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    イジメは最大の恥、日教組に蹂躙された「武士道」こそ教育には必要だ

    野々村直通(開星高校前野球部監督・教育評論家) 昨今の教育現場での「いじめ現象」に接するたびに日本人の資質が変質しているという感が否めない。そこには、おぞましい残虐性と卑劣さが窺えるからである。もはや「イジメ」などという言葉では表せない。これらは正に凶悪犯罪である。許しがたい悪業と言わざるを得ない。 そもそも日本人が近代において持続してきた精神性は「武士道」に起因する。武士道には「勇猛さ」や「潔さ」に加え、実はその根底で最も重要な「徳」として唱えられているのは「卑怯であってはならない」ことと「寛容である」ことの二点に帰結する。 今の子どもたちは聴くこともないであろうが、我々の幼少期には「昔噺(むかしばな)し」というものがあった。テレビもネットもない時代に、紙芝居や家族を通じてその物語りに触れた。その物語りは「勧善懲悪」であり、その退治された悪人(鬼)も、改心し反省すれば味方(子分)にするという寛容さがあった。『桃太郎』がその代表作であるのだが、絵本の中の鬼は悪行を働くときは正に鬼の形相だが、懲らしめられた後の子分として追従するときの顔はやたら柔和で仏の顔の如く変身している絵を見て妙に納得して安堵したことを思い出す。 こうした物語りに接するたびに子ども心に寛容(許す)ということを身につけていくのだ。敵対しているときは力の差でもって相手を懲らしめ(イジメ)るが、どこかの時点で許し、その後は味方として自分の懐に入れて面倒をみるという寛大さを学ぶのだ。 西洋のチェスと違って日本の将棋は、敵の駒を奪ったらその後、自軍の戦力として生き返させるというルールがある。これが日本の「寛容の文化」である。吾妻署で開かれた「少年柔剣道教室」で剣道7段の大沢孝志刑事課長(右)から 剣道の手ほどきを受ける少年少女=2010年9月1日、東吾妻町 昔のガキ大将は、ケンカやイジメもしたが、負けて泣いている者や、謝っている者には、もうそれ以上は殴らないという暗黙のルールがあったように思う。「武士道」の寛容さは「昔噺し」を通して生きていたのである。 幼少の頃、物理的に大人には敵わないと自覚する時期があった。どうあがいても肉体的「力」関係において子どもは敵わない。実は、このときが人格形成をする上で大人の責任としての最大の教育的チャンスである。 大人と子供、男性と女性、教師と生徒など、この世に存在しながら、尚かつ必要にして十分条件を満たす事柄としての差異。これを正しく自覚することが、世の中や社会のことを身をもって感知していくことなのである。「日本のこころ」を忘れた教育が元凶 この力関係を正しく理解できた子どもは、相手を死に追いやるほどのイジメはしない。新潟の小学校で福島から避難して来た児童がイジメにあっていた。周りの児童たちに「弱者は守る」という優しさが決定的に欠けている。そして、驚くことに担任がその児童に「菌」をつけて呼んでいたという。 俄かには信じがたい事象である。これはもう、教師の資質の崩壊である。長く教職にいた者として言わせてもらえば、この児童の転校時に、児童が置かれている状況を危機的と捉え、真剣な「誠」でもって級友に語り継げば放射能に関する偏見やイジメなど絶対に起きないと強く断言する。学力一辺倒で世の中を生き、人間の機微や感性を忘却してしまった教師が大量にその採用試験を潜り抜けている。事なかれ主義の教師が蠢(うごめ)いている 日本でもある時期、「規制緩和」が叫ばれた。競争原理を活発化させるには必要な方策であったのかもしれない。しかし、結果として「緩和」による事件、事故が後を絶たないという負の一面も表面化した。ましてや教育界は、競争、強制をしないという価値観の現況において子どもたちは、叱られない、叩かれない、規則や規範もなく、義務や責任も持たさず、自由や個性や人権の美名のもとに「わがまま」が罷(まか)り通ってきた。岩手県で行われた日教組の教育研究全国集会 =2016年2月5日、岩手県滝沢市 戦後の日教組教育に蹂躝(じゅうりん)された「武士道的徳育」は遥か彼方へと喪失してしまった。「卑怯」であることが最大の「恥」であった武士道は廃(すた)ってしまった。会津藩は「什(じゅう)の掟」でもって子どもたちを厳しく律してきた。  その中に「弱い者をいじめてはなりませぬ」とある。人としての道を「掟」として規正したのだ。 「日本のこころ」を忘れた教育が横行し、公(利他)に尽くすことの喜びも学ぶことなく、自分中心の価値観で生きる「わがままな子」に育てられる彼らこそ戦後教育の一番の犠牲者である。すべては教育の歪みから正していかねばならないことを強く叫びたい。 大人よ! 教師よ! 幼少期には、悪を懲らしめ、善を推奨する物語りを語れ! 人として、卑怯であることを疎み、「力」は弱者を救済することのみに全うされることの「道義」を教え込め! いじめ問題の解決は、日本の「こころの教育」を正すことに他ならないのである。 

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    「学級」という閉鎖空間をなくせ いじめは大人社会の排除の仕組み

    しているかどうかによっても違ってくる。今から10年前には、熊本県でのいじめ認知件数が全国1位となり、教育長が「(いじめの認知件数1位は)恥でも何でもない」と発言して注目を集めた。最小値の鳥取県と24倍もの差があったのは、熊本県がいじめの調査を熱心に行ったからだ。 ちなみに2013年には京都府が1位で、最小値の佐賀県とは200倍近い差がついている(調査主体は文部科学省)。このように自治体の取り組み方ひとつで、いじめの件数は大きく変わってくる。調査に意味がないとは決して言えないが、数の増減だけを見て「昔と比べて子どもの生きる環境が過酷になった」と決めつけるのは早計だろう。子どもたちの学校生活は、今も昔も過酷である。次に述べるように、学校現場の本質が変わらないからだ。かりそめの「仲良し意識」 日本の学校にはクラスという閉鎖的なシステムがあり、少なくとも1年間、ほぼ毎日のように同じ人間と顔を合わせ、無理にでも仲良くしなければならない。このクラスを廃止すれば、ある種のいじめはなくなるだろう。クラス制度は今すぐやめるべきである。いじめ研究者の内藤朝雄氏や、社会学者の宮台真司氏なども「学級制度を廃止せよ」と訴えているが、ネットでも「クラスさえなければいいのに」という声はよく耳にする。全くの同意である。 思春期の生徒たちは、狭い箱の中に押し込められ、「みんな違ってみんないい」というタテマエを教えられるが、そのタテマエが必要なのは、ホンネが全く違うところにあるからだ。みんな個性を尊重して仲良く、なんて、閉鎖的なクラスのなかでは無理である。たとえ気が合い仲良くなった者同士でも、毎日、毎日顔を合わせればケンカくらいするだろう(情熱的な恋愛結婚を経た夫婦だってケンカはする)。気が合わない者同士、バックグラウンドが異なる者同士、分かり合えないこともある。 にもかかわらず、閉鎖的なクラスの中で、生徒たちは「みんな仲良く」というスローガンを現実のものとしようとしてしまう。仲良くすることを「誰とも衝突してはいけない」と解釈してしまう。衝突を恐れる児童・生徒たちは、周りの光が入らない真っ暗な箱の中で、浮かないように、誰からも嫌われないように、行動を微調整しはじめる。画像はイメージです そもそも「みんな仲良く(そして平等に)」なんて、大人社会での嫉妬や暴力、差別の跋扈を見れば不可能なことはすぐ分かる。それでも生徒や教師たちは、「仲良し」の一体感を感じようとするから、特定のターゲットを絞って排除し、かりそめの「仲良し意識」を得てしまうのだ。その手段がいじめである。いじめで得られる「仲良し」意識や一体感などいらないから、クラス制度は廃止し、大学のように単位制にすればよい。 次は多くの反論が出そうな提案である。学校は馴れ合いの人間関係を身につける場ではなく、勉学を探求する場だということを徹底させるのだ。すなわち「みんな仲良く」のクラスを廃止した上で、定期的に学力テストを実施し、習熟度別のクラスで科目間を移動するような仕組みに変える。 いじめの件数で最も多いのは「中学1年」だ。これは、小学校からの人間関係が一度崩れ、新たに「仲良く」できそうな相手やグループを探すストレスが関係している。さらにいじめの件数は、そうした人間関係が定着する6月や、学校行事などが集中する2学期に増える傾向にある(調査によって多少の違いはあるが)。いじめを解決する希望の光 つまり多くのいじめは、閉鎖的なクラスの中で、人間関係のストレスが顕在化する時期に起きている。一方で、受験を控えた中学3年でのいじめは相対的に少ない。これは高校受験を見据え、生徒たちが「高校での生活」に準拠し始めるからだろう。ここではない、次のステージでの可能性があることが感じられれば、今の人間関係で馴れ合わなくてもいい。生徒にとって、少し先の未来が感じられるのは、真っ暗な箱が少し開いて、上から一筋の光が差し込んでくるようなものだ。画像はイメージです 中学3年は受験勉強のため、周囲の友だちが「ライバル」に見えてくる時期でもある。この時期にいじめが減ることから、勉強という目的はいじめの減少に有効である可能性がある。仲良しのお友達でなくてもいい、むしろ勉学のライバルとして付き合ったほうが、いじめは減るのではないか。 同じことが部活でもいえる。ただでさえ閉鎖的な学校空間のなかで、さらに閉鎖的な「部活動」なる集団にも所属しなければならないこと、その集団での人間関係のストレスは、いじめにつながる。部活動で人格を育むのはいいが、何も学校ですべてまかなう必要はないだろう。学校を閉鎖的な空間でなくするためにも、地域との連携を密にし(その地域が崩壊していれば問題も出てくるだろうが)部活動くらいは外に開放すべきである。 高校野球での暴力問題が毎年のように問題になるが、狭い人間関係、上下関係しかないとなれば、大人も子どもも、一部はいじめに走ってしまうのだ。課外活動を部活として認めれば、1日中狭い人間関係の中で閉じ込められ、闇を深くすることはない。 クラスをなくし、学校を「勉学の場」と明確に位置づける。習熟度別のクラスは、できるだけ少人数がのぞましい。それには、科目ごとの教員の増加などコストもかかるだろう。さらに、これらの処方箋がもし実現しても、いじめがゼロになることはない。何度も述べているように、いじめは大人社会の排除のメカニズムが、子どもの社会に反映された行為だからだ。 それでも、いじめの温床である閉鎖的な空間を少しでも外へ開くことができれば、今、いじめに苦しむ子どもたちや、次は自分がいじめに遭わないか汲々として「空気を読み合う」子どもたちには、一筋の希望の光が見えるのではないかと思う。

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    「ガキ大将」はどこへ消えた?

    もう何年も前の話で恐縮だが、「ノッポさん」の愛称で知られる俳優、高見のっぽさんが、朝日新聞の「いじめている君へ」という特集記事の中で「ガキ大将は、友だちにたいする優しさを、どこかに持っていました」と意見を寄せていた。いま再び社会問題化したいじめ。昔のガキ大将はどこへ消えたのか。

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    「いじめ」と言えば誰でも被害者 釈然としない日本のイジメ認定

    により刑罰を科さないため、検察に書類送検後、家庭裁判所へ送致される)。 さらに、問題を調査した横浜市教育委員会の第三者委員会は報告書で、学校側について「原発事故からの避難で内面的な問題を抱えた生徒への配慮に欠け、積極的に対応する姿勢がうかがえない」と指摘。「教育の放棄に等しい」と厳しく批判しているものの、肝心の金銭の授受そのものは、いじめと認定しなかった。ただ、「いじめから逃れるためだったと推察できる」とあいまいな記述にとどまった。腑に落ちない横浜市教委の情報 横浜市教育委員会には、市教委や学校を非難する意見が400件以上寄せられているという。だが、公表された情報だけではどうも腑に落ちないところがある。 現在どの学校でも、いじめ問題に非常に熱心に取り組んでいる。そんな状況下、転校生、それも福島からの避難児童がやってきたのだから、教師ならだれでも、そうした児童がいじめのターゲットになりうるリスクを十分予測できるはずだ。加えて、150万円の金銭授受の事実が警察から通報されている。これで学校や市教委が迅速に動かない方が不思議だが、現実に対応は非常に鈍かった。 学校は、「児童が進んで金銭を負担していたと認識していた」「学校の調査では8万円しか確認できなかった」などと説明をしているらしいが、それがまた、見苦しい言い訳として世間の顰蹙を買っている。 しかし、警察が動かず、第三者委員会の報告書でも金銭の授受はいじめと認定されなかったところを見ると、世間で非難されるほど、学校の対応が悪かったとも思えない。私は、いじめの事実そのものを疑っているのではない。この男児が、不登校になるほど一人で長く苦しんだことは同情を禁じ得ない。公表された男児の手記も心を打つものだった。横浜市教委の再発防止検討委員会の第1回会合であいさつをする小林力教育次長=12月15日 だが、どうも釈然としない。学校側の取り組みが遅れたのには、公にはできない理由があるのではないか。下種の勘繰りだと言われそうだが、テレビのニュースや新聞記事程度の情報量で、すべてを知った気になるのはとても危険だ。事実というのは、私たちが考えているよりずっと複雑で一筋縄ではいかないものだ。 案の定というか、当時、対応していた教諭の一人が東京新聞の取材に答えてこう言っている。 「複雑な事情があり、いじめとは考えなかった。言いたいことはあるが、取材には市教委が回答することになっており、詳しく話せない」。奥歯にものの挟まったような言葉だが、やはりウラに何かあるように思える。 私が勘ぐるのにはわけがある。巷間まことしやかに伝えられていた事件を追った結果、真実は正反対で、文字通り、“物事にはウラがあった”ケースに遭遇しているからだ。 少し詳しく書く。 2003年「週刊文春」によって、「史上最悪の殺人教師」と実名入りで糾弾された人物がいる。福岡市の小学校で同年5月、担任を受け持った当時9歳の男児に対し、人種差別による体罰やいじめ、自殺強要を繰り返してPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症させたとして、この教諭はマスコミからすさまじいバッシングを浴びた。「いじめ」を超えた犯罪 発端は家庭訪問だと被害男児の母親は主張した。教諭は、この家庭訪問の場で母親の祖父がアメリカ人であることを聞き出すや、猛烈なアメリカ批判を展開。「日本は島国で純粋な血だったのに、外国人が入ってきて穢れた血が混ざってきた」と発言したという。この家庭訪問の翌日から教諭による凄惨ないじめが始まった。 下校前、教諭は男児に「十数える間に片付けろ」と言い、10秒間でランドセルに学習道具を入れることを命じた。それができないと、「アンパンマン」(両頬を指でつかんで引っ張る)、「ミッキーマウス」(両耳をつかんで引っ張る)、「ピノキオ」(鼻をつまんで振り回す)などの「5つの刑」を男児に加えていた。 この「10カウント」と「5つの刑」は毎日、クラスの帰りの会の時にほかの児童の目の前で行われ、男児は大量の鼻血を出したり、耳が切れて化膿するなどした。また教諭は、「穢れた血を恨め」と暴言を吐き、クラス全員でのゲーム中にも、「アメリカ人やけん、鬼」などとひどい差別発言を繰り返していた。 あまりのことに、両親は連日学校にやってきて激しく抗議をし、「体罰というよりいじめだ!」と、教諭や校長、教頭に詰め寄った。確かにこれが事実なら、「史上最悪の殺人教師」と報じられたのもうなづける。というより、先にも書いたが、いじめどころではなくれっきとした傷害事件だ。警察に被害届を提出した方がいいレベルである。※写真はイメージ ところが、当の教諭にとってこの抗議は耳を疑うものだった。全く身に覚えがないのである。当然、「体罰やいじめなどやっていない」と強く否定したのだが、両親は一切聞く耳を持たず、抗議はエスカレートする一方だ。恐れをなした校長と教頭は、事実関係の詳しい調査もせず教諭に謝罪を説得。困り果てた教諭は仕方なしに、両親に対し、「体罰というよりいじめでした」と頭を下げてしまったのである。担任を外された教諭は市教委から停職6か月の処分を受け、「教師によるいじめ」が全国初認定された。 この処分の直後、教諭は男児に対し「自殺強要発言」までしていたことが判明し、男児は深刻なPTSDを発症したという。このため両親は、男児のPTSDを理由に、03年10月、教諭と福岡市を相手取って、約5800万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。代理人の弁護士は、前例のない児童虐待事件に憤り、約550人もの大弁護団を結成した。 ところが、である。こうして鳴り物入りで始まった裁判で暴かれたのは、教諭の常軌を逸した行為ではなく、原告の母親のとんでもない虚言の数々だった。人種差別だと騒ぎ立てたその根拠となった“アメリカ人の血”など全く存在せず、「自分は帰国子女。母親はアメリカにいる」といった経歴も全てうそだった。その上、重度のPTSDと診断されて精神科の閉鎖病棟に入院した男児に、PTSDの症状は皆無だったことがカルテによって明らかになった。 「帰りの会」で行われたはずのすさまじい体罰やケガを目撃した同級生はだれもおらず、医師による診断書も存在しない。徐々に原告側に不利に傾いていった裁判だが、06年7月、08年11月に言い渡された1審と2審の判決はいずれも、「相当軽微」としながらも教諭の体罰やいじめの一部を認めて福岡市に損害賠償を命じた。ただし、体罰によるケガ、自殺の強要、ひどい差別発言、PTSDについては原告側の主張を退けた。 どうして一部の体罰やいじめが認められてしまったか。裁判官は、教諭とともに訴えられた福岡市が、すでに教諭の違法行為をある程度認めて懲戒処分を行っていることを重視したのである。刑事事件で例えれば、被告が罪を自白していることになるからだ。さらに、教諭に謝罪を促した校長が、男児の同級生たちに行った非常にあいまいなアンケート結果が、原告側の証拠として認定されてしまったことも大きかった。事実無根だった「いじめ」 また、原告側は2審で非常に卑怯な手段を取った。教諭の控訴だけを取り下げ、教諭の反論権を奪ってしまったのだ。これは教諭にとって決定的に不利な状況だった。裁判はこれで確定したが、実は、事件はこれで終わったわけではなかった。 教諭が福岡市に行っていた不服申し立ての判定が事件後10年近くを経た13年1月、申し渡されたのである。福岡市人事委員会は審理の結果、教諭が行ったとされる体罰やいじめをはっきり否定。停職6か月の処分をすべて取り消した。教諭の冤罪はようやく晴れたのである。判定書では、保護者側の抗議の真偽を十分に検討、検証もしないまま、その要求を次々に受け入れ、他方、教諭には謝罪を迫ったとして、校長、教頭を厳しく批判している。 私が遭遇したもう一つの事件は、2005年、長野県の丸子実業高校で起きている。高校1年の男子生徒が同年12月に自殺した。母親は、息子が所属していたバレー部の先輩のいじめと暴力を苦にして自殺したと主張し、新聞やテレビはこぞって彼女の涙ながらの訴えを取り上げた。 しかし学校側は、いじめや暴力行為を否定。両者が真っ向から対立して大騒動になった挙句、母親が校長を殺人罪で告訴し、さらに、学校を管理する長野県と校長、いじめや暴行をしたとされる上級生とその両親を相手取って、1億3800万円もの損害賠償を求める民事訴訟を起こした。 これに対してバレー部の顧問、部員、保護者たちは、いじめは事実無根だとして、この母親を逆提訴した。まさに前代未聞の事態に、ネットではこの母親に多くの同情が集まり、支援する会も結成された。 一方、「いじめ加害者」の学校、校長、バレー部に対しては非難と罵詈雑言が浴びせられ、ことに、母親を逆提訴したバレー部に向けては、「加害者による逆恨み訴訟」「逆切れ訴訟」といった容赦ない言葉が投げつけられた。 だが、校長への告訴は不起訴となり、09年3月に言い渡された民事裁判の判決では、母親側がほぼ全面敗訴した。母親の言動に矛盾が多く、いじめの証拠もなく、目撃証言も皆無だったからである。母親の支援者たちは呆然とし、判決文をろくに読むことなく、「不当判決」だと息巻いた。 つまり、このいじめ事件も事実無根であり、すべては母親の虚言が生んだものだった。この母親は、男子生徒が生きていた頃から、学校に対して、すさまじい恫喝と嫌がらせを繰り返し、学校は崩壊寸前だったのである。そして恐ろしいことに、この母親こそが、男子生徒の自殺の要因になった可能性が濃厚なのだ。 この2つのケースを検証すればするほど、よくもまあ、世間もマスコミも弁護士も精神科医までもが、いとも簡単にモンスターマザーに騙されたものだとつくづく感心してしまう。虚言癖の人間は、自分で自分のうそを信じ込んでいるかのようにしゃべるため、彼らの話にはそれなりの迫真性と説得力があるのだ。曖昧な「いじめ」の定義 だが、それだけではない。周囲が母親のうそを信じ込んだ大きな要因はなんといっても、「我が子がいじめられた!」の第一声だ。「いじめ」という言葉には、マスコミや世間を思考停止にさせるだけの魔力があるようだ。事実がまだわからないにもかかわらず、人々は条件反射のように、「けしからん」といきり立ち、「加害者を厳罰に処すべきだ」と叫ぶ。 そして実際、「マスゴミ」と蔑視しつつ、なぜかいじめ報道だけはマスコミの第一報を盲目的に信じ込むネットの住人によって、「加害者」が糾弾され、身元が特定されて晒し上げられる。リンチと言っていい。時には、別人の名前や写真がアップされてしまい、間違われた当人はとんでもない目にあう。 そもそも、いじめか否かは、かなり踏み込んだ調査をしなければわからないことが多い。第一、悪ふざけやけんかといじめの区別はどうつけるのか。この点について私が疑問を覚えるのは、文部科学省が行っているいじめの定義である。※写真はイメージ 2006年以前の定義では、「自分より弱い者に対して一方的に身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じているもの」とされており、「自分より弱い者に対して一方的に~」という箇所に、けんかなどとの明確な線引きが示されていた。 ところが、06年度の新定義ではこの一文がなくなり、「継続的」「深刻な」の言葉も消え、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とされた。非常に曖昧な表現である。 これが、13年に施行されたいじめ防止対策推進法による最新の定義となると、もはやどうにでも解釈できる文章だ。 「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍している学校に在籍している等、当該児童生徒と一定の人間関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」 このいじめ防止対策推進法は、11年に滋賀県の大津市の市立中学校で起きたいじめ自殺事件をきっかけに成立したものだ。陰湿化、巧妙化するいじめから児童生徒を守るために、あえて、定義の基準を緩やかにしたのであろうということはわかる。新たな被害者を生む「いじめ」問題 しかしこれでは、いくらでも拡大解釈が可能である。福岡の小学校の事件や丸子実業の事件の母親のように、これを悪用して、「我が子がいじめられている」と学校に抗議を繰り返したり、「僕はあいつにいじめられている」とだれかを名指しすれば、その生徒はあっというまに「いじめっ子」にされてしまう。事実、丸子実業高校のバレー部の子供たちは、謂れのない加害者扱いに大変苦しんだ。 同校バレー部の代理人を務めた弁護士のもとには、この事件をルポした拙著が発行された直後から、教育関連組織や教員による、次のような相談が殺到している。被害妄想に取りつかれた保護者が、存在しないいじめを執拗に訴え続け、その過剰な被害者意識が学校運営の妨げになっている。彼らは被害者ではなく加害者だ。「モンスターマザー」(拙著のタイトル)にそっくりだというのである。 そもそも、「いじめられている側がいじめだと言えばいじめ」、「子供が体罰だと思えば体罰」「女性がセクハラだと言えばセクハラ」などという暴論がどうしてまかり通っているのか。(福岡の小学校の事件では実際に、教諭は校長から、「子供が体罰だと言えば体罰だ」と言われている)。 これでは当然のごとく、逆の被害者、つまり冤罪を生む。少し前まで、女性が「この人チカンです!」と叫べば、有無を言わさず男性が逮捕され、チカン冤罪事件が社会問題になった。まさに、言った者勝ちだ。「いじめだ」「被害者だ」と自称すれば何でも許されるような最近の風潮は怖い。エセ被害者の跋扈は、本物のいじめ被害者にとっても迷惑だろう。被害を訴えると、クレーマーやモンスターペアレント扱いされかねないからだ。 何が真実かを見極めることは確かに難しい。だが、思い込みや予断による過剰ないじめ被害者擁護は、一方で新たな被害者を生み、そのことが事態をなお一層ややこしく複雑化する。こうしたもうひとつの事実にも注目してほしいと思う。

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    原発避難生徒を菌呼ばわりした教師の責任

    え正しい方向へと導くのが教師や親の役目であることを忘れてはいけない。 子供や保護者の意識の変化に伴い教育現場を取り巻く環境も大きく変わり、教師や学校の質がかつてないほど問われている。現在少子化により公立小中学校の教職員数について議論が行われ、削減を求める財務省に対し、文部科学省は反論する。だが数の議論よりも教員の「質」にこそ目を向けなければ学校への信頼感は高まらない。福島から避難した子供たちに対するいじめが各地で相次いでいるが、元小学校教師の佐野祐介さん(50)は「学校は集団一律教育のためクラスでは横並びの意識が強く目立つ子はいじめられることがある。避難してきた子は周りから好奇の目にさらされるため、いじめの対象になりやすいのかもしれない」と話す。 横浜市の場合は同級生から原発事故の「賠償金があるだろう」などと言われ、ゲームセンターでの遊興費を払わされていた。千代田区では「避難者だとばらすよ」とお菓子などをおごらされていた。いずれもいじめられるのが嫌で大切なお金を払わさざるを得ない状況にまで追い込まれていたのだ。学校だけでなくいじめる側の親にも責任があることは言うまでもない。 行うべき躾(しつけ)や子育てなど家庭教育にも問題がある。多額の賠償金がもらえる、放射線に汚染され感染するなど、原発被災者への偏見や中傷、放射線に対する誤解はいまだに存在する。子供の世界ではなく社会全体の問題だ。「家庭や周りの大人から聞いた話を子供は真に受けてしまうものだ」と佐野さんは言う。大人の無知や無理解、そして心の奥底に潜む差別意識がいじめの助長につながることを自覚すべきである。 いじめを受けている子供の多くは今でも心と体に深い傷を負いながら戦っている。教育の場とはいえ学校だけに任せるのではなく家庭でも社会でもしっかりとこの問題に向き合わなければ苦しんでいる子供を救えない。それができるのは私たち大人しかいないのだから。すがわら・さとし 大正大学客員教授。日本ゲートボール連合理事。海事科学振興財団(船の科学館)監事。

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    テレビの影響か? 学校で女子の顔面蹴り笑い者にする事件発生

     子供のいじめが無視や暴力だけでなく、かつてよりも残虐かつ陰湿になっており、学校はそれに対応できていない。ここでは、いじめ調査を行う探偵がかかわった、壮絶ないじめ事件のごく一部を、ありのままお伝えする。わが子が同じ目に遭ったら…。そんな視点で読んでほしい。 小学5年生のA子さんはやさしい性格で、クラスでは目立たない存在だった。 ある日、休み時間が終わり、A子さんが教室に戻ると、自分の机にチョークで「死ね」「出て行け」「学校に来るな」などと書いてあった。さらに、大事にしていた、親友との交換ノートが破かれていた。 それまでいじめられたことなどなく、突然のことにショックを受けたA子さんは、その場に泣き崩れてしまう。 すると、後ろから1人の男子生徒がA子さんを羽交い締めにし、泣きはらした顔を無理やり上に向けた。その時である。クラスでもっとも体格のいい男子が、A子さんの顔面めがけて、思いっきり飛び蹴りを食らわしたのは――。 鼻がぐにゃりと曲がり、流血で顔も洋服も真っ赤に染まる。痛みと恐怖で呼吸ができず、しゃくりあげるA子さん。しかし、そんな彼女に声をかけるものはいなかった。それどころか、鼻血を流すA子さんの顔を指さし、クラス中が笑ったのである。 A子さんは、そのまま学校を飛び出して帰宅。顔面血だらけで帰ってきた娘に「どうしたの?」と聞く母親を振り切り、A子さんは2階のベランダに出ると、そのまま飛び降りようとした。 追いかけてきた母親が必死でしがみつき、何とか自殺は食い止められた。しかし、その後すぐに学校に電話をした両親が、担任教師から聞いた言葉は耳を疑うものだった。「みんな何もなかったと言っています。お笑い芸人のマネをしていただけだと――」「数年前、某バラエティー番組で女性アイドルが男性芸人に顔を蹴られるシーンがあって、物議を醸しました。この番組の放送後、それをマネしたいじめが多く報告されました」(T.I.U総合探偵社代表の阿部泰尚さん) この事件も、そのひとつだ。 その後、不登校になったA子さんの携帯電話に、クラスメートから「ごめん」というメッセージが何通か来た。阿部さんは送信相手に、誰がやったかを確認。特定された加害者は謝罪をしたが、A子さんは、それを受け入れられなかったという。「加害男子は、『A子さんが泣き崩れたところが、テレビで蹴られたアイドルとフラッシュバックしておもしろかった』と言っていました」(阿部さん) 最近の子供は、いじめと遊びの境界がわからないのかもしれない。関連記事■ 有名私学生徒 ツイッターで中傷も学校は外部の犯行と責任逃れ■ 壮絶いじめ 女子の同級生が共犯になり集団レイプで動画撮影も■ カーストない女子校 オタクが描いた漫画をギャルが読むことも■ 宝塚音楽学校の泥沼いじめ裁判 コンビニ万引騒動が引き金に■ 我が子へのいじめ モンペと言われても全力で守るべきと漫画家

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    いじめは、なぜ学校で次々に起きるのか

    スサポートネット代表理事) 大津市の中学2年の男子生徒(当時13歳)が昨年10月に自殺した事件で市の教育委員会と学校の対応の杜撰さと閉鎖性が問題になっている。内輪の人間であるはずの市長からさえ、「もうこんな教委はいらない」と言われる始末だ。子どもの安全を守れない教委 教委と学校の対応のひどさは相当だ。「いじめのSOSを受け止められない学校に、いじめをなくすことなどできない」(産経新聞2012年7月19日)と不信を表明され、これからどのように信頼を取り戻すのか、先はまったく見えてこない。 学校は生徒の自殺後、全校生徒を対象に調査をしている。 「教室やトイレで繰り返し殴られていた」「ズボンをずらされていた」「昼食のパンを食べられていた」「ハチの死骸を食べさせられそうになっていた」「成績カードを破られていた」(上掲紙) これだけの証言があっても、学校はいじめと自殺には因果関係がないとしていた。 昨年中に親から3回にわたって相談を受けながら、何の対応もしなかった警察も、今になって傷害事件として学校を捜索した。子どもの死という事態に何かしなくてはならなくなった警察のあわてぶりも相当だ。 教委と学校は、否定したその後に新しい事実を突き付けられ、対応を迫られている。アンケートで「自殺の練習をさせられていた」と書いた16人もの生徒の回答を「隠した」大津市教委では子どもたちの安全は守れない。 その後、全国各地で『いじめ事件』の公表が駆け込みのように相次いでいる。大津の事件が明るみにならなかったら公表されることはなかっただろう。学校や教委の隠ぺい体質は大津市だけの問題ではないのである。1937年のいじめ「油揚げ事件」1937年のいじめ「油揚げ事件」 事件は東京にあった中学(旧制)1年生のクラスで起きた。堀という生徒が、「あのね、浦川のこと、この頃、『油揚げ」っていうんだってさ。弁当のおかずが、毎日、きまって油揚げなんだって。おまけに煮てない生の油揚げなんだって」「なんでも、今学期になってから、油揚げでなかった日は、四日ぐらいしかないってさ」それを聞いたコぺル君は不愉快な思いがした。浦川の隣に座っている山口が毎日、弁当のおかずを盗み見て、仲間に報告していたのだ。仲間の生徒たちは面白がって、さっそくそのあだ名を広めていった。浦川は、筆記用具を隠されたり、クラスの生徒から馬鹿にされたりすることも多かった。理由は、彼の恰好がおかしいことや勉強ができないことの他にあった。彼の家は貧乏な豆腐屋だった。同級の生徒は豊かなうちが多く、浦川の貧しさが仲間外れといたずらの対象になっていた。浦川が何をしても怒らないと考え始めた山口の仲間たちは、徐々にいたずらをエスカレートさせていく。事件は秋のある日に起きた。11月のクラス会が開かれることになって、出演者を選挙した際に、だれかが「電信」を回してきた。授業中にでも生徒が教師に気づかれないようにそっと送られていく通信のことで、そこには「アブラゲに演説させろ」と書かれていた。山口たちが書いたものだ。そのうち、山口は文面を読み上げた後、「アブラゲって誰のことだい」と浦川に尋ねた。山口の仲間はどっと笑った。浦川の顔色が変わった。「自分の弁当!アブラゲとは自分のことなんだ」「山口!卑怯だぞ。」 コぺル君の友だちの北見が山口の頬を平手で打った。それから、取っ組み合いが始まった。北見が山口を仰向けに押さえつけた時、浦川が北見に抱きついた。「北見君、いいんだよ、そんなにしないでいいんだよ」と、山口を殴ろうとする北見を止めた。その時に入ってきた、担任の教師は北見に誰が先に手を出したのか、尋ねた。北見は自分だと答えたが、その理由は話そうとしなかった。担任の教師は、北見と山口とクラス委員の生徒の3人を残して後の生徒はグランドに出した。教師から山口は厳しく叱られていた。コぺル君は浦川のこんな明るい顔を見たのは初めてだった。 この話は、吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)の2章「勇ましき友」に紹介されている話である。 2011年のいじめと1937年のいじめ、時代は変わっても共通のものがいくつかある。違いは、1937年にはいた、いじめられている子を守ろうとする「正義派」の子どもたちが2011年には見えないことだ。「力のアンバランス」がいじめを生む「力のアンバランス」がいじめを生む いじめの定義はいくつかあるが、「ある生徒が、繰り返し、長期にわたって、一人または複数の生徒による拒否的行動にさらされている場合、その生徒はいじめられている」というノルウェーのオルヴェウスの定義がよく使われている。 (文科省は「一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」と少し緩やかな定義を使っている) 「拒否的行動」とは「ある生徒が、他の生徒に意図的に攻撃を加えたり、加えようとしたり、怪我をさせたり、不安を与えたりすること」とする。(森田洋司『いじめとは何か』中公新書) 2011年のいじめと1937年のいじめに共通するのは、「力のアンバランス」である。 つまり、自分より弱いものに対する反復・継続した攻撃・排除であって、しかも攻撃されたものが苦痛を感じるものでなければならない。 いじめとは、これほど卑劣なものだ。いつの時代にも、どこにでもある、と言うような言葉で済ませられるようなものではないのである。 この世界にいじめは横行する。セクシャルハラスメント、職場でのいじめ・パワーハラスメント、アカデミックハラスメント、モラルハラスメント、配偶者や恋人・親など家族による暴力<ドメスティックバイオレンス>) 大人の世界では様々な種類があるが、どれも質的には子どもの世界のものと同じである。 このような「いじめ」にあった被害者がどのような人生を送るか、またはどのようにして自殺に追い込まれたか、ていねいな検証が行われない限り、繰り返し発生する。異質な存在はターゲットにされやすい異質な存在はターゲットにされやすい 大津のいじめ自殺事件では、様々な深刻な事実が明らかになっている。 先の定義から考えると、(1)自分より弱いものに対する (2)反復・継続した攻撃・排除であって、しかも攻撃されたものが (3)苦痛を感じるものでなければならない。 自分より弱い者を選び、もしくは徒党を組むことによって多数で、繰り返し攻撃を加える。上記の攻撃の型を一つ選んだだけでも十分にいじめとなる。しかも、大津の事件では自殺の練習をさせられていた。 1937年のいじめはどうか。舞台は東京、山の手の(旧制)中学である。生徒はほとんどが官僚、大企業の役員、医師、弁護士などエリート層の息子たちである。ここでいじめのターゲットになっていたのが、この地域の中学では希な豆腐屋の息子だった。父親は金に困って金策に出ている。弁当は家業のものですます。この浦川は家業の手伝いでしょっちゅう学校を休んでいる。この地域の中学では数少ない貧困層である。いわば異質の存在である。異質の存在は、排除や攻撃、差別の対象となりやすい。いじめは少数者がターゲットになる。日本の学校の仕組みに原因が なぜ、学校でこれほど頻繁にいじめが起きるのか それは学校が他の社会と比べてもいじめが起きやすい場所だからである。子どもたちのストレスを作り続ける日本の学校の仕組みにいじめの原因がある。 (1)クラスという小さな箱の中に多数の子どもが詰め込まれているという学校の作り方 (2)同じ内容のカリキュラムを一斉に学ぶという管理と競争のシステム (3)1年間(中には数年に及ぶ)という長期にわたって子どもたちが同じ「密で濃い」閉ざされた空間の中で過ごさざるを得ない (4)日本の学校の集団優先の全員一致主義が子どもの意識の中にも大きく影響している 日本の学校の構造は固定されたクラスや座席からつくられ、いじめから逃れられないようにできている。1937年のいじめでも、「いじめられっ子」の浦川の席の後ろは「いじめっ子」の山口で、周囲をそのグループに取り囲まれていた。  子どもたちは、同じクラスで、規則や教師のまなざしの中で管理と競争という過酷な環境の中で1年間(中高一貫では6年。中には小中高12年も一緒と言う学校もあるが)を過ごす。 学校(教室)空間にはたくさんの約束事がある。 学校は子どもたちにとって、友だちをつくる場である。しかし、クラスのメンバーを決めるのは子どもたち自身ではない。決められたクラスのメンバーには相性が悪かったり、なかには「いじめっ子」もいよう。そんな中でも、子どもたちは、友だちをつくらなければならない。「いじめっ子」であっても、何らの関係性をもたないという選択肢は子どもたちにはない。 しかも、学校には、体育祭(運動会)、遠足、修学旅行など多くの行事がある。その都度、「班」が作られる。どこでも教師ははみ出しっ子をどこに入れるか、この班づくりで悩まされる。どこにも入れない子がいじめの対象になっていく。 教師が、「Aさんをこの班に入れてあげて」と頼むと、子どもたちは「入っていいよ」と言うのだが、必ず「うざい!」「面倒くさいなぁ!」というまなざしが返ってくる。 軍隊(警察)などタテの階級制度を中心に成り立っている組織でいじめが多いのは一般的に知られた事実だが、部活動やサークルなど、より強固な人間の関係性を保つ必要がある場ではいじめが起きやすい。さらに厳しい競争にさらされていればいるほどいじめも起きやすい。いじめはある意味でストレスの解消に使われている場合が多いからである。 部活動に熱心な教師の世界でもよくみられる。若い教師を先輩教師が「パシリ」として使うのである。最近は中学生の中でも下級生が上級生を「先輩」と呼び、「パシリ」に使われている。いじめと変わらないが教師世界でもよくみられる風景だ。「ノリ」が学校と子どもを支配する「ノリ」が学校と子どもを支配する 「ノリ」から外れる恐怖感は子ども世界では強い。「ノリ」が子どもを死に追いやった事件も少なくない。例えば、1986年、東京都の中学2年生鹿川裕史君が死んだ「葬式ごっこ」のいじめでは、担任の教師さえもクラスでつくられた色紙の寄せ書きに名前を書き、いじめに加担していた。 こういう「ノリ」は日本社会ではよくみられる集団行動主義の一つだ。いつ、仲間から外されてしまうかもしれない。そうならないために気遣いをしながら生きる子どもや若者たちは少なくない。 友だちとの間でスムーズな関係性を維持するために若者たちがつくったのが「キャラ」づくりである。集団内で、一人ひとりが演じる役割を決め、衝突を避ける。 「切れキャラ」「いじられキャラ」などと役柄を決め、集団を盛り上げる。「いじられキャラ」とされるとその集団では延々と演じ続けなければならない。ある意味、いじめ対象として公認することだが、多くの人々はその残酷性に気づいていない。それができないとKY(空気読めない)と集団から排除されていくことになる。子どもや若者の世界では、この場ではどのような役割を演じ、発言をしていけばいいのか、緊張の中で生きざるを得なくなっているのである。なぜ、学校はいじめを隠すのか いじめ事件が起きると過去、学校がとった方針は二つ。一つは、この事件は「子ども同士のケンカなどのトラブル」とすること。他の一つは、「親などの家庭が原因」とすることである。学校や教師に原因があることになると、教委や校長ら誰かが責任をとらなければならなくなり、履歴に傷がつくことになる。賠償責任を負うことにもなる。そうしないためには、原因をできるだけ明らかにしないように対策をとる必要がある。だから隠すのである。 しかし、背後には、いじめられるのは本人の性格の弱さにも問題がある、親の育て方や家庭に問題があるという俗説がまだまだ根強く、学校と地域がいじめた多数の子どもをかばおうという意識が根強いという風潮がある。問われる教師像問われる教師像 今回の大津のいじめ事件では、自殺した中学生がいじめられている現場に教師たちは随分遭遇している。女子生徒からいじめられているという報告も受け、担任の教師は、生徒がプロレス技をかけられ、半泣きになっている生徒を見ている。父親から金遣いが荒くなったのはなぜか、という相談もされている。しかも「自殺練習」さえさせられていた。 ところが教師や学校(教委)は生徒や親からのいじめのSOSに気づかなかったという。 学校とは子どもたちにとってどのような場でなければならないのだろうか。学習指導、生活指導など子どもたちの成長のために必要な援助や指導が行われなければならないのは当然だが、まず第一に子どもの安全が保障されている場でなければならない。教師の未熟さと教員集団の子どもたちへの見守り体制が多くの学校で不備であることがこのような事件が頻発している原因の一つになっているのではないか。ここでは学校教育の役割や教師とはどのような職かが問われているのである。 日本全国で多くのいじめ事件がその後、裁判になっている。自殺した子どもの親たちの孤立した闘いが続いている。いじめを減らすために 学校とは子どもの居場所であるが、それは安全で安心できる居場所でなければならない。本来的に日本の学校は、そのシステム故にいじめが起きることは避けられない。であるならば、子どもの安全を守る教師たちの見守り体制が重要になっている。 しかし、今全国から、学校・教委や教師が問われているのはその能力への不信だけではなく、隠ぺい体質である。 学校の信頼回復の方策はまず、学校の運営にあたって、地域、保護者と学校が連携をつくることだ。今回のような地域社会を巻き込む問題が発生したら、今までのような教師だけの判断ではなく、地域住民、保護者、学校の協議機関での話し合いで学校の取り組みや認識のずれを埋める努力が必要になっているのではないか。 いじめを一掃することは難しい。しかし、いじめを減らし、被害者を少なくすることは可能である。 いじめ対策には次のような対策が必要だ。一番大切なことは、もっと学校を楽しい場にすることだ。子どものストレスを減らす努力をしよう。競争と管理から子どもと教師を解放することが必要だ。次に、地域や保護者と協同して学校づくりをしよう。学校づくりに子どもたちの意見をもっと聞こう。民主主義的な学校運営をすることだ。多くの外部の声を入れ、開放的な学校づくりが必要である。 事件が起きる度に、第三者機関をつくるという愚はおわりにしたい。(参考文献)『いじめとは何か』森田洋司 中公新書『いじめの構造』内藤朝雄 講談社現代新書『君たちはどう生きるか』吉野源三郎 岩波文庫『教育の論点』久富義之他 旬報社『いじめ自殺』鎌田慧 岩波現代文庫『いじめの直し方』内藤朝雄 荻上チキ 朝日新聞出版

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    「いじめ自殺」根絶のために

    対処と警察の出方は、「いじめ対策」の根本に据えるべき画期的なものだからである。 今まで長い間、日本の教育現場で「いじめ」への抜本対策が取られてこなかった最大の原因は、大人たちの“事なかれ主義”にある。 教師たちは、自分の指導力不足を指摘されないようにできるだけ「いじめ」を否定し、時には「気がつかないふり」をし、学校側は、常にできるだけ表沙汰にならないよう水面下でコトの決着をはかろうとしてきた。 その過程で、いじめ被害を受けた生徒が「自殺」という方法をとり、一方、それでも学校側は「いじめが自殺の原因かどうかはわからない」という判で押したような弁明に終始してきたのである。 警察も、たとえ相談を受けても、滋賀・大津のいじめ事件のように「それは教育現場でのこと」と門前払いするケースがほとんどだった。すべては、大人たちの“事なかれ主義”に起因するのは言うまでもない。「14歳逮捕」という英断 しかし、今回の彦根市の中学は、いち早く警察に通報し、警察もすぐに捜査を開始し、14歳少年を「逮捕」するという行動に出ている。 ひと昔前なら、「学校が生徒への教育を放棄した」として、非行少年側のうわべだけの「人権」を守りつづける一部新聞が中心になって、大非難を展開しただろう。 しかし、私はこれを「学校が教育を放棄した」とは、まったく思わない。いや、むしろ、自分たち「学校」だけでなく、「社会」そのものが一丸となって非行生徒たちを教育していくという強い意思を世の中に示したものだと思う。 中学生になり、善悪の分別がつく年齢になって、同級生を全裸にし、それを撮影して仲間で見えるように画像をアップすることが「犯罪」であるとわからないはずはない。 それは、明らかに「暴行」と「強要」という刑事犯罪である。これを学校が抱え込んで、内部で処理しようとしたら、非行少年はつけ上がり、そして被害少年がまた自殺するなど、大きな問題に発展した可能性は十分にある。 これまで悪いことをやっても見逃され、甘やかされてきた非行少年たちに、学校だけでなく警察を含めた大人たちが「そんな甘えは許さない」と、本気で乗り出してきたのである。 これまで、なぜ教師たちが非行少年の悪業を見逃してきたかと言えば、教師の査定が「減点主義」に基づいていたからにほかならない。 自分のクラスでいじめが発覚し、それで指導力不足を指摘され、査定で減点されるなら、できるだけ隠蔽したくなるのは、人間の情として当然だ。 では、これから、現場の教師に今回のようにいち早くいじめを発見し、それを学校に報告し、刑事犯罪である場合には、警察に相談することができたことを査定で「プラス評価」するようにしたら、どうなるだろうか。 これまで、「マイナス評価」にされていたものを、逆にプラスと評価するのである。つまり、今回の彦根市の中学がとった行動を「是」とし、それを教育現場での「基本」とする。 それをプラスとして評価する姿勢を学校や教育委員会が持つことができれば、少なくとも陰湿ないじめによる被害生徒が減っていくことは間違いない。そして、それは同時に生徒の「命」を守る砦と成り得るのではないだろうか。 滋賀県警が大津いじめ事件に対する世間の大非難から“復活”して下した「14歳逮捕」という英断を、各都道府県が「いじめ自殺」根絶の第一歩とできるか、私は注目したい。(2012年10月3日 「門田隆将オフィシャルサイト」より転載)

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    有名私学生徒 ツイッターで中傷も学校は外部の犯行と責任逃れ

     横浜市の有名な中高一貫の私立高校。世間では自由でアットホームな校風で通っているが、現在、学校ぐるみのいじめが起きている。 被害者は、成績がよく、部活でも全国大会レベルで活躍していたA子さん。今は高校2年生だが、中学1年生の時から、部活でライバル関係の2人からいじめを受けていた。 悪口を言われたり、着替えた服を隠されたり、連絡事項を教えてくれないなどのいやがらせが続いた。さらに、ツイッターで個人情報を流されるように。ツイッターメッセージにも、「学校に来るな」「死ね」などのメッセージが昼夜を問わず送られてくるようになり、それに気づいた両親がすぐに学校へ相談に行った。 両親は学校側に、保存しておいたツイッターの画面を見せ、いじめの存在とその調査を訴えた。しかし、学校は「大人びた文面だから、これは外部の人間の犯行で、うちの生徒とは関係ない」と突っぱねたのである。 ツイッターの内容は校内の生徒にしかわからないものだったので、学校側の主張は明らかにおかしい。だが、体裁を気にしてか、学校はいじめがあったことを決して認めようとしなかった。 さらに学校は、話し合いという名目でA子さん1人を無理やり呼び出し、加害者生徒らと顧問教師の3人に一方的にののしらせる、いわば“集団リンチ”を行った。 この席で、ストレス性の急性呼吸困難に陥ったA子さん。そんな彼女に、顧問教師は追い打ちをかけるように「このことは、親に言わないほうがいいよ」と、口止めをするのだった。関連記事■ 「いじめは要は学校内で行われる暴行、傷害、恐喝」と道場長■ 世界をうならせたツイッター創始者、ナイキ創業者の敗者復活■ 大津いじめ加害少年の1人 転校後不登校状態で家で歌の練習■ 姿隠す大津いじめ担任 学校は「何喋るかわからない」と危惧■ 「化粧を落とすと別人」と小6娘にツイートされ笑い者の母親

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    実は「ゆとり教育」ってスゴいんです

    「ゆとり決別宣言」。先日、馳浩文科相が発表した「教育の強靭化に向けて」というメッセージに賛否が集まった。「ゆとり」か「詰め込み」かの二項対立はさておき、学習内容を削減した「ゆとり教育」への批判は今も根強い。「ゆとり」の何が問題で、何がいけないのか。この議論を総括する。

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    「ゆとり教育」などもってのほか! 子供に過度な人権はいらない

    野々村直通(開星高校前野球部監督・教育評論家) まずは“ゆとり教育”なるものが導入されたときのテーゼを紐解いてみたい。 「暗記中心の知識の詰め込み教育や過度の受験戦争が“いじめ”“不登校”“少年非行”を誘発しているという批判のもと、偏差値教育の廃止を求めて…」とある。知識の詰め込み教育や過度の受験戦争は“ゆとり”の導入によって影を潜めたが、肝心の“いじめ”“不登校”“少年非行”が減ったのであろうか。否、である。学びたい子は学校の薄っぺらな教科書に辟易とし、ゆとりの時間にせっせと塾に通う。“ゆとり”という美名に踊らされた一方の子は、知識を得ることを渇望せず白痴化してしまう。画像はイメージです 斯くして両者は以前にも増して学力格差を広げ、差別的要素を表出してしまう。知識があるから正しい判断ができるのである。“小人閑居して不善を為す”の例えの通りである。そして、「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、問題を解決する能力を育て…」と続くが、“生きる力を身につけさせる”などという美しい言葉に包含された偽善は“悪”に向かうだけである。 そもそもこれから学ぶ子どもに、「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動する」力など本来ないのであり、だからこそ学ぶのである。「勉強」という字は“強いて勉める”と書く。生きる上で必要な知識や経験は、大人が強制してやらせることに教育の真髄があるのである。最低限度必要とされる学問は、本来“やらされる”のである。 私はかねてから、今の教育に欠けているものは「強制」と「競争」であると主張してきた。教師や大人が人生の先輩として、その経験の中から正しきことは信念をもって強制してやらせる。子どもは耐えて努力する。その過程で成長と進歩を身につけるのである。 「教師は強制的な“指導”から“支援”へ」は日教組の常套句であるが、強く導くことなくして子どもの主体性など生まれない。知識があってこそ主体的討議ができるのである。1977年、「ゆとりの時間」導入。89年、「生活科」新設。98~99年、学習内容3割削減。「総合的な学習の時間」新設。2002年、完全学校週5日制実施。私はその間、教育現場にいたが、何のことはない、日教組が主導してきた“ゆとり教育”は教師が楽(ゆとり)をすることでもあった。「総合的な学習の時間」など何をしたら良いのか現場の教師は右往左往するばかりで、結局それは“遊びの時間”となる。何も知らない子どもたちは、規律も競争もない“ゆとり”の中で、どこまでも緩んだ人間として体のみ成長してしまう。子どもたちこそ被害者といえるのではないのか。「授業を聴かない権利がある」真顔で主張する生徒 2004年、当時の中山成彬文科相は学力低下を懸念し、「全国学力テスト」を提案、「土曜授業容認」「総合的学習見直し」に言及する。07年、教育再生会議は「ゆとり教育の見直し」を提案、全国学力調査が始まった。多少なりとも「強制」と「競争」の本来の教育現場が復活しつつあると言っても良いのではなかろうか。 あの日教組が唱える“ゆとり教育”というきれいごとからの脱却を見る上で、中山元文科相は、日本の教育再生の恩人と呼べるのかも知れない。アルピニストの野口健さんと雑誌で対談したときに聞いた話である。彼はある大学の講義に招かれて行ったのだが、授業中、生徒がスマホをいじる、パンを食べる、私語をするという状況に「やる気のない奴は出ていけ!」と一喝したところ、「我々にも授業を聴かない権利がある」と真顔で主張してきたと嘆いていた。何をか言わんや、である。大学生といえば大人である。子どもを主体とし、子ども中心の教育を重ねれば、こんな幼稚な大人しか作れない証明であろう。画像はイメージです 義務すら果たそうとしない子どもに過度な人権を与えてはならない。頑張ろうとしない子どもに“ゆとり”を与えてはならない。私は在職時、全校生徒を体育館に集めて、「君たちにはまだ人権はない。権利を主張したければ生徒としての義務を果たせ。そして人格を磨け。そうすれば君たちの権利も聞いてやろう」と訴えた。他の先生たちは青ざめていたが、妙な説得力があったのか、子どもたちは頷いて真剣に聞いてくれていた。大義(正義)は真剣に唱えれば、正しく伝わるのである。 “ゆとり教育”などという甘い言葉で子どもたちを愚弄してはならない。“生きる力を身につける”などというきれいごとで子どもを主役にしてはならない。教育の主役は、あくまでも熱き教師である。 結論を言う。“ゆとり”とは、与えられるものではなく、自ら創り出すものである。“忙中閑あり”と言う。“ゆとり”とは心の持ちようによって創り出せる精神性を言うのだ。何でもできる自由な時間を与えることで本物の“ゆとり”は生まれない。厳しい緊張の連続の中にも工夫すれば“ゆとり”は見い出せる。これを「知識」と呼ばず、「知恵」という。与えられた“ゆとり”は、わがままな怠け者しか作らない。しっかり「知識」を詰め込み、そこから生まれた「知恵」で“ゆとり”を生み出す、そんな大人に成長する教育であって欲しいと願っている。

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    悪かったのは現場の運用?「正しかった」ゆとり教育との決別宣言

    和田秀樹(精神科医)現場での運用が悪かったのか 馳浩文科大臣が5月10日の記者会見で「ゆとり教育と決別する」と発言したことが波紋を呼んでいるようで、ネット上ではさまざまな議論がなされているという。 ただ、私が注目したいのは、その直後に、「本来、目指していたゆとり教育と本質的なものが現場では違っていた」と続けたことだ。 これは、何を意味するかというと、馳大臣であれ、文科省であれ「目指していたゆとり教育」そのものは正しかったと考えているということだ。現場での運用が悪かった、「今運用されているゆとり教育」「誤解されているゆとり教育」との決別を明確にしたという話ということになる。 では、この「本来、目指していたゆとり教育』とは何かということだが、私の見るところ、いわゆる「ゆとり教育」路線に舵を切ってからの日本の教育政策の方向性は以下の3点である。(1) 詰め込み教育の否定(2) ペーパーテスト学力(偏重)の否定(3) 教科学習の否定 (1)については、ゆとり教育というと2002年施行のものばかりが問題にされるが、これは実は3回目のカリキュラム削減だった。というのは、71年施行(中学校は72年)の現代化カリキュラムと言われるものまでは、学習指導要領が改訂されるたびにカリキュラムの内容は増えていった。それが濃密すぎて、子供が可哀想とか、落ちこぼれがたくさん生まれるとかいうことがあって、「詰め込み教育」と批判された。その影響で、77年制定のものから、指導要領の改訂のたびにカリキュラムの内容は減らされることになる。それが2011年施行のものからカリキュラムを再び増やす方向となり、それが「ゆとり教育の撤回」とうたわれた。 ただ、カリキュラムの削減はやめようということになったが、他の方向性は変わっていないどころか、むしろ強化されているようである。 (2)のペーパーテスト学力否定の流れの中で出てきたのが、「観点別評価」といわれるもので小学校は92年、中学校は93年、高校は94年から施行される。 この施行によって、とくに中学校の調査書(いわゆる内申書)はペーパーテスト学力(これがおおむね「知識・理解」という観点の評価にあたる)だけでなく、「関心・意欲・態度」「思考・判断・表現」「技能」などの観点から生徒の学力を評価して作ることになった。中間試験や期末試験で常に満点をとっても、授業中に意欲がないとか態度が悪いとみなされたり、宿題などの表現が悪かったり、実験室でちゃんと考えていないとみなされると3程度の評価しか得られないことがあるというシステムだ。 (3)の教科学習の否定というのは、数学や理科や社会などを他教科と切り離された独立した科目として勉強するから、実用性や応用性に乏しいという考え方だ。これに基づき、2002年施行のいわゆる「ゆとり教育」といわれた学習指導要領の導入時に「総合的な学習の時間」というのが採用された。 ここでは、たとえば、パン屋さんを学校に呼び、原材料をどこから仕入れるという社会科的なことも、あるいはどのようにパンを発酵されるかという化学的なことも、そして原価計算や売り上げから、どのような利益率になるかというような数学的なことも教える。学校で学んだことが実社会でどのように役立つかを知ることもできるという発想だ。ゆとり教育は撤回されたことになっているが、この(2)と(3)は現在の学習指導要領でも撤回されたわけでなく、むしろ強化されつつある。世界中に評価されている初等中等教育世界中に評価されている初等中等教育 2020年から大胆な入試制度改革が予定されているが、二次試験においては、東大や京大も含め、すべての国立大学入試をAO入試化するとされている。ペーパーテスト単独による入試は否定され、原則的に面接や小論文を行い、また学校時代の調査書を利用するようにとされている。そしてこの調査書は中間テストや期末テストの成績に基づくものでなく、ままさに観点別評価によるものだ。 また、現時点では決定していないようだが、大学入試センター試験に代わる、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」では、合教科・総合型の入試が検討されている。 これらの方向性は支持されているようだが、たとえば、(2)について、観点別評価の導入後、生徒はつねに教師に監視されているというストレスを感じたようで、その後、とくに中学校(小学校や高校ではこれが悪くても大きな問題は生じない)で校内暴力、生徒間暴力、不登校などが激増した。 それ以上に、周囲の目を気にしたり、みんなと合わせたりする若者が増え、自主性や人と違う意見や考えをもった人が減っていることは問題視されている。 教科学習も否定の方向だが、アメリカの大学進学適性試験SATにせよ、フランスの大学入試制度バカロレアにしても総合学習を導入するという話は聞かない。初等中等教育ではしっかりと教科学習の学力を身に着けさせ、大学でそれを総合していこうというのが原則だ。 実際、アメリカの名門大学はすべてAO入試なのだが、教員とは独立したアドミッションオフィスをもち、教授たちが面接官になることは原則的にない。教授たちに面接させると、教授に逆らわない人間を取ってもらうという考え方があるようで、教授にけんかを売れるような生徒を取ろうとするという。 面接の素人の教授をうまく騙せれば名門大学に入れるということで、すでにAO入試の専門塾が雨後のタケノコのように出現し、鳴り物入りで始まって、わずか80人しか採らない東大のAO入試でも、たった一つの小さな塾で、合格者の6分の1が占められてしまった。 少子化と大学入学定員の減少で、一般の大学生の学力低下が続いているが、このような「ゆとり教育」路線で、ペーパーテスト学力より余計な対策に力を入れることを課せられることで、エリート層の学力まで落ちることが本当に心配だ。 ちなみに、日本の初等中等教育の学力の高さは、80年代のイギリス、アメリカ、アジア諸国の教育改革の手本となった。ところが、日本の大学教育を手本にする国はなく、アジアのエリートたちはアメリカに留学する。 世界中でバカにされている大学教育(日本の企業もバカにしているので、大学に長くいる大学院や博士卒のほうが就職が悪い現実が続いているが)を変えずに、世界中に評価されている初等中等教育を、世界で認められていない大学教授たちがエビデンス(根拠)もないままに変えていくというのが、「ゆとり教育」路線の本質だと私には思えてならない。

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    「学力低下」論争と「ゆとり」教育を検証する

    中井浩一(教育評論家) 日本の1990年代は「失われた10年」といわれる。80年代後半のバブル景気が崩壊し、財務当局の失政なども重なり、不況が長期化した。銀行や証券会社などの大手金融機関の破たんが続き、金融不安を引き起こした。多数の企業倒産、従業員の解雇、金融機関などの統廃合が続いた。 正社員が減少し、契約社員が増加する。若者にはフリーターやニートが急増する。フリーターは2001年には417万、ニートは2000年に75万人という規模にまで拡大した。社会は少子・高齢化が進み、中高年は老後の不安をかかえ、若年層も将来の不安の中にある。 80年代のバブル景気は、1955年以来の高度経済成長と70年代以降の経済の安定成長の最期に咲いたあだ花であった。バブル期には、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと言われ、日本のシステムへの過信、自らへの自信と奢りの中にあった。そのバブル崩壊とともに、長く続いた経済の安定成長期が終わった。 こうした日本の高度成長の背景には、ソ連や中国を中心とする社会主義圏と米国や西欧を中心とする資本主義圏の対立、いわゆる東西冷戦があり、日本は米国側に組み込まれ、その保護下に入ることで、軍備費をおさえ経済活動にまい進してきたのだ。 しかし80年代の終わりから90年代の初めにかけてソ連や東欧の社会主義体制が崩壊し、東西冷戦も終焉を迎えた。世界の再編成が起こり、グローバル化の流れと国際競争力の議論が盛んになった。工業中心の第2次産業からサービス産業中心の第3次産業への移行が進んでいたが、さらに情報化社会へと急速な展開が起こる。こうした「失われた10年」の終わりに始まった教育界の大論争がある。「学力低下」論争である。「学力低下」論争 「世界のトップレベルだった日本の子どもたちや大学生の学力が大幅に低下している」。文部科学省(文科省)の「ゆとり」教育の失策のせいだという。論争の直接のきっかけは2002年からの導入が目前となっていた学習指導要領にある。学校への週休2日制の導入もあり、教育内容を3割削減して「ゆとり」をつくろうという学習指導要領だった。しかし、それが日本の子どもたちの学力低下に拍車をかけるのではないか、との不安が広がった。 この論争は、従来の教育をめぐる種々の論争とは様相を大きく異にしている。それまでは文科省の政策、学習指導要領に反対するのは、主に日本教職員組合(日教組)や社会党や共産党などの「革新」系の学者や文化人であった。従って小・中・高の教育現場の問題が中心であり、論争に参加する学者たちは主に教育学関係者だった。 今回は大学教育の現場からまず火の手が上がった。それも教育学者たちではなく、文系の教員でもなく、理数教育の当事者である教官たちが火付け役を担ったのである。98年、99年に、日本数学学会が、日本のトップ大学(京都大学や慶応義塾大学など)の大学生に小中学校レベルの数学(算数)のテストを実施したが、その結果は惨憺たるものだった。彼らはその原因として大学側の問題(私大で行われる少数科目入試など入試の軟化と教養教育の崩壊)と文科省の「ゆとり」教育の問題をあげている。大学生の学力低下のデータは、数学以外の理系の教員からも出され、予備校からも示された。 大学受験のハウツー本を多数出していた和田秀樹は以前から「受験勉強=悪玉」論を批判し、文科省の「ゆとり」教育を批判してきた。この論争においては、日本の将来の二者択一(一部のエリート主導の国家か、強制力による万人の受験競争社会か)を迫った。80年代の米国・英国の教育改革が、それまで行っていた「ゆとり」教育的な政策からの転換を図ったことをあげ、日本の「ゆとり」教育が世界の流れに逆行するものであると批判する。また学力の低下は科学技術立国日本の基盤の崩壊になるという。 話題は、大学から、小学校と中学校の義務教育へ、高校へと移っていく。首都圏や大都市では私立中高一貫校や中学受験の進学塾が大キャンペーンを展開し、「ゆとり」教育の影響を直接受ける公立校に通学する子どもたちの保護者らの不安をかき立てた。 この論争では教育学者は中心ではなかった。その例外の1人が教育社会学者の苅谷剛彦(当時、東京大学教育学部教授)だ。彼は、従来タブーだった教育と社会階層との関連をあばきだしていたが、この論争でも、中高生の学習時間の減少を示す調査結果から子どもの学習離れを示し、「ゆとり」教育の柱である「教育の多様性」や「自己責任」が階層間の格差を拡大する可能性を指摘する。 一方、この論争が盛り上がった理由は文科省の側にもある。「ゆとり」教育を推進し、業者テストを追放して有名になった「ミスター偏差値」寺脇研が、当時は文科省の政策課長として「ゆとり」教育の擁護に尽力した。寺脇は従来の官僚答弁ではなく、率直に直截に、文科省の考えを語った。そこで明らかになったことは多い。中でも「学習指導要領はミニマム(最低線)」との発言は教育現場を騒然とさせた。しかもそれは建前であって、「実質上は最高規則(上限基準)として機能していた」ことも認めている。本来は対等なはずの文科省と各地の教育委員会に、上意下達のシステムの問題があったことが見えた。また、この「学習指導要領はミニマム」との考えが、「公立校は低学力の子ども、エリート教育は私学が担う」という分業論を、私学側がアピールする根拠になっていた。文科省の敗北宣言と「ゆとり」からの転換文科省の敗北宣言と「ゆとり」からの転換 論争は2000年には大きな盛り上がりを迎えた。当初の論争の論点は多岐にわたっていたが、学力低下は事実だということにされ、その原因を80年代以降進められてきた「ゆとり」教育に求める意見が大勢になった。 02年4月から、問題の学習指導要領が予定通り実施された。しかしその直前に文科省は緊急アピール「学びのすすめ」を出した。「確かな学力」「学力向上」が強くうたわれ、もはや「ゆとり」の言葉は見られない。これは事実上の文科省の敗北宣言であり、その政策転換だった。これによって論争に一応の決着はついたことになり、論争も終息していく。12年度から実施される新たな学習指導要領では授業時間数を増やし、前回に削減された教育内容の多くが復活した。 しかし、この論争では「学力」の定義や実態については最後まであいまいであり、その低下を示す確定的なデータは出ていないように思う。OECDの学習到達度調査(PISA)では03年、06年とやや低下傾向にはあったが、07年には上昇している。国際数学・理科教育調査(TIMSS)でも、03年にはやや下がったが、07年には下げ止まっている。 さて、この論争を大きく振り返ってみよう。今回の論争の特色は、論争が事実データから始まったところである。従来の左右対立の図式が壊れ、イデオロギー対立のもとで隠されてきた現実を露わにし、リアルな議論を志向する傾向が生まれていた。さらには格差社会、グローバル化における国際競争力といった、当時小泉純一郎内閣で進められていた新自由主義、新保守主義の是非をめぐる対立など、日本社会の抱えるあらゆる問題が議論された。 戦後、これほど広く、国民的な議論になった教育論争は存在しない。これは単なる教育論争などではなく、時代の大きな転換期に起こる、時代そのもの、社会そのものを問うような論争だったのだ。 しかし、その一大論争で、なぜ「学力」と「ゆとり」教育が焦点になったのだろうか。それを考えるには、日本の敗戦後の復興と経済成長の歴史を振り返らざるを得ない。「高度経済成長」と「受験地獄」 日本は1945年の敗戦ですべてを失ったが、米国の陣営に組み込まれてからの復興は早く、かつ急激だった。55年からの約20年にわたって、前年比約10%の成長を続けることができた。これを「高度成長期」という。73年、79年のオイルショックはあったものの、75年から80年代のバブルまでは前年比約5%の成長を続けることができた。こうして、日本はGDPで米国に次いで世界第2位の地位にまで上り詰め、「豊かな」社会を実現することができた。 こうした背景には、明治維新以来の日本の高い教育力がある。「読み、書き、そろばん」は国民のすべてができる。こうした基礎学力は、工業化と経済成長によって米国や西欧に追いつくキャッチアップの段階では大きな役割を果たした。敗戦後も、時代の発展に応じて教育内容を増やし、経済発展を支えた。効率の良い「知識の詰め込み」的教育がその威力を発揮した。 そうした一方で、経済発展によって日本の教育事情も大きく変化する。高校進学率、大学進学率が急上昇したのだ。高校進学率は実に98%、大学にも約半数が、専門学校を含めれば約8割が進学するようになる。良い大学を卒業すれば、良い会社に入れ、安定した幸せな人生が保障される。その前提には終身雇用、年功序列の制度があった。これが日本の「学歴社会」である。 こうして大学受験がヒートアップし、大学入試が教育全体を支配するようになる。高校教育は大学受験の準備教育と化し、多くの子どもたちが夜遅くまで塾や予備校通いをするようになる。これが悪名高い「受験地獄」「受験戦争」である。それは、高校進学の段階にも波及し、大学進学実績の良い高校に受験者が集中して、受験戦争を引き起こした。首都圏や大都市部では、60年代末から70年代にかけて、高校進学時の競争が激化するのを防ぐため、一部の進学校に高学力の生徒が偏らないように公立高校の入学者の学力を均等化する制度が実施されたが、これにより階層の高い親たちを中心に公立校への不安が広がり、私立の中高一貫校の人気が高まっていく。この結果、首都圏や大都市部では中学進学の段階でも受験戦争が起こることになった。落ちこぼれと学校の荒廃落ちこぼれと学校の荒廃 こうした過熱する受験戦争の一方で、「落ちこぼれ」が問題になった。「7・5・3」という隠語が生まれる。授業の内容を理解している生徒は、小学校では7割、中学校では5割、高校では3割という意味だ。また、校内暴力、いじめ、不登校など「学校の荒れ」が問題として浮かび上がってくる。 こうした問題の原因としては、学歴社会や受験地獄があげられ、「知識の詰め込み」教育が問題とされた。この問題を解決することが、70年代、80年代の教育論争、教育改革の中心におかれた。「ゆとり」教育は、こうした対策から生まれたのである。教育内容の精選、削減で生徒たちの生活にゆとりを持たせ、落ちこぼれを減らし、「学校の荒れ」を解決しようとしたのだ。大学入試の在り方も変え、高校の多様化、選択教科を増やすなどのカリキュラムの弾力化を進めた。 ただし、80年代の教育改革にはもう1つの側面があった。それは時代の変化への対応だ。21世紀の情報化社会を見据えて、そこで必要な学力の変化、そこで求められる学力への対応が問題とされたのだ。それは、キャッチアップの際に必要とされた従来の「画一的」で「詰め込み」型の教育で獲得できる能力ではなく、「体験学習」や「問題解決」型の教育によって養成される「生きる力」(「自ら学び、自ら考える力」)であるとされた。これが「新学力観」といわれるものだ。80年代に当時の中曽根康弘首相が主導した臨時教育審議会からこうした議論が盛んになった。こうした対策の総体が「ゆとり」教育といわれるものだ。 しかし、当時の「荒れる学校」への対策と、こうした「新学力観」がどう関係するのかはあいまいだった。「新学力」と従来の学力の関係もあいまいだった。そして、結局は「個性」重視、「選択」する力、「多様性」、「生きる力」といった言葉でごまかされてきた。それらが何であり、どう教育するのかも不明だし、教育現場では混乱が起こった。 こうした「ゆとり」教育に含まれていた問題が真正面から問われ、問い直されたのが、90年代末に始まった「学力低下」論争だった。勉強しない子どもへの大人の不安 1990年代に入って、子どもたちに大きな変化、変質が起こった。端的に言って、勉強をしなくなった。彼らには将来像がない。進路・進学意識が弱い。フリーターやニートが急増した。一方で、「学級崩壊」が起こるようになる。生徒が教室内で勝手な行動をして教師の指導に従わず、授業が成立しない学級が増え始めたのだ。 子どもたちが勉強をしなくなった背景には、学歴社会の崩壊がある。長期の不況でリストラが進み、終身雇用、年功序列制度が瓦解した。良い大学を卒業しても、安定した幸せな人生が保障されるわけではない。少子化で大学全入時代を迎えたこともある。 こうして、従来は見えなかった学歴社会、受験地獄の時代のプラス面が見えてきた。そこでは、「高い学歴」「より良い大学」への合格が動機、目的となって、みなが勉強をした。そのために、全体としては世界トップクラスの基礎学力を確保し、キャッチアップに成功し、世界第2位のGDPに到達し、米国や西欧並みの豊かさを手に入れることができた。 単に豊かになっただけではない。それが「総中流社会」の実現になったことが重要だった。GDPの急上昇、パイの拡大が続いたゆえに、みながその分け前にあずかることができた。高校、大学への高い進学率で、国民の各階層が、それぞれのレベルで学力を高めることになった。その結果、国民の間に大きな格差が開くことなく、みながそこそこの豊かさを獲得し、国民の多くが自分を「中流」と思い、ある程度の平等意識を持てるような「総中流社会」が実現できた。この平等意識があったがゆえに、国民全体の「一体感」を維持し、「みな」で頑張ることができたのだ。当時は「人並み」(になりたい)が合言葉だった。「みな」と同じであることに価値があった。 今やそれは失われた。低いGDPの成長率。パイは小さくなり、その限られたパイの争奪戦が激化する。以前のような総中流の社会構造は壊れ、格差は拡大している。そうした中で、子どもたちは勉強をしなくなり、将来像を失った。「学級崩壊」、不登校児、ニートやフリーターが急増する。かつての「荒れ」や「非行」のように社会へのフラストレーションを外へと発散させるのではなく、それを内攻させた姿だ。それは実は大人たち自身の姿でもある。大人の社会には「うつ病」の広がりが見られる。 子どもたちの学力低下への不安には、大人たち自身の不安が反映されているのだ。それが、論争にヒステリーじみた調子や「憂国」の響きをもたらした。不安が社会全体に蔓延しているがゆえに、その論争が国民全体を巻き込むだけの力を持ったのだ。 そうしたときには、昔の時代に「戻せばいい」という主張が力を増す。過去の時代への郷愁が広がる。時代の転換期に、常に生まれてくる意識だ。しかし、それは不可能である。以前の学歴や大学合格を動機とする方法は、「貧しさ」ゆえに有効だったのだ。それは工業化を推し進め、米国や西欧へのキャッチアップに必要な「低レベル」の基礎・基本の学力(能力)獲得には役立ったが、今求められるのは、キャッチアップを終えた果ての、より高い能力や生き方である。確かに、学歴社会や受験地獄のプラス面は、今でこそしっかりと理解できる。しかし、それはその時代が完全に終わり、過去のものになったからなのだ。もはやそこには戻れない。「失われた20年」と大人たちの“低学力”「失われた20年」と大人たちの“低学力” 以上をふまえて、私たちは、やっと「学力低下」論争と、そこで問われた「学力」と「ゆとり」教育について考えることができる。今問題なのは、子どもたちの学力低下などではなく、子どもたちに起きているより大きく根源的な変化なのであり、その原因は文科省の「ゆとり」教育などではなく、もっと大きな世界と日本全体の変化なのである。むしろ「ゆとり」教育は、その変化に対応するためのものだったのだから、その方向性はあくまでも正しかったのだ。しかし、それが有効に機能することはなかった。そこにこそ、「ゆとり」教育の問題がある。 それは、第1に、キャッチアップの時代に必要な学力と、それを達成した後に必要な学力とを対置するだけで、その正しい関係(後者には前者が含まれ、前提とされる)を示せなかったこと。また、第2には、学力とは能力であり、以前の低いレベルを超えた、はるかに高い能力が求められているのであり、それには厳しい修業が必要であることを言えなかったこと。さらには、それは単に能力を高めるだけではなく、考え方や生き方そのものを変えることを迫られることまでを理解できないでいたこと。第3に、そうした生き方までを含めて考えるときに、それを教育できるような教師や大人が圧倒的に少なかったこと。それを予測すらできなかったこと。つまり、問題は、子どもたちの学力低下ではなく、私たち大人自身の能力不足、生き方の低さだったのだ。子どもの学力や生き方は、大人の「低学力」の反映でしかない。 今の日本社会の問題は、「豊かさ」の達成の後に目標を見失い、目指す社会像が見えないことだ。そこで問われる能力とは、次の目標を提示し、それを目指して先に進む力だ。新しい価値観をつくり、新たな社会目標と、その組織原理、個人の生き方を生みだす力だ。しかし、私たち大人は、そうした生き方ができず、そうした覚悟も能力も不足している。 「学力低下」論争が終息して10年が過ぎたが、その後、私たちの社会はいまだに、その未来像を見いだせず、新たな社会像、目標を見いだせずにいる。90年代とこの21世紀の10年を含めて、「失われた20年」ともいわれている。この漂流し続ける日本に活を入れるように、昨年3月11日に東日本大震災が発生し、原発事故による膨大な被害を受けた。私たち日本の大人たちは、これによって生まれ変わることができるだろうか。(注)文部省は2001年から省庁再編で文部科学省となった。本稿では、すべて文部科学省(文科省)で統一した。なかい・こういち 教育評論家、国語専門塾「鶏鳴学園」塾長。1954年東京生まれ。京都大学文学部卒業。国語教育、作文教育の研究を独自に続ける傍ら、90年代から進められている教育改革についての批評活動も行う。著書・編著書に『高校が生まれ変わる』(2000年/中央公論新社)、『論争・学力崩壊』(2001年/中公新書ラクレ)、『論争・学力崩壊2003』(2003年/中公新書ラクレ)、『大学入試の戦後史』(2007年/中公新書ラクレ)など。

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    なぜ「ゆとり」はバカにされるのか メディアの印象操作が生んだ悲劇

    まらない 《文科相が「脱ゆとり宣言」 次期学習指導要領で明確化》(産経ニュース)、《馳文科相「ゆとり教育と明確に決別」 確認文書を発表》(朝日新聞)。他のメディアもほぼ同様の見出しを掲げ、馳浩文部科学大臣が「ゆとり教育との決別」を宣言したとのニュースが5月10日に一斉に流れた。 それが「ゆとり世代」否定と受け取られ、自分が「ゆとり世代」だと思っている若者たちを動揺させているという。折しも4月から人気脚本家・宮藤官九郎のオリジナル脚本によるドラマ「ゆとりですがなにか」(日本テレビ系)が始まっていたこともあり、「ゆとり世代」の評価をめぐる世代論の面からも多くの報道があった。 だが、ちょっと待ってほしい。 そもそも、馳大臣は「脱ゆとり宣言」をしたのだろうか。確かに、5月10日の定例記者会見で大臣の発言の中には「ゆとり教育との決別宣言」という言葉が出ている。だが、記者から意図を問われて答えた実際の発言は以下の通りなのである。少々長いが、この問題の本質を正しく理解してもらうために全文引用したい。 そうですね、私、大臣を拝命してちょうど7ヶ月くらいになると思います。どこかで、ゆとり教育との決別宣言を明確にしておきたいと思っていました。もちろん全否定ではありません。しかし、私はゆとり教育がゆるみ教育と、間違った解釈で現場に浸透してしまったのではないかという危惧と、そういう現場の声を矢がつきささるほど、たくさんいただいてまいりました。これまで国会議員として21年間、文教族議員の一員としてやってきた者として、本来目指されていたゆとり教育と、本質的なものが現場では違っていたというじくじたる思いがありますというのが一点目です。 同時に、学習指導要領の改訂を控えています。学習内容をどうするのか。アクティブ・ラーニングをどうするのか。そのような意味での教育の質と量の問題、学力をどう評価していくのか、学力とはなんぞやという問題も含めて、目指すべき教育の方向性を明確にすべきであろうと、前々から思っておりましたが、タイミング的にはこのタイミングかなと。理由を申し上げれば、まず中央教育審議会の答申を三つ、昨年末にいただきまして、今年に入りまして、いわゆる学校と地域の協働プラン、通常、馳プランと言っておりますが、発表させていただき、法改正の準備もしています。いつでも出せる準備もしています。 学習指導要領の改訂を踏まえて、次の改訂で学習内容がどうなるのか、質と量の問題について、やはり現場からどうなるのかという疑心暗鬼もいただいている中で、安倍政権が政権を奪還して、もう4年目に入りますが、安定したこの政権の下であればこそ、このような教育の方針についても、しっかりと打ち出していくことができますし、私自身も大臣として7ヶ月です。ちょうど、様々な答申やそれに伴う対応やいろいろな反響の声もいただきながら、タイミング的は今のタイミングだなと。国会もまだ1ヶ月はありませんが、残っていますし、国会のあるうちに、きちんと表明したいと思っていましたので、このタイミングであります。「ゆとり教育」はマスコミの造語だった「ゆとり教育」はマスコミの造語だった ここではっきりさせておかなければならないが、「ゆとり教育」というのはマスコミの造語であって、文部科学省が公式に使う言葉ではない。正確に言うなら「小学校で2002年度から導入され2010年度まで使用された学習指導要領に基づく教育」だろう。当時「ゆとり教育のスポークスマン」とされた私も、記者や対談相手との議論においては「ゆとり教育」を使ってきたが、それはあくまで便宜上の理由である。 馳大臣も、記者会見でのやりとり上の便宜を図って「ゆとり教育」としたのだろう。記者の側からの「今朝、一部報道で、大臣が近く、ゆとり教育との決別を明確にされるという報道がありましたが、その点についていかがでしょうか」との質問に答えているわけだから。 マスコミが言う「ゆとり教育」は必ずしもイコール「小学校で2002年度から実施され2010年度まで使用された学習指導要領に基づく教育」とは限らない。小学校で1980年に実施された指導要領や次の1992年に実施された教育も「ゆとり教育」とする場合も多い。それは、80年指導要領が初めて教育内容や授業時間を縮小し、92年、02年指導要領もその方向をさらに進めているとの意識に基づいている。 これに対して文科省側は、「ゆとり教育」という言葉が作られ批判が始まったのが02年指導要領の導入時だったことから、この言葉を「02年指導要領に対するマスコミの(誤解に基づく)批判的呼称」として受け止めた。だから、当時02年指導要領導入のスポークスマンだった私は、誤解を解くことに全力を尽くしたのである。 誤解とは何か。それは「量」と「質」に関するものである。 80年以前は、明治以来一貫して教育内容や授業時間の量を増やす方向に力が注がれ、質の方は学習意欲や能力の高い子どもも低い子どもも皆同じ学習内容となる画一主義と、教師からの一方的な指導を受動的にこなす学習方法に限定されていた。近代化を進めていく過程では、就学率や進学率を高めるのを含め量を増やしていくのが最優先であったのは至極当然の方策だったと言えるし、国民もそれを求めた。 しかし、高度経済成長を成し遂げ世界の経済大国になった日本は、量だけを追求する社会ではなくなってくる。それが、70年代になってマスコミを賑わせた「詰め込み教育」批判だ。文部省(当時)は、その批判を受けて80年指導要領で初めて量的縮小の方向へ舵を切る。国民も、教育の量さえ多ければいいとは思わなくなった。75年には、それまで上昇の一途だった高校進学率と大学進学率が頭打ちになる。質の改革に着手しても量の変化にこだわる人々授業が物足りない「吹きこぼれ」 マスコミの批判や国民の要望に応え、量さえ減らせばいいと考えた文部省の判断は、結果的に間違っていた。「詰め込み教育」時代に授業について行けなくなる子どもを大量に出し「落ちこぼれ」批判を生んだのに対し、今度は授業を物足りなく感じる子どものことを「吹きこぼれ」と呼ぶようになる逆の問題が生じた。また、社会全体も画一的で満足した時代から個性化、多様化が求められるようになってくる。 文部省の対応に不満を持った中曽根康弘首相は自ら教育改革に乗り出し、84年に首相直属の臨時教育審議会を設置して3年間濃密に議論をした結果、87年に首相への答申という形で結論を得た。21世紀を見据えたその結論は、ひとことで言えば質の見直しだった。可能な限り個性化、多様化を目指し、画一一辺倒でなく個々人の興味、関心、能力、適性に応じた個別化教育と能動的学習を取り入れていくことを要求している。 それを受けて92年指導要領では、小学校の1、2年生に限り能動的学習として「生活科」が導入され、中学校には授業を受ける科目を生徒の状況に合わせて、学校が選択できる時間が全授業時数の10~26.6%用意された。とはいえ、臨時教育審議会答申から時間的に十分な準備期間がなかったため、質の変化はまだ限定的でしかなかった。 これに対し02年指導要領は、中央教育審議会での専門的な議論を経るなど十分な準備の下に導入された。この指導要領では、「生活科」に加え小学校3年以上の全学年にも、能動的学習のための「総合的な学習の時間」を設けるとともに、「落ちこぼれ」にも「吹きこぼれ」にも対応できる習熟度別学習の実施を可能にして、画一一辺倒の打破にも途を拓いた。初めて本格的な質の改革に着手したのである。 ところが、それまで量の議論に終始していた日本社会は質に目を向ける意識が乏しく、量の変化ばかりが騒がれることになる。「総合的な学習の時間」や習熟度別学習の実施のためには、画一的に全員に修得させる教育内容は削減せざるを得なかった。また、家庭や地域の教育力を回復させるための完全学校週五日制の実施で授業時間が減少したことも量の縮小を印象づけた。その結果、馳大臣の言葉を借りれば「ゆとり教育がゆるみ教育と、間違った解釈で」浸透してしまい、これでは学力が低下するとの批判の嵐を招くことになる。 もちろん文科省は質の変化を強調して説明に当たった。町村信孝大臣を先頭に副大臣、政務官の政務三役が全国行脚して関係者にアピールしたのをはじめ、特に子どもの側の当事者である親たちに納得してもらえるよう務めたのである。その結果、保護者によるPTAの全国組織である日本PTA全国協議会には質の改革に賛同してもらえただけでなく、親に負担を強いる学校週五日制にも理解を得ることに成功した。「ゆとりちゃん」若者全般を貶めることに意味はあるのか だが、マスコミや財界人、有識者の間では量にこだわる考え方が多数を占めていた。こうした発言力の大きな勢力が学力低下を憂いて量の削減を論難すると、「ゆとり教育」批判の構図は決定的となった。根拠のない印象的な学力低下論が幅を利かせ、マスコミの作った「ゆとり教育」という言葉は専らネガティヴな文脈で使われることになる。 それにしても痛恨の極みだったのは、02年指導要領における質の改革の意味を学校現場に徹底する施策が不十分だったことである。それまでの学習指導要領改訂時には全国各地できめ細かく行われていた趣旨説明会が、ほとんど行われていなかった。担当の初等中等教育局によれば、ひとつは90年代後半から地方分権が常識になっていたため国が手取り足取り指導するのでなく地方の自主性を尊重したこと、もうひとつは財政緊縮で説明会開催の予算が確保できなかったとの理由らしい。 山形県教育委員会などいくつかの教育委員会は独自に趣旨徹底を行ったものの、多くの都道府県では十分な対応ができず、当の学校現場が目に見える量の削減は解っても目に見えない質の変化を理解しきれていなかったために、少なからず混乱が生じたのは事実である。そしてそれがまた、「ゆとり教育」批判に拍車をかけることになる。 「ゆとり教育」批判が高じて国民の間にも不安が広がっていくと、政治や文教行政もそれを無視はできなくなってくる。02年指導要領の実施直前の02年1月に遠山敦子大臣が発したアピール「学びのすすめ」は、習熟度別学習や「総合的な学習の時間」について国民の理解を求めるとともに、「学習指導要領は最低基準であり、理解の進んでいる子どもは、発展的学習で力をより伸ばす」と画一一辺倒から脱する質の変化を説明した。 しかしこれも「確かな学力の向上」という文言を入れたために、文科省も学力低下を認め学力向上を目指すようになったとの解釈を許してしまう。結局、肝心の質の問題よりも量の問題に焦点が当てられたまま、02年指導要領はスタートしてしまうことになった。「円周率が3」は誤報 日本の教師たちはすばらしいと思う。そんな状況の下でも「総合的な学習の時間」は徐々に定着していく。それまで現場でタブー視されていた習熟度別学習も、さまざまな工夫を凝らして実施範囲が広がっていった。教育が息の長い事業である以上、その成果は一朝一夕に表れるわけではないが、たとえば2012年のOECD学習到達度調査(PISA)で受験した高校1年生、つまり03年に小学校に入学した世代がPISAの求める応用力、コミュニケーション能力などの21世紀型学力において世界トップクラスの成績を収めるなどの結果を生んでいる。 にもかかわらず、この十数年の間、「ゆとり教育」批判は止むことがなかった。若者たちは「ゆとり世代」とか「ゆとりちゃん」とかレッテルを貼られ、バカ呼ばわりされる。たとえば、ちゃんと3.14と習っているのに「円周率を3だと思ってんだろ」と嘲笑を浴びる羽目に陥った。これは明らかにマスコミの誤報なのだが、すっかり世間に蔓延してしまっている。文部科学省に対する批判はあっていいとして、若者全般を貶めることに何の意味があるのだろうか。馳大臣が重視しているのは「質の問題」だ さて、馳発言に戻ろう。 ここまで縷々述べてきた指導要領の変遷を、「国会議員として21年間、文教族議員の一員としてやってきた」(会見より)大臣がご存知ないわけがない。大臣就任以前にも03年から04年に政務官、05年から06年に副大臣を務めた生粋の文教族なのである。とりわけ、02年指導要領の方向を定めた96年の中央教育審議会答申以来の経緯は細密にご承知のはずだ。 「私はゆとり教育がゆるみ教育と、間違った解釈で現場に浸透してしまったのではないかという危惧と、そういう現場の声を矢がつきささるほど、たくさんいただいてまいりました」との発言は、02年指導要領が量の減少としてのみ受け止められてしまったことを指しており、「本来目指されていたゆとり教育と、本質的なものが現場では違っていたというじくじたる思いがあります」は質の問題が閑却されてしまった点を指しているものと思われる。 そもそもこの記者との問答は、馳大臣が会見当日付けの文書で出した文部科学大臣メッセージ「教育の強靱化に向けて」の意図を問う形で行われている。会見の時点ではまだ公表されていなかったこの文書を見るのが大臣の真意を知るのに最も早道だろう。 冒頭、「今後の学校教育の充実に不可欠な『学習指導要領改訂』と『次世代の学校・地域創生の実現』の一体的な推進のためにこの夏に向けて取り組んでいく当面の重点事項を掲げました」とあるように、2020年度実施を目指す次期指導要領の方向と、「学校の指導体制の充実」「教員の質の向上」「チーム学校の実現」「『地域とともにある学校』への転換」という学校の在り方について述べている。 中でも強調されているのが「学習指導要領改訂のポイント」だ。特に、朱書きを交えて大きく掲示されている2点が重要視されているのは明白である。《「ゆとり教育」か「詰め込み教育」かといった、二項対立的な議論には戻らない。知識と思考力の双方をバランスよく、確実に育むという基本を踏襲し、学習内容の削減を行うことはしない。》《「アクティブ・ラーニング」の視点は、知識が生きて働くものとして習得され、必要な力が身につくことを目指すもの。知識の量を削減せず、質の高い理解を図るための学習過程の質的改善を行う。》 ここから朱書きの部分だけを抜き出すと、大臣の真意はもっと端的に示される。 《二項対立的な議論には戻らない》《学習内容の削減を行うことはしない》《「アクティブ・ラーニング」》《知識が生きて働くものとして習得》《学習過程の質的改善》 端的にキーワードとして掲げられている後の3点が目玉となるわけだろう。いずれも臨時教育審議会が提言し、02年指導要領が目指しながらも達成には及ばなかった、個別化教育と能動的学習という質の転換に関わるものである。大臣が重視しているのは質の問題であることが判るはずだ。教育の成果が表れるまでには時間がかかる ただ、21年にわたりこの間の経緯を目の当たりにしてきた大臣は、量にこだわる考え方の根深さも重々承知しているに違いない。そこで、後3点の「目標」を実現するための「手段」として前提となる2点を挙げたのだろう。量の増減という二項対立を封印するために、学習内容をこれ以上削減しないと宣言してみせたのである。みごとな戦略ではないか。役人には思いつかない政治的アイデアだと思う。 87年に臨時教育審議会が提言してから33年後の2020年に実施される指導要領で、これまでそこを目指しながら達成できなかった質の転換、すなわち画一一辺倒からの転換と能動的学習の一般化が可能なのではないかと十分期待させるだけの有力な戦略が示されたと評価したい。 「ゆとり教育」批判を浴びた02年の時点では、学習内容を削減せずに質の転換を図るだけの条件が整備されていなかった。それが20年には可能だと、当時担当した私でもそう思えるほど、学校の教育条件は改善されている。02年から今までの間にも、1クラス当たりの児童生徒数は減り、教員の配置基準も緩和され、教育現場での不毛なイデオロギー対立も解消されてきた。学校は地域に開かれたものになり、住民が学校ボランティアとして学校教育を支える体制も年々充実してきている。 教師の多忙や疲労を問題視する向きもあるが、教師だけに学校教育を全部背負い込ませていた状況は少なくとも改善されている。もちろん、いわれなき教師バッシングなどにより精神的に追い込まれたり、過去にはなかった生徒指導上の問題や事務処理が負担になっていることも事実だ。それらは、馳大臣メッセージのもうひとつのテーマである「学校の指導体制の充実」「教員の質の向上」「チーム学校の実現」「『地域とともにある学校』への転換」と言ったプランによって20年までに解決する覚悟が示されていると見る。 条件整備されてそれが可能になるならば、02年に性急に実施するのでなく、じっくり待って最初から20年に量を減らさないまま質の転換を図るべきだったとの批判があるだろう。02年に担当した者として甘んじて受け入れなければならないと思う。しかし、条件が整うまで質を転換しようとする方向性を示さず、今日まで画一一辺倒の教育を続けていたらどうなっていただろうか。 教育の成果が表れるまでには時間がかかる。02年に小学校に入った子どもが大学まで進んだとすると社会に出るのは18年だ。家庭を持ち、子育てをしながら社会を支える年代になるにはさらに年月を要する。その間に急激な少子高齢化という厳しい状況に対処したり、従来の知識では対応できなくなると思われるAI、ロボットの進歩などの変化に対応するのに間に合うだろうか。20年に小学校に入った子どもから能動的学習を導入するのでは、彼らが社会に出るのは2036年ということになる。「ゆとり世代」実は43歳からだった?「ゆとり世代」実は43歳から? そのことを考えてもらうためにも、「ゆとり世代」の正確な定義を明らかにしておこう。02年指導要領世代ということなら、その眼目である能動的学習を小学校の1、2年生で「生活科」それ以後は「総合的な学習の時間」という形で経験しているのは00年に小学校に入学した以降の世代であり、1993年4月生まれより下になる。先頭が現在22~23歳の大卒新社会人に当たる。 広く捉えて92年指導要領の「生活科」や中学校の選択教科を体験した世代とするならば、92年に小学校に入学した85年4月生まれより下、先頭は現在30~31歳ということになる。ちなみに冒頭に紹介したドラマ「ゆとりですがなにか」の主人公たちは87年生まれの28~29歳、実はこの世代なのである。作者はちゃんと02年指導要領世代との区別を意識しており、主人公の妹である大学生(名前も「ゆとり」)は95年生まれの20歳として次の世代の扱いをされている。 そこまで「ゆとり世代」を広げるなら、80年指導要領で学んだ世代もそう呼ぶべきではなかろうか。画一的で受動的な旧来の質のシステムのままで、「詰め込み教育」批判によって学ぶ量を減らされた世代だ。73年4月生まれより下、先頭は現在42~43歳になる。むしろ下の世代を「ゆとり世代」と決めつけて「お前ら若い奴は…」と威張っている連中ではないのか。 ことほどさように、「ゆとり世代」とこじつけることにほとんど積極的な意味はない。戦前、戦中に少年時代を送り子どもの立場で戦争体験した「焼け跡世代」やベビーブームで大人数だった「団塊世代」、あるいはバブル期に就職した「バブル世代」やその後の就職氷河期に就職した「ロスジェネ世代」のように世代に共通の明確な社会背景や時代背景がないのだから、もとより無理があるのだ。 にもかかわらず、自覚もないままに「ゆとり世代」にされてしまい、今度は「脱ゆとり宣言」や「ゆとり教育との決別」と世代ぐるみで否定されたと報道されるのではたまったものではない。なにしろ本来なら「脱・『ゆとり』対『詰め込み』の二項対立」とか「マスコミ命名の『ゆとり教育』なる言葉との決別」と記されるべき内容の大臣発言なのである。ただでさえ「ゆとり世代」呼ばわりされた上に、お前たちは否定されたというのではひどすぎる。 これまで見てきたように、馳大臣は「ゆとり教育」が「詰め込み教育」と二項対立になってしまうことと決別したのであり、02年指導要領の教育内容については、「もちろん全否定ではありません」と述べているにもかかわらず、ゆとり世代が否定されたという類の言説が流布されるというのは誠に嘆かわしい有様だと思う。 われわれ大人は、若者をいたずらに「ゆとり世代」と貶めるのでなく、馳大臣のメッセージを真剣に受け止めて、これからの時代に必要な教育の質はどんなものであるのかをこそ、現状分析や未来予測を駆使して議論すべきではないだろうか。二項対立でないそうした議論こそ、この社会の将来にとって重要なものだと信じて止まない。

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    「脱ゆとり」でも変わらない 子供の基礎学力が消えていく

    細川珠生(政治ジャーナリスト) 「ゆとり教育からの転換」により、総授業時数1割増の学習指導要領に基づく学校教育が行われるようになって、今年で小学校は6年目、中学校では5年目となった。今年の小学6年生の全国学力テストは、小学校のスタート時点から「脱ゆとり」でもで学んだ子供たちが受けており、これまでの結果とはどのような違いがでるか、大変興味深い。 とはいえ、1割増といっても、小学校6年間で278時間、1年間では46時間増えただけであり、1年間を35週と数える学校教育では週単位ではわずか1時間強増えただけに過ぎない。中学3年間でも105時間増だから、ほぼ同じである。結果、総授業時数は、小学校で5645時間、中学校で3045時間となった。しかし、授業時数が最も多かったのは、小学校では昭和46年から55年までの10年間で、6年間の総時数は6135時間。中学校では昭和47年から56年までの10年間で、6年間の総時数は3535時間であるから、「脱ゆとり」で1割増といっても、当時と比べればまだ約1割少ないということになる。それを考えると、いわゆる広義でとらえた「ゆとり世代」の13歳から29歳までの年代が、〝ピーク〞のころと比べて、どれだけ学んだ時間が少ないかが分かる。 私自身はちょうど〝ピーク〞時に小中学校生活を送っており、あまり自覚はしてこなかったが、「結構勉強していたんだ」というのが今の率直な感想である。「詰め込み教育」を受けた私達の世代は今、社会でも責任ある立場に就いている人が多い。社会に対してどれだけのことが還元できているかで、「詰め込み教育」の真価が問われるとも言えるのではないだろうか。 一方、「詰め込み世代」であった私の世代の大学進学率は、全体でもわずか24.7%。男子は35.3%であり、女子は13.6%であった。四年制大学・短大を含む大学進学率が50%を超えたのは平成17年度であり、多少の世代の混合はあるが、ゆとり世代の大学進学率が上昇したのも、私からはかなり不思議な現象にみえるのだ。大学進学といえば、一定程度の学力が要求され、また親や家庭の経済状況も大きく影響してくるはずだ。バブル期に大学進学を迎えた私の時代に、共に学んだ友人の中にも大学進学を断念した人が多くいたという事実がある一方、その頃より、学ぶ量としては格段に少なく、またバブル崩壊後の不況にあえぐ時代において、大学数や定員の増加などの事情があるにせよ、大学進学率が上昇したというは、少し理解しがたい現象である。ゆとりがあるように見えない子供たち 見方を変えれば、大学進学に必要な能力は、必ずしも「詰め込み」だけで身につくものではないといえるのかもしれない。しかし、現在も続く「ゆとり世代」の大学進学という現実は、特に校内推薦やAO入試による入学者を中心に、大学へ入学する直前、あるいは入学してすぐに補習授業を行うのが普通であるのだ。つまり大学入学に課せられる学力が足りていないということである。それでも入学を許可する大学側にも、問題がないとは言わないが、補習する内容は高校時代の履修内容というよりは、小学生レベルの内容も多いと聞くと、そもそも義務教育で身に付けるべき学力すら満たしていないということにもなる。 また「ゆとり教育」のひとつの手段として、体験学習や個性重視の教育方法が取られるようになった。以前は、家庭や地域で自然と学んでいたことでも、地域社会の崩壊や家庭教育の低下などから、学校がやらざるを得なくなっていることも多い。食事の食べ方や命の教育なども、その一例である。さらに、昨今は、道徳の教科化をはじめ、外国語教育、情報教育やプログラミング教育などの必要性も高まり、学習内容は増える一方だ。それにも関わらず、授業時数がピーク時に追いつくほどは増えていないのであれば、本来学校でこそ身に付けるべき基礎学力の時間を削らざるを得ないのである。また個性の尊重は、集団行動や協調性を軽視し、自分基準が認められる世の中であるかのような誤解を生む。 学校での授業時数が減少する一方、最近の子供たちの多忙感は、親としても心配になるほどである。塾通いや習い事も早期化する傾向にあり、生活全般においては、ゆとりがあるようには見えない。それらを考えると、単に「ゆとり」か「脱ゆとり」かという議論に終始するのではなく、幼児教育、義務教育、高等教育それぞれの段階において、どんな力を身に付けさせるべきかを真剣に考えなくてはならないのである。また学校の責任、家庭(親)の責任とは何かを明確に定めることも必要だ。 昨今、技術の進歩のスピードは、想像を絶するものがある。民間シンクタンクの試算によれば、10~20年後には今の仕事の半分はAI(人工知能)に取って代わるらしい。少子高齢化のスピードも益々進む。これまでのやり方や常識が通用しないことがたくさん出てくるのだ。その中で生き抜くためには、将来を見通し、豊かな発想で柔軟に対応できる能力が必要だ。それは確かに学力が高ければ身につくというものではない。様々なことに興味を持つことなどで発想力は育つが、それでも私は基礎学力は高い方がいいと思っている。

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    「ゆとり世代」鍛え直し名目に自衛隊研修を進める極右の愚

    猪野亨(弁護士) 東京都の府中市が3年目の職員50人を全員2泊3日の自衛隊体験入隊をさせるという暴挙を制度化しました。「『ゆとり』市職員、空自で鍛え直し…3年目研修」(読売新聞2016年5月26日)「東京都府中市は今年度から、入庁3年目の市職員全50人を自衛隊に2泊3日で体験入隊させる。研修の一環で、同市は「厳しい規律の中で『ゆとり世代』の若手職員を鍛え直したい」とその意義を強調」「研修は同市内にある航空自衛隊府中基地で実施。事務職、技術職、保育士職の全員が6月の平日3日間を使い、災害時の救助活動やあいさつ、行進などの基本動作の訓練を行う。宿泊を伴う集団生活では時間厳守や整理整頓も重視される。」 発想が狂っています。「ゆとり世代」がどうこうという問題もありますが、強制的に自衛隊にぶち込んで認識を変えさせるって、一体、いつの時代の発想ですか。ここに書かれているよう「行進」なんて下品、下劣、屈辱そのものです。何故、このような意味のない「命令」で動かされなければならないんですか。軍隊や警察などの階級組織が大好きなこの一糸乱れぬ行動です。「あいさつ」だって同じレベルのものでしょう。大きな声で、声をそろえてというやつです。 航空自衛隊だから行進では「陸軍分列行進曲」は使わないのかもしれませんが、「空の精鋭」でしょうか。陸上自衛隊は「陸軍分列行進曲」、海上自衛隊は「軍艦行進曲」です。戦前は空軍がなかったことからそれに見合う空軍用の行進曲がなかったというだけで発想は同じです。(戦前は組織としては陸海軍のみです。空軍創設は大日本帝国憲法の改正が必要です。「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」) そういえば、極右の稲田朋美氏も今の若者を鍛え直すには自衛隊にぶち込めと発言しています。 「徴兵制はない!? 稲田朋美氏が言うと全く説得力がない やはり今は控えているだけ、将来は徴兵制だ」 2013年に防衛省が企業に対し、自衛隊への「派遣」制度を検討していたことも暴露されています。 「企業からの『派遣』って徴兵制の布石にしかみえない 戦争法案の後に待っているもの」 防衛省のいう企業のメリットがこれです。「自衛隊で鍛えられた自衛隊製“体育会系”人材を毎年、一定数を確保することが可能」。府中市の発想と全く同じです。「ゆとり世代」などというのは全くの口実です。府中市は、その「ゆとり世代」が終わればこの制度はやめるとは言っていません。効果があったなど言って最初からずっと続けるつもりなのでしょう。自衛隊体操を披露する陸上自衛隊中部方面混成団 安倍自民党政権のもとだからやってのけた暴挙です。このようなものが自治体、企業などに広まれば、まさに徴兵制の下地が出来上がります。このままこの問題を放置すれば、いずれ高校にまで拡大していくことでしょう。 そもそも根本的には職員にこのような職務命令に従う義務などあろうはずもありません。まさに自衛隊に体験とはいえ、入隊を強要されるなど、思想信条の自由の侵害です。 自衛隊は、憲法違反という見解も憲法学会では有力であり、しかも自衛隊としての特殊性があります。自衛隊は災害救助を主たる目的としているものではなく、その本質は殺人のための訓練をするところです。各種殺人のための兵器が並び、それに対し違和感を持つ人がいて当然です。 ましてや行進、挨拶のための「入隊」ですか。自衛隊への体験入隊をしなければならないようなことですか。必要性など微塵もありません。このような職務命令が憲法に照らしても許されようはずもありません。(猪野亨公式ブログ 2016年5月27日分を転載)

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    偏った入試方法が「世界史離れ」を生んでいる

    至朗(大阪大学大学院文学研究科教授) 入試の成績が人間の優劣を表し受験者の人生を決める、そのため学校教育の内容や方法は入試に縛られる、教育も入試も思考力より暗記を重視する(しかも覚える中身は国家が決めるという考えを支持する者が多い)というのは、東アジア諸国に共通する教育上の特徴である。 ただし現代日本の教育と入試は、特に第2次世界大戦後の社会変動の結果、独特の強烈な特徴を帯びている。それは、暗記の対象が語句であって文章でないことである。高校はもちろん大学の入試でも、文章で解答することはおろか、問題文である程度長い文章を読ませることさえ、トップレベルにある一部の学校を除けば強く忌避されるのだ。科挙の伝統をもつ中国・韓国・ベトナムなどの諸国では考えられない事態であろう。大学入試センター試験に臨む受験生たち=2016年1月、東京・本郷の東京大 その直接の背景は、戦後に普及した指数化が容易な短答式ないし選択式の出題方法(現在ではマークシート試験)が、最小限の予算で多数の若者に対して効果的な教育・試験をおこなうという日本の開発主義的な国策に適合したことである。 ただし中国・韓国・ベトナムやアメリカで、短答・選択式試験の一方で小学校からおこなわれている文章表現や討論の訓練が、日本でほとんど受け入れられない背景には、「論述式の試験問題では公平な採点ができない」、「論述式や面接試験は経済力や文化資本に恵まれた家庭の子どもにばかり有利である」、「そのうえ歴史の場合であれば採点が政治性を帯びるので避けるべきだ」などの、平等や中立性に関する特殊な考え方があることを理解しなければならない。また文章なしに語句だけで事を済ませようという発想は、科挙試験の背後にある儒教的インテリのものではなく、ゆっくり文章を操る暇などない戦場の武士や仕事の現場での町人・農民などの発想だろう。偏った入試方法が「歴史離れ」生む 1960年代以降の経済成長によって高校・大学教育の大衆化が実現すると、こうした教育と試験の方法を通じて、かなりの密度をもつ固定的な知識のパッケージが、少数のエリートに限らない大多数の国民に普及された。「日本史」「世界史」など歴史科目の知識もそこに含まれていた。一般にはほとんど認識されていないが、きめ細かい史料読解と、高度経済成長以後には世界の全域についてハイレベルな専門家を擁したことの2点において間違いなく世界一の水準をもつ日本の歴史学の実力も、そこで大きく貢献した。 ただ上の方法による教育は、20世紀末以後には、受験競争の激化の中で本当に必要な基礎知識をいたずらに細かい膨大な知識の中に埋没させ、もともと不十分だった表現する力、討論する力の訓練をますます周縁化させた。歴史の場合、常に独立ないし孤立した日本が真空の中で発展するかのような「日本一国史観」や「日本特殊論」にもとづく日本史、19世紀的な人類普遍のモデルとしての西洋史に圧倒的に偏った世界史などの教育と入試の骨格が変わらないまま、その他の内容が次々に接ぎ木された結果、「大学受験に必須の」知識やそのための教科書記述が増加しつづけ、青年の歴史離れを促進してしまった。特に世界史は、膨大なヨーロッパ史の暗記事項を温存したままで中東や東南アジア、アフリカなどの断片的な事項を増加させたため、それら新しく必要になった地域の理解はほとんど進まない一方で、大学入試の選択者数が激減するという皮肉な事態に陥った。 入試で選択する予定のない科目の履修が手抜きになることもあり、日本の高校生の世界史理解は全体として後退の一途をたどっている。大学の歴史系専攻はと見れば、「自国にしか関心のない」多数の新入生が日本史を選び、外国史を志す新入生は圧倒的に「進んだ(エレガントな)西洋史」に進学して「ダサイ(遅れた、反日諸国が多いので不愉快な)東洋史」など見向きもしないという戦前以来の状況が、是正されないどころか最近ますます強まっている。知識を有効に使えない学生たち知識を有効に使えない学生たち しかしこうした状況は、自国と世界をつなげて複眼的に理解し考え主張し討論し行動できる青年、一党制ではない政治体制下で多数の主張や公約を比較し適切な選択をおこなうことができる若者を育成するのに適切だろうか。東アジア諸国の共通性と差異を深く理解し、摩擦を弱め相互理解を促進するという国家の大事に取り組む有為の人材は、これで輩出するだろうか。はなはだ疑問とせざるをえない。 たとえば筆者の勤務先の入試(2次試験前期日程)では、日本史はすべて、世界史も大半が論述式の出題なのだが、文章力の乏しさもさることながら、知識の有効な使い方ができない受験生が目立つ。江戸時代初期日本の朱印船貿易が中国でなく東南アジアを主な相手とした理由を問われて、中学校で習う豊臣秀吉の朝鮮侵攻による日中間の国交断絶を思い出せる受験生は多くない。18世紀中国でGDP総額が急増したことを示すグラフを見せられて、生産性は同じでも人口が急増すればGDP総額が急増しうることに気づく受験生は多くない。 いささか誇張して言えば、具体的な個別事象や名称や年代を無限に暗記し続ける勉強法だけを仕込まれ、複数の事象を「つなぐ」「くらべる」思考法もGDPのような概念の意味や定義を問うことも学ばず、文章で説明する(論ずる)すべも身につけていない「難関大学受験生」がここにいる。これを「要点を論理的に説明できる」水準に持って行くのには、ひどく手間がかかる。しかし、知識を要約して説明できない者が自分の考えを組み立て、他人と討論することはできない。専門教育の視点でも、そうした学生を「○○が好きだから研究する」「△△が解明されていないから論文を書く」といったナイーブな考えから卒業させて「意味のある問い」を立てさせ、さらに「何が言えたらその問いに答えたことになるか」を見きわめさせるまで指導するのは、簡単な作業ではない。 あるいは所詮歴史など現代の役には立たないので、国際理解や人材育成の課題は他の教科・科目に任せればよいと言うのだろうか。東アジア諸国が「歴史をめぐって争うが神をめぐっては争わない」事実を見ただけでも、それではいけないことがわかる。経済成長万能主義に陥りやすいこと、しかもソ連軍の介入なしで複数の社会主義革命を成功させた世界でほぼ唯一の地域であることなど、地域としての東アジアの共通性にも、歴史的背景がある。それについて、高校生でも理解できるし知的興奮も味わえる最新の研究成果がある。ならばなぜ、古くなった事項をスクラップして、代わりにそれらを教えないのか。「ゆとり教育」挫折は大学側にも責任「ゆとり教育」挫折は大学側にも責任 実は1990年代に小中高校に導入された「ゆとり教育」は、こうした一連の事態の改善を意図したものだった。それが「学力低下を招いた」という批判の大合唱の中でほとんど挫折に終わった背景にはさまざまな事情が絡み合っているのだが、ここでは大学側を巻き込むことに失敗した点、換言すれば大学側の怠慢についてふれておきたい。 歴史に限らずどの科目でも、大学教員は自分たちが暗記中心の入試問題を出題することについて、短時間で大量の採点をしなければならないことと、高校や受験業界が暗記教育を行い暗記入試を要求することの2つの言い訳を用意している。先進国中最低の教育予算に由来する第1の点(それは大学も含めた教員を多忙化させ考える余裕を奪う原因にもなっている)には同情の余地があるが、第2の点について言えば、高校までの教育の激変に関する理解を欠いたままで旧態依然たる入試の出題や教養教育を続け、また暗記教育しかできない教員を養成し続けた大学側の責任は重大である。 もともと受験勉強の優等生である大学教員が、専門家の視点から「このぐらい知っていて当然」と大局を考えずに出題する、膨大で細かい知識を問う入試問題が、高校生の世界史離れを加速したのは当然のことである。歴史学習(や文学、倫理などの学習)で「わかる」「面白い」「生きる力になる」という実感を持った経験のない大多数の大人たちの批判的視線の中で加速されている今日の大学人文系の危機は、そういう面では大学側の自業自得である。 危機意識を持っている教員は、高校でも大学でも少なくない。日本学術会議では2011年に、高校地理歴史科の教育改革と科目再編について提言を発表した。また昨夏には全国組織「高大連携歴史教育研究会」が発足し、大学入試や入学後の教養教育を含めた検討・提言を推進しようとしている。 筆者の勤務先では10年前から全国の高校・大学教員と協力して、主に内容面から新しい歴史教育のありかたを研究し、高校で世界史を体系的に学べなかった学生のための教養課程講義など、大学側の授業改革も進めてきた。昨年出版した大学教養課程用の教科書『市民のための世界史』(大阪大学出版会刊)はその成果である。文部科学省が打ち出している、知識注入型でなく学習者が主体的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」と、それを反映した新型入試を絵に描いた餅に終わらせないためにも、こうしたさまざまな動きを結びつけて、大学を含む教育現場を急速に変えていきたい。ももき・しろう 大阪大学大学院文学研究科教授。専門はベトナム史、海域アジア史、歴史教育。1955年、横浜市生まれ。京都大学大学院文学研究科修了。(東洋史学専攻)。博士(文学)。京都大学東南アジア研究センター助手、大阪外国語大学助教授などを経て、2001年から現職。高校の地理歴史科の教育改革を訴える全国組織、高大連携歴史教育研究会の運営委員長を務めている。著書に『中世大越国家の成立と変容』(大阪大学出版会、2011年)など。

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    若者の悪筆汚い字すら個性として許容する学校教育も要因か

    話も何もないと思うんですけど」と末並さんのボヤキは続く。 一方、精神科医の和田秀樹氏は、子供たちへの教育方針以前に、幼少時の家庭でのしつけを指摘する。  「原則論として字の汚さは幼少時の家庭環境に由来します。例えば、おむつからトイレに移行するとき、親は幼児にトイレットトレーニングをしつけます。『絶対に汚しちゃダメ』といわれた幼児は細かいところに気をとめる性格になる。昔はそれが一様に厳しかったけど、ちょっとしたことに目くじらを立てることを最近の親は良しとしない」  「おおらかに」「ゆとりを持って」育てるのが最近の子育ての主流。その延長線上に汚い字すら個性として許容する学校教育がある。しかし、そうして育った結果が、礼状や始末書を書く度に恥ずかしい思いに駆られる社会人生活につながっているのだとすれば何とも皮肉な話だ。関連記事■ 「ダ・ヴィンチなど左利きには数学系天才多い」と脳科学者■ 子供の名前 夜舞刀、亜羅史に画数悪いと「。」つけたがる親■ 新生児の名前で人気上位の「結愛」「大翔」 読み方が多すぎる■ 【キャラビズム】天才を育てている親 全ては自分のエゴイズム■ 「学校などの集団の中に置かれると初潮が早まる」と医師解説

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    大前研一氏 安倍首相の教育改革「アベデュケーション」に苦言

     安倍晋三首相は「教育再生は経済再生と並ぶ日本国の最重要課題」と位置付け、その教育改革は「アベノミクス」ならぬ「アベデュケーション」(アベ+エデュケーション)と呼ばれている。だが、その効果は懐疑的だと大前研一氏は指摘する、以下は大前氏の解説だ。 20代30代の「ゆとり世代」や「草食系」社員の多くが「海外で働きたくない」「出世したくない」と思っているわけだが、そういう下向き・内向き・後ろ向きの人材を“量産”している教育こそ、現在の日本の最大の問題だろう。 安倍晋三首相も「教育再生は経済再生と並ぶ日本国の最重要課題」と位置付け、その教育改革は「アベノミクス」ならぬ「アベデュケーション」(アベ+エデュケーション)と一部で呼ばれている。アベデュケーションの司令塔になる政府の「教育再生実行会議」は、いじめ対策や体罰防止、道徳の教科化などを提言し、さらに安倍首相は第二次世界大戦の戦犯を裁いた極東国際軍事裁判(東京裁判)史観をはじめとする自虐的歴史教育の改革にも意欲を見せている。安倍晋三首相 だが、今の日本の場合は、そういった国家による「上から目線」の教育改革ではなく、そもそも各家庭における教育改革が必要だ。安倍首相は、まず「教育憲章」を制定し、その第1条に「子供の教育は親の役割」と明記し、子供が悪いのはすべて親の責任であるということを明確にすべきだ。 いじめ問題にしても、最近になって始まったわけではなく昔からあったことであり、親が子供と平素から十分なコミュニケーションがとれていない、親としての役割を十分果たしきれていないことが悲劇の原因の一つだろう。 新聞やテレビでは、いじめた側もいじめられた側も、たいがい親はいじめに気づいていなかったと報じられるが、親が親としての役割を果たしていたら、自分の子供が学校でいじめに荷担していたり、逆にいじめられたりしていることに気づくと思う。 私自身、子供が学校でいじめられていることを察知し、もう限界だと思ったので別の学校を見つけて転校させた経験がある。もちろん先生と子供、先生と親の対話も成り立っていないのだろうが、それよりも親子の“ノー・コミュニケーション”のほうに根本的な問題がある。関連記事■ 最近の若者に欠けているコミュ力について劇作家が解説した本■ 夜回り先生水谷修氏 いじめで死者出たら学校関係者に処罰を■ 「いじめは要は学校内で行われる暴行、傷害、恐喝」と道場長■ 橋下徹大阪市長の教育改革は自虐史観からの脱却目指してるか■ 学習院大学の「教育学科」 佳子さまの進学を見据えて新設か 

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    野々村直通×野口健 それでも体罰は必要だ!

    野々村直通(開星高校前野球部監督・教育評論家)野口健(アルピニスト)野口 最近のマスコミ報道って、どこかおかしいと思いません?野々村 最近だけじゃなく、いつもおかしいと思っていますよ(笑)。野口 確かに…(笑)。でも最近、ますますおかしくなっているような気がする。とくに違和感を覚えるのが、体罰をめぐる報道です。野々村 あれはひどいですね。大阪市立桜宮高校の事件以来、どのテレビ局も新聞も、体罰イコール絶対悪で凝り固まっている。野口 ええ。まるで子供に指一本触れるのもまかりならんという雰囲気。少しでも体罰を肯定しようものなら、よってたかって潰されてしまいそうです。しかし野々村監督となら、マスコミ報道に惑わされず、この問題について本音で話し合えるような気がします。野々村 嬉しいことをおっしゃる。よし、今日は一つ、マスコミ報道にビンタをくれてやるつもりで、とことん話し合ってみましょう。見捨てていないから本気で殴る(野々村)クビ覚悟の体罰に「参りました」(野口)野口 まず、一連の体罰報道の発端となった桜宮高校の問題についてです。バスケットボール部顧問の過剰な指導が原因でキャプテンが自殺するという、痛ましい事件が起きましたが、野々村監督はどう思われますか?野々村 本当に痛ましいですね。事実関係の全てが明らかになったわけではありませんが、体罰以前の問題として、顧問教師と学校の責任は極めて重い。生徒に良かれと思って手を上げたとしても、その気持ちが生徒に伝わらず、自殺するほど追い込んでしまったことは、教師として言い訳のできないことです。まして報道されているように三十発も四十発も叩いたとしたら、これはもう、リンチと言っていい。ただ、この特異なケースをもって体罰そのものを全否定するのはどうかと思う。教育というものは、理屈だけでは語れません。先生に殴られたおかげで救われた、道を踏み外さずに済んだという生徒もたくさんいるのですから。大阪市立桜宮高の体育館の入り口に設けられた献花台=2015年12月21日午後、大阪市野口 その典型的なケースが、ここにいますよ(笑)。私は高校時代、いわゆる“落ちこぼれ”でした。イギリスにある全寮制の日本人学校に在籍していましたが、勉強が出来ずにグレてしまい、問題ばかり起こしていた。学校側にすれば退学させてしまった方がよっぽど楽だったはずです。しかし先生はそうしなかった。かわりに本気で殴ってくれた。その目を見れば分かるんです。ああ、自分はまだ見捨てられていないんだなって…。野々村 そう、見捨てていないから本気で殴る。野口 今でもはっきり覚えていますが、ある時、私が先生を殴り返してしまった。相手は柔道部の先生でしたから、廊下に出されて激しく投げ飛ばされました。慌てて駆けつけた教頭が「やめて下さい、これ以上やったら問題になりますよ」と割って入りましたが、それを振り切るように先生は、こう言ったんです。「クビになってもいいから、コイツを殴らせてくれ」と─。それを聞いて、参りました、という気持ちになりましたね。野々村 教師と生徒の絆は、そういう時にこそ生まれる。最後は本気と本気のぶつかり合いなんですよ。野口 野々村監督も、本気で生徒を殴っていました?野々村 それはもう、ほぼ毎日(笑)。私が最初に赴任した府中東高校(広島県)は当時、リーゼントに剃り込み、短ラン、長ランは当たり前という、ツッパリがぞろぞろいるような公立校でした。彼らは弁当と煙草くらいしか持ってきませんから、まともな授業は困難です。一コマ五十分間、いかに教師と生徒の関係を維持するかが重要になる。生徒がどんなに騒ごうと我関せずで淡々と板書し、チャイムが鳴れば逃げるように職員室へ戻ってくる同僚もいましたが、私はいつも、彼らと殴り合いをする覚悟で教室に入りました。もちろん不正を見つけたら容赦はしない。鼻血を抜かしても殴り続ける。しかし、私がどんなツッパリとも本気で向き合っていることは誰もが知っていたから、恨まれるようなことはありませんでしたね。野口 自分のために本気で殴ってくれる先生を恨むはずがありませんよ。私は、「クビになってもいいから…」の先生とは卒業後も連絡を取り合い、今も親しくさせてもらっているんです。野々村 私も殴った生徒とは、ほとんど一生の付き合いになっていますね。野口「体罰で育った自分は駄目人間?」体罰で育った自分は駄目人間?(野口)一度でも荒れた教壇に立てば…(野々村)野口 もう一つ、体罰で忘れられないのは、私の学校にあった謹慎部屋のこと。何か問題を起こすと寮から出されて、そこに閉じ込められるんです。野々村 そんな部屋があるんですか? 今の日本だったら許されないな。生徒を廊下に立たせることすら禁じられていますから。野口 生徒虐待としてマスコミから猛バッシングを受けるでしょうね(笑)。しかし、心が荒れていた当時の私にとっては、なくてはならない空間だったように思う。一人で閉じ込められ、反省文を何枚も書かされ、やけになって壁に拳を打ちつけたこともあります。だけど、そのとき感じたコンチクショーの気持ちが精神を強くしてくれた。卒業してからも、エベレストに行く前や失敗したあとに学校を訪ねて、この謹慎部屋に泊まらせてもらうことがあるんです。自分の拳の跡がくっきり残っていて、それを見るたびに、よし頑張ろう、という元気が湧いてくる。だから最近のマスコミ報道で体罰は駄目だ駄目だと全否定されると、その体罰で育ってきた私は何なのか、よっぽど駄目人間なのかと無性に腹が立つんです。野々村 テレビで「体罰では何も変わらない」とコメントする評論家たちは、学校現場を知らないのですよ。「どんな子でもじっくり話せば理解し合える」などと呑気に言う人は、一度でいいから荒れた学校の教壇に立ってみたらいい。野口 おそらく十分も持たないでしょうね。野々村 五分だって怪しい。教室には、言わなくても分かる子、言わなくちゃ分からない子、言っても分からない子がいます。重要なのは、言っても分からない子とどう向かうか。彼らが騒ぐのを止めさせなければ授業が成り立たず、真面目な生徒にも被害が及ぶ。教育は力です。圧倒的な存在感です。一般論や世間体より、何としても教師が生徒の上を行かなければならない。野口 同感です。しかし最近の学校現場は、むしろ逆の方に向かっている。私が今、日本の教育について最も懸念しているのは、先生と生徒の関係が上下ではなく“おともだち”になっていること。最近は小学校でも、男女を問わず先生が生徒を「さん」付けして呼ぶ。一方、生徒は先生に敬語を使わず、ほとんどタメ口。それを先生は怒るどころか、私たちはこんなに仲がいいんですと保護者にアピールするんです。野々村 教育の場になっていませんね。野口 なっていません。大人と子供の関係ですらない。しかし、生徒が本心から“おともだち”の先生を望んでいるかといえば、決してそうではないと思う。私は、学校の記念行事などの講演に呼ばれることが多いんですが、落ちこぼれのイメージがあるためか、荒れた学校の依頼が多いんです。講演する前から校長先生に「うちの生徒は人の話を黙って聞けない。不愉快なこともあるだろうが堪えてほしい」と伏線をはられて、体育館に入ってみるとギャーギャー状態。近くに座っている先生方に、アイツら何とかして下さいと言っても、何もできないでいる。野々村 情けない…。「静かにせんかい」と叱り飛ばす教師は一人もいなかったんですか?野口 萎縮している先生が多いですね。一応、騒いでいる生徒のほうへ近づいていく先生もいるのですが、「引っ込め」と言われて戻ってしまうこともある。結局、私の方がキレてしまい、マイクで思いっきり生徒を殴りつけたり、おしぼりを固く丸めて投げつけたりします。すると会場がシーンとなって、やっと聞く姿勢になるんです。講演が終わると、騒いでいた生徒が謝りに来る。ほかの生徒からも私のホームページに、「怒鳴った大人をはじめて見ました」という書き込みが多数寄せられる。子供たちは、本気で叱ってくれる大人を望んでいるんですよ。それが分かっていないのはむしろ先生たちの方で、帰りに校長室に寄ると、ああいうことをされては困りますと、ブツブツブツブツ言われるんです。野々村「たった一人で〝不良列車〟と対決」問題生徒を排除すれば済むのか(野口)たった一人で〝不良列車〟と対決(野々村)野々村 どんなにいい学校だって、はみ出してしまう生徒が必ず出てくるんだから、その子たちを力ずくでも更生させる、おっかない教師が何人かは必要なんですよ。野口 ええ。しかし体罰を封印してしまえば、先生がおっかなくなくなってしまい、生徒の暴走に歯止めがきかなくなる。そうすると、橋下徹大阪市長も自ら言っていたように、問題生徒を「クラスから放り出すような措置」が必要になってきます。果たしてそれでいいのでしょうか。野々村直通氏野々村 教育の放棄ですね。生徒を更生させる努力もしないで何のための教師か─。手に負えない生徒は警察に任せたらいいという意見もあるようだけれど、私は大反対。少し話はそれますが、二十数年前、私が勤務する高校の近くを走る通学列車内で、地元高校の不良集団が毎日先頭車両を占有し、巡回の車掌を転ばせたり、車内放送を勝手に流したりと、傍若無人の振る舞いで大問題になったことがありました。ほかの乗客は恐ろしくて先頭車両に乗らないから、不良どものやりたい放題です。鉄道警察官が乗車して指導しようとしても、明白な犯罪行為か公務執行妨害がなければ手出しできないので、まったく改善されない。そのことを新聞で知った私は、自家用車での通勤をやめて列車通勤に切り替えました。野口 えっ、一人で先頭車両に乗り込んだのですか?野々村 そういう性分なんですよ(笑)。学校が違うからといって、同じ高校生の非行に教師が見て見ぬふりは出来ませんからね。果たして先頭車両に乗り込むと、煙草の煙がモウモウと立ち籠め、リーゼント頭の不良どもが四人がけのボックス席に一人で足を投げ出して座ったり寝そべったりしている。そのうち誰かが「オッサン、乗ってくる車両が違うで」とか「エエ格好すんじゃねえ」とかはやし立てる。舐められたままでは彼らをつけ上がらせるだけなので、私は「いま言った奴は誰だ!」と一喝したうえ、だらしなく座っていた奴の足を蹴り上げ、「どういう座り方しとんじゃ、ワレ!」とどやしました。野口 すごい。しかしそんなことをしたら、不良たちが一斉に向かってきたのでは?野々村 呆気にとられていましたよ。こっちは血みどろの大乱闘を覚悟しているのに、向こうにその準備はない。「気」と「気」のぶつかり合いは、相手の方へ押し込んだ方が勝ちます。それから私は毎朝先頭車両に乗り込みましたが、直接向かって来ることはありませんでしたね。しかし彼らのだらしない態度が改まったわけではない。十日ほどしたある日、遠くの座席で煙が上がるのが見えました。煙草です。私は、決定的瞬間が来たと思ってその席に駆け寄り、座っていた番長格の不良に「喫煙したな」と詰問しました。しかし彼は私が来る前に煙草を窓から投げ捨てて知らん顔です。「証拠があるのかよ」と言う口から煙が吐き出されたのをみて、私は「それが証拠じゃ」と彼の顔に五、六発見舞い、首根っこをつかんで車掌室まで引きずっていった。そこで説教をしていると、仲間のツッパリが数人集まってきたんです。野口 いよいよ乱闘ですね。野々村 私もそう思って、「どうしたんなら! やるんかい」と立ち上がりました。しかし彼らは姿勢を正してこう言うんです。「先生、お願いがあります。このことはこいつの学校に言わないで下さい。退学になりますから」と。私は、今後は少なくとも学生服で喫煙しないことを誓わせ、学校には言わずに許してやった。それからは、彼らとの間に一定の信頼関係もできて、状況はかなり改善されましたね。野口 いまの日本に必要なのは、まさにそういう先生ですよ。昔は学校だけでなく近所にもカミナリ親父がいて、よその子でも悪いことをするのを見たらゲンコツを食らわせていた。教育の荒廃と言われますが、そういう大人たちがいなくなったことも原因の一つだと思います。野々村 最大の原因でしょう。野口「学生にも『聞かない権利』?」学生にも「聞かない権利」?(野口)お前たちに人権なんかない(野々村)野口 余談ですが、教育の荒廃といえば、まだ人格もできていない子供の頃から「人権」や「権利」を持ち出すのも問題ですね。野々村 私はかつて、全校集会で生徒に、「お前たちに人権なんかないよ。そんなもの、俺は絶対に認めない」と言ったことがあります。生徒だけでなく先生までもが「えっ?」という顔つきになりましたが、かまわず私はこう続けた。「しかしお前たちに人格が備わってきたら、人権を認める。そして学校は、お前たちの人格をつくり、磨く場所なんだ」と。野口健氏野口 まさに正論。野々村監督のような先生が全国の小・中・高校にもっと大勢いたら、教育の荒廃なんて言われることもなかったでしょう。価値の多様化とか、個性を伸ばすとか言って最低限のマナーすら身につけさせないから、自己中心的な無人格者が育ってしまう。野々村 実際、高校に入学してくる生徒をみると、いったい小中学校でどんな教育をしてきたんだろうと首をかしげたくなる子が少なくないですね。しかも年々ひどくなっている。野口 そういう生徒も、高校までは先生がガツンとやればギリギリ変われる。現に私自身がそうでした。だけど大学生になってしまうと、もう手遅れのような気がします。私が受け持っている大学の講義で、一人の男子学生が大幅に遅刻して入室してきたことがありました。しおらしくしているならともかく、ハンバーガーか何かを頬張りながら、平然と私の前を通り過ぎていく。野々村 どうしようもないですね。大学生だと殴り飛ばすわけにもいかないし…。野口 ええ。しかし、その学生は席に着くや否や隣の女子学生とペチャクチャおしゃべりをはじめたので、さすがに私もキレてしまい、「立て!」 と怒鳴りつけたんです。学生は「えっ、オレのこと?」みたいな表情で、どうして自分が立たされるのか分かっていない。私は、「お前に選択肢を二つやる。この場で俺にぶん殴られるか、その場でずっと立っているかだ」と言いました。ここまでくると学生も、私が本気なのが分かってシュンとなりましたが、反省しているようには見えませんでしたね。講義が終わって自室に戻ると、早速ホームページに書き込みが寄せられましたが、高校生のような素直さはない。「ああいうやり方は人権無視だ」とか、「学生にも聞かない権利がある」といったコメントばかり。私は「権利というものは自分でつくるものだ。今の君たちにはない」と返信しましたが、果たして理解してくれたかどうか…。野々村 親に食わせてもらい、大学にまで行かせてもらっているという自覚がないんですよ。大学生なら二十歳前後、時代が時代なら結婚もし、子供がいてもおかしくない年齢です。何だか日本人がだんだん幼児化していくような気がしてならない。野口 一方、さすがだなあと思うのは自衛隊。江田島の海上自衛隊幹部候補生学校に招かれた時のことですが、午前が遠泳の訓練で、午後が私の講義というスケジュールだったので、候補生はみんな眠そうにしている。しかし江田島には青鬼、赤鬼と呼ばれる教官がいて、眠ったら大変です。だから船を漕ぎそうになっている候補生を仲間の候補生がシャーペンでつついたり、自分で手の甲をつねったりかじったりして、懸命に目を開け、聞く姿勢をとっている。その様子が妙に清々しくて、講義が終わった後、教官に大学生の「聞かない権利」の話をしたんです。そしたら教官がただひと言、「野口さん、学生に権利はございません」。私はそれでいいと思う。野々村 それでいいんです。野々村「痛みとともに気持ち伝えて」痛みとともに気持ち伝えて(野々村)柔道家らしくない匿名告発(野口)野口 話を体罰に戻しましょう。桜宮高校の事件に続いて、全日本柔道女子の園田隆二監督の指導が暴力的だというので大問題になりました。強化指定選手五十九人のうち十五人が匿名で告発したため明らかになったことですが、この問題について野々村監督はどう思いますか?野々村 園田監督はとても情熱的な指導者だと聞いていますが、十五人もの選手が暴力だと告発したのなら、やはり指導に問題があったと言わざるを得ません。お前のために手を上げるんだ、この一発がお前のためになるんだということが、しっかり伝わっていなかった。野口 園田監督も辞任の記者会見で「一方的な信頼関係だった」と反省していましたね。野々村 そう。スポーツ指導において手を上げる時は、痛みとともに気持ちを伝えなければならない。痛みだけでは暴力です。叩かれた側が単なる暴力と感じてしまったら、指導のやり方として失敗なんです。野口 ただ、批判を恐れずに言うならば、匿名というのはどうか。正々堂々の武道精神にはそぐわないような気もするのですが…。野々村 確かにそうですね。それに彼女たちはもう子供じゃない。立派な大人だ。野口 ええ。指導に問題があれば泣き寝入りせず、告発するのも一つの手段でしょう。だからこそ柔道家として、責任ある大人として、名乗り出てほしかった。そうでないと具体的にどんな指導がいけなかったのか、きちんと検証できませんから。告発した選手に不利益があってはなりませんが、それを大義名分とし、匿名の主張を鵜呑みにして一切の反論を許さないマスコミ報道は問題です。もしも名乗り出たことによって代表選手から外されたなら、そのときこそ柔道連盟などの不当を徹底追及したらいい。匿名の告発を奨励するような社会は、とても危険ですよ。2012年のプロ野球日本シリーズ第2戦、巨人・沢村拓一投手(左)の頭を叩く阿部慎之助捕手=2012年10月28日、東京ドーム(撮影・中鉢久美子)野々村 それは危険だ。共産主義の独裁国家と同じ体質になってしまう。そもそもマスコミは、学校教育における体罰と、スポーツ指導における体罰を混同していますよ。悪いことをしたら行うのが前者の体罰ですが、スポーツ指導においては集中力を高めるために行われる。例えば大事な試合で緊張してしまい、ガチガチに固くなったり頭の中が真っ白になったりする選手がよくいます。彼らに「落ち着け」と言ってもなかなか耳に届かない。そんなとき、バシッと叩いて「しっかりせい!」と言うと、はっと目を覚ましたように顔つきが変わり、「はいっ、頑張ります」と自分を取り戻す。野口 昨秋のプロ野球日本シリーズ第二戦で、ジャイアンツの沢村拓一投手が集中力を欠いてサインを見落としたとき、阿部慎之助捕手がマウンドに近寄って、沢村投手の頭をバシッと叩きましたよね。それまで沢村投手はデッドボールを繰り返すなど乱調気味でしたが、その一撃で別人のように立ち直り、無失点の好投で勝利投手になった。野々村 あの時はマスコミも、阿部が沢村を叩いたことを美談として報じたんですよね。野口 批判的な報道はなかったと思いますよ。今だったら暴力捕手にされてしまうかも知れませんが…(苦笑)。野々村 高校野球でも、一発のビンタが試合を変えるということはよくある。もっとも監督は、勝つためだけに部員を叩いたりはしません。一番いけないのは、頭が真っ白なまま試合を終わらせること。部員は三年間、この一戦のために厳しい練習を耐え抜いてきた。それなのに、試合後「よく覚えていません」ではあまりにかわいそう。負けてもいいから悔いの残らない試合をさせてあげたい。そう思って手を上げるんです。野口 なるほど。マスコミなどはスポーツ指導における体罰を、勝利至上主義が生み出した弊害と決めつけますが、悔いを残さないためにという側面もあるんですね。ところで、練習中でも手を上げることはありますか?野々村 集中力を欠いていたらね。心ここにあらずで練習しても上達しません。時間の無駄であり部員のためにならない。怪我の原因にもなります。ただ、口で言って分かるときは叩きませんよ。逆効果になることもある。部員を叩く以上、それが部員にとってプラスになるかマイナスになるかを見極めなければならない。桜宮高校の事件は、その見極めが不十分だった。それがあのような悲劇につながったのだと思います。野口「若年層の自殺増加に歯止めを」若年層の自殺増加に歯止めを(野口)「命」の対極にある「死」も直視(野々村)野口 桜宮高校の事件について不謹慎だと非難されるかも知れませんが、もしもひと昔前の、「巨人の星」のようなスポ根マンガが受け入れられていた時代だったら、あのキャプテンの未来も変わっていたのではないかと思わざるを得ません。野々村 一般論として、子供たちの耐性が弱まっているのは確かです。温室育ちで一度もおなかをすかした経験がない、危険な目に遭ったこともないという環境にあって、何が何でも生き抜くんだという荒々しさが決定的に欠けている。野口 内閣府の自殺対策白書によると、日本では十代後半から三十代前半の死因のトップが「自殺」で、先進国の中では最も若者の自殺率が高いそうです。しかも若者の自殺は最近ますます増えている。文部科学省は「命を大切にする教育を」とお題目のように唱えますが、理屈だけで子供たちの耐性を強めることなどできませんよ。野々村 そうですね。「命の大切さ」ではなく、 「命」そのものを感じさせなければならない。そのためには、「命」の対極にある「死」を直視させることも必要です。私は開星高校(島根県)で野球部をゼロからつくって、六年目に甲子園出場を果たしたものの、その後はなかなか結果を出せないでいた。すっかり自信を失いかけた平成十三年の春、思い切って部員を江田島に連れて行き、一週間の合宿を行いました。野口 野球部の合宿を江田島で?野々村 夏の大会をひかえた大事な時期でしたが、技術面の向上よりメンタル面を強化したかった。そこで部員に海上自衛隊の訓練や、特攻隊の遺書などが展示されている「教育参考館」を見学させたのです。その効果は予想以上で、部員たちはとくに、特攻隊の遺書に激しく心を揺さぶられたようでした。野球がしたくても出来ない時代に生まれ、自分たちとそれほど変わらない年齢で家族のため、国家のために笑って散っていった若者たちがいたことを知り、部員たちは、この尊い犠牲の上に自分たちがいることを、だからこそ一生懸命生きなければならないことを学んだのです。その年の夏、私たちは念願の甲子園切符を手にしました。以来、春休みの江田島合宿は開星高校野球部の恒例行事になっています。野口 成績はどうです?野々村 江田島合宿をはじめてから平成二十三年までの十年間で、春夏合わせて九回の甲子園出場。野口 それはすごい。野々村 平成十九年夏にようやく甲子園での初勝利を挙げましたが、その試合後、エースの部員がマスコミの取材に、「僕たちは特攻隊精神を学んでいたから死にもの狂いで頑張れた」などと答えているのを聞いて、私の指導法は間違っていなかったと実感した。もっともこのコメントは、主催の朝日新聞はもちろん一般紙には全く掲載されず、スポーツ紙が一紙だけ取り上げただけでしたが…(苦笑)。野々村「体罰より戦後教育を全否定せよ」英霊を敬えぬ国家に未来はない(野口)体罰より戦後教育を全否定せよ(野々村)野口 「死」を直視してこそ「生」を学ぶ…。なるほど、その通りですね。私の実体験に照らしても強く共感します。過去に何度か死ぬ思いをしてきましたが、平成十七年にヒマラヤで悪天候に閉じ込められた時は、さすがにもう駄目かと思い、テントの中で無我夢中で遺書を書きました。でも、この遺書は果たして家族に届くのだろうか、私の遺体を誰かが見つけてくれるのだろうかという思いがよぎります。そんな時、戦場で亡くなった日本兵のことが頭に浮かびました。日本兵のご遺骨は今も戦地の土中にある。きっと日本に、祖国に帰りたいに違いない。そうだ、もしも私が生還できたなら、遺骨収集を行おうと、心に決めたのです。野々村 野口さんが遺骨収集に尽力されていることは知っていましたが、その背景に、死と隣り合わせの壮絶な体験があったのですね。野口 以来、小中学校の講演に呼ばれると、いろいろなエピソードの一つとして遺骨収集について触れることにしています。先生方からは、「イデオロギーに絡む話はちょっと…」などと渋い顔をされることもありますが、国家に殉じた方々のご遺骨を収集し、慰霊するのに右も左もない。何より子供たちが真剣に耳を傾けている。ある小学校では講演後、生徒代表の六年生が「野口さん、兵隊さんのために遺骨を収集して下さり、ありがとうございます」とスピーチしてくれたこともあります。野々村 色眼鏡のない子供たちの、そういう反応は嬉しいですね。遺骨収集に子供たちを連れて行くこともあるんですか?野口 そこまではまだ…。ただ、先日インターネットで参加者を募り、沖縄の洞窟内での遺骨収集ツアーを企画した時は、予想以上に若い方々が集まってくれました。中には高校生もいて、「学校はどうしたんだ?」と聞くと、「先生に相談したら『授業より大事なことが学べるからそっちに行け』と言われました。お金はアルバイトで貯めました」と答えてくれた。そんなメンバーだから意識も高い。洞窟内のご遺骨の一部は、米軍の火炎放射器でやられているから黒こげなんです。それを手に取ると、自分の「生」を、「命」を、強く感じざるを得ない。同時に英霊への感謝の気持ちが溢れてくる。命の教育の本質が、ここにあるのではないでしょうか。国家のために死んでいった人たちを敬えない国家に未来はありません。野々村 私と全く同じ意見だ。自分が今あるのは先人のおかげ。先人に感謝し、後世に感謝される「生」を生きなければならない。それは理屈ではありません。子供たちに必要なのは、体罰の全否定ではなく、理屈だらけの戦後教育の全否定なのです。ののむら・なおみち 昭和26(1951)年、島根県生まれ。広島大学卒業後、広島県の府中東高校に赴任し、野球部監督に就任。昭和54年春のセンバツ甲子園出場を果たす。63年に松江第一(現・開星)高校に赴任し、野球部の初代監督に就任。同校を春2回、夏7回の甲子園出場に導く。平成24年に退任後は教育評論家として活躍。著書に『やくざ監督と呼ばれて』『にっぽん玉砕道』。のぐち・けん 昭和48(1973)年、アメリカ・ボストン生まれ。亜細亜大学卒。故植村直己氏の著書に感銘を受けて登山を始め、25歳で当時の7大陸最高峰世界最年少登頂記録を達成。現在はエベレストや富士山での清掃登山など環境保全活動につとめるほか、日本兵の遺骨収集活動に取り組む。著書に『落ちこぼれてエベレスト』『自然と国家と人間と』『それでも僕は「現場」に行く』など。(※iRONNA編集部注:肩書き等は『月刊正論』掲載当時のものです)

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    子供には体罰を受ける権利がある

    ですか。 戸塚 体罰とは「進歩を目的とした有形力の行使」です。子供を進歩させようとしてやるものです。教育とは人間を進歩させるための行為です。ところが、現在の教育にはこのことが置き去りにされています。 なぜ置き去りにされてしまったか。それは人間は神が創造したのだから、生まれたときにすでに完成品であるというキリスト教思想の影響です。それが根底にありますから、「進歩させる」なんてことは、神の意思に反する行為になってしまう。ですから、欧米では表向きは体罰不要という顔をして、裏でしっかり体罰をやってきた。 ──体罰をしなければ、子供は進歩しないということが経験的にわかっていた。 戸塚 そうです。欧米の教師はつい最近までムチを持って教育をしてきた。欧米に限らず東洋でも同じです。「教」という漢字は「聖なる家、つまり教室に子供を入れて木の枝でムチ打つ」ということを表す象形文字なんですよ。ところが、ここ半世紀、権利思想を持ちだして、「子供の権利の侵害になるから体罰をしてはいけない」という声が大きくなった。しかし、これは逆です。体罰をしなければ子供は進歩しません。つまり、子供が進歩する権利を奪っているんですよ。私に言わせれば、子供には体罰を受ける権利があるんです。体罰否定派が金科玉条のように持ち出すのは「学校教育法十一条」でしょう。《校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない》 懲戒はしてもかまわないといいながら、体罰はいけないという。ここには、体罰は教育方法の一つであるという認識がありますが、それを理由もなく封じている。非常に矛盾に満ちた条文です。つまり、体罰は教育であるが、体罰をしてはいけないと書いてあるんですよ。これは教育を受ける権利の侵害です。子供には体罰を受ける権利があるんです。 体罰否定派の人々に問いたいのは、体罰をどう定義しているのか、さらに体罰が悪というのであれば、善悪をどう判断しているのかということです。体罰の定義もできず、善悪の判断もできない連中が、体罰を悪だと決めつけているのがわが国の現状です。彼らが言っているのは丹波哲郎の『大霊界』と同じです。丹波哲郎は「霊界はある。なぜならばあるからだ」と言っています(笑)。彼らは「体罰は悪である。なぜなら悪いからだ」と言っているにすぎません。 ──では、戸塚さんは「善悪」をどのように判断するのですか。 戸塚 これは「性善説」から考えていけばいいんです。『中庸』にこうあります。「天の命ずる之を性と謂う」。「天の命ずる」わけですから、自分でつくったものではないという意味ですよね。要するに「本能が善なり」なんです。ヨーロッパの場合は逆で「理性が善なり」です。彼らにとっては「本能が悪なり」。つまり本来の意味で言えば「性悪説」です。ところが、彼らは人間には生まれながらにして理性が備わっているから「性善説」だと主張する。これは欺瞞です。「理性が善なり」とはすなわち「性悪説」です。 ──『エミール』を書いたルソーあたりにその淵源はあるのでしょうか。 戸塚 いや、もっと昔からヨーロッパの哲学は、「理性は善なり」から始まります。真理は「本能は善なり」なのに、彼らは長い歴史の中でねじ曲げていった。彼らは理性とは何かを知りません。それなのに「理性は善なり」としてギリシャ哲学はスタートする。のちにキリスト教が、「理性は神が与えたものであるから善である」というお墨付きを与えてしまった。 ──なるほど。東西とも人間は生まれながらにして善だと考えているわけですが、東洋の場合は、本能を十分に伸ばしてやれば、善悪の判断ができるようになると考える。西欧の場合は、理性を伸ばし本能をコントロールすることで善悪の判断ができるようになると考える。 戸塚 どちらが真理か、明らかでしょう。 ──ええ。本能重視は伝統主義であり、理性重視は設計主義とも言えますね。現代は理性万能主義のため、人間はどんどんおかしくなり始めているように思います。 戸塚 強い本能の上にこそ、理性が打ち立てられるということがわかっていないからです。人間の本能を強くするには、小学校の低学年までの教育が特に重要になってきます。『孟子』には「浩然の気を養う」と書いてあります。幼い頃に浩然の気(生命力や活力の源となる気)を養ったら、本能が確立し、善悪が判断できるようになるというのです。東洋の教育論はこの時点で完成していました。ところが、敗戦後、マッカーサーが精神のクーデターを実行してしまった。「大和魂はだめだ。欧米流の精神論に変えろ」と。そうして、わが国は「性善説」から「性悪説」に転換させられてしまった。サンフランシスコ講和条約の後で元に戻すべきでしたが、偏差値秀才の役人には欧米流が正しいに決まっているという舶来信仰があった。情けないのは教育学者です。欧米流の精神論に基づいて教育論をつくりあげ、それに基づいた教育が今日まで続いている。欧米流の精神論は明らかに間違いなんだから、それを基にした教育論で教育が上手くできるはずがないんですよ。 日教組が目指した教育を象徴しているのが、平成二年に三一書房が出した『生徒人権手帳』です。その惹句は《権利を知らないことは恐ろしい。学校の中で権利を主張し、行使することは、未来を変えることだ。おしつけの「生徒手帳」の代わりに『生徒人権手帳』をポケットに》ですよ。要するにいっさいの校則を無視しろ、それが君たちの権利だと主張しています。 学校で本能を鍛えることをいっさいせず、権利ばかりを教えてしまった結果、子供たちの生きる能力が低下していったんです。だから簡単に自殺する。桜宮高校の事件をきっかけに、体罰を禁止し、子供の権利を重視するという方向にマスコミは議論を向けようとしていますが、それでは根本的な解決にはなりません。むしろ子供をもっと悪くしてしまう。 ──簡単に自殺する子供が増えてしまうということですね。 戸塚 その通りです。本能を強くすることを教育の根本に置かなければ、事態は変わりませんよ。肉体的痛みと恥の感情が子供を進歩させる肉体的痛みと恥の感情が子供を進歩させる ──ここで、根本的な質問ですが、本能を強くするためには、体罰は必要不可欠なのでしょうか。 戸塚 そうです。特に小学校までは必要不可欠です。この時期に本能を司る脳幹を太く強くしておかないと、生きる能力が弱くなってしまいます。そのためには質の高い不快感を与えないとだめなんです。不快を避けて快へ向かうのが動物の本能です。不快の質が高ければ高いほど、快へ向かおうとする力が養われる。すなわち脳幹が鍛えられ本能が強くなる。もっとも質の高い不快感は死の恐怖です。戸塚ヨットスクールでは、溺れて死ぬかもしれないという不快感を生徒に与えることで、脳幹を鍛えていましたが、まさか、小学校で死の恐怖を与えるわけにいきません。そこで必要なのが、肉体的な痛みと恥ずかしさを子供に与える不快感、すなわち体罰なんです。 ──言葉だけではだめですか。 戸塚 だめです。言葉だけでは本能に働きかけません。恥ずかしいという感覚と肉体的な痛みがあって初めて、効果が出るんですよ。しかし、それも中学生までで、高校生になると体罰をしても効果は薄いと、体験的に感じます。 ──それは戸塚ヨットスクールの実践で感じたことですか。 戸塚 そうです。大人になって入ってきても、効果は薄い。はっきり言って手遅れですね。トークショーにゲスト出演した戸塚ヨットスクールの戸塚宏校長=東京都渋谷区 ──そうすると、桜宮高校のバスケットボール部の顧問の体罰はそれほど意味がなかった。 戸塚 高校になると効果が薄くなるのは間違いありません。ただし、彼はキャプテンでした。「なでしこジャパン」がワールドカップでアメリカを破ったときに、アメリカのキャプテンが「テクニックにしても体力にしても、自分たちのほうが上だった。それなのに自分たちに勝ったのだから大したものだ」と言ったでしょう。つまり、なでしこジャパンには「プラスα」があったからアメリカに勝てた。チームスポーツで「プラスα」をつくり出すのがキャプテンの役目なんです。これを「和」と言います。チームが「和」で行動すると「楽(がく)」になる。「楽」の状態になるとチームは実力以上の能力を発揮するんですよ。 ──それはわかります。 戸塚 日本人は「和」をつくるのが得意です。「和を以て貴しとなす」以来の伝統です。聖徳太子のころからわかっていたんですね。個人主義の欧米にはそれがない。そういうことを、日本のスポーツ指導者は常識として知っています。練習のときは指導者がまとめることができても、試合のときはキャプテンがまとめなければならない。まとめることのできるキャプテンをつくらないことには、試合は負ける。 死者にムチ打つわけではないですが、報道を見る限り、自殺した子にはそういうキャプテンとしての資質がなかったのではないでしょうか。それなのに、自分からキャプテンに立候補している。顧問としては、「まいったな」と思ったはずです。でも彼の自主性を重んじて、彼を本物のキャプテンにしてやろうとした。そうするとしごかざるを得ない。それはもうごく当たり前のことでね。 ──なるほど。そうすると戸塚さんは、あの顧問の指導方法は間違っていなかったと考える。 戸塚 正しいです。顧問は彼に恥と肉体的な痛みを与えて進歩させようとしていたことは間違いありません。 ──ほかに方法はなかったのでしょうか。 戸塚 彼を本物のキャプテンにしようと本気で考えたなら、それ以外に方法はありません。問題は、それまで彼に体罰を与えてくれる指導者がいなかったということです。小さなころから体罰を与えられ、本能が強くなっていたら、簡単に死ぬことなど考えません。ところが、いまの子供はしごかれたり体罰を受けるくらいなら、死んだほうがましだと考えてしまう。本能が確立されていないから、小さな不快感から逃げるために死を選んでしまう。 ──本末転倒ですね。 戸塚 そういう子供を作ってしまったんですよ。それでも、去年一年間で、体罰のために処分された教師は四百人いました。彼らは体罰をしたら処分されるということがわかっているのにやっているんですよ。自分がリスクを全部負って子供を進歩させようとしている。それをマスコミや教育委員会や文科省が責める。冗談じゃない。 ──二つお聞きしたいことがあります。まず一つは、体罰と暴力の違いについて。もう一つは体罰を行使していい人間としての資格についてです。そういう資格のない人間が体罰を行使すると、それはまさに暴力となって事故が起こるという気がします。 戸塚 マスコミや馬鹿な評論家たちは「体罰は暴力だ」と論陣を張っていますが、先に言ったように、体罰と暴力は目的が違うんです。体罰というのは、相手を進歩させるため。つまり、相手の利益のためにやるんですよ。暴力というのは、自分の利益のため。 ──しかし、それは体罰を行使する人間の心の中の問題ですから、判別がつきません。もしかすると、単なるサディストで、子供を殴ることによって自分が快感を得ていると思われる教師だっているのではないですか。 戸塚 それは絶対ないとは言いませんが、ほとんどの教師は子供の進歩のために不利益を承知でやっていると私は思いますね。特に体育会系の教師は、自分が体罰で進歩したことを知っているから、体罰を行使しようとします。 ──しかし、体罰を受け止める子供が体罰の意味をまったく理解できず、単に自分は被害者だと思うようになっています。 戸塚 それはマスコミの影響が大きいですね。自分の不利益を考えず体罰を与える教師を暴力教師として叩く。子供はこれを見て、自分は被害者だと思い込んでしまう。私が問題だと思うのは体罰の仕方です。いまの教師は間違いなく下手くそになっています。なぜなら、体罰を禁止したからです。体罰をするのは本当に難しい。一度禁止してそのやり方を途絶えさせてしまったら、誰も体罰ができないようになってしまう。ここまできてしまったら、非常に緩やかなとこから始めていくしかないと思います。ちょっと足らんかなあ、と思うぐらいの体罰から始めていく。ただし、みんなの前でやらないとだめです。なぜかというと、子供に恥をかかせるだけでも本能を鍛える効果はあるからです。 ──今回の桜宮高校の場合、更衣室にキャプテンを呼んでビンタをしたと報道されています。つまり陰でやっていた。顧問も体罰の仕方が下手だった。 戸塚 そうだとしたら、顧問のやり方は間違っています。今の教育は「叱るより褒めろ」という考えが主流になっています。だから妥協案として、叱るときはこっそりと一人だけ叱れという指導方法が普通になってしまいました。顧問もその影響を受けていたんでしょう。文科省を筆頭に、教育に関係する連中が人間というものを知らないんですよ。子供は恥をかいて進歩するものなんです。そこもわからず「叱るより褒めろ」という。こんな空疎な理念を現場に押し付けていたら、本来の教育は成り立ちません。藁一本がラクダの背を折る藁一本がラクダの背を折る ──これまでのお話をまとめると、小学校、遅くとも中学校のうちに本能を確立させる教育をしなければならない。そのためには恥と肉体的痛みを与える体罰が必要だということですね。 戸塚 そうです。子供には恥と肉体的痛みという両方の不快感を与えてやらないといけない。動物の行動というのは、不快感が基になるんです。不快を避けて快を求めるというのが行動です。行動することで本能が鍛えられる。しかし、子供には自分で自分に不快を課すことはできません。だから大人が手伝って不快を課してやることが大切なんです。 ──家庭教育、小中学校の教育で適切な体罰を与え、本能が確立すれば、高校では体罰は不要になるということですね。 戸塚 ええ。本能が鍛えられていれば言葉で十分です。でもそうなっていない。桜宮高校の事件の本質はそこにあります。この事件では、体罰を与えた顧問一人が悪者扱いされていますが、それは間違いです。マスコミというのは、最後に関わったものに全責任を負わしてしまうところがある。「藁一本がラクダの背を折る」という言葉があります。藁一本でラクダの背が折れるはずがないのに折れてしまう。つまり、藁一本を加えるだけで折れてしまうほどの負荷がそれまでにかかっていたということです。つまり、キャプテンが自殺をした原因は、それまでの成育歴の中にあるということです。それを調べることもなく顧問一人に責任を押しつけている。おそらくキャプテンは体罰を受けることもなく、本能が鍛えられないまま高校生になってしまったんでしょう。戸塚ヨットスクールに来る子供の成育歴を調べてみると、どの子も体罰を受けたことがありません。彼らの脳幹をCTスキャンで調べてみると、だれもが細く未発達です。小さいころからきちんと体罰を受けていれば、うちに来るようなことはないはずです。 ──つまり、家庭教育、小中学校の教育に原因があり、顧問の体罰がラクダの背を折る一本の藁になった。結果的に一人の高校生が死んでしまった。この事件を私たちはどう生かしていけばいいのでしょうか。 戸塚 はっきり言えるのは、大阪市の橋下徹市長が言うように体罰を禁止することではありません。それは子供の教育を放棄したあまりにも無責任な対応です。残念ながらいまの日本では親をあてにできませんから、教師には体罰の与え方の研修を施し、子供に小学校のころからきちんとした体罰を与えてやることです。そして中学、高校の教師は、いまの子供は年寄りと同じで、蹴躓いたら骨が折れてしまうし、精神的にもポキンと折れやすいということを肝に銘じて対応するしかないでしょう。 ──体罰を禁止している文科省に、体罰の与え方の研修なんていう発想は絶対に出てこないでしょう。いずれにしてもポイントは小学校の教育ですね。 戸塚 そうです。小学校で本能を鍛える教育がなおざりにされているから、中学や高校で問題が起こるんです。それだけではありません。せっかく就職しても、壁にぶつかるとすぐに心が折れ、退職したり鬱病になって休職したりする。 ──企業も新人の扱いに苦慮しているようですね。きつく当たるとすぐに「パワハラ」と非難される。 戸塚 このままでは国がつぶれますよ。企業の教育担当者から「ちょっと怒ったらすぐ辞めてしまう。辞めたら自分の責任にされる。どうしたらいいんだ」という相談を受けますが、企業では解決のしようはありません。小学校の教育を根本から変えない限り、解決はあり得ないでしょうね。 いまの教育は女に乗っ取られているでしょう。「かわいい、かわいい」って。事業仕分けのときに明らかになったじゃないですか。蓮舫が「コンピューター予算を削れ」と言い出した。あれが女の考えなんですよ。それを削ったら将来どうなるのか、考えが及ばない。戦略的にものを考えることができないのが女なんですよ。『論語』には「巧言徳を乱す」という言葉があります。きれい事ばかりを言っていると人間性が低下すると。また、「小を忍ばざれば大謀乱る」という言葉もあります。いまが辛いからといって、それに耐えられなければ将来はない、という意味です。朱子はこれに「女の仁」という注釈をつけています。つまり、女はそういうものだから、男はそうあってはならないと言っている。ところが女に同調する男がいる。これが「匹夫」です。いまは日本中の男が匹夫になってしまいました。こういう事態になったのは全部男の責任なんです。情けない。男は子供に対して体罰を加える義務がある。女にやれとは言いません。 ──わかりました。聞き手/月刊正論 桑原聡とつか・ひろし 昭和15(1940)年、朝鮮半島生まれ。名古屋大学工学部卒。昭和50年、沖縄国際海洋博記念太平洋横断レースで優勝、その翌年に戸塚ヨットスクールを開校。情緒障害の子供を鍛える実践の中で独自の「脳幹論」を構築する。著書に『私が直す!』『獄中記』『敵は脳幹にあり』『本能の力』など。

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    我が子が体罰にあったら? 親と先生のあるべき関係

    ないことを誓ってもらいたいことなどの話し合いをしました。 だけど、結論を得ないままこの体罰教師は市の教育委員会に異動してしまったんです! というか、教育委員会が囲ったのか? もう腹の虫が収まらない家族は弁護士を立てて裁判に!秋津コミュニティの「うらの畑」サークルが咲かせたビオトープまわりの花々 そのうえで裁判支援の会合が秋津の集会所で何度か催され、私も参加しました。 弁護士からの経過や体罰は法的には暴行であり許されないことの説明や、お母さんの子を思う真摯な気持ち、体罰を決して許さない親としての責任感、絶対許さない体罰教師への決意などをうかがいました。 私も3人の子の親として身が震えるほどの責任の重さを感じ、多くのことを学びました。先生と親が何でも話し合える「PTA談話室」で体罰について議論先生と親が何でも話し合える「PTA談話室」で体罰について議論「○○くんは遅刻してきたから先生が……」「○○くんちは母子家庭だし……」 ヘンな噂が流れ出しました。 そして、「先生の処分を寛大にしてください」といった主旨の署名集めがはじまったんです! 「なんだ、この親たちは! 体罰教師の罪を問うんではなく、逆に体罰を受けた生徒や家族を踏みにじるようなことに加担するとはけしからん!」と、私は激しく憤りました。秋津小学校PTA主催の「PTA談話室」。真ん中のひげ面が筆者。1991年10月 同時に秋津の大人たちへの偽善的な疑義を感じました。 だって、自分の子が受けたならこんな行動はしないだろうと思うからです。 そんな疑義を保持し続けていたから秋津小学校PTA会長にのちになった際、先生と親が何でも話し合える「PTA談話室」を開設し、「人権と体罰」をテーマにした議論もしました。【第3回PTA談話室】 開催日:10月26日午後2時 会場:秋津小学校2階和室<テーマ>子どもの人権と家庭や学校における体罰について◎「人権」とか「体罰」と聞くと、なんだかとても恐ろしそうですが、大人からすると「愛するがゆえに」や、「教育的配慮」から、言葉を含めてついゴツン! とやってしまうことはありませんか?◎いくら「愛があっても」「教育的配慮」からであっても、やってはいけないことはあります。そのへんを議論し整理してみたいと思います。◎体験談などを持ちよって、話し合いたいと思います。◎中学・高校生も大歓迎です。◎もちろん、一般の方も大歓迎です。お気軽にどうぞ! 「地域に開かれたPTA」も意識して、会員外の地域の方々にもチラシを配布しました。実際にPTAOB・OGを中心に参加を得たことはうれしかったです。「ある程度の『体罰』は仕方ない」派と「絶対ダメ」派 この談話室で意見がわかれたのは、「ある程度の『体罰』はしかたがないのでは?」ということでした。「しかたがない」派は、自分の子どものころの「愛情のある『体罰』によって目覚めた経験」などを例に出し、ディベートを仕掛けてきます。 対する「絶対ダメ」派は、「『ある程度』を誰がどの程度と決められるのか?」や「体罰を加える側の自己満足で終わり、体罰を受けた子にはしこりが残る」ことを、やはり自分の経験から話します。 こう着状態がしばらく続きました。 すると、のちに中学校PTA会長になったあるお母さんがきっぱりといったのです。 「私は、どんな場合でも絶対に反対です! 体罰がいかにも教育的な配慮に聞えても結局は暴力ですから!」 「体罰を受けて良かったと思う子は、ほかの手段でもわかる子です! 体罰を受けることにより心に生涯の傷をおったり、大人社会への不信感を持つ子どもになることが耐えられません!」とね。 この発言が談話室の結論になりました。 ところで○○くんの体罰事件は、校長が全校生徒の前で謝罪し、2度と起こさないことの決意を語ったことから家族と体罰教師とは示談になりました。 しかし、この教師は中学には戻れずにその後どうなったのかはわかりません。興味もないけどね。長男が遭遇した体罰教師長男が遭遇した体罰教師 ところがその後、私の長男が中学生になってから、またまた体罰教師があらわれました! 「あったまくるよな! センコー(実名を挙げて)!」と、息子が憤慨してしゃべくりながら家に帰ってきました。 息子と同じ男バス(男子のバスケットボール部)のキャプテンのふかちゃん(愛称)もいます。 ふかちゃんと息子は小学校のミニバスケットボールクラブ時代からの親友です。 私は2人を見ました。 すると、ふかちゃんの唇から血が出ています。「どうしたんだ?」と私。「センコーがさあ、『みんながだらだらしてんのはキャプテンが悪い!』と怒鳴りだしてさあ、ふかちゃんを殴り倒して足で蹴ったんだ、何度もだよ!」と息子。ふかちゃんは、小さくうなずきました。 そんな2人の様子に「体罰は間違いないな」と確信しつつ私は訊ねました。1歳の長男をおんぶして長女と近所にお散歩中の若い頃の筆者。1981年9月「お前たちに先生は謝ったのか?」「してない、『帰れ!』て怒鳴った」と息子。「先生は前からお前たちを小突いてたんだよな」と、私は以前から聞いていたことの確認をしました。そして、無性にむかっ腹が立ってきました。「今どこにいるんだ?」「どこどこ中学の体育館でうちのチームと練習試合中」と息子。「よし、父さん、行くから!」 で、私はまたまた自転車でどこどこ中学に向かいました。 どこどこ中学は、息子たちが通う中学と離れていますが自転車で20分ほど。体罰はあっさり認めたが… 体育館を覗くと、巨漢(多分100キロ以上はある)の「あいつ」は腕組みして椅子に座りながら試合を追っています。 顔が合った息子の男バス仲間を呼びとめ、あいつに「岸の父親が用事があり来ていること」を伝えてもらうように頼みました。 あいつに近寄り耳打ちしてくれましたが、あいつはチラっとこちらを見ただけで動きません。 練習試合の終了後、あいつはのしのしとカラダを揺さぶりながら私の元にやってきました。 ふてぶてしい態度で「なんですか?」とあいつ。1歳の長男をおんぶして長女と近所にお散歩中の若い頃の筆者。1981年9月 私は男バス仲間のチューボーたちに知られないような配慮と、あいつの面子をつぶさないために笑顔をつくろいおだやかに事実を問いました。 「事実です」と、憮然としながらではありますが、あっさりとあいつは認めました。 「じゃあ、全員の前で謝罪してくれますか? そして、2度としないことも誓ってくれますか?」と私。 しばらく間があり、「……そうします」とあいつ。 なんだか気が抜けた私は、あいつの言質を信じ、帰宅しました。その後、私は毎日息子に聞きました。「あいつは謝ったか?」と。「まだ」と息子。 そんな状態が数日続きました。 私はあいつに「いつ実行するのか」としたためた手紙を書き、息子に届けさせました。 「おとん、センコーがみんなに謝ったよ!」と息子が帰宅するなり大声でいいました。手紙後3日目でした。 「おお、よかったじゃん!」「もう、しないと思うからバスケがんばんな!」と励ましました。卒業式後に体育館裏で殴られていた長男卒業式後に体育館裏で殴られていた長男 で、後日談その1。 ワイフがお母さん仲間から聞いたこと。 「ねえあなた、どこどこのお母さんは、息子を叱るとき『岸くんのお父さんにいいつけちゃうからね!』っていっているんだって!」とおもしろおかしくいいました。 男バスのセンコー体罰事件の顛末が噂になり、私は「恐~いお父さん」になってしまったようなんです。全然関係ないのにね、ま、いいっか。 で、後日談その2。 「しのくん(息子のこと)、卒業式後に先生(例の体罰センコー)から体育館の裏に連れだされて殴られたんだってね!」と、息子と同年の女の子のお母さんから聞かされました。 「コノヤロー! まだやってんのか!」と瞬間に腹が立ちましたが、息子に確認してからと思い息子に訊きました。 「やられてないよ、僕知らない」とのこと。 私は単なる噂かなと思いなおしました。成人して3人のお父さんになった長男が保育園の運動会で子どもと競技。2012年 ところがずいぶんあとになり成人した息子との雑談から真相を知りました。 「じつはあのときセンコーに殴られたんだ。おとんにチクッタから恥をかかされたって。でもおとんにいうと何するかわからないでしょ。だから『やられてない』っていったの」と息子。 私は真相にいきり立ちましたが、父に対しての当時の息子の想いを知り、また成長した様子からもとてもうれしく思いました。親の常識「学校信仰=学校の絶対化」 さて、当時をふり返ると、あのころの私は、親なのに学校や先生に遠慮をしていうべきことをいわないことや、親がなすべきことなのに、学校や先生任せや頼ることが多すぎはしないかなどの親側に長年つちかわれて常識のようになってしまった「学校信仰=学校の絶対化」の姿勢が気になっていました。 先生と親は、本来上下のものではなく対等であるべきです。それがどうも目には見えない上下の関係があるかのように思えてしかたがありませんでした。 親は子どもの面倒を「産んだ責任者」としてどんなことがあっても一生みる存在であり(もちろん成人すれば法的な義務はありませんが)、先生は担任であっても3年がいいところ。ですからおのずと責任の重さは決まっています。 だから、責任を押しつけたり逆に放棄するのではなく、互いの立場を尊重しながら互いが責任をしっかり持ち対応する関係だろうと考えていました。最近では中学校にも出入りする秋津のお父さんたち。教室に扇風機を取り付けました。 その意味では、大人になりきれない親としての認識不足や怠慢を不満に感じていたのかも知れません。 そうそう、息子に暴力をふるった「あいつ」の後日談その3。 これもワイフが仕入れたネタ。息子が中学を卒業して数年後。 「ねえねえ、あの先生、海外の日本人学校に異動したんだって!」とワイフが笑いをこらえながらいいます。 「そしたらね、『外国にまで日本の恥をさらすのか!』ってあるお母さんがいったの!」と、もうおかしくってしかたがない状態でワイフが続けました。 この教師はその後日本に戻り結婚したとの噂が流れましたが定かではありません、ハイ! てなことで、子どもが中学生ともなるとけっこういろいろなことがあり、おやじの出番も増えちゃうのよね。 では、良い年をお迎えくだしゃんせ。アディオス! アミ~ゴ!きし・ゆうじ 1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

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    子供のしつけに「体罰」は必要か

    北海道七飯町の山林で行方不明になった北斗市の小学2年の男児が6日ぶりに無事保護された。男児の両親が「しつけのため」として置き去りにしたことは、海外にも衝撃ニュースとして伝えられ、日本のしつけの在り方を批判的に報じたメディアもあった。しつけと体罰。その境界線はどこにあるのか。

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    「出来の悪い子」と社会の向き合い方

    会人として、世間の最底辺にて経営者や投資家という他人の成果で飯を喰う最悪の職種に携わっております。 教育とはまったく無縁な私が、このところの体罰で自殺した高校生がらみで思うことがありまして…。体罰自殺問題 大阪府警、顧問以外の学校関係者からも参考人聴取(FNN)バスケ部主将体罰自殺、大阪府警が捜査へ 顧問への悲痛な“遺書”… (iRONNA編集部注:ともにリンク切れ、参考記事【過剰指導の悲劇 大阪・高2自殺(上)】体罰指導「プロではない」(産経新聞))バスケットボールがそばに置かれた、自殺した男子生徒の仏壇=2月11日 まず、実家では教育ママを抱え、学校では進学校だったために、家でも学校でも塾でも結構頻繁に殴られた経験のある小学生生活を送りました。私自身、1973年生まれ東京育ちですので、ベビーブームのど真ん中で日本のど真ん中の大都会にて育ったホリエ世代であります。 そんな私が、一番最初に困ったのが育児です。何しろ殴られて育ちましたので、私のいとしい3歳児の長男が理由もなく泣くと殴りたい衝動に駆られます。夜、家で仕事をしているのに、家内が全力で寝かしつけているのに向こうのほうから「ほげー」という泣き声が聴こえてくると、約50%の確率でイラッと来ます。残りの50%の確率は仕事をすぐにやめてビールを飲みたくなるモードに入ります。どちらにせよ、仕事を持ち帰った夜に子供に泣かれることは、ワーカホリックを自認する私にとっては殺人的です。 ましてや、次男が生まれまして、もうすぐ2歳です。かわいいです。でも、男の子二人の年子というのは地獄です。何より、愛する家内が大変そうで憔悴しています。なので、私自身可能な限り育児を手伝いつつも、女中さんを雇おうかとか、お手伝いさんを呼ぼうか、託児所に入れようかなどなどと、私も見かねて提案するわけなんですけど…。でも家内は子供を自分たち家族の手で育てたいという強い要望があるために、しんどくても託児所やベビーシッターを使わない生活となっています。 子供が泣く、言うことを聞かない、というのは仕方がありません。以前、さかもと未明女史がどこぞで「飛行機内で子供が泣いて暴れる」という事例を書いておられ、ネット住民から女性週刊誌まで総じて批判に回りフルボッコになって炎上しておられましたけれども、やはり赤ちゃんからキッズに至る世代というのは理性で行動を抑えられないのでしょう。いけないことだ、と思っても、やめられない。大人は黙って見守るか、泣き止むような努力をするほかないのです。思い出すのは自分が殴られて育った経験 しかし、父親としては、いつも余裕があるわけじゃありません。今日中に部下から上がってきた申告書や提案書に目を通して修正点を洗い出さねばならない、明日までに取りまとめるべき契約書に変更が加わってしまったといった差し迫った状況で、幼い兄弟が床でじたばたしてサラウンドで号泣するとかあると、ふつふつと自分が育った世界が蘇ってきます。 ひっぱたきたいわけですよ。画像はイメージです 軽く頭をペチーンと。うるさいと。静かにしろと。こっちは仕事なんだよと。人が待ってるんだよと。言って聞かないんだったら、ひっぱたくしかなかろうと。とにかくいまは、いまだけは静かにしていて欲しい。血圧が、上がるのです。ああ、なぜここでいま泣くんだよ… 困る。ましてや、だいたい兄か弟が泣くと、まるでボンバーマンの遊爆のように連鎖で泣き出します。なぜそこでシンクロするのだ。私は手は二本しかありません。絶望しますね。 しかし、立場が上だからこそ、しなければならないことはただひとつだと思うのです。それは、「我慢」。私よりも先に育児を経験された方を、私は尊敬します。ああ、こうやって子供を皆さん育てて来られたのだな、と。我が子に対する怒りとままならなさで顔を真っ赤にしながら、辛抱するしかないのでしょう。これは本当に大変です。大変なことです。子育てを母親だけでやっておられる方は、すべて通られた道だと思うんですけど、凄まじいストレスですよ。 私の下賤すぎる人間性では持ちこたえられなくなって、過去に何度も軽くペチーンとやってしまった経験があるのですが、やはり思い出すのは自分が殴られて育った経験でありました。もちろん、叩いたって子供はより泣くだけで、何の効果もありません。怖がるだけでしょう、きっと。かつては私自身が親に対してそう恐怖を感じていたように。親として、経営し上に立つ者として、我慢が足りなさ過ぎる。うまくいかないから、言うことを聞かないからってペチペチやっていてはいかんと思い直すわけですよ。そんで、今度は自分への怒りでまた血圧が上がるわけですね。もう育児は血圧上がりっぱなしです。家内がまた偉くて、どんなにしんどくても子供を叩いたりしないのです。聖母のようです。これは見習わなくては。勉強が足りません、私。 ひょっとしたら、育児というのは父親として、より高い精神ランクへ上がっていくための神から与えられた試練なのかも知れん。精神ランクって何なのか分かりませんけど。でもこの理性ではやったらいかんと理解していても、電車で、デパートで、レストランで、飛行機で、ホテルのロビーで、子供に泣かれたときに対処しなければならない、そして自分の力では絶対に対処できないであろう状況は、凄いストレスです。昔は、駅にはそれほどエレベーターもエスカレーターもない中で育児をされていた方のことを思うと、いま育てる環境が整ってきているというのは感謝するほかないだけでなく、80年代、90年代に子育てをやられた方を尊敬します。教育者として凄まじい我慢 我が子ながら、泣かれたら本当に大変だ。遅まきながら、次男が生まれた前後にどんなに厳しくとも子供をひっぱたかないと心に決めました。自分自身が叩かれて育った記憶と、人間としての狭量さとを克服して、子供のために戦うことにしました。当たり前のことだけど、むつかしいんだよ、これが。親でさえ、相当な忍耐がいる。そういう状況で、子供がある程度成長し、送り出した学校で教師や同級生に殴られたと知ったら、親はやはり怒りと悲しみの境地に辿り着くのでありましょうか。 また、多感な子供たちが青春を送るにあたって、いまの学校には教師の方々の数や制約が多すぎて、なかなか言うことを聞かせられない、学校やクラスのまとまりがつかない、といった問題にどう対処されているのでしょう。 体罰というのは、親と子供、あるいは立場が上のものと下のものがどう向き合い、どういう問題に取り組んでいくかといったプロセスが、あまりうまくいかなかったときに発生する症状に過ぎません。ましてや、子供は無垢で素晴らしい可能性を秘めているだけに、大人が思いつきもしないことをやり、騒動を起こすようにできているのでしょう。 私の場合は中学受験に成功し、いくつか合格が出て慶應義塾中等部に入部しました。しかし、家庭環境が反映されたからか、吉田君という同級生を殴って病院送りにしてしまい、私は退学(慶應義塾中等部でしたので退部という言葉でしたが)になる寸前まで行きました。いまでも思いますが、担任や校長(部長)はほとほと手を焼いたんじゃないかと反省しています。 親子面談があって、そのときに部長であった荒井秀直先生(慶應では福澤先生以外はすべて君付けで呼ぶのですが、この場では社会の一般通念に則り荒井先生と書きますが)に言われた内容は、いまでも覚えてます。「型どおり決まった子じゃない。慶應には必要だ」の一言でありました。人生が、救われた(かもしれない)瞬間であります。 と同時に、教育者として凄まじい我慢だとも思います。 もちろん、その後も私は通常営業でありまして、学校のガラスを割ったり、ゲーセンでタバコを吸って補導されそうになったり、校舎の三階から飛び降りて腰を抜かして救急車呼ばれたり、学校に隣接した大学生協から文具を盗んでクラスメートに売ったり、いま思い返してもあの頃は何故こんなにラリっていたのか自分でも不思議なのです。が、その後は高校大学と進学して慶應義塾を設立した福澤諭吉先生の本をたくさん読み、大学では自治会の委員長までやり、追い出されない程度には勉強して留学までして慶應義塾大学は何とか卒業し、その当時就職が大変だったにも関わらず内定は随分頂戴しました。私のような人間として最底辺でも、広い心で更生させ最低限の人間味と学識を与えてくれ、社会に送り出してくれたのが慶応義塾です。本当に、慶応義塾の奥の深さには、恩義を感じています。こんな駄目な塾生でも、どうにかなるのだ、と。凄すぎる、慶應義塾。「出来の悪い子と社会の向き合い方」 逆に、今回自殺してしまった桜宮高校の男子バスケットボール部のキャプテン。体育会系の部活の主将なんて、私からすればどんな凄い世界なんでしょう。素晴らしい子だったんじゃないでしょうか。高校時代の私なんて、授業サボって日吉の裏の雀荘で「中国語の自主勉強」と称し賭けマージャンに興じていた馬鹿でありました。体育会なんて数ヶ月ももちそうにありません。そんな世界でキャプテンまで務められる子が、40発もビンタを喰らう壮絶さに耐えきれず自殺なんて、悲しいにも程があります。私よりも生きているに相応しい人が先に死んでしまうとか。大阪市立桜宮高校。連休中も部活動に励む生徒らが出入りしていた =2013 12月22日、大阪市都島区 いまは世の中豊かになって、そんな体罰など要らんだろ、という陳腐な議論だけでなく、教師側の言い分もしっかりと聞いて、教師と生徒とがどういう我慢なら堪えられるのか、考えるべきだろうと思うのです。ビンタなど体罰しないで学校が何とか破綻しないで済むなら、教師も殴らんと思うのですよ。 体罰の禁止は社会の要請であることは間違いなく、根絶を目指しましょうという議論は良く分かります。ただ、いたずらに体罰はいけないからといって、教師が抱えている現状や就学環境を考えずに、教育現場に「縛り」だけがある状況というのは、より状況を悪化させてしまう恐れがあります。 なぜ体罰が行われていて、その体罰が果たしていた役割というものを見極めたうえで、体罰をやめたあと別の方法でその役割を担わせなければ、教育現場が荒廃するだけかもしれません。広い心で学生自身の更生を見守る、という経験は、私自身が類マレなラッキーを持っていたからであって、本当に前途有為な子たちが自ら死を選ぶことが一件でも減るようにするためには、通り一遍の体罰禁止とは違うところに解決策があるのでは、と感じざるを得ません。 荒れているとされる高校がなぜ荒れてしまうのか、体罰をしなければならない理由など、さまざまなものが語られずに残されている気がします。また、教師を含めて教育の現場がもっときちんと声を上げられ、何か子供がやらかすたびに画一的に教師の責任とされてしまうことのないような報道になるといいな、と思います。それは、叩いて子供を育てた時代からの決別を、叩かれて育った親による家庭と叩かないと規律を守れない教育現場と双方が取り組まなければならないことです。そして、家庭にとって学校へ躾の至らぬところを押し付けてはいけないことでもあります。 体罰と教育、といえば簡単なテーマなんでしょうが、これは「社会の尊厳」の問題だと思うんですよね。あるいは「出来の悪い子と社会の向き合い方」。 簡単じゃねえぞ、これは。(Yahoo!個人 2013年1月15日分を転載)

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    川崎中1殺害事件 少年法に対し法曹界からも異論が出る

    の声はあがっている。少年法に詳しい弁護士の星野宏明さんは語る。 「成人と同じくらいの刑罰を科しつつ、教育プログラムも同時に手厚く受けさせるなど、その両立はできるのではないかと思います」関連記事■ 川崎中1殺害 少年法適用されるため殺人でも刑期は10~15年■ たけし提言「選挙権をやるなら、18歳に少年法はいらねェよ」■ 酒鬼薔薇事件以降増えた「普通の少年」の犯罪防ぐ策に迫った書■ 殺人事件で死刑判決受けた元少年らに取材 死刑を考える本■ 自己確認型少年犯罪 挫折した子が悪事で気を引くのは昔から

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    「体罰は効果がある」をなぜ隠すのか? 行動分析学が示す有効性

     心理学の一分派である行動分析学は「体罰は効果がある」という調査結果を持っている。行動分析学と言ってもピンと来ない人のために解説しておくと、心のなかのことは覗けないので心理学が科学であるためには、心が考えたことの結果として現れる「行動」を研究対象としようという一派である。 パブロフの条件反射でヨダレを流すイヌ、スキナーという学者が研究を深めた行動随伴性、たとえば、「泣く赤ちゃんを毎回抱き上げていると、赤ちゃんは泣けば抱いてもらえることを学習してしまうので、毎回は抱き上げてはならない」というのは、行動分析学の代表的な考え方のひとつである。 今、行動分析学者を名乗る人はみなこのスキナーの弟子であると考えて良い。その行動分析学では体罰の効果についてつぎのように言う。行動分析学者、小野浩一氏のまとめであるが、これは行動分析学全体の考え方だと判断して良い。 1.強い一貫した嫌悪刺激の提示は別として、弱い一貫性のない嫌悪刺激は王道を一時的に弱化させるだけで根本的な変化はもたらさない。2.嫌悪刺激の提示は生体に強い情動反応(とりわけ恐怖反応)を誘発し、さらにレスポンデント条件づけによって、その嫌悪刺激に関連する刺激、例えば嫌悪刺激を提示した人や、状況が条件刺激となって、その情動反応が至る所で頻繁に生じるようになる。3.嫌悪的状況は、その状況に関わる人やものからの逃避、あるいは回避のオペラント行動を生起させるとともに、その状況に関わる人やもの、あるいは他の人やものへの攻撃行動を生起させる。4.嫌悪刺激の提示は、それが随伴する行動を弱化させるだけでなく、生体の活動の全般的な抑制を招く。5.ある個人への罰的方法の使用は、その個人だけでなく、そこに関わる他の人間の活動性の低下や、逃避・回避行動攻撃行動を生む乱すことがある。(『行動の基礎 豊かな人間理解のために』培風館) 科学的厳密性をもって書かれた文章なので、分かりにくいが、平たく言えば『強い罰(体罰を含む)は一回なら効くがそれ以外は効かない。暴力は連鎖する、暴力は暴力を生むだけだ』ということが書いてある。ずっと不思議に思っていたのは、体罰が人類誕生以来続いてきたのは、何らかの効果があったからなのではないかということだが、ここに答えが書いてあったのである。画像はイメージです 『体罰には効果がある』 さらにこんな研究もある。他人に罰を与える行為を行ったときに、行為者が得る感情(他罰感情)は、その人が報酬を獲得したとき得る感情と同じなのである。 つまり、体罰は楽しいのである。 だから、人間が、体罰をやめるには、倫理の力が必要なのである。理性の力が必要なのである。体罰は効果があることを理解した上で、倫理の力で体罰をとめる。それは、翻ってみれば人間しか出来ない行動である。体罰の最たるものは戦争であるが、上記の考えを敷衍すれば、戦争が効果があることをわかっていながら、やめることができるのは、人間だけなのである。

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    松下幸之助は「教育」をどのように考えていたのか

    (「松下幸之助.com」月刊松下幸之助 より)  昨今の「いじめ問題」など、課題が噴出し続ける日本の教育現場。いま日本国民にとって最大の関心事の1つとなっている「教育」のあり方について考え続けた、松下幸之助の論考・提言をご紹介します。 弊PHP研究所創設者・松下幸之助は、企業における人材育成の重要性を説くとともに、学校教育にも大いに関心を寄せていました。教育は国家百年の計ともいわれますが、教育問題に言及した松下の数多くの記録・提言に通底しているのは、「礼節」「道徳」「愛国心」といった、人間としての基本的側面を重視していたことです。そして、そうした日本人としての「躾」を義務教育でしっかりとおこなう一方で、「万差億別」の教育を実現することによって、人それぞれがそれぞれの才能を最大限発揮しつつ、調和のとれた、ともに生きともに栄える社会をつくり上げていく――それが松下の念願でした。 松下は、「大学が多すぎる」こと、教育の現場に「きびしさが欠けている」ことなど、いまも問題視されている課題にも触れていました。そして個々の現場での青少年教育については、みずからの企業人としての(人材育成面での)成功体験からか、青少年に対してより、その青少年を育成・指導する立場にあるおとな(企業でいえばリーダー、学校・家庭教育では教師と親)に対しての責任を、強く問うていました。 のちに「モンスター・ペアレント」などという言葉が生まれる異常事態を、明治生まれの松下が想像していたかどうかはわかりません。しかしその考え方は、これからの日本の教育再建における一つの思考軸として、参考にしていただけるのではないでしょうか。 過去に導入され、社会問題化した「ゆとり教育」なども、個性の重視という点では、松下の考え方と一見似通っているようにみえるものの、実際はまったく相容れない根本的相違があります。いま深刻な問題となっている「いじめ」問題についても、その陰湿さは許しがたいものがありますが、そうであっても、おとな側の責任を、やはり松下は厳しく問うたことでしょう。 以下に、松下が青少年育成について、みずからの考えを端的に示した論考をご紹介します。松下が願った日本の教育のあるべき姿が見えてくる内容となっています。おとなの責任を果たそうおとなの責任を果たそう(前略) いつの時代でも、その時々の社会を支え、子供の躾、教育にあたるのはおとなたちである。青少年は、その時々のおとなによって教え、躾けられて成長し、次の時代を担っていく。だから、子供に対するおとなの責任というものは、いつの時代においてもきわめて重い。 もしおとなに“いまは時代がちがうから、どのように子供を育てていいかわからない”とか、“あまりきびしく言わなくても、大きくなればひとりでに事の道理はわかるだろう”といった、あいまいで、あやふやな態度があるならば、それはおとなとしての責任を放棄した姿ともいえよう。 そうしたことからも、いま私たちは、改めて子供たちに人間としての規範を教え、躾けることの意義を見直し、その内容を、人間としてのあるべき姿、理想像にもとづいて明確なものにしていかなければならないと思うのである。 今日のわが国において、規範教育、躾が十分でないことの要因としては、教え躾けるべき内容があいまいになっていることとあわせて、社会全体に、いわゆる甘えの傾向が強くなっていることもあげられよう。 私たちの社会は、昔とくらべると物もずいぶん豊かになり、生活もそれなりに安定してきている。そうなれば、当然のこととして生きるうえでのきびしさ、苦しさを味わうことも少なくなるから、どうしても考え方が甘くなるという一面が生じてくる。そうした傾向がこの二十年ほどの間に、日本全体としてかなり強まっているように思われる。 しかもそうした傾向に加え、わが国には、戦後に入ってきた民主主義が一部誤って解釈された結果、自己中心の勝手主義ともいうべきものが広まっている。つまり、民主主義のもとでは、各人の自由、自主性を尊重することが大事だ、ということが言われるあまり、誰が何をしようと勝手だ、他人からとやかく言われることはない、といった自分勝手な姿が少なからず見られるようになっている。 そのようなことから、子供の教育や躾についても、甘くなってしまって、たとえば、子供が勝手放題をして他人に迷惑をかけても、それをピシッと指摘してたしなめ、正しいあり方を指導していくということが適切になされない。そんな姿が家庭でも学校でも多く見られるのではないだろうか。 そうした態度についても、私はきびしく反省する必要があると思う。さもないと、甘えの風潮はますます社会全体につのって、日本が国としてたちゆかなくなる危険性も大きいような気がする。「子を見れば親がわかる」おとな自身の躾が先 (中略)  今日のように豊かな暮らしの中で、ムリして働かなくても何とか食べていける、欲しいものはだいたいが手に入るという生活を続けていると、ともすれば心身がなまってきて、ちょっとしたきびしさにも耐えられない、ひ弱な体質になってしまいがちである。それは子供にかぎらずおとなでもそうだと思う。 それだけにお互いの生活が豊かになればなるほど、まずおとな自身がみずからの甘さを反省し、子供に対する躾、教育を意識してきびしくしていく必要があろう。そうでないと、子供の自主独立の精神も育たず、ひ弱な人間が増えることになって、社会全体としての発展も期し得ないことになってしまう。 残念ながらそうした兆候が、今日のわが国にはかなり見られるのではなかろうか。 ただ、そうはいっても、きびしく躾けようとするあまり、何のために躾けるのかという肝心の目的が忘れられてしまっては、いわゆる“角を矯めて牛を殺す”ようなことになってしまう。 躾の目的は、何も人間を窮屈にするためではなく、あくまでもその人を幸せにするところにある。だから、きびしく躾けて、その人をゼンマイ仕掛けの人形のように、一つの型にはめこんでしまうというのではなく、その人間性が生き生きと発揮され、その天分や個性が存分に伸ばされるような躾でなければならない。そこが大切なところで、そこにこそ人間的な躾・規範教育のほんとうの意義があるように思う。 そうした意味でも、子供の躾、教育にあたっては、おとな自身が、人間として大切な基本は何かということを、しっかりつかんでいなければならないと思うのである。 それは結局のところ、子供の躾のためには、まずおとな自身の躾が先決ということであろう。昔からよく“子を見れば親がわかる”というが、子供に適切な躾ができていないということは、とりもなおさずその親自身に躾が身についていない、ということである場合が多いように思われる。だから、今日の私たちには、子供に対する躾だけではなく、自分自身や、おとな同士の躾をあらためて見直すことが、求められているといえよう。 私たちが一人の人間として、あるいは一社会人としての適正な躾を身につけていくとき、これを基盤として人間としての美しく正しい行動が生まれ、自分も他の人も満足できるような好ましい生活態度があらわれてくる。また社会全体としても、そういう人びとの態度が広く養われることによって、自由にして秩序ある姿が生まれ、それが社会の生成発展をもたらして、より程度の高い文化生活を営むことができるようになるのだと思う。  (中略) 今日のように青少年の間にいろいろと問題が生じているということは、その責任の大半が、青少年ではなくおとな自身にある、ということであろう。そのことを私たちは、明確に自覚、反省し、事態の改善に早急に取り組まなければならないと思うのである。『学校教育活性化のための七つの提言』(PHP研究所)より記事全文については<「松下幸之助.com」>をご覧ください。関連記事■ 野田佳彦 松下幸之助さんの教えに学んだこと■ 尾木ママの「脱いじめ」論~いま、大人に伝えたいこと■ 「巨大化」「高層化」する組体操の病

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    やむなく親が子供に体罰を施すときの「正しい体罰のルール」

    体罰受けた生徒が30年で150万人から22万人に減少■ 退学させないための「最後の手段が体罰」と大阪教育連盟顧問■ 「先生は僕を殴るとクビになるんでしょ」と挑発の小学生存在■ 中年パラサイト・シングル解消法 家から子出すか親が出るか■ 体罰問題の網野高校レスリング部顧問「生徒が不真面目だった」

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    不慣れだから起こるトラブル 親も「叱り慣れ」で学んでいく

    ある叱り方?置き去りはよくある叱り方? 今回の報道を受けて、ひどい叱り方だ、虐待だと語る人もいます。教育評論家の尾木ママこと尾木直樹さんも「悪い躾の見本です…虐待です」「虐待とは「子どものためといいながら、親の気持ちを満足させるため」「子どもが納得していないのに恐怖や痛みを与え従わせるのは悪い躾」と語っています(尾木ママオフィシャルブログ)。 一方、このような叱り方は良くあることだという意見も見られます(「しつけ」で子どもを山に「置き去り」 意外に多い「私も同じ目にあった」)。たしかに、公園や街中、デパートなどで、親においていかれた子どもが、泣きながら親を追いかける姿は、ときおり見かけます。 しかし、ほとんどの親は子どもを危険な目に合わせるつもりはありません。子どもがついてくることや、一人で帰れる事をわかっていての行動でしょう。 多くの場合は、危険なことも起こらず、また深い心の傷になることもありません(ただし臨床事例としては、置き去りにされたことがトラウマになって今も同じ場所に行くと吐き気がすると語るケースなどもあります)。親も叱り方を学んでいく 何が虐待かは時代によって変わります。そして、適切なしつけ、しかり方は、その子によっても異なるでしょう。 一般に、子どもの困った行動を直すにはどうすれば効果的か、どのように叱ると子どもはどう反応するのかを、親は経験しながら学んでいきます。 子育て本にいろいろ書いてあっても、その子によって適切な叱り方は異なります。効果的で、そして危険性のない叱り方を、親はしだいに身につけていきます。 だから、子どもが今までにないことをしたときや、親が今までにない叱り方をするときは、要注意です。ユニークな子ども・世間体 報道によれば、人や車に石を投げ付けたとして両親に叱られたとあります(40時間以上、手掛かりもなく…男児捜索130人態勢:テレビ朝日系(ANN) 5月30日)。 この短い情報では、何があったのかはわかりません。ただ一般論ですが、子どもたちの中には善悪の問題ではなく、ユニークな行動をとる子もいます。 ユニークな子どもたちは、大人の予想外の行動をとります。そのために、大人にひどくおこられることもありますし、大人の予想外のところへ行き、思いもしない場所にいることもあります。親は、いつも大変です。 今回、父親が世間体を気にし、誤解を恐れて、当初事実とは異なることを述べたと報道されています。その気持ちはわかります。しかし、叱られ置き去りにされたときの行動は、迷子の時の行動とは異なることも考えられます。そのために適切な初動が遅れた部分があるとすれば、残念です。叱るときの親の思いと叱り方叱るときの親の思いと叱り方 以前にも車に石で傷を付けたことがあり、「父親としての威厳を示さなければ」と感じ、自宅へ帰る途中、林道に寄り「反省しなさい」と車から降ろした。大和君が泣きながら車を追い掛けてきたため、一度は車内に入れたが、約500メートル先の三差路で再び大和君を降ろしたという。 貴之さんは車を止め、5分ほど歩いて大和君を迎えに行ったが、姿は見えなかった。家族で周辺を約30分捜しても見つからず、警察に通報した。出典:父「威厳を示さねば」と車から降ろした 泣きながら車を追いかける男児 戻ったが息子はおらず:産経ニュース5.29 今回の詳細はわかりません。 一般的に、親は子どものためを思って叱ります。ただ、そのとき同時に様々なことを考えます。あまりに感情的になってしまい心の余裕を失うと、叱りすぎてしまうこともあります。 きちんとさせなければ姑にいやみを言われると思えば、しつけが行き過ぎることもあります。父親が、「父の権威を示さなければ」と考えるのも同様でしょう。しばしば余計な考えや感情が、どの程度の叱り方が適切かという親の直感を狂わせます。 通常であれば、泣きながら追いかけてきた子どもを車に乗せたところで、今回のしつけ、叱責は、終わるところでしょう。そこで何があり、父親が何を考え、子どもがどのような様子で再び置き去りにされたのかは、まだわかりません。叱りすぎないために 叱ることは大切です。非行少年の中には、だれも本気で叱ってくれないことに傷ついている子もいます。しかし、叱りすぎも禁物です。 「叱りすぎは逆効果です。でも、愛と熱心さ、余裕のなさが、叱りすぎを生みます。何とか直って欲しいと思いすぎること、今日、今、わかって欲しいと思いすぎると、叱りすぎが生まれます。どうせ人はすぐには変わりません。また失敗するでしょう。だから、今日は今日の分だけ叱りましょう。」(正しいほめ方叱り方、してはいけないほめ方叱り方:Y!ニュース個人有料:碓井真史) 行方不明少年が無事保護されることを、祈っています。(Yahoo!ニュース個人より2016年5月30日分を転載)

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    N高の生徒に待つ未来は「即戦力」か「落ちこぼれ」か

    にあふれていた。 N高等学校とは、学校法人角川ドワンゴ学園の運営するインターネットを通じて学べる通信教育制の高等学校だ。5日間の沖縄本校でのスクーリングはあるものの、授業もレポート提出も基本的にはネットを通じて行う仕組みであり、単位を取得することで高校卒業資格が取得できる。主にインターネットで授業を受ける通信制の「N高等学校」の入学式では、仮想現実(VR)技術を使って沖縄の本校の模様を新入生が体感した=4月6日、東京・六本木(高橋寛次撮影) 「ニコニコ動画」などで知られる角川ドワンゴブランドらしく、遠足は先生と生徒で「ドラクエX」に出かける“ネット遠足”だし、サッカー元日本代表の秋田豊氏を顧問に迎えた「ウイニングイレブン」を使用したサッカーゲーム部などの“ネット部活”を用意するなど、とにかく他の学校と違ってユニークだ。 N高の動きを期待を込めて見守っている人は多いだろう。そこで、N高に見るインターネットを使った通信教育の可能性と課題について考えてみたい。リアルで自分を出せない生徒が見つける居場所 同校の最大の魅力の一つは、「ニコニコ動画」を運営する角川ドワンゴが運営しているという点だ。「何となく面白そうだから」と入学した学生も多いようだが、それで学ぶようになるならまったく問題ないはずだ。同校には、このような「面白そう」があふれており、若者の心をつかんでいる。 そもそも、何らかの理由で学校を辞めてしまった若者や、引きこもりなど通学が難しい若者に学ぶ機会が開かれ、高卒の資格が取れるというだけで、私は同校の試みを評価したい。講師陣には小説家森村誠一氏や、世界的プログラミング言語「Ruby」の生みの親まつもとゆきひろ氏等を迎えるほか、日本各地で職業体験ができるなど、他ではできない経験ができ、自分のやりたいことを突き詰められる可能性もある。 一般的に、家庭の所得が高いほど子どもの学力も高くなる傾向があることは知られている。所得が高いほど塾など学校以外の学習の機会が得られるためだ。N高なら奨学金を使えば年間10万円程度で済み、同高内で通常は塾に行かねばならないような大学進学用の学習も可能となっており、その意味でも機会が開かれていると言える。 今時の子たちは何でもスマホやネットで済ましたい傾向にあるので、ネットだけで授業を受けたり、レポート提出などができる点は好まれる可能性が高い。生徒同士のコミュニケーションツールとして「Slack」が用意されているが、リアルでは自分を出せない生徒が居場所を見つけられる可能性があると考える。オンライン学習が抱える「離脱率」という課題オンライン学習が抱える「離脱率」という課題 ただし、インターネットをメインとする教育にはやはり課題が残るだろう。一般の学校なら通学していないとすぐにサボっていることが分かるが、通信教育には強制力がないため、出席やレポート提出などをサボってしまい脱落しやすいと聞く。N高でも受け身ではなく積極的にスマホやパソコンに向かい、自ら授業を受けたりレポートを送るなどしなければならないが、やはり強制力はない。 授業をどこでも受けられるという売り込みで授業をそのままオンライン化したサービスは、修了にいたる割合が高くない。また、ソーシャルメディアを学びのツールとして活用する「ソーシャルラーニング」、ソーシャルラーニングをさらに進化させ個人にカスタマイズした「アダプティブラーニング」でも離脱率は課題として残る。「スタディサプリ」を運営する山口文洋氏は、オンライン学習が抱えるこの問題に対して、「(アプリを)学校に導入して教師がサポートに入ることが必要」と語っている。 同校の奥平校長いわく、「生徒がログインしていなければログで分かるので、電話をすることもある」という。やはり最終的にはリアルでの指導が必要ということだろう。この部分はどのくらい機能するのか。まだN高はスタートしたばかりだが、3年後にどれだけの卒業生を輩出できるかで評価が決まるだろう。細やかな個別サポートは可能か よくネットのニュース記事は、自分の興味があるタイトルしかクリックせず、紙の新聞などなら得られたはずの情報が入ってこないため視界が狭くなりやすいという問題が指摘される。リアルの学校では、顔を合わせる分だけ多くの情報が入ってくるため、新しいことに興味関心を持つ機会も多い。代わりに同校では著名人講師などを用意しているが、これが機能することを期待したい。 同校でも担任教諭がつくそうだが、顔を合わせない教育で、個々の生徒への指導がどこまで細やかにできるのかにも興味がある。一般的に、日々顔を合わせていれば生徒の変化や成長が見えるし、指導もしやすくなる。学園祭や体育祭など一緒に何かをする機会も多く、勉強よりもそちらの方が記憶に残ることも多い。 入学者をどれだけ卒業させることができるか。生徒の興味関心などを広げ、体験の機会を保ち、変化や成長に合わせたサポートをすることができるかどうか。N高のこれからに期待したい。

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    教育界に激震! 日本の受験エリートがN高を選ぶ日

    森口朗(教育評論家) 時代の大きな曲がり角は、小さな出来事から始まるものだ。そして、人々は数十年経ってから「思えばあれが時代の変わり目だった」と振り返る。 私はN高等学校(以下、N高校)の設立がそうなる気がしてならない。この学校は、日本初のインターネットによる授業で卒業できる、沖縄県が認可した正真正銘の私立の高等学校である。年に数日のスクーリングがあるが、スクーリング会場は沖縄だけでなく全国各地に配置される。設立者はカドカワとドワンゴが共同して造った学校法人角川ドワンゴ学園だ。 N高校のNはNet、New、Next、Necessary、Neutralなど多くの意味を含んでいる。 さて、N高校の出現がどれほど大きなインパクトを与えるかを考えてみよう。 以前ほど騒がれなくなったが、不登校は中学で多少の減少傾向が見られるものの、今なお教育界の大きな課題である。とりわけ中学校や高校の不登校問題は、進学や就職などに直結する問題として、本人や保護者を悩ませてきた。彼らにとってN高校の出現は大きな福音になるだろう。 N高校を除くほとんどの高校は学力で輪切りになった中学生が進学していく。ところが不登校中学生は実際の学力に比較して極端に内申点が低くなる(登校していないし、多くは定期テストも受験していないのだから当然だ)。その結果、彼らは自分の学力相応の高校に進学することがかなわないのである。その点、N高校はそもそも学力で輪切りにされた高校ではない。レベルに合わない退屈な授業を同級生に歩調を合わせて受ける必要がなくなるのだ。 高校生の不登校生徒にとって、1年に5日程度のスクーリングを除いて学校に通う必要がないのだから、より直接的な福音になるはずだ。 高校中退も教育界の課題の一つである。美容師や介護士といった資格を取るための要件になっている場合も多く、高校中退は中退者の人生を厳しいものにしていた。もちろん、彼らが人生を逆転させる道は今でも開かれているが、授業料の安価なN高校の誕生は、中退者が再チャレンジする背中を押してくれるだろう。ちなみに彼らがN高校に編入した場合には、中退するまでに取得した単位をカウントしてもらうことができる。 海外を飛び回るビジネスマンにとっても子弟の教育は大きな問題だ。多くの人達が、英語力を初めとして国際的に通用する人間に育てたいという欲求と、大学受験という日本人としては避けづらい課題をどうクリアするかの板挟みになって悩んでいる。そういう人にとってネット環境が整うならば、海外にいても日本の高校を卒業できるN高校は魅力的な選択肢である。「良いことずくめ」N高校への懸念 さらに、現状の高校システムに飽き足らない優秀な若者たちがN高校を選択する可能性もある。 まず受験エリート達だが、彼らは(とりわけ東京では)今でも高校と塾のダブルスクールを実践している。天下の受験エリート開成や麻布の生徒たちが、実は高校の授業に大きな期待をしていないのだ。日本の学歴社会、とりわけビジネスマンの世界では、どの大学の学部(大学院ではなく)を出たかが、一番大きな比重を占める。だとすれば、高校は負担が少なければ少ないほど良いと考える者が出てきても不思議ではなく、N高校に魅力を感じる者が出てくる可能性はあるはずだ(但し、高校人脈はエリート社会では意外と大切なので、現状で開成に受かる者にN高校をお勧めすることはしないが)。 よりN高校を選択する可能性が高いのは、いわゆる受験エリートではなく、プログラミングなどで高校離れした才能を発揮している子供たちだろう。N高校では、高校卒業資格を取得するための授業、大学受験のための授業などの他に、Javascriptやscalaといった現在Webプログラミング業界で主流になっている言語を学べる。大学に入ったらすぐに起業したいといった野望を抱く若者は少なくない。N高校に行けば、彼らは、高校に通う事で無駄にする膨大な時間を節約できる。 さて、良いことずくめのN高校のようだが、もちろん懸念がないわけではない。 まず、なんといっても生徒の学力水準がバラバラだと予測できる点だ。N高校サイドもそれは想定内であり、ホームページのFAQに入学者を選定する場合、「今現在の学力よりも、『将来こうなりたい』という意欲を重視します」と記している。となると、入学後にはしっかりとした個別サポートが必要になる。果たしてN高校の安い授業料でそれが本当に可能なのかいささか不安である。 高校に入学する頃というのは、自分の学力を顧みずに大きな夢を見るものだ。特に日本の場合、学力と自己肯定観が逆相関を示しており、不登校生徒や高校中退者の「俺、実はスゲーんだぜ」という幼児性万能感を温存する可能性が高い。学校には「去勢」=「万能であることを諦める」という社会的機能が存在するが、N高校にはその機能を期待できない。そういう意味で、N高校の卒業生が社会に適合できるのか不安が残る。 いずれにしても、N高校はスタートした。N高校が様々な意味で成功したならば、沖縄に続く県も出てくるだろう。そうなれば、時代にそぐわなくなりつつある我が国の教育システムに大きなインパクトを与える事は間違いない。 私としては今後のN高校を大きな期待と多少の不安を持ちつつ見守りたいと思っている。もりぐち・あきら 日本の教育評論家。95年~05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。

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    人生オワタ! バーチャル教育の危ない未来

    「脱 ふつう」。こんなキャッチコピーを掲げて4月に開校したネット通信制の「N高等学校」。不登校の生徒らも受け入れ、IT人材などの育成を目指すという。志はごもっともだが、「人間力」の育成を軽視した型破りなカリキュラムで本当に大丈夫なのか。「N高行ったら人生オワタ」なんてオチはありませんよね?

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    N高の生徒たちが学べないままに訪れる「試練」

    法人が運営する。「N」はNet、Next、Necessary、Neutralなどの意味を込めている。教育とエンタメ産業と結びついた点では興味深い。 教育は二つの面がある。一つは、市民社会で生きる上で必要となる共通教養を身につけることだ。いわば、標準化だ。この面を強調すると、画一的な学習になる。同じ教科書で、同じような方針で学ぶ。卒業をすれば、一般企業などで働く上で求められる教養や作法が身につく。 反面、個性を伸ばすことも教育の役割だ。人によって興味・関心の方向、能力も異なる。個性化を強調すれば、多様な学習、学びの場が必要になる。教科書は数ある情報の一つだ。N高校の場合、既存の教育にはないものを生み出す可能性を秘める。 標準化と個性化の両方を実現するためには、学校制度を緩やかにし、教育内容を多様化させる。そして子どもたちの選択範囲を広げることだ。N高校では、全日制と定時制、通信制とある高校の制度を利用する。かつ、個性を伸ばす教育の場として機能することが期待されている。「カドカワ」が設立した「N高等学校」のネット入学式であいさつする角川歴彦氏(左)=4月6日午後、東京・六本木 学びの場の多様化については、最近でも議論になった。不登校など、通常の学校になじめない子どもたちが通っているフリースクールがある。一言でフリースクールといっても様々な方針がある。現行制度の中でも、一定の条件を満たしたフリースクールに通った場合は、出席扱いになる。公的支援はないが、義務教育では卒業扱いになることが多い。 学校にもフリースクールにも通わず、保護者の判断で家庭で教育をするホームスクールという考え方もある。学校は保護者の教育権を代行しているが、保護者が直接、教育をする。義務教育では、ホームスクールの子どもたちは長期欠席となるが、宿題を提出するなどで卒業として扱われる。生徒の受け皿がまだまだ足りない こうしたフリースクールやホームスクールに法的な地位を定めようとしているのが「義務教育の段階における教育に相当する教育の機会確保等に関する法律案」だ。ただ、法案には様々な批判が当事者から寄せられた。例えば、現行の学校の問題点を放置したままと指摘されている。また教育計画を出して、認められなければならないという意味では、教育内容が学校と変わらない。「機会」だけを多様化したにすぎない。 かつて、自民党は「チャータースクール」を考えていた。90年代からアメリカで増えつつあった学校で、教員や保護者の発議で設立される特別認可の公立学校で、3000近く開校された。認可されると、公的な資金援助があるが、子どもが集まらない場合は閉校だ。 N高校の場合は、上記の法案とは違い、義務教育段階ではなく、チャータースクールとは違って、現行制度の利用だ。仕組みを大きく変えたわけではない。しかし、教育「内容」は、壮大な試みだ。クリエイターを育てる教育事業をしている「Vantan(バンタン)」と提携して、プログラミングを学ぶコース。また、KADOKAWAの文芸小説創作授業を無料で受講できる。ライトノベルやエンタメノベル作家の授業も受けられるコース。地方自治体と提携した職業体験もできるコース…と、多様なコースがある。 こうした独自の教育のなかで、心配な点があるとすれば、協調性かもしれない。一般的に全日制高校では学級運営をしたり、係などの分担がなされる。嫌なクラスメイトがいたとしても、一緒に過ごさなければならない。学習のほかに、付いて回るものが多く、“試練”をこなした後で卒業ができる。N高校は、そうした“試練”がない。年5回のスクーリングのときだけだ。代ゼミ等と提携したコースを選択すれば、毎日通学もできるが、クラス運営などの煩わしさはない。 この煩わしさは、日本的な既存の企業に就職する際、必ずついてくる。N高校で学んだ人たちの卒業後も、個性を発揮できる仕事に付ければ問題はない。しかし、将来、既存の会社の枠組みと同じ働き方であれば、会社内にいるだけでも苦痛の度合いが増してしまうのではないか。ストレスも他の子どもたち以上に感じる不安がある。個性的な教育を受けた子どもたちの受け皿がまだ足りない。

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    画一的じゃ日本人は「世界の役立たず」 将来の教育は実学しかない!

    北尾吉孝(SBIホールディングス代表取締役 執行役員社長) 今後の教育の在り方を構想するに此の21世紀、日本という国がどういう世界を創って行くのかが先ず第一にあり、その為どういう教育体制を敷いて行くのかを考えるべきでありましょう。 私には、日本人のスケールが年年小さくなってきているのではと感じられてなりません。それは、「日本教職員組合(日教組)」が多分に害を及ぼしてきた戦後日本の教育体制が、日本民族の特質や我国の歴史・伝統といったものを踏まえ、独創性を重んじた物の見方・考え方を育てるようなものになっていない、という部分に根本的な問題があるのだと思っています。 これまでも私は、日本の小中高を通じての所謂「暗記教育」に対し、当ブログでも度々批判的見解を述べてきました。それは、丸暗記というのを一概に否定するものでなく、要は暗記とテクニックで高得点を稼ぎ得る、英国社数理中心のペーパー試験偏重体制に大きな疑問を感じるからです。 ある意味答えのない問題に対し如何に答えを出して行くかというところで、その人の思考力や知恵といったものが最も顕れてくるわけです。教科書を絶対的基準として教科書の記載事項を暗記するだけで大体点数が取れるという画一化した教育から、日本は一刻も早く脱しなければなりません。 初代ドイツ帝国宰相のビスマルクも、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言っています。そういう歴史を学び一つの大きな歴史観を持って物を考えて行くという姿勢が、戦後教育の中で非常に御粗末に扱われ等閑になってきたのではと思われます。 嘗ても『歴史・哲学の重要性』(11年6月2日)につきブログを書いたことがありますが、私の経営の発想にあっても実は哲学や歴史から学ぶことが物凄くあります。現在のように歴史観を殆ど養い得ずオリジナリティを啓発し得ない教育が今後も続けられ行くようであれば、日本人の思考力や知恵といったものが十分に発揮され行くことはないでしょう。 歴史や哲学あるいは「人間如何に生くべきか」といった基本をきちっと学び、人物を育てるような教育体制を早急に確立して行かねばなりません。人間的魅力がどこから出るのかと言えば、社会性を十分に認識した上での正しい倫理的価値観を有した主体的な考え方や生き方です。そうした類を磨かねば、人間的な魅力は出ないのです。その魅力が出てきて初めて周りに人が集まるようになり、何らか事を成し遂げることも出来るようになるのです。一芸に秀でるような人材を創出せよ 此のグローバルの時代、日本民族固有の特質を無視してグローバルなど有り得ません。之をベースにしてこそ、日本はグローバルに貢献することが出来るのです。四海に囲まれた日本という島国はある意味隔離されており、日本人はそうした地理的な条件下で独特の文化と能力を持ち得ました。 日本の歴史を見るに、例えば漢字が百済を経て入ってくると、それを読み熟した上でその中国語に返り点を付け、日本語として読めるようにしてしまいました。更には漢字を変形してひらがなを作り出し、ポルトガル語等の外来語を表記するため、カタカナも発明しました。こうした外国文化を短時間で吸収・発展させる能力に、日本人は素晴らしいものがあります。 日本は、古来神道という八百万の神を崇拝するアニミズム的な宗教がありました。之は系統立ったものでありませんが、非常にフレキシブルで他の宗教が入って来ても、同化して取り入れてしまいました。日本人は、仏教も儒教もそうして取り入れたのです。また、奈良の大仏の鋳造技術は物凄く高度な技術の結晶ですが、それもアッという間に身に付けました。1543年に鉄砲が種子島に伝わりますが、それもまた瞬く間に当時世界一の鉄火器装備率にまで達してしまったとも言われます。 このように日本人は排他的にならず、異質なものを在来のものと混在させ、より良きものを作り出す能力に長けています。此の能力は、明治維新後も如何なく発揮されました。西洋にキャッチアップする過程もアッという間で、列強の一国となり日清・日露の戦いに勝ちました。そしてあの大戦の後何も無い状態から、GDP世界第二の経済大国にまでなってしまったというわけです。 日本人は色々なものを受容・変容し、消化・改善して発展させてきたのです。我々は、考えられないような能力を秘めた民族であります。だからこそ我国の歴史を見直してみるべきで、もう一度「ナショナル・ヒストリー」「ナショナル・トラディション」をちゃんと勉強し、それを踏まえて民族固有の特質を見出し、それを発揮させながら此のグローバルの時代、如何にして世界に羽ばたくかを考えねばなりません。 同時にまた此の21世紀、日本という国が創って行こうとする世界を支え行く人材の確保・育成という観点からは、常に教育は実学を中心に徹底すべきでありましょう。4年3ヶ月前のブログ『日本教育再考』でも指摘したように、日本の将来の産業構造が一体どういうものかを先読みし、ポスト・インダストリアル・ソサエティ(脱工業化社会)において一体何が大事になるかという観点で教育を捉え直し、そしてそうした大事なものを教育上優先するような体制を敷いて行くべきだと思います。 例えばデジタルの世界で述べるならば、今後益々「シンカ(深化・進化)」し更に大きな世界になって行くのは間違いありませんから、その世界の真髄を理解し本当にコンピューターを使い熟せるような人間が指導に当たり、実学として実用に供せられるようして行かねばなりません。 仮に私が文科相であったらば、第一に一芸に秀でるような人材を創出すべく、科目選択制を基本にし総花的教育をやめます。道徳・歴史・哲学(思想)といったものだけは、必修とします。第二に実学を基本とする、例えばIT関係の起業家や実業家をどんどん招聘して授業を行って貰うというような形にします。無能な教師により何の役にも立たない教育が行われるのでは、日本の将来が危ぶまれます。第三に成績優秀者には出来るだけ若い間に留学を少なくとも2年位はさせ、多様な文化の中で生活させます。 日本の英語教育というのは一言で言えば、リスニングもスピーキングも殆ど出来ない人間が英語教師として指導に当たり、死んだような文法を中心に教え試験ではペーパーテストだけを行うものでした。つまりこれまで日本では、死んだ学問として英語教育がなされてきたのです。そうした馬鹿げた教育と同じ轍を踏んではなりません。 上記したデジタルの世界のみならず、各分野でオリジナリティ溢れるものがどんどん創造されるような形にすべく、どうすれば良いかを考察せねばなりません。取り分け中学校以降こうした方向に基づいた教育を本格実施して行ったらば、様々な才ある人が新しい事柄に挑戦して行くようになるのではと今思う次第です。(公式ブログ『北尾吉孝日記』より2015年10月13日分を転載)■ 北尾吉孝氏の公式ツイッター 公式フェイスブック

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    レールを外れるとやり直せない社会は問題 回り道OK

    とも思うのです」 就活に挑む準備…それが足りないのは、学生の意識が不足していること以上に、今の日本の教育制度や子供たちが置かれた環境にも原因がある、と疑問を感じている。「今の子供たちは、あまりにも“遠回り”ができない状況にあります。ストレートに大学に進学し、そのまま就職することが“普通の道”とされ、そのレールをはみ出さないように進むことが良しとされている。高校を卒業したら“行きたい大学”というよりも“行ける大学”に浪人せずに進むことが望まれている。 結果として、将来の夢や目標を考える時間も持てないまま、興味があることに夢中になることもないまま、就活に挑まなくてはいけない。就活直前に就活本を読んで、“模範解答”を頭にたたき込み、“なんとなく受けたい”企業をいくつも受けてみる。学生にとっても企業にとっても好ましくない状況になっていると思います」(藤岡さん) 藤岡さんは、自身が遠回りを経験してきた人物だ。著書『大切なのは「つまずき 寄り道 回り道」』(小学館)では、「遠回りは決してマイナスではなく、プラスに転じることだってある」と説く。 大学全入時代といわれるなか、浪人や留年は“損”だという意識が高まり、受験や就活に一度失敗すると、レールを外れてしまい、二度と復活できないような社会。そんな風潮のなかで、“立ち止まる”ことの大切さがあるという。フジゼミに通う塾生たちにも、“普通じゃない子”は少なくない。 中卒で地元暴走族の総長となり、現場仕事を転々とした後に一念発起して早稲田に入学した生徒。高卒で一度は地元企業に就職したものの、「大卒じゃなければ出世はできない。やっぱり大学に行きたい」と会社を辞めて受験勉強に励む生徒。 一心不乱に勉強し、早稲田や青山学院、筑波など有名大学に合格した生徒たちは、留学したりインターンしたり夢を広げ、大手企業に就職した子もいる。就活生たちの悲鳴にはこんな声もある。「今年も就活は8月から始まると思ったから留学しようと準備していたのに、6月に前倒しになったせいでとりやめた。留学したいけど、新卒で就職しないと正社員になれないかもしれない」 一本道を逸れてしまったら、まるで未来はないように思わせてしまう社会のなか、多くの子供たちに足りないのは、そんな「回り道」なのだ。「もちろん誰もが高校を中退する必要もないし、非行に走らなければいけないわけでもありません。だけど、今の日本の教育はちょっとの立ち止まりも許されないような空気があります。目の前の受験、目の前の就活を“こなす”ことが目標で、本当に自分はどんなことがしてみたいのか考える時間や方法がない。浪人したり、留年したり、ニートをしながらいろんな社会経験を積むことで見つかる夢もあるのに、一度“普通の道”というレールから外れてしまうとやり直しができない社会になっている気がします」(藤岡さん) 大学4年間は「人生で最も自由な身分」だといい、だからこそ「なににでもチャレンジしてほしい」と背中を押す。「会いたい人に会いに行く、企業のインターンを経験したりボランティア活動をしたり、バックパッカーで貧乏旅行をしたり、大学生はどんなこともできる特権階級です。それをサークルや飲み会や恋愛やバイトばかりに時間を費やすのはもったいない。“浪人せずになんとなく行ける大学”に進学してしまうと、大学時代をなんとなく過ごしてしまう。その4年間でどんなことをしたか、どんな人に会ったか、世界がどう広がったか、それが就活、将来につながるはずです」(藤岡さん)関連記事■ 日経ウーマン編集長が長男の1年半にも及ぶ就活を記録した書■ あまりに簡単にエントリーできる「ネット就活」の落とし穴■ 平均内定率95%の著者がかなり具体的な就活テク指南した本■ 就活説明会で社員に質問する学生 「さすが!」と社員をホメる■ 茂木健一郎氏「早すぎる就活は本末転倒でシュールで不条理」

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    子供にとってより良い教育とは? 寄宿塾「はじめ塾」を通して考える

     [教育の原点を考える]池上眞平 (元富士フィルム顧問) 激しく変わりゆく社会を子供や若者がたくましく生き抜いていく力を育てるということは、いつの時代にあっても大切な課題です。 ところが、精神的・体力的にも弱く、不登校やひきこもり、いじめといった問題を抱えて苦しむ子供や若者が増え、そのことで多くの親・家族も翻弄され、本当の幸せが何であるのかを見失っている姿が目立つようになっています。80年以上もの歴史を持つ寄宿生活塾「はじめ塾」は、様々な子どもたちが自分達らしさを取り戻して“したたかに”かつ“しなやかに”生きる力を身につける場になっています。 今回は塾生および元塾生の座談会から、はじめ塾との関わりによって彼らの糧になったものを感じていただきたいと思います。はじめ塾にて“いただきます”をしている夕食の風景。右側手前の5人が塾長夫妻(正宏さん&麻美さん)と夫妻の子供達寄宿生になったきっかけひろじ(中学3年生男子):もともと都内の大学附属の進学校に通っていて、今とは全然違う生活でした。小学4年生ぐらいまではおとなしくて真面目に勉強するタイプでしたが、高学年になっていつも同じ仲間と部屋にこもって悪い遊びやゲームばかりするようになって、成績はどんどん下がって、学校もつまらなくなりました。そして中学1年生の途中から不登校になったのを父親が心配して、はじめ塾に連れて来てくれました。 正宏先生の奨めに従って、まず体験入塾をしました。都会生活の経験しかない自分にとって初日から驚くことばかりでした。例えば、「色々な人が塾をいつも出入りしている」、「僕と同じ年頃の子達が食事を作っている」、「農作業までやっている」。みんな自分から用事を見つけて動いているのに、何をすればいいのかまったくわからなくて困りましたが、初対面の僕にみんながフレンドリーに接してくれたので助けられました。1年前には考えられなかった生活で、自分でも少しずつ「生きていく力」みたいなのが付いてきたように思います。なつみ(中学3年生女子):兄がはじめ塾と関わっていたので、小学生の頃から学習会や稲刈りに参加していて、6年生の終わりには「大人になるための準備講座」にも参加しました。仲良くなった女の子に会えるのが嬉しくて合宿にも参加するようになりました。最初のうちは寄宿生のように動けなくて遊んでばかりいました。家だったら親から注意されるのに、ここでは誰からも何も言われなくて、いいところだなあと感じていました。塾長の正宏先生と塾長の奥さんの麻美先生には小さなお子さんが3人いて、その子達と一緒に過ごすのは楽しいなあとも思っていました。 友達とのトラブルがきっかけで中学1年生の後半から学校に行かなくなって、はじめ塾に通うことが増えました。通塾ではなくてみんなと生活してみたいという思いが強くなっていた頃に「寄宿してみる?」と言われて、めちゃくちゃ嬉しかったです。今、寄宿して半年なので、まだまだ分からないことも多いですが、塾での生活にもだいぶ馴染んできました。塾を巣立つ子供達を祝う会に向け、たこ焼き作りに励む子供達うらら(高校3年生女子):私も2人の兄が先にはじめ塾と関わっていました。幼稚園の年長だった頃、母と兄達と一緒に夏期日課に参加することになって、市間の合宿所に着いた途端、大きなお兄さん達が目の前に群がってきたのが強烈な印象で残っています。母の荷物を運んでいる大きな人達の姿に、最初は怖さも感じました。遊んでもらっているうちに次第に慣れて、親の目の届かないところで思いきり遊べることが愉しくなっていきました。 小学3、4年生の一時期、合宿から足が遠のいたこともありましたが、父の仕事の都合で小田原市に引っ越したことや母が父母会の会長を務めたこともあり、はじめ塾に行くことが増えていきました。中学2年生の冬の暮れの勉強合宿で頑張り過ぎて寝込んでいた時に、自由気ままに育っていた私を心配した両親が私の横で正宏先生と話し合ってくれて、その年明けから寄宿することを決めました。ふうた(20歳社会人男子):はじめ塾との関わりは小学校低学年の合宿からです。僕も小学6年生の時に「大人になるための準備講座」に参加して、集まりの後に寄宿生と一緒に夕食をとる機会が増える中で寄宿に憧れたのがきっかけで、中学1年生から3年生まで寄宿していました。あかり(大学1年生女子):幼稚園の頃から4歳上の兄と一緒に合宿に参加していて、「なかよし合宿(小学1年生から3年生の親子合宿)」や「ジュニア合宿(小学4年生以上の子ども合宿)」に毎月行っていました。自宅から合宿所まで2時間弱の距離があったこともあり、ジュニア合宿の最初の頃はホームシックになることもありました。高学年になって反抗期を迎えて、「家を出たい」という思いが強くなった頃に母親も寄宿を後押ししてくれたので、中学1年生から2年生の終わりまで寄宿しました。 合宿で顔を合わせていたので寄宿メンバーのこともよくわかっていて、最初から抵抗なく寄宿生活に入りました。“同じ釜の飯を食べる”寄宿生活をしてみて“同じ釜の飯を食べる”寄宿生活をしてみてひろじ:はじめ塾と関わるまで料理はしたことがなくて、蒸し器に水を入れ忘れて空焚きした失敗を3度ぐらいしました。今は、麻美先生や先輩からいろいろ教わって少しずつできるようになっています。 最近は作業も好きになってきました。腕力があるので力仕事を頼まれることも増えて、経験の長い先輩よりも頼られるのを感じて嬉しいです。 実は寄宿生活に慣れるまで相当手間取って、3回ほど脱走しました。今になって、バカなことしたなぁって思います。脱走で失った先輩や仲間の信頼を取り戻すには、大きな努力が必要であることも実感しました。塾長夫妻の子供達と遊んであげている塾生失敗しても受け止めてくれる環境なつみ:塾では、十分に力のついていない人は失敗しても怒られません。失敗は成功の元だから、どんどん失敗するのが良いと言われます。私もまだまだ失敗が多くて、先輩を困らせちゃうけど、ちゃんと助けてもらえます。野菜の千切りを間違って棒切りにしてしまいサラダ用にならなくなった時でも、使い回し方や切り直し方を提案してくれるので、やっぱり先輩はスゴイと思います。うらら:私は寄宿してから、家庭との違いや通塾生と寄宿生との違いなどに戸惑うようになって、学校からまっすぐ帰宅できない日が何度かありました。夜遅くまで戻らなかった私に対して寄宿生からは厳しい反応がありましたが、正宏先生と麻美先生は翌日にはいつもと変わらずに接してくれました。どんな時でも「水に流す」というスタンスでいてくれる先生方の態度に、最初はカチンと来ました。しかし、やがて「水に流す」ことの大切さを理解できるようになりました。でも私にはまだ「水に流す」ことを実行する力がありません。 寄宿生活3年になる今では、自分なりに考えを深められるようになって、「それは違うのではないか」「どうしてそうなのか」と言えるようになりました。はじめ塾の先生方や関わっている大人の人は、そうした私の発言に対して「そうした見方もあるよね」「みんなで話し合ってみよう」と正面から受け止めてくれます。また、塾では現状を見極めた上での適切なアドバイスを貰えます。学校の先生は、学校の規則に照らした判断を優先していると感じることがあります。 勉強に対する考え方もこの3年間でずいぶん変わりました。短期記憶型の私は一夜漬けが得意ですが、この先の大学受験や就職のことを考えると、このままではまずいと思って、自分に合った方法を試行錯誤しているところです。 みんな何かしら先輩の影響は受けています。敬語や礼儀、電話の応対なども先輩の姿を真似るうちに自然に身に着きますね。ルールは必要最低限のみルールは必要最低限のみふうた:多すぎるルールは子供達が自主性と主体性を発揮する機会を奪うので、はじめ塾では必要最低限のルールしかありません。自宅ではパソコンを好きなだけ使用していた僕はパソコンの使用にルールを設けることを条件に、塾へパソコンを持ち込みました。「パソコンに溺れない」かつ「他の塾生に迷惑を掛けない」ためのルールの必要性を理解しましたが、最初は窮屈に感じました。そのうち、制限された環境でいかにパソコンを上手く利用するかを工夫するようになりました。おかげで既存の発想に頼らない視点が磨かれました(笑)。 またはじめ塾では、食事の良いバランスを維持するために甘いお菓子を控えるようにしています。しかし、家では何の気なしに食べていたお菓子をはじめ塾では少し食べられると、とてつもなく嬉しいのです。世の中の風潮と距離を保つことを修得した寄宿生は、世間の中高生が手を染めるような「悪いこと」には手を出しません。これはこれからの人生を力強く生き抜くために必要な知恵だと思います。夏期合宿にて、なたで薪を準備しつつ、釜でご飯を炊く子供達あかり:当時自分を含めて寄宿生の女子は3人だけで、私は15人近い寄宿生の男子に負けまいと必死でした。力仕事や台所仕事、テスト勉強でも「追い抜けるものなら追い抜きたい」という気持ちが強くて毎日がむしゃらでした。しかも2年生になって参加した中学校の生徒会活動が忙しくて、夕食づくりや作業の時間に間に合わないことが増えてくると、技術的なことや知識がみんなより遅れるのではないかと心配していました。そうした自分の姿を周囲が常に見て評価してくれるのが、安心でもありプレッシャーでもありました。自分のプライドもあり、自分を律した2年間を過ごせました。不自由さやジレンマをどう乗り越えるか、どう耐えるかといった精神面もしっかり鍛えられたと思っています。共同生活で磨かれる周囲との関わり方周りが頑張る姿に刺激受けて育った自主性 多くの人と共に生活するので、相手の気持ちや周囲の状況を読み取る力も相当養われたと思います。家庭にいたら親がやってくれるのは当たり前で何とも思いませんが、はじめ塾では同年代や後輩が頑張っている姿に刺激を受けて動くので自発性が育っていくと思います。うらら:確かにそうですね。自主性が育ったお蔭で、学校のように様々なスタンスの人がいる場面でも、顔色変えずに自分から率先して動けるようになりました。ふうた:僕は中学卒業と同時に家庭に戻って東京の進学校に通いましたが、同級生の思考のスケールが小さく見えました。そんななか、高校2年生の夏に、ハーバード大やイェール大の学生と日本の高校生約30人が一緒に過ごす「GAKKO」というサマーキャンプに参加しました。大半が帰国子女でいわゆるエリート教育を受けている高校生達でしたが、はじめ塾の塾生は彼らと比べて人間性の成熟度合いがなんら遜色ないレベルだと感じました。学校教育とは違うアプローチで、はじめ塾はエリート教育をしているのだと思います。いうなれば、サマーキャンプを共にした友人達は高級な餌で育った「養殖魚」で、はじめ塾の塾生は荒波に揉まれて育った「天然魚」って感じですかね(笑)。 高校時代に政治系NPOを立ち上げるなど大人と遜色ない活動をしていたと自負しているのですが、何をしても「高校生にしては」という枕詞が付くことに耐えられず、高校卒業後は大学進学の道を選びませんでした。インターネットのニュースメディアで記事の取材・編集、映像の制作などをする仕事を経て、昨年4月に博報堂出身の人と一緒に広告代理店のような会社を立ち上げ、今はクライアント企業の大きなイメージ変化をコンサルティングから制作まで一貫してお手伝いするような仕事をしています。法律をいかに変えるか戦略を練ったり、全く新しい組織を生み出すためのキャンペーンを打ったりなど、既存の価値観に囚われない仕事を展開していく上で、はじめ塾での経験が役立っていると思います。夏期合宿にてかまどで風呂沸かしあかり:自分の努力が認められたという喜びを実感したのは、中学1年生の時に寄宿生のお弁当づくりを任されたことや、2年生の夏期日課(1カ月間の夏合宿)で「食当(食事づくりの責任者)」を経験したことです。平均して50人から60人、多い時には100人以上参加する合宿の食事づくりに責任をもつ役割で、寄宿生にとっては憧れの役割です。今思えば中学2年生なのでまったく力不足でしたが、後輩にだけでなく先輩や大人にも指示を出すのは貴重な経験でした。今、卒業生の立場で食当の姿を眺めていると、当時はたくさんの人に支えられていたのだとあらためて気づかされます。 先生や大人の方が塾生の頑張りを褒めてくれるので、遣り甲斐が増します。共同生活で磨かれる周囲との関わり方共同生活で磨かれる周囲との関わり方うらら:合宿中の食事づくりでは、寄宿してない塾生や後輩などの経験の浅い人に頼むより自分がやった方が早いと思う場面があります。しかしそこを我慢して、彼らに仕事を頼みかつ自分の能力の範囲でサポートする力を磨くのは、はじめ塾での大切な学びの一つだと思います。 私の場合、食事づくりや作業はあまり得意でなくてイラスト描きが好きなので、チラシやパッケージの挿絵を頼まれることが多いです。指名されるのはけっこう自信につながりますね。ふうた:塾生はまず「えり好みをせずに色々なことに挑戦する姿勢」を修得し、次に「自分の得手不得手を理解し、自分が今できるかどうかを判断する力」を磨くというステップを踏みます。私の場合、はじめ塾で自分はできることは自分でやるという力を身につけましたが、できないことはきちんと断るという能力をあまり磨けなかったように思います。また自分でできることを自分でやってしまい過ぎると、人に頼んだり人を使ったりすることが苦手になるのかもしれません。自分の能力に見合った指導の仕方を心がけて一歩一歩マネジメント能力を身につけていくのが良いと思います。例えば、言葉だけではなく紙に手順を書いたりして、少し手間がかかっても的確に指示する経験を積むのも良いのではないでしょうか。あかり:試行錯誤すること自体が学びであって、結局は、食当が後輩に教えているのではなく、食当自身が教えられて一番学んでいるのだろうと思います。さらに食当には、自分の感情や体調と行動を完全に分けてコントロールする力も求められます。どんなに機嫌や体調が悪くても食事づくりは必要だし、自分の指示で動く人達に対して安定した態度でなければ信頼を得られません。このことは、食当に限らず共同生活という環境の中では大切な姿勢で、卒業した今でも一番意識しています。うらら:自分のように適当に力を抜くタイプと、何事にもきちんとしているタイプとの間では、どうしても感情のぶつかり合いが起こりがちです。それは当事者だけの問題だと思っていましたが、実は取り巻いている周囲にも心配や迷惑をかけることになると気付くようになりました。周囲や相手との距離の取り方を今も学んでいます。自分にとっての正宏先生と麻美先生夏期合宿でご飯を作る子供達。まだ小さな子も包丁を使う作業に挑戦自分にとっての正宏先生と麻美先生あかり:寄宿していた当時はこわかった印象が強くて、「先生」として見ていましたが、進路だけでなく何か悩んだ時に相談するのは正宏先生です。実の親には距離が近すぎて話せないことも話せて、卒業した今でも一番信頼できる大きな存在です。麻美先生からは料理のことを沢山教わりました。女性として直接的な人生の先輩です。お二人とも私にとって恩人です。うらら:正宏先生は自分のことを良く理解した上で提案をしてくれます。私は、「自分はこう思う」と意見を言った後に自分で結論を出します。麻美先生は女性同士という面で話しやすく、「こうしたら」というアドバイスではなく「私はこうだったよ」という目線で話してくれます。3人のお子さんの話をすることも多く、麻美先生のような母親になりたいなぁと思っています。なつみ:私はまだ自分の考えを口にするタイミングがわからないので、正宏先生から注意されると、理解されていないと感じることがあって心の中でイライラする時もあります。でも注意されるからこそ自分が成長できると思えるようになりました。私にとってもお二人が「育ての親」だと感じ始めているところです。ふうた:寄宿し始めた頃は、僕も正宏先生の考え方を理解できないために「一方的に怒られた」と感じることもありました。でも相手に自分の考えをどう伝えて説得するかが大切だと気付いてから、この反発は解消していきました。相手との人間関係や感情的な面に左右されるのではなく、中身の本質を的確に捉えて論理的に自分の意図を伝えることが大切だと気付きました。ひろじ:正宏先生の話は長くて内容があちこち飛ぶので、聞いていて煩わしい時もあります(笑)。でも、脱走した僕を小田原から東京まで車を飛ばして迎えにきてくれたのも正宏先生だし、不登校だった僕が登校できるように何度も中学校の先生と話し合ってくれたのも正宏先生だし、来年の受験の相談を親身に聞いてくれるのも正宏先生で、やっぱり頼りにしている存在です。ふうた:僕にとっても「第二の親」というような存在ですね。ふつう本気でアドバイスをくれる人って“親”しかいないと思います。学校の先生や友達のアドバイスがちょっとした思いつきだと感じることが、よくあります。しかし正宏先生は、本気でその当人のためだけを考えてアドバイスをくれます。現代では珍しい教育者だと思いますね、本当にありがたい存在です!あとがき 寄宿生活や合宿を通して、子供達が互いに学んだり気付いたりする様子が浮彫りになった座談会だったと感じました。 座談会で語られた「寄宿生になったきっかけ」、「ふうたくんによる高校卒業後の進路選択」から読み取れる親子の関係および「自分にとって正宏先生と麻美先生、はじめ塾はどういう存在か」やその他の箇所で読み取れる塾長夫妻と子供達の関係から、「子供を信じる」、「子供が自ら気付き行動を起こすのを待つ」、「子供の個性を尊重する」という親や先生を含む大人達の気持ちの交点が、「教育の原点」だと改めて痛感しました。また大人達が子供から多くを学べるという気持ちを持って子供との時間を共有すると、大人達も子供達と一緒に成長できることも再認識しました。 測り知れない可能性を秘めた子供達から元気を貰いました。

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    小中高公立一貫校が専門人材育成へ 教育現場の理想と現実は

     義務教育の枠組みが大きく変わりつつある中、「公立一貫校」の選択肢がまたひとつ増えようとしている。 すでに中学校卒業までの9年間、同一校で教育を施す「小中一貫」は、全国の自治体で1000件以上が実践されているが、東京都はこのほど、中高一貫校である都立立川国際中等教育学校(立川市)に6年制の付属小学校を新設する計画をブチ上げた。じつに小中高12年間の一貫教育モデルが完成することになる。 もともと東京都は前都知事の猪瀬直樹氏の時代から小中高一貫教育の構想を持っていた。その狙いはズバリ“専門人材”の育成である。 2013年にまとめられた都の中間報告にも、〈理数を中心に、一人一人の資質や能力を発見し伸長させ、世界に伍して活躍し貢献できる人間を育成する〉と書かれている。系統的・継続的な教育カリキュラムで学習内容を先取りすることで、より専門性の高い有能な人材を数多く輩出しようというのだ。 当初、実験モデル校には理系に強い都立武蔵(中高一貫)などが候補に挙がっていたが、今回、再検討の末に選ばれたのは立川国際だった。「さすがに小学校の入学段階から理系の適正を見るのは難しいため、グローバル人材の育成を重視する路線に変更した。立川国際は英語教育に力を入れ、在日の外国人枠を設けるなどして特殊なカリキュラムを行っている。 ここに小学校を併設することで、早くから体系的に英語を学ばせ、まとまった期間で留学も後押しするなどして、語学堪能な人材を育てるのが目的だろう」(中学受験の学習塾講師) だが、子供の理数系の資質を見極めるのが難しいのと同様に、語学習得にも向き不向きがあるのではないか。安田教育研究所代表の安田理氏もこんな懸念を口にする。「立川国際のように英語の学習時間を多く割き、ムダや重複のないカリキュラムで12年間学べば、文科省が選定したスーパーグローバル大学への進学も容易になるかもしれません。 しかし、在学途中で落ちこぼれる生徒だっているでしょうし、『自分は語学より理系に向いているのかも……』と気付く子だって出てくるでしょう。そんなとき、他校に移りづらい環境では親も子も不幸なだけです。 12年間の一貫教育を施すなら、本来はカリキュラムや進路先を偏らせず、特色があまりない学校のほうが無難だという意見もあるのです」(安田氏)小中一貫校では校庭の共用や行事スケジュールなどで問題も 私立のエスカレーター校よりも学費がかからず、受験の負担がないうえに専門教育まで学べる――。確かに、こんな一貫校なら我が子を入学させたいと思う親も多いだろうが、現実の教育現場は理想通りとはいかない。「小学生の学力格差は顕著で、スクールカーストやいじめ、親同士の人間関係も複雑です。公立は良い先生もすぐに異動してしまう中、12年間も固定された集団で過ごすのは親子とも精神的にキツイと思います」(都内の公立小学校に子供を通わせる40代女性) さらに、一貫教育の年数が延びれば延びるほど、他学年との交流や行事のスケジュール、共用施設の大きさ基準をどこに合わせるかなど、さまざまな課題が山積する。「小中の交流はほとんどないし、行事もバラバラ。校庭はほとんど中学生の部活動が独占していて、小学校低学年の子供たちは遊べない」(首都圏にある小中一貫校の父兄) こんな状況のまま、一貫校の制度だけ緩和・拡大して、本当に学力向上や有能な人材輩出が見込めるのか。前出の安田氏がいう。「学校生活でもっとも大切なのは人間関係です。いくら専門性を高めたカリキュラムが用意されていても、先生や生徒同士の人間関係が崩れれば集団全体にも歪みが起きてきます。 6・3・3制の見直しや、小中高一貫校の新設など、現状では制度構築ありきの議論になっていますが、それよりも、学力格差による生徒の転出・編入、計画性を持たせた教員の人事異動、何よりも豊かな人間関係が築けるコミュニティーとして機能するかどうかを考えるほうが先決ではないでしょうか」 国も小中一貫教育にお墨付きを与える法改正をし、来年4月より「義務教育学校」が開校できるようになった。東京の構想も含め、今後ますます一貫校が増えることになりそうだが、「教育の本分」を忘れた単なる統廃合なら何の効果も期待できない。関連記事■ 中学授業時間 3年で公立は3045時間、私立一貫校は3800時間■ 人気の公立中高一貫校 その特徴とチェックすべきポイントとは■ バラエティー豊かな中高一貫校 理数系に注力する女子校も■ 中高一貫校の初年度納入金額 慶應や早稲田の附属校が上位に■ 人気の学校は倍率7.5倍 公立中高一貫校の利点とデメリット

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    金八先生は今も理想の教師像なのか

    き合う熱血漢。武田鉄矢演じた坂本金八に理想の教師像を重ねた人も多いはずだ。時代が変わってもニッポンの教育現場に必要なのは、やはり「金八先生」なのか。

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    金八先生はここにいた! 福島の中高一貫校が見せる「奇跡」

    障害という法に触れることをわからせ、大人になってからの犯罪抑止のために警察に突き出すほうが、はるかに教育的に思えるのだ。 私が臨床心理学の教員だからかもしれないが、子供の心理的問題についても、プロに任せたほうがはずれが少ない(素人のカウンセリングでもうまくいくことは珍しくないが、プロと違って、うまくいかなかったときの方法論やどういうことばが相手の心をかえって蝕むかを学んでいないので、害になることが珍しくないというデメリットがある)と考えている。 それよりは、学力低下が止まらない中、子供にこれからの知識社会を生き抜ける学力を身につけさせてほしい、塾に行けない貧しい家の子供や教育産業が発達していない地方の子供にも、それによる不利を最小限にしてほしいというのが、教師、とくに公教育の教師に臨むところである。 ということで、「金八先生」的なるものに懐疑的であったのだが、それが可能かもしれないと思うようになった事例がある。 福島県のいわき市に磐城緑蔭高校という学校がある。 いわき市にできた初めての私立中高一貫校ということで、開校の当初から私と私が経営する緑鐵舎のスタッフがカリキュラム作成や、直接指導を行っている学校だ。 中学受験というものがなかったため、その対策塾もない地域なので、入学時の学力は東京の中高一貫校の合格者と比べると格段に低い。 おそらく東京の名門受験塾でなら、小学校5年生の生徒でも解けるような問題での入学試験を行う。そして合格者の最高点は例年400点満点で300点程度。東京でなら、偏差値50の学校にも受かることのできない学力だ。さすがに100点未満の子は落とすが、定員割れということもあって、120点くらいでも合格させている。 しかし、その子たちに、中1の1学期の間は、中学受験用の計算や読解をやらせ、その後は先取り学習をするという独自のカリキュラムを課したところ、昨年度はビリから2番の子がなんと国立大学に入った。ビリの子も東京の名門女子大に入った。 今年も、東大に合格圏の受験生がいたのに合格できなかったのは残念だったが、福島県立医大にも合格者を出し、卒業生の4人に一人が慶応大学に現役合格した。現役合格率は全国8位という。 トップクラスの子供の合格実績以上に、私が誇りたいのは、一人も落ちこぼれを作らないことだ。 もっと誇りたいのは、一過性に具合が悪くなる子もいないわけではないが、ほとんどメンタルに問題を起こす子もいないし、犯罪もないし、いじめ問題も生じていないということだ。 金八先生+学力向上、進学実績といばっていい学校になっている。「金八先生」を求めるなら いろいろな理由が考えられるだろうが、私がいちばん大きい要因と考えるのは、小人数クラスの実現である。 ただし、これはもともとそのつもりで小人数クラスにしたわけではない。 確かに、当初から一クラス30人という教育環境でやることになっていたが、いわきに中学受験の文化がなかった上に、公立信仰が強く(地元のトップ校でも300人強の卒業生のうち、東大への現役合格は0の年が多いし、慶応にだって10人も合格していないというのに)、毎年20人も入ってこない。 昨年の卒業生は18人、今年にいたっては16人だ。 要するに、進学実績の上でも、子供のメンタルの問題のなさの点でも、すばらしいものがあるのに生徒が入ってこないので、結果的に小人数クラスになっている。 ただ、学校経営者にとっては頭の痛い問題ではあるが(私も非常に同情しているし、コンサルテーション料も申し訳ないので、かなり安くしている)、生徒にとっては、理想に近い環境になっている。 この人数なら、学力だけでなく、生徒のメンタルの問題や、生徒間の人間関係など、ほどんどの点で、教師が把握できるし、ほかの教師もそれが共有できる。 これは、現代の「金八先生」を考える上で、大きなヒントになる事例ではないか? 確かに、教師に学力だけでなく、いじめ対策やメンタル面でのフォローまでさせるのは過重労働と言えるかもしれない。しかし、クラスの人数が少なければ、それは可能になり得るのだ。 10年ほど前、当時、OECDの行う学力調査(PISA調査)でほとんどの分野で世界トップを誇り、世界一の義務教育とされていたフィンランドの学校に見学に行ったことがある。 そこでは、18人から20人のクラスが当たり前だった。 地震が少ないこともあって、後者はツーバイフォーで簡素なものだった。コンクリートから人にというと、かつての不人気政党のスローガンだったが、教育に関しては、そうすべきだというのは、私のそれ以降の信念である。日本の立て替えたばかりの小中学校は、世界の公立学校の中でいちばん立派なのは確かだ。建築会社ばかり儲けさせても、日本の将来の人材は育たない。 ついでに言うと、婚外子をどんどん認めることで少子化を乗り切ったフランスに対して、このフィンランドは、子供の数が減った分だけ、一人あたりの生産性をあげ、知識社会で使い物にならない落ちこぼれを作らないことで乗り切ろうとした国でもある。今でもフィンランドの国際競争力は高い。これも日本が見習うべき点だろう。 日本で、「金八先生」を求めるなら、まずクラスのダウンサイジングを行うべきだろう。 他省庁の高級官僚と比べて、東大在学中のできの悪い奴が入ると噂され(こういう人がゆとり教区や、2020年からの東大を含む全大学のAO入試化を推し進めているという話も聞いた)、また大統領候補選などで教育問題がもっとも重要課題とされる国が多い中、文部科学大臣(科学を統括するはずなのに、なぜか理系の人が選ばれない)が軽量ポストであるこの国では、子供の数が減っても教育予算だけは減らさないという世界の常識が通じない。 しかし、こういうことこそグローバルスタンダードに従わない限り、日本で、「金八先生」は期待できないかもしれない。

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    幻想は捨てよ! 「金八先生」のいない学校を生きるしかない

    森口朗(教育評論家、東京都職員) 広島県で無実の万引き事件が理由で推薦入学を断られた中学生が自殺するという痛ましい事件が起きた。いじめによる自殺は数年ごとに全国的な事件となるが(実態は毎年起きていると筆者は推測している)、今回の事件は極めてレアなケースだと思われる。だが、レアなのは推薦を断られた事で自殺に至ったという点であって、どのような事件も事件化しない膨大な不正・不祥事・事故がその陰にあると捉えるべきだろう。 報道をベースに事件をおさらいしておくと、「広島県にある府中緑ヶ丘中学の一年生B君が2013年度に万引き事件を起こした。学校はA君が起こした事件として指導記録等に記載した。2015年度になってA君は私立高校への推薦入学を希望した。A君の担任は万引き事件を理由に推薦入学は不可である旨を伝え、絶望したA君は自殺した。万引き犯人のB君は学校から推薦を受けて無事高校に入学した」これが事件の概要である。画像はイメージです これだけでもやり切れないが、その後の学校側の対応が我々をさらに暗澹たる気にさせる。まず、A君が自殺したのは2015年の12月当初、学校は生徒や保護者にA君は病死だったと偽り、その理由をA君の保護者の意向だと嘘を重ねた。自殺は他生徒への精神的影響が大きいからという主張ならば一定の理解はできるが、最も悲しんでおられる保護者の意向という嘘を根拠にした時点で、彼らの動機が責任逃れのための隠蔽であるのは明らかだ。 B君の推薦入学についても校長はB君の万引きは一度だけでその後頑張って生活したのだから推薦した旨答えているが、同校の推薦基準には「触法行為がないこと」が含まれており、校長の一存でルールが破られる学校体質が明らかになっている。自殺事件の引き金を引いた担任教諭は事件発覚後(決してA君の自殺後ではない)病気を理由に学校を欠席し続けている。 無念ではあるが、ご両親や友人、さらには我々日本国民全員がいかに嘆き悲しんでもA君の命がよみがえることはない。我々にできることは、二度とこのような事件が起きないためには、どうすれば良いのかを考えることだ。 事件が起きるたびに、それこそ金八先生のようなスーパーマンを望む声が起きるが、そういう姿勢は解決にも予防にもならない。すべての児童・生徒に我が子のごとく愛情を注ぎ、プライベートに踏み込み保護者とも全力でぶつかるのは(それを望む人には)理想かもしれないが不可能だ。それに実際にああいうチームで仕事のできない教員が存在したら、たぶん同僚にとっては迷惑だと思う。我々は教師に24時間勤務を望むべきではないし、私的領域への過度な介入も許すべきではない。我々は、もっと現実的で汎用性のある方策やシステムを考案し構築するべきなのだ。金八先生などいない 当の府中緑ヶ丘中学はどう考えているのだろう。この事件を受けた反省として学校ホームページに(1)生徒指導が組織として行われていなかった、(2)進路指導も組織として行われていなかった。(3)校長がきめ細かな指導・指示をしていなかった、ことで事件が起きたと分析している。(1)(2)についてはそのとおりだろう。しかし(3)は解せない。B君は推薦基準に反しても推薦しており「きめ細やかに」指導を行っている。本質的な問題はA君とB君の扱われ方の不公平にあるのではないか。 その点、文部科学省の分析は府中緑ヶ丘中学校よりもはるかに深い。今回の事件の中間報告で「(1)情報管理の不徹底、(2)触法行為即アウトという機械的な進路決定、(3)触法行為即アウトの期間を3年だけから1~3年に広げたのを説明せず、(4)遡ってA君の学年に適用した」点を学校の問題点として挙げている。『3年B組金八先生・ファイナル~「最後の贈る言葉」4時間SP』 ルールを変えたのだからそれを皆に知らせるべきだし、遡って適用するのは問題があるという(3)(4)の指摘は、いかにも霞が関の官僚らしい(法学部出身者が主流派の組織らしい)。「B君は万引きしたが反省したから推薦してあげよう」といった感情的正義に引きずられ法的な正義をおろそかにするのは教育関係者の悪いクセだ。その点を指摘したのは素晴らしいが、B君に対しては「機械的な進路決定」をしていないのだから、最終報告ではこの点を避けることなく本質的な問題に踏み込んでほしい。最後に再発防止のための私見を述べておきたい。1 生徒指導や進路指導を担任個人に任せるのではなく組織で行っても、情報管理の徹底を図っても間違いは起きる。学校に限らず日本の全ての公的機関に通じる問題点は「しっかりと○○すれば間違いは起きない」という思い込みである。まず、何よりも間違った記録があるかないかを生徒や保護者がチェックできるシステムを構築する必要がある。「自己情報の公文書開示」。これを徹底させ、指導記録にも適用する。そして生徒本人や保護者にこういう制度があると知らせる。たったこれだけで、この手の自殺はほとんど防げるだろう。2 A君とB君の不公平取扱の背景を徹底的に調査する。ネットでは担任が日教組所属でA君の保護者が自衛官、B君の保護者が地元有力者といった情報が出回っている。その真偽を調査し、もし事実ならば関係者の処分も含めて厳しく対処する。推薦権限を有する教員は権力者である。だからこそ、権力の恣意的運用を決して許してはならないのである。 金八先生などいない。先生に守ってもらうのではなく、自分で自分を守れる制度を国や自治体に求めよう。我々こそが主権者なのだから。もりぐち・あきら 日本の教育評論家、東京都職員。95年~05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。

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    「黒の女教師」の異色の主人公と「家政婦のミタ」に通ずるテーマ

     [田部康喜のTV読本]田部康喜 (東日本国際大学客員教授) 「愚か者!」――都立国文館高校の生物教師である高倉夕子(榮倉奈々)の鋭い声が響きわたる。その直前の一瞬、ドラマの敵役である男優の顔に長い足が繰り出し、回し蹴りが決まって、敵は倒れる。 学園の問題をともに解決する、古典教師の内田すみれ(市川実日子)と美術教師の藤井彩(小林聡美)が横に並んでそろう。TBS系ドラマ「黒の女教師」のイベントに出席した(左から)西井幸人、千葉雄大、榮倉奈々、尾木直樹、大野いと=東京・赤坂 「課外授業はこれで終了です」と、夕子は告げる。 TBSの金曜ドラマ「黒の女教師」のエンディングである。依頼者からカネを取って「課外授業」 2012年7月20日放映の第1話と27日の第2話を観た。 夕子とすみれ、彩の3人の女教師は、学園内の被害者となった教師や生徒から、カネを取って、被害者に代わって加害者ともいうべき敵を社会的に葬る。 リーダー役の夕子がその復讐劇のシナリオを書き、彩は学園内の情報を探る役、すみれはネットを利用して加害者を追い詰める。 復讐の対価を求めるのは、時間外の課外授業であるという理由からである。深夜の学園の美術室で3人は、依頼人となる被害者を待つ。トランプのババ抜きをしながら。 画面は驟雨に打たれる学園の正門を映し出し、そしてずぶ濡れになった依頼人が部屋のドアを開けて、カネをつきだす。現実離れした主人公が現代の問題を解決現実離れした主人公が現代の問題を解決 第1話は、脱法ハーブが、テーマになっている。法律上は違法ではないが、使い方によっては心身ともに異常をきたす。新人の女教師である青柳遥(木村文乃)が担任をしている、クラスの女子生徒が、脱法ハーブを売る店のオーナーにだまされて、校内で買い手を増やす手先となる。このオーナーは大学生で、司法試験をすでに合格して法律事務所に入ることが決まっている。 第2話のテーマは、教師と女生徒との恋愛である。有能な社会科の教師の及川(柏原収史)は、予備校の経営者の娘と婚約していずれ義父の跡をつごうという上昇志向の強い人間である。その一方で女生徒と肉体関係を結んでいる。 復讐を依頼するのは、第1話では新人の女教師、第2話では教師に捨てられる女子生徒である。 脱法ハーブを売る店の学生オーナーに対しては、次のようなシナリオを作る。彼が使っているたくさんの高校に売り込み役を果たしている女子高校生に対して、すみれが彼のパソコンに侵入して、店へ集合するようにメールを送る。最後にオーナーの妹が現れる。脱法ハーブの中毒症状を呈している。  第2話の敵役である、社会科教師の及川には、他の高校の教師たちを招いた公開講座という舞台を設定して、被害者の女子高校生を登場させる。言論の自由と人権の問題に関する授業である。彼女は質問する。「ブログも人権侵害になることがあるのでしょうか」と。 すみれによって、彼の匿名のブログは実名化され、かつ被害者の女子高校生との交際について赤裸々なブログを書き込んでいた。「家政婦のミタ」に通ずるもの「家政婦のミタ」に通ずるもの 学園ドラマの主人公の設定としては異色であり、奇抜でかつ現実離れしている。しかしながら、そのテーマは現代的である。さらに、敵役の設定もまた、時代を象徴するような人物である。 それは、大ヒットした日本テレビの「家政婦のミタ」のシナリオと同じようなものを感じる。かつてストーカーのように付きまとわれた義理の弟によって、夫と子どもを殺されたミタ。笑顔を浮かべることを自ら禁じて、雇い主の命令に対して「承知しました」とこたえる。視聴率はすべりだしこそ10%台だったが、回を重ねるごとに話題を呼んで、最終回は40%という驚異的な数字をたたきだした。 「家政婦のミタ」のヒットの大きな要因は、現代を象徴するテーマ性にあったと考える。ミタが通う一家の主人の不倫とその結果、妻が自殺する。高校生の娘の上級生との肉体関係、4人の姉弟の兄弟愛、亡くなった妻の妹と主人公の淡い恋愛感情…… ミタ(松嶋菜々子)の人生を縦糸にして、ひとつの家庭のドラマが横糸になって、現代の家族問題を織り成している。 榮倉奈々の「黒の女教師」にも、そんな予感がする。なぜ、夕子はそして、すみれと彩は「課外授業」をするようになったのか。第2話のラストシーンで、夕子がある邸宅を訪れて、チャイムを鳴らすが、入ることを断られたのはなぜか。第1話で、転校したばかりの男子生徒が夕子のポケットに札束を突っ込んで、課外授業を依頼するが、それはなんなのか。その瞬間に男子生徒が夕子に口づけする理由とは。学園ドラマは世に連れ 学園ドラマといえば、やはりTBSが1979(昭和54)年から2011(平成23)年にかけて、30年以上にわたって放映した「3年B組金八先生」がある。舞台の設定は、桜中学というどこにでもありそうな中学校であった。テーマの現代性が、長きにわたって視聴者をとらえたのであろう。筆者の少年時代のドラマでは、日本テレビの「青春とはなんだ」があった。原作は石原慎太郎、脚本に倉本聰の名前がみえる。いま思えば贅沢な布陣である。 学園ドラマは世に連れ、であろう。「黒の女教師」の奇抜な設定もわるくはない。あるいは、現実の学園で起きている最近の事件の数々を思うとき、設定が現実離れしているほうが、テーマが視聴者に届きやすいのではないだろうか。 (敬称略)

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    「金八先生」のいないニッポンの教育現場でいま何が起きているのか

    場合でも教師を擁護するスタンスであるかのように思われるかもしれない。しかしそれは正しくない。そもそも教育問題にそれほど関心がなかった私がひょんなことから出会ったのがこの2つの事件であり、学校や教師を擁護するために、意図して類似の事件を掘り起こしたわけではない。事実とかけ離れたマスコミ報道 書いた理由はしごく単純だ。マスコミやネットがまことしやかに伝えた事件の“真相”が、事実とあまりにかけ離れていたからである。だが、これらの事件を取材するうちに、非常に疑問に思ったことがある。それは、子供が自殺すると、マスコミや世間はなぜ短兵急に、その原因を学校でのいじめに求めるのかということである。 青少年の自殺についての統計を見ると、小中学生の自殺の主な原因は、学業不振、家族の叱責、親子関係の不和である。高校生の場合は、やはり学業不振や進路の悩み、さらにうつ病も多く、いずれも、いじめによる自殺は少数である。 それなのに、どうしていじめ以外に自殺の原因が存在しないかのような安易な決めつけが行われているのか。それは一種の思考停止ではないか。過去、悲惨ないじめ自殺が相次ぎ、学校側がそれを隠蔽した事実があることは確かだ。だからといって、「いじめの事実は認められなかった」とする学校や教育委員会の発表に対して、すべて「隠ぺいだ」と思い込み、「いじめ自殺」ありきで突っ走るのは非常に危険なことだと思う。 拙著『でっちあげ』に登場する教師は、マスコミやネットによって「殺人教師」と呼ばれ、つるし上げに近い仕打ちを受けた。自殺者などだれも出ていないにもかかわらず、である。その様は、マスコミやネットが口をきわめて非難するいじめの構造にそっくりだ。「いじめ」という言葉に扇動された集団ヒステリーである。そもそも、学校や教師に何もかも責任を押しつけることで、子供の自殺はなくなるのか。問題の根本的な解決になるのか。筆者はそうは思わない。ただ少なくとも、現場の教師をますます萎縮させるだけの効果はあると思う。真相に迫ろうとしない“教育評論家” 丸子実業の事件では、母親はネット上で多くの支援者を獲得している(地元では、彼女の正体が知れていたため、支援者はほぼ皆無だった)が、その中に、教育評論家を名乗る女性がいる。彼女は自身のブログで、事件の経緯を逐次伝えていた。母親が校長らを訴えていた民事訴訟が、母親側のほぼ全面敗訴に終わった時、彼女は、「教育裁判史上に残る悪判決」と批判して、こんなふうに書く。 「裁判長はいじめのことを何もわかっていない。あるいは、何か政治的な力が働いたのではないかとさえ思えてしまう」「いじめのことはまるで認めなかった裁判長は、前代未聞の『いじめた』とされる側の『名誉棄損である』の訴えにはなぜか耳を貸した。なぜ、母親が必死になってバレーボール部員や顧問に連絡をとらざるを得なかったのかをまるで考慮することなく。これは恐ろしいことだと思う」「いじめは隠される。そして学校は自分たちの責任が問われることを恐れて、いじめをなかったことにしようとする。利害が一致した学校と加害者が組んだとき、これではやりたい放題できる。遺族やいじめの存在を告発した人間の口を封じることができる」  判決は、この“教育評論家”が母親の話を鵜呑みにして、初めに結論ありきで作り上げた事件の筋書きとはあまりに乖離していた。だから彼女には、判決理由が全く理解できないのだ。いや、理解しようとしないといった方が正しいかもしれない。  ここまで判決に疑問を持ったのなら、裁判資料を閲覧するなどして事件の真相に迫る方法もあったはずだ。卑しくも教育評論家と名乗るならそうすべきである。だが実際は、何一つ調査もせず、おそらく現地に足も運ばず、自分の予断と偏見、想像と思い込みだけで全く見当違いの批判をしている。彼女が、拙著『モンスターマザー』を読んだかどうかはわからない。読んだとしてもおそらく、ブログを消去するつもりはないだろう。大切なのは結局、自らのメンツや体面なのだから。 しかし、この“教育評論家”は、子供たちの心と体を守ることを信条としているらしい。10年以上の長きにわたり掲載され続けているこのブログの言葉の一つ一つが、丸子実業高校の教師たちだけでなく、バレー部の子供たちの心をどれほど傷つけたか、自覚したことはあるのだろうか。

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    明治以来の「教育」の概念こそを変革せよ

    おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト)馳浩文部科学大臣への提言 前任者の肝いりプロジェクト「2020年大学入試改革」がいよいよ具体案へという段階になって引き継がれ、同年2020年には問題山積みのオリンピックも控えている。これからの4年間はこの国の文部科学大臣にとって試練のときとなるだろう。新しいことに挑戦するというよりは、「尻ぬぐい」「帳尻合わせ」に奔走する日々になりそうであることが心配だ。馳浩文部科学相 そんな中、財務省からは、文部科学省の予算を減らせという圧力がかかっていると聞く。報道によれば、新大臣はそれに徹底抗戦する姿勢を見せたとのこと。頼もしい。 現状ただでさえ公立学校の教員の処遇がブラック企業化の一途をたどっているにも関わらず、「少子化だから教員数を削減」という理屈が飛び出したり、日本の大学進学率はOECD平均よりも10%以上低いうえ、日本では高等教育における私費負担が多いことが国際的に指摘されているにもかかわらず、国立大学において「経済効果に直結しない文系学部を縮小する」方向性が示唆されたりというナンセンスが行われている。 人間は理路整然と間違えることができる唯一の生き物である。思考において論理性は大切である。しかし論理は意識化できている情報のみを材料として展開される。意識化できていない課題、条件、背景は勘案されない。だから論理だけで物事を進めるといとも簡単に間違える。 今この国に「教育危機」というものが本当に存在するというのなら、それは子供たちの学力の低下とか、教員の指導力の低下とか、そういう次元の話ではなく、社会として、「教育とは何か?」が共有されていないことであると私は思う。 ある人は、経済界に貢献できる人間を育てることが教育の目的であると思っているかもしれない。またある人は、個々人の才能を最大限に引き出すことが教育だと思っているかもしれない。さらにある人は、国民一人ひとりの豊かな人生を応援するのが教育の目的であると思っているかもしれない。教育に求めるものがバラバラのまま議論をすれば、話がかみ合うはずもない。空回りは必須だ。 いきなりアゲインストの風の中でこの国の教育の舵取りをすることになった前途多難な新文部科学大臣に、あれもこれもと要求するつもりはない。個々の政策については、与えられた条件の中できっと的確に判断してくれると信じている。そのうえで、私から提言したいのは1点のみ。 「教育とは何か?」という本質論を国家的レベルで展開、共有、意識化することである。答えは一つでなくていい。人それぞれ違う教育観をもっていることを意識化することが肝要だと考える。 たとえば「生きる力」と「生きるためのスキル」は違う。しかし昨今の教育議論の中で、それが意識化されていることは少ないように感じる。「教育」と「人材育成」は違う 昨今の教育議論においては、「これからの時代を生きるために必要なスキルをどうやって子供に授けるか」に意識が向かいがちである。しかし教育とは、スマホにアプリをインストールするように、子供にあれこれ詰め込むこととは違う。教育とは、子ども自身が正確に時代を予測し、生きていくために必要なものを自ら判断し、実際にそれを獲得できるように育てる営みである。すなわち「自分で自分を成長させる能力」の涵養こそが重要だ。英語、プログラミング能力、科学的リテラシー、プレゼンテーション能力などは、生きていくために必要になるスキルであってそれらが生きる力になるのではない。 また「教育」と「人材育成」は違う。しかし昨今の教育議論の中では、それらが混同されて使用されているように感じる。 結論から述べる。「教育」とは子供ありきの営み。「人材育成」とは目的ありきの営み。出発点が逆である。教育とはどんな木になるのかわからない種を育てるようなもの。結果、桜に育ったり、檜に育ったりする。桜はその花で見る人を感動させるだろうし、檜は強い柱として建物を支えるだろう。一方人材育成は、「ここに丈夫な柱がほしいなあ」「ここに大きなテーブルがほしいなあ」という目的があって、それに合致する「材料」を用意することである。それを人に対して行えば、それは教育ではなく操作である。 教育がされたのちの「適材適所」は大いに結構。しかし最初から「人材育成」が「教育」に取って代わるようなことがあってはならない。 もちろん「生きるためのスキル」を明示することも大切だ。「人材育成」が必要になる局面もある。ただし、「生きる力」と「生きるためのスキル」を混同したまま教育議論を進めたり、「教育」と「人材育成」の区別が付かないまま教育改革が語られたりしたら、この国の教育は崩壊する。それこそがこの国にある最大の「教育危機」であると私は思う。 福澤諭吉は「文明教育論」の中で、次のようなことを述べている。「世界万物についての知識を完全に教えることなどできないが、未知なる状況に接しても狼狽することなく、道理を見極めて対処する能力を発育することならできる。学校はそれこそをすべきところであり、ものを教える場所ではない。だからそもそも『教育』という文字は妥当ではない。『発育』と称するべきである」。 英語のeducationに「教えて育てる」の意味の「教育」の訳語を当てたのは初代文部大臣・森有礼であると言われている。一日でも早く、日本が近代国家として欧米列強に追いつくため、国が主体となって国民に「教育を与える」という構造をつくり、国家の思い通りの「人材育成」を進める意味においては、これは明治政府のファインプレーであった。 しかし今、「明治維新以来の教育大改革」を実行するつもりが本当にあるのなら、まず明治以来受け継がれてきた「教育」という概念の再定義が必要であろう。教える側が主体となるのではなく、学ぶ側が主体となる「教育」のあり方への転換が必要だ。 たとえば「教養(=自分で考える力)を育てる」などいかがだろう。※週刊誌「世界と日本」(内外ニュース)の1月4日号に寄稿した記事を転載しています。

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    教職員には生徒と向かい合う時間なんてない

    赤木智弘(フリージャーナリスト) 広島県府中町の中学校で、担任が事実無根の万引きの罪を生徒に押し付け、生徒が自殺をした問題。(*1) 担任のずさんな確認や、学校の資料をまともに修正せず不適切に扱ったなど、あまりに酷い現場の状況に愕然としている人も多いのではないか。 これについては多くの人が口をそろえて「担任が酷い、学校が酷い」と言っている。僕もそれはそうだと思う。しかし一方で、このことに大きく関係していると思われる話なのに、報道などではなぜか全く語られていない問題があるように、僕は思う。それは、部活動を含む教師の長時間労働問題だ。 日本の教員の労働時間は世界最長である。OECD(経済協力開発機構)による2013年の調査では、中学校にあたる学校の勤務時間が、OECD加盟国平均が週38.3時間だったのに対し、日本では53.9時間だったという。授業の準備などの時間は世界と変わらないが、部活動と事務作業の時間が労働時間を長くしている。(*2) 中学生の多くが当たり前のように部活に所属し、放課後に顧問の先生とともに活動をしているが、実はこの部活動。教員はあくまでも「自主的に指導している」という建前となっている。つまり正規の労働ではなく、ボランティアなのだ。しかし、現場レベルでは当然「教員は部活の顧問をして当たり前」という認識がされ、ほぼ強制的に部活の顧問を押し付けられているのが現状だそうだ。 僕達が中学校の頃に、毎日部活をしていたように、当然顧問の先生も毎日活動している。そして大会などがあれば休みであるはずの土日にも部活にかかわらざるをえない。これもあくまでも「自主的な指導」だから、日額3000円程度と、まともな賃金は出ない。(*3) ところが文部科学省は教職員の長時間労働の問題をまともに考えているとは言えない。文部科学省のパンフレット『教員をめざそう!』(*4)には教員の一日の例として、朝8時の登校指導に始まり、15時半に下校指導をして仕事が終わるかのようなモデルケースが掲載されている。(*5) しかしそこには、部活指導は一切書かれていない。これを見た人が「実際はこうだ」と書き換えた教員の一日では、7時20分の部活の朝練習に始まり、夜の21時を過ぎて、ようやく家に帰れるという一日が示されている。(*6) さらに言えば多くの教職員が家にも仕事を持ち帰っていることも指摘されており、一週間40時間という理想的な労働環境とは程遠いということが分かる。この労働環境で教職員に「生徒と真剣に向かい合うべき」などと言っても、そんな時間が取れると思うだろうか?似たような話は何十倍何百倍も存在する 僕はこうした問題をあらかじめ知っていたから「中学校の問題ということは、教師側にもまっとうな情報共有をするだけの時間的余裕がなかったのだろう」という考え方をした。 しかし、こうした考え方は「責任を誰か個人に押し付けたい」と考える人には不評なようである。実際僕もこの考え方をツイッターに書いたら「この担任を擁護している!」という筋違いの反発をされてしまった。 もちろん、この問題が明らかにこの学校だけの特殊なケースであると考えられるなら、そういう考え方でもいいのだろう。しかし僕は教員の過酷な状況を知っているからこそ、今回のケースが特殊であるとは考えられないのだ。 今回は生徒が自殺をするというショッキングな結果になったことで、問題があったことがはじめて世間に知れた。しかし、こうした重大な問題が1つ出てきた裏には、生徒がこうした問題をひとりで飲み込んでしまい、その生徒の親にすら知られていないという、似たような話がその何十倍何百倍も存在するはずである。 実際、この問題においても、自殺した生徒の親は、生徒が自殺をするまで、生徒が不適切な指導を受けたことも、誤った万引き歴が記録されたことも、そもそも万引きにまつわる根本的な話すら、一切知らなかったのだから。 このような問題を是正するために必要なことは、決して問題のある教師個人を探しだして排除することではない。そもそもの問題は生徒に対する情報共有すらまっとうにできない現場の状況にある。 今回の不適切な指導も、学校の廊下で片手間のように行われたと聞いている。これがもし、生活指導室などで、他の教師にも付き添ってもらっての指導であれば、もしかしたら資料が間違っていたことをその場で発見できたかもしれない。 また、指導をする前に、自殺した生徒が1年生だった頃から学校にいる先生に対して、担任の教師が確認をとることができれば、それ以前に間違いを訂正できたかもしれない。 しかし残念ながら、今回のケースでは、それがされなかった。 それは担任の教職員としての適正云々ではなく、みんなが忙しい中で、細かなことを相談しあうような環境がなく、他の教職員に迷惑が掛からないように、多くの判断を教職員個々で下すということが当たり前になっていたからではないかと想像する。 そうした相談できない状況を改善するためには、まずは教職員が時間に追われることなく、生徒ひとりひとりに向きあう時間や、気軽に教職員同士で生徒対応の相談をしあう時間を作れるような、無理のない労働環境に変えていくことが最低限必要であると考える。 学校での不祥事に対して、教職員の不始末だけが注目をされ、教職員の労働環境が注目されないのでは、いくら問題を報じても、世間をただ煽るだけで、実際の問題解決には結びつかないのではないかと、僕は思う。*1:中3生徒自殺「万引きの現場にも居合わせず」(NHKニュース)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160310/k10010438571000.html(iRONNA編集部注:リンク切れ)*2:日本の先生、勤務時間は世界最長 授業外で多忙、一方で低い自己評価(ハフィントンポスト)http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/26/teacher-oecd_n_5532451.html*3:部活動の負担感が大きいワケ――土日の部活動は日額3000円 未経験でも顧問(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150104-00042004/*4:教員をめざそう!(文部科学省) http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/miryoku/__icsFiles/afieldfile/2009/09/03/1283833.pdf*5:(Twitter 内田良)https://twitter.com/RyoUchida_RIRIS/status/561398853249679360*6:(Twitter 内田良)https://twitter.com/RyoUchida_RIRIS/status/561746492298633218(2016年03月12日「赤木智弘の眼光紙背」より転載)

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    コンビニ前にたむろする中学生を誰が注意するべき?

    地域の子どもたちに目配りする「社会的親」岸 裕司 (秋津コミュニティ顧問) 「最近目に付くのは、『私的親』なんですよね。ですから秋津コミュニティの大人たちのような『社会的親』が必要なんですよ!」 先日こども環境学会の学会誌に載せるために対談した杉本厚夫さん(関西大学教授)がいいました。 子どもの遊び環境などの研究者である杉本さんは、「私的親」と「社会的親」のことをご著書『「かくれんぼ」ができない子どもたち』(ミネルヴァ書房)に書いています。 「私的親」は、「自分の子どものことしか考えない親」のこと。対する「社会的親」とは、「自分に子どもがいてもいなくても地域の子どもたちのことを気にかけて目配りする大人」のこと。 「そうそう、私も子どもを介してつながる大人の縁を『子縁』と名づけて使っていますが、まさに杉本さんの『社会的親』と同じだなぁとご本を読んで感じていたのです」と私は杉本さんに返しました。 で、対談は、とても盛り上がりました。 てなことで、今回はそんなこと(「社会的親」の必要性)を話しましょう。息子が遭遇したカツアゲ事件 で、「社会的親」で思い出すのは、私の息子が遭遇したカツアゲ事件。 長男が中学3年のときのこと。部活仲間の男子10人で隣町のお祭りに行きました。 プータローをやってる先輩が息子たちを呼びとめたんだって。そいつの先輩でチーマーのヤツがケンカをして前歯を折った。その治療費が10万円かかるとのことから、その工面を下に下ろしてきたんです。秋津コミュニティのお父さんたちが購入した組み立て式バスケットを楽しむ中学生たち 後輩の中学生がちょうど10人いたことから、「1人1万円ずつ持ってこい」と脅されたんだって。 息子たちチューボーは、約束をしたわけではないとのことだったんですが困りました。 1週間後の休日の夜、たまたま私は家にいました。 10人のチューボーのうちの何人かがプータローの先輩から呼びだされ、どこかの公衆電話から息子に電話をしてきました。 息子の電話の様子がどうもヘン。 「どうしたんだ?」と電話の後に聞くと、息子はことの内容を吐露しました。「おまえは行くのか?」と私。「行かない」と息子。「ほかの友だちはどうすんだ」と私。「いや、行くみたい」と息子。 「ばかやろう、おまえの友だちなのにどうすんだ!」と、私は思わず怒鳴ってしまいました。「じゃあ、お父さん行くから。友だちはどこにいるんだ?」「たぶん、○○の公衆電話だと思う」 私はすぐに自転車で出かけました。動きだしたお父さんたち動きだしたお父さんたち すると、夏の暑い夜だったことから秋津コミュニティ仲間のAお父さん家族が夕涼みをしていました。 Aさんはのちに秋津小学校のPTA会長をつとめ、当時は息子たちが通う習志野市立第七中学校の青少年健全育成連絡協議会の副会長でした。 「岸さんどうしたの?」とAさん。 私はこれこれしかじかと説明しました。 すると「わかった。俺も行く!」とAさんは自転車を用意し、つれあいさんに「BさんとCさんに電話してくれ!」といい残し、Aさんと私とが自転車隊になって、めぼしき公衆電話を探しながらまわりました。習志野市立第七中学校フェスティバルでお餅つきを後輩の小学生に手ほどきする先輩中学生 しかし、チューボーの行動範囲は予想以上に広く、1時間ぐらいまわったけれども現場は見つかりません。 しかたなく家に戻ると、息子がせいせいした顔をしていました。 「友だちから電話があって、お父さんたちが動きだしたことに先輩が気づき、『おまえら、もういいから帰れ』と帰された」とのこと。 結局、カツアゲは未遂におわりました。「地域の問題」なんだから…… カツアゲ未遂事件には後日談があります。 「おやじにチクッタ」とのことから、息子に「先輩からお礼参りがあるらしい」とのうわさが流れました。 息子に聞くと、先生らが校内で調べはじめたから広まったようだとのこと。「もし先輩からお礼参りがあったらおまえはどうすんだ?」と私。「ぼく、闘う」と息子。「ばかやろう! つまらんことで闘うんじゃない!」と、またまた怒鳴ってしまいました。 じつは、事件直後に中学の先生も参加する地域の集まりで、私がことのてん末を話したのです。しかし、お知らせだけのつもりで話したわけで、学校で調査をするとはまったく考えていませんでしたから。 だって、学校の営業時間外での「地域の問題、地域の仲間の子ども問題なんだから」と私は思っていたからです。第七中学校の花壇をつくる秋津コミュニティのおやじたち そこで、さっそく中学に出向き、地域の集まりに参加した教頭先生と話し合いました。「どうしてほかの生徒にまで広まるような仕方の校内調査をしたのですか?」と私。「いや、学校としても事件を一応把握したいと思ったもので」と教頭さん。「しかし、あいつらは『チクルこと』がなによりも『卑怯』と思っていることをご存知ですよね」「ことの良し悪しはともかく、あいつらの心情を考えて行動してください」と、私は教頭さんに少し憤りながらいいました。 しかし、結局「お礼参り」はありませんでした。「いざ!」のとき集まってくれる「社会的親」「いざ!」のとき集まってくれる「社会的親」 さらに、そんな話をコミュニティ仲間のお父さんたちと話題にしたんです。 すると、「なんで俺にいってくれなかったんだよ!」「いつでも電話くれよ!」と、何人ものお父さんがいいました。 私はものすご~くうれしく思いました。そして、たぶん20人くらいのお父さんは、「いざ!」のとき、都合さえつけば集まってくれると今でも思います。 こんなお父さんたちが、杉本さんがいう「社会的親」なんだろうなぁと思います。コミュニケーション能力が高い小規模小学校の子どもたち で、最近は少子化から学校の統廃合や小中一貫校などが話題になっています。 親も、少人数学校では切磋琢磨ができにくいことや「中一プロブレム」などを心配し、わが子をそれなりの評判の学校に行かせる傾向があります。 親としてわが子の成長を心配するのは当然とは思うのですが、なんだか杉本さんが指摘する「私的親」の匂いもします。 で、杉本さんとの対談でも出たのですが、『「かくれんぼ」ができない子どもたち』の本にも紹介されている児童数が22人の小規模小学校の子どもたちの話がおもしろいんです。 いや、「おもしろい」というよりも、全国の小規模校の親や先生らに元気と勇気を与える話と思いますが。秋津小学校を卒業した高校生の先輩が後輩に元気を自慢 杉本さんの調査によると、その小学校を卒業すると生徒数が900人以上の大規模の中学校に進学します。しかし小規模小学校の卒業生は、クラスで孤立することもなく、むしろ街から来た子より友だちのつくり方が上手だとのこと。 つまり、街の小学校の卒業生たちよりもコミュニケーション能力が高いのです。 なぜか。 22人の子どもは、それぞれの親40人くらいとそれまでの成長過程で日常的に接し、怒られたり褒められたりした体験をしています。なおかつ学校に地域の人がよく出入りし、学校の運動会も子どもたちだけでは成立しないことから秋津小学校の運動会のように地域と一緒に行います。 だから、地域の大人たち20~30人とも交流があり、ひとりの子どもが小学生時代に70~80人の社会的親と触れ合いながら成長してるんです。 それに対し、街の子には社会的親がよくて3~4人しかいなかったとのこと。 そこで、その22人の小規模小学校のことを「社会的親の大規模小学校」と杉本さんは表現しています。 私も秋津でのさまざまな子どもたちとの触れ合いの経験から、納得です。コンビニ前にたむろする中学生誰が注意するべき?コンビニ前にたむろする中学生誰が注意するべき? さて、中学生ネタをもうひとつ。 ある地域のコンビニ前に、金髪茶髪を含むチューボーたちが夜中にたむろしていました。なかにはタバコを吸ってるヤツもいます。 そんな場面に出くわしたとき、地域の大人としてのあなたはどういった態度をとるでしょうか? その話をした人は、翌日その子たちの中学校にごていねいに電話で「チクリ」ました。 「おたくの中学生が、昨晩コンビニ前にたむろして……」とね。 で、電話に出た中学校の指導主任の先生がこういいました。 「ご連絡をいただいてありがとうございます。ビシビシ指導しますので」とね。 で、これってどっちもヘンだと思うのです。 地域の人はどうして「自分たちのまちの子ども、近未来の地域を担う仲間たち」と思えないのか。しかも「おたくの」なんて。 先生もどうして「夜中は我々の時間ではありません。地域で見てください」といえないのか、とね。秋津小学校を卒業した高校生たちが秋津祭りでお店のお手伝い で、ひとりだけ夜中もチューボーを追いかけてガンバする先生がいるからこうなっちゃったと思うの。 その人は「金八先生」。 だけど、金八先生は週1回の金曜日だけだかんね。しかも1時間だけ! 最近は年に1回のスペシャルだったりして。だから、あれはテレビの話。 夜中に何人ものチューボーを追いかけまわしたら、先生はマジで死んじゃうかんね。 だから、それは地域の人の役割(キッパリ!)。まして学校にチクルなんて、もってのほか!地域の子どもたちが小さいときにいかに関係を築けるか そこで、夜中のチューボーに声がけできる大人になるには、チューボーが小さなときからその子たちの社会的親になること。そうすれば、チューボーになっても相手も覚えているから声をかけても案外素直にいうことを聞くかんね。だって髪を染めたんだって目立ちたいだけ。学校にも通っているんだし、そのうちやんちゃは収まるんだからさ。 でも中学校の先生は、中学生として入学してきた子しか知らないから「指導対象」であり、さらにはまわりから「指導して!」といわれるのでなおさらガンバするようになってきた歴史があるんですね。なんだか先生って、か・わ・い・そ・う。 だから、私は中学「生」問題と中学「校」問題は違うと思うの。 地域の大人がその子たちが小さなときからいかにして地域の仲間と思えるような関係を築けるか、地域の中学「生」として認知できるのかがそのポイント。そういった関係を築ける時間は、地域に暮らす大人にはたっぷりとあるんだから、私的親からちょっとだけ広げることだと思うのさ。 てなことで、あなたもぜひ「社会的親」に加わりませんか。 では、次回まで、アディオス! アミ~ゴ!

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    学校での行き過ぎた指導が生徒を死に追いやる「指導死」

     広島県府中町立府中緑ケ丘中学校3年の男子生徒が2015年12月に自殺していたことが明らかになった。その原因は、誤った万引きの記録だった。 実際にはしていないにもかかわらず、男子生徒が過去に万引きをしたとの記録が学校側に残っており、それを理由に高校への推薦を受けられなかったのだ。男子生徒は三者面談の日に自殺した。 誤った記録は論外だが、こうした学校内での指導による子供の自殺は、今回に限ったことではなく、驚くべきことに“決してめずらしくはない”事件だ。 教師による指導をきっかけに生徒が命を絶つ「指導死」は、平成に入って61件。遺族の希望で公にされないケースも含めると、実際にはもっと多くの指導死が存在すると考えられている。しかも、61件のうち10件が、今回のような“誤った指導”による「冤罪型」とされている。『追いつめられ、死を選んだ七人の子どもたち。「指導死」』(高文研刊)著者で、「指導死」親の会・代表世話人の大貫隆志さんが言う。大貫さん自身、指導死により、16年前に中2の息子を失った。「指導死とは、生徒指導が行われ、その結果として子供が死に追いつめられることをいいます。自殺といってしまうと自ら死を選んだように捉えられますが、追いつめられた結果だということです。学校でのいじめや暴力は社会的に問題視され関連法も整備されてきましたが、教師の指導で死ぬということについては認知も浅く、まだまだ問題視されていないように思います」 北海道札幌市に住む斎藤加奈子さん(仮名)は高校1年生だった息子(享年16)を3年前に亡くした。吹奏楽部で熱心にトランペットを吹いていた彼は、同級生部員から嫌がらせを重ねられた末に爆発した怒りをメールにぶつけたところ、指導を受けたのだ。嫌がらせへの反論と知っても教師は取り合わず、メールの文面は“暴言”とみなされ、母親同伴で指導を受け反省文を書かされた。 加奈子さんはなぜ、息子だけが一方的に指導されたのか、今も納得がいかない。「息子は吹奏楽部を本当に一生懸命頑張っていて、先輩から1年生のリーダーも任されましたが、いつしか同級生とすれ違って休みがちになったりして。自分が参加していない同級生部員のLINEグループがあり、そこで陰口を言われていることを知ってつい売り言葉に買い言葉で、乱暴な言葉で反論してしまったんです。メールを送った背景に関係なく、息子だけが反省文と謝罪を求められました」(加奈子さん) その後、メールトラブルになった同級生部員にも自分から歩み寄った。だが関係修復はうまくいかず、またしても顧問の逆鱗に触れてしまう。「部員が事実と異なることを顧問に伝えて、先生は息子に事実確認をすることなく、すっかり鵜呑みにしていたんです。先輩部員数名を集めた場に呼び出し一方的に責め立て、退部も迫られました。帰宅した息子は、先生に『なんのことかわかっているよな』と言われて、とりあえず『はい…』と答えたら暴言を吐かれた。『何のことですか』とは怖くて聞けなかった。先生が何のことを言っているのか、なぜこんなことになったかもさっぱりわからない、と話していました」(加奈子さん) 顧問からは条件付きで部活を続けることを許された。条件が“宣告”されるその朝、息子は部活動のために登校したが、音楽室には足が向かなかった。部活が生きがいだった彼は線路に立ち入り、二度とトランペットを吹くことはなくなってしまった。 広島県東広島市に住む大畑祐二さん、京子さん夫妻(仮名)は、2012年10月に中学2年生だった息子を亡くした。享年14。 1年に及ぶ抑圧的な生徒指導がその原因とされているが、その理由は、「担任の悪口を言っていたようだ」「掃除時間に教師が話している時に笑った」「美術で使うかぼちゃで遊んだ」などというもの。他の生徒たちと一緒になって遊んでいたとしても、決まって息子だけが呼び出されて指導され、担任教師のみならず所属していた野球部にも知らされて、繰り返し、指導を受けた。「教師に暴言を吐いたとして指導を受けた際は、『指導室』に3日間隔離され、終日反省文を書かされました。その間はもちろん授業は受けられないし、他の生徒さんと時間をずらして登下校しました。作文の内容に教師のOKが出るまで何度も書き直し、最後の作文には校長印が押されていました」(母・京子さん) 亡くなる4日前にも別室で半日間指導を受け、度重なる指導で部活の背番号はエース番号の1番から18番へ。部員が17人しかいない中での18番は、戦力外通知も同然だった。「人一倍努力していた息子にとって屈辱的だったと思います。指導は“決めつけ”が多かったんです。『〇〇だよね』『〇〇したよね』と一方的に叱られました。誰か息子の話を聞いてくれていたのだろうか。普段の息子の様子を見た上で公平に指導をしてくれたのだろうか。疑問しか残りません」(父・祐二さん) かぼちゃで遊んだことを4人の教師から指導され、部活をする資格がない、帰れと言われた彼は、帰宅途中の公園で、野球部の備品のロープで首を吊った。 前出・大貫さんは、責任感の強い子供、真面目な子供ほど、追いつめられやすい傾向にあると指摘する。「部長や学級委員などであまり逸脱の体験もなく、親との関係が良好で心配をかけたくない子供は、例えば『自分が責任者なのにルール違反をしたために部活停止にされそうになって、みんなに申し訳ない』とか、そんなふうに負担を背負ってしまうんです。もちろん、彼らの年齢もあるでしょう。成長過程にある多感な子供たちは行きすぎた指導によって自信を失い、それにより自己肯定感が極端に低くなってしまうのです」女子高の男性教師はモテる! 教え子と2回結婚も珍しくない破廉恥教師 校内性行為で停職3か月、下半身露出が停職6か月田原俊彦&野村宏伸 共演のロケ地は“びんびん”な共学高校伝説の灘高教師・橋本武さん100歳 現在も月1回講義を継続中中学で必修化のダンスに教師「教える自信ない…バカにされる」

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    日本の教師は本当にダメなのか? OECD教育局長は高く評価

    、自信の低さや授業以外の仕事が多すぎる問題などが強調されていました。 しかし、ちょうどOECD非公式教育大臣会合に出席するため来日していたアンドレアス・シュライヒャー教育局長は日本向け発表記者会見で、日本の教師について「非常に素晴らしい。PISA(生徒の学習到達度調査)で最も良い結果を出しているのに、もっと学びたい、もっと力をつけたいと考えている」と絶賛したのです。 確かに、必要だと考える職能開発(研修)を尋ねると「担当教科の指導法」56.9%(同9.7%)、「担当教科の知識と理解」51.0%(参加国平均8.7%)、「生徒の行動と学級経営」43.0%(同8.7%)、「進路指導やカウンセリング」42.9%(同12.4%)、「個に応じた学習指導」40.2%(同12.5%)など、多くの項目で参加国平均より飛び抜けて高くなっています。そうした高いニーズがあるにもかかわらず、「日程が仕事のスケジュールと合わない」との回答は86.4%(同50.6%)に上っており、文部科学省も「職務が多忙であることが参加を困難にしている状況がある」と分析しています。 ただ、シュライヒャー局長が研修意欲の高さを称賛したことには理由があります。これからの国際社会では、さらに新しい能力を子どもたちに身につけさせることが不可欠であり、そのためにも教師には新しい指導法を学んでもらう必要があるからです。「21世紀型」の学び 日本は「優位」 シュライヒャー局長は会見で、「21世紀型スキルの獲得には、21世紀型教授法が必要だ」と強調しました。21世紀型スキルとは、もともとインテルやマイクロソフトなど世界的IT(情報技術)企業が出資する国際プロジェクト「ATC21S」が提唱しているスキル(技能)で、「創造性とイノベーション(革新)」「批判的思考、問題解決、意思決定」「コラボレーション(協働)」「情報リテラシー(活用能力)」など10項目を挙げています。 以前から「キーコンピテンシー(主要能力)」という形で次世代に必要な能力を探ってきたOECDも、ATC21Sに参加してきました。シュライヒャー局長が「知識はグーグル(のような検索サイト)の中にある」と指摘する通り、これからは知識の量よりも、知識を活用して他者と協力し、新たな価値を生み出す力がいっそう重要になってくるのです。 実は日本でも、文部科学省が全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で「活用」の力を問うB問題を出題しているように、国際的な動向に敏感に反応してきました。21世紀型スキルに関しても、日本版ともいうべき「21世紀型能力」(国立教育政策研究所)として次の学習指導要領に反映させられないか検討しています。シュライヒャー局長は会見で、東日本大震災の被災地で創造的な学びが展開されていることを例に「21世紀の学び、21世紀型の教授法、学校間の協働で、日本は優位にある」と断言していました。 もちろん、課題はあります。1週間かかる課題を生徒に与えたり、少人数グループで共同の解決策を考えださせたりする指導が、他の国に比べて少ないことです。だからこそ研修に参加しやすくし、授業にもさまざまな活動ができるよう余裕を持たせることが必要でしょうし、それには行政の責任も重いと言わなければなりません。いずれにしても日本の教師はもっと自信を持って、未来志向の教育にまい進していいのかもしれません。(渡辺敦司/教育ジャーナリスト)

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    AI暴走防止会社を設立 イーロン・マスクの「恐怖症」は異常?

     [WEDGE REPORT]土方細秩子 (ジャーナリスト) 映画「ターミネーター」はスカイネットという人工知能(AI)に支配された近未来からやってきた人類が、未来を変えようと戦うストーリー。ちなみにこの近未来は2029年に設定されている。ターミネーターの登場は2029年(iStock)AI化時代をはっきりと「恐れている」と公言する 現実社会でも今、AIは開発競争が最も進む分野だ。グーグルがはじめた車の自動運転システムは、中心がAI。この技術はグーグルだけではなくアップル、フェイスブック、マイクロソフトなどのIT大手、さらに自動運転を推進する自動車メーカーも開発に参加する。トヨタがマサチューセッツ州に研究施設を設け、MITやハーバードの研究者と自動運転システムの共同開発に従事する、と発表したのも記憶に新しい。 しかし、人間よりもはるかに演算処理能力が高いコンピュータに、「ディープ・シンキング」という考える力を与えるAIは、ターミネーターの世界のようにいつか人類を凌駕し、機械に支配された世界を実現する危険性を秘めている。 このAI化時代をはっきりと「恐れている」と公言するのが、テスラCEOイーロン・マスク氏だ。テスラ自身がグーグルのような自動運転システムをモデルSに搭載しており、AIから多くの利益を得ているのだが、「人間が技術を使いこなすうちは良いが、いつか機械に支配される時代が来るのでは」と、行きすぎたAIの発達に懸念を表明する。 その懸念の表れとして、同氏は昨年12月、「Open AI」という非営利企業を設立した。パートナーとなったのは数々のITの起業家を支えてきた投資家、Yコンビネーターのサム・アルトマン氏。両氏は数十億ドルずつを負担して「AIの能力を最大限に引き出し、それを誰とでも共有する」企業を生み出した。 なぜオープンソースでAI技術を共有することがAIによる世界支配を防ぐことになるのか? 答えはズバリ「1社がAI技術を独占し、その方向性が外側から決定できない事態を防ぐ」ことにある。例えばAI技術で現在最先端なのは間違いなくグーグルだが、グーグルにすべての技術が集中することをオープンソースによって阻止する、いわば「AI界のウォッチドッグ」のような役目をOpen AIは果たすことになる。 一方でオープンソースにすることで、マスク氏らに利益ももたらされる。誰もが参加できる技術フォーラムにより、これまで自社だけの発想ではたどり着けなかった考え方に触れる可能性がある。世界中のすぐれた頭脳をサイト上で集めることができる。 「ディープ・シンキング」を推進する上で大切なのはビッグ・データの存在だ。コンピュータが人の思考を学ぶためには膨大なデータの注入が必要となるが、オープンソースにすることでデータ獲得も容易になる。独裁国家が悪用する可能性独裁国家が悪用する可能性 だが、この考え方はあくまで「性善説」に基づいたものだ。オープンソースのAI技術を、例えばどこかの独裁国家が悪用する可能性もある。これについてマスク氏らは「数の勝負になる。世界のほとんどの人は技術の悪用を考えていない。一握りの悪があっても、数の上で善が圧倒するため、技術の悪用は大きなリスクにはならない」と楽天的だ。つまりどこかで悪用があっても、オープンソース上の技術者たちがこの悪用を阻止するプログラムを生み出す。もともとソースが同じ技術だけに、悪玉潰しはそう困難ではない、という。 AIはビッグ・データを必要とするため、現在開発途上の各社もある程度のオープンソースは行っている。グーグルは昨年11月、AIサービスを行うソフトウェアエンジン、「テンサーフロー」の一部を公開した。フェイスブックも12月にコンピュータサーバー「ビッグサー」のデザインの一部を公開している。公開することにより他者に利益をもたらす反面、他者がそれを改善して自社の利益に反映する期待が込められている。こうした情報公開により、AI全体がさらに精度の高いものへと推進される。 オープンソースのもうひとつの利点は、優れたアイデアを持つ研究者を世界中からリクルートできる、というものだ。研究者にとっては自分のアイデアを広く公開するチャンスであり、そこからシリコンバレーの一流企業にスカウトされる可能性もあるのだから、オープンソースへの参加は彼らにとっても利点となり得る。フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグの揶揄フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグの揶揄 ただしグーグルやフェイスブックが行っているのはあくまで「一部」の公開であり、Open AIのようにすべてを公開するものではない。両社にとってOpen AIはある意味でプレッシャーになるが、フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグ氏は今年3月、これについて「マスク氏のAI『恐怖症』はちょっと異常」と軽く揶揄する発言を行った。 ザッカーバーグ氏とマスク氏は「シリコンバレーの仲良し企業家」として知られ、ザッカーバーグ氏としても真っ向からマスク氏を非難しているわけではない。しかし「スカイネットのような、人類をはるかに凌駕するネットワークシステムができるのはまだまだ先の話。自動運転ですら実用化にこの先何年もかかる状況で、そこまで怯える必要があるのか」と疑問を呈する。 ただし、マスク氏は英国の「ディープ・マインド」という「AIのアポロ計画」と評された企業に投資した経験がある。ディープ・マインドはその後グーグルによって買収されたが、この時の経験がマスク氏の中に何らかの警鐘を鳴らしたのかもしれない。 オープンソースのAI開発は、AIをスカイネットに成長させるほどのインパクトを持つものなのか。それともネット業界にさらなる犯罪を蔓延らせる結果となるのか。テスラのEV技術、高速移動装置「ハイパーループ」など、自らのアイデアをオープンソースにするのが好きなマスク氏だが、AIは吉と出るか凶と出るかが不透明な分野でもある。

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    東大教授の平均年収は1156万円「職務」に見合った額といえるのか

    が必要とされています。上を見たらきりがない これに対し、東大のみならず日本の(国立)大学の場合には、教育研究で目覚ましい成果をあげていてもあげていなくても、教授は教授、待遇にほとんど差はありません。総合的に考えると、アメリカの大学よりも日本の大学の方がまだ恵まれていると言えるかもしれません。 また、民間企業に勤めて出世した大学の同級生と比べると安い給与かもしれませんが、上を見たらきりがありません。比べるとしてもいろいろな道を歩んでいる同級生全体と比較するべきです。僕の実感としては、やりがいのある教育とやりたい研究に従事させていただいている割には厚遇してもらっているように感じます。 普通は嫌な仕事を我慢したり何らかのリスクを取ったりしないとお金儲けはできないところ、普通に教育研究に専念しているだけで、少なくとも自分自身の人件費がどんな教員でも定年まで保証されているというのは大変ありがたい点です。 研究費の獲得は大変ですが、それはアメリカなどではさらに熾烈な様ですし、研究費が獲得出来たら研究する、という方よりは、研究費のあてがない時には自腹ででも研究をするような人が最終的には研究者として成功しているように思います。 そもそも趣味が教育研究だと普段の暮らしに大金はいりません。給与水準が国際的には低くとも自由平等とやりがいがあるため、多くの東大教授が日夜教育研究に邁進し、自己実現を達成し、満足しているのだと同僚を見ていると思います。 ただ、部局や組織によっては、気の進まない会議や書類作成に時間を奪われて、思うように自由な時間がとれなくなっている場合もあるのかもしれません。また、研究がうまくいってその分野で世界に名を馳せる学者になれても給与が特段増えるわけではなく、待遇としてはやる気を失いゆったりと日々を過ごしている同僚とほぼ同じだという点に不満をいだく場合もあるのかもしれません。 そうした状況で海外の一流大学から良い条件の転職オファーがあれば日本を飛び出して海外に転出する一流の大学教授の先生もいらっしゃることでしょう。逆に、海外の一流研究者を海外標準の給与で遇する仕組が東大でも導入され、何人かの先生方には総長以上の給与が支払われているはずです。 では、大学教授がそんなに悪くない仕事だとして、大学教授になるにはどうすればよいのでしょうか。大学教授を選ぶのは大学教授ですが、人物評価能力が高いから大学教授についているわけではありませんし、場合によっては私的感情に支配されたりもするでしょう。実力と実績があるからといって必ずしもなれるとは限りません。逆に、どうしても特定の分野の専門家が必要だという場合、実力や実績に乏しくとも大学教授になれる機会はあります。 マックス・ウェーバーによる古典『職業としての学問』でも述べられている通り、学者になれるかどうかは本人の能力や努力以外の運に大きく左右されます。希望していても大学教授になれない場合には運の問題だとさっさと見切りをつけて、他の知的職業で充実した人生を送るのが良いと思います。 大学からもらう給与以外の講演料や原稿料といったいわば「お布施」の相場、専門家として国会に召致されたりテレビから出演依頼が来たりした際にどうすればよいのか、大学教授への道、仕事、やりがいなど、本稿では紹介できなかった点については拙著『東大教授』(新潮新書、2014年)をぜひご覧ください。本のタイトルや帯に反発を覚えた方もいらしたようですが、東大に限らず全国の大学の先生方に支持を頂戴しましたので、読んで面白く感じるかどうかで大学教授に向いているかどうかがある程度わかるかもしれません。皆様のご参考になれば幸甚です。

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    京大教授の年収940万円は安すぎる?

    わが国が誇る有名国立大教授の給与は安いのか、高いのか。京都大法科大学院教授、高山佳奈子氏が自身のブログで給与明細を公開し、物議を醸している。額面はおよそ940万円。彼女はなぜ給与を公開したのか。高山教授がiRONNA編集部に寄せた独占手記でその全てが明らかになった。