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    右派の批判は視野が狭い 対韓不信の感情で慰安婦合意を評価するな

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 永井陽之助が著した『平和の代償』には、「伊藤博文は日露戦争を『邏卒番兵の役』であると認識していた」という趣旨の記述がある。明治・日本が死力を尽くした対露戦争の実相は、往時の覇権国家たる大英帝国の「代理戦争」であった。こうした実相を怜悧に察知していたのが、伊藤を含む明治・日本の政治指導層の「卓越性」の所以である。 此度の日韓合意にも、似たような風景が浮かび上がる。筆者は、此度の日韓合意に際しては、日本にとっての外交の相手は、「韓国」ではなく「米国」なのであろうと評価していた。米国を含む西側同盟のネットワークの中で「弱い環」になっていたのは、従軍慰安婦案件を含む歴史認識摩擦に揺れる日韓関係であったとすれば、その修復にどれだけ誠実に臨んでいるかは、西側同盟ネットワークのメンバーとしての存在証明になる。 当代の日本は、伊藤博文が大英帝国の「邏卒番兵」と認識した明治・日本ほど矮小な立場ではないにせよ、それでも覇権国家・米国の「ジュニア・パートナー」としての役割を引き受けてきた。昨今、ロシアによるクリミア併合や中国の南シナ海進出のような国際政治上の動きは、そうした役割の拡大を要請している。昨年の安全保障法制整備や「日米防衛ガイドライン」改定も、そうした要請に応える政策対応の一環であった。日本政府にとって、此度の日韓合意もまた、そうした政策対応の延長線上にあるものであろう。しかも、朴槿恵が政権発足以来、示してきた「対中傾斜」姿勢が露骨であればこそ、日本には、前に触れた西側同盟ネットワークのメンバーとしての存在証明を明確にすることは大事であったということである。会談する安倍晋三首相とオバマ米大統領=2015年11月19日、マニラ(共同) 一方、朴槿恵が国内政治上、どのように、この合意の履行をハンドリングできるかというのは、日本政府が容喙する話ではない。この合意が国際社会の衆人環視のものになれば、「出来たか、出来なかったか」という結果が問われる他はない。多分に十億円を供出してしまえば、「やることはやった」と説明がつく日本政府とは対照的に、韓国政府には、国内世論の懐柔から財団の設置・運営に至るまで、「やらなければならないこと」が積み重なってくる。韓国メディアは、此度の合意に反発する韓国国内の声を様々に伝えているけれども、もし、韓国政府が、そうした声に押されて此度の合意を反故にする挙に走れば、それは、韓国が西側同盟ネットワークから実質上、放逐される事態を招くであろう。米国を含む西側同盟諸国の支持という担保によって、韓国の対外行動に一つの「拘束衣」を着せたのが、此度の合意の意義である。 しかも、対日「歴史認識」共同戦線を張っていたはずの中国に対して、此度の「抜け駆け」合意をどのように釈明するかという課題も、韓国政府には重く圧し掛かってくるはずである。任期の半分を過ぎた朴槿恵は、このようにして一挙に積み重なった課題を片付けることができるのか。結構、難しいというのが客観的な評価であろう。此度の合意は、安倍晋三(内閣総理大臣)の政権基盤には大した影響を与えることはないけれども、朴の政治基盤には少なからずの影響を及ぼすかもしれない。 そうであるならば、此度の日韓合意を批判する日本国内右派層の反応に現れるのは、日韓合意を専ら「日韓関係」の文脈で評価する視野狭窄であろう。従軍慰安婦案件を含む従来の歴史認識摩擦の中で醸成された対韓不信の感情は、相当に広く浸透しているように推察される。故に、「韓国など信用ならないのに怪しからぬ…」という反応が出て来る。そうした議論は、国際政治が「四人でプレーする『三次元のチェス』」のようなものである事情を全然、理解できていないのであろう。日露戦争を專ら「日本とロシアだけの戦争」と認識した故に、その講和の中身に激昂した往時の日本の世論に似た風景が、そこにある。 もっとも、日韓合意が成ったとはいえ、それが日韓関係の好転を促すかといえば、そうした期待は抱かないのが賢明であろう。日韓交渉を続けたとしても、日本政府の視線がソウルではなくワシントンに向いていたのであれば、そうした結論になる。実際、NHK世論調査の結果に拠れば、日韓合意それ自体には、64パーセントがポジティブ評価を与えているけれども、それが日韓合意の要としての「最終的、不可逆的解決」を担保できると考えている層は、僅かに8パーセントである。実に59パーセントは、「蒸し返される」と思っていることが浮かび上がるのである。日本における対韓感情の膠着が解かれるのは、随分と先のことになるのであろう。

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    慰安婦合意の懸念 「プロの妥協」が日韓両国民の和解を遠くする

    老練な外交成果 日韓が慰安婦問題について合意に至りました。先の首脳会談で、「年内解決」がぶち上げられて以来、日韓合意が近づいている旨のリークが続いていましたから、まったく意外であるというわけではありません。私自身は双方の国内政治上、受け入れ可能な合意に至るのは難しいのではないかと懐疑的でしたので、「本当にやるのか」というのが率直な印象でした。その上で、今般の合意については老練な外交成果として評価したいと思います。 合意の骨子は、まず日本政府が慰安婦問題について「軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」ことを認め、「心からおわびと反省の気持ちを表明」することにあります。ここでのポイントは「軍の関与」という幅のある表現を使っていることでしょう。韓国からすれば日本軍による国策として強制性を認めさせたと主張できますし、日本は軍主導による強制連行までは踏み込まずに、慰安所の運営に軍が関わっていたことを認めたに過ぎないと主張できます。 合意では、「韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算(約10億円*筆者挿入)で資金を一括で拠出し、日韓両政府が協力し、全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復、心の傷の癒やしのための事業を行う」ことになっています。個々の元慰安婦の方が金銭を受け取るのか否かについては、韓国政府に下駄を預けています。その結果として、慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認」されるという、日本が一番欲しかった言質を得ているわけです。韓国の尹炳世外相(手前)と会談する岸田外相=2015年12月28日、ソウルの韓国外務省(共同) 長らく懸案として存在し、戦争と暴力と性的搾取に関わる問題ですから、左右双方から様々な意見が表明されています。今後の日韓双方での世論の展開は読み切れませんが、左右の両極に位置する勢力以外は積極的に「評価」まではせずとも、「許容」するのではないでしょうか。特に、妥協を嫌う保守陣営を黙らせることは、保守に基盤を持つ安倍政権にしかできなかったことでしょう。その点が、自民党の中のリベラル勢力を代表していた河野官房長官主導の河野談話との違いでしょう。 反発する保守勢力に対しては、韓国側の出方を見ようと言うことができます。韓国政府が本当にこの問題を提起しなくなるのか、また、在韓日本大使館前の少女像の撤去/移転について「努力する」のか、韓国側にボールがあるからです。 2013年末の総理の靖国参拝と同様、国内メディアが「休日モード」に入っているタイミングを見計らっての合意発表といい、合意に至る過程での期待値コントロールのやり方といい、今回の合意には老練という印象を持ちました。 それでも、何か引っかかるものがある。政権による「歴史的」との自画自賛の評価とは別に、いくつかの懸念を覚えるからです。国民の和解は遠い国民の和解は遠い 最初に確認すべきは、これは政府間の合意であって国民間の合意でも和解でもないということです。当たり前のことですが、重要な点です。 韓国側は、これまでの常識からはとても解決できるとは思えない難題を抱え込みました。もちろん、日本側として、相手国が国内合意を取り付けられるかどうかまで心配して交渉する義理はありません。韓国の国内説得はどこまでも韓国の問題だからです。実際には、元慰安婦の方の説得も、慰安婦の方々を支援してきた対日強硬派の挺対協の説得も、少女像の撤去も、どれも一筋縄ではいかないでしょう。韓国の野党は当然批判のボルテージを上げてくるはずで、来年4月の国会議員選挙で与党が持ちこたえられるか注目されます。 日本側の世論も微妙です。足下の合意に不満を表明している保守層のことではありません。低位で安定している対韓世論全般が、さらに悪化するのではないかと思います。なぜなら、今後、慰安婦問題は以下のように展開するだろうと予想するからです。 今回の合意に韓国国民は拘束されませんから、韓国内はもちろん、米国や豪州など韓国系の住民を抱える国においては、これまでにも増して慰安婦問題がクローズアップされることでしょう。慰安婦像もどんどん建てられるはずです。 また、日韓政府は、「国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」ことに合意していますが、当然、私的な団体による問題提起はなくなりません。韓国政府も、慰安婦問題で日本政府を「批判」することはしないかもしれませんが、当然慰安婦問題を「記憶」し、「顕彰」するための活動は継続するはずです。 今回の合意によって、日本社会には、今後、韓国(人)は慰安婦問題を持ち出さないという期待が生じているかもしれませんが、その期待はほぼ確実に裏切られる運命にあります。残念ながら、韓国国内に存在する強い反日世論は変わりませんから、反日運動は続きますし、日の丸が焼かれることも続くのです。韓国政府による対日批判は多少はトーンダウンするでしょうが、日本国民から見た慰安婦問題の取り上げられ方には大きな変化はないはずです。 日韓関係については常々、国民に支持されない合意はもたないと申し上げてきました。悲観主義が過ぎるのかもしれませんが、数年後、あの時が日韓関係の転換点だったと振り返ることになるのか。国民の支持に根差さない「プロの妥協」がかえって国民同士の関係がこじらせないか、懸念を覚えるわけです。何のための妥協だったのか何のための妥協だったのか 今回の合意に至る過程では、日本政府も重要な点で妥協を行っています。大事なのは、何のための妥協であったのかということです。 最も一般的な解釈は、東アジア外交のためということでしょう。日韓関係を改善することは隣国との関係改善ということでそれだけで一定の価値がありますが、より大きくは日米韓の絆を再強化することにつながるという点でしょう。日韓関係の改善には日中関係の改善が効いていたことは明らかですので、日韓関係の改善によって今度は中国にプレッシャーがかかるという側面もあります。 日本外交にとって一番の課題である中国とどのように向き合うかという点において、日韓関係の改善は明確な好材料です。日韓関係を改善する一番の戦略的な意味は韓国を中国の側に過度に追いやらないことですから、そのための妥協ということであれば十分な大義があります。年頭の記者会見に臨む安倍晋三首相=1月4日午前、首相官邸(斎藤良雄撮影) 二つ目の可能性は、内政上の目的をもった妥協であったという解釈です。安倍政権は、これまでも世論の雰囲気に巧みに対応してきました。安保法制の制定過程で右に寄りすぎたと思われたときには、首相の70年談話で中道に歩み寄り、支持率が回復基調にあるときには強硬策も押し通す。政策の微妙な立ち位置や言い回しを調整し、政策実施のタイミングもうまくコントロールしてきました。 年明けには、ずっと先延ばしにしてきた国会が控えています。景気の先行きが不透明で、アベノミクスの効果に注目が集まる中で、不人気の消費増税と公明党に配慮した軽減税率を固めなければいけません。夏に控える参議院選挙は、政権にとっての終局的な政治目標と思われる憲法改正を進められるかを占うものです。言ってみれば、憲法改正を実現するための妥協ならば、そこに一定の意義はあるとの見方は可能でしょう。 三つ目の可能性は、統治のための妥協であるという解釈です。つまり、長期政権を目指す安倍政権が権力維持のために行ったものであるということです。政権にとって権力維持はもちろん重要です。総理がコロコロ入れ替わる不安定な政治を経験してきた日本国民はその思いを強くしており、安倍政権の高支持率を支える根本的な理由となっています。しかし、本来的には政権維持は手段であって目的ではないはずです。 慰安婦問題は人々の感情に訴える問題ではあるけれど、基本的には象徴性をめぐる問題でしかありません。そもそも70年以上前の過去に完結している事象の解釈をめぐる問題です。名誉を回復されるべき元慰安婦の方もご存命の方々はわずかです。したがって、基本的には誇りとプライドの問題であり、動員されなければならない国家資源も大きいものではありません。慰安婦問題にこだわってきたのは韓国ですから、相手にとって重要な問題に、一定程度誠実に対応することは悪いことではありませんが、その妥協に、血の滲むような苦しさはありません。 言い方を変えれば、日本はもっと大きな問題に直面しているということです。追い詰められていると言っても良いかもしれません。経済は失速寸前でアベノミクスの勢いは消えつつあります。時間稼ぎをしている間に進めておくべき抜本的な経済改革は、実は、あまり進んでいません。日本の発展を支えてきた外交上の外部構造も崩壊しつつあります。 繰り返しますが、今回の合意は正しい方向だと思っています。そのやり方も、ある意味あっぱれです。支持率も上がるでしょう。他方で、本格政権には成し遂げるべきことの期待値も上昇するという代償があります。今回の合意に至る妥協は何のためのものだったのか、この支持率を何に使うのか。それが単に統治のためということでないと思いたい。そんな疑念が湧いてくるのです。(ブログ「山猫日記」より2015年12月29日分を転載)

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    日韓慰安婦合意 歳暮のサプライズで吹き荒れた「後暴風」

    年12月25日、韓国訪問を予告する岸田文雄外務大臣の突如の発表につづいて、28日には日韓両国の外相が慰安婦問題の「最終的且つ不可逆的」解決を共同会見で宣言したのである。これによって、慰安婦問題が「一件落着」したとみなすしかないだろう。国際社会も歓迎する雰囲気なので、日韓関係史の上で大きな転換点の1つになることに間違いない。しかし、この電撃的な動きの後には、疑問と「後暴風」が吹き荒れている。総理の指示と大臣の年末外遊 クリスマス・イブの12月24日、安倍晋三総理大臣が「岸田外務大臣に対して年内に韓国を訪問するよう指示」したと報道された。昨今の日本政治であまり聞かない表現である。年末という時期に自民党内大派閥の領袖である岸田氏に韓国に行くように首相が「指示」した。そういう珍しいできことがあるならば、韓国との間になんらかの「根回し」が行われていたと推測するしかない。慰安婦問題の「年内決着」にこだわりを見せたのは韓国の朴槿恵大統領で、安倍首相は時期には拘らないという雰囲気を演出してきた。では、なにがあったのか。日韓両国外務当局の局長や次官レベルでの協議は数回あったが、それに頼って首相が大臣に年末外遊を支持することは想像しにくい。 こうした疑問を抱く私にふっと、1つの出来ごとが頭に浮かんだ。11月末に私は「ナヌムの家」(分かち合う家)の所長を訪ねたことがある。ソウルの郊外にある「ナヌムの家」には存命の慰安婦56名の中で10人が暮らしている。ある個人が寄付した土地に韓国仏教界が支援して1992年に作られたこの施設には、「日本軍慰安婦歴史館」と「国際人権平和センター」も併設されている。韓国では慰安婦の人々のための代表的な施設である。慰安婦の方々の安否に話が至ったところ、「将来はどうなるのか」の聞いた私に、アン・シンクォン(安信権)所長は予想外の答えを出した。ドイツの「記憶・責任・未来」財団を模範とするものをつくるのだという。そう答える安所長の顔には希望とビジョンが映っていた。それから一か月後の両国外相の共同会見で日本政府が出す資金で「財団」をつくるという発表が出た。元慰安婦女性らの支援施設「ナヌムの家」を訪問し、合意内容について理解を求めた韓国外務省の趙兌烈第2次官(左)=2015年12月29日、ソウル郊外(共同) 法律的には財団法人を作ることになるので、基本的に民間団体が主体にならざるを得ない。では、慰安婦関連の活動を行う韓国の団体が中心的な役割を果たすのであれば、どこになるのか。これを韓国の現政権が「選択」するのであれば、「ナヌムの家」か「挺身隊問題対策協議会」(以下、挺対協)になる。現在の朴政権の保守性を鑑みると、答えは前者になる。挺対協の執行部が「左派」の理念を持つ人々であることは、周知の事実で、それについて当事者たちは「誇り」をもつはずである。「右の反日」と「左の反日」 結局、韓国政府が「ナヌムの家」を相手にして日本との水面下の交渉を進めてきたということだ。だから、朱鐵基(ジュ・チョルギ)大統領外交安保首席補佐官が(2015年10月に韓国型FX戦闘機開発におけるアメリカからの技術移転問題で辞任するまでに)青瓦台から遠いナヌムの家まで何回にも足を運んだわけだ。朱氏は、青瓦台の「日本通」である李丙琪(イ・ビョンギ)大統領秘書室長(元駐日大使)の外務高等試験の2期先輩である。 この「青瓦台―外務部―ナヌムの家」連携仮説を裏付ける証拠はまたある。両国外相の発表のあとに、2人の韓国外務次官がそれぞれ挺対協と「ナヌムの家」に「説得訪問」をおこなった。その際、挺対協で待っていた元慰安婦イ・ヨンス氏は、入ってくる事務次官に「お前はどの国の者か」となじりとがめた。そして日韓合意を受け入れないのは当然であると。他方、「ナヌムの家」では事務次官が割と和やかな雰囲気で受け入られ、合意は不十分だが政府がそこまで頑張ったので受け入れると、元慰安婦は発言した。同じ慰安婦なのに反応は正反対である。ここで大事なポイントは、80歳をすぎた元慰安婦の方々が本人の意思をいうのではなく、自分たちの面倒を見てくれる団体の意見を反映しているということだ。日本大使館前の少女像を動かしたら「国論が分裂」すると、ワシントンで活動する韓国系団体が言った。しかし、慰安婦のことでは、韓国の国論は当初から分裂していたのだ。「右の反日」と「左の反日」 韓国の近代化を成し遂げた主役は、朴槿恵現大統領の父である朴正煕と彼の路線を引き継げる人々である。この保守の人々は基本的に親日的価値観をもっている。ビジネスマンが集まったところにたびたびでるたとえ話で、「仮に日本列島にトルコが入っていたら韓国はいまどうなっただろか」である。そうした意味で「保守=親日」「革新=反日」という政治図式があった。右派と左派の人々が国家共同体を分占するのが現在の韓国の実態である。この左右分裂に地域対立と世代間の葛藤が加わり、韓国ではことごとに紛糾が起きている。 しかし、歴史認識がかかわる事案では、左右を問わず反日に収斂している(正確には保守の人々があえて反論をいえない)のである。慰安婦、独島(竹島)、歴史教科書、そして最近に台頭した徴用工の問題である。こうした歴史問題の底辺に潜めている深層心理は、「既得権対非既得権」という意味での左右ではなく、歴史の上での敗北ということへの共通分母的「うらみ」である。では、そのうらみを構成する化学物質とはなんだろうか。それは、歴史を通して隣の(昔は劣勢だった)日本という民族に繰り替えし侵入され、1回も「仕返し」したことがないという羞恥心と、これからも永遠にそれができないという閉塞感であろう。 歴史認識問題において保守と進歩の両世界に「普遍的」に働いたこのうらみのせいで、韓国の保守政権さえ「ゴール・ポスト」を勝手に動かせるというイメージを日本に与えた。保守性の濃い李明博元大統領の独島上陸や朴謹恵現大統領の「千年の恨み論」はその普遍性を語ってくれる。だから、実用主義を重視し、日韓関係の重要性を深く認識している両政権も歴史問題においては市民社会をリードすることができなく、うらみに呪縛された状態にいたといえる。危機で映える政治家危機で映える政治家 そうした状況で、「慎重すぎる」朴大統領が安倍首相との会談であえて「年内解決」という表現を口にしたことは予想外のできことだった。歴史問題の呪縛を断ち切ったのである。では、なにがあって朴大統領は呪縛を切ろうと決心したのか。類推できることは2つの要因である。1つは、韓米日同盟関係をこれ以上漂流させるのは危ないという戦略的判断だろう。この判断にはオバマ政権の圧力があったことを否定できない。この戦略的計算は国内政治ともつながる。5年任期をもってスタートした朴大統領は、意外に支持率が低空飛行してきた。朴大統領には「国がなくなっても支持してくれるコンクリート支持層」が35%あるという話だった。であれば、現実の朴大統領への40%前後の支持率は極めて低いものである。こうした中で2016年に入ると、任期は実質的に2年しか残っていない。性格が弱いひとであれば、諦めてレームダックに安住してもおかしくない。しかし、両親を銃弾で失い、独身で政治の修羅場を勝ち抜いてきた朴大統領には恐怖心がないし、決断をしたら前に突進する。朴槿恵という政治家は危機の中で映える人物である。 2015年8月、天安門広場の壇上に上がった時点で朴大統領は任期の返還点を通過した。その時点から外交日程がきっしりと組まれていた。しかし、朴大統領を頂点とする韓国の保守界には危機意識が走っていた。1つは、韓国の中国接近が米国との同盟関係を揺らぐほどまでに行き過ぎたのではないかという心配。もう1つは、韓国市民社会で左派の価値体系が教育現場を支配しつつあるということだ。そういう趨勢は止めなければ2016年の総選挙で野党が優位に立つ可能性があり、その可能性は2017年の大統領選挙で野党人士の当選につながる恐れがある。そうなると、引退後の朴謹恵氏が大変な目にあう可能性も排除できない。 こうした危機感の中で行われた軌道修正が、外交の面では中国接近論の払拭と米日韓同盟体制の立て直しであり、内政では歴史教科書編纂の「国定化」への臨時的回帰、そして潘基文国連事務総長の大統領候補としての迎入への努力であった。そういう流れで、朴大統領は慰安婦問題の「決着」を腹で決めていたはずである。「後暴風」 こうした背景で「電撃的」運ばれた合意と共同声明に奇襲された韓国の市民社会、特に左派系の市民団体や学者たちが反発することは当然だ。それを韓国では「後暴風」とよぶ。砲を発射すると弾が飛びだした反対方向に反作用が働き、強く吹く風が後暴風だ。その後暴風の模様を1つ鑑賞しよう。 1月5日、韓国国会の議員会館では「緊急診断:2015年韓日外務長官会談の問題点」というタイトルの「緊急討論会」が行われた。主催は、挺対協、「民主社会のための弁護士の会」など4つの市民団体であった。その討論会に参加した運動家、学者、弁護士などは12・28合意を「歴史的正義を背けた野合」と規定し、「最終的且つ不可逆的」解決という宣言は韓国の憲法に違反する政治行為であると弾劾した。こうした議論がこれから野火のように広がることに間違いない。 そうなると日本からは韓国が「ゴール・ポスト」をまた動かすという批判がでるだろう。しかし、韓国政府、特に外務当局がわざとゴール・ポストを動かしたことではない。問題の要諦は、2分された国論をまとめる統治能力が発揮されてなかったことだ。その統治能力を朴大統領が見せてくれるのかによって韓国の国際社会での位相がきまる場面に差し掛かっている。ROH Daniel 政治経済学者、アジア歴史研究者、作家。韓国ソウル市生まれ。米国マサチューセッツ工科大学で比較政治経済論を専攻して博士号(Ph.D)取得。香港科学技術大学助教授、中国人民銀行研究生部客員教授、上海同済大学客員教授、一橋大学客員研究員、国際日本文化研究センター外国人研究員、京都産業大学客員研究員などを経て、北東アジアの政治経済リスクを評価する会社Peninsula Monitor Group, LLCを2015年7月に東京で設立。日本での著作として『竹島密約』(2008/草思社、第21回「アジア・太平洋賞」大賞受賞)がある。『「地政心理」で語る半島と列島』が藤原書店から出版予定。

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    「慰安婦日韓合意」で保守派が激怒する理由と背景

    著述家)「慰安婦日韓合意」に激震覚めやらぬ保守界隈 29日に岸田外相と尹韓国外相との間で発表された「慰安婦問題日韓合意」を受け、日本国内ではネット右翼(ネット保守とも)層を含む強硬な保守派全般の激震が覚めやらない。 SNS上やブログ上では、ネット右翼や保守系言論人による日韓合意への怨嗟の声が溢れ、これまで安倍総理を強固に支持してきた層からも「(安倍総理に)失望した」「裏切りだ」「年の瀬に最悪の悪夢」などの声があふれている。「慰安婦」日韓合意のニュース映像が流れる大阪市内の電気店=2015年11月28日午後、大阪市浪速区(彦野公太朗撮影).jpg この合意を受け、早くも12月29日には東京都内の保守系市民団体らが議員会館、首相官邸、外務省前などで抗議活動を繰り広げるなど、怨嗟の声はネットを突き破りリアルにも波及し始めている。「慰安婦日韓合意」がここまで保守派を怒らせている理由はなにか。「慰安婦問題」は保守運動の「一丁目一番地」 ネット右翼を含む強硬な保守派全般(以下、強硬な保守派)にとって、所謂「従軍慰安婦問題」は保守運動の「一丁目一番地」であると見做されてきた。 強硬な保守派が従前から強烈に主張してきた政治的イシューは、「憲法(第九条)の改正」「靖国神社公式参拝推進」「反東京裁判史観=YP(ヤルタ・ポツダム)体制打破」など手垢のついたものだったが、2011年12月に韓国の市民団体=韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)がソウルの日本大使館前の公道に「慰安婦像」を設置してから、急速に強硬な保守派にとって「従軍慰安婦問題」が運動の推進剤となった。 ブロンズ像という視覚的に分かりやすい「韓国の反日」の具体化が、日本の保守運動に火をつけ、この時期、強硬な保守派の中で「慰安婦」に絡めた「嫌韓」が自乗するように加速していく。 代表的なものを見ていくと、同年に設立された『なでしこアクション』(山本優美子代表)が筆頭で、「(従軍)慰安婦=性奴隷のウソに終止符を」を掲げ、爾来数々の保守運動の中心的存在のひとつとして保守系メディアで取り上げられてきた。 或いは2012年6月には、保守系政治団体『維新政党・新風』の鈴木信行氏らが前出慰安婦像の前に竹島の日本領有権を主張する「杭」を打ち込んだとしてソウル地検に起訴され(竹島杭事件)、韓国政府から入国禁止処分を受けるやいなや、強硬な保守派からは英雄扱いとなり各地で講演会、イベントを行うなどした。 さらにこのような保守運動を勢いづかせたのは、2014年8月に朝日新聞が自ら発表した「吉田清治証言の取り消し」であった。済州島で日本軍関係者が現地の女性を強制連行して慰安婦に仕立てあげたという所謂「吉田清治証言」が虚報であったことが確認されると、保守派は1993年の所謂『河野談話』、及び1996年の国連『クマラスワミ報告』が「吉田清治の捏造証言を大きな根拠としている」と主張した。造語「追軍売春婦」の登場造語「追軍売春婦」の登場 よって強硬な保守派は「吉田清治証言が捏造であるなら、河野談話もクマラスワミ報告も連座して無効」と主張し、従軍慰安婦そのものを「存在しなかった」として扱い、従軍慰安婦を営利目的の「追軍売春婦」(日本軍に勝手に追従した自由意志の売春婦)と言い換えてきた。 このように、2010年代からにわかに保守運動の前衛として「従軍慰安婦問題」がフォーカスされ、慰安婦像の撤去や慰安婦の存在そのものを否定するを運動はグレンデール市(米カリフォルニア州)での慰安婦像撤去署名運動、および2014年2月のフランス『アングレーム国際漫画祭』での、日本の保守系任意団体『論破プロジェクト』が出展を計画した「慰安婦否定漫画」などへと繋がっていく。 或いは、宗教右派や軍恩関係団体から構成される『日本会議』、保守系の独立放送局である『日本文化チャンネル桜』とその関連政治団体『頑張れ日本!全国行動委員会』、また所謂「行動する保守」の代表格である『在特会(在日特権を許さない市民の会)』など、大小を問わず、ほぼあらゆる強硬な保守系の運動の中に「慰安婦問題」が否定の文脈として登場することになった。 このようにして、まさに慰安婦問題は、保守運動の「一丁目一番地」となった。ずれる保守派の論点、整理されぬ対抗言説 このような従軍慰安婦問題に関する保守運動が大きな盛り上がりを見せる一方で、彼らの理論的根拠はチグハグで終始一貫性がないものであった。まず強硬な保守派が主張したのは、以下のように大きく三つに類別される。1)「吉田清治証言が捏造であったのだから、強制連行はなかった。したがって従軍慰安婦は強制されたのではなく自由意志で日本軍に従事していたのであり、彼女たちは”追軍売春婦”に過ぎないから問題ではない」とする追軍売春婦派=彼らの論拠からすれば、「追軍売春婦」は金儲けのために追軍し、待遇面でも良かったのだから”性奴隷”とは程遠く何ら問題ではない、となる(現状ではこの意見が最も多数派)。2)「従軍慰安婦はむしろ喜んで日本軍に奉仕した。日本軍とともに戦って死んだ慰安婦もいる」とする美談派=彼らの論拠からすれば、例え強制的な戦時性労働であっても、国のために兵隊に奉仕したのだから何の問題があるのか、という感情論。3)「同時期のドイツ軍等も同様だったのだから、日本だけが非難されるいわれはない」とする相対派=彼らの論拠からすれば、軍の関与も広義の強制性も認めているということになる(2014年1月にNHKの籾井会長が同様の発言をし、その後陳謝している)。或いはこの相対派の意見の中には、ベトナム戦争時の韓国軍による婦女暴行の事案(ライダイハン)を持ち出す傾向もある。 というふうになる。しかし奇妙なことに、「彼女たちは従軍慰安婦などではなく自由意思の、カネ目当ての追軍売春婦である」というものと、「例え強制的であってもお国に奉仕した無私の慰安婦に何の問題があるのか」というものと、「従軍慰安婦の存在も広義の強制性も認めるが、それは相対的に見て日本だけが悪いわけではない」という、全く世界観の異なるこれら三つ主張をすべて内包していたのが、強硬な保守派の主張だった。 すなわち、1)を採用すれば2)と3)と根本矛盾し、2)を採用すれば1)及び3)と対立するし、3)を採用すれば、1)と2)を完全否定することになる。 基礎的な歴史の事実を精査しないで、強硬な保守派の各人が、ネット上で各々勝手に、1)~3)の主張を叫び、或いはその都度、都合の良いようにミックスさせてきたのが今日に至る強硬な保守派の基本的な立ち位置であった。 すなわち、彼らのスローガンは「従軍慰安婦は存在しない。元慰安婦の証言はウソである。彼女たちは進んで性を提供することで兵隊に無私の立場で奉仕し、かつ高給取りだった。それはドイツもやっていたのだから日本だけが悪いわけではない。或いは全ては日韓基本条約で解決した」というものだ。この一文の中に、ありとあらゆる意味での矛盾が含まれていることは自明である。 つまり強硬な保守派は激烈に沸き起こる「嫌韓」や「反朝日新聞」の潮流の中で、対抗言説の要点を全く整理せず、慰安婦問題のどの部分を問題視しているのか、理論的中心がてんでバラバラであった。無理筋な「自由意志」無理筋な「自由意志」 その中でも、割合強硬な保守派が重視したのは1)にある強制連行の有無で、これが吉田清治証言の虚報によって補強されたのだから、「強制連行のウソ=軍の関与なし、つまり自由意志の追軍売春婦」という歴史観が強硬な保守派の通説となっていく。 ところが、欧米を含む国際世論が重視したのは、「吉田清治証言のような強制連行の有無」を通過し、「軍の関与そのもの、軍によるあらゆる形での管理買春の存在それ自体が戦時人権侵害である」というものであり、強硬な保守派の対抗主張と国際世論が重視する問題点はズレてきた。 その後、吉田清治証言は少なくとも河野談話に影響していないことが確認された(2014年10月3日、菅官房長官答弁)にも関わらず、強硬な保守派は「朝日新聞=吉田清治=河野談話=歴史の捏造・でっち上げ」というラインを崩すこと無く保守運動の推進剤としてきた。 が、実際に先の大戦中、旧植民地出身の従軍慰安婦が軍の管理(関与)の元、性労働に従事していたのは当然の事実であり、そこには仲介業者などを通じた人権侵害があったことは事実で、到底「自由意志」とすることはできない。 例えば先日逝去された水木しげる氏の作品の中でも「(当時呼称)ピー屋」として描写されているのが有名(作中では、慰安婦たちは軍の管理下の元、過酷な性労働に従事する一方で、軍に保護される存在として描写されている)なように、これまでに様々な媒体で発表されてきた韓国人元慰安婦の体験談の中に、誇張や幾許の嘘があり、所謂「強制連行」は無いとしても、従軍慰安婦の存在と日本軍の関与という歴史事実は、動かすことが出来ない。「嫌韓」の濁流の中を突き進んだ保守運動 これを現在の価値観から「善か悪か」と判断するのは評価の別れるところだが、このような歴史事実を「まったく存在しない」として主張する強硬な保守派の前出の主張1)は無理筋だし、2)については根拠に乏しいコラム的愛国美談に過ぎず、3)についてのみ、ドイツとの比較点がありそうだが、対抗言説を繰り広げそれを保守運動の中に積極的に組み込んできた強硬な保守派は、この1)~3)の互いに矛盾する全く異なる主張を、前出のスローガンのように逐次散漫に出しては繰り返し、対抗論点を整理しないまま、ネット上の粗悪な「嫌韓」の文脈の中にばら撒いたままにし、先鋭的な「嫌韓」に突き進んでいく。 よってこの度の慰安婦日韓合意で、日本政府が「軍の関与」を認めたことに保守派は激怒し、韓国に対し日本側が大幅に妥協したと憤慨している。彼らの怒りは、論点を整理しないまま、「嫌韓」の大潮流の中で唱えられていた「アンチ慰安婦問題」の保守運動が、漠然と日韓合意によって全面否定され頓挫したという印象を強く持つからであろう。 ところが繰り返すように、当の強硬な保守派自身が「慰安婦問題」の何が問題なのか、その論点を全く整理しないままに保守運動の「一丁目一番地」として前衛にしてきた。 常識的な判断ならば「吉田清治的強制連行はなかったにせよ、日本軍の関与(管理)があったのは事実なのだから、それについて10億円で最終的かつ不可逆的な解決が韓国とできるのであれば、良いのではないか」という評価に落ち着くと思うが、強硬な保守派の多くはそもそも「慰安婦自体が存在していない」から始まり、「喜んで性を提供した追軍売春婦」ときて「ドイツもやっていた」とあまりにもびまん的になるから、今般の日韓合意そのものが、強硬な保守派の漠として思い描く「慰安婦=捏造」の世界観が否定されたとして、これまた漠として怒っているというのが正解であろう。安倍政権への打撃はあるのか安倍政権への打撃はあるのか 今回の慰安婦日韓合意で、強硬な保守派から向けられた安倍総理への批判や失望は、第一に安倍政権にとっての打撃になるのか。また第二に、安倍総理がこのような強硬な保守派から「見限られる」という事態につながるのだろうか。 まず第一についてだが、仮に強硬な保守派全部が今回の慰安婦日韓合意を機に「反安倍」に鞍替えしたとしても、政権への影響は「まったくない」という風に評価できる。なぜなら、前述してきたネット右翼を含む強硬な保守派の人数はおおよそ全国で200万人前後で、かれらが議席に与える影響は『日本のこころを大切にする党(旧次世代の党)』の現有議席と趨勢をみれば明らかであるからである。 この辺りの実態は、私が拙著『ネット右翼の終わり(晶文社)』やYahoo!ニュースの別稿等で繰り返し主張してきたとおりで、仮に「ネット右翼を含む強硬な保守派の総離反」が起こったとて、政権への影響は極めて微弱かゼロである。安倍総理は「見限られる」のか そして第二については、そのそもこうした強硬な保守派が「反安倍」に鞍替えすることは、まず考えにくいという事実だ。遡れば、保守派が安倍総理に「深い失望」を表明したのは何も今回だけではない。 自民党が2012年12月に政権党に返り咲く前の段階でマニフェストに記載していた「竹島の日式典の政府主催」「尖閣諸島への公務員常駐」への強硬な保守派の期待は相当なものであったが、第二次安倍政権がスタートしてまもなくの2013年2月22日(竹島の日・竹島の日式典)が、政府主催ではなく従来と同じ島根県主催のものであった事実は強硬な保守派を落胆させ、一部の右派活動家らが首相官邸前で抗議活動をするなど事態はエスカレートした。 その時も今回と同様、「安倍に裏切られた」の怨嗟の声は多数あったが、強硬な保守派の受け皿が自民党しか無いため、結局彼らの多くは安倍支持を継続したという経緯がある。 ここには、「社民」「共産」といったリベラル勢力が小さいながらも国政政党を保有し、彼らの政治的主張の受け皿を担っているのに対し、強硬な保守派の政治的受け皿が、ほぼネット空間にしか存在しなかったという歴史的経緯が影響している。唯一、2014年後半に旧次世代の党がその役割を担ったものの、すぐに瓦解してしまった。 自らの政治的主張を代弁する国政政党を持たない強硬な保守派は、例え自らの理想とする「真の保守的世界観」から安倍総理が現実主義を採用して遠のいたとしても、安倍総理を支持するしか方策はなく、よって「見限られる」という事態につながるとは考えにくい。 強硬な保守派が「一丁目一番地」としてきた慰安婦問題は、大きく動いた。今後、日本大使館前の慰安婦像の撤去(移転)が実現するかどうかが愁眉の問題となるが、これが近い将来実現するとなると、強硬な保守派も一定溜飲を下げることとなり、結局は従前よりも増して強固な安倍支持の特性を色濃く持つだろうと予想される。(「Yahoo!ニュース個人」より2015年12月31日分を転載)

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    韓国ロビー工作で米国人に「残酷非道な日本人」の印象増した

    態はさらに悪化した。  1991年、韓国の元慰安婦3人が謝罪と補償を求め日本政府を提訴すると、政府は慰安婦問題の調査を開始。1993年8月、十分な調査がなされないまま当時の内閣官房長官・河野洋平氏が旧日本軍の関与と強制性を認める「河野談話」を発表し陳謝した。これが決定打となり、慰安婦問題は外交カードとして韓国に利用されるようになる。  その後、韓国は米国をはじめとする国際社会に執拗なロビー工作を展開。1996年2月には「慰安婦=性奴隷」と定義する「女性への暴力に関する特別報告」(通称=クマラスワミ報告書)が国連人権委員会に提出され、日本政府による被害者への賠償などが勧告された。以後も国連ではたびたび慰安婦問題が提起され、「慰安婦制度は奴隷制度」、「慰安所は収容所」、「慰安婦は性奴隷」という誤った認識が国際社会に定着してしまった。米ニューヨークの国連本部で記者会見する米民主党のマイク・ホンダ下院議員(右から2人目)。同議員ら北米や韓国などの議員ら5人は、各国の議員横断組織「性奴隷制の犠牲者のための国際議会連合」を創設したことを明らかにした上で慰安婦問題について、日本政府に謝罪を求める声明も発表した=2015年11月23日(共同) 2007年になると、日系米国人のマイク・ホンダ議員を中心に、「慰安婦問題に対する日本の謝罪要求決議案(慰安婦非難決議案)」が米下院に提出され可決された。これにより、多くの米国人に「女性の人権を無視した残酷非道な日本人」のイメージが植えつけられたことは間違いない。  米国では、最もポピュラーな歴史教科書に「日本軍は14~20歳の女性を強制徴用し、慰安所で売春婦として働かせた」との記述があり、2011年以降は在米韓国・中国人の働きかけによって米国の各地に慰安婦碑や慰安婦像が設置されている。日本の名誉と国益を損なうプロパガンダは今も着々と進行中だ。関連記事■ 韓国が小中高生向けに作成した慰安婦教材 史実歪曲した内容■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 従軍慰安婦問題について韓国要人「一言謝れば韓国人は納得」■ 韓国 慰安婦を人権問題として世界に注目させ日本の譲歩狙う■ ソウル市劇団 慰安婦演劇の全米横断公演等で反日盛り上げる

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    禍根残した慰安婦日韓合意 虚偽に「断固たる反論」はできなくなるのか

    西岡力(東京基督教大学教授) 日韓両国政府が慰安婦問題で合意した。外交という側面からは肯定的に評価できる部分もあるが、国と国民の名誉を守るという側面では大きな禍根を残した。後者をどのようにリカバーするのかを早急に考えなければならない。予断を許さない慰安婦像撤去 ともに米国と軍事同盟を結ぶ韓国との関係改善は日本にとって国益にかなう。特に北朝鮮独裁政権が核武装をほぼ完成させる一方、大物要人の亡命があいつぐなど不安定さを増している現時点において、日韓関係の改善は日米韓3国同盟強化のために不可欠だ。 朴槿恵大統領も昨年7月に「2016年にも(北朝鮮が崩壊して)統一が来るかもしれない。影響力ある要人が亡命しているのは事実だ」と述べている。同じく昨年、ハワイに根拠をおく米太平洋軍司令部が北朝鮮有事に備えて作戦計画の再整備に取りかかっているという情報もある。 日本側からの要求を韓国が受け入れたという点も、これまでの対韓歴史外交にない新しさがあり、一定程度評価できる。これまでは韓国側からの要求を受け、まず謝罪した後、国際法上の立場から韓国の要求を値切るだけだった。それと比べると今回は日本側からも、(1)「最終的かつ不可逆的な解決」であることを韓国政府が確認すること(2)在韓日本大使館前の慰安婦像の撤去-を要求した。 前者は実現したが、すでに韓国第1野党が「合意に拘束されない」と公言しており予断を許さない。ただ、少なくとも一国の外相が公開の席で述べた国際約束を、政権交代したからといって無視するなら韓国の国際的信頼度は急降下するだろう。 後者は韓国政府が「努力する」と約束したが、そもそも公道に無許可で建造された像の撤去をなぜ民間団体と折衝する必要があるのか、韓国の「法治」が揺らいでいるとしか言いようがない。もし、日本が10億円を払った後も像の撤去が実現しないなら日本世論では反韓感情がより拡散するだろう。日韓関係歪めた盧政権の見解 一方、日本にとっての慰安婦問題の解決は、虚偽によって傷つけられた日本国の名誉回復なしには実現しない。この点で今回の合意は禍根を残した。 盧武鉉政権は05年8月に「韓日会談文書公開後続対策関連民官共同委員会」(李海チャン国務総理主催)を開催して、慰安婦問題についての次のような驚くべき法的立場を明らかにした。日韓首脳会談を終え、共同記者会見する小泉純一郎首相(右)と韓国の盧武鉉大統領=2003年6月7日午前、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) 〈日本軍慰安婦問題等、日本政府・軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為については、請求権協定により解決されたものとみることはできず、日本政府の法的責任が残っている。サハリン同胞、原爆被害者問題も韓日請求権協定の対象に含まれていない。〉 ここから日韓関係はおかしくなっていく。11年8月、韓国憲法裁判所が、韓国政府が慰安婦への補償について日本政府と外交交渉しない不作為は「憲法違反」だと決定したが、それもこの盧武鉉政権の見解に基づいている。 一方、日本政府は繰り返し慰安婦問題で謝罪をしてきたが、それはあくまでも売買春が非合法化された現在の価値観からの道義的なもので、当時の法秩序の中での「不法性」を認めていないし、「請求権協定で解決済み」という立場を崩していない。今回、岸田文雄外相も「責任の問題を含め、日韓間の財産および請求権に関する日本政府の(解決済みという)法的立場は従来と何ら変わりありません」と確認している。事実に基づく反論を自制するな しかし、安倍晋三首相までもが謝罪して国庫から10億円もの資金を支出することを見て、国際社会では「日本政府が、第二次大戦中に20万人のアジア人女性を性奴隷として強制連行し、人権を蹂躙した事実を認め、韓国政府に10億円を支払うことに合意した」という虚偽が広がっているのだ。 1月4日、合意に抗議して日本大使館前に座り込んでいた女子学生らは私に「20万人が強制連行され性奴隷となり、うち18万人が日本軍に虐殺された」と説明した。 安倍首相は14年12月の総選挙で掲げた政権公約で「虚偽に基づくいわれなき非難に対しては断固として反論し、国際社会への対外発信などを通じて、日本の名誉・国益を回復するために行動します」と約束した。 しかし、今回の合意で国際社会での相互批判を自制するとしたことにより、今後「断固たる反論」が事実上、できなくなるのではないかと憂慮される。 そもそも外務省は、吉田清治証言が事実無根であることさえ積極的に広報していない。安倍政権が外務省主導の下、慰安婦問題をはじめとする歴史問題で「事実に基づく反論」を控えてきたことからすると、政府の国際広報をどのように再建するか真剣な検討が必要になる。私は繰り返し「外務省とは独立した専門部署を設置し、わが国の立場を正当に打ち出す国際広報を継続して行うこと」を提言してきた。日本国の名誉回復ぬきの慰安婦合意は評価できない。

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    焦る朴大統領に余裕の安倍首相 慰安婦問題解決の妥協点を考える

    戦に近い状態が続いています。日韓間にはいくつかの課題がありますが最も重要視されているのがいわゆる従軍慰安婦問題。この慰安婦問題の「妥協点」を探り、解決へと導くために、安倍首相は岸田外相に対して、年内に韓国を訪問する方向で調整するよう指示したことが報じられています。年内といえば残すところ1週間。さすがにお互いに大晦日あたりは外したいでしょうから、ほんの数日で訪韓ということになるのでしょう。急な展開です。 朴大統領の任期は2013年2月25日から5年間です。来年の2月には残りは2年間。残り1年近くになれば、レームダック状況になります。こうした難問はレームダック状態の政治家は解決できません。ですから可能性があるとすれば、来年中に解決に一気に持っていくしかありません。このままであれば、朴大統領は日韓関係を冷え切ったままにさせただけで、成果を残さず、経済を冷え込ませてしまったということが残るだけになってしまいます。なんとか成果を出したいところでしょう。 まずは12月17日に韓国のソウル中央地裁は朴大統領への名誉毀損容疑で起訴されていた加藤達也産経新聞前ソウル支局長に無罪判決を言い渡しています。そもそも起訴自体がありえないようなケースですから、無罪は当然ではありますが、これも韓国政府から関係をこれ以上崩したくないというメッセージのようです。司法と政治とは別々のはずですが、韓国ではそうした建前も崩れているようです。判決に先立って、李裁判長は、韓国外務省から法務省に宛に「善処を望む」という要望が提出されたことを明らかにしています。韓国政府は日韓関係の改善を求めている、ということです。その後、ソウル中央地検は控訴を断念しています。これも政治的な匂いがします。 また、12月23日には、1965年の日韓請求権協定が「違憲」だとする訴えに対して、韓国憲法裁判所は却下の決定を下しています。日韓関係での韓国での裁判で、韓国の側が負けるという事態が続いています。従軍慰安婦問題の決着を目指す外務省局長協議を前に、記者団の質問に答える尹炳世外相=12月27日、ソウルの韓国外務省(共同) ただ、これを韓国が日韓関係の改善のために「折れつつある」とみるのは早計に過ぎるでしょう。むしろこれを取り引き材料として、慰安婦問題での日本側の譲歩を引き出そうとしているともみえます。韓国のユン・ビョンセ外相は従軍慰安婦問題について、「もう少し待ってもらえれば、結果を報告する時が来るだろう」と早期解決に向けた楽観的見方をしめしています。 水面下ではかなりの交渉があるのでしょう。ただどのような妥協案があるのかはまだ不明です。 韓国は、慰安婦問題には日本政府が関わっており、政府が謝罪し、補償することが必要という態度を崩していません。日本も1965年の韓日請求権協定で慰安婦問題は法的に解決済みであることと、慰安婦問題は民間での問題であり、日本政府は関わっていないという主張を変えることもないようです。法的な責任ではなく、人道的な見地から補償をしていくという姿勢です。これでは議論は平行線。どちらか、あるいはどちらもが折れなければ問題は進展しません。 私は妥協点を探すとすれば、以下のような案になるのではないかと考えています。*政府の代表としてではなく、安倍首相が謝罪し、人道的な立場から補償をしていく。*日本政府が従軍慰安婦にどのように関わったか、関わらなかったかについては、さらに 調査研究を進めることで合意する。そのための研究費用を日本政府が拠出する。*日韓の交流を促進するための基金を作り、学術交流、文化交流、経済交流をさらに進める。 つまり、焦点をぼやかしながら、お互いの主張が異なることを認め合い、問題解決への努力をすることで合意するというものです。 韓国側はこれで妥協しにくいでしょうが、安倍首相の(個人としての)真摯な謝罪があることを条件に飲むかもしれません。 これでもお互いに妥協できないとなると、 お互いに主張しながら時間が経つというこれまでと同じ平行線を続けるしかないのかもしれません。いずれにしても、この1~2ヶ月で一気に事態が動くかどうか。微妙なところです。韓国が二つの裁判での「配慮」を主張して、大幅な妥協を日本に求めるなら、朴大統領の政権下では解決はなくなるかもしれません。雪解けムードのなか、一気にお互いが妥協点を見つけるという可能性もあります。安倍首相が保守に属し、安定政権を築いている状態ですので、安倍首相は妥協できるだけの余裕を持っています。基本的な主張を曲げない範囲での妥協で、とりあえずの合意がなされ、日韓関係は雪解けの2016年になるかもしれません。(「児玉克哉のブログ『希望開発』」より2015年12月24日分を転載)

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    慰安婦「決着」を手放しで喜ぶべきか

    岸田文雄外相は28日午後、韓国の尹炳世外相と会談し、慰安婦問題で合意した。両外相は「最終的で不可逆的な解決」をそれぞれ表明。元慰安婦への支援では韓国政府が財団を設置し、日本政府からも約10億円の資金を拠出することが決まった。日韓国交正常化50年の節目で実を結んだ「決着」は手放しで喜ぶべきなのか。

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    慰安婦合意、韓国支援団体に日本の「法的決着」がのめるのか

    最大の要因は、別のところにあると考える。韓国の市民運動の変化である。いくら日韓の政府間で合意しても、慰安婦問題を主導する運動体の理解がなくては、再び迷走してしまうことは確実である。そこにある程度のメドがついたから会談するということなのだろう。しかし、運動体に変化が見られるとはいえ、その変化は道半ばだとも思われ、実際に最終的解決に至るのかは楽観できない。その事情を書いておきたい。 この問題を知る人にとっては常識的なことだが、慰安婦問題をめぐる日韓の対立を理解するキーワードは、「法的責任」である。韓国側は、この問題は日本政府が当時の国際法、国内法に反して引き起こしたものであるので、国家としての法的な謝罪と賠償をする責任があるとしてきた。日本側は、日本が国家として関与したことは認めつつ、法的な謝罪と賠償の責任をとるような性格のものではなく、かつ日韓条約で法的にも決着済みであるので、人道的な見地での謝罪と金銭の供与が適当であるとしてきた。 日本側がこのような考え方を表明したのが、いわゆる河野談話であり、それを具体化したのがアジア女性基金であった。河野談話は、いまでは左派の金科玉条となり、右派には忌み嫌われる存在であるが、93年の公表当時、評価は現在と逆転していた。 たとえば産経新聞の「主張」は、「「強制連行」を、表現こそ違え、肯定するような意味を持つ」として危惧の念を表明しつつ、「改めで戦争が女性に強いた惨禍に胸が痛む」として、宮沢首相が表明した「おわびと反省の気持ち」の「言葉を繰り返す以外にない」と述べた。「民間主導でかつての慰安婦に誠意を示すことは大賛成だ」として、後のアジア女性基金の考え方を肯定している。「主張」のすぐ横に載った上坂冬子氏の談話では、いろいろ問題点を指摘しつつも、「政府の談話としてはこれが限度であろう」と述べ、限度として容認することを表明している。 一方、朝日新聞は、「被害者の名誉回復への前進である」として前向きの評価を与えている。しかし、今後の課題として、「反省と謝罪をはっきりと内外に宣言すること」、「補償するべきは補償する」ことをあげている。これは、河野談話でははっきりとした反省と謝罪になっておらず、「法的責任」を果たすことを意味する「補償」も明言されていないことへの批判だったのである。「法的責任」問題で表れた挺体協の変化 韓国の運動体である挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)も河野談話について声明を出したが、「「戦争犯罪という本質を回避した発表で、法的責任をとろうとしていない」と強く非難」(日経新聞93年8月5日)するものだった。筆者も1年ほど前(14年11月)、挺対協が運営するソウルの人権博物館を訪れたが、そこで流されていたテープの音声は、河野談話について「法的責任を回避するもの」としており、二十余年を経てなお批判する立場を明確にしていたのである。 ところが、昨年来、そこに変化があらわれた。「法的責任」という問題をめぐってである。韓国大統領府前で記者会見する韓国挺身隊問題対策協議会のメンバー=2014年8月29日、ソウル(共同) この十数年間、挺対協を含む日韓の運動団体は、毎年のように会議を開いてきた。2014年6月に開かれた会議は、「日本政府への提言」を確認したのだが、そこでは「「河野談話」を継承・発展」させるとして、かつてあれほど批判した河野談話を肯定的なものと捉える考え方が示されている。その上で「次の事実と責任を認めよ」として四項目が示され、さらに日本政府に求める「措置」が列挙されている。 今年の会議でも同じ内容のものが確認されたのだが、大事なことは、この文書への挺対協の見解が示されたことだ。挺対協の共同代表である尹美香(ユン・ミヒャン)代表は、この提言について「まさに私たちが求める解決の内容でした」と評価したのである。 その文書の内容を書き連ねることはしないが、大事なことは、このなかで「法的責任」という言葉が使われていないことである。「強制連行」という用語も、法的責任に直結するからだろうか、使われてはいない。そういうことを日本政府に求めていては、いつまでたっても問題が解決しないことを、日本の運動団体が挺対協に働きかけ、説得したのであろう。 日本政府側となお隔たりがあると思われるものもある。言葉でなく内容をめぐってだ。 たとえば日本政府が認めるべき事実として、「当時の様々な国内法・国際法に違反する重大な人権侵害であったこと」があげられている。国家が法に違反したということになると、「法的責任」そのものになる。しかし、戦後70周年に際しての安倍首相談話においても「深く名誉を傷つけられた女性たち」の存在に言及されており、「重大な人権侵害」を行った主体が日本政府だと認めよというのでない限り、何らかの合意は可能だと思われる。 日本政府がとるべき措置として、謝罪(法的な謝罪とは言っていない)とともに「謝罪の証として被害者に賠償すること」があげられている問題もある。「賠償」というのは一般に、違法行為をして与えた損害を償うことであり、「法的責任」と表裏一体のものである。だから、日本政府が「賠償」という名称で何らかの金銭給付をすることは考えられない。けれども、賠償という言葉は使わないが、全額を日本政府が拠出することにより、実態は賠償と言えるものにすることはあり得る。例えば、日本では「私有財産制」の原則から、災害などで個人の家屋が失われても、それを再建する費用は国庫から支出されないできた。しかし、阪神大震災などを経て次第に変化が生まれ、建前は変わらないまま支出がされるようになっている。 法治国家というのは、ある意味で、建前が原則なのである。建前に説明がつけば、実態はある程度の柔軟性が許容されるということだ。それを慰安婦問題にどう適用するかという応用問題が問われている。 問題は、日本側の建前が変わらないという現実を、挺対協が受け入れられるのかということである。日韓外相会談で何らかの合意があったとすれば、そのことが挺対協に問われてくる。 いま紹介したような運動体の文書に挺対協が合意してきたとはいえ、あくまで会議に参加した代表が合意したということであって、組織全体が合意したことを意味していない。実際、挺対協のなかには、一切の妥協を許さないグループも存在すると聞く。日韓政府間合意はガラス細工になる 解決が容易でないことを予測させる事態が、運動体の今年の会議をめぐって発生した。北海道新聞が、この会議について、「慰安婦問題 『法的責任』は求めず 韓国・挺対協 従来方針を転換」と見出しをつけて報道したのだが(4月25日付朝刊)、挺対協からの抗議を受け、訂正をしたのである。 北海道新聞の当初の報道は、「挺対協が、日本政府に対して立法措置による賠償など『法的責任』に基づいた対応を求めてきた従来方針を転換したことが分かった。……要求を緩めた」とするものであった。さらに、「尹代表は『(法的責任を直接追及しなくても)提案内容で、実質的に日本の法的責任を明確にできる』とも報じた。これが訂正報道では、それぞれ「…日本政府に対し慰安婦問題の解決に関しとるべき方向を提示した」、「尹代表は『法的責任の内容というものは提言の中に込められている』とした」とされたのである。 要するに挺対協は、「法的責任は追及しない」という部分を問題にしたわけである。法的責任という言葉は使わないにしても、要求している内容は法的責任に当たるということにしてもらわないと、これまでの行きがかりもあって、立つ瀬がなくなるということである。実際には法的責任という建前を放棄しているのだが、放棄したと書かないでほしいということでもある。 日韓政府間で何らかの合意がされたとして、運動体がこれまで建前と本音について徹底して議論してきたのなら、スムーズな解決がされたかもしれない。しかし、そういう議論がないままなので、運動体の内部では建前と本音を上手に使い分けしていかないと、政府間合意を一致して受け入れることにならないだろう。 いわばガラス細工のようなものなのだ。不用意な政治家が、「この合意では法的責任は認めていない」とか、「賠償を払わないことで合意した」などと発言でもすれば、それだけでこんな細工は容易に崩壊する。 けれども、これが最後の機会である。立場は様々であっていいから、誰もが合意を促進する立場に立ってほしい。慰安婦問題の解決に積極的に運動してきた人には、あれこれの問題点をあげつらうのではなく、二十年余の努力が実を結んだのだとみなして、慰安婦に対して「これで解決しよう」と励ましてほしい。慰安婦問題など存在しないと考えてきた人にも、「これで本当に最後にならないと恐ろしいことが待っているぞ」という気持ちからであってもいいから、韓国側を挑発するのはやめてほしい。 なお、合意に向かう上で最大の障害の一つは、在韓日本大使館前に設置された慰安婦像をどうするかという問題になろう。撤去せよという日本側と、撤去しないという韓国側の間で、一致することが困難だ。この問題では、拙著『慰安婦問題をこれで終わらせる。』(小学館)で提唱したやり方しかないと感じている。慰安婦問題が解決し、日韓が和解したことの証として、いまの像を包み込むような形のモニュメントをつくるものである。このやり方なら、韓国側は慰安婦が安らかな眠りについたと思えるし、日本側は慰安婦像はなくなったと解釈できるのではないか。 何をもって慰安婦問題の解決というかは難しい問題である。しかし、首脳会談もまともに開けないとか、市井の人々の日常の暮らしのなかに隣国批判が横溢するとか、そんな状態は終わらせなければならないと思う。本当に最後の機会である。

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    朴槿恵大統領は決断できるか すべてが受け入れがたい慰安婦妥結案

    平(北海商科大学教授) 本日(28日)、岸田外務大臣が韓国を訪問し、尹炳世(ユン・ビョンセ)外相と「慰安婦問題」について協議を行う。ただし、その先行きは極めて不透明である。日韓両国がこの会談で何らかの合意に至るかどうかも分からないし、たとえ至ったとしても、元慰安婦女性を含め、大多数の韓国人は「慰安婦問題が解決した」とは受け止めないはずだからだ。 会談に先立ち、日本側が求めているのは、1965年の日韓国交正常化の際に締結した日韓請求権協定の再確認、慰安婦問題を最終決着させ今後蒸し返さないことの確約、ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像の撤去などである。さらに、それを文書で確認するよう求めているとされる。これらの要求は韓国側からすれば、すべて受け入れがたいものである。 日本側は1965年の日韓請求権協定で日韓間における法的な問題は解決済みとしてきた立場である。ところが、韓国の尹炳世外相は27日、日韓請求権協定に関し、「慰安婦問題」は請求権協定の対象外で、未だ解決していないと述べている。外相会談の一日前なのに、最も基本的な部分で意見の一致を見ていないのである。  「慰安婦問題を最終決着させ今後蒸し返さないことの確約」は更に難易度が高い。そもそも日本政府の要求を受け入れるならば、「従軍慰安婦問題はすでに解決済み」ということになってしまい、今後、この問題に関しては政府レベルで日本に何らの要求もできなくなる。もし、韓国政府がその種の妥協を行った場合、今度は国内からの激しい批判にさらされることは容易に予想できる。その批判は政権批判につながるだろうし、国会議員選挙を来年に控えて支持率を意識せざるを得ない朴槿恵政権としては大きな負担となるだろう。何しろ、日本が「慰安婦問題」を解決済みとする根拠となっている日韓請求権協定は朴槿恵大統領の父君・朴正熙大統領が日本と結んだものだからだ。会談前に笑顔で握手する安倍首相(左)と韓国の朴槿恵大統領=ソウルの青瓦台(代表撮影・共同) 実は、あまり日本では知られていないことだが、韓国で朴槿恵政権に批判的な人々が好んで口にするのが「朴槿恵大統領は親日派だ」というフレーズである。朴槿恵大統領が親日的だと考える日本人は誰もいない(だろう)が、韓国では朴大統領を批判する際に多く語られる言説である。その理由は朴正熙大統領が満洲軍官学校の出身で、日本の陸軍士官学校に留学した経験を持っているからである。その父の娘なんだから「親日派」なんだろう、という単純な論理である。韓国で「親日派」という言葉は一種の罵倒用語で、「売国奴」と同じ意味を持つ。そうした批判にさらされて続けてきた朴槿恵大統領が「慰安婦問題を最終決着させ今後蒸し返さないことの確約」を認めることなどあり得ないだろう。そんな確約をしたら最後、朴槿恵大統領の支持率は急落し、それこそ「親日派」として末代まで非難の対象とされてしまう。このことを否定する韓国人はおそらくいないだろう。慰安婦撤去の高いハードル 去る11月、朴槿恵大統領は安倍首相と会談した際に「元慰安婦女性が受け入れ、韓国民が納得する方法で(慰安婦問題を)解決すべき」という漠然とした要求を行っている。日本に正式に謝罪や補償を要求しつつ、その具体的方法は日本政府まかせ、その評価は元慰安婦女性や韓国民の判断まかせ、という曖昧な要求である。こうした要求を行った背景には前述した韓国内の事情がある。もし、「慰安婦問題」に関して安易に日本政府に妥協案など示したら、また、日本政府の出した解決案に安易に妥協などしたら、「親日派=売国奴」と批判されかねない。実際問題、日本政府がいかなる案を出したところで、すべての韓国人が納得することなどあり得ないだろう。多くの韓国人は「慰安婦問題の解決には日本政府の誠意ある対応(謝罪と補償)が不可欠である」と考えているが、それがどの程度のものなのかは個々人によりかなりの隔たりがあるからだ。  「ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像の撤去」は最もハードルが高い。韓国側は慰安婦像の移転を検討しているとも報じられたが、慰安婦像を設置した慰安婦支援団体(韓国挺身隊問題対策協議会)は強く反発している。挺対協の代表は「少女像(慰安婦像)は共同の存在であり、撤去や移設は不可能」とし、「日本政府に本当に解決の意志があるなら、日本の大使が少女像の前に来て追悼をするのが道理である」とも語っている。もともと、この銅像は韓国政府が設置したものではないし、すでに慰安婦支援運動の象徴的な存在となってしまっており、撤去どころか移転すらも容易ではない。  もし、これらの障害をすべてクリアして、日韓両政府が何らかの形で交渉妥結に至ったとしても、「慰安婦問題」で強い発言力を持っている慰安婦女性の支援団体(当の元慰安婦女性も含め)がそれに納得するとは到底考えられない。日本政府は元慰安婦女性を支援する新基金の設立を検討しているというが、元慰安婦女性の支援施設「ナヌムの家」の安信権所長は「名誉回復にならない」と否定的な見解を示している。また「ナヌムの家」で生活する元慰安婦女性も日本政府の妥結案に「失望している」と述べ、「安倍首相がここに来てひざまずいて謝らねばならない」「慰安婦の強制動員を認めない限り、謝罪は受け入れられない」「賠償はすべての被害者が話し合って決める問題だ」などと不満を示したとされる。また、「ナヌムの家」では生存する元慰安婦46人の意見を聞き、「1人でも反対すれば謝罪と賠償は受けない」と決めたという。  今回の日韓外相会談で何らかの合意に到るためには、朴槿恵大統領の不退転の決断が不可欠である。しかし、日本政府が韓国政府と何らかの合意に至って、元慰安婦女性の支援基金を準備したところで、現状では元慰安婦女性がその基金を受け取る可能性は低いと言わざるを得ないだろう。結局、95年に設立された「女性のためのアジア平和国民基金」の二番煎じになってしまうのではないか、というのが筆者の見立てである。

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    反日勢力の急先鋒 韓国挺身隊問題対策協議会はどんな団体か

    戦の舞台裏を赤裸々に明かした前・在韓国特命全権大使の武藤正敏氏はいう。韓国の反日勢力の主体のひとつ、慰安婦問題解決を妨害してきた一部の声の大きな勢力について、武藤氏が解説する。* * * 反日勢力の主体のひとつは歴史問題を扱う市民団体やNGOで、中でも急先鋒として知られるのが韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)である。「(慰安婦問題を)なんとか解決をしたいと思っている」と話す韓国挺身隊問題対策協議会の尹美香代表=5月、ソウル市内の事務所(共同) 挺対協は1990年代はじめ、「慰安婦問題」解決のために組織された韓国の民間団体で、ソウルの日本大使館前で毎週行う「水曜デモ」が1000回を超えたことの記念に「慰安婦像」を大使館の目の前に設置したことでも知られる。 同時に、日本政府の謝罪や反省、補償が十分ではないとの考えから、元慰安婦に対して、日本の「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」からの「償い金」や、村山首相の「おわびの手紙」の受け取りを拒否させたり、受け取った7人の元慰安婦に、露骨な嫌がらせをしたりした(*注1)。【注1:韓国紙『ハンギョレ』(7月13日付)は慰安婦団体関係者の発言として〈(日本で)挺対協が被害者の意思を無視したまま、アジア女性基金を拒否するなど…問題の解決の妨げになっていると、根拠もなく非難する人々が増えている〉と書き、武藤氏の著書などにより挺対協の実態が批判されてきていることに懸念を表している】 そういう団体だから、韓国政府に圧力をかけることは常だ。日本が「アジア女性基金」を設立して慰安婦問題の解決に向けて努力した1995年、当初、韓国政府は「これまでの被害者の要求がある程度反映された誠意ある措置であると評価したい」と論評していた。しかし、挺対協の横やりを受けて徐々に態度を曖昧にしていき、韓国政府も最後には「被害者たちが納得する措置を日本政府には取ってほしい」と評価を一変させてしまった。 韓国政財界に多くの人脈を持ち、国民の支持を得ている挺対協の主張には政府もマスコミも従うほかなく、妨害工作が幅を利かせている。私が大使に就任した10年、実は前述の7人だけでなく、54人の元慰安婦が秘密裏に「償い金」を受け取っていたことを知った(*注2)。【注2:アジア女性基金は、54人の元慰安婦の存在について、韓国内における立場を考慮し公表しなかった】 挺対協が受け取りを拒否させていなかったら、ほとんどの人が受け取り問題は解決し、安らかな老後を送っていたことだろう。日本が一方的に非難される現状を打開しなければ日韓関係は正常に戻らないと考え、私は大使としての責任において、あえてその事実に言及した。慰安婦問題で和解の道を探るとすれば、事実関係を正確に理解し、それを踏まえた取り組みを始める以外にないと考えたからだ。 しかし、半ば予想した通り、韓国政府や有識者はその事実に目をつむった。韓国政府が一部の政治家、マスコミ、挺対協等の反日勢力の圧力に屈することで火種が醸成される。それが近年の日韓対立の構造である。関連記事■ 韓国反日団体 中国人の「反日」インターンシップ受け入れも■ 反日利用の朴槿恵氏 ベトナム虐殺問題ではブーメランが襲う■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 韓国 慰安婦を人権問題として世界に注目させ日本の譲歩狙う■ 従軍慰安婦問題について韓国要人「一言謝れば韓国人は納得」

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    前駐韓大使 慰安婦問題の妥結は日本より韓国にかかっている

     安倍晋三首相と韓国の朴槿恵大統領との初の首脳会談が11月2日に行なわれた。慰安婦問題をめぐって攻防戦が展開されると思われたが、朴大統領の方から、水面下で慰安婦問題解決の“示談金”ダンピングに応じる構えを示してきたのだ。日本政府が元慰安婦に対する人道支援をするというもので日経新聞は1億円台、韓国の東亜日報は3億円以上と報道している。この問題の行方を前駐韓大使の武藤正敏氏が解説する。* * * 日韓首脳会談で朴大統領は、慰安婦問題の解決を求めましたが、この問題は国交正常化の際、「完全かつ最終的に解決」されています。 ところが、韓国では皆が「慰安婦問題は未解決だ」と信じています。その原因を作ったのが、歴史問題にこだわった盧武鉉(ノムヒョン)元大統領で、2005年に慰安婦など反人道的な行為については日韓請求権協定の対象外だと主張しました。明らかな後出しジャンケンです。盧武鉉元大統領 盧武鉉政権はその後も国内の対日協力者の財産を没収しましたが、これも後出しジャンケンです。政治的に終了している問題も、自分たちの歴史認識と相容れない問題は終わらないのです。 日韓関係を難しくしているのは国民感情です。今後日韓関係は国際的視野で考えていくことが重要です。世界有数の民主主義国日本に欧米各国が求めているのは、現代の人権感覚に基づいて、「慰安婦は過去のことではあるが、女性の人権が蹂躙された案件だから、人道的見地からお詫びする」という姿勢であり、他の歴史問題にはない視点です。実は、日本は既にアジア女性基金で行なっています。 本来ならあの時、おばあさんたちがお金を受け取っていれば、「これで償われた」と健やかな老後を送れていたはず。しかし、韓国国内で強い影響力を持つ挺身隊問題対策協議会(挺対協)が「法的責任」を要求して反発し、韓国政府は批判を恐れて「アジア女性基金からは受け取らない」と誓約書を出した元慰安婦に生活支援金を出したため、「償い金」を受け取らなくなったのです。 報道では、日本政府が改めてアジア女性基金のような形で「償い金」を出すというプランが出ていますが、問題は韓国政府が挺対協の主張に振り回されることなく、国益と国家戦略、地域の安全保障、日本との関係、日韓の世論などを総合的に判断して対応できるかです。この問題の妥結は、日本側よりむしろ韓国側にかかっていると思います。関連記事■ 韓国が小中高生向けに作成した慰安婦教材 史実歪曲した内容■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 韓国 慰安婦を人権問題として世界に注目させ日本の譲歩狙う■ 従軍慰安婦問題について韓国要人「一言謝れば韓国人は納得」■ 韓国人と結婚した統一協会の日本女性が和服で慰安婦問題デモ

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    朴槿恵政権にとって「韓日国交正常化50年」は一体何だったのか?

    しんだ。朴槿恵政権は対中傾斜を強めた一年だった。その一方で日本の世界文化遺産登録を批判し、妨害した。慰安婦問題は28日の日韓外相会談で妥結を目指すことになったが、朴政権がこの間、醸成してきた日本の嫌韓感情は、たとえ慰安婦少女像が撤去されても、簡単には払拭できないだろう。今年、両国政府は443件の日韓50年記念行事を承認したが、両政府主催の祝賀行事はついに開けなかった。韓国発でいまだに揺れる? 日韓国交正常化の普遍性 今月23日、韓国憲法裁判所は元徴用工遺族の訴えを却下した。訴えは1965年の日韓請求権協定そのもの俎上に上げ「請求権協定は違憲」としていた。韓国司法は近年、日韓の外交案件に関わる司法判断を続々と出していただけに、今回の却下は「日本への配慮か」と観測されている。 戦後処理に関する二国間問題を国内法で覆す-国際的には非常識な対日攻勢に日本側は強い違和感を抱いてきた。安倍政権が今春、外交青書の韓国に関する記述から「価値観を共有」を削る背景にもなった。 慰安婦問題も背景には韓国司法の違憲判決が横たわる。2011年、憲法裁判所が出した「慰安婦問題で韓国政府が努力しなかったのは政府の不作為で憲法違反」との判決だ。元徴用工問題も韓国大法院(最高裁)の「個人の賠償権は日韓請求権協定外」との判断(2012年)を根拠に、下級審で日本企業の敗訴が続き、現在も上告中で大法院の判断待ちだ。 28日の外相会談も、違憲判決を背景にした協議だ。韓国側は「韓国の国民が納得できる水準」を日本に迫ることになる。「日本との政治和解はしていない」 今年は各種の日韓シンポジウムが開かれた。代表的な見解はこうだ。韓国側からの現状分析- 「国交正常化は政治的妥協の産物だったが、真の日韓和解はまだ実現していないのだ。当時、確かに韓国は日本の経済協力資金で国土の開発資金を得た。しかし、日本も国交正常化で韓国という市場を得たではないのか。両国間にはわだかまる感情と歴史認識問題が残っている」(韓国の研究者) 今年8月14日、在韓日本大使館の前では慰安婦問題などの抗議集会が開かれ、警察による厳重な警備が行われた=ソウル(早坂洋祐撮影) 日本側は日韓関係をこんな風に捉える-。 「半世紀を経て日韓関係は構造的な変化している。半世紀前の韓国は朝鮮戦争後の混乱期にあり、経済的に日本に従属的な関係にあった。しかし韓国は高度成長を経て先進化し、GDP2万8000ドル(昨年実績)となった。両国関係は垂直から水平的な関係に変わってきた」(日本の研究者) ただ、韓国側の発想には根本的に日本側と相容れない認識がある。それは日本統治に対する評価で、日本は帝国主義時代の国際法で合法だったとするが、韓国は非合法の侵略としている点だ。従って韓国側には「日韓併合は侵略」「違法だった併合を日本が賠償するのは当然」とする発想がある。 日韓基本条約、請求権協定で「完全かつ最終的に解決」とする日本に対し、韓国には「承伏できない」との不満が渦巻く。これがさまざまな議論に影を落とすのだ。韓国における請求権をめぐる訴訟も韓国側の「解消されないフラストレーション」による。朴槿恵大統領が日本に求める「正しい歴史認識」の背景にはこの認識対立がある。2015年の朴外交と安倍外交 2015年日韓関係は停滞のなかでの“にらみ合い”が続いた。朴外交は対中傾斜が目立ち、安倍外交は着実な日米関係の前進が特徴となった。 韓国は安倍晋三首相の戦後70年談話に神経を尖らせ、「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「おわび」のキーワードの有無を注視、一方で日米関係強化に高い関心を示した。日米ガイドラインの合意や安倍首相訪米での議会演説の内容を注目した。一方で北東アジアの安保環境に資する安倍政権の安全保障関連法案には強い警戒感をみせ、韓国メディアは日本の野党と同様の「戦争法案」のレッテルを貼り安倍政権を批判した。 日本からみると、朴政権の対日外交は韓国の軸足のブレからくる日本に対する牽制のように映った。 朴槿恵政権は“米中バランス外交”を標榜してきたが、実際には米中の狭間で揺れていた。韓国は米国の懸念をよそに中国のアジアインフラ投資銀行の創立メンバーに入ったが、米韓関係の後退を懸念する声が絶えなかった。 11月、日韓首脳会談が実現した背景には米国からの再三の要請があった。韓国は譲歩し、慰安婦問題の進展なしでの首脳会談を決断した。経済界からも対日改善への要求のある朴外交は日本に対し和解ムードに切り替えたようにみえる。4月の総選挙後は韓国政界の関心は次期大統領選に移る。朴政権にとって大きな政治決定は年内が望ましかった。 慰安婦問題について、日本の認識は「ボールは韓国にある」(外交筋)とみられている。反日世論の抵抗がより厳しいからだ。この慰安婦協議は、正常化から51年目に入る日韓両国の本音が問われることになる。(久保田るり子)

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    韓国に「譲歩」では何も生まれないことを日本人は知るべきだ

    して、名乗り出て訴訟沙汰になっている米軍相手の慰安婦「ヤンコンジュ(洋公主)」たちのことを記事にし、慰安婦問題で日本を批判する韓国政府を舌鋒鋭く批判していた。そのことも、パク大統領には許せなかったのかもしれない。 「これは当然の判決であって、特別に感慨を抱くということはありません。公人中の公人である大統領に関する記事が気に入らないとして起訴する構図。このあり方は、近代的な民主主義国家の姿としてどうなんでしょうか。いま一度、考えてもらいたいと思います」 本日、判決後にそんな怒りの記者会見をおこなった加藤氏の気持ちはよくわかる。一方、加藤氏を起訴し、「懲役1年6か月」という求刑までおこなっていた韓国の検察当局は、最後に政権からも梯子(はしご)を外され、世界に「恥を晒した」と言える。 この事件で失墜した韓国の「国家的信用」が回復されるのは極めて難しいだろう。民主主義国家の根幹を成す「言論・表現の自由」がこの国に存在しないことは、先月、『帝国の慰安婦』の著者、朴裕河(パク・ユハ)・世宗(セジョン)大学教授を在宅起訴して、世界を唖然とさせたことでもわかる。 起訴の理由は、驚くべきことに、「秩序の維持などのためには、言論の自由や学問の自由は制限される」というものだった。「気に入らない言論は叩きつぶす」「都合の悪い研究はやめさせる」というのが、韓国の際立った特徴であり、基本姿勢なのだ。まさに“独裁国家”である。三権分立も言論・表現の自由も韓国には「ない」 一連の出来事は、韓国が先進国と「価値観の共有」ができるような成熟した国家になるまでには、まだまだ長い歳月が必要であることを教えてくれる。 それにしても、今回の裁判は最後まで驚かされた。これまた近代国家、民主主義国家の原則である「三権分立」も韓国には「ない」ことがわかったからだ。 韓国外務省が判決を前にして、裁判所に対し、「日韓関係などを考慮し、(判決に対して)善処するよう要請した」というのである。つまり、韓国では、「司法の独立」もなく、政府が判決の中身に干渉したり、要望を出したりすることができるのである。 もともと加藤氏の起訴が、大統領の“意向”であったことは間違いなく、事件は最初から司法への政治介入から始まり、最後も政治介入で「決着させる」という極めて特異な経過を辿ったことになる。「三権分立」さえない国には、「民主主義国家とは何ぞや」と聞くことさえ憚られる思いだ。 本日、李東根(イ・ドングン)裁判長は、3時間もの判決文朗読でこう言及した。「韓国は民主主義制度を尊重しなけければならない。憲法でも“言論の自由”が保障されている」「外国記者に対する表現の自由を差別的には制限できない。本件も、言論の自由の保護内に含まれることは明らかだ」「大統領の公的地位を考慮すれば、名誉毀損は認められない。私人、朴槿恵に対する誹謗目的もあったとは認めれない」 そして、「判決は、次の通りである」と前置きして、「無罪」を宣言したのである。3時間もの間、着席も許されず、立って朗読を聞き続けた加藤氏は、ついに「無罪」という言葉に辿り着いたのだ。 それは、「三権分立」もなく、最初から「有罪」という結論が決まっていた中での、まさに「予想外」の判決だった。 私は、この無罪判決は、ひとつの大きな「道」を示したと思っている。それは、加藤氏も、産経新聞も、そして官邸も、一度も韓国に譲歩せず、毅然とした姿勢を貫き通したことにある。 そして、日本政府は、あらゆるチャンネルを通じて、「この裁判がどういう意味を持っているか」を韓国に伝えてきている。一種の“脅し”である。 それは、「やれるものなら、やってみろ」という気迫が伴うものでもあっただろう。私は、一貫したこうした毅然とした姿勢が、今回の「無罪判決を生んだ」と思っている。 韓国のような国家に対して「譲歩」では何も生まれないことを日本人は知るべきだろう。それを「教えてくれた」という意味では、この裁判もそれなりの意義があったと言える。 今後、今回の国家的信用失墜に対して、韓国は長く苦しむことは間違いない。民主主義国家としての価値観が共有できない「弾圧国家」としてのレッテルが貼られた韓国は、その払拭(ふっしょく)のためには長い歳月が必要だろう。 この無罪判決で、「両国の関係は改善される」などという楽観的な観測が早くも出ている。しかし、日本側からすり寄る必要は全くない。 韓国は、民主主義国家ではないことが証明されたのだ。今後は、その“根本”に目を向けさせるために、日本は、毅然として「距離」を置き、同じ価値観を共有できるまで、じっと「待てばいい」のである。そのことを日本人は肝に銘じるべきだと、私は思う。

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    「帝国の慰安婦」著者の在宅起訴が招いたリベラル派の分裂

    方、彼女を批判する声明や記事が続いている。評価の高い研究書の著者を起訴した韓国検察の異例の決定は、「慰安婦問題の解決」をめぐって混迷を深めるリベラル派や、韓国世論に微妙な分裂傾向をもたらした。本稿では併せて、韓国の代表的新聞「朝鮮日報」の論調も批判する。(文中敬称略)石橋湛山早稲田大学ジャーナリズム大賞を受賞、表彰状を受け取る朴裕河・世宗大学教授(下川正晴撮影)「和田春樹」の名前がない 日米の学者文化人54人は11月25日、東京で記者会見して「抗議声明」を発表した。韓国では12月2日、本人が記者会見して起訴の不当性を訴える一方、学者文化人152人が彼女を支援する声明を発表したが、逆に、韓国挺身隊問題対策協議会(以下、挺対協)に近いソウル大教授ら7人は、彼女を批判する声明を発表した。 第1回公判は12月14日にソウルで予定されていたが、裁判が単独制から合議制の法廷に切り替わり、直前になって急きょ日程が延期された。 「起訴抗議」声明の賛同人には、ちょっとした異変があった。「慰安婦問題」では常連の和田春樹・東大名誉教授の名前がなかったのだ。「和田さんはどうしたんですか、って問い合わせがだいぶ来た」と関係者が言う。かねてから「親韓親北」性向で知られる和田氏は、慰安婦問題解決のための官民団体「アジア女性基金」の専務理事を務めるなど、この問題に深く介在して来た。なぜ、賛同人から外れたのか? 「和田さんからは、今回は遠慮したい、と言って来た。最近は、挺隊協と不即不離の関係にあり、彼らを刺激したくなかったのではないか」。声明関係者たちは一様に説明した。その和田氏は11月中旬、私的な勉強会で「慰安婦問題の解決は近い。年内解決も望める」と楽観論をぶっていたという。「ちょっと情勢から遊離してると思い、違和感があった」と出席者。奇しくも11月中旬には、韓国挺対協のユン・ミヒャン代表の姿も東京にあった。「ファンドメーキング(資金調達)が主目的」とのことだったが、初旬の日韓首脳会談を受けて、日本政府関係者との接触もあったと見るのが自然だ。 記者会見で「しきり役」だった若宮啓文・朝日新聞元主筆が、事実上の「賛同人代表」と見て良い。彼は記者会見で「現役政治家からも賛同の申し入れがあったが、今回は辞退いただいた。慰安婦問題と関連の深い河野洋平さん(元官房長官)と村山富市さん(元首相)だけにお願いした」と言明した。 田中明彦(東大名誉教授)山田孝男(毎日新聞特別編集委員)という「保守の論客」が賛同人にいるのも、この手の声明では珍しい。「短期間にもかかわらず、幅広い方々から賛同を得られた」(若宮)ということでもあるが、これは『帝国の慰安婦』が、毎日新聞系列のアジア調査会が選定する「アジア太平洋賞特別賞」を受賞したという経緯があるからだ。在米の学者5人が名を連ねたのは、東郷和彦(元ソ連大使)の功績が大きい。京都大教授の小倉紀蔵は、声明の「韓国語版」作りを担当した。賛同人の事務局は、西成彦(立命館大教授)である。反政府紙記者が「頑張ります!」反政府紙記者が「頑張ります!」 記録的な意味も込めて、25日の記者会見の内容をレビューしておきたい。私も質問した。もっとも明晰な発言をしたのは、小森陽一(東大教授)だ。朴裕河の博士論文の審査を担当した因縁があり、この日も『帝国の慰安婦』を読み返した上で、会見に出席したという。「韓国言論の奮起を」促した若宮に対して、反政府紙のハンギョレ支局長が「頑張ります」と答えたのが、新聞ギョーカイ的には面白かった。「朴裕河氏の起訴に対する抗議声明」記者会見(下川正晴撮影)「朴裕河氏の起訴に対する抗議声明」記者会見(11月25日午後3時〜、日本プレスセンター会議室)出席者=若宮啓文(朝日新聞元主筆)上野千鶴子(東京大学名誉教授)中沢けい(法政大学教授、作家)小森陽一(東京大学教授)安尾芳典(共同通信客員論説委員)若宮: 冒頭挨拶(司会者を兼ねる)上野: 声明全文を朗読。小森:「帝国の慰安婦」に、虚偽の事実は見当たらない。以下の3点を述べたい。①韓国検察は一部の表現を全文から切り離し、自らの解釈の枠に当てはめて、著者が意味していない内容を恣意的に読み取り、著者を傷つけようとしている。これはフレームアップに他ならない。②著書は冒頭から文末まで、有機的で多義的な意識をつないで表現した。文学的かつ歴史学的な著作である。韓国検察は本文の一部分を切り取って起訴した。抗議したい。③「虚偽の事実」という検察の認定が、検察官の責任ある判断なのか疑わしい。学問的見識に依拠したと思えない。韓国社会に流通している根拠薄弱な言説や、パク・クネ政権の言説に追従しているのではないか。上野:(慰安婦問題は)占領地における状況、植民地における状況に多様性があり、これが議論の混乱を招いている。私は彼女の主張にすべて賛同している訳ではない。しかし、書物が法廷で裁かれることに違和感がある。個人を特定した訳でもないのに、法の裁きに訴えるのは理解しがたい。若宮:ここに来ている者は、韓国に愛情を持ち、なんとか慰安婦問題が解決してほしいと思っている。いても立ってもおられない気持ちだ。下川:3つお伺いしたい。(1)声明には《同書は河野談話を・・高く評価し》とあるが、当該ページを示してほしい(2)声明の文末近くに《韓国の健全な世論が再び動き出すことを強く期待したい》とあるが、今回、韓国人に声明への賛同を求めなかったのか。(3)起訴について日本の主要紙が社説で批判したようだが、韓国のマスコミはどうなっているのか?小森:『帝国の慰安婦』235ページに言及してある。若宮:日韓共同で抗議声明を出すことも検討したが、今回は日本で先行して行なうことにした。韓国でも呼応してほしい。韓国紙は社説で書いていない。ハンギョレ新聞東京支局長(日本語で):表現の自由をめぐって、いま韓国では「国定教科書問題」「産経支局長の裁判」そして今回の「朴裕河氏の起訴」という3つの問題がある。今回の問題をめぐっては、韓国のリベラルと、日本のリベラルの考え方の差が余りに大きい。日本には法的責任はないという(日本側の)主張は問題だ。上野:マスター・ナラティブ(支配的な考え方)のもとで、多様な考えが表現されにくい。権力が特定の考えを強制するのは、あってはならないことだ。そういう深い憂慮が、今回の抗議声明に集まった。著書は、日本に責任がないとは言っていない。植民地支配について、これほど強く批判した本はない。若宮:韓国からも権力が罰するのはイカンという声が出て来てほしい。ハンギョレ支局長:頑張ります!苦闘する朴裕河の心境苦闘する朴裕河の心境 産経新聞の加藤前ソウル支局長に対する判決は、裁判所の仕事だ。朴裕河さんを起訴したのは検察だ。出国禁止は法務省の判断だ。「韓国側」と言っても、その権限がある部署は分かれている。だから、一様な判定はしにくいのだが、政治的思惑が流入しやすいのが、韓国司法・検察・法務当局の「伝統」でもあった。今回、朴教授が刑事被告人であるにもかかわらず、国外への出国が許可され、法廷が合議制に変更されたのは、法務省、裁判所側が慎重姿勢であることを伺わせる。「朴裕河起訴」が逆に日韓関係で韓国政府の立場を狭める追ことになった検察の決定が、政府首脳部でどう評価されているかは明らかでない。朴裕河氏 朴裕河本人はフェイスブック(ハングル)を通じて、毎日のように、社会的発信を続けている。11月27日の内容(要約)は以下の通りだ。 <朝、私を起訴した検事から電話があった。「電子指紋押捺」のためだった。初めて「犯罪容疑者」になったことを痛感した。万人の非難を受ける事態は今回が3度目だ。昨年6月には、降り注ぐコメントと非難に苦しんだが、もうそんなことはない。2度の経験によって、そのような非難のほとんどは、聴きどころのある意見ではないことが分かったからだ。「朴裕河の本は問題がある」という暗示を大衆に与えた知識人たちの批判こそ、起訴を招いたと私は考える。「知識人の権威」は、時には暴力を誘発する。西欧のメディアが関心を示してくるのが物悲しい。可能であれば、指紋押捺を拒否したい> 朴裕河は12月2日記者会見して、起訴に対する自分の立場を表明した。以下、要約する。会見全文は、http://www.sankei.com/world/news/151202/wor1512020043-n1.html <韓国で(2013年に)発刊された『帝国の慰安婦』は日本に向けて慰安婦問題への関心を促し、問題から目をそらしたり、否定したりする人々と日本政府、(元慰安婦)支援者らの手法と考え方にどんな問題があるのかを分析するために書いたものだ。(中略)支援団体の主張は最初の「軍人が強制的に11歳の少女を連れていった」と言っていたときと、少しも変わっていなかった。私はそうした状況に疑問を抱き、支援団体の主張に問題がないかを検証してみようとした。> <韓国社会には「朴裕河の著作は虚偽」「慰安婦のおばあさんの名誉を毀損した」との認識が広がるようになった。原告側は特に「売春」と「同志的関係」という単語を問題視した。こうした考えは、「売春婦であれば被害者ではない」という考えに基づくものだ。このような職業に少女らが動員されやすいのは今日でも同じだが、年齢、売春とは関係なく、その苦痛は奴隷の苦痛とは異ならない。慰安婦を単なる売春婦だといって責任を否定する者や、売春婦ではないとし、「少女」のイメージに執着する者は、売春への激しい嫌悪と差別感情を持っている。「虚偽」だと否定する考えも同様といえる。重要なことは、女性らが国家の利益のために故郷から遠く離れた場所に移動させられ、苦痛の中で身体を毀損されたという事実だけだ。> <私は著書で、日本に責任があると言っている。同じ戦地に動員した日本軍の朝鮮人に行った保障、生命と身体の毀損に対する保障制度を、日本人女性を含む貧しい女性らのためには作らなかった。これは近代国家の男性主義、家父長的な思考、売春差別によるものだと記した。これは近代国家のシステムの問題であり、こうした認識に立脚し謝罪と補償の必要があると述べた。日本で過分な評価を受けることになったことを、私はこうした考えが受け入れられた結果だと思っている>「時代を記録した」朴裕河への授賞 早稲田大ジャーナリズム大賞の授賞式で、審査員を代表して鎌田慧(ルポライター)が、次のように『帝国の慰安婦』に対する講評を述べた。真っ当な選評である。 <「従軍慰安婦と軍隊」という関係からではなく、「帝国主義」という枠組みの中で、人間の精神がどうなっているのか、という問題を掘り起こしてきた作品です。ほとんどの委員が本作品を推薦しました。これははっきりと申し上げたいのですが、選考委員は政治的な意図を持って賞を与えたわけではなく、選考委員の満場一致で授賞を決めたのです。歴史は記録をいろいろな教訓として整理してしまう、それをもう一度掘り起こして腑分けしてゆく、という冷静な作業が、得てして感情的な記録を作りたい人からは「冷静すぎる」と批判されるのではないか、と思います。この作品は、今後の日韓関係の中に自立している本だと思います。歴史的な作品に賞をあげることができ、嬉しく思います。また本賞にとっても、初めての外国人の授賞者です。>早稲田ジャーナリズム大賞の授賞式(下川正晴撮影) 朴裕河は、次のように挨拶した。 <物議をかもしたパク・ユハです。(韓国から)出て来れるか分からなくて、昨日の朝も検事に確認しました。入国カードを書いていて、刑事判決を受けたことがあるかという項目に気付いて、ぎょっとした。無事にこうして出て来れて、ご挨拶できるのがうれしい。感謝申し上げます。> <以前「和解のために」を書いた時も、日本の味方か、と言われたりした。早稲田で(大学院修士過程)勉強したし、賞を頂いて嬉しい。特に、こういう状況なので早稲田からの賞は毎日新聞(アジア調査会「アジア太平洋賞」)より嬉しかった。一般の人にも読んでほしい、と思い、学術書ではなくて、(『帝国の慰安婦』は)こういう一般書の形にした。「ジャーナリズム」について考えた。コミュニケーションという意味もある。そのコミュニケーションが韓国内ではうまくいかなかった。1年半前に告訴され、3週間前に起訴された。「和解のため」に以来、ファクトを重視し、歴史に向き合う姿勢を重視して来た。そういう問題に関する知識人の姿勢を検証しようと思っていたら、こういう事態に巻き込まれて行った。> <慰安婦を愛した日本人もいた。そういう事柄を単なる「例外」とせず。きっとりと位置づける作業を行い、また、私は「アジア女性基金」を高く評価意した。そういったことを韓国民に伝えたかった。大勢の考え方に抵抗する例外的なものを大切にしたい。授賞、ありがとうございました。>安倍首相も認めた「日本の責任」 ここで読者の皆さんに、誤解のないように言っておくが、朴裕河自身も「(慰安婦問題は)日本に責任がある」と言っている。これは、実は、安倍首相も認めていることだ。すでに2007年4月の訪米時点から、この点は明確なのだ。 <安倍晋三首相は26日からの初訪米を控え、米ニューズウィーク誌とウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューに応じた。首相は従軍慰安婦問題について「当時の慰安婦の方々に心から同情するし、日本の首相として大変申し訳ない」と改めて謝罪。「歴史に常に謙虚でなければならない。慰安婦として存在しなければならなかった状況について、われわれは責任があると考えている」と述べ、軍の関与を含め日本側に責任があるとの認識を表明した。(2007年4月21日、時事通信)>異様な「朝鮮日報」報道の背景 戦後補償に関する日本の「法的責任」は、1965年の日韓請求権協定で、「完全かつ最終的に解決」している。その後に浮上した慰安婦問題に関しても、アジア女性基金による人道的措置としての「償い金」「首相の謝罪書簡」「医療補助」によって解決するというのが、日韓両政府の当初の合意だった。それを韓国側が挺対協の強硬路線に押されて、勝手に「ゴールポストを動かして来た」というのが、この間の経緯なのである。 こういう経緯は、実は、一部の韓国人記者もよく了解していることだ。産経新聞の黒田勝弘(ソウル駐在客員論説委員)は、2012年4月6日の「週刊ポスト」で、韓国の夕刊紙「文化日報」からインタビューを受けた時の経験を、次のように紹介している。 <「文化日報」の記者には30分以上にわたって慰安婦問題の経緯と筆者の考えを懇切に説明してあげた。その結果、紙面には「慰安婦問題がまだ解決しないのは韓国のせい/日本は補償金を準備し謝罪するも韓国受け入れず」という見出しで、珍しく筆者の話が正確に紹介されていた。李大統領は日本に謝罪を要求しているが、日本は首相の手紙をはじめすでに謝罪を繰り返してきたこと、問題解決は韓国の支援団体の反日強硬論でチャンスを逃したことなども出ていた。そして外交問題には100%の勝利はない、51対49くらいの差でおさめるものという話も紹介していた。大統領の外交音痴に比べると、この記者がはるかにまともである。>異様な「朝鮮日報」報道の背景 朴裕河の12月2日の会見に同調して、韓国の192人の学者文化人が同日、検察の起訴を批判する声明を出した。日本と同様に「起訴不当」の声が韓国でもトレンドになりつつあるのか? イヤ、彼らは依然として少数派である。 3日の朝鮮日報は「朴裕河会見」を、文化面の右下で小さく報道した。朴教授への批判派の声明も併記し、客観報道の形をとって、自社の見解表明は回避した。記事は以下のような具合だ。 <朴教授の著作を支持したり、批判する2つの知識人集団が同時に声明を発表した。両方のグループは、調査研究の著作について、法廷で刑事責任を問う方式は適切ではない批判したが、各論では異なった立場を示した。> 客観報道の体裁をとって、新聞社としての見解表明を回避した記事だ。朝鮮日報の「本音」は10日になって掲載された。「『朴裕河起訴問題』を読み違える韓日の有識者たち」と題するコラムで明らかになった。筆者の肩書きは「李先敏・先任記者」。彼の過去記事をたどってみると、歴史問題に関心のある記者のようだ。 <今回の事態の対立構図は「公権力」対「朴裕河」ではなく、「元慰安婦」対「朴裕河」だ。朴裕河教授に対する捜査は検察や警察が自ら始めたわけではない。まず元慰安婦らが朴裕河教授を訴え、出版・販売禁止仮処分を申請した。仮処分に関して裁判所は著書の一部表現が名誉を毀損していると認め、削除を指示した。そして検察は一部記述が人格権と名誉権を侵害しているとして在宅起訴した。告訴があった以上、検察は法的手続きに基づく判断や処理を回避することはできない。それに、朴槿恵大統領は公の立場にある人物であり、元慰安婦はそうではない。加藤前支局長を告発したのは第三者である保守系団体だ。一方、朴裕河教授を告訴したのは当事者たちであるため、二つの事件を同じ性格と見なすのは妥当でない。> <懸念されるのは、日本で朴裕河教授が韓国の「良心」を代表する有識者と見なされることだ。朴裕河教授は日本文学研究者であって、誠意を持って慰安婦問題を取り上げているにしても限界がある。『帝国の慰安婦』も本格的な学術書というよりは自身の考えを書き留めた散文集に近い。日本のメディアや有識者たちが同問題の歴史的・法的・社会的文脈を深く研究してきた韓国の専門家たちの意見を退け、耳を傾けやすい朴裕河教授の考えを取り上げれば、問題はさらにこじれることになる。今回の事態が韓日関係に否定的な影響を及ぼすことのないよう、慎重なアプローチをお願いしたい。>「朴裕河起訴」問題を取材しながら、考えた このコラムは民事事件と刑事事件を混同しているのが、一目瞭然だ。その上で、「学問の自由」に対する「権力の介入」を擁護しているのである。李記者は、朴裕河ケースでは慰安婦たちの告訴があったから、検察は対応せざるを得なかったのだと言う。では、お聞きしたい。産経の加藤支局長ケースでは、当事者のパク・クネ大統領からの告訴があったのか!? その刑事立件の際、あなたはコラムを書いたのか? 書いてないでしょう。では、今度だけ何故書くのか? このコラムは、司法・検察の判断頼りの原稿である。 彼の朴裕河攻撃の言葉遣い(「散文集」とか)が、朝鮮日報幹部夫人のソウル大教授ら批判派の口まねであることも、私には奇異に映る。ちなみに、このソウル大学教授とは鄭鎮星・元挺対協代表である。彼女は「日本軍の性奴隷制」(論創社、2008年)という著書も出版した慰安婦問題の専門家だ。12月2日に「朝鮮日報」の報道ウォチィングに際して、留意すべき点であろう。「朴裕河起訴」問題を取材しながら、考えた 2日にソウルで発表された「朴裕河批判」の声明には、金富子(一橋大学教授)ら数名の日本在住の朝鮮研究者の名前もあった。しかし従来だと、この手の「慰安婦問題声明」に名前を連ねていた主要な日本人研究者たちを、私は発見できなかった。朴裕河に対する検察の起訴処分は、これらの学者の「足並みの乱れ」を招いているのは、間違いない。 日本プレスセンターでの「起訴抗議」会見や、朴裕河の「早稲田大ジャーナリズム大賞」受賞を取材しながら、いくぶんかの「違和感」があった。 例えば、世話人代表者格と言って良い若宮啓文(朝日新聞元主筆)の記者会見での発言。「ここに集まった者たちは、みんな韓国を愛している者ばかりです」。こういう自己弁明的なことを言う必要があるのだろうか。 「彼女の著作に全面同意している訳ではない。しかし韓国検察が彼女を起訴したのは、学問の自由への侵害であり、断固として抗議したい」。このような論調も周辺に見られるようだが、これもおかしい。二つの事実認定の間のバランス比定を間違っているからだ。「学問の自由」への侵害を、満身の怒りを持って抗議すれば良いのだ。   韓国にはかつて「多くの朴裕河」がいた。韓国内の多数派言説に「異議」を唱えて、社会から排除された人たちだ。私がソウルで著書を発見して、日本の出版社に紹介した「キム・ワンソプ」もその一人だ。彼は今回と同様に「名誉毀損」で起訴されたが、日本の進歩派学者知識人からは「抗議声明」もないまま、逆に「歴史修正主義者の同調者」と烙印を押されて非難された。「リベラル派」まで韓国批判に血道をあげる(自己弁明付きで)ようになったいま、あえて苦言を述べておきたい。

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    「帝国の慰安婦」検察当局を動かした韓国支援団体の正体

    水野俊平(北海商科大学教授) 韓国のソウル東部地検は11月19日までに、旧日本軍の元従軍慰安婦問題の研究書・『帝国の慰安婦』において元慰安婦女性らの名誉を毀損したとして、著者の朴裕河・世宗大教授を在宅起訴した。一連の事態の流れを整理し、あわせて報道だけでは知ることができない韓国内の雰囲気についても触れていこうと思う。韓国内の雰囲気を理解しなければ、一連の事態の背景にあるものが見えてこないからである。 まずは事態の流れから見渡していく。『帝国の慰安婦』(韓国語版)が出版されたのは、2013年8月であった。出版当初は著書に対する批判は少なく、むしろ好意的な評価がほとんどであった。ところが、昨年6月、元慰安婦女性9人が、『帝国の慰安婦』によって自らの名誉が毀損されたとして、同書の出版差し止めと損害賠償を求めて提訴する。朴教授と著書が批判にさらされるようになったのは、この提訴の後であった。この訴訟は、実質的には元慰安婦女性が集団で居住する施設「ナヌムの家」の所長が中心になっている、と朴教授は語っている。さらに朴教授は「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」も同様の訴訟を検討した形跡がある、とも述べている。この団体は元慰安婦女性への謝罪と補償を求め、ソウルの日本大使館前で毎週集会を開いている団体である。今年の2月にソウル地裁は、原告である元慰安婦女性の訴えを部分的に認め、『帝国の慰安婦』の内容のうち34カ所の削除を求める仮処分を決定した。朴槿恵大統領が死去した元慰安婦に贈った花輪=韓国・広州市のナヌムの家 また、今年4月から10月までの原告と被告との刑事調停が不成立となった結果を受けて、11月18日、ソウル東部地検は『帝国の慰安婦』の内容が元慰安婦女性の人格・名誉を著しく毀損し、学問の自由を逸脱したと判断し、朴教授を名誉毀損罪で在宅起訴した。これに対して日韓の政治家や研究者から起訴を憂慮する声明が発せられもした。 まず、理解しておかなければならないのは、韓国では元慰安婦女性の発言や意思、元慰安婦女性の支援団体の方針に反する主張は社会的にほとんど容認されない、ということである。 もちろん、韓国でも言論の自由は保障されているから、そうした主張を行うこと自体は自由である。しかし、その結果、日本に利する発言を行った「親日派=売国奴」と認定され、糾弾の対象になるだけではなく、民事・刑事上の責任を問われて訴えられる恐れもあるのである。少なくとも、このこと自体を否定できる韓国人はいないはずである。過去に起こった事例を振り返ってみれば、それは明らかだからである。意に染まない発言をすれば「売国奴」呼ばわり 2004年、タレントの李丞涓が慰安婦を題材とした自らのヌード写真集の制作を行ったことから、元慰安婦を支援する市民団体から「苦痛を受けた」と非難され、写真集の販売を中断、ナヌムの家(元慰安婦女性が生活する施設)を訪問して元慰安婦女性に謝罪し、芸能活動を中断するという事件が起こっている。2012年4月、お笑いタレントの金(キム)グラがインターネットラジオ放送で「娼婦たちが貸し切りバス2台に分かれて乗っているのを見て、過去の従軍慰安婦を見ているようだった」と述べたことが明らかになり、一時、すべての放送から降板するという事件が起こっている(その後、元慰安婦女性への謝罪・奉仕活動を経て、芸能界に復帰)。 李丞涓のケースはどう見ても元慰安婦女性を商業的に利用しようとするものであったし、金グラのケースは元慰安婦女性ばかりか性風俗に従事する女性までをも貶める暴言であったから、批判の対象になるのは当たり前であった。しかし、事件の当事者が一時的にせよ恒久的にせよ、芸能活動を中断することを余儀なくされ、元慰安婦女性に対する直接的な謝罪がなされるまで糾弾と批判がやまなかったことは、韓国においてこの従軍慰安婦問題がどのように認識されているかを端的にあらわしていると言えよう。 また、ソウル大学校の李栄薫教授は2004年9月に行われた韓国のテレビ討論番組で「朝鮮戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村(風俗街-引用者)に対する韓国人の反省と省察がない」、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員した事実はない」、「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」という趣旨の主張を行い、これが騒動となった。李教授の発言の後、韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」という声明を出し、李教授の辞職を要求した。李教授は辞職に追い込まれることはなく、告訴されることもなかったが、元慰安婦女性の前で土下座して謝罪と釈明を行わざるを得なかった。 言うまでもないことであるが、李教授は「日本の右翼(極右)」などではない。李教授の著書を読めば分かるように、李教授は朝鮮に対する日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本を免責しているわけでもない。「日本の右翼(極右)」ならば、間違っても著書にそうしたことを書かないだろう。しかし、従軍慰安婦問題に対して、元慰安婦女性や支援団体の意に染まない発言をした場合、容易に「日本の右翼(極右)=売国奴」と認定され、糾弾の対象となるということは認識しておく必要がある。一市民団体が慰安婦問題で事実上の拒否権を持った こうした事情があるため、挺対協をはじめとする支援団体は民間団体でありながら、従軍慰安婦問題に関して大きな影響力を持っている。毎日新聞元ソウル支局長の澤田克己氏は、その著書である『韓国「反日」の真相』(文春新書)の中で、2012年に日本国政府が韓国政府に提示した解決策に対し、韓国外交部は「日本の国家責任を認めていない案を被害者と関連団体が受け入れるとは思えない」として拒否したと述べている。ここで述べられている「関連団体」が「挺対協」をはじめとする支援団体を指す。澤田氏は「一市民団体であるはずの挺対協が、事実上の拒否権を持つにいたったということだ。ただ、民主化以降の韓国社会の動きを考えて見ると、それは必然の流れのように思える」と述べている。 朴教授も前述の李教授の場合と同様、日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本政府の主張を支持しているわけではない。しかし、かといって韓国政府の主張に同調しているわけではないし、挺対協の主張を支持しているわけでもない。このことは教授の著書やフェイスブック上にUPされた教授の主張を読めば誰でもすぐに理解できるだろう。例えば、朴教授がネット上で公開した「帝国の慰安婦-植民地支配と記憶の闘い(要約)」には次のように書かれている。 朝鮮人慰安婦の一部は、最前線においても行動を共にしながら、銃弾の飛び交うような戦場の中で兵士のあくなき欲望の対象になり、銃撃や爆弾の犠牲になるような過酷な体験をした。つまり、たとえ契約を経てお金を稼いだとしても、朝鮮の女性たちをそのような境遇においたのは「植民地化」であった。したがって、朝鮮人慰安婦に対する日本の責任は、「戦争」責任以前に「植民地支配」責任として問われるべきである。 朴裕河教授の主張の特徴は、従軍慰安婦問題における韓国政府の対応や支援団体である挺対協の主張にも批判を加えている点である。特にアジア女性基金からの償い金受け取りを妨害したこと、償い金を受け取った元慰安婦女性を背信者として排斥したこと、挺対協が日本に対して主張している補償要求の内容が根拠と実現性に乏しいことを批判している。また、ソウルの日本大使館前に建てられた従軍慰安婦像と関連して、「(慰安婦の銅像が)韓国に好意的だった日本人にも韓国に背を向けさせ、無関心にさせた」と批判してもいる。 さらに、朴教授は従軍慰安婦に関して韓国社会一般に信じられている誤った俗説についても検証し、批判を加えている。例えば、韓国では「強制的に従軍慰安婦にさせられた女性が20万人だった」と広く信じられているが、これについて次のように述べている。 「20万」という数字は、日韓を合わせた、「国民動員」された「挺身隊」の数だったことが、1970年頃の韓国の新聞記事から推測可能だ。新聞は、日本人女性が15万、朝鮮人が5~6万、と言及している。こうした誤解も手伝ってその後そのまま「慰安婦」の数と理解されてきたものと考えられる。しかもその「慰安婦」の全てが必ずしも「軍が作った」「軍慰安所」にいたわけではないことはこれまで述べてきた通りである。慰安婦問題「解決」前提の「真相究明」も遠ざかる 韓国において、従軍慰安婦とはあくまで日本の官憲に強制連行された「性奴隷」であり、その総数は20万人である、というのがゆるぎない「常識」である。そして従軍慰安婦問題の「解決」が膠着状態にあるのは、全面的に日本政府の責任であり、日本政府が誠意ある態度を見せないからだという論調が大勢を占めている。そうした韓国において、朴教授の主張は非常に挑戦的なものであり、従軍慰安婦運動を主導してきた支援団体にとって、座視できないものであっただろう。朴教授を起訴した検察も支援団体や韓国内の一般世論を無視できなかったことは容易に想像がつく。 今回の朴教授の起訴に対して、日韓両国では「言論の自由と学問の発展を阻害する」という憂慮の声が上がっている。しかし、より直接的な影響として、従軍慰安婦問題に関する自由闊達な論議を委縮させる、という結果を生むことは確かだろう。つまり「もの言わば唇寒し」といった状況である。従軍慰安婦問題の「解決」があるとするならば、その「解決」の前提になるのは「真相究明」であろう。 かつて、「河野談話」の前提となった日本政府による「調査結果」の内容が、日韓の政治家の「協議」によって決められた、という経緯があった。このような「調査結果」は到底、真の「真相究明」とは言えない。本当の意味での「真相究明」のためには研究者の真摯で公平な研究姿勢と、客観性と普遍性を備えた研究結果が不可欠である。一般に信じられている俗説を批判したり、持論が特定の民間団体の主張と合致しないという理由だけで売国奴呼ばわりされるのであったら、誰しもそうした研究に尻ごみせざるを得ないだろう。ましてや刑事告訴される可能性があるというのでは、なおさらである。 韓国国内ではそうした状況は広く一般に容認されるであろうが、日本ではそうではない。今回の朴教授の起訴は、これまで従軍慰安婦問題の「解決」を願ってきた日本人からも関心と意欲を失わせ、「真相究明」を彼岸のかなたに押しやってしまう、という否定的な効果を生む恐れがあるのである。

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    「帝国の慰安婦」で騒ぎ立てる韓国の反日病

    著書「帝国の慰安婦」で元慰安婦の名誉を傷つけたとして在宅起訴された韓国の朴裕河・世宗大教授の刑事処分をめぐり、韓国社会が揺れている。14日に予定された初公判は延期となったが、検察当局の司法判断には韓国メディアからも非難の声が上がる。韓国に根付く「反日病」に変化の兆しはあるのか。

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    「帝国の慰安婦」著者が在宅起訴 異論許さぬ韓国の言論空間

     本に事実を書いただけなのに、裁判所から差し止めの処分を下され、捜査当局から追及を受ける──韓国では今、そんな事態が起きている。 「元慰安婦の名誉を毀損した」という罪で、韓国・ソウルにある世宗大学の朴裕河(パク・ユハ)・教授が11月18日、ソウル東部地方検察庁に在宅起訴された。 名誉毀損罪と見なされたのは2013年に韓国で発売された朴教授の著書『帝国の慰安婦』(邦訳版は2014年に発売、朝日新聞出版刊)の記述だ。 同書については昨年6月、元慰安婦9人が「虚偽の事実を記載して名誉を毀損された」として出版差し止めの仮処分請求を起こし、ソウル東部地裁は今年2月、「34か所の文言を削除しない限り出版を差し止める」との決定を下していた。 その後は裁判所が問題だと“認定”した部分の文字を伏せるなどして店頭に置かれていたが、ついに韓国検察が起訴に踏み切ったのだ。 恐ろしいのは、朴教授が著書で間違ったことなど書いていないことだ。たとえば、今回問題とされている箇所に以下のような部分がある。産経新聞ソウル支局長が出頭した韓国のソウル中央地検 〈朝鮮人慰安婦の苦痛が日本人売春婦の苦痛と基本的に変わらない点をまず知る必要がある〉 貧困などを理由に体を売らなければならなかった当時の女性の苦難に等しく寄り添うべきとする考え方で、至極まっとうに読めるが、それが「名誉を毀損」と判断される。 また、〈少なくとも『強制連行』という国家暴力が朝鮮の慰安婦に関して行なわれたことはない〉という部分も問題だとされた。これも、朴教授が史料と丹念に向き合った結果、導き出されたものだ。産経新聞ソウル駐在客員論説委員の黒田勝弘氏が解説する。 「『帝国の慰安婦』は綿密に史料を研究し、多様な事実を掘り起こした学術書です。韓国では旧日本軍による強制連行はあったということが通説になってしまっていますが、彼女は“歪められた事実が子々孫々まで残るのは耐えられない”として研究を続けてきた。 注目すべきは、彼女がそうした研究をした上で、“やはり日本政府には責任がある”と主張していることです。途中の記述がどうであれ、彼女の結論は、日本の植民地時代に慰安婦がいたのだから日本政府に責任がある、としています。決して日本を免責しようという考えではないのです」 浮かび上がるのは少しの異論も許さない韓国の言論空間の姿だ。研究者の発表作品を批判するなら、論文・論説でやるのが普通に思えるが、あろうことか検察や裁判所までもが「封殺」に荷担するのだ。 昨年8月、産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長が執筆したコラムが朴槿恵・大統領への名誉棄損の疑いにあたると在宅起訴され、出国禁止措置を受けた問題とも同根に見える。検察側は公判で懲役1年6か月を求刑しているが、裁判所は判決公判を11月26日から12月17日に延期。判決内容に注目が集まっている。 懸念されるのは、韓国では「法の番人」であるはずの裁判所が、およそ法に基づいて判断しているとは思えないケースが数多くあることだ。関連記事■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 毎週行われる韓国の慰安婦デモ 反日の組織力と執拗さすごい■ 韓国で「慰安婦は売春婦と認めよ」と主張の署名サイトが出現■ 韓国国民 何よりも恐れているのは「親日派」のレッテル貼り■ 反日パフォーマンスやった李明博氏に国賓訪問あり得ぬと指摘

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    加藤前支局長と朴教授のケースにみる韓国の言論の自由の危機

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) 韓国の自由な議論の環境が損なわれつつあるという懸念があります。韓国は1990年代に民主化を進め、以前の軍の独裁的な政権から大きく変わりました。自由主義国というにふさわしい国になったか、と思っていました。そして経済発展も遂げ、先進国のグループへと入ってきました。 しかし最近の2つのケースはそうした韓国のイメージを大きく壊すものですし、韓国における言論の自由を憂うものです。 まずは、産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長の逮捕の問題です。加藤前ソウル支局長は韓国の朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして名誉毀損罪に問われています。しかし記事の内容などを見ると、海外メディアがこの程度のことを書いて逮捕されるとすると、言論の自由の視点から大きな問題です。これではメディアは政府、あるいは政府関係者の批判めいた記事を書くのにためらってしまいます。これではメディアの機能を果たせなくなります。この裁判の判決公判について、ソウル中央地裁は予定されていた11月26日の期日を12月17日に延期したことが報道されています。中央地裁は、期日延期の理由について「記録や海外の判例などを、より慎重に検討する必要があるため」としています。「政治的配慮」がありそうです。なんにしてもこの逮捕はメディアの報道の自由の視点から大きな問題があります。ソウル中央地裁に入る加藤達也・産經新聞前ソウル支局長(左から2人目)=2015年10月19日、韓国・ソウル(大西正純撮影) もう一つは韓国・世宗大の朴裕河教授が元慰安婦に対する名誉毀損の罪で在宅起訴された件です。これは歴史家の中でも見解が分かれるところです。というよりも研究がさらに進められる必要のある分野です。政治的にもなっているケースですから、慎重に学問の世界での議論を待つ必要があります。そこにいきなり在宅起訴となると、学問の自由も限定されることになります。朴教授が「帝国の慰安婦」において慰安婦を「自発的な売春婦」であったかのように記述していることが「学問の自由を逸脱した」とソウル東部地検は結論づけています。ここまでくると、さすがにやりすぎです。 韓国の言論の自由度が問題とされています。メディアと研究者は時の政治権力者の事業や考えなどにもチェックを入れる役割を担います。それが許されない社会となると、誰がチェックするのか。今回のケースをみると、検察や司法も一体に近い形で動いているようにみえます。 産経新聞の加藤達也前ソウル支局長の件に関しては、国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(本部パリ)は加藤前支局長に懲役刑を科さないよう求める声明を発表しています。国際的な問題ともなっています。 朴大統領がセウル号沈没の時にどのような行動をしていたかは、別の形で明確にすべきですし、もし、加藤氏が書いたことに過ちがあるなら、訂正の記事を書くべきでしょう。しかし、それで起訴されるようでは問題です。 慰安婦がどれだけ日本の国家から強制されていたかも、学問の分野で明らかにしていくべきものでしょう。見解によって分かれるだけに慎重に進める必要があります。 こうした一連のケースは問題をさらに複雑にするだけのように思います。言論の自由を確保する中で、本質的な議論が行われるべきです。(「児玉克哉のブログ『希望開発』」より2015年11月23日分を転載)

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    慰安婦問題とは切り離して考えよ 韓国社会の「悩み」は日本と同じ

    これに対して即刻、日本の知識人を中心とした抗議声明が発表され、私も賛同者の一人となった。 この著書が慰安婦問題に関わるだけに、この問題はどうしても慰安婦問題それ自体として混同されがちである。しかし、この問題と慰安婦問題とは切り離すべきだと私は考える。たとえ1965年の日韓請求権協定における「完全かつ最終的な解決」という合意があるとしても、2005年慰安婦問題は「未解決」という立場を韓国政府は明確にし、さらにアジア女性基金も韓国の政府、社会では満足すべき解決として受け止められなかったことを勘案すると、この問題に関して日韓両政府が交渉によって何らかの前向きな対応をさらに模索するべきだと私は考える。そうすることが、慰安婦としての過去に起因して非常に困難な人生を歩まざるを得なかった「ハルモニ」たちへの「慰謝」の意思を示すとともに、過去の「加害」の歴史を反省し人権問題に積極的に取り組むという日本の姿勢を国際社会に向けてより一層明確にすることで、日本の威信を高め国益にも資すると考えるからである。幸い安倍政権もこの問題を「戦時下女性の人権侵害」として位置づけ、前向きに取り組もうとしている。 朴裕河氏をめぐる今度の問題に関して私が憂慮するのは、慰安婦問題に関して韓国の主流とは異なる見方を採る朴裕河氏を、日本社会、しかも従来慰安婦問題などに関しても前向きな姿勢を示してきたリベラルな勢力が支援することにより、慰安婦問題をめぐる日韓の亀裂をさらに深める危険性を内包することである。「慰安婦問題に関して日本側の肩を持つ朴教授を韓国政府は弾圧している」というような「誤解」を与えないようにすることが必要である。そうした構図を作り出すことは、朴裕河氏の意図と全く反することになるだろうし、慰安婦問題の解決にも寄与しない。韓国の国会前で国定教科書導入に賛成する保守団体のメンバーら=2015年10月12日、ソウル(聯合=共同) したがって、この問題を韓国社会、さらには日韓を横断する人権、民主主義の問題として考えるのが合理的で妥当だと考える。最近の韓国では、韓国の最左派政党である統合進歩党の解散、産経新聞前ソウル支局長の在宅起訴とそれに伴う出国禁止措置(現在は解除され帰国)、歴史教科書の「国定」化、そして朴裕河氏に対する刑事告訴という4つの問題に象徴されるように、少なくとも外から見ると韓国の人権や民主主義にとって憂慮すべき一連の事件が起こっている。この4つの問題は韓国国内では別々の問題であるとして連携して取りあげられていないように思うが、社会における価値観の対立を「市民社会の熟議」や「市場の淘汰」という自律的メカニズムに任せて解決することを放棄し、政府が介入して国家としての「正しい価値」を植え付けるという共通点を持っている。 そうした現状に対して、日本では、韓国は「言論や学問の自由を弾圧し、民主主義とは言い難い」という極端な批判も提起される。そして、そうした批判の背景には「自国の人権さえ尊重しない韓国が、慰安婦問題などで日本を批判する資格があるのか」という含意がある。また、1970年代80年代、韓国の政治体制に対して、日本が「上から目線」で韓国の非民主性を批判したという「苦い過去」を想起する人がいるかもしれない。日韓共通の「悩み」で再び協力し合える好機を 私は、1980年代後半、多くの人々が自ら犠牲を厭わず闘い民主主義を勝ち取るという、韓国の民主化を現場で目撃した。日本のように「敗戦と占領」によって与えられたのではない、勝ち取った民主主義を心底羨ましいと思った。そのようにして勝ち取ったはずの民主主義と、最近韓国で起きている一連の出来事との間には大きな距離感を感じる。勝ち取った民主主義をどのように運用するのか悩みもがき苦しむ韓国の姿をそこに見るからである。韓国は北朝鮮と対峙する分断国家であるために「反共」が実質的な国是となっている。また、日本による植民地支配に起因する「反日(これは現在の日本に対する反日ではなく、歴史上の日本に対する反日という意味)」も国是になっている。 そうした点からして、韓国社会に許容された政治空間は、日本のそれと比較すると相当に狭い。この4つの問題は、制約された政治空間における民主主義がいかに「しんどい」ものであるのかを顕著に示している。そうした制約、「タブー」が存在する社会は、何かしら不自由さを感じ、それに敏感な人には「生きにくい」社会にならざるを得ない。私はそうした制約は民主主義とは合致しないので即刻取り払えと言うつもりはない。どのような民主主義であっても固有の制約はあり、それを前提とした民主主義のあり方を模索することは可能だと考える。しかし、そのためにはそうした制約と民主主義との緊張関係を常に自覚する必要がある。昨今の韓国社会は、ともすれば、こうした緊張関係への自覚が十分ではないように見える。今回の抗議声明は、同様な「悩み」を共有する日本社会が、そうした「悩み」を共に考えてみようと提案したものだと考えるべきだろう。 幸い、韓国社会でも、慰安婦問題に関する朴裕河氏の業績に関する評価の違いを超えて、多くの人たちが憂慮を示した。韓国の人たちも、そうした「悩み」を共有していると実感することができた。この問題が慰安婦問題をめぐる日韓の溝の深さという全く別の問題にすり替えられてしまうのを防ぐことには一旦成功したように思う。これからは、こうした制約の下での民主主義をいかに活性化させるのかという日韓共通の「悩み」を日韓両社会がどの程度共有し、その取り組みに関して協力していけるのかが問われる。 日韓は構造変容を経験してますます類似度が増しつつある。類似することは一方で共感部分も増大するが、他方で競争部分も増大することにより関係悪化を招来することがしばしばありうる。今回の一件を、民主主義や人権に関わる問題が日韓で共有されるべき問題であり、しかも、その「悩み」を共有し「悩みの解消に向けたヒントを提供し合える、また協力し合える」そうした関係を構築するための好機として利用していけるのではないか。 実際に、国交正常化以後の50年の日韓関係の蓄積は、そうした関係を構成するのに十分な実績を残してきたはずである。北朝鮮の圧倒的優位の下で「朝鮮半島の共産化統一」の可能性を恐れていた状況が、この50年間、日韓の経済協力、外交協力などによって、南北体制競争は韓国優位へと劇的に転換し、もはや体制競争とは言い難い状況である。これは日韓協力の貴重な実績であり日韓双方がもっと自信を持ってよい「資産」である。そうした評価に基づいて、現在日韓両社会が共有する「少子高齢化」などの「共通の悩み」、また、中国の大国化という外からの「大きな挑戦」にどのように立ち向かうのか、知恵を出し合わなければならない課題が日韓には山積している。

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    朴裕河氏起訴で「学問の自由」を擁護しない韓国紙の異様

    室谷克実(ジャーナリスト) 韓国の政権はつまるところ、最強の対日攻撃兵器である「慰安婦問題」を手放したくないのだ。攻撃兵器として維持するためには、朝日新聞の大誤報と、政治的妥協による「河野談話」をもとに、韓国の官民が一体となって創り上げた“慰安婦の虚像”が毀損されては困るのだろう。 韓国の検察当局が、史料を基づいて慰安婦の実像に迫った学術書『帝国の慰安婦』(日本語版・朝日新聞出版)の著者で、世宗大学の朴裕河(パク・ユハ)教授を、元慰安婦に対する名誉毀損罪で在宅起訴したのは、まさに虚像を守るためだ。 「学問の自由」に関わる今回の起訴について、韓国の主要新聞が社説で取り上げないのは、なぜだろうか。ここで「学問の自由」を擁護する社説を書いたら、「親日新聞」と攻撃されるのが目に見えているからだろう。しかし、新聞が“沈黙は金”を決め込む国家が行きつく先は全体主義だ。 社説には取り上げないが、一般記事としてはもちろん報道している。 最も詳しく報じたのは左翼紙のハンギョレ新聞(2015年11月20日)だった。この件に関しては、検察支持の立場だ。検察が虚偽の事実だと判断した部分も列挙している。以下、抜粋する。 「朝鮮人慰安婦の苦痛が日本人娼妓の苦痛と基本的に変わらないことをまず知る必要がある」 「『慰安』は、過酷な食物連鎖構造の中で、実際にお金を稼げたものは少なかったものの、基本的には、収入が予想される労働であり、その意味では『強姦的売春』だった。あるいは『売春的強姦』だった」 「ホロコーストには『朝鮮人慰安婦』の持つ矛盾、つまり被害者でありながら、協力者という二重の構図はない」 「少なくとも“強制連行”という国家暴力が朝鮮の慰安婦に対して行われたことはない」ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦問題を表す少女像=12月2日(共同) 朝日新聞が問題の発端となった記事を取り消したのに、韓国の検察は「“強制連行”が行われたことはない」とする記述を“虚偽”と判断した。つまり、依然として“強制連行された慰安婦”という虚像にしがみついているのだ。 ハンギョレの記事はこう説明している。 「検察は、国連の調査資料と韓国憲法裁判所の決定、米国連邦下院決議、日本の河野談話など、客観的な資料を収集して朴教授の本と比較分析した結果…虚偽の事実に当たると明らかにした」 なんだ、大もとは朝日新聞ではないか。同社の子会社が『帝国の慰安婦』を出版しているのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりなのだろうか。 もはや多くの日本人は、慰安婦問題に関する韓国の言動を「まともな攻撃」とも受け止めていない。「まだ、言っているよ」と、お笑いの種にすらなりつつある。 が、韓国の政権は、対日攻撃兵器は依然として有効だと信じている。それを保持するため、従北派が主導権を握る元慰安婦支援組織に振り回され、自由と民主主義の価値観から、さらに一歩一歩と遠ざかりつつある。不幸な国だ。むろたに・かつみ 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活動に。主な著書に「韓国人の経済学」(ダイヤモンド社)、「悪韓論」(新潮新書)、「呆韓論」(産経新聞出版)、「ディス・イズ・コリア」(同)などがある。 

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    豪州発 日本人よ目覚めよ! 慰安婦像計画完全阻止を緊急報告

    戦中には、20万人以上の女性が、いわゆる慰安婦と呼ばれる性奴隷にされた」と書いてある。つまり、強引に慰安婦問題を今日の家庭内暴力に結び付け、女性の人権全般の問題にすり替えることで、幅広い支持を受けようという魂胆だ。そして、通行人に署名を求めると共に、別のリーフレットを手渡す。そこには、スリーシスターズと名付けられた慰安婦像のスケッチが印刷されており、「第二次大戦中、20万人以上のアジア人とオランダ人女性が日本帝国陸軍によって人権侵害されました。この銅像を建てれば、このような悲劇の再発を抑止する一助となるでしょう」と書いてある。銅像の三姉妹は中国人、韓国人、豪州人女性のはずだが、そのことには一言も触れていない。 我々がモニターしていたシドニー韓国人会のホームページに、反日団体リーダーの興奮したコメントが躍った。「8月11日は5対5のスピーチが行われることになった! 外部から虐殺の研究者や、女性の人権活動家を呼ぼう!」、この期に及んで、まだスピーチ合戦をするというのか? 明らかに、市議会の誰かが情報を流している。韓国系の市議か、バカリ市長か? AJCN副代表のダレンがバカリ市長に電話して状況を質すと、市長は軽口をたたいた。「スピーチは、(賛成と反対)それぞれ4人ずつか、8人ずつか、それはわからない。外部からも歓迎だ。部外者が、どういう経緯で関心を持つようになったのか、それも聞きたいと思うよ。君、不安そうな声じゃないか? 心配することないさ、私もまだ賛否を決めてないんだ。当日決めるつもりさ!」 これでバカリ市長の目論見がわかった。慰安婦問題を女性の人権問題にすり替える反日団体の方針は、住民の意識調査の実施を決めた際に市議会で否定されている。にもかかわらず、その方針に基づいた反日団体の駅前キャンペーンを黙認し、再度公聴会を開いた上で、多人数のスピーカーの参加を許す。特に、人権活動家など、外部のスピーカーの参加を容認して、女性の人権問題にすり替えて可決を目指す。そうすれば、自分が強行採決しなくても、民主的な手続きを経たように見える。 私から市に対し、家庭内暴力に結び付けたキャンペーンは当初の趣旨と異なる欺瞞であること、16か月を経て公聴会を開催することの矛盾、部外者の干渉を避けるためにアンケート調査を実施したのに、非居住者のスピーチを許すことの矛盾、などを指摘した手紙を送ったが、無しのつぶてであった。カウンター・ナラティブを作れ! メンバーからスピーチの準備を始めるべきだ、との声があがった。「山岡さんの頭の中には構想ができあがっているんじゃないですか?」。私は答えた。「スピーチには絶対の自信がある。しかし、このまま、相手が準備する戦場に出向いて戦うのは賢くありません。スピーチを聞いてから意思を決める議員はいないでしょう。決戦のポイントをずっと前に設定すべきです。まんまとその場で可決されたらそれで終わりではない、その後に新たな次元の戦いが継続されることを市と市議会にしっかり認識させてから投票させるのです」。それはすなわち、カウンター・ナラティブ(Counter Narrative)を再構築するということだ。こちらがコミュニティの融和の大切さを訴えたのに対し、相手は、慰安婦問題を「家庭内暴力を含むすべての女性人権問題」にすり替える作戦に出て来た。それならば、こちらはさらに一歩踏み込んだナラティブ(物語)を用意して、相手の矛盾を露呈させるまでである。構想はあるが、決定的な証拠が欲しい。 そんなある日。元一部上場企業の海外事業統括だった江川事務局長は朝の3時半に突然目が覚め、何かに突き動かされたかのようにコンピュータに向かい、シドニー韓人会のサイトをくまなくチェックしはじめた。これまで注視していなかった、ハングルで書かれた投稿記事を片っ端からGoogleで翻訳し、私に送り続けた。私は重要な箇所を韓国研究者に頼んで丹念に翻訳した。それらから反日団体リーダーの本音が、ものの見事に浮き出てきた。そのひとつを紹介しよう。「日本人たちも住んでいるこのストラスフィールドで、決して再び日本人に負けはしない。我々は、反省しない彼らを、軍国主義の復活を夢見る安倍晋三の日本人たちを撃破して、女性の人権を蹂躙する獣じみた歴史を終結させるだろう。20万人の元慰安婦の涙を拭いてあげよう、そして、外国に支配され続けた、惨めで悲しい朝鮮半島の歴史に終止符を打つ」 もはや、日本の政権批判を飛び越えて、慰安婦像に反対する日系の地元住民までも「軍国主義復活を夢見る反省しない敵」として、「撃破」を叫んでいる。ここに彼らの真の動機とメンタリティーが露わになっている。さらになんと、反日団体による駅前キャンペーン開始当日にバカリ市長が、慰安婦像推進のパンフレットを掲げた反日団体代表と、日本食レストランで歓談している写真まで掲載されている。バカリ市長は我々からのメールにも手紙にも、一回も回答しなかったが、陰でこんなことをしていたのだ。バカリ市長のこのような一連の行為は、市議に対して適用される行動規定(Code of Conduct)に抵触する可能性がある。そして、反日団体リーダーのネットへの投稿は、法律で禁じられている他民族への誹謗中傷に該当する。 もし、市がこれらの事実を知りながら慰安婦像設置を許可すれば、その瞬間に市はこれらの行為を容認したことになり、自ら加害者に転ずるのだ。市への最後通牒の作成は江川事務局長と法曹界に人脈があるRikaさんに託した。急いだのは、市に考える時間を与えるためだ。素晴らしく迅速な仕事だった。矢は深く静かに放たれた。それを見届けて、私は全メンバーに通告した。「さあ、スピーチの準備をしましょう!」運命の特別会市の責任回避 市の行政サイドの反応は想像以上に早かった。ほんの数日後に、Recommendationという形で市の認識を大々的に発表した。市のウェブサイトに掲載された他、地元紙の一面も飾り、最終面にはわざわざ日本語と韓国語の翻訳まで載せる徹底ぶりだ。慰安婦像が、いかに市のモニュメントポリシーに反しているか、16項目に及んで詳述し、市民のアンケートでも、33%しか賛成していないと書いてある(33%は多すぎる印象だ。誘導尋問の影響だろうか? 全く解説がないのも不自然だ)。したがって、市の行政サイドは、市議会に対し、これ以上慰安婦像について審議しないことを推奨するという結論になっている。最後の最後に、市は身をひるがえした。慰安婦像が可決されて、法律に抵触する事態となっても、自分たちは一切責任を負わないと高らかに宣言したのだ。この状態で市議が慰安婦像に賛成票を投ずることは政治的自殺行為に等しい。勝負はあった。結局のところ、人を動かすのは正義や理念ではなく、保身だということだ。慰安婦像が市のポリシーに反することなど、最初からわかっていたではないか。江川事務局長が言った。「これでも彼ら(反日団体)はやってくるでしょうか?」。私は答えた。「必ずやってきますよ。何事もなかったかのようにね」。事実、会場は当日、日系人約100人、中韓他約200人で満杯となる。 市は結局、4対4のスピーチ合戦になることを通告して来た。スピーチ希望者は当日の朝、公開抽選で選ばれるという。昨年と違って時間的余裕があるので、我々は様々な角度から4つのスピーチを用意し、スピーカーを登録した。しかし、最後までドラマが残されていた。 8月11日の朝9時半、江川事務局長から電話が入った。「今抽選が終わりました。AJCNからひとりしか入りませんでした。後の3人は外部の人たちです!」。なんと、慰安婦像反対派は、我々以外にも4人が応募していたのだ。対して中韓側は4人のみの応募で、そのまま決まったという。唯一AJCNから選ばれたのは、一番重要な地元オージーのダレンだったから、これは良かった。しかし、後の3人が外部からの応募とは驚いた。ブライアンという欧米人男性は、事前に独自に応募してもいいかとの問い合わせがあったので、想定内ではあった。もうひとりの日本人女性は完全に想定外だったが、幸い、連絡が付いた。正義感から応募したが、まだ原稿は用意していないという。残る一人は謎の白人男性だったが、こちらも地元オージーのネットワークですぐに確認できた。なんと、ストラスフィールドに何十年も住む長老で、父親は元市長。敬虔なクリスチャンで、慰安婦像に心から反対しているという。天佑神助とでも言うべき援軍だ。 相手側のスピーカーについても即座に調査した。案の定、ユダヤ人のホロコースト研究者とギリシャ人のジェノサイド研究者が入っている。慰安婦問題をホロコーストやジェノサイドに結び付けようという魂胆が見え見えだ。後の二人は、中国人と韓国人団体の代表らしい。 私は車を走らせてブライアンに会いに行った。彼のスピーチで、慰安婦問題はホロコーストとは全く類似性がないことを強調してくれるように頼むためだ。彼は笑顔で快諾してくれた。運命の特別会 午後6時30分、市議会特別会が始まった。ブライアンは偶然にも、第一スピーカーに選ばれ、多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝の話を紹介し、次のホロコースト研究者のスピーチを大幅に無効化した。 二番手のダレンは地元の父親として、全ての移民は豪州の価値観を受け入れ、自国のいざこざを持ち込むべきではないと主張し、反日団体は地元の中国人コミュニティを代表していない、という中国系住民の声を紹介した。 中韓側のジェノサイド研究者の大学講師は、「慰安婦は売春婦ではなく、奴隷だった。河野洋平が認めた。イスラム国は少女に売春を強要しているので、慰安婦像はその象徴にもなる」と主張したが、ストラスフィールドに建てる必然性は説明できなかった。 反対派のストラスフィールドの長老、ジェフ・ボイス氏は、高齢ながら、絞り出すような声で毅然と言い放った。「ここはオーストラリアだ。中国や韓国やアメリカの支店ではないのだ。みな、オーストラリア人なのだ」。名スピーチだ。 中国系代表の男性は、中華系ビジネス団体を代表する名士のようだが、戦争に関する男性の銅像はあるから、女性の銅像も作ろう、という主張は全く新味のないものであった。 反対派のアンカーは想定外の日本人女性となった。彼女には、私が自分用に用意した原稿を託していた。私はあえて、この問題は、中国が日米、日豪関係を分断するため、韓国の反日感情を利用して仕掛けている情報戦の一環であり、慰安婦像を建てることは豪州の安全保障に係わるという主張を入れておいた。彼女は英語が堪能で、堂々としたスピーチをしてくれた。おかげで翌日の新聞にはこの問題で初めて安全保障の観点が記載された。 そして韓国の最終兵器は、20代前半と思しき容姿端麗な女性だった。ミニスカートに高さ10センチ以上ありそうなハイヒール。スピーカー席に着くなり、足を組んで、ペンで市議たちを指すようにしながら、強い韓国語アクセントで話し始めた。「私みたいな、若い娘が強姦されて殺されたりしちゃったのよね…わかる? だから慰安婦像を建てたほうがいいのよ」。韓国側は、彼女を映画「氷の微笑」のシャロン・ストーンに見立てたのだろうか? 韓国系のサン・オク議員は、自ら利害関係者であると宣言して退場し、市長を含めた6人の全員一致で慰安婦像設置は否決された。バカリ市長は、何事も無かったかのように、淡々と否決に賛成した。会場に、反日団体のリーダーの姿は無かった。貫いた「非敵対的合理主義」 16カ月に亘る長期戦を経て、当然すぎる帰結にたどり着いた。我々は、AJCNという、日豪混成チームを作り、中韓反日団体対全ての住民という構図を作り、コミュニティのために戦い、コミュニティのために勝利した。地元オージーから元駐在員まで、見知らぬ同士だった様々な人々が最後まで一致団結して戦えたのは、相手がどんなに横暴で卑劣であろうとも、品格を保ち、理知的に行動し、コミュニティの平和と融和、そして、母親と子供たちを守るために戦うという設立理念(非敵対的合理主義)を堅持したからだ。この理念に共感する人しか参加して来なかったので分裂することもなかった。また、対照的に反日団体の暴力性を浮き立たせることに繋がり、良識ある市議会議員や一般市民の支持を得ることに成功した。我々は反日団体を論破しようとなどせず、良識の輪を広げることに注力していたのだ。 その一方で我々は、決して相手の土俵に上がって戦うことはしなかった。常にカウンター・ナラティブを創り出し、相手のオウンゴールを誘発した。非敵対的で紳士的であることは弱さを意味しない。逆に、アグレッションは強さを意味しない。相手のアグレッションをそのまま利用して投げ返す、合理性と戦略性こそが強さの源泉となる。目的は慰安婦像を建たせないこと、その一点に集中し、多元的な論点を繰り出して、歴史認識論だけで防戦することはしなかった(防衛二元論)。実の所、私が最も労力を注いだのは、論争ではなく、適材適所で多様な人材を適宜活用する組織運営だった。AJCNの活動を補完するように外部の人材や団体からも協力を得た。慰安婦像設置案が全会一致で否決された夜、韓国系のサン・オク議員がメディアのインタビューに答えて言った。「中韓の協業は素晴らしかったが、日本の組織的妨害に屈した」。我々に強力な組織も資金もありはしない。あるのは良識の輪と、各人が戦略に沿って長所と才能をフルに発揮する緩やかなネットワークだけだ。日本人へのWake up call これは民主主義の勝利だろうか? 民主主義とは、自らの権利を守るために、戦う手段を提供するシステムのことだと学んだ。自存自衛の決意無き正義など、フェンスの無い花畑のごとく、踏み荒らされてしまう宿命なのだと痛感した。相手の善意に自らの安全を託していたら、命がいくつあっても足りはしない。それが国際社会の現実なのだ。 8月16日日曜日、これまで反日記事が多かった有力紙「シドニーモーニングヘラルド」に、慰安婦像が全会一致で否決されたこと、中韓反日団体が如何に暴力的だったか、が強調された記事が載った。潮目は変わった。やればできる。我々がシドニーモデルともいうべき手法で勝利したという報告は、南半球から全ての日本人に送るWake up callである。この場を借りて、ご支援頂いた全ての方々に厚く御礼申し上げる。やまおか・てっしゅう Australia-Japan Community Network(AJCN、旧JCN)代表。ストラスフィールド市における中韓反日団体による慰安婦像設置推進運動に遭遇、地元の母親を率いてAJCNを結成。地域社会融和の大切さを訴えて市議会に設置可決を見送らせた。 

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    北から連行された女性たちが韓国兵の「性奴隷」になった過去

    もぎ取るための材料だった「強制性」の根拠が揺らいでいるからだ。韓国紙「朝鮮日報」 人権蹂躙は、韓国が慰安婦問題で日本を非難するうえでの基盤となっている。これをクローズアップし国際社会からの同調を得て、自国に有利な国際世論を形成しようという算段だ。その一方で、「正しい歴史認識」が口癖の韓国政府は、自国が主導したもう一つの慰安婦の存在をひた隠しにしてきた。 韓国軍慰安婦の存在が初めて韓国メディアで報じられたのは2002年2月。慶南大学の金貴玉・客員教授(現・漢城大学教授)が「朝鮮戦争中に韓国軍慰安婦がいた」という調査報告を、立命館大学の国際会議席上で発表したのである。このことは『朝鮮日報』をはじめとする韓国の主要メディアで大きく報じられ、韓国社会に衝撃を与えた。 金教授が根拠の一つとして挙げたのが、1956年に韓国陸軍本部が編纂した公式資料『後方戦史・人事編』にある記述だ。 現在、この資料を民間人が閲覧することは困難であるが、筆者はわずかな手掛かりから資料の入手に成功した。そこには朝鮮戦争(1950~1953年)時の「特殊慰安隊」設置の経緯が次のように記されていた。 「士気昂揚はもちろん、長期間の戦闘で異性に対する憧憬から惹起される生理作用がもたらしうる性格の変化、憂鬱症やその他の支障を未然に防止するために、特殊慰安隊を設置することになった」 資料では、慰安隊として活動する女性を「慰安婦」と称し、「週2回、軍医官が厳格な検診を行い、性病に対する徹底的な対策を講じた」ことも明記されていた。性病検診を定期的に行うのは、慰安婦が不特定多数の兵士と性的な関係を持つことを前提としていたためで、韓国陸軍はそうした組織を公式部隊として運営していたことが判る。 慰安隊はソウル市中区忠武路周辺と、日本海に面した江原道江陵地区にそれぞれ3部隊、そのほか江原道の主要都市である原州、春川、束草にそれぞれ1部隊が配置され、計9か所に89名の慰安婦が動員された。 慰安隊の運営開始時期については定かではない。ただ、設置目的が朝鮮戦争で戦う韓国軍のためであること、前述の『後方戦史』に1952年の特殊慰安隊実績統計表が掲載されていることから、1951年までには運営が開始されたと推定される。なお、慰安隊の廃止は1954年3月と明記されていた。 統計表には、4部隊における1952年の利用実績が月ごとにまとめられている。利用者が多くなるのは春から夏にかけてで、最も多いのは8月の約2万2000名。1年間の利用者は延べ約20万5000名に上った。慰安婦は単純計算で1日平均6名以上の兵士の相手をしていた計算になる。 金教授は、「上記9か所の固定式慰安所のほかに、移動式慰安所があった」ことも明らかにしている。後者は軍部からの要請があると、指示された部隊まで出張して特定期間テントを張り、そこで運営する形態をとっていた。 移動式慰安所については、朝鮮戦争に参加した元韓国軍幹部の回顧録にも書かれている。例えば、全斗煥政権下で陸軍第二司令部司令官などを歴任した車圭憲氏は、回顧録『戦闘』(1985年)の中で、「24人用の野戦テントの内部をベニヤ板と防水布で仕切った野戦寝室に慰安婦は収容されていた」と、当時の移動式慰安所の光景を綴っている。 また、同じ頃に首都師団の小隊長であった金喜午氏の回顧録『人間の香り』(2000年)によれば、移動式慰安所には「小隊ごとに2名(中隊全体で合計6名)の慰安婦が日中の8時間に限って宛がわれていた」という。 さらに金氏は、慰安隊が「第五種補給品」と呼ばれていたことを同書に記していた。 韓国軍の実際の軍補給品は食料や被服類、燃料など一~四種までで、慰安婦をそれに並列させるこの俗称は、慰安隊の女性たちが“物品”として扱われていたことを示している。これが「人権国家」を標榜する韓国の実態だった。関連記事■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 従軍慰安婦問題について韓国要人「一言謝れば韓国人は納得」■ 韓国紙 外相が国連総会で安倍首相の足引っ張るかで沸き立つ■ 韓国 慰安婦を人権問題として世界に注目させ日本の譲歩狙う■ 韓国紙 慰安婦のために闘った朝日新聞を助けようと呼びかけ

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    韓国メディアが騒いだ歴史学会の慰安婦声明が日本で報道されぬ理由

    のが、日本の「歴史学研究会」や「日本史研究会」などの16の団体が、国会内で記者会見して発表した、従軍慰安婦問題の強制連行は否定出来ない事実で、それから目をそらすことは近隣諸国との緊張を増すだけだとする声明です。 しかし、検索してみると、日本でこの声明を取り扱ったメディアはNHKとしんぶん赤旗ぐらいで、あとは日刊ゲンダイぐらいでしょうか。 声明文の詳細は、こちらでお確かめください。「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明 - 東京歴史科学研究会 ふたつの点がよくわかりません。なぜ今のタイミングで何を意図してそんな声明を出す必要があったのかと、韓国メディアが嬉々として取り上げるのは理解できるのですが、 なぜ国内メディアはほとんどが取り上げなかったのかです。日本のメディア総スカンの状態というのは、いかに歴史学者が束になってかかっても影響力がないということでしょうか。 タイミングについては、政治的に考えれば、米国でも韓国の慰安婦キャンペーン疲れがでてきていて、また韓国国内ですら反日姿勢を貫く現在の外交への疑問がではじめていたさなかでした。朝鮮日報が典型ですが、「韓国の国益を害す歪んだ対日認識」という 尹平重(ユン・ピョンジュン)韓神大学教授のコラムの寄稿があった翌々日に、「歴史学研究会」などの声明文が取り上げた記事が掲載されたのが象徴的でした。韓国の反日世論を呼び戻す動きを導き出したのです。韓国の国益を害す歪んだ対日認識(朝鮮日報) 今月初めに米ハーバード大学のエズラ・ボーゲル名誉教授らの安倍政権の歴史修正主義を批判した流れを受けてのものなのか、あるいは中央大学の吉見義明教授が、日本維新の会の桜内文城衆議院議員を名誉毀損で訴えた裁判の署名活動を盛り上げようというのでしょうか。賛同署名追加募集のお知らせとお願い - 吉見義明教授の裁判闘争を支持し、「慰安婦」問題の根本的解決を求める研究者の声明 吉見教授については、池田信夫さんが厳しく批判されています。 最初、朝日は吉田清治のいうような「慰安婦狩り」が多数行なわれたと報道したのに、それが嘘だとわかると「挺身隊の強制連行」にすり替え、それが嘘だとわかると「強制性」に定義を拡大してきた。こういうごまかしの主犯が吉見義明氏だ。池田信夫 blog : 主犯は吉見義明氏である あまりに政治的な色彩を色濃く感じるタイミングなり、しかも「学会」として声明をだすという行動に驚かされるのですが、声明文の中味を見てもなにか釈然としません。 たとえば、声明文にはこんな記述があります。 強制連行された「慰安婦」の存在は、これまでに多くの史料と研究によって実証されてきた。強制連行は、たんに強引に連れ去る事例(インドネシア・スマラ ン、中国・山西省で確認、朝鮮半島にも多くの証言が存在)に限定されるべきではなく、本人の意思に反した連行の事例(朝鮮半島をはじめ広域で確認)も含む ものと理解されるべきである。 よくわからないのは、「多くの史料と研究によって実証」されてきたというのであれば、政治的な声明文を出す前に、広く日本の国民に知らせることが筋だと思います。これだけ長い間議論されてきて、「日本軍」による確たる連行の証拠がない、あるいは乏しいからなかなかスッキリした結論がでないままなのです。 諌山裕氏もブログでその点を指摘されています。『「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明』に足りないこと あとは「本人の意思に反した連行」すべてを含め、際限なく「強制性」の範囲を広げていけば、たとえば極端な話として、韓国人の女衒が若い女性を拉致して慰安所に売り飛ばしても「日本軍による強制連行」になってしまいそうです。問題がなになのかを明らかにしていくためには、また日韓でコンセンサスをつくるためには、「強制性」を情緒でなく、客観的な定義でとらえることが必要なはずです。 しかし、韓国が従軍慰安婦問題で政治的な反日キャンペーンを続けることで、日本の国民はほんとうに嫌気をさしてしまっています。もはや「嫌韓」ビジネスも成り立たないと感じるぐらい、韓国をスルーする雰囲気になってきています。 慰安婦問題について韓国の態度に辟易とするのは、今の現役世代でなくとも、すくなくとも団塊の世代前後でも、売春が非合法化されたなかで育ってきたので、いくら韓国が批判しようとリアリティがないのです。それを謝れと言い続けるのですから感情的に反発が起こって当然です。 日本は戦後の早い時点、1956年に売春防止法が制定され、1957年から施行されています。まだ当時は小学生でしたが、近くに遊郭があって、近隣の商店街もずいぶん賑やかだったのですが、売春禁止法の施行を境に町が寂れていったことが鮮明に記憶に残っています。売春については、一部では現代も存在するとしても、厳しく取り締まってきた日本です。 韓国はどうかというと、「性売春特別法」が制定されたのがなんと2004年になってからで、それまでは外貨を売春で稼ぐキーセン観光などが政府容認のもとに公然と続けられていました。キーセンも貧困からそうせざるをえなかった、歴史学会で言う強制性があってキーセンにならざるをえなかったのでしょう。 恥ずかしいことに、日本からもそれを目当てにした団体旅行が組まれていました。それよりも犯罪性を感じるのは、朝鮮戦争やベトナム戦争時に設けられていた慰安所です。それも韓国が政権ぐるみでやっていたのですから、それで日本だけを批判するのもどうかと感じてしまいます。 実際、朝鮮戦争休戦後、在韓米軍基地周辺で米兵を相手に売春をさせられたとして韓国人女性122人が韓国政府に賠償を求める訴訟をソウル中央地裁に起こしています。元「米軍慰安婦」が韓国政府を提訴 韓国人女性122人:朝日新聞デジタル 服藤早苗教授が従軍慰安婦の強制動員を否定する人々は少数で、専門家ではないと発言をされ、朝鮮日報の記事タイトルに使われているのですが、いつから史実は多数決で決まるようになったのでしょうか。しかも少数であれ、反対の立場の人をばっさり切ってしまうのは、人権の衣を被った新しいファシズムを感じます。慰安婦:日本人学者「否定する人々は専門家ではない」 テレビに出て『慰安婦を強制動員したという証拠はない」という政治家や学者がいるが、そのような人々は多数ではなく、専門家でもない。史料をきちんと研究した人は誰もが慰安婦問題を認め、実際には私たちのように考えている学者が多数だ。 こんな政治的な意図を感じ、韓国で利用されるのがわかりきっている声明文を出す前に、学者として、きちんと史実にもとづいた議論を重ね、国民のコンセンサスを形成する努力をすべきじゃないでしょうか。(「大西宏のマーケティング・エッセンス」より2015年5月27日分を転載)

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    突然自信のなさを露呈する韓国の「後進国」トラウマ

    てきたわけだ。「中国ですら2次感染が出ていないのに、わが国は3次感染、2次流行の波だ」というのだ。 慰安婦問題では強気で反日批判を繰り返してきた韓国メディア関係者ですら、状況が一変すれば、「わが国は後進国ではないか」と自信なさを暴露してしまうわけだ。 ハッキリとしている点は、先進国のメディアは「自国が先進国か、後進国か」といった意味のない問いかけはしないし、国民がそのような問題でトラウマとなって悩むことは絶対にないということだ。 韓国は世界第一の整形手術国だ。外観を最重視する国民性は裏返しに言えば、自分に自信がないからだ。だから常に外観を飾り、ナンバーワンを目指し、先進国の日本と全ての分野で競争する。性犯罪発生率では世界トップを走る国が、慰安婦問題となると「道徳の優位性」を主張し、日本を牽制する。しかし、今回のMERS感染問題のように想定外のことが生じると、国民は急に自信を失い、心は一層揺れ動きだすというわけだ。 記者は「唯一の対案は市民社会の道徳性と責任意識を生き返らせることなのかも知れない」と述べ、コラムを閉じている。その結論は正しいだろう。 孔子の言葉で「躬自厚而薄責於人」がある。問題が生じた時、先ず、自ら内省し、人には寛大に接することが重要だという意味だ。 韓国国民は戦後、全てのことにパリパリ(早く、早く)といって考えずに走ってきた。そして一応、経済的には先進国入りした。韓国が新たな発展を実現するためには、政府も国民も内省の時を持つべきだろう。禍を転じて福となす、という諺がある。MERS問題も朴大統領と国民が結束して対応していくならば、必ずよき結果が生まれてくるはずだ。日本政府も支援を惜しまないでほしい。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2015年6月11日分より転載)

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    朝日元同僚が進言「植村元記者は裁判より朝生でケリつけろ」

    「訴えてやる」という声が聞かれるようになった。朝日新聞元ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏が、慰安婦問題について言及する。その対象は元同僚・植村隆元記者である。植村氏の書いた慰安婦関連記事を、「捏造」扱いをしたなどとの指摘をした東京基督教大学教授の西岡力氏らが、名誉棄損で訴えられた件だ。* * * 事実は一つ。真実は見る人によって色も形も違う。裁判の判決イコール真実とはいえない。新聞記者の世界で、適切な記事だったかは、法廷でカタをつけられる問題なのか。  朝日新聞元記者の植村隆氏が、東京基督教大学教授の西岡力氏らを訴えた裁判では、170人もの大弁護団の一人が、提訴時に「ほかの人々も順次訴えていく」と宣言したことなどで、歴史学者の秦郁彦氏は、「金銭、時間、精神的負担を怖れる批判者への威嚇効果は絶大」であるとし、「恫喝訴訟」という言葉を使っている(産経新聞「正論」)。  この訴訟がそこまで言われるのは、彼が西岡氏らの様々な批判や疑問に手記や講演などで誠実に答えたと思われていないからだろう。  実際、疑問はまだある。韓国人の元従軍慰安婦の聞き取りテープからの、「思い出すと今も涙」(1991年8月11日朝日新聞大阪社会面)の取材経過について大阪社会部員だった植村氏は手記で、朝日新聞ソウル支局長が当時、南北朝鮮国連同時加盟問題など忙しかったので、植村氏がソウルに出かけたというが、調べた限りでは、当時のソウル支局長が書いた8月中の国連加盟関連記事は7本で、外報面トップの4段のほか、ベタ記事が4本。応援が必要な多忙さだったのか。そして、この弁解は意見陳述から消えている。  その意見陳述などによると、植村氏は8月10日にテープを聞くと、会うことも名前も聞くこともできないまま、その日のうちに出稿した。本来はテープを聞き終えたら、提供した韓国挺身隊問題対策協議会に、「やはり本人に確認しなければ、記事にできない」と注文し、会って、事実であろうとの心証を得たうえで記事にするのが、こうした取材の基本だろう。何百万の読者がいる一般商業紙が信頼に応えるとは、そういうことのはずだが、そんなに急いで記事にしたのはどうしてか? 朝日新聞を捲っていると、翌12日紙面には朝日新聞主催の「歴史認識」をテーマにした広島でのフォーラムの特集記事2頁があった。見出しは「過ちの歴史 率直に反省」。こうした紙面計画があると、同じテーマの記事がいつもより大きく扱われる。それを意識していたのか。特に広島は大阪本社管内で、大阪社会部員なら、東京本社を経ずに出稿できる。ここも気になる。 朝日新聞記者時代に自身が書いた韓国の元慰安婦の証言を報じる記事を前に、記者会見する植村隆氏=2015年8月13日、ソウル(共同) もうひとつ付け加えたい。彼は「24年前に書いた記事で激しいバッシングを受けている」として「自分は被害者だ」との主旨の主張を意見陳述などで繰り返している。しかし、本当の被害者は、十分な取材なしの記事を読まされた朝日新聞の読者であり、考えようによっては、日韓関係なのだ。そのことを、彼はどう考えているか。聞きたいものだ。  植村氏は手記で、月刊「文藝春秋」1992年4月号で西岡氏から最初に批判された時に、朝日ジャーナル誌上で反論しようとしたが、上司らから「放っておけ」と言われたなどで、見送ったと書いている。商業新聞の記事は社会的存在だ。反論することがあれば、その時に反論すべきだった。今度も、西岡氏や櫻井よしこ氏らと「朝まで生テレビ」で論争してけりをつければ、大弁護団など必要なかった。「恫喝裁判では?」と疑われる所以だ。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「中・韓の応援」■ 朝日慰安婦問題記事 なぜ裏付け取材しなかったかの疑問残る■ 大江健三郎氏が障害を持つ長男や震災を綴ったエッセイが書籍化■ 若き頃の植村直己を知る編集者が植村の知られざる姿綴った本■ 朝日新聞慰安婦報道の「闇」と裁判担当した福島瑞穂氏の関与

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    欧米に浸透した日本糾弾 朝日が作った慰安婦プロパガンダ

    し、この常套句には人々を欺く嘘が含まれている。1951年に始まり65年に決着した日韓国交正常化交渉で慰安婦問題が議論になったことはない。国交樹立後も、朝日新聞による旧日本軍の慰安婦強制連行報道が開始される90年代初期までは慰安婦問題が日韓の外交課題となることもなかった。問題の出発点は、92年1月12日付の社説「歴史から目をそむけまい」によって原型が定まり、その後大規模に展開された朝日のプロパガンダであった。 慰安婦問題が戦後70年の長きにわたって日韓の和解を妨げてきた問題だという主張は作為(さくい)である。日本人が日本を貶(おとし)めるために90年代に入って造作した話なのである。韓国の指導者にとってもこの造作は、少なくとも当初は迷惑なものであった可能性がある。韓国の盧泰愚元大統領 「実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、わが国の国民の反日感情を焚(た)き付け、国民を憤激させてしまいました」というのが当時の盧泰愚大統領の発言である。何か戸惑いのようなものが感じられないか。 しかし、世論を自らにひき付けて日本に臨む絶好の外交カードとしてこれを用いようと韓国の指導者が意を転じたとして何の不思議もない。実際、「歴史問題の政治化」は功を奏し、93年には河野談話、95年には村山談話という韓国の対日糾弾に有力な論拠となる政府見解を日本側から引き出すことに成功したのである。欧米に浸透した日本糾弾 朝日報道は、後に秦郁彦氏や西岡力氏の精力的な実証分析により誤報であることが判明した。朝日自身が昨年8月の検証記事により吉田清治証言を虚偽として記事を取り消し、慰安婦と挺身(ていしん)隊との混同についての検証が不十分であったことを明らかにして、後に社長の謝罪となった。 しかしこの間、韓国は日本糾弾のキャンペーンを欧米で活発に展開、旧日本軍の「悪」は欧米のジャーナリズムとアカデミズムに深く浸透してしまった。日本人の油断に慚愧(ざんき)の思いが深い。 米国マグロウヒル社の高校生用の歴史教科書には、20万人が強制徴用、彼女らは「天皇からの贈り物」(a gift from the emperor)として兵士に供され、戦争が終わった後は証拠隠滅のために殺害されたという、まったく根拠のない、それに非礼この上ない記述が平然となされるにいたった。日本外務省も黙認することはできず、昨年末に訂正を同社に求めたものの記述に変更はない。 あまつさえ、今年2月には米国の歴史学者19人が「われわれはマグロウヒル社を応援するとともに、いかなる政府も歴史を検閲する権利をもたない」と逆襲に出たのである。 今年5月には欧米の日本研究者ら187人が連名で声明文を発表し、日本の「慰安婦」制度は、その規模、軍による組織的管理、植民地・占領地の女性搾取などの点からみて、20世紀の戦時性暴力の中でも特筆すべきものだと難じた。根拠資料は何も示してはいない。連名者の中にエズラ・ボーゲル氏やロナルド・ドーア氏といった名前があって驚かされる。真実は事実の中にのみ宿る 戦後の日本の自由と民主主義は祝福に値するものだが、真の祝福を妨げているのは日本の「歴史解釈の問題」だという。「特定の用語に焦点を当てた狭い法律的議論」や「被害者の証言に反論するためのきわめて限定された資料」にこだわってはならないと諭し、「過去の過ちについて可能な限り全体的、かつできる限り偏見なき清算をこの時代の成果としてともに残そうではないか」と結ばれる。 国家や民族による「歴史解釈」の相違を許さない傲慢を私は強く感じる。無数の民間非戦闘員を殺戮(さつりく)した広島、長崎への原爆投下や東京大空襲について、日米の歴史解釈が異なって当然のことであろう。自分の解釈に従えというのなら、国家関係は成り立たない。96年のクマラスワミ報告として知られる国連人権委員会報告、2007年の米国下院外交委員会での慰安婦決議などの「権威」には逆らうなということか。 慰安婦問題は日本国内では大方の決着が付いたものの、肝心の国際社会では日本は無援の孤立を余儀なくされている。ことは日本自身の歴史解釈に関わる。真実は事実の中にのみ宿ると考えるまっとうな日本の歴史学者を糾合、反転攻勢に出ようと臍(ほぞ)を固めている。

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    慰安婦誤報で失われた32年、「濡れ衣」は朝日が晴らせ

     朝日新聞が慰安婦問題について『訂正記事』を出してから一年が過ぎました。記事では、 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。 記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました。と、ストレートに誤りを認めていたのですが、ここにきて、「『慰安所は軍の施設』公文書で実証」等、新たな大学教授の見解を大宣伝しています。慰安所が軍の施設であったことは誰もが認めていますし、それを理由に日本が世界中から非難される謂れはありません。「強制連行があったかなかったか」。それが慰安婦問題の論点です。 国連女子差別撤廃委員会プレセッションで発言させていただいた翌日、ジュネーブ市内のホテルで開かれた地元の人を対象にした講演会「慰安婦は性奴隷ではなかった」の中で、英語でスピーチを行いました。今回はその内容をここに紹介したいと思います。 私は日本の前衆議院議員の杉田水脈です。 一昨年12月、慰安婦像を建立した米国カリフォルニア州グレンデール市に、日本の国会議員として初めて訪問し、現地で何が起こっているのかを調査してきました。それをもとに衆議院予算委員会、内閣委員会などでこの問題について数々の質疑を行いました。 ほぼ同時期の2014年2月20日の衆議院予算委員会において、慰安婦問題で日本が他国から攻撃される原因となっている1993年に発表された「河野官房長官談話」について、談話作成当時の副官房長官石原信雄氏より、(1)河野談話の根拠とされる元慰安婦の聞き取り調査結果について、裏付け調査は行っていない(2)河野談話の作成過程で韓国側との意見のすり合わせがあった可能性がある(3)河野談話の発表により、いったん決着した日韓間の過去の問題が最近になり再び韓国政府から提起される状況を見て、当時の日本政府の善意が生かされておらず非常に残念である旨の証言が出てきました。 この証言を受け、「河野談話の見直しを求める国民運動」を行ったところ、14万筆を超える署名が集まり、首相官邸を訪ね、菅官房長官に直接提出しました。 河野談話見直しの機運が高まる昨年の8月5日、朝日新聞が紙上で慰安婦問題のこれまでの報道の検証を行い、日本と日本人の国際的地位を貶める大誤報を認めました。吉田清治氏の記事が掲載された昭和58年10月19日付の朝日新聞紙面 1982年9月、朝日新聞は「韓国・済州島で200人の慰安婦を奴隷狩りした」という吉田清治という男性の証言を報道します。その後も16回にわたりこの証言を取り上げ、「強制連行」の根拠として報道を続けました。今回の記事は次のとおりです。 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。 日本には軍や官憲が『強制連行』を行ったという記録は全く存在せず、第1次安倍内閣でも「慰安婦の強制連行はなかった」という閣議決定がなされています。 この「吉田証言」が虚偽であったということが明らかになった以上、慰安婦の強制連行は存在しません。 また朝日新聞は、「女子挺身隊」と「慰安婦」と混同し、誤った報道を行ったことも認めました。記事は次のとおりです。 女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とはまったく別です。当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました。 朝日新聞は、「研究の乏しさ」を原因に挙げていますが、当時はまだ女子挺身隊経験者が多数生存しており、慰安婦と全く異なることは取材すれば容易に知り得たはずです。それを怠ったのは、国連の報告書にも記された「日本政府は20万人の子女を慰安婦にした」という虚構を作り上げようという意図があったのではないか、と疑わざるを得ません。戦時中の勤労奉仕団体である女子挺身隊の数を足さなければ、あの20万人という数字は出てこないからです。 アメリカ国立公文書館で公開されている、アメリカ軍が1944年に作成した尋問調書に寄れば、慰安婦たちは相当な高給を受け取っており、その暮らしぶりは贅沢と呼べるほどだった、また、町の中では買い物に行くことも許されており、スポーツイベントに参加したり、ピクニックに出席したり、娯楽、社交ディナー等で彼女ら自身が楽しんでいた。ということが記されています。「性奴隷」という言葉から我々が想像する状態とは明らかにかけ離れています。 これまで韓国が主張してきた次の三点・20万人の少女や女性たちが・官憲により強制連行され・日本軍の性奴隷にされた これが全く事実無根であることが公になったわけですから、我々日本はこの事実を世界中に発信していかなければなりません。 先ほどの朝日新聞の訂正記事により、日本国内では「慰安婦の強制連行はなかった」ということを国民誰もが認識しています。しかし、まだまだ国外では、日本の慰安婦問題はナチスドイツのホロコーストに匹敵すると宣伝されています。 その結果、アメリカ各地に建立された慰安婦像や碑が建てられ、オーストラリアなどでは新たな像の建立が計画されています。 日本が朝日新聞の報道によって失った32年間は、非常に重くかつ大きいものがあります。しかし、当の朝日新聞は、訂正記事は掲載したものの、まだ、きちんとした謝罪を行っていません。更には、英語版朝日新聞に謝罪記事を掲載することを拒否し続けています。 このため、2015年1月、日本国内外の8749人が、吉田清治の創作証言がそのまま採用され続けてきたことなどを「虚報」とした上で、「多くの海外メディアに紹介され、ねじ曲げられた歴史を国際社会に拡散させた」、「日本国と国民の国際的評価は著しく低下し、国民の人格や名誉が傷つけられた」とし、謝罪広告の掲載等を求める訴訟を東京地裁に起こしました。2月には2次訴訟に踏み切り、原告数が2万3000人に達するという、日本史上例を見ない大きな訴訟となっています。 私が住んでいる宝塚市では、2008年3月、日本の地方会議で初めて慰安婦への謝罪や賠償を求める意見書を採択し、国に提出しました。多くの地方議会がこれに続きました。 が、朝日新聞の訂正記事を受け、昨年10月「2008年の意見書は根拠を失ったことを確認する決議」が賛成多数で可決され、河野談話に基づいた意見書は事実上取り消されました。この動きは全国に拡がっています。 その空白の32年間を取り戻すために、国連においてもこの朝日新聞の虚偽の報道を認め、これまで日本に着せられた「性犯罪国家」の濡れ衣を晴らしていただきたいと思います。

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    河野洋平と村山富市

    先月、河野洋平元官房長官と村山富市元首相がそろって公の場で安倍批判を繰り広げました。もう随分とお歳を召され、好々爺らしくなっていましたが、この時ばかりは相変わらずの上から目線の発言が目立っていました。それにしても、お二人とも「老害」という言葉まですっかりお似合いになられたようで……

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    安倍首相が村山談話を「全体として引き継ぐ」のは何故か

    榊原智(産経新聞論説委員) 安倍晋三首相が、8月に発表する戦後70年の首相談話(以下、安倍談話)をめぐって、いつも語る言葉がある。「歴史認識に関する歴代内閣の立場を、全体として引き継いでいく」というものだ。安倍談話について考える上でカギとなる発言だ。  安倍談話は、村山富市首相談話にあった「侵略」や「おわび」の表現が含まれるかどうかが注目されている。この点だけなら、答えは明白だ。安倍首相による、最近のバンドン会議における演説、米国議会における演説を読めばすぐわかる。首相には、8月の安倍談話の中で、これらの表現を採る考えはないとみていい。  それでは、安倍談話は、自虐史観の払拭や1990年代以降とくに目立つようになった日本の謝罪外交からの脱却を望む人々が期待するような意味合いを持つかといえば、そうではない。歴代内閣の立場を「全体として引き継ぐ」ため、安倍談話は「侵略」を認めることになるからである。 ◇ 首相の発言と村山談話について触れておきたい。  首相は1月5日、伊勢神宮参拝後の年頭記者会見で、次のように語った。  「従来から申し上げておりますように、安倍内閣としては村山談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいます。そしてまた、引き継いで参る」  4月20日にはBSフジの番組に出演し、村山談話などについて「同じことなら談話を出す必要がない。(過去の内閣の歴史認識を)引き継いでいくと言っている以上、これをもう一度書く必要はない」と語った。  ロサンゼルスでの内政懇(5月1日)においても、「戦後50年には村山談話、60年には小泉談話が出されている。安倍内閣としては歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる。今後も引き継いでいく考えだ。戦後70年の談話はそれを前提に作成していく」と語った。  同じことを語り続けているのは、計算した表現だからだ。 ◇ それでは、20年前の村山談話はどのようなものだったか。  自民党、社会党、新党さきがけの3党連立内閣の首班となった社会党委員長の村山首相は当初、戦後50年にあたって、衆参両院での決議を目指していた。  自民党執行部は国会決議を目指したが当の自民党議員から、日本を一方的に侵略国家とみなすような決議文への反発が相次いだ。  衆院では、相当数の自民党議員が姿を現さない中、可決されたが、参院は決議自体が実現しなかった。村上正邦参院自民党幹事長らが「自虐的だ」と猛反発し、参院での採決自体を見送ったためだ。  衆院だけの片肺では、国会決議と誇ることは難しい。そこで村山首相は、首相談話を出すことにした。国権の最高機関である国会でまとまらなかったテーマなのだから、首相談話を出しても、国を代表する談話であるとは言えない情勢だったと思えるが、そこまで気にしなかったようだ。 民間団体の会合の講演で、安倍首相が今夏に出す戦後70年談話をそろって牽制した鳩山元首相(左)と村山元首相=4月21日午後、東京都文京区の鳩山会館(小野淳一撮影) 村山談話の問題のくだりは、次の通りである。  「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」  戦後60年の小泉純一郎首相談話がそうであったように、安倍談話に対しても、村山談話を踏襲して、「侵略」や「おわび」の言葉を盛り込むべきという声が存在している。  そのような声をあげているのは、中国や韓国はもちろんのこと、民主党、公明党、共産党、社民党の議員たち、朝日新聞、毎日新聞、日教組などの左翼・リベラル陣営である。さらに、読売新聞も「侵略」を明言するよう求めている。 ◇ 執拗な批判があるにもかかわらず、「侵略」やそれに対する「おわび」を直接記すことを肯んじない安倍首相が、なぜ村山談話を含む歴代内閣の歴史認識に対する立場を「全体として引き継ぐ」のか。  それは、中国との外交関係の基本構造を崩す政治リスクを冒すことを避けているからなのである。  ポイントは、1998年(平成10年)の「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」(以下、日中共同宣言)と、安倍内閣が昨年11月に中国政府との間でまとめた「日中合意文書」である。  小渕首相と、来日した江沢民国家主席との間でまとまった98年の日中共同宣言の第3項目には次のくだりがある。  「双方は、過去を直視し歴史を正しく認識することが、日中関係を発展させる重要な基礎であると考える。日本側は、1972年の日中共同声明及び1995年8月15日の内閣総理大臣談話を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した。中国側は、日本側が歴史の教訓に学び、平和発展の道を堅持することを希望する。双方は、この基礎の上に長きにわたる友好関係を発展させる」ここでいう95年の内閣総理大臣談話は、村山談話のことである。  「侵略」を認め、「おわび」する村山談話が、日中両政府の政治文書に盛り込まれ、日本は「遵守」を約束してしまっているわけだ。中国が日本に歴史カードを行使する根拠を与えてしまった宣言だ。  この日中共同宣言は、両国政府の間で、日中間の基本4文書の1つに位置づけられている。  基本4文書とは、1972年(昭和47年)の日中共同声明、78年(昭和53年)の日中平和友好条約、98年(平成10年)の日中共同宣言、それに第1次安倍内閣当時の2008年(平成20年)に出された戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明のことである。 ◇一方、昨年11月の日中合意文書は、安倍首相と習近平国家主席の首脳会談の前提として作られたものだ。 合意文書の筆頭項目は、「双方は、日中間の4つの基本文書の諸原則と精神を順守し、日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認した」となっている。 安倍内閣は昨年11月の段階で、村山談話の「遵守」を約束した「日中共同宣言」の「諸原則と精神」の「順守」を、中国政府に対して、改めて確認したことを意味している。 このような立場をとるからこそ、安倍首相は、村山談話を引き継ぐ姿勢を示しているのであろう。 ◇ 安倍首相自身がその理由を説明している。首相は一衆院議員だった麻生太郎政権当時、月刊誌「正論」2009年(平成21年)2月号で、次のように述べた。少し長くなるが引用したい。  「村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになった、まさに踏み絵だ。だから私は村山談話に換わる安倍談話を出そうとしていた。村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない。その時々の首相が必要に応じて独自の談話をだせるようにすればいいと考えていた。むろん、村山談話があまりにも一方的なので、もう少しバランスのとれたものにしたいという思いがあった」  「ところが、とんでもない落とし穴が待っていた。平成10年、中国の江沢民国家主席が訪日した際の日中共同宣言に『(日本側は)1995年8月15日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し…』という文言が盛り込まれていたのです。この共同宣言、53年の日中平和友好条約についで中国が重視していますから、日本が一方的に反古にすることは国際信義上出来なかったのです」  「しかし、『政治が歴史認識を確定させてはならない。歴史の分析は歴史家の役割だ』と国会で答弁した。野党からは『それでは村山談話の継承とはいえない』と批判されましたが、戦後レジームからの脱却がいかに困難であるか、改めて実感しました」 ◇ 中国政府は表面上、「侵略」「おわび」の文言が安倍談話になければ批判してくるだろうが、本音は違う。村山談話を「引き継いで」いれば、日本政府は「侵略」を認め、「おわび」していることになる。「引き継ぐ」場合とそうでない場合とでは、中国政府の反応はまったく違うだろう。後者であれば、その反応は今どころではない激烈なものになるかもしれない。安倍首相や外務省はそのように計算しているに違いない。  そこで、第1次安倍内閣当時とほぼ変わらない構図が続いているわけだ。 ◇ 安倍首相は現実に国の舵取りをしている身として、「とんでもない落とし穴」を埋めるには、内外の政治情勢がまだ許さないと判断しているのだろう。  安倍談話に、「侵略」やそれに対する「おわび」が直接的表現で盛り込まれないのであれば、筆者は過剰な謝罪外交を抑え、日本を侵略国家、日本人を犯罪民族として貶める風潮を減じる点から、意味がないわけではないとは思う。  それでも、98年の日中共同宣言という日本外交の失策にとらわれ、村山談話を認め続けるのは、残念きわまりないことだ。  安倍談話は、歴史認識をめぐっては、「半歩前進」とみなせるものになるのかもしれない。

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    あっけにとられた村山氏の「善意」と河野氏の「真実」

    阿比留瑠比(産経新聞政治部編集委員)  村山富市元首相と河野洋平元官房長官が9日、日本記者クラブで行った対談と質疑応答にはあっけにとられた。日本記者クラブから色紙への揮毫(きごう)を求められた河野氏は、あろうことかこう書いたのである。 「真実」 平成5年8月、証拠資料も信頼に足る証言もないまま、慰安婦募集の強制性を認める「河野談話」を発表した当人が河野氏だ。 河野氏はメディアのインタビューなどで、河野談話の根拠は韓国人元慰安婦16人への聞き取り調査だと強調していたが、実は聞き取り調査の前に談話の原案が作成されていたことが判明している。しかも、聞き取り調査の実態はアリバイづくりのための「儀式」(外務省内部文書)だった。6月9日、日本記者クラブで対談する河野洋平元衆院議長(左)と村山富市元首相=(栗橋隆悦撮影) 河野氏はまた、河野談話の趣旨・文言をめぐって韓国政府との間で事前にすり合わせが行われたことを否定し続けていた。だが、実際のところ談話は、大幅に韓国側の要求を取り入れた合作であったことも明らかになっている。 にもかかわらず、河野氏は色紙に「真実」と記し、その理由について「ジャーナリストの仕事は真実を追究すること」と前置きした上でこう説明した。 「とにかくまず最初は事実を認めることが大事。真実、事実を認めることからやらなきゃダメだ。一つ細かいことを持ってきて、だからなかったんじゃないかと言って否定する。よそでもやっているからいいじゃないか、と言わんばかりの言い方をする。こんなことが、どのくらい日本人の名誉を傷つけているか。私は非常に怒っている」「中国の本心は『軽蔑』」 ほとんど悪い冗談のようなセリフだ。事実関係を軽視し、旧日本軍や官憲がやってもいないことを浅薄な政治判断で認め、現在まで日本人の名誉をおとしめ続けてきた河野談話の当事者が河野氏なのである。天につばするとはこのことだ。 自国民より特定近隣国の要望を優先させてきたかのようにみえる河野氏は、自らの独善的で軽薄な言動にどれだけ多くの日本人が非常に怒っているか、まだ分からないのだろうか。 小泉純一郎政権当時、外務省チャイナスクール(中国語研修組)のある幹部から聞いた次のような河野氏の評価を思い出す。 「河野さんと加藤紘一さん(河野氏の前任の官房長官)はライバルであり、どちらがより親中派かでも競い合っている。だから、加藤さんが訪中すると、すぐに河野さんも訪中して、ともに靖国神社参拝などで小泉政権を批判する。中国は便利だから彼らを厚遇するけど、本心ではわざわざ外国に来て自国をけなす彼らのことを軽蔑している」「政治の未熟児」 一方、村山氏は対談後、色紙に「思いに邪(よこしま)なし」としたため、こう語った。 「私の気持ちに邪なものはありません。まっすぐです。(河野氏の)『真実』と同じですよ、表現が違うだけで」 両氏とも、自身を「善意の人」と認識しているのだろう。とはいえ、ドイツの政治家で社会学者のマックス・ウェーバーは有名な講演録『職業としての政治』の中でこう語っている。 「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。(中略)これが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である」 両氏には、もう少し年齢相応に振る舞ってほしいと願う。

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    河野洋平氏の「歴史的大罪」、そして国会招致についての必要性

    建立されたアメリカカリフォルニア州グレンデール市を訪問しました。 これまで日本国内では忘れられていた慰安婦問題でしたが、この年5月の橋下徹日本維新の会共同代表の発言を始め、産経新聞の検証記事、NHK会長に就任した籾井勝人氏の就任会見での発言など、国内外でにわかに注目を集め始めていました。 私たちの前にグレンデール市を訪問した国会議員はいません。今回の訪問が日本国、韓国、そしてアメリカに及ぼす影響を考えてやめた方がいいという意見が多くありました。 でも、現場主義を自認している私は何としても実際に何が起こっているかを知りたかったのです。この時背中を押してくださったのは、中山成彬先生、山田宏先生でした。 特に中山先生は、現地で慰安婦像撤去の運動に携わっていらっしゃる方を何人か紹介してくださいました。そのうちの一人が目良浩一氏で、滞在中の我々のガイド役も買って出てくださいました。2月20日、提訴後に会見する「歴史の真実を求める世界連合会」の目良浩一・元ハーバード大助教授(右)。左は原告代理人の弁護士ら(中村将撮影) 2泊4日の強行軍でしたが、とても充実した視察となりました。 実際にアメリカに行ってみて、「中韓の国家を挙げての情報戦に大きく差をつけられて負けている日本」を思い知らされました。目良さんたちのような有志の一般人のみの活動ではとてもじゃありませんが勝てません。 でも、河野談話を撤回すれば、日本に一筋の光が見えてくると思います。河野談話がある限り、中韓に何を言われても反論できないし、外務省も動き難い。いくら、日本が真実を叫んでも「河野談話」がある限り「日本政府が認めているではないか」と世界中から反論されます。 アメリカから帰国した私に、予算委員会での質問のチャンスが巡ってきます。NHKの中継入りの委員会において一年生議員が質問に立てるのは異例です。私に与えられた20分をすべて慰安婦問題でやりきろうと思いました。海外で頑張っている人の力になりたい。なんといっても先人に着せられた汚名を晴らしたい。 念入りに原稿を用意し、練習し、本番に臨みました。 はじめに、対外広報予算がどうなっているのか?を質問。中韓の海外での展開している情報戦において、日本が国家として対応すべきだということを主張しました。 続いてグレンデール市をはじめとするアメリカ本土での慰安婦像建立の実態について、実際に取材してきた現地の状況を話しました。 そして最後に、河野洋平元官房長官の参考人招致を要求、予算委員会の理事会での検討をお願いしました。時間はぎりぎりでしたが、二階俊博予算委員会委員長から「検討します。」という発言を引き出すことができました。 このあと、中山成彬先生が再度河野元官房長官と当時官房副長官だった石原伸雄氏の参考人招致を要求した結果、なんと石原氏の予算委員会招致が実現しました。(「血圧が上がるような質問をしないこと」という条件付きでした。) そしてこの歴史的質疑を行ったのは、山田宏先生。石原氏の口から、談話作成時に韓国とのすり合わせがあったこと、強制連行の証拠が見つからない為、元慰安婦の証言を基に談話が作成されたこと、また、その証言の裏付け調査を行っていないこと等の真実が明らかになりました。 これを受け、政府は河野談話の検証を行うことを約束。直ちにその作業に着手しました。 一方、日本維新の会(当時)が行った河野談話撤廃を求める国民運動は、1ヶ月あまりの間に14万筆を超える署名を集めました。中山先生、田沼隆志先生とともに官邸に署名を届けに行った時、受け取ってくださった菅官房長官が、「私も気持ちはみなさんと一緒です。」と、おっしゃってくださったことが今でも印象に残っています。  さて、現状の話をします。 政府は河野談話の検証は行いましたが、それだけで、談話の見直しや撤廃にはつながっていません。 昨年末の選挙で次世代の党は大敗を期しました。現在国会で、慰安婦問題を口にする議員は存在せず、河野洋平元官房長官の招致も実現する機運がありません。 朝日新聞が慰安婦問題の捏造を32年間の長きにわたり行っていたことを認め、訂正記事を出したにもかかわらず、日本国民はこのことにほとんど関心がありません。また、海外に対して全く発信されていません。大きな手ごたえがあったと思った「慰安婦問題」ですが、現状は何ら変化がないと言わざるを得ません。 一年前の雑誌のインタビュー記事の中で私は、 「今は河野談話の見直しに向けた動きが注目されています。これをブームで終わらせるつもりはありません。もっと言うなら“河野談話を見直し、撤回若しくは新しい菅談話、安倍談話を作成することでブームを終わらせる”、そんな覚悟で挑んでいきたい。」 と、発言しています。昨年のような盛り上がりはなく、ブームは去ったとみられているかもしれません。 でも、我々の戦いは続いています。 慰安婦問題をこのまま放置してしまうと、私たちの子どもや孫世代も中韓の嘘に謝り続けなくてはならない。そのような事態を避けるためにも、この問題は私たちの世代で解決しなくてはなりません。 先日、村山富市元首相と河野洋平元官房長官が対談し、お互いの談話をたたえ合ったという報道に驚きました。元社会党と元自民党の要職であった二人が一緒に記者会見をする。国内外のマスコミが押し掛け、主要紙やテレビがそれを報じ、海外にも発信されました。 反日勢力は必死です。政党の枠を超えて、大きな一つの塊になろうとしています。一方の保守勢力はいつまでたっても一つになれない。目的が一緒でも政党が違えば手を組むことを阻まれます。そればかりか、経済政策や外交手段等の意見の違いで、分裂し、お互いを攻撃し合っています。 私はそのような状態を憂いでいますが、ただ嘆いていても始まりません。今は国会議員ではないので、活動も限られますが、自分がやれることからやっていかなければいけないと思っています。 7月下旬にスイスジュネーブで開かれる女子差別撤廃委員会に合わせて、慰安婦問題について日本の真実を訴えるため、ジュネーブ入りをしたいと考えています。 また後日、その報告をさせていただける機会があれば、うれしいです。

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    河野洋平氏はなぜ「上から目線」でモノを言えるのか

     野田氏が平成23(2011)年12月に李明博当時大統領と会談した際、李大統領は時間の大半を費やして慰安婦問題の解決を求めてきたそうである。これに対して野田氏は、昭和40(1965)年の日韓請求権協定によって法的には完全に決着しているという態度を貫いたという。その上で野田氏は「両国関係の悪化は残念ながら野田政権の時から始まっていました。その時、日本は右傾化していたのでしょうか。むしろナショナリズムとポピュリズム(大衆迎合主義)を連動させる動きが韓国側から始まったと見るべきでしょう」と言うのだ。 野田氏の見立ては正しい。そもそも「河野談話」によって日韓関係が改善した事実があるのだろうか。韓国の要求に屈した「河野談話」6月2日、共同通信加盟社論説研究会で講演する河野洋平元衆院議長 「河野談話」は、表向きには日本政府が自主的に、独自の判断で作成されたものとなっている。だが実際には、「河野談話」の文言について、韓国側との緊密な協議が行われていたことが、明らかになっている。内閣官房と外務省によって設置された河野談話作成過程等に関する検討チームの報告書「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話からアジア女性基金まで~」(平成26年6月20日)によれば、「韓国側との調整の際に、主な論点となったのは、(1)慰安所設置に関する軍の関与、(2)慰安婦募集の際の軍の関与、(3)慰安婦募集に際しての『強制性』の3点であった」ということである。 報告書によれば、この協議で韓国側は、(1)の慰安所の設置については、日本側は軍当局の「意向」という表現を提示したのに対して、韓国側は軍当局の「指示」という表現を求めてきたという。これに対して、日本側は「軍の『指示』は確認できないとしてこれを受け入れず、『要望』との表現を提案」しているが、最終的には「要請」になっている。 (2)の慰安婦募集の際の軍の関与については、「韓国側は『軍又は軍の指示を受けた業者』がこれに当たったとの文言を提案」してきたが、「日本側は、募集は、軍ではなく、軍の意向を受けた業者が主としてこれを行ったことであるので、「軍」の募集を主体とすることは受け入れられない、また、業者に対する「指示」は確認できない」として、「軍の『要望』を受けた業者との表現」を提案している。これに対して韓国側は、「改めて軍の『指図(さしず)』という表現を求めてきたが、最終的には「軍の『要請』を受けた業者」ということで決着している。 (3)の慰安婦募集に際しての「強制性」については、強制連行を裏づける資料は発見されなかったにもかかわらず、韓国側の意向を受け入れ、「甘言、強圧による等本人の意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担」という表現が盛り込まれることとなった。 このように韓国側の意向を大きく取り入れて、軍による強制を強く示唆する内容で作成されたのが、「河野談話」であった。論点となった三点を見れば明白なように、韓国側がこの問題で最も重視してきたのが、「軍による強制」ということであった。「河野談話」は、この核心部分で韓国側に譲歩を行うことにより、慰安婦問題での政治決着を図ろうとしたものである。 河野氏は、談話を発表した際の記者会見で、強制連行を裏付ける資料がなかったことに関連して、「強制ということの中には、物理的な強制もあるし、精神的な強制もある」。精神的な強制というのは、「官憲の記録に残るというものではない部分が多い」などと述べ、強制性に駄目押しする発言までして韓国側を喜ばせた。だが政治決着には至らなかった。 「補償は要求しない」の約束は破られた この際、韓国側の“殺し文句”が、「元慰安婦への補償を要求しない」ということであった。93年3月13日の金泳三大統領は、「(慰安婦問題で)日本政府に物質的補償を要求しない方針であり、補償は来年から韓国政府の予算で行う」と表明している。その後も韓国側は、金銭的な補償は求めない方針であることを再三説明してきた。 ところが韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)などが、日本の国家補償を求めてきたために、韓国政府の方針も覆ってしまうことになる。日本側では、「女性のためのアジア平和国民基金」(「アジア女性基金」)を立ち上げ、民間からの募金による「償い」をすることになったが、韓国との関係では何の解決策にもならなかった。 要するに「河野談話」は、日韓関係の改善どころか「反日」の機運に火をつけただけのことなのである。韓国の日本大使館前やアメリカ各地には慰安婦像が建てられているが、これは未来永劫、日本を貶めようとするものである。河野氏はこれをどう思うのか。河野氏の自宅前に慰安婦像を建てても結構だとでも言うのだろうか。

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    ご意見無用! 学問的事実で応えてくれ

    25日に歴史学研究会(委員長は久保亨信州大教授)など国内の16団体が国会内で記者会見し、「旧日本軍の慰安婦問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体声明」を発表した。同声明は「日本軍が関与した慰安婦強制連行の事例」について多くの資料と研究で実証されてきたと指摘し、「事実から目を逸らす無責任な態度を一部の政治家やメディアがとり続けるならば、それは日本が人権を尊重しないことを国際的に発信するに等しい」と強調した。 さらに、「朝日新聞の記事の取り消しをきっかけに、一部政治家やマスコミが従軍慰安婦の強制連行の根拠をなくしたような言動を見せていた」とし、「強制連行は単純に強制的に連れて行かれた事例に確定されてはならず、甘言及び詐欺、脅迫、人身売買を動員した本人の意志に反する連行事例も含めて強制連行と見なさなければならない」「最近の歴史研究においては動員過程の強制性だけでなく、動員された後の居住、外出、廃業に対する自由もなく、性の相手を拒否する自由もない、まさに“性奴隷”状態に置かれていた点が明らかになった。慰安婦動員過程の強制性も問題だが、性奴隷として人権を侵害された事実が問題だという点が、繰り返し強調されなければならない」と主張した。 同日付朝鮮日報・聯合ニュースが真っ先にこの声明について報道し、韓国外交部当局者は「安倍総理を初めとした日本政府関係者は、慰安婦に関する議論をする時に『歴史家に任せなければならない』と繰り返し主張してきた。日本政府が今回の声明で歴史家の見解を直視して、協議での誠意ある対応を期待する」とコメントした。 ところで、187人の声明がいかなる背景と経緯で何を目的として出されたかが注目されるが、5月16日付け「東洋経済オンライン」に掲載されている同声明の呼びかけ人となったジョージタウン大学のジョーダン・サンド教授とコネチカット大学のアレクシス・ダデン教授とのインタビューによって、以下の点が明らかになった。(1)昨年末に安倍政権の慰安婦問題に対する姿勢を強く批判した日本の「歴史学研究会」が発表した英文声明の影響を受けた(日本文は10月15日付け)。(2)声明は、一定のテーマに関する客観的・歴史研究がしづらくなりつつある日本の現在の状況に対する共同意見であった。米学者の多くが、ジャーナリストに対する脅迫が起きているとの報道に困惑し、日本にいる研究仲間は政府の財政援助を受けるために、ある種の問題を扱えなくなっていると聞いた。彼らが「慰安婦」問題への発言に強い締め付けを受けている。(3)声明は読売新聞に独占記事として提供したが、返事がなかったので、ダデン教授の机の上に名刺のあった10人ほどに送り、内閣府にも日英両語の声明を送付した。(4)声明の草案作成に深く関与したのは5~6人で、29人が核になってサンド教授に修正を求めて声明をまとめ、サンド・ダデン両名で声明の最終版を送付した。(5)日本で影響力を持っている著名な政治学者数人とも連絡を取り、「民族主義が放置されていることが日本にとってどれだけ有害かを日本政府に伝えてほしい」と頼まれた。(6)安倍首相が米連邦議会で何を述べるかを聞くまで声明は発表すべきではない、という意見があった。政府には、「慰安婦」問題を巡る日本の風潮に対して一定の責任がある。声明は、この憂慮すべき風潮に対する意見である。身勝手な「学問の自由」 サンド教授は「安倍首相に『ああしろ、こうしろ』と指図をする考えはありません」と述べているが、声明文には「首相の大胆な行動を求める」と明記し、「声明が伝えたかったことは、歴史を研究したり教えたりすることの倫理と、全ての政府は歴史家の研究を保護し、尊重する責任があるということです」と結論づけている。 だが、「学問の自由」に干渉するなと要求しながら、自分たちの見解を受け入れよと政府に干渉することは根本的な自己矛盾と言わざるをえない。 見落としてはならない問題の核心の一つは、声明が出された背景となった基本認識に問題があるということである。この点を明らかにするためには、187人の声明に至る経緯を振り返る必要がある。日本の歴史学者って誰? まず、3月17日に秦郁彦氏が日本外国人記者クラブで発表した米マグロウヒル社の慰安婦記述の訂正勧告(日本の大学教授19人による)に対して、コネチカット大学のダデン教授が『週刊金曜日』(4月10日)に「日本政府の歴史問題への介入に抗議する」と題した反論を寄稿し、次のように主張した。 「私たち歴史学者の意図は、……国家にとって都合のよい物語を広めようとする安倍政権の非倫理的行為に対し注意を喚起することだ。……日本の歴史学者たちは、証明された歴史を取捨選択された内容に取って代わらせようとする政府主導の動きのために、徐々に制約を加えられている。私たちは同じ歴史学者として、これら日本の歴史学者たちと団結している。……私たちが支持しているのは、多くの日本の歴史学者たちの、そして河野談話および国連の理解における核心部分である。それは、日本軍『慰安婦』の歴史とは、国家による性奴隷システムに他ならないということだ」 「日本の歴史学者」という文言が何度も繰り返される背景には、昨年10月15日に日本の「歴史学研究会」が出した声明「政府首脳と一部メディアによる日本軍『慰安婦』問題についての不当な見解を批判する」(12月5日に英語訳が公表され、この声明が直接的契機となったことがサンド教授のインタビューで明らかになった)があり、同声明は「『慰安婦』問題に関する政府・メディアの不当な見解」に対して、以下の五つの問題点を指摘した。 第一に、朝日新聞の「誤報」によって、「日本のイメージは大きく傷ついた。日本が国ぐるみで『性奴隷』にしたなどと、いわれなき中傷が世界で行われているのも事実だ」(10月3日の衆議院予算委員会)とする安倍首相の認識は、「慰安婦」の強制連行について、日本軍の関与を認めた河野談話を継承するという政策方針と矛盾している。河野談話を掲げつつ、その実質を骨抜きにしようとする行為は、国内外の人々を愚弄するものであり、加害の事実に真摯に向き合うことを求める東アジア諸国との緊張を、さらに高める。 第二に、吉田清治証言の内容の真偽に関わらず、日本軍が「慰安婦」の強制連行に深く関与し、実行したことは、揺るぎない事実である。吉田証言の内容については、1990年代の段階ですでに歴史研究者の間で矛盾が指摘されており、日本軍が関与した「慰安婦」の強制連行の事例については、同証言以外の史料に基づく研究が幅広く進められてきた。 第三に、近年の歴史研究では、動員過程の強制性のみならず、動員された後、居住・外出・廃業のいずれの自由も与えられず、性の相手を拒否する自由も与えられていない、まさしく性奴隷の状態に置かれていたことが明らかにされている。強制連行に関わる一証言の信憑性の否定によって、問題全体が否定されるようなことは断じてあってはならない。 第四に、近年の歴史研究で明らかになってきたのは、日本軍「慰安婦」に関する直接的な暴力だけでなく、「慰安婦」制度と日常的な植民地支配、差別構造との連関性である。日常的に階級差別や民族差別、ジェンダー不平等を再生産する政治的・社会的背景を抜きにして、直接的な暴力の有無のみに焦点を絞ることは、問題の全体像から目を背けることに他ならない。 第五に、一部のマスメディアによる朝日新聞記事の報じ方とその悪影響も看過できない。「慰安婦」問題と関わる大学教員にも不当な攻撃が及んでいる。北星学園大学や帝塚山学院大学の事例に見られるように、個人への誹謗中傷はもとより、所属機関を脅迫して解雇させようとする暴挙が発生している。これは明らかに学問の自由の侵害であり、断固として対抗すべきである。 最も注目すべきは、5番目の指摘内容が187人の声明に直結した点である。同声明のタイトル「日本の歴史家を支持する声明」で言う「歴史家」とは、実際には、北星学園大学非常勤講師の植村隆元朝日新聞記者や「歴史学研究会」に所属する特定の「歴史家」のことであり、これらの特定の「歴史家」の主張をうのみにして、あたかも日本政府が「学問の自由」を侵害し、歴史学者一般を弾圧しているかのように批判しているのは妥当性を欠いており、不当な言いがかりに過ぎない。この特定の「歴史家」たちが指摘してきた「従軍慰安婦」に関する見解が朝日新聞の誤報の検証によって、いかに間違っていたかが検証され明らかになったにもかかわらず、この検証結果を踏まえず、特定の「歴史家」の立場に立って、一方的に政府の言論弾圧、「学問の自由」の侵害を批判するのは、的外れも甚だしい。事実で応えよ ダデン教授は3月17日の秦郁彦教授の記者会見で発表した日本の大学教授19人の声明を受けて、前述した反論を書き、「直接的な暴力による脅しを含む激しい憎悪に満ちたメールの集中砲火を浴びた」点を強調した上で、次のように批判した。 「今回の私たちの投書はこの教科書の内容自体を議論するものではなく、それが扱う歴史について確定的な見方を唱えているのでもない。……私たちが主張しているのはこの歴史から学ぶにあたっての学問の自由である。その自由とは何かというと、国家の検閲から自由な環境で学問的な探求をし、教育を行い、出版活動を行うことである。私たちの投書に対して秦氏は記者会見の場を設置し、秦氏や彼の仲間たちが米国の歴史学者や出版社は無知だとしてマグロウヒル社に送った声明を開示した。……その失敗ぶりは奇妙であった。……この問題の本質である被害者の深刻な人権侵害から目を背ける混乱をもたらした。」 このダデン教授の反論と歴史学研究会の声明には、共通する論点のすり替えが2点ある。1982年9月2日付朝日新聞。朝日の誤報は日本の国際的な信用を著しく傷つけた 第一に、朝日新聞の誤報によって国内外に広がった「狭義の強制連行」はプロパガンダ(宣伝)にすぎないことが明らかになったため、甘言や詐欺、脅迫、人身売買を伴う、本人の意思に反した「広義の強制連行」にすり替えて、「性奴隷」に他ならないと決めつけたこと。 第二に、問題の本質を「学問の自由」と被害者の人権の侵害という問題にすり替えたことである。ダデン教授は「その失敗ぶりは奇妙」と批判したが、「教科書の内容自体」や「それが扱う歴史についての確定的な見方」に関する歴史的事実について研究し学問的に議論するのが歴史学者の本分ではないのか。その本分を否定する非学問的態度(=反知性主義)こそ「奇妙」ではないのか。 ダデン教授が指摘する「国家の検閲から自由な環境で学問的な探求をし、教育を行い、出版活動を行う」ことは尊重されるべきであるが、「慰安婦は天皇からの贈り物」などという教科書記述に日本政府が抗議するのは当然である。日本政府には米教科書を検閲する権力はなく、米政府を経た外交的圧力もかけてはいない。事実の誤りについて指摘すること自体を「学問の自由に対する脅威」と捉えるのは間違いであり、「学問の自由」をはき違えてはいけない。 「自由な環境で学問的な探求を」と主張するのであれば、事実についての客観的な再検証を行い、事実をめぐる学問的議論を尽くすべきであって、「教科書の内容自体を議論するものではなく」などと歴史の真実の解明から逃げるのは矛盾している。「米国歴史学会」なのだから、日本の大学教授19人が「訂正勧告」を行った事実の間違いに対して、論点をすり替えないで正々堂々と学問的に応えるべきである。私たちが問題にしているのは慰安婦に関する評価や論評、解釈ではなく、事実の間違いに限定しているからである。歴史の解釈を政治問題化せずに、第一次史料に基づいて事実の客観的検証を積み重ねることこそが大切であり、それを踏まえた議論を深めることが求められているのではないか。“変化球”だらけ“変化球”だらけ ところで、冒頭で紹介した5月16日付け「東洋経済オンライン」報道が行われた背景には、「日米歴史家、韓国メディアの“変化球”に困惑」と題した5月7日付け「東洋経済オンライン」報道(福田恵介記者)に対する強い反発があったからであると推察される。論争点は一体何か。7日付け記事では、韓国メディア(聯合ニュース)が187人の声明は「安倍批判ではないのに『安倍批判』と断定」して「歪曲報道」したと批判した。 ちなみに聯合ニュースは、「声明発表を主導した米コネチカット大学のアレクシス・ダデン教授が聯合ニュースとのインタビューに答えた」として、「安倍政権がかつての河野談話の時のように過去の過ちに対する責任を認め、歴史歪曲や政争に用いることをやめるよう訴えかけるもの」と声明の趣旨を説明したと報じている。 この報道に対して福田記者は、「ダデン教授は署名者の一人であるが、内容を主導してはいない」という早稲田大学政治経済学術院の浅野豊美教授のコメントを引用しつつ、「聯合ニュースが報道したダデン教授のコメントはあくまでも個人的見解であって、『このようなコメントは今回の声明に盛られた研究者の相違とは全く違う』(浅野教授)」と厳しく批判し、さらに、次のように指弾している。 「聯合ニュースの報道の中身は、日本たたきで終始する、いつもの韓国メディアの論調から外れていない。英文も日本文もどちらも十分に理解できない(と思われる)特派員が、都合の良い論調で、しかも原文の意味を歪曲して伝えているとしか言えないような内容だ。……この声明の中では、『この問題は、日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりに歪められてきました』と明記されている。この部分を、聯合ニュースは都合よく外して報道しているのは間違いない。同報道では『大勢の女性たちが自らの意思に反して捉えられ、むごい野蛮行為のいけにえにされた証拠は明らかだ』としている。だが、声明では『大勢の女性が自己の意思に反して拘束され、恐ろしい暴力に晒されたことは、既に史料と証言が明らかにしている通りです』とのみ記されており、どこにも『むごい野蛮行為』『いけにえ』といった言葉はない。」 これに対して、187人の声明の署名者の一人である小山エミ(インターセックス・イニシャティブ代表)は、「声明の呼びかけ人がサンド氏とダデン氏の二人であることは公開されている」として、「声明に署名すらしていない浅野氏一人を根拠として、韓国メディアの報道に『日米歴史家』が『困惑』しているというのは、明らかな捏造だ」と批判し、次のように指摘している。 「(今回の声明は)文脈やタイミングから、明らかに安倍首相と日本政府の姿勢を批判するものだ。わたしは、3月にシカゴで開かれたアジア研究学会において、この声明のもととなる議論が行われた会合に参加した。その中心メンバーは、2月の声明(20人の共同声明)にも参加した歴史学者たちだ。彼らは、日本政府によるメディアへの(特定の識者を起用するように、などの)干渉が続いているなど、歴史修正主義を事実上政府が後押ししていることを踏まえ、歴史学以外の日本研究者にも呼びかけ、より大きな声明を発表することを決めた。声明を発表する一番の目的は、歴史修正主義的な政府と世論の圧力にさらされ、自由な研究や報道を脅かされている日本の歴史学者やジャーナリストらを支援することだ。」 今回の187人の声明の中心メンバーは2月に共同声明を出した歴史学者だというが、20人の内、8人は今回の声明には署名していない。この中には、全米歴史学会の次期会長も含まれている。この事実は一体何を意味しているのか。8人が署名しなかった理由は一体何か、20人と197人の声明の違いは何か、を明らかにする必要があろう。傘連判のようだ そもそもこの声明には宛名も代表者や連絡先の住所も書かれておらず、公文書の形式にもなっていない。筆者が確認したところ、首相の下に正式に届けられていないという。藤岡信勝氏は「唐傘に円形に署名して首謀者を分からないようにした傘連判のようだ」と揶揄しておられるが、有力な常識派のジャパノロジストが多く含まれている声明にしては、杜撰さが目立つ。 筆者は5月20日から韓国で開催されたアジア版ダボス会議「チェジュ・フォーラム」に出席し、ドイツ、カナダ、オーストラリア、インドネシア、中国代表(元首相クラス)らの「世界リーダーセッション」で司会をした韓国紙の中央日報の代表者が、安倍総理の「美しい日本」のビジョンについて関心を持ち、パネリストの福田元首相に質問したことが強く印象に残ったが、5月12日付け朝鮮日報の「世界的な歴史学者187人が韓国に呈した苦言」と題するコラム(キム・テイク論説委員)も注目される。 このコラムは、「声明に盛り込まれた二つの文が引っかかる」として、「慰安婦問題は日本だけでなく韓国や中国の民族主義的攻撃によりあまりにも歪曲され、政治家やジャーナリストだけでなく研究者たちさえも歴史的探求の基本的な目的を失っている状態だ」「元慰安婦たちの苦痛を避け、国が民族主義的目的のために悪用することは国際的な問題解決を困難にし、被害女性の尊厳をさらに冒すること」という指摘は、「自己中心主義への警告」であり、「韓国人に対する彼らの苦言も『第三者のものだから価値がある』と受け止めなければ、成熟した姿勢だとは言えない」と主張している。 歪曲報道が目立つ韓国紙にもこのような冷静な指摘があることは注目に値するが、187人の声明に対する我が国の反応はどうか。民間人有志数人が連名で188人の内133人にメールで発信した「『日本の歴史家を支援するための公開書簡』に関する幾つかの考察」は、声明が「『慰安婦』制度はその規模の大きさと、軍隊による組織的な管理が行われたという点において、そして日本の植民地と占領地から、貧しく弱い立場にいた若い女性を搾取したという点において、特筆すべきもの」と指摘したことについて、「兵士の性衝動にどう対処するかという普遍的問題として議論しなくてはならない。何故アメリカ、ソ連、韓国などのケースに触れないのか」と抗議し、次の四点が欠落しており、「冷静で理性的な意見の表明」とは言えないと厳しく批判している。(1)彼らの意見の根拠になる証拠を検証しない。(2)異なる場所で起こった同様の事象との比較考証を行わず、問題を具体的に、普遍的に論じる正当性を失っている。(3)反証をチェックしない。(4)その時点で有効であった法律をチェックしない。事実無根の宣伝が流布 さらに、日本の大学教授有志で共同声明を出す準備をしているが、主な論点を例示として列挙し、本稿をしめくくりたい。(1)「日本の歴史家を支持する声明」という声明のタイトルの「日本の歴史家」とは誰を指すのか。(2)「慰安婦強制連行は事実であり、慰安婦は性奴隷であった」と主張する20人の声明(前述した歴史学研究会の声明も同趣旨)と197人の声明はどのような関係にあるのか。20人の内、8人が署名しなかった理由は一体何か。(3)日本に対して「歴史解釈」の一致を求めているのか。(4)米マグロウヒル社の歴史教科書記述や2007年の米下院決議、慰安婦碑文の事実誤認についても検証する必要があるのではないか。(5)「日本だけでなく、韓国と中国の民族主義的な暴言によっても、あまりにも歪められてきた」というが、米下院決議も「民族主義的な目的のための利用」に該当するのではないか。(6)満洲やドイツなどで敗戦国民の婦女子をレイプしたソ連軍、米兵向けの慰安施設をGHQの命令で作らせた米軍や、朝鮮戦争中に朴大統領の命令で作られた国連軍(米軍)向け基地村、ベトナム戦争中に韓国軍が自軍兵士用に運営したトルコ風呂などと比べて、日本の慰安婦制度が「特筆すべきもの」と断定する根拠は何か。(7)声明の言う「正しい歴史」とは何か。(8)「歴史家の中には、日本軍が直接関与していた度合いについて、女性が『強制的』に『慰安婦』になったのかどうかという問題について、異論を唱える方もいます」とあるが、異論とは誰の学説なのか。(9)事実無根のプロパガンダが国際社会に広がっていることは解決すべき課題であり、協力を期待したい。 なお、3月の「訂正勧告」に賛同した日本の大学教授の中には、187人の声明には傾聴に値する指摘が多く含まれており、「偏見なき清算を、共に残そう」という呼びかけに共鳴し、真摯に応える声明を出すべきであり、「私たちも過去の全ての痕跡を慎重に天秤にかけて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、公正な歴史を生むと信じています」という指摘には全く同感であり、「この最も重要で最も基本的なところで、日米の歴史研究者たちが完全な意見の一致を見たというのは素晴らしいことであり、この上なく喜ばしいことである」と宣言し、この核心部分以外の問題点には言及しないという基本姿勢を貫くべきであるという大所高所に立った有力な意見もあることを付記しておきたい。 大沼保昭・明治大特任教授は「お互いが共通の認識を持っているというポジティブな側面こそ大切に考えるべきだ」と指摘しているが、筆者も同感である。たかはし・しろう 1950年、兵庫県生まれ。早稲田大学大学院修了後、米国スタンフォード大学フーバー研究所客員研究員、政府臨時教育審議会専門委員、埼玉県教育委員長を経て、現在、明星大学教授。政府男女共同参画会議議員、一般財団法人親学推進協会会長。主な著書に『歴史の喪失』(総合法令出版)、『教科書検定』(中公新書)、『歴史教育はこれでよいのか』(東洋経済新報社)などがある。

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    中立を装う朝日新聞の欺瞞と独善

    古田博司(筑波大学大学院教授) 昨年は朝日新聞社の慰安婦誤報事件をめぐり、様々な検証が行われてきたが、どうもいまいちすっきりしない。いったい何がいけなかったのか根本が極められていないので、朝日以外の他社の新聞記者にまで世上を見る際の視座に不安を及ぼしているというのが現状ではないだろうか。 「角度を付けすぎてはいけないんだ」とか、「特権振りかざすような気分はひかえなければ」とか、「一方に過剰に偏ってはいけない」とか、いくらでも教訓は引き出せるが、教訓というのは断片にすぎないから弥縫策にしかならない。 そこで私は考えたのだが、朝日新聞のまちがいの根本は、「均衡中立性崩壊」にあるのではないか。本来、世上では様々に反対意見の集団が対峙しているし、世界では様々な国々が対立している。それがビリヤードの玉のようにぶつかり合う。そこに政治が生まれるのだが、この政治にははじめから均衡点がない。 あれば皆がそこを目指すからいつかは平和な状況がやってくると期待することができるはずである。でもないので対話の機会を設けて互いに説得し合う。あるいは似た色の玉同士で同盟を作り、圧力をかける。どうしようもなければ局地的に少し暴れる。でも現在では熱い戦いにはなかなかならない。下手をすれば自分が滅亡してしまうことをよく知っているから、摩擦を起こしながら相手を動かしていく。 国会中継を見ていても、昔のように議論白熱し武闘派が暴れるようなことは最早ない。みんなフリップをもってきて、ビジュアルに訴えるような形で説得する。議論や熱い戦いの時代は去り、説得と圧力、摩擦で反対側を動かしていくのである。均衡点はあらかじめあるわけではないから、先んじて中立点をつかむことはできない。中立性をつかんだ気になり、自分こそ客観的だと思うことが危険なのだ。 中立性と客観性は明らかに別物である。反対側の相手にだって客観性はある。だからこそ反対側の人々からも説得力のある意見が当然聞かれる。 朝日新聞社は率先してこの時代の先見性をはずしたのだと思う。はじめから均衡点があると過信する。たとえば日本と中韓もこの均衡点に向かっている。だから平和は双方が議論し、歩み寄りに努力すれば可能なのだ。 自分はこの均衡の位置から中立的に両者を高みから見下ろせばよく見えるはずだ。それで、そうしようとするのだが、そんな場所はないのでどちらかに転がり落ちる。自分は日本人だから日本側に落ちそうになるかもしれない。頑張って落ちないようにしようとすると中韓の側に落ちる。そこで日本の平和への努力不足を批判するという無難な形でこれまでやってきた。 朝日新聞の「日韓国交五十年 歴史の節目に歩み寄りを」(二〇一四年十二月三十日付)の社説は、日本と韓国の間で何とか中立性を奪取しようとする苦肉の策だった。あれほど世間的に批判されたのだからそうされないように、「角度を付けないように」「偏らないように」「傲慢にならないように」と、必死にやじろべいをした。 でも慰安婦の「強制性」を否定したら負けなのでナニクソと「一方で『韓国には軍に無理やり連れて行かれた』と証言する女性がいる」と述べた。この時点で、実は韓国側に転がり落ちている。中立性など均衡点のない世界では無理なのである。でも、次もナニクソと踏ん張る。「韓国の朴槿恵大統領も(省略)日本が加害者であるからといって、ただ提案を待つだけでは問題の決着はありえない」と、韓国側もいさめてみせる。 この時点で読者はげんなりする。こんなに相手側に転げ落ちてまで、まだ中立点に自分がたっていると信じ込んでいる愚かさが「欺瞞」という匂いで読者の鼻を衝くからである。 そして最後に、先見性から物の見事に失墜する。よせばいいのに、「国交正常化に、安倍首相の祖父の岸信介氏は大きく関わり、朴大統領の父、朴正煕氏は国内の反対を押し切って決断した。このままでは日韓双方で当時の決断を疑問視する声さえ強まりかねない」と言ってみせた。 今は過去になったのではっきりしているが、韓国は日米の圧力に屈し、六月二十一日外相会談をもち日本に妥協するとともに、翌日両国で催された日韓国交五十年式典に各々の首脳が出席し、韓国は日韓基本条約の基本線にもどったのである。 朝日新聞社の一体何がいけなかったのか。これで明らかになったと思われる。それは「均衡中立性崩壊」の現代で、崩壊に気づかずに、ことさら中立性を取ろうとして日本の反対側に転がりつづけたことである。新聞記者諸兄姉には是非注意してほしい。世界にあらかじめ均衡点などなく、中立性は取れないのだ。 どちらかに視座をしっかりと据えて、反対側の意見も無視しないことである。反対側にも客観性があることを肝に銘じ、自分がどちら側についているかしっかりと自覚して筆を執る。では、いったいどちらに付いたならばよいのか。それが先見性というものなのである。先見性から失墜すれば、当然予測を外し、せっかく正義の中立点を取ろうとした者が悪になる。朝日の誤報事件は秀才がこの先見性に恵まれていないことを秘かに暗示している。

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    慰安婦問題はもうウンザリです

    久しぶりに来日したドイツのメルケル首相が慰安婦問題に言及したとか、言及していないとかで、またも大騒ぎになりました。せっかくの歓迎ムードをぶち壊した左派勢力の人々には呆れるしかありませんが、それにも増して勢いづく韓国の反応をみていると、さすがにもうウンザリです。

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    日韓歩み寄り説く韓国教授の書「親日は非国民」と事実上発禁

    続けてきたアジア女性基金(※注)が解散したのを受け、日本外国特派員協会で会見を行なった。そこでは、「慰安婦問題に対する日本の対応が、韓国ではほとんど理解されていない」「『日本は謝罪も補償もしなかった』というような言葉がまかり通っている」 と、韓国側の無理解に言及した。その他にも、「(慰安婦)動員の過程において、韓国人もかかわっていた事実があります」 と語り、日本軍による強制連行ではなく朝鮮の業者が慰安婦を集めていた事実に触れている。一方で戦時中の日本を全面的に擁護するわけではなく、慰安婦問題が「植民地化という(韓国側の)被害の中で起きたこと」であるとし、日韓双方の責任に触れていた。 『帝国の慰安婦』でも、日本の植民地支配が慰安婦を生んだ原因だとしつつ、韓国社会に根付いた「20万人の少女が強制連行された」という認識は歴史事実に反すると論証している。 書籍が発売されたのは一昨年8月だが、「ナヌムの家(元慰安婦の共同生活施設)」で暮らす元慰安婦たちが訴えを起こしたのは昨年6月になってからだった。「朴教授は冷静な議論のできる人だから、ハルモニ(おばあさん=元慰安婦の意)からも信頼を得ていた。朴教授に日本軍と自分を売った父親のどちらが憎いか、と問いかけられて『それは父親だ』と答えるハルモニもいた。ただし、慰安婦支援団体の中には朴教授への反感がくすぶっていた。朴教授と最も信頼関係が深かった91歳の元慰安婦が昨年6月に亡くなると、その1週間後に今回の訴訟を起こしたのです」(韓国紙記者) 都合の悪い「事実」を証言する元慰安婦がいなくなった途端、訴訟が起きたわけだ。さらに驚かされるのは、裁判所がその訴えを認めたことである。【※注】アジア女性基金/元慰安婦に対する補償(償い事業)などを目的として1995年に発足。日本政府の出資金と国内外からの募金によって運営されたが、韓国では補償が国家賠償ではないことを慰安婦支援団体から厳しく批判された。2007年3月末に解散。関連記事■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 毎週行われる韓国の慰安婦デモ 反日の組織力と執拗さすごい■ 韓国で「慰安婦は売春婦と認めよ」と主張の署名サイトが出現■ 韓国 慰安婦を人権問題として世界に注目させ日本の譲歩狙う■ 中国で安重根記念館開館 今後は慰安婦証言の世界遺産化狙う

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    米教科書「慰安婦記述」 歴史学者は偽情報に踊らされた

    実害」として報告した。 同報告書は米国主要3紙、韓国主要7紙の資料解析によって、米韓の主要メディアが慰安婦問題を報じるようになったのは、朝日新聞の誤報以降であることを論証し、同紙の誤報の国際的影響がいかに大きいかについて立証した。 同プロパガンダは慰安婦碑や米国の歴史教科書にも影響を与え、日常生活での嫌がらせやいじめなどの実害が生じている。精神的苦痛を受けた在米日本人らが原告となり、損害賠償と主要米紙などへの謝罪広告を求めた訴訟を2月18日、東京地裁に起こした。 この嫌がらせやいじめはカリフォルニア州、ニュージャージー州、カナダなどにも広がっており(『正論』3月号の拙稿「『慰安婦』でここまできたアメリカの日本人差別」参照)、子供たちの慰安婦碑・像への遠足の実施が拍車をかけている。 「南京虐殺」は「40万人」、慰安婦は「天皇からの贈り物」と明記した米マグロウヒル社の世界史教科書の記述に対して、昨年11月7日、日本政府は訂正申し入れをした。 1月29日の衆院予算委員会でこの問題について自民党の稲田朋美政調会長が取り上げ、安倍晋三首相は「愕然(がくぜん)とした。主張すべきはしっかりと主張していくべきだ」と答弁した。 2月5日、19人の米歴史学者が「日本の歴史家を支持する」と題した共同声明をメディアに送り、日本政府の訂正申し入れに対する「驚愕の思い」を表明、「国や特定の利益団体が政治目的のために、出版社や歴史学者に研究成果を書き換えさせようと圧迫することに反対する」と厳しく批判した。米国の公立高校で使用されている教科書 同声明文には1月29日のニューヨーク・タイムズが、安倍首相が国会審議の場で、政府が「なすべき修正に失敗した」ことを知って「衝撃を受けた」と語ったと書かれているが、全くの誤報である。 また、1月18日の韓国SBSテレビと1月21日の朝鮮日報の報道により、前述した「特定の利益団体」とは「新しい歴史教科書をつくる会」を意味し、筆者が慰安婦碑・像を調査したことと政府の訂正申し入れの「動きと正確に一致」し、「『つくる会』が実査作業を行い、日本政府に報告していたことが確認された」という悪質なデマ宣伝に踊らされて、同声明文が出されたことが判明した。 筆者は埼玉県教育委員就任に伴い11年前に「つくる会」を退会しており、昨年12月末に複数の州で行った高校生からのヒアリングの内容を伝えるためにニューヨーク総領事館を訪れたのは12月24日であるから、11月7日に訂正を申し入れた日本政府の「動きと正確に一致」しないことは明白である。 韓国の偽情報に基づいて出された同声明文は「学問に対する自由」を盾にしているが、「学問の自由」とは評価や論評とは区別すべき事実についての批判を受けない権利や学問の権威の下に一切の批判を許さない権利ではない。 前述した米教科書には歴史的事実を捏造(ねつぞう)した記述が多数あり、日本の教授有志で著者と出版社に公開質問状を出し、日米の公開討論を申し入れる予定である。たかはし・しろう 埼玉県教育委員長など歴任。明星大学教育学部教授。男女共同参画会議議員。 関連記事■ 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した■ ニューヨークタイムズにいじめ訴える朝日元記者■ 歴史認識で中韓に介入根拠を与えた朝日新聞

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    <特別対談>慰安婦問題はフィクションだ

    トが語る中国、韓国のウソ   人権問題ではなく政治問題   古森 今回、慰安婦問題についてアメリカの軍事ジャーナリストであるマイケル・ヨン氏と話したいと思います。私が最初にワシントンでこの問題に携わったのは、1990年代半ばでした。そして慰安婦問題がアメリカで注目を浴びるようになった最大のきっかけは2007年、カリフォルニア州選出の下院議員のマイク・ホンダが提出した慰安婦問題に関する対日非難決議(「慰安婦の人権擁護」、下院決議121)の可決です。一介の下院議員が起こした運動がなぜ、ここまで大きな問題に広がってしまったのか。そのプロセスの水面下にはさまざまな激しい動きがありました。  さてマイケル・ヨン氏は、アルカイダやイスラム原理主義過激派のタリバンと戦うアメリカ軍の活動を至近距離から報道し、全米で注目を集めたジャーナリストです。アフガニスタンやイラクの戦地の最前線で長い年月を過ごし、「軍隊とは何か」を知り尽くした人物が、2014年9月に日本を訪れ、慰安婦問題の実態を調べていると聞いたときは本当に驚きました。いったい、何がきっかけだったのでしょう。 ヨン 長年、戦争の現場を見続けるうちに、私は地政学に強い関心をもつようになりました。そのなかで明らかになったのは、中国がさまざまな手段を用いて日本、韓国、そしてアメリカのあいだを切り裂こうとしている、ということです。3カ国のあいだに亀裂が入れば、中国の南シナ海での勢力拡張や尖閣諸島の獲得が有利になるからです。慰安婦問題が拡大して最も利益を得るのが中国であることはいまや明らかです。そして次にメリットを得るのは、日本から賠償金や慰謝料を求めようとするごく一部の女性活動家群、さらに政治力の拡大を目論む一部の共産主義勢力です。 古森 加えて一部のアメリカ人の評論家、学者やジャーナリストも、「安倍叩き」のために慰安婦問題を利用しています。オバマ政権もその前のブッシュ政権も安倍晋三氏の対米協力路線、日米同盟や日本防衛の重視路線を歓迎してきました。しかし、民主党リベラルのオバマ政権やその周辺には安倍首相の日本の独自性重視に奇妙な警戒を見せる向きがあります。  国家のために戦死した人たちへの弔意表明という概念にも違和感を見せる向きです。こうした人たちが安倍氏をナショナリストとか右翼、反動的と呼び、批判するのです。理屈に合った反発とはいえません。本能的、生理的な反発とでもいいましょうか。そういうところからアメリカでの慰安婦問題を使っての安倍攻撃という現象が起きるのだと思います。 マイケル・ヨン氏 ヨン アメリカの新聞記事を読むと、お決まりのように「日本で右翼勢力が拡大している」という話で始まり、人権侵害としての慰安婦問題に話が移ります。しかし、考えてもみてください。アメリカの国内には人権問題がいくらでもあります。私がいまいるタイにも、メキシコにももっと大きな問題があります。何がいいたいかというと、慰安婦問題は人権問題ではなく、政治問題なのです。たとえばアメリカ下院でマイク・ホンダと連動している女性活動家、ミンディ・カトラーの関心は女性の人権、フェミニズムにあると主張しています。では、なぜいま現在の中国の女性の人権弾圧を問題にしないのか。さらには、もし本当に人権が問題であれば韓国だけでなく、インドネシアやタイ、フィリピンから、日本に対する訴訟がもっと起きないとおかしい。  韓国の朴槿惠大統領も、日本について発言するときは必ず慰安婦問題を絡めてきます。しかし、本当の主役は韓国ではありません。慰安婦問題を地政学的、政治的問題の道具として利用しているのは中国です。いわば韓国は、中国の操り人形として利用されているだけなのです。   終戦70周年の対日攻撃はすでに始まっている ヨン 近年、カリフォルニア州のグレンデールに慰安婦の銅像が立ち、私も二度、現地を訪れました。そこでは日本の共産党関係者の一行が、KAFC(在カリフォルニア韓国系米国人フォーラム)の一団と談笑していました。彼らは共産党支持者で、『しんぶん赤旗』に載った記事か広告を契機にグレンデールへの訪問を実現させたというのです。  グレンデール慰安婦像の碑文には数多くの国が列挙されており(「大日本帝国の軍隊によって韓国、中国、台湾、日本、フィリピン、タイ、ベトナム、マレーシア、東ティモール、インドネシアの故郷から移住させられ、強制的に性奴隷にされた20万人以上のアジアとオランダの女性たち」)と、まるであらゆる国々がいまも日本に敵対しているかのようでした。  私は現在、碑文で挙げた国の一つであるタイにいますが、「反日」など欠片も感じません。にもかかわらず、碑文には日本へのタイの敵意も刻まれている。なぜでしょうか。グレンデールで起きた裁判の訴状を見ると、グローバル・アライアンス(世界抗日戦争史実維護連合会=抗日連合会と略)が姿をみせています。この組織は在米中国人を中心とし、中国政府との協力も密接です。慰安婦問題ではこの中国の動きこそが核心なのです。  2007年に公表されたIWG(ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班)のアメリカ議会宛て最終報告に明記されているように、7年近くかけて約3000万ドルをつぎ込んだ調査の結果、「慰安婦問題の犯罪性や性的奴隷化の証拠はどこにもない」旨がアメリカ議会にも提出されています。「日本軍が20万人のアジア女性を強制連行して性的奴隷にした」という主張はまったく根も葉もない幻だったのです。 古森 周知のように、慰安婦問題の核心は旧日本軍と政府が朝鮮や中国、その他アジア各国の女性を強制的に連行し、同様に強制的に性的サービスを供させたか否か、という点にあります。私の見解――現在の日本政府も同じですが――は「そのような強制性はなかった」というものです。 ヨン KAFCのような組織を通じて、韓国人が慰安婦問題に深く関与していることは事実です。が、背景を注視すると、明らかに中国の手が伸びている。いまや沖縄(宮古島)にも慰安婦像ができているのですよ。もはや中国は天才としか言いようがありません。現地の人はそのような像の存在など知らないわけですが、韓国人はグレンデールなどに行って、「日本人も沖縄にこんな像をつくりましたよ!」と言い募る。実際は中国が背後にいて、慰安婦像を建てさせているわけです。 古森 2015年は第二次世界大戦終結70周年にあたります。おそらく中国は「中国とアメリカ、ソ連と欧州各国は共にナチス・ドイツと日本に対抗した同盟国だった」という事実を強調し、日本に対するネガティブ・キャンペーンを仕掛けてくると思われます。日本国内でも中国の動きに対抗する準備をすべきではないか、という声が広がっています。 ヨン 中国はすでに動いていますよ。すでに、あらゆる場所に戦争記念館を建てているではありませんか。南京もそうだし、台湾の一件(「抗日戦争記念館」と「慰安婦歴史展示館」を2015年に開設すると台湾・馬英九総統が表明)もニュースで明るみになりました。慰安婦問題で日本を攻撃するのは「計画」の段階ではなく、すでに実行されていることです。   本の力はバカにならない 古森 なるほど。繰り返し聞きますが、あなたが日本の慰安婦問題に関心をもつようになったのは、軍隊との接触の体験も理由の一部だったのですか。あなたはイラクやアフガニスタンの従軍報道で声価を高めました。しかし日本とはとくに関わりがなかったはずです。ただし日本軍の慰安婦という課題であれば、現代でも「軍隊と性」という共通要素はあると思うのですが。 ヨン はい、そうした要因もあるといえます。しかし私は直近の10年間をアジアで過ごしていますが、理由はこの地域に注目しているからです。アフガニスタンとイラクの戦場報道である程度、世間に知られるようにはなってきましたが、最近はタイの紛争も取り扱っており、ウェブサイトでも好評をいただいています。  そして20年間で7カ国を渡り歩くうち、先述のように慰安婦問題や「南京大虐殺」「靖国神社」が日本への不当な攻撃の武器として利用されている構造が見えてきました。攻撃を実行しているのは中国です。そして、中国の狙いは実際に効力を発揮しています。 古森 中国や韓国がこれらの問題を持ち出す動機は、ある意味で理解できます。中国共産党は「反日」を半永久的な統治の口実、つまり統治の正当性として利用しています。国民の不満のはけ口としても「反日」を使っています。韓国も政権が国民の人気取りのために日本を叩き、ののしる。これまた政治カードとしての反日です。  しかしけしからんと思うのは、アメリカのジャーナリストや学者、政治家まで中国の「反日」工作に乗ってしまい、「かつての日本はおぞましい蛮行を組織的に行なっていた」という宣伝を信じ込んでしまっていることです。 ヨン たしかに中国や韓国はまだしも、オバマ大統領やヒラリー・クリントン前国務長官が慰安婦や靖国のことで日本を批判すると、日本人は「なぜ、われわれの国内問題に友邦が口を挟むのか」と憤りを感じることでしょう。しかしアメリカ人は、中国を信用していません。古森さんはアメリカに長く暮らしているので、大多数のアメリカ人が日本に好印象をもっていることを実感しているでしょう。 古森 はい、平均的なアメリカ国民のあいだにはまだまだ日本への善意や好意はありますね。でもなぜ、指導層を含む一部に日本に対する誤解が生まれるのでしょうか。 ヨン 本の力はバカになりません。『ザ・レイプ・オブ・南京』を書いたアイリス・チャンは明らかに精神的に病んでいたわけですが、それは別として、あの本には明らかな欠陥がありました。にもかかわらず、世界的に大きなインパクトをもたらした。日本でいえば吉田清治の本も同じです。  もう1つ、例を挙げましょう。“Three Cups of Tea” という本を書いたグレッグ・モーテンソンのことです。この本そのもののストーリーは素晴らしい。内容は、彼がK2(新疆ウイグル自治区とパキスタンの国境のあいだにある世界最難関の高峰)に登ろうとして――登山そのものは事実です――遭難し、パキスタンの村人に助けられる、という物語です。命を救われた恩返しとして、モーテンソンは長年にわたり、パキスタンの村々に学校を建てつづける。  “Three Cups of Tea” は300万部以上の売り上げを記録し、モーテンソンは2010年の時点で2300万ドル以上の資金集めに成功しました。彼は全米のみならず全世界を講演で回り、一回当たり3万ドル以上の講演料を得ました。さらに、オバマ大統領が受賞したノーベル平和賞の賞金から個人的に10万ドルを拠出してもらい、クリントン元大統領の推薦も取り付けました。最後にはグレッグ・モーテンソンはアフガニスタンにおける総司令官・マクリスタル将軍のアドバイザーとなり、彼の著作はアフガニスタンに駐留する米軍人すべての必読書となりました。こうしてモーテンソンは何千万ドルものお金を掻き集め、アフガニスタン戦争のアドバイザーにまで上り詰めました。  ところが――登山以外、すべての話はウソだったのです。 古森 とんでもない話ですね。 ヨン 私も、グレッグ・モーテンソンの物語は嫌いではありません。一部に真実は含まれているかもしれません。だが、全体は完全なフィクションといってよい。アイリス・チャンの『ザ・レイプ・オブ・南京』も同じことです。ごく一部だけ含まれた真実に世間が感銘を受け、地球規模に一冊の本が広がっていく。「南京大虐殺」の数も、アメリカではかつて約2万人が殺された、と見積もられていました。ところがその後、4万人に数が膨らみ、いまや30万人といっています。しかしあなたが指摘しているように、人口が30万人いない土地で30万人を殺すことは不可能です(笑)。戦うことだけで手一杯だった 戦うことだけで手一杯だった 古森 あなたの慰安婦問題に関する見解は、彼女たちは軍人を対象とした「売春婦」であり、軍が慰安所を管理するという意味での関与はあったが、主要部分は本質的に売春という商行為だったということですね。 ヨン 日本軍の将校は戦うことだけで手一杯だった。そんなときに、兵士という貴重な人員を女性の誘拐に割くはずがありません。女性を本当に強制連行するならば、拘束したうえで輸送し、保護のために食事を提供しなければなりません。背後から襲いかかる敵にも直面しなければなりません。戦闘中の軍隊がそんな愚かなことをしますか。  また、そのような大規模な拉致という犯罪があれば、女性側の家族も含め、膨大な数の証人を残すことになります。たんに女性だけを拉致するという話ではない。済州島がよい例で、吉田清治が書いたようなことを本当に軍がしたら、島全体に話が広がりますよ。島民に知られないまま、200人の女性を駆り出すなどできるはずがありません。住民200人の目の前で3人の女性を連れ去ったら、計203人の目撃者がいることになる。万単位の女性が被害に遭ったならば、数百万人単位の証人が残るということです。だが、そんな目撃の記録はない。  それほどの規模で強制連行があったとすれば、なぜ大規模な反乱が起きなかったのか。まったく説明がつきません。私が戦地の真っ只中で何年も過ごしてわかったのは、「前線の将軍はつねにさらなる兵士と武器を求める」ということです。補給はいくらでも欲しい。無駄な人員を充てる余裕などありません。 古森 あなたはイラクとアフガニスタンなどでアメリカ軍の活動を間近に見てきました。軍のあるところでは必ず、売春をする施設と女性が現れるという現実を目撃してきたわけですね。 ヨン 韓国がよい例でしょう。私は5年間、陸軍に所属していました。私自身、韓国に駐留したことはありませんが、アメリカの兵士たちが韓国について語るのは、決まって「韓国は寒い」「売春が盛んである」の二つです。表向きはマッサージパーラーの場所があり、内部で何が起きているかは誰もが知っていたという。戦場で戦うのは若い男たちです。小遣いがあれば次はセックス、となるのが当然でしょう。そこにお金を求める女性が集まり、取引が成立する。第二次世界大戦中のホノルルもそうでした。ホテルストリートは軍が経営する売春宿が並んでいることで広く知られていました。 古森 慰安所そのものですね。 ヨン ほぼ同じです。実務を取り仕切る出入り業者がいて、女性を用意する。軍は値段設定に関与していました。1980年代の在韓米軍基地に売春婦が出入りしていたのは、厳然たる事実です。現在のイラクとアフガニスタンでも、フィリピン人女性がメイドや美容師のかたちで入国し、売春をしていた実態はよく知られています。 古森 つまり、大日本帝国陸軍は性の問題を抱えた唯一の軍隊ではない、と。 ヨン タイでは毎年、「コブラ・ゴールド」と呼ばれる合同軍事訓練が行なわれています。アメリカのほかにタイ、マレーシア、シンガポールなどアジア諸国の軍隊が集い、日本も参加しています。コブラ・ゴールドに参加する若い海兵隊員が、厳しい訓練が終わったらどこへ行くのか。聞くまでもないことです。 古森 あなたから見ると、日本の慰安婦は性奴隷とは程遠い存在だということですね。 ヨン OWI(アメリカ戦時情報局)の報告書を読めば明らかですが、日本の慰安婦の平均年収は9000円でした。日本軍の将軍の平均年収が6600円だった時代の話ですよ。さらにいうと、この額はすべての必要経費を支払ったあとの手取り額で、実際には1万8000円以上を稼いだことになります。売春宿が半額取ったとしても、なお9000円残るのです。 古森義久氏 古森 最近、日本の『朝日新聞』が長年の慰安婦報道について訂正記事を出しましたが、残念ながら海外にはあまり届いていません。「私どもの新聞は日本軍が女性たちを強制連行して性奴隷として慰安婦にしていたと報じたが、実際には強制連行はなかった」という訂正です。しかしアメリカ人の学者や評論家は、いまだに「軍に強制連行された従軍慰安婦」の存在を鵜呑みにしている。そして近年の日本を右傾化の一語で括り、安倍首相がリベラル紙の『朝日新聞』を叩いている、という誤った見方がいまだに広がっています。 ヨン 『朝日新聞』は全世界を騙して、日本に深刻な問題をもたらしたままです。あなたがつねづね指摘しているとおり、アメリカの評論家にとって日本に関する情報源がいまだに『朝日新聞』である、という点が大きい。いまや「慰安婦」はかつてのグレッグ・モーテンソンのように、カルト的人気を誇る存在になってしまっている。モーテンソンの権威は失墜しましたが、いまだに彼の本を信じている人がいます。慰安婦問題に関心がある人は全員、先述のIWG報告書を読むべきでしょう。 古森 そうした誤解に対して、アメリカ人のあなたが正しい歴史認識を伝えるメッセージを発信しているのはありがたいことです。日本政府はまず、クマラスワミ女史が提出した国連人権委員会の報告(クマラスワミ報告)への公式な抗議から始めるべきでしょう。アメリカ議会下院が採択した慰安婦問題での日本糾弾の決議に対しても、その内容は事実ではないと言明していくべきでしょう。日本政府自ら、国際的に歴史の真実を発信しなければならない。日本の民間でも同様に発言を続けるべきです。 ヨン そのとおりです。私が育ったアメリカ南部、いまいるタイ、そして日本の文化に当てはまるのは「自分は何も悪いことはしていないが、とりあえず謝れば許してもらえて、事態は円満になるだろう」と考えることです。しかし韓国人や中国人は、相手が謝るとピラニアのように食いついてくる文化があります。日本人なら「一度、非を認めたのだからもういいだろ? 謝ったからといって罪を認めたわけではない」と思うでしょうが、中国人や韓国人は「有罪を認めた」といって畳み掛けてくる。日本文化の「本心が善であれば向こうは理解してくれる」という発想は変えたほうがいいでしょうね。 古森 その意味で、河野談話の見直しは重要です。外交的に正面からの見直しにはあまりに反発が多いということであれば、そのまま手を付けず、凍結させて、別の談話や声明で河野談話の「強制性」という部分などを骨抜きにすればよいわけです。とにかく現状のままだと、次世代の日本国民にとっての冤罪が続いていくことになります。 ヨン 河野談話を見直したうえで、クマラスワミ報告は根拠が薄弱であることを訴え、下院決議121の撤廃に向けて動くべきでしょう。この決議に何の拘束力もないことは、ワシントン在住が長いあなたなら十分ご存じのはずです。冒頭に吉田清治の証言が採用されているだけで、ウソとわかる代物です。日本はしつこく対日非難決議の欠陥と国連報告の欺瞞を訴えつづけなければなりません。中国の拷問で「ひたすら水に打たれつづける」というのがあるでしょう。あれと同じように徹底してやる(笑)。そもそも、90年代のうちに『朝日新聞』が誤報を訂正していれば、現在のような大問題にはならなかったはずです。 古森 そのとおりです。現にアメリカの最高裁も、『朝日新聞』や中国、韓国の誤りを認めています。2006年2月21日、アメリカ最高裁は第二次世界大戦中に日本軍の「従軍慰安婦」にさせられたと主張して日本政府に訴訟を起こした中国と韓国の女性15人に対し、「日本側の謝罪も賠償も、もう必要はない」という最終判決を下しました。これ以上、確固たる決定があるでしょうか。当時、アメリカ国内ではこうした訴訟が可能だったわけです。 ヨン 日本は韓国に対しては1965年の日韓基本条約で総額8億ドルの支払いを行ない、すべての補償は済んでいることが明らかにされている、と記憶しています。 古森 たしか日韓基本条約では、謝罪や補償という言葉は使われていません。あくまで「経済支援」という名目ですが、補償の意味が込められていたことは、いうまでもなく当時、日韓両政府の暗黙の了解でした。  最後に、ヨン氏からこの慰安婦問題に関して日本人一般に対して、なにかメッセージがありますか。 ヨン 大切なのは、慰安婦問題を大声でわめく韓国に対して日本が引き下がらないこと、そして中国の脅威に屈しないことです。アメリカは全体としてこの問題では中立です。アメリカの軍人およびアメリカ人女性は誰一人、慰安婦問題には関係がない、ということです。だから私自身も一アメリカ人として慰安婦問題への個人的な関わりはまったくない。あくまで中立の第三者として、またジャーナリストとして、この問題を調査し、分析するに至り、虚構部分が大きいことに気付きました。その点で私が最も恐れるのは、この慰安婦問題で吉田清治のような輩によってつくり上げられたフィクションにより、アメリカと日本の関係にヒビが入ることです。 古森 あなたのような完全に中立かつ何の利害関係もない立場から力強い言葉をもらい、日本人として勇気づけられる思いがしますね。アメリカ議会では共和党が上下院をともに握るなど、日米関係にとって晴れ間も見えてきました。私も歴史戦の挽回に向けて、微力ながらペンの力で戦いたいと考えています。 <構成:タカ大丸(ポリグロット〈多言語話者〉>関連記事■ 米軍慰安婦像が米大使館前に建つ日■ <現地レポート> 香港で始まる恐怖政治―― 「中国化」の波は止まらない■ 日本の立場を危うくする「アジアの時代」の足音

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    韓国よ、あなたがたの父祖はそんなに臆病だったのですか

    ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士・タレント) 私はこれまで、慰安婦問題について、漠然と歴史の真実だと信じていました。朝日新聞などが報道してきた慰安婦に関する記事も同様です。強制連行された従軍慰安婦の数を20万人とする報道に「人数が多過ぎるかもしれない」と疑問を抱いたことはありますが、基本的なストーリーは正しいのだと信じていました。嘘を嘘で塗り固めた冤罪話だとは考えてもいなかったのです。 それだけに昨年8月、朝日新聞が慰安婦問題の誤報を見開きで特集した時の衝撃は大きかった。それで自分でもいろいろと調べるようになり、夕刊フジで「反撃せよ!ニッポン」と題した短期連載を持ちました。自戒と反省も込めて、日本を取り巻くさまざまな虚構を調査し、日本人がきちんと反論や発信をできるように手助けしたいと考えたのです。慰安婦問題の分析を進める米ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏 そうしたなか、たまたま産経新聞のウェブサイトで在米ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏に関する記事を目にしました。著名な米国人ジャーナリストが慰安婦強制連行20万人説について、根拠が無いと一刀両断にしていたのです。「是非、彼の記事を和訳して日本人にも読んでもらおう」と考えました。ヨン氏に即座に連絡を取り、快諾をいただき、ブログ等で公表しました。直後から予想を超えた大反響がありました。 ヨン氏は元軍人の常識あるジャーナリストです。慰安婦問題だけでなく、いろいろなテーマを積極的に発信しています。彼の記事には変なイデオロギーを感じないし、政治的に偏った見方をしない人物だと思います。早速、彼の記事を私が翻訳したものを以下に掲載します(アドレスはhttp://ameblo.jp/workingkent/entry-11958461771.html)。ブーメランのごとき韓国の主張【日韓問題:第二次世界大戦中、韓国人男性が臆病者だったとでも言うつもりか?】▼なかなか晴れない疑問《第二次世界大戦中、大日本帝国陸軍が20万人もの韓国人女性を強制連行して、性奴隷(慰安婦)にしたという疑惑について、裏付けの取れない主張が現在も拡大し続けている。それらは主に韓国からの主張である。 慰安婦たちの主張を裏付ける証拠を求めて、米政府は3000万ドル(30億円超)の費用を掛けて調査を行った。 約7年の歳月を掛けて、大勢の米政府職員や歴史学者が過去の公文書を徹底的に調査した結果、有力な証拠は何一つ見つからなかった。結局3000万ドルが無駄に費やされた。 IWGの最終報告書は2007年に米国議会に提出され、発表された。 誰も、この報告書を最初から最後まで読むことなく、慰安婦問題について書いたり語ったりする資格を持っていない。 数多くの裏付けを取れない主張が韓国から次々と出されている。しかし韓国人の主張は、裏目に出てしまうことがある。 その当時の韓国(朝鮮半島)は実際のところ日本の一部だった。プエルトリコが米国の一部であるようなものだ。 日本軍には韓国人の兵士がたくさんいた。だから日本軍が20万人の女性を強制連行したのであれば、韓国人兵士が韓国人女性の強制連行に加担していたことになる。これはやっかいな現実である。しかし、もっとややこしくなる。 現在、韓国の大統領である朴槿惠は、日本が大勢の韓国人女性を強制連行したと何度もしつこく責め立てている。 この主張がブーメランのように戻ってくる様子を想像してみよう。朴大統領は日本が数十万人の韓国女性を、性奴隷にするために強制連行したと言うが、彼女の父親はその当時、日本軍の陸軍将校だったのだ。しかも韓国人男性が日本軍の行為に反抗して戦ったという証拠は何も残っていない。 戦争中、韓国の人口は約2300万人だった。そして現在、テキサス州の人口は約2600万人である。 テキサス州の女性を20万人強制連行しようとしたら何が起きるだろうか。きっと辺りは血の海に染まるだろう。その目的に動員された軍隊は何千人もの兵士を失うし、その報復として何千人もの市民が軍隊に虐殺されることは間違いない。 その場所には証拠がいくらでも残るだろう。写真、動画、戦闘の痕跡など。テキサスで20万人の女性を奪ってレイプしようとしたら、辺りは間違いなく血の海になる(しかし韓国にはそのような痕跡が無い)。つまり朴大統領の話は必然的に、第二次世界大戦中の韓国人男性は、臆病者の集団だったと言っていることになってしまうのだ。全く成り立たない韓国の主張 この件について日本軍の将軍や提督の立場からも考えてみよう。日本は米国、オーストラリア、イギリス、中国、さらに連合国とも戦争している最中である。どう考えても手いっぱいのはずだ。特に米国は海軍と海兵隊が進軍し、日本兵を見つけ次第どこであろうと攻撃していたのである。 軍隊の全ての指揮官は、常により多くの兵力と補給を求めるものだ。それが世の中の常である。誰か将軍に聞いてみるといい。もしくは企業の経営者に聞いてみるといい。競争相手に勝ちたい時、あるいは防御したい時には何が必要かと。彼らは常により多くの経営資源(=人、物、金)を欲しがるはずである。 20万人の女性を強制連行して、彼女たちを監視し、移動させ、食べさせる目的に経営資源を費やす将軍がいるとすれば、どんな種類の馬鹿なんだろうか。わざわざもう一つの戦争を作っているようなものだと気付くはずだと思うが? 日本人は軍事戦略を立てることに長けていた。日本人は独自に潜水艦や航空機、空母まで製造していたのだ。真面目かつ非常に賢明な民族でなければ出来ないことだ。 米軍と連合軍の攻撃がのど元まで迫ってきているのに、日本軍の将軍たちが貴重な資源を女性の強制連行に費やすはずが無い。彼らは戦争の真っ最中だった。春休み中だったわけではない。 真面目な軍人やビジネスマンであれば、20万人の女性を強制連行することの愚かさが常識として分かるだろう。全く馬鹿げているし、そんなことをしたら朝鮮半島内で新しい戦争を生み出してしまう。朝鮮半島(韓国)は日本の陣地である。そして韓国人は米国人を相手に戦争をしていたのだ。韓国人は我々(米国人)の敵だったのである。嘘は嘘であることに変わりない 韓国人男性の話に戻ろう。米陸軍が20万人のテキサス女性を強制連行しようとすれば、惨劇になるだろう。特に、軍人の中に多くのテキサス男が含まれていたとしたらどうなるだろうか。多くの韓国人男性が日本兵に含まれていたのと同じように。 テキサス男は立ち上がり、米陸軍を攻撃するだろう。橋は爆破される。兵士たちは毎日射殺される。基地は燃やされる。陸軍側も報復して全面戦争になるはずだ。 ということは、韓国人男性は韓国人女性を守ろうとこぶしを振り上げる人間が一人もいないほど臆病者なのだと我々は信じればいいのか? 数多くの女性が強制連行されるのを黙って許したのであれば、確かに韓国人男性は臆病者であり、その息子である現代の韓国人男性は、臆病者の父親を持っていることになる。 現実は私たちも良く知っているように、韓国人は臆病者などではない。韓国人はとても勇敢な民族だ。そうすると、実際には何が起きたのか? 資料を見ても、サルでも分かる常識で考えても、大規模な強制連行が行われた事実は無かったということだ。 全部が嘘だったのだ。誰かがどれだけ日本を憎んでいようとも関係が無い。嘘は嘘であることに変わりはない。 今までほとんど誰も存在すら知らなかったIWGの報告書を読んで欲しい(アドレスはhttp://www.archives.gov/iwg/reports/final-report-2007.pdf)。もし全部を読む時間が無いようなら、報告書の中で慰安婦(Comfort Women)を検索して、その部分だけでも注意深く読んで欲しい》ヨン氏の記事の大きな意義ヨン氏の記事の大きな意義 若干補足します。ヨン氏の記事に出てくるIWG(Nazi War Crimes & Japanese Imperial Government Records Interagency Working Group)の調査について、日本人は米政府が日本の立場を守るために調査を行ってくれた――と考えるかもしれません。しかし、事実は違います。 これは抗日華人ロビー団体による圧力の下で行われた調査なのです。ナチスと共に日本の戦争犯罪資料を調べれば、慰安婦を強制連行した証拠が出てくるであろうと、日本円換算で30億円以上の巨費を投じて、国防総省、国家安全保障局(NSA)、国務省、移民局、国立公文書管理記録局(NARA)、FBI、CIA、陸軍、海軍など、全米の省庁が垣根を越えて調査を尽くしたのです。 しかし、慰安婦強制連行の証拠は何一つ出てきませんでした。報告書の冒頭には“頑張って調べたが何も出てこなかった。残念だ…”といった趣旨の、在米華人ロビー団体に向けた記述があります。 日本にとって、調べてくれたことはひとまず良かった。しかし、調査の意図はあくまでも日本の戦争犯罪に関する機密資料を各機関から収集して公開することでした。結果は彼らにとって裏目に出ましたが、抗日在米華人のロビー活動が米政府を動かした事実は決して軽視すべきではありません。日本も対抗的な動きを取るべきですが、現状は何もなされていないに等しいと思います。 この調査報告書は2007年4月に出されました。ところがこの3カ月後の7月30日に米国下院で「従軍慰安婦問題の対日謝罪要求決議」が可決されています。マイク・ホンダ議員の下院への決議提出は2007年1月。ここから決議可決の7月までの中間でこの報告書は米議会に提出され、発表された。本当はIWGの調査で新しい証拠を発見し、日本叩きを加速させる狙いだったのでしょう。しかし在米華人ロビー団体が望んだような成果は得られず、米国人に特に関心の高い問題でもないのでニュースにもならず、何の脚光も浴びずに、ヨン氏が・発掘・するまで埋もれていたわけです。日本人にはないユニークな視点 ヨン氏の記事はユニークな視点に満ちています。韓国は我が物顔で日本人の悪口を世界中に広げていますが、当時、韓国と日本はひとつでした。彼らは言わば韓国系日本人だったのです。ここを大前提として押さえたうえで物事を考えるべきです。 例えば、朴槿恵韓国大統領の父、朴正熙元大統領は当時、高木正雄と名乗っていました。満州で志願入隊し、成績優秀者として日本の帝国陸軍士官学校に選抜された職業軍人で、ソ連軍との戦闘に加わっています。 そうした前提を押さえたうえで、韓国女性(日本国籍)が日本軍に20万人も強制連行されたと考えると、多くの矛盾や齟齬が導き出されます。 例えば、テキサス州の女性20万人を強制的にさらったら何が起こるかという問題提起もそのひとつです。「なぜ韓国人男性はそれを止めなかったのか」と疑問をぶつけ「韓国人男性は臆病者だったことになるじゃないか」と迫るわけです。事実、娘や姉妹、叔母などを強制連行されたという韓国人男性の証言を、今までに一度も聞いたことがありません。読者はどう考えても韓国人の主張が如何に荒唐無稽であるか。納得、実感してくれると思います。まだある私の論点集 ブログ等を通じて私は、慰安婦の強制連行は韓国のプロパガンダであると英語でも発信しています。しかし、米国人の大半はこの問題を気に留めていません。無関心なのです。朝日新聞による世紀の大誤報の訂正は米国人には届いておらず、今でも中国や韓国があれこれ日本の悪口を広めると、漠然と信じられてしまう。ケント・ギルバート氏 こうしたテーマの記事を載せると「じゃあ東南アジアの問題はどうなのか」などと議論を拡散させる意見が次々出てきて収拾がつかなくなる。今回の問題はあくまで韓国が主張する慰安婦20万人の強制連行があったか否かという論点の話です。 先の戦争の問題を正面から議論するには、私自身がもっと事実を調べなければならないと考えています。 今後、議論すべき問題として(1)東京裁判など戦犯裁判の問題(2)無差別爆撃の問題(3)原爆投下に関する問題(4)七三一部隊に関する問題(5)いわゆる南京大虐殺の問題(6)慰安婦を含む戦時中の女性の人権問題(7)日本国憲法――などを考えています。 このうち憲法第9条については、夕刊フジですでに書きました。今の日本国憲法を素晴らしいと多くの日本人は考えていますが、別にアメリカは日本に平和国家として歩んで欲しいとは全く考えていなかったし、今も考えていません。あれはペナルティ以外の何ものでもありません。 占領政策のなかで戦後の日本をどうするかをまとめた報告書があり、民主化、農地解放、財閥解体、教育改革…などが並んでいますが「平和憲法」の項目はありません。第9条は日本への制裁にほかならない。この点はしっかりと認識すべきです。 それから日本国憲法には国を代表する元首の規定がありません。天皇は元首ではなく象徴になっている。国の代表者を決めないなんて、普通の憲法ではあり得ません。 その他の論点も少しずつ資料を集めています。女性の人権問題についていえば、韓国では90年代まで韓国政府が関与する米軍兵士を相手にした慰安所が複数存在しました。ベトナム戦争時代のライダイハンの問題もあります。これらの深刻な問題も公平公正に議論すべきです。日本人よ反撃の発信をせよ 日本人は「国際人」という言葉に対する認識を改めて考えるべきだと思います。多くの日本人は世界を股に掛けて活躍し、国際情勢を熟知する人が「国際人」だと考えがちです。 でもそれは違います。世界を知ることも大事ですが、それは一要素に過ぎません。自国の文化や歴史、国民性なども熟知している必要があるのです。そこが日本は決定的に弱い。 慰安婦問題も日本を取り巻く近現代史や外交の常套手段を深く理解していればすぐに反論できたはず。それをしなかったから国連人権委員会には事実誤認だらけの報告書が提出され、米国内には奇妙な銅像がたくさん建ってしまった。日本人は公平公正な視点で近現代史を学び直した上で、歴史上の真実を世界に向けて堂々と主張すべきだと思います。ケント・ギルバート氏 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。80年、国際法律事務所に就職して東京に赴任。83年、TBS系列「世界まるごとHOWマッチ」に出演し、一躍人気タレントへ。最新刊は「不死鳥の国・ニッポン」(日新報道)。公式ブログ「ケント・ギルバートの知ってるつもり?」では辛口の意見を発信中。関連記事■ 日本がサンドバッグから脱するとき■ 「重く受け止めて」ないじゃないか! 驚愕の朝日・慰安婦社説■ 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した

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    それでも慰安婦にしがみつく朝日

    朝鮮半島で「慰安婦狩り」を行ったという吉田証言に基づくでっち上げ記事を取り消してから半年余り。いまだ慰安婦問題で貶められた日本の名誉は回復していない。本来ならば「慰安婦強制連行」の記事もすべて取り消すのが筋だが、それでも朝日が「慰安婦」にしがみつくのはなぜか。

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    慰安婦問題を生んだ「強制連行史観」に奪われた教育

    八木秀次(麗澤大学教授)慰安婦という反日国際謀略に利用されてきた教育 慰安婦問題とは何か。簡単に言えば、共産主義勢力が仕組んだ現在進行形の国際的謀略である。これは日本を犯罪国家に仕立てる冤罪であるばかりか、被害者を加害者に、加害者を被害者に入れ替える謀略である。 共産主義の落日が明らかになりつつあった1980年代後半、現にソ連が解体した90年代、共産主義勢力は未来を語れなくなっていた。そこで目を着けたのが日本の過去だった。彼らは既に日本の朝鮮半島統治について「帝国主義」の文脈で語り、事実無根の「強制連行」をジャーナリズムや教育の世界で定着させていた。共産主義者は、未来は語れなくても、帝国主義論を展開することで自らの歴史観を正当化することができた。「強制連行」は日本帝国主義の蛮行を示すシンボルとされた。そこに次第に力を得つつあった、これまたマルクス主義の亜流であるフェミニズム、ジェンダー論の要素が付け加えられた。女性は男性社会で虐げられているという言説である。「強制連行」+「ジェンダー」、これが朝鮮半島の女性が強制連行されて軍人の性の相手をさせられたという「従軍慰安婦」のストーリーである。 このストーリーが日韓両国にまたがる問題として浮上し始めたのは、ちょうど北朝鮮による日本人拉致を日本政府が認定しつつあるときでもあった。梶山静六国家公安委員長が参議院予算委員会で「昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と述べたのは昭和63(1988)年3月のことである。翌平成元年には、在日朝鮮人らのグループが日本政府相手の戦後補償裁判の原告となる元慰安婦らを韓国で募っている(提訴は平成3=1991年)。 また、13歳で北朝鮮に連れ去られた横田めぐみさん拉致事件をまるで打ち消すかのように、朝鮮半島で12歳の少女が日本軍に強制連行されて慰安婦にされたという話が喧伝された。挺身隊と慰安婦の混同による誤解だったが、現在、アメリカをはじめ世界で建てられている慰安婦像のモチーフになるストーリーである。 ジャーナリズムでも教育界でも、拉致問題は長くタブーだった。教科書に掲載するにも抵抗があった。多くの教科書に掲載されるようになったのは、平成14(2002)年、小泉純一郎首相が北朝鮮を訪問し、金正日総書記が拉致を認めた後のことであった。高校の授業で使われる社会科関連(日本史・世界史・政治経済・倫理)の検定用の、いわゆる「白教科書」 他方、慰安婦の教科書掲載には抵抗がなかった。河野洋平官房長官談話が出された平成5(1993)年8月より前の同年6月と翌(平成6=1994)年6月に検定合格した高校の歴史教科書(日本史A/B)9種と14種の計23種のうち、明成社を除く22種で記述されている。文部省(当時)への検定申請は合格の1年前のことであるから、22種の高校教科書の多くは河野談話発表前に慰安婦を記述した内容を検定申請し、残る教科書も発表直後に記述を追加したのだろう。 平成9(1997)年4月に検定合格した中学の歴史教科書では7種の全てで記述されている。なお、韓国の教科書で慰安婦が取り上げられるのは日本より遅れ、高校が1996年、中学が97年である。記述が増加するのは2002年からであり、慰安婦問題の火付け役が韓国ではなく日本であることの証左の一つだろう。 河野談話は「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と書いている。慰安婦問題を教科書に書かせ、「われわれ」特に日本の子供たちの「記憶」に永くとどめること、すなわち日本人自身が日本民族を呪詛したくなるような贖罪意識を植え付けること、これが河野談話の一つの目的であると言ってもよい。その先にあるのは日本という国家の弱体化と解体である。 河野談話は日韓の間の問題を解決しようとしたものである。そこになぜ教育の話が盛り込まれているのか。そもそも談話は日本統治時代の朝鮮半島での問題がテーマである。それなのに、個人レベルの戦争犯罪として処罰されたインドネシアでの事件を隠れた根拠とすることで、朝鮮半島で官憲等が組織的に強制連行して慰安婦にしたと読めるようになっていることは繰り返し指摘されている。現に河野官房長官は談話を発表した際の記者会見で強制連行の事実があったという認識なのかと問われ、「そういう事実があったと。結構です」と答えている。当の官房長官自体がそのような認識であったことがこの談話の性格を決定づけた。 この河野談話に限らず、慰安婦問題で日本の責任を言い立てる国内外の勢力は「教育」の場で取り上げることを執拗に要求する。不当介入にほかならないが、教育の場は彼らにとって反日謀略戦における一大「戦場」なのである。 河野談話発出の経緯が政府の検証で明らかになって談話の正当性が崩れ、朝日新聞も強制連行説の根拠であった吉田清治証言に関する記事を取り消した今、慰安婦に関する教科書記述も根本的に見直さなければならないことは言うまでもない。しかし、課題はそれにとどまらない。「朝鮮人強制連行」が慰安婦問題の土台 慰安婦強制連行説は、朝鮮人強制連行説の上にジェンダー論を加えたものであると指摘した。例えば、平成9年4月に検定合格した中学校の歴史教科書の記述を見てみよう。最大手の東京書籍には、先ず「朝鮮人強制連行」と題した1ページのコラムが掲載されている。 朝鮮人の強制連行は1939(昭和14)年から始まりました。最初は「募集」という形式でしたが、それは決して自由意思によるものではありませんでした。1942年からは、朝鮮総督府による「官斡旋」になりました。日本の公的機関が直接関与するようになったのです。総督府の割り当てに応じるために、警察官や役人が土足で家に上がり、寝ている男を家から連れ出すこともありました。抵抗する者は木刀でなぐりつけ、泣きさけびながらトラックに追いすがる妻子を上からけりつけたといわれます。(中略)1939~45年までの間で、約70万人もの朝鮮の人々がこうした強制連行によって日本に連れてこられたと推定されています。 こう書いた後、「もし自分が強制連行のような目にあったとしたら、どう考えるだろうか。想像してみよう」と生徒に問いかけている。 また、北海道などで多く採択されている教育出版の歴史教科書にも「地域から歴史を考える」「朝鮮・中国から強制連行された人々」と題する見開き2ページのコラムが掲載されている。■筑豊(福岡県)の炭鉱の金さん■ 金大植さんは、1943年2月、家で寝ているところを警察官と役場の職員による徴用令状をつきつけられ、集結地まで手錠をかけられたまま、125名の朝鮮人同胞とともに日本に連行されてきました。日本へ送られる途中の監視は厳しく、便所へ行く時にも7人の監視係の目が光っていた。一行が福岡県の田川後藤寺駅に着くと、彼らの逃亡を防ぐために、数百名の人々が待ち受けていた。(中略)全国の強制労働の現場では、日本人による暴行事件も多く起こった。こうした暴行や、事故・栄養失調などによって、強制連行された約70万人の朝鮮人のうち、実に約6万人もの人々が死亡したといわれている。 どうだろう。東京書籍も教育出版も、日本統治時代には朝鮮の男性たちがまるで奴隷狩りのように連行されて強制労働させられたと記述している。男を女に入れ替えれば、従軍慰安婦の強制連行説は容易に成立する。要するに慰安婦問題とは、朝鮮人強制連行説を土台に、スキャンダラスな性の問題を加えたものだということである。 実際、以上のような強制連行説が詳細に記述された後、別のページで強制連行と同じ文脈で慰安婦について記述されるのである。 また、国内の労働力不足を補うために、多数の朝鮮人や中国人が強制的に日本に連れてこられ、工場などで過酷な労働に従事させられた。従軍慰安婦として強制的に戦場に送りだされた若い女性も多数いた。(東京書籍) 労働力不足を補うため、強制的に日本に連行された約70万人の朝鮮人や、約4万人の中国人は、炭鉱などで重労働に従事させられた。さらに徴兵制のもとで、台湾や朝鮮の多くの男性が兵士として戦場に送られた。また、多くの朝鮮人女性なども、従軍慰安婦として戦地に送り出された。(教育出版) 他の教科書会社も同様である。 植民地の台湾や朝鮮でも、徴兵が実施された。慰安婦として戦場の軍に随行させられた女性もいた。国内の労働力が不足していたため、朝鮮から約70万、中国から約4万の人々が強制連行され、炭鉱などでの労働をしいられた。(日本文教出版) 朝鮮から多くの人々を強制的に日本へ連行しました…。これらの地域の出身者のなかには、従軍慰安婦だった人々、……などがいます。(帝国書院) 表現の濃淡はあれ、慰安婦の強制連行説に立った記述をしている。慰安婦の場合の強制連行の主体は明らかにしていないが、朝鮮人強制連行の場合は、警察官や朝鮮総督府の職員であるとしている。ここでは「官憲等」が「直接加担」した強制連行を記述している。 慰安婦強制連行説の根拠であった吉田清治証言を、メディアとして最も積極的に持ち上げていた朝日新聞が正式にその関連記事を取り消した今、強制連行説に立つ慰安婦記述は教科書には掲載できない。中学校段階では平成17年(2005)4月検定合格の教科書で慰安婦記述そのものが全ての教科書から消え、今日に至っている。その背景には、平成9(1997)年辺りから、民間や政界で「従軍慰安婦」の記述を中心に歴史教科書のいわゆる自虐的な記述が問題視され、「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の活動が始まり、その中で強制連行説の根拠が崩れたり、教科書採択の際に慰安婦記述が社会的に大きな争点になり、慰安婦を記述した教科書の採択を避ける動きがあったりしたことが考えられる。 しかし、高校段階はそうはなっていない。明成社の教科書はあるが、他の教科書の採択を脅かすほどにはまだなっていない。そういう事情もあっていわば書き放題である。現在使用されている平成24(2012)年4月、文部科学省検定合格教科書の記述を紹介しよう。 朝鮮の人々のうち、約70万人が朝鮮総督府の行政機関や警察の圧迫などによって日本本土に強制連行され、過酷な条件で危険な作業に従事させられた。戦争末期には徴兵制もしかれ、また、多くの女性が挺身隊に集められた。…日本の植民地や占領地では、朝鮮人や中国人・フィリピン人・ベトナム人・オランダ人など、多数の女性が『慰安婦』にかりだされた。慰安所は、中国・香港・シンガポール・オランダ領東インドから、日本の沖縄諸島・北海道・樺太などにまでおよんだ。(東京書籍、日本史A) 植民地や占領地では、日本軍も設置や管理に関与した慰安所に、朝鮮人を中心に、中国人・インドネシア人・フィリピン人・オランダ人などの多数の女性を、日本軍兵士の性の相手である慰安婦として動員した。(実教出版、日本史A) また、日本の植民地だった朝鮮・台湾の人びとや、日本の占領下にあった中国の人びとが日本本土に強制連行されて、工場・鉱山などで労働させられた。 … また、慰安婦として現地の慰安施設で働かされた女性たちもいた。(山川出版社、日本史A) 日本国内の労働力が不足すると、これをおぎなうために多数の朝鮮人を強制連行した。また、朝鮮人を中心とした多くの女性が慰安婦として戦地に送られた。(第一学習社、日本史A) また、数十万人の朝鮮人や占領地域の中国人を日本本土などに強制連行し、鉱山や土木工事現場などで働かせた」「戦地に設置された『慰安施設』には、朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められた(いわゆる従軍慰安婦)。(山川出版社、日本史B) 朝鮮人強制連行を記述し、その文脈の中で「慰安婦」「従軍慰安婦」を記述する。「かりだされた」「動員した」「送られた」とし、主体は明らかにしていないが、軍や朝鮮総督府の行政機関、警察などによる「強制連行」を示唆している。なお、これらの記述について文部科学省は検定意見を付けていない。 ここでの課題は二つある。一つは、強制連行説の根拠である吉田証言に関する記事を朝日新聞が正式に取り消した今となっては、軍や官憲等による強制連行を示唆するような慰安婦の記述は高校段階でも止めることである。慰安婦は戦地での公娼の一つであり、慰安婦の記述をするなら、内地と外地にあった公娼についても触れなければなるまい。それに触れないなら中学校のように慰安婦の記述自体を掲載しないようにするべきである。 二つ目は、慰安婦強制連行説の土台になっている朝鮮人強制連行の記述の妥当性について検討することである。朝鮮人強制連行については、今夏、全国で採択されている小学校の歴史教科書(6年上)でも4社全てで記述されている。 戦争が長引き、日本に働き手が少なくなってくると、多数の朝鮮人や中国人が強制的に連れてこられて、工場や鉱山などでひどい条件下で、厳しい労働をさせられました。/また、朝鮮人は、姓名を日本式に変えさせられたり、神社に参拝させられたりしました。さらに、男性は日本軍の兵士として徴兵され、若い女性も工場などで働かされ、戦争に協力させられました。(東京書籍) 日本の労働力不足を補うために、朝鮮や中国から多くの人々を日本に連れてきて、鉱山などで厳しい労働にあたらせた。(教育出版) 朝鮮や台湾では、徴兵をおこなって日本の軍人として戦場に送りました。また、戦争が長引いて日本国内の労働力が不足すると、多くの朝鮮や中国の人々を、日本各地の鉱山や工場などで働かせました。(日本文教出版) 植民地だった朝鮮で、日本は、朝鮮の人々の姓名を日本式の氏名に変えさせたり、徴兵を行って、日本軍の兵士として戦場に送ったりしました。また、朝鮮や占領した中国の人々を強制的に日本に連れてきて、各地の鉱山などで、厳しい条件のもとで働かせました。(光村図書)北朝鮮の拉致の罪を相殺する強制連行 小学校、中学校、高校を通じて教科書に「朝鮮人強制連行」が記述されていることが確認できよう。 しかし、この「朝鮮人強制連行」からして、史実ではないことが現在では確認されている。朝鮮人の内地への渡航はそのほとんどが職を求めての自由渡航であった。わずかに「徴用」はあったが、「強制連行」は朝鮮大学校の講師を務めた朴慶植の『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965年)という著作が作り出した「神話」だったことが、首都大学東京特任教授の鄭大均氏の『在日・強制連行の神話』(文春新書、2004年)で明らかになっている。鄭氏は同著でこう記している。 『朝鮮人強制連行の記録』の影響力は、60年代から70年代にかけては、限定的なものであり、その影響力は左派サークルの域を出るものではなかった。だが、やがて80年代に入り、日韓の歴史や在日の問題がマス・メディアで語られるようになると、『強制連行』のテーマは一気に大衆化する。この時期は社会主義国家が軒並み崩壊する時期であるとともに、人権主義に基調を置く『カタカナ左翼』が社会に浸透した時期であり、また韓国についてのテーマが大衆化した時期であるが、その道案内の役割を担ったのが、左派系の人々であり、『強制連行』という言葉を広めたのは彼らであった。この言葉は、今や『キョーセーレンコー』という程度の響きで、しかしそれは朝鮮人の被害者性と日本人の加害者性を表象するという本来の意思を継承しつつ大衆語化していくのである。 大衆語化のみならず、教科書の記述となって、日本人の「加害者性」の意識が再生産されているのであるが、朴慶植が「強制連行」を強調したのは、それを日本の「帝国主義」的支配を象徴するものと位置づけたかったからである。朴の著書の「まえがき」には「日本帝国主義が朝鮮を植民地として支配した期間、どのように朝鮮人民を搾取し、圧迫を加えたかは、日本ではいまだにほんの一部分しか明らかにされていない」という記述がある。また、同書が別格の資料として添付している平壌発の「朝鮮民主法律家協会の声明」(1964年3月20日)という文書には「日本帝国主義が朝鮮にたいする植民地支配の時期に朝鮮人民にたいしておこなったいまひとつの大きな罪悪は、かれらが朝鮮人を大量に日本に強制連行して残忍に抑圧、搾取し、虐殺した事実である。(中略)とくに大陸侵略と太平洋戦争の時期にいたって、日本帝国主義は戦時労働力の不足を打開するために、朝鮮人民を強制的に大量徴用した。日本帝国主義は当時朝鮮人を連行するにあたり、夜中に農家を襲撃し、白昼にトラックを横付けして畑で働いている朝鮮の青壮年たちを手当たりしだいに拉致していくなど、文字どおりの『朝鮮人狩り』をおこなった」という記述がある。これまで見た一連の教科書記述や吉田清治の慰安婦強制連行説の原型と思われるものである。提訴のため札幌地裁に向かう植村隆氏(中央)と弁護士ら=2月10日午後 朴は北朝鮮当局の指示を受けたのであろうが、日本帝国主義の象徴として「朝鮮人強制連行」を作り出した。当時は支持されなかったが、80年代に入り、共産主義の落日が明らかになると、日本の国内外の共産主義勢力は、未来を語れなくなったがゆえに余計に、自らの信奉する唯物史観・発展段階説の正しさを確認するために「日本帝国主義」の蛮行のシンボルとして「朝鮮人強制連行」を強調したのだろう。そしてそこにフェミニズム・ジェンダー論が加わって慰安婦の強制連行説が作り上げられた。左派が容易に吉田証言に乗ったのもそのような背景があってのことだろうし、早稲田大学の学生時代に極左暴力集団「第四インター」の活動歴もあるとされる朝日新聞の植村隆・元記者(『日本を嵌める人々』PHP研究所、2013年)の心理もそんなところではないかと推測する。 そして、そこに共産主義の蛮行を語って余りある、北朝鮮の日本人拉致事件が発覚しそうになった。慰安婦問題を殊更に取り上げる勢力は、北朝鮮の拉致事件を否定し、冷淡に扱ってきた勢力と重なる。朝日新聞もそうである。 拉致事件という補助線を与えると、慰安婦問題の構造がよく見える。慰安婦問題は日本の冤罪であるばかりか、拉致の被害者である日本人を加害者に入れ替え、拉致の加害者である北朝鮮を含む朝鮮人を被害者に入れ替える作用を持つ。韓国内で慰安婦の支援運動をしている勢力は北朝鮮のシンパであるとも指摘されている。日本の慰安婦問題の責任を裁くとして、昭和天皇に死刑判決を出した「女性国際戦犯法廷」(2000年)にも北朝鮮の工作員が関わっていた。慰安婦問題は、拉致という北朝鮮の国家犯罪を矮小化し、慰安婦を強制連行した日本に拉致を問題視する資格があるのかと主張するための仕掛けだったのではないか。80年代以降の出来事を俯瞰して私にはそのように思える。朝日の記事撤回を歴史教育見直しの契機に 東京大学名誉教授の和田春樹氏は、『世界』9月号の「慰安婦問題 現在の争点と打開への道」と題する論文で自らが関わったこととして、民主党政権末期に慰安婦問題について驚くべき動きがあったことを紹介している。 平成24(2012)年2月、日本の慰安婦問題全国組織、「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動2010」の機関紙に、共同代表、花房俊雄氏の呼びかけが発表された。「野田政権に具体的解決を求めましょう」として「解決の内容に言及するとき、・日本政府の責任を認め、被害者の心に届く謝罪をすること、・国庫からの償い金を被害者に届けること、・『人道的な立場』とは加害者側の日本が使う言葉ではありません。責任を回避する言葉として被害者を傷つけます、等をポイントに、みなさまの思いを伝えてほしいと思います」と書かれたものだ。和田氏は「これは運動団体の側から出された重要な新提言であると私は受けとった。私はただちにこの花房提案を齋藤勁官房副長官に伝え、韓国の同憂の友人たちにも知らせた」という。齋藤勁官房副長官(当時)は政務の官房副長官で、社会党、社民党を経て民主党に入党している。横浜市役所出身とのことであるから、自治労の関係者ということだろう。そして、同年10月28日、その齋藤官房副長官と韓国の李明博大統領の特使、李東官氏が東京で会談し、以下のような解決案で合意したとのことである。「・日韓首脳会談で協議し、合意内容を首脳会談コミュニケで発表する。・日本首相が新しい謝罪文を読み上げる。従来は『道義的責任を痛感』すると述べていたが、『道義的』をのぞき、国、政府の責任を認める文言にする。・大使が被害者を訪問して、首相の謝罪文と謝罪金をお渡しする。・第三次日韓歴史共同研究委員会を立ち上げ、その中に慰安婦問題小委員会を設けて、日韓共同で研究を行うよう委嘱する」――。韓国側に全面屈服した内容だが、これについて「韓国大統領はこの案を受け入れていたが、野田首相は最後の瞬間にこの案の受け入れに踏み切ることができなかったようだ」と和田氏は書いている。この年の9月26日に自民党総裁選で安倍晋三氏が新総裁に選出され、野田佳彦首相が安倍総裁との党首討論で11月16日に衆議院を解散すると名言したのは同月14日のことだった。そして12月16日の総選挙では民主党が大敗して野田政権は崩壊し、第二次安倍政権が誕生したのは同月26日のことだった。野田首相が最終段階で「解決案」の受け入れに踏み切れなかったこともあるが、解散総選挙、そして政権交代がなければ、この「解決案」が実現した可能性は十分ある。危ういところだったと言わざるを得ない。 和田氏はまた、新たな解決策として、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が1992年8月以来、「日本軍『慰安婦』問題アジア連帯会議」を継続開催しているが、本年5月末に東京で第12回会議を開催した。その際に採択された決議(6月2日付)に記されている必要措置を紹介している。「・明確な公式的な方法での謝罪、・謝罪の証としての被害者への賠償、・真相究明(資料全面公開、さらなる資料調査、さらなる聞き取り)、・再発防止措置(学校教育、社会教育、追悼事業、誤った公人の発言禁止)」――。 和田氏は「これは実に注目すべき提言である」とするが、ここにも「再発防止措置」として「学校教育」が入っていることに注意したい。これは「『河野談話』を継承・発展」させた措置であるとのことである。 朝日新聞の吉田清治証言記事取り消しを、単に一メディアの話にとどめてはいけない。学校教育を通じて日本人が贖罪意識を永久に持ち続けるようにし、日本の弱体化・解体を目論む国際謀略は、朝日新聞の慰安婦キャンペーンによって後押しされてきたのだ。 教科書の慰安婦記述に限っても、慰安婦強制連行説とその前提となっている朝鮮人強制連行の記述の根本的な見直しが急務であることは言うまでもない。さらには、自虐史観に囚われ、左派の運動団体や外国勢力の介入を許してきたわが国の歴史教育全体の見直しの契機とすることが求められているのだ。八木秀次氏(やぎ・ひでつぐ) 昭和37(1962)年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史。「日本教育再生機構」理事長。著書に『反「人権」宣言』(ちくま新書)、『明治憲法の思想』『日本国憲法とは何か』(PHP研究所)など多数。平成14年、正論新風賞を受賞。関連記事■ 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した■ 歴史認識で中韓に介入根拠を与えた朝日新聞■ 2001年の反日団体による慰安婦「法廷」 NHKが真面目に報道

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    朝日、「吉田証言」記事取り消しの矛盾  男性の強制連行はそのまま

    阿比留瑠比(産経新聞政治部編集委員) 藤岡信勝・拓殖大客員教授が先月、僚紙夕刊フジに連載していたコラムで興味深い事実を指摘していた。朝鮮半島で女性を奴隷狩りのようにして強制連行したと証言した吉田清治氏について、虚偽だと判断して関連記事16本を取り消した朝日新聞の矛盾に関してである。男性連行証言 朝日は慰安婦に関する吉田証言は否定したものの、同じ吉田氏が朝鮮人男性6千人弱を同様に連行したと証言した記事は取り消していないというのだ。 なるほど、朝日の昭和57年10月1日付朝刊記事「朝鮮人こうして連行 樺太裁判で体験を証言」「壮年男子根こそぎ 集落包囲、殴りつけ」は、東京地裁での吉田氏の言葉をそのまま紹介してこう書いている。 「木刀で殴りつけ、『コラ、表に出ろ』と、男を全員道路にたたき出した。その中から二十-四十歳に思える男だけをホロでおおったトラックに乗せ、着のみ着のままで連行した」 「吉田さんが指揮した限りでも、こうして推定六千人弱を『労務動員』した」吉田清治氏を取り上げた朝日新聞の記事 朝日が歴史問題でいかに「職業的詐話師」(現代史家の秦郁彦氏)である吉田氏に執心し、また依存していたかがうかがえる。ともあれ、男性強制連行の記事はなぜそのままなのか。 藤岡氏が朝日に(1)なぜ取り消さないのか(2)記事内容は真実と認定したのか(3)今後取り消す考えはあるか-の3点を問い合わせたところ、こんな回答があった。 「記事は、当時の裁判での吉田清治氏の証言を報じたもので、裁判の証言自体をなかったことにすることはできないと考えている」 てんで理屈になっていない。この論法に従えば、吉田氏が慰安婦を強制連行したと証言したのも事実なのだから、朝日がその証言自体を紹介した記事を取り消したのも間違いだということになってしまう。不自然な放置 第一、朝日は平成5年3月20日社説「日本の道義が試されている」では、こう主張しているではないか。 「朝鮮半島からの労働者の強制連行があったのに、慰安婦についてだけは、強制がなかったと考えるのは不自然だろう」 慰安婦の強制連行証言を取り消した朝日が、同じ人物による男性の強制連行証言を取り上げた記事を放置するのは不自然である。 そもそも、労務者の「徴用」を「強制連行」と言い換えていること自体おかしいのだ。 朝日自身、昭和34年7月13日付の記事「大半、自由意思で居住 外務省、在日朝鮮人で発表」「戦時徴用は245人」ではこう書いている。 「韓国側などで『在日朝鮮人の大半は戦時中に日本政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要になったため送還するのだ』との趣旨の中傷を行っている」 また、前述の57年10月の朝日記事は、吉田氏が裁判で、「(朝鮮半島からの男性強制連行は)十八年夏から二十年二月ごろまでにかけて、毎月のように続いた」と証言したと記すが、この点についても34年7月の記事はこう指摘している。 「国民徴用令は(中略)朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年七月に実施されており、朝鮮人徴用労務者が導入されたのは、翌年三月の下関-釜山間の運行が止まるまでのわずか七カ月間であった」 朝日がどうしても男性の強制連行に関する記事を取り消したくないのなら、いっそ34年の記事の方が間違いでしたと訂正してはどうか。関連記事■ 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した■ 慰安婦、吉田調書…消えぬ反日報道の大罪■ 天敵記者は忘れない ドン・輿石の原罪

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    80年代に突然大衆化 「強制連行」という魔術語

    鄭大均(首都大学東京特任教授) 「強制連行」という魔術語を使って在日の由来を語ったのは朴慶植(パク・キョンシク)氏の『朝鮮人強制連行の記録』(未来社、1965年)である。この本には60年代末に出合ったが、ひとごとのような気がした。私は父が「強制連行」で日本に来たのではないことを知っていたし、周囲の在日一世にもそれらしき人はいなかった。一世とは、無理算段して朝鮮の故郷を脱出した人びとではなかったのか。 とはいえ、この言葉。ときおり左翼のメディアに現れることはあっても、それ以上の影響力を発揮することがないという時代が長く続いた。転機になったのは韓国ブームが起き、日韓の間に教科書問題が生じ、在日たちの指紋押捺(おうなつ)拒否運動が展開された80年代のことである。メディアで水先案内人の役を担ったのは左派系の人びとであり、この言葉の流布に一役買ったのは彼らである。「強制連行」は大衆化すると変わり身の早い言葉となり、かつてあった名前(徴用、労務動員)をかき消すとともに事実を攪乱(かくらん)させ、やがては「慰安婦」というような言葉に結びついて、有頂天の時代を迎える。群馬県立公園「群馬の森」の遊歩道に面した朝鮮人追悼碑。碑の前での追悼集会で設置者の関係者が「強制連行の事実を全国に訴え、正しい歴史認識を持てるようにしたい」などと発言していた 強制連行論者は、朝鮮人の男たちが炭鉱や建設現場に送り込まれ、重労働を強いられたのは怪しからんというが、日本人の男たちは戦場に送られていたのではなかったのか。日本帝国時代には、日本人も朝鮮人も日本国民だったのであり、徴兵であれ、徴用であれ、戦時期に国民に課せられた運命共同性のようなものだった。戦場に送られた男たちのことを無視して、朝鮮人の男たちの被害者性を特権的に語るのが強制連行論であるが、それはあきれるほどの偏向ではないのか。 拙著『在日・強制連行の神話』(文春新書)はそんな違和感を動機にしたもので、ある程度の影響力を発揮したとは思うが、十分なものではない。今読み直してみると、強制連行論の「おかしさ」には触れても、「こわさ」には十分に触れていないことにも気がつく。韓国に長くいて、強制連行論が教科書に記述され、博物館に陳列され、歴史テーマパーク化し、ドラマ化され、独断的な被害者性の主張が民族的、宗教的な情熱で自己実現していく様を目撃していたはずなのに、そのこわさを十分に伝えてはいないのである。 一方で朴慶植氏の衣鉢を継ごうとするものたちの努力も続いている。2005年に岩波書店から刊行された『朝鮮人戦時労働動員』の著者の一人である山田昭次氏は「鄭大均の朴批判は朴の思想を単純化して理解したために、朴の思想の根底に無理解な批判となっている」という。「無理解な批判」とはなにか。私は、平壌・朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)に共鳴する朴慶植氏には思想的にも方法論的にも問題があまたあると記したのではなかったか。 外村大(とのむら・まさる)氏の『朝鮮人強制連行』(岩波新書、2012年)は「日本の朝鮮植民地支配はさまざまな苦痛を朝鮮民族に与えた。そのなかでも第二次世界大戦下の労務動員政策は食料供出と並んで、とりわけ民衆を苦しめたものとして知られている」という文に始まる。外村氏は1966年生まれの東大准教授。この若さでこんな常套(じょうとう)句の羅列では先が思いやられる。この本、本文では「強制連行」よりは「労務動員」や「徴用」の言葉を使うのに、書名には『朝鮮人強制連行』とあるのはなぜか。鄭大均氏(てい・たいきん) 首都大学東京特任教授。1948年岩手県生まれ。立教大学と米UCLAで学ぶ。専門は日韓関係。主な著書に『韓国のイメージ』(中公新書)、『在日・強制連行の神話』(文春新書)、『姜尚中を批判する』(飛鳥新社)など。2004年日本国籍を取得。 関連記事■ 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した■ 歴史認識で中韓に介入根拠を与えた朝日新聞■ 日本がサンドバッグから脱するとき

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    「重く受け止めて」ないじゃないか! 驚愕の朝日・慰安婦社説

    ため認めた』というが、こちらも説明する責任がある」と文部科学省にも批判の矛先を向けた。 その上で、「慰安婦問題は日本にとって負の歴史だ。だからこそきちんと教え、悲劇が二度と起きないようにしなければならない」と説いた。 数研出版の訂正申請は例えば、政治・経済の教科書で「戦時中の日本への強制連行や『従軍慰安婦』などに対するつぐないなど、個人に対するさまざまな戦後補償問題も議論されている」としていた記述を、「韓国については、戦時中に日本から被害を受けた個人が、謝罪を要求したり補償を求める裁判を起こしたりしている(戦後補償問題)」と改めたものだ。 極めて当然の措置である。 まず、「従軍慰安婦」という言葉は戦後の造語だ。「従軍」は軍属を意味し、「従軍看護婦」「従軍記者」といった言葉はあったが、「従軍慰安婦」という言葉は使われていない。朝日が言う「表現が適切かどうかという議論」はとっくに終わっている。従って、教科書に「従軍慰安婦」と書くのは、明らかに不適切である。 また、「強制連行」は戦時中、朝鮮半島から日本本土に渡ってきた朝鮮人労働者を指すとみられるが、この表現も間違いだ。繰り返すまでもないが、以前の教科書で「強制連行」されたと書かれていた朝鮮人労働者のほとんどは、自分の意思で職を求めて朝鮮半島から日本本土に渡ってきた人たちとその家族である。例外として、徴用された人たちもいるが、それは国民徴用令という法律に基づくもので、「強制連行」ではない。 数研出版は訂正理由を「客観的事情の変更等」としている。それは、朝日が昨年、韓国人女性を慰安婦として強制連行したとする吉田清治氏(自称、元山口県労務報国会下関支部動員部長)の虚偽証言報道を訂正・謝罪したことを指すとみられる。にもかかわらず、朝日が同社の訂正申請を批判する理由は理解に苦しむ。 これに対し、産経は「誤解を生む不適切な記述の是正は当然」と数研出版の対応を評価した。「高校教科書ではほかにも日本史を中心に、慰安婦に関し不適切な記述がある」として、他の教科書会社にも「早急な是正」を求めた。(1月18日付主張「不当な記述是正は当然だ」) 産経が指摘する他の教科書の不適切な記述とは、「若い女性が強制的に集められ、日本兵の性の相手を強いられた」「女性のなかには、日本軍に連行され、『軍』慰安婦にされる者もいた」など、日本軍が慰安婦を強制連行したとの誤解を招きかねない表現を指す。 読売も「慰安婦問題の本質は、旧日本軍の強制連行の有無である。これまでに政府が行った調査では、軍による強制連行を裏付ける資料は確認されていない」「数研出版が、軍により慰安婦が『強制連行された』とも読み取れる紛らわしい記述を改めたのは、妥当な措置である」と同社の訂正を評価し、他の教科書会社にも「記述の再点検」を求めた。(1月29日付社説「誤解を招く表現は訂正したい」) 教科書は公教育の主たる教材である。歴史観や教育観に多少の違いはあっても、それらはあくまで事実に基づいたものでなければならない。読売・産経の社説(主張)はごく当たり前のことを言っているのだ。 朝日は、外務省が昨年、「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」への拠金を呼びかけた文書の問題記述をホームページ(HP)から削除したことにも、「なぜ、呼びかけ文を削除しなければならないのか。国際社会からは日本政府が歴史認識をさらに後退させたと受け取られかねない」「外務省が問題意識に変わりはないというのなら、今からでもHPを元に戻すべきだ」と反発した。(10月19日付社説「貴重な女性基金の精神」) 削除されたのは「10代の少女までも含む多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」という文言だ。これも、軍が慰安婦を強制連行したと誤解されかねない記述だった。それを削除するなとは、どういうことか。朝日はまだ、虚偽の慰安婦「強制連行」説を捨てきれないのではないか。そう思われても、仕方がない。慰安婦の強制連行などについての記述があることが判明した米国の公立高校で使用されている教科書 もとはといえば、教科書で慰安婦「強制連行」説が独り歩きしたのは、朝日の長年にわたる誤報が主たる原因である。朝日が真に誤報を反省しているというのなら、もっと歴史的事実に対して謙虚に向き合うべきではないか。 慰安婦「強制連行」説は今や、米国の教科書にも記述されるようになった。 米大手教育出版社「マグロウヒル」の世界史教科書は「日本軍は14~20歳の約20万人の女性を慰安所で働かせるために、強制的に募集、徴用した」「逃げようとして殺害された慰安婦もいた」「日本軍は慰安婦を天皇からの贈り物として軍隊にささげた」などと書いている。明白な虚偽記述である。 外務省は訂正を申し入れたが、出版社も執筆者も訂正を拒否しているという。 米国は安全保障面では、日本と互いに協力しあわなければならない関係にあるが、歴史認識をめぐっては、慰安婦問題などの誤解を正そうとする安倍晋三政権の取り組みを必ずしも歓迎していない。特に、オバマ民主党政権はその傾向が強い。 歴史戦の舞台は米国にも移りつつある。誤解を正すための粘り強い外交努力を安倍政権に期待したい。関連記事■ 最新の脳科学[ダマシオ理論]で説く韓国・朝日の病理■ 豪州の慰安婦像はこうやって阻止した■ 秦郁彦×西岡力対談「朝日の誤報は日本の名誉毀損」

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    豪州の慰安婦像はこうやって阻止した

    の女性に私の電話番号を伝えて、すぐに連絡をくれるようお願いしてください」。「なでしこアクション」は、慰安婦問題で日本を貶める勢力と戦う日本の女性たちのグループだった。 公聴会で誰がスピーチするというのか? 準備はできているのか? しばらくして、メッセージの主の友人というオーストラリア人男性から私の携帯に電話が入った。 私「明日、公聴会でスピーチする必要があるんだって? 準備は?」 豪「できていない。何か意見はあるかい?」 私は持論を述べた。「相手はいつも通り歴史問題で日本を糾弾してくるだろう。しかし、相手の土俵に乗って反論すべきではない。事実関係がどうであれ、そんな問題をローカルコミュニティに持ち込んだらダメだという原則論を一貫して主張すべきだ。君のような地元のオーストラリア人が発言してくれたら説得力があるんだが」 豪「同感だ。そういうことを主張するのに最適な友人がいる。アメリカ人だけど、夫婦でチャリティーに熱心なクリスチャンだ」 そこで彼の声が、少し不安気になった。 「でも、公聴会は明日だ。どうしたらいいと思う?」 私はためらわずに言った。 「今夜君の友達をみんな集めてくれ。母親達もみんな、できるだけの人数を」 その夜、見ず知らずの日本人、オーストラリア人、アメリカ人が10人弱集まった。 自己紹介の暇もなかった。数時間でスピーチの準備をしなくてはならないのだ。地元の日本人男性の言葉は衝撃的だった。 「明日出向いても、どうすることもできないんです。なにしろ、この地区に住む日本人は、子供まで含めて70人程度、中韓は合計で1万人以上いるんですから」 70人対1万人の差は確かに大きい。だが私は咄嗟に「マイノリティだから負けるとは限りませんよ。マイノリティにはマイノリティの戦い方があるはずです」と自分自身を鼓舞するように答えた。4対4のスピーチ対決の結果… 兎にも角にもスピーチの順番と構成を着々と進める。先頭打者はオーストラリアで生まれ育った日本人大学生。2番手は私に電話をくれたオーストラリア人男性、3番手に慈善活動に熱心なアメリカ人男性、そしてもし、4枠目があったら、私が自分で立つ。そう決めた。 見ず知らずの人々と作業する。奇妙に充実した数時間が過ぎる。自己紹介する余裕はなかった。 明けて4月1日。私は平静を装っていつも通り仕事をし、定時の午後5時きっかりに会社を出ると車に飛び乗った。 ストラスフィールド。人口4万人弱。うち、中国韓国系住民が約30%を占める。 夕暮れに白壁が浮かび上がる市庁舎。何やら楽しげなお祭り騒ぎの一団がいた。中高年の中国人・韓国人男性の群れだ。すでに戦勝ムードで歓談している。3人のお地蔵さんのような銅像の絵を掲げて記念撮影に興じているグループもある。普段は接することのないタイプの人々で、70~80人はいるようだ。 日本側もメールの拡散が効いたのか、主に女性が30名ほど集まっている。 私の頭の中は、公聴会が始まる前にいかに素早くメンバーの原稿をチェックするか、で一杯だった。市庁舎の外に立ったまま、中韓団体の喧騒を背に各人の原稿に目を通す。どれも良く書けている。打ち合わせ通りだ。考えてみれば、私以外の3人は西洋社会で教育を受けている。スピーチは得意だろう。英語もネイティブだ。 やがて公会堂の扉が開かれた。聴衆用のパイプ椅子が並び、正面には市長を中心として左右に3人ずつ市議が座り、向かい合う位置には、発言者用のマイクが一本置かれている。日本とは違い、市長は市議の中から互選で選ばれる仕組みで、実は市議でもある。 市の事務方職員がやってきて、発言予定者の名前を書くように言う。4枠あるとのこと。それなら最後に、相手の主張を踏まえて、私がまとめの反論をしよう。中韓団体は北米での活動組織と連携しているはずだ。何か変化球を投げてくるに違いない。 スピーチ合戦が始まった。韓国人の中年男性がトップバッター。アクセントが強すぎて何を言っているのかわからない。とにかく《日本はひどい、安倍は悪い奴だ》とまくしたてているようだ。制限時間のベルが鳴っても、終わる気配がない。市長が手振りで「話をまとめてくれ」と合図する。これは最初から荒れ模様か。 日本側の1番手は大学生。日本でいう所の芸大生だ。爽やかな青年である。この慰安婦像問題が勃発してから、彼の友人が学校で中韓系の同級生や講師から差別されるようになったという。こんなことでは、大好きな豪州が誇る多文化主義が崩壊してしまうのではないか、と懸念を表明した。 相手側の2番手は中国人のようだ。彼のスピーチもまた聞き取りにくい。手元の長い原稿を読み上げているが、「日本はひどい国だから、慰安婦像がすでに複数建つ北米のように建てさせてくれ」と哀願調だ。どうやら時間内に原稿を読み切れなかったようである。 こちらの2番手は私と電話で話した豪州人。「このような銅像は、国の反差別法に抵触し、そもそも市のモニュメントポリシーに明確に違反している」ことを指摘した。市のモニュメントポリシーには「いかなるモニュメントも市に直接関連したものでなくてはならない」と明記してあるのだ。 中韓の3番手は、特別ゲストである。インドネシアで発生したスマラン事件の被害者であり、本も出版しているオヘルネ氏が豪州人と結婚してアデレードに住んでいるとは知らなかった。その娘が代理でスピーチするのだ。英語がネイティブなので、やっと理解できてほっとした。《日本人はあんなにひどいことをして、なぜ謝らないのか、豪州政府もラッド首相(労働党政権当時)がアボリジニーに“Sorry”と謝罪したではないか》という論調。なぜ日本政府が謝罪していないという前提に立つのだろう、よく理解できない。 こちらの3番手は米国人男性。ストラスフィールドに22年も住み、チャリティー事業で地元に貢献してきた。夫人は市のWoman of the Yearに選ばれたことがあるという。その彼にしてみれば、慰安婦像はコミュニティを分断し、夫婦して行政と共に築いてきた地域の融和を破壊してしまうもので、看過できない。また、昔のことより現在の豪州社会が直面している、性犯罪を含む深刻な課題にこそ集中すべきだ、と述べた。 そして相手の最終話者。先ほど外で見かけた、お地蔵さんが3つ並んだ絵を描いた画用紙を掲げている。「私達は日系住民を責めているのではありません。これは韓国人、中国人、豪州人の慰安婦三姉妹です。この銅像を駅前に建てれば、観光名所となることでしょう」と訴える。お地蔵さんかと思ったら、慰安婦三姉妹だったとは。むりやりオーストラリア人を入れれば反発をかわせると判断したのか。 そして公聴会最後のスピーカー、私の番となった。 相手のスピーチは聞き取れない部分も多かったが、言いたいことはほぼわかった。 私は原稿の代わりに日系無料情報誌を手にした。掲載されている中韓団体の取材記事が、問題の本質を顕かにしている。私は可能な限り穏やかに話し始めた。 「歴史の学び方はいろいろありますが、こんなやり方は感心しません。私たちはいつでも、中韓コミュニティの方々と歴史について語り合う用意があります。しかし、慰安婦像を建てる真の目的は何でしょう。この新聞のインタビュー記事にはっきりと書いてあるようです。慰安婦像推進団体の代表の方が、明言していますね。 慰安婦像を建てる目的は、日本が昔も今もどんなにひどい国か、世間に知らしめるためだと。その目的のために、全豪に10基の慰安婦像を建てるのが目標だと。この内容に間違いがないことを会長さんが承認しているとあります」 「アメリカでは慰安婦像が原因で日系の子供達に対して差別やイジメが発生しているのですが、それについては(日本人特有の嘘だ)と言い切っています。こんなことがまかり通るのなら、私は決して自分の子供をストラスフィールドの学校には行かせないでしょう」 「これは明らかに政治的な反日キャンペーンであり、慰安婦像はその象徴に過ぎないということです。慰安婦三姉妹と言っていますが、女性の人権をとりあげるならば、他の国の女性も含めなければ差別にあたるのではないのですか?」「これまでのところ、ストラスフィールドは、多文化主義が最も成功した町です。その評判を維持しなくてはなりません。慰安婦像によって分断された町として記憶されてはいけません。市議会の皆さんもきっとそう思うのではないでしょうか!」と言った途端、まるで測ったように時間終了のベルが鳴った。これは偶然である。 日本人応援団の拍手を背に一礼して、私は席に戻った。これでスピーチ合戦は終わりだ。市議たちが協議のために別室に移った。 内容はこちらが凌駕していたと確信した。相手をけなしたり、攻撃したりするのではなく、淡々と終始一貫、理を説いたのだ。我々は感情に支配されることなく、しかし、情感を持ってコミュニティの融和の大切さを訴え続けた。 ざわめく会場で45分が経過した。市議たちがやっと戻って来た。市長が静かに話し始めた。「この問題は市で判断できる問題ではないので州や連邦の大臣に意見を求めます」 一瞬意味がわからなかったので、近くに座るオーストラリア人に尋ねると、彼は腕を組みながら答えた。「自分たちで判断せず、州や連邦に投げて、棚上げにするという意味さ」 却下しなかったのはおおいに不満である。しかし、とりあえず強行突破はされずに済んだ。9回裏10対0から同点に追いついたのだ。市議会は明らかに我々のスピーチに軍配を上げたのだと思う。しかし、中韓団体のゴリ押しの政治力を考慮して、即時却下はできなかったのだろう。 中韓応援団は皆、ポカンとしている。やがて事情が呑み込めると、「信じられない」「こいつらは何者だ」という目でこちらを見つめてきた。日本側が毅然とした態度で反論した。そんなことは筋書きにはなかった、と顔に書いてある。 一方、こちらは見知らぬ人々から握手を求められた。親日派韓国人から握手を求められた仲間もいたらしい。 公聴会ではなんとか防戦したが、これからが本格的な戦いになるのは明らかだ。我々は依然としてお互いをよく知らぬまま、健闘を称え合って帰路についた。 今回、像設置に動いた反日団体「日本の戦争犯罪を糾弾する中韓連合」(以下、中韓連合)はあくまでも慰安婦像設置に向けて活動を継続しようとしていることから、我々もその週末、公聴会参加のメンバーが集合し、既存の日本人会とは別に、慰安婦像阻止活動のためのグループを結成することになった。JCN(Japan Community Network)の誕生だった。 集まったメンバーは、地元の母親たち、スピーチに立ってくれたオーストラリア人、引退した日系企業の元駐在員など、こんなことでもなければ知り合うこともない様々な背景の顔ぶれだ。国家とローカルコミュニティの「防衛二元論」 日米豪の一夜漬け混成チームで臨んだ公聴会でのスピーチは、切り口は様々ながら、全体を貫く一本の芯があった。嫌韓、嫌中という言葉があるが、我々はそこに雪崩れ込むことはしないよう心掛けた。なぜならば、地元の母親たちは地域に溶け込んでおり、子供たちは中国人や韓国人の友達とも遊んでいるからだ。 守るべきは、この地域共同体の融和と平和な生活であり、特定の政治的イデオロギーとは一線を画すよう努力した。 日本人の母親たちは、韓国系から攻撃されている被害者の立場なのに、地域社会では波風を立てないように常に気を遣っている。そこまで気を遣う必要はないと思うものの、彼女たちの意向は最大限尊重されるべきだ。彼女たちが勇気を持って立ち上がらなければ、JCNが発足することもなく、慰安婦像設置はあっさり可決されていただろう。 公聴会のスピーチを組み立て、アンカーに立った私が、成り行きでこのJCNの代表となった。最初の作業が「活動理念」を明確にすることだった。というのも、慰安婦像設置に反対する我々の意見に地元の市議会が賛同してくれるよう、活動のスタイルと理念を明確に定義して言語化し、皆の連帯を維持しなくてはならないからである。 最初に提示した理念は、「非敵対的合理主義」である。 我々は公聴会でも、敵対的な言動は慎み、感情的にならず、ひたすら論理的合理的な反論に終始した。簡単に言えば、ヘイトスピーチで敵を作らない、ということだ。これがJCNの基本理念であり、その後の参加希望者もこの姿勢を貫ける方に限ることにした。 英語ではnon-confrontational rationalismと訳しつつ、欧米人メンバーと共有する。これは、中韓反日団体の挑発に乗らず、常に、より高次元の議論に徹する、という決意表明でもある。 次に、JCNの戦略の基盤となるのが、「防衛二元論」である。 国家レベルの防衛と、コミュニティレベルの防衛は、当然戦略が異なる。 国家レベルの防衛は、汚名を払拭して、名誉を取り戻すことが目的だ。沈黙もしくは「謝罪済み」と言って逃げるのは、国際社会では最悪の、不適切な対応である。この間違った対処を長年続けた結果、歪曲した歴史が既成事実化してしまっているが、それを解消しなければならない。 慰安婦問題に関して言えば、これまで少なくとも30年は放置してこの事態に至ったのだから、目的を達成するのに30年かかってもおかしくない。強力に、かつ地道に対外発信を続けるしかない。それが国家レベルの防衛だ。 一方、我々民間による、コミュニティレベルの防衛は、あくまでも目の前の慰安婦像設置を阻止し、地域の融和的共存を守ることが目的である。国家レベルとは目指すものが異なる。それをまず認識すべきだ。 公聴会での我々のスピーチは、切り口を変えながらも、全員がそこにぴったりと照準を合わせていた。我々の相手は常に日本を残虐非道と非難してくるから、「捏造だ!」と反論したくなるが、そもそも話し合ってわかり合える相手ではない。反論しても泥仕合となり、相手は事実の検証など無視して、「無反省の歴史修正主義」などと声を荒らげるだろう。いわゆる慰安婦問題に関する歴史戦に深入りして、被告席から反論するような不利な状況をつくってはならない。 もちろん歴史戦を戦う準備と覚悟は常にできていなければならないから継続的な勉強は必須ではあるが、基本は別次元で優位の議論を展開すべきだ。これが防衛二元論の骨子である。 具体的に言えば、我々は当初、オーストラリアの国是である「多文化主義の尊重」を掲げて論陣を張った。慰安婦問題をことさらにクローズアップし、特定の国家を非難するような活動は、オーストラリアの国是である「多文化主義の尊重」に反する、と批判したのだ。これは、我々が希求する嘘偽りのない主張である。他の民族とも連携できる永遠のテーマだ。女性の人権とは無関係!慰安婦像建立の本当の目的 だが我々は中韓連合の攻撃の中に、さらなるヒントを見出した。 彼らは派手なパフォーマンスが好きだ。4月1日の公聴会で、我々は「慰安婦像の建立は、人道問題や人権問題ではなく、日本を非難するための政治活動だ」と指摘したのに、9月になって再度わざわざ韓国系メディアに以下の活動方針をぶち上げている。1.我々は、日本政府の安倍首相及び政治家が靖国神社に参拝したことに強く抗議し、韓国と中国に謝罪することを要求する。2.我々は、日本の軍国主義復活、歴史修正主義、慰安婦や南京大虐殺のような戦争犯罪を豪州人、および豪州在住の韓国系中国系の第2世代に伝えるため、展示会、フォーラム、セミナーなどを行う。3.我々は、日本軍が朝鮮人、中国人、その他のアジアの若い女性を拉致して性奴隷にしたことを広く知らしめるために「3姉妹」の像を豪州に複数建立する。4.我々は、世論を興し、日本政府に圧力をかけ、物言わぬ良心的日本人を目覚めさせ、日本が嘘の歴史を次世代に伝えることを阻止する。5.我々は、アボット豪首相に、第二次大戦中、日本が侵略し、女性の基本的人権を蹂躙したことを認めるよう、日本がアジアの中で最良の友人だという認識を変えるよう、要求する。6.我々は、豪州政府に、日本を同盟国とみなすのをやめ、韓国と中国を日本と同等に待遇するよう、現在の日本重視の外交政策を変更することを要求する。7.我々は米国政府に、日本に騙されずに、安倍の狡猾な悪魔のような本音を直視し、日本が再び軍国主義に戻るのを阻止し、日本を韓国や中国より尊重する外交政策の転換を求める。8.我々は、韓国と中国両国の利益のため、両国人民が共闘し、以上の目的が達成されるまで活動を続けることをここに宣言する。米カリフォルニア州グレンデール市内に設置された慰安婦像 実に正直な人たちである。これなら誰が読んでも、彼らの真の目的は、反日、反安倍であり、慰安婦像はその政治的道具に過ぎないことがはっきりわかる。 当初は「慰安婦像は女性の人権の象徴で、敵対的なものではない」などと言っていたのに、ここでは「日本軍の残虐性を広く知らしめるのが目的だ」と明記している。これだけでも十分、慰安婦像がローカルコミュニティにふさわしくない代物だとわかる。ここまでは我々もすでに4月1日の公聴会の時点で指摘した。 その上、この9月の記事は、はっきりと、アボット豪首相に、日本をアジアにおける最良の友人とみなすことをやめさせる、と書いてある。それは日豪関係の分断ということだ。 記事はさらに日米関係の分断にまで言及し、米国政府に、安倍の狡猾な悪魔のような本音を直視するよう求めるとしている。なぜ活動方針に、米国まで出てくるのか? この反日団体の目的は、韓国人の慰安婦センチメントを利用し、「日豪・日米を分断し、日本を孤立させる」という中国共産党のアジェンダを遂行することだと自ら明かしているのである。 韓国政府は、慰安婦問題で対日批判を繰り広げているが、中国共産党の噛ませ犬として利用されていることに満足なのだろうか。中国及び北朝鮮と対峙して日米と同盟を結んでいることを韓国はすっかり忘れているようだ。 中国共産党の世界戦略に沿って世界中の大学に設置されている孔子学院という組織が、文化交流の皮をかぶったプロパガンダ組織に過ぎないことがわかって、米国やカナダの大学で孔子学院を閉鎖する動きが出ている。日本ではどうだろう。 最近では米国国防総省も、中国共産党によるサイバー攻撃だけではなく、対米宣伝工作の横行にも危機感を持ち始めているとも聞く。 オーストラリアでも最近、中国人留学生を使ったスパイネットワークが構築されていることがわかり、衝撃が走った。中国人の講師がオーストラリアの大学で民主主義について論じると、いつの間にか本国政府がそのことを知り、中国に帰国した際、何度も当局の尋問を受けたという。教え子の中国人留学生が密告していたのだ。 どうみても慰安婦像は、女性の人権の尊重とは無関係で、却ってオーストラリアの移民社会に分断と対立をもたらすとしか考えようがない。そればかりか、日豪関係や日米関係を分断破壊する目的の国際的謀略行為の道具と言っても過言ではない。 中韓連合の活動方針の最後には明確に「中韓の国家利益のために共闘する」と書いてあり、オーストラリアのためとは一言も言及していない。コミュニティの調和を破壊するだけでなく、これではオーストラリアの国益を損ねることは自明の理である。 従って、これからの戦略として、中韓の仕掛けるこうした工作を、オーストラリアや米国で広く周知させ、米豪の国益に反すると認識させる活動を慰安婦像対策の中心的戦略とすべきである。 すなわち慰安婦像の建立問題は、韓国や中国共産党の国際的謀略活動にどう対処すべきか、という日米豪共通の問題である。日米豪3カ国が共闘することを視野に入れたパラダイムを作ることが最も合理的な対応である。外務省は邦人保護任務に傾注すべき JCN第3の理念が「邦人保護優先論」である。 外務省は従来「この問題を政治外交の問題とはしない」と発言してきた。これはどういう意味なのか? こちらがどう考えようと、相手は執拗に政治外交の問題にしているように見えるのだが。そう言い続けていれば中韓は慰安婦問題攻撃の矛を収めるのだろうか? 我々は、地元の日本人の母親と子供たちを護るために立ち上がった。豪州人の副代表も「僕らの目的は、純粋に母親と子供を護ることなんだ」と言っている。すなわち、慰安婦像問題には、根本的に国内外の邦人保護の要素があると理解すべきだ。いうまでもなく、在外邦人保護こそ外務省の最重要任務のひとつであり、存在理由と言ってもよいだろう。 5月に中丸啓衆議院議員(次世代の党)にお会いした際にこの観点をお話ししたら、早速、国会質疑で取り上げてくださった。その模様もネット上で動画として公開された、JCNメンバーは「ようやく日本の国会議員が、オーストラリアに在住する自分達の安全を考えてくれた」と感激した。 第4の理念が「小異を捨てて大同につく」である。JCNは前述したように、多種多様な人々の集まりである。意見が違うのは当たり前だ。欧米人メンバーの間でさえ、意見の食い違いがよくある。しかし、共有する理念と大義があれば、共に戦える。高次の目的の為に、小さな差異を乗り越えて、一致団結することが極めて重要だ。 以上は、南半球で戦う我々JCNの理念と戦略のご紹介である。 我々は平凡な母親と父親の集団であるが、静かに、しかし合理的に戦っている。この慰安婦像の問題をどのように論ずるにせよ、本来、右も左もない、日本全体の問題であり、だからこそ、多種多様な人々が手を携えて取り組めるはずだ。 だが日本国内では、この日本全体の問題が、リベラル左翼対保守という対立構造の中で論じられ、慰安婦像に反対すると、右だとレッテルを貼る風潮がある。それは日本社会の病理だ。日本人全体がイデオロギーを超え、一丸となって日本の名誉のために戦わずして、どうやって海外で慰安婦像建立を阻止できるのか? 日本国内での戦いも大変だが、海外では普通の母親やサラリーマンが日々、反日謀略組織の攻撃にさらされている実態がある。 海外各国での民間の戦いを組織化し、体系的で統一的な戦略を全世界で展開していくことができれば、我々の戦いは飛躍的に発展するだろう。そのためにも、我々JCNが、ひとつの参考モデルを提示できれば、まことに幸甚である。山岡鉄秀氏(やまおか・てっしゅう) Japan Community Network(JCN)代表。シドニー在住豪州ストラスフィールド市における中韓反日団体による慰安婦像設置推進運動に遭遇し、地元の母親を率いてJCNを結成。地域社会融和の大切さを訴えて市議会に設置可決を見送らせた。関連記事■ 「売れますよ、ふふふ」…『呆韓論』20万部に朝日が目くじら■ 韓国はどうして日本を許さないのか■ 「反日」と「情緒」が支配する哀しき非民主国家■ 日清戦争前夜と酷似する日中韓関係■ 「超限戦」目に見えない戦争はもう始まっている

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    河野洋平はなぜ人前に出てこないのか

    朝日新聞が誤報を認めようが、謝罪しようが、「河野談話」がある限り、慰安婦問題で傷つけられた日本の名誉は回復しない。

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    朝日新聞の「広義の強制性」という詭弁

    替えにより、この問題をあえてわかりにくくしている。これを解決するには分解と整理が有効になる。 では、慰安婦問題を分解し整理しよう  1 慰安婦は存在した  2 軍部や国が関与する形で「管理売春」が行われていた  3 慰安婦には高額の報酬が支払われていた  4 募集は「任意」で行われており、女衒などによる違法な募集は取り締まっていた。  この4の「任意」を否定し、「強制性」をもたせた証拠となるものが「吉田証言」である。そして、吉田証言以外に、歴史的「物証」となるものは皆無に等しいのだ。「証言」というのは時間とともに曖昧になり、都合よく作り替えられることが多い。そのため、戦後70年近く経った現在の証言は証拠能力を持たない。つまり、「吉田証言の否定」とは唯一といえる「強制連行」の証拠の否定である。 これを朝日新聞は 1「女性の人権」 や 2「広義の強制性」という言葉に置き換え、自己正当化し、日本政府にその責任を押し付け批判をかわそうとしているわけである。 これも分解しよう。1 「女性の人権」で言えば確かに売春行為は望ましくなく、許されるものではない。しかし、当時はほぼ世界中で売春が合法であり、日本でも合法であった。また、善悪は別だが、今も売春を合法としている国や地域がたくさんある。根絶すべき問題だが、日本だけがそれも過去の事例を批判される種類の問題ではない。 次に 2 「広義の強制性」についてである。これは、家族や貧困のために「本意とはいえぬ形で身を売らざるを得なかった事」を指すが、本人が自ら募集に応じたわけであり、これで政府を断罪することは難しいだろう。 また、親などが女衒(女性を売買する職業)に、子供を売った事例も確認されているが、警告や厳しい取り締まりを行っており、これで政府も責任を追及できないだろう。さらに言えば、「広義の強制性」などという論理を政府が認めてしまえば、労動者が生活のために働くことさえ、広義の強制性になってしまう。つまり、「生活のために働く労動者に謝罪と保証しろ」とすらなりかねないわけだ。これは明らかにおかしい。 このように整理分解することで、慰安婦問題の真実がわかりやすくなり、日本(政府)に論理的責任がないことが明らかになるだろう。これは「右や左という思想」の問題ではなく、単純に「論理と事実関係の問題」でしかないのである。

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    河野洋平は戦後最も日本を貶めた政治家である

    上智大学名誉教授 渡部昇一 どういう経緯で慰安婦問題をめぐる河野洋平官房長官談話が出されたのか。安倍晋三政権は6月20日に、これまでの検証結果となる「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで」と題する報告書をまとめ、公表しました。 そもそもこの問題は、産経新聞が長年に渡って追及してきた問題でした。河野談話の文言作成過程で日韓のすりあわせが行われてきたと明らかにしたのも産経新聞のスクープでした。河野談話がはじめから韓国の言い分を丸呑みした出来レースだったのではないか、慰安婦からきちんとした聞き取り調査をやっていなかったのではないか、という話はこれまでもありましたが、それらを事実だと明確に特定しました。とても大きな功績だったと思います。政府の報告書は産経新聞の報道が裏付けられた内容といっていいでしょう。これで今後、この問題を論じるさいに必要な、根底となる事実関係が確定したと思うのです。議論が迷走し、錯綜しても、ここから論じていけばいい。スタートラインが明確になったという意味で報告書が公表された意義は大きいと思っています。 政府は村山談話について継承する立場を取っています。河野談話も検証調査はするけれども、見直しはしないという立場を取ってきました。私は二つの談話には大きな問題があって見直しをしてほしいと考えています。だからこそ調査を最後まで続けたことは良かった。結局、これで「調査の結果、見直す必要がある」といつでも言える状態になったのです。安倍内閣は至上命題を長期政権だとしている。ですから妥協できるものは妥協する姿勢を取っています。当面、取り置いたところで調査の結果は動きません。いつでも河野談話が見直せるのです。日本の政治家としてどこに心を置いているのか それにしても問題だと思うのは、談話を出した河野洋平氏の態度です。今回、6月21日に山口県内で行われた河野氏の講演内容を読みました。慰安婦に話題が及ぶと、結局彼は謝っていないのです。村山談話と河野談話の取り扱いについて安倍内閣が継承すると決めたことについて「内閣が認めた以上は、これ以外の不規則発言は国際社会にも、『それは不規則発言です』と言い、日本の正式の発言、日本の公式な発言は村山談話で河野談話を認めたものだと国際社会にはっきりといわなければいけないと思う」とさえ述べています。私は日本人として不規則なのはどちらだと問いたい思いです。 実は河野氏が談話を出した平成5年当時、私は彼に対してあまり腹を立ててはいませんでした。記者会見で彼は「従軍慰安婦」の強制連行を認めましたが、戦後のある時期から日本の外務省は万事摩擦回避に走ってしまう傾向が強くなっていました。そういう日本の外務省の掌中で河野さんは談話を発表した。そう見ていました。談話の中身は、もちろん問題があるけれども、韓国側の言い分を聞き、穏便に済ませようとした外務省に本質的な問題があると見て河野洋平という一政治家にはそれほど腹は立てなかったのです。 しかし、最近になって私のそういう見方は変わりました。その切っ掛けは彼が自分の行動について自己弁護を始めたことでした。例えば2012年8月12日付の朝鮮日報では河野氏は「私は信念を持って談話を発表した」と述べています。また雑誌「世界」5月号でも自己弁護を開陳しながら、安倍首相を批判しています。要は開き直っているのです。彼は自分の弁解が成功すれば、末代まで日本の恥となる嘘が世界の歴史に残ることになることを考えなかったのか。日本の政治家としてどこに心を置いているのか疑わざるを得ない。私は彼を日本人として許せないと思ったのです。 そして今回河野氏の講演録を読み、政治家として彼を正真正銘の「国賊」だと思いました。「日本人の敵」だと思う。これほど戦後の日本で日本人の名誉を貶め、日本人に恥をかかせた政治家は他にいないのではないでしょうか。村山談話を出した村山富市首相や鳩山由紀夫首相、或いは菅直人首相もけしからんと思います。しかし、後世に至るまで私達日本人の歴史に汚点を残し、辱めたという意味で河野氏は桁違いに罪が大きいと言わざるを得ません。 講演の中身を少し拾って見ます。国際社会の軍隊で「従軍慰安婦」に相当するものが存在しなかった例などありません。こうした慰安婦のような存在が日本に限らずどこの国にも当たり前にあったのです。自ら積極的につまびらかにする類の話ではありません。それを河野氏は次のように述べています。 《私は、いろんなことを皆さんおっしゃるけれども、歴史は間違っていたことは間違っていたと認めて、謝罪すべきなことはきちっと謝罪する。日本国は国際社会の中で、日本という国はある意味で潔い国だといわれることが一番だと思う。と同時に、昔はそれでよかったとか、よその国でもやっているなどと言うぐらい卑怯な言い訳はない。スピード違反で捕まった人が『悪いのは自分だけではない』と幾ら言っても自分の悪い所を認めなければ駄目です。それは自分を正当化することにはならないと知らなければいけないと思います》 ならば日本だけが汚名を着なければならないのでしょうか。慰安婦が日本固有の存在でないことくらいはどの国も内心熟知しています。 《私は誠心誠意、日本がやったことへの謝罪をした。それが本当に謝っていないのではないかとなってしまうことが本当に残念です。私は、日本を貶めるようなことを言うはずがない。私がそんなことをするはずがない。私が皆さんの前で申し上げます。内閣官房長官として、自国を貶めるようなことを言うはずないじゃないですか。誠心誠意、何とか日韓二国間の関係をよくしたい、将来にわたって、未来に向かって、そういう気持ちがあればこそ、さまざまな資料を集め、いろんな状況を確認をしながら、努力した。それをぜひ理解してほしい。今、日本がやるべきことは、二国間の信頼関係をできるだけ早く、本当の信頼関係に戻して、そして、お互いが敬意と尊敬できる間柄にする…》 日本国は周辺国の悪意に包まれています。河野氏の発言はあまりにひどい自己弁護です。「私は、日本を貶めるようなことを言うはずがない」等と聞くと自分の発言がどのような影響をもたらしたのか。全然わかっていないようにも思えます。自分では日韓関係を良くしたようにいいますが、実態は一時的に良くなっても再び険悪になる。その繰り返しでした。そのたびに歴史が蒸し返されました。河野氏の責任は大きいと思いますが、そこはまるで自分に関係ないかのような口ぶりです。強制連行がなかったといえば良かった また河野氏は講演で軍が関与した旨述べています。「軍が関与した」というロジックは加藤紘一氏も使いました。中央大学の吉見義明教授もそう述べていますが、私はこのくらい卑怯な言い方はないと思っています。そもそも日本政府はこのとき、「軍の関与」についてあれこれ言わずに「強制連行などなかった」と明確にいうべきでした。20万人に及ぶ朝鮮半島の婦女子を日本が強制的に拉致したことなどなかった。これは朝鮮人だって認めざるを得ないのです。当時の朝鮮総督府の幹部だった方が述べておりますが、警察官自体の大部分を朝鮮人が務めていたのです。そんななかで朝鮮人の若い女性だけを強制的に掠い集めるなんてやったら大変な騒ぎになってしまいます。ところが当時の朝鮮はどこも平穏でした。常識に照らせば、すぐにわかる話です。 あくまでも強制連行がなかったということが核心だったのです。慰安婦は確かにいました。しかし、これは日本だけに存在したわけではありません。売春婦を集める民間業者や女衒によって半ば強制的に連れて行かれたという出来事はあったかもしれません。しかし、絶対に日本政府が強制連行したなどという事実はないのです。 ところが核心部分をきちんと正さずに「軍の関与」などという言葉を持ち出したことがおかしいのです。戦場売春婦の営業するところに兵隊さんが行くのですから、軍としては衛生管理をちゃんとやってくれ、となる。そういう衛生管理をやった業者に対して軍のための営業を認める。これは世界中の軍隊がどこでもやっていたことであって咎められる関与では決してありません。それを十把一絡げに「軍の関与」という極めて幅が広い言葉で括るのは誤解を与えるだけでなく、事柄を見誤らせる間違った言い方だと思います。それどころか日本悪玉史観に基づく国賊行為になるのです。 河野氏の講演には基本的な誤りも少なくありません。例えば、シナと国交を結ぶ時の話をこう述べているのです。 《そこで中国がやった説明はこういうことです。中国は本当にひどい目に遭った。日本の軍隊に侵略されてひどい目に遭った。中国がひどい目に遭ったのは日本の軍国主義にひどい目に遭ったのだ。日本人は軍国主義者ばかりじゃない。逆に、日本は、日本人自身は軍国主義の下でおおぜい戦死した。特攻隊隊員もいる。みんな軍国主義のなせるわざだ。だから、中国も日本の軍国主義の被害者だ。(中略)敵は日本の軍国主義なのだという理屈でした。(中略)そこで、日本軍国主義者の象徴、日本の軍国主義の典型として、戦争犯罪人、A級戦犯の人達は日本軍国主義者の大本で、絶対に許さないが、それ以外は、この人達の間違った政策で動いた被害者である。(中略)そういう理屈で中国は日本と手を握りました。 そういう理屈で手を握るのだから、少なくても、日本は、日本軍国主義を復活するとか、日本軍国主義を唱えていた人達を大事にする、尊敬するとか、そういうことをされては困る。ここから派生して、軍国主義の典型、象徴的な人達が祀られている靖国神社に、日本の指導者が行ってお辞儀をするのは困る。嬉しくないね、困るよと言うのです。そこから先は日本側がそうかと。それなら、いやがることはやめようとなった。靖国神社に息子やお父さん、ご主人が祀られてる人達が靖国神社にお参りするのは何も問題ない。当然だと。ただし、軍国主義の象徴にだけ、象徴を拝むのは、具合が悪いというのが、今の靖国神社問題なんです》 河野氏はA級戦犯について国交を結ぶ当初から問題になった言い方をしていますが、時間的に全然ずれています。そもそもこの説明は「指導者=悪」で「国民=善」だとして分断を図るもので、戦後の左翼が好んで用いた革命につながる論理です。もともとは占領軍がもたらしたもので、東京裁判史観のなかでも最も悪質な論理と言っていい。これは戦前を知らない人のいうことです。河野氏の不勉強を指摘する 河野氏は最も肝心なことがわかっていない、と強調したいと思います。例えばそのひとつが東京裁判を開いたマッカーサー自身が、東京裁判を明確に否定しているという点です。 朝鮮戦争が起こったさい、マッカーサーはトルーマン大統領と意見が合わずに米国に呼び戻され、上院の軍事外交合同委員会という重要な公聴会で証言しました。そこで彼は縷々述べた上で日本の戦争についてこう言っているのです。 「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.」 これは「日本の戦争に入った目的は、従って、主として自衛のために余儀なくされたものであった」という意味です。これは東京裁判で「この戦争は侵略戦争ではなく自衛戦争であり国際法には違反しない」と主張し、「国家弁護」を貫きながらも「敗戦の責任」は負うと述べた東條英機首相の宣誓口述書のサマリーと全く同じ論理で、彼は東京裁判を完全に否定しているのです。 連合国はマッカーサーにすべてを任せて東京裁判を開きました。「A級戦犯」として当時の指導者が処罰されましたが、これは、国際法によらず自分のチャーターで裁いたのです。東京裁判はマッカーサーそのものなんです。そのことがきちんとわかっていれば、マッカーサー証言の持つ意味は重大だとわかるはずです。これはつぶやきや日記などではありません。米国の上院軍事外交合同委員会という公式の場での発言なのです。 ところが河野氏に限らず、日本の政治家も外交官もこのことをしっかりと認識していないのです。今までいろいろな大使級の方々とお会いする機会がありましたが、この話を知っていて正確にその意味がわかっていたのは私は一人しか出会ったことがありません。日本の外交官たるもの、このことを知らないなんて許されない。本来なら米国に「マッカーサーもこう言っていますよ。日本が戦犯国で悪いことをしたなんて見方はなくなったのですよ」と教えてやるぐらいでなければいけないのです。 これは余談ですが、では、なぜマッカーサーはこのような発言をしたのだろうか。このごろわかったのは彼は米国に対して腹を立てていたからだろうと思うのです。朝鮮戦争が起きた時、私は大学二年生でした。大学には米国からの神父もいましたが、短時間で決着がつくだろうと皆、思っていました。米国は制空権を握っていたからです。最高司令官はもちろん、マッカーサーでしたが、しかし背後には連合国がいて、例えばマッカーサーがシナの東海岸の港を封鎖したり爆撃することに参加国だった英国が反対してできなかった。また、人民解放軍が来るのを断つために橋を爆撃することも禁止されてしまったのです。 それで彼は津波の如く押し寄せる人民解放軍を抑えることができなかったのです。制空権を握っていながらですよ。部下が数多く戦死していくのを目の当たりにしながら、マッカーサーはほぞを噛む思いだったでしょう。この悔しさが、恐らく上院での証言につながっているのだと思います。本当の事を明らかにしてやろうと考えたのだと思います。日本悪玉論に浸かった河野氏の講演 いずれにしてもマッカーサーのこの言葉を戦後の政治家の多くは正しく認識していました。ですから、敗戦にもかかわらず、中国や韓国にペコペコすることなど全くありませんでした。状況が一変したのは、正式には中曽根内閣以降です。靖国神社に首相が行かなくなったのは中曽根首相以降であってそれまでの自民党の指導者は決して日本が悪いことをしたなどとは全く考えていなかったのです。岸信介首相は当然ですが、三木武夫首相のころまでは昔の話を知っていたからです。 私だってそうです。戦争が始まる前、日本が締め上げられていくにつれて、自分の生活がじわじわと圧迫されていく感覚がありました。シナがしきりに日本にちょっかいを出して来るのを苦々しく思って見ていたのもよく覚えています。今のシナが尖閣諸島でやっている光景と同じですが、当時は在留邦人が多数襲われる事件が相次ぎ、死傷者が沢山出ていたのです。ですから、あの戦争が紛れもなくシナが始めたものだという認識は当時からあったのです。 実際に当時を生きていた人間からすれば、大東亜戦争に負けて悔しいとか、戦争に負けたのだから仕方ないなあ、といった思いはあります。しかし、シナや韓国に頭を下げる気など毛頭ないのです。 ところが、河野さんは違う。彼の話は日本悪玉論に立っている。中国や韓国に無用な贖罪意識すらあります。それは彼の無知によるものなのです。 彼はきっと日本が中国に戦争を仕掛けたと思っているのでしょう。ですが、例えば東京裁判でシナ事変の責任を日本に問おうとしてもできなかったことはご存じなのでしょうか。マッカーサー証言の持つ意味も正しく理解していたでしょうか。日韓併合もそうです。日本は、韓国併合に別に熱心だったわけではない。一番熱心だったのは米国と英国だったのです。日本は併合する勇気がなくて当時の清国にもロシアにもフランスにもみんな聞いたほどでした。日韓併合について韓国が悪かったというならば、当時のロシアにもシナにも全世界中に文句を言ってほしいものです。そのくらいの認識を持って事に当たらなければいけない。 それに、日韓併合のわずか三十数年で、著しく立ち後れていた朝鮮半島を一気に近代化してしまったのです。 ですから別に日本が自慢する必要はないが、ペコペコする必要など絶対ないのです。実際、戦後の総理大臣はそのことを知っていたから全くペコペコしていませんでした。ところが、河野氏はそうではありません。漠然と日本は悪いことをした、謝ることが正しいと思い込んでいるようにしか私には見えないのです。そして何より深刻なのは、河野談話が出されたことで私達の同胞、子孫に図り知れない禍根をもたらされることに、彼が鈍感だということです。あるいは鈍感であることを装っているのかもしれませんが、いずれにせよ講演ではここはほとんど触れられておらず、ここは見過ごせません。 河野談話によって、今日本人はすさまじい恥辱を受けています。彼は強制連行があったと認めましたが、従軍慰安婦問題で、日本が20万人に及ぶ朝鮮人の若い女性を強制連行したなどと世の中に伝われば、同胞はもちろん、これから生まれてくる私達の子孫にも図り知れない恥辱が負わされることになるでしょう。最近では、性奴隷という不当な言葉に仕立てられて世界中に喧伝されています。事実ならともかく、事実ではないのです。汚名を着せられて私達の同胞がこれから肩をすぼめて生きていかなければならないのです。 こういう日本を貶める話はヨーロッパで結構、受けいれられてしまっていることも気がかりです。例えばドイツでは「ヒトラーは酷かった」とふだん言われている。そこに「日本もとんでもなかった」といった話が舞い込んでくると、ドイツ人は残念ながらそれを聞いて溜飲を下げてしまうのです。フランスもイギリスだってそうです。日本人について有色人種のなかで優秀だと認識はしているけれども、その日本人が貶められる話は彼らにとって胸をすっきりさせてしまうのです。 子孫に禍根をもたらすという予兆はすでに至るところにあります。グレンデールはじめ全米各地に慰安婦像が建てられているのもそのひとつでしょう。在留邦人が日本人であるという理由だけで、恥ずかしめを受けたり、屈辱的な思いを味わわされている、という報告も出てきています。 それがこれから代々、何百年も続き、世界の歴史に残ってしまいかねない。日本国民にとってこんな許し難い話はありません。 政治家ならば、同胞の行く末をしっかりと案じ、対処していく責任を負っているはずです。しかし、河野氏の発言にはそうした事態への真摯な考察が全然読み取れません。自分の行ったことがもたらした影響を省みていないのです。子孫への禍根に対する発想が微塵も感じられないことは恐ろしいことです。 百歩譲って談話発表の時点において、今日の事態が予見できなかったとしても、これは致し方ないのかもしれませんが結果責任はあるでしょう。結局、様々な出来事を目の当たりにしてなお、自分の弁護に終始しているということは、結局、彼は日本人という視点が極めて乏しいといわざるを得ません。日本の政治家なら日本のために論じようという姿勢があっていい。ところがそれが感じられない。それは日本や日本人を愛する態度で決してないということだと思います。政府が認めたのでは埒が明かない もうひとつ私の体験をお話ししましょう。 2007年に米国の下院議員、マイクホンダ氏が日本政府への「慰安婦に対する謝罪要求決議案」を提出しました。当時は、第一次安倍政権でした。安倍さんは訪米し、ブッシュ大統領との会談が控えていました。 私は訪米直前の安倍さんと食事をご一緒する機会があり、「慰安婦問題はどのようにするおつもりですか」と聞いたことがあります。そのとき、安倍さんは「ブッシュ大統領は慰安婦問題をテーブルに出さないことになっています」と話したのです。そこには外務省の方もいました。安倍さんはブッシュは話題に出さない、さらに新聞記者達に聞かれたさいには「20世紀は人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている」というつもりでいることもうかがいました。それで訪米された。 外務省はじめ日本政府にはどこか軽く考えていた印象が否めないのです。読みが甘かったのではないか。会談の冒頭でブッシュ大統領は「ミスターアベ、きょうは慰安婦問題と米国産牛肉の対日輸出の件は、話をしたことにしておこう」といいだした。会談後、安倍さんは「極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。20世紀は人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている、と(米議会で)述べた。このような話を本日、大統領にも話した」というとブッシュ大統領は「私は安倍首相の謝罪を受け入れる」。恐らく、大統領は善意のつもりだったのでしょう。メディアは慰安婦問題で安倍さんが大統領に謝罪し、大統領がこれを受け入れたと一斉に報じました。安倍さんは「米国に謝罪したということでは全くない。当たり前の話だ」と強調しましたが、後の祭りでした。謝っていないのに謝った話になってしまったのです。 報道を見て私は大変なことになったと思いました。それで日下公人さんと一緒に外国人記者を相手にした記者会見に臨みました。慰安婦とは何であるのか、正しく理解してほしい。この思いで記者会見でも時間をかけて力説しましたが、肝心な話はほとんど取りあげられずに終わってしまった。その時、私が身に染みて実感したのは「あなた方の政府が認めているじゃないですか」といわれるとほとんど埒があかないという現実でした。当時はマイクホンダ氏の動きを憂慮して作曲家のすぎやまこういち氏らがワシントン・ポスト紙に「THE FACTS」と題する意見広告を出し、慰安婦問題について強制性はなかったと訴えていました。私だけでなく多くの方が何とか米国国民に真実を知ってもらい、対日謝罪要求決議が採択されないように声を上げ、一定の成果を出していたのです。しかし、私達民間人がいくら走り回ってどんなに力説しようと河野談話で謝罪してしまっている以上、無念ですが通用しない。これが厳しい現実だったのです。今、日本人がなすべきこと 日本人が今、なすべきことは何か。それは日本人が河野談話を認めなかったということをハッキリと内外に示すべきです。強制連行が事実でないと消さなければなりません。産経新聞の報道もありました。政府の報告書も出されました。根拠となる事実は出そろった。読めば一目瞭然ですがおかしな経緯です。そして何よりも河野談話を認め続けていれば、同胞とこれからの日本人に対して計り知れない禍根を残すことになってしまう。 そうした動きを取る際、大切なことがあると私は思います。それは私は2011年11月に河野氏が受章した桐花大綬章を剥奪するということです。これはパフォーマンスでもやらなければなりません。 なぜか。河野談話を認めないと言いながら、一方で従軍慰安婦の強制連行があった、と言った当事者に国家が勲章を授けている光景は、世界からみて理解できない。通用しない光景だと思うのです。私は河野氏に会ったこともない。個人的な恨みで勲章を剥奪しろと言っているのではないのです。 大東亜戦争の開戦の時も似たことがありました。真珠湾攻撃の前に現地時間午後一時に国交断絶書を渡す段取りをつけ、米国のハル国務長官の予約を一時に取った。ところが翻訳やタイプが間に合わず、二時に延ばしてしまった。真珠湾攻撃は現地時間一時と二時の間ですから、「外交交渉中に攻撃した」ことになってしまった。これは外務省の出先機関の責任です。ルーズベルト大統領にはここを徹底的に衝かれ世界中に「日本はずるい国だ」という汚名が着せられました。今でもそれが世界中、特に米国人の心の中に残っています。 問題はこうした責任者は不問に付され、吉田茂首相は彼らを戦後重用したことでした。それどころか悉く勲章を授けてしまっているのです。それで今も日本は「ずるい国だ」などと言われ続けている。やはり、こういう出来事を考えると河野氏の勲章は筋が通らないと思うのです。吉田首相は日本の名誉よりも外務省の名誉を重んじた印象を与えます。今、自民党が河野氏を国会に呼び出さなければ、自民党は日本の名誉よりも仲間の名誉を重んじたことになりましょう。 河野氏が国会など公の席で自分の発言を認め、謝罪すれば従軍慰安婦問題は終わるのです。あれは私の誤解に基づく誤った発言でした、慰安婦はいましたが、強制連行を認めた発言は間違いでしたと認めればいいのです。私は彼が自分の行いを反省する。そして喧噪が収まったのであれば彼には他にも功績はあるのですから、再び勲章を授けてもいいと思います。しかし、そうでない以上、気の毒かも知れませんが河野氏の勲章を剥奪して、これを世界に発信する。それが日本人の意志を明確に示すことにつながると私は思っています。渡部昇一氏 昭和5(1930)年、山形県生まれ。上智大学大学院西洋文化研究科修了。独ミュンスター大学、英オックスフォード大学に留学。著書に言語学・英語学の専門書のほか『国民の教育』『名著で読む日本史』など多数。

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    暴かれた「河野談話」の嘘

    国内における調査結果もあり、歴史的事実を曲げた結論を出すことはできないと応答した」との記述もある。 慰安婦問題にかかわる日韓間の協議の報告を受けた当時の事務方トップ、石原信雄官房副長官がこう発言した場面もある。「慰安婦全体について『強制性』があったとは絶対に言えない」看過できない強制連行の独断公認 ところが河野氏は、平成五年八月四日の河野談話発表時の記者会見で、この政府の共通認識を独断でひっくり返してしまった。記者に「強制連行の事実があったという認識なのか」と問われ、勝手にこう答えたのだ。「そういう事実があったと。結構です」 日本が慰安婦を強制連行して性奴隷にしたという「伝説」に、河野氏が「政府公認」というお墨付きを与えた瞬間だった。現在の政府高官はこれについてこう批判する。 「それまで政府は強制連行は証拠がないという一線を守っていた。それなのに、河野氏の発言で強制連行説が独り歩きすることになった。あの記者会見は完全な失敗だ」 実際、河野談話には「強制連行」という言葉は一切出てこない。河野氏が故意か不用意にか自身の名前を冠した談話すら踏み外した答弁をしたため、それを現在も韓国などに利用されているのである。 この経緯について山田氏は、七月十四日の衆院予算委ではこうも指摘している。 「河野さんが勝手に独りで強制連行を認めてしまったという、この点を初めて明らかにしたのがこの検証報告書だ。この問題は、ご本人しか説明できない」 その通り、なぜこんな発言をしたのかは河野氏自身にしか分かるはずがないが、河野氏はこの肝心な点について黙して語ろうとしない。安倍晋三首相もこう答弁した。 「この談話を作成してきた政府のチームの認識とはやや異なるという印象を、チームの人たちも持ったようだ。どのような認識で河野氏がそう答えたかは承知していない」 河野氏はこの核心的な部分については口をつぐむ。それでいて、全く沈黙を守っているかというとそうでもない。 例えば、政府が検証報告書を公表した翌日の六月二十一日、山口市での公演ではこんな自己弁護を展開している。 「私は日本を貶めるようなことを言うはずがない。そんなことするはずがない。官房長官として自国を貶めるようなことを言うはずがないじゃないですか。誠心誠意、将来にわたって日韓関係を良くしたい。そうした気持ちで努力した。ぜひ理解してほしい」 河野談話の欺瞞性が各方面から批判されていることへの悲鳴のようにも聞こえるが、現実に河野氏の言動が原因で、日本は現在に至るまで内外で誹謗中傷を受けている。その結果責任から目をそらし、自分の努力を「理解して」と訴える河野氏に対しては政治家としての幼児性を指摘せざるを得ない。日韓すり合わせを否定していた河野氏 百歩譲って、河野談話と記者会見での河野氏の独断による強制連行認定で日韓関係が本当に良くなったのなら、まだ一定の評価は可能だろう。とはいえ実際には、日本の安易な政治的譲歩と事実軽視の姿勢が韓国側の増長を生み、日韓関係をこじらせている。 こうした経緯は、これまでも繰り返し指摘されてきたことだが、検証報告書によって、誰の目にもより明らかになった。この講演では、河野氏はこうも語っている。 「あの報告書には足すべきところはない。全く正しい。引くべきことはない。正しい」 語るに落ちる、とはこのことである。この言葉は、図らずも河野氏がこれまで河野談話について語ってきたことが真っ赤な嘘であることを証明している。 今回の検証報告書は、河野談話作成過程における日韓間のすり合わせについて次のように記している。 「文言の調整は、談話発表の前日となる八月三日までの間、外務省と在日本韓国大使館、在韓国日本大使館と韓国外務部との間で集中的に実施され、遅くとも七月三十一日には韓国側から最初のコメントがあった」 「(韓国側は)具体的発表文を一部修正されることを希望する。そうした点が解決されることなく日本政府が発表を行う場合は、韓国政府としてはポジティブに評価できない旨述べた」 その結果、産経新聞が今年元日付の記事「河野談話 日韓で『合作』 原案段階からすり合わせ」でスクープした通りの文言修正が行われた。 すなわち、慰安所の設置に関する軍の関与について、日本側の当初案の「軍当局の意向」が調整を経て「要請」へと変わり、日本側が提示した「心からお詫び申し上げる」との表現に韓国側の求めで「反省の気持ち」が付け加えられるなどしていた。 だが、河野氏は検証報告書が出るまで、日韓間のすり合わせを明確に否定していたのである。平成九年三月三十一日付朝刊の朝日新聞のインタビュー記事ではこう語っていた。 「談話の発表は、事前に韓国外務省に通告したかもしれない。その際、趣旨も伝えたかもしれない。しかし、この問題は韓国側とすりあわせをするような性格のものではありません」 国民に向けて嘘を発信していたことになる。また、河野氏はこれまで、河野談話の主な根拠は平成五年七月二十六日から三十日まで韓国で実施された元慰安婦十六人への聞き取り調査だと述べてきた。同じ記事の中でもこう強調している。 「政府が聞き取り調査をした元慰安婦たちの中には明らかに本人の意思に反してという人がいるわけです。つまり、甘言によって集められた、あるいは強制によって集められた、あるいは心理的に断れない状況下で集められた、といったものがあったわけです」 「実際に聞き取り調査の証言を読めば、被害者でなければ語り得ない経験だとわかる。相当な強圧があったという印象が強い」 その聞き取り調査の中身が、元慰安婦の氏名もまともに記されておらず、慰安所がなかった場所で働いていたとの証言が複数あるなど極めてずさんなものだったことは、これも産経新聞が既報(昨年十月十六日付)の話だ。実際は聞き取り調査報告書を読んでも、河野氏が「被害者でなければ語り得ない経験」と言うような迫真性は感じられない。論争に終止符を求める朝日社説の欺瞞 しかも、今回の検証報告書は、この聞き取り調査が河野談話の根拠だったという河野氏の主張もあっさり否定している。 「河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」 河野氏はここでも嘘をつき、国民を騙してきたのである。当時の政府がいくら調査しても、韓国側が盛り込みを求める「強制性」の裏付けが得られなかったので、元慰安婦の経験こそが事実関係を表していると強弁してきたというわけだ。 その元慰安婦の証言のデタラメさが白日の下にさらされ、河野談話の原案は事前にでき上がっていたという事実が判明した今、河野氏の虚言はもう覆い隠しようがない。河野氏自身が検証報告書は「すべて正しい」と言っているのだからそういうことになる。 ちなみに、こうした河野氏の嘘を無批判に垂れ流してきた朝日新聞は、検証報告書が公表された翌々日の六月二十二日付の社説「これで論争に終止符を」で、他人事のようにこう書いた。 「談話の正当性を巡る論争は一区切りにして、歴史家や研究者に任せよう」 「談話の信頼性や正当性が損なわれたと考えるのは誤りだ」 「過去をこれ以上、掘り返しても(日韓の)互いの信頼が損なわれるだけだ」 自分勝手というのかご都合主義というべきなのか、とにかくあきれ果てるしかない。 これまで河野談話をときに神聖視し、ときに利用して飯のタネとし、慰安婦問題に火をつけ、薪をくべ、うちわで扇いできたのは朝日ではないか。今さら談話のどこに信頼性や正当性があるというのか。 検証報告書は、慰安婦問題で朝日が果たした役割にも言及している。当時の宮沢喜一首相の訪韓五日前の平成四年一月十一日付朝刊一面トップで、六本もの見出しをつけて朝日が報じた次の記事のことだ。 「慰安所 軍関与示す資料」「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」「部隊に設置指示」「募集含め統制・監督」「『民間任せ』政府見解揺らぐ」「参謀長名で、次官印も」 記事本文とは別に「多くは朝鮮人女性」という解説記事もあり、「約八割が朝鮮人女性だったといわれる」「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」「人数は八万とも二十万ともいわれる」と、いずれも事実と異なる根拠不明の説明を加えている。 ところが、朝日がおどろおどろしく飾り立てた記事が示した文書とは、一言で言うと「悪質な業者には気をつけろ」と軍紀粛正を命じるものだった。この記事に関して検証報告書は一ページ目の「河野談話の作成の経緯」で淡々とこう指摘している。 「この文書について朝日新聞が報道したことを契機に、韓国国内における対日批判が過熱した」 検証報告書はことさら朝日を批判してはいないが、河野談話作成のきっかけの一つが朝日の一連の報道だったことは明々白々だ。それを忘れたかのような現在の朝日の姿勢は無責任そのものである。「歴史を直視せよ」ではなかったのか 検証報告書をまとめた検証チームの一人によると、「報告書ではあえて一切の評価は避けた」という。そうして私見や思想・信条が混じらないようにし、事実をして語らしめる手法をとることでより説得力を増すためだ。 もともと河野談話に否定的な安倍晋三政権下での検証で下手に評価を加えると、色眼鏡で見られるということも考慮した。 また、検証チームに資料を提供し、事務作業を手伝う側の外務省からは「なるべく穏便に済ませたい」との雰囲気を感じたという。だが日韓間のすり合わせについて、国民に事実関係を伝えるという安倍首相の強い意向が、日韓関係に波風が立つのを恐れて資料提供に消極的になりがちな外務省の背中を押した。 案の定、検証結果に韓国側は反発してきたが、外務省内には「韓国だって2005年に日韓基本条約に関する外交文書を一方的に公開したではないか」(アジア大洋州局幹部)という突き放した声も多い。 外務省内には伝統的な「事なかれ主義外交」の旧弊が今も残るが、常軌を逸した韓国の対日批判にはうんざり感も漂い、韓国に向ける視線は概ね冷めている。その点は一般の国民感情とそう変わらない。 ところが、そんな中にあっても河野氏はまた都合のいいメディアで今回の検証に難癖をつけ、これに反発した韓国を擁護している。毎日新聞の七月九日付夕刊では性懲りなくこう語っている。 「明らかに日韓の友好関係が深まることを望んでいないかのように思える人たちがいて、彼らから押されるようにして『談話を検証しろ』という提案が出された」 「韓国側からすれば、二十年も前に決着した話を蒸し返され『何を今さら』と感じたのでしょう。しかも日本政府は一方的に検証結果を発表した」 河野氏は自分とは考え方の異なる人々を「日韓の友好関係が深まることを望んでいない」と悪者にして陰謀論を展開することで、自分こそは善であると強調したいようだ。 さらに、日本政府のやり方を「一方的」と指摘して韓国側の肩を持つが、慰安婦問題を河野談話以後もずっと蒸し返し続けてきたのは韓国の方ではないか。 韓国はこれまで日本に対し、耳にたこができるほど「歴史を直視しろ」と要求してきた。それならばなぜ、河野談話の作成過程を検証し、それを直視する作業を批判するのか。河野氏はこの検証報告書を「すべて正しい」といったん認めておいて、「何をいまさら」けちをつけているのか。 河野氏はつまるところ、やってもいないことを認めてわれわれ日本国民の父祖の名誉を傷つけても、韓国にいい顔をして見せたかっただけではないか。 自分は率直に日本の非を認められる勇気ある善人だと内外にアピールし、自分でもそう信じ込みたいがために、河野談話の成り立ちについて国民に嘘をつき、その実態を糊塗してきたのだ。一人の「いい子」ぶった幼児的な政治家のために、われわれが被った損害は計り知れない。