思えてならないのです。誰が作ったなど関係ないじゃないですか。いいものはいいのです。 最近、教科書の歴史認識をめぐる問題が勃発していますが、私は本当のことを載せるのが筋だと思うのです。それをどう理解するかは、読む個人の感性であり、それを議論したり話し合ったりする場が学校であり教育ではないでしょうか。事実と違うことを捏造し子供たちを洗脳することに憤りを感じます。もはや「自民党に任せておけば大丈夫だろう」の時代ではない 日本は戦後アメリカの従属国となり日米安保・地位協定など様々な面でアメリカの傘下におかれ支配されてきました。残念なことに日本人はアメリカに守られていると勘違いしている人が多いのも事実です。私は疑り深い性分なので政府の見解を聞いていると、日本政府すらアメリカに乗っ取られているように感じます。本気で独立国家を目指すのであれば、義務教育の必須科目に最低でも日本国憲法や日米地位協定、近代歴史など日本の根幹を主る部分を教育するべきです。あくまでも判断するのはこれからの未来を担う生徒自身です。逆にその部分が欠落しているのが多くの現代人ではないでしょうか。この問題は知れば知るほど無関心ではいられないほど日本人にとって必要な知識なのです。知ってしまった人達の全国的なデモ、有識者などの発言は、政府にとって目の上のたん瘤であり、表に出さないためにメディアを使った世論操作に必死で、真面な意見を潰しにかかっています。国、言いなりの国民で良しとする政府にとってこれに気づかれることは最大の恐怖だからです。 さて、今まで述べてきたことを踏まえて、私が元自衛官として共産党議員として、戦後70年にして、時の一内閣による自衛隊の在り方を180度転換した、今回の安全保障法制(戦争法)がいかに無策で相当なリスクがあることを世間に伝えたいと思います。まず、自衛隊は国民の命を敵から守る最後の砦として武器を持ち最小限の抑止力を保持してきました。自衛隊は殺戮が生業の集団です。「自衛隊が武器を持ち他国に派兵される意味とそれを認めた事に国民は責任を持たなくてはなりません」。これは、生まれたての赤ちゃんから人生の最期を迎えようとしている人まで全てです。「やれば、やられる事を覚悟しなければなりません」。私は自衛隊を安易に使いたがる安倍自公政権に失望します。平和だの安全だの綺麗ごとをいくら並べて推し進めたとしてもウソはウソでしかありません。 防衛省では、これからの自衛隊は「国際平和のために国連などに協力し貢献することが隊員に与えられている使命である」「戦争や紛争に巻き込まれて困っている人々を助けることは隊員として当たり前の任務」などと国際貢献は当たり前と隊員を洗脳している傾向にあります。本来任務を逸脱する状況に気づかずに訓練に励んでいる隊員がいじらしくも思えます。日本が国際貢献する手段は何も武力を用いた策だけでは無いはずです。国民は、アメリカ・軍需産業・経団連のトライアングルを見逃してはなりません。自衛隊員に犠牲が出てからでは遅いのです。自衛隊員に犠牲(死者)が出ると言う事は、相手国にも相当な犠牲が出ているはずです。今の平和な日本は、先の大戦の多大な犠牲の上にあります。もう一度、自衛隊員の犠牲のもとに「平和な日本を」と過去の過ちを繰り返そうとしている安倍自公政権にノーを突きつけ、武力・抑止力に頼らない、今までやった事の無い様な積極的な平和外交を推進し、国際社会の和平に貢献する日本にして行きましょう。 その点、日本共産党はブレません! だから私は、共産党で議員になったのです。信念を曲げて大勢に魂を売って媚びることなどに、政治家として大儀を見いだせるはずもありません。もはや「自民党に任せておけば大丈夫だろう」の時代ではないのです。今こそ、国民の意思が通る政治(本物の民主主義)に変われる時ではないでしょうか。黙っていたら政府に無条件で賛成したのも同じこと。自分たちや子孫の未来に、悪政・悪法を残さないために、私たちは「今」活動するべく「大儀」があるのではないでしょうか。国民の無関心を誘導する政府・メディアに騙されない、主権者として政治を動かす新しい時代を築こうではありませんか。自衛隊を派兵させ、国民の血税をバラまかなければ、国際社会に向けあえない安倍自民公明政権に幕を引きましょう。

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    元外交部長が明かす 矛盾に満ちた共産党の安保政策に共感できる理由

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 日本共産党(以下、共産党)の安全保障政策は矛盾に満ちている。それを説明しても、ふつうの人にとっては理解を超えているだろうし、右派に属する人から見ればお笑いの対象になるかもしれない。しかし、その矛盾のなかで苦闘してきた私には、共感できるところがあるのだ。その点を書いてみたい。一、「中立・自衛」政策のもとでの矛盾と葛藤社会党の「非武装・中立」政策は一貫していた マスコミのなかには不勉強な人がいて、護憲派というのは昔もいまも「非武装・中立」政策をとっていると考える人がいる。しかし、少なくとも90年代半ばまでの共産党は違った。共産党はみずからの安全保障政策を「中立・自衛」政策と呼んでいたのである。この二つはまったく異なる。というより、社会党が掲げていた「非武装・中立」への徹底的な批判のなかで生まれたのが、「中立・自衛」政策だったのだ。 なお、この二つの政策は、「中立」という点では一致している。ここでいう「中立」とは日米安保条約の廃棄と同義語であった。安保条約があるから日本の安全が脅かされるのであって、それを廃棄して「中立」の日本を建設することが日本の平和にとって大事だという考え方は、いわゆる「革新派」にとって昔もいまも変わらない。「安全保障政策」といった場合、この日米安保をめぐる問題が共産党の主張の基本におかれているが、本稿で論じるのはそこではなくて、「それでもなお侵略されたときはどうするのか」という意味での安全保障政策であることをあらかじめ断っておく。 社会党の政策は、ある意味、何の矛盾もなかった。憲法9条が戦力を認めていないわけだから、その9条を守って自衛隊をなくすというものだ。政策的にも「非武装・中立」が日本の平和にとって大切だという考えである。攻められたらどうするのだということへの回答は、「近隣の国々との間に友好的な関係を確立して、その中で国の安全を図る」ということであった。それでも日本に侵入されるような場合は、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」などで抵抗するという。その程度では侵入した軍隊に勝てないという批判に対する答は、「降伏した方がよい場合だってある」ということであった(石橋政嗣『非武装中立論』社会新報新書、1980年)。憲法への態度と安全保障への態度は一貫していたわけである。すごく単純だったともいえるわけだが。 これに対して、共産党は、憲法を守ることも大事だが、国民の命を守ることも大事だと考えた。そして、その両者は簡単には合致することではないので、政策的にもいろいろな矛盾を抱え込むことになったのである。詳しく見てみよう。共産党の2000年党旗びらきであいさつする不破哲三委員長。左端は志位和夫書記局長=2000年1月4日、東京・千駄ヶ谷(後藤徹二撮影)共産党は「中立・自衛」政策 共産党は、日本が対処すべき危険は二つあるとした。一つは、社会党と同様、安保条約があるから生まれる危険であるが、それだけではなかった。「もう一つは、これはいま現実にある危険ではないが、世界になんらかの不心得者があらわれて日本の主権をおかす危険、この両方にたいして明確な対処をしないと安全保障の責任ある政策はだせません」(不破哲三書記局長(当時)の日本記者クラブでの講演、80年)という立場をとったのである。 それでは、日本の主権が侵された場合にどうするのか。まず、国家というのは自衛権を持っており、日本国憲法のもとでも侵略された際に自衛権を行使するのは当然だという立場を、半世紀も前に明らかにした。 「(自衛権は)自国および自国民にたいする不当な侵略や権利の侵害をとりのぞくため行使する正当防衛の権利で、国際法上もひろく認められ、すべての民族と国家がもっている当然の権利である」(「日本共産党の安全保障政策」、68年) よく知られているように、憲法制定議会において、新憲法では自衛権が否定されたとする吉田首相に対し、共産党は自衛権の重要性を主張した上で憲法に反対した唯一の政党である。国家が自衛権を保有しているという立場は、誰よりも明確だったといえるだろう。 では、侵略されたらどうするのか。まず、抽象的にいえば、「可能なあらゆる手段を動員してたたかう」ということである。 「憲法第九条をふくむ現行憲法全体の大前提である国家の主権と独立、国民の生活と生存があやうくされたとき、可能なあらゆる手段を動員してたたかうことは、主権国家として当然のことであります」(民主連合政府綱領提案、1973年) このように、共産党の安全保障政策の基礎となる考え方の一つは、何としてでも「国民の命を守る」ということであった。社会党のように、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」で抵抗するとか、「降伏した方がよい場合だってある」などというものではなかったのである。「非武装・中立」に対する「中立・自衛」には、そのような意味が込められていたわけだ。憲法9条改正の展望から「改悪阻止」へ憲法9条の改正も展望して 「国民の命を守る」ということに加え、共産党が安全保障政策を立案する上で基礎となるもう一つの考え方があった。それは「立憲主義を守る」ということだ。憲法に合致した手段で戦うということである。そして、この二つの考え方の両方を貫こうとするため、「可能なあらゆる手段」ということの内容に、いろいろな制約が課されてきたのだ。 まず、侵略された場合、実力組織なしに対抗できないというのが共産党の考え方なわけだから、戦力の保持を否定した憲法九条のままではダメだということになる。いまではそんなことを覚えている共産党員は皆無だろうが、当時、共産党にとって、憲法9条というのは平和主義に反するものだという認識であった。 「将来日本が名実ともに独立、中立の主権国家となったときに、第九条は、日本の独立と中立を守る自衛権の行使にあらかじめ大きな制約をくわえたものであり、憲法の恒久平和の原則をつらぬくうえでの制約にもなりうる」(「民主主義を発展させる日本共産党の立場」、75年) 9条では恒久平和を貫けないというわけだ。その結果、当然のこととして、憲法9条を改定することが展望されていた。 「(日本が)軍事的な意味でも、一定の自衛措置をとることを余儀なくされるような状況も生まれうる」(したがって)「必要な自衛措置をとる問題についても、国民の総意にもとづいて、新しい内外情勢に即した憲法上のあつかいを決めることになるであろう」(「日本共産党の安全保障政策」、68年) こうして、名称は決められていなかったが、戦力としての自衛戦力をつくるとされていた。徴兵制ではなく志願制とすることなども打ち出されたことがあった(『共産党政権下の安全保障』、79年)。当面の方針は「憲法改悪阻止」 こうして9条を改正するというなら、それはそれで矛盾はないことになる。社会党の「非武装・中立」とは反対の意味で、すっきり単純なことだった。しかし共産党は、九条の改正は将来のことだと位置づけ、当面は変えないという態度をとる。 その理由の全体は複雑であり、読者を付き合わせると混乱してしまうだろう。よって紹介するのは二つだけに止める。 一つは、自民党が9条を変えようとしていて、改憲問題が焦点となっていたわけだが、自民党の改憲の目的は、現在では誰の目にも明らかなように、集団的自衛権の行使にあったからである。つまり、九条の改憲が政治の舞台で問題になる場合、当時の焦点はそこに存在していたのであって、当面は「憲法改悪阻止」という立場が重要だという判断が存在したのだ。 二つ目。当時、共産党が連合政府の相手として想定していたのは、いうまでもなく社会党であった。その社会党は9条を変えるつもりはなかった。そういう事情もあったので、当面めざす連合政府は、憲法の全体を尊重する政府になるという判断をしたのである。社会党との連合政府のもとでは憲法改正には手をつけず、自衛隊は縮小し、やがては廃止することになるということであった。律儀に解釈した結果、矛盾が広がる この結果、自衛隊についていうと、次のようになる。当面の社会党との連合政府では、自衛隊は縮小し、最終的には廃止される。そして将来の政府においては、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力をつくるということだ。 侵略された場合、「可能なあらゆる手段」で反撃するというが、その手段はどうなるのか。自衛隊の縮小過程においては、「可能なあらゆる手段」の中心は自衛隊だが、廃止してしまった後は、それこそ警察力しかなくなるということだ。そして、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力が「可能なあらゆる手段」に加わってくるということである。 これは大きな矛盾を抱えていた。これらの過程を「国民の総意」で進めるというわけだが、その国民の総意が、自衛隊の縮小から廃止へ、そしてその後に再び自衛戦力の結成へというように、相矛盾する方向に動くものなのかということだ。共産党の宮本顕治中央委員会議長=1997年7月29日、代々木の党本部 当時、共産党も、自衛隊の縮小はともかく、国民がその廃止に納得するとは思っていなかった。1980年に出された政策において、「(社会党との連合政府のもとで)独立国として自衛措置のあり方について国民的な検討と討論を開始する」としたのである。 これも一般の人には意味不明だろう。社会党との連合政府は憲法の全体を尊重する政府であるから、憲法改正をしないわけだが、それにとどまらず憲法改正問題の「検討と討論」もしないとされてきた。この政策によって、その態度を変更したというわけだ。 ここには立憲主義をどう理解するかという問題がかかわってくる。いうまでもなく憲法第99条は、大臣、国会議員その他公務員の憲法尊重義務を課している。その憲法のもとで、しかも憲法を尊重すると宣言している政府が、憲法の改正を提起できるのかということだ。 共産党はそこを律儀に解釈して、連合政府では憲法問題の議論もしないとしてきたのだが、それでは自衛戦力が存在しない期間が長期化する怖れがあった。この政策が出された記者会見で宮本顕治委員長(当時)が説明したのは、まだ自衛隊が縮小しつつも存在している間に議論を開始し、自衛戦力の必要性について「国民の総意」を形成することによって、将来の政府ではすぐにその結成に(憲法改正にということでもある)着手できるようにしたのである。自衛戦力の存在しない期間をそれによって最短化することを示し、国民の理解を得ようとしたわけであった。憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾二、憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾憲法9条に対する態度の大きな転換 「中立・自衛」政策は、1994年になって大転換する。「中立・自衛」というのは、以上見てきたように、憲法改正を含意した概念だったわけだが、この年、憲法9条を将来にわたって堅持する方針を打ち出したのだ。 「憲法9条は、みずからのいっさいの軍備を禁止することで、戦争の放棄という理想を、極限にまでおしすすめたという点で、平和理念の具体化として、国際的にも先駆的な意義をもっている」(第20回大会決議、94年) かつて「恒久平和をつらぬくうえでの制約」としていた九条の評価を大転換させたのだ。そのもとでは、「侵略されたらどうする」という問題への回答も変わらざるを得ない。かつての社会党と同様、「警察力」で対処するのが基本だということになっていく。 「急迫不正の主権侵害にたいしては、警察力や自主的自警組織など憲法九条と矛盾しない自衛措置をとることが基本である」(同前) 劇的な転換だった。とりわけ自衛戦力が必要だとしてきたかつての立場との関係をどう説明するかは難問だった。憲法の問題を担当していた共産党の幹部が、次のようなことを書いた。 「今日では、なんらかの軍事力に恒常的に依存するといったことなしに日本の独立と安全をまもることが必要かつ可能であり、日本がそうすることが世界の平和にとっても積極的な貢献となること、この点で日本国憲法の規定は国際的にも先駆的な意義をもっていることが、いよいよ明白になってきている。将来における自衛措置の問題についての日本共産党のかつての提起も、もともとどんなことがあっても、かならずや憲法を変えて自衛の戦力を保持するのだというのではなく、情勢と国民の総意によるというものであったが、今日では第九条の将来にわたる積極的な意義と役割をより明確にしておくことが重要である」(「赤旗評論特集版」94年7月20日)転換を生んだ時代背景 これはこれでスッキリとはしている。しかし、かつて批判してきた社会党と同じ立場をとるわけである。この決定があった年、私は共産党の政策委員会に勤めることになり、しかも安全保障問題の担当者となったので、どんな批判が寄せられるかと心配していた。ところが、共産党員からの反発はあまりなかった。 なぜ共産党員に戸惑いがなかったのだろうか。これまで説明してきたように、「中立・自衛」政策というのはあくまで将来のことと位置づけられていた。当面の焦点は「憲法改悪阻止」であったので、共産党員は「九条を守れ」という立場で活動していた。何十年にもわたって日常的には九条の意義を語っていたわけである。将来の「中立・自衛」政策のことなど議論する場もなかった。その結果、共産党が憲法改正を展望していることなど自覚されず、そのことを知らない党員が多数を占めていったのであろうと思う。 時代の変化もあった。戦争がなくならないという現実に変化はなかったが、その戦争に対する国際世論には変化があった。たとえば国連総会は長い間、アメリカやソ連が戦争をしても見過ごしてきたが、79年、ソ連のアフガニスタン介入に際して反対決議をあげた。83年にはアメリカのグレナダ介入に対する反対決議も可決した。そうした変化は、戦争がなくなるとまでは断言できる変化ではないが、少しずつそういう方向に世界が動くだろうということは予感させるものだった。ソ連が崩壊して、冷戦も終わりを告げた。 共産党の大転換は、そのような時代状況の産物だったのだ。自衛隊活用論への転換 しかし、さすがに侵略に対して「警察力」で対応するという政策は、共産党員の間ではともかく、国民の間では通用しない。私がいた部署は、選挙で国民に支持されるための政策をつくる部署だったので、国民と接触する機会が多く、「ミサイルが落とされたらどうするのか」という質問などが常に寄せられるのだ。それに対して当時、「警察力で撃ち落とします」などといえるわけもなく、「落とされないように外交努力をするのです」と答えながら、心のなかでは「通用しないよな」と思う日々が続くことになる。 そこに変化が生まれたのが6年後である。この年、共産党は、自衛隊と9条の「矛盾を解消することは、一足飛びにはできない」として、自衛隊の解消が現実のものとなる過渡期には自衛隊を活用するという方針を全国大会で打ち出す。 「(自衛隊と9条との)この矛盾を解消することは、一足飛びにはできない。憲法九条の完全実施への接近を、国民の合意を尊重しながら、段階的にすすめることが必要である」 「そうした過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する。国民の生活と生存、基本的人権、国の主権と独立など、憲法が立脚している原理を守るために、可能なあらゆる手段を用いることは、政治の当然の責務である」(第22回大会決議、2000年)合理的なものになった安全保障政策安全保障政策としては合理的なものに この新しい方針は、自衛隊の即時解消を求める平和運動家、党員には評判が悪かった。戦後すぐの混迷の時期は別として、共産党の全国大会は全会一致で方針が可決されてきたが、唯一、この第22回大会だけは異論が出た大会であった。 この時期、私は担当者だったので、共産党員が集まるいろいろな場所に説明のために出かけたが、そこでも非難囂々の連続であった。「憲法に違反するものを使うなんてとんでもない」「自衛隊があるとクーデターで政権がつぶされる」「外交に自信がないのか」等々、批判の渦のなかに行くようなものだった。 けれども、安全保障政策としては、非常に合理的になったと思うので、私は堂々と説明していた。かつての「中立・自衛」政策のもとでは、すでに紹介したように、いったん自衛隊を廃止し、その後に新たにつくりなおすという、どう見ても不合理な道筋が想定されていたわけである。新しい方針によって、自衛隊を将来に廃止するにしても、それは国民が合意する範囲で、少しずつ進めればいいことになったのだ。政策として合理性がある。自衛隊をなくしてしまえば侵略されたときに困るという不安が広範囲に残る限り自衛隊はなくさないのだから、「侵略されたらどうする」と聞かれれば、「あなたを含む国民多数がそう思っている間は自衛隊はなくさない」と答えればいいので、大きな批判は起こりようがないのである。 確かに自衛隊の即時解消を求める人たちの批判はなくならないだろう。それでも、最終的には解消するわけだから、目標の方向性では一致しているのだ。 こうして、残るのは、自衛隊の活用の仕方だけとなる。安全保障政策を具体化すれば良くなったのである。そうなるはずだったのだ。自衛隊活用は将来の話だった 私は、この大会決定が決まって以降、「侵略されたら自衛隊が反撃するのだ」という立場でものを考え、執筆もしてきた。ところが、それに対して予想外の批判が寄せられることになる。 どういう批判かというと、自衛隊を活用するという大会の決定は、日米安保条約を廃棄する政府ができて以降の話だというものである。それ以前の段階では自衛隊を活用すると明示しておらず、したがって「侵略されたら自衛隊が反撃するのだ」と一般化する私の立場は間違いだということだった。当初の案の段階のものは、私のような受け止めがされるものだったが、大会の最中に修正をくわえることにより、自衛隊の活用は安保条約廃棄以降の問題だという位置づけを与えたというのである。 私にはそのように思えなかった。しかも、たとえ大会決定がそう解釈されるようなものであっても、それ以前の段階で侵略されたらどうするのかといえば、当然自衛隊で反撃することになるだろう。大会決定が明示的にそれを否定していない以上、「侵略されたら自衛隊が反撃するといえる」と私は主張した。しかし、大会決定を決めた人たちがそう解釈しているのだから、それを覆すことはできなかった。 安全保障に責任を負っていた私が、その安全保障の中心問題で意見が異なることになったのだ。人生で最大の悩みを抱え、苦悶したすえ、退職を決意することになる。当面も自衛隊活用という方針への転換大島理森衆院議長との会談後、会見する共産党の志位和夫委員長=2015年12月24日、国会内(斎藤良雄撮影) それから10年が経過し、昨年の夏、新安保法制で日本国中が沸き立った。この法制が可決された直後、共産党は「国民連合政府」構想を発表する。これは、新安保法制を廃止し、集団的自衛権行使を認めた閣議決定を撤回するという限定的な仕事をする政府とされているが、政権を担う以上、いろいろな問題にどう対応するかが問われる。共産党の志位委員長は、国民連合政府は安全保障をどう考えるのだという質問に答え、次のように述べた(外国特派員協会、15年19月15日) 「つぎに「国民連合政府」が安全保障の問題にどう対応するかというご質問についてです。私たちは、日米安保条約にかかわる問題は、先ほど述べたように、連合政府の対応としては「凍結」という対応をとるべきだと考えています。すなわち戦争法廃止を前提として、これまでの条約と法律の枠内で対応する、現状からの改悪はやらない、政権として廃棄をめざす措置はとらないということです。 戦争法を廃止した場合、今回の改悪前の自衛隊法となります。日本に対する急迫・不正の主権侵害など、必要にせまられた場合には、この法律にもとづいて自衛隊を活用することは当然のことです」 日米安保条約が存続する政府のもとでも、侵略されたら自衛隊を活用するということだ。大会決定の解釈が覆ったのである。 矛盾と葛藤のない政策は危険である三、矛盾と葛藤のない政策は危険である憲法との関係では難しさを抱えている 共産党の現在の立場は、先に述べたように、安全保障政策としては筋が通っている。しかし、憲法との関係は難しいままであり、護憲派との矛盾は少なくない。 国民連合政府ができたとして、自衛隊の憲法上の位置づけをどうするのかという問題がある。自衛隊は憲法違反なのか合憲なのかという問題だ。合憲論に立つ民主党などと、引き続き違憲論をとる共産党が連立するわけだから、小さくない矛盾である。 この問題では、山下書記局長が、政党としては自衛隊違憲論は変えないが、政府としては合憲という立場で臨むと発言している。それ以外の対応は無理だと思う。ある問題を合憲か違憲か判断し、議論するのは、民間団体なら自由である。しかし、国家はあくまで憲法擁護義務を課されているわけであり、立憲主義の立場に立てば、違憲だと判断する状態はなくすことが義務づけられる。政府が自衛隊を違憲だとするならば、可能な限り早期に廃止するし、それまでの間も使用しないという判断をするしかなくなるであろう。合憲か違憲か判断ができないという無責任な態度をとることも不可能だ。即時廃棄の立場をとるのでないなら、合憲と判断するしかない。 そういう立場をとればとるほど、護憲派との矛盾は拡大していく。しかし、護憲派が望む自衛隊のない世界というのは、日本周辺の平和と安定が確保され、永続することが誰にも確信されるような現実がなければ実現しない。護憲派は、そういう外交は安倍政権にはできないと批判しているわけだから、それなら自分で政権を取りに行くしかないだろう。護憲政党を政権に送り込むことにちゅうちょしていては、日本周辺を安定させる平和外交など夢物語である。矛盾がなければいいということではない 冒頭に述べたことだが、こんなことを書いていると、少なくない人はあきれかえるかもしれない。好意的に共産党を見ている人にとっても、せいぜい「ご苦労様ですね」というところだろうか。 だが、そもそも、立憲主義を守るということと、国民の命を守るということと、その二つともが大事なのである。その二つをともに守ろうとすると、誰もが矛盾に直面するのである。 戦後の自民党政権の安全保障政策も、この二つの葛藤のなかで生まれたものだといえる。憲法制定議会で自衛権はないとした政府が、その後、答弁を変更して自衛隊の創設にまで至ったのも、この二つの間の相克に悩んだからだろう。自衛隊が国連PKOなどで海外に出て行くようになり、武力行使を禁止した憲法との間の矛盾に苦しんだ政府が、「武器使用」とか「非戦闘地域」という概念を編み出したのも同じことだ。 こうした葛藤を小馬鹿にする人もいる。しかし、少なくともこれまで、自衛官が海外で一人も殺さず、殺されていないことには、この葛藤の反映がある。同じように90年代以降に海外派兵に踏み切ったNATO諸国では多くの兵士が死亡しているわけだから、その差は歴然としている。復興支援などに限って派兵してきた日本の態度は、憲法九条によって生まれた「臆病さ」の象徴であるかのようにいわれてきたが、軍事力でテロに対応することで泥沼化する世界の現実を見れば、「臆病さ」もまた必要とされていることが明らかではないだろうか。 矛盾のなかで苦しまないような政党、あまりにスッキリとした政党には、ちゃんとした政策をつくれない。その代表格がかつての社会党だった。国民の命を守ることをどれだけ考えていたかは知らないが、憲法だけを判断基準にして政策をつくったのである。安倍政権はスッキリ単純だが そして、逆の意味でスッキリしているのが、現在の安倍政権ではないか。都合が悪ければ、何十年続いた憲法解釈をあっさりと変えてしまうのだから。 しかも、安倍首相の場合、立憲主義を守ることに無頓着なだけではない。国民の命を守るという点では無責任さが見られる。集団的自衛権行使の閣議決定をした後、安倍首相は記者会見をして、米艦船を防護しないとそれに乗った母子を守れないと訴えた。しかし、自民党はそれまで、海外で有事に避難する日本人をアメリカが助けてくれないので自衛隊を派遣する必要があるのだと主張し、90年代、二度にわたる自衛隊法の改正によって、自衛隊が運用する政府専用機と護衛艦などを邦人救出のために派遣できるようにしたのである。その自民党政権が、今度は海外で有事に日本人を助けてくれるのはアメリカなのだと、かつてとは正反対のことをいって憲法解釈を変えたのだ。要するに安倍首相にとって、大事なのは国民の命ではなく、自分の政治目的だということなのである。国民の命は政治目的を実現する手段にしぎないということだ。スッキリしていればいいということではない。 ただ、安全保障政策の曖昧さは、もう許されなくなっていると思われる。新安保法制の最初の発動事例になると予想されるのは、南スーダンに派遣された自衛隊に駆けつけ警護の任務を付与することである。南スーダンは、外務省の渡航情報を見れば分かるように、真っ赤な色で塗られた危険度四(即時避難勧告)の地域である。「非戦闘地域」であったイラクで自衛隊員が殺し、殺されることがなかったのだって偶然といえるできごとだったのに、南スーダンの自衛隊がどうなっていくのか、本来なら国民全員が心配し、議論しなければならないのではないだろうか。 それなのに、安倍政権は「リスクに変わりはない」と言い張り、護憲派も自衛官が危険になる責任は政府にあるとして、お互いに責任をとらないのでは、自衛官だけが置き去りにされるのだ。右か左か、護憲派か改憲派かにかかわらず、建前をやめて本音で議論することが求められる。大事なのは理念ではなく(そういうと怒られるだろうが)、現実に失われるかもしれない命ではないのか。

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    「情報小国」ではニッポンは守れない

    契機に日本でも対外情報活動の重要性が叫ばれている。 安倍首相は一昨年、外交・安保の司令塔となる「国家安全保障会議(NSC)を創設したが、 情報収集能力や縦割り行政の弊害が指摘され、実効性は今も疑問視される。 情報なき国家がたどった運命を振り返れば、自ずとわが国の危機がみえてくる。

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    露大使館は昔も今もスパイの巣窟! 陸自教本漏洩はなぜ立件された

    潮匡人(評論家、元3等空佐) 在日ロシア大使館のセルゲイ・コワリョフ元駐在武官に加え、元東部方面総監(元陸将)と、かつて彼の部下だった現職の陸将ら合わせて7人が書類送検された。容疑は「職務上知ることのできた秘密」の漏えいを禁じた自衛隊法違反である。 報道によると、元陸将は2013年5月、都内のホテルで、陸上自衛隊の教範「普通科運用」を駐在武官に提供したという。元陸将は「違法だと分かっていたが、駐在武官が勉強熱心だったので渡してしまった」らしい。「悪気はなかった」とも言えるが、「陸幕長に次ぐN02の方面総監にしてこのレベル。脇が甘い。意識が低い」とも非難できよう。 ただ事実が報道されたとおりなら、送検には多少の疑問を覚える。当該教範は「自衛官であれば上司の許可を得たうえで、駐屯地内の売店で購入することができる」、「教育訓練以外の目的で使用してはならないことや、用済み後は確実に破棄することなどが記されている」(NHK)が、逆に言えば、それだけの文書に過ぎない。G20首脳会合の記念撮影に臨む際、あいさつを交わすオバマ米大統領(左)とロシアのプーチン大統領(中央)。右は安倍首相=11月15日、トルコ・アンタルヤ(共同) 要するに秘匿性が低い。失礼ながら陸自は(たぶん)すべての教範に上記趣旨を付記しているのではないか。たとえば「戦闘に関する基本的原則を記述した」通し番号「1―00」で始まる陸自教範Yの表紙も「部内専用」等と明記する(が「上司の許可」なしに市ヶ谷駐屯地の売店で買えた)。 他方、通し番号「01―1」で始まり「教範体系の最上部に位置する」同種の空自教範Sにそうした記述はない。ないどころか教範の全文に加え、親切に「解説」まで付記した書籍が市販されている。反対に、海自の同種教範は秘密指定されている。 つまり同じ部隊運用に関する教範でも、陸海空で扱いが大きく異なる。さらに言えば、戦前まで「軍事機密」だった旧軍の「統帥綱領」や、上記陸自教範Yが参考にした「作戦要務令」は戦後、一般書籍として市販されており、誰でも読める。 自衛隊員(およびOB)が「漏らしてはならない秘密」とは、専門用語でいう「実質秘」。「非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものと認められるもの」(最高裁)に限られる。歴代政権もこの司法判断に従っている。 果たして今回の教範が「実質的にもそれを秘密として保護するに値するものと認められる」だろうか。仮にそうだとしても、送検に値するほどの秘匿性があったと言えるだろうか。私は疑問を禁じ得ない。 現職の陸将らは「教範の入手は手伝ったが、まさか駐在武官に渡るとは思わなかった」と供述しているという。実際その通りなのであろう。「脇が甘い」等の批判は免れないが、世話になった元上司に頼まれ、売店で教範を買ってあげた。そこに、送検に足るほどの違法性があるだろうか。百歩譲って、あるとしても、起訴に足るほどではなかろう。 本稿の意図は当局への批判ではない。あくまで以上は、報道された範囲での論評であり、事実が報道のとおりとは限らない。上記以外の重大な秘密漏えい疑惑があり、それを追及すべく、より証拠固めの容易な教範提供で立件した可能性も残る。大使館はスパイの巣窟と化す それにしても、あれほどショボい安保法案を「戦争法案」と非難し「憲法違反」とまで咎めた護憲リベラル陣営が、なぜ以上を違憲と批判しないのか。理解に苦しむ(拙著『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』PHP新書)。 送検されたのが制服組の自衛官だからなのか。もしそうなら、真の護憲派ではない。人権派でもない。「実質秘」か否かは、彼らが大好きな「立憲主義」に深く関わる。「実質秘」でないのに立件すれば、重大な人権侵害となる。本来なら違憲であり、法的に無効となる。なぜ「人権派」弁護士らは、そう訴えないのか。 他方、コワリョフに同情の余地はない。なぜなら日本国憲法の人権保障が「日本国民よりも大きな制約を受ける」外国人だからである(芦部信喜『憲法』岩波書店)。しかも彼は駐在武官だった。ゆえに外交官として不逮捕特権を行使できる。日本国憲法以前に、国際法が「人身の自由」を保障している。陸将らとは、そもそも立場が違う。 だからこそ、大使館はスパイの巣窟と化す。乱暴な陰謀論の類ではない。国際政治学で現実主義を確立したモーゲンソーもこう述べた。「在外公館が一国の実際的、潜在的な力を評価する段になると、その公館は高級かつ秘密のスパイ組織という様相を帯びてくる。軍部の上級メンバーはいろいろな在外公館に派遣される。そこにおいて彼らは、陸・海・空軍大使館付武官として、その利用できるあらゆる方法を駆使して実際のおよび計画中の軍備とか、新兵器、軍事的潜在力、軍事組織、そして関係国の戦争計画といったものに関する情報を収集する責任をもつ」(『国際政治』福村出版) ロシア大使館は「秘密のスパイ組織」である。コワリョフは「大使館付武官」(駐在武官)だった。駐在武官は「あらゆる方法を駆使して(中略)情報を収集する責任をもつ」。昔も今も……。 事実、昭和55年、(リバルキン武官と)コズロフ大佐が、陸自のM将補を籠絡。陸自の部内誌などを渡させた。平成12年にも、ボガチェンコフ大佐が海上自衛隊の3佐を籠絡。内部文書を手渡させた(陸海自衛官はともに自衛隊法違反の罪で有罪判決が確定)。 いずれの〝犯人〟も、ロシア軍の情報機関「GRU」(参謀本部情報総局)の人間であり、外交官の不逮捕特権を行使してモスクワに帰国した。 後者の事件で空席となったポストにもGRUからT大佐が派遣された。T大佐も軍事関係の会合に顔出し、情報収集に努めた。コワリョフの前任者はみな「あらゆる方法を駆使して」情報収集に務めてきた。ロシアにとっては当然の任務遂行であろう。今さら大騒ぎするような話ではない。 なお詳細は控えるが、上記T大佐は私に照準を絞り、籠絡しようとした。大佐と私をマークしたのは、先日発足した「国際テロ情報収集ユニット」を傘下に抱える外務省では(もちろん)ない。その他ユニットを構成する防衛省、警察庁、内閣情報調査室、公安調査庁の国家公務員でもない。彼らはいまも諜報工作戦の最前線にいる。

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    中国で拘束された日本人スパイ 狙いは何だったのか?

    の団体のほか、中国やロシアなど諸外国の動向について情報収集を目的とする情報機関で、日本版NSCの国家安全保障会議にも情報の提供が求められるなど、政府の情報収集・分析機能を担っている1組織である。 今回の件について、公安調査庁と犬猿の仲であるとされる警察サイドからは、当然のことながら公安調査庁の悪口しか聞こえてこない。ある警察関係者などは、「去年から今年にかけて公安調査庁が中国に行ける民間人で協力してもらえる人を多数募集していた。誰でもいいというような感じだったが、こういうことをやってもらうには、きっちりした人物であるか見極める必要があるはずだ」とあきれていた。 表向き公安調査庁は拘束された人物たちが協力者であることを認めていないが、仮にこうした組織に運用された人たちによって、日本批判されるのは極めて残念である。ある公安関係者は公安調査庁の情報収集の実態について、「公安調査庁は常に組織存続の危機にさらされている。不要だとされながら地下鉄サリン事件を受けてオウム真理教を監視する『仕事』を得て廃止の危機を免れた。最近ではISなどの中東といった外国情報に関して関係されると見られる人物に片っ端から声をかけていると聞く。公安調査庁が目の敵としている警察や内閣情報調査室と外国情報で差をつけたいと無理をしたのが今回の拘束だろう」と分析していた。 なお、筆者は国益を優先すべきだという論者でもなく、ましてや日本にスパイ防止法を求める意見の持ち主ではないことをお断りしておく。

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    情報機関を作るなら今をおいて他になし 独BNDをモデルに豪から学べ 

    が、その弊害に気づき改めた。日本だけ欧米の19世紀のパターンがなお続いているのだ。 平成25年に国家安全保障会議(NSC)が創設されたが、NSCは情報を利用する機関であり、情報を集める機関ではない。まず情報機関を作り、次にNSCを作るのが筋だが、日本はその逆で家屋の2階を先に作り、後から1階を作ろうとしている。政治上やむを得なかったとはいえ、中央情報機関がない限り、NSCが十分な機能を発揮することはできない。 では日本が中央情報機関を作るにあたり、どの国をモデルにすればよいか。 米国のCIA(中央情報局)や英国のSIS(MI6)は特殊な政治的伝統や国民意識に支えられており日本とはかけ離れた存在だ。例えば英国は社会全体が秘密主義だ。情報機関が暴走することがあっても覇権大国としての歴史もあり、国民にそれを制御できる懐の深さがある。メディアにも情報機関への知識と理解があり、どの大学もレベルの高いインテリジェンス論の講座を設けている。 絶対に見習ってはならない例もある。中国やロシアなどの情報機関だ。全体主義的に国民を監視し、独裁政権に都合よく利用される機関であってはならない。 私がモデルとしてイメージするのはドイツの連邦情報局(BND)だ。連邦首相官邸に直結し、軍を含めて政府内情報を統合する権限があり、政策には関与していない。 ドイツは日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国だ。日本で情報機関創設といえば「特高警察を作るのか」という反発がある。ドイツもゲシュタポ(秘密警察)という悪い記憶があるが、国民の理解を得ながら乗り越えてきた。対内情報機関である憲法擁護庁(BFV)もあるが、ゲシュタポの過ちを繰り返さぬよう国民の権利保障に常に気を配ってきた。ドイツが平和的な大国として国際社会で重要な役割を果たしているのは、BNDが成功裏に運営されてきたことが大きい。 ノウハウは豪州やカナダから学ぶべきだ。特に豪州は安全保障面など国益上の共通点が多い。 全く新たな情報機関の創設は政治的に困難なので、小さな組織で構わないから各省庁から独立した組織を作ることだ。一案として内閣情報調査室を充実させ、合同情報会議と連結してヒューミント(人的情報活動)も行える対外情報機関にするのが最も実現性がある。 国民の理解も以前より進んできた。「日本もスパイ機関を作って何がいけないのか」という若い世代も増えている。時期も今をおいて他にない。 なかにし・てるまさ 昭和22年、大阪府生まれ。京都大大学院博士課程単位取得。京都大大学院教授などを経て平成24年に名誉教授。著書に「情報亡国の危機-インテリジェンス・リテラシーのすすめ」「大英帝国衰亡史」など。第18回正論大賞。

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    ロシア・スパイ事件に揺れる防衛省 お粗末すぎる情報管理体制が露見

    第四社会面 [桐生知憲の第四社会面]桐生知憲 「OBだけでなく現役の幹部が関わっているようだ」 日本の国防を担う防衛省が揺れている。理由はロシアへの情報漏洩。ロシアスパイを追いかける警視庁公安部は近く、漏洩に関わった7人を書類送検する方針だ。冷戦期さながらと思わせる今回の事件。当初は直接情報を漏洩した幹部OBとロシア大使館の元駐在武官を中心に立件する予定だった。ところが、幹部OBが元駐在武官に渡したブツを自衛隊駐屯地内から持ち出した中に現役の陸将がいたことがわかり、防衛省はあわてふためているというのだ。その実態に迫る。iStock 2013年5月某日の夜のことだった。場所は学生で賑わう東京・高田馬場駅近く。その一角にあるロシア料理店で、2人の男が向き合っていた。1人は少し老いたとはいえ鍛え上げられた屈強な体をした防衛省OBのI。Iは現役時代、ある関東方面のトップを務め、陸将まで上り詰めた。陸海空自衛隊の初となる多国籍軍との共同軍事演習に参加するなど、数々の輝かしい実績を持つ人物だ。 もう1人は豊かな口髭をたくわえ、青い目をしたロシア人のK。2人は周囲を一定程度、気にする様子も見られたが、酒が入った影響もあり楽しい時間を過ごしていた。2人のやりとりの様子からすると、関係は対等ではない。KがIに師事するような態度だ。この日は何事かの約束をして2人はそれぞれの家路についた。それから約1週間後、都内の超一流ホテルで2人再会した。おもむろにIが文書を取りだす。文書は400ページ以上もあろうかというものだった。文書に加えてIは自分が愛用していた電化製品もKに贈り、Kは笑顔でそれらを受け取ったのだった。 Iは後ろ暗い気持ちはあったものの、機密指定がかかっているようなものではないと開き直っていたのかもしれない。むしろ自分を師のように仰いでくれたKの帰国の手土産にでもなればという思いのほうが勝っていたようだ。大勢の人が行き交うホテルで行われた出来事であり、誰も2人の行為に気が付かなかったのか。 しかし、2人の行動を凝視していたあるチームがいた。警視庁公安部外事一課、いわゆるロシアスパイハンターの面々だった。ここから今回の警察対防衛省という一代攻防が幕を開けたのだった。教範はどこから持ちだされたのか? 渡した文書は普通科部隊、つまり歩兵部隊の戦術などが書かれた教範。防衛省によると、駐屯地内の書店で販売されているが、外部に持ち出すことは禁じられている。特定秘密や防衛省の機密指定にあたるものではないという。ただし、この教範の中には、アメリカ軍との連携など戦術の機微に触れられている部分もあり、純粋に自衛隊の戦術についてのみ記載されたものとは言い難い。 Iは教範をKに渡した時点では、すでに防衛省を退職しており、直接入手できる立場にはなかった。では、誰がIのもとに教範を届けたのだろうか。先にも触れたが、Iは関東方面のトップにまで上り詰めた幹部自衛官である。長い自衛隊人生の中で多くの部下を持った。Iは豪快な性格で、自衛隊内では「軍神」という異名で呼ばれていた。豪快な性格に加えて、部下を半ば暴力的に従わせる一面もあったとのことで、Iに「忠誠」を誓った人物もさぞかし多かったろうと推察される。 Kに手渡された教範は1冊だったが、Iの手元には今も3冊が残っているとされる。つまり、持ち出し禁止のはずの教範が合計4冊、外部に漏れてしまったというのだ。 ある1冊は現役の自衛官からIの元腹心だったOBに手渡され、またある1冊は別のOBが駐屯地内の売店で購入し、またまた別の1冊はIと男女関係が噂される女性現役自衛官が駐屯地の図書館から持ち出し、最終的にIのもとに集まったという。この女性現役自衛官に至っては、Iに対し「取り扱いには注意してね」とメールで釘をさしていたのだ。あまりにゆるすぎる…自衛官の情報管理意識あまりにゆるすぎる…自衛官の情報管理意識 そして、最も問題なのが現役の自衛官で、しかも陸将という高位にある幹部自衛官からIに渡った教範だった。外事一課はこの陸将からIが入手した教範がKに渡ったと見ているのだが、いくら特定秘密や極秘ではないしろものとはいえ、日本の国防を預かる自衛隊の、しかも幹部自衛官がいとも簡単に持ち出し禁止のブツを外部に出すとは…。驚きを通り越して、これで国防は大丈夫なのかとあきれてしまう。 Iの事情聴取が今年上旬にあった際に、ある捜査関係者は「IとKを立件することが対ロシアへの牽制になるのであり、防衛省・自衛隊の問題にはしたくない」と漏らしていた。しかし、Iの携帯電話などを調べていくうちに、自衛官のあまりにもゆるすぎる情報管理を目の当たりにし、「関係者はすべて書類送検する」(別の捜査関係者)ことになったという。 これには、防衛省側も驚きを隠せないようだ。当初、ある防衛省関係者が「持ち出し禁止といっても、極秘でもなんでもない文書。一部は黒塗りになるが情報開示を請求されれば公開されるもの」と語っていたように、立件は難しいと高をくくっていたふしがある。仮に、IとKが立件されたとしてもOBがやったこととして済ませてしまおうという雰囲気もあったという。ところが、捜査の大詰めで現役陸将の関与が明らかになり、警察に軍配が上がる形勢だ。余談ではあるが、防衛省・自衛隊の管理の甘さとして、この教範がインターネットのアマゾンで販売されていたことも付け加えておく。ロシアスパイKはあの“ゾルゲ事件”と同じGRU所属 ゾルゲ事件のリヒャルド・ゾルゲをはじめとして旧ソ連を含めたロシアによるスパイ活動はつとに有名だ。近いところでは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の武官が家庭の事情を抱えていた海上自衛官につけ入って、秘密指定文書などを入手していた事件があった。 今回、教範を受け取ったKもGRUに所属していたと見られる。KはIから教範を受け取った直後に帰国しているが、今回の日本勤務は3度目だったという。Kは今回以外にも、横須賀の海上自衛隊の基地を何度も訪問したり、ある駐屯地近くの居酒屋で居合わせた自衛官と名刺交換したりするなど、不審な行動がたびたび確認されている。Kは2008年にIがトップを務めていた関東方面の駐屯地を訪問し、これをきっかけにIの知遇を得たという。その後の2012年にロシア大使館のレセプションで2人は再会し、KはIに「教えを請いたい」との態度で接し、Iも籠絡されてしまったようだ。 警視庁のスパイハンターたちがカバーで入国してきたロシア諜報員を“監視”“追尾”していることは公然の秘密である。情報部門にいたこともあるIほどの大物が、なぜ簡単に応じてしまったのか。ある防衛省関係者は次のように指摘する。「Iは渡したことは認めているが、『その程度のものを渡して何が悪いんだ』という態度でいるようだ。兄弟も自衛官になるなど“軍人”としてのプライドが高く、逆におだてられてその気になってしまったのかもしれない」。 この指摘があたっているとしたら、本当にお粗末である。「その程度の情報も取ることができないのですか」とは、ゾルゲが相手から情報を入手するためによく使った常套句だったという。 今回の事件で、Iは再就職先だった大手自動車メーカーの顧問を辞め、防衛省もその内部ガバナンスが大きく問われることになるだろう。それにもまして、安保法制により海外派遣が可能になった防衛省がこの程度の情報管理で国民を守り、諸外国から信頼を得られると思えるだろうか。中国が人工島造成を進める南シナ海へ自衛隊を派遣すべきだという勇ましい意見もあるが、今回の行為はその中国に部隊編成や装備の機能を漏らすようなものだ。 書類送検はされるものの、「起訴までは難しい」(捜査幹部)というように刑事処分は軽微なもので終わる可能性が高い。それでも、防衛省・自衛隊には自分たちの職務に鑑み、今回の件を重く受け止めてもらいたいものだ。

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    情報機関創設 有能な人材が日本で集まるか疑問と落合信彦氏

     ISILによる日本人人質殺害事件を受け、安倍晋三首相は対外情報機関の創設を検討していると発言した。日本には対外情報機関の存在が不可欠だと訴えてきた落合信彦氏は、いまのままではこの構想は失敗する可能性が高いと指摘している。成功させるにはどうすればよいのか、落合氏が解説する。 * * * 日本が情報機関をつくる上で何が足りないかを述べるのは大変だ。欠陥があまりにも多すぎて、挙げればキリがなくなるからだ。 日本には、情報機関のもとになるような既存の組織がなく、人材もいない。日本の既存の情報部門のなかでマシなのは警視庁公安部ぐらいだろうが、日本版CIAを公安中心でつくることは、外務省が反対するだろう。日本版NSCのトップが谷内正太郎・元外務次官だったように、今回も各省庁の利権争いが予想される。だが、既存の省庁の寄せ集め組織になれば、日本版CIAは絶対に失敗する。「イスラム国」日本人人質事件 後藤健二さん殺害の報を受けて多くの報道陣が集まる現地対策本部=2月31日、ヨルダン・アンマン(大西正純撮影) 実はイスラエルのモサドもはじめは、外務省がコントロールする形の組織が想定されていた。それをひっくり返したのは、初代首相のデヴィッド・ベングリオンだ。彼は、情報機関は首相直轄の独立した組織でなければ意味がないと主張した。その結果、モサドは絶大な権限を得て、いまの地位を築いたのだ。 日本が情報機関をつくるには、独立した組織にした上で、エージェントの養成学校を創設してゼロから学ばせなければならない。教官としてモサドのOBを招聘するのも一つの手だろう。しかし、それも容易なことではない。CIA、SIS、モサドに入る一番の条件はIQが高いということで、モサドなどはIQ130以上でなければ受け付けない。50の電話番号を瞬時に頭に詰め込ませるテストなども行われる。 さらに、最低限3か国語は話せる必要がある。モサドでは8か国語を話せるエージェントが何人もいる。例えばイランのパーティーに行けば、当然ペルシャ語を理解していなければ話にならない。そこで、分かっていながらペルシャ語を知らないふりして、交わされる会話から情報を吸い上げるのがエージェントの仕事なのである。 そんな有能な人材が日本で集まるのか、はなはだ疑問である。CIAは情報収集担当だけで5000人を有し、全体では3万人前後、さらに外国にいるエージェントを含めれば5万人以上になると言われている。それぐらいの規模でやらなければ、情報機関として機能しないということだ。 さらに、安倍政権が全く分かっていないのは、情報機関をつくるには莫大な予算がかかるということだ。 CIAでは、それだけの数のエージェントたちが、世界各国で多額のカネを使って、情報を集めている。情報機関において、敵方エージェントを引き抜くために使われる用語として「MICE」という言葉がある。Mはマネー(カネ)、Iはイデオロギー(思想)、Cはコンプロマイズ(強制的屈従)、Eはエゴだ。祖国を裏切らせるには、思想的に引きつける、ハニートラップなどによって服従させる、その人の自尊心を満たそうとするなどの条件が挙げられるが、何よりも大切な第一条件として挙げられるのがカネである。 CIAのカウンターインテリジェンス部門の分析官だったアルドリッチ・エイムズは、ソ連に寝返る対価として、250万ドルものカネを得たという。世界では、情報の価値とはそれだけ高いものなのである。1000兆円に及ぶ借金まみれのこの国で、そんなことが可能だろうか。関連記事■ モサドの強みは世界を敵に回してでも生き残る国是と佐藤優氏■ 安倍首相肝いり「日本版CIA」このままでは失敗と落合信彦氏■ 日本独自の諜報機関設立に向けてイスラエルや英へ訓練依頼を■ 伝説の諜報機関創設者「007は幼稚園児の遊びのようなもの」■ 米情報機関の個人情報収集に歴代大統領らが嘆息した理由とは

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    テロの世紀第二幕でも変わらない情報小国ニッポン

    第一幕があがったのは、2001年9月11日だった。国際テロ組織「アルカイダ」が超大国アメリカの経済と安全保障の中枢を標的に自爆テロ攻撃を仕掛けたのである。筆者は冷戦後の風景を塗り替えてしまった世紀の事件を首都ワシントンで迎えた。暮れなずむ夕空に大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」が姿を現わし、ホワイトハウスの中庭にジョージ・W・ブッシュ大統領が降り立った光景をいまも忘れない。 「アメリカを攻撃したテロリストと、彼らを使嗾し、匿う組織や国家を区別しない」 われわれホワイトハウス特派員を前に吐いた大統領のひとことこそ「テロの世紀」の幕開けを告げるものとなった。ハイジャック犯を操った国際テロ組織「アルカイダ」を率いる巨魁に鉄槌を下し、テロ組織を匿う「ならず者国家」を許さない。ブッシュ大統領は、彼らを一体とみなして戦う決意を明らかにした。この瞬間に、無期限にして、無制限の対テロ戦争が始まり、われわれはいまもその真っただなかにいる。*       *       * 「ブッシュのアメリカ」は、その圧倒的な軍事力、警察力、諜報力を駆使して「アルカイダ」の本拠をたたき、国際テロ組織を抱え込んでいたアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させた。そしてイラク戦争に突き進んでいった。イスラム過激派は、この戦いの過程で新たな組織に変貌していく。超大国の力が届きにくい、辺境を見つけて潜伏する。そして小さな集団に分かれて自爆テロを仕掛けはじめる。独自の判断でそれぞれに拠点を設けて戦え――こうインターネットを通じて呼びかける「グローバル・ジハード運動」に呼応して、現状に不満を募らせるムスリムの若者たちが立ち上がっていった。 欧米先進国で生まれ育った彼らはやがて「ホームグロウン・テロリスト」の予備軍となる。神の代理人たるカリフが治める「イスラム国」の建設に共鳴して、新たな聖戦に身を投じていった。そしてシリアからイラクに広がる「イスラム国」の支配地域に密かに入り、軍事訓練を受けて再び欧米社会に舞い戻る。表面上はごくふつうの市民生活を続けながら、蜂起の機会をじっと待ち受けていたのである。インテリジェンスの世界でいう「スリーパー」だった。パリを舞台に起きた同時多発テロは、こうしたジハード戦士たちによって引き起こされたのである。*       *       * われわれが身を置く「テロの世紀」とはどんな時代なのか。その本質を正確に捉えることこそ、日本を含めた国際社会が新たなテロに備える出発点となる。「アルカイダ」は、オサマ・ビンラディンを最高指揮官と仰ぐピラミッド型の組織だった。これに対してIS「イスラム国」は、分散型の組織形態をとって各地に浸透している。それゆえ同時多発テロ事件を起こした武装グループを摘発しても、モグラの一つを叩いたに過ぎない。果てしなき戦いは今後も続いていく。同時多発テロの現場となったバタクラン劇場前で、犠牲者を悼み献花する安倍首相=11月29日、パリ(共同)「イスラム国」はエボラ・ウィルスにも似て、衛生状態が劣悪で、体力の衰えた、国際社会の柔らかい脇腹にとりついて蔓延する。それゆえ、各国は気の遠くなるような忍耐で包囲網を築きあげることを強いられる。だがその一方で、イスラム過激派のテロリストたちは、防疫線を軽々と超えて、欧米の社会に浸透しつつある。 9・11テロの後、国境に堅固な防壁を築きあげ、テロを封じてきたと自負していたアメリカの当局を震撼させる事件が起きた。12月2日、カリフォルニア州のサンバーナディノで起きた乱射事件で14人が殺害されたのである。テロの首謀者は、サンバーナディノ郡に勤めて年収870万円を得ていた公務員だった。彼はイスラム教徒だったが、アメリカ国籍を持つ普通の市民を装っていた。FBIをはじめ捜査・情報当局の監視対象にしていなかった。典型的なホームグロウン・テロリストにしてローン・ウルフ型のテロリストだったのである。彼らの心のなかに芽生え、次第に膨らんでいく憎悪を見出すことなど捜査当局にできるはずがない。管理が杜撰…情報大国への道のりは遠い 日本政府は一連のテロ事件を受けて12月8日、「国際テロ情報収集ユニット」なる組織を発足させた。外務・防衛・警察の各省庁から20人の要員を集め、4つの在外公館に設けた拠点の20人と合わせて、テロ情報を各国と交換し、分析する。「インテリジェンス・ユニット」を統括するのは杉田和博官房副長官だ。併せて各省庁の局長クラスで構成される「国際テロ情報収集・集約幹事会」を内閣官房に設けて、テロの重要情報を分かち合い、的確に分析して、新たなテロに備えるという。そして来年の伊勢志摩サミットや2020年の東京オリンピックに備える構えだ。 戦後の日本にも、テロリストやスパイが国内に浸透するのを防ぐ「カウンター・インテリジェンス機関」は、警察の警備・公安部局に存在する。だが、G7(先進七カ国)のなかで唯一つ、情報要員を海外に配して対外的なインテリジェンスを収集し分析する機関を持たなかった。新しい政府組織は、そうした日本の弱点を少しでも補おうと設けられたのだろう。 だが、老情報大国として知られるイギリスの政府は、今回のテロ事件を受けて、カウンター・インテリジェンスを担うMI5、対外情報を受け持つMI6、さらに電波傍受などを受け持つGCHQ(政府通信本部)に総勢2千人にも増員を行う意向を明らかにした。これでは「情報小国ニッポン」の現状は改まらない。 所帯があまりに小さく、時に非合法の分野にも踏み込まざるを得ない海外の要員がいないだけではない。第二次安倍内閣の発足に伴って創設した「日本版NSC」である国家安全保障局とどのように連携していくか、必ずしも明確ではない。インテリジェンスの収集・分析をめぐる外務省と警察庁の縄張り争いにいまだ決着がついていないのだろう。国家安全保障局は外務省が防衛省を味方につけて主導しているが、新しい「国際テロ情報収集ユニット」では警察庁が仕切りたいと考えている。各国の政府部内のインテリジェンス機関はいまだに貴重な情報を抱え込んで離そうとしない――。一連のテロ事件は、こうした官僚機構の病弊が少しも改まっていないことをさらけだした。対外情報機関を備えていない日本もこうした「インテリジェンスの風土病」には立派に罹っている。 つい先ごろ名古屋の警察署に盗聴器が仕掛けられていることが発覚した。たとえ内部の犯行であっても、外部の者に傍受が易々とできてしまう。加えて日本国内のイスラム教徒の名簿が外部に漏れて出版される不祥事も起きている。連携先の外国の機関が日本に貴重なテロ情報を提供しようにも情報の管理がこうまで杜撰では二の足を踏んでしまう。情報大国への道のりは日暮れてなお彼方に霞んだままだ。

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    日本版NSCの「欠陥」 外務省の魂胆は見抜かれている

    が入手していた米国の軍事情報は、以後、防衛省に提供される流れに変わった。 外務省には総合外交政策局に安全保障政策課がある。また北米局の中にも、日米安保条約課や日米地位協定室があり、これらが国防総省や在米日本大使館を通じて、軍事情報の提供を受けていたが、それが防衛省・自衛隊に流れる関係に変わった。 もともと外務官僚には、戦前・戦中に、日本の外交権を軍部(当時)に奪われたという強烈なトラウマがある。そのため外務省は防衛当局が、米国の軍事情報や海外の治安情報を握ることに強い警戒心を持っていた。さらに悪いことに、外務官僚は旧軍部を強く批判するあまり、近代的な軍事知識を軽視する風潮を生んでしまった。今でも、外務省幹部の発言では、軍事音痴を痛感することが多々ある。 具体的には、尖閣問題(沖縄県)で、軍事と警察の役割区別がつかない発言や、辺野古基地建設問題では、地球規模の米海兵隊の役割を理解していないなど、軍事音痴の外務省幹部(OBを含む)の発言は多い。 しかし外務官僚の軍事知識軽視はどうであれ、外務省にとって国際テロなど最新の軍事情報を入手することは喫緊の要事であることは言うまでもない。そこで外務官僚が対策に日本版NSCを創設したのではないかと思っている。 米国政府には国防総省、国務省、CIA、FBI、国家情報長官など、国家が直面する安全保障の重要問題を協議する機関として、大統領府(ホワイトハウス)内にNSC(国家安全保障会議)が設置されている。米大統領に直結する最高軍事諮問会議であり、国防総省や国務省よりは上位に位置している。 同じものを日本の内閣府内に設置すれば、米政府の最高軍事秘密情報も、米NSCのカウンター・パートナーとして入手することが可能になる。国防総省から防衛省に流れていた軍事情報を、日本版NSCを設置すれば米NSCから入手できる訳である。防衛・警察に足元を見られている外務省 そして日本版NSCのトップに外務官僚(OBを含む)を配置して、事務局の重要部局を外務官僚が占めれば、日米間の安全保障の軍事や治安情報を得て、政府で外務省が主導的な立場を担うことができるのだ。会談前に中国の楊潔チ国務委員(右)と握手するNSCの谷内正太郎国家安全保障局長=16日、北京の釣魚台迎賓館(共同) だから日本版NSCでは、国家安全保障会議の下に事務局の国家安全保障局を設置している。国家安全保障局は外務・防衛両省や警察庁(公安調査庁を含む)などが収集する情報を一元的に扱い、分析や対応を担う役割分担という。むろん国家安全保障局長は外務官僚をあてる人事が行われる(初代は谷内正太郎元外務次官)。 事務局内は6つの分野(班)が置かれる。その1班は「総括」、2班は「同盟・友好国」を担当、3班は「中国・北朝鮮」、4班は「その他」、5班は「戦略」、6班が「情報」となる。このうち、1班と3班と4班の班長は防衛省の出身者、5班は警察庁の出身者で、外務省は局長以外に、2班の米国などの同盟国と、3班の中国、北朝鮮に、外務省出身の班長をあてている人事だ。日本版NSCのトップと米国関連は外務省で固めた。また中国、北朝鮮の担当は、日本人拉致被害者の交渉などで、他の省には任せられない事情があるようだ。 しかし、そんな見え見えの外務官僚の魂胆を、防衛や警察当局が無条件に協力するとは思えない。それでなくても、今まで縄張り意識が強く作用した分野である。外務省が日本版NSCを造れば、それですべてが済むような問題ではない。 実は世界規模の米軍再編で、在日米軍は日本から撤退して、常時駐留型から有事駐留型にシフトを変えようとしている。平時の日本には、米軍の巡回訓練と事前集積で東アジア戦略を構築するようである。 これによって対米追随だけで済んでいた外務省の軍事的な役割は、もはや必要がないほどに権限が縮小するという危機感が外務官僚にはあるようだ。 そこで外務官僚が起死回生のクーデターで設立したのが日本版NSCなのだ。ところがすでに防衛省・自衛隊や警察庁などには、その足元を見られている。これが日本版NSCの最大の問題点である。 イスラム国(IS)など緊急のテロ情報を日本版NSCが扱えるのか。外務省に防衛、警察、公安調査庁の人材を集め、日本の在外公館(外務省管理下)に配置しても、外国の情報機関から得られるテロ情報は限られている。日本に米CIAや英MI6のような、外務省と無関係の対外情報機関を創設するという考えは日本版NSCにはないようだ。

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    日本はテロに屈する気なのか

    世界を震撼させたパリ同時多発テロから1カ月。日本でも「共謀罪」の創設をめぐる議論が活発になっている。政府案は過去3度も廃案になったが、日本を標的にしたテロの脅威に対し現行法だけで本当に通用するのか。過度な法整備は国民の権利の抑圧につながらないのか。この議論を真剣に考えたい。

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    日本にとっての悪夢が始まるのか 共謀罪なくしてテロとは戦えない

    とだと思われる。わだ・だいじゅ 1982年、岡山県生まれ。慶応義塾大学大学院博士後期課程。専門は国際安全保障論、国際テロリズム論、危機管理。清和大学と岐阜女子大学でそれぞれ講師や研究員を務める一方、東京財団やオオコシセキュリティコンサルタンツで研究、アドバイス業務に従事。14年5月に主任研究員を務める日本安全保障・危機管理学会から奨励賞を受賞。共著に『テロ・誘拐・脅迫 海外リスクの実態と対策』(同文舘出版)。

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    共謀罪は「テロ対策」に騙されるな! 国家権力の暴走を監視せよ

    間無制限に盗聴を可能とする行政盗聴の導入を図ろうとすることも予想される。現に、アメリカのNSA(国家安全保障局)がこれを濫用して、アメリカ国民の日常的な通信まで広く監視していたことをスノーデン氏が暴露したことは記憶に新しい。 アメリカの同時多発テロやフランスのパリでの連続襲撃事件でも明らかなように、いくら法整備しても、テロは防げない。テロを生んだ格差社会の問題など、テロの原因を根絶しない限り、対処療法的なISILの拠点に対する空爆を繰り返しても、報復の連鎖により、テロは根絶することはできない。 だから、共謀罪法案を整備したらテロを未然に防げると単純に考えることが誤りなのである。 私たちは、今一度、政府によるテロ対策を易々と受け入れることが、私たちの市民的自由を失うことと引き換えであることを認識する必要がある。 フランスでも、バリでの襲撃事件の後、緊急事態が宣言され、令状なしでの家宅捜索を多数実施したり、集会を禁止するなど、市民的自由を剥奪する措置がとられており、国家が「テロとの戦い」を名目にすれば、国民への監視の強化や市民的自由の剥奪について、市民がいとも容易に容認してしまうことが明らかとなった。 私たちはこの事実を教訓としなければならない。安倍首相は、来年の参議院選挙の後、国家緊急権を創設する憲法改正に着手する方針である。日本でも、テロのような事態が発生したら、私たちは突然に市民的自由を奪われ、それに対して抗議の声を挙げることもできなくなる暗黒社会になってしまうのである。私たちは、そのような将来を見据えて、目の前に突きつけられた共謀罪法案の是非についての態度を決める必要がある。「テロ対策」という美名の下に隠された政府や国家権力の罠を見抜く必要があるのだ。やました・ゆきお 昭和37年、香川県生まれ。53歳。創価大卒。平成元年に弁護士登録(東京弁護士会)。日弁連共謀罪法案対策本部事務局長。共著に「『治安国家』拒否宣言-『共謀罪』がやってくる」。

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    日本をテロの脅威から守れ 共謀罪が必要な2つの理由

    板橋功(公共政策調査会研究センター長) 私は、二つの視点から共謀罪が必要であると考える。一つは、テロなどの国際的な組織犯罪を防ぐために有効であること、二つ目は国際的な協調の必要性である。近年、インターネットをはじめとした通信の高度化などもあり、国際的な組織犯罪は複雑化、深刻化しつつある。国際社会は一致してこのような状況に対処しなければならない。もはや国際情勢が瞬時に日本の治安にも波及するのが現状であり、我が国も決して例外ではいられない状況にある。このようなことから、早期に共謀罪などの必要な法整備を行い、国際組織犯罪防止条約(パレルモ条約)を批准する必要があると考える。 先般、フランスのパリにおいて発生した同時多発テロ事件では、一般市民が普通に利用するカフェや劇場といったソフト・ターゲットが狙われ、130人以上の無辜の民の命が奪われた。まさに、大量無差別殺傷テロ事件であった。今回の事件を契機に、多くの日本国民が、「我が国は大丈夫なのだろうか?」と心配していることと思う。過激派組織IS(自称「イスラム国」)が日本をターゲット視している点や来年の伊勢志摩サミット、2020年東京オリンピック・パラリンピックと国際的に大きな行事が目白押しである点を考えると、いつ日本でテロが起こっても不思議では無い状況にあると考える。伊勢志摩サミットの主会場に想定される三重県志摩市の賢島(中央) 共謀罪はテロを実行していなくても犯罪になることから懸念や不安の声もあるが、パリのテロ事件のように多くの一般市民が殺害された無差別殺傷テロ事件が起こった後では遅すぎるわけで、テロなどの特定の犯罪を行う合意を事前に察知し、未然に防いだ上で、罪に問えるように法整備を行う必要がある。また、在留外国人数も200万人を超え、訪日外国人数も年間2,000万人に達しようとしており、不法残留者数は改善したものの未だに約6万人とされる。訪日外国人は、2020年に向けてますます増加していくことが予想される。もちろん、多くの訪日外国人は善意の人たちであるが、この中には悪意を持って我が国に入国、滞在し、組織的な犯罪を行おうとする者達もいる。かつて我が国では国際窃盗団「ピンクパンサー」の事件も発生しており、最近でも表参道の高級宝石店で外国人とみられる者達による強盗事件が発生するなど、このような国際的な組織犯罪も看過できない状況にある。国会の駆け引き材料になってきた共謀罪法案 二つ目は、テロなどの国際的な組織犯罪を防止するためには各国の協調が不可欠である。すでにパレルモ条約には180カ国以上が加盟しており、国際協調の立場からもG7の一角をなす日本だけが入らないわけにはいかない。我が国は2000年12月に条約に署名し、2003年5月に国会で承認しているが、共謀罪などの国内法の整備が行われていないために、現在でも条約の批准に至っていない。また、我が国はパレルモ条約の締結に必要な国内担保法が未整備であるとして、2008年10月に国際的な枠組みであるFATF(金融活動作業部会)から早急に改善するよう勧告を受けているが、7年以上経過した現在でも批准できない状況が続いている。日本がループ・ホール(抜け穴)にならないように早急に措置を講じなければならない。 共謀罪に関して、すでに議論が尽くされているかのような誤解があるが、それは正しくは無い。確かに、これまでに3回にわたり共謀罪の法案が国会に提出されたが、可決されていない。しかし、その最大の理由は国会の事情である。3回とも十分に審議されておらず、議論が尽くされてはいない。自民党、民主党の両政権の下で提出されているが、衆参院でいわゆる「ねじれ状態」にあり、与党が不安定であったことが最大の要因であり、衆議院の解散で廃案になったこともあった。国会の駆け引きの材料に同法案が利用されてきた面もある。また、現行法でも対応できるという意見もあるが、条約が求める対策は現行法の運用や政令レベルでは対応できないと考える。民主主義国家として、国民の合意を得るという意味でも立法が望ましく、国内法の整備ができないなら条約は批准できないし、すべきではない。 共謀罪を含めて、テロ対策は往々にして国民の自由や権利を制限する部分がある。ゆえに国民の理解や協力が不可欠である。しかしながら、テロ対策をしっかりと行わなければ日本はテロの脅威にさらされ、未曾有のテロが発生する可能性がある。テロ対策は常にこの「安全と自由」のバランスをとりながら行う必要がある。 共謀罪を法制化する際には、国民からいろいろな懸念が示されるであろう。もちろんこれらの声に耳を傾け、丁寧に説明することが重要であることは言うまでも無い。しかし、日本が国際的な条約を締結していないことによる国際的な批判があることも確かである。国会などで十分な議論を行い、国民の理解を得ながら成案を得て、なるべく早く成立させて頂きたいと考える。

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    フランスでは非常事態宣言の延長 日本では共謀罪、憲法「改正」だ

    猪野亨(弁護士) イスラム過激派のテロの標的にされたフランス・パリですが、フランスのオランド大統領は、混乱に陥っています。 フランス全土に非常事態宣言を出したかと思えば、それを3か月に延長するよう議会に要求しています。 非常事態宣言が出されると国家は、国民の人権を制限することが可能になります。強権によって国家が国民を統制していくのです。これが非常事態宣言ですが、安倍氏が憲法「改正」で導入したがっている緊急事態条項です。 「テロが起きたから国民監視が必要なんだ!」ということにはなりません。非常事態宣言には人権制限をすること自体に目的があります。政府の無策に対して批判の矛先が向かないようにするためです。それ以上に今後、さらなる軍事力に頼る路線をひた走ることになるわけですが、それに対する批判も封じなければなりません。それが非常事態宣言の目的なのです。フランスのオランド大統領 戦時体制の元では国家に対する批判は許さない、戦争そのものの批判すらも許さないのがその本質です。 オランド政権の暴走はそれだけに止まりません。 何と、政府にとって気に入らない国民のフランス国籍の剥奪だそうです。反政府的なモスクの閉鎖も強行するそうですが、これではテロとは無関係のイスラム系フランス人たちが大弾圧を受ける様相です。「仏政府、反政府的な国内モスク閉鎖へ テロ再発防止策」(日経新聞2015年11月17日) 移民の国がこのような政策をとることは自殺行為です。今まで散々、移民の労働力によって楽をしてきたフランスでありながら、今度はその移民たちを敵に回すのですから、これで相互理解など得られようはずもありません。 しかし、そもそも国籍剥奪というような暴挙が実現できるのでしょうか。生まれながらにして取得した国籍であろうと、帰化によって得られた国籍であろうと、そこに区別があろうはずもありません。そのような区別は人種などによる差別と同じことで、人権劣等国のすることです。 モスクの閉鎖も「反政府的」という曖昧な基準であれば政府批判をしただけで弾圧を受けることになりかねないし、今の混乱したオランド政権は実際にそうするでしょう。 関東大震災の際に、日本人が朝鮮人を大量虐殺してきたことを彷彿させます。「安倍氏がまたまた憲法改悪提起 緊急事態条項は全く必要ありません! 戒厳令の復活」 テロという緊急事態だから? それこそがもっとも危険な発想です。そのようなときだからこそ、厳しく国家権力の行使のあり方を監視しなければならないし、その手段を制限しようなどという動きは断固として反対しなければならないのです。 この政府による無法行為を放置、黙認すれば人権侵害が甚だしくなり、独裁状態になります。そしてさらに人権侵害が拡大していくのです。 日本の指導者たちの発想も同じです。緊急事態条項だ、憲法「改正」だと騒いでいるのが安倍氏です。 自らテロの標的になるような原因を作っておきながら、憲法「改正」と騒ぐのですから、これほどたちの悪い人はいません。 そして、何とこのどさくさの中で「共謀罪」だそうです。「テロ対策に「共謀罪」創設検討 自民幹事長が言及」(朝日新聞2015年11月17日) 共謀罪という従来の刑法の枠組みを超えて「共謀」するだけで犯罪としてしまう極めて恐ろしい法律です。犯罪となる行為の概念が曖昧となり、罪刑法定主義に反するだけでなく、国家による恣意的な立件を可能にしてしまう治安立法です。 自民党は、これまでも共謀罪の成立を目指してきましたが、日弁連をはじめ、反対運動の中で廃案となってきました。「矢継ぎ早に出てくる治安立法・共謀罪 テロ対策という詭弁」 安倍政権にとって、パリの同時テロは、格好の口実となっているわけです。 戦争国家体制を作り上げるためには、「反対」の声を潰すことであり、今まさに日本の政治は、その路線を突き進もうとしています。 混乱に陥ったフランスをよくみてみましょう。私たちもあのようになりたいのか、それが問われているのです。(弁護士 猪野 亨のブログより転載)

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    フランステロで再浮上 自民党内で検討進む「共謀罪」って何?

    (THE PAGEより転載) フランスで130人以上の犠牲者を出した同時テロの発生を受けて、自民党内から「共謀罪」を創設する国内法の整備を求める発言が相次いだ。過去3回国会に提出され、いずれも反対が多く廃案になった「共謀罪」。テロ撲滅とどう関係があり、反対派はなぜ反対しているのだろうか。 自民党の谷垣禎一幹事長は、17日の役員連絡会後の記者会見で来年5月に開催される主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)にむけた国内のテロ対策の一環として、「共謀罪」の創設を含む法改正が必要だという考えを述べた。谷垣氏は会見で、高村正彦副総裁も創設が必要だと考えていると明かした。「共謀罪」の創設を主張している自民党の谷垣禎一幹事長 15年前の国連条約が発端  「共謀罪」とは、「重大な組織犯罪」について、その犯罪について話し合って合意したことをもって処罰対象となる罪のことだ。 事の発端は、2000年に国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」にさかのぼる。深刻化するマフィアやテロなどの国際的な組織犯罪を防止し、適切に対処するために作られた。日本もこの条約に署名したが、この条約を批准するための国内法を制定していない。外務省によれば、条約は日本を残して2003年に発効し、2015年7月時点で、日本を除く全てのG8を含む185の国と地域で締結されている。 なぜ日本はこの条約に加盟していないのか。国際組織犯罪防止条約第5条は、「共謀罪」を犯罪とするよう国内法を整備するように定めている。政府の説明によれば、日本は国内で「共謀罪」の法整備が済んでいないので、15年もの間この条約に加盟できないでいる。この条約に加盟していないことで、この条約を補足する「人身取引議定書」「密入国議定書」「銃器議定書」にも日本は加盟していない。 賛成派は、テロ組織の資金源を断つなどのテロ対策を進めるためにこの条約の批准が必要で、そのためには国内法で「共謀罪」を新設する必要があると主張している。 法務省は、「共謀罪」が成立するためには次の3つの要件が定められていて、国民の生活上の行為が犯罪になることはないとしている。 1つ目は、その犯罪が「死刑、無期又は長期4年以上の懲役又は禁固に当たる重大な犯罪」であること。2つ目は、その共謀が「団体の活動として」組織で犯罪を行われるものであること、または「団体の不正権益」の目的の場合に限ること、3つ目は「特定の犯罪が実行される危険性のある合意が成立した場合のみ処罰する」ということだ。 法務省は「共謀罪」には厳格な要件が付され、暴力団による組織的な殺傷事件や振り込め詐欺などの組織的詐欺、暴力団の縄張り争いなどに限定されるとして「国民の一般的な社会生活上の行為が本罪に当たることはあり得ません」としている。個人的に同僚や友人と犯罪の実行を合意したり、居酒屋で意気投合しただけでは「共謀罪」は成立しないと説明する。「日本の刑事法体系と根底から矛盾する」との批判 一方で「共謀罪」創設に対しては、日本弁護士連合会や野党が強く反発し、これまで3度国会に提出されたものの、いずれも廃案になっている。その主張のひとつは、対象の犯罪が広すぎるという指摘だ。  日弁連の発表した反対意見によれば、政府の定義では「重大な犯罪」は600種類を超えていて、釣銭詐欺やキセル乗車も含まれてしまう。政府の説明では共謀罪の適用が暴力団などの組織犯罪に限定されるとしているが、何が「団体」にあたるのかあいまいで、労働組合、会社組織なども含まれてしまう可能性も否定できない。さらに「共謀」は、目配せや相談の場に同席するだけで成立するとされ、適用範囲がとても広くなる可能性がある。 日弁連が何より問題視するのは、「共謀罪」という考え方が、日本の刑法の考え方と根本的に矛盾する点だ。日本の刑法は、犯罪が実行されて結果が生じた「既遂」を取り締まることが原則だ。例外として法律で特に定められた場合、実行の着手段階である「未遂」も処罰される。さらに例外的に、殺人などの重大犯罪のみ、準備段階も取り締まる「予備罪」が設けられている。「共謀罪」は現行の刑法上にも存在するが、内乱罪などさらに特異な状況に限って適用される。新設される「共謀罪」がすべての「重大犯罪」に適用されるとすれば、非常に特異な場合に限られていた「共謀罪」の範囲が大きくなり、法体系が崩れてしまうとの主張だ。 では、日本は「国際組織犯罪防止条約」に加盟できないのだろうか。政府は、国際組織犯罪防止条約5条は、締結国に、長期4年以上の重大な犯罪に対して共謀罪を設けることを明確に義務付けており、国内法で「共謀罪」創設することなしに、条約に加盟できないとしている。 一方、日弁連は、日本の法体系には、重大な犯罪に対して、すでに陰謀罪が8種類、共謀罪が15種類、予備罪が40種類、準備罪が9種類存在しており、一定の要件を満たした場合には、「共謀共同正犯」として犯罪に共謀したものを処罰することも判例上認められていると主張。アメリカをはじめとする各国は、それぞれの国の国内法の原則に合わせた立法を行って批准しており、日本でも「共謀罪」の創設なしに条約に加盟することができるとしている。 安倍晋三首相は、22日の記者会見で、共謀罪について「政府としては、重要な課題と認識しているが、これまでの国会審議等において不安や懸念などが示されていることを踏まえ、その在り方を慎重に検討しているところであります」と述べ、慎重な姿勢を見せている。(中野宏一/THE EAST TIMES)

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    日本でのテロ 欧米人の多い観光地や仏像のある場所に要注意

     「これは攻撃の始まりに過ぎない。フランスと同じ道を歩む国々は、我々のターゲットリストの最優先にいる」 イスラム国(IS)はパリの同時多発テロのあと、そう声明を出した。日本は、ISにとって間違いなく「ターゲット」である。元公安調査庁第二部長の菅沼光弘氏が語る。 「安倍首相は2015年1月にエジプトで、イラクやシリアなどISと戦う国々の難民・避難民支援などに総額2億ドルを拠出することを表明した。日本側は『あくまで人道支援である』と強調しているが、ISから見れば自分たちを攻撃する軍事力を整備するための経済支援に映った。 そしてその直後、日本人ジャーナリストの後藤健二氏と民間軍事会社経営の湯川遥菜氏が殺害されている。その際も、安倍首相は『テロリストを決して許さない。その罪を償わせるために国際社会と連携する』と語っている。日本側が対立姿勢を鮮明にしていることから、ISは、明らかに日本を敵とみなしている」 この国でテロリストが狙うと考えられるのは、「ソフトターゲット」だ。米軍基地や首相官邸など警備が厳重な「ハードターゲット」ではなく、警備が手薄な、あるいはまったくない場所のことである。 ターミナル駅や新幹線、パリでも狙われたスタジアムやライブ会場などの人が集まる場所はもちろんだが、危機管理論が専門の大泉光一・青森中央学院大学教授は「欧米人が多く訪れる観光地は要注意」と指摘する。 「ISは、欧米人に『日本も危ない』という意識を持たせることを狙ってくるでしょう。東京に加え、京都や奈良の観光地、さらに被爆地として世界的に有名な広島の観光スポットなどはテロの標的となり得ます」 国際政治アナリストの菅原出氏は、仏像がある場所に注意を払うべきという。 「イスラムは偶像崇拝を禁止しており、ISは異教徒の像などを爆破・破壊しています。また、最近では、シリア中部にある世界遺産・パルミラ遺跡を象徴するベル神殿が破壊されました。このことから、世界遺産、国宝に指定されているものがある場所を狙うことが考えられます」 関連記事■ 日本の原発 「テロリストが制圧できる可能性高い」と専門家■ イスラム国日本標的宣言 中央省庁警備に機動隊1個中隊増員■ イスラム国の目標 イスラエル、レバノンなど支配地域の拡大■ サウジアラビア等では外国人でも飲酒で宗教警察に逮捕される■ 安倍首相「イスラム国に罪償わせる」発言は非現実的言い逃れ

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    「共謀罪」ってそれほど危険なのか? 消極姿勢の背景

    山口那津男代表が「懸念を示す声もあり、慎重な取り組みが必要だ」と述べている。 「安倍政権はただでさえ安全保障関連法の時に『悪魔みたいだ』といわれていたのに、その次にすぐに反発が大きい共謀罪をやるのは難しい」 政府関係者はこう指摘する。安全保障関連法の成立で内閣支持率が下落した後だけに、来年7月の参院選を前に、政府内には政権の体力を再び奪うことは避けたい思惑がある。 別の政府筋は「タイトな国会日程を考えると、次期通常国会で共謀罪まで手を広げる余裕はない。紆余曲折もある話なので複雑な議論を巻き起こす。これに精力を注ぐよりも、今できるテロ対策に集中すべきだ。仮に法案ができてもサミットには間に合わない」と指摘する。 ただ、資金洗浄(マネーロンダリング)やテロ資金供与対策の国際基準策定機関「金融活動作業部会」(FATF)は昨年6月、日本に迅速な法整備を求める初の勧告を公表した。こうした事態に、外務省筋は「テロ対策で日本が抜け道となれば、全ての国の協力の意味が薄れてしまう」と危機感を強める。法整備を避け続けることによって、国際社会で孤立する可能性もあるという。 これまでの共謀罪をめぐる議論では、法の拡大解釈による不当逮捕や人権侵害につながりかねないと誇張された批判が巻き起こった。 法務省内では4度目の提出に向けた法整備の検討が進んでいる。関係者によると、改正案では(1)適用対象団体としてテロリストや暴力団などの「組織的な犯罪集団」に限定(2)共謀だけでは処罰対象とはせず、犯罪実行に必要な資金や物品の準備などがあって初めて法令を適用(3)共謀罪の名称も誤解を招くとして「組織犯罪準備罪」や「組織犯罪遂行罪」などの呼称の検討-などだ。 ただ、官邸内も共謀罪創設の必要性では一致している。官邸関係者は「条約の批准がないと、各国の諜報機関とテロ情報を共有するのが難しい」と認めつつも「安保関連法と比べれば共謀罪を成立させるハードルは高くないが、時期は今ではない」と説明する。 テロ対策で国際連携を強めようとする安倍政権だが、官邸関係者は「日本は特異な国だよ。この部分ではすごくね」と自嘲気味に語った。

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    「戦争法案」可決 落選運動を粘り強く続けよう

    猪野亨(弁護士) 2015年9月19日、戦争法案が自民党、公明党によって可決され、成立しました。この法案に反対を表明してきたものとして、今回の戦争法案が成立してしまったことについて、どのように考えるのか表明しておきたいと思います。 今回の戦争法案は、従来の政府見解によっても憲法違反の集団的自衛権の行使を容認するものです。これほどあからさまな憲法違反の法律はありません。立憲主義を正面から踏みにじった内閣と国会の姿勢でした。 このような国会には、もはや内閣の行う派兵行為をコントロールする能力も資質もないことを見せつけてくれました。 安倍氏が右向け右と言えば、自民党所属の国会議員はすべて右を向きます。安倍自民党が右向け右と言えば、公明党は結局、最後は右を向きます。自民党・公明党が与党である限り、集団的自衛権の行使と海外派兵に対する制限は存在しません。 自民党にも公明党にも個別にはいい人もいる… もうそんな屁理屈はいりません。すべて自民党議員(但し、村上誠一郎議員を除く)、公明党議員は同罪です。 これほどまでの違憲立法に対し、何も表明しなかった、できなかったという大罪は決して許されるものではなく、この反対行動をしてきた人たちが「落選運動」を提唱していることに非常に共感するものです。次の参議院選挙、そして衆議院選挙もこの「落選運動」を粘り強く続けていきましょう。 そして、この反対運動が示した効果は非常に大きなものがあったと思います。安倍氏が憲法「改正」も憲法の改正条項の「改正」も断念しましたが、もし、そのようなことを行おうとすれば、これまで以上の反対運動が国民の中からわき起こるだろうことを示してくれました。 何よりも若い人たちが立ちが上がりました。政治に無関心と言われた若い人たちですが、自分のことと考え、立ち上がったことは安倍自民党にとっては全くもって想定外だったことでしょう。日本国民の良識の結集があれば憲法の改悪はできない、それを支配層に見せつけたことです。2012年2月、南スーダンの首都ジュバで、国連平和維持活動(PKO)のために派遣された陸上自衛隊の先遣隊(早坂洋祐撮影) さらには国民の反対が強いということは自衛官にも拒否の意思を強く持ってもらいたいことです。 海外への派兵は、建前は志願制です。命令でもって戦地に動員するということは行われない建前です。しかし、実際は無言の圧力の強制が行われます。拒否者には陰湿なイジメがあるかもしれません。そのような自衛隊で良いのか、私たちにも問われます。既に政府内では、南スーダンでの駆け付け警護が「内定」しています。北海道の北部方面隊から派兵されるのではないかと言われています。「南スーダンでの「駆け付け警護」という戦闘行為へ 自衛隊が武力行使の時代」 既に隊員には無言の圧力が加えられていることでしょう。このような事実上の強制は自衛官を確実に精神的に追い詰めます。 この法案に賛成した人たちは、それでいいんだということなのでしょうが(だから徴兵制はいらないんだというわけです)、この法案に反対した私たちまで、それでいいというわけにはいきません。まさに反対運動に掲げた「わたしたちは闘わない」という言葉に象徴されるとおり、決して自衛官を送り出してはなりませんし、その支援こそすべきです。 現実に問題なのは、実際に戦死者が出た場合です。安倍自民党にとって戦死者を出すことは当然の前提であり、必ずやかいくぐらなければならない壁です。これで1人でも戦死者を出したことによって国民の批判が高まり、事実上、出兵ができない状況になることは絶対に回避されなければならないことなのです。 そのため、戦死者の死の批判を政府に向かないよう、ウヨクマスコミを動員して戦死者が「英雄」であるという演出をすることです。しかも必ずや遺族が悲しみの中にあるのに批判とは何事だという誹謗中傷がネット界では飛び交います。マスコミがそれを利用する構図です。 絶対にこのような妄動に乗せられてはいけません。戦死者を出さない、ではなく、出兵させない、英雄扱いしない、あくまで自民党政権の犠牲者であり、国民は一切、拒否していることを今後も示さなければなりません。 この戦争法廃止のためにがんばりましょう!(『弁護士 猪野 亨のブログ』より2015年9月20日分を転載)

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    創価学会 会員の安保反対デモ止めた背景に後継者を巡る動揺

     安保法制への国民の反対運動は、いまや「自民党最大・最強の集票マシン」と呼ばれる創価学会内部に大きな亀裂を生んだ。 デモが全国に広がり始めた頃から、池田大作・名誉会長が定めた「勝利」(赤)「栄光」(黄)「平和」(青)を意味する創価学会の三色旗をバックに、〈戦争法案即時廃案〉〈バイバイ公明党〉──などと書いたプラカードを掲げる創価学会員が参加するようになったからだ。(天野達志氏撮影) 公明党は「平和の党」だと教えられてきた学会員たちが、安保法制に反対するのは自然なことだろう。ところが、法案審議の半ばから、学会員のデモ参加者が増えなくなった。学会上層部からこんな指示が出たというのだ。「最初は何もいわれなかったのに、途中から『デモには行くな』『ろくなコトにはならんぞ』と締め付けが厳しくなった」(デモに参加した学会員) 公明党議員の「安保法案は憲法違反ではない」という説明を聞く集会も開かれるようになった。 創価学会が会員の“戦争法案反対デモ”への参加を止めたのはなぜか。背景には、ポスト池田の後継者選びに絡む組織の動揺があると見られている。 創価学会の原田稔・会長(74)は来年任期(5年。現在2期目)を迎える。前任の秋谷栄之助・元会長は75歳で会長を退いており、年齢的にも原田氏は交代という見方が強い。そうなると次期会長の有力候補は谷川佳樹・事務総長と正木正明・理事長の2人と目されている。創価学会に詳しいジャーナリスト・乙骨正生氏が語る。 「谷川氏は原田会長と同じ東大出身で組織運営に長け、自民党寄りで知られるホープ。対する正木氏は学会主流派の創価大出身で自民党とは距離がある。次期会長には原田会長が推している谷川氏が本命視されているが、正木氏は池田大作氏の長男・博正氏(副理事長)の世話役を務めて池田ファミリーに近く、逆転の可能性もまだ消えていない」 実際、自民党の下野が確実視されていた福田内閣当時、正木氏は聖教新聞(2007年10月4日付)の座談会で「さんざん応援してもらいながら大恩ある支持者を裏切る。逆恨みする。悪党と結託して牙を剥く。そういう恩知らずどもとは徹底的に戦おう」と、選挙協力をした自民党への批判とも受け取れる発言をしているし、2009年に自民党が野党に転落すると次期会長レースで“本命”の谷川氏を逆転したという情報も流れた。 池田氏が元気であれば、次期会長は指名で決まると思われる。しかし、池田氏は聖教新聞でたまに動静が報じられるものの、「学会組織内で2人が次期会長を競うという権力争いが起きているということは、これまでグリップを効かせてきた池田氏の力がはたらいていないということでしょう」(同前)とみられている。関連記事■ 創価学会二代目会長の戸田城聖氏 姓名判断に凝り何度も改名■ 信者一千万人の頂点に君臨する池田大作氏の「謎」を作家指摘■ 回復の池田名誉会長に創価学会幹部面会できぬのは遺産問題か■ 集団的自衛権で公明党議員は真っ青 与党合意が分裂の火種に■ 創価学会婦人部 女性遍歴が激しい舛添氏に反感と学会関係者

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    創価学会と公明党 いまでも本当に一体なのか

    島田裕巳(宗教学者) 2007年6月に『公明党vs.創価学会』(朝日新書)という本を出したことがある。当時は、1999年からはじまった自民党と公明党の第一次連立政権が続いていた時代で、公明党を支持する創価学会の集票能力の高さが注目されていた時代だった。その際には、公明党と創価学会とが一体の関係にあることが前提にされていた。 しかし、創価学会について研究してきた私の目には、必ずしもそうした前提が自明の事実ではないように映った。そこで、両者の関係についてその発端から追ってみたのである。 たしかに、公明党が誕生した初期の時代には、間違いなく両者は一体の関係にあった。なにしろ、創価学会が1955年にはじめて地方議会に候補者を立てたとき、組織の内部に「文化部」というセクションを立ち上げ、候補者は文化部員として選挙に臨んだからだ。 翌1956年には参議院議員選挙にも候補者を立て、当選者も出しているが、しばらくはそうした形がとられる。公明党の議員は皆創価学会の幹部で、1964年に公明党が結党された時点でも、当時第3代の会長をつとめていた池田大作氏が、事実上の党首と見られていた。マスコミも、公明党の政治方針を聞くときには、池田氏に取材した。 その関係が崩れるのは、1969年から70年にかけて、創価学会・公明党が、自分たちを批判している書物の出版を妨害した「出版妨害事件」を起こしてからのことである。これによって、世間から糾弾された創価学会と公明党は、政教分離を推し進めた。公明党の議員は、創価学会の幹部を辞職し、池田氏も、政界へ出ないことを約束したのである。 その際に、公明党は国民政党へ脱皮することをめざし、支持層を創価学会の会員以外にも広げようとした。しかし、それは難しく、結局、公明党は選挙活動については創価学会に全面的に依存する形が続き、それは今日にまで至っている。 選挙のときのことがあるために、一般の人たちは、創価学会と公明党が一体であると感じる。しかし、人的な面で政教分離がはかられたことの影響は大きい。創価学会と公明党は別の組織になり、両者が協議する機会も限られている。創価学会が公明党の政策に口出しすることもほとんどなくなった。 政教分離以降の公明党は、安保条約の即時破棄を打ち出すなど、革新寄りの姿勢を示したことがあるが、それはあくまで社会党や民主党と連携して中道革新路線による政権奪取を目指してのことで、創価学会の意向が反映されてのことではない。 創価学会本部別館 逆に創価学会の側も、1974年に、日本共産党とのあいだで、お互いに誹謗中傷しないことなどを約束した「創共協定」を結ぶが、その際には、公明党にはそれを知らせないまま実行した。 一度、組織が分離されると、時間の経過とともに、両者の関係は離れていく。公明党の議員も、創価学会のなかで活動した経験の乏しい人間がなるようになり、それに拍車をかけた。 今回、安保法制をめぐって、創価学会の会員のなかに、公然と公明党の方針を批判する人間たちが現れたのも、こうした創価学会と公明党との歴史が関係している。 創価学会としては、政教分離の建前がある以上、公明党の政策に公然とは干渉できない。公明党が、政権与党の座にとどまるために、自由民主党に対して過度に歩みよっても、それを是認するしかない。 そうなると、公明党は、自民党の方針に引きずられていく形になる。いくら、公明党が歯止めをかけたと主張し、創価学会も『聖教新聞』などでそれを評価してたとしても、それに納得しない学会員が出てくる。一般の国民がそう思っているように、彼らにも公明党は自民党に利用されているだけに見えてしまうのだ。 現在では、強力な集票能力をもつ圧力団体は、農協に代表されるように、消えつつある。そのなかで、創価学会は依然としてその力を有し、公明党を支えるだけではなく、自民党が政権の座に座り続けることを可能にしている。 そうであれば、公明党が自民党と連立を組んでいることそのものが、今回の安保法制の実現を可能にしたとも言える。これはあまり指摘されていないが、創価学会の会員のなかにそれに気づいた人間たちもいることだろう。 今、軒並み宗教団体は、既成宗教であろうと、新宗教であろうと、信者の高齢化などで危機にある。創価学会も、世代交代は実現したものの、若い会員は、年配の会員に比べて選挙活動に熱心ではない。 池田が表に出なくなった影響もある。今回の出来事は、創価学会自体が一枚岩でなくなりつつあることを象徴しているのではないだろうか。

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    安保社説を読めば朝日の劣化がよく分かる

    朝日をはじめとする左翼メディアは安保法制反対の理由に「自衛隊のリスク」を挙げる。これまで左翼メディアが自衛隊を「税金泥棒」「憲法違反」と誹謗はしても、気遣ったことなどあっただろうか。見え透いたお為ごかしはもうやめていただきたい。

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    成立した安保法を今後「骨抜き」にすることはできるのか?

    一報を聞き、「次の試合に勝つしかない。選挙に行こう。(安保法の)賛成議員を落選させよう」と訴えた。「安全保障関連法に反対する学者の会」も20日に会見し、「これからは賛成議員の落選運動だ。自民党、公明党は戦々恐々としているはずだ」(メンバーの一人)と指摘した。 選挙によって反対する議員が国会で過半数を占めれば、安保法の「廃止法案」を可決することができ、一度成立した法律も撤回することができる。学生団体らは今後、賛成議員の地元などで「落選運動デモ」を起こすという。 また、憲法学の権威である小林節・慶応大名誉教授は「安保法は違憲」だとして訴訟を起こす準備を進めている。「“憲法の番人”と呼ばれる元最高裁長官の山口繁氏が9月上旬に安保法は違憲という見解を示したインパクトは大きい。現役の裁判官も元トップの意見を真っ向から否定しにくいからだ。最高裁での判断には数年かかるかもしれないが、もし違憲判決が出れば法改正は必至だ」(政治ジャーナリスト) ビートたけしは安保法成立についてこう持論を述べた。「へえ、へえって(頭下げて)、『法律で決まってませんよ』と言いながらそっと裏で汚ねえことしてたほうが日本らしい(中略)『法律で決まってんだ』って言ったって、そううまくいかないよ」(TBS系『新・情報7days ニュースキャスター』) もし政府が安保法で自衛隊を海外派遣しようとしても、その都度、大規模な反対運動が起きるなら、支持率低下や落選を恐れる議員たちは派遣を躊躇するに違いない。成立した法律でも“骨抜き”にすることはできるのだ。 永田町には「国民は数か月すれば忘れる」という“伝説”があるという。反対デモの熱量をいつまでも忘れないこと、それがまずできることだ。関連記事■ 国会前デモ報道のNHK 報じないことにデモ起こされたためか■ 自民党執行部 党内やメディアに厳重な「言論戒厳令」を敷いた■ デモは出会いの場 全共闘世代の武勇伝に女子大生「すごい」■ 安保法案強行採決に首相側近 「支持率下落は想定の範囲内」■ 安保法案に反対する学者たちが「ケンカを買った」 その余波

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    最高裁は安保法制のオトシマエをつけるか?

    団的自衛権行使に関する閣議決定(2014年7月1日の「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」)を憲法違反とし、それより前の政府解釈に戻す閣議決定をした場合、安保法制は政府(行政権)自身の憲法解釈として、たちまち違憲立法となり、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。 」とする日本国憲法98条1項がある以上、政府は法の執行を停止せざるを得ないように思えます。 「一政権の判断で憲法解釈を覆した」結果の安保法制の法的な不安定性は、最後はこのような形で現れてしまうのです。(『Yahoo!ニュース個人』より2015年9月21日分より転載)わたなべ・てるひと 弁護士。1978年生まれ。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。主な著書に『ワタミの初任給はなぜ日銀より高いのか? ナベテル弁護士が教える残業代のカラクリ』(旬報社)。

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    安保法制違憲訴訟 もし実現すれば来夏の参院選に影響必至か

     安保法案反対運動は意味が無かったのか。法案が成立すれば「もう終わり」なのか。フリー・ライターの神田憲行氏が考える。* * * 安保法制が国会で成立し、国会前で行われていた反対集会・デモについて総括のようなことが、ネットの至る所で取り沙汰されている。 そのなかで首都大学東京准教授の木村草太氏の新刊「集団的自衛権はなぜ違憲なのか」(晶文社)に、私が共感できる部分を見つけたのでご紹介したい。木村氏は最近注目を集めている憲法学者で、今年7月に衆議院特別委員会中央公聴会で、ご自身の「違憲論」を公述もしている。 この本の「あとがき」で、木村氏は冒頭からこう述べている。 《報道を見ていると、現在の政府に対して「戦争法案はやめろ」といったスタンスの反対運動が盛り上がっているようだ。これには、1人の国民として共感する一方で、憲法学者としては若干の違和感を覚える》 違和感の理由は、集団的自衛権が国際平和に貢献する問題意識から生まれたものだからと、木村氏はする。 《しかし一方で、政府が主張する集団的自衛権行使容認にはそのような崇高な理念は感じられない。日本の利益ばかりを優先して、他の国々のことなど念頭にないように思える》 《だから「戦争法案だ」と直感的に非難するのは、正しいのだろう。こうした直感的な言説は、多くの共感を生み、現に、市民による反対運動は広がりを見せている》 私が共感したのは、ここから先だ。 《ただ、ここで気になるのは、直感による言説は、共感は呼んでも説得はできないということだ》 《「これは戦争法案などではない」と考える人を説得するには、自分たちの感じていることに対し理論によって形を与えることがどうしても必要だ》 《また、直感に基づく行動力は、強い情熱によって多くの人を惹きつける一方で、時の経過と共に冷めやすい》 《憲法学の理論は、多くの国民が感じている政府への直感的な不信感に、理論としての形を与える。ぜひこれを共有して、これからの日本がよりよい方向に進むよう、政府を監視するために役立ててほしい》 木村氏の「直感」という部分を「エモーショナル」と表現して批判するのが、堀江貴文氏だ。堀江氏は9月17日付けのブログ「私がSEALDsをdisる理由」で、 《なんで私がこれだけ彼らの行動をしつこくdisるのか。それはこういう小さい動きから国全体が間違った方向に導かれる事が多いからだ》 とし、 《そして、デモに参加してる人たちの多くは法案を理解せず、本気で戦争になると思って参加してる雰囲気に流される人達だ。こういう人は、得てして例えば戦争になったら戦争を煽る方向に行ったりする。戦争中は朝日新聞だって戦争を礼賛していたよね。論理的に間違っている事を盲信して、雰囲気に流されて体が動いてしまう人は私は危険だと思う。だからしつこく否定する》 さらに翌18日のブログでは自分に罵声を浴びせてきたツイートを紹介した上で、 《安保反対派の多くにこのような人達が多いということ。つまり事実誤認に基づくセンセーショナルな言説に飛びつき間違った行動をしてしまうのである。わたしは散々そういうことをやられてきたので切実にそう思う》 《わたしは少しでもロジックがエモーショナルな言説に負けないように努力したいと思う。》 と結んでいる。 私自身は国会前の集会を一度見物に行っただけだ。中年の「元革命闘士」みたいな人たちが交通整理しているだけの警官に罵声を浴びせているのをあちこちで見掛けて、げんなりして帰ってきた。そのことをツイートして批判するツイートをもらったこともある。だから堀江氏の言いたいことも、わからないではない。 私は「直感」と「エモーショナル」な言動にはついていけなかったわけだが、しかしそれでもなお、SEALDsの行動には問題を顕在化するという一定の効果はあったと思う。またそもそも反対運動の大きな契機になったのは、6月4日の衆院憲法審査会で長谷部恭男氏、小林節氏といった有力な憲法学者が安保法案の違憲性を指摘するという「ロジック」だったことも忘れてはいけない。反対派の運動は「ロジック」から起こり、「エモーショナル」な「直感」で広がったと思う。安保法案の反対集会で小林節慶応大名誉教授の講演を聴く参加者=8月30日、秋田市 反対派はこれから「エモーショナル」なステージから「ロジック」のステージに移らねばならない。 堀江氏はブログの最後に、ジャーナリストの佐々木俊尚氏のこんなツイートを紹介している。 《一昨日からずっと考えてるのは、ロジックはエモーションには結局は勝てないなあということなんですよね。どうすればロジックをきちんと構築しつつエモーションを回収できるような受け皿を用意できるのか。私には答はありません。本当に無力…。》 その「受け皿」が憲法学であり、これから提起される違憲訴訟になるではないか。報道によると、先述の小林節・慶応大名誉教授らは、憲法前文の「平和的生存権」が脅かされた国家賠償請求訴訟を検討しているという。もし実現すればかつてない憲法訴訟になる。 そんな訴訟をしても勝てっこない、意味が無いという見方もある。だが訴訟が提起されてそこで「ロジック」が展開され、それが繰り返し報道されていくことで、人々の注目を喚起させることができる。具体的には来年の参議院選挙の投票行動に結びつけられる可能性がある。 国会前で若い子が身体を張ったのだ。次はペンを持ったおっさん、おばさんの出番ではいなか。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ「憲法学者」■ 戦争を回避することがでなかった理由を紐解く『昭和史講義』■ 安保法案反対の上野千鶴子氏「女性も戦争に行く時代になる」■ 香山リカ氏 憲法改正の盛り上がりは不安からの逃避に見える■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「再稼働に反対」

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    改憲派も護憲派もまじめに考えてほしい戦争のこと

    柳澤協二(元防衛省幹部、国際地政学研究所理事長) 安保法制は戦争法案か平和法案か、という確執があった。安保法制は、重要影響事態や国際平和共同対処事態といった認定を前提として、米軍の軍事行動への後方支援(重要影響事態法)、多国籍軍の軍事行動への後方支援(国際平和支援法)ができるようにする一面を持っている。こうした軍事行動を戦争と呼ぶなら、後方支援という形であっても、それに「参戦」することを可能にする法律は、戦争法案と言って差し支えなかろう。 一方、政府の言い分は、そうすることによって結果としてより大きな平和が達成されるという意味で、平和法案だ、というものだ。 そもそも戦争とは何か?戦争とは、国家の組織的暴力による他国に対する強制である。それを防ぐための「抑止力」とは、より強力な暴力を顕示することによって、暴力の使用を思いとどまらせる試みである。その意味で、戦争と平和は、力の優劣という同じコインの表裏にすぎない。絶対的平和は存在しない。それゆえ、平和を継続したければ戦争に備えなければならない。それが、リアリストの見る世界である。抑止力を強調するのであれば、「我が国は戦争を決意している。ゆえに手出しをすれば手痛い目に遭うぞ」ということを、胸を張って言うべきなのだ。 我が国は、戦後70年間、米国という人類史上最強の覇権国の庇護に頼る一方、激烈な勢力争いの世界の中で、戦争とは一線を画した「平和」を享受してきた。戦争は、日本の戦争ではないと認識されていた。それは、戦争を否定する憲法と、それ以上に「戦争だけはやってはならない」という時代精神のもとで、現実に存在する戦争から自らを疎外した結果であり、対米従属という代償を気にしなければ、すべての国民にとって居心地の良い平和であった。 例えばベトナム戦争において我が国は、米軍の出撃拠点であったが、米軍の行動に関与しない姿勢を貫くことによって、自らが戦争に関わっているという居心地の悪さを感じないように努めてきた。陸上自衛隊相浦駐屯地の西部方面普通科連隊が本拠地での訓練を公開。注目度は高く、多くの報道陣が取材に訪れた=7月16日、長崎県佐世保市(鈴木健児撮影) 今日、米国の力に陰りが見える中で問われているのは、平和をどう守るかということと同時に、日本が戦争に手を汚さないという居心地の良さを享受し続けることができるかどうか、あるいは、戦争からの疎外を克服し、自ら戦争に関わることをもって居心地がよいと感じるようになるべきなのかどうか、ということだ。 安保法制を巡る議論の中で、居心地の悪さを象徴するのは、自衛隊員の戦死のリスクである。政府の答弁は、リスクが増加することを否定する趣旨のものだった。それは、戦死が、今日の日本社会にとって不都合な、居心地の悪いものであることを認識しているということだ。 自衛隊員が一人も戦死してはいけない、という命題は正しい。だが、国土防衛戦を考えれば、それはあり得ないことでもある。自国防衛に関する国民と自衛隊の覚悟は、一応できていると信じたい。問題は、外国で、日本の防衛と何らかの意味でつながりはあっても、日本の防衛そのものではない任務のために隊員が犠牲になることをどう認識するか、ということだ。それは、名誉なものとして伝えられるだろう。だが、その名誉は、どこから生まれて、どの程度共有されるのだろうか。混乱する戦争の価値観 武士の時代には、戦争は、君主の戦争であると同時に、武士を支配階級であらしめるための機会であり、社会の圧倒的多数の構成員から区別する特別な様式を伴っていた。 武士は、武士であるがゆえに犠牲を受け入れ、それを名誉なものとした。 第2次世界大戦は、高度に産業化され、組織化された国民国家の戦争だった。そこでは、国家は、その構成員たる国民と同義であり、国家こそが国民が共有する最高の価値の象徴だった。戦争は、それぞれの国民にとって祖国防衛戦争であり、あらゆる犠牲を払っても達成すべき目標とされた。前線と銃後を問わず、献身と犠牲は、国民を国民たらしめる様式となっていた。 大戦における連合国の勝利は、価値観において、全体主義に対する民主主義の勝利と総括された。それは、勝利と敗北を特定の国家に帰属させるよりも、国家と国民を同一視し、国家への無限定な献身や犠牲を正当化するイデオロギーを否定することによって、敗者にとっても受け入れ可能な平和をもたらそうとしたものだった。敗戦国日本の国民は、その平和を受け入れ、戦争放棄の時代精神を形成した。 その後も、冷戦を通じて、全体主義と民主主義の対立は継続した。社会主義体制という絶対悪に対する民主主義という絶対善の戦いである。そこでは、国家は、国家であるがゆえに善なのではなく、自由と民主主義を追求するがゆえに善と認識された。米国は、その善を掲げて幾多の戦争を行ってきた。日本はそれを支持し、支援したが、戦争という「悪」に自ら手を染めることは避けてきた。 今日、我々の前にあるのは、イスラム過激派という、自由と民主主義を否定する非国家主体である。対テロ戦争は、911に起因する米国民の熱狂が引き金となった。国家という枠組みを否定する敵に対して、従来通りの国家の軍事力で対抗しようとした戦争である。軍事力によってイスラム国を殲滅することは、おそらく可能だろう。だが、国民国家を否定するイデオロギーは、別の形で、再び戦いを挑んでくるに相違ない。イスラム国をめぐって、いまだに大国のエゴがまかり通っている現状から見れば、国際テロに対する国民国家の勝利という「世界最終戦争」を展望することは難しい。 我々に問われているのは、手段としての軍事と非軍事の組み合わせ、主体としての国家の限界の克服、理念としての自由・民主主義の異なる文明との共存である。こうした戦争をめぐる価値観の混乱の中で、犠牲を正当化する価値観がいかに生まれてくるのだろうか。 今や戦争は、国家への奉仕や民主主義への情熱でできる時代ではなくなった。新たな戦争の、そして戦死を受け入れる論理は、人類史の将来につながるかどうかで判断されなければならない。その答えが見つからない限り、戦後享受してきた居心地の良さも、居心地の良い犠牲を求めることも不可能であることを、改憲派も護憲派も、覚悟しなければならない。 再び政府の言い分を聞こう。政府も、「国のために犠牲になれ」とは言えない。政府が言うことは、突き詰めて言えば、「よその国が戦死者を出しているときに日本だけ犠牲を覚悟しなくていいのか」という論理だ。だが、日本が犠牲を出さないことによって屈辱感を味わってきた「湾岸のトラウマ」は、外交関係者に共有されていたとしても、国民に共有されているわけではない。なぜか?それは、国民にとって他人事であったからにほかならない。 護憲派も改憲派も、自衛隊という「マシン」に降りかかる運命を、自分のこととして考えたことはあるのだろうか。自分の息子が犠牲になろうとするとき、親として、どのようにそれを正当化してやれるのか、という視点で考えたことがあるのだろうか。そして、「隊員のリスクは増大しない」と繰り返す政府の言い分からは、その答えは見つかるはずはない。

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    ちゃんちゃらおかしい朝日の「自衛官同情論」

    日新聞などの風評に毒されて「内間」「反間」を疑わせる議員もいます。 本論では、朝日新聞の報道を中心に安全保障関連法案に対する「間」ぶりを検証します(以下、「声」は読者投稿欄、「社」は「社説」、「天」は「天声人語」を指す)。中国の軍事的脅威を無視 軍事的脅威は、相手の国を侵略し得る能力、侵略しようとする意図、侵略を許す環境条件が整った時に生じます。が、朝日新聞の「社説」は中国に阿り、中国の軍事的脅威をオブラートに包み、具体的に報道しません。(1) 能力(軍事費、兵力、兵制) 朝日新聞は3月6日付社説で「中国国防費」について、見出しに「これで責任ある大国か」を掲げていましたが、中身を見ますと、《8868億9800万元。日本円にすると、17兆円近い。日本の防衛予算のゆうに3倍を超える規模である。……90年代以降、中国は毎年、国防費を10%前後、時にそれ以上の伸びで増やしてきた》 と述べていますが、急激に増大させている具体的な状況や兵制については説明しません。 朝日新聞は繰り返し、安保法制は国民の理解を得ていないと主張していますが、朝日新聞の記述では敵を知ることはできません。朝日の読者が法案の必要性を理解できないのも納得できます。 中国は国防費を平成元年度から、22年度を除き、毎年二ケタ増大させ、3月5日に発表した27年の国防予算は前年実績比10・1%増の8868億9800万元、日本円に換算すれば約16兆9千億円、わが国の防衛関係費、約4兆9800億円の約3・4倍です。 公表額には、研究開発費や外国からの兵器購入費などの全てを含んでいないと指摘され、アメリカの国防総省などの発表を総合すれば、実際額は公表額の2~3倍と見られています。 平成26年版防衛白書は、中国の「公表国防費の名目上の規模は、過去26年間で約40倍、過去10年間で約4倍となっている」と記述しています。兵役は苦役なのか兵役は苦役なのか 中国は膨大な軍事費に裏付けされた核兵器、各種類・各射程の弾道ミサイル、空母をも保持しています。さらに注視すべきは、人口が13億人を超え、徴兵制で兵隊は無尽蔵、兵役を「神聖な責務」「光栄ある義務」として軍人に敬意を表し、十二分の侵攻能力を保持していることです。 ちなみにわが国では、朝日新聞や民主党や共産党が、安保法制が成立すれば「徴兵制になる」と叫び、国防の任に就きたくない国民の不安を煽っています。 一方、安倍首相は7月30日の参院平和安全法制特別委員会で、自民党の森雅子氏の「子育て中のお母さんと話すと、『徴兵制になるんじゃないの』という声を聞く」(7月31日付朝日新聞)との質問に対し、 「徴兵制は憲法が禁止する意に反する苦役で、明確な憲法違反だ。今後も合憲になる余地は全くない。政権が代わっても導入はあり得ない。自衛隊はハイテク装備で固めたプロ集団で、短期間で隊員が入れ替わる徴兵制では精強な自衛隊は作れない。G7諸国で徴兵制を取っている国は一つもない」(同日付産経新聞) と答弁しました。 安倍首相の答弁にあるように、G7諸国は現在、志願制です。しかし憲法で徴兵を禁じている国はなく、徴兵、志願を問わず、「兵役を苦役」としている国もありません。 わが国の憲法第18条「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」は、米国憲法修正第13条「奴隷又は意に反する苦役の禁止」から流用したものです。米国憲法修正第13条は、奴隷制度が廃止された1865年に成立したものです。 マッカーサー元帥から短期間に憲法原案の作成を命ぜられたわが国の実情に疎い米軍人が、わが国にも奴隷がいると勘違いし、原案に導入したのでしょう。米国は昭和48年から志願制にしましたが、修正第13条をもって兵役を苦役とはしていないことは、それ以前は徴兵制だったことからも明白です。ドイツは平成23年7月1日から徴兵制の運用を停止していますが、基本法(憲法)上は現在も徴兵です。 軍隊はハイテク装備だけで構成されているわけではなく、経験が豊富でない徴兵された兵隊でも役に立つ分野がたくさんあります。 自衛官にも配偶者、子、親がいます。最高指揮官たる首相の「兵役は苦役」発言を何と聞くでしょうか。言葉尻を捉えて追及する野党や朝日新聞が「兵役は苦役」発言を問題にしないのは、外国では尊敬されている兵士(自衛官)を尊敬せず、心の底で蔑んでいるからではないでしょうか。(2)意図(南シナ海問題) 中国は虎視眈々とアジアの支配を狙っています。その手段の一つが、南シナ海の占有です。が、朝日新聞の社説は中国の侵攻意図に無関心です。たとえば、次のように報じています。●「南シナ海の問題もあくまで平和的に解決しなければならない。抑止力を振りかざす前に『法の支配』を浸透させる外交努力を最優先すべきだ」「万が一にも軍事衝突にいたれば、日中両国は壊滅的な打撃を被る。その現実感を欠いた安保論議は危うい」(5月20日付)●「中国の動きを受け、東南アジア各国が海軍力の強化に動いているのも心配だ。フィリピンは実効支配する島で軍事基地を強化し、ベトナムも岩礁の埋め立てをしていると伝えられる。中国を牽制する米軍の行動も緊張を高めかねない」(6月2日付)●「南シナ海を『対立の海』にしてはならない。シーレーン防衛は本来、国際社会として取り組む課題だ。長期的には、日米豪、東南アジア諸国連合(ASEAN)、さらに中国も加える形で協力しなければ安定した地域秩序は築けない。そのために日本がどんな役割を果たすべきなのか。聞きたいのはそんな本質的な議論だ」(7月14日付) 朝日新聞は、周辺国の抗議を無視してどんどん埋め立てを行ってシーレーンを脅かしているのが中国であるにもかかわらず、中国を代弁する発言に終始しています。(3)意図(尖閣諸島侵犯、東シナ海問題) 中国海警局の船が尖閣諸島周辺の領海を侵犯した日数は、今年に入って22日(8月2日現在)、領海外側にある接続水域の航行を含めると、ほぼ毎日です。この状況を産経新聞はその都度、報じていますが、朝日新聞は接続水域の航行は無視、領海侵犯すら満足に報じず、中国の脅威を国民の目から逸らしています。 政府は7月22日、中国が東シナ海の日中中間線付近でガス田を急速に開発している状況を公表しました。中国の狙いは、地下で繋がっているわが国側のガスの盗掘と軍事施設の建造です。政府の公表を受けて、23日付で産経新聞は「主張」で「『緊張の海』を示す証拠だ」、読売新聞は「社説」で「実態公開して自制を促したい」と述べました。 しかし朝日新聞は中国の反応、「産経」の「主張」や「読売」の「社説」を見て、翌24日付「社説」で「不信の連鎖に陥るな」との見出しを掲げて、こう述べています。 「日本政府がこの時期に公表したのは、中国の脅威を強調し、安全保障関連法案への理解を求める意図もありそうだ。だが、東シナ海の軍事的な緊張を高めることは避けなければならない」 「不信の連鎖に陥ることは日中双方の利益にならない。安全保障上の対立をあおるより、今後の協力関係を発展させる糸口としなければならない」 不信を高めているのが中国であるにもかかわらずわが国だと言わんばかりです。人民日報の「日本支局」ではないか、と疑ってしまいます。(4)環境条件の変化(アメリカの相対的力の低下) 一方、アメリカの2016会計年度の国防予算案は約68兆7700億円(2月4日付読売新聞)です。中国の軍事費がアメリカを追い越すのも時間の問題です。相撲にたとえれば、アメリカを横綱とすれば中国は横綱直前の登り龍の東の大関です。 つまり、中国の侵攻能力、意図が日々高まり、アメリカの中国に対する相対的な力が低下しつつあります。アメリカに「おんぶにだっこ」式の国防は成り立たないのです。日本人であれば、抑止力の低下を危惧しなければなりません。にもかかわらず、民主党や共産党、朝日新聞などは、抑止力の低下の助長に熱中しているのです。心と反対の「自衛官同情論」心と反対の「自衛官同情論」 朝日新聞や左翼は、安保法案反対理由に、自衛隊員に危険が及ぶと叫んでいます。私は自衛隊に35年間、勤務しました。この間、左翼から「税金泥棒」「憲法違反」と誹謗されたことはありましたが、気遣っていただいた記憶はありません。安保法成立を伝える9月20日付の朝日新聞一面 それゆえ、「自衛隊員のリスク云々」を耳にしますと「心にもないことを言うな」と怒りが込み上げてきます。ちなみに、自衛隊員とは事務次官などの官僚、防大教授などの文官教官を含み、いわゆる「軍人」は自衛官と言います。ここでいう「自衛隊員」は「自衛官」というべきでしょう。「自衛隊員リスク」に関する朝日新聞報道の代表例を列挙します。(1)3月1日付「声」「自衛隊が攻撃される危険話せ」(2)3月22日付「声」「自衛隊員の命は保障されない」(3)3月26日付「声」「自衛隊の海外活動拡大は危険」(4)5月23日付「声」「自衛隊員の立場から安保考えて」(5)5月28日付「社説」「リスクを語らぬ不誠実」(6)同日付「声」「自衛隊員の命 軽く考えるな」 私はこれらの意見を聞いて、思わず吹き出してしまいました。過去、朝日新聞や左翼は、次に示すように逆の発言や行動をして、自衛官の誇りを奪っていました。(1)大江氏の防大生の人権侵害 安保法制反対を叫んでいる作家の大江健三郎氏は、私が防衛大学校入校直後の昭和三十三年6月25日付毎日新聞夕刊のコラムで、こう述べました。 「ぼくは防衛大学生をぼくらの世代の若い日本人の一つの弱み、一つの恥辱だと思っている。そして、ぼくは、防衛大学の志願者がすっかりなくなる方向へ働きかけたいと考えている」 大江氏の働きかけが成功して、防衛大学校の志願者がなくなったり、自衛隊がなくなったりしていたら、東日本大震災などの災害救助にも著しく支障が出たでしょう。否、その前に、わが国は中華人民共和国の「日本自治区」となり、チベットやウイグルと同じように、漢族から迫害を受けているでしょう。相次ぐ自衛隊差別(2)日教組の自衛官の子いじめ 日教組所属の教員が職権を濫用して授業中、自衛官の子をいじめました。その一例として、産経新聞編集委員の大野敏明氏が、平成8年2月2日付産経新聞夕刊で「日教組の『自衛官の子いじめ』」「『人権』はなかった……」とのタイトルで詳述しています。一部を抜粋すれば、次のとおりです。 《私の父は自衛官だった。小学生も安保反対デモのまねをしていた60年安保騒動の翌年、小学校の四年生だった私は社会科の授業中、担任の女性教師から「大野君のお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが仕事です。しかも憲法違反の集団です。みんな、大きくなっても大野君のお父さんのようにならないようにしましょう。先生たちは自衛隊や安保をなくすために闘っているのです」と言われたことがある》(3)住民登録の受付拒否(昭和51年版「防衛白書」) 《昭和47、48年に、ある市で隊員の住民登録の受付が拒否されたことがあったが、……こうした事例は、偏見によるものであり、……隊員の基本的人権の侵害につながるもので……》(4)入学拒否等(同) 《防衛庁では、職務上の必要から、隊員を国内の大学院等において研修させているが、受験の際その辞退を求められたり、願書が返送されたりするといった事例は、昭和39年から46年までの間に、延べ約50人に及んだ。(中略)例えば某県であった例のように、自衛官であることを理由として高校通信課程の転入学を拒否され、あるいは大学入学後自治会学生等に一年間にわたってその通学を妨害され、現地の地方法務局に人権侵犯問題として申告した事例等がある》(5)国民体育大会の出場辞退(同) 《国民体育大会の県代表チームの選手として隊員が内定したことから、その隊員の出場辞退、出場取消し又はチーム全員の不参加を招いている事例がある》(6)自衛官を「罪人」扱い 平成20年2月、漁船「清徳丸」と海上自衛隊イージス艦「あたご」が衝突しました。朝日新聞は事故原因の全く不明の段階から、イージス艦だけに回避義務があるがごとく「あたご」と海上自衛隊を叩きまくり、検察は衝突時と衝突直前の当直士官を起訴しました。 が、裁判所は「あたご側に衝突回避義務はなく、両被告の過失は認められない」とし、無罪を言い渡しました。無罪判決を受けても、朝日新聞は謝罪しません。なぜでしょうか。学者の尻馬に乗る政治家学者の尻馬に乗る政治家 おためごかしの自衛隊員リスク論や首相のヤジ発言などで、肝心の安全保障の問題が一向に論じられないなかで降って湧いたのが、6月4日の衆院憲法審査会で、与党が推薦した参考人・早稲田大学教授の長谷部恭男氏の憲法違反発言です。法案潰しの材料に共産党、民主党、朝日新聞は飛びつきました。 朝日新聞はアリバイ工作のため、「声」にはごく少数の賛成意見を載せましたが、「社説」「天声人語」「声」を総動員して違憲、反対を連発しました。代表例は次のとおりです。(1)6月5日付「社」「安保法制」「違憲との疑義に答えよ」(2)6月6日付「社説」「『違憲』法制」「崩れゆく論議の土台」「天」「一内閣の勝手な解釈変更が通るなら、憲法などあってなきがごとし。立憲主義は空洞化する」「声」「安全保障関連法案は撤回せよ」(3)6月7日付「声」「憲法に反する法あってはならぬ」「憲法改正を堂々と問うべきだ」(4)6月8日付「声」「『憲法違反』の法律を作るのか」(5)6月9日付「社説」「『違憲』法制」「政治権力は全能ですか」「天」「憲法で政治権力を縛るという立憲主義そのものが危機に瀕している」(6)6月10日付「声」「憲法を法案に合わせるのは変」(7)6月11日付「社」「『違憲』法制」「また砂川とは驚きだ」(8)6月12日付「社」「安保法制」「違憲の疑いは深まった」(9)6月16日付「社」「『違憲』の安保法制」「廃案で出直すしかない」(10)6月17日付「声」「最高責任者こそが明白な危険」(11)6月19日付「天」「安保関連法案を『違憲』とみる憲法学者は多数だ」(12)6月23日付「社」「安保法案」「違憲の疑いは晴れない」「声」「安保法制 大きな弱点がある」(13)6月25日付「声」「国会審議で立憲主義を学ぼう」(14)6月28日付「天」「安保法制を明快に『違憲』と断じた長谷部恭男・早稲田大教授らの見解である」(15)7月10日付「声」「砂川判決は根拠にならない」(16)7月14日付「社説」「生煮えの安保法制」「有識者や市民団体が『憲法違反』の法案に対し、反対の声をあげ続けている」「天」「憲法学者の石川健治・東大教授が、雑誌『世界』で語っている。これは『法秩序の連続性の破壊』であり、法学的にはクーデターだった」占領軍に「させられた」 民主党や朝日新聞は「立憲主義」と叫びますが、憲法の制定過程に口を閉ざしています。 サンフランシスコ平和条約第1条は、こう定めています。 「(a)日本国と各連合国との間の戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。(b)連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」 つまり、条約の効力が発生したのは昭和27年4月28日ですから、それまではわが国と連合国とは戦争状態にあり、日本国民の主権はなかったのです。 それゆえ、昭和21年11月3日に公布、6カ月後の22年5月3日に施行された「日本国憲法」は、公布も施行も戦争状態中、主権がなかった時の出来事で、公布や施行は自主的に「した」のではなく、占領軍から「させられた」のです。 左翼は自衛隊を違憲と言い、自分たちは兵役に服さず、平和の恩恵だけに浴してきました。が、内心は「軍隊」がなければ国の防衛はできないと思っていたのでしょう。その証拠に、社会党は自社さ政権で、すぐに自衛隊「合憲」に転向しました。集団的自衛権の行使を違憲と主張する政党や学者などは、自衛隊違憲に戻るのが筋ではないでしょうか。 憲法の字句を一切変えず、世界有数の近代的装備を有する自衛隊をいつまでも「違憲」に放置できず、国家、国民は「合憲」としたのです。わが国の周辺状況の変化に伴い、集団的自衛権の行使も「違憲」から「合憲」に解釈を変更すべきです。 わが国民にいま、求められているのは、解釈を変えるか、頑迷固陋に従来の解釈にこだわり、チベットやウイグルのように中国の一部になるかの選択なのです。この選択の権限は、国民と無縁の憲法学者やマスコミにはなく、国民が政権を委ねた政府にあるのです。 解釈変更ではなく改憲すべきだ、との主張があります。改憲すべきは当然で、並行して進めるべきです。が、占領軍はわが国を半永久的に弱小国家に留めておくことが自分たちの国益と考え、改正が不可能に近い改正規定(96条)を設けたのです。 「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」は、「泥棒を捕まえて縄」よりも難しいのです。「中身が理解できない」「中身が理解できない」 朝日新聞や民主党、共産党などは、安保法制は国民の理解を得ていないと強調します。正直言いまして、防大に入校して定年まで自衛隊に勤務した私でも、理解するには苦労するところがあります。一般の国民が理解困難なのは、ある意味で当然です。 だから戦後体制からの脱却を目指す安倍首相を信頼するか、民主党内閣の大臣就任記者会見の際、国旗に敬礼せず、「天皇陛下御即位二十年をお祝いする国民祭典」の「祝賀式典」を欠席した民主党代表の岡田克也元外相や安保法制の参院特別委員会の野党筆頭理事の北澤俊美元防衛相を信頼するかの選択です。アメリカと一体となって国の防衛を目指す自民党を信頼するか、共産党と連携して法案に反対する民主党を信頼するかの選択です。 ちなみに北澤氏は防衛相の時、米軍駐留地を「迷惑な施設」と発言、「『信頼してくれ』という言葉だけで(日米同盟は)維持できない」と述べた連隊長を処分し、更迭しました。 60年安保騒動の時、私は防大の3年生でした。大学生のほとんどは共産党、社会党、朝日新聞など左翼に扇動され、「安保反対」「自衛隊反対」「戦争に巻き込まれる」と騒ぎ、授業が行われていた大学は、防大など僅かでした。 が、戦争に巻き込まれることはなく、自衛隊と日米安保で平和が保たれて経済的に大発展し、デモに参加していた学生は高額の収入や多額の年金を得て、優雅な老後を送っています。 東大の二年生で、「安保反対」「自衛隊反対」デモに参加していた加藤紘一氏もその一人です。父のあとを継いで自民党から衆院議員に当選、中曽根内閣の防衛庁長官になりました。 長官任務を終えて10年近く経った平成6年11月3日付の産経新聞で、「安保の中身を知っている者は百人に二人もいなかった」と自白しています。全学連の闘士だった西部邁氏や田原総一朗氏も、「当時、安保条約など読んだこともなかった」と告白しています。 朝日新聞は60年安保騒動時の報道を反省することなく、また同じ過ちを繰り返しています。軍人としての処遇を 安保法制が成立すれば、自衛官の任務は拡大します。自衛官には、少なくとも以下に示すような任務に見合った名誉と処遇を与えなければなりません。(1)兵役を神聖な任務 兵役を「苦役」ではなく、「神聖な任務」と位置付けるべきです。(2)勲章の充実 外国軍人と同じように、自衛官全員に現役中に叙勲を授与し、かつ新たに終身年金付の「防衛功労勲章」(金鵄勲章)を設け、年齢、階級に関係なく、任務遂行中、功績のあった自衛官に授与すべきです。アメリカでは、最高位の勲章は現役の軍人にしか授与されません。(3)戦死者の処遇 戦死した場合、靖國神社にお祀りして首相以下、全閣僚が参拝し、かつ十二分な「戦死手当」を出すべきです。(4)自衛官の位置付け 統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長、陸上自衛隊の方面総監、海上自衛隊の自衛艦隊司令官、航空自衛隊の航空総隊司令官を認証官に、外国の士官学校長が現役の軍人であるように、防衛大学校長を自衛官にすべきです。(5)捜査、起訴、求刑は自衛隊が 軍人の犯罪は、外国では軍法会議が裁きますが、わが国の憲法には軍法会議がありません。任務遂行中に自衛官が罪を犯した場合、少なくとも捜査、起訴、求刑は安全地帯にいる警察、海上保安庁、検察ではなく、自衛隊に付与すべきです。平成27年度自衛隊観艦式で護衛艦「くらま」の艦上で海上自衛隊の演習を観閲する安倍首相(中央右)。左は麻生副総理=10月18日、神奈川県沖の相模湾(三尾郁恵撮影) 戦後、わが国の政策の大転換は二つありました。日米安保の改定と消費税の導入です。いずれも朝日新聞や当時の野党が国民の不安を煽り、世間を混乱させました。 その結果、平成20年12月16日付朝日新聞夕刊によれば、岸内閣が安保改定した退陣前の支持は12%、不支持は58%、竹下内閣が消費税を導入した退陣前の支持は7%、不支持は84%でしたが、いずれの大転換も歴史上、高く評価されています。 安倍内閣の支持と不支持が逆転したとはいえ、その差は10%内外、民主党の支持率は衆院採決前と同様、自民党に大差をつけられています。民意に反するとの民主党や共産党の主張や朝日新聞の報道は、国民をミスリードしているのです。 衆院は民意を問うてから半年しか経っていません。昨年暮れの衆院選挙では、集団的自衛権の行使を含む安保法制も主要争点でした。選出されて2年と5年を経過した議員の集合体である参院で議決しなければ、直近の民意である衆院の3分の2以上の可決で成立させることが、国民に対する責務ではないでしょうか。かきや・いさお 1938年、石川県生まれ。62年、防衛大学校(第6期)卒。同年、陸上自衛隊に入隊。66年、大阪大学大学院修士課程修了。陸上幕僚監部幕僚、防衛大学校教授等を経て、93年、退官(陸将補)。著書に『自衛隊が軍隊になる日』『徴兵制が日本を救う』『自衛隊が国軍になる日』(展転社)がある。

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    安保法制守って国滅ぶ! 日本の防衛は後退した

    倉持麟太郎(弁護士)安全保障法制の整備に賛成、ゆえに本法制に反対 日本国が日本国としてのアイデンティティを語るうえで、日本国は、国家それ自体として他の国家主体に依存することなく、その存在において、自立(self-standing)していなければならず、また、その国家存立の源泉たる国家意思形成において、自律(self-autonomy)的な国家意思形成が求められる。 雑駁に言えば、「自立」とは、他への従属から離れて独り立ちすることであり、「自律」とは、その存在主体の行動律のみに従って意思決定をすることである。 本来これらの概念は、日本国憲法上も個人の権利保障の文脈において語られてきたワードである。しかし、去る9月19日に成立した、いわゆる安全保障法制の成立過程において、内容及び手続の点で、大きな瑕疵を帯び、日本国の「自立」と「自律」を大きく毀損してしまった。 ここで想像してもらいたい。あなたが何もない砂漠で倒れている、水も食料もないが、所持金は1000万円である。そのときに、向こうからラクダに乗った商人が歩いてくる、死ぬ間際の幻か。商人は言う、「水を売ってあげましょう」「1000万円で」。あなたは自律的な意思決定に基づいて、その水を購入する。命がつながった・・・ さて、これは自律か。直感的に自律とは言えないと感じる。つまり、自律が成立する前提として死活的に重要な要素が、「多様で豊かな選択肢」なのである。 今回、安保法制を成立させるために、国家意思の形成過程は、多様で豊かな選択肢を提供することはできなかった。賛成と反対は分断され、そのそれぞれは、本法制が描く防衛体制を的確に認識することなく、賛成と反対を叫んだ。 後述するが、本法制が描く防衛体制自体は、我が国の個別的自衛権を減縮し、潜在的には同盟関係や国際社会の平和にも貢献しない、「自立」を阻害するものである。また、本安全保障法制の審理過程及び特別委員会の議決も、議題の特定もないまま、後に議事録を職権で添付するなどという、議院の自律というテーゼを根本から掘り崩した議会運営という点においても、国家の「自律」を毀損したといえる。 私は、日本国の存立のための防衛体制の構築及びそのための機能的かつ自律的な(日米)同盟関係の維持・発展は極めて重要なものと考えており、そのための安全保障法制の整備等は必要であると考えている。にもかかわらず、本法案には反対である。なぜか。法律家として、違憲の問題はもちろんだが、法案及び国会審議の結果として、我が国の防衛体制を後退させる内容となっているからである。 今回成立した安全保障法制によって、政府は、「日本国民の命と平和な暮らしを守るため、あらゆる事態に切れ目のない対応を可能に」「国際社会の平和と安定への一層の貢献を可能に」「日米同盟を含め抑止力を向上。日本が攻撃を受ける可能性を一層なくしていく」といったメッセージを公式に発表している。 しかし、本法制及び今国会での政府答弁をつなげば、これらのメッセージを具現化する法制とはなっていないばかりか、今までの日本の防衛体制を後退させる内容になってしまっている。集団的自衛権や安全保障法制整備を推進すべしとの立場からは、「このような法案でもいまだ不十分であるものの、今までよりは前進した」といった評価がなされることがあるが、それは法案の条文を読んでおらず、国会答弁を分析していない言説である。以下、象徴的な論点及び答弁について論じたい。新たな後方支援によって個別的自衛権の範囲を矮小化新たな後方支援によって個別的自衛権(我が国防衛)の範囲を矮小化空中給油機KC-767(手前)が主力戦闘機F15に空中給油する様子を報道陣に初公開。同速で並んで飛行するF15=2013年11月27日午後、日本海上空(鈴木健児撮影) 一つ目に取り上げたいケースは、国会答弁でも何度も問題になった、日本がA国から武力攻撃を受けた場合、後方支援を行うB国に対し、個別的自衛権による武力行使が可能か、という論点である。 本改正法で、我が国は、新たに「後方支援」として発艦準備中の戦闘機への給油及び弾薬の提供が可能になったが、逆に、これを日本がやられている場合を想定したケースである。 従来(本国会まで)、政府答弁においては、日本に対して武力攻撃を加えるA国に後方支援を行うB国に対しても、自衛権の行使として武力行使ができると答弁してきた。以下、いくつかの従来の政府答弁を紹介する。 角田(禮)内閣法制局長官(当時)「…わが国に武力攻撃を加えている国の軍隊の武器を第三国の船が輸送をしている、それを臨検することができるかという点でございますが、一般論として申し上げるならば、ある国がわが国に対して現に武力攻撃を加えているわけでございますから、その国のために働いているその船舶に対して臨検等の必要な措置をとることは、自衛権の行使として認められる限度内のものであれば、それはできるのではないかというふうに私どもは考えております…」(昭和56年4月20日 4号 安全保障特別員会) 大森(政)内閣法制局長官(当時) 「…A国が我が国に対して武力攻撃をしている、B国がA国に対して、我が国がそのB国の武器を輸送している船舶に対して自衛権の行使ができるか、その理由はなにか、こういうことでございますね。・・・B国の行為がA国の我が国に対する武力行使と一体化している、したがってB国の行為も我が国に対する武力行使にあたる、そういう場合であるならば我が国は自衛権が行使できます。あくまで我が国に対する武力行使、自衛権発動の要件を満たすという状態に達しているならば自衛権行使ができますということを答えたものでございます」(平成11年3月26日 3号日米防衛協力のための指針に関する特別委員会) 高村外務大臣(当時) 「…A国に対するB国の後方支援と我が国の自衛権行使について一般論としてお答えをいたしますと、第三国であるB国がその国の行為として、我が国に対して武力攻撃を行っているA国を支援する活動を行っている場合について、B国のそのような行為が我が国に対する急迫不正の侵害を構成すると認められるときは、我が国は、これを排除するために他の適当な手段がなく、必要最小限度の実力の行使と判断される限りにおいて自衛権の行使が可能である、こういうことでございます」(平成11年4月20日 9号日米防衛協力のための指針に関する特別委員会) しかしながら、現政権は、今国会で、従前までの答弁を変更し、後方支援のみを行う国に対しては、武力行使をすることができないと答弁をしているのだ。【平成27年8月5日8号 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会】中谷元国務大臣 「我が国に対して武力攻撃を行っているのはA国ですよね、A国が日本に武力攻撃を行っている、そして、それを、後方支援がB国が行っているとしましたら、A国に対しては我が国としては個別的自衛権等に基づいて武力の行使を行うことはできますが、B国に対してはできないということでございます」藤末委員 「それができない理由を教えてください、法上の。じゃ、理由を教えてください、理由を。なぜできないかというのを教えてください」中谷元国務大臣 「三要件を満たしているかどうかということで、三要件をA国に対して満たしたということでございます。ところが、B国は後方支援を行っているということでございまして、B国に対してはできないということでございます」藤末委員 「どのようにその三要件を満たしていないか教えていただけますでしょうか」中谷国務大臣 「B国は我が国に対して武力行使、武力攻撃をしていないということでございます」【平成27年9月9日18号 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会】藤末委員 「A国というヘリコプターがある、そしてB国の艦艇が、魚雷と給油をしていますと。そして、そのB国の船が我が国の自衛隊の潜水艦の魚雷の射程に入ったときにそれを攻撃できないとおっしゃるのか、イエスかノーかでお答えください」中谷国務大臣 「我が国に対して武力攻撃を行っているというのはA国でありまして、B国の艦船は後方支援、これは給油を行っているのみでありまして、武力攻撃を構成していないということであれば、B国に対しては武力攻撃はできないと考えております」【平成27年9月11日 19号我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会】福山哲郎委員 「…A国は日本に違法な武力攻撃をしています。B国は、このA国の戦闘機に補給艦が同じように給油や弾薬を補給しています。このB国の補給艦に対して日本は自衛権を行使できますか」中谷国務大臣 「我が国に対して武力攻撃を行っているのはA国でございまして、B国は後方支援を行っているのみでありまして、武力攻撃を構成をしていないということであれば、A国に対しては我が国としては、国際連合憲章上、個別的自衛権に基づき武力の行使を行うことはできますが、B国に対してはできません」 このような答弁の変遷の理由は明確である。すなわち、冒頭に、本安保法制で、日本は「後方支援」として発艦準備中の戦闘機への給油及び弾薬の提供が可能になったと書いたが、我が国を攻撃してくるA国に給油及び弾薬の提供をするB国を、我が国の軍事目標となり、個別的自衛権の対象であるとすると、それは、B国の後方支援行為がまさに武力行使か、武力行使と密着する行為であることになる。裏返せば、日本がB国を攻撃できるとすると、日本が本法制でやろうとしている後方支援が、武力行使そのものか、少なくとも武力行使と「一体化」してしまうことを自白してしまうことになり、憲法9条1項が禁止する「武力行使」に該当してしまうため、政府は、口が裂けてもB国を攻撃対象とは言えないのである。 しかし、これは、違憲な後方支援を肯定したいがために、自国の個別的自衛権を矮小化し、自国防衛を犠牲にしているという深刻な問題を内包している。 答弁が変遷した理由は簡単で、今までは我が国がやりたい後方支援に発艦準備中の航空機への給油等が含まれていなかったため、日本が当該行為をすることが予定されていなかったから、これを行う敵国は個別的自衛権の対象として攻撃できたが、本法制で、日本が行う後方支援の内容として戦闘機への給油等を規定したがために、これを行う敵国は攻撃できないと答弁を変更したのである。専守防衛を掲げて70年の平和を享受してきた日本が、我が国防衛より優先すべき後方支援とはいったい何か。防衛大臣は有事での安全配慮義務違反で法廷に立つのか?防衛大臣は、有事での安全配慮義務違反で法廷に立つのか? 自衛隊を出動させる場合、防衛大臣には、「安全確保配慮義務」がある。これは、社会生活上特別の関係に入った当事者間で、法的に負う、特別に安全確保を配慮する義務だ。例えば、自衛隊員が、整備中の事故で亡くなったような場合、防衛大臣は、信義則上、安全配慮義務違反を負う可能性がある。 基本的に、防衛大臣が安全配慮義務を負うのは、平時(非戦闘状態)、のときのみで、有事(戦闘状態)のときは原則的には(信義則上発生する場合はあっても)安全配慮義務を負わない。有事の際は、平時と違い、安全配慮義務を観念してしまうと、すべての我が国防衛のための戦闘行為も安全に配慮しなくてはならなくなり、戦闘行為等が事実上十全にできなくなってしまうからである。 これを受けて、平時行動を予定している国際平和支援法等には、防衛大臣の安全配慮義務が明記されている。しかし、平時行動を予定し、「現に戦闘が行われていない現場」のみでの後方支援行動を規定した重要影響事態法には、安全配慮義務が明記されていない。これは、それこそ「有事」と同等の行動を予定しているから、武力行使と「一体化」をしてしまうから、安全配慮義務を明記できなかったのではないかと考えられるが、政府は、安全かつ円滑に活動できる「実施区域」を指定して安全を図るという。しかし、これは、法的には実施区域が安全か否かの判断にしか法的な安全配慮義務が及ばず、隊の一般的行動(装備・編成等)はカバーしない。さらに大問題なのが、本法制で、存立危機事態(=有事)においても後方支援をする場合があるとされている(米軍等関連行動措置法)。もちろん有事の場合であるから、安全配慮義務規定などあろうはずがない。安倍首相は、この場合も含めた本法案のすべての場合に安全配慮義務を貫徹したと言い、中谷防衛大臣も、有事における後方支援でも安全配慮義務を負うと答弁している(8月4日答弁)。これは明らかな虚偽答弁であるし、あってほしいと願いたいくらいである。この答弁で委員会がストップしたが、結局、“委員長預かり”として委員会は進み、9月11日の委員会で再回答がなされたが、虚偽を認めることなく、まったく同様の答弁を繰り返し、問題未解決のまま事実上の「放置」である。有事を想定している状態で安全配慮義務を負いながら戦闘行為を行うとすれば、法的には防衛大臣の安全配慮義務違反が頻発することとなる。そんな国防は聞いたことがない。防衛大臣は、法廷に立つ覚悟をもって答弁したのか。“限定的集団的自衛権”は抑止力を上げない 昨年の閣議決定及び本法案で政府が行使容認した集団的自衛権は「限定的集団的自衛権」である。これは、いわゆる国際法上の集団的自衛権とは違い、“我が国と密接な関係にある他国への攻撃”を自衛権行使の端緒にするものの、武力行使発動のためには、“我が国の「存立危機事態」”を根拠にする。政府が“自衛のための他衛”などと言っていたのはこのことで、他国防衛が本質の集団的自衛権のはずが、自国の状態を基準に「集団自衛権」と呼ばれる自衛権を行使する。このこと自体、例えば存立危機事態を認定し、存立危機事態防衛出動していた場合、自国の存立危機事態を脱しさえすれば、たとえ他国間の戦争が終わっていなくても、日本はそれ以上の自衛権行使は認められないため、「速やかに」引き返すこととなる。 集団的自衛権の抑止力とは、保険料支払いと保険の関係と似ている。保険料を払っているからこそ保険を受けることができるのと同じで、他国防衛に100%完全に協力する(保険料支払い)からこそ、他国は、我が国に有事があったときに集団的自衛権を行使してくれる(保険)という関係が成立して初めて「集団的自衛権行使による抑止力」が期待できる。にもかかわらず、本安保法案の“限定的集団的自衛権”は、「限定的」かつ、自国状態を自衛権行使の基準に措定するため、そのような効果は期待できないのである。この点において、政府による「集団的自衛権による抑止力の向上」という説明も、実現できない。今回の法案へ賛成する文脈で「集団的自衛権の抑止力」を理由にしている言説は、本法案の“限定的”集団的自衛権については、何ら語っていないものと判断してよい。 さらに、今国会で、政府は、集団的自衛権の行使の要件として、「同意又は要請」を要件とした。これも法文等には明記はなく、答弁だけによるものだが、この「同意又は要請」というのは、限定的集団的自衛権をさらに“使えなく”している。以下が、該当する答弁である。 【平成27年7月14日 21号我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会】岸田国務大臣 「まず、国際法上、集団的自衛権の行使に当たっては、武力攻撃を受けた国からの要請または同意があるということ、これは当然の前提だと思います。そして、これはあえて法律の上に規定する必要はないと我々は考えております。昨年七月の閣議決定にも明記されておりますように、我が国は武力の行使を行うに当たっては国際法を遵守する、これは当然のことであるという考えに立っているからであります。…そして、ニカラグア判決についてですが、ニカラグア判決は他国防衛説の考えに近いという説明をされる方がおられることは承知をしております。ただ、ニカラグア判決にしましても、伝統的な他国防衛説というのは、要請または同意、これを要件とは明確にしてこなかった、こういったこともありますので、完全に他国防衛説と一致しているとまでは言い切れないのではないかと考えております…」 これにより、例えば朝鮮半島有事のときに、明らかに日本が存立危機事態に陥ったとしても、韓国からの「同意と要請」が無い限り、存立危機事態防衛出動できないことになってしまう。参院平和安全法制特別委で答弁する中谷元防衛相(右)。左は岸田外相=8月11日(斎藤良雄撮影) 別稿でも書いたが、以上で描かれた我が国安全保障をまとめておきたい。 日本は、今まで(安保法制成立前まで)可能であった、我が国を攻撃してくる国の戦闘機に補給する後方支援国に対して個別的自衛権の行使をできず、補給路を断てないため、攻撃をされ続け、究極的には我が国を守れない。今国会で個別的自衛権の範囲が極めて限定されてしまった。わずかに行使できる個別的自衛権も、防衛大臣は安全配慮義務を負うという手足を縛られた状態で行使をする。また、「同意又は要請」を要求する限定的集団的自衛権は、“存立危機事態”という自国の状態を基準に発動するため、他国防衛には終局的には協力できず「集団的自衛権の行使による抑止力の向上」という命題の前提を欠く。一方で自国が存立危機事態に陥っていても、「同意又は要請」がなければ発動できない。 これらの一体どこが、日本の安全保障体制を向上させたのであろうか。むしろ、明らかに日本の防衛を後退させている。法案自体にも欠陥だらけだが、現政権の安全保障政策を「必要」と述べる人々は、果たしてこの答弁を踏まえた現政権の安全保障政策を本当に理解しているのだろうか。何度も強調したい、これら我が国防衛のためにできたことは、今国会でできなくなったのだ、本法制により、現政権によってできなくなったのである。安保法制の倒錯感安保法制の倒錯感 他国防衛の協力である集団的自衛権にもかかわらず、自国の「存立危機事態」を基準とするため、他国防衛に十全に協力できず、集団的自衛権から享受できる「抑止力」という果実を得ることはできない。他方、法的に「集団的自衛権」との建付けをとってしまったことから、自国の存立危機事態を基準にしているのに、他国の「同意又は要請」がないと存立危機事態防衛はできない。 また、そもそも、本法制では、海外の「領土・領空・領海」には入らずに(政府答弁)「存立危機事態」を速やかに「終結させなければならない」(事態対処法3条)とされているが、存立危機事態を本当に終結させようとすれば、領土等への侵入は必要であろうし、侵入せずに存立危機事態を終結させるなどというのは、いわば「目の前の肉を血を流さずに切り取ってみろ」としたベニスの商人的な、不可能な命題である。 これらも含めた、本法制の描く防衛体制に「賛成・必要」という立場が、このような背理を「賛成・必要」としているならば、かかる言説は、我が国防衛を真剣に考えているとは全く言えない。しかし、このような問題意識が賛成派から語られることがないことに、欺瞞と不誠実の念を禁じ得ない。 政府与党や本法案賛成派は、差し迫った防衛上の危機や、“待ったなし”とする安全保障環境の変化に対応するために、憲法論と法律論をとりあえず措くべきであり、「憲法守って国滅ぶ」に陥ってはいけないとしてきた。しかし、彼らが「賛成」したのが、上記のような“限定的”集団的自衛権及び本法制をめぐる国会審議の具現化なら、これ以上の倒錯感はない。まさに「安保法制守って国滅ぶ」である。 今回の法案の審議過程で、“賛成派”と“反対派”が完全に二分され、それぞれの側で一元化されてしまったことに、議論の不幸があったと考える。「抑止力」や「安全保障環境の変化」といえば賛成派、「違憲」と言えば反対派、本当にそうか。それぞれの立場にもかなりきめ細やかなグラデーションがあるはずである。それを何か運動論的に「まとまる」ことと、それを「まとまり」とみなして排撃しやすくするために、お互いにラべリングをしてしまったことにより、法案や政策、国会審議を論理的かつ緻密に分析することを放棄してしまった側面があるのではないか。 政府の側も、「レッテル貼り」などと逃げていないで、本法案の欠陥を認め、合憲の範囲内で、真に我が国安全保障に資する安全保障法制を整備すべきである。「なし崩し的」に、この法案を成立・運用すること自体を自己目的化することが、どれだけ権力担当者として不誠実なことかを認識していただきたい。 この法案という車は、外観こそ車のようではあるものの、エンジンも、ハンドルも、ブレーキも、はたまたタイヤも、ちゃんと備わっていない。何CCかというのを論じる以前に、この車は走らない。なぜそれを正面から認め、声を上げる保守がいないのか。このまま「なし崩し」的に運用されることは、国家の自立及び自律の観点からも、恥ずべきことであると考えないのか。私は、このような観点から、「安保法制守って国滅ぶ」と、我が国安全保障を真に大切と考え、声を上げたい。

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    これで横田めぐみさんを救えるか 特殊部隊、邦人救出論議に思う

    伊藤祐靖(海上自衛隊特別警備隊初代先任小隊長) これまで中東に住んだことはないが、私の知る限り、中東・イスラム圏の人の多くは、日本人を、我々の想像以上に信頼し、尊敬の念で見ている。中東の人からその話を聞いたときは、驚き、そして、なんとも誇らしい気持ちになった。 彼らが日本を尊敬する理由は、超大国ロシアに戦いを挑んだこと、そして勝ったこと、超大国アメリカと戦争をして、4年間戦ったこと、そして、その後驚異的な復興を遂げ、周辺国ばかりでなく、発展途上国に多額の支援をしていること。更に、宗教的にも何ら衝突はなく、何より、ヨーロッパ、アメリカの人々とは違い、妙な下心がなくて信頼できる、ということだった。だから、「中東のゴタゴタは、第一次世界大戦以来、積年の恨みがある白人が絡むと絶対に解決できないが、日本人が介入すればできるかもしれない」とも言っていた。 この国にしかできない国際貢献に対する義務、というものも強く感じた。そして、彼らが日本を語る時、一番時間をかけ、熱く語るのは、ロシア、アメリカという超大国に挑んだということだ。国家としてギャンブルをしたわけではない。無謀国家なわけでもない、ましてや好戦的過激国家でもない。彼らが日本を尊敬する核の部分は、日本が“国家として消滅する”ことを覚悟してまで、正しいと信じる道を貫こうとした点なのだ。それは、現在の日本に最も欠けているものだと思っている。 日本の外交といえば、人道支援を基軸とした平和外交をポリシーとしている。一部の人は平和憲法の影響と言うが、私は建国の理念“八紘一宇”の思想が生きているからだと思っている。しかし、今年1月のカイロにおける安倍首相の演説「イスラム国と戦う、周辺各国に支援を約束する」を聞いた時は、建国の理念との隔たりを感じ、強烈な違和感を覚えた。そして、今から約25年前のある出来事を思い出した。この時点では、それから僅か3日後、2名の日本人拉致映像が公開されるとは想像だにしていなかった。米空母の上で気付いた祖国の姿 私は、日本体育大学を卒業後、海上自衛隊に2等兵として入隊し、艦艇乗組員として勤務した。その後幹部になったが、20年在籍し、前半を艦艇乗組幹部、後半を特殊部隊先任士官として勤務した。それは幹部になって3年目、まだ26歳だった時の事である。あまり英語の得意でない指揮官の通訳のような立場でアメリカ海軍の空母に約1カ月乗艦した。8000人を上回る乗艦者の中には、軍服を着ていない人や女性も居た。学者や輸送航空機の搭乗員である。艦内にはジムはもちろん、教会、図書館、裁判所、刑務所、病院、郵便局、スーパーマーケット、2つの士官用食堂、3つの下士官用食堂などあらゆるものがあり、ないものといえば酒を飲ませるところくらいであった。 私はいわゆる中尉で、指定された部屋は、3人部屋だった。白人で西部劇が大好きな大尉と黒人で主に艦橋で勤務している中尉がルームメイトだった。 階級も勤務場所も同じで、年齢も私の一つ下だった黒人とはすぐに仲がよくなった。ところが、ひょんなことがきっかけで、彼と口論になった。《中尉 日本人は、黒人の歴史を知らないからな、お前のおじいさんは人間から生まれただろ? 私  ああ、当たり前じゃないか。お前のじいさんは違うのか? 中尉 俺のじいさんは人間から生まれたんじゃない》 お互いけんか腰になってきていたので、アメリカ人特有のジョークで場を和ますつもりなのかと思い、問い返した。《私  へ~じゃあ、何から生まれたんだ? 中尉 俺のじいさんは、人間じゃなくて奴隷から生まれたんだ。鍵ってものは内側から自分で閉めるもんじゃない。外側から白人に閉められるもんだ。食べたいもの? 好き嫌い? そんなものない。白人から与えられる餌を食べるんだ! 私  …………》 絶句した。「鍵は、外から閉められるもの」「与えられる餌」あまりにも衝撃的だった。《中尉 奴隷解放っていつだか知ってるか? 私  知らない》 けんか腰で、大声でしゃべっていた私は、急に声が小さくなっていた……。《中尉 日本人は知らなくてもいいんだ。関係ないからな。でも、俺が生まれる100年前だ》 そうか、こいつは俺の一つ下だから、生まれる100年前といえば1865年。明治維新のほんの3年前か…。《私  そんなに最近なのか…… 中尉 でも、俺は海軍中尉だ。白人に命令をしている 私  お前のじいさんは、自分の孫が白人に命令していることを知ってるのか? 中尉 知ってる 私  どうなんだ? 奴隷から生まれた自分の孫は白人に命令をしてるって? 中尉 夢だ。そのうち、黒人の大統領だって出るかもしれない》 アメリカ合衆国初の黒人大統領バラク・オバマが誕生したのは、この18年後だった。 その次の日、昼飯を食べていると仲良しのネイティブアメリカン(以下NA)が私の隣に座ってきた。食事をしながら喋っていたら、ふいに問い掛けてきた。《NA お前は、何で奴(同部屋の黒人)と一緒にいるんだ? 私  ルームメイトだし、ランニングメイトだからな(※ランニングメイトとは、年齢も階級も近い世話役を示す俗語) NA そんなに一緒じゃなくたっていいだろ? 私  ん? NA 奴は、黒人だぞ!》 前日、奴隷の話を聞いて衝撃を受けていた私は、似合わない正義感が湧いてきた。《私  黒人だから何だ! NA あいつは、黒人だ。黒人っていうのはなあ、生きていたいからって奴隷になったような奴らなんだぞ 私  …… NA 俺たち黄色人種は、そんなことしない。日本人だってしないだろ 私  しない…… NA そうだろ。誇りがあるんだ。ネイティブアメリカンは、奴隷になることより、死ぬまで戦うことを選んだ。だからほとんど生き残ってない。日本人だって、屈服することよりも死ぬまで戦うことを選んだじゃないか 私  ああ NA マッカーサーは逃げたけど、イオージマ、サイパン、日本兵は全員死ぬまで戦った。カミカゼはアメリカ海軍の空母に突っ込んでいった。爆弾を身体に括り付けた兵士が戦車の下に飛び込んだ。本土を焼かれても焼かれても戦い続けた。原爆。それも2発もだぞ、落とされて、国土を民間人もろとも焼き尽くされ、弾も銃も無くなると女性が焼け死んでいる赤ん坊を背負って竹槍で向かってきた 私  わかってる……》 たまらず、止めた。予想だにしない展開に混乱した。黒人を差別するのかと思ったら、確かに差別だったが、切り口が違った。生きていたいがために戦いを放棄する奴らだと言いだし、大東亜戦争での日本人の戦い方を引き合いに出した。日本人は、命より大切な誇りの為に戦った、だからああいう戦い方になるんだ、と言った。《NA その国の戦士のお前が、何で黒人と仲良くなれるんだ!》 彼はどんどん興奮して、けんか腰になっていった。 前日、黒人から奴隷の話を聞いていなかったら間違いなく意気投合し、以後黒人を忌み嫌いしゃべらなくなったと思う。しかし、奴隷の話を聞いた翌日に、黒人を貶むような言葉を聞き流す気にはなれなかった。《私  お前は、黒人の悪口言ってるけど、その黒人と同じアメリカ海軍に属して、同じ空母に乗ってるじゃね~か。インチキアメリカ人なんかやってね~で、独立戦争しろ》 頭が混乱して、喋るのが面倒になってきた私は、コブシの喧嘩に持ち込む気満々で煽った。ところが、さっきまで興奮してけんか腰だった彼は急にうつむいた。《NA ……そうなんだ……》 今まで身振り手振りで振り回していた手をテーブルに置いたかと思うと、その手に彼の涙が滴り落ちていた。私も彼に触発されて、血の気が上っていたが、急に胸を締め付けられるような苦しみを感じてもらい泣きしそうになった。《私   すまなかった……》 小さい声で言うのがやっとだった。本当は、もっと多くの言葉で謝罪したかったが、これ以上何か話すと涙がこぼれそうで喋れなかった。民族の持つ深い歴史を知りもしないのに、取り返しのつかないことを言ってしまったと思った。 二人とも食事なんかできるはずもなく、隠さずにこらえずに堂々と涙を流している彼の傍らで私は、天井を見上げては、長~く目をつぶったり、まばたきをたくさんしたりしながら考えていた。 「俺にあんなこと言う資格はね~。俺こそ、こんなところにいていいのか? 今俺が乗ってるのは、わずか50年前に先輩たちが特攻機に乗って突っ込んでいったアメリカ海軍の空母なんだぞ。特攻の映像は白黒だが、あの時の海も今と同じ色だったし、空も同様に青かったんだ。突っ込んでいった先輩は、何を守るために命を捧げたのか」 そして、今の日本という国の姿を正視していない自分に気づいた。俺こそ独立戦争をすべきなんじゃないか? その証拠に、彼は堂々と涙を流したが、私は流せなかった。それは民族の持つ悲しい歴史を正面から受け止めている者と、見て見ぬ振りをしている私の違いであるように思えてならなかった。なぜ北朝鮮による拉致被害者ではないのかなぜ北朝鮮による拉致被害者ではないのか 私は、どんな国へ行っても、何をしている人でも、喋った相手は、みんないい奴に見えてしまう。だが、私のような経歴の人間がいい奴ばかりに囲まれて生きてこられるはずもなく、私に悪意を持ったり、やっかんだり、人種差別をした奴だって多くいたに違いない。鈍感な私が気づいていないだけだ。その信じがたいほど鈍感な私でも、事情をよく知りもしないのに、どちらか一方に加担することの愚かさだけは、身に沁みた。そして、その事情を理解するということは、簡単なことではなく、同じ時間を、同じ空間で、しかもかなり長い期間を、共に過ごさないと理解なんかできるものではない。 今もアメリカ海軍の空母には、白人も黒人もネイティブアメリカンも乗り組み、あの時と同様の人間関係があるのだろう。皮肉なことに黒人もネイティブアメリカンも、それぞれの民族に誇りを持ちながら、民族の歴史を認識しながら、自分たちを屈服させたイデオロギーを、更に他の民族に強要する行為の最先鋒を担っている。片棒を担ぐどころではなく、ほぼ張本人になっている。それは、彼らが「独立した国家」を持たないからだ。黒人は、アフリカの地で暮らしていた自分たちを・かっさらってきて・アメリカ合衆国に連れ込み、奴隷として売買した者を恨み蔑んでいたし、ネイティブアメリカンは元々自然と調和して豊かに生きていた自分たちを消し去った奴を嫌っていたが、その忌み嫌うやつらの空母に乗っていた。 あの時の私の「お前は、黒人の悪口言ってるけど、その黒人と同じアメリカ海軍に属して、同じ空母に乗ってるじゃね~か。インチキアメリカ人なんかやってね~で、独立戦争しろ」という言葉は、思い出すだけで身震いするほど、愚かで恥ずかしい発言だ。しかし、間違っていない部分もあると思う。そして、あの言葉はむしろ私自身に向けるべきものでもあった。あの時、本当に考えなければならなかったのは、自分のことである。 「俺は、これに乗ってていいのか?」「俺が乗っている空母に爆弾を積んで突っ込んでいった先輩は、日本が日本の理念でものごとを決断し、実行できる国のかたちを守ろうとしたのではないのか?」 あの時、少しは頭をよぎったものの、保留状態にしてそこで止まってしまっていた。 だが、安倍首相の演説に強烈な違和感を覚えて、思い出したあの時の出来事の本質はここにあると思っている。首相が日本の理念でものごとを決断し、発言しているとはとても思えなかったから、違和感があったのである。どう考えても日本にとって最優先すべき対象は、北朝鮮による拉致被害者だろう。無理やり、あるいは騙されて拉致された彼らを放置しておいて、再三にわたる渡航自粛要請を無視し、自分の意志で、自己責任と宣言して行った人の事件をきっかけに法整備を進めると言ってみたり、必ず償わせると言ってみたり。彼ら2名をどうでもいいと言っているのではない。誰がどう考えたって、優先順位がおかしいだろうと思うのだ。 独立している国だと思っていたが、実は空母に乗っている黒人やネイティブアメリカンと同じなんじゃないか? だって、自国の理念で行動しているように思えないことが多すぎる。憲法にしろ、外交にしろ……このまま今度は、集団的自衛権の名の下に武力の行使に至るまで、他人がコントロールできる方向に向かっているように思えてしまう。特殊部隊員たちの生き様 この国には、奪還すべき対象がどこに居ようと、情報があろうと無かろうと、「奪還しろ」という命令が下れば必ず実行する者がいる。方法はいくらでもある。映画のように《衛星写真や情報部からのネタを元にパラシュート降下して、ドンパチやって、離脱用のヘリで脱出…》という方法ばかりではない。《ほとんどない情報を頼りに、浸透し同化し情報をとりながら近づく》方法だってあるのだ。 私は、陸・海自衛隊の特殊部隊員(注)が、どうやって選抜され、何を考え、何を望み、毎日何をしているかを知っている。そしてその実力も知っている。彼らだけではない。どんな部隊にも、極々少数かも知れないが、孤立しながら、いつ来るか判らない任務のために毎日、寒さ、暑さ、枯渇、飢餓、激痛、虚脱感の中で心身を錬磨して備えている者がいる。彼らは、命令が実行されれば、生きていたいという本能をねじ伏せ、“いきもの”から、ただの肉の塊になることも、肉片すら残らないことをも気に掛けず、ただ淡々と任務を達成しようとする。 彼らが、自分を消滅させてでも守ろうとしているものは、日本が、その理念に基づき決定した国家の意志であり、そして、それを貫こうとする国家の姿勢である。 誠に殉じようとする彼らを、他国のイデオロギーで決めた、他国の意志で翻弄するようなことがあっては、断じてならない。(注)「陸上自衛隊特殊作戦群」及び「海上自衛隊特別警備隊」所属の隊員いとう・すけやす 昭和39年、茨城県出身。日本体育大学卒業後、海上自衛隊に二等海士で入隊。「能登半島沖不審船事件」の際は護衛艦「みょうこう」航海長として不審船を追跡。この経験から海上自衛隊の特殊部隊・特別警備隊創設に携わる。同隊初代先任小隊長。平成19年退職(二等海佐)。予備役ブルーリボンの会幹事長。 

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    拉致事件解決のために 国民を護れる国造りを始めよう

    青山繁晴(独立総合研究所社長、作家) ごくふつうの庶民の人生を根こそぎ奪う、あまりに重大なテロは今、パリで起きただけではない。 日本ではおよそ40年ほど前から、国土のあらゆる場所で頻発している。それが北朝鮮の国家テロリストによる拉致事件である。 わたしはこの原稿を、西暦2015年11月15日に書いている。38年前の今日、学校帰りの自宅近くで拉致されたとき、横田めぐみさんは13歳の中学1年生だった。 わたしは、教鞭をとっている近畿大学経済学部の新入生にこう話している。「若い君たちより、さらに5つ以上も若いときに奪われた横田めぐみさんは、誰も取り返しに来てくれないまま、とうとう君たちのお母さんの多くより年上になってしまった」 めぐみさんは、今年10月5日の誕生日で51歳になった。 しかし、めぐみさんの歳月をめぐって、わたしたちが考えるべきことは、これだけではないのだ。首脳会談を終え、握手する小泉純一郎首相(右)と北朝鮮の金正日総書記=平成14年9月17日 かつて小泉純一郎さんが総理だったとき、平壌で初めて日朝首脳会談が開かれることになった。このとき金正日総書記が日本国民を拉致したことを、カネ欲しさに認めるのではないかという見通しが日本政府のインテリジェンス(機密情報)にあった。 そのうえで、政府当局者から一民間人のわたしまで、北朝鮮は次のように主張するだろうと予想した。―「北朝鮮にも悪者がいて、それが起こした犯罪が拉致である。国には責任がない。それをわざわざ国が解決の手助けをするのだから日本は、それ相応のカネを払え」 当時、官房副長官だった安倍晋三さん、現在の総理も小泉さんに同行して平壌に行った。その安倍さんもそう思っていたかどうかは、わたしの勝手な想像だけで言おう。同じことを考えていただろう。 ところが金正日総書記は、小泉さんと安倍さんの前でこう言った。「北朝鮮の国家機関が日本国民を拉致していたことが分かった」 そして北朝鮮の政府高官を名指しして「すでに処罰した」と語った。 のちに分かったのは、この人物は実在するが拉致とは無関係のつまらない横領事件で処刑されたと分かった。この汚職高官に罪を被せつつ、あえて国家の仕業と認めたのである。 なぜか。 わたしたちの大切な最高法規であるはずの日本国憲法、その第九条の最後に「国の交戦権はこれを認めない」とあるからだ。 憲法学者は要らない。複雑な解釈論は要らない。本来の憲法は、国民が学歴、年齢、立場の違いを乗り越えて誰でも分かる、まっすぐに直ちに分かるものでなければならない。 この条文をふつうに読めば、「国同士の戦いはいかなる理由があっても認めない」、すなわち日本国は相手が国であれば、国民に何をされても戦えない、となる。 その相手の国には、国家主権をこのように根本から否定する憲法などあるはずもないから、つまりは日本国民は拉致されようが殺害されようが、相手が国家を名乗れば、政府は何もできない国に誰もが住んでいるのである。 民を護らないのなら、それは国家だろうか。 そんな憲法であってもそれがある限り、日本は本物の法治国家としてそれを守ることを、北朝鮮は良く知っている。 人治国家の北朝鮮や中国とは違い、日本では改憲論者の安倍総理も、天皇陛下も、わたしたち民衆も現憲法がある限り、それを守る。そして憲法自身の持つ改憲の定めに従って改憲されれば、その憲法を陛下も総理も国民もみな力を尽くして守る。 わたしと独研(独立総合研究所)は毎月、自主開催の「独立講演会」を開いておよそ5時間、わたしが参加者と対話し、事前打ち合わせのない自由な質問をお受けしている。 ある当局者によれば、ここに北朝鮮の工作員も「参加」しているそうだ。テロ要員ではない。あくまで情報収集が任務の潜入型工作員だ。では、わたしの話や、質問への答えを聞きたいのか。いや違う。北朝鮮にとっては、わたしの話や答えなどテレビラジオや著書による発信で充分であり、今さら聞きたくもない。知りたいのは、聴衆・国民の反応であり、何をわたしに問うかである。 北朝鮮のように、あるいは中国のようにもともと戦争の弱い国、民族は、外交がしたたかである。 日本のように強いと、どうしても外交は下手になる。外交とは情報である。北朝鮮は、国営テレビでのあの大仰な言いぶりとは裏腹に自国の国力を良く知っている。だからこそ、潜在力のある日本国民が何を考えているかを常に丁寧に探る。日本国民が目覚めないように、マスメディアや学者や政治家を相手に徹底した工作・浸透活動と情報収集を怠らない。 拉致も、「国がやった」と言えば日本は国際法や国際社会の常識とは真逆に身動き取れなくなることを良く知り尽くしている。だからこそ金正日総書記は「国家機関が拉致した」と明言したのだった。 この冷厳な事実に、右翼、左翼があるだろうか。改憲派、護憲派があるだろうだろうか。立場の違いを乗り越えられる論点のはずだ。 ところが、国の直接関与を認めたこの金正日発言にマスメディアはほとんど反応せず、国民もその重大な意味にほぼ気づかずに終わった。 もしも気づいていて、広範な国民が声をあげ、憲法の最低限の改正を行い、わたしたちの自衛隊、なかでも陸上自衛隊の世界トップレベルで屈強な特殊作戦群(通称S)を千葉県の習志野駐屯地から拉致被害者の救出に派遣すると決定していれば、北朝鮮はその作戦が発動する前に交渉に応じ、被害者の解放に踏み切っていただろう。 そのとき横田めぐみさんは幾つだったか。38歳前後である。13歳で拉致されても人生をやり直せる年齢だった。それが国民が見過ごしたために、すでに50歳を超えてしまった。 この事実は何を物語るか。 拉致事件の解決とは、わたしたち自身の生き方を見直すことである。たった一度、戦争に負けただけで、国民を護らない国にならなければいけないのか。 この刷り込み、思い込みから自ら脱し、むしろ敗戦をはじめ失敗をこそ活かして、より国民を護れる国造りを、国の唯一の主人公、主権者としてそれぞれの場所から始めよう。 ふつうの国民にまず、できること。それは例えば視聴者として日常的に接するマスメディア、子供たちを通わせる教育現場、選挙で直接に代表を選ぶ政界、それらに浸透している北朝鮮への協力者を怒りもて、もはや叩き出すことだ。北朝鮮の独裁を支える中国への協力者も、もはや安易に許さないことだ。 めぐみさんも、それでもまだ51歳である。残された時間をわたしたちが同胞(はらから)として取り返さねばならない。 立て、万(よろず)の地の日本国民。 100人を超える恐れのある他の拉致被害者と共に横田めぐみさんにも、祖国日本での人生をやり直していただくために、一緒に考え、一緒に立とう。

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    日本の徴兵制は本当に「ありえない」と言い切っていいのか

    清谷信一(軍事ジャーナリスト) 安倍首相は、徴兵制は憲法18条の苦役にあたり、以下のように述べている。「憲法18条には意に反する苦役は駄目ですよと書いてある。徴兵制度の本質は意思に反して強制的に兵役の義務を負う。なので、徴兵制は明確に憲法違反。これは憲法解釈で変える余地は全くありません。はっきり申し上げておきたい」と、述べている。http://economic.jp/?p=51145 換言すれば、政権与党である自民党は、現行憲法においては未来永劫この解釈を変えることはない、と断言したことになる。 これは恐らく与党が安法法制に徴兵制を絡めることを封じるための方便なのか、安倍首相が本気でそう思っているか筆者には知る術がない。だがいずれにしても徴兵制を違憲とする安倍首相には政治家に最低限必要な歴史的教養と、軍事知識が欠如していると言わざるを得ない。自民党のインターネット番組「カフェスタ」に出演し、徴兵制や安保関連法案などについて話す安倍首相。左は丸川珠代参院議員=7月13日午後、東京・永田町の党本部(代表撮影) 確かに現在の軍隊は装備やシステムが高度化しており、習熟や運用には熟練が必要である。このため僅かな期間在籍し、しかも不承不承勤務を果たしている徴兵には向かなくなっている。また装備、システムの高度化はこれらの調達及び運用コストの高騰を招いている。この点からも大規模な徴兵制度を維持することに向かない。このため多数の徴兵よりも、少数志願兵によるプロフェッショナルな軍隊の方が望ましい。このことは筆者も繰り返し述べてきた。 だがそれはソ連崩壊後から現在、そして短、中期的な未来の話であり、何十年後も先はわからない。技術革新や社会の変革などによって現在では想像も付かない世の中になっている可能性がある。未来永劫現在の延長にあると思うのは歴史的な教養にかける人物の発想である。歴史をみれば、歴史に絶対はないし、得てして大変革が起こるものであり、現在の社会の延長上にあるとも限らない。それは歴史を見れば明らかだ。長期的に未来を見通すことは人間にはできない、それができると思い込むのは傲慢に過ぎない。 例えば誰が80年代にソ連の崩壊を予想しただろうか。また同様に80年代にだれが個人が携帯電話やスマートフォンと称するコンピューターを誰もが持ち歩く時代を想像できたろうか。また60年代には多くに人たちが将来旅客機はSST(超音速旅客機)になり、21世紀には亜音速のレガシータイプの旅客機は姿を消すと思っていた。だが、現実はSSTの方が姿を消してしまった。  軍事技術や軍隊のあり方にしても現在の延長線上に発達するとは限らない。それは歴史が証明してきた。第一次世界大戦で登場した戦車は、歩兵の進撃を支援する目的で開発され、長らく歩兵直協が任務だったが、第二次世界大戦では戦車対戦車が戦う機甲戦こそが戦車の主たる任務になった。だがアフガンやイラク戦で戦車は歩兵のための盾となり、火力支援を行う歩兵直協が主たる任務に「先祖帰り」している。 また新しい技術や戦術を唱えるものは得てして軍隊の体制では「異端扱い」されてきた。例えば戦略爆撃を唱えたジュリオ・ドゥーエは軍法会議で、政府を批判したとし一年の禁固刑に処せられて、その後予備役に編入されている。だが今日からみれば彼の見識は正しかった。同様に第一世界大戦後機甲戦を唱えた将校の多くは異端とされ、また空母が登場したときも航空機で戦艦を撃沈できる主張した将校らは異端とされた。 つまり「現在の軍事常識」は将来の常識とは限らない。それどころか「将来の非常識」になることは歴史が多々証明している。つまり現在の「非常識・異端」こそが将来の「常識」になる可能性もあるのだ。だから現在の延長線上に未来を予想するのは極めて危険である。 例えば将来兵器が自律したロボット化されて人間が戦わなくなるかも知れないし、どんなロボット兵器でも完全にハッキングされるので、逆にロボット兵器やネットワーク化が全く廃れてしまうかも知れない。その場合、兵隊の数が戦いを左右する大きなファクターになる未来がこないとは限らない。徴兵制を単なる苦役だと言い切るのも問題 また徴兵制を単なる苦役だと言い切るのも問題だ。現在でもスイスのような民主国家でも徴兵制を維持している国は存在する。また米国にして現在は志願制だが、徴兵制に切り替えることは可能である。スイスが徴兵制を維持しているのは、単に有事に軍隊を膨張させるだけが目的ではなく、国民に広く軍隊を経験させ、国防意識を涵養させようという国民的なコンセンサスがあるからだ。これを単に意にそぐわない苦役の強制」と断言してよいものだろうか。90年代以降徴兵制を廃した国々でもこの点で徴兵制維持を求める声が決して小さくなかった。 徴兵制は非人道的な苦役の強要であると主張することは、徴兵制度を採用している国を「遅れた野蛮な国」と非難するに等しい。安倍首相はスイスなどを非人道的な国家と認識し、そのように呼ぶのだろうか。また我が国の軍事同盟国である米国は徴兵制を復活する可能性があるが、そのような「人権侵害」平然と行える「野蛮」な国と軍事同盟を結んでいることも問題ではないか。  途上国にとって軍隊は国民の教育機関である。徴兵制を通じて読み書きや、集団生活、技術を習得させ、ネーションステーツ(国民国家)として基盤づくりに役に立てている。また産業が未熟な国では雇用対策という面も存在する。 これはかつての我が国を顧みれば容易に想像がつくだろう。そもそも現在の我々のイメージする国家であるネーションステーツはナポレオン戦争時の徴兵制度で作られたと言ってもよい。それまではフランスでも国民はフランス人という意識が殆ど無く、ロレーヌ人やアルザス人であるという意識が強く、言葉も地方色が強かった。徴兵制が、軍隊という国家組織内で均一な教育を施し、同じ言葉で喋るようになり、行政機関や法整備を行ったことがネーションステーツを作ったといえる。 現在でも部族社会が強く残っている国家、例えばアフガニスタンやイラク、多くのアフリカの諸国は多い。このような国では徴兵制と軍隊という「学校」がネーションステーツへの筋道をつけるために依然有用だろう。無論他の方法を否定するものではないが、現在の途上国多くは部族社会が紛争の大きな要因となっていることを思えば、強制力を持って国民を等しく教育し、同じ価値観を共有するする徴兵制度は大きなツールであることは間違いない。ただ、その軍隊が暴走することも得てしてある。それを否定はしないが、それを差し引いても途上国の徴兵制度は大きなメリットがあると筆者は考える。 徴兵制度を単なる「意にそぐわない非人道的な苦役である」と主張するのは、部族社会を抱える途上国から、部族社会から脱皮する努力を否定することでもある。  筆者も若い時代の一番楽しい時代を兵隊にとられることが無いに越したことはないと思っている。また多くの若年層を徴兵に取られることは経済的にも国家の大きな損失である。 それは多くの人が同様に思うことだろう。できれば徴兵制はさけるべきで、そのために政治家も努力すべきだ。 だがそれもイスラエルや韓国のように徴兵制を敷いている国々が存在するのだ。だが、国家の存亡が掛かっている時、徴兵制をとるか、個人の自由を尊重して苦役をさけるため医国家が滅亡する方を選ぶかという選択をつきつけられることが無いとは言えない。そのようなときに「意にそぐわない非人道的苦役の強要ですから、徴兵を行いません」といえるのだろうか。 そもそも国を守る行為を単なる「意にそぐわない苦役」あるいは「人権侵害の苦役」のと断言するのは、政治家として国防に関する根源的な哲学や非常に浅く、国防を軽んじているからではないか。またこのような首相の発言、判断は国民にカネを払っているのだから、全部自衛隊に丸投げすれいい。自分たちには関係ない」という国民の国防軽視の意識を植え付けることになるのではないか。 その場しのぎの国会対策のためにこのような軍事を忌諱し、また改憲を行わないと徴兵制度導入できないような隘路の我が国を追い込んだ安倍首相の責任は思い。将来逆に野党からは「だから自民党の改憲は徴兵が目的だ」と追求される種を蒔いたことにもなるだろう。 これら点から、安倍首相は長期的に視野と歴史・軍事的資質に欠けている。彼の軍事・歴史・政治的な見識・認識は共産党あたりと大差ない。保守政治家としては失格である。つまり歴史に名を残すStatesman ではなく、単なるPoliticianにすぎない。

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    日本の若者を戦争に駆る日が来るらしい

    先の安保法制をめぐる議論で反対勢力がしきりに訴えた主張がある。「徴兵制の復活」。あまりに荒唐無稽だが、彼らはどうしても日本と戦争を結びつけたいらしい。先日、山本みずきが訪れたフィンランドは徴兵制の義務を課す北欧の国である。この地で見た実態を報告し、若者の視点から徴兵制を考える。

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    日本の若者にはないある種の頼もしさ フィンランド徴兵制の現実

    山本みずき みなさんは24時間もの間、真っ暗でなにも見えない部屋に閉じ込められた経験はありますか? いつ解放されるとも、これから自分の身になにが起こるのかも分からない。そんな恐怖に支配されながら、永遠のように感じる時間の中、黙々と暗闇に耐えて、欲望を満たすことも許されない。話相手もいなければ、光も、時間の感覚もない。ただひたすら呼吸を繰り返す。唯一の刺激は身体の痛みだけである。映画『オールドボーイ』で描かれた、オ・デスの監禁生活を思い出す。平凡なサラリーマンだった彼は、何者かに拉致監禁され、なんと15年もの歳月を経て突然解放された。こんなにも長い時間、暗闇に閉じ込められると、人間はどんな精神状態に陥るのだろうか。そんなことをふと考えながら、私はロシア上空を越えてフィンランドに向かっていた。 この航空券を手配したのは、搭乗から遡ることわずか36時間前。音信不通だった幼馴染から電話を受けてのことだった。その友人はフィンランドの帰国子女で、日本の大学に入学するために再び来日した。久しぶりに再会したとき、今年の夏は数年ぶりにフィンランドに戻ると聞き、彼は楽しげな表情を浮かべ、夏季休暇を心待ちにしていた。しかし、その後日本を離れて以来、しばらく連絡がつかなかった。何か起こったのではないかと、彼の恋人も心配そうにしていた。すると、ある日突然着信が入った。電話に出ると、彼は落ち着き払いながらも「時間に制限がある」と言って手短に話してくれた。 いったい、彼の身に何があったのか。実は、その友人はフィンランドに降り立って早々、入国審査中に「兵役逃れ」の疑いをかけられ、そのまま軍隊に拘束されているということだった。「実はいま、窓もない独房に閉じ込められている」と打ち明けられると、すぐに「国際電話は高いから切るよ、じゃ!」と一方的に電話を切られたのである。こちらも何がなんだか分からず、ただモヤモヤだけが残った。私の性格上、こんな半端な情報しか与えられず不安なまま放っておかれると、他のことに手がつけられなくなる。 いま振り返ってみても、この時の冷静だが、どこか切羽詰まった感じのする彼の声が耳に残っている。そう、あの時の彼の声は、乱暴だが正確に情報を殴り書きするペンで、私はただ書かれるままのメモ紙と同じだった。実際、彼に聞いてみたいことは山ほどあった。にもかかわらず連絡が取れないのであれば、私が現地に行くしかない。自分の中でそう決めて、電話から36時間後、フィンランドへ向かった。 フィンランドに到着する頃には既に彼も解放され、晴れて自由の身となっていた。フィンランドでは、兵役を受けずに海外の大学に進学する人は兵役の延長手続きが必要となる。彼は日本でその手続きを済ませたはずだったが、本国との情報共有がうまくできていなかったことが今回の「事件」の原因らしい。結局、独房での拘束時間は24時間程度で済んだそうだが、短いようでとても長い時間である。拘束中はトイレも監視されていたそうで、独房から出たときは、フィンランドの景色と空気が一層素晴らしく感じられたと語ってくれた。 フィンランドと言えば、ムーミンやアングリーバードといった世界で愛されてきたキャラクターの生みの親であり、冬にはオーロラやウィンタースポーツを、夏にはサウナや湖そして大森林の静寂が楽しめるなど、自然の恵みを活かした文化が根付いていることで知られる。教育水準が高く、さらには優れた法治国家として日本人の関心も高い。そんなフィンランドが徴兵制を施行していることは、日本ではあまり認知されていない。だからこそ「徴兵制を逃れて軍隊に拘束された」というこの一文だけをみると、より怖い印象を受けかねない。だが、徴兵制はフィンランド人に課せられた義務であり、それから逃れる行為が法に触れるのは当然である。他方で、私の友人がわずか24時間で釈放されたのは軍隊が憲法によって制限されていることの証左であり、フィンランドの法律では、24時間以上の拘束は明確に禁止事項とされているのだ。もし立憲主義が蔑ろにされ軍隊あるいは国家の権力行使が制限されていなければ、24時間以上監禁されることもあり得たはずである。普通の人が独房で24時間以上も拘束されれば、その先に待っているのは精神の発狂なのかもしれない。 もし、読者のみなさんがこの話にある種の恐怖心を抱いたとすれば、それはフィンランドの法律に対して深い知識がなかったからか、あるいは胸のどこかで「徴兵制度のある国=怖い国」といった観念に囚われているからなのかもしれない。では、フィンランドの徴兵制度では実際にどのようなことを訓練するのだろうか。2年前に徴兵制を終え、現在ヘルシンキ大学に在籍しているMarko Sommaberg氏に話を聞いた。フィンランド人は兵役を必要だと思っている Q. 徴兵では、どんなことを行うのですか?まずは制度の面から教えて下さい。 フィンランドは何十年間か徴兵制を施行してきた国です。18歳以上の男性は兵役(military service)か地域奉仕活動(civil service)のどちらかに行くことを選択する必要があります。女性も希望すれば軍隊に入れますが、あまり一般的ではありません。多くの男性は家の近くにある部署に配属されますが、たまに特別な部署を自ら希望することもあります。例えば僕の場合は、自分の義務を尽くすためにも、機械技術に関係のある空軍に希望を出しました。 海軍と空軍は例外的な配属先とされており、予め徴兵制説明会で志願した人のなかから選ばれることになっている。徴兵制説明会とは、国防軍による徴兵制の説明会であり、フィンランド国籍を有する男子のうち、18歳の誕生日を迎えた人や、まだ服役を終えていない30歳以下の人に案内が郵送される。この徴兵制説明会を無断で欠席すると、最高で半年間ほど刑務所につながれる罰則もあるという。また、兵役に参加したくない者は地域奉仕活動への参加を申し込むことになるが、これは労働産業省の管轄で行われている。介護や学校の用務など仕事内容は多様であるが、有事の際には戦線で戦う兵士の後方支援を担当することになっている。任務としては、事務、物品運送、負傷兵の応急手当や運搬、トイレや食事の衛生管理などが挙げられる。Q. 訓練内容は? すべてのフィンランド兵士は、配属された軍隊の所在や専門にかかわらず、8週間にわたる基礎訓練を成し遂げなければなりません。その期間、兵士は自動装填式の小銃で撃つこと、戦闘訓練、森のなかでのキャンプ、長距離の行進、それから肉体的な訓練とグループ作業などを学びます。また基礎訓練の期間には、週末の休暇を二回与えられますが、たいてい兵士は軍のバラックに滞在していなければなりません。この基礎訓練の8週間を通して、軍隊が嫌いな人とそうでない人が簡単に見極められます。そして軍隊が嫌いだと分かった人は、練習期間が6ヶ月ともっとも短い、歩兵のような下っ端の兵士に志願します。 他方で軍隊をさほど嫌うことなく楽しめた人は、「予備役の下士官を養成するための学校(school for non commissioned reserve offisers)」に志願し、そのなかでも僕のように「予備役の将校のための学校(reserve offiser school)」に志願するものもいます。基礎訓練のあと、学校では軍隊が好きな者同士で時間を過ごすことになるのでモチベーションが高まります。学校ではただ命令に従うのではなく、命令を与え、練習内容を計画し、小さな隊を指揮します。「予備役の将校のための学校(reserve offiser school)」、あるいは「予備役の下士官を養成するための学校(school for non commissioned reserve offisers)」を終えると、男性は彼らの隊のなかで指揮官として、あるいは何か専門性を生かした奉仕を続けます。 Q. 徴兵制期間中、なにか学んだことはありますか? 私は自分の兵役経験を通して、すべての兵士に必要とされる基本的なスキルを深く学ぶことができました。例えば、森で生き延びる術や、異なる武器を使うこと、集団行動などです。加えて、私は隊を指揮する方法、つまり、どのように命令を与え、どのように練習内容と任務を計画するのかについても学ぶことができました。集団行動や集団を指揮する力は、大学から出されたグループでの研究課題や、学生団体で活動したときに活かすことがました。さらに、驚いたことに私は自分の生きる社会についても以前より理解できたように思います。軍隊では、受けてきた教育も異なれば、興味も社会的地位も違う、様々なバックグランドを持った人々と情報を伝えあい交流するからです。 Q. 徴兵制はあったほうがいいと思いますか?それとも、無くすべきだと思いますか? フィンランド人は兵役を必要だと思っているし、国のために奉仕する意味で名誉な義務だと考えている人もいます。フィンランドが最後に戦争したのは70年前、僕たちのおじいさんの代にソ連と戦いました。この歴史的な出来事が今日の世論に影響していると思います。すでに述べた通り、軍隊に行くことは一部の人にとっては気乗りのしないことです。しかしながら、全ての男性は少しばかり兵役を楽しみにしているんですよ。というのも、兵役によって人生が大きく変化からです。フィンランドでは、「青年たちは兵役を経験してようやく一人前の男になる」とよく言われます。 私はフィンランドの軍隊は良いものだと思っていて、機能的にも全体としても支持しています。徴兵制は、年齢問わずフィンランドの男性を一つにまとめ上げ、必要な時には祖国を守るという態度を向上させます。とは言っても、改善すべきこともあると私は思っていて、現在では徴兵制が無益であるとの批判が相次いでいます。というのも、兵士たちが軍のスキルを勉強しなければ使おうともせず、フィンランドの軍隊は長いあいだ無益な日々と時間を送っているからです。その代わりに、無意味なことをするか、何か問題が起こるのを待っているような状態です。なので私は時間をより有効活用するために兵役の時間を短くしたほうがいいと思います。休息は重要ですが、休みすぎると効果的ではありません。せめて兵役期間のうち二ヶ月の期間をより効果的に使えば、男性はその二ヶ月を勉強や仕事にあてることができるのに、と私は思います。 Q. あなたが徴兵にいくとき、お母様はどんな様子でしたか? 兵役は伝統的に長い間施行されていますから、両親としても息子が兵役にいくのをみるのは、楽しみであり、また名誉でもあります。多くの人は、息子が兵役にいくことを母親は心配するのではないかと考えるでしょうが、僕はそれ以上に誇りに思ってくれていると信じています。短絡的な「戦場と血」のイメージ フィンランドでは、夏場に人里離れた郊外の、水辺に建てられたサマーコテージ(夏小屋)で過ごす文化がある。伝統的なログハウス仕様が多く、たいていサマーコテージには薪をくべて温めるサウナや暖炉が付いている。コテージの前に広がる湖で思い切り泳いだあと、サウナで汗を流し、自然に囲まれながら釣った魚を焼いたり、肉を焼いて穏やかな時間を過ごすのである。今夏のフィンランド旅行で、私は兵役を経験した現地の友人たち数名とサマーコテージで過ごしていたのだが、さすが兵役中に野外でのサバイバル方法を学ぶだけあって、焚き火の手際の良さなど彼らの生活能力の高さには驚きの連続であった。 日本で徴兵制というと、何気なく市民生活をおくっていた者が徴集や召集によって突然兵士にされ、戦場で人を殺し、自分も飢えて野原を彷徨するような状況を想像しがちである。なぜかと言えば、恐らく日本人とって徴兵制の記憶は第二次世界大戦であり、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、レイテ、沖縄などアジア・太平洋戦争中の戦場で失われた人命に対する不条理の感が、今でも徴兵制に差し向けられているのではないだろうか。しかし、第二次世界大戦下にあっては国民が徴集あるいは召集によって戦場に動員されるのは国際社会では当たり前のことであった。 私は、今日において日本で徴兵制を復活させるという主張には反対の立場だが、とは言え、徴兵制を感情的に嫌っている人々からうかがえる、徴兵制=「戦場と血」のような残酷なイメージはあまりにも短絡的であるように思う。国家による徴兵制といってもフランス革命以来長い歴史があり、一概には語りきれない。時代や国によって訓練される内容も、さらには目的も異なってくる。仮に第二次世界大戦中に徴兵制が国民を戦場に送り出すシステムとして機能していた側面があっても、平時の際には先にフィンランドの例をみたようにあくまで訓練の場である。 日本で徴兵制が確立する前段階に位置付けられる兵制は、開国直後に国際社会から独立国家として認められようとプロイセンやフランスを例としながら整備していたものであるが、国民のなかには抜け道を探り出す者も一定数いて、あまり積極的に参加している様子はない。明治六年にはいわゆる徴兵令が布告され、以後、日清戦争、日露戦争を経て幾度も改正を重ねて第二次世界大戦下の徴兵制へと姿を変えることになった。兵役法が廃止されたのは昭和20年(1945年)11月7日である。 他方で、世界大戦から70年の時が経過した現代、徴兵制を施行している国の若者が徴兵制をどのように受け入れているかというと、苦役はイヤだという気持ちからくる忌避と、仮に国家が有事下に置かれたとき、祖国を守ることを義務として受け止め、祖国や自己を守る術を知らないよりは知っておきたいという感覚とが相混ぜになった状態にあるのではないだろうか。  世界はいま、徴兵制を廃止する方向に歩み、フィンランドの隣国スウェーデンも2010年には正式に徴兵制を廃止した。にも関わらず、フィンランドが徴兵制を維持しているのは何故か。ある日、お昼にピザを頬張りながら、ふとフィンランドの友人たちに尋ねると、皆声を揃えて「ロシアだね」と苦笑いを浮かべていた。日本の隣国で徴兵制を施行する韓国からの留学生にも同様に尋ねると、彼は「北朝鮮と内戦中だからね」と言い放った。そう、韓国にとっては北朝鮮、フィンランドにとってはロシアという脅威が身近にある。 北欧の素朴でのどかなイメージとは裏腹に、ミリオタの興味をそそるような戦時中の話もフィンランドには数多く残っている。白い死神として恐れられたシモ・ヘイヘはあまりに有名であるが、かつてソ連と死闘を演じたフィンランドの歴史は現代においても必然的に政治や法制度に影響しているのである。徴兵制を維持する理由について、たった一言だけ、祖国の仮想敵国の名前を苦笑いで答える彼等に、私は日本の若者には無いある種の頼もしさを感じたのであった。

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    ヒゲの隊長が一刀両断!「望まれてもいない徴兵制などありえない」

    佐藤正久(参議院議員) 9月19日、平和安全法制関連法案が成立しました。国会において法案の審議が進む中、「徴兵制」に大きな関心が寄せられたのは記憶に新しいところです。徴兵制に関する議論は、元自衛官として極めて強い違和感を持った議論の一つです。何故なら、徴兵制は「必要がなく、望まれてもない」以上、ありえないからです。今回は、何故、徴兵制がありえないのかを、主に軍事的観点と徴兵制の根拠となった自衛官の募集という2つの観点から、説明したいと思います。日本の防衛政策上の合理性に欠ける徴兵制 現代の戦いは、銃剣突撃を繰り返すような100年前の戦いとは異なります。ハイテク装備を駆使した戦いになります。例えば、ある地上の目標を攻撃することを念頭に置いて考えてみましょう。まずは、斥候や偵察車両、偵察機や偵察衛星をもって情報を収集し、得られた情報を専門家が分析します。その後、それらを基に攻撃目標と攻撃武器を選定し、誘導兵器などに必要情報を入力した上で、目標を攻撃するのです。つまり、隊員には専門知識や専門技術が求められています。徴兵され、一般論として1~2年程度しか在籍しない隊員に担えるようなものではありません。 また、徴兵制を導入すれば、大変なコストが生じることも予想されます。現在、部隊の管理を担う「幹部」でも、部隊の中核を担う「曹」でもない、一般隊員となる「自衛官候補生」ですら、自衛官に任官するまで3カ月の訓練を行っています。仮に徴兵制を導入すれば、志願制の今とは比べものにならないほど多くの数の一般隊員を抱えることになります。そうした隊員を、自衛官として必要な最低限の水準まで教育するには、より多くの施設と、より多くの教官が必要になります。厳しい財政状況の中、新たなコストが大規模に生じることは、現実問題として考えられません。クウェート国境の米軍キャンプで、オランダ軍とイラク入りの打ち合わせをする陸上自衛隊先遣隊の佐藤正久隊長(左から2人目、肩書は当時)=2004年1月19日(共同) つまり、日本において徴兵制を導入しても、十分に戦力にならず、新たなコストが生じるだけなのです。その意味で徴兵制は合理性に欠けており、日本においては「必要がない」政策といえます。 ある野党の国会議員は、国会の質疑において徴兵制の可能性について次のように発言しました。「集団的自衛権の行使をすると、自衛隊員のリスクが高まると。だから、自衛隊に希望する人が減って、徴兵制になるんじゃないかという議論がありますよね」 こうした議論は、少なくとも識者の中では、全く交わされません。そもそも自衛隊員(以後、より狭義の意味で使用するため「自衛官」とする)は、立場上様々なリスクを負っています。市街地や港湾などの浚渫現場で発見される不発弾を処理する自衛官。救難業務に従事する自衛官。PKOなど海外における諸活動に従事する自衛官など。皆、リスクを負いながら厳しい環境の中で勤務しています。 ここで強調しておきたいのは、自衛官はリスクを承知の上で職務に当たっているということです。そうした自覚を持たせるために、全ての自衛官は任官するに当たり、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託にこたえる」ことを、『服務の宣誓』として誓っているのです。リスクが高まるからと言って、またはリスクを負うからといって志願を躊躇するような人は、そもそも、最初から自衛隊を志願しないでしょう。リスクと募集状況の関連性は説明できない それでは、先に示した野党の国会議員が言及したように、新たなリスクが生じると、徴兵制が必要になるほど自衛隊を希望する人は減るのでしょうか。過去を遡って検証してみましょう。 例えば、自衛隊がイラクへの人道復興支援部隊を派遣するようになった、平成16年(2004年)の翌年の募集状況です。当時は「死者が出る」との声すら聞かれました。結果、自衛官全体としての応募倍率は、7.1倍ありました。 更に遡り、「国際平和協力法案」が施行され、カンボジアに自衛隊が派遣された、平成4年(1992年)の翌年の応募倍率です。結果は、9.0倍。また、モザンビークPKOに派遣された平成5年の翌年の応募倍率に至っては10.4倍を記録しています。 つまり、新たなリスクが生じるとしても、定員を割り込み、徴兵制を必要とするほど募集が減るということはないのです。少なくとも、我が国では過去に生じたことがありません。ちなみに、過去30年間で最も募集に苦しんだ平成元年(1989年)でも、応募倍率は3.3倍ありました。 ある報道は、将来の部隊の中核を担う「一般曹候補生」の志願者が2割減ったと指摘し、その原因を平和安全法制に求めています。しかし、仮に徴兵制の可能性を論じるのであれば、重要なのは「落ち込み」ではなく、「倍率」です。2割の落ち込みがあったとされる、今回の一般曹候補生ですら、倍率は約5.5倍。5人中4人は、入隊したくても入隊できない状況にあるのです。全くもって、徴兵制の導入が求められるほどの状況ではありません。つまり、徴兵制の可能性に言及する一部の主張は、過剰にして非現実的なものと言えます。 「必要がなく、望まれてもいない」以上、徴兵制が日本で導入されることは考えられません。日本は民主主義国家です。独裁国家ではありませんので、国民の関与なく、政策は進みません。国民が望まない以上、徴兵制は今後もありえないのです。徴兵制の導入を防ぐ最大の術は、国民一人一人が、事実を踏まえない感覚的、感情的な風潮に踊らされないことなのかも知れません。