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    N高の生徒に待つ未来は「即戦力」か「落ちこぼれ」か

    にあふれていた。 N高等学校とは、学校法人角川ドワンゴ学園の運営するインターネットを通じて学べる通信教育制の高等学校だ。5日間の沖縄本校でのスクーリングはあるものの、授業もレポート提出も基本的にはネットを通じて行う仕組みであり、単位を取得することで高校卒業資格が取得できる。主にインターネットで授業を受ける通信制の「N高等学校」の入学式では、仮想現実(VR)技術を使って沖縄の本校の模様を新入生が体感した=4月6日、東京・六本木(高橋寛次撮影) 「ニコニコ動画」などで知られる角川ドワンゴブランドらしく、遠足は先生と生徒で「ドラクエX」に出かける“ネット遠足”だし、サッカー元日本代表の秋田豊氏を顧問に迎えた「ウイニングイレブン」を使用したサッカーゲーム部などの“ネット部活”を用意するなど、とにかく他の学校と違ってユニークだ。 N高の動きを期待を込めて見守っている人は多いだろう。そこで、N高に見るインターネットを使った通信教育の可能性と課題について考えてみたい。リアルで自分を出せない生徒が見つける居場所 同校の最大の魅力の一つは、「ニコニコ動画」を運営する角川ドワンゴが運営しているという点だ。「何となく面白そうだから」と入学した学生も多いようだが、それで学ぶようになるならまったく問題ないはずだ。同校には、このような「面白そう」があふれており、若者の心をつかんでいる。 そもそも、何らかの理由で学校を辞めてしまった若者や、引きこもりなど通学が難しい若者に学ぶ機会が開かれ、高卒の資格が取れるというだけで、私は同校の試みを評価したい。講師陣には小説家森村誠一氏や、世界的プログラミング言語「Ruby」の生みの親まつもとゆきひろ氏等を迎えるほか、日本各地で職業体験ができるなど、他ではできない経験ができ、自分のやりたいことを突き詰められる可能性もある。 一般的に、家庭の所得が高いほど子どもの学力も高くなる傾向があることは知られている。所得が高いほど塾など学校以外の学習の機会が得られるためだ。N高なら奨学金を使えば年間10万円程度で済み、同高内で通常は塾に行かねばならないような大学進学用の学習も可能となっており、その意味でも機会が開かれていると言える。 今時の子たちは何でもスマホやネットで済ましたい傾向にあるので、ネットだけで授業を受けたり、レポート提出などができる点は好まれる可能性が高い。生徒同士のコミュニケーションツールとして「Slack」が用意されているが、リアルでは自分を出せない生徒が居場所を見つけられる可能性があると考える。オンライン学習が抱える「離脱率」という課題オンライン学習が抱える「離脱率」という課題 ただし、インターネットをメインとする教育にはやはり課題が残るだろう。一般の学校なら通学していないとすぐにサボっていることが分かるが、通信教育には強制力がないため、出席やレポート提出などをサボってしまい脱落しやすいと聞く。N高でも受け身ではなく積極的にスマホやパソコンに向かい、自ら授業を受けたりレポートを送るなどしなければならないが、やはり強制力はない。 授業をどこでも受けられるという売り込みで授業をそのままオンライン化したサービスは、修了にいたる割合が高くない。また、ソーシャルメディアを学びのツールとして活用する「ソーシャルラーニング」、ソーシャルラーニングをさらに進化させ個人にカスタマイズした「アダプティブラーニング」でも離脱率は課題として残る。「スタディサプリ」を運営する山口文洋氏は、オンライン学習が抱えるこの問題に対して、「(アプリを)学校に導入して教師がサポートに入ることが必要」と語っている。 同校の奥平校長いわく、「生徒がログインしていなければログで分かるので、電話をすることもある」という。やはり最終的にはリアルでの指導が必要ということだろう。この部分はどのくらい機能するのか。まだN高はスタートしたばかりだが、3年後にどれだけの卒業生を輩出できるかで評価が決まるだろう。細やかな個別サポートは可能か よくネットのニュース記事は、自分の興味があるタイトルしかクリックせず、紙の新聞などなら得られたはずの情報が入ってこないため視界が狭くなりやすいという問題が指摘される。リアルの学校では、顔を合わせる分だけ多くの情報が入ってくるため、新しいことに興味関心を持つ機会も多い。代わりに同校では著名人講師などを用意しているが、これが機能することを期待したい。 同校でも担任教諭がつくそうだが、顔を合わせない教育で、個々の生徒への指導がどこまで細やかにできるのかにも興味がある。一般的に、日々顔を合わせていれば生徒の変化や成長が見えるし、指導もしやすくなる。学園祭や体育祭など一緒に何かをする機会も多く、勉強よりもそちらの方が記憶に残ることも多い。 入学者をどれだけ卒業させることができるか。生徒の興味関心などを広げ、体験の機会を保ち、変化や成長に合わせたサポートをすることができるかどうか。N高のこれからに期待したい。

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    人生オワタ! バーチャル教育の危ない未来

    「脱 ふつう」。こんなキャッチコピーを掲げて4月に開校したネット通信制の「N高等学校」。不登校の生徒らも受け入れ、IT人材などの育成を目指すという。志はごもっともだが、「人間力」の育成を軽視した型破りなカリキュラムで本当に大丈夫なのか。「N高行ったら人生オワタ」なんてオチはありませんよね?

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    教育界に激震! 日本の受験エリートがN高を選ぶ日

    森口朗(教育評論家) 時代の大きな曲がり角は、小さな出来事から始まるものだ。そして、人々は数十年経ってから「思えばあれが時代の変わり目だった」と振り返る。 私はN高等学校(以下、N高校)の設立がそうなる気がしてならない。この学校は、日本初のインターネットによる授業で卒業できる、沖縄県が認可した正真正銘の私立の高等学校である。年に数日のスクーリングがあるが、スクーリング会場は沖縄だけでなく全国各地に配置される。設立者はカドカワとドワンゴが共同して造った学校法人角川ドワンゴ学園だ。 N高校のNはNet、New、Next、Necessary、Neutralなど多くの意味を含んでいる。 さて、N高校の出現がどれほど大きなインパクトを与えるかを考えてみよう。 以前ほど騒がれなくなったが、不登校は中学で多少の減少傾向が見られるものの、今なお教育界の大きな課題である。とりわけ中学校や高校の不登校問題は、進学や就職などに直結する問題として、本人や保護者を悩ませてきた。彼らにとってN高校の出現は大きな福音になるだろう。 N高校を除くほとんどの高校は学力で輪切りになった中学生が進学していく。ところが不登校中学生は実際の学力に比較して極端に内申点が低くなる(登校していないし、多くは定期テストも受験していないのだから当然だ)。その結果、彼らは自分の学力相応の高校に進学することがかなわないのである。その点、N高校はそもそも学力で輪切りにされた高校ではない。レベルに合わない退屈な授業を同級生に歩調を合わせて受ける必要がなくなるのだ。 高校生の不登校生徒にとって、1年に5日程度のスクーリングを除いて学校に通う必要がないのだから、より直接的な福音になるはずだ。 高校中退も教育界の課題の一つである。美容師や介護士といった資格を取るための要件になっている場合も多く、高校中退は中退者の人生を厳しいものにしていた。もちろん、彼らが人生を逆転させる道は今でも開かれているが、授業料の安価なN高校の誕生は、中退者が再チャレンジする背中を押してくれるだろう。ちなみに彼らがN高校に編入した場合には、中退するまでに取得した単位をカウントしてもらうことができる。 海外を飛び回るビジネスマンにとっても子弟の教育は大きな問題だ。多くの人達が、英語力を初めとして国際的に通用する人間に育てたいという欲求と、大学受験という日本人としては避けづらい課題をどうクリアするかの板挟みになって悩んでいる。そういう人にとってネット環境が整うならば、海外にいても日本の高校を卒業できるN高校は魅力的な選択肢である。「良いことずくめ」N高校への懸念 さらに、現状の高校システムに飽き足らない優秀な若者たちがN高校を選択する可能性もある。 まず受験エリート達だが、彼らは(とりわけ東京では)今でも高校と塾のダブルスクールを実践している。天下の受験エリート開成や麻布の生徒たちが、実は高校の授業に大きな期待をしていないのだ。日本の学歴社会、とりわけビジネスマンの世界では、どの大学の学部(大学院ではなく)を出たかが、一番大きな比重を占める。だとすれば、高校は負担が少なければ少ないほど良いと考える者が出てきても不思議ではなく、N高校に魅力を感じる者が出てくる可能性はあるはずだ(但し、高校人脈はエリート社会では意外と大切なので、現状で開成に受かる者にN高校をお勧めすることはしないが)。 よりN高校を選択する可能性が高いのは、いわゆる受験エリートではなく、プログラミングなどで高校離れした才能を発揮している子供たちだろう。N高校では、高校卒業資格を取得するための授業、大学受験のための授業などの他に、Javascriptやscalaといった現在Webプログラミング業界で主流になっている言語を学べる。大学に入ったらすぐに起業したいといった野望を抱く若者は少なくない。N高校に行けば、彼らは、高校に通う事で無駄にする膨大な時間を節約できる。 さて、良いことずくめのN高校のようだが、もちろん懸念がないわけではない。 まず、なんといっても生徒の学力水準がバラバラだと予測できる点だ。N高校サイドもそれは想定内であり、ホームページのFAQに入学者を選定する場合、「今現在の学力よりも、『将来こうなりたい』という意欲を重視します」と記している。となると、入学後にはしっかりとした個別サポートが必要になる。果たしてN高校の安い授業料でそれが本当に可能なのかいささか不安である。 高校に入学する頃というのは、自分の学力を顧みずに大きな夢を見るものだ。特に日本の場合、学力と自己肯定観が逆相関を示しており、不登校生徒や高校中退者の「俺、実はスゲーんだぜ」という幼児性万能感を温存する可能性が高い。学校には「去勢」=「万能であることを諦める」という社会的機能が存在するが、N高校にはその機能を期待できない。そういう意味で、N高校の卒業生が社会に適合できるのか不安が残る。 いずれにしても、N高校はスタートした。N高校が様々な意味で成功したならば、沖縄に続く県も出てくるだろう。そうなれば、時代にそぐわなくなりつつある我が国の教育システムに大きなインパクトを与える事は間違いない。 私としては今後のN高校を大きな期待と多少の不安を持ちつつ見守りたいと思っている。もりぐち・あきら 日本の教育評論家。95年~05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。

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    画一的じゃ日本人は「世界の役立たず」 将来の教育は実学しかない!

    北尾吉孝(SBIホールディングス代表取締役 執行役員社長) 今後の教育の在り方を構想するに此の21世紀、日本という国がどういう世界を創って行くのかが先ず第一にあり、その為どういう教育体制を敷いて行くのかを考えるべきでありましょう。 私には、日本人のスケールが年年小さくなってきているのではと感じられてなりません。それは、「日本教職員組合(日教組)」が多分に害を及ぼしてきた戦後日本の教育体制が、日本民族の特質や我国の歴史・伝統といったものを踏まえ、独創性を重んじた物の見方・考え方を育てるようなものになっていない、という部分に根本的な問題があるのだと思っています。 これまでも私は、日本の小中高を通じての所謂「暗記教育」に対し、当ブログでも度々批判的見解を述べてきました。それは、丸暗記というのを一概に否定するものでなく、要は暗記とテクニックで高得点を稼ぎ得る、英国社数理中心のペーパー試験偏重体制に大きな疑問を感じるからです。 ある意味答えのない問題に対し如何に答えを出して行くかというところで、その人の思考力や知恵といったものが最も顕れてくるわけです。教科書を絶対的基準として教科書の記載事項を暗記するだけで大体点数が取れるという画一化した教育から、日本は一刻も早く脱しなければなりません。 初代ドイツ帝国宰相のビスマルクも、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言っています。そういう歴史を学び一つの大きな歴史観を持って物を考えて行くという姿勢が、戦後教育の中で非常に御粗末に扱われ等閑になってきたのではと思われます。 嘗ても『歴史・哲学の重要性』(11年6月2日)につきブログを書いたことがありますが、私の経営の発想にあっても実は哲学や歴史から学ぶことが物凄くあります。現在のように歴史観を殆ど養い得ずオリジナリティを啓発し得ない教育が今後も続けられ行くようであれば、日本人の思考力や知恵といったものが十分に発揮され行くことはないでしょう。 歴史や哲学あるいは「人間如何に生くべきか」といった基本をきちっと学び、人物を育てるような教育体制を早急に確立して行かねばなりません。人間的魅力がどこから出るのかと言えば、社会性を十分に認識した上での正しい倫理的価値観を有した主体的な考え方や生き方です。そうした類を磨かねば、人間的な魅力は出ないのです。その魅力が出てきて初めて周りに人が集まるようになり、何らか事を成し遂げることも出来るようになるのです。一芸に秀でるような人材を創出せよ 此のグローバルの時代、日本民族固有の特質を無視してグローバルなど有り得ません。之をベースにしてこそ、日本はグローバルに貢献することが出来るのです。四海に囲まれた日本という島国はある意味隔離されており、日本人はそうした地理的な条件下で独特の文化と能力を持ち得ました。 日本の歴史を見るに、例えば漢字が百済を経て入ってくると、それを読み熟した上でその中国語に返り点を付け、日本語として読めるようにしてしまいました。更には漢字を変形してひらがなを作り出し、ポルトガル語等の外来語を表記するため、カタカナも発明しました。こうした外国文化を短時間で吸収・発展させる能力に、日本人は素晴らしいものがあります。 日本は、古来神道という八百万の神を崇拝するアニミズム的な宗教がありました。之は系統立ったものでありませんが、非常にフレキシブルで他の宗教が入って来ても、同化して取り入れてしまいました。日本人は、仏教も儒教もそうして取り入れたのです。また、奈良の大仏の鋳造技術は物凄く高度な技術の結晶ですが、それもアッという間に身に付けました。1543年に鉄砲が種子島に伝わりますが、それもまた瞬く間に当時世界一の鉄火器装備率にまで達してしまったとも言われます。 このように日本人は排他的にならず、異質なものを在来のものと混在させ、より良きものを作り出す能力に長けています。此の能力は、明治維新後も如何なく発揮されました。西洋にキャッチアップする過程もアッという間で、列強の一国となり日清・日露の戦いに勝ちました。そしてあの大戦の後何も無い状態から、GDP世界第二の経済大国にまでなってしまったというわけです。 日本人は色々なものを受容・変容し、消化・改善して発展させてきたのです。我々は、考えられないような能力を秘めた民族であります。だからこそ我国の歴史を見直してみるべきで、もう一度「ナショナル・ヒストリー」「ナショナル・トラディション」をちゃんと勉強し、それを踏まえて民族固有の特質を見出し、それを発揮させながら此のグローバルの時代、如何にして世界に羽ばたくかを考えねばなりません。 同時にまた此の21世紀、日本という国が創って行こうとする世界を支え行く人材の確保・育成という観点からは、常に教育は実学を中心に徹底すべきでありましょう。4年3ヶ月前のブログ『日本教育再考』でも指摘したように、日本の将来の産業構造が一体どういうものかを先読みし、ポスト・インダストリアル・ソサエティ(脱工業化社会)において一体何が大事になるかという観点で教育を捉え直し、そしてそうした大事なものを教育上優先するような体制を敷いて行くべきだと思います。 例えばデジタルの世界で述べるならば、今後益々「シンカ(深化・進化)」し更に大きな世界になって行くのは間違いありませんから、その世界の真髄を理解し本当にコンピューターを使い熟せるような人間が指導に当たり、実学として実用に供せられるようして行かねばなりません。 仮に私が文科相であったらば、第一に一芸に秀でるような人材を創出すべく、科目選択制を基本にし総花的教育をやめます。道徳・歴史・哲学(思想)といったものだけは、必修とします。第二に実学を基本とする、例えばIT関係の起業家や実業家をどんどん招聘して授業を行って貰うというような形にします。無能な教師により何の役にも立たない教育が行われるのでは、日本の将来が危ぶまれます。第三に成績優秀者には出来るだけ若い間に留学を少なくとも2年位はさせ、多様な文化の中で生活させます。 日本の英語教育というのは一言で言えば、リスニングもスピーキングも殆ど出来ない人間が英語教師として指導に当たり、死んだような文法を中心に教え試験ではペーパーテストだけを行うものでした。つまりこれまで日本では、死んだ学問として英語教育がなされてきたのです。そうした馬鹿げた教育と同じ轍を踏んではなりません。 上記したデジタルの世界のみならず、各分野でオリジナリティ溢れるものがどんどん創造されるような形にすべく、どうすれば良いかを考察せねばなりません。取り分け中学校以降こうした方向に基づいた教育を本格実施して行ったらば、様々な才ある人が新しい事柄に挑戦して行くようになるのではと今思う次第です。(公式ブログ『北尾吉孝日記』より2015年10月13日分を転載)■ 北尾吉孝氏の公式ツイッター 公式フェイスブック

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    N高の生徒たちが学べないままに訪れる「試練」

    法人が運営する。「N」はNet、Next、Necessary、Neutralなどの意味を込めている。教育とエンタメ産業と結びついた点では興味深い。 教育は二つの面がある。一つは、市民社会で生きる上で必要となる共通教養を身につけることだ。いわば、標準化だ。この面を強調すると、画一的な学習になる。同じ教科書で、同じような方針で学ぶ。卒業をすれば、一般企業などで働く上で求められる教養や作法が身につく。 反面、個性を伸ばすことも教育の役割だ。人によって興味・関心の方向、能力も異なる。個性化を強調すれば、多様な学習、学びの場が必要になる。教科書は数ある情報の一つだ。N高校の場合、既存の教育にはないものを生み出す可能性を秘める。 標準化と個性化の両方を実現するためには、学校制度を緩やかにし、教育内容を多様化させる。そして子どもたちの選択範囲を広げることだ。N高校では、全日制と定時制、通信制とある高校の制度を利用する。かつ、個性を伸ばす教育の場として機能することが期待されている。「カドカワ」が設立した「N高等学校」のネット入学式であいさつする角川歴彦氏(左)=4月6日午後、東京・六本木 学びの場の多様化については、最近でも議論になった。不登校など、通常の学校になじめない子どもたちが通っているフリースクールがある。一言でフリースクールといっても様々な方針がある。現行制度の中でも、一定の条件を満たしたフリースクールに通った場合は、出席扱いになる。公的支援はないが、義務教育では卒業扱いになることが多い。 学校にもフリースクールにも通わず、保護者の判断で家庭で教育をするホームスクールという考え方もある。学校は保護者の教育権を代行しているが、保護者が直接、教育をする。義務教育では、ホームスクールの子どもたちは長期欠席となるが、宿題を提出するなどで卒業として扱われる。生徒の受け皿がまだまだ足りない こうしたフリースクールやホームスクールに法的な地位を定めようとしているのが「義務教育の段階における教育に相当する教育の機会確保等に関する法律案」だ。ただ、法案には様々な批判が当事者から寄せられた。例えば、現行の学校の問題点を放置したままと指摘されている。また教育計画を出して、認められなければならないという意味では、教育内容が学校と変わらない。「機会」だけを多様化したにすぎない。 かつて、自民党は「チャータースクール」を考えていた。90年代からアメリカで増えつつあった学校で、教員や保護者の発議で設立される特別認可の公立学校で、3000近く開校された。認可されると、公的な資金援助があるが、子どもが集まらない場合は閉校だ。 N高校の場合は、上記の法案とは違い、義務教育段階ではなく、チャータースクールとは違って、現行制度の利用だ。仕組みを大きく変えたわけではない。しかし、教育「内容」は、壮大な試みだ。クリエイターを育てる教育事業をしている「Vantan(バンタン)」と提携して、プログラミングを学ぶコース。また、KADOKAWAの文芸小説創作授業を無料で受講できる。ライトノベルやエンタメノベル作家の授業も受けられるコース。地方自治体と提携した職業体験もできるコース…と、多様なコースがある。 こうした独自の教育のなかで、心配な点があるとすれば、協調性かもしれない。一般的に全日制高校では学級運営をしたり、係などの分担がなされる。嫌なクラスメイトがいたとしても、一緒に過ごさなければならない。学習のほかに、付いて回るものが多く、“試練”をこなした後で卒業ができる。N高校は、そうした“試練”がない。年5回のスクーリングのときだけだ。代ゼミ等と提携したコースを選択すれば、毎日通学もできるが、クラス運営などの煩わしさはない。 この煩わしさは、日本的な既存の企業に就職する際、必ずついてくる。N高校で学んだ人たちの卒業後も、個性を発揮できる仕事に付ければ問題はない。しかし、将来、既存の会社の枠組みと同じ働き方であれば、会社内にいるだけでも苦痛の度合いが増してしまうのではないか。ストレスも他の子どもたち以上に感じる不安がある。個性的な教育を受けた子どもたちの受け皿がまだ足りない。

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    レールを外れるとやり直せない社会は問題 回り道OK

    とも思うのです」 就活に挑む準備…それが足りないのは、学生の意識が不足していること以上に、今の日本の教育制度や子供たちが置かれた環境にも原因がある、と疑問を感じている。「今の子供たちは、あまりにも“遠回り”ができない状況にあります。ストレートに大学に進学し、そのまま就職することが“普通の道”とされ、そのレールをはみ出さないように進むことが良しとされている。高校を卒業したら“行きたい大学”というよりも“行ける大学”に浪人せずに進むことが望まれている。 結果として、将来の夢や目標を考える時間も持てないまま、興味があることに夢中になることもないまま、就活に挑まなくてはいけない。就活直前に就活本を読んで、“模範解答”を頭にたたき込み、“なんとなく受けたい”企業をいくつも受けてみる。学生にとっても企業にとっても好ましくない状況になっていると思います」(藤岡さん) 藤岡さんは、自身が遠回りを経験してきた人物だ。著書『大切なのは「つまずき 寄り道 回り道」』(小学館)では、「遠回りは決してマイナスではなく、プラスに転じることだってある」と説く。 大学全入時代といわれるなか、浪人や留年は“損”だという意識が高まり、受験や就活に一度失敗すると、レールを外れてしまい、二度と復活できないような社会。そんな風潮のなかで、“立ち止まる”ことの大切さがあるという。フジゼミに通う塾生たちにも、“普通じゃない子”は少なくない。 中卒で地元暴走族の総長となり、現場仕事を転々とした後に一念発起して早稲田に入学した生徒。高卒で一度は地元企業に就職したものの、「大卒じゃなければ出世はできない。やっぱり大学に行きたい」と会社を辞めて受験勉強に励む生徒。 一心不乱に勉強し、早稲田や青山学院、筑波など有名大学に合格した生徒たちは、留学したりインターンしたり夢を広げ、大手企業に就職した子もいる。就活生たちの悲鳴にはこんな声もある。「今年も就活は8月から始まると思ったから留学しようと準備していたのに、6月に前倒しになったせいでとりやめた。留学したいけど、新卒で就職しないと正社員になれないかもしれない」 一本道を逸れてしまったら、まるで未来はないように思わせてしまう社会のなか、多くの子供たちに足りないのは、そんな「回り道」なのだ。「もちろん誰もが高校を中退する必要もないし、非行に走らなければいけないわけでもありません。だけど、今の日本の教育はちょっとの立ち止まりも許されないような空気があります。目の前の受験、目の前の就活を“こなす”ことが目標で、本当に自分はどんなことがしてみたいのか考える時間や方法がない。浪人したり、留年したり、ニートをしながらいろんな社会経験を積むことで見つかる夢もあるのに、一度“普通の道”というレールから外れてしまうとやり直しができない社会になっている気がします」(藤岡さん) 大学4年間は「人生で最も自由な身分」だといい、だからこそ「なににでもチャレンジしてほしい」と背中を押す。「会いたい人に会いに行く、企業のインターンを経験したりボランティア活動をしたり、バックパッカーで貧乏旅行をしたり、大学生はどんなこともできる特権階級です。それをサークルや飲み会や恋愛やバイトばかりに時間を費やすのはもったいない。“浪人せずになんとなく行ける大学”に進学してしまうと、大学時代をなんとなく過ごしてしまう。その4年間でどんなことをしたか、どんな人に会ったか、世界がどう広がったか、それが就活、将来につながるはずです」(藤岡さん)関連記事■ 日経ウーマン編集長が長男の1年半にも及ぶ就活を記録した書■ あまりに簡単にエントリーできる「ネット就活」の落とし穴■ 平均内定率95%の著者がかなり具体的な就活テク指南した本■ 就活説明会で社員に質問する学生 「さすが!」と社員をホメる■ 茂木健一郎氏「早すぎる就活は本末転倒でシュールで不条理」

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    子供にとってより良い教育とは? 寄宿塾「はじめ塾」を通して考える

     [教育の原点を考える]池上眞平 (元富士フィルム顧問) 激しく変わりゆく社会を子供や若者がたくましく生き抜いていく力を育てるということは、いつの時代にあっても大切な課題です。 ところが、精神的・体力的にも弱く、不登校やひきこもり、いじめといった問題を抱えて苦しむ子供や若者が増え、そのことで多くの親・家族も翻弄され、本当の幸せが何であるのかを見失っている姿が目立つようになっています。80年以上もの歴史を持つ寄宿生活塾「はじめ塾」は、様々な子どもたちが自分達らしさを取り戻して“したたかに”かつ“しなやかに”生きる力を身につける場になっています。 今回は塾生および元塾生の座談会から、はじめ塾との関わりによって彼らの糧になったものを感じていただきたいと思います。はじめ塾にて“いただきます”をしている夕食の風景。右側手前の5人が塾長夫妻(正宏さん&麻美さん)と夫妻の子供達寄宿生になったきっかけひろじ(中学3年生男子):もともと都内の大学附属の進学校に通っていて、今とは全然違う生活でした。小学4年生ぐらいまではおとなしくて真面目に勉強するタイプでしたが、高学年になっていつも同じ仲間と部屋にこもって悪い遊びやゲームばかりするようになって、成績はどんどん下がって、学校もつまらなくなりました。そして中学1年生の途中から不登校になったのを父親が心配して、はじめ塾に連れて来てくれました。 正宏先生の奨めに従って、まず体験入塾をしました。都会生活の経験しかない自分にとって初日から驚くことばかりでした。例えば、「色々な人が塾をいつも出入りしている」、「僕と同じ年頃の子達が食事を作っている」、「農作業までやっている」。みんな自分から用事を見つけて動いているのに、何をすればいいのかまったくわからなくて困りましたが、初対面の僕にみんながフレンドリーに接してくれたので助けられました。1年前には考えられなかった生活で、自分でも少しずつ「生きていく力」みたいなのが付いてきたように思います。なつみ(中学3年生女子):兄がはじめ塾と関わっていたので、小学生の頃から学習会や稲刈りに参加していて、6年生の終わりには「大人になるための準備講座」にも参加しました。仲良くなった女の子に会えるのが嬉しくて合宿にも参加するようになりました。最初のうちは寄宿生のように動けなくて遊んでばかりいました。家だったら親から注意されるのに、ここでは誰からも何も言われなくて、いいところだなあと感じていました。塾長の正宏先生と塾長の奥さんの麻美先生には小さなお子さんが3人いて、その子達と一緒に過ごすのは楽しいなあとも思っていました。 友達とのトラブルがきっかけで中学1年生の後半から学校に行かなくなって、はじめ塾に通うことが増えました。通塾ではなくてみんなと生活してみたいという思いが強くなっていた頃に「寄宿してみる?」と言われて、めちゃくちゃ嬉しかったです。今、寄宿して半年なので、まだまだ分からないことも多いですが、塾での生活にもだいぶ馴染んできました。塾を巣立つ子供達を祝う会に向け、たこ焼き作りに励む子供達うらら(高校3年生女子):私も2人の兄が先にはじめ塾と関わっていました。幼稚園の年長だった頃、母と兄達と一緒に夏期日課に参加することになって、市間の合宿所に着いた途端、大きなお兄さん達が目の前に群がってきたのが強烈な印象で残っています。母の荷物を運んでいる大きな人達の姿に、最初は怖さも感じました。遊んでもらっているうちに次第に慣れて、親の目の届かないところで思いきり遊べることが愉しくなっていきました。 小学3、4年生の一時期、合宿から足が遠のいたこともありましたが、父の仕事の都合で小田原市に引っ越したことや母が父母会の会長を務めたこともあり、はじめ塾に行くことが増えていきました。中学2年生の冬の暮れの勉強合宿で頑張り過ぎて寝込んでいた時に、自由気ままに育っていた私を心配した両親が私の横で正宏先生と話し合ってくれて、その年明けから寄宿することを決めました。ふうた(20歳社会人男子):はじめ塾との関わりは小学校低学年の合宿からです。僕も小学6年生の時に「大人になるための準備講座」に参加して、集まりの後に寄宿生と一緒に夕食をとる機会が増える中で寄宿に憧れたのがきっかけで、中学1年生から3年生まで寄宿していました。あかり(大学1年生女子):幼稚園の頃から4歳上の兄と一緒に合宿に参加していて、「なかよし合宿(小学1年生から3年生の親子合宿)」や「ジュニア合宿(小学4年生以上の子ども合宿)」に毎月行っていました。自宅から合宿所まで2時間弱の距離があったこともあり、ジュニア合宿の最初の頃はホームシックになることもありました。高学年になって反抗期を迎えて、「家を出たい」という思いが強くなった頃に母親も寄宿を後押ししてくれたので、中学1年生から2年生の終わりまで寄宿しました。 合宿で顔を合わせていたので寄宿メンバーのこともよくわかっていて、最初から抵抗なく寄宿生活に入りました。“同じ釜の飯を食べる”寄宿生活をしてみて“同じ釜の飯を食べる”寄宿生活をしてみてひろじ:はじめ塾と関わるまで料理はしたことがなくて、蒸し器に水を入れ忘れて空焚きした失敗を3度ぐらいしました。今は、麻美先生や先輩からいろいろ教わって少しずつできるようになっています。 最近は作業も好きになってきました。腕力があるので力仕事を頼まれることも増えて、経験の長い先輩よりも頼られるのを感じて嬉しいです。 実は寄宿生活に慣れるまで相当手間取って、3回ほど脱走しました。今になって、バカなことしたなぁって思います。脱走で失った先輩や仲間の信頼を取り戻すには、大きな努力が必要であることも実感しました。塾長夫妻の子供達と遊んであげている塾生失敗しても受け止めてくれる環境なつみ:塾では、十分に力のついていない人は失敗しても怒られません。失敗は成功の元だから、どんどん失敗するのが良いと言われます。私もまだまだ失敗が多くて、先輩を困らせちゃうけど、ちゃんと助けてもらえます。野菜の千切りを間違って棒切りにしてしまいサラダ用にならなくなった時でも、使い回し方や切り直し方を提案してくれるので、やっぱり先輩はスゴイと思います。うらら:私は寄宿してから、家庭との違いや通塾生と寄宿生との違いなどに戸惑うようになって、学校からまっすぐ帰宅できない日が何度かありました。夜遅くまで戻らなかった私に対して寄宿生からは厳しい反応がありましたが、正宏先生と麻美先生は翌日にはいつもと変わらずに接してくれました。どんな時でも「水に流す」というスタンスでいてくれる先生方の態度に、最初はカチンと来ました。しかし、やがて「水に流す」ことの大切さを理解できるようになりました。でも私にはまだ「水に流す」ことを実行する力がありません。 寄宿生活3年になる今では、自分なりに考えを深められるようになって、「それは違うのではないか」「どうしてそうなのか」と言えるようになりました。はじめ塾の先生方や関わっている大人の人は、そうした私の発言に対して「そうした見方もあるよね」「みんなで話し合ってみよう」と正面から受け止めてくれます。また、塾では現状を見極めた上での適切なアドバイスを貰えます。学校の先生は、学校の規則に照らした判断を優先していると感じることがあります。 勉強に対する考え方もこの3年間でずいぶん変わりました。短期記憶型の私は一夜漬けが得意ですが、この先の大学受験や就職のことを考えると、このままではまずいと思って、自分に合った方法を試行錯誤しているところです。 みんな何かしら先輩の影響は受けています。敬語や礼儀、電話の応対なども先輩の姿を真似るうちに自然に身に着きますね。ルールは必要最低限のみルールは必要最低限のみふうた:多すぎるルールは子供達が自主性と主体性を発揮する機会を奪うので、はじめ塾では必要最低限のルールしかありません。自宅ではパソコンを好きなだけ使用していた僕はパソコンの使用にルールを設けることを条件に、塾へパソコンを持ち込みました。「パソコンに溺れない」かつ「他の塾生に迷惑を掛けない」ためのルールの必要性を理解しましたが、最初は窮屈に感じました。そのうち、制限された環境でいかにパソコンを上手く利用するかを工夫するようになりました。おかげで既存の発想に頼らない視点が磨かれました(笑)。 またはじめ塾では、食事の良いバランスを維持するために甘いお菓子を控えるようにしています。しかし、家では何の気なしに食べていたお菓子をはじめ塾では少し食べられると、とてつもなく嬉しいのです。世の中の風潮と距離を保つことを修得した寄宿生は、世間の中高生が手を染めるような「悪いこと」には手を出しません。これはこれからの人生を力強く生き抜くために必要な知恵だと思います。夏期合宿にて、なたで薪を準備しつつ、釜でご飯を炊く子供達あかり:当時自分を含めて寄宿生の女子は3人だけで、私は15人近い寄宿生の男子に負けまいと必死でした。力仕事や台所仕事、テスト勉強でも「追い抜けるものなら追い抜きたい」という気持ちが強くて毎日がむしゃらでした。しかも2年生になって参加した中学校の生徒会活動が忙しくて、夕食づくりや作業の時間に間に合わないことが増えてくると、技術的なことや知識がみんなより遅れるのではないかと心配していました。そうした自分の姿を周囲が常に見て評価してくれるのが、安心でもありプレッシャーでもありました。自分のプライドもあり、自分を律した2年間を過ごせました。不自由さやジレンマをどう乗り越えるか、どう耐えるかといった精神面もしっかり鍛えられたと思っています。共同生活で磨かれる周囲との関わり方周りが頑張る姿に刺激受けて育った自主性 多くの人と共に生活するので、相手の気持ちや周囲の状況を読み取る力も相当養われたと思います。家庭にいたら親がやってくれるのは当たり前で何とも思いませんが、はじめ塾では同年代や後輩が頑張っている姿に刺激を受けて動くので自発性が育っていくと思います。うらら:確かにそうですね。自主性が育ったお蔭で、学校のように様々なスタンスの人がいる場面でも、顔色変えずに自分から率先して動けるようになりました。ふうた:僕は中学卒業と同時に家庭に戻って東京の進学校に通いましたが、同級生の思考のスケールが小さく見えました。そんななか、高校2年生の夏に、ハーバード大やイェール大の学生と日本の高校生約30人が一緒に過ごす「GAKKO」というサマーキャンプに参加しました。大半が帰国子女でいわゆるエリート教育を受けている高校生達でしたが、はじめ塾の塾生は彼らと比べて人間性の成熟度合いがなんら遜色ないレベルだと感じました。学校教育とは違うアプローチで、はじめ塾はエリート教育をしているのだと思います。いうなれば、サマーキャンプを共にした友人達は高級な餌で育った「養殖魚」で、はじめ塾の塾生は荒波に揉まれて育った「天然魚」って感じですかね(笑)。 高校時代に政治系NPOを立ち上げるなど大人と遜色ない活動をしていたと自負しているのですが、何をしても「高校生にしては」という枕詞が付くことに耐えられず、高校卒業後は大学進学の道を選びませんでした。インターネットのニュースメディアで記事の取材・編集、映像の制作などをする仕事を経て、昨年4月に博報堂出身の人と一緒に広告代理店のような会社を立ち上げ、今はクライアント企業の大きなイメージ変化をコンサルティングから制作まで一貫してお手伝いするような仕事をしています。法律をいかに変えるか戦略を練ったり、全く新しい組織を生み出すためのキャンペーンを打ったりなど、既存の価値観に囚われない仕事を展開していく上で、はじめ塾での経験が役立っていると思います。夏期合宿にてかまどで風呂沸かしあかり:自分の努力が認められたという喜びを実感したのは、中学1年生の時に寄宿生のお弁当づくりを任されたことや、2年生の夏期日課(1カ月間の夏合宿)で「食当(食事づくりの責任者)」を経験したことです。平均して50人から60人、多い時には100人以上参加する合宿の食事づくりに責任をもつ役割で、寄宿生にとっては憧れの役割です。今思えば中学2年生なのでまったく力不足でしたが、後輩にだけでなく先輩や大人にも指示を出すのは貴重な経験でした。今、卒業生の立場で食当の姿を眺めていると、当時はたくさんの人に支えられていたのだとあらためて気づかされます。 先生や大人の方が塾生の頑張りを褒めてくれるので、遣り甲斐が増します。共同生活で磨かれる周囲との関わり方共同生活で磨かれる周囲との関わり方うらら:合宿中の食事づくりでは、寄宿してない塾生や後輩などの経験の浅い人に頼むより自分がやった方が早いと思う場面があります。しかしそこを我慢して、彼らに仕事を頼みかつ自分の能力の範囲でサポートする力を磨くのは、はじめ塾での大切な学びの一つだと思います。 私の場合、食事づくりや作業はあまり得意でなくてイラスト描きが好きなので、チラシやパッケージの挿絵を頼まれることが多いです。指名されるのはけっこう自信につながりますね。ふうた:塾生はまず「えり好みをせずに色々なことに挑戦する姿勢」を修得し、次に「自分の得手不得手を理解し、自分が今できるかどうかを判断する力」を磨くというステップを踏みます。私の場合、はじめ塾で自分はできることは自分でやるという力を身につけましたが、できないことはきちんと断るという能力をあまり磨けなかったように思います。また自分でできることを自分でやってしまい過ぎると、人に頼んだり人を使ったりすることが苦手になるのかもしれません。自分の能力に見合った指導の仕方を心がけて一歩一歩マネジメント能力を身につけていくのが良いと思います。例えば、言葉だけではなく紙に手順を書いたりして、少し手間がかかっても的確に指示する経験を積むのも良いのではないでしょうか。あかり:試行錯誤すること自体が学びであって、結局は、食当が後輩に教えているのではなく、食当自身が教えられて一番学んでいるのだろうと思います。さらに食当には、自分の感情や体調と行動を完全に分けてコントロールする力も求められます。どんなに機嫌や体調が悪くても食事づくりは必要だし、自分の指示で動く人達に対して安定した態度でなければ信頼を得られません。このことは、食当に限らず共同生活という環境の中では大切な姿勢で、卒業した今でも一番意識しています。うらら:自分のように適当に力を抜くタイプと、何事にもきちんとしているタイプとの間では、どうしても感情のぶつかり合いが起こりがちです。それは当事者だけの問題だと思っていましたが、実は取り巻いている周囲にも心配や迷惑をかけることになると気付くようになりました。周囲や相手との距離の取り方を今も学んでいます。自分にとっての正宏先生と麻美先生夏期合宿でご飯を作る子供達。まだ小さな子も包丁を使う作業に挑戦自分にとっての正宏先生と麻美先生あかり:寄宿していた当時はこわかった印象が強くて、「先生」として見ていましたが、進路だけでなく何か悩んだ時に相談するのは正宏先生です。実の親には距離が近すぎて話せないことも話せて、卒業した今でも一番信頼できる大きな存在です。麻美先生からは料理のことを沢山教わりました。女性として直接的な人生の先輩です。お二人とも私にとって恩人です。うらら:正宏先生は自分のことを良く理解した上で提案をしてくれます。私は、「自分はこう思う」と意見を言った後に自分で結論を出します。麻美先生は女性同士という面で話しやすく、「こうしたら」というアドバイスではなく「私はこうだったよ」という目線で話してくれます。3人のお子さんの話をすることも多く、麻美先生のような母親になりたいなぁと思っています。なつみ:私はまだ自分の考えを口にするタイミングがわからないので、正宏先生から注意されると、理解されていないと感じることがあって心の中でイライラする時もあります。でも注意されるからこそ自分が成長できると思えるようになりました。私にとってもお二人が「育ての親」だと感じ始めているところです。ふうた:寄宿し始めた頃は、僕も正宏先生の考え方を理解できないために「一方的に怒られた」と感じることもありました。でも相手に自分の考えをどう伝えて説得するかが大切だと気付いてから、この反発は解消していきました。相手との人間関係や感情的な面に左右されるのではなく、中身の本質を的確に捉えて論理的に自分の意図を伝えることが大切だと気付きました。ひろじ:正宏先生の話は長くて内容があちこち飛ぶので、聞いていて煩わしい時もあります(笑)。でも、脱走した僕を小田原から東京まで車を飛ばして迎えにきてくれたのも正宏先生だし、不登校だった僕が登校できるように何度も中学校の先生と話し合ってくれたのも正宏先生だし、来年の受験の相談を親身に聞いてくれるのも正宏先生で、やっぱり頼りにしている存在です。ふうた:僕にとっても「第二の親」というような存在ですね。ふつう本気でアドバイスをくれる人って“親”しかいないと思います。学校の先生や友達のアドバイスがちょっとした思いつきだと感じることが、よくあります。しかし正宏先生は、本気でその当人のためだけを考えてアドバイスをくれます。現代では珍しい教育者だと思いますね、本当にありがたい存在です!あとがき 寄宿生活や合宿を通して、子供達が互いに学んだり気付いたりする様子が浮彫りになった座談会だったと感じました。 座談会で語られた「寄宿生になったきっかけ」、「ふうたくんによる高校卒業後の進路選択」から読み取れる親子の関係および「自分にとって正宏先生と麻美先生、はじめ塾はどういう存在か」やその他の箇所で読み取れる塾長夫妻と子供達の関係から、「子供を信じる」、「子供が自ら気付き行動を起こすのを待つ」、「子供の個性を尊重する」という親や先生を含む大人達の気持ちの交点が、「教育の原点」だと改めて痛感しました。また大人達が子供から多くを学べるという気持ちを持って子供との時間を共有すると、大人達も子供達と一緒に成長できることも再認識しました。 測り知れない可能性を秘めた子供達から元気を貰いました。

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    小中高公立一貫校が専門人材育成へ 教育現場の理想と現実は

     義務教育の枠組みが大きく変わりつつある中、「公立一貫校」の選択肢がまたひとつ増えようとしている。 すでに中学校卒業までの9年間、同一校で教育を施す「小中一貫」は、全国の自治体で1000件以上が実践されているが、東京都はこのほど、中高一貫校である都立立川国際中等教育学校(立川市)に6年制の付属小学校を新設する計画をブチ上げた。じつに小中高12年間の一貫教育モデルが完成することになる。 もともと東京都は前都知事の猪瀬直樹氏の時代から小中高一貫教育の構想を持っていた。その狙いはズバリ“専門人材”の育成である。 2013年にまとめられた都の中間報告にも、〈理数を中心に、一人一人の資質や能力を発見し伸長させ、世界に伍して活躍し貢献できる人間を育成する〉と書かれている。系統的・継続的な教育カリキュラムで学習内容を先取りすることで、より専門性の高い有能な人材を数多く輩出しようというのだ。 当初、実験モデル校には理系に強い都立武蔵(中高一貫)などが候補に挙がっていたが、今回、再検討の末に選ばれたのは立川国際だった。「さすがに小学校の入学段階から理系の適正を見るのは難しいため、グローバル人材の育成を重視する路線に変更した。立川国際は英語教育に力を入れ、在日の外国人枠を設けるなどして特殊なカリキュラムを行っている。 ここに小学校を併設することで、早くから体系的に英語を学ばせ、まとまった期間で留学も後押しするなどして、語学堪能な人材を育てるのが目的だろう」(中学受験の学習塾講師) だが、子供の理数系の資質を見極めるのが難しいのと同様に、語学習得にも向き不向きがあるのではないか。安田教育研究所代表の安田理氏もこんな懸念を口にする。「立川国際のように英語の学習時間を多く割き、ムダや重複のないカリキュラムで12年間学べば、文科省が選定したスーパーグローバル大学への進学も容易になるかもしれません。 しかし、在学途中で落ちこぼれる生徒だっているでしょうし、『自分は語学より理系に向いているのかも……』と気付く子だって出てくるでしょう。そんなとき、他校に移りづらい環境では親も子も不幸なだけです。 12年間の一貫教育を施すなら、本来はカリキュラムや進路先を偏らせず、特色があまりない学校のほうが無難だという意見もあるのです」(安田氏)小中一貫校では校庭の共用や行事スケジュールなどで問題も 私立のエスカレーター校よりも学費がかからず、受験の負担がないうえに専門教育まで学べる――。確かに、こんな一貫校なら我が子を入学させたいと思う親も多いだろうが、現実の教育現場は理想通りとはいかない。「小学生の学力格差は顕著で、スクールカーストやいじめ、親同士の人間関係も複雑です。公立は良い先生もすぐに異動してしまう中、12年間も固定された集団で過ごすのは親子とも精神的にキツイと思います」(都内の公立小学校に子供を通わせる40代女性) さらに、一貫教育の年数が延びれば延びるほど、他学年との交流や行事のスケジュール、共用施設の大きさ基準をどこに合わせるかなど、さまざまな課題が山積する。「小中の交流はほとんどないし、行事もバラバラ。校庭はほとんど中学生の部活動が独占していて、小学校低学年の子供たちは遊べない」(首都圏にある小中一貫校の父兄) こんな状況のまま、一貫校の制度だけ緩和・拡大して、本当に学力向上や有能な人材輩出が見込めるのか。前出の安田氏がいう。「学校生活でもっとも大切なのは人間関係です。いくら専門性を高めたカリキュラムが用意されていても、先生や生徒同士の人間関係が崩れれば集団全体にも歪みが起きてきます。 6・3・3制の見直しや、小中高一貫校の新設など、現状では制度構築ありきの議論になっていますが、それよりも、学力格差による生徒の転出・編入、計画性を持たせた教員の人事異動、何よりも豊かな人間関係が築けるコミュニティーとして機能するかどうかを考えるほうが先決ではないでしょうか」 国も小中一貫教育にお墨付きを与える法改正をし、来年4月より「義務教育学校」が開校できるようになった。東京の構想も含め、今後ますます一貫校が増えることになりそうだが、「教育の本分」を忘れた単なる統廃合なら何の効果も期待できない。関連記事■ 中学授業時間 3年で公立は3045時間、私立一貫校は3800時間■ 人気の公立中高一貫校 その特徴とチェックすべきポイントとは■ バラエティー豊かな中高一貫校 理数系に注力する女子校も■ 中高一貫校の初年度納入金額 慶應や早稲田の附属校が上位に■ 人気の学校は倍率7.5倍 公立中高一貫校の利点とデメリット

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    金八先生は今も理想の教師像なのか

    き合う熱血漢。武田鉄矢演じた坂本金八に理想の教師像を重ねた人も多いはずだ。時代が変わってもニッポンの教育現場に必要なのは、やはり「金八先生」なのか。

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    幻想は捨てよ! 「金八先生」のいない学校を生きるしかない

    森口朗(教育評論家、東京都職員) 広島県で無実の万引き事件が理由で推薦入学を断られた中学生が自殺するという痛ましい事件が起きた。いじめによる自殺は数年ごとに全国的な事件となるが(実態は毎年起きていると筆者は推測している)、今回の事件は極めてレアなケースだと思われる。だが、レアなのは推薦を断られた事で自殺に至ったという点であって、どのような事件も事件化しない膨大な不正・不祥事・事故がその陰にあると捉えるべきだろう。 報道をベースに事件をおさらいしておくと、「広島県にある府中緑ヶ丘中学の一年生B君が2013年度に万引き事件を起こした。学校はA君が起こした事件として指導記録等に記載した。2015年度になってA君は私立高校への推薦入学を希望した。A君の担任は万引き事件を理由に推薦入学は不可である旨を伝え、絶望したA君は自殺した。万引き犯人のB君は学校から推薦を受けて無事高校に入学した」これが事件の概要である。画像はイメージです これだけでもやり切れないが、その後の学校側の対応が我々をさらに暗澹たる気にさせる。まず、A君が自殺したのは2015年の12月当初、学校は生徒や保護者にA君は病死だったと偽り、その理由をA君の保護者の意向だと嘘を重ねた。自殺は他生徒への精神的影響が大きいからという主張ならば一定の理解はできるが、最も悲しんでおられる保護者の意向という嘘を根拠にした時点で、彼らの動機が責任逃れのための隠蔽であるのは明らかだ。 B君の推薦入学についても校長はB君の万引きは一度だけでその後頑張って生活したのだから推薦した旨答えているが、同校の推薦基準には「触法行為がないこと」が含まれており、校長の一存でルールが破られる学校体質が明らかになっている。自殺事件の引き金を引いた担任教諭は事件発覚後(決してA君の自殺後ではない)病気を理由に学校を欠席し続けている。 無念ではあるが、ご両親や友人、さらには我々日本国民全員がいかに嘆き悲しんでもA君の命がよみがえることはない。我々にできることは、二度とこのような事件が起きないためには、どうすれば良いのかを考えることだ。 事件が起きるたびに、それこそ金八先生のようなスーパーマンを望む声が起きるが、そういう姿勢は解決にも予防にもならない。すべての児童・生徒に我が子のごとく愛情を注ぎ、プライベートに踏み込み保護者とも全力でぶつかるのは(それを望む人には)理想かもしれないが不可能だ。それに実際にああいうチームで仕事のできない教員が存在したら、たぶん同僚にとっては迷惑だと思う。我々は教師に24時間勤務を望むべきではないし、私的領域への過度な介入も許すべきではない。我々は、もっと現実的で汎用性のある方策やシステムを考案し構築するべきなのだ。金八先生などいない 当の府中緑ヶ丘中学はどう考えているのだろう。この事件を受けた反省として学校ホームページに(1)生徒指導が組織として行われていなかった、(2)進路指導も組織として行われていなかった。(3)校長がきめ細かな指導・指示をしていなかった、ことで事件が起きたと分析している。(1)(2)についてはそのとおりだろう。しかし(3)は解せない。B君は推薦基準に反しても推薦しており「きめ細やかに」指導を行っている。本質的な問題はA君とB君の扱われ方の不公平にあるのではないか。 その点、文部科学省の分析は府中緑ヶ丘中学校よりもはるかに深い。今回の事件の中間報告で「(1)情報管理の不徹底、(2)触法行為即アウトという機械的な進路決定、(3)触法行為即アウトの期間を3年だけから1~3年に広げたのを説明せず、(4)遡ってA君の学年に適用した」点を学校の問題点として挙げている。『3年B組金八先生・ファイナル~「最後の贈る言葉」4時間SP』 ルールを変えたのだからそれを皆に知らせるべきだし、遡って適用するのは問題があるという(3)(4)の指摘は、いかにも霞が関の官僚らしい(法学部出身者が主流派の組織らしい)。「B君は万引きしたが反省したから推薦してあげよう」といった感情的正義に引きずられ法的な正義をおろそかにするのは教育関係者の悪いクセだ。その点を指摘したのは素晴らしいが、B君に対しては「機械的な進路決定」をしていないのだから、最終報告ではこの点を避けることなく本質的な問題に踏み込んでほしい。最後に再発防止のための私見を述べておきたい。1 生徒指導や進路指導を担任個人に任せるのではなく組織で行っても、情報管理の徹底を図っても間違いは起きる。学校に限らず日本の全ての公的機関に通じる問題点は「しっかりと○○すれば間違いは起きない」という思い込みである。まず、何よりも間違った記録があるかないかを生徒や保護者がチェックできるシステムを構築する必要がある。「自己情報の公文書開示」。これを徹底させ、指導記録にも適用する。そして生徒本人や保護者にこういう制度があると知らせる。たったこれだけで、この手の自殺はほとんど防げるだろう。2 A君とB君の不公平取扱の背景を徹底的に調査する。ネットでは担任が日教組所属でA君の保護者が自衛官、B君の保護者が地元有力者といった情報が出回っている。その真偽を調査し、もし事実ならば関係者の処分も含めて厳しく対処する。推薦権限を有する教員は権力者である。だからこそ、権力の恣意的運用を決して許してはならないのである。 金八先生などいない。先生に守ってもらうのではなく、自分で自分を守れる制度を国や自治体に求めよう。我々こそが主権者なのだから。もりぐち・あきら 日本の教育評論家、東京都職員。95年~05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。

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    「黒の女教師」の異色の主人公と「家政婦のミタ」に通ずるテーマ

     [田部康喜のTV読本]田部康喜 (東日本国際大学客員教授) 「愚か者!」――都立国文館高校の生物教師である高倉夕子(榮倉奈々)の鋭い声が響きわたる。その直前の一瞬、ドラマの敵役である男優の顔に長い足が繰り出し、回し蹴りが決まって、敵は倒れる。 学園の問題をともに解決する、古典教師の内田すみれ(市川実日子)と美術教師の藤井彩(小林聡美)が横に並んでそろう。TBS系ドラマ「黒の女教師」のイベントに出席した(左から)西井幸人、千葉雄大、榮倉奈々、尾木直樹、大野いと=東京・赤坂 「課外授業はこれで終了です」と、夕子は告げる。 TBSの金曜ドラマ「黒の女教師」のエンディングである。依頼者からカネを取って「課外授業」 2012年7月20日放映の第1話と27日の第2話を観た。 夕子とすみれ、彩の3人の女教師は、学園内の被害者となった教師や生徒から、カネを取って、被害者に代わって加害者ともいうべき敵を社会的に葬る。 リーダー役の夕子がその復讐劇のシナリオを書き、彩は学園内の情報を探る役、すみれはネットを利用して加害者を追い詰める。 復讐の対価を求めるのは、時間外の課外授業であるという理由からである。深夜の学園の美術室で3人は、依頼人となる被害者を待つ。トランプのババ抜きをしながら。 画面は驟雨に打たれる学園の正門を映し出し、そしてずぶ濡れになった依頼人が部屋のドアを開けて、カネをつきだす。現実離れした主人公が現代の問題を解決現実離れした主人公が現代の問題を解決 第1話は、脱法ハーブが、テーマになっている。法律上は違法ではないが、使い方によっては心身ともに異常をきたす。新人の女教師である青柳遥(木村文乃)が担任をしている、クラスの女子生徒が、脱法ハーブを売る店のオーナーにだまされて、校内で買い手を増やす手先となる。このオーナーは大学生で、司法試験をすでに合格して法律事務所に入ることが決まっている。 第2話のテーマは、教師と女生徒との恋愛である。有能な社会科の教師の及川(柏原収史)は、予備校の経営者の娘と婚約していずれ義父の跡をつごうという上昇志向の強い人間である。その一方で女生徒と肉体関係を結んでいる。 復讐を依頼するのは、第1話では新人の女教師、第2話では教師に捨てられる女子生徒である。 脱法ハーブを売る店の学生オーナーに対しては、次のようなシナリオを作る。彼が使っているたくさんの高校に売り込み役を果たしている女子高校生に対して、すみれが彼のパソコンに侵入して、店へ集合するようにメールを送る。最後にオーナーの妹が現れる。脱法ハーブの中毒症状を呈している。  第2話の敵役である、社会科教師の及川には、他の高校の教師たちを招いた公開講座という舞台を設定して、被害者の女子高校生を登場させる。言論の自由と人権の問題に関する授業である。彼女は質問する。「ブログも人権侵害になることがあるのでしょうか」と。 すみれによって、彼の匿名のブログは実名化され、かつ被害者の女子高校生との交際について赤裸々なブログを書き込んでいた。「家政婦のミタ」に通ずるもの「家政婦のミタ」に通ずるもの 学園ドラマの主人公の設定としては異色であり、奇抜でかつ現実離れしている。しかしながら、そのテーマは現代的である。さらに、敵役の設定もまた、時代を象徴するような人物である。 それは、大ヒットした日本テレビの「家政婦のミタ」のシナリオと同じようなものを感じる。かつてストーカーのように付きまとわれた義理の弟によって、夫と子どもを殺されたミタ。笑顔を浮かべることを自ら禁じて、雇い主の命令に対して「承知しました」とこたえる。視聴率はすべりだしこそ10%台だったが、回を重ねるごとに話題を呼んで、最終回は40%という驚異的な数字をたたきだした。 「家政婦のミタ」のヒットの大きな要因は、現代を象徴するテーマ性にあったと考える。ミタが通う一家の主人の不倫とその結果、妻が自殺する。高校生の娘の上級生との肉体関係、4人の姉弟の兄弟愛、亡くなった妻の妹と主人公の淡い恋愛感情…… ミタ(松嶋菜々子)の人生を縦糸にして、ひとつの家庭のドラマが横糸になって、現代の家族問題を織り成している。 榮倉奈々の「黒の女教師」にも、そんな予感がする。なぜ、夕子はそして、すみれと彩は「課外授業」をするようになったのか。第2話のラストシーンで、夕子がある邸宅を訪れて、チャイムを鳴らすが、入ることを断られたのはなぜか。第1話で、転校したばかりの男子生徒が夕子のポケットに札束を突っ込んで、課外授業を依頼するが、それはなんなのか。その瞬間に男子生徒が夕子に口づけする理由とは。学園ドラマは世に連れ 学園ドラマといえば、やはりTBSが1979(昭和54)年から2011(平成23)年にかけて、30年以上にわたって放映した「3年B組金八先生」がある。舞台の設定は、桜中学というどこにでもありそうな中学校であった。テーマの現代性が、長きにわたって視聴者をとらえたのであろう。筆者の少年時代のドラマでは、日本テレビの「青春とはなんだ」があった。原作は石原慎太郎、脚本に倉本聰の名前がみえる。いま思えば贅沢な布陣である。 学園ドラマは世に連れ、であろう。「黒の女教師」の奇抜な設定もわるくはない。あるいは、現実の学園で起きている最近の事件の数々を思うとき、設定が現実離れしているほうが、テーマが視聴者に届きやすいのではないだろうか。 (敬称略)

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    金八先生はここにいた! 福島の中高一貫校が見せる「奇跡」

    障害という法に触れることをわからせ、大人になってからの犯罪抑止のために警察に突き出すほうが、はるかに教育的に思えるのだ。 私が臨床心理学の教員だからかもしれないが、子供の心理的問題についても、プロに任せたほうがはずれが少ない(素人のカウンセリングでもうまくいくことは珍しくないが、プロと違って、うまくいかなかったときの方法論やどういうことばが相手の心をかえって蝕むかを学んでいないので、害になることが珍しくないというデメリットがある)と考えている。 それよりは、学力低下が止まらない中、子供にこれからの知識社会を生き抜ける学力を身につけさせてほしい、塾に行けない貧しい家の子供や教育産業が発達していない地方の子供にも、それによる不利を最小限にしてほしいというのが、教師、とくに公教育の教師に臨むところである。 ということで、「金八先生」的なるものに懐疑的であったのだが、それが可能かもしれないと思うようになった事例がある。 福島県のいわき市に磐城緑蔭高校という学校がある。 いわき市にできた初めての私立中高一貫校ということで、開校の当初から私と私が経営する緑鐵舎のスタッフがカリキュラム作成や、直接指導を行っている学校だ。 中学受験というものがなかったため、その対策塾もない地域なので、入学時の学力は東京の中高一貫校の合格者と比べると格段に低い。 おそらく東京の名門受験塾でなら、小学校5年生の生徒でも解けるような問題での入学試験を行う。そして合格者の最高点は例年400点満点で300点程度。東京でなら、偏差値50の学校にも受かることのできない学力だ。さすがに100点未満の子は落とすが、定員割れということもあって、120点くらいでも合格させている。 しかし、その子たちに、中1の1学期の間は、中学受験用の計算や読解をやらせ、その後は先取り学習をするという独自のカリキュラムを課したところ、昨年度はビリから2番の子がなんと国立大学に入った。ビリの子も東京の名門女子大に入った。 今年も、東大に合格圏の受験生がいたのに合格できなかったのは残念だったが、福島県立医大にも合格者を出し、卒業生の4人に一人が慶応大学に現役合格した。現役合格率は全国8位という。 トップクラスの子供の合格実績以上に、私が誇りたいのは、一人も落ちこぼれを作らないことだ。 もっと誇りたいのは、一過性に具合が悪くなる子もいないわけではないが、ほとんどメンタルに問題を起こす子もいないし、犯罪もないし、いじめ問題も生じていないということだ。 金八先生+学力向上、進学実績といばっていい学校になっている。「金八先生」を求めるなら いろいろな理由が考えられるだろうが、私がいちばん大きい要因と考えるのは、小人数クラスの実現である。 ただし、これはもともとそのつもりで小人数クラスにしたわけではない。 確かに、当初から一クラス30人という教育環境でやることになっていたが、いわきに中学受験の文化がなかった上に、公立信仰が強く(地元のトップ校でも300人強の卒業生のうち、東大への現役合格は0の年が多いし、慶応にだって10人も合格していないというのに)、毎年20人も入ってこない。 昨年の卒業生は18人、今年にいたっては16人だ。 要するに、進学実績の上でも、子供のメンタルの問題のなさの点でも、すばらしいものがあるのに生徒が入ってこないので、結果的に小人数クラスになっている。 ただ、学校経営者にとっては頭の痛い問題ではあるが(私も非常に同情しているし、コンサルテーション料も申し訳ないので、かなり安くしている)、生徒にとっては、理想に近い環境になっている。 この人数なら、学力だけでなく、生徒のメンタルの問題や、生徒間の人間関係など、ほどんどの点で、教師が把握できるし、ほかの教師もそれが共有できる。 これは、現代の「金八先生」を考える上で、大きなヒントになる事例ではないか? 確かに、教師に学力だけでなく、いじめ対策やメンタル面でのフォローまでさせるのは過重労働と言えるかもしれない。しかし、クラスの人数が少なければ、それは可能になり得るのだ。 10年ほど前、当時、OECDの行う学力調査(PISA調査)でほとんどの分野で世界トップを誇り、世界一の義務教育とされていたフィンランドの学校に見学に行ったことがある。 そこでは、18人から20人のクラスが当たり前だった。 地震が少ないこともあって、後者はツーバイフォーで簡素なものだった。コンクリートから人にというと、かつての不人気政党のスローガンだったが、教育に関しては、そうすべきだというのは、私のそれ以降の信念である。日本の立て替えたばかりの小中学校は、世界の公立学校の中でいちばん立派なのは確かだ。建築会社ばかり儲けさせても、日本の将来の人材は育たない。 ついでに言うと、婚外子をどんどん認めることで少子化を乗り切ったフランスに対して、このフィンランドは、子供の数が減った分だけ、一人あたりの生産性をあげ、知識社会で使い物にならない落ちこぼれを作らないことで乗り切ろうとした国でもある。今でもフィンランドの国際競争力は高い。これも日本が見習うべき点だろう。 日本で、「金八先生」を求めるなら、まずクラスのダウンサイジングを行うべきだろう。 他省庁の高級官僚と比べて、東大在学中のできの悪い奴が入ると噂され(こういう人がゆとり教区や、2020年からの東大を含む全大学のAO入試化を推し進めているという話も聞いた)、また大統領候補選などで教育問題がもっとも重要課題とされる国が多い中、文部科学大臣(科学を統括するはずなのに、なぜか理系の人が選ばれない)が軽量ポストであるこの国では、子供の数が減っても教育予算だけは減らさないという世界の常識が通じない。 しかし、こういうことこそグローバルスタンダードに従わない限り、日本で、「金八先生」は期待できないかもしれない。

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    「金八先生」のいないニッポンの教育現場でいま何が起きているのか

    場合でも教師を擁護するスタンスであるかのように思われるかもしれない。しかしそれは正しくない。そもそも教育問題にそれほど関心がなかった私がひょんなことから出会ったのがこの2つの事件であり、学校や教師を擁護するために、意図して類似の事件を掘り起こしたわけではない。事実とかけ離れたマスコミ報道 書いた理由はしごく単純だ。マスコミやネットがまことしやかに伝えた事件の“真相”が、事実とあまりにかけ離れていたからである。だが、これらの事件を取材するうちに、非常に疑問に思ったことがある。それは、子供が自殺すると、マスコミや世間はなぜ短兵急に、その原因を学校でのいじめに求めるのかということである。 青少年の自殺についての統計を見ると、小中学生の自殺の主な原因は、学業不振、家族の叱責、親子関係の不和である。高校生の場合は、やはり学業不振や進路の悩み、さらにうつ病も多く、いずれも、いじめによる自殺は少数である。 それなのに、どうしていじめ以外に自殺の原因が存在しないかのような安易な決めつけが行われているのか。それは一種の思考停止ではないか。過去、悲惨ないじめ自殺が相次ぎ、学校側がそれを隠蔽した事実があることは確かだ。だからといって、「いじめの事実は認められなかった」とする学校や教育委員会の発表に対して、すべて「隠ぺいだ」と思い込み、「いじめ自殺」ありきで突っ走るのは非常に危険なことだと思う。 拙著『でっちあげ』に登場する教師は、マスコミやネットによって「殺人教師」と呼ばれ、つるし上げに近い仕打ちを受けた。自殺者などだれも出ていないにもかかわらず、である。その様は、マスコミやネットが口をきわめて非難するいじめの構造にそっくりだ。「いじめ」という言葉に扇動された集団ヒステリーである。そもそも、学校や教師に何もかも責任を押しつけることで、子供の自殺はなくなるのか。問題の根本的な解決になるのか。筆者はそうは思わない。ただ少なくとも、現場の教師をますます萎縮させるだけの効果はあると思う。真相に迫ろうとしない“教育評論家” 丸子実業の事件では、母親はネット上で多くの支援者を獲得している(地元では、彼女の正体が知れていたため、支援者はほぼ皆無だった)が、その中に、教育評論家を名乗る女性がいる。彼女は自身のブログで、事件の経緯を逐次伝えていた。母親が校長らを訴えていた民事訴訟が、母親側のほぼ全面敗訴に終わった時、彼女は、「教育裁判史上に残る悪判決」と批判して、こんなふうに書く。 「裁判長はいじめのことを何もわかっていない。あるいは、何か政治的な力が働いたのではないかとさえ思えてしまう」「いじめのことはまるで認めなかった裁判長は、前代未聞の『いじめた』とされる側の『名誉棄損である』の訴えにはなぜか耳を貸した。なぜ、母親が必死になってバレーボール部員や顧問に連絡をとらざるを得なかったのかをまるで考慮することなく。これは恐ろしいことだと思う」「いじめは隠される。そして学校は自分たちの責任が問われることを恐れて、いじめをなかったことにしようとする。利害が一致した学校と加害者が組んだとき、これではやりたい放題できる。遺族やいじめの存在を告発した人間の口を封じることができる」  判決は、この“教育評論家”が母親の話を鵜呑みにして、初めに結論ありきで作り上げた事件の筋書きとはあまりに乖離していた。だから彼女には、判決理由が全く理解できないのだ。いや、理解しようとしないといった方が正しいかもしれない。  ここまで判決に疑問を持ったのなら、裁判資料を閲覧するなどして事件の真相に迫る方法もあったはずだ。卑しくも教育評論家と名乗るならそうすべきである。だが実際は、何一つ調査もせず、おそらく現地に足も運ばず、自分の予断と偏見、想像と思い込みだけで全く見当違いの批判をしている。彼女が、拙著『モンスターマザー』を読んだかどうかはわからない。読んだとしてもおそらく、ブログを消去するつもりはないだろう。大切なのは結局、自らのメンツや体面なのだから。 しかし、この“教育評論家”は、子供たちの心と体を守ることを信条としているらしい。10年以上の長きにわたり掲載され続けているこのブログの言葉の一つ一つが、丸子実業高校の教師たちだけでなく、バレー部の子供たちの心をどれほど傷つけたか、自覚したことはあるのだろうか。

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    コンビニ前にたむろする中学生を誰が注意するべき?

    地域の子どもたちに目配りする「社会的親」岸 裕司 (秋津コミュニティ顧問) 「最近目に付くのは、『私的親』なんですよね。ですから秋津コミュニティの大人たちのような『社会的親』が必要なんですよ!」 先日こども環境学会の学会誌に載せるために対談した杉本厚夫さん(関西大学教授)がいいました。 子どもの遊び環境などの研究者である杉本さんは、「私的親」と「社会的親」のことをご著書『「かくれんぼ」ができない子どもたち』(ミネルヴァ書房)に書いています。 「私的親」は、「自分の子どものことしか考えない親」のこと。対する「社会的親」とは、「自分に子どもがいてもいなくても地域の子どもたちのことを気にかけて目配りする大人」のこと。 「そうそう、私も子どもを介してつながる大人の縁を『子縁』と名づけて使っていますが、まさに杉本さんの『社会的親』と同じだなぁとご本を読んで感じていたのです」と私は杉本さんに返しました。 で、対談は、とても盛り上がりました。 てなことで、今回はそんなこと(「社会的親」の必要性)を話しましょう。息子が遭遇したカツアゲ事件 で、「社会的親」で思い出すのは、私の息子が遭遇したカツアゲ事件。 長男が中学3年のときのこと。部活仲間の男子10人で隣町のお祭りに行きました。 プータローをやってる先輩が息子たちを呼びとめたんだって。そいつの先輩でチーマーのヤツがケンカをして前歯を折った。その治療費が10万円かかるとのことから、その工面を下に下ろしてきたんです。秋津コミュニティのお父さんたちが購入した組み立て式バスケットを楽しむ中学生たち 後輩の中学生がちょうど10人いたことから、「1人1万円ずつ持ってこい」と脅されたんだって。 息子たちチューボーは、約束をしたわけではないとのことだったんですが困りました。 1週間後の休日の夜、たまたま私は家にいました。 10人のチューボーのうちの何人かがプータローの先輩から呼びだされ、どこかの公衆電話から息子に電話をしてきました。 息子の電話の様子がどうもヘン。 「どうしたんだ?」と電話の後に聞くと、息子はことの内容を吐露しました。「おまえは行くのか?」と私。「行かない」と息子。「ほかの友だちはどうすんだ」と私。「いや、行くみたい」と息子。 「ばかやろう、おまえの友だちなのにどうすんだ!」と、私は思わず怒鳴ってしまいました。「じゃあ、お父さん行くから。友だちはどこにいるんだ?」「たぶん、○○の公衆電話だと思う」 私はすぐに自転車で出かけました。動きだしたお父さんたち動きだしたお父さんたち すると、夏の暑い夜だったことから秋津コミュニティ仲間のAお父さん家族が夕涼みをしていました。 Aさんはのちに秋津小学校のPTA会長をつとめ、当時は息子たちが通う習志野市立第七中学校の青少年健全育成連絡協議会の副会長でした。 「岸さんどうしたの?」とAさん。 私はこれこれしかじかと説明しました。 すると「わかった。俺も行く!」とAさんは自転車を用意し、つれあいさんに「BさんとCさんに電話してくれ!」といい残し、Aさんと私とが自転車隊になって、めぼしき公衆電話を探しながらまわりました。習志野市立第七中学校フェスティバルでお餅つきを後輩の小学生に手ほどきする先輩中学生 しかし、チューボーの行動範囲は予想以上に広く、1時間ぐらいまわったけれども現場は見つかりません。 しかたなく家に戻ると、息子がせいせいした顔をしていました。 「友だちから電話があって、お父さんたちが動きだしたことに先輩が気づき、『おまえら、もういいから帰れ』と帰された」とのこと。 結局、カツアゲは未遂におわりました。「地域の問題」なんだから…… カツアゲ未遂事件には後日談があります。 「おやじにチクッタ」とのことから、息子に「先輩からお礼参りがあるらしい」とのうわさが流れました。 息子に聞くと、先生らが校内で調べはじめたから広まったようだとのこと。「もし先輩からお礼参りがあったらおまえはどうすんだ?」と私。「ぼく、闘う」と息子。「ばかやろう! つまらんことで闘うんじゃない!」と、またまた怒鳴ってしまいました。 じつは、事件直後に中学の先生も参加する地域の集まりで、私がことのてん末を話したのです。しかし、お知らせだけのつもりで話したわけで、学校で調査をするとはまったく考えていませんでしたから。 だって、学校の営業時間外での「地域の問題、地域の仲間の子ども問題なんだから」と私は思っていたからです。第七中学校の花壇をつくる秋津コミュニティのおやじたち そこで、さっそく中学に出向き、地域の集まりに参加した教頭先生と話し合いました。「どうしてほかの生徒にまで広まるような仕方の校内調査をしたのですか?」と私。「いや、学校としても事件を一応把握したいと思ったもので」と教頭さん。「しかし、あいつらは『チクルこと』がなによりも『卑怯』と思っていることをご存知ですよね」「ことの良し悪しはともかく、あいつらの心情を考えて行動してください」と、私は教頭さんに少し憤りながらいいました。 しかし、結局「お礼参り」はありませんでした。「いざ!」のとき集まってくれる「社会的親」「いざ!」のとき集まってくれる「社会的親」 さらに、そんな話をコミュニティ仲間のお父さんたちと話題にしたんです。 すると、「なんで俺にいってくれなかったんだよ!」「いつでも電話くれよ!」と、何人ものお父さんがいいました。 私はものすご~くうれしく思いました。そして、たぶん20人くらいのお父さんは、「いざ!」のとき、都合さえつけば集まってくれると今でも思います。 こんなお父さんたちが、杉本さんがいう「社会的親」なんだろうなぁと思います。コミュニケーション能力が高い小規模小学校の子どもたち で、最近は少子化から学校の統廃合や小中一貫校などが話題になっています。 親も、少人数学校では切磋琢磨ができにくいことや「中一プロブレム」などを心配し、わが子をそれなりの評判の学校に行かせる傾向があります。 親としてわが子の成長を心配するのは当然とは思うのですが、なんだか杉本さんが指摘する「私的親」の匂いもします。 で、杉本さんとの対談でも出たのですが、『「かくれんぼ」ができない子どもたち』の本にも紹介されている児童数が22人の小規模小学校の子どもたちの話がおもしろいんです。 いや、「おもしろい」というよりも、全国の小規模校の親や先生らに元気と勇気を与える話と思いますが。秋津小学校を卒業した高校生の先輩が後輩に元気を自慢 杉本さんの調査によると、その小学校を卒業すると生徒数が900人以上の大規模の中学校に進学します。しかし小規模小学校の卒業生は、クラスで孤立することもなく、むしろ街から来た子より友だちのつくり方が上手だとのこと。 つまり、街の小学校の卒業生たちよりもコミュニケーション能力が高いのです。 なぜか。 22人の子どもは、それぞれの親40人くらいとそれまでの成長過程で日常的に接し、怒られたり褒められたりした体験をしています。なおかつ学校に地域の人がよく出入りし、学校の運動会も子どもたちだけでは成立しないことから秋津小学校の運動会のように地域と一緒に行います。 だから、地域の大人たち20~30人とも交流があり、ひとりの子どもが小学生時代に70~80人の社会的親と触れ合いながら成長してるんです。 それに対し、街の子には社会的親がよくて3~4人しかいなかったとのこと。 そこで、その22人の小規模小学校のことを「社会的親の大規模小学校」と杉本さんは表現しています。 私も秋津でのさまざまな子どもたちとの触れ合いの経験から、納得です。コンビニ前にたむろする中学生誰が注意するべき?コンビニ前にたむろする中学生誰が注意するべき? さて、中学生ネタをもうひとつ。 ある地域のコンビニ前に、金髪茶髪を含むチューボーたちが夜中にたむろしていました。なかにはタバコを吸ってるヤツもいます。 そんな場面に出くわしたとき、地域の大人としてのあなたはどういった態度をとるでしょうか? その話をした人は、翌日その子たちの中学校にごていねいに電話で「チクリ」ました。 「おたくの中学生が、昨晩コンビニ前にたむろして……」とね。 で、電話に出た中学校の指導主任の先生がこういいました。 「ご連絡をいただいてありがとうございます。ビシビシ指導しますので」とね。 で、これってどっちもヘンだと思うのです。 地域の人はどうして「自分たちのまちの子ども、近未来の地域を担う仲間たち」と思えないのか。しかも「おたくの」なんて。 先生もどうして「夜中は我々の時間ではありません。地域で見てください」といえないのか、とね。秋津小学校を卒業した高校生たちが秋津祭りでお店のお手伝い で、ひとりだけ夜中もチューボーを追いかけてガンバする先生がいるからこうなっちゃったと思うの。 その人は「金八先生」。 だけど、金八先生は週1回の金曜日だけだかんね。しかも1時間だけ! 最近は年に1回のスペシャルだったりして。だから、あれはテレビの話。 夜中に何人ものチューボーを追いかけまわしたら、先生はマジで死んじゃうかんね。 だから、それは地域の人の役割(キッパリ!)。まして学校にチクルなんて、もってのほか!地域の子どもたちが小さいときにいかに関係を築けるか そこで、夜中のチューボーに声がけできる大人になるには、チューボーが小さなときからその子たちの社会的親になること。そうすれば、チューボーになっても相手も覚えているから声をかけても案外素直にいうことを聞くかんね。だって髪を染めたんだって目立ちたいだけ。学校にも通っているんだし、そのうちやんちゃは収まるんだからさ。 でも中学校の先生は、中学生として入学してきた子しか知らないから「指導対象」であり、さらにはまわりから「指導して!」といわれるのでなおさらガンバするようになってきた歴史があるんですね。なんだか先生って、か・わ・い・そ・う。 だから、私は中学「生」問題と中学「校」問題は違うと思うの。 地域の大人がその子たちが小さなときからいかにして地域の仲間と思えるような関係を築けるか、地域の中学「生」として認知できるのかがそのポイント。そういった関係を築ける時間は、地域に暮らす大人にはたっぷりとあるんだから、私的親からちょっとだけ広げることだと思うのさ。 てなことで、あなたもぜひ「社会的親」に加わりませんか。 では、次回まで、アディオス! アミ~ゴ!

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    明治以来の「教育」の概念こそを変革せよ

    おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト)馳浩文部科学大臣への提言 前任者の肝いりプロジェクト「2020年大学入試改革」がいよいよ具体案へという段階になって引き継がれ、同年2020年には問題山積みのオリンピックも控えている。これからの4年間はこの国の文部科学大臣にとって試練のときとなるだろう。新しいことに挑戦するというよりは、「尻ぬぐい」「帳尻合わせ」に奔走する日々になりそうであることが心配だ。馳浩文部科学相 そんな中、財務省からは、文部科学省の予算を減らせという圧力がかかっていると聞く。報道によれば、新大臣はそれに徹底抗戦する姿勢を見せたとのこと。頼もしい。 現状ただでさえ公立学校の教員の処遇がブラック企業化の一途をたどっているにも関わらず、「少子化だから教員数を削減」という理屈が飛び出したり、日本の大学進学率はOECD平均よりも10%以上低いうえ、日本では高等教育における私費負担が多いことが国際的に指摘されているにもかかわらず、国立大学において「経済効果に直結しない文系学部を縮小する」方向性が示唆されたりというナンセンスが行われている。 人間は理路整然と間違えることができる唯一の生き物である。思考において論理性は大切である。しかし論理は意識化できている情報のみを材料として展開される。意識化できていない課題、条件、背景は勘案されない。だから論理だけで物事を進めるといとも簡単に間違える。 今この国に「教育危機」というものが本当に存在するというのなら、それは子供たちの学力の低下とか、教員の指導力の低下とか、そういう次元の話ではなく、社会として、「教育とは何か?」が共有されていないことであると私は思う。 ある人は、経済界に貢献できる人間を育てることが教育の目的であると思っているかもしれない。またある人は、個々人の才能を最大限に引き出すことが教育だと思っているかもしれない。さらにある人は、国民一人ひとりの豊かな人生を応援するのが教育の目的であると思っているかもしれない。教育に求めるものがバラバラのまま議論をすれば、話がかみ合うはずもない。空回りは必須だ。 いきなりアゲインストの風の中でこの国の教育の舵取りをすることになった前途多難な新文部科学大臣に、あれもこれもと要求するつもりはない。個々の政策については、与えられた条件の中できっと的確に判断してくれると信じている。そのうえで、私から提言したいのは1点のみ。 「教育とは何か?」という本質論を国家的レベルで展開、共有、意識化することである。答えは一つでなくていい。人それぞれ違う教育観をもっていることを意識化することが肝要だと考える。 たとえば「生きる力」と「生きるためのスキル」は違う。しかし昨今の教育議論の中で、それが意識化されていることは少ないように感じる。「教育」と「人材育成」は違う 昨今の教育議論においては、「これからの時代を生きるために必要なスキルをどうやって子供に授けるか」に意識が向かいがちである。しかし教育とは、スマホにアプリをインストールするように、子供にあれこれ詰め込むこととは違う。教育とは、子ども自身が正確に時代を予測し、生きていくために必要なものを自ら判断し、実際にそれを獲得できるように育てる営みである。すなわち「自分で自分を成長させる能力」の涵養こそが重要だ。英語、プログラミング能力、科学的リテラシー、プレゼンテーション能力などは、生きていくために必要になるスキルであってそれらが生きる力になるのではない。 また「教育」と「人材育成」は違う。しかし昨今の教育議論の中では、それらが混同されて使用されているように感じる。 結論から述べる。「教育」とは子供ありきの営み。「人材育成」とは目的ありきの営み。出発点が逆である。教育とはどんな木になるのかわからない種を育てるようなもの。結果、桜に育ったり、檜に育ったりする。桜はその花で見る人を感動させるだろうし、檜は強い柱として建物を支えるだろう。一方人材育成は、「ここに丈夫な柱がほしいなあ」「ここに大きなテーブルがほしいなあ」という目的があって、それに合致する「材料」を用意することである。それを人に対して行えば、それは教育ではなく操作である。 教育がされたのちの「適材適所」は大いに結構。しかし最初から「人材育成」が「教育」に取って代わるようなことがあってはならない。 もちろん「生きるためのスキル」を明示することも大切だ。「人材育成」が必要になる局面もある。ただし、「生きる力」と「生きるためのスキル」を混同したまま教育議論を進めたり、「教育」と「人材育成」の区別が付かないまま教育改革が語られたりしたら、この国の教育は崩壊する。それこそがこの国にある最大の「教育危機」であると私は思う。 福澤諭吉は「文明教育論」の中で、次のようなことを述べている。「世界万物についての知識を完全に教えることなどできないが、未知なる状況に接しても狼狽することなく、道理を見極めて対処する能力を発育することならできる。学校はそれこそをすべきところであり、ものを教える場所ではない。だからそもそも『教育』という文字は妥当ではない。『発育』と称するべきである」。 英語のeducationに「教えて育てる」の意味の「教育」の訳語を当てたのは初代文部大臣・森有礼であると言われている。一日でも早く、日本が近代国家として欧米列強に追いつくため、国が主体となって国民に「教育を与える」という構造をつくり、国家の思い通りの「人材育成」を進める意味においては、これは明治政府のファインプレーであった。 しかし今、「明治維新以来の教育大改革」を実行するつもりが本当にあるのなら、まず明治以来受け継がれてきた「教育」という概念の再定義が必要であろう。教える側が主体となるのではなく、学ぶ側が主体となる「教育」のあり方への転換が必要だ。 たとえば「教養(=自分で考える力)を育てる」などいかがだろう。※週刊誌「世界と日本」(内外ニュース)の1月4日号に寄稿した記事を転載しています。

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    教職員には生徒と向かい合う時間なんてない

    赤木智弘(フリージャーナリスト) 広島県府中町の中学校で、担任が事実無根の万引きの罪を生徒に押し付け、生徒が自殺をした問題。(*1) 担任のずさんな確認や、学校の資料をまともに修正せず不適切に扱ったなど、あまりに酷い現場の状況に愕然としている人も多いのではないか。 これについては多くの人が口をそろえて「担任が酷い、学校が酷い」と言っている。僕もそれはそうだと思う。しかし一方で、このことに大きく関係していると思われる話なのに、報道などではなぜか全く語られていない問題があるように、僕は思う。それは、部活動を含む教師の長時間労働問題だ。 日本の教員の労働時間は世界最長である。OECD(経済協力開発機構)による2013年の調査では、中学校にあたる学校の勤務時間が、OECD加盟国平均が週38.3時間だったのに対し、日本では53.9時間だったという。授業の準備などの時間は世界と変わらないが、部活動と事務作業の時間が労働時間を長くしている。(*2) 中学生の多くが当たり前のように部活に所属し、放課後に顧問の先生とともに活動をしているが、実はこの部活動。教員はあくまでも「自主的に指導している」という建前となっている。つまり正規の労働ではなく、ボランティアなのだ。しかし、現場レベルでは当然「教員は部活の顧問をして当たり前」という認識がされ、ほぼ強制的に部活の顧問を押し付けられているのが現状だそうだ。 僕達が中学校の頃に、毎日部活をしていたように、当然顧問の先生も毎日活動している。そして大会などがあれば休みであるはずの土日にも部活にかかわらざるをえない。これもあくまでも「自主的な指導」だから、日額3000円程度と、まともな賃金は出ない。(*3) ところが文部科学省は教職員の長時間労働の問題をまともに考えているとは言えない。文部科学省のパンフレット『教員をめざそう!』(*4)には教員の一日の例として、朝8時の登校指導に始まり、15時半に下校指導をして仕事が終わるかのようなモデルケースが掲載されている。(*5) しかしそこには、部活指導は一切書かれていない。これを見た人が「実際はこうだ」と書き換えた教員の一日では、7時20分の部活の朝練習に始まり、夜の21時を過ぎて、ようやく家に帰れるという一日が示されている。(*6) さらに言えば多くの教職員が家にも仕事を持ち帰っていることも指摘されており、一週間40時間という理想的な労働環境とは程遠いということが分かる。この労働環境で教職員に「生徒と真剣に向かい合うべき」などと言っても、そんな時間が取れると思うだろうか?似たような話は何十倍何百倍も存在する 僕はこうした問題をあらかじめ知っていたから「中学校の問題ということは、教師側にもまっとうな情報共有をするだけの時間的余裕がなかったのだろう」という考え方をした。 しかし、こうした考え方は「責任を誰か個人に押し付けたい」と考える人には不評なようである。実際僕もこの考え方をツイッターに書いたら「この担任を擁護している!」という筋違いの反発をされてしまった。 もちろん、この問題が明らかにこの学校だけの特殊なケースであると考えられるなら、そういう考え方でもいいのだろう。しかし僕は教員の過酷な状況を知っているからこそ、今回のケースが特殊であるとは考えられないのだ。 今回は生徒が自殺をするというショッキングな結果になったことで、問題があったことがはじめて世間に知れた。しかし、こうした重大な問題が1つ出てきた裏には、生徒がこうした問題をひとりで飲み込んでしまい、その生徒の親にすら知られていないという、似たような話がその何十倍何百倍も存在するはずである。 実際、この問題においても、自殺した生徒の親は、生徒が自殺をするまで、生徒が不適切な指導を受けたことも、誤った万引き歴が記録されたことも、そもそも万引きにまつわる根本的な話すら、一切知らなかったのだから。 このような問題を是正するために必要なことは、決して問題のある教師個人を探しだして排除することではない。そもそもの問題は生徒に対する情報共有すらまっとうにできない現場の状況にある。 今回の不適切な指導も、学校の廊下で片手間のように行われたと聞いている。これがもし、生活指導室などで、他の教師にも付き添ってもらっての指導であれば、もしかしたら資料が間違っていたことをその場で発見できたかもしれない。 また、指導をする前に、自殺した生徒が1年生だった頃から学校にいる先生に対して、担任の教師が確認をとることができれば、それ以前に間違いを訂正できたかもしれない。 しかし残念ながら、今回のケースでは、それがされなかった。 それは担任の教職員としての適正云々ではなく、みんなが忙しい中で、細かなことを相談しあうような環境がなく、他の教職員に迷惑が掛からないように、多くの判断を教職員個々で下すということが当たり前になっていたからではないかと想像する。 そうした相談できない状況を改善するためには、まずは教職員が時間に追われることなく、生徒ひとりひとりに向きあう時間や、気軽に教職員同士で生徒対応の相談をしあう時間を作れるような、無理のない労働環境に変えていくことが最低限必要であると考える。 学校での不祥事に対して、教職員の不始末だけが注目をされ、教職員の労働環境が注目されないのでは、いくら問題を報じても、世間をただ煽るだけで、実際の問題解決には結びつかないのではないかと、僕は思う。*1:中3生徒自殺「万引きの現場にも居合わせず」(NHKニュース)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160310/k10010438571000.html(iRONNA編集部注:リンク切れ)*2:日本の先生、勤務時間は世界最長 授業外で多忙、一方で低い自己評価(ハフィントンポスト)http://www.huffingtonpost.jp/2014/06/26/teacher-oecd_n_5532451.html*3:部活動の負担感が大きいワケ――土日の部活動は日額3000円 未経験でも顧問(内田良) - 個人 - Yahoo!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryouchida/20150104-00042004/*4:教員をめざそう!(文部科学省) http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/miryoku/__icsFiles/afieldfile/2009/09/03/1283833.pdf*5:(Twitter 内田良)https://twitter.com/RyoUchida_RIRIS/status/561398853249679360*6:(Twitter 内田良)https://twitter.com/RyoUchida_RIRIS/status/561746492298633218(2016年03月12日「赤木智弘の眼光紙背」より転載)

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    日本の教師は本当にダメなのか? OECD教育局長は高く評価

    、自信の低さや授業以外の仕事が多すぎる問題などが強調されていました。 しかし、ちょうどOECD非公式教育大臣会合に出席するため来日していたアンドレアス・シュライヒャー教育局長は日本向け発表記者会見で、日本の教師について「非常に素晴らしい。PISA(生徒の学習到達度調査)で最も良い結果を出しているのに、もっと学びたい、もっと力をつけたいと考えている」と絶賛したのです。 確かに、必要だと考える職能開発(研修)を尋ねると「担当教科の指導法」56.9%(同9.7%)、「担当教科の知識と理解」51.0%(参加国平均8.7%)、「生徒の行動と学級経営」43.0%(同8.7%)、「進路指導やカウンセリング」42.9%(同12.4%)、「個に応じた学習指導」40.2%(同12.5%)など、多くの項目で参加国平均より飛び抜けて高くなっています。そうした高いニーズがあるにもかかわらず、「日程が仕事のスケジュールと合わない」との回答は86.4%(同50.6%)に上っており、文部科学省も「職務が多忙であることが参加を困難にしている状況がある」と分析しています。 ただ、シュライヒャー局長が研修意欲の高さを称賛したことには理由があります。これからの国際社会では、さらに新しい能力を子どもたちに身につけさせることが不可欠であり、そのためにも教師には新しい指導法を学んでもらう必要があるからです。「21世紀型」の学び 日本は「優位」 シュライヒャー局長は会見で、「21世紀型スキルの獲得には、21世紀型教授法が必要だ」と強調しました。21世紀型スキルとは、もともとインテルやマイクロソフトなど世界的IT(情報技術)企業が出資する国際プロジェクト「ATC21S」が提唱しているスキル(技能)で、「創造性とイノベーション(革新)」「批判的思考、問題解決、意思決定」「コラボレーション(協働)」「情報リテラシー(活用能力)」など10項目を挙げています。 以前から「キーコンピテンシー(主要能力)」という形で次世代に必要な能力を探ってきたOECDも、ATC21Sに参加してきました。シュライヒャー局長が「知識はグーグル(のような検索サイト)の中にある」と指摘する通り、これからは知識の量よりも、知識を活用して他者と協力し、新たな価値を生み出す力がいっそう重要になってくるのです。 実は日本でも、文部科学省が全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)で「活用」の力を問うB問題を出題しているように、国際的な動向に敏感に反応してきました。21世紀型スキルに関しても、日本版ともいうべき「21世紀型能力」(国立教育政策研究所)として次の学習指導要領に反映させられないか検討しています。シュライヒャー局長は会見で、東日本大震災の被災地で創造的な学びが展開されていることを例に「21世紀の学び、21世紀型の教授法、学校間の協働で、日本は優位にある」と断言していました。 もちろん、課題はあります。1週間かかる課題を生徒に与えたり、少人数グループで共同の解決策を考えださせたりする指導が、他の国に比べて少ないことです。だからこそ研修に参加しやすくし、授業にもさまざまな活動ができるよう余裕を持たせることが必要でしょうし、それには行政の責任も重いと言わなければなりません。いずれにしても日本の教師はもっと自信を持って、未来志向の教育にまい進していいのかもしれません。(渡辺敦司/教育ジャーナリスト)

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    学校での行き過ぎた指導が生徒を死に追いやる「指導死」

     広島県府中町立府中緑ケ丘中学校3年の男子生徒が2015年12月に自殺していたことが明らかになった。その原因は、誤った万引きの記録だった。 実際にはしていないにもかかわらず、男子生徒が過去に万引きをしたとの記録が学校側に残っており、それを理由に高校への推薦を受けられなかったのだ。男子生徒は三者面談の日に自殺した。 誤った記録は論外だが、こうした学校内での指導による子供の自殺は、今回に限ったことではなく、驚くべきことに“決してめずらしくはない”事件だ。 教師による指導をきっかけに生徒が命を絶つ「指導死」は、平成に入って61件。遺族の希望で公にされないケースも含めると、実際にはもっと多くの指導死が存在すると考えられている。しかも、61件のうち10件が、今回のような“誤った指導”による「冤罪型」とされている。『追いつめられ、死を選んだ七人の子どもたち。「指導死」』(高文研刊)著者で、「指導死」親の会・代表世話人の大貫隆志さんが言う。大貫さん自身、指導死により、16年前に中2の息子を失った。「指導死とは、生徒指導が行われ、その結果として子供が死に追いつめられることをいいます。自殺といってしまうと自ら死を選んだように捉えられますが、追いつめられた結果だということです。学校でのいじめや暴力は社会的に問題視され関連法も整備されてきましたが、教師の指導で死ぬということについては認知も浅く、まだまだ問題視されていないように思います」 北海道札幌市に住む斎藤加奈子さん(仮名)は高校1年生だった息子(享年16)を3年前に亡くした。吹奏楽部で熱心にトランペットを吹いていた彼は、同級生部員から嫌がらせを重ねられた末に爆発した怒りをメールにぶつけたところ、指導を受けたのだ。嫌がらせへの反論と知っても教師は取り合わず、メールの文面は“暴言”とみなされ、母親同伴で指導を受け反省文を書かされた。 加奈子さんはなぜ、息子だけが一方的に指導されたのか、今も納得がいかない。「息子は吹奏楽部を本当に一生懸命頑張っていて、先輩から1年生のリーダーも任されましたが、いつしか同級生とすれ違って休みがちになったりして。自分が参加していない同級生部員のLINEグループがあり、そこで陰口を言われていることを知ってつい売り言葉に買い言葉で、乱暴な言葉で反論してしまったんです。メールを送った背景に関係なく、息子だけが反省文と謝罪を求められました」(加奈子さん) その後、メールトラブルになった同級生部員にも自分から歩み寄った。だが関係修復はうまくいかず、またしても顧問の逆鱗に触れてしまう。「部員が事実と異なることを顧問に伝えて、先生は息子に事実確認をすることなく、すっかり鵜呑みにしていたんです。先輩部員数名を集めた場に呼び出し一方的に責め立て、退部も迫られました。帰宅した息子は、先生に『なんのことかわかっているよな』と言われて、とりあえず『はい…』と答えたら暴言を吐かれた。『何のことですか』とは怖くて聞けなかった。先生が何のことを言っているのか、なぜこんなことになったかもさっぱりわからない、と話していました」(加奈子さん) 顧問からは条件付きで部活を続けることを許された。条件が“宣告”されるその朝、息子は部活動のために登校したが、音楽室には足が向かなかった。部活が生きがいだった彼は線路に立ち入り、二度とトランペットを吹くことはなくなってしまった。 広島県東広島市に住む大畑祐二さん、京子さん夫妻(仮名)は、2012年10月に中学2年生だった息子を亡くした。享年14。 1年に及ぶ抑圧的な生徒指導がその原因とされているが、その理由は、「担任の悪口を言っていたようだ」「掃除時間に教師が話している時に笑った」「美術で使うかぼちゃで遊んだ」などというもの。他の生徒たちと一緒になって遊んでいたとしても、決まって息子だけが呼び出されて指導され、担任教師のみならず所属していた野球部にも知らされて、繰り返し、指導を受けた。「教師に暴言を吐いたとして指導を受けた際は、『指導室』に3日間隔離され、終日反省文を書かされました。その間はもちろん授業は受けられないし、他の生徒さんと時間をずらして登下校しました。作文の内容に教師のOKが出るまで何度も書き直し、最後の作文には校長印が押されていました」(母・京子さん) 亡くなる4日前にも別室で半日間指導を受け、度重なる指導で部活の背番号はエース番号の1番から18番へ。部員が17人しかいない中での18番は、戦力外通知も同然だった。「人一倍努力していた息子にとって屈辱的だったと思います。指導は“決めつけ”が多かったんです。『〇〇だよね』『〇〇したよね』と一方的に叱られました。誰か息子の話を聞いてくれていたのだろうか。普段の息子の様子を見た上で公平に指導をしてくれたのだろうか。疑問しか残りません」(父・祐二さん) かぼちゃで遊んだことを4人の教師から指導され、部活をする資格がない、帰れと言われた彼は、帰宅途中の公園で、野球部の備品のロープで首を吊った。 前出・大貫さんは、責任感の強い子供、真面目な子供ほど、追いつめられやすい傾向にあると指摘する。「部長や学級委員などであまり逸脱の体験もなく、親との関係が良好で心配をかけたくない子供は、例えば『自分が責任者なのにルール違反をしたために部活停止にされそうになって、みんなに申し訳ない』とか、そんなふうに負担を背負ってしまうんです。もちろん、彼らの年齢もあるでしょう。成長過程にある多感な子供たちは行きすぎた指導によって自信を失い、それにより自己肯定感が極端に低くなってしまうのです」女子高の男性教師はモテる! 教え子と2回結婚も珍しくない破廉恥教師 校内性行為で停職3か月、下半身露出が停職6か月田原俊彦&野村宏伸 共演のロケ地は“びんびん”な共学高校伝説の灘高教師・橋本武さん100歳 現在も月1回講義を継続中中学で必修化のダンスに教師「教える自信ない…バカにされる」

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    AI暴走防止会社を設立 イーロン・マスクの「恐怖症」は異常?

     [WEDGE REPORT]土方細秩子 (ジャーナリスト) 映画「ターミネーター」はスカイネットという人工知能(AI)に支配された近未来からやってきた人類が、未来を変えようと戦うストーリー。ちなみにこの近未来は2029年に設定されている。ターミネーターの登場は2029年(iStock)AI化時代をはっきりと「恐れている」と公言する 現実社会でも今、AIは開発競争が最も進む分野だ。グーグルがはじめた車の自動運転システムは、中心がAI。この技術はグーグルだけではなくアップル、フェイスブック、マイクロソフトなどのIT大手、さらに自動運転を推進する自動車メーカーも開発に参加する。トヨタがマサチューセッツ州に研究施設を設け、MITやハーバードの研究者と自動運転システムの共同開発に従事する、と発表したのも記憶に新しい。 しかし、人間よりもはるかに演算処理能力が高いコンピュータに、「ディープ・シンキング」という考える力を与えるAIは、ターミネーターの世界のようにいつか人類を凌駕し、機械に支配された世界を実現する危険性を秘めている。 このAI化時代をはっきりと「恐れている」と公言するのが、テスラCEOイーロン・マスク氏だ。テスラ自身がグーグルのような自動運転システムをモデルSに搭載しており、AIから多くの利益を得ているのだが、「人間が技術を使いこなすうちは良いが、いつか機械に支配される時代が来るのでは」と、行きすぎたAIの発達に懸念を表明する。 その懸念の表れとして、同氏は昨年12月、「Open AI」という非営利企業を設立した。パートナーとなったのは数々のITの起業家を支えてきた投資家、Yコンビネーターのサム・アルトマン氏。両氏は数十億ドルずつを負担して「AIの能力を最大限に引き出し、それを誰とでも共有する」企業を生み出した。 なぜオープンソースでAI技術を共有することがAIによる世界支配を防ぐことになるのか? 答えはズバリ「1社がAI技術を独占し、その方向性が外側から決定できない事態を防ぐ」ことにある。例えばAI技術で現在最先端なのは間違いなくグーグルだが、グーグルにすべての技術が集中することをオープンソースによって阻止する、いわば「AI界のウォッチドッグ」のような役目をOpen AIは果たすことになる。 一方でオープンソースにすることで、マスク氏らに利益ももたらされる。誰もが参加できる技術フォーラムにより、これまで自社だけの発想ではたどり着けなかった考え方に触れる可能性がある。世界中のすぐれた頭脳をサイト上で集めることができる。 「ディープ・シンキング」を推進する上で大切なのはビッグ・データの存在だ。コンピュータが人の思考を学ぶためには膨大なデータの注入が必要となるが、オープンソースにすることでデータ獲得も容易になる。独裁国家が悪用する可能性独裁国家が悪用する可能性 だが、この考え方はあくまで「性善説」に基づいたものだ。オープンソースのAI技術を、例えばどこかの独裁国家が悪用する可能性もある。これについてマスク氏らは「数の勝負になる。世界のほとんどの人は技術の悪用を考えていない。一握りの悪があっても、数の上で善が圧倒するため、技術の悪用は大きなリスクにはならない」と楽天的だ。つまりどこかで悪用があっても、オープンソース上の技術者たちがこの悪用を阻止するプログラムを生み出す。もともとソースが同じ技術だけに、悪玉潰しはそう困難ではない、という。 AIはビッグ・データを必要とするため、現在開発途上の各社もある程度のオープンソースは行っている。グーグルは昨年11月、AIサービスを行うソフトウェアエンジン、「テンサーフロー」の一部を公開した。フェイスブックも12月にコンピュータサーバー「ビッグサー」のデザインの一部を公開している。公開することにより他者に利益をもたらす反面、他者がそれを改善して自社の利益に反映する期待が込められている。こうした情報公開により、AI全体がさらに精度の高いものへと推進される。 オープンソースのもうひとつの利点は、優れたアイデアを持つ研究者を世界中からリクルートできる、というものだ。研究者にとっては自分のアイデアを広く公開するチャンスであり、そこからシリコンバレーの一流企業にスカウトされる可能性もあるのだから、オープンソースへの参加は彼らにとっても利点となり得る。フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグの揶揄フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグの揶揄 ただしグーグルやフェイスブックが行っているのはあくまで「一部」の公開であり、Open AIのようにすべてを公開するものではない。両社にとってOpen AIはある意味でプレッシャーになるが、フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグ氏は今年3月、これについて「マスク氏のAI『恐怖症』はちょっと異常」と軽く揶揄する発言を行った。 ザッカーバーグ氏とマスク氏は「シリコンバレーの仲良し企業家」として知られ、ザッカーバーグ氏としても真っ向からマスク氏を非難しているわけではない。しかし「スカイネットのような、人類をはるかに凌駕するネットワークシステムができるのはまだまだ先の話。自動運転ですら実用化にこの先何年もかかる状況で、そこまで怯える必要があるのか」と疑問を呈する。 ただし、マスク氏は英国の「ディープ・マインド」という「AIのアポロ計画」と評された企業に投資した経験がある。ディープ・マインドはその後グーグルによって買収されたが、この時の経験がマスク氏の中に何らかの警鐘を鳴らしたのかもしれない。 オープンソースのAI開発は、AIをスカイネットに成長させるほどのインパクトを持つものなのか。それともネット業界にさらなる犯罪を蔓延らせる結果となるのか。テスラのEV技術、高速移動装置「ハイパーループ」など、自らのアイデアをオープンソースにするのが好きなマスク氏だが、AIは吉と出るか凶と出るかが不透明な分野でもある。

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    【独占手記】私が京都大学の給与明細を公開したホントの理由

    材流出が顕著に起こっている。その大きな理由が、待遇の格差であると考えられる。最も優秀な学生が集まり、教育環境が良いと考えられる大学から、そうでない大学への流出にも歯止めがかからない。とりわけ、研究・教育のために特別の設備を必要としない専門分野では、流出が起こりやすいといえる。 2000年代以降、政府支出の削減の波が教育・研究機関にも押し寄せ、国立大学は2004年4月に国から切り離されて「国立大学法人」となった。それまで文部科学省に所属する国家公務員であった教職員は公務員の身分を剥奪され、民間の労働者になった。従来、国の一部として国の資金で運営されていた国立大学は、私大に近い形態で経営が行われることになり、私大がおおむね規模に応じて政府から交付を受けている「私学助成金」と類似する形で、「運営費交付金」という資金を受けることになった。 現在、私の所属する京都大学では、収入に占めるこの「運営費交付金」の割合は約3割にまで低下している。これは、かつての有力私大における「私学助成金」の割合とほぼ同等である。「国立」大学とは名ばかりで、実際には教職員は公務員ではないし、経営も民間型に変えられてきているのである。しかも、私大でも私学助成金は削減されている。全国の公立大学も国立大学と同様の経過をたどったところが多いが、特定の専門分野の大学を除き、国立大よりもはるかに苦しい経営を強いられている。 毎年、各社が報道しているとおり、OECDの資料によれば、日本の教育への公的支出割合は加盟国中最下位である。将来の産業競争力を生み出し支える基盤となる教育がこの状態で、国益は維持できるのか。 毎年大幅な資金切下げを受け続けている国公立大学では、いわゆる競争的資金を外部から獲得するための事務量が膨大になり、授業料もおよそ「国公立」と呼べる金額ではなくなっている。私の所属する法科大学院では、入学料が282,000円で、授業料が年間804,000円。授業料免除や奨学金の制度は十分でなく、これでは優秀だが裕福でない学生が法律家を目指さなくなる。教員の給与以前に、高額の授業料を何とかする必要がある。「使い捨て」の大学職員 もう1つ教員の給与以前の深刻な問題として、職員の使い捨てと待遇がある。2004年以降、常勤職員は大幅に削減され、従来職員が担当していた作業を教員がするようになり、非常勤職員や派遣職員が重大な職務を任されるようになった。現在、京都大学では、事務職員の大多数がこれらの人々によって占められている。 そして、非常勤の時間雇用職員においては、経験を積んで高い業務能力を備えた人材が次々に5年で雇用を打ち切られる「5年雇止め」の対象となり、新規の契約では交通費がカットされ時間給にも反映されないという問題が起きている。しかもこれらの方々の多くは、そもそもの年収が200万円台に抑えられている。教員の賃上げどころの話ではない。私は京都大学職員組合の役員をしており、組合が大学法人に対する団体交渉において、こうした方々の雇用継続や、極端な低賃金の是正を優先課題にしていることはいうまでもない。このままでは国益が維持できない そもそも、雇用が確保できるかどうかのところで、労働組合は日々尽力しているのであるが、それと同時に、教員の流出も深刻な問題となっている。私と同世代の他分野の京大教員の中には、アメリカで成功を収めたのにもかかわらず京大に来られたという奇特な方々もおられる。しかし、そのような方のみに頼っていたのでは、教育・研究水準の維持は困難である。 一般論として紹介すれば、私大のほうが授業コマ数の負担は多いであろう。しかし、京大教員は政府の仕事や留学生の受入れも比較的多い。よく、教員1人あたりの学生数が少ないと指摘されるものの、法学に限っていえば、京大生の定期試験の答案の分量は他大学学生の数倍あり、採点などの指導が必ずしも楽だというわけではない。授業のコマ数負担の相違を考慮に入れても、有力私大との比較では、京大教授の給与は数割低いという評価になろう。 現在のように教員の流出が続くと、東大・京大では60代前半の有力教授がいなくなってしまい、研究者として円熟期にある人々が後進を育成できなくなる。トップレベルの教授が私大に分散してしまった後は、最高水準の学生は国外に流出するのではないだろうか。これで、国益が維持できるといえるのか。トップダウン式決定はソ連経済への道 現行法上、国立大学教職員は民間労働者と同じく労働契約法の適用対象であり、大学法人に雇用されている。したがって、その給与は労使交渉の中で決まることが原則である。ただし、私学助成金の割合よりは高い割合で国の資金を受けているため、独立行政法人通則法も準用されている。 同法は、給与が「国家公務員の給与等、民間企業の給与等、当該……法人の業務の実績並びに職員の職務の特性及び雇用形態その他の事情を考慮して定めなければならない」としており、これについての基本方針を定めた閣議決定の解説によれば、「国家公務員との比較に加え、当該法人と就職希望者が競合する業種に属する民間事業者等の給与水準との比較など、当該法人が必要な人材を確保するために当該水準とすることが必要である旨をその職務の特性を踏まえながら説明するものとする」とされている。画像はイメージです つまり、ここにいう民間事業者である私立大学からかけ離れた水準まで「上がらないように」することが求められている。現状はその逆で、私大どころか、国家公務員と比較しても低い給与水準になっている(ラスパイレス指数)。人材流出は教授だけでなく職員においても生じている。トップダウン式決定はソ連経済への道 冒頭に述べたように、私自身はより低い給与でも十分に生活していくことができる。人間の価値は平等であり、能力に応じて努力すれば同等の賃金に値するという考え方もあるだろう。マルクス主義経済学の労働価値説は、基本的にそのような発想だと思われる。京大教授の給与を低所得者層の水準と同等まで引き下げよと主張する人は、極端な共産主義者なのかもしれない。 確かに、生活保障を重視する社会国家・福祉国家をヨーロッパに定着させたことは、マルクス主義の成果だと考えられる。しかし、私は、共産主義経済には反対である。優れた成果を上げてもそれが剥奪されてしまうのでは、成果を上げるインセンティブがなくなってしまうためである。ロシアの産業がいつまでたっても離陸できないのは、計画経済の後遺症だとはいえないだろうか。自由で公平な市場の競争があってこそ、新しい、素晴らしいものが創り出されるはずである。ソ連の芸術やスポーツが優れていたのは、国際競争に勝ち抜く度量の賜物だろう。汚職・癒着の排除と、ボトムアップ式の創造性を伸ばす教育・研究政策とが、日本の国際産業競争力にとって重要である。失敗からノーベル賞級の発見が生まれるような研究条件が保障されていなければならない。復興財源のための賃下げというウソ ところが現在、政府の大学政策は、トップダウン以外認めないとする方向に急速に進んでいる。富山新聞によると、馳浩文部科学大臣は2016年1月10日に同紙本社で、「学長や学部長、病院長などを決める際」の組織内の「意向投票」について、「そんなことをやっている大学を高く評価することはできない」とし、運営費交付金の「配分に関しては厳しく評価する」と述べたという。そして、研究資金の支出については、軍事研究以外には金を出さないというに等しい方針が露骨に示されている。 一部の政治家やその周辺の人々が限られた知識・能力だけで決めた方針で全体を動かそうとすれば、計画経済が失敗したのと同様に、すべからく学術研究や教育の水準も失われる。それが国益にかなっているのだろうか。人材はますます流出するだろう。2000年代に入ってからは、欧米のみでなく、中国などのアジア諸国でも、国家予算を投じて優秀な人材を国内外から集める政策が展開されてきているというのに。世界は共産主義社会ではないという現実を見る必要がある。復興財源のための賃下げというウソ 一部のインターネット記事が誤解を招くような形でとり上げているが、今回話題になった2013年の私の給与明細は、給与の引上げを求めて公開されたものではない。それが出てきた経緯は、私や他の京大職員組合員が大学法人を相手どって提起した、未払い賃金請求訴訟の過程である。 2011年の東日本大震災の後、政府は復興財源の確保という名目で、国家公務員の大幅賃下げを法律によって強行した。最大1割近い賃金カットが、被災地の被災者である公務員に対しても情け容赦なく行われた。これ自体がすでに疑念を抱かせる。「公務員叩きをしておけば、世論の人気が取れる」との浅はかな計算であったと見られてもしかたがない。 その後、政府は、国から資金が提供されている団体のうちの一部にも、同様の賃下げを行わせるべく、はたらきかけを始めた。ここで、独立行政法人と、国立大学法人はターゲットになったが、私学の学校法人はターゲットにならなかった。理由は不明だが、「独立行政法人・国立大学法人の教職員はまだ公務員だと誤解されているから、公務員バッシングの対象にしておけば、世論の人気が取れる」と考えたものと疑われてもしかたがない。ともかく、東北大や福島大、筑波大、高エネルギー加速器研究機構といった被災地の法人でも、被災者である教職員の賃下げが強行された。賃下げの必要はなかった だが、これは法的には意味不明な現象であった。法律上、国には大学法人の給与を決める権限がないからである。現実に起きたのは、国が、各法人に交付する運営費交付金をカットしたということであった。そうすると、収入に占める運営費交付金の割合が高い法人では、「ない袖は振れない」状態となり、賃下げを迫られることになってしまった。 しかし、京都大学はそうではなかった。大学の規模を生かして多額の外部資金を獲得し、預金などの資産を潤沢に蓄積していたからである。それなら、そこから復興財源を提供すればよいので、賃下げの必要はない、と私たち労働組合は団体交渉の場で何度も法人に対して主張した。だが、法人は結局、復興財源を「賃金カットによって」捻出することに固執し、これを強行した。組合の奮闘によって、賃金削減率は国家公務員よりも低くなったものの、最終的な賃下げ率は何と、国家公務員の賃下げ率に京大の運営費交付金依存率を掛け合わせたよりも「高い」率になってしまった。いわば「便乗賃下げ」が行われたのである。 100名を超える組合員らが、未払い賃金を求めて京都地裁に提訴したが、2015年5月7日に請求が棄却され、現在、裁判は大阪高裁の控訴審判決を待っている状態である。この裁判の過程で私が給与明細を公開した理由は、「本来、法律が、私大に近い給与水準を求めているのに、それが実現されておらず、ただでさえ格差があるのに、それに加えて、私大で求められていない賃下げを強行することは、なおさら法の考え方に反する」と主張するためであった。 裁判の過程で、次の恐るべき事実が明らかになった。第1に、2013年10月31日に会計検査院が公表した報告書は、2012年度に被災地と直接関係のない事業に振り向けられていた国の予算額が、復興特別会計のうち約3000億円、また復興予算で造成された基金のうち1兆円以上にも上っていたことを明らかにした。被災地向けであった予算で未執行となった分を含めれば、復興に使われなかった額はさらに膨らむ。つまり、独立行政法人や国立大学法人どころか、国家公務員における賃下げも、被災地の復興のためには無用であった。これが法治国家の判決なのか これほど悔しいことがあるだろうか。真面目に働いて得るはずであった賃金を一方的にカットされ、しかもそれが被災地に届いていないのである。第2に、京都大学で強行された賃下げの率は、教授、准教授、助教と、それぞれに対応する職員との違いによって、分けて決められていたが、その計算式は誤りであったことが判明した(国からの資金が大きく削減されると、賃下げ率が「下がる」式だった)。 京都地裁の請求棄却判決は、国が賃下げを要請したのであれば財政的な必要性がなくても賃下げを強行でき、その率は誤っていてもよい、とするものであった。これは労働法が存在する法治国家の判決なのだろうか。 京大賃金裁判の控訴審判決は2016年7月13日に言い渡される予定である。もし勝訴すれば、取り戻した賃金は被災地学生ボランティアに寄付するつもりである。 私が給与明細を公開した動機は、決して、自分が自由に使うお金を増やしたいということではない。今回、あるインターネットの記事がそのように思わせる記載になっていたため、これを読んだとみられる障害者の方や、退職公務員の方が、真摯な批判のご意見を送ってくださった。この方々が気付かせてくださったのは、国公立大学の最新の状況を社会に広く知らせる必要性である。 私自身は、繰り返すように、給与が下がっても困窮する立場にはない。だが、国益の維持を図るのであれば、現在の国立大学教授の給与が高いか低いかは、国内・国際の競争の中で、人材を確保できる水準に照らして評価されなければならないと考える。また、法律もその趣旨を規定している。この度の給与問題についての議論の高まりを機に、日々私たちが取り組んでいる労働組合の活動についても、関心を持ち、組合に加入してくださる方の増えることを切に希望する。

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    東大教授の平均年収は1156万円「職務」に見合った額といえるのか

    が必要とされています。上を見たらきりがない これに対し、東大のみならず日本の(国立)大学の場合には、教育研究で目覚ましい成果をあげていてもあげていなくても、教授は教授、待遇にほとんど差はありません。総合的に考えると、アメリカの大学よりも日本の大学の方がまだ恵まれていると言えるかもしれません。 また、民間企業に勤めて出世した大学の同級生と比べると安い給与かもしれませんが、上を見たらきりがありません。比べるとしてもいろいろな道を歩んでいる同級生全体と比較するべきです。僕の実感としては、やりがいのある教育とやりたい研究に従事させていただいている割には厚遇してもらっているように感じます。 普通は嫌な仕事を我慢したり何らかのリスクを取ったりしないとお金儲けはできないところ、普通に教育研究に専念しているだけで、少なくとも自分自身の人件費がどんな教員でも定年まで保証されているというのは大変ありがたい点です。 研究費の獲得は大変ですが、それはアメリカなどではさらに熾烈な様ですし、研究費が獲得出来たら研究する、という方よりは、研究費のあてがない時には自腹ででも研究をするような人が最終的には研究者として成功しているように思います。 そもそも趣味が教育研究だと普段の暮らしに大金はいりません。給与水準が国際的には低くとも自由平等とやりがいがあるため、多くの東大教授が日夜教育研究に邁進し、自己実現を達成し、満足しているのだと同僚を見ていると思います。 ただ、部局や組織によっては、気の進まない会議や書類作成に時間を奪われて、思うように自由な時間がとれなくなっている場合もあるのかもしれません。また、研究がうまくいってその分野で世界に名を馳せる学者になれても給与が特段増えるわけではなく、待遇としてはやる気を失いゆったりと日々を過ごしている同僚とほぼ同じだという点に不満をいだく場合もあるのかもしれません。 そうした状況で海外の一流大学から良い条件の転職オファーがあれば日本を飛び出して海外に転出する一流の大学教授の先生もいらっしゃることでしょう。逆に、海外の一流研究者を海外標準の給与で遇する仕組が東大でも導入され、何人かの先生方には総長以上の給与が支払われているはずです。 では、大学教授がそんなに悪くない仕事だとして、大学教授になるにはどうすればよいのでしょうか。大学教授を選ぶのは大学教授ですが、人物評価能力が高いから大学教授についているわけではありませんし、場合によっては私的感情に支配されたりもするでしょう。実力と実績があるからといって必ずしもなれるとは限りません。逆に、どうしても特定の分野の専門家が必要だという場合、実力や実績に乏しくとも大学教授になれる機会はあります。 マックス・ウェーバーによる古典『職業としての学問』でも述べられている通り、学者になれるかどうかは本人の能力や努力以外の運に大きく左右されます。希望していても大学教授になれない場合には運の問題だとさっさと見切りをつけて、他の知的職業で充実した人生を送るのが良いと思います。 大学からもらう給与以外の講演料や原稿料といったいわば「お布施」の相場、専門家として国会に召致されたりテレビから出演依頼が来たりした際にどうすればよいのか、大学教授への道、仕事、やりがいなど、本稿では紹介できなかった点については拙著『東大教授』(新潮新書、2014年)をぜひご覧ください。本のタイトルや帯に反発を覚えた方もいらしたようですが、東大に限らず全国の大学の先生方に支持を頂戴しましたので、読んで面白く感じるかどうかで大学教授に向いているかどうかがある程度わかるかもしれません。皆様のご参考になれば幸甚です。

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    京大教授の年収940万円は安すぎる?

    わが国が誇る有名国立大教授の給与は安いのか、高いのか。京都大法科大学院教授、高山佳奈子氏が自身のブログで給与明細を公開し、物議を醸している。額面はおよそ940万円。彼女はなぜ給与を公開したのか。高山教授がiRONNA編集部に寄せた独占手記でその全てが明らかになった。

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    文系学部全廃論 5割以上大学進学の意味を考えれば当然

    」工学系大学で「役に立たない」一般教養を長く教えてきた。テーマは『はだしのゲン』である。むろん、平和教育なんていう役に立つことは全く教えない。M・バークン『災害と千年王国』だの荻生徂徠『論語徴』だの、何の役にも立たないことばかり講義する。 多くの学生は困ったなぁという顔で聞いているのだが、時々目を輝かして聞き入る学生がいる。しょうがないので講義の後喫茶店に誘い(私のおごり)、あのなぁ、俺の講義を面白がるのはいいけど、面白いことで飯は食っていけんのだよ、ちゃんと電気工学の勉強しろよ、と説教する。 室井尚の授業は正反対だ。学生にアドルノ&ホルクハイマー『啓蒙の弁証法』を読ませるというのだ。知りあいのドイツ人学者に聞いたが、アドルノはドイツ人でも難しいデス、と言っていた。アドルノらは衒学(げんがく)左翼とでも評すべき難物思想家なのである。それなのに一人の女子学生は「完璧な要約を書いてきた」。 ところが彼女は「地元の信用金庫」に就職を決めた。私なら胸をなでおろして喜ぶのだが、室井は「もっと自分の能力の活かせる職場に挑戦しないか」と残念がるのである。 そんな職場って、室井尚のような大学人しかないではないか。結局、衒学左翼アドルノ研究教授の椅子をふやさなければならない。それができないとなると、アドルノの要約の上手なフリーターを毎年作り出すだけである。 前述の通り、私は文系学部全廃論者である。詳しく言うと、単純な全廃論ではない。芸術系は残す。最初からミューズの女神と心中しようという若者は、それでいい。教育系の国文科なども残す。枕詞やク語法が高校生に教えられないでは困る。そして、IQ150以上の高校生は、強制的に哲学科などの人文系に入学させる。彼らには高額の奨学金を与え、卒業後の生活も保証する。そして、日本からカントやヘーゲル並みの人材を輩出させる。 もちろん、マルクスでも王陽明でもナーガールジュナでもかまわない。真の人文学復興、真のエリート教育である。 室井尚の本に何度も「リベラルアーツ」と出て来る。意味が分かっているのだろうか。これは「自由な学芸」という意味ではない。「差別的な学芸」という意味である。奴隷や二級市民には許されず「リベリ(自由民)」にのみ許された特権的学芸のことである。そんなものを人口の五割以上に学ばせて、どんな社会が出現するのだろうか。●くれ・ともふさ/1946年生まれ。京都精華大学マンガ学部客員教授、日本マンガ学会理事。著書に『バカにつける薬』など。関連記事■ ポルノ産業1人あたり売り上げ 韓国が世界一、日本は2位■ 国立大学文系出身者 就活でも会社でもバカにされ肩身が狭い■ 文・人文系学生の就職率は低い 「営業大学」なぜないか疑問■ 医師指摘「医者とヤクザは構造的に似ている説」を紹介した本■ スペインで国民的人気のポルノ男優 逮捕5日前の衝撃的な写真

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    大学教授は財務省よりはるかに楽 副業で稼げる時間の余裕はある

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 他人の懐具合は誰もが気になるところだ。2014年7月に高山佳奈子・京大教授がブログで自身の給与を公開したことが、いまさらであるが話題になった。 京大教授で基本給660万円に賞与279万で年収940万円。これが高いのか低いのか。 まず、厚労省の平成27年賃金構造基本統計調査を使って、大学教授以外の職種別給与を見ておこう(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou.html)。129職種を年収順に並べたものが以下の表である。 大学教授は、平均年齢57.5歳、勤続年数17.1年、労働時間161時間/月、超過労働0時間/月、給与月額657,600円、年間賞与2,983,400円。年収を計算すると年収1087万円で、航空機パイロット、医師、弁護士に次いで129業種中第4位である。高山氏は46歳当時の給与940万円であるが、厚労省の統計での大学教授は平均57.5歳であるので、年齢差を考慮すると、大学教授としては決して低いとはいえない。 一般の会社の中では、大学教授の給料はどう見えるのだろうか。これも、厚労省の統計をみると、産業計の55~59歳の部長級は、平均年齢57.3歳、勤続年数28.1年、労働時間163時間/月、超過労働1時間/月、給与月額662,500円、年間賞与2,633,800円と大学教授とかなり似ている。部長級の年収は1058万円とほぼ大学教授と同じだ。 以上の統計を見ると、日本での大学教授は職種としては高給取りに属する。会社で言えば部長級ということになる。 日本だけを見るより、世界も見てみよう。例えば、アメリカについて、労働省の「Occupational Employment and Wages, May 2015」(http://www.bls.gov/oes/current/oes251112.htm)では、大学教員の平均給与が出ているが、それによれば772.4ドルになっている。1ドル=110円で換算すると850万円だ。これは、教授だけではないので、日本との単純な比較はできないが、大きく差があるというほどでも無いだろう。 全米の各大学教員の給与を示すサイトもある(http://data.chronicle.com/faculty-salaries/)。そこで、教授職の給与をみると、実に多様性がある。東部の有名私大では、2000ドル程度である。筆者が3年間留学させてもらったプリンストン大学は全米10位で1945.53ドルだ。ただし、4542校中、1000ドル超は498校にすぎず、アメリカの平均的な大学の教授給与は、労働省のデータとそれほど違いがないようだ。 以上、日本の大学教授の給与について、日本の他の職種との関係、アメリカの大学教授の給与との関係をみてきた。あくまで、統計数字で出てくるものは平均的な姿である。それらを見る限り、日本の大学教授の給与は、高すぎる、低すぎるというものではなく、まあまあというものだろう。 冒頭の高山氏のブログには、「副収入はあるが、しばしば赤字」、「研究費は年間12万5000円」、「京大をやめません」という追記もある(http://kanakotakayama.blog.eonet.jp/)。 さらに、かつての独立行政法人通則法での「社会一般の情勢に適合したものとなるよう」を引用しながら、圧倒的多数の論調は「私大並みに引き上げるべき」と指摘している。組合交渉で一律に決めるのは不向き ちなみに、現行の独立法人通則法では、給与水準について「一般職の職員の給与に関する法律 の適用を受ける国家公務員の給与を参酌し、かつ、民間企業の従業員の給与、当該行政執行法人の業務の実績及び事業計画の第三十五条の十第三項第三号の人件費の見積りその他の事情を考慮して定められなければならない。」(57条)とされ、国家公務員、民間、人件費見積もりその他の事業を考慮して決めるとされており、民間だけを考慮するのではない。 厚労省の平成27年賃金構造基本統計調査のデータは、国立、公立、私立も含んだ大学教授の数字だ。それをみると、少なくとも京大教授の給与は、「私大並に引き上げるべき」という答えにあらず、すべての大学の平均とかけ離れていない、アメリカと比較しても、著しく低くなっていないという結論になるだろう。 それでも、京大教授の給与は低いという主張もありえるだろう。 その場合、1.低いと思うなら転職、転社(大)すればいい。2.でなければ、兼業許可をもらって企業の経営法務コンサルタント、社外取をやるか、一般向け書籍、雑誌等への投稿で稼ぐ。3.いずれにしても大学教員は個人差が大きく、組合交渉で一律に決めるのに不向き。個人の年俸制(兼業)のほうが個人の満足度は高くなる。と考える。 1が対応策としては、一番手っ取り早い。これを放棄するのであれば、給与は我慢せざるを得ないだろう。ただし、転職、転社(大)しなくても、2の手がある。 ただし、国立大教員の場合、兼職制限がある(国公法103条、104条、教特法21条)。もっとも、営利企業の経営及び法務に関する助言を行う場合には、文科省の許可を得た上で、行うことができる。これを使って、企業の経営法務コンサルタント、社外取をやるのはありえる選択肢だろう。また、一般向け書籍、雑誌等への投稿で稼ぐことも可能だ。 国家公務員から大学教授に転職した筆者から見れば、大学教授は時間の余裕が大きい。大学は忙しいという人も多いが、少なくとも筆者は財務省勤務よりはるかに楽だ。厚労省の平成27年賃金構造基本統計調査では、一月の労働時間161時間となっているが、これは裁量労働なので、形式的な労働時間であろう。大学教授は24時間働いているともいえるが、最小では講義時間にその準備だけともいえる。他業種から見れば自由に使える時間は多いと思う。その時間をどう使うかはその人次第である。「副収入はあるが、しばしば赤字」ということはまずなく、副収入を得ようと思えばかなりできるだろう。 高山氏が給与明細を公表したのは、京大職員組合の活動の一環のようだ(http://kanakotakayama.blog.eonet.jp/default/2014/07/post-c783.html)。京大の教職員給与規程をみると、年功序列体系で一律が大原則のようだ(http://www.kyoto-u.ac.jp/uni_int/kitei/reiki_honbun/w002RG00000911.html)。 はっきりいえば、大学教員は個人差があまりに大きく、組合での団体交渉に不向きである。多くの大学教員にとって、自らが交渉したほうが、はるかに個人の満足度が高まるのではないか。団体交渉は、交渉できない人たちのためにあるもので、大学教員ならしっかりとした自分の意見もいえるだろう。しかも、世間的には、部長クラスの給与だ。普通の会社で、部長クラスは一定の人事権があるので、組合加入して団体交渉するというのはまずありえない話だ。 大学教授といっても監督的な地位にないので組合で団体交渉できるとはいっても、給与の面で部長クラスなので、年俸制(一定の兼業許可)で個別交渉するほうが、いいのではないか。

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    国公立大学の教員平均給与ランキング 東大上回る大学は2校

    には一橋大学や京都大学、名古屋大学などがランクインしている。 橘木氏はそうした高給を得ながら、研究・教育水準についてチェックを受けて職を解かれる可能性がゼロに近いことが一番の問題だと指摘する。 「大学では終身雇用が罷り通っている。准教授になれば周りは口を挟まないというのが暗黙の了解で、学問的な実績がゼロでも犯罪などの問題を起こさない限りクビにはできません。  一方、アメリカなどはキャリアの途中でチェックを受ける制度が確立されています。例えば准教授になっても6年間は任期付きの雇用として扱われ、研究能力が不十分と判断されたら職を解かれます。『テニュア・トラック制度』と呼ばれるシステムです。研究成果を単純に数字で判断するのが難しい分野でも、同分野の先達が『生涯研究を続けて成果にたどり着く能力があるか』を厳しくチェックするのです。 日本では学業が優秀だった学生が大学に残り続ける傾向が強いが、学業成績が良くても研究者・教育者として能力があるとは限りません。そうした人物をふるいに掛けるシステムが必要です。  日本の大学は仲間内のムラ社会という色彩が強い。海外に比べて自校出身者を優遇する『純血主義』が多くみられるのは象徴的です。東京大学法学部では、教員に占める自校出身者が約83%にのぼります(『大学ランキング2014年版』、朝日新聞出版より)。伝統校ほど大学間の流動性が非常に低く、互いを厳しく評価するという姿勢もみられません」関連記事■ 保守派言論人26人に「脱原発」アンケート 「無条件継続」は4名■ 大学教授傲慢医師 診察の際に患者を見ずに看護師通じて会話■ 大学教員のサボリ横行に「毎日来るように」と学長の通達例も■ イランのシナ・ザリタン医師「SEXや自慰は花粉症和らげる」■ 能登半島地震 2013年から2019年にかけ起こる可能性と専門家

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    大学教授が「労働者」であってはならない理由

    後藤和也(産業カウンセラー、キャリアコンサルタント) 日本人のノーベル賞受賞が相次いでいる。ノーベル医学・生理学賞の大村氏、ノーベル物理学賞の梶田氏のお二人である。大変な快挙であり、日々の地道な研究努力が実った結果であろう。一国民として、心から敬意を表したい。労基法上は大学教授も労働者である ノーベル賞の授賞者ともなれば名だたる大学の教授陣であることが大勢だ。所属する大学の学長がコメントを求められることからわかるように、大学教授といえども大学という組織に属している立場である。 大学教授というと、日夜研究室にこもって研究三昧なイメージがあるだろう。外部から招へいされての講演や企業との共同研究を精力的に行うことも業務の一環であり、非常にフレキシブルな働き方が可能な印象だ。教授それぞれが、個人事業主的だというイメージになろう。 しかしながら、労働基準法(以下、労基法)に照らせば大学教授も一労働者に過ぎない(労基法第九条:この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。)。従って、労働時間や休日等については、我々一般のビジネスパーソンと同様の規制を受けることとなる。法の趣旨を徹底すれば 去る平成16年4月に、旧国立大学が一律に国立大学法人となり、従来の国の機関ではなくなった。各法人は労働関係法令の適用を受けることとなり、労基署の一斉摘発を受けることとなる。 労基署の立ち入り調査では、労働者としての大学教授の勤怠管理について指導を受けることとなった。すなわち、過重労働防止や健康保全措置等々である。これには当時の国立大関係者は一様に面食らったものである。 従来から、大学教授は労働者である、という認識は自他ともに皆無であったといってよい。大学教授が研究のために深夜まで研究室にこもったとしても、本人をはじめ人事当局さえ、それを残業だと認識はしていなかったであろう。真理の追究は大学教授の使命、さらに言えば喜びである。給料をもらいながら好きなだけ専門分野の研究ができるなんて、夢のような仕事だ。それが従前から現在に至るまでの、大学人における共通認識であると思われる。「理念」と「法」の摺合せが必要だ しかし、前述のように大学教授とて一労働者である。よって事業主は法の趣旨にのっとった労働者保護を行わなければならない。現行、多くの大学では大学教授職について専門業務型裁量労働制を適用し、働き方については本人に大幅な裁量を与えているものと思われるが、それとて労基法のもとでは無制限な働き方を看過するわけにはいかない。 具体には、連日こうこうと深夜まで研究室の電気がついていたら、「先生、お体に障りますのでお帰りください」と人事当局が逐次指導しなければならない。勤務時間の実態把握のために、タイムカードを導入するという施策も必要だ。なぜなら、大抵の大学教授の働き方が、極めて「ブラック企業的」であるからである。「理念」と「法」の摺合せが必要だ 念のため述べるが、筆者はブラック企業やブラックな働き方は、明確に否定する。誰しも健康的に働く権利があり、人を使い捨てにする働き方が肯定されることは、決してあってはならない。 論点としては、「大学教授の使命」という視点に立てば、労基法に定める労働者性の議論が大学教授職において馴染むのか。さらに言えば、画一的に毎日17時に帰宅を促し、土日の出勤を禁じるような働き方のもとで、果たしてノーベル賞級のイノベーションが生まれるのだろうか、ということだ。本人が働くのが好きなんだから、勝手にやらせればいいじゃん、という次元の話をしたいわけではない。 無論、ここまでは「大学教授が、働き方を自ら選択している(できる)」という前提で議論をしている。例えば、教授が部下である准教授に自分と同じような(研究の虫的な)働き方を求めた結果、准教授がそれを負担に感じたとすれば、それはハラスメント性を帯び、ブラック企業と同様の問題となり得る(無論、研究者としてそれでいいのか、という別の議論も生じるのだが)。 大学教授とは何か、という理念的な話と、極めて実務的な法の話は、元来かみあわない議論だ。それゆえ、大学関係者の間では、今現在も理念と実務の間で悩ましい対応を迫られている。労基署からは是正を迫られ、大学教授からは研究の邪魔はしないでくれと言われ、人事当局の悩みは尽きない。 科学技術立国の推進、我が国大学の世界トップレベル化等が国策となり、久しい。そろそろ文部科学省と厚生労働省の折衝等を行い、大学教授職における労働者性の議論をされてはどうだろうか。その議論が曖昧なままでは、当事者も混乱するばかりだ。 国を挙げて、様々なイノベーションが生まれる研究環境づくりを是非とも応援していただきたいものである。【参考記事】■重要法案は「安保」だけではありません~カウンセラーの国家資格化法案が成立したという話。~ (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46263013-20150914.html■「雑談をしようとせず、仕事が終わったらさっさと帰る部下」は、問題ではありません。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46233171-20150914.html■祝!東尾理子さん第2子妊娠~働く女性への配慮は妊娠初期にこそ必要だ!~ (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46118904-20150901.html■山本耕史流アプローチがストーカーとならない理由。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46042230-20150825.html■組織トップのメンタルケアが急務な理由。(後藤和也 産業カウンセラー・キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/45911315-20150813.html

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    スマホとSNS時代という新しい時代の子育て

    情報セキュリティなど、国民全体の情報リテラシーの向上が求められている。以前から懇意にして頂いている、教育ICT、情報モラル教育分野のスペシャリストであり、内閣府「青少年インターネット利用環境整備・普及啓発検討会議」委員長の桑崎剛さんに情報モラル教育の最前線についてお話を伺った。(聞き手として、子供向けオンライン英会話事業を展開する、株式会社ハグカムの道村弥生社長にも加わってもらった。)情報モラル教育をライフワークに片岡 教育ICT(Information and Communication Technology)をやろうと思ったきっかけはなんですか?桑崎 私の教員人生自体がICTと共に歩んできたというところがあります。もともとメカニックなシステムや機械が大好きな一方で、理科系大学に行きながら、実は人にもすごく関心がありました。ある時から学校でパソコンを使うことになりましたが、私の専門は数学なので、数学で何か使えないかなあと考えました。例えば関数かくようなアプリ、グラフを回してみる、あるいは図形を切断してみる、あるいは立体図形を転回してみる等には使えるなと思っていました。 2000年を超えてからは、ITではなくICTと言われるようになり、IT機器がコミュニケーションツールとなると考えました。そんな折に「ガイヤの夜明け」というテレビ番組に出演し、子供たちのネットの扱い方について取り組んでいたことを紹介する機会がありました。それから情報モラル教育が自分のライフワークかなと思うようになりました。アナログの勉強がさらに大事だということを見直すアナログの勉強がさらに大事だということを見直す片岡 スマホに関して言えば、良くも悪くも子どもたちの間では使うことが当たり前になってきています。「スマホの賢い使わせ方」が課題になってきていますね。桑崎 2010年より前は、バイクと同じようにもう「使わせるな」「所持させるな」という世の中の雰囲気が強くありました。今でもそういう雰囲気の地域はあります。全国的にもかなり温度差があります。ただ、将来自動車の免許をとらないという子どもは多分一定の割合でいるんですが、モバイル機器、ネット機器をプライベートなり仕事で使わずに済むということは多分あり得ないですね。トラブルを起こさずに賢く使うためにはどうすればいいかというのをやっと教育機関では取り組み始めたところなんです。 また、実態として高校生はスマホの所持率が急速に広まったという現実があります。結局連絡手段として使わざるを得ない状況です。部活の連絡や友達同士の連絡。あるいはスマホで勉強するという時代を迎えています。その中で、スマホの賢い使わせ方については教師も子供たちもまだまだ模索しているところです。 例えば、某社が行っている月額980円でコンテンツ取り放題、あれを学校の正規の課外授業で取り入れているところもあります。なにがいいかというと、学校で勉強していて時間がきたら続きは家で、というのができるんですね。学校でやるためには、タブレットやパソコン等の機器整備が必要ですが、生徒が持っているスマホを使えばそこを考えずに済みます。スマホをBYOD (Bring your own device)といいますけども、生徒が持っているモバイル機器を使って勉強に利用するという、そんな新たな時代が来ていると思います。実はこれも教材が生きるためにはチューターと呼ばれるアドバイザーが当然必要なのですが、学校で勉強するときには先生がいるので、十分チューター代わりになるということですね。 動画教材のメリットは、例えばわからない時はストップボタンを押してそこでゆっくり考えてみたりリプレイができることです。実際の授業で「先生聞いてませんでしたので、もう1回」なんて言えませんが、それが何回もリプレイできる。微積がわからないから高1の因数分解のところに戻るということも平気でできる。実際の授業じゃこれ無理ですもんね。そういうところに動画教材の良さがあるんです。ただこれの難しいところは、普通の授業を録画しておけば教材になるかというと、ならないんですね。録画してテロップを入れたりちゃんと教材に編集し直さなければいけないんです。 質問のポイントである「賢い使わせ方」ですが、これについては教師も子供たちもまだまだ発展途上。どういう使い方が賢いのかというのを今模索しているところです、教師が教師、あるいは大人が大人というわけでもない。むしろ子供のほうがスキルアップできるんですね。 例えば先日高知のある学校に行った時の話です。「君たちが海岸線でなんか貝殻を見つけたとする。ひょっとしたら化石かもって思ったら、どうやって調べる?」と聞いたら、昔の子だったら、「それを持って図書館に行って調べます」という話になるんですけど、すぐにある子が「写真に写す」と答えました。写真に撮ってどうするって聞いたら、そのあとはちょっとイマイチで、「友達に送って詳しいやつに調べてもらう」と。「いやいやいや、そんなことしなくてももっと賢い方法あるぞ」と言ったら別の子が「その写真をgoogleの画像検索入れれば出てくるかもしれない」と。 実はこういう話って大人に聞いても、写真を撮るという発想は出てこないんですよ。むしろ子供のほうが発想が豊かなんですね。 また、これは小学生の例ですが、牛乳パックから、トイレットペーパーが作れるということはわかっています。「何個分あれば1個のトイレットペーパーになるか?」という質問に対して、ネットでどう検索すればいいか。答えは6個なんですけど、「牛乳パック」と「トイレットペーパー」だけで検索したら、山のように検索結果はヒットしてしまいます。しかし数分で6個が探せた子に聞いたら、「再利用という言葉も入れればいい」と。 検索の仕方一つも、実は小学生でも発想豊かな大人以上の検索、目からうろこの検索ってあるんですよね。これが「再利用」の問題だと気づくということは、ネットが詳しいとか、ITの技術とはなんら関係がありません。この問題で一番大事なキーワードは、『再利用、リサイクルだって気づく』ということ。社会の出来事に関心があってニュースを読んでいると、そういうことが肥やしになります。上手にITを使うためには、きちんとしたアナログの勉強が大事だと見直すのが、今ネット社会が行うべきことかなと思います。ICTの問題点と解決の糸口ICTの問題点と解決の糸口片岡 現在、旬で課題となっているICTの問題は何でしょうか。桑崎 社会現象として、ネットいじめは継続的にあります。また、ネット依存については国立病院機構久里浜病院が、全国のネット依存の子供たちの外来を治療してますが、パンクするくらい患者さんが来院します。でも実はここで対応してる子も数百人くらいの世界で、全体的に見ると多くの中高生は、比較的ネットのスキルが上がってきてます。あと、持ち始め年齢で一番課題の多いのが小学校高学年です。これもスマホではなくて、ゲーム機によるトラブルが多発しています。 また、関係者で話題になっているのは、「幼児スマホ問題」ですね。0歳児から使わせるなど、この2年くらいで環境は激変しています。赤ちゃんの「ガラガラ」は今やスマホですし、「鬼から電話」という、子供を躾けてくれる、叱ってくれるようなアプリがすごく使われている。今の幼稚園、保育園の親御さんたちは35から40ぐらいの世代なんですけど、これが悩ましい世代で、20歳の時ぐらいが2000年。日本のネット社会とともに青春期を歩んできた人たちなんです。 今みたいに情報モラル教育も小中高でのこういう取り組みもしてなかった時代ですので、残念ながらちょうど世代的に情報モラルの教育を受けることなく親の世代になった。そして今スマホ・タブレットが手元にあるという現状です。 彼らも「スマホで子育てはできない」、というのはわかっているのです。でも、一概に「見せるな」みたいな極論だと保護者も受け入れられない。先に挙げたようなコンテンツも含めてスマホの使用には中毒性があるんですね。だから外出中に、早く帰宅してビデオが見たいから子供がキーキー言い出すとか、タブレットを早く渡せと言う等の問題も生じているのです。 一方、中高生の場合は、成熟度が上がっており、高校生は高校生なりに、中学生は中学生なりに自分たちで考えさせて自主ルールを作ろうという取り組みが広まっています。子供たちに考えさせるというのは、すごく教育成果が高いです。「守ろう」という意識が出てくる。それが「守れるルール」を作る。一方的に親とか学校が指示したルールというのは、Your ruleであってMy ruleじゃないという意識があるんですね。 だから、家庭でもネット機器、モバイル機器を与える時には家庭でちゃんとルールを考えませんかと、学校は学校で生徒会と一緒に自主ルールを考えませんかと、あるいは地域でルールを考えませんかというのが一つの流れ、新しい方向性になっています。東京都教育委員会などはとかく問題が多く発生するSNSに関して、「SNS東京ルール」を発表した矢先です。ただこういったことは、うまくいっている地域と、すぐ形骸化してそうでないところがあります。形骸化するところのやり方を見ていると、やはり熟成度が低いんです。一方的に関係者が作って押し付けているパターンが多い。もともとのコンセプトがしっかりしていないと続きません。道村 ルール決定がうまくいったケースはありますか。桑崎 熊本にある江南中という中学校はうまくいっているケースです。もともとはLINEで生徒間のコミュニケーショントラブルがありました。それに対して学年主任の先生が生徒の背中を押して、生徒会で考えてみたら、とアドバイスしました。それにここは苦労してルールを作っています。まずは生徒会の執行部が原案を作り、去年の5月の総会に出しました。ところが反対論者がいて却下されました。そのあとどうしたかというと、じゃあこの原案のどこに課題があるというのを全クラスで討議させたんですよ。パブリックコメントです。ということは、その段階で全校生徒がこの問題について議論に参加しているから、やはり自分がそれを本当に守れるのかというのを考えるようになる。で、各クラスで出た意見を集約して去年の7月に臨時生徒議会を開いて「SNSの利用は10時まで」というのが学校のルールになりました。ところが、11月くらいに文化祭があり、そこで10時が、それがどのくらい守られているかというのを調査したところ7割ぐらいしか守られていなかったんです。 守られなかったのはそれなりに理由がありました。「親しい友達が明日の宿題とか持ちものとか分からなくて問い合わせてきた。気づいたら無視できない」って。「10時のルールを守るか、友情を守るか」どちらかというそのはざまに立たされるわけです。それこそコミュニケーション、そこが大事だということになります。大人が考えるほど一概にはいかないんですね。 それと、高校に行った先輩から問い合わせがあったら無視できないというのも大きな理由でした。こちらは上下関係ですね。 そんな経緯もあり今年の4月、5月の生徒議会で10時以降は「極力」使わないに変更されたそうです。国の法律も運用するためにはある程度そういう柔軟性が必要で、イレギュラーが必ずいろいろ発生するので、そこは運用上の妙技というか、うまくいくためのひとつかもしれませんね。この学校は全員の生徒で討議しているので、大きなネットトラブルはやっぱりなくなっているそうです。生徒に議論させたことは非常に効果が高いと思いますね。道村 自主性がすごく大事ですね。ICT教育の良い影響は?ICT教育の良い影響は?道村 いわゆる知育みたいな観点のアプリケーションや、動画でも勉強っぽいもの等がありますが、それが今までのように絵本ではなく、スマホを使うという形で教育に入れられたことによって、子供に対する良い影響はあるとお考えですか。桑崎 鹿児島県のつるみね保育園の例ですが、園児を集めることに苦労していた保育園が、園児が集まる有名な保育園になりました。ここでは9割のアナログ教育と1割のICT教育を標榜しているんです。ipadが園長先生の1台だけで、1週間に1回、1時間しか使わないですけど、それがすごく活きてるんですよね。 やっていることはコミュニケーションとプレゼンテーション能力。iMovieを使って子供が映してきた映像にコメントをつけて、週に1回順番にプレゼンをさせるんです。例えば養豚農家の子供は家の豚を撮ってきて「うちで豚を養っていまーす。」という風に。道村 自分の好きなことを自分で話すんですね。桑崎 「豚かわいいです」とか「うちの豚は鹿児島黒豚だから黒いんです。」という感じです。すると他の園児が「豚って臭くないですか」と聞く。それに対して「臭いです。でもかわいいです」とか、本当にそのレベルのプレゼンで、小学校中高学年のレベルなんですけど、園児でもやれるんですね。道村 コミュニケーションツールとして使っているということですね。桑崎 他にも「うちのおじいちゃんこんな人ですごく面白いんです」と言っておじいちゃん映してきて、実際のおじいちゃんもその場に登場してみたり、山形の保育園と結んで鹿児島側は半袖で、山形は雪が残っているのを映して、「日本ってこんなに広いんだよ」とか。片岡 アナログでできることをオンラインでやるのではなく、オンラインでしかできないことをオンラインで最小限やっているということですか?桑崎 そうです。しかも9割のアナログを大事にしているという。道村 デジタルが1割入ることによって、いわゆる新しいスキルみたいに子供たちに養われる。その保育園は、コンセプトとしては何を養っているんでしょう。いわゆる学力とかではないですね。桑崎 直接的ではないですが、学力の下支えになっている力を育てていると思いますね。園長の杉本先生が、今は小学校3年生となった元卒業生の園児のお母さんから、「先生の保育園に通わせたのでうちの子の好奇心スイッチは今もONのままです」というようなメールをよくいただくとおっしゃっていました。これって勉強というのは「勉強させる」のではなくて、「勉強のスイッチをどう入れてやるか」なんですよね。 ところが、ICTを導入するとか使うとかが目的の授業や取り組みは、概ね良くないし、評価されないし、成果があがらないんですね。道村 発展したICT系のサービス、いわゆる人工知能とかAIなどのタブレットが出てくるほど、先生の存在意義とはなんだろうとか、チューターみたいな立ち位置でいいのか、昔でいう、「教育者=聖職者」みたいな部分がどんどん削られているのかなという気もしますが、その点についてどう思われますか?桑崎 本質的なことはやはり機械じゃ無理だと思うんです。イノベーション自体は人間が考えないとだめなので、そのための補助ツールとしてICTはあり得るとは思うけど、機械自体がイノベーションを考えるということは、時代がどんなに進んでも難しいのではないかと個人的には思っています。だから素晴らしい教師というのは、子どもに応じて的確なアドバイスをするとか、その場をわきまえるとか、子供たちがまとまっているクラスというのは実にいい話していますもんね。担任が。道村 やっぱり先生の力ですよね。そこは。桑崎 クラスを盛り上げるとか、チームワーク、結束力、ぎすぎすしたクラスになるのか、すごい思いやりのあるクラスになるというのはやっぱり教師の力。どんな学校でも同じようなトラブル起こると思うんですよ。やんちゃ坊主もいるし思いやりのない子もいるし。でもやっぱりそこの叱り方とかですね。言い方とかですね。 講演に訪問した高知の久礼小学校で4年生の情報モラルの授業をゲストティーチャーで見せてもらったんですが、この先生の授業、とても上手だなあと思って感心しました。授業が始まってもランドセルを横に置いていた子がひとりいて、他の子は全部後ろのロッカーにちゃんと置いてたんですよね。そしたらその先生、頭ごなしに叱らないで「授業が始まったのに、まだランドセル置いている人がいまーす、誰だろう?」みたいな感じで問いかけます。その子が「先生すみません」と言うと、「先生がプリント配るのが早いか、あなたがランドセル片付けるのが早いか競争しよう、はい、3、2、1!」みたいな感じで。するとその子もパパパッと置きに行ったんです。だけど、「あなたのランドセルだけ反対方向向いてる、かわいそうですランドセルが」、と言い、またその子が入れ直しに行く。 何ていうかな・・・雰囲気が実にいい。叱り方ってすごく大事です。その子は多分すぐには改善できないかもしれないけど、頭の片隅には、ちゃんと鞄を片付けるという意識が残ります。そういうのがやっぱりクラスの雰囲気となっていく。それは頭ごなしにガミガミ叱る方法もありますよ。でも反発心しか持たないですもんね。こういうことはICTでは絶対できないです。自分のことを認めてくれる、評価してくれる先生を好きになりますよね。ないがしろにする先生はやっぱり好きにならない。大学生のスマホリテラシーは意外と低い道村 先生と生徒と親は、子供の成長に寄与する三角関係だと思いますが、どのような位置関係がベストな三角関係だと思いますか?桑崎 子育てを共に担っている共同教育者。親は家庭という立場で、教師は学校というフィールドで、共にその子の成長を支援しているという、そんなスタイルですね。例えばパイロットと副操縦士がいて、どんな関係かというと、機長が絶対的な権限をもちます。その飛行機に関しては。じゃあ副操縦士は従うかというと、実は従っていない。協同運航者なんです。主と従じゃないんですよね。 ある知り合いのパイロットによると、二人の関係というのは傾きが着陸と離陸の角度と一緒。つまり通常3度、その程度の違いしかないそうです。副操縦士の方がきちんとした的確な情報持っていることもあるし、判断している可能性もある。その場合にはきちんと相談しあえる関係じゃないとダメなんだと。学校においても、校長と教頭がそうだし、親と学校もその程度が理想的なのではないかと思います。大学生のスマホリテラシーは意外と低い片岡 大学生のリテラシーに関してはいかがですか。桑崎 正直言って、ネットに関して自由に使えるのが大学生じゃないですか。いろんな点でスキル高いかなあと思うと、これがびっくりするぐらい低いというのをちょっと感じています。でも考えてみたら、スマホが急速な普及を遂げたのはこの3年なんですよ。本当に安易に使っている学生もいる。かと思うと、写真を写すとき、GPSをOFFにして写すんですという女子学生もいて、スキル差がすごくある。けど、おしなべて言うと、低いと思うんですね。 この前もある宴席で「マイナンバーカードが届きますね」という話をしていたら、写して「届いたぜ」ってアップする子がいるかもしれない。先生の授業で頑張ってくださいと言われました。ああいうのっていうのは、大学生がよくやりがちなんですよね。片岡 一時炎上したコンビニでのアイスクリームの件、あれも大学生でしたね。桑崎  日本の大学生の法的な知識が足りないのではないかという指摘があります。ネット炎上という言葉は英語にはなくて、強いて言えばニューヨークタイムズは、バイトテロリズムと訳しているそうです。ここに実はポイントがあると思います。欧米人の感覚からいくとあれはふざけではなくテロなんですよ。会社や社会に多大な損害を与えている。テロを起こしたということは、首は切られるし、損害賠償もさせられるということなんですね。アメリカ社会は訴訟社会なので自然と歯止めがかかる意識が芽生えていると思います。 去年9月には某県の教育委員会がある若い女性教師を処分しました。それはtwitterに掲載した「2000円拾いました、有効に使わせていただきます」という書き込みがあるけれど、これはいいのですか、という指摘があったからです。実はこの書き込みは前々、つまり女性教師が学生時代に書いたものなんです。それが2年間放置されて、教師になってから指摘をされたわけです。いずれにしても、これは横領罪に当たります。占有離脱物横領罪、拾得物横領罪、10万円以下の罰金か1年以内の禁固なんです。片岡 ヤバい、という感覚もないんですね。古くからある若気の至りなのかもしれないし、無頓着すぎるっていう・・・。その辺は教えていかないといけないですね。桑崎 若気の至りなのか、法律を犯しているのかっていうのが日本の文化としてちょっとあいまいなところがありますよね。成人式のバカ騒ぎもそうですし、高速道路でスピードメーターが150キロを指しているのを映して、「スピード違反ナウ」なんてね。機種で分析されて誰かって分かればこれ警察が捕まえますよっていう世界ですよね。 一方で、これは高校生ですが、今年の夏には1枚の写真がすごいプラスになった。秋田商業高校かな、甲子園でベスト8まで勝ち残った高校の野球部が、長期に渡って滞在した新大阪ワシントンホテルプラザを立ち去る時に、ミーティングルームのホワイトボードに書置きをしていったんです。みんなで感謝の気持ちを書き連ねていたんですね。従業員の人が翌朝出勤したら、嬉しかったんでしょうね。写真を撮ってツイッターにアップして、一気に広がりました。 また、今年度の富士重工の不採用通知もtwitterで拡散して話題になりました。その文面はまずお礼です。「数ある会社からうちを選んでくれた」こと、次は「当日時間をとらせた」こと、そして「意に沿えない結果でした」というお詫びが続きます。「限られた時間の中であなたの能力を全部評価したわけではない」と。まだ「素晴らしい能力ある人だから今後も頑張ってほしい」という激励です。「うちはこんな気持ちで採用業務やっています」と、「今後もよろしくお願いします」みたいなとうとうとした文章なんですよね。道村 うれしいですよね。不採用になると人間否定されたみたいな風に多くの学生が思うと思うんですけど。そういうことではないっていうのが伝わります。桑崎 スマホとSNSが登場したことによって、やっぱり社会が変わったと思うんです。良くも悪くも、今までなら人目に触れなかったことが、日の目を見る時代でもあるというのがネット社会ですね。私はこういう点ではネット社会は本当にいいと思います。お母さん自身はどんなことに気をつけたらいいかお母さん自身はどんなことに気をつけたらいいか片岡 この東京ウーマンという媒体はお母さんが割と多くて、また個人事業主や何かのスペシャリストな方が大半なのですが、子供にそういうリテラシー、いわゆるいい意味での「メディア慣れ」をさせていくには、お母さん自身がどういうことに気をつけていけばいいでしょうか。桑崎 まずは「ネットに関心をもってもらう」ということが一つだと思います。まだ、色々なことが起こり得るということを想定していない保護者の方が多いような気がします。今、アメリカでは幼児を持つ親が心がけることとして、「お風呂の写真はあげない」というようなことがあります。特にカリフォルニアでは子供の裸の写真は子供が成人した時にそれがいじめのネタになったり、「何ていう写真をあげてくれたんだ」と言って子供が親を訴える等が起こっているそうです。確かに3歳児、4歳児は可愛いですよ。裸でも別に何ともないんだけど、この子が将来大きくなるということを考えると、どうなのっていうことを親が考える時代になっている気はするんですよね。 スマホも登場して3年も経ち、SNS含めてどんなことが起こり得るかというのは、少しクリアに見え始めている時代なので、まずそこを知るというのは大事だと思います。片岡 親のリテラシーが大事ということなんですね。桑崎 そういうことがわかれば実は子供に教えるべきポイントというのも少し見えてくると思います。「いつからネット機器を触らせればいいんですか」という質問をする人がよくいますが、実はこれは正解がありません。個人差もすごく激しいし、実際子供たちは小さいころからタブレット等を身近に遭遇していく時代を迎えつつあります。自分で持ちたがるのは、小学校の多分中学年以上ですね。低学年はほとんど興味がない。特に男の子の場合、ネットというと「虫取りネット」しか思いつかないぐらい。中学年から急に関心が出てきて、高学年になると持ちたがります。なので、むしろ小さいころからキッズスマホを持たせて当たり前にしておいた方が、ネットへの対応もスムーズだったのにという話もあります。もう身近にあって当たり前みたいに。そうすると高学年になっても特別に使うこともないそうです。片岡 それは「人と繋がるか、繋がらないかは別として」ということですね。桑崎 ええ。一つ言えることは、親も子も「使ってみなければスキルがあがらない」んですね。例えば自転車でいうと、高校生になったら結構自転車で長距離通学をします。10キロとか平気で行きますね。自転車で安全に通えるようになるためには、自転車に乗らないと安全のスキルが上がらない。車も「ゴールド免許です」と言いながらも、ペーパードライバーの人の運転スキルは決して高くない。当たり話です。でも、運転すれば事故のリスクは高まります。これも当たり前のことです。運転すれば事故のリスクは発生するけども、運転しない限りは安全のリスクも高まらない。ネットも同じことが言えると思うんですね。道村 絶対に使う時期はやってきますもんね。その時にはやはりやってない方が危ないということですよね。桑崎 ネットに関しては、よく「それで中毒みたいになるから使わない」という消極的な意見もあるんですが、私はネットの中毒というのは、日常生活がきちんとしていれば、そんなにはなりにくいと思います。道村 それこそさっきおっしゃった、親子でルールを決めるみたいな話合いの場をちゃんと設けるべきということなんですよね。桑崎 先ほどお話した久里浜病院で治療している子は、1日10時間以上ネットをやっているという子です。長時間利用の子っていますよね。3時間とか4時間とか使う子。そういう子がすべて9時間10時間の依存症になり治療が必要なレベルになるわけじゃないですよね。でも一部になる子がいるんです。一部のなる子は何ゆえかというと、結局もともと不登校になるような要因を抱えているんです。道村 コミュニケーションがなかったりとか。桑崎 そうなんです。友達がきちんといれば、一時的に3~4時間使うこともあるでしょうけど10時間ということはあり得ない。ですが、元々課題を抱えている子はネットに逃げ込んでしまう。もちろん他のことに逃げ込む可能性もありますが。片岡 ネットじゃなくてもいいかもしれないですね。桑崎 そうなんです。ネットの話でそういう子がいるからといって、すべてネットを禁止するというのも論理的に変なような気がします。片岡 昔なら、本を読んでいたかもしれないですよね。読書オタクだったかもしれない。道村 ゲームをずっとやってたとか、マンガ読んでたみたいなのも一時期いわれていましたもんね。桑崎 だからお母さんたちとしては、ネットで言われているSNS問題も、実はすべての子がなるわけじゃない、ほとんどの子がなってない。それは「交通事故はこわいから外出しません」という話と同じです。むしろ積極的に、交通事故のリスクはあるけれど、外出して安全な道の渡り方とか、そういうことを学んだ方がいいと思うんです。子育てにネットは有益です。色々な情報が得られるし、コミュニティもできますし。 ただ親御さんも実は孤立している部分があります。保健センターの乳児健診でよく聞く話ですが、例えば1歳児健診で、子供さんの様子が気になる。ネットで調べたら発達障害じゃないかとか、言葉がしゃべれないんじゃないかとか、情報を鵜呑みにして妙に心配して健診を受けにくるんですね。そこでベテラン看護師さん、保育士さんから、「いやいや、お宅の子供さんは全然心配いりませんよ」「子供には個人差あるから心配いらないレベルですよ」っていわれると、そこでほっとするんです。片岡 真面目な方が陥りがちな例ですね。桑崎 ネットだと、「情報をどう取捨選択するか」というスキルが大人もまだ育っていないんですね。高等学校の保護者が中心だった講演に行った際、こんなことがありました。終わった後に養護教諭の先生が寄ってこられて、女性の健康管理のアプリで「ルナルナ」という生理・排卵日を予測するアプリがあるんですが、あれを禁止できないんですか、と言われました。「このアプリはちゃんと認定も通っていて特に問題があるとは聞いていません」と返答したのですが、その先生が、「あの情報を真に受けて妊娠した子がいる」っておっしゃるんですね。生身の人間の体だから誤差があるのは当然でしょう。身近にそういう方がいらしたから抗議されたんだと思いますけど、それより「その子はその情報をそういう風に理解するなんて、そこが心配ですよ」と、私は言いました。 意外とそういう人が多いですね。これからはいわゆる「情報活用能力」のスキルがもうちょっと上がらないといけないと思います。今後求められるリテラシー今後求められるリテラシー桑崎 今や子育てにネットはやっぱり必須なんです。でも、子供への影響ということに、まずはちょっと関心を持ってほしいと思います。もう一つよく聞こえてくるのは、お母さんは意外と熱心にやっているんだけど、お父さんの協力がないということです。今の幼児のお父さんは、結構ゲーマーが多い世代なんです。お父さんの協力というのは必須で、やはり子育て世代は夫婦で共同歩調というのは大事だと思いますし、ネットのあり方について夫婦で考えるような時代にきているのかなという気がします。 男女協同参画とはいいながらも、子育ての中心は女性が担っている部分があります。でもお母さんだけが一人で背負い込むのは非常に大変な時代で、やはり男性も理解する時にきていると思いますね。何度も言いますけど、スマホが登場してからの子育ては激変しています。いろんな面で。価値観にしろ、なんにしろ。道村 やはりパソコンとは違いますか。桑崎 日常的に持ち歩きますよね。どこでも写せる、どこでも調べられる、シェアできる、情報コミュニケーションがとれる、情報の投稿ができるという点で。基本的にこれは手の平に乗るパソコンですもんね。否応なしに世界中の人々がみんなこれを持ってしまったの。確かにこれで道を案内するとか、クックパッドで食材の調理時間や調理方法を調べるとか、本当に便利です。しかし逆にトラブルが起こるアプリって意外と限られているんですよね。道村 子供にどういうコンテンツならOKで、どういうコンテンツはNOなのか、コミュニケーションの取り方とか、日ごろからどう話しておくか、そこはアナログですもんね。桑崎 禁止という一つの乱暴な方法もあるんですけど、もし禁止をしたときに、例えばネットのトラブルを起こしたら、子供は親に相談できなくなるんですよね。起こったトラブルの解決策を親子で考える前に禁止していたことをとがめなきゃいけなくなる。かと言って野放図に使わせろと言っているわけではないんですけど。平成の子育てになってすごくそこが新たな一つの課題になっています。片岡 新しい時代ですね。桑崎 そうです。次の子育てとしては、今まさにそういうところをもっと考える時期にきているのかなと思います。くわさき・つよし 内閣府「青少年インターネット利用環境整備・普及啓発検討会議」委員長、安心ネットづくり促進協議会特別会員、九州ICT教育支援協議会会長、熊本大学(講師)全学教養機構、兵庫県立大学(客員研究員)。熊本市出身。東京理科大学理学部数学科卒業。テレビ東京「ガイアの夜明け」(2008.5.20放送)へのTV出演他、新聞へ多数の記事掲載など、「青少年のネット問題」における第一人者として、教育ICTおよび情報モラル教育の普及啓発に向け、講演や著書等の活動を全国展開している。文部科学省委嘱「ネット依存対策委員会」の委員、厚生労働省委嘱「熊本ネット安心活用ワークショップ実行委員会」委員長にも就任し研究活動を展開している。みちむら・やよい(聞き手) 株式会社ハグカム代表取締役社長。1984年生まれ。明治大学商学部卒業後、2007年に株式会社サイバーエージェント入社。大手クライアントの営業、新規広告メディアの開発などに携わる。スマホゲーム子会社の立ち上げ、サイバーエージェント本体の人事本部にて新卒採用などを担当した後、Ameba総合プロデュース室の室長としてコミュニティサービスの事業戦略や品質改善、アメーバ事業本部全体の組織活性など幅広く行う。教育ビジネスへの想いが募り、2015年にサイバーエージェントより独立。かたおか・ひでひこ 株式会社東京片岡英彦事務所代表、東京ウーマン編集長。1970年東京生まれ。京都大学卒業後、日本テレビ入社。報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータ株式会社のコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルドマーケティングPR部長、株式会社ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年「片岡英彦事務所」(現株式会社東京片岡英彦事務所)を設立。企業のマーケティング支援の他、フランス・パリに本部を持つ国際NGO「世界の医療団」の広報責任者を務める。2015年から、東北芸術工科大学企画構想学科で教鞭を執る。

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    「ゆとり教育」「新学力観」の洗脳が解けないSEALDsの面々

    森口朗(教育評論家、東京都職員) 出来の悪い若者を捕まえて「ゆとり教育」のせいだ、「ゆとり世代」だと揶揄するのは、好きではない。いつの時代も教育政策を決めるのは子供ではなく大人なのである。だとしたら、非難されるべきはダメな教育政策を推進した当時の大人たちであって、被害者たる若者ではないはずだ。1990年代、大多数の大人たちは「今の子供達は勉強、勉強で大変だ」という偽りの情報を信じ、文部科学省の推進する「ゆとり教育」を歓迎した。それは左の人間だけではない。「今の若者は、勉強はできるが愛国心がない」などと平気でのたまう保守系の老人が大勢いた。しかし、現実は、勉強のできる子供は学校で塾の疲れを取り、勉強のできない子は勉強に取り残されても平気だった。少なくとも学校内において「勉強、勉強で大変」な子供などほとんど存在しなかったのである。 この上、さらに学習内容を減らす「ゆとり教育」など推進したら学校は滅び、ただの「青少年用保育園」になってしまう。それが、私が学校問題について声を挙げた原点だ。 しかし、それでもなお彼らに対しては「ゆとり教育」の影響を無視できないのではないか? 今年の夏に世間の注目を浴びたSEALDsの面々である。 「左派=平和を愛する正義、右派=戦争を志向する悪」という戦後の日本の空気に影響されたまま成人する「イタい大人」は昔から大勢いた。その空気はいまだ、朝日新聞と地上波TV、そして学校において顕在である。だからTVしか見ない、朝日新聞を読むだけで少し知的になった気になる程度の若者が左派になるのは仕方がないし、「ゆとり教育」とは何の関係もない。安全保障関連法に反対する「学者の会」と若者団体「シールズ」が開いたシンポジウムで発言する奥田愛基さん(右)=10月25日午後、法政大 私が「ゆとり教育」やその背景にある「新学力観」をSEALDsに感じるのは、代議制民主主義の原則も知らず、前回の衆議院選挙で集団的自衛権が争点になっていた事も知らず、「民主主義って何だ」と国会前で叫び、挙句にTVにまで出演してしまう。その無知ゆえの向こう見ずさである。 ゆとり教育とは何か。それは「知識よりも意欲、関心、態度が大切である」とする新学力観の究極の形である。変化スピードの速い現代社会にあっては、学校で仕入れた知識などすぐに陳腐化してしまう。しかも今は生涯学習社会なのだから、知識などは必要があればその都度仕入れればよい。むしろ大切なのは、知識を得ようとする意欲であり、知的関心であり、知識を得る態度である。これが新学力観の概要であり、その思想に基づいて学校の学習内容を究極まで絞ったのがゆとり教育なのである。そして、ゆとり教育は無残な失敗に終わり、日本の児童生徒の学力は地に落ちた。それは当然だろう。教員は、大学を出、教職課程で単位を取り、教員採用試験に合格した者達だ。それゆえ教科書の内容を教えるだけの最低限の知識は持ち合わせている。しかし、知に対する「意欲、態度、関心」については、まったくの凡人でしかない。意欲の高い者もいれば、仕事帰りに一杯やることしか興味のない者もいる。その上、公立学校の場合は公務員なので「意欲、態度、関心」が皆無の者も失業せずに教壇に立っている。教員に新学力観に基づく授業を強要するのは「パン屋に寿司を作って売れ」と言っているに等しい。 そして、新学力観やゆとり教育は日本の児童生徒の学力低下だけではなく、奇妙な副産物を産んだ。それは「学力と自己肯定感の反比例」という現象だ。学力が高い者ほど自己肯定感が低く、学力の低い者ほど自己肯定が高い。分かりやすく言えばバカほど「俺ってスゲエ」と思っている、それが日本の子ども達なのである。 さて、SEALDsをもう一度思い出してほしい。彼らの出身高校や出身大学の偏差値の低さがネット上で揶揄されたが、それをここで蒸し返すつもりはない。問題にしたいのは、その言葉や主張の平易さである。この点は、団塊の世代左翼達と180度異なる。団塊の世代左翼はまともに安保条約の条文さえ読まなかった癖に、駆使する左翼用語は難解を極めた(議論すれば大抵の者は、自分が使っている用語を理解していないことがすぐに露呈したが)。ところが、SEALDsの面々は、「安保関連法案が通れば戦争になる」「安倍政権は徴兵制を狙っている」「民主主義って何だ。民主主義ってこれ(デモ)だ。」と、言っている中身はバカ丸出しにしても、誰でも判る言葉で訴えた。そして、そのデモをする態度を大人たちが褒め称えてくれた。 安保関連法案は成立したが、SEALDsの若者たちは、あの時の賞賛を輝かしい成功体験として記憶するだろう。そして彼らが受けてきた新学力観に基づく「知識」蔑視思想は、より強固になるはずである。 ちなみに彼らが毎夜太鼓を叩いて反対していた法律の正式名称は「国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律」と「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律」という。前者は15条の比較的短い新設法だが、後者は条文数こそ10だが新旧対照表が132ページに及ぶ巨大な法律だ。私は、その内容を読み解くだけでも数日かかってしまった。 SEALDsや彼らを「かっこいい」と感じた若者たちも、いつかは「ゆとり教育」や「新学力観」の洗脳が解け、社会で発言するためには膨大な知識のバックボーンが必要であると気づいてほしいと願う。

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    世界トップ10に日本の大学は入れず トップ層の“東大離れ”

    まり、早稲田、慶應はランキング圏外に沈むなど、日本のトップクラスの大学の低さが目を引く。ランキングは教育内容、論文引用、研究成果などの評価によって決まるが、日本の大学は国際化に関する評価が極めて低い。 トップ10にはカリフォルニア工科大、ハーバード大、オックスフォード大など名門が並び、日本の大学が割って入る隙間はないようにも見える。中国やシンガポールなどにあるアジアの大学が上位にランクされ、日本の大学を追い上げてきている。京都大吉田キャンパスの時計台前=京都市左京区 吉見副学長は東大のランクが低い原因について「英語での授業が少ない、派遣留学生が少ない、外国人教師が少ないといった国際化要因だ。専門家による評価では東大はほぼトップ10だ」と悔しがる。「たかがランキング、されどランキング」と、結果が発表されるたびに、関係者は気をもんでいる。 高校生にはこのランキングが目に留まっており、優秀な学生はランクの低い日本の一流大学を敬遠して欧米に向かう傾向が強まっている。アジアからのトップクラスの留学生は「日本の大学に行っても、教師や学生に英語を話せる人が少ないので、つまらない」「学部の授業レベルが低い」といった声もあり、外国人留学生の勉学意欲を失わせている。 入試問題の英語のレベルにも問題があるという。内外の英語の試験に詳しい専門家は、今年の東大の英語の筆記試験について「(中高生の英語運用能力を測るテストの)TOEFLジュニアのレベルよりも低い」と批判しており、試験内容の見直しが求められている。 成績優秀な受験生の一部には、東大など日本のトップクラスの大学には目もくれず、海外の大学を目指す動きが出てきている。グローバル人材を育てる専門塾「IGS」を東京・渋谷で開いている福原正大社長は「日本全国や海外から来た70人ほどが学んでいる。世界を変えたい、起業したいといった明確な目標を持った受験生が来ている。有名大学ブランドがほしくて海外に行きたいのではなく、先輩の話を聞いたりしているうちに、東大よりも海外の大学の方が自分の将来の目標にかなう大学だということが分かってきているためだ」と“東大離れ”の背景を分析する。 日本の一流と呼ばれる大学も、うかうかしていると、将来的にグローバルな舞台で活躍できる逸材が、海外に「流出」してしまう恐れがある。

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    東大京大の世界ランク 北京大に抜かれ文科省に激震

    ンキングは、「THE」のほかにいくつかあるが、世界で最も注目を集めるランキングの一つだ。評価基準は「教育」「研究」「論文被引用数」「産業界からの収入」「国際性」の5つ。 「THE」はこのうち「国際性」のウエイトが高いと言われており、外国人教師が少ない、外国語の授業が少ない日本の大学は「国際性」のポイントが低くなりがちだった。 文科省はリーダーとなるグローバル人材を育成するため、昨年9月に「スーパーグローバル大学(SGU)」を採択。世界の大学「トップ100」入りを目指す「トップ型」に認定した13校の大学が今回どうなるか、関係者は注視していた。 ところが、発表された結果を見ると、13校のうち「トップ100」に入ったのは東大と京大の2大学のみで、東北大学と東京工業大学が201位〜250位、大阪大学が251位〜300位となった。 私学の名門慶應義塾大学は501位〜600位。早稲田大学は601位〜800位とランキングとはいえないほどの低い評価となった。 「THE」のトップ10には、昨年と同様に欧米の名門大学の名前が並んだ。首位は5年連続で米カリフォルニア工科大学。2位が英国のオックスフォード大学。3位が米スタンフォード大学、4位英ケンブリッジ大学、5位米マサチューセッツ工科大学(MIT)と続く。 それにしても、日本を代表する東大の世界ランキングが43位というのは、さみしい限りだ。早速この結果について東大にコメントを求めると、「コメントはしません」(広報)と、事実上、取材拒否だった。京大も同じようにコメントしてもらえなかった。iStock 一方の文科省の森田正信高等教育企画課長は「『THE』によると評価指標のデータの取り方が変更になった結果、論文引用数のスコアが低下したようだ。この変更が日本の大学のランキング低下につながったのかどうかを分析したい。 一方で、外国の大学がこの辺りを増やしているので、相対的に日本の大学の地位が下がる要因になったのかもしれない。日本の大学は留学生や外国人教員が少ないなど、国際性の面や論文引用が低下傾向にあるなどの問題がある。文科省としては、国際性や、研究分野の強化に引き続き取り組んでいきたい」 ランキングで気になるのが、東大よりも一つ上の42位に中国の北京大学が入っていたことだ。44位には香港大学が入るなど、アジアの大学がじりじりとランクを上げてきていることも気になる傾向だ。中国やシンガポールの大学は、この数年、徹底的に国際化を進めてきている。 この2年ほどは、東大、京大ともに「国際性」に関するポイントも上がってきていたが、今回の調査ではこの「国際性」が下がる結果になっており、文科省が予算を注ぎ込んで推進してきている大学のグローバル戦略の見直し材料になるかもしれない。「実態では東大は世界のトップ10に入っている」?? 民間の調査機関の発表したランキングに対し、「一喜一憂しない」というのが文科省の立場のようだが、「たかがランキング、されどランキング」と言われるように、同省としてはランキングを少しでも上げたいのはやまやまだ。 1年ほど前に東大の副学長をこのテーマで取材したときは「論文の被引用数などでは決して劣っていない。実態では東大は世界のトップ10に入っている」と自ら言い聞かせるように話していたのが印象的だった。 副学長のその思いも期待を裏切られてしまった。日本の大学が不得意とするこの「国際性」を今後いかに克服していくのか、文科省、大学を含めてあらためて問われている。

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    電気系学生の劣化 東大でもこの惨状 技術立国は足元から崩れている

    」と語る。「技術革新がもたらした技術軽視」という皮肉に、多くの大学関係者は戸惑いを隠せない。 ゆとり教育も暗い影を落としている。ちょうどいま、就職活動を行っている大学4年生は、ゆとり教育が本格的に適用された「第一世代」と呼ばれている。その評価は「陽気」「諦めが早い」と肯定、否定さまざまで、確定的なことはいえないが、微分・積分など基礎が不十分ということだけは確実だ。上位校から下位校まで各大学は、推薦入学者向けの入学前教育や入学後補習などの対策に追われている。一方で先端分野は進化しているから、大学教育への負荷は年々重くなっている。自ら首を絞める業界 しかし、問題は教育だけにあるのではない。教育の劣化は工学部、電気系だけに影響を与えているのではないからだ。 本当の問題は、エレクトロニクス業界の無為無策にある。 総合電機も通信も半導体も、バブル崩壊以降、抜本策を打てないまま小出しのリストラばかりを続けてきた。ITブームや、円安といったプチ好景気は、いつも数年で崩壊し、そのたびに工場閉鎖や人員削減に追い込まれている。技術者の待遇の悪さや、システムエンジニアの悪環境は知れわたっている。新たな地平を切り拓けないまま、価格下落と新興国との競争に従属的に巻き込まれる姿をさらした結果が、学生の人気低迷となって現れているのではないか。 金融危機以前の好景気を受け、若干ではあるが人気は回復傾向にあった。しかし、景気悪化を受けて各社がすぐさま採用数大幅抑制に走ったことが、それに水を差すのは間違いないだろう。 ある就職支援企業によると、リーマンショック後、外資系金融を希望する理系学生は著しく減ったたという。ではメーカー回帰が起きたかというとそうではない。理系優秀層は日系の金融、コンサル業界、さらには、この数年、投資事業への傾斜で理系採用を強化している商社に次々と囲い込まれている。 「ソニーに行きたいという学生をすっかり見なくなった」――上位、中堅問わず、多くの大学関係者から発せられたこの声が意味するものは何か。資源の少ない日本が技術立国でこれからも生き延びなければいけないのは論を待たないが、その足元がどれだけぐらついてきているか、覚悟すべき時期に来ている。◆本記事は、「WEDGE」2009年7月号に掲載した同名の記事に(注)の部分を加え、アップデータしたものです。

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    戦後日本の教育に百害をもたらしてきた日教組を破壊せよ

    矮小化するのでなく、やはりそうしたことを自発的にやるような国民にして行こうというのであれば、先ず家庭教育から幼稚園・小学校における教育から根本的には変えねばなりません。 そしてその変革を具現化しようと思ったらば、戦後教育を牛耳る中で此の日本に百害を齎してきた「日本教職員組合(日教組)」を破壊することでしか為し得ないのではないかと思います。 第二次大戦後、進駐軍司令官として日本にやってきたダグラス・マッカーサーは武士道に根差した日本人の卓越した精神力を根本的に破壊しようと計画し、戦後教育を通じてそれは着実に実行しました。それが今日の日本人の精神的・道徳的退廃を招いた、といっても過言ではないでしょう。 とにかく日教組を打っ壊し、受験勉強だけを主体とした教育から道徳教育を中心に据えた教育へと制度転換を図るのです。国歌斉唱など人に強いられてやるものではなく、然もいい大人に強いてみたところで無意味ではないかと思います。 日本に独特の大変な美徳であると思われる武士道を根幹に据えた伝統精神を教えて行く中で、国旗掲揚あるいは国歌斉唱を愛国心の表象として自発的に行うようになるのではないでしょうか。 但し、このように戦後日本の教育に大問題が内包されているとしても、多くの現代人には昔の日本人の良きDNAが流れているはずです。オリンピックで日本が金メダルを獲ったと言って、国歌斉唱時には皆が起立し誇り高く「君が代」を歌っているのも現実です。 此の国土に日本人として生まれ四季折々の美味しい食べ物と景観的美しさの中で育っていれば、日教組がどれだけの弊害を教え込もうが、そうした舞台にあって日本人はきちっとした対応をするのではないかと思います。 嘗て天皇陛下も、「オリンピックでは優勝選手が日章旗を持ってウィニングランをする姿が見られます。選手の喜びの表情の中には,強制された姿はありません。国旗,国歌については,国民一人一人の中で考えられていくことが望ましいと考えます」と述べておられます。(公式ブログ『北尾吉孝日記』より2015年4月21日分を転載)■ 北尾吉孝氏の公式ツイッター 公式フェイスブック

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    真実を教えない日本の教科書

    来年度から4年間中学校で使う教科書が各地で決まった。保守色の強い育鵬社版教科書がシェアを伸ばしたが、市民団体や左派メディアは「歴史観に問題がある」などと採択に猛反発する。日本の教科書はなぜ「事実」の解釈がこんなにも異なるのか。教科書採択の問題を考える。

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    何が道徳的かなんて、自分の頭で考えろ!

    おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト) 北野武さんの新刊『新しい道徳』が、売れているらしい。発売から2週間ですでに10万部突破。うらやましい。。。 担当編集者がたまたま知り合いだったご縁で、幻冬舎の書籍PR誌「PONTOON」で書評を書かせていただいた。寄稿した文章を以下に掲載しておく。何が道徳的かなんて、自分の頭で考えろ! 「よいことと悪いことの区別をし、よいと思うことを進んで行いましょう」「うそをついたりごまかしをしたりしないで、素直にのびのびと生活しましょう」「幼い人や高齢者など身近にいる人に温かい心で接し、親切にしましょう」。どれも小学校低学年でもわかる正論である。それもそのはず。これらはまさに、小学1・2年生の「道徳」で学ぶべきこととして学習指導要領に掲げられている筆頭項目なのである。100%正しい。しかし同時に極めてシュールな状況でもある。今、どれだけの大人が、この教えを守っているだろうか。北野武は「子どもに道徳を語る前に、自分の胸に手をあてて、はたして自分は子どもたちに道徳を語る資格があるのかどうか、よく考えてみた方がいい」と、本書の中で喝破する。 「それなのに」なのか「だから」なのかは知らないが、文部科学省は道徳教育を強化する目的で、2018年度から「道徳」を「教科」に格上げすることを決めた。社会科ですらもめている「検定教科書」も作られる見込みだ。点数こそ付けないものの、担任が文章で児童の道徳心に対する評価を下すという。「道徳の教科化」は、国家が国民の内面にまで立ち入ることになりかねないとして長年忌避されていたことだ。 今さらここでその是非を論じるつもりはない。ただ、担任は気の毒だ。「どの口が言うてるの?」と自らツッコミながら通知表を記入しなければならない。まともな先生ほど心がちくちく痛むだろう。教師という職業は、ただでさえ世間一般よりも精神疾患による休職者の割合が高いのに、その数がさらに増えるんじゃないかと心配だ。 そういったことが背景にあり、「道徳とは何か?」を考えてみようというのが本書の出発点である。結論は「道徳がどうのこうのという人間は、信用しちゃいけない」であると「はじめに」には書かれているが、真に受けてはいけない。「道徳とは何か?」「幸せとは何か?」「人はなぜ生きるのか?」、これらはすべてその時々によって答えが変わる「動的な問い」である。「動的な問い」にどう対峙すべきなのか、一つの実践例を本書は示している。その過程で、政治、経済、環境、教育……現代社会におけるさまざまな課題に対して、特に現政権のやり方を、座頭市さながらにばっさりと一刀両断しているのも痛快だ。 現在の教育改革議論においては、「これからの時代には、やれ英語が必要だ、プログラミングもできなければ、プレゼン力も鍛えよう」と、まるでスマホに便利なアプリをインストールするかのように子どもに「生きるためのスキル」を与えようとする発想が目立つ。しかし本当に育てなければならないのは、子ども自身が未来を予測し、どんな能力が必要なのかを見極め、それを身につけるための方法を見出し実行するための力である。それが「生きる力」。「生きるためのスキル」と「生きる力」は違うのだ。子どもたちに「生きるためのスキル」を一方的に与えることは、子どもたちから「生きる力」を奪うことになりかねない。道徳教育も同じ。道徳を教え込めば、子どもたちの道徳心が育つのを阻害する危険性がある。北野武もそれを危惧している。 「まず大人が自分の頭で考えることだ」と北野武はいうが、彼自身、本書を読んで大人が改心してくれるとは思っていないだろう。むしろ子どもたちに対して「くだらない大人たちにつべこべ言わせず、自分で自分の人生を決めろ。自分で決めれば人のせいにはしなくなる。人のせいにしなければ自由になれる。自由になれば自分なりの道徳も湧いてくる」と鼓舞しているように思える。 特に中高生に一読をお勧めする。親や学校の先生、もしくは世の中の大人たちに対して自分が感じている矛盾や理不尽が、決して間違っていないことが確認できるだろう。問題は、自分たちもそういう大人たちの仲間入りをするか、それを拒むかである。 北野武自身は、親の道徳や世間の道徳を飛び出したときのことをこう綴っている。「ただ、今でも忘れられないのは、そうすると心に決めたとき、見上げた空がほんとうに高くて広かったってことだ。ああ俺は、こんなに自由だったんだなあって思った」。 北野武の言葉には、それが書籍の中のものであれ、スポーツ新聞紙面のものであれ、テレビ番組中のものであれ、映画の中のセリフであれ、私たちの思考をもみほぐす力がある。気をつけていないといつの間にか固定観念に搦め捕られ、つい硬直化してしまいがちな、私たちの思考をもみほぐしてくれる。 中学生になり面と向かって話すこともめっきり減った息子にも、本書を手渡そうと思う。もし読んでくれたら、まるで近所のちょっと変わったおじさんの与太話のように、心に染み入るだろう。(「おおたとしまさオフィシャルブログ」より2015年9月25日分を転載)

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    沖縄教科書論争 2社の強制連行と外国人参政権の記述を比較

    多くいます〉と、朝鮮人の強制連行があったことを匂わす記述。教科書採択をめぐる問題で、前川喜平初等中等教育局長(右)に説明に訪れた沖縄県竹富町教育委員会の慶田盛安三教育長=2015年4月17日午前、文科省 外国人参政権について、東京書籍版は、在日韓国・朝鮮人について、人種差別や障害者差別と並記し、〈歴史的事情に配慮して、人権保障を推進していくことが求められています〉と、外国人参政権を認めるべきとの論調を展開。 育鵬社版では〈選挙権や公務員になる権利は、国家の意思を形成するという国民主権にかかわる権利であるため、本来、国民のみに保障された権利であると考えられています〉と、参政権が国民固有の権利であることを強調。別ページのコラムでも、〈日本国憲法でも「国民固有の権利」(15条1)とされています〉とし、ほとんどの国で外国人参政権が認められていないことに触れている。関連記事■ 沖縄教科書論争 2社の領土問題に関する記述はどう違うのか■ 沖縄歴史教科書問題 東京書籍版は南京事件で「虐殺」を使う■ 国語教科書に特定作品が掲載される背景や問題点を指摘した本■ 外国人参政権認めれば対馬乗っ取られる可能性もと識者説明■ 沖縄教育は「反日」と「親中」のセットと教育専門家評する

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    沖縄教科書論争 2社の領土問題に関する記述はどう違うのか

    でいる。 小中学校で使用される教科書は、文部科学大臣の検定を経て「適切」とされたもののなかから所管の教育委員会が1種類を採択する。 沖縄県の石垣市・与那国町・竹富町の1市2町は、八重山地区採択協議会をつくり、これまで同一の教科書を採択してきた。平成23年の夏の採択で同協議会は中学公民教科書に育鵬社版の使用を決定。ところが竹富町はこれに従わず、東京書籍版の使用を決め、今年度もその方針を継続している。 これが採択地区で同一の教科書を使うと定めた教科書無償措置法に違反しているとして、文部科学省は今年3月14日に竹富町に是正要求を出したが、竹富町側は応じない構えを見せた。記者会見する沖縄県竹富町の慶田盛安三教育長。右は大田綾子教育委員長=2014年3月24日午後、沖縄県石垣市 この問題の根本にあるのは、育鵬社版と東京書籍版の“中身”の違いであるとわかる。麗澤大学教授で、日本教育再生機構の理事長を務める八木秀次氏が指摘する。 「これまでの教科書は日教組の主義主張がストレートに表われていた。それでは問題があるとして10数年前に扶桑社が新しい歴史教科書を作り始め、現在はその子会社である育鵬社が教科書を作っている。3年前、八重山地区ではこの育鵬社版の公民教科書を採択したわけですが、教職員組合の力が強い竹富町がこれに猛反発している」 実際に、中学の公民の教科書の記述内容はどれほど異なるのか。両社の教科書を比較してみよう。 領土問題については、育鵬社版『新しいみんなの公民』では、北方領土、竹島、尖閣諸島について〈これらの領土は歴史的にも国際法上も、日本の固有の領土です〉と明記。例えば竹島については〈国際司法裁判所に付託することを提案しましたが、韓国はこれを受け入れず、現在に至っています〉と外務省ウェブサイトを引用しながら詳しく記載し、中国の主張に対しては〈中国が挙げている根拠はいずれも「領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とはいえません」〉とまで書いている。 一方、東京書籍版『新しい社会 公民』は、北方領土と竹島を〈日本固有の領土〉、尖閣諸島を〈日本の領土〉としているが、コラムで扱っているだけで詳しい記述はない。 ちなみに、帝国書院版『中学生の公民 よりよい社会をめざして』では、領土に関するページそのものが存在せず、「日本固有の領土」という表記もない。関連記事■ 沖縄歴史教科書問題 東京書籍版は南京事件で「虐殺」を使う■ 沖縄教科書論争 2社の強制連行と外国人参政権の記述を比較■ 韓国が教科書に載せないベトナム戦争時の虐殺と売春ビジネス■ 徳川綱吉 教科書記述一変、生類憐みの令は慈愛の政治と評価■ 聖徳太子 実在疑問で教科書での存在が年々薄くなっていった

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    まともな教科書を選ぶために 教職員組合のデマに屈するな

    森口朗(教育評論家、東京都職員)捏造朝日新聞の面目躍如 平成27年は中学校の教科書採択の年であり、朝日新聞が最も嫌う育鵬社の社会科教科書が大躍進しました。歴史教科書で前回採択年(平成23年)の51%増、公民教科書でも34%増となったのです。 朝日新聞はよほど悔しかったのでしょう。それを「育鵬社教科書、シェア微増」と伝えました。企業の売上が前回の集計時と比較して50パーセント増となっているのに、それを「微増」と書く新聞を誰が信用できるでしょうか?クレバーなビジネスマンならば、即日解約するでしょう。 同じ趣旨で、朝日新聞を購読している人がいたならば、即日解約をお勧めします(心ある人は、慰安婦狩りを捏造するような新聞など既に解約済とは思いますが念のため)。置き去りにされる94%の中学生 具体的な数字としては育鵬社のシェアは、歴史教科書で3.7%から6.2%、公民教科書で4.0%から5.7%となったようです。 育鵬社の教科書は、歴史教科書の記述があまりに日本のネガティブな側面を強調しすぎているという反省に立った教科書改善運動から誕生したものです。教科書改善運動で最大の焦点になったのが「従軍慰安婦」でした。当時はまだ、朝日新聞の一連の従軍慰安婦に関する記事が吉田清治氏の偽証言に基づいて書かれたことが明らかになっていませんでしたから、歴史教科書批判も「日本政府が関与した証拠がない中で教科書に載せるのはいかがなものか」「思春期の多感な時期に生徒に教育すべき内容ではない」といった穏やかな内容だったと記憶しています。育鵬社の歴史、公民教科書の東日本大震災関連の記述 しかし、従軍慰安婦の強制連行が朝日新聞の捏造、少なくとも誤報であったことが明らかになったことで、ほとんどの教科書から「従軍慰安婦」の記述が削除され、今回の教科書採択では大きな争点になりませんでした。 本当にそれで良いのでしょうか?私は、今回の採択こそ「従軍慰安婦」が焦点になるべきだったと思っています。捏造された歴史を書き続けてきた教科書と、それに批判的だった教科書、教育委員会の委員達はいったいどちらを選択するつもりなのだと。 朝日新聞は遅きに失したとはいえ、また、故意の捏造であると認めなかったとはいえ、「誤報」を謝罪しました。ところが、教科書会社は一切謝罪していません。強制連行がなければ「慰安婦」はただの「売春婦」です。戦場に売春婦がいた、それだけの事実をあたかも日本政府が朝鮮人に酷い仕打ちをしたように教えられた中学生はどうなるのでしょう。 私は育鵬社の教科書が6%前後のシェアを占めたことを素直に喜んでいます。ですが、未だに94%の中学生が、過去の「慰安婦」記述について謝罪さえしない出版社の教科書を使っていることに危惧を覚えずにはいられません。日本人分断プロパガンダに好都合な他社教科書 「慰安婦」記述を横においたとしても、歴史教科書にはまだまだ見過ごせない点があります。その最たるものが縄文文化に対する記述です。縄文土器は現在判っている世界最古の土器であり、縄文文化は世界最古の文化です。それは日本人としてとても誇らしいことですが、より重用なのは縄文土器が「北海道から沖縄まで日本列島全体から出土して」いる事実です。ところがそれを書いている教科書は育鵬社しかありません。育鵬社教科書では、その事実から縄文時代が「その後の日本文化の基礎」になったと説きますが、他の教科書は和人とアイヌ、「やまとんちゅう」と「うちなんちゅう」が同じルーツである事実にほとんど触れていません。 現在、日本を巡る国際情勢で最も深刻な課題は、中国が尖閣列島への侵略を試みている点ですが、中国の本当の狙いは沖縄諸島です。2010年に中国で吹き荒れた反日デモでは「琉球回収、沖縄解放」という横断幕が掲げられ、2011年には中国人民解放軍の幹部が「琉球諸島は日本の領土ではない」と発言しており、彼らは領土的野心を隠そうとしていません。 この動きを封じるには、安全保障政策が最重要ですが、私たち日本人自身が「沖縄は紛れもなく日本の一部である」という自覚を持つことも同じくらいに大切です。そのためには学校教育において、「やまとんちゅう」も「うちなんちゅう」も同じ日本人であるという意識を育まなければならないはずなのに、他社の教科書では「日本人と琉球人は別の民族だ」という日本人分断プロパガンダを受け入れる土壌を育んでしまうのです(もっとも、幸いなことに、近年の研究でDNA的にも言語的にも沖縄人は日本人の一部であることが解明されつつあります)。教職員組合に屈せず、まともな教科書を 教科書改善運動は、今まで大きな成果をあげてきました。平成13年度における扶桑社の歴史教科書の採択数は全国でたったの450冊でした。それが平成27年には扶桑社の子会社である育鵬社の歴史教科書が72410冊も採択されています。14年間でなんと160倍にも成長したことになります。 しかし先にも述べたように、全国では未だに94%の中学生が、若干薄められたとはいえいわゆる「自虐史観」に彩られた歴史教科書で授業を受けているのです。その最大の原因は、「戦争賛美」というデマを撒き散らす、教職員組合により採択妨害行為にあることは自明です。今回の採択妨害では、「戦争賛美」に加えて「受験に不利になる」「安倍政権の広報誌」「ヘイトスピーチの一種」といった誹謗中傷まで彼らは行いました。 私は改めて、次回採択時にはこういった行為を規制する必要があると感じましたが、それとは別に各自治体の教育委員達の無自覚、無定見も見過ごせません。 今回の採択では、文部科学省は事前に通知を出し、教員などによる下部機関に教科書の順位付け等を固く禁じていました。自らしっかりと教科書を読めば、どれが健全な中学生を育てるに適した教科書であるかは一目瞭然だったはずです。 全ての中学生がまともな教科書で学習できる日が来るためには、教職員組合のデマに屈しないことはもちろん、「教職員組合が非難する教科書だからこそまとも教科書ではないか」と疑ってかかるくらいの常識的感覚を有する教育委員を選定することが何よりも重要なのです。もりぐち・あきら 日本の教育評論家、東京都職員。95年~05年まで都内公立学校に勤務。偏差値で学力を測ることの妥当性と限界を明らかにした。紙媒体で初めてスクールカースト概念を紹介し、いじめとの関係を解明。著作に『日教組』(新潮新書)、『いじめの構造』(新潮新書)、『偏差値は子どもを救う』(草思社)などがある。

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    高校のテキストでも強調される南京大虐殺 「米国人洗脳」工作の実態

    南京事件もまた、こうした「勝者米国の正義」「戦勝国史観」と深く関わる件である。米国の高校生への「反日教育」のテキスト 前篇で、いわゆる「南京事件」のポイントを整理した。これらのポイントは同時に、「南京事件」に関する疑問点でもある。昨年2月、「(いわゆる)南京事件はなかったのではないか。通常の戦闘行為はあったが」と発言した名古屋の河村市長は、発言の前も後も一貫して、「南京の件について中国側とオープンに議論したい。この問題が、いつまでも日中間に刺さった『トゲ』になっていることは日中友好のためによろしくない」と主張したが、筆者もまったく同じ思いである。「南京大虐殺記念館」で開かれた追悼式典で献花する儀仗(ぎじょう)兵=2014年12月13日、中国・南京市(新華社=共同). 私たちはつねに、過去の事実、史実に対し誠実に向き合うべきである。76年前の南京で、通常の戦闘行為や、一部の不届き者による暴挙ではなく、日本軍による「虐殺」が行われたという動かしがたい証拠があるのなら、ぜひとも知りたいと思うし、そのうえで、現代の日本国民としての処し方を考えたいとも思う。しかし、本件はわずか70数年前のことにしては、不明瞭、不可解な点が多過ぎる。不明瞭・不可解な点が多いゆえに、南京事件は容易に「膨張」させられてしまう。日本にとって忌々しき最近の一例を挙げよう。 河村たかし氏は、名古屋市長就任後にロサンゼルスの一部の高校で、「南京虐殺」の記述を含む歴史副読本が使われていることを偶然知ったという。筆者の手元にはそのコピーがあるが、次のように記述されている。「南京大虐殺」――南京の市民が、戦争の激情と人種的優越感に煽られた日本軍の犠牲となった事件――は、戦争の恐怖を実証した出来事である。2カ月の間に、日本兵は7000人の女性を強姦し、数十万人の非武装の兵士や民間人を殺害し、南京市内の住宅の3分の1を焼き払った。40万人の中国人が、日本兵の銃剣の練習台にされたり、機関銃で撃たれて穴に落とされたりして命を落とした。(Traditions & Encounters --- A Global perspective on the past) くだんの「南京大虐殺記念館」で、30万と宣伝している犠牲者が、このテキストのなかでは40万人に“増えて”いる。虐殺されたという人数が増えているだけではなく、7000人もの女性を強姦したことにもなっている。河村氏はこれを「どえりゃあこと」といい、「米国における教科書問題」と表現した。 この40万人説のネタ元は何か、といえば、本稿前篇で触れた故・アイリス・チャン著のベストセラー本『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』と思われる。「反日教育」テキストのネタ元は? ここで、アイリス・チャンについても触れておこう。中国系アメリカ人女性のチャンは、20代で作家デビューした後、爆発的ヒットとなる『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』を著した。ヒット後は、「歴史家」「活動家」として一躍メディアの寵児となり、90年代の終わりには、駐米日本大使とテレビ番組で歴史討論を繰り広げてもいる。 昨今、中国が世界50カ国で日本のネガティブ・キャンペーンを繰り広げるなか、現地駐在の日本大使や領事が反論、応戦しているが、この種の活動は90年代にも行われていたのである。折しも、当時、歴史問題を最強の「対日カード」と位置づけていた国家主席・江沢民の来日とも呼応して、このときのチャンは、大使に「日本は中国に酷いことをしたにもかかわらず謝罪をしていない」と迫った。大使は過去の日本の「お詫び」の例を挙げ、真摯な反論に努めていたが、テレビを見ていた米国民には「悪行を働きながら謝罪のたりない日本」との印象だけが残ったことだろう。 このようにスポットライトを浴びていたチャンだったが、次第に彼女の本の内容の信憑性が疑われ始める。抗議等が相次ぎ、それが原因か否かは不明だが、彼女は精神を病み、後にピストル自殺をした。死後、中国系や他の機関との関係も取り沙汰されたが、それでも、『ザ・レイプ・オブ・ナンキン』がアメリカ世論に与えた影響は大きかった。 日本との戦争について、パールハーバー以外には多くを知らなかった何百万もの米国人に、旧日本軍が「いかに悪逆非道だったか」を知らしめ、それを懲らしめた米国はやはり正しかったのだと思わせた。チャンの死すらも世間から忘れられた今となって、彼女の著書のなかの「40万人説」が形を変えて蘇り、独り歩きして米国の学校現場にばら撒かれている。これは日本にとって実にゆゆしき事態である。米国で展開されている工作は「慰安婦像」だけではない 副読本はカリフォルニア州内の高校で配布、使用された。採択された背景の詳細は取材中だが、州内の成績優秀な生徒の通う高校群にて使用されたことは確かである。 副読本の著者は中国系ではない。この著者は、過去にべつの歴史テキストを執筆した際、その内容についてユダヤ系団体からクレームを受けたこともあると聞くが、著者がどうであれ、日本にとって頭の痛い点は、この副読本によって、前途有望な米国の若者たちに、「日本は残虐なことをした」「日本人は残虐」ということが、その根拠も薄弱なまま刷り込まれてしまったことにある。現に、河村たかし市長は、この副読本で学んだという日系人の若者から、「日本は中国で残虐なことをしたのでしょう?」という質問を受けたという。 いま盛んに報じられる世界各地や国連でのやり合いや、韓国勢による「従軍慰安婦像」の建造はむろん大問題だが、何年も前から、私たちに見えないところで着々とこうした「米国人洗脳」工作が進められてきたことのほうを筆者はむしろ深刻に捉えている。 ところで、「慰安婦」については日韓条約をもって解決済みというのが日本政府の基本的スタンスである。とはいえ90年代には、不適切な報道を絡めた日本の大手メディアと韓国側との連携による激しい攻勢に抗しきれず、「河野談話」が発せられ、「アジア女性基金(略称)」なる民間団体を通じた個人への「償い」を行なう羽目に陥り、国内外に取り返しのつかない誤ったメッセージを発信してしまった。 日本はこの轍を2度と踏んではならない。それは単に日本のためだけでなく、日韓条約締結によってつくられた戦後秩序、国際秩序を自ら壊す行為につながるからだ。「南京事件」の責任を引き受けて逝った「戦犯」 南京事件に話を戻そう。戦後行われた「極東軍事裁判」において、南京虐殺の首謀者だとされ絞首刑に処せられた、松井石根大将(1878~1948)という人がいる。1937年、日中戦争が起こると、松井大将は、すでに予備役となっていたにもかかわらず、60歳を前にして現役に復帰させられ、その2カ月後、破竹の勢いで首都南京を攻略し入城、国民的スターとなった人物である。 松井大将は、いわゆる「大アジア主義」の支持者であり、今でいう「親中派」であった。ただし、当時の「親中派」とは、中国には一切もの言わない今日の親中派とはかなり違う存在である。 松井には、「親中派」らしいエピソードがいくつもある。南京戦に向かう途中、日本軍の戦死体が埋葬され、戦場清掃を済ませている様子を見て参謀を呼びつけ、「日本兵の死体だけを片付け、支那兵の戦死体を放置したままにするとは何ごとか」と叱りつけたという話。さらに、南京入城の翌年には復員し、熱海で隠遁生活に入ったが、このとき、日支双方の犠牲兵をどうやって弔うべきかを知人に相談し、結局、「日支双方の兵士の血が沁み込んでいる」上海の土を取り寄せて観音像を作り、両国の犠牲兵を合祀し、肺炎を患っていた身で毎朝自ら観音経をあげていたというエピソードもある。 中国人をそのように身近に思い、軍規にもとくに厳しかったといわれる松井大将が、南京で数十万の一般の中国人を虐殺したというのもなかなか信じ難い話であるのだが、日本が戦争に敗れた後、松井大将は、極東国際軍事裁判において大罪人とされた。 この南京虐殺と松井について、当時の中華民国のトップだった蒋介石がまったく反対の2つのことを言い残している。 1970年代に、日本の新聞は、蒋介石が自身の回顧録のなかで南京事件について次のように書き残したと報じた。南京陥落からひと月以上後の1938年1月22日付の日記で、「倭寇(日本軍)は南京であくなき惨殺と姦淫をくり広げている(中略)。いわゆる南京大虐殺である。戦闘員・非戦闘員、老幼男女を問わない大量虐殺は2カ月に及んだ。犠牲者は30万人とも40万人ともいわれ……」と記したというのである。 ところが、1966年、日本の新聞記者ら5人が岸信介の名代として台湾を訪問した際、蒋介石は、松井石根の名前を聞くと顔色を変え、「南京に大虐殺などありはしない。松井閣下には申し訳ないことをした」と言ったとも伝えられている。 これらのことと、拙稿前篇で紹介した国民党の史料等を合わせてみると、南京虐殺そのものが虚構と受け取れなくもない。が、仮に松井大将が冤罪であったとしたら、これは日本、中国というレベルでなく、世界中の歴史認識をひっくり返すほどのこととなり得る。 むろん、当時の日本軍兵士のなかに不適切な行為に及んだ者もいた。捕虜への虐待、市民への暴行、殺害、掠奪もあったが、その種の行為に及んだ者の多くは軍法会議にかけられ処分された。こうした一部の暴挙を思い、松井は黙って刑に処せられたとの話も残る。 戦勝国が主導する法廷で裁かれ、虐殺を指揮した人物との「汚名」を着て絞首刑台に上がる際、松井は、東条英機ら他の戦犯と共に、「天皇陛下と大日本帝国万歳」と三唱して逝った。この事実すら、いまの日本人のなかに知る人は少ない。歴史認識とは何か? 戦争とは、最低でも2国以上が関わって起こる事態である。戦後になって、「歴史」としてそれを振り返るとき、勝者は「栄光」と認識し、敗者は「屈辱」と受け取る。つまり、両者の歴史認識が自然に一致することはほとんどあり得ず、仮にぴたりと一致しているとすれば、それは勝者の側の歴史認識が敗者を圧倒したからに過ぎない。 戦後70年がたとうとするいま、私たちに求められているのは、歴史の事実に誠実に向き合う姿勢である。日本政府が、急カーブを切るようにこれまでの歴史認識を変えることはむずかしいが、国民レベルにおいて、「実際に何があったのか」を知る姿勢をもつことはひじょうに重要である。その動きに対し、あらぬところから、「(歴史)修正主義者(revisionist)」なるレッテルを貼られることがあったとしても、私たちには事実を知る権利が厳然とある。こう考える日本国民は近年増えてきている。 一昨年2月の「南京発言」後、大バッシングに晒されたとはいえ、河村たかし名古屋市長が政治生命を失うこともなく、その後、再選まで果たしたこともその変化の表れだろう。1994年、ときの法務大臣、故・永野茂門氏が、「南京大虐殺はでっち上げだと思う」と発言した際に、マスメディアから人格攻撃まで含む総攻撃を受け、就任からわずか11日で辞任したときのことを思えば、まさに隔世の感がある。 これは、河村氏がメディアと周囲からの「発言撤回圧力」に屈しなかった結果ではあるが、18年前と比べ、メディアの責め口調がトーンダウンしていたのもまた明らかだった。理由は、この18年で日本国民の心理が大きく変化したためであろう。河村氏の「南京発言」後、名古屋市役所には市民からの電話、FAX等が多く寄せられたが、その約9割は「河村がんばれ」であった。こうした日本国民の心理的変化を生んだおもな要因は、近年、中国、韓国が執拗かつ露骨に行なう、史実や現状を無視した「日本叩き」、そして領土の侵犯にある。 長きにわたって日本の世論に対し効果絶大だった中国の「反日カード」は、いまやその効力を失いつつある。それでも中国は韓国と連携し、戦勝国が主導する国際世論に訴える攻勢を強めており、それは従来、自国民の不満をそらす手段ともなってきたが、果たしてその効力もいつまで続くのか。依然、敗戦国という厳しい立場に置かれている日本ではあるが、世界のパワーバランスも変わりつつあるなかで、今後、「事実」に基づく適切な反論をしていくために、国内の体制をまず整えることが求められている。

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    教科書によって違う“終戦の描写” 育鵬社と東京書籍で比較してみた

    による被害」を強調する東京書籍。教科書会社によって歴史の解釈や、切り取り方が微妙に異なるようだ。歴史教育はどうあるべきなのかを考える上で、興味深い結果となった。 関連記事「ホットライン がつながらない!」 中国の冷たい対応に焦る韓国サウジアラビアとイランはなぜ対立するのか - 村上拓哉 / 国際関係論【衆院予算委】山尾議員、安倍総理の基本的考えと社会認識とのずれを指摘解散後の「SMAP」という商標の行方アベノミクスを襲う中国減速・原油安・暖冬

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    教育委員長が明かす 私が育鵬社の教科書を推さなかった理由

    櫻井光政(弁護士、元大田区教育委員長) 私が4年前、大田区の教育委員として中学校の教科書を選ぶに際して考えたことは、中学生たちに、1 生きて行くのに必要な知恵を身に付けてほしい2 豊かな知識で人生の彩りを豊にしてほしい3 きちんとしたエリートが育ってほしい ということでした。また、中学校の大事な目的は、明日の主権者を育てる仕事である。そのことが将来の国の進路を誤らせないために必要である、と考えました。 そのためには、例えば歴史教科書ならばア 歴史がどのように動いていたか、何が歴史を動かしたかを観察し、今後どのように歴史を作って行くか考えることに役立つもの。特に、誤りはなぜ起きたかをきちんと分析されているものイ 学問である以上科学的な見方がなされていて、最新の研究の成果が現れているもの。そしてより高次の学問へのつながりが展望できるものウ 教育の手法としても優れているもの という条件を備えたものを選ぼうと心がけました。 そうした観点から、ある事象を積極消極の両面から分析して、その原因を探求する深さを当時私が感じたのが帝国書院のものでした。教育の手法で見劣りした育鵬社版 他方、採択された育鵬社版は、愛国心と自尊感情に配慮した作りになっていましたが、そのあまりナショナリズムの歯止めとなる力が弱いように感じました。また、教育の手法も、歴史ある教科書会社と比較して見劣りがしました。この点は今度の改訂版を見ても大きく変わっていないと思います。 例えば古代のヤマト王権の隆盛について、帝国書院版では、製鉄技術で進んでいた朝鮮半島とのつながりがヤマト王権を優位に立たせたことが書かれています。そうして「何故」という疑問に答えると同時に、隣国の進んだ文化の恩恵に浴したことにも触れられています。 図版の取り上げ方も帝国書院が優れており、育鵬社版は見劣りがしました。ただ、私が従前指摘していた数点のうち、ルネサンスの三美人の変遷とアイヌオムシャの錦絵については、今回の改定で、育鵬社も帝国書院と同じ図版に変更しました。 東北平定について、育鵬社版は「律令のしくみを九州南部や東北地方へも広げていきました。東北地方に住む蝦夷がおこした反乱には(中略)これを鎮圧しました」とありますが、しくみを広げるという表現は意味が解りません。帝国書院版では「東北地方北部には律令国家の支配が及ばない人々が住んでいました。(中略)朝廷は(中略)城や柵を築いて闘いに備えつつ(中略)兵士や農民を移して開拓を進めました。蝦夷は律令国家の支配に対し、激しい戦いを繰り広げましたが…」とされており、当初から武力による平定であることが端的に解ります。 育鵬社版の民本主義についての記述は、「吉野作造は、民本主義を唱え、選挙で多数を占めた政党が内閣を組織すること(政党政治)が大切であると主張しました」というものですが、これでは民主主義との違いが解りません。帝国書院版では、「これは、主権がどこにあっても、民衆の考えに基づき、政党や議会を中心に政治を行おうとするものでした」となります。主権がどこにあっても、つまり天皇主権のもとであっても民衆の考えに基づいて政治ができる、すべきだというのが「民主」でなく「民本」の真骨頂なのです。 また、帝国書院版では、「国民」という概念が所与のものではなく、国家によって形成されるものであるという点にも触れています。「新政府は、中央集権化とともに、人々が「日本国民」として国家のために同じような考えや生活習慣を身につけるように求める政策を進めました。」という記述です。帝国書院は欧米近代国家形成の項でも「こうして欧米諸国では(中略)「国民」という意識を持たせることで人々を1つにまとめる近代国家をつくろうとしました」と指摘しています。これらは残念ながら育鵬社版には見られません。 日清戦争について育鵬社版の記述は「清は朝鮮の求めに応じて『属国を保護する』という理由で出兵しましたが、これを認めないわが国も清との取り決めに基づいて出兵したため、両軍は衝突し、日清戦争がはじまりました」というものですが、素直に読むと、取り決めに基づいて出兵したのになぜ戦争になるのかわかりません。これが帝国書院版だと「朝鮮政府が清に援軍を求めると、日本も清に対抗して朝鮮へ軍隊を送りました。(中略)朝鮮王宮を占拠するなど干渉を行いました。そのため、朝鮮を勢力範囲と考える清との対立を深めました」とあり、解りやすいです。先の「取り決め」が朝鮮に軍を送るときは互いに通知する旨の取り決めであることは註で触れられています。取り決めに基づいて出兵したという表現は誤解を招き、適切でないと思います。 太平洋戦争に関しては、沖縄戦の記述が対照的でした。育鵬社版は、戦火に逃げ惑う沖縄県民としてある母親の手記や、ひめゆり学徒隊の看護活動としてひめゆり学徒の手記を掲載し、戦争の悲惨さを伝えています。そして太田実少将の海軍次官に宛てた電文を紹介します。電文は、沖縄県民の献身的な働きを述べ、「沖縄県民かく戦えり。県民に対し後世、特別のご高配を賜らんことを」と結んでいます。 これに対して帝国書院版は、「日本軍によって、食料を奪われたり、安全な壕を追い出され、砲弾の降り注ぐ中をさまよったりして、多くの住民が犠牲になりました。日本軍司令官は6月23日に自害し、日本軍の組織的な抵抗は終わりましたが、「最後の一兵まで戦え」という命令は残っていたため住民と兵士の犠牲は増え続けました。人々は集団死に追い込まれたり、禁止されていた琉球方言を使用した住民が日本兵に殺害されたりもしました。また、八重山列島などではマラリア発生地にも移住させられたため、多くの病死者が出ました。」と記述し、日本軍自体の問題をも厳しく指摘しています。ここでは、軍事作戦行動の主たる目的が、必ずしもその地の個々の住民を守ることではないことがリアルに示されています。また、徹底抗戦の命令を残したことが、指導者の在り方としてどうだったのかという点も考えさせられます。その意味で、私は帝国書院版に記述の深みを感じました。「押し付け」憲法ではないことを示唆した帝国書院版 最後に憲法制定過程の記述について比較します。 育鵬社版では、「GHQは、我が国に対し、憲法の改正を要求しました。日本側は、大日本帝国憲法は近代立憲主義に基づいたものであり、部分的な修正で十分と考えました。しかしGHQは日本側の改正案を拒否し、自ら全面的な改正案を作成すると、これを受け入れるよう日本側に強く迫りました。 天皇の地位に影響が及ぶことを恐れた政府は、これを受け入れ、日本語に翻訳された改正案を、政府原案として帝国議会で審議しました。議会審議では細かな点までGHQとの協議が必要であり、議員はGHQの意向に反対の声を上げることができず、ほとんど無修正で採択されました」と記載されています。この、「日本側」という表現がここでは重要です。 これに対して帝国書院版は、「総司令部の指示で、日本政府は新しい憲法の制定に着手しました。政府原案ができましたが、その案では民主化が徹底されていないと判断した総司令部は、自ら作った草案を日本政府に示し、修正を促しました。 こうした過程から日本国憲法は『総司令部の押しつけ』といわれることもありますが、総司令部は、政党や民間の学者らによって独自に作られた憲法草案も参考にしました」と記載されており、必ずしも押し付けられたものではないことを示唆し、また、修正を促されたのが「日本政府」であることを明確にしています。 この、GHQが草案を示して日本政府に迫ったのが1946年2月13日のことで、その時の様子はGHQが速記録を作成しています。そしてその速記録は国会図書館のホームページからアクセスできます。まさにその、「押し付け」の場面はこうです。 ホイットニーが次のように発言しています。"General MacArthur feels that this is the last opportunity for the conservative group, considered by many to be reactionary, to remain in power; that this can only be done by a sharp swing to the left; and that if you accept this Constitution you can be sure that the Supreme Commander will support your position. I cannot emphasize too strongly that the acceptance of the draft Constitution is your only hope of survival, and that the Supreme Commander is determined that the people of Japan shall be free to choose between this Constitution and any form of Constitution which does not embody these principles."Record of Events on 13 February 1946 when Proposed New Constitution for Japan was Submitted to the Prime Minister, Mr. Yoshida, in Behalf of the Supreme Commander 概略は、「マッカーサー元帥は種々の点から考えてこれが保守層にとって、その権力を維持する意味からも、左翼に対して打撃を与える意味からも最後のチャンスと考えておられる。もしあなた方がこの草案を受け入れるなら最高司令長官はあなた方の地位を保障するだろう。草案の受諾はあなた方が生き延びる最後の希望だ。最高司令長官は、日本の人民が、この憲法か、それともこれらの原則を含まずに憲法の体裁を整えた物のいずれかを自由に選ぶようにさせる決意である」というような内容です。つまり、GHQ案を飲まなければ国民に選ばせるぞ、というわけです。もし「押し付け」というのであれば、押し付けられているのは日本国民ではなく、保守党が支配的な勢力を有する当時の日本の政府だということがわかる記述です。これをことさらに「日本側」とくくるのは、こと国民が政府の専横を縛ることを目的とする憲法の制定過程の議論においては大雑把すぎると思います。 最近、近隣諸国でのナショナリズムの高揚を感じます。これに対しては冷静な対応こそ望まれるのであって、わが国がナショナリズムの高揚をもってこれに対抗するのは賢明な態度ではないと考えます。近隣諸国を侵略した過去を持つわが国であれば、誠実かつ忍耐強く平和への努力を続けることこそが、現代を生きる日本人の誇りとすべきことだという視点が特に重要な時代になって来ているように思います。 それらの点をいろいろ比較して、他社の教科書が優れていると判断しました。 教科書を読むのは面白いです。機会があればぜひ読み比べてみて頂きたいと思います。さくらい・みつまさ 桜丘法律事務所代表弁護士(第二東京弁護士会)。1954年、東京都生まれ。77年中央大法学部法律学科卒業。79年に司法試験に合格、82年弁護士登録。東京弁護士会副会長などを歴任。2003年から11年まで大田区教育委員を務める。

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    朝日に載った教科書検定審委員の許されざる“暴言”

    氏はこの規定を加えることに否定的だった。「政府の立場を書くこと自体は悪いことではない」としながらも「教育を通じて政府の立場を刷り込もうとしている」と述べているからだ。 だが、これまで公民教科書などでは、竹島の領土問題などで、韓国の立場に立ったかのような記述をした教科書が散見される状況が続いた。日本の国民である子供達にまず明確に教えるべきこと、それは日本の立場だ。これを教科書に書くことは当然である。領土問題を例にすれば検定基準の改定も妥当だ。 しかし、歴史教科書の場合には必ずしもそう簡単に割り切れない場合がある。というのは、政府見解は原則としてさまざまな政治的状況の中で妥協の産物として出てくる場合が多く、歴史認識はこれらを超越して存在するものであるからだ。 上村氏がいう「政府の立場を書くこと自体は悪いことではないが、教育を通じて政府の立場を刷り込もうとしている」とする反対理由には私達は決して同調しない。しかし、政府見解だからといって唯々諾々と肯定的に書くことができないケースが起こり得ることは当然あると思っている。民主主義国の歴史教科書としては歴史認識が政府見解の上にある場合があることも想定しておかなければならないのだ。 一例を出そう。「つくる会」の教科書では―現行版もそうであるが―東京裁判について批判的に記述したコラムを掲載している。今回も記述のバージョン・アップを図り、マッカーサーの「東京裁判は誤りであった」という批判的発言を盛り込み検定申請に臨んだ。 検定官(正しくは「教科書調査官」であるが分かりやすく「検定官」とする)はこの記述に難色を示した。東京裁判に対する日本政府の見解を記述するよう迫ってきた。私たちは、検定基準が変わって政府見解がある場合、政府見解を書くべきだというルールができたのだから、この指示に従った。そしてコラムの最後に《現在の日本政府は、「裁判は受諾しており、異議を述べる立場にはない」としています》との一文を付け足した。 なおも検定官はマッカーサー発言そのものを教科書から外すよう言外に求めていたが、しかし、これは呑むわけにはいかない。既に記述を修正したことで私ども執筆者が政府見解を肯定しているかのような印象をもたれかねない記述になってしまっている。また既に合格した現行本の記述やトーンとも整合性がとれない。 やり取りが続き、結局マッカーサーの批判発言を正確に書くのであれば記述してよいという形で決着した。歴史事象を如何に捉えてどのように認識するかという問題は―公民分野の領土問題のように日本国民の立場をまずきちんと教わり、知るべきだとする類いの話とは違って―政府見解で縛るべき類いの話ではない。東京裁判をいかに捉えるか、どう評価するかといったテーマはそうした典型的なケースだ。政府見解を(とりわけ肯定的に)書くよう金科玉条に求められた場合、従えない場面が起こり得るのだ。なぜ南京事件を書かなかったかなぜ南京事件を書かなかったか 今回の検定基準改定で、通説的な見解がない数字などの事項については通説的な見解がないことを明示しなければならなくなった。 上山氏はこう述べている。「近現代史で通説的な見解がない数字などを書く場合は、それを明示することになりましたが、通説とは何かを判断するのは難しい。通説ではないとして審議会が訂正や削除を求めても、納得しない教科書会社や執筆者から裁判を起こされたら勝てないかもしれない」 関東大震災における朝鮮人殺害の人数や「南京事件」の虐殺数などが思い浮かぶ。そこで「南京事件」で考えたいのだが、その前に「つくる会」の教科書は「南京事件」が存在しなかったとして記述をせず、それが検定をパスした初めての教科書となった。そこをまず述べておきたい。 なぜ、書かなかったのか。「南京事件」は中国共産党のプロパガンダで事件自体がないためであり「南京事件」が「南京大虐殺」という意味で使われ、「大虐殺」の意味するところが、軍の行う組織的な民間人の不法殺害という意味ならば、まさに「南京事件」など存在しなかったからである。兵服を脱ぎ民間人になりすました敵の便衣兵が沢山存在し、日本の正規軍には最も危険な存在だった。こうした便衣兵が捕虜としての保護は受けられないことは当然である。中国江蘇省南京市の南京大虐殺記念館で開かれた犠牲者追悼式典=2014年12月13日(新華社=共同) 当時、南京での激戦は確かにあった。便衣兵の処断もあった。どこの戦場でも生じる不心得の兵士による不祥事も皆無ではなかった。しかし、軍が組織的に民間人を不法に殺害した「南京事件」などは存在しなかった。当時の南京市の市民を安全区に収容し、その安全を守った国際委員会の日本領事館への報告を見ても殺害や略奪などの件数が極めて少なく、到底、虐殺などとはいえないレベルだった。これもまた「南京事件」が存在しなかったことを裏付けているのである。上山氏の心配は無用だ 話を戻そう。「つくる会」の教科書をのぞけば他の七社の教科書はすべて「南京事件」が存在した話になっている。そこで殺害者数が問題になるのだが、通説がないことを記述するように審議会が迫り、それに納得しない会社や執筆者が裁判を起こしたら勝てないかもしれない…と上山氏は心配しているのだが、「南京事件」に限っていえば、すでに事件が存在しないことは完全に証明されている。無用な心配であろう。 問題はこうした論争的なテーマで正しい結論を出せずにいる研究者の集りである学界にある。「南京事件」は存在したと言い張り、いまなお巨大な数字を掲げる研究者がいるが、この人たちに「南京事件」は存在しなかったとする研究者が何度公開討論を申し込んでも逃げて出てこない。 研究者のすべてではけっしてないが、掲げていた学説の破綻を潔く認めない研究者、逃げ回っている研究者が多すぎるのだ。こうした不誠実な人達が害毒を社会に垂れ流し続けることが放置されているのである。「事件の不存在」証明した南京学会「南京事件」を書かなかったわれわれの教科書がなぜ、そのまま認められたのだろうか。それは教科書は民間人の創意で制作するものだという教科書検定制度の原則を踏まえ検定官が「書くように」という検定意見を提示しなかったからだろう。 だが、もうひとつ見逃せないのは「南京事件」の研究が進み、「南京事件」が存在しなかったという研究結果の存在を検定官が認知していたからではないか。平成十二年十月二八日、東中野修道亜細亜大学教授を会長として「日本『南京』学会」が発足した。既存の学界が事実を直視せず自ら正そうともしないなかで事件の真相を解明していこうという果敢な取り組みは、平成二十年五月二七日の『日本「南京」学会年報』の最終完結版を出すまでの約八年間にすさまじい研究成果を挙げた。「南京事件」が存在しなかったことは完全に証明されたのだ。 検定をパスした背景にはこうした事情もあると思う。いずれにせよ、これで今後の検定でいずれ、すべての教科書から「南京事件」の記述が消える可能性が出てきたのだからその意義は大きいと思う。東京裁判は受け入れてはいない 上山発言の問題はまだある。「戦後の日本は、太平洋戦争を引き起こした仕組みを否定、つまり東京裁判を受け入れ、民主化を進めるところから出発したわけです。これは政府見解というより国民の共通認識でしょう」 いうまでもなく、この前の戦争における日本の降伏は、ポツダム宣言受諾による有条件降伏であり、その中に、「吾等ノ俘虜ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルベシ」として通常の戦争犯罪についての処罰は同意していた。しかし、遡及して処罰することになる「平和に対する罪」として開戦時の政策決定者を罰することには同意していない。東京裁判が裁判に値しないもので、占領期という戦争の延長状態で強権的に一方的に行われたものであるという認識はすでに世界の常識で、したがってそこの判決も判決の名に値しないとするのは、もはや世界共通の歴史認識というべきではないか。 確かに民主主義化はポツダム宣言での受諾事項といえるのであり、さまざまな民主主義化の改革が行われ、平和国家を目指すことになったことは、政府見解というより国民の共通認識になったといってよいであろう。しかし、軽々しく東京裁判を受け入れたなどとは言うべきではない。 日本政府は東京裁判を受け入れたという見解を出しており「つくる会」の教科書も検定基準の改定を踏まえて《現在の日本政府は「裁判は受諾しており、異議を述べる立場にない」としています》と記述している。しかしだからこそこうした政府見解に対して批判する立場に立ち、この見解が法的には成り立っていないことを指摘する自由をもつべきである、と考える。そうでなければ歴史認識は歴史認識にならないのではないか、と思うのだ。ならば検定不合格にすべきだったならば検定不合格にすべきだった 上山氏は審議会委員としてあるまじき発言をしている。「日本のいいところばかりを書こうとする『自由社』と、歴史の具体的な場面から書き起こす新しいスタイルですが、学習指導要領の枠に沿っていない『学び舎』。この2冊ともいったん不合格になりながら結局、合格した」とし、その合格した理由として、「基準を一方に緩く、一方に厳しくするのはまずい」。 つまり学び舎の教科書を落とせば、「つくる会」の教科書には緩く、学び舎の教科書には厳しくしたということになる、と言っているのだ。「つくる会」の歴史教科書の不合格は、バージョン・アップを図るため、全面的に書き直したためにケアレス・ミスが多く指摘され、いったん検定不合格になったものだ。だが、内容上の実績はすでにあり、書き改めた教科書は検定合格した。その間、特に検定を緩く対応してもらった覚えはない。 一方、学び舎はどうか。最初の検定申請で、夥しいほどにつけられる検定意見の山は均しく味わう「通過儀礼」のようなものだ。学び舎の教科書はこれでいったん検定不合格になったと思われるが、初の検定で多くの検定意見が付く…そのこと自体は悪い話ではない。 問題は「学習指導要領の枠に従っていない」という上山氏の認識である。これは学習指導要領に照らして問題を抱えているが、検定合格させたという意味だろう。 われわれ「つくる会」の教科書は学習指導要領の歴史教育の最初の目標にある「我が国の歴史に対する愛情を深め、国民としての自覚を深める」という項目を遵守し、平成十八年に改正された教育基本法を遵守した教科書をつくっている。ケアレス・ミスでいったん不合格とはされたが、期間に間に合うように必要な修正を済ませて検定合格した。学習指導要領の基準を緩く適用され検定合格したものでは断じてない。 しかし、学び舎は違う。検定過程で学習指導要領の枠に従っていないという認識が検定した側にあるならば、検定合格に最終的責任をもつ検定審議会の委員として、不合格の判断をすべきだったのではないか。それが責任であり、まして「つくる会」との兼ね合いなどで合格が認められるべき筋合いの話でもない。学習指導要領の枠に従っていなくても検定合格を認めると堂々と発言する審議会委員がいたことには驚いた。文科省はこうした審議会委員の人選を、今一度慎重にやってもらわなければならない。採択こそ教科書改善の主戦場 学び舎の歴史教科書が検定合格し、歴史教科書が八種になった。今年夏に行われる採択戦での選択の幅が広がったということだ。通常、教科書改善の運動の主戦場は検定の段階と考えられがちだが、実は採択戦の方がはるかに重要である。自虐的な教科書が教科書会社によって量産されるのは、自虐的な教科書が採択されるからである。逆によい教科書の採択が伸びればよい教科書が量産され教科書は自然によくなる。 幸い、本年から教育委員会に関係して首長の主宰する「総合教育会議」が設置され、首長主導で教科書採択の基本方針を明示できるようになった。ということは、首長も教科書採択に堂々と発言し、共同責任を負うことになったということだ。これまで事実上教員が決めていた採択を、地域の住民の教育意思を反映すべく首長にも一定の関与ができるようになったのだ。良質の教科書が子供達の手に渡るべく、首長の奮起を大いに願いたいものである。すぎはら・せいしろう 昭和16(1941)年、広島県生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。城西大学教授を経て帝京平成大学教授を歴任。平成18年退職。新しい歴史教科書をつくる会会長。著書に『教育基本法―その制定過程と解釈』(協同出版)、『教育基本法の成立―「人格の完成」をめぐって』(日本評論社)、『日米開戦以降の日本外交の研究』(亜紀書房)などがある。  

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    戦後教育史を覆す資料発掘! やはりGHQ主導だった教育基本法制定

    江﨑道朗(日本会議専任研究員)国家の独立が問われている 「自民党執行部は、公明党と妥協した教育基本法改正案を呑めというのか」-。自民・公明両党執行部からなる教育基本法改正に関する協議会が4月13日にまとめた最終改正案に対して、自民党を支えてきた諸団体から強い不満の声があがっている。「現行基本法の理念を守りたい」公明党に引きずられ、多くの問題点を残す内容となったからだ。 校長らに多数の自殺者を出してきた国旗掲揚・国歌斉唱反対運動の法的根拠として利用されてきた現行法十条の「教育は、不当な支配に服することなく」との文言はそのまま残った。 わが国の宗教団体の大半が加盟する「日本宗教連盟」(神社本庁、教派神道連合会、全日本仏教会、新日本宗教団体連合会、日本キリスト教連合会の主要五団体で構成)が求めていた「宗教的情操の涵養」の盛り込みは見送られた。 最大の争点となっていた「愛国心」の表現は、「『国』の概念から統治機構を除く」「他国や国際社会の尊重を反映させる」(4月14日付「公明新聞」)という公明党の主張に譲歩し、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」となった。「国を愛する心」ではなく「国を愛する態度」ならば、卒業式で国歌を歌っているふりをすればいいということになりかねない。 現場に悪影響を与えてきた文言が残るだけでなく、新たな問題も惹起しかねない法案の動向について教育関係者が強い憂慮を示しているのとは対照的に、世論の関心はいま一つだ。 それは何故か。いろいろな理由があるだろうが、教育基本法制定当時、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって「愛国心」や「宗教的情操」がいかに削られ、「不当な支配」が盛り込まれたのか、ほとんど知られていないことが一因だと私は考える。 教育基本法は、憲法同様GHQによって実質的に押し付けられた法律なのである。しかも、GHQや彼らに協力した日本人は、「押し付け」を巧妙に隠蔽し、日本が自主的に制定したかのように偽装した。教育という国の根幹、国民精神に大きな影響を与える法律だけに、このような制定経緯は日本という国家の独立性を揺るがすものである。基本法が教育現場に与えている悪影響に加えて、この点が広く知られていれば、改正論議はもっと高まっていただろう。 教育基本法制定をめぐる実情が知られていない責任の一端は、基本法を作成したとされている教育刷新委員会の副委員長を務めた南原繁東大総長にある。南原氏は講和独立後、占領政策の全面的見直しを始めた政府自民党の動きを念頭に、こう断言したのである。《わが国の戦後の教育改革は、教育刷新委員会を中心として、これら政府当局者の責任においておこなわれただけである。(中略)私の知る限り、その間、一回も総司令部から指令や強制を受けたことはなかった。少なくとも教育刷新委員会に関する限り、すべては、われわれの自由の討議によって決定した》(朝日新聞社編『明日をどう生きる』昭和30年)[傍線筆者。以下同じ] 教育界のみならず戦後の言論界に強い影響力をもっていた南原氏の発言によって、「教育基本法はGHQの干渉を受けることなく日本人が自主的に作った」という定説が確立され、その見直しは長らくタブーとなってしまったからである。 その定説も、鈴木英一氏や高橋史朗氏らによる占領文書の研究を通じて疑問視されるようになってきているが、残念ながらその成果が国民全体に共有されているとは言い難い。自主的な教育改革を否定したGHQ そもそも敗戦後、わが国の教育改革がどのように始まったのかも誤解している人が多い。 日本政府は昭和20年8月の敗戦を受けて直ちに、戦時中の「軍国主義教育」の全面的見直しと、「平和国家建設」に向けた教育改革に着手している。 9月15日に発表した「新日本建設の教育方針」では、戦時中の「軍国的思想および施策を払しょく」し、「平和国家」を建設するため、「国民の教養の向上」「科学的思考力のかん養」と共に、「国民の宗教的情操と信仰心を養」うことを通じて、「平和愛好の信念」を養成する方針を掲げている。 GHQからの指示を待つまでもなく、日本は自主的に教育改革を始めたのだが、アメリカ国務省調査分析課は十月五日付内部報告書「日本の戦後教育政策」の中で、「新日本建設の教育方針」を取り上げ、「科学教育の振興」には「日本が原爆開発への遅れにみられる日米間の科学技術のギャップを埋めるためのものであるという意図が巧妙に隠されている」などと批判している。 「米国の目的を支持すべき、平和的かつ責任ある政府を、究極において確立する」(9月20日付「降伏後における米国の初期対日方針」)、つまり日本にアメリカの傀儡政権を樹立するという方針をアメリカ政府から与えられている以上、GHQとしても、日本の自主的な教育改革を認めるわけにはいかなかったのだ。10月30日には、「教員及び教育関係官の調査、除外、認可に関する件」という指令を出し、日本の国柄を守る立場から自主的な教育改革を推進し、占領政策に異を唱えてくる文部省官僚たちを直ちにすべてクビにしろ、と命じている。 この容赦ない方針によって「実際の文部大臣は総司令部」(内藤誉三郎・文部大臣官房総務室)という状況を作ることに成功したGHQは次に、自らの政策に迎合する日本人グループの形成に取り掛かる。昭和21年1月9日、「米国教育使節団を受け入れるため」という名目で、GHQは日本側に「日本教育家委員会」を作るよう指示したのである。その委員長に就任したのが、前述した南原氏であった。 熱心なプロテスタントであった南原氏だが、戦前から愛読書として旧約聖書とともにマルクスの『資本論』を挙げるなど社会主義に強いシンパシーをもっていた。内務省に入省した南原氏は大正8年、日本最初の労働組合法を立案、大正9年にはレーニンの『国家と革命』を翻訳させ部内資料として出版している。大正10年に東大助教授に転身、その弟子には、戦後の進歩的文化人の代表格であった丸山真男東大教授や、中国共産党と組んで日本の戦争犯罪を告発する戦後補償裁判を主導した土屋公献元日弁連会長がいる。 この南原氏を中心に進歩的文化人たちが結集した「日本教育家委員会」は、3月5日に来日した米国教育使節団を受け入れ、戦前・戦中の日本の教育政策を非難する「報告書」の作成に協力している。この委員会のメンバーが中心となって21年8月10日に新設されたのが、前出の教育刷新委員会(委員長、安倍能成元文相)なのである。リモート・コントロールリモート・コントロール 協力者としての刷新委員会を組織したGHQは、教育改革の主導権が文部省ではなく刷新委員会にあることを再確認すべく、密室会談を主催する。 GHQの教育改革を担当していた民間情報教育局(CIE)は9月4日、田中耕太郎文相、山崎匡輔文部次官、教育刷新委員会の安倍委員長、南原副委員長を集め、①刷新委員会は、文部省から完全に独立する。②文部省は、刷新委員会が提案した政策を実行する。③刷新委員会と文部省、CIEの連絡調整のために「連絡委員会」を設置する--という方針を提示したのである。「刷新委員会が方針を決定し、文部省はそれに従え」と命じられた田中文相は、「文部大臣が原則について何も決定できないなら、議会での質問に対する答弁も困難だ」と抵抗するが、南原副委員長はCIEの方針に全面的に賛同し、文部省は刷新委員会の下請けに過ぎないことが決定される。 では、南原氏が指摘しているように、刷新委員会がGHQから干渉されることなく教育改革の方針を作成できたのかと言えば、そうではなかった。 注目してほしいのは、③の連絡委員会の設置である。日本側の文献では「連絡委員会」と呼ばれるが、英語の原文は「Steering Committee」、直訳すると「舵取り委員会」となる。その狙いを、アメリカのハリー・レイ教授は、《CIEは連絡委員会を通して、教育刷新委員会を米国教育使節団の報告書の枠内で指導し、文部省に教育刷新委員会の提案を受け入れさせることが可能になった。ステアリング・コミッティーは日本語で「舵取り委員会」とも訳される通り、教育刷新委員会の「独立」の陰に隠れて、CIEが日本側をリモート・コントロールする送信機のようなものであった》と説明している(『戦後教育改革通史』明星大学出版部、平成5年)。 9月24日、第一回舵取り委員会に出席した刷新委員会の大島正徳委員は、3日後の27日に開催された教育刷新委員会第四回総会で、刷新委員会で何を議題とするかはすべて事前に舵取り委員会を通してもらいたいと言われたとして、こう報告している。 《この委員会は自主的なものであって、我々はこの委員会が決めることは文部省の指令に依るものでなく、又司令部の指令に依ってやるべきものでもなく、全くオートノマス(自律的)にやるべきだが、委員会に正式に議題にする前に、先ずこのステアリング・コミッチー(舵取り委員会)で相談して、これは議題にするが宜いかどうかを考えなければならぬ》(『教育刷新審議会教育刷新審議会会議録 第一巻』岩波書店、1995年)[引用文の( )内は筆者が補足] 結局のところ刷新委員会は、CIEの許容する範囲内でしか「自主性」を認められなかったわけである。CIEによる第一の介入は「愛国心」の排除 戦後の教育改革の主導権を政府・文部省から、リベラル派の進歩的文化人による刷新委員会に握らせ、かつ同委員会を、舵取り委員会を通じて背後からコントロールするという仕組みを構築することに成功したGHQは、いよいよ教育基本法制定に着手することになる。『尋常小学修身書』の復刻版。修身教科書は教育勅語を中心に編集された 教育基本法制定に初めて言及したのは田中耕太郎文相だった(昭和21年6月27日、衆議院)。しかし、それをもって教育基本法制定は日本側の発案だったと断言することはできない。義務教育の無償化や男女平等を謳った日本国憲法の制定に伴い、田中文相の意志とは関係なく、教育関係法規は全面的に書き換えなければならない状況に置かれていたからである。GHQに日本国憲法を押し付けられた段階で、教育基本法を制定せざるを得なかったわけで、真の発案者はGHQと言ってよい。 文部省は7月18日、省内に「教育調査局」を新設し、教育法の全面改正に向けた準備を開始し、9月27日、刷新委員会第一特別委員会に、文部省の「教育基本法要綱案(9月21日案)」を提出している。 注目すべきは、この「要綱案」に「愛国心の涵養」という趣旨がなかったことだ。実は明治24年に公布された文部省令の「小学校教則大綱」の第二条には、「尋常小学校ニ於テハ(中略)殊ニ尊王愛国ノ志気ヲ養ハントスルコトヲ努メ」と、愛国心の涵養が明記されていた。 ところが、GHQは日本占領直後の昭和20年9月10日から、事前検閲という形で言論統制を始めていた。当初はラジオ放送や新聞、雑誌だけだったが、やがて一般国民の手紙や教科書まで検閲の対象となる。21年2月4日には、CIEが教科書検閲の基準を設定し、軍国主義、超国家主義のみならず、「国民的、国家、わが国」といった用語までも削除されるなど、国家そのものが否定されることになった。こうなると、GHQの支配下に置かれていた文部省としても、「愛国心」という言葉を予め削除した要綱案を作らざるを得ない。これを私は、教育基本法に対する、CIEの第一の介入と呼びたい。 愛国心が欠落した要綱案に異議を唱えた人もいた。刷新委員会第一特別委員会では、天野貞祐一高校長(のち文相)が「ただ自分のために生きるのではなくして、社会国家の為に生きるとか、何かそういうものを入れたいと思う」と主張したが、東京文理科大の務台理作学長(日教組の「教師の倫理綱領」作成に協力)が「個人を犠牲にせず、個人の自由をあくまでも尊重する(中略)そういう精神に教育の理念が基づくべき」と反論、これに社会党の森戸辰男議員(のち文相。日教組と提携)が賛同したため、「国の発展に尽くす」という趣旨は完全に消えることになったのである。「不当な支配」もCIEが強制 刷新委員会の日教組派の委員たちによって、愛国心が排除された教育基本法要綱案が固まった段階で、CIEは本格的な介入を開始する。 11月12日、CIEのジョセフ・トレーナー教育課長補佐は、刷新委員会の事務局を担当していた関口隆克・文部省審議室長を呼び出した。トレーナーは、舵取り委員会つまりGHQの了承なく、文部省が刷新委員会に要綱案を出したことを取り上げ、「文部省が議会に提出する諸法案は、CIEの承認を得なければならない」と詰問、関口室長は「今から、あらゆる問題を舵取り委員会に提出する」と改めて約束する。 11月14日、関口室長は「9月21日案」の英訳をCIEに提出、密室による本格的な改悪が始まることになる。CIEがまず問題にしたのは、「男女共学」の項目だった。 11月18日、CIEは男女共学について積極的な言及を行うよう要求、これを受けて関口室長は「男女はお互に敬重し、協力し合わなければならないものであって、両性の特性を考慮しつつ同じ教育が施されなければならないこと」という案を持参するが、CIEは了承せず、文部省案の「両性の特性を考慮しつつ」という文言は削除されてしまう。もし教育基本法に「両性の特性を考慮」という文言が残っていたならば、現在問題となっているジェンダー・フリー教育がこれほど横行することはなかったと思うと、CIEによる第二の介入は大きな禍根を残したといえよう。 CIEによる第三の介入は、「教育行政」の項目であった。 11月29日の刷新委員会第13回総会に提出された「要綱案」には、「教育行政は、学問の自由と教育の自主性とを尊重し、教育の目的遂行に必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならないこと」とあった。刷新委員会はこの表現で合意していたのだが、CIEのトレーナーは「教育の自主性の尊重」という表現を問題視し、修正を要求した。 文部省に案を作らせても満足できる表現が出てこないことにしびれを切らしたトレーナーは自ら英文で要綱案を作成、12月13日、「教育行政」の項目は「教育は、政治的又は官僚的な支配に服することなく(Education shall not be subject to political or bureaucratic control)、国民に対し独立して責任を負うべきものである」という表現に変えるよう、文部省に通告したのである。その後も、教育行政の表現をめぐってCIEと文部省による密室会議は続き、翌22年1月15日案で「不当に」という言葉が追加され、最終的に現在の表現になったのである。今回の基本法改正でも焦点となった「不当な支配」という表現は、CIEによって強制されたものであったのだ。「伝統を尊重して」「宗教的情操」も削除「伝統を尊重して」「宗教的情操」も削除 第四の介入は、「伝統の尊重」の削除である。11月29日の刷新委員会総会に提示された要綱案では、前文に「普遍的にしてしかも個性ゆたかな伝統を尊重して、しかも創造的な、文化をめざす教育が普及徹底されなければならない」と明記されていたが、トレーナーは「伝統を尊重して」という言葉の削除を命じた。当時の通訳が「伝統を尊重するということは、再び封建的な世の中に戻ることを意味する」と述べたからだ、と明星大学の高橋史朗教授とのインタビューでトレーナーはその理由を説明している。 第五の介入は、「宗教教育」をめぐってであった。前述した11月29日の要綱案では、宗教教育について「宗教的情操のかん養は、教育上これを重視しなければならない。但し官公立の学校は、特定の宗派的教育及び活動をしてはならないこと。」と規定されていた。この表現は、社会党の森戸委員でさえも合意した案であり、宗教的情操の涵養が重要だという認識は、社会主義者も含め当時の日本人の総意であったのである。 ところが、CIEは「宗教的情操のかん養」を削除し、「社会における宗教生活の意義と宗教に対する寛容の態度は、教育上これを重視しなければならない」というCIE案に差し替えるよう日本側に要求した。しかも「宗教に対する寛容の態度」という表現は、「無神論者に対する寛容を含む」と解釈されることになったため、宗教を敵視する無神論(つまり社会主義、共産主義)を奉じる児童・生徒に配慮して事実上、学校教育において宗教に関する教育はすべて禁止されることになってしまったのである。 この第四・第五の介入で、伝統的な死生観や慣習を学校教育で教える法的根拠が失われてしまった。 要するに今回公明党が重視した「教育基本法の基本理念」なるものはすべてGHQ・CIEの密室介入の産物に過ぎないのだ。自主制定というGHQの偽装を証明する議事録を発見 この冷厳な事実を日本の立場から証明する史料を今回発見した。CIEが文部省や刷新委員会を背後からコントロールするために設置した舵取り委員会の「日本側議事録」である。 教育基本法制定の真相を理解するためには、舵取り委員会でのやりとりを知る必要がある。日本側は必ず議事録を残していると思ったのだが、なかなか見つからない。国立国会図書館や首都圏の主要大学図書館などで探し、文部科学省や戦後教育史の専門家にも問い合わせたが、「知らない」という回答であった。調査は3年以上に及んで諦めかけていたが、「教育刷新委員会会議録」の原本を保存している財団法人野間教育研究所の「書庫」でついに見つけた。 万年筆で書かれたざら紙による、昭和22年1月23日から24年7月28日までの31回分の舵取り委員会議事録のファイルで、『教刷委連絡委員会記録全一冊(ステアリングコミティ)』という表紙がついていた。 CIEが教育基本法の要綱案に対して介入していた昭和21年後半の議事録はなかったものの、肉筆の生々しい文字から浮かび上がってきたのは、想像通りCIE主導で教育基本法を含む改革が行われていたという現実であった。 例えば、教育基本法案が大詰めを迎えていた昭和22年1月23日の議事録には、次のようなやり取りが書かれてあった。 《辻田 通常国会に提出する案は三つあつて(教育基本法、学校教育法、地方教育行政法)今第一が法制局で検討中である。 トレーナー 教育基本法は今我我も一緒に検討中で未だ確定していないと思うが…。 辻田 決定したものではなく教育部と平行して法制局にも検討して貰っているのだ。主として字句の問題で、内容にはふれていない》 文部省の辻田力調査局長が、CIEの了解なく教育基本法要綱の法案化作業を法制局に依頼したことを、トレーナー教育課長補佐から咎められ、うろたえている様子が分かる。 教育基本法が衆議院本会議に上程された三月十三日の舵取り委員会「議事録」にはこう記されていた。 《日高 教育基本法と学校教育法のその後の経過を話す。前者は本日議会上程、後者は十五日或いは十六日に議会上程と予想している。非常に困難があったが通過するものと期待している。 オア 文部省の御骨折りに感謝する》 この「御骨折りに感謝する」という文字を見た時の衝撃は忘れがたい。なぜCIEが、文部省に対してお礼を言わなければいけないのか。徹底した密室介入によってGHQ製に換骨奪胎した教育基本法案を、日本人が主体的に作った案として国会に上程することに成功したため、思わず本音が出たのだろう。教育基本法が日本人のためではなくGHQのために作られたことを、この一文は物語っているといえよう。「属国の悲しみ」を克服せよ マーク・T・オアCIE教育課長から労いの言葉を直接かけられた文部省の日高第四郎学校局長はこのとき、どのような思いを抱いたのか。調べたところ、日高局長が後にCIEとの折衝について書いた一文に「属国の悲しみ」という表題をつけていることが分かった。 CIEによって徹底的に改悪され、わが国の教育に大きな悪影響をもたらすことが予想される教育基本法を、日本人自身が作成したと偽って国会において成立させなければならなかった。日高局長が味わった「属国の悲しみ」はその後語り継がれることもなく、忘れ去られてしまっている。 それは、「日本人によって教育基本法は作られた」かのように偽装したGHQ・CIEを擁護して、「一回も総司令部から指令や強制を受けたことはなかった」と虚言を弄した南原東大総長のような人物が戦後教育の中心にいたからだ。さらに、誤った「教育基本法制定史」を流布したのは、南原氏だけではなかった。今回私が見つけた「舵取り委員会議事録」には複数の人間が閲覧した足跡が残されていたのである。教育基本法に対する疑問が国民の間に芽生えることを避けるためか、敢えてその存在を公開してこなかったふしがあるのだ。 今回の教育基本法改正にあたって「宗教的情操」や国を愛する「心」を削り、「不当な支配」を残すことに合意した与党幹部たちもある意味、そんな悪質な情報操作の被害者かも知れない。何しろGHQの密室介入の産物を、日本人が守るべき教育理念だとすっかり勘違いしてしまっているのだから。 しかし、与党幹部たちの誤った「教育基本法制定史」観によって、わが国の教育の歪みが放置されてはたまらない。今からでも遅くはない。正しい「教育基本法制定史」観に基づいて与党案を抜本的に修正すべきだ。 幸いそのモデルは出来ている。超党派の「教育基本法改正促進委員会」(亀井郁夫委員長)が、わが国の歴史と伝統に立脚し、「愛国心」や「宗教的情操の涵養」、「教育に対する国の責任」などを謳った、日本人のための新教育基本法案を作成している(下村博文編『教育激変』明成社)。 わが国の根幹を定める教育基本法の改正は、GHQの改悪を克服する方向で成し遂げられるべきである。えざき・みちお 昭和37年(1962年)東京都生まれ。九州大学文学部卒業。月刊誌『祖国と青年』編集長を経て平成9年から日本会議事務総局に勤務、政策研究を担当。共著に『日韓共鳴二千年史』『再審「南京大虐殺」』『世界がさばく東京裁判』(いずれも明成社)など。※初出 月刊『正論』2006年6月号、肩書などは当時のまま)

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    米では30年前から禁止を議論 ドッジボールと大量殺人の関係

    究であった点です。スポーツだけではなく、科学的裏つけや数値データによる証拠を元に、政策を立案したり、教育カリキュラムを考えるという、大変アメリカ的な考え方が議論の出発点になっています。 アメリカの議論を見てみると、学校体育で何か問題があると、教育的な価値観や意味など、感情的な議論だけで終始してしまったり、根性論に行き着きがちな日本の議論というのが、いかに野蛮で原始的なものであるかが、よくわかります。根性論だけで太平洋戦争を勝ち抜こうとし、自国の兵士の多くを餓死においやった、日本の無能な意思決定者達も、科学的根拠やデータを無視していましたが、現在の日本でも、その根本は全く変わっていないのです。「社会学的な観点」も疑問符 ところで議論きっかけの一つは、学術論文誌であるJournal of Physical Education, Recreation & Danceに掲載された 「Premeditated Murder Let's “Bump-off” Killer Ball」(計画的殺人:殺人玉をやめよう)という論文です。(http://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.1080/07303084.1986.10604342#.VZW792C8Qqg) この論文では、ドッジボールの教育的効果が疑問視され、このようなスポーツは排除するべきだと述べられています。1992年には、イースタンコネチカット大学のNeil Williams教授による、「The Physical Education Hall of Shame」(体育の恥の殿堂)(http://home.comcast.net/~physedteacher/QualityPE/HallofShame1.pdf)という報告書が発表されました。この報告書は大きな話題となり、Williams教授はテレビのニュース番組に出演し、ドッジボールの問題点を訴えます。ネットではドッジボールに関する議論が盛り上がります。 2001年には、Journal of Physical Education, Recreation & Danceに、「In Issues: Is there a place for dodgeball in physical education」という記事が掲載されます。(http://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/07303084.2001.10605732?journalCode=ujrd20#.VZW-B2C8Qqg) この記事ではドッジボールは、教育的観点からあまり得るものがないので、体育としてやるのはどうか?というドッジボールの問題点が、デラウェア州立大学や、サンディエゴ州立大学の研究者により指摘されています。大変アメリカらしいのが、ドッジボールの教育的観点が、身体的教育だけではなく、社会学的な観点からも考察されている点です。「同じような能力や体力の生徒で構成されたグループでやらないと、教育的効果がない」「ボールが一つしかないので、参加できる生徒が限られている」「ボールを投げる、ぶつける、取るという、単純なスキルしか要求されないので、訓練や練習で技能が向上するわけでもなく、学びも多くはない。生徒のもともとの体力に左右される」「社会的なスティグマの問題もある。ドッジボールでは少数のオタク(Nerd)がマッチョな生徒の標的となり、ゲームの早期にボールをぶつけられることで、早々にゲームから除外され、コートの外から見ていなければならない。クラス全体からの辱めを受ける」「勝者は少数であり、多くは敗者となる」「生徒にゼロサムゲーム(勝つか負けるか)、低い関与、疎外、男女混合教育の不平等、高い怪我の可能性などを体験させたいのか?」 このような議論を受けて、メイン州、フロリダ州、メリーランド州などでは、2000年前後に、ドッジボールを小学校でやることを推奨しない、もしくは禁止する学校がでてきました。テキサス州のオースティン市のオースティン独立学校地区(The Austin Independent School District)では、1999年からドッジボールが禁止されています。この禁止は公式なもので、ドッジボールが地区や自治体の規模で、公式に禁止されるのは、アメリカで初めての試みでした。学生を大量殺人においやったスクールカーストによるイジメ ここでカリキュラム専門家として働くDiane Farrさんは、ニューヨークタイムズのインタビューに対して「ドッジボールは現代の学校でやるべきものではないですね、特に今日の社会では。コロンバイン高校の件(銃撃事件)や、様々な暴力が存在しますから、子供たちには何を教えるか、十分な注意が必要です」と答えています。Farrさんは、インタビュー中で、1999年4月にコロラドのリトルトンで発生し、12人の生徒犠牲になった無差別銃撃事件も引き合いに出しています。(http://www.nytimes.com/2001/05/06/us/increasingly-schools-move-to-restrict-dodgeball.html) メリーランドはワシントンDCに近く、リベラルな人が多いので、なんとなくわからなくもないのですが、テキサス州でも禁止というのが驚きです。私は学部時代にテキサスに留学していたのですが、ここは、銃をスーパーで売っている様な州で、女性は真っ赤な口紅の厚化粧、中絶反対派が医者を射殺するみたいな保守的なところなので、マッチョこそよし、という価値観があるところなのです。 しかし、そういうマッチョで銃が簡単に手に入る土地だからこそ、ドッジボールの禁止が真剣に議論されたのです。 アメリカで2000年前後に発生した、学生による銃を使った大量殺人事件は、スクールカーストによるイジメが原因の一つであったともいわれています。 運動が下手くそで、見た目が地味で、友達も少なく、運動会やフットボールでスターになることが絶対になく、ドッジボールでは一番先にボールをぶつけられて、クラス全員から「のろま」「邪魔だよ」「なんで取れないの?」といわれてきた子供達は、運動ができないが為に、早々に仲間はずれにされ、マッチョで単細胞な男子に真っ先に標的にされ、ボールを避けたり取ったりできないというだけで、無能扱いされて、寂しい思いをするのです。 運動ができることがスクールカーストの上位にくる世界では、パソコンを組み立てるノウハウやアメコミについて語る知識は無視されます。ドッジボールでは、ボールを投げたりぶつけられるのが「楽しい」と感じることがないウスノロは、人間失格で、クラスメイトの誕生会にも呼ばれないし、遠足では、一人でお弁当を食べ、休み時間には、クラスの隅っこで、本を読んで、友達がいないことをごまかす他ないのです。 いつも仲間はずれの生徒は、スーパーで売っている銃を目にします。それを本当に手に取ってしまうのはごく少数ですが、アメリカでは、本当にぶっ放してしまった生徒がいたのです。 ドッジボールのコートの隅っこで、「どうしてボールが来ると体が動かないんだろう」と悩んでいた肥満度41%の小学生だった自分には、ドッジボールを禁止しようと真剣に議論する学者が、なぜそんなに真剣なのかが、よくわかるのです。 テキサスでは、ライフルの弾丸が週末になるとスーパーで特売になっていて、同級生の多くは、車の中にハンドガンを隠し持っているのが当たり前でしたから。

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    ボールが捕れない子どもの視点から考えるドッジボールの教材価値

    という意味)と改名され、内野に捕球が認められるようになった(11)。 このようなドッジボールが、学校教育に初めて取り入れられたのは、小久保らによれば、1913(大正2年)年に発布された「学校体操教授要目」においてであるという(10-48頁)。この要目において、「デッドボール」の名称で小学校の遊戯教材の一つとして位置づけられた。 その後も、継続的に学校体育に位置づけられ、1947(昭和22年)年に発布された「学校体育指導要綱」では、3 年生向けのボールゲームとして採用されている。さらには、1949(昭和24年)年に発布された「学習指導要領小学校体育編」には、高学年「ドッジボール」、中学年「方形ドッジボール」、低学年「自由ドッジボール」「ころがしドッジボール」が採用されている。それからの学習指導要領の改訂においても、継続的にドッジボールは位置づけられ、現在に至っている。 このように、ドッジボールは、明治時代から現在に至るまでの長い歴史を経て、現在でも学校体育において子どもたちに親しまれている。(2) 教材としてのドッジボール 先に述べたドッジボールの変遷からも、ドッジボールには2つの競争目的があることがわかる。 一つは、相手の身体をねらってボールを当てるという攻撃時の目的である。もう一つは、ボールに当たらないように避けたり、捕球したりする守備時の目的である。この目的について、戦術学習の視点から廣瀬らは、「防御面の突破(ボールを通過させることを目指して、相手にボールをぶつけること)」を攻撃の課題とし、「防御面の構築(相手が投じるボールを通過させないことを目指して、ボールを保持すること)」が防御の課題であると指摘する(4 -84頁)。 さらに、鈴木は、ドッジボールの攻守の動きとバレーボールの動きとには、類縁性があると指摘する(2 -72頁)。ドッジボールにおいて、ボールをもった攻撃側(内野)は、自コートと相手コートを区分する境界線まで詰め寄って、相手チームの内野をねらってボールを投げつける。この時、防御側の内野はコート後方まで退却し、ボールを捕ったり避けたりする。そして、捕球すると、直ちにそのボールを持って前線まで攻め上がり、相手チームを攻撃する。 一方バレーボールは、レシーブ→セットアップ→アタックの一連の動きで攻撃を組み立てる。すなわち、後方で守り、自コートに飛んできたボールをはじいて前線に運んで、相手コートをめがけて反撃する動きとなり、この動きが前述したドッジボールの内野の動きと同型といえるのである。 すなわち、ドッジボールで学習したことが、中・高学年で学習するネット型の学習へと転移する可能性がある。 このような競争目的をもつドッジボールの楽しさについて、後藤らは、「ドッジボールが子どもに人気のある理由は、動く獲物を追い込んでボールを投げ当てること、また逆に、これをひらりとかわすことにあるといえ、ドッジボールの『動く的当てゲーム』としての運動課題に妙味を感じるからである」(3 -173頁)と述べる。すなわち、ドッジボールは、ボールを相手の身体に当てる、そのボールを捕る、かわすことが楽しいゲームといえる。 このように高い教材価値をもつドッジホールではあるが、深見によれば米国では評価が大きく分かれているという。深見は、米国の教育雑誌に掲載された 3 編のドッジボールに関する論文をもとに、米国におけるドッジボールの教材価値とその課題を紹介している(1 -62頁〜64頁)。以下、その内容を要約する。 米国においても、ドッジボールは、子どもにも教師にも非常に人気が高い。しかも、ドッジボールは、ボール操作能力はもちろん、生まれながらにして備わっている攻撃性や支配性を上手に統制する能力や、ときにはチームのために身体を張ってみんなの犠牲になるといった理想的な生き方を教えてくれる価値があるという。 一方で、ドッジボールは、別名「殺人ボール」「人殺しゲーム」「監獄ボール」等と呼ばれ、人を標的にしてボールをぶつけるという非教育的側面や、それにより精神的にも肉体的にも子どもを傷つける可能性があるという。また、教えるべき内容があまりなく、最も運動技術や体力を育成すべき対象である運動の苦手な子どもたちのゲーム参加の機会を奪ってしまうともいう。 このように、ドッジボールには様々な教材としての高い価値を含んではいるが、解決しなければならない課題があることがわかる。(3) ボールを捕ることが苦手な子どもとドッジボール 前述した通り、相手の身体をねらってボールを当てることが、攻撃時の競争目的である。そのため、相手が投じるボールは、体幹にパスされるようなボールばかりではない。捕球の失敗を意図して、スピードのあるしかも捕球しづらい下半身などの身体を的にしてボールは飛んでくる。このようなボールが飛び交うドッジボールであるからこそ、ボールを捕ることが苦手な子どものゲーム参加が消極的になるのである。 しかも、ボールを捕ることが苦手な子どもは、ボールがこわい、捕球できる気がしないと思い、捕球しようとしても失敗を繰り返すことに終始するだけで、捕る動きの感じや身体の動かし方を獲得することができない。そして、このような経験によって、ドッジボールは感情的に嫌い、なじめないという負の感情をもたせ、捕球を避ける逃避行動につながるのであろう。 このような子どもたちには、目の前に示された運動に対して感情的にいやではないという「なじみの地平」(9 -159頁)に誘い込むような教材が必要になる。また、金子によれば、ある動きができる、あるいは動けるためには、「身体をどのように動かせばうまくいくのかという〈私の動きかた〉に身体中心化として収斂していくコツという身体知」(8 -326頁)と、「私の身体を取り巻く情況の有意味さをとらえ、同時にその動感志向を投射できる〈私の動きかた〉を生み出すカンという身体知」(8 -326頁)の 2 つの動感能力が必要になるという。 このことをボールを捕ることが苦手な子どもについて考えてみると、「飛んでくるボールの動きに合わせて、いつ、どこに移動したらよいのか」といった、ボールが飛んでくる方向やスピードなどのボールの動きを読むカンと、「どのような感じで、ボールを捕ればよいのか」といった、捕る動きの感じや、身体の動かし方といったコツが絡み合わず、捕ることがうまくできない子どもであったといえよう。 このように考えると、「動く的当てゲーム」であるドッジボールにおいて、ボールを捕ることが苦手な子どものゲーム参加は、困難を極めることがわかる。ドッジボールの教材づくり3.ドッジボールの教材づくり(1) 既存のドッジボール教材の検討 ドッジボールは、地域や学校ごとに様々なルールーが採用されているが、相手コートへの侵入を禁止するルールや、ボールを当てられたら相手チームの得点となることは一貫している。 このような様々にあるドッジボールのゲームを後藤らは、コート条件とプレイヤーと攻防の形式よって「中当て型」と「対面型」の 2 つに大別している。「中当て型」は、一定時間攻守(内野と外野)の役割が固定され、時間が経過すると攻守を交代する。一方、「対面型」は、攻守の役割はボールを保持したチームが攻撃であり、そうでないチームは守りとなる(3 -176頁)。 さらに、投捕、避ける技能が未熟な段階では、これらの動作の基本的な動きを別々の課題として学習する方が身につけられやすいことから、「対面型」よりも「中当て型」の方が相応し、「中当て型」から「対面型」へと段階的に指導することによって質の高い動きが身につくと指摘している(3 -178頁)。 このことから、ボールを捕ることが苦手な子どもにとっては、「中当て型」のゲーム形式が適切であることがうかがえる。低学年を対象とした「中当て型」の代表的な教材として「ころがしドッジボール」と「はしごドッジ」がある。この教材について、ボールを捕ることが苦手な子どもの学びの視点から以下に検討する。ア.ころがしドッジボール(図 1) ころがしドッジボールは、円形のコートの外に外野は位置し、コートの中に位置する内野の身体を的にボールを転がす。内野は、身体にそのボールが当たらないように避ける。決められた時間が経過したら、内野と外野は交代して、どちらが多く当てたかを競うゲームである。 この教材には、ボールを捕る課題がない。そのため、飛んでくるボールへの恐怖心が軽減でき、捕球が苦手な子どもも参加しやすい。また、飛んでくるボールは、空中ではなく平面を転がるため、ボールの軌道を読んで動くことがやさしくできる。さらには、転ってくるボールに当たらないように、身をかわす動きを身につけることができる。 しかしながら、ボールを捕ることが苦手な子どもは、前述したように捕る動きばかりではなく、飛んでくるボールの軌道を読んで動くことが難しい。そのため、転がってくるボールを避けることがうまくできないため繰り返しボールに当たり、チームを負けに導くお荷物となりかねない。また、本教材は、ボールの動きの先読みはするものの、ボールから遠ざかる動きとなり、ボールに近づいて捕球するその動きとは逆の動きとなる。イ.はしごドッジ(図 2) はしごドッジは、方形のコートの外に外野 2 人が位置し、コートの中に位置する 2 人の内野の身体を的にボールを投げる。内野は、そのボールを捕球したり、避けたりする。決められた時間が経過したら、内野と外野は交代して、どちらが多く当てたかを競う。そして、勝ったチームは、右側のコートに一つ移動(はしごを一段上る)し、対戦チームを替えて再びゲームをする。このゲームは、内外野ともプレイヤーの数を 2人にして、投げたり、捕ったりする機会を多く保障しながら、技能向上を図ることができる。しかしながら、高橋が「ボールを捕る技能が身についていない段階では、コート内のチームは避けることだけを課題にすべきである」(14-92頁)と述べるように、ボールを捕ることが苦手な子どもにとっては、難しいゲームといえる。(2) ドッジボールの教材配列 ボールを捕ることが苦手な子どもにとっては、上記で述べた「ころがしドッジボール」も「はしごドッジ」も難しい教材である。このように考えると、ボールを捕ることが苦手な子どもには、ボール捕球がもっとやさしくでき、しかもゲームを繰り返しながら捕球技能が高められるような教材が必要である。 このような考え方に基づいて考案した教材を配列したのが、表 1 の教材配列である(注)。この教材配列は、ボールの動きを読んで動く課題から、動きをやさしくしたボールを捕る課題へと高めて、最終的にはボールを捕ったり投げたりしながら「はしごドッジ」が楽しめるようにすることを想定している。(1)トンネルコロコロゲーム(12-54頁)(図 3) このゲームは、ボールの動きを読んで移動する経験をさせることを意図している。「中当型」を取り入れ、外野はもう 1 人の外野にボールを転がしてパスする。内野は、このボールを開脚立ちした両脚の間を通過させることで 1 点が獲得できる。飛んでくるボールは、平面を転がってくるため、空中を飛んでくるボールよりも、ボールの軌道の先読みがやさしくできる。しかも、捕球をすることが課題となっていないので、捕れそうにないから動けないことを防ぐことができる。(2)トンネルコロコロ・キャッチゲーム(13-78頁〜79頁)(図 4) このゲームは、前述したトンネルコロコロゲームの意図を踏襲しながら、ゴム紐をはさんで平面を転がってくるボールを捕る課題を加えて、攻防を楽しむゲーム形式に修正している。 1 チームは 2 名で構成し、前衛と後衛に分かれ、その役割は下記の通りである。・攻撃時は、後衛がコート中央に張られたゴム紐の下を転がして、相手コートの得点ラインを通過させると 1 点・守備時は、前衛が、トンネルコロコロゲームと同様に、両脚の間を通過させると 1 点。後衛の児童は、コート内で捕球したら 1 点(3)エプロンキャッチ(12-55頁)(写真 1)(写真1) 本間らによると、「小学生のドッジボールの公式試合における投・捕球動作パターンを調べた結果、捕球動作で最も多かったのは、胸と両方の掌と胸で抱きかかえるような捕り方『屈曲胸捕球』であり、成功率も高い」(5 -684頁)と報告している。 このことから、「屈曲胸捕球」は、強く投げられたボールの捕球失敗を防いだり、弾力的に怪我なく捕球する上で適切な捕球動作といえる。そのため、ボールを捕ることが苦手な子どもには、まずは身につけさせたい捕り方である。この屈曲胸捕球の動きを身につけることを意図した教材が、エプロンキャッチである。ビニールシートを張って斜面をつくり、この斜面を転がり落ちるボールを身につけたエプロンで捕る。ボールは平面を転がるので、空中を飛んでくるボールよりも、先読みがしやすくなる。 まずエプロンを着けさせ、その裾を内側から両手ですくい上げ逆手で握らせる。そして、シートから転がり落ちるボールを両手でもったエプロンを広げようと両腕を差し出し、さらにエプロンで包み込むようにボールを捕らせる。 このようにして、「屈曲胸捕球」の動きの類似の運動経験を経て、「エプロンをつかわないで捕る」「ボールが転がり落ちるシート端から離れた地点から移動して、エプロンをつかわないで捕る」ことを新たな課題とする。(4)キャッチゲーム(13-78頁〜79頁)(図 5) このゲームは、前述した「トンネルコロコロ・キャッチゲーム」の意図やゲーム形式を踏襲しながら、空中を飛んでくるボールへの対応を課題としている。 特徴的な修正点は、下記の通りである。攻撃時:自分のコートでワンバウンドさせて相手コートに投げ入れる。守備時:投げ入れられたボールをノーバウンドで捕球すると1点。 相手チームから投げられるボールは、山なりに緩やかに落ちるため、ボールの動きを読んで移動することがやさしくなる。また、エプロンキャッチで身につけた屈曲胸捕球の動きで対応できる。 さらに、捕ることができるようになったら、「ワンバウンドさせて相手コートに投げ入れる」から、「ワンバウンドさせないで、投げ入れる」 のルールに変更して、空中を直線的に飛んでくるボールの捕球を課題とする。(5)リングバウンド・キャッチゲーム(13-80頁)(図 6) この教材は、空中を飛んでくるボールを捕ることを課題とした教材である。床に置いたリングを真ん中にして、ペアの子どもが向かい合って立つ。 1 人の子どもが、リングの中にボールを投げ当て、バウンドさせてもう 1 人の子どもにパスする。パスされた子どもは、そのボールを捕り、リングの中にボールを投げ当て、ペアの子どもにボールを返すことを繰り返す。ペアからパスされたボールは、バウンドして山なりに緩やかに飛んでくるので、捕球しやすい。 また、リングの中に投げ当てることが条件となるので、ある程度一定の軌道をもつボールを捕り手に送ることができる。 そして、リングを 1 個から 2 個に増やし、左右に並べて床に置く。相手にパスする時には、2 個のリングから 1 個を選んで、前述したようにパスを繰り返す。そうすることで、1 個のリングの時よりも、左右に移動する動きを引き出すことができる。 さらに、1 分間のパス回数を競うゲームにすることで、捕ってから投げるまでの時間を短縮する必要が生じる。その必要性から、屈曲胸捕球から手だけで捕球する動きや捕ってすぐに投げる動きの発生を促す。(6)キャッチボールゲーム(図 7) このゲームは、はしごドッジのなかで頻繁に生じる「ノーバウンド自分の身体を的に飛んでくるボールを捕る」ことを課題としたゲームである。3 m離れてペアの子どもは向き合う。1 人の子どもが、もう 1 人の子どもをめがけてボールを投げる。もう 1 人の子どもは、そのボールを捕って、投げ返すことを繰り返す。1 分間のなかで捕球が成功した回数を競うゲームである。まとめ ドッジボールは、「投げる」「捕る」といったボール操作の技能習得ばかりでなく、バレーボールなどに発展する戦術を学ぶことができるなど、様々な学習内容が包含されたすぐれた教材であるといえる。しかし、「動く的当てゲーム」の特性をもつボールゲームであるがゆえに、ボールを捕ることが苦手な子どもにとっては、こわく、実質的なゲーム参加を困難にする。 このようなことから、本稿ではボールを捕ることが苦手な子どもが、実質的に参加できるような教材づくりの必要性を述べながら、その教材例を提示した。ここで紹介した教材は、ドッジボールの競争目的である「相手に捕球されないように投げ当てる」「当てられないように逃げたり、捕球したりする」のいずれかが含まれたゲームである。 その意味では、ドッジボールを素材としながら、ボールを捕ることが苦手な子どもの実態を考慮して、ボールの動きや捕ることをやさしくした教材であるといえる。 さて、ドッジボールは、子どもになじみがあり人気のボールゲームである。それ故に、ボールを投げる、捕るといったボール操作の優劣にかかわらず、ドッジボールが楽しめるような教材づくりは重要である。 今後は、本稿で提示した教材配列に基づいた実践を通して、さらにドッジボールの教材づくりとその教材配列の検討をすることが課題である。注)本教材は、筆者が今までに発表した教材を、ドッジボールの下位教材として位置づけながら再構成したものである。引用・参考文献1)深見英一郎:米国におけるドッジボールの教材価値、体育科教育、(56)10、 大修館書店、62頁-65頁、2008.2)福原祐三・鈴木理:みんなが主役になれるバレーボールの授業づくり、大修館書店、2005.3)後藤幸弘・池田康明:ゲーム形式の発展展開によるドッジボール学習についての基礎研究-ドッジボールの教材価値とゲーム様式の分類から-、兵庫教育大学研究紀要(27)、173頁-182頁、2005.4)廣瀬勝弘・村上成治・栗原武志、森浩文;学校体育におけるドッジボールの教科内容に関する一考察、鹿児島大学教育学部教育実践研究紀要、81頁-86頁、2010.5)本間正行・五日市恭子・浦田燁子・志沢千鶴子・竹内正雄・西山逸成・新井重信:小学生のドッジボール競技における投・捕球の基礎的研究、日本体育学会大会号(22)、684頁、1971.6)伊藤久仁:今こそ学びの順序を考慮した教材作りへ、体育科教育、(55)5、大修館書店、18頁-21頁、2007.7)岩田靖:体育の教材を創る、大修館書店、2012.8)金子明友:身体知の形成(上),明和出版,2005.9)金子明友:身体知の形成(下),明和出版,2005.10)小久保桂一郎・柴崎正行:日本の幼児教育におけるドッジボールの変遷、日本保育学会発表論文集(57)、48頁-49頁、2004.11)日本ドッジボール協会:http://www.dodgeball.or.jp/jdba/history.html12)宮内孝・三輪佳見:ボールを捕ることが苦手な小学校低学年児童の促発指導、スポーツ運動学研究(24)、49頁-63頁、2011.13)宮内孝:小学校低学年児童を対象とした「教材づくり」-ボールを捕る動きを高める視点から-南九州大学人間発達研究(4)、76頁-85頁、2014.14)高橋健夫:新しい体育の授業研究、大修館書店、1989.15)歌川好夫:すべでの子どもに確かな技能と体育の学力を保障する試み-ドッジボール再評価-,体育科教育(56)1,大修館書店,52頁-55頁,2008.16)内村美帆・金高宏文:低学年における投能力向上に関するトレーニング研究-子どもが生き生きとドッジボールに参加する姿をめざして-スポーツトレーニング科学(6)、679頁-86頁、2005.

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    公園の禁止事項増加 「談笑」「ダンス」「漫才の練習」など

     夏休み終盤、都内のある公園の光景は異様というほかなかった。隅のベンチで小学生が固まって携帯ゲームに興じている。広い公園では、他にちらほら歩く人がいるくらいで、まだ陽も残っているのに静まり返っていた。なぜ走り回ったり球技をしたりしないのかと子供に問うと、こう答えた。 「うるさくしちゃダメって書いてあるから、静かにゲームしてたんだよ。ボール遊びもダメだからサッカーもできないし」 確かに公園入り口に掲げられた管理自治体名が入った看板には、これでもかと数々の警告が並んでいる。「ボール遊び禁止」、「大声禁止」、「自転車乗り入れ禁止」……。近所の住民はこう嘆く。「中には『見つけしだい通報します』という“脅し”が書かれている公園までありますよ。子供が思いきり遊べないから、児童公園なのに、たまにお年寄りがベンチに座っているのを見かけるくらいです」 他の地域はどうか。調べただけでも、様々な禁止事項に出くわした。「喫煙禁止」や「花火禁止」、「犬の散歩禁止」、中には「ベンチでの飲食禁止」という公園まであった。さらには談笑の禁止、楽器やダンス、漫才の練習禁止という“変わり種”もある。許されているのは公園に入ることくらいなのだろうか。 禁止事項が増えた原因は、近隣住民からのクレームといわれている。例えば西東京市では、公園の噴水で遊ぶ子供の声が「騒音」と認定されて噴水が停止された。ご近所のトラブルが裁判沙汰になるケースも少なくない時代なのである。 最近では、公園でのラジオ体操もクレームの対象となり、許可申請が必要な自治体も増えている。そのひとつ、兵庫県西宮市はこう話す。「10人以上でラジオ体操をする場合は、他の利用者との公園使用が競合しないよう調整しやすくするために申請方式にしています。ラジオを使用する時は事前に近隣住民に申し入れするように指導しています」(公園緑地課) もちろんクレームをつける側にも事情はある。西東京市の事例では、公園近くに住む女性が不整脈などで療養中のため、騒音が苦痛だと訴え、申し立てが認められた。前出の西宮市公園緑地課はこう語る。「近隣から苦情があるたびに禁止事項を記した看板は増えます。看板があれば、住民も苦情がいいやすくなりますから」 確かに住民の苦情や要望を聞くのも行政の役割だ。しかし禁止行為でがんじがらめにすればいいというのはいかにもお役所体質ではないか。税金で作り、税金で管理している以上、その場所を多くの住民が活用できるように働きかけるのが本来の行政だろう。関連記事■ 浦安市“被災マンホール”保存の意向に住民「見せ物かよ!」■ 児童公園の遊具に異変 ジャングルジムが半減し健康遊具増加■ 公園の受動喫煙裁判 判決は「非喫煙者が喫煙者から離れよ」■ 公園の野鴨を矢で殺すと1年以下の懲役又は百万円以下の罰金■ 浦安のマンホールモニュメント 「目に触れぬよう」市長配慮

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    『学校でのドッジボールも禁止』ゼロリスク病と日本社会

     R25で記事になり、Twitter界隈で少し話題になったドッジボール論争。「痛いから嫌だ」「危険だから禁止したほうがいい」という気軽な意見が飛び交うTwitterならでは、みながわいわいと見解を述べ議論になっています。 学校にまつわる話題から町内会、電車でのマナーその他、あらゆる局面で人間同士の暮らし方の違いからくる誤解や違和感、不快といったストレスがネットに放流され、共感をされたり反論されたりいろんな発言の交差点になっているのは興味深い限りです。 これら、ちょっとした社会におけるストレスを見つけて「症候群」にしたり「違和感」を表明する仕組みはかねてからありました。いわゆる問題の再発見であり、症状の発明に近いこの現象は、ある意味で言葉を商売にする評論家や作家が世情を切り表現するための仕掛けとして、分かりやすい言葉を作り上げ、それに賛否が集まって論争になることで社会は問題そのものを消費していくプロセスになるわけです。 ネットでの議論が盛んになると、どうしても議論が極端な方向に行きがちです。例えば、学校の組体操が危険だ、子供の怪我が多いという話が出ると、みんな危険だからそのようなものは取りやめようという議論になります。メディアも、組体操の目的が何であって、そういう体操で怪我をした子供や保護者に話を聞きにいきひとつのパッケージに仕上げていきます。 社会が便利になると、昔からあるもので「何でこれってやってるんだっけ」というネタは大量に発掘されます。正月におせちを食べることは保存食のないころの風習だからとケチがつき、誰かが結婚することへのお祝いも現代社会の男女のあり方からすると結婚制度自体を見直すべきと問題が提起される社会になります。 ウェブで自由に意見を表出できることも含めて日本社会が成熟してきたからこそ、問題や権利や危険に敏感になり、解決するために意見を表明したり賛否を議論することに抵抗がなくなったのかもしれません。ゼロリスク病とでも言うべき敏感な層が増えてきたのも事実だと思いますが、個人的にはそういうゼロリスク病を患っている人こそ、高度に情報化された社会に必要なタイプなのではないかと思います。 世の中にはいろんな問題の種があって、それに対して敏感に感じ取れる人が分かりやすく問題を提起できれば、多くの人たちが「そういえば、そういう問題もあるな」と気づくのは当然のことです。そういうあまり光の当たらない事象を抉り出し、人々の裁定を行える環境で議論をすること自体が、私たちの求めた情報化社会だったのではないかと思います。 電車の中でのベビーカー使用にせよ、集合住宅でのゴミの出し方にせよ、決め事は人間同士が円満に社会で暮らしていくために必要だから行われ、マナーも最大公約数がそれが妥当であると感じるからみんなが守るのであって、その時代時代によって人の意識が変わり、うつろうのは大事なことです。むしろ、不満や不安や不快を感じて黙っているほうが今後の日本社会では割を食う世界になっていくのかもしれません。 いわゆるモンスター化をするような意見の表明の仕方でなければ、タブーなく何を言ってもまずは良いのでしょう。また、相手の意見を受け入れる気持ちを持ちながらも自説をしっかりと述べて議論を重ねることは意味のあることでしょう。そして、いまの日本には徐々にではありますがタブーなくきちんと意見を表出できる仕組みがたくさん出てきて、右も左も老いも若きも自分の人生観や価値観に照らし合わせて「これを言いたい」「伝えたい」ということが出てきて喋れる環境の恵みというのは本当に大事なんだと思うわけですよ。 逆に言うならば、ドッジボールが痛いし危険だというのは私の子供のころからみんなが思っていたことでした。スポーツとして楽しいと思える子は少数で、早々に当てられた大多数の子は外野でボールを回し合っているだけの競技だったというのは感じます。それでも、禁止するほど危険でもないだろう、いやあれはスポーツとして完成度が高いのだ、という意見が出れば、考えていることと違っても「そういう意見もあるのか」と納得しつつ「じゃあどうするのか」と話題の駒を進めていけばよいわけです。 恐らくは、こういうゼロリスク病的なこまごまとした議論を日本人が毎日消化しながら、少しずついろんな意見に慣れていき、考えを伝える練習をしていくことでもっと大きな国民的議論も醸成されていくのではないかと思います。いきなり街角で「集団的自衛権はどう思いますか」と質問されてしどろもどろになることを避けるためにも、日々の中で問題意識を持ち、一個一個の問題に自分の考えを固めて、言いたいことがあればどんどん意見をネットに出していくことで見えてくる形はあるだろうということですね。 ウェブでの議論は壮大な暇つぶしと思われがちですが、ただ総体で見ると意外と日本人の総意の方向性ぐらいまでは分かるような気がします。リスクが少しでもあれば何でも禁止にしたければそれも意見であろうし、それはやりすぎだろう、やる側が配慮すればそれでいいじゃないかというのも意見です。大事なことは、飽きずに考えを表明し続けることにあるんじゃないかと思うのですが、どうでしょうか。

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    ドッジボールを選択制にしたほうがいいらしい

    のですが、一応、ニュースの内容を紹介させていただきます。ある方がネット上に「ドッジボールはすぐに義務教育からやめるべきである」と書かれたそうです。その後、その方は「選択制にすべきである」と主張を変えられたようですが、それに対してネット上では賛否両論だ、と。 「ドッジボール大っ嫌いだった」 「子供の時からずっとそう思ってました!!! 」 という意見や、逆に 「じゃあ他のスポーツならいいのかね」 「ドッジボールをいじめてるだけ」 という意見など、様々な意見が出されたそうです。 もうね…頭が痛くなるというかなんというか…。これです。これが私が前回のブログの中で一部紹介した「被害妄想バカ」の典型です。 こういうことを言う人の何が間違っているのかを指摘します。 まず、間違った勝手な思い込みを正しいと信じ切ってしまっている、という点です。 ドッジボールはいじめにつながる、という論拠として「他人にボールをぶつける野蛮なスポーツであり、イジメにも繋がりやすい」と主張されているようですが、どんな幼少時代をお過ごしになっているのか知りませんが、完全に間違っています。 ドッジボールはただのスポーツです。 ルールの決められた、そのルールの中で戦略的に戦っていくただの「スポーツ」です。ルールのあるスポーツをいじめだのなんだの、といい始めたら、全てのスポーツができなくなります。広義の意味で言いますと、スポーツはある意味、全ていじめ的行為と言うことすらできます。相手の弱点を突き、相手を打ち負かすのが基本なのですから。 野球で内角の苦手な人間に、執拗な内角攻めをすることはいじめなのでしょうか? サッカーで身長が高い人間をゴールキーパーに持っていくことが多いのですが、それは身長による差別なのでしょうか? バスケでは、体の小さな人間を体で押しだして、自分のベストポジションをキープすることがとても大切になってきます。スクリーンアウトというのですが、これは完全ないじめなのでしょうか?体が小さいとどんどんはじき出されます。 ボールを当てるだけのドッジボールがイジメなのに、竹刀で相手を叩きのめす剣道や、相手の首を絞め落として泡をはかせる柔道はイジメではないそうです。もはや意味が分かりません。 おそらく、そのツイッターをした方は昔、ドッジボールで当てられてかっこ悪い経験をしたのでしょう。なので、ドッジボールが嫌いなのでしょう。それは…あなたの運動神経なかっただけです。 その方は最終的に「ドッジボールは選択制にしよう」と言ってるようですが、そんなことを言い始めたら、音楽の授業も選択制にしときますか。歌のヘタな人間はいます。先天的な音痴は存在します。しょうがない。選択制にしましょう。そこだけ大丈夫ってことはないでしょうから。勉強の得意な人間も不得意な人間も存在します。じゃあ、テストもやめましょう。と、言うか、もう学校に行くのも選択制にしますか。強制するのもおかしいのですしね。勉強が苦手な人も学校に行くのが嫌な人もいますしね。 もうね…薬飲んで寝てろ、と。聞いてるだけで頭痛くなるわ。 ドッジボールも同じ。音楽も同じ。得意・不得意はあります。受験勉強も同じ。勉強でもテストでも優劣は付くのです。その優劣をつけられることに変なコンプレックスを持つのではなく…それをどう捉えるのか、それを学ぶ場こそが学校なのです。 あぁ、自分は運動が苦手なのだ。では、どうするのか?運動を鍛えるのか、無視して、文化的な方面に行くのか。音楽が苦手なのだ。誰にもかなわないのだ。では練習するのか、勉強に取り組むのか 甘えたナメた考え方だけで大人になって、何ができますか?いやなことを「禁止すべきだ」と叫ぶことによって、何が一体成長するのか、そこに答えなどあるのでしょうか? ドッジボールも学校のテストも音楽も習字なども…全部、優劣は付きます。そして、私たちの生きているこの社会は残酷な社会であることを人間は知っていくのです。どれだけ野球の練習をしても、生まれつきイチロー選手にはかなわない。どれだけ歯を食いしばって柔道の練習をしても、野村 忠宏選手にはかなわないのです。絶対です。生まれつき、何もかもが違うからです。 そんな、当たり前のことを学んでいくのです。人は特別ではないのです。特別なのはごく一部の人間であって、それ以外はただの「ザコ集団」なのです。私だって、声という武器はありましたが、他は何もありませんでした。悔しくて、それでも負けないように、努力をした結果、今の仕事を得ているだけです。「世界で一つだけの花」なんて、ただの甘やかしソングです。みんな特別ではありません。ザコなんです。だからこそ、それを知ったうえで頑張るものなのです。逃げて、避けて、どうするよ? 何より、ドッジボールはいじめでもなんでもありませんが、もしいじめ的行為が確認できた場合、それらを正すのはホームルームなどの管轄です。その勘違いをしたまま、もし「ドッジボール、辞めちゃおうか」となった場合、ドッジボールから学べる、戦略的な駆け引き、運動神経の発達、クラスメイトとの協力、たくさんのものを小学生から奪ってしまうことになるのです。そのデメリットを議論していないのは偏った意見です。 自分は嫌だった。 だから、辞めろ。これもやめろ。選択制はどうだ?選択しなくていいようにしようぜ。 そういう馬鹿どものことを、私は「被害妄想バカ」と、そう呼びます。そして、その被害妄想バカのいうことを、面倒くさいのでいちいち聞き始めるから、日本社会はこじれるのです。学べるものが学べなくなるのです。それは、「優しさ」などでは決してなく、「議論することから逃げているだけ」なのです。思いやったふりをして楽をしているだけなのです。バカ相手なので面倒なのは理解できますが…。 ネット上で「ドッジボール、だめだよね~辞めちゃえ」と言ってる大バカの皆さん、よく考えろ。そして、ちゃんと自覚したうえで、少し黙っててほしい。面倒なので。(長谷川豊公式ブログ『本気論 本音論』(http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/)より転載)

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    あゝ日本もここまできたか…立ちション消えて国滅ぶ 

    野々村直通(元開星高校前野球部監督・教育評論家) 最近の母親は、自宅の洋式便器を汚したくないという理由で、子供に座って小用をたすように教えているという。男性の着座小便率が50%を越えたという調査もある。あゝ日本もここまできたかと憤慨せざるを得ない。そもそも使えば汚れるのである。汚れないように指導することがマナーを教えることであり、汚れたら磨けばよろしい。 イエローハットの創業者・鍵山秀三郎氏が立ち上げた「日本を美しくする会」に“トイレ掃除に学ぶ会”というのがある。それはこんな言葉からはじまる。「どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることはできない。人間の第一条件は、まず謙虚であること。謙虚になるための確実で一番の近道が、トイレ掃除です。」この運動は今、日本中に“凡事徹底”というスローガンのもと広がりつつある。汚れがこびりつき変色した便器を素手で磨くのであるが、磨きながら心も磨くのである。 私は高校野球の監督時代、選手に定期的にやらせた。最初は嫌がっているのだが、集中してやっていく内に何とも心が晴れやかになってくる。ピカピカになった便器は愛おしい存在となってしまうのだ。この時、自分の心も磨かれたのである。経験した者にしかわからない爽快感である。“汚れたら磨けばよい”ということの気高き本質を突いた話である。 「夕涼み、よくぞ男に生まれけり」という川柳がある。一日の仕事を終えた夕刻に行水し、そのままパンツ一枚で夕涼みをする男の心地よさを謳ったものだ。女にはできない風景であるが、実は「立ち小便、よくぞ男に生まれけり」というのもある。今更解説はいらないだろう。幼少時、庭に積もった雪に小便で文字や絵を描いた経験がある。これも女性にはできない男の特権である。男はホース付きだからコントロール可能となる。世界中にある「小便小僧」の像は、戦争時に敵が仕掛けた導火線の火を小便で消した少年の勇気を讃えたものだという。立ちションが国家を救ったのである。 私の学生時代、大ヒットした映画『男はつらいよ』の中で寅さんが決まって語る口上の中にはこんな一節がある。「見上げたもんだよ、屋根屋のフンドシ。粋な姉ちゃん立ち小便。」ここで客席はドッと沸くのだが、フーテンの寅さんから見ても、立ちションは“粋”なのである。(笑) 「男女平等」社会は理想であるが、用のたし方まで男女同じにすることはない。“男女差別”と“男女区別”を同等に扱ってはならない。元来、男は狩猟に適し、女は子供を産み母乳で育てる。これは神が創造した性差である。“狩り”における攻撃的象徴がペニスであり、受動(受胎)的象徴が女性器となる。野球に例えると、バット=攻撃=とミット=守り=である(笑)。犬もオスは片足を上げ(立ちション?)小用をし、メスは地に伏せる。縄張りを示す(マーキング)オスの攻撃的本性である。 本能で行動する幼児は、強制しなくても、男児は黒や青色のカバンを選び、女児は赤やピンクに手を伸ばす。男の子は自動車のおもちゃ、女の子は人形に興味を示す。大体においてそういう染色体を備えて神がこの世に産み出すのである。生きる価値観としての男女平等は尊重されねばならないが、性差についても同質であるかのような評論は滑稽な現象と言わざるを得ない。 私は教職にある時、良く生徒に語りかけたのは、「男は男らしく、女は女らしく」であった。野球の指導の場面など、「おまえはそれでも男か!」「男ならやってみろ!」と気合いを入れるのが常であった。私の圧力に追い込まれた選手たちは、蒼白な顔と吊り上がった目で、「ハイッ」と精一杯の声で意気込み、戦いに挑んでいく。その訓練が“闘う集団”を形成していくのである。 しかしながら学校現場では、人権平等教育に熱心な先生方から良く注意を受けた。私は訳がわからず困惑したことを思い出す。やはり潜在的に、男は男らしく、女は女らしくありたいと願っていると信じたい。 掃除の手間を省くという合理性から言えば“坐って用を足す”ことは優位だが、合理的な人生など無味乾燥な人生である。「らしさ」の追究こそ人生のロマン(醍醐味)ではないか!! オスとメスとしての意地を通すことは、人生の面白味を増す。中でも男は、リスクを背負いながらも、打算ではなく“粋がって”男らしさを演出する生き物(者)でありたい。ののむら・なおみち 昭和26(1951)年、生まれ。広島大学教育学部卒。島根県の開星高校硬式野球部を監督として計9回、甲子園へと導く。「末代までの恥」発言で辞任したが、嘆願の署名が集まり復帰した。

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    ドッジボールはいじめの温床なのか

    ドッジボールはいじめにつながる―。あるコラムニストのツイートをきっかけに、学校現場でのドッジボールの在り方をめぐり、ちょっとした論争が起こりました。そういや、最近は子供のボール遊びやペットの持ち込みまで禁止する公園とかも増えましたが、なんでも「禁止」もここまでくると少々やりすぎ?

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    日本の初等教育は世界一

    るのか』の著者でドイツ在住の作家、川口マーン惠美さんは、ともに技術大国である両国を比較し、日本の初等教育の充実ぶりを実感することが多々あるという。世界を見渡せば「11人に1人」の子供が初等教育を受けられない現実もある。わが国の教育水準やいかに。