検索ワード:政治/373件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    「日本会議」の動員力は政治力を測るメルクマールになった

    と左翼系団体の香りがしますが、日本会議が土着の保守勢力を一つのネットワークとして形成した実績は全ての政治に関わる人々は参考にすべきです。憲法改正という大事業を首相に明言させる動員力 日本会議は日本有数の保守系のグラスルーツであり、神道系・仏教系の伝統宗教・新宗教が中心となった政治勢力です。所属する国会議員数も280名程度存在しており、政界において精神面・動員面の観点から影響力を強めています。 具体的には、同団体は新憲法制定の他にも国旗国歌法の法制化や拉致被害者救出、教育基本法の改正、安全保障法制の整備などに取り組んできています。 11月10日、日本会議が主導した憲法改正に向けた大会が日本武道館で開催されて各党代表者が出席する中、安倍首相の改憲に向けたメッセージ動画が自民党総裁名で発表されました。 主催者によると、日本武道館に集まった人員数は1万1千人、憲法改正を求める署名数は447万人を集めたされており、日本会議の圧倒的な動員力が示された形となっています。国技館を一杯にする動員力あれば何でもできるのか 日本会議の主義主張は分析の対象にはしませんが、同イベントを通じて、動員人数1万人、署名人数450万人という指標は民主主義において一つの指標になりました。全政策の中で最も困難な憲法改正を口約束とはいえ、現役の内閣総理大臣に約束させるために必要な動員数のメルクマールが誕生したのです。 もちろん、日本会議の構成団体には保守系議員に強い影響力を持つ神道系の人々が多数含まれているため、一概に動員数だけの問題ではありませんが、日本武道館を一杯にすることが動員数の指標になったことは間違いありません。 日本会議主導の憲法改正のイベントは、シングルイシュー(憲法改正など)を掲げて、1万人の動員をデモなどではなく集会の形で実現することが出来た場合、首相から言質を獲得することができるという事例として極めて重要な意味を持つものとなりました。小さな政府を実現する政治勢力の大集会を実現すべき 私は「小さな政府」を実現して、力強い経済成長や世代間格差の是正を成し遂げていくべきだ、と考えています。 ただし、従来までは「小さな政府」を信望する人々は団結することがなく、逆に少人数でも集まって声を上げるタックスイーターの政治的な意向ばかりが政策に反映されてきました。 小さな政府に直結する減税改革は、その改革の恩恵が薄く広く国民に拡がることに特徴があり、限られた少人数で特定の税財源を貪るタックスイーターのように専任者を置くような継戦能力を作ることも困難でした。 しかし、仮に日本武道館を1万人の参加者で埋め尽くすことで政治的に一定の影響力を持てるとした場合、小さな政府を信望する人々が一日だけ所得税・法人税・消費税などの引き下げに同意して集会に参集することは可能だと思います。 重要なことは、全ての税金の引き上げを凍結し、全ての税金の引き下げに合意する、という一点のみで集まることです。そのため、現在働いている人・過去に働いた人から取り上げた税金で暮らそうというタックスイーターは入れないでしょう。 しかし、真面目に暮らしている多くの日本国民は参加することができるはずです。今後、日本は真面目に働いている人を大事にする政治にシフトしていく必要があります。そのための大きな流れを創り出すことが必要です。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2015年11月20日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    日本会議が極右? 安倍政権が嫌で嫌でたまらないマスコミの自己矛盾

    いました。 ここのコメント欄でもありました松島みどり法務大臣ですが、ある事情通に確認しました。彼女は政治家になるために朝日新聞社に入ったような人であり、政治信条は保守そのものだということです。ただ、選挙に通るためにいろんな議連に加入し少しでも票のためになるようにしているだけだということです。この情報も長年政治家と付き合ってきた人から聞いたもので、とても信憑性のあるものです。 候補者を自民党が公募した第一期生であり、左巻きであればその選考に残っておらず、松島大臣が法務大臣として安倍総理が使いやすいからここに置いたと思っていいでしょう。巷には保守系の人たちがこの人事がおかしいと言っている人たちがいますが、その人たちはただ単なる朝日新聞出身者という思い込みによる情報不足か、この松島大臣が法務大臣として仕事ができないようにしている工作員としか思えません。 集団的自衛権の憲法解釈変更を政府が認めたとしても、これからそれを具体的に法制化していかねばなりません。その時に法務大臣は首相の考えを尊重して動くという重要な役割を担います。 無能な人間でもできないし、野田聖子のように鮮明に反対を唱える人は困るし、さらに能力があり調整力もあり首相と考えが近くてもタカ派のイメージのある男性議員ではマスコミからの格好の非難の対象になります。だから、ここはある程度能力があり、首相の意図をきちんと汲んでそして女性としての発言で女性の支持を減らさないために女性の大臣が起用されたと思った方がいいでしょう。 ただ法務大臣になると死刑執行の命令書に署名せねばなりません。それを鳩山邦夫大臣や谷垣大臣のように粛々とできるかがこの人の法務大臣としての資質を問われることになるでしょう。でも、前のことでとやかく言うのは、この隙の少ない改造内閣人事に文句を言う場所がここしかないという保守層の分断を図る思惑があることも知ってほしいと思います。2011年9月、記念撮影を終えた第1次野田内閣の新閣僚(植村光貴撮影) 民主党の内閣の大臣の顔ぶれの時は、その人の出自を見たらひどかったでしょう。でも、マスコミは一切それに触れませんでした。でも、何か今回は煽っているように思えてならないのです。保守系と言われる議員たちがこれを取り上げているブログ等も散見されますが、そこまで考えて見ているのかと思う次第です。その人たちの情報収集能力の限界でしょうか。もっと中枢に太い情報を得るためのパイプを持つべきだと思います。 テレビで安倍内閣の瑕疵を見つけようと躍起になり、さらには朝鮮日報が「日本会議」を極右の団体だと言っていることを取り上げること自体がおかしいでしょう。極右かどうか、ぜひ全国各地にある日本会議の集会等に参加されてはいかがでしょう?  日の丸に敬礼して国歌を歌うから極右? 日本人として当然のことをしているだけで、それを非難する方がおかしいと思いません? またそれを極右と思いこまされているのが戦後の左巻き教育のせいかと言っていいでしょう。 国民として国旗と国歌に誇りを持つことがあたりまえであると私は思います。それに違和感を持つ日本人は自虐史観に染まっている人と考えていいのではないでしょうか? 今回の安倍内閣の顔ぶれはみんな元気に国歌を歌う人だと思います。それを私は頼もしいと思いますが、皆さんはいかがですか? サンデーモーニングのコメンテーターの先生たちはきっとそれを見て眉をしかめる人たちばかりでしょうね。(『井上政典のブログ』より2014年9月7日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    恐ろしい神社の本質 憲法改悪に向けて日本会議と二人三脚

    の格好の遊び場でした。コミュニケーションの場でもあり、自然の中に調和する存在でした。 ここまで露骨な政治的主張を始めてしまい、極めて残念です。(『弁護士 猪野亨のブログ』より2016年1月4日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    話題の「日本会議」はどんな団体なのか? 会長を直撃

    日本会議が生長の家に牛耳られているとか、生長の家の陰謀だとか、まったくの的外れです。日本会議には神道政治連盟や国民文化研究会など多岐にわたる宗教団体が参加していて、どこかに“黒幕”がいるというようなものではありません」【※注/故・谷口雅春氏が1940年に創設した宗教団体。1964年から憲法改正など保守的な主張を掲げて政治活動を展開していた。1980年代前半を境にそうした政治活動を停止した】──改憲を目指す一方で、政治団体として届け出をしていない。理由があるのか。「え、そういう登録をしていないのですか。そこは事務局に確認してほしい」(日本会議広報部によれば「任意団体であり、国民運動団体である。それ以上のことはお答えできない」)活動費は誰が支出しているのか──活動費は誰が支出しているのか。「会員費によるものだと思います」〈日本会議のホームページによれば、支払う会費によって会員として受けられる特典が異なる。年会費3800円の「支援会員」は機関誌を毎月受け取れるのみ。その他5つの種別があり、最高額の10万円を払えば、会員証(ゴールドメンバーズカード)、会員バッジ、関連書籍、DVD、カレンダーにメールマガジンが付く。また、日本会議の広報部によれば他に団体・法人協賛金、機関誌広告料、会員からの協賛金があるという〉──政権に影響力があると指摘されている。「自民党、あるいは安倍政権と日本会議との関係は世間の人が見るほど密接なものではありません。つくる国民の会の『憲法改正1000万人署名活動』を自民党が支えてくれているわけでもない。自民党の中にも衛藤晟一氏のように熱心な議員もいるが、必ずしも自民党のオールジェネレーションが支持しているわけではない。日本会議は政権に対して政策提言してはいるが、影響力はそれほどのものではありません」(日本会議広報部は「第二次安倍政権発足以降、政府に政策提言はしていない」) こうした証言について、『日本会議の研究』の著者である菅野完氏はいう。「日本会議の活動は善意の活動で、その中で田久保忠衛先生や長谷川三千子先生は改憲や日本文化を守るといった“目標”レベルで賛同して、参加されていると思う。しかし、冷静に見て、日本会議の主張に政権がなびいているのは否定しがたい。 それなのにそう見せないのは、全体をコントロールするトップや事務方の有能さにある。椛島事務総長ら生長の家出身の事務方幹部が取材に答えないのは、そこに本丸があるからということでしょう」 この不思議な組織は、これからどこへ向かうのか。関連記事■ 700万人の憲法改正署名集めた日本会議 正体掴めぬ組織■ 出版停止申し入れの『日本会議の研究』 異常ペースで売れた■ 日本会議議員懇談会 安倍氏に同調できないと居心地悪い■ 約4000人いる国会職員 国家公務員法の適用を受けない特別職■ 総選挙で新人議員184名誕生 氏名標作成業者は徹夜で名入れ

  • Thumbnail

    記事

    なぜ蓮舫氏は「バリバリの保守」を詐称したのか

    岩田温(政治学者) ほとんどの国民が興味を抱かなかったのではないか、と思わざるを得ないほど盛り上がりに欠けた代表選挙だった。国民の関心は誰が民進党の代表になるのかにはなく、蓮舫氏の二重国籍の説明にあった。コロコロと変わる蓮舫氏の説明を聞きながら、不信感を募らせた国民が多かったのではないだろうか。だが、ここでは敢えて二重国籍の問題を取り上げずに、この盛り上がりに欠けた代表選挙を振り返り、民進党の課題について考えてみたい。 国民が民進党に期待しない理由は何か。それは民進党が何を目指しているのかが明らかでないからだ。確かに民進党が与党に反対しているのはわかる。だが、反対のための反対に終始しているようにしか見えず、民進党自身が何をしたいのかが分からない。そんな思いを国民は抱いている。 いま振り返ってみれば、民主党が政権交代を実現したのは、「政権交代」という四文字を掲げた政党に国民が期待を寄せたからに他ならなかった。「政権交代」こそが旧民主党の目標であり、悲願であり、その全てであったといっても過言ではない。政権交代以前の民主党は、「一度は自民党以外の政党に我が国の舵取りを任せてみたい」という漠然とした、そして無責任な国民の思いに応えていた政党であったといってもよい。だが、民主党の目標であり、悲願であり、全てであった「政権交代」は、総選挙で勝利し、政権与党となった途端に、実現されてしまった。この瞬間から民主党は目指すべき目標を喪ってしまったのだ。民進党代表に選出され「がんばろう三唱」をした蓮舫新代表ら=9月15日、東京都港区芝公園のザ・ブリンスパークタワー(鈴木健児撮影) 目指すべき目的も理念も、そして現実感覚すらないままに右往左往し、時の経過とともに混乱を極めていったのが民主党政権だった。当初は淡い期待を寄せた国民も、「政権交代」それ自身には、何の意味もなかったという当然の事実に気づき、この「政権交代」だけを目的とした民主党政権に失望していった。 国民の期待を裏切り、没落した民進党が為すべきなのは、自らの明確な理念、目標を掲げることだ。かつての社会党を髣髴とさせるような態度で安全保障政策を語ることが民進党の役割ではないはずだ。集団的自衛権の行使容認は「立憲主義を破壊する」、「徴兵制が敷かれる」等々の過激な言説は、確かに一部の極端なイデオロギー信奉者を熱狂させたかもしれない。だが、多くの国民は、こうした過激な言説を繰り返す政党、知識人に期待を寄せなかったし、そうした熱狂を冷やかに眺めていた。国民が望んだのは過激で極端なスローガンではなかった。国民の方が成熟していたのだ。 一体、民進党は何を目標としているのだろうか。今回の代表選に挑んだ代表がそれぞれ「保守」という言葉を口にした事実が興味深い。 「私はバリバリの保守ですよ。みんな間違っているけど。野田佳彦前首相並みの保守ですよ」(蓮舫氏)「良識的な保守層を取らなければ政権交代できない」(前原氏)「リベラルで穏健な保守の理念を、民進党の中心的な価値として掲げ、国民のもう一つの選択肢を作りたい」(玉木氏) こうした無責任でデタラメな発言に呆れ返ってしまった人も多いのではないのだろうか。例えば、仮に蓮舫氏が「バリバリの保守」だとしたら、彼女と正反対の政治思想を抱く私は「急進的なリベラル」ということになるのだろうか。馬鹿馬鹿しくて話にならない。民進党が「保守」を自称するのは明らかな詐称だ 共産党と選挙協力を辞さないと主張する人々が「保守」を標榜するのは、国民を欺く言説に他ならない。20世紀、共産主義者は理想国家の建設を目指して、数々の革命を起こした。共産主義者は過去の伝統、文化を忌むべき、否定すべき存在とみなし、全くの新しい理想国家を建設しようと試みた。だが、理想国家、理想社会を建設した共産主義国家は皆無だった。理想国家ではなく、恐るべき全体主義国家を生み出したのが共産主義革命だった。国民の自由を圧殺し、無辜の国民を大量に殺戮した共産主義国家とは、人類の憎むべき敵に他ならなかった。こうした20世紀の悲しい現実から目を背け、いまだに共産主義社会の実現を夢想する人々と手を握る人々が、伝統や国柄を尊重する「保守」を自称するのは、明らかな詐称である。 なぜ、彼らは「保守」を詐称したのか。それは、自分たちの拠って立つべきリベラリズムが明らかではないからだろう。旧来の「リベラル」思想に自信が持てないこと、自身の明確なビジョンが持てないからこそ「保守」を詐称したのであろう。街頭演説に参加した左から民進党・蓮舫代表代行、共産党・吉良佳子参院議員、鳥越俊太郎候補。右端は杉尾秀哉参院議員=7月、東京・JR渋谷駅前 だが、彼らが為すべきなのは「保守」を詐称することではなかったはずだ。21世紀のリベラリズムとはいかにあるべきかを堂々と語るべきであった。 民進党に必要なのは他党との差異を明確にすることだ。自民党と民進党の違いはどこにあるのかを明確にすべきだろう。自分たち自身が「保守」ではなく「リベラル」である根拠、その意義を堂々と主張すべきであろう。現実感覚を喪失したかのような安全保障政策を語るのではなく、常識に基づいた安全保障政策を語りながら、「リベラリズム」の意義を語ればよい。また、その一方で、民進党があくまで共産党とは異なる点も強調すべきであろう。共産主義を信奉する共産党と民進党との差異がどこにあるのかを明確に打ち出すべきだ。「保守」でも「共産主義」でもない「リベラリズム」を語るべきなのだ。 私自身は紛れもなく「保守」の一人だが、我が国に現実的な「リベラル」が存在することを望む一人でもある。なぜなら、「保守」政党だけが政権を担当し続けると、残念ながら腐敗も生じるからである。 かつて岸元総理は次のように語ったことがある。「長く政権の座にあるために、自民党は、政治的に改革を要することをやりえない。一度は野に下ることが、政党の浄化のうえから必要だと思います。自民党が改めなければならないところが改革できない、これが今日、私として残念でならない」(『権力の中枢が語る自民党三十年』) 確かに、自民党だけが政権を担い続けることには問題がある。だが、現在の民進党に政権を任せるのは危険以外の何物でもない。 現在、民進党に求められているのは、「保守」を詐称することではない。リアリズムを内に含むリベラリズムを構築し、自民党に代わりうる政党へと変化することだ。残念ながら、現在の民進党と比較すれば、どれほど腐敗しようと自民党の方がマシだと思わざるを得ない。民進党、奮起せよ!

  • Thumbnail

    記事

    「二重国籍者」が首相になってもいいのか? 蓮舫氏圧勝が意味するもの

    そうだ」などというようなセンチメントな思想が、もし民進党の国会議員の脳裏にあったとすれば、逆に今後の政治判断の大きな過ちにつながる可能性が高い。民進党の「変わらぬ体質」民進党の「変わらぬ体質」 だが、それ以上に今回改めて浮き彫りになったのが、民進党の「変わらぬ体質」である。 民進党に対しては、これまで党内外から「他人や他党は攻撃するが、自らは反省しない」「私事ばかり重視し、公人としてのコンプライアンスやガバナンスの問題は重要視されない」などという批判が浴びせられた。 実は、国民を代表する国会議員として重要な「国家統治権」、つまり「国家ガバナンス」の問題は既に2009年以降の民主党政権時代から、多くの党所属国会議員の間で「我が党にはガバナンス(国家統治)意識が必要だ」などと議論されていた経緯がある。民進党の代表に決まり、一礼する蓮舫氏=9月15日、東京都港区(福島範和撮影) しかし今回、大問題となった蓮舫氏の「二重国籍問題」への対応を見ても、民進党議員が「国家の統治権」に対する正常な判断を下したとは、到底思えない。残念ながら「国家の利益よりも私事の利益を大事にする」といわれる党の体質は、変わっていないと指摘せざるを得ないだろう。 さらに今回の蓮舫氏の「二重国籍問題」は、振り返ってみれば、日本の「戦後レジーム」の枠組みを表す象徴的な問題であり、民進党は「日本の戦後体制というシステムを一切変えない」と宣言したようなものである。 戦後日本国内では、本来は憲法にも違反し、国籍法でも違法であるはずの二重国籍を持ちながら、日本に住む人の被選挙権が、事実上認められてきたーという非合理的かつ不可解な状態が今回明らかになった。これは、実は戦後占領下の日本政府が、GHQ(連合国軍総司令部)の指示通りに行われた公職選挙法によって決められていたという経緯がある。 だからこそ、「二重国籍者」であったはずの蓮舫氏のように、国会議員になれるだけでなく、民主党政権下では閣僚にも就任し、今後は自衛隊の指揮権を持つ総理大臣にまでなれるチャンスを手にできるのである。むろん、他の先進国ではあり得ないような歪(いびつ)なシステムだが、日本の占領下では「日本の弱体化」させておくことを目的としたGHQの指示という「レジーム」がこれまで残り続けてきた。そのために、今でも日本国内の「二重国籍者」は、なろうと思えば総理大臣にまでなれてしまうという問題が、今後も続いていくことを意味するのだ。実際にアメリカなど先進国では、核ミサイルのスイッチを持つ大統領には「二重国籍者」を絶対に就任させない。  今回の民進党代表選を見て、私は蓮舫氏が「圧勝」した結果に対して、心底残念に思っている。それは、これまで彼ら自身が真剣に日本の国益を守るための「国家統治権」を考えてこなかったという経緯を反省していないからだけではない。民進党は結局、戦後日本国憲法を含めた日本にとっての「不条理」や「不合理」を強いられきたさまざまな戦後問題を「このまま何もしないで解決しない」と言っているように見て取れるからでもある。

  • Thumbnail

    記事

    蓮舫氏の二重国籍は「過失」ではなく「故意」か?

    たテクニックで、道義的・良識的には許容しがたい二重国籍状態で日本の国会議員を演じ続けているとすれば、政治家という職業すら、彼女のブランディングツールでしかないのではないか、と思えてしまう。 もちろん、現段階では、二重国籍であることに目先の利益はない。それでも、長い目で見れば、様々な利用方法の可能性が広がるのが二重国籍の魅力だ。台湾国籍であれば、保持していても差し迫ったマイナス要素はない。 二重国籍という事実が「過失」ではなく「故意」だとすれば、不適切といった批判では収まらない、もっとシビアな問題だ。「不備でした。ゴメンなさい」と「意図的に二重国籍でした。バレました?」では同じ二重国籍でも、意味合いも印象も大きく異なる。むしろ、「国会議員にもかかわらず手続き不備」という点に批判が向くことは、蓮舫氏にとっては、ダメージを最小限に抑える落とし所でさえある。 有権者は、日本人・村田蓮舫に一票を投じたのであり、台湾人・謝蓮舫に投じたわけではないはずだ。民主党政権時代、日本の国際競争力や安心安全をバサバサと切り捨てる「事業仕分け」をした当事者が外国籍保有者だった・・・という事実を考えると、不可抗力に起因する法の盲点とはいえ、やはり恐ろしい。 日本国籍者の外国籍放棄は、現行法では「努力義務」に過ぎないため、公職選挙法による罰則規定や当選無効などはない。しかし、事態の重大さを考えれば、15日投開票の民進党代表選の延期もさることながら、国会議員を辞職し、改めて一人の日本人として立候補し、国民の信を問うべきではないのか。関連記事『<インターネット>の次に来るもの』が予測するAIの広がり建物の下はすべて空洞>移転どころではない豊洲新市場予算制度を無視した暴挙>舛添前知事「のり弁報告書」がすごい 自ら「炎上」へと突き進む?舛添都知事の「理論的な釈明」<熊本地震で民進党ツイッターが炎上>「中傷ツイートは職員の責任」理論は炎上が加速するだけ

  • Thumbnail

    記事

    二重国籍の禁止規定がどれだけ「ガラパゴスルール」か考えてみる

     もちろんその事実を確認していなかったということが議員としてどうなのかという議論はあるかもしれない。政治家としての甘さがあったと問われれば、実際のところそうかも知れない。しかし法的に問題がないものであるかぎり、それはあくまでも選挙を通じて有権者が投票行動で判断すべきことであって、それをクリアするならばとやかく言われる筋合いではなくなるものだろう。【※注/2016年9月16日の毎日新聞紙上に、「法務省民事1課への取材に基づき、日本は台湾を国として承認していないため、台湾籍の人には中国の法律が適用されると報じてきましたが、誤りでした。」との記事 http://mainichi.jp/articles/20160916/ddm/005/010/049000c が出た。これをもって、やはり法的に問題があるという論調が現在出回っているが、この記事については解説が必要だ。なぜかというと、ようするに、この答えは、質問に対して答えていないお役人らしい韜晦の回答であるからだ。 どういうことかというと、質問者は台湾か中国かという質問なのに、いやそうでなく、日本だという答えなわけで、これは端的に言えば質問に答えていない。相手がどんな国籍だろうと、日本の法務省は日本の国籍法をもとに事務取扱をしているのは、答えるまでもない。ようするに質問に答えず、その手前の話を言っているわけである。 どうしてこんなグレー・・・というか質問者をいわばバカにしたような答えを法務省がしているのかについては、もちろん質問者が無知なのを逆手にとって、「そもそも論」でやり返しているという側面もあるのだが、この法務省の態度についてはわからないでもない。こちら、後ほどまとめて拙ブログにて書かせていただきますので、そちらご参照ください】二重国籍に対する各国の国籍法 さて、この単に国籍選択届出書を出せば、国籍の選択義務を果たすというのは、かなり甘いのではないかという意見の方もいましょう。ところが、こればかりか、法務省はこれまで長きに渡って二重国籍状態を解消するというようなことを今までやってこなかったわけです。この理由について以下まとめます。 人間は国家に紐づいているもので、そのために無国籍になったり多重国籍になってはいけないという考え方が決定的になったのは戦前の国際連盟(国際連合ではありません)の時代の話です。1930年に 「国籍法の抵触に関連するある種の問題に関する条約」という条約があって、ここには無国籍と二重国籍を人類が消滅させる義務があるとうたっています。いわゆる「国籍唯一の原則」です。 この「国籍唯一の原則」を日本政府はひたすら守り続けているわけです。(ちなみに同条約は採択された時点では日本は署名はするものの批准はしていないという話もあるわけですが・・・) ところが、戦後になり植民地が次々と解放されたばかりか、国際社会のグローバル化が進み、この「国籍唯一の原則」は時代にそぐわなくなりました。参議院の特別調査室が2009年に出した報告書には次のようにあります。国際間の人の移動の増加は、我が国においても例外ではない。毎年、多くの外国人が来日しており、また、米国等の生地主義を採用する国において勤務する日本人も多数存在し、それに伴い、重国籍者の数は、年々増加する傾向にある。このような状況は、我が国の国籍法が採用している国籍唯一の原則が十分には機能しなくなってきていることを意味し、国籍立法の理念と現実との間のかい離が大きくなっていると言えるのではないか → 重国籍と国籍唯一の原則 この国籍の理念と現実のかい離については、すでに世界中で対応しているというのが現状です。 以下、重国籍に対しての各国の国籍法の対応状況を一覧で。 アメリカをはじめ、欧州その他で、主に東アジアの一部の国を除いて、これだけ二重国籍が認められているのである。 一見してわかるのは、90年代から急速に各国で重国籍に対する保護や容認が進んでいることと、アジアでは整備が遅れていたものの、2000年代から遅ればせながら部分的に容認が進みだしたこと。そして、その中で、共産主義国の中国と、いまだ開発独裁が続き言論の自由も制限されている人権後進国のシンガポールと並んで日本に×が並ぶというわけです。法務省は事実上、重国籍を容認している さて、現実とのかい離と先のレポートで書かれているのは、このような他国とのすり合わせの話である。いくら日本が重国籍を認めないとしても、日本人がすでに「国籍唯一の原則」を放棄しはじめている他国に出て婚姻したり子供が生まれれば、そのまま二重国籍が次々とできてしまうということからです。 そのため、日本政府も他国の潮流に真っ向から反して重国籍状態の人を是正するわけにもいかなくなり、事実上の放任状態というのが実際のところなわけです。 呂比須例えば、ブラジルという国は重国籍を認めるどころか、国籍離脱が事実上できなくなっています。そのため、日本に帰化したブラジル人は自動的に二重国籍となります。法務省は当然これを承知しているわけですが、それが理由で帰化を拒んでいるということは全くありません。 例えば、97年のフランスワールドカップ予選で、絶体絶命になった日本代表を救ったのは、そのような理由で二重国籍になった呂比須選手でした。母親が死んだのにそれでも代表にその後も帯同していたというエピソードを思いだします。そうして、ラモスも闘莉王も三都主もみんなそう。サッカー日本代表は二重国籍の選手とともにあったといっても過言ではないでしょう。 いや、スポーツと政治の話を同列に語られてもなあ・・・という人もいるかも知れません。今回は蓮舫議員が党代表として日本国のトップを狙う立場としてどうなのかという話をしているということですね。なるほど一理あります。 しかし海外では重国籍の政治家も特に珍しくありません。 第一にあげられるのは元ペルー大統領のフジモリ氏ですね。大統領になり、日本との二重国籍が明らかになったあとも、日本政府が国籍離脱を勧奨したという話は聞いたことはありません。そればかりか、フジモリ氏が汚職がバレて日本に亡命したときは、二重国籍であることで日本人であるとして、ペルー政府からの引き渡し要求を拒否したりしてます。さらには、当時の国民新党(後に自民党に合流)から国政選挙に立候補までしています。ただし、このことはペルーから批判されましたが、日本では特に大きな批判は巻き起こりませんでした。まあ泡沫に近い扱いだったということもあるのでしょうが。 このフジモリ氏の流れを見ていると、とても日本の法務省が本気で「国籍唯一の原則」を死守しようとしているようには思えませんね(笑) これはもう事実上容認ということです。 他には、アーノルド・シュワルツェネッガーや共和党の大統領候補だったテッド・クルーズが重国籍だったことが知られていますが、たぶん他にも多数いるでしょう。ちなみに、テッド・クルーズはドナルド・トランプの二重国籍の人間は大統領にはなれないとの批判に対して「両親のどちらかが米国籍であれば生まれた子供はどこで生まれようとも米国籍を得られるというのが米法曹界の従来からの憲法解釈だ」との「正論」でやり返したということです。ただし、このへんはさすがにアメリカでも議論はあったようです。政治家の国籍が議論になるのをやむを得ない。だからこそ… グローバルな人の移動は世界的な潮流であるし、それにあわせて国籍概念も変わるべきだという意見もあれば、確かに国益というのものを考えて、重国籍が政治家としてふさわしいのか否かという議論もありえるのでないかというのが自分の意見です。もちろん個人的には後者の意見には自分はあまり説得力を感じないわけですが、まあ議論としてあるのは致し方ない。 そういう意味で、仮にそれが因縁に近いものであっても、テッド・クルーズがドナルド・トランプのような排外主義者に揚げ足取りされているところから考えても、蓮舫議員はあらかじめ、せめて理論武装ぐらいはしておくのが良かったのではないかと考えます。このへん、甘かったと言われればそうでしょう。ただ、自分は民主党の前代表の岡田氏の次のようなコメントに未来を見ます。「多様な価値観はわが党にとって非常に重要なキーワードだ。お父さんが台湾出身で、女性であることは多様性の象徴であり、民進党代表としてふさわしい」時事「蓮舫氏は多様性の象徴=岡田氏・民進代表選」 民進党がたぶん二大政党として生き残るには、このような世界基準の正論を前面に押し立てるしかないような気がします。 さて、昨日には卓球の福原愛さんが、台湾の卓球選手と結婚したというニュースが飛び込んできました。もし、この二人に子供が出来たなら、もちろん子供自身が国籍選択することになる22歳までは事実上の二重国籍となります。そして、その後に、台湾をとるか日本をとるかということになるでしょう。しかし、この日本と台湾(そして中国すら)をつなぐカップルならば、二重国籍というのが一番ふさわしいことなのではないかと思えてならないです。そういう時代になってきたのです。 そうした時代の移り変わりに思いをはせるにつけ、先に見た通り、ガラパゴス化した日本の二重国籍を制限するルールといい、今回の議論にはレイシズムにまで触れてしまったとしか思えないものが散見されることといい、なんともはやな思いを抱くともに、そんな時代を変えていくためにも、蓮舫議員には今後も大いに活躍してもらいたいと思わざるをえないわけです。(清義明のブログ 2016年9月9日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    舛添氏と蓮舫氏が抱えた問題の「共通点」

    国際機構・理事長) わずか数ヶ月前、舛添前都知事は海外出張でのファーストクラス利用、高級ホテル滞在や政治資金の私的流用などで猛烈な批判を浴び、一気に退陣に追い込まれた。あれだけ毎日、舛添問題がメディアを賑わしたのに今ではあっという間に「昔の話」になった。今は蓮舫氏の二重国籍問題がメディアを賑わしている。 舛添氏と蓮舫氏は何が問題だったのだろうか。どちらのケースも政治家の地位を利用した収賄や利権の問題などとも異なる。舛添氏が海外出張にファーストクラスを使ったからといって、1晩20万円のホテルに泊まったからといって、法律違反をしているわけではない。他にもファーストクラスを利用してきた自治体首長もいる。政治資金の私的流用などもかなり「セコイ」額の話だ。決定的な問題とはいえるようなものではない。このレベルなら国会議員も地方議員も厳しく調べれば相当にでてくるはずだ。 蓮舫氏の場合も、意図的に二重国籍をしていたわけではないし、二重国籍であったかどうかもまだよくわからない状態だ。仮にそうであったとしても、日本にはたくさんの二重国籍のままの人がいるわけで、罰則はない。つまりここまで大議論になるほどの「不正」があったわけではない。日本国籍がないのであれば大問題だが、それはしっかりしているので、本来なら大騒ぎになるような問題ではなかった。記者の質問を受ける舛添要一都知事=6月10日、東京都新宿区 舛添氏が犯した過ちは、初動対応の悪さだ。海外出張費があまりに高額であることをしてされた時、ファーストクラスを使い、高級ホテルに滞在することは、世界の東京都のトップリーダーとして当然だ、と居直ってしまった。全く問題ありません、と言い切り、それで幕切れにしようとしたことが反発を呼んでしまった。多くの人にとってファーストクラスを使うことはまずない。ビジネスクラスだって高嶺の花という人が圧倒的に多いなかで、自分はトップだから当然だ、と言うものだから、都民の怒りに火がついた。東京都の予算は足らないから様々な事業予算が削減されている中で、これだけ贅沢な海外出張の現実を見せつけられたら都知事としての資格を疑われるようになった。そこで、迅速にこれまでの海外出張のあり方を見直す方針を明確にしていたら、おそらくその後の追求もなかっただろう。政治資金の私的流用についても、美術館訪問は東京オリンピックのためとか、絵画収集は国際交流のためとか理由づけて、「問題なし」としようとしたので問題がさらに拡大していった。知事を退職するような問題ではなかったのが、そういう問題に発展してしまったのだ。 蓮舫氏の問題も初動対応に問題があった。二重国籍が解消されているかどうかの確認は容易ではない。二重国籍が問題視された時にすぐに、二重国籍の解消の確認とそれが行われていなかったときに備えて解消手続きをしておけばよかっただけだ。産経新聞のインタビューで、二重国籍について聞かれたとき「質問の意味が分からないけど、私は日本人です」と的はずれな答えをしている。「私は生まれた時から日本人です」という発言もこの疑惑の時には逆に問題発言になる。「自分は日本で生まれ、法律が整っていたら生まれた時から日本人のはずだった」という思いが強く、こうした発言になったのだろうが、それはわかったこと。現在、二重国籍かどうかということと、自分のアイデンティティをどのように思っているかを聞きたいのだ。後者は直ぐに問題なるものではないが、首相になろうという人のアイデンティティが日本人ではなく、台湾人です、ということではやはり有権者は問題にするだろう。そうではないと明確に言えばいいだけの話だった。それが弁明めいてくるので、マスコミは「蓮舫氏の発言が二転三転」と変化したことを批判することになった。  民進党代表選では地方票は12日必着の郵送となっているから、ほとんどの人はすでに投票をすませたことになっている。各調査が示しているように蓮舫氏の圧勝であろうが、これがもう1週間ほど時間があったらどうなったかわからない。蓮舫氏の勢い、発信力に民進党の復活をかけたいと思う人は少なくない。しかし二重国籍問題での対応などから不安視する人も出てくるだろう。代表に就任しても自民党は攻勢をかけてくるだろう。初動対応のまずさが民進党再生の勢いも削いでしまうかもしれない。 舛添氏も蓮舫氏もそれほど大きな問題にならないだろうと想定して、軽い対応をしてしまった。舛添氏も蓮舫氏もテレビにもよく出演してきた政治家だ。それだけに大きくならないはずの問題が初動対応の間違いから深刻な問題に発展してしまったといえる。蓮舫氏にはこういうテーマに世間の関心が向くのではなく、民進党の今後の方向について明確に打ち出し、議論して欲しかった。肝心なこのテーマにはほとんど関心が集まっていない。(Yahoo!個人 2016年9月10日分を転載 )

  • Thumbnail

    記事

    民進党関係者「小池都知事と蓮舫とでは覚悟と器が違う」

    員協会の会見で約20分間の英語スピーチをして話題になったので、自分も特派員協会の会見を開きました」(政治ジャーナリスト) 小池氏の成功に続けといわんばかりの蓮舫氏。もし党首になり政権交代を実現させれば総理の椅子が目の前に──。リオパラリンピックの閉会式へ出席するため羽田空港を出発する、小池百合子東京都知事(中央)=9月15日午前、東京都大田区(寺河内美奈撮影)「蓮舫さんがそれだけの器かどうかが問題。小池さんは来年で議員25周年表彰だったのに、議席も捨てて、まさに“捨て身”で都知事に挑戦した。一方、蓮舫さんにも都知事選出馬の要請があったが、結局は決断できなかった。党首選で負けても議員バッジは外さなくてもいいですからね。パフォーマンスは秀でていますが覚悟と器が違う。だからこそライバルとして名乗りをあげようと勝負に出たのでは」(民進党関係者) 東京五輪担当相に抜擢された丸川珠代氏(45才)も、小池氏に右往左往。2人は同じキャスター出身ということもあり、お互いに応援演説したり、丸川氏の結婚披露宴に小池氏が出席するなど親しい関係だった。しかし、小池氏が都知事に立候補すると、丸川氏は小池氏が負けると踏んだのか、「チームプレーができない人はいらない」「都議連とけんかする人を都知事にしたら時間も税金も無駄になる」と痛烈に批判。「それで小池さんが当選したものだから丸川さんは顔面蒼白。小池さんは初登庁時に白いスーツに鮮やかなブルーのシャツを着ましたが、丸川さんも大臣就任日にまったく同じカラーの服を着ました。それは丸川さんから小池さんへの恭順の意を示すメッセージ。小池さんは“それぞれのお立場もあるでしょうから”とその後大人な対応をして事なきを得て、東京五輪に向けて協力できることになりました」(前出・政治ジャーナリスト) 打算と嫉妬と駆け引きの女のバトル──無節操でいられるからこそ、政治の世界で生きられるのか。かくも女はたくましい。関連記事■ 号泣お天気お姉さん 「涙のち晴れ」の大胆グラビア初挑戦■ 野沢直子、浜田雅功に紹介した女性が原因で小川菜摘と絶縁?■ 堀江貴文氏 「元カノの急死」で心境語る■ 鳩山太郎氏「何を隠そう、私はフリーメイソンです」■ 小池百合子と野田聖子 ライバルだった2人が接近した思惑

  • Thumbnail

    記事

    蓮舫氏「男なら泣くな」は、本音ならばセクハラ、演出だとすれば稚拙である

    、蓮舫議員も上記の知見は当然お持ちかと思われる(さすがに、全くセクハラであるという自覚がなかったら、政治家以前の大問題だ)。従って、今回の発言はある種の「演出」、という可能性もあるだろう。 あくまでその仮説が正しければの話だが、「後輩男性をも毅然とした姿勢で叱責できる強い女性」という印象を与えたい、というとっさの判断だったのではないか。しかしながら、それはあまりに稚拙な演出と言わざるを得ない。上司が見ている前で、アピールのためにとここぞとばかり後輩を叱責する先輩社員のようなもので、将来首相になりうる立場にはふさわしくない立ち居振る舞いと言わざるを得ないだろう。 例えば「(常に冷静沈着さが求められる)国会議員なら泣くな」ならば、一定の理解は得られたかもしれない。「男は涙を見せぬもの」というステレオタイプに基づいた見解を示すことは、一部の人にウケたとしても、政治家の資質としては望ましいものとは言えないだろう。発言のセンスの問題でもある。寄り添う姿勢はリーダーの資質である 諸々の問題に便乗して一議員を叩くな、というご批判もあるだろう。しかし、国会議員はリーダーであり、我々国民の代表だ。さらに、野党第一党の代表ともなれば、首相の座にも座り得る立場の人間だ。相応の地位がある立場ゆえに、その言動が与える影響を侮ってはならない。 「国会議員が公の場でいうのだから」と、経営者や子供たちが同じような言動を繰り返す可能性もあるだろう。負の波及効果は侮れないのである。発言の真意はご本人しか知り得ないが、物おじしない発言が売りだっただけに、大変残念な気持ちである。 民間企業の社長候補者が、公の場でセクハラ発言をしたとすれば、おとがめ無しで社長とするだろうか。それは組織のコンプライアンスの問題であり、正常な組織であれば自浄作用が働くはずだ。仮にも労働者の政党を自称するならば、職場で問題視され続けているセクハラについて決してうやむやにしてほしくないし、軽視すべきではないだろう。 世の中にはセクハラ被害者は非常に多く、皆心に傷を負っている。そうした方々の心情に思いをはせることができるかも、リーダーの資質の一つと考えるが、いかがだろうか。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年9月13日分を転載)【参考記事】■「モーレツ社員」は否定されるべきか。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント http://sharescafe.net/49485721-20160907.html■公務員の給与引き上げは正しい。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/49293753-20160812.html■男性の育休取得率、過去最高なのにたったの2.65%なのは何故? (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/49241912-20160805.html■トヨタ自動車のリコール問題について、休日返上でディーラーに行ったら死ぬほどガッカリした件。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/49117651-20160719.html■サザエさんの視聴率が急降下した本当の理由とは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/49055679-20160711.html

  • Thumbnail

    記事

    田中角栄どころの逸材じゃない! 有為の人、小泉進次郎はここが凄い

    屋山太郎(政治評論家) 「小泉進次郎氏は平成の角栄になれるか」  このテーマに、一言で答えれば「優になれる」といっていいだろう。総理になったあと田中角栄氏は超インフレで土木事業をストップされたあと、全く無為の人だった。彼の頭には思想がなかった。自らの国家像を抱いていないことは明らかだった。その無思想がロッキード資金程度で打ちのめされた原因だろう。生き伸びるために「自民党周辺居住者」として140人の派閥を作った。角栄氏が内心、失敗したと思ったら、もっと潔い辞め方ができたに違いない。政治の場をもっと汚さずに旅立ったはずだが、角栄氏は道路や鉄道だけを残した、ただの土建屋として終わった。  私は、角栄氏が幹事長、首相の役にある時、毎日接触し、声をかけて貰ったが、とても偉い人とは思えなかった。 これに比べて進次郎氏の政治手腕は角栄の上をいくと思う。ただどのような政治思想をもっているかが、まだ不明なので「人間として角栄氏の上」と評価を下すのは尚早だと思う。水田を視察した小泉進次郎氏=6月29日、福島県天栄村 小泉進次郎氏はまだ当選3回。昨年10月から要職の自民党農林部会長に坐っている。進次郎氏は人気抜群なのに出しゃばらない。こと更、目立つようなことはしないという生き方は立派なものだ。こういう生き方をしているからこそ、発言した時に特に注目を集める。 私などは紙面やテレビに映る“発言”を拾って判断するのだが、進次郎氏は口を開く時は問題の本質をえぐる発言をする。その的確さと鋭さは問題を知る者にとってはギョッとするほどのものである。「もっといいたいのだろうな」と思うのだが、その部分は腹の中に飲み込んで、相手の立つ瀬を残す。 進次郎氏がいま取り組んでいる対象は全国農業協同組合連合会(JA全農)で、この上にJA全中という巨大権力をもった組織が、去年までは存在した。その全中はすでに半分解体されて実力を失くした。次にJA全農に手をかけているわけだが、巨大組織を潰す時、「改善」と称して手をかけ、実は相手がいうことをきかなければ潰す――というのが進次郎式といっていいだろう。反発は出るのだが、進次郎氏の戦略の正しさが、いつも勝ちを呼び込む。 農業は戦後、ずっと農協組織に抱えられ、農協の利益とともに生きてきた。農協も儲かる。農民も儲かる二人三脚でやってきた。 第1次安倍内閣で安倍首相は「減反廃止」を宣言した。減反というのは生産制限をして食用のコメの価格を高値に据え置く政策である。制限をされた農家はコメを作るより損をする立場におかれる。損をしない作物を選べといわれても、現実には麦を作っても豆を作ってもコメ作りよりは損をする。本尊を切って捨てた進次郎 そこでどういうことが行われたか。農水官僚と農協、農水族の三者が談合して「全員コメを作ってよし」としたのである。エサ用でも主食用でも同じ値段で買うというのだ。10アール当たり10.5万円ということになっているが、主食用に買う場合は10.5万円。エサ用も同じだが、エサの場合は畜産農家が1~2万円で買う。するとエサ用に売った農家は10.5万円プラスして1~2万円の収入がある。誰でもエサ用に売る方を選ぶに決まっているのだが、こうなると主食用分が少なくなって主食米が減る。これを「減反」と呼ぶのは詐欺そのものだろう。主食以上に高いエサを牛豚に食わせているのだ。 進次郎氏は三者談合の一角に自分が座り、官僚のトップに改革派の次官を据えた。こうなると三者談合は成り立たない。自民党の小泉進次郎農林部会長(左)と全国農業協同組合中央会の奥野長衛会長=9月5日、東京都千代田区 今年3月30日、自民党本部で農林族の幹部だけで非公開のインナーが開かれた。この場で進次郎氏が「農薬の農協別の価格を公表したい」と述べた時にはその場が凍りついたという。農水族が「発表はやめた方がいい」と押えにかかった。進次郎氏が委細かまわず発表した数字は同じ薬品が青森では1621円。山形では860円。また同じ殺虫剤でも農協別の価格差は最大2倍。農業機械に至ってはエアコンやステレオのついた「レクサス農機」と呼ばれるものがある。補助金がつくから高いものが売れるという。 農産物、肥料などの価格を監査するのがJA全中の役割だったが、全中は「外部から買うな」という監督をしていたとも指摘されていた。このため監査する機能に民間監査法人も参加させることで骨抜きにした。 監査に民間人を加える。農薬などの価格差を発表するなどは当然のように思えるが、その当然のことが行われなかったのが農業界だ。「農協に手を出すな」という雰囲気の中、進次郎氏は「農林中金の融資で、農業関係が数%しかないというのなら農業金融はいらないのではないか」とご本尊を切って捨てる構えをみせた。 高知県安芸市で農家が作ったナスを出荷しようとしたところ、農協が「他の業者に売った場合は農協の選果場などを使わせない」と妨害した。こういうケースはあらゆる品目で自在に行われていたが、公取委は高知のナスのケースについて「圧力排除命令」を出した。“進次郎改革”がすでに効き始めたのではないか。私は25年ほど前に「農業革命」という本を書いたことがあるが、進次郎氏は攻め方の順番を踏んで、はずすことがない。勇気がある。難解と目された農政改革は解決の方向に向かって歩み出している。 角栄氏にはこういう“大戦略”を感ずることがなかった。所詮、人を金で動かしていただけだったのではないか。

  • Thumbnail

    記事

    小泉進次郎と田中角栄、出自は違えどあまりに似通った「因縁」の2人

    務官=2015年10月30日、東京・平河町のホテルルポール麹町(酒巻俊介撮影) 裸一貫の叩き上げと、政治家一家のサラブレッド育ちと、出自はまるっきり異なるが、二人は驚くほどよく似かよっている。育った家庭環境において〝不幸〟を背負っていること、そして演説の手法、さらに「信念」や「国民目線」といった政治観まで、そっくりである。進次郎が角栄を手本にしたのか、結果としてそうなったのか、あるいはその両方かはともかく、昭和と平成とを問わず、閉塞感の漂う時代に待望される政治家像は同じということだ。戦争を持ち出すまでもなく、「歴史は変わらない」という認識に立つなら、時代という背景が変わるだけであって、待望される政治家像もまた、本質は変わらないということになる。 では、進次郎は「平成の角栄」になれるのか。二人の共通点について、メディアでの発言とエピソードから、いくつか例をあげてみよう。 まず、家庭環境の〝不幸〟。角栄は新潟の貧農に生まれ、経済的事情から中学進学を断念して十五歳で上京。住み込みで働き始める。一方の進次郎は、一歳のときに両親が離婚して、父・純一郎側に引き取られる。母の面影を探してか、夕方になるとハンカチをくわえて離さない子供だったともいわれる。アットホームな環境でなかったということにおいて、両者は共通する。 初出馬で辛酸を舐めるのも同じだ。進次郎が父・純一郎の引退を受けて初出馬した二〇〇九年は、民主党に強烈な追い風が吹いていた。しかも、世襲批判を浴びての立候補とあって、ヤジを飛ばされ、名刺を破られ、ペットボトルまで投げつけられている。何とか当選は果たしたものの、選挙の厳しさは身にしみたことだろう。 一方の角栄も、ヤジと罵声を浴びた。演説はシロウト以下。あせり、緊張すると吃音のクセが出てくる。必死になれはなるほど、うまく言葉が出てこない。こうして角栄は落選する。 進次郎は有名候補、そして角栄は無名候補であるがゆえに逆風にさらされた。立場は対極にあっても、舐めた辛酸は同じであり、緒戦のこの体験が有権者の支持を第一とする姿勢にあらわれている。 進次郎は、時間をくっては地元をくまなくまわる。祭りに顔を出せば、取材に来たメディアそっちのけで地元の人たちに話しかけ、親しく会話する。「メディアより、私たち」――という処し方が、有権者の気持ちをくすぐる。 角栄も同じだ。目白の田中邸には、東京見物をかねて新潟の選挙区からバスを連ねてやってくるが、昼時にぶつかればみんなを座敷に呼び入れ、食事をともにする。官僚が順番待ちしていてもお構いなしで、このことが「やっぱり、おらが地元の角さん」という親近感につながっていく。進次郎が角栄を真似たのか 相手の名前を覚えるということも、二人に共通している。角栄が官僚たちのデータを頭に叩き込んでいたことはよく知られるが、進次郎も記者の名前を覚え、それを口にすることで心をつかんでいる。 このほかにも、進次郎は地方演説でその土地のお国訛りを交え、角栄は地元新潟での演説には越後訛りを入れたりするが、政治観においても二人はドンピシャリと重なる。「政治とは何か」 と問われた角栄は、「生活だ」 と即座に答え、「国民が働く場所を用意して、三度、三度のメシを食べてもらう。外国と喧嘩せず、島国で豊かに穏やかに暮らしてもらう。それが政治だよ」自民党や党の公認候補への支持を呼びかける小泉進次郎氏=2016年7月2日、茨城県常総市水海道宝町 そう語ったと、元角栄秘書の早坂茂三氏は自著『オヤジの智恵』に書いている。 一方の進次郎は、「困っている人を助けること」 という発言をしているように、二人とも「国民主体」という明確な政治信条を持っており、それにともなう実行力もある。 繰り返しておくが、進次郎が角栄を真似たのか、二人は似かよっているのか、あるいはその両方であるのかはわからないとしても、進次郎の言葉と行動力が有権者の心に響いていることは事実だ。政治観や政治手法がオリジナルであるかどうかが問題なのではなく、角栄と同じような言葉を用いる、その感性と感覚が、進次郎をして「平成の角栄」と言わしめるということなのである。 ただし、進次郎が本当に「平成の角栄」になれるかどうかは、彼にどれだけ「情」がそなわっているかにかかっていると、私は思っている。ロッキード事件で逮捕されてなお、田中派議員は角栄の元を去らなかった。打算を超えて、角栄に人間としての魅力があったからであり、これこそが政治家としての〝真の力〟ではなかったか。「政治とは生活である」とする信条の延長線上に、「メシ食ったか?」という角栄の挨拶がわりの言葉が生まれる。相手が少しでも返事をためらっていると、「メシを取ってやれ」と秘書に命じた。 これが情なのだ。「カネを渡すときは頭を下げて渡せ」と喝破した角栄の機微が、どれだけ進次郎にそなわっているか。彼の真価は、ここで問われるに違いない。

  • Thumbnail

    記事

    最も「大衆」に近い政治家、小泉進次郎が自民党批判を繰り返す理由

    鈴木哲夫(政治ジャーナリスト) 小泉進次郎衆議院議員と田中角栄元首相。二人の名前からすぐにイメージする言葉は「大衆」である。「大衆」とは社会で大部分を占める勤労者など一般の人たち、政治学の分野では指導層に対する一般の人々とされる。 “角栄”と言えば、庶民宰相として、その生い立ちから、風貌、演説、地方に分け入った政策まであらゆる要素が「大衆」にマッチし、「大衆」の中で大きな支持を得た政治家である。18歳、19歳の新有権者に取り囲まれながら支持を訴える小泉進次郎氏=6月26日、奈良市の近鉄大和西大寺駅北口 それに対して進次郎氏は、一見まったくイマ風の青年、世襲議員でもあり自民党のスターだ。いかにも「大衆」とはかけ離れた政治のエリート舞台にいそうな雰囲気だが内実はまったく違うと私は思うのだ。むしろ、いまの自民党の中でも、「大衆」を知り尽くした数少ない政治家ではないか。 実は、進次郎氏は自民党の中でも選挙応援要請がトップクラスだ。全国を飛び回り、街宣車をあっという間に1000人規模の聴衆が囲み、黄色い声援も飛ぶ。人だかりに入ると握手攻め。 一見、その姿は華やかで凱旋の光景だが大事な視点を見落としている。それは、彼が応援に呼ばれる選挙というのは、実は逆にどれも自民党候補が厳しい選挙なのである。「負けているから彼が呼ばれる」(自民党選対幹部)のだ。言い換えれば、進次郎氏は応援に入る選挙区で、自民党の誰よりも「自民党への批判やいまの逆風」と「大衆の声」を実感するのである。 かつて、一時代、同じように自民党の選挙応援弁士として引っ張りだこだった故橋本龍太郎氏。番記者をしていた私にこんなことを言った。「全国から呼ばれて人気者でいいですねとか思ってるんだろうけど実は違うんだよ。俺が呼ばれるのは厳しい選挙ばかり。応援に行くと、いま自民党のどこが悪いか批判の風が読める。街宣車の前の方は動員の人たちだから声援もある。でも俺は、演説しながらずーっと遠くを歩いている人が足を止めるのかを注意深く見るんだ。メシを食いにお店に入ったら店員さんを捕まえて自民党はどうかとか聞く。そして、東京に戻ったら『これはやっちゃいけない、こうしたほうがいい』と幹事長や総理に必ず報告するんだ」 最近では全国から応援要請が来る石破茂前地方創生相なども進次郎氏と同じだろう。なるほど、「大衆」のいまの声を誰よりも全国を行脚し肌で感じているから、進次郎氏も石破氏も、よく永田町では自民党執行部批判などを口にする。「いま解散すべきじゃない」「自民党は感じ悪い」等々。これらは何も目立ちたいからと非主流派を装っているわけではないのだ。誰よりも「大衆」に近いからこそ口をついて出る批判なのだ。「困っている人を助ける、それが政治なんです」 また、政治家・進次郎氏を作り上げているものに、2011年の東日本大震災の強烈で貴重な経験がある。進次郎氏は直後にひとりで、自分でかき集めた灯油を積んだ車で被災地に入ったのだった。そこで直面した惨状と被災者は進次郎氏の政治家としての信念になった。 「復興は自分のライフワーク。政治っていうのは簡単なことなんです。困っている人を助ける。それが政治なんですね」有権者と笑顔で握手を交わす小泉進次郎氏=6月29日、福島県本宮市 進次郎氏が筆者に語った言葉だ。たった一人で被災地の崩壊した事務所の片づけを手伝いながら話を聞き失業手当問題改善に先鞭をつけたり、党青年局長としても被災地に通い詰め、内閣改造では安倍首相の要請を断ってでも復興政務官を希望してその任に就いてやってきた。永田町では、東日本大震災を口にする議員も少なくなった。そんな中で進次郎氏は、被災地の一人ひとりの元に通い続け「大衆」に分け入った。 実はここにも、“角栄”との共通点を見る。 選挙区を細かく回れ、そしてひとりひとりと握手しろ―。選挙の神様でもあった“角栄”は口を酸っぱくして若手議員らに言ったという。これを聞いた議員たちは「何十か所回った」「何百人と握手した」と数字を自慢した。 だが、この言葉は、単に選挙に勝つための手段ではなく、“角栄”は民主主義の原点を教えようとしたのである。この真理を、進次郎氏は被災地から自分の力で学びとったのだ。震災発生から1年ほど経って進次郎氏は私にこう言った。 「被災地に何度も足を運んでやってきました。そして、ひとりひとりと握手して、手を握って、ひとりひとりと話をしてきた。そういうことをどんどんやってきたんですが、みんな違うんですよ。ひとりひとり、言いたいことも、望んでいることも。全部くくって解決できない。でも、ひとつひとつを解決して行かなければならないのが政治なんです」 そして、もはや被災地の活動は、自分の選挙区での政治姿勢そのものを変えたとまで言い切った。 「たとえば自分の選挙区で小さなお祭りや集会、餅つきとかね、あるでしょ。もちろんそういうところに足繁く通って…。でもね、どこか選挙のためという気持ちがあったんでしょうね。でも被災地に通って変わった。ただ単に票集めのために回っているんじゃなくて、ひとりひとりの声を聞くために回るんだと。政治家がひとりひとりと話して握手するというのは、政治の原点なんですよ。そしてそれを実現する。それが政治家なんですね。震災以来、自分の選挙区でも被災地と同じように、ひとりひとりのところを回って話をするようになりました。被災地が教えてくれたことは、私にとって、ものすごく大きいんです」 進次郎氏の「2021年決起説」がいま永田町で囁かれている。 この年は東京五輪が終わった翌年だが、進次郎氏自身「五輪後に日本は人口減や景気後退で大変なことになる。甘くない。自分たちの世代の出番」と話しており、仲間とともに政権構想も練っているとされる。突発的な政変がなければ2021年は自民党総裁選の年。決起とは、そこで旗を掲げて名乗り出ることを意味する。 一方で、進次郎氏は必ずしも自民党にこだわらないかもしれないという見方もある。 「進次郎氏は、そもそも今の成長戦略は少子高齢化やなどを考えればそれに合っていないと思っているし、本音は脱原発。自民党とは方向感が違う。党を飛び出してでも『この指とまれ』で新しい政治勢力を作る可能性はある」(自民党若手議員) かつての“角栄”と同じ首相という頂上に、自民党からのぼり詰めるのか、それとも他の道をのぼっていくのか―。ただ、いずれにしても、常に「大衆」を足元に意識しながらの道に間違いはないだろう。

  • Thumbnail

    テーマ

    小泉進次郎は「平成の角栄」になれるか

    豪放磊落、人たらし、権力への執着心…。会う人すべてを魅了し、「コンピューター付きブルドーザー」の異名で知られた元首相、田中角栄。平成の今、再び角栄待望論が持ち上がるのは、閉塞した時代を憂う裏返しでもある。では若手のホープ、小泉進次郎はどうか。随所にのぞく大器の片鱗は本物の証なのか。

  • Thumbnail

    記事

    小泉進次郎がぶちあげた「正論」 社会モデルを自らぶっ壊せるか

    少総理に!と考えていることだろう。私も同じ思いだ。当選前後から彼を取材してきた人間として、進次郎氏の政治家としての資質は本当に「とんでもないもの」があると断言できる。その進次郎氏がついに、政治家としては誰も言わなかった【正論】をぶち上げ、ニュースになっている。■小泉進次郎氏、既存の社会モデル「ぶっ壊す」(読売新聞) 自民党若手中心で集まったメンバー(「2020年以降の経済財政構想小委員会」)による中間報告だ。簡単に言うと、今ある社会保障制度を一度ぶち壊そう!と言うものだ。 そう。これは正しい。偶然にも本日の夜に生放送する AbemaTVfresh!内の私の公式チャンネルでもまさに触れる話なのだが、私は政治家でもなんでもないので『正しい』『事実』だけをはっきりと言っておきたい。 私は現在40歳。昭和50年の生まれだ。同世代のみんなはもう分かってる通りだ。私たちは「年金」などと言うものはもらえない。仮にもらってもいいが、子供たち世代に無茶な負担を押し付けるだけだ。バブルの時代の思い出話しかできない、我らの上のバカ老害世代と同じことしてもしょうがない。これはもうあきらめなけれないけない話なのだ。 メディアのせい? 政治のせい? 色々言ってりゃいいが、結論から言うと、そのバカ政治家を選び、テレビを見てそのまま信じてた「日本人全体の責任」だ。今の社会保障費を見てみよう。 よく見てほしい。これが現実だ。こんなアホみたいな勢いで増え続けているのが「日本の社会保障費」だ。2000年には78兆円だった「社会保障費」が、直近の2015年には117兆円に増加している。わずか15年で39兆円の増加だ。言うまでもなく、これはこのまま増え続ける。2025年には150兆円を超える試算が出ている。計算するまでもない。間違いなく超える。わずか10年でそこまでいく。これは100%来る現実の未来の話だ。進次郎氏は社会保障システムをぶっ壊せるか もうもたない。まずは日本人全員で、これをちゃんと受け入れるべきだ。日本は「政治を間違えた」のだ。そこを受け入れてからでなければ前に進めない、と言うのが私の持論だ。特別会計と言って政府にはブラックボックスのような…利権の塊のような予算がある。それらも全部含めたところで、日本って国はおよそ200兆円ほどの収入しかない国だ。そのうちの150兆円が社会保障費? そんな国、もつわけないだろ。 今現在、年金の積立金は135兆円ある(2015年段階)。だが、GPIFといって、この年金積立金をバカみたいに株式投資の金にじゃぶじゃぶ投入している。そこに来てこの世界の原油価格の下落と中国経済の失速ときたもんだ。 選挙対策でなんと年金の運用額の損失は「7月の末」に発表されることになった。要は「アホみたいに損失しているから選挙前には発表しないようにしました」ってことだと想定した方がいい。この年金の積み立ても5~6兆円の切り崩しが続いている。あと20年、もつかどうか…いや、そんなに持たないかも知れない。自民党の農政改革に向けた部会であいさつする小泉進次郎農林部会長=9月6日(西村利也撮影) 小泉進次郎氏の提言は確実に「正しい」。が、それを実現していけるかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 特にこの1年、大阪でニュースキャスターとして取材をしてきた私にとっては『今あるシステムを壊す』ことが、日本においてどれだけの抵抗があるかを肌で感じているからだ。進次郎氏も父親の政治を見てきたはずだ。郵政を民営化するだけでどれだけのカロリーが使われるか分かっているはずだ。 日本の社会保障システムは…絶対に根っこから作り変えざるを得ない。将来的には年金は全部、民間に任せるしかないはずだ。20年以内にそうなるはずだ。少なくとも私はそう見ている。 医療システムも恐ろしいほどの変革が必要だろう。今晩、まさにその話を公式チャンネルでするが、果たして医師会や薬剤関係の会社からあれほどの献金と支援を受け続けてきた自民党にそれが可能かどうか…。 が、時間もそれほどない。医療費などは毎年、1年で1兆円ずつ増加していっている。はたして間に合うかどうか。(ブログ「本気論 本音論」より2016年04月14日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    池上彰氏 安倍首相の次の次の首相は小泉進次郎と予測

    て少しずつ存在感を示していくことに専念していくと思いますよ。 では、安倍首相の次は誰なのか。番組では政治記者へのアンケート結果を紹介しました。1位になったのは岸田文雄外務大臣。その結果を本人にぶつけてみたところ、「それは私がびっくりしました」と、満面の笑みでした。ここから、まったく首相になる準備をしていないことがわかります。 4位の稲田朋美自民党政調会長も「驚きました」とこちらもにっこりしていましたから、まだまだなんだなと。ただし安倍首相の狙いは2020年まで首相を続けて、その後は稲田さんを後継指名。稲田さんはそれぐらい安倍首相の寵愛を受けています。 一方、3位の石破茂地方創生担当大臣は「総理大臣というのは、なることが目的ではないんです。なって何をやるかということなんです」と無表情のまま満点の回答をしていました。 虎視眈々と首相を狙っていることをもはや隠しません。その一方でやはり、首相になるには実力だけでなく、運も必要なことをよくご存じなのでしょう(ちなみに2位は谷垣禎一自民党幹事長)。関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「どこの国の人?」■ 亀井静香氏 「今の自民党は大連立組むための能力がない」■ 進次郎vs細野で次世代対立軸示せれば旧世代安倍氏の政治終焉■ 安倍首相 公示前からの圧勝ムードに党内の反安倍勢力を恫喝■ 仙谷氏 自民党のまとめた震災対策「満面の笑み」で受け取る

  • Thumbnail

    記事

    注目すべき政治家は小泉進次郎 人気の秘訣は自民党本部に背く気概

     井上政典(歴史ナビゲーター) 自民党の東京都議連の舛添支持を受けて自民党本部もそれを尊重するというあいまいな判断を下しました。しかし、若手の注目株、小泉進次郎氏はきちっと筋を通した行動をしています。舛添を支持しないと発言し、党から注意を受けても2度目の支持しない発言しました。見ていて気持ちがいいですね。会議で司会を務める小泉進次氏=2015年10月 細川の殿さまがオリンピック辞退発言で急速にその支持を失いつつある中、マスコミはその注目を公明党の支持を取り付けた舛添氏に向けようとした矢先の行動で、時期的にもすごく的を得ていると感心しています。その理由が、舛添氏が自民党が解党危機にあった時に、国民の人気の高く注目度も高かった舛添氏が自民党の復権のために汗を掻こうともせずに、すたこらさっさと逃げ出したことを挙げています。 この当時の舛添氏の半島的な、いや反党的な行動が自民党の低落ムードに拍車をかけ、残った人たちは塗炭の苦しみを味わったのです。自民党が田母神当時航空幕僚長を「日本はいい国だ」と書いた論文が村山談話等の政府見解に反すると更迭したことにより、保守層というよりも普通の日本人の共通認識を裏切ったため、急速にその支持を失い、総選挙で大敗を喫した後のことでした。 ほんの4年ほど前のことです。その当時、自民党の金庫には莫大な借金の証書しか残っていなかったそうです。それをみた舛添氏は泥船に乗っていたら一緒に沈んでしまうとさっさと逃げ出したのです。これはあたかも次のお話を彷彿させます。 1937年12月に日本軍の南京攻略戦の際にCHINA国民党軍の司令官は日本軍を上回る兵力と日本軍よりも高性能なドイツ製の兵器を持っていたにもかかわらず、潰走を始めた国民党軍を見て、真っ先に逃げ出してしまいました。すると、30万を超える国民党軍は司令官の潰走を目の当たりにして、規律ある軍隊から、ただの武装したならず者に変身し(もともとその素養がたっぷりとあったのですが)、自国民への略奪・強姦をしはじめました。 それをいつの間にか日本軍のせいだと言い始めて、それに拍車をかけて認めたのが日本人の中にいる左巻きの連中です。その人たちが持っている共通認識は「自虐史観」です。田母神候補が昨日事務所開きの前に靖国神社に参拝されました。そこで、報道陣から「東京都知事になっても参拝されますか?」というばかげた質問が投げかけられました。靖国を参拝できない都知事なんてダメ すると田母神候補は、「もちろんです。私は靖国神社を参拝できないような都知事ではダメだ思います。」と答えました。靖国神社はご存知のように日本国の首都東京にある神社です。その東京を預かる都知事が外国に気を使って参拝もしないということはおかしいではありませんか。細川氏も舛添氏もそして宇都宮氏もぜったいに靖国神社には行きません。なぜなら彼らは自虐史観に染まっているからです。 彼らは日本がアジアで悪いことをしたと信じ込んでいるからです。もし、日本が先の戦争をしなかったら、今の世界地図はどうなっているのでしょう?国連の加盟国は今の三分の一くらいではないでしょうか?なぜなら、ほとんどの国々が欧米列強の植民地として独立できていないからです。CHINA共産党や朝鮮とは日本軍は戦っていません。CHINA共産党は国民党と和平を結ぼうとするとテロを起こし、それを妨害してきただけです。  朝鮮半島には日本から日本国民の税金を多額に投資して、すべて回収もせずにそこにおいてきました。搾取などしていません。ましてや日本を護るために亡くなった英霊を日本独自の祀ってある宗教施設に対し、外国からとやかく言われる筋合いもないし、また日本人の中からそれを否定すること自体が間違っていると思います。靖国神社で田母神候補に聞いた質問を他の候補者にも聞いてほしいですね。 それだけで明確な答えになると思います。先ほど、僭越ながら田母神候補にお電話をして、九州の支持者の声を代弁させていただきました。田母神候補から「美しい」という言葉が発せられたら私が伝えたアドバイスを聞いてくれたと思ってもいいのではないでしょうか?「永遠の0」も忙しい中、観に行ってくれていました。 田母神候補は知らない人が見たら、いかつい顔をした軍人だと思われがちですが、本当はとても素直で気さくなおじさんなのです。取り巻きの人たちが私も含めて強面が多いので、近づきにくいかもしれません。でも、田母神候補は知れば知るほど素晴らしい人間性をお持ちです。あの航空自衛隊でああいう発言を常にしながら航空幕僚長というトップに上り詰めることができたというのは、ただの人ではない強運の持ち主です。舛添氏を支持しないと明言した進次郎は立派 その秘書として傍にいるのは、先の参議院選挙で惜しくも落選しましたが、石井よしあき元空将補で、あの田母神論文事件で一番割を食った冷や飯を食わされた人です。その面倒を見ておられるのです。14日に福岡に来られた時も、スケジュールを作成する中、田母神候補から春日の自衛隊病院に行く時間を確保してくれという要望がありました。チャーターしたピンクのクラウンのタクシーで自衛隊病院に行きました。ある方のお見舞いに行かれました。更迭された後に航空幕僚長室に荷物の片づけに戻られたそうです。自宅前で取材に応じる田母神俊雄氏=2016年4月、東京都 更迭された直後です。誰も近寄ってきません。心はあってもかける言葉がなかったのか、自分の保身を考えたのかだと思います。しかしその方はその際にその片づけを手伝ってくれたそうです。しかし、その方は不幸にも後に職務中に脳梗塞をされてほぼ動けない状態で入院されているのです。前回来られた時もお見舞いに行かれましたが、今回も行かれました。ほとんど体を動かせなくなっているのですが、田母神候補が来られらたことはわかったらしく、目から一筋の涙を流されていました。 家族の方もそれに気づいてびっくりされていました。分刻みの忙しい中、せっかく福岡まで来たのだからと元部下に見せる愛情の細やかさを間近に見て、私はまたいっそう田母神候補のファンになったのです。自衛隊病院の守衛の方が田母神閣下ですかと寄ってこられたので、写真を一緒に撮りましょうかというと、ぜひ撮りたい、でもいいのでしょうかと言われるので、田母神候補にお伝えすると、気さくに二人と写真に納まっていました。 どうしても空軍のトップで、マスコミにはあまり取り上げられなく、取り上げられるときは過激な発言な時だけで、イメージ的に怖いという印象操作を受けています。元気で何でも食べ、愉快に飲み、語り、そして筋は曲げない凛とした立派な日本男児であります。それを小泉進次郎氏も理解しているのでしょう、さすがに党の手前、お父さんの手前それを言えないのでしょうが、舛添を支援することはないと明言できる彼も立派な男といえるでしょう。(『井上政典のブログ』より2014年1月18日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    挑戦しない今の政治家から新たな「角栄」は出てこない

    角栄待望論」というべき現象だ。首相就任後初となる記者会見を行った田中角栄首相=昭和47年7月19日 政治評論の世界での僕のデビューは『中央公論』1976年7月号の「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」だった。 その年の2月、田中さんはロッキード事件で5億円を受け取ったとして逮捕された。僕はこの成り行きに強い疑問を持った。そこで周辺に徹底取材し、「田中はアメリカに陥れられた」、すなわち「虎の尾を踏んだ」と書いたのだ。 僕が会った田中さんは、想像したとおりの強烈な人だった。田中さんに会うと、誰もが彼に引きつけられた。僕が日本の政治に強い関心を持ったのも、この「田中角栄」という人物がきっかけだ。 1981年、田中さんにインタビューする機会を得たときのことだ。僕は、田中さんの自宅兼事務所である通称「目白御殿」を訪れた。ところが、約束の時間を1時間過ぎても田中さんが現れない。当時の秘書、早坂茂三さんにどうしたのかと尋ねると、「実は角さんから『田原についての資料を一貫目、集めてくれ』と言われましてね」と返ってきたのだ。 一貫目とは、およそ3.75kgである。本当にそんなに集めたのかはわからない。しかし、ともかく田中さんがその資料を読み込んでいて、だから遅れているというのだ。豪放磊落のようでありながら、一体どれだけ繊細な人なのか。僕はそのとき、改めて「田中角栄」に興味を持ったのである。 田中さんは、よく「コンピュータ付きブルドーザー」と評された。「ブルドーザー」は、その類(たぐい)まれなる行動力ゆえであり、「コンピュータ」である所以(ゆえん)は、とてつもない記憶力のよさにあった。 田中さんは、『広辞苑』や英和辞書、漢和辞典など片っ端から暗記し、暗記し終えたページは食べてしまったという。「六法全書」には特に詳しかった。議員立法33本という数字は、彼の後にも先にも超えた議員はいない。記憶力は人心掌握術に大いに役立った。たとえば、官僚の入省年次、誕生日、結婚記念日などをすべて記憶しており、欠かさず贈り物をしたという。 後の首相、竹下登さんも、その掌握術を真似ようとしたが、彼にはそこまでの記憶力はなかったそうだ。だから竹下さんは、覚えておきたいことをすべて書きつけておいた。このメモは「竹下の巻紙」と呼ばれていた。田原総一朗が考える「田中角栄ブーム」の理由 田中さんは、キャラクターだけでなく、構想力も一流だった。田中さんが発表した「都市政策大綱」という論文がある。簡単に言えば、日本列島をひとつの大きな都市圏にしようという構想だ。これが『日本列島改造論』につながり、そのおかげで現在、北海道から九州まで1日で往復できるようになったのだ。 田中さんへの3度めのインタビューを終えた日、「ちょっと田原、待ってろ」と言われ、僕の目の前に白い封筒が置かれた。現金だとすぐにわかった。僕は、とうとう来たかと思った。これを受け取れば、ジャーナリストとしての終わりを意味する。だが、受け取らないと田中さんのメンツをつぶすことになる。迷いに迷った末、いったん、封筒を受け取って、その足で事務所に行き、秘書の早坂さんに「お返ししたい。もしダメなら僕からの寄付というかたちで受け取ってほしい」と伝えたのだ。早坂さんは快く受けてくれた。その後、彼とは非常にいい関係を続けた。 実は、この出来事は、その後の僕にとって、大変なメリットとなった。政治ジャーナリストをしていると、さまざまな政治家が秘書などを介してお金を持ってくるのだが、「あの角栄さんのお金を受け取らなかったのだから、あなたからもいただくわけにはいかない」と、穏便に断ることができるのだ。田中さんが引退し、亡くなってからもう何年も経つというのに、いまだにこの台詞(せりふ)が通用する。なんという存在感であろうか。 今、田中角栄ブームが起きているのは、現在の政治に構想力が足りないせいだろう。アベノミクスの第1の矢の「金融政策」と、第2の矢の「財政政策」が奏功して、株価が上がった。しかし、第3の矢である「成長戦略」のための構造改革は進んでいない。構造改革は、改革した後どうするのかという構想が必要なのに、そこを描き切れないからだ。 もし、いま「田中角栄」がいたら、新しい構想を打ち出して国民に見せていただろう。守りに入ってばかりでチャレンジしない政治家たちの中からは、新たな「田中角栄」は出てこない、と僕は思う。政治家たちは、この「田中角栄ブーム」を、どう見るのだろうか。(「田原総一朗 公式ブログ」より2016年9月5日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    カツ丼を分け隔てなく振舞った角さん 現在の政治家に出来ない行動力

    経緯を記している。 石原氏は角栄絶頂期の74年、9月号の文芸春秋に「君、国売り給うことなかれ――金権政治の虚妄を排す――」という論文を寄稿、角栄の金権政治批判の突破口を開いた。 これが引き金となって同11月号に立花隆氏の「田中角栄研究――その金脈と人脈」、児玉孝也氏の「淋しき越山会の女王」が掲載され、12月に角栄は内閣総辞職に至る。 だが、角栄の没後23年、ロッキード事件逮捕後40年を経た今、角栄の政治を振り返ると、その偉大さがわかる。<今の政界を見渡しても、角さんに匹敵するような政治家はいませんね。……今回、『天才』に大きな反響があったことで、改めて根強い角栄人気を実感しました。この作品を書いたことで、角さんにいい弔いができたな、と思っています。>自民党「青嵐会」のメンバーとして、田中角栄首相(手前中央)を表敬訪問した石原慎太郎氏(後方中央)。田中首相の左は渡辺美智雄氏=首相官邸、昭和48年7月26日 角栄人気の一端がタイトルの「角さんと飲んだビール」にある。<私がスリーハンドレッドクラブ(神奈川県茅ヶ崎市)のテニスコートでテニスをしていた折、昼食をとりにクラブハウスに引き上げていくと、青嵐会で一緒に田中角栄批判を繰り広げた玉置和郎が座っている。その向かいにいた人物が、角さんだった。驚いたけれど仕方なく一礼したら、角さんはいかにも懐かしげに「おお石原君、久し振りだな、ちょっとここへ来て座れよ!」と言って、自分から立っていき、窓際からイスを持ってきて自分の横に据えたのです。僕が「いろいろご迷惑をおかけしまして、すみません」と頭を下げたら、「ああ、お互い政治家だ。気にするな。ここへ来て座れよ」と言ってまた自ら立ち上がり、近くにいたウエイターに「おい、ビールをもう一つ」と頼んでくれたのです。この人はなんという人だろう、と思わずにはいられませんでした。僕にとって、あれは他人との関わりで生まれて初めての、恐らくはたった一度の経験でした>誰に対してもきめ細かい「行動力の人」 考え方の違う人間を握手や酒によって巻き込み、自分の影響力をじわじわと広げるのは政治家の本能的な行動であり、上記の例は珍しいことではない。 だが、角栄は極く自然に自分から行動に出てイスを窓際から運び、ビールを勧める。それが徹底し、イヤミを感じさせないのだ。田中派などに典型的な「一致団結、ハコ弁当」の一体感を嫌う石原氏のような政治家さえ引き付けてしまう魅力を角栄は備えている。 私の極く小さな思い出話を添えよう。昔、日経ビジネスの記者をしていた時、当時の編集長(後に日本経済新聞社の社長、会長を経験した)杉田亮毅氏がロッキード事件後、マスコミがほとんど寄り付かなかった田中角栄氏に接近し、編集長インタビューを実現したことがあった。 その際、杉田編集長から聞いた話だが、昼食時に角栄氏は自ら食事を用意、編集長に振舞った。中味はカツ丼だ。当時、日経側は速記を2人つけた。速記が遠慮して「それでは(昼食中)私たちは一時、引き上げます」と言って、腰を浮かしかけると、角栄氏は「ああ、君たちもそのまま」と制して、同じカツ丼を速記にも振舞った。 上等のカツ丼である。杉田氏は「うまかった。ああして、だれにも分け隔てなく対応するのが角さんの人気の秘密だ」と言っていた。 私も同感である。誰に対してもきめ細かくあれほどの行動力を示した政治家は稀である。必要な事は夜を徹して勉強し、戦後、最も多くの法律を議員立法で成立させて通した。 だが、彼は金権政治と最も深く同居した。「君、国売り給うことなかれ」と言わざるを得ないほど。その角栄氏を石原氏は「あれほどの政治家は今いません」と指摘し、最も懐かしく想い出す。現在の政治の実情がそこにある。(ブログ『鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌』より2016年5月6日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    田中角栄の言葉は人間心理の機微を知り尽くした行動伴ってた

    局長みたいだと言ったら、ひどく怒られた」と本誌に語ったことがある。 ある正月、東京・目白の田中邸には政治家、役人たちが年始の挨拶に集まっていた。その中に地味な1人の人物がいた。建設省の官僚OBだった。「この人はな」 角栄が若手議員たちに彼の仕事ぶり、いかに有能だったかを語って聞かせると、周囲の見る目が変わった。「あのときは、一緒に徹夜して、いろいろ法律を作ったよなあ!」 政策づくりや行政実務を担う“黒衣役”の官僚にとって、政治家に自分のやった仕事を評価してもらうことが存在証明になる。田中邸に来ていた現役官僚たちが、角栄の官僚OBへの言葉を聞いて“この人なら”と思ったことは想像に難くない。「必ず返事は出せ」相手の心に残る言葉の重み〈必ず返事は出せ。たとえ結果が相手の思い通りでなかったとしても、「聞いてくれたんだ」となる。〉 角栄には地元ばかりでなく、各業界、福祉団体など数多くの陳情が寄せられた。「よっしゃ、よっしゃ」と何でも二つ返事で引き受けたわけではない。 あるとき、肢体不自由児の福祉施設「ねむの木学園」の創設者で知られる女優の宮城まり子が田中邸に飛び込んできた。「施設には、すばらしい頭脳を持った子供たちがいます。ですが予算がつけられているのは小中学校までで、いくら頭が良くても高校に進学できない。どうか高校で学べる予算をつけてください」 黙って聞いていた角栄は、「知らなかった。返事はすぐには無理なので待って欲しい。必ず返事をする」と答えた。そしてその年の予算編成で予算をつけた。 陳情を受けても実現できなかった場合もある。けれども必ず返事を出した。そうすると、「あの田中角栄が話だけでも聞いてくれた」となる。 角栄は自分が恩を受けたときの心構えを、こう説いている。〈これみよがしに「御礼に参上した」とやってはいけない。相手が困ったとき、遠くから、慎み深く返してやるんだ。〉 角栄の言葉の裏には、人間心理の機微を知り尽くした行動が伴っていた。「人たらし」の真骨頂である。関連記事■ 女性問題で窮地の若手議員が田中角栄に一生忠誠誓った理由■ 田中角栄 北方四島交渉でソ連に「イエスかノーか?」と強気■ 田中角栄と「越山会の女王」の間に生まれた女性が綴った本■ 田中角栄の金権政治にかかわる新事実を白日の下にさらした本■ 田中角栄が机をがんがん叩いたからこそ成立した日ソ共同声明

  • Thumbnail

    テーマ

    小池百合子はハシズムを超える独裁者なのか

    「ハシズム」。元大阪市長、橋下徹氏の独善的な政治理念と手腕を揶揄した造語が生まれたのは、彼が政治家として絶頂期を迎えたころだった。先の都知事選では、有権者の熱狂が小池都政の誕生を後押しした。小池氏の視界の先には、ハシズムを超える東京の未来が待ち受けているのか。

  • Thumbnail

    記事

    国民の声は「神の声」なのか 政治リーダーへの信頼と民意の不条理

    えた改憲志向勢力の議席数が、憲法改正国会発議に必要な参議院「三分の二」に達したことは、国民投票という政治プロセスへの対応が現実の課題となったことを示している。憲法改正プロセスは、衆参両院「三分の二」による発議の上に、国民投票による可決を要しているからである。 もっとも、国民投票付託という政治対応は、それ自体としてはリスクの大きいものである。国民投票付託という政治対応の怖さを鮮烈に世に印象付けたのは、英国のEU(欧州連合)離脱の是非を問う国民投票であった。この国民投票に際して、デーヴィッド・キャメロン(英国前首相)は、「ブリメイン」(英国のEU残留)という結果を期待しながらも、「ブレグジット」(英国のEU離脱)という結果を招いた。キャメロンの政治対応は、国際政治上の動揺のみならず、自らの政権運営の終焉を招くことになったのである。EU首脳会議後、記者会見するキャメロン英首相=6月29日、ブリュッセル(ロイター=共同) こうした経緯を前にして、国民投票という政治プロセスの意味を確認することは、大事である。それは、民主主義という政治体制の意義を、どのようなものとして認識するかということに関わる論点であるからである。国家統治に係る最終的な意思決定を国民の判断に委ねるという意味において、国民投票は民主主義の論理の究極形であるという評が一方にあれば、国家統治に係る結果責任を何ら負わない国民に判断を委ねる意味において、国民投票は「ポピュリズム」の跋扈と「モボクラシー」(衆愚政治)への転落を促すという評が他方にある。先刻の「ブレグジット」騒動の最中でも、たとえば、デニス・マックシェーン(元英国欧州担当閣外相)は、「庶民は頭(理屈)でなく腹(感情)で判断する」という言葉とともに、「ブレグジット」を招いた民意の非合理性を指摘した。英国のEC(欧州共同体)加盟以降、四十年に渉り、英国が欧州統合の輪の中で積み上げてきた社会・法制度上の蓄積が一夜にして崩される事態は、国民投票に反映された民意の「非合理性」を象徴的に表している。ド・ゴールと仏国民が互いに寄せた「信頼」 しかしながら、この「ブレグジット」騒動とは異なる国民投票の風景として思い起こすべきは、戦後フランスにおける政治上の「巨星」であるシャルル・ド・ゴールの事績である。第二次世界大戦後、久しく政界を離れていたド・ゴールが復帰した一九五〇年代半ば、フランスの世情は騒然としていた。アルジェリア植民地の独立を求める勢力と植民地権益の護持を唱える勢力の確執は、内乱とも評すべき様相を呈していたのである。ド・ゴールは、戦後のアジア・アフリカにおける植民地独立の動きを見誤ることなく、アルジェリア植民地放棄に道筋を付けたけれども、その折に採られたのも、国民投票付託という政治対応であった。ド・ゴールがアルジェリア独立を承認する国民投票に際してフランス国民に向けて発した言葉は、誠に印象深い。 「フランスは、希望に満ち、国益に一致し、未来にそなえて、無秩序、混乱のアルジェリアではなく、平和で責任あるアルジェリアにむかって決定を下そうとしている。だから私はフランス人たちに《ウィ》の投票を要請する。ためらわずに、圧倒的な《ウィ》を」。 そして、国民投票では、フランス本国在住有権者の七五パーセント、アルジェリア在住有権者の七〇パーセントが、ド・ゴールの期待する《ウィ》の票を投じたのである。パリ・クレマンソー広場にあるシャルル・ド・ゴール像 ド・ゴールは、「国民の声は神の声である」と認識し、自らの執政に対する支持を絶えず訴えたけれども、その政治姿勢は、結局のところは、「国民に対する信頼」に裏付けられていた。往時のフランス国民もまた、ド・ゴールの政治姿勢に相応の「信頼」を寄せていたのである。  こうした政治指導層と一般国民の間の「信頼」こそが、国民投票という政治プロセスを成り立たせる一つの前提である。国民投票に関して、それを「民主主義の究極形」と称揚する議論も、それを「モボクラシーへの近道」として警戒する議論も、それ自体としては余り意味のあるものではない。要は、そこに「信頼」があるかということなのである。「ブレグジット」事態を招いたデーヴィッド・キャメロンの政治姿勢には、そうした「信頼」とは裏腹な「浮薄」の風情が漂っていた。「ブレグジット」という結果に表されるものが、英国のEU離脱の是非といった政策対応の評価も然ることながら、キャメロンに対する不信任でもあったと解するのは、強ち無理だともいえまい。これは、先々の日本における憲法改正国民投票のプロセスを展望する上でも、以て瞑すべき話である。

  • Thumbnail

    記事

    国民投票はパンドラの箱 民主主義の「怪物」は日本人にも宿る

    えるどころか、ますます深まっている。 何よりもショックだったのは、今回の国民投票、そしてそれを受けた政治過程に、私の知る、良い意味での「英国らしさ」がなかったということだ。国民投票をきっかけにして、英国の政治は、取り返しの付かないかたちで、変質し始めようとしているように見える。そして、このことは、日本にとっても決して他人事ではないと思う。英首相官邸前でEU旗を掲げる残留派の男性=6月24日、ロンドン もともと、英国は、日本と同様、長い歴史と伝統を誇る国である。その英国においては、政治は、「暗黙知」を一つの叡智としてやってきた。すべてを言わなくてもわかる、無言のうちに共有されている価値観がある。そのことを前提に、重要な「変革」をしてきたのである。 英国には成文憲法がないのは、有名な事実である。アメリカ合衆国憲法のような成文憲法は、独立戦争や革命といった劇的なことが起こる国にこそふさわしいのであって、英国のように、徐々に、慣習を積み重ねることによって社会を変えてきた国では、「これが我々の憲法だ」と声高に主張するような「派手な」行為は、むしろ、恥ずかしい、そぐわない、というくらいに思われてきた。 例えば、「首相」という地位でさえ、長年の慣習の積み重ねで、半ば自然発生的に生まれてきたのである。英国史上「最初」の首相と言われているのは、18世紀に活躍したロバート・ウォルポールだが、これも、後から振り返れば「首相」に当たる職務を果たしていた、というだけのことで、明確にそのような地位が設けられたわけではなかった。 英語では、すべてのことを明確に言う、という「俗説」が日本には流布しており、今でもそのように思い込んでいる人がいるが、それは全くの誤解である。おそらくは、同じように英語を話すアメリカの一部の人たちの振る舞いを見てそう思ったのか、あるいは、英語の理解が、そもそも中途半端だったのだろう。 日本人以上に「あうんの呼吸」が重視される英国 実際には、英国でのコンセンサスの形成は、それこそ日本で言う「あうんの呼吸」で行われる。私がケンブリッジ大学に留学していた時に、トリニティ・カレッジで見聞きしたフェローたちの振る舞いを見ても、そうだった。留学後も、私はほぼ毎年英国を訪れているが、実際には、英国人どうしのコミュニケーションは、時に、日本人以上に「あうんの呼吸」で進む。 「そのことについては・・・」と話し始めて、その途中で言いよどむことだってしょっちゅうある。あとは、言外に示唆されたニュアンスを拾って、お互いの理解が進み、また、物事が解決していくのである。 物事をはっきりさせて白黒をつけるよりも、このような曖昧なアプローチをとることには、それなりのメリットがある。 まずは、複雑な現実を、そのまま認識できることである。政治に関わる様々な状況は、単純に割り切ったり、決めつけたりできないことも多い。刻々と変化する状況に合わせて、適切な判断をするためには、一見「曖昧」に見える、慣習の積み重ねの方が適している場合が多い。 次に、人間のすぐれた「直観」の能力を用いることができることである。直観は、大脳新皮質の中の論理だけでなく、身体性と深く結びついている。いわゆる「内臓感覚」(ガッツ・フィーリング)である。英国では、伝統的にサッカーやラグビーなどのスポーツが教育の重要なポイントとされているが、そのようなカリキュラムも、直観を育むためという側面があるのだ。 さて、EU離脱の国民投票である。これまでの英国の伝統から言えば、EUに留まるかどうか、留まるとしてどのような交渉をするかということは、繊細でバランスを考えた状況認識、交渉、そして決断で行われたのではないか。首相官邸前で辞意を表明するキャメロン首相=6月24日、ロンドン 保守党内の突き上げによるものとは言え、キャメロン前首相がEU離脱についての国民投票を実施する、と表明したこと自体が、これまでの英国の政治的伝統から見れば、異質なことだと言える。 さらに、キャメロン首相を受け継いだメイ首相は、国民投票の結果を、文字通り実施すると表明している。これも、従来の英国の伝統から見ると、違和感がある。本来、情勢は微妙に変化するはずであり、ある時点での状況判断が、後にも有効であるとは限らないからである。 国民投票で、一票でも多い方が「国民の意志」であり、それは誠実に実行しなければならない、というのは、一つの「イデオロギー」であろう。多数決は、民主主義の大切なイデオロギーかもしれないが、唯一の考え方ではない。それにもかかわらず、それがわかりやすい「数」の力であるために、国民投票が一度実施されてしまうと、誰にも動きが止められない「怪物」になってしまうことも、また事実である。 英国は、長い伝統の中で、健全な現実主義を培ってきた。共産主義は、ロンドンの大英図書館に通ったマルクスによって構想されたが、英国内では、現実の政治で力を持つことはついになかった。英国の現実主義の中で、共産主義というイデオロギーの「怪物」が跋扈する余地がなかったからである。 では、「国民投票」はどうか。ある時点での、単純な「二択」(「残留」か「離脱」か)を選択させて、その結果に従うことは、本当にその国のためになるのか。EUからの離脱が、スコットランドや北アイルランドの独立の可能性など、さまざまな事態を招き、まさに「パンドラの箱」が開いた様相を呈している英国の状況を見ると、「多数決」という民主主義のイデオロギーの実態が、それが一見正しいものに見えるだけに、大いに疑問に思えてくるのである。 日本もまた、英国と同じように、長い歴史を持つ国である。時代に合わせてさまざまなことを決めていくことは大切だが、必ずしも住民投票、あるいは国民投票というかたちによらなくても良いのではないか。 脳の働きを説明する概念の一つとして、「マインドフルネス」がある。周囲の状況を、いきいきと、そのまま受け取ること。英国の政治の最良の伝統は、リーダーたちのマインドフルネスの中にあったように思う。国民投票の盲信は、刻々と変わる状況に対する「マインドフルネス」を封印することにつながりかねない。

  • Thumbnail

    テーマ

    日本人に国民投票は馴染まない?

    英国EU離脱をめぐる国民投票とその後の混乱は、民主主義の在り方に一石を投じた。そして、わが国でも憲法改正の是非を問う国民投票が現実味を帯び始めた。とはいえ、日本人は「和」を重んじ、「白黒」を嫌う国民性である。そもそも、憲法改正の手続きに国民投票がなぜ必要なのか。その是非から考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    ヒトラーも好んだ国民投票、それでも最後の意志決定はこれしかない!

    とは、有権者が、政府の提示した問題に対して直接投票することで、意思を示す仕組みです。有権者が直接的に政治決定に参加する 直接民主主義の一形態です。 スイスは、国民投票をしばしばやることで有名です。2009年にはミナレットと呼ばれるイスラム教の尖塔の建設禁止案は57%の賛成で否決されています。(http://www.sudd.ch/event.php?lang=en&id=ch082009)2014年には大量移民規制案の投票が行われ、50.3%が規制に賛成しました。政府は移民数の上限を決める法律を作ることになりましたが、EUの移動と居住の自由に反するのではないかと問題になりました。(http://www.huffingtonpost.com/daniel-ammann/the-real-reasons-why-the_b_373947.html) このようにスイスのような国は、近年では特に移民問題は国の重要事項であると考えているので、国民投票を実施しているのです。 一方で、国民投票には批判が多いのも事実です。まず、 政府の権威を高めるための政治的な手段であるとしての批判があります。有権者が政府の意思と同じ決定を下すだろうなあという問題に対して 実施されるため、 政府が、権力を強化する際に行われることがあります。 また、議論になりそうなことがらの意思決定を避け、結果を国民に押し付けることで責任を回避する際に行われることもあります。国民投票はムッソリーニやヒットラーの好んだ人民決定主義 国民投票は、ナポレオン、ヒトラー、ムッソリーニなどの独裁者や、南米の権威主義政府が政治的手段として活用してきた経緯からも度々批判されています。 独裁者やポピュリストは、巧みな宣伝で、問題を簡略化し、国民の意思を欺くとされているからです。 最後の香港総督であったイギリスの政治家クリストファー・パッテンはBBCのインタビューにおいて以下のように語っています。(http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/breakfast_with_frost/2954232.stm) 「私は国民投票は最悪なものだと思いますよ。Julian Critchley がいっていた様に、国民投票というのはムッソリーニやヒットラーの好んだ人民決定主義です。政府(代議制の仕組み)を傷つけるものですよ。この前の選挙でもわかりましたが、政治家の選挙運動中に国民投票をやりましょうとなると、『ああ、それについては話しませんよ、話す必要なんかないんです。国民投票で決めるんですから』となるんです。だからこの前の選挙期間中にはユーロについて全然議論されなかった。私は国民投票というのは、私達のシステム(イギリスの代議制)では基本的に非民主主義ですし、私は関わりたくないですね。つまりですね、政府が弱い時だけにやることを許可する仕組みなんですよ」 様々な批判もありますが、しかしながら、国民投票は代議制を補完する民主主義の形態の一つであり、その結果は、有権者の意思です。国民投票の仕組みは、「民主主義的な意思決定の結果」仕組みとして存在しているからです 。つまり、国民投票の結果を批判している人々は、民主主義そのものを否定しているということです。憲法改正は国民投票で決めるべきか? 参院選の結果を受け、日本でも将来の憲法改正の国民投票について注目が集まっているようです。私は現行の憲法を改正する必要はないと考えていますが、有権者が国民投票を望むのであれば、それを否定することは難しいでしょう。発動するのが政府だとしても、その政府を選んだのは有権者であり、日本は民主主義国家だからです。民主主義が嫌だというのであれば、北朝鮮に移住するか、日本国籍を捨てて、巨大なクルーズ船の中に建設された移動国家に住むほかないのでしょう。

  • Thumbnail

    記事

    直接民主主義vs間接民主主義の二項対立発想ではダメ

    はつくづく悩まされた。市議会議員の1人ひとりと話すとけっこういいこと言うんですね。なんだかんだいって政治家を目指した以上、それなりに志もあったんでしょうし。 でも、とにかく党派の党議拘束が強くて、どんなに議論しても意味がない。ものすごい無力感がありました。上野 議会が自分で自分の首を絞めていますね。質問は全部事前に出して、時間制限して、追加の質問を認めないとか、さっきおっしゃった都の説明会と同じようなルールを自らに課して、バカじゃないかと思います。1人ひとりはいい人なんだけど、束になると……。國分 束になると何の存在感もない。単なる駒になってしまう。「特定秘密保護法案が成立」を報じる2013年12月7日付朝日新聞朝刊の1面(手前)と社会面上野 代議制民主主義とは、間接民主主義でもあります。これに対して直接民主主義に比較的近いのが首長選挙。そのために市長と議会の主張が異なって、ねじれるケースがあります。その意味での「ねじれ」が絶対に起きないようになってるのが議院内閣制。国政では議会における与党の長が総理大臣になるので、ねじれが起きない。小平市の場合は、そのねじれもなかったんですね。國分 ねじれはない。その緊張感のなさは、ちょっとびっくりするほどです。上野 私はポツダム民主主義というものに極めて深い疑念を持っていたから、支持政党なしなんです。私を満足させる政党なぞこの世にない。國分 それは非常に難しそうですね(笑)。上野 私はかなり長期にわたって、投票に行きませんでした。代議制民主主義を信じるには、あまりにラディカルだったので(笑)。でも年とともに改良主義者になって、最近はちゃんと選挙に行くようになりました。そういう人間がほかの人たちに、「選挙行った?」と聞くのはほとんど偽善に近い(笑)。だから、若い人たちに「投票に行け」とは言いません。 それにロビー活動(注:議員ひとりひとりに影響力を行使する働きかけ)も、やらなかったわけではないんだけど、非常に無力感に陥るんですよね。やっぱり代議制民主主義っていうものに対する根本的な不信感があるから。その点は國分さんとも一致すると思います。 小平市で今回使われたのは、住民投票という直接民主主義の手法ですね。國分 はい。ただ、一つ付け加えると、「直接民主主義」という言い方でいいのかどうか僕はちょっと疑問があります。そもそも「直接民主主義」という言葉はいろいろ誤解があるし、指示内容もはっきりしないので、僕自身はあまり使わないようにしているんです。よく学生から、「ほんとは直接民主主義がいいけど、それはできないから次善の策として間接民主制を採っている」みたいなことを言われるんですけど、いったい誰がそんなことを言ったのだろうか(たとえばカントは明確にこういう考えを否定しています)。代表制という仕組みは避けられないものですし。上野 確かに住民投票だって多数の専制ですからね。これを直接民主主義と呼んでいいのかどうか。直接・間接とは別の民主主義もありうると私は思うんですが、その話はあとでしましょう。住民投票不成立、そしてこれからどうするのか?住民投票不成立、そしてこれからどうするのか?上野 住民投票に関しては自治体ごとにいろんなルールがありますが、小平市では「投票率が50%を超えなければ不成立として、投票結果を開票しないことにする」と、途中で市長がゲームのルール変更を言い出して、それを議会が認めちゃったわけですね。投票率50%、有権者の半分というのは、憲法を変えるよりハードルが高い。憲法は投票数の過半数の賛成で変えられるとなっていますが、投票率の条件はありませんから。こんな首長をそのまま黙って置いておくんですか、小平市民は。國分 市長のリコール運動をやってもよかったのかもしれませんが、僕は、前向きになれなかったですね。だって、リコールは非常に否定的な運動でしょう、「あいつをやっつけろ」という。それなら道路建設で失われる雑木林の価値を訴える方向の運動をしたいと思った。少なくとも僕はそういう考えでやっていました。上野 投票した人たちは、住民の何割でしたっけ?國分 35.17%、3人に1人です。上野 3人に1人が投票所に足を運んだなんて、すごいです。でも投票率50%を下回ったからって投票箱が開けられることもなく、塩漬け状態なんですね?國分 市ははじめは投票後90日くらいで捨てると言ってたんですけど、裁判をやっている間は捨てないと言わせました。それは唯一勝ち取った点ですね。上野 廃棄の差し止め請求をやったら止められるでしょ? 投票は公文書と一緒だから。國分 廃棄差し止めはしませんでしたが、情報公開請求はして、すぐはじかれました。上野 はじかれた?國分 情報公開条例を持っている市なのに、やっていることが訳わかんないですね。上野 少なくとも投票用紙の廃棄についてはストップをかけられた。國分 はい。何も言わなかったら廃棄してたと思います。上野 そうでしょうね。それでこの後、小平市は、どうなるんです? みんな固唾(かたず)を呑んで見守ってると思うんだけど(笑)。住民投票不成立でも、まだ打つ手はある國分 先日、道路問題をめぐるイベントを開いて、吉野川の可動堰建設をめぐる住民投票で尽力された村上稔さんという方に来ていただいたのですが、村上さんがとてもあっさりと、「いやあ、まだまだいろいろやることあるんじゃないですか」とおっしゃった。それでスーッと胸のつかえが取れました。 住民投票が不成立に終わって、もう打つ手がないんじゃないかと、僕自身、とても落ち込んでいたんです。でも、それを口に出しては言えなかった。運動をやっていた他のメンバーも実は同じだったようで、イベント後の打ち上げで、みんな口々に、「いやあ、ほんとはもうダメなんじゃないかと思ってました」「ずっと落ち込んでました」と。村上さんの話を聞いて、まだできることがあると気がついて、初めて正直な気持ちを言い合えました。 僕が今、個人的に考えているのは、『来るべき民主主義』の付録1として収録した交通量の話をもっと主張しようということです。東京都が道路建設の根拠として出してきた、「これから交通量が増える」という数字はウソだということを論証しています。僕、この本でいちばん苦労したのが、付録1の数字のところなんですけど、なかなか言及してもらえない。まぁ、2回ぐらい読まないとわからないって言われましたし(笑)。だから、もっとわかりやすくしてパンフレットにしようかなと思ってます。上野 この部分はエビデンス・ベースドの議論で、とっても社会科学的ですね。國分 まあ、いちおう社会科学出身なんですけれど(笑)。上野 50年前はモータリゼーション勃興期でしたから、交通量が増えるという予測でしたが、50年経ったら人口減少社会ですから、交通量予測はほとんど下方修正してますよ。非常に説得力のあるデータだと思いました。國分 ありがとうございます! 社会学者の上野先生からそう言っていただくと嬉しいです。議会が蛇蝎のごとく嫌う「市民ワーキンググループ」議会が蛇蝎のごとく嫌う「市民ワーキンググループ」上野 國分さんは、たとえば住民投票や直接選挙などのルールをつくることを含めて、民主主義は市民の政治参加の1つのルート、そしてそのルートは1つじゃなくて数が多いほどいい、つまり複数の民主主義という素晴らしい提案をしておられます。國分 はい、そうなんです。上野 ただ私が「哲学者っていうのは、能天気で楽天的な人なんだなあ」と思っちゃうのはさ(笑)、こういうルールを決めるのはすべて議会でしょ? 議会っていうのはね、住民参加が大嫌いなんですよ。自分たちの意思決定権の基盤が取り崩されちゃうわけだから。 國分さんは本のなかで「市民のワーキンググループ」とか、いろんなアイデアを出されていますし、実際にいろんなところですでに実施されています。でも、どこでもワーキンググループ方式は、議会から蛇蠍(だかつ)のごとく嫌われていますね。國分 それはよく知っています。上野 現状ではどんな改革案にしても議会が決めるということ自体は、変えられないんじゃないですか?國分 その点は、「決める」という行為をきちんと腑分けする必要があると思うんです。僕は「行政が決める」とは言っていますが、最終的にハンコを押してるのは議会ですよね。そうやってお墨付きを与える行為と、内容をかたちづくる行為とを、区別しなきゃいけない。 議会が最終決定するということは動かないにしても、それ以前のかたちづくるところには影響を与えられるかもしれない。甘いかもしれませんが、たとえば世論、あるいはこういう本によって、「今の議会制民主主義だけではダメだから、いろんな制度がなきゃいけない」という声が高まって、議会でも受け入れざるを得ない、そういう状況をつくっていかなきゃいけないというのが、僕のいちおうの答えです。上野 こういう話をしていていつも思い出すのは、かつて日本一の福祉の町と言われていた秋田県鷹巣町のことなんです。ここではワーキンググループをつくって市民の要求を引き出しました。人口1万9000人の町で、100人以上が福祉政策を提言するワーキンググループのメンバーとなり、これが完全に議会と対立しました。 このワーキンググループは町長主導だったんですね。町長と議会とがねじれ構造になっていたために、町長が市民を味方につけて二重権力状況をつくり出すために、ワーキンググループを利用したというのが議会の見方でした。そして町長が落選したことで、ワーキンググループが主導していた福祉事業も頓挫してしまいました。住民投票だってやればいいわけじゃない國分 その点は非常に注意しなきゃいけない。市町村合併のケースが典型なんですが、市長など首長が、自分たちを正当化するために住民投票を利用することがあります。僕は住民投票はあくまで住民主導で、住民が署名集めして実施するということが決定的に重要だと思います。住民投票さえやれば素晴らしい民主主義だっていうことには全然ならない。この点は本でもはっきりと書いておきました。議会と首長が共謀すれば、住民投票を実施させるのは簡単です。だから、住民投票もワーキンググループも、やればいいってことじゃないのは、強調しておきたい点ですね。東京電力福島第1原発=2016年11月 でも僕は「住民投票なんかやらないほうがいいよ」と直接言われたことは、まだ一度もないんです。ツイッターでも一度もないんじゃないかな。「道路なんかつくらせておけばいいんだよ」とは言われたことがありますけど。だから「行政はあまりにも住民の意見を聞かなすぎる」というコンセンサスは、人々の間にわりとできているのかなという実感を持ちました。上野 こういう例はどうですか? 原発再稼働をめぐって、都民投票をやろうっていう運動がありましたね。あれに良識ある人の中から反対がありました。「今、都民投票なんかやってしまったら、取り返しのつかないことになるかもしれない」という不安からです。投票する都民を信頼できないっていうね。國分 それは原発というイシューの特殊性もあったのかもしれない。原発をつくる云々っていうのは、東京都庁が決めていることではなかったわけですから。上野 それはそうですが、東京都は東電の最大の株主ですよ。國分 そういう意味ではもちろん大きい影響力を及ぼす可能性がありましたけど、道路とはちょっと違うように思います。 ただ僕は、思い上がりかもしれませんけど、今回の小平の件で、住民投票という言葉がだいぶ広まったような気がしないでもないんです。これをきっかけに、民主主義をめぐる議論、あるいは世論を、いろんなかたちで醸成していけるんじゃないかっていう希望は持ってますね。ご近所同士で政治や原発の話ができるようになったご近所同士で政治や原発の話ができるようになった上野 小平市の住民投票では、道路建設の是非じゃなくて、住民の意思を聞こうという、ワンクッション置いた提案をなさったんですね。つまり市民に、「これ、キミの問題なんだよ。当事者になりなさいね」という、そういう働きかけをなさったと考えていいんですか?國分 そうですね。「あなたは当事者じゃないですか? どう考えますか?」という呼びかけだったと思います。「もし当事者だと感じられたら議論しましょう。そのために住民投票をやりましょう」ということです。 この選択肢をつくった時点では、僕はまだ運動に関わっていなかった。住民グループの方々がすごく議論してつくったんです。僕はその選択肢に心から感動して、これが参加型民主主義だって思った覚えがありますね。上野 道路建設是か非かを問うのではなくて、市民の意思決定への参加を問うところに持っていったのは、ひとつの知恵だったと私も思います。市民参加意識っていうのは、結果よりもプロセスにあるので。 というわけで小平市の3人に1人は市民意識をお持ちになった。諸般の事情で投票に行けなかった人もいるでしょうに、小平市の全有権者の3人に1人は投票に行ったというのはすごいことです。この事実は消えないですよ。國分 それに、地域で政治の話をするようになったんですよ。娘のママ友とか、今までだったら挨拶しかしなかった人とコンビニで会ったときに、住民投票の話をするようになった。それは大きな収穫でした。上野 そうですね。原発事故は大きな犠牲を払いましたけれども、社会学者の小熊英二さんに言わせると、そのせいで、今日本人は、原子力リテラシーが世界で最も高い国民になった。「ベクレル」という言葉がそのへんで通用するし、「シートベルト」が「シーベルト」に読めてしまうっていう(笑)。原発や政治をめぐる話を近隣の人たちとできるようになった、この意識が後退することはないでしょう。政治参加のルートは多ければ多いほどいい政治参加のルートは多ければ多いほどいい上野 もういっぺん、さっきの間接民主主義と直接民主主義の話に行きましょう。この2つを二項対立で考えると、議員を選挙で選ぶのが間接民主主義、つまりエリート政治です。他方、直接民主主義にきわめて近いのが首長選挙で、住民投票もこちらの仲間ですが、これはいいほうにも悪いほうにも働く。 たとえば千葉県では、堂本暁子知事と議会多数派の自民党がことごとく対立して、堂本さんのやりたいことを頑として通さなかった。これは間接民主主義が機能しなかった例だと言えるでしょう。おおさか維新の会の法律政策顧問を務める橋下徹氏 その一方で首長は直接民主主義で選ばれるから、たまに妙な風が吹いて、大阪の橋下さんのような人を権力の座に押し上げちゃう。彼は大阪のおばちゃんたちに人気があるんです。この調子で、「まあ、いっぺん総理やらせたったらええやないか」みたいな感じになったら大変だと思っていたら、最近になって「風俗活用」発言で失速してほっとしています。つまり首長選挙のように直接民主主義と呼ばれるものには、衆愚政治が行われるかもしれないというリスクが伴います。 さっき代議制民主主義は好きになれないと言いましたが、じゃあ、直接民主主義にもろ手を挙げて賛成と言うかというと、ここもなかなかつらい。國分 「直接民主主義」という言葉をどう理解するにせよ、現在のような「人」を選ぶ選挙だけだと、社会で問題になっていることについて自分で考える機会がなかなか与えられないということが問題だと思います。 よく「住民投票はポピュリズムになる」という批判があるけどまったく違う。それとは逆で、自分たちで決めなきゃいけなくなるから、勉強会をやったり、シンポジウムに参加したりして、知識が高まっていくんです。むしろ、ふだんの選挙ではそういうことをやらないから、ポピュリズムになってしまう。今の制度は、有権者が政治について考えることを促進するようなかたちになっていない。とくに選挙運動の期間が短いことは致命的ですよ。「地方の首長自治」になる恐怖上野 想田和弘さんが最近、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか』(岩波ブックレット)っていう恐ろしいタイトルの本を書かれました。彼は、今の有権者の政治参加意識が低い根本的な原因は、自分たちが政治の消費者であるという意識を持つようになった、つまりお客様になっちゃったからだと分析しています。有権者は本当は、お客さんであると同時に、株主なんですよね。会社が潰れたらツケが来るのは株主じゃないですか。なのに、その自覚がまったくなくて、文句だけ言ってる。宮台真司さんの言う「おまかせ民主主義のブータレ」というやつですね。國分 想田さんのおっしゃることはよくわかります。ただ、「消費者」になってしまった人に、「あなたは当事者なんですよ! 何で分からないんですか!」と意識改革を迫っても、何も変わらないと思うんですよ。そこはやっぱり、自分が当事者として、実際に行動をやってみせるっていうのが僕の信念ですね。海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」に着艦する米海兵隊のオスプレイ=鹿児島県西方沖上野 その際、参加のルートは多いほどいい。行政に対しても司法に対しても、世界的なトレンドでは、市民参加の動きが起きています。裁判員制度だって司法への市民参加ですしね。指定管理者制度も評判が悪いけれど、行政への市民参加のひとつではある。公共施設の運営を、市民に委ねる制度です。役人にまかせるよりずっとよい運営ができています。やらないよりはずっとマシだと思います。こういうトレンドは絶対後退させないほうがいい。だから、日本でも政治への市民参加が進んでるのは確かだと思う。國分 そういう点から見たら、僕の言っていることを後押ししてくれるようなトレンドもあると言えるかもしれない。 ただ、僕が重視しているのはやはり行政の決定プロセスへの介入なんです。たとえば僕は、地元で保育園のことにいろいろ関わったりしていたんですけど、保育園の民営化なんかは、市役所が勝手に決めるんですよね。住民が行政に全然関われないということを最初に見たのはその事例でした。そういうことに住民がもっと関わる制度って、簡単につくれると思うんですよ。上野 だったらたとえば公務員を全部任期制にして、5年に1回、実績に応じて契約更新するとか。給料は税金から出ているので、そういうこともありかも。今は地方自治法もかなり大幅に改革されていますから、その気になれば自治体が自由にできる裁量権は前よりもずっと広がっているはずです。國分 ただ逆に「地方自治」という言葉に縛られて、地方でおかしなことが起きていても、国が介入できないという事実にも目を向ける必要があると思います。橋下氏みたいな強力な市長がいると、上からも下からも何も言えなくなってしまう。上野 地方自治は大事です。国策だからって、勝手にオスプレイを配備したり、原発を再稼働してもらったりしちゃ困る。地元自治体の同意が要るというのは、素晴らしい制度です。國分 そういうとき、主権は地域の住民が持っているんだということがきちんと確認されていかないと、「地方自治」が「地方の首長自治」になってしまい、怖い気がしますね。上野 大飯原発再稼働をめぐっては、地元の町議会は、1人だけ反対、残りは全員が賛成でしたね。(構成 長山清子)うえの・ちづこ 1948年、富山県生まれ。東京大学名誉教授。立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘教授。認定NPO法人WAN(ウィメンズアクションネットワーク)理事長。東京大学大学院教授を2011年に退職。日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア。近年は介護とケアへの研究領域を拡大。著書に『スカートの下の劇場』(河出文庫)、『家父長制と資本制』『生き延びるための思想』(岩波書店)、『おひとりさまの老後』(法研)、『女ぎらい』(紀伊國屋書店)、『ケアの社会学』(太田出版)、『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)、『快楽上等!』(湯山玲子氏との共著、幻冬舎)など多数。新刊に対談集『ニッポンが変わる、女が変える』(中央公論社)、共著『毒婦たち』(河出書房新社)。こくぶん・こういちろう 1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学経済学部准教授。専攻は哲学。主な著書に『スピノザの哲学』(みすず書房)、『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波書店)、『哲学の先生と人生の話をしよう』(朝日新聞出版社)など。『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)は、地元・小平市の住民運動への参加をとおして、現代の民主主義を新たな視点で捉えなおした話題作。関連記事■ 政治参加の正しい方法って何ですか?■ 「民主主義イコール多数決」ではない■ 民主主義についてよく語られる時代は民主主義危機の時代

  • Thumbnail

    記事

    ポピュリズムの支配下にある英国 国民投票が招いた愚かなEU離脱

    めるかは英国が決定できることであると反論しています。法律論を言えば、英国政府の主張に理がありますが、政治的には通りにくい議論です。思慮が浅かったキャメロン 今回、キャメロン首相が英国のEU離脱を国民投票にかけたことは、思慮が浅かったと言わざるを得ません。国家の重大事について、実質的な決断はせず、問題を国民投票に委ねると言う手続きだけを決めると言うのは、要するに問題を国民に丸投げすることであり、指導者として無責任です。そのうえ、最後は残留を強く訴えましたが、英国はEU外でもやっていけると過去に発言したこともあります。英国民投票の結果を受け、首相官邸前で辞意を表明するキャメロン首相=2016年6月24日、ロンドン(ロイター) 2014年のスコットランド独立の住民投票も、国のあり方を国の一部の住民投票で決めようとするもので、民主的でも何でもありません。ウクライナ憲法は、クリミアだけの住民投票でクリミアが独立することを違法としていますし、スペインも、カタルーニャ独立をその住民投票で決めるのは違法であるとしています。今回の件で、キャメロンは首相を辞任しましたが、当然のことでしょう。 英国のEU離脱問題は、今後とも経済面、政治面で大きな影響を与えていくでしょうが、その被害を限定的に抑えるということを念頭に置いた対処法が重要でしょう。 なお、離脱に決まったのは、移民問題の影響が大きいとこの論説は述べていますが、必ずしもそうではないかもしれません。人は、自分の運命は自分で決めたいと言う願望を持っています。EU離脱は主権を回復することになるとの宣伝の効果が大きかったとも考えられます。英国独立党のファラージ党首は6月24日を独立記念日と言いましたが、英国は植民地ではありません。独立記念日というより、連合王国崩壊の始まりの日である可能性もあるのです。

  • Thumbnail

    記事

    棄権多数でも承認? 憲法改正案の国民投票法は疑問だらけ

     猪野亨(弁護士) 先日、英国全土で行われた国民投票の結果、英国はEU離脱が決定しました。その投票結果はこれです。「離脱支持 17,410,742票」、「残留支持 16,141,241票」。1,269,501票の差です。EU離脱という大きな政策転換をわずか127万票の差で決めてしまいました。極論すれば過半数で決するということであれば1票差でも良かったわけです。 離脱票が1票でも上回れば離脱が決定するということになった場合、それは本当に民意の反映なんだろうかという疑問が沸いてきました。127万票の差でも同様です。最初からそのようなルールだということで国民投票が実施され、そのためにどちらの陣営も1票でも多くということでやってきた結果だから、それはそれで受け入れるということになるのかもしれません。英国民投票の結果判明後、ロンドンの路上で離脱派(左)とすれ違う残留派の女性(ロイター=共同) これが普通の選挙であれば、どちらが当選するのかは1票でも多い方が勝ちというのはそうなります。特に1人を選ぶ大統領選挙のようなものであれば多い方が勝ちということに必然性があります。もっとも、これが国会議員のような一定数を選ぶということになると、特に小選挙区の場合には死票の問題もあり、単純に比較1位が当選ということに問題はないわけではありませんが。 しかし、投票行動は、ちょっとしたことで投票率だったり、極論すれば投票当日のニュースによっても左右されかねないものです。英国では、投票前に残留派の女性国会議員が射殺されるという事件が起きました。この時は、どちらに有利に働くのかなどという観測記事も出ていましたが、少なからず影響を与えるものであることは間違いありません。 そのときに起きた偶然なのか故意にかはわかりませんが、こういった事件が影響を与えるというのは好ましいことではありませんし、それとは全く関係なく投票行動を決めるべきなのでしょうが、現実はそうはならなかったでしょう。もし、この事件がなければ、果たして結論が同じだったかどうかは仮定の話なので全くわかりません。 根本となる決まりごとについて、現状に変更を加えるのであれば、3分の2の賛成が必要というように承認(議決)のための要件を加重するという場合も少なからずあります。3分の2を超えるのであれば1票差であったとしても単純過半数ではありませんから、変更したいという明確な意思とみることができるからです。細かい条件の明記がない国民投票法 もっとも投票(総)数を基準とするのか、有権者総数を基準とするのかによっても全く異なります。本来、現状変更であるならば、有権者総数で見るべきだと思いますが、色々な組み合わせが考えられるところです。 有権者総数  そのうち3分の2の賛成        賛成は単純過半数で足りる      どちらもあり得る 投票(総)数  そのうち3分の2の賛成         賛成は単純過半数ではダメ。 今、英国では残留派からの投票のやり直しを求める署名が殺到しているそうでうす。「投票やり直しの請願殺到 英下院サイトがダウン」(産経新聞2016年6月25日)「報道によると、請願は昨年11月から出されていた。23日の投票率が75%未満で、多数だった方の得票率が60%未満だった場合、やり直しを求めるとの内容。今回の投票率は約72%、多数だった離脱支持は約52%で、いずれも請願の条件内だった」 極端なことをいえば、今、投票のやり直しをすれば、投票行動に変化が出て、違った結論が出ることも充分に考えられます。その意味でも、単純過半数で決したことについては、特に負けた残留派は納得がいかないのも無理からぬものがあります。賛成・反対の単純比較では、このような問題を引き起こします。 日本国憲法の憲法改正に関する国民投票では、条文上は過半数ですが、細かい条件は書かれていません。「この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする」棄権が多数でも承認される? 国民投票法では、憲法改正案に対する賛成の投票の数が投票総数(賛成の投票数と反対の投票数を合計した数)の2分の1を超えた場合は、国民の承認があったものと規定されています。従って、棄権が多数でも承認されることがあるという制度になっていますが、有効投票率も規定されておらず、極めて疑問の多いものになっています。参照「憲法改正国民投票法案に関する意見書」(日弁連2005年2月18日)「投票に行かない(白票)というのは、現状の追認、支持と同じだと自覚しよう。」  ちなみに恐らくこの理は、安保条約の是非にも関係はあろうかと思いますが、憲法との関係でいえば、最高裁が違憲判決を下せば、それまでという性質のものです。(この点はEU離脱とは決定的に異なります。)衆院本会議=2016年5月31日、国会 他方で、現状で安保を憲法違反と主張しているのは共産党ですが、共産党が政権を取れば日米安保廃棄に向けて段取りをしていくことになるのでしょうが、段取りを踏まずに廃棄に向けて政策転換するということになれば、支持基盤がしっかりしていない限りは無理でしょう。 それは共産党が日米安保廃棄を政権公約に掲げて政権を取らない限りは無理ということでもありますし(通常は、経済の民主化が主要な公約になるため)、逆に安保廃棄を正面から掲げて政権を獲得したのであれば、そのように実行すべきということでもあります。(弁護士 猪野亨のブログより2016年6月25日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    英国のEU離脱が教えてくれた「間接選挙」の良さ

    、米オバマ政権との関係は冷却化した。鳩山由紀夫、菅直人、小沢一郎、岡田克也、仙谷由人の各氏らが行った政治外交は、中国漁船体当たり事件、「米軍基地は最低でも県外」という鳩山首相の発言などに見るように、まさに日本の国益が犯され、「彼らが日本を滅ばす」(佐々淳行氏)と思わせたものだ。 国民はこういう経過を覚えている。国民の多くは「政権はだれでも良い。うまくやってくれればいいいい」と思っているのだ。表面的に安保法案に不安でも、安倍政権があれほど主張するのは「そうしないと、日本が危なくなると思っているからだろう」とにらんでいる。実際、米国が軍事予算を削減し、内向き志向になっている一方、中国・北朝鮮の攻勢が強まっている。安保タダ乗りの時代は過ぎたのだ。 だから、アンケート調査では安保法案に反対しても、選挙では「我々の安全のために比較的うまくやってくれそうな方を選ぼう」と自民党支持者がふえるのだ。ここで、間接選挙の利点が機能する。 だが、安保法案を国民投票にしたらどうなるか。「うまくやってくれそうな政党」かどうかに関係なく、「安保法案反対」に○をつけてしまいがちだ。安保法廃棄が多数を占める恐れは十分ある。 まさに英国でそれが起こったのだ。国会議員の多数はEU残留派で、英国の有権者はそうした議員を「うまくやってくれそう」と選んだのに、直接投票で「離脱」を選んでしまった! 離脱派の英国人も、今の混乱を予想した人はそれほど多くなかったのではあるまいか。「こんなにポンドや株価が下落し、混乱が広がるなら残留で良かった」と反省している人も少なくないと思われる。  離脱派を率いた前ロンドン市長、ボリス・ジョンソン氏は「本心は残留支持だったのではないか」といわれる。3年前のインタビューで「私は単一市場の支持者だ。国民投票が実現したら、残留に投じる」と答えたという。 ではなぜ離脱派に転じたのか。ライバルである英首相、デービッド・キャメロン氏への強烈な対抗心が原因だ。彼の目に今回の国民投票は権力奪取の好機に映った。たとえ国民投票で負けても、離脱派の保守党員の信任を確保できれば、次期党首選出の布石になる。「僅差で負けて存在感を高められるのがベストシナリオ」と考えていたフシすらある。 離脱が実現し、自らが開いた「パンドラの箱」の衝撃を思い知ったジョンソン氏の悩みは深い。「離脱後の英国」がたどるべきシナリオをほとんど考えていなかったといわれる。 民進党の岡田代表も同様ではないか。党勢拡張と安倍政権の追い落としだけが目標で、もしタナボタのように安保法案廃棄が決まったら、日米同盟の関係調整や中国への対抗をどうするか、などあまり考えていないのではないか。そうした事態を回避する意味で、英国は貴重な実例を我々日本人に示してくれたのである。(ブログ『鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌』より2016年7月1日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    予想外の結果を生む「国民投票」 ポピュリストの扇動が孕むリスク

    数を獲得した政党は政権を担当し、その選挙公約を実施する。しかし、議会民主主義は決して勝利者オンリーの政治システムではない。国民の人権尊重や少数派の権利は保障される。その上、民主主義は2重、3重の自己規制のメカニズムが機能している。  先ず、総選挙で過半数を獲得した政権の任期は決められている。ローマ法王のように終身制ではない。通常、4年から5年だ。国会議員も同様だ。所属する政党の党綱領に縛られているから、自分勝手な言動をふるまうことはできない。  選挙で落選すれば、「先生」と呼ばれてきた国会議員も「ただの人」となる。日本の永田町の住民はそのことを肌で感じている。その意味で民主主義の多数決原則には暴走防止のさまざまな規制メカニズムが機能しているわけだ。換言すれば、民主主義下で独裁者が誕生しないように防止策がとられているわけだ。なぜ国民投票の結果は予想外になるのか 過半数を獲得した政党、指導者が任期中に大多数の国民に好ましくない政策を実施した場合、有権者は次回の選挙でその政党、指導者に投票しないという制裁を下せばいい。例えば、憲法改正という国の行方を決める大きな課題の場合、議会の3分の2の支持が必要な国が多い。  一方、国民投票の場合、そのよう自己規制メカニズムは十分ではない。国民投票で一度決定した政策は無効にするのは難しい。なぜならば、「国家の主権者」の国民自らが決定したからだ。誰がその決定を無効と表明できるだろうか。民主主義下では国民以上の高位の主権者がいない。国民投票のやり直しを主張したり、その無効を叫ぶことは、国民が自身の決定に文句を告げているような錯乱状況を意味する。   それでは、国民投票では国民の意思がなぜ予想外の結果をもたらすのだろうか。国民投票の場合、国民に十分な情報を提供し、その是非を判断できるだけの時間が必要となる。例えば、イスラム寺院の建設問題やイスラム教女性のスカーフ着用の場合、国民は自身の体験から判断できるが、原発建設の是非となれば、国のエネルギー政策から安全問題まで専門的な知識が求められる。だから知識も時間も限定されている多くの国民はポピュリストの扇動などにどうしても影響を受けやすくなるのだ。  国民投票の場合、技術的な問題点もある。国の行方を決定するEU離脱問題を「イエス」か「ノー」の2者択一形式でしか問うことが出来ないから、国民の意思が100%反映した結果をもたらすことは期待できない。だから、重要な議題であればあるほど、国民投票で問うことは賢明ではないと言わざるを得ないのだ。  間接民主主義の最大の利点には、国民はやり直しが出来ることだ。自己規制のメカニズムを有する民主主義も大衆迎合主義に陥りやすい弱点もあるが、現時点では最善な政治システムと言わざるを得ないわけだ。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年6月30日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    「喜劇の主役」鳥越俊太郎の大敗に見たドリーマーの終焉

    べき「現実」を徹底的に見せつけられた。彼ら若者は、口では、耳ざわりのいいことばかりを唱えるドリーマー政治家たちの「本質」をとっくに見てとっていたのである。それを思うと、2位増田寛也氏に100万票以上、また、3位鳥越俊太郎氏にはダブルスコア以上の大差をつけた「291万票」という小池百合子氏の大勝には、さまざまな意味が含まれていたことがわかる。 日本の選挙の中で、唯一、コントロールが利かない選挙――それが東京都知事選である。1100万人(正確には、1127万4000人)の有権者を持つ東京都知事選の結果は、言うまでもなく日本の「今後」を指し示すものである。悔しくてたまらない既存メディアは、これを「若者の右傾化」と呼ぶ。あるいは、「ネトウヨ」などというレッテルを貼って、その真実を見ようとしない。だが、今回の選挙で明らかになったのは、「若者こそリアリスト」であり、彼らが「DR戦争の主役である」ということだ。 60年安保を経験した高齢者、70年安保を戦った団塊の世代。先にイデオロギーありきの「55年体制」にどっぷり浸かった、言わば“55年症候群”の人たちの時代は「終焉を迎えた」のである。世代間戦争は明らかに若者、つまり、リアリストの勝利となった。その意味で、小池氏大勝は、高らかに“新時代の到来”を宣言するものだったと思う。(門田隆将オフィシャルサイト 2016年8月2日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    カギは来年の都議選 小池氏と都議会のパワーバランスを読み解く

    で勝ったとしても、その後の行政運営の中では、議会との対立構造の中では動かなくなるものが多いからだ。【政治と金で知事2連続辞職、知事選3回150億円使っても東京都は「利権構造」を解決できないのか】より こちらの記事で高橋亮平さんが指摘するように、議会の力に負けて自らの対決姿勢・公約を下げてしまう首長が存在することは確かです。 ですがこうしたケースの多くは、統一地方選挙のように首長選と議員選が同時に行われた場合です。(松戸市長選挙は少しだけズレているけど) その場合、まさに首長と議会は「等しく民意で」「同時に」選ばれたことになります。これでは確かに、首長が単独でゴリゴリと物事を進めていくことはできず、議会多数派との折衝・妥協をどうしても迫られることになります。 そう、決定的に違うのは「タイミング」と「都議会の任期」です。都議選までの動きが最初のターニング・ポイント 今回の小池都知事は、まず「直近の時期に」「単独で」300万票に迫る民意を受けています。都民の期待は何かが明らかであり、相対的に知事の力は非常に強くなります。 そして何より、都議会議員選挙はなんと10ヶ月後と直近に迫っています。大きな民意を受けて誕生した知事の提案を議会が否決し続ければ、 「議会が新知事に対して嫌がらせをしている」 「あいつらは一体なんなんだ!抵抗勢力だ!」 という空気が情勢され、あっという間に次期都議会議員選挙に暗雲が漂います。これを考えると、選挙を前にしてイメージダウンを避けたい都議会側は、どうしても知事に対して歩み寄りをせざる得ないというわけです。彼女自身が一番このことをわかっているはずですから、安易な妥協は行わずに、「東京大改革」に向けて必要な闘いはしっかりと進めていくのではないでしょうか。東京都議会本会議=3月27日、都議会議事堂 逆にすぐさま自民党と手を握るような姿勢を見せてしまえば、最大のパワーの源である「改革を求める民意」はあっという間に離れてしまいます。 一方で、「小池新党誕生か?!」「都議会自民党とは、徹底的交戦をするんですか?」というのも、それはそれで極端すぎると思います。あくまで目的は「東京大改革」を進め、都政・都議会のブラックボックスを開けていくこと。そのために協調すべきところは協調し、改革派議員たちとともに歩みをすすめていくこともあるでしょう。 我々としても、いたずらに対立を煽り都政を混乱させることは本意ではありません。新知事が都民にお約束した改革が行われるかどうかをしっかりとチェックしつつ、選挙で唯一支援を行なった都議会会派として、改革に向けた揺るぎない支援を行うつもりです。 新知事が提案する=都民が望む「改革案」に対して、都議会がどう応えるのか。都民にとって目が離せない、ダイナミックな議会運営が行われるかもしれません。 10ヶ月後の都議選までの動きが、最初のターニング・ポイントです。ぜひ皆さま引き続き、東京都政にご注目いただきたいと思います。 もちろん私はその都政・都議会の最前線から、しっかりと皆さまに最新情報をお届けしてまいります。(「おときた駿公式ブログ」 2016年8月1日分を転載)

  • Thumbnail

    テーマ

    小池氏を阻む「都議会のドン」の壁

    国政の与野党対決の構図が持ち込まれた東京都知事選は、政党の支援を受けない小池百合子氏の圧勝で終わった。女性初の都知事となる小池氏が公約に掲げた「東京大改革」。その前に立ちはだかる「都議会のドン」との全面戦争も、もはや待ったなし。小池氏は選挙の勢いそのままに都政改革の旗手となれるか。

  • Thumbnail

    記事

    小池氏は公約通り「都議会のドン」を都政から排除できるか

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) 小池百合子氏が東京都知事選で圧勝した。自民党、公明党の支援を受けた増田寛也氏は終盤追い上げながらも、及ばなかった。民進党、共産党、生活の党、社民党など野党の支援を受けた鳥越俊太郎氏は女性スキャンダルもあり、票が伸びなかった。鳥越氏は無党派層の支持を最も受けるのではないかと期待されたが、やはり女性スキャンダル問題が報じられると一気に勢いを落とした。小池氏の政党に頼らない姿勢は無党派層だけでなく、政党支持者にも評価された。閉塞感のある社会を変えて欲しいという期待感があるのだろう。選挙事務所で万歳をする小池百合子氏 =7月31日、東京都豊島区 また、都知事選に対する関心が高かったことと、投開票日の天気が「曇り時々小雨」で投票率が最も伸びるとされる状況だったことから、投票率が高かったことも小池氏には有利に働いた。ちなみに、大雨の時は明らかに投票率は落ちる。しかし、晴天の時は、レジャーなどに繰り出す人が多く、投票率は下がる傾向にある。投票所に行くには支障はないが、レジャーに繰り出すには微妙な天気が最も投票率が上がるとされる。本日の東京の曇り時々小雨は投票率には最高の天気であった。 さて、これからの状況を展望してみよう。都議会、自民党との対立  小池氏は自民党東京都連会長代理でもあったので、本来ならばまさに身内的な関係のはずだが、自民党東京都連からは推薦をもらえず、都議会と自民党東京都連のやり方に反旗を翻す形となった。公約の一つも「『都議会のドン』やひと握りの幹部による都政運営を改め、都民のための『東京大改革』を進めます」というものだ。舛添前知事の時には議会は舛添知事の提案をほぼ完全にスルーさせ、異議を唱えることなく決定されるというスタイルであった。 しかし、小池氏が知事に就任した場合、かなりの提案は否決されることが想定される。ただ、対立が顕著になると、世論は小池知事につくとみられ、議会も無茶なことはできないだろう。それとともに重要なのは、都議会選挙が来年予定されていることだ。都議は選挙対策を考えざるを得ず、やみくもに反対すると改革への「抵抗勢力」というレッテルを貼られる可能性がある。そして都議選以降、新生都議会ということで雰囲気は大きく変わるだろう。小池氏の都政運営に大きな支障になることはないと思われる。 小池氏の任期は東京オリンピック直前までとなる。小池氏は東京オリンピックの半年前に辞めて、選挙とオリンピックが重ならないように工夫すればいいとか言っていたが、実際には法律を変えないと不可能なシナリオだ。知事が辞任して選挙となり、再選出されても、その人の任期は選挙をしなかった時と同じことになる。つまり、小池氏がオリンピック半年前に辞任して選挙で再選されても、また東京オリンピック直前に選挙をしなければならないのだ。ぎりぎり有り得るとすれば、東京オリンピックの半年前に都議会に対し知事の不信任決議を可決してもらい、選挙を行うというものだ。一種の「やらせ不信任決議」をしてもらわなければならない。これは極めて変な話だ。つまり1期目は東京オリンピックの直前までで、おそらく2期目の選挙があり、また小池氏が当選する確率が極めて高いということだ。余程のことがない限り、小池知事は2期8年の任期を全うすることになるだろう。民進党の責任の取り方 自民党も長期都政になりそうな小池氏との関係を殺伐としたものにはしたくないはずだ。関係が悪ければ、東京オリンピックの準備にも影響する。東京都知事選の敗北の結果は自民党都連の問題として、矮小化して対応せざるを得ない。そもそも小池氏は自民党の重鎮的存在だった人で、現在も自民党員。自民党都連の問題として矮小化すれば、小池氏の知事当選は自民党の勝利とさえ言えるのである。それでも誰かが責任を取らざるを得ない。経済再生担当大臣であり、かつ自民党東京都連会長である石原伸晃氏が責任を取らされる可能性が高いだろう。東京都議会のドンといわれる内田茂氏もなんらかの形で責任をとることを求められるかもしれない。とはいえ、内田氏はかなりの高齢。来年の都議会選挙に不出馬ということでも、実質的な支障はあまりなさそうだ。有権者に支持を訴える鳥越俊太郎候補。右は岡田克也民進党代表 =7月30日、東京都新宿区 一方、民進党の岡田克也代表は都知事選の直前に代表選に出馬しないことを公表してしまった。そうなると、都知事選の結果を受けての責任を取ったことにはならない。民進党と共産党などの野党協力路線の敗北という形にしたくなかったのかもしれない。 しかし、これでは誰も責任を取らないことになり、党内の不満は残るだろう。参議院選挙でも民進党と共産党を中心とした野党連合が成功したのか失敗したのか微妙なところとなっている。議席を大きく減らしたのだから失敗といえば失敗だ。東京都知事選が保守分裂した中、統一候補が「3位」に甘んじたことはやはり責任問題になりそうだ。 おそらく9月の民進党代表選が荒れる選挙になるのではないか。民進党にとって、共産党などの野党との選挙協力を続けるのか、独自路線を取るのかは重要な岐路だ。これは共産党や社民党等とも政策合意ができるくらいの左がかった政策路線をとるのか、リベラル保守的な路線をとるのかということにもつながる大きな問題だ。東京都知事選では鳥越氏の主張は、原発反対、平和主義、軍事反対というものであったし、形式も共産党や社民党と一緒に戦うものであった。それで完全敗北したのであるから、簡単に岡田路線を引き継ぐということにはならないのかもしれない。都知事選が最初から「負け戦」的な位置づけならダメージも少なかったが、鳥越氏が序盤では勝ちそうであっただけにダメージは残る。もちろん、実際には野党連合が否定されたというよりも、女性スキャンダルのイメージダウンが大きな敗因なのだが…。東京五輪への影響 小池氏の都政運営にとって目下、最大の重要政策となる東京五輪はどうなるだろか。小池氏はオリンピック反対論者でもなく、世界に東京の情報を発信する場にしたいという公約もあるのだから、時間を経る中で大きな問題はなくなるのではないかと予想される。 これからを考える上で、存在するリスクとしては、猪瀬氏と舛添氏が2代続けてスキャンダルで知事を失脚したケースがあることだ。オリンピックの開催もあり、東京都知事には特別な関心が向けられる。都政とあまり関係のないところでも、スキャンダル報道のリスクは誰がやってもあることになる。ある意味、大臣よりも厳しいチェックがあると考えられる。小池氏が最低でも1期4年を無事に終え、東京オリンピックが成功裏に終わることを祈りたい。(Yahoo!個人 2016年7月31日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    推薦外の候補支援を禁じた自民党都連の「脅迫状」

    魔する勢力が都議会にあるのであれば、来年の都議会選挙でそんな勢力は落とせばいいだけの話だ。都民の為の政治を取り戻すことを私たちは第一義に考えるべきだろう。決して、人気投票に走ったり、国政政党の論理に振り回されたりしてはならない。 各政党もそこを取り違えているように見える。公党として、オリンピック後の政治の在り方を真剣に考え、意思決定を透明にしていく努力を怠れば、有権者の政治離れは東京から日本全体に広がり、欧米で進行しているポピュリズムが日本でも加速するであろう。それが有権者にとって好ましいことかどうかは、明白だ。

  • Thumbnail

    記事

    「自民都連のドン」に批判ツイート連発 猪瀬元知事の意趣返しか

    踏み込んだので敵扱いされた」とし、「都政で何が問題だったのか。都政の最大のガンは既得権益を仕切るボス政治なのにメディアは表層的でことの本質に迫っていない」と指摘した。そして「小泉元首相の発言の真意が伝えられていないようなので解説しておきたい。小泉氏は既得権益への斬り込みを小池氏に期待しているのだ。絶大な権力と東京五輪の利権問題 内田茂・自民党都連幹事長は既得権益の権化」と強調した。「『都議会のドン』やひと握りの幹部による都政運営を改め、都民のための『東京大改革』を進めます」。正式出馬を表明した小池氏は参院選当日の10日、都連への推薦申請を取り下げた際、吹っ切れた表情で報道陣にこう語った。同氏による「都連、都議会の『ドン』」という発言はこの日以降、日を追って回数を増す。猪瀬氏のツイッターでの発言にも拍車がかかる。同じ日のツイートは「都知事選は自民の分裂選挙になるが、実態は都連の内田幹事長にとって無難な人物か、その既得権にメスを入れようとする人物か」。 翌11日、自民党都連が石原伸晃会長、内田茂幹事長らの名で出した「都知事選における党紀の保持について」という文書に「各級議員(親族を含む)が非推薦の候補を応援した場合は(中略)除名等の処分対象となります」との条項を盛り込んだ際には、ツイッターで「親族を含むに苦笑。北朝鮮じゃないんだから」と揶揄した。  さらに13日に公開されたニュースサイト「NewsPics」のインタビューで、都連幹事長の内田氏を「東京のガン」と名指し、都連幹事長が知事選の実際の公認権に加え、都選出の国会議員の公認権も握っていると指摘した。「国会議員は都議の足で選挙してもらうのだから都議が動かないと当選できない。だからこそ、幹事長の内田氏に絶大な権力が集まり、そのポストに10年以上も居座り続けることで勢力を広げています」。その強大な力の前には石原元知事でさえ気をつけて接していたという。 インタビューの中では内田氏のいじめ、嫌がらせにあって同じ自民党の都議が11年7月に自殺したという事実も明かし、都政の正常化には「来年の都議選で内田支配をストップさせる議員を多数当選させることが大事。都議会の既得権益のボス支配をやめさせること」と訴えた。2020年の東京五輪問題にも言及し、関連予算が膨れ上がったり運営の不透明さが問題視されたりする背景には、組織委員会委員長の森喜朗元首相の存在があると明言する。インタビュー記事のネット掲載に合わせるかのように、同じ日には自らのツイッターを通して自殺した自民党都議の遺書も写真公開した。「元知事がなぜあんなことを書くのか、事実無根」と反論 一方、都議の音喜多駿氏(かがやけ)はその前日の12日、「都議会のドンの先にある森喜朗氏とその利権構造とは」と題するブログを公表し、猪瀬氏の知事辞任劇と森氏の五輪組織委員長就任との関連について論考している。 東京五輪の予算規模は2013年の招致段階では「コンパクト五輪」を売り物に3000億円程度だったのが、組織委内部の密室の話し合いの中で今や少なくとも6倍の1兆8000億円に。このうち仮設会場の整備費や既存施設の改修費に限っても、招致時点の723億円が現在約3000億円に増大しているという。都議会総務委員会集中審議で追及される舛添要一氏=2016年6月、都庁 こうした問題について、告示後の第一声で小池氏は「いつ誰が、どこで何を決めているのか分からないうちに五輪予算は2兆、3兆と言われるようになった。もっと明確にし納得のゆくものにしなければ」と語った。 増田氏は「五輪の準備が大変遅れている。都民の負担を最小限にして素晴らしい夢のある大会実現に努めたい」と訴えた。鳥越氏は第一声では五輪関連予算には触れなかったものの、15日には公約がホームページに掲載され、「五輪経費の徹底したコスト削減を行います」としている。 当の猪瀬氏は15日深夜、こんな内容のツイートを発している。「しかし、必ず流れが変わります。(ネットや夕刊紙の)次に週刊誌が登場してワイドショーが内田氏の姿を追い始めるかもしれません。闇に棲むものは光を照射すると力を失います」 なお、猪瀬氏のツイッター上などでの発言に対して内田氏の事務所は「元知事がなぜあんなことを書くのか、事実無根です」と反論している。(フリー記者・本間誠也)

  • Thumbnail

    記事

    東京都議たちがいかに利権にまみれているかを大前研一氏指摘

     辞任した舛添要一・前東京都知事の疑惑で再びクローズアップされた政治とカネの問題。国会議員や大きな自治体の首長にどうしても注目がいきがちだが、実際には都道府県議会や市区町村議会の議員たちのほうが後ろ暗いだろう、と経営コンサルタントの大前研一氏は指摘している。舛添問題と、これから始まる都知事選が、地方自治体と議会の実態を根本から作り直す契機になるか。 * * * (舛添氏よりも)むしろ“脛に傷を持つ”のは都道府県議会や市区町村議会の議員たちだろう。 実際、私が1995年に東京都知事選挙に出馬した際は、都議たちがいかに利権にまみれているかという情報が、都庁職員からファクスで続々と届いた。 たとえば、東京都の施設に設置されている自動販売機は1台1台すべて、都議ごとに利権が決まっていて、そのリストを送ってきた。あるいは、都立現代美術館が新設された時は、そこに展示する絵画や彫刻などの作品ごとに、それを納入する画商と口利きする都議のリストが送られてきた。業者への“口利き利権”を、与野党を問わず都議たちがあらゆる分野で分け合っている実態がそこにはあった。 また、野党議員の中には、住民反対運動を利権にしている者もいる。つまり、自分の選挙区でビルやマンションなどの建築計画が立ち上がると周辺住民の反対運動を組織し、住民の“代弁者”となって施主や建設会社と交渉する。そして騒音対策費などの名目で補償金のようなものを獲得したら、それを住民と折半するという仕組みである。 これらを全部ひっくるめると、地方議員がいかに利権まみれかがよくわかる。多くの議員は、叩けば山ほど埃が出てくるはずだ。この話は20年以上前のことだが、もし都議たちが今は違うと言うならば、都議全員の“総当たり制バトルロイヤル”で、お互いの利権の有無を追及し合えばよい。 産経新聞(5月18日付)によると、都議の年収は1700万円超で、議会に出席すれば1日1万~1万2000円の“日当”も支給される。この報酬と月60万円の政務活動費などを合わせた127人の都議の“人件費”に、それを支える議会局職員約150人分の給与などを加えると、都議会維持費用の総額は56億円に上るという。 なのに、今年3月の都議会では舛添都知事が提出した全議案を原案通り可決した。原案可決率100%という異常事態が、少なくとも3年以上続いている。要するに、都議たちは全く仕事をしていないのである。舛添氏の絵画や中国服の購買を追及する立場にないことは明らかだ。都議会の「原案可決率100%」でわかるように、そもそも地方自治体は事実上、首長と役人が運営している。海外では、地方議員は無給のボランティアで、夕方、仕事が終わってから集まって議会を開いているところも多い。 一方、高給をもらいながら、それに見合うような仕事をしていない日本の地方議会は文字通り“無用の長物”であり、税金の無駄以外の何物でもない。では、優秀な都の職員たちは、なぜ都議たちの横暴や利権漁りを知りながら容認しているのか? これが地方議会の本質ではないかと思われるが、都の職員は自分たちの仕事や提案する予算、議案にいちゃもんをつけさせない抑止力を維持したいからである。「原案可決率100%」で、その見返りが十二分にあったことが示されている。 しかし、彼ら公僕は決してそれでよいとは思っていない。だからこそ私が都知事選に出馬すると一斉に「この議員たちの悪行を一掃してくれ!」と、驚くほど細かな「利権一覧」を送ってきたのである。 舛添問題は聞き飽きたと言う人は多いと思うが、その背景にあるおぞましいまでの地方自治体と議会の実態を根本から作り直す契機にしてもらいたい。うんざりして「次の知事」を知名度だけで選んでいる場合ではないのだ。関連記事東京都議 議員報酬以外に議会出席で日当1or1.2万円支給次期都知事候補 舛添氏、東国原氏、小池氏らの名が取り沙汰舛添氏 都知事は総理へのステップと安倍氏をライバル視民主党議員 「青少年都条例」めぐる下劣なヤジにかなり動揺都議 政務活動費で54000円スマホや1万円分のキャンディ購入

  • Thumbnail

    テーマ

    石田純一の出馬騒ぎは結局何だったのか

    4年後の五輪ホスト都市の「顔」を決める東京都知事選の投開票が目前に迫った。選挙戦は事実上の三つどもえとなり、都民の選択に注目が集まる。話題に事欠くことがなかった選挙戦でしたが、そういえば俳優の石田純一の出馬騒ぎも小ネタの一つになりましたね。あの人は結局、何がしたかったんでしょうか?

  • Thumbnail

    記事

    政治を語れるタレント」になり損ねた石田純一の大誤算

    ほのめかし「断念しました」と一転。まじめに日本社会を憂う人なら不快感を持っただろうが、そもそも多くの政治家が有言不実行で、パフォーマンスに終わってきたのだから、やってることはこのタレントと大差ない。むしろ、政治家とタレントが同じ方向を見ているから「当選しやすい」タレント議員が続出しているのではないか。7月9日、大阪市内で報道陣の取材に応じる石田純一 ジャーナリスト、鳥越俊太郎氏の出馬が後出しじゃんけんと揶揄されているが、それも「どうすれば目立つか」だけを考えた末のタイミング。小池百合子・元防衛相のサプライズ出馬と発想に大差ないだろう。 その鳥越氏とは、かつてテレビ朝日の情報番組で共演したことがあるのだが、隣に座った筆者の印象はジャーナリストというより「テレビタレント」だった。番組ではあるスポーツ問題を取り上げる予定で、その手の記事を書いていた筆者は解説を頼まれたものだった。その問題を扱う直前のCM中、横の鳥越氏に「片岡さん、これどう思います?」と聞かれた。僕は何気なく問題の争点となる部分を簡潔に話したのだが、CM明け、キャスターが鳥越氏に感想を聞くや、彼はCM中にした話をそのまま「僕はこう思うんですけどね」とコメントしたのである。ここまで図太い神経のジャーナリストもいたものだと驚いたが、「画面に映っていることがすべて」のテレビタレントはこういうことが平気でやれる人がたくさんいる。当然、視聴者はそのコメントを疑いもせず聞いていたことだろう。 鳥越氏でなくとも、オンエア中に「これは許せない!」と唾を飛ばして言っていた有名コメンテーターが、CMに入った途端、「ホントは、別にいいんじゃないの?って思うけどねえ」と笑いながら真逆の本音を漏らしていた。芸能活動の一環だった出馬騒動 つまり、テレビタレントは自分の見せ方だけを気にしている種族なのである。セルフプロデュースにやたら長けているから、三原じゅん子が急に眼鏡をかけたり、今井絵理子が歌手時代にはなかった白スーツを着たり、突然の装いチェンジもお手のもの。だからしっかり当選できるのだ。出馬会見を終え、茂木敏充選挙対策委員長(左)に手話をレクチャーする今井絵理子氏(中央)=2月9日、自民党本部(福島範和撮影) 芸能記者から見れば、石田純一はとても取材しやすい「イイ人」で知られるが、今回の茶番は「自分がどう見られたいか」だけを気にしてやったことで、「政治を語れる私」のPRをしたかったのだと思う。バラエティ番組などで“素足に靴”がトレードマークとなっている彼だが、実は局の出入りにそんな恰好をせずジャージ姿で現れる。それでも、セルフプロデュースのおかげで「石田といえば素足」が浸透している。出馬会見も本人が「後押し」と言っていた市民団体の主催かと思いきや、所属事務所の仕切りだった。要するに芸能活動の一環だったということ。最近は仕事減だったためか、これでまた時の人となることはできた。 よく「政治の質が低下した」といわれるが、タレントにとって政界は非常に利用しやすい世界だ。特にスタジオで話をしたりイメージを売るだけで、大金が転がり込む割の良い職であるテレビタレントは、テレビに映っているときだけ自分を素敵に見せる業が、まさに選挙時に耳触りの良い話をする候補者とベクトルが同じだ。だから、タレントにとっては「本業で落ち目になっても再就職先として大逆転できる」という認識しかないはずだ。 テレビキャスターは馬鹿のひとつ覚えのように「選挙に行きましょう」と言うが、その本音だって「政治の本質に無関心な層が投票すれば波乱が起きてメディアが盛り上がる」ことを期待したもの。その劇場型の恩恵をもっとも受けたのが小泉純一郎元首相で、その次男もいまテレビがタレント人気を煽っている最中である。 しかし、舛添要一・前都知事に憤った人たちは思い出してほしい。その舛添氏もテレビでゴミを出す姿を見せて視聴者の好感度ばかり上げて当選してきたことを。政財界の人脈に乏しかった人だから、なおそこに特化したのだろうが、これからの選挙もテレビから伝わるイメージの良さだけで判断していたら、同じことの繰り返しだ。もっとも、選挙なんて「税金で食べていきたい幸運な人選びにしかなっていない」と思う政治不信な筆者の目には、いま手を挙げている面々も寄生虫のようにしか見えないのだが、そのぐらい怪訝な目で見た方が、むしろ失望感は少ないと思うのだ。

  • Thumbnail

    記事

    石田純一が構想した「奇跡の東京」って結局何だったんだろう?

    、今回。突如浮上したのが俳優の石田純一だった。正直驚いた。あのゆるふわキャラの石田がなぜ出馬?!  政治は門外漢だが、テレビ界における石田の立ち位置をやや心配していた私としては、触れておかねばならない。 石田と言えば、トレンディ俳優のはしり。バブル時代に人気を博した「抱きしめたい!」(フジ)や「オイシーのが好き!」(TBS)で、存在が鴻毛のごとき軽薄なマスコミ勤務の男を演じていた。若い人は「はいはい、中年特有の昔懐かし話でしょ」と思うだろうが、しばしお付き合いを。 私が最も記憶しているのは、今井美樹主演のTBSドラマ「想い出にかわるまで」。石田は今井との結婚を控えていたエリートサラリーマンの役だった。今井の妹・松下由樹に情熱的に迫られ、関係をもってしまうという、色に弱い男である。大人の表現で竿姉妹ね。 私の中で「なんとなく情熱に弱い」イメージは、ここから定着したように思う。 その後は不倫騒動の先駆者として、ゴシップ界に君臨。バブル紳士のファッションリーダーとして名を馳せ、キーワードは裸足に革靴、ゴルフとワイン。性悪な元モデルとの熱愛もあったよね。ゴシップネタもなくなり、落ち着いてきた頃には、バラエティ番組業界にプライベートを惜しみなく提供。前々妻との息子や前妻の娘、現在の嫁、コワモテの義父など「石田ファミリー」をテレビ界に余すところなく蔓延らせた。素直に「素晴らしい繁殖力と、敵を作らぬスーパーお人よし」と感服したものだ。が、本業の俳優としては、やや低調。ちょっと前までは、東海テレビの昼ドラの準レギュラーとして、外連味たっぷりのアホ紳士を演じたり、「僕らプレイボーイズ熟年探偵社」(テレ東)では石田純一そのものという軽薄な役柄を披露した。 しかし、年齢の割に重みがないというのは、なかなかのデメリットである。同年代の俳優に比べて、刑事モノや警察モノにはほぼ呼ばれない。類まれなるバブル感は、タレントとして重宝されるものの、俳優としては微妙だったのだ。 そこにきて、都知事選の出馬騒動。結局数日間で挫けてしまったのだが、個人的には波紋を呼んだと思っている。芸能界とテレビ界では誰も口にしない「現政権に対する違和感」を口にしたのだから。参院選と都知事選をごっちゃにするな、という意見もあるが、石田が「野党統一候補であれば」という条件付き出馬を宣言し、野党共闘で改憲阻止という願いがクローズアップされるはずだった。バブル世代の根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのか ところが、である。石田が出馬する意向あり、というニュースは、7月6日の「直撃LIVEグッディ!」(フジ)を皮切りに瞬く間に広まったのだが、彼の本当の思いはテレビでほぼ伝えられなかったような気がする。残念ながら「バブル紳士が文字通り泡沫候補」という印象しか伝えられなかったのだ、テレビでは。7月11日の出馬断念の会見も、各局の夕方の番組では冒頭の数分程度しか放映せず。あっという間に永六輔の訃報へとスイッチ。あるいは嫁への配慮といった話のみを抽出し、録画映像を流しただけだった。都知事選の出馬について記者に質問を受ける石田純一氏=7月7日、羽田空港 「みんなのニュース」(フジ)だけが会見の様子を比較的長く映したのだが、なぜか途中で首相のコメントが流されるという不自然なスイッチング。生中継でもないのに、なぜ中断してまであれを流したのかしら? その後は、会見前の石田に密着した映像を流していたのだが、結局軽薄な印象しか残らない構図に。「すごい東京、奇跡の東京と呼べるような考えがあったんです」と車中で熱く語る石田。そのふわふわした言葉は、都民に響かずじまい。 このとき、私自身は宇都宮健児(3度目の正直)に投票しようと既に心を決めていたので、石田に目もくれなかったのは事実だ。しかし、その後、宇都宮氏が断腸の思いで出馬を取り下げたので、かなり困り果てておる。まっとうな感覚の人がいなくなっちゃった、というのが本音。 石田純一は結局何をもたらしたのか。もしかしたら、バブル世代の「俺たちなら何かできる!」という根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのかもしれない。今、バブル世代が胸に秘めたくすぶり感と正義感のようなものが、地方創生とかなんとか言って、地方行政にこぞって向かっているような気もしている。石田のように、命と生活を重んじる方向へ進むのであればよいのだが、そうでない強大な力もあるようで不穏だ。すこぶる不安だ。 もうひとつは、野党の足並みの揃わなさや脆弱性を曝け出したとも言える。奇しくも石田が民進党について、名言を吐いたのは聞き逃すまじ。「グッディ!」の安藤優子キャスターから電話取材を受けたとき、「民進党は横に長い党」と発言。現政権に対する違和感だけでなく、民進党内の不協和音についてもしれっと暴露しちゃったというわけだ。 さて、今後の石田純一はどうなるのだろう。彼が構想していたと思われる「すごい東京、奇跡の東京」とは結局何だったのかはわからずじまいだが、人として決して間違ってはいなかった情熱が、違う形で開花することを願う。でもテレビ界からは干されちゃうんだよね? 政権批判を口にする厄介なタレントという烙印をおされて。逆に、石田を積極的に起用する気骨あるテレビ局があるならば、ぜひ注目したい。個人的には、ドラマで再びあのゆるふわな姿を観たいのだが。

  • Thumbnail

    記事

    石田純一のドタバタ劇はニッポンの選挙の縮図そのものだ!

    岩渕美克(日本大学法学部教授) 猪瀬元都知事、舛添前都知事の一連の政治とカネをめぐる辞任劇を受けての、都知事選での反省は、著名な候補というだけで信頼し投票してしまえば、思わぬスキャンダルに見舞われるということではなかったのか。その最中に、今回の石田純一さんの出馬騒動が起こった。これまで政治的な活動は、目立ったところでは昨年の国会前の安保関連法案に反対するデモくらいではなかったか。もちろんキャスターなどの経験から、社会的な出来事に強い関心がおありだろうことは理解できるが、あまりに唐突な記者会見には困惑した。しかも週が開けたら、出馬断念の会見である。単に世間を騒がせただけ、と言ったら言い過ぎだろうか。せめてもう少し政治的なブレーンでもいれば、違う道を模索できたのかもしれないと思うと、少し残念な気もしないわけではない。7月11日、東京都知事選への出馬を断念することを表明し、記者会見する石田純一 これを受けた野党が、どこまで本気かはわからないが、統一候補としようという考えが頭に浮かんだのではないだろうか。参院選での野党統一候補の発想を引きずること自体が、必ずしも理解できない。ましてや蓮舫氏を担ごうとする思惑にも賛成しかねる。ただ単に勝てる候補者というだけで、そこに乗ることは舛添前都知事の場合とまったく同じだからである。そこから何かを学んだのではなかったのか。知名度に頼る戦略は、候補者名を自署する日本の選挙においては理解できないわけではない。だからといって有名であれば、名前が知られていれば、それだけで推薦できる候補者と言えるのだろうか。 そもそもタレント候補と言われるテレビなどの著名人が選挙で重宝されるようになったのは、参議院が採用していた「全国区」という制度があったからである。17日間という短期間で、日本全国を遊説することなど不可能だ。規模は違うが、アメリカ大統領選挙が1年かけていることから考えても、時間が足りないことは確かである。前述したように自署式の投票方法では、まず名前を覚えてもらうことが先決である。それゆえに、参議院、とりわけ全国区の議員は、職業組合などの組織を背景に立候補する職能団体出身者や知識人などの当選を図れることから「良識の府」などという呼ばれ方をしていたのである。 しかしながら、比例代表制導入に伴う政党化の進展とともに、議席を確保していれば後は党の指示に従えばいいと言わんばかりの人数合わせともいえるタレントに白羽の矢が立つことになった。人気のあるタレントや芸能人を立てれば、少なくともファンは投票してくれるだろうとの思惑も働いていたようである。政治経験も関心もない芸能人が立候補するようになり、政党が公認するようになったのである。名前を覚えてもらうという努力が必要ないということは、その期間の短さもあり、圧倒的なアドバンテージになる。政党の人数合わせからすれば、逆に政治に強い関心がないほうがいいのかもしれない。でも、その思惑は有権者を軽んじていることにならないだろうか。志をもって準備するタレント候補はいないのか 芸能人だからといって立候補を制限することなどはできないし、すべてのタレント候補が政治家たる資質がないというわけではない。たとえば西川きよしさんは、漫才師という、ある意味では政治とは必ずしも近くない人であったが、当選後は国会を休まず、どのベテラン政治家よりも真摯に政治活動を行っていたことは広く知られている。ご本人の性格もあるのであろうが、もはやタレント候補という範疇で話す人はいないとも聞いている。こうしてみると、芸能人だから悪いというわけではなさそうだ。 一方で、青島幸男氏は95年の東京都知事選挙で政党色を一切拒否して当選した。同時期に行われた大阪府知事選で当選した横山ノック氏とともに、政党の推した候補者を破ったことから、「無党派の反乱」とも呼ばれた。都知事選で青島氏は、選挙運動を拒否し、自宅で都政の勉強をするという戦略を採った。ご長男からの「やる気がないと思われるよ」という発言からポスターだけは印刷したとも言われているが、すべてを貼り終わることがなかったにもかかわらず当選した。もっとも青島氏は、1968年の参院選全国区から出馬したタレント候補そのものであった。すでに74年の参院選で選挙運動を一切しない戦略を採っていたので、都知事選が初めてではないし、参院議員としての経験もあったので、もはやタレントではなく政治家として評価されていたといってもよいかもしれないが、それでもこうした戦略を可能としたのは、テレビタレントとしての抜群の知名度であるといってよいだろう。ただ選挙運動を拒否する姿勢は、候補者として適切ではないし、立候補してから都政の勉強をすることも支持はできない。1995年4月、東京都知事選挙に当選し家族と喜ぶ青島幸男氏(中央) 国政に目を転じても、選挙期間中の質問にまともに答えられなかったり、政策論争ができずに、これから勉強しますという当選者もいた。歳費、いわゆる文書交通費、立法事務費を合わせれば税込み収入に換算すれば5千万円を超えるであろう金額をもらいながら、当選してから勉強をするというのでは一般の学生が浮かばれない。大学では、経済的な事情で学業を断念する学生が増えているように感じる。奨学金の返済に苦悩している若い人たちがいることを思うと認めるわけにはいかない。 そもそも後出しが有利であるとか、選挙運動を行わないことを可能とするのは、著名人であることが前提になっているからである。都知事選挙では、後出しが有利という言葉がまかり通ること自体が、著名人の当選が続いていることを示唆しているにすぎないのである。それをさも選挙の傾向のように扱うことにも疑問を感じる。今回のような突然の辞任からの選挙では、多少事情を汲んでもよいが、それでも志とそれなりの準備を持った候補者が政策で争う選挙をすることが民主主義にとって必要なことであると思われる。 もちろん、このことを一番に考えなくてはいけないのは有権者である。政治家としてふさわしいか否よりも、イメージの良さや、ファンだったなどの理由で投票しているとすれば、こうした税金の無駄使いともいえる支出も甘んじて受けなければならない。確かに、どの候補に入れたらいいのかわからないから知っている名前に投票することはあるだろう。しかしタレントとしての技量と、政治家のそれとは自ずと違うはずである。百歩譲って、初めに投票するのは仕方がないとしても、その候補者が政治家となって何をしたのかを観察していなくてはいけない。四六時中とは言わないが、気が付いた時にはチェックすることは必要だろう。その政治家が政治家としてまともに働いているのであれば、次回も投票するし、そうでない場合は、次は「著名人だから」だけではなく、そこに新たな基準を足して選ぶべきではないだろうか。政党、有権者、候補者ともに考えなくてはならない。

  • Thumbnail

    記事

    石田純一の呼び掛けは動かない野党への起爆剤だ

    猪野亨(弁護士) 東京都知事選挙が近づき、候補者の乱立の様相を呈しています。 俳優の石田純一さんが、どのような経緯で声が掛かったのかはご自身の説明でもよくわかっていないようだったのですが、会見の内容は自分がやりたいというよりも野党への統一候補の擁立を促すものであったと思います。「出馬に家族は反対「話し合いたい」芸能活動で「ペナルティーも」「靴下は履いてもいい」」(前半)(産経新聞2016年7月8日)「芸能界に「未練ない」「笑われるのも覚悟」壱成、すみれは「電話つながらない」(後半)(産経新聞2016年7月8日) 参議院選挙の最中での表明のあり方が問われていましたが、東京都知事選挙はすぐに来ますので、別に問題があるとは思えません。 むしろ、野党4党がなかなか動かないということにこそ問題があります。 私は、石田さんの会見は、このような動かない野党4党への起爆剤としての意味があり、とても良かったと思います。 民進党岡田代表も共産党志位委員長も石田さんの発言を絶賛していますが、かなり刺激を受けたことでしょう。街頭で都知事候補者への応援演説を行う(左から)、枝野幹事長(民進)、西崎共同代表(東京生活ネット)、小沢共同代表(生活)、鳥越俊太郎候補、志位中央委員長(共産)、又市幹事長(社民)の各党幹部=7月22日、東京・有楽町駅前 それ以上に気になるのは、石田純一さんがこのような表明をしたことによって芸能界から干されるのではないかと危惧する発言があることです。 発言者自身は、石田さんのことを慮ってのことだということはよくわかります。 同じような問題では、近いところで山本太郎さんが反原発の運動を行ったことが芸能界での居場所を失わせたということで、この世界は何と自由にものが言えないんだろうと思いましたが、そのようなものが言えない状態であることは、今なお改めて私たちにも突きつけられた問題です。 これが政権与党の応援だったりすると、だいたいがスルーされます。 与党からの立候補などマスコミが大騒ぎします。今井絵理子氏がその典型例です。 「当選」を前提としているからでしょうか。 あるいは政界を引退した橋下徹氏については芸能界復帰かとまで言われていましたが、あれだけ「色」がついているのに、あの極右思想であればスルーなのです。 以前は、このような世界ではなかったと思います。私が学生の頃、見たような映画では、例えば『千羽づる』などは、原爆をテーマにした反戦映画ですが、倍賞千恵子さんや前田吟さん出演ですが(どこかの映画のキャストと似ていますが)、普通に出演されていたと思います。 この映画が再び見れないのが残念です。http://movie.walkerplus.com/mv17924/ かつての『戦争と人間』のような山本薩夫監督の映画も石原裕次郎さんも出演されていました。 この中で、石原裕次郎さんは外交官の役でしたが、満州事変を引き起こした関東軍に対し、「戦争を止められないのなら外交官の存在意義はない、今日限り、外交官をやめます」という趣旨のことを述べたことが非常に印象に残っています。 体制に気に入られるようなものばかりを財界が望み、それが報道番組の内容にまで及んでいる昨今ですから、石田純一さんや山本太郎さんが干されていくということはその延長線上なのでしょうが、本当にこれだけものが言えない社会でいいのでしょうか。 それは芸能界に限られず、誰も自由にものが言えない社会になることが非常に危惧されます。「国家緊急事態条項とヘイトスピーチ規制 狙われているのはヘイトスピーチではなく、政府に反対する言動」(2016年7月9日「弁護士 猪野 亨のブログ」より転載)

  • Thumbnail

    記事

    芸能人を利用して政治誘導を図る朝日 保守陣営も学んだらどうか

    っこく堂」といった、モデル、女優、腹話術師であることである。 このところ朝日新聞が芸能人やタレントを政治的に利用することが、目立って多くなってきた気がする。それは東日本大震災後の原発報道から始まり、どんどんエスカレートしている。 昨年末の特定秘密保護法と今年の集団的自衛権問題では、連日のように反対する各界著名人のコメントが顔写真入りで載せられているが、そのなかには芸能人らもかなり含まれている。 最近の「集団的自衛権を問う」では、6月23日には歌手のUA(ウーア)が「急ぐ真意はっきり言えば」、同26日には漫画家の蛭子能収氏が「手出せば倍返しされる」、同28日にはロックンローラーの内田裕也が「安倍ちゃん なぜ急ぐんだ」、7月1日にはアイドルグループ「制服向上委員会」の木梨夏菜が「聞いて 戦場に行く世代の声」といった具合である。 特に、蛭子氏は集団的自衛権について「報復されるだけじゃないですか」といい、中学生時代のいじめの経験を振り返り、「腹は立つけど、相手を殴ることはしません。手を出すと倍返しされ…」などと語っている。 庶民が暴力団に絡まれたときは、抵抗はしない方がよいだろうが、国家間においてもそうしろというなら、あきれてしまう。蛭子氏には失礼かもしれないが、何をされても屈伏しろと言うのなら、完璧な敗北主義の主張としか思えない。ただし反戦平和主義者の本音が、よく表れている。芸能人を利用して政治誘導を図る朝日 保守陣営も学んだらどうか 芸能人の政治的発言、あるいは芸能人を利用した政治的誘導は、社会面のみならず、文化・芸能欄においても、巧妙にまぎれこませている。 例えば、4月18日夕刊の映画の欄では、「テルマエ・ロマエII」に古代ローマ人ルシウス役で主演した阿部寛にインタビューした記者が「強いローマ帝国の復活をもくろむ現実主義者に対し、時の皇帝ハドリアヌスは戦争のない平和なユートピアを作ろうとする理想主義者。帝が手本にするのはルシウスが見聞してきた現代日本だ」「国内外がきな臭くなっている今こそ、この映画が世界中でヒットしてほしいと願う」と記している。 では、朝日新聞はどうして芸能人に政治的発言をさせるのであろうか。 そのポイントは、親しみやすさということであろう。芸能人はマスコミを通じて日常的に大衆と接しており、身近な存在なのである。テレビで顔を売った人間が、簡単に議員や知事に当選するのは、そのためだろう。お堅い学者や文化人の発言より、一般の人々に影響力があるのではないか。 朝日新聞のこの芸能人を利用して、政治宣伝を行う手法は、なかなか巧妙である。敵の優れたところは、保守陣営も学んだら良いのではないか。さかい・のぶひこ 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、明治学院大学非常勤講師や、月刊誌でコラムを執筆する。著書に「虐日偽善に狂う朝日新聞」(日新報道)など。

  • Thumbnail

    記事

    石田純一氏が都知事選の出馬を取り止めてもテレビに出演できない理由

    7/18 こういった状況から、与党の圧力じゃないかという見方が正しいようにも見える。タレントの誰々は政治的な発言をしながらテレビに出ている、なのに石田氏は出られない、これはやはり与党寄りか野党寄りの違いじゃないか、といった批判意見も見られた。石田氏のCMが流せなくなった理由は選挙報道の公平性 さて、これらの政府の圧力説は正しいのだろうか。政治の世界は一般人に計り知れない部分があり、実際に何が起きているかは想像の域を出ない。与党の圧力という意見も根拠があるわけでも無い。ただ、ビジネス目線で見れば何らおかしいことはない。 先日の記事でも書いた通り、石田氏の出演するCMを放送中止せざるを得なかった理由は、テレビ局が選挙報道で公平性が強く求められているからだ。現在もニュース番組で都知事選を扱う際には、泡沫候補であっても名前や顔写真が必ず表示される。そんな状況で候補者が出演するテレビCMが流れれば特定の候補を利する放送として公平性の観点から問題になりかねない。大勢の報道陣が詰め掛けた石田純一氏の会見=7月8日、東京都千代田区 政治的な発言をしているのに堂々とテレビに出ているとして名前が挙がっていたタレントも、選挙に出馬すれば当然CMもドラマも放送は出来ない。政治的な発言をしているタレントは多数いるが、彼ら・彼女らと石田氏の違いは単純に選挙に出ようとしていたかどうか、そこだけだ。海外のタレントは政治的な発言をしているという意見もあったが、これも国によって選挙報道に公平性のしばりが無いというだけの話だ。 ただし、石田氏のCM中止については出馬する可能性をほのめかしただけですぐに放送中止という対応が適切な判断かどうかは議論の余地はあるだろう。前回の記事に書いた通り、現状のルールでは企業はタレントの「出馬リスク」を強く意識せざるを得ない。※実際には情報バラエティ番組で主要三候補を全員合わせたより何倍も長く石田氏の出馬とその取りやめは長時間にわたって報じられていた(芸能コーナーの扱いではあったが)。これはとても圧力のあった候補の扱いとは言えない。石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由 ではCMは別にして、すでに出馬しないと決めた石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由はどこにあるのか。これは番組の性質上と説明されているが、単純に信頼を失ったからというだけの話ではないのか。 今後も再度約束を破って選挙の応援に行けば、特定の候補に肩入れするタレントを番組に出演させていることになってしまう。テレビ局側からすれば、極めて神経を使わざるを得ない選挙期間中に、予測不能な行動をとるタレントを出演させて余計なリスクを取りたくない、ということになるのだろう。 これは政治問題と考えるからややこしくなるだけで、三菱自動車やマクドナルドなどトラブルのあった企業の商品をあえて買いたいか、と身近な「取引と信頼関係」の話に置き換えればなんら難しい話では無い。 石田氏を支持する人からすればフザケンナと怒りを感じるだろうが、当事者であるテレビ番組のスタッフや関係者からすれば、今後の対応を考えたり代役を立てるなど膨大な手間が発生した上に圧力に屈していると批判まで受けるのなら、とてもやってられないということになるだろう。 石田氏の所属事務所は、今回の騒動を受けて「今後一切、政治に関する発言はできなくなりました」とマスコミに説明しているが(【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない スポーツ報知 2016/07/15)、取引先に与えた迷惑を考えれば当然ということになってしまうだろう。石田氏が受けた二回目の厳重注意 石田氏は過去にも学生団体SEALDSの集会で「戦争は文化ではない」と発言したことにより、CM出演をするスポンサー企業から厳重注意を受けたという。 当初はこの集会参加によりCM契約を打ち切られ、テレビ出演もキャンセルがいくつもあったと石田氏本人の発言として報じられたが、実際にはそのような事実は無く、それどころかテレビ出演も増えたという。その上で所属事務所は以下のように説明している。「CMは6社と契約しており、『今後は気を付けて下さい』と関係各社から言われました。安保法案には反対や賛成があり、企業の顔として、そういうお客さまの気持ちも汲んで下さいということです。事務所からも、同様なことを本人に伝えました」~中略~「言論の自由ですから、後は本人次第になります。今後のことについては答えていませんでしたが、気を付けて目立つことはしないように考えると思っています」石田純一、番組やCMの降板なかった 安保反対スピーチの影響は出たのか : J-CASTニュース 2015/10/9 これが昨年秋のことだ。石田氏のような著名なタレントが出演するCMであれば、それなりの規模の企業、つまり多数・多彩な顧客を相手にする企業のCMだろう。そこでタレントに政治色が出てしまえば、企業の顔としての役目を果たせなくなると「企業側」が考えるのも当然だ。事務所の出したコメントはごく自然なものだ。 それから1年もたたず、しかも政治的な発言ではなくまさか突然の出馬という形で約束が破られるとは事務所側は想像もしなかっただろう。このような対応を取られてしまえば一切の政治的な発言や活動はもうやめてくれと指示を出すのも仕方がないとしか言いようが無い。損失は事務所に発生する損失は事務所に発生する CMの出演契約は石田氏個人と企業の間で交わされるわけではない。出馬宣言で発生したと言われる数千万円の損失も一次的には契約の主体である事務所が負担することになるだろう。今後も同じようなことがあれば事務所としても莫大な損失の負担に耐えられるものでは無い。 さらに付け加えればこの事務所はタレントを管理できない、という印象を企業や広告代理店に与えてしまえば事務所全体の問題に発展しかねない。政治的な言動を辞めるか事務所辞めるかどっちかにしてくれ、といった話合いが持たれていたとしてもなんら不思議なことでは無い。 発言の自由を奪うなんておかしいという意見もあるだろう。確かにクライアントや事務所に石田氏の発言の自由を奪う権利は無いが、事務所や企業が何の責任も無く損失を受けなければいけない理由も無い。安保関連法廃止を求める集会に参加した石田純一氏(中央)=2015年12月6日、東京都千代田区 結局今回の騒動は石田氏が今後もタレントとして活動するのなら、取引先に損害を与えるようなことをするべきではないという契約の話、つまり政治の話ではなくビジネス上の取引に関する話に過ぎない。※政治的活動がなぜ企業に損害を与えるのかという疑問は上記の通り選挙報道の公平性というしばりがあるから、ということになる。このようなしばり・ルールが正しいかのか、そして現状でも運用方法が適切かについては議論の余地はあろう。この点は前回の記事の追記で書いた通り脳科学者の茂木健一郎氏とも同意に至った箇所だ。ビジネスが軽んじられる空気 今回の石田氏の出馬騒動では、政治の素人がバカな事をやっているといった批判がある一方、支持者からは政治活動を事務所やCMスポンサーが邪魔することはおかしいといった批判があり、ビジネスや契約の観点から企業を擁護する見解はほとんど見られなかった。 政治活動が経済活動より下という事はありえない。どちらかが優先されてどちらかが犠牲になることは許されるものではなく、車の両輪として考えるべきだ。石田氏を支持・擁護している人も、自身の勤務先で同じことが起こり、その結果自分の給料やボーナスが減らされてしまえば勘弁してくれと腹も立つだろう。 余計なお世話になるが石田氏個人について言えば、政治活動も重要だろうけど、他でもないぜひあなたに出て欲しい、会社の顔になって欲しいとCM出演を依頼してくれた企業だって同じくらい重要ではないですか?ということになる。誰にも迷惑をかけない形で出馬するのであれば、あとは政治の話だ。石田氏にはビジネス上の課題を全てクリアにしたうえで政治活動をして貰えればと思う。(シェアーズカフェのブログ 2016年7月21日分を転載)関連記事■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?

  • Thumbnail

    記事

    石田純一はともかく妻の東尾理子は政治家の妻に向いてる?

    た。 「心配ですよね、いろいろ不安というか…」と言いつつも、「妻として主人を支えたい」とも。一部で「政治はダメ」という約束が夫婦間でされていたとの報道もあったが、「絶対にダメ」ということでもなさそうだ。 実は、石田の出馬“意欲”会見を見ていたとき、「石田さんはともかく、理子ちゃんは政治家の妻として相応しいかもしれない」と彼女の人柄をあれこれ思い浮かべていた。 父は東尾修氏、自分はプロゴルファー。幼少期から何不自由なく育ってきた彼女は、豪放磊落な父の人柄を知り尽くし、いまもモテる修氏とはとてもいい関係を築いている。 彼女のすごいところは、夫と前々妻の間の息子である俳優のいしだ壱成や、前妻の娘でモデル・女優のすみれと仲がいいということだ。二人から「理子ちゃん」と呼ばれ、すみれは、「理子ちゃん、かわいい」とも言う。母・松原千明と自分を苦しめた父・石田純一に対しては複雑な思いがあることだろう。だが、壱成やすみれも「家族」として自宅に招くという東尾理子。前妻との離婚後、精神的にかなり落ち込んでいた壱成は「理子ちゃんは愛の人。理子ちゃんのお陰で家庭の温かさをまた知ることができて、本当に感謝している」とまで言っていた。 東尾理子は、石田純一と結婚後、タレントとして生活情報番組やヒナ壇番組から引っ張りだこだ。セレブを気取るわけでもなく、でも“お嬢さま”ならではの特異なエピソードを有していて、しかも、人の傷みを理解し、社会派でもある。 不妊治療の末、母になるときも、デリケートな話をあまりにもオープンにするものだから一部でバッシングを受けたりもした。だが、彼女の性格を考えると、妊活事情を包み隠さず明らかにすることで、誰かの役にたてば、自分はどれだけ批判されてもいい…という想いでやっていたのではないか。 ちょうどその頃、東尾理子と、ある生活情報番組で何度か共演させてもらっていたが、CM中、彼女が妊活のために使っていた「よもぎシート」なるモノの話で盛り上がった。下着の内側に敷くと、じんわり温かくなり、よもぎの香りでリラックスできるというモノ。「へ〜、そんなのあるの? 知らなかった」と言った私のリアクションを覚えていてくれたのだろう。 その後、また共演したとき、私の楽屋の扉を叩く音と共に、「理子です」と言われ驚いて開けると、「これです!」と、その「よもぎシート」を1パック、私に差し出した東尾理子。その記憶力と気遣いに、「これは石田純一以上かもしれない」と感心したものである。 母となった彼女はますます「愛の人」となり、細やかさはそのままに、肝っ玉母ちゃん的な大らかさも備わった。お嬢さまではあるが、常識人であり、社会性もある。さらに空気も読めて、ユーモアにもあふれているので、好感度は抜群。しかも大物の“二世”ならではの大胆さも備わっている。 そして何より彼女はアスリートである。父の東尾修氏を含め、2020東京五輪に向けて、スポーツ振興や、スポーツ教育を通じて子供たちの未来についても当然考えているハズだ。 今回の都知事選出馬がなかったにせよ、政界に進出する気マンマンであることがわかった石田純一の妻・東尾理子が石田にとって、さらに最強のパートナーとなることは間違いない。関連記事会社員の年金 「石田純一型」と「加藤茶型」で明暗くっきり石田純一&東尾理子 出産2日前の命名会議 候補は「リタ」か東尾理子が石田純一をブログに登場させることを心配する声東尾理子 夫の2人の子と仲良いのは東尾修氏との関係もあり小石田純一 一押しのDVDは本家出演『抱きしめたい!』他

  • Thumbnail

    記事

    井沢元彦氏がSEALDsに意見 「9条を守れ」の主張は人権侵害

     作家・井沢元彦氏は、集団的自衛権行使容認に反対する人たちのやみくもな軍隊否定や護憲主義に疑問を投げかけている。憲法9条を守れと主張することは、ときに人権侵害にも及ぶ状況があるという。週刊ポストの連載「逆説の日本史」における井沢氏の解説を紹介しよう。 * * * 1985年(昭和60)のことである。当時イランと戦っていたイラクのフセイン大統領は、敵国イラン領空を飛ぶ飛行機はたとえ民間航空機であってもすべて撃ち落とすという、とんでもない声明を発表した。当時イランにいた日本人二百人余りは直ちに脱出しようとしたが、脱出のための航空機派遣を政府から依頼された日本の民間航空会社はこれを拒否した。労働組合が反対したのである。 もっともこれは当然の反応ではある。ミサイルが飛んでくるかもしれない危険空域に丸腰の民間機が入ったら乗務員の安全は保証できない、反対したこと自体は責められない。だからこそ、こういう時のために訓練を積んだ軍隊というものが必要なのである。警察では国外の戦争が絡んだ事件に対処する能力も権限もない。 しかしそういう能力を持った自衛隊機は現地に飛べなかった。日本社会党を中心とする護憲派が「海外派兵絶対反対」と強く反対したからである。このためイランの首都テヘランに残された日本人約二百人は脱出できず、中には死を覚悟した人もいたという。 助けてくれたのはトルコであった。トルコ共和国政府の意を受けたトルコ航空の民間パイロットが名乗りを上げ、危険を冒してテヘランに飛び日本人全員を脱出させてくれた。実は1890年(明治23)、トルコ海軍の軍艦エルトゥールル号が日本の紀州沖で沈没した時、近くの村の日本人が命がけで乗組員多数を救助してくれたという話がトルコでは歴史の教科書に載っていて、「その借りを返すため」に命がけで助けてくれたのである。 ところが、この行為に対して感謝するどころか、もっとも不快に思ったのが「護憲派の守護神」朝日新聞である。朝日は記事でトルコが助けてくれた理由を、日本が「トルコ経済援助を強化している」からだと書いた。要するに「カネがもっと欲しいんだろう」と貶めたのである。朝日がなぜそんなことを書いたか、これをきっかけに「軍隊は必要だ」という議論が高まることを恐れ「カネをバラ撒いていれば大丈夫だ」と思わせたかったのだろう。 こんな事件が過去にあったことを、つい最近まで国会を包囲していたSEALDsの若者たちは知っているのだろうか? そしてまた同じような事件が起こったら「海外派兵絶対反対」と叫んで、再び「平和憲法を守るため」戦うのか? 以上のような事例を知った上で、まだ「日本に軍隊は必要ない」と叫ぶなら、それはそれで仕方がない。論理を受け付けない人間と議論はできない。しかしそうでないなら言おう。日が落ちても続いた国会前の安保法案反対デモ。学生団体SEALDsのメンバーらも参加した=9月16日夜、国会前 軍隊の必要性を認めた上で「憲法九条を守れ」と主張することは、極めて重大な人権侵害であることに君たちは気がついているのか? 「必要ない」と言うなら仕方がないが「必要」ならば、自衛隊及び自衛隊員は法治国家日本において正式な存在であるべきだ、しかし憲法九条は法律がなんと言おうと彼等の存在を否定している。だから憲法九条を守るということは、実は自衛隊員の地位と権利を正式なものとしては絶対に認めないということになる。 これもわかりやすく時代劇にたとえようか。 ある旗本の家、そこが突然武装強盗に襲われた。先代の嫡男である当主が撃退しようとしたが日ごろから武芸にはうとく、危うく殺されそうになった。そこへ颯爽と登場したのが側室の生んだ次男、つまり当主の弟である。次男の命をかけた奮闘で賊は撃退された。そして、あそこには強い用心棒がいるという評判が立ち賊も敬遠するようになった。何もかも弟のおかげである。 ところが兄は感謝するどころかこう言う。「メカケの子のくせに図に乗るな、お前はあくまで日陰の存在だ。メシは食わせてやるが、名誉も地位も求めるな!」。  どうです? ひどい兄だとは思いませんか? 人間のクズと言っても過言ではないだろう。 しかし「憲法九条を守れ」と言うのは実はこれと同じことで、「自衛隊員よ、お前たちはあくまでメカケの子だ、引っ込んでいろ」と言っているに等しい。そのことに君たちは気がついているのだろうか? たぶん気がついてはいないのだろう。気がついているならばこんな態度をとるわけがない。瀬戸内寂聴さんや大江健三郎さんのような日本の良心と言われている人たちも気がついていないのだから仕方がない。本当の日本の歴史を知らないからだ。関連記事■ ネトウヨは変人が徒党組んでる、相手するのバカバカしいの指摘■ 国会前デモ報道のNHK 報じないことにデモ起こされたためか■ デモは出会いの場 全共闘世代の武勇伝に女子大生「すごい」■ 総選挙で新人議員184名誕生 氏名標作成業者は徹夜で名入れ■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」

  • Thumbnail

    記事

    日本を丸腰にするのか 共産党の綱領は「実現」程遠いものばかり

    筆坂秀世(政治評論家、元共産党政策委員長) 共産党という党名の政党だから、「共産党は社会主義、共産主義の社会を目指す政党だ」と思われている。だが、同党の綱領をいくら読み込んでも、日本が社会主義、共産主義になればどんな国になるのか、まったく見えてこない。綱領には、次のように書かれている。 《発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である》 「前進をめざす取り組み」が今世紀の課題なのだから、今世紀中には、社会主義にはならないということだ。「安心してください。穿いてますから」というお笑い芸人がいるが、「安心してください。社会主義日本は、100年以上先のことですから」ということだ。 さらに、次のように言う。 《社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である》《生産手段の社会化は、その所有・管理・運営が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるものであり、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要である》共産党の志位和夫委員長 生産手段の社会化が大事らしいが、それはどういうものかこれから探究するというのだ。要するに、社会主義、共産主義の未来など、まったく描くことができないのが共産党の現状なのである。その前の「民主連合政府」はどうか。この政府は、「二つの敵の支配を倒す」というのが大目標になっている。「二つの敵」とは、アメリカ帝国主義と日本独占資本主義のことである。安全保障では、真っ先に日米安保条約を廃棄し、さらに自衛隊を国民合意で解消するという方針だ。そんな国民合意ができるとは思わないが、もしできれば“丸腰の日本”にするということだ。 憲法については、《現行憲法の全条項をまもり》としており、天皇制もそのままということだ。その先については、《その存廃は、国民の総意によって》と国民の判断に丸投げしている。天皇制廃止への反対が多いから、とりあえず逃げているのだ。二つの敵のもう1つ、大企業に対しては《民主的規制》を行うという。 「民主的」とは何なのか。いまだって民主的に決められた法律に基づく規制は多くある。実は重点は、「民主的」にあるのではなく、「規制」にあるのだ。いまよりも多くの「規制」を作るということなのだ。果たして、これで経済の活力は維持できるのか。所詮、政権に就いたことのない野党であり、きれいごとは言うが、実現可能性は疑わしいものばかりなのだ。(筆坂秀世 夕刊フジ 2016.6.19)

  • Thumbnail

    記事

    18歳は「特別」じゃない! 老いゆくニッポンに世代対立は危険である

    馬淵澄夫(民進党衆院議員、党特命副幹事長)/聞き手 山本みずき政治を語るようになるには時間がかかる山本 今年6月から18歳選挙権が適用され、約240万人の有権者が新たに増えました。実際、どのような意義があったとお考えですか?馬淵 これまでは二十歳から投票できたけど投票率は極めて低い。そう考えるとそれほど大きな変化が訪れるとは思えない。今回、18歳、19歳の方はある意味注目されているので選挙に足を運んでくれるでしょう。だけど5年、10年という過程の中で18歳、19歳、20代になる人たちがちゃんと投票するのかっていうのは、僕はすごく慎重に見ている。だって2年しか変わんないんだから。(瀧誠四郎撮影) なぜ二十歳の人たちは20%台しか投票に行かないのか。18歳になったから何か特別なことが起きるわけでも何でもない。結局それは政治リテラシー、いわゆる政治教育というのが為されていないから。自分でどうしていいか分からないし、投じた1票も社会に貢献出来ているか実感が持てない。投票行動に目覚めるのはやはり社会的な課題が自分に押し寄せてきたとき。生活の課題が政治に直結するということに実感をもって、やっと参画してくれる。高齢者がなぜ投票率が高いかというとその蓄積だから。医療も介護も年金も全部自分の身の回り360度政治にかかわっていると実感できるからです。  じゃあ何をしなきゃいけないのかというと生まれた時から皆さんは政治にかかわっているんですよという政治リテラシーをしっかり教育しなきゃ駄目。それがないのに、申し訳ないけれども18歳以上になったから投票って、それは単に「パーティー・ピープル」集めただけの話。そういう政治の取り組みというのは僕は根本的に間違っていると思っているので、期待はしていますけどもそこはそう簡単じゃないと思っています。山本 18歳とか19歳でまわりの友達に政治に感心があるっていう子がいたとしたら、むしろ何か健全じゃないイメージがあります。馬淵 そういう運動してる子は僕らが学生の時にもいたわけ。ほんと1%、もっと少なかったかもしれないけど、いた。でもそういう人たちはサイレント・マジョリティーの声を代弁していないから。みんな黙って冷ややかに見ているし、それこそレジャーランド化してたっていわれるぐらいの大学時代だったからね。世の中、学生時代はほんとに勉強してる人もいたかもしれないけど、あとはモラトリアム期間として楽しんでただけよね。社会に出て、やっと厳しさが分かって、40代になったぐらいにようやく自分で政治のことを一言二言語るようになる。これだけ時間かかるっていうことをちゃんと真摯にとらまえて、じゃ若い時にそういう社会的な課題に目を向けられる何か萌芽となるようなものを、われわれが提示しているかってことだよね。二項対立において物事を考えようとするのは危険若者と高齢者の二項対立で考えるのは危険山本 最近若い18歳から20代の選挙関心を高め投票行動をうながすために若者の政治団体でもそういう活動している人がいるんですけど、彼らが口をそろえて言うのがシルバー・デモクラシーの打破なんですよ。シルバー・デモクラシーはよくないから若者が投票に行かなければいけない。それって政治への関わり方として私はおかしいと思うんですが。馬淵 高齢者も若者もって二層化するような話じゃなくて、政治はすべての人が対象だからね。確かに声が大きいっていうのはあるかもしれないけれど、若い方々も必ず高齢になっていくわけで、自分たちだけ疎外されているわけではないからね。高齢者に手厚くされすぎてて余りにも困難な状況が生まれすぎているのであれば声を上げてもらえればいいけれど、僕はその二項対立において物事を考えようとするっていうのはすごく危険を感じますよ。(瀧誠四郎撮影) 僕は議員として13年、浪人時代を入れると18年ほど政治活動をしてきて、学生さんをずっとインターンで受け入れているけど、彼らと政治の話なんかほとんどしない。むしろ礼儀作法から就職、結婚、恋愛、アルバイト、世の中で生きていくとはどういうことかってことをずっと伝える。だからうちのインターンの子たちはいろんなときに相談に来る。馬淵澄夫というおじさんはお父さんにみたいに心配してくれるけど父親だといいにくいことも、結婚のことも恋愛のことも相談乗ってくれる。第2のホストファミリーじゃないけれど人に向き合うってことを政治家がやっていれば興味を持ってくれる。山本 なかなかそこまで真剣に一人ひとりの個人的な悩みにまで向き合って接してくれるような存在がいない。馬淵 街のよろず屋なんだから、政治家はね。馬淵澄夫事務所を立ち上げた時、もちろん浪人中でバッジもないので日ごろの悩み相談ぐらいの気持ちでやってたら、何とうちにくる相談で一番多かったのが離婚と借金の申し入れ(笑)。まあまあしょうがない。それでもね、ちゃんと向き合ってあげると解決が出てくるし、ときには高齢者虐待防止法につながる事案に直接触れ合うことが出来た。年老いた80のおばあさんに55の息子が暴力を振るった事案で、配偶者あるいは子供という形の当時のDV、虐待防止法の中に当てはまらないということでなかなか手を出せない状況が続いていた。それをどうにかして社会として食い止めなきゃいけないっていうことで立法化への提案の起点になった。与党が触れられたくないのは安保と憲法与党が触れられたくないのは安保と憲法山本 民進党の結党大会でシールズ代表の奥田愛基くんがスピーチしました。馬淵 少なくとも去年の安保法制のときシールズの皆さんがある意味、若者から政治運動を起こすという大きなムーブメントを作られたのは事実なので、それとわれわれ民進党がやろうとしていることっていうのは同じ方向性なんだってところで共感をもってもらえたんじゃないかなあ。(瀧誠四郎撮影)山本 とても話題になったと思うんですけど、若者といっても意見はたくさんあるので、どちらかというと私の回りでいうとシールズに対して冷ややかな目で見ている人の方が圧倒的に多いです。馬淵 うちは不易塾と称して塾生を受け入れてるんだけど圧倒的に多いよね。「あんなところ私は行かない」と。「そんな時間があったらバイトしなきゃいけない」「勉強しなきゃいけない」ぐらいの感覚の人が多い。だけど、そうじゃないっていう子たちもああやって運動しているし、先程いったように僕らが学生のときにもいたある一定の層だとは思うね。山本 今回の参院選でも政策がとても多い。そこで目玉になる政策は何か、お聞かせいただけますか。馬淵 目玉政策と選挙争点というのはずれがあるのね。選挙争点というのは通常、与党が設定でき、勝てる土俵をつくるわけで、負ける土俵の争点をつくる阿呆はいないから。なのでマニフェストの難しさというのは政策を幅広く置いておく。選挙というのは単純に政策を並べて比較するっていう場じゃない、生きものなんですよ。流れの中で党首の発言、あるいはどこかの候補者の失言、これによって世の中の空気ががらっと変わる。いわゆる潮目というのは動く、生ものなんです。この感覚を持たないやつは選挙に負ける。 安倍さんは今回、争点はアベノミクスだと言った。だけどこの1年半、景気対策、雇用対策を含めて成果があるっていっても誰一人実感がないよね。一番メーンでやったのは何かって問われたら、皆さん頭に浮かぶのは安保法制でしょう。結局、経済と言いながら経済を置き去りにしてきた結果、消費税だって先送りせざるを得なかった。こういう状況を考えると彼らがつくった土俵は触れられたくないところが幾つかある。それは安保と憲法、国民の過半数以上がいまだに「コレ大丈夫か」っていう不安を感じている。そこに争点を持っていきたくないというのが見え隠れする。 僕は感度分析っていうのをずっとやってるんだけど、ちょっと前まで上位にあったのは「政治とカネ」。舛添都知事がやめてそれが沈静化すると、その裏返しで高くなったのが「年金」。年金はやっぱりみんな不安なんだ。高齢者だけじゃない、若者だって払ってるんだからね。「第2の消えた年金」糺せるのは民進党だけ「第2の消えた年金」ただせるのは民進党だけ山本 常に不安をあおられてるような気分です。若者が損してるみたいな。馬淵 年金、子育て支援にフォーカスを絞ると、経済政策が何一つ功を奏していないわけだからこちらに土俵をあるいはリングをこしらえて年金で戦うっていうのが今回の選挙の重要争点になるんじゃないかと僕は思っている。 安倍政権は年金の積立金140兆円を、国内国外合わせて最大67%、3分の2も株式投資できるようにした。世界中でこんな国ないからね。あの投資大国のアメリカでさえ100%国内運用です。結果、何が起きたかというと去年たった3カ月で8兆円の損失、イギリスのEU離脱で1日で1200円株価が下落して1兆円の損失。それも国民の誰も頼んでいない株の運用で株価をつり上げてアベノミクスが失敗だといわれないためで、このまま放置していいのかってことを、やはりキチッと言わないといけない。(瀧誠四郎撮影) 年金問題というのはまさに第2の消えた年金になる。これをただすことができるのは民進党しかないから。民進党が駄目だって反対してきたわけだから。安定した運用、株価つり上げのため年金を毀損させるような制度を変えなきゃいけないんだと、ちゃんと言えば新しいリングでの戦いになる。山本 野党共闘のあと、どういう社会を実現したいのかというのが見えてきません。民進党はどのようなビジョンを抱いているのか。馬淵 野党共闘は何のためにやったか。今回の選挙は政権選択じゃなく安倍政権の中間評価なの。○か☓かの評価をしてもらうときに☓をつけるところがいくつもあったら結果○が勝っちゃうから中間評価をはっきりさせるために、全国32の1人区はすべて野党共闘が実現できた。民進党という立場でいえば、ずーっと言い続けているけれども支え合う社会。個の自立ということに重きを置いて、国富という成長の果実を再び投資に振り向けるのが自民党。一方、社会保障や年金、子育て、医療、介護に振り向けるのが民進党。低成長時代にはそれが必要じゃないかということを訴えている。 明確に立ち位置と理念が違うが、自民党政治も決して否定はしない。高度経済成長時代に右肩上がりで伸びていくときには確かに再投資が必要だった。それはインフラ整備、社会の仕組みづくりに使われ、事実日本は豊かになった。でも低成長時代、場合によってはマイナス成長になるかもしれない今必要なのは、安心と安全の仕組みづくりで、だから再分配政策が必要。ともに成長は求めるが、自民党との大きな違いです。 今回はあくまでも政権選択ではなくて中間評価として野党統一の枠組みをつくった。次の総選挙、この時にはちゃんと示さなきゃいけないね。共産党と一緒になるのでなければ共産党と共に政権運営をするということは言えないですから。中途半端な協力はないし、一方、本当に共産党と連立政権なんか組めるのかという極めて厳しい現実を見つめなければならないと思う。参議院選挙が終わればまた、いろんな景色が見えてくる。その時また野党がどうなるのかというのを考えていくことになると思います。今やるべきは消費税5%への引き下げ、これ一本今やるべきは消費税5%への引き下げ、これ一本山本 馬淵さん個人の掲げている消費減税5%について。馬淵 過去においては消費税創設時、あるいは5%引き上げ時、必ず増税に対する見合いの減税がセットとして行われてきた。だから景気へのインパクトを抑えられたのだが、今回日本は史上初めての純増税を行った。これは当然ながら景気が上向きじゃなければものすごい影響を与え、事実、消費支出は下がり続けている。安倍政権はこれから大型の補正予算を組むって言ってるけど、中身は公共事業のバラ売りだからね。(瀧誠四郎撮影) 公共事業にいま何が起きてるかというと、僕らの時いろいろ怒られながら5兆円まで削って半減したのを10兆円まで膨らませた結果、いまは余ってるんです。東日本大震災の復興需要、オリンピック需要など建設業はインフラ投資が山ほどあるから、結局、公共事業を積んでも消化できず、3兆円を国庫に戻すような状況が起きている。この3兆円も相変わらず無駄なことをいっぱいやって基金に積み立てたりしてるので、これも税金の無駄遣い。いまそれを監視する仕組みが自民党には全くないので、これを徹底すれば消費税の増税分3%の税収分について十分に確保できる。  本来は景気がよくなったら上げればいい。景気が悪くなるのに上げてきたということが失敗。それは民主党がやったんじゃないかといわれるがそれは違う。われわれは附則の18条で景気条項をつけ、景気が悪化するような状況では消費税は上げないという仕組みをつくっている。本来いま何が必要かと問われれば消費税を下げるべきだ。これはぼくの個人的な意見なんでね。僕がもし代表だったら民進党の経済政策は消費税5%引き下げ、これ一本だよね。民進党は経済政策がないっていわれてるよね。それは中途半端だからだよ。まあ、おれ代表じゃないから、代表選に弱いから(笑)。人は「理念」で動くと実感した人は「理念」で動くと実感した山本 この記事を読む学生の方は政治にもちろん興味があって、中には政治家になりたいと思っている方もいるかと思います。馬淵さん自身はどのような学生生活を送っていたのですか。馬淵 僕は横浜国立大学工学部の土木学科出身で、田中角栄さんに憧れ、いずれは「土建屋になって政治家になりたい」という夢があったんですけど、当時は政治家なんて雲の上の人で、秘書に会うことすらままならない。だから自分なりのストーリーを描いて、社会人になってどういう商売をしたらいいのか、どんなふうにビジネス展開したらいいのか、友達とお酒をくみ交わして話していました。山本 政治家になりたいっていう学生は学生時代から政治活動に参加している人が多いですが、何をきっかけに政治家になられたんですか。(瀧誠四郎撮影)馬淵 大学を出て最初はゼネコンの三井建設に5年勤めました。土木技術部の研究職で、実験をやって論文を書いたり、もう完全に学術の世界に入って「こんなことやってたら商売のいろはも何も知らないまま終わってしまう」と思い、上司に「現場に出してほしい」と言ったんだけど出してもらえず、5年過ぎたとこで、予定通り会社を辞めたんです。辞めてさあ、どうしようか。就職活動も含め考えなあかんというときに、商売を始めるんだったら大阪だということで結婚したての女房と二人で大阪に行きました。 今じゃもう死語だけど、大阪で雇ってもらった不動産会社では丁稚奉公で最初草刈りで次は運転手。バブル華やかなりし時で小さな不動産屋さんに勤めたつもりが大資産家の末弟の会社で、大変な資産を持ったオーナーが株式投資をしていた。運転手をしながら耳学問でいろんなことを学んで「すごいな、こんなお金動かしてんだ。このオーナーに食らいつかなきゃだめだ」って(笑)。やがてこいつ、ちょっと面白いなって思われるような幾つかのことが起きて、オーナーから「じゃ、ちょっとお前やってみろ」って仕事をさせてもらえるようになった。オーナーがやっていた株式投資はやがて事業買収、企業買収に転換していき、買収した会社に送り込まれてはいろんなPL(損益計算書)、BS(貸借対照表)を見て企業がどういう体質でなぜダメになったのか、自ら経営を学ぶなか、やがて上場会社を傘下に収めるチャンスが来た。 敵対的買収にあっている企業をホワイトナイト、第三者割当増資で助けるという場面に遭遇し、それら一切を任されたのが29歳でした。それに勝って僕はその上場会社に送り込まれ、32歳と8カ月で当時史上最年少の非同族の役員になった。会社経営者として、世界中のさまざまな経済を触れながらの感覚だったのでそれは面白かった。夢に見てた会社経営、ビジネスの世界だった。 だけど自分の中でいうと、企業を率いるっていうことはとても大切だけど、結局、人はお金では動かない。何で動くのかというと、きれい事ではなく「理念」だった。人は理念で動くというのを企業経営を通じて実感したとき、自分の生きる道はここではなく政治の世界だという思いがより強く募った。それで帰国して「準備はまだ不十分だけど、もう、踏ん切りつけて、選挙出よう」というふうに気持ちを切り替え、39歳で選挙に出た。やっとたどりついたなーみたいなところだったです。長かった。民進党はオレがオレが人が多いから民進党はオレがオレがの人が多いから山本 当時どうして民主党を選んだんですか。馬淵 既存の政党には実は全く興味がなかった。そうはいっても政治の世界なので与党でなければ意味がないというのもあり、自民党という政党に対していろいろ見てたんだけれども、ものすごくがっかりすることが幾つかあって「いや、この政党ダメだなあ」と。既得権の中にどっぷり浸かって、ニューカマーの台頭なんか押しのけるような古い古いしきたりの中で、それってサラリーマンが長く平社員からスタートして上がっていくのとそんなに変わらないじゃないかと。自分は中小零細のオヤジだったわけだから、むしろ新しいところでやるほうがいいのかなと思ってたとき、たまたま出会ったのが民主党だった。最初は民主党も「駄目じゃん、こんなとこ」って思ってたんだけど、当時の枝野さんや前原さん、野田さん、出会った若手の政治家たちが結構、衝撃的だった。 自民党の政治家からもいっぱいアプローチを受けていたので、「どうやったら(選挙に)勝てるんですか?」と聞くと、「後援会を引き継ぐんだから、それなりのお金も用意しなきゃいけない」とかいうのが暗に出てくるわけです。「ああ、やっぱりそういう世界なんだ」と思って半ば幻滅していたときに、民主党の政治家たちは「そんなものあるわけないじゃないですか」と。「選挙やるためにどれだけのお金用意するんだ」っていうと「選挙資金は党からもらうんです」と言うんです。「そんなんでできるわけないだろ」っていう話をしたら「僕たちはこうやって勝ってきた。マイク一本で訴えて勝ってきた」。それ聞いたとき頭をがーんと殴られた感じになってね。なんか幕末の志士のようなね、清々しさがそこにあった。(瀧誠四郎撮影)山本 それは今も変わりませんか。馬淵 いやー微妙だな(笑)。既存政党になってしまったからなあ。だけど当時それぐらい清心なイメージだった。「だからこの人たちとやってみたいな。ああ、こういう人たちが集まる政党って面白いなあ」と思って「じゃあ、民主党でやろう」と。それが民主党との出会いですよね。山本 民進党には、優秀で理念もあって信念の強い政治家の方が多いと思うんですが、メディアにあまり出てきません。鳩山(由紀夫)さんは最近もいろいろ話題になっていますが。馬淵 鳩山さんの行動でいろんな方からご叱責を受けるけれども、今は党籍もたずの一般の方なわけでその人の言論を封じることなんてできないじゃないですか。まあ政党という歴史の歩みの中でみると総理を経験された方がそれはどうかなと思うことは幾つかありますよ。個人的にはね。そういう発言はあえてしなくてもいいんじゃないかなとか思うけれども、これも繰り返しになるけど言論の自由だからね。 確かに民主党というのは優秀な人が集まってるといわれるけども組織論ができていない。それは残念ながら一般社会の組織の中での経験を積んだ人が少ないんだよね。組織全体でいうと裏方のような仕事というのはものすごくたくさんある。むしろそっちが8割くらい。ところが民進党に来ている人たちというのは圧倒的にオレがオレがの人が多いから。そりゃそうだよ、自分の顔写真貼って平気な人たちだよ、おかしいでしょ、普通に考えたら。みんなテレビに映る予算委員会に出たい、何とか討論に出たいわけ。僕はもう今そういう興味ないけど、組織の中で裏方はすごく大事。だけど民進党は裏方に徹する人がすごく少ないもんだから組織としてのまとまりが欠けちゃう。山本 最後に若い方々へメッセージをいただけるとありがたいです。馬淵 ぜひ若い皆さん方には自分の一生を通じて政治は関わるんだということを直接政治家と話をして感じ取ってもらいたいんです。どんなふうに世の中を変えようと思ってるのかということを率直にぶつけてください。おざなりに返事するような人ははっきり言って投票しなくていいですから、懇切丁寧に一つひとつ寄り添って答えてくれる、そういう政治家を私は選ぶと決めてもらえれば、それがまさに政治リテラシーを吸収し消化していく第一歩になります。お祭り騒ぎの選挙ではなく、一生かかわるんだというスタートが今回の選挙だと思って取り組んでもらえればというふうに思います。まぶち・すみお 1960年奈良県出身。横浜国立大学工学部土木学科卒業。三井建設社員を経て、ゼネラル取締役就任。2003年、衆院選奈良1区にて初当選。2014年5期目当選。国土交通大臣、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)、衆議院災害対策特別委員長などを歴任。民進党特命副幹事長を務める。

  • Thumbnail

    記事

    シルバー民主主義は「現実」にあった 求められる第4世代への視線 

    小林史明(自民党衆院議員 青年局次長学生部長)/聞き手 山本みずき課題は政治家が選ばれるプロセス山本 今回の参院選から18歳選挙権が導入されますが、そもそも若者は政治の中でどんなことに関心があるのでしょうか。たとえば政治や選挙といっている人は、とにかく関心についてだけ主張しますけど、具体的な政策について何か論じている印象が私の周りにいないんですよ。安全保障と社会保障とかに関心があって、こういう社会になってほしいという。若者の関心度が高い政策は何だと思いますか。小林 やはり一つは社会保障でしょう。いきなり年金っていう人はいないと思いますが、なんとなく将来に不安がある。将来の不安をどうやったら取り除けるかが、一番の関心ではないかと若手の政治家で議論しています。たとえば奨学金もそうですし、子育、年金も。結局は人口減少が一番対策打たないといけない政策なんです。自民党として危機感を持っているのは、なんとなく日本がよくなる気がしないから。私自身も将来年金がどうなるかわからない不安に加え、結婚して子供3人育てられるのかっていう漠然とした不安はサラリーマン時代からずっと思っていた。そこをとっぱらわないと、いきなり結婚して子供を産むということになりませんよね。(瀧誠四郎撮影)山本 だからこそ若い人の多くがシルバーデモクラシーに対して不満を抱いているという声もよく聞きます。そもそも現状はシルバーデモクラシーなのか、それはいけないことなのか、打開するために若者を政治に参加させるのか、どうでしょう。小林 現実にシルバーデモクラシーは起こっていたと思います。だからサービス過剰でそれを抑えさせてくれということになって、今時点の瞬間をみるとなくなりつつあるんです。一方で、シルバーデモクラシーの是非については、やはり政治家が選ばれるプロセスをみると現実に起こり得る問題です。若者がたくさん参加すると、逆に若者の要望ばかり重視する可能性もあります。じゃあ若者がどうするべきかといえば、自分たちが政治に参加しないと、高齢者ばかりに目が向いてしまうということを実感することでしょうね。山本 参院選で自民党は若者のための具体的な政策を用意していますか。小林 もちろん、奨学金や子育てに加えて、もう一つは参政権、被選挙権も引き下げを検討しようじゃないかと。学生さんとの意見交換の中で出てきたテーマなんです。山本 きっとこの記事を読んでいる人もどのように政治に関わったらいいかわからない人もいると思うんです。自民党は若者が出した意見を党の中ですぐに反映してくれるので、意見が言いやすいというか、けっこう自民党は動いてくれますよね。小林 それが自民党のいいところだと思っていて、意思決定のやり方が明確になっているからです。まず適切にアプローチすれば検討が始まるし、その根回しをしっかりやっていけば説得することもできる。それが自民党のいいところなんです。デジタル世代の声も取り入れたい山本 その上で、18選挙権がスタートしたその意義についてどう思いますか。小林 まちがいなく言えるのはより幅広い意見を取り入れたいという政治のメッセージです。それが何歳までいけるかと考えたとき世界的にみて18歳だよねと。多様化してきているし、時代が早く変わっていくから。いまの日本は4世代が共存している。戦後復興の人、高度経済成長の人いわゆるバブル世代、それから私たちのような高度経済成長を知らない世代、それから最初からスマホを使っているデジタルメディア世代。この4世代が生きているので、上の3世代の意見だけではもうやっていけないねと。デジタル世代の人の思いも受け止めたいというのが目的ですね。山本 やはり、今まではその辺の声があまり届いていなかったのでしょうか。(瀧誠四郎撮影)小林 そうですね。いまでも自民党は一期生が120人ぐらい、だいぶ若返っていますけど、その辺の意見は入ってない。山本 18歳選挙権になったことでより若い世代、いわゆる4世代目の声は届くようになりましたか。小林 届きやすくなりましたよ。党内でも会議で若い人はどう考えているんだろうねっていう話が必ず上がってくるようになったんです。それに対して私たちが意見を言うと入りやすくなった。山本 逆に主体的に若い人から声が届くことはありますか。小林 それこそ山本さんも声をいっぱいかけられていると思いますが、いろんな若い団体が政治家にアプローチしようと動き始めてくれています。山本 小林さんは自民党の中でも若い世代にアプローチするイメージがありますが、自民党として何か取り組みは。小林 昨年、牧原秀樹さんが青年局長になったときに18歳選挙権に向けて何をやるか議論しまして、リアルユースプロジェクトを始めたんですね。これはなるべく学生でも社会人でもいいから若い人たちと議員が直接会う機会を作るという取り組みなんです。大学でも高校でも行くし、居酒屋さんでも行く。山本 実際にどうやれば参加してもらえますか。小林 青年局に連絡をもらえればいいですが、こっちからも大学や団体とかに手紙を出したりしています。居酒屋でやりませんかと呼びかけたり。京都の自民党学生部はけっこう居酒屋でやってますよ。もう全国で20回以上そういうイベントをやっています。山本 動画を使ったPRもやってますよね。小林 議員の思いや国会情勢などを動画で見せるカフェスタですね。こういう取り組みはもっとやっていかないといけない。若い人への配信方法を考えてやったのは、インフォグラフィックスといって見えやすいようにグラフにするなど、スマホユーザーが一目でわかるような見せ方をしているんです。山本 逆に若者はどのように政治に関わるべきなのでしょうか。私が思うのは、政治に関わるといってもただ単に投票に行けばいいのではなくて、それなりに教養や見識も必要だし、知識も必要だと。そうでなければ民主主義においては悪い結果にもなる可能性もあるじゃないですか。ならば、私たち若者は政治に関わるときに何に注意すべきなんでしょうか。小林 まず、その若いがゆえにスマホは使うので、だれか一人でもいいので、ツイッターとかフェイスブックでもインスタグラムでフォローしておくのがいいです。フォローして、その人が言っていることを軸にいろんなことを考える。すべてを信じる必要はないと思いますが、その人が取り上げているニュースや事柄を冷静にとらえて、この人はこう言っているけど、どうなんだろって広げていけばいいではないかと思いますね。子供は一つの情報に触れると、偏って洗脳されてしまうという人いますが、どんどんみんな冷静になっているので大丈夫でしょう。18歳選挙権をブームで終わらせたくない18歳選挙権をブームで終わらせたくない山本 それはそうだと思いますね。若い世代はイデオロギーに左右される人ってすごい少なくなっている気がします。上の世代の人が左右の闘争をしてきたからだと思いますけど、むしろ右左の闘争を敬遠するような雰囲気があるような気がします。小林 少なくとも私はすごく冷静。上の世代の人に比べるとね。たとえば、性的少数者のLGBTの問題はイデオロギー的にけっこうはじきたいと思っている保守の人は多いですから。でもわれわれからすると、それは当たり前じゃないかという感覚。その時点で感覚が違っています。山本 これから選挙に行こうとしている18歳、19歳に伝えたいことはありますか。小林 いろんな政治家や大人からまだ18歳は早いのではないかと話もありましたが、私はより若い人の方が新しい感覚を持っていて、より情報に触れていると思っていて、私たちは信じています。そういう思いもあって18、19歳は240万人で有権者の2%ぐらいだと言われますが、この世代の声も聞きたい。だから、みなさんがメッセージや手紙を出すと思って選挙に行ってほしい。白票ならもっとがんばれってことでしょうし、どこか別の党の一票ならその政党がんばれってことだと思うので、思いを表現してもらえればと思いますね。だれか政治家をベンチマークしてツイッターやフェイスブックをフォローしてあとは追いかけていくことが重要だと思います。私はこの18歳選挙権をブームで終わらせたくない。そういう意味で全国に学生担当を置いたので、ぜひ身近な政治家にアプローチしてほしい。(瀧誠四郎撮影)山本 選挙のたびに出す政策が自民党は多いですが、その中でこれが柱だという政策は何でしょうか。争点はアベノミクスですけど、自民が描く社会ビジョンと一致するようなものは。小林 一億総活躍なんでしょう。なぜかというと、人口減少時代をどうやって明るくしていくのかが重要だから。これは出生率を上げる一番の方法だと思っていて、何が暗いかというと人が減って働き手がいなくなる、社会の支え手がいなくなることが根本にあるんです。でも、一方で寿命はすごく伸びて、ほぼ人生100年時代が訪れたと言ってもいい。だから、支えられる側が、実は支える側なんですよという自覚をもって社会に参画はしているけども、もっとやってもらう政策が将来を明るくしてくれると思っています。山本 その一億総活躍の中で具体的なものは何がありますか。小林 女性が働きやすくするということで、一番のテーマは働き方改革ですね。私もサラリーマン時代に終電まで働いていたのですが、そうすると、彼女もできないし、飲み会もできない。それが結婚になるとますます大変になる。結局、日本の長時間労働が少子化を招いている。そこの長時間労働を効率的にできるか、別に会社にいなくていいし、週2でも正社員でいい。非正規と正規の区分けすら時代に合わない中で、こういう時代に合ったものにしていかないといけない。山本 そうですね。雇用の問題は女性の社会進出という面では私も女性ですから、すでに働いている先輩から聞いてみると、以前に比べて改善されたと言っていますが、それでも働きにくいようです。子供を生んでいる人は、子供をどこにあずけたらいいのか悩んでいますし、この点は自分がその立場になるまでには解決していてほしいなと思います。小林 そう思いますね。事業内保育所もどんどん企業につくってくださいと呼びかけています。駅の中でもいいですし、なんかそういうかたちで国だけがやるものでもないし、社会全体が子育てしながら働くことが当たり前にできる状態にしていかないといけない。山本 ところで、ほかの党と比べて自民党の強みと、弱みは何でしょうか。小林 強みは、意思決定する仕組みがきちんとある点で、どんなにもめても決めるときはきっちり決める。その後は決まったらそれでやる。もう一つ、意外と進化する政党なんですよ。新しいものは早く取り入れようとする。守るべきものはきちんと守って、新たに入れないといけない観点などはどんどん入れています。インターネット放送を始めたのも野党時代の自民党です。候補者選定はオープンにするべき候補者選定はオープンにするべき山本 逆に弱みはどうでしょう。小林 自民党は組織があることが強みなんですよね。全国にあってそこに青年部、学生部も今回つくって全国に窓口がありますから。でも組織がある分、候補者選定について、いかにオープンにするかということでしょうか。山本 自民党はこの前インターネット公募も始めましたよね。小林 そうです。それもその一環です。一度支部長が決まると、その選挙に勝っても負けてもやるというとか、入れ替わりができない。なぜこの人なのっていうケースが地域によってはあります。じゃあ、それをすぐに入れ替えれるかというとできない。与党としてそれは考えないとけないでしょうね。山本 最近自民党の若手は公募の方が多いようですね。小林 増えましたね。自民党も意識しているようで、候補者の選考過程をオープンにして納得してもらって代表を選ぼうとしている。これは野党時代の経験も踏まえているようですね。山本 小林さんはまだ問題を起こしていませんが(笑)、公募の議員にスキャンダルなどがあると、選考の仕方が悪いという話もありますよね。実際どうですか、厳しい審査しているようですが。(瀧誠四郎撮影)小林 さすがに身辺調査はどこの党もやっていません。企業だってやっていませんから。そういう意味で何を調査するかってことですけど、一つは論文と面接なので面接の数を増やすということでしょうか。それ以上どうするか悩ましいところがあります。一方で公募でない人も問題を起こしていて(笑)。公募だからというわけでもないかもしれません。山本 何かやらかしてしまうのは、それだけ大きな魅力を持っていることの裏返しでしょうね。小林 さあ、それはどうでしょうね。うらやましいですけど(笑)。今政治に入ってくる人はどこかネジが飛んでいるというか。自分が日本国民の意識を変えれば日本が変わるってずっと思っていて、だから携帯電話会社を選んだんですよ。携帯電話はずっとみんなが肌身離さず持っているから、そこにメッセージを届ける仕事をやっていくと人の気持ちを変えられるのじゃないかと思いました。山本 たしかに結構変わりますよね。小林 そうですよ。ハンバーガー店のクーポンが来たら食べたくなるでしょう。これが政治のメッセージなら意識が変わるかもしれないと思って携帯電話会を選びましたけど、政治の世界の方が早くできるのではないかと。だから政治の世界を選んだんですよ。山本 そういう議員さんは他にもいますか。小林 それぞれのモチベーションはあるんだと思いますね。みんな結構できるはずだと思い込んでいる。自信なのか妄想なのか、思い込みですかね。山本 野党に望むことはありますか。小林 どんどん適切な指摘をしてほしいですね。ただ、今やっている野党の戦いはもったいないと感じています。もっとちゃんと指摘すれば突っ込めるとこあるのに。なぜ言わないのと思うところはあります。本来は教育の部分などは指摘すべきでしょう。そもそも大学が多すぎるんですよ。そこは自民党として言いづらいところなですよ。なぜ奨学金を出さないのとか、大学にみんな行き過ぎるとか、ほかにもいっぱいあります。山本 野党から指摘されたら実現できますか。小林 できるでしょう。すぐに来年からとはいきませんが、この先10年間で、この基準以下の大学にはもう助成しませんとかやれば。そうすれば社会で活躍できる人材を生み出せる大学が残るでしょうね。学生への期待や教育のルールが間違っている山本 ところで、自民党青年局学生部長の小林さんはどんな大学生だったか教えてください。小林 高校では野球部だったこともあって、大学生になってようやく髪が伸ばせるようになったんです。だからうれしくて髪を伸ばして金髪にしてピアス開けていました。大学でも野球部だったんですけどね。山本 大学野球部の髪型などの規則はゆるかったんですね。小林 そうですね。野球をやりながら冬は福島でスノーボードのインストラクターもやって。本当に大学生らしい大学生でしたよ。(瀧誠四郎撮影)山本 学生時代はあまり政治との関わりがなかったように感じますが、当時から政治に興味はありましたか。小林 地元が宮沢喜一元総理の選挙区で、家族が応援していたので、なんとなく政治家に会うことが多かったという点があります。山本 では、政治家になろうと思ったきっかけは。小林 根本には政治が身近だったことがありますけど、大学の時にインターンシップで選挙を手伝ったんですよ。それで、政治家の生き方は現実にあり得るなと思ったんです。それと、決定的な理由が2つ。就職したNTTドコモで法人営業をやっていたとき、お客さんに説明する際に、国のルールでこれ以上やっちゃいけないとか、これはルールで縛られているからできないとか、すごくもったいないと思うことが多かった。もっと世界に展開すれば、面白いことができるのにという思いを何度もしたんです。もう一つは人事の採用担当になって学生さんと話していたとき、98%ぐらいの学生はとりあえず会社に入りたいと言うんです。会社って本当は生き方を選ぶ一つであって、独立してもいいし、職人という道もあるし、フリーターでもいいはずなんです。でもなんとなく会社に行きたいという考え方を植え付けている日本の教育って本当に大丈夫かって感じたんです。山本 そこに問題意識を持ったわけですね。小林 そうです。レベルの高い大学入った学生でも会社で活躍できなかったりするんです。高レベルの大学の学生は期待をかけられて、多くがそれに応えることができますが、社会に出たら活躍できませんとなる原因は、期待のかけ方がそもそも間違っているから。最初は学生の努力が足りないのかなって、いろいろ考えたんですけど、学生への期待とか教育のルールが間違っているんじゃないかと感じたんです。目指しているのは「キャリア教育基本法」山本 それは受験のための学校教育という点でしょうか。小林 そう、基本的に中学、高校から大学行きなさいって教えられるでしょ。山本 そういう進路を選ぶ生徒が褒められますよね。小林 美容師とか、パティシエとか大工になりたいとか思いたくても、そういう職業に触れる機会すらない。そしてそういう職業に行くことは道をはずれることだという雰囲気があるじゃないですか。山本 その経験を踏まえて何か実際に取り組んでいることは。(瀧誠四郎撮影)小林 議員になってすぐに仲間といっしょにキャリア教育基本法を議員立法として目指しました。小中学校の子供たちに、社会人とふれあう機会をつくっていくんです。学校をオープンして、いろんな社会人と触れ合っていく。やっぱり人は触れ合いの中で志や夢が生まれてくるものですから。その機会をつくろうじゃないかという法律なんですけど、これは議員立法ですから、まだ審議にはかけられていませんが。山本 自民党の中で受験教育の仕組みを変えるような方向性はないのでしょうか。小林 実は2020年までに大きく変わっていくんです。一番大きいのはセンター試験の形式が変わって複数回になっていきます。もう一つは記述式を入れていくことになります。人工知能が大学受験すると300ぐらいの大学に合格してしまうといわれている時代になっていて、やはり暗記するのが人間の能力として伸ばすところではないというのが共通認識ですね。山本 私は海外渡航経験が多い方ですが、外国の友人から、日本人は考える力がないと言われるんですよ。日本では大学受験のときに日本史も世界史も英語もすべて記憶、知識の詰め込みばかりじゃないすか。でも例えばフィンランドの友人は高校ではもう、大学と同じ論述式のものを定期試験で課せられるんです。その設問に対してどのように考えて、その問題を解決するためにどうすればいいかまで考えさせられるそうです。知識の詰め込みは物事を考えるよりも簡単なことなのでそれは中学までに終わらせておくべきだと。日本も早くそういう方向に進んでほしいなって思ってたんですけど、こういう方針を自民党が打ち出してくれたらうれしいです。小林 ちょっと時間かかりましたけど、その分急がなきゃいけない。一方で、中学までの日本の教育はすばらしいと思っていて。ルールも守れるし、しっかりと計算もできる。山本 政治家として社会をこうしたいという思いをうかがいましたが、どうして自民党を選んだのですか。小林 民間企業にいるときは当然ですが、最終的には結果を出していかないといけない。これと同じで要は世の中を動かせるかと考えたときに、自民党を動かさないといけないという思いがあったんです。自民党は長く与党にいたというのが一つ、もう一つは基本的に人間に可能性を感じているので、人間が自主的に前向きに動くことをいかに応援していくか、そこが重要だと思っていて、自民党が掲げる自主自立という考え方が一番フィットするなと思ったからです。山本 小林さんは政治家として今後何を目指していきますか。小林 当面はテクノロジーを最も理解している政治家になろうと思います。山本 それって珍しいなと思いますね。自民党は安全保障の色が濃いし、それに強い議員さんも多いですから。小林さんからはあまりその分野の言及がないですよね。小林 なぜかというと、日本は課題がいっぱいあるじゃないですか。それを解決するには日本が持つテクノロジー技術を社会に実装していって、より国をスマートすれば可能になるんです。結局、安全保障もテクノロジーの世界で、サイバーとか宇宙ですから。そこを理解せずして世界情勢は語れないですよ。こばやし・ふみあき 自民党青年局次長学生部長。1983年、広島県生まれ。上智大理工学部卒業後の2007年、NTTドコモに入社。2012年の衆院選に広島7区から出馬して初当選し現在2期目。現在、ネットメディア局次長、情報通信戦略調査会事務局次長なども務めている。