検索ワード:政治/373件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    朝日新聞、度し難し! 被災地急派の足を引っ張る「オスプレイ叩き」

    活支援物資を積み込む自衛隊員=4月19日午後、熊本県の八代海(海上自衛隊提供) それだけではない。「政治的な効果」の見出しを掲げ、「安倍晋三首相」の「方針転換」を揶揄し、「防衛省関係者」の「説明」として「米軍オスプレイの支援は必ずしも必要ではないが、政治的な効果が期待できるからだ」と報じた。どこの誰か知らないが、オスプレイがCH-47を「補完・強化し得る」事実を御存知ないなら、もぐりであろう。さらに記事はこう続く。 「米軍普天間飛行場のオスプレイには、騒音被害や事故への懸念が絶えない。自衛隊が陸自オスプレイ17機を佐賀空港(佐賀市)に配備する計画も、地元の反対で進んでいない。/しかし、今回オスプレイを十分に活用できれば、その安全性や性能を広く知らせる機会となりうる」 明らかに読者と世論を誘導している。救援目的ではなく、「政治的な効果」を狙ったオスプレイ投入との印象を読者は抱く。暗澹たる思いを禁じ得ない。「オスプレイには騒音被害や事故への懸念が絶えない」というが、それは朝日らが自ら喧伝してきた「懸念」に過ぎない。私がテレビや雑誌で指摘してきたとおり、他の機種と比べ、特段に危険な航空機ではない。騒音もむしろ小さい。 念のため付言するが、私は御用学者ではない。事実「政府は安全神話を語るべきでない」と最初にマスメディアで苦言を呈したのは、他ならぬ私である。原発同様、オスプレイも「100%安全」とは言えない。そもそもこの世に、ゼロリスクなどあり得ない。残念ながら、いずれオスプレイも事故を起こす。今日、熊本で起きるかもしれない。だとしても、その可能性は非常に低い。 他方、オスプレイの救援活動で人命が救われたり、被災者の健康が保たれたりする蓋然性はきわめて高い。事実そうなっている。独善的なイデオロギーを排して客観的・学術的に、確率を踏まえたリスク評価をしてみよう。オスプレイ投入で得られる利得は、投入に伴う損失(リスク)より桁違いに大きい。誰がどう計算してもそうなる。 朝日新聞は頭が悪いのか。それともパシフィズム(反軍平和主義)に染まっているのか。どちらにしても度し難い。いったい誰のため、何のために書いた記事なのか。頼むから、これ以上、現場の足を引っ張るのは止めてほしい。

  • Thumbnail

    記事

    度が過ぎる震災の政治利用、炎上の「境界線」はここにあった!

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者)政治利用一般が問題だとは思わないけれど 熊本地震の政治利用問題でネット空間が沸騰しているようだ。政府与党の側でいうと、憲法に緊急事態条項を規定するべきだという菅官房長官の発言、米軍機オスプレイを輸送のために投入した問題が議論になっている。野党の側でも、民進党のツイッターで、一般ユーザーの「東日本大震災時の自民党のような対応を望みます」とのツイートに反論してやりとりがあり、民主党が最終的にはその部分を削除することになった。共産党の池内さおり衆議院議員も、「川内原発今すぐ止めよ。正気の沙汰か!」とツイッターに投稿したが、現在は削除されているそうだ。 それらを見ていて、自分自身の2001年の芸予地震の経験を思い出した。当時、私は共産党の参議院比例区の候補者をやっていたのだが、地震発生の時(3月24日午後3時27分)、広島県海田町で宣伝カーに乗って演説をしていた。車が大きく揺れ、これはただ事でないと感じ、夕方には被害の大きかった呉市に直行。被害の大きかった場所を調査するとともに、市議会議員とともに市役所の防災担当者に会って、要望などを聞き取ることになる。政治家の卵としては当然の行為だと思っていたが、いまから考えると、それで良かったのかと悔いは残る。防災担当者の仕事を妨げたかもしれないし、たかが候補者が政治を動かす何かができるわけでもなく、ただの売名行為だととられても仕方がなかった(当選しなかったのは「売名」にならなかったということだけれども)。芸予地震によって落石した現場を調査する職員=2001年3月26日、広島県河内町 政治家というのは、ある政治目的をもった人間である。どんな問題であれ、政治目的のために利用しようとするのは、ある意味で当然のことかもしれない。というか、政治利用を意図しなくても、政治家の発言や行動は政治的な意味をもち、結果として政治のための利用になる。だから、震災の政治利用が一般的に問題のあることだとは思わない。しかし、議論にはなるが炎上するまでにはならない発言や行為もあれば、炎上して凍結されるものもある。それを分けるのはなんなのだろうか。政治的意図の有無と批判は別問題 オスプレイの問題が分かりやすいかもしれない。 今回のオスプレイ投入が政治利用であることは疑いないと思う。東日本大震災と比べ、輸送手段が決定的に不足しているわけでもないのに、わざわざ米軍に依頼するのが、そもそも「日米連携」の強固さをうたう政治的な意図がある。その輸送手段にしても、別のやり方はあるのにわざわざオスプレイを使うのは、この際、国民に不安が残っているマイナスイメージを払拭したいという意図と無縁ではなかろう。 しかし、それは政治的意図である。今回のような非常時の場合、問題を評価する基準がどこにあるかといえば、政治的意図に不純なものが含まれるかどうかではない。あくまで、それが少しでも被災者の役に立つかどうかだ。オスプレイが他の輸送手段と比べて十分かどうかの議論はあっても、それが被災者の役に立つ物資を運ぶという事実に変わりはない。そういう場合、オスプレイ投入の政治的な意図は批判することはあってもいいが、投入自体を批判するようなことがあると、被災者を助ける行為を妨害していると受け取られることになってしまう。 オスプレイ投入自体への批判が正当性をもつとしたら、それが被災者に迷惑をかけるという論理が通用する場合だけだ。実際、過去のいろいろな場面で、オスプレイが起こした問題が指摘されている。2014年、和歌山県で実施された防災訓練において、オスプレイの離陸後に排気熱で芝が焼け、消火活動に追われるという本末転倒の事態が起きたそうだ。15年4月のネパール地震の際、オスプレイが被災者救援中、民家の屋根を吹き飛ばしたこともあるという。 ただ、米軍だってそういうことは考慮して離発着場所は決めるだろうし、投入によって得られる「実益」があるわけだ。だから、投入反対というより、せいぜいどっちが利益かという比較考量の話になるだろうとは思う。政治利用の「度」の問題も政治利用の「度」の問題も 野党の問題はどうだろうか。民進党のツイッターの話は、あまりに水準が低いし、民進党自体が事実上反省していると思うので、ここでは取り上げない。池内さおり議員の行為にだけ言及する。 今回の地震が発生したとき、「川内原発は大丈夫だろうか」と思ったのは、池内議員に限らないと思う。私もそうだった。民進党も停止を求めることはしないという結論になったようだが、そういう声はずいぶんあがっていたようだ。共産党は16日、稼働停止を政府に求めている。これも震災の政治利用と言えば政治利用だが、それで共産党に批判が殺到したという話は聞かない。 それなのになぜ、池内議員のツイッターが問題になったのか。一つは、政治利用の「度」が過ぎたということがあると思う。今回の地震があったことにより、「こんな地震国で原発を稼働させていて大丈夫なのか」という不安が広がったのは当然であり、どこであれ再稼働はやめようね、稼働しているものは停止しようねというなら、それなりに根拠をもった発言となり、問題にならなかったと思う。共産党の申し入れが問題にならないのと同じだ。 一方、池内議員のツイッターは、まさに熊本で地震があったのを直接に受けるかたちで、「川内原発今すぐ止めよ」とするものであった。しかも、この人の特徴であるが、「正気の沙汰か!」という激しい言葉を使ってそれを求めていた。しかし、実際の川内原発は、震災にもかかわらず正常に運転されている。だから、川内原発が正常であろうが不正常であろうが、とにかく何でも稼働停止に利用するんだと受け取られたのが、強く批判されることになったのだと感じる。 しかも、オスプレイの箇所で触れたように、いま大事なのは実際に被災者の役に立つかどうかである。政治家としてそれをしているかである。そのために池内議員がどれだけ努力しているかは知らないが(共産党が努力していることは知っている)、政治家ならば、その分野で努力し、それをツイートしてアピールするのが本筋だろう。そういうツイートをたくさんしているのに、ツイッターの特性で、原発問題だけが肥大化して取り上げられているのかもしれないけれど。 激しい言葉は熱狂的な支持者をつなぎ止めるには有効だが、政治家のつとめは、考えの異なる人々を獲得することにある。その点では、まだまだ成長途上ということだろう。最も問題なのは菅官房長官の改憲発言最も問題なのは菅官房長官の改憲発言 なお、震災が発生して以降の政治家の言論で、もっとも問題だと思っているのは、菅官房長官の発言である。15日の記者会見で、「今回のような大規模災害が発生したような緊急時に国民の安全を守るために、国家、国民みずからがどのような役割を果たすべきかを憲法にどのように位置づけるかについては大切な課題だ」と発言したことである。 何といっても、今回の震災で被災者救援にあたる中心にあるべき人である。そのための仕事をしていないとまでは言わないが、本来なら身心のすべてを被災者に向けなければならないのに、かなりの部分が震災をどう改憲に利用するかに向かっていたわけだから、被災者にとって困ったことである。 しかも、すでに多くの方が指摘していることだが、現実の事態の進行は、行政権力に権限を集中させることの問題を浮き彫りにした。初日、政府が「青空避難」を解消せよと主張し、それに対して、熊本県知事が、「避難所が足りなくてみなさんがあそこに出たわけではない。余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ」と不快感を示したとされる。熊本地震から一夜明け、会見する菅義偉官房長官=4月15日午前、首相官邸(古厩正樹撮影) 私は、今回の震災で、安倍首相がいろいろ努力していることは評価しているし、熊本の方々のためにがんばり抜いてほしいという気持ちも持っている。「青空避難」の解消ということも、テレビその他で被災者の姿を見ていて、そういう気持ちが湧いてくるのは自然かもしれない。私だって、車で寝泊まりしている人の話を聞いていると、何とかならないかと感じることもある。 だから、「青空避難」の解消は、善意で主張したわけだ。非常事態条項導入の意図としてよく言われるように、独裁者が権力を集中して振り回そうという意図で発言しているわけではないことは分かる。菅さんの発言も、せいぜい、こういう非常時に行政機関や自治体を整然と動かす「かっこいい政府指導者像」を念頭に置いた発言、という程度のことだったかもしれない。 けれども、今回の事態は、災害という非常事態において、現場にいるわけでもない人に権力を集中してしまうと、現実とかけ離れた対策がとられてしまう可能性があることを示した。いまの体制なら、政府が何かやろうとしても、現場にいる人たちの主張があって是正されるが、権力が集中されてしまうと、そういう力が働かなくなるということだ。 安倍首相や自民党が、今回の事態から、そういう教訓を導き出せるのか。そのことがいまの私の最大の関心事である。

  • Thumbnail

    記事

    菅首相 震災利用し野党抱き込み政権延命しか頭になかったか

    機管理上、必要な情報管理だったとはとても思えない。各党党首が事態の正確な情報を共有する方が、非常時の政治の決定を早くするためには重要なはずだ。 情報を隠したのは、全党首の前で、「大丈夫だ」と公言した自分の誤りを認めたくないという自称“原子力の専門家”としての小さな自尊心のためだったのか。 そうではあるまい。その後の大連立への姿勢を見ても、最初からこの人の頭には、震災を利用して野党を抱き込み、政権を延命することしかなかったのだろう。彼にとってこの天災は“天恵”に見えていたのだ。 しかし、菅首相が自分の判断の誤りを認めてその後も軌道修正しようとしなかったことが、1万1500トンもの放射性汚染水を海洋投棄することになり、世界の非難を浴びる結果を招いた。そして、処理を間違い続けて国民からの信頼は地に墜ちた。自業自得というには、あまりにも国の損失が大きすぎた。関連記事■ 菅首相 鳩山・小沢氏を「あのPTAの2人にはうんざり」■ 石原都知事 来日したチベット亡命政府首相と会談していた■ 安倍首相 オバマ氏に米中会談の話聞くどころか会うのやっと■ 菅首相がまたもや党首討論に持参したカンニングペーパー公開■ 菅首相 党首討論に「×詰問 ○真摯に」などのカンペを持参

  • Thumbnail

    記事

    共産党の候補者選びは、自民党とココが違う!

    筆坂秀世(政治評論家、元共産党政策委員長) いわゆる議員の「身体検査」というのは共産党には特にないと思う。プライバシーを調べて「おまえ、ああだろう、こうだろう」っていうのはたぶんない。たまたま耳に入ってくる話があれば別だろうけど、組織として「身体検査」をするというような習慣はまずない。共産党の場合、「私、立候補したいです」とか「選挙に出たいです」って、自分から言って立候補する制度というか習慣がそもそもないんです。あくまでもそれは全部、党が決定するんです。 たとえば、新宿区の区議会議員の場合、地区委員会の委員長を筆頭に常任委員がいます。「今度Aさんっていう人が引退するので、後の候補者に誰を立てようか。教師にいいのがいるが、教師をやめさせて落ちたらどうしよう。これは家庭の問題もあるから教師をやめさせてまで立てるわけにいかない」となった場合、「地域で熱心に活動してて地域に人望のある人がいる。この人に立候補してもうらおう」となって、この人に立候補の話をすることになる。つまり、いろんな党員の日常的な活動を目にして立候補者を決めているというわけです。 僕は最初、参議院の比例代表の候補者になったんですが、当時は党の国会議員の秘書をしていた。そのころ共産党は比例で当選するとしたらせいぜい5人ぐらいのもので、そこにたとえば25人立てるとすると、落ちても構わない人を指名するわけ。僕なんかもともと秘書だったわけだから落っこちたらまた秘書に戻して党本部の勤務にすればいいだけの話。立候補は、ある日選対局長に呼ばれて「今度選挙に出てくれ。心配しなくても絶対当選することないから」って具合だった(笑)。そのあと、「次は衆議院の東京1区から出てみてくれるか」ということになって、衆院選東京1区から3回出馬して3回とも落選。それで「10年ぐらいやったんで、もういいでしょう。もう充分御奉公したでしょう」と降りたんです。そしたら今度は「次の参院選でまた比例で出てくれ、今度は順位が上の方で、当選する可能性がある順位で」となって、ついに当選した(笑)。参院決算委員会で質問に立つ共産党の吉良佳子氏=参院第1委員会室 東京で吉良佳子って子が参議院で当選しましたが、彼女もそれまで都議選に出て落っこちてるんですよ。たぶん当時の東京都委員会の選対局長や都委員長が「なかなかいいじゃないか。今度、東京選挙区から参議院選挙に出そう」となって、本人に立候補の話をしたんでしょう。そうやって共産党は上が候補者を決めてくんです。普段の活動を見ていて「これなら話も演説もうまいじゃないか」とかね。池内沙織って子も参院選に出たり総選挙に出たりして、4回目で当選しましたよね。いま議員をやっている人だって、結構、落選経験を持ってます。書記局長の山下(芳生)君だってそう。落選してないのは志位(和夫・党委員長)さんくらいじゃないかな。 公募議員というのは共産党では考えられないよね。最近はどうか知らないけど、昔の共産党だったら公募なんてありえない(笑)。共産党に入党するのは、議員になる道として入る人はまず一人もいないんですよ。党員としての活動において、別に議員が偉いというわけではなくて、たとえば区議会議員より地区委員の方が偉い。昔だったら宮本顕治(元中央委員会議長)さんがバッジ着けてないときだって、宮本さんが一番偉かった。国会議員は宮本さんの指導下で動いていたし、そういう組織だからね。そもそも共産党というのは。公募議員はチルドレンと変わらない記者会見で議員辞職する意向を表明し、頭を下げる自民党の宮崎謙介衆院議員=2月12日午前、国会 自民候補とうわさされていた乙武(洋匡)さんの一件が話題になってますが、ちょっと騒ぎすぎかなという気がするけどね。ただ自民党にとっては参院選の目玉になるはずだったわけだから。もう出ないでしょう。あれで出るようだと大した度胸だと思うけど。共産党にももちろん不倫でやられた人はいますよ。それは男と女の社会だからね。ただ、あんまりそういう確率は低いよね。不倫で辞職した宮崎(謙介・前衆院)議員なんか「キジも鳴かずば撃たれまい」みたいな、育休で目立っちゃったからね。だから僕は文春にタレこみがあったんだと思うよ。何が育休だと(笑)。 公募議員っていうのは政党としてどうかと思う。民主党が党名を決めるのに世論調査をやって民進党になったけど、自民党もこれをあんまり馬鹿にできないと思う。だって大政党の自民党だったら、候補者ぐらい自前でつくれ、政権政党何十年やってるんだよと。人材を抱える企業とだって、役所とだって付き合いがあるわけだから。公募なんて議員にはある意味卑しさを感じる。選んでもらえれば、いまの自民党だったら勝てるというね。 国会議員になることを前提に政治のことを勉強していいわけがない。会社を立ち上げて成功した、金も結構ありますという人が公募で選ばれて、本当に国会議員になっちゃうわけでしょ。そもそも自由民主党になんで入りたいのか。自由民主党に入るのは国会議員になりたいから入るわけでしょ。たぶん国会議員落選したらすぐ抜けてますよ。党費なんて払う人もいない。要するに自分のことしか考えていないということではないのか。 自民党で選挙が強い人だって、やっぱり最初の頃はうんと苦労しているわけです。中選挙区で自民党とも、野党とも戦い、みんな這いつくばって地元を開拓して、自分の地盤を作り上げてきた。しかし、いまの小選挙区だったらそんなことしなくったって、自民党公認という金看板さえあれば、ほとんど勝てる。だから公募議員ってコツコツ努力していないもの。 金銭トラブルで自民を離党した武藤(貴也・衆院)議員も、宮崎議員も落下傘候補だった。地元で苦労したわけでも何でもないんだよ。政治家にとってドブ板というのはやっぱり大事なんだ。この街のことなら何でも知ってる、タクシーの運転手より詳しいんだというぐらいコツコツ歩く、そういう苦労をしていない。小選挙区とはもう党で決まっちゃう、そういう選挙制度なんだよ。「小沢ガールズ」だって民主党の看板さえあればだれでも当選出来た。ガーンと政権交代のような大きな変化があると、そういうチルドレンしか残らないわけ。今の自民党の公募議員っていうのはそれと変わらないんだよ。チルドレンとは呼ばれていないけど。なりたいからといって候補者にはなれない 共産党では自分でなりたいからといっても絶対、候補者になれないんです。「俺、今度参議選に出るから公認してほしい」って手を挙げたら「ちょっとこいつは変わりもんやな」となる。個人の希望でなんて絶対ありえない。共産党にとって、議員であるか、党本部の勤務員であるか、党本部の選対局にいるか、あるいは赤旗の記者やるかというのは、それぞれの任務分担なんです。党員として何らかの仕事をしなければいけないわけで、ある人は選対局の任務を与えられ、ある人は赤旗編集局で記者の仕事、ある人は国会議員の秘書、ある人は候補者になりなさいと言われる。それはあくまでも党内での党員の任務分担なんです。任務分担として議員をやってるわけです。未公開株をめぐる金銭トラブルを週刊誌に報じられ、記者会見する武藤貴也衆院議員=2015年8月26日午後、衆院第2議員会館 決めるのは党本部だけど、国会議員クラスになれば実際にはトップとかナンバー2が決めている。今なら委員長、書記局長クラスでしょう。僕らなんかでもだれを候補者にするかなんて相談は受けたことがない。共産党の人事というのはそんなものなんだよ。 例えば常任幹部会って最高の幹部が集まる会議があるんだけども、そこで「A候補にしようか、B候補にしようか」っていう議論はありません。選対局から提案があって東京は誰々、大阪は誰々と会議で発表される。それは委員長、書記局長が了承しているものだから。参議院の選挙区なんかは都道府県で勝手に決めるわけです。ただし、東京とか大阪とか京都とか、絶対獲りたいところはもちろんこれでいいかどうかって討議をするんだけれども、青森でだれ、石川で誰を立てるかってことは県任せですよ。 基本的に共産党員になれた時点で身体検査云々って話にはならないってこと。僕らが共産党に入った半世紀前はいきなり党員にはなれなかったんです。党員候補期間っていうのがあって、入党申込書に権力関係の有無とか、事件の前科であるとか全部書いて、長い入党の決意表明文を書いて、それが審査を通ったら、やっと党員候補になれた。労働者の場合は3カ月のお試し期間があって、正式の党員になる。 当時、僕がAという人を口説いて入党を決意させ党の会議に持っていくと、ほかの党員から「彼はまだ意識が弱い」「まだ共産党員のレベルに達していない」「もうちょっと鍛えてからにしよう」と。こういうことをホントにやっていた(笑)。なんたって革命運動の前衛政党、労働者階級の前衛が共産党だから。革命の司令部だからそんなの誰でも入れないんですよ。それが革命政党の本当の姿だと思いますよ。今は、共産党に入りたいといったら「喜んでー」って入れるかもしれないけどね(笑)。(聞き手/iRONNA編集部、溝川好男)

  • Thumbnail

    テーマ

    乙武さん不倫で思った政治家の「身体検査」

    について謝罪しました。それにしても、今年は週刊誌発のスキャンダルが絶えませんね。ふと思ったんですが、政治家になろうとする人やテレビに出る人たちの「身体検査」って、どうなってるんでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    杉村太蔵だから分かる 「公募で不倫を見抜けるわけがない!」

    囲内なんです。  でも、憲法のように綱領で掲げる政策については違います。憲法改正について優先度の低い政治家はいるかもしれませんが、改憲に否定的な政治家が自民党議員として活動するのは有り得ない。だから、僕のときもそうでしたが、公募の面接で党の綱領や、立党宣言について聞かれるというのは、公認候補者としての最低限の確認レベルみたいなものなんじゃないですかね。いま、こうして当時を振り返ってみると、党が候補者を選定する際には、個々の政治理念をとにかく重視し、しっかり選んでいただけたんだなと思います。 よく国会議員が不祥事を起こすと、政治家の「身体検査」が問題になることがあります。でも、面接のときにズバリ直球で女性関係のことを聞かれることなんてないです。そんなこと有り得ないです。だって、一般企業の面接のときに「あなた不倫してますか?」なんてことを聞く採用担当者なんていますか。いくら清廉潔白が求められる政治家にだって、そんな非常識なことを面接で聞くことなんてあるわけがない。面接で聞かれることは、ごくごく常識的な質問ばかりです。まずは自民党の公認候補者として相応しい政治理念を持っているかどうか、面接の9割がそこへの関心です。あのときの公募は、たった2週間という短い期間でしたが、それでも党の執行部までフル回転して、より良い人材を発掘しようという熱意が伝わりました。僕みたいな人間でも、情熱があれば政治への道をつくってあげようという、そんな雰囲気もありましたね。 一般的に政治家になるためには、国会議員の二世・三世や議員秘書、官僚出身といった経歴がなければ、なかなか難しいといった印象がありますよね。裁判官や検事、弁護士であれば司法試験に合格すればなれるし、官僚であれば国家公務員試験といった入り口があります。でも、国権の最高機関である立法府に入るには、選挙で有権者の支持を得なければならない。一般人が党の公認を得て国政選挙に出馬するルートというのは、実は不明確なんですよね。だからこそ、どの政党も国民に対しては政治家になるための「門戸」を開いておいてほしいと思っています。誰だって政治家になるチャンスはあるという意識を根付かせることも重要だと思う。 そういえば、乙武洋匡さんの不倫騒動が話題になってますけど、それでも乙武さんが出馬するかどうかという質問については、今は「ノーコメント」とさせてください。時事的なことに関しては毎週日曜日の「サンデージャポン」(TBS系)が終った後に話すことにしているんですよ。私が国会議員を辞めて、人生最大のピンチを救ってくれたのは「サンジャポ」ですし、一番恩義を感じているんですから(笑)。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)すぎむら・たいぞう 1979年8月13日生まれ、北海道旭川市出身。筑波大体育専門学群中退。外資系証券会社に在職中の2005年に自民党の候補者公募に合格し、同年9月の衆院選に出馬し当選。10年7月の衆院選では同党から公認されず出馬を断念した。09年7月の参院選にたちあがれ日本から出馬したが落選。同年10月からTBS系「サンデージャポン」(日曜前10・0)に出演するなど、タレントとして活動中。血液型O。

  • Thumbnail

    記事

    宮崎、武藤氏ら2012年組が誤算 自民党候補者公募の問題点は

    発言をした大西英男氏など、失言や不祥事を起こした議員には2012年の候補者公募で選ばれた議員が多い。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は、候補者公募の問題点を指摘する。未公開株をめぐる知人との金銭トラブルを週刊誌「週刊文春」に報じられ会見する、自民党を離党した武藤貴也衆院議員=2015年8月26日(酒巻俊介撮影)「小選挙区制の衆院選は候補者の努力ではなく、党の力で当選が決まる。だから公募で政治家を目指す候補者は当選しやすい勢いのある政党から出たい。2009年の政権交代選挙の際には、候補者の多くが民主党からの出馬を希望し、民主党に選ばれなかった二番手、三番手の人材が野党時代の自民党の公募に応募したケースが多い。 しかも、公募で重視されるのは党の隠語で『ピカピカの履歴書』と呼ばれる学歴やルックスだけで、身体検査が甘くなる。そんな自民党の公募候補者たちが2012年の総選挙で大量に当選したのだから、ボロが出るのは当然と言えば当然なわけです」 参院選も、かつての自民党では地元で当選回数を重ねた有力な県議、あるいは役所をバックにした有力官僚OBが候補者に選ばれ、「実績」という身体検査の機能が働いていた。だが、現在は与野党とも公募で「若手」や「女性」を優先的に選ぶ傾向が強く、身体検査は機能しない。関連記事■ 自民・福田康夫、武部勤、中川秀直らの世襲候補逃げ切り態勢■ マスコミが報じない参院選・ネット選挙の真相に迫った1冊■ 衆院落選議員 参院へ鞍替え図るのは借金苦から逃れる側面も■ 自民党2012年問題「イケメンならOK」の大量当選の代償■ 参院選・東京 丸川珠代氏、舛添要一氏、山本太郎氏らに注目

  • Thumbnail

    記事

    参院選出馬の今井絵理子氏 自民党は身体検査したのか

    お母さんたちが、より明るい希望を持てる社会作りをしたいなと思いました」 と出馬の理由を語り、「私は、政治は希望だと思います」と力強く表明した。第83回自民党大会で参院選候補者の今井絵理子氏(左)を握手で迎える安倍晋三総裁=3月13日、東京都港区(撮影・春名中) 甘利明・前経済再生相の辞任を皮切りに相次ぐ党内スキャンダルや失言連発で逆風が吹き始めた安倍自民にとって、今井氏の出馬は起死回生の一手といえよう。そんな今井氏は出馬直後、別の形でも騒がれた。「シングルマザー」という触れ込みの彼女には、実は交際相手がいたと複数の週刊誌で報じられたのである。そのお相手は俳優・徳重聡似の「イケメン」と評される、今井氏の地元・沖縄の同級生A氏だ。 沖縄県那覇市にある歓楽街、松山で飲食店のキャッチをしている男性に週刊誌を見せるとびっくり仰天。「あれ、Aじゃないですか。実物のほうがイケメンですけどね。顔がカッコいいだけじゃなくて、ゆっくりとした優しい口調で喋る人なんで、モテてました。今井絵理子と付き合って内地にいるとは知らなかったな」 A氏はこの界隈ではちょっとした有名人だったのである。というのも彼は、この地でほんの1年前まで、「風俗店」を経営していたからだ。同じ松山で飲食店を経営する古い友人が語る。「少女3人にみだらな行為をさせた」「Aは今井さんと同じ地元の学校を出てからLED電球を売る会社を立ち上げて社長になり、『俺はこのビッグビジネスの波に乗って儲ける』といっていたけどすぐ潰れた。それで風俗業界に詳しい人間と2人で数年前に松山で風俗店を始めたんです。店舗型のピンサロのような形態ですね。 その後、今井さんと同窓会で再会して、付き合いはじめたそう。今井さんはAが風俗店をしているのが嫌で、『自分と一緒に本土で暮らそう』といっていたらしく、頻繁に内地に行っては、働き先として福祉施設を紹介されたりしたらしい」 同じく松山でデリヘルを経営する彼の知人もいう。「Aに『地元の同窓会があるから、みんなで遊びに行く車が要る』といわれて、いつも女の子の送迎に使っているレンタカー屋で車を手配してあげたら、『今井絵理子が来ていて、親しくなってよくメールが来るんだ』と嬉しそうにいっていた。そのうちAは、『今井が内地に引っ越すようにいっている』というようになって、たびたび内地に行くのに渡航費を工面してやった。そのくせ、『今井に外車を買ってもらった』と自慢もしてきた(笑い)」「少女3人にみだらな行為をさせた」 しかし、今井氏と付き合って以降も、A氏は風俗店の経営から手を引くことはなかった。2015年3月、中学生を含む少女3人にみだらな行為をさせたとして、店員の男性と2人で風営法・児童福祉法違反の容疑で那覇署に逮捕されたのだ。当時の地元紙・沖縄タイムスにはこう報じられている。〈那覇市松山のテナントビルの一室で、14歳の女子中学生と16歳と17歳の無職少女2人を雇い、男性客相手にみだらな行為をさせた疑い〉 実際にその風俗店で働いていた元店員の男性は本誌の取材に、「中学生を雇っていたのは事実で、自分が逮捕されなかったのは本当に幸運だった」と振り返る。 釈放されたA氏は、ただちに風俗店を畳んだ。「今井さんがAを絶対連れて行くと強く決めたようで、昨年5月に沖縄から出て行く直前、Aが挨拶に来た。『これからはまじめになる』が最後の言葉だった」(前出・デリヘル経営者) A氏が「まじめ」になったなら何よりかもしれないが、それですべてチャラになったわけではない。彼は沖縄で風俗店のほかに、飲食店や貸金業にも手を出しており、そのために方々からカネを集めていた。その借金は、いまだに返されていない。前出の飲食店経営者は「裏切られた」と憤る。「貸金業でいいカモの客を握っているから、ガンガン儲かるといわれてAに100万円ほどを貸したところそのまま、内地に行って連絡先も変えてしまったから取り戻せない」 同じくデリヘル経営者もそれ以上の金額をA氏に提供したままだというが、彼の場合、「Aは優しすぎて失敗を重ねただけで、嫌いにはなれない」と同情的である。なるほど、人からモテる才能があることだけは間違いない。 東京に住む今井氏を訪ね、子供が出かけたことを確認してからインターフォン越しに話を聞いた。 ──Aさんが昨年3月に逮捕されたとの情報がある。「すみません。プライベートなことなので、事務所のほうに確認していただいて」──知っていたのか?「(しばらく沈黙の後)事務所に聞いてもらえますか?」 その後、今井氏の所属事務所から回答があった。「今井に確認したところ、『経営を譲渡した店で事件が起こったが、本人は不起訴になったと聞いています。それ以上の詳しいことは判らないです』とのことでした。また、本人のプライベートな問題については、回答を控えさせて頂きます」 沖縄にある今井氏の実家に住む父親は、「本人からAさんとの話は聞いている」というが、逮捕の過去については「えっ!? 初めて聞きました」と驚きを隠さず、記者に詳細を尋ねた。動揺した様子だったが、最後には「本人たちの問題でしょう」と述べていた。 もちろん、A氏と今井氏が「まじめ」に交際すること自体を否定するつもりはない。だが、今井氏が「シングルマザー」として子育て世代からの集票を見込んで出馬する以上、中学生を風俗店で働かせていたA氏の過去が、影響を与える可能性は高い。 そもそも自民党は、この“目玉候補”の交際関係について、しっかり「身体検査」(過去の発言や周辺関係も含めたスキャンダルなどの調査)をしたのだろうか。スキャンダル続出でイメージ回復に躍起になり、「SPEED出馬」させたのが裏目に出ているのかもしれない。関連記事■ 今井雅之さん 親友・中居のカラオケ中、トイレに逃げたことも■ 今井絵理子氏 逮捕された恋人のビジネス現場を訪れていた■ 自民候補・今井絵理子の恋人に児童福祉法違反で逮捕歴報道■ 松井秀喜氏の今年の抱負は「進」 バイクにまたがる姿も披露■ 今井雅之「どうしても出たい」と中居正広と最後の共演果たす

  • Thumbnail

    記事

    乙武君を「ゲス不倫議員」と一緒にしてはいけない

    鈴木哲夫(政治ジャーナリスト) ここ最近、自民党議員の不祥事が続き、メディアなんかでも「自民党の『身体検査』が甘いのではないか」という指摘があります。ですが、公党の「身体検査」と乙武洋匡君の不倫スキャンダルをごちゃ混ぜにした議論は、本質的に間違っています。 『週刊新潮』が最新号で報じた乙武君の不倫スキャンダルは、彼が今夏の参院選でどの党から出馬するのか、公認をめぐるいざこざ、恨み辛みから編集部にリークされたのがきっかけだったと聞いています。乙武洋匡さん=2月29日午後、東京都新宿区(荻窪佳撮影) というのも、乙武君にはもともと前回の新宿区長選に出馬するという話があったのですが、ある理由で断念しました。 実は彼には国政の舞台で活躍したいという気持ちの方が強かった。だから、直近の国政選挙である参院選の出馬を決意したのですが、政治団体「日本を元気にする会」代表の松田公太氏と仲が良いこともあって、出馬するときは「元気にする会」からという覚書を松田氏と交わしていました。松田氏自身も改選でしたから、いまの状況では自身の選挙も厳しいのは当然分かっていた。だから、乙武君が出れば、知名度の高い彼とも選挙運動が連動できるし、乙武君自身も最初はそれでいいと考えていたようです。 ところが、事態は変わりました。第一次安倍政権の秘書官を務めた井上義行衆院議員が、松田氏のやり方に反発して離党したんです。それから「元気にする会」がゴタゴタしてしまって、乙武君も不安に思い始めたようなんです。 そこに、自民党が目をつけた。ある自民党議員が、乙武君の引き抜きのために積極的に動いたそうです。そして昨年12月7日、乙武君と菅義偉官房長官が会談し、今年4月に乙武君が東京選挙区から自民党公認候補として出馬会見するという段取りが正式に決まったんです。実を言うと、私もその情報は把握していました。自民党は乙武君を徹底的に調べていた そんなわけで、自民党は乙武君について昨年暮れから目をつけていたわけですから、彼の「身体検査」というか、彼の経歴については徹底的に調べています。では、彼の何を調べていたのかといえば、新宿区長選への立候補が取り沙汰されたとき、彼の周辺では金銭トラブルが起きたんです。これは乙武君自身の問題ではなく、仕事先とのちょっとしたトラブルでした。そういう情報も事前にキャッチして、官邸や自民党都連が中心になって彼の身辺を徹底的に調べ上げ、金銭トラブルは問題ないという結論になった。でも、不倫と言うのは、金銭トラブルとは趣が随分異なる。そもそも本人が隠してやっているわけですから、表に出にくい。それ以外の彼のいろんな噂については調べ上げていたんでしょうが、不倫の事実までは掴むことができなかったようです。 しかも、今回の不倫スキャンダルは乙武君のかなり個人的なことまで知っている人からのリークですから、自民党の「身体検査」が甘かったからというのはちょっと違うと思います。それでも一つ言えるのは、いまの自民党の調査能力は昔に比べると相当弱くなっていると思います。 自民党には「2012年問題」というのがあって、2012年に初当選した公募議員の顔触れをみれば分かりますが、『週刊文春』が報じた不倫疑惑で辞職した宮崎謙介元議員や、週刊新潮がセクハラ疑惑を報じた石崎徹議員らがいて、政治家としての資質や劣化が問題視される議員がゴロゴロいます。 自民党の歴史を振り返ってみると、候補者の公募というのは小選挙区制が導入されたことをきっかけに始まりました。党内には「ピカピカの履歴書」という隠語があるんですが、これは候補を誰にしようかと選んでいるときに、華々しい履歴書とか、有名大学を出たとか、アメリカの大学で資格をとったとか、商社勤務だったとか、そういう「ピカピカ」の経歴を持つ人物にころっと騙されてしまうんです。あと、忘れてはならない隠語が「イケメン」。小選挙区では当然1人しか通りませんから、万人に受けるイケメンがいい。もちろん、彼らの身体検査もしているんですが、それでもピカピカの履歴書とイケメンに目を奪われて「女に多少モテるのは仕方がない」と審査が甘くなる向きがあるんです。ましてや、奥さんも子供もいるような人物だったら、たとえイケメンでもそれなら安心だろうと、ますます調査が甘くなっているようです。飯島勲元秘書官の「身体検査」は凄い でも、中選挙区制の時は違いました。党の公認がほしければ自分で後援会をつくり、選挙資金をつくって無所属から這い上がらなければいけない。もし現職を落として当選したら、その後公認してやるっていうのが自民党の歴史だった。 議員一人ひとりが地域活動や選挙活動を一生懸命やって、這い上がっていくわけです。だから、地域の人も「あの人は頑張り屋さんだ」とか、「資金集めばかりをやっていて汚い人間だ」とか、「あいつは女にだらしないところがある」といった噂が自然と広がり、いつしか党本部の耳にも入る。叩き上げの候補者が公認を掴み取るというやり方だったからこそ、ごく自然な流れで「身体検査」ができていたわけです。 かつては派閥ごとに候補を育てていて、目が行き届いていました。小選挙区になり、公認の権限を党の執行部が握るようになると、派閥が弱体化し、チェックも甘くなる。そういったことが複合的に重なり、「身体検査」や候補者本人を見極める力が弱くなっていったわけです。飯島勲内閣官房参与(元首相秘書官)= 2014年4月14日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 小泉(純一郎)総理を支えた飯島勲元秘書官は、情報収集やメディア戦略に長けていたことで知られています。まず第一に、飯島さんはエリート官僚だけでなく、現場で働くノンキャリアに対しても、分け隔てなく大事にしたからノンキャリアにもいっぱい人脈がある。キャリア官僚は政策に関しては優秀だけれど、「あの先生は自分の地元支援者から裏でお金をもらっている」といったブラック情報は必ずといっていいほど、子飼いのノンキャリアが仕入れてくるんです。 第二に、飯島さんは警察や公安調査庁とか、捜査能力のある役所にも強かった。 そして第三として、マスコミ、それも週刊誌やスポーツ紙にも強かった。普通は週刊誌の記者が議員会館を回っても「週刊誌は嫌いだ」とか、「すぐ悪口を書く」とか言って、国会議員や秘書官も相手にしないわけですね。でも飯島さんは、小泉さんが総理になる前から週刊誌の記者も事務所に招き入れ、一緒に酒を飲んだりして付き合いを深めていった。 ここ2、3年、安倍内閣のスキャンダルはほとんど週刊誌が発端だった。週刊誌はアングラな情報、男と女の話とか、噂の類といった情報には圧倒的に強い。こういった情報が飯島さんは自然に入ってくる人脈を築いていたんです。だから「身体検査」にも強かった。 いまの安倍首相の秘書官を飯島さんと比較すると、情報収集能力では明らかに劣っていますよね。安倍さんはどうしても大新聞社やテレビ局と付き合いがちになる。そうなると、なかなかアングラ情報は入ってこない。官邸の中で、週刊誌との付き合いがあるのは、官房長官の菅さんだけなんじゃないかな? そういう意味では、飯島さんは群を抜いて情報収集能力に長けた秘書官だったと思います。自民党の反撃 スキャンダルというのは、その時の政治状況によって全然変わってくるんです。政治家が同じスキャンダルを起こしても、辞める人と辞めない人がいるのはそのせいなんです。宮崎元議員は憲政史上初の不倫を理由に辞職した国会議員とか言われてますけど、彼がなぜ辞めなければならなかったのかは、安倍政権の施政方針をみれば一目瞭然です。安倍政権にとって女性の活躍は柱なんです。宮崎元議員は「イクメン議員」として注目されていたし、夏に国政選挙も控える中では「早く切った方がいい」という官邸の判断だったんでしょう。これは政権の危機管理であって、クビを切るべき時に切らずに広がれば、政権に大きなダメージを与える可能性もある。いまは週刊誌のスクープ合戦が続き、より危機意識を高める必要になったということでしょう。 今年に入り、甘利さんや宮崎元議員の問題が次々と表面化し、予算審議などへの影響もあって、自民党の国対(国会対策委員会)はとても苦労していた。そんなときに自民党は何をやったかというと、他党のスキャンダル探しをしていたんです。特に民主党のスキャンダル、金や女の話はないかって。でも、それは天に唾する話で、民主党のスキャンダルを見つけたところで、民主党はおとなしくなるかもしれないけど、世論は許さない。トータルで政治不信になって、自民と民主の支持率が落ちるのは間違いない。結局、表には出ませんでしたけどね。 乙武君の話に戻ると、彼は退路を断っていますし、いまも参院選にチャレンジしたいという気持ちを持っていると思う。だからこそ、色々批判はあると思うが、奥さんと共にコメントを発表した。 自民党は彼を最後の「目玉候補」と考えていた。ほぼ参院選の候補が決まり、4月に記者会見をするという流れをつくってきたのに、こんなことになってしまったから、目玉どころか彼が足を引っ張ってしまう「危険候補」として微妙な立場に変わってしまった。 乙武君だけ票が減るならいいけど、例えば東京選挙区から出馬するとして、同じ選挙区から中川雅治君が出ることが決まっていますから、二人の票の配分も変わってくる。どちらかが落選してしまうとか、乙武君の勝ち負けだけの問題では済まなくなるんです。 現時点では、乙武君の出馬が吉と出るか凶と出るのか、自民党にとっては難しい判断になるでしょうね。 参院選は、衆院選とは異なり選挙区が広いから、通常なら選挙の1年くらい前には候補者名を出さないと浸透しないのですが、彼の場合は知名度がありますから、出馬表明はギリギリでもいいわけです。当然、自民党は世論の動向を見極めながら決断するでしょうから、4月24日に行われる北海道補欠選挙の結果も考慮してから判断するのではないでしょうか。(聞き手/iRONNA編集部、川畑希望)すずき・てつお 1958年生まれ。早稲田大学法学部卒。ジャーナリスト。テレビ西日本報道部、フジテレビ報道センター政治部、日本BS放送報道局長などを経て、2013年6月からフリージャーナリストとして活動。20年以上にわたって永田町を取材し、与野党問わず豊富な人脈を持つ。テレビ、ラジオの報道番組でコメンテーターとしても活躍中

  • Thumbnail

    記事

    自民党の候補者ネット公募 スキャンダル探し大会の怖れ

     今夏の参議院選挙では自民党の選挙戦略に大きな狂いが生じている。最大の誤算は本誌が報じた参院選の目玉候補、SPEED・今井絵理子氏の「婚約者の逮捕歴」問題だ。婚約者が昨年3月、児童福祉法違反で那覇署に逮捕され、処分保留で不起訴になっていたのだ。さらには、前回の総選挙における公認候補・武藤貴也氏や宮崎謙介氏らのスキャンダルも登場している。 これから参院選の本番を迎えると、候補者のスキャンダルがさらにクローズアップされる可能性が高い。 それというのも、自民党は今回、若者にアピールする狙いで初めてネットで参院選の候補者を募集し、ネット投票で最終的な公認を決める「オープンエントリー」を実施しているからだ。 公募条件は「日本の将来と私」「自分のまわりの1億総活躍社会」のいずれかのテーマで原稿用紙わずか1枚の論文提出。すでに受け付けを締め切り、内部審査で党大会前日の3月12日にファイナリスト約10人が発表され、それからPR活動を行なって5月のネット投票で上位の者が正式に参院選の候補者となる予定だ。ネット選挙の専門家が危険性をこう指摘する。第83回自民党大会で参院選必勝祈願のバンザイを行う安倍晋三総裁(中央)ら=3月13日、東京都港区(撮影・春名中)「これまでの自民党の公募に応募するには、自民党関係者の紹介が必要だったから事前にどんな人物なのかある程度はわかった。しかし、今回のネットのオープンエントリーには紹介は必要ない。中にはどこの馬の骨かわからない人も入ってくる。これまで以上に候補者の人物チェックができない仕組みなわけです」 そしてネット上で起きる異常事態をこう予測する。「一番心配なのは、ファイナリストが発表された後、ネット上ではほぼ間違いなく“あの候補は以前、民主党の公募に応募していた”とか、“こんな発言をした”といった粗探しが盛り上がること。公選法の規制は受けないから書きたい放題になる。 自民党の内部選考段階の身体検査には限界があるから、ファイナリスト全員が炎上するような事態になれば、せっかくの試みが自民党候補のスキャンダル探し大会と化す恐れがあります」 衆院議長経験者の大ベテラン、自民党の伊吹文明氏は二階派の総会で、若手議員の教育について、「10万票をもらって国会に出てきた人に、新たに人間教育をしなければいけないなんて言い出したら、日本の恥だ」と嘆いてみせた。 それはその通りなのだが、そんな「日本の恥」の国会議員を生み出し続ける候補者選びの杜撰さ、ザルすぎる候補者の身体検査を自民党はまず恥じるべきではないのか。関連記事■ マスコミが報じない参院選・ネット選挙の真相に迫った1冊■ 宮崎、武藤氏ら2012年組が誤算 自民党候補者公募の問題点は■ 衆院落選議員 参院へ鞍替え図るのは借金苦から逃れる側面も■ 嶋大輔が参院選候補者に浮上で加速する自民党の「ヤンキー化」■ 7月参院選 自民尋常なる上げ潮で野党が消える日になるか

  • Thumbnail

    テーマ

    総力特集! 田原総一朗とは何者か

    める田原総一朗といえば、80歳を超えた今も歯に衣着せぬ発言で番組を仕切り、圧倒的な存在感をみせる。「政治をテレビ化した」ともいわれる彼はいったい何者なのか。iRONNA編集部が総力特集で「田原総一朗」の人物像に迫る。

  • Thumbnail

    記事

    来月末も、もう一杯。「朝生」は定期的に食べたいカツ丼だ

    古谷経衡(著述家) 朝ナマといえば何と言っても私の記憶に鮮明なのは「聖徳太子って知っている?」との田原氏発言に生放送中にブチ切れた著述家の四宮正貴氏の放送回(2004年6月25日)である、というのは嘘で、一番痛烈だったのは『激論! 日本はアメリカの属国なのか?!』という回だ。 資料が手元にあるから引用しよう。放送回は2006年5月26日。出演者は武見敬三(自民党・参)、長島昭久(民主・衆)、小池晃(共産・参)、福島みずほ(社民・参)、下地幹郎(無所属・衆)、青山繁晴、姜尚中、金美齢、志方俊之、村田晃嗣、森本敏、湯浅一郎の面々(所属政党などは当時のもの)だ。田原総一朗氏=2014年12月22日 10年近く前の放送だが、今でも鮮明に記憶している。「日本はアメリカの属国だってみんなうすうす感じているけど、あえて言葉にはし辛い色々なこと」というウディ・アレンの映画のタイトルのような、長いけれども漠として日本人全部が思い描いていた違和感を見事に番組の中で言葉にしてくれた回だった。 討論は初っ端からお通夜状態で、「…日本は、アメリカの属国であるということを、認めざるをえない、状況である…」という現状認識をほぼ全員が追認した状況が、最も面白かった。こんなにも「しいん」とする回は珍しかった。 朝ナマはタブーを斬る討論番組、として開始早々大きな話題となって現在に至っている。田原氏の自伝的著書である『塀の上を走る』(講談社、田原総一朗著、2012年)では、1986年秋に同番組が開始される時の企画目論見について、田原氏自身の言葉で以下のようにある。”テレビで繰り広げられる命がけのディスカッションなら、間違いなく面白い。その問題に人生をかけてきた人間たちが、本音むき出しの討論を展開する。声の大きさ、激しさ、表情や目の動き、テーブルを叩くパフォーマンスなど、あらゆる表現手段を使っての応酬となるはずだ。”(『塀の上を走る』P.271) として、「タブーを斬る解放区」としての朝ナマを明瞭に規定する以上に、テレビならではの視覚効果の妙味を第一に据えた企画であったことが伺える。大学生時代(ゼロ年代前半~中盤)熱心な同番組の視聴者であった私は、当然、冒頭の四宮氏の件もそうだし、いつアズマン(東浩紀氏)がキレて退場するのかをヒヤヒヤしながらも心底待ち望んでいた。朝ナマは至高ではない 部落差別、天皇、右翼など、番組開始当初に交わされた「タブーを斬る」という意味での朝ナマの歴史を、私はリアルタイムでは知らない。あたりまえだが80年代後半は私はまだ小学生にすらなっているかいないかで、朝ナマの楽しさなど理解できるはずがない。そういう意味で私は、野坂昭如氏や西部邁氏、野村秋介氏など朝ナマの黎明期を支えた重鎮たちの出番がひと通り一巡した、ゼロ年代以降の「中興」の時代の朝ナマ以降しか知らないのは、なんとも時代のめぐり合わせとはいえ、慙愧に堪えないのである。 前述の通り、いみじくも田原氏が言うように、人間の本音をあぶり出すことによって時に激高し、ときに絶叫する出演者たちの様相は、面白くもあったが、同時に本質的ではない部分も孕んでいる。 絶叫している本人自身が、一体自分が何を言っているのかよくわからないのではないか、という場面に遭遇するのは1回の放送で1度や2度ではない。会話(?)の内容は支離滅裂なのだが、観ているだけで楽しい、というのが朝ナマの最大の魅力の一つでもあり、また同時に欠陥でもある。それは繰り返すように、テレビは映像メディアであるがゆえに「本質的な部分」が蔑ろにされかねない、ということだ。 だから朝ナマを画像なしの音声だけで聞くと、何をか言わんや明鏡止水、パネリスト達の本心と本質、あるいは前述した支離滅裂な部分が途端に浮かび上がってきて興味深い。私は個人的にはテレビメディアよりもラジオメディアの方が好きだが、それはサウンドオンリーのメディアは、その話者の本質を隠すことが出来ないからだ。 田原氏が言うように、声の大きさや身振りで、朝ナマの討論の主軸は時として明後日の方向に飛んで行く時がある。これは音声だけを聞けばより明瞭になる。田原氏は司会者としてうまくコントロールしているが、完全には制御できていない。一度ラジオ専門の朝ナマも聴いてい見たいと思うところではある。”テレビディレクターを努め、活字の原稿を書いて、私はテレビの強さと弱さ、そして活字の強さと弱さが分かるようになった。たとえば、戦後ドイツは東西に分断されていた。そして冷戦が終わり、結局西ドイツに東ドイツが統合される形になるのだが、東ドイツの人間たちが、自分たちの時代遅れ、そして貧しさを強く感じたのはテレビのせいだった。(中略)たとえば『朝まで生テレビ!』の出演者たちの討論でも、言葉は表現のワン・オブ・ゼムであった。表情、目、そして声の高さ、強さ、大きさ、さらには身振り、手振りなど、テレビの表現手段は多様である。それに対して活字メディアでは、文字だけが表現手段であるが、それゆえにテレビとは比較に成らない緻密な理論の枝葉によって思考を深めることができる。また、テレビは具体的な映像が逆に邪魔になって、さまざまな出来事、事件などの抽象化という作業をやりにくい。この点でも文字だけのメディアの方が優れている。”(『田原総一朗 元祖テレビディレクター、炎上の歴史』別冊文藝春秋、2014年、P228) このように田原氏は、テレビメディアの利点と欠点を上げ、場合によっては活字メディアに軍配を上げている。「朝ナマは至高ではない」という自明を、きちんと踏まえている「素直さ」が田原総一朗氏の傑物たる由縁であろう。「朝ナマ」はカツ丼である 私はそういった意味で、『朝ナマ』という番組は田原総一朗氏が創ったカツ丼である、と思っている。どういう意味かといえば、地の文で説明すると冗長になるので、『カツ丼』と『童貞』をなぞらえた以下の漫画(『西武新宿線戦線異常なし』押井守原作、大野安之画、角川書店)の「とっつあん」なる人物の台詞を引用して代弁としたい。”「セイガクよ、初めての女ってのはな、ガキの頃に食ったカツ丼みてえなもんなんだ」「だからよ、そンときは、ああ旨い、この世にこんな旨いモンがあるのか! 生きててヨカッタ!…と思ったとしてもよ、手前の金で自由に食えるようになってみると、何故あれほど感動したのかわからねえ…不味くはねえがそれほどのモンじゃねえ。お前ェ不思議だとは思わねえか?」”(『西武新宿線戦線異常なし』) インターネットの動画には、『朝ナマ』を模倣したかのような各種のイデオロギーに偏向した「討論番組」が氾濫し、高校生レベルの粗悪な知識しか持ち得ないユーチューバーなるものが森羅万象の全てを3分とか5分でまとめようとする馬鹿げた動画が人気を博したり、それらしき社会派のブログやツイッター有名人がもてはやされたりする一方で、出版業界が空前の不況だというが、出版点数自体は全盛時代よりも激増している。 「タブーを斬る」だとか「解放区」だとかいう姿勢そのものは、『朝ナマ』出発当初よりも格段に「聖域」の幅が狭まった。そういう意味では、相対的に『朝ナマ』の影響力は低下している。 こんなことテレビで言ってしまってよいの?という不安と興奮が雑居した感覚は、最早あまりない。それは朝ナマよりも遥かに過激な言説がネットや雑誌(或いはムック)にあふれているからで、そういう意味で「初めて食ったカツ丼」(前掲)に『朝ナマ』は似ている。いざ自分の金でカツ丼が食えるようになると、「初めて食ったカツ丼」の感激は薄れ、焼き肉とか高い寿司とか小料理屋のもつ煮込みとか、そっちの方が美味いと思い、感激は薄れていく。 しかし、人間とは不思議なもので、原初的に出会った感激は、一旦は遠ざかるが、やがて一巡して戻っていくものだ。つまり、「ガキの頃に食ったカツ丼」が30歳や40歳のおとなになって、もう一度「やっぱり最高にうまい」と思う瞬間が訪れる、ということだ。何故だろう。多分それは、『朝ナマ』の歴史の蓄積だろう。インターネットの空間がどんなに『朝ナマ』の上を行く過激と解放度合いを謳っても、それは刹那である。齢30年の年季が入った親父の職人芸に戻っていくというのが、我々の本質というか母体回帰である。 そういう意味で、『朝ナマ』は、「毎日ではないけれども定期的に食べたいカツ丼」というのが適当だろう。来月末も、もう一杯。

  • Thumbnail

    記事

    あのワクワク感をもう一度 「朝生」はリベラルと漂流し自壊した

    潮匡人(評論家) 名実とも「激論」を売りにしてきた日本で唯一の討論番組。それが「朝まで生テレビ」(テレビ朝日)である。放送開始は1987年(昭和62年)。四半世紀以上続く長寿番組である。馬齢を重ねてきたわけではない。月末金曜の深夜、特定のテーマを巡り、論客が口角泡を飛ばす。2月26日深夜のテーマは「激論!“憲法改正”是か?非か?」(仮)。このようにテーマの冒頭に決まって「激論」とつく。 さて今週末、タイトルどおり「激論」が交わされるのか。それとも看板倒れに終わるのか。放送前に締切りを迎える拙稿に知る由はないが、推測はできる。おそらく「激論」は起きないであろう。残念ながら、この番組で「激論」を見ることは、絶えて久しい。 一昔前は違った。最盛期は自他ともに認める「タブーなき討論番組」であった。具体的には「1980年末から90年代前半」。その当時「大学時代を過ごした人なら、月末(の朝生)が近づくとワクワクするあの感覚を覚えているだろう」――朝生を取り上げた週刊誌「AERA」(朝日新聞出版、2015年8月10日号)は記事本文をそう書き出した。田原総一朗氏=1990年12月 果たして今も、そうしたワクワク感があるだろうか。たとえばキャンパスに。あるいはお茶の間に。正直どこにも、そのような感覚は見いだせない。なぜ、ワクワク感は消えたのか。いつから、そうなったのか。アエラ記事から探ってみよう。記事は昨夏の大特集「戦後70年 終わらない戦後」の一本であった。 題して《「リベラル」は漂流し自壊した》。もちろん保守系の論壇誌ではない、紛うことなき「朝日」の看板週刊誌が付けたタイトルである。記事は末尾もこう締める。「リベラルは、敗れたというより自壊したのだ」。 ならば、その理由はなにか。いつ、どのようにしてリベラルは漂流し自壊したのか。 記事は「90年代はリベラルが活躍」との見出しで、「2000年前後から宮崎哲弥、八木秀次、小林よしのりら保守論客の活躍が目立ち始め、保守優勢の時代に切り替わった」と分析する。事実そのとおりかもしれない。ただ固有名詞には異論を覚える。たとえば「小林よしのり」は保守なのか。私は違うと思う。司会者の田原総一朗も記事でこう語る。「もともとは右だった小林さんが、左の論客になってしまった」。ふつう「左」を保守とは呼ばない。 記事は他に舛添要一や猪瀬直樹、池田信夫などの名前も挙げる(合計11名)。八木はともかく、その他は「保守」と呼べるだろうか。個々の検証は控えるが、私は疑念を拭えない。いずれにせよ、彼らは最近ほとんど出演していない。保守が不在なら討論は成立しない。最盛期の「激論」とは程遠い。朝生は漂流し自壊した 昨年、週刊「東洋経済創刊120年企画」記事「漂流するリベラル言論」で私はこうコメントした。「保守・リベラルの双方があって初めて商店街がにぎわう。隣がシャッターを締めたら、やがて商店街全体がさびれる。(中略)悪貨は良貨を駆逐する」(「リベラルとは何か?」2015年11月21日号) もとより朝生を念頭に置いたコメントではないが、期せずして、番組からワクワク感が消えた経緯とも重なる。アエラ記事で猪瀬直樹は「いまはあんな(天皇)タブーはない」と嘆く。挑戦すべきタブーが消滅すれば、「タブーなき討論」も成立し得ない。そうして「朝生は漂流し自壊した」。アエラを借りてポレミックに言えば、そういうことになる。 アエラは「朝生に多数出演したリベラル、保守双方の論客をリストアップしたチャート」も掲げた。11名の保守論客の中に私の名前もある。それも、いちばん右側に。名実とも最右翼の保守という位置づけだ。私が最初に出演したのは1993年。防衛庁長官官房(現防衛省大臣官房)で防衛庁広報誌の編集長を務めていた。「自衛隊の顔」と呼ばれ、メディアに今より露出していた制服幹部(私)が最盛期の朝生で国連PKO派遣に積極発言した。発言内容は内外から評価されたが、出演したこと自体が部内で問題視された。かくて内示もなく解職され……等々、朝生との関わりは四半世紀近くにわたり、密度も濃い。失ったものも大きいが、得たものも少なくない。 いずれにせよ「多数出演した」当事者なので、これ以上の論評は避けたい。ただ一部「保守」の朝生批判には異論を表明しておこう。とくに電波停止に言及する批判には、はっきり異を唱える。アエラに言わせれば「保守優勢」の番組、それすら標的にするのは、おかしい。さらに言えば「リベラルの自壊」を喜ぶ「保守」は卑しい。そんな暇があるなら、自ら「タブーなき討論」に挑戦すべきであろう。 自由と「開かれた社会」を守り「その敵」と闘う。そこに保守の正統はある。ところが、今やどうだ。保守自ら「閉ざされた言語空間」を形成している。その狭い空間で互いを罵り合う。路上やネット空間で汚いコトバを吐き散らす。そんな連中を、多くの人が「保守」と呼ぶ。リベラルだけではない、保守こそ漂流し自壊した。私はそう思う。 来年、朝生は30周年を迎える。司会の田原は「『30年でひと区切り』と公言する」(アエラ)。なら、その後どうなるのか。地上波から名実とも「激論」が消えるのか。そうなら寂しい。私も覚えている、80年末から90年代前半のワクワク感を。 もし、朝生関係者に〝あの頃〟を取り戻す気概がないのなら、このiRONNAが「開かれた言語空間」になればよい。ここから「タブーなき激論」に挑戦してほしい。もし「いろんな」と名乗りながら特定の主張だけを掲載するなら、看板倒れではないか。そこに希望や展望はない。私は失望する。「自由と民主主義のために闘う正論路線」を掲げるフジサンケイグループこそ、勇猛果敢に挑戦すべきであろう。勇気をもって闘う、自由と民主主義の礎となる「開かれた言語空間」のために。本来の「正論」はそこから生まれる。 べつに堅苦しい話ではない。「闘う正論路線」はきっと、人をワクワクさせる。あの頃の朝生のように。あの頃を知る私たちは、こうも知っている。「楽しくなければテレビじゃない」(フジテレビジョン)(文中敬称略)

  • Thumbnail

    記事

    「反骨」の男、田原総一朗はテレビ界の妖刀だ

    自民党総理総裁のタマを取ってきた実績もある。1993年のテレビ朝日「サンデープロジェクト」において、政治改革への意気込みについて当時の宮沢喜一首相を「今の国会でやるのか」と厳しく問い詰め、宮沢から「政治改革は絶対やる。私は嘘はつかない」との言質を取り、結果として政権崩壊に追い込んだことなどはその代表例と言える。 しかし彼を単純に反日サヨクとみなすのは誤りである。例えば、サヨク連中から「ウルトラ右翼」とみなされている石原慎太郎を「文学者として尊敬する人物」と褒めそやしたことにより、それまで交流のあったサヨク文化人達から絶縁されたという話もあるのが田原という男だ。 「朝まで生テレビ」においても、2009年4月の放送で「極東国際軍事裁判は正しくない。戦勝国が戦敗国を裁くんだからこんなものは集団リンチ。ソ連は日ソ中立条約を破ってきた。あんなものは明らかに戦犯」などという、サヨク連中にとっては到底受け入れがたい認識を披露している。 この発言は別にその場限りの突発的な失言ではない。彼の意外な非サヨク的思想はその著書を読めば一目瞭然である。例えば、小泉訪朝により北朝鮮による拉致の事実が判明し、社民党をはじめとするサヨクによる「拉致は日米による捏造」との大嘘が判明する2年前の2000年に、田原は『日本の戦争』(小学館)という本を出版している。その中で彼は、サヨクが「軍部による暴走により国民が巻き込まれた」とみなす太平洋戦争について、「あの戦争が始まった原因は、軍部の暴走ではなく、世論迎合だった」と主張している。現在と違いサヨクの暴走がとどまるところを知らず「拉致は捏造」などという大嘘を平気でホームページに掲げることがまかり通っていたサヨク天国の時代のことである。これは極めて政治的に危険な姿勢である。サヨク連中からの様々な圧力もあったに違いない。サヨクの醜さを暴く最も辛辣な手法 ここから見えるのは、彼を表すには「反日」などではなく「反骨」という言葉こそふさわしいのではないかということだ。2010年に野中広務元官房長官が、内閣官房報償費(内閣機密費)をジャーナリストや評論家に一人当たり数百万単位の金を定期的にばらまいていたと証言したことがある。その際にも野中は、田原だけがその金を突き返してきたと述べており、これも田原の反骨精神の証左といえるかも知れない。 そんな反骨精神が最も発揮されるのが、原則的にライブで放映される朝まで生テレビであろう。自民党議員や保守系知識人へのツッコミが激しいことで知られる田原であるが、その矛先はサヨクに対しても容赦ない。2011年2月の放送では、日韓併合の不当性をまくし立てる日本共産党の笠井亮衆院議員に対し「この人は人間じゃない」との暴言を吐き、後日しんぶん赤旗から猛攻撃を受けている。 しかし録画番組や雑誌記事と異なり生放送という特性を大いに活かした田原は、笠井がギャーギャーとわめきたて他のパネリストの議論や発言を圧殺する醜い姿を全国のお茶の間に見せつけることにより、共産党やサヨク勢力の非民主的で暴力的な本性を知らしめることに成功した。 サヨクの醜さを暴く田原の手法が最も辛辣な形で観察できるのが、元東大教授で在日朝鮮人の姜尚中が出演する回においてである。一般に田原は、パネリストの都合の悪い発言を「はい!CM!」などと強引に遮りぶった切るということで定評がある。しかしなぜか、姜尚中の発言中にそのような「妨害」がなされることは極めてまれである。姜が北朝鮮の将軍様をいくら必死で擁護しようが、口汚く反日演説を垂れ流そうが、いつまでも長々と喋らせ続けるのが常である。 このような田原の姿勢は世間では「親北朝鮮」とか「ダブルスタンダード」などと批判されることが多い。しかし私はそうは思わない。なぜなら、姜のような無思慮な人物は滔々とさえずらせておけば、勝手にいくらでも失言を自ら吐いてくれるからだ。田原が強制的に実力行使せねば失言を引き出せぬ宮沢喜一等のような知性ある相手の場合と対応が異なってくるのは当然であり、それこそが田原の真骨頂と言える。 姜尚中といえば、「よく“北朝鮮が拉致をしたかもしれない”という報道があるけれど、“なぜ?何の目的で?”と、僕が聞きたいですね」など言い立てて拉致を否定してきたサヨクの首魁である。著書の中でも「ミサイルや『拉致疑惑』で正常化交渉は遅々として進まない」(『東北アジア共同の家をめざして』平凡社)等、拉致はあくまでもただの疑惑で、しかも日朝関係の「障壁」とまで呼び、北の将軍様のために拉致被害者を傷つけ貶めることに邁進してきた。06年11月25日の世界海外韓人貿易協会での講演では、「北朝鮮核問題や拉致問題を取り上げて北朝鮮を批判する日本の世論を変えねばならない。在日同胞たちが過去に日本に連れて来られたことに対しては何も言わず、冷戦時代の拉致ばかり話すというのは矛盾したことだ。私は横に横田夫妻がいても、これを言うことができる」と、「この人は人間じゃない」と言われても仕方がない発言を行ったと伝えられている。 しかし、姜のそうした異常性や非人間性が槍玉に挙げられることは殆ど無い。文字媒体や録画番組なら、第三者がマイルドに「編集」してその非人間性を覆い隠すことが可能であるからだ。しかし朝まで生テレビではそうは行かない。小泉訪朝により、姜が将軍様のために「拉致は疑惑に過ぎない」とプロパガンダに励んできたことが無駄になってしまった直後の03年1月の放送では、田原に突っ込まれて不用意に「五人の家族を(いったん北朝鮮に)帰す。どんな形でもよい。返す」と口走り、反省という言葉を知らぬサヨクや反日在日朝鮮人の邪悪さが白日のもとに晒された。 北朝鮮が核実験を強行し核による脅しを繰り返していた中、08年1月の朝まで生テレビにおいて姜尚中のお笑い発言を引き出した田原の功績は特に大きい。番組中姜は「三八度線の南側に、韓国に在韓米軍が今後長きにわたっていても、北朝鮮はそれに反対しない可能性がある」とそのご高説を披露したのであるが、なんとその翌日にこんなニュースが全世界を駆け巡った。「北朝鮮、在韓米軍の撤収を要求」 最早笑いを通り越して、敬愛する将軍様に裏切られてしまう姜のピエロぶりに涙さえ誘われる。 田原のツッコミにより姜が間抜けな「予想」を開陳し笑いものになるという現象は他にも多く、例えば06年9月29日放送の朝まで生テレビ「激論!安倍政権と日本の命運」では姜は「北朝鮮には、強硬姿勢を示すカードは無い」と断言したもの、その直後の10月9日は、北による初の核実験という暴挙が強行され、その「予想」能力の稚拙さ、あるいは息を吐くように嘘をついてまで北の将軍様に忠誠を尽くす在日朝鮮人学者の邪悪さが明らかとなった。 田原は切れ味の鋭い凶器である。なまくら刀ばかりがはびこるテレビ業界において、他に替え難い妖刀である。今後もバッサバッサと辻斬りに励んで頂きたいものだ。

  • Thumbnail

    テーマ

    甘利氏辞任、罠に嵌った政治家の末路

    で受け取ったことを認めた。いわくの「告発」をきっかけに、閣僚辞任に追い込まれた甘利氏。「罠」に嵌った政治家の末路はこんなにもあっけない。

  • Thumbnail

    記事

    甘利氏を嵌めた週刊文春「禁じ手」スクープに屋山太郎がモノ申す!

    屋山太郎(政治評論家) はっきり言って、今回の週刊文春のやり方は感心しない。甘利氏の疑惑を告発した「ネタ元」とタッグを組んで写真を撮ったり、録音したりするとか、はじめから甘利氏を罠に嵌めて「事件」にしてやろうという魂胆が見え見えだ。こんなのは、オーソドックスな雑誌記者のやり方じゃないし、何度も言うけど文春らしくない。 もちろん、安倍政権の最重要閣僚を辞任に追い込むぐらいの大スクープなんだけど、なぜかスカッとしない。それは彼らが真っ向勝負をしていないからに他ならない。こんな「禁じ手」まで使ってしまうようでは、もうジャーナリズムなんてあったもんじゃない。かつて、立花隆が月刊誌「文藝春秋」で田中角栄の金脈を暴いたときは、誰もが文句のつけようのない完璧な「調査報道」だった。私はね、どうせ政治家のスキャンダルを暴くんなら、ああいうスカッとした調査報道をしてもらいたいと常々思っている。「天下の文春」には特にそれを期待していたしね。甘利氏の収賄疑惑告発第2弾を報じた週刊文春 2月4日号 それはさておき、今回のスキャンダルは、野党にとってはおいしいネタではあったよね。国会で安倍政権を責める材料が何もないだろうから、本筋のTPP交渉とかで議論もできないだろうし、甘利さんのスキャンダルをことさら追及していた。もうこうなるときりがなくなる。ところが、甘利さんは弁護士に調査を依頼して、あっさり辞任を表明した。ぱっと身を引いちゃったもんだから、野党にしてみれば肩透かしをくらったみたいなもんだね。こうなると、野党の方がひっくり返ってしまう。いくら野党が反発したところで、疑惑の当事者が辞めちゃったものは仕方がないし、国会に呼ぶわけにだっていかない。そう考えると、甘利さんはうまく切り抜けたと思う。 甘利さんはTPP交渉を推し進めたが、もっと大きな視野で見ればTPPによって日本の市場は確実に増える。例えば、1955年に日本はGATT(関税及び貿易に関する一般協定)に加盟したが、その時は市場が広がるといって日本中が歓迎した。これは私の個人的な見解だけど、今回のTPPによって、世界のGDPの4割を占める巨大な経済圏ができるっていうのに「反対」というのは違うと思う。甘利さんはフロマン(米通商代表部代表)に怒鳴られたこともあったが、アベノミクスの柱でもあるし、国のためとの思いで必死になってやっていた。 私が記憶している限り、今回のような「禁じ手」を使ったスキャンダルは過去になかったのではないか。現金を手渡す時も用意周到に記者が録音や撮影をするなんて、こんな露骨なやり方はこれまでなかった。スキャンダルが発覚した当初、自民党内でも「ヤラセではないか?」という疑念の声が上がったのも無理はない。昔はユルかった政治とカネ 昔は政治家の秘書の給料なんて、今とは比べものにならないくらいずっと安かった。給料の半分はチップで補う欧州の給仕みたいなものだった。政治家秘書の給料がびっくりするほど安いもんだから、どうやって生活しているのかと思ったら、政治家の事務所を訪れた陳情客を案内するたびに、彼らはお金をもらってたんだよ。たとえば、秘書が陳情客に対して「先生に会わせてやる」と言って20万円を受け取って、その半分をポケットに入れるとか、そんなことは当たり前だった。秘書を雇う政治家なんかも、彼らに大した給料を支払っていないから、そのことを黙認していた。でも、時代が変わって、それまでの「常識」が金権政治の元凶になっているという批判の方が大きくなったから、政治家のカネと秘書の給与については、とにかく法律で縛って厳しくするという流れになった。 しかし、甘利さんなんかは当選11回の大ベテラン。これは推測なんだけど、古い体質が残っていたんだね、きっと。その典型的な例が一昨年、政治資金規正法違反で元会計責任者の秘書2人が有罪判決を受け、辞任した小渕優子(元経産相)。親父の代からの「金庫番」が勝手にやっていたんだから、小渕さんは本当に何にも知らなかった。 ロッキード事件のころだったら、政治資金をいくら集めようが犯罪要件は成立しなかった。田中角栄(元首相)なんかは、公共工事をばらまいて集めていたんだから。いま、角栄みたいなことを政治家がやったら、翌朝には留置場だよ(笑)。だから、昔とはまったく違う。政治家の倫理観というのは、とにかくカネを絞ることで育つ時代になったんだ。 甘利さんは、安倍さんが最も信頼を寄せる政治家の一人だよね。麻生(太郎副総理兼財務相)さんと菅(義偉官房長官)さんを含めたこの3人は、安倍さんにとって特別な存在だったと思う。そんな甘利さんも、安倍さんの信頼に応えて懸命に支えることで日本を良くしようと考えていた。それしか手はないと。安倍さんを利用するだけ利用して、次の総理の座を狙うとか、そんな野心すらなかったはずだ。私欲がない人で、頭が真っ白になるまで安倍さんを支えた。彼にとってのそれは、本当にお国のためなんだな。だからこそ、安倍さんは、甘利さんや菅さんたちには心を許していた。この2人は邪心なく、日本を良くしたいという一心で政治を動かしているよね。 甘利さんの後任には、石原伸晃元幹事長が選ばれたけど、その理由は今の閣僚の顔触れをみれば分かる。現職閣僚の中に石原派の議員がいないよね。安倍さんにしても、いつまでも彼を干していてはまずいと思ったんじゃないかな。彼の政治家としての手腕や人物を評価しているというより、派閥の力学というか、バランスを重視しての判断だったと思う。そういう余裕が、今の安倍政権にはある。 では、甘利さんはどうなるのか。もし復帰のタイミングがあるとすれば、安倍さんが首相をやっている間しかないでしょう。もしかしたら、1年ぐらい冷や飯を食って、それから重要ポストに復帰するかもしれない。いま、最も考えられるポストとしては、自民党政調会長とかなんだろうけど、これだけは確実に言えるのは、今回のスキャンダルで野党がいくらあがこうとも、今夏の参院選にはほとんど影響しないと思いますよ。(聞き手、iRONNA編集部・川畑希望)ややま・たろう 政治評論家。昭和7年、福岡県生まれ。東北大卒。時事通信社入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップなどを歴任。56年から第2次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。平成13年に正論大賞を受賞。近著に『安倍晋三興国論』(海竜社)など。

  • Thumbnail

    記事

    安倍総理だろうが、いつでも嵌められる「悪意」の献金は避けられない

    潮匡人(評論家、元3等陸佐) 甘利明・経済再生担当相が28日の会見で認めた通り、政治家というのは「脇が甘く」なればこうなるということです。甘利さんにすれば嵌められたという見方になるのかもしれないが、はっきり言って騙された方も悪い。それは戦争も軍隊も政治も同じ。そんな言い訳がまかり通るなら、これまでだって誰も大臣を辞める必要なんてなかった。もし、秘書のせいにしていたら一昨年、約3億円の虚偽記載で元秘書2人が有罪となって辞任した小渕優子さんとの違いは何だ、ということになる。甘利さんにはもはや、辞任以外の結論はなかった。 でも、「悪意」のある人が政治家を貶める目的で献金し、それをネタにしてマスコミに売り込んだスキャンダルが発覚すれば、必ず大臣を辞めなければいけないということになると、政治家はすべての献金者の素性を調べてからでないと、政治資金を受け取れないということになる。当たり前の話だが、すべての献金者の身元を調べるなんてことは、国会議員の事務所や政治家秘書の能力をはるかに超えていることで、事実上不可能です。ということは安倍総理であれ、嵌めようと思えばいつでも嵌められるっていうことです。記者会見で閣僚辞任の意向を表明し、涙ぐむ甘利経済再生相=28日夕方、内閣府 甘利さんは政治資金報告書に後日記載したとはいえ、大臣室と事務室でそれぞれ50万円ずつ直接もらっている。秘書が500万円もらって200万円しか申告せず、残りの300万円は全部遊興費に使ったということですから、普通なら収賄罪が成立します。少なくとも、500万円のケースについては政治資金規正法が守られていなかったわけですから、たとえ秘書が単独でやったにせよ、議員の責任が問われるのは当然のことです。こうなると、甘利さんが辞任しない限り、国会の審議も始まりませんし、参院選の日程も組めなくなる。6月1日までに通常国会が終わらなければ、国政運営は大変なことになる。結論は初めから甘利さんを本気で続投させるのか、やめていただくかの二つに一つしかなかった。 ただ、『週刊文春』の記事を読んだ人は誰もがおかしいと感じたと思いますが、なぜ甘利さんの会話が録音され、隠しカメラで撮られていたのか。政治家が何か悪いことをしたのがバレて、正義の『週刊文春』がスクープしたという構図とは全然違うことは誰でも分かる。どうしても、金を渡し文春にネタを売った告発した人物の側にきな臭さを感じる。『週刊文春』にしてみれば、大臣の首一つ取ったわけですから、週刊誌ジャーナリズムとしては「金星」です。ただ、問題なのはそれで今後こういうことが起きないのか? いや、きっとまた起きるでしょうという。与野党を問わず小選挙区の厳しい選挙を勝ち上がらなければならない国会議員にとって、同様な手法で「悪意」のある人がアクセスしてきたら、我が身を守るのは非常に難しいだろうということが、今回すべての政治家が学ぶべき教訓とも言えます。 実を言うと、私も2010年12月から2011年6月まで、宇都隆史参院議員の政策秘書を務めた経験がありますが、国会議員の周りに群がってくるのはすごく「変な人」が多いんです。まともな人や常識のある人は頻繁に事務所に来たりしません。議員会館の中を意味もなくうろうろする「政治ゴロ」と呼ばれる人たちがいる。おいしい話があれば、ガンガン食い込んでいって飯を食っているような連中がいっぱいいて、大体が筋の悪い人たちです。そういう人であっても、小選挙区を抱える国会議員は地元の選挙民だったら「胡散臭いやつだなあ…」と思いながらも、とりあえず大臣室に入れざるを得ないのが実情なんです。辞任劇はまた繰り返される 甘利さんの金銭授受疑惑に限って言えば、甘利さんは当初の対応がちょっとまずかったと思います。「記憶を整理したい」とは、政治家が絶対に言ってはいけない「禁句」だった。甘利さんを擁護するつもりはないけれど、例えば『週刊文春』の記事になぜ甘利氏の写真、録音があったのかということを読者もいま一度冷静に考えるべきだと思います。 今回のような記事内容の『週刊文春』が完売するというのが、われわれが今生きているこの国の世論なんです。それが日本の主権者の意識であり、レベルなんです。政治家は献金に対してもっと慎重であるべきだし、読者ももっと賢くなるべきです。「辞任した甘利大臣は最後は潔かった」などと適当なことを言うのではなく、甘利さんはどこがまずかったのか、刑法の第何条に違反しているのか。もし仮に法律上の問題がないのであれば、なぜ甘利さんは大臣を辞任しなければならなかったのか。それをきちんと説明できない人は、意見を求められても言うべきではない。 いま純粋な「善意」で政治家を応援し、献金をするような日本国民がどれだけいるでしょうか? 正直いないのではないでしょうか。政治家に献金する人たちは何か「下心」があるというのが実際のところではないでしょうか。アメリカだったら、オバマさんを絶対大統領にしたいと思って手弁当で選挙応援をするとか、巨額な献金をするとか、見返りを求めない純粋な支援者がゴマンといるわけです。創価学会や民青は別にして、普通の政治家に投票している普通の国民はただ投票しているだけです。私に言わせれば、あんまり政治を批判する資格がないんじゃないかということです。 今回の一件に関して言えば、問題を起こした甘利さんの公設秘書がまずかったということになるんでしょうが、別の事務所から移籍してきた人物だと聞いています。そもそも秘書という職業には「人格」がない。永田町では名前を呼ばず、「秘書さん」という呼び方をします。政治家本人の代理人であり代行者であり、自衛隊で言うと当直幕僚みたいなものだから、秘書がお金をもらうのは政治家本人がもらったのと同じことで、秘書がまずかったでは通らない。 では問題を起こさないような秘書を雇えるかというとこれが簡単ではない。例えば、一番給料が高い政策担当秘書は、弁護士や医師の国家資格があれば国家試験なしでもなることができますが、実際、医者や弁護士をやめてまで秘書になろうという人がいるでしょうか。逆立ちしても国家試験には受からない学力の人しか秘書になっていないということです。「秘書さん」扱いをし、何の敬意も払われていないわけです。その人たちに高い倫理観を求めるのは身勝手な話ではないですか。政治家は落選したら「ただの人」といいますが、秘書も大変です。 自民党議員の秘書の後任に元民主党議員の秘書がなるといったことが政治の世界では普通にある。だから、国会議員は秘書に相当気を使っていないと優秀な人であれば、どんどん辞めてしまいます。石破茂・元防衛庁長官の政策担当秘書、吉村麻央さんは永田町では珍しく、ちゃんと試験に合格した政策担当秘書で、石破氏が合格者名簿から面接し、制度が始まってすぐ採用されたそうですが、そんな秘書についての「美談」を他の政治家の事務所で聞くことなんて、ほとんどないですよ(笑)。 今回のような閣僚辞任劇は、また繰り返されるでしょう。なかなか難しいですが一旦仕切り直して政治献金に関する新たなルールをつくるのが一番良い方法だと思います。政党助成金は一つの解決策にはなり得たが、より透明性を持たせつつも、「悪意」のある反社会的勢力からお金を受け取ったとしても罪には問われない、社会的な非難も制裁も受けないような規範を作る。そういう風にしていかないと、国会議員を嵌めたやつだけが得をする、本末転倒の結果をもたらすのだということを、これを機会に多くの人が考えるべきです。(聞き手、iRONNA編集部・溝川好男)うしお・まさと 昭和35(1960)年生まれ。早稲田大学法学部卒。旧防衛庁・航空自衛隊に入隊。大学院研修(早大院法学研究科博士前期課程修了)、長官官房などを経て3等空佐で退官。帝京大准教授など歴任。東海大学海洋学部非常勤講師(海洋安全保障論)。『日本人が知らない安全保障学』(中公新書ラクレ)など著書多数。

  • Thumbnail

    記事

    政治家の金銭スキャンダル 「裏切り者」はいったい誰か

    授、評論家) 週刊文春のスクープ記事をきっかけに辞任に追い込まれた甘利明経済再生相ですが、このような政治家をめぐる金銭授受疑惑の場合、一般的にその要因は複合的であるケースが多く、一つの原因で起こることはめったにないと思います。 今回の件で言えば、まず甘利さん自身が2013年に舌がんを患い、健康だったときとは異なり、事務所や秘書に対する監督が甘くなった可能性があります。さらに、文春に告発した人物が、そもそも悪意を持って甘利氏側を引っ掛けようとしたと考えるのが普通の感覚ではないでしょうか。 報道で出ている以上に詳しいことはよく知りませんが、あそこまで周到に準備していたという状況を考えると、甘利氏側に「謝礼」をしてきたにもかかわらず、彼らが結果として何も動いてくれなかったことへの逆恨みで表沙汰にしたという単純な動機だけではなさそうです。もしかすると、既に報じられている通り、甘利氏の公設秘書と女絡みでトラブルだってあったのかもしれない。一連の報道では公設秘書とフィリピン・パブによく行ったとも話していましたよね。甘利明経済再生相の辞任のニュースを伝える街頭ビジョン=1月28日午後6時、大阪市北区(柿平博文撮影) 他に考えられることとすれば、この秘書自身も甘利氏が病に倒れたことで自分の将来を悲観しただけでなく、甘利氏の存在を無意識のうちに見下すようになっていたのかもしれません。病を患っていなければ、甘利氏も注意深く秘書を監視できていたでしょうし、こんなスキャンダルに発展することはなかったのではないでしょうか。 政治家が金銭をめぐるスキャンダルに巻き込まれるケースはこれまでもよくありましたが、その原因の一端として特に多いのが秘書に裏切られるパターンです。政治家は一人で悪さをすることは少なく、取り巻きの秘書がまったく知らないなんてことはまず考えられません。つまり、秘書に何か秘密をベラベラしゃべられたらアウトの政治家なんて、今さら言うまでもないですが、ほとんどがそうだと思います。かなりの大物政治家だって、スキャンダルが表面化したケースは、秘書だけじゃなく家族にまで裏切られるというパターンが多いですよね。 例えば、ロッキード事件。田中角栄元首相の榎本敏夫秘書がその典型ですよね。世間がロッキード一色で、いよいよ田中氏が逮捕されるという直前だったと記憶していますが、通産省(現・経済産業省)に入省して間もない私に「田中角栄が危ないぞ。でも、別の実力者は大丈夫だろう」と耳打ちしてきた人がいました。理由を聞くと、当時榎本秘書と児玉誉士夫の秘書だった太刀川恒夫氏が逮捕され、検察の事情聴取を受けていたんですが、その人は「太刀川はアウトローで自供したら殺されるから口を割らない。でも榎本はカタギだから自供しても殺されない」と言ったんです。カタギは身柄を拘束されて取り調べを受けると弱いですから、榎本秘書は捜査段階で現金授受をあっさり認めてしまったわけです。検察の取り調べはものすごく厳しいでしょうから、普段言わないこともベラベラしゃべっちゃったわけです。 先ほどもお話したように秘書だけではなく、家族に裏切られて失脚する場合もあります。みなさんも記憶に新しいと思いますが、小沢一郎氏の政治生命をほぼ終わらせたのは、小沢氏の元妻、和子さんですよね。小沢氏の支援者に向けて書いたとされる「離縁状」でさえ週刊誌に公開されましたが、痴情のもつれがこじれてスキャンダルが明るみになるケースなんて珍しくはありません。結局はお金に困っていたのか 男女のもつれということで言えば、政治家が自分の愛人に裏切られるというパターンも実に多いですよね。宇野宗佑元首相なんか、自分の女性スキャンダルが表に出たのは宇野さん自身がケチだったからです(笑)。宇野さんはとても健全な金銭感覚の持ち主で、愛人への口止め料なんか無駄な金だと考えて払うのをしぶったんです。「あいつなんて放っとけばいい!」と言わんばかりに、愛人への手切れ金をケチったことが仇になったんです。 海外に目を向けると、内部告発サイト「ウィキリークス」のように、これまでの技術では考えられなかった盗聴や情報流出が起きて政治家のスキャンダルが発覚したというケースもありました。中国なんかでは、政治家に女をあてがう「ハニートラップ」なんか当たり前のように起こり得ます。 そういえば、かの国で最近起こった政治家をめぐるスキャンダルといえば「薄熙来事件」がありました。ご存じの方も多いでしょうが、自分の腹心で公安のトップだった王立軍が抹殺されるのを恐れて、こともあろうに成都の米総領事館に逃げ込んだことが失脚の糸口になりましたよね。こうなると、江沢民と親しい関係で権勢を誇っていた薄熙来でも、コントロールが効かなくなりますから、もう手の打ちようがなくなります。 どこの国でもそうですが、政治家というのは建前では清廉潔白を求められる職業です。わが国でも、政治家が反社会的組織の人物とのツーショット写真が週刊誌等に掲載され、釈明に追われるというスキャンダルがよくあります。でも、常識で考えれば、政治家が「一緒に写真を撮ってください」と支援者かもしれない人物に言われて、それを断るなんてことはなかなか出来ませんよね。こんなケースではむしろ、ことさら問題にして取り上げるマスコミや野党の側だって悪い。暴力団関係者と知りながら、誕生パーティーに出席するのとはワケが違う。もちろん、一瞬話題にはなっても、その後大きな問題にはならずに収まっていますよね。 政治家に限らずどんな職業であれ、未熟な人間であれば罠にひっかかりやすいのは当然です。要するに個々人の「脇が甘い」わけです。ただ、今回の甘利氏のように、海千山千の政治家が引っかかるのは、それなりの「理由」があると思いますよ。それに報酬や供与が賄賂になるのかどうか、基準がはっきりしていればいいんですけど、どれもこれも曖昧なもんだから、「お前、カネを受け取っただろ」と脅される隙がどうしても生じてしまう。 私の官僚時代で言えば、贈答品などでも月給の20分の1までならOKなどという暗黙の「目安」がありましたね。先輩からは「ジョニ赤はセーフ、ジョニ黒はアウト」などと教えられた記憶があります。当時の私の初任給なんて約10万円程度でしたから、ウイスキーの昔の価格でいえば、5千円のジョニ赤なら問題ないが、20分の1を超える1万円のジョニ黒ならダメとなるわけです。ある銀行では「いただいたモノの半返しならセーフ」というルールなんかあったそうです。 アメリカなんかは、日本よりもっとはっきりしていますから、食事も贈り物も上限がきっちり決まっている。ワシントンでは「オフィサーズランチ」というのがあって、高級レストランの1万円のメニューでも高官だけが割安になる制度なんてのもありました。 まあ話はいろいろ横道になりましたが、今回の疑惑で考えれば、甘利氏の疑惑を告発した人物は、決定的な証拠をつかんだ上で甘利事務所側を強請ろうという意図なんかがあったのかは知りませんけど、結局はお金に困っていたんじゃないのかと疑わしい部分もありますよね。いずれにせよ、甘利氏はこの人物の告発がもとで失脚したことは間違いないですが、甘利氏が辞任したところでTPP交渉に影響が出て、御破算になるわけではありません。いま、甘利氏を辞任に追い込んで得をする利害関係者なんか見当たらないし、告発した人物の背後に誰かいるとも考えづらい。このスキャンダルは、甘利氏と告発した人物をめぐる利害のもつれが引き起こしたと考えるのが一番自然なんじゃないでしょうか。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)やわた・かずお 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書に『誤解だらけの韓国史の真実』(イースト新書)、『歴史ドラマが100倍おもしろくなる 江戸300藩 読む辞典』(講談社+α文庫)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    甘利氏をめぐる事件で真価を問われる検察

    円については甘利氏が代表となっている「自民党神奈川県第13選挙区支部」の領収書を渡されたが、同支部の政治資金収支報告書には、寄付100万円の記載しかない。また、甘利大臣が受け取った100万円のうち、最初の50万円は、政治資金収支報告書に記載がないとされており、これらについて政治資金規正法違反(政治資金収支報告書の虚偽記入罪)が成立する可能性が高い。家宅捜索に入る東京地検特捜部の係官=2011年6月、東京都千代田区(岡嶋大城撮影)裏金献金摘発へのハードル このような、政治資金収支報告書に記載されない「裏献金」の問題を政治資金規正法違反の犯罪で摘発する際にハードルとなるのが、「政治資金の帰属」の問題だ。 政治資金規正法は、政党や政治団体の会計責任者に政治資金収支報告書の作成・提出を義務づけている。国会議員であれば、個人の政治資金管理団体のほかに、代表を務める政党支部があり、そのほかにも後援会など複数の政治団体があるのが一般的だ。このような政治家が、企業側から直接政治献金を受け取ったのに、領収書も渡さず、政治資金収支報告書にも全く記載しなかったとすれば、政治資金の透明化に露骨に反する最も悪質な行為だが、このような「裏献金」の事実について政治資金規正法違反で刑事責任を問うことは容易ではない。 政治資金規正法違反の事実として考えられるのは、「企業等は政党または資金管理団体以外に対して寄附をしてはならない」との規定に違反して「政治家個人宛の寄附」を受領した事実か、受領した寄附を収支報告書に記載しなかったという虚偽記載の事実である。ところが、その「裏献金」が、政治家個人に宛てたものか、資金管理団体、政党支部などの団体に宛てたものかがはっきりしないと、どちらの規定に違反するのかが特定できない。裏金は、最初から寄附を「表」に出すことを考えていないのだから、政治家個人宛か、どの団体宛かなどということは考えないでやり取りするのが普通であり、結局、「政治資金の宛先」が特定できないために、政治資金規正法違反の事実が構成できず刑事責任が問えないということになる。 議員の職務権限との関連性が認められないために賄賂にはならない「贈収賄崩れ」のような裏金のやり取りは、政治資金の透明化という法の趣旨から言うと最も悪質な行為だが、このような「政治資金の帰属」の問題があい路となって立件できない結果に終わる場合が多かった。裏金献金摘発が容易な例外的ケース裏金献金摘発が容易な例外的ケース しかし、例外的に、この「刑事立件の壁」を超えられるケースがある。それは、政治団体名等で領収書が交付され政治資金収支報告に記載される「表の献金」と「裏の献金」の両方がある場合だ。 その典型例が、2002年から03年にかけて、私が、長崎地検次席検事として捜査を指揮した「自民党長崎県連事件」だ(拙著【検察の正義】(ちくま新書)の「最終章 長崎の奇跡」で、地方の中小地検の全庁一丸となった独自捜査で、政権政党の地方組織の公共工事受注業者からの集金構造に迫ったこの事件について述べている。)。 この事件は、自民党長崎県連が、公共工事の受注額に応じて政治献金をするようゼネコンに要求し、多額の寄附が行われていた事件だ。政党への政治献金に対して公職選挙法を初めて適用したことで全国的にも注目を集めたが、長崎県知事選挙に関して公共工事受注業者から寄附を受けたという公選法違反に加えて、多額の「裏献金」を政治資金収支報告書の虚偽記入罪で立件・起訴した。 それが可能だったのは、長崎県連の幹事長と事務局長が、正規に領収書を発行して収支報告書にも記載して処理する「表の献金」を受ける一方で、同じような形態でゼネコン側から受け取った献金の一部については、領収書を渡さず、収支報告書にも記載しないで処理し、県連の「裏金」に回していたからだ。「自民党長崎県連宛の寄附」として収支報告書に記載すべき寄附であるのに、その記載をしなかったことの立証が容易だった。 今回の甘利大臣をめぐる政治資金の問題も、長崎県連事件と同様に、収支報告書に記載された「表の寄附」と、記載しない「裏献金」の両方がある。例外的に、政治資金規正法違反で立件可能なケースだと言えよう。 文春の記事を前提にすれば、甘利事務所の政治資金の処理はあまりに杜撰であり、しかも、大臣の現金授受についての記憶は「曖昧」であり、このような政治家の事務所に捜索に入れば、不正な金の流れがほかにも発見される可能性も高い。 甘利大臣をめぐる疑惑は、事件の中身としては、検察が大物政治家をターゲットとして捜査に着手することが十分に可能だと言えよう。政界捜査で繰り返されてきた法務省からの圧力 もっとも、この種の政治家に関連する事件の場合、しばしば検察と法務省との関係が問題になる。 人事・予算を内閣に握られている法務省の側には、安倍内閣の有力閣僚の事件を摘発することに対しては、相当な抵抗があるであろう。 とりわけ、現在の法務省にとっては、「日本版司法取引」の導入や盗聴の範囲の拡大などを盛り込んだ刑事訴訟法改正案が、昨年の通常国会で成立せず、参議院で継続審議となっており、今国会での議案の取扱いは、安倍政権側の判断に委ねられている。法務省側からは、甘利大臣の事件の検察の捜査を抑え込むことと引き換えに、刑訴法改正案の審議を進めることを求めるという「闇取引」を持ち掛けるというのも考えられないことではない。 安倍政権が絶大な政治権力を誇る状況下で、法務省サイドの圧力を跳ね返して、甘利大臣自身の事件をも視野に入れた捜査を積極的に進めていくことができるか、検察の真価が問われることになる。 前記の自民党長崎県連事件の捜査でも、ちょうど小泉政権の絶頂期だったこともあり、政権与党に打撃を与えること避けようとする法務省サイドから強烈な圧力がかかった。当時、長崎地検では、議長を逮捕して、自民党有力政治家の疑惑に迫ろうとしており、県連の裏金に関して、中央の有力政治家に絡む事件のネタも多数あったが、捜査が政権政党に大きな打撃を与えることを懸念した法務省や法務省系の最高検幹部の猛烈な反対に行く手を阻まれ、在宅捜査に切り替えて略式起訴に持ち込み、捜査を終結させざるを得なかった。検察の正義を巡る環境を変えた検察審査会の起訴議決検察の正義を巡る環境を変えた検察審査会の起訴議決 過去にも、政治に絡む事件で検察と法務省との確執が繰り返されてきた。しかし、今では、そのような法務省側の消極意見があったとしても、法改正によって権限が強化された検察審査会の存在が、圧力を跳ね返す大きな力となり得る。「検察の正義」をめぐる環境が大きく変わっているのである。東京電力福島第1原発事故で、検察審査会が当時の東電経営陣の「起訴相当」を議決し、議決書を張り出す職員=2014年7月31日、東京・霞が関(栗橋隆悦撮影) 近著【告発の正義】(ちくま新書)でも書いたように、2009年の検察審査会法の改正で、検察審査会の議決によって起訴される制度が導入されたため、告発された事件が不起訴になった場合、告発人は検察審査会に審査の申立てを行うことができる。そこで、「起訴相当」の議決が出ると、検察は再捜査を行うことになる。以前は、再捜査の結果、検察が再度不起訴にすれば、刑事事件はそれで終結していたが、法改正により、検察官が二度目の不起訴を行っても、検察審査会で再度審査して「起訴議決」を行えば、裁判所が指定する弁護士によって起訴手続きがとられることになった。 起訴議決制度が導入されたことで、検察は、社会的に注目を集めた告発事件については、検察審査会の議決によって起訴議決に持ち込まれる可能性がないかどうかという観点から検討せざるを得なくなった。「市民の常識」を尊重した捜査・処分をせざるを得なくなっている。 週刊文春の記事によって、甘利大臣の疑惑もあっせん利得処罰法違反、政治資金規正法違反の犯罪に該当する可能性があることが広く世の中に認識されていることから、市民団体等が告発を行ってくる可能性は高い。告発された場合、いろいろ理屈をつけて検察が不起訴にしても、検察審査会への審査申立てが行われ、「市民の常識」に基づいて起訴議決が行われる可能性がある。検察にとって千載一遇のチャンス 2009年、政権交代をめざす野党第一党の民主党党首小沢一郎氏の秘書を、僅か2000万円の、しかも政治資金収支報告に記載された「表の寄附」に関する政治資金規正法違反で逮捕した検察にとって、現政権の有力閣僚の秘書の事件の捜査に消極的な姿勢をとることなど許されない。 法務省の圧力に屈し、十分な捜査を行わず、告発をされても不起訴にするというような姿勢をとれば、市民を代表する検察審査会の審査員から「起訴議決」の鉄槌を下されることになることとなるだろう。 その時は、大阪地検特捜部の証拠改ざん等の不祥事、東京地検特捜部の陸山会事件をめぐる虚偽捜査報告書による検察審査会の議決誘導問題など、一連の不祥事で大きく傷ついた検察への国民の信頼は完全に回復不能となる。 逆に、甘利大臣とその秘書に対して、適切な捜査を行って証拠を固め、適切な刑事処分を行うことができれば、不祥事で失われていた検察への信頼を、一気に回復させることができる。本来であれば、即刻辞任してもおかしくない重大な疑惑が表面化しているのに、TPP問題の国会審議の関係などで大臣を辞めるに辞められない状況は、検察にとっては、まさに千載一遇のチャンスだと言えよう。 文春の早刷り版で、記事の内容が明らかになってから既に2日経過している。その間にも罪証隠滅が行われている可能性が高い。しかも、甘利大臣は、「第三者を入れて調査を行う」というようなことを言っている。明らかに犯罪に当たる今回の問題について「非犯罪ストーリー」で関係者証言を固めてしまう罪証隠滅になりかねない。 速やかに強制捜査に着手し、証拠を収集しなければ、刑事事件として立件・起訴できる可能性が低下していくことは確実だ。もはや一刻の猶予も許されない。 一連の不祥事に関して、厳しく検察を批判し、今も、美濃加茂市長事件の控訴審で検察と徹底的に戦っている私だが、今回の事件については、検察の威信をかけた戦いに期待したい。(ブログ「郷原信郎が斬る」より2016年1月22日分より転載)

  • Thumbnail

    記事

    甘利氏だけじゃない TPPにも逆風が吹き荒れている

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) TPPの署名式が2月4日にニュージーランドで執り行われることになりました。渦中の甘利大臣がニュージーランド行きの切符を手にすることが出来るのかも含め、注目に値するイベントとなりそうです。 この署名式はTPPの12の協定参加国が集まり、協議、合意した内容について署名するものです。大きなベンチマークとなります。プロセスとしてはこの署名された合意文書を各国が自国に持ち帰り、内容を検討し、それぞれの国が批准することになります。日本は政権が安定し、可決批准するハードルが最も低い国の一つとされ、日本のリーダーシップがまずはポイントとなります。 通常、各国の議員はTPPの内容を精査するため、数か月程度の時間をあてがわれ、その後、審議に入ります。この審議が曲者で必ず反対派は存在し、関連産業、業界ではロビー活動も活発に行われています。よって様々な議論が想定されるわけですが、この署名された内容は修正が出来ず、take or leave it(無条件で飲むか拒否するか)しか選択肢がありません。 批准は書名から2年以内を目標としていますから上手くいっても発効そのものは2018年ごろになる見込みです。 さて、その中で一番注目されるのはアメリカの動きでしょう。オバマ大統領は氏がまだ大統領でいるうちに批准させたいと考えているようですが実態は厳しいように見えます。これは民主、共和ともに反対派が存在し、クリントン候補も「現時点では賛成しがたい」と発言している意味を慎重に考える必要があります。オバマ氏の描く批准に対して議会を相当紛糾させることで時間稼ぎをし、オバマ大統領のレガシーにはさせない勢力が勝るようです。TPP交渉が閣僚会合で大筋合意し、共同記者会見に出席した甘利明TPP担当相(左)とフロマン米通商代表部(USTR)代表=2015年10月6日、米アトランタ(共同) では、クリントン氏が「現時点では」と述べる理由の裏は何でしょうか?多分、選挙を考慮しているものと思われます。今、TPP賛成の旗を振ることは大統領候補としては不利な立場に追いやられるとみていないでしょうか?とすれば、それは議会の思った以上に強い抵抗勢力とも受け止められ、新大統領が決まった際にちゃぶ台返しがないとは言い切れない気がします。それぐらい今のアメリカは一枚岩ではなく、微妙なバランスを維持している感があります。 アメリカが批准しなければどうなるのか、ですが、結論から言うとTPPは流れます。 TPPは発効の前提として参加国全てが批准するのが前提です。原則一カ国も脱落が許されません。仮に2年以内に全ての国で批准できなければ「国内総生産(GDP)で全体の85%以上を占める6カ国以上の批准」が条件となっています。このGDP 85%を満たすにはアメリカ(60%)と日本(17%)が批准しないと絶対にパスできない為、アメリカの不参加はTPPの不成立を意味するのです。 以前にも申し上げました通りTPPの関門は貿易、関税だけではなく人の往来を緩和するところもポイントです。ところがテロが頻繁に起きている現代に於いて国家はその門戸をなるべく細目にする傾向が強まります。欧州を自由に行き来できるシェンゲン協定の行方が注目されています。テロリストが自国に自由に入り込めるからで協定参加国の中で国境管理が甘いところがあればそこからなだれ込む図式が懸念されているのです。 とすれば、TPPが内包する人の往来の緩和はシェンゲン協定とは違うものの当然、各国としては言葉通りに受け止められない事象となるでしょう。ところが冒頭に申し上げたようにこのTPPの草案は修正不可であります。よってそれを受け入れたくない派閥は批准遅延策に出るしか対抗手段がなく、結果として時間切れすら想定できることになります。 先日駐日カナダ大使の講演においてTPPについてちらっと触れていたのですが、正直、全く前向きな感じがしませんでした。「我々はアメリカにフォローする」というスタンスだったのですが、これは裏を返せばカナダとして国内でTPPを批准するにはアメリカというドライバーが必要で、さもなければ国内の反対派を押し切れないと聞こえます。 マスコミはアメリカの批准の可能性は5分5分(つまりTPPの成立の確率も5割という意です)と見ていますが、私はもう少し分が悪い気がします。あとは今後2年間の経済状況、テロ問題、中国の動きが展開のカギを握るかと思います。 甘利大臣はそこまで持つか分かりません。今回の報道が週刊文春に書かれている通りだとし、賄賂を渡した証拠があるとすれば大臣職を全うするのは厳しくなります。それは国内批准の責任者すら全うできなくなる意でもあります。 TPPには相当の逆風が吹き荒れているという感がいたします。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』より2016年1月25日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    甘利氏は「絵に描いたようなあっせん利得」をどう説明するのか

    ら多額の金品を受領していたことを報じている。この記事には、その行為について、あっせん利得処罰法違反や政治資金規正法違反が成立する可能性がある旨の私のコメントも掲載されている。報じられている疑惑の中身は以下のようなものだ。甘利TPP担当相の収賄疑惑を報じた「週刊文春」の記事(古厩正樹撮影) 甘利大臣の公設第一秘書が、URの道路用地買収をめぐるトラブルに関して、UR側に補償金を要求していた業者から依頼を受け、UR側との交渉に介入し、URに2億2000万円の補償金を支払わせ、2013年8月に、その謝礼として500万円を受け取った。 それに加え、甘利大臣自身も、業者と直接会って、URと業者との産業廃棄物処理に関するトラブルについて説明を受けて補償交渉に関する対応を依頼され、同年11月に大臣室、2014年2月には神奈川県内の事務所で、現金50万円ずつ計100万円を直接受け取った。 その後、別の秘書(現・政策秘書)が環境省の課長と面談し、URの担当者と面談するなどして、産廃処理をめぐるトラブルに介入。その秘書は業者から多額の接待を受け、URの監督官庁である国交省の局長への「口利き」の経費などと称して合計6百万円以上を受領するなどしていた。 公設第一秘書が受け取った500万円のうち400万円については甘利氏が代表となっている「自民党神奈川県第13選挙区支部」の領収書を渡されたが、同支部の政治資金収支報告書には、寄付100万円の記載しかない。また、甘利大臣が受け取った100万円のうち、最初の50万円は、政治資金収支報告書に記載がないという。 日曜日(1月17日)に、週刊文春の記者からの電話で、甘利大臣と秘書に関する疑惑の内容を聞かされ、私は耳を疑った。いまどき、そんな“絵に描いたような”国会議員や秘書による「口利き・あっせん利得」というのが行われているなどとは、にわかに信じ難かったからだ。しかも、甘利大臣はTPP担当大臣、最も有力な現職閣僚の一人だ。それが、大臣在任中の2013年から14年に、大臣自身や秘書による「口利き」に関して、多額の金品のやり取りが行われたというのだ。 「あっせん利得処罰法」は、国会議員等の政治家が、行政機関等に「口利き」をして金品を受け取る行為を処罰する法律だ。政治家が「口利き」をし、その見返りとして「報酬」を受け取るという行為は、政治家と行政との腐敗の象徴としてかねてから批判されてきたが、2000年に中尾元建設大臣が、公共工事発注の口利きの見返りに建設会社から賄賂を受領して受託収賄事件で逮捕されたのを契機に、改めて国民から批判が高まったことを受け、2002年に法律が制定された。その後も、「政治とカネ」をめぐる問題が表面化する度に、国民の政治不信が高まり、政治家のモラルが問われ、政治資金の透明化のため政治資金規正法の強化・改正も行われてきた。このような流れの中、2003年に施行された「あっせん利得処罰法」が実際に適用されて摘発された事例としては、市町村議会議員が公共工事の発注に関して「口利き」をして利益供与を受けた事件が数件ある程度で、国会議員や秘書が関わる事件が摘発された例はない。 国会議員レベルの政治家に関して言えば、政治資金の透明化、政治活動の浄化が進み、「口利き」による金品の受領などというのは「過去の遺物」になりつつあると、少なくとも私は認識していたし、多くの国民の認識もそれに近かったはずだ。あっせん利得処罰法違反、政治資金規正法違反 成否のポイント ところが、週刊文春の記事によると、まさに国論を二分したTPP交渉の最前線に立って活躍する政治家の甘利大臣の秘書が、古典的とも言える「口利き」を平然と行って、業者から金をせしめていた。しかも、大臣自身も関わったり、現金を受領したりしていたというのだ。 私は、コメントを求めてきた記者に、そのような疑惑を裏付ける証拠があるのかと聞いた。記者によれば、甘利大臣側と業者とのやり取りや「口利き」の経過に関して、録音等の確かな証拠もあるとのことだ。 この問題は、久々に「政治とカネ」に関する重大な疑惑として、国会等で追及されることは必至だろうが、何と言っても焦点となるのは、現職大臣やその秘書について、検察当局による犯罪捜査がどのように行われ、どのような刑事処罰に発展するのか、特に注目されるのは、本件について、過去に例がない「あっせん利得処罰法」の国会議員やその秘書に対する適用が行われるか否かであろう。 週刊文春の記事を前提に、甘利大臣や秘書に関するあっせん利得処罰法違反、政治資金規正法違反の成否に関してポイントとなる点を述べておくこととしよう。 あっせん利得処罰法1条1項は、「衆議院議員、参議院議員又は地方公共団体の議会の議員若しくは長が、国若しくは地方公共団体が締結する売買、貸借、請負その他の契約又は特定の者に対する行政庁の処分に関し、請託を受けて、その権限に基づく影響力を行使して公務員にその職務上の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことにつき、その報酬として財産上の利益を収受したときは、3年以下の懲役に処する」と定めており、2項で、「国又は地方公共団体が資本金の二分の一以上を出資している法人」の「役員又は職員」に対しての行為も同様としている。また、同法2条は、「衆議院議員又は参議院議員の秘書」が同様の行為をおこなったときは2年以下の懲役に処するとしている。 URは国交省が100%出資している独立行政法人であり同法2項の「法人」に該当すること、甘利大臣は衆議院議員であり、その秘書が、2項の「衆議院議員の秘書」に該当することは明らかだ。 問題は、①秘書のURの職員に対する行為が、法人の「契約」に関するものと言えるか、②「請託」があったと言えるか、③「権限に基づく影響力を行使」したと言えるか、である。 ①については、秘書が関わった問題は、URの道路用地買収をめぐる業者との間の補償交渉であり、公共工事などとは違い、契約の内容が具体化しているものではない。しかし、補償交渉の結果、URと業者との間で合意が成立すれば、それは契約であり、その合意が業者にとって有利なものとなるよう、URの役職員に対して働きかけが行われたのであれば、「契約」に関するものと言うことができるであろう。 ②の「請託」とは「一定の行為を行うよう又は行わないよう依頼すること」である。請託事項は、その案件の具体的事情に照らして、ある程度の特定性・具体性を要するものでなければならない。「請託を受け」とは、単に依頼されたという受身の立場では足らず、その職務に関する事項につき依頼を受け、これを承諾したことが必要である。記事によれば、甘利大臣の秘書は、実際にURの職員と面談したりしているのであるから、URの役職員に補償に関する「職務上の行為」を行わせるよう働きかけるという「具体的行為」を、業者が依頼したことは明らかであろう。 ③についても、ここでの「権限に基づく影響力の行使」というのは、「大臣としての権限」ではなく、「国会議員の権限」に基づくものでなければならないが、政権与党の有力閣僚である甘利大臣は、国会議員としても、予算や法案の審議や評決に関して大きな影響力を持っていることは明らかであり、その秘書も、それを十分に認識した上で活動しているはずなので、UR側への働きかけが「権限に基づく影響力の行使」であることは否定できないであろう。 甘利大臣についても、「権限に基づく影響力」を行使してUR側に一定の職務行為を行うことの「請託」を受け、現金をその報酬として受領したのであれば、あっせん利得が成立することになる。「請託」について緩やかな解釈を取る検察 記事では、甘利大臣は、業者とURとのトラブルに関して、資料に基づいて説明を受け、同席した秘書に、「これ(資料)を、東京の河野君(現・大臣秘書官の河野一郎氏)に預けなさい」と指示したとされているが、大臣自身がその後、実際に業者からの依頼に基づく行為、例えば、自ら行政庁やURに働きかけたり、秘書へ指示するなどの行為を行ったのか否かは明らかではない。 また、「請託」というのは、依頼する行為が、何らかの具体性を持ったものであることが必要であり、漠然としたものでは「請託」とは言えないというのが一般的な理解であろうが、記事を前提にしても、業者側が大臣に具体的にどのような行為を依頼したのかは明らかではない。 しかし、検察は、「請託」の具体性についてはかなり緩やかに解している。 現在名古屋高裁に控訴中の美濃加茂市長事件では、一審で賄賂の授受が否定され無罪判決が言い渡されているが、この事件で、検察は、藤井美濃加茂市長が市議時代に業者から浄水プラントの導入に関して依頼を受けたとして、受託収賄、事前収賄と併せて、「あっせん利得処罰法」違反の事実も起訴している。 この事件での検察の主張は、浄水プラントの導入に関して、具体的に市議会議員としてどのような職務を依頼したのかが特定されていなくても「請託」に当たるというものである。 もちろん、同事件で市長の主任弁護人を務める私は、そのような「請託」の要件の拡張解釈は不当だと考えており、同事件の公判でも「請託」を認める余地がないことは強く主張しているが、一審では弁護側の主張どおり「賄賂の授受」そのものが否定されているので、「請託」の有無は裁判所の判断の対象にはなっていない。しかし、検察は、「請託」について、そのような緩やかな解釈で起訴し、無罪判決に対して控訴まで行って有罪判決を求めているのである。これからすると、今回の甘利大臣の事件について、「請託」が認められないことを理由に消極判断をすることはあり得ないであろう。参院決算委で、民主党の江崎孝氏の質問に答える甘利経済再生相               =1月21日(斎藤良雄撮影) また、大臣自身についてのあっせん利得罪は成立せず、秘書についてのみ同罪が成立する場合であっても、秘書と大臣との共謀による犯罪の成立が問題になり得る。過去に、「政治とカネ」の問題について、政治家が秘書に責任を押し付けているとの批判が繰り返され、秘書について、政治的責任のみならず、秘書との共謀による刑事責任の追及が遡上に上った例は枚挙にいとまがない(最近の例では、小沢一郎氏の秘書が政治資金規正法違反に問われた例で、小沢氏自身も共謀による刑事責任が問題とされた。)が、実際には共謀の立証は困難であり、刑事責任が問われた例はほとんどない。本件でも、秘書が業者から受け取った金について、甘利大臣が認識していたことの証拠が得られるかどうかが鍵となるだろう。 今日の参議院決算委で、この問題について質問された甘利大臣は、「会社の社長一行が大臣室を表敬訪問されたことは事実だ。一行が来られて正確に何をされたのか、記憶があいまいなところがある。きちんと整理をして説明したい」と答弁した。 まさに、唖然とするような答弁である。50万円もの現金を受け取ったか否か記憶が曖昧だ、ということは、その程度の現金は、いちいち覚えていないぐらい受け取っているということであろうか。 現職有力閣僚をめぐる「絵に描いたようなあっせん利得」の疑惑は、一層深まっている。(ブログ「郷原信郎が斬る」より2016年1月21日分より転載)

  • Thumbnail

    記事

    若者に一人5票の選挙権を与えよう

    った若者の発言力を強めるために、1票の価値を2倍程度に引き上げる思い切った手段が考えられます。また、政治は今後の日本のありかたを決めていくのですから、今後の日本に長く住む若者(平均余命が高齢者に比して3~4倍長い)は、政治の影響を高齢者よりずっと長い間受け続けるわけですから、政治に対する発言力を、さらに大きくしても良いと考えられます。 総論では、誰でも『日本の将来は若者の双肩にかかっている』と一致しているのですから、思い切って、若者に一人5票の選挙権を与えてはどうでしょうか。この世代間発言力の不均衡是正措置により、若者の政治離れも一気に解消して、老いも若きも日本の将来を真剣に論じ合える風土が実現するのではないでしょうか。 役割を認められ、権限を付与された若者の活躍は、歴史が実証しています。24歳、24歳、29歳、26歳、28歳、29歳という若い顔ぶれは、誰だと思われますか。 大阪夏の陣以来、250年ぶりの内戦となった蛤御門の変。その中心人物であった、久坂玄瑞、高杉晋作、有栖川宮熾仁親王、一橋慶喜、松平容保、近藤勇その人達の当時の年齢です。(ニッセイ基礎研究所 レポート『研究員の眼』2012年3月12日 より転載)関連記事■ それでも、若者の政治参加って必要ですか?■ 政治変えるか 子供の「一票」■ デフレ世代からみる解散決意の違和感

  • Thumbnail

    記事

    「わが軍」批判の民主党は保護対象外の絶滅種

    野口裕之(産経新聞政治部専門委員) アンポ反対系DNAを受け継ぐ「絶滅危惧種」がいまだ生息している永田町の生態系にはウンザリする。国会で、自衛隊を「わが軍」と表現した安倍晋三首相(60)の言葉尻をとらえ、重要政策を棚上げして揚げ足取りに時間を浪費する執拗な“古典的攻撃”を、民主党議員らは恥ずかしいと感じないのだろうか。軍の保持を曖昧にした日本国憲法への「違反」を引き出す戦法のようだが、もはや憲法改正前の集団的自衛権行使の合法的実現は時間の問題。集団的自衛権は国際法上、国家の命を受けた国軍が武力行使するのであって、国軍以外の他組織による集団的自衛権行使は極めてわずかな特殊例だけ。国際の大勢も行使実現を歓迎し始めた今、無駄な抵抗は止めたがよい。絶滅危惧種は「絶滅」が「危惧」されるため保護対象になるが、小欄は危惧していない。むしろ健全な安全保障政策論議に思考停止し、国際が理解不能な愚問を蒸し返す政治家は「絶滅推進種」に指定したい。左翼イデオロギーなる賞味期限が切れた栄養をすすり、しぶとく生き残る絶滅推進種は滑稽を通り越し哀れでさえある。「わが社」と呼ぶ自衛官 栄養源の中でも高カロリーなのが日本国憲法だ。憲法の本格的検討→制定→施行は連合軍占領下の1946~47年。米国を筆頭に連合国が「日本はアジア諸国を苦しめた侵略国=悪い国」と罪悪感を植え付ける非軍事・民族骨抜き政策に邁進した時期だった。憲法は洗脳道具として、素人米国人が1週間程度で速成した。その後、朝鮮戦争(1950~53年休戦)が勃発し、米国など国際社会はあわてて日本の再軍備を支援する。以来、軍の保持が曖昧なままの憲法は左翼の「メシの種」となった。衆院予算委員会で質問に立つ民主党の細野豪志政調会長=4日午前、国会・衆院第1委員室 ただし、自衛隊は国家防衛を担任する唯一の組織であり、国際法上の交戦資格を有し、自衛官は戦闘員とみなされる。自衛隊の艦艇・航空機も国際法上軍艦・軍用機として扱われる。外国賓客が来日時、自衛隊による栄誉礼を受け、自衛隊艦艇に民間船舶が国旗を下げて敬意を払うのも、入港時に「両軍」が礼砲を撃ち合う儀礼も、国際社会が自衛隊を完全に国軍として公認している証左である。 安倍氏が「わが軍」ではなく「わが社」と呼べば絶滅推進種は満足なのか。少し前まで「わが社」と表現する自衛隊員は多かった。特に駐屯地・基地外で会えば尚のこと「わが社」を強調した。軍=戦争=悪などとデマにさらされ、自衛隊という呼称を極力使わぬよう意識していたのだ。さすがに、災害出動や国際支援などでの八面六臂の大活躍を、社会が高く評価せざるを得なくなり少なくなったが、時々耳に入る。聞き耳を立て言葉狩りを狙う、絶滅推進種を恐れての自衛策でもある。 従って、軍事用語は徹底的に葬られ、自衛官の側も抵抗できぬまま慣らされてしまった。専門別に育成される各兵科の場合、歩兵は普通科、工兵は施設科、砲兵は特科…。小欄は講演後、聴衆の主婦に「普通科の他に商業科も有るか?」と尋ねられている。そも、兵科を「職種」と呼ぶのだから「わが社」という表現もむべなるかな。保守政治家の「落語家」化 絶滅推進種はいっそ国会で、戦車を自衛隊創成期の呼称「特車」に戻すよう提案、海上自衛隊が演奏し、多くの国民が大感激する軍艦行進曲(軍艦マーチ)を問題にしてはどうか。人としての常識は疑われるが、前時代的な志は貫徹できよう。言葉狩りが政策論争だと心得違いする不勉強な絶滅推進種。自衛隊≠軍だと付きまとうなら、もう少しまともなツッコミができぬものか。 例えば、北朝鮮などによる弾道ミサイル発射に対処すべく2005年、自衛隊法に加わった《弾道ミサイル破壊措置》は「警察力行使」の一環。当時の防衛庁長官は参院外交防衛委で、防衛出動命令下令以前の措置で、武力行使には当たらない武器使用だとの主旨を答弁した。つまり「わが警察」は、数多の外国国軍には実行できぬほど難しいといわれる弾道ミサイルを迎撃できるミサイル・システムを保有。互角に戦える外国国軍はそう多くはない「世界一精強な警察」という“理屈”になる。 揚げ足取りに磨きをかけ続けてきた左翼系政治家の跋扈は、保守系政治家の「落語家」化を生んだ。八っつぁん・熊さん(左翼系議員)の「自衛隊は軍か?」といったたぐいの素っ頓狂な国会質問に、ご隠居(政府・自民党)が苦し紛れに珍説を披露する対決図。落語家の熟達した話芸にはあきれるやら、ほれぼれするやら。真打ちをご紹介しよう。 ある意味で軍隊。憲法でいう戦力ではない=吉田茂首相▼外国の侵略に対するものを軍隊というならば自衛隊も軍隊=防衛庁長官▼国際法上、軍隊・軍艦に適用される法規を自衛隊に適用する(が)普通の諸外国の制約のない軍隊とは異なる=法制局長官▼通常の軍隊とは性格が違う=別の法制局長官▼自衛隊を軍隊と呼称することはしない=佐藤栄作首相▼通常の観念の軍隊ではないが、国際法上は軍隊で自衛官は軍隊の構成員=外務相…など。民主党政権の防衛相も「外国から攻められれば戦うという姿勢だから軍隊という位置付けでも良い」と答弁している。日本軍の呼称=抑止強化 ところで、世界で《自衛隊》と称する国軍は皆無。一部は《国防軍》《防衛軍》を名乗るが、主流は《国名+軍》。英語の「自衛」とは個人の護身といった意味合いが強く、国家を守護するのなら「国防」「防衛」である。ところがわが国は「国防」「防衛」より弱々しさを醸し出す「自衛」と名付けた。さらに「軍」を構成する一単位で、小規模を印象付ける「隊」とすることで自衛隊をひねり出した。自衛隊の英語名を直訳すれば《日本自衛軍》となるが、この点でも矛盾をはらむ。 保守系の議員や団体の勉強会で、小欄は「憲法改正後の改名は、自衛軍と防衛軍のどちらが良いか?」と度々聞かれる。そして、毎回こう聞き返す。 「日本(にっぽん)陸軍、日本海軍、日本空軍ではダメなのか?」 安全保障分野で合理性なき自制を重ねると、敵性国家はその分凶暴になる。逆に日本陸海軍の名乗りは、人民に銃口を向けるくせに“人民解放”軍を詐称する上から目線の隣国を萎縮させ、抑止力強化に資する。関連記事■ 政治の「大義」とは何なのか■ 国民は知っている「ブレた」岡田氏■ 鳩山氏、菅氏、中川氏…政治家の自覚はないのか■ 河野洋平は戦後最も日本を貶めた政治家である