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    不毛な議論はもういらない 安保法制が新たな日米の「接着剤」になる

    日の法律作成に関する安倍内閣の意思表明となる閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を受けた法律策定作業の後、昨年5月14日の「平和安全法」の閣議決定、国会提出そして一連の国会審議を経て昨年9月19日に成立、同30日に公布されたものである。 法律の施行日は公布後6か月を超えない範囲で決められるが、関連政令やROE(交戦規定)等の部隊運用関連規則の策定、さらに現場部隊への周知徹底等の所要期間を考慮し、規定期間のほぼ全てこれに充て本日の施行となったものと考える。まず、不毛な論議、本質から離れた感情的反対を乗り越え今日に至った関係者の努力と苦労に敬意を払うものである。不毛な論議の連続だった国会審議 国会審議は冒頭から不毛な論議の連続であり、現下の厳しい国際安全保障情勢において我が国が採るべき方策を真摯に追求したものではなかった。国会審議・論議で真に必要であったことは、終戦そして現憲法制定後約70年の中で、中国の「法規を無視した行動、あるいは自己に都合の良い解釈のみを関係国に押し付けるとともに必要時には力を併用した国際社会秩序への挑戦」という、冷戦終結をはるかに超える厳しい安全保障環境の激変が我が国の近くで連続して起こっている現下の国際情勢・周辺の安全保障環境の中で、(1)国際社会の有力な構成国として、また(2)インド・アジア・太平洋圏における極めて安定した国家として、さらに(3)人民解放軍(中国軍)も『いったん事を構えれば「ただでは済まない」厳しい相手』と本音では認めざるを得ない自衛隊を保有する国として、そして(4)この地域の安全保障において唯一中国の力の挑戦を抑止できる実力を持つ米国の最有力同盟国としての、我が国の取り組みのあり方であったはずである。米海軍の横須賀基地(手前)と、海上自衛隊自衛艦隊総司令部(奥)=2008年1月11日、神奈川県横須賀市(本社ヘリから、芹沢伸生撮影) 残念ながら国会における論議の大半、特に野党の質問の大半は現実離れしたうえに軍事的合理性の「欠片」もない事態を、まるで明日にでも起きるように持ち出して政府に畳み掛けるものが大半で、まさに反対のためには手段を選ばない戦術であり、論議のあるべき姿からは程遠かった。残念である。また、野党の戦術は上で述べた法案の本質論議を外した政府答弁の揚げ足取りであったと見受けられ、政府との論戦において、自らの主張の正当性を確立して自己の得点を重ねるという本道よりも、政府の失点のみを狙ったものだった。 これでは、政府答弁が不十分な場合の地盤沈下は期待できるが、本件に関する野党の立場の浮揚・確立は、自らの政策を本質的に論議しない以上そのチャンスさえないことを意味し、先に述べた我が国が直面する大命題への取り組みを堂々と国民に示すものではなかった。野党は、一部対案らしきものは提出したが、それは反対の論陣を張る一部マスコミさえまともに取り合ったものではなかった。なぜ国民の理解を得ようとしないのかなぜ国民の理解を得ようとしないのか 同時に国民の平和安全法案への理解を得るという観点からは、政府の国会での対応が十分でなかったことも事実である。また、安倍首相自ら認めた通り、「国民に確実に理解してもらう」という点で、政府全体(チーム・アベ)として「理解を得るための気概」と「説明に際してのきめ細かな心遣い」に大きく欠けたことも事実であり、野党主導の不毛な論議をさらに加速した。 また、一般国民はもとより法律実施の主体となる自衛隊の部隊、自衛官でさえ理解が不十分といわれている現実に対し、主担当の防衛省・自衛隊(防衛省等)は法律成立後、どのような対策を取ったのであろうか。報道で見る限り、法律施行時点での国民の理解は国会提出時から大きく進捗したとき思えない。もちろん、直近の一大事である参議院選を意識して、主務組織である防衛省等が「出しゃばらずにロー・シルエットを保つこと」を政治から要求されていることも想像できる。そうだとしても、たとえば法律成立後、昨年秋の時点での積極的なタウンミーティングや地方マスコミへのブリーフィングなど、できることは多数あったはずだ。筆者の各地での講演会等における感触からは、一部マスコミの反対キャンペーンもあり、厳しい言い方をすれば一般国民の理解度は却って悪化している恐れさえある。 もちろん、ほとんどの自衛官が危険を伴う任務に対する健全な考えをもっていることは間違いなく、反対色の強いマスコミの法施行当日の報道でも「苦しくともやることはやる」という言葉があり、OBとして頼もしく思う。だからといって防衛省等が無策でよいわけではなく、特に我が国の社会、国民そして自衛官のより正しい理解を得るための防衛省の目に見える具体的活動が、この半年間あまり見えなかったのは筆者だけであろうか。将来、自衛隊に平和安全法制を適用した任務活動が下令された際、今回と同じ不毛な論議が繰り返されることを防ぐ意味でも、防衛省等の今後の取り組みに大いに期待したい。現場の目から見た「集団的自衛権」行使 一部マスコミや反対グループから「戦争法案」「徴兵制導入法案」などと諸悪の根源のように言われている平和安全法に関して、ここで改めて細部を述べることはしない。現場の目から見た集団的自衛権行使に絞って考察する。 この法制における最大の論議は個別的自衛権行使のみ認めてきた政府の憲法9条解釈との関わりにおける集団的自衛権行使の容認の可否である。今回の法制においては武力攻撃事態対処の際に、いわゆる「新三要件」を定め、その下でのみ武力行使を認めている。その第一要件である「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の独立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」から、一定条件下における集団的自衛権の行使が認められることとなった。ただし第一要件においても「他国の部分」を除けば自衛隊の武力行使に関わる基本的考えは従来と変わるところはない。さらに他の二要件は従来と同一といえることから、自衛隊の武力行使に関する従来の「強い制約的な考え方」も大きく変わるところはないと考えるのが常識である。中国を想定した日米同盟最大の「接着剤」になる 次に、軍隊の本質を考慮する必要がある。たとえ同盟関係にあるとしても、言語、人種、文化、社会背景等の異なる他国軍との共同作戦よりも、自軍単独作戦が「単純でやりやすい」ことは明白である。NATOの場合は、量的に圧倒的なソ連を中心とするワルシャワ条約軍と対抗するため、当時の米国と西欧諸国が離脱国なく確実に一体となる体制を構築する機構であり、軍本来の個別運用の利便性はその大目的達成のため、あえて封印したのである。日米同盟の場合は、「盾と矛」に象徴される「戦略防御任務は自衛隊」、「戦略打撃任務は米軍」という本質の異なる任務分担により、自衛隊と米軍それぞれの立場からは、両者間の戦略・作戦調整の下で実体的には日米両部隊が独自の作戦運用を行う体制を構築してきたのであり、指揮系統もそれに従い別個の二系統になっている。 そうであれば自衛隊が米軍に加勢する「集団的自衛権」を行使する必要がないように思えるが、前述した当地域の戦略環境の激変が、このような自衛権の行使を含む新たな自衛隊の運用体制の必要性を浮き立たせたのである。つまり、既成の枠を外れた挑戦者としての中国である。今後とも米軍はいかなる軍隊よりも圧倒的であり、米軍基地などの提供を中心とする我が国の支援と、防勢作戦に任ずる自衛隊との共同の下、平時のプレゼンスから有事の攻勢作戦までを米軍は独自で実施する能力を持っている。また、この能力により、通常の作戦環境下ほとんど全ての戦いにおいて米軍は勝利する能力を有している。このため、野党が指摘したような自衛隊が集団的自衛権を頻繁に行使すること、さらには行使することにより米軍の戦いに巻き込まれる公算はない。米空母セオドア・ルーズベルトと並ぶように航行する海上自衛隊の護衛艦「ふゆづき」=2015年10月17日、インド東方海上(代表撮影) しかし、新たな挑戦者であるが戦力的には弱者である中国は、米軍に与える被害として致命的な目標、具体的には空母、大型両用戦艦及び兵站輸送部隊等を選び、米軍のアキレス腱ともいえる宇宙やデジタルへの過剰依存部分など、あるいは米軍が作戦上の過誤により戦闘場面で隙をさらけ出した場合などに乗じて、そのアキレス腱に対して自らの兵力を徹底的に集中して勝利することを対米軍事戦略としている。このことから、いかに優秀かつ圧倒的な米軍でも、稀ではあるが窮地に陥る恐れが残るのである。過去の無敵といわれた軍隊が思わぬ敵に敗れた原因のほとんどはここにある。 このような事態において、仮に警戒監視や実作戦で自衛隊の部隊が米軍の近くに所在する場合、当該部隊が(1)従来通り「個別的自衛権のみ」ということで何もしないのか、あるいは(2)新三要件に合致する場合に米軍を加勢するか、という重大な判断分岐点に我が国は直面する。仮に(1)の場合で、被害や損失が致命的な米軍主要部隊、例えば空母が自衛隊部隊の目前で、自衛隊部隊が何もしないまま大被害を受けたと仮定すると、米国民は対日不信で燃え上がり、日米安保自体の存在さえ危うくなることは明白である。(2)の場合、自衛隊の加勢は窮地に陥った米軍へ何物にも代えがたい宝物となり、日米同盟体制はさらに強固となるであろう。 要するに、常識的には日米安保体制下で今後見通し得る将来の米軍の能力を考慮に入れた場合、自衛隊が集団的自衛権を行使する状況は極めて限定的でほとんどないといえる。その反面、もっと重要なことは、「とはいえ真に必要なときにはそれを行使することができる」ということである。これこそが理不尽な挑戦者中国を想定した日米同盟の新たかつ最大の「接着剤」であり、平和安全法制の最大の意義である。 野党の論議で欠けていたのは、集団的自衛権の行使を認めず、従来の個別的自衛権のみを今後の我が国の安全保障の柱とすることは政策として理解できるが、その場合上述したような日米同盟体制を失うという我が国の国益をかけたリスクがあり、これに対してどのように取り組むかということに尽きる。日米安保を破棄するというのであれば別であるが、少なくとも共産党と社民党を除く野党も、日米安保の維持は安全保障政策の柱のはずであり、上述のリスクの論議が全くなされなかったのは残念である。最後に同盟体制の維持には絶え間のない真摯な努力が必要であり、これこそが安全保障上の単純な戦理であり、今回の法制最大の長所はこれを実現したことである。 今後、平和安全法制に基づいた自衛隊の円滑な運用体制の確立を政治と行政に希望して筆をおく。

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    任官辞退と安保法に因果なし NHK、毎日新聞の印象操作が目に余る

    成24年4月に入校した若者たちで、在校中の去年9月、憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法が成立しました。ことしの任官辞退について防衛大学校は、「例年に比べ、民間企業への就職を希望する学生が多かった」としていて、安全保障関連法が理由だと話す学生は確認していないとしています。防衛大学校では、安全保障関連法が成立してから初めての卒業式となりました。法律が来週施行されるのを前に、卒業生の親からはさまざまな声が聞かれました》。なんとも巧妙な報道ではないか。放送法違反との批判を浴びることのないよう防衛省が発表した数字や事実関係を伝えながら、同時に「安全保障関連法が成立」した経緯との関連性を強く匂わせている。上記のとおり「初めての海外派遣として湾岸戦争後のペルシャ湾に掃海艇が派遣された年」以来と報じ、ニュースの最後を「身の危険は親として心配です」「世の中がずっと平和であることを願っています」と語る卒業生の母親のコメントで締めた。 これでは、あたかも「安全保障関連法が成立」し「法律が来週施行される」から、任官辞退者が倍増した、かのように見える。平和安全法制(いわゆる安保法制)による海外派遣などに伴うリスクを、学生が恐れて任官を辞退した。そうした印象を視聴者は抱く。 果たして、それは真実(かつ公正な報道)なのだろうか。翌日の防衛大臣会見で以下の質疑応答が交わされた(防衛省公式サイト)「Q:安保法施行が迫っていて、それとの関連性についてはどう思われますか。 A:任官の辞退者から聞き取りを致しまして、その理由について全員から聴取をした結果、平和安全法制の成立に言及した者はいなかったと聞いております。また、平和安全法制の成立によりまして、任官辞退が増えたという御指摘は当たらないと考えております」 私の知る限り、大臣の答弁にウソはない。ただし「それはタテマエに過ぎない。辞退者が公式な聴取に対してホンネを話したはずがない」との異論や疑問はあり得よう。 ならば、実態はどうなのか。《「任官拒否」が倍増の47人 卒業生の1割》――卒業式翌朝付「毎日新聞」は社会面のトップ記事で、そう報じた。毎日新聞が報じた任官辞退の理由とは毎日新聞が報じた任官辞退の理由とは 彼ら彼女らは、なぜ任官を辞退したのか。その「内訳は、民間企業などへの就職26人▽身体的な理由11人▽大学院など進学6人▽その他4人」。続けて記事はこう報じた。「安全保障関連法施行で、自衛隊は他国軍の後方支援など任務の幅が広がり、リスクも高まるが、安保関連法を理由にした任官拒否者はいなかったという」。それは〝大本営発表〟に過ぎないとの異論や疑問もあり得よう。だが、そうではない。証拠を挙げよう。 この日の毎日社会面は「民間挑戦の男子 安保法論じぬ硬直性に違和感」と題し、任官を辞退した男子学生へのインタビュー記事も掲載した。以下が辞退の理由である。 《男子学生は安全保障関連法が理由で任官拒否したわけではないが、その国会審議を機に組織への違和感が募った。(中略)校内で議論はほとんどなく、学校側から法の説明はなかった。「自分たちの将来に関係することなのに議論する雰囲気がない。まるで思考停止のようだ」。安保関連法を機に改めてみえた組織の硬直性。違和感が増した》卒業式の最後に、帽子を投げ上げて退場する防衛大学校2015年度卒業生たち=3月21日、神奈川県横須賀市(鴨川一也撮影) 見てのとおり〝大本営発表〟とは違う。記事によると、指導教官らは「就活で絶対に失敗する」「任官して2、3年した後でも民間に行ける」などと「説得」。学生は「安保関連法で任官拒否が増えたと批判を浴びたくないのか、学校側は昨年より必死に食い止めようとしている」と感じたらしい。学生の告白に虚偽は感じられない。記事はこうも明記した。《自分の任官拒否の理由は安保関連法による自衛官の危険の増大ではない。周りでも聞いたこともない。「景気が良く民間に挑戦しやすいのが一つの要因」だ》 私の作り話ではない。平和安全法制を厳しく批判してきた毎日新聞の報道である。それも、任官辞退を「任官拒否」と呼ぶ社会面の記事である。その毎日が「周りでも聞いたこともない」と明記した。もはや、これ以上の論拠は要るまい。NHK以下マスコミがどう報じようが、真実は一つ。「安保関連法による自衛官の危険の増大」と、任官辞退者倍増との間に因果関係はない。あえて安倍政権との因果関係を挙げるなら、新法制ではなくアベノミクスとなろう。学生が率直に明かしたとおり「景気が良く民間に挑戦しやすい」から辞退者が増えた。それが真実に近い。 この際、改めて指摘しておきたい。平和安全法制が施行されても、徴兵制となる蓋然性はない。なぜなら、現役自衛官が退職しないからである。現に、法制を理由とした防衛大学校生の「任官拒否」は起きていない。この2年間の一部マスコミ報道はまったくの虚偽であり、完全なねつ造である(拙著『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』PHP新書)。先のNHKも例外でない。「憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法」と報じたが、それは公正でない。世界一厳しい要件下「限定的な行使」が認められるようになった。それだけに過ぎない。公共放送ですら、いまもこの調子なのだ。他の護憲派メディアは推して知るべし。保守陣営にも無理解が保守陣営にも無理解が 他方で保守系メディアにも一言申し上げたい。理由の如何を問わず、辞退者が倍増したことは事実であり、一定の意味を持つ。なのに、なぜ報道しないのか。不都合な現実を、見て見ぬ振りをするかのような姿勢は妥当でない。それもまた『カエルの楽園』(百田尚樹)ではないだろうか。 さらに言えば、一部保守陣営が「任官拒否」者を揶揄誹謗する姿は見るに堪えない。なかには「厳しい訓練についていけずドロップアウトした」と断罪した者もいるが、まったく違う。そうしたケースは入学前から発生する。まず「着拒」(着校拒否)。すなわち防衛大学校の入試に合格し、入校予定だったが、ドタキャンするケース。次が、第1年時のGWや夏休み。休暇明けに実家から戻らないケースである。そして今。陸海空や学科の進路が決まるこの春、第3のピークを迎える。今回報道された「1割」には、以上の数がカウントされていない。その割合は「任官拒否」より大きく、例年100名に迫る(つまり2割以上)。 加えて「隠れ任官拒否」と呼ばれるケースもある。いったん防大を卒業し任官するが、陸海空の幹部候補生に「着拒」する。つまり入校しない。あるいは、いったん入校した後、早期に退職を申し出る。そうしたケースを分子に加えれば、その割合は無視できない。入校予定者数を分母とし、以上すべてを分子で割れば、4~5割(半数)に迫る。しかも来年の割合は今年を上回る可能性が高いと聞く。 政府もマスコミも保守陣営も、以上を直視すべきではないだろうか。「税金泥棒」といった辞退者への差別的な言動や認識も、この際、社会全体で改めてほしい。同時に学校側も、辞退者を卒業式に参加させないなどの措置を再検討すべきと考える。 案外知られていないが、たとえば外務省やマスコミなど、様々な職場で任官辞退者は今も活躍している。近年の防衛省・自衛隊に対する理解の増進に、彼らが与えた貢献はけっして小さくない。 この春とて例外でない。任官を辞退した卒業生が、たとえばNHKで多数、活躍するようになれば、いずれ公共放送の誤解もとけ、色眼鏡の報道も消えていくであろう。 諸外国の士官学校を見ても、全卒業生が軍隊に進むわけではない。極端な例を挙げれば、フランス国防省理工科学校で「最も人気がないのは職業軍人としてのキャリアで、ポストは多く用意されているのにもかかわらず、年に二、三名がこれを選ぶのみである」(八幡和郎『フランス式エリート育成法』中公新書)。つまり、大半が任官しない。旧軍の士官学校と戦後の防大との決定的な落差旧軍の士官学校と戦後の防大との決定的な落差 かつて民主党政権は「防衛大学校卒業生について償還金の制度を導入」し「教育訓練の目的を達することなく離職する者については、授業料等を支払って大学を卒業した者との負担の公平の観点から、大学の授業料等を勘案した金額を国に償還させる」(平成24年3月9日・政府答弁書45号)法整備を図ろうとしたが、美しくない。それこそ「経済的徴兵制」との非難が当てはまる。裕福な家庭の子弟なら任官を辞退できるが、貧乏なら……。それが事実の一側面となり得よう。 今度は保守政権らしく正々堂々と王道を歩もう。民間企業より自衛隊のほうが物心両面で魅力的になれば、問題は雲散霧消する。そうなるべく予算や努力を傾注すべきだ。 ちなみに戦前の陸軍士官学校や海軍兵学校も学費は不要であった。加えて毎月、4~5円の「手当」が支給された。戦後の防大と異なり、旧軍の学校では、原則として受験資格で学歴を問われなかった。それゆえ、経済的事情から中学に進学できなかった男子でも、苦学独学すれば、陸士、海兵に入学できた。 陸士や海兵に入学したのは、貧しい家庭の庶民だけではない。明治6年(1873年)の太政官達により「皇族自今(じこん)海陸軍に従事すべく」と指示されて以後、終戦までの間、陸軍に18名、海軍に7名、計25名の皇族が配属された。昭和天皇の弟宮の秩父宮と三笠宮が陸軍に、高松宮が海軍に配属されている。(日本が併合した)朝鮮王侯族からも陸軍に配属された。同様に、華族も「成(な)るべく陸海軍に従事」すべしとされた。 言うまでもなく、戦後の防大に入学した皇族は男女問わず、一人もいない。戦前の陸士・海兵と、戦後の防大との、決定的な違いがここにある。南西諸島の防衛力強化に向けて創設された陸上自衛隊与那国駐屯地で開かれた隊旗授与式=3月28日午前、沖縄県与那国町 いま大切なことは、政府が平和安全法制の意義を改めて内外に訴えることだ。法律の施行を決めた3月22日の閣議では、国連のPKO活動で司令官の派遣が可能になることに伴う自衛隊法施行令の改正も決定した。この「司令官」には幹部自衛官が就く。その大半が防大卒業生となろう。その防大で「議論はほとんどなく、学校側から法の説明はなかった」(前掲毎日)のなら、問題の根は深い。本当に「議論する雰囲気がない。まるで思考停止のようだ」(同前)とすれば、日本の前途は暗い。幹部自衛官とは、自ら判断、決心し、命令する指揮官たるべき者である。その卵ともいうべき防大生が「思考停止」に陥るなど、あってはならない。 本質的な問題は、わが国に「健軍の本義」がないことに尽きる。そもそも「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」(憲法9条)ことになっている。したがって日本に軍人はいない(ことになっている)。それなのに今後、たとえば国連PKOで日本人の司令官が外国人の士官や下士官、兵らを指揮(指図ないし統制)する。すでに多国籍軍の司令官に幹部自衛隊が就いた。 では、彼ら日本人司令官は軍人なのか。そもそも自衛隊は軍隊なのか。今後ますます複雑怪奇な議論となろう。このまま、なし崩し的な対応を続けるのは美しくない。問題を先送りする姑息な態度は、いずれ現場の士気を挫く。米海軍士官は大義のために死す米海軍士官は大義のために死す 《卒業生諸君。どうか、諸君には、日本国民を守る「百錬の鉄」となってもらいたい》――安倍晋三総理は今年の防大卒業式で、自ら「自衛隊最高指揮官」と称し、そう訓示した。例年になく完成度の高い訓示だったが、今年も憲法との矛盾が語られることはなかった。しかも上記のとおり「日本国民を守る」自衛隊とされた。世界標準では、あり得ない。「国民を守る」のは警察や消防、海上保安庁の役割である。軍隊の本来任務ではない。軍隊が守るのは、国民ではなく国家(の主権や独立、至高の価値)。だから軍人の職務は尊い。世界中の士官学校や海軍兵学校で、そう教育している。 一例として米海軍兵学校(アナポリス)を挙げよう。チャペル(教会堂)の入り口には、こう記されている。「NON SIBI SED PATRIAE(NOT FOR SELF BUT FOR COUNTRY)」 このチャペルで、毎年多数の卒業生が結婚式を挙げる。(海上自衛隊の創設に関わった)バーク提督の葬儀は、ここで行われた。アナポリスの学生は(生命より高次な価値である)国家共同体への奉仕を説くこのチャペルで神に祈りを捧げる。キャンパスの一角には、殉職した卒業生を記念するメモリアル・ホールもある。ホールの壁には同校創設以来の戦死者の名前と共に、こう刻まれている。「DEDICATED TO THOSE ALUMNI WHO WERE KILLED DURING THE WARS DEFENDING THE IDEALS OF THEIR COUNTRY」 卒業生は、何のために危険を顧みず職務を遂行するのか。その答えが刻まれている。海軍士官は、国民を守るために死んだのではない。それより高次の尊い理想(建国の本義)を守るために召天した。そう壁に刻まれている。これこそ世界標準の理解である。 さて「平和憲法」を戴く日本はどうか。 今年、卒業し任官した自衛官は何から、何を守っているのか。なぜ武器を手にし、誰かを殺害することが許されるのか。そもそも何のために命を懸けるのか。その根本から避け続ける限り、どんなに美しい訓示も、私の耳には、空しく響く。 平和安全法制の施行を機会に、憲法9条と自衛隊という戦後日本の根本的な矛盾を直視した上で、正面から堂々と9条の改正に向け、議論すべきではないだろうか。今年、任官した卒業生も、辞退した卒業生も、卒業を待たず退職した者も、みな、そう願っているのではないか。彼ら彼女らを見守る一人の父兄として、そう思う。

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    文藝春秋も日テレも間違えた! 意図的かつ無知な安保法制の誤報

    査会審議役)  一昨年(2014年)7月1日、政府は「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を閣議決定した。 私はそれ以来、100箇所ほど講演を、北は北海道から南は九州・沖縄まで行った。テレビも『朝まで生テレビ』や『チャンネル桜』で反対派との討論会に出演した。 そこでよく分かったことは、平和安全法制は、きちんと正しく説明すればみなさんによく理解してもらえるということ。今、本屋に行くと反対本や間違った本がたくさん並ぶ。そこで、私は閣議決定後に『安倍政権と安保法制』(内外出版)を、今回法律が国会で成立してから『平和安全法制の真実』(内外出版)を急ぎ出版した。真実を伝える必要があると思ったからだ。北朝鮮のミサイル再発射に備え防衛省内に設置された PAC3と周辺を巡回する自衛隊員 =東京都新宿区(長尾みなみ撮影) かつて有事法制についても、『急げ!有事法制』(朝雲新聞社)という当たり前の本を出し、勉強したいという方や国会議員のみなさんに参考にしてもらった。 また、『WiLL』7月号の「一問一答」では、テレビ局、学者、評論家の方々に対し名指しでのQ&Aを作ったが、どなたからも批判はなかった。つまりこれは全て正しいということ。もし間違っていれば批判される。WiLLの編集には「これはおかしい」といった話は皆無。「非常によく分かって勉強になった」という話はたくさんあったとのこと。 一昨年、鹿児島県の地方紙『南日本新聞』の記事で、私の講演が大きく取り上げられた。7月の政府の限定的な集団的自衛権容認の閣議決定に対して、鹿児島県出水市議会が「立憲主義の根本を破壊する暴挙」とする意見書を可決した。その後、私が鹿児島市で講演をしたところ議員たちの理解が進み、9月には行使容認を支持する意見書が可決された。 南日本新聞が取材してわかったことは、私の講演がきっかけで「戦争抑止と国際平和貢献のため、憲法解釈の閣議決定は必要と判断した」と変わったということだ。 反対の人たちは相変わらず「戦争できる国になる」とか言っているが、賛成の人たちは、「抑止力を高める必要がある」、そして「7月当時は勉強不足だった」という話だ。 つまり勉強すれば分かるということ。パワーポイントで話を聞いて分かったつもりでも、その後、他の人に説明できない。そこで私は全国で講演する際には、資料を配布して話を聞いてもらうようにしている。私の作成した資料を持って、他の人に説明できる。今回は、そうした地道な努力の成果である。マスコミの意図的かつ無知な誤報マスコミの意図的かつ無知な誤報 意図的及び無知な誤報は非常にたくさんあり、それをきちんと正し、指摘することが極めて重要だ。 例えば、柳澤協二氏は『週刊現代』で「一般の国民に比べて自衛官の自殺は1.5倍」「イラク派遣から帰国した人は10倍自殺する」と言っていた。これはおかしいと思い調べたら、男と女で自殺率が全然違うということだ。女性が100人自殺すれば男性は200人以上自殺する。つまり男性の方が自殺率は高いということ。自衛官は95%男性、一般男性の自殺率と自衛官の自殺率を比較すると、自衛官の方が自殺率は低いということになる。 イラクに行って帰ってきた人はどうかと言うと、もっと少ない。アメリカの場合と異なる。日本の場合は戦争が終わってから人道復興支援へ行ったわけで全然違う。これが事実だ。 この事実をきちんとPRすると、国会で自殺問題が取り上げられ大変だったのが、一切自殺の話がなくなった。 ところが今年に入って青森県で講演した際、「自殺は多い」と頭にこびりついている人が結構いることがわかった。だから、正しい情報を伝えていく必要がある。 自衛官の自殺について、『東京新聞』も訂正記事を載せたが、それは28面。間違った記事は1面で、3年前の記事だった。 防衛省に対しては「間違ったことはその時きちんと指摘しなければだめだ」と注意した。自殺の問題、私が提起しなければ嘘がそのまま通り、国会審議においても「自衛官の自殺は多い」というデマが流布されたままだった。『文藝春秋』も間違う 『文藝春秋』は11月号に「保守は『SEALDs』に完敗です」という対談を載せた。メンバーの奥田さんの発言中、「現状、自衛隊は軍隊ではありませんから、自衛官は、万が一拘束された時に国際法上の捕虜にもなれません」と。これは間違い。 編集長に電話してもピンと来ない。防衛省にも注意した。すると11月、防衛省広報課長が文書を持って編集長のところに直接出向いて申し入れを行った。基本中の基本がみんなわかっていない 『文藝春秋』には、「自衛隊は通常の概念で考えられる軍隊ではありませんが、国際法上は軍隊として取り扱われており、我が国が紛争当事国となり、万が一、自衛隊員が捕えられるような事態が発生した場合、国際人道法上の「捕虜」として取り扱われることになります」と。  憲法と自衛隊の関係についての基本を大学等で習っておらず、基本中の基本がみんなわかっていない。 憲法9条の建前から言えば戦力は持てない。戦力=軍隊だから、日本には軍隊がないということになる。では日本の独立はどうやって守るのだ。自衛隊である。自衛隊は軍隊までいかない必要最小限度の実力組織だから良いとなる。では外国に行けばどうなるか? 国際法上は軍隊として扱われる。それはすなわち捕虜としても扱われるということ。ただし、外国に行ったら軍隊だから外国の軍隊と同じようにPKOの活動を行い武器の使用ができるかというと、これはまた違う。「武力行使と一体化しない」というようにする等、国内法の制約の中で法律を作っていくから非常に厄介な仕組みになっている。そんな法律の仕組みは憲法との関係で日本しかない。 国会で問題となったのは、外務大臣による「自衛隊が海外に行くと捕虜として扱われません」との発言で、それだけがクローズアップされた。それはどういうことか? 重要影響事態法及び国際平和支援法によって自衛隊が他国軍隊に対して後方支援を行う場合、我が国がそのこと自体によって紛争当事国になることはないことから、そのような場合に自衛隊員が国際人道法上の捕虜となることはない、ただしその場合であっても、国際法上適正な活動を行っている自衛隊員の身柄が少なくとも普遍的に認められている人権に関する基準及び国際人道法上の原則及び精神に則って取り扱われるべきことは当然である、というわけである。 防衛省の文書にも「前述の奥田氏の発言は、明らかに誤りであり、適切ではない」と表現されており、『文藝春秋』に対しても「貴社は、報道機関として、その使命は重く、社会的影響力が大きいと考えており、正確を期した記事の掲載をされますことを切に要望いたします」とある。日本テレビも間違う日本テレビも間違う 次は、日本テレビの世論調査です。調査項目が、「同盟国などが攻撃を受けた場合、日本が攻撃されたことと見なして、反撃することができる集団的自衛権の行使など、自衛隊の活動を広げる安全保障関連法が、3月末までに施行されます。あなたは、この法律を支持しますか、支持しませんか?」となっていた。 そう聞かれると、支持する33%に対して支持しないが53%と多くなる。これについても問題ということで、防衛省広報課長が日本テレビの政治部長宛てに文書を送付した。今回の法律は「あくまで『限定的な集団的自衛権』の行使を認めたものであり、他国防衛それ自体を目的とするいわゆる集団的自衛権一般の行使を認めたものではありません」「このような設問は、…誤解を国民に与えるものであり、極めて遺憾であります」「今後慎重かつ適切な報道を強く要望致します」と。衆院特別委での安保関連法案可決のニュースを映し出す家電量販店のテレビ =東京・秋葉原のオノデン本店 同じテレビでも、例えばFNNの調査だと、「集団的自衛権を限定的に容認し、自衛隊の役割を増やした安全保障関連法を評価しますか」という質問となっており、この聞き方だと評価する方が割合は高くなった。こうした誤りは、基本的にはこの法律のことを知らない、無知から来ることが多い。知らないことによって間違える。知っていても意図的にわざとデマを飛ばすといったこともあるかもしれないが。 俳優の石田純一氏も間違った。『日刊ゲンダイ』の記事に「中国が攻めてきても、今まで周辺事態法というものがあり」と書いていたが、その場合、周辺事態法ではなく、武力攻撃事態法である。国が外部から攻められているから。そういう基本中の基本も分からないタレントが多い。今後も間違いを正す努力が必要だ。 今回の平和安全法制の議論でも、憲法と防衛政策・自衛隊の関係が正しく理解されていないことから、感情的な誤った主張が幅をきかせる結果となっている。 例えば、戦争は国際法上違法とされていることから戦争法という名前の法律を作れば憲法違反や国際法違反となる。平和安全法制を、戦争法だと批判する人の方が立憲主義の破壊者と言える。 また、徴兵制は憲法上できない。集団的自衛権の解釈を変更しても新たな法律を作ってもできない。さらに他国では、ドイツやスウェーデンなどは、徴兵制から志願制に移行しているのが現状だ。 国会でデモをしていた連中が参議院で法案が通ればこのデモはもっと大変なことになる、と言っていたが、最近はめっきり見かけなくなった。彼らは嘘を言っていた。

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    北の核実験とミサイル発射をバネに戦後の惰性を打破する時だ

    西村眞悟(前衆院議員) 本年に入ってから北朝鮮は一月六日に核実験をし、二月七日に弾道ミサイルを発射した。そして、その北朝鮮が、二月に入り、我が国内で、スパイ・工作活動を展開していたことが発覚した。東京にある朝鮮大学校元幹部が、日本から北朝鮮のスパイ・工作活動を司令していたのである。これは、何を意味しているのか。それは、日本は、昭和四十九年八月十五日の文世光事件の以前から現在まで北朝鮮の「工作基地」であり「工作資金調達場」である、ということだ。 以上、本年に入って、我が国の内外において北朝鮮が提起した課題に対して、我が国は何を為すべきか!これが本稿のテーマである。 現在、北朝鮮の弾道ミサイル発射に対して、我が政界の政府と与野党は、非難決議をするとか制裁決議をするとか動いているし国連の決議に中国はどういう態度をとるのかという点に関心を示している。 しかし、そういうことをやるなとは言わないが、決議をしてもすぐ忘れる。それは、大震災の時の村山富市や菅直人でもすることではないか。それらは、この度明らかになった事態に対処して、国民を守り国家の安泰を図る為の本質的な決断ではない。 昨年の一年を使って安保法制の「専門家」になった議員諸侯は、何故、切実な防衛に関して言わないのか。非難決議に、積極的ミサイル防衛や核抑止力の構築の決断が入るのか? 待っておれないので、ここで言っておく。2015年10月、北朝鮮・平壌の金日成広場で行われた軍事パレードに登場したICBMとみられる大型ミサイル(共同) まず、我が国の防衛ラインは何処だ。  我が国の海岸線か、 海の上か、 敵基地の背後か。 敵ミサイル基地の背後である。ここが我が国の防衛ラインである。   即ち、敵が我が国に向けてミサイルを発射しようとする時、そのミサイル基地を地上において破壊することは我が国の自衛権(個別的自衛権!)の行使である。従って、今我が国が早急に決断して実行すべき事は、朝鮮半島及び大陸にあるミサイル基地を撃破できる国防体制の構築である。 次に、核爆弾を我が国に落とさせない体制を構築することが、この国際環境における我が政治の任務でなくて何であろう。つまり、核を既に保有している相手に、如何にしてその核を我が国に落とさせない体制を構築するのか。現実に二発の原子爆弾を落とされた我が国こそ、三発目!を断じて落とさせない体制を構築すべきではないか!  現実に、我が国の近くに二つの核を保有する独裁国家が存在する。我が国は、その独裁者に核を発射する決定をさせない抑止力を如何にして構築するのか。それは、核を発射すれば自分(独裁者)も死ぬという体制を造ることだ。  今こそ、我が国は、一九七七年九月のNATO(西ドイツ首相シュミット)の決断に学ばねばならない。シュミット西ドイツ首相は、ロンドンで、政治的、軍事的バランスの回復は死活的に重要であるという演説を行い、ソビエトがNATOに向けて実戦配備した中距離核弾頭ミサイルSS20に対抗して同じく中距離核弾頭ミサイルパーシングⅡをソビエトに対して実戦配備した。これ、NATOとソビエトの「軍事的バランス」の回復である。その上で、ソビエトに対して強烈な軍縮圧力をかけて、SS20をヨーロッパから撤去させた。  この時、西ドイツ国内に、パーシングⅡ導入反対の強力な「反核市民運動」が巻き起こった。しかし、ソビエト崩壊後、表に出てきたクレムリン秘密文書によって、この「反核市民運動」は、ソビエトの工作活動によって仕掛けられたものであることが判明した。 今こそ我が国は、とっくの昔から一九七七年当時のNATOの状態におかれているのであるから、ヘルムート・シュミット西ドイツ首相の決断に学ばねばならない。即ち、軍事的バランスの回復は死活的に重要なのであるから、そのバランスを回復しようではないか。 その時、我が国内に「反核市民運動」が巻き起こり日本軍国主義復活を許さないという叫びが起こる。その運動は、我が国内の北朝鮮や中国の工作基地において仕組まれる。 そこで強調しなければならない。  それは、我が国が、国家と国民の命を守る為に、敵ミサイル基地撃破体制と核抑止力体制を構築するためには、同時に、我が国内が敵のスパイ・工作活動基地になっている状況即ち「スパイ天国」状態を是正しなければならないということだ。何故なら、我が国が「スパイ天国」で、我が国内が敵スパイの工作基地であるということは、我が国の運命と、国民の生死が、敵に握られていることを意味するからである。 今こそ、独立自尊、自らの運命を自ら決定する日本を取り戻さねばならない。日本を取り戻すとは、具体的にはこういうことである。  なお、冒頭に記した文世光事件について述べておく。この事件は、北朝鮮が我が国を工作基地として、破壊活動を行い、日韓両国の運命が狂いかけた象徴的事件であり、この事件以降、北朝鮮による日本人拉致が頻発したからである。  しかも、驚くべきことであるが、我が国が工作基地であるという状況は、当時から全く是正されずに現在に至っている。 在日韓国人青年であった文世光は、大阪湾に入った北朝鮮工作船萬景峰号のなかで、北朝鮮工作員から韓国の朴大統領の狙撃を指令され、朝鮮総連生野支部政治部長金某の指導によって射撃訓練を済ませ、金から資金をもらって盗んだ大阪府警の拳銃を持って、日本人になりすまして韓国に入国した。そして、昭和四十九年八月十五日、光復節を祝う式典に出席した朴大統領を狙撃し横にいた大統領の夫人を殺害した。  捕まった文世光は、朝鮮総連にだまされたと告白し反省の弁明をした上で死刑に処せられた。そして、韓国は日本国内の工作活動の首魁の逮捕と朝鮮総連の捜索を望んだが、日本政府(田中角栄内閣)は韓国の要請を無視して朝鮮総連の捜索をしなかった。その結果、日韓関係は、国交断絶寸前まで悪化した。  そして、この状況を観察していた北朝鮮は、日本人に韓国に対するテロを実行させれば、日韓関係悪化という一石二鳥の効果があると悟り、以後、日本人拉致を本格化させる。その結果が、日本人化教育を受け日本人になりすました工作員が実行した大韓航空機爆破事件である。(平成28年2月9日「西村眞悟の時事通信」より転載)

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    元自衛隊医官の直言 日本の戦傷医療は戦後70年止まったままだ

    可能な限り身体機能を温存するためのシステムを構築(5)医師個人の力量ではなく、組織を整え、情報も国家安全保障にかかわるものとして管理(6)米国や英国、イスラエルなど実戦経験のある軍と交流し、有事の際は医学的観点を政府要人にアドバイスできる組織を構築(7)本来自衛隊の役割が大であるが、臨床経験が乏しいため、民間の経験者も活用特に(7)! 他国は民間医を活用されています。でもね佐々木先生みたいな医師は少ないですよ。だから防衛医大ができたんですよ! 安い給料で来てくれないんですよ。まして救急医! 全国足りないでしょう。>「法律だからできないと断って仲間を見殺しにするか、やって違法だと罰を受けるか」 会議で医官が自分から発しなかったのは、何度も書きますが文民統制の残りです。戦争は自分達が仕掛けなくてもおきてしまうことはあります。まして災害派遣の時もそうですが、戦傷と似たような外傷、精神障害はおきてしまいます。ただ救急処置は以前書いたように兵士が平時におこなうことは法的に許されていませんでした。仲間を助けて罪が問われることは避けなければいけません。だから法律ができるのを待っていました。やっとです。(訓練は前からしていますが、救命行動は法律で許されていなかった)昔の清谷さんへの反論記事はこの法律制定の流れを止めたくなかったというのも実はありました。(自衛官「国内では銃創や火傷は負わない」との前提 清谷さんのいうことも極端)本来任務を忘れるな 私を教えてくれた自衛隊の上司は、「災害派遣はLAST IN!FIRST OUT!災害派遣はあくまで添え物。我々は武装集団だ」と。ただし自衛隊医官の平時の生活において、本来任務であるはずのこのような戦傷医療の実戦はあまり現実味を帯びていませんでした。あのチュニジアの医官のように。 >自衛隊は「反対派」を意識するあまり、常に過度なまでに受け身に徹している。 はい。その通りです。そしてやっとそこから脱却できるチャンスです。佐々木先生の指摘する自衛隊病院や防衛医大も今変らなければ意味がありません。流れた血を誰が拭くのか>「人の命はきちんと面倒をみるべき」 今回の佐々木先生の記事ありがとうございました。さあ防衛省、自衛隊、医官。民間がやっと変ってきました。法律もなんとかできました。これから本当に国民の命を守ると同時に、兵隊の命を守る真の衛生となりましょう! それでも佐々木先生みたいな国民ばかりではありません。しっかり説明しながら防衛衛生を構築していただけることを今残っている医官達に期待します。(「中村ゆきつぐのブログ」より2015年10月9日分を転載)

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    毎日「雨は降りません」が、「中国船は来ている」のです

    見た「意思と能力」の重要性」http://nakada.net/blog/3164 今年、安倍政権は安全保障法制をようやく作って少し前進しましたがしかし中国はこうして一歩ずつ一歩ずつにじり寄るだけではなく武器を見せながら近づいてきているわけで、わが国の安保法整備はやはりこれからも不断の見直しが必要だと言わざるを得ません。安倍さんよくやっていますが元を正せば自民党が長年の政権で手をつけてこなかったことのツケが回っているわけですから自民党はしっかりしなければいけません。 振り返れば1972年9月に日中は国交を正常化しましたが、その4ヶ月前に中国漁船が尖閣諸島に100隻もやってきて中国の島だ領海だとアピールしました。その後3ヶ月間睨み合いながら日中国交正常化となりましたけれどもその時に当時の日本政府は日中間の境界線をはっきりさせる方針だったにもかかわらずそうしなかったことが今に至っているわけです。 そして今、毎日のように中国船が来ていることをメディアはしっかりと伝えなければなりませんし、私達も「また来ているのか」と鈍感になってはダメで不断の注意が必要です。(2015年12月30日「中田宏ブログ」より転載)

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    「緊急事態条項」 首相や内閣の独裁を許す危険はらむ

    議にかけて緊急事態宣言を発することができるというもので、国会での承認は事前・事後のどちらでもいい。「安全保障関連法に反対する学者の会」に名を連ねる、社会学者の上野千鶴子さんは激怒している。沖縄県・宮古島に配備されたPAC3=2月7日午前「これが成立したら、緊急事態を宣言すれば、内閣は国会を通さずに、法律と同じ効力のある政令を制定することができるようになります。これは、憲法に拘束されない全権限をナチスに与えた全権委任法と似ていて非常に危険です。その危険性を、国民はあまりわかっていないと思います」 草案を見ても、緊急事態の宣言が発せられた場合、「基本的人権に関する規定は最大限に尊重されなければならない」としつつも、「何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」とされる。“とにかく国の言うことに従え”と言っているようなもので、首相や内閣の独裁を許す危険をはらんでいるのだ。 政府は「東日本大震災などの災害が起きたときのため」と災害対策を強調するが、「災害対策基本法」という法律は、まさに災害のためにある決まりなのだから、緊急事態条項など必要ないはずなのだ。 関連記事■ ヘリで福島原発行った菅首相の「カイワレ作戦」今回通用せず■ 【ジョーク】もし菅首相が伸子夫人と結婚していなかったら…■ 原発事故直後SPEEDI知らなかったという菅総理への疑惑証言■ 大前研一氏「菅首相のアジェンダ、私は3月に提案していた」■ ナースは見た! 術跡からはみ出した「うごめくピンク色の腸」

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    国民が正しい日本の歴史を取り戻す時期が来ている

    立を脅かしつつある周辺事態の更なる悪化に備えて国民の生命・財産を守る目的で万全の防衛体制を整える為の安全保障関連法案に反対の為の反対をしている野党やマスコミによる「戦争法案」「徴兵制」などという反日プロパガンダに動揺している主婦や学生に目を覚まして欲しいのですが、戦後70年を迎えるにあたり発表された談話で安倍首相が述べておられるように、「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならない」と思います。 我国は、ロシアの南下によって植民地支配をされないため、国の存亡を掛けて日露戦争を戦いました。「戦争」というものは、当時軍隊を持っていた日本でも、簡単にできるものではありません。日英同盟という当時世界の覇者であったイギリスの助けがあった事以外に、高橋是清が戦争に必要な1000万ポンドもの外債を英国で半分、残り半分を何とかアメリカのジェイコブ・シフから賄えてやっと可能であったのです。これはギリギリの金額ですが、とてつもない金額です。その返済は、何と開戦(1904年)後82年経った1986年(昭和61年:今から僅か29年前)の事です。 そうです、戦争はただで出来るものでは無く、何よりも戦費が必要なのです。それを調達するためには、大義名分が必要です。大義の無い戦いには先ず日本国民が同意するはずがありません。もう一つ重要な点は、国連(英語で連合国という意味)では、2億7650億円(世界第2位、10.833%)もの分担金を支払い多大な貢献をしている日本は、いまだに敵国条項の対象国です。戦争の準備を始めていると判断されただけで、攻撃して良いとされている日本に対して、どの国も戦争国債を買ってはくれないでしょう。 先の戦争は、日露戦争の2年後、当時台頭してきた日本を叩くために立てられたアメリカのオレンジ計画に沿って資源の無い日本が最終的にABCD包囲網によってあらゆる資源の供給を断たれた上、突きつけられたハルノートの要求で戦争回避が不可能であると判断するしかなく、座してみすみす征服され辱めを受けるどころか、絶滅をも覚悟しなければならない降伏を選ぶよりは、民族の誇りをかけて最後の存亡の戦いに賭けようとしたもので、決して自分から戦争を仕掛けたものではありません。 もともと鎖国で平和に暮らしていた日本を不平等条約で無理矢理開国させたのは、アメリカをはじめとするアジアを侵略し、植民地としてきた欧米列強です。日本はそれ以来、何とか完全な植民地にはならないように文明開化の道を欧米に習って必死に進めてきました。日清日露の戦勝でようやく不平等条約を解消しましたが、それも僅か40年、先の大戦で敗れて以来、再びアメリカの軍事力に支えられ、擬似鎖国に入ってしまったようです。自分からした鎖国では、我国の歴史は誰からも歪められることは無く、しかも外国からの情報は入ってきていたので、日本はある程度対応することは出来たのですが、戦後70年間、果たして日本の歴史は学校教育で正しく教えられてきたでしょうか。 今こそ、国民が正しい日本の歴史を取り戻す時期が来ているし、その努力をしていかなければならないと思います。本当に正しい歴史認識を持てば、「戦争法案」「徴兵制」などのレッテル貼りに騙されることは無くなると思います。歴史を失った民族は滅亡に向かうだけで、輝く明日はありません。我が祖国日本は我々日本人が知恵を絞って守って行かなければならないと思います。

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    安倍内閣を待ち受ける南シナという第2の「キューバ危機」

    (CSISアジア海洋透明性イニシアチブ・デジタルグローブ提供、共同) そんな状況で、ケネディと聞けば安全保障通なら反射的に思い浮かぶのはキューバ危機である。1962年、旧ソ連は米国に近接したキューバに核ミサイル基地の建設を開始し、偵察機が撮影した航空写真でそれを察知した米ケネディ政権は、基地の撤去を求めてキューバを海上封鎖した。 当時キューバはソ連の衛星国であり、そこに核ミサイルが設置されれば、米国を含むカリブ海沿岸諸国は核攻撃の射程範囲になる。現在、スプラトリー諸島に戦闘機が配備されれば、南シナ海の制空権は中国のものとなり、沿岸国は従属を強いられる。ならば、これを阻止する手立ては半世紀前と同様、海上封鎖ということになろう。 展覧会では、キューバ危機にまつわる数々の資料が展示されており、そこには当時、訪米していた佐藤栄作自民党幹事長(後に総理)の日記も公開されていた。佐藤氏は安倍総理の大叔父であり、その日記を敢えて公開するのは、国民にキューバ危機を身近に感じて貰いたいとの総理の意向であろう。 展覧会が開催される直前の2月には、人工島が異常に拡大しているのが報道された。ヒューズ礁は2004年2月に380㎡だったのが2015年1月には7500㎡と200倍に拡大していたのだ。 展覧会が開催されている最中の4月にはスプラトリー諸島のファイアリークロスで滑走路の建設が始まったことを示す衛星画像が公開され、フィリピンのアキノ大統領が強い懸念を示した。バンドン会議で見せたリーダーシップバンドン会議で見せたリーダーシップ 同月、安倍総理はバンドン会議60周年首脳会談で「国際紛争は平和的手段によって解決する」べきと演説し、南シナ海問題でリーダーシップをとる姿勢を明確にした。 そもそもバンドン会議とは、1955年にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ首脳会議で、そこで植民地解放が宣言された。ところが、この会議には欧米列強やソ連は招かれなかった中で、日本だけが優先的に招かれたのである。 つまり当時のアジア・アフリカ諸国は欧米やソ連を植民地帝国として非難していたが、日本は植民地解放の盟主として評価されていた訳だ。いうまでもなく第2次世界大戦のさなか1943年(昭和18年)東京でアジア初の首脳会議「大東亜会議」が開かれ、そこで植民地の解放が高らかに宣言されたことを、各国の指導者は鮮明に記憶していたのである。 ところが、戦後は戦勝国側の歴史観ばかりが喧伝されたため、いつの間にか解放者であった日本が侵略国にされてしまい、2005年のバンドン会議50周年のアジア・アフリカ首脳会議では、当時の小泉総理は、「日本の侵略」を謝罪するという愚挙を犯し、バンドン会議や大東亜会議を記憶していた東南アジアの人々を失望させたのであった。 この謝罪を機に東南アジアの主導権は日本から中国に移り、中国は南シナ海侵略を本格化させることになったのである。 60周年に際して、安倍総理は、「日本の侵略」とか「謝罪」などの表現は一切用いず、「国際紛争は平和的手段によって解決する」というバンドン10原則の一節を引用する形で、中国の南シナ海侵略を批判した。 これに励まされた形で同月末、マレーシアで開かれたアセアン首脳会議では、中国の南シナ海埋立てを非難する議長声明が出されたのである。米中確執 高まる南シナ海危機米中確執 高まる南シナ海危機 この翌月すなわち昨年5月には、米国防総省は中国の南シナ海スプラトリー諸島の人工島の面積が4か月間で4倍に膨らんでいると発表した。同時期に米軍はオバマ大統領に同島周辺海域に米軍艦艇を進入させ、工事を阻止しなければ滑走路が完成してしまうと警告したが、許可されたのは偵察機による周辺飛行だけだった。 もし、このとき米軍艦艇が進入していればスプラトリー諸島に滑走路は完成しなかったであろうが、オバマの不決断の結果、9月に同諸島ファイアリークロス礁に戦闘機離発着可能な3000m級の滑走路の完成が確認され、同諸島の他2カ所でも同様の滑走路が建設中であることも確認された。南シナ海・スプラトリー(中国名・南沙)諸島のファイアリークロス(中国名・永暑)礁を埋め立てて建設した飛行場に着陸した中国の航空機=1月6日(新華社=共同) オバマが米軍艦艇の進入すなわち「航行の自由」作戦を許可したのは10月である。いかにも遅すぎるの感が否めないが、なぜ10月まで動かなかったのか?一体オバマは何を待っていたのか? 米国は常に同盟国の意向を重視する。もし戦争になった場合、味方になって共に戦ってくれるかを確認しなければ、軍事的行動を取らないのが歴史的通例だ。キューバ危機ではケネディはフランスに使者を送り時の大統領ドゴールに確認を取っている。 ならばオバマも同盟国の確認を取っていたのであろう。同盟国の確認とは集団的自衛権を行使するかの確認である。その確認をとるのに、そんなに時間の掛かる国は、世界に一つしかない。日本である。 平和安全法制いわゆる安全保障関連法が国会で成立したのが9月19日のことである。集団的自衛権の行使を一部容認したこの法制は、反日勢力によって骨抜きにされてしまったが、少なくとも米国とともに戦うことを明言することはできるのである。 だが法制が施行されるのは、4月以降である。米国は4月以降に南シナ海における軍事作戦を本格化させるべく下準備に入っている。2月にカルフォルニアで米アセアン首脳会談を開き、航行の自由を声明したのも、キューバ危機のとき、米国が中南米諸国の同意を得るべく米州機構を開催したのに酷似する。対する中国も南シナ海西のパラセル諸島には戦闘機を配置し、中央部であるスプラトリー諸島に戦闘機を配備する時期を伺っている。 4月以降、第2のキューバ危機ともいうべき南シナ海危機が勃発する公算は極めて高いのである。

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    在外邦人をいかに守るのか

    安全保障関連法が3月に施行される。自衛隊と米軍は、平時から有事までさまざまなかたちで同盟を深める。一方で、テロが頻発する世界情勢のなか、在外邦人の救出に策はあるのだろうか。自衛隊の役割を論じる。

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    日の丸企業戦士を危機から救う 自衛隊「特殊作戦部隊」のススメ

    前にして、完全に劣勢となった政府軍に対する武器弾薬の供給をも徹底的に邪魔してきた。 またイラクの議会安全保障・国防委員長であるハキム・アルザメリ氏などは、同国に跋扈するISILに対して大量の武器弾薬を空輸する英米軍輸送機の存在を何度も指摘しており、なかにはイラク軍によって撃墜された英軍機さえあるとしている。あるいは、ジブチの自衛隊基地の売店にはかつて、中国のスパイかと疑われた日本語の堪能な仏人美女が働いていたそうだが、そんな売り子から自衛隊の内部情報がパリに流れる可能性もあるだろう。 海外の前線では、こういった国家間の虚々実々の激しいやり取りが日常的に行なわれているのだが、一方の日本では、昨年7月には岸田外相が「紛争当事国の軍隊の構成員等で敵の権力内に陥ったもの」ではない自衛官は、仮に外地で拘束されても「ジュネーブ諸条約上にある捕虜の扱いを受けられない」という信じ難い国会答弁をしている。政府高官の平和ボケのおかげで、いざというときに酷い目に遭うのは自衛官たちだ。もしどこかの国の反政府組織の司令官が、自分の「領土」に不時着した自衛官を捕まえ、かつインターネットでこの政府答弁を知った場合、自衛隊や同盟を組む米軍の情報を取るためにも、捕われた隊員は徹底的に拷問されるだろう。なぜなら、当の日本政府が世界に向けて「捕まえた自衛官に対する人道的配慮は不要です」との「お墨付き」を与えているからだ。 こんな平和ボケは政府だけではない。有事の際に救出される側である日本企業の危機意識もまだまだ低いのが現状であり、この点も早急に改善される必要がある。日本人の悪い癖として「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というものがある。2013年のアルジェリア・テロ事件の後も、最初の数カ月こそ多くの海外進出企業が大騒ぎを演じたが、すぐにその大半が以前の平和ボケに回帰してしまった。 ここ数年、外務省は企業向けの対テロ訓練などを開催し、そんな企業の危機意識の向上に努めているが、70年余も太平の世にあった大半のサラリーマンにとっては、自分が危険地帯への赴任を命じられるその日まで、テロリズムなどは引き続き映画のなかの世界に過ぎないのだろう。しかしこのままだと、次のテロ事件でも日本企業は再び多大な犠牲を払うことになるに違いない。海外進出企業は元特殊部隊員を雇用すべし海外進出企業は元特殊部隊員を雇用すべし 西アフリカで勤務していたころ、私は緊急脱出の際の安全を少しでも確保するため、懸命に現地人の言葉や習慣を覚え、部族の王族のみならず、実は重武装マフィア集団の幹部でもある地元青年同盟の連中と一緒にタバコを吸いながら冗談を飛ばし合い、時には彼らに外国のお土産を渡すなどして交流し、周辺の治安情報を収集する努力をした。当時地元では、「あの施設には、わが部族の言葉を話す変な日本人がいる」というのがちょっとした噂になったようで、多くの現地人が私を見て笑いながら手を振ってくれるようになったが、30万人はいるその部族との間で強い信頼関係を醸成すれば、これは自らが30万の兵に守られているのと同じだと考えていた。  こうした現場での試行錯誤から痛感したのは、海外進出企業は今後自社の危機管理担当者として、無線通信や衛生、サバイバル技術などの高度な危機管理スキルをもつ日本人の元特殊部隊員を積極的に採用すべきだ、ということであった。有能な元隊員に現地の物理的セキュリティ対策のみならず、イラクで自衛隊が証明した巧みな人間関係作りを通じて地元民に対する宣撫活動や情報収集活動(ヒューミント)を行なわせれば、有事の際には友好的な地元民の協力を得ながら、彼ら自身が現地に不慣れな救出部隊と交信し、その誘導さえをも行なうことさえできるからだ。こんな危機管理担当者が得た現場情報やネットワークを、自衛隊の特殊部隊とも普段から共有することができれば、海外で戦う日本人駐在員やその家族の安全は飛躍的に向上するであろう。  もちろん、これら危機管理要員には高い語学力が必要だが、それは自衛隊の教育でも徹底すればよい。いちばんいいのは、現役隊員を企業に出向させ、海外でさまざまな経験を積ませるということだが、とにかくわが国が誇る超一流の元特殊部隊員の再就職先が、道端で旗を振るガードマンやコンビニの店員などであってはならず、この種の人材を海外で活用することこそが、一企業の安全と利益確保のみならず、日本の繁栄にも大きく貢献するのだということを社会全体が強く認識すべきだ。餅は餅屋なのである。  軍事のみならず、文化や社会、経済分野にまで精通する強力な諜報機能を有する現代の特殊部隊は、歩兵や砲兵、戦車部隊といったこれまでの通常戦力に代わり、先進諸外国の外交国防政策における「戦略的資産」として今日ますます重要な役割を演じ始めている。こんな「新しい特殊作戦部隊」の重要性に日本政府がようやく気付き、その整備と強化に取り組むことで在外邦人の救出が名実共に可能となれば、わが企業戦士たちは海外でもっと安心して戦えるようになるに違いない。  つまり、リアリズムに基づいた自衛隊特殊部隊の「装備・諜報力の強化」と「地位の向上」、そして官民協力による「危機意識と現場力の強化」は、わが国の国益をかけた経済成長戦略の『要』なのである。まるたに・はじめ 1974年生まれ。オーストラリア国立大学卒業。同大学院修士課程中退。オーストラリア国立戦争記念館の通訳翻訳者を皮切りに、長年、通訳翻訳業務に従事。現在は、講演や執筆活動、テレビ出演などもこなす、国際派ジャーナリストとして活躍中。著書に『なぜ「イスラム国」は日本人を殺したのか』(PHP研究所)、『学校が教えてくれない戦争の真実』(ハート出版)などがある。関連記事■ 「イスラム国」日本人殺害事件の裏側■ 自衛隊員の本音を聞け~災害派遣とPKO活動の現場から■ 松下幸之助は「自衛隊」に何を求めていたのか■ 反日・反独映画の虚妄――なぜ『アンブロークン』の日本上映を望むのか?■ 防衛を忘れた空港―有事に対応できるのか?

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    「守護神」は1人で200人分の戦闘力 本当に強すぎる日本の特殊部隊

    。 昨今、こうした特殊部隊によるゲリラ攻撃や市民を巻き込んだ無差別テロの危機が高まっている。 そんな安全保障環境の変化に対応すべく防衛省は、各部隊で対ゲリラ戦闘訓練を実施すると共に新たに高度な戦闘技術を持ついわゆる「特殊部隊」を編成してきた。 中でも特に知られているのが陸上自衛隊の「特殊作戦群」だ。 この部隊は対テロ・ゲリラ専門の特殊部隊として編成(平成16)されたが、その任務の特性上、部隊編成や装備などが公開されておらず秘密のベールに包まれたままである。 編成完結式ではじめて写真が公開されたが、これまでの自衛隊の戦闘服とはまったく異なる黒い制服に身を包み、しかも隊員の顔は一切写っていない。だが現在判明している情報を総合すると、この部隊は世界一の特殊作戦能力を有する対テロ専門の米陸軍特殊部隊デルタ・フォースに学んでいるといわれており、個々が極めて高い戦闘能力を備えた精鋭隊員約300名で構成されている。隊員数は少ないものの、個々の戦闘能力は極めて高く、市街戦闘や水路潜入、そして落下傘降下などいかなる作戦行動にも即応できるよう訓練されているという。 陸上自衛隊には、この特殊作戦群のほかに、国際任務やテロ・ゲリラに即応対処する「中央即応連隊」がある。 約700人で編成されたこの部隊は、国内のテロ・ゲリラおよび災害への即応のみならず、PKOや国際緊急援助活動などの海外派遣任務に対する即応部隊であり、ソマリア沖の海賊対処行動のためジプチに展開する海上自衛隊航空部隊を護衛するために派遣されている他、ハイチ大地震災害(平成22)への国際平和協力活動にも先遣隊として急派されている。 こうした特殊部隊の基礎となっているのが第1空挺団だ。 この部隊は、3個普通科(歩兵)大隊(合計約1200名)を基幹として、施設(工兵)中隊、通信中隊を併せ持つ。これまで自衛隊最強部隊といわれてきた第1空挺団は、緊要な時期と場所に航空機によって機動し、落下傘をもって人員・資材を降・投下させて作戦を遂行する“空挺レンジャー部隊”であり、即応能力が求められる現代戦には不可欠の高機動部隊なのだ。 そしてこれらの特殊部隊を束ねたのが「中央即応集団」なのである。 中央即応集団とは、前述の「特殊作戦群」「第1空挺団」「中央即応連隊」のほか、NBC兵器への対処を専門とする「中央特殊武器防護隊」、兵員の空中機動を支援する「第1ヘリコプター団」などによって構成された、総勢約4200人のエリート部隊なのだ。航空自衛隊“100人のスーパーマン”たち 陸上自衛隊にはその他にも、離島に侵入した武装工作員などへの対処のため、西部方面普通科連隊(約700名)がある。 この部隊は、高度なレンジャー訓練を受けた多くの隊員が配属された3個普通科中隊を基幹とする日本版海兵隊のような水陸両用部隊なのである。近くこの西部方面普通科連隊を基礎としてさらに2個連隊を増強し、水陸両用装甲車を保有する3000人規模の「水陸機動団」を新編する予定だ。 さらに配備予定のMV22オスプレイによって迅速な空中機動が可能となり、陸上自衛隊の特殊部隊の即応能力は一層強化されることになろう。 特殊部隊は陸上自衛隊だけではない。ヘリコプターから不審船に乗り移る海上自衛隊の特別警備隊員=広島 海上自衛隊にも「特別警備隊」と呼ばれる特殊部隊があり、彼らは、船舶への強襲や不審船舶等への対入り検査など多岐にわたる特殊任務を担っている。四面環海の我が国とっては極めて重要な部隊なのだ。 加えて、航空自衛隊にも“特殊部隊”がある。 「この“100人のスーパーマン”になるための志願者が続く限り日本は大丈夫ですよ」 かつて航空自衛隊支援集団司令官であった織田空将(当時)はそう語ってくれた。 その“100人のスーパーマン”とは、航空救難団所属の救難員のことであり、通称「メディック」と呼ばれている。彼らの任務は、救難ヘリに乗り込んで、主として墜落した自衛隊機のパイロットや搭乗員を救助することだが、ほかにも民間船舶の海難事故や雪山での山岳遭難にも出動し、これまでに数多くの人命を救ってきた。 とくに東日本大震災ではその真価が発揮され、航空自衛隊百里救難隊だけでも実に1353人の尊い命を救い、60人の救急患者を空輸によってその命をつないだのだった。 メディックの数は100名。彼らはみな航空機整備や要撃官制など様々な職種の中から厳しい選抜試験をパスし、さらに自衛隊の教育機関の中でも最も過酷といわれる1年間の教育訓練課程を耐え抜いてきたエリート隊員なのである。なんと彼らは航空自衛官でありながら、陸上自衛隊の訓練の中でも最も厳しいレンジャー過程と空挺過程を修了しているのだ。 とにかくその訓練はとてつもなく厳しい。 なぜなら彼らを待ち受けているのは、厳冬の雪山から荒れ狂う海まで筆紙に尽くせぬほど過酷な環境だからである。 かつて教育救難隊の教官の一人がこう語ってくれた。 「ここでは、毎日が“トライアスロン”ですよ。訓練がないのは寝ているときだけです」 そのため訓練途中で選考に振るい落とされる者も少なくない。それでも毎年4―5名がこの過酷な訓練を耐え抜いてゆくのだからその精神力・体力は人並み外れたものがある。 至純の愛国心を胸に抱いた若者達が志願してやってくる自衛隊の中から、さらに厳しい訓練に耐え抜いた選りすぐりの者で編成されているのが“特殊部隊”なのだ。 まさに彼らは“日本の守護神”なのである。

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    邦人人質事件への日本政府の対応をどう見るか

    (THE PAGEより転載) THE PAGEが放送したTHE PAGE 生トーク「中東とどう向き合うか~イスラム国から日本外交まで~」。出演は、黒木英充・東京外国語大学教授、鈴木恵美・早稲田大学イスラーム地域研究機構招聘研究員、高橋和夫・放送大学教授。司会・進行は、萱野稔人・津田塾大学教授、春香クリスティーンさん。 以下、議論の第5部「中東と日本 人質事件が残したもの」を議論した部分の書き起こしをお届けします。※討論の動画はリンク先のページ内にある動画プレイヤーでご覧頂けます。日本政府にできることは限られていた(以下、書き起こし)萱野:最後のテーマにもなりますけれども、日本と中東の関係をどう考えたらいいか。あるいは、日本はどう中東に関わっていけばいいのかっていうことを、また最後にお伺いしていきたいなと思いますけれども、まずはそうですね。鈴木さん。人質問題で安倍政権の対応っていうのは良かったのか、悪かったのか。どのように評価されてます?鈴木:いや、もういいも悪いも日本政府ができることは限られてるとは思うんですけれども、よく安倍首相が中東に行ったからだっていうようなことを言う、そういう意見もありますけども、私の意見としては、もう人質を取られた時点でやっぱりもうかなりアウトだったと思います。何かのきっかけでこの人質2人を使うというふうにたぶん、考えてたと思うんですよね。それがたまたまやっぱり安倍首相が来たときに、うまくそれが使われてしまったということだと思うんですよね。 なので、安倍首相が中東に行ったからとかいうことではないと思います。もう人質を取られた時点でもうかなり厳しかったと。そのぐらいイスラム国ってやっぱり手ごわいと思いますね。萱野:なるほど。報道によると、12月の3日でしたっけ。上旬に人質になった後藤さんの奥さんにメールが来たと。人質を捕まえたグループから。で、なんらかの形で交渉があったというか交渉の可能性があった。で、1月8日動画が公開される形になった。この間に、問題解決をできた可能性っていうのはあったんですか、日本政府は。鈴木恵美・早稲田大学イスラーム地域研究機構招聘研究員鈴木:いや、直接のパイプを持ってないってことですから、なかなかそれは厳しいと思いますね。萱野:なるほど。なかなかイスラム国が人質を拘束しているということすら分からなかったっていうのが国会答弁でも政府が言ってますけども、やっぱり分からなかった、分からないもんなんですか、これは。鈴木:いや、どうでしょう。それは分からないですけれども、あらゆる可能性を考えていろいろ対策を立て、というか対処されてるとは思いますけれども、いかんせん直接のやり取りはできないわけですから、やれることというのは限られてると思います。交渉はできたのか?萱野:この辺りの日本政府の対応に関して、高橋さんはどのように評価されてますか。高橋:評価はしてないですね。結局、2人は亡くなったわけですから、評価はできないですよね。ただ、日本政府は今回はおそらく、人質の身代金は支払わないという方針を選択したんだと思うんですよね。その結果、交渉も動かないしと、こういう結果を招いたんですね。で、それがやっぱり、いいことなのかどうかっていうのは、もうそれは国民が決めることですよね。200億じゃないにしても20億だったら良かったのかとかね。萱野:最初、それくらいの額だって言われてましたよね。高橋:ええ。で、平均が2億7,000万って言われてますから、中東のバザールでカーペットを買う、値切って、値切って1割になると、3億円ぐらいでそれが妥当ということで払うべきだったのかというのは、それは国民が考えることですよね。で、もし払ったとしたら、また次に日本人が人質に取られやすくなるというもの事実ですよね。ですから、アメリカの人質は殺されてますけども、あれだけ中東でアメリカ人が活動してて、アメリカ人の人質の数は非常に少ないですよね。だから、ヨーロッパ人は捕まえればお金になるからって捕まえにきますよね。だから、どちらを選ぶのかということで、それは国民が決めることなんですけど、ただもう1つはやっぱり、指導者が私はこういう政策でいきたいということを、もう少し国民に切々と直接に訴えていただきたいなと思うんですね。もう人質もこの問題、悲劇的な形で決着しましたから、もう総理が直接国民に本音を語ってもいいころかなと思うんですけどね。萱野:なるほど。アメリカのほうが人質で身代金払ってないから、人質にされる人の数がやっぱり少ないんですか。高橋:ええ。圧倒的に少ないんですね。萱野:ああ、そうですか。高橋:うん。それも、アメリカ、イギリスから日本に対して、ヨーロッパ諸国に対して強い要請があったわけですよ。あなたが払うのはいいけど、そしたらまた人質は取られると。で、イスラム国はそのお金でまた悪いことをするじゃないかと、いい加減にしろというのがアメリカ、イギリスの立場で、で、国際公約として日本は交渉しないという立場に傾きつつあったわけですね。で、今回のケースがその最初の例になると思うんですね。で、これまでは政府はもちろん人質の身代金払うとは言ってませんけど、基本的には日本人が捕まった場合は、もう白紙の小切手を渡していくらでも書いてくださいというのが日本の対応だと思われてたわけですよね。萱野:それを踏まえて高橋さんはどちらが良かったと思います? 払うべきか、払わなかったべきか、払うべきではなかったか。高橋:僕は額によると思いますね。萱野:額によっては、じゃあ、払っても良かったんじゃないかと。高橋:うん。200億は高いですけどね。萱野:そこは表面化する前に、秘密裏に交渉が成立するなら、そちらのほうが良かったんじゃないかということですね。高橋:うん、そうですね。アメリカに対してはもちろん言い訳が必要ですけどね。アメリカだって、人質を例えばレバノンでアメリカ人のCIAの要員が取られたときは、イランに頼み込んで、イランに武器を渡して、解放、釈放してもらったこともあるんで、それはやっぱり議論はできたと思いますね。中東における日本のブランド中東における日本のブランド萱野:なるほど。そこは。黒木さんはどのようにお考えですか、今回の。黒木:確か最初に脅迫メールが来たのは11月の初めだったんじゃないですかね。報道されてるのは。萱野:11月初めでしたっけ。黒木:ええ。それが政府に伝わったのが12月初めっていうふうに、なんか政府は説明してる、実際分かりませんけどね。例えばトルコは数十人、外交官含めて解放してるわけですよね。それからイタリア、フランスも殺された人も、フランス人いますけれども、人質で解放されている人もいるわけですよね。それはなんらかの交渉があったっていうわけで。日本政府はおそらく最初から交渉しないっていう方針だったんじゃないかと思われますね。一応、だから、あの事件はお2人がビデオに出てきた瞬間にもう終わった。萱野:終わってたわけですよね。黒木:その前にしないといけなかったんですね、なんらかのことを。「ジハーディ・ジョン」の通称で知られるモハメド・エンワジ容疑者の映像(米国のイスラム武装組織監視団体「SITE」提供・AP=共同)萱野:こういう質問はどうですか。もし日本政府が身代金を払うつもりだったら、交渉は成立してたと思いますか。それでも成立しなかった可能性もありうると思うんですね。もし、政府が国会で言ってるように、なかなか相手を特定できなかった。で、実際にメールが来たと思ったらアカウントが変わってしまう。そういうところで相手と継続的に連絡を取り合うことすらできなかったとするのであれば、日本政府が身代金を払うと決めたとしても、交渉がうまくいかなかった可能性もあるかもしれない。黒木:そこは私は情報が足りないと思いますね、まだね。本当に分かんなかったのかどうか分かりませんよね、それは。萱野:なるほど。黒木:ええ。拘束された地域がどこかとか、それで言えば、ある程度のあの辺、今の状況を見れば想像はつくわけですよね。ちょっとこの人質問題というよりは、私はもうちょっと広く、中東との関わり、日本の関わりっていうことをやっぱり今、考えるべきだと思って、それはやはり、なんて言いましょう。日本独自にどれだけ自分の国のことを考えて、アメリカがどうだとかいうのではなくて、本当に自立して考えて、どういう環境を持つべきかっていうことをちゃんと考えないと、これはやっぱり長期的にこれ、大変な問題になっていくと思うんです。萱野:アメリカがこう言うからこうだ、とかではなくて。黒木:ではなくてですね。萱野:その場合じゃあ、どんな路線が一番望ましいと思いますか、黒木さんは。黒木:おそらく、第2次大戦後、日本が作ってきた1つのそれこそブランドがあるわけですよ。萱野:中東に対しての日本のブランド。黒木:ええ。中東における。日本人はこれだけアメリカに第2次大戦で原爆落とされ、何をされっていう、あったにしても、これだけ経済成長を遂げてきて、そして、非軍事的に軍事的な関与なしに中東にも関わってきたわけですね。だから、日本人は信用できるっていう、一種のわれわれが中東出掛けていっていろいろ話をするときに、そういうところから入っていけるところがあったわけですね。それが今、おそらくちょっと土台から崩れているという感じがするわけです。萱野:今のお話は非軍事的な関与を、やはり中東にはもっともっと強めていくべきだという。黒木:ええ。非軍事的で、なおかつ中立的ですね。萱野:中立的な関与を、ということで。黒木:で、それが決してずるいことじゃないんです。かつて湾岸戦争のときにクエートから感謝されなかったっていうのが一種のトラウマになってるっていうね。なんかそういうことをよく言われますけども、それは感謝しないほうがいけないわけであって、日本の立場っていうのはちゃんと説明すれば、それはそれで尊敬されるわけですよ。安倍総理の中東訪問の評価安倍総理の中東訪問の評価萱野:なるほど。今、大きくうなずいてますが、鈴木さんも同じようなお考えですか。鈴木:そうですね。日本は中東に対して結構いいことやってるわけですけども、経済援助1つにしてもそうなんですけども、やっぱりアピール不足ですよね。萱野:アピール不足。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による「後藤健二さん殺害」とする映像がインターネット上に公開され、各地の街頭ビジョンなどでニュースが報じられた=2月1日午後、大阪市中央区(沢野貴信撮影)鈴木:ええ。もっと日本はこんなにいいことしてますよと、こんなに非常に平和的ですよということをもっとアピールしていいかと思いますね。アラブ諸国の人たち、まだあまりよくその辺は理解してないと。情報がやっぱり足りないと思いますね、日本に対して。で、こういうネットとかの時代ですから、今回の人質事件なんかを通して、日本はアメリカとかヨーロッパの人たちと同じ路線の外交政策を歩んでる国だっていうふうに誤解されてしまうかもしれないですよね。今回の人質事件を通して。日本人は人質に取っていいんだっていうふうにああいう映像を見て思う人だって出てくると思うんですよね。そこをやっぱり打ち消さないといけないと。これからやはり日本政府はもっと日本は平和的に中東と関わってきたし、これからもそうですよというのをもっとアピールするべきだと思いますね。萱野:なるほど。安倍晋三首相黒木:一言だけいいですか。萱野:はい。黒木:要するにイスラエルのネタニヤフ首相と並んで安倍首相が言いましたよね。要するに。萱野:イスラム国対策の。黒木:ええ。要するにあとはイスラエルと一緒になってテロとの戦いに取り組むっていう言い方をしたわけですね。このインパクトは人質とはそこでは関係ないっていう話がありますけれども、要するにイスラム国はそのことを何も問題にしてないから、それは問題なかったんだという言い方がありますけども、私はそれは違うと思うんですね。あるいはイスラム国だけでなくて広くアラブの人たち、あるいはイスラムの人たちにとって、日本はやっぱりそうだったのかっていうイメージをあれは与えるものでしたよね。だから。萱野:なるほど。イスラエル首相とテロとの戦い、イスラエルの国境がここに見えてるっていう……。黒木:そうなんです。で、イスラエルは要するにパレスチナ人をテロリストだっていう形で、今までカザであれだけのことをしてきたわけですよ。それと一緒になるっていうふうに宣言しちゃったわけですからね。これはやはり長期的に大きな問題になると思います。非軍事と軍事の境界線非軍事と軍事の境界線萱野:なるほど。中立だというのは、中立が大事だというのは私もそのとおりだと思うんですけども、一方で今の状況を見ると、日本は例えば平和的に非軍事的に関与しろという意見がある中で、軍事と非軍事の区別が付けにくくもなってると思うんですよ。例えば、欧米で人質になってる人たちを見るとほとんどの人が人道活動家ですよね。人道支援に行っても人質になって首を切られてしまう。要は人道支援自体が軍事行動と一緒でなければ、今やあそこら辺では立ちゆかないということでもあると思うんですね。 逆にあと、自衛隊の活動自体も、例えばサマワに派遣されたときの自衛隊というのはほとんど人道支援のようなことをやってわけで、そこも軍隊だから軍事行動を直接するというわけでは必ずしもなくて、そこでも非軍事的支援と、軍事的な組織や行動ということが線引きできなくなってきているところがあると思うんですよ。そういう中で日本は本当に非軍事的な方向だけで行きますっていうことが言えるのかどうかっていうことは、少し私はちょっと考えてしまうところがあるんですね。その点に関して高橋さん、どのようにお考えですか。高橋:1つはサマワですけど、非軍事的で自衛隊だといってもアラビア語になってしまうと、自衛隊も軍隊もあんまり正確に区別はしてもらってないですし、もちろんサマワの周辺の人はよく分かってますけど、ファルージャでアメリカ軍と戦ってる人はそうは思わないですよね。だから、そこのところは難しいですよね。日本人が心の中で日本人は勝手に区別してるんですけど、中東の人にそう見えるかっていうのはまた別問題ですよね。だからやっぱり、問題、問題で、イシューごとの是々非々じゃないかなと思うんですよね。例えば、ソマリア沖で今自衛艦が海賊対策に当たってますよね。それによって各国の商船は安全になるわけですから、それに文句を言う人はあんまりいない。ただ、実際にじゃあ、またイラクにしろ、シリアにしろ、自衛隊が行くということになれば、たぶんまったく感覚は違ってくると思うんですね。ですから、一概に自衛隊が出ていくこと、これだから駄目、あれだから絶対駄目という問題ではなくて、イシューだと思うんですね。平成16年3月、イラクの人道復興支援で、パトロールを行う陸上自衛隊の軽装甲機動車=イラク・サマワ(内藤博撮影)萱野:日本が例えば非軍事的な関与を強める。今、有志連合の中には日本も一応、入ってるわけですね。その中で非軍事的な協力だけをするといっても、結局、全体が軍事行動も含めて有志連合になってるということを考えると、非軍事的に有志連合に関わるっていうこと自体が、日本人が思ってるように非軍事的だっていうふうな形で区別されないんじゃないかなっていう気もするんですけど、高橋:いや、おっしゃるとおりで、だから、イスラム国側が区別はしてないですよね。だから、今回安倍さんの、安倍総理の発言で問題になってるのは、人質が取られているにもかかわらず、あれだけ威勢のいいことを言うのが政治的に賢明であったかという判断であって、難民支援に対して批判というのは私はないと思うんですよね。黒木:それは難民支援だと言えばいいわけですね。本当に苦しんでる人たちを助けるんだと。だから、それはもう本当に自分が何かものを言ったときにどう解釈されるかっていうことですよね。日常生活でもわれわれありますよね。こういうことを言ったけども、そういうつもりはなかったけど、こう解釈されてしまうっていうことですよね。で、それはもう常に考えないといけないわけですよ、ああいう立場の人は。萱野:なるほど。非軍事と軍事の境界線がなくなる中で、今後も非軍事的な関与をやっぱり貫くべきなんだということでしょうか、今のお話というのは。貫き続けることができるんでしょうか。高橋:うん。これまでやってきて、これからできない理由はないなと私なんかは思うんですけど、少なくとも私が中東を旅行してて、いろいろ問題はあるんですけど、少なくとも日本の兵器で死んだ中東の人は1人もいないというのはね、ほっとしますよ。やっぱり、日本人がカラシニコフよりいい兵器を作って、やはり日本製の兵器はよく当たって、たくさん敵を殺しましたと言われるよりは。うーん。萱野:なるほど。日本車はたくさん走ってますけどね、戦場で。性能がいいんでしょうね、それは。なるほど。はい。春香クリスティーン:はい。時間もあとわずかになりましたけど。■プロフィール黒木英充(くろき ひでみつ) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授。専門は中東地域研究、東アラブ近代史。1990年代に調査のためシリアに長期滞在、2006年以降はベイルートに設置した同研究所海外研究拠点長として頻繁にレバノンに渡航。主な著書に『シリア・レバノンを知るための64章』(編著、明石書店)など。鈴木恵美(すずき えみ) 早稲田大学イスラーム地域研究機構招聘研究員。専門は中東地域研究、近現代エジプト政治史。著書に『エジプト革命』中公新書、編著に『現代エジプトを知るための60章』、他、共著多数。高橋和夫(たかはし かずお) 評論家/国際政治学者/放送大学教授(中東研究、国際政治)。大阪外国語大学ペルシャ語科卒。米コロンビア大学大学院国際関係論修士課程修了。クウェート大学客員研究員などを経て現職。著書に『アラブとイスラエル』(講談社)、『現代の国際政治』(放送大学教育振興会)、『アメリカとパレスチナ問題』(角川書店)など多数。萱野稔人(かやの としひと) 1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。博士(哲学)。哲学に軸足を置きながら現代社会の問題を幅広く論じる。現在、朝日新聞社「未来への発想委員会」委員、朝日新聞書評委員、衆議院選挙制度に関する調査会委員などを務める。『国家とはなにか』(以文社)、『ナショナリズムは悪なのか』(NHK出版新書)他著書多数。春香クリスティーン 1992年スイス連邦チューリッヒ市生まれ。父は日本人、母はスイス人のハーフ。日本語、英語、ドイツ語、フランス語を操る。2008年に単身来日し、タレント活動を開始。日本政治に強い関心をもち、週に数回、永田町で国会論戦を見学することも。趣味は国会議員の追っかけ、国会議員カルタ制作。テレビ番組のコメンテーターなどを務めるほか、新聞、雑誌への寄稿も多数。著書に、『永田町大好き! 春香クリスティーンのおもしろい政治ジャパン』(マガジンハウス)がある。

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    人質事件を契機に考える 海外邦人の安全をどう守るか?

    菅原出(国際政治アナリスト)(THE PAGEより転載) 過激派組織「イスラム国(IS)」による日本人人質事件を契機に、海外にいる日本人の安全をどう守るかについての懸念が強まっているようです。2013年1月にアルジェリアのイナメナスで人質テロ事件が発生した時にも、海外邦人の保護についての議論が盛んに行われましたが、今回の事件を受けて、日本政府の邦人保護体制や今後の対策について考えてみたいと思います。 イナメナス事件では、テロに巻き込まれた民間企業に対して、日本政府が事前に十分な情報を提供できなかったり、現場の状況把握が遅れたことから、事件後「官民協力」の必要性が叫ばれました。その後、外務省と民間企業との間で定期的な官民協力セミナーが開催され、両者の人的交流や情報交換の機会も増え、平時からの情報共有や緊急時の協力体制などの面で大きな前進が見られています。邦人人質事件を報道する中国各紙(共同) 一方、ジャーナリストや旅行者のように海外の危険地に行く個人については、外務省側から危険情報などを配信して注意喚起を行う以上のあまり有効な手だてがないのが現状です。外務省は個人の旅行者向けには、「たびレジ」という新たな制度を導入しており、旅行日程、滞在先や連絡先などを登録しておくと、万が一滞在先でテロや暴動などの緊急事態が発生した際には登録した個人に緊急連絡が入る仕組みになっています。 しかし、シリアのように外務省でさえ大使館を閉鎖している国においては、当然に政府の情報収集能力も限られるので、十分な注意喚起も、邦人に事故などが発生した際の救援などもできません。このため、外務省はシリア全土を4段階の渡航規制でもっとも厳しい「退避勧告」地域に指定して、「退避を勧告します。渡航は延期して下さい」と呼び掛けています。 アフガニスタンも同じように「退避勧告」地域に指定されていますが、同国では日本大使館が今でも活動をしており、日本人の現地への渡航を厳しく規制しています。アフガニスタンの場合は入国に際してビザの取得が必要ですから、日本政府はアフガニスタン政府と協力して日本人へのビザ発給を制限することができます。実際駐日アフガニスタン大使館にビザを申請するには、外務省の添え状が必要になりますので、外務省側はアフガニスタン渡航を希望する日本人の存在を事前に把握し、渡航を見合わせるように個別に伝えることができます。「海外における邦人保護」という言葉で括れない問題 しかし、シリアに行こうとするジャーナリスト等は、トルコに渡航した後にトルコとの陸上国境を越えてシリアに入国するので、日本政府が彼らの動きを把握することは非常に困難です。トルコには観光客だけで年間35万人近くの日本人が訪れますので、その中の誰がシリアに渡航する気があるのかを事前に調べて渡航見合わせを要請するなど、事実上不可能でしょう。これは各国とも同じであり、シリアへ渡航する外国人戦闘員の流れを止められない理由の一つとなっています。 海外で危険に遭遇するリスクを下げるには、現地の情報をしっかり収集して、事前に注意しなければいけない地域やエリアを把握し、犯罪などの傾向や手口を知り、各自が気をつけるしかありません。そのための情報は外務省の海外ホームページ等で十分に得ることができます。また「たびレジ」なども極めて画期的なシステムです。 しかし、ジャーナリストのように危険な地域に入ることで仕事をしている人たちは、自分の旅程を外務省に知らせれば止められることを知っていますから、当然外務省に事前に「これからシリアに行ってきます」とは伝えないでしょう。また、たとえ外務省が事前に知ったとしても、「どうしても行きたい」と希望する個人の権利を制限することは困難です。 危険を承知で紛争地や戦地に赴くジャーナリスト等の安全を、現在の政府の邦人保護の仕組みで守ることは困難ですし、そうしたジャーナリストたちも政府に守ってもらうことを期待していないでしょう。海外でビジネスをする駐在員や観光客等の安全を守ることと、戦場ジャーナリストの問題は、同じ「海外における邦人保護」という言葉で括れない全く別の性質の問題であることを、しっかりと認識することが大事だと思います。すがわら・いずる 国際政治アナリスト、危機管理コンサルタント。米国の対テロ政策、中東など紛争地域の政治・治安情勢に詳しい。著書に『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房)、『リスクの世界地図』(朝日新聞出版)などがある。

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    国民の命を守ることが違憲か 「内なる敵」のため迷走する邦人救出問題

    いのか。もっと貧乏な国だって来ているじゃないか”と言われました。それが他国の人たちの率直な感想です。安全保障問題で、よく普通の国になる、ということを言いますが、しかし、普通の国というのがどういうものか、ということを、日本の国民のほとんどが知らないと思います。私はむしろ、そっちの方が問題じゃないかと思っています」 国家が「自国民の命を守る」という当たり前のことが、日本では「許されないこと」なのである。倒錯した法理倒錯した法理 それは、一体、なぜだろうか。 自衛隊機が邦人救出のために海外に派遣されることに対して、日本では大きな反対論がある。 「海外での武力行使に繋がる」 「それは、憲法違反だ」 そんな信じがたい主張をおこなう政治勢力やジャーナリズムが日本には存在しているからである。いや、むしろ、その方が優勢だといってもいいだろう。 国民の「命」を守ることは、言うまでもないが、「究極の自衛」である。そのことが、「憲法違反になる」という倒錯した法理を説く政治勢力や学者、ジャーナリストが、日本では驚くほど多い。 どこの国でも、腹を抱えて笑われるようなそんな空虚な言論が大手を振り、実際にマスコミでは、その意見が大勢を占めている。 「自国民を助けに行くことは不自然でもなんでもなくて、“自衛”なんです。なにも戦争を仕掛けに行くわけでもないし、当たり前の話だというふうに、世界の誰もが考えている。でも、その国際常識がないのが、日本なんですよ」 伊東氏もそう語る。 「戦争は嫌だ、という人が多いですが、戦争なんか誰だって嫌なんですよ。誰も戦争なんかやりたくない。だから、それとこれとは次元の違う話だ、ということがわからないんです。日本のようにボケるほど平和な国というのは幸せなんだろうけれども、あまりに考え方が現実離れしています」 イエメンで自分たちが救出されたことを伊東氏は、こう捉えている。 「私たちが助けてもらったケースなどは、自国民の救出を日本が“他国に委ねた”ことになります。それは、逆の場合もなければ、少なくとも対等なつき合いとは言えないですよね。しかし、では、東アジアで同じようなことが起こり、今度は他国から救出を頼まれた時、日本はどうするんでしょうか。自国民の救出すらできない日本が一体、どんなことができるのか。イエメン内戦の場合、国際社会が、力を合わせて私たちの命を守ってくれました。しかし、日本はどうするのか、私はどうしてもそのことを考えてしまいます」 そこには、世界の常識から逸脱した日本の姿がある。そして、残念なことに、自国民の命を助けることを「憲法違反」などと言う“内なる敵”への配慮から、日本はいまだに有効な法改正ができないままなのである。 イエメンでの出来事が教訓となって1994年11月、自衛隊法が一部改正され、第百条に〈在外邦人等の輸送〉という項目が加わった。 〈輸送の安全が確保されていると認める時〉は、航空機による当該邦人の〈輸送を行うことができる〉とし、輸送は政府専用機で行い、困難な時は、〈その他の自衛隊輸送機で行う〉ことができるようになったのだ。 しかし、その要件の中には、〈安全の確保〉がなによりも優先されたため、紛争国への派遣は、認められなかった。つまり、イエメンのような紛争地帯には飛んでいくことが「できない」のである。 邦人救出のために奔走した秋山進・イエメン大使はこれに対して、外務省の内部文書で以下のような意見を提出している。 〈先の内戦の際、独、伊、仏及びジョルダンの協力を得て約100名の邦人を無事国外に脱出させることが出来た。イエメン内戦を契機として改正された「自衛隊法第100条」は「当該輸送の安全について、これが確保されていると認めるときは」航空機による輸送を行うことが出来るとしているところ、他の先進諸国が実施している様に、「危険があれば、それを排除してでも邦人を救出する」ことの出来る制度が早急に確立されることが望まれる〉 それは国際紛争の実態をはじめ、「現場」を知る外交官として、当然の提言だっただろう。それでも救えない日本それでも救えない日本 『日本、遥かなり』では、2011年2月のリビア動乱の際の邦人救出問題も詳細に描かせてもらった。 前年暮れに起こったチュニジアでのジャスミン革命が、独裁者カダフィが支配する隣国リビアにも波及。首都トリポリをはじめ、リビア全土が大混乱に陥った。しかし、この時も日本からは邦人救出のための航空機は飛ばなかった。 邦人は、各国の民間機、軍用機、あるいは軍艦……等々でかろうじてリビアからの脱出を果たしている。 つまり、この時も、危機一髪の事態で、他国に救出を“委ねて”切り抜けている。それは、いくら政府専用機ができようと、課せられたさまざまな条件のために、他国のように「なにを置いても自国民を救出する」という行動が取り得ない日本の実情が露呈されたことになる。 そして、残念なことに紆余曲折の末に2015年9月に成立した一連の安全保障関連法(安保法制)でも、その実態は変わらない。平成25年1月、アルジェリアのテロ事件で犠牲となった日本人の遺体が帰国。関係者が献花し、黙とうを捧げた=羽田空港 それは、2014年5月15日、内閣総理大臣の諮問機関である安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が出した報告書の中の重要部分が安保法制には「採用されていない」からである。 邦人救出問題について、報告書には、こう書かれていた。 〈国際法上、在外自国民の保護・救出は、領域国の同意がある場合には、領域国の同意に基づく活動として許容される。(略)なお、領域国の同意がない場合にも、在外自国民の保護・救出は、国際法上、所在地国が外国人に対する侵害を排除する意思又は能力を持たず、かつ当該外国人の身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害があり、ほかに救済の手段がない場合には、自衛権の行使として許容される場合がある〉 そして、報告書は、「国家の責務」という言葉まで用いて、こう提言している。 〈多くの日本人が海外で活躍し、2013年1月のアルジェリアでのテロ事件のような事態が生じる可能性がある中で、憲法が在外自国民の生命、身体、財産等の保護を制限していると解することは適切でなく、国際法上許容される範囲の在外自国民の保護・救出を可能とすべきである。国民の生命・身体を保護することは国家の責務でもある〉 この提言の一部は、安保法制によって実現した。自衛隊法の改正によって、<在外邦人等の保護措置>という項目が新設され(第八十四条の三)、在外邦人がなんらかの危機に陥った時、これまでの「輸送」だけでなく、「救出・保護」を自衛隊が行えるようになったのだ。 防衛大臣は、外国における緊急事態に際して生命又は身体に危害が加えられるおそれがある邦人の〈警護、救出その他の当該邦人の生命又は身体の保護のための措置〉を内閣総理大臣の承認を得て、これを行わせることが可能になったのである。 しかし、その要件として、領域国が公共の安全と秩序を「維持」しており、領域国の「同意」があり、さらには領域国の関連当局との「連携・協力」の確保が見込まれる場合にのみ、自衛隊は、在外邦人の「救出・保護」を行える、とした。 これは、逆にいえば、この三要件が満たされなければ、自衛隊は在外邦人の「救出・保護」にはあたれないという意味である。 つまり、「邦人救出」には、いまだに、手枷足枷が嵌められており、そのため、自衛隊は海外で窮地に陥った在留邦人を救い出すことは極めて難しいのである。安全の確保を絶対条件とする「邦人輸送」に続き、国会審議と反対勢力への配慮から、懸案の在外邦人救出問題は解決を「阻止」されたのである。「大きな犠牲が必要」「大きな犠牲が必要」 私は『日本、遥かなり』の取材の過程で、かつて駐ペルー特命全権大使を務めた青木盛久氏(76)に話を伺った。 青木氏は、1996年にペルー日本大使館公邸占拠事件に遭遇し、ペルー政府の要人やペルーで活動する日本企業の駐在員らと共に127日間もの人質生活を体験している。 青木氏は、のちにケニア大使も務め、外務省での外交官生活は40年近くに及んだ。その間、多くの紛争や事件に遭遇しており、邦人救出問題にも詳しい。その青木氏に邦人救出問題について、意見を求めたのだ。 「国として邦人救出のために法整備を行い、そのためにさまざまな選択肢を持つことについては賛成しますが、これは、五年や十年でできる話じゃありません」 青木氏はそう語った上で、こんな意見を披瀝した。 「そういうものを選択肢として持っていない国は、主要国としては日本だけでしょう。しかし、ほかの国と同じように、自国民を救出できるような法案は、また“戦争法案”と言われてしまいます。要は、国民の意識が変わらないと、とても無理でしょうね」 これを実現するためには、「大きな犠牲」が必要だと、青木氏は指摘する。 「日本は、“大きな犠牲”が生まれるまでは、そういう選択肢をたぶん持たないだろうと思うんですね。つまり、その選択肢を持っていなかったために、多くの邦人が海外で命を失うことにならなければ、国民の意識は変わらないと思います。残念ですが、日本人の意識が変わるには、それが必要なのでしょうね」  在留邦人の生命を救うという「究極の自衛」を阻止しようとする人々と、そのことによって生まれるに違いない犠牲者-私は、憲法が存在している「真の意味」さえ理解できない人々の罪の大きさを、どうしても考えてしまうのである。かどた・りゅうしょう 昭和33(1958)年、高知県生まれ。中央大学法学部卒。ノンフィクション作家。『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『太平洋戦争 最後の証言』(角川文庫)、『死の淵を見た男-吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP)など著書多数。『この命、義に捧ぐ台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡』(角川文庫)で山本七平賞受賞。

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    人質事件 現地国に責任丸投げするのが日本政府の悪しき伝統

     最悪の結果を迎えたイスラム国による日本人人質事件で、日本政府はヨルダン政府に頼り切りの状況だった。これまでも「現地国に責任を丸投げする」というのが、政治家・官僚ともに責任を取りたがらない日本政府の悪しき伝統でもある。 1996年に発生した「在ペルー日本大使公邸占拠事件」では天皇誕生日のレセプション中に武装勢力が乱入し、日本人駐在員やペルー政府関係者などを人質として約4か月にわたって占拠した。最終的にペルー軍と警察の特殊部隊が公邸に突入し、犯人グループを全員射殺し、犠牲者を出しながらも日本人全員が生還するという結末だった。 フジモリ大統領が特殊部隊に突入を指示する際、事前に日本への通告がなかったことが後に話題になった。大使館は治外法権であり、軍が許可もなく入ることは許されない。当時の橋本龍太郎首相はそれを「遺憾」と語っている。「イスラム国」日本人人質事件 後藤健二さん殺害の報を受けて多くの報道陣が集まる現地対策本部=2015年1月31日、ヨルダン・アンマン(大西正純撮影) だが、事件後に大統領官邸で行なわれた記者会見で、フジモリ大統領はその点を明確にするよう迫った本誌記者に気色ばんでこう答えている。「情報管理はすべてわれわれの手で、われわれの責任だけでやった。われわれに対し、誰も平和的解決に向けた具体的計画を示さなかった。だからわれわれの政府だけで解決した。これはあなたがたが望んだ結末でしょう」 つまり、日本政府は“平和的解決を”と注文をつけながら具体策も示さずにペルー政府に丸投げ。当時、本誌取材に対して政府中枢筋は「官邸とフジモリ大統領の間で、“武力突入やむなし”という暗黙の合意があったと考えていい」と話している。万一、強行突入で犠牲者が出た際にも日本政府に責任が及ばないよう予防線を張っていたのだ。 その姿勢は、ヨルダンに解決を丸投げした今回の人質事件でも全く変わっていない。 米英はテロリストとは一切取引しないと明言し、それを実行しているが、世界の人質交渉の実態について元駐レバノン特命全権大使の天木直人氏が解説する。「レバノン大使時代、頻繁に行なわれていたイスラエルとヒズボラ(レバノンのシーア派イスラム主義者組織)の人質交換を近くで見てきたが、すでに亡くなっている人質を生きているものとして交渉するなど、タフな騙し合いが常態化していた。日本とはレベルが違いすぎます」 フランスなどイスラム国との人質交渉で身代金を払う国もあるが、その場合も日本のやり方とは違う。国際政治アナリストの菅原出(いずる)氏はこう指摘する。「各国にいる交渉のエキスパートが出てきて、値切り交渉から人質の生存確認まで、ギリギリに条件を詰めたうえで支払いに応じている」 責任問題となることを恐れ、他国に丸投げする政府など先進国では我が国だけなのだ。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ【1/2】「北にそっくり」■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画【1/2】「鏡のない国のパク」■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ【3/4】「TPP後の世界」■ アルジェリア事件 人質犠牲でも英仏支持の理由を大前氏解説■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画【1/2】「根拠のないデマ」

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    軍事専門家「銃器犯罪少ない東京はテロ警備能力が格段に低い」

     「フランスだけでなく、ヨーロッパを狙ったテロが数日から数週間以内に再び起こる可能性がある」。パリ同時多発テロ「13日の金曜日」から3日後、フランスのバルス首相はラジオ番組でこう警告を発した。 しかし、危険なのはヨーロッパだけではない。テロリストの照準は日本にも定められている。イスラム国の電子広報誌は今年2月以降、日本をテロのターゲットにするとたびたび宣言してきた。実際、人質にされ、斬首動画を公開されたアジア人は日本人だけ。 「背景には、1月の安倍首相による、イスラム国と対立する中東諸国への約2億ドルの人道支援の表明があります。それにより、イスラム国は日本を敵認定しているのです」(外交ジャーナリスト) 警察関係者が言う。 「来年開催の伊勢志摩サミットや2020年夏の東京五輪など国際的なイベントに向けてテロ対策を進めているが、そんな悠長なことは言っていられない。日本の治安当局も今回のテロを受け、“臨戦態勢”に入っています」 日本国内でもすでにフランス大使館など外交施設、フランス系企業が入ったビル、フランス人学校などで機動隊による警備が強化されているが、警戒の対象はここだけではない。 「ロシア関連施設も要注意。というのも、10月末に起きたロシアの航空機の墜落も、ロシアを敵視するイスラム国によるテロだったからです。プーチン大統領の年内訪日の予定が見直しになったのも、パリ同時多発テロの影響でしょう」(前出・警察関係者) 日本政府の関連施設でいうと外務省や防衛省、経産省など、霞が関がまず警戒を強化している。そして、そのすぐ近く、虎ノ門も要警戒エリアだ。虎ノ門には、イスラム国が目の敵にするアメリカの大使館がある。 「アメリカ大使館には『中近東分析室』というアメリカ政府の情報機関『CIA情報総局』の下部組織があり、実はそこでイスラム国などに関する情報の分析を行っているのです。情報を持っているCIA関係者が頻繁に出入りしているので、テロの警戒を強めています」(米軍関係者) 軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏が指摘する。 「東京の対テロ警備能力はパリやニューヨークに比べて格段に低い。もともと銃器犯罪が少ないので、備えができていないんです。もし通勤ラッシュの新宿駅でテロリスト数人がカラシニコフ(自動小銃)を乱射したら、数百人が犠牲になるでしょう。 銃犯罪に慣れている海外ならすぐに特殊部隊が駆けつけて制圧しますが、日本のピストルを持った警官では相手にならない。機動隊投入にも数十分はかかる。国会や首相官邸にしても重装備のテロリストが10人ほどいたら簡単に突破できます。これも諸外国では考えられないことです」 日本国内で暮らす私たちの身近に、ひたひたと迫っているテロリストの影。パリでの出来事は決して、対岸の火事ではない。関連記事■ イスラム国の目標 イスラエル、レバノンなど支配地域の拡大■ イスラム国日本標的宣言 中央省庁警備に機動隊1個中隊増員■ 日本の原発 「テロリストが制圧できる可能性高い」と専門家■ 安倍首相「イスラム国に罪償わせる」発言は非現実的言い逃れ■ 安倍首相 エジプトでの前のめり演説で揚げ足取られたとの声

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    「東シナ海さえ平和なら全てよし」は短絡だ 南シナ海にも積極的に関与せよ

    相は、アメリカによる「航行の自由作戦」に対して支持を表明し、自衛隊の南シナ海への派遣について「日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討する」とした。「存立危機事態」への誤解 日本は石油の83%、天然ガスの30%を政情不安定な中東に依存しており、これら化石燃料は1万2千キロもの長大な海上交通路(シーレーン)を通って運ばれてくる。 シーレーンは国民生活と日本経済の生命線である。しかし昨年の安保法制をめぐる議論では、ペルシャ湾にあるホルムズ海峡の機雷除去に対して、日本から遥(はる)かに離れた場所にあり、集団的自衛権行使の前提となる「存立危機事態」に該当しない、などと反対の声が上がった。 さらに南シナ海への自衛隊派遣についても、自民党有力議員からでさえ、南沙(スプラトリー)諸島で何が起ころうが日本には直接には関係がない、といった発言が飛び出す始末だ。 安全保障は“日本からの距離”で判断すべきではないことは言うまでもない。また東シナ海さえ平和であれば全てよしとする思考は、あまりにも短絡である。新編された「第9航空団」 シーレーンの問題を東海道新幹線にたとえてみる。新大阪-京都間で強風のために新幹線が止まれば、当然その影響で品川-東京間のダイヤも乱れる。新横浜-品川間で列車故障になれば、間近な東京駅にもたどり着けない。 新大阪-京都間を「ペルシャ湾」、新横浜-品川間を「南シナ海」、品川-東京間を「東シナ海」と見立てれば、シーレーンのどこで問題が生じても、中東からの石油は日本に届かないことがおわかりいただけよう。 つまりシーレーン上に発生するいかなる武力衝突も、実質的に日本の存立危機事態となるのだ。新編された「第9航空団」 中国の力による強引な現状変更が進む南シナ海は、周辺各国の領有権主張がぶつかり合うため、武力衝突の危険性は高く、場合によっては日本が存立危機に陥る。 東シナ海も同様に危機が高まっている。領空へ接近する外国軍機へのスクランブル発進回数は急増しており、平成27年度第3四半期までに567回、そのうち、中国機に対するものは66%を占めている。平成23年度から4年間で中国機への発進回数は約3倍に増えているのだ。 こうした事態に対応すべく1月31日、航空自衛隊那覇基地の南西航空混成団隷下に「第9航空団」が新しく編成された。これまでの1個飛行隊(F15戦闘機20機体制)から、2個飛行隊(同40機体制)に増強されたのである。これによって抑止力は格段に向上し、領空侵犯の対応にあたるパイロットの任務の負担も軽減された。第9航空団の記念式典後、那覇基地上空を編隊飛行する自衛隊機=1月31日午後 士気もすこぶる高い。「全ては国民の生命財産を守るため」「南西域の空の守りは任せてください」-団司令の川波清明空将補をはじめ、隊員の表情は実に頼もしく、彼らの発する忠恕(ちゅうじょ)にあふれた言葉と決意には胸打たれるものがある。 ところがそんな空自の増強に対しても、懸念の声が上がっているのだ。現在、沖合に第2滑走路が建設中だが、那覇空港の滑走路はわずか1本。民間旅客機がひっきりなしに離着陸する合間を縫って、空自機が舞い上がってゆく。 地元紙は自衛隊機の増強によって那覇空港が一層混雑し、民間機の離着陸への影響を危惧する。 しかし、それこそ本末転倒ではないか。那覇空港が過密化する原因は中国の挑発行為にある。非難すべき相手は中国にあるのだ。島嶼防衛は喫緊の課題 鹿児島南端から、日本最西端の与那国島までの島嶼(とうしょ)部は1300キロほど、ほぼ本州と同じ長さだ。しかし、沖縄本島には空自第9航空団の他にはP3C哨戒機を有する海自第5航空群はあるものの、護衛艦は1隻も配備されていない。陸自も総員2100人の第15旅団のみで、戦車部隊も野戦特科(砲兵)もない。 そんな南西方面の抑止力を高めるため、目下、防衛省は島嶼防衛を「喫緊の課題」として取り組んでいる。 この3月末には与那国島に150人規模の陸自の沿岸監視部隊が配置される。これまで無防備だった奄美諸島や、5万人の人口を抱える石垣島や宮古島への自衛隊配備も必要だ。 武装海警船による領海侵入で、いまや東シナ海の危険度は南シナ海と変わりがなくなっている。 もとより、東シナ海も南シナ海も、中国の軍事戦略目標ラインである第一列島線の内側にあり、そこには安全が保障される境界線など存在しない。だからこそわが国は、東シナ海のみならず南シナ海に対する積極的関与が必要なのである。南西方面の防衛力強化を急がなければならない。いのうえ・かずひこ ジャーナリスト。昭和38年、滋賀県生まれ。法政大学卒。軍事・安全保障・外交問題などをテーマに、テレビ番組のキャスターやコメンテーターを務める。航空自衛隊幹部学校講師、東北大学大学院・非常勤講師。著書に『ありがとう日本軍』(PHP研究所)、『日本が戦ってくれて感謝しています2』(産経新聞出版)など多数。

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    「テレビ局は公平を破る勇気を」 一部識者の煽動は浅薄なヒロイズムだ

    間にわたって紹介するなど、最たる例だ。まさに世論誘導に等しい」「(反対派を主に取り上げていて)本来の安全保障法案の中身に関して視聴者に提供する様子が全く見られない。(中略)私は安全保障法案賛成と言っているわけではないが、マスメディアとは視聴者に公平な目で考えさせることが本来のあり方だと思う」「男性司会者が『メディアとして法案廃案を訴え続けるべきだ』と発言した。メディアがそんなことを言っていいのか」「『説明不足』などと報じているが、メディアが安保法案について詳しく説明したことがあったのか」…。 たしかに、安倍晋三首相を生出演させて説明させながら、キャスターと一部のゲストの「反安倍」ばかり印象づけた夕方の民放ニュースもあった。かつて、新設の消費税について政治家が説明するのを「聞く耳持たぬ」と芸能人らがまぜっ返した某局の演出も思い出す。この8月の「戦後70年安倍談話」にも「はじめから批判ありきの放送姿勢」を指摘する声がBPOに寄せられたという。 放送界の内外で相当多くの人が誤解している。NHKは政治的公平を厳守すべきだが民放局は偏向に構わず編集し主張してもよい、という通念だ。そんな区別はどこにも存在しない。「放送法」第4条には、守るべき義務が4項あるが、その第2項には「政治的に公平であること」と明示してあり、民放には厳格に適用されないなどとは書いてない。 放送事業者側も、約20年前、日本民間放送連盟(民放連)とNHKが共同で定めた「放送倫理基本綱領」に「多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持」「事実を客観的かつ正確、公平に伝え」などの文言を明記した。浅薄なヒロイズムは論外 日本では、昭和26年以来、かなりの民放局が新聞社主導で誕生し育成された歴史的由来もあり、新聞の類推で民放のあり方を考える趣があるが、新聞には“新聞法”などはなく、開業から発行も「社論」の明示も一切、自由だ。放送は、有限の電波資源の割り当てを受けて開局を免許され放送法を適用される事業だ。 そこでまた放送人には誤解が生まれる。法を守って仕事したら萎縮して放送の活力が減ずる、と。放送人らしいセンスを欠き、個性的な工夫の楽しみを知らないことを告白した言だ。公平な両論併記でかえって放送は立体化し、厚みを増して盛り上がるのだ。一方のプロパガンダだけを取り次ぐのは最も安易、手抜きでしかない。 公平を破る勇気を持て、と一部識者が煽動(せんどう)するのは浅薄なヒロイズムと一笑に付せばよい。はねあがりからは情も理も生まれない。重心の低い、骨太な記者や制作陣が、確かな「自律の感覚」をもって生み出す放送こそ、国民の信頼を得、政治的教養を深めるためにも貢献できる。 日本の放送90年、民放65年。民放連の「報道指針」にも言う「節度と品位」を具(そな)えた電波へ。再出発する節目が訪れている。はが・やすし 昭和3年生まれ。北九州市出身。東京大学文学部国文科卒。東洋大学・法政大学助教授、東京工業大学教授(その間旧西独ルール大客員教授、NHK部外解説委員など)を経て現職。日本文化・日本語と現代政治を包括的に論究。NHK「視点論点」「ラジオ深夜便」に出演。「日本人らしさの構造」「売りことば買いことば」「言論と日本人」「日本人らしさの発見」ほか著書多数。

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    “TBSの顔”「岸井成格」とは何者か

    潮匡人(拓大客員教授、評論家)保守派陣営への罵詈雑言 “TBSの顔”と評して間違いない。平日は連夜、「NEWS23」(MC・膳場貴子)のアンカーを務める。日曜日にも毎週、「サンデーモーニング」(司会・関口宏)のコメンテーターとして出演。TBSの社長を知る視聴者は少ないが、彼の顔は広く知られている。 安住紳一郎アナを別格とすれば、凡百の局アナより知名度が高い。TBSの報道を主導している。「顔は言い過ぎ」との反論を封じるため、「NEWS23」公式サイトを借りよう。 《TBS/JNN系列でもおなじみの“顔”であり、週末の「サンデーモーニング」や各ニュース番組、選挙特別番組などでコメンテーターとして活躍中》 実際、たとえば二〇一四年末の報道特別番組「報道の日2014」(司会・関口宏、膳場貴子。TBS系列)にゲスト出演した。二〇一五年末も同様の待遇となろう。ちなみに、右サイトはこう続く。NEWS23のアンカー、岸井成格氏 「政治はもちろん、経済・社会から世界の動向まで、鋭い視点で切り取り、時代の深層を抉り出す力、さらにそれを明解な分析と分かりやすくテレビで伝えることができる力。この双方を備えた、稀有なジャーナリストといっても過言ではない」 まさに、べた褒め。恥の感覚を忘れた自画自賛と言ってもよい。我田引水、誇大広告、虚偽宣伝と評してもよかろう。以下、そう評する理由を述べる。 岸井成格。一九四四年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。ワシントン特派員、政治部副部長、論説委員、政治部長、編集局次長、論説委員長などの要職を経て、〈記者のトップである主筆を3年間務めてきた〉(TBS)。いまもアンカー業の傍ら、毎日新聞特別編集委員(役員待遇)を兼ねる。 TBSに加え、“毎日新聞の顔”と言ってもよい。事実、毎日新聞社の公式サイトは「情報番組などにコメンテーターとして出演するなど、毎日新聞の“顔”として多くの人におなじみの論客陣」のなかで岸井をトップで紹介している。 新聞「記者」、それも論説委員長や主筆まで務めた毎日の“顔”にしては著書が少ない。単著は『大転換──瓦解へのシナリオ』(毎日新聞社)だけ。対談本を含めた共著が三冊。編著を入れても合計七冊しかない(国立国会図書館サイト検索)。 問題は量より質だ。最新刊(二〇一三年三月刊)は、佐高信との対談『保守の知恵』(毎日新聞社)。なかで安倍晋三総理や閣僚を「タカ派」と断じて呼び捨て、揶揄誹謗している。政治家に限らない。自称「保守の知恵」を語りながら、いわゆる「保守」陣営への罵詈雑言を重ねている。岸井氏と佐高氏の恥ずかしい誤解岸井氏と佐高氏の恥ずかしい誤解 いまに始まった手法ではない。同書は、二〇〇六年発刊の『政治言論』(毎日新聞社)の続編に当たる。同じ対談本で、相手はもちろん佐高信。なかで佐高が「偏狭なナショナリストが晋三の周りにはたくさんいる」「たとえば岡崎久彦なんていうのも入っているわけでしょう?」と訊く。 岸井の答えは以下のとおり。「入ってる。中西輝政とか八木秀治とかね」 物心両面にわたり、岡崎大使のお世話になった者として聞き捨てならない。岡崎研究所特別研究員として岸井に問う。岡崎の、どこがどう「偏狭」なのか。一連の著作はどれもバランスがとれている。「真正保守」を名乗る右派から「親米ポチ保守」とレッテルを貼られたアングロサクソン重視派の岡崎が、「偏狭なナショナリスト」のはずがない。岡崎久彦・元駐タイ大使 同書発刊当時は第一次安倍政権。つまり岸井と佐高は、第一次、第二次とも安倍政権のときに対談し、総理以下の安倍陣営や保守派を揶揄誹謗してきた。念のため検索してみたが、「八木秀治」なる人物に該当者はいない。 ありがちな文字変換ミスでもこうはならないが、「八木秀次」(麗澤大学教授・日本教育再生機構理事長)の間違いであろう。お互い様なので、誤字誤植は咎めない。 問題は認識評価である。同書によるなら、たとえばフジテレビジョンは「偏狭なナショナリスト」に番組審議委員を委嘱したことになってしまう(八木は委員)。偏狭なのは岡崎や八木ではなく、岸井と佐高の主義主張ではないのか。 同書で岸井はこう語る。「理想論とかを頭に置いていると、政治記者という仕事はできない。もし理想論にこだわる人だったら、独立すべきだよ」 ならば、新聞社の役員待遇にしがみつくことなく、さっさと自主独立すべきであろう。なぜなら、そういう岸井自身が、よく言えば理想論、普通に言えば偏狭な主義主張にこだわる人だからである。「理想論」にこだわるあまり、真実も事実も見えていない。たとえば、いわゆる尖閣問題に関連し、最新刊の続編でこう語る。「これは言いにくいところだけれども、自衛隊、それから海上保安庁も、実力組織というのはこういう時になると、強硬論が台頭してくる」 続けて、佐高が根拠を挙げずに「絶対そうなるだろう」と追従。岸井がこう続けた。「しかしこういう時こそ慎重にならなければいけない。戦争に向かう時ってこうなんだ。軍部の本質というのはこういうものなんだ、という気がするな」 気のせいにすぎない。彼らの錯覚であり、恥ずかしい誤解である。自衛隊(と海保)の名誉のため、訂正しておこう。「絶対そう」ならない。対談から三年近く経つが、現にそうなっていない。自衛隊への強い偏見自衛隊への強い偏見 論証は以上で足りるが、念のため付言しておく。たしかに当時、一部の「保守」が自衛隊の尖閣派遣や部隊常駐論を唱えた。彼ら彼女らは全員、ジャーナリストや学者、文化人であって、現役自衛官でもなければOBですらない。 軍事や防衛には疎い人々が、「強硬論」ないし「理想論」を唱えただけ。それが現実にいかに困難かを説明して“慎重論”を唱えたのは、他ならぬ自衛隊である。われわれOBや現役の将官、佐官であった。 つまり、事実関係は正反対。完全な事実誤認である。「軍部」や「自衛隊」に対する偏見や蔑視が生んだ恥ずかしい誤解である。 自衛官に対する差別的な偏見は、今年も健在だ。拙著最新刊『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)で指弾したとおり、岸井は今年三月八日放送の「サンデーモーニング」で、いわゆる「文官統制」を是正した安倍政権をこう誹謗した。「総理大臣は最高指揮官なんですね。そうすると、軍人というのは命令に従う組織なんです。総理から言われたら、異を唱えるとか反対はできない。そういう組織なんです。それをチェックして『ちょっと待って下さい』と言えるのは文官しかいない。それを忘れてますよ」3月6日の衆院予算委員会で民主党議員から「シビリアンコントロール」について答弁する安倍晋三首相。後方右は中谷元・防衛相=衆院第1委員室(酒巻俊介撮影) これもすべて間違い。総理は「内閣を代表して」(自衛隊法七条)指揮監督できるだけ。「内閣がその職権を行うのは、閣議による」(内閣法四条)。このため、防衛出動には閣議を経なければならず、アメリカ大統領のような名実ともの「最高指揮官」ではない。また、自衛官は名実ともに「軍人」ではない。 許し難いのは後段だ。自衛官には服従義務があるが、文官なら総理の命令や指示を「チェックして『ちょっと待って下さい』と言える」らしい。岸井こそ重要な事実を忘れている。行政権は内閣に属する(憲法六十五条)。総理は内閣の首長である(同六十六条)。「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」(内閣法六条)。 岸井流に言えば、全省庁の「最高指揮官」である。 岸井が特別扱いする「文官」も、法的な身分は国家公務員。ゆえに、「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」(国家公務員法九十八条)。それを「チェック」して「ちょっと待って下さい」など、違法かつ不忠不遜な服務である。 さらに岸井は、安保法制で各種の「事態」が乱立している現状を「言葉の遊び」と揶揄し、こう述べた。「五つぐらいあるんですよ。新事態、存立事態とか武力行使事態とか周辺事態とかね」「事態とは何かと言うと戦争なんです。戦時体制ってことなんです。武器とか戦時体制って言葉を使いたくないんですね。だから言葉を変えようとするんですよ」聞きかじりで知ったかぶり バカらしいが、手短に訂正しておこう。岸井は、「集団的自衛権 事態がどんどん増える」と題した前日の三月七日付毎日社説を読んだのであろう。聞きかじりで知ったかぶりするから間違える。事実面での間違いに絞り、指摘しよう。 まず、岸井の言う「新事態」と「存立(危機)事態」は同じ概念である。そこから分かっていない。「武力行使事態」というが、そんな言葉もない。多分、「武力攻撃事態」と混同している。悲しいかな、最後の「周辺事態」だけが実在するが、岸井が何と言おうと「戦争」ではない。「戦時体制」とも違う。 法律上、周辺事態で自衛隊は武力行使できない。「武力による威嚇」すらできない。それを「戦争なんです」と断じるのは、暴論ないし妄想である。いわんや、「武器とか戦時体制って言葉を使いたくないんですね。だから言葉を変えようとする」との断定においてをや。もはや低俗な陰謀論にすぎない。 この日限りではない。前週の同番組でも、自衛官に対する差別的偏見が露呈した。「以前、防衛省を担当したことがあるんですが、中谷大臣の会見を聞いて『ああ時代が変わったな』と思いましたね。我々がいた頃は、まだ常識的に、非常に感覚的にアレかもしれませんが、文民統制とそれを補充する文官統制は、戦前の軍部のドクセイ(独裁? 独走?)に対する反省、とりわけ日本の場合、非常にそれが甚だしかったんで、それを担保するものだと感じてたし、また考えてたんですよね。 大臣は『まったくそうは思わない』っていうことですわね。そこは何でそういうことになってきたんだか。中谷大臣はアレ、自衛官出身ですから、ちょっとそういうとこあるかもしれませんけど。とにかくあの(以下略)」 きわめて差別的な暴言ではないだろうか。もし差別でないなら、「そういうとこ」とはどういうとこなのか、具体的に示してほしい。ついでに「アレ」の意味も教えてほしい。「CIA陰謀説」はオフレコ「CIA陰謀説」はオフレコ 事実関係も承服できない。かつて防衛庁長官官房広報課(対外広報)で勤務したが、私がいた頃は右のごとき「常識」や「感覚」はなかった。正確と公正を期すべく付言しよう。 以上の問題発言に先立ち、司会が「歯止めがなくなる」と誘導したにもかかわらず、田中秀征(福山大客員教授)は「制服組のほうが慎重であるということも十分ありえる」「戦前の軍の暴走のようになるかと言えば、そんなことはない」と抑制。 西崎文子(東大教授)も、「必ずしも軍人が好戦的で文民が平和的だとは思わない」とコメントした。せっかく両教授が示した見識を、以上のとおり、レギュラーの岸井がぶち壊した。 本来なら当たり前の話だが、派遣されるのは当の自衛隊。自身はもとより、同僚や部下を危険に晒す。高いリスクに加え、コストも負担する。必要な予算を捻出せねばならない。 自衛隊に限らず、軍隊はいったん命じられれば粛々と任務を遂行するが、基本的に慎重姿勢となる。威勢がいいのは、たいてい文官や政治家。そうでなければ、決まってジャーナリストである。リスクもコストも負わない軽佻浮薄な人々である。衆院本会議で民主党などが退席するなか安保関連法案が可決した=2015年7月16日午後、国会内 今年(二〇一五年)の終戦記念日、そのジャーナリストが集う「日本ジャーナリスト会議」で岸井が講演した。《「戦争法案」は衆院で強行採決された。戦後70年を迎え、安倍政権は若者たちを戦場へ送る方向へ突っ走っている。その実態、危険性などについて、ニュースの最前線から岸井氏が解説する》(同会議公式サイト) どんな連中を前に、どんな話をしたのか。聞かなくても想像がつく。念のため、講演録を検証しておこう。「安保法制とは何か。いつでもどこでも世界地球規模、どこへでも自衛隊を出します、と。アメリカから手伝ってくれ、助けてくれと要請があった時には自衛隊を出すんですね」「巻き込まれるどころじゃないんですよ。アメリカの要請があったら、積極的にアメリカがかかわっている紛争地や戦闘地域に送るんですよ!」 右を裏付ける事実は一切ない。平和安全法制(いわゆる安保法制)に該当条文はない。しかも土壇場の与野党合意により、「例外なく事前の国会承認」が前提条件となった。ゆえに「アメリカの要請があったら」ではなく、「事前に国会が承認したら」が正しい。 岸井は以下の見通しも披瀝した。「臨時(?)国会を延長と言いますか、先送りと言いますかね。この国会で一気に成立させないで、国民の反発が強すぎるから政権が倒れちゃうんじゃないの、それをやると、という判断がおそらく出てくるんだと思うんです。その空気は、いま自民党のなかにも芽生えつつある」 結果、そうならなかった。三つの野党を含む多数が賛成。通常国会で可決成立した。岸井は講演の最後をこう締めた。「最後に取っておきのオフレコです。安倍政治をずっと見ていて、思い出す言い伝えがある。「政権維持の三種の神器」。一がアメリカ、二、三がなくて四が財界、五がアンダーグラウンド人脈。これは生きているんです。(中略)なかでもアメリカは飛び抜けている。トラブったり何か問題があったりしたら、政権は必ずやられる。田中角栄さんがトラの尾を踏んだと言って話題になりました。いまの安倍さんがやっていることを見ると、まさにそのとおり。三種の神器ですよ。 そして右派、右翼、アンダーグラウンドのフィクサーに続いている。また三種の神器が甦ってきたな、大丈夫かこれで、という気がします。(中略) 風向きだけでなく、やや潮目も変わり始めているのかな、だからメディアもジャーナリズムの役割も大きくなっている。そういう感じがしています」 バカらしいが訂正しておこう。結果、そうならなかった。風向きも潮目も変わらず、可決成立。護憲派メディアは惨敗。その役割を終えた。 最大の問題は、田中角栄に関するくだりである。低俗な陰謀説を「取っておきのオフレコ」と語る神経は正常ではない。前出『保守の知恵』を借りよう。「アメリカの意志によって田中をロッキードで葬りさろうとした──そういう見方もあるが、俺の取材した中ではそうした事実はないし、これは一種のCIA陰謀説の一つだな」 こう語ったのは、他ならぬ岸井自身である。その二年後に、講演の最後を俗悪な「CIA陰謀説」で締める。これで生計が立つのだから、アンカー業とは気楽な商売だ。「拉致被害者を北に戻せ」「拉致被害者を北に戻せ」 いや、罪深い仕事と言うべきであろう。二〇〇二年十二月一日放送の「サンデーモーニング」で、誰が何をどう語ったか。翌々日付「毎日新聞」朝刊の連載コラム「岸井成格のTVメール」で振り返ろう。《私は「一時帰国の被害者5人をいったん北朝鮮に戻すべきです」と、一貫して主張してきた持論を繰り返した。/同席していた評論家の大宅映子さんは「私もそう思う」と同調した。/それが良識であり、国と国民の将来を考えた冷静な判断だろう。/私の知る限り、政府の強硬姿勢が世論の大勢とは到底思えない。/番組終了後も、田中秀征さん(元経企庁長官)は「政府が5人を戻さないと決めた時、背筋にゾッとするものを感じた」と率直に語っていた。勇ましい議論と感情論に引きずられる時の「この国」の脆弱さだ。(中略)「人はパンのみにて生きるにあらず」だ》2002年10月15日、帰国した北朝鮮による拉致被害者たち 拉致被害者やご家族、ご友人、支援者らがどう感じたか。想像するに余りある。いまからでも遅くない。関係者に謝罪し、放言を撤回すべきではないのか。『聖書』を引用して北朝鮮の主張を擁護するなど、もっての外。右聖句は「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と続く。 まず、悪魔(サタン)が「石をパンに変えてみよ」と誘惑する。イエス(キリスト)が『旧約聖書』を引き、右のとおり答える。 岸井に問う。「一時帰国の被害者5人をいったん北朝鮮に戻すべき」との主張こそ、サタンの誘惑ではないのか。少なくとも、『聖書』を論拠に公言すべきことではあるまい。引用を完全に間違えている。 岸井は二〇〇六年四月発行の対談本『これが日本の本当の話』(ロコモーションパブリッシング)でも、こう放言した。《彼らを一旦帰国させて向こうに残してきた家族とも話し合う。それを突っぱねていれば拉致問題の全面解決も遠のいて、最後には、「戦争するか」となっていく危険性が大いにある》 もはや確信犯と評すべきであろう。ここでは「聞き手」(元木昌彦)も共犯者。以下のとおり導入する。「テレビにハラが立っている。(中略)いくら孤立無援の国の独裁者だとはいっても、連日、“悪魔”のように言い立てるのは度が過ぎる」 私は右にハラが立つ。北朝鮮にハラが立つ。それが正常な感覚ではないのか。それを「悪魔のように言い立てるのは度が過ぎる」と独裁者を擁護する。 しかもタイトルは、「事実関係の検証をおろそかにして短絡的な報道に流れる今の風潮を危惧」。 具体例の一つに、「北朝鮮拉致被害者の扱いの問題」を挙げていた。他局のテレビ番組にハラを立てて「短絡的な報道」を危惧する前に、自ら発した言葉を検証してみてはどうか。常軌を逸した安保報道常軌を逸した安保報道 最近の安保法制批判も常軌を逸している。岸井らは、どんなに悲しい朝も日米両政府への批判は忘れない。邦人テロの悲報が流れた二月一日も、岸井は「サンデーモーニング」で英米への批判を語った。 先日(現地時間十一月十三日金曜夜)のパリでの惨劇を受けた十一月十五日放送の「サンデーモーニング」でも、「テロは許さないというのが欧米(の主張)だが、イラク戦争がそういうの(土壌)をつくっちゃった」「十字軍以来の憎悪の連鎖がある」と被害者(欧米)を責めた。 加えて「安保法制もできましたからね、(日本も)ターゲットになりやすい」と視聴者の不安を煽りながら、「今度の安保法制、危ないなと思った最初は、ペンタゴンのドンと言われる人たちを取材して」云々以下、趣旨不鮮明かつ検証不可能な話題を延々と続けた。肝心のテロ非難は番組最後の数秒だけ。いったい、どういう神経なのか。 その前週放送の同番組は、南シナ海問題を特集した。この日は西崎文子(東大教授)が留保を付言しつつも、「日米同盟を強化するのは基本的に良いことだと思う」。続けて田中秀征(福山大学客員教授)が、「人工島の十二カイリが領海だと認めれば、他の国もみんなやりますよ。国際法秩序、海洋法がまったく成り立たなくなる。アメリカの行動は正しいし、国際世論も賛成している。ここは絶対に譲ってはいけない」。パリ同時多発テロの現場の1つであるバタクラン劇場前に安倍晋三首相が手向けた花束=2015年11月30日朝、パリ(小野晋史撮影) この番組にしては珍しい展開になった。 ところが、司会者(関口宏)から「自衛隊の話がチラチラ出てきましたね」と振られた岸井が以下のとおり、いつもの流れに戻し、いつものレベルにまで質を落とした。「いや、一気に出てきましたね。特に新しい安保法制ができましたんでね、いつでもどこでも(新法が)施行されればですよ、アメリカの要請に応じて自衛隊を派遣するっていうことができるようになったわけです。 その前段階でアメリカが言っているのは、合同パトロールとか合同訓練をあの南シナ海でやりましょうっていう話があるんですよ、内々、そこへホントに出すのかどうかね。 そうすると、したたかな中国はおそらくアメリカに対する行動と日本の自衛隊に対する行動はおそらく分けてくると思うんです、分断を狙って。その時、本当に対応できるのか、とちょっと心配です」 この直後にCMへ。 せっかく西崎と田中が示した見識を木っ端微塵にぶち壊した。前掲拙著で詳論したとおり、「新しい安保法制」と南シナ海問題は直接関係しない。“古い安保法制”でも、要件を満たす限り「いつでもどこでも」自衛隊を派遣できる。 現に南シナ海でもどこでも、日米その他で共同訓練を繰り返してきた。掲載号発売中のいまも訓練中。岸井はまるで理解していない。批判すべき対象を間違えている 一週間前の同じ番組でも、同様の展開となった。NHK以下、他局が勝手にアメリカが中国の領有権を否定しているかのごとく報じるなか、TBSは正反対のスタンスで報じた(月刊『正論』一月号拙稿)。 この朝も「国際法では暗礁を埋め立てても領海と主張できないことになっているんですが、中国は」と解説し、埋め立ての現状を説明。「中国の海の軍事拠点ができるということになると、周辺の軍事バランスが一変してしまうのではと懸念されています」と紹介した。 司会の関口が、「(中国の主張や行動には)なんか無理があるように思うんですが、無理を続けてますね」と導入。それを岸井がこうぶち壊した。「私が一番気になっているのは、米軍の作戦継続のなかに、自衛隊の派遣による合同パトロールの検討に入ってるんですよね。 これは分かりませんよ。だけども日本や欧州に、あの~う豪州ですかね、オーストラリアに対しても要請するのかもしれませんけど、だけどこれはね、中国がそうなると、アメリカ軍と自衛隊に対する対応って分けてね、分断するような、そういうしたたかさが中国はあると思うんで、よほど派遣については慎重に考えないといけない」 日本語表現の稚拙さは咎めない。ここでも問題は、コメントの中身だ。 岸井に問う。牽制すべき対象は安倍政権による自衛隊派遣ではなく、中国による埋め立てや海洋進出の動きではないのか。岸井は批判すべき対象を間違えている。国際法や世界の常識を無視国際法や世界の常識を無視 九月十三日放送の同番組でも、こう放言した。「集団的自衛権という言葉が悪い。一緒になって自衛することだと思っている(国民がいる)が、違うんですね。他国(防衛)なんです。(法案を)撤回か廃案にするべき」「集団的自衛権」は国連憲章にも(英語等の公用語で)書かれた世界共通の言葉であり、岸井のコメントは外国語に翻訳不可能。国際法や世界の常識に反している。「悪い」のは「集団的自衛権という言葉」ではなく、彼の知力であろう。善悪を判断する知性を欠いている。 その翌週も凄かった。「どう考えても採決は無効ですね」「憲法違反の法律を与党が数の力で押し切った」と明言。こう締めた。「これが後悔になっちゃいけないなと思うことは、メディアが法制の本質や危険性をちゃんと国民に伝えているのかな、と。いまだに政府与党のいうとおり、日本のためだと思い込んでいる人たちがまだまだいるんですよ。 この法制ってそうじゃないんですよ。他国のためなんです。紛争を解決するためなんです。それだけ自衛隊のリスクが高まっていく(以下略)」。 まだ、批判報道が足りないらしい。どこまで批判すれば気が済むのか。新法制は「存立危機事態」の要件を明記した(その後の与野党合意で、例外なく事前の国会承認ともなった)。その経緯を無視した独善である。前述のとおり、外国語に翻訳不能な暴論である。もし、彼が本気で「自衛隊のリスク」を心配するなら、別のコメントになるはずだ。 よりリスクの高い国連PKO活動拡大の「本質や危険性をちゃんと国民に」伝えたはずだ。国連PKOが「日本のため」ではなく、「他国のため」ないし「紛争を解決するため」であり、「自衛隊のリスクが高まっていく」と訴えたはずである。 だが、岸井は決してそうは言わない。国民が自衛隊のPKO派遣を評価しているからである。視聴者に“受けない”論点を避け、「集団的自衛権」や「後方支援」だけを咎める。自らは安全な場所にいながら、「危険(リスク)を顧みず」と誓約した「自衛官のリスク」を安倍批判や法制批判で用いる。実に卑怯な論法ではないか。卑怯な「平和国家」論 十月十一日の同番組でも、岸井は「平和国家のイメージが損なわれるだけじゃなくて日本自身が紛争当事国になる」「テロのターゲットになるリスクも抱え込む」と視聴者の不安を煽った。 百歩譲って、そのリスクがあるとしよう。ならば訊く。リスクは欧米諸国に負担させ、自らは決して背負わない。そんな卑怯な「平和国家」とやらに価値があるのか。 岸井の説く「平和(主義)」は美しくない。不潔である。腐臭が漂う。 一九九二年六月九日、国連PKO協力法案が参議院を通過した。自衛隊のPKO派遣はここから始まる。その当時、翌朝の毎日新聞に岸井はこう書いた。「こうした政治の現状に目をつぶることはできない。不健全なシステムの中で決定されるPKO法案は、国民の信頼を得られないばかりか、国際的な理解を得ることもできないだろうということだ」 その後、どうなったか。自衛隊は見事に任務を完遂。PKO派遣に対する国民の理解は深まった。国際的にも高い評価を得ている。 そもそも「全国民を代表する選挙された議員」(憲法四十三条)で組織された国会を通過成立した法案なのに、「国民の信頼を得られない」と明記する感覚を共有できない。岸井の姿勢こそ、憲法と民主主義への冒瀆ではないのか。 以上の疑問は、すべて岸井の安保法制批判に当てはまる。“TBSの顔”がいくら「憲法違反」「採決は無効」と言おうが、事実と歴史が反証となろう。 今後、安倍政権の安保関連政策は(中国と北朝鮮を除き)内外から高い評価を得るに違いない。そうなったら岸井は何も言わず、きっと口を拭う。頬かむりを決め込む。PKO派遣についてそうしたように。 以上、すべてTBSの看板番組である。多くの視聴者が違和感を覚えたのであろう。 九月三十日、武田信二社長が「『一方に偏っていた』という指摘があることも知っているが、公平・公正に報道していると思っている」と会見した。社長は自局の番組を見ているのだろうか。 テレビは、「政治的に公平」「事実をまげない」「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を求めた放送法を順守してほしい。新聞一面広告で指弾さる新聞一面広告で指弾さる 同じ疑問を抱いたのは、私一人ではなかったと見える。「私達は、違法な報道を見逃しません。」──こう大書した意見広告が、十一月十四日付産経新聞朝刊に掲載された。九月十六日の「NEWS23」で、岸井アンカーが「(安保法案の)廃案」を主張した点を指弾した全面広告だ。 ただし、岸井の問題発言は右に留まらない。「廃案」どころか、九月六日の「サンデーモーニング」では、「潔く成立を断念し、一から出直すべき」「これを通すことは容認できない」とドヤ顔で明言した。その他、ほぼ毎週、言いたい放題を続けている。 どうせ岸井には馬耳東風であろう。NHKの「やらせ報道」を巡り、十一月九日の「NEWS23」で「不当な政治介入との指摘は免れない。そもそも放送法っていうのは権力から放送の独立を守るっていうのが趣旨ですから、その趣旨をはき違えないでほしい」とコメント。NHKではなく、逆に政府与党を批判した。 きっと、自身の「重大な違反行為」(意見広告)についても同様のロジックを掲げて逆ギレするに違いない。岸井の放言、暴言、暴走は留まるところを知らない。追記 なお今回、この原稿を書くに当たり、『WiLL』編集部から岸井編集特別委員(兼アンカー兼コメンテーターその他)にインタビューを申し込んだが、許諾を得られなかった。おそらく、前掲拙著などが災いしたのであろう。もし実現していれば、以上の諸点について見解を求める所存だったが叶わなかった。意見広告に対する番組での言及もない。残念である。(本文敬称略) 

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    門田隆将×櫻井よしこ 日本は同胞を救わない国のままでいいのか!

    「条件」が必要なのか在外邦人の救出に「条件」が必要なのか門田 そして残念なことに、その状況は、今般の安全保障関連法改正でも本質的には変わっていません。 じつは2014年5月15日、内閣総理大臣の諮問機関である安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)が報告書を出しました。この段階では、「国際法上、在外自国民の保護・救出は、領域国の同意がある場合には、領域国の同意に基づく活動として許容される」「領域国の同意がない場合にも、在外自国民の保護・救出は、国際法上、所在地国が外国人に対する侵害を排除する意思又は能力を持たず、かつ当該外国人の身体、生命に対する重大かつ急迫な侵害があり、ほかに救済の手段がない場合には、自衛権の行使として許容される」とありました。 とりわけ重要なのは、以下の箇所です。「憲法上認められる自衛権の発動としての『武力の行使』を巡る国会の議論においては、在外自国民の保護・救出のための自衛権の行使が否定されているように見受けられるが、多くの日本人が海外で活躍し、2013年1月のアルジェリアでのテロ事件のような事態が生じる可能性がある中で、憲法が在外自国民の生命、身体、財産等の保護を制限していると解することは適切でなく、国際法上許容される範囲の在外自国民の保護・救出を可能とすべきである。国民の生命・身体を保護することは国家の責務でもある」(安保法制懇報告書、30ページ)タイ中部のウタパオ海軍航空基地で行われた邦人退避訓練で、自衛隊員に警護され輸送機に乗り込む日本人学校の生徒ら=2月17日(共同)櫻井 ここまで明確に国民の生命を守ることを打ち出す内容の報告書は、かつての日本にはありませんでしたね。門田 まったく申し分ない内容です。度重なる自衛隊法の改正を経て、安保法制懇の報告書では在外邦人救出に前提条件など必要ない、というところまで踏み込んだ。私もその後、安全保障関連法案での邦人救出の進展に大いに期待しました。 しかしその後の国会審議を経て、内容はずいぶん後退してしまいました。たしかに今回の改正で、従来の邦人「輸送」だけでなく「救出」も可能となったわけですが、在外邦人の「救出」を行なうためには「領域国の同意」「秩序の維持」「関係当局との連携」の確保が必要だという要件が設定されました。「救出」「輸送」いずれの場合でも、自衛隊は「戦闘行為が行なわれることがない」と認められるところにしか派遣できない。これでは今回、私が書かせていただいた各々のケースのいずれも、邦人救出のために自衛隊を派遣できるかは非常に不透明です。櫻井 海外にいる日本人の身に危険が及んだ際は自力で対処しなければならない、というのは国際社会の現実であり、どんな国にとっても常識のはずです。それなのに門田さんの期待が裏切られてしまった背景には、安全保障関連法案を「戦争法案」と称する共産党や市民運動の存在があったと思います。さらに罪深いのは、与党内にあって自民党の足を引っ張る公明党の存在でしょう。門田 「踏まれても蹴られても/付いて行きます下駄の雪」との都都逸があるように、公明党が自民党にぴったりと吸い付いた結果、両党が渾然一体となりすぎて、もはや見分けがつかないほどです。いまや自民党・公明党の候補者は互いの応援の見返りに、選挙区の後援会名簿を交換してさえいます。櫻井 私は、自民党のなかに「選挙区は自民党、比例区は公明党」と連呼する選挙活動に恥や違和感を覚えなくなった人が増えていることに驚きを禁じえません。門田 本来なら公明党との連携で得るもの、失うものを比較検討しなければならない。にもかかわらず、いまや選挙が唯一のメリットとなってしまい、両党が離れられない関係になってしまっているのではないか。加えて「自民党は右寄り」という国民の印象を和らげる「緩衝剤としての公明党」が便利だというのも、自民党の側が重宝がる理由でしょう。櫻井 自民党と公明党は本来、合併が難しい政党です。綱領も信条も政策も相容れない2党ですから、連立を組んでいることのほうがむしろ不自然です。にもかかわらず、選挙対策のためだけに離れられなくなっているのだとしたら、その先に待っているのは両党の埋没です。それは両党と両党を支持する有権者にとって、不幸以外の何物でもありません。 それでも私は、自民党が公明党を切り離すことは不可能ではない、と考えています。公明党から離縁を切り出すことはおそらくないでしょうから、主体性が問われるのは自民党の側です。 公明党が政権に深く食い込んだ結果、私たちはメディアが報じる政府の考えや政策が安倍首相の本意によるものなのか、公明党の意見の反映なのかが見えづらくなっています。また、自民党といっても1枚岩ではありません。党内力学によって自民党の政策が形づくられるのは当然でしょう。安倍政権の打ち出す政策を、こうした要素を踏まえてより丁寧に見ていく必要があります。「DREAMER」対「REALIST」「DREAMER」対「REALIST」門田 いまおっしゃった相違を判断する基準は、じつは「左派か、右派か」ではありません。安倍首相を右翼と呼ぶ人びとやマスコミは、自民党と社会党の対立という55年体制の幻想を引きずった「55年症候群」に罹っているだけでしょう。 日本の真の対立軸は「現実を直視しているかどうか」です。「DREAMER(空想家、夢想家)」対「REALIST(現実主義者)」の戦いですね。櫻井 そのとおりです。そして日本を取り巻く現実は、いまや中国の脅威を抜きにして判断できません。尖閣諸島沖に公船を送り込んで領海侵犯を繰り返し、南シナ海で人工島を建造して「自由で平和な海」を破壊しようとしている。さらに沖縄県の普天間基地の辺野古移設に反対する活動家を見れば、沖縄県民よりも本土の人や外国人が多数を占めています。中国による工作の手が及んでいる、と考えざるをえません。 門田 『日本、遥かなり』に登場する人びとはイランやクウェート、リビアなど日本から遠く離れた地で働き、世界のREALな姿を肌で知っている。これだけ世界中で日本人が活躍している現代ですから、そのような人は数多くいるはずです。 問題は、世界の常識を知らないドメスティックで不勉強な政治家であり、彼らを支持する「55年症候群」の人びとやマスコミのほうです。櫻井 自民党議員のなかでも、たとえば船田元氏は明らかに「DREAMER」側の人でしょうか。氏はかねてから、9条の改正に関してネガティブと受け取られてもおかしくない言動をしていました。2015年6月4日には、衆議院憲法審査会に憲法学者の長谷部恭男氏(早稲田大学教授)を参考人として招き、長谷部氏に安保法案を「憲法違反」と批判される、という不始末を起こしています。私が不思議に思うのは、船田氏はその審査会の場で、なぜ即座に「長谷部さんは憲法違反とおっしゃるけれども、それでは国民の安全はどうなるのか。現行憲法で、日本人の生命が守れると思うのですか」と反問をしなかったのでしょうか。 こうした動きに自民党全体が引っ張られてしまい、立党時から掲げる「自主憲法の制定」という党是を見失うことがあってはならないと思います。自民党内の憲法改正に向けての動きはいま、とても低調です。それでも私は、安倍首相ご本人の決意は揺らいでいない、と考えています。何より国民投票法の改正や18歳選挙権など安倍政権のこれまでの「行動」が、首相の決意を物語っているのではないでしょうか。「ストップ戦争法案」の運動そのものが憲法違反門田 憲法というと9条しか知らない人が多くて困りますが(笑)、ご指摘のとおり、憲法13条では「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」とあります。国民の生命が脅かされる事態になれば、個人の幸福追求などありえない。他国に支配されたり、拘束されたりすれば、その時点で、自由も、生存権も、幸福追求権も、すべてなくなるからです。 それゆえ、主権国家に与えられるのが自衛権なのです。国民を守る権利の意味を理解しないまま、自衛権を「憲法違反」と断じることが、いかに現実から遊離しているか。 日本のドリーマーたちは街頭で「ストップ戦争法案」と叫び立て、集団的自衛権や自衛隊の存在自体を「憲法違反」だといっています。しかし、日本国憲法をないがしろにしているのはむしろ彼らのほうです。日本に生まれたことを嘆かなければならないとは櫻井 彼らの運動そのものが、日本国民の命を危うくするとしたら、本質的に憲法に違反している、ともいえるでしょうね。 そもそも国家の法規は国内法と国際法に分かれており、国内法においては憲法が、国際法においては国連憲章が優先します。国連憲章の第51条には「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」とあり、日本の自衛権が認められているのは周知の事実です。「集団的自衛権は戦争につながる」という人に申し上げたいのは、第1に、国家の自衛「権」は権利であって義務ではない、ということです。権利を行使するか否かはその時々の国会すなわち国民の判断によって決まります。したがって、他国の判断にすべてを委ねて戦争に巻き込まれる、という事態は起こりえません。第2に、日本は世界第3位の経済大国でありながら、なぜわが国だけがあらゆる他の国連加盟国が保有する権利をもとうともせず、依然として他国に守ってもらう立場に立とうとするのか。その意味を国民1人ひとりが考える必要があります。日本に生まれたことを嘆かなければならないとは 櫻井 『日本、遥かなり』の第11章で記された、イラク軍の人質になって製油所に軟禁された長谷川捷一さん(当時「アラビア石油」クウェート事務所技術調整役)のエピソードは衝撃的でした。長谷川さんは自分と同じく人質になった多くの国・人種の人びとと共同生活を送るうちに、日本の人質事件への対応だけがまったく違うことに気付いて愕然とし、「日本人として生まれたことは、果たしてよかったのか」と自問するまでに至ります。門田 長谷川さんは毎日ラジオを聞くことができたのですが、イギリスのBBCやボイス・オブ・アメリカは毎時間、人質向けの放送を行なっていたそうです。BBCは「あなた方が1人残らず解放されるまで、私たちは頑張ります。皆さんも頑張ってください」というメッセージを必ず流し、ボイス・オブ・アメリカも同様に人質を励ますコメントをラジオで放送していました。 では、日本は何を放送していたのか。ラジオジャパンは相も変わらず相撲の取り組みの結果や秋の味覚がどうのという放送内容で、まるで人質事件などなかったかのように通常の番組を続けていた。長谷川さんが帰国後、ラジオジャパンに抗議すると、その答えは「全世界に日本人がいるから、あなたたちのためだけには放送はできない」。これでは日本という国に絶望するのが当たり前です。櫻井 長谷川さん曰く「日本だけが、人質を励まそうなんて、そんな考えがないことがわかりました。なんでこんな国に生まれたのかと、情けなかった」。日本人が日本に生まれたことを嘆かなければならないとは。これほどの不幸があるでしょうか。 門田さんの本の凄さは、とにかく取材をし尽くすことによって「現実を触っている」ことです。やはり現実に触れることなしに、人間の生命の守り方や国の安全のあり方を論ずることはできない、と私は思います。門田 現実を触る、という点でいうと、今回の取材のなかで印象深かったのが、もし日本が「助けられる側」と逆の立場になったときに他国の人を救えるのか、という問題提起でした。たとえば中国や台湾、朝鮮半島などアジアで危機が起きたとき、トルコから「わが国民も助けてほしい」と頼まれたとしたら、日本は救出に行くことができるのか。法律で手枷足枷のような要件を嵌められてしまった自衛隊に、十分な働きは期待できない。それで普通の国といえるのでしょうか。日本人は、トルコ人がしてくれた行為を「奇跡の恩返し」といって感激しています。しかし、ただ感激するだけで国際社会に通用するのか、ということです。櫻井 おそらく現状の日本では、戦争状態にある地域に自衛隊機を派遣して他国民を救出することは難しいでしょう。日本人のためにテヘランまで救援機を出してくれたトルコのオザル首相(当時)のようなリーダーシップがあれば別ですが、現状では「なぜ外国人のために自衛隊機を出さなければいけないのか」という反対論が強い。時間をかけて日本人に理を説く以外にない、と思います。 日本は今後、国際社会の期待に本当の意味で応えていける国にならなければなりません。安倍さんにはもちろんこの先も首相を務めていただきたいですが、ほかの人が日本のリーダーになったときや、将来にわたる日本の国際平和貢献を考えるうえで、法改正は必須です。いわゆる「当該国」にあたる中国の圧力や妨害に抗して、日本人のみならず他国人を救うことができるのか、という問いに、真剣に向き合わなければいけません。友邦国の台湾を守る門田 現状、戦時において中国や韓国、台湾に自衛隊の救出機を出すのはそうとう困難ですからね。櫻井 たとえば韓国は、日本の集団的自衛権によって最も恩恵を受ける国の1つです。にもかかわらず2015年9月、安全保障関連法が成立した直後に「日本政府が戦後一貫して維持してきた平和憲法の精神を堅持しながら地域の平和と安定に寄与する方向で、透明度をもって推進していく必要がある」(韓国外務省)と、あたかも朝鮮半島への日本の軍事介入を懸念するようなコメントを出しました。韓国政府もまた、自国民の生存という問題に対して真剣に向き合わなければならない、と思います。友邦国の台湾を守る櫻井 日本にとってとりわけ心配なのが、台湾の行方です。2016年1月に行なわれる総統選挙と立法院選挙で民進党が勝利を収めた場合、5月までの4カ月間に何も起きなければ、無事に民進党の政権ができます。しかし、このシナリオも、疑問符を付けようと思えば付けられる余地が少なからずあります。さらに台湾は、いまや見るも無残なほどに経済面での対中依存を深めてしまっている。加えて中台間には途方もない軍事力の格差があり、中国がこのアドバンテージを手放すことは絶対にありません。 私たちが「難儀している相手を助けるのは当たり前」という立場に立つならば、日本の国益にも叶うやり方で、台湾という友邦国を守ることを考えていかなければなりません。門田 台湾は日本の生命線ですからね。仮に1996年のような台湾海峡危機が勃発し、今度は台湾海峡が中国の支配下に置かれるような事態になれば、台湾の地政学的な位置付け上、南シナ海が中国の内海になってしまう。それこそわが国の「存立危機事態」に直結します。櫻井 台湾を守るのは、何も台湾人のためだけではない。日本の存立に関わる死活問題という危機意識が必要です。門田 では、日本は台湾に対して何ができるのか。現在のように法律や世論の手枷、足枷を嵌められている状況では、自衛隊は拱手傍観するしかない。エルトゥールル号と邦人救出の教訓はまさにこの点です。他国に一方的に救出してもらうだけ、恩に着るだけでは、日本人が生存することは難しいでしょうね。櫻井 たとえば中国の台湾支配への対抗策として、アメリカは台湾関係法を定めています。1979年、アメリカが中国と国交を樹立して台湾との国交を断絶したとき、アジア地域を守る戦略上の観点から、アメリカが台湾に武器を供与し、軍事的に平和を脅かす勢力への台湾の軍事力行使を定めた法律です。 ところが、2001年の「9・11」テロ後に問題が起きました。アメリカは対テロ作戦に際して中国の協力を得るため、台湾への武器輸出を滞らせたのです。中国は、アメリカが喉から手が出るほど欲しいイスラム過激派テロリストの情報と引き換えに、台湾に武器を売らないよう要求し、アメリカがこれを呑みました。結果として台湾の軍事力はこの10年で脆弱極まりないものになり、中台間の力の格差には絶望的な開きが生じました。 わが国が取りうる対処はおのずと明らかです。すなわち日本版の台湾関係法を制定することです。自衛隊の派遣は難しいとしても、事実上、台湾の現状を維持するために軍事力を含めたバックアップを行なうことです。 いま台湾の国民党と中国が互いに「92年合意」を口にしています。92年合意は、台湾と中国は「1つの中国」であり、台中双方がそのことを認めた、というものですが、当時、台湾総統だった李登輝氏はそんな合意はなかった、と明言しています。台湾を支えるという意味で、日本はこの「92年合意」があるという中国側の論理に乗ってはならないと思います。同胞の集合体としての祖国同胞の集合体としての祖国門田 すると問題は結局、1972年の時点に回帰することになります。なぜアメリカは台湾関係法を制定したのに、肝心の日本は台湾に後ろ足で砂をかけるように「1つの中国」などという共産党の言い分を認めてしまったのか。 昔、ニュースを見ていて驚いたのは当時、外相を務めた大平正芳さんがあの細い目をかっと見開いて「日華条約は終了した」と強く宣言した瞬間です。のちに「アーウー総理」といわれた大平さんが、なぜあのときに限って田中総理のもと、党内の強硬な反対論を押し切って日華条約の失効を決め、拙速に中国と国交を結ぼうとしたのか。国交正常化を望んでいたのは日本よりも中国です。恩義ある台湾を捨ててまで事を急ぐ必要はなかった。台湾と1回断交した関係を再構築する困難さを考えるにつけ、当時の選択が検証されるべきなのに、それがまったくない。櫻井 台湾が中国の1部だとする中国の主張を、日本は「理解し尊重する」としてしまったのですね。「あのとき台湾を救えなかった」という恨みは、私たち日本国民の多くが感じています。 当時を振り返って痛感するのは「ニクソン・ショック」の影響の大きさです。1971年7月15日、アメリカのリチャード・ニクソン大統領がそれまで極秘だった中国との交渉を突如明らかにし、訪中を発表した。わが国には天地が逆転するほどの衝撃でした。日本は、あの日までの戦後ずっと、独自に外交路線を考えることはなく、戦勝国アメリカについて行きさえすればよいと思っていた。しかし、その夢想が1日にして崩れ去り、フタを開けてみればアメリカは日本の頭越しに中国と結んでいた。 ニクソン・ショックゆえに、雪崩を打つように中国との関係樹立に走り、台湾のことも十分には考えなかった。いま再び、南シナ海問題で孤立していた中国に、アメリカが航行の自由などの原則論を主張しながらも、1歩も2歩も引いた奇妙な姿勢を見せています。米中接近の可能性がないわけではありません。だからこそ、私たちは72年当時の対中傾斜という失敗を教訓にすべきでしょう。再び同じような苦い経験をしなくてもよいように、振り回されないように中国に対峙するだけの国力を涵養し、対中戦略を構築しなければなりません。 それにしても、習近平主席はいまごろ高笑いしていることでしょう。2001年の「9・11」テロのときと同じく、イスラム過激派組織のIS(イスラム国)がパリで連続テロの大惨事を起こし、南シナ海での中国の無法から世界の目が逸れたからです。門田 逆にいえば今後、日本の対応いかんでアジアの平和と安定が決まるということです。その意味で、われわれはいま大きな岐路に立っていますね。櫻井 大きな岐路、危機であるのと同時に、自立のための大チャンスでもあります。以前、アーサー・ウォルドロン氏(ペンシルベニア大学教授)とお話ししたとき「日本に戦後最大の危機が訪れている」と申し上げたら、「櫻井さん、戦後最大なんかじゃない。元寇以来の危機ですよ」と諭されました(笑)。たしかに現在は13世紀の元寇に匹敵するほど、大きな世界の潮目の変わり目にあります。この危機の荒波をきちんと受け止め、日本が成長するための好機に転じさせなければならない。安倍晋三という政治家が日本の首相であることは、その意味でこのうえない幸運です。ニクソン訪中に驚き、我を忘れて中国に擦り寄った田中角栄首相のような近視眼的外交姿勢を立て直そうと、全方位的な「地球儀外交」を行なっているのが、まさに安倍首相なのですから。門田 そもそも田中角栄は「福田赳夫では中国とうまくやっていけない」といって政敵を蹴り落とし、中国をタネに政権を奪取したようなものです。日中国交正常化の前後には不可解な出来事が多く、さらに背景を掘り下げて調べる必要があります。にもかかわらず、誰もそうした検証作業を行なっていない。そのあたりの時代の秘話をいま調べていて……詳しくは次回のノンフィクション作品で描く予定ですから、しばらくお待ちください(笑)。櫻井 門田さんの作品は分厚い取材によってつねに登場人物1人ひとりを際立たせ、その人の思いを読者に伝えてくれます。『日本、遥かなり』に出てくる人びとは、男性も女性も、いずれも立派な日本人ですね。門田 そうですね。皆、毅然としています。櫻井 日本人の足跡を日本人自身が知ることによって、私たちはふるさと、同胞の集合体としての祖国や国民国家に対する愛情と尊敬の念を育てることができるのではないでしょうか。門田 そういうふうに読んでいただけると嬉しいですね。関連記事■ 日本は同胞を救わない国のままでいいのか! | Web Voice■ 吉田調書の「真実」――現場は何と闘ったのか

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    日本は核武装すべきか

    北朝鮮が核実験に続き、長距離弾道ミサイルを発射した。国際社会で孤立を深める金正恩体制だが、核の脅威は確実に日本に迫りつつある。昨秋、国連総会で「日本が保有するプルトニウムは核弾頭千発分」と中国に非難された日本。「非核三原則」が国是とはいえ、わが国の平和と安全に核武装は本当に不要なのか。

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    日本の核武装を可能にするのは何か

    えた。 もちろん、この「より多ければ、より良い」の理論に対しては反論や攻撃が繰り返された。とくに国際安全保障が専門のスコット・セイガンは「より多ければ、より悪くなる」とウォルツを批判して論争した。 その論争は『核兵器の拡散』(W・W・ノートン&カンパニー社)として一九九五年にまとめられたが、さらに論争を続けたので追加して二〇〇三年に第二版が、ウォルツが亡くなった二〇一三年にも増補して第三版が刊行されている。核抑止論に決定版なし核抑止論に決定版なし ウォルツが論じたのはだいたい次のようにまとめることができる。 まず、核攻撃を受けたなら報復核で反撃する用意があれば先制核攻撃を抑止できる。また、たとえ中位国であっても核保有国は偶発による発射や非正規の使用を制御できる。したがって、核保有は抑止力を高めるだけだから、緩慢な核拡散は世界の安定に寄与するというのだ。 これに対してセイガンは次のように批判した。まず、ウォルツは中位国が核兵器を開発する間に攻撃は受けないと前提しているが、これはおかしい。また、核で報復すれば最初の攻撃国が耐えられない打撃を受けるとしているが、その保証はどこにもない。さらに、ウォルツは偶発的で非正規な攻撃は制止できるとしているが、それは信用できない。 こうした論争のなかで、ウォルツはセイガンの議論を「悪いことが起こると思うと起こる」という「マーフィーの法則」の信者のようだと揶揄し、セイガンはウォルツの議論には組織の特質が合理的判断を狂わせるという組織論的視点が、まるでないと批判した。 この論争はたいへん面白いのでなぜ翻訳がでないのか不思議だが、おおざっぱにいえばウォルツは国家を「ユニット」と呼び、世界の構造を作りあげているユニットは合理的な判断が下せると前提するのに対して、セイガンは政治・軍事組織には必ず非合理が紛れ込むと考える。 ウォルツはグレアム・アリソンがキューバ危機について『決断の本質』(中央公論社)を書いて評判になったときも鋭く批判した(『国際関係の理論』マグロウヒル社)。この本はベイジル・リデルハートの『戦略論』(原書房)と並んで経営学者の野中郁次郎氏たちによる『失敗の本質』(中公文庫)に影響をあたえているのでご存じの方も多いだろう。 アリソンはキューバ危機を米ソ双方の理性的な「合理的要素」、組織の軋轢という意味の「組織的要素」、双方の首脳の駆け引きという意味での「政治的要素」という三つの視点を移動させつつ総合的に論じようとした。しかし、ウォルツにいわせれば理論と呼べるのは合理的要素のレベルだけであって、あとの二つは理論ではないと手厳しく批判した。たとえば、組織的要素を持ち出すのは市場メカニズムを論じているときに会社経営の話をしてしまうようなものだというのである。 ここで念のために断っておくと、膨大な核理論をすべて紹介するわけにはいかないので、日本にとって切実と思われる中位国による核理論にしぼって述べている。仮に日本が核武装を検討するにしても、米露のような超大国型核武装はしないというのが前提である。 日本の核武装論者のなかで、日本が核武装すべきであり、できることなら独自核の開発を行なうべきだと考える者は、八〇年代にはガロアとボーフルの理論を取り上げ、九〇年代以降にはウォルツの洗練された理論に依拠する傾向が強かった。 それは理解できることだろう。軍事的に中位国である日本が核保有を正当化するには、単に独立国には核保有の権利があるというだけでは説得力に欠ける。ボーフルのように日本が核武装をすれば同盟国の負担が減ると論じ、あるいはウォルツのように核保有国が増えれば国際社会は安定すると主張すれば、諸外国を説得しやすいからである。 ただし、気をつけねばならないのは、ウォルツはその論理的思考の鋭さからか、理論できれいに割り切れることを好む傾向がある。それはウォルツを尊敬するミアシャイマーですら、著作『大国の悲劇』(W・Wノートン&カンパニー)の注記でウォルツの『国際関係の理論』に見られる理論経済学的思考を批判していることからも推測できるだろう。 ウォルツとセイガンの論争は、インドとパキスタンという核保有国どうしの衝突であるカルギル紛争についても行われた。セイガンはあくまでも歴史事実にこだわって細かく論じ、お互いに核を保有していても、戦争を阻止できなかったではないかと指摘した。 これに対してウォルツは、カルギル紛争は千数百人の犠牲ですんだのに、これを戦争だというセイガンは戦争の定義を変えたのかとジャブを繰り出しながら、パキスタンが攻撃を始めたときも抑制が効いており、インドが反撃にでようとしたときにはパキスタンの核抑止が働いて戦争には発展していないと断じた(『核兵器の拡散』第二版)。 もちろん、イラン問題においてもふたりは何の理論的変更もなく、それぞれのスタンスで論じた。二〇〇六年にセイガンは『フォーリン・アフェアーズ』誌に「いかにしてイランからの核爆弾を防ぐか」を寄稿してこれまでの核紛争を並べ立てた。これに対して二〇一三年、同誌にウォルツが「なぜイランは核兵器を持つべきか」を書いて、核抑止の理論は健在であり、インド・パキスタン紛争は「核保有国どうしの紛争はフル・スケールの戦争に発展しない」よい事例だと論じている。「先制核攻撃」宣言だけが抑止効果!?「先制核攻撃」宣言だけが抑止効果!? 私がしばしば評論やリポートを書いている経済の分野でも、ある種の理論が台頭して熱狂的なファンを獲得するが、やがて多くのケースに遭遇して、理論が完全に間違っているわけではないが、それは経済という巨大な現象の一部分やある期間だけに適用可能なものだと分かる。 経済理論と核戦略論をいっしょにする気はないが、核戦略論のほうは何せ核戦争という事例がないのだから、事実によって検証するということが困難である。もちろん、ちょっと実験してみようというわけにもいかない。しかし、もうすでに核保有国は九つとなり、戦争ではないにしても核保有国どうしの紛争はいくつも存在している。 最近、注目されるようになった核紛争理論家にMIT准教授のヴィピン・ナランがいる。名前からしてインド系だと思われるが、二〇〇九年に印パ紛争を扱った「平和のための核武装態勢とは」を発表し、かなり大胆に歴史的経験と理論を接合する試みを行なった。 二〇一四年には著作『現代の核戦略』(プリンストン大学出版)を刊行して、一部で話題になったが、ナランはウォルツのように世界の構造が国際関係を動かすことは認めるが、同時にセイガンやアリソンのように国内要素や国家指導者の資質も考慮するギデオン・ローズの言う「ネオクラシカル・リアリズム」の影響を受けていることを認めている。 ナランによれば、これまで核保有に達した中位国(ここには中国も含まれる)が採用した核戦略態勢は三つに分かれるという。 第一が、保有を曖昧にして戦略も曖昧なままにして危機のさいには第三国が介入することを期待する「媒介的核態勢」。第二が、報復は必ずやるが積極的に核攻撃はしない「確証的報復核態勢」。第三が、最初から先制攻撃の可能性を宣言している「非対称的エスカレーション核態勢」。ナランが繰り返し指摘するのは、こうした分類によって分析を行うかぎり、「核武装さえすれば抑止できる」という結論は出てこないということなのである。 ナランの初期の研究でも、前出のカルギル紛争が取り上げられている。インドが「確証的報復核態勢」を採用しているがゆえに、パキスタンは比較的安易に軍隊を動かしてしまったが、逆に、インドが通常兵器で反撃に出ようとしたとき、パキスタンの「非対称的エスカレーション核態勢」に抑止されて、本格的な戦争は思いとどまったという。 これに加えて『現代の核戦略』では対象を広げている。たとえば、保有国と見なされていたイスラエルは第四次中東戦争のさい、非保有国であるアラブ諸国が侵攻してくるのを阻止できなかった。ナランによれば、それは当時イスラエルが「媒介的核態勢」をとっていたため、非保有国の攻撃すら抑止できなかったとみることができるという。 さらに、中国については「確証的報復核態勢」を採用しているため、非保有国の侵攻は抑止できるが、「非対称的エスカレーション核態勢」をとる大国の攻撃を抑止できるかは保証のかぎりではない。しかし、イスラエルはいまや、通常兵器による攻撃を抑止するためにこの「確証的報復核態勢」に切り替えた。2015年9月3日、北京の天安門前をパレードする中国人民解放軍の対艦弾道ミサイル東風21D型(ロイター) こうしてみていくと、ナランの新しい理論はいまのところさまざまなケースをかなりよく説明しているように見える。核兵器登場以前の抑止例も統計的処理をして分析に加えているものの、まだまだ事例が少ない検証過程にある仮説だが、その暫定的な結論についても知っておく必要があると思われる。 「私は、核戦略には種類があって効果も違うので、核兵器を持てば抑止が働くとは思わない。いってしまえば、三つのうち『非対称的エスカレーション核態勢』のみが、核戦争の開始とエスカレーションに対して抑止として働くと考えている」「核保有の選択」の次を見据えよ「核保有の選択」の次を見据えよ労働新聞が2015年5月9日に掲載したSLBM発射実験の様子(聯合=共同) 日本の核武装の話をしながら、こうした近年の核理論とくに中位国の核武装論についてみてきたのは、ほかでもない、これから日本が幸いにしていまの平和主義を脱したさいに直面する核武装問題について、いまのうちに少しでも深く考えておきたいからだ。 ここまで読んだ方にはご理解いただけたと思うが、日本では核兵器について論じることが完全なタブーではなかったにせよ、一般のレベルではいまもあまり語られることがなかった。その当然の弊害として、核兵器についての知識だけでなく、私たちには核戦略についての論理能力がきわめて乏しい。 核兵器については、ともかく所有すればそれで何とかなるといった誤解も多い。これも憲法を改正さえすれば、日本が強大な独立国として復活できるという夢想とかなり近いものがある。憲法は改正してからも本当の意味で「日本を取り戻す」不断の努力が必要であり、憲法改正は終わりではなく始まりにすぎない。 核戦略も同じで、たとえばウォルツ理論ですら核保有が戦争をなくするのではなくて「全面戦争を阻止して戦争の頻度を下げる」といっているにすぎない。そしてナランの仮説が正しいとすれば「核の選択」もまた到達点ではなく出発点にすぎない。ひがしたに・さとし 昭和28(1953)年山形県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。国立民族学博物館監修「季刊民族学」、アスキー(株)などで編集に従事。その後、「ザ・ビッグマン」「発言者」各誌の編集長を歴任。著書に『不毛な憲法論議』(朝日新書)、『経済学者の栄光と敗北』(朝日新書)、『郵政崩壊とTPP』(文春新書)など多数。

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    中国メディア「日本には実験なしで核兵器開発できる能力がある」は本当か

    13-08-28■[科学]韓国には言わせておけばいい、飛べ、日本のイプシロン!~潜在的な意味で日本の安全保障上のカードにもなり得るすばらしい技術http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20130828 このイプシロンではロケット自らが人工知能により不具合の有無をチェック可能です、これは簡単に言えばロケット内のチェックすべき総数数万の各パーツをLAN(ローカルエリアネットワーク)化して掌握し人工知能により正確な自己判断を行うという、ロケット技術としては世界初の最先端の試みであります。 そして、打ち上げ費用30億(目標値)という驚異的な費用圧縮と、ロケットに人工知能搭載という最新の日本のIT技術を結集した日本独自の固体ロケット技術なのです。 さて、イプシロンは日本の主力ロケット「H2A」などの液体燃料大型ロケットではなく、固体燃料を用いた中型ロケットであります。 ここがキモです。 固体燃料を用いる技術であることから、弾道ミサイルに即軍事転用可能である、すなわちイプシロン打ち上げ成功は大陸間弾道ミサイル(ICBM)への転用も可能な技術を日本が確保した事を意味します。 静止衛星は地上3万6千キロの静止軌道に打ち上げますが、約1トンの衛星を地上3万6千キロに打ち上げるという技術は弾道ミサイルの技術をはるかにしのぎます。そして費用圧縮にも成功したイプシロンは量産可能です。 で、肝心の核弾頭であります。ようは核爆弾の小型化ですが、まったく問題なく現在の日本の技術でそれを実現可能です。ただここでも核実験ができないことを考えるとアメリカの情報提供がほしいところではありますね。 最後のポイント。・日本が核兵器を保有した場合、西太平洋地区、とくにわが国の安全に対する重大な脅威となる まあそうなるでしょうね。核弾道ミサイルを300発保有する技術も原料も、日本には十分にありますから。・・・ まとめます。 国民が核を持つ意思をしめし、憲法が改定され、同盟国の同意を得て、特にアメリカが技術的に協力してくれる、というおそらく有り得ないだろう仮定で考えてまいりましたが、「日本には「実験なし」で核兵器開発できる能力がある!」という中国発の論説ですが、ある程度当っていると当ブログは考えましたが、はたしてどうでしょうか? いずれにしても日本の有する技術力をもってすれば、核爆弾を持つという国民の総意・意思が固まれば、それは早期に実現可能であろうと思われます。 さてエントリーして思いついたのですが、安全保障上のカードとして、また現憲法に抵触しない範囲で何か可能なことはないのかという意味でこんなのはいかがでしょうか。 製造技術を確立してプルトニウム抜きの核爆弾を300発ほど保有する。そしてイプシロンを改良して弾道ミサイルも同数量産しておく。プルトニウムが入っていませんから、爆発もしないし兵器ではないことになります。 で、日本を怒らしたら、いつでも瞬時にプルトニウムを挿入できるぞ、という脅しになります。「日本がその気になれば核ミサイルはすぐに保有できる」、この事実だけでも安全保障上の有効なカードとなると思います。読者の皆さんはどうお考えでしょうか。(ブログ「木走日記」より2015年8月12日分を掲載)

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    日韓が「自衛的核武装」を強調しなければ、北の核に対抗できない

    趙甲済(「月刊朝鮮」前編集長) 韓国と日本が昨年末、慰安婦問題を最終的に解決することで合意したことにより、新たな時代が幕を開けた。今年に入り北朝鮮が4回目の核実験を強行し、韓国政府は米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の配置をカードに、中国により強力な対北制裁を要求している。その実効性が疑わしい中、韓国では「自衛的核武装論」が台頭している。金正恩という予測不能な存在 今回の核実験は、北朝鮮が主張する「水爆実験」ではない可能性が高い。しかし、初の核実験から10年を経た北朝鮮が濃縮ウラン型の核の大量生産態勢を備え、核爆弾を小型化し、ミサイルに搭載できる段階に至ったとする見方は否定できない。増え続ける数十個の核爆弾や、韓国と日本を射程に収める中短距離ミサイルの脅威よりも恐ろしいのは、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記という存在だ。 米情報機関の分析によると、この30代前半の独裁者は「危険で予測不能、暴力的、誇大妄想的」である。彼が核ミサイルの発射ボタンを押そうとするとき、北朝鮮にそれを止めることができる者はいない。韓国は隣接する敵が核武装をしても、核開発はもちろん防衛網さえ持っていない。日本の防衛網も完璧ではない。 北朝鮮の核ミサイルの脅威にさらされる韓国と日本が「自衛的な核武装」を試みることができないのは、正常ではない。これは米国が、韓日と軍事同盟を結んで、いわゆる「核の傘」を提供しているためだ。だが、拡大抑止とも称される「核の傘」は、金第1書記がその怖さを分かっていなければ、無用の長物になってしまう。 韓国の立場から見れば、北朝鮮の核武装を防げない米国の「核の傘」は半分、破れているも同然である。韓国は北朝鮮に対する米国の生ぬるい対応を信じられなくなっている。韓国がそうなのに、金第1書記が米国の「核の傘」を信じようか。つまり「北朝鮮が核ミサイルで韓国の首都圏を攻撃し、国家機能をマヒさせれば、米国は北朝鮮に反撃する。それによって米国は、米国西海岸に北朝鮮の長距離核ミサイルの報復を受けることも覚悟している」-と金第1書記が思わない限り、核抑止力の作動は難しい。核抑止戦略は敵が核を撃った瞬間、終わりなのだ。正当防衛のための核武装正当防衛のための核武装 過去30年間、北朝鮮が主導して中国が事実上、進めさせた「朝鮮半島の核ゲーム」は、北の核武装を招き、韓日の対抗力が後退した。ゲームの規則を変えねばならない時が来ている。韓日が“ゲームチェンジャー”にならなければならない。 韓日は国家の生存が脅かされる“核被害者”の立場から、「正当防衛的な核武装権の許容」を主張し、核拡散防止条約(NPT)の改定を要求することができる。韓日はNPT第10条に依拠し、核問題により国家生存の危機に直面しているという理由で、解決に期限を設け、脱退を予告することも可能である。 同時に「核の傘戦略」の意思決定の過程に韓日が加わることができるよう、米国に要求すべきである。米国が韓日それぞれに約束した「核の傘」を、韓米日の統合指揮体制に改編し、北大西洋条約機構(NATO)のように共同対応する方策も研究すべきだ。 「正当防衛的な核武装の権限」を要求できる韓日が、中国の核兵器にさらされる台湾とも連携して、「非核地域協議体」のようなものを作れば、中国が実効性のある対北制裁を行うよう圧力もかけられる。隣接する敵が核武装する以上、正当防衛を目的にした核武装での対応は、主権国家の当然の選択である。「韓日共助」の体制模索を 韓国の原子力技術は世界的な水準だ。科学者らは「国家が決心すれば、2年のうちに核実験の必要もなく、数十個の核爆弾を作れる」という。日本はウラン濃縮と再処理施設を合法的に運営している。韓日は核爆弾を作る実力がないのではなく、米国を信じて核開発を放棄して“核武装解除の状態”に置かれている。 われわれ国家の生存を、どこに向かうか分からない若い独裁者と、米国の善意だけに任しておけようか。韓日の指導部は米国の核の傘に安住して、「米国と国連が問題を解決してくれるだろう」という消極的な態度を見せてきた。“被害当事国”が後ろに回って、米中が前に立つ理由はない。体制の命運をかけ、核武装に邁進(まいしん)する北朝鮮に対し、韓日も主体的、戦略的、創意的に決断を下してこそ「朝鮮半島の核ゲーム」は公正に行われる。 北朝鮮の核問題は、切迫した状況に置かれる韓日が前面に立って「自衛的核武装の不可避性」を強調し、米中を引っ張っていかなければ、事態を打開できない。問題解決の過程では、朝鮮半島統一の道が開かれることもあろう。 北朝鮮の核問題解決に向けた協力は、韓日新時代の最も重要な共同課題とならねばならない。「対北核韓日共助」の体制模索を提案したい。

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    「日本は核武装を狙っている」 中国が進める日本悪魔化計画

     「アメリカを超える大国」を目指す中国は、その大目標の邪魔になる日本を貶める動きを加速させている。その試みは欧米の識者から日本の「悪魔化」と呼ばれ、警戒されている。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が、中国による日本の「悪魔化」の現実をレポートする。* * * 中国共産党政権が日本をことさら悪として断じ、その善や和の特徴をあえて無視する実態は私自身も1998年から2年余、産経新聞中国総局長として北京に駐在した時期から、いやというほど体験してきた。 小中高校用の歴史教科書は日本について戦時の「残虐行為」だけを誇張して教え、戦後の平和主義、民主主義の特徴はなにも教えない。日本が賠償の意味もこめて中国に供与した巨額の政府開発援助(ODA)など戦後の対中友好外交も教えない。 官営メディアは抗日戦争での日本軍の「侵略と虐殺」の歴史を繰り返し、ドラマも同様に悪逆非道の日本人ばかりが登場する。この反日宣伝の実例は自著の『日中再考』(産経新聞社刊)などで詳述した。 さてこの中国の「日本悪魔化」戦略はアメリカでも中国軍事研究の最高権威によって指摘されていた。1970年代のニクソン政権時代から一貫して国防総省の高官として中国の軍事動向を研究してきたマイケル・ピルズベリー氏の指摘であり、警告だった。 同氏は2015年2月刊行の著書『100年のマラソン=アメリカに替わりグローバル超大国になろうとする中国の秘密戦略』(日本語版の書名は『China2049』)で日本悪魔化戦略を明らかにした。 ピルズベリー氏は中国語に堪能で共産党や人民解放軍の軍事戦略関連文書を読みこなす一方、中国軍首脳との親密な交流を保ってきた。同氏はこの新著でアメリカ歴代政権の対中政策は間違っていたとして「中国を豊かにすれば、やがて国際社会の健全な一員となるという米側の期待に反し、中国は当初から建国の1949年からの100年の長期努力でアメリカを圧することを狙ってきた」と述べた。その世界覇権への長期の闘争を中国自身が「100年のマラソン」と呼ぶのだという。 同氏は中国のこのアメリカ凌駕の長期戦略の重要部分が「現在の日本は戦前の軍国主義の復活を真剣に意図する危険な存在だ」とする「日本悪魔化」工作なのだと明言している。日本の悪魔イメージを国際的さらには日本国内にも投射して日本を衰退させ、日米同盟やアメリカ自体までの骨抜きにつなげる一方、「軍国主義の日本との闘争」を中国共産党の一党独裁永遠統治の正当性ともする狙いだという。 逆にいえば、習氏にとって日本がいま平和、民主のままで国際的な影響力を強めれば、共産党統治の正当性を失いかねない。さらには中国の最大脅威であるアメリカのパワーをアジアで支えるのはやはり日本そして日米同盟であり、その両者が強くなることは中国の対外戦略全体を圧することにもなる。だから習氏はいまの日本をいかにも恐れるような異様な工作を進めるのだろう。ピルズベリー氏はその日本悪魔化工作の例証として以下の諸点を列記している。◆習近平氏が愛読する書『中国の夢』(劉明福・人民解放軍大佐著)は「日本は常に中国を敵視するから中国が軍事的に日本と戦い、屈服させることが対米闘争でもきわめて有効だ」と強調している。◆清華大学の劉江永教授は最近の論文で「日本の首相の靖国神社参拝は中国への再度の軍事侵略への精神的国家総動員のためだ」と断言した。◆李鵬・元首相に近い学者の何新・社会科学院研究員は一連の論文で「日本は中国の植民地化を一貫した国策とし、今後もそのために中国を分割し、孤立させようとする」と警告している。◆多数の中国の軍人たちが「日本は中国攻撃のための軍事能力を整備しており、日本の宇宙ロケット打ち上げはすべて弾道ミサイル開発のため、プルトニウム保有は核兵器製造のためだ」と主張している。  私はピルズベリー氏とは30年以上も交流があり、今回の彼の本についても対談する機会を得たが、氏によれば、これらの主張はほぼすべて事実に反するものの、現実には中国首脳部への真剣なインプットとなっているという。 日本はこの中国の「悪魔化」プロパガンダに対して常にその害悪を意識して正面から反撃し、論争を挑むことが不可欠だろう。関連記事■ 中国の軍拡事情を産経新聞論説委員・古森義久氏が分析した本■ 中国の軍事関連情報や分析 世界でワシントンが最も豊富な宝庫■ 日中海戦レポート著者「日本は現実に対して自信を持つべき」■ 中国 2049年の「月面軍事基地建設」と資源獲得意志を表明■ 米国製軍用ジープを丸パクリした中国製軍用ジープの写真公開

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    韓国で核武装論高まる 保有すれば一流国になれるとの発想

     北朝鮮が1月6日に「水爆実験」を強行し国際社会から批判が高まっている。そもそも北朝鮮は2003年に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明し、2006年に最初の核実験を行なったが、国際社会から経済制裁を受けて国家財政は窮地に陥っている。そんな隣国を目の当たりにしながらも、韓国で核武装論が盛り上がっている。それはなぜか。韓国の国民性に精通するジャーナリストの室谷克実氏がこう話す。 「韓国人の“核を持ちたい!”との願望は今に始まった話でなく、北の動向とも関係ありません。韓国で最初に核武装論が持ちあがったのは1970年代であり、北は核保有どころか、その兆候もなかった時代です。根底にあるのは韓国が抱く大国願望だった。つまり、核を保有する国こそ一流国である、という発想です」 無論、核を持てば世界から一目置かれるという思想は幻想にすぎない(北朝鮮がいい例だ)。それでも「核武装したい」との声が韓国内で大きなうねりとなっているのは、韓国人の持つコンプレックスが刺激されたからだという。「今回、韓国は北の核実験の兆候情報を事前にアメリカから提供してもらえませんでした。さらに朴槿恵・大統領と中国の習近平・国家主席の電話会談も実現していない(1月12日現在)。このように大国からは冷たい扱いを受ける一方で、自分たちより“格下”と見なしていた北朝鮮が当初は水爆実験を成功させたと発表した。その屈辱感が核保有論を一気に燃え上がらせたのです」(同前) 1月7日、与党セヌリ党の最高会議で金正薫・政策委員長が口にした次の言葉に韓国世論の本音が見える。「中国、ロシア、そして事実上の核武装国である北朝鮮、さらにウラン濃縮を行なっている日本もいつでも核武装ができる。(北東アジアで)我々だけが核で孤立している」 周りは皆持っているのに、どうして自分だけ――そんな悔しさを露わにしているのだ。しかし、そんな感情的な核武装論は、むしろ東アジア情勢にさらなる危機をもたらす可能性がある。ジャーナリストの惠谷治氏が指摘する。「仮に韓国の核武装が完成すれば、北朝鮮と韓国は戦争に近づく。現在、核兵器は実際に兵器として使うのではなく戦争に対する抑止としても、その威力を発揮している。それは朝鮮半島でも同じで、これまで北は韓国との軍事力の差を核の脅威で埋めることで、危ういながらも均衡を保ってきた。 しかし、互いに核を持つことで、北はアドバンテージを失い、韓国との軍事バランスが一気に崩れる。そうなった時、核の抑止力を失った北が暴発する可能性がある」関連記事■ 北朝鮮核ミサイルに対抗するには日韓核武装も選択肢と専門家■ 北朝鮮の核実験で韓国与党幹部が核武装発言 世論も同調■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 北の核実験に中国が激怒 日本の核武装につながるからと識者■ 核武装論高まる韓国 すでに核兵器製造可能な技術力保有

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    あんなに大騒ぎしたのに、こんなにショボい安保法制

    平和安全法制(いわゆる安保法制)が公布された。今後、半年以内に施行される。 今回すべてのマスコミが「安全保障政策の大転換」(NHKほか)と報じたが、本当にそうか。法案に反対した護憲派メディアは非難する意図から、保守派も賛成する意図から、そう報じたが、どちらも正しくない。前者は論外だが、後者もいただけない。私に言わせれば、“ほめ殺し”である。 平和安全法制については、月刊「正論」誌上で詳論する機会を与えていただいた。拙稿をアップデートした新刊『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(PHP新書)も上梓した。テレビ番組にも出演した。「夕刊フジ」でも連載した。繰り返し述べてきたとおり、私が下す法制への評価は〇でも×でもなく、△である。「戦争法案」と非難するのは論外だが、手放しで評価するのもおかしい。 平和安全法制は多くの課題を残した。本来「シームレス」(=切れ目のない)な「安全保障法制」のはずが、結局いくつも「切れ目」を残した。おかげさまで拙著は発売早々、異例の大増刷が決まったが、私の筆力が乏しいせいか、平和安全法制が積み残した課題がいまだ理解されていない。虎の威を借りよう。 終盤国会となった九月八日の参議院平和安全法制特別委員会は参考人質疑を実施した。与党推薦の神保謙参考人(慶応大准教授)が以下のように述べた。「安保法案をめぐる最大の論点は、この法案がシームレスな安全保障体制を確保できているかどうかということにある。その点に関し、私は研究者という立場から、この法案は十分でないと考えております」 そのとおり。皮肉にも、これが今国会中、最も鋭い批判となった。本来なら、野党やマスコミが指弾すべき問題点であろう。北朝鮮の弾道ミサイル攻撃に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット(PAC3)=1月29日午後、東京都新宿区の防衛省(宮崎瑞穂撮影) あっさり言って、ショボい法案である。だが、ないよりはマシ。現状より多少は改善する。私は何度もそう書いた。 ところが、護憲派はそう考えない。それどころか、「戦争法案」と誹謗した。いったい、どの条文を読めば、そう思えるのか。いや、条文も読まず「戦争法案 絶対反対」と叫んだ。たった10条しかない条約を読まず「安保反対!」と合唱した世代を思い出す。当時も護憲派メディアが「反対」を煽った。護憲派批判は拙著や月刊「Voice」十二月号掲載予定の拙稿に譲り、いま一度、虎の威を借りよう。 神保准教授は十月十四日放送のBSフジ「プライムニュース」でも「グレーゾーン事態」を挙げ「シームレスな安全保障体制を確保できていない」と指摘した。おっしゃるとおり。具体例を最新刊コミックから借りよう。かわぐちかいじと惠谷治のベストセラー共著『空母いぶき』(小学館)は、中国人による尖閣諸島への上陸場面から始まる。 そうした「グレーゾーン事態」で平和安全法制は何ができるか。実は何もできない。閣議の手順が迅速化されただけで、法整備は一条文も図られなかった。「日本を、取り戻す。」――安倍晋三総裁がそう宣言した自民党の「重点政策2012」は「領海警備を強化する法律の制定に取り組みます」と明記。「『国家安全保障基本法』を制定します」とも明記した。だが、その公約は今度も果たされなかった。 法案可決成立の直前となった九月十六日、ロイターは《安保法制で転換迎える日本、「普通の国」なお遠く》と題した記事を報じた。記事は導入部分でこう報じた。《自衛隊と米軍は中国を想定した備えができるようになるが、日本は「イスラム国」空爆のような作戦には今後も参加できず、英国やオーストラリアといった「普通の国」とは、まだ開きがある。/自衛隊の役割拡大に対する米国の期待が過剰に高まれば、かえって日米関係がぎくしゃくするとの指摘もある》 そのとおり。皮肉にも、これが関連報道中、最も鋭い批判となった。日本の護憲派マスコミは一度もこうした鋭い批判を加えなかった。誤報や捏造、扇情的な偏向報道を繰り返しただけだ。まだ「普通の国」の半分以下まだ「普通の国」の半分以下 続けて記事の指摘を借りよう。《「普通の国」の半分》との見出しを掲げ、こう報じた。《英国やオーストラリアといった米国の他の同盟国と比べれば、「普通の国」にはなお遠いとの指摘もある。/新法制で集団的自衛権を行使するには、日本の存立が脅かされるなど3条件を満たす必要がある。安倍晋三首相は、武力行使を目的に他国の領土へ自衛隊を派遣することは憲法違反で、中東のホルムズ海峡での掃海を除いて想定できないと説明。イスラム国への空爆に参加することはないと繰り返してきた》 こんなにショボいのに、どこが「戦争法案」なのか。なにが「大転換」なのか。記事で豪ニューサウスウェールズ大学のアラン・デュポン教授がこう語る。「これまで(普通の国の)25%だったものが倍増して50%になり、海外に自衛隊を派遣する柔軟性と能力が増す。しかし『業界標準』からすれば、まだ50%足りない」 法制公布後のいまも、日本は「普通の国」になっていない。国際標準からみれば、まさに中途半端な法整備となった。記事は今年訪米した日本人のコメントも掲げた。アメリカで法案はどう受け止められたのか。米軍のF16、韓国軍のF15両戦闘機とともに在韓米軍基地のある韓国・烏山上空を通過する、核ミサイルが搭載可能なB52戦略爆撃機(共同)「国際法上、米国と同等な集団的自衛権を行使できるのではないかと誤解している専門家がいた」(森本敏・元防衛相)「日本と米国の間で認識のギャップがある。実際にできることの間にギャップがあるので、摩擦が起きるのではないかと思う」(川上高司・拓殖大学教授) 私もそう指摘してきたが、護憲派マスコミはスルーした。代わりに大学生の絶叫やタレント文化人の感情論を報じた。元々「切れ目のない安全保障法制の整備」(昨年七月の閣議決定の標題)だったのに、結局「切れ目」が残った。日米同盟の信頼性を担保するための法整備だったのに、かえって米国の「誤解」を招き、日米間の「摩擦」を生んだ。中途半端どころか、本末転倒とも評し得よう。 しかも、以上の話には続きがある。右記事が出た九月十六日、自由民主党と公明党の連立与党に加え、日本を元気にする会、次世代の党及び新党改革の野党3党を含む5党が「平和安全法制について」合意した。これにより、法制の「切れ目」がさらに拡大した。 合意は単なる口約束ではない。翌十七日の参議院特別委員会で、合意が附帯決議として議決され、十九日の参議院本会議で可決成立した。加えて「政府は、本法律の施行に当たっては(中略)合意の趣旨を尊重し、適切に対処する」と閣議決定された。 護憲派が「憲法違反の戦争法案」と騒いだ「集団的自衛権」はこう合意された。「存立危機事態に該当するが、武力攻撃事態等に該当しない例外的な場合における防衛出動の国会承認については、例外なく事前承認を求めること」 同時に、合意文書は「存立危機事態と武力攻撃事態等が重ならない場合は、極めて例外である」とも明記した。 ホルムズ海峡封鎖(に伴う機雷除去)を想定すれば、話は分かりやすい。このケースは言わば、純然たる「存立危機事態」(集団的自衛権)である。朝鮮半島有事のような、それが存立危機事態にも「武力攻撃事態等」(個別的自衛権)にもなり得る一般的なケースとは違い、「極めて例外」的である。 つまり、護憲派メディアは「極めて例外」的なケースを繰り返し取り上げ「憲法違反の戦争法案」と大騒ぎしてきたわけである。あえて百歩譲って「集団的自衛権」の行使に、なんらか法的な問題があるとしても、土壇場の与野党合意で「例外なく事前承認を求めること」になった以上、もはや「戦争法案」でも何でもない。「歯止め」がかかり「切れ目」が増えた「歯止め」がかかり「切れ目」が増えた 肯定的に言えば、法案の実質的かつ大幅な「修正」であり「歯止め」だが、視点を変えれば、「切れ目」とも評し得る。たとえば今後、参議院が承認しない場合、政府は自衛隊を派遣できない。 それ以前の問題として、国会承認を得るまでに要する時間が対応の「切れ目」となる。国会閉会中なら、最低でも三日かかる。運よく開会中でも、野党が「葬式ごっこ」の真似をしながら牛歩戦術を駆使したり、「セクハラ作戦」で議長や委員長を閉じ込めたりすれば、時間的な「切れ目」は拡大する。げんに先の国会でそうなった。 本来なら護憲派が「民主的な文民統制が強化された」「歯止めがかかった」と合意を評価し、保守派が「切れ目が増えた」と批判すべきところであろう。ところが現状は正反対。なんとも不毛な議論ではないか。 合意が残した「切れ目」はホルムズ海峡の場合に限らない。こうも合意された。「重要影響事態においては、国民の生死にかかわるような極めて限定的な場合を除いて、国会の事前承認を求めること」 集団的自衛権に次いで、護憲派が大騒ぎした論点が「重要影響事態(と認定した場合における後方支援活動)」である。PAC3は自衛隊には平成19年から配備されている(航空自衛隊提供) 今回いわゆる一般法(恒久法)として「国際平和支援法」が新たに整備された。この新法の要件を満たした場合、今後、自衛隊が「協力支援活動」を実施できる。NHK以下マスコミはこれを「後方支援」と呼び、批判したが、正しくは「協力支援」であって「後方支援」ではない。 この新法による「協力支援活動」は「例外なき事前の国会承認」に基づく。法律上そう規定された。なぜ「協力支援活動」が「例外なき事前の国会承認」とされたのか。連立与党が抵抗したからである。護憲派マスコミ世論に阿ったからである。自民党政府が譲歩し妥協を重ねた結果である。 それと同じことが土壇場の国会で起きた。ホルムズ海峡などの「存立危機事態」(集団的自衛権)に加え、重要影響事態も「国会の事前承認」とされた。例外は「極めて限定的な場合」に限られる。拙著で「協力支援活動」の課題として論じた指摘がみな、ここにも当てはまる。 今回の法改正で、従来の「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」は「重要影響事態等に際して実施する船舶検査活動に関する法律」に改正される。つまり従来の「周辺事態」が「重要影響事態」に変わる。拙著で詳論したとおり、そう名前が変わるだけで、中身はほとんど変わらない。 護憲派メディアは「周辺」が外れ、「地球の裏側まで自衛隊が『後方支援』で派兵される」と非難したが、政府が何度も答弁したとおり「周辺事態」は元々地理的概念ではない。 NHK以下マスコミがなんと言おうが、真実は一つ。名前が変わるだけで、中身は大して変わらない。たとえば、右法律の「別表(第五条関係)」は改正されない。 具体例として朝鮮半島有事を想定いただきたい。北が韓国に南進するケースよりも、北の体制が内部崩壊するケースのほうが、リアリティが高い。どちらにせよ法的には「重要影響事態」となり得る。 その際「実施する船舶検査活動に関する法律」だが、同法により、北朝鮮の不審船に、海上自衛官が乗り込む可能性は事実上ない。軍事的な意義は空中給油だけ軍事的な意義は空中給油だけ なぜなら法律上「乗船しての検査、確認」ができる船舶は「軍艦等を除く」。したがって北朝鮮軍の船舶は対象外。 漁船に偽装した工作船も例外でない。なぜなら、法律上「当該船舶の停止を求め、船長等の承諾を得て」からしか、乗船検査できないからである。もちろん北朝鮮の船長が「承諾」するはずがない。 北が停船の「求め」に応じない場合どうするか。法の規定は「これに応じるよう説得を行うこと」。ならば、「説得」に応じない場合どうすべきか。平和安全法制が許すのは以下のとおり。「説得を行うため必要な限度において、当該船舶に対し、接近、追尾、伴走及び進路前方における待機を行うこと」 たったこれだけ。「普通の国」の海軍なら許される警告射撃すら許されない。いやそれ以前に、海自は停船命令も出せない。 もし編集部が許すなら「(笑)」と付記したいところである。実際、私が講演で分かりやすく右を説明すると、会場から失笑や爆笑が起こる。むろん、笑い話では済まされない。護憲派はこんなショボい内容なのに「戦争法案」とレッテルを貼り、「従来『非戦闘地域』とされてきた場所でも後方支援できるようになる」と危険性を煽った。 当たり前だが、右の制約がもたらすリスクと実害は政府も承知している。ゆえに昨年来、法改正が検討されたが結局、実現できなかった。そもそも「国家安全保障基本法」の制定を主張してきた自民党が、護憲派の要求に譲歩を重ねた結果が、この有り様である。それに土壇場の与野党合意が止めを刺した。 従来の「周辺事態」が「重要影響事態」に名前が変わるだけで中身に大差はない。大差はないが、小差はある。法改正で今後、実際に何が変わるのか。 結論から言えば、今後は空中給油が可能となる。たとえば朝鮮半島有事で日本海に展開する空母機動部隊の艦載機に対し、航空自衛隊の空中給油機が、日本海上空で燃料補給(空中給油)を実施できる。 航空戦力の特質を踏まえれば、以上の軍事的な意義は大きい。拙著で苦言を呈したとおり、本来なら護憲派の野党やマスコミは、空中給油の是非を論じるべきであった。 もう一つ、従来の「周辺事態法」で許されなかったのが、米軍への弾薬提供である。それが今回の法改正で変わる(ただし武器の提供は引き続き不可)。 拙著で「米軍への弾薬提供が可能になるなど、現行法制よりは多少ましだが、依然として抜本改正とは程遠い」と書いた。もし改訂版を出す機会があれば、「その弾薬提供ですら、土壇場の与野党合意により、『他国部隊の要員等の生命・身体を保護するために使用される弾薬に限定される』ことになった」と追記しなければなるまい。 もはや軍事的な意義は小さい。たぶん米軍のニーズはないであろう。つまり与野党合意により、周辺事態法改正の軍事的な意義は空中給油だけとなった(その他、平和安全法制整備の意義としては、米軍のアセット防護や任務遂行型の武器使用が認められた点が大きいが、マスコミはこれもスルーした)。 加えて、以下も合意された。「大量破壊兵器やクラスター弾、劣化ウラン弾の輸送は行わないこと」「駆け付け警護を行った場合には、速やかに国会に報告すること」「180日ごとに国会に報告を行うこと」 いずれも先の国会で審議された重要な論点である。加えて「国会関与の強化」も合意された。それなのに、なぜか護憲派は評価しない。それ以前にメディアが報道しない。「歯止めがかかった」とも評し得るが、「切れ目が増えた」とも評し得る。後者の立場からは、土壇場の与野党合意により、名実とも「切れ目のない安全保障法制」ではなくなったと評し得よう。道半ば、まだゴールは遠い道半ば、まだゴールは遠い いや、それ以前に元々の法案から「切れ目」だらけであった(拙著参照)。いわゆる「集団的自衛権」の行使も「存立危機事態」の要件を満たす場合だけ。自国の自衛権行使に、こうした限定を課しているのは世界で日本だけ。それをマスコミが「集団的自衛権行使を可能とする安保法案」(NHKほか)と報じただけの話である。 正確には「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合にしか行使できない。 つまり今後とも自衛隊は、日本しか守らない。守るのは日本国の存立と自国民の生命だけ。同盟国の存立や同盟国軍兵士の生命はお構いなし。自分は守るが、他人は助けない。家族や親友でさえ見殺しにする。そうした「卑怯な商人国家」(英エコノミスト誌)であり続ける。しかも自衛権の行使は「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない」場合だけ。それすら「必要最小限度の実力行使にとどまる」。関連法制上「普通の国」となっていない。本来、安倍総理が目指すべき「美しい国」とは程遠い。 近日中にも、北朝鮮が弾道ミサイルを発射する可能性が高いが、そうして発射された弾頭がグアムやハワイ、米本土へ着弾する航跡なら、海上自衛隊は洋上で迎撃できない。内閣法制局長官を含め、先の国会で政府はそう答弁した。「存立危機事態」の要件を満たさないからである。米国の存立や米国民を守ることになってしまうからである。技術的には迎撃できても、憲法と平和安全法制の歯止めにより迎撃できない。 邦人救出も「領域国政府の承認」が要件とされた。したがって拉致被害者を含む北朝鮮の邦人を救出できない。韓国とて例外でない。韓国政府の「承認」が要る。かりに日本人の母子が米艦で韓国から帰国する途中、北朝鮮軍や中国軍の攻撃を受けたら、どうなるか。「普通の国」なら、ただちに応戦するが、日本は違う。反撃も阻止もしない。日本人母子が乗船しているだけでは「存立危機事態」の要件を満たさない。内閣法制局長官を含め、先の国会で政府はそう答弁した。マスコミはそれを「要件があいまい」と批判する脈絡で報じたが、私なら「日本国政府が自国民を見殺しにするリスク」の一例として報道する。 先日、総理は国連安保理常任理事国入りへの意欲を表明した。私は苦言を呈したい。武力行使を伴う国際安全保障措置への参加を、自ら封印、忌避しておきながら、それはなかろう。安保理とは安全保障理事会である。集団安全保障措置に参画しない者に常任資格などあるまい。 ここまでショボい法制となった理由は明白である。抜本改正を図らず、パッチワークのような弥縫策を続けた結果である。「政府のこれまでの憲法解釈は間違いだった」と認めなかったからである。砂川判決や昭和四十七年見解をたてに、過去の答弁との整合性を維持しようとしたからである。 やはり「国家安全保障基本法」の制定を目指すべきだった。私は歯がゆい。せめて「領域警備法」の制定を図るべきだった。政府与党が「電話閣議」でお茶を濁した一方、野党が領域警備法案を国会に提出する奇妙奇天烈な光景となった。挙句の果ては乱闘騒ぎで可決成立。土壇場で政府与党は一部野党に大きく譲歩した。 法制自体もさることながら、政府の答弁にも疑問が残った。なかでも兵役(ないし自衛隊の任務)を「苦役」と表現したのはいただけない。マスコミ謹製の「徴兵制への不安」を打ち消すべく憲法上の根拠に敷衍した結果だろうが、現場の反発は大きい。苦言を呈したのは私ひとりではない。元陸幕長や元海幕長もメディアで疑問を表明した。 安倍総理は(抑止力が高まるから)日本のリスクは下がるという話ばかりしたが、海外派遣された自衛隊が国連PKOで治安維持業務に就くなどリスクが増える側面もある。総理はそれを、きちんと説明し、「リスクを日本だけが背負わなくて良いのか」と、自分の言葉で率直に語ったほうが、法案への理解は深まった(九月十九日付産経朝刊の潮コメント)。 まだ道半ば。美しい日本の憲法をつくる。自衛隊を名実ともの軍隊とする。そのゴールに向かう歩みを止めてはならない。うしお・まさと 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒業。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。同大大学院研修(早大院法学研究科博士前期課程修了)、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。東海大学非常勤講師。『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』(文春新書)など著書多数。

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    だから日本も核武装? 常に臨戦態勢の極右勢力

    猪野亨(弁護士) 今頃になってのものですが、櫻井よしこ氏ら極右勢力の日本会議がこのような集会を今年の8月に行っていたのですね。「反核平和 70年の失敗~憲法9条は中国軍拡も北の核兵器も止められなかった!~」 戦争法案の審議の最中にこのようなことをやっていようとは、大変な軍国主義者たちです。戦争法案を合憲だと言っていた数少ない憲法学者も名前を連ねています。「戦争法案の合憲性を主張する憲法学者 百地章、西修、長尾一紘の各氏ら御用学者の活用方法」 それにしてもすごいタイトルです。タイトルばかりではありません。敢えて8月6日の広島で開催するという当てつけです。 中国に負けじと日本も軍拡、そうなると日本も核武装ですか? そのようなことをしたって中国の軍拡や北の核兵器開発が止められるわけがありません。単なる軍拡競争になるだけです。 櫻井氏は、米国の価値観は違うから、アジア諸国は中国の台頭に対しては日本に期待していると言うのですが、しかし、あまりにうがった見方です。ASEAN諸国も中国に同調する国々が少なくないではありませんか。 だから、日本が軍事力を拡大するというのであれば、単に銃剣を振り回すだけの国として、他のアジア諸国に対して日本に従えと言っているだけの姿にしか見えません。中国に対する牽制というなら、アジア諸国と軍事同盟でも結びますか。何だか「八紘一宇」の発想です。「八紘一宇を絶賛! 三原じゅん子議員 侵略戦争美化」 しかも憲法9条が隣国の軍拡路線を止められなかったというのもひどい言いがかりです。冷戦期には、中国も北朝鮮も大した軍事力はありませんでしたし、中国の本格的な軍拡が始まったのは、つい最近の話です。 しかも、現実には、日本政府は憲法9条の理念を踏みにじることばかりをしてきました。今年の戦争(安保)法制は最悪ですが、以前から自衛隊の軍備拡張を押し進め、さらには海外派兵にまで踏み出しました。 これで憲法9条の理念を世界各国に説いていっても説得力はありませんし、日本政府がそのような行動をとったこともありません。それでありながら憲法9条が中国の軍拡を止められなかったなどとよくもいえたものです。 櫻井よしこ氏らが目指すものは、日本の軍事大国化であり、再び戦争ができる国家にすることです。しかも、復古的な軍事大国化です。かつてのアジア・太平洋戦争を聖戦として位置づけ、過去の歴史をあからさまに否定する歴史歪曲を押し進める人たちです。 そのようなことをすれば、あるいは戦後の日本がそのようなことをしていたとすれば、経済は破綻していたであろうし、国民は窮乏生活を強いられていたことでしょう。これからだって同じです。軍事大国化路線や、ましてや核武装政策を推し進めれば国家財政が破綻するだけです。私たちにとって良いことは何1つありません。 憲法9条の理念を実現するために日本が率先して行動することこそ、世界の人々に期待されているところです。(「弁護士 猪野 亨のブログ」より2015年11月23日分より転載)

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    大学生が考える 「戦争法案」という主張は本音かタテマエか

    定した。あたかも自分たちは博識みたいな傲慢な態度であった。 賛成派は本法案が合憲とする論理は、現行の安全保障体制の延長であり、ドラスティックな解釈はしていないと主張する。そもそも、今回の法案は集団的自衛権の行使ではないが、既に日本は何度も一般国際法上集の団的自衛権を行使してきた歴史を持つし、日米安保を破棄していないことが、集団的自衛権自衛権容認に他ならない。憲法には条約は順守しなければならないという旨が明記してある事について反対派はどう説明するのか。また、今回の法案の論点であった集団的自衛権が違憲であるならば、日本政府がとるべき行動は3つあり、反対派はそれを大声で主張しなければならない。1 国連憲章に対し留保をつける2 日米安保が憲法に反していることになるので、基地提供(国際法上の見解は集団的自衛権に含む場合が少なくない)をやめ、米国に対し条約破棄を一方的に通告する3 現行の安全保障に関する法律の抜本的改正 国連憲章の51条には国家の自然権として集団的自衛権を認めているが、日本の憲法上禁止されているならば、留保の旨を通告しなければ国際政治で大きな誤解を生む。基地提供に関しても、ベトナム戦争時に嘉手納基地から米軍が出撃している時点で集団的自衛権行使である。さらに自衛隊法でも、公海上であっても米艦隊が攻撃を受けた場合に武力行使が可能な事態が明記されている。(自衛隊法88条、95条等)国会前で行われた安保法案反対デモには多くの女性が参加した=8月30日(早坂洋祐撮影) ゆえに、繰り返しになるが、憲法違反だと主張するならば上記の3つのことを主張しなければ論理的整合性はない。しかし、反対派が叫んでいる事は、「打倒安倍政権」、「廃案」、「立憲主義の破壊」など様々で感心すらする。こういう人達が「反知性主義」とか言うのだから滑稽である。実際のところ、憲法学者の解釈はごまかしであり、ご都合主義で、「マスコミが騒いでいるから目立っておこう」的な意図を感じてしまう。だから、私は憲法学者の主張はあくまでタテマエであり、本当は分かっていると信じている。もし、本音であるならば、日本の憲法学者に存在価値は無い(タテマエでもタチは悪いが…)。 実は、少数であるが論理的な主張をしている人もいる。代表的な人は伊藤塾塾長である。彼は現行憲法に則り、行政を行うならば非武装中立しかないと言う。思想的に「正常」かは抜きにして考えれば彼の主張自体は筋が通っている。ただし、筋が通っていれば正しいことにはならない。チベット、ウイグル、東南アジアの現状を見れば彼の主張がいかに愚かであるかは一目瞭然である。 よって、今回の法制は必須であり、まだ不十分であるくらいであるし、将来的にはフルスペックの集団的自衛権の行使を容認した方がリスクは軽減される。憲法学者や一部の愉快な人たちはゲーム理論や国際関係学、統計学を知らないかリスクは増えると言うが、あくまで条件付き確立の想定であり、本質でない(※詳しいことは嘉悦大学教授の高橋洋一氏の記事を参照)。 今後、日本が国際平和に貢献していく気があるならば、経済大国に相応しい軍事力を備え、抑止力を増大させるべきである。一人の学生として日本がより安全になることを願っている。

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    世界秩序が混乱の度を深める中、なぜ日本には危機感がないのか

    田久保忠衛(杏林大学名誉教授) 視点の相違は弁(わきま)えておかなければならない。日本にとって東シナ海、南シナ海は死活的に重要だが、残念ながら欧米諸国の感覚は別だ。昨年、頻発したテロの中でもパリで2回、次いで米カリフォルニア州サンバーナディーノでの惨劇が与えた衝撃は日本のメディアでは分からない。米国もフランスもロシアも英国もイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の根拠地に爆撃を加えているが、一般市民というソフトターゲットを狙ってくる敵を防ぐのにどれほど効果が上がったのか。指導性欠如著しいオバマ大統領 全体像を捉えにくいテロリストに各国の指導者が的確に対応できないうえに、シリアやアフガニスタンから難民が殺到してくる。難民受け入れ反対を唱えるフランスでは超右翼「国民戦線」のマリーヌ・ルペン党首が来年の大統領選挙を、米国では共和党のドナルド・トランプ氏が今年の大統領選挙をそれぞれ目指す事態になってきた。両者の動きは連動している。 オバマ米政権に多くは期待できない。ロバート・ゲーツ、レオン・パネッタの2元国防長官が相次いで回想録を出し、その中でオバマ大統領を批判したと思っていたら、最近、チャック・ヘーゲル前国防長官が米フォーリン・ポリシー誌とのインタビューで、シリア政策をめぐる大統領との意見の相違があった事実を認めた。3人の前・元国防長官に一致しているのは大統領の指導性欠如の指摘だ。ただ事ではない。 時系列で見ても大統領はシリアの内戦に介入すると言いながら、結局、行動を起こさなかった。その間にISが反体制派にもぐり込み、いまやシリアからイラクにまたがる広大な地域を実効支配し、自ら世界各地でテロを指示し、実行するに至る。 居住地を狙うホームグロウンあるいはローンウルフ(一匹狼)などのテロは身近になった。移民で頭を悩まし、加えて難民の扱いで弱っているところに、1年間で2度の惨劇がフランスを見舞った。フランス人はどのような反応を起こすか。昨年12月にフランスで実施された2度の地域圏議会選挙で2回目には敗れたものの、1回目に「国民戦線」は大勝している。危険なルペン・トランプ現象 サンバーナディーノ銃乱射事件はパリにおける2度目のテロから3週間たっていない。トランプ氏は「移民、難民、旅行者を含めイスラム教徒の入国を当面、全面禁止する」との声明を出した。同時にオバマ大統領は「われわれはISを壊滅させる」とホワイトハウスの執務室から国民に向けて演説した。どちらに拍手が湧くか。トランプ氏の支持率は他の共和党候補を圧倒的に引き離している。 ルペン・トランプ現象を、ポピュリスト政治家が巻き起こしている一時的な出来事と見るか、時代的背景を持つ危険な兆候と考えるか。米仏両国の良識がいずれ感情を抑えて熱は冷めるという人は多いが、希望的観測を述べているやじ馬にすぎないと思う。 トランプ氏がホワイトハウス入りしたら、米国内の世論は真っ二つに割れるだろうし、移民、難民を入れて苦労をしている国々からの反発はすさまじいに違いない。ISへの応募者が爆発的に増える事態を想定しただけで世界中は大混乱に陥るだろう。漁夫の利を得る中国「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事に出席した習近平国家主席(左)と江沢民元国家主席=2015年9月3日、北京の天安門(共同) 昨秋、訪日した米外交問題評議会のリチャード・ハース会長が米国の弱点として、与党の民主党が上下両院で少数党になっており、野党の共和党は分裂していると語っていた。だれが大統領になるにせよ、オバマ政権で対外的に抑制的になった「内向き」の姿勢を「外向き」に転換しないと米国の威信はさらに落ちる。秩序維持の役を取り戻すにはかなりの年月を必要とする。その間に米国は知力と国力を国際テロリストとの戦いに注ぎ込まなければならない。 世界が関心をISに移しているときに、漁夫の利を得るのは中国だろう。政治家の腐敗、環境汚染など庶民の不満の原因となる内臓疾患をいくつも抱える中国が、折からの経済不振も重なって東シナ海、南シナ海を利用し、国内ナショナリズムをかき立てる事態は現に進行しているではないか。 中国が現在悪化している米国との関係を一挙に挽回しようと企てて、対テロ戦で米国に全面的協力を申し入れないとも限らない。9・11同時テロで中国は当時のブッシュ政権に中国がらみの国際テロ関係資料を手渡し、両国の雰囲気が急に改善された前例もある。 国際テロが主権国家群を手玉に取って秩序を混乱させる暴挙にどう対応するか、主要国が死にもの狂いになっているのと対照的なほど、日本には危機感がない。 大手新聞が昨年11月に実施した自民党の党員意識調査で、憲法改正を「急ぐ必要はない」と答えた者が57%だったという。国際情勢の大局が分かっていないか、世渡りのうまい回答ではないか。 年頭の心配はこの一点だ。たくぼ・ただえ 昭和8年、千葉県生まれ。外交評論家、杏林大学名誉教授。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長などを歴任。59年に杏林大学教授、平成8年から現職。専門は国際政治。著書に『戦略家ニクソン』(中公新書)など。第12回正論大賞受賞。

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    北朝鮮、狂気の核実験 濃縮ウラン型開発が対テロ戦争を揺るがす

    06年から兵器級の濃縮ウランの生産が本格化したならば7年後の今回の実験にそれが使われることは自然だ。安全保障の基本は「最悪に備えよ」であり、北朝鮮がすでに相当量の兵器級の濃縮ウランを持っていることを前提に備えをなすべきだろう。 そのことは北朝鮮核問題の重大な構造変化を意味する。北朝鮮がふんだんな原料で量産した兵器級濃縮ウランをイランやシリア等のならず者国家やアルカイダなどのテロ集団に販売する危険が高いからだ。そうなれば北朝鮮の核問題は、東アジアの安全保障の問題から中東の安保と世界の対テロ戦争の問題へと深刻化する。赤化統一のため日本とアメリカを脅す赤化統一のため日本とアメリカを脅す 2002年1月当時のジョージ・ブッシュ大統領は有名な悪の枢軸演説でこう語った。「このような国家(北朝鮮、イラン、イラク)と彼らのテロ同盟者たちは、悪の枢軸を形成しており、世界の平和を脅かすために武装を進めている。大量破壊兵器を入手しようとすることで、これらの政権は、深刻で日々高まる危険をもたらしている。彼らは、こうした兵器をテロリストに提供しかねず、そうなれば、テロリストに、彼らが抱く憎しみに見合う手段を与えることになる。彼らは、われわれの同盟国を攻撃したり、アメリカを脅そうとしかねない。こうした状況のもとで、無関心でいることは破滅的な犠牲をもたらすであろう」。ブッシュが警告した悪の枢軸がテロリストに核兵器を提供する危機が眼前に迫っている。 その意味でこの10年間の米国とその同盟国である日本と韓国の対北朝鮮政策は大きく間違っていたことになる。どこから間違ったのか。北の核開発は体制の根幹である対南赤化戦略の一環であり、話し合いや経済支援では止めさせることはできない。いつでも独裁者本人と彼からの指令系統を攻撃できるという抑止力を担保しつつ、彼らが自前で準備できない資金や技術の流入を徹底的に断つ以外に開発を止める方法はないという単純な真理を、日米韓の政府と専門家が理解していなかった。 まず、北朝鮮の3代世襲独裁政権が核ミサイル開発を続ける理由は何かという基本命題から考えておこう。彼らの核戦略について、私は20年以上、論争してきた。90年代初め北朝鮮の核開発が国際社会の争点となったとき、日米韓の多くの専門家や情報関係者は、外交交渉のカードとして開発しているふりをしている、実際は核武装を目指していない、などと主張した。いわく、「合理的に考えれば核武装を強行するより中国型の改革開放政策を採るしかない」「米国の強大な核戦力に対抗できるはずがない」「最貧国の北朝鮮に核ミサイルを実戦化する資金も技術も無い」「米国の衛星に見えるように施設を建設しているだけだ」などなどの議論が主流だった。 ある著名な国際政治学者は1998年北朝鮮が日本を飛び越えるテポドン1ミサイルの発射実験を行ったとき、「これは日本とアメリカに対する求愛だ。助けて欲しいというメッセージだ。したがって、われわれは北朝鮮を追い込んではいけない、援助を続けるべきだ」などとコメントしていた。 2000年代に入り、北朝鮮が核開発凍結を約束したジュネーブ合意を破って濃縮ウラニウム爆弾開発を秘密裏に続けていたことが明らかになり、また2006年、09年と核実験が続く中、さすがに北の核ミサイル開発は交渉のためのダミーだという説はほとんど姿を消した。だが、その後も北の核を「自衛のため」「体制を維持するため」「追い込まれて生き残るためのもので実際に使う危険は小さい」など説明する論者が多かった。2012年12月、北朝鮮北西部・東倉里の西海衛星発射場から発射される事実上の長距離弾道ミサイル(共同) 一方で、北朝鮮は同族である韓国には核を使わないから北朝鮮の核の標的は日本であるという議論も出てきた。彼らが核の小型化に成功し、日本全土を射程に入れた核ミサイルを実戦配備すれば、日本は彼らの脅迫に応じざるを得ないとの危機感だった。 たしかに、北朝鮮は核ミサイル開発を外交カードとして経済支援を得てきたし、体制擁護のためにも、日本を脅すためにも使うだろうが、それはあくまでも二義的三義的である。私は北朝鮮の核武装は第一義的には韓国を赤化併呑することを目標としていると主張し続けてきた。冒頭に引用した趙甲済氏の見解と一致している。 いまでもはっきり覚えているが、1998年北朝鮮がテポドン1を発射したとき、私は当時韓国の空軍大学教授だった李チョルス氏に会いに行った。彼は1996年ミグ19に乗って韓国に亡命した元北朝鮮人民軍のパイロットだ。私は李元大尉に北朝鮮軍の戦略の中で核ミサイルはどの様な位置づけをされているのかと質問した。彼は私の顔をじろじろと見つめ、「あなたは本当に北朝鮮問題の専門家ですか。なぜ、このような基礎的なことを尋ねるのですか」といいながら次のように語った。「自分たち北朝鮮軍人は士官学校に入ったときから現在まで、ずっと同じことを教わってきた。1950年に始まった第1次朝鮮戦争で勝てなかったのは在日米軍基地のせいだ。あのとき、奇襲攻撃は成功したが、在日米軍基地からの空爆と武器弾薬の補給、米軍精鋭部隊の派兵などのために半島全域の占領ができなかった。 第2次朝鮮戦争で勝って半島全体を併呑するためには米本土から援軍がくるまで、1週間程度韓国内の韓国軍と米軍の基地だけでなく、在日米軍基地を使用不可能にすることが肝要だ。そのために、射程の長いミサイルを実戦配備している。また、人民軍偵察局や党の工作員による韓国と日本の基地へのテロ攻撃も準備している」 彼はすでに1992年金正日が命じて北朝鮮人民軍は対南奇襲作戦計画を完成させていると話した。李元大尉の亡命の翌年、1997年に労働党幹部の黄長●(●は火へんに華)氏が亡命した。黄長●氏がその作戦計画について次のように詳しく証言している。 1991年12月に最高司令官となった金正日は人民軍作戦組に1週間で韓国を占領する奇襲南侵作戦を立てよと命じ、翌92年にそれが完成した。金正日は作戦実行を金日成に提案したが、経済再建が先だと斥けられた。 作戦の中身は、概略以下の通りだ。北朝鮮は石油も食糧も十分備蓄できていないから、韓国併呑戦争は短期決戦しかない。1週間で釜山まで占領する。まず、韓国内の米韓軍の主要基地を長距離砲、ロケット砲、スカッドミサイルなどで攻撃し、同時にレーダーに捕まりにくい木造のAN2機、潜水艦・潜水艇、トンネルを使って特殊部隊を南侵させて韓国内の基地を襲う。在日米軍基地にもミサイルと特殊部隊による直接攻撃をかける。 同時に、米国にこれは民族内の問題であって米軍を介入させるな、また、日本に在日米軍基地から米軍の出撃を認めるな、それをしたら核ミサイル攻撃をするぞと脅すというのだ。韓国内に構築した地下組織を使い大規模な反米、反日暴動を起こしながら核ミサイルで脅せば、米国と日本の国民がなぜ、反米、反日の韓国のために自分たちが核攻撃の危険にさらされなければならないかと脅迫に応じる可能性があると彼らは見ている。 金日成は1970年代、工作員を集めて「祖国統一問題は米国との戦いである。米国は2度の世界戦争に参戦しながら、1発も本土攻撃を受けていない。もし、われわれが1発でも撃ち込めば、彼らは慌てふためいて手を上げるに決まっている」と教示している。国民の被害に弱い民主国家の弱点を突こうという一種のテロ戦略だ。 今回の核実験の詳細について現段階では情報が限られている。しかし、彼らが米国本土まで届く核ミサイルを開発するために、持てるだけの資金と人材を最優先でつぎ込んでいることだけは明白である。すでに北朝鮮はプルトニウムを相当量持っている。北朝鮮はプルトニウムを作れる寧辺の5000キロワットの原子炉を1986年から1994年までと2003年から2007年まで稼働した。同原子炉には一回に8000本の燃料棒が装填でき、使用済み燃料棒を再処理するとプルトニウムができる。その間、4回燃料棒が取り替えられ合計3万2000本の使用済み燃料棒が全量再処理された。恵谷治氏の推計によると、北朝鮮が生産したプルトニウムの総量は90キロから105キロだ。原爆1発に使われるプルトニウムは4~8キロで、2006年と2009年の実験で2発分が使われたので、今回の実験がウラン爆弾だとすると北朝鮮の持つプルトニウムは74~97キロ、原爆9~24発分となる。これだけでも先に見た奇襲南侵作戦の脅迫用には十分な量だ。その上、濃縮ウランが量産体制に入ったとしたら悪夢と言うしかない。北の暴発・先制攻撃に対抗する「斬首作戦」北の暴発・先制攻撃に対抗する「斬首作戦」 韓国ではいま、独自核武装を求める声が高まっている。北朝鮮の核戦略が韓国の併呑を目指すものである以上、その危機感は当然だろう。わが国にとっても地政学的に、朝鮮半島全体が敵対勢力を手におちることは重大な危機となる。古代朝廷は白村江の戦いで新羅・唐連合軍に敗れた後、九州に防壁を築き防人を徴募して守りを固めた。元寇は高麗が元に敗れた後にやってきた。日清、日露の戦役は半島全体が反日勢力の手におちないようにするための国運をかけた戦いだった。朝鮮戦争を戦ったマッカーサー元帥は日本防衛のためには半島と旧満州の確保が必要だったと米議会で証言している。 先に書いたように私は北朝鮮の核開発は在日米軍基地を使わせなくするために日本を脅迫することを目的にしていると主張し続けてきた。だから、その脅しに対していったいどの様に対処すべきか、考え続けてきた。10年前の2003年、東京財団の朝鮮問題プロジェクト論文で次のように書いた。〈ここで我々が考えるべきことは、テロと闘う基本姿勢である。テロリズムの語源は「テラー」(恐れ)である。つまり、国際社会は自衛権の行使や集団的安全保障などでの武力行使を認めているが、その場合でも戦時国際法などのルールを課している。しかし、テロリストらは非武装の市民などを対象に組織的な武力行使を敢行し、相手を恐怖に陥れて自分たちの政治目的を達成しようとする。脅迫に屈してテロリストの要求を受け入れれば、第2、第3の要求が来るだけで、問題の解決にはならない。テロを実行すれば、数百倍の実力行使で報復するぞという強い意志を示してテロリストの要求を退けること以外に、テロに勝つ方法はない。ペルー大使館占拠事件でゲリラらが米国軍特殊部隊の出動準備という報道があった直後、米国人人質をいち早く解放したことは、まさにその典型的例だ。水爆実験の実施を発表する朝鮮中央テレビの映像を伝える大型モニター=6日、大阪・道頓堀 たとえ、金正日が数発の核ミサイルをすでに持っているとしても、日本、韓国が軍事同盟を結んでいるアメリカは膨大な核兵器体系を持っている。金正日政権が実際暴発カードを使う、すなわちアメリカ本土を攻撃すればもちろんのこと、日本、韓国を攻撃しても、アメリカから壊滅的な報復攻撃を受ける。特に、暴発を命令した金正日はかならず除去されるという緊張関係が成立していれば、金正日は暴発カードを使えない。 したがって、日米同盟強化こそが暴発カードへの対抗策となる。そのためには集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈の正常化を早急に実現すべきだ〉 北朝鮮の核の脅しに対する抑止は日米同盟と韓米同盟の強化によって独裁者をいつでも殺すことができるという状況を作ることだ。この考えは今も全く変わっていない。韓国の軍事戦略研究家である権泰栄博士は2008年に出版した著書『21世紀軍事革新と未来戦』で「暴発を命令した金正日はかならず除去されるという緊張関係」という私の考え方をより緻密に展開して「先制攻撃」を含む積極的、予防的、抑制的防衛戦略としての「斬首作戦」を提唱している。 趙甲済氏が権博士の戦略を分かりやすく紹介しているのでそれを引用する。〈権博士は、絶対に北韓軍に奇襲を許してはいけないという点を幾度も強調した。1.北側は核兵器、化学生物武器、そして長射砲など長距離奇襲・打撃能力を保有している。2.首都圏に人口の半分、国富の70%以上が集中している上、休戦ラインと隣接した枹川、議政府、高揚地域が急激に開発された。したがって、奇襲された時退く空間がない。後退してから反撃作戦で勝利しても首都圏の荒廃で実益がない。3.したがって、過去のように敵に領土を譲歩した後反撃して失地を回復する防衛概念から脱して、領土の外で短期間内に決定的に勝利できる能力を誇示することで、戦争を事前に予防・抑制する防衛概念の採択が不可避だ。このような抑制および予防次元の防衛(Preventive Defense)ができるためには、過去の「守勢-消極」防衛から、「攻勢-積極防衛」へ転換し、「先制奇襲的攻撃/打撃(Preemptive Surprise Attack/Strike)」も必要時は許すという「威厳性」を持たねばならない。4.防衛の目標と水準を、「積極、予防、抑制防衛」へと格上させるためには、軍事力を先端情報技術軍へと脱皮させねばならず、多くの予算が必要だ。 韓国軍は、先制攻撃の概念を発展させるため、ひとまず戦争が起きれば敵の指揮部を集中打撃する「斬首作戦」のための新武器開発にお金を使い、先端NCW(Network-Centric Warfare)戦力も整えねばならない。 NCWとは、敵陣に対するリアルタイムの情報と敵の指揮部と神経系統を同時並列的に打撃できる新武器体制の結合を意味する。敵の戦略重心拠点(Center of Gravity)を数百、数千箇所選定しておいて、開戦と同時にミサイル、戦闘機、誘導爆弾などで同時多発的攻撃を敢行すれば、瞬間的に敵の指揮体制が麻痺する。指揮体制が麻痺した軍隊は、頭が切られた胴になる。 権博士は、このような攻撃的防御体制を構築しながら、金正日政権に対しても適当に知らせねばならないと主張する。独裁者は自らの安全を最優先に思う者らだから、戦争を企図しては自滅するということが分かれば、戦争を諦めるという論理からだ〉 権博士の戦略はすでに一部、米韓軍によって採用されている。米韓軍は北朝鮮が奇襲南侵を企図した場合に備えた作戦計画5027を持っている。当然のことながらその内容は極秘であり、数年ごとに情勢の変化に合わせて改訂されている。1998年、「北朝鮮が攻撃してくる予兆があれば先制攻撃を加えて戦争を開始し、部隊を北進させ平壌を占領する」という同作戦計画の一部が意図的にリークされた。ワシントンポスト同年11月19日付けやファー・イースタン・エコノミック・レビュー12月3日号によると作戦計画は次の通りだ。1 北朝鮮の攻撃があれば米韓軍は・兵力展開、・24時間以内にミサイルと爆撃で北朝鮮砲兵軍団攻撃、・平壌に向けて侵攻、・東西海岸から海兵隊上陸、・平壌占領、の5段階前面反攻に出る。2 米軍は常に北朝鮮軍の動向を監視しており、攻撃開始の3日前には兆候をつかめる。3 明白な兆候のある場合は、多連装ロケット砲と長距離砲と爆撃機などをはじめとする前線の軍事施設のすべてを徹底的に破壊する先制攻撃をなす。これは5段階のうちの・と・にあたる。4 日本は日米防衛協力のための新ガイドラインに従い周辺事態法を発動して米軍の後方支援を行う。 権博士の「斬首作戦」は3の部分に「敵の指揮部と神経系統を同時並列的に打撃」することを追加する。分かりやすく言うと金正恩ら最高権力者の所在地とそこからの通信手段を一挙に攻撃するのだ。独裁国家では独裁者の決済なしに軍は動けないから「指揮体制が麻痺した軍隊は、頭が切られた胴になる」。日本は集団的自衛権解釈の見直しと再入国不許可制裁の拡大を日本は集団的自衛権解釈の見直しと再入国不許可制裁の拡大を 安倍政権は集団的自衛権に関する憲法解釈の見直し作業を始めた。しかし、北朝鮮の核ミサイル開発が深刻化している以上、集団的自衛権の問題は類型化された概念論ではもはや間に合わない。作戦計画5027が発動された場合、日本は何をするのかという日米同盟の根幹をなす戦略問題の観点から具体的に論議すべき緊急課題となる。私は従来、「・同盟国アメリカの領土が武力攻撃された際と、・いわゆる周辺事態『我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態』のために出動した米軍が敵国から武力攻撃を受けた際に、自衛権を発動できる」という政府見解を出すことを提言している。 米韓両国は、北朝鮮政権が政変、内戦、暴動、天変地異などで崩壊した場合に軍隊を北進させる作戦計画5029をも持っている。米韓軍を北進させるという点は5027と同じだが、両者ともに混乱の中で拉致被害者が危険な目にあわないようにどの様に救出するかがわが国の重大課題となる。米韓軍の作戦計画に被害者救出のミッションをどのように組み込ませるか、これも集団的自衛権を発動して日本ができうる限りの貢献を両作戦計画に対してなしてはじめて実現できる戦略的課題だ。北朝鮮が水爆実験を行った6日、広島市の平和記念公園で平和を祈り合唱する人たち 特に2015年には米韓同盟の根幹である米韓連合司令部が解体される予定となっている。米韓連合司令部がなくなって5027や5029作戦計画を問題なく遂行できるのか、できないならば解体を延期すべきではないのか、日本の果たす役割を含めて今から3国の高いレベルで真剣に検討すべき重大課題だ。 最後に、北朝鮮の核ミサイル開発をどの様に止めるのかについて論じよう。日米韓3国の抑止力強化が守りの戦略というなら、こちらは攻めの戦略だ。ブッシュ悪の枢軸演説はこの点について「われわれは、同盟国と結束し、テロリストとテロリスト支援国家には、大量破壊兵器の製造と運搬を可能にする材料、技術、専門知識はけっして渡さないようにする」と明確に処方箋を書いていた。わが国がなすべき制裁はまだ多く残っている。私は、在日本朝鮮人科学技術協会(科協)に所属する核やミサイル技術者が自由に訪朝して北朝鮮の核ミサイル開発を支援している状況を告発し、最低でも彼らまで再入国不許可を拡大すべきだと繰り返し主張してきた。 ミサイルエンジン専門家である金剛原動機合弁会社副社長の徐判道は昨年3回訪朝している。関係者によると彼が訪朝するたびにミサイル実験が行われるため、ミサイル基地での点検作業に立ち会っている疑いがあるという。2006年と09年のミサイル実験の前にも徐の訪朝が確認されている。 北朝鮮は在朝日本人に出国の自由を与えていない。わが国は、総連幹部であっても出国の自由を制限したことはない。ただ、誰に再入国許可を出すかは、主権国家の固有権限だ。北朝鮮の核ミサイル開発を非難しながら、そのための資金と技術が持ち出されていることを放置してきたわが国の在り方を反省すべきだ。金融制裁再発動と南北交易停止で外貨を絶て金融制裁再発動と南北交易停止で外貨を絶て 北朝鮮の場合、イランなどと違って国際市場に売ることができる石油などの資源を持っていない。したがって、彼らが核ミサイル開発を続けるためには外貨をどこかから調達する必要がある。 ブッシュ政権はそのことを正しく理解し金融制裁を発動した。国務省に作られた北朝鮮の核開発を阻止する特別チームは北朝鮮の経常収支統計に注目したという。すなわち毎年5億~10億ドルが赤字なのに数十億ドルかけて核ミサイル開発が進んでいく。ベンツなど高価な贅沢品の現金での輸入も止まらない。北朝鮮は国庫とは別に党の39号室などが管理する秘密資金を海外の銀行の秘密口座に隠し持っていることが分かってきた。米国情報機関はその金額を40億から50億ドルと推計して隠し口座を追跡してきた。マカオの銀行バンコデルタアジアがその資金の出し入れの窓口として資金洗浄を行っていることをつかみ、同行に北朝鮮のテロ資金を扱っているという理由で米国金融機関との取引を停止するという制裁をかけたのだ。それを見ていた世界中の金融機関が北朝鮮との取引を敬遠するようになり、結果として彼らは秘密資金を引き出すことが困難になった。 実は秘密資金の資金源の一つが朝鮮総連だった。内閣調査室が1993年に調べた結果によると、90年代初め、年間1800億円から2000億円相当が送られていた。その原資は朝鮮総連の不法活動だった。第1の手法は、組織的脱税だ。総連系商工人の税務書類を総連が代行して作成し、税務署と談判して税金額を大幅に削減させていたことは、多くの証言がある。彼らは、自分たちは1976年に国税庁との間で5項目の合意をしていると豪語していた。いわゆるパチンコマネーが北朝鮮に送られた背景にはこのような組織的脱税があった。 第2は、朝銀信用組合を使った不正融資だ。朝鮮学校などを含む総連所有の不動産を担保にして、総連系個人やペーパー会社に朝銀が多額の融資を行なう。借り手は最初から返すつもりがなく、その資金は総連を通じて北朝鮮に送られた。当然、融資はこげ付き、朝銀は全国で次々に破綻したが、そのたびに「善意の預金者保護」の建前の下、公的資金が投入されて、対北送金でできた穴を埋めていった。総額1兆4000億円という巨額の資金が朝銀に入った。 しかし、これらの不法送金は第1次安倍政権が「厳格な法執行」を掲げて行った事実上の対北制裁措置の結果、大幅に減少した。第2次安倍政権は1月に拉致問題対策本部会合を開き、引き続き「厳格な法執行」を継続することを決めた。その方針は正しい。 中国は北朝鮮に原油や食糧を支援しているが外貨は渡していない。むしろ韓国が開城工団を中心とする南北交易で北朝鮮に外貨を落としている。李明博政権5年間の南北交易額は90億9600万ドル、年平均は18億192万ドルだったが、これは北朝鮮財政の約4割だ。韓国統一部によると「北朝鮮は南北交易では黒字構造を、中朝貿易では慢性的な赤字構造であるので、南北交易で稼いだ外貨が中朝貿易の増大を支えている」という。 北朝鮮を追い込んで核ミサイル開発を止めるには39号室資金を枯渇させればよい。安倍政権は総連への厳しい法執行を続けるとともに、米国には金融制裁の再発動を、韓国には開城工団の閉鎖を求め、北朝鮮の外貨源を断つ国際包囲網の構築を目指して積極的に動くべきだ。にしおか・つとむ 昭和31(1956)年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。筑波大学大学院地域研究科東アジアコース修士課程修了。在ソウル日本大使館専門研究員などを歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」会長。著書に『韓国分裂』(扶桑社)『金賢姫からの手紙』(草思社)など。

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    狂気の北核実験、金正恩は賭けに勝った

    北朝鮮は6日午後、「朝鮮で初の水爆実験を成功させた」と発表した。北朝鮮による4回目の核実験は2013年2月以来だが、真偽はともかく国際的な孤立を深める北朝鮮にとって、最後の賭けに出たとも言える。米国をはじめ世界を手玉に取った金正恩。狂気の独裁者が次に打つ手は何か。

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    水爆保有で「核大国」へ 北朝鮮の核放棄はますます困難になる

    ルギーを放出する。核融合は言わば、水素爆弾を作る基礎でもある。さらに、米国のシンクタンク、科学・国際安全保障研究所(ISIS)は北朝鮮が延辺の核団地でトリチウムを生産していた可能性を指摘していた。高純度の液体トリチウムも水素爆弾の原料の一つとしても利用される。「核融合に成功した」との北朝鮮の発表にロイター通信は「太陽が2つ空に昇ったら、信じてもよい」と嘲笑するソウル国立大学の核専門家クン・Y・スー氏の意見を載せていたが、皮肉なことに当時、韓国に亡命していた故・黄ジャンヨプ元労働党書記だけが「成功した可能性は十分にある」と「反論」していた。 黄元書記は「北朝鮮の実態を何も知らない連中らが不可能と言っている。彼らは一体どれだけ北朝鮮の技術力を理解していると言うのか。北朝鮮の大量殺傷兵器(WMD)技術はすでに相当のレベルに達しており、間もなく水素爆弾の製造が始まったと発表するかもしれない。一度に発表しないのは、国際社会の報復を恐れているからだ。北朝鮮は当初から水素爆弾も研究していた」と、語っていた。 過去に水爆を実験した国は米国、ロシア(旧ソ連)、英国、フランス、中国、インドなど6か国だが、米国は原爆から7年後、ロシアは6年後、英国は5年後、フランスは6年後、そして中国は1964年の初の原爆実験から3年後の67年に水爆実験を行っている。インドに至っては、1998年5月11日に3回、1日置いて13日に2回同時に複数の実験を行ったが、11日の3回の実験の一つが水爆実験だったとされている。一回目(2006年)の実験から6年経過したわけだから他の原爆保有国ができて北朝鮮にできないはずはないとの見方も当然成り立つ。 以前にも触れたが、万が一、水爆にまで手を伸ばせば、国連安保理が認めようと認めまいと、北朝鮮は名実共に「核保有国」どころか「核大国」となり、今以上に放棄させることは困難となるだろう。(Yahoo!個人 2015年12月11日分を転載)

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    平壌の美しさを知っているか? 鍵を握る北朝鮮問題の解決

    IT立国を目指し、アニメの分野で重要な人材リソースになっているのを聞いて驚いた。北朝鮮は西側に対して安全保障面では核武装、経済外交面ではレアメタルやウランなどの地下資源、さらにはITを扱える若い頭脳など、交渉を有利に導けるいくつかの「カード」を保有している。その一方で、外貨資金が不足、慢性的な食糧不足にも悩まされている。北朝鮮のほしがっているものを緻密に分析した上で、「日本モデル」で提案していけば、一筋の光明が見いだせるかもしれない。来年こそは北朝鮮問題解決に向けて、前向きな展開を期待したい。小倉紀蔵(おぐら・きぞう) 1959年東京都生まれ。東京大学ドイツ文学科卒業。ソウル大学哲学科博士課程単位取得。専門は朝鮮半島の思想・文化、東アジア哲学。NHKテレビ・ラジオハングル講座講師。「日韓友情年2005」実行委員、「日韓文化交流会議」委員などを務めた。現在は京都大学大学院人間・環境学研究科、総合人間学部教授。

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    中国が見捨てつつある北朝鮮 側近派遣などでロシアに急接近

     中国人民解放軍南京軍区の副司令官を務めた王洪光氏は2015年12月1日、共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)に「北朝鮮は既に中国の根本利益を損ねている。中国が(北朝鮮のために)戦う必要はない」との論評を載せ、大きな話題になっている。 香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」などが環球時報の記事を引用し、「中国はもはや北朝鮮を見捨てた」などと指摘。対する北朝鮮もロシア寄りの姿勢を強めており、中朝関係の冷却化が急速に進んでいる。 王氏は同紙への寄稿で、「中朝両国はかつての社会主義政党間の同志的関係ではなく、単なる国家間の利益関係が主体になっている。それは、北朝鮮がそうしたからだ」と指摘。その理由として、中国が断固として反対している北朝鮮の核兵器開発を北朝鮮指導部が推進しているためで、「中国に核汚染(のリスク)という深刻な脅威を与えている」と激しく非難。 そのうえで、北朝鮮が米国や韓国などから攻撃を受けても、「中国は救世主ではなく、北朝鮮が崩壊するとしても救うことはできない」と突き放した。北朝鮮の朝鮮労働党創建70年を記念する軍事パレードを観閲し、 中国共産党の劉雲山政治局常務委員(左)と言葉を交わす金正恩第1書記 =2015年10月10日、平壌 中朝関係は2013年12月、北朝鮮の張成沢・国防委員会副委員長の処刑以来、急激に悪化し、中国はすでに北朝鮮への石油輸出をストップしているほか、経済支援もほとんど行なっていない。 その代わり、急接近しているのがロシアだ。金正恩第一書記は自身の特使として、事実上のナンバー2で最側近の崔竜海書記を11月中旬、ロシアに派遣し、金氏のロシア訪問について協議したとみられる。 これに先立ち、プーチン氏の側近として知られるガルシア極東発展相が11月下旬、ロシアの経済代表団を率いて訪朝し、総事業費が約250億ドル(約2兆9000億円)に及ぶ北朝鮮の鉄道整備・改修計画を請け負うことで合意。 外貨不足の北朝鮮は、この見返りとして、国内の金やレアメタル(希少金属)など豊富な鉱産資源の開発権益をロシア側に提供する。さらに、金氏の信任が厚い側近の李スヨン外相が10月末から11日間にわたって訪露し、ラブロフ・ロシア外相らと会談している。 サウスチャイナ・モーニング・ポストによると、中国指導部と緊密な関係を維持してきた張成沢氏が粛清されたことで、中朝関係は緊張状態が続いており、金第一書記が北朝鮮の最高指導者就任後、初の外遊先としてロシアを選ぶことで、対露関係を最重要視している姿勢を示す狙いがある。 しかし、そうなれば、中朝関係はほぼ断絶状態に陥ることが予想され、北京の軍事的圧力が増し、金第一書記の首を絞めかねないのは明らかだ。関連記事日本人拉致被害者情報提供する脱北者 謝礼は最低でも数十万円拉致問題や拉致被害者の家族は韓国政府にとって厄介な存在落合信彦氏 なぜ「脱北者はウソをつく」がわからないのかソウルで客死した金正日元側近「韓国は北朝鮮より自由ない」上野の摘発風俗嬢は脱北者、店長は北朝鮮美人工作員だった

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    「北の核実験も排除できず」韓国外務次官が警戒していた

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 韓国の朴槿恵大統領が3日、中国の北京で開催された抗日戦争勝利70周年式典と軍事パレードに出席したことに対して、日本や米国から批判の声が出たことは既に報じられてきたが、朴大統領の70周年式典と軍事パレード参加に不愉快な思いを持ったのは日米両国だけではなく、北朝鮮もかなり神経質となっていた。 海外中国反体制派メディア「大紀元」(14日付)が米政府系ラジオ・フリー・アジア筋として報じたところによると、北朝鮮当局は中国の軍事パレードを国民がテレビで観ないように受信防止装置を付け、テレビで北京の軍事パレードを観た国民を逮捕したり、罰金を科したという。 「大紀元」によれば、「軍事パレードに関するニュースは国民の間に広がった。韓国の朴槿恵大統領が、中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領の近くに並んでいたことに、多くの市民はショックを受けた」という。北側は日頃、「米国の傀儡政権」と批判してきた韓国の朴大統領が習近平主席の傍で軍事パレードを観覧している姿を国民に見せたくなかったのだ。そこでテレビ中継を観ないようにに、受信防止装置を付けたというわけだ。 ちなみに、同式典に参加した北側の崔竜海・朝鮮労働党書記は軍事パレードでは中央から遠い端の方に追いやられ、中国側の要人との会談もなく帰国している。 北は10月10日の労働党創建70周年では軍事パレードを予定しているが、「大紀元」によれば、「中国人民軍の規模と比較して、北の軍事パレードが貧弱に受け取られることを警戒している」というのだ。 朴大統領を招請し、それも大歓迎した中国の習近平主席に対し、北側は快く思っていない。中国と北朝鮮との関係は、金正恩氏が政権を掌握して以来、険悪化してきた。その発端は、中国側が親中派の叔父、張成沢氏との会談の中で、金正恩第1書記を追放し、異母兄弟の金正男氏を担ぎ出す動きに同調したことからといわれている(それを知った金正恩氏は激怒して張氏を処刑した)。 北朝鮮は今月9日、建国記念日を迎えたが、習近平主席の祝電には、両国国民が朝鮮動乱でも共に戦った血で固められた友情という意味で「血盟関係」を誇示する慣例の表現はなく、「両国の健全な発展」を願うといった極めてクールな表現に終始した内容になっていたという。 その文面に不快な思いをした北側の労働新聞は、ロシアのプーチン大統領とキューバのカストロ国家評議会議長からの祝電を一面で紹介する一方、中国の国家元首の祝電を2面扱いで掲載するなど、不快感をあらわにしているほどだ。 中朝関係を見てきた韓半島ウォッチャーは久しく、「中国はいざとなれば北朝鮮を支援する」と見てきたが、両国は目下、これまで体験したことがない深刻な緊張関係にあると言わざるを得ない。 南北両国が一触即発の状況にあった先月、北側が板門店で開催された南北高官会議で地雷問題で異例の「遺憾表明」をし、南北間の軍事衝突を回避した。その唐突な展開は、北側が中国との関係改善を断念し、手っ取り早く経済支援が期待できる韓国との関係改善に乗り出すことを決めた結果ではないか、と推測されてきた。軍事パレードの観閲を終え、金日成広場の観衆に手を振る北朝鮮の金正恩第1書記。右は中国共産党の劉雲山政治局常務委員=2015年10月10日、平壌(共同) 北の核問題の6カ国協議では、中国はホスト国として北を宥める役割を演じ、時には圧力を行使してきた。しかし、中国の対北外交が今後、その実効力を失うのではないか。具体的には、北は労働党創建70周年前後に中国の反発を無視してミサイル実験、核実験などを強行する可能性が排除できなくなってきたわけだ。 興味深い点は、中朝関係が最悪な状況となってきたことから、中国に代わって韓国が北の非核化に指導力を発揮できるチャンスが巡ってきたことだ。任期後半に入った朴大統領の対北非核化への入れ込みはそのことを鮮明に裏付けている。ただし、北が核兵器を放棄する考えがない以上、その成果は余り期待できない。 以下、ウィーンの本部で開催中の国際原子力機関(IAEA)第59回総会に韓国首席代表として参加した同国外交部の趙兌烈第2次官は15日、当方とのインタビューに応じた。同次官は、「北朝鮮は過去、戦略的挑発を繰り返してきたから、来月10日の労働党創建70周年前後にミサイル発射だけではなく、核実験を実施する可能性は排除できない。わが国としてはIAEAを含む国際社会と連携し、6カ国協議加盟国と連絡を密にしているところだ」と述べた。 韓国政府はミサイル発射を警戒する一方、北の核実験については「兆候が見られない」という理由から否定的だった。韓国高官が北の核実験の可能性を示唆したのは今回初めて。 朴大統領が北の非核化問題でここにきてイニシアチブを取り出したことに対し、趙次官は、「北の核問題はわが国だけの議題ではない。中国との首脳会談、米韓のサミット会談でも常に最優先課題として扱われていることだ」と強調、韓国側が北の核問題で中国に代わって、主導的な役割を演じる考えがある、といった推測を否定した。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2015年9月16日分を転載)

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    「原発にミサイルを撃ち込まれたら? 」山本太郎議員の質問は杞憂

    (THE PAGEより転載) 「原発に弾道ミサイルが撃ち込まれたらどう対処するのか?」この疑問を「生活の党と山本太郎となかまたち」の山本太郎議員が国会で質問し、原子力規制委員会の田中俊一委員長は「そのような事態は原発の設置者に対策を求めていない」と答弁しました。これはミサイル攻撃が一体どういったものかを理解していれば、山本太郎議員の質問は杞憂であると直ぐ分かると思います。参院平和安全法制特別委で質問する「生活の党と山本太郎となかまたち」の 山本太郎代表=7月29日午後、国会・参院第1委員会室(酒巻俊介撮影) そもそも弾道ミサイルには原発施設に命中を期待できるようなピンポイント攻撃能力はありません。例えば北朝鮮は核兵器と弾道ミサイルをセットで開発しようとしていますが、これは命中精度の低い弾道ミサイルには大量破壊兵器を組み合わせないと効果が著しく低いことが理由の一つです。弾道ミサイルを小さな施設に狙って撃ち込んでも直撃する確率は低く、軍事作戦としてまともに検討するようなこと自体が考え難いので、原発に弾道ミサイルが撃ち込まれた場合の想定がなくても妥当な判断だと言えます。 なお巡航ミサイルならばピンポイント攻撃能力がありますが、北朝鮮は保有していません。対地攻撃用の長距離巡航ミサイルに高い命中精度を与えるためには偵察衛星からの詳細な地形データが必要なので、自前の偵察衛星を持たない北朝鮮の技術では開発が難しいからです。 ロシアや中国の場合は核弾頭を大量に保有しており、核弾頭を積んだ弾道ミサイルを相手の都市部に落とせば確実に大被害をもたらせるので、原発へのミサイル攻撃を行う意味がありません。核弾頭をまだ大量保有していない北朝鮮にしても、弾道ミサイルの弾頭に高レベルの放射性物質を搭載するという方法があります。やはり不確実な原発へのミサイル攻撃に拘る必要性がありません。原発への攻撃は戦時国際法違反となる ジュネーブ条約第1追加議定書は、危険な力を内蔵する工作物等(ダム、堤防、原発)に対する攻撃を重大な違反行為としています。このジュネーブ条約第1追加議定書は日本の仮想敵国であるロシア、中国、北朝鮮も締約しています。これらの国が戦時国際法を遵守するという保証はありませんが、重大な違反行為と規定されていることを破るとなると、大きなリスクを背負うことになるでしょう。また仮にアメリカが、同盟国の稼働中の原発へ攻撃が行われた場合は大量破壊兵器の使用と同等と見做し核報復を行うと宣言した場合、強力な核抑止力が発生します。 これまで原発へのミサイル攻撃の可能性が低いことを説明してきましたが、テロ攻撃ならば可能性が出てきます。だからこそ既に原発へのテロ攻撃対策と訓練は行われています。原発施設の主要部コンクリート壁は航空機が突入してきた程度なら耐えられる強度を持っていて、アメリカではF-4ファントム戦闘機を実際に衝突させる試験を行っています。地上からテロリストが侵入してきた場合は、警察が警備を行って対応することになります。 もしも「可能性が低くても原発への弾道ミサイル攻撃の対処が必要だ」とした場合は、自衛隊がミサイル防衛システムを用いて迎撃する、あるいは地下原発・海底原発といった防御力が強固な施設への転換を図るという選択が考えられますが、反原発の立場である山本太郎議員はそういった方向での議論を欲しているようには見えません。弾道ミサイルの命中精度や弾道ミサイルを迎撃する能力を既に日本は保有している事実がすっぽり抜け落ちていたために、あのような質問を国会で行ってしまったのでしょう。(JSF/軍事ブロガー)

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    掴みどころがない北朝鮮 情報収集の限界

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 米ニューヨーク・タイムズ紙のDavid E. Sangerワシントン支局長及びChoe Sang-Hunソウル特派員は、5月6日付ニューヨーク・タイムズ紙で、「北朝鮮、その新しい指導者についての情報は掴みどころがないままである」との論説を掲げ、北朝鮮に関する情報には限界があることを論じています。 すなわち、オバマ・朴会談の準備にあたり、情報専門家は共通の敵、北朝鮮について不完全な理解しか持っていない。北朝鮮の指導部や兵器についての理解は悪化さえしている。 CIAは当初、金正恩が父親、祖父の先軍政策よりも経済改革に関心があると判断したが、これは今や間違いだったとされている。 第3回目の核実験から3カ月経つが、米国は北朝鮮がウラン爆弾を実験したのか否か、答えられない。北朝鮮が、米国が航空機で集めている北朝鮮周辺空域でのガスを封じ込めたからである。 その後、新型移動式ミサイルが現れたが、偵察衛星から隠され、グアムに届く能力があるのかどころか、所在もわからない。6日、ソウル市内でニュース速報を見る市民(共同) 国防情報局(DIA)は、北朝鮮はミサイルに核弾頭を付け得るまで小型化したと言ったが、オバマ大統領、国家情報長官はそれに疑問を呈している。 北朝鮮の情報を収集するのは、常に難しい。北朝鮮はスパイ摘発に長けている。また、北朝鮮の科学者は外国旅行をせず、旅行の時も監視役がいて接触が困難である。携帯電話の利用が北朝鮮でも始まったことは情報収集にとり好都合であるが、効果は限られている。 イランでは、ナタンズの濃縮施設へのサイバー攻撃が出来たが、これもコンピュター、インターネットがあまり使われていない北朝鮮では難しい。 金正恩に関する情報も不確かだ。中国も金正恩とは金正日と違い、ほとんど会っていない。米国人で彼と会ったのはバスケットボールのスター、ロッドマンぐらいである。 小野寺防衛大臣は、金正恩はいつ平和モードに戻ればいいのか判らないのではないか、と心配していると述べた。 韓国高官は、金正恩が若さや未経験にかかわらず、軍を統制していることに驚いていた。ある計算によると、北朝鮮の上級将軍の3分の2が更迭されたという。しかし、金正恩が父親同様強いとの説には異論もある。正確なことは判らない。 太平洋軍司令官ロックリアは、金正恩は、父親以上にせっかちで予測不可能と言うが、DIA長官のフラインは、金正恩はカリスマのある指導者で現実政治を理解しているとしている。 核実験場は空気の証拠を出さないようにシールされている。早晩、北朝鮮はウラン爆弾を作れることを公表するだろう。しかし、何故金正恩がいまだにこれを秘密にしているかは、不明である。それは、技術が宣伝通り成功していないからかもしれない、と述べています。* * * サンガー記者は、ニューヨーク・タイムズの中では、情報機関に良く食い込んでいる記者です。イランのナタンズ攻撃に米国がどうかかわったか、暴露記事を書いたのもサンガー記者です。 今回の記事は、北朝鮮についての情報が限られている事に焦点を当てていますが、情報関係者は何を知っているか、何を知らないかを明らかにすることはありません。したがって、この記事の内容も、常識的にこう思われるということを述べたものでしょう。 第3回目の核実験がプルトニウム型かウラン型かを米国がまだ確定しえていないというのは、何らかの情報を得て書かれているようです。小型化が行われたか否か、また今後の北朝鮮による核兵器の開発スピードは、このことに依存します。 金正恩がなぜウラン型かプルトニウム型かを隠そうとしているか、良くわかりません。金正恩は、北朝鮮の核の威力を宣伝したいと思われますので、ウラン型が上手く行かなかったからという推測は十分可能性があります。 インテリジェンスの世界では、核実験がなされた場合、あるいはその疑いがある場合、空中の塵を集めて分析したりします。ウラン型かプルトニウム型かを知るのは重要ですが、それ以上に、核実験は行われたわけですから、それにどう対応するかがより重要です。結局、我々は不確実な中で行動して行かなければなりません。

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    抑止力のために核技術は最高水準に保つことが必要

    袴田茂樹(新潟県立大学教授) 相次いで核問題の国際協議が難航、頓挫している。各国の平和への意欲が足りないからだろうか。日本人が目を向けたくない現実について語りたい。冷徹な国際政治と核保有 冷戦が終わった1990年代、欧州統合も現実化し、国家間の対立や紛争の時代は終わったという楽観論が支配的となった。これからは「文明の衝突」の時代だと述べたS・ハンチントンも、ウクライナと露の武力衝突はもはやあり得ないとして、ウクライナに核兵器(以下、核とする)放棄を促した。氏はまた、J・ミアシャイマーなどは「両国間の緊張関係はむしろ強まる」と見、ウクライナに核保持を提言している、として「リアリスト的考えに凝り固まった人たち」を憐(あわ)れみの目で見下している(『文明の衝突』)。 少し前に私は本欄で、ウクライナに5万でも優れた装備と士気の高い軍があったら、その抑止力でクリミア併合もウクライナ東部の紛争もあり得なかった、と断言した。ウクライナが核を保持していたら、やはり同じことが言える。 1994年のブダペスト覚書で露、米、英など核保有国がウクライナの主権と領土保全を保証する代わりに同国に核を放棄させた。この保証は空手形に終わったが、今日のウクライナの事態に米、英などが強い責任を感じているふうには見えない。 2003年にイラクのフセイン政権が核疑惑で欧米の軍事攻撃を受けて崩壊したとき、リビアのカダフィは震え上がって核開発放棄を宣言した。やがてカダフィ政権も革命運動と北大西洋条約機構(NATO)軍の攻撃で11年に崩壊した。善しあしは別として、カダフィ政権が核を保有していたら政権は存続しただろう。国際政治のこの冷徹な現実を考える限り、交渉で北朝鮮に核を放棄させることは、残念ながらほぼ不可能だ。 今年3月からイランの核開発問題が同国と国連常任理事国プラス独によって協議され、4月初めに「枠組み合意」が成立した。これはイランの核開発制限と同国への制裁解除の交換取引で、最終合意は6月末だが、イスラエルの対イラン不信や米共和党内での強い批判もあり、合意の先行きは不透明だ。日本は核廃絶を推進すべきか この5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議でも、イランやアラブ諸国が強く主張した「中東地域の非核化」問題で合意が成立せず、最終文書は成立しなかった。ちなみに同文書では、提案のあった「核禁止条約」構想も削除されていた。イランの首脳たちはイスラエル国家の存在そのものを認めておらず「地上から抹殺する」とさえ公言してきた。パレスチナ評議会で多数を占め、イスラエルでテロや武装闘争を遂行しているイスラム過激派のハマスも同様の主張を掲げている。イスラエルは核保有国とみられているが、中東地域の政治状況を現実的に考えると、イスラエルが中東の非核化に合意するとは考えられない。 核兵器の恐るべき本質から見て、私は一部の国のみに核保有を認める今の国際秩序は不合理だと考えている。同時に、核保有国がなし崩しに増えている現状も強く懸念している。では、唯一の被爆国として日本は、核廃絶あるいはすべての国が加盟すべき「核禁止条約」を推進すべきか。しかしこれも、現実性がないと考える。北朝鮮のミサイル発射に備え、防衛省に配備された地対空誘導弾パトリオット (PAC3)=2013年4月16日、東京・防衛省(鴨川一也撮影) 核は人類が発明した最強の兵器だ。ただ、人類社会を性善説で見ない限り、いったん発明された最強の兵器(現在は核)は削減はできても、次の3条件の何れかがないと原理的に廃絶は不可能だ。つまり(1)核より強力な兵器の発明(2)核を確実に無力化するシステムの開発(3)世界政府の成立、である。 オバマ米大統領は09年4月のプラハ演説で、核のない世界を目指すと約束してノーベル平和賞を受けた。しかし彼はその時、非核世界の実現は彼の生存中は無理だろうとも述べている。私は彼の言を聞いて、オバマの真の狙いは、核拡散防止だと考えた。自ら核を保有しながら他国に保有禁止を訴えても説得力がないからだ。 かつてモスクワの国際会議で私はロシアの有力政治家から次の質問を受けた。「中露間では静かに交渉して領土問題は解決したが、日露間では何十年も声高に交渉しながらなぜ解決しないのか?」 これに対して、私は次のように答えた。「残念ながら、ロシアは中国を日本よりも重視し恐れているからだ。わが国が核を保有すればロシアの態度も変わるかもしれない。ただ日本は核保有の技術力、経済力はあるが非核国の道を選んでおり、われわれはそれを支持している。核保有論がわが国で台頭しないためにも、ロシアは日本をもっと重視すべきだ」 イスラエルは核の保有、非保有を公表しないことを戦略的な抑止力としている。わが国は、核保有の意図はないが「何時でも保有は可能」という、その能力を抑止力にすべきではないか。そのためには、平和利用の核技術も常に最高水準に保つ必要がある。

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    元自衛官の共産党市議が激白 安倍政権よ、自衛隊を安易に使うな

    際紛争に協力してこなかったことも大きな要因です。とりわけ平和憲法第9条の役割は強大で、日本を取り巻く安全保障関連が悪化した場合であっても、紛争解決のために武力(抑止力含む)を伴う国際的平和活動にも自衛隊を使うことはありませんでした。また時の政府による右傾的暴走の歯止めになっていたのも憲法9条の力であることは、周知の事実だと多くの国民は知っています。 日本国憲法には、立憲主義・主権在民・民主主義など、日本人が日本人であるために必要な条文が決められ、すべての国民はこの憲法を守り生かしていく事になっています。これは日本人にとって絶対のルールであり、改憲するのであれば国民の過半数の賛同が必要です。 なかには、日本国憲法を否定する者、米国からの押し付け憲法などと日本国憲法を認めない改憲派の存在もあります。そんな人たちをも包んで見守っているのも日本国憲法なのです。どおしても納得しないのであれば納得のいく国に住めばいいだけです。世界は広いのです。私は憲法の条文を読めば読むほど素晴らしく思えてならないのです。誰が作ったなど関係ないじゃないですか。いいものはいいのです。 最近、教科書の歴史認識をめぐる問題が勃発していますが、私は本当のことを載せるのが筋だと思うのです。それをどう理解するかは、読む個人の感性であり、それを議論したり話し合ったりする場が学校であり教育ではないでしょうか。事実と違うことを捏造し子供たちを洗脳することに憤りを感じます。もはや「自民党に任せておけば大丈夫だろう」の時代ではない 日本は戦後アメリカの従属国となり日米安保・地位協定など様々な面でアメリカの傘下におかれ支配されてきました。残念なことに日本人はアメリカに守られていると勘違いしている人が多いのも事実です。私は疑り深い性分なので政府の見解を聞いていると、日本政府すらアメリカに乗っ取られているように感じます。本気で独立国家を目指すのであれば、義務教育の必須科目に最低でも日本国憲法や日米地位協定、近代歴史など日本の根幹を主る部分を教育するべきです。あくまでも判断するのはこれからの未来を担う生徒自身です。逆にその部分が欠落しているのが多くの現代人ではないでしょうか。この問題は知れば知るほど無関心ではいられないほど日本人にとって必要な知識なのです。知ってしまった人達の全国的なデモ、有識者などの発言は、政府にとって目の上のたん瘤であり、表に出さないためにメディアを使った世論操作に必死で、真面な意見を潰しにかかっています。国、言いなりの国民で良しとする政府にとってこれに気づかれることは最大の恐怖だからです。 さて、今まで述べてきたことを踏まえて、私が元自衛官として共産党議員として、戦後70年にして、時の一内閣による自衛隊の在り方を180度転換した、今回の安全保障法制(戦争法)がいかに無策で相当なリスクがあることを世間に伝えたいと思います。まず、自衛隊は国民の命を敵から守る最後の砦として武器を持ち最小限の抑止力を保持してきました。自衛隊は殺戮が生業の集団です。「自衛隊が武器を持ち他国に派兵される意味とそれを認めた事に国民は責任を持たなくてはなりません」。これは、生まれたての赤ちゃんから人生の最期を迎えようとしている人まで全てです。「やれば、やられる事を覚悟しなければなりません」。私は自衛隊を安易に使いたがる安倍自公政権に失望します。平和だの安全だの綺麗ごとをいくら並べて推し進めたとしてもウソはウソでしかありません。 防衛省では、これからの自衛隊は「国際平和のために国連などに協力し貢献することが隊員に与えられている使命である」「戦争や紛争に巻き込まれて困っている人々を助けることは隊員として当たり前の任務」などと国際貢献は当たり前と隊員を洗脳している傾向にあります。本来任務を逸脱する状況に気づかずに訓練に励んでいる隊員がいじらしくも思えます。日本が国際貢献する手段は何も武力を用いた策だけでは無いはずです。国民は、アメリカ・軍需産業・経団連のトライアングルを見逃してはなりません。自衛隊員に犠牲が出てからでは遅いのです。自衛隊員に犠牲(死者)が出ると言う事は、相手国にも相当な犠牲が出ているはずです。今の平和な日本は、先の大戦の多大な犠牲の上にあります。もう一度、自衛隊員の犠牲のもとに「平和な日本を」と過去の過ちを繰り返そうとしている安倍自公政権にノーを突きつけ、武力・抑止力に頼らない、今までやった事の無い様な積極的な平和外交を推進し、国際社会の和平に貢献する日本にして行きましょう。 その点、日本共産党はブレません! だから私は、共産党で議員になったのです。信念を曲げて大勢に魂を売って媚びることなどに、政治家として大儀を見いだせるはずもありません。もはや「自民党に任せておけば大丈夫だろう」の時代ではないのです。今こそ、国民の意思が通る政治(本物の民主主義)に変われる時ではないでしょうか。黙っていたら政府に無条件で賛成したのも同じこと。自分たちや子孫の未来に、悪政・悪法を残さないために、私たちは「今」活動するべく「大儀」があるのではないでしょうか。国民の無関心を誘導する政府・メディアに騙されない、主権者として政治を動かす新しい時代を築こうではありませんか。自衛隊を派兵させ、国民の血税をバラまかなければ、国際社会に向けあえない安倍自民公明政権に幕を引きましょう。

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    元外交部長が明かす 矛盾に満ちた共産党の安保政策に共感できる理由

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 日本共産党(以下、共産党)の安全保障政策は矛盾に満ちている。それを説明しても、ふつうの人にとっては理解を超えているだろうし、右派に属する人から見ればお笑いの対象になるかもしれない。しかし、その矛盾のなかで苦闘してきた私には、共感できるところがあるのだ。その点を書いてみたい。一、「中立・自衛」政策のもとでの矛盾と葛藤社会党の「非武装・中立」政策は一貫していた マスコミのなかには不勉強な人がいて、護憲派というのは昔もいまも「非武装・中立」政策をとっていると考える人がいる。しかし、少なくとも90年代半ばまでの共産党は違った。共産党はみずからの安全保障政策を「中立・自衛」政策と呼んでいたのである。この二つはまったく異なる。というより、社会党が掲げていた「非武装・中立」への徹底的な批判のなかで生まれたのが、「中立・自衛」政策だったのだ。 なお、この二つの政策は、「中立」という点では一致している。ここでいう「中立」とは日米安保条約の廃棄と同義語であった。安保条約があるから日本の安全が脅かされるのであって、それを廃棄して「中立」の日本を建設することが日本の平和にとって大事だという考え方は、いわゆる「革新派」にとって昔もいまも変わらない。「安全保障政策」といった場合、この日米安保をめぐる問題が共産党の主張の基本におかれているが、本稿で論じるのはそこではなくて、「それでもなお侵略されたときはどうするのか」という意味での安全保障政策であることをあらかじめ断っておく。 社会党の政策は、ある意味、何の矛盾もなかった。憲法9条が戦力を認めていないわけだから、その9条を守って自衛隊をなくすというものだ。政策的にも「非武装・中立」が日本の平和にとって大切だという考えである。攻められたらどうするのだということへの回答は、「近隣の国々との間に友好的な関係を確立して、その中で国の安全を図る」ということであった。それでも日本に侵入されるような場合は、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」などで抵抗するという。その程度では侵入した軍隊に勝てないという批判に対する答は、「降伏した方がよい場合だってある」ということであった(石橋政嗣『非武装中立論』社会新報新書、1980年)。憲法への態度と安全保障への態度は一貫していたわけである。すごく単純だったともいえるわけだが。 これに対して、共産党は、憲法を守ることも大事だが、国民の命を守ることも大事だと考えた。そして、その両者は簡単には合致することではないので、政策的にもいろいろな矛盾を抱え込むことになったのである。詳しく見てみよう。共産党の2000年党旗びらきであいさつする不破哲三委員長。左端は志位和夫書記局長=2000年1月4日、東京・千駄ヶ谷(後藤徹二撮影)共産党は「中立・自衛」政策 共産党は、日本が対処すべき危険は二つあるとした。一つは、社会党と同様、安保条約があるから生まれる危険であるが、それだけではなかった。「もう一つは、これはいま現実にある危険ではないが、世界になんらかの不心得者があらわれて日本の主権をおかす危険、この両方にたいして明確な対処をしないと安全保障の責任ある政策はだせません」(不破哲三書記局長(当時)の日本記者クラブでの講演、80年)という立場をとったのである。 それでは、日本の主権が侵された場合にどうするのか。まず、国家というのは自衛権を持っており、日本国憲法のもとでも侵略された際に自衛権を行使するのは当然だという立場を、半世紀も前に明らかにした。 「(自衛権は)自国および自国民にたいする不当な侵略や権利の侵害をとりのぞくため行使する正当防衛の権利で、国際法上もひろく認められ、すべての民族と国家がもっている当然の権利である」(「日本共産党の安全保障政策」、68年) よく知られているように、憲法制定議会において、新憲法では自衛権が否定されたとする吉田首相に対し、共産党は自衛権の重要性を主張した上で憲法に反対した唯一の政党である。国家が自衛権を保有しているという立場は、誰よりも明確だったといえるだろう。 では、侵略されたらどうするのか。まず、抽象的にいえば、「可能なあらゆる手段を動員してたたかう」ということである。 「憲法第九条をふくむ現行憲法全体の大前提である国家の主権と独立、国民の生活と生存があやうくされたとき、可能なあらゆる手段を動員してたたかうことは、主権国家として当然のことであります」(民主連合政府綱領提案、1973年) このように、共産党の安全保障政策の基礎となる考え方の一つは、何としてでも「国民の命を守る」ということであった。社会党のように、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」で抵抗するとか、「降伏した方がよい場合だってある」などというものではなかったのである。「非武装・中立」に対する「中立・自衛」には、そのような意味が込められていたわけだ。憲法9条改正の展望から「改悪阻止」へ憲法9条の改正も展望して 「国民の命を守る」ということに加え、共産党が安全保障政策を立案する上で基礎となるもう一つの考え方があった。それは「立憲主義を守る」ということだ。憲法に合致した手段で戦うということである。そして、この二つの考え方の両方を貫こうとするため、「可能なあらゆる手段」ということの内容に、いろいろな制約が課されてきたのだ。 まず、侵略された場合、実力組織なしに対抗できないというのが共産党の考え方なわけだから、戦力の保持を否定した憲法九条のままではダメだということになる。いまではそんなことを覚えている共産党員は皆無だろうが、当時、共産党にとって、憲法9条というのは平和主義に反するものだという認識であった。 「将来日本が名実ともに独立、中立の主権国家となったときに、第九条は、日本の独立と中立を守る自衛権の行使にあらかじめ大きな制約をくわえたものであり、憲法の恒久平和の原則をつらぬくうえでの制約にもなりうる」(「民主主義を発展させる日本共産党の立場」、75年) 9条では恒久平和を貫けないというわけだ。その結果、当然のこととして、憲法9条を改定することが展望されていた。 「(日本が)軍事的な意味でも、一定の自衛措置をとることを余儀なくされるような状況も生まれうる」(したがって)「必要な自衛措置をとる問題についても、国民の総意にもとづいて、新しい内外情勢に即した憲法上のあつかいを決めることになるであろう」(「日本共産党の安全保障政策」、68年) こうして、名称は決められていなかったが、戦力としての自衛戦力をつくるとされていた。徴兵制ではなく志願制とすることなども打ち出されたことがあった(『共産党政権下の安全保障』、79年)。当面の方針は「憲法改悪阻止」 こうして9条を改正するというなら、それはそれで矛盾はないことになる。社会党の「非武装・中立」とは反対の意味で、すっきり単純なことだった。しかし共産党は、九条の改正は将来のことだと位置づけ、当面は変えないという態度をとる。 その理由の全体は複雑であり、読者を付き合わせると混乱してしまうだろう。よって紹介するのは二つだけに止める。 一つは、自民党が9条を変えようとしていて、改憲問題が焦点となっていたわけだが、自民党の改憲の目的は、現在では誰の目にも明らかなように、集団的自衛権の行使にあったからである。つまり、九条の改憲が政治の舞台で問題になる場合、当時の焦点はそこに存在していたのであって、当面は「憲法改悪阻止」という立場が重要だという判断が存在したのだ。 二つ目。当時、共産党が連合政府の相手として想定していたのは、いうまでもなく社会党であった。その社会党は9条を変えるつもりはなかった。そういう事情もあったので、当面めざす連合政府は、憲法の全体を尊重する政府になるという判断をしたのである。社会党との連合政府のもとでは憲法改正には手をつけず、自衛隊は縮小し、やがては廃止することになるということであった。律儀に解釈した結果、矛盾が広がる この結果、自衛隊についていうと、次のようになる。当面の社会党との連合政府では、自衛隊は縮小し、最終的には廃止される。そして将来の政府においては、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力をつくるということだ。 侵略された場合、「可能なあらゆる手段」で反撃するというが、その手段はどうなるのか。自衛隊の縮小過程においては、「可能なあらゆる手段」の中心は自衛隊だが、廃止してしまった後は、それこそ警察力しかなくなるということだ。そして、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力が「可能なあらゆる手段」に加わってくるということである。 これは大きな矛盾を抱えていた。これらの過程を「国民の総意」で進めるというわけだが、その国民の総意が、自衛隊の縮小から廃止へ、そしてその後に再び自衛戦力の結成へというように、相矛盾する方向に動くものなのかということだ。共産党の宮本顕治中央委員会議長=1997年7月29日、代々木の党本部 当時、共産党も、自衛隊の縮小はともかく、国民がその廃止に納得するとは思っていなかった。1980年に出された政策において、「(社会党との連合政府のもとで)独立国として自衛措置のあり方について国民的な検討と討論を開始する」としたのである。 これも一般の人には意味不明だろう。社会党との連合政府は憲法の全体を尊重する政府であるから、憲法改正をしないわけだが、それにとどまらず憲法改正問題の「検討と討論」もしないとされてきた。この政策によって、その態度を変更したというわけだ。 ここには立憲主義をどう理解するかという問題がかかわってくる。いうまでもなく憲法第99条は、大臣、国会議員その他公務員の憲法尊重義務を課している。その憲法のもとで、しかも憲法を尊重すると宣言している政府が、憲法の改正を提起できるのかということだ。 共産党はそこを律儀に解釈して、連合政府では憲法問題の議論もしないとしてきたのだが、それでは自衛戦力が存在しない期間が長期化する怖れがあった。この政策が出された記者会見で宮本顕治委員長(当時)が説明したのは、まだ自衛隊が縮小しつつも存在している間に議論を開始し、自衛戦力の必要性について「国民の総意」を形成することによって、将来の政府ではすぐにその結成に(憲法改正にということでもある)着手できるようにしたのである。自衛戦力の存在しない期間をそれによって最短化することを示し、国民の理解を得ようとしたわけであった。憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾二、憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾憲法9条に対する態度の大きな転換 「中立・自衛」政策は、1994年になって大転換する。「中立・自衛」というのは、以上見てきたように、憲法改正を含意した概念だったわけだが、この年、憲法9条を将来にわたって堅持する方針を打ち出したのだ。 「憲法9条は、みずからのいっさいの軍備を禁止することで、戦争の放棄という理想を、極限にまでおしすすめたという点で、平和理念の具体化として、国際的にも先駆的な意義をもっている」(第20回大会決議、94年) かつて「恒久平和をつらぬくうえでの制約」としていた九条の評価を大転換させたのだ。そのもとでは、「侵略されたらどうする」という問題への回答も変わらざるを得ない。かつての社会党と同様、「警察力」で対処するのが基本だということになっていく。 「急迫不正の主権侵害にたいしては、警察力や自主的自警組織など憲法九条と矛盾しない自衛措置をとることが基本である」(同前) 劇的な転換だった。とりわけ自衛戦力が必要だとしてきたかつての立場との関係をどう説明するかは難問だった。憲法の問題を担当していた共産党の幹部が、次のようなことを書いた。 「今日では、なんらかの軍事力に恒常的に依存するといったことなしに日本の独立と安全をまもることが必要かつ可能であり、日本がそうすることが世界の平和にとっても積極的な貢献となること、この点で日本国憲法の規定は国際的にも先駆的な意義をもっていることが、いよいよ明白になってきている。将来における自衛措置の問題についての日本共産党のかつての提起も、もともとどんなことがあっても、かならずや憲法を変えて自衛の戦力を保持するのだというのではなく、情勢と国民の総意によるというものであったが、今日では第九条の将来にわたる積極的な意義と役割をより明確にしておくことが重要である」(「赤旗評論特集版」94年7月20日)転換を生んだ時代背景 これはこれでスッキリとはしている。しかし、かつて批判してきた社会党と同じ立場をとるわけである。この決定があった年、私は共産党の政策委員会に勤めることになり、しかも安全保障問題の担当者となったので、どんな批判が寄せられるかと心配していた。ところが、共産党員からの反発はあまりなかった。 なぜ共産党員に戸惑いがなかったのだろうか。これまで説明してきたように、「中立・自衛」政策というのはあくまで将来のことと位置づけられていた。当面の焦点は「憲法改悪阻止」であったので、共産党員は「九条を守れ」という立場で活動していた。何十年にもわたって日常的には九条の意義を語っていたわけである。将来の「中立・自衛」政策のことなど議論する場もなかった。その結果、共産党が憲法改正を展望していることなど自覚されず、そのことを知らない党員が多数を占めていったのであろうと思う。 時代の変化もあった。戦争がなくならないという現実に変化はなかったが、その戦争に対する国際世論には変化があった。たとえば国連総会は長い間、アメリカやソ連が戦争をしても見過ごしてきたが、79年、ソ連のアフガニスタン介入に際して反対決議をあげた。83年にはアメリカのグレナダ介入に対する反対決議も可決した。そうした変化は、戦争がなくなるとまでは断言できる変化ではないが、少しずつそういう方向に世界が動くだろうということは予感させるものだった。ソ連が崩壊して、冷戦も終わりを告げた。 共産党の大転換は、そのような時代状況の産物だったのだ。自衛隊活用論への転換 しかし、さすがに侵略に対して「警察力」で対応するという政策は、共産党員の間ではともかく、国民の間では通用しない。私がいた部署は、選挙で国民に支持されるための政策をつくる部署だったので、国民と接触する機会が多く、「ミサイルが落とされたらどうするのか」という質問などが常に寄せられるのだ。それに対して当時、「警察力で撃ち落とします」などといえるわけもなく、「落とされないように外交努力をするのです」と答えながら、心のなかでは「通用しないよな」と思う日々が続くことになる。 そこに変化が生まれたのが6年後である。この年、共産党は、自衛隊と9条の「矛盾を解消することは、一足飛びにはできない」として、自衛隊の解消が現実のものとなる過渡期には自衛隊を活用するという方針を全国大会で打ち出す。 「(自衛隊と9条との)この矛盾を解消することは、一足飛びにはできない。憲法九条の完全実施への接近を、国民の合意を尊重しながら、段階的にすすめることが必要である」 「そうした過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する。国民の生活と生存、基本的人権、国の主権と独立など、憲法が立脚している原理を守るために、可能なあらゆる手段を用いることは、政治の当然の責務である」(第22回大会決議、2000年)合理的なものになった安全保障政策安全保障政策としては合理的なものに この新しい方針は、自衛隊の即時解消を求める平和運動家、党員には評判が悪かった。戦後すぐの混迷の時期は別として、共産党の全国大会は全会一致で方針が可決されてきたが、唯一、この第22回大会だけは異論が出た大会であった。 この時期、私は担当者だったので、共産党員が集まるいろいろな場所に説明のために出かけたが、そこでも非難囂々の連続であった。「憲法に違反するものを使うなんてとんでもない」「自衛隊があるとクーデターで政権がつぶされる」「外交に自信がないのか」等々、批判の渦のなかに行くようなものだった。 けれども、安全保障政策としては、非常に合理的になったと思うので、私は堂々と説明していた。かつての「中立・自衛」政策のもとでは、すでに紹介したように、いったん自衛隊を廃止し、その後に新たにつくりなおすという、どう見ても不合理な道筋が想定されていたわけである。新しい方針によって、自衛隊を将来に廃止するにしても、それは国民が合意する範囲で、少しずつ進めればいいことになったのだ。政策として合理性がある。自衛隊をなくしてしまえば侵略されたときに困るという不安が広範囲に残る限り自衛隊はなくさないのだから、「侵略されたらどうする」と聞かれれば、「あなたを含む国民多数がそう思っている間は自衛隊はなくさない」と答えればいいので、大きな批判は起こりようがないのである。 確かに自衛隊の即時解消を求める人たちの批判はなくならないだろう。それでも、最終的には解消するわけだから、目標の方向性では一致しているのだ。 こうして、残るのは、自衛隊の活用の仕方だけとなる。安全保障政策を具体化すれば良くなったのである。そうなるはずだったのだ。自衛隊活用は将来の話だった 私は、この大会決定が決まって以降、「侵略されたら自衛隊が反撃するのだ」という立場でものを考え、執筆もしてきた。ところが、それに対して予想外の批判が寄せられることになる。 どういう批判かというと、自衛隊を活用するという大会の決定は、日米安保条約を廃棄する政府ができて以降の話だというものである。それ以前の段階では自衛隊を活用すると明示しておらず、したがって「侵略されたら自衛隊が反撃するのだ」と一般化する私の立場は間違いだということだった。当初の案の段階のものは、私のような受け止めがされるものだったが、大会の最中に修正をくわえることにより、自衛隊の活用は安保条約廃棄以降の問題だという位置づけを与えたというのである。 私にはそのように思えなかった。しかも、たとえ大会決定がそう解釈されるようなものであっても、それ以前の段階で侵略されたらどうするのかといえば、当然自衛隊で反撃することになるだろう。大会決定が明示的にそれを否定していない以上、「侵略されたら自衛隊が反撃するといえる」と私は主張した。しかし、大会決定を決めた人たちがそう解釈しているのだから、それを覆すことはできなかった。 安全保障に責任を負っていた私が、その安全保障の中心問題で意見が異なることになったのだ。人生で最大の悩みを抱え、苦悶したすえ、退職を決意することになる。当面も自衛隊活用という方針への転換大島理森衆院議長との会談後、会見する共産党の志位和夫委員長=2015年12月24日、国会内(斎藤良雄撮影) それから10年が経過し、昨年の夏、新安保法制で日本国中が沸き立った。この法制が可決された直後、共産党は「国民連合政府」構想を発表する。これは、新安保法制を廃止し、集団的自衛権行使を認めた閣議決定を撤回するという限定的な仕事をする政府とされているが、政権を担う以上、いろいろな問題にどう対応するかが問われる。共産党の志位委員長は、国民連合政府は安全保障をどう考えるのだという質問に答え、次のように述べた(外国特派員協会、15年19月15日) 「つぎに「国民連合政府」が安全保障の問題にどう対応するかというご質問についてです。私たちは、日米安保条約にかかわる問題は、先ほど述べたように、連合政府の対応としては「凍結」という対応をとるべきだと考えています。すなわち戦争法廃止を前提として、これまでの条約と法律の枠内で対応する、現状からの改悪はやらない、政権として廃棄をめざす措置はとらないということです。 戦争法を廃止した場合、今回の改悪前の自衛隊法となります。日本に対する急迫・不正の主権侵害など、必要にせまられた場合には、この法律にもとづいて自衛隊を活用することは当然のことです」 日米安保条約が存続する政府のもとでも、侵略されたら自衛隊を活用するということだ。大会決定の解釈が覆ったのである。 矛盾と葛藤のない政策は危険である三、矛盾と葛藤のない政策は危険である憲法との関係では難しさを抱えている 共産党の現在の立場は、先に述べたように、安全保障政策としては筋が通っている。しかし、憲法との関係は難しいままであり、護憲派との矛盾は少なくない。 国民連合政府ができたとして、自衛隊の憲法上の位置づけをどうするのかという問題がある。自衛隊は憲法違反なのか合憲なのかという問題だ。合憲論に立つ民主党などと、引き続き違憲論をとる共産党が連立するわけだから、小さくない矛盾である。 この問題では、山下書記局長が、政党としては自衛隊違憲論は変えないが、政府としては合憲という立場で臨むと発言している。それ以外の対応は無理だと思う。ある問題を合憲か違憲か判断し、議論するのは、民間団体なら自由である。しかし、国家はあくまで憲法擁護義務を課されているわけであり、立憲主義の立場に立てば、違憲だと判断する状態はなくすことが義務づけられる。政府が自衛隊を違憲だとするならば、可能な限り早期に廃止するし、それまでの間も使用しないという判断をするしかなくなるであろう。合憲か違憲か判断ができないという無責任な態度をとることも不可能だ。即時廃棄の立場をとるのでないなら、合憲と判断するしかない。 そういう立場をとればとるほど、護憲派との矛盾は拡大していく。しかし、護憲派が望む自衛隊のない世界というのは、日本周辺の平和と安定が確保され、永続することが誰にも確信されるような現実がなければ実現しない。護憲派は、そういう外交は安倍政権にはできないと批判しているわけだから、それなら自分で政権を取りに行くしかないだろう。護憲政党を政権に送り込むことにちゅうちょしていては、日本周辺を安定させる平和外交など夢物語である。矛盾がなければいいということではない 冒頭に述べたことだが、こんなことを書いていると、少なくない人はあきれかえるかもしれない。好意的に共産党を見ている人にとっても、せいぜい「ご苦労様ですね」というところだろうか。 だが、そもそも、立憲主義を守るということと、国民の命を守るということと、その二つともが大事なのである。その二つをともに守ろうとすると、誰もが矛盾に直面するのである。 戦後の自民党政権の安全保障政策も、この二つの葛藤のなかで生まれたものだといえる。憲法制定議会で自衛権はないとした政府が、その後、答弁を変更して自衛隊の創設にまで至ったのも、この二つの間の相克に悩んだからだろう。自衛隊が国連PKOなどで海外に出て行くようになり、武力行使を禁止した憲法との間の矛盾に苦しんだ政府が、「武器使用」とか「非戦闘地域」という概念を編み出したのも同じことだ。 こうした葛藤を小馬鹿にする人もいる。しかし、少なくともこれまで、自衛官が海外で一人も殺さず、殺されていないことには、この葛藤の反映がある。同じように90年代以降に海外派兵に踏み切ったNATO諸国では多くの兵士が死亡しているわけだから、その差は歴然としている。復興支援などに限って派兵してきた日本の態度は、憲法九条によって生まれた「臆病さ」の象徴であるかのようにいわれてきたが、軍事力でテロに対応することで泥沼化する世界の現実を見れば、「臆病さ」もまた必要とされていることが明らかではないだろうか。 矛盾のなかで苦しまないような政党、あまりにスッキリとした政党には、ちゃんとした政策をつくれない。その代表格がかつての社会党だった。国民の命を守ることをどれだけ考えていたかは知らないが、憲法だけを判断基準にして政策をつくったのである。安倍政権はスッキリ単純だが そして、逆の意味でスッキリしているのが、現在の安倍政権ではないか。都合が悪ければ、何十年続いた憲法解釈をあっさりと変えてしまうのだから。 しかも、安倍首相の場合、立憲主義を守ることに無頓着なだけではない。国民の命を守るという点では無責任さが見られる。集団的自衛権行使の閣議決定をした後、安倍首相は記者会見をして、米艦船を防護しないとそれに乗った母子を守れないと訴えた。しかし、自民党はそれまで、海外で有事に避難する日本人をアメリカが助けてくれないので自衛隊を派遣する必要があるのだと主張し、90年代、二度にわたる自衛隊法の改正によって、自衛隊が運用する政府専用機と護衛艦などを邦人救出のために派遣できるようにしたのである。その自民党政権が、今度は海外で有事に日本人を助けてくれるのはアメリカなのだと、かつてとは正反対のことをいって憲法解釈を変えたのだ。要するに安倍首相にとって、大事なのは国民の命ではなく、自分の政治目的だということなのである。国民の命は政治目的を実現する手段にしぎないということだ。スッキリしていればいいということではない。 ただ、安全保障政策の曖昧さは、もう許されなくなっていると思われる。新安保法制の最初の発動事例になると予想されるのは、南スーダンに派遣された自衛隊に駆けつけ警護の任務を付与することである。南スーダンは、外務省の渡航情報を見れば分かるように、真っ赤な色で塗られた危険度四(即時避難勧告)の地域である。「非戦闘地域」であったイラクで自衛隊員が殺し、殺されることがなかったのだって偶然といえるできごとだったのに、南スーダンの自衛隊がどうなっていくのか、本来なら国民全員が心配し、議論しなければならないのではないだろうか。 それなのに、安倍政権は「リスクに変わりはない」と言い張り、護憲派も自衛官が危険になる責任は政府にあるとして、お互いに責任をとらないのでは、自衛官だけが置き去りにされるのだ。右か左か、護憲派か改憲派かにかかわらず、建前をやめて本音で議論することが求められる。大事なのは理念ではなく(そういうと怒られるだろうが)、現実に失われるかもしれない命ではないのか。

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    露大使館は昔も今もスパイの巣窟! 陸自教本漏洩はなぜ立件された

    潮匡人(評論家、元3等空佐) 在日ロシア大使館のセルゲイ・コワリョフ元駐在武官に加え、元東部方面総監(元陸将)と、かつて彼の部下だった現職の陸将ら合わせて7人が書類送検された。容疑は「職務上知ることのできた秘密」の漏えいを禁じた自衛隊法違反である。 報道によると、元陸将は2013年5月、都内のホテルで、陸上自衛隊の教範「普通科運用」を駐在武官に提供したという。元陸将は「違法だと分かっていたが、駐在武官が勉強熱心だったので渡してしまった」らしい。「悪気はなかった」とも言えるが、「陸幕長に次ぐN02の方面総監にしてこのレベル。脇が甘い。意識が低い」とも非難できよう。 ただ事実が報道されたとおりなら、送検には多少の疑問を覚える。当該教範は「自衛官であれば上司の許可を得たうえで、駐屯地内の売店で購入することができる」、「教育訓練以外の目的で使用してはならないことや、用済み後は確実に破棄することなどが記されている」(NHK)が、逆に言えば、それだけの文書に過ぎない。G20首脳会合の記念撮影に臨む際、あいさつを交わすオバマ米大統領(左)とロシアのプーチン大統領(中央)。右は安倍首相=11月15日、トルコ・アンタルヤ(共同) 要するに秘匿性が低い。失礼ながら陸自は(たぶん)すべての教範に上記趣旨を付記しているのではないか。たとえば「戦闘に関する基本的原則を記述した」通し番号「1―00」で始まる陸自教範Yの表紙も「部内専用」等と明記する(が「上司の許可」なしに市ヶ谷駐屯地の売店で買えた)。 他方、通し番号「01―1」で始まり「教範体系の最上部に位置する」同種の空自教範Sにそうした記述はない。ないどころか教範の全文に加え、親切に「解説」まで付記した書籍が市販されている。反対に、海自の同種教範は秘密指定されている。 つまり同じ部隊運用に関する教範でも、陸海空で扱いが大きく異なる。さらに言えば、戦前まで「軍事機密」だった旧軍の「統帥綱領」や、上記陸自教範Yが参考にした「作戦要務令」は戦後、一般書籍として市販されており、誰でも読める。 自衛隊員(およびOB)が「漏らしてはならない秘密」とは、専門用語でいう「実質秘」。「非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものと認められるもの」(最高裁)に限られる。歴代政権もこの司法判断に従っている。 果たして今回の教範が「実質的にもそれを秘密として保護するに値するものと認められる」だろうか。仮にそうだとしても、送検に値するほどの秘匿性があったと言えるだろうか。私は疑問を禁じ得ない。 現職の陸将らは「教範の入手は手伝ったが、まさか駐在武官に渡るとは思わなかった」と供述しているという。実際その通りなのであろう。「脇が甘い」等の批判は免れないが、世話になった元上司に頼まれ、売店で教範を買ってあげた。そこに、送検に足るほどの違法性があるだろうか。百歩譲って、あるとしても、起訴に足るほどではなかろう。 本稿の意図は当局への批判ではない。あくまで以上は、報道された範囲での論評であり、事実が報道のとおりとは限らない。上記以外の重大な秘密漏えい疑惑があり、それを追及すべく、より証拠固めの容易な教範提供で立件した可能性も残る。大使館はスパイの巣窟と化す それにしても、あれほどショボい安保法案を「戦争法案」と非難し「憲法違反」とまで咎めた護憲リベラル陣営が、なぜ以上を違憲と批判しないのか。理解に苦しむ(拙著『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』PHP新書)。 送検されたのが制服組の自衛官だからなのか。もしそうなら、真の護憲派ではない。人権派でもない。「実質秘」か否かは、彼らが大好きな「立憲主義」に深く関わる。「実質秘」でないのに立件すれば、重大な人権侵害となる。本来なら違憲であり、法的に無効となる。なぜ「人権派」弁護士らは、そう訴えないのか。 他方、コワリョフに同情の余地はない。なぜなら日本国憲法の人権保障が「日本国民よりも大きな制約を受ける」外国人だからである(芦部信喜『憲法』岩波書店)。しかも彼は駐在武官だった。ゆえに外交官として不逮捕特権を行使できる。日本国憲法以前に、国際法が「人身の自由」を保障している。陸将らとは、そもそも立場が違う。 だからこそ、大使館はスパイの巣窟と化す。乱暴な陰謀論の類ではない。国際政治学で現実主義を確立したモーゲンソーもこう述べた。「在外公館が一国の実際的、潜在的な力を評価する段になると、その公館は高級かつ秘密のスパイ組織という様相を帯びてくる。軍部の上級メンバーはいろいろな在外公館に派遣される。そこにおいて彼らは、陸・海・空軍大使館付武官として、その利用できるあらゆる方法を駆使して実際のおよび計画中の軍備とか、新兵器、軍事的潜在力、軍事組織、そして関係国の戦争計画といったものに関する情報を収集する責任をもつ」(『国際政治』福村出版) ロシア大使館は「秘密のスパイ組織」である。コワリョフは「大使館付武官」(駐在武官)だった。駐在武官は「あらゆる方法を駆使して(中略)情報を収集する責任をもつ」。昔も今も……。 事実、昭和55年、(リバルキン武官と)コズロフ大佐が、陸自のM将補を籠絡。陸自の部内誌などを渡させた。平成12年にも、ボガチェンコフ大佐が海上自衛隊の3佐を籠絡。内部文書を手渡させた(陸海自衛官はともに自衛隊法違反の罪で有罪判決が確定)。 いずれの〝犯人〟も、ロシア軍の情報機関「GRU」(参謀本部情報総局)の人間であり、外交官の不逮捕特権を行使してモスクワに帰国した。 後者の事件で空席となったポストにもGRUからT大佐が派遣された。T大佐も軍事関係の会合に顔出し、情報収集に努めた。コワリョフの前任者はみな「あらゆる方法を駆使して」情報収集に務めてきた。ロシアにとっては当然の任務遂行であろう。今さら大騒ぎするような話ではない。 なお詳細は控えるが、上記T大佐は私に照準を絞り、籠絡しようとした。大佐と私をマークしたのは、先日発足した「国際テロ情報収集ユニット」を傘下に抱える外務省では(もちろん)ない。その他ユニットを構成する防衛省、警察庁、内閣情報調査室、公安調査庁の国家公務員でもない。彼らはいまも諜報工作戦の最前線にいる。

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    「情報小国」ではニッポンは守れない

    契機に日本でも対外情報活動の重要性が叫ばれている。 安倍首相は一昨年、外交・安保の司令塔となる「国家安全保障会議(NSC)を創設したが、 情報収集能力や縦割り行政の弊害が指摘され、実効性は今も疑問視される。 情報なき国家がたどった運命を振り返れば、自ずとわが国の危機がみえてくる。

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    中国で拘束された日本人スパイ 狙いは何だったのか?

    の団体のほか、中国やロシアなど諸外国の動向について情報収集を目的とする情報機関で、日本版NSCの国家安全保障会議にも情報の提供が求められるなど、政府の情報収集・分析機能を担っている1組織である。 今回の件について、公安調査庁と犬猿の仲であるとされる警察サイドからは、当然のことながら公安調査庁の悪口しか聞こえてこない。ある警察関係者などは、「去年から今年にかけて公安調査庁が中国に行ける民間人で協力してもらえる人を多数募集していた。誰でもいいというような感じだったが、こういうことをやってもらうには、きっちりした人物であるか見極める必要があるはずだ」とあきれていた。 表向き公安調査庁は拘束された人物たちが協力者であることを認めていないが、仮にこうした組織に運用された人たちによって、日本批判されるのは極めて残念である。ある公安関係者は公安調査庁の情報収集の実態について、「公安調査庁は常に組織存続の危機にさらされている。不要だとされながら地下鉄サリン事件を受けてオウム真理教を監視する『仕事』を得て廃止の危機を免れた。最近ではISなどの中東といった外国情報に関して関係されると見られる人物に片っ端から声をかけていると聞く。公安調査庁が目の敵としている警察や内閣情報調査室と外国情報で差をつけたいと無理をしたのが今回の拘束だろう」と分析していた。 なお、筆者は国益を優先すべきだという論者でもなく、ましてや日本にスパイ防止法を求める意見の持ち主ではないことをお断りしておく。

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    情報機関創設 有能な人材が日本で集まるか疑問と落合信彦氏

     ISILによる日本人人質殺害事件を受け、安倍晋三首相は対外情報機関の創設を検討していると発言した。日本には対外情報機関の存在が不可欠だと訴えてきた落合信彦氏は、いまのままではこの構想は失敗する可能性が高いと指摘している。成功させるにはどうすればよいのか、落合氏が解説する。 * * * 日本が情報機関をつくる上で何が足りないかを述べるのは大変だ。欠陥があまりにも多すぎて、挙げればキリがなくなるからだ。 日本には、情報機関のもとになるような既存の組織がなく、人材もいない。日本の既存の情報部門のなかでマシなのは警視庁公安部ぐらいだろうが、日本版CIAを公安中心でつくることは、外務省が反対するだろう。日本版NSCのトップが谷内正太郎・元外務次官だったように、今回も各省庁の利権争いが予想される。だが、既存の省庁の寄せ集め組織になれば、日本版CIAは絶対に失敗する。「イスラム国」日本人人質事件 後藤健二さん殺害の報を受けて多くの報道陣が集まる現地対策本部=2月31日、ヨルダン・アンマン(大西正純撮影) 実はイスラエルのモサドもはじめは、外務省がコントロールする形の組織が想定されていた。それをひっくり返したのは、初代首相のデヴィッド・ベングリオンだ。彼は、情報機関は首相直轄の独立した組織でなければ意味がないと主張した。その結果、モサドは絶大な権限を得て、いまの地位を築いたのだ。 日本が情報機関をつくるには、独立した組織にした上で、エージェントの養成学校を創設してゼロから学ばせなければならない。教官としてモサドのOBを招聘するのも一つの手だろう。しかし、それも容易なことではない。CIA、SIS、モサドに入る一番の条件はIQが高いということで、モサドなどはIQ130以上でなければ受け付けない。50の電話番号を瞬時に頭に詰め込ませるテストなども行われる。 さらに、最低限3か国語は話せる必要がある。モサドでは8か国語を話せるエージェントが何人もいる。例えばイランのパーティーに行けば、当然ペルシャ語を理解していなければ話にならない。そこで、分かっていながらペルシャ語を知らないふりして、交わされる会話から情報を吸い上げるのがエージェントの仕事なのである。 そんな有能な人材が日本で集まるのか、はなはだ疑問である。CIAは情報収集担当だけで5000人を有し、全体では3万人前後、さらに外国にいるエージェントを含めれば5万人以上になると言われている。それぐらいの規模でやらなければ、情報機関として機能しないということだ。 さらに、安倍政権が全く分かっていないのは、情報機関をつくるには莫大な予算がかかるということだ。 CIAでは、それだけの数のエージェントたちが、世界各国で多額のカネを使って、情報を集めている。情報機関において、敵方エージェントを引き抜くために使われる用語として「MICE」という言葉がある。Mはマネー(カネ)、Iはイデオロギー(思想)、Cはコンプロマイズ(強制的屈従)、Eはエゴだ。祖国を裏切らせるには、思想的に引きつける、ハニートラップなどによって服従させる、その人の自尊心を満たそうとするなどの条件が挙げられるが、何よりも大切な第一条件として挙げられるのがカネである。 CIAのカウンターインテリジェンス部門の分析官だったアルドリッチ・エイムズは、ソ連に寝返る対価として、250万ドルものカネを得たという。世界では、情報の価値とはそれだけ高いものなのである。1000兆円に及ぶ借金まみれのこの国で、そんなことが可能だろうか。関連記事■ モサドの強みは世界を敵に回してでも生き残る国是と佐藤優氏■ 安倍首相肝いり「日本版CIA」このままでは失敗と落合信彦氏■ 日本独自の諜報機関設立に向けてイスラエルや英へ訓練依頼を■ 伝説の諜報機関創設者「007は幼稚園児の遊びのようなもの」■ 米情報機関の個人情報収集に歴代大統領らが嘆息した理由とは

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    ロシア・スパイ事件に揺れる防衛省 お粗末すぎる情報管理体制が露見

    第四社会面 [桐生知憲の第四社会面]桐生知憲 「OBだけでなく現役の幹部が関わっているようだ」 日本の国防を担う防衛省が揺れている。理由はロシアへの情報漏洩。ロシアスパイを追いかける警視庁公安部は近く、漏洩に関わった7人を書類送検する方針だ。冷戦期さながらと思わせる今回の事件。当初は直接情報を漏洩した幹部OBとロシア大使館の元駐在武官を中心に立件する予定だった。ところが、幹部OBが元駐在武官に渡したブツを自衛隊駐屯地内から持ち出した中に現役の陸将がいたことがわかり、防衛省はあわてふためているというのだ。その実態に迫る。iStock 2013年5月某日の夜のことだった。場所は学生で賑わう東京・高田馬場駅近く。その一角にあるロシア料理店で、2人の男が向き合っていた。1人は少し老いたとはいえ鍛え上げられた屈強な体をした防衛省OBのI。Iは現役時代、ある関東方面のトップを務め、陸将まで上り詰めた。陸海空自衛隊の初となる多国籍軍との共同軍事演習に参加するなど、数々の輝かしい実績を持つ人物だ。 もう1人は豊かな口髭をたくわえ、青い目をしたロシア人のK。2人は周囲を一定程度、気にする様子も見られたが、酒が入った影響もあり楽しい時間を過ごしていた。2人のやりとりの様子からすると、関係は対等ではない。KがIに師事するような態度だ。この日は何事かの約束をして2人はそれぞれの家路についた。それから約1週間後、都内の超一流ホテルで2人再会した。おもむろにIが文書を取りだす。文書は400ページ以上もあろうかというものだった。文書に加えてIは自分が愛用していた電化製品もKに贈り、Kは笑顔でそれらを受け取ったのだった。 Iは後ろ暗い気持ちはあったものの、機密指定がかかっているようなものではないと開き直っていたのかもしれない。むしろ自分を師のように仰いでくれたKの帰国の手土産にでもなればという思いのほうが勝っていたようだ。大勢の人が行き交うホテルで行われた出来事であり、誰も2人の行為に気が付かなかったのか。 しかし、2人の行動を凝視していたあるチームがいた。警視庁公安部外事一課、いわゆるロシアスパイハンターの面々だった。ここから今回の警察対防衛省という一代攻防が幕を開けたのだった。教範はどこから持ちだされたのか? 渡した文書は普通科部隊、つまり歩兵部隊の戦術などが書かれた教範。防衛省によると、駐屯地内の書店で販売されているが、外部に持ち出すことは禁じられている。特定秘密や防衛省の機密指定にあたるものではないという。ただし、この教範の中には、アメリカ軍との連携など戦術の機微に触れられている部分もあり、純粋に自衛隊の戦術についてのみ記載されたものとは言い難い。 Iは教範をKに渡した時点では、すでに防衛省を退職しており、直接入手できる立場にはなかった。では、誰がIのもとに教範を届けたのだろうか。先にも触れたが、Iは関東方面のトップにまで上り詰めた幹部自衛官である。長い自衛隊人生の中で多くの部下を持った。Iは豪快な性格で、自衛隊内では「軍神」という異名で呼ばれていた。豪快な性格に加えて、部下を半ば暴力的に従わせる一面もあったとのことで、Iに「忠誠」を誓った人物もさぞかし多かったろうと推察される。 Kに手渡された教範は1冊だったが、Iの手元には今も3冊が残っているとされる。つまり、持ち出し禁止のはずの教範が合計4冊、外部に漏れてしまったというのだ。 ある1冊は現役の自衛官からIの元腹心だったOBに手渡され、またある1冊は別のOBが駐屯地内の売店で購入し、またまた別の1冊はIと男女関係が噂される女性現役自衛官が駐屯地の図書館から持ち出し、最終的にIのもとに集まったという。この女性現役自衛官に至っては、Iに対し「取り扱いには注意してね」とメールで釘をさしていたのだ。あまりにゆるすぎる…自衛官の情報管理意識あまりにゆるすぎる…自衛官の情報管理意識 そして、最も問題なのが現役の自衛官で、しかも陸将という高位にある幹部自衛官からIに渡った教範だった。外事一課はこの陸将からIが入手した教範がKに渡ったと見ているのだが、いくら特定秘密や極秘ではないしろものとはいえ、日本の国防を預かる自衛隊の、しかも幹部自衛官がいとも簡単に持ち出し禁止のブツを外部に出すとは…。驚きを通り越して、これで国防は大丈夫なのかとあきれてしまう。 Iの事情聴取が今年上旬にあった際に、ある捜査関係者は「IとKを立件することが対ロシアへの牽制になるのであり、防衛省・自衛隊の問題にはしたくない」と漏らしていた。しかし、Iの携帯電話などを調べていくうちに、自衛官のあまりにもゆるすぎる情報管理を目の当たりにし、「関係者はすべて書類送検する」(別の捜査関係者)ことになったという。 これには、防衛省側も驚きを隠せないようだ。当初、ある防衛省関係者が「持ち出し禁止といっても、極秘でもなんでもない文書。一部は黒塗りになるが情報開示を請求されれば公開されるもの」と語っていたように、立件は難しいと高をくくっていたふしがある。仮に、IとKが立件されたとしてもOBがやったこととして済ませてしまおうという雰囲気もあったという。ところが、捜査の大詰めで現役陸将の関与が明らかになり、警察に軍配が上がる形勢だ。余談ではあるが、防衛省・自衛隊の管理の甘さとして、この教範がインターネットのアマゾンで販売されていたことも付け加えておく。ロシアスパイKはあの“ゾルゲ事件”と同じGRU所属 ゾルゲ事件のリヒャルド・ゾルゲをはじめとして旧ソ連を含めたロシアによるスパイ活動はつとに有名だ。近いところでは、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の武官が家庭の事情を抱えていた海上自衛官につけ入って、秘密指定文書などを入手していた事件があった。 今回、教範を受け取ったKもGRUに所属していたと見られる。KはIから教範を受け取った直後に帰国しているが、今回の日本勤務は3度目だったという。Kは今回以外にも、横須賀の海上自衛隊の基地を何度も訪問したり、ある駐屯地近くの居酒屋で居合わせた自衛官と名刺交換したりするなど、不審な行動がたびたび確認されている。Kは2008年にIがトップを務めていた関東方面の駐屯地を訪問し、これをきっかけにIの知遇を得たという。その後の2012年にロシア大使館のレセプションで2人は再会し、KはIに「教えを請いたい」との態度で接し、Iも籠絡されてしまったようだ。 警視庁のスパイハンターたちがカバーで入国してきたロシア諜報員を“監視”“追尾”していることは公然の秘密である。情報部門にいたこともあるIほどの大物が、なぜ簡単に応じてしまったのか。ある防衛省関係者は次のように指摘する。「Iは渡したことは認めているが、『その程度のものを渡して何が悪いんだ』という態度でいるようだ。兄弟も自衛官になるなど“軍人”としてのプライドが高く、逆におだてられてその気になってしまったのかもしれない」。 この指摘があたっているとしたら、本当にお粗末である。「その程度の情報も取ることができないのですか」とは、ゾルゲが相手から情報を入手するためによく使った常套句だったという。 今回の事件で、Iは再就職先だった大手自動車メーカーの顧問を辞め、防衛省もその内部ガバナンスが大きく問われることになるだろう。それにもまして、安保法制により海外派遣が可能になった防衛省がこの程度の情報管理で国民を守り、諸外国から信頼を得られると思えるだろうか。中国が人工島造成を進める南シナ海へ自衛隊を派遣すべきだという勇ましい意見もあるが、今回の行為はその中国に部隊編成や装備の機能を漏らすようなものだ。 書類送検はされるものの、「起訴までは難しい」(捜査幹部)というように刑事処分は軽微なもので終わる可能性が高い。それでも、防衛省・自衛隊には自分たちの職務に鑑み、今回の件を重く受け止めてもらいたいものだ。

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    情報機関を作るなら今をおいて他になし 独BNDをモデルに豪から学べ 

    が、その弊害に気づき改めた。日本だけ欧米の19世紀のパターンがなお続いているのだ。 平成25年に国家安全保障会議(NSC)が創設されたが、NSCは情報を利用する機関であり、情報を集める機関ではない。まず情報機関を作り、次にNSCを作るのが筋だが、日本はその逆で家屋の2階を先に作り、後から1階を作ろうとしている。政治上やむを得なかったとはいえ、中央情報機関がない限り、NSCが十分な機能を発揮することはできない。 では日本が中央情報機関を作るにあたり、どの国をモデルにすればよいか。 米国のCIA(中央情報局)や英国のSIS(MI6)は特殊な政治的伝統や国民意識に支えられており日本とはかけ離れた存在だ。例えば英国は社会全体が秘密主義だ。情報機関が暴走することがあっても覇権大国としての歴史もあり、国民にそれを制御できる懐の深さがある。メディアにも情報機関への知識と理解があり、どの大学もレベルの高いインテリジェンス論の講座を設けている。 絶対に見習ってはならない例もある。中国やロシアなどの情報機関だ。全体主義的に国民を監視し、独裁政権に都合よく利用される機関であってはならない。 私がモデルとしてイメージするのはドイツの連邦情報局(BND)だ。連邦首相官邸に直結し、軍を含めて政府内情報を統合する権限があり、政策には関与していない。 ドイツは日本と同じ第二次世界大戦の敗戦国だ。日本で情報機関創設といえば「特高警察を作るのか」という反発がある。ドイツもゲシュタポ(秘密警察)という悪い記憶があるが、国民の理解を得ながら乗り越えてきた。対内情報機関である憲法擁護庁(BFV)もあるが、ゲシュタポの過ちを繰り返さぬよう国民の権利保障に常に気を配ってきた。ドイツが平和的な大国として国際社会で重要な役割を果たしているのは、BNDが成功裏に運営されてきたことが大きい。 ノウハウは豪州やカナダから学ぶべきだ。特に豪州は安全保障面など国益上の共通点が多い。 全く新たな情報機関の創設は政治的に困難なので、小さな組織で構わないから各省庁から独立した組織を作ることだ。一案として内閣情報調査室を充実させ、合同情報会議と連結してヒューミント(人的情報活動)も行える対外情報機関にするのが最も実現性がある。 国民の理解も以前より進んできた。「日本もスパイ機関を作って何がいけないのか」という若い世代も増えている。時期も今をおいて他にない。 なかにし・てるまさ 昭和22年、大阪府生まれ。京都大大学院博士課程単位取得。京都大大学院教授などを経て平成24年に名誉教授。著書に「情報亡国の危機-インテリジェンス・リテラシーのすすめ」「大英帝国衰亡史」など。第18回正論大賞。

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    日本版NSCの「欠陥」 外務省の魂胆は見抜かれている

    が入手していた米国の軍事情報は、以後、防衛省に提供される流れに変わった。 外務省には総合外交政策局に安全保障政策課がある。また北米局の中にも、日米安保条約課や日米地位協定室があり、これらが国防総省や在米日本大使館を通じて、軍事情報の提供を受けていたが、それが防衛省・自衛隊に流れる関係に変わった。 もともと外務官僚には、戦前・戦中に、日本の外交権を軍部(当時)に奪われたという強烈なトラウマがある。そのため外務省は防衛当局が、米国の軍事情報や海外の治安情報を握ることに強い警戒心を持っていた。さらに悪いことに、外務官僚は旧軍部を強く批判するあまり、近代的な軍事知識を軽視する風潮を生んでしまった。今でも、外務省幹部の発言では、軍事音痴を痛感することが多々ある。 具体的には、尖閣問題(沖縄県)で、軍事と警察の役割区別がつかない発言や、辺野古基地建設問題では、地球規模の米海兵隊の役割を理解していないなど、軍事音痴の外務省幹部(OBを含む)の発言は多い。 しかし外務官僚の軍事知識軽視はどうであれ、外務省にとって国際テロなど最新の軍事情報を入手することは喫緊の要事であることは言うまでもない。そこで外務官僚が対策に日本版NSCを創設したのではないかと思っている。 米国政府には国防総省、国務省、CIA、FBI、国家情報長官など、国家が直面する安全保障の重要問題を協議する機関として、大統領府(ホワイトハウス)内にNSC(国家安全保障会議)が設置されている。米大統領に直結する最高軍事諮問会議であり、国防総省や国務省よりは上位に位置している。 同じものを日本の内閣府内に設置すれば、米政府の最高軍事秘密情報も、米NSCのカウンター・パートナーとして入手することが可能になる。国防総省から防衛省に流れていた軍事情報を、日本版NSCを設置すれば米NSCから入手できる訳である。防衛・警察に足元を見られている外務省 そして日本版NSCのトップに外務官僚(OBを含む)を配置して、事務局の重要部局を外務官僚が占めれば、日米間の安全保障の軍事や治安情報を得て、政府で外務省が主導的な立場を担うことができるのだ。会談前に中国の楊潔チ国務委員(右)と握手するNSCの谷内正太郎国家安全保障局長=16日、北京の釣魚台迎賓館(共同) だから日本版NSCでは、国家安全保障会議の下に事務局の国家安全保障局を設置している。国家安全保障局は外務・防衛両省や警察庁(公安調査庁を含む)などが収集する情報を一元的に扱い、分析や対応を担う役割分担という。むろん国家安全保障局長は外務官僚をあてる人事が行われる(初代は谷内正太郎元外務次官)。 事務局内は6つの分野(班)が置かれる。その1班は「総括」、2班は「同盟・友好国」を担当、3班は「中国・北朝鮮」、4班は「その他」、5班は「戦略」、6班が「情報」となる。このうち、1班と3班と4班の班長は防衛省の出身者、5班は警察庁の出身者で、外務省は局長以外に、2班の米国などの同盟国と、3班の中国、北朝鮮に、外務省出身の班長をあてている人事だ。日本版NSCのトップと米国関連は外務省で固めた。また中国、北朝鮮の担当は、日本人拉致被害者の交渉などで、他の省には任せられない事情があるようだ。 しかし、そんな見え見えの外務官僚の魂胆を、防衛や警察当局が無条件に協力するとは思えない。それでなくても、今まで縄張り意識が強く作用した分野である。外務省が日本版NSCを造れば、それですべてが済むような問題ではない。 実は世界規模の米軍再編で、在日米軍は日本から撤退して、常時駐留型から有事駐留型にシフトを変えようとしている。平時の日本には、米軍の巡回訓練と事前集積で東アジア戦略を構築するようである。 これによって対米追随だけで済んでいた外務省の軍事的な役割は、もはや必要がないほどに権限が縮小するという危機感が外務官僚にはあるようだ。 そこで外務官僚が起死回生のクーデターで設立したのが日本版NSCなのだ。ところがすでに防衛省・自衛隊や警察庁などには、その足元を見られている。これが日本版NSCの最大の問題点である。 イスラム国(IS)など緊急のテロ情報を日本版NSCが扱えるのか。外務省に防衛、警察、公安調査庁の人材を集め、日本の在外公館(外務省管理下)に配置しても、外国の情報機関から得られるテロ情報は限られている。日本に米CIAや英MI6のような、外務省と無関係の対外情報機関を創設するという考えは日本版NSCにはないようだ。

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    テロの世紀第二幕でも変わらない情報小国ニッポン

    第一幕があがったのは、2001年9月11日だった。国際テロ組織「アルカイダ」が超大国アメリカの経済と安全保障の中枢を標的に自爆テロ攻撃を仕掛けたのである。筆者は冷戦後の風景を塗り替えてしまった世紀の事件を首都ワシントンで迎えた。暮れなずむ夕空に大統領専用ヘリ「マリーン・ワン」が姿を現わし、ホワイトハウスの中庭にジョージ・W・ブッシュ大統領が降り立った光景をいまも忘れない。 「アメリカを攻撃したテロリストと、彼らを使嗾し、匿う組織や国家を区別しない」 われわれホワイトハウス特派員を前に吐いた大統領のひとことこそ「テロの世紀」の幕開けを告げるものとなった。ハイジャック犯を操った国際テロ組織「アルカイダ」を率いる巨魁に鉄槌を下し、テロ組織を匿う「ならず者国家」を許さない。ブッシュ大統領は、彼らを一体とみなして戦う決意を明らかにした。この瞬間に、無期限にして、無制限の対テロ戦争が始まり、われわれはいまもその真っただなかにいる。*       *       * 「ブッシュのアメリカ」は、その圧倒的な軍事力、警察力、諜報力を駆使して「アルカイダ」の本拠をたたき、国際テロ組織を抱え込んでいたアフガニスタンのタリバン政権を崩壊させた。そしてイラク戦争に突き進んでいった。イスラム過激派は、この戦いの過程で新たな組織に変貌していく。超大国の力が届きにくい、辺境を見つけて潜伏する。そして小さな集団に分かれて自爆テロを仕掛けはじめる。独自の判断でそれぞれに拠点を設けて戦え――こうインターネットを通じて呼びかける「グローバル・ジハード運動」に呼応して、現状に不満を募らせるムスリムの若者たちが立ち上がっていった。 欧米先進国で生まれ育った彼らはやがて「ホームグロウン・テロリスト」の予備軍となる。神の代理人たるカリフが治める「イスラム国」の建設に共鳴して、新たな聖戦に身を投じていった。そしてシリアからイラクに広がる「イスラム国」の支配地域に密かに入り、軍事訓練を受けて再び欧米社会に舞い戻る。表面上はごくふつうの市民生活を続けながら、蜂起の機会をじっと待ち受けていたのである。インテリジェンスの世界でいう「スリーパー」だった。パリを舞台に起きた同時多発テロは、こうしたジハード戦士たちによって引き起こされたのである。*       *       * われわれが身を置く「テロの世紀」とはどんな時代なのか。その本質を正確に捉えることこそ、日本を含めた国際社会が新たなテロに備える出発点となる。「アルカイダ」は、オサマ・ビンラディンを最高指揮官と仰ぐピラミッド型の組織だった。これに対してIS「イスラム国」は、分散型の組織形態をとって各地に浸透している。それゆえ同時多発テロ事件を起こした武装グループを摘発しても、モグラの一つを叩いたに過ぎない。果てしなき戦いは今後も続いていく。同時多発テロの現場となったバタクラン劇場前で、犠牲者を悼み献花する安倍首相=11月29日、パリ(共同)「イスラム国」はエボラ・ウィルスにも似て、衛生状態が劣悪で、体力の衰えた、国際社会の柔らかい脇腹にとりついて蔓延する。それゆえ、各国は気の遠くなるような忍耐で包囲網を築きあげることを強いられる。だがその一方で、イスラム過激派のテロリストたちは、防疫線を軽々と超えて、欧米の社会に浸透しつつある。 9・11テロの後、国境に堅固な防壁を築きあげ、テロを封じてきたと自負していたアメリカの当局を震撼させる事件が起きた。12月2日、カリフォルニア州のサンバーナディノで起きた乱射事件で14人が殺害されたのである。テロの首謀者は、サンバーナディノ郡に勤めて年収870万円を得ていた公務員だった。彼はイスラム教徒だったが、アメリカ国籍を持つ普通の市民を装っていた。FBIをはじめ捜査・情報当局の監視対象にしていなかった。典型的なホームグロウン・テロリストにしてローン・ウルフ型のテロリストだったのである。彼らの心のなかに芽生え、次第に膨らんでいく憎悪を見出すことなど捜査当局にできるはずがない。管理が杜撰…情報大国への道のりは遠い 日本政府は一連のテロ事件を受けて12月8日、「国際テロ情報収集ユニット」なる組織を発足させた。外務・防衛・警察の各省庁から20人の要員を集め、4つの在外公館に設けた拠点の20人と合わせて、テロ情報を各国と交換し、分析する。「インテリジェンス・ユニット」を統括するのは杉田和博官房副長官だ。併せて各省庁の局長クラスで構成される「国際テロ情報収集・集約幹事会」を内閣官房に設けて、テロの重要情報を分かち合い、的確に分析して、新たなテロに備えるという。そして来年の伊勢志摩サミットや2020年の東京オリンピックに備える構えだ。 戦後の日本にも、テロリストやスパイが国内に浸透するのを防ぐ「カウンター・インテリジェンス機関」は、警察の警備・公安部局に存在する。だが、G7(先進七カ国)のなかで唯一つ、情報要員を海外に配して対外的なインテリジェンスを収集し分析する機関を持たなかった。新しい政府組織は、そうした日本の弱点を少しでも補おうと設けられたのだろう。 だが、老情報大国として知られるイギリスの政府は、今回のテロ事件を受けて、カウンター・インテリジェンスを担うMI5、対外情報を受け持つMI6、さらに電波傍受などを受け持つGCHQ(政府通信本部)に総勢2千人にも増員を行う意向を明らかにした。これでは「情報小国ニッポン」の現状は改まらない。 所帯があまりに小さく、時に非合法の分野にも踏み込まざるを得ない海外の要員がいないだけではない。第二次安倍内閣の発足に伴って創設した「日本版NSC」である国家安全保障局とどのように連携していくか、必ずしも明確ではない。インテリジェンスの収集・分析をめぐる外務省と警察庁の縄張り争いにいまだ決着がついていないのだろう。国家安全保障局は外務省が防衛省を味方につけて主導しているが、新しい「国際テロ情報収集ユニット」では警察庁が仕切りたいと考えている。各国の政府部内のインテリジェンス機関はいまだに貴重な情報を抱え込んで離そうとしない――。一連のテロ事件は、こうした官僚機構の病弊が少しも改まっていないことをさらけだした。対外情報機関を備えていない日本もこうした「インテリジェンスの風土病」には立派に罹っている。 つい先ごろ名古屋の警察署に盗聴器が仕掛けられていることが発覚した。たとえ内部の犯行であっても、外部の者に傍受が易々とできてしまう。加えて日本国内のイスラム教徒の名簿が外部に漏れて出版される不祥事も起きている。連携先の外国の機関が日本に貴重なテロ情報を提供しようにも情報の管理がこうまで杜撰では二の足を踏んでしまう。情報大国への道のりは日暮れてなお彼方に霞んだままだ。