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    森友騒動が国益を毀損する 「パワー系ネット右翼」に手を振るな

    ある。国会で「証言」する籠池氏(写真:ロイター) 資本主義的営利という「損得」を追及するなら、無難な政治的に無色の幼稚園や小学校(院)の運営を志向するのが当然のはずだ。損得勘定ができず、他者からの批判をすべて「反日メディアの工作」「在日韓国・朝鮮人の仕業」と決めつけ、頓狂なイデオロギーに突き進むところが、彼らの異様な直進性を表している。だから「嘘を言えば罪に問われる場で、ウソを言うはずはない」という損得理論は、籠池氏には通用しないと私は考える。 同学園の塚本幼稚園と籠池氏は5,6年前から一部のネット右翼界隈で有名であったが、当時世間的には知名度はゼロに等しかった。この種の、小ブルジョワともいうべき中小の自営業者が後天的に右派的な世界観に「目覚め」ることはよくあり、また本件ではその「覚醒」のエネルギーがたまたま幼稚園・小学校(院)など教育方面へと向かったというだけで、籠池氏のようなネット右翼的世界観を有した小ブルジョワは、一般に可視化されていないだけで、この国の主要都市とその郊外に至る所に存在する。そしてすでに詳報したように、それを賞賛する一部の「保守系言論人」が毎度ルーチンの如く取り巻いている事もまた、よくある光景なのである。「パワー系ネット右翼」とは何か「パワー系ネット右翼」とは何か 私はこのような、当初どこにでもいるネット右翼だったものが、「保守系言論人」などの講演などの実績を梃子として、社会的に影響力を行使していく(かに見える)ようになるまでに成長したものを、「パワー系ネット右翼」と定義している。「パワー系」とは、巨躯・怪力など腕力自慢の登場人物やキャラクターなどを指すネットスラングだが、この場合の「パワー」とは、筋力ではなく社会的影響力の大なるを指す。 この「どこにでもいるネット右翼」が「パワー系ネット右翼」に進化する原因は、一重にも二重にもそれに恩典を与える存在、つまり増幅器の存在である。今回、籠池夫妻の例にあってのそれは、同学園の広告塔に使われた「保守系言論人」だが、やはり最大のものは安倍昭恵夫人(以下昭恵夫人)による名誉校長就任である。 並みの保守系言論人ではなく、「現職総理大臣の妻」が同学園最大の広告塔になったことにより、豊中の一介の小ブルジョワに過ぎなかった籠池夫妻が、社会的影響力を持った「パワー系ネット右翼」に変貌してしまった。この昭恵夫人の軽佻浮薄なる行為は、厳に批判されて仕方がないであろう。しかし、本件の端緒となった国有地払い下げ問題は、その妥当性についてもはや司法官憲に委ねるところにより、それ以上の追及に本質的意味があるとは思えない。森友学園の籠池泰典氏(左)と妻の諄子氏(右)=山田哲司撮影矮小化する国会と日本社会 山東議員が言うように、今上陛下の退位、テロ対策の方がより国家規模の喫緊の課題であろう。まさしく森友騒動で騒げば騒ぐほど、「籠池という人物が、よほどの大人物であるかのようになってしまう」(同)。籠池夫妻は「どこにでもいるネット右翼」が「パワー系ネット右翼」に進化しただけの存在にすぎず、到底大人物ではない。 こんな人物のために国会が空転し、本質的に議論すべき課題がなおざりになっているのだとすれば、著しい国益の毀損であるといわなければならない。ロッキード事件や、リクルート事件、佐川急便事件と比べると、騒動そのものの規模が著しく矮小化しているように思える。 どうせ国会で追及するのなら、疑惑の首魁がアメリカの軍産複合体とか上場大企業等であって欲しいものだ。豊中の一介の小ブルジョワを証人喚問するなど、まさに山東氏が指摘する「国会のレベルの低下」の象徴たる事例であろう。この騒動自体、20年続くデフレで経済のみならず精神すら矮小化してしまった日本人の象徴的事例、として後世記憶されるのではないだろうか。 国会の開催には、1日当たり3億とも、4億とも、5億ともいわれる運営費用が掛かっているという。国有地払い下げについて、評価額約9億5000万円の土地が約8億円値下げされた(疑惑)、とあるが、仮に8億円の疑惑の追及について1日あたり4億円使っているとすると、実にこの騒動が徒労なのかがわかろうというもの。この程度の、「パワー系ネット右翼」の証言の真贋を、雁首揃えてそれこそ、その真意を「忖度」しているのだから、開いた口が塞がらないとはこのことである。このような人物を、国会に招致すること自体が間違っている。森友騒動と社会的躁状態森友騒動と社会的躁状態 欧米のメディアを礼賛するわけではないが、CNNやBBCでは連日「トランプ政権とロシアの疑惑」を報じ、仏大統領選の行方が喫緊のテーマだ。万が一フランスで極右政権が誕生するとなると、「西欧近代の破壊」という歴史的変動を否が応でも目の当たりにするからである。豊中の「パワー系ネット右翼」を連日連日、こんなにも熱心に騒ぎ立てているのは、すわ異様の感すら覚える。 STAP騒動、芸能人や議員の不倫、桝添元都知事の支出、豊洲云々と来て森友…。こうしている間にも、減り続ける人口・出生率上昇を阻む待機児童の問題・将来に禍根を残す大学学費高騰問題や、周辺国のミサイル実験や軍拡への脅威など、真に、連日議論の俎上にのせられるべき問題はどこかに消えてしまっている。 森友騒動を見るたびに、この国が改革すべき巨大な悪や本質的巨悪に向き合わず、矮小化された卑近な騒動に対してのみ、近視眼的に躁状態になることに、着実に「日本国」のトレンド自体が衰亡に向かっていることを感じさせるのは、私だけの感覚なのであろうか。これは近年のハロウィン騒動にも通底するある種の社会的躁状態である。 国益を考えるときにイデオロギーの左・右の別はないはずだが、こうして「同胞」同志、相争いて少ない戦力をまっことどうでも良い事案に振り向け続け、気がついた時には取り返しがつかないほど、国力が衰微していくのが、繰り返されてきた帝国崩壊の道程なのだろう。 「―同じ仲間の意見対立は、敵に対するより執拗な憎悪を伴う」(バートランド・ラッセル)(2017年3月31日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    行政調査権限は「犯罪捜査」のためのものと解してはならない

    郷原信郎(弁護士) 森友学園と籠池氏をめぐる事態は一層、異常かつ深刻なものとなっている。 一昨日出したブログ記事【籠池氏「告発」をめぐる“二つの重大な謎”】でも述べたように、籠池氏の衆参両院予算委員会の証人喚問での証言について、「偽証告発」をめざす調査が行われている。告発の権限を持つ各院の予算委員会とは無関係に、自民党の西村康稔議員らによって調査が行われ、「偽証の疑いがある」「事実が確定したら告発をする」などと表明されたのが3月28日。翌29日には、国会ではなく内閣の側の菅官房長官が国会で、「(証言が)事実と違ったら告発」などと答弁し、その日のうちに、大阪地検が、前日に補助金が全額返還されているにもかかわらず、補助金適正化法違反の告発を突然受理し、最高検又は法務省からのリークとも思える「籠池氏告発受理」の報道が大々的に行われた。 そして、昨日31日には、森友学園に対する大阪府による立入調査が大々的に報道された。塚本幼稚園幼児教育学園へ立ち入り調査に入る府の職員=大阪市淀川区 大阪府の松井一郎知事は、森友学園に犯罪の疑いがあるかのような発言をかねてから繰り返していた。「偽計業務妨害」「私文書偽造」等、なぜそのような犯罪が成立するのが全く理解できない罪名から始まって、補助金不正受給の「補助金適正化法違反」の疑いがある旨のコメントが繰り返されていた。 3月29日と31日の記者会見で、松井知事は、次のように発言している。(3月29日)知事)籠池さんのことは、補助金の詐欺の疑いとかそういうものがあるのなら、それはもう、最後は司法に任せてやるべきだと思う。大阪府とすると、来週、調査に入りますから、その調査結果においては、教育長の方でね。職員)明後日。知事)明後日。調査に入るんで、そこに明確な、そういう補助金に対して違法性があるのなら、これはもう、教育長の方は警察の方へ届けるということになるでしょう。記者)細かいんですけど、その刑事告訴・告発は、教育長が、大阪府知事として…知事)これは大阪府知事名で、教育長が代理人になると思います。だってやっぱりこれは予算の不正取得になるのでね。<中略>記者)確認なんですが、先ほど知事は国会の偽証罪での告発について「ええ加減にした方がええ」というふうにおっしゃっていましたが、告発は予算委で3分の2以上の賛成が必要ですけども、維新としては、賛成反対という議論についても加わらないということですか。知事)それは議論には入らないとダメだとは思いますけどね。そこは国会の対応なのでね、国会議員団の団長と幹事長が判断したらいいと思います。記者)今のところ、代表として賛成すべき、反対すべき、というのはありますか。知事)その、告発すること?記者)そうですね。知事)告発するのならやっぱり理屈というか理由がきちっと固まっていないとダメだと思いますけどね。まあでも僕は、大阪府としては、31日に調査に入れば、補助金の不正な搾取があれば、これは、知事としては、やっぱり府民の税金が不正に取られたということになれば、これはやっぱり警察・検察にきちっと申し立てはします。松井知事の発言に隠された意図(3月31日)記者)仮に今日の調査で事実と異なるですとか、虚偽があった場合、府の対応について現時点でいかがでしょうか。知事)これ教育長が判断することですけれども、やはり補助金を不正に取得されていたということになると、司法に判断を仰ぐような形になるんじゃないですかね。記者)刑事告発が既に受理されていてですね、そちらの方の捜査もおそらく始まっているだろうという中で、契約書の話はその辺すごく絡んでくる部分があると思うんですけども、その辺、どういう風に整合性を取っていくかというか、その辺どのようにお考えでしょうか。知事)いやもう整合性というか…この事実を知っているのは施主である森友さん側と、請負された建築会社、設計事務所、この皆さん方が誠実に真実を話すべきだと、こう思っています。記者)その刑事的な話が進んでいることを理由に、今回の調査を断られたりということは、想定されているんでしょうか。知事)まあ、誠実に対応されると、僕は思っています。記者)補助金の問題とも絡むんですけど、偽計業務妨害としても検討されていることを思えば、今回の立入調査の結果を踏まえて、それはもう最終的に結論を出すということですか。知事)そうですね。やはり立入調査で事実を明らかにしないと。 松井知事は、大阪府が森友学園に立入調査に入るのは、「補助金の詐欺」などの不正を突き止めることが目的で、調査の結果不正が明らかになれば、警察、検察に告発する方針であることを明確に述べている。「司法に任せてやる」「警察の方へ届ける」「司法に判断を仰ぐ」など表現は様々だが、大阪府の行為としては「告発」するということであり、さらに、「告発の名義人」を尋ねた記者の質問に答えて、「大阪府知事名で、教育長が代理人になる」とまで答えている。 もちろん、「調査の結果不正が見つかれば」と言っているが、不正が見つからなければ、そもそも告発も何も問題になるわけがないのであるから、それは当然のことだ。 松井知事の発言には、自分が行政のトップの立場にある大阪府の権限を使って、森友学園の犯罪を行政の手で明らかにしようという意図が露骨に表れている。 特に、31日の会見では、記者は国会での籠池氏偽証告発について、松井知事が反対するようなコメントをしていたことについて聞いているのに、自分の方から、大阪府の調査のことに話題を変え、「31日に調査に入れば、補助金の不正な搾取があれば、これは、知事としては、やっぱり府民の税金が不正に取られたということになれば、これはやっぱり警察・検察にきちっと申し立てはします」などと述べているのである。 また、既に補助金適正化法違反の告発を大阪地検が受理したと報じられていることから、記者が「刑事的な話が進んでいることを理由に、今回の調査を断られたり」と言って、「大阪府が補助金適正化法違反の事実を突き止めるために立入調査を行おうとしても、森友学園側が拒否するのではないか」という趣旨のことを聞いても、「誠実に対応されると、僕は思っています」などと述べて、そのような拒否はさせない、大阪府の調査に対しては「誠実」に対応するのが当たり前だという趣旨の発言をしているのである。 「不正の事実があれば処罰を求めて告発をする」、それだけ聞くと当然のことのように思える。しかし、行政機関の立入調査(正確には「立入検査」)をその手段とすることには法律上重大な問題があることを、この際、声を大にして言っておきたい。行政が、自らの調査権限を使って、司法のチェックも受けないで、犯罪捜査まがいのことを好き放題に行うようになったら、それこそ、専制国家そのものである。行政調査は拒絶できない 行政機関による行政調査は、本来、「行政上の目的」で行われるものであり、それを拒否したり、質問に対して虚偽の陳述をしたりすることに対しては「罰則」の制裁がある。つまり、「行政目的で行う」という大前提の下で、立入検査という形で「家宅捜索」のような調査を受けることも、質問に対して答えることも、「拒絶できない」ことになっているのだ。土砂の搬出作業が進む森友学園の小学校建設現場=4月3日、大阪府豊中市 行政目的のために立入検査などを行った結果、刑事罰に処するべき悪質な違反事実がみつかったという場合、その段階で告発の要否を検討し、当該行政庁が警察、検察に告発を行う場合がある。それは、まず一定の行政目的での立入検査が行われた「結果」、犯罪事実が「発見」され、それを当該行政目的に照らして考えたとき、「行政機関に与えられた行政処分等の権限では行政の目的が達せられない」と判断されるからこそ、「告発すべき」ということになり、最終的には、捜査機関側の意見も聞いて、行政庁としての告発の判断が行われることになるのである。 「補助金の不正受給」の事実があったとしても、まずは「補助金の返還」を求めることが先決であり、その上で、悪質・重大な犯罪の疑いがある場合に、告発を検討することになる。 私が総務省顧問・コンプライアンス室長を務めていた2010年に、ICT関係の補助金に関して、コンプライアンス室への内部通報を端緒に、補助金適正化法違反で補助金をめぐる不正の事実をつかみ、総務省で特別チームを作って調査し、補助金適正化法違反による立入検査を行った事案もあった。多数解明した事案の中には、多額の補助金を私物化している悪質事案があり、告発に向けて検察庁と協議も行ったが、告発には至らなかった。 「最初から、犯罪の証拠を発見して告発することをめざして立入検査等の行政調査を行うこと」は、それによって、「無令状」の捜索や「黙秘権侵害」の聴取が行われることになるので違法であることは言うまでもない。逮捕,勾留,捜索,押収などの強制処分は,裁判官または裁判所の発する令状によらなければ,実行できないとする原則が「令状主義」である。 強制処分の理由と必要性を第三者が審査することで権限濫用を防ぎ、人権を保護するのが目的だ。 考えてみてもらいたい。例えば、あなたの会社について、犯罪の疑いがあるとの噂が流れ、管轄の行政庁又は自治体が、「噂がその通りであれば、告発する」と公言した上で、行政上の立入検査に入ってきて、「拒否すると罰則が科されますよ」と言われて、書類の提出を求められたり、「噂されている事実があるのか」と質問されるという状況に立たされたら、あなたならどうするだろう。 犯罪の疑いがあれば、捜査機関の判断によって捜査の対象にされることもある。しかしそれば、あくまで「任意」が原則であり、「強制」的に行う場合は、裁判官による「令状」が必要だ。犯罪捜査に応じることを、罰則で強制されることは、刑事手続きに関する憲法上の権利を侵害するものだ。 行政調査と憲法35条の「令状主義」・38条の「黙秘権の保障」との関係については、古くから税務調査等に関して問題にされてきた。昭和47年11月22日の川崎民商事件最高裁判決では、「刑事責任追及のための証拠収集と行政調査との関係」について、右規定(憲法第38条の)による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。 との判断が示された。松井知事の発言により森友学園側に有利に働く それ以降、行政調査権限に関する規定には、必ず「犯罪捜査のためのものと解してはならない」との規定が設けられるようになった。補助金適正化法(第23条3項)においても、(行政調査)権限は、犯罪捜査のために認められたものと解してはならない と定められている。 行政調査の現場では、告発を視野にいれている場合であっても、絶対に表には出ないよう十分な配慮がなされてきた。行政調査が「犯罪捜査の目的ではないか」と疑われた場合、それを理由にして、被調査者側から調査を拒否されても致し方ないからである。この場合、拒否に対する罰則適用も不可能である。日本維新の会の党大会後、記者会見する代表の松井一郎大阪府知事(中央) =3月25日、東京都内のホテル 松井知事の、森友学園に対する調査に関する発言を見る限り、そのような「行政調査と犯罪捜査との関係」についての理解を欠いているとしか思えない。立入調査に入る行政機関のトップが、事前に、「不正や犯罪を発見して警察、検察に処罰を求める」と公言しているのだから、全く弁解の余地がないのだ。 重要なことは、松井知事のこのような発言が、かえって森友学園側に有利に働くということだ。森友学園側としては、立入検査に対して、「犯罪捜査のために行われている」と言って重要書類の提出や、質問への回答を拒絶することができる。それに対して罰則適用することはできない。しかも、「行政調査で解明しようとしている事項については、まず行政機関の手続きを優先させるべき」と判断するのが一般的であり、警察などの捜査機関が犯罪捜査で介入をすることは、適切ではないということになる。結局、大阪府に関連する問題に関して、森友学園の不正の解明は遅れてしまうことになりかねないのだ。 昨日は朝から、大阪府が立入調査に入ることがマスコミで大々的に報じられ、テレビのワイドショーは、さながら「立入調査の実況中継」のような状態であった。その中で、松井知事のかねてからの「調査の結果不正がみつかったら警察に」というような発言が、改めて映像で流され、キャスターが「松井知事は不正がみつかったら告発すると明言している」という趣旨の解説をしていた。そして、スタジオのパネルは、森友学園の様々な「犯罪の疑い」で埋め尽くされ、森友学園の犯罪に対して大阪府の調査でメスが入る、ということが強調されていた。 私は、森友学園とも籠池理事長とも何の関係もないし、もちろん、弁護人でも、代理人でもない。森友学園の幼稚園等で何が行われていたのか、小学校の開設をめぐって何が行われてきたのかを知る由もないし、実際に、犯罪が行われた可能性を否定するものでは決してない。しかし、仮に犯罪事実があったとしても、それは、「適正な手続」によって証拠収集され、事実解明されなければならないことは、憲法上の保障から言っても、当然のことだ。行政のトップが、その大原則を露骨に踏みにじる発言をすることは決して許されない。 このような知事の発言によって、行政の立入調査が、森友学園の犯罪を明らかにするためであるかのように強調する放送が行われることは、弁護士の立場から見過ごすことができない。 「偽証告発」をめざす動きの異常さ、補助金全額返還後の「告発受理報道」の異常さに加え、大阪府が、「犯罪事実を明らかにするために行政調査に入る」という異常さまで加わる。 日本は、いつから非法治国家、非立憲国家になってしまったのだろうか。(「郷原信郎が斬る」より2017年4月1日分を転載)

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    “森友祭り”で一番の勝ち組は首相に食い込むフジサンケイG

    ディアに流す。総理が苦しくなればなるほど親安倍メディア、とくに産経にタナボタでネタが集まっている」(政治部記者)おいしい話には毒 さらに産経新聞は森友疑惑追及を強める野党を牽制するように、証人喚問までは「再び解散風が吹き始めた」(3月6日付)などと4月衆院解散説を書き立て、喚問が終わった途端に「首相、4月総選挙見送り」(3月28日付)と“スクープ仕立て”で報じた。自社スクープを自社スクープでひっくり返す離れ業だ。 いまや森友疑惑は意固地になった安倍首相と開き直る籠池氏の非難合戦にとどまらず、籠池夫人のメールで「幼稚園に侵入しかけた」と名指しされた民進党の辻元清美氏という新たな登場人物まで加わった三つ巴の泥仕合と化し、与野党とも幕を引きたくても引けなくなっている。メディアにとっては面白おかしい話題が提供され続けるわけだが、おいしい話には毒がある。 メディアが籠池劇場の高視聴率に浮かれて思考停止になっているのを見て、陰で「ありがとう」と喜んでいる人たちがいることを忘れてはならない。関連記事■ 森友学園疑惑で得をしたのは小池百合子氏、神風吹いた■ 籠池氏「清廉潔白の人間は相手が清廉潔白とわかるんですよ」■ 安倍首相とメディア幹部の会食 内閣発足以来最低でも60回■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」■ 読売や朝日 産経に後れるなと首相にすり寄り監視機能形骸化

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    稲田朋美はもう「限界」かもしれない

    いま、日本で最も火だるまになっている女性が2人います。一人は前回のテーマでお届けした首相夫人、安倍昭恵さん。そして、もう一人は本日のテーマで取り上げる防衛大臣、稲田朋美さんです。「女性初の総理」ともてはやされた入閣当時が懐かしいですが、それにしてもなぜここまで「炎上」したのでしょうか?

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    稲田朋美の「軽さ」は安倍総理の油断の象徴である

    期6年」から「連続3期9年」に延長する党則改正が行われた。この党則改正に「安倍一強」と評される現下の政治情勢が反映されているのは、あらためて指摘するまでもない。こうした「鉄壁」とも評すべき安倍内閣の政権運営には、俄(にわか)に軋みが印象付けられるようになっている。 その軋みの焦点になっているのが、稲田朋美防衛大臣である。「西の豊中」案件や「南スーダン派遣自衛隊部隊日誌」管理案件だけではなく、教育勅語の評価に絡む発言でも、彼女は批判を浴びている。『読売新聞』(3月16日付、電子版)社説は、「防衛省日報隠し 稲田氏に『統率力』はあるのか」と題して、彼女の政治姿勢における「軽さ」を批判している。彼女は、安倍内閣の「弱い環」になった感がある。何故、そのような仕儀に至ったのか。この疑問を前にして、次に挙げる二つのことを考える必要があろう。 第一に、防衛大臣という政治官職は、どのようなものとして扱われてきたのか。2007年の防衛省発足以前、前身官庁としての防衛庁は、総理府(後に内閣府)外局の位置付けに過ぎず、その長たる防衛庁長官も、「55年体制」下の自民党内では、大して食指の動かない「陪席ポスト」としてしか扱われなかった。2007年1月8日、省への移行を翌日に控え、「防衛庁」から「防衛省」へ掛け替えられる正門の看板(大西正純撮影) 第二次世界大戦後、日本の大方の国民が政治家に対して期待したのは、社会福祉を含めて様々な「便益」を届けてくれる「サンタクロースの代理人」の役割であり、「猛獣」(国家の本質としての暴力)を飼い慣らす「猛獣使い」として役割ではなかった。特に1990年代以前。政治家が「猛獣使い」として本来の役割を果たそうとするとき、それを阻んできたのが、戦後日本の平和主義思潮とそれを代弁した左翼・革新政治勢力であった。 この永き歳月の中で、政治家が「サンタクロースの代理人」に徹すればよいという一つの諒解を成したという点において、自民党サイドの「利益誘導」政治と革新政党サイドの「平和主義」信条は、一つの共犯関係にある。こうした関係が払拭されなかったことにこそ、「猛獣使い」官職が軽んじられてきた所以がある。 しかし、1990年代以降、日本を取り巻く安全保障環境の変化は、そうした有り様への修正を迫った。防衛庁の省昇格に象徴される諸々の安全保障政策展開は、日本の「右傾化」の証左ではなく、安全保障環境の変化に対する「適応」に過ぎない。その一方で、政治家に対して「猛獣使い」ではなく「サンタクロースの代理人」としての役割を期待した日本国民の意識は、どこまで変わったのか。「親心」に表れた安倍一強の油断 第二に、このような防衛大臣という官職の位置付けの変化にもかかわらず、何故、稲田朋美という政治家は、防衛大臣職に任用されたのか。彼女は、その政治上の経歴から判断する限りは、外交・安全保障政策領域に特段の見識を持たない「ドメスティック志向」の政治家である。靖国神社案件や歴史認識案件で彼女が過去に披露したナショナリスト色の濃厚な言説は、外交・安全保障政策領域の見識を担保するわけではない。もし、安倍晋三総理が彼女の防衛大臣起用に際して、「経験を積ませよう…」という類の「親心」を働かせたのであれば、そうした「親心」は、現下の安全保障環境に照らし合わせて、不要であったと評すべきであろう。 そもそも、目下、北朝鮮の脅威は「新たなステージ」に入り、東シナ海や南シナ海での中国の海洋進出は露骨の度を高めている。加えて、日本は、米国を含む各国と「2+2」(外務・防衛担当閣僚会合)の枠組を設定している。それは、「どの国々も自分だけで安全保障を確保できない」という安全保障政策上の要請に沿ったものである。来日したマティス米国防長官(左)を出迎える稲田朋美防衛相=2月4日、防衛省(納冨康撮影) しかも、そうした安全保障上の国際協調の中核である米国において、ドナルド・J・トランプ政権下、その役割を担うのは、「狂犬」「闘う修道士」とも渾名されるジェームズ・N・マティス国防長官である。イラクやアフガニスタンでの実戦経験と蔵書7千冊とも評される読書に裏付けられた見識を誰も疑わぬマティス長官を前にして、稲田大臣は、果たして太刀打ちできるのか。 前に触れた『読売新聞』社説で指摘された彼女の「軽さ」は、そうした安全保障環境の下での「不安」を増幅させている。それは、「この大臣で本当に大丈夫か…」という不安である。彼女は、そうした「不安」を払拭すべく真摯に臨んでいるであろうか。そうした真摯さをこそ、彼女は何よりも世に伝えるべきではないのであろうか。 2000年代以前、防衛庁長官という政治官職は、「少壮政治家の跳躍台」のように扱われてきたけれども、そうした「常識」が防衛大臣に関しても残っているのであれば、それは、改めた方が宜しかろう。防衛大臣という政治官職は、外務大臣や財務大臣と同様に、自民党であれば派閥領袖級の重鎮政治家が担うものであるという新たな「常識」を形成する必要がある。そうでなければ、最低限でも外務、防衛の副大臣職を経験し、外交・安全保障政策領域の見識が明らかな政治家を起用するかである。 その意味では、安倍第二次内閣発足以降、小野寺五典、中谷元の両氏を防衛大臣に起用したのは、安倍総理における正当な判断であった。それは、安倍総理が防衛大臣の「重み」を十分に理解したが故の判断であったといえよう。しかしながら、その判断は、稲田大臣起用に至って、何故曇ったのか。それは「安倍一強」と評される政治情勢の下、安倍総理の「油断」を表していなかったとは果たして断言できるのか。

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    自衛官の「矛盾」を放置し信頼を失った稲田氏は潔く身を引くべきだ

    たことは明らかだ。教育勅語を大事にすることなどで共感した稲田氏が弁護士として籠池氏を支援し、籠池氏も政治家である稲田氏を応援する関係を築く基盤となったことは疑いようがない。首相夫人の安倍昭恵さんに至っては、籠池氏妻との関係が最近まで続いていたことも明らかになっている。 ところが、森友学園のことが政治問題に発展し、政治家としての自分の立場に悪影響を及ぼすようになると、稲田氏は(安倍氏も)突然、籠池氏との間には何の関係もなかったかのように立場を翻した。人間と人間の関係はそういうものなのだろうか。自分に不利な関係になったとはいえ、即座に切り捨てるというのは人の在り様としてどうなのかと思いたくもなる。 そういう疑念を生じさせることが、私だけではなく、稲田氏に対する世論の冷たい視線の背景になっているように思えてならない(安倍内閣の支持率低下も同じだ)。そして、それが「戦闘」や「日報」をめぐって、自衛官からも信頼を勝ち得ていないのではないかという危惧とも重なってくる。 稲田氏にとって最も大切なことは、いったい何なのか。自分の部下、仲間や同志、それとも自分の政治的経歴なのか。そこが問われているだけに、現在の苦境から抜け出すのは簡単ではないだろう。 憲法9条の下での防衛大臣の仕事には特有の難しさがつきまとう。だからこそ苦労のしがいがあるポストでもある。防衛大臣たるもの、自分の身を捨ててでも、職務に邁進(まいしん)してほしい。それができないなら、潔く身を引くべきではないか。

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    「オンナが武器」なら稲田さんは女性総理になんかなれっこない!

    です。牧師の父親の娘として共産主義だった東ドイツに産まれ、数学とロシア語が得意な少女として育ちます。政治家になるタイプの女性というのは、日本だとチーママ系の男たらしも多いのですが、メルケル首相の場合は、刈り上げ頭にサンダルという、色気も何もない東ドイツの典型的な理系女子でした。東ベルリンにある科学アカデミーに就職し、理論物理学を研究していた物理学者として働いていた際にベルリンの壁が崩壊。政治の道に進むことを決めます。 メルケル首相はドイツでは「お母さん」と呼ばれ、かつてはイギリスのサッチャー首相と対比する形で、「鉄のお嬢さん」(Eisernes Mädchen)というニックネームがありました。メルケルが「鉄のお嬢さん」と呼ばれたワケ 「鉄のお嬢さん」には「鋼鉄の処女」という意味もあります。これはイギリスを代表するヘビーメタルバンド「Iron Maiden」のバンド名の元ネタであり、中世の拷問器具の名前でもあります。これは乙女の形をした鉄の人形の中は棘(とげ)だらけで、人が中に入れられてガチャンとされると足元から血が滴るという恐ろしい拷問具です。 こんな「拷問具」に例えられたメルケル首相の政治手腕というのは、科学者らしく大胆かつ現実主義的で冷静沈着であります。政敵は容赦なく叩きのめし、時には自分の師匠にさえとどめを刺します。 メルケル首相が政治の表舞台に立つきっけかけは、コール元首相の弟子になったことでした。コール氏の党費流用疑惑が起きた時は「責任を取るべきだ」とドイツの新聞が厳しく批判しました。このとき、メルケル首相は自分の身内であっても、正しくないことは正しくないとコール氏を批判し、筋を通したのです。 このような厳格な態度は、メルケル首相の地味でドイツ人らしさを絵に描いたようなキャラとあいまって、ドイツ国内で絶賛され、ドイツキリスト教民主同盟(CDU)党首に就任します。 党首就任後も、おしゃれや華やかさとは無縁でドイツ人らしく倹約や厳格さを善とし、着実に忍耐強く物事を進めていきます。無駄使いで国が破綻したギリシャへの緊縮財政を要求し、福島の原発事故を受けて原発全廃と再生可能エネルギーへの転換を決定します。 このような媚びない態度、ぶれない姿勢はドイツ国内だけではなく、欧州でも尊敬されるリーダーとして注目を浴びています。ここ数年は、欧州におけるドイツの「一人勝ち」的な立場や、シリア難民受け入れに関する決定で他国からの批判を浴びていますが、しかしながら、周辺国の経済が芳しくない中、ドイツ経済の好調を維持する手腕は今なお評価されています。 そんなメルケル首相は、スーパーで寿司の材料を買って、レジで列に並んでいるところを目撃されたりしています。SPもつけず地元の主婦に混じって買い物をしているのです。派手な生活とは一切無縁なのです。ただ、そこはドイツなので首相を目撃しても誰も何も言いません。歓迎式典でメイ英首相(左)を迎えるメルケル独首相=2016年7月21日、ベルリン イギリス首相も女性です。 テリーザ・メイ首相は、キャラクター的にメルケル首相と被るところがあります。牧師で、厳格かつ質素な家庭に育ちます。学生のころは難病で車椅子の母親を看病しながら勉学に励んでいました。 オックスフォード大学の学友であった夫との結婚式の当日、会場に向かおうとしたお父さんが自動車事故で亡くなります。その数年後にお母さんも亡くなるという不幸にも見舞われます。I型糖尿病を抱えているので、会議ではこっそりとナッツをかじりながら血糖値を管理して仕事をするというストイックな面もあります。日本で出世する女性は稲田大臣のような人 美容院は20年以上同じで一回1万円もかからない庶民的な店。髪型も毎回同じ。夫と庶民的な家に住み、今でも日曜日の教会礼拝を欠かしません。今でも20年以上通っている庶民向けのパブやカフェでご飯を食べ、村祭りにも参加します。夏はチェックのシャツと登山靴を履いてスイスでハイキングですが、休暇のパターンは何年も同じです。前首相のキャメロン氏とは大違いの地味で清貧な生活です。 政治手腕は有言実行であり、誰も怒らせないが、やるべきことはズンズン進めるという現実主義者です。法務大臣のころは不法移民の取り締まりをかなり厳しくやったり、非EU(欧州連合)の人のビザ要件が恐ろしく厳しくなりました。見た目の華やかさにはとらわれず、冷静に、じっくりと、しかしやることはやるというイングランド人を絵に描いたような人です。 メルケル首相やメイ首相をみていると、ドイツやイギリスでは、なぜ女性リーダーが育つのか、ということがよく分かります。そう、男か女とか関係なく「結果」を出す人が好まれるのです。要するにメリトクラシー、職能主義です。合理性を好むドイツやイギリスらしいですね。参院予算委員会で答弁後、麻生太郎副総理兼財務相(左)の話を聞く稲田朋美防衛相=3月8日、国会 これは政治の世界だけではなくビジネスやアカデミックな世界でも同じです。結果さえ出れば、何人でも性別がなんだろうが関係ないのです。その裏返しは、結果を出せない人間には厳しいということでもありますが。馴れ合いもお友達関係もそこには通用しません。「オンナの武器」さえも役には立ちません。結果が出なければ、さまざまな方向から攻撃されるので、巨乳やキレイな足があっても、実はどうしようもないのです。 一方、日本の場合はどうでしょうか。誤解を恐れずに言えば、出世する女性は稲田大臣のような人です。自分が年を重ねても、少女のような恥ずかしげもない格好で、年上や目上の男性の覚えをよくし、敵や周囲を決して攻撃せず、擬似的な娘や妹のような振る舞いをすることが重要であり、結果を出すことは必ずしも求められていません。 もっと言えば、日本において最も重要なのは、女性としての「あるべき役割」を演じているかどうかであり、結果を出すことではありません。 ですから、それを演じるのがうまい女性ばかりが昇進します。しかし、実力は伴いませんので「やっぱり女はダメだ」と言われ、女性の地位がますます固定化されていくのです。 これは周囲のオトコも悪いし、オンナという役割を悪用し、楽して上に上がろうとする女も悪いのです。

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    稲田防衛相 弁護士のくせに自己弁護がヘタすぎる理由

    安倍-菅コンビに不仲説 きっかけは稲田朋美氏の入閣見送り■ 稲田防衛相 ゲス宮崎夫妻への結婚祝儀を政治資金で拠出

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    籠池夫人が明かす稲田朋美大臣の「大変失礼なこと」の真相

    くちゃいかんのです」 その小学校は完成を目前にして設立認可取り下げに追い込まれた。そして交わっていた政治家、称賛していた政治家は逃げるように夫妻との過去を隠している。関連記事■ 菅野完氏、TV局から「籠池氏もっとイジって」と要求された■ 元清楚系モデル大澤玲美 赤の極小ビキニで悩殺ポーズ■ 激やせ心配される愛子さま 後手に回った宮内庁と雅子さま■ SASUKE女版「KUNOICHI」 真剣勝負ながら男目線にも対応■ 籠池氏「清廉潔白の人間は相手が清廉潔白とわかるんですよ」

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    元制服幹部が諫言「稲田氏に防衛大臣の資質はない」

    委員会で、前日の答弁を撤回、謝罪する稲田朋美防衛相=2017年3月14日 クラウゼヴィッツの「戦争は政治の継続である」は、換言すれば「自衛隊の海外派遣は、政治の継続であり、自衛隊は政争の具である」との観が拭(ぬぐ)えない。 稲田朋美防衛大臣就任後、駆けつけ警護や共同防護発令、舌の根も乾かぬうちの国民が理解できない撤収と、陸自PKO派遣部隊の翻弄が続いた。それは、南スーダンの都合や期待を忖度していない、また前線にいる自衛隊員の懸命を斟酌できない「政争の象徴」でもある。 この渦中に稲田防衛大臣がいる。国会での「戦闘」の解釈に関する言い合いには実りがない。腹立たしいのは、『日報』の扱いをめぐり、指揮官として部下の失敗の責任を共に負う、あるいは「尻を拭く」のではなく、部下に責任を押し付け、指揮官自から部下を非難したことだ。 相前後した「某学園某理事長」との関係で二転三転した答弁同様、それは「戦闘」を捻じ曲げた答弁に端を発して自ら蒔(ま)いた種子ではないか。ここに至り指揮官の資質を疑うのは早計だろうか。 じかに隊員と接する機会の多い防衛大臣の指揮・統率は、その「一挙手一投足」に注目する部下隊員を感化、薫陶する。今日の自衛隊における命令・服従の関係は、徴兵時代の盲目的服従と異なり、指揮官の良し悪しが精強性を左右する。それは、任務遂行の意欲をかき立てる根源となり、指揮官次第で部下が命懸けになれるという、高いレベルの徳と識見に基づく特筆すべき「優れた統率の現象」でもある。安全保障の弱点はシビリアン・コントロール 昨年10月、稲田防衛大臣は、「駆けつけ警護」発令に先んじて、PKO派遣の要件を満たす政府判断の一助を得るため南スーダン派遣陸自部隊を視察した。その立場は、閣僚である政治家であり、自衛隊の指揮官であった。視察の結果、自衛隊指揮官としてのアピールは希薄だった。報道の範囲であるが、隊員に対する訓示は、指揮官が一身に責任を負い、隊員を気遣い、士気の高揚を図るのではなく、閣僚である政治家としての姿勢が強調され、自衛隊派遣の妥当性に適う有利な政争の具を求める立場を示したにとどまっていた。南スーダン・ジュバで、陸上自衛隊部隊の栄誉礼を受ける稲田朋美防衛相=2016年10月(代表撮影・共同) 視察中、危険な状況の証として、「避難民向け退避壕構築」「自動小銃携行の政府軍兵士約10人、トラック2台が稲田防衛大臣一向の陸自防弾四駆のジュバ市内移動を警護」「視察当日、首都ジュバ近傍の幹線道路でトラックが銃撃され市民21人が殺されたと南スーダン政府が発表」があったが、これらは顧みられてない。 また、イラク派遣隊員が鉄帽、防弾チョッキ着装で受察する中、稲田防衛大臣の軽装は、現地の治安は落ち着いているという意図的パーフォーマンスではないかと疑うほど遊離していた。残念ながら、そこには、身命を賭して努めている隊員と共有できる思い入れは見つからなかった。 稲田防衛大臣は、帰国後の国会で「法的な意味における『戦闘行為』ではなく、『衝突』であると思う」と述べ、安倍首相も「『戦闘』の定義がないから、『戦闘行為』ではなかった。しかし、武器を使って殺傷、あるいは物を破壊する行為はあった」と政治的、法的見解を述べた。 2013年12月の『防衛研究所ニュース』に「戦争の概念変化」を紹介し、「国際社会においては、21世紀の『新たな戦争』を国家間の武力衝突に加え、テロ、内紛などほぼ全ての武力衝突、殺戮・破壊を指して言うようになっている」と指摘している。だが、国会は、国際社会の通念とする「戦争」や「PKO」と乖離していた。 稲田防衛大臣が不祥の諸事象について言葉を弄し、指揮官自ら組織を貶めた悪影響は大きい。限られた情報に拠る批判が的を射てない恐れがある。しかし、改めて「防衛大臣職」に求められる資格を問う機会が得られたことについては良としたい。残念ながら、日本の安全保障の弱点はシビリアン・コントロールにあるとは言い過ぎであろうか。

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    安倍昭恵さんはどこがマズかったのか

    首相夫人は「公人」か「私人」か。大阪の学校法人「森友学園」をめぐる問題が尾を引く中で、そんな議論が国会でも取り上げられた。正直、どーでもいい論争だが、ネット上には謎のサイト「アキエリークス」まで出現するなど泥仕合はまだ続く。日本のファーストレディ、安倍昭恵さんの言動はどこがマズかったのか。

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    「拉致解決で訪朝」の仰天プラン! 誰も知らない昭恵夫人ホントの裏話

    依頼があった日のことである。「天衣無縫」は精神の自由の発露であって、必ずしもマイナスではない。しかし政治的文脈に置かれると今回のような難題として一挙に襲いかかってくることがある。ご本人に計算された政治的配慮などないからこそやってきた危機的事態である。米大統領との首脳会談のため米国に向け政府専用機で出発する安倍晋三首相(左)と昭恵夫人=2月9日午後、羽田空港(古厩正樹撮影) 私が昭恵さんの人柄を聞いたのは、音楽評論家の湯川れい子さんからだった。たしか第一次安倍政権のころだった。女性たちの会合に昭恵さんもかかわっていて「とてもいい人よ」という言葉を聞いた覚えがある。直接にお目にかかったのは国会の議院会館の会議室だ。東日本大震災関連の会合で、私は上梓したばかりの『ヘイトスピーチとたたかう!』(岩波書店)をお渡しした。まだヘイトスピーチ解消法が成立するきざしもないころのことで、昭恵さんがヘイトスピーチの攻撃対象である韓国の文化に関心を持っていることを知っていたので、きっと理解していただけるだろうと思っていた。  安倍昭恵さんについて私が語れることといえば、知人の記者がご本人から聞いたという「家庭内事情」ぐらいのことだ。首相が午後9時ぐらいに帰宅しても、昭恵さんは午後11時ぐらいに帰ってくることがしばしばあったという。「家庭ではほとんど会話がない」「主人の食事は母(注、首相の母の洋子さん)が作っている」といったことも、ご本人が語ったというのだが、真偽は不明である。ただしもう一つ、報道されていない事実がある。それは、昭恵さんの人物像を知る上で興味深いテーマである。週刊誌のタイトル風に書けば「拉致問題解決に総理夫人を派遣か」といったところだろう。 新事実! 昭恵夫人訪朝計画の内幕 昨秋のことだ。長年にわたって拉致問題に取り組んでいるある人物からこんな相談を受けた。「拉致問題が動かないのでどうしたらいいのか。夫人外交がいいのではないかと思うのです。首相の昭恵夫人が北朝鮮に乗り込んで、ダメなら第三国で交渉するのです。横田早紀江さんにも同行してもらいます」。北朝鮮による拉致被害者家族会の飯塚繁雄代表(中央)や横田早紀江さん(左)と面会した安倍晋三首相。拉致問題解決への決意を改めて示した=2017年2月22日、首相官邸 昭恵さんにはすでに合意を得ていたという。その提案を聞いたとき、「そんな簡単なことではない」とは思ったが、口にはしなかった。局面を打開するには水面下での交渉が必要であり、たとえ首相夫人が訪朝しても、ただの話題にはなってもそれだけのことだからだ。 小泉純一郎元首相が2002年に訪朝したときも、1年ほどかけて水面下の交渉があり、そこである程度の合意ができていた。外交交渉は「こちら」の獲得目標もあれば「あちら」の意図もある。拉致問題でいえば、日本の目的は生存者の一刻も早い帰国であり、北朝鮮は国交回復の実現と経済協力である。ストックホルム合意からの日朝交渉で日本側に欠けていたのは、この課題を避けてきたことだと私は判断している。官邸にその意志がないからだ。 この夫人外交について、日朝交渉にかつて取り組んできた自民党長老に相談をしてみた。「それはいいアイデアです。しかし日本側が本気だということを示す人物、たとえば今なら二階幹事長のような立場の政治家が同行し、金銭を提示しなければ動かないですよ」と言われた。要するに、首相の覚悟があるかどうかが問題だった。この計画はある筋を通して首相や官房長官にも伝わった。その結果は却下。官房長官の表現では「つぶした」。昭恵夫人の天衣無縫は話題にはなっても、実りあるものにはならず、むしろ批判を招くという判断だったのだろう。 首相夫人外交を提案した人物への回答はこうである。北朝鮮への渡航自粛があること、さらに国際的に制裁があるので第三国での交渉も認められないこと、他に提案があれば教えて欲しいというものだった。こうして北朝鮮に対する「首相夫人外交計画」は一切、表面化することなく消えてしまった。昭恵さんはこうしたプランに易々と乗ってしまうところがある。 沖縄県でヘリパッド建設をめぐって問題になっている高江に姿を現すことなど、よくいえば「腰が軽い」が、悪くいえば「軽率」と見られかねない。森友学園問題でも籠池夫人と問題発覚後も頻繁にメールのやりとりをしていたことが象徴的である。おそらく人を疑うことの少ない人間なのだろう。その美質が総理夫人という立場にあっては暗転することがある。「ある時の真、他の時の誤り」(モンテスキュー)である。

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    首相夫人は「安倍昭恵」という自我に目覚めた典型的な意識高い系

    。 実を言うと昭恵夫人には脱原発も三宅洋平にも興味はないのかもしれない。ただ「夫(安倍晋三)とは違う政治思想を持った人々とも、対等に対話できる自分ってすごいでしょう」という、コンプレックスが故の歪んだ自意識の道具の一つとして、無数のフェイスブック・フレンドやフォロワーからの「いいね」という承認を期待しての行為だったのであろう。そしてその期待は見事に成就する。 通常、「意識高い系」は、大学生や新社会人など、若年層に好発する特有のコンプレックスの転写だと思われている。しかし時としてその中には、齢50歳を過ぎて後発的に自意識に覚醒する「意識高い系」も存在する。人生のほとんどの期間を「承認」と無縁に過ごしてきた人間が、後天的に承認欲求の怪物となった場合、その反動は若年層よりも鬱屈とした時間の積み重ねが長い分、より重篤になりかねない。 純粋な承認欲求の塊であるがゆえに、「昭恵夫人が100万円を籠池氏に渡した(寄付した)」という所謂「籠池証言」は、昭恵夫人が典型的「意識高い系」であることを勘案すると、その信ぴょう性が揺らぐのがわかるであろう。昭恵夫人は不特定多数の世間から承認されたいのであって、籠池個人から承認されても意味がない。「おつきの人を人払いして密室で籠池に100万円を渡す」という行為は、「他者に自慢できぬ」が故に、実は昭恵夫人のような「意識高い系」の人々にとってすれば何の意味のない行為だからである。講演する安倍昭恵夫人 「意識高い系」の人々が行う寄付行為は、「わたし、被災地のために〇〇のチャリティーに参加しました!」と他者への喧伝と常に対になって存在している。公に語ることができない寄付行為に、昭恵夫人は意味を感じないはずだ。名誉校長への就任だけで十分にその承認欲求は満たされたはずである。よってこの部分で昭恵夫人はシロだと思うが、根本的には後発に「意識高い系」と化した昭恵夫人の心の中にある根本的な「承認欲求」という病巣は、今後も色々な形で発露されていくのではないか。政権最大のリスクとは昭恵夫人自身である。 「妻は夫の後を三歩離れてついていけ」という家長権的押しつけを言うのではない。自分の承認欲求のために国家権力を笠にするな、と言いたいだけである。総理の妻、G8という世界の大国の一角を占める国の首相夫人という立場だけに、まっことタチの悪い「意識高い系」である。

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    昭恵夫人、ファーストレディは立場であって仕事ではありません

    家庭における内助の功とか、選挙区で多忙な夫のかわりに日ごろの草刈りや、選挙で演説することはあっても、政治的な助言者であるとか、ファーストレディとして注目を浴びるとか、魅力的だと話題になったのも皆無に近い。 しいて、華やかに目立ったというと、ミニスカートが話題になった佐藤栄作元首相夫人の寛子さんくらいだった。 誰の娘であるといったことが意味があったのも、三菱の創始者、岩崎弥太郎の娘婿だった加藤高明と幣原喜重郎、内大臣、牧野伸顕の娘婿だった吉田茂、それに薩摩出身の先輩の娘と結婚して藩閥に連なった斎藤実、国粋主義団体幹部の娘と結婚して色眼鏡で見られた広田弘毅くらいに限られた。 自分でそれなりの仕事をしていた人もほとんどいない。鳩山一郎夫人の薫子さんは、共立女子大の学長として活躍したが、義母から引き継いだもので嫁としての立場でのものだ。三木総理夫人の睦子さんが、女傑といわれ夫の死後も平和運動などに活発に参加しており、その後は細川護煕夫人が目立つくらいだ。アメリカのファーストレディは? その中で、安倍昭恵夫人の活躍ぶりは、欧米のファーストレディ並みの華やかさだった。ここでは、昭恵夫人について論じる前に、アメリカのファーストレディの歴史を少し見てみよう。 「ファーストレディは立場であって仕事ではない」と大統領候補になる以前のヒラリー・クリントンは自著で述べている。「その役割は象徴的なものでアメリカ婦人という概念の理想像であり神話的な像を表徴することを期待されてきた」(「リビング・ヒストリー」ヒラリー・ロダム・クリントン自伝より)。 それはまた国家に対する無償・無休の奉仕活動のようなものであり、ヘアスタイルから子供の学校選びまで、一挙一動が国民に厳しくチェックされる精神的負担の重みに耐えかねて、依存症等に追い込まれた気の毒なケースも稀ではない。そうした難しい状況で高い評価を受ける大統領夫人たちには二つのタイプがある。 「建国の母」として知られるマーサ・ワシントン(初代)に代表される「良妻賢母」型は夫の活動を全面的に支え、安心できる家庭を築くことでアメリカ主婦の理想として好感を持たれた。クールな「ベストマザー」のエディス・ルーズベルト(26代)、サイレント・カルといわれる寡黙な夫を「サンシャイン」と呼ばれた明るさで支えたグレイス・クーリッジ(30代)、古き良きアメリカのホームドラマのように陽気なメイミー・アイゼンハワー(34代)、良家の奥様的雰囲気のローラ・ブッシュ(43代)などがこの中に入るだろう。 ローラの姑にあたるバーバラ・ブッシュも白髪や顔のしわを隠さず「アメリカのお祖母ちゃん」というキャラクターで人気を得ていた。ただし控え目な日本的内助の功とは異なり、積極的に自分や家族のアピールをすることも重要なポイントになる。 また、社会的な貢献に結びつく独自のライフワークを持つことが近年、必要条件になっている。しかし、家庭生活が犠牲になるほど本格的な活動は逆に非難の対象になってしまうのでほどほどが大事なようである。保守層の受けが良いタイプなので共和党の夫人が多い。 リベラル層に評価されるのは、自らの魅力や主体的行動で国民を惹きつけ夫のイメージアップに貢献するカリスマ型である。先進的な見識で女性史に名を記した知性的なアビゲイル・アダムズ(2代)、優秀な個人秘書として夫の業績に多大な貢献を果たしたサラ・ポーク(11代)、「ニュー・ウーマン」と歓迎されたルーシー・ヘイズ(19代)、人権運動のエレノア・ルーズベルト(32代)らの名前が挙げられる。 しかし、その美貌や貴族的なライフスタイルゆえにジャクリーン・ケネディ(35代)がこのタイプでは他を圧倒している。また社交の天才でファッションリーダーでもあったドリー・マディソン(4代)は「カリスマ的内助の功」を発揮してどちらの基準でもトップクラスの位置を占め「皇太后」と尊敬されたようにやはり特別な存在である。 ところで、冒頭のヒラリー・クリントンをファーストレディとして評価するのは難しい。彼女なりに努力もしていたし(一期目はカリスマ、二期目は内助の功的に)、標準以上の成果もあげていたが、いかにも収まりが悪いので「ファースト・パートナー」「スーパー・スパウズ(配偶者)」などとマスコミも呼び方に苦労した。感性で動く昭恵さんは首相夫人にふさわしくない 知事夫人時代には二度も「全米・最も優秀な弁護士百人」に選ばれ、託された州の教育改革を成功に導く活躍ができたが、ホワイトハウスではケネディ大統領が弟のロバートを法務長官に任命した後「縁者採用禁止」が法文化されていたので彼女は正式な役職に就けず「ワシントンがアーカンソーより保守的だなんて…」と戸惑い落ち込むことが多かった。 ヒラリーの後、その反動からかローラ・ブッシュが好評を博したが、ではミッシェル・オバマはどうだったのか。オバマが演説はうまいが社交的でない中で、むしろ好感をより持たれないようなところもある。 しかし、大統領夫人がいるべきときに不在だったことが多かったのも事実だ。そういう意味でも私は歴史的評価がどうなるかもうひとつという気もする。 そして、トランプ夫人はエレガントであることではジャクリーン・ケネディ以来だが、ファーストレディとしての役割のかなりは娘のイバンカが代替しそうだ。 さて、安倍昭恵夫人だが、これまでさんざん夫人を持ち上げていた左派系マスコミが手のひらを返して、「アッキード事件」などとこれ以上ない悪質な印象操作で人格否定しリンチ状態に持ち込んだ。これを「いじめ」と言わずに何と言おうか。2月11日、安倍首相夫人の昭恵さん(左)と日本庭園を散策するトランプ米大統領の夫人メラニアさん=米フロリダ州デルレービーチ(ロイター=共同) 籠池氏の証人喚問があった23日の夜、夫人はFacebookに見解を掲載した。曖昧なところを残さずに、明確に立場を明らかにされたことは結構なことだ。この内容について検証し、事実と違う部分が多数出てくれば、そのときは証人喚問などが議論されるべきというのがバランスの取れた考え方だ。 安倍首相が自分や夫人がかかわっていたら辞めるなどと言ったから大事になっているが、100万円の寄付を渡していたとしても何が問題なのか。昭恵夫人が世間知らずのお嬢様というだけのことではないか。 私は、極端でなければ首相夫人が首相とは少し違うポジションで社会的な活動をしてもいいと思うが、都合の良いときだけ「共同責任」を持ち出して攻撃するのは良くないと思う。一言で言って卑怯だ。首相夫人としての立場を露骨に利用して行ったのでなければそれほど強く非難すべきことでもない。 昭恵夫人が幼稚園の名誉園長だったことで首相まで攻撃されているが、ならば夫人が辺野古に行ったり、反原発派などの人々と交流したり、韓国に融和的な態度を示したり、安倍首相とズレがある行動はやるべきでないという「論理的帰結」になる。 ただし、現実にこのように政治利用する人が出てくるとなると、首相の反対派を喜ばせているような振る舞いも含めて、独自の活動は全般的に抑制してもらわざるを得ないかもしれない。要は、口の上手な危ない人と付き合わないほうがいいというのは確かだ。百戦錬磨のワルどもを相手に感性で動くのは、首相夫人にふさわしくない。 それから蛇足だが、東京都の小池百合子知事も左派系マスコミの「声援」にいい気になっていると、いつか昭恵夫人と同じ目に遭わないか心配である。彼らは上げてから落とすのが「得意」なのだから。

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    「森友学園ドラマ」の真犯人は「忖度」で本当にいいのか?

    山田順(ジャーナリスト) このところ、ずっと「森友学園ドラマ」をウオッチングしてきたが、「忖度」という言葉が登場したのには本当に驚いた。  先の国会の証人喚問で、籠池泰典理事長はじつにいろいろな言い方で、今回の認可の経緯を説明した。「神風が吹いた」「大きな力が働いた」「はしごをかけてもらった」「口利きがあったと思います」などである。そして、飛び出したのが、「忖度」だ。 そのくだりは、国有地の売買をめぐり、安倍晋三首相の口利きがあったかを問われた時で、籠池理事長はこう答えたのである。「口利きはしていない。忖度をしたということでしょう」 さらに、現在、自分に逆風が吹いていることに対しても「今度は逆の忖度をしているということでしょう」と言い、忖度をした具体名を挙げるよう求められると、「財務省の官僚の方々でしょう」と言ったのである。3月23日、日本外国特派員協会で記者会見する籠池泰典氏(手前から3人目) 忖度とは、辞書的に言うと「他人の心を推し測ること」となり、「相手の真意を忖度する」というような使い方をする。すると、今回の問題は、役人たちが安倍首相の心を推し測った結果、こうなったということになる。つまり、真犯人は「忖度」ということになる。 この2週間、「森友学園ドラマ」に大きな貢献をして、私たちに「忖度」を知らしめてくれたのは、菅野完氏と「週刊新潮」である。菅野氏がすべての保守勢力から見捨てられた籠池ファミリーを動かさなかったら、こうはいかなかった。これは、どんな既成メディアの記者にもできなかったことだ。 また、「週刊新潮」は、昭恵夫人がじつは「私人」ではないこと、しかも夫とともに大きな影響力を持っていることを浮き彫りにする記事を掲載した。 先々週は、「第2の森友学園問題」とされる「加計学園」の獣医学部新設の認可や、安倍首相の遠戚・斎木陽平氏が代表を務める団体が主催する「全国高校生未来会議」への支援について、昭恵夫人から文科省へ要請があったことを明らかにした。 また、先週は、なんとタイトルが「死ねばモリトモ」で、NGOの「日本国際民間協力会」理事の松井三郎・京都大学名誉教授が、昭恵夫人の仲介で外務省から8000万円の資金を調達したと講演で述べていたことを書いている。 これらのことは、籠池理事長が言った「忖度をしたということでしょう」であり、どう読んでも同義だと思われる。「忖度」できない官僚組織は崩壊する 籠池理事長は、国会での証人喚問の後、日本外国人特派員協会(FCCJ)で記者会見を行った。このときも、「忖度」という言葉が出て、これを通訳者はうまく訳せなかった。 そのため、出席した記者たちに次のような説明があった。 「忖度」という言葉が英語通訳で少々混乱を招いているようです。何通りかの言い方がありますが、「conjecture(推測)」「surmise(推測する)」「reading between the lines(行間を読む)」「reading what someone is implying(誰かが暗示していることを汲み取る)」などがそれに当たります。英語で「忖度」を直接言い換える言葉はありません。念のため申し上げました。 このことをもっと詳しく知りたければ、「ハフィントンポスト」の記事《【森友学園】「忖度」は英語でどう通訳された? 籠池氏会見で外国人記者に》を読んでほしい。  会見後に出た「NYタイムズ」の記事では、「忖度」は“powers at work behind the scenes”(舞台裏の力)のように噛み砕かれて書かれていた。 しかし、「忖度」の本当の意味は、上記のいずれでもないと、私は思う。一般的に「忖度」は、上記した辞書的な意味で解釈され、たとえば上司の顔色、意向を伺う、その場の空気を読んで物事を進めるというように思われている。 しかし、そんなバカなことがあるわけがない。なぜなら、もし役人が上司の意向、空気を読み違えたらどうなるのかを想像してみてほしい。そうなったら、そんな組織は崩壊してしまうだろう。 つまり、忖度というのは、日本の役人の場合、「言葉にはなっていないが確実に下された命令」に従うことを指すはずである。つまり、「unspoken order」(暗黙の命令)は確実に存在するのだ。忖度で役人の世界が成り立っているなんて、それは体のいいフィクションに過ぎない。 というわけで、「森友学園ドラマ」の真犯人は、結局「忖度」には違いないが、そうさせる「力」「命令」は確実に存在している。メールがどうの、ファックスがどうのと言っても、そこには「忖度」は残っていない。 都合が悪くなれば嘘をつく、そうした人間の心に確実に刻まれて残っている。 「森友学園ドラマ」の結末は見えない。ただ、もう学園ドラマでは済まなくなった。政権が飛ぶ可能性もありえなくはない「国会ドラマ」になった。。なぜなら、「100万円寄付」に関しては事実は一つであり、どちらかが嘘をついているからだ。これを「水掛け論」と言っている方々がいるが、間違っている。 水掛け論は議論がどまでも平行線になることであって、事実認定の話ではない。事実は一つしかないのだから、この問題は解決する。早く、どちらが嘘つきなのか解明してほしい。(Yahoo!ニュース個人より2017年3月27日分を転載)

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    「昭恵夫人リスク」と政局国会の病理

    「政局ショー」であり、この政局ショーはテレビの視聴率や新聞、雑誌の部数を伸ばそうとするマスコミと一部政治勢力の「共犯関係」によって成り立っている。 では、なぜ籠池ファミリーという極めてダークな人脈に、昭恵夫人は利用されてしまったのか。 昭恵夫人によるこれまでの政治運動、社会活動への関与は、「行動するファーストレディ」というイメージを構築してきた。筆者自身も参加した東日本大震災に関連するイベントで、昭恵夫人と同席した際に見たのは、晴れやかで活発に被災者の若者たちと触れ合う、まさに天真爛漫な姿だった。岩手県西和賀町で講演する安倍昭恵首相夫人。被災地での防潮堤建設について疑問を呈した=3月12日午前 東日本大震災後には反防潮堤を表明し、オスプレイ用ヘリパッド建設に対する抗議活動が続く沖縄県高江を訪問するなど、昭恵夫人の行動はこれまでメディアや野党勢力によって好意をもって迎えられたこともあった。「家庭内野党」といったキャッチコピーで表現されたこの首相と夫人の関係も、安倍首相と昭恵夫人の好感度をあげる新しい政治家夫婦のイメージを定着させることに貢献してきたといえる。政治的発言を控え、首相を家庭や地元選挙区で支える影の存在としての首相夫人という、古いイメージは破棄されて刷新された。そのことを、安倍首相も自民党政権も容認してきたはずである。 そうである以上、首相夫人=ファーストレディという立場の昭恵夫人が日々どのような団体、組織に招待され、どのようなイベントに参加するかは、極めて重要なマネジメントであり、そこに危機管理(リスク・マネジメント)の観点は不可欠である。公的立場からの寄付であれば手続き上合法的な処理がなされ、私人として寄付を行えば、金銭的な不法行為も発生しない。「昭恵リスク」でわかった新しい監視時代 ただ、首相夫人の名誉とイメージを利用しようとする勢力は多く、その中には籠池ファミリーのような存在もある。ゆえに首相や閣僚などの要人だけではなく、首相夫人にも同様に交際関係や動静で襟を正すためのインテリジェンス的機能が必要な時代となっている。そこに綻びが生じたのが、今回の森友学園騒動における昭恵夫人の問題であった。父、安倍晋太郎元外相の墓参りをし、墓前で手を合わせる安倍晋三首相。右奥は昭恵夫人=1月8日、山口県長門市 籠池理事長の国会証人喚問の後、「昭恵リスク」という言葉がネット上で流行ワードとなった。誰もがインターネットやSNSで、動画やメッセージを投稿できる時代であり、日本だけでなく世界の衆人環視の中で首相夫人が一般人から監視される時代である。権力が市民を監視する近代的な「パノプティコン」(一望監視装置)ではなく、一般市民がネットやスマホを駆使して権力者や有名人を監視する「シノプティコン」の時代に私たちは生きている。 この時代に公人が生きていくためには、公務における活動、活動経費、交友関係、情報発信において徹底した危機管理を実践し、法令遵守(コンプライアンス)と説明責任(アカウンタビリティ)を果たさなければならない。寄付行為と口利きという構造的問題が、コンプライアンスにおける「忖度」という次のステージにまで発展したという点では、民主主義のプロセスにおいて今回の森友学園騒動は有意義であったと考えることもできる。 そのコンプライアンスとアカウンタビリティが果たせない場合、かつて拍手喝采を浴びたヒーローやヒロインがスキャンダルの主人公として、メディアスクラム(集中的過熱報道)の中で大衆リンチにさらされる。かつて田中真紀子氏や小保方晴子氏がそうであったように、首相夫人もそのリスクにさらされる時代となったのである。 こうした時代の情勢に敏感なのはむしろ一部野党であり、マスコミであって、両者は安倍首相を退陣に追い込もうと政局化させ、ワイドショー化を加速させる。ただ、共同通信が3月25日、26日に実施した世論調査では、安倍政権の支持率はわずか3%下落にとどまり、52%であった。その他の新聞・テレビ各社の世論調査でも数%程度の微減に過ぎないことを考えると、こうした政局国会の泥仕合と大衆リンチにむしろ冷静な対応を示しているのは、現代の有権者なのかもしれない。

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    安倍昭恵氏のフェイスブックでの釈明文の分析と証拠価値

    渡辺輝人(弁護士) 昨日の森友学園の籠池氏の国会証人喚問は、なかなか、衝撃的な証言が多かったですね。筆者も久米宏氏、筑紫哲也氏が健在だった頃以来おそらく初めてニュースステーションとニュース23のハシゴをしました。 ところで、籠池氏の証人喚問での証言に対しては、安倍昭恵氏がなぜかフェイスブックで釈明文を発表する、という予想外の展開となっております。筆者は、この昭恵氏のエントリは良くできた“霞ヶ関文学”だと思ったので、以下、逐次引用して、分析しようと思います。なお、使用できる文字の都合上、丸数字をアラビア数字に変換してあります。国際女性デーに合わせ開かれたイベントに出席した安倍昭恵首相夫人=3月8日、東京都渋谷区  本日の国会における籠池さんの証言に関して、私からコメントさせていただきます。1 寄付金と講演料について 私は、籠池さんに100万円の寄付金をお渡ししたことも、講演料を頂いたこともありません。この点について、籠池夫人と今年2月から何度もメールのやりとりをさせていただきましたが、寄付金があったですとか、講演料を受け取ったというご指摘はありませんでした。私からも、その旨の記憶がないことをはっきりとお伝えしております。 まず一見して感じるのは、これはよく練られた文章だなあ、ということです。一見して、隙がありません。ただ、「100万円の寄付金をお渡ししたことはありません。」「講演料を頂いたこともありません。」と言い切って終わりにすれば済むはずの文章を「この点について、」とわざわざ続け、紛争化した後に籠池氏の妻からメールで指摘がなかったことと「記憶がないことをはっきりとお伝えしております。」と言い換えており、結局、「ありません。」という言い切りの言葉を、問題顕在化後のメールでのやり取りの問題と、今年2月の時点での昭恵氏の記憶の問題に置き換えているようにも読めます。よく練られています。  本日、籠池さんは、平成27年9月5日に塚本幼稚園を訪問した際、私が、秘書に「席を外すように言った」とおっしゃいました。しかしながら、私は、講演などの際に、秘書に席を外してほしいというようなことは言いませんし、そのようなことは行いません。この日も、そのようなことを行っていない旨、秘書2名にも確認しました。 この文章も本当によくできています。“霞ヶ関文学”の華と言ってもよいでしょう。第二文の「しかしながら~」で始まる文章は、一般論として「講演などの際に」秘書にそのようなことは言わないと言っているだけで、平成27年9月5日に昭恵氏がどうしたかは書いていません。「この日」(すなわち平成27年9月5日)のことについては、そのようなことを行っていない旨、秘書に確認した、というだけで、昭恵氏の一人称で、「私はこの日そのようなことを行っていません。」とは一言も言っていないのです。よく練られています。記憶違いというより印象操作 また、「講演の控室として利用していた園長室」とのお話がありましたが、その控室は「玉座の間」であったと思います。内装がとても特徴的でしたので、控室としてこの部屋を利用させていただいたことは、秘書も記憶しており、事実と異なります。 玉座の間・・・。「終点が玉座の間とは、上出来じゃないか。」という某大佐のセリフが思い出されますが、森友学園の塚本幼稚園にはそういうものがあったんですね。しかし、この文章も平成27年9月5日のこととは特定していません。また、ここでも言い切りの言葉はなく、「思います。」と主観を述べているだけです。昭恵氏は3回、塚本幼稚園に行っているそうなので、記憶が特定できないのでしょうか。 2 携帯への電話について 次に、籠池さんから、定期借地契約について何らか、私の「携帯へ電話」をいただき、「留守電だったのでメッセージを残した」とのお話がありました。籠池さんから何度か短いメッセージをいただいた記憶はありますが、土地の契約に関して、10年かどうかといった具体的な内容については、まったくお聞きしていません。 借地期間の10年云々については、内閣総理大臣夫人付の職員から籠池氏に宛てたFAXには書かれていることなので、「それは職員が回答したことで私は聞いていません。」という意味にも取れます。ただ、職員がFAXに書いた借地の期間以外の他の点がどうだったのかについて、昭恵氏が聞いていたのかどうか、昭恵氏は明らかにしていません。また、籠池氏は昭恵氏の電話の留守電にメッセージを残した旨、証言したので、この点の両者の認識は一致していることになります。 籠池さん側から、秘書に対して書面でお問い合わせいただいた件については、それについて回答する旨、当該秘書から報告をもらったことは覚えています。その時、籠池さん側に対し、要望に「沿うことはできない」と、お断りの回答をする内容であったと記憶しています。その内容について、私は関与しておりません。以上、コメントさせて頂きます。 これは記憶違いというか、印象操作ではないでしょうか。総理夫人付の職員から籠池氏に宛てた2度目のFAXとされる文章(毎日新聞参照)では、財務省国有財産審理室長の田村嘉啓氏からの回答として「4) 工事費用の立て替え払いの予算化について」と題した上、「一般には工事終了時に清算払いが基本であるが、学校法人森友学園と国土交通省航空局との協議にあたり、「予算措置がつき次第返金する」旨の了解であったと承知している。平成27年度の予算での措置ができなかったため、平成28年度での予算措置を行う方向で調整中。」と便宜供与とも取れる内容をあけすけに記載しています。官僚の「参考人招致」の不可思議東京から帰阪した森友学園の籠池泰典理事長(左)=3月15日、大阪国際空港 そして、実際、近畿財務局(財務省)、大阪航空局(国交省)、森友学園は、平成28年度予算が成立した平成28年3月29日の翌日に「有益費」の「返還」に関する合意書を締結し、国の会計年度が平成28年度になった直後の同年4月6日に、約1億3200万円を森友学園に「返還」と称して支払っています。もちろん、税金です。今日から見れば、国が「有益費」の名目で、税金で「工事費用の立て替え払い」をしたとも取れる内容になっているのです。実はこのことは、報道が激しくなる前に朝日新聞が2月14日の記事「学園「ごみ撤去1億円」 国は8億円見積り 国有地購入」に財務省のコメントとして掲載した「理事長は『撤去費の額は他の工事と一体になっているので分からない』と答えている」とも合致しているようにも思えます。 この頃は、政府の情報コントロールも行き渡っていなかった可能性があり、この件に関する初期の財務省の説明と、総理夫人付職員のものとされる文章の内容が合致しているように思えるのは興味深いところです。なお、森友学園が大阪府の私学審議会に提出した資料では、平成27年度に1億3000万円の「国庫補助金」があったことになっています(3月11日しんぶん赤旗)。合意書の日付を基準とすればこうなるのでしょう。 むしろ、このFAXは籠池氏の言う「神風」の起点となっている可能性はないでしょうか。そして、国から森友学園に対する約1億3200万円の「有益費」の「返還」は、実質的には計算根拠も法的根拠もない補助金だった可能性はないでしょうか。まとめ このように、昭恵氏の釈明文は大変高度な“霞ヶ関文学”であるため、本人の肉声が聞こえてこない内容になっています。残念ながら、偽証罪の制裁の下で証言をした籠池氏の証言の信用性には到底及ばないでしょう。裁判所で証人尋問をする場合は、問題となるやり取りがあったとされる双方を証人として尋問するのが普通です。双方の証言を聞き比べて、どちらが信用できるか考えるのです。昭恵氏は、フェイスブックでここまでのことをするのであれば、国会で証人として証言すればいいのではないでしょうか。官僚の「参考人招致」の不可思議 また、国会では、今日、迫田英典国税庁長官と武内良樹財務省国際局長を参院予算委員会に参考人として招致することになったようですが、これについても、証人喚問ではないため、極端なことを言えば、虚偽答弁をしたり、回答拒否をしても、それ自体には何の制裁もないのです。 実際、この間、矢面に立っている財務省の現・佐川理財局長の答弁の中には、ごみ撤去費用の見積を専門業者にさせず、大阪航空局がした理由について「撤去に時間がかかり、小学校が開校できないと損害賠償訴訟を起こされる恐れがあった」「国が費用を見積もり、学校建設を遅滞なく進ませようとした」(3月6日読売)などという、明確な嘘ではないものの、限りなく虚偽に近いものもあります。なぜ、森友学園の「強い要望」により、原則を曲げて土地を貸してあげた国の側が損害賠償請求を受けるのでしょうか。 また、この間、佐川理財局長は野党からの質問に対して回答拒否や不誠実な回答を連発しています。 なぜ、民間人の籠池氏は証人喚問で、国民の財産を預かる責任者の官僚は、責任を問われない参考人招致なのでしょうか。今日の籠池氏の証人喚問では、この二人の官僚だけでなく、平成28年3月に籠池氏と面談したと思われる財務省の官僚の名前も出てきました。これらの人々も証人喚問すべきでしょう。(「Yahoo!ニュース個人」より2017年3月24日分を転載)

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    安倍昭恵氏の無防備発言「大麻を取り戻す」「ハワイは聖地」

     2016年も政界では「失言・珍言」が繰り広げられたが、政治家に混じって見逃せないほどの冴えを見せたのはファーストレディ、安倍首相夫人のアッキーこと昭恵氏ではないか。「『日本を取り戻す』ことは『大麻を取り戻す』ことだと思っています」 医療用や祈祷用の大麻解禁運動に熱心なアッキーは、小池百合子都知事との対談でそんなぶっ飛び発言をしたかと思うと、12月26日から慰霊のために真珠湾を訪問する夫・安倍晋三首相より一足早くこの夏にアリゾナ記念館を訪ね(8月22日)、なんともスピリチュアルなハワイ解放論を語っている。「あそこは聖地なんですよ。ハワイのあそこを攻撃した日本は悪いかもしれないけど。本土からやってきて、あそこを乗っ取っちゃった人達もいるわけで。そもそものハワイに戻してあげましょうよって感覚になりました。自然の神様がそっちを望んでいるんじゃないかなって」 ちなみに、アッキーはトランプ次期大統領に面会に行った安倍首相が、「トランプは選挙の時とは人が違うように普通だった」と印象を語ったという“国家秘密”まで暴露してくれた(12月6日の京都での公演)。政治評論家の有馬晴海氏が語る。「自民党議員の暴言や失言が目立つのは、野党がどんどん弱体化しているから。軽率な発言で批判を浴びても当選できるとタカをくくっているのです。ファーストレディも発言には慎重になるべきです。米国の大統領夫人には専門のスタッフがついて発言が管理される。しかし、昭恵夫人にはそうしたスタッフも縛りもなく、自分が考えるままに反原発など安倍政権と反対の主張をしてきた。その結果、時に無防備な発言が飛び出してしまう」 米国のトランプ次期大統領も暴言・失言で話題だが、あちらには「パフォーマンス」という側面が見え隠れする。対して日本の政治家は“ただ脇が甘く、軽率なだけ”に見える。きっとこの分では、2017年も恥ずかし~い珍言がニュースとして駆け巡ることになりそうだ。ヨソの国の心配をしている場合ではない。関連記事■ 金欠・清原和博の告白本出版の噂に元妻・亜希、恐れ抱く■ 高畑淳子、実家を売却し息子・裕太の違約金返済へ■ 亀梨和也が優しく見守る深田恭子「聖夜の外デート我慢する」■ 有働アナの紅白落選は「フリー転身」「寿退社」の引き金か■ レコ大の凋落 転機はジャニーズ撤退やミスチルの大賞受賞

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    劣等感あった安倍昭恵さん、どん底から自由奔放になるまで

    専門学校を卒業後は電通に入社。『安倍晋三 沈黙の仮面 その血脈と生い立ちの秘密』(小学館)の著者で、政治ジャーナリストの野上忠興さんが言う。「ふたりの出会いは1984年、原宿のパブ。昭恵さんは待ち合わせ時間に30分以上遅刻してきたそうです。8才年下の彼女の遅刻に、安倍さんはムッとしたらしいですが、食事やゴルフを通じて親しくなっていきました」 出会って3年でふたりは結婚。あるベテランの政治ジャーナリストは当時の昭恵さんについて、「名家に生まれた苦悩を抱えていた」と語る。「エスカレーター式の学校に通っていた昭恵夫人は大学に進学せず、専門学校へ。電通に入ってもすぐに寿退社しており、学歴や職歴のコンプレックスがあったようです」 その後、安倍氏は国民人気の高かった小泉政権で頭角を現し、小泉元首相が退陣した2006年秋に首相となった。44才という若さでファーストレディーになった昭恵さんだが、当時は今のような存在感はなかった。「家柄こそいいですが、政界の中ではそれほど社交的でもなく、首相の横でただニコニコしている印象の強い夫人でした」(前出・ベテランの政治ジャーナリスト) 昭恵さん自身、過去の本誌・女性セブンのインタビューで当時についてこう漏らしている。《ファーストレディーとしていろいろな国の首脳の奥様たちとプロフィールを交換する時に、やっぱり向こうの方って、本当なのかっていうぐらいプロフィールが立派なんですよ。首脳夫人同士で会談する時も、専門的な知識がすごいし。その肩書の部分で、何となく圧倒されちゃうようなところがあったので》 安倍家という名門政治一家の重圧も相当なものだった。安倍首相の祖父は「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介元首相、母は岸の長女である洋子さん(88才)だ。「“妖怪の娘”である洋子さんは政界のゴッドマザーといわれ、岸・安倍家を絶やさないことが最大の関心事です。当然、昭恵夫人には安倍家の跡継ぎを産むことを期待しましたが、残念ながら子宝には恵まれなかった。不妊治療までしました。その後、“養子をもらおうか”と夫婦で相談したこともあったそうです」(前出・ベテランの政治ジャーナリスト)各国首脳夫人を思い一念発起各国首脳夫人を思い一念発起 家の内でも外でもプレッシャーにさらされていた昭恵さんだったが、2007年9月、さらなるどん底に落ちる。夫が首相在任1年で退陣した時のことだった。昭恵さんは女性セブンにこう振り返っている。《急にすべての風向きが変わってしまった感じでした。すっかり落ち込んで、精神的にどん底状態。家を出ることすらできなくなり、食べてはゴロゴロする生活で太ってしまい、体調も本当に悪くなりました》 そんな時、思い浮かべたのは各国の首脳夫人たちだった。「肩書に圧倒された」経験から、2011年、立教大学大学院に入学。学生は20代から70代まで年齢も職業も幅広く、そこでの学びと出会いが彼女を劇的に変えた。昭恵さんはこうも語っている。《以前は主人の言っていることがすべて正しいと思っていたんですが、対極の考え方もあって、それはそれでアリなんだということがわかりました》 夫の考えを黙って受け入れるだけでなく、時には真っ向から反対意見を述べる。2012年12月に夫が首相に就任して再びファーストレディーになったのち、昭恵さんは「家庭内野党」を宣言し、「原発の再稼働反対」「TPP反対」など、安倍首相とは違った見解を声高に打ち出す。周囲から「夫の足を引っ張ってどうする」と批判されても、自分のスタイルを貫くようになった。 昭恵さんの大学院の修士論文は「ミャンマーの寺子屋教育と社会生活-NGOの寺子屋教育支援」だった。全国紙政治部記者はこう語る。(画像はイメージです)「昭恵さんが外遊に出かけたとき、教育施設や貧困地域に足を運ぶのは大学院で学んだ影響から。自分が得意とするライフワークは教育や若者の支援と見定めたんです。森友学園の幼稚園で講演したり、小学校の名誉校長になったのもそうした背景からです」 跡継ぎを産めなかったという葛藤も吹っ切れる。昭恵さんはあるインタビューで明確にこう話している。「政治家の一族だから後を継がなきゃいけない、地盤を継がなくてはいけないというものでもない。本当に国を思い、志を持っている人ならば、自然と選挙で出てくる」 もう“ゴッドマザー”洋子さんの視線も気にしない、ということなのだろう。2012年10月、昭恵さんがオーナーとして東京・神田にオープンした居酒屋「UZU」も、象徴的だ。「安倍首相と洋子さんは居酒屋に反対でしたが、昭恵さんは“夫の耳に入らない市民の本音を聞き出したい”と強引に押し切りました」(前出・記者) 彼女が深めた自信と独立心。ただ、周囲から暴走といわれても、ブレーキをかけることはなかった。関連記事■ 安倍昭恵さん 深夜2時に布袋寅泰呼び出し酔って首筋にキス■ 堀北真希 一時的に夫・山本耕史と離れ子供と北海道へ■ 昭恵夫人 首相訪米時に酔っぱらいトランプ夫妻から冷視線■ 愛子さまも? プリンセスを襲う拒食という「ロイヤル病」■ ビートたけしが語る「震災ボランティアと偽善の境界線」

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    「天下り」は言うほど悪くない

    文部科学省による組織的な再就職あっせん問題を契機に、「天下り」が久しぶりに世間の耳目を集めた。官民癒着の温床となる天下りはもちろん論外だが、メディアの報じ方はどれも批判一色である。キャリア官僚を高度人材として受け入れるのは、日本だけではないはずだが、なぜこうも叩かれるのか。

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    文科省天下りは悪なのか? 熾烈な大学「科研費」争奪戦の裏事情

    森健(ジャーナリスト) 一昨年夏、下村博文文科相(当時)による「国立大学における文系学部廃止」という問題が紛糾した。その問題に取り組んだ際、文部科学省のある高等教育局長経験者を取材した。 当時、彼は名古屋大の教授で、所属は「アジアサテライトキャンパス学院」という新設されたばかりの部門。その時には「あまり聞かない名前だな」ぐらいにしか思わなかった。 だが、今回文科省の天下り斡旋問題が発覚後に調べてみると、果たして彼の名前は上がっていた。同省の再就職等問題調査班が2月21日に発表した「調査報告(中間まとめ)」。その事例の「(4)」に実名で記されていた。 同氏は、名古屋大に赴任以前、文科省の人事課職員から早稲田大学の常勤講師として再就職の打診をされていた。調査報告には、一連の行為は下記のように記されていた。 <国家公務員法106条の2第1項に規定する「地位に就かせることを目的として」「役職員であった者を…地位に就かせることを要求し、若しくは依頼」したものと考えられる> 判定は、違法だった。  1月に発覚した文科省の組織的な天下り斡旋問題。2月末の時点で違法と認定されたのは計27件、前川喜平前事務次官や人事課職員など計16人が関与していたとされる。文部科学省の天下りあっせん問題について会見を行う松野博一文科相=2017年2月 役人による天下り問題は、まったくもって新しい問題ではない。90年代、大蔵省(現財務省)や厚生省(現厚生労働省)、防衛庁(現防衛省)など各省庁で取り沙汰された古い問題だ。実際、厳しい制約を設けた改正国家公務員法も2009年に施行され、すでに終わった問題という認識だったものだ。 だが、そうではなかった。今回の文科省の事件では、事務次官を含む、文科省という組織全体で進められていたことが判明した。事件の起点には、現役職員ではなく、人事課「OB」の存在があった。この「OB」という形で法の網をかいくぐれると判断したのが、組織的関与の端緒だったのだろう。 こうした文科省の工作を、制度を盾に責めるのは容易い。実際、月2回の出勤で年俸1000万円をもらっていたと聞けば、誰しも憤るのも無理はないだろう。 ただ、一歩引いた目で文科省を巡る構図を見ると、いまの大学業界には、こうした天下りがはびこりやすい温床はできていたのもわかる。一言で言えば、大学側にも文科省の役人を求めるニーズがあったということ。具体的には、研究者の研究活動を支える科学研究費(科研費)など補助金の獲得である。 2年ほど前、グローバルでトップレベルの研究をしている大学を、北は帯広畜産大から南は長崎大まで10校ほど、全国各地に取材に回ったことがある。その取材では世界的に先進的な研究にたびたび瞠目したが、同時に、もう一つまったく別の面で驚くことがあった。広報担当者が、軒並み東京の出版社や新聞社出身の元編集者だったことだ。 長崎大を訪れると、そこで広報担当者だったのは東京・大手町に本社を置く大手紙の元編集委員という人物だった。彼は同大の副学長にも就任していた。京都工芸繊維大では、ドイツなど国外から研究者を招く新しい学内機構が設置されていたが、その広報部門を担う人物は建築専門誌の元編集者だった。大学が必死になる「科研費」の獲得 そして、東京大。工学部や医学部など横断的、学際的な新機構がつくられた。そこを取材してみると、広報担当者には文学賞で有名な出版社の元編集者が就いていた。なぜ編集者が重宝されているのか。こうした人たちに会うたびに尋ねてきたが、その答えはだいたい似たものだった。東京大学の安田講堂 情報収集と情報発信である。この答えだけでは、きわめて凡庸に聞こえるが、重要なのはその目的だ。ある広報担当者は科研費獲得のためですよと語っていた。 「いかにうちの大学が学術の世界で貢献しているか。それを一般に周知させる(アウトリーチ)させるのが最初の目的。と同時に、そうして周知を図る中で、国に対してその効果を訴えかける。そこで研究への理解を得ることが科研費の獲得につながるからです」 どういうことか、すこし迂遠だが説明したい。 科研費とは、研究者の申請に基いて文科省や日本学術振興会から支出される研究資金のことである。個々の研究者は自らの研究を深めるべく、予算を学内外に申請するが、そこで大きな予算を獲得できるのは科研費をおいてない。素粒子物理学や工学系など大きな予算を必要とする研究では年あたり数千万円から数億円という大きなプロジェクトもある。 こうした大きなプロジェクトを遂行できるということは、さまざまな意味で大学に影響がある。第一に大きな予算をかけられるだけ将来有望な研究であると見られること。第二にそうした研究を行うことで、外部からすぐれた研究者がやってくること。第三に学生に対しても有望だということを訴えることができる。 小泉政権以降、文科省では「21世紀COE(センター・オブ・エクセレンス)プログラム」「グローバルCOEプログラム」「スーパーグローバル大学」などの枠組みのもと、有望な研究部門や研究領域には重点的予算をつける傾斜配分がとられてきた。この予算が獲得できれば、大学にとって大きなステップとなるものだ。 だが、こうした科研費の獲得はけっして簡単ではない。 科研費は文科省の外郭団体や日本学術振興会などで評価・審査されるが、そうした審査の際、いかにその研究が有意義なものであるか、所属する学会で認められることが第一だが、それとともに、いかに社会に貢献しているかを伝えられないことも昨今では重要になっている。税金を投じるにあたって、説明責任が求められるような社会背景が醸成されてきたためだ。 そうなると、科研費の獲得のためには2種類の人材が必要になってくる。一般向けには自校のPRを情報発信できる人物。この役割が元編集者だったのだろう。 では、運営方針を伝え、予算を獲得する文科省対策にはどうすべきか。そう考えたとき、内部事情に通じた人物の獲得として、文科省の元役人を想定したとしても不思議ではない。個々のケースというわけではなく、あくまでも外形的な事情から言えば、天下りはけっして不思議ではない話だったのである。ただ「厳罰化」するだけでいいのか 実際、先に記した文科省の再就職等問題調査班の「中間まとめ」でも、そうした事例は(21)の「公立学校共済組合事案」で明確に示されている。 <文科省OBの◯◯理事長は、同組合の病院において優秀な医師を確保するためには科学研究費助成事業(科研費)の申請機関となることが必要との考えに基づき、同組合の病院が科研費の申請機関となるための事務体制を支援し>たと記されている。 これもまた違法と認定されていた。 大学にとっては生き残り手段として、文科省の役人としては退職後の生計として、天下りが機能してきた。それが今回の問題の構図だろう。中間まとめの事例を見ても、文科省側の関係者はとくに疑いも持たず「ポスト」を融通したり、打診していた様子が報告からうかがえる。 この問題発覚後、呆れる声があるのはもちろんのこと、厳罰化を求める声もある。たしかに内容によって承服しがたい再就職があるのも事実である。 だが、この現状に対して、厳罰化といった対応でよいのかと言えば、疑問でもある。文科省にかぎらず、霞が関の官僚は退職後に各種組織に再就職するのが習いだ。次官を目指すレースにおいて、道が途絶えた人が出ていくのもはるか昔からわかっていることだ。そのために霞が関に隣接する虎ノ門には多様な特殊法人までつくられてきた。霞が関の官庁街(後藤徹二撮影) そうした昔も今も変わらない環境を考えるなら、実情に基づいた無駄のない再就職支援をすべきだろう。現状では内閣府の官民人材交流センターがその任を担っているが、うまく機能しているとは言いがたい(だからこうした事態が起きている)。実際、文科省では2008年の官民人材交流センターの発足以降、同センターを利用して再就職した人は一人もいなかった。 国家公務員法で公務員の再就職を禁じているポイントは3点。官庁が(組織的に)再就職に関与すること、本人が在職中に求職活動をすること、再就職した人が2年以内に元の職場に働きかけをすることである。 この法規定に則ったかたちで、ジョブマッチングができるような環境を整えるほうが、大学にとっても、文科省の役人にとっても有益だろう。それには人事情報に関してより透明性を高めたり、再就職の経緯が明かされるような仕組みというのも一案だろう。 元役人だからほしい人材と見るのもおかしいが、元役人だからけしからんという反応もおかしい。労働市場において、元役人も公平性ある流動性がつくれるか。今回の問題は、そのいいチャンスではないかと思われるのである。

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    官僚が晩節を汚しても手にしたがる天下り「お気楽ポスト」の中身

    若林亜紀(ジャーナリスト) 政府が天下りの斡旋をした文部科学省次官を更迭したことをきっかけに、「天下り問題」が注目されている。 まず、キャリアとノンキャリア、2人の文科省職員の天下りを比べて見てみよう。 国会に召喚され答弁した嶋貫和男氏(67)は文科省のノンキャリア組。北海学園大を卒業して1974年に文部省に入った。東京学芸大や東京大の人事課長などに出向した後、本省の人事課調査官(課長に次ぐ役職)、初等中等教育局参事官(課長相当)などを経て2009年7月に退官した。 その直後に、一般財団法人の教職員生涯福祉財団の審議役に就いた。といっても、仕事は財団の仕事ではなく、文科省の依頼で、文科省退職者を天下り団体や大学に斡旋することであった。ただし、これは違法行為なので、当時の財団の理事長にとがめられた。 そのため、13年から、天下り斡旋の舞台は大手生命保険会社に移った。明治安田生命保険が氏に顧問報酬という形で「月2日勤務で(年)1000万円」の報酬を払うことになった。嶋貫氏の事務所費や秘書の給与は文科省の別の天下り団体が負担した。 そもそも文科省は、全国の小中高大学教員とそのOB計200万人の年金や健康保険、生命保険を扱う公立学校共済組合と私立学校教員とそのOB計100万人の保険を扱う日本私立学校振興・共済事業団(私学共済)を管轄している。この生保会社はこれらの団体で扱う生命保険の幹事会社などをしている。だから、保険会社は文科省に頭が上がらないのだ。衆院予算委で文科省の天下り斡旋問題をめぐり自民党の牧原秀樹氏の質問に答える人事課OBの嶋貫和男氏(左)と、答弁を聞く(奥右から)山本幸三国家公務員制度担当相、松野博一文科相=2月7日、国会 この間、嶋貫氏は天下り斡旋をする中で、自らも成り上がる機会を得た。氏は10年1月、大阪にある慈慶学園の特別顧問に就いた。同学園は09年に大学院大学の新設を申請したが、審査中にいったん取り下げていた。氏が顧問に就き、3月に再び申請すると認可が下りた。学園は14年、ついに氏を学長として通信制大学の設置申請を行った。 このように、霞が関で出世したノンキャリア公務員は、違法な汚れ仕事を引き受けながら、抜け目なく自らを利していくことが多い。それに対して、キャリア官僚は手を汚さずにカネと名誉を得る。ただし、カネと名誉だけの閑職に見える。 その一人がキャリア官僚OBの磯田文雄氏である。 磯田氏は東京大法学部卒業後、1977年に文部省(当時)入省、在職中にスタンフォード大大学院に留学した。研究振興局長、高等教育局長などを経て2012年に東大理事に天下った。ただし形は本省に籍を置いたままの現役出向だった。なぜなら、09年に民主党が天下り根絶を掲げて政権交代したため、見せかけの天下り数を減らすための各省庁の対策で、本当は天下りなのに「出向」という形にしたのだ。東大理事の年収は1800万円である。 その後、13年9月に別の文部科学官僚に東大のポストを譲った。そして文科省に戻り「大臣官房付き」という、企業でいう「人事部付き」のような、仕事なしに給料だけをもらえる身分となった。14年3月に退官し、5月に茨城大の学長選挙に立候補。茨城大はこれを「天下りの押し付け」ととらえて反発、副学長を対立候補に立て、氏は落選した。年金受給までの職がほしい官僚 ところで、同年4月、文科省では「スーパーグローバル大学創成支援プログラム(SGU)」という大学の国際化支援の補助金交付先をコンテスト形式で募った。このコンテストに応募していた名古屋大は磯田氏に声をかけ、コンテスト応募事業の担当理事として8月に迎えた。この理由について名大総務部は「磯田氏が無職だったのでお願いして来ていただいた」としている。 そして9月にコンテストの合格発表が行われ、名大は合格し、10年間で最大42億円となる補助金が交付されることになった。一方で茨城大も応募していたが、落選した。 磯田氏は現在、名大が国際化事業の一環でアジア7カ国に作った出先機関を訪問して回っている。大学の組織図を見ると、氏のポストは大学のどこの組織にも属さない完全に独立したお気楽ポストのようだ。慶応大学三田キャンパス 2016年に慶応大に天下ったキャリア官僚の仕事も、大学によれば「各地にあるキャンパスの視察」だそうだ。広報室は「文科省OBの情報提供を受けて採用した」としている。 こうしたことから、名大も慶大も補助金がほしいから天下りポストは用意するが、大学の運営には立ち入らせないという思惑があることが透けてみえる。 文科省によれば、同省から大学への天下りは07年以降だけで102大学133名。そのほかに「現役出向」が240名以上という。 霞が関では組織のピラミッド構造を維持するために、50歳前後から早期退職が始まる。出世競争に残れなければ肩たたきされる。だからキャリアもノンキャリアも年金の支給開始年齢までの職がほしいわけだ。 また、大学にとっては天下りを一人雇うだけで面倒な許認可が通りやすくなったり、億単位の補助金がもらいやすくなったりするのだから、経営判断として受け入れるのは当然だろう。 ただし、これでよいわけはない。文部官僚は日本の教育行政を担ってきた高度人材だ。特にキャリア組の多くは、東大を出て公費留学までしている。本来ならば、補助金との引き換えでなく、実力のみで各大学に再就職し、大学を発展させる能力があるはずではないか。 たとえば、欧米の経営大学院は日本の大学とは桁違いに授業料が高額だが、世界から留学生を集め、教育が主要輸出品の一つといわれるほどである。日本の大学もそうできないか。大学側も少子化といえども、国の補助金頼みの経営でなく、教育で学生をひきつけ、社会に人材を送り、成功した卒業生が寄付をしたくなるような存在になるべきだ。  「学問の府」である文科省が違法な天下りの斡旋を組織的に行い、大学も補助金欲しさに天下りを受け入れるという、ワイロのような行為はやめるべきだ。文科省はキャリアもノンキャリアも一丸となり、大学の知恵も借り、国民に納得できるような雇用管理、退職管理と大学運営の方法を考えてほしい。また、違法な天下りと贈賄には厳罰を課すべきだ。

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    霞が関全省庁「天下りリスト」 官僚受け入れ大学トップは京大! 

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 文科省の天下り問題がいまだに国会で議論されている。 10年ほど前、筆者は第1次安倍晋三政権で官邸勤務の内閣参事官として、天下りを是正する国家公務員法改正の企画立案を担当した。そのポイントは、国家公務員の再就職について、退職前に利害関係のあるところへの求職活動を禁止したこと、役所の斡旋を禁止したことと、それを監視する再就職監視委員会の設立だ。 一般に、いわゆる「天下り」は好ましくないというが、実は公務員の再就職全般を禁止することは憲法上許されない。そこで、再就職に際して、正当なものと不当なものを分ける必要がある。何がマズいかというと、退職前に利害関係先に求職活動したり、権限を持つ役所が斡旋するから再就職を受け入れざるを得なくなることだ。そうしたものを不当な再就職として規制する。 逆にいえば、不当な自分の求職活動や役所の介入・斡旋がなければ、正当な再就職とする。こうすれば、再就職の弊害がかなりなくなるので、求職禁止と斡旋禁止条項を設けた。そして、それらの求職、斡旋活動を監視するために再就職監視委員会を設けた。 それと同時に、一定の役職以上の国家公務員の再就職状況を公表するようにした。内閣官房のホームページ(http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/jinji_j.html)に毎年公表されている。 今回の早稲田大学の件でも、内閣官房のHPで毎年の再就職状況が個人名と再就職先を含めて公開されている(http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/kouhyou_h280920_siryou.pdf)。 それをみると、氏名、退職時の年齢、退職時の官職、離職日、再就職日、再就職先の名称、再就職先の業務内容、再就職先における地位などが記されている。こうした資料を公開することによって、不当な再就職を牽制しようとしたのだが、今回は再就職監視委員会がよくやっており、マスコミは貢献していない。マスコミは天下り問題を報じても、こうしたネタの宝庫である原資料をまともに調べていないからだ。 今回の文科省事件でも、文科省から提供されている資料ばかりを報じているところが多い。常日頃感じていることだが、どうして日本のマスコミは調査報道ができないのだろうか、不思議である。合同庁舎に掲げられた文科省の看板=東京・霞が関 今回も人事課OBが介在して、その人物のみに焦点が当たっているが、これは役所からの情報リークにまんまとマスコミが乗っているからだ。実は、役人OBは今の制度では基本的に処罰されない。むしろ問題は実際に斡旋を行っていた現役の人事担当らにある。 現役役人が主で、OBはその補助役でしかないことを再就職監視委員会もつかんでいるからこそ、現役役人の斡旋を違法と認定できた。はっきりいえば、現役役人が将来得られる報酬は、OBのノンキャリア職員の比ではないほど大きい。その意味で、文科省の報道で、人事課OBの「ノンキャリア」をことさら強調するのは、トカゲの尻尾切りでしかない。役人の「再就職」実態は? 話を再就職状況に戻すと、あれだけの情報の宝庫を放っておくのはもったいない。そこで本稿では、2012年4月から2016年3月まで4年間の再就職数6000件あまりの全体的な傾向を分析してみよう(一人で複数箇所に再就職しているものは複数件としてカウント)。 再就職規制をクリアして再就職するためには、退職前での求職活動は独力かつ利害関係先以外で行うというのが基本である。退職後であっても独力でないとダメだ。 再就職を短期間で行うためには、利害関係先でないところに退職前から準備して行う必要がある。それはなかなか大変なことである。しかし、全体の中で、退職日の翌日に再就職しているケースは多く、全体の1割程度もある。1ヶ月程度(翌日を除く)も多く、全体の2割程度である。つまり、1ヶ月以内に全体の3割が再就職しているわけだ。 もちろん、ここのケースでは、独力で再就職先を探しているものもあるが、再就職の経緯について深く調べる必要があるだろう。実際、政府は、文科省に限らず全省庁に対して再就職調査を実施しているところだ。 また、4年間であるが、多くの再就職者を受け入れている法人も多い。これらは、事務次官クラスの大物OBが再就職するところではないが、役所の斡旋の有無をチェックする必要があるだろう。 次に、今回話題になっている大学への再就職状況をみてみよう。大学に限らず学校法人への再就職は、この4年間で一定役職者以上であるが、300件あまりある。 再就職者数の多い大学は、京都大学10件、東京大学9件、日本大学9件、国際医療福祉大学9件、早稲田大学8件などとなっている。 学校法人に再就職した人の出身官庁は文科省だけに限らない。文科省が69件と多いが、全体の2割であり、他の省庁からも大学に再就職する者は多い。 筆者もその一人であるが、役人の再就職先として大学を選択する人は少なくない。というのは、文科省以外であれば、利害関係先になることはまずなく、大学の教員公募に応じればいい。大学としても、元役人は基本的な知識もあり、さらに大学人が苦手とする「雑務」もこなせるので重宝とされることが多い。 筆者も、役人を辞めたら何ができるか考えたとき、大学かマスコミしか無理だろうと思った。一般企業に行くのは、役所のよほどの利権を背負っていかないとできないだろうと思ったものだ。 今回の文科省の事件は、他省庁出身の再就職とは異なる、文科省の利権があまりに強く影響して、それが目立ってしまったのだろう。しかし、再就職状況をみると、出身官庁の利権を背景とした再就職ではないかと邪推できるようなケースがないとは言い切れない。これは、再就職状況を個別に、見る人がみればわかるのだろう。

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    公務員「腐敗度ランキング」日本は20位、これをどう評価すべきか

    この指数は、腐敗とは「与えられた権限を濫用して私的利益を得ること」という定義に基づき、各国の公務員や政治家がワイロなどの不正行為に応じると思われているかを数値化してランキングしたものである。世界銀行など複数の機関による調査を組み合わせて集計しており、世界的に知られている。日本の大手企業などが海外に進出する際の贈収賄リスク対策や研修資料として使われており、このデータは毎年1月に更新されている。 ランキングによると、日本の得点は100点満点で72点、176カ国中第20位。前年は18位であり、その前は15位だったので、2年連続で下がっている。 腐敗度の低い国をみると、1位はデンマーク、2位がニュージーランド、3位フィンランド、4位スウェーデン、5位がスイスの順だ。例年、北欧勢がトップに並ぶ。逆に腐敗度が高い国は、1位がソマリア、2位が南スーダン、3位が北朝鮮とシリアが同点で並び、次いで5位がイエメンだった。 デンマークの公務員は、ほとんどワイロに応じないと思われており、一方でソマリアや南スーダン、北朝鮮の公務員はワイロにまみれているということになる。日本の場合、一般市民が公務員にワイロを送ることはあまりないと思われているようだが、データによれば、デンマークほど「清廉」ではなく、フランスよりは「信頼」できるといったところだろうか。 日本では、政治家による収賄疑惑が毎年のように明るみになる。以前は教員や消防士の採用をめぐり、大掛かりな刑事事件に発展したケースもあった。また、最近でも文部科学省による早稲田大学への「天下り」あっせん疑惑が明らかになったように、役所から発注先や補助金交付先への天下りは慣行化している。これは日本では違法ではないが、国際感覚ではれっきとしたワイロとみなされる。 トランスペアレンシー・インターナショナルでは「北朝鮮、アンゴラ、スーダン、南スーダン、ソマリア、アフガニスタンなど武力紛争が絶えない国では腐敗認識指数も低く、腐敗と平和は負の相関がある」と分析し、腐敗対策の大切さを訴えている。 日本と貿易の多い国の腐敗度ランキングをみると、アメリカは18位、中国79位、韓国52位、台湾31位、香港15位、オーストラリア17位、サウジアラビア62位、アラブ首長国連邦24位である。日本の税金の無駄遣いは途上国の腐敗に直結 ところで、安倍政権は「質の高い日本のインフラを世界に売り込む」とし、日本が主導するアジア開発銀行(ADB)や政府開発援助(ODA)を通じた融資を含め、アジアのインフラ整備に2015年からの5年間で約13兆円の資金を投じると表明している。実は、この成否のカギを握るのも途上国の腐敗である。せっかくの援助資金も対象国の公務員が腐敗していれば、ワイロで中抜きされてしまう。日本がODA大国となった今、途上国公務員の腐敗は日本の税金の無駄遣いに直結するといっても過言ではない。ベトナムのフック首相(右)と記念撮影で握手を交わす 安倍晋三首相=2016年5月16日 また、インフラを担う日本企業が対象国の公務員にワイロを送り、それが露見して莫大な罰金や和解金を支払うケースもしばしば起きている。以下に示すのは、2011年以降に発覚した関連事件と日本企業が支払った賠償金や和解金である。2011年 日揮ナイジェリア事件 米国司法省に罰金2億1880万ドル2012年 丸紅ナイジェリア事件 同和解金5460万ドル2013年 ブリジストン 中南米事件 同罰金2800万ドル2014年 丸紅 インドネシア事件 同罰金8800万ドル2015年 日立 南アフリカ事件 同民事制裁金1900ドル 2016年 オリンパス 中南米 同和解金2280万ドル2015年 日本交通技術ベトナム、インドネシア、ウズベキスタン事件 日本の裁判所に罰金9000万円 これらの事例をどう考えるべきだろうか。単に「ワイロを送った日本企業が悪い」と捉えがちだが、実はそんな短絡的な話ではない。事件が起きた国をみると、いずれも腐敗度が高い国ばかりである。そういった国では、公務員にワイロを送らなければ、役所は手続きさえ進めてくれない。日本交通技術の事件がその典型例である。同社はJR系のコンサルティング会社だが、日本のODAによるベトナムの鉄道建設において、技術入札で1位指名を受けていたにもかかわらず、ベトナム側の担当者が「内部会議のため経費が必要」としてワイロの要求を繰り返した。それが後に国税調査で発覚したのである。腐敗の高い国での取引には、より慎重になって交渉相手からのワイロの要求をかわさなければ、対象国で得た利益が結果的に多額の賠償金や和解金で吹き飛んでしまうこともある。とはいえ、これらの国々でもメディアやインターネット、公益通報制度は存在する国も多いので、昔よりも格段に贈収賄事件が発覚しやすくなっている。 先進国はOECD外国公務員贈賄防止条約を結び、互いに国際商取引で進出先国の公務員にワイロを送らないという約束をしている。特に米国法は厳しく、もし外国企業がアジアやアフリカで送ったワイロであっても、その企業が米国で上場していれば自国法の適用が認められており、贈収賄事件に絡んだ外国企業が米国司法省に支払った賠償金の総額は突出して多い。これは日本企業を狙い打ちにしたものではなく、米国企業も厳しく処罰されている。 世界の公務員「腐敗度ランキング」は、今や日本のODAの有効性や輸出企業の収益にも密接な関係がある。だからこそ、政府も企業もこうしたデータをうまく活用し、対策を講じることが自国の利益を守ることにつながるのではないだろうか。

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    天下りより問題なキャリア官僚の地方出向制度の憂鬱

     何十年も前から批判されている、官僚の天下り問題。法律を制定するなど、天下りを防止する様々な方策がとられてきてが、なくならない。経営コンサルタントの大前研一氏が、天下りだけでなく、キャリア官僚の地方出向について本当の問題点を解説する。* * * 国家公務員法に違反した文部科学省の組織的な「天下り」斡旋問題で、同省の歴代次官や人事課長が“総懺悔”している。だが、これは文字通り氷山の一角だろう。各省庁による水面下での組織的な天下り斡旋は日常茶飯であり、内閣府の再就職等監視委員会の調査で簡単に違反が明るみに出た文科省は脇が甘かっただけだと思う。 私は「ビジネス・ブレークスルー(BBT)大学」などで世界中どこへ行っても通用するグローバル人材の育成に力を入れ、文科省もそういう教育改革を急げと訴えてきた。しかし、当の文科官僚が自分で再就職先も見つけられないという体たらくなのだから、グローバル人材育成の指導監督など望むべくもない。 キャリア官僚の能力や見識を民間で活用すべきだという意見もあるが、それは彼らが20代当時の学力評価であって、21世紀の世の中を生きていく能力ではない。もし彼らがそれほど高い能力や見識を持っているのであれば、なおさら再就職先を自分で見つけることくらいは容易なはずである。それが難しいということは、官僚OBを積極的に雇いたいと考える民間企業は非常に少ないということだ。 その上で、誤解を恐れずに言えば、今回の文科省の問題は、地方自治体も含めた国全体の人事制度の構図から見ると、大したことではないと思う。より大きな問題は、霞が関のキャリア官僚の地方自治体への「出向制度」にある。キャリア官僚は30歳前後から地方自治体の課長、部長、局長、助役、副知事などに出向し、国と地方を行ったり来たりする。 総務省の資料によると、国から地方自治体への出向者数は1600~1700人。つまり、都道府県や市町村の役所には、それだけの数のポジションが、中央省庁から出向してくるキャリア官僚のために用意されているわけだ。これは中央から地方への出向という形の“一時的な天下り”にほかならない。 さらに、この仕掛けの中で、キャリア官僚が知事や市長になっていく。たとえば、大分県知事は経済産業省(旧・通商産業省)の“指定席”で、現在の大分市長も経産省出身だ。石川県知事は総務省(旧・自治省)出身者2人が合わせて14期・54年もの長きにわたって務めている。これこそ天下りの“権化”だと思う。 では、キャリア官僚の地方出向制度の何が問題なのか? 地方の衰退を招く元凶になっているからだ。基本的に彼らは2~3年でくるくると交代する「回転ドア」人事なので、最初から腰掛けと思っていて真面目に仕事をしない。しかも、地元のことは何もわからないのに権限だけは持っているため、中央とのパイプが欲しい周りの人々にちやほやされて繁華街を上げ膳据え膳で飲み歩き、威張ることだけ覚えて転任していく。 そういう手合いがジャガイモの地下茎のごとく全国各地にはびこっているのだ。いわば現代版「国司」であり、これが地方のプロパー(生え抜き)職員の“ガラスの天井”にもなっている。 とはいえ、中央から地方への出向を禁じると、今度は関連団体や外郭団体を増やして、そこにパラサイト(寄生)するだけだろう。これは東京都なども同じ構図であり、こちらのほうが税金を無駄遣いするという点では天下りより問題だから、国民にとって何の役にも立たない関連団体や外郭団体は、国も地方もつぶしていかねばならない。 本来なら、私の持論である憲法第8章(地方自治)を改正して明治時代以来の中央集権体制にピリオドを打ち、真の地方自治を実現すべきだが、それができないなら、現在の歪んだ人事制度を抜本的に改革するしかないだろう。関連記事■ 天下りの根絶が難しい理由 国会答弁を役人が書いているから■ 官僚常套手段 首相答弁に都合の良い文言盛り込み既成事実化■ 財務省若手官僚の派手な遊び目に余るとの情報入ると総務官僚■ 警察庁が作った天下り斡旋会社代表「何の問題もないだろ!」■ 経済の千里眼氏 官僚がデフレと増税を好む理由を解説する

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    公務員の同期年収格差 天下り後は3000万円以上差がつく例も

     会社の「同期」はサラリーマンとして苦楽をともにする仲間であり、鎬を削るライバルでもあるが、当然、キャリアを何十年も重ねれば給与・待遇は大きく違ってくる。 しかもその「同期格差」が近年、広がっている。特に大手商社や金融業界は出世コースや学閥などによって、およそ2倍の差が開くことも珍しくない。また、自動車メーカーは海外勤務の有無などが差を生むという。 有名企業以上に同期格差があるのが「公務員」だ。国家公務員試験1種(現・総合職)に合格したキャリア組は入省年ごとの出世レースが注目される。当然、同期のライバルを徹底的に意識する(金額は一般的なケースの概数、以下同)。 その一方、給料に差は少ない。熾烈な出世競争のすえ「同期で1人」といわれる事務次官になっても年収は2300万円だ。原則としては全員が年収1400万円の本省課長までは約束されている。 ここから50代前半に民間企業の役員にあたる「審議官」クラス以上に出世できるかが別れ道なのだが、問題はその先だ。「官僚はどこまで出世したかでその先の天下り先がまったく違う。なかには大手の天下り先を転々とする“渡り”で総額数億円を稼ぐケースも多い」(全国紙記者) 同期格差が退職後に最も大きくなるのだ。1年間に3000万円以上の差がつくケースもあるという。関連記事■ 自動車メーカーの同期年収格差 トヨタは拡大、ホンダは縮小■ メガバンクの同期年収格差は2倍 50代は今後無職もありえる■ 大手商社の年収格差「同期4000万円、私は1500万円」と幹部談■ 大企業で「同期の年収格差」が広がる 750万円に達する例も■ 30代と高齢者の社会保障費 生涯格差は1人あたり6000万円

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    「籠池爆弾」の破壊力やいかに

    「籠池爆弾」という言葉は今年の流行語にでもなるのだろうか。学校法人「森友学園」をめぐる一連の問題で、籠池泰典氏の証人喚問が国会で行われる。最大の焦点は、安倍首相夫人から受け取ったという100万円の真偽だが、この疑惑が持ち上がった経緯には不可解な点も多い。さて、真実やいかに。

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    矛盾に満ちた戦後保守の「ゴマカシ」を暴く籠池証言のインパクト

    むろん、事実の究明はなされるべきである。不正や腐敗が確認された場合は、厳正な処断が求められよう。だが政治権力の周辺で、利権や金銭のからんだ不祥事(または、それらに関する疑惑)が生じるのは、古今東西、普遍的に見られる現象ではないか。 裏を返せば、不祥事や疑惑が生じるかどうかは、当該の政治権力が掲げる理念の内容とは、少なくとも直接的な関係を持たない。不祥事は生じないに越したことはないし、疑惑も可能なかぎり晴らすのが望ましいが、政治が往々にしてキレイゴトではすまされないのも、世のいつわらざる真実なのだ。 では、森友学園騒ぎが浮き彫りにした保守の問題とは何か。ずばり、「ナショナリズム」や「戦前」にたいする理念的な曖昧さ、もっと言えば矛盾にほかならない。 保守(主義)とは自国の歴史や伝統を尊重しつつ、現実的な姿勢で物事に対処する理念と規定できる。とすれば「ナショナリズム」と「戦前」のどちらについても、積極的に肯定するのが筋となろう。ところがわが国の保守は、現実的な姿勢で物事に対処しようとすればするほど、これについてキッパリした態度を取れないのである。報道陣に囲まれる籠池泰典氏=2017年3月16日、大阪府豊中市 戦後日本では、いわゆる「昭和の戦争」に大敗したこともあり、それまでの自国のあり方を「間違った悪しきもの」として否定する傾向が強い。とりわけ敗戦直後は、「保守」が政治勢力として成立する余地など皆無だったと言っても過言ではなかろう。 しかるにアメリカに率いられた自由主義諸国と、ソ連(現ロシア)を筆頭とする社会主義諸国の体制的対立、つまり冷戦が激化したことにより、保守は再起のきっかけをつかんだ。理由は以下の2点にまとめられる。 (1)わが国をアジアにおける「反共(=反社会主義)の防波堤」に仕立てようとしたアメリカが、それまでの方針を転換、再軍備をうながした。安全保障はナショナリズムの肯定抜きに成り立たないため、これは日本国内の保守勢力を支援することに行き着いた。 (2)冷戦の激化が、「現実的な姿勢に徹する以外、国の存立を確保する道はない」ことを突きつけた。そして日本はアメリカの占領下にあったのだから、「現実的な姿勢」が対米協調、もしくは対米従属を意味するのも明白だった。日本国憲法の前文や九条を金科玉条と見なし、「観念的な絶対平和主義に徹すれば万事解決」といわんばかりに構えた左翼・リベラルの主張は、これによって説得力を大きく失った。 かくしてわが国では、例外的な時期を除けば、「親米路線の保守が政権を担当し、左翼・リベラルは万年野党としてそれに文句をつける」という図式ができあがる。現在の安倍政権も、くだんの図式のもとに成り立っているわけだが、このような保守のスタンスには重大な問題がひそんでいた。「森友スタンス」が持ったインパクト 親米路線が大前提である以上、戦後日本の保守は、アメリカの意向や利益に反しない範囲でしか、自国の歴史や伝統を肯定できないのだ。言い換えれば彼らのナショナリズムは、しょせん条件つきのものにすぎない。のみならず「昭和の戦争」において、わが国はアメリカを相手に総力戦を繰り広げたのだから、これは戦前を(あからさまに)肯定してはいけないことを意味しよう。 要するに「自国の歴史や伝統を肯定すること」と、「現実的な姿勢で物事に対処すること」が、根本で両立しえなくなってしまったのである。この経緯や構造については、2月に刊行した『右の売国、左の亡国 2020年、日本は世界の中心で消滅する』(アスペクト)で詳細に論じたので、そちらもぜひご覧いただきたい。(https://www.amazon.co.jp/dp/475722463X)(https://www.amazon.co.jp/dp/B06WLQ9JPX) だとしても現実主義の名のもと、自国の歴史や伝統をないがしろにするようでは、保守も何もあったものではない。ゆえにナショナリズムと戦前の双方について「頭ごなしに否定しようとする左翼・リベラル的な姿勢には反対する一方、あからさまに肯定するのも『行き過ぎ』として慎む」というのが、戦後保守、少なくともその主流派のスタンスとなった。 自民党の参院議員である片山さつき氏の言葉にならえば、「オーソドックスな保守派」は「日本の良さをきっちりと戦前に回帰しないで言おうとする」ために、さんざん神経を使うハメに陥ったのだ。腰の定まらぬ態度と言えばそれまでだが、そうでない限り、「歴史や伝統の肯定」と「現実的な姿勢」の間でバランスが取れないのだから仕方あるまい。片山氏の発言自体、「きっちりと」という語句が「戦前に回帰しない」にかかるのか、「言おうとする」にかかるのか、構文が曖昧になっていた。(https://abematimes.com/posts/2125532) 余談はさておき、ここまで来れば、森友学園騒ぎが保守勢力を揺るがすインパクトを持つことは明らかだろう。同学園が運営する「塚本幼稚園」では、運動会の宣誓で園児に中国や韓国を批判させたり、あるいは教育勅語を教え込んだりと、ナショナリズムや戦前をあからさまに肯定する教育方針が取られていると伝えられる。森友学園が建設中の「瑞穂の国記念小学院」=大阪府豊中市 「オーソドックスな保守派」にとって、これは寝た子を起こす振る舞いである。常識的に考えて、幼稚園児が運動会で他国に文句をつけるのは行き過ぎのそしりを免れない。ちなみに戦前も、日露戦争当時の政府は「日本とロシアは国際的な利害対立によって戦っているが、日本人とロシア人の間に個人として怨恨があるわけではないのだから、いたずらに相手を罵倒するような真似は大国の民として慎むべきだ」という趣旨の態度を取った。 だが、森友学園のような姿勢を頭ごなしに否定するのも、「ナショナリズムはダメ」「戦前は悪しき時代でしかなかった」という風潮に塩を送るようなものではないか。同学園のスタンスは、戦後保守が「歴史や伝統の肯定」と「現実的な姿勢」の間でどうにか保とうとしてきたバランスを揺るがしかねないものなのだ。片山氏が籠池理事長について、「全くバランスの欠けた人」と批判したのも、無理からぬ話だろう。戦前と戦後に筋を通せ だとしても、籠池理事長を批判すれば事足れりとはならない。「アメリカの意向や利益に反しない範囲でしか自国の歴史や伝統を肯定できず、ゆえに『歴史や伝統の肯定』と『現実的な姿勢』とがしばしば矛盾をきたす」という戦後保守のあり方も、いかんせん欺瞞的なものだからだ。 その根底には、敗戦の際はもとより、独立回復、さらにはそれ以後も、自国のあり方を総括し、戦前と戦後に筋を通そうとする努力を十分してこなかった問題がひそむ。意地悪な言い方をすれば、戦後保守はおのれの矛盾にきっちり立ち向かうのではなく、当の矛盾をきっちり隠蔽しようとすることにばかり神経を使ってきたのである。 これを露呈してしまったのが、3月8日の参院予算委員会における稲田朋美防衛大臣の発言だった。社民党の福島瑞穂議員から教育勅語をどう評価するかと問われ、稲田防相はこう述べている。 「私は教育勅語の精神であるところの、日本が道義国家を目指すべきである、そして親孝行とか友達を大切にするとか、そういう核の部分ですね、そこは今も大切なものとして維持している」「教育勅語に流れている核の部分、そこは取り戻すべきだと考えている」「教育勅語自体が全く誤っているというのは私は違うと思う。これは(防衛相としての)所管ではありませんけれども。(中略)その精神の核自体は道義国家を目指すというのは、目指すべきだと思う」(http://www.j-cast.com/2017/03/10292840.html?p=all) だが、いかなる文書においても、内容と形式を切り離すことはできない。教育勅語の「精神の核」は、それが勅語、つまり天皇が国務大臣の副署(明治憲法下、天皇の名に添えて、助言する立場の者が記した署名)なしで発表した言葉であることと不可分なのだ。教育勅語原本(右)と謄本 日本国憲法の第三条は「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要と(する)」と定めており、第四条第一項は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行(う)」と定めている。片や教育勅語は、日本人、および日本社会のあり方について、いろいろ具体的な指針を提示しているのだから、内容に評価すべき点があろうと、憲法の規定に違反する疑いが強い。現に1948年、国会では同勅語の失効と排除が決議された。 ゆえに教育勅語をどう評価するかは、「敗戦によって、天皇の地位や役割が変わったことをどう評価するか」という問題と直結する。しかしここまで踏み込んだら最後、戦後保守としての立ち位置が崩壊するのも疑い得ない。 だからこそ稲田防衛相は、勅語の「精神」や「核」なるものを取り出して、弁護論を展開するほかないのだ。ただし国としての道義性を高めるという理念は、勅語の形式を取らなくても表明できるのだから、これでは教育勅語自体を評価したり、弁護したりしたことにはならない。 稲田防相は2月にも、南スーダンにおける自衛隊のPKO活動に関連して、「憲法上の問題があるので、戦闘ではなく衝突という言葉を使う」旨を答弁、厳しい批判にさらされた。くだんの答弁と、教育勅語をめぐる今回の答弁は、みごとに同じ構造を持つ。どちらの場合も、戦後保守の抱える矛盾、ないし欺瞞をどうにか取り繕おうとする姿勢が、「小手先のゴマカシ」としか形容しえない発言を生んでしまったのだ。 森友学園の騒ぎは、そのようなゴマカシが、もはや維持しえないことを突きつけているのではないだろうか。やはり事の本質は、利権や金銭をめぐる疑惑などにはないのである。

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    サイコパスか人格障害か 籠池氏の深層心理を心理学者が読み解く

    むことになるだろう。会社は成長し、社長の社会的評価が高まる中で、部下や下請けは泣くことになるだろう。<偉大な自分にふさわしい成功を求める 彼らは、人生や社会をまるでゲーム感覚で生きているようなものだ。だからこそ、ビジネスで大成功を収めることもできるし、またゲーム感覚で他の人を壊してしまうこともできると言えるだろう。 経営者の中には、「自己愛性パーソナリティ障害」が多いと言う人もいる。自己愛性パーソナリティ障害者は、自分を特別な存在だとみなしている。もちろん、人はひとりひとり特別な存在だ。自分を愛することも必要だ。だが健康的な人は、自分も他の人々も同様に特別な存在だと感じている。自己愛性パーソナリティ障害者は、自分だけが特別な存在だと感じている。 彼らは、ありのままの自分を愛することができず、偉大な自分にふさわしい成功を求めている。常に周囲からの賞賛と特別扱いを求めている。彼らは、一通りの成功を収めた時にも、さらに限りない成功を求めて進んでいく。 彼らは、実際に自分が偉大で才能豊かで十分な業績を持っていると感じている。そのように思ってもらえるように、表現に誇張が見られる時もある。多少の大げさな表現の場合もあれば、虚偽の経歴を示すこともある。 彼らは、周囲からの過剰な賛美を求める。社長になれば、通常の社長以上の王様のような扱いを部下に求めることもある。彼らは特権意識を持ち、部下も社会全体も自分に特別な計らいをしてくれて当然と感じている。そのような態度に乗せられてしまえば、実際に特別扱いをされることもあるだろう。相手が王様のような態度を取ってくれば、こちらは家来のような態度をとってしまうこともある。そんなことが、他社の窓口や役所の担当者にも起きてしまうかもしれない。彼らは尊大で傲慢な態度をとるが、周囲が怖れて従ってしまうこともあるのだ。 彼らは、しばしば有名な人と懇意であると強調する。実際はパーティーで一度会っただけなのに、親友だと表現することもある。彼らは、目的のために人を利用する。部下も知人も利用するし、有名人を利用することもある。彼らは、人に嫉妬する。また、自分が嫉妬されていると思い込む。身近な人々が彼らの特異な性格を助長する サイコパスも自己愛性パーソナリティ障害も、トラブルは起こしやすいが、上手くいけば社会的成功を手にすることはできる。世の中にはこのような人が多くいる。ごく身近な人からは評判が悪いが、社会的には大成功している人もいるだろう。 あるいは、特異な性格の持ち主なのだが、良いパートナーに恵まれている人もいる。家族や仕事上のパートナーが、彼らの能力と特徴を生かしつつ、同時に不法行為やあまりに不人情なことはさせずに、社会と折り合いをつけつつ成功を重ねることもある。そもそもパーソナリティ障害の傾向があっても、上手くいっている限りにおいては、問題が大きくならずに済むことも多い。 しかし、身近な人々が彼らの特異な性格を助長してしまうこともある。また私生活や仕事上でトラブルが発生すると、これまでのやり方が通用しなくなり、一気に破綻することもある。 今回の籠池氏の問題に関しては不明点も多い。だが、もしもこのように社会的な話題にならなければ、小学校は予定通り開校されていたかもしれない。様々な疑惑も明るみに出なかったかもしれない。籠池氏がマスコミから責められることもなかったかもしれない。 しかし、トラブルは起きてしまった。籠池氏の偉大な考えに基づく計画は頓挫しようとしている。問題発生以前は、彼を応援していた人々も手のひらを返すように態度を変えているだろう。こうなれば、大きな目標のために彼自身も安倍総理夫妻への態度を大変換させたのかもしれない。 人の能力も性格も、偉業を成し遂げるか破綻するかは、紙一重だ。大馬力の大型自動車を安全に運転するのには、大胆さと繊細さと善良さが必要だろう。

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    森友騒動のキーマン元しばき隊、菅野完の正体を私は知っている

    った。そして「右翼」と対峙するために特に屈強な男たちが集まった。エリック・ホッファーは言う。「どんな政治運動でも最初の段階ではアタマのおかしい狂信者がいて、それが突破口になる」と。向こう見ずで後先を考えない人間が、ある局面では必要となる。その中のひとりが菅野完だった。※注 これについては「『しばき隊』とはなんだったのか -21世紀のダーティー・ハリーの栄光と没落」という文章を書いたことがあるので、そちらを参照されたい(http://blogos.com/article/148887/?p=1)菅野氏がしばき隊で失脚したワケ 当時はサラリーマンだったというが、これについては菅野氏ともう数年に近い付き合いを続けている筆者もよく知らない。あまりに詳細すぎるゆえに却って胡散臭いWikipediaの記述もすぐに信じる気にはならない。おそらく、このしばき隊の頃はネットでの活動が唯一のものだったと思う。Twitterで様々な論陣を張っていた菅野氏は、しばき隊の以前から在特会を中心とする差別主義団体への抗議運動を目論んでいた。そのため、そのネット発信力の影響力は強かった。大向こうを相手にして勝負をかける手際も、ネット出自の一個人にしては全く見事だった。生活保護バッシングをいさめる新聞広告をネットの人たちからの寄付金で実行したのも菅野氏だ。しかし、そのうちに菅野氏はこの運動界隈から「失脚」する。報道陣に囲まれるジャーナリストの菅野完氏=3月15日、東京都港区 もともとは汚れたドブ川に体を沈めて素手でヘドロを掻くような仕事で、主義主張にはこだわらない集団であったし、それがどんな人間であってもその目的に適している人間であればよかった。人には言えないような過去をもつ者もいた。そもそも「社会運動」というものに向いていないアウトローが多かった。アメリカ大使館に火炎瓶を投げ込んだ右翼、共産党議員の親をもつアウトロー気取りのデザイナー、ネットの荒らし行為を繰り返していた音楽雑誌の編集者、逮捕歴のあるJリーグのフーリガンのリーダー、名の知れた不良の過去をもつ不動産屋の社長、外国で長いことドラッグにイカレていた写真家、これらを佇まいよく社会運動のためにコントロールしようとするのは無理だ。 一方その頃には、在特会をはじめとする差別主義団体の活動が鈍ってきていたこともあり、そのしばき隊が解散して、その反差別の活動を社会運動として組織化することになった。すると、やはりその居住まいの悪さが裏目に出るようになった。男女関係も乱れていた。とても社会運動の体裁を整えられるような集団ではない。「もともとネットのチンピラなんだから、チンピラなりの分をわきまえるべきだ」とかつてその界隈と行動をともにし、ご意見番のような存在であったひとりは、何か問題が表面化するたびに筆者に苦々しく言い放った。菅野完もいわばそうした「チンピラ」のひとりだった。もともとは女性関係に悪評があった菅野氏だったが、それがさらにエスカレートして運動内部で問題化。それを収拾しかけたかという矢先に運動の活動費用の金銭問題が明らかになった。ここでこの運動界隈の人たちは菅野氏から離れていった。今でもこの界隈から菅野氏は蛇蝎(だかつ)の扱いだ。『日本会議の研究』をものにした菅野氏 やがて、このしばき隊がコアとなった反レイシズムのネットワークは、中心を持たない「クラウド」のまま、ほとんど何も考えた形跡がないまま戦後左翼の定型にからめとられていくようにして反安保法制や沖縄問題に介入していく。反原発運動に右翼の立場から参加し続けている針谷大輔氏は、「右からの脱原発」を唱える理由として、脱原発運動が左翼の運動と思われたらそれは終わってしまうからと言う。実際、ヘイトスピーチ規制法も自民党の右派からの賛同があって初めて前に進んだものだった。沖縄問題もこれまで左派が決定的な役割を果たしたことは一度もない。沖縄問題は左翼の運動だと思われたら終わりなのだ。それなのに、よりによって悪評ふんぷんたるメンバーが、いわば沖縄の住民運動に介在していく。これが果たしてほんとうに問題解決のためのプラスになるのか私には極めて疑問だ。そこではまた例のように居住まいの悪さが続く。おそらくまた不祥事は露出するだろう。「日本会議の研究」 一方で、運動からいわば追放された菅野氏は独自の道を歩んだ。これが逆に正解となった。かつて行動をともにした人たちが、定型の戦後左翼活動をしていく一方で、これから離れた菅野氏は持ち前の押しの強さとヘドロを掻きわけるような行動力、そして何よりも狙った相手となら刺し違えてもかまわないという覚悟を武器にして新右翼と右派人脈に食い込み、そして『日本会議の研究』をものにする。 だから、研究書というよりもノンフィクションとしてのスリルに満ちたこの書は、過去の暗部から這い上がってきた菅野氏のたったひとりの「運動」なのである。そういう意味で、菅野氏を「ジャーナリスト」ではないというのはあたってもいるだろう。彼は扇動している。大向こうを相手にした運動を行おうとしているのだ。だが、もともとはジャーナリストというのはそういう存在なのではなかったか。 テレビタレントのどうでもいいような不倫スキャンダルやアイドルグループの子供じみた内紛を報じるのがジャーナリストなのか。それがドンキホーテの故事のような愚かな結末になるとしても、「巨悪」にせめて真っ向から立ち向かうのが報道なのではないのか。もちろん、これに賛否があるだろう。しかし「狂信者」は事態を打開するために突き進む。己の才覚と悪運の強さだけが彼の頼るべきものだ。きっと地獄に落ちても同じことを菅野氏はやっていくだろう。菅野完劇場は続く 菅野氏が籠池理事長に食い込んだルートはわからない。おそらくは『日本会議の研究』のベースとなった右派人脈から入りこんだのだろう。もともとは差別主義的主張をし復古主義を戯画的にまで行う狂信的な教育を行ってきた森友学園は、菅野氏は排撃する立場だった。それが今は籠池氏の代理人のようにふるまい、籠池氏からの情報をもとに政権や官僚、大阪府政との癒着を暴露する。この振る舞いは、例えば籠池氏と議員団の前に押し寄せた排外主義団体のような右翼からも、またこれまで籠池氏と森友学園の教育方針や疑獄を批判してきた人たちをも困惑させた。菅野完氏からの取材を受けた森友学園の籠池泰典理事長(右) と妻の諄子氏、長男の佳茂氏 =3月15日、東京都港区 しかしこれは菅野氏の目的意識からすればクレーバーな戦略だと思わざるをえない。籠池氏にはおそらくこの先に未来はない。せいぜい戸塚ヨットスクールが細々と存続しているように一部の狂信的な父母の子供たちを相手に私塾をやっていくのがせいぜいだろう。それならば、籠池氏をあたかも被害者のように擁護し、彼の尻尾切りをして生き延びようとしているものを告発するようにしたほうがいい。この絵図の見立てと段取りの手際よさは見事としかいいようがない。おそらく外国人記者クラブとの会見をセットしたのも菅野氏だ。だから、記者クラブの会見が中止になったのにも関わらず、籠池氏は菅野氏の自宅を訪問したのだろう。あの菅野氏の自宅前の演説の中の暴露はきっと外国人記者クラブで籠池氏が行うものだったのだろう。 おそらく現在のプロパガンダのようなテレビ向けのトークとツイッターの断片的な情報は、正確にこの森友学園問題を理解しようとしている人ならば、話は半分で聞いとくほうが無難かもしれない。しかし、おそらくまだこの後に菅野完劇場は続くだろう。そして、そのたびにこの狂信者に戦慄する人はどこかにいるはずだ。

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    「ファクト」なき籠池喚問は、史上最低の疑惑追及劇として汚点を残す

    題が発端になっていたはずだった。私の知る限り、一時期の共産党や民進党など野党は、明らかに「政府高官に政治家の関与を含めた金が渡っている贈収賄の疑獄事件」とみて疑惑を追及していた。その証拠として、民進党幹部の数人が「一大疑獄事件」と私自身に語っていたほどだった。 昔から野党の国会追及を伴う新聞社の社会部記者や週刊誌記者などの追及キャンペーン記事は、「政府要人の”首取り”という手柄となる」と言われ、今回も安倍総理の「首取り」を狙う機会であったことは間違いない。 しかし、いま野党側は「明日は真相解明の第一歩」(民進党の山井国対委員長)とトーンダウンした発言に変わった。新たな疑惑があれば、その材料を元に再び政府与党を追い込めるはずが、「事実の提示」という最も重要な行為に自信がないからであろう。民進党の蓮舫代表(右手前)の質問に答弁する安倍晋三首相=2017年3月 実際にいつの間にか、安倍昭恵夫人(籠池氏本人は「安倍総理自身」と語っている)からの「100万円の寄付問題」に焦点がすり替わっている印象は否めない。もし証人喚問の「最大の真相究明の焦点」が、この100万円の授受の有無の問題だとすれば、これほど情けない疑惑追及劇はない。 今回の証人喚問は、政府与党側から野党に持ちかけているのが実態で、現時点で政府側からの反撃は、その100万円の事実解明に焦点が絞られてきている。本質からずれた疑惑追及をかわすには、相手の最も知りたいことにスポットを当て、事実関係をきちんと答えることは極めて正攻法に近い。 実際に、今回の参議院予算委員会が「真相追及の場」にならない可能性も出てきた、と私は考えている。疑惑追及には法律や社会的道義性に違反する重大なファクトが不可欠であり、仮に重大な新事実すら提示できず、野党もマスコミも、「これは真相解明の第一歩」「疑惑は残った」として追及を続ければ、彼らにとっては「役得」ではあっても、本来の義務を果たしているとは言えない。 さらに、この100万円の寄付問題に対して、虚偽の事実があったとすれば、即座に籠池氏の元に逆にブーメランとして返ってくることになる可能性も高い。明確な現金の授受の証明が必要不可欠 落ち着いてよく考えれば、今回の件が「疑獄事件」だとすれば、学校法人の認可に奔走した籠池氏側が政治家側から資金提供を受けていなければ話の筋としてはおかしいし、その疑惑追及の「正攻法」や「本質」からはずれた問題になると考えなければおかしい。 そもそも、今回の国有地払い下げ問題が政府の言うとおり、きちんと法律に則って行われていたとすれば、あとは籠池氏側から政治家への現金の授受の証拠を突きつけるのが本来の疑惑追及の「正しいあり方」のはずだ。 大体、時代を遡って言えば、学校法人の国有地払い下げを問題化するとすれば、日本国内で頭の痛い事例がたくさんある。 例えば、東京三鷹市に広大な土地を持つ国際基督教大学は、GHQのマッカーサーが日本にキリスト教を広げるために、「隼」など戦闘機を作っていた中島飛行機を「戦犯」に指定した上で、土地を没収し、日本政府に寄付をさせた土地に設立されている。 他にも私立大学や私立高校で国有地払い下げのケースがあり、元々公立学校の敷地であれば、「国有地払い下げ問題」は存在しなかったであろう。いまのマスコミがおかしいのは、そもそもそう遠くない過去に、大手新聞社を含めた国有地払い下げの例があるにもかかわらず、それを無視するかのように、森友学園ばかりを攻め続けていることだ。 私は、国会やマスコミが疑惑追及をすることを否定しているわけでは全くない。今回の籠池氏の言動は、不可解かつ虚偽性の高い可能性があり、それを言論の府の国会で取り上げるのは自由主義国として当然だろう。報道陣に囲まれる籠池泰典氏=2017年3月16日、大阪府豊中市 しかし、今回の疑惑追及の本質は、政府与党の政治家側に対して、籠池氏側から資金提供を受けたのか否か、という事実追及を中心にすべきだという点は、くれぐれも指摘しておきたい。 田中角栄が3億円を受け取ったロッキード事件や、与野党議員に株式や現金をバラ撒いたリクルート事件がそうであったように、それが野党側やマスコミの責任追及の「正攻法」であるからだ。当然、彼らが狙う「首取り」は、そこから贈収賄を含む疑獄事件として成立し、発生してきた歴史をマスコミや野党は振り返るべきである。 万が一、今回の国会喚問で政治家側に利益を生じさせる現金の授受を含めた政治家の関与の事実を立証できなければ、野党やマスコミは潔く手を引くべきであろう。 繰り返すが、野党やマスコミの疑惑追及の基本は、「口利き」や「斡旋利得」を含め、政治家への「明確な現金の授受という行為の証明」が必要不可欠であり、それが立証できない事件は、法律的にも歴史的にも、「疑獄事件」としては成り立たないのである。

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    情で繋がり、情でつまずく保守の世界

    あった。 田母神氏の支持母体は、前述で『南京の真実』を製作した母体、日本文化チャンネル桜が傘下に持つ政治団体『頑張れ日本!全国行動委員会』で、田母神都知事選出馬のために急遽、政治資金団体「東京を守り育てる都民の会(後、田母神としおの会)」が結成され、『南京の真実』の時と同様、保守界隈=保守ムラが全精力を傾けて持てる力のすべてを総動員した総力戦の様相を呈した。 強烈なタカ派としてネット世論を熱狂させ、「閣下」の愛称までついた田母神の都知事選立候補は、保守・右派、そしてそれを支持するネット保守層にとって悲願でもあった。実はこの時、都知事選勝利の暁には、田母神新都知事のイニシアチブの下、都が一部株主であるTOKYO MX(東京メトロポリタンテレビジョン)を間接支配する、という、いま考えれば到底実現不可能な、無茶苦茶な計画すらも、筆者はある選対幹部の一人から直接聞いたことがあるのだ。2016年4月14日、自宅を出る田母神俊雄被告(松本健吾撮影) ここでまたもや彼らは、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」というくだんの手法を展開した。当然、自己資金が足らず政党交付金や助成金も受けられない「手作り選挙」が故に、畢竟、その資金源は寄付金に求るしか他になかったからである。 この時期、「都民の会」が製作した選挙用ポスターにある、田母神俊雄氏への賛同人・推薦人一覧には、これまた下記に一部列挙するように、保守界隈のそうそうたる面々が並んでいる。 石原慎太郎(衆議院議員、元東京都知事)、渡部昇一(上智大学教授)、平沼赳夫(衆議院議員)、西村眞悟(衆議院議員)、中山成彬(衆議院議員)、高橋史朗(明星大学教授)、デヴィ・スカルノ(元インドネシア大統領夫人)、井尻千男(拓殖大学日本文化研究所所長)、田中英道(東北大学名誉教授)、中西輝政(京都大学大学院教授)、藤岡信勝(拓殖大学教授)、水間政憲(ジャーナリスト)…etc(肩書はいずれも当時) 2007年の『南京の真実』の事例の時と実行母体が同じだから、ほぼすべての人々が重複しているのがわかるが、微細な違いもある。2007年時には賛同人の中に居なかったデヴィ・スカルノ氏がリスト入りし、櫻井よしこ氏・田久保忠衛氏らの『国家基本問題研究所(通称・国基研)』の役員メンバーが名を連ねていないことだ。恐らく櫻井・田久保両氏が自民党政権よりの言論を展開するうえで、非自民から立候補した田母神氏への推薦人になるのは得策ではないと考えたためとみられる。いずれにせよ微細な差はあれど、この面々は2007年とほぼ同じだ。異論や違和感は「情」で抹殺 田母神氏は2014年都知事選挙で得票総数60万票を獲得したが主要四候補のうち最下位に終わり、2015年に入ると選挙運動時に集めた寄付金の中に使途不明金がある疑いが濃厚となり、田母神氏自身も秘書による使い込みを認めたため、当時の選対幹事長らから刑事告発されるという事態に陥った。2016年4月、紆余曲折ののち田母神氏は公職選挙法違反の疑いで東京地検に逮捕され、現在も裁判中(検察側求刑2年)である。 「保守界隈で著名な言論人や文化人を広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」手法を展開しておきながら、その寄付金の一部が不正に使われた疑惑について、これら賛同人たちは一様に沈黙を貫いている。 いや、むしろ田母神氏が立候補する初期の段階から、「珍言」「極言」を繰り返す氏が、都知事にふさわしいのか否かについての疑問は、保守界隈の一部にはあった。筆者など、選対本部の幹部連中がいない酒席では「本当にタモさん(田母神俊雄氏の愛称)が都知事にふさわしい資質があるのか、と聞かれれば疑問」という感情を何人もの保守系言論人から聞いた記憶がある。しかし、「保守ムラの総動員・総力戦」という同調圧力は、そのわずかな猜疑の芽を摘み取り、異論を封じて、「保守ムラ翼賛選挙」へと向かわせたのだ。 そして結果としての選挙惨敗の責任は有耶無耶にされ、後日田母神氏による公職選挙法違反の疑いや寄付金の使途不明には、「まあまあ、そんなに批判しては可哀想ではないか。まあまあ良いではないか」というムラ的馴れ合いが先行した。ここにも保守ムラの「情」の理屈が理論を覆したのである。 現在、田母神氏に対する保守界隈からの批判は、同氏を刑事告発した元選対幹事長らの周辺以外、鋭敏には聞こえてこず、もっぱら保守外部からの批判・失笑のみが響き、ややもすると一部のネット保守界隈では「田母神氏は中国・韓国のスパイにはめられた可哀想な被害者」だとするトンデモ陰謀論・擁護論まで噴出する始末である。圧倒的な「情」の前に、正当な理屈は脆くも吹き飛んだのである。「安倍記念小学校」建設のために寄付金3)安倍記念小学校(瑞穂の国記念小学院)建設のために寄付金 約4億円(?) 2017年の事例 さて最後は現在疑惑の渦中にある森友学園である。報道によれば、同学園が同小学校建設のために集めた寄付金は4億円とされる。実際にどの程度の寄付金が集まったのかについては疑義があるとされるが、「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」というくだんの手法は、例外なくこの森友学園でも発揮された。 すでに報じられているように、同学園では、公式ウェブサイト上の激励に平沼赳夫氏、竹田恒泰氏、田母神俊雄氏の言葉が載せられているほか、「森友学園にお越しいただいた方々です」と題して、同校を来訪または講演したであろう保守系言論人が「広告塔」として同学園製作の小冊子に登場する。代表的な人物を上げると以下のとおりである。 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、安倍昭恵、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一…etc(肩書は掲載されず。敬称略。※ただし竹田氏のように無断転載・無断掲載を主張する人物がこの中に含まれている)すべてが繋がる保守ムラの実相 この中で、事例1)『南京の真実』と重複している人物を太文字にすると、 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(敬称略) この中で、事例2)『田母神選挙』と重複している人物を太文字にすると、 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(同) となる。百田尚樹氏は田母神選挙時代の「推薦人」には登場しないものの、選挙期間中に大阪から応援演説に駆け付けたことから太文字とした。これに加えて、今次森友学園の騒動が勃発して直後、100万円の寄付を自身のブログで表明したデヴィ・スカルノ氏も、この中に加えてもよいかもしれない。 よって事例1)、2)、3)全部てに名前が登場する保守系言論人・文化人を再掲すると、再度以下の様に太文字となる。 渡部昇一、櫻井よしこ、百田尚樹、田母神俊雄、平沼赳夫、西村眞悟、曽野綾子、中山成彬、八木秀次、竹田恒泰、高橋史朗、中西輝政、古庄幸一(同) ★これを整理した図は以下のとおりである。 全員、とは言わないが、多くの人々が、時期も目的も違う「保守運動」に共鳴し、同じように賛同人等(講演や応援演説を含む)になっているところが興味深い。つまるところ、きわめて限られた狭い世界で、「愛国」と銘打ってさえいれば、同じような人間が同じような場所に毎回出現しているムラ社会こそが、保守界隈の実相なのだ。「事故る」と冷たい保守の「情」「事故る」と冷たい保守の「情」 毎日新聞が3月14日に掲載した「さて今の思いは…「広告塔」の保守系文化人たち」には、森友学園の広告塔となった保守系言論人の人々の率直な思いが吐露されている。八木秀次氏「学園はなんちゃって保守だ。ひとくくりにされたくない」出典:さて今の思いは…「広告塔」の保守系文化人たち中西輝政氏「学園に思想性を感じなかった。(教育勅語の唱和は)誰かに見せるためのショーの様に感じた」出典:同上高橋史朗氏(前略)「森友の教育方針と「親学」との関連が不明でコメントできない」出典:同上中山成彬氏(前略)「私も園児に教育勅語を斉唱させている幼稚園ということで視察したことがあるが、経営者自身が勅語の精神を理解していないようだ」出典:中山なりあきツイッター平沼赳夫氏(事務所)「こちらが知らない間に掲載されていた」「本当に迷惑している」出典:テレビ朝日「スーパーJチャンネル」 などと一様に突き放している。これらの言を全面的に信ずるとしても、なぜ些かでも初手の段階から同学園の教育内容に不信や違和感を持っていたにもかかわらず、講演会に参加したり、協力する姿勢を見せたのだろうか。それは、ひとこと「情」の問題に尽きる。愛国を掲げてさえいれば、その内容の良し悪しはともかく「同志」として連帯し、有形無形に協力するというよく言えば「義理人情」、悪く言えば「なれ合い」のムラ的世界観の中にいる結果なのである。情で繋がり、情でつまずく保守の世界 2007年、2014年、2017年と3つの大きな「愛国」を標榜した保守運動や保守事業における賛同人が、くしくも「映画製作」「都知事選立候補」「学校建設」という全く違う目的にもかかわらず、それを支え、また広告塔に利用(された)人々がこれほどの割合で重複するという事実は、保守界隈=保守ムラが、いかに閉鎖的であり、またその狭い世界の中で「情」の理屈が発生し、違和感や不信や不正義が「情」の前でかき消され、ムラの中の巨大な同調圧力となって席巻していたことを何よりも物語っている。 そしてくしくも、この三つの「寄付手法」は、その集めた金額も1億円強~4億円程度(公称)という範囲で似通っている。保守系言論人・文化人を広告塔にして、市井の保守派市民から浄財を集められる上限がこの金額のレンジなのかもしれない。 森友学園に広告塔として利用された保守系言論人・文化人は、保守ムラの住人であるがゆえに、自発的に、あるいは外発的に、この狭い世界の巨大な「情」という同調の空気に無批判であった。そして、決まって何か問題が起こると、事後に「私は関係がない、知らない」という風に距離を保ち、無知・無関心を決め込むのである。「愛国」を錦の御旗にした運動や事業は、多少の不協和音を「情」で覆い隠す。 「せっかく愛国者が頑張っているんだから、批判しちゃかわいそうじゃないか、応援してやろうじゃないか、保守同士仲良くやろうじゃないか」というムラ的な「情」こそ、保守界=保守ムラに横たわる構造的欠陥である。  このように「保守界隈で著名な言論人や文化人を理事や広告塔として起用し、それを「梃子」として多額の寄付金を集める」という、「愛国」を大義とした情に訴え、また情で理屈を包囲する「寄付手法」は、ここ10年で三度も繰り返されてきた。森友問題が収束しても、この界隈で同種の問題の四度目がないとは言い切れない。 真に国を思うのなら、客観的にみて明らかに怪しい人物が主導して、「愛国」を傘に計画する事業展開に疑念を感じたのなら、毅然としてNOというべきだ。それが真の愛国者の姿だと思うが、どうだろうか。何か事故が起こってから、「無断で使用された」「知りませんでした」「いい迷惑だ」では些か虫が良すぎはしまいか。「人情」という魔物~インパール作戦と保守ムラ~「人情」という魔物~インパール作戦と保守ムラ~ 先の大戦終盤、日本陸軍によって実行されたインパール作戦。英領東インドの拠点インパールとその補給拠点コヒマを牟田口司令官率いる手持ちの3個師団(第15軍)を使って占領することで、硬直したビルマ戦線を打開し、英印軍を挫く―。 ひいてはその戦果によりインド独立運動をも鼓舞することを目的として発動されたこの大作戦は、読者諸賢のご存知の通り、補給を無視した作戦計画によって日本軍の大惨敗に終わり、ビルマ全体の戦死者5万とも8万ともいわれる戦史史上稀にみる一方的大敗北に終わった。「インパール」は現在「無謀な作戦・計画」の代名詞とすらなっているほどだ。 この大失敗は一体、何によってもたらされたのだろうか。むろん日英両軍の物量・兵質の差が第一だが、『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論社)には、以下のようにこの大作戦の歴史的失敗の本質が記されている。 なぜこのような杜撰な作戦計画がそのまま上級司令部の承認を得、実施に移されたのか。これには、特異な使命感に燃え、部下の異論を押さえつけ、上級司令官の幕僚の意見には従わないとする牟田口の個人的性格、またそのような彼の態度を許容した河辺(河辺正三、ビルマ方面軍司令官)のリーダーシップ・スタイルなどが関連していよう。しかし、それ以上に重要なのは、鵯越(ひよどりごえ)作戦計画が上級司令官の同意と許可を得ていくプロセスに示された、「人情」という名の人間関係重視、組織内融和の優先であろう。そしてこれは、作戦中止決定の場合にも顕著に表れた。出典:『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(中央公論社)、括弧内・強調引用者 保守ムラの「情」によって形成されるなれ合いによる大きな弊害は、もしかすると保守ムラだけの事ではない、狭い社会や閉鎖的な組織に特有の、普遍的な魔物なのかもしれない。*追記:本文中にある2017年に公開された映画『南京の真実』は、第四部ではなく第三部の誤りでした。よってこれを訂正いたしました。2017.3.19.17:55、追同20:00(「Yahoo!ニュース個人」より2017年3月19日分を転載)

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    “安倍晋三記念小学校”総裁「夫妻と日本会議と私の関係」

     ドナルド・トランプ米大統領との「外交成果」を誇り、天皇の生前退位問題でも「政府方針」で強行突破。“オレオレ感”が増幅する安倍晋三・首相の力の源泉には保守層を中心とした高い支持がある。 中でも安倍政権と“親密”と言われてきたのが保守系団体「日本会議」であるが、大阪で建設中の小学校を巡る問題で、両者の結びつきが浮かび上がっている。「支持者への利権還流」疑惑まで浮上する中、渦中の「小学校総裁」に直撃した。その口から出てきたのは釈然としない説明と、熱烈すぎる安倍首相の礼讃だった。「いかにも朝日新聞とか新左翼による、日本の歴史と伝統を潰そうという動きですよ! 絶滅危惧種みたいな人たちが朝日と手を組んで我々の学校を潰そうとしている」 のっけから憤りを露わにした初老の男性は、問題となった小学校の総裁・籠池泰典氏(学校法人・森友学園理事長)。安倍首相の支持基盤として知られる「日本会議」大阪支部の幹部(代表委員)でもある。大阪府庁職員との面談を終え、報道陣の質問に答える森友学園の籠池泰典理事長=3月9日、大阪府豊中市(前川純一郎撮影) すでに「不可解な取引」の内容は初報の朝日新聞をはじめ複数メディアで報じられている。概要をまとめる。〈安倍昭恵氏が名誉校長を務める私立「瑞穂の國記念小學院」(大阪府豊中市。今年4月開校予定)が近畿財務局から近隣国有地の10分の1という格安価格(1億3400万円)で学校用地の払い下げを受けていた問題。朝日新聞が最初に報じた〉 要は「国有地の払い下げを巡って、安倍政権の支持者である籠池氏が、国(財務省)から特別に土地を格安で譲り受けていたのではないか」──という疑惑である。当事者である籠池氏は、これまで口利き疑惑を否定してきたが、本誌記者の直撃に「私の考えを話す」として、森友学園が運営する幼稚園に記者を招き入れた。安倍総裁の直筆手紙安倍総裁の直筆手紙 園長室に入る前に籠池氏が記者に案内したのは、金の襖で囲まれ、金屏風も置かれた「玉座の間」。「ここは尊い方をお迎えする場所です。あなたはきちんと取材してくれる人だと思ったのでお通ししました」 玄関には皇太子と園児が一緒に収まる記念写真が飾られていたので、記者が「皇太子殿下もいらしたんですか?」と訊ねると、嬉しそうな表情で「それはまぁ、そう考えてもらっても」と曖昧な言い方をする。よく聞くと、皇太子と園児たちの写真の場所は幼稚園ではなく、皇太子が大阪を行啓した際に園児がエスコート役を務めた時のものらしい。 そして園長室に促されると、籠池氏の隣に副園長を務める夫人も着席した。早速、記者が「国から払い下げを受けた小学校建設用地が安すぎると指摘されているが?」と訊くと、出てきたのが本稿冒頭の発言だった。──財務省(近畿財務局)は「埋蔵廃棄物の撤去費用を控除した金額」とする一方で、「金額を非公開としたのは法人側の要請があった」とも説明していた(国有地の売却額は公開が原則)。「(控除された額について)そんなのは知りませんでした。ただね、私たちは清廉潔白なので(売却経緯は)公開してくれていいと近畿財務局にはお答えしています」 説明や反論に具体性が見えない。ところが、安倍首相との関係について話題を変えると、俄然、籠池氏の口調は滑らかさを増す。──当初は、小学校の名称は「安倍晋三記念小学校」として寄付を募っていた。「学校名に安倍さんの名前を冠することは、総理(自民党総裁)になる前に、昭恵夫人を通じて内諾をいただいていたんです。ただ、天下の総理大臣となったらそうもいかないでしょ。ですから(安倍首相サイドが)ご辞退されたということですね」──でも昭恵夫人は「名誉校長」になりました。首相夫人が一法人の役職に就くのは異例であり、何か特別な関係があるのでは。「昭恵夫人には3~4回ほどこの幼稚園に来ていただきました。(学園の)古き日本の素晴らしい道徳性がある子供たちをご覧になって、教育方針に感動されたと思うんです。ファーストレディと言われるだけの器がある方だと思いますよ」──安倍首相も来園したことがあるのですか?「(2度目の)総理就任前に講演をお願いしていました。しかしそれが自民党総裁選のタイミングと重なってしまった。その時にはお詫びの電話をいただき、その後には直筆のご丁寧なお手紙までいただきました」『永遠の0』は5回観た『永遠の0』は5回観た──あなたは日本会議の活動もされている。当然、安倍首相の支持者ですよね。「それは当たり前ですよ。日本国をしっかり引っ張っていくのは安倍さんしかいないと思っていましたから。安倍さんは日本の国柄のことをよく認識されていると思います。純粋に我が国のことと、皇室のことを考えてらっしゃる」 ここで夫人が口を挟んだ。「安倍総理は、偽物と本物をきちんと見分けることができるんです。うちの園長先生(籠池氏)は清廉潔白」 籠池氏は夫人の話を引き取ってこう話す。「清廉潔白の人間は、相手が清廉潔白だとわかる。私の周りは天下国家を考えている人が集まるんですが、それは安倍さんも同じ。安倍さんとは共鳴する部分があるんです。一方、悪人の周りには悪人が集まる」 おもむろに夫人が、籠池氏の携帯電話の画面をチラッと見せる。何と「安倍晋三の携帯電話番号」だという(本物かどうかは確認できなかった)。親しさを証明したかったのかもしれない。さらに夫人が話を被せる。「園長は清廉潔白で清貧ですよ。背広だって私が買ってくるのを着るだけ。ATMだって使ったことがないし、(クレジット)カードも持ったことがない。それこそコンビニでチョコ買うくらいしかお金を使わない。あっ、でも『永遠の0(※注)』は5回も観ましたけどね」【※注:安倍首相と親交が深いことで知られる作家・百田尚樹氏の小説『永遠の0』の映画版】 その後も2人からは日本会議の活動と安倍政権の礼讃があふれるばかりだった。この払い下げ問題について、『日本会議の研究』の著者・菅野完氏が指摘する。「日本会議は基本的に言論ネットワークであって、利権で結びついている組織ではない。それだけに、幹部が日本会議の理念に沿った学校を建設するため、安倍首相夫人を看板に国有地の払い下げや学校設置認可を得ていたのは非常に驚きです。今後、こうした例が他に出てこないかチェックしていく必要があります」 取引の核心についてははぐらかされるばかりだったが、少なくとも「安倍首相の熱烈な支持者」の“実相”に触れることができたことがインタビューの収穫だったと思いたい。関連記事■ 消費増税延期 安倍首相対財務省の攻防は本当に存在したのか■ 安倍昭恵さんの中国関係者との交流 「主人は私の判断を信頼」■ トランプ氏と安倍首相 ゴルフの腕前と相性やいかに?■ 安倍首相 米露大統領を日本で握手させればノーベル平和賞?■ 安倍首相 サミットで米露を和解させる外交的勲章に野心

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    森友学園理事長長男「関係が深い自民党の先生の名前明かす」

    は国会で「会ったこともない」と繰り返す。国有地払下げ問題の疑惑拡大とともに森友学園と“親交”があった政治家たちが一斉に手の平を返すなか、「あんなに応援したのに、政治家の先生方の物言いには納得がいきません」と怒る新たな証言者が現われた。 森友学園が幼稚園児に教えている君が代や軍歌の斉唱も、教育勅語の朗読も、「安倍首相ガンバレ」の激励を含めて、安倍首相の教育観と親和性が高い。だからこそ首相は国会で同学園の籠池泰典・理事長について最初はこう激賞してみせたはずだ。「いわば私の考え方に非常に共鳴している方でですね」「妻から森友学園の先生(籠池氏)の教育に対する熱意は素晴らしいという話を聞いている」 ところが、森友学園批判が強まると発言を一変させた。「学校がやってることの詳細はまったく承知していない」「個人的には一回もお会いした記憶はない」 さらには森友学園が「安倍晋三記念小学校」の名称で新設する小学校の寄付集めをしていたことについて、首相は何度も断わったと説明したうえで、「教育者の姿勢としていかがなものか」「この方は簡単に引き下がらない。非常にしつこい」と酷評した。こうした首相の“豹変”に怒っているのが籠池氏の長男・佳茂氏だ。国有地売却や小学校認可の問題を受けた会見で記者に抗議する森友学園の籠池泰典理事長(左)と長男の佳茂氏=3月10日、大阪市淀川区(柿平博文撮影)「父は安倍先生の熱狂的な支持者なんです。安倍政権ができた時には、日本という国が本当によくなると本当に喜んでいた。父の気持ちは安倍先生にも伝わっていたと思います。だから父のことを『立派な教育者だと聞いている』と仰った。 それがいまや安倍先生から、『しつこい』とか、『教育者としていかがなものか』とまで言われ、あれだけ一所懸命応援していた父がどんなにショックを受けているかと思うと黙っていられません」 佳茂氏は本誌のインタビューに応じ、安倍首相との面会から、日本会議との接点、稲田朋美・防衛相や山谷えり子・元拉致担当相との奇しき縁まで語った。安倍先生とお会いしました──安倍首相は国会で籠池理事長と会ったことがないと説明している。「父の代理で私が安倍先生とお会いしました。2012年9月の自民党総裁選の時に、安倍先生は大阪で街頭演説をしたあとリーガロイヤルホテルに向かいました。私はホテルのロビーで待っていて、『籠池です。父の名代としてきました。くれぐれもよろしく伝えてくれと言われています。応援しています』と挨拶して、父の名刺を差し出したのです。 安倍先生は父の名刺を隣にいた秘書の方に渡されていました。私は確かに父の名代として、ご挨拶をしました。安倍先生が『会ったこともない』と言われるのはどういうことかと。心にぶれがあるからなのでしょうか」 佳茂氏が「これを見てください」と差し出した名刺には、〈衆議院議員 安倍晋三〉とある。当時は総理退任後で自民党も下野しており、安倍氏は無役の“ヒラ議員”だった時期だ。山谷、稲田、中山との関係──会ったのは1度だけ?「実は、その前に直接、電話をもらったことがあります。父が安倍先生を幼稚園の講演会にお呼びしていたのが、安倍先生から急にキャンセルになると私の携帯電話にお詫びの連絡が入ったのです。間に入ってくれた人が、父と間違えて私の番号を教えたのではないでしょうか? 『すみません。私は息子です。父のほうに電話をしてください』と、父の番号を伝えました」──仲介者は誰か。「よくわからないんです」 佳茂氏は森友学園と安倍首相をつないだ「仲介者」については頑なに口をつぐんだ。山谷、稲田、中山との関係──他の議員との関係はどうか。「大学を卒業して、山谷えり子先生(第2次安倍内閣の拉致問題担当相)の事務所で半年ほどカバン持ちをしました。(落選中だった)山谷先生が自民党から参院選の比例代表に出馬する頃です。日本会議が初めて選挙で推薦したのが山谷先生でしたから、椛島有三・日本会議事務総長に連れられて、東京の事務所で紹介されたのがきっかけです。 私が事務所に出入りしていたのは半年で、次に東京で連合系の労働組合の職員になりました。父の名代で安倍先生にお会いしたのはその後、大阪に戻って事業を始めた頃です」 山谷事務所に佳茂氏がスタッフとして関わっていたのか確認すると「事実ではございません」と回答。双方の言い分は食い違っている。──森友学園の園児が自衛隊員に手作りの品を贈ったことに対して、籠池理事長は稲田朋美・防衛相から感謝状を受けている。「稲田先生が初めて政界に出馬されたときから、父は応援していました。それなのに、今になって稲田先生が感謝状取り消しも検討すると仰るなんて、ハシゴを外されたという思いはあります」 稲田事務所は、籠池理事長との関わりについて、「どういった機会に会ったかは定かではありませんが、面識はありました。が、とんでもないことをしつこく言ってくることなどがあり、無視をしていたら、稲田の私邸にFAXや電話を入れるようになったので、お付き合いは10年前に一切やめています」と回答した。──中山成彬・元文科相は森友学園について、〈園児に教育勅語を斉唱させている幼稚園ということで視察したことがあるが、経営者自身が勅語の精神を理解していないようだ〉とツイッターで批判したが。「中山成彬さんも講演にいらしたことがあり、その時には、参観して朝礼からみてもらって、どんな教育をしているのか、知っていたはず。応援してくれていた一人だと思っていました。それが、いまでは手のひら返しですから」 中山氏が語る。「10年ほど前、1度だけ森友学園の幼稚園に視察に行った。園児がワーワー言っているので、何を言っているのか分からなかったんだけど、それが教育勅語だったと。講演した記憶はないが、理事長が、『自分は一生懸命に(こういう教育を)やっているんだけれど、ここは大阪だから、日教組の小学校に入ると、全然無駄になってしまうんだ』と、そういうことを仰っていたことは記憶しています」 いくら切り捨てようとも、過去の関係までは“なかったこと”にはできないということだ。関連記事■ 電撃引退の堀北真希 直筆メッセージに込めた「本音」■ 安倍首相と記者クラブ 「赤坂飯店の夜」全真相■ 櫻井翔と小川アナ交際 ジャニーズとテレ朝が回答揃えた意図■ 思春期に激やせした愛子さまのお体を医師が心配する■ 高橋ひとみ、階下から苦情くるほど熱い50代新婚の夜

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    「私達記者は正義。」森友学園ネタで威張り散らすサヨクの本性

    発も。それだけ森友学園事件に危機感を覚えているのだろう。最近は人工地震と北朝鮮のミサイル発射は、日本政治と絡み合って起きる。そろそろ、と予想していたら、案の定である」 もうやめましょ、こういう邪悪な卑しいイカレタサヨク・リベラルを野放しにするのは。そろそろこういう嘘つきどもから「正義」だの「リベラル」だのという偽看板を取り上げるべきでしょう。こんな「卑しいやつら」がマスゴミや大学等でのうのうと「オレサマこそが正義でござい!そこのけそこのけ愚民ども!」と「威張り散らす社会」を放置していたら、いい加減日本でもトランプが生まれちゃいますよ。

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    野党と左派メディアに告ぐ! 森友学園、議論の「本質」はそこじゃない

    ていて、問題の焦点が定まっていないように感じざるを得ない。その原因の一つは、現在の一強多弱といわれる政治状況にあることは間違いない。高い支持率を維持している安倍首相に対する批判につながるものは、できるだけ多く提示しようとする野党の国会戦略にあるといってよい。 しかしながら、一方では問題に関与している人物の肩書や思想・信条などが、あまりにもユニーク(独特)なことにある。こうした多岐にわたる報道の原因は、メディアによって関心のある領域が微妙に異なるためでもある。受け手の関心に従って、伝達する内容の焦点が異なるからである。 このような状況では、えてして問題の本質とは異なる話題が先行し、過度に国民の興味を引くことで本来の問題の解決が遅れることや、ひどい場合には問題そのものがうやむやにされてしまうことが少なくない。問題の本質が理解されるようになるころには、国民の関心がすでに薄れてしまうこともある。 もちろん、その責任は、政治問題であっても、あたかもエンターテインメントの延長であるかのように関心を持つ国民にもある。80年代半ばに登場した「ニュース・ステーション」などのニュース番組やさまざまな政治討論番組は、テレポリティクスと呼ばれた政治の場におけるテレビの影響力の増大を生み出した。この延長に出現した小泉純一郎政権を典型とする劇場型政治は、こうしたテレビを利用しようとする政治家の戦略、それに呼応したメディアの責任が大きいが、そればかりでなく、それに乗っていた国民もその責任の一端を担っていたことを忘れてはならない。2001年4月、自民党総裁選に出馬した小泉純一郎元郵政相(右)のスーツに付いた埃をとる、応援に駆けつけた田中真紀子議員=神戸・三宮 さて今回の問題を整理してみよう。学校法人森友学園に国有地が安価で払い下げられたことが問題の発端である。10億円弱といわれる土地が、なぜ市価の10分の1近くの価格で払い下げられたのかという疑問が生じるのは当然である。誰でも、あるいは政治の身近にいる者であれば最初に勘ぐるのは政治家の関与である。いわゆる「口利き」が行われたのではないのかということ、これこそが問題の本質である。 また、仮に政治家の関与がないにしても、なぜ安価で払い下げたのかは、窓口の財務省に説明責任がある。国有地であるから国家に損失を与えたことになるからである。こうした点についても、8億円に上るごみ撤去費用を差し引いたとの説明がなされてはいるが、その積算根拠も明確ではない。実質的には、10億円近い土地が1億円余りという法外な価格で学園のものになった理由は、現在までも明らかにはされていない。教育者の資質が情報番組の格好の「ネタ」に この問題の登場人物に安倍首相という大物政治家の名前が挙がり、払下げを受けた学園が安倍首相の熱烈な支援者であったことが明らかになると問題は迷走する。とりわけ、森友学園が用地を取得して建設する小学校の名誉校長に安倍晋三首相の夫人が就任していたことは問題を複雑化する。関与が疑われる政治家が時の首相であれば、事態は大きくなることは明らかである。ましてや、その学園の理事長が安倍首相と考えを同じくする保守系団体の大阪府の役員であることも、その関係の深さを想像させたのである。 また、当初は用地買い入れの資金が不足して借地契約を結んでいた学園が、数年で取得できたことは、便宜供与が行われた疑いを持たせるのには十分である。この土地取得に関しては前提条件となる小学校設立の認可をめぐっても財政的な問題が指摘されていた。その前まででは設立できなかった条件を大阪府が森友学園の要請で緩和したこと、認可保留としていた状態がすぐに承認されたことなども政治家の関与を疑わせるのに十分な題材が揃いすぎていたのである。 これに輪をかけて、森友学園の愛国教育の程度が度を過ぎていること、保護者に対してヘイトスピーチともとれる文章を送っていたことなどの教育者としての資質の問題が浮かび上がってきた。教育基本法の政治的な公平に抵触するような運動会の宣誓などがテレビで放送されるや、教育の問題もワイドショーなど情報番組の格好の「ネタ」になっていったのである。 ここで問題を整理してみよう。1.国有地払下げの問題      これは払い下げた側の問題:財務省、国土交通省2.政治家の関与の問題      当面は安倍首相になる3.小学校の設置認可の問題    認可権限のある大阪府の問題:松井知事4.森友学園の教育の問題     森友学園の理事長の問題5.首相夫人の名誉校長就任問題  安倍首相夫妻である。 前記の1、2の問題は国会で積極的に議論すべき問題であるが、現在の国会を見ている限りでは、安倍首相の関与を強調したいあまり、本質とはずれた質問も少なくない。ここでは森友学園の教育方針と払下げの問題が直結しているとは思えないからである。財務省なり、国土交通省への質問が本筋であり、監督者としての大臣への質問が本来のものであると思われるが、安倍首相の関与に関する同じような質問を連日繰り返しているようにしか思えない。「森友学園」の籠池理事長らが陳情に訪れたことについて話す、自民党の鴻池祥肇元防災相=3月1日、東京都千代田区の参院議員宿舎 夫人が小学校設立に賛同していたであろうことは想像に難くないが、そのことが政治家の関与に直結するわけではない。大切な予算審議の過程で繰り返しする質問であるのかは疑問が残る。その後になって、鴻池祥肇参議院議員の証言などから森友学園側が政治家に「口利き」を依頼していたことが明らかになってきた。鴻池議員は拒否したということであるが、その後も他の自民党議員の名前が報道されている。これらは、与野党の別なく一刻も早く真相を解明するように、調査すべきであろう。大阪府の安易な認可のつけは小さくない 仮に政治家の関与が直接的にはなかったにせよ、職員の一存で価格が10分の1近くになることは考えにくい。財務省、国土交通省の真摯な説明が必要である。このことを国会で議論すべきであるし、報道もそれを強調すべきではなかろうか。一国の首相が認可や払下げの問題に、ここまでわかりやすく関与するとは思えないので、実態としてあり得るのは官僚の側もしくは政治家が「慮って」許可したり、安くしたりしたのではないかと推測することくらいであろうか。 次の3の問題は大阪府の問題である。小学校の認可は教育長の権限であるからである。もちろん教育に関わる問題であるので、文部科学省と無関係であるとは言わないが、いわば大阪府議会で十分に議論してもらいたい案件であろう。認可に関しても国会議員なり閣僚の関与が明らかになれば話は別であるが、地方自治体に権限がある以上、そこでまず議論すべき問題ではなかろうか。少なくとも国会における優先順位の高いものとは思われない。 大阪府の松井一郎知事は、森友学園に関するさまざまな問題が報道されるようになると、不認可の可能性を発言するようになっている。教育長の権限ではあるが、そうであるとすれば現在入学予定の児童たちの処遇を考えなければならない。安易な認可のつけは小さくない。 森友学園の教育方針については、明白な教育基本法などの法令違反などがあれば別であるが、愛国教育それ自体を問題とすることは難しい。しかしながら個人的には保守的な考えには理解を示しているつもりであっても、幼稚園児に軍人勅諭などを唱えさせることに個人的には違和感があるが、これも思想的な問題であるので一概にいけないということはできない。学校法人「森友学園」が建設中の瑞穂の国記念小学院=大阪府豊中市 近隣諸国からすれば、戦前の軍国教育につながるという懸念につながることは明白であり、そこに長期政権を担うとされている安倍首相が深く共鳴しているとなれば、心中穏やかではないのも容易に推測できる。ただし前者の直接的に政治的な案件である払下げ問題とは、少し距離を置いて考えるべき事柄ではなかろうか。少なくとも前者の問題と同一軸で語るものではないように感じる。 一方で、政治家に「口利き」を依頼した事実があれば、これは批判されるべきであり、教育方針というよりも、教育者としての資質にかかわる問題となろう。しかし、これも国会論議とは違うものであることは間違いない。「ためにする」質問やはぐらかす答弁が失望を招く 最後の名誉校長に関する事柄である。安倍首相の関与を深く疑わせるものではあるが、名誉校長そのものに就任することを法的に規制するものではない。しかしながら、首相夫人が私立学校の名誉校長になることの意味については、自らの置かれた立場を考えていただく必要がある。 ましてや「安倍晋三記念小学校」と名付けようとしていたこと、その名目で寄付を募ろうとしていたことを考えれば、広告塔に使われることは十分に想像できたはずである。「李下に冠を正さず」ではないが、自制的になる必要があるのではないだろうか。しかしこれは倫理的な問題であるので、指摘することは必要であるかもしれないが、繰り返し時間をとって行うことには思えない。 以上のように、国会で優先的に議論すべきは払下げの問題である。払下げをした財務省、不適切な減額を支持する見積もりを算定した国土交通省に見解を正すことが本質的な問題の解明につながることになる。これまでのスキャンダルでも分かるように、「口利き」を認めることは難しいかもしれない。そうであればこそ、こうした問題について国会の場で明らかにすることは重要である。「ためにする」ような質問やはぐらかすような答弁は、国民の失望を招きかねない。参院予算委員会で、民進党の蓮舫代表(右奥)の質問に答弁する安倍晋三首相=3月6日(斎藤良雄撮影) すべての政党、政治家、メディア、ジャーナリストが本質を欠いたと思われるようなことをしているわけではないことは重々承知しているつもりである。しかしながら、ことさら政局につながることを意識しすぎているように思える民進党をはじめとする野党の対応には不満が残る。とりわけ、旧民主党ではあるが政権を一度でも担ったことのある野党として、本格的な国会論議を期待したい。 当然のことながら、与党も数の力を背景にすることなく、野党の意見も聞き入れながら国会を運営する、国民に説明をする「横綱相撲」をしてもいいのではないか。数の力が余裕ではなく、慢心にならないようにしてもらいたい。 また劇場型政治、テレポリティクスを主導する放送局、とりわけ情報番組にもそうした問題を整理した放送を期待したい。国民の政治関心を高めるためには、劇場型政治にすることも必要な時期もあったと思うが、それが常態化することは望ましいことではない。政治家としての矜持、ジャーナリストとしての矜持を持った行動を期待したい。

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    森友学園、これだけは私に言わせろ!

    学校法人「森友学園」の国有地売却問題をめぐる議論が止まらない。安倍首相夫人の名誉校長就任や行政のずさんな対応、エセ保守を気取る学園の実態は当然批判されるべきだが、野党や左派メディアの追及はどうも議論の本質からずれている。もう看過できない。こうなれば、iRONNAからもぜひ言わせてもらおう!

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    国会中継は「お笑い番組」か? 森友学園に踊らされる滑稽な政治ショー

    ないかと思います。民進党の蓮舫代表(右奥)の質問に答弁する安倍首相 今、「口利き疑惑」をもたれている政治家の皆さんは、キチンと説明責任を果たすべきです。また「口利き」が実際あったとして、それが悪いことなのかどうかを与党も野党もご自身達の意見を明確にしていただきたいものと思います。 しかし、もし口利きというものを否定しては、与野党とも国会議員として、その期待される役割を果たし得ないという考え方もあります。現代の代議制民主主義は、複雑専門化する様々な問題に対処するため、組織もいわば機械的になりました。 行政機関はまさにその名の通り官僚機構という機械です。また、広範囲に拡大する国家の意思決定を担う立法機関もまた多数決を原理に政治家や政党をパーツとして稼働させるまさに法律製造工場の様なものです。そのような硬直した官僚制との中で多数決一辺倒でなく少数者の声を拾い上げるために「口利き」というものも長く行われてきたのではないでしょうか。  安倍首相にとっては、最近はもはや保守派の歓心を買う愛国的主張を強調することが一概に政権運営上あまりメリットがないと思ってきているかもしれません。首相に批判的な勢力は安倍首相周辺人脈に怪しい人物はいないかと探し、見つければこれを攻撃材料にしようとするのでしょう。 野党も何とか安倍政権を叩く材料を探している中で安倍首相の夫人が名誉校長を務めている森友学園が国有財産を9割引きで払い下げられたなどという事実は格好の攻撃材料となります。 また、森友学園は私学である以上、その教育内容自体に部外者が口を挟むのは適切ではないと思いますがテレビのワイドショーが取りあげる森友学園は、ことさらその「異常さ」、「気味悪さ」を強調するものです。だから国民の多くも森友学園の理事長が何かとんでもない非常識な人物ではないのかと思ってしまいがちです。まるでお笑い芸人と同じ政治家 しかし、反面として理想の学校をつくりたいが為に、その十分な資金もない私学の経営者が、想いを実現するために政治家の名声に頼ったり、民有地では用地の確保が難しい中で、国有地をできるだけ安く取得したいとあの手この手で交渉を試みるのはこれも起業家としての努力の一端ではないかとも思えます。結局のところ森友学園は与野党の戦いの中に巻き込まれたと言うのが私の印象です。  テレビやネット上では、旧態依然とした政治家の活動はいつも同じような事の繰り返しで、その言動のすべてが滑稽に見えてしまうのです。そうなると、テレビの政治ニュースとバラエティとの間に垣根はありません。政治家とお笑い芸人では演ずる役柄が違うだけで、視聴者から見ればテレビの中で騒いでいる姿は同じようなものです。参院予算委員会に臨む安倍首相(左)と麻生副総理兼財務相 そんなテレビ政治に踊る政治家たちは、「事実」よりも「見立て」が大事と考えます。「印象」がすべてと言っても過言ではないでしょう。次の選挙よりも先を見越せない政治家にとっては、それこそが最も大事なことで、まずは目立つこと、そして自分が正義のヒーローと見られることを強く望んでいるのです。 ところが実にそれが安直で、共産党はまだしも他の野党などは、週刊誌の記事に依拠するばかりで自分達で調査する努力すらしない。政治はドンドン「印象操作」に傾斜していくばかりで、ムードに流されがちな国民による選挙はその影響を如実に反映します。 昨年の参院通常選挙の比例区で64万票余を獲得するも議席獲得には至らなかった「支持政党なし」は情報化の進む中で多様化する民意を国政に反映させるために、敢えて党としての政策は一切無く、国会にあっては完全にニュートラルな立場で、法案毎にインターネットで国民に賛否を問い、その割合に応じて表決に参加するという「電子的直接民主制」を原理とする政治団体です。 この「支持政党なし」の立場から見れば、定見も無く、無責任なことを吹聴し、公約を守らない既成政党などはいずれも大きな違いは無く、「政権選択」を目的とする選挙は無意味であるとさえ考えます。 国民にとってより重要なのは「政策選択」であり、国民の利害はこれに複雑に絡み合ってくるのです。あらゆる施策、あらゆる法律にはいかなるものにもメリット、デメリットともにあり、受益者が存在すればそうでない人も、それどころか損する人達も出てくるのが常です。だからこそネット上で両論併記し広く国民の衆知を募り、政治家に頼らずとも、「口利き」によらずとも少数者の意見を決して切り捨てない政治システムこそが必要ではないでしょうか。

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    安倍首相と記者クラブ 「赤坂飯店の夜」全真相

    聞社の内実がよくわかる話だ。では、赤坂飯店で安倍首相は記者たちに2時間半もどんな話をしたのか。大手紙政治部記者が語る。「キャップの話では、最初はもっぱら森友学園問題の釈明。総理は疲れた様子で『カネのやり取りとかやましいことは全くない』と内容は国会答弁の繰り返し。昭恵夫人の名誉校長の件についても『妻がそんな役職に就任していたなんてオレは全く知らなかった』というばかり。 ちょっと元気になったのはトランプとのゴルフの話。『トランプはめったに相手のゴルフを誉めることはないが、シンゾーはうまく刻むじゃないかと誉められた』とか、『トランプとは国際会議の時に毎回会談すると約束したが、そんな約束を取り付けたのは世界で自分だけ』と鼻高々だったそうです」 さすがにかつての民主党の大臣のように「書いたらその社は終わり」という露骨な“箝口令”はなかったようだ。 安倍首相にすれば、わざわざキャップ懇を開いたのだから、余計なことはいわなくても大メディアは封じられたとタカをくくっていたのだろうか。関連記事■ 櫻井翔と小川アナ交際 ジャニーズとテレ朝が回答揃えた意図■ 電撃引退の堀北真希 直筆メッセージに込めた「本音」■ 18kg減の愛子さま 宮内庁は報道陣に「アップ写真使うな」■ 高橋ひとみ、階下から苦情くるほど熱い50代新婚の夜■ バクステ朝倉ゆり ダンスで鍛えた美くびれ&美乳を披露

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    大手メディア記者 今やネットに流すしか真相伝える手段なし

    「私は朝日新聞に勝った」──安倍晋三首相がトランプ氏との最初の会談(昨年11月)でそうメディアへの勝利宣言をしたと、産経新聞が報じた。 政権に返り咲いて以来、首相が真っ先に取り組んだのがメディア対策だった。就任してすぐの2013年から2014年にかけて、全国紙5紙、ブロック紙、通信社、そして民放キー局のトップや編集幹部と会食を重ねた。その回数は2年半で50回にのぼった。 安倍首相の言葉は敵対してきた朝日新聞だけでなく、大メディアはすべて統制下にあるという自信の表われだったといえる。 しかし、もう自分には逆らえないと安心したのか、昨年からメディア首脳との会食はめっきり減り、今年は2月2日に渡辺恒雄・読売新聞グループ本社主筆、福山正喜・共同通信社社長らと食事をしたのが目立つくらいだ。 一方で、安倍政権のメディア統制にはっきり綻びが見えてきた。国有地払い下げにまつわる森友学園問題は朝日新聞がスクープし、民放は当初、『羽鳥慎一モーニングショー』(テレビ朝日系)、『白熱ライブ ビビット』(TBS系)くらいしか取り上げていなかったが、国民の関心が高まるとフジテレビ、日本テレビなど民放各局が競うように連日ワイドショーで取り上げるようになった。 そのうえ、現場の新聞記者たちから不興を買ったのが経産省の取材規制だ。2月24日、「プレミアムフライデー」がスタートし、経済産業省を出る人ら=東京・霞が関(古厩正樹撮影) 予算案が衆院を通過した2月27日、安倍首相は、東京・赤坂の中華料理店で官邸キャップとの懇親会を行なった。その日、経産省は、【1】庁舎内のすべての局の部屋を勤務時間中もロックして記者の出入りを禁止し、【2】職員が取材を受ける際は応接室で他の職員を同席させ、【3】取材内容を広報室に報告させる──という“記者排除令”を出した。日米首脳会談前に交渉内容の一部が漏洩し、世耕弘成・経産相が安倍首相訪米の同行者から外された“腹いせ”が原因とされる。 これまで記者クラブ制度の下、特権的に役所からの情報を得てきた大手メディアの記者たちにとって、この措置は死活問題だ。「同じ動きが全省庁に広がれば記者は情報が取れなくなって食いっぱぐれる。世耕大臣がやったことはトランプ政権の報道官が気に入らない記者を会見から閉め出したことよりもおかしい」(財務省担当記者) 批判と不満は大メディアの記者全体で高まっている。 クラブ制度の特権を奪われ、記者たちはようやく政権による情報統制に愕然としたのだろうか。新聞記者からリークされた赤坂での首相と記者の懇談をベストセラー・『日本会議の研究』著者である菅野完(たもつ)氏がツイッターで流し話題を呼んだが、そのリーク元は菅野氏の知人の大手新聞記者なのだという。これは、大手メディアの記者がいまやネットで国民に直接情報を流すしか“真相”を伝える手段を持っていないことに気づいた証拠にも見える。菅野氏はいう。「新聞が反権力で動かないのはみっともない状況。現場の記者まで、『政権批判ありきで記事をつくるのはどうか』と平気でいう。新聞社内に反権力はダサイと考えるカルチャーができてしまった。だから本当に報じたいことも、ネットで書いてくれと他人任せにする」 新聞記者たちは、安倍批判記事もネットへのリークではなく堂々と署名で書いてみせたらどうなのか。関連記事■ 新聞記者 会食で民主党はケチで割り勘だが自民は個室で無料■ 安倍首相とメディア幹部の会食 3.5万円フレンチや3万円ふぐ■ 安倍氏 町村氏訃報直後「オバマの見る目変わった」と上機嫌■ 安倍首相とメディア幹部の会食 内閣発足以来最低でも60回■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本

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    日本人が知らない「共謀罪」のウソ、ホント

    「共謀罪」の構成要件を厳しくして「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり、政府は対象犯罪を277に絞り込んだ。遅きに逸した感は否めないが、野党や左派メディアは相も変わらず「廃案ありき」の大合唱である。彼らに言いたいことは山ほどあるが、ここはあえて両論併記で議論の核心を読み解いてみよう。

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    安倍首相が「共謀罪」で駆逐したい本当のターゲット

    山下幸夫(共謀罪法案対策本部事務局長) 政府は、かつて国会に上程して3度廃案になったいわゆる共謀罪法案を手直しして「テロ等準備罪」を創設する組織犯罪処罰法改正案を国会に上程する予定である。 しかしながら、そもそも、国会で3度も廃案になったのは、国会審議を経て、共謀罪法案が極めて危険で濫用のおそれのある法案であることが明らかとなり、多くの国民の反対の声を受けて、野党が強力に反対したからであった。 我が国においては、法律上保護されるべき利益(保護法益)を侵害した既遂犯を処罰するのが原則であり、例外的に結果が発生しなかった未遂犯も処罰する。また、例外的に、重大な犯罪については準備段階から予備罪・準備罪として処罰し(約46罪)、それよりもさらに重大な犯罪(刑法で言えば内乱罪など)についてのみ、陰謀罪・共謀罪として賜与罰される(21罪)。 このように、犯罪の既遂から遡って、既遂犯←未遂犯←準備罪・予備罪←陰謀罪・共謀罪という流れの祥で、犯罪を合意したという共謀段階での処罰は極めて例外であるというのが我が国の刑事法の体系であった。「テロ等準備罪」を新設する法案をめぐり組織的犯罪集団と認定される基準について見解を示した金田勝年法相 ところが、今回新たに上程されようとしている法案では、277もの新たな共謀罪(政府はこれを「テロ等準備罪」と呼んでいる」)を新設しようとしており、極めて例外であった共謀罪・陰謀罪を一挙に10倍以上も増やそうとしているが、それは刑事法の体系を崩すものであり、刑事法による処罰は抑制的であるべきであるとする謙抑主義に反している。 そもそも、犯罪の合意(新たな法案では、これを「計画」と言い換える)だけで犯罪が成立し、しかも、言葉を直接交わさないでも、「暗黙・黙示の合意」でも良いとされることから(2005年の国会審議では、当時の法務省の大林刑事局長は、「目くばせ」でも合意が成立すると答弁したことが有名である)、果たしていかなる場合に合意が成立したのかが極めて曖昧である。 そのため捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用によって、市民運動や労働組合などによる反政府的な運動の弾圧に利用されるおそれがある。 「暗黙・黙示の合意」は、何ら言葉を交わしていないのであるから、実際には何の合意もしていないのに、警察が、政府に反対する運動をしている市民団体や労働組合の構成員について、「犯罪の合意があったに違いない」と認定されすれば逮捕したり家宅捜索をすることが可能になるのである。 したがって、捜査機関、とりわけ警察による恣意的な運用を招く恐れがあり、えん罪を生む恐れがある。会社組織でも「組織的犯罪集団」に? 新たな法案では、かつての政府案が、単に「団体の活動」として、団体を限定していなかったことから、一般の市民運動団体、労働組合、会社組織も適用されるのではないかと指摘され、対象となる「団体」があまりにも広すぎるとの批判があったことを受けて、新たな法案では、「団体」に変えて、「組織的犯罪集団」という用語が使用され、団体のうち、その結合関係の基礎としての共同目的が対象犯罪(長期4年以上の犯罪)を実行することにある団体と定義されるようである。 今年の通常国会の予算委員会の審議において林真琴刑事局長は、2017年1月31日、「そもそもの結合の目的が犯罪の実行にある団体に限られる」と答弁して、普通の団体は除外されると答弁していたが、金田法務大臣は、その団体の活動内容が一変すれば、普通の団体にも適用されることを認める答弁をしていたことから、法務省としての統一見解を求められ、2017年2月16日、法務省は、「もともと正当な活動を行っていた団体についても、目的が犯罪を実行することに一変したと認められる場合には、組織的犯罪集団にあたりうる」ことを認めている。画像はイメージです しかも、「一変」したかどうかは、第1次的には逮捕状を請求する警察や勾留請求をする検察官の判断による。警察は、特定の団体の構成員を四六時中尾行するなどして、その行動を監視して、その情報を集積した上で、彼らなりに「一変」したどうかを判断するのであり、そこでは恣意的な判断がされるおそれがある。 そうだとすると、普通の市民運動団体、労働組合、会社組織でも「組織的犯罪集団」に当たりうることとなり、「一般人には適用されない」という菅官房長官の説明は完全に破綻したことになる。 また、新たな法案では、単なる「計画」だけでなく、「準備行為」が必要とされる。国会に上程される法案には、例示として、「資金又は物品の手配」や「関係場所の下見」を挙げた上で、「その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」が行われたことを要求するようである。 アメリカの各州の州法においては、共謀罪の成立を認めるためには、単なる共謀だけでなく、「顕示行為」(overt act)として一定の客観的行為を要求するのが普通である。そして。これは犯罪の成立要件ではなく、処罰条件であると解されており、その考え方を我が国の法律に取り入れようとしていると考えられる。共謀(計画)しただけで広範な処罰が可能に 今年の予算委員会における審議の際に、林真琴刑事局長は「準備行為が疎明されなければ逮捕・勾留しないように法案を作成する」と述べているが、「準備行為」が処罰条件としてなのか、犯罪構成要件としてなのかは、現時点では不明である。 ただ、新たな法案が参考にしたと考えられるアメリカの州法で要求されている「顕示行為」(overt act)は、共謀を裏付ける何らかの客観的行為であれば足りるとされ、かなり緩やかに認められていると指摘されている。 したがって、新たな法案で要求される「準備行為」についても、予備罪・準備罪におけるような法益侵害の可能性のある犯罪的な行為に限らず、およそ犯罪的ではない中立的行為でも「準備行為」となると解され、例えば、ATMで現金を下ろす行為など広く日常的に行為も「準備行為」とされることになると考えられるから、何ら濫用の歯止めとはならないと考えられる。 最近、外務省は、民進党のヒアリングにおいて、この法案の根拠となっている国連国際犯罪防止条約を批准するために、新たに共謀罪を立法した国はノルウェーとブルガリアの2ヶ国であることを明らかにしているが、その2ヶ国が一体いくつの共謀罪を新設したのかは明らかにされていない。数百の単位の共謀罪を新設したとは考えにくい。 国連は2004年に、この国連条約を各国が立法するための立法担当者向けの「立法ガイド」を作成しているが、そこでは、実質的に見て重大な組織犯罪について、未遂以前の段階で処罰できるようにすれば良いとされている。 我が国の現行法上、未遂以前の段階で処罰できる犯罪としては、①陰謀罪8、②共謀罪13、③予備罪38、④準備罪8がそれぞれあり、実質的に重大な犯罪についてはこれらの犯罪が既に対応していると言える。しかも、我が国には、判例上、共謀共同正犯理論が認められており、組織犯罪について単に共謀しただけの者についても広範な処罰が可能となっており、予備罪についても共謀共同正犯が認められている。 したがって、共謀した者のうちの1人が予備行為をすれば、単に共謀(計画)しただけの者にも予備罪の共謀共同正犯が成立する。「共謀罪」法案本当のターゲット これは準備行為を共謀罪の成立に必要とするという新たな法案と、かなり近い処罰が可能になるといえるし、未遂以前の段階で処罰可能な法制度は既に存在していると言えるのである。 したがって、国連条約を批准するために何らかの立法が必要であるとしても、実質的に見て重大な組織犯罪を未遂以前の段階で処罰する罰則が足りない部分を、ゼロベースで検討して、それを必要とする立法事実があれば個別立法をすることにより対応可能であると考えられる。参院予算委員会で答弁する安倍晋三首相 =2月28日、国会・参院第1委員会室 政府は、新たな法案は、2020年東京オリンピック・パラリンピックのための「テロ対策」として必要であり、安倍首相は、「テロ等準備罪」がなければオリンピックを開催できないとまで述べている。しかし、安倍首相は、オリンピック招致の際には、「日本が世界で有数の安全国」であると述べていたのであり、矛盾している。 そもそも、国連の国際組織犯罪防止条約は、元々、経済的利益の獲得を直接又は間接な目的とする組織犯罪を対象とする条約であり、マフィアや暴力団対策のための条約であった。ただ、2001年のアメリカでの9.11同時多発テロを受けて、その後、G8においては、この条約をテロ対策のためのものであると読み替えるようになったという経緯がある。 しかし、本条約の主たるターゲットは組織犯罪であることは明らかであり、テロ対策が主たる目的ではないことは明らかである。 ちなみに、我が国は、国連の13のテロ防止関連条約の全てに加入し、そのための国内法整備も済んでいるし、政府の国際組織犯罪・国際テロ対策推進本部は、2004年12月10日に「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その後、その行動計画に基づく国内法整備が実施されている。 このように、我が国は、テロ対策についての法整備はかなり実施されている。それを何のテロ対様もないかのように説明するのは極めてミスリーディングであると言わなければならない。共謀罪を実際に検挙するためには、共謀の現場を押さえるのがもっとも効果的であるが、実際には、共謀のための謀議は、密室など人から見えない場所で行われることから、実際には共謀罪を検挙することは難しいと考えられるため、謀議に加わった共犯者の自首や自白がなければ立件は難しいと考えられる。 ところで、この法案が成立すれば、それを検挙するための捜査手法が必要となる。国民のプライバシーが根こそぎ把握されるおそれ その捜査手法としては、尾行などの古典的な捜査のほかに、おとり捜査や潜入捜査(組織の中に、捜査官がその身分を隠して潜入すること)も考えられるし、なるべく早く、謀議の内容を把握する捜査方法として考えられるものとして通信傍受や室内盗聴が考えられる。 既に、通信傍受法(盗聴法)は2016年の通常国会で成立し、対象犯罪を財産犯である窃盗・強盗、詐欺・恐喝を加えるとともに、殺人、傷害、傷害致死、現住建造物等放火、爆発物使用などの殺傷犯、逮捕・監禁、略取・誘拐、児童ポルノの提供罪等のその性質上必ずしも組織犯罪ではない一般犯罪も対象犯罪する改正は、既に2016年12月1日から施行されており、既に詐欺罪での通信傍受が実施されたことが報道されている。 テロ等準備罪(共謀罪)を一挙に277も新設する法案が成立すれば、盗聴捜査が有用・必要という理由で盗聴の対象犯罪とする改正がなされることが強く予想される。画像はイメージです また、通信だけでなく、室内の会話を補足する必要があるとして、現在認められていない室内盗聴(会話傍受)の制度化を求められる声があがることも予想される。これらが実施されれば、これまで公安警察がとってきた手法が、刑事警察の分野でも日常的に行われるようになり、監視国家化が進むことは間違いない。 それだけでなく、政府は、テロ対策を掲げていることから、アメリカが9.11の後の愛国者法で認めたように、テロの未然防止のための傍受(行政盗聴)を可能にする法律を提出することも考えられる。これが実現されれば、まさに監視社会となり、国民の全てのプライバシーが根こそぎ政府に把握されるおそれがある。 政府は、本年3月10日頃までに閣議決定をして、新たな法案(組織犯罪処罰法改正案)を国会に上程する予定である。国会審議を通じて、この法案の問題について多角的な検討が行われることが期待されるが、この法案が国民の自由や人権に密接に関わる重要法案であることから、決して、数の力に頼った強行採決がされるべき法案ではない。国会での審議を通じて、この法案の問題点をあぶり出し、廃案にすべきである。

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    役所や企業に厳しくとも「共謀罪」が日本にもたらす巨大利益

    魚市場、水道設備、発電所の建設などを次々に受注している。 ただし、インフラ事業は契約の相手が途上国の政治家や公務員であるため、また、外国企業との競争も激しいため、贈収賄のリスクが高い分野である。それなのに、日本が国連腐敗防止条約を締結していないために、日本人や日本企業の腐敗に対する意識やリスク管理が世界の常識から大きくずれているので、うっかりワイロを払ってしまうケースも少なくない。こうして日本企業が外国で有罪となり企業の評判を落としたり、外国当局から数十億円規模の罰金・解決金を科されたりする事件が毎年起きている。 国連腐敗防止条約の締結は、貿易立国であり、投資立国であり、インフラ輸出を進める日本が、収益と信頼を守るためにぜったいに必要なのだ。省庁が集まる霞が関 また、アジアやアフリカの発展途上国ではかつてはワイロが横行していたが、この10年でどの国も国連腐敗防止条約を締結し、刑法を改正するとともに贈賄防止法を新設し、公的・中立の腐敗防止委員会を設立している。日本では腐敗を告発する先はマスコミしかない。明らかな犯罪となれば警察に告発できるが、それ以外の不正について相談や届出を受けたり、調査や懲罰をしてくれたりする機関はない。だが日本や北朝鮮、シリア以外の世界のほとんどの国では、いまや警察や消防と同格に腐敗防止委員会という公的機関があるのだ。 国連腐敗防止条約の署名に関しては、2006年の国会で与野党が全会一致で承認している。だから、共謀罪の構成条件が厳格になった「テロ等準備罪」の新設には野党も反対する理由がないはずだ。不満があるなら、法案の修正に知恵を出せばよい。 国連腐敗防止条約の締結をこれ以上先送りすることはできない。

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    多数の命が奪われる憎むべきテロ、その阻止のため緊急になすべきこと

    させるわけにはいかない。だからこそ、「刑事法の専門家、捜査の専門家、テロ対策の専門家、及びテロを憎む政治家」の立場から、声を大にして心から次のように訴えます。1  2020東京大会に関連して敢行される大規模テロの危険性等 周知のように、世界各地でテロが頻発しています。日本でも3年半後の2020東京大会に関連し、『大規模テロ』敢行の危険性が増大しています。   実は、平成16年に警察庁が発出した「テロ対策推進要綱」において、 既に「日本がテロの標的になる可能性が増大」、「テロ防止の法制備の必要性」が記載されていました。12年前にそうした発信がなされていたにもかかわらず、我が国では、テロ資金を規制する法律が一部成立したのみで、「テロ未然防止法(仮称)」のような抜本的法整備が全くなされないまま今日に至っています。  最近では、平成28年4月1日の衆議院内閣委員会において、警察庁警備局長(現 沖田芳樹警視総監)が「テロ対策に関する法整備は重要である」旨答弁していますが、それからほぼ1年。政府から「テロ未然防止法」のような抜本的な法整備への動向は見られません。   要は、多くの政治家においてテロという犯罪に対する具体的問題意識が弱く、国民においても、我が国における象徴的テロ行為が三菱重工爆破事件及びオウム事件の数件であることから、テロに対する具体的危機感に乏しいことが、その要因です。   しかし、2020東京大会に関連し大規模テロが敢行されれば、日本人及び外国人(含む要人)の命が瞬時に奪われるだけではなく、大会の実施が困難になります。そればかりか、テロ対策の法整備がなされないまま国際大会を大々的に開催した能天気な日本に対し世界的な批判が集まり、我が国の国際的信用が失墜しかねません。東京五輪・パラリンピックを控え、千葉海上保安部は千葉中央埠頭で県警など関係6機関とテロ対策合同訓練を実施した=2016年11月9日、千葉中央埠頭2  今、緊急になすべき課題と政治の責任   今、必要な緊急課題は、2020東京大会に関連した大規模テロの阻止であり、 そのためのテロに特化した「テロ未然防止法(仮称)」の整備です。こうした法律が大会の直前に施行されてもテロ阻止効果が半減します。ですから、その整備が今緊急に必要なのです。 未然防止という枠組みとなると、我が国の法制度上、新たな制度を取り入れることにもなります。 例えば、テロを敢行する恐れが存する者について、やむを得ない場合に、テロ阻止目的で、緊急にその身柄を拘束することです。ただ、その際、重要なことは、人権侵害の排除ないし人権擁護の価値観も重視しなければならないということです。  そこで、一つの試案ですが、既に現行法で導入されている「緊急逮捕制度」(※1)にならい、それと同様に、テロを敢行する恐れが高い者の身柄を緊急性に基づき拘束し、その身柄拘束の適否につき事後的(かつ直ち)に裁判官の判断・令状審査を得るという令状主義の徹底を図ることが考えられます。  要は、現行の緊急逮捕制度と同じ事後的令状主義の徹底のもと、テロ未然防止のため、緊急性に基づき、テロを敢行する恐れが高い者の身柄拘束を認めるとの試案です。※1 緊急逮捕制度は、裁判官から事前の令状を得て行われる「通常逮捕制度」と異なり、まず逮捕し、その後事後的速やかに裁判官の令状審査・令状を得るという制度 国民をテロから守るためには効果が乏しい   そして、こうした「テロ未然防止法」ですが、もともと2020東京大会に関連するテロ対策法であるので、その効力も大会終了時頃まで(時限立法)のものが望ましいというのであれば、それも選択肢だと思います。    いうまでもなく、政治の大きな役割は、国民の命を守ることにあります。テロに特化した「テロ未然防止法」の整備を今行わなければ、国民等の生命及び我が国の信用を危殆に陥れるものです。想定外のことへの対応では決してなく、まさに想定内の危機管理の問題です。   ことは、国民の大多数の命を守る気概が政府にあるかどうかの問題です。残された時間は最早少なく既に砂時計状態です。3  いわゆる共謀罪創設法案の射程範囲 報道によれば、政府が「テロ等準備罪」(以下、「いわゆる共謀罪」と云う)を新設すべく、それに関わる法律案 (組織犯罪処罰法改正案)を平成29年通常国会に提出すべく用意しているようです。 しかし、名称にいくら「テロ」の言葉を盛り込んでも、専門家の私から見て、この法案では、国民の多くの命をテロから守るためには効果が乏しいです。 私は、まさに、かつてこの組織犯罪処罰法の適用に係る捜査責任者、及びテロ関係の責任者に就いていた関係からこのように申し上げることができます。追って詳述します。 ですから、いわゆる共謀罪を法律化すればテロ対策に相当役立つと考える政治家がいらっしゃるとすれば、それは所管の官僚がそのように説明し、それにごまかされています。伊勢志摩サミット、東京五輪を見据えて外国人テロリストによるバスジャックを想定した対応訓練が福生署管内の富士見公園で行われた=2015年6月18日、東京都羽村市緑ケ丘 その上、いかにもテロ防止に資するような名称を付け、これでテロ対策の法律としてひと安心という誤った意識を国民と政治家に抱かせ(ミスリ−ディングする)、テロ未然防止法(仮称)の制定に至らないこと自体、何よりも極めて危険です。 政府がこの法律改正案(いわゆる共謀罪)を国会で通過させたいと考えているのは、16年前に署名した「国際組織犯罪防止条約」を締結するためには、この法改正が必要条件だからという理由です。  しかし、この条約のターゲットは、そもそも、不正な『金銭的利益』等に絡む国際組織犯罪の防止です。ですから、所管官僚等において、「テロ対策といえば法案を通過させやすい」という思いがあるとすれば、法律の作り方としては邪道です。 とにもかくにも、政府は、テロに特化した「テロ未然防止法」の制定に早急に取り組むべきです。にもかかわらず、国民をミスリーディングする恐れのある形でいわゆる共謀罪だけを通過させるようなスタンスでは、テロ対策に係る政府の責任の放棄です(組織犯罪撲滅に向けてのいわゆる共謀罪自体の導入を政治課題とすること自体に異論はありません)。 今は、国民の命を守るため、まずテロ対策に特化した「テロ未然防止法」の整備が緊急事態なのです。【この記事は、主に「水月会」のブログからの転記です】(若狭勝オフィシャルブログ「法律家(Lawyer)、議員(Legislator)、そのL字路交差点に立って」2017年1月17日分を転載)

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    第一次安倍内閣の嫌なムードに似てきたと安倍首相こぼす

    祥事で辞任に追い込まれたが、政権基盤が揺らぐことはなかった。 それがなぜ、急にガタガタになったのか。政治ジャーナリスト・野上忠興氏は「ファイアマン(火消し役)の不在」を指摘する。「安倍政権が再登板後の数々の閣僚スキャンダルを乗り切ったのは、国会の数の力で押し切った面もあるが、それ以上に政権の危機管理に長けた菅義偉・官房長官の存在が大きい。衆院予算委員会で、平成29年度予算案の集中審議について、民進党の今井雅人氏の質問に頭を押さえる安倍晋三首相(右)=14日午後、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) 菅氏が官邸の中心にどっかと座り、大臣が失言すれば呼びつけて厳重注意し、不祥事が発覚すれば持ち前の情報収集力で更迭すべきか、あくまで守るべきかを的確に判断して安倍首相に報告、うまく火消しをしてきた。ところが、最近は菅氏の影が薄く、政権の危機管理に大きな穴が開いている」 確かに菅氏の対応にはかつての機敏さがみられない。 防衛省が陸上自衛隊のPKO部隊の日報を1か月以上、稲田防衛相に報告しなかった問題では、記者会見で「厳重注意に値する」と他人事のような言い方だったし、金田法相が共謀罪の国会質疑を法案提出後にするよう求めた文書を出した問題では、火消しどころか、逆に菅氏が二階俊博・自民党幹事長から「緊張感を持ってやれ」と厳重注意を受ける始末だ。 一体、菅氏はどうしてしまったのか? ジャーナリストの藤本順一氏が語る。「菅さんは権力を持ちすぎた。安倍首相の再登板以来、歴代最長の3年以上官房長官として官邸中枢に座り、官僚機構を牛耳り、党の存在を軽んじて内政を思うままに操ってきた。しかも、先の改造人事ではポスト安倍に照準を合わせて幹事長のイスを狙って安倍総理の不信を買ってしまった。 政権の重鎮である麻生太郎・副総理や二階幹事長も世代交代を促しかねない菅さんの突出ぶりを面白いはずがなく、影響力を削りにかかっています。党内に足場のない菅さんは身動き取れずに、官邸内に雪隠詰めの状態です」 官邸の“存立危機事態”だ。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ【1/2】「集団的自衛権」■ 安倍首相 民主党・小西議員を前にすると異常にヒートアップ■ 安倍首相 橋下維新との全面対決指示で菅氏の存在価値低下か

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    元民主議員「日本は異星人問題に向き合う姿勢が欠けている」

    でに宇宙人は地球を訪れているのではないかと考えています」と答え、世界を騒然とさせた。欧米各国では、「政治家とUFO」話題は時に登場する。 他ならぬ日本でも、国会で何度もUFO議論が展開されてきた経緯がある。2005年、民主党の元参議院議員・山根隆治氏が当時総務大臣だった麻生太郎氏に対し、「大臣はUFOを見たことがあるか」と質問。これに対して麻生氏は、「おふくろは見たといってえらい興奮して帰ってきたことがありますけれども、残念ながら私自身は見たことはありません」 と発言。山根氏が「防衛上の問題だ」と突っ込むと、「ある日突然にくる可能性というのは常に考えておくべき問題」と真剣に回答した。 2007年には山根氏のUFO政策に関する質問主意書に対し、政府が閣議決定で「確証できるUFO関連の事例は存在しない」との公式見解を採択。ところが、その後に町村信孝官房長官(当時)が「私は(UFOは)個人的には絶対いると思っている」と発言。防衛大臣だった石破茂氏も、「日本の航空自衛隊が未確認飛行物体(UFO)の領空侵犯にどう対処すればいいのか悩んでいる」 と真剣な表情で語った。ちなみに「宇宙人」と称され、夫人が「宇宙人にさらわれた」と公言していた鳩山由紀夫元首相は、なぜか「深入りしないほうがいい」と論争を避けたが、実は深入りされると困る事情があったのかも。2008年2月、衆議院予算委の集中審議で答弁する石破茂防衛相(矢島康弘撮影) 国会でしつこくこの問題を追及した山根氏に聞くと、「異星人が存在し、日本の安全保障が脅かされるような状況があるのかどうか、ということを確認しておきたかった。日本の場合、超能力や異星人などの問題に科学的に真摯に向き合う姿勢が欠けている」 と大真面目に答えた。 まさか夏の参院選の最大の争点は「UFOの襲来に備えるための憲法改正」――なんてことにはならないよね。関連記事■ 皮肉好き外務官僚 前原氏に「お子様ランチ」のあだ名つける■ 隠し子発覚のミヤネ屋・宮根誠司氏 「子供はどちらも宝」■ 元防衛官僚が安倍政権の安全保障政策の問題点について語る本■ 紅白出場危機の小林幸子の衣装「メガツリー」構想があった■ 球場デート発覚のアンガールズ山根 彼女の両親にも挨拶済み

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    安倍晋三「独裁亡国論」を読む

    前回、iRONNAがお届けした「こんなにもいた世界の独裁者大図鑑」では、各国に君臨する強権的な指導者たちを紹介した。実はわが国でも、高い支持率を背景に長期政権を目指す安倍首相を「独裁者」と揶揄する声が野党やリベラル陣営から聞こえてくる。彼らが言う「独裁亡国論」の信憑性やいかに。

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    私が安倍政治を「スーパー独裁政治」と呼ぶ理由

    06年9月から07年9月まで。第二次安倍政権は12年12月から今日に至る。この間、安倍首相は一切独裁政治はしていない。非合法な政治もしておらず、安倍政治にはなんら責め立てられる所はない。議会制民主主義の政治をまっとうしたと言ってもいい。 安倍首相は独裁政治をしていないと私は断言したわけだが、論を進めるにあたって独裁政治という言葉について、一応概念規定をしておきたい。衆院本会議での所信表明演説で、熱弁をふるう安倍晋三首相=2016年9月26日、国会 現代的な意味での独裁政治は、特定の個人ないし集団が権力を掌握し、専断的な支配を行う政治であり、被治者である大衆への支持調達、大衆の政治過程への参加が見られる点で、それらを欠く専制政治と区別される。一般には軍部の独裁や発展途上国に見られる開発独裁などは民主主義とは相容れないと考えられるが、内乱や戦争などの緊急事態において権力者の専断的政治的支配をあらかじめ憲法に規定している場合(立憲独裁)は、民主主義体制の防衛に貢献する。(弘文堂「政治学事典」より)とある。この定義に則って安倍政治をみたとしても、安倍政権は独裁政権ではない。 この定義の完成度が少し不十分な気がするので独裁政治の定義を私なりにし直してみたい。 独裁政治とは、特定の個人や集団の確固たる意志、思い込み、執念あるいは恣意としかいえないようなものもふくめて、政治的な意思に対する反対のあるなしに拘わらず、あるいは正・誤、要・不要、適法か・否かも含めて一切糾されることなく、あるいは糾弾されるというプロセスはあっても結果にはなんら影響がなく、政治の全面に貫徹される政治と、はなはだ独善的ではあるが、私は定義づけてみたのだが、このように定義を変えても、安倍政権は独裁政権であるとは言えないであろう。 しかし少なくとも日本の今の政治は、安倍首相でなければ思いつかなかったであろう政策的なアイディア、言い換えると安倍首相の恣意とも思い付きとも、執念ともいえるのだが、集団的自衛権の行使に関する問題で、安倍首相以外の総裁に率いられていた自由民主党は日本国憲法第9条の下、違憲としてきた自衛隊の集団的自衛権行使を、正反対に合憲と、憲法の解釈を独自にし、その実現のための安全保障関連法案をことごとく成立させたのだ。 それだけでなく、安倍首相の日本政治に対する固有の意思、思い、こだわりはすべて実現され、後は共謀罪の新設と日本国憲法改正を残すだけという状態になってしまった。しかもまもなく共謀罪は名称を変え実現され、更に日本国憲法も改正される可能性がいよいよ高まってきている。 してみると、日本の政治が独裁体制か否かを問う前に、日本の民主主義政治の実情と言うものは、内閣総理大臣の思うことが何であっても、例えばそれが明らかに日本国憲法の根本的理念とも言うべき重要な条文に違反すると、迷うことなく大多数の憲法の専門家に判断されるようなことでも、安倍首相の合憲であると言う法的根拠の無いむちゃくちゃな解釈変更による発起で、政治的には実現しうる政治であるということを、安倍首相が身を持って私たちに証明してくれたとも言える。 だから、政治的なアウトプットとそれが排出される過程を見る限りにおいては、安倍政治は、民主主義を標榜しつつ行政はもとより立法に関してすら思い願うことは実現できるという事とその過程を見れば、結果として、すべてのことが他の一切の手続きを経ず単独で専断できる独裁政治となんら変らないということにはなる。 改めて独裁政治というものを漠としてとらえるなら、それはかっての絶対王政における王の政治であり、日本で言えば、もしかしたら織田信長や徳川家康がそうであり、戦前の一時期天皇絶対の日本の政治がそうであり、目を外に向ければナチ政権下のヒトラー、スターリン下のソ連、文化大革命下の中国、ポル・ポト下のカンボジア、現代で言えば、金正恩の北朝鮮、そしてもしかしたらトランプ大統領下のアメリカの政治が急激に独裁国家に変身しようとしているのかもしれない。言い換えると絶対者と定められた者の行動判断には反対する者の力が作用しないか作用しても無力化される機能がそなわっている政治が独裁政治と言うことになる。 むしろ暴力と血まみれで人民支配を全うする通常の独裁政治を超えて、安倍政治は暴力を使わず、民主主義を標榜し、自由選挙では圧倒的に支持を受けながら、政治権力を掌握した者は憲法すら超越できる政治、しかもそれを既存の法体系の中で合法かつ合憲と言い募ることが許される政治、違法というがん細胞が法体系という生体の中で、法体系が有する違法を排除するはずの免疫能力を無効化させてしまう能力すら持ち合わせている安倍政治は、新独裁政治、あるいはスーパー独裁政治と言い換える必要性が生じているのかもしれない。(以降安倍政治をスーパー独裁政治と言う)良い独裁と悪しき独裁 良い独裁と悪しき独裁  独裁政治の定義はさておいて、安倍首相の個人的な奔放な考え(恣意)がことごとく日本の政治的現実になり、その現実が、論理的には矛盾するが、仮に日本が戦後掲げてきた政治、平和主義と民主主義と基本的人権の擁護と発展にとって、このましい結果をもたらすならば、ことさら政治の一決定方式でしかない民主主義政治という制度にこだわらなければ安倍政治をして独裁と決め付け、危惧の念を抱き、非難することも怖れることはないはずだ。 ただそれにしても一人の人間の恣意による政治が仮に良い結果をもたらしたとしても、それが正しく良い結果を何時までも続けるのかどうか。あるいは良かれと思った結果の恩恵に浴する人々が変化したりする可能性はないのか、と言えば、そんなことはない。                           その良き独裁政治に限らず政治的な成果と現実を一定化させたり永続させることを担保しうる補助的な政治制度を、私たちはうみだしてはいない。政治を取り巻く諸々の環境を制御することなどできないのであり、永続する変動の特異地点で、繁栄や安定が永続するように見えるときがあると考えたほうがいいのだ。だから政治家として問われる能力と言えば安定を持続させる能力ではなくて、変化にいかに対応できる能力があるかが問われるのであって、その能力はとりわけ政治的権力を掌握した者に要求される能力ということになるかもしれない。よい独裁政治がありえたとしても良い独裁政治には、それが悪い独裁に激変するリスクは絶えず存在し続けることになる。 そうではなく、憲法違反の政治を憲法違反ではないと言い続けられるスーパー独裁政治の安倍政権が戦後の70年の自由民主党が掲げてきた民主主義、平和主義、基本的人権の確立、擁護、発展に齟齬をきたす、マイナスになる独裁政治になるならば、安倍政治を注意深く監視し、その勢いを怖れずに、安倍政治NOを言わなければならないし、その政権の存続を許さないように勤めなければならないだろう。安倍総理の後の新安倍総理 日本の政治は日本国憲法による統制下にあり、憲法に違反する政治は存在し得ないことになっている。だから安倍政権が存在しているということは、彼がなしてきたことはことごとく日本国憲法に違反せず、もちろん非合法政権でもないということになるはずだが、もう一つの現実は、集団的自衛権の行使は違憲だという現実があることだ。 この2つの事実から、あまりにも容易に推定しうることは、政治的現実の中には憲法制定時には想定し得ない緊急事態が発生することはあるわけで、その事態の対応することが憲法に反することもありうる。だからそのような場合には、あえて政治家の責任において一時的に違憲状態という現実が発生する。しかし違憲状態は過渡的なものでなければならないので、その緊急事態が長引くようであれば憲法の改正をして違憲状態を速やかに解消しなければならない。このようにして法体系は厳守されるのだ。ところが集団的自衛権の行使のように違憲であるにもかかわらず立法者や行政者が違憲でないと主張して違憲状態が発生してしまうと、当事者からは憲法違反の解消と言う意欲は生じなくなり、最高裁判所での違憲訴訟による判断を仰がなければならなくなる。ところが最高裁判所は違憲かそうでないかの判断はしないと言う更なる状況が日本で生じてしまっていることになる。 日本の政治は安倍政権の独裁政治に対して抵抗力、抑止力を排除する力を有していないか、その独裁政治を跋扈させる機能、メカニズム、生理が内蔵されているのだ。 だから、日本の政治の生理を見極めて対策を講じなければ、安倍独裁政治は突発的な現象ではなく、安倍首相の実例が日本の政治に影響を与え続けて、今後益々容易に憲法改正などせず憲法違反の政治即ち独善的な政治が展開する新安倍とも言うべき政治家が出現することになるだろう。スーパー独裁政治を生む政治土壌スーパー独裁政治を生む政治土壌 集団的自衛権の行使は違憲だから止めろ、と叫んだものが何時間後に死体となって道路に倒れていたり、安倍政権打倒を叫んでいる私のような人間がいつの間にか消えてしまうようなことがあれば、人々はおびえて黙る様になり、安倍政権に楯突く者はいなくなり、独裁政治は完成していく。             確かに安倍首相は今のところそのように暴力を用いて政治を思うままにしていない。いずれ共謀罪などを成立させ、冗談にも「安倍政権打倒」などといえなくなるだろうが、とにかくいままでは暴力など用いずとも、憲法違反の政治を堂々とやってこれたのだ。衆院予算委員会で、平成28年度第3次補正予算案について、小野寺五典元防衛相の質問に答える安倍晋三首相=1月26日、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) 私はスーパー独裁政治は、無菌の寒天にばい菌やカビが育つように、日本国憲法という寒天がスーパー独裁政治を育ててきたと思っている。あるいは「戦後レジームからの脱却」と安倍首相が叫んだその戦後レジームという日本の政治体制そのものがスーパー独裁政治を発芽させ育成する為の土壌となり、肥料を施してきたと考えるのだ。 高邁な精神を謳った日本国憲法が護ろうとした平和主義と、民主主義、基本的人権の尊重と言う熱い生命力とその免疫機構を安倍普三というがん細胞はどうして無力化できたのか、日本国憲法の条文に照らし合わせて考えてみたい。集団的自衛権の行使は違憲なのに何故抑止できないのか 日本国憲法第98条は「この憲法は国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関する、その他の行為の全部または一部は、その効力を有しない」とある。 だとすれば、集団的自衛権の行使が違憲か違憲ではないかを正式に確定させ、集団的自衛権の廃止がなされなければならないのだ。そこで日本国憲法第81条の「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則または処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」とある。 だから、野党の集団的自衛権の行使に反対する国会議員(だけではないはずだが)が集団的自衛権の行使は違憲だから法案の廃止を求める違憲訴訟をしなければならないのだ。この2つが正しく機能すれば集団的自衛権の行使などできるわけがないはずだ。 しかし、それが簡単ではない。最高裁判所は自ら98条に違反して(解釈して)高度に政治的な問題については司法ではなく国民が選挙で決めるべきだと言う統治行為論を持ち出して集団的自衛権行使が違憲か合憲かの判断をしないのだ。だからこの問題に決着をつけるには、安倍政権を倒すことでしか解決できないのだ。更に問題なのは第79条で「その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する」とあって、最高裁判所が違憲判断を下すにしても、裁判官たちは内閣から任命される以上、内閣の意に反する判決は下しにくいと思われる。 また法に強制力がなければ法としての機能を十分に発揮できない、とドイツの法哲学者が言っているが、憲法には憲法違反については何も記していない。だから安倍政権が憲法違反に問われたとしてもその罪はどのようにして償いさせればいいのか決定できないはずだ。日本国憲法は憲法違反に対しては防御力が致命的に弱いのだ。なぜ安保法案が成立するのか なぜ安保法案が成立するのか 日本国憲法第67条は「内閣総理大臣は国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」とある。議院内閣制の採用であるが、この条文だけでは国会議員と内閣総理大臣との力関係は等しいように見える。しかしその実態は圧倒的に内閣総理大臣の力は強くなっている。 その理由であるが、国会議員が最も関心を示し、欲するものを国会議員に与える事について内閣総理大臣は決定的な影響力をもっている。地位と名誉を満足させる閣僚を始め様々な役職を付与し起用する権限、政党交付金が設けられたことによる巨大な政治資金等の配分決定、あるいは小選挙区制の採用や選挙のときの立候補者に対する公認の諾否など、国会議員の政治生命の盛衰に直結する権限などを政党のトップが握ることになり支配力が高まった。だから内閣総理大臣の言うこと、指示に対して、それが如何に総理の恣意であったり憲法違反の案件であっても、自分の政治信条に反することであっても嫌とは言いにくい関係が成立している。 政党に関する運営規定が透明化されず代表者の力が肥大化してしまうのだから政党運営に関する事項については憲法に政党に関する規定を盛り込まなければならないはず。でなければ、憲法に内閣総理大臣の任期の規定が無いために、自由民主党の総裁選出規定がそのまま内閣総理大臣の任期を規定してしまうようなことになってしまっている。首相の任期の確定こそ民主主義政治の大原則なのだ。  安倍首相が安全保障法案を議会に提出したとき当然党議拘束もし、記名投票にすれば、落選を覚悟しなければ安倍首相に反対はできないことになっている。 また憲法第69条は「内閣は、衆議院で不信任の議決案を可決し、または信任の議決案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」とあって、内閣総理大臣の権力の大きさ、影響力の強さをしめしてもいる。何かの手違いで安倍内閣提出の法案をつぶしてしまうようなことがあれば、場合によっては衆議院が解散されかねないのだ。 また野党が国民の事を考えて与党に対峙すると言うのではなくやはり与党と同じように御身大切で団結できず大きな力を形成することができないのだ。安倍政権が支持されるワケ 安倍首相のスーパー独裁政治を可能にする最大の原因は安倍首相の支持率が高いということにある。安倍首相の支持率が高ければ自由民主党にとってに間違いなく有利になる。国会議員にとって最大の政治的関心は、全部ではないけれどもほとんどの国会議員は自分が選挙で勝ち続けること、即ちできるだけ長く政治家でいられることが最大の関心ごとなのだ。だから自分が内閣総理大臣になろうとすることを除けば、どの国会議員を支持してその人を政権の座につけその政権が持続することに目が向かうのだ。 この議員心理のことは安倍首相も充分承知しており、支持率維持のために安倍首相もまた全知全能を傾けるのだ。 赤字財政をものともせず、国債を発行し続け、ジャブジャブのインフレ政策を採用し、選挙前には増税すると公約していた消費税の値上げも見送る、あるいは出来もしないことをやると言って北方領土問題にとり組んだり、都合の悪い情報は国民の目につかないようにすることもできるのだ。 また国民も民主主義における個人の責務を担うという感覚に乏しく、かまどの具合がおかしくならない限り集団的自衛権の行使のことなど関心も持たないのだ。北朝鮮が日本国に向けて核ミサイルでも発射しない限り、いくら尖閣に中国の公船が領海侵犯を繰り返しても、実害がなければ関心をしめさない。また、現状のやり方に対して問題がなければ、あわてて苦労してでも現状を変えるということには、積極的になれないのだ。変化は怖いし緊張を強いられるのだ。だから民主主義においてはよほどの事がない限り、政治は変りにくいのだ。安倍政治はこういう国民が置かれている状況を正しく認識してその心理的空白を巧についてくるのだ。 また政治課題というものが極めて複雑化していて、個人の能力では新しい事に対する正しい見解と言うものを国民はもてなくなっている。 集団的自衛権の行使ができることは日本の政治にどういう影響があるのか、分からない。だから当事者である与党に任せるしかないということでの与党支持という現象もあるのだ。選挙制度の不備選挙制度の不備 民主主義政治に置いて最も権威あるものと言えば、最高裁判所裁判官に言われるまでもなく主権者たる国民の政治に対する意思だろう。この意思を政治に直結する制度として選挙制度があり議院内閣制があるのだ。 ところが国民の意思で政治を動かすと言う本質的な要件ほどないがしろにされていることはない。事実上はそんなことはできなくなっている。政治家は民主主義だといって政治をしているが選挙で政治を変えることなど偶然でしかなありえないのだ。 唯一と言ってもよい選挙で、主権者である国民は政治に対して何ができるか考えてみて欲しい。現実のスーパー独裁政治などという憂うべき状態が進行しているのに主権者はほぼ傍観せざるを得ず、現状では、それを解消する為には有効な手立てがない。 1回の投票ということで、自由民主党に投票してしまったら、自由民主党のすべてに賛成したことになり、野党にはすべて反対する結果になる。あまた繰り出される公約を見比べて、どうやって評価点をつけたらいいのか。政権政党が以前発表した公約が誠実に履行されたかどうかチェックしなくてもいいのだろうか。 トランプ政権が誕生し、矢継ぎ早に大統領令を出すアメリカ政治について、日本はどう対応すべきか、だれもわからないということではあるが、こういう選挙時に想定しなかった政治課題について国民の意思は政治のどこにいる場所を見つけたらいいのか、死票の意思は次の選挙まで無視されていいのか、安倍政権の安全保障法案の成立過程について、あらかじめどうするか自由民主党は強行採決もすると説明して選挙戦を戦ったのか。トランプ米大統領(左)の出迎えを受ける安倍首相=2月10日、ワシントンのホワイトハウス(ロイター=共同) 選挙制度に依拠した議会制民主主義では、国民は要するに主権者であるといわれるだけで、主権者の意思なんかで政治は動いていないのだ。だからこそスーパー独裁政治が成立するのだと私は考える。スーパー独裁政治に国民はいかに対応するか 私は、民主主義政治がスーパー独裁政治を許すようなことがあってはいけないと思う。どうするか最後に以下のような提案しておきたい。 政治課題は無限と言ってよい程ある。そこでまずあまたの政治課題をとにかく限定し、その上でその重要度に応じて大まかに分類する。そして、政治課題の中から特別に多くの人に重要なかかわりのある重要な政治課題を選別して抽出する。 この国民投票に付すべき政治課題の抽出にあたっては、事前に憲法に下記のような条文が用意されていなけれぱならない。(新日本国憲法X条) 国会において審議されるすべての法案の原案について審議にはいったあと、与野党で審議結果に多々問題が発生した時、法案の成立に反対の国会議員は国会審議の結果に因らないで、国民に直接決定してもらうことを衆議院議長に提案することができる。その提案者数が10日以内に衆参どちらか一方で3分の1以上になれば、その法案の採択は国民投票に付されることになる。国民投票へ、という決定が示された法律原案は、国民投票に付すと決定された日から10日以内に各政党は国民投票に付された内容について反対、賛成、また最も多くの国会議員によって作成された1つの代案、計3案を国民に提示する。そして提示の後30日以内に国民投票を実施して、最も多数の国民によって支持された案を成案(廃案)とする。  こうなれば安倍政権が集団的自衛権の行使のための法案について今のようにではなく国民投票で決めれば安倍政権の思うままにはならなくなるはずだ。 例えば、今国会で、文部省の天下りの問題と、共謀罪の審議が行われてぃる。ここで国民投票が上記の新設の憲法の条文どおりに採用されていたら、この法案は衆参の予算委員会審議が終わった時点で国民投票に付されることになりおそらく否決されることになるだろう。 野党連合が叫ばれていずれも立ち消えになるけれど、このぐらいの現状認識と代案を持って、民主主義を蘇生させスーパー独裁政治を駆除する為に立ち上がることを、私は夢見ないわけではない。

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    消極的支持で最強になった安倍独裁政権のおかしな「原動力」

    岩田温(政治学者) 安倍内閣の独走状態が続いている。当分、「一強多弱」という状態が続くだろう。だが、まことに興味深いのは、国民の多くが安倍内閣を積極的に支持しているわけではない点だ。すなわち、何かを成し遂げてくれるという期待感から安倍内閣を支持するのではなく、他の野党では政権を担えないだろうという絶望感から、国民は消極的に安倍内閣を支持しているのである。 私の友人に労働組合に所属している会社員がいる。過去、選挙で自民党の候補者に殆ど投票したことがない。だが、現在の段階で解散総選挙になれば、自民党に投票しようと思っているという。理由を尋ねると「野党では頼りないから」との一言であった。何か積極的に支持する魅力があるわけではないが、他の選択肢が余りにも酷いので、支持せざるを得ない。それが安倍内閣を支持する人々の本音なのかもしれない。皮肉な話だが、民進党の迷走こそが、安倍内閣の基盤となっているということだ。衆院予算委員会で、民進党の辻元清美氏(左)の質問に答弁する安倍晋三首相。右奥は稲田朋美防衛相=2月14日午前、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) 確かに民進党の迷走は目に余るものがある。「我々の立場は背水の陣ではない。もう水中に沈んでいる」と当の民進党の野田佳彦幹事長が述べている通り、民進党はもはや瀕死の状態にあるといっても過言ではあるまい。民進党の決定的な誤りは、安倍内閣の進めようとした平和安全法制に無理矢理な理由で反対したことだった。自衛隊を違憲だと考えるような過激な法学者や共産党と連携して、平和・安全法制が「立憲主義」を破壊する暴挙だと非難したことが間違っていたのである。 「合憲」か「違憲」かという「白」か「黒」かと突きつけるような議論をしてしまったら、議論によって妥協点を模索することは不可能になる。政権を担うことが不可能な共産党の国会議員が何を騒ごうとも、不可解な騒音だと聞き流しておけばよい話だが、政権与党を目指す野党第一党が、こうした原理主義的な反対運動を展開したのが間違いだった。 例えば、枝野幸男氏は、集団的自衛権に関して、今、読み返してみれば恥ずかしくなるような発言をしていた。「世界の警察をやるような軍隊をつくるには、志願制では困難というのが世界の常識だ。従って集団的自衛権を積極行使するようになれば、必然的に徴兵制にいかざるを得ないと思う。」(2014年05月18日『朝日新聞』より) 平和安全法制は施行されたが、当然のことながら、日本で徴兵制など導入されていないし、徴兵制を導入すべきだという声すら聞かない。余りに極端な発言で、国民の恐怖心を煽り立てるような発言だったと言わざるをえないだろう。 混迷を極める民進党は、帆を失った難破船のように、一体どこに向おうとしているのか、全く見えてこない。民進党の混乱を象徴しているのが、共産党とをも含む野党共闘に対する姿勢だろう。 一体、どのような形で連携しようとしているのか、さっぱり理解できないのだ。民進党の立場は意味不明 共産党の立場は明確だ。本年1月18日に開催された第27回大会決議では、次のように明確な目標を掲げている。「私たちは、いま、野党と市民の共闘によって、日本の政治を変えるという、かつて体験したことのない未踏の領域に足を踏み入れつつある。95年のたたかいを経てつかんだ成果、切り開いた到達点に立って、開始された新しい統一戦線を発展させ、安倍政権を倒し、野党連合政権に挑戦しよう」 昨年の参議院選挙で開始された「野党共闘」を「新しい統一戦線」と呼び、安倍内閣を打倒し、野党連合政権を樹立しようというのだ。実に分りやすい、明確な目標だといってよい。  一方で、民進党の立場は、まるで意味不明である。 共産党が結党後、初めて他党の幹部を招待し、民進党の安住淳代表代行が出席した。さらに、小池晃書記局長が「団結して頑張ろう」と叫ぶと、志位和夫委員長と民進の安住淳代表代行、自由の小沢一郎代表、社民の吉田忠智党首が手をつないで応えたという。 こうした話を聞けば、誰もが民進党は共産党と一丸となって野党連合政権に挑戦しているように思うであろう。だが、民進党の蓮舫代表は1月15日の記者会見で次のように発言している。 「安倍政権を倒すことに、まずいちばんに力を注ぐ。そのために野党4党で、国会の内外でできるかぎりの協力をこれまで以上に進めていく時だ。ただ、そこから先の話は、残念ながら共産党と私たちとは考え方が違う」 共産党とは安倍政権を倒すために共闘するが、考え方が違うので「野党連合政権」構想には反対するという。野党共闘で統一候補を擁立しながら、考え方が違うとはどういうことなのだろうか。安倍政権打倒後、何を為すべきか、考え方、方向性がバラバラに分裂した状態にある諸政党が、憎悪の念のみだけで結集し、倒閣すればよいということなのだ。倒閣後はまるで見えない。どうなるかわからないが、この内閣は気に入らないから打倒してしまえというのだから、余りに無責任な態度といわざるを得ないだろう。 そもそも、共産党と野党共闘を模索すること自体が根本的な過ちであることを民進党の議員たちは悟るべきであろう。政策、世界観が根底から異なる人々との共闘などありえないはずなのだ。 安全保障政策に関して共産党は、党の綱領で次のように述べている。「日米安保条約を、条約第十条の手続き(アメリカ政府への通告)によって廃棄し、アメリカ軍とその軍事基地を撤退させる。対等平等の立場にもとづく日米友好条約を結ぶ」。「自衛隊については、海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる」 日米安保条約を廃棄し、自衛隊の解消を目指す政党、それが共産党なのだ。そうした共産党とともに安倍政権を打倒しようというが、そもそも、無理な話なのだ。確かに、共産党は、自分たちの過激な思想、政策を全面的には押し出さないと表明している。第27回大会決議でも、共産党は次のように指摘している。「共闘の一致点を何よりも大切に考え、野党と市民の共闘に、日米安保条約や自衛隊についての独自の立場を持ち込まないという態度を、最初からとっている」 しかし、共闘のための共闘が、仮に成功した場合、どうなるのだろうか。要するに、彼らの望みどおり、自公連立政権が打倒された後には、どのような政権が出来上がるのだろうか。 民進党は共産党との野党連立政権はありえないと言うが、共産党はこれを目指すという。 一体どのような政権が出来るのか不安でならないというのが、良識ある国民の立場であろう。自ら打倒した自民党と連立政権を目指すことはありえないであろうから、野党の連立による政権が誕生すると考えた方が合理的だ。日米安保条約を廃棄し、自衛隊の解消を目指す共産党が与党になる可能性を排除できないと思うのが自然である。 また、さらに重要なのは、共産党と民進党とでは根本的に世界観が異なっているということだ。共産党という政党は極めて特異な世界観を有する政党であるという事実を我々は忘れてはならない。この極めて特異な世界観を有する人々と共闘しようとすることには、無理がある。民進党がなすべきは共産党との選挙協力ではない 共産党の志位氏は「共産党」の名称を変更しないのか、という問いに対して、次のように答えている。「名前について言いますと、私たちは共産党ですから、人類の社会は資本主義で終わりだとは思っていません。」(2014年12月8日 日本外国特派員協会における発言)共産党の第27回党大会で講演する志位和夫委員長=1月15日午後、静岡県熱海市の共産党伊豆学習会館 資本主義社会が終焉を迎え、共産主義社会が実現するというイデオロギーに執着する人々の集う政党が共産党なのである。世界観が根本的に異なる政党との連立など不可能だと考えるのが常識というものだ。 この点、民進党の最大の支持母体ともいうべき連合の神津里季生会長は、極めて常識的な指摘をしている。「そもそも両党は目指す国家像が全く違う。いわば全然違う「道」を走る存在です。今は近くに寄っているように見せているかもしれないが、「じゃあ同じ道路を一緒に走ろう」とはなりません。」(2016.12.23『産経新聞』)  「他の野党と一緒に政権を目指すなら、共産党は党名と綱領を変えなければおかしい。でも彼らは絶対変えません。」(同上) 「自分たちは「前衛」であり労働者階級を指導する立場というのが、共産党の基本的な考え方ですからね。」(同上) 神津里季生会長の発言は、良識的なリベラルの立場からなされたもので、極めて正鵠を射た指摘である。 世界観が根底から異なる共産党と連携することは不可能だ。仮に、共産党との連携が可能になる場合を考えてみれば、共産党が「共産主義」社会を目指すという「共産党」という名称を変更し、綱領そのものを根底から変更しなければならない。そうした変更をしようとしない以上、共産党は、「共産主義」社会の実現を目指す、極めて特殊なイデオロギーを信奉する集団と呼ばざるをえない。 民進党が為すべきなのは、共に政権を担うことが出来ないほど思想的距離のある共産党との選挙協力ではない。自分たちが、共産党とも、自民党ともことなる良識ある、現実的なリベラル勢力であることを証明してみせるべきなのだ。 より急進的に左傾化した民進党は、共産党との選挙協力によって、若干の議席数を伸ばすことが可能になるだろう。だが、それは民進党が政権を担う政党ではありえないことを示すことに他ならないのだ。民進党の迷走が続く限り、「一強多弱」の政治状況は変わらないだろう。

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    日本人の首を絞める「無関心」 都合のいい安倍独裁は終わらない

    下がり続けている。 さて、今回のテーマは「独裁者・安倍晋三」。コトバンクによると、独裁者とは、「独裁政治を行う者のこと。また、ある団体の中における権力を独占し、恣意的に物事を進める人」だという。私が「独裁者」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、ヒトラーや北朝鮮の金正恩だ。 安倍首相が独裁者なのかどうか、私にはわからない。ただ、「独裁者」と決めつけてしまった途端、多くのことが見えなくなる気がする。今思うのは、この国が、5年前、10年前とは随分変わってしまったということだ。 駆けつけ警護という任務を負わされた自衛隊が南スーダンに派遣され、沖縄の基地建設に反対する人々に「土人」という言葉が投げかけられる。10年以上問題となり続けている「貧困」に対する有効な処方箋がないまま、「弱い者が更に弱い者を叩く」ような貧困バッシングが蔓延する。沖縄や福島という「犠牲」に対して、面倒なので見て見ぬふりをする。徹底した無関心が、この国を包んでいる。そしてその無関心の隙をついて、政権に都合のいい政治がまかり通る。 もし、安倍首相が独裁者ならば、その独裁を許しているのは多くの人の無関心に他ならない。 今からでも、一人でも、できることはある。まずは通常国会を注視していこうと思っている。