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    【若狭勝緊急寄稿】小池百合子に政治生命を賭けた我が真意

    若狭勝(衆院議員) 昨年の都知事選において、私が自民党東京都連の指示に反し、小池さんを応援したのは、東京都政を含めた政治全般の今後のあり方を考察するに、小池都知事の誕生が極めて重要であると思ったからです。 これまで日本の政治は、いわゆる「しがらみ政治」が脈々と続いてきています。 もともと、日本社会では、「黒白の決着をあえて付けないとか、互譲・妥協・忖度(そんたく)・根回しで物事を動かす」などの曖昧な文化が受け入れられてきた面があるため、「しがらみ政治」がそれほど糾弾されずに続けられてきました。 ここにきて、法律の分野では、明治時代に制定された、民法の一部(債権部分)が120年ぶり、刑法の一部(性犯罪部分)が110年ぶりに改正されることになりました。時代の変化で、明治時代の価値観が法律面では一部修正されたのです。 にもかかわらず、政治分野では依然として「しがらみ政治」が続き、国政においても「しがらみ政治」を背景に、いろいろな問題が次から次へと噴出しています。 そもそも、「しがらみ政治」というのは、(1)利権構造になじみ、特定の人・団体の利益の便宜供与に結びつきやすい(2)決定過程のいわゆる「見える化」に乏しく、透明性を遠ざけ情報公開に消極である(3)税金の使途についても、都民・国民目線に立たず、無駄が多く、コスト意識が少ない(4)議会が活性化せず、議員がなれ合い・ぬるま湯政治につかっている(5)旧来体制の維持に強い価値観を置き、新しいシステム等の提言には耳を傾けない傾向 などの特徴を有し、悪弊・弊害をもたらすことになる政治の総称です。  私は、特捜部検事などとして、これまで長きにわたり政治家の不正・汚職を追及する中で、まさに「しがらみ政治」がその原因であると思い続けてきました。 「しがらみ政治」のもとでは、素朴な正義感が後退し、「良いものを良い」、「悪いものを悪い」と言えない雰囲気が作り出されていきます。 例えば談合です。税金の不要な出費につながるものの、かつては「必要悪」と言って是認され続けてきました。私も含め、談合の刑事責任を追及し続けたこともあり、今では、税金の無駄遣いとの考え方が共有されるようになりました。東京都知事選で小池百合子氏(左)の応援に駆けつけた若狭勝衆院議員=2016年7月25日、東京都三鷹市(荻窪佳撮影) こうした「しがらみ政治」から脱却し、それに終止符を打つ。利権構造を絶ち切り、公正でクリーンな政治、清濁併せのむ政治からの脱却、透明性を確保し、情報公開を格段に進める政治、都民・国民目線に立って税金を使うことを第一に考える、などの政治指針の確立が今、求められています。 特に価値観が多様化し、各人の価値基準も異なるようになった今こそ、多くの人が共有できる、そうした政治指針が必要とされるのです。そうした新たな枠組みを構築できるのは、「しがらみ政治」からの脱却を目指す小池都知事です。 また、日本は国連から、毎年のように「女性差別の撤廃が進んでいない」という不名誉な勧告を受けています。小池都知事が、女性として、東京オリンピック・パラリンピックを華々しく開催することによって、日本の女性の役割・活躍が相当進んでいるということを国際社会にアピールする絶好の機会になると思っています。 上述の理由等から、小池都知事を応援しているのです。女性の象徴的リーダーとして 外国の予算規模と比較しても、東京は一つの国のようなものです。してみると、都知事は、一つの国の大統領のようなものです。 そうした枠組みの中で、小池都知事には、持ち前の創造力、洞察力、即断力、実行力を発揮してもらい、強いリーダーシップで日本社会の在り方を変革してもらいたい。ちなみに、創造力と実行力を有する小池環境大臣がいなければ、クールビスがこれほど夏の男性の服装を変えることはなかった。また、洞察力・即断力を有する小池防衛大臣がいなければ、防衛省の天皇と言われた事務次官を退官に追い込み、逮捕起訴されることもありませんでした。 上述の「しがらみ政治」に終止符を打ち、利権構造に鋭くメスを入れ、透明性・情報公開を強力に推進し、都民目線に立って税金の使途を考えるなどを実践していただくことはもとより、積極的な施策として、東京都を世界の中で輝き、そして「わくわく」させ、東京ブランドをさまざまな分野で作り出していく。さらに、女性の象徴的リーダーとして、今後日本社会の活力となり、女性にかかわる諸問題を確実に解消していただきたいです。 今回の都民ファースト公認候補者は、年齢層・世代が異なり幅広い意見が集約できるだけではなく、何よりも、その保有資格、スキル、経験、専門性にそれぞれ秀でている人が多いのです。 実は、これまでの都議会では、議員自らが条例案を作成し、議会に提出する形での条例制定が極めて少なかったです。自民党所属議員が数多くいながらも、全くお寒い限りでした。都民ファーストの会の政策発表会見に出席した斎藤礼伊奈氏(左端)。中央は小池百合子代表=5月23日、東京都新宿区の都庁(佐藤徳昭撮影) 議員自らが作成した条例案を議会に提出し条例を制定するには、当該議員が、都民のさまざまな声を聞き取り、行政側では気付かない視点のもと、調査と各種法令の研究を重ねるなどのきめ細かさが必要となります。その結果、一人一人の議員活動が実り多くなり、議会における審議も活発化します。してみると、自民党所属の都議会議員が多くいる中で、長きにわたりそうした議員提出に係る条例制定がほとんどなかったというのは、驚きのほか何ものでもなく、そもそも自民党の都議会議員に条例案作成能力があるのかについて疑問符が付きます。また、まさにこの実態こそが「しがらみ政治」「ぬるま湯政治」の象徴と言えます。 都民ファーストでは、議員自らが作成した条例案を議会へ提出することによって、古い議会体質を変革していくことを目指しております。実際に公認候補(予定)者の各専門性に照らし、これが可能と思われ、今後は、東京都議会は都民のために見違えるように活性化すると思われます。 一般的には、男性よりも女性の方が「しがらみ社会」に染まっておらず、そのため、政治分野においても、女性の方が「しがらみ政治」の脱却に力を尽くせると思われます。 都民ファーストの公認候補(予定)者の女性の割合は約3割超であって比較的多いことも、「しがらみ政治」の脱却に向けた勢いが一層高まるものと期待できます。「東京が変われば国が変わる」 なお、二元代表制のもとでは、小池知事が代表を務める都民ファースト側の議員が増えれば、知事のいいなりになる議員が多くなり、議会が都政をチェックできないという批判をする向きがあります。 しかし、上述のとおり、なんと言っても、専門性・資格を有している者であれば、条例案を議会に提出し、制定するようになって議会を活性化するとともに、知事とは別の自らの視点・観点で行政をチェックする(例えば公認会計士の観点で都の予算・決算をチェックする等)ことが十分期待できます。 「東京が変われば国が変わる」。東京都は国の縮図です。東京都には過疎・人口減少が進んでいる地区や島もあります。同じ23区でも人口増と人口減の区があります。木造密集地区がある一方、タワーマンション建築地区もあります。 要は、全国各地域のそれぞれの特殊事情が東京都の中においても同じように併存しています。東京都がさまざまな工夫や特区制度を利用して、さまざまな問題・課題にモデルケースとして取り組み、それが効果的であれば、そのノウハウを全国の同じ特殊事情を抱える地域に伝えることができます。 昨今、地方創生・地方活性化の動向が強まっています。それ自体大切なことですが、地方と東京がいわば「VS」になってはいけません。財政が現時点において比較的豊かな東京都が率先し新たな試みを続け、その成功事例のノウハウを地方に伝授すれば、東京都と地方はWin-Winの関係になることができます。 安心安全のまちづくりも同じことが言えます。まさしく東京都は人口も多く犯罪発生件数も多いですが、これも23区の例をとれば、区によってその犯罪情勢や犯罪件数の推移も異なります。その理由と傾向を探ることで、その結果を区と同じ環境化にある全国の地区に情報提供することで、新たな安心安全まちづくりの指針となり得ます。東京都知事選。街頭演説する小池百合子氏(左)と若狭勝氏=東京都品川区(伴龍二撮影)  東京都選出の国会議員である本職としては、東京都の問題、それは、ひいては国の問題と考え、東京都の問題に係る解決策を探ることで、国全体にも良い影響を及ぼす、それに関わることで、本職の役割も一つ果たせると思っています。  今回の都議選は、重要な選挙と位置付けております。まさに上述のとおり、「しがらみ政治」をこのまま続けてしまうのか、あるいは「しがらみ政治」から脱却し、それに終止符を打てるかの選択の選挙です。 「しがらみ政治」に染まっていない「都民ファースト側の立候補(予定)者」に「しがらみ政治からの脱却力」を発揮してもらいたいと考えております。

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    「豊洲はダメ、ダメ」都民ファーストが苦しむ小池劇場第二幕の呪縛

    都知事、小池百合子氏をテレビで見ている人はそう感じているらしい。実は「都民ファーストの会」という地域政党も小池氏そのものではないか。飾り方も上手いし言い回しもなかなかだ。ただ、中身は何なのか分からない。都民ファースト=小池百合子、この図式で始まった小池劇場の第二幕、それが都議選だが、いったいどうなるのか。 加計学園問題が都議選に影を落としている。都政で小池百合子氏が進める「見える化」改革が国政の隠ぺい体質を浮き彫りにしている形だ。「そんな資料はない」「首相の指示はない」と総理、官房長官が答弁する傍らで、官僚の前文科次官が「資料はある」「天の声もあった」と場外メディアで真っ向から反対のことを言う。事実はひとつのはず、いずれかが嘘をついている。ただ、政権側が再調査も証人喚問もことごとく拒否し続けていたら、国民に隠ぺい体質と映ったのか、安倍政権の支持率が急落した。そこで、あわてて再調査すると発表する顛末だ。 この動きを逆手に、「オッサン政治」「忖度政治」と小池氏は街頭でボルテージを上げている。「いつ、どこで、誰が」の犯人探しで「都政の見える化」を図ってきた自信からか、国の「閉じた体質」を徹底的に批判、自民政治の闇を際立たせる戦略だ。都民ファーストと言いながらメディアファースト、選挙ファーストへ傾いているが、そこは横に置いといて、都政の見える化に対し国政の隠ぺい体質を際立て自民を責め立てるのが小池氏だ。 もとより、自民も黙っていない。この約1年に及ぶ小池都政、「問題提起はよいが、問題解決ができない」、「決められない知事」批判を強める。この両者、どちらの主張も一面の真理だが、いずれこの都議選は「攻める小池」VS「守る自民」の攻防の様相にある。「希望の塾」の第1回都議選対策講座で、あいさつする小池百合子知事=2017年1月、東京都千代田区 ふつうの地方選と違い、首都東京の都議選には必ず売り物が出る。今回は「都民ファーストの会」という売り物。昨年夏の都知事就任後、小池ブームのなか小池塾ができ、小池新党ができた。今回、その小池新党から48名(6月1日時点)もの大人数が立つ。自民60名、共産38名、民進24名と真っ向勝負の形だが、本当に中身のある政党なのか。 包装紙に包んだままだと、中身がどんなものか分からない。お中元だとうれしく受け取るが、果たしてどんな代物か、味はどうか、もらう時ドキドキする。今の段階で、“都民ファースト”という小池新党は、包装紙に包まれたお中元のようなものではないか。この地域政党は何をやりたいか、どんなメンバーか、誰も食べたことがないから分からない。ただ、小池さんが「おいしいですよ!おいしいですよ!」と毎日セールスに回っているから、そうかなと思う人も結構いるようだ。メディア戦術に長けた小池氏らしい戦略だ。 もっとも政治とカネで都知事が相次ぎ辞職した後だけに、「何かを変えて欲しい」という空気が充満していることは事実。その空気(風)を満帆に受けて小池丸は航行中だ。世論調査で「都議会第1党をも伺う勢い!」という見出も散見するが、果たしてホントなのか。 公約の「東京大改革」という大仰な表現とは裏腹に、やっていることは意外に細かい。豊洲移転、五輪施設の見直しなど「負の遺産」とされるこれまでの事案を掘り起こし、そこでのムダ遣い、隠し事、不透明さを事細かく指摘する。「いつ、どこで、誰が決めたか」式の犯人探しがメイン。自民党都連をブラックボックス、自民長老を都議会のドン、石原都政を無責任体制と呼んできた。政治ショーに明け暮れる小池都政 敵をつくって守旧派、抵抗勢力、悪玉に仕立て、一方の自分は正義、改革派、善玉、都民ファーストだと主張する。このやり方を政治マーケティングというが、15年前そして2年前に小泉純一郎の郵政解散、橋下徹の大阪都構想に使われた手法と類似している。 ここまで小池氏に敵と指名されたのは森喜朗(五輪組織委会長)、内田茂(元自民都連幹事長)、石原慎太郎(元都知事)の3氏だ。次は誰かいるか。もう誰もいないかも。そこで今度は「古い都議会(守旧派)」を敵にすえ、新しい都議会に変えよう!(改革派)と訴える。この間、全ての議案に賛成し何の抵抗もなかった自民を敵だという。論理に矛盾があるが何が何でも敵がいないとこの手法は成り立たず。この手法はそのうち破綻する。百条委員会で宣誓書に拇印を押す石原慎太郎元都知事=2017年3月 旧自公体制を切り崩し、公明を自陣に引き込み、都民ファーストと合わせて127議席の過半数(64以上)を制する、これが小池氏の戦略だ。あたかも都議選の勝利を都政改革のメインのように仕立て、豊洲移転も五輪施設見直しもすべて政局化しワイドショーに仕立てるこのやり方。果たして、このやり方が都民のためになっているか。誰もが認める点は小池改革が都政への関心を高めたことだろう。 だが一方で、五輪準備は1年も遅れこの先の展望も危うく、豊洲移転の延期で都民はすでに100億円近いカネを新たに費消させられ、本来業務の都民向けの仕事は総じて停滞気味、組織全体及び都庁官僚に活気が出ていない。「ただ騒がしく他人を叩くだけのワイドショー政治」「空疎なスタンドプレーだけを繰り広げる『小池劇場』」(有本香『小池劇場が日本を滅ぼす』)といった痛烈な批判もある。 2020五輪を含め、いま大都市東京が置かれている状況は、そんな政治ショーに明け暮れている暇があるのか、冷静にみると大いなる不安を感ずる。もとより、政治とカネで失墜・混乱した都政を収拾し、「閉じた都政」を「開いた都政」に変えようとする、この1点でみる限り、小池改革は高く評価してよい。筆者も「60点」の及第点をつけている。 では、都民ファーストという政党をどうみるか。その点、筆者はどうしても触れておきたいことがある。少し古い話だが、竹下内閣のころ、ふるさと創生がブームだった。過疎からの脱却!を合言葉に当時の3300市町村へ一律に1億円ずつ配った。地方創生の奔(はし)りだが、各地では金塊を買ったり、花嫁探しに渡航したり、委託でふるさと創生計画をつくったりと忙しかった。そんな中、小さな町村で流行ったのが観光農園づくりだった。 ただ、「観光農園」というネーミングでは何の目新しさもなく、客も来ない。そこで受託シンクタンクは考え抜いた。そうだ!カタカナで攻めよう、「フルーツパーク!」と呼び勝負に出ようと提案。すると、町村長の多くがワッと飛びついた。この話を噂で聞いた町の人々は、わが町にフルーツパークができる!あたかもニューヨークのセントラルパークでもできるのかのように浮足立った。その後がどうなったか、誰も検証していない。耳触りのいい「都民ファースト」 政治でもこの種の話は何度もあった。「都民が主役」「都民参加」「国民生活が第1」。このフレーズは理念としては正しい。だが、もうこれでは売れない。有権者は“ウッカリ1票、ガッカリ4年”を嫌というほど味わったから、もう騙されない。そこで目くらまし。日本人はカタカナに弱い!そこを攻める。「都民が第1」を「都民ファースト」と呼ぶ、するとワッ~と売れる。苺狩り園をフルーツパークと呼び代えただけで客がどっと来るのと同じロジックだ。「都民ファースト」といえば耳触りもよく、何か新しいコトが始まるように期待する。そんな印象を持つが、どうだろうか。 私たち庶民の悲しい性。世にあふれる新商品、新サービスもこの種の罠が多い。商品名はマーケティングの肝、ネーミングは大事だ。ただ中身がないとすぐ飽きられる。もちろん「都政に既定路線はない」と断言、都政の継続性を否定し、全てを自分の色に塗り染めようとする小池氏だから、何かが始まるかもしれない。豊洲移転も五輪施設の見直しも、既定路線化した「決定」をことごとく覆してきた人だから…。 ただ、包装紙に包まれた都民ファーストという新党も少し中身を覗くと、そのメンバーにガッカリする。同党の売りは新人の小池塾出身者らしいが、立候補メンバーの半数以上は移籍組、落選可能性が高いと言われた既成政党の面々。元民進系15名、元自民系10名、みんな系3名といった議員ら移籍組がズラリ並ぶ。移籍の理由はいろいろ飾って言うが、ホンネは小池ブーム(風)に乗って議員であり続けることが主たる理由ではないのか。 新味があるとすれば、小池氏が好き、小池氏と一緒に仕事をしてみたいと集まった小池政治塾から選んだ20名だろう。小池氏もここを売りに「素晴らしい人達」と宣伝する。ここは額面通り受け止めよう。ただ小池氏同様、メディアファースト志向が強い点がどうか。都政に役立つ仕事ができるのか。ここが試されるが選挙戦を通じて見えるかどうか。ともかく、こうした移籍組と素人組という異物混合集団が都民ファーストの会。どんな音色を奏でるのか、混声合唱団まがいの地域政党・都民ファーストの動きを注視しよう。都民ファーストの会の政策発表会見に出席した斎藤礼伊奈氏(左端)。中央は小池百合子代表=2017年5月 公約はどうか。「豊洲移転は知事(党首)の判断に委ねる」が一丁目一番地。それぞれの候補の自己主張は封印しろ、街頭演説の中身は党の了解を得ろ!と厳命が飛ぶとか。これって何なの。小池氏が都議会に絶対賛成の仲間が多く欲しい、議員は数だ、票だというならそれもありだ。しかし、少し減額したとはいえ待遇(報酬+政務活動費)は1議員年俸2千万円。これを払わされるのは都民だ。都議って議会の採決要員?そんな存在か。昔から選挙目当てで寄ってくる集団を「選挙互助会」と呼ぶ。これに当てはまらないか。 東京大改革!東京大改革!とオウム返しのように繰り返す小池氏。確かに世論調査で小池氏の支持率は60%近い。一方、地域政党「都民ファースト」は、得体が知れないのか20%レベル。このギャップを埋めようと党代表に乗り出し露出度を高めているのが最近の小池氏だ。シャカリキに街頭で「都議選で勝たせて下さい!」と絶叫している。 この地域政党モデルは大阪維新かもしれない。就任当初の口ぶりもそうだった。しかし、大阪府議会、市議会の自民系を真2つに割り改革派が脱藩し大阪維新の会という新党を創設。その志士軍団(議員集団)がめざすのは、大阪都構想(府市合体、司令塔一本化で強い大阪づくり)という大機構改革だ。国政まで乗り込み法改正にまで挑む。これと都民ファーストの会は全く違うのではないか。「犯人探し」の刑事都政 端的にいうと、小池人気を頼りに集まった政治の小池ファンクラブに近い。「改革」「改革」というが何をどうしたいのか、パッとしない。ただ党首と同じように、外向けの顔はよく、化粧もうまい。 冒頭、筆者は都民ファーストの会=小池百合子と定義した。その都知事としての小池氏を支持する理由は①改革の姿勢や手法(42%)、②これまでの知事よりもよい(40%)、③人柄や言動(12%)がよいという(世論調査、朝日新聞6月6日)。ただ、政策となると支持率は5%程度(同)。これは非常に分かりやすい数値だ。小池都政の性格をハッキリ見抜いている。都民ファーストの会の公認候補者とフォトセッションに臨む小池百合子都知事=2017年6月 小池氏に対する期待は都庁大改革であって政策大転換ではないということ。いまや得意技になった小池氏の改革手法。「いつ、どこで、誰が決めたか」、その犯人を突き止めること。懲戒処分、証人喚問まで仕掛ける小池氏の都庁大改革、これを筆者は「刑事都政」と呼んでいる。 知らされない豊洲市場の地下空間、膨れた五輪施設経費、汚染された豊洲用地の法外な買収交渉、これを「誰が決めたか」執拗なまで犯人探しをする。それをワイドショー化し、メディアにさらす。これが「都政の見える化」の神髄。正確にいうと、見える化ではなく「見せる化」だが。世の中、『刑事コロンボ』や『相棒』など刑事ドラマの視聴率は高い。それと小池の刑事都政も同じ。なぜなら犯人探しが面白いからだ。 しかし、豊洲市場に地下空間をつくった例でいえば、「なぜ、そうしたか」という本質を説明していない。「誰がそうしたか」という犯人探し以外、何も語られていない。意図的かどうか知らないが、これは本質を外している。責任の所在を明確にすることは大事だが、それ以上に盛り土をせず地下空間をつくったのは建築工作物の耐震性、強度を重視したからではないか。建築学会、土木学会では常識とされる。それが仮設ではなく、安全を基本に50年以上使う常設の永久構築物をつくる建設態度ではないのか。なぜ、説明しない。 都民ファースト、小池氏の大看板は「東京大改革」だが中身は何か。氏が都知事就任後初の都議会(昨年9月)で「都政を透明化し、情報を公開し、都民と共に進める都政の実現」と説明している。たぶん、これだろう。とするなら、この約1年の都政は正確には東京大改革ではなく、「都庁大改革」というのが正しい。地域政党の公約もその点を正せ。 筆者などの都政経験者からすると、真の東京大改革なら大いに期待したいもの。当初、大仰なこの「東京大改革」という言い方から直観的に思ったのは、この先の「老いる東京」「劣化する東京」をどうするか、首都直下地震への防災・減災対策をどうするか、などの政策問題の大転換かと思った。 しかし、ふたを開けてみたら違って、過去の「負の遺産」をほじくり返しての真相解明だった。東京大改革という表現で、東京を大きく変えそうな期待感を持たせるマジックなら、その罪は重い。期待が落胆に変わる日は必ずやって来る。公約は舛添都政の焼き直し 都民ファーストの公約は、舛添前都知事がつくった長期計画の焼き直しに近い。ただ上手にカタカナで化粧直しをしている(以下、同党PRESSから引用)。 東京大改革は①ワイズスペンディング(賢い支出)で都民ファーストを徹底②開かれた都政・都議会を実現③ダイバーシティを実現する福祉支援④スマートシティ東京で都市間競争に勝ち続ける⑤セーフシティをめざし都市環境を整備、⑥万全の体制でオリンピック・パラリンピックを成功に導く⑦多摩・島嶼を魅力ある地域にしていくが柱。個別事業で目新しいものは無電柱化ぐらい。あとは既存事業の羅列だが、ここでもやたらカタカナでライフワークバランス、バリアフリー、イノベーション、ベンチャー、レガシープラン、クリーンエネルギー、などと化粧直しをしている。 党の公約だから、これをどうこういうつもりはないが、このにわか仕立ての公約を各候補者はどれだけ消化して語れるのかだ。42選挙区ごとに選ばれる都議は都政全体に加え、地元の個別具体の問題解決も迫られる。党の統率が取れなくなるから余計な事は言うな!と厳命されるというが、それは間違いだ。率直に候補者本人の言葉で語る公約が聞きたい。そこの力量を推し量って当落を決めていく。「全て小池さんの言う通り」では話にならない。 「豊洲移転は都知事(党首)の判断に委ねる」、これが都民ファーストの公約だ。こんな主体性なき、政策判断のできない政党が都議会の多くを占めたらどうなるか。マスコミなども豊洲移転を争点にすべきだと囃し立てるが、いったい何を争点とイメージするのか。 というのも、豊洲か築地かの議論はこの20年余、都議選のたびに争点化してきたが、しかし、移転先はもう決着している。市場も完成している。それ以外、何を争点化するのか?東京都(自治体)は昨春「豊洲市場移転条例」を制定し、豊洲移転を公式決定している。豊洲市場=2017年2月、東京都江東区(本社チャーターヘリから) ただ、小池氏の都知事就任で昨秋11月7日の移転日を執行上の都合で延期している状態。この3月まで豊洲移転の是非を都議選で争点化すると公言していた小池氏だが、世論調査で「豊洲移転をめざすべき」が55%と、「やめるべき」(29%)(4月5日朝日新聞)を大きく上回るなど潮目が変わると、突如、争点から外すと言い出した。小池寄りの都議会公明までが移転派に転向。これなどメディアファーストの一面をよく表している。 筆者はこれまで6千億円も投じて作り上げた近代装備を具備したこの豊洲市場は、追加の汚染対策工事を速やかに施したうえで有効に使うべきだと述べてきた。しかし、事態は膠着へ。専門家会議、市場問題PT、市場のあり方戦略本部と幾つも検討チームをつくり、「総合的な判断」をいつも口にしながら延々と伸ばしてきた。これは一体何なのか。  この種のプロジェクトを政争の具、選挙に有利か不利かで判断してはならない。もう市場はスイッチオンを待つばかり。行政には継続性もある。巷間もっともらしく伝えられる小池氏のブレーンらが主導する「築地市場再整備案」。これを取り上げるなら豊洲移転条例の廃止を都議会で決めてから始めるのが筋ではないか。手続きに従って粛々と進めていると小池氏は言うが、それは自ら設定した政治プログラムに沿って進めているだけだ。都という法人機関の決定を無視し、あたかも都知事がフリーハンドを持つ独裁者であるかのように振舞う、これでは行政は混乱し信用を失う。機関決定を逸脱する行為には、当然、不作為の行政責任が問われよう。都議会改革にこだわり過ぎの小池氏 昨秋以降、都知事が先頭に立って「豊洲はダメ、ダメ」と風評被害を全国にまき散らしてきた責任をどう取るか、どう事態を収めるか、争点というならそこではないのか。この種の独断専行の都政運営はこの先、小池都政のアキレス腱になる可能性がある。 都議選が近づき「決められない小池」批判が高まると、都議選に不利とみたか、告示前に豊洲移転にケリをつけるかのような言いぶりに変わってきた。「安全」「安心」「採算」の3つをクリアする対策を示し、移転延期を「解除する」ともいう。築地も併せて再利用するとも(本稿執筆時点では不明)。 しかし、元々このような豊洲移転問題を政争の具にする発想がおかしい。行政の最高責任者としての都知事は、基本的には豊洲市場に追加の汚染対策工事を速やかに施したうえで有効に活かす方向を考えるのが自然ではないか。設計規模が大きすぎるなら、他の市場の再編整備の拠点として寄せ集めて使うのもよい。 もっとも今、何もしないで豊洲を開場するのは芸がない。いろいろアイディアを尽くせ!例えば市場の新たな名称をつけるべくネーミングライツ(命名権)を民間に売り、もっと魅力的な広告塔に仕立て収入を上げる。役人任せの市場経営から民間企業を指名できる「指定管理者制度」に代え、大手の水産業者を市場長に選ぶなど市場経営全体の民営化を図るなど。いずれ、スピード感を持ってこの問題にケリをつけ、都市経営の視点からオリンピック時の大渋滞・混乱を避けるためにも環状2号線の道路建設を大車輪で進めたらどうか。 小池氏は執拗に都議会改革にこだわる。都議会のドンとか、ブラックボックスと敵視する。こうした見方を事前に刷り込んだ側近がいるようだが、それにこだわり過ぎていないか。都知事選の公約は「議会冒頭解散」だった。制度上できもしない公約をなぜ?それだけ都議会は怖いと見たか憎いとみたか、よく分からない。都議会の百条委員会で行われた証人喚問 今回、都民ファーストの公約は①議員の公用車利用の廃止(議長、副議長除く)②議員の条例提案を増やす、③議会基本条例をつくる、の3つだがこの程度が議会改革の切り札なのか。各地はすでに取り組んでいる。 もとより、この程度の改革すらもやってこなかったこれまでの都議会は怠慢だ。もともと都議会は大きすぎ動きが取れない。しかも自公体制のもと「動かぬこと、山のごとし」で、改革らしいことをしなかった。その点、現在の都議会は改革度でいうなら2周遅れ、全国ワーストワンに近い。そこにメスを入れようという点は評価できる。 ただ、公用車使用でいえば、知事、副知事、特別秘書、条例局長らの公用車使用には何も触れず、議員の公用車使用のみを廃止するという。この目線は何か。議会憎しなのか。都庁大改革で公用車使用を見直すなら、都議会と併せ知事部局の特別秘書、局長らの公用車も原則廃止したらよい。黒塗り車で朝晩遠方まで送迎する姿を都民が知ったら怒るはず。 議員提案を増やすというが希望だけでは増えない。各地でさんざん試みているが増えない。都民ファーストの公約もこのままだと都議選向けのお題目に終わる可能性が高い。どうするか。問題の本質は議員立法を支える仕組みがないということだ。都議会に「法制局」がないということ、これが致命傷ではないか。国は内閣法制局、衆院法制局、参院法制局と3つも法制局があり、立法活動を支えている。 そこで、こうしたらどうか。使途の評判が悪い政務活動費の半分を「法制局の設置・維持」費に充当して法制局を創設する。議員立法をサポートする費用に使ったらどうか。法制局に法科大院卒(専門家)の若者たちを専門委員(非常勤)として雇い、各会派が積極的に活用する。ふだん都議は条例提案の「問題意識をレポート」すればよい。それを他の法令や条例との整合性も見ながら専門家の視点で条文化するのが法制局の役割だ。政策の振り子が働いている都政 もちろん議員立法だけでなく、執行部の提案する条例の審査や予算の審議についても専門知識を生かして一定のサポートをしてもらえる可能性が高い。そうした中から将来、法曹資格を持った専門性の高い都議が続々誕生してくるかもしれない。これは日本の地方議会で初の試みになり、全国に与えるインパクトが大きい。こうした仕掛けをつくって議員立法を増やすというなら、都民ファーストの提案は評価されてよい。 もう1つ。議会基本条例の制定だが、もう地方議会の半分近くが制定済みだ。この制定自体を議論してこなかった都議会は改革が2周遅れ。都民ファーストがその制定を提案しているのは評価できる。ただ、どんなメンバーで、いつまでに、どんな中身にするのか不明だ。しかも、何のためにつくるのか。ヨソにあるからつくるという発想なら無意味。また議会基本条例をつくったからといって、それ自体が改革ではない。要はどう使うかだ。各地には制定後、一度も使われていない議会基本条例が山ほどある。 ただ制定過程こそが大事。各議員が議会のあり方、首長との関係、都民との関係、ガバナンスの役割を侃々諤々と議論し、そのうえで独自の議会基本条例に仕立てていかないと、仏つくって魂入らずになる。都民ファーストの提案はまだヨソの物まねのような印象が強い。 公約の議論とは別に、都議会の抜本改革案を示そう。この先、都議会を変えるなら年4回の定例会を廃止し、「通年議会」としたらどうか。すでにいくつかの議会で実施済み。年間100日に満たない登院日数。しかも、会期制では会期終了ごとに議会が開けなくなる。年4回の定例会を首尾よくこなせば、あとは議会活動をしなくてよい、こうした儀式型議会の時代は終わっている。例えば毎月第1週を定例会日とし本会議、各種委員会を開く。 それ以外の週に議員立法や会派の研究会を入れ闊達に議論する。決算委員会は事業仕分け、政策評価の絶好の機会。結果、登院日数が200日に及ぶかも知れない。それだけ「働く議会」に変えたら、都民のみる目も期待感も変わってくる。通年議会は事実上、知事の議会招集権を議長に移す改革にもなる。都議会改革の本丸は「法制局」をつくって、「通年議会化」し、「議員立法」活動の量と質を高めること、それが核心だ。 大きい都政の流れは、経済重視か生活重視か、ハード政策重視かソフト政策重視か、で政策の振り子が働いてきている。そうした歴史のうえに今の都政がある(下図参照)。 図:都政振り子の論理 小池都政で重要な点として「子育て支援・女性活躍」があるが、世論調査をみると、それ以上に「医療・健康・福祉・介護」、「防災・減災」が上位に並ぶ。どうもここを小池都政ではあまり重要視されていないのか、都民ファーストの都議選の公約にも前面に出ていない。この点が気になる。 この先、都政の透明化、行革などを打ち出し続けても、都民に役立つ都政になっているか、疑問符が付くかも知れない。現場を抱える市区町村長は揃ってそう見ている(日経調査、6月13日)。都政本来の仕事、それに応える戦略が見えないと都政は必ず行き詰まる。 現在の都政は、4期13年余続いた「石原都政」の残影を引きずったままだ。不良債権処理などから経済重視、ハード重視の都政に振り子が向いたまま、いま止まっている。 小池都政がこの状況に終止符を打てるか。都民ファーストという言葉を使う以上、都民が第1、生活者重視、ソフト重視の都政展開がイメージされる。図のような歴史の流れ、都政の課題からして、小池都政がやるべき政策は生活重視、ソフト重視ではないのか。特に「東京は豊かだ!」と皆が確信している間に、マンモス大東京の内部構造には大きな変化が起きている。人とインフラが老いる「老いる東京」問題だ。  少子化対策の待機児童問題と並び、高齢化対策の待機老人問題の解決は待ったなし。中長期には子供は減るから待機児童は減ろうが、待機老人は増え問題はより深刻になる。これへの対応を誤ると「東京崩壊」すら、危惧される。人口絶対減少と高齢者の急増する時代に入った東京の大都市経営、それは「老いる東京」問題の解決は待ったなしである。それは医療、福祉、介護、文化、教育、子育て支援などソフトな領域に止まらず、建設から50年以上経つ首都高、一般道、橋、上下水、地下鉄、地下道、公共施設などハードな都市インフラの劣化領域まで広範に及ぶ。これに正面から立ち向かうのが都政本来の仕事だ。「数」よりも「理」によって都政を制する 政策問題への期待感が低い小池都政とはいえ、2021年までの都議になる127名はこれを語らずにはその資格はない。空気のような「東京大改革」論、骨太の政策がないまま「東京大改革」という言葉のみが一人歩きし、中身が見えない。そこに中身を詰め込むような密度の濃い政策論争が展開できるかどうか。多くの都民はそこを見ている。都議になることが目的では困る、都議になって何をやるかだ。単なる小池支持か不支持か論争ではなく、「東京をどうするか」という中身の濃い政策論争を期待したい。都民ファーストの会の公認候補者とフォトセッションに臨む代表の小池都知事 終わりに都知事と都議会の関係について触れたい。小池都知事はこの都議選で議会に過半数の支持勢力をえて改革のエンジンを確保したいと再三述べている。 しかし、よく考えてほしい。というのも、自治体である東京都のしくみは国のような一元代表制(議院内閣制)ではないという点だ。都政は、議員と知事を別々に選び、双方が抑制均衡係を保つよう求めたのが二元代表制(大統領制)の骨格だ。政権与党の党首が首相になり、内閣を率いる国の制度とは全く違う。都知事は行政の最高責任者だから、本来は立法機関である議会とは離れた立場、公正中立の立場での都政運営を行う立場だ。 だが、いま都知事は、地域政党の党首になり、都知事(党首)が都議会で多数派を形成し、都議会を差配する。それが「よい都政」を実現する道だと主張する。果たしてそれは正しい方向か。単なる権力者、支配者の発想ではないのか。ひとつ間違うと、「会派あって議会なし」、小池派と非小池派という分断された都議会が誕生し、翼賛議会以外の何物でもなくなる可能性が大きい。知事傘下の小池塾生が多数派の都議会って何だろう。本来地方自治は政党制を前提には成り立っていない。何党が何議席取るか椅子取りゲームの選挙報道が続くが、それに乗じて「行き過ぎた政党政治」を都政に持ち込むと行政は大きく歪む。 都知事がこれだけ都議選に深入りした都政の歴史はない。都政を政党政治によって牛耳ろうという考え方もなかった。都議は会派云々の前に1人の議員として独立した存在だ。むしろ都議は、無所属を含め、様々な階層、地域、職業、性別から選ばれることが望ましい。 考えを統一された子飼いの知事分身のような議員集団が多くを占めるより、知事と独立した政治機関の都議会には、いろいろな考え方を持つ多様な127名の議員が議席を有し、それぞれの経験と見識をもって都知事と真っ向から真剣勝負をする。政党のしがらみなどなく、都民目線で修正すべきところは修正する、そうした正に「都民ファースト」の都議会が誕生することが望ましい。都議会は民意を鏡のように反映する政治機関である。 ほっておいても首長(知事ら)が2期、3期と続くにつれ議会もオール与党化しがち。小池氏は最初からそんな方向を志向すべきではない。むしろ、小池都知事は都議会としのぎを削るような論争を通じで政策を磨いたらどうか。その資質は十分備えている。「数」よりも「理」によって都政を制する、それが都民主役の都政運営への王道ではないか。

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    失速する小池新党、「決められない都知事」の汚名を晴らせるか

    ことをどれだけの都民が認識していたであろうか。代表になろうがなるまいが、都民ファーストの会は小池氏の政党であることは自明の理であり、このことのインパクトはあまり大きくはないと思われる。小池人気に頼りきりなら独裁の危険も ともあれ、小池氏が政党を率いて都議選に臨むことが明確になった。このように知事が自ら政党を結成して、議会を支配しようとすることはあまり例がない。ただ、人気のある首長に特有の現象であるといってもよいかもしれない。橋下徹前大阪市長や、河村たかし名古屋市長などの例が記憶に新しい。他の首長は、政党の支持は受けているものの、あえて無所属として立候補し、議会との関係に一線を画すような配慮をしていることのほうが通例のように感じる。こうした理由をあわせて考えてみよう。 地方政治は、国政と違って「二元代表制」を採用している。すなわち首長と議会の二つの代表を住民が直接選挙によって選ぶことで、両者が互いにチェックすることで住民に寄り添った、よりよい政治を実現しようとするのである。議院内閣制を採用している国政では、衆議院と参議院の「二院制」によって、独裁的な政治にならないように互いにチェックすることでより民主的な政治の実現を目指している。二院制を採用する余裕のない地方自治では、二元代表制によってチェックしているといっても過言ではないだろう。 首長が政党を率いて議会の第一党を目指すことは、この二元代表制を否定することに他ならない。確かに、首長が自らの政策を実現するために、議会でも応援勢力を増やそうとすることは理解できなくもない。「決める政治」を実現するためには、もっとも合理的で確実な方法だからである。 しかし、一方で独裁に陥る危険性もある。小池氏は、今までの都政が、都議会自民党と自民党の応援する知事によって運営されてきたために、「頭の黒いネズミ」が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してきたと批判することで、都知事選に立候補して都民の信託を得たのではなかったか。そうならば、都議会を自らの政党によって多数派を占めようとするのは、同じ轍(てつ)を踏むことにならないのだろうか。「都民ファーストの会」の東京都議選公認候補者向け研修会で講演する小池百合子知事=5月3日、東京都新宿区 知事は自らの政策を議会に説明して理解を求める。議会は、住民の利益を考えてより良い政策になるように議論する。こうしたプロセスが住民のための政策を策定し、実行することになる。自らの政党が議会の多数派を占めるようになれば、まして首長の人気に頼りきりの政党であればなおさらのこと、独裁のような体制になってしまうのではないか。本来の制度が持つチェック機能が、働かなくなる恐れがあるからだ。これでは「住民ファースト」ではなくなってしまうかもしれない。「豊洲」も判断しない都民ファースト 気になる点はほかにもある。これまでの小池都政で議会軽視の兆候が見て取れる。豊洲移転の延期や、東京五輪・パラリンピックの会場変更、組織委員会や近隣自治体との会場費などの問題を、議会に諮(はか)らず報告もせずに、決めてきたように思える。もちろん、すべてが悪いわけではなく、素早い決定が有意義であったものがないとは言わないが、こうした決定の際にも、二元代表制の認識が足りないと感じるものも少なくない。現行制度の利点を十分に生かしながら都政運営をしていただきたい。 また、これまでも述べてきたように、都政には解決しなくてはならない喫緊(きっきん)の課題が少なくない。二元代表制のもう一つの利点は、都議選が行われている間も知事は都政に専念できることにある。しかしながら、都議選にもコミットする、ましては代表として会を率いるということになれば、選挙運動に割かれる時間も少なくないであろう。もちろん、休日に行うことになるのであろうが、政治家の場合には休日の定義も難しい。議会が開かれていない期間は休日であるとすれば、なんと休みの多い仕事になろうか。とりわけ豊洲と五輪の問題は、財政的や政治的だけでなく、対外的にも早く決定することのメリットは計り知れない。にもかかわらず、小池氏は都政専念という二元代表制のよさを自ら手放そうとしている。 これらの点からも、地方政治において首長が政党を率いて議会選挙に臨むことには疑問がある。また、今回の選挙では、多数の候補者が小池人気だけを目当てに、さまざまなアプローチで都民ファーストの会から公認や支援を受けている。政党をくら替えする議員も少なくない。彼らは今までの政党や自らが訴えてきたこととの整合性は保たれるのであろうか。小池氏は「古い都議会」と「新しい都議会」という抽象的な文言で説明しているが、選挙が行われれば都議会は当然リセットされることになる。いわば必ず「新しい都議会」となるのは自明の理であろう。しかも都民ファーストの会の新しい改革案は抽象的で、具体策がはっきりしないままだ。 こうした点からも、今回の都議選で争点らしい争点は見えてこない。豊洲移転問題について各党の主張は、豊洲移転と築地残留で分かれているが、都民ファーストの会は小池知事の判断を尊重するとして、政党としての政策判断をしていない。見るからに、小池人気頼りということを示しているといってよい。東京五輪・パラリンピックなどがメディアなどで注目される争点になるのであろうが、争点といえるまでの各党の明白な違いが見えているわけではない。都民ファーストの会の街頭演説を行う小池百合子東京都知事=5月20日、東京都中野区(春名中撮影) 小池氏の人気によって、盛り上がる選挙になる可能性を秘めているだけに、各党が自らの主張をはっきりと打ち出した、争点中心の選挙になることを期待したい。また、投票率も最近では民主党政権誕生前の55%が高いものである。これを上回るような高い投票率になることも期待したい。それを可能にするのは、政治家であり、メディアであり、有権者である。

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    7月都議選 小池vs自民のスキャンダル泥仕合開始

     7月都議選まで2か月を切り、小池百合子・都知事率いる新党「都民ファーストの会」と自民党のバトルが本格化しつつある。ただ、ヒートアップしているのは政策論ではない──。都議選で劣勢が伝えられる自民党がなりふり構わぬ猛攻勢をかけている。「エッ、寝返ったのか」 都民ファーストの会に衝撃を与えたのが“看板候補”となるはずだった中村彩氏(27)の引き抜きだ。 慶応大学大学院から日本取引所グループ(JPX)に進んだキャリアウーマン。小池百合子政経塾「希望の塾」に参加して都議選候補者養成コースに選抜され、「小池アマゾネス軍団の1人」としてメディアで注目されていた人物だ。都議選に向けて麹町郵便局向かいで有権者にあいさつする自民党公認で千代田区から出馬する中村彩氏=6月8日午後、東京都千代田区 そんな彼女が、あろうことか小池氏の宿敵である“都議会のドン”内田茂・都議の後継者として自民党の公認を受けたのだ。「都民ファーストの会は最初は私利私欲の部分がなかったはずなのに、どんどん候補者が決まるたびにそういう人たちが集まっている現状にすごくがっかりした」 中村氏はTBSニュース『Nスタ』に登場して小池新党批判を展開し、内田氏を「思っているよりもすごくいい人」と持ち上げるなど、いまや“自民党の秘密兵器”といわれる。8日には、自民党本部で中村氏と安倍首相との選挙ポスター用“2ショット写真”も撮影された。あまりの手際のよさに、「最初から自民党が政治塾に送り込んだトロイの木馬だったんじゃないか」と小池側近は歯ぎしりしている。 もっとも、自民党都議にいわせると「引き抜きは小池新党の方が先じゃないか」らしい。 自民党東京都連会長の下村博文・代議士の元公設秘書、平慶翔氏(29)が都民ファーストから出馬するからだ。サッカー日本代表・長友佑都氏と結婚した「アモーレ」こと女優・平愛梨の実弟でもある。 その平氏には“スキャンダル爆弾”が炸裂。『週刊新潮』(4月13日号)で下村氏の秘書時代に「カネがらみの不祥事」で事務所を解雇された疑惑が報じられたのだ(本人は否定)。 爆弾はこれだけではない。自民党は小池氏の周辺にターゲットを絞っている。「小池知事にもっと近い人物にも、カネがらみの不祥事が取りざたされており、マスコミが取材に動いている。都議選前に記事が出るんじゃないか」と都連関係者は不敵な笑みを浮かべる。 都議選最大の争点である築地市場の豊洲移転問題では文字通りの「泥仕合」が演じられている。豊洲の土壌汚染で移転に慎重姿勢を取る小池知事に対し、自民党は逆に「築地の汚染」を追及。都議会で築地市場に出没するネズミの写真をパネルに掲げて衛生状態を問題にしたり、築地には戦後、進駐軍のクリーニング工場が置かれて敷地内で大量の有機溶剤「ソルベント」が使われていた可能性が強いとも指摘した。その後都は大型連休中に土壌調査を始めた。「都民の台所」の場所を決めるのに、築地と豊洲の“どっちが汚いか”を争っているのだから、聞かされる方はげんなりである。関連記事■ 都議選 小池新党から70人擁立なら民進党は壊滅的危機に■ 自民現職都議 小池新党の女性候補は強いと悲観■ 都議選 自民党婦人部が「自民党ハンターイ」の声あげるか■ 小池百合子知事、五輪成功に導き自民党総裁選目指す青写真■ 都議選予測 大田区・怨念戦争の結末と世田谷区・自民全滅

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    小池知事 安倍官邸の「空気支配力」の怖さを熟知

     東京都議選では一時は自民党を駆逐するかに見えた小池新党「都民ファーストの会」の勢いが止まりつつある。実は、安倍官邸の「空気支配力」の効果と怖さを最も良く知るのが自民党広報本部長時代に情報戦略立案にかかわった小池百合子・知事なのだ。都民ファーストの会が「選挙対策本部」を設置に伴い、看板掛けを行った。記念撮影に応じる小池百合子都知事と都民ファーストの会の広報部メンバーら=5月16日午後、東京都新宿区(代表撮影) 安倍首相は、2013年参院選でネット選挙が解禁されると、「情報分析会議」で培ったノウハウをフルに発揮させる。とくに重視したのが不利な情報やネガティブ情報への反撃作戦。 ネット戦略の実働部隊として小池百合子・自民党広報本部長(当時)の下に議員、選挙スタッフ、ネット企業の専門家、弁護士からなる「Truth Team(T2)」を発足させ、24時間態勢でネットを常時監視、ブログやSNS、2ちゃんねるなどに候補者への誹謗中傷の書き込みがあれば直ちに削除要請する仕組みをつくりあげた。ジャーナリスト・角谷浩一氏が語る。「小池氏は自民党東京都連を『ブラックボックス』と批判して都知事選に出馬したが、これまで安倍総理に弓を引いたことはない。都知事選の公約も『アベノミクスを東京から』でした。メディア出身の彼女は、小池都政に80%近い支持があっても、安倍首相はなにやら得体の知れない世論の空気を味方に付けていて、正面切って戦うのは不利と感じ取っているからではないか」 そんな小池氏の足元を見て自民党が「ご自身の立ち位置さえも決められない知事」(萩生田光一・官房副長官)と“二重党籍”批判で反転攻勢をかけると、小池氏も決断を迫られた。 懸案の五輪費用分担問題で国が1500億円負担することが決まった翌日(6月1日)、小池氏は自民党に離党届を出して正式に都民ファーストの会代表に就任、全面対決の姿勢を鮮明にした。「小池さんは、基本は“都政と国政は別”という考え方だが、売られたケンカから逃げる人ではない。離党でケジメをつけた。彼女の戦いが都議選での自民党の不満の“ガス抜き”にとどまるのか、それとも安倍支持の国民の空気そのものを変えようと挑むのか、これから非常に難しくなっていくでしょう」(同前)『「空気」の研究』(山本七平著)の愛読者である小池氏は「空気」の微妙な変化を感じ取っているのかもしれない。関連記事■ 小池百合子知事、五輪成功に導き自民党総裁選目指す青写真■ 都議選 自民党婦人部が「自民党ハンターイ」の声あげるか■ 小池百合子氏、ケンカのうまさは小泉純一郎氏を超えた■ 森友学園疑惑で得をしたのは小池百合子氏、神風吹いた■ 森喜朗氏 4年後の都知事選で「小池vs丸川」狙いか

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    籠池泰典氏の証人喚問から学んでおきたい「3つの教訓」

     日本中がテレビの前に釘付けになった「籠池証人喚問」。大人力コラムニストの石原壮一郎氏は、「大人として気をつけたい3つの教訓があった」と語る。* * * 安倍首相や昭恵夫人を応援している人も毛嫌いしている人も、どちらにとっても「何を言い出すのだろう」と手に汗握る展開でした。3月23日に参議院と衆議院の両方で行なわれた、森友学園理事長・籠池泰典氏の国会証人喚問。いろいろな争点について、与野党それぞれの議員がそれぞれの立場から質問をぶつけました。 昭恵夫人からの寄付があったのか、稲田防衛大臣とは仲良しなのか、国有地の払い下げや学校設立の認可の過程で、誰がどう関わったのか。真相はよくわからないし、おそらくずっとうやむやのままでしょう。結局は、けっして清廉潔白じゃない同士が、泥をなすり合っている構図に見えます。どっちの泥のほうが汚くなくて、どっちの味方をしたほうが賢そうに見えるかという虚しい議論に、ドヤ顔で参戦しても仕方ありません。 やじ馬はやじ馬らしく、せっかくの面白い見世物から何を学べるかを考えることにしましょう。人生や政治生命を賭けて必死で戦っている当事者にしてみたら、何をノンキなことをと怒られそうですけど、関係ない人たちがネットなどで目を吊り上げて議論するのも、しょせんはノンキな行為という点では似たようなものです。籠池泰典氏の証人喚問が行われた参院予算委員会=3月23日(魚眼レンズ使用) どっちの味方でもないと前置きしつつ、今回の「籠池証人喚問騒動」から、大人として覚えておきたい教訓を見い出してみました。この3つです。1.人は同じものを見ていても、望む方向で受け止め方が180度変わる2.発言にことわざを織り交ぜると、余裕や自信があるように見える3.どんな場合も「失うものは何もない状態」に追いつめてはいけない1.人は同じものを見ていても、望む方向で受け止め方が180度変わる 証人喚問のテレビ中継を見ながらツイッターなどのSNSをのぞいていたところ、同じ質問者に対して「こいつ、グダグダだな」という声もあれば「さすが、鋭く切り込んでるな」という正反対の声もありました。全体の印象も「安倍首相側がいよいよ追いつめられた」と言っている人もいれば、「籠池のおっさんのうさん臭さが浮き彫りになった」と言っている人もいます。 同じものを見ても、人によって受け止め方がまったく違うんだなと、あらためて思い知らされました。人間が抱く印象なんて、しょせんその程度のもの。身近な人に対する評価やトラブルに対するジャッジも、別の角度から見たらまったく逆の結論になるかもしれません。「自分の考えや気持ちなんてアテにならない」という謙虚さを常に忘れないようにしましょう。発言にことわざを織り交ぜると…2.発言にことわざを織り交ぜると、余裕や自信があるように見える 昨日の証人喚問で、聞いたときは思わず吹き出してひときわ印象に残ったのが、籠池氏の「事実は小説よりも奇なりであります」という発言。民進党の枝野幸男議員が「昭恵夫人がわたしたという100万円は、籠池氏側が講演料として用意していたものだろう」と言っている評論家がいるが、どうなのかと尋ねたところ、こう前置きして「私が申し上げていることが正(ただ)しゅうございます」と答えました。国会での証人喚問を終え、記者会見に向かう籠池泰典氏(奥)=3月23日、東京都千代田区 籠池氏の言うことが真実かどうかは、まだわかりません。それはさておき、証人喚問という緊迫した状況で、発言にことわざを織り交ぜてきたのはビックリでした。そうすることで余裕や自信があるように見える効果は、少なからずあったと言えるでしょう。 このノウハウは、会社生活でも活用できそうです。大事な仕事が予定通りに進んでいなくて、しびれを切らした上司に「あの件、どうなってるんだ!」と詰め気味に尋ねられたら、まずは落ち着いた口調で「事実は小説より奇なりであります」とひと言。続けて「なんと、まだ完成のめどが立っていません」と言えば……余計に怒られますね。3.どんな場合も「失うものは何もない状態」に追いつめてはいけない 籠池氏の証人喚問が、立場や考え方の枠を超えて興味深いものになったのは、彼がとことん追いつめられていて、もはや「失うものは何もない状態」にあるから。保身を考える必要はないので、どんな内緒の話でも洗いざらい話せるし、誰かをかばう必要もありません。逆に、嘘八百で誰かを陥れることだってできます。 こういう人間ほど怖い存在はありません。私たちは国会に証人や参考人として呼ばれる可能性はまずありませんが、日常生活でも相手を追い詰めすぎないように気を付けたいところ。それこそ「窮鼠猫を噛む」ということわざもあります。ミスをした後輩や部下を叱るときも、逃げ道を残しておいてやらないと、破れかぶれになってこっちの悪行やこっそり言った社長の悪口を大勢の前で披露してしまうかもしれません。 籠池氏は、緊迫したショーで楽しませてくれた上に、大人として大切な教訓まで与えてくれました。さすが「教育者」を名乗ってらっしゃるだけのことはあります。この先も、反面教師としての役割も含めて、さまざまな形でさまざまな教訓を与えてくれるでしょう。ただまあ、幼稚園児や小学生に伝えたい教訓は出てこなさそうですが。関連記事■ 籠池氏「首相夫人から百万円」、政府側は否定■ 籠池氏「清廉潔白の人間は相手が清廉潔白とわかるんですよ」■ 鴻池祥肇氏が爆弾告発「なぜ私を証人喚問に呼ばんのか」■ 籠池氏証人喚問 左上に目線がいく証言の意味するところ■ 籠池夫人が明かす稲田朋美大臣の「大変失礼なこと」の真相

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    「しんぶん赤旗」をひたすら読んでみた

    113万部。先ごろ開かれた日本共産党大会で公表された機関紙「しんぶん赤旗」の発行部数である。最盛期には発行部数350万を超えていたというから、その影響力の大きさは決して侮れない。いったい赤旗とはどんな新聞なのか。このテーマを読めば、知られざる真実がよく分かる、かも?

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    43年間購読する私が「しんぶん赤旗」に感じた戸惑い

    首会談で握手を交わす、共産党の志位和夫委員長(斎藤良雄撮影) モノトーンの考え方だと見られることは、政党にとっては不利なことである。今度の大会決議で、共産党は自民党を次のように批判している。 「安倍政権のもとで自民党は、かつての自民党が持っていた保守政党としてのある種の寛容さ、多様性、自己抑制、党内外の批判を吸収・調整する力を失い、灰色のモノクロ政党=単色政党へと変質した」 多様性がない単色政党は批判されるべき対象なのだ。だったら共産党も多様性を見せることに力を入れるべきだろう。 私が「赤旗」に期待するのは、1ページでいいから自由投稿欄を設けることである。その他のページは共産党の公式見解を述べるものであっていいから、自由投稿欄だけは公式見解に左右されないものを掲載することである。 そのことによって、多くの人は、共産党のなかにも多様な見解が存在していること、共産党がモノクロ政党でないことを知ることになるだろう。同時に、そういう多様性にもかかわらず、幹部がばらばらに行動するような無責任な政党ではなく、政党としてまとまった見解を持ち、一致して行動をしていることも理解するだろう。 それは共産党への支持を広げることになると感じる。共闘相手の他の野党にとっても、「自衛隊を認める党員もいるのだ」とか、「いまだに天皇制廃止論者がいるんだ」などが伝わることは、共産党も自分と同じような多様性を持つ党だという理解につながり、日常の付き合いにもいい影響を与えるはずだ。不破氏のように個人の著作を出せない共産党員にとっても、同じ意見を持つものの派閥(分派)をつくらないで意見を表明できるようになるわけで、党の活性化につながると思う。 志位和夫委員長は、1月の党大会における報告で、「『多様性』は『弱み』ではなく、『強み』とすることができる」と述べた。これは多様な考え方を持つ野党の共闘に関してのものだが、共産党自身も多様性を「赤旗」で見せることによって、自らを強くすることができるのではないだろうか。

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    しんぶん赤旗は「ニュース女子騒動」をどう伝えたのか

    杉田水脈(前衆議院議員) TOKYO MX放送の情報番組『ニュース女子』が1月2日に報じた沖縄基地問題に関する報道が話題になっています。ことの発端は出演者の軍事ジャーナリスト・井上和彦氏が、実際に沖縄の反基地運動が行われている高江付近に取材に行き、その異常な暴力性を指摘したものです。米軍北部訓練場の非返還区域前で、ヘリパッド建設などに抗議して気勢を上げる反対派 =2016年12月21日、沖縄県東村高江 実際に井上氏は、高江の現場に行くことを断念しています。私自身、何度も沖縄の辺野古周辺の反対運動の現場に足を運んでいますが、年々緊張感が増しています。以前は、我々の判断で行けたのですが、最近では、機動隊や警察と密に連絡を取りながら、その指示に従って行動しなければなりません。辺野古でこの状態ですから、高江はもっとすごいのでしょう。これに対し番組を制作したDHCシアターは下記の公式見解を発表しています。 高江ヘリパッド周辺はご存知のように反対派の暴力行為や器物破損、不法侵入などによって逮捕者も出るほど過激化しておりますが、こうした事実だけでなく、地元の方々からは二見杉田トンネル以降にもいくつかの危険があると助言されております。証言によれば、二見杉田トンネルは高江までは距離がありますが、以前同トンネルから4、5キロほど離れた汀間漁港で反対派の方と高江の作業員の方との交通事故があり、これは高江の作業現場から汀間漁港まで、反対派の方が作業車を追い回した結果起きてしまった悪質な事故であったこと。またトンネルから高江ヘリパッドの間では基地反対派によって車両のナンバープレートが記録され、基地ゲート前に到着する前に暴力的に阻止された、等々の証言。  これらの情報の中には裏取りができないものもあり、番組では一切使用しておりませんが、番組制作者としては事前調査の段階で、こうしたリスクも踏まえ、現場取材者や協力者、撮影スタッフの安全に配慮するのは当然のことと考えます。 この地域が反対派の暴力に支配されていることは事実ではあります。現場に足を運べば誰でもわかることですが、正しく情報が伝わっていませんでした。それを地上波で報道できたことは、画期的なことであり、暴力にさらされている地元住民の方々にとっては大きな光となりました。 また、この報道で特に話題になったのは、井上氏がインタビューした手登根安則氏(沖縄県民)が示したビラです。このビラは上野千鶴子東京大学教授や前日弁連会長の宇都宮健児氏、評論家の佐高信氏らが共同代表に名を連ねる反ヘイトスピーチの活動団体「のりこえねっと」によって配られたものです。「往復の飛行機代5万円を支援します」 私もこのビラのコピーを公安の方からいただきました。それには確かに「往復の飛行機代5万円を支援します。あとは自力で頑張ってください。」と書かれています。また、番組内では普天間基地の周辺で見つかった2万円の金額が書かれた茶封筒を提示し、日当を受け取っているのではないかと疑問を呈しています。米軍北部訓練場の非返還区域前でヘリパッド建設などに 抗議して座り込む反対派 =12月21日、沖縄県東村高江 反基地運動を支援する団体などからこれを「虚偽だ」との猛反発があり、ネットなどでは大混乱。BPOにも提訴される事態となっています。これに対してもDHCシアターは下記の内容を公式見解としています。 当該VTRではのりこえねっとのチラシを元に5万円の交通費が支払われていると紹介しましたが、これはその是非を問うものではなく、事実のみを紹介したものです。  また、日当2万円の根拠についても、貰ったと証言されている方がおり、その茶封筒は反対派で占拠されている状態の基地ゲート前で拾われ、証言と茶封筒の金額が一致しているところからも合理的な疑いを持たざるをえません。  さらにVTRでは「可能性を指摘する」ものとし「2万円の日当」を断定するものではなく、疑問として投げかけております。以上のことから、表現上問題のあったものだとは考えておりません。  このように客観的に事実を放映しただけの当番組に対し、赤旗新聞は1月20日の日刊版の紙面で「デマ・差別放送を流した東京MX」というタイトルで、大きく紙面を割いて記事にしています。 化粧品製造販売会社のDHCが番組の最大スポンサーであること。 DHCシアターは極右論客が登場する番組を作り続けていること。 東京MX本社前で訂正・謝罪を求める抗議デモを行ったこと。 以上が記事の主な内容です。不思議なことに番組については批判していますが、出演した沖縄県民の方々に対しては一言も触れていません。 極右論客ばかりを登場させると言いながら、赤旗新聞自体は極左論客ばかりを起用しています。今回の記事でもアワプラネットTV代表の白石草氏の意見が掲載されています。彼女は「インターネットの情報は玉石混交で、信頼に値しないと見下げる傾向があった」とし、「今回の件で、地上波もまた同レベルであることを露呈した」と続けています。その原因を作ったのが、今回のニュース女子に代表されるスポンサーの「持ち込み番組」であると結論付けています。赤旗に登場する「極左論客」の正体 この白石草氏は、反原発運動で有名な活動家。毎週金曜日に国会周辺で行われる金曜デモを取材するために国会記者会館の屋上を使わせろと要求し、それが認められないと今度は裁判所に訴えるという暴挙に出ました。もっとも、赤旗新聞や週刊金曜日といった左翼御用達のメディアでのみ名前が売れている方なので、一般人には広く知られていない方です。米軍北部訓練場の非返還区域前で、ヘリパッド建設などに抗議して気勢を上げる 反対派=12月21日、沖縄県東村高江 しかし、事実を客観的に報道しただけの当番組に対し、「単なる人権侵害や誤報という範囲を超えて、テレビの公共性を問う重大な問題」と切り捨て、持論を展開する氏は本当にこの番組をご覧になったのかと疑問に思います。ご覧になってこの記事を書かれたのであれば、真実を見る目が曇っているとしか思えません。氏は現在、一橋大学大学院地球社会研究科客員准教授であり、早稲田大学大学院ジャーナリズムコース講師も務めていらっしゃるようですが、メディアの左傾化はこういう方に教わった生徒が携わることにあるのではないかと思います。 また、東京MX前のデモの呼びかけ人であるフリーの編集者川名真理氏が「ウソの放送内容の訂正と謝罪を放送で行うこと」「沖縄の基地建設に反対する人への偏見をあおったことへの謝罪を行うこと」の申し入れをしたと記事の最後にあります。事実を報道したテレビ局に対し、デマというレッテル張りをし、デモなどで圧力をかける…。いつもの左翼活動家の手法です。この川名真理氏も沖縄基地反対問題の活動家であると公安の方に教えていただきました。 この報道がデマであるというのであれば、その証拠を見せていただきたいと思うのですが、それは全く提示せず、ただただ左翼活動家の意見を垂れ流しにする、これが赤旗新聞の正体です。この記事一つとって検証してみてもその傾向がよくわかります。調査もせず、事実を曲げ、証拠も示さず報道する新聞を「新聞」と呼ぶことができるのでしょうか?

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    赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される

    入党後は「党勢拡大のため、新聞を増やせ」と命じられ、ひたすら赤旗の拡大に奔走しました。意気込んで革命政党に入ったはずが、新聞の拡張員になったようでしたね(苦笑)。上杉:わかります。長崎の電電公社に勤めていた僕のおじも共産党員で、多額の寄付の他に拡販のため赤旗をひとりで10部購読していましたから。筆坂:レーニン以来、世界中の共産党は機関紙活動を重視しています。日本共産党も赤旗の普及が国会議員を増やし、やがて与党として政権参加する基盤になるという考えに固執しています。 その一方で赤旗は、「調査の共産党」を支えています。田中金脈事件をはじめ、独自の調査で次々と疑惑を暴露してきました。上杉:僕もジャーナリスト時代、赤旗の記事から取材のヒントを得ることは多々ありました。赤旗は、大手紙のように「関係者によると」とごまかすことなく取材源を実名で書く。報道をトレースしやすいから、後のスクープに繋がることもあった。元共産党参議院議員で政治評論家の筆坂秀世氏筆坂:大事件が発生すると、党内に議員や赤旗記者、党職員が集まってプロジェクトチームを作ります。私は長年その責任者を務めましたが、大いに役立ったのが赤旗記者でした。一般紙に比べると陣容は少ないものの、日本各地に支局があり、優秀な記者は情報源をたくさん持っていた。上杉:赤旗は官邸や政党の記者クラブには加盟していない。でもそこらの番記者より情報を持っている記者もいる。たとえば内閣情報調査室の職員と通じていて、お互いに情報を流し合っている記者を知っています。いわば情報屋に近い。筆坂:敵方である自民党の幹事長クラスにまで食い込んで、情報を取ってくる記者もいますよ。自共が競合する選挙区で、自民党の現状分析を入手して、共産党の常任幹部会に報告する。その情報を元に選挙活動のテコ入れをして逆転勝利したこともありました。 面白いことに、優秀な記者は自分で記事を書かないから情報流出が表沙汰になりません。だから相手に信用される。その情報がすべて不破さんに集中するんです。赤旗記者の情報をものすごく信用していましたね(苦笑)。●うえすぎ・たかし/1968年東京都出身。鳩山邦夫氏の衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。●ふでさか・ひでよ/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏■ 中国で抗日戦争を戦ったのは国民党軍 共産党は成果を横取り■ SAPIO連載・業田良家4コマ漫画【2/2】 「沖縄の未来」■ 追及能力持つ共産党の10議席 他野党の数十議席と破壊力違う

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    しんぶん赤旗 194億円の収入で利益率3割超の秘密

    のか。その配達と集金、勧誘の仕組みをジャーナリストの竹中英司が解剖する。* * * 日本共産党は主要政党で唯一、国から政党交付金を1円も受け取っていない。1995年の制度創設以来、共産党がもらわなかった政党交付金の総額は200億円を超えるという試算がある。「政党交付金は国民が納めた税金を支持していない政党に回される憲法違反の強制献金制度だ」(宮本顕治・元名誉議長) と主張してきたからだが、“やせ我慢”には別の理由もあるようだ。 共産党は現在も破壊活動防止法の調査対象団体に指定され、公安調査庁に活動を監視されている。古参党員はこう語る。2016年7月、参院選候補者への街頭応援演説を行う共産党、志位和夫委員長(春名中撮影)「政党助成法では、総務大臣に交付金を受け取った政党への調査権(説明聴取)や返還命令権などの強い権限が与えられている。交付金をもらえば活動資金を国家に依存するようになり、国家権力から党財務に介入される余地が生まれる」 だから他の政党と違って、財政面で国に依存しない独立採算路線を採ってきた。 そんな共産党の屋台骨を支えているのが機関紙「しんぶん赤旗」の購読料(日刊紙・月額3497円、日曜版・月額823円)だ。 政治資金収支報告書によれば、共産党の2014年の収入は約225億円。内訳を見ると、党員からの党費約7億円、寄付約5億円に対し、機関紙の事業収入は約194億円でなんと収入の8割以上を「赤旗」が稼ぎ出し、同事業の支出と差し引きすると約62億円が粗利とみることができる。粗利益率は3割以上だ。党の人件費をはじめ、光熱費や事務所費などの経常経費・約38億円は赤旗の購読料でまかなっているとみていい。 不思議なのはその利益率の高さである。赤旗の日曜版は約100万部の発行とはいえ、日刊紙の発行部数は約20万部とされる。これは小規模な県の地方紙のレベルの部数だが、地方紙と違って赤旗は全国に宅配網をめぐらせなければならず採算が見込めない。しかし、そこに赤旗独自の配達と勧誘の仕組みがある。党関係者が自ら配っているのだ。「地方議員や(党から給料をもらっている)専従の党員も配達するが、現在の主力は支部長OBや会社をリタイアした一般党員たちです。一般党員には完全なボランティアと有償で配達する場合の2種類があるが、報酬をもらっても多くを党に寄付するから実質的にはボランティアです」(20年近く赤旗を配達しているベテラン党員) 赤旗は同紙印刷のために設立されたあかつき印刷など全国6か所で印刷され、各都道府県の党支部など配達拠点に配送される。さらに「配達ポスト」と呼ばれる市町村の党議員事務所などに届けられ、配達員の手で各戸に配られる。この宅配の人件費はほとんどタダというわけである。利益率が高くなるのもわかる。 たいへんなのは日刊紙の5倍近い部数がある日曜版だ。毎週木曜日に刷り上がって集配所に届けられ、宅配ボランティアの人員も10数万人に増員される。また、選挙が近づくとこうした赤旗配達員の党員たちが、新聞を配達する際、購読者以外の住民のポストにも共産党系団体の政策チラシなどを投函していく。こうした組織力は他党を圧倒している。 ボランティア配達員の党員にとって一番重要な活動は集金である。現場では、購読料は振り込みや年間一括払いではなく毎月の現金払いを奨励している。「党勢拡大のためにいきなり党員獲得といっても現実的には難しいから、まず赤旗を取ってもらう。購読者になってくれた方は共産党の政策に関心がある人です。毎月の集金時はそうした購読者と直接、話ができる貴重な機会だから、政治への不満や生活の不安などできるだけ話を聞いて、具体的に困っていることがあれば地域の党の出張所などに来てもらって改めて相談に乗る」(同前) 配達・集金は「機関紙活動」と呼ばれ、党員の中で重視されている。ただし、近年では配達員となる党員不足や高齢化などから赤旗の遅配・欠配も増えてきたという。とくに僻地での配達は配達員にとっても負担が大きいようだ。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 中国の警察 汚職の摘発は前年比12.5%増でその優秀さを証明■ 地上11階地下2階・総工費85億円の共産党本部ビルに潜入した■ 中国共産党員8800万人 大卒増え若年化進み4人に1人が女性■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏

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    なぜ赤旗では「巨人軍」「夫人」という言葉がタブーなのか

     共産党の機関紙である「しんぶん赤旗」は、日刊紙約20万部、日曜版100万部の発行部数を誇り、売り上げは約194億円もある。 赤旗の特殊性が顕著に表れるのが「用語」だ。一般紙で当たり前に使われている言葉が使われていなかったり、見慣れない表現が使われていたりする。2016年5月、広島市・平和記念公園の原爆死没者慰霊碑に献花したオバマ米大統領(右)と安倍首相。左後方は原爆ドーム 先月、終戦記念日の前後に一般紙の紙面に頻繁に登場した「慰霊碑」という言葉は赤旗では使わない。広島の平和記念公園にある「原爆死没者慰霊碑」(正式名称・広島平和都市記念碑)は「原爆碑」「原爆記念碑」と書く。 しんぶん赤旗校閲部の河邑哲也氏が上梓した『「赤旗」は、言葉をどう練り上げているか』によれば、《そもそも「霊魂」が浮遊するというのは神道特有の概念》だからということらしい。宗教に対して否定的であり、国家神道への警戒心もある共産党の機関紙らしい理由だ。同様に「慰霊」も「追悼」などに言い換えられる。 先の大戦への苦い記憶はどの新聞よりも強く持っているようだ。スポーツ記事でも戦争用語は御法度だ。 たとえば「軍」は使わない。「巨人軍」は「巨人」または「ジャイアンツ」と表現される。ただし、他紙でも「巨人軍」は使用頻度が低い。「赤ヘル軍団」もNG。「弾丸ライナー」も「するどいライナー」などに言い換える。サッカーなどでは「敵陣」と書かず「相手陣地内」と書く。 赤旗を手にとって真っ先に目に付くのが「です・ます」調の文体だ。初めて「です・ます」調にしたのは1962年5月1日付の「主張」から。1965年の元日付からスポーツ面を除いて原則「です・ます」に移行した。《「アカハタの文章は堅い」という読者の声をうけて》(前掲書より)採用したという。 皇室に対する姿勢も言葉によく表れている。一般紙で「天皇陛下」と表現するところは「天皇」とし、敬語も原則使わない。先月、話題となった天皇陛下のお気持ち表明も、《天皇は8日、「象徴としてのお務めについて」とする発言を、ビデオメッセージの形で発表しました》(8月9日付)といった文章になる。 一般の刑事事件報道では加害者でも匿名となる。「建設業の男性」「21歳女性」といった表現が用いられる。被害者、加害者のプライバシー、人権に配慮しているのだ。 しかし一般紙の場合、多くの場合で警察発表に基づいて実名、匿名を使い分ける傾向が強い。つまり、「警察の判断」でやっている。それへのアンチテーゼとして実名・匿名を判断していると言える。この点、一般紙よりも筋が通っている。 ただし、公人の刑事事件は実名で報じる。汚職など公人の刑事事件は地位を利用したものであり、公権力のチェック・監視という観点から、当然、実名になる。公人であれば、一般刑事事件でも(たとえば痴漢など)実名報道になる可能性が高い。 また、詐欺事件の場合は、公人でなくても実名報道となる。二次被害の可能性があり、容疑者を特定する必要があるとの考えからだ。 このように一定の基準があるが、明文化されたルールではなく、ケース・バイ・ケースで判断される。 赤旗・共産党の女性、子供に対する考え方がわかる表現もある。赤旗では「子供」「子ども」「こども」のうち、「子ども」を使用する。《子どもは、戦前のように、おとなの「お供」でも、神仏の「お供え」でもない、人権をもった人間だ》(同前)という考えによる。 また、「夫人」は使わず「妻」を使う。夫婦はそれぞれ別個の人格だからだ。関連記事■ 労働問題に強い赤旗 労組ネットワークがあるからこそ■ 赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される■ しんぶん赤旗を読み解く9つのキーワード■ 赤旗記者が国会議員秘書に早変わりしスムーズに取材進められる■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関

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    赤旗が購読料値上げ、共産党が政党助成金をもらう可能性

    しましたが、これ以上の値上げは無理ですね。筆坂:だろうね。上杉:となると、切羽詰まった共産党はついに政党助成金をもらうかも。筆坂:そういう時期が来るかもしれません。少なくとも日刊紙は出せば出すほど赤字だろうから、いずれ廃止して日曜版だけになる可能性が高いでしょう。上杉:財政面だけではなく、機関紙である赤旗には当然、党の広報・宣伝機関という面もありますね。筆坂:そうです。党大会前には大会決議案が赤旗紙面を通じて全党員に示される。昔は細かい字でビッシリと10頁ほど書かれていて、読むのが実に大変でした。上杉:まさに「ザ・機関紙」。でも最近はそんな見かけませんよ。(赤旗を開いて)本当、普通にいい新聞じゃない。購読しようかな(笑)。筆坂:ただ、党員たちにとって赤旗はまだまだ特別。赤旗は読者への情報発信とは異なる裏の顔を持つ。 たとえば、この夏の参院選の結果について、赤旗(7月12日)に中央委員会常任幹部会の論評が掲載されました。地区委員は「どこがポイントか」を考えながら読んでボールペンで記事に赤線を引き、理解した内容を一般党員に伝える。この作業を通して、党の公式見解を浸透させるんです。だから、党員たちに聞くと、「このあいだの参院選は大成功を収めた」といった答えが一様に返ってくる。●うえすぎ・たかし/1968年東京都出身。鳩山邦夫氏の衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。●ふでさか・ひでよ/1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 赤旗独自の情報網、内部告発は大企業や官公庁勤務の党員から■ 自民党関係者が政敵蹴落とすため赤旗に情報流すこともある■ 赤旗が「鳥越氏大健闘」評価で僕も大健闘にしてと上杉隆氏■ 赤旗記者が国会議員秘書に早変わりしスムーズに取材進められる

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    安倍政権にコントロールされる日本メディアの「不都合な真実」

    奥村信幸(武蔵大学社会学部教授)高市早苗総務相が放送局に電波停止を命じる可能性に言及。安倍政権による“圧力”は強まる一方だ。しかし、メディアから強い反発の声は聞こえてこない。「質問は記者クラブに限る」 2015年9月、自民党の安倍晋三総裁が無投票で再選され、記者会見が東京・千代田区の党本部で開かれた。司会の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)はこのようにアナウンスした。「冒頭、総裁から『ごあいさつ』を申し上げ、その後平河クラブ(自民党の記者クラブ)幹事社から代表質問、その後、時間の許す限り質問を受け付ける」。安倍総裁は「ごあいさつ」として、政策の成果や目標などを、30分のうち15分も語り続けた。幹事社2社の質疑が済んだ後、萩生田氏は「平河クラブに限り、質問を受け付ける」と通告した。会見で記者を指名する安倍晋三首相=2015年9月24日、東京・永田町の自民党本部(酒巻俊介撮影) ここで起きたことは、不自然なことだらけだ。党総裁でもある安倍首相に直接質問できる機会はそんなに多くあるわけではない。その貴重な30分足らずの時間のうち15分も質問の機会が奪われているのに、抗議の声も上がらない。テレビも発言内容をニュース速報で粛々と伝えただけだった。なりふり構わぬコントロール 萩生田氏の2回目のアナウンスは常軌を逸している。質問を「平河クラブの記者に限る」と明言したからだ。2012年12月まで3年余り続いた民主党政権が記者会見のオープン化を推進し、ネットや外国のメディア、フリーランスらにも門戸が開かれた。続く安倍政権も表向きは、その流れを踏襲してきた。記者クラブだけを優遇して、「表現の自由」を後退させていると見なされることは避けようと、「良識ある政権に見えるように」意識していたということだ。ただネットメディアは、首相会見でいくら手を挙げても、最近は指名されることはほとんどなく、「運用で」メディアの差別を「判然としないように」行ってきたのが実態だった。 そのようなギリギリのラインを破り、「好き勝手にえこひいきをするぞ」と宣言したに等しい。日本では数少ない広告収入に一切依存しないネットメディア「ビデオニュース・ドットコム」の神保哲生氏は「症状が一歩進んだ」と評した。 「国境なき記者団」が毎年発表する報道の自由度ランキングで、日本の順位は2002年から2008年まで、26位から51位の間を行ったり来たりしていた。低迷の原因は記者クラブの閉鎖性にあると言われていた。2009年に誕生した民主党政権が記者会見のオープン化をいくらか進め、順位は2010年に11位まで上昇したものの、2012年には53位、2015年には61位と急落した。 東日本大震災に伴う福島第1原発の事故に関する情報公開が不十分だと見なされたことや、安倍政権が推進した、いわゆる特定秘密保護法が問題とされた。安倍政権のメディアコントロールの姿勢は、国際的な評判がさらに下がるのもお構いなしということのようだ。反論しないテレビ反論しないテレビ 萩生田氏は2014年11月、衆議院選挙を前に在京キー局の編成・報道幹部宛てに「選挙報道の公平中立と公正を確保するよう」要請する文書を個別に渡している。文面は一見低姿勢に見えるが、恫喝に等しいものだ。放送が公正中立だと思っていれば、このような文書は出ない。「過去においては、あるテレビ局が政権交代を画策して偏向報道を行い、それを事実と認めて誇り、大きな社会問題となった事例もあった」と、1993年にテレビ朝日の椿貞良報道局長が「非自民党政権を誕生させるような報道をするよう指示した」という事実とは反する発言を暴露され、国会に証人喚問された事件まで持ち出している。そしてゲスト出演者の選び方や発言回数、発言時間を公平にするよう指示している。 放送業界を監督するのは総務省であり、自民党から指導を受けるいわれは全くない。しかし、あの時放送業界は、表だって反論をしなかった。それどころか、そのような文書を受け取っていたと積極的に公表すらしなかった。呼び出しに無批判に応じるテレビ局 テレビに対する圧力は続く。2015年4月17日には自民党の情報通信戦略調査会が、NHKとテレビ朝日の幹部を招いて事情を聞いている。NHKは夜のニュース番組「クローズアップ現代」が出家詐欺問題を取り上げた際、関係者のインタビューが記者の指示による「やらせ」ではないのか疑惑が持ち上がっていた。また、テレビ朝日は「報道ステーション」というニュース番組のコメンテーターが辞める際に「菅官房長官から圧力を受けていた」と発言したことが問題となり、2つの番組は「放送法違反の疑いがある」というものだ。 自民党からの呼び出しには、やはり何の法的根拠もないが、2つの局は何の反論もすることもなく、この非公開の会合に出向いた。他局からも強い批判は聞かれなかった。 その10日後、問題となった番組について、NHKは内部調査の結果を公表したが、インタビューの際に「やらせ」があったことは認めなかった。同日、高市早苗総務相は、その調査の結果を吟味することもなく、NHKに対し「厳重注意」の文書を出した。番組の内容をめぐって総務省が文書で厳重注意を出すのは2009年以来、総務大臣名では2007年以来という異例のことである。しかしテレビは単に厳重注意の事実を報じただけだった。 批判の声を上げたのはBPO(放送倫理・番組向上機構)だった。放送業界が自主的なチェック機関として設立した団体で、扱う問題によって3つに分かれた委員会のメンバーに放送局の役員や社員は含まれていない。2015年11月、その中の1つ放送倫理検証委員会が「クローズアップ現代」について意見を発表した。NHKの内部調査に反して、安易な取材で報道番組で許される範囲を逸脱した表現があったなどとして、「重大な放送倫理違反があった」との見解を示した。その一方で、同委員会は総務相の厳重注意について「歴史的経緯を尊重していない」、自民党が放送局を呼び出したことについては「放送の自由に対する圧力」と非難した。放送の当事者でなく、周辺の人たちが声を上げるという異様な状況だ。法解釈の変更も目指す? 2016年2月、高市総務相は衆議院予算委員会で答弁し、放送法第4条に定められている「政治的公平」などの原則に沿って番組が放送されているかの判断は「総務大臣が行う」、放送局が放送法を守らないことが何度も続けば、「総務大臣の権限として」電波法に基づく「停波(放送を止める)の可能性がないわけではない」と述べた。 政府が放送の内容を判断し、停波の是非まで判断する「基準」として放送法の第4条を用いるというこの見解は、この条文が「放送局側が自律的に番組を編集する『倫理規範』」だとしてきた憲法学界の伝統的な解釈を逸脱したものだ。しかし、菅官房長官は「当たり前のこと」と発言し、安倍首相も「従来通りの一般論」だと国会答弁した。 彼らは確信犯なのか、単なる無知なのかはわからない。しかし、メディア業界が団結して反論する動きにはつながらなかった。2月末にはテレビのアンカーパーソンらがこの発言に抗議する記者会見を開いたが、参加したのはわずか6人だった。メディアが隠したい「特権」メディアが隠したい「特権」 なぜ日本のメディアはこんなに萎縮しているのか。テレビ局については単純な理由だ。監督官庁である総務省と、そこに影響力を持つ自民党への気兼ねだ。日本の放送制度には根本的な欠陥がある。1950年に米軍占領下で制定された放送関連の法律では、放送局を監督するのは「電波監理委員会」という政府から独立した機関とされた。しかし、吉田茂首相が2年余りでそれを廃止し、政府が直接監督する制度に変えてしまった。 ジャーナリズムの主たる任務は「権力の監視」だが、放送局は監視対象である政府から逆に監督されている。自民党が政権を独占してきたため、放送や電波に影響力を持つ議員集団が存在し、その力は弱まっているものの、テレビ局は無視できない。また、良識ある欧米のニュースメディアが株式を公開していないのと対照的に、日本のキー局などは株式を上場している。経営陣は政府の干渉や、それによる利益減少のリスクを恐れて、ジャーナリズムを優先した決断を下すことができない。 また、5つの全国紙は系列の民放局と株式の持ち合いをしている。系列のローカル放送局の認可を急ぐために、新聞社の記者が政府・自民党に働きかけをしてきた過去もある。 さらに、新聞は業界を挙げて安倍政権や自民党に働きかけ、2017年4月に予定されている消費税アップの際、新聞の税率を例外扱いにすることを勝ち取った。このような直接の借りを作っては、腹の据わった政権批判など根本的に不可能だ。 長年にわたる記者クラブ制度の下で確立された取材の慣例は、伝統的なメディアにとって手放し難い「特権」になっている。これを維持したいという思いも、メディアが政権に弱腰な一因と思われる。民主党は「記者会見」はオープンにしたが、「記者クラブ」はオープンにできなかった。記者クラブの真の「うまみ」は記者会見ではない。オフレコで行われる「懇談」ができることなのだ。 そこでは政治日程の読み、事件などに関しての要人の評価や本音のリアクションなどが伝えられる。記事のニュアンスや、今後の取材方針に直結する情報だ。重要な国際会議などの前には、関係する官庁による記者クラブだけに対する非公式のブリーフィングなどもある。政権を本気で批判することは、そのインナーサークルで情報を得る特権を手放すか、少なくとも中断させることを意味する。 こういった事情もあって、日本のニュースメディアは政権と距離を置くことがなかなかできない。それどころか、大手メディアの幹部と安倍首相の会食の頻度は、他の歴代のどの首相よりも高いのが今のメディアの実情だ。 前述の抗議の記者会見を開いたニュースアンカーらのうち5人は3月24日、日本外国人特派員協会で再び抗議の記者会見を行った。しかし、外国人記者からは日本のメディアに対する厳しい質問が続出した。「あの程度の発言で、なぜそこまで萎縮しなければならないのか」というわけだ。5人は結局、外国人記者を納得させる説明ができなかった。 日本のメディアは「隠れた特権」のため、「独立」できておらず、真の権力の監視ができていないのだ。おくむら・のぶゆき 武蔵大学社会学部教授。上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士前期課程修了(国際関係学修士)。1989年、テレビ朝日入社(報道局「ニュースステーション」、政治部、編成部などで勤務)。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院(SAIS)ライシャワーセンター客員研究員 、立命館大学産業社会学部教授などを経て、2014年より現職。

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    自衛隊讃える拍手が悪い? 朝日とTBSサンデーモーニング

    【メディア裏通信簿】 女史 あのさあ、国会で安倍晋三首相の所信表明演説のとき、自民党議員が拍手したことを朝日新聞や野党が批判していたよね。でも、民主党政権のときは鳩山由紀夫首相の演説終了間際に民主党議員が拍手して、朝日新聞も批判どころか、むしろ好意的に書いてたじゃん。ダブルスタンダードだよね。  先生 あいつら何を批判したいんだ? 拍手は領土、領海、領空を守る海保と警察、自衛隊に「敬意を」と安倍首相が呼びかけたんだろ。朝日は9月28日付の天声人語で「多くの職業のなか、なぜこの人たちだけをたたえるのか」と書いたが、実際、がんばっているのは海保と警察、自衛隊だぜ。 教授 命を危険にさらして、国に尽くす人を讃えるのは当たり前のことだと思いますけどね。 先生 しかも、軍人は海外では名誉ある仕事なんだぞ。英国王室の王子も軍人になるだろ。よく「士農工商」なんていうけど、昔なら自衛官は「士」だよ。でも、この頃、日本で豊かな暮らしをし、威張っているのは経済人、特に外資の人ばかりで、現場の自衛官や警察官、海上保安官は辛い思いをしても安月給で働いている。今の日本は「商工農士」だよ。(笑) 女史 批判した人たちは安倍政権が全体主義的だといいたいんでしょ。インターネット上の批判は、もともとナチスのヒトラーを思い浮かべるとか、そういう発想だったけど、さすがに、朝日がそう書いたら、ヤクザのインネンになっちゃうから、わけの分からない書き方をしたんじゃない。 先生 ま、自民党も拍手するだけじゃなく、国会議員なんだから領海・領空を守るための法整備、もっといえば憲法改正発議をしっかりやってほしいけどね。しかし、10月2日放送のTBS系サンデーモーニングもひどくて、自衛隊を賞賛することに疑問を投げかけ、青木理が「一歩コントロールを政治が誤ると、非常に危険な組織」だといって、「政治の劣化」「気持ちが悪い」と批判していたな。番組は最後に障害者や高齢者への事件などで「また弱者が標的に」というテーマで議論したんだが、東大教授の西崎文子が「歴史の中で繰り返されている。19世紀末ぐらいに社会進化主義があって、適者生存の思想が広まって…」と言うと、青木は「ヘイトスピーチもそう」、ヒゲの岸井成格は「不機嫌の時代、不寛容の時代になった」と言っていた。しかし、本当にそんな時代になったかね。陸陸上自衛隊による国内最大の実弾演習「富士総合火力演習」 「74式戦車」=8月27日、静岡県・東富士演習場(尾崎修二撮影) 編集者 障害者や高齢者を傷つけるのと、ヘイトスピーチは関係ありますかね。共通点はどっちもダメということだけでしょう。そこに「適者生存」「不寛容の時代」なんて大袈裟じゃないですか。 先生 「弱者」「弱者」というが、適者生存でいうと、いま人間に「弱者」と見える人だって、実は「強者」かもしれない。 編集者 どういう意味ですか?  先生 適者生存は種の単位で起こることで、恐竜のような時代・環境の変化に適応できない種が滅びていくことだよな。種が生存するには、それぞれの種の中には多様性がないといけない。時代・環境が変わったら、例えば人類のように弱者とみられていた者が強者となって、それが種をつなぐのかもしれないからだ。しかしそれは今、分からないんだ。そういう意味で真の「弱者」「強者」は神にしか分からないのに、それを「弱者」と決めつけ、「適者生存」をいうのは人間の傲慢だろ。 それはともかく、いまだに日本では相変わらず軍事アレルギーが強すぎる。9月28日のNHKクローズアップ現代は「“軍事”と大学」について取り上げて、日本の科学者達が基本的に軍事目的の研究は行わないという現状の是非を論じていたんだが、基本的に軍事はダメだという視点だった。番組で、ノーベル物理学賞の益川敏英が批判的に説教していたし。 女史 外国では科学者の軍事関連の研究は当たり前なのにね。青色発光ダイオードで、同じノーベル物理学賞を取った米国の中村修二さんは「こちらの大学で研究する上では、米国籍がないと軍の予算がもらえないし、軍に関係する研究もできない。それで市民権を取得した」って、日経新聞に答えてたんだよ。  先生 SAPIO11月号で韓国人の在日差別を特集していたが、差別の原因の一つに、在日が韓国本国で兵役が免除されてきて、それが「不満の種となってきた」とあった。差別の是非はともかく、韓国人も自国のために命をかけることに価値を認めているんだ。  女史 スウェーデンでは徴兵制復活が決まったよね。今度はノルウェーは女も徴兵の対象になるんだって。 教授 ちょっと前に、スイスでは徴兵制の是非をめぐって国民投票をやったら、徴兵制維持派が圧勝しましたね。 女史 なのに、何なんだろうね、日本人は。国民が自国を守ることは立派なことなのにね。官僚は待たせればいい? 官僚は待たせればいい?  教授 しかし、人気映画シン・ゴジラで自衛隊がよく描かれていることを、朝日新聞が10月6日付朝刊で「自衛隊像、銀幕で変化」と取り上げたときは、そう悪意は感じられませんでしたね。 編集者 防衛省の協力で撮影された映画だから、反軍事で批判しているんじゃないんですか。 教授 いえいえ、どっちかというと自衛隊に好意的なんですね。国民の自衛隊の評価も定着して、朝日新聞も変わってきたのはいいことなんでしょうが、とんがっていない朝日を読むのは、なんか寂しい気もしますね。(笑)「シン・ゴジラ」のワンシーン 女史 教授、それじゃあ本末転倒じゃん(笑)。そういう朝日新聞に、物足りなさを感じている昔ながらの過激な左翼の人たちは、ネットで逆に怒っているけどね。 教授 これから朝日新聞がどんどん論調を変化させて、産経新聞と変わらなくなったら、産経の方が存在意義を問われますよ。 編集者 え! それも困る…。 教授 (笑)まあ、社説では、相変わらずでしたけどね。稲田朋美防衛相が月刊正論の平成23年3月号で「子ども手当分を防衛費に回せば、軍事費の国際水準に近づく」「長期的には日本独自の核保有を、国家戦略として検討すべきではないか」と発言していたことを批判したうえに、国会での発言の軌道修正を取り上げて「なぜ持論を一変させたのか、その説明が足りない」と叩いていましたね。  先生 反政権としてはツッコミ甘いんじゃないか(笑)。俺が朝日新聞なら、もっと厳しく突っ込むけどね。8月15日にアフリカのジブチに視察に行って、全国戦没者追悼式にも出ず、靖国神社参拝もしなかったことを民進党の辻元清美に追及されて泣いていたが、自衛隊を率いる者として、部下の自衛官が見たら、どう思う。 編集者 しかし、あの涙は過去の戦争で命を落とした人たちのことを思ってのものでは?  先生 だったら、稲田は靖国に行けば良かったじゃないか。 編集者 現実の国際政治に配慮せざるを得なかったから、行きたくても行けなかったんじゃないですか。 先生 俺は、大臣として首をかけても行くべき価値があったと思うぞ。それから、稲田は弁護士出身で法律の専門家なんだから、国会答弁もしっかりしなきゃダメだろ。防衛行政のトップとして「防衛費」というべきところを「軍事費」と言い間違えていたぞ。 編集者 間違いはあったかもしれませんが、稲田先生は保守にとって大事な政治家ですし、弊誌にも何度も登場してくださって…。 女史 まあ、まあ。編集者が正論常連さんを擁護したい気持ちはは分かるけど、興奮しない。 編集者 す、すみません…。  女史 でも、左翼の人たちの中にも、防災訓練で東京・銀座に装甲車が走ったとき、「銀座に戦車を走らせた」って、混同して批判していた人もいたからね。(笑)   先生 国会で思い出したんだが、民進党の階猛が、翌日の衆院予算委員会で審議をめぐって、役所への質問通告を午前0時過ぎまでしなかったそうだ。「しかも、『全省待機』をかけたので、全省の多数の官僚が0時過ぎまで待機させられた。この官僚たちは、200台のタクシーで分乗帰宅、と政府筋から聞いた。民進党に働き方改革や行革を語る資格はない」と、公明党衆院議員の遠山清彦がネットのツイッターで怒っていた。  女史 公務員だからって、いくらでも待たせればいいという発想は、ひどい労働条件を押しつけるブラック企業の経営者と同じだとみられたんだろうね。ネットでも評判良くなかった。   教授 民進党は「ワークライフバランス」なんて調子の良いこと言ってますが、やっていることは全く違いますね。  編集者 ただ、読売新聞によると、階氏は「質問通告は、午後10時台に秘書に渡した。意図的に通告を遅らせたわけではない」と釈明したそうです。   先生 そもそも、官僚が国会議員の質問取りに過剰な労力をさく永田町の悪しき慣習は国益とは何の関係もないと思うぜ。今後は国会質問の事前通告の時間と内容を「◯◯議員から◯◯大臣に、何時何分に、こういう質問の通告が来ました」とネットで公開して、議員が政府に嫌がらせをしているのか、政府が都合の悪い質問を誤魔化そうとしているのか、有権者の国民に判断してもらえばいい。ただ、そうしたら、その質問に自動的に回答するパソコンのアプリができて、国会で質問する必要もなくなってしまうけど。(笑) 女史 ネットの「ヤフー知恵袋」で、一般人の誰かが質問に答えてくれるかもよ。(笑)  教授 人工知能、つまりAIが答えてくれる時代になるかもしれませんね。   先生 そうなると、国会審議自体がいらなくなる(笑)。議会制民主主義のために国会は重要なんだが、これからは人間が考え、人間が議論するだけの意味がある審議でなければ、必要なくなるということさ。この頃は法令作成も人工知能でできるらしいぞ。過去の判例も全部入れれば、人間より人工知能の方が早いし正確らしい。   教授 となると、集団的自衛権を認めるか認めないかで大もめにもめた内閣法制局も、そのうちいらなくなりますね。(笑) 文藝春秋をやめた大物?文藝春秋をやめた大物? 先生 文藝春秋の編集後記みたいな「社中日記」があるだろ。11月号のを読んだか? 正論のライバルだった保守系オピニオン誌諸君の編集長だった仙頭寿顕のことが出ていたぞ。   編集者 文藝春秋の編集者で、保守論壇では有名な方ですよね。 先生 社中日記にはこう書いている。「仙頭寿顕が社を去ることに。…『会社を辞めた後は?』との質問に『しばらく古本屋巡りでもするかな』と煙に巻き、靖国方面へと立ち去った…」とね。仙頭がその後、どこへ行ったか知っているか? 編集者 弊誌のライバルWiLLを出しているワック社に行ったらしいですね。 先生 そう、そこで雑誌歴史通の編集長になったそうだ。仙頭が元諸君編集長なら、WiLLの編集長、立林昭彦も元諸君編集長。正論のライバルはいまも、諸君なのかもしれないな。(笑)  編集者 「諸君」は実はまだ生きていたというわけですか? 今は月刊Hanadaという売れている保守系雑誌あるし、競争が激しくて勘弁してほしいな…。 女史 (笑)弱音を吐くな、編集者?  GHQの押しつけじゃない? 先生 インターネット版の朝日新聞の9月25日06時00分に「憲法9条の理念と現実 専門家2氏に聞く」という記事が出ていたが、9条大好き朝日新聞らしい、いい記事だったぜ(笑)。「2氏」のうち、一人は政治学者の山口二郎だが、果たして憲法9条の専門家かね? もう一人の古関彰一という独協大学名誉教授は「憲法は単純にGHQが押しつけたものではありません」と独自の説を主張していたが、GHQに強いられたことは、みんな知っている史実だぜ。それで、「憲法史」が専門だと言うんだから、ビックリだね。  編集者 「GHQが押しつけたものではありません」の前に、「単純に」と言っているところがミソでしょう。押しつけられたことを否定するものではないけど、日本側も自主的に改正した一面もあるから、「単純に」押しつけられたものではない、と言っている。 教授 巧妙ですね。文章の言い回しを利用して、結局「押しつけ」を否定しているわけでしょう。ネット版ではなく、新聞紙面には慶応大教授の添谷芳秀氏が改憲について書いているのですが、「戦後憲法と表裏一体をなす、侵略や植民地支配といった過去に向き合わなければ、国際社会に理解される改憲の展望は開けようがない」と朝日的な史観を引きずっていましたね。改憲論議をするためには、まず反省しろというんですね。そういえば、毎日新聞10月6日付朝刊に出ていましたが、九条の会の呼びかけ人が高齢化したり、亡くなったりしたので、12人の世話人を補強したそうですね。 先生 あ、この記事かな。「護憲の担い手、高齢化の一途」。ある意味、当然だろ。あんなのにしがみついているのは、安保闘争大好きの左翼じいさん、左翼ばあさんばかりだしな。 女史 9条のノーベル賞を狙っているみたいだけど、今年も残念だったね。(笑) 寂聴さん、死刑賛成はバカ? 女史 僧侶の瀬戸内寂聴さんは日弁連の死刑制度に関するシンポジウムにビデオメッセージで出演したんだけど、死刑制度を批判しただけじゃなくて、「殺したがるバカどもと戦ってください」と発言したんだって。犯罪被害者もいるのに、「バカども」ってヒドくない? さすがに日弁連もお詫びしたって。あの人って結構、放言するよね。東京都知事選のときも鳥越俊太郎さんを応援するのに、「あの厚化粧の人に都知事になんかなって欲しくない」と、小池百合子さんに対する悪口メッセージを出してた。 瀬戸内寂聴さん 先生 その鳥越を10月7日にフジテレビ系バイキングが出演させて、「鳥越俊太郎氏生出演!小池都政を斬る」とやっていたが、小池も、都知事選であんなショボい選挙戦をし、女性問題も報じられた鳥越なんかに都政を斬られたくないだろうな。前にTBSも出演させていたが、鳥越なんか出さなきゃいいのに。先月号でも言ったが、よくテレビ局が都政の問題で猪瀬直樹を出演させているが、あれもおかしいだろ。猪瀬は、公民権停止なんじゃないか。 編集者 弊誌10月号でも猪瀬さんには登場いただきまして…。内容があれば、面白いし、ダメなんでしょうか。 先生 まあ、新聞や雑誌はともかく、テレビは政治的な公平中立を求める放送法が規制する公共の電波だろ。一票の行使も認められない人物に政治を語らせるのは納得がいかないね。神社陰謀論がSAPIOに神社陰謀論がSAPIOに 先生 SAPIO11月号は「安倍政権を動かす『神社本庁』の密事」という特集をやっていたな。   女史 また出た! 安倍政権を動かす組織の陰謀シリーズだね。   教授 日本会議のときと全く同じやり方ですね。神社本庁が、安倍政権を操っているわけがないし、そこまで政治的影響力はありませんよ。「7万9000の神社から10億円の収入」と大袈裟に書いていますが、たった10億円で、政権を動かせるわけないでしょう。「大臣20人中19人が『神道政治連盟メンバー』」とも書いていますが、自民党の国会議員は選挙対策もあってほとんど入っているんだから、当たり前ですよ。1人だけ入っていない大臣は公明党ですよ。これも、当然ですよね。(笑)   先生 こんなのが許されるなら、自民党支持の大きめの政治連盟なら、なんでも「政権を動かしている」と攻撃できるぜ。  教授 北朝鮮の拉致問題に取り組む拉致議連にもみんな入っていますが、じゃあ、「安倍政権を動かす『救う会』」と書くんですか。それは決して、やらないわけでしょう。  女史 解散したSEALDsのメンバーは、いろんな左派リベララル的な運動に関わっているから、「左翼を動かすSEALDs」っていう陰謀論もできるよ。(笑) 解散にあたり記者会見する、若者グループ「SEALDs」の奥田愛基さん(左端)ら=8月6日、国会 編集者 しかし、SAPIOはどっちかというと右派系なのに、なんでこんな特集を組んだんでしょうね。 教授 雑誌が売れると思ったからでしょう。日本会議の批判本も売れたので、二匹目の泥鰌を狙ったんじゃないですか。「べっぴんさん」はまた… 先生 NHKの朝ドラ「べっぴんさん」は、子供服メーカー「ファミリア」の創業者をモデルにしているらしいが、最近、そういうの多いな。その前は「暮らしの手帖」のとと姉ちゃんだし、ニッカウヰスキーの創業者をモデルにしたマッサンもあった。 編集者 そろそろウイスキー飲みたいですね。ノドが鳴ります。 先生 そういう問題ではないんだよ。これ、結局、名前は出していないけど企業のCMになってんだろ。そのくせ、公共放送を気取って、ドリンクがどこのメーカーか分からないように缶にモザイクみたいなのかけたりなんかしてんだぜ。   教授 確かに、マッサンのせいか、飲み屋でニッカのウイスキーの値段も上がりましたね。けしからんことに。  女史 教授も結構、ウイスキー好きだよね。(笑)  先生 NHKは本や雑誌は堂々と番組で取り上げているけど、よく考えたら、あれだって出版社という私企業が出している商品だよな。NHKで紹介された本は売れるだろうから、著者と出版社はラッキーだろう。それなのに、月刊正論の執筆者のような人の本は、まず、取り上げられないもんなー。  編集者 (笑)   教授 笑い事ではないんです。切実な問題なんです。  先生 それで公共放送だといって、パソコンやスマホも受信料の対象として検討されるそうじゃないか。ワンセグ付きの携帯電話も受信料をとろうとして、さいたま地裁で敗訴したけど、控訴したらしいじゃないか。どれだけカネとろうというんだよ。朝日のご譲位報道は意外に…朝日のご譲位報道は意外に… 教授 天皇陛下の譲位の「ご意向」をめぐる議論では、民進党の野田佳彦幹事長が党独自で皇室典範改正案を出す方針を示しましたが、こんな問題で政治的なパフォーマンスをして、国民の対立を煽るのは得策ではないでしょう。自らのタイミングの悪い解散で首相を首になった野田氏は、民進党幹事長に返り咲いて、ハイになっているんですかね。上から目線で安倍総理の消費増税延期の批判をしていましたが、週刊文春10月13日号で宮崎哲弥氏が「財政右翼」とからかっていましたよ。 先生 SAPIO11月号では小林よしのりがゴーマニズム宣言で男系維持派の渡部昇一や八木秀次たち保守論客をバカみたいな絵で描いていたな。これ、これ。 教授 ひどい描き方ですね。しかも名前を書いていない。文句を付けられないように、わざと書いていないんでしょうね。彼は、天皇陛下のお言葉があったのだから生前退位の法改正を進めるべきだという意見です。ゴー宣でも「承詔必謹の本を出す」と書いていますが、陛下のお言葉で法制度を改正したら、陛下が政治関与されたことになるんですよ。それが分かってないとしたら浅薄ですよ。この問題で意外にいいのは、朝日新聞なんです。盛んに、ご譲位に慎重な保守派の知識人を引っ張り出していますね。9月10日付朝刊では「男系維持派 困惑」という見出しで、大原康男氏、加瀬英明氏、八木氏らのコメントを並べて載せていました。皇室を大切に思っている保守派が「生前退位」で困っているという記事なんですね。正論に掲載された渡部氏やWiLLの加地伸行氏らの論考3本も紹介していましたよ。翌11日付の朝刊では、やはり男系維持派で、慎重な議論を求める櫻井よしこ氏、明確な反対派の八木氏のインタビューを、写真付きでかなり長く載せていました。 先生 いずれも二階堂友紀という記者の記事なんだが、朝日にしては、彼女の記事はいいよな。   編集者 たしかに朝日がこれだけ保守系の論客の意見を、なんの悪意も感じさせずに載せているというのは、画期的ですね。  教授 しかし、後から加地氏を「男系維持派」としたのは誤りだったという趣旨の訂正が出たのは面白かったですね。「掲載した識者のうち、加地伸行・阪大名誉教授には男系維持の工夫に関する論考はありますが、加地氏から、男系・女系天皇をめぐる問題については慎重な態度をとっている、との指摘がありました」とね。 編集者 よく意味が分かりませんが。 教授 この訂正文をみる限り、加地氏に「男系維持の工夫に関する論考」があるから男系維持派として並べたのに、本人からクレームを受けたと読めますね。  女史 (笑)  先生 問題は、このように反対論、慎重論の論理を詳しく説明している記事が、保守派を自認する産経新聞でもなく、いわんや読売新聞でもなく、朝日新聞によく出ているということだろ。産経も読売も、ダメじゃないか。 編集者 ただ、産経も読売も、自分たち自身が本音では「困惑」している当事者でもあるから、はっきりものが言えなくて、当事者じゃない朝日だから、冷静にものが言えるのでは…。 先生 少なくとも、月刊正論ではもっと反対・慎重論を明確にして、議論を喚起すべきじゃないか。一向にそんな気配はないが。 編集者 また、そんな厳しいことを…。9月号でも10月号でも、渡部先生や八木先生の反対論を載せていますよ。しかし、天皇陛下のお考え、ご意向は、尊重申し上げなければならないということもありますし、かといって、陛下が政治的発言をしたことになってはいけないし、いろいろ考えると、なかなか…。竹田恒泰先生の連載を読んでも、そこのところを悩んでいるのが、分かるじゃないですか。勘弁してください。 女史 しかし、その結果、重要かつオイシイ論点は、君らが日頃から散々、批判している朝日新聞にもっていかれているじゃないか。それでいいのか。確かに正論には鋭い反対論も載っているが、編集部がつける見出しは、そこをはっきりさせないような見出しになっている。いろんなところに“配慮”しすぎて、よく分からない。  編集者 しかし慎重に…。  先生 そういう弱気な性格が、先月号の編集後記操舵室からにもよく出ている。 編集者 え?  先生 編集長が執筆者に叱られたり、社内や編集部員や読者にも気を使ったり、しまいにはせっかく女房と飲んでいるところに、「某先生」に呼び出されて、嫌々、飲み屋に行くという話が書いてあっただろ。まさか、あの「某先生」は、俺のことじゃないだろうな。嫌なら、飲みにこなくてもいいんだぞ。(笑)  編集者 いやいや、そんな意地悪を言わないで下さいよー。       (文中一部敬称略)※この記事は、月刊「正論12月号」から転載しました。

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    TV局トップが安倍氏と会食の理由 面倒臭いから付き合うだけ

     安倍政権はテレビを屈服させている──そんな言説もあるが、ジャーナリストとして数々のニュース・情報番組に出演してきた大谷昭宏氏は、「テレビの萎縮は政治の圧力による」という一面的見方に与しない。むしろ問題の根底には、テレビと政治双方の、打算的な考えがあるという。大谷氏が分析する。 * * * テレビと政治の劣化が著しい。そのことをまざまざと見せつけられたのが、東日本大震災から4年という節目を翌日に控えた3月10日、夕方6時から開かれた安倍晋三首相の緊急記者会見だった。東日本大震災発生から11日で4年を迎えるに当たり記者会見する安倍晋三首相=2015年3月10日、東京・首相官邸(代表撮影) その時間帯はNHK、民放ともにニュース番組を流しており、これまでなら各局横並びで報じて当然のはずだった。ところが、会見を生中継したのはNHKのみ。他の民放各局はニュース番組の放送中であったにもかかわらず、会見から10分余りが過ぎた時間帯にわずか1分前後の録画映像を流しただけだった。 それは「安倍首相の会見は視聴率を限りなくゼロに近づける」と在京キー局幹部がこぼすように、ひとえに首相という“素材”が視聴者に支持されていないからである。 視聴率競争に晒されるテレビ局にとって、数字を下げるだけの首相会見はできれば使いたくない。だから生中継はしなかったのだが、かといって何も報道しなければまた政権サイドからうるさく言われるかもしれないので、仕方なく報じた。それが本音である。 先の衆院選を巡る報道をはじめ、安倍政権はことごとくテレビに圧力をかけてきたつもりかもしれないが、実際には疎まれていると言った方がいい。そして、首相自身もそのことをわかっているから、なおさらムキになっているように映る。テレビ界はうんざり そんな視聴率も稼げない首相にNHKだけが付き合わされているのは、籾井勝人会長がいるからにほかならない。確かに、フジテレビの日枝久会長などは首相就任以来、安倍氏と何回もゴルフや会食をともにする昵懇の間柄といえるし、他の民放トップも1回や2回は首相と会食している。しかし、それは必ずしも権力者にすり寄っているわけではないことも事実だ。 たとえばある在京キー局のトップは、社員との会合で「なぜ首相と会食する必要があるのか」などと問われると、一言「お前らのためだ」と説き伏せたという。要は「報道の現場に余計な圧力がかからないように、一度くらいはメシを食っておこう」ということらしい。 テレビが政権に萎縮して自主規制しているのも事実だろう。しかし、それは圧力に屈したとか大仰なものではなく、政権サイドがうるさくて面倒臭いからとりあえず付き合っておこう、というのが本音なのだ。 振り返れば、田中角栄や中曽根康弘、あるいは竹下登をはじめ歴代総理は、メディアからことあるごとに叩かれてきた。それでも名誉棄損などで訴えようとはしなかったし、いわば胆力を見せてきた。それに引き換え、安倍首相はテレビのインタビューに答える国民の声にすら異を唱えている。そんな首相の狭量さにテレビ界はうんざりしている。それが実態だろう。 関連記事■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本■ 官邸テレビ支配進行 首相の甥がフジ入社、麻生氏甥はTBS在籍■ 新聞記者 会食で民主党はケチで割り勘だが自民は個室で無料■ 鳥越俊太郎氏 今のテレビでは政権を真っ向から批判できない■ 総選挙 2009年の政権選択選挙と比べると棄権は1700

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    自民党関係者が政敵蹴落とすため赤旗に情報流すこともある

     2009年6月に野中広務氏、2013年1月に加藤紘一氏、2013年6月に古賀誠氏と、自民党重鎮が日本共産党の機関紙である「しんぶん赤旗」に次々と登場し話題を集めた。2005年の離党まで共産党No.4として辣腕をふるった筆坂秀世氏(元参議院議員)と、ジャーナリストとして赤旗と関わり、先般の都知事選では共産党と対峙した上杉隆氏が、なぜ彼らが赤旗に登場したのかについて語った。上杉:敵対関係に見える自民党と共産党は、実はつながりが深い。自民党にとって赤旗は党内派閥や大手メディアと違い、「永遠の敵」で利権が重なりません。自民党関係者が、党内の政敵を蹴落とすため、赤旗に情報を流すこともある。 自共で言えば、近年は野中広務氏ら自民党重鎮が次々と赤旗に登場しました。政治の本質は権力闘争であり、政権を取ることが最大の目的ですが、共産党は現状では絶対に政権を取れないので、真の脅威ではない。だから彼らが赤旗に出て、ガス抜き的に政権批判をしても全然問題にならないんです。記者会見する共産党の志位委員長=東京都渋谷区の党本部筆坂:自民党の重鎮が登場すると赤旗は妙にはしゃぎますね。でも、もし僕が自民党機関紙に登場したら、赤旗は「裏切り者!」って激しく批判するだろうね(笑)。上杉:情報網で言えば、組合関係からの内部告発的な情報提供もあるんですか?筆坂:昔は大企業に勤める党員から情報が流れることもあったけど、今は企業に党員が少なくなったから情報収集能力は落ちています。上杉:ただし官公庁には、情報網が未だに残っています。都庁なんか共産党の牙城ですから、赤旗でも都知事選を大きく扱っていました。筆坂:組合の他に赤旗には通信員という制度があり、地方の党員が定期的に記事を送ります。少なくなったとはいえ、30万人を超える共産党員が全国津々浦々に組織を張り巡らせる。これが赤旗の強みでしょうね。上杉:かつて田中角栄の金脈問題を最初に追及したのも、長岡市議会の古参の共産党議員でした。僕は何度もこの地方議員を取材したけど、彼は市の財産を角栄さんと越後交通が私物化することに腹を立て、ひとりでコツコツ調べたんです。 余談ですが、後にこの議員の自宅が火事で全焼したとき、角栄さんが駆けつけて100万円をポンと出した。議員が何度拒んでも、「困ったときはお互い様だ。同じ新潟県民じゃないか」と譲らない。それでも断る議員に対し、「借りたと思え。いつか返しにくればよい」と半ば強引に金を手渡した。天敵をも呑み込む角栄さんは、さすがですよね。うえすぎ・たかし 1968年東京都出身。鳩山邦夫氏の衆議院議員公設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、2002年よりフリージャーナリストとして活動。政界、メディア問題、原発問題など、多岐に亘るテーマで執筆。2016年、東京都知事選出馬(4位)。ふでさか・ひでよ 1948年兵庫県生まれ。高校卒業後、三和銀行へ就職。18歳で日本共産党入党。25歳で銀行を退職し、専従活動家へ。国会議員秘書を経て参院議員。共産党ナンバー4の政策委員長となるも不祥事を契機に議員辞職。2005年7月離党。主な著書に『日本共産党』。関連記事■ 赤旗独自の情報網、内部告発は大企業や官公庁勤務の党員から■ しんぶん赤旗を読み解く9つのキーワード■ 「しんぶん赤旗」 政権に不都合な情報も調査する諜報機関■ 丸川珠代 三原じゅん子の自民党内での台頭に愚痴をこぼす■ 赤旗 優秀な記者は自分で記事を書かないから信用される

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    「秘密党員」は実在する! 元日本共産党員が20の疑問に答えます

    て自主的な防衛力を持つ」立場だったのです。これが1970年代に公明党から「共産党は仮面をかぶった改憲政党だ」と非難され、その反動からか80年代には護憲色を強めます。最近、志位和夫委員長は自衛隊を「憲法違反の存在」としつつ、「急迫不正の侵略を受けたら、自衛隊を活用するのは当たり前」と述べています。さらに「戦争(安保)法制反対・廃止」の野党共闘の旗を振るようになると「当面、現行の日米安保体制を容認」とまで表明したのです。志位委員長が失脚でもしない限り、この方向は変わらないでしょう。南スーダン国連平和維持活動(PKO)参加のため首都ジュバの空港に到着した陸上自衛隊11次隊の先発隊 Q3 共産党は暴力革命を目指しているのですか  A3 たしかに戦前の日本共産党は「絶対主義的天皇制」を打倒するために「対外戦争を内戦へ」と主張する暴力革命路線でした。戦後も朝鮮戦争期に日米当局側が強行したレッドパージで非合法化された時、ソ連や中国からの指示に従って党主流派は「武力闘争」を準備。中国革命ばりに農村部に根拠地を作るとする「山村工作隊」の活動やお粗末な火炎ビン闘争を展開しました。 しかし今日では党員の高齢化、「平和運動」に長年傾倒してきたことによる党内の「戦争ぎらい」蔓延で、暴力革命党なんて全く受け入れられない素地ができています。共産党がかつて掲げた「敵の出方論」とは、「情勢によっては権力(政府)側が暴力的に革新勢力に対抗してくることもある」という警戒心喚起で、「党の事務所に武器を隠しておけ」なんて方針ではないですよ。選挙と「赤旗」拡張中心の党活動にどっぷり浸かった上、お年寄りが圧倒的に多い共産党が暴力革命なんて、心理的にも物理的にも不可能です。役員に任期はないのか Q4 志位和夫さんは長く委員長をしていますが、役員に任期はないのですか A4 党規約では、党員は大会の代議員や指導部たる役員を「民主的に選挙」するとされています。しかし、実際は所属する党組織(末端は党員3人以上の党支部)の一級上の党機関に関する代議員や役員しか選挙できません。「立候補」も認められていますが、代議員や役員の候補は党機関執行部があらかじめリスト化し、選挙ではこのリストに◯付けする信任投票がされます。事実上、指導部主導の根回しで決まるということですね。共産党の志位和夫委員長=11月16日、東京都渋谷区の党本部 こうした形を何段階か繰り返して選ばれた代議員たちが2~4年に一度開催される全国的な党大会で中央委員会の役員を選出します。支部、地区党会議、都道府県党会議で各執行部によるリスト化でふるいにかけられてきた代議員に、党中央へ批判的な者が入っている可能性は、ほぼゼロです。 党大会に提出される中央委員会の候補者リストも最高指導者たち(志位委員長や副委員長たち、小池晃書記局長、なぜか不破哲三社会科学研究所長)が決め、代議員は◯付けの信任投票をするだけ。全国レベルの会議では代議員はリストの役員候補者を個々には知りませんから、執行部への信頼を根拠に機械的に◯付け投票し、晴れて全員信任となるわけです。 更に最高指導者たちの意のまま選ばれた中央委員の最初の会議でこれもあらかじめ根回しされたメンバーがその上の幹部会委員として口頭で推薦され、拍手で承認。次の幹部会委員の最初の会議でも同じ繰り返しで最高指導者の最側近集団である常任幹部会委員(21名前後)を選出…。 結局、すべてがトップとわずかな側近たちで決められているのです。健康を壊したり、上級の不興を買わない限り、党役員に再選を妨げる規定はありません。党のトップは自分を含め、お気に入りの役員を事情が許せばいつまでも再任させることができます。 幹部の退任や降格は、何らかのトラブルや「抗争」があってのことです。故宮本顕治氏の議長からの退任も「知的後退が見られる(ボケた)」とつぶやいた不破氏によるクーデター的な強硬措置で行われたことが元党ナンバー4の筆坂秀世氏の著書「日本共産党」(新潮新書)で明らかにされています。 Q5 共産党職員の給与は平等じゃないんですか。不破さんはなぜ豪邸に住んでいられるのですか A5 「日本共産党の謎」の筆頭が最大のカリスマ=前議長の不破哲三氏の、神奈川・津久井湖近くにある敷地千坪の豪華山荘暮らしですね。不破氏も党本部職員になる前の新婚時代(半世紀以上前)は、都営団地に住んでいた薄給のプロレタリアート(無産階級)状態で、どうやって蓄財したのか想像もつかないでしょう。 秘密は二つ。一つは、党の一般職員と幹部の給与格差です。党中央の頂点に近い常任幹部会委員になると年収で最低1000万円以上が保証され、中央委員以上の医療費自己負担分は「党幹部の保全のため」との趣旨で党中央財政部が支払ってくれます。若い職員が「ワーキングプア」並みの薄給、地方の党職員は遅配欠配がザラであることを考えると破格の待遇です。 もう一つは著書の印税。「実績と能力がある」中央幹部は著作を出版し、印税は個人で受け取れます。党内には「幹部の印税は中央財政に繰り入れられる」と説明していますが、ウソ。不破氏の著書は党機関紙「赤旗」でどんどんタダで宣伝し、党員に購買を煽る一方、少ない一刷分の印税を党に寄付したら、二刷分以降の印税はすべて著者の懐に入ります。筆者の調べでは現職衆議院議員時の不破氏の印税収入は年間900~1500万円(資産報告書の閲覧による)。 最近も著書刊行は盛んですから、かなりあるでしょう。日常生活のために党職員が常時5名、不破家に宿泊体制で配置され、運転手付き乗用車や洗濯・炊事まで不破夫妻の暮らしは党丸抱えです。この上、高額給与と印税を手にすれば、暮らしは富裕層並み。もっとも不破氏のカリスマ性あってのことで、志位委員長のお宅は公団分譲マンションですよ。どうやって若い党員を集めるのか Q6 共産党の「民主集中制」って、本当に民主的なんですか A6 正式には民主主義的中央集権制といって「ソ連の国父」レーニンが革命党の規律として導入したものです。全体方針は党員が民主的に討議して決定し、多数決で決めたことには意見の違いを保留して全党員が従うこと、上級機関の指導に下級組織や党員は従うことなどが厳密に決められ、党員同士が横の連携をとってはならないことが「分派の禁止」として強調されています。派閥やグループが競い合う自民党や民進党の総裁選、代表選なんて共産党にはあり得ないですね。 民主集中制の最大の効果は、上級に君臨する指導者に対する下部からのチェック力が落ち、上から下への支配がやり易くなること。「集中」という言葉は、情報と権力の上部への集中を象徴します。これで上位に立つ者が権力抗争で絶対優位を確保できます。過去、各国の共産党で不正常な形で追放(共産党政権では最悪の場合、逮捕・処刑)される幹部が相次ぐ原因になりました。 日本共産党は「組織と国家のルールは別」として、民主集中制を国の仕組みにしないと説明しています。しかし、現実にソ連や中国などの社会主義国では形だけの議会を含む国家システムに公然と民主集中制を採り入れていましたから、説得力ないですよね。 日本共産党が単独政権を獲得し「共産党独裁?」なんてまずないですが、透明性を増して開かれた党になるため民主集中制はやめるべきですね。 Q7 最近はどうやって若い党員を集めているのですか  A7 党機関紙「しんぶん赤旗」で「共産党への期待が高まり、若い人が最近の入党者の2割もいる」なんて書かれています。裏を返せば八割は「若くない人」ということですね(笑)。実際、筆者が党職員の頃も「20代、30代の青年党員獲得に党の浮沈がかかっている」なんて話し合われていましたが、一向に若い党員は増えませんでした。共産党の指導下の青年団体、日本民主青年同盟(民青)もどこにあるのかわからないくらい、存在感がありません。 結局、どうしたかというと全国レベルで党員のお子さんたちをターゲットにさかんに働きかけました。20年以上前からこんな苦し紛れなことをやったせいか、ここ数年、国会議員の当選者にも「二世議員」が現れていますね。参議院議員の辰巳孝太郎さんや吉良佳子さんなんかがそうです。 しかし、こんな苦肉の策では党員若返りは進まず、街頭宣伝でビラ撒きをする党員たちはお年寄りばかり。 え? シールズですか?あれは共産党や民青の方からすり寄っていましたが相手にされていませんでしたよ。一部の党活動家が「シールズ」を僭称して、嫌われていましたが(笑)。シールズの中心にいた学生さんたちは特定の政治勢力に取り込まれないよう巧みに振る舞っていましたね。共産党の不破哲三前議長(右)と「SEALDs(シールズ)」の奥田愛基氏 Q8 専従職員の給与レベルは… A8 筆者が党から除籍される前の数年間、党中央委員会職員の平均的な年間給与は税込で400万円くらい。30歳未満は200~250万円前後で生活的に楽じゃなかったです。しかし、地方の党機関は低い給与すら遅配、欠配が多く、家族の収入をあてにしなくては自活すらできないのが実態でした。党地方機関は独立採算制で、数は少ないのですが財政状況のよい党機関の職員給与が他よりよいこともあります。例えば「赤旗」部数が多く、公務員や大企業サラリーマンの党員がいて党費収入が多い東京都委員会の職員給与は、中央委員会より月当たりで数万円くらい高いのですよ。まあ、「赤い貴族」の不破さんの破格の収入と比べたらお話にもならないですが…。国会議員は報酬を自分で使えるか Q9 党財政は赤旗の売り上げと党費で足りているのですか A9 1980年代半ば、「赤旗」の部数が300万部以上、党員数が40数万もあった当時の宮本顕治委員長が「人は石垣、人は城」と武田信玄公の言葉を引き「50万人の党員、400万の読者を実現する暁には、全国一律に党専従(職員)の給与を地方公務員並みに引き上げる」と打ち出したことがありました。薄給に苦しみ続ける党職員や家族は、もうじき届きそうな党勢目標を示したこの言葉に希望を持ったものです。 しかし、それから30年以上たっても、目標が達成されるどころかジリジリ後退をして今日、党員約30万人、「赤旗」読者120万前後の大後退。「企業献金、政党助成金は受け取らない」と胸を張り、党員が納める党費(実収入の1%)と「赤旗」代、個人寄付が収入のほとんどなので、財政状況は相当に厳しくなっています。党中央委員会の収入もここ10年で百億円くらい減っていますね。 Q10 国会議員は報酬を自分で使えるんですか  A10 共産党の国会議員については、歳費を党国会議員団の財政部が衆参両院から一括して受け取り、「寄付分」や社会保険や税分を引いて各議員に手取を支給します。国会議員1人あたりの寄付額は年間650~700万円前後です。基本的に、差し引かれた後の収入が党中央常任幹部会委員と同等にする考えです。 公設秘書の給与も「寄付」の形で党財政部が徴収していますが、あくまで「秘書個々人が自発的にやっている」というタテマエです。公設秘書になる党員には「君たちは中央委員会の職員の扱いだから、本来中央委員会の職員給与として支給する分の差額は党に納めてもらう」と説明され、同意しなければ公設秘書に採用されません。法律に照らすと、かなりグレーですよ、これは(笑)。秘書給与問題は共産党国会議員団のアキレス腱です。国の支出に関する問題であり、しかるべく丁寧に究明・追及がされるべきですね。 Q11 党員の負担は重いのですか A11 党規約では、党員は実収入の1%を党費として納めなければなならいとされています。専業主婦や生活困窮者は、会費的に月500円程度納めてもらう、なんてことが多いです。ただ、公務員や大企業サラリーマンなどは相当に収入があって、党費が月に数1000円以上の人もいるわけです。 金銭負担ではむしろ、「赤旗」や共産党傘下団体の機関紙(「新婦人しんぶん」「全国商工新聞」「民青新聞」など)の購読費や、選挙の都度と夏、冬に展開される活動資金や党専従の一時金支給のための「募金キャンペーン」が大きい。「党員一人あたりいくら」と募金目標を設定してはならないルールですが、党役員や地方議員になると1人あたり数万~100万円単位で募金目標を持たされ、周囲に頭を下げて集めたり、泣く泣く身銭を切ることになります。記者会見する共産党の志位委員長(左)と小池書記局長=10月16日夜、東京都渋谷区 さらなる負担は「赤旗」の配達・集金です。居住地で活動する党員は数十~100部前後の「赤旗」日曜版(週刊紙)や日刊「赤旗」の配達・集金をボランティアでやります。もちろん、体調の悪いお年寄り(党内多数派)には出来ませんから、下部の幹部(支部長、地区役員)や地方議員が過重な負担として引き受けなければならない。その上、上級からは「赤旗」や党員を増やせ、増やせと矢の催促…。共産党員の生活は「赤旗」の配達・集金と拡張に振り回されることとイコールで、あまりおすすめできません(笑)。 Q12 党員になるための要件は  A12 党規約では、「18歳以上の日本国民」で「党員2人の推薦」があれば入党申し込みができ、党機関、党支部で承認されれば党員になります。「反社会団体」(暴力団)の構成員は入党を認めませんし、他党の党員もダメです。警察や公安調査庁など破防法で共産党員を監視する側の人や自衛隊関係者も「権力側」として入党は認めませんし、党への接近を警戒しています。 日本以外の各国共産党は、国籍を入党の要件にしない場合が多いです。「プロレタリアート(労働者階級)に国境はない」というマルクス以来の国際連帯の精神が根拠で、フランス共産党、中国共産党には外国籍党員がいます。100歳で日本共産党を追放された故野坂参三氏はイギリス共産党に入っていますし、ベトナム建国の父ホーチミンや中国の周恩来首相もフランス共産党員でした。  秘密党員はいるのか Q13 秘密党員は、いるんですか A13 大企業の社員や官庁のキャリア官僚になった党員は「秘密党員」として扱われることがあります。雇用側が共産党員として気づかずに雇い入れた人や、学校の成績が特別に優れていて国家公務員上級試験への合格や大企業への就職が十分に期待できる学生党員から選ばれますね。将来、党が政権入りした際に「権力側に足場をつくる」という立場から、日常の党活動には参加させないで、いざという時に備える要員(スパイ用語では「スリーパー」)との位置付けです。日常の指導は中央委員会や都道府県委員会の役員が個別に担当していました。しかし党の仲間がいない中で長年過ごすと党員としての自覚が失われていき、離党したり連絡を絶ったりという人が大多数ですね。ただ、今も「秘密党員」は官庁や大企業にいるとは思います。 Q14 「赤旗」は赤字ですか  A14 「赤旗」日曜版は発行数が100万部前後で、今でも日本で最大部数の週刊紙です。ところが、日刊「赤旗」は20万部くらい。全国紙としては採算割れで、月々数千万円以上の赤字が出ています。それを日曜版の収益でカバーして、帳尻を合わせていますが、「赤旗」全体の収益は長期的にガタ落ちです。立て直し策として考えられるのは、日刊「赤旗」の休刊ですね。全国いくつかの印刷所で作られ、毎朝、宅配体制を維持するためにトラック輸送網が敷かれていて、そのために党傘下の輸送会社や用紙会社まで運営されているほど。とてつもない人員資材が投入されても、20万前後の部数の収入では賄いきれません。「赤旗」日曜版 Q15 「赤旗」を読んでいない党員もいるのですか  A15 党員は毎日の「赤旗」を読んで党の方針を知るタテマエですが、公称30万人の党員数より日刊「赤旗」の部数がかなり下回っています。もちろん、読まない党員がいるからです。これは、党員の高齢化(それに伴う貧困化)と入党のハードルを下げたことの二つがマイナス要因になってますね。「もう視力が追いつかないから、日刊の方は勘弁して」と党専従の時に高齢者党員からよく言われましたよ。少ない年金やアルバイト暮らしですから、月数千円以上の購読費用はつらいでしょう。後は「ともかく党員を増やせ」と上級から尻を叩かれて、地方議員が苦し紛れで自分がお世話した人を入党させる。入った方は議員さんの後援会員になったくらいにしか感じていない。だから、「支持してるんだから、そんなに高くて難しい新聞、読まなくてもいいじゃないか」となってしまう…。 まあ「活字離れ」で一般の新聞も部数が低迷している折、「赤旗」の部数が減るのは世の流れとして仕方ないと思いますけどね。 Q16 「赤旗」には独特の自粛表現があるそうですね  A16 最近の「赤旗禁止用語」の事情はわからないですねえ…。ただ、昔の面白い事例でいくと、1990年代まで韓国のことをずっと「南朝鮮」と表記しましたね。「アメリカかいらい政権には正統性がない」という含意があってのことです。逆に北朝鮮のことは「朝鮮民主主義人民共和国」です。その時々の政治的スタンスで「赤旗」紙面や演説などで使う言葉が変わるのも共産党員らしい「言語文化」といえそうですね。党内に派閥はあるのか Q17 党内に派閥はありますか  A17 「民主集中制の規約で共産党には分派や派閥はない」と、党幹部たちはしばしば胸を張って言います。でも、派閥やグループって、政党に限らず会社にも地域社会にもありますよね?特に「同窓生」なんてのは、絆が強く仕事や社会生活で相互に融通を利かすなんてよく聞きます。タテマエは別にして最近の党中央委員会には、立命館大学出身者による「派閥」があります。頂点はかつて書記局長もやった市田忠義副委員長・参議院議員です。その下に穀田恵二常任幹部会委員・衆議院議員などが続き、書記局機構やこれらの議員の下につく秘書には立命館大学出身者が驚くほど大勢います。 穀田議員は、かつて「ラブラブメール事件」と呼ばれる不倫疑惑が週刊誌で騒がれましたね。大学後輩の党員を秘書に据えて個人的な上下関係をつくり、相手女性との密会場所の手配や送迎までさせていた話です。当該秘書だった方がこれを嫌がってクビになり、週刊誌で暴露されたのですが、穀田議員はなんら党内で咎められませんでした。立命館大学出身者の誰かが庇ったおかげかどうかは分かりませんが(笑)。 Q18 では東大閥は…  A18 歴代の党トップが東大卒だったため「東大閥がある」なんて言われたりしますが、中央委員会は立命館大学出身者に比べると東大卒は少ない上、だいたい、お互い同士が仲良くありません。ここ三代の東大出身のトップたちでは、宮本顕治氏と不破哲三氏の関係も、不破氏と志位和夫氏の関係にしても、私が見聞した限りではとうてい円満といえるものではなかったですね。東大卒だからといって互いに助け合うわけでもないし、何か得をしているようにも見えませんでした。とてもじゃないけど、「東大閥」なんてあるといえませんねえ(笑)。 Q19 査問って今もありますか  A19 査問はもともと軍法会議の用語で、事実調査のために被疑者に行う尋問のことですが、共産党では党規律を破った疑いのある者に行います。「共産党に査問はない」なんて言っていますが、私がこの用語を知ったのは共産党でです(笑)。査問は、突然呼び出されて虚をついたように始まります。自分自身がそうでしたし他の人の「査問」も見聞しましたが、他からの密告を根拠にして行われるのが常で、金銭問題、男女間の問題などが嫌疑のほとんどです。 規律違反(配偶者以外との浮気も入る)に対する調査は「事実に基づき慎重に」なんて規約にありますが、査問では「最初から結論ありき」。除籍とか、除名で党から放逐するための理由をこじつけることだけが目的なんですね。 数十年前は密室に長期間、閉じ込められたなんて話があります。戦前は「スパイ」嫌疑の査問で殺人まで起きました。今はそれほどでなくて、幸いですが。 Q20 共産党お抱えの興信所もあるそうですが… A20 査問の根拠を調べるため、党中央委員会は外部法人として作った興信所も使って身元調査をします。筆者の査問の時、査問を担当した幹部が誤ってこちらに興信所が作った資料を「突きつけて」くれてわかりました(笑)。後で自分に関する調査報告書に記された興信所名と住所を基に登記簿謄本でそこが党員経営の法人と確認し、査問する側を「党内問題(筆者の査問)を党外(外部法人)に持ち出したあんたたちは規約違反だ!」ととっちめました。結果、除籍されましたが、その後も何年かは、しばしば尾行されましたね。尾行する者にかつての同僚の姿もチラホラ見かけましたが(笑)。身内の党員の素行調査のために興信所を作り、尾行や調査を行うという共産国家の秘密警察ごっこをやる体質がなくならない限り、日本共産党が民主主義社会でのまともな政党とはいえないと思います。 ■篠原常一郎 昭和35年生まれ。立教大文学部卒。日本共産党で筆坂秀世氏の公設秘書などを務めるが、平成16年に党を除籍される。著書に『いますぐ読みたい日本共産党の謎』。

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    民進党代表、蓮舫さんでいいんですか?

    民進党は臨時党大会で蓮舫代表代行を新代表に選出した。選挙戦は盛り上がりに欠けたが、それでも唯一関心を集めたのが蓮舫氏の「二重国籍問題」だった。本人の発言は変遷し、党内外から選挙のやり直しを求める声が上がるなど、新体制の船出は早くも暗礁の気配が漂う。本当にこれで良かったのか。

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    「あなたは本当に日本人ですか?」蓮舫氏は代表選を辞退すべきだった

    山田順(ジャーナリスト) はっきり言って、蓮舫氏は現状ではアウトだ。今回の民進党代表選挙からは降りるべきだった。これは二重国籍でも手続きをすれば法的問題をクリアできるからという以前に、このことに対する認識が甘すぎたからだ。 それに、「日本人」であることには変わりないのだから、今後、チャンスはまだいくらでもあっただろう。 民主党は代表選挙をやり直すべきである。民進党代表決定の名前を呼ばれる直前にハンカチで目頭を押さえる蓮舫新代表=9月15日、東京都港区(納冨康撮影) 蓮舫氏は9月13日に開いた記者会見で、初めて台湾との二重国籍が継続中だったことを明らかにし、この問題で混乱を招いたことを謝罪した。これは、前日に台湾側から回答があったためと言うが、ではもし回答が遅れていたらどうしたのであろうか? 曖昧な状態のままで、代表戦を終えたのだろうか?  蓮舫氏は、9月6日の時点で、台湾側に国籍離脱の確認をするとともに、国籍を放棄する書類を提出したことを明らかにした。ただ、その手続きがいつ完了するのかには触れなかった。とすると、その間、彼女は国会議員として二重国籍者のままでいることになるが、この点はどうするのだろうか? それにしてもなぜ、蓮舫氏は、この問題を評論家の八幡和郎氏に指摘されたとき、ご自身の記憶だけで答えたのだろう。   蓮舫氏は「17歳だった1985年に大使館にあたる亜東関係協会(現・駐日経済文化代表処)に父親とともに出向いて台湾国籍を放棄する手続きを取った」という主旨のことを述べた。そして、「私は日本人です」と強調した。このことからして、そもそもおかしい。なぜなら、この時点では誰も彼女が日本人であるかどうかなど問題にしていなかったからだ。すでに日本国籍を収得しているのだから、日本人であることは明白だ。 蓮舫氏が問われていたのは、どの時点で台湾の国籍を放棄したのかということだけだった。 したがって彼女がすべきことは、勘違いもあるとして、二度手間になろうともこの時点で台湾側に国籍離脱の申請をすることだった。 なにしろ、蓮舫氏は「台湾語がわからなかったので―」とも言っている。それなら、なおさら早急にそうすべきだったと思う。それがなぜ、ここまで遅れたのか? つまり、これは二重国籍問題というより、この問題の背後にある人間としてのアイデンティティの問題であり、政治家としての認識が甘いという問題だ。 ここからは一般論だが、二重国籍者というのは、このグローバル時代、世界中にいくらでもいる。日本でも、どんどん増加している。しかも、世界の多くの国、たとえばアメリカ、イギリス、フランスからロシアやブラジルなどの国まで「多重国籍」を認めている。だから、多くの二重国籍者が国籍をそのままの状態にしている。なぜなら、そのほうがメリットが大きいからだ。 じつは、私の周囲にはそういう人間がいっぱいいる。知人の子供はアメリカで生まれたため自動的にアメリカ国籍を与えられ、大人になったいまもアメリカと日本のパスポートの両方を持って日米を行き来している。台湾パスポート、英国パスポートを持っている人間もいる。 日本で国籍法が改正されたのは1984年で、それからは22歳になった時点で国籍を選ぶこととなったが、これは申告制だ。また、罰則もないので、わざわざ申告する人間はいない。さらに、たとえ日本国籍を選んだとしても、放棄する国の国籍に関しては、日本の当局はなにも関知しない。糾弾の根底にある醜い「嫉妬」 日本の当局が「この人はあなたの国の国籍を放棄しました」と相手国に通告する義務はない。手続きは、あくまで本人の問題だ。 ただし、これまで明らかになった蓮舫氏のインタビュー記事などを読むと、蓮舫氏は台湾国籍を放棄したくなかったようだ。平成4年6月25日付朝日新聞夕刊の記事には、《父が台湾人、母が日本人。十九歳のとき、兄弟の就職もあって日本に帰化した。東京で生まれ育った身にとって暮らしに変化がなかったけれど、「赤いパスポートになるのがいやで、寂しかった」 》とある。 つまり、彼女は記憶が曖昧なのではなく、台湾国籍を放棄したくなかったのだ。だから、“記憶上”で放棄しただけで、ずっと台湾のパスポートを持ち続けたはずだ。蓮舫氏は手続きを父親任せにしたと言った。とすれば、なおさら父親が自分の娘の台湾国籍を放棄させるはずがない。私は台湾出身の日本国籍収得者を何人も知っているが、台湾国籍を自ら放棄したなどという話を聞いたことがない。 ましてアメリカとの二重国籍者で、なんらかの事情がなく、自らアメリカ国籍を放棄したなどという人間には会ったことがない。 日本人のほとんどが日本人の両親から生まれ、自動的に日本国籍者となっているから、二重国籍者の心理など知らない。また、それがどういうメリットとデメリットがあるかなど考えたこともないだろう。 だから、蓮舫氏の問題が発覚したとき、多くの人間が“彼女はホンモノの日本人ではない”ということで感情的に反発した。とくにネット民の反応と、その糾弾ぶりはすさまじかった。 しかし、彼らの根底にあるのは、蓮舫氏のような外国人とのハーフ、二つのアイデンティティーを持つ人間に対する嫉妬である。この嫉妬心は非常に醜い。 二重国籍者というのは、意図してそうなったとしても、そうでなかったとしても、自己のアイデンティティーには悩むものだ。ましてハーフとなれば、両親の祖国のどちらに自分を位置づければいいのか、文化、伝統、言語など、すべての面で悩む。したがって、どちらかを選ぶということは、その国を選択して、その国の人間になるということだから、かなりの決断が要求される。 とすれば、蓮舫氏の場合、彼女を糾弾する「自分こそはホンモノの日本人」と信じているネット民より、はるかに愛国心があり、この国のために尽くす可能性がある。 したがって、どんなに遅くとも、政治家となり公人となろうとした時点で、台湾国籍を放棄すべきだった。「日本人とはなにか?」という根本を問いかけた蓮舫氏の問題 国籍問題に関して大論争になったのが、オバマ大統領である。アメリカは国籍に関しては出生地法を採用していて、アメリカ国内で生まれた子供はすべてアメリカ国籍が与えられる。しかし、オバマ大統領は父親がケニア人だったから、アフリカ生まれだろうと疑われ、「出生証明書を出せ」と糾弾された。そのため、オバマ大統領は2008年に出生証明書のショートフォームを出し、2011年にはロングフォームをホワイトハウスのHPにアップした。  だから、蓮舫氏も国籍離脱証明書を入手したらすぐにアップしてほしい。民進党の新代表を選出する臨時党大会で演説後、自席に戻る蓮舫代表代行=15日午後、東京都内のホテル 日本はアメリカと違い、血統主義を採用しているので、オバマ大統領のような出生地問題は起こらない。出生場所に関係なく、両親のどちらかが日本人ならば日本国籍となるからだ。したがって、蓮舫氏の問題を考えると、国籍そのものの問題というより、国家の重要な地位に就く人間を、国籍などを含めどのように規定するかということのほうに重点を置かねばならない。 アメリカの憲法は、大統領の資格を、「生まれながらのアメリカ市民権保持者(アメリカ国籍)」、「年齢が35歳以上」「アメリカに14年以上在住していること」と規定している。このことから言えば、日本はまず二重国籍者が国会議員になることを明確に禁止すべきだ。外国籍離脱を明確に規定しなければならない。日本の総理大臣は国会議員でなければないのだから、これは当然だ。それから各大臣もそうすべきだろう。 さらに、日本国籍保持者でも「日本に15年間は居住していなければならない」という規定もつくるべきだ。2007年、ペルーと日本の二重国籍を持ったアルベルト・フジモリ元ペルー大統領が参院選に国民新党から立候補したが、こんなことはあってはならない。 現行法では、日本国籍を有しない外国人の選挙権・被選挙権は認められていない。ところが、現在、外国人居住者に参政権を与えようという動きが拡大している。旧民主党や共産党などが政策として推し進めてきたわけだが、彼らはどうかしていないだろうか? アメリカでは「永住権」(グリーンカード)を持っていても選挙権も被選挙権も与えられない。「市民権」を得ないかぎり、それらは得られない。 しかも、市民権を獲得するには、厳しい審査がある。この審査では、アメリカ合衆国憲法へ忠誠を示し、以前保持していたすべての外国への忠誠を放棄することを誓わねばならない。また、国家の大事には、法律が定めた市民としての義務を果たす約束もする。 というわけで、今回の蓮舫氏の問題は「日本人とは何か?」という根本問題を問いかけている。当然だが、日本の政治は「日本人により日本のために」行われなければならない。あなたは、ご自身を本当に日本人だと思いますか? それをどうやって証明できますか?

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    圧勝で始まる蓮舫民進党 反転攻勢が「政権選択政党」につながるか

    」ならむしろ「小池新党」に期待が集まる』、『蓮舫・前原・玉木3候補が出揃った。民進党は2020の政権政党創造を目指せ!』などと、この民進党代表選挙について書いてきたが、蓮舫氏が代表になることへの期待は、間違いなく「選挙への強さ」であった。 その「反転攻勢」の第1手は、10月11日告示となる衆議院補欠選挙だった。小池知事の転身による東京10区と、鳩山邦夫元総務大臣の死去に伴う福岡6区だが、次期参院選は2019年、衆院の任期も2018年という中で、自民党を2敗に追い込める可能性のある野党にとっては絶好のチャンスだった。民進党代表選挙候補者による共同記者会見で、前原誠司元外相(右)の答弁を聞く蓮舫代表代行(中央)。左は玉木雄一郎国対副委員長=9月2日、民進党本部(斎藤良雄撮影) 自民党にとっては、東京10区では小池新党が噂される中で、知事選で造反した若狭勝衆議院議員の対応という微妙な問題を抱え、福岡6区では既に自民党県連が公認申請している候補と鳩山邦夫氏の次男である鳩山二郎前大川市長の分裂選挙が確定的であり、非常にやりづらい選挙になっているからだ。10月までに小池新党が結成されて若狭氏が離党して出馬となれば政局は荒れるが、それでも蓮舫氏が衆院10区に鞍替え出馬すれば圧勝の可能性があった。 たかが補選ではあるが、政局にとっては選挙の影響は大きく、こうした「反転攻勢」は、民進党に大きく風を吹かせ、この勢いのまま成果の出ない経済政策に対して対案を示し、解散に追い込み総選挙ということにでもなれば、政局は一変する可能性もあった。 しかし蓮舫氏は9月4日時点で既にこの補欠選挙での東京10区への鞍替えは否定している。ではどういった「反転攻勢」を考えているのだろうか。 一方で衆院への鞍替えについては前向きの発言が続く。噂されるのは自宅のある東京5区(目黒区など)や隣の6区(世田谷区)、海江田さんの東京1区(千代田、港、新宿区)菅さんの東京18区(武蔵野市など)なども噂されている。こうした選挙区で古い民進党との決別を発信しながら「反転攻勢」という戦略なのかもしれないが、それほどうまくいくだろうか。今回の「二重国籍問題」を受け、仮に12月にもとも噂される解散総選挙が実施されたとしても、当初のイメージ通りに事が進まなくなってきている印象を受ける。 蓮舫氏を代表にという追い風になったのは間違いなく「選挙に強い」というそのイメージだ。仮にその選挙で結果が出せないということになってくると、その状況は一変する可能性がある。野党第1党の代表は「守り」も求められる野党第1党の代表は「守り」も求められる こうした中、野党第1党とはいえ代表にもなれば「攻め」だけでなく「守り」も求められることになる。その第1弾は、今月末にも召集される臨時国会にも日本維新の会が提出すると言っている、国会議員や国家公務員らが日本以外の国籍を持つ「二重国籍」を禁じる法案への対応だろう。 蓮舫氏としては、台湾籍の離脱手続きを進め、早期幕引きを図りたいところだろうが、法案が出れば象徴としてこの問題が取り扱わられることは間違いない。代表選における蓮舫氏の説明を聞いていても二転三転することも多く、本質的な回答を行っていない印象を受けることが多かった。国会での議論の中でもこうしたことになると、民進党への支持を上げるどころか、国民の印象を悪くしていく可能性もある。そのためにも、「攻め」と同時に「守り」をどう乗り切るかも重要になってくる。 今回の代表選挙においても、民進党執行部は、代表選挙のやり直しや、蓮舫氏への代表選挙辞退への働きかけなどを行う選択肢もあった。こうした中で特に大きな動きを取らなかったことは、この問題はそれほど大きな問題ではないという判断の中での対応なのだろうが、逆に国民や社会が大きな問題だと捉えることになった場合には、蓮舫氏個人の問題だけに止まらず、民進党全体の対応に対する問題に波及する可能性もある。歴代代表は「年金未納疑惑」や「堀江メール問題」でも辞任 先日のコラム『蓮舫・前原・玉木3候補が出揃った。民進党は2020の政権政党創造を目指せ!』でも書いたように、民主党時代、代表経験者はわずか7人しかいない。鳩山由紀夫氏、菅直人氏、小沢一郎氏、岡田克也氏、海江田万里氏、野田佳彦氏、前原誠司氏であるが、その全員が任期満了以外の代表辞任を経験している。図表: 民主党代表の辞任理由一覧 選挙結果によって代表辞任したのが3名、記憶に新しいのは2014年12月の総選挙で自らの議席を失ったため海江田代表が辞任、2012年12月には総選挙に敗北し政権から転落した責任を取って野田代表が辞任、2005年9月には郵政解散による総選挙で大敗し岡田代表が辞任している。 もう一つが政治と金による辞任で2名、2009年5月に自身の献金問題のけじめを取り次期選挙に向けて挙党態勢をとるためとして小沢代表が辞任、それを引き継いだ鳩山代表も自身の政治と金の問題で辞職した。 今回注目したいのは、それ以外の代表辞任理由だ。鳩山由紀夫氏、菅直人氏は2度も代表辞任に追い込まれているわけだが、振り返って冷静に見ると、本当に辞任しなければならなかったのだろうかと思う部分もある。政局とは、そんな問題で追い込まれていくということだ。 中でも民主党代表辞任の代表的な事例として取り上げられることも多いのが、「年金未納問題」と「偽メール問題」だ。 前者は、2004年の国会期間中に、当初3人の国務大臣の年金未納が発覚、「ふざけてますよね。“未納三兄弟”っていうんですよ」と年金未納問題批判を行っていた民主党代表だった菅直人氏自身にも未加入が発覚し、辞任に追い込まれた。当時の小泉内閣の首相を除く閣僚17人のうち7人にも未納・未加入の事実が指摘され、福田康夫 内閣官房長官も辞任に追い込まれ、最終的には110人を超える議員に未納期間があったことが明らかになった。 この菅氏の年金未納問題、菅氏は当初から行政側のミスであると何度も主張したが、行政側がその都度強く否定し、マスコミ報道等による世論により辞任に追い込まれたのだが、実際には、辞任後になって社会保険庁側が間違いを認め、国民年金脱退手続きを取り消したこと、同期間に国民年金の加入者であったことを証明する書面が送付されており、菅氏が主張したとおり国民年金の資格喪失は「行政上のミス」によるものであったことが明らかになっている。言い換えれば「濡れ衣辞任」といったところだろうか。 もう一つの「偽メール問題」は、2006年の第164回通常国会において、当時の民主党衆院議員がライブドア事件および堀江貴文氏にまつわる質問を行った際に、証拠とされた電子メールが捏造であったことが発覚し、質問した議員は辞職。代表となったばかりの前原誠司代表含め民主党執行部は総退陣に追い込まれたというものだ。 結果的に代表辞任にまで追い込まれるきっかけになったのは、前原誠司代表が党首討論を前に「期待しておいてください」と新たな証拠を提示し疑惑解明に期待感を持たせる発言であり、この発言から執行部まで関与したとして責任問題にまで波及した。いずれの問題も今考えれば、「こんなことで!?」である。 「二重国籍問題」がこうした規模の問題になることは大いにある。「政権選択政党」となるべき民進党の役員人事とは「政権選択政党」となるべき民進党の役員人事とは これまでのコラムでも再三再四言ってきたことではあるが、今回の代表選は、たかが野党第1党の代表選挙ではなく、多くの国民の将来にとっても重要な選挙であると認識している。大袈裟かもしれないが、この選挙の結果如何によって、その後の日本の政治が大きく変わるのではないかと思うのだ。繰り返しになるので、敢えて詳しくは書かないが、どうすれば「政権選択政党」になれるのかを真剣に考えてもらいたい。図表: 政権選択政党のポジションイメージ 代表選挙が終われば、次の争点は役員人事になる。今回の代表選挙で蓮舫氏を応援した人たちへの論功行賞になってはいけない。 蓮舫氏の推進人を見ると、野田グループと言われる「花斉会」、横路グループや赤松グループと言われる旧社会党系の「新政局懇談会」、川端グループ・高木グループと言われる旧民社系の「民社協会」、代表選の当初は割れていたものの一本化した細野グループと言われる「自誓会」、旧維新の党は完全に分裂選挙になっており、そのうちの「旧結いの党」議員などが名前を連ねていることが分かる。 こうした支持団体がどれだけ今後の民進党運営の中で幅を利かせていくことになるのか、こうした中で誰がどのポジションに着くのかといったところについても、国民のみなさまにしっかりとチェックしていってもらいたいと思う。民主党時代からありがちの選挙が終わったら対立候補も要職に取り入れるということも含め、注目してもらいたい。データに基づく蓮舫・前原・玉木3氏の評価 図表: 民進党代表選立候補者3名の国会活動データと政治資金データ 最後に、そうは言っても国会議員の投票日はまだ明日である。準備しながら盛り上がらない代表選挙の中で、すっかり出しそびれた感があるが、3候補者の国会での活動データと、政治資金データについても紹介したい。 前者は、国会議員の活動データを集積する会で集積し、NPO法人万年野党が評価した第183国会から第189国会までのデータであり、こうした活動データで見ると、知名度では劣る玉木氏の国会での活躍がめざましいことが見えたりもする。 野党にたいして期待するのは、1つには国会での質問での問題の本質を明らかにすることと、修正していくことであり、さらに野党第1党としては、今後さらに代案を示し、法案を提出していく立法能力である。 これまでもデータを見て共有してもらいながら、一方で、有権者や国民も民進党がそういう政党になろうとしているのかどうかを厳しい目で見ていく必要がある。是非、こうした点にも注目してもらいたい。 後段の政治資金のデータは、政治資金透明化プロジェクト( http://pft-project.jp )によって公開されているもので、日大の岩井奉信教授や毎日新聞の与良正男さんらとともに高橋亮平もプロジェクト呼びかけ人に名前も連ねさせてもらった。こうしデータは、有権者の皆さんもラポールジャパン( https://rapportjapan.info )のサイトから公表されている2014年の国会議員関係政治団体における政治資金情報を見ることができる。 今回の民進党代表選挙もそうだが、今後の選挙や日頃の国会議員の活動についても是非、こうしたデータについても見てみる習慣がついてくると、国会議員を見る目も変わってくるのではないかと思う。(公式ブログ「世の中を変えるブログ!」より2016年9月14日分を転載)

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    トンチンカンで無知な蓮舫氏、代表選で浮かんだ民進党の迷走ぶり

     室伏謙一(政策コンサルタント) 民進党代表選、9月2日の告示を受けて、本格的な選挙戦が始まった。もっとも始まったと言っても、野党の代表選、自業自得というべきか国民の関心はそれほど高くないようだ。今回の代表選、推薦人20名を集めて立候補できたのは、告示前から立候補表明をしていた蓮舫参議院議員、前原誠司衆議院議員に加え、玉木雄一郎衆議院議員の3名。いずれも党の刷新を掲げている。 もっとも、党の刷新といってもその対象は旧民主党。前原氏は旧民主の負のイメージがあるとし、国民にお詫びしますと繰り返しているが、それは旧民主の話であって旧維新とは無関係であるのだから、新しくなった民進党で旧民主の迷走についてお詫びとは、お門違いも甚だしい。その身勝手さと勘違いが旧民主の信頼失墜の一因でもあろうところ、屋上屋を重ねるというか、地下室の下に更に地下室を作るがごとき言動には呆れ返る。 玉木氏も過去の民主党との戦いを訴えているが、過去の民主党とは旧維新も各議員が旧党時代(みんなの党→結いの党、日本維新の会)に過去の民主党と戦ってきているので、なるほど上手いことを言うものだ。 それよりウワテなのが蓮舫氏で、埋没への危機感、民主・維新が合流したといっても規模が小さいことへの懸念を示し、そして野党第一党に甘んじていていいのかと投げかける。旧民主ではなく新しい民進党として変革していこうという雰囲気を醸し出すようなところは蓮舫氏の真骨頂、さすがといったところか。蓮舫氏=9月5日午後、東京・永田町の民進党本部(斎藤良雄撮影) そうした姿勢や政策をメルクマールにして、党内各グループは候補者への支持を表明している。23人という党内最大の議員の旧維新グループ、その動向が注目されたが、江田憲司衆議院議員と松野頼久衆議院議員を除く21名を3分割して3候補の支持に回った。党内融和を優先しての判断ということらしいが、代表選挙は必ずしも党内分裂の火種になるわけではないし、こういう時こそ旧維新が埋没しないことを考え、江田氏でも松野氏でもどちらでもいいが旗を立てるというのが常套手段であろうし、そもそも誰を支持するかは政策が云々と曰っていたはず。 なんともお粗末な行動。これで旧維新グループは終わったと思われても仕方あるまい。(旧維新系の地方議員達は、これまで散々国会議員の迷走、付和雷同、やりたい放題に振り回されてきた。そして今回またしても振り回された旧維新系の地方議員の落胆、憤慨は幾ばくか。) さて、これら3候補の主張、憲法改正や安全保障に着目して見ていくと、ある傾向が見えてくる。 まず前原氏、憲法改正はしっかりやるべきとし、制約なき集団的自衛権の行使をさせないために第9条に第3項を加えるとしている。これは集団的自衛権の容認を前提とした発言であり、党として反対してきた集団的自衛権の行使を事実上認めると言っているのと同じである。第3項を加えるというが、何を加えようというのか。第1項及び第2項を有名無実化するための内容にでもしようというのか。その内容いかんによっては、自民党草案をも飛び越える可能性さえあるのではないか?あきれ返るほど無知で頓珍漢な蓮舫氏 蓮舫氏は憲法審査会を止めているのは自民党であるとした上で、改正について審査会で堂々と議論すべきであるとし、地方自治に関して規定する第8章や婚姻や家族について既定する第24条を「今の時代に合わない規定」として改正を検討すべきとしている。その第8章、第92条から95条の4か条で構成されているが、地方自治に関する大枠のみ規定し、詳細な内容は法律で定めることとされている。第92条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。第93条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。  2  地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。第94条 地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。第95条 一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これ を制定することができない。 さて一体これらの条文のどこが「今の時代に合わない」と言うのか。地方議会の設置や首長・議員の選挙を止めろとでも主張したいのか。第24条についても同様で、この規定のどこが「今の時代に合わない」というのか。婚姻が両性の合意のみに基づいて成立することや夫婦が同等の権利を有することを止めろとでも言いたいのか。第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。  2  配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。 蓮舫氏の無知ぶりなのか頓珍漢ぶりなのか、どちらにせよ呆れ返るのを通り越して恐れ入る。 一方で、憲法の平和主義については守るべきとしているが、第9条の扱いについては言及がない。それもそのはず、蓮舫氏は平和安全法制については「いいものと悪いものとがある玉石混交」であるとし、「戦争法案」という言い方はミスリードであったとまで言い切っている。この発言も集団的自衛権の行使を、条件付きで容認すると言っているのと同じである。国会正門前で「戦争法案反対!」と叫ぶデモ隊の中に入り、デモ参加者と一緒に気勢を上げていたあの蓮舫氏が、である。軸なき変節漢以外浮かんでくる言葉がない。 つまり、ある傾向とは、民進党の右傾化であり、場合によっては自民党を飛び越えて更に右側に行く可能性があるのではないか。自民党には護憲派や良識派が厳然と存在し、たとい安倍政権が暴走したとしてもブレーキ役を果たすだろう。しかし現在の民進党は、前々回の民進党代表選に関する拙稿で指摘したとおり、ベクトルなき無党派層の集まりのようなものであり、前言をひっくり返すのがお得意な方が多いようであるから、どこへ飛んでいくか分からないのではないか。(領域警備法を含め、個別的自衛権での対応という独自案を作成し、正々堂々と議論した旧維新グループ、ブレーキ役になりうる唯一の党内グループだったが、今回の代表選で前述のようなテイタラクを演じているようでは、その可能性は限りなく低いだろう。) なお、玉木氏については、憲法改正議論はしっかりやるとし、向こう1年を目処に民進党としての考え方をまとめたいとしているが、立憲主義を守ることや海外での武力行使は認めないことを明言しているのみならず、違憲立法の審査のための憲法裁判所の設置等を掲げており、他の2候補とは一線を画している。玉木氏であれば、右傾化といった批判を受けることなく、自民党の護憲派や良識派とはしっかり渡り合えるのではないか。もっとも、同氏が民進党代表に選出される可能性は低いと考えざるを得ないが。 

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    「蓮舫たたき」は揚げ足取り? 品のないヤジは自民党にダメージ

    のだと信じている。それは今回の民進党の代表選も同じだ。民進党をどう導くのか。民進党が何をやってくれる政党なのか?もう、レベルの低い「反・自民」とか本当に辞めてほしいのだ。文句言ってても日本なんて前に進まないだろう。 子供にお金を注ぎたい!分かる。その方向性は間違っていないはずだ。が、民進党は昔、子ども手当を出そうとした。しかし、無駄の削減だ、何だと偉そうなことを言いながら、出来なかった。なぜ出来なかったのか?その総括もしないで、看板だけ架け替えた。総括もなく、本当に蓮舫氏が代表になって何か出来るのかどうか…。そもそも、事業仕分けで何も出来なかったのが蓮舫氏その人ではないか。代表になったら何か出来るのだろうか。 「自称・自民応援団」のネット上の下品な連中があれだけ必死になって叩いてイチャモンをつけていたのだ。まぁ想像するに、自民党内部としては「民進党の新代表:蓮舫氏」に多少は警戒をしているってことだろう。そりゃあそうだ。前原氏であれば、一捻りできるだろうし。岡田・枝野コンビを自民党が陰ながら大声援を怒っていたのと同じ現象か。 政治に緊張感が必要なことは一人の国民として痛感している。今のままじゃダメだ。小池百合子氏が、ここまで、驚くほどの政治手腕を見せている。このまま頑張ってほしい。反小池軍団だった我々も(笑)認めざるを得ない活躍となりつつある。蓮舫氏も「女性リーダーブーム」に乗ってぜひ頑張ってほしい。台湾との二重国籍は不注意だった。しかし、しっかりとこの問題に対処して、民進党も素晴らしい野党第一党に成長させてほしい。(長谷川豊公式ブログ 2016年9月15日分を転載)

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    誰のための政治なのか 桜井誠が自民党に突きつけたもの

    著者 KeroChan(東京都) 7月31日に投開票が行われた東京都知事選挙は、小池百合子氏が291万票を獲得し、大勝した。この選挙では過去最多の21人が出馬し、候補者選びの過程や選挙戦において、混乱やハプニングが相次いだ。私にとっても印象に残る選挙だった。 この選挙では、行動する保守運動代表の桜井誠氏が出馬し、11万票を獲得した。桜井氏は今回の出馬にあたって、外国人生活保護の廃止や反日ヘイトスピーチ禁止条例の制定などを盛り込んだ「日本を取り戻す七つの約束」を公約に掲げた。 都内各地で行われた街頭演説では、各会場によって異なるテーマで演説を行い、多くの都民が耳を傾けていた。また、主要三候補ばかりを取り上げるマスメディアの姿勢を批判したり、妨害に対して徹底的に応戦するなどこれまでの常識を覆すような選挙運動が展開されたことにも注目が集まった。東京都知事選、街宣車の上で演説する桜井誠氏=7月23日、東京都新宿区 こうした桜井氏の11万票を支えたのは、祖国を守りたいと願う保守層である。こうした層は本来、自民党に一票を投じてきた。現在の安倍政権もこうした人々の支持によって支えられている。 しかし、現在の自民党の動向を見た際に、「本当に我が国のための政治を行っているのか?」と疑いたくなることがある。今回の都知事選で自民党が推薦した増田寛也氏は、岩手県知事時代に永住外国人への地方参政権の付与に賛成する発言をしている。国政においても、日韓合意や外国人労働者の受け入れ拡大、ヘイトスピーチ規制法の制定など、我が国にとって、不利な政策が立案・実行されている。こうした中で、外国人の利益ではなく、国民の利益を優先させるべきだという都民の怒りの声が、桜井氏への11万票につながったのではないか。 こうした意見を「ヘイトスピーチ」や「時代遅れ」などとレッテルを貼って、無視するのは簡単だ。しかし、こうした従来の対処の仕方では何の解決にもつながらない。そのことは、現在のEUの混乱やアメリカ大統領選挙でトランプ氏とサンダース氏が躍進したことからも明らかだ。レッテル貼りと数の力で抑えこんだとしても、怒りの声はますます高まるだけだ。自民党はこの11万票を直視し、国民の利益につながる政治や経済運営を本当できているのかを真剣に見つめ直すべきである。安定勢力を確保しているからといって、コアな支持層の影響力を過小評価してはならない。 桜井氏は産経新聞とのインタビューの中で、来年の都議選に10~20人程度の候補者を出馬させる計画を表明した。おそらく今回の「七つの約束」を基にした公約を掲げると思われるが、その他の政策の決定、人材の育成や資金の確保など乗り越えなければならない課題は多い。こうした高い壁をどのように乗り越えるのかについてもぜひ注目したい。

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    共産党との決裂も覚悟せよ! 民進党に欠かせない新しい「共闘」相手

    は、安全保障問題では何を維持し、何を変えれば、自民党とは違うというだけでなく、安心して命を預けられる政党として、国民に選ばれるようになるのか、そこをよく考える必要がある。 そのカギは、普天間問題で変節したときの鳩山首相(当時)の言明にあると思う。多くの方の記憶にあると思うが、鳩山氏は、「抑止力の観点から海外は難しいという思いになった」「学べば学ぶほど抑止力(が必要)との思いに至った」と、「抑止力」を県外移設ができない理由として語ったのである。鳩山由紀夫元首相(共同) アメリカの抑止力に頼るということが、日本においては、安全保障の常識のように捉えられてきた。しかも、何が抑止力で、米軍をどう配置すれば抑止力として機能するかは、すべてアメリカが決めることになっているので、日本防衛の中心問題なのに日本には口出しができないのが現状である。鳩山氏の変節は、抑止力に頼る構造をそのまま是とする限り、日米関係を変えることはできないことを示している。 ところで、抑止力依存は証明不要の公理のようになっているが、そもそも抑止力とは何なのかが大事だ。民主党の菅政権の時、抑止力の定義が閣議決定されたが、そこでは「侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることにより、侵略を思いとどまらせるという機能を果たすもの」(2010年6月8日)とされている。「耐え難い損害」を与えるというのは核兵器を使用することを意味する。しかも、核抑止という考え方は、アイゼンハワー政権時の「大量報復戦略」とともに確立したことで分かるように(トルーマン政権の「封じ込め戦略」に替わり)、ただ核兵器を使用するというだけでなく、相手を全滅させるような軍事態勢をとることを意味している。実際、冷戦時は、ソ連や中国に存在する数千の標的に対して、瞬時に核兵器を投下することが想定されていた。 抑止力に頼るということは、もともとはそういう考え方なのである。それを冷戦が終わって20年以上が経ってもそのまま受け継ぐのか。民進党が考えるべき問題はこれである。旧来型の抑止が通用しない時代旧来型の抑止が通用しない時代 「敵」がソ連の時代には、抑止という考え方もあり得ただろう。何といっても、ソ連は世界を共産主義にすることを理念としていたわけで、西側諸国にとって政治的、経済的、イデオロギー的に相容れない相手だった。共産主義に魅力を感じる人も世界中にいたから、よけいに警戒感も強まった。なくなってほしい相手だったといえる。だから、軍事面でもそれにふさわしい壊滅の態勢をとるということは、西側諸国の政治支配層にとって自然だったわけだ。当時、野党が政権をとっても安全保障政策の基本は維持すべきだと主張する人は多かったが、西側の価値観の枠内に立つ限り、それも当然のことだったと思われる。 いまわれわれが相手にしている中国は、当時のソ連と同様、政治的、イデオロギー的に重大な問題を抱えている。しかし、なくなってほしい相手とまではいえないことは、アメリカやイギリスが(日本もだが)経済的に切っても切れない関係になっていることでも明白だ。中国に魅力を感じる人など世界にはいないだろうから、影響力の広がりを警戒する必要もない。 また、現代の安全保障上の最大問題であるテロのことを考えると、旧来型の抑止が効かないことは多言を要しない。オバマ大統領の「核兵器のない世界」構想の一つのきっかけとなったのは、キッシンジャーやシュルツなど安全保障関係者が、テロに対して抑止力は無効だと説いたことである。オバマ政権が公表した「核態勢の見直し」(2010年4月)では、抑止の重要な要素である核の先制使用(相手が通常兵器で攻撃してきても核を使用する)を見直すことを将来の課題としている。 そういう時代に、60年も前にできた抑止力という古い考え方に、ただただしがみつく自民党と同じでいいのか。戦後の日本は、最終的にはアメリカの抑止力に頼るという政策をとったので、日本自身の防衛政略は持たないできたが、そのままでいいのか。「専守防衛」という言葉は生まれたが、それとて全世界的な米ソ戦争の一部として、ソ連軍を日本周辺で叩くというものであって、言葉だけのものであった。一方の護憲派は、防衛政策を持たないことを誇りとしていた。 それらの結果として日本では、日本らしい防衛戦略は誰からも生み出されなかった。民進党にとって必要なのは、時代にふさわしい安全保障の哲学を確立した上で、それをアメリカに提示して堂々と議論し、ともに戦略をつくりあげるというような気概ではないだろうか。日本の地位は新しい安全保障の哲学にふさわしい日本の地位は新しい安全保障の哲学にふさわしい  抑止力という枠内でも、いろいろなバリエーションが可能である。日本はこれまで、アメリカの抑止力に依存していても、どんな時点でどのように核兵器を使うのかについて、まったく関与できないでいる。しかし、NATOでは、核兵器をどう運用するかを加盟国すべてが協議するための常設の機構があるのであって、その程度のことはアメリカに要求すべきだろう。 あるいは、同じ抑止力という言葉は使われていても、かなり実態が異なる安全保障論も生まれている。これまでのように相手の全滅を前提とした旧来型の抑止を「報復的抑止」と位置づけ、相手の侵略の程度に見合った反撃を覚悟させる新型抑止を「拒否的抑止」とする考え方もある。後者ならば、国際法上の自衛の三要件と接点が生まれ、これまでは建前にすぎなかった「専守防衛」が、本物になっていく可能性がある。それは、キッシンジャーらが提唱する核兵器に依存しない安全保障構想とも、どこかでつながっていくはずだ。韓国・浦項で行われた米韓合同軍事演習(AP) そういう新しい安全保障政策を確立する上で、日本は絶好のポジションにいる。日本は、アメリカの抑止力に口を差し挟めないようでいて、実は大きな影響を与えてきた。1960年代、当時の技術水準では、ソ連極東部や中国を瞬時に叩くには、日本本土への核配備が不可欠だったし、米軍は何度もそれを画策したが、日本国民のきびしい反核世論のなかで、実現することはなかったのである(だから「持ち込み」だけに限定された)。 このように抑止力は、冷戦時代にあっても、それを乗り越える哲学に直面する場合、「不磨の大典」ではなかったのである。自民党政権にとっては、日本国民の反核世論は安全保障のための邪魔者だったわけだが、それを新しい安全保障政策を確立するための哲学として活用すべきなのだ。民進党と共産党の「野合」はなぜ大事なのか民進党と共産党の「野合」はなぜ大事なのか 民進党がそこまでたどり着くには、新しい出会いが求められる。旧来型抑止力に浸りきった政党だけを共闘相手にしているようでは、新しいものは生み出されない。民進党には新しい相手との出会いが求められるのであって、日本共産党との「野合」はその一歩になる可能性があるのではないだろうか。 いうまでもなく共産党は、憲法制定議会において、吉田首相に対して自衛権の必要性を説いた政党である。60年代から80年代にかけて、社会党の「非武装中立」に対抗し、「中立自衛」政策を掲げていた。日本防衛のための自衛組織が必要だと考え、そのためには憲法9条の改正まで展望するというのが、この政策の核心であった。自衛力がないほうが平和になるというお花畑的な左翼ではない。出自はしっかりしているのだ。 現在の共産党は、9条は変えないという立場になり、日米安保の解消、自衛隊の段階的解消を綱領でうたっている。しかし、自衛力が不要になるまでにはかなりの時間がかかることも、よく理解している。だから昨年、国民連合政府を提唱した直後に、日本の自衛のためには日米安保も自衛隊も使うべきだという態度を打ち出したわけだ。共産党の出自を考えると、この対応は突然のものではなかったし、不思議でも何でもない。 とはいえ、自衛隊を解消するという方針を長く堅持してきたため、共産党のなかには自衛隊を否定的に捉える人々も少なくない。憲法に違反するという程度の認識にとどまらず、自衛隊を日本の平和と国民の命の対立物であるかのように考える人々である。そういう現状が、参議院選挙最中の藤野政策委員長の「人殺し予算」という許しがたい発言を生み出したりするわけだ。共産党は藤野氏を事実上更迭し、「国民の命を守る自衛隊」という立場を打ちだすなどしているが、内部での議論は開始されたばかりの状態である。 したがって、民進党と共産党が安全保障政策を議論するとして、その行方がスムーズなものでないことは確かだろう。決裂も覚悟した激しい議論が必要だ。支持を訴える(左から)社民党の又市幹事長、共産党の志位委員長、民進党の岡田代表=7月6日、長野市 しかし、日本の新しい防衛政策は、自民党に対抗して政権を狙う気を抱く(はずの)民進党と、これまで自民党の防衛政策を徹底的に批判してきた共産党と、その両党の葛藤のなかでだけ生まれる可能性がある。それができなければ、民進党は自民党と変わらない政党として、存在意義そのものが問われることになるだろう。

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    共産党に食われる民進党

    「自公vs民共」の構図がハッキリしていた今回の参院選。争点はアベノミクスや安全保障関連法、憲法改正などだが、野党は選挙戦を通じて攻めあぐねていた。批判だけで対案がなければ、浮動票も流れない。果たして、野党共闘は吉と出たか、凶と出たか。

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    民共共闘で民進党は消滅する!

    ちも10%台の低調さである。『日経新聞』が5月2日付で報じた世論調査だと、「7月の参院選で投票したい政党」は自民が44%で3月調査から8ポイント上昇。民進党は2ポイント上昇したが15%にとどまった。 6年前、2010年の参院1人区は自民の21勝8敗、3年前は29勝2敗と自民党が圧勝しており、1人区の大勝は比例票に結び付いてくる。共産党の志位和夫委員長はこのままでは3年前、6年前と同じ自民優勢に終わる、ここで捨て身になって歯車を止めなければ永久に政権交代は困難になる、と判断したのだろう。街頭演説会に臨む(左から)生活の党と山本太郎となかまたちの玉城デニー幹事長、共産党の志位和夫委員長、民進党の岡田克也代表、社民党の又市征治幹事長=6月29日、松山市(松本学撮影) 志位氏は民進党の岡田克也代表に、選挙に向けて「国民連合政府」をつくって共闘すると申し入れた。岡田氏も当初は乗り気を見せたが、党に持ち帰ると強い反発を受けた。その最たる批判が、前原誠司元代表の「シロアリとは組めない」という激烈な言葉だった。 シロアリは建物の土台を食う。共産党と組むといずれ共産党に乗っ取られるという恐怖感は、旧民主党はもちろん、旧社会党ももっていたはずの共通の恐怖感だ。このため、共産党は選挙戦のほとんどすべてを独自で戦ってきた。 当選の見込みのない選挙区でも「共産党」の候補者を立てるから、1回の選挙で合計1億円の供託金を没収されるのが常だった。参院の1選挙区で2万~9万票を出し、その票を集めて比例で3から5議席を得るというのが共産党の戦略だった。 岡田代表が志位委員長の国民連合政府構想を断ると、志位氏があらためて打った手は「新安保法廃止」の1点だけの合意でいい、というものだった。連立政府をつくって「新安保法」を廃止してから、のちに政策を協議するなどという政府ができるわけがない。共産党がいうほど「新安保法」が悪いのか、という反発も民進党内から出てくるだろう。 共産党の投げかけた影響を見て、志位氏は「野党統一候補を黙って推す」という“無償援助”方式を打ち出した。仮に統一候補方式が成功すると、3年前の選挙で自民党が29勝した選挙区のうち、宮城県では42万票対51万票になって逆転する。栃木県でも37万票対40万票。山梨県でも14万票対23万票になる。山形、新潟、長野、三重も逆転の様相になる。たしかに足し算では逆転だが、「共産党が加わるならオレは反対側に入れる」という票も相当に出るだろう。このため共産党はいっさい表に顔を出さない、といっている。実際に前面に出て運動するのは共産党が操る学生団体シールズなど。この芝居はうまくいくのか。 自社対立の時代、共産党は社会党にしがみついていた。社会党が自民党の側に歩み寄るのを防ぐために、事あるごとに政策共闘を唱えた。時に共産党の了承なしに事を運べば、社会党が堕落したように見えたものだ。 その社会党は村山富市委員長時代に「社民党」と改名したが、衆院議員は最盛期の144議席から2議席に落ちた。今回、参院の改選は2人だが、ゼロに落ちる可能性がある。社会党は共産党に密着して左派を吸収された感がある。右派は自民党に叩き潰されて党は潰滅、残党は民主党に吸収された。政治がうまくいかない元凶は連立政権だ政治がうまくいかない元凶は連立政権だ平成28年度補正予算が成立し、挨拶回りで公明党の山口那津男代表(右)と握手する安倍晋三首相=5月17日(斎藤良雄撮影) いま起こっている政界の様相は、かつての自社対立が自公対民共と形を変えて再現されているようだ。本質は自公対民共の新型55年体制の再現と見てよい。 自民党は今回の参院選で3年前の51に6議席上積みして57議席を取れば、非改選組と合わせて122議席になる。自民にとっては参院で過半数を握ることになり、政策の心棒を公明に振り回されなくて済むようになる。 新安保法では、集団的自衛権の権利があるだけでなく「行使」もできるとした。自衛権に「独自」と「集団」があるのは国際常識。集団的自衛権があれば行使できるのは当然だ。国連憲章にも書いてある。アジアの現状を見れば1年前と現在では様変わりで、よくぞ新安保法を成立させておいたものだと思う。ところが1年前、与党の公明党は新安保法に徹底して背を向けた。防衛や財政、税制について、30議席の政党が300議席の大与党の鼻づらを引き回したのでは、国民が大政党を選んだ意味がない。自民党の悲願は「自民党はどうしてもやりたいことは単独でもできる」力を得ることだ。公明と組んでいるからといって憲法改正が前進するわけではないから、自民単独政権で十分だ。 公明党と連立しているばかりに、新安保関連法に含まれた集団的自衛権行使の三要件などはまったく不可解。不必要な制限を加えすぎた。 イタリアの政治は戦後一貫して連立政権を続けた結果、無責任政治に堕し、救い難い様相になっている。時に連立の組み合わせさえ決定できず、大統領が議員でもない30代の学者に内閣を丸投げしている始末だ。私は1960年代にローマに駐在して以来、イタリア政治をフォローしているが、政治がうまくいかない元凶は連立政権だと断言していい。失政に責任を取る政党がないのが問題なのである。 イタリアで冷戦終了まで政権を担当してきたのはキリスト教民主党、社会党、民社党、共和党などで、議席の51%を押さえていた。これは共産党を閣外に締め出すためで、共和党は3%程度の議席しかないのに「入閣の条件」として「共和党の首相を出すこと」と言い出し、結局、共和党首相が実現したことがある。3%の議席しかない党が言い出せることは高が知れているし、失敗しても閣内から共和党を追い出すわけにはいかない。51%のワクが壊れてしまうからだ。 われわれは自公政権を普通の現象として見ているが、連立にはつねに欠点、弱点があることを見逃さないほうがいい。 自公に対立して民進・共産の軸が浮上してきた。小選挙区制度は二大政党制を指向する制度だが、日本では約4割の議席に比例制が導入されたため、小政党が残ることになった。比例制を残したのは公明、共産をいきなりゼロにするわけにはいかないという政治配慮が働いたからだ。日本の小選挙区比例代表並立制も時に連立政権を余儀なくされるが、失敗作というつもりはまったくない。与野党の緩衝材としての機能を発揮することがあるからだ。 日本社会党がこの新選挙制度導入とともに消滅したのは、常時、社共共闘を続けてシロアリに食われてしまったからだというほかない。 60年代末、ローマで「社会主義インターナショナル」の大会があり、日本からは社会党と民社党が招聘された。大会が終わったあと議長(オーストリア人)が記者席に来て「日本人記者か」と念を押し、「日本では社会党が共産党と共闘しているそうだが、本当か」と尋ねる。「本当だ」と答えたところ「本国に帰って、社会党に共産党と組むことは社会主義インターの原則に反する。除名することになる、と伝えてくれ」というのだ。 前原氏のシロアリ論はまさに、国際常識だった。民進党はそのシロアリと結んで、旧社会党の轍を踏もうとしているように思える。社会主義インターが「共産党との共闘を禁じていた」真意を当時の日本人は知らなかった。各国の共産党は、ソ連(現ロシア)から国際共産主義(コミンテルン)の綱領とカネをもらってスタートした暗い歴史がある。“結社”から“政党”に変身したイタリア共産党“結社”から“政党”に変身したイタリア共産党 日本では、徳田球一氏がソ連から綱領とカネをもらってコミンテルン日本支部を設立した。要するにソ連の共産党の「日本支部」だったわけだ。のちに議長となる野坂参三氏は、ソ連に同志を密告したことが判明して日本共産党を除名された。共産党としてはソ連との関係がバレたから除名せざるをえなかったのだろう。 イタリアでは共産党はソ連から、民社党はアメリカからカネが注ぎ込まれているといわれていた。社会主義インターが共産党排除を鮮明にしていたのは、欧州では共産党はソ連のヒモ付きという常識が定着していたからだ。 イタリア政界の連立体制は50年ごろから冷戦が終わるまで続いた。この間、イタリア共産党は30~33%の議席を維持した。連立政権の目的は、第二党に躍進した共産党を絶対に政権に入れないとの一点にあった。イタリア共産党はソ連とは別の「独自の道」を強調したが、歴代代表はロシアに行って夏季休暇を過ごしていた。“ソ連との仲”を疑われるのは当然だった。 ところが89年にベルリンの壁が壊され、91年には米ソ冷戦が終結する。こういう事態を迎えると、共産党排除の連立を続ける意味がなくなる。連立政党は政権を共有しているあいだにラジオ局の分配から公社、公団の利権を分け合うことまでやりたい放題。腐敗は極に達していた。日本なら、金権腐敗の田中角栄政権が40年も続いた状況だった。ちなみに冷戦後、政界再編が行なわれるが、戦後を背負った光栄ある「キリスト教民主党」は雲散霧消してしまう。 イタリア共産党は冷戦の終焉を予感して、ベルリンの壁が壊されるころ「共産党」の看板を変えて「左翼民主党」と名を変える。これは共産党と名乗っているかぎりはソ連との暗い過去を清算できないからだ。何十年もお預けにされた政権に就きたい、と党全体が熱望したのだろう。党名変更とともに共産党の“原理”ともいわれた党首独裁もやめ、党首を党員投票で選ぶ革命的変革を行なった。続いて民主集中制という党独自の独裁方式をやめた。さらに政策は党員の多数決で決めることになった。一言でいうと“結社”から“政党”に変身したのである。 この点、日本共産党は政党を名乗っているが実態は「古い共産党」そのものだ。宮本顕治時代、日本共産党が“開かれた党”になるというので、立川公会堂の大会に取材に行ったことがある。あらゆる議案に対する賛否は最右端に座った代議員が署名簿を左端の席まで回して採決する。むき出しで回すのだから、「反対」と書いたら誰が書いたかひと目でわかる。これを民主集中制というが、世間の常識では“強要”とか“独裁”というのではないか。 イタリア共産党は共産党の原理を捨てて、結社から政党に踏み出し、天下を獲った。志位委員長が党名を変えない理由志位委員長が党名を変えない理由 イタリアは、それまで上下両院とも選挙は比例代表制で行なわれていた。この結果、小党でも議席を取るから政党数は50を超えていた。冷戦が終わってイタリアがすぐ着手したのが選挙制度の改正である。共産党に天下を獲られても困ることはない。政権の交代こそが政治を活性化させるという共通認識で、1993年に日本もイタリアも選挙制度改革に乗り出した。 両国が採ったのが小選挙区比例代表並立制。同じ時期に私は選挙制度審議会に参画していて、イタリアから視察団が来たというので話をしたのだが、相手の認識や制度が日本で検討中のものとまったく同じだったのには驚いた。腐敗を脱するには政権交代が不可欠。そのためには二大政党を指向する小選挙区制度がベスト。双方がまったく同じ考えだった。 イタリアでは94年、新制度による総選挙が行なわれ、シルヴィオ・ベルルスコーニ氏率いる右派が政権を獲ったが、汚職で1年で潰れ、ランベルト・ディーニ氏率いる非政治家内閣が引き継ぎ、96年には早くも2回目の選挙をすることになった。これに備えて左翼民主党(旧共産党)が考案したのが「オリーブの木」方式である。 これは左派系の8政党が集まって「オリーブの木」を結成、勝った場合は政権に参加するというものだ。96年選挙では戦術が見事に実を結んで「オリーブの木」が政権を獲った。第一党である左翼民主党書記長のマッシモ・ダレマは「旧共産党系」が前面に立たないほうが支持されると見て、経済学者で旧キリスト教民主党系のロマーノ・プローディ氏を首相に担いだ。政権が2年たったところで首相はダレマに代わる。旧共産党系は代人を立てて政権を獲り、その直後に素手で政権を握った格好だった。 ところが左翼民主党と名乗ると旧共産党系の人脈が薄まって、民主集中制時代のような統制が取れなくなる。経歴や系統不明の人物が集合してきて左翼民主党は完全に変質してしまう。そこで左翼民主党は98年、解散し名称を「左翼民主主義者」と変えた。旧共産党が党名を変更して誕生した左翼民主党は7年間で命脈が尽き、かつての共産党とは似ても似つかぬ左派集団になる。イタリアのケースではっきりしたのは、共産党が民主集中制の原理を外すと、いずれはタダの政党になってしまうことだ。 イタリアの政界事情について、日本共産党内にも専門家がいる。志位委員長は、政権を獲るつもりなら党名を「変えたらどうか」としばしばいわれてきた。志位氏がつねに「変えない」と答えてきたのは、変えればいずれ“赤の他人”に党を乗っ取られるとわかっているからなのだろう。 こういう裏事情を知ってか知らずか、小沢一郎氏は全野党を糾合しようとしてオリーブの木方式を提唱している。目下のところ民進、共産、社民、生活の四党の集結までこぎ着けたが、民進党は小沢氏の主導を拒否している。民主党時代、230議席の政党を60議席台に落とした主犯が野党再編の主役に戻ることはありえないだろう。いまの民進党では永久に連合に隷属するいまの民進党では永久に連合に隷属する 共産党は3年前、2013年の参院選で、比例で515万票(得票率9・7%)を集め、選挙区3、比例5の8議席を獲得した。今回、志位委員長が掲げた目標は「比例代表850万票、得票率15%以上」というものだ。共産党が躍進しつつあることは間違いないが、この党はどの党をかじって太りつつあるのか。 すでに減ってしまったのは社民党で、参院2、衆院2議席まで落ちた。党内に宿命のような左右対立を抱えて自滅していったようなものだ。今回も吉田忠智党首が民進党との合併を提唱して、党内からも民進党からも拒絶された。あえて自滅の道を選択しているかのごとくである。共産党が新たな同志を増やそうとすれば、民進党の左派に狙いをつけるしかない。 じつは民進党の弱点は、民主党時代から党内に左右対立を抱えていることだった。対立の主軸は「安保問題」で、最左翼は「平和は憲法9条があるだけで守れる」という信者たち。右派は自民党保守派と変わらない。前原誠司元代表、細野豪志元政調会長、長島昭久元防衛副大臣らは基本的に「新安保法」に賛成だったのではないか。 党内に旧社民党系がいるかぎり、対立の種は消えるはずがなく、党の一体感は保たれない。旧社会党系が少数とはいえ党内に隠然たる勢力を保っていられるのは、彼らが連合から支持されているからだ。 かつて前原代表は党の三原則の一つとして「連合から若干の距離を置く」と宣言して、大反発を招いた。以来、民主党内では連合批判はタブー視されている。連合は選挙のたびに紐付き候補を立て、今回は12人。こういう業界代表が党内に存在するのは日本政界の特質だ。イタリアにも産業別組合があるが、支持政党はそれぞれ別だ。いまの姿では民進党は永久に連合に隷属することになる。 共産党も“共産党系組合”を抱えているが、組合に党が振り回されることはない。 参院選の共産党の戦術は、選挙区は香川県と複数区、あとは比例区で稼ぐというもの。目標どおりに850万票を取れば、3年前の選挙区3、比例5の8議席は獲得するだろう。最近の地方選挙でも、共産党は宮城県議選では議席を4から8に倍増させた。全労連系のメーデーであいさつする共産党の志位和夫委員長=5月1日、東京都渋谷区の代々木公園(酒井充撮影) それにしても選挙区で候補者を全部降ろす、という戦術は民進党に麻薬のように効いてくるだろう。これまでは負けるとわかっても、存在感を示すために立候補させるというのが共産党の基本だった。今回は選挙区を全部降ろすというのである。その戦術転換の動機は何なのか。それは政界再編の大きな流れを見ているからではないのか。 民進党が政権政党並みに大きくなり、かつての民主党政権並みになると、かじることが困難になる。民進党は選挙区に2万~9万人の隠れ共産党員の票があると思うと、共産党と喧嘩したり、ことさら対立しなくなるのではないか。自民党議員が3万人の創価学会票に支えられているのと同じだ。 他党や組合の支持は、個人票が少ない候補者ほど影響を与える。 かつて民主党は連合の力を恐れて盾つかない結果、連合に牛耳られることになった。自民党と公明党はまったく思想の違う政党で、とくに国防問題をめぐる対立は絶えない。公明党の反論は、その路線では「婦人部がもたない」というのが常だ。婦人部は公明路線を左右するほど大きな勢力をもっているが、国防を考えるにあたって議論の中心は「恐ろしい」とか「周辺国はどう思うか」といった思惑でしかない。 自民党のなかにも公明党と付き合って「防衛は大丈夫か」という声が多いが、公明批判はタブーなのである。 民共連立路線は、共産党の側に損をする部分は何もない。自公政権の支持率はそこそこ高いから、残りを民共で分け取りするかたちになるはずだ。通常、政党が合併するとロケットのような発射熱を発するものだが、民進党は珍しく冷めている。橋下徹と民進党保守派の合体論橋下徹と民進党保守派の合体論 民進党が再起して政権を獲るにふさわしい政党になるきっかけは次の参院選だろう。自民党の議席が伸びて、民共の側がどのような配分になるかが、将来判断のポイントだ。共産党が議席を増やすか、得票数が目標の850万票に達すれば、志位戦術は大成功となる。 この場合、民進党は現有議席を守った程度では大敗。55年体制を清算する決心で党を変革しなければ、社民党、民主党の轍を踏むだろう。連合こそ社会党、社民党を食い潰し、民主党をかじってきた元凶だと見定めるべきだ。 民共共闘のキャッチフレーズは「新安保法の廃止」だが、共産党の自衛隊観は「自衛隊は違憲だが自衛戦争はする」という。こんないい加減な政党があるか。自衛隊と憲法について悩んだことはまったくないのだ。一方の民進党は民主党時代から安保政策に悩み抜き、党内で大喧嘩もやってきた。こういう場合、悩みがなく、教養のない側が強い。社会主義インターが民社党はOKだが、社会党はダメと峻拒してきた理由も、共産党と結ぶ社会党は共産陣営に属すると分類、断定してきたからだ。 岡田代表は民共共存を続けても共産は政権党にはなれず、いずれは共産は民進の肥やしになると思っているのだろう。これに対して保守派は、共産と縁を切ったほうがまとまりのよい政党になり、いずれ政権を展望することになると一段、先を見ているようだ。民進党の岡田克也代表 国民の政治常識のなかから共産党無害論は出てこない。国際共産主義の歴史があり、社会の基本である自衛隊の格付けが不明だからだ。憲法改正時、全き非武装論を説く吉田茂首相に対して野坂参三氏(共産党議長)は「国防軍のない国家などありえない」と食い下がった。これが政治の常識であって、現実には自衛隊をもつに至った。共産党は「違憲の自衛隊」と片付けて、一方で新安保関連法廃止で野党を結集しようという。オリーブの木並みに政権を獲得し、新安保法を廃止したあと、さて「われわれは何をやるのか」と相談するのは、さながら“革命”の手法だ。オリーブの木に参画した政党は皆、それぞれの政策を掲げ、新政権は共通の政策から実行に着手した。 共産党に担がれた民進党が政権党に成長するとはとうてい考えられない。かといって、この民共路線で民進党が衆参両院の選挙区で共産党から229万の票をもらうのが常習となれば、当選第一主義に陥るだろう。かつての社共共闘はいつの間にか共産党のみが生き残った。 民共共闘が定着すれば民進党の消滅ということになるのは必至だ。当初、岡田代表は疑うことなく共産党の支持申し入れを喜んでいた。党内の反発に驚いていた風情だが、岡田氏には共産党恐怖症がないようだ。 一般国民は55年体制時代の社共対立がどうなったか、民共体制が55年体制の再来だと悟っているだろう。かといって自民党がさらに太る余地はない。自民党ではない保守党、違った保守党を待望するだろう。橋下徹氏(前大阪市長)が起こした「維新」がブームとなったのは、維新を新しい保守と見たからだ。この待望論はまったく消滅していない。安倍晋三氏の総裁任期が終わるころには、橋下待望論が噴き出してくるのではないか。そのときは民進党の保守派との合体論が飛び出してくるはずだ。 ややま・たろう 1932年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップ、ジュネーブ特派員、解説委員兼編集委員を歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社。2001年に正論大賞を受賞。最新刊に『それでも日本を救うのは安倍政権しかない』(PHP研究所)がある。関連記事■ 「お金をもらって喜ばない奴はいないんだよ」田中角栄の増長と妄想■ 財務省を「成敗」した安倍総理■ 今増税すると、アベノミクスが否定されてしまう

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    政策違う自公連立与党 民進党の野党連合を批判する資格なし!

    いるわけであるが、それについてはどう説明するのだろうか?まさにブーメランである。(日本ではどうも二大政党が理想という根拠なき考え方が一人歩きしているために、連立政権というのが理解されにくいのかもしれない。そういえば、自民、社会、さきがけによる連立政権の際に、「野合」だとの批判が聞かれたが、そうした現象に象徴されよう。) これに関連して、与党側は、野党連合が議席を伸ばしたとして、自公政権に替わって政権を担えるのか?という批判も繰り返し行っている。その点だけを取れば、まだ機が熟していないという答えになるが、そもそも今回は参議院議員選挙であり、政権交替を直接的にかけた選挙ではない。衆議院では自民・公明の与党が3分の2を占めており、参議院の半数改選で野党連合が大勝したとして、この状態でどうやって政権交替をするというのだろう?ご自分のことを「立法府の長」と言って憚らなかった安倍総理は、当然その程度のことはご存知だと思うが・・・国民が懸念する憲法改正は明確な争点 さて、今回の選挙でアベノミクスを前に進めるか、後に戻るかの選挙であるかのように与党側は主張してきている。(この言い方、物事を単純化するのが大好きな西の方の方々がどこかの選挙で使ったものにそっくりである。確かその時は、こうした主張に対して、自民党はノーを突きつけて闘っていたような気がするが・・・) 消費税率の引上げも先延ばしにしたし、その是非も含めてという点ではいいのかもしれないが、今回の選挙の結果、自公で参議院の3分の2を獲得した場合に対する懸念が多いことは各新聞等の世論調査で明らかになっている。3分の2を獲得した場合の懸念、それはとりもなおさず憲法改正の発議が可能になることについての懸念である。 野党連合はそうした国民の懸念を受けて、憲法改正について考え方如何を選挙戦において与党側に問うているのであるが、与党側は「それは争点ではない」と逃げている。公明党の山口代表は、ある街頭演説で「無理矢理争点」と形容していたが、無理矢理に争点にしているわけではなく、有権者の懸念事項、関心事項だから争点にしているのであって、誰も関心がないことを「無理矢理」争点にしているわけではない。 また、与党側は「議論が深まっていない」と言う。それはそのとおりである。しかし、議論が深まっていないということと、憲法改正に対する態度や考え方を争点にして有権者に判断してもらうというのは、別の話である。否、深まっていないから国民に考えてもらおうというのが、改憲勢力であっても当然であると思うが、それすらさせないというのは、憲法改正について考えさせずに、自分達に都合がいいものを国民の手の届かないところで作って、押し付けようという考えなのではないかと非難されても仕方あるまい。 経済政策については、これが争点であることについては与野党双方で異論はないようだ。ただし、それについてのアプローチが全く異なる。与党側はアベノミクスが成功し上手くいっていることを前提にそれを進めようという主張をする。一方、野党側はアベノミクスの失敗を指摘し、これをやめるべきと主張する。  与党側は雇用が改善したことを数値データで挙げ、野党側は成長の鈍化や国民の実感を数値データで挙げる。どちらも数値データという明確な根拠を持ってきての議論だが、双方とも別々の事項についてのデータを持ってきている。要するに双方とも自分達の主張に都合がいいものを持ってきているということなのだろうが、何を持ってこようとも本年1−3月期のGDP統計は、前年同期比で見ればほとんどの項目でマイナスである。問われているのは安全保障観 また、昨日8日に発表された厚生労働省の毎月勤労統計調査では、前年同月比の現金給与総額は0.2%の減少している。7月1日に発表された総務省の家計調査の5月分の速報値でも、消費支出は前月比、前年同月比とも減少している。その他、まだまだ統計データはあるが、こうしたものを見ただけでもアベノミクスの失敗は明らかである。したがって、アベノミクスを進めるなどというのは失敗に失敗という屋上屋を重ねるというのと同じであり、これにどう対処するのかが争点のはずである。日経平均株価を示すモニター=東京・東新橋 これについて与党側はアベノミクスは上手くいっていると根拠の乏しい「そうだろう」を繰り返すだけで、具体的な対処方法の案を何ら示していない。一方の野党側は民進党や共産党はそれぞれ案を示している。(ここではいちいち書かないので、選挙ビラ等で確認して欲しい。)与党が大好きな「対案」を示していないのはどちらなのか、火を見るより明らかであろう。 野党連合、元々は平和安全法制、野党側の言う所の戦争法制の廃止を目指す共闘から始まったもの。したがってこの点は重要な争点であるということができる。与党側は日本の平和と安全を守るためには、平和安全法制は絶対必要であり、それがあるから日米同盟が完全なものとなるといったご託宣を述べている。 この偏屈なユートピアンなある種の楽観主義がいかに誤ったものであるかについては、以前、拙稿「安保法制施行を受けて日本の安全保障について改めて考えてみるー政府法制では茹でガエルになります」で述べたとおりであるので、ここでは詳細には書かないが、国防・安全保障という争点に関して問われているのは、根本的な安全保障観である。  その点で、与党(といってもしっかりとした認識をお持ちの議員諸氏はもちろんおられるが)も誤りがあるが、野党側にもおかしな点がある。正しい認識を持っている候補は誰なのか、少なくとも正しい方向に向かうことを考えて主張しているのは誰なのか、よく見極める必要があろう。((公式ブログ「政治・政策を考えるヒント!」より2016年7月9日分を転載))

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    「野党統一候補」戦術 前回衆院選なら自民党は53議席減

    合作で共産党が候補者を降ろしたことが、逆に共産党の支持を伸ばしていると指摘する。 「今や庶民・弱者の政党といえるのは共産党くらい。また、共産党は党員の高齢化が言われていたが、インターネットにチャレンジして若年層にも支持を広げている。そして他流試合、他の野党と選挙協力をするなど現実政党に脱皮をはかった。この3つが支持を伸ばしている理由でしょう」 参院選の野党統一候補の応援で東北の選挙区に入っている共産党の運動員も、「これまでは共産党のチラシをなかなか受け取ってもらえなかったが、今回は共産党のノボリを立ててビラを配っているのに、いつもと違って有権者がみんな受け取ってくれる」と手応えを感じている。 安倍首相は自民党政権を脅かす真の敵が「最強の選挙マシン」の共産党だとわかっているから、共産党批判で民主党を離反させ、なんとか「民共合作」を崩そうとしているのだ。関連記事■ 民進党と共産党の選挙協力で衆参W選に自民党の勝算立たず■ 大健闘の共産党 参院選比例代表目標上回る900万票も■ 次期総選挙 無党派票が自民党批判に動き野党の乱立も解消か■ 共産党変身の仕掛け人? 小沢一郎氏が野党共闘のキーマンに■ 自民党に疑問抱く有権者 他の野党なら共産党に投票の心境も

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    左派政党に値しない民進党と共産党 雇用政策を軽視した「ド素人」

    ず、金融政策について、民進党や共産党は雇用政策の基本であることを理解していない。金融政策を活用しない政党が先進国に存在するだろうか。世界標準から見れば、まともな金融政策を行わない民進党や共産党は明らかに雇用無視であり、左派政党に値しない。 金融政策はマクロ政策の基本であり、それを駆使して雇用を確保する。その上に、適切な財政政策でGDPを増加させる。最後に、各種のミクロ政策をのせて、成長を達成する。世界の左派政党は、そうしたマクロ経済を良好にした上で、成長の分配面に重点を置き、格差を縮小させることを目的とする。 民進党や共産党の場合、いの一番の金融政策がないため、最終的な格差是正も、雇用の確保がなされない状態での話でしかない。 金融政策は本来雇用政策なので、欧州では社民党や共産党のような左派政党が言い出すものだ。アメリカでも労働経済学の大家であるイエレンがFRB議長になって、雇用重視を実践している。民進党も共産党も、こうした海外の左派政党をもっと勉強すべきである。FRBのイエレン議長(AP) かつて、民進党の枝野幸男幹事長はテレビ番組で、金利を上げた(金融引き締め)ほうが経済成長すると言っていた。同じ番組に出演していた筆者は間違った政策をテレビで公言するのは左派政党としてまずいと、とっさに思ったので、テレビで間違いを言うのはやめたほうがいいと枝野氏に苦言を呈したものだ。ところが、枝野氏は改めるどころか、今でも同じ発言を繰り返している。これでは、民主党政権時代に、雇用が伸びなかったことは当然である。一方、安倍政権になって金融緩和したので、雇用は民主党時代と比較にならないほど改善した。展望なき民進党と共産党の共闘 こうした話をすると、民進党や共産党から、かならず雇用者数は伸びたが賃金が伸びていないという。これを聞くと、筆者はやっぱりわかっていない、この人たちに政権運営は無理と思ってしまう。 経済政策として何より重要なのは、雇用者数の上昇、失業率の低下である。失業率は低ければ低いほどよく、ゼロが理想であるが、実際にはゼロにならない。どうしても、雇用のミスマッチなどで、これ以上下げることができないという失業率が存在する。これを構造失業率という。失業率をこれ以上下がらない構造失業率まで低下させると、今度は賃金が上がってくる。この順番が重要で、構造失業率まで低下させないと失業を解消できないのだ。金融緩和を否定した民主党政権時代は、実際の失業率は構造失業率よりはるかに高かった。安倍政権では、現在失業率が3.2%と構造失業率と思われる2.7%の一歩手前まで低下しており、アベノミクスのさらなる推進が経済政策として正しい。 失業率が下がれば、自殺率や犯罪率が低下することが知られている。さらに、生活保護の受給率も下がる。話題のブラック企業も求人が大変になって、自ずと淘汰されるだろう。いずれにしても、雇用者数、失業率は最も重要な経済指標の一つだ。握手する岡田克也代表(右)と共産党の志位和夫委員長(左)=3月29日、国会 過去のデータからみれば、失業率を1%低下させることができると、自殺者を3000人程度少なくできる。実際に安倍政権になってから、自殺者は予想通り減少している。これは、民進党や共産党の経済政策ではなしえなかったことである。 民進党と共産党の共闘は、安全保障でも経済でも安保法廃止後の展望がない。安全保障分野では、両者の意見は違うので、何もできないという状態になる。その隙に、中国が日本領海に進出し、日本の国益が損なわれるだろう。 経済分野で、両党は意見が一致しており、世界の左派政党の標準である金融政策を否定する。その結果、雇用が確保できずに失業率も上昇し、結果として自殺率や強盗の発生率が上昇するだろう。さらに、ブラック企業が再び跋扈するようになるだろう。自らの経済政策により左派政党の金看板である雇用の破壊につながるのは、なんとも皮肉な将来である。

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    日本を丸腰にするのか 共産党の綱領は「実現」程遠いものばかり

    筆坂秀世(政治評論家、元共産党政策委員長) 共産党という党名の政党だから、「共産党は社会主義、共産主義の社会を目指す政党だ」と思われている。だが、同党の綱領をいくら読み込んでも、日本が社会主義、共産主義になればどんな国になるのか、まったく見えてこない。綱領には、次のように書かれている。 《発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である》 「前進をめざす取り組み」が今世紀の課題なのだから、今世紀中には、社会主義にはならないということだ。「安心してください。穿いてますから」というお笑い芸人がいるが、「安心してください。社会主義日本は、100年以上先のことですから」ということだ。 さらに、次のように言う。 《社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である》《生産手段の社会化は、その所有・管理・運営が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるものであり、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要である》共産党の志位和夫委員長 生産手段の社会化が大事らしいが、それはどういうものかこれから探究するというのだ。要するに、社会主義、共産主義の未来など、まったく描くことができないのが共産党の現状なのである。その前の「民主連合政府」はどうか。この政府は、「二つの敵の支配を倒す」というのが大目標になっている。「二つの敵」とは、アメリカ帝国主義と日本独占資本主義のことである。安全保障では、真っ先に日米安保条約を廃棄し、さらに自衛隊を国民合意で解消するという方針だ。そんな国民合意ができるとは思わないが、もしできれば“丸腰の日本”にするということだ。 憲法については、《現行憲法の全条項をまもり》としており、天皇制もそのままということだ。その先については、《その存廃は、国民の総意によって》と国民の判断に丸投げしている。天皇制廃止への反対が多いから、とりあえず逃げているのだ。二つの敵のもう1つ、大企業に対しては《民主的規制》を行うという。 「民主的」とは何なのか。いまだって民主的に決められた法律に基づく規制は多くある。実は重点は、「民主的」にあるのではなく、「規制」にあるのだ。いまよりも多くの「規制」を作るということなのだ。果たして、これで経済の活力は維持できるのか。所詮、政権に就いたことのない野党であり、きれいごとは言うが、実現可能性は疑わしいものばかりなのだ。(筆坂秀世 夕刊フジ 2016.6.19)

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    高須院長が参院選占う「野党は共産党に吸収された方がマシ」

     高須クリニックの高須克弥院長が世の中の様々な話題に提言するシリーズ企画「かっちゃんに訊け!!」。今回は7月の参院選に向け、現在の政局について語っていただきました。* * *──今回は7月の参院選に向けて、政局についてお話をうかがいたいと思います。まず、流れとしては、今年3月に民主党かと維新の党が合流し、民進党となりました。高須:民進党ねえ…。まあ、普通に考えたら、大惨敗しちゃうんじゃない?──大惨敗…ですか。高須:やっぱり、岡田代表の人相がちょっとねえ。どんどん悪くなってきちゃってて、正直言って勝てる顔をしてないもん(笑い)。──もはや政策うんぬんよりも、ルックスの問題ってことですね。高須:政治家もなんだかんだで人気商売だからね。人に好かれる顔をしていないとダメ。今の岡田さんは全然笑顔もないし、ずっと厳しい顔をしているし、人前に出て何かを訴えかける顔はしてないよ。もうね、民進党の代表は明るい顔だったら誰でもいいんじゃないかと思うね。高須クリニックの高須克弥院長──たしかに、岡田さんはちょっと暗いイメージですよね。高須:街頭演説なんかで民進党の幹部クラスが集まってる映像を見ると、みんな怖いよね。なんか、ゾンビの集まりみたい(笑い)。──あんまり生気が感じられないという雰囲気でしょうか…。高須:少なくとも元気で明るい人々っていう感じではないからね…。そういえば、民進党になるちょっと前に、小沢(一郎)さんも合流するなんていう話もあったけど、結局流れちゃったね。まあ、民進党の内部では小沢さんが来なくてよかったっていう人も多そうだな。──小沢さんの豪腕に持って行かれちゃう、というか…。高須:そうだね。でも、悲しいかな小沢さんも今となっては負け犬のイメージが付いちゃってるんだよな。本当ならもっと政局に大きな影響を与える存在になっていたはずなんだけどねえ。民進党のなかにいたら、ちょっとは違ったのかもしれないけど。──そういう意味では、与党が圧倒的に強い現在の状況はなかなか崩れないという感じでしょうか。高須:少なくとも今の岡田代表の民進党じゃ、安倍政権を揺るがすことはできないと思う。可能性は低いけど、たとえば小泉進次郎を引っ張ってきて、民進党のトップに据えることができたら状況は一気に変わるかもしれないよ。それくらい大きな変化がないと政局は動かないだろうね。「反自民」スタンスでは絶対に勝てない──そう考えると民進党は本当に厳しい状況ですね。高須:トップの人事次第なんだけどねえ。不倫騒動がなかったら、乙武(洋匡)さんなんかもよかったと思うよ。まあでも、乙武さんは自民党から出馬する予定だったんだっけ?──そうですね。高須:ということは、民進党よりも自民党のほうが先手を打っていたってことだよ。「誰でもいいから名前が売れてる人を選挙に出せ!」ってことだから。だってさあ、安倍さんは、民進党の松野(頼久)さんの娘(松野未佳さん)に出馬要請したんでしょ? しかもリップサービスじゃなくて、結構本気だったっていうんだからスゴイよね。安倍さんは攻めてる。7月の参院選も与党圧勝で、民進党は議席を減らすんじゃないかな。──民進党と共産党との選挙協力についてはどう思いますか?高須:どの程度になるかわからないけど、イマイチだろうね。それだったら、民進党と共産党が合流しちゃって、名前も「共産党」で貫き通したほうがマシだと思う。共産党だったら固定票もあるし、政策も一貫しているからね。 今の民進党が支持されないのは「反自民」っていうスタンスだからなんだと思う。「自民党に入れたくないから、仕方なしに民進党に入れよう」っていう票ばっかりなんだから、絶対に勝てない。それならわかりやすく「共産党」にしちゃったほうがマシなんじゃないかな? 消極的な「反自民票」よりも、積極的な「共産支持票」みたいな。「自民 vs 共産」の構図であれば、共産党に入れようという国民も意外と多いかもよ。 やっぱりねえ、民進党は自民党の落ちこぼれみたいな感じになってるからダメなんだよ。自民党の2軍というか。チャンスがあれば自民党に返り咲きたいと思ってる民進党の議員も少なくないと思う。それじゃあ支持されないよ。だったら、共産党が野党を吸収して、「自民 vs 共産」で一騎打ちしたほうがいい勝負になると思うね。──結局、衆参ダブル選挙の可能性は、ほぼなくなりましね。高須:僕個人としては、衆参ダブル選挙に踏み切っちゃってよかったと思うけどね。だって、消費増税の延期は、前回の衆院選の公約とは異なることなんだから。そこは筋が通っていると思う。議席を失うリスクもあるけど、むしろダブル選挙のほうが、自民党にとってはメリットがあったと思うよ。そっちのほうが、議席が増えただろうね。* * * 7月の参院選について、自民圧勝・民進惨敗と予想した高須院長。2020年の東京五輪まで続けたいという安倍首相だが、その基盤はどんどん固くなってきそうだ。【プロフィール】高須克弥(たかすかつや):1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)など。

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    民進党が抱える「集団的病理」を象徴する岡田代表の無理筋な政府批判

    木走正水 民進党であります。民進党の岡田克也代表は2日、バングラデシュの人質立てこもり事件に関して、菅義偉官房長官が官邸を離れて参院選の応援のため新潟県内で遊説したことに関し、「(安倍晋三)内閣の危機管理に対する正常な感覚が失われているということがはっきり出た」と批判いたしました。兵庫県尼崎市で街頭演説する民進党の岡田代表=7月2日午後 岡田氏は、首相と官房長官2人ともが選挙応援のため官邸にいないというのがこの選挙戦でしばしばあった点(今回は2人ともいた)、今回官房長官が、邦人が巻き込まれた事件が発生したにも関わらず、新潟に選挙応援に出かけた点、そして現地で治安部隊の強行突入が起きても東京に戻らず「のんきに新潟で街頭演説を2回やって」(岡田氏)いた点を、「内閣の危機管理に対する正常な感覚が失われている」重大な問題だと批判いたします。報道より岡田氏の当該部分発言を抜粋。 「今回のことは(日本政府に)致命的なミスが2つあったと思う。何もないときに、危機管理として基本的には首相か官房長官が官邸周りにいるのが今までの慣例だ。それを2人ともいないというのが、この選挙戦で当たり前になっている。もし何か起きたときに、いったいどうやって対応したのかという問題がある。今回、結果的には2人ともおられたのでよかったが、やっぱり2人とも官邸を空けることはまずいことがはっきりしたと思う」 「もう一つは、現実に事件が発生した。官房長官が、邦人が巻き込まれた可能性を記者会見でも言った後、新潟に出かけられたという信じられないことが起きた。事件が起きる前なら、どちらかが残っていればいいということかもしれないが、すでに事件が起きているときに、安全保障をつかさどる要である官房長官が選挙の応援で官邸を外してしまったということだ」 「そして途中で(治安部隊が現場に)突入するということがあったにもかかわらず、官邸に戻ってこなかった。途中で国家安全保障会議(NSC)もあったのに、それも欠席。それから途中で下車して戻ってくることが可能であったにもかかわらず、それをせずにのんきに新潟で街頭演説を2回やって、(午後)6時過ぎか何かに戻ってくるという話だ。すでに事件が起こっていても戻ろうとすらしない官房長官というのは、私はちょっと信じられないんですね」 「ここは本当に大きな問題だ。内閣の危機管理に対する正常な感覚が失われているということがはっきり出てきたと思う。邦人の命がどうなっているか分からない事態であるにもかかわらず、官房長官が官邸を空けて街頭演説をやっている。これは極めて重大な問題だ。官房長官がどういうふうに釈明するか分からないが、きちっと責任をとるべきだと私は思う」民進・岡田克也代表、さっそく政府対応を批判 「致命的なミスが2つあった」 当ブログは、邦人7人が犠牲になった痛ましいテロ事件の発生を受けての、野党第一党代表のこの発言は、何重もの意味において、実に残念な発言であると考えるものであります。 本件のような痛ましいテロ事件を、ときの政権批判に即結び付けるその政治的“悪手”ぶり、そしてその悪手に飛びつくことの政治的リスクを全く考慮していない党代表と党幹部連たち、さらにいえばその愚行に対し組織として無批判にスルーする「民進党」が抱える集団的“病理”を、実にシンボリック・象徴的に具現してしまったわけです。あのタイミングで何ができたのか まず今回のバングラデシュで発生したテロ事件において、日本政府がこのタイミングで取れる対応は実に限られていたわけです、安倍首相がバングラデシュのハシナ首相と電話会談し「人命最優先で対応を」と要請いたしましたが、他に具体的なすべは何もなかったことでしょう。 これは別に日本政府だけではない、今回犠牲者を出した国ではイタリア人9人、米国人、インド人も犠牲になられたわけですが、このようなソフトターゲットを狙った海外で起こった突発的なテロ事件に対しては、情報収集以外はどの国も事実上打つ手はなかったわけです。 一歩譲って、岡田氏が指摘する官房長官官邸不在が政府の危機管理上テクニカルな問題があったとしましょう。しかしそれは、情報収集上あるいは日本政府の対応上いかなる支障があったのか、どのような問題が発生しうる可能性があったのか、事実に基づいた冷静な問題分析を踏まえた上で、今後のこの国の危機管理体制の強化を図るべきなのであり、この局面で政治的に利用し「きちっと責任をとるべき」などと官房長官の個人攻撃に向かうのは、あまりに非建設的であり、表層的な批判がための批判であると思わざるを得ません。 日本政府の対応がいかようであろうとも、この邦人を巻き込んだ悲劇は発生したのであり、官房長官が官邸にいようといなかろうと、この最悪の結果に影響を与えることは残念ながらなかったわけなのです。 その意味で岡田代表の本件に関する政権批判は、実に筋の悪い政治的“悪手”だと思われます。そしてこの民進党の無理筋の政権批判が国民・有権者にどう映るのか、どのような心象を与えてしまうのか、理解が及んでいないことがより残念なことなのであります。  民進党は、本件のような痛ましいテロ事件までを、ときの政権批判に政治利用している 国難に際しても自らの具体的プランを建設的に提示するのでもなく、ただただ他者の批判をすることで自己満足している集団・・・ 一般有権者の心に民進党はこのように映っているのかもしれません。揚げ足取りのように細かいことで根拠も薄弱なのに他者を執拗に批判する者。これは、自分に自信がない人が、自らの自尊心を維持するために、他に術がなくターゲットに対して悪口を言う場合がほとんどです。つまり、ターゲットの悪口を広めることにより、相対的に相手の価値を下げようとします。これは、ある意味、汚れた部分の人の本能です。多かれ少なかれ、民進党だけでなく誰もがもっている劣等感がなせる悪しき「行動」であります。 選挙で選ばれたすぐれた人たち、つまり「選良」であるはずの民進党の議員諸氏がなぜこのような常識的判断を有していないのでしょう。民進党が批判する自公政権に対してよりも、無理筋で批判を繰り返す民進党に対してにこそ、国民の不信の目が向けられることに、なぜ気がつかないのでしょう。 今回の岡田発言の意味するところは、発言内容もたいへん残念なものですが、それ以上に、本件のような痛ましいテロ事件を、ときの政権批判に即結び付けるその政治的”悪手”ぶり、そしてその悪手に飛びつくことの政治的リスクを全く考慮していない党代表と党幹部連たち、さらにいえばその愚行に対し組織として無批判にスルーする「民進党」が抱える集団的”病理”を、実にシンボリック・象徴的に具現してしまった点にこそあると思えます。 このような集団が野党第一党であること自体が、この国の国民にとって誠に残念なことだと、当ブログは憂えるものであります。(ブログ「木走日記」より2016年7月3日分を転載)

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    民主党は、党名を変える前にやることがある

    維新との合併に党名変更…。何をやってもだめな民主党。あ、民進党でしたね。今後も与党の揚げ足取りしか戦略は無いようですが、生まれ変わるための簡単な方法を教えます。

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    野党結集の行く末を考える 拙速な民主・維新の合流は何をもたらすか

    代可能な政治を実現すること、そのために理念と政策の一致を前提に野党が結集するというもの。そして、他の政党・会派等に対して幅広く結集を呼びかけるとしている。 民主党と維新の党は、合流を前提に今国会より統一会派を組み、連携して活動してきているから、それを一歩前進させるということなのだが、もともと維新の党は「第三極」を標榜してきた人々の集まりであり、その主張・政策は、全てではないものの自民党でも民主党でもないものを中心に形成されてきた。 例えば、公務員給与の引上げについては、官公労連を支持母体の一つにしている民主党は賛成だが、身を切る改革を掲げてきている維新の党は反対。しかし、統一会派結成後は、維新の党も賛成に回った。身を切る改革と言えば、前回の衆院選でポスターや政策集マニフェストに党のスローガンとして記載していたものである。それを統一会派、そしてその先にある合流・新党結成を優先して引っ込めてしまった。 これは一つの例に過ぎないが、維新の党については、合流・新党となれば自らの主要な主張を曲げてしまうことにもなりかねない。「身を切る改革」をはじめとして、独自の政策を重視して維新の党に投票した有権者もいたわけであるし、自民党でも民主党でもない第三極だから投票した有権者もいたわけである。そうした有権者にどう説明するのであろうか?(そうなると、与党側からの「野合」との批判も腑に落ちてしまう可能性も大であろう) 「理念と政策の一致を前提とした野党の結集」ということであれば、新党結成を急がず、最大公約数で共通政策を作り、先ずは国会活動での連携、選挙協力ということで、新党結成はそうした実績を踏まえた上でということでよかったのではないかと思えてならない(西欧諸国の政治状況を見れば一目瞭然でそれが常態なのだが)。 さて、視点を変えて、民主・維新の合流、数の上から言えば民主の方が多いので、維新の党は事実上民主党に飲み込まれることになるだろう。今回の合流話を主導した維新の現執行部は民主党に近い議員ばかり。維新の党、特に、旧結いの党系の議員達、野党結集のためとは言え、溜まった鬱憤たるや少なくはないだろう。それが新党結成、新党としての活動と進めば進むほど溜まっていき、いつ噴き出してくるか。なんといっても旧結い系には、日本維新の会との合流時、日本維新側に、数を頼みに多くの部分で押し切られた苦い経験がある(党名では特にそうだ)。 また、民主系主導の新党、そもそも民主党の中がまとまっていないところに、また異なる勢力が入ってくる。安倍政権という共通の敵がいるうちはいいが、鎹が内にではなく外にあるのでは、まとまりに欠けるというより、組織として、団体としては脆弱過ぎると考えざるを得ないだろう。岩手県知事選に向けた記者会見を終え、手を合わせる(左から)生活の党の小沢共同代表、維新の党の松野代表、現職の達増拓也氏、民主党の岡田代表、共産党の志位委員長、社民党の吉田党首=2015年8月19日、盛岡市 こうした状況にも関わらず、民主系主導の新党が数を頼みに自分たちが優越的位置にいると思い込んで、他の野党に対して「上から目線」で野党結集を進めようとすれば、野党結集は躓くだろうし、かえって反対勢力を形成させることになりかねない。そうなれば、与党に対して漁夫の利を与えるだけである。 そうしたことの結果、一番懸念されるのが、政治的無関心の蔓延である。与党も不祥事や不規則発言続き、アベノミクスの失敗が明らかとなり、向こう数カ月の我が国経済はどうなっていくのか不透明。一方の野党も国民の生活やその向上のための政策よりも党利党略に明け暮れていると有権者の目に映れば、政治に期待してもダメだ、与党もダメだが野党にも期待できない、ということになってしまうのではないか。 可能性の話として勝手には書いているが、あながちありえない話ではあるまい。野党の結集がそんな結末をもたらすなど、あってはならない(対する自民党も、「野合」以外の批判もすべきであろう)。(公式ブログ「政治・政策を考えるヒント!」より2016年2月27日分を転載)

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    新・民主党は最後のチャンスであることを心に留めておいた方がいい

    自民一強体制の政治は、私もあまり歓迎できないところなのは事実だ。そこで本気になって民主党から変わる新政党の主軸を考えてみた。これは…アメリカ政治をはじめとする多くの国が採用している「2大政党制」を参考にすればヒントとなる気がする。 まず自民党をしっかりと分析してみよう。かなり安定した政権運営が出来ているのは、しっかりとした「信念」があり、それが国民に伝わっていること。そしてそれらを実行する「実行力」があることだ。 国に対する理念は保守的と言える。「戦後レジームから脱却」に代表されるようにアメリカの占領統治下に植え付け得られた「日本バカじゃね?」「日本ダメダメじゃね?」という…(ウヨク的な言い方をすれば)「自虐史観」を否定する考え方だ。若者風に言えば「自分たちをディスるの、やめよ~ぜぇ」になる。ずいぶん言い方は違うが言ってることは一緒だ。 国の防衛も同じだ。「日本」としてまず独立しよう!が前提だ。なので、集団的自衛権など、現実的に必要となるであろう法案は通す。憲法も現実的でなさすぎるので改正をしようと動く。 経済政策で言えば、完全な「トリクルダウン政策」である。まず、富裕層を元気づける。株価も上げる。そして、その恩恵を労働者階級に普及させる。当然、格差は広がる。格差が広がっても悔しくて負けたくないなら汗をかけ、という価値観が根底にあるのがトリクルダウンだ。そうやって残酷であっても一部の能力のある連中が徹底的に国の経済を引っ張る。要はアメリカ型だ。新・民主が目指すべき経済政策は新・民主が目指すべきは「スウェーデン型」 と、なると民主党が新たな政党名に変更して新しい挑戦をしようというのであれば、必要なことはその対極となる理念と考え方の政党を掲げることになるだろう。 国に対しては極めてリベラル色を強くする。つまり、今まで日本人が持ってきた古臭い価値観は否定する。戦前の時代遅れな考え方を一蹴し、新しい価値観の国づくりを進める。安保法案などは断固反対。戦争に1ミリでも近づく可能性のあるものは絶対に受け入れない姿勢をしっかりと掲げる。 経済に対してもしっかりと労働者階級を支える政策を打ちだす。富裕層や大企業の大増税をしっかりと打ち出し、その分、低所得者層の税金などを緩和する政策を打ちだせばいいだろう。保険料なども値上げし、その代わり、しっかりとした保証が受けられる国作りをイメージさせる政党になるべきだ。一言でまとめると、自民党はアメリカ型。民主党から名前を変える新党はスウェーデン等の北欧型という特徴になるのだろう。そうすれば、論点が明確になる。私はスウェーデンやノルウェーなどの北欧型の国の形は日本人に全く適していないと考えているので支持はしないが、「保育園落ちた、日本死ね!」と叫んでいる人たちは支持するのではないか?税率55%くらいにすれば、保育園ごときすぐにでも整備できる。スウェーデンの国会議事堂「2度目」はない。これが最後のチャンスだ 大切なことは、覚悟をもってリスクもしっかりと説明することだと思う。様々な生活の保障には「お金」が必要である。そのお金をどこから持ってくるのか?当然、増税するしかないわけだ。もちろん、霞が関を全部ぶっ壊し、特別会計にまで手を付け大改革を出来る人間がいれば、あっという間に数十兆円くらいは出てくるのだが、そんなことを出来る政治家はまずいない。簡単だ。 官僚たちの方がおぼっちゃん政治家たちよりも300倍くらい頭がいいからだ。これは取材してれば誰でも知ってる話だ。官僚に答弁の作文を書いてもらっている政治家が、霞が関に対して「お前ら、明日から全員クビ」とは言えない。それだけの話。なので、よほど突然変異のような政治家が出てこない以上、そんなことは絶対に出来ない。…まぁ…一人いる気はするが…まぁいいや、その話は。 新しくなる民主党は「どんな日本を作りたいのか」しっかりと説明するべきだ。そして今の日本と比べるとどんなリスクがあるかもしっかりと説明すべきだ。そして、お互いのいいところ・悪いところを国民に精査してもらう。これが急務となるだろう。 逆に…次の出来る新しい党名の政党が「名前を変えただけのダメダメ政党だった場合」…現在民主党にいる数少ない心ある優秀な議員たちは、全員、腹を決めて民主党を後にした方がいいだろう。民主党に怒っている人たちはあまり認めたくないだろうが、現在の民主党にも素晴らしい議員さんたちはいる。彼らは日本の未来に絶対に必要な人達だ。だが、そんな体たらくな政党では次の選挙で勝てない。確実に勝てない。理由は単純だ。 2度目のダメージはでかいからだ。民主党は一度、国民を完全に裏切ってしまった。やるやる、と言っていたマニフェストをことごとく裏切った。あの子ども手当2万6000千円。本気で期待していた全国の子育て世代が激怒した。あの怒りと絶望は、まだ全然晴れてはいない。 日本は、1度目は許す可能性が高い。しかし「2度目はきつい」。新しく再出発する、ということでそれなりの注目もされるだろうが、ここで明確な姿を見せることが出来なかった場合、私はもう現在の民主党(今後新しい政党名になる政党)は恐らく存在していないと思う。そう。最後のチャンスなのだ。(長谷川豊公式ブログ「本気論 本音論」より2016年2月29日分を転載)

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    民主出戻り維新議員が4年前に語った離党時の宣言をどうぞ

    9月、民主党から離党したのが現在の維新の党代表・松野頼久氏だ。当時、こんなタンカを切っている。「既成政党に限界を感じた」(2012年9月11日、離党届提出直後、記者団に)両院議員懇談会で小野次郎総務会長(左)と言葉を交わす松野頼久代表=2015年10月15日、衆院第1議員会館(酒巻俊介撮影)「(民主党が)国民の期待に応えられていないのは明らか。絶対に上げないと言っていた消費増税をやった」(同12日、地元での会見) そう大見得を切った松野氏は橋下徹・大阪市長(当時)の下で結党した日本維新の会に合流したが、昨年11月に橋下氏系の「おおさか維新の会」と松野氏が代表を務める「維新の党」に分裂。それで今度は民主党と“合流”と言っているが、なんのことはないただの「出戻り」である。 民主と維新は新党名と綱領を協議中だが、政党支持率は合流発表後も両党合わせて8%(日経)と低迷。有権者はその軽薄さを見透かしているのだ。 松野氏だけではない。維新の衆院議員21人の半数にあたる10人が元民主党。今井雅人・幹事長(比例・東海)は2012年に離党した際、こうブログに書いている。「(民主党は)あまりに幅が広すぎる。(中略)党に統一した意見がなく、護憲派、改憲派がそれぞれ勝手に持論を展開しています。(中略)これが本質的な問題」(2012年10月5日) ごもっともである。が、その「本質的な問題」は全く解決されていない。今井氏は同ブログで自身を改憲派としているのに対し、民主党の岡田克也・代表は安倍政権下での改憲論議に応じない姿勢だ。これでは説明がつかないだろう。 石関貴史・国対委員長(比例・北関東)も「離党宣言」は語気が荒かった。「民主党政権は行政改革になんら手を付けることなく官僚主導の消費増税にのめり込んで(中略)再生困難なまでに変節、変質してしまいました」(2012年9月11日) そんな党に戻る行為こそ、有権者にとっては理解困難、というか理解不能である。関連記事■ 松野頼久氏唱える野党再編 民主戻れば維新支持者への裏切り■ 永田町裏流行語 民主党「冷蔵庫の氷」や松野代表「香水党首」■ 民主造反組 地方政党と反増税、脱原発連合で民自公に対抗か■ 選挙資金もらい不出馬で退職金にする民主議員いると民主秘書■ 原口一博氏 “日本維新の会”ステッカー大量作成も目算狂う

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    民維合併問題 政党合流の方式の例は?

    ています。メンツや政治資金的な側面、比例選出議員の扱いなどの理由が背後にあるようです。 そこで今回は政党の合流方式について吸収合併か解党しての新党結成かの2パターンを中心に背景や過去の事例などを参考にメリットやデメリットも含めて考えていきます。【写真】「国民連合政府」構想は「オリーブの木」になるのか?「会派」と「政党」 会派とは、国会内の構成単位です。たいてい政党とイコールですが、他党と1つの「会派」を結んでも構いません。原則として2人以上。大きくなると各委員会に所属できる議員数や質問時間などが多く取れる可能性が高まり、議案を発議する要件(衆議院20人以上、参議院10人以上。いずれも予算を伴わない法律案の場合)を満たせば議員立法も可能となります。 次に「政党」とは何でしょうか。志を同じくする者は誰でも政党を名乗れます。政治活動をしたければ総務大臣に政治団体設立を届け出て認められる必要があります。そうすれば寄付を募るといった活動ができます。いまのところ解党には慎重な民主党の岡田克也代表。来年の通常国会までに維新の党の統一会派を汲むことで合意している(Natsuki Sakai/アフロ) 国会議員の場合は、5人以上いるか、最も近い国政選挙で全国から2%以上の得票を得るかどうかが境目になります。このハードルをクリアすると国民1人あたり250円を負担している政党交付金が受け取れたり、衆議院選挙で小選挙区候補が比例区に重複立候補できるなど特典があります。吸収合併方式とは?吸収合併方式とは? 1996年、当時自民党と社会党とともに連立内閣に加わっていた新党さきがけの鳩山由紀夫氏と菅直人氏を中心に結成されたのが民主党でした。結党から15年間で目標を達成して解散すると標榜していました。 当時の最大野党は94年に作られた新進党。前年に自民党を飛び出した新生党に加えて民社党や日本新党、公明党の一部などが合同して誕生しました。天下分け目の96年総選挙で政権奪取を試みるも敗北。その後はゴタゴタ続きで97年、小沢一郎党首が分党を決めて旧党派別にバラバラとなりました。そのうちのいくつかと他の野党も含めて98年に合流したのが今に続く民主党です。あくまでも存続するのは民主党で、政党名も変えず、他党は解散して加わりました。「98年方式」とはこれです。 メリットとしては、仮に野党第1党である現在の民主党が国民の支持を与党に次いで受けているとすれば、存続したまま大きくなれる点です。デメリットの多くは吸収される側にあります。 2000年、国会法が改正されて比例選出の国会議員が他党へ移籍するのを原則禁止としました。新進党弱体化のため自民党が新進党比例選出議員などを引き入れて過半数を回復した事例がありました。衆議院の比例代表区は政党名を、参議院は政党名か候補者名を書きます。いずれも政党の得票とみなされてドント式という方法で議席が割り振られます。政党への支持で当選した者が他党に流れるのはおかしいという理由での改正でした。 例外的に認められるのは新党への参加か合併しかありません。ところが維新の党には旧みんなの党の比例候補であった5人の参議院議員がいます。みんなは解散しており、維新の党は新党なので合流できましたが、今度は既存政党への吸収ですから加われません。 また法律上は解散したら残余の政党交付金を国庫に返納しなければなりません。ただしこれには抜け道があるので後述します。 政党名は民主党のままでいいのかという点も議論になるでしょう。新党結成の場合は新党結成の場合は 民主党も含めてすべてがいったん解散して新党を作る方式です。最大のメリットは国会法の縛りなく希望する議員全員が加われるという点です。 デメリットは主に民主党側から聞こえてきます。まずはメンツの問題。現在の維新の党は「おおさか維新の会」と分裂してしまっていて所属国会議員は26人。対して民主党は129人。規模がこれほど違うのに対等に解散する必要はないとか、一度は政権まで担った「民主党」というネームバリューがいまだあると信じている者には耐えがたいという声です。2009年の政権交代後、民主党の幹事長に就任した小沢一郎氏と鳩山由紀夫首相(2009年9月15日)(ロイター/アフロ) 一方で、もはや「民主党」という名前自体がいわば“インケツ”で往事の輝きを取り戻すどころか衰退すると考える者にとっては、解散による新党結成の方が有権者の心に響くととらえているもようで党内も一枚岩ではありません。 解散となると民主党がため込んできた政党交付金約200億円をどうするのだ、という問題も出てくるでしょう。先ほど抜け穴があると記しました。政党交付金が支払われるようになった1995年以来、解散した政党のほとんどが国庫に返還していません。「基金」として積み立てたお金を所属議員個人の政治団体へ寄付の形で移して残金ゼロとし返還しなかったケースが多々あります。 しかし民主党の場合は金額がケタ違いに大きく、これを所属議員で山分けしたら「税金である交付金を何だと思っているのか」とのっけから批判の矢にさらされかねません。潔く返納できるかがカギになってきそうです。他の方式はあるのか? 吸収合併も、解党しての新党結成もしないで選挙を戦う方法はなくもありません。1つは野党統一候補を立てて主要政党が候補者調整をし、次の参議院選挙の勝敗を分ける32ある選挙区1人区(改選数1議席)で与党と一騎打ちする方法です。 1989年、当時の二大労働組合中央組織であった日本労働組合総評議会と全日本労働総同盟らが大同団結して日本労働組合総連合会(連合)を結成し、同年の参議院選挙に連合を支持母体とする政党「連合の会」から主に1人区に立候補させ主要野党が応援する形で10人が当選しました。そうしたやり方です。 もう1つは野党統一名簿を作る方法で政党「生活の党と山本太郎となかまたち」の小沢一郎代表が提唱しています。党はそのままで比例代表(全国)の名簿を例えば「オリーブの木」という政党として届け出て主要野党が1つの名簿で勝負するというのです。イタリアに先例があります。野党再編の今後の展望は?野党再編の今後の展望は? 与党の自民・公明両党は多少ギクシャクしても、これまで通り選挙協力をしてくるはずです。現在のまま野党がバラバラでは、来年の参議院選挙で選挙区・比例代表のどちらも勝ち目がないのは明白。だから何らかの協力をしないとじり貧になり、共産党だけが躍進するという近年の傾向が反映されるだけでしょう。共産党の躍進も全体の議員数からみれば微々たるものですし。 野党側からすれば、「だから何かしなくてはいけない」という点で危機感は共有されているはずです。単なる候補者調整で勝ち目がないのも2014年総選挙で体験済み。団結してバラバラ感をぬぐい去って、野党の本気を有権者に示せるかどうかが重要です。 そのためには、やはり民主党がどう動くのかにかかってきます。途方もない反転攻勢の秘策でもない限り、単独で大勝ちする可能性は限りなく低いはず。今回の野党結集の機運は共産党が「国民連合政府」構想を打ち出したのが始まりでした。 自公選挙協力は主に選挙区で自民を応援する代わりに、比例では公明に力を貸せというバーターであるのに対して、「国民連合政府」構想は、衆議院の小選挙区ごとに約2万あるとされる共産票をくれてやるという気前のいい話です。民主党内からは「共産に乗れば保守層が逃げていってマイナスだ」「党の基本方針が違いすぎる」と敬遠する気配が濃厚ななか、一部には「もう十分に保守層は逃げてしまった」と投げやりな受け止め方もあります。共産の顔など見たくもないという拒否感が根強い半面で、では安倍首相の顔は見つづけてもいいのかというジレンマもあるようです。 現実的に共産との相乗りは難しいにしても、少なくとも民主が目に見える形で選挙態勢を組まなければ負けるのは必至です。端的にいえばエイヤッと解党して他の群小野党も飲み込んだ新党を結成し、かっこいい新党名を付けて政党交付金は潔く全額返納するぐらいやらないと有権者の判断を大きく変えさせるのは難しいでしょう。ばんどう・たろう 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】

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    民主党に決定的に欠ける「希望」や「明日」をつくるリーダーシップ

    くなくともリーダーを選択できる状況をつくりだす責任を背負っているはずです。でなければ国民からすれば、政党助成金も無駄な投資になってしまいます。 維新の党と合併するよりは、民主党の代表を変えるほうが与党にとっては脅威でしょうし、実現するかどうかは別にして、いっそのこと、もう消滅に向かっている維新の党ではなく、おおさか維新と手を組み、大阪で実績を残した橋下前市長を代表に据えるぐらいの発想の変換をやってみれば、復活の道が見えてくるかもしれません。(2016年02月23日「大西 宏のマーケティング・エッセンス」より転載)

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    国民は2度目は騙されない、だから民進党にも騙されない

    民主党と松野頼久・維新の党代表らが自ら国会議員として生き残るための思惑が一致したことだ。民主党という政党のもつ欠点は、今も筆者が『なぜか誰も書かなかった 民主党研究』(2005年、成甲書房)で指摘した“構造的”な問題に起因する。 当時の本に、民主党の議員を見ると岡田克也、小沢一郎、鳩山由紀夫といった自民党出身者と、横路孝弘、赤松広隆といった社会党出身者が混在している。かつての55年体制で争っていた「水と油」の違いほどある政党が一緒になったのだから、憲法や安全保障政策が今日までまとまらず、いつも「現在、検討・議論中」ということになるのは当たり前のことで、何ら不思議ではない。 そんな民主党でも、メディアは「二大政党時代の到来」ともてはやし、今でも政権交代が起きそうな雰囲気をかもし出す――と指摘した。 また、『民主党はなぜ、頼りないのか』(2007年、成甲書房)でも「民主党は、自民党の一部、旧社会党右派及び左派の一部、旧民社党、旧新党さきがけ、旧社民連、旧自由党など、様々な「具」が混じり合ってできた「ビビンバ政党」だ。そのため、イデオロギーの違う面々が同居し、憲法、外交、防衛政策に大きな開きがあるのだ。」と書いた。 さらに、国家観のバラつきについては、「国旗及び国歌法案」(1999年)の採決では、民主党は賛成と反対が「真っ二つ」。賛成45名、反対46名に分かれ、内部対立の姿を浮き彫りにした。 民主党の最大の問題点は、政党の本質そのものである。 イギリスの思想家で政治家でもあるエドモンド・バークは、政党を「ある特定の主義や原理が一致している人々が、その主義や原理に基づいて、国民的利益を増進させるために協力すべく結ばれた集団」と定義している。つまり、このバークの定義に則して述べるなら、党としての意思統一、決定を図ることができない民主党は、政党としての体(てい)をなしていないと言える。これが露呈したのが、民主党が政権についたことで改めて証明された。松野頼久氏が民主党を離党した理由 松野頼久氏が民主党を離党した理由は、2012年、消費税増税法案を含む社会保障・税一体改革関連法案について、反対する意向を表明。衆議院本会議における社会保障・税一体改革関連法案の採決では反対票を投じ、党議違反したことである。 当時、消費増税法案の採決では反対の意を表明していた鳩山由紀夫、小沢一郎以下57名が反対票を投じ、元総務相の原口一博・元環境相の小沢鋭仁ら13名が棄権、2名が欠席(病欠した元首相の羽田孜を除く)するなど72名の造反者を党内から出した。 その後、松野氏は、民主党に離党届を提出し、他のメンバー6名とともに日本維新の会結成に参加した(民主党は松野の離党届を受理せず、除名処分を下した)。その後、日本維新の会国会議員団代表に就任した。その後、維新の党は幹事長の柿沢未途氏が山形市長選挙において民主党・共産党などが推薦する立候補者を独断で応援に訪れたことをきっかけに内部対立が鮮明化し、維新の党とおおさか維新の会に分裂した。党首会談を終え、統一会派「民主・維新・無所属クラブ」結成の合意書を手に握手する民主党の岡田克也代表(右)と維新の党の松野頼久代表=12月11日、国会内(斎藤良雄撮影) 維新の党は、このままでは将来予測される衆院選に生き残るために、民主党に合流した方が得策と考えたわけだ。 マスコミは、民維新党について党名の公募の行方を大きく報道しているが、政党の基本にせまる報道はない。民主党政権は、「一度、民主党にやらせてみては」とのマスコミの大合唱の結果、誕生した。その結果、民主党政権は、普天間移設につき迷走、近隣諸国とりわけ中国、韓国との外交関係を毀損し、その後の安倍晋三内閣は、日中韓首脳会談を3年半かけてようやく実現させた。 国会での党首討論で、岡田代表は、日本の安全、防衛はどうして守ってきたか? について、「日米同盟と平和憲法」と述べた。これは間違いである。日本の防衛は、「自衛隊と日米同盟」で守られている。自衛隊は日夜訓練に励み、日本の国土を守っていくという強い意思のもとに任務に当たることによって、戦後の日本は平和を享受できたわけである。 だから民主党は、自衛隊の解消を目指す共産党と選挙協力を模索するわけだ。 最近の日本周辺の軍事情勢は、ここ10年間の中国・ロシアの軍事費の急速な伸び、北朝鮮のミサイル発射や核実験などをどう考えるかである。 国家の任務は、国民の生命と財産を守ることで、国は自国民を防衛する義務がある。 「平和というのはただ平和、平和と口で言うだけでは達成されないので、平和を破るような行為を阻止する手段を講じることが必要なのだ」という小泉信三元慶應義塾塾長の言葉をキチンと踏まえるべきである。 その上で、民主党に今、問われているのは、共産党の日米安保条約廃棄と自衛隊の解消という安全保障政策に同意するか否かである。 民主党が国民から信頼されないのは、政党の本質を真摯に考えずに、いい加減にしてきたことである。 民主党が、「民主党は嫌いだけど・・・」との自虐的なポスターを作った。自らの政党も好きになれない人たちに期待はできない。日本を嫌いな人が、日本を良くすることはできないのと同じことだ。 だから筆者の周りには、かつてマスコミに踊らされて民主党に投票し、その結果、失望し、反省し、今は、日本を良くするために、必死に安倍政権を応援している若者たちがたくさんいる。 彼らは、「民主党には二度と騙されない。だから、政党の名前だけを変えるだけの民維新党には騙されない。」と行動している。 夏の参院選への影響は、国民がマスコミ報道に惑わされず、自ら正しい・真実の情報を収集し、冷静に分析・評価、そして確かな判断をすれば、かつてのような間違いは生じないと考える。

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    「選挙のためなら何でもする」民維合併、党名は社会党がふさわしい

    存在していないだろう。多くの国民が期待を裏切られたと感じているのは間違いのない事実だ。しかしながら、政党の名前を変えたところで、中身が変わらないことには、何も変化がないといわざるをえない。政党名さえ変更すれば、中身は同じでも国民の支持を得られるであろう、と考えているとすれば、それは随分と国民を軽蔑した発想と言わざるをえない。 私はリベラルな政党が存在することの意義を否定しない。基本的に私自身は保守政党を支持するだろうが、政権交代の不可能なシステムでは政治が腐敗する。政権交代が可能なリベラルな政党が存在することによって、保守政党も緊張感をもって政治に取り組むことになるのは、当然のことだろう。日本政治を大局的に俯瞰すれば、リベラルな政党が存在していた方が、政治全体の活性化に繋がるであろう。 また、保守政権が見逃しがちな社会的弱者の声を代弁し、労働者の権利を守り、マイノリティーの意見を政治の場に持ち込むこともリベラルな政党の果たすべき役割で、その存在意義は大きい。その意味において、私はリベラルな政党を待ち望む一人であるといってよい。 だが、日本においてリベラルを標榜する政党は、現実的に分析すると、どうしても、国政を担わせるには危険すぎると思わざるをえない。日本における「リベラル」の、アキレス腱は安全保障政策に他ならない。 彼らは社会的弱者の権利を守ることや労働問題に熱心に取り組むが、議論が安全保障政策に及ぶと、突如として、極端な解釈に終始し、「九条を守れ!」、「立憲主義を破壊するな!」とスローガンを繰り返すだけで、現実的な安全保障政策を語らない。 安全保障政策における極論を排し、現実主義的なリベラルに生まれ変わることこそが重要なのだが、民主党はその逆の方向に舵をきっているように思われてならない。現実的な安保政策を語っていた鳩山由紀夫元総理 唐突だが、次の文章をご覧頂きたい。「独立した一つの章として「安全保障」を設け、自衛軍の保持を明記することとした。現行憲法のもっとも欺瞞的な部分を削除し、誰が読んでも同じ理解ができるものにすることが重要なのだ。この章がある以上、日本が国家の自然権としての個別的、集団的自衛権を保有していることについて議論の余地はなくなる」 この文章は、自身の憲法改正案に付された解説なのだが、一体誰の文章か。  実は、民主党の創設者、鳩山由紀夫元総理の文章なのだ。  意外なようだが、鳩山由紀夫元総理は、憲法改正論者であり、当時は極めて現実的な安全保障政策を語っていたのである。 鳩山氏は現行憲法の第九条第二項、すなわち「交戦権」の否定と「戦力」の不保持について、「現行憲法のもっとも欺瞞的な部分」と批判し、憲法において自衛軍の存在を明記すべきだという。 鳩山氏の草案では次のようになっている。日本国は、自らの独立と安全を確保するため、陸海空その他の組織からなる自衛軍を保持する。2 自衛軍の組織及び行動に関する事項については、法律で定める。 「交戦権」を否定し、「戦力」の不保持を謳った現行憲法下で自衛隊が存在していることの矛盾を解決するために、「自衛軍」の存在を憲法に明記するという鳩山氏の主張は、正論だといってよい。 また、鳩山氏は集団的自衛権についても、次のように解説している。 「そもそも集団的自衛権とは国際法上の権利であって義務ではない。同盟国に自動参戦義務を課すような話ではないのだ。前述のように、集団的自衛権といっても、基地の提供、物資の輸送から戦場での共同作戦まで、さまざまなレベルの協力方法がある。アメリカと同盟関係にある国家は、世界に四十カ国以上ある。どのレベルの協力をするかは、それぞれの政府が国益に沿って判断すればいいことだし、どの国の政府もそう考えているはずだ。」 「これからの日本が国際政治に臨む大きな目標を掲げ、そのための現実な諸政策を一歩一歩着実に進めていくためには、われわれの外交政策論争から憲法神学論争を取り除くことが不可欠だ。ここに掲げた国際協調と自衛権の条項は、そのための一つの試みである。」 個別的自衛権と集団的自衛権を区別して論じるのではなく、日本の国益にかなう場合であれば、集団的自衛権の行使もすべきである。集団的自衛権の行使は「権利」であって「義務」ではないから、「同盟国に自動参戦義務を課すような話ではない」。それぞれの国家が国益のために、その行使について判断すればよいという見解だ。 私もこうした見解に、賛同する。 この時点における鳩山氏の見解は、リベラルを志向しながらも、現実的な安全保障政策を掲げている。このリベラルでありながら、現実主義的な態度こそが、日本のリベラルに求められている姿勢ではなかろうか。新党名は「社会党」が相応しい なお、昨年、鳩山氏は安倍総理に、集団的自衛権の行使容認に反対の立場から、手紙を送ったが、その手紙には次の一節がある。 「私は、アメリカに媚を売るような形で、集団的自衛権を行使することには反対です。 それは、アメリカの決めた戦争に、唯々諾々と参加せざるを得なくなることが明らかだからです。」 「私は日本を、「戦争のできる普通の国」にするのではなく、隣人と、平和で仲良く暮らすにはどうすれば良いかを真剣に模索する、「戦争のできない珍しい国」にするべきと思います。」 「騏驎も老いては駑馬に劣る」というが、かつての現実主義は跡形もなく消え失せ、日本を「珍しい国」にすべきだという、政治家の見解とは思えないほどの非常識な主張がなされている。この鳩山氏の変節こそが、民主党の左傾化を象徴していないだろうか。  共産党とは一線を画した、穏健なリベラル政党、そして自民党には出来ないとされた改革を実現する改革政党として政権を担うというのが、民主党の原点ではなかったのだろうか。  だが、政権運営に失敗し、下野すると、反対のための反対に終始し、あろうことか、共産党との連携を模索し始めた。集団的自衛権の問題では、「九条を守れ」「立憲主義を破壊するな」と叫ぶだけで、現実的な対応をしていたようには、到底思われなかった。当選のバラをつける日本社会党の土井たか子委員長(中央)=1990年2月18日、東京・三宅坂の日本社会党本部 民主党と維新の党が合併し、より左傾化、具体的に言えば、安全保障政策の空想化を強めていくのであれば、新党名は「社会党」が相応しいだろう。自衛隊の存在を違憲といい、日米安保の存在すら否定していた社会党を目指し、ひっそりと消滅していけばよい。 繰り返しになるが、日本に求められているのは、政権交代が可能な現実主義的なリベラルである。政権交代によって、安全保障政策を激変させる必要などない。国内政策で社会的弱者に寄り添う政党が、安全保障政策で空想に浸る政党である必要がないのだ。 現実主義的なリベラルの台頭を待ち望んでいる国民は多いのではないか。

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    名前も理念も決められない「民進党」では誰にも刺さらない

    まりや盛り上がりはなく、効果は期待できそうにないのが現状だ。 合流は、もちろん「1強多弱」といわれる政党状況を打破して、自民党・公明党の与党勢力に対抗し得る政治勢力をつくり上げ、政権交代可能な政党政治を再現するのが狙いである。だが、合流による新勢力は衆議院が92議席、参議院は64議席にすぎない。与党と比べて、衆議院は3分の1以下、参議院は半分以下で、掛け声の「野党結集」や「政界再編」の呼び水となると受け止める国民は少なく、期待感も乏しい。 自民党の政権奪還後、「1強」下で、実際上、政党政治の機能停止状態が続いているが、「多弱」打破のための合流とはいえ、新しい党の党名を決めるに当たって、政党として政治と社会の将来像や目標、行動・選択・決定の指針といった点を示さないまま、漠然と公募や世論調査に託するというやり方は、本来、政党と参集する政治家が取るべき道ではない。 断るまでもなく、政党も政治家も、国民の支持と理解がなければ存在し得ないが、どんな政治と社会を目指す党か、そのために何をどういうふうにやる党なのか、政党と政治家の側が理念や思想、哲学、行動原理、方向性などを示さなければ、国民は判断も選択もできない。何を目指す党か、何をやる党かを一言で表現するのが党名だから、政党と政治家の側が責任を持って国民に提示する義務がある。 だが、新党名の「民進党」というネーミングからは、どんな政治や社会を志向するのか、そのために何をどうやって実現するのか、というメッセージが伝わってこないと感じる人が多いのではないか。名は体を表す 振り返ると、1955年結党の自由民主党も、96年に最初の党を旗揚げした民主党も、ここまで一度も党名を変更しなかった。それは曲がりなりにも「自由民主」と「民主」という党名が、政党としての理念や思想、行動原理、方向性などを指し示しているという意識が、党内で共有されていたからだろう。 自民党はロッキード事件で大揺れになったときなど、一部で党名変更論が取り沙汰されたことがあったが、55年以来の名前を変えなかった。民主党も98年の第2次結党、2003年の自由党との合併の際も、同じ党名の下に結集した。「自由民主」は自由と民主主義を共通の価値観とする中道・右派の道、「民主」は国民主権、公正な社会、生活重視を目指す中道・左派の路線を一言で言い表すという役割を果たしていたといっていい。 一方、短期間で消滅した過去の政党の党名を見ると、何を目指す党か、何をやる党か、という点が明確でなかった例が多いことに気づく。日本新党、新党さきがけ、新生党、国民新党、みんなの党、次世代の党などは、リーダーの個性はアピール力を備えていたが、政党としての正体は見えにくかった。 「民進党」という名前を聞いて、短命に終わったもう一つの「新進党」(1994~97年)がすぐに思い浮かんだ。自民党に対抗し得る新政党を目指して新生党、公明党、民社党、日本新党、自由改革連合などが結集したが、3年半で空中分解した。    1994年12月10日、新生党、公明新党、日本新党、民社党などの野党が集まり政権交代を目指した新進党の結党大会が開かれた 党名の「しんしんとう」は当時、新生党や日本新党、新党さきがけなどの新党勢力とは別に、「新・新党」の結成を、という掛け声に基づいて誕生したという経緯から、有権者が覚えやすくて選挙に有利という計算もあって、「新進党」という漢字を当てた。だが、「新進」という言葉から、特別の政治理念や党の目標、方向性などを感じ取ることができず、最初から「数合わせの新党らしい意味不明の党名」という批判がつきまとった。案の定、早期の解散・消滅という運命をたどった。 「多弱」を打破して、ここまでの民主党が再浮上を遂げるには、現在、完全消滅に近い国民の期待感の再醸成が不可欠だ。今回、合流政党の党名選びが話題になり始めたときから、筆者は個人的には「官主導ではない民権の政治を」という姿勢と路線を明確にするために「民権党」を名乗れば国民の期待感を呼び戻す一助になるのでは、と密かに思っていたが、似て非なる「民進党」となった。 かくなる上は、党の名前はともかく、自公政権に代わり得る選択肢、政策の対案と代案、対立軸などを欠かさず提示して、どんな政治や社会を目指すか、何をどういうふうにやるかを明確にする。「名」はともかく、「体」をつくり上げる。それができなければ、待ち構えているのは「新進党の悪夢」の再現だろう。「民進党」が民主党20年の歴史の「終わりの始まり」とならない保証はない。

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    元自衛官の共産党市議が激白 安倍政権よ、自衛隊を安易に使うな

    井上圭一(土浦市議会議員) 私は陸上自衛隊の自衛官として、茨城県の霞ケ浦駐屯地の後方支援部隊で9年間勤務しました。その私が、2015年4月の茨城県土浦市議会議員選挙に立候補、多くのみなさんの支援を受け、日本共産党の議員として初当選しました。 自衛官であることと共産党員であることは、憲法9条を大切に考える私にとって自然なことでした。ところが、その9条を踏みにじり「自衛官を他国の戦争に参加させる」という集団的自衛権への動きが始まりました。なんとか食い止めたいと思い、総選挙にも挑戦し訴えました。後輩の自衛官を絶対に戦死させたくないという強い思いと、自衛官の“声なき声”とその家族の思いを代弁するために、立ち上がったのです。2004年12月、イラク・サマワの陸上自衛隊宿営地でタンク車に給水活動を行う隊員(共同) 日本独自の自衛隊とは何かというと、専守防衛(日本本土が他国から軍事的攻撃を受けた場合、防御・反撃する体制)の名のもとに、第二警察としての役割を果たす組織です。そして一番重要なことは、日本国内専用の組織として設立から現在まで運用され、国民の理解を得てきた日本の宝なのです。なぜ宝かと言うと、日本を襲う未曽有の災害に対し迅速かつ適正に大量の人員(訓練された)を現場に派遣し、人々を救助出来る組織は自衛隊を置いて他にありません。平和な日本の生活を営む国民にとって、これほど頼りになる、いざという時の為の保険にも似た後ろ盾を持っている日本人はある意味幸せです。 自衛隊を他国の人たちが見た場合、一般的に「軍隊」と認識すると思います。ただ、歴代政府が今まで世界に発信してきた、自衛隊の存在は、守備であり攻撃することは無い組織であることは世界的にも認知されてきたところだと思います。それは、先の大戦の教訓から、日本は日本国憲法を制定し、戦後70年間武力による国際紛争に協力してこなかったことも大きな要因です。とりわけ平和憲法第9条の役割は強大で、日本を取り巻く安全保障関連が悪化した場合であっても、紛争解決のために武力(抑止力含む)を伴う国際的平和活動にも自衛隊を使うことはありませんでした。また時の政府による右傾的暴走の歯止めになっていたのも憲法9条の力であることは、周知の事実だと多くの国民は知っています。 日本国憲法には、立憲主義・主権在民・民主主義など、日本人が日本人であるために必要な条文が決められ、すべての国民はこの憲法を守り生かしていく事になっています。これは日本人にとって絶対のルールであり、改憲するのであれば国民の過半数の賛同が必要です。 なかには、日本国憲法を否定する者、米国からの押し付け憲法などと日本国憲法を認めない改憲派の存在もあります。そんな人たちをも包んで見守っているのも日本国憲法なのです。どおしても納得しないのであれば納得のいく国に住めばいいだけです。世界は広いのです。私は憲法の条文を読めば読むほど素晴らしく思えてならないのです。誰が作ったなど関係ないじゃないですか。いいものはいいのです。 最近、教科書の歴史認識をめぐる問題が勃発していますが、私は本当のことを載せるのが筋だと思うのです。それをどう理解するかは、読む個人の感性であり、それを議論したり話し合ったりする場が学校であり教育ではないでしょうか。事実と違うことを捏造し子供たちを洗脳することに憤りを感じます。もはや「自民党に任せておけば大丈夫だろう」の時代ではない 日本は戦後アメリカの従属国となり日米安保・地位協定など様々な面でアメリカの傘下におかれ支配されてきました。残念なことに日本人はアメリカに守られていると勘違いしている人が多いのも事実です。私は疑り深い性分なので政府の見解を聞いていると、日本政府すらアメリカに乗っ取られているように感じます。本気で独立国家を目指すのであれば、義務教育の必須科目に最低でも日本国憲法や日米地位協定、近代歴史など日本の根幹を主る部分を教育するべきです。あくまでも判断するのはこれからの未来を担う生徒自身です。逆にその部分が欠落しているのが多くの現代人ではないでしょうか。この問題は知れば知るほど無関心ではいられないほど日本人にとって必要な知識なのです。知ってしまった人達の全国的なデモ、有識者などの発言は、政府にとって目の上のたん瘤であり、表に出さないためにメディアを使った世論操作に必死で、真面な意見を潰しにかかっています。国、言いなりの国民で良しとする政府にとってこれに気づかれることは最大の恐怖だからです。 さて、今まで述べてきたことを踏まえて、私が元自衛官として共産党議員として、戦後70年にして、時の一内閣による自衛隊の在り方を180度転換した、今回の安全保障法制(戦争法)がいかに無策で相当なリスクがあることを世間に伝えたいと思います。まず、自衛隊は国民の命を敵から守る最後の砦として武器を持ち最小限の抑止力を保持してきました。自衛隊は殺戮が生業の集団です。「自衛隊が武器を持ち他国に派兵される意味とそれを認めた事に国民は責任を持たなくてはなりません」。これは、生まれたての赤ちゃんから人生の最期を迎えようとしている人まで全てです。「やれば、やられる事を覚悟しなければなりません」。私は自衛隊を安易に使いたがる安倍自公政権に失望します。平和だの安全だの綺麗ごとをいくら並べて推し進めたとしてもウソはウソでしかありません。 防衛省では、これからの自衛隊は「国際平和のために国連などに協力し貢献することが隊員に与えられている使命である」「戦争や紛争に巻き込まれて困っている人々を助けることは隊員として当たり前の任務」などと国際貢献は当たり前と隊員を洗脳している傾向にあります。本来任務を逸脱する状況に気づかずに訓練に励んでいる隊員がいじらしくも思えます。日本が国際貢献する手段は何も武力を用いた策だけでは無いはずです。国民は、アメリカ・軍需産業・経団連のトライアングルを見逃してはなりません。自衛隊員に犠牲が出てからでは遅いのです。自衛隊員に犠牲(死者)が出ると言う事は、相手国にも相当な犠牲が出ているはずです。今の平和な日本は、先の大戦の多大な犠牲の上にあります。もう一度、自衛隊員の犠牲のもとに「平和な日本を」と過去の過ちを繰り返そうとしている安倍自公政権にノーを突きつけ、武力・抑止力に頼らない、今までやった事の無い様な積極的な平和外交を推進し、国際社会の和平に貢献する日本にして行きましょう。 その点、日本共産党はブレません! だから私は、共産党で議員になったのです。信念を曲げて大勢に魂を売って媚びることなどに、政治家として大儀を見いだせるはずもありません。もはや「自民党に任せておけば大丈夫だろう」の時代ではないのです。今こそ、国民の意思が通る政治(本物の民主主義)に変われる時ではないでしょうか。黙っていたら政府に無条件で賛成したのも同じこと。自分たちや子孫の未来に、悪政・悪法を残さないために、私たちは「今」活動するべく「大儀」があるのではないでしょうか。国民の無関心を誘導する政府・メディアに騙されない、主権者として政治を動かす新しい時代を築こうではありませんか。自衛隊を派兵させ、国民の血税をバラまかなければ、国際社会に向けあえない安倍自民公明政権に幕を引きましょう。

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    杉田水脈が見た 共産党を支える公務員労働組合の「正体」

    環境を議論するために存在しているわけです。でも、実際は、自治労連の場合は日本共産党というように特定の政党と深いかかわりを持ち、国会周辺のデモや沖縄の基地反対運動に参加するなど、政治的な活動を行っています(現場に行き、そこにはためいている幟を見れば明らかです)。 公務員の政治活動は禁止されているのに、なぜ、職員団体である「自治労連」や「自治労」は政治活動をしているのか?という質問に対し、「公務員の職員団体には職員以外の者も加入している。そしてその人たちが活動している。」という苦しい答弁が返ってきました。それもおかしな話です。 ここのところをきちんと調べて、公の場で追及すること。 これによりある程度、日本共産党をはじめとする左翼政党への資金や人員の流れを断つことができると私は考えています。参考:平成26年5月19日 衆議院総務委員会【杉田水脈】公務員の労働組合が特定の政党、民主党や共産党を支持することが許されるのか。https://www.youtube.com/watch?v=-dhP2HfcNYE

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    日本共産党がどうも調子に乗ってるらしい

    び掛ける日本共産党、志位和夫委員長の鼻息が荒いようです。4日の党旗開きでは、安倍政権を「ウルトラ極右政党」と揶揄し、「共産党の躍進が新しい歴史をつくる」と声高に訴えていました。はっきり言って、最近の志位さんの言動がちょっと怖いです(笑)。

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    元外交部長が明かす 矛盾に満ちた共産党の安保政策に共感できる理由

    では自衛権が否定されたとする吉田首相に対し、共産党は自衛権の重要性を主張した上で憲法に反対した唯一の政党である。国家が自衛権を保有しているという立場は、誰よりも明確だったといえるだろう。 では、侵略されたらどうするのか。まず、抽象的にいえば、「可能なあらゆる手段を動員してたたかう」ということである。 「憲法第九条をふくむ現行憲法全体の大前提である国家の主権と独立、国民の生活と生存があやうくされたとき、可能なあらゆる手段を動員してたたかうことは、主権国家として当然のことであります」(民主連合政府綱領提案、1973年) このように、共産党の安全保障政策の基礎となる考え方の一つは、何としてでも「国民の命を守る」ということであった。社会党のように、「デモ、ハンストから、種々のボイコット、非協力、ゼネスト」で抵抗するとか、「降伏した方がよい場合だってある」などというものではなかったのである。「非武装・中立」に対する「中立・自衛」には、そのような意味が込められていたわけだ。憲法9条改正の展望から「改悪阻止」へ憲法9条の改正も展望して 「国民の命を守る」ということに加え、共産党が安全保障政策を立案する上で基礎となるもう一つの考え方があった。それは「立憲主義を守る」ということだ。憲法に合致した手段で戦うということである。そして、この二つの考え方の両方を貫こうとするため、「可能なあらゆる手段」ということの内容に、いろいろな制約が課されてきたのだ。 まず、侵略された場合、実力組織なしに対抗できないというのが共産党の考え方なわけだから、戦力の保持を否定した憲法九条のままではダメだということになる。いまではそんなことを覚えている共産党員は皆無だろうが、当時、共産党にとって、憲法9条というのは平和主義に反するものだという認識であった。 「将来日本が名実ともに独立、中立の主権国家となったときに、第九条は、日本の独立と中立を守る自衛権の行使にあらかじめ大きな制約をくわえたものであり、憲法の恒久平和の原則をつらぬくうえでの制約にもなりうる」(「民主主義を発展させる日本共産党の立場」、75年) 9条では恒久平和を貫けないというわけだ。その結果、当然のこととして、憲法9条を改定することが展望されていた。 「(日本が)軍事的な意味でも、一定の自衛措置をとることを余儀なくされるような状況も生まれうる」(したがって)「必要な自衛措置をとる問題についても、国民の総意にもとづいて、新しい内外情勢に即した憲法上のあつかいを決めることになるであろう」(「日本共産党の安全保障政策」、68年) こうして、名称は決められていなかったが、戦力としての自衛戦力をつくるとされていた。徴兵制ではなく志願制とすることなども打ち出されたことがあった(『共産党政権下の安全保障』、79年)。当面の方針は「憲法改悪阻止」 こうして9条を改正するというなら、それはそれで矛盾はないことになる。社会党の「非武装・中立」とは反対の意味で、すっきり単純なことだった。しかし共産党は、九条の改正は将来のことだと位置づけ、当面は変えないという態度をとる。 その理由の全体は複雑であり、読者を付き合わせると混乱してしまうだろう。よって紹介するのは二つだけに止める。 一つは、自民党が9条を変えようとしていて、改憲問題が焦点となっていたわけだが、自民党の改憲の目的は、現在では誰の目にも明らかなように、集団的自衛権の行使にあったからである。つまり、九条の改憲が政治の舞台で問題になる場合、当時の焦点はそこに存在していたのであって、当面は「憲法改悪阻止」という立場が重要だという判断が存在したのだ。 二つ目。当時、共産党が連合政府の相手として想定していたのは、いうまでもなく社会党であった。その社会党は9条を変えるつもりはなかった。そういう事情もあったので、当面めざす連合政府は、憲法の全体を尊重する政府になるという判断をしたのである。社会党との連合政府のもとでは憲法改正には手をつけず、自衛隊は縮小し、やがては廃止することになるということであった。律儀に解釈した結果、矛盾が広がる この結果、自衛隊についていうと、次のようになる。当面の社会党との連合政府では、自衛隊は縮小し、最終的には廃止される。そして将来の政府においては、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力をつくるということだ。 侵略された場合、「可能なあらゆる手段」で反撃するというが、その手段はどうなるのか。自衛隊の縮小過程においては、「可能なあらゆる手段」の中心は自衛隊だが、廃止してしまった後は、それこそ警察力しかなくなるということだ。そして、憲法を改正することによって、新しい自衛戦力が「可能なあらゆる手段」に加わってくるということである。 これは大きな矛盾を抱えていた。これらの過程を「国民の総意」で進めるというわけだが、その国民の総意が、自衛隊の縮小から廃止へ、そしてその後に再び自衛戦力の結成へというように、相矛盾する方向に動くものなのかということだ。共産党の宮本顕治中央委員会議長=1997年7月29日、代々木の党本部 当時、共産党も、自衛隊の縮小はともかく、国民がその廃止に納得するとは思っていなかった。1980年に出された政策において、「(社会党との連合政府のもとで)独立国として自衛措置のあり方について国民的な検討と討論を開始する」としたのである。 これも一般の人には意味不明だろう。社会党との連合政府は憲法の全体を尊重する政府であるから、憲法改正をしないわけだが、それにとどまらず憲法改正問題の「検討と討論」もしないとされてきた。この政策によって、その態度を変更したというわけだ。 ここには立憲主義をどう理解するかという問題がかかわってくる。いうまでもなく憲法第99条は、大臣、国会議員その他公務員の憲法尊重義務を課している。その憲法のもとで、しかも憲法を尊重すると宣言している政府が、憲法の改正を提起できるのかということだ。 共産党はそこを律儀に解釈して、連合政府では憲法問題の議論もしないとしてきたのだが、それでは自衛戦力が存在しない期間が長期化する怖れがあった。この政策が出された記者会見で宮本顕治委員長(当時)が説明したのは、まだ自衛隊が縮小しつつも存在している間に議論を開始し、自衛戦力の必要性について「国民の総意」を形成することによって、将来の政府ではすぐにその結成に(憲法改正にということでもある)着手できるようにしたのである。自衛戦力の存在しない期間をそれによって最短化することを示し、国民の理解を得ようとしたわけであった。憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾二、憲法9条を将来にわたって堅持する時代の矛盾憲法9条に対する態度の大きな転換 「中立・自衛」政策は、1994年になって大転換する。「中立・自衛」というのは、以上見てきたように、憲法改正を含意した概念だったわけだが、この年、憲法9条を将来にわたって堅持する方針を打ち出したのだ。 「憲法9条は、みずからのいっさいの軍備を禁止することで、戦争の放棄という理想を、極限にまでおしすすめたという点で、平和理念の具体化として、国際的にも先駆的な意義をもっている」(第20回大会決議、94年) かつて「恒久平和をつらぬくうえでの制約」としていた九条の評価を大転換させたのだ。そのもとでは、「侵略されたらどうする」という問題への回答も変わらざるを得ない。かつての社会党と同様、「警察力」で対処するのが基本だということになっていく。 「急迫不正の主権侵害にたいしては、警察力や自主的自警組織など憲法九条と矛盾しない自衛措置をとることが基本である」(同前) 劇的な転換だった。とりわけ自衛戦力が必要だとしてきたかつての立場との関係をどう説明するかは難問だった。憲法の問題を担当していた共産党の幹部が、次のようなことを書いた。 「今日では、なんらかの軍事力に恒常的に依存するといったことなしに日本の独立と安全をまもることが必要かつ可能であり、日本がそうすることが世界の平和にとっても積極的な貢献となること、この点で日本国憲法の規定は国際的にも先駆的な意義をもっていることが、いよいよ明白になってきている。将来における自衛措置の問題についての日本共産党のかつての提起も、もともとどんなことがあっても、かならずや憲法を変えて自衛の戦力を保持するのだというのではなく、情勢と国民の総意によるというものであったが、今日では第九条の将来にわたる積極的な意義と役割をより明確にしておくことが重要である」(「赤旗評論特集版」94年7月20日)転換を生んだ時代背景 これはこれでスッキリとはしている。しかし、かつて批判してきた社会党と同じ立場をとるわけである。この決定があった年、私は共産党の政策委員会に勤めることになり、しかも安全保障問題の担当者となったので、どんな批判が寄せられるかと心配していた。ところが、共産党員からの反発はあまりなかった。 なぜ共産党員に戸惑いがなかったのだろうか。これまで説明してきたように、「中立・自衛」政策というのはあくまで将来のことと位置づけられていた。当面の焦点は「憲法改悪阻止」であったので、共産党員は「九条を守れ」という立場で活動していた。何十年にもわたって日常的には九条の意義を語っていたわけである。将来の「中立・自衛」政策のことなど議論する場もなかった。その結果、共産党が憲法改正を展望していることなど自覚されず、そのことを知らない党員が多数を占めていったのであろうと思う。 時代の変化もあった。戦争がなくならないという現実に変化はなかったが、その戦争に対する国際世論には変化があった。たとえば国連総会は長い間、アメリカやソ連が戦争をしても見過ごしてきたが、79年、ソ連のアフガニスタン介入に際して反対決議をあげた。83年にはアメリカのグレナダ介入に対する反対決議も可決した。そうした変化は、戦争がなくなるとまでは断言できる変化ではないが、少しずつそういう方向に世界が動くだろうということは予感させるものだった。ソ連が崩壊して、冷戦も終わりを告げた。 共産党の大転換は、そのような時代状況の産物だったのだ。自衛隊活用論への転換 しかし、さすがに侵略に対して「警察力」で対応するという政策は、共産党員の間ではともかく、国民の間では通用しない。私がいた部署は、選挙で国民に支持されるための政策をつくる部署だったので、国民と接触する機会が多く、「ミサイルが落とされたらどうするのか」という質問などが常に寄せられるのだ。それに対して当時、「警察力で撃ち落とします」などといえるわけもなく、「落とされないように外交努力をするのです」と答えながら、心のなかでは「通用しないよな」と思う日々が続くことになる。 そこに変化が生まれたのが6年後である。この年、共産党は、自衛隊と9条の「矛盾を解消することは、一足飛びにはできない」として、自衛隊の解消が現実のものとなる過渡期には自衛隊を活用するという方針を全国大会で打ち出す。 「(自衛隊と9条との)この矛盾を解消することは、一足飛びにはできない。憲法九条の完全実施への接近を、国民の合意を尊重しながら、段階的にすすめることが必要である」 「そうした過渡的な時期に、急迫不正の主権侵害、大規模災害など、必要にせまられた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用する。国民の生活と生存、基本的人権、国の主権と独立など、憲法が立脚している原理を守るために、可能なあらゆる手段を用いることは、政治の当然の責務である」(第22回大会決議、2000年)合理的なものになった安全保障政策安全保障政策としては合理的なものに この新しい方針は、自衛隊の即時解消を求める平和運動家、党員には評判が悪かった。戦後すぐの混迷の時期は別として、共産党の全国大会は全会一致で方針が可決されてきたが、唯一、この第22回大会だけは異論が出た大会であった。 この時期、私は担当者だったので、共産党員が集まるいろいろな場所に説明のために出かけたが、そこでも非難囂々の連続であった。「憲法に違反するものを使うなんてとんでもない」「自衛隊があるとクーデターで政権がつぶされる」「外交に自信がないのか」等々、批判の渦のなかに行くようなものだった。 けれども、安全保障政策としては、非常に合理的になったと思うので、私は堂々と説明していた。かつての「中立・自衛」政策のもとでは、すでに紹介したように、いったん自衛隊を廃止し、その後に新たにつくりなおすという、どう見ても不合理な道筋が想定されていたわけである。新しい方針によって、自衛隊を将来に廃止するにしても、それは国民が合意する範囲で、少しずつ進めればいいことになったのだ。政策として合理性がある。自衛隊をなくしてしまえば侵略されたときに困るという不安が広範囲に残る限り自衛隊はなくさないのだから、「侵略されたらどうする」と聞かれれば、「あなたを含む国民多数がそう思っている間は自衛隊はなくさない」と答えればいいので、大きな批判は起こりようがないのである。 確かに自衛隊の即時解消を求める人たちの批判はなくならないだろう。それでも、最終的には解消するわけだから、目標の方向性では一致しているのだ。 こうして、残るのは、自衛隊の活用の仕方だけとなる。安全保障政策を具体化すれば良くなったのである。そうなるはずだったのだ。自衛隊活用は将来の話だった 私は、この大会決定が決まって以降、「侵略されたら自衛隊が反撃するのだ」という立場でものを考え、執筆もしてきた。ところが、それに対して予想外の批判が寄せられることになる。 どういう批判かというと、自衛隊を活用するという大会の決定は、日米安保条約を廃棄する政府ができて以降の話だというものである。それ以前の段階では自衛隊を活用すると明示しておらず、したがって「侵略されたら自衛隊が反撃するのだ」と一般化する私の立場は間違いだということだった。当初の案の段階のものは、私のような受け止めがされるものだったが、大会の最中に修正をくわえることにより、自衛隊の活用は安保条約廃棄以降の問題だという位置づけを与えたというのである。 私にはそのように思えなかった。しかも、たとえ大会決定がそう解釈されるようなものであっても、それ以前の段階で侵略されたらどうするのかといえば、当然自衛隊で反撃することになるだろう。大会決定が明示的にそれを否定していない以上、「侵略されたら自衛隊が反撃するといえる」と私は主張した。しかし、大会決定を決めた人たちがそう解釈しているのだから、それを覆すことはできなかった。 安全保障に責任を負っていた私が、その安全保障の中心問題で意見が異なることになったのだ。人生で最大の悩みを抱え、苦悶したすえ、退職を決意することになる。当面も自衛隊活用という方針への転換大島理森衆院議長との会談後、会見する共産党の志位和夫委員長=2015年12月24日、国会内(斎藤良雄撮影) それから10年が経過し、昨年の夏、新安保法制で日本国中が沸き立った。この法制が可決された直後、共産党は「国民連合政府」構想を発表する。これは、新安保法制を廃止し、集団的自衛権行使を認めた閣議決定を撤回するという限定的な仕事をする政府とされているが、政権を担う以上、いろいろな問題にどう対応するかが問われる。共産党の志位委員長は、国民連合政府は安全保障をどう考えるのだという質問に答え、次のように述べた(外国特派員協会、15年19月15日) 「つぎに「国民連合政府」が安全保障の問題にどう対応するかというご質問についてです。私たちは、日米安保条約にかかわる問題は、先ほど述べたように、連合政府の対応としては「凍結」という対応をとるべきだと考えています。すなわち戦争法廃止を前提として、これまでの条約と法律の枠内で対応する、現状からの改悪はやらない、政権として廃棄をめざす措置はとらないということです。 戦争法を廃止した場合、今回の改悪前の自衛隊法となります。日本に対する急迫・不正の主権侵害など、必要にせまられた場合には、この法律にもとづいて自衛隊を活用することは当然のことです」 日米安保条約が存続する政府のもとでも、侵略されたら自衛隊を活用するということだ。大会決定の解釈が覆ったのである。 矛盾と葛藤のない政策は危険である三、矛盾と葛藤のない政策は危険である憲法との関係では難しさを抱えている 共産党の現在の立場は、先に述べたように、安全保障政策としては筋が通っている。しかし、憲法との関係は難しいままであり、護憲派との矛盾は少なくない。 国民連合政府ができたとして、自衛隊の憲法上の位置づけをどうするのかという問題がある。自衛隊は憲法違反なのか合憲なのかという問題だ。合憲論に立つ民主党などと、引き続き違憲論をとる共産党が連立するわけだから、小さくない矛盾である。 この問題では、山下書記局長が、政党としては自衛隊違憲論は変えないが、政府としては合憲という立場で臨むと発言している。それ以外の対応は無理だと思う。ある問題を合憲か違憲か判断し、議論するのは、民間団体なら自由である。しかし、国家はあくまで憲法擁護義務を課されているわけであり、立憲主義の立場に立てば、違憲だと判断する状態はなくすことが義務づけられる。政府が自衛隊を違憲だとするならば、可能な限り早期に廃止するし、それまでの間も使用しないという判断をするしかなくなるであろう。合憲か違憲か判断ができないという無責任な態度をとることも不可能だ。即時廃棄の立場をとるのでないなら、合憲と判断するしかない。 そういう立場をとればとるほど、護憲派との矛盾は拡大していく。しかし、護憲派が望む自衛隊のない世界というのは、日本周辺の平和と安定が確保され、永続することが誰にも確信されるような現実がなければ実現しない。護憲派は、そういう外交は安倍政権にはできないと批判しているわけだから、それなら自分で政権を取りに行くしかないだろう。護憲政党を政権に送り込むことにちゅうちょしていては、日本周辺を安定させる平和外交など夢物語である。矛盾がなければいいということではない 冒頭に述べたことだが、こんなことを書いていると、少なくない人はあきれかえるかもしれない。好意的に共産党を見ている人にとっても、せいぜい「ご苦労様ですね」というところだろうか。 だが、そもそも、立憲主義を守るということと、国民の命を守るということと、その二つともが大事なのである。その二つをともに守ろうとすると、誰もが矛盾に直面するのである。 戦後の自民党政権の安全保障政策も、この二つの葛藤のなかで生まれたものだといえる。憲法制定議会で自衛権はないとした政府が、その後、答弁を変更して自衛隊の創設にまで至ったのも、この二つの間の相克に悩んだからだろう。自衛隊が国連PKOなどで海外に出て行くようになり、武力行使を禁止した憲法との間の矛盾に苦しんだ政府が、「武器使用」とか「非戦闘地域」という概念を編み出したのも同じことだ。 こうした葛藤を小馬鹿にする人もいる。しかし、少なくともこれまで、自衛官が海外で一人も殺さず、殺されていないことには、この葛藤の反映がある。同じように90年代以降に海外派兵に踏み切ったNATO諸国では多くの兵士が死亡しているわけだから、その差は歴然としている。復興支援などに限って派兵してきた日本の態度は、憲法九条によって生まれた「臆病さ」の象徴であるかのようにいわれてきたが、軍事力でテロに対応することで泥沼化する世界の現実を見れば、「臆病さ」もまた必要とされていることが明らかではないだろうか。 矛盾のなかで苦しまないような政党、あまりにスッキリとした政党には、ちゃんとした政策をつくれない。その代表格がかつての社会党だった。国民の命を守ることをどれだけ考えていたかは知らないが、憲法だけを判断基準にして政策をつくったのである。安倍政権はスッキリ単純だが そして、逆の意味でスッキリしているのが、現在の安倍政権ではないか。都合が悪ければ、何十年続いた憲法解釈をあっさりと変えてしまうのだから。 しかも、安倍首相の場合、立憲主義を守ることに無頓着なだけではない。国民の命を守るという点では無責任さが見られる。集団的自衛権行使の閣議決定をした後、安倍首相は記者会見をして、米艦船を防護しないとそれに乗った母子を守れないと訴えた。しかし、自民党はそれまで、海外で有事に避難する日本人をアメリカが助けてくれないので自衛隊を派遣する必要があるのだと主張し、90年代、二度にわたる自衛隊法の改正によって、自衛隊が運用する政府専用機と護衛艦などを邦人救出のために派遣できるようにしたのである。その自民党政権が、今度は海外で有事に日本人を助けてくれるのはアメリカなのだと、かつてとは正反対のことをいって憲法解釈を変えたのだ。要するに安倍首相にとって、大事なのは国民の命ではなく、自分の政治目的だということなのである。国民の命は政治目的を実現する手段にしぎないということだ。スッキリしていればいいということではない。 ただ、安全保障政策の曖昧さは、もう許されなくなっていると思われる。新安保法制の最初の発動事例になると予想されるのは、南スーダンに派遣された自衛隊に駆けつけ警護の任務を付与することである。南スーダンは、外務省の渡航情報を見れば分かるように、真っ赤な色で塗られた危険度四(即時避難勧告)の地域である。「非戦闘地域」であったイラクで自衛隊員が殺し、殺されることがなかったのだって偶然といえるできごとだったのに、南スーダンの自衛隊がどうなっていくのか、本来なら国民全員が心配し、議論しなければならないのではないだろうか。 それなのに、安倍政権は「リスクに変わりはない」と言い張り、護憲派も自衛官が危険になる責任は政府にあるとして、お互いに責任をとらないのでは、自衛官だけが置き去りにされるのだ。右か左か、護憲派か改憲派かにかかわらず、建前をやめて本音で議論することが求められる。大事なのは理念ではなく(そういうと怒られるだろうが)、現実に失われるかもしれない命ではないのか。

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    共産党変身の仕掛け人? 小沢一郎氏が野党共闘のキーマンに

    とされる。「野党がバラバラで選挙を戦っても自民党には勝てない」が持論の小沢氏は、衆参わずか5人のミニ政党(生活の党と山本太郎となかまたち)の共同代表で「もはや小沢の時代ではない」(自民党ベテラン)と見られながら、再び野党共闘のキーマンに浮上した。関連記事■ 渡辺喜美氏 民主は自民との連立失敗し分裂する可能性指摘■ 自民党幹部「小沢氏無罪で党資金200億円握れば選挙大惨敗」■ 小沢一郎氏 非自民勢力の結集を最後の仕事と考えているか■ 総選挙 票が取れなくても自民圧勝の反民主主義的な結果予想■ 進次郎vs細野で次世代対立軸示せれば旧世代安倍氏の政治終焉

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    「共産党」を誤解している日本人へ

    ってきたというのだ。共産党の志位和夫委員長は安全保障関連法廃止を目指す「国民連合政府」を提案し、他の政党に連合を呼びかけている。共産党の甘い誘いに揺れる政党、政治家が出てきたというから、やはり問題視せざるを得ない。 ウィーンは地理的に共産圏と民主圏との中間に位置していることもあって、旧ソ連・東欧共産政権を身近に目撃できた。ウィーンに国連専門機関を含む30を超える国際機関の本部、事務局が存在するのは偶然ではない。東欧共産政権の動向をフォローしてきた一ジャーナリストとして、共産党の実態について、少し述べたい。なぜならば、共産党を“誤解”している日本人が案外多いからだ。 北アフリカ・中東諸国から多くの難民が“乳と密の流れる”欧州へ殺到しているが、オーストリアには冷戦時代、共産圏から200万人以上の政治難民、亡命者が収容された。だから、オーストリア国民は共産主義、共産党が如何なる政党、世界観を有し、国民を粛清、処刑してきたかを知っている。難しいマルクス・レーニン主義を理解していなくても、オーストリア国民は共産主義世界観の実態を目撃してきたのだ。 日本の進歩的左翼理論家、大学教授が共産主義社会が国民の幸福を保障すると主張するが、それではどうして多くの国民が西側に逃げていったのか。極めて素朴な疑問だ。オーストリア国民は、書斎で共産主義思想を学んでいる日本の進歩的知識人と呼ばれる人たちより共産党の実態を知っているのだ。オーストリアにも共産党は存在するが、同党はこれまで連邦議会選で議席を獲得したことがない。当然だろう。 日本共産党支持者は何を支持しているのだろうか。与党自民党政権への抗議という理由から共産党を支持することは無謀な行為だ。共産党は単なる抗議政党ではなく、明確な世界観、人間観を有している政党だ。そして共産主義が国民の幸せをもたらさないことは歴史が証明してきたのだ。 当方は冷戦時代、旧東欧共産国を取材した。スロバキアで「宗教の自由」を訴える市民のデモ集会を取材していた時、治安部隊に拘束され、ブラチスラバ中央警察署で7時間尋問を受けたことがある。チェコでは共産政権に抗議してプラハ市民がゼネストのデモ行進を敢行した時、治安部隊が一斉に武力で強制解散に乗り出した。市民の中に潜入していた当方も棍棒を振り回して近づく治安部隊から逃れるために走った。 小さな体験に過ぎないが、当方も共産党政権の実態を目撃してきた。繰り返すが、共産党政権下の東欧の国民は当時、日本国民が今当然のこととして享受してきた「言論の自由」、「結社の自由」、「宗教の自由」などを奪われていたのだ。 日本共産党関係者が「われわれは違う」と弁明する。確かに、共産党は2004年、党綱領を改定したが、その中身は何も変わっていない。共産党の看板を先ず下ろし、党の「粛清の歴史」に対し国民の前で説明し、謝罪すべきだろう。多くの若者の人生を奪った党の歴史に対し謝罪すべきだ。戦中の旧日本軍の言動に対して謝罪を要求する前に、日本共産党は自らの過去を謝罪すべきだ。全てそれからだ。 野党の中には選挙対策のために共産党と連携を深めていこうとする動きがあるという。危険な冒険だ。共産党の笑みに騙されてはならない。彼らは大人しく、従順な羊ではないのだ。 「日本共産党脅威論は杞憂だ。労働者階級の政党と鼓舞する共産党系労組はその会員を失い、『日本民主青年同盟』は無力化してきた。青年党員は急減している。共産党の躍進は一時的な現象に過ぎない」と言われるかもしれない。当方もそれを願っている。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2015年11月8日分を転載)

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    「国民連合政府」構想は共産党による巧みな野党間の競争戦略

    です。それと、もうひとつは、候補者を立てる余裕がなくなってきたのではないかという疑いです。 共産党は政党交付金を受けていません。それでもやってこれたのは「しんぶん赤旗」が党を支える大きな資金源となってきたからです。しかし、「しんぶん赤旗」はウィキペディアによると、日刊紙の部数は過去10年で約36万部から約24万部に減少し、月2億円の赤字となっているとか。それでは台所が回りません。もし窮して政党交付金を受ければ、これまでの主張への厳しい批判が殺到します。 おなじくウィキペディアによると、かつては40万人を超えていた党員も、今ではおよそ25万人程度にまで減ってしまったおり、衰退に歯止めがかかっていないようです。党費も、赤旗からの収入も減少するなかで候補者をすべての選挙区でなにがなんでも立てるというのは厳しいのではないでしょうか。 どうせ当選しない候補者を無理に立てずとも、自民党であっても、民主党であっても、共闘することによって共産党の存在感をアピールすることも、恩を売ることもでき、党の退潮傾向に歯止めがかかるという計算が働いているのではないかと思いたくもなります。 大阪のダブル選挙では、表面上はさすがに今回は自民党との共闘は掲げていないようですが、候補者を立てなかったことは、実質は「国民連合政府」構想ならぬ、「府市民連合地方政府」構想そのものです。しかし、大阪は、もしかすると、自民党と共産党で、「革新」も「保守」ももはや何の意味もなく、選挙戦のためのキャッチフレーズのひとつにすぎないことを見せてくれている政治先進地帯なのかもしれません。(「大西宏のマーケティング・エッセンス」より2015年10月19日分を転載)

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    「SEALDs」の限界は今の日本のリベラルの限界

    小谷哲男(日本国際問題研究所 主任研究員) 戦後70年の節目の年が終わろうとしている。2015年は、安倍政権の歴史認識と平和安全保障法制に国内外の注目が集まった。歴史認識問題は、8月の安倍総理談話が中韓など一部を除いて国外で歓迎され、国内でも大きな反発はみられず、一応の決着がついた。総理談話の線に沿って、韓国との間で長年の懸案だった慰安婦問題についても、進展があった。一方、平和安保法制は国際社会からは概ね歓迎されているが、国民の多くの理解を得られたとはいえないのが実情だ。 平和安保法制への国民の理解が深まらなかったのは、野党の非建設的な批判が影響した。法案の審議が始まった当初、野党は攻め手を欠き、法案の中身よりも、重箱の隅をつつくような質問が相次いだ。ところが、衆院の憲法調査会で3人の憲法学者が同法案について「違憲」と意見表明すると、野党はこれに便乗し、「違憲な」法案の破棄を求めるようになった。加えて、戦後70年という節目に多くの国民が戦争の悲惨さや不戦の誓いを新たにする中、野党やリベラル系メディアがこれを「戦争法案」と呼び、国民の不安を煽った。2015年夏、安保法制に反対する市民の反対運動が各地で起きた(Getty Images)かつてはあった建設的な議論が失われた日本 特に民主党の対応は無責任だった。民主党政権時代でも、集団的自衛権の行使と集団安全保障への参加の拡大は検討されていた。にもかかわらず、岡田・枝野執行部は対案をとりまとめることを放棄し、代わりに「反対のための反対」という道を選んだ。民主党の中でも、長島昭久議員などから建設的な対案を求める声も上がったが、執行部にかき消された。結果として、民主党は支持を伸ばすこともなく、国民の信頼を失い、解党の一歩手前に自らを追い込んだ。 維新の党は集団的自衛権の行使にも前向きだったため、安保法制に当たって自民党と協力できる余地もあった。だが、内部抗争を抱えた維新の党がまとめた対案は、集団的自衛権の行使を個別的自衛権の拡大で行うというものであり、また海上交通への脅威に対しては自衛権の発動は行わないという非現実的なものだった。集団的自衛権の行使を個別的自衛権の拡大とするのは、そもそも国連憲章違反になる。また、日本は貿易立国であり、第二次世界大戦の敗戦も通商破壊と海上封鎖によってもたらされたことを考えれば、海上交通の保護は最重要課題の1つだ。維新の党が現実的な対案を出せなかったため、結果として安保法制に関して公明党の影響力が増すことになった。 有識者や市民団体、著名人も、法案の中身を理解しないまま、反対運動を繰り広げた。特に、SNSを利用し、全国でデモを繰り広げた学生団体「SEALDs」に注目が集まった。野党やリベラルな知識人は安保闘争の再現を狙ってか「SEALDs」を持ち上げたが、デモでは「安倍を叩き切る」など過激な主張も出てきたため、国民の共感を得ることに失敗した。「SEALDs」の限界はまた、今の日本の言論界におけるリベラルの限界を表している。 かつて、日本では『中央公論』と『世界』を中心に、現実主義者と理想主義者が論陣を張る論壇が存在した。現実主義者は勢力均衡の観点から日米安保を肯定し、理想主義者は「一国平和主義」の立場から非武装中立を唱え、議論を戦わせてきた。前者の代表だった故高坂正堯教授は、非武装中立論が勢力均衡を無視している点を批判しながらも、理想主義者たちが日本国憲法の平和主義の理念を国際政治に取り入れようとする努力を評価した。国家が追求すべき価値を考慮しないなら、現実主義は現実追従主義になってしまう。どのような国家を目指すのかという視点を、かつての理想主義者たちは提供しようとしていたのだ。 しかし、今日の日本には論壇は事実上存在せず、双方が交わることのない議論を繰り広げている。日本から論壇が消えた主な理由は、リベラルな知識人が現代の国際社会において日本が追求すべき国家像を提供できていないからだ。中国による現状変更や、イスラム国によるテロ、シリアの難民問題など、国際社会が直面する問題を解決するには、武力を否定し、対話を呼びかけるだけではだめなことは火を見るより明らかだ。リズムに乗って「戦争反対、憲法守れ」とただ叫ぶ「SEALDs」の姿は空虚に映り、彼らの思考停止を物語っていた。多くの国民は彼らの運動に理念がないことを見抜いていたのではないか。 他方、現実主義者たちは日本の目指すべき価値を提示し、それを実践するようになった。実際、安倍首相とそのブレーンたちは、第一次政権では、民主主義や人権保護、法の支配という普遍的な価値を重視する「価値外交」を提唱し、第二次政権はそれをさらに発展させた「積極的平和主義」を国家安全保障戦略の哲学としている。 積極的平和主義とは、一言で言えば一国平和主義の否定だ。戦後の日本では、長らく日本だけが平和であれば、国際社会の問題に関わるべきではないという考えが広がっていた。その背景には、戦争への深い反省という一面があったことも否定できない。しかし、日本の平和と繁栄は国際政治とは切り離すことはできない。積極的平和主義は、この事実を踏まえ、積極的に国際社会の問題に取り組み、それによって日本の安全と繁栄を確保することを目指している。安保法制は、積極的平和主義を実現するための手段安保法制は、積極的平和主義を実現するための手段 積極的平和主義は、日本の戦後70年にわたる平和主義への絶対的な自信に裏づけられたものだ。この点は、戦後70年の総理談話に表現されている。総理談話に関しては、村山談話で使われた「お詫び」と「侵略」、「植民地支配」というキーワードが入るかどうかという点に注目が集まってしまったが、重要なのはより大局的な観点からのメッセージだった。70年談話は、日本がかつて国際秩序への挑戦者となり、国内外に多大な損害と苦痛を与えたことを深く反省し、国際社会に復帰した後は、国際システムの受益者となって安全と繁栄を享受する一方、不戦の誓いを実践してきたことを評価している。その上で、中露や北朝鮮などが国際システムに挑戦する動きを見せる中、これを守っていく決意が込められている。 安保法制は、積極的平和主義を実現するための手段だ。従来の憲法解釈では、国際システムに対する挑戦に有効に対処できないため、安保法制が必要だったのだ。ただ、恣意的なパネルの使用など、政府による法案の説明に不適切なものがあり、安倍首相を含め政権側の言動におごりが見えたことも国民の支持が十分広がらなかった一因だろう。政権がおごるのは、野党やメディアの批判が的外れだったからでもある。橋下徹前大阪市長らとの会談後、ホテルから出てくる安倍晋三首相=2015年6月19日、東京都千代田区 国民の間に安保法制に関する理解が広がっていないからといって、国民がこれに反対しているわけではない。安保法制成立直後に各社が行った世論調査では、内閣支持率が不支持率を一時下回り、安保法制についても評価しないが過半数を超え、評価するは3割程度に留まった。ただし、評価しない理由は、議論が尽くされていないというものが7割ほどで、法案の中身よりも審議の進め方に対する不満が見て取れる。 安保法制は3月に施行され、4月には南スーダンのPKOで駆けつけ警護が可能となる。日本の防衛に関しても、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に沿って、作戦計画や運用に変更があるだろう。緊張が高まる南シナ海で、日米が共同作戦を行うこともあるかもしれない。自衛隊の任務が実際に変わる中、安保法制に関する国民の理解を再度丁寧に行う必要がある。 安保法制は、決して戦後日本の安全保障の大転換などではない。日本人は、戦後を通じて憲法の平和主義の理念を維持しながらも、国際政治の現実の中で現実的な政策を積み重ねてきた。今回の法制は、特に冷戦後に日本が直面してきた課題に取り組むために必要最低限の措置を講じるものだ。 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が2014年5月に出した最終報告書では、集団的自衛権の全面行使と国際安全保障活動への全面参加が提言されていた。しかし、政府はこれを受け入れず、集団的自衛権の限定行使と、集団安全保障への部分参加とし、それを安保法制に反映させた。つまり、実際の安保法制の中身は、慎重な世論を背景に、かなり抑制的な中身となっている。言い換えれば、日本の平和主義の理念は十分に反映されているのだ。 政府はこの点を丁寧に国民に説明する必要がある。一方、日本国民はもっと自らの平和主義に自信を持ち、国際社会における日本の役割を議論するべきだろう。