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    「この世界の片隅に」をとことん語り尽くす

    異例の大ヒットとなった邦画アニメ「この世界の片隅に」が、ジブリアニメ「となりのトトロ」以来、28年ぶりとなるキネマ旬報ベストテン第一位に選ばれた。SNSで評判が広がり、観客動員数は130万人を突破。アニメの力を見せつけたこの作品の魅力をとことん語り尽くす。

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    幾万の平和を訴えても「この世界の片隅に」の2時間には到底敵わない

    古谷経衡(著述家) 私と片渕須直監督の出会いは2009年の暮れであった。「出会い」といっても劇的なものではない。当時、まだ商業誌に一本の原稿も書いたことのなかった無名のライター志望の26歳の青年に過ぎなかった私は、同年11月に公開された片淵監督の『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年11月公開)を観てファンになり、すわ草の根的に結成された「片淵監督ファンクラブ」的なるものに参加していたのであった(とはいっても会則や会費があるわけではない)。 片渕監督は寡作の人で、『マイマイ新子と千年の魔法』は一部の熱心な片渕ファンの間で熱狂的な支持を持って迎えられた。計算されつくした脚本、緻密で丁寧な演出、そしてすべてを「円環」とでもいうべき「縁」の中に包み込むどこまでも優しい片渕監督の作風に魅了された。『マイマイ新子と千年の魔法』は都下で小規模に上映されたが、もっとも熱かったのが主力館の「阿佐ヶ谷ラピュタ」(杉並区)で、ここは当時としても珍しく事前予約システムを導入していなかったので、窓口で券を求めるしかないのだった。私はえっちら千葉県松戸市からくだんの映画館に向かったのだが、上映数時間前でいつも満席・売り切れの連続。3度目のチャレンジでようやく見ることができた。 しかしこの異常な「一部ファン」の熱狂ぶりをよそに、遺憾ながら『マイマイ新子と千年の魔法』は、数々の映画賞を受賞しながらも、興行的に振るわなかった。だからこそ私たち片渕ファンクラブの面々は、どうにかしてこの傑作を世に知らしめようと、主にSNSや口コミを駆使して『マイマイ新子と千年の魔法』がいかに素晴らしい作品であるかを吹聴して回った。或る人は手製のフライヤー(公認)を喫茶店や居酒屋において回り、或る人は職場の同僚を自腹で誘って映画館に連れ出したりした。だが、駄目だった。 あれから8年がたった。『この世界の片隅に』は当初公開館数六十数館で出発したが、燎原の炎のごとく瞬く間に大ヒットとなった。いまや今年2月初旬の段階で観客動員数130万人を超える、押しも押されぬ大ヒットアニメ映画である。涙が出るほどうれしい。だってもはや、私たちのような一部の「熱狂的ファン」の草の根の支援などなくても、『この世界の片隅に』は2016年(そして2017年および21世紀)を代表する、記念碑的アニメ映画として、商業的成功を勝ち得たのだから。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 私は従前から『この世界の片隅に』の原作(こうの史代氏)を読んでいて、これを片渕監督が創ると知り、TOKYO FMの自身の番組(『タイムライン』)のコーナーで紹介した。それをきっかけに配給会社の方から試写会に紹介していただいた。初見の感想はただただ号泣。立ち上がれないほどの衝撃を受けた。その後、本作が公開される前に、TOKYO MX『モーニングクロス』に出演した際のコーナーでも紹介させていただいた。あえて自慢すればこの時期、個人の文筆家が『この世界の片隅に』を地上波でこれほど詳しく言及した事実は、パイオニアであるといってよい。その後、小学館の月刊誌『SAPIO』の自身の連載コーナーで片渕監督へのインタビューが叶った。他者ではない戦争他者ではない戦争 片渕監督は、2009年に『マイマイ新子と千年の魔法』のファンクラブの関連で、いち青年に過ぎなかった私と邂逅したことを覚えてくれていた。「もう死んでもよい」というほど感激した。こともあろうに片渕監督とはその後も、私の担当するくだんのFM番組に生出演していただいたりした。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 なぜこんなに自慢話ばかり書くのかといえば、私は片渕監督とは、広重、国芳、歌麿、北斎レベルの歴史的アーティストだと思うからだ。1世紀を経た未来の歴史家が「片渕須直伝」を書くとき、当然2016、2017年の歴史的事実が照会されるだろう。そこに私が一端でも絡んでいれば、私も「歴史の片隅」に存在したことが子々孫々に残るからである。「おじいちゃんはな、あの片渕監督にナマで会ったことがあるんじゃ」―こう伝えて死んでいきたい。映画『クラウド・アトラス』(2012年)のラストシーンではないが、私は『この世界の片隅に』は、遠い子孫の記憶の中に、「歴史」として刻まれることを確信する。『この世界の片隅に』への評論はほうぼうで出ているから敢えてそれを引用するのは野暮というものだ。私自身の言葉を述べれば、『この世界の片隅に』は、あの戦争の時代が他者ではない、ことを皮膚感覚で味わう作品、という風になろう。8月15日、終戦。主人公すずの嫁ぎ先の義母が本土決戦のために備蓄しておいたコメを「少しだけ」家族で分け合って焚く。「8月16日も、17日も生活は続く」、というニュアンスのすずの台詞がある。この部分は原作にはなく、片渕監督が独自に挿入したものだという。8月15日で歴史教科書は戦前と戦後を分断している。しかし、それは私たち後世人の認識であり、かの時代を生きた人々に8月14日と8月16日の違いは存在していない。 幸村誠の漫画『プラネテス』でも同じような台詞が登場する。「宇宙と地球を隔てる境界ってどこにあるのだろう」。科学的には高度何万キロメートルの〇〇圏までが地球で、その外側が宇宙である。しかし、その境界は地上からだとぼんやりとしたグラデーションに過ぎない。実は境界なんてものはなく、だからこそ私たちは皆繋がっている―。これが幸村誠が『プラネテス』で描いたテーマだ。『この世界の片隅に』はこれを戦前・戦後の日本で行っている。「8月16日も、17日も生活は続く」。ならば9月は、10月は?1946年は?1947年は?当然、ずっと続くのである。そしてその先に、私たちの現在2017年がある。そう、時代は途切れることなく繋がっている。戦争の時代を生きた人々は決して「他者」などではなく、私たちと同じ時空間に存在する「同じ人々」だった。その当たり前のことを、『この世界の片隅に』は教えてくれた。「ゲン」の違和感ゲンの違和感 あの戦争や原爆を描いたアニメ作品は多い。しかし、どの作品も「あの時代」と「あの時代を生きた」人々を他者としてとらえている。『はだしのゲン』の主人公中岡元。むろん、原作者・中沢啓治先生自身の投影だが、はっきり言ってスーパーマンに近い。戦前から翼賛体制に反発し、原爆を受けて原爆症になってもそれを克服し、戦後は右翼に平和と民主主義を説法し、戦前翼賛体制で威張り腐っていた町内会会長(戦後平和主義者に転向して議員に立候補する)の欺瞞を面前で糾弾する。そして東京に出て画家になる夢に向かう汽車のシーンで終わる。『はだしのゲン』でゲンの言っていることはすべて正論だ。戦争は駄目だ、アメリカと原爆は許さない、日本は平和国家として通商の中で生きるべきだ、そして戦後人には戦争の反省が足りない…。全部正論だが、私がゲンに感じてしまう小さな違和感とは、彼が強すぎてスーパーマンにみえ、どうしても「他者」として認識してしまうのだ。 ゲンが「他者」である以上、ゲンの存在したあの戦争の時代も他者である。たぶん、金科玉条のごとく「反戦平和」を何万回唱えても、人々に最終段階で伝わっていないのは、この「他者性」の問題だと思う。これまで、あの戦争を扱った映画やアニメや漫画は、あの戦争を生きた人々を「他者」として扱いすぎであった。或る時は反戦平和のスーパーマン、またある時は徹底的に凄惨な戦争の被害者として。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 しかし、『この世界の片隅に』の主人公すずは、ちっこくて柔らかく、肉体的な意味でスーパーマンとは程遠い。精神的にも、むしろ翼賛体制に大きな疑問すら抱かず、ただ絵が好きなだけのボンヤリ少女で、日々の生活を工夫して生きるだけの市井の女性に過ぎない。だからこそ、私たちはすずを「他者」としては認識しない。すずは「他者」ではない。私たちと同じ皮膚感覚を持った普通の人間だった。人生の意味人生の意味 これまでの「戦争モノ」の作品は、あの戦争への反省(あるいは美化)のメッセージを入れなければならないという強迫観念の元、作品の中で生きる人々を「他者」として描いてきた。だから何万回「反戦平和」あるいは「反核」といっても、最終段階では伝わっていない。その証拠にネット空間はあの戦争の(事実に基づかない)美化で溢れている。「平和教育」を受けたはずの人々が、歴史の事実を呪詛して、しまいには日中戦争すら日本が被害者でコミンテルンの陰謀だった、などとしている。その結実がくだんの大手ホテルチェーンの客室に置かれた同チェーンCEOの歴史観の開陳であろう。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 こう考えると、戦後営々と続けられてきた「平和教育」の高らかな叫びは、何万回を費やしても無意味だったのかもしれない。そしてその空疎な掛け声は、「他者性」を強調するがあまり、『この世界の片隅に』の2時間を超克することはできないのである。幾万の「反戦」「平和」を叫ぶより、『この世界の片隅に』を観よ。私が言えることはそれだけだ。 片渕監督は『マイマイ新子と千年の魔法』で「円環」を描いた。つまり、すべてのものに無駄などなく、生も死も繋がっている、と。片渕監督が初監督した長編アニメ映画『アリーテ姫』(2001年)でも、主人公アリーテ姫は「人生に意味なんてない」という魔法使い(実際は高度に発達した旧世界文明の生き残り)の言葉に反駁する。「人生には意味がある」。 片渕監督へのインタビューで彼は私にこう語って下さった。「―もしかしたらすべてのことや人生に意味なんてないのかもしれない。でも、意味はあると思いたいじゃないですか」。私もそう思う。少なくとも私が『この世界の片隅に』にリアルタイムで出会ったことには、意味があると思う。そしてこの作品が、2016年という、戦後50年とか60年とか、別段イベント的時代の区切りとは全く関係なく登場して、そして大ヒットしたことにも、何か人類史的な意味があるはずだ。その総合的解釈は、後世の子々孫々に任せよう。いまはただ、『この世界の片隅に』の感動に打ち震える段階である。

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    「この世界の片隅に」がリアルだから生み出せたファンタジー

    在に行き来する想像力を可能にしていると指摘している。両評論をよむことで、『この世界の片隅に』が日本の文化史の“片隅”で、きちんと居場所を見出した、それゆえに魅力的な作品だということが理解できるだろう。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 日本のマンガとアニメの歴史を文化的遺産として継承し、その蓄積が重層的に背景にあることで、アニメ『この世界の片隅に』が強靱な作品世界を構築し、また多くの観客を魅了したことは、重要な点だ。この作品の舞台は、戦前から終戦直後までの広島と呉である。 広島は原爆で壊滅し、また軍事施設が集中していた呉は猛烈な戦略爆撃機の空襲で同じく壊滅的打撃をうけた。この双方の戦災の街で暮らしているひとりの少女すずが、本作の主人公である。この主人公の主観から当時の人々の生活、交流が描かれているが、大きな特徴がある。それはすずの周辺世界(環境世界)と、すずの主観とが切り離すことが難しいほど一体化していることである。 アニメでも原作でも当時の街並みや暮らしぶりが非常にリアルに描かれているが、それが精緻であればあるほど、すずの主観的世界と不可分に結びつき、現実と空想が境目なく混じりあう。例えば、昭和20年3月の呉空襲のはじまりは、すずの視点からは、見晴らしのいい高台からみた絵具をぶちまけたような色彩鮮やかなパノラマとして描写されている。丘の向こうから一斉に展開していく米軍の戦闘機群は、まるでどんどん空中に広がる花火のように華やかだ。それは平和な時代に、すずが広島の海を描いたときに、その波頭をうさぎの群れとして想像したことと同じである。 この現実と空想の錯綜、主観と環境世界の混在は、すずの生命力の根源でもあり、また宿命の由来でもある。幼い頃に、広島市内で体験した「ひとさらい」のエピソードはその典型である。「ひとさらい」の籠の中で出会った少年との脱走劇は、まさにどこまでが現実で空想なのかわからない。だがのちにこの少年が成人してから、すずを妻として求め迎えることがひとつの宿命かのように描かれている。 現実の「ひとさらい」は、それこそこの少女と少年の生活そのものを根こそぎ奪うものだったろう。だが、この「ひとさらい」の鬼(?)は、恐怖と同時にやはりどこか別な世界への出口を示しているかのようだ。すずの「記憶」「歴史」が神話になる この映画(原作)冒頭の「ひとさらい」のエピソードは、何度も何度も執拗にくりかえされ悲惨さを増していく後の呉空襲のエピソードのひな形であることは一目瞭然であろう。もちろん決定的な違いはある。「ひとさらい」エピソードでは失われたものは、一枚の海苔でしかない。他方で呉空襲そして広島の原爆では、すずの右手、親せきの少女や幼馴染、家族や多くの人々の生命が失われ、また傷つく。主人公・すずの声は、のんが担当した もちろん呉空襲も広島原爆もリアルな現実であり、そのリアルさを描くことでは、このアニメと原作マンガは傑出していることは何度指摘してもいい。だが、他方で、失われた右手に代表されるが、作品世界では本当には失われることがないことにも注意しなくてはいけない。 失われたものたちは、何度も何度も、すずの主観と環境の中で繰り返し登場し、彼女に声かけていく。それはわれわれを「記憶」とも「歴史」とも名づけていいだろう。しかしその「記憶」や「歴史」は、科学的で客観的なものではない。想像や夢うつつともまじりあった重層的なものである。これを私たちは「神話」とも呼んでいるのではないか。 「神話」は、単なる物語ではない。その物語性によって人に活気を与え、無意識から意識までの人々のリアルに重要な影響を与えるものだ。『この世界の片隅に』は、現代におけるそのような「神話」のもつ意味を復活させているかに思える。 この「神話」は強さと同時に危うさをも持っている。そのことが端的に表現されているのが、この作品における「アメリカ」の位置だ。米軍は、もちろんリアルでも作品世界でも「敵」であり、また生命の危機をもたらす脅威であった。多くの日本に住む人々の生命を奪った「アメリカ」は、深い敵意を向ける相手ではないか。「神話」の強靱さと危うさとどう向き合うのか ところが、『この世界の片隅に』においてその敵意は顕在化してはいない。いわゆる玉音放送を聴いた後の、すずの激しい感情をむき出した言葉は、敵たる「アメリカ」に対して向けられてはいない。終戦後でも、占領軍たる「アメリカ」は、ラッキーストライクのシールが浮かぶ残飯雑炊に代表されるだけで、ほとんど前景にはでてこない。まるでアメリカは影のようである。(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 従来、このような「アメリカの影」は、徹底的に悲惨な戦争体験を伴わないために生じたと解釈されてきた(「『右傾エンタメ』を読むと本当に『軽い戦争』気分になるのか」)。わたしたちがリアルにも「アメリカ」に対して敵意をもたず、戦後そのアメリカ文化を受容してきたのは、徹底的に悲惨な戦争を経験していない、という説である。これを「軽い戦争」史観と名付けよう。 しかし、筆者はこの「軽い戦争」史観は誤っていると思う。ひとつには、呉も広島も(もちろん他の戦災をうけた多くの地域も)非常に厳しい戦禍を被っていることだ(現実の呉空襲についてはこの記事を参照)。 このような厳しい戦争被害をうけた人々がなぜ、「アメリカ」を憎み、敗戦後にアメリカ文化を拒否しなかったのか。「軽い戦争」史観以外にも、いままで占領期の米軍による文化的検閲の効果を指摘する論客(江藤淳ら)や、また戦前からのアメリカ文化の受容が戦時中も継続していたためだと指摘する論者もいる(吉見俊哉『親米と反米』岩波新書)。これらはそれぞれ傾聴に値する指摘ではある。 筆者は『この世界の片隅に』に描かれた、日本人のもつ「神話」的想像力の強靱性をここでは指摘したい。「神話」的想像力の中では、失われたもの、亡くなったものたちは、すべてその世界の片隅で、重層的な「記憶」として残り続け、居場所を確保している。そしてリアルに生きる人々のこころの中で何度も何度も甦ることで、現実に活気と生命の喜びを与える。この「神話」のもつ力は、アニメの中でも、失われた右手に象徴されるように明瞭だ。 と同時に、この「神話」の力は強靱性をもつと同時に、危険性もはらんでいる。主客不分離になることで、戦争があたかも自然的現象としてみなされてしまうからでもある。戦争は人間がおこし、それでさまざまな悲劇をまねく。決して、自然現象ではないのだ。「神話」を生きることは、私たちに生命をもたらすが、同時に生命を危機におとしいれる「真因」から目が離れてしまうことにもつながる。 この「神話」のもつ強靱さと危うさの両面とどう向き合うのか。日本とは何か、日本文化とは何か、という点にまで、『この世界の片隅に』は問いを投げかけている。

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    ジブリの時代は終わった ! 「この世界の片隅に」ヒットが意味するもの

    高千穂遙(作家) 「聲の形」「この世界の片隅に」「君の名は。」などのアニメ映画作品のヒットに熱い視線が注がれているという声を聞く。昨年8月に公開された「君の名は。」は邦画歴代2位の興行成績240億円を記録(C)2016「君の名は。」製作委員会 しかし、実は邦画アニメはこれまでも堅実なヒットを毎年つづけてきたのだ。昨年から今年にかけても、前記三作品のほかに、定番となっているアニメ映画、「名探偵コナン」、「ワンピース」、「妖怪ウォッチ」、「ポケモン」は、他の実写邦画作品をしのぐ興行成績をしっかりとあげている。「ドラえもん」、「クレヨンしんちゃん」もそうだ。公開されれば、間違いなくヒットする。なので、いまの状況はとくに目新しいものではない。邦画アニメ作品は、もともと好調を維持していた。 では、なぜいまこの三作品がとくに話題となっているのだろう? 理由はタイトルごとに異なっている。「聲の形」は重いテーマ性が、「この世界の片隅に」はアニメにまったく興味を示さなかった世代を含む広い観客層の動員が、「君の名は。」は高い作画の質と記録的な興行収入が、それぞれ耳目を集め、ニュースやワイドショー、一般週刊誌等の大衆の目に触れやすいメディアに多くとりあげられた。そして、記事やテレビでの特集が普遍的な話題となり、いわゆるアニメファン以外の人たちのもとに情報が届いていった。 この三作品は、たまたま同じようなタイミングで公開された。狙って重なったわけではない。企画が生まれてから完成するまでの時間が三作ともまったく異なっている。これはめぐりあわせの妙だ。こういう偶然が起きるということに関しては、ついつい目に見えない何ものかの意志を感じてしまったりするが、もちろんそんなことはない。 アニメ映画は、どんなにヒットしても今回のような形でメディアに紹介されることはほとんどなかった。おおむね黙殺されてきた。作品の内容や質が論じられることもまれだった。コナンやワンピースを見ていれば、よくわかる。メディアはそういった作品のヒットには関心を持たない。例外はジブリアニメだったが、その例外が昨今は非ジブリアニメにも波及するようになった。現在起きている現象は、要するにそれである。 また、作品のヒットに関してはツイッターやフェイスブックといったソーシャルネットワークサービス(SNS)が果たした役割も見逃してはいけない。今回の三作品は、質的にも非常にすぐれていた。そのことがSNSで口コミ情報として流れ、それにより、ふだんはアニメ映画を見ない人たちをも動かすことにつながった。そしてなにより、三作品はどれも映画オリジナルタイトルであった。コナン、ワンピース、妖怪ウォッチ、ポケモンとは異なり、テレビで放送されている番組から派生した作品ではない。ここ、相当に重要だ。アニメと無縁な人を取り込んだ3作品 アニメコンテンツビジネスは、いま大きな曲がり角を迎えている。これまでは作品をテレビで放送し、そのDVD化で収益をあげるようにしてきた。しかし、ある時期からDVDがまったく売れなくなった。テレビ放送だけでは製作費は回収できない。赤字である。それでも、膨大な数の作品が放映されているのは、当たればなんとかなるかもという一縷の望みに制作会社が懸けているからだ(そこそこ視聴率が見こめるので放送枠を残しておこうという局側の目論見も多少はあるらしい)。これは書籍も音楽CDも、事情はほぼ同じである。映画『この世界の片隅に』のワンシーン (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 あらゆるコンテンツがインターネットに無料で勝手に流されてしまうこの時代、収益を確実にあげられるのは何か? それはライブである。それしかない。映画は音楽CDにとってのライブステージだ。ただし、映画はテレビ作品以上に質を問われる。洗練されたシナリオ、緻密で美しい作画、二時間の映像を一気に見せる巧みな演出、そういった質的条件がととのわないと、映画館まで客は足を運ぼうとしない。 注目三作品は、その条件をオリジナルタイトルとしてクリアした。ゆえに見た人が感銘を受け、自身の感想、評価を口コミとしてネットに流した。それがアニメ作品とは無縁であった人びとを映画館へと向かわせた。さらには、同じ作品を何度も見るリピーターまでもが多数あらわれた。今後、三作品の成功を受け、この傾向はますます強まっていくものと思われる。 ちなみに、実写映画であってもCG部分は実写ではなく、アニメだ。「永遠のゼロ」、「シン・ゴジラ」といったCG多用作品は、そのかなりのパートがアニメ作品になっている。最近はテレビの実写ドラマもそうで、NHK大河に登場する城、城下町、合戦シーンはおおむねアニメである。「坂の上の雲」の日本海海戦も、大部分はアニメだった。 もはや、実写とアニメに境目はない。実写だと思って見ている作品はアニメ作品でもあるのだ。事実、若い世代の人たちは実写とアニメを作品として区別しなくなりつつある。そういう時代になった。映画のカテゴリーを純実写とそれ以外に分けるしかなくなる日がくるのも、さほど遠いことではないだろう。

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    2016年ヒット映画に見る「天災的想像力」が向かう先

    ながら、目一杯引き出したのだ。※1……映画を捉えるこの4つの枠組みは、ウェンディ・グリスウォルドの「文化のダイヤモンド」によるものである。詳しくは、『文化のダイヤモンド──文化社会学入門』(1989年/玉川大学出版部)を。 『シン・ゴジラ』は、『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる庵野秀明が総監督を務め、『進撃の巨人』など特撮に強い樋口真嗣が監督をした作品だ。そこには、『エヴァ』で見せてきた強烈な庵野節が全開となっている。おろおろしながらゴジラに立ち向かう日本政府はまるでシンジで、石原さとみ演じるアメリカの特使はアスカを連想させるように、『エヴァ』の構図をそのまま『ゴジラ』に適用している。『エヴァ』と異なるのは、ゴジラ駆逐のソリューションを、SF的(エヴァンゲリオン)ではなく、現実的(政治)に導き出す点だ。それは戦後日本が抱えてきた、日米安保同盟を軸とする対米追従路線を『ゴジラ』という題材で思考実験した内容だと言える。 もちろん、あの特撮も大きな魅力として観客には感じられたはずだ。70~80年代、それまで世界でトップクラスであった日本の特撮は、スピルバーグとルーカスを中心とするハリウッドに圧倒されてファンに見放された。しかし、近年はVFXのハードルが下がったことにより、従来の特撮とCGを組み合わせて、ハリウッドほどの予算をかけなくともそれに比肩するだけの映像を創ることができるようになった。『シン・ゴジラ』は、現段階では東アジアの映画におけるひとつの到達点だと言えるだろう。 『この世界の片隅に』の片渕須直は、2000年に『アリーテ姫』で長編監督デビューし、09年に『マイマイ新子と千年の魔法』で注目された。その特徴は、細部にこだわった非常に丁寧で細かい演出だ。『この世界の片隅に』でも、戦時下の庶民の日常生活をひたすら描いていった。新海や庵野のようなダイナミズムはないが、淡い水彩画のような広島や呉の街のなかで、主人公・すず(声優・のん)が柔らかく動きながら生活している。 『マイマイ新子~』でもその特長は発揮されているが、片渕の視点は常にミクロなほうに向いている。鳥の視点か虫の視点かで言えば明らかに後者だ。それはSF要素のある『君の名は。』や、政治の世界を執拗に描いた『シン・ゴジラ』とは、明らかなコントラストを成す。 さて、駆け足で見てきたが、この3人に見られる作家性(個性)とは、多くの実写映画ではなかなか見られない強度を持っている。それは彼らがアニメや特撮をその表現手段としていることと、けっして無関係ではない。3者には、その個性が画(映像)の強さに表れていることが共通している。“体験”の場としての映画館“体験”の場としての映画館 次に、受け手である映画観客に目を向けてみよう。そこでは、2016年にそれ以前と異なる明確な変化が現れた。それが「応援上映」や「発声上映」と呼ばれる映画上映だ。 振り返ってみれば、2010年代に入ってから映画館にはさまざまな変化が訪れていた。たとえば一昨年の2015年に話題となったのは、4D映画だった。これは座席が動いたり、水しぶきがかかったりするなど、体感型の映画だ。さらに遡れば、2009年末公開の『アバター』によって3D映画が流行った。従来の2Dのスクリーンに投射される映像をただ観るだけでなく、奥行きや物理的な振動などの要素が加えられている。これらは、19世紀後半に誕生したばかりの映画において見られたアトラクション性(見世物性)と通ずるものであることは、渡邉大輔などによってすでに指摘されている(※2)。 しかし、これらはともにハリウッド映画を中心とする話であり(日本映画でもいくつか3D作品はあったが)、観客の能動性を強く期待するものでもない。3Dや4Dと言っても、それは創り手側が準備したコンテンツを観客が受動的に楽しむことには変わりなかった。※2……渡邉大輔「映画の“アトラクション化”はどう展開してきたか?──渡邉大輔が映画史から分析」『Real Sound』2015年9月7日、松谷創一郎「アトラクション化する映画館――『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の大ヒットから考える映画の未来」『Yahoo!ニュース個人』2015年12月23日。 「応援上映」や「発声上映」は、それらとは異なる。その嚆矢となったのは、16年1月に公開されたアニメ映画『KING OF PRISM by PrettyRhythm』(通称『キンプリ』)だった。3人組の男性アイドルグループを描いたコアなファン層に向けた内容だが、「応援上映」では、劇中の展開に合わせてサイリウムを持った観客が大きな声をかけるなど、まさに「応援」しながら観る。観客は受動的に映画を観るのではなく、参加することに価値が置かれている。 こうした観客の能動性は、過去にも見られた。2年前に『アナと雪の女王』が大ヒットしたときに「合唱上映」があり、70年代にはイギリスのミュージカル映画『ロッキー・ホラー・ショー』でも上映中に傘をさしたり声をあげたりするような観客の能動性が見られた。しかし『キンプリ』は、コアなファン層にもかかわらず、過去のそれらよりも広がりを見せ、興行収入7億円を超えるスマッシュヒットとなった。 これによって、2016年は多様な上映形態がいくつか見られた。そのなかで目立ったのが、『シン・ゴジラ』と『君の名は。』だ。 まず9月15日、全国25の映画館でいっせいに『シン・ゴジラ』の「発声上映」がおこなわれた。特設サイトには、「声だしOK!コスプレOK!サイリウム持ちこみOK!」とあるように、それは『キンプリ』の「応援上映」を参考にしていることがうかがえる。そして『君の名は。』では、12月23日に「大合唱上映会」が開かれた。このイベントでも「応援&発声、そして、歌唱可能!」と謳われた。 これ以外にも昨年は『HiGH & LOW THE MOVIE』の応援上映や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)の「絶叫上映」があったが、これらの作品に共通するのは、音楽や音響効果が重要な構成要素となっている点だ。 こうした上映方式が今後どれほど広がるかは未知数だが、確実にひとつだけ言えることは、もはや映画観客は、必ずしも席に座って静かに映画を観る存在だとは限らないということだ。映画館とは、遊園地のアトラクションのように4D映画を楽しんだり、あるいはカラオケのように騒いだりする場にもなっている。つまり、観客の受容形態が多様化しつつある。具体的に言えば、観客は自らの映画館における“体験”により価値を置く傾向が確認できる。 目を転ずれば、こうした現象は映画以外のエンタテインメントでも生じている。 たとえば、2009年に開場したプロ野球・広島カープの本拠地マツダスタジアムには、さまざまな座席が準備されている。食事をしながら観戦するバーベキューシートや、寝そべってみる「寝ソベリア」などがそうだ。さらに、どの座席のひとでも球場を一周できるコンコースがあり、退屈した子供が遊べるようにゴリラの人形などの設備もある。昨年は期間限定でオバケ屋敷も存在した。 音楽では、CD売上が落ち込む一方で、この15年ほどフェスやライブのマーケットが大きく成長している。2006年に1527億円だった音楽コンサート市場は、2015年には3405億円にまで伸長している(音楽業界における受容の変化は、先日出版された柴那典『ヒットの崩壊』を参照)。 これらの隣接領域からも、観客の変化が見て取れる。映画にしろ、野球にしろ、音楽にしろ、観客はコンテンツを観賞することだけが目的ではなく、映画館や野球場やフェス会場などの「場」に“体験”を求めて足を運ぶ傾向が強まっている。いつ、誰と、どこへ(場)、なにを(コンテンツ)、どのように(発声)して体験するか──ということである。 最近では「“モノ”消費から“コト”消費に」と語られるが、その萌芽は1999年に、日産自動車「セレナ」のキャッチコピー「モノより思い出」のときすでに見られた。21世紀のエンタテインメント業界は、確実に体験志向を強め続けてきた。 映画は作品内容(コンテンツ)だけで総体を語りうることができないことは歴史的にも自明だったが、21世紀以降は受容体験(受け手)により重心が移ってきているのである。興行との乖離が強まる映画評論興行との乖離が強まる映画評論 こうした傾向において、より存在感を薄めつつあるのは評論家/批評家の存在だ。評論家も受け手の一部だが、長らく映画観客のオピニオン・リーダー(インフルエンサー)存在としての立場を示してきた。90年代までは、テレビの映画枠で評論家の淀川長治や水野晴郎が映画を紹介することなどにより、その存在は広く知られてきた。しかし、彼らが次々とこの世を去り、徐々に映画評論は目立たなくなっていった。 しかし、映画観客が他者の評価を不要としているわけでもない。ネットの浸透によって、観客たちは一般の映画ファンの意見を参考とするようになったからだ。現在、映画観客の多くはYahoo!映画やFilmarksなど映画レビューサイトの意見を参考にしている。あるいは一般の映画ファンが運営する人気の映画評論ブログでは、年末年始に読者投票によってベストテンを決めている。これらは映画ファンたちが、みずからの志向性を介して共同性を確認する年次行事と捉えられる。その一方で、映画雑誌はどこも青色吐息で、金曜日夕刊の新作映画評はほとんど見向きもされない。受け手の代表者として映画評論家の役割は、減衰する一方だ。 そのなかで、映画評論家がいまだにある程度の権威を見せながら続いているのは、老舗の映画雑誌『キネマ旬報』における「キネマ旬報ベストテン」だろう。これは評論家や記者など約60人の投票によって、年間ベストテンが決められる。投票者の内容がすべて開示されるので透明性も高い。既に発表された2016年度では、1位に『この世界の片隅に』、2位に『シン・ゴジラ』が入った(『君の名は。』は11位以下)。 しかし、このキネ旬ベストテンは年々偏りを見せている。より具体的に言えば、大手3社の配給する作品(それは興行収入が高いことも意味する)がベストテンに入りにくくなっている。それは、上位10作の配給会社の割合を見ていってもわかる。 東宝が牽引することで日本映画の興行成績が伸び続けた21世紀に入ってから、逆にキネ旬ベストテンでは大手作品が上位に入りにくくなっている(グラフ1参照)。これは、興行成績と映画評論家の評価に強い乖離が生じていることを意味している。2016年においては、興行的にも大ヒットした『この世界の片隅に』と『シン・ゴジラ』が1位と2位となったが、こうしたことは21世紀以降では多くない。 もちろん批評は、そもそも一般客(マス)の動向を気にするものではない。『キネマ旬報』誌は、大手の作品から公開規模の小さい独立系の作品まで広く扱うが、概ね作品の芸術性を評価する傾向にある。しかしそれを踏まえても、21世紀以降は極端な差異が生じている。 この要因はいくつか考えられる。単なる判官贔屓、映画の斜陽時代に青春期を送ったことによる商業性に対する違和感、高齢化などだ。なんにせよ、この強い乖離から逆照されるのは、映画評論家の存在が90年代までと比べて機能しにくい情況になっていることだ。印象批評や分析を排して解説に注力する批評家が目立つのも、批評をめぐる映画情況のなかで生じている現象だと捉えられる。 次回は、3本を中心に映画の作品内容と、映画を取り巻く日本社会との関係を見ていく。(後編に続く)

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    「今の邦画はレベルが低い!」英配給会社代表が苦言したワケ

     英国の映画製作・配給会社「サードウィンドウフィルムズ」代表、アダム・トレル氏(33)と先日話す機会があった。アダム氏は日本をはじめアジア映画を海外に紹介しており、現在公開中の日本映画「下衆(げす)の愛」(内田英治監督)のプロデューサーも務めている。「日本映画が嫌いになってきた」と熱弁するアダム・トレル氏=東京・渋谷(伊藤徳裕撮影) 「日本映画のレベルは本当に低い。最近すごく嫌いになってきたよ!」 アダム氏は憤っていた。断っておくが、アダム氏は日本映画をこよなく愛している。だからこその“苦言”なのだろう。 「アジア映画の中で韓国や中国とかが頑張っている。それに比べて日本はレベルがどんどん下がっている。以前はアジアの中で日本の評価が一番高かったけど、今では韓国、中国、台湾やタイなどにお株を奪われている。ちょっとやばいよ」 「下衆の愛」を手がけたのも「好きな日本映画があまりなくて海外配給が大変になってきた。それじゃ自分がプロデューサーになろうと思った」という動機からだ。 「日本映画の大作、例えば『進撃の巨人』はアメリカのテレビドラマっぽくてすごくレベルが低い。何でみんな恥ずかしくないの?」と一刀両断。最近目立って量産されているコミックが原作の恋愛映画についても「ハーッ」と大きなため息をついた。日本で主流になっている「製作委員会方式」に不満があるようだ。リスクの分散・回避のために複数のスポンサー企業が製作費を出資するシステムだ。 「日本では映画は製作委員会のもので監督のじゃない。例えば、誰が監督したかみんなほとんど知らないでしょ。監督の名前を宣伝しない。英国などでは出演者には興味がない。『この映画はマイク・リーの新作』などと監督を重視する。日本では、例えば園子温(その・しおん)監督の『新宿スワン』を誰が撮ったかは95%の人々は知らない。監督は製作委員会のパペット(操り人形)なんだ」 ロンドン生まれのアダム氏は、22歳のときにサードウィンドウフィルムズを立ち上げた。「自分の好きな監督のオリジナル作品を海外に宣伝して配給したり、映画祭に出したりしている。海外でその監督が人気になったら、次作をプロデュースする。例えば園子温。『愛のむきだし』や『冷たい熱帯魚』とかを配給して『希望の国』をプロデュースした。藤田容介監督の『全然大丈夫』と彼の短編映画も海外に配給したらすごい人気があった」。女性お笑いトリオ「森三中」の大島美幸が男役を好演し、海外映画祭で主演女優賞を受賞した同監督の「福福荘の福ちゃん」もプロデュースしている。日本映画が悪い一番の問題 日本映画の配給第1号は中島哲也(なかしま・てつや)監督の2004年作「下妻物語」。「その前は韓国映画のイ・チャンドン監督の『オアシス』や『ペパーミント・キャンディー』などを配給していた。中島監督は大好き。『嫌われ松子の一生』や『告白』も海外配給したよ」 海外ではどういう日本映画が受けるのか。「衝撃的なビジュアル(映像)を持ち、物語にオリジナル性があるものが売れる。園子温とか中島哲也、塚本晋也とか。中村義洋監督の『フィッシュストーリー』はすごい人気で、『アヒルと鴨のコインロッカー』もとっても人気があったよ」 では今の日本映画の何が悪いのだろうか。一番の問題は「お金」と強調する。「ギャラが低すぎ。キャストやスタッフはお金をもらったらもっと頑張る。『下衆の愛』は予算が低くてギャラも安いけどロイヤルティー(対価)を出す。ヒットしたらみんなと収入を共有するので公平でしょう? お金が戻ってくると、みんな頑張るじゃないですか」 そんな日本映画に愛想を尽かしているアダム氏だが、海外に日本映画を紹介するための努力は惜しんでいない。「海外版のブルーレイ用に北野武監督の映画をレストア(劣化したフィルムを修復)している。日本ではまだブルーレイはできないけど、イギリスは最近『HANA-BI』『菊次郎の夏』『Dolls』とかがブルーレイになった。また豊田利晃監督の過去作品のブルーレイを作っている。『ポルノスター』『ナイン・ソウルズ』『アンチェイン』とか。塚本晋也監督とも最近、一緒に彼の映画を全部きれいにしたよ」 やっぱり日本映画を愛しているのだ。 ところで、日本映画が衰退している一因で“その通り”と思ったのは「映画評論家が『この映画はだめ』と言わないこと」という指摘だ。 「日本人はみんな優しいから(だめだと)思っていても言わない。逆に『すごい』とか持ち上げてばかり。なんでかね」 これは個人的にいつも思っていることで“わが意を得たり”と膝をたたいた。先日の試写会でも、あまりにひどい出来の邦画を見て思いっきり腹立たしくなった。終映後、社交辞令なのか「面白かった」と話す人も散見されたが、宣伝担当者に不満を話すと「正直におっしゃっていただいてありがとうございます。とても参考になります」と感謝された。 根拠のない誹謗・中傷はよくないが、だめな映画を「だめ」と言わなければ日本映画に未来はない。(伊藤徳裕)

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    「キネ旬ベスト・テン」映画にみるキーワードは「逆境」

     コラムニストでデイトレーダーの木村和久氏が、近頃気になるニュースをピックアップし独自の視点で読み解きます。今回は昨年の映画で気になった作品にクローズアップ。* * * 2016年のキネマ旬報ベスト・テン&個人賞が発表されたので、そのデータをもとに、個人的に好きな3本を紹介したいと思います。ベスト・テン、個人賞、外国映画賞のラインナップから、導き出されるキーワードは「逆境」です。人間いろんな困難な状況に陥り、そこからいかに這い上がるかということはすごく大事です。どの作品も観たら「頑張ろう!」という気持ちが、むくむく湧いてくるはずです。日本映画ベスト・テン1位『この世界の片隅に』 よくぞやってくれましたと、拍手喝さいです。多くの映画賞は、アニメーション部門を分けて受賞対象にしますが、キネ旬は全部ひっくるめてのベスト・テンですから、重みが違います。アニメ映画「この世界の片隅に」の初日舞台あいさつに登場した(左から)シンガーソングライターのコトリンゴ、女優・のん、片渕須直監督 逆境的には、まず制作側の資金難があり、クラウドファンディングでお金を集めました。エンドロールには、お金を出してくれたたくさんの方の名前が延々とアップされます。全く知らない人々の名前の羅列だけで、なぜか目がしらが熱くなってきました。封切りは63館から。ローバジェットの日本映画、まだ捨てたもんじゃないですね。 そしてもうひとつの逆境は「のん」の活躍です。契約等の問題で、本名すら名乗れなくなり、仕事激減の「のん」がチャレンジしたのは、ナレーションです。主人公のすず役の声を天衣無縫に演じ、実にハマっておりました。こちらにも、何度泣かされたことやらです。 映画の内容はいまさら言うまでもないですが、驚くべきは、戦前からの話なのに観ているのは圧倒的に若い人々です。昭和34年生まれの私は、親や親せきから戦争の苦労話を、たくさん聞かされました。それが今、世代が代わって、伝えるべき語り部がいない。もちろん『火垂るの墓』や『はだしのゲン』などの素晴らしい作品もありますが、個性がやや強い。今の若者は、おじいさんやおばあさん世代の日常を淡々と見たかったのではないでしょうか。そういうマーケティングに、図らずもマッチしたのかなと。後世に残る名作ですね。助演男優賞 竹原ピストル 竹原ピストルは、元々はライブ中心のミュージシャンですが、松本人志監督の映画『さや侍』で托鉢僧役で出て、パワフルな歌唱力を披露し存在感を示しました。歌の方は住友生命の1UPのCM挿入歌『よ~、そこの若いの』がヒットし、松本人志は「紅白に出てもおかしくない」と言っています。ほかにも『LIVE IN 和歌山』や『ドサ回り数え歌』など、心温まる名曲を多数生み出しています。 そんな彼が西川美和監督の『永い言い訳』で、本木雅弘と共演します。映画は交通事故で妻を失った家族の再生物語で、売れっ子作家役が本木雅弘、対照的なトラック運転手に竹原ピストルです。本木と竹原は、バスツアーで同時に妻を失います。そこでふたりは、家庭を失った喪失感をカバーするために交流が始まり、絆を深め合うのです。 劇中での竹原の存在感は圧倒的です。西川監督も「演技をしていることに、気づかない」と語っています。最初から妻を失ったトラック運転手が、そこにいたのです。今まで積み重ねて来た映画の役作りを、根底からくつがえす存在感に驚愕し、本木雅弘は竹原ピストルの熱心なファンとなります。 竹原ピストルの原点は、年間200本以上のライブ活動を7年間やったことです。そのライブ活動で、出会った人々や体験がすべて曲に活かされ、強烈なメッセージになっています。「誰かを俺を見つけてくれ」と、いつも心の中で叫んでいたそうです。そんな逆境から脱却し、見事に開花した竹原ピストル。歌と俳優、今後どっちで頭角を現すか、大いに注目です。とりあえず、2017年の紅白歌合戦には出てもらわないとですね。外国映画ベスト・テン4位が教えてくれた「あきらめないこと」外国映画ベスト・テン4位『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』 これは、名作『ローマの休日』の脚本家だったダルトン・トランボの自伝的映画です。『ローマの休日』(1953年)が封切りされたころ、原案・脚本の欄には別の名前がクレジットされていました。つまりトランボは友人の脚本家の名前を使って作品を提供し、アカデミー原案賞を受賞したのです。 なんでトランボは、偽名で書いたのか? それはトランボが、共産主義者に加担している嫌疑で投獄されたからです。そんな弾圧を受けたトランボが、いかにして名誉を回復したかが、この映画のテーマです。 1950年代、アメリカに吹き荒れた「マッカーシズム」は、共産主義者やその賛同者に対して、ヒステリックに攻撃し、失職させ、果ては投獄に追い込んだのです。 時代の雰囲気を感じた巨匠ウィリアム・ワイラーは、海外ロケをして自由な気風で『ローマの休日』を作ろうと試みます。トランボは原作から参加しますが、封切り時には赤狩りにあい、偽名での参加に。 トランボは、議会の公聴会で宣誓拒否をして投獄されますが、どうやって名誉を回復したか? それは生きるため、家族を養うために、B級映画の脚本を、安いギャランティーで、しかも偽名で書きまくったのです。トランボの書いたB級映画のなかで『黒い牡牛』が、アカデミー原案賞を受賞。人生2度目の、偽名でオスカーを得ることとなります。 偽名でも才能は溢れ出ます。評判を呼び、カーク・ダグラスが、映画『スパルタカス』に主演するとき、脚本をトランボに、実名クレジットの条件で依頼します。その後、反対勢力とバトルもありますが、次第に赤狩りの勢いも下火になり、ようやくトランボは名誉を回復できたのです。 トランボが言いたかったことは「人生を絶対に諦めないこと」、これに尽きます。 いろいろと、やる気を起こさせてくれる映画って、人生の応援歌みたいなものです、実に素晴らしいですね。関連記事■ ランボルギーニトラクター所有者「近所の人が毎日観に来た」■ ブログ市長リコール「市民はお灸を据えた感覚」と専門家■ リコール失職 竹原前市長の政策は市民の意見を反映していた■ 前後賞ない「ドリームジャンボミニ5000万」バラ買いがお勧め■ 1枚500円 「宝くじの日記念くじ」が1000万枚限定で発売へ

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    『君の名は。』で面白さ再発見、大人も楽しめるアニメ続々

     のんびり屋で絵を描くのが大好きな女性・すずが、顔も知らない青年に嫁ぐため、広島から呉へやって来る。昭和19年、厳しい戦時下を前向きに生きる人々の姿を描いたアニメ映画『この世界の片隅に』が中高年を中心に大ヒット中だ。呉市での上映終了後、サイン会でファンと触れあう「この世界の片隅に」の片渕須直監督 11月12日に全国の映画館63館で公開以来、観客動員数は伸び続け、年明けには150館以上で公開。1月以降もロングラン上映する。「『この世界の片隅に』は非常にすばらしい作品ですが、公開が2015年だったらこれほどのヒットはしていなかったと思います」 こう話すのは、アニメに詳しい映画評論家の増當竜也さんだ。「当時の生活や戦争の様子を細かい部分までよく調べて描いていますし、すず役にのんさんを起用したこともよかった。ただ、テーマは万人受けするものではない。 それがここまでのヒットとなったのは、その前に『君の名は。』のヒットがあったから。一方、同様に2016年大ヒットした実写映画『シン・ゴジラ』も、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督の作品で、どうせアニメでしょ、とこれまでアニメを切り捨ててきた人たちも、いよいよその存在を無視できなくなってきました」 そう、アニメを見ているのはオタクや子供、というイメージはもう古いのだ。ここ数年、アニメはより多くの人が楽しむエンターテインメントになっている。2016年8月から公開中の『君の名は。』は興行収入200億円を突破。続いて公開された映画『聲の形』も22億円超えするなど、アニメ映画のヒットはとどまるところを知らない。なぜ今、秀逸なアニメ作品が日本映画にそろってきたのか。アニメ評論家の藤津亮太さんはこう語る。「もともと日本のアニメはレベルが高く、ファンはそれを知っていましたが、多くの人がそのことを知らなかった。でも2016年に『君の名は。』が当たったことで注目が集まり、アニメの多様さ、面白さが発見されたんだと思います。 たとえば『君の名は。』は映像美が有名ですが、映画『聲の形』、『この世界の片隅に』にもそれぞれ違う映像美や魅力がある。『君の名は。』を見て、アニメってすごいなと思った人たちが他の作品も見に行って、やっぱりその気持ちを裏切らない作品だった、ということは大きい」 そして2017年も『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』、『ひるね姫~知らないワタシの物語~』、『メアリと魔女の花』、『虐殺器官』など期待作が続々公開予定だ。「テーマや題材で選べばそれほどハズレはないはず。新たな発見があると思います」(藤津さん) アニメだから描ける世界やストーリー、日本人のセンスと職人気質で作られた秀作を知らないままではもったいない。2017年、今こそアニメ映画の世界に足を踏み入れてみてはいかが?関連記事■ 映画『君の名は。』舞台挨拶で語った神木隆之介・長澤まさみの願い■ 『妖怪ウォッチ』出演の武井咲 アニメ実写の融合にドキドキ■ 『君の名は。』は大人もハマれる 数々の証言■ アニメ映画隆盛 新海誠の次に「来る」気鋭の監督たちを紹介■ 上戸彩が映画大ヒットで巨大ニンジンを持って笑顔をキメる

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    ここが変だよ、「クールジャパン」輸出

    「クールジャパン」という言葉が使われはじめて久しいが、本当に世界各国に日本の“カッコいい”は浸透しているのだろうか。日本の“クール”な農産物やコンテンツはどうすれば売れるのか考えてみた。

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    コメ農家がもうからなくても輸出をする理由

    【WEDGE REPORT】山口亮子 (ジャーナリスト) 2016年10月末、茨城県常陸那珂港の倉庫。20人余りの農家が見守る中、重さ1トンのフレコンバッグをフォークリフトが次々とコンテナに積み込んでいく。「国内初」(関係者)というアメリカ向け業務用米(中食・外食などの業務向けのコメ)の輸出が始まった瞬間だった。世界的な和食ブームはコメ輸出の好機か?(THEWASHINGTONPOST/GETTYIMAGES) 「なぜアメリカからコメを買うばかりなのか。反対に日本のコメを売りたい。輸出するならアメリカという考えがずっとあった」 感慨深げに作業を見守っていた農家の一人、染野実さん(56)の言葉には力がこもる。 アメリカとのコメ貿易というと、高関税を維持するために輸入しなければならないMA(ミニマムアクセス)米などでアメリカからの流入一辺倒。日本からの輸出というと、少量を富裕層向けのスーパーに販売というのがほとんどで、15年の輸出量7640トンのうち、アメリカ向けは322トンのみ。 そんな中、茨城県内の8軒の農家は16年産のコメ60トンをロサンゼルスを中心としたカリフォルニアのレストラン向けに輸出。17年産は計360トンの輸出目標を立てており、計画通りにいけば、アメリカ向けの輸出量全体が一気に倍増ということになる。 にわかには信じがたい話だが、農家からコメを買い取るロサンゼルスの輸入販売会社田牧ファームズ代表の田牧一郎さんはこう断言する。 「アメリカにおいしいコメのマーケットはまだまだある。茨城のコメをしっかり売り切っていく」 その自信の裏付けとなっているのが、日本食ブームの盛り上がりと、国産米とカリフォルニア産コシヒカリの価格差がほとんどなくなってきたこと。 この10年ほど、カリフォルニアでは10年に3回ほどのペースで干ばつが発生。大量に水を使うコシヒカリの生産は敬遠され、より栽培の簡単な中粒種にシフトするようになった。 農家の減少を受け、スーパーなどの店頭小売価格でキロ当たり400~500円に値上がりしている。国産米をアメリカに輸出した場合の価格は450~500円程度で、価格差はほとんどない。 「カリフォルニア産短粒米は日本に比べて粒が小さい、香りが薄いなど、どうしても劣る点がある。日本からそれなりの価格のコメが安定的に出れば売れる」(田牧さん) ただし、国内で米価が上昇に転じ、飼料用米といった補助金の手厚いコメの作付けが推奨される中、当初思い描いたほどの輸出量は確保できていない。農家の手取りは1俵(60キロ)当たり7000~7500円となる見込みで、「あまりもうかるわけではない」(染野さん) というのが正直なところ。 昨年の茨城県産コシヒカリの農家の手取り額が1俵当たり1万2000円程度だったことを考えると、かなり厳しい価格だ。ではなぜあえて経営的に厳しい輸出を選ぶのか。農家はいずれも意識の高い大規模農家 「国内消費が減っており、コメが余ると生産者米価は下がる。国内で余ってしまうコメは世界に輸出していく。将来の米価を考えれば、今はもうけが少なくとも、最終的に我々の利益は上がるだろう」 農家の石島和美さん(60)の答えは明快だ。  利益確保のため、品種は反収(たんしゅう)(1反約10アール当たりの収穫量)が9俵以下のコシヒカリより多い10俵で、倒れにくく育てやすい「ゆめひたち」を選んだ。今後、さらなるコスト減のために、収量の多い品種の選定、苗を田んぼに移植する通常の田植えを行わず種を直接まく直播栽培による省力化などを進める。 また、商社を介さず田牧ファームズに売り、現地の卸売会社Maruhanaを経て、ロサンゼルスのレストランに販売と、流通経路をシンプルにし、流通コストの削減も実現した。 「輸出メンバーの間で、生産コストを削減していくという共通認識を持って、この価格でも生産性の取れる農家になっていくことが大事」(石島さん)と末端の販売価格から生産費を逆算する経営に、挑戦しようとしている。1社で国内輸出量の1割 新潟農商1社で国内輸出量の1割 新潟農商 15年の実績で全国のコメ輸出量の8%、16年は10%超を占める勢いなのが、新潟市の新潟農商。新潟クボタのグループ会社でコメの集荷・販売などを手掛ける同社は、海外のクボタグループの会社にコメを輸出し、現地会社から小売りに販売することで、中間マージンを最小化している。 新潟県内の450軒もの農家が輸出に加わり、16年産で1983・4トンの輸出を見込む。輸出先はクボタグループが現地会社を立ち上げた香港、シンガポールのほか、新潟農商が独自に販路を開拓したモンゴル、この冬からはベトナム、ハワイにも販路を拡大。順調に販路を切り拓いている同社だが、社長の伊藤公博さん(59)は、「輸出はパラダイスではない」ときっぱり。 農家との契約時に提示する価格は、農家にとって利益を確保できるぎりぎりの価格。同社自身も輸出による利益は少なく、国内向け販売でしっかり利益を出す分、輸出もできているという状況だ。 それでも、「将来に向けて自分たちの販路を確保しておかなければと危機感を持っている農家が多い。農家からの期待が大きいので、売り先をもっと広げようとしている」と伊藤さんはあくまで攻めの姿勢だ。ウランバートルのスーパーではおにぎりを配っての販促活動もしている(NIIGATANOSHO) 農業法人荒神(こうじん)の寺澤和也さん(64)はそんな農家の一人。4年前から新潟農商を介した輸出を始め、今ではコメの作付面積40ヘクタールのうち1割超えの4ヘクタール強を輸出用に充てている。「稲作農家はこれまで保護されてきただけに、周りが見えない。これだけ作ればこの額で買ってくれるという考えでずっとやってきたところがある。それではいけない」と寺澤さん。 念頭にあるのは18年の減反政策廃止と国内の需要減。18年以降、今ある各種補助金が継続するか期待できない中、輸出に舵を切る方が得策だと考えている。今後、輸出用の割合を2割程度まで高めるつもりだ。 新潟と言えばコシヒカリだが、新潟農商では業務用に適した多収品種の輸出も手掛けている。 生産コストの削減にも熱心で、1俵の生産費(農機具代を除く)を6000円以下にするプロジェクトに取り組んでいる。農機具代を除いた生産費の全国平均は1俵約1万2000円で、実現すれば驚異的な額だ。その実現のために「いただき」という反収が12・5~13俵もある品種の直播栽培に取り組んでいる。 輸出についての問い合わせの中には、価格を聞いて、国内の米価が下がったら輸出に加わると話す農家も多いという。 「でもね、後出しじゃんけんはだめなんです」と伊藤さん。 「輸出には、受け入れ側の限界量というものがある。その量まで誰が早くコメを持っていくか。スピード感を大事にしながら、将来的に1万トンほど輸出したいと思っている」激戦区シンガポール おにぎりで輸出量増激戦区シンガポール おにぎりで輸出量増 新潟と並ぶ米どころの秋田県には、おにぎり販売店という明確な出口を確保し、輸出の割合を将来作付面積の3割台に高めたいと考えているメガファームがいる。湯沢市で184ヘクタールの農地を耕作、うち104ヘクタールでコメを作付けするやまだアグリサービスだ。 同社は、15年からシンガポール向けのコメ輸出を開始し、15年産の「あきたこまち」を12トン、シンガポールでおにぎり専門店「SAMURICE(サムライス)」を展開するアグリホールディングス(東京都)を通じて販売した。16年産は「あきたこまち」12トンに加え、収量の多い「ちほみのり」12トンを輸出する。 16年に輸出米を作付したのは計5ヘクタールで、コメ作付の約5%程度。それでも計24トンと、巨大経営体だけにその量は決して少なくない。 「輸出用は最終的に、国内で売る場合の3割安くらいにしないといけないのではないか。それでも量は増やしていきたい」 社長の柴田為英さん(65)は、周辺地域の過疎高齢化で耕作面積が年々増加しており、増加分の販路として輸出を有望視している。 SAMURICEが順調に売り上げを伸ばし、1月中にシンガポールで2店舗増やし5店舗まで拡大するのも、後押しになっている。アグリホールディングスの手掛ける輸出量は16年には15年の3倍ほどに増加。17年は100トンの輸出を掲げている。現地ではおにぎりの手軽さと日本食はヘルシーというイメージが相まって、おにぎり販売はまだまだ成長し得るという。おにぎりの値段は1個3シンガポールドル(約243円)ほど(AGRIHOLDINGS) 輸出にそっぽを向く農家も 国内のコメ需要が年平均8万トン減る中、需要拡大の一手として輸出の必要性が叫ばれて久しい。18年以降、米価下落が予測されることや日本食ブームの盛り上がりが、農家の背中を押す要因になっている。特に14年産の米価暴落直後に輸出を検討した農家は多く、15年の輸出量は前年比約7割増となった。 15年に一気に増えた輸出だが、その動きは鈍化している。 「国内で高く売れるのになぜ安く輸出しなければならないのかと農家は考えている。コメを輸出する計画は今のところ立っていない」 こう話すのは秋田県大潟村の役場関係者。1964年に干拓で生まれた村は、田んぼ1枚が1・25ヘクタール、1戸平均約17ヘクタールの農地を持ち、国内で最も効率的な水田農業ができる場所ともいわれる。村では16年4月、大潟村農産物・加工品輸出促進協議会を立ち上げた。コメや加工品などの輸出の可能性を探ったが、1年弱の活動を経ての結論がこの発言。加工品の輸出のめどは立ったものの、肝心のコメの輸出に乗り気な農家がいないという。 「村の農家は価格に正直で、100円でも高い業者に売ろうとする。メリットの薄い輸出には興味がない農家が多い」 30代農家はこう話す。 「国内で余剰感があるのは確かだが、手取りが一切向上しないというのでは、いくら業者から輸出の話を持ち込まれても厳しい」と別の50代農家。輸出の大義は理解できるが、今の状況では踏み切れないという。コメ輸出で利益が出ない原因コメ輸出で利益が出ない原因 輸出で農家が利益を出すのを難しくしている原因は、生産コストの高さ以外にもいくつかある。まず挙げられるのが関わる業者の多さと、それに連動して中間マージンがかさんでしまうことだ。 国内集荷業者、国内の輸出会社、海外の輸入会社、現地の卸売りと、末端の小売りに行きつくまでに相当の中間マージンを取られる。国内の2倍近い価格で売れると聞いて輸出をしたところ、末端価格は確かに国内の倍だったが、間で抜かれて農家の手取りは通常よりも低かったといった話は産地でよく聞かれることだ。 加えて、現地での国内他産地との価格競争が過熱していることも挙げられる。輸出の過半を占めるのが香港とシンガポールへの輸出で、現地のデパートや高級スーパーでは国産米同士が熾烈な棚争いを繰り広げる状況に陥っている。 さらに足を引っ張る存在が飼料用米だ。実際の販売価格は主食用米に遠く及ばないが、多額の補助金が付き主食用と同等の収入が確保できるうえ、栽培に手間がかからない。  茨城の輸出でも「飼料用米の方が若干高く、輸出をやらない人はやらない」(染野さん)と、飼料用米が足を引っ張る最大の要因になっている。 目先の利益だけを考えれば、輸出は経営上の選択肢にはならないかもしれない。それでも18年の減反廃止と国内のコメ需要の縮小を考え、将来を俯瞰する農家にとっては、輸出は有望な選択肢の一つになっている。

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    成果なき「官製クールジャパン会社」の信じ難い実態

    【WEDGE REPORT】ヒロ・マスダ (映画プロデューサー) 近年、クールジャパン政策が叫ばれている。日本のコンテンツの海外展開分野においても、これまで数百億円の税金や財政投融資など公的資金が注がれている。コンテンツ政策におけるクールジャパンの目的は、単に日本コンテンツの輸出額を増やすだけでなく、ソフトパワーによる観光振興などのインバウンド獲得を狙う「クールジャパン効果」も重要な目的になっている。Stock しかし、巨額の公的資金支出にもかかわらず、公的資金拠出の意思決定や成果の評価は著しく客観性に乏しい。本来、クールジャパン効果とは客観的な外部評価が基準であるべきだが、税金を使う側である当事者の主観的な内部評価が基準となっている。この思い込みが、国民財産の毀損と無駄遣いの温床になっている。その顕著な例が2011年に「日本を元気にするコンテンツ総合戦略」のもと設立された株式会社All Nippon Entertainment Works(ANEW)である。 ANEWは、日本のIP(知的財産)を用いてハリウッド映画を作ることで、日本のコンテンツの海外展開を図り、その利益を日本国内に広く還流することで日本のエンタテイメント産業を再生するという目的で設立された。官民ファンドである産業革新機構から100%、60億円の出資決定を受け設立された映画企画開発会社である。 また、ANEWの設立には監督官庁の経済産業省も企画から深く関わっており、設立後に職員を出向させるだけでなく、クールジャパン官民有識者会議、首相官邸コンテンツ強化専門調査会、国会経済産業委員会でANEWの取り組みを推進してきた。 16年10月27日で会社設立から丸5年が経過したが、これまで7作品の開発を発表しているものの、これらの映画が公開され配当を得るどころか、撮影に至った作品すら1本も存在していない。また、官報に掲載されている決算公告によれば、15年12月31日時点までの損失は14億4517万円に上り、何ら成果のないまま毎年赤字を垂れ流している経営状態が続いている。国会で行われた「経営は順調」の答弁 映画製作の専門性を持たない産革と監督官庁の経産省はどのようにして60億円もの公金投資を決めたのだろうか? ANEW設立時、代表取締役は産革の執行役員が務め、社外取締役は執行役員と共にプロジェクトチームでANEWを設計したその部下、監査役も産革役員という構成であった。当然、株主も100%産革である。 さらにANEWを監督する立場の経産省も職員を出向させていた。国民財産の運用がこうした専門性に乏しく、ガバナンスも効きにくい体制の中で行われ、「クールジャパンらしさの追求」という主観的な内部評価の基準の中だけで60億円もの公的資金を注ぐ決定をしたのである。この件に関し経産省に情報公開請求を行うも、こうした官民ファンド等の株式会社を経由した公的資金に関する公文書は存在しない、もしくはすべて不開示となっており、国民に対し情報公開が行われない制度になっている。 産革には客観性、中立性を保つための社内組織・産業革新委員会が存在しているが、ANEWへの投資決定を見る限り、この組織が客観性と独立性を持っているようにはうかがえない。これについては、14年の産革投資先の監査未実施に対する改善要求に関わった財務省職員も「ANEWのような自分で自分に出資するような投資は通常公的ファンド運用のルール違反にあたる」との見解を語る。 ANEWの5年間の事業評価についても客観性を欠いている。経産省は「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」に基づき「産業革新機構の業務の実績評価」を行っている。これによると、経産省は投資実行後も各投資先企業についての財務情報、回収見込み額、出資に係る退出(EXIT)方針、投資決定時等における将来見通しからの乖離等を精査していることになっている。国会で行われた「経営は順調」の答弁国会で行われた「経営は順調」の答弁 しかしこの間、同メディア・コンテンツ課課長、大臣官房審議官は、ANEWについて「映画が実際に作られ、配当により3年で投資回収が始まる」とあたかも経営が順調であるかの旨の報告を国会等で答弁している。 しかし、映画の専門性に基づく客観的な外部評価を基準にする場合、ANEWの「ハリウッド映画化」の発表は映画製作成立の根拠には値しない。「ハリウッド映画」の定義とは、厳密にはビッグ6と呼ばれるユニバーサル、ウォルト・ディズニー・カンパニー、ワーナー・ブラザース、20世紀FOX、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント、パラマウントのハリウッドメジャースタジオ製作の映画を意味する。 これらの映画会社には製作費に充てる資本があり、映画を適切な形で売り出すための事前のマーケティングプラン、世界に売るための配給網、また投資を一定の期限内で回収するために2、3年先の公開日も決定している。 一方、ANEWが自社リリースで発表する「ハリウッド映画化」はこれと似て非なるものである。「日本IPでこんな映画企画開発をやります」という自社発表は、原作の映画化権を持つ者なら誰もが発表できるものであり、投資家に対して実際に映画が作られる保証をするものではない。 しかし、経産省の内部評価基準では、「順調な経営」と評価し、設立から3年で公金投資の回収ができると勘違いしている。こうした経産省の「虚偽的」な経営報告の答弁もあってか、ANEWは14年11月28日に資本金及び資本準備金合わせ11億円の追加投資を受けている。すでにそのほとんどが非効率な映画企画開発を行う赤字経営によって消えている。 ANEWの企業理念は「グローバルモデルによるイノベーションによりニッポンのエンタテインメントが生まれ変わる」だ。経産省もANEWの「社会的ニーズへの対応」「大きな成長と公的資金投資回収の高い蓋然性」「新しいビジネスモデルを確立する革新性」を認め推進した。iStock映画産業で存在感高める中国映画産業で存在感高める中国 しかし、映画産業で日本を豊かにしたいのであれば、世界のエンタテイメント資本、投資家、映画産業プロに作用する客観的な評価を基準に考えなければならない。主観的な理念など、評価に値しないものである。 映画製作における真の「イノベーション」とは、秀でたタレント人材や映画テクノロジーによる創作面の効率性の向上や、利益を出すためのプロダクション運営の経済的効率性の向上である。官民癒着で公金を引き出すために使われた「ニッポンのイノベーション」であれば、日本再生の切り札どころか自らの持続的経営の将来見通しすら破たんした今の結果は、始まる前から分かっていた当然の結果だといえる。 日本政府は日本IPに由来のある、もしくは日本に関係のあるハリウッド映画のプロデューサーや監督に対するクールジャパン表彰をロサンゼルス日本総領事公邸で行っている。13年には日本の玩具をモチーフにした映画「トランスフォーマー」のプロデューサーも受賞した。しかし、14年に公開された「トランスフォーマー」第4作は中国共同製作で製作され、ワールドプレミアイベントをロケ地の香港で行い、中国人俳優が出演し、中国の銀行や電気製品などのプロダクトプレイスメント(映画のなかで企業のロゴや製品を自然なかたちで出す広告手法)も行われた。 映画におけるクールジャパン効果とは、一般客の普通の感覚で映画を鑑賞したときにどう感じるかという客観性を基準に考えるべきで、この場合、中国共同製作の「トランスフォーマー」を見た一般の観客がこの作品からクールジャパン的印象を強く感じ、それが日本へのインバウンド効果に繋がると考えるのは的外れだと言える。iStock 世界の映画産業においてはハリウッドだけでなく、中国の存在感も増してきている。ハリウッド版「ゴジラ」を製作したレジェンダリー・ピクチャーズの親会社は、今や中国企業である。「ゴジラ2」はレジェンダリー・エンターテイメントを買収した大連万達グループが青島にオープンさせる総工費約80億ドル(約8000億円)の世界最先端の施設で撮影されることも決定している。また同社はソニー・ピクチャーズとの提携も発表している。ANEWが発表している海外パートナー企業にも中国からの巨額出資を受けている映画会社が含まれる。 映画産業自体も変化しており、技術革新によるインターネットの定額配信サービス、ビデオ・オン・デマンドサービスの普及に伴い消費者行動も変化し、かつて映画でしかかけられなかった高額予算をTVドラマにかけられるようになった。これと同時にハリウッド俳優、監督らもTV産業に活躍の場を移している。クールジャパンは多額の公的資金を浪費するだけ このように世界の映画産業を取り巻く環境も国際競争も劇的に変化している。一方、日本が公金投資に対する客観性についての学習を遂げるまで、世界は決して待ってくれない。 日本がクリエイティブ産業で食べていくということは、日本に投資を獲得し、また産業を支える現場に質のいい産業雇用創出をすることが重要である。ソフトパワーによるインバウンド効果を得たいなら、まずこの国でインバウンド効果を生むいいコンテンツが生まれる環境がなければそもそも達成できない。  ANEWが夢見る「いつか、ハリウッドの誰かが叶えてくれる」では解決しない問題である。残念ながら多額の公的資金が散財される「クールジャパン」は産業の未来にいない人たち、また成果がなくとも困らない人たちの主観的な内部評価を基準に実行されている。この分野で本当に日本を豊かにするには日本の公的資金相手の商売ではなく、世界市場相手の商売であることを認識する必要がある。 日本のクリエイティブ産業の発展に対し無責任な人たちが無責任な未来を設計するような政策は次世代のためにも許してはならない。

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    きゃりーぱみゅぱみゅも大人気! 逆襲をかける日本のテレビ局

    【WEDGE REPORT】WEDGE編集部 韓流ブームに沸く日本だけでなく東南アジアでも韓国ドラマは大人気だ。韓国ドラマ躍進の背後には政府の後押しもあるが、海外展開に適した制度や、若いクリエイターに制作を任せるという風土も大きく影響している。ドラマなど日本のコンテンツも、韓国を凌ぐことはあっても劣ることはない。安倍晋三首相はクールジャパン戦略担当大臣まで設置し、アベノミクスの柱である成長戦略のなかで日本コンテンツの海外輸出を掲げる。補正予算では170億円という今までにない破格の財政支援も打ち出した。国内市場が縮小するなかで、これまでの国内向け作品の輸出から、海外マーケットを狙った作品も生まれつつある。日本のコンテンツは、もっと世界で売れるはず。さぁ、「クールジャパン2.0」の幕開けだ。地方の番組制作会社がフランスでヒット番組 広告出稿は漸減しているものの、足元では「国内の視聴率競争で勝つことが絶対」と、在京キーテレビ局関係者は口を揃える。とはいえ、事業環境の変化は、地方局にとってはすでに目の前にある危機だ。テレビ新広島(TSS)の子会社で番組制作を行うTSSプロダクション。2007年、親会社に頼らない収入源を持つことを目的に番組のネット配信を開始した。仏でのJIM感謝祭に出演したバニラビーンズ(提供:TSSプロ) 英語、中国語、韓国語の字幕を付けた観光、食、音楽、ファッションなどを軸に日本を紹介する『Japan in Motion(JIM)』という番組だ。 企画を立ち上げた白神道空プロデューサーは「広告収入を狙ったのですが、当初はやればやるほど赤字でした」と振り返る。余計な仕事をする暇があれば本業に注力しろ……。無言の圧力にもさらされた。 それでも、JTBのグループ会社が外国人観光客向けに運営する「JAPANiCAN」のサイトに観光地の映像を提供する代わりに旅費を負担してもらうなどし、少ない予算で番組を制作する工夫をした。制作チームも白神プロデューサーと担当部長の2人。白神プロデューサーは、スポンサー探しの営業、企画、ロケ、映像編集まで全て1人で行った。 「中国地方の観光地紹介や、地元企業による職人技など、東京発ではないニッチな情報発信」を続けることで番組への評価は次第に高まっていった。ジーンズ、お好み焼き、きゃりーぱみゅぱみゅ… 転機となったのは09年。海外の放送局にコンテンツを配信すれば助成金を出すという総務省の事業を知った。これに乗ろうと、海外の放送局に打診。そのなかで一番反応が良かったのが、フランスのケーブルテレビ局「NOLIFE」だった。「『NOLIFE』の視聴者は20~30代前半。この世代は日本のアニメを見て育っていて、日本への関心が高いことが分かりました」。 政権交代によって助成金自体が白紙になったが、手をあげてくれた「NOLIFE」のために手弁当で番組を制作した。番組の人気は予想を大きく上回った。視聴者は80万人に上り、放送を開始した年から広島を訪れるフランス人観光客が急増するという効果も出た。 スポンサー開拓にも新たな手を打った。スポンサーとなった岡山のジーンズメーカー藍布屋の「桃太郎ジーンズ」の生産現場を「工場見学」として番組で紹介。フランスでの販路開拓を支援して、パリの有名セレクトショップへの納品に結びつけた。 同じく「広島風お好み焼き」を番組内で紹介。パリにお好み焼き屋を出店するクリストファ・ワーグナー氏と提携し、フランスのゲームショーでお好み焼き屋を出店するなどしてブームを演出。広島のソースメーカー「オタフクソース」にも協力を呼びかけた。ソースメーカーにすれば自前で宣伝することなしに販路開拓ができ、白神プロデューサーとしては、「将来のスポンサー候補として期待している」という。 12年からは、新たなポップカルチャーの発信者として人気が高まった、きゃりーぱみゅぱみゅさんがレギュラー出演者として加わり、地元広島、福岡では地上波での放送も決まった。「アクオス」のプロモーション記者発表会に出席したきゃりーぱみゅぱみゅ 事業は昨年度に続き、今年度も黒字達成の見通しで、「このビジネスモデルを使うことで別の国への展開も目指したい」と意欲を見せる。「今は傍流でも、新たな収益源にしたい」「今は傍流でも、新たな収益源にしたい」 キー局においても、海外の放送局向けに番組を制作する動きがある。TBSは昨年、シンガポール最大のメディア企業で唯一の地上波テレビ局メディアコープと共同で、東京のポップカルチャーやトレンドを紹介する『kawaii style』、ドラマ『ムーンケーキ』を相次いで制作し、現地で放送した。 この事業を担当するTBSホールディングス次世代ビジネス企画室の白石徹太郎氏は「ある意味、我々がリスクを取るビジネスです」と話す。TBSは制作費を多く出す分、番組コマーシャルのセールス権をもらう。ただし、スポンサーを募って制作費を回収しなければならない。 同様のビジネスモデルで、TBSは日本経済新聞と共同で昨年4月からニュース番組『Channel JAPAN』の放送を開始。アジア広域に放送されるCNBC ASIA、台湾の非凡電視台、インドのTV18からはじまり、10月からはベトナム国営放送VTV2、インドネシアのメトロTVへも拡大。アジアで事業を拡大する日本企業からのスポンサーとしての関心も高いという。 白石氏は「テレビ局のなかで、この仕事はまだ傍流です。それでも、新たな収益源になるように、このビジネスを育てたいと思っています」。 実は、韓国ドラマや韓流カルチャーの浸透と、サムスンのテレビ、現代自動車など韓国製品の市場での存在感の高まりはリンクしている。例えば、東南アジアではドラマの制作発表に合わせて、Kポップのコンサート、韓国メーカーの新商品発表などを同時に行うことで上手くブームを起こしている。白石氏も「メディアが旗振り役になることで、コンテンツにとどまらない日本ブームを演出することができるはずです」と話す。値段が高くても売れる日本が誇る良質番組 電通と民放テレビ各局がシンガポールで、テレビ事業運営会社『JFCTV』を設立し、2月25日から放送を開始した。こちらも日本企業や、現地企業からスポンサーを募って、アジア10カ国・地域に放送を広げることを計画している。 海外への番組展開でオーソドックスなのは番組販売(番販)だ。日本の番組の販売価格は高いといわれるが、それでも良質な番組は売れている。日本のテレビ局が強化するフォーマット販売とは? 昨年11月放送のNHKスペシャル『大海原の決闘!クジラVSシャチ』、今年1月放送の『世界初撮影!深海の超巨大イカ』は、NHKエンタープライズ(NEP)の自然番組班が制作を担当した。「超巨大イカ」は制作に10年余りをかけ、NHK、NEPに米ディスカバリーチャンネルも参加した国際共同制作番組。長期の取材と深海撮影用の潜水艇の手配など莫大なコストを各社で分担したからこそ、世界で初めて撮影に成功した。NHK放送センター NEPの坂本秀昭海外販売部長は「NHK、NEPの自然番組は海外販売の主力商品です。ダイオウイカやクジラVSシャチは、放送前から海外の大手放送局から購入希望が来て競争になるほどの人気でした」と話す。 番販に加えて日本のテレビ局が強化しているのがフォーマット(企画)販売だ。なかでも最も老舗なのがTBS。ドラマ『JIN−仁−』が世界80カ国で放送されるなど番販でも実績を上げているが、それに加えて、フォーマット販売も80年代からはじめている。 『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』の面白ビデオコーナーの米国版『America’s Funniest Home Videos』は米ABCで放送23年目に入り、『SASUKE』の米国版『American Ninja Warrior』は、ラスベガスで決勝戦が行われるなど人気番組になっている。 フォーマット販売といっても、決して売り切りビジネスではない。TBSテレビコンテンツ販売事業部の杉山真喜人海外番販チーフは「フォーマット販売は売った後が大事です。細かなノウハウが沢山あって、ライセンス先と信頼関係ができてはじめて番組が成り立ちます。企画だけあっても番組としては成立しません」と話す。 アニメも日本が誇るコンテンツの柱だ。輸出額でみると、2000年代のピークからは落ちたものの根強い人気は続いている。テレビ朝日の上田直人国際ビジネス開発部長によれば「『ドラえもん』などのコンテンツは、エバーグリーンと呼ばれています」。つまり、流行り廃りではなく、継続して人気があるコンテンツだということだ。加えて『忍者ハットリくん』がインドで、『クレヨンしんちゃん』がスペインで突如として人気が出るなど「需要の掘り起こしはまだまだできる」という。  海外への販売拡大の余地が大きいなかで最大のネックとして残るのが権利処理の問題。例えば、NEPの楢島文男海外販売特別主幹は「VOD(ビデオ・オン・デマンド)権が渡せないことが辛い」と話す。 海外の放送局は放送とネットのVODをセットで要望することが急増しているという。提供するためには新たに権利処理をするか、作り直す必要があるが、多大な手間とコストがかかり、採算がとれない。海外放送局のサービス形態が拡大する中で、制作、販売側の対応が追いつかないのが現状である。こうした課題をクリアするにはどうすれば良いのか。雑誌では次章で検討する。

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    ヌーハラ問題から日本文化のグローバル化を考える

    してどんどんと広げていくべきです」とコメントしていた。つまり音をたてて食べるのがデフォルトだから、異文化の人間はこれをちゃんと理解すべきであるという主張だ。 氏がこのように主張する根拠としてあげているのが以下のエピソードだ。「私は過去にインドに行った時に手で食事をしたことがあります。左は”不浄の手”とされ右手で食べるのですが、正直、自分の手を舐めるような変な感じがしましたこれをかつて欧米人は「下品だ」と言い、また日本や中国の箸についても「下等民族の道具だ」などと言っていましたが、今では和食や中国料理が世界中にあるなかで上手くはなくても欧米人も自ら箸を使うようになりました。」 ラーメン・蕎麦・うどんを音をたてて食べるのが美味しいと感じるのは僕も同じだ。横でモソモソと音もたてずに麺をすすっている人間に気づくと、こちらが逆にヌーハラを受けたような気分になってしまう。だから、中田氏の言わんとしていることは、わからないでもない。 但し、留保がつく。それは「麺を日本、あるいは日本文化が支配的である環境で食べる場合」だ。中田氏の問題点は氏が依拠する、いわば「郷に入れば、郷に従え!」というところにある。そこで、これを今回の考え方のデフォルトとしてみよう。そうすると、中田氏は「郷に入れば、郷に従え!」を主張しながら、立ち位置を変えた瞬間「郷に入っても郷に従っていない」、つまり自家撞着に陥っていることがわかる。従来と売り方が異なるJカルチャー現在、世界に広がる日本文化は“J.カルチャー” その前に一旦、話を日本文化の海外への定着に振ってみたい。1960年代の高度経済成長以降、日本の知名度については「クルマや電化製品などのモノ、つまり消費や技術に関するものについては世界に知られるようにはなったが、日本の文化、つまりコト・伝統については認知度が低いまま」と言われてきた。そこで、なんとかして日本の文化を売り出そうといろいろな試みが行われてきた。ベタに「ゲイシャ、フジヤマ、スシ、ニンジャ、ゼン、ブシドー、ワビ・サビ」みたいな海外のステレオタイプを前面に出すやり方。あるいは他文化、とりわけ西欧に阿るやり方がそれだ。音楽だと英語でロックを歌って売り出すなど(フラワートラベリンバンドやバウワウ等。例外はサディスティックミカバンドで、日本語で歌っていた)。ただし、結局のところサッパリだった。 で、「どうやったら日本文化が世界に知られるようになるのだろう?」と手をこまねいているうちに、ひょんなところから日本文化は認知されるようになった。そこで海外に定着した「もうひとつの文化」をそれまでの日本文化とはアプローチが異なるということで、とりあえず「J.カルチャー」とカタカナで表記しておこう。J.カルチャーはアニメやマンガといったオタクカルチャーからジワジワと世界に浸透していった。 J.カルチャーは、これまでの日本文化とは二つの点で根本的に売り方が異なっている。一つは「文化として売ろうとはしていなかったこと」。いいかえれば「消費物」「ビジネス」として売り出したことだ。さしあたり「カネが入ればそれでいい」という、きわめてイイカゲンな売り方だ。だから日本アニメは安売りされ、あっちこっちで放映された。もう一つは「こちらのやり方を押しつけはしないが、迎合もしない」という売り方だった。これは「買ってもらうのが第一の目的なので、文化振興云々はどうでもいい。また、いちいち手間暇かけて相手向けにカスタマイズするのもカネがかかるので、あまり手をつけない」というスタンスが、結果としてこうなったと考えればいいだろう。 前述のロックバンド(七十年代前半)はこれと反対で、明らかに当時のロックシーンに阿っていた。全部英語で歌い、サウンドのスタイルも世界の潮流に準拠していた。要するにアグレッシブに「世界に出たい」と考えていたわけだ。で、阿りつつ手間暇かけていろいろ考えた。とはいっても、結局はいわば「猿マネ」で、こう言っては内田裕也さんに申し訳ないが、今聴くとかなり恥ずかしい(その代わり、テクニックはスゴかった!)。ナショナリズム的な思考停止 ところが前述したようにアニメやマンガは違う。阿っていない、というか垂れ流しなので勝手に広がるだけだった。これがかえってよかった。安売りした商品がメディアに流れ、子どもが飛びつく。で、これが世代交代することで広い世代に浸透していき、気がつけばジャパンアニメは世界中を席巻していたのだ(映画『マトリックス』監督のウォシャウスキー兄弟が『マッハ go go go』(”Speed Racer”)を、ディズニーが手塚治虫の『ジャングル大帝』をパクって『ライオンキング』を制作するなんてことが結果として発生した)。閉会式に登場した安倍首相=2016年8月、リオデジャネイロ ただし、これは「垂れ流し」なので、阿ってこそいないけれど、どのようにJ.カルチャーが理解されるのかは、これを受け入れた文化に委ねられた。つまり勝手にカスタマイズされた。たとえば「ポケットモンスター」は”Pokemon”として普及した。マリオもまた同じでファミコンならぬNintendo(まったく同じハードだが)のキャラクターとして普及した。そこに日本の文化を「きちんと教えよう」なんて押しつけがましい「邪心」はまったくない。邪心は「カネ儲け」だけ(笑)。すると、J.カルチャーは「日本文化」であることも知られないうちにグローバル化したのだ(リオの閉会式のパフォーマンスでマリオやハローキティがメイドインジャパンであることを知った人間はかなり多いんじゃないんだろうか)。そう、J.カルチャーは「郷に入れば郷に従え」ならぬ”When in Rome, do as the Romans do ”として広がったのだ。中田氏の立ち位置では日本文化はグローバル化しない 中田氏はこの認識が抜けている。コメントの立ち位置は「麺を音をたて食べるのは絶対善」あるいは「箸を使用することは下品なことではない」というナショナリズム的な思考停止だ。あるいは「カレーを手で食べるのは下品である」という欧米かぶれ、つまり「欧米か?」とツッコミを入れられてしまうような心性だ(こちらは西欧至上主義、あるいはインド文化蔑視の態度ということになる。全然、郷に従っていない)。勝手にローカライズされた寿司 文化のグローバリゼーション(この場合、日本文化の普及)は、中田氏のような立ち位置では絶対に発生しない。文化人類学にクレオール化という言葉がある。輸入文化は、それを受け入れる文化の文脈で理解され変更されることで初めて定着する。だからローカライズという洗礼を受けないわけにはいかないのだ。 アニメはもちろん、寿司やラーメンなど、日本文化は今や着々と世界に浸透しつつある。ただし、これらは横文字の、つまりAnime, Sushi, Ramenとして。アメリカの場合をみてみよう。今年7月ロスで開催されたAnimeEXPO2016では三日間の開催期間に26万人が集結した。会場では日本語のアニソンが流れ、あちこちに日本語の文字を見つけることができ、千人を超すコスプレイヤーが会場内を闊歩していた(詳細はこちらを参照)。しかし、これらはちょっと日本のそれとは違っていた。そして館内に響く入場者の会話は、あたりまえだがほぼ英語だった。 Sushiも同様だ。基本は巻き寿司、しかも裏巻で、ベースになるのはアボガドやクリームチーズ、サーモン、そこにシラチャーや )ソース、ハラペーニョなどなどあやしげなソースがぶちまけられている。反面、光り物を見つけることは難しい。で、そういった勝手にローカライズされた寿司=Sushiがその辺のスーパーであたりまえのように売られている。Ramenはまだ勃興期を脱してはいないが(大都市圏を除く。インスタントラーメンは、もはや完全に定着)、チキン味を中心として、そして味も少し変わったかたちで広がっている。もちろん、音をたてて麺をすする人間を見つけることは難しい。そしてこれらはいずれも阿ったのではなく、勝手にカスタマイズされて現地の文脈に取り込まれたのだ。つまり”When in Rome, do as the Romans do ”。だから音をたてるのは原則、ヌーハラになる。 残念ながら中田氏のコメントにはこういった文化伝播のメカニズムに関する認識が抜け落ちている。文化は売り込むと言うより、勝手に広がるのだから。そして、こうした歴史はこれまでずっと繰り広げられてきたはずだ。日本文化は現在J.カルチャーとしてブレイクしつつある。いや、もうしているのかもしれない。本物の日本文化が認められることはあるのか 文化のカスタマイズは日本文化の輸出に限った話ではない。日本もまた異文化の輸入に際して同じことをやっている。例を一つ紹介しておこう。フジテレビ『料理の鉄人』に登場した中華の鉄人・陳建一の父・陳建民は日本に四川料理を紹介した人物として知られている。その典型がエビのチリソース、通称「エビチリ」だが、これは建民が四川料理を日本に定着させるために乾焼蝦仁(カンシャオシャーレン)をアレンジしたものだ。四川料理は豆板醤がふんだんに使われるため辛く、このままでは日本人の口には合わない。そこで陳は豆板醤の量を減らし、代わりにケチャップ、スープ、卵などを加えてマイルドに仕上げた。その結果、われわれ日本人にっとって四川料理はきわめてポップな中華料理の一ジャンル、エビチリは家庭料理の一皿となったのだ。本物(=オーセンティック)の日本文化が認められることはあるのか? 話をヌーハラに戻そう。じゃあ、海外(あくまで今回議論の対象となったあやしげな「海外」限定ですが)で音をたてて麺をすするのは結局ダメなのか?(ちなみに音をたてている文化が日本以外にないわけではない)。解答の一つは「まずはダメ」ということになる。ローカライズの洗礼を受け、一般に広がる過程では、音をたてろとか、そんなことをいちいち指摘するのは「野暮」なのだ。ただし、こういった「変形したかたちでの普及=音をたてずに麺を食べる」の後、オリジナルな、つまりオーセンティックな料理や食べ方が認められることは十分にあり得る。前述したエビチリだが、これでわれわれは四川料理を知った。そしてその認知度が高まれば、今度は「本物の四川料理を食べてみたい」という気持ちも湧いてくる。実際、現在、オーセンティックな四川料理を食べさせるレストランは国内でもあちこちにある。その時、客は舌のモードをオリジナルな方にセットし直しているはずだ。日本料理(そして日本文化)も同じで、普及すれば、オーセンティックを指向するような人間もまた登場する。そして、それに合わせたかたちで海外で施設が設けられる。つまり「本物のラーメン屋」がオープンする(いや、もうしているのだけれど)。そこでは、当然「音をたててラーメンをすすること」がデフォルトとなるはずだ。ちなみに、今僕が滞在している米・トーランス(ロスの隣の都市)には十件以上のラーメン屋があるが、音をたてることについてはお構いなしだ)。 こうして文化はグローバル化していく。そして、今、日本文化=J.カルチャーは大ブレークしつつある。(「勝手にメディア社会論」より 2016年12月11日分を転載)

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    世界に羽ばたく大戸屋〜定食に宿る松下幸之助の願い

    探究する場である京都の真々庵や芦屋の自宅にも何度も足を運びました。真々庵の地下には人間国宝(重要無形文化財保持者)の手による漆器や金工品、織物・染め物などが所狭しと並んでいます。当時の館長が「伝統工芸に息づく匠の技には、世界ブランドとなった日本製品の原点がある」と話されていました。若いころの私には十分に理解できませんでしたが、いまはその意味がわかるようになりました。    われわれの先人が欧米の技術を学び、そこに日本独特の「匠の技」を融合させて海外に発信した結果、トヨタやソニーなどの世界ブランドが生まれました。  日本の外食産業にも同じことがいえます。  日本の外食の背景には、高度な技術があります。高度保存管理や発酵の技術や知恵を抜きにして寿司が世界に誇る日本のソウルフードとなりえないように、科学的根拠の裏付けがないと食文化は成立・継承されません。  日本における食の産業化は、欧米のフードシステムを学び始めてから40年ほどの新規産業です。日本の外食産業は素材や物流機能や店内の管理に至るまで欧米から学び成長してきました。いまこそ、西欧の技術と出汁や発酵などの「匠の技」とを融合させた日本型外食産業を世界に向けてアピールする時期に差し掛かってきたのではないでしょうか。 箸を使って食事をするニューヨーカー  2012年、われわれは満を持して「大戸屋(OOTOYA JAPANESE RESTAURANT)」をニューヨークに初出店しました。当時はアジアを中心に店舗の視察をしていた時期で、久しぶりにニューヨークに足を運び、現地の居酒屋で食事をする機会がありました。若いニューヨーカーが日本人と同じように箸を使って食事をしている光景が目に飛び込み、一過性のブームだった日本食が、急速にニューヨーカーのライフスタイルに浸透していること、そして彼らの味覚が日本人に近づいていることに驚きました。  日本食を構成する要素として「素材」「発酵」「調理の技術」が挙げられます。マグロの握りを例にすれば、ネタやシャリ、わさびが素材で、酢や醤油は発酵、握りの技術は職人の腕。ニューヨークの居酒屋を訪れ、これらの要素を感じ取る「味覚値」が欧米人にも備わっていると直感したのです。  気が付けば、ニューヨーク1号店のチェルシーから始まり、タイムズスクエアとグリニッチ・ヴィレッジにも大戸屋の店を出すようになっていました。ニューヨークでは「すきやばし次郎」で修業した職人が出店した「SUSHI NAKAZAWA」や「雅(MASA)」のように客単価が3万〜5万円の高級日本料理店が人気を博している。  その一方で、ランチでもディナーでも3000円がプライスゾーンの飲食店はわれわれが先駆者です。利用者のうち約7割が欧米人で、日本人は3割程度。すっかり都市の一部として馴染んでいます。  メニュー構成は日本とは多少異なり、刺し身や手打ちそば、焼き鳥なども扱っています。店で使う原料は日本から送るものが3分の1で、残りの3分の2は日本の食材を扱う現地の卸問屋を通して調達します。他所の日本食レストランでは、日本の食品メーカーからレギュラー商品の出汁やつゆを問屋から仕入れます。しかしわれわれはプライベート・ブランド(PB = 卸や小売りなどの流通業者が開発したブランド)を現地で供給し、日本と同じ味を再現しています。ホッケやサバなどの食材も高いクオリティを維持するため、日本から持って行きます。じつは、われわれは日本の水産メーカーに依頼して、大戸屋のためだけに高い品質が保証された魚を一定期間分、買い付けています。そして大戸屋が参入し、独特レベルの、塩水に漬けたり、細かい温度・湿度管理条件のもとで乾燥させ、加工を施してもらいます。  このような綿密な手順を踏むことで、価格を抑え、かつ高品質な焼き魚のPBが完成します。このシステムによって、たとえ3000円のプライスゾーンでも、ニューヨークの美食家が満足するレベルの料理を提供できるのです。  2015年には、「天婦羅まつ井」(ホテルニューオータニ「なだ万」内)でチーフを務めた松井雅夫氏を招聘し、天婦羅「MATSUI」をニューヨークに出店します。ニューヨークでは寿司レストランは数多く目にしますが、天婦羅の専門店はありません。金銭的、気分的に贅沢をしたいハレの日に天婦羅を食べたくなる心理はニューヨーカーも日本人も変わらないようです。  われわれは祇園で洋食屋「MIKUNI」も経営していますが、天婦羅や洋食など大戸屋にはない未知のジャンルにこそ、学ぶべき料理の技術が隠れています。大戸屋のキッチンスタッフや商品部で働く社員を武者修行に出して、素材の選び方から食膳形式に至るまで学ばせることで、料理のスキルや「味覚値」のレベルアップに努めています。苦渋を嘗めた中国での経験     苦渋を嘗めた中国での経験  いま「大戸屋」は台湾、インドネシア、シンガポールなどアジアで80店舗以上を展開しており、2015年初期にはベトナムに初出店する予定です。  海外に行かれる方はよくご存じでしょうが、タイやマレーシアにある飲食店はどこでも香草の香りが漂っていますね。不思議なもので、日本食レストランでも同じ匂いがします。ところが、バンコクにある「大戸屋」のフランチャイズ店では日本の店舗と匂いが変わりません。なぜでしょうか。じつは調味料に秘密があります。われわれは海外で店舗を展開するときに、醤油やつゆなどの発酵調味料はすべて日本製を持って行きます。もしバンコクでつくられた醤油を使用すれば、現地の菌の匂いが付着して、嗅ぎ慣れない匂いが生まれるのです。  大戸屋と契約しているある醤油メーカーでは、アメリカに工場をつくる際に、空気や温度の変化で思っていた味が再現できず、日本の工場の従業員が着たユニフォームを洗わずに持って行き、菌を転移させた逸話もあります(笑)。  苦労話に聞こえますが、このようにして日本から持ち込んだ調味料を使うことで、大戸屋のコンセプトが崩れず、邦人のお客さんも懐かしい気持ちに浸れる。清潔感のある、居心地のいい空間を生み出すことができます。  各国の店舗ではそれぞれの持ち味を打ち出し、結果を出してきましたが、唯一、中国での店舗展開は苦渋をなめました。中国向け食品を輸出する際には食品安全法や食品安全法実施条例など複雑で厳しい規制が多く、たとえば千葉県の工場でつくったPBの醤油を持ち込めなかった。仕方なく、近い味の醤油を現地で調達して使用したのですが、われわれが求める水準の味には程遠かった。急遽、アメリカのオレゴン州でつくった醤油を上海に輸入してどうにか対応したものの、文字どおりアウェーの洗礼を受けた経験でした。    松下幸之助氏はいまから30年ほど前から「21世紀はアジアに繁栄が巡ってくる」と予見していました。松下氏のシミュレーションどおり、大戸屋は2005年にバンコクでアジア初出店を遂げてから、香港、シンガポールと順調に出店とブランディングを重ね、2010年にはアジア全体に浸透したという感触をもっています。フランチャイズでタイに約50店、台湾に20店ほど出店しており、われわれはロイヤリティを受け取り、ほかの国に出店するための資金に充てます。しかし、たんなる投資回収では終わらず、商品開発や食材の供給、教育指導などフランチャイズ店の面倒もしっかり見ます。「大戸屋は売って終わりではなく、その後のケアがきちんとしている」という信用は、海外における最高のブランディングになります。  アジアでさらなる発展をするためにも、大戸屋ブランディングをニューヨークでも成功させなくてはいけない。ニューヨークにはアジアの人も多く、その大半が富裕層です。食通が多く、香港や台湾、シンガポールに住む仲間に食の情報が口コミで伝達されて、店舗誘致に繋がるケースが多い。実際、博多ラーメンの「一風堂」もニューヨークに進出後、シンガポールで突然ラーメン・ブームに火がつき、大繁盛しています。  現段階では、積極的にヨーロッパに進出しようとは思っていません。まずはニューヨークに力を入れノウハウを得る過程で、いずれヨーロッパにも、と考えています。ファッションデザイナーの森英恵さんや三宅一生さんがニューヨーク経由でパリコレに参入して人気を博したように、やはり世界の最先端はいまもニューヨークなのです。   経営者の信念が揺らいではいけない  日本特有の「おもてなしの精神」を海外に広めるために重要なのは、経営理念の浸透です。大戸屋の「人々の心と体の健康を促進し、フードサービス業を通じ、人類の生成発展に貢献する」という経営理念は、国内の店舗でも、海外のフランチャイズ店でも変えてはならない柱です。弊社の理念を理解してもらうために、直接、対話をして伝え、海外でも日本と同じ朝礼を励行しています。経営理念が盤石であれば、方法論は自然に決まります。逆に、本質が変わると、具体的な方法論も定まりません。激変する経済環境においては、実行のスピードやタイミングが遅れたことで、あっという間に市場から取り残されてしまう。しかし戦略を見誤ったのなら、その時代に応じたかたちに修正すればいいだけの話です。だから、経営理念を愚直に実践したゆえの失敗は、悲観することはありません。むしろ、社員を統率する経営者の信念が揺らぐことのほうが致命的です。理念を具現化する方法論が時代に合わないとか、経済環境が厳しい、というだけの理由で経営理念を変える必要はまったくありません。  ただ、いくら経営理念を伝えても、海外の土地に根付いた慣習や価値観の壁を越えることは困難です。ニューヨークでは雇用者の年齢や学歴、住所を聞いただけで訴えられることもあり、パワハラ・セクハラ問題、宗教問題には日本以上に配慮が必要です。思わぬ現地での対応に、頭を抱えることが多いのも事実です。コンビニと差別化できる専門食堂へ     コンビニと差別化できる専門食堂へ  日本の市場全般については、消費税増税や原材料高による値上げに賃上げが追い付かず、消費者心理も悪化しています。  消費税増税は小売りだけでなく、産業全体にも影響する問題です。社会保障対策と一体で考えている以上、いずれは上げなければいけないでしょう。  松下幸之助氏は生前に、21世紀中に税金をゼロにする「無税国家論」を唱えました。大胆な国家の再編によって生み出した資金を、基金として積み立てる、いままでの国家運営にはないアイデアです。たとえば「110年後を見据えて、国家予算の1割を余らせて、年々積み立てていく」といったように、無税国家に至るプロセスやビジョンが明確でわかりやすかった。  消費税増税の政策判断においても同様ではないでしょうか。短期的なオペレーションではなく、長期的な視点で目標を明示しなければ国民は納得しません。日本には個人金融資産が約1500兆円あります。相続税を引き上げておばあちゃんのタンス預金を無理やり引っ張り出す荒々しい方法ではなく、将来の子どもたちのために必要な投資であると納得したうえで、自然なかたちで「眠った資産」を引き出させる前向きな動機づけを考えるべきです。  こうした状況下で、外食産業全体が好況感を実感するのは難しいでしょう。しかし、それほど神経質になる必要もありません。人びとで賑わうお店はたくさん見かけますし、おかげさまで大戸屋もランチ時と夕食時だけでなく、オフタイムでも繁盛しています。  外食産業にとって今後、ベンチマークとすべき対象はコンビニです。とくにコンビニの食品加工技術には目を見張るものがある。利益率を上げるために、たんなる食材コストや人件費の削減に血道を上げる外食チェーン店は、いまや価格はおろか品質面でもコンビニの後塵を拝しています。  外食産業はいま大きな転機に立たされています。だからこそ効率主義一辺倒のチェーン食堂から、料理の味や品質、サービス、店舗の空間、お客さまと共有する時間など、コンビニと差別化できる専門食堂にモデルチェンジするチャンスなのです。こだわりをもって食に向き合い、顧客目線でどうしたら皆さんに喜んでもらえるかを根気強く考えていけば、衰退することなく、必ず生き残っていけるはずです。コンビニやファストフードを利用する層は一定以上あるでしょうが、お客さまは付加価値を感じ取り、店を使い分けるはずです。  大戸屋に求められる価値は、何よりも安全性と安心、おいしさです。採れたての野菜や市場から卸したての鮮魚をお届けするのに、通常の流通ルートであればお客さまの口に入るまでに数えきれないほどの製造工程が伴います。見た目の劣化の防止や鮮度を保持するため、薬品にも頼らざるをえません。一方われわれは、第三者機関に使用食材の検査をしてもらい、衛生検査室において、細菌や放射線の多重的な検査を行ないます。また、植物工場の「大戸屋GREENROOM」では、無農薬で栄養価の高い野菜の実用化をめざしています(現在はロメインレタスなどを栽培)。  また大戸屋の場合、セントラルキッチン(チェーン店の調理を一括して行なう施設)をもたず、各店舗でその日に仕入れた食材の洗浄やカッティングなどの下ごしらえをします。メインディッシュの調理はお客さまからオーダーが入った時点で始め、出来たてを提供できます。まさに子どもが家に帰ってくると、お母さんがすぐ料理を作り始めるのと同じオペレーションです。時間はかかりますが、手作りで愛情を込めて料理を作ることに、お客さまは価値を見出すのです。  2014年の4月には、各店舗に鰹節削り器を導入しました。枯節を業務用にカットする機械の製造元にお願いして小型化したものです。お客さまからも好評です。われわれは平均して850円、高くても1500円の価格の幅のなかでとびきりおいしいものを提供するのが役割で、そのための努力を惜しまなければ、お客さまは必ず評価してくれます。地球上の人びとの健康に貢献する   地球上の人びとの健康に貢献する  日本はメード・イン・ジャパンの資源が乏しいと揶揄されますが、いわずと知れた知的財産や無形財産の宝庫です。食の世界でも醤油や味噌、最近では塩麹など日本の発酵技術は世界一です。「和食」がユネスコの無形文化遺産に認定されたことで、日本人が「食は世界ブランドなんだ」とようやく気付きました。このタイミングで「クールジャパン」を掲げ、カルチャーだけでなく食文化を海外へと積極的に発信していく国の方針は正しいと思います。自動車や家電製品で外貨を稼ぐのと同じように、世界を牽引する外食産業が生まれることで、日本の食品メーカーや調理機械メーカーが世界に認知されるチャンスにも繋がります。稲作を中心とした日本の農業にとっても、世界へアピールするチャンスと捉えるべきです。  食に携わる日本人それぞれが「稼ぐ力」を磨き、世界に進出することで、日本食が地球上の人びとの心と体の健康に貢献するという理想は、けっして夢物語で終わることはないでしょう。 ※三森久実氏は2015年7月27日に死去されました。本原稿は『Voice』2015年1月号に掲載されたものです。

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    東京五輪見据えた仰天IT政策案 ICチップ入り扇子の配布など

     昨年、日本を訪れた外国人観光客は1300万人を超えた模様だ。過去最高だった2013年の1036万3904人を大きく上回る。政府はさらに外国人観光客を増やす目標を掲げており、東京オリンピックが開催される2020年に2000万人にするという数値目標を掲げている。 ただ、目標数値を掲げるだけでは旅行者数は増えない。何らかの画期的な政策、方策が必要となる。そこで注目できるのが、自民党が策定した「デジタル・ニッポン」なのだ。外国人の姿が目立つ東京都新宿区の歌舞伎町 これは自民党のIT戦略特命委員会がとりまとめた政策提言だが、東京オリンピックが決まったことで、東京オリンピックを観戦に来る外国人をターゲットとした夢のようなアイデアを開陳している。 素人考えの荒唐無稽なものではない。日立やパナソニック、ソニー、マイクロソフト、NTT、ソフトバンク、積水化学、トヨタ、JR東日本、セブン銀行といった、およそ30の民間企業からヒアリングし、各社の知見やアイデアをまとめたものなのだという。 では、2020年の東京オリンピックの頃の日本はどうなっているのだろう。 まずは外国人旅行者の入国から。大勢が一気に訪日するため、入国手続きは相当の混雑が予想される。が、テロの水際防止のために、ここで手を抜くわけにはいかない。 そこで生体電子情報を用いた「インフライト・クリアランス・システム(IFC)」を用い、機内で本人確認をし、入国審査を簡略化する。生体情報を使うので、テロリストの排除にも役立つという。 入国する外国人には「スーパーID」を発行する。このIDが訪日中のパスポート代わりになるだけでなく、電子マネーとして買い物に使え、電車やバス、タクシーなど交通機関の決済もこれで全てできる。 ちなみに電子マネーのチャージは入国審査をする航空機内でやってしまう。電子マネーの機能以外にも、公衆無線LANの使用もこのIDを使ってスムースに行えるようにする。 ここで注目すべきは、クールジャパンを体現した「スーパー扇子」。外国人旅行者にICチップを内蔵した扇子を配布する。いわゆる扇子デバイスで、ここにスーパーIDの情報を組み込み、支払いなどにも活用するのだ。 暑い日本の夏、扇子は手放せない。IDに適しているというわけだ。扇子を通じて公共情報、五輪の競技情報、飲食店情報、割引情報なども得られるようにする。訪日した外国人は皆、扇子で扇ぎながら日本中を観光するようになるのだろう。 これらは2015年から試作、検討を始め、2017年に東京周辺で実証事業を行い、2020年に本格導入を図る――というスケジュールを想定しているという。さて、オリンピック観戦でも新たなアイデアが多数ある。 まずは「スーパーナビ」。眼鏡型のウェアラブル端末を掛ければ、観客席からでも競技を間近に見ることができる。望遠鏡の機能があるわけではない。競技場に複数のカメラを設置し、競技を立体的に映して眼鏡型端末に送信する。夢のようなアイデアが満載 そうすると、360度どの角度からでも臨場感ある競技映像を見ることができるのだという。サッカー観戦で、客席から応援しながら、選手同士のボールの取り合いを間近に、好きな角度で見ることができるというわけだ。 競技中以外でも、IT技術によるおもてなしを受けられる。スーパーナビによって、会場施設内の道案内を受けられる。トイレも場所だけでなく、混雑状況も分かる。会場内でのお弁当などの購入はスーパー扇子を使う。 こうした会場では、子供が迷子になることがままある。そこで「顔認証による迷子探し」のシステムも導入。入場時に希望者は迷子探しサービスを申し込み、子供の顔画像を登録する。 迷子発生時に、親が迷子センターに掛け込み、会場の監視カメラ画像から迷子を探しだす。見つけたら、近くの関係者に連絡し、迷子を保護するという。ちなみに、このサービスにあたっては、子供の顔画像を登録する際、家族写真の撮影や似顔絵をプリントアウトするなどのサービスを付け加えてはどうかとの提案もなされている。 顔認証は迷子探しだけでない。選手や競技関係者の顔画像を登録し、選手村やメディアセンターへの出入りに使う。近年、セキュリティ対策はどんどん厳しくなり、選手村に入るために何重ものチェックを受け、選手や関係者はうんざりしている。それを軽減するため、“顔パス”で出入りできるようにするというわけだ。 こうしたIT技術でネックになるのはバッテリーだ。そこで、観客席やメディアセンターなど大量の端末が使われる場所に、「ワイヤレス給電システム」を配備。何もしなくても、充電ができてしまう。新国立競技場の外観イメージ(大成建設・梓設計・隈研吾建築都市設計事務所JV作成/JSC提供 オリンピックの花・マラソンを想定したアイデアもある。「ミスト」だ。真夏の開催ということで、マラソンなどは「自殺行為だ」との声も挙がっている。そこで、水を霧状のミストにしてコースに撒くことで、選手や観戦者の熱中症を防ごうというもの。現在、国交省が散水システムを実証中とのこと。 ちなみにこの技術は、冬には融雪にも利用できるのだという。ソーラーパネルで稼働する路面散水コントロールセンターが、地下鉄の湧水などを利用し、マラソンコースを冷やす。 この他にもたくさんの夢のようなアイデアが満載。この政策提言通りになれば、2020年にはSF小説が描いていた世界が現実のものになるわけだ。 この提言は平井卓也代議士を委員長に31人の自民党議員が策定したものだという。ただ、メンバー議員の複数の事務所にデジタル・ニッポンに関する取り組みを聞いても「そんなの、ありましたっけ?」と言うばかり。 「どうしても国土強靭化の方に目が行って、こうしたデジタル系は理解されない傾向が強いんだよね」(自民党関係者)関連記事■ 新入女子社員 「あの人東大出!」などと社内の男を物色■ 酒場雑誌女性編集長 泥酔し環状八号線の路上で寝た経験を語る■ 奇跡の生還果たしたトキのヒナ 公募で付いた名前は「きせき」■ 1964年の東京五輪から始まった日本発の「デザイン革命」とは■ コンパクトな犬用GPS登場 初年度25900円、次年度から7500円

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    これからの「モノづくり」日本に必要な視点はこれだ!

    カワイイ)」。「kawaiiを活かせるメンバー」を集めたと、中川さんは胸を張る。彼らとともに、日本の文化、そして「アソビ」を、世界に発信しているのだ。 例えば彼らは昨年、「MOSHI MOSHI NIPPON」というイベントをスタートさせた。今年も11月6~8日に開催される予定だ。きゃりーぱみゅぱみゅさんらのライブはもちろん、カラオケや「よさこい」を体験できるブースも用意されている。そして、パスポートを持参した外国人は、無料で参加することができるのだ。 昨年のイベント参加者、約1万3000人のうち、なんと、8000人が外国人だったそうだ。日本の音楽やファッションだけでない。カラオケも「よさこい」も、外国人から見れば「COOL」な日本文化なのだ。中川さんは、「僕自身は歌もうたえないし、絵も描けないけれど、それらをまとめて、発信していくことはできる」と僕に語ってくれた。 日本文化はそれだけではない。日本の「食」もまた、発信するに値する文化だ。「MOSHI MOSHI NIPPON」と同時に、「JAPAN FOOD FESTIVAL」と題して「肉フェス」も開催する。また、「MISO KAWAII」をテーマに、味噌づくりをよく知る日本の食品メーカー、マルコメとコラボレーションして、「新しい味噌汁」の開発プロジェクトも立ち上げた。 日本は長年「ものづくり」の国と言われてきた。たしかな技術は、世界に誇れるものだということに異論はないだろう。一つひとつの技術、製品は素晴らしい。だが、「発信力」と「競争力」に欠けていると僕は感じる。とくに近年、各分野の企業を取材していると、いっそう強く感じるのだ。 「クールジャパン戦略推進会議」のメンバーでもある中川さんも、まさにその点を指摘していた。「パリでは、韓国の人気アーティストが集まって、大きなイベントを開いた。サムソンなどの大企業がバックアップしているんです。日本は個々のアーティストの力はすばらしいが、こうした力がない」と僕に語ってくれた。気負いなく、おだやかに語る中川さんの話を聞きながら、何にもとらわれない彼の視点を僕は非常におもしろく感じ、「新しい世代」の出現に胸がわくわくしたのである。 安倍政権は「COOL JAPAN」を世界に発信していこうとしている。だが、その日本に欠けているのは、まさに中川さんが持つ、この視点だ。だからこそ、中川さんのような若手経営者が現れたことは、大きな力となるだろう。(2015年11月3日「田原総一朗公式サイト」より転載)

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    「外国人にワサビてんこ盛り寿司」 国交省は推奨?

    相が分からないなかネットで評判になっているのが、国土交通省総合政策局観光事業課が出している『多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル』です。 多様な食文化・食習慣を有する外国人客への対応マニュアル.pdf そのなかには“中国人に対して良いおもてなしをするための推奨事項”があり、次のように言及しています。 ・多くの分量と品数を提供し、料理に豪華な雰囲気を持たせることが、なによりも大切である。 ・バイキング形式やお代わり自由など、自分が食べたい分量を食べたいだけ食べられるようにすると喜ばれる。 ・刺身を食べる中国人には、練りワサビをたっぷりと提供する方がよい(1回の食事で1 本の練りワサビを使い切る人もいる) しかもこのマニュアルのサブタイトルは~外国人のお客様に日本での食事を楽しんでもらうために~となっていて、“楽しんでもらうためにはワサビをたっぷり入れろ”と書いてあるのです。 そういう意味でも大阪の寿司屋に悪意があったかどうかは分かりません。 ワサビをてんこ盛りにして食べるのがいいかどうかは日本人として考えるところがあります。 日本のお寿司や刺身にてんこ盛りのワサビを載せて辛さを楽しむのは日本のお寿司とは言えないという気持ちもあります。 日本人はワサビに“辛さ”だけではなく“香り”を求めますが、中国人だけではなく外国人はわさびに“辛さ”を求めるところがあるのでしょうか。 外国人を喜ばす“インバウンド”中心の店はそれでも良いですが、一方で「てんこ盛りワサビを提供することはできない」「香りを味わう形でお寿司を食べて欲しい」という店舗があっても良いですし、あって欲しいと思います。 そのような店は、例えば「当店は日本の伝統の寿司を提供しております。ワサビも魚に合った適量の提供になりますのでご賛同頂けるお客様のみお越し頂きますようお願い申し上げます」と出したらどうでしょうか。 人種の差別ではなく、提供方法の差別を図れば良いのではないでしょうか。(2016年10月12日「中田宏公式WEBサイト」より転載)

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    惨めとは思わないのか? 韓国よ、被害者意識から抜け出せ

    米国の著名なコラムニスト、チャールズ・クラウトハマー氏は世界日報(3月15日付)で「花開いたヘブライ文化」というタイトルのコラムを寄稿し、そこで「ユダヤ系米国人がここにきて民族のアイデンティティーをホロコーストに求める傾向が増えてきている」と警告を発している。非常に啓蒙的な内容なので読者と共に共有したい。ホロコーストの犠牲者の写真を展示するイスラエルの記念館 「ホロコーストは確かに、私のユダヤ人としての意識の中に深く根付いている。問題はバランスだ。私が心配するのは、ホロコーストの記憶が、米国でユダヤ教徒であることの支配的な特長として強調されるようになることだ。ホロコーストの記憶と事実を生かし続ける努力を怠ってはならないが、ホロコーストを後世に伝える遺産の中心に据えることは、米国のユダヤ人にとって悲劇だ」という。そして「被害者意識をユダヤ人としてのアイデンティティーの基礎としてはならない」と主張している。 ユダヤ民族の歴史は迫害の歴史であり、ディアスポラと呼ばれ放浪の民だった。そのユダヤ民族にとっても第2次世界大戦時のナチス・ドイツ軍の大虐殺(ホロコースト)は最も悲惨な出来事だったことは間違いないだろう。 クラウトハマー氏は、「それでも民族の被害者意識が民族のアイデンティティーとなることを恐れる。ユダヤ人は、奇跡の時代を生きている。ユダヤ人の国家を再建し、ヘブライ語を復活させ、ヘブライ文化はユダヤ世界全体に行きわたり、花開いている」と強調し、ヘブライ文化に民族のアイデンテイティーを見出すべきだと主張しているのだ。 当方はこのコラムを読んで日本の隣国・韓国をすぐに想起した。韓国民族も過去、多くの大国、強国の支配を受けてきた。民族には自然に被害者意識が定着したとしても不思議ではないが、その被害者意識が最近では民族のアイデンティティーとなってきているように感じるからだ。世界中に慰安婦像を建てようとする韓国 政府主導の反日教育が行われ、外交上は解決済みの慰安婦問題も今なお、韓国内では燻り続けている。特に、ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦の少女像撤去は実現していない。それどころか、慰安婦の犠牲者がニューヨークの国連を訪問し、慰安婦問題の日韓合意が間違いだと訴えているのだ。 当方が理解できない点は、国内ばかりか世界中に犠牲者の女性の像を設置する韓国国民の精神状況だ。慰安婦の父親だったら、娘を慰安婦とした日本側を憎むかもしれないが、その娘を象徴した像を設置したいとは考えないだろう。それは余りにも惨めだからだ。米首都ワシントンで韓国系団体が開いた「水曜デモ」 しかし、韓国国民の中には慰安婦の像を建立することに躊躇しない人々が案外多いのだ。被害者意識が韓国民族のアイデンティティーになってしまった結果ではないか、と考えざるを得ない。クラウトハマー氏がユダヤ系米国人に警告している内容だ。被害者意識の強いユダヤ人に対し、“ホロコースト・インダストリー”と揶揄する声すら聞かれるのだ。 クラウトハマー氏は迫害の歴史の中でも花開いたユダヤ教文化に民族のアイデンティティーを求めるべきだと提言している。同じように、韓国国民も歴史から継承してきた民族文化、例えば、敬天思想、白衣民族をそのアイデンティティーとして誇るべきではないか。ちなみに、自己憐憫、攻撃的な被害者意識の背後には高慢で自惚れ意識が隠れている、と指摘する心理学者がいることを付け加えておきたい。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年3月17日分を転載)

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    「こち亀」が日本人に愛され続けた理由

    秋本治氏の人気マンガ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の連載が最終回を迎えた。単行本200巻はギネス世界記録に認定され、連載開始から40年の間、一度の休載もなかった偉業を称える声はやまない。「こち亀」はなぜ日本人に愛され続けたのか。その理由を読み解く。

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    正しく通俗であるがゆえにリアル 「こち亀」が日本人に教えたもの

    大月隆寛(民俗学者、札幌国際大学人文学部教授) 通称「こち亀」。この短く端折った呼ばれ方こそが、今様読み物文芸としてのニッポンマンガの栄光である。 人気マンガ作品がこのように略して呼びならわされるようになったのは、概ね80年代末から90年代にかけてのころである。週刊『少年ジャンプ』の600万部以下、週刊誌でのマンガ商品がそのようなとんでもないオーダーで流通し消費されるようになった戦後ニッポンマンガのまさに黄金時代。そういう当時の情報環境があって初めて「スラダン」「ゴー宣」その他、人気を博したマンガ作品にこのような呼び方が当たり前にされるようになっていた。 連載開始以来今年で40年、ということは当時でもすでに20年ほどたっていたことになる。そして、その間必ずしも第一線の人気を維持し続けていたとは言えない作品が「こち亀」と呼ばれるようになったのも、毎週の人気投票で生き残りが決められる最も苛烈な『少年ジャンプ』という舞台で、今日までしぶとく粘りに粘って生き残っていたからに他ならない。まずはこのことを、あの両さん以下「こち亀」世界の住人たち、そして作者の秋本治さんのために喜びたい。「週刊少年ジャンプ」連載の人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」が連載が終了すると明かされ、漫画の舞台となったJR亀有駅近くの両津勘吉像と写真を撮るファン=9月3日夕、東京都葛飾区 - とはいえ、すでにこの「こち亀」の終了をめぐっては、専門家も含めていろんな方がそれぞれの視点でコメントしている。ここでいまさら屋上屋を架すのも野暮、ということで一点だけ。「こち亀」はいま、この時期に自ら幕を閉じてみせることで、マンガが正しく「通俗」であることに改めて思い至らせてくれた、このことをちょっと述べておきたい。 足かけ十数年、延べ140本以上のマンガ作品を取り上げてきたテレビ番組『BSマンガ夜話』でも、「こち亀」は扱っていない。何度か候補にあがってはいたけれども、結局流れたのは、分量が多くて出演者がきちんと読み込むのが大変という物理的な制約とともに、やはりどこかで「連載」モノ、殊にこのような長期連載となったある種の国民的規模での「おはなし」が必然的に帯びざるを得ない、ある種の通俗性に対して敬して遠ざける意識がどこかで働いていたのかも知れない。そう言えば、「サザエさん」も取り上げていなかった。「ドラえもん」や「ゴルゴ13」は頑張って取り上げたのだけれども。「こち亀」もまた「意識されざる公教育」の果実 「連載」という形式での「おはなし」というのは、何も活字やそれに類する紙に印刷された媒体に限らず、寄席その他の生身の上演や口演における続きものなども含めて、どうやらわれらの社会にある時期以降、宿ってきたものだった。新聞や雑誌には連載小説があったし、それらは売り上げを左右する重要なコンテンツでもあった。 NHKの「朝ドラ」がいまだに「連続テレビ小説」と称していることを思い起こしてもらってもいい。それまで月刊だった子ども向け雑誌が週刊になり、活字主体の読み物など他のコンテンツと並べられていたマンガが独立した専門誌になっていったのは高度経済成長の始まるころ。ラジオもまた、戦前はともかく戦後はそれら続きものを主な武器にしてきたし、新しいメディアのテレビもまたその習性に従った。 新たな情報環境に宿る「連載」「続きもの」の「おはなし」は、そのようなわれらの日常、日々の暮らしの当たり前になってゆき、それらを介して浸透してゆく価値観や世界観、素朴な道徳や世を生きてゆく上での約束事といったものもまた、わざわざそうと意識せずともある種の「教養」として人々に共有されるようになっていった。それはわれらの社会における「意識されざる公教育」でもあったのだ。 そのように「連載」「続きモノ」としての「おはなし」をそれこそまるで空気のように、自然に当たり前に呼吸する、いや呼吸できる環境にわれわれは生まれ、育ってきたらしい。週刊誌のマンガ専門媒体が複数林立し、それらが最盛期には数百万部規模での市場を獲得、当然読み手もまたそのオーダーで編成されていった社会、そして時代というのがすでにあった。そのことの意味やとんでもなさについて、おそらく当のわれら日本人自身がいまだよく思い至っていない。「サブカルチャー」などという目新し気なモノ言いでひとくくりにして事足れりという考えなしが昨今、また事態をさらに不透明にしてゆき、同情薄い「分析」「解釈」「批評」のひからびたことばの手癖だけが得意げにそれらを後押ししてゆく。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 けれども、確かなことがある。今回の「こち亀」終了をめぐって、メディアの舞台の外で、さまざまな人たちがさまざまにその「想い」を語っている。もちろん単行本を全部揃えているという人は少ないだろう。けれども、人生のある時期「こち亀」と出会ってそのことから何かを受け止めていっただろう、国民的規模での「意識されざる公教育」の果実は、全て見通すことはできずとも、間違いなくこの時代の眼前にある。 40年という年月、単行本にして延べ200巻という規模の「おはなし」の集積は、おそらく「研究」や「批評」「評論」の土俵に正当に乗せられるまでにはまだしばらくかかるだろう。だが、そんなことはどうでもいい。マンガは昔も今も、正しく「通俗」であり、通俗であるがゆえの「リアル」を静かに宿しながら眼前にたたずんでいる。「こち亀」がいま、自ら幕引きすることで思い至らせてくれたそのことは、あらゆる知的な言葉やモノ言いが軒並み煮崩れ、信頼を失いつつあるかに見える今、この時代の日本語環境において、それらの言葉の失地回復を志す立場にとっての福音にもなるはずだ。

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    原点は伝説のギャグ漫画 「こち亀」が警察ネタでヒットしたワケ

    呉智英(評論家)「長距離ランナー」の偉業 「少年ジャンプ」連載の秋本治『こちら葛飾区亀有公園前派出所』が連載四十年、単行本全二百巻を期に完結する。偉業である。単一作品で最も巻数の多いマンガとしてギネスブックにも認定された。国際的にも名声が高まることになるが、紹介・言及する時、この書名はどうするんだろう。『Kochira・・・』とそのまま長々と書いても、略称で『Kochi-Kame』としても、どっちみち外国人には通じないし、といっても『Hello,This is・・・』と英訳すればいいというものでもなかろう。なんだか嬉しい悩みがマンガ界に起きそうな気配だ。 四十年の長期連載というと、これに肩を並べるのは「ビッグコミック」連載のさいとうたかを『ゴルゴ13』ぐらいだろう。『ゴルゴ13』は、一九六八年連載開始だから四十八年の連載である。ただ、「ビッグ」は月二回刊誌(隔週刊誌とほぼ同義)だから、単行本は現在百八十巻ほどである。興味深いことに、両作品とも休載が一度もない。これもまた偉業の両雄と言えよう。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 『こち亀』連載開始時、秋本治は当年二十四歳の新人マンガ家であった。事実上のデビュー作であり、それが代表作にもなっている。若い読者にはあまり知られていないことだが、連載当初、作者名は「山止(やまどめ)たつひこ」となっていた。単行本も古い版では六巻まで山止名義であり、この名義の単行本はマニアの間では珍重され、古書価も高くなっている。 作者名改正の理由として、山上たつひこから抗議があったからだとされている。「少年ジャンプ」第三代編集長、西村繁男の回顧録『さらばわが青春の「少年ジャンプ」』には、その経緯が次のように記されている。「このペンネームは、『少年チャンピオン』に連載され評判になっていたギャグ漫画『がきデカ』の作者山上たつひこをもじってつけたものだった。投稿原稿の一回こっきりのペンネームとして作者は考えていたが、入選作を掲載してみたら、読者の反応がすこぶる強いので、急遽連載にふみ切ったのである。しかし、山上氏より、まぎらわしいからとペンネームにクレームがつき、昭和五十二年の秋に、本名の秋本治に変更することになる」 山上たつひこからのクレームなるものがどの程度のものであったのか、文面からはよく分からない。作者当人はさほど気にもしていなかったが、編集部や出版社の版権管理部の強い意向が働いた可能性もある。というのも、秋本治名義に改正されている現行版『こち亀』第一巻でも、最終章名は「山止たつひこ笑劇場 交通安全76」のままだからである。長期連載の理由は初期設定の良さにあり ともあれ、秋本治自身は、当時驚異的人気を誇っていた山上たつひこ『がきデカ』を愛読し、一種のパロディー作品を描こうと思ったのだろう。新人マンガ家が尊敬する先輩マンガ家に憧れることは自然である。このことはギャグの作り方にも表れている。 『こち亀』の描線は、伝統的なギャグマンガの描線とは違い、劇画系の描線である。伝統的なギャグマンガ(ユーモアマンガ、ゆかいマンガなどと言った)の描線は、太さが均一で、省略法が多用され、輪郭線は閉じている。簡単に言えば、「略画」なのだ。 しかし、一九七〇年代前半に、劇画系の描線で描くギャグマンガが登場し、爆発的な人気を博した。山上たつひこの『がきデカ』であり、これとほぼ同時期の楳図かずおの『まことちゃん』である。ギャグ大王と呼ばれた赤塚不二夫でさえ『天才バカボン』などでわかるように、伝統的な描線であった。秋本治は、この点でも山上の系譜に属している。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 『こち亀』長期連載の理由は、初期設定の良さだろう。主人公が型破りの警察官、両津巡査長である。巡査長とは警察官の階級で下から二番目、ただし正式な階級ではない。駆け出しの新人ならともかく、二十代後半か三十代初めとおぼしき両津は、出世に興味がないということになる。ただし、ギャンブルや酒、少年誌だから露骨には描けないが、加えて女に興味がある。感情むき出しで粗暴なふるまいをする半面、おっちょこちょいの好人物でもある。 これを取り巻くイケメンの伊達男の中川、鈍重な寺井、凶暴でヤクザまがいの戸塚・・・、連載数回でこれだけの役者をそろえた。どんな話でも演じさせられることになった。実際、その時ごとの流行物を巧みに取り込んだし、登場人物の入れ替えも適宜行っている。 掲載誌「ジャンプ」の発行部数は、『こち亀』開始時が百八十万部、それ以降伸びが著しく、一九九五年には、六百五十万部に達した。現在は二百二十万部前後である。しかし、『こち亀』は常にアンケートで中央値を確保し、全掲載作の基準作ともなっていた。瞬間値でトップを取るのも十分に栄誉だが、四十年間、時代の変化にふり回されず安定的に笑いを演出できたのは並みの才能ではない。秋本治は偉業を成し遂げたと言っていいだろう。 

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    漫画通の石破茂氏が「演説で台詞を拝借した」という漫画は?

     誰しも若い頃、胸を熱くし、夢中になった漫画があったことだろう。しかし多忙になるにつれ、漫画を手に取る機会も少なくなっていく。人生も折り返しを過ぎた今こそ、再び読み始めてはどうだろう。きっとあなたの老後は豊かなものになるはずだ──。 そこで本誌では、各界の「漫画通」が薦める作品を「感動部門」、「政治・経済・社会部門」、「歴史部門」、「スポーツ部門」に分けてピックアップ。面白く、しかも知識がつくというサラリーマンにピッタリの漫画を紹介する。 毎年のヒット作を表彰する『マンガ大賞』の発起人で、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記氏は、「投資本よりも、経済の仕組みが頭に入ってくる」として、『インベスターZ』(三田紀房、講談社刊)を推す。経済漫画といえば、サラリーマンや起業家が主人公というのがお決まりだが、同作の主人公は中学生だ。 「学校の“投資部”に所属する中学生が『投資は遊びだ。ゲームを楽しめ』といって、運用資金3000億円をバンバン動かす非現実的な設定ですが、内容は、ウォーレン・バフェット氏や堀江貴文氏らの実例を引用する本格派。漫画が投資の指南書の挿絵の役割を果たしてるから分かりやすい」 防衛相や自民党幹事長などを歴任し、漫画愛好家としても知られる石破茂・代議士は、『加治隆介の議』(講談社刊)と『黄昏流星群』(小学館刊)という、弘兼憲史氏の代表作を挙げた。記者団の質問に答える石破茂氏=2014年8月、首相官邸(酒巻俊介撮影) 「政治漫画といえば『加治隆介の議』でしょう。連載が始まった1991年は、僕はまだ当選2回目。首相まで上り詰めた主人公・加治隆介は憧れだったなあ。『黄昏流星群』は、60~70代なら共感できる人が多い作品ですよ。同窓会でバッタリ会った学生時代の同級生と恋に落ちるなんて……いいよねぇ~。あっ、僕がそうだという訳じゃないですよ」 そんな石破氏が「もう一つ政治漫画を挙げたい」と熱弁を奮うのが『サンクチュアリ』(原作・史村翔、画・池上遼一、小学館刊)だ。 「『加治隆介の議』と違って主人公が総理になる直前で死んでしまう。かっこ良い台詞が読み所だな」 お気に入りは、当選1期目の主人公が先輩議員に「あんたは派閥の番頭になるのが目的で代議士になったんですか。あんたたち団塊の世代がナマクラだから、今の政治ができあがっちまったんだよ」と言い放つシーンだ。 「痛快だよね。こうありたいと思いますよ。出てくる台詞のいくつかは拝借して、演説で使った気がする。どれを使ったか? それはいえないな(笑い)」(石破氏)関連記事■ 『あしたのジョー』のラストをちばてつや氏が独自解説した書■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「オール民主党」■ 「ママの憧れ」 永作博美がベストマザー賞授賞式で見せた笑顔■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ「TPP後の世界」■ 呉智英氏が「70歳になる私が号泣した」と語る漫画は?

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    いつもそばにある「こち亀」は私たちの精神的支柱だった

    区、人口急増してこの時代に珍しく学校新設なんかがされてる江東区、待機児童ネタがつきない世田谷区、都の文化施設が結構あって何かと改修されたりする台東区なんかがあった。バランスがいいように、各自の担当は人気区が1~2個、次点が2~3個、などと分かれており、荒川区、足立区、葛飾区、江戸川区、杉並区など、別に住んでもいいけど記者的にはそんなに食指が動かない影の薄い区がおまけでくっついてくるというのが定石だった。 というわけで私は、渋谷・新宿・品川・世田谷のほかに葛飾区と大田区も担当することになり、生まれて数回目に京成線に乗って立石にある葛飾区役所なんかを訪問したりなんかした。東京って広いので、新宿スワンも東京、六本木心中も東京、こち亀も東京である。葛飾区に関する記事で、次年度予算の事業計画の他に書いた記憶のあるのが、亀有駅周辺に、区がこち亀の銅像を設置したという話と、それが何者かによって故意に破損されたという話である。で、亀有駅なんて一生降り立つことはないと思っていた駅で降りて銅像の写真を撮ったり、記者クラブへのおみやげにこち亀饅頭的な物を買ったりしたものである。葛飾区っぽいオトコではない葛飾区のオトコ 漫画には二種類あって、ひたすら引き込まれてやめられなくなるものと、常にそこにあって好きなときに手に取り好きなときにまたそこに置けるもの。後者の代表格であるように感じられるこち亀だが、それは単純に長く連載されていたとか、人が死なないとか、主人公が男前じゃないとか、ロマンチックラブがないとかっていうことではなく、おそらく葛飾区にカギがある。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 こち亀は必ずしもほのぼのとした話ではない。そういう意味ではサザエさんやあさりちゃんとは大分異質である。過激で国際的な回もあるし、暴れるし、時空まで超える。しかし、次回には必ず冴えない葛飾区のさらにしみったれた亀有に戻っているのである。日常というのはそう簡単にそこから逃れられない退屈で平坦なものだし、多くの私たちにとってそれはとても冴えない。けれども一度そこから引き剥がされると急に心細くなり、平坦で退屈だった日常を懐かしみ、戻りたいと願う。離れてみるとその盤石さと力強さが愛おしくなるのである。 日常というのを地元、と置き換えることもできる。地元が表参道であるとかいうすかしたレア人間は別として、多くの人の地元はギラギラとした刺激もスラム街のようなひりひり感もない、退屈なものである。ただし、そこから離れるとなんだか駅前の原色の看板やパチンコ屋でタバコ吸ってるオジサンや公営住宅の脇の公園とかが妙に懐かしく、恋しく感じられる。日常というのは、地元というのは、まさに葛飾区なのである。冴えなくてつまらなくて、恋しい。 こち亀は別に平坦な日常のヒトコマを描いた作品ではないし、両さんも退屈なオトコではない。しかし、葛飾区という圧倒的に平坦な冠をつけることで、常にそこにある漫画として孤高の位置まで上り詰めている。両さんは冒頭で言う葛飾区っぽいオトコではない。野性的でエロくて暴れん坊である。ただし、葛飾区のオトコであることに変わりない。これが六本木や渋谷でなく、またちぇるちぇるランドやこりん星やナルニア国でないことは極めて重要である。さらに、舞台が派出所、つまり警察という、言ってみれば我々住民の日常を守るべく設置された国家機関であることも当然それをさらに強いものにする。 平坦な街を飛び出し、事件が起こり、退屈な日常をドラマチックに補完する。これはフィクションの大きな役割である。しかし、その根底に、私たちの日常よりもさらに安定した平坦で冴えない日常の時間が流れていること。これもまたフィクションのドラマチックさとは別の役割でもある。私たちの日常は退屈だが、同時に不安定であるのも確かだからである。つまらないくせに、失うとなかなか取り戻せないもの。それをノット・ドラマチックに補完するフィクション、私たちはこち亀の連載終了で、大きな精神的支柱を失うことになる。

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    「こち亀」連載終了の決断を支持する

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) 『こち亀』の連載終了が発表された。40年の長寿連載に幕 コミックス200巻で完結(まんたんウェブ) - Yahoo!ニュースhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160903-00000005-mantan-ent(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 著者の秋本治さん、スタッフの皆さんに感謝したい。お疲れ様でした、と。 まだ最終回を読んでいないからなんとも言えないのだが、良い決断だと思う。人気投票で強制終了なんてことがあり得る、生き馬の目を抜くような週刊少年ジャンプの競争社会において、これだけ続くのはスゴイことだ。もちろん、作品自体が続けやすいフォーマットだったということもあるのだけど。Twitter上では「200巻で終わるように綿密に調整されていたのではないか」との説も出ているが・・・。40周年、200巻で終わるという決断が素晴らしい。どんな終わり方をするのか。今から楽しみだ。 秋本治さんは『情熱大陸』にも登場したことがあり。両さんのようなキャラでは全然なく。物静かな職人タイプである。建築物を描く際などにはちゃんと取材に出かけ、カメラとビデオで両方、立体像を抑えるなどのこだわりも紹介されていた。沢山のスタッフとの協業も。 『こち亀』にピリオドをうつことによって、次の創作活動も始めるとのことで。結構な年齢なので、実は『こち亀』終了というのは、創作意欲の現れだとも言えるのだろう。漫画化人生も後期に入る中で秋本治さんが何を描きたいのか、何を伝えたいのか。期待したい。 ここからは、ファンとしての自分語りになる。40年も続いているだけに、作風は何度か変わっている。自分が漫画に熱中していた時期とも重なるのだが・・・。私は初期というか、50巻くらいまでの頃が好きだ。これも、だいたい2期くらいに作風がわかれ。最初はスーパーバイオレンスおまわりさん的だったのだが、だんだん人情おまわりさん風になり。漫画を読んで、お腹を抱えて笑った体験は、『こち亀』が人生で初めてだった。 でも、それは既存の警察官像をガラリと変えたものであり。漫画の中ではあるものの、こんな社会人がいていいんだと思ったりしたものだ。よく大学教員っぽくないと言われるのだけど、どこかで私は両さんみたいな人を目指しているのかもしれない。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 両さんは、大人の趣味を紹介してくれる漫画でもあった。プラモデル、ラジコンなどで無邪気に遊ぶ様子は、当時は新鮮で。そうか、大人になっても遊びをやめなくていいんだと思った次第だ。大人になる、警察官になるということ自体が自由な人生の終わりではないのだと勇気づけられている。 サブキャラクターの秀逸だ。バイクに乗ると豹変する本田速人、キザな星逃田、五所川原の親分などがお気に入りのキャラだった。ゴルゴ13を真似したキャラ、後流悟十三の登場回も傑作だった。オリンピックのたびに覚醒する日暮熟睡男さんは、東京オリンピックを迎えることがなくなってしまい、そこは残念なのだが。 2005年から墨田区に住んでいる。葛飾区、荒川区、足立区、台東区が近く、まさに両さんエリアに住んでいる。住み始めた頃から、「両さんっぽい街だなあ」と感じていた。 歩いていると、たまに両さんとすれ違ったかのような気分になる。自分は両さんみたいな型破りな、人生楽しんでいる社会人になれているのかと、問いかけられているかのようだ(幸い、職務質問ではなく)。 その度に、私はこうつぶやく。「両さん、おかげ様で人生楽しんでいるよ。あなたにはまだまだかなわないけどね」と。連載は終わるけど、私と両さんの関係は続くのだ。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2016年9月3日分を転載)

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    「こち亀」原作者、秋本治さんに聞く両さん「無欠勤」の秘訣

    則1話完結でアクションや恋愛などさまざまなジャンルを盛り込んでいる。例えば、弓道に凝ったときは、日本文化の良さを作品の中で伝えたことも。パソコンや携帯電話が登場すればいち早くネタにするなど常に最新事情を反映させてきた。時代設定も、郷愁を誘う昭和30年代から現代まで。世の中のあらゆる事象がネタとなる。読み切り形式なので、毎回違う話が読者を飽きさせない。 両さんのアイデアは、当時、映画「ダーティハリー」や、テレビドラマ「太陽にほえろ!」など刑事物がはやっていたことがきっかけ。交番のお巡りさんで、競馬もするし酒も飲む、本能のままに生きる警察官はそれまで誰も描いておらず、目立つと思ったのだそうだ。 連載10年、20年の節目では、続けていいのかと、自問したことも。だが、描いているうちに面白い素材が見つかり、まだまだやりたいと思うようになったという。 さて今回は-。「新たな展開が思いつく間は、描かせていただきたい」。「こち亀」ファンには何ともうれしい答えが返ってきた。

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    ポケモンの原点 ~ファミコンブームの社会学

    世界中を虜にする『ポケモンGO』がついに日本上陸した。ゲームにハマる大人が続出し、各地でトラブルも後を絶たないが、この社会現象ともいえる熱狂ぶりに、30年前の「ファミコンブーム」を重ねた人も多いのではないだろうか。ポケモン列島と化した今、あえてその原点であるファミコンブームを考えたい。

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    ファミコンブームのレジェンドが語る「僕が高橋名人になるまで」

    高橋名人(ゲームクリエイター) もともとゲームに興味があったかというと、そうでもなかったんです。ただ、大学に入学したころはあのシューティングゲームの元祖『スペースインベーダー』が発表された時でもありました。「インベーダーハウス」という名前のゲームセンターが次々出来て、どの喫茶店にもインベーダーのテーブル筐体が置かれていましたから、私も喫茶店に行って食事した後に100円か200円ぐらい投入して遊んでいました。その場で動かないで遊べるのがよかったのかもしれません。私が大学を中退してスーパーマーケットの青果部で働いていたときも休み時間に遊んでいて、パチンコ好きの上司からは「戻ってこないものに金かけてどうするんだ」と言われましたけどね。思えば私がビデオゲームに初めて接した機会ということになりますね。インタビューに答える高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) ハドソン入社のきっかけは、スーパー時代の昭和56年に、シャープのパソコン「MZ-80B」を買ったことから始まります。ちょうどマイコンブームのころで、ショップの店員さんに「これを買えば伝票整理が簡単だよ」と勧められたんですが、ウルトラマン世代の私は、科学特捜隊の基地でランプがいっぱいついているシーンにすごく憧れていたから、キーボードがあって文字が出てくるコンピュータを見て「かっこいいな」と、思わず手を出してしまいました。本体が28万8000円、加えてフロッピーディスクドライブとプリンター、メモリも増設したので合計75万円ぐらいかかりました。同じころに中古で買ったクルマが45万円の時代でした。 買ってはみたものの、コンピュータ初心者ですから使い方がわからない。おまけにメモリが32KB(キロバイト)と少ないので、コンピュータにBASICというプログラミング言語を読み込ませてから、実際にプログラムを読み込ませるので、全ての野菜の伝票整理なんて一週間分も入らない。1カ月単位でも根菜類といった分類でまとめないといけないから、買って二週間で無理だと気付きました。でもローンを組んで買いましたから、今みたいな銀行口座から自動引き落としと違い振込用紙が毎月届くので、その金額を見るたびにコンピュータにほこりを被らせたままではいけないと思い直し、プログラミング言語を勉強して、コンピュータにのめりこむようになりました。 パソコン専門雑誌もよく読んでいました。あるとき、裏表紙にあったハドソンの広告を見ていたら、会社の住所が私の生まれと同じ札幌市で、さらに高校に行く途中にあった会社だったことに気づいた。そのうち知人がたまたまハドソンに面接しに行くというので一緒について行ったら、知人が落ちて私は受かったんです。まるでタレントのオーディションのエピソードみたいですよね(笑)。 アマチュア無線の店として始まったハドソンですが、私が入社した57年8月にはパソコンのソフトメーカーの方がメインに変わっていました。そのころのコンピュータのプログラムはパソコン専門誌にリストがプリントされているものを、まるで写経のようにユーザーが手で打ち込んでいたので、打ち間違いでエラーが出て当たり前だったんですよ。そこで当時のハドソンの社長の工藤祐司さんが「プログラムをカセットテープに記録したら売れるんじゃないか」と考えて、商品化してみたら本当に売れたんですね。ハドソンが日本で初めてカセットテープに記録して売ったわけですが、ほかの会社も真似してやり始めたことでパソコンのソフト市場が生まれて、活性化されていきました。私が入社した57年は孫正義さんのソフトバンクが経営的に大変だったらしくて、工藤さんが「儲かったら返してくれればいいよ」とソフトを何万本か与えて、それで経営を乗り切ったみたいな話は聞いていますね。だから孫さんの「四大恩人」の一人に工藤さんが入っているみたいですね。明暗を分けた『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』 入社後は営業部に配属され、1年後の昭和58年には宣伝部に異動となりました。それまでハドソンでは宣伝に力をいれていませんでした。扱ったのは「今月の新作がいっぱい出ました」みたいな雑誌広告ぐらいのもので、社員一人いれば済んだんですね。ところが、その年の7月15日にファミコンが発売され、任天堂からシャープ経由で「ファミコン用のBASIC言語を作ってみないか」と打診があったんです。ファミコンがまだ何物か知らなかったハドソンも、カセットが30万本出ている玩具だと知り、ファミコンへの参入が決まりました。だって当時のパソコンの世界ではゲームソフトが1万本売れれば大ヒットですけど、ファミコンソフトの『ポパイ』や『ドンキーコング』なんていきなり30万本出荷していたので、経営陣もGOサインを出しますよね。ただ、まだゲームを開発する前段階だったので「『ファミリーベーシック』というBASIC言語で簡単なゲームプログラムを作るのですが、BASICは子供には絶対に分からないから、高橋が解説本を書け」という命が下りまして、この『ファミリーベーシックがわかる本』の制作が宣伝部に移った時の最初の仕事になりました。子どもが少しでも分かりやすいように漫画を描いてもらう間に10本のゲームプログラムを書いて、カセットテープに記録してセットで売り出したら、おかげさまで12万5000部ぐらい売ることができました。ゲームをする高橋名人=1998年7月23日 「高橋名人」という名前になったのは昭和60年のことです。前年、ハドソンがファミコンのゲームソフトを発売しました。アクションパズルゲーム『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』の2本を出したんですが、両タイトルを同じレベルで宣伝をしたら共倒れするということで、ロードランナーの方に力を入れて宣伝したら、その通りに110万本も売れてしまいました。そして61年に3作目としてシューティングゲーム『バンゲリングベイ』を出すことが決まりましたが、ゲームとしては面白いのですが、プレイヤーが動かすヘリコプターの操作方法が難しいんです。ちょうどナッツ&ミルクを発売したころから『コロコロコミック』編集部の皆さんと仲良くなりまして、誌面展開もさせていただきましたが、当時の子供にはちょっと面白さが伝わらなかったんでしょうね。バンゲリングベイは本数的にはうまくいきませんでした。 バンゲリングベイの発売2カ月後には『チャンピオンシップロードランナー(以下、チャンピオンシップ)』というロードランナーの続編を発売しました。全世界のユーザーが作って投稿した、非常に難易度の高いステージをまとめたゲームなんですけど、ロードランナーを知らないとまずクリアできないんですよ。ただでさえバンゲリングベイで失敗していたので、子供たちに受け入れられるかどうか不安でした。そんな時、コロコロから「コロコロまんがまつり」でステージをやってみないかという提案があったんです。コロコロまんが祭りといえば、今の「次世代ワールドホビーフェア」の前身で、漫画家さんのサイン会などが行われていました。私たちも子供がチャンピオンシップを見てどういう反応が来るのか実際に知りたかったし、コロコロもファミコンブームを肌で感じてみたいと思っていたようです。「高橋名人」が誕生したハドソン全国キャラバン 銀座の松坂屋で私がチャンピオンシップを実演してゲーム画面を見てもらうことになったのですが、1000人ぐらいの子供が集まって、イベントは大成功を収めました。実演を終えた私の前に200人ぐらい並んでいるので、「どうしたの?」と聞いたら「サインが欲しい」と言われて驚きました。サインなんか書いたことないので途中で疲れてきて、1日3回もサインが変わりました。コロコロまんが祭りには、ハドソンの将来を占うイベントということで役員が大勢来ていましたが、打ち上げで社長が「これを全国各地でやったら面白いんじゃないか」という話が持ち上がり、7月に「ハドソン全国キャラバン」がスタートすることになりました。それまでゲーム大会というのは各店舗の店頭でこぢんまりとやってるのが多かったんですけど、全国レベルで日本一を決める大会は全国キャラバンが最初だと思います。ハドソン宣伝本部宣伝部在籍当時の高橋名人=2009年10月07日 「ハドソン全国キャラバン」を行う上で話し合いを重ねて行くうちに、ラジオ体操の先生みたいに実演をする人がいるという話になったんです。まだ昔社員数が少なかった時代ですので、宣伝部のファミコン担当がまだ私一人しかいなかったので私が担当することになり、どうせだったら名前も決めようという話になり、「将棋や囲碁の最上位の人は名人と呼ばれるから、名人はどうだろう」と一言で「高橋名人」が誕生したわけです。 第1回キャラバンの競技用ソフト『スターフォース』で披露したことから、私の代名詞となった「16連射」ですが、実は第1回では16連射と言ってなかったんですよ。その後に出た言葉なんですね。子供から「敵を倒すのがすごい速いけど、どれぐらいのスピードで打っているの?」という質問があって、調べてみることになりました。ただ調べる機材が全くないもんですから、スターフォースの攻略ポイントを使って、アバウトに数えてたんです。だから翌年公開の映画で『スターソルジャー』をプレイしたフィルムをスタッフが数えてくれたら、実際は17連射していたそうです。ただ、元々ハドソンはコンピュータのソフトメーカーで、仕事柄16進数も使っていましたし、キリがいい綺麗な数字ということで16連射にしました。 皆さんによく聞かれますけど、16連射の特訓はやっていません。でもコツはお教えできますよ。16連射は指先だけでやっていると思いがちなんですけど、私は肘から指先まで全体を動かしているんです。だから腱鞘炎には絶対にならない。後は物理の問題で、同じスピードでも引き上げた指の高さを半分にすれば倍の回数で打てるからどんどん狭くしていきます。1、2ミリぐらいにするのが一番いいんですけどね。ただ、いまの私だと3~5ミリぐらいなので、もう16連射は無理ですね。調子の良い時でも13連射前半になってしまいました。 第1回キャラバンで全国を回ったことで名人人気は確かに上がっていきましたが、子供の中だけの話なんですよね。夏休み期間ですから当然と言えば当然ですけど。ファミコン人気も同じようなものでした。変わり始めたのは、年末に「クリスマスファミコンフェスティバル」というチャリティイベントを開催したときのことでした。ちょうど取材に来ていた東京新聞が翌日の紙面の見開きに「〝スーパーヒーロー〟出現」「今、子供たちのあこがれ」「ファミコン・高橋利幸名人」と大きく取り上げてくれたんです。すぐに「週刊文春」や「フライデー」から取材依頼が来ましたよ。ファミコン人気の出始めなので、ほかのマスコミも話せる人間を探していたんじゃないでしょうか。年明けに雑誌が発売されて、大人にもファミコンブームが一気に広がっていきましたね。また、キャラバンを終えた9月に発売された『スーパーマリオブラザーズ』の存在も大きかった。「ファミコンに面白いゲームがある」と口コミから広がり始め社会現象を巻き起こしたわけですから、ブームを大きく後押ししましたね。「ゲームは一日一時間」合言葉に込めた思い 「ゲームは一日一時間」という言葉は子供たちには色んなことを経験してもらいたかったという思いから出たものですが、実は第1回キャラバンから言っていました。世間では「テレビゲーム=不良」というイメージがついていたこともあって、ファミコンでも同じ印象を持たれるのはまずいということもありましたね。でも「ゲームを売る側の高橋が『遊ぶな』と言うのは何ごとだ!」とほかの関係者からクレームがあって問題になりましたが、工藤さんが「これからのゲーム業界には健全なイメージが必要だから、会社として子供へのメッセージにしよう」と判断してくれてOKになりました。この判断がお母さんたちにも受け入れられたポイントじゃないかと思うんですね。今だったら漫画による影響力が大きければ、一気に各世代に受け入れられることが多いですが、当時のコロコロコミックの読者層はほぼ小学校高学年しかいません。教育熱心なお母さんだったらコロコロを開くかもしれませんけど、お父さんは『小学六年生』のような学習雑誌でさえ読まないと思うんですよ。でも高橋名人が「ゲームは一日一時間」と言えば、お母さんたちも「名人が1時間って言っているんだからやめなさい」と言えるようになるわけですからね。高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) 第1回キャラバンのスターフォース予選では2分間のプレイで高得点を競うルールでしたが、2分間だと1面クリアぐらいしかできないんですよ。そうなると高得点を叩きだすには敵を早く倒す必要がありますから、早く打つしか方法がなくなってくるんです。中でも子供たちは1秒間に8発打たないと5万点のボーナスが入らない「ラリオス」というボーナスキャラを倒さないと決勝に進めないので、なおさら名人は子供が届かない点数を出さなきゃならなくなります。負けちゃうと「名人」の称号が崩れていくんですよね。子供って結構シビアなんですよ。デビューしたての名人が同じエリアで3回失敗して、「帰れコール」が起きましたからね。横で見ていて本当にかわいそうに思いました。私だって失敗はよくありました。ただ運が良くて、子供の前で失敗する確率が本当に少なかったんですよね。私のプレイはほぼテレビの生番組とイベントだけだったんですが、長くても5分程度なんですね。生番組で30分間もプレイはしませんし、イベントでも最初の2、3分を見せれば大丈夫でしたから。もし失敗しそうになってもポーズを押して「いいかみんな、ここからはな…」と子供に説明を入れながら、再開してミスをして「これはしょうがないよな」なんてごまかしたりもしました(笑)。だから練習時間も1日1時間ぐらいで、ゲーム開始からの5分間程度を集中的に練習しました。 今のシューティングゲームって、魅せるためのプレイと点数を取るためのプレイが違うんですね。でも私は基本的には魅せながら点数をできるだけ稼ぐというプレイをしていました。シューティングゲームの上手な人がプレイすると敵の出現位置がすぐ分かってきて、出てきた瞬間に打っちゃうから、画面の真ん中に自機以外敵が1匹もいないんですね。でもそんな画面を子供に見せても面白くもなんともないんですよ。私は宣伝部ですから、ゲームを売るためのイベントということを考えてプレイし続けると、魅せるポイントっていうのが決まってくるようになるんです。だから敵が自分の周りを一周して帰ってくるんだったら半周ぐらいはさせておいて倒したりしました。ただ、それをやるとただ敵をやっつけるスピードが遅くなるので点数がどうしても伸びないんですけど。だから点数だけ稼ぐプレイもやっておきました。でもキャラバンが2年目、3年目になると点数よりも魅せるプレイをすることだけを心がけるようになりましたね。「名人」は第1回キャラバンで私しかいませんでしたが、2年目以降は〝弟子〟たちも2代目、3代目の名人として全国を回ることになったので、点数を稼ぐプレイは彼らに任せ、私は子供たちに解説をしながらプレイして、ゲーム画面が面白く見えるようにすることに注意を払いましたね。バイクを指で止める…映画「高橋名人VS毛利名人」は悪ノリしすぎた? 昭和61年はファミコンブームが全盛を迎え、私も歌手デビューしたり『高橋名人の冒険島』という自分が主人公のゲームソフトを発売した忘れられない年になりましたが、何と言っても思い出深いのは、映画『高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』ですね。山本又一朗さん(映画プロデューサー)がハドソンに来られて、第1回の全国キャラバンを見て面白いんじゃないかと企画を持ってこられたんです。実は全国キャラバンは南北二手に別れていて、南を私が回って、北をバイトだった大学生の毛利名人にお願いしていたので、二人を対決させたいと言うんです。映画化の話に社長はじめ経営陣も乗り気で、だったら来年のキャラバンで使用するゲームで行おうと話になり、スターソルジャーでのバトルが決まりました。そこで企画に入ってもらっていた渡辺浩弐君(作家、ゲームクリエーター)と映画で何をしたらいいのかということを考えていたら、「戦うだけじゃ面白くないから訓練しているシーンも入れよう」という話が持ち上がったんです。 すでにコロコロコミックでは野生派の高橋、都会派の毛利という設定が出来上がっていたのも幸いしました。私なんて、3周巻きついていたへその緒を自分で引きちぎって生まれたことになっていましたから(笑)。その設定に乗る形で、毛利君はジムやプールサイドのトレーニングやピアノ特訓をさせることになりました。渡辺君が「じゃあ、名人はどうする?」と聞かれましたので連射特訓をやっぱり出したいと思ったので、食堂のカウンターや工事現場のハンマードリルで連射するアイディアがどんどん出てきて、すべて採用されました。中でも印象的だったのは伝説となったスイカ割りですね。本当に出来たんですかって? 出来るわけないですよ(笑)。実は下から圧縮した空気を送って割ったんですけど、なかなかきれいに割れないので10個ぐらい買って試して、軽く切れ目を入れたらようやくスパッと割ることができました。もちろんスイカはスタッフがおいしくいただきました。あと、バイクを止める指のトレーニングもありました。これは前輪ブレーキだけ掛けておいて、アクセルを吹かせば後輪は空回りしますから大したことはありません。私も「どうせやるなら楽しい方がいいよね」と悪ノリしちゃうんで、ほぼ不可能なアイディア以外はやりましたね。ゲーム見本市「E3」に設けられた人気シリーズ「ファイナルファンタジー15」の体験コーナー=6月14日、米ロサンゼルス 全盛期のゲーム業界は日本がリードしていましたが、今は海外の方が優勢になってしまいました。海外のゲーム会社は日本以上にスタッフを投入して大工場のようにあっという間に作っている。市場規模も大きいので発売当初から数百万本売れるんですよ、日本だと頑張っても百何万本売れたら御の字と考えてしまう。特に『プレイステーション4』ぐらいになってくると、もう億単位の開発費でなければ作れなくなってきます。海外のゲーム業界では日本は面白いゲームを作れなくなったと厳しい見方をしますが、海外しか見ていないからじゃないでしょうか。日本だとCGにしなくても面白いゲームがあるじゃないですか。ただ多額の費用を投入しなくてもいいようになるけど、ビジュアルが安っぽいと言われることを気にし始めると、それなりのグラフィックが必要になるので、開発費も高騰して、目標の売り上げ本数も一桁上げなきゃいけなくなる。そうするなら内容も充実させなければいけなくなるので、全てにおいて底上げが必要になってしまいますよね。でもそこそこのグラフィックだけどゲーム性さえ考えれば面白くできそうなゲームもいま出てきてますから、ゲーム機に合ったゲームを作れる環境というのを、日本はもう一度整えた方がいいのかなと思いますね。ゲーム大会で賞金を出せるシステムを それにスマートフォンのゲームアプリやソーシャルゲームが出てきて、大きく様変わりしました。だって「基本無料」が当たり前になってるじゃないですか。まずは遊んでもらって、アイテムで課金して、利益を上げていくシステムが大前提になってきている。ただ最初に広告を打って名前を広めないと、ダウンロードもしてくれない。だから結局コンシューマゲームと同様に宣伝費がかかるわけですから、「基本無料」というのはなかなか難しい。当然ですよね、スーパーの販売員さんが「おいしいですよ」と試食品を10人に配って1人買ってくれれば上出来という世界をゲームソフトでやっているのですからね。 今後日本のゲーム界が盛り返すためには、ユーザーの皆さんにも、ゲームが苦労するものじゃなくて楽しく遊べるものだと感じてもらえることが鍵になる気がします。ゲームってやっぱり遊びの一つなんですよ。ソフトの値段も決して安くはないですし、私もメーカーの人間なんで、あんまり言ってしまうとまずいんでしょうけど、作る方も買う方も遊ぶ方も気楽なぐらいの方がいいと思うんです。今の社名でも使っていますけど、「ドキドキ」という言葉を広めたいと私は思っているんです。「カワイイ」もそうですけど、日本から発生した言葉っていっぱいありますよね。ドキドキもなんか「ワクワクする」とか「驚く」とか、色んな意味が込められているので、ゲームで遊ぶ時の一つのキーワードとして広めていきたいですね。だからメーカーの方もドキドキさせてくれるようなゲームを出してほしいし、ユーザーもゲームを遊んでドキドキして欲しい。 私が代表理事を務める「e-sports促進機構」では、ゲーム大会で賞金を出せるシステムを作ろうとしています。世界ではゲームで対戦して賞金を稼ぐことができるし、大いに盛り上がっているんですが、日本ではまだまだこれからの分野で、生計を立てられる状況にはありません。法律的な問題もあるので、稼げるようになるには簡単ではないです。でもいつかは、日本でプロゲーマーが食えるような環境にしていきたいですね。ただそうなると多くのソフトメーカーの協力を得て進めていく必要があります。さらに大会を盛り上げるために、さまざまな分野の企業から寄付金を集めていかなければいけません。ドワンゴの『闘会議』みたいに、一つの冠大会の中に『みんなのゴルフ』や『ウイニングイレブン』の大会があるとみんなが集まってくれるし、盛り上がってくれれば、ユーザーはみんなドキドキしてくれますよね。その仕組みを早く確立していかなければいけないと思ってます。日本のゲームの未来は明るい! 今の子供はスマホが当たり前の時代になってきていて、幼児だって何も考えなくてもスマホを操作できますよね。つまり、操作に関するハードルがないんですよ。その当たり前の感覚を、同じ端末でもゲームと教育で枝分かれさせた方がいいのか、あるいは遊んでいくうちに勉強になるようにゲームと教育を繋げて行く形がいいのか、これから考えていかなければならないでしょうね。子供って楽しければ勉強すると私は思っていますから、例えば数学が苦手な子供でも、パズルゲームのようにすれば面白がって解けるようになる。子供はゲームを通して学ぶものがいっぱいありますから。もともとゲームがなくても昔の子供って伝承遊びから色んなことを学んできているし、例えば木登りから握力が強くなったりとか、鬼ごっこするから駆けっこが強くなったり、かくれんぼするから隠れる知恵がつきますけど、それと同じようにテレビゲームも色んな知恵を与えてくれると思うんですね。画像はイメージです スターフォースの時なんかメーカー側は誰も思ってなかったことですけど、小学生がアルファ、ベータ、ガンマ、デルタって覚えたんですよ。たまたま面の数をギリシャ文字にしていたからですけど、ゲームやるだけで身についたんですよ。『三国志』だって難しい武将の名前を覚えるようになったし。だから遊びを通してやることで覚えていくんですよ、子供って。だからその当たりをもう少し上手くやれば、それを東大に入れる子供に育てるってところにはいかないかもしれないけど、全体的な学力の底上げの部分につながっていくんじゃないかと考えています。だからそういうアプリを作っていけば、子供は絶対良い方に反応するんじゃないかなと思いますね。 私は日本のゲームの未来は明るいと思っています。新しいゲーム機が出るから可能性が出てくるんじゃなくて、今までのゲーム機を使ってもまだまだいっぱい出来る気がします。『3DS』の時に脳トレが一気に流行りましたし、『ゲームボーイ』の時にはテトリスが大ブームになりましたよね。だから日本人って新しいアイディアが出るとみんな飛びついてくれるから、ブレイクするソフトが一つでも出てくれば、みんなの大きな注目が集まると思うんですよね。ただ今は自分自身で見つけられていないのが、ちょっと悔しいですけど、誰か面白いアイディアを見つけてくれると思うので、そこに期待したいですね。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望/松田譲)たかはしめいじん 本名・高橋利幸(たかはし・としゆき)。1959年生まれ、北海道出身。現在はタレント活動のほか、「ドキドキグルーヴワークス」の代表取締役名人としてゲーム制作業務に携わる。ニコニコ生放送のゲーム情報番組『電人☆ゲッチャ!』などでゲームプレゼンターとしても活躍中。 

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    世界が遠ざかる日本のゲーム業界 救世主は任天堂しかない!

    危うくなる。 中でも重要なのは、暗黙知に陥りやすい企業のノウハウ、言い替えれば「社風」をできるだけ明文化していくことだ。前述したように企業が社員に求める人物像は、どこも比較的似通っている。その一方で社風は企業ごとに異なっており、社員の行動規範に対して間接的な影響を与えている。いわば社風は創造性を育む温床だといえる。逆にどれだけ優秀や人材でも、社風にそぐわずに短期間で離職する例は少なくない。 問題は社員が社風を当たり前と捉えがちな点だ。そのためには他社からの転職組の体験談が参考になる。どのような理由で転職を決め、企業に対してどのように適合していったのか、社内でヒアリングを行うのだ。これはまた、転職者の精神的なケアにもつながる。これらはゲーム業界に固有の問題ではないが、ゲーム業界では特に必要だともいえる。ゲームは人が作るものであり、会社にとって人材は最大の資産だからだ。

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    日本でも配信開始 なぜ世界中が「ポケモンGO」に熱中するのか

                                                                                              (THE PAGEより転載)    人気キャラクター「ポケットモンスター」の世界観を実世界で楽しめるスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」の配信が日本でも始まった。米国を中心に世界中でヒットしていることを受け、ポケモンを生んだ任天堂の株価がうなぎ登り状態だ。ポケモンに関連する銘柄の株価も軒並み上昇するフィーバーぶりで、市場関係者の間で「ポケモノミクス」と呼ばれる盛り上がりを見せている。なぜ世界中が一つのゲームに熱中するのか? ポイントをまとめた。 ポケモンGOは、空想世界の生き物「ポケモン」をスマホ上で捕まえ、育てたり、プレーヤーの間で交換したり、対戦させたりするゲームだ。スマホの画面越しの風景にポケモンが出現し、対峙する。速く捕まえないと逃げられてしまう。そんな切迫感もあり、ゲームの主人公になったかのような気分を味わえるのが魅力だ。今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破 特定の場所、タイミングにしか現れない「レアキャラ」もいる。それを実現するのは、拡張現実(AR:Augmented Reality)や衛星利用測位システム(GPS)で、最新技術を駆使した新感覚のゲームだ。プレーは基本的に無料。スマホにアプリをダウンロードすれば遊べる。ただ、ポケモンを捕まえるのに使う「モンスターボール」などを追加で入手する際に課金される仕組みとなっている。 アプリは任天堂と、関連会社でカードゲームなどの商品やイベントを企画する「ポケモン」(東京都港区)、米国の「Niantic(ナイアンティック)社」の3社が組んで2013年にプロジェクトが始動、開発した。ナイアンティック社は、グーグルから独立したスタートアップで、ARを応用したゲームをいち早く手掛け、コアなファンを獲得している。 役割分担として、開発・発売元となっているのはナイアンティック社、アプリ配信に合わせた説明書の作成や告知・宣伝をポケモン、そしてゲームに関する重要な情報を通知する腕時計型の装置「ポケモンGO Plus」の開発を任天堂が担った。 ポケモンは1996年2月に任天堂の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の専用ソフトとして発売された。ソフトは赤と緑の2種類あり、それぞれで出くわすモンスターが一部異なる。友人同士で捕まえたモンスターの対戦や交換ができることも受け、赤と緑合わせて計200万本を超える、任天堂の代表作の一つとなった。爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇 今年で発売から20周年を迎えた。発売当時、子どもだった世代は大人になったが、継続的なファンは多い。新シリーズのソフトが続々と登場し、アニメや映画にもなっており、現代の子どもにも受け入れられている。海外でも人気で、世代と国境を越えて愛され、今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破した。 爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇している。株価は19日に配信前の2倍を上回る3万円の大台を突破し、約6年ぶりの高値を付けた。時価総額も5兆円に迫る勢いだ。また、ポケモンGOと提携すると発表した日本マクドナルドホールディングス株も急騰するなど、ポケモンとの相乗効果が期待できる銘柄が買われ、市場は活況に満ちている。 ポケモンGOの大ヒットを受け、ひとまず株高という好影響は出ているものの、今後の対応次第では市場やファンの失望を買いかねない。今のお祭り騒ぎに慢心せず、再び時代に残る名作、人気キャラクターを創り出していくことが期待されている。 日本でのヒットはまず間違いないと確実視されているものの、アプリ自体がもたらす収益が、任天堂の業績を押し上げるかは未知数の部分がある。課金などによるアプリの収益配分は不明だが、開発主体のナイアンティック社が多くを占めるとみられるからだ。任天堂が得るのは「ポケモンGO Plus」の売り上げや、32%を出資しているポケモンによる間接的な利益が中心となる。 ポケモンGOは7月6日に米国、ニュージーランド、オーストラリアを手始めにリリースされ、英国、スペイン、カナダなど30カ国以上で始まっている。今後も中国や韓国など配信地域は拡大する見通しで、未配信の国ではツイッターなどで「まだー?」とため息交じりに待ちわびているファンらの投稿が絶えない。任天堂とグループ会社などが開発したゲーム「ポケモン」=米カリフォルニア州(ロイター) ポケモンGOに好意的な意見が多い一方、批判もある。街中や施設内、浜辺など「神出鬼没」のポケモンを、プレーヤーはスマホを見ながら探すため、熱中するあまり転んだり、人や物にぶつかったりといった事故が多発。また、墓地や慰霊施設といった神聖な場所にも現れているため、宗教団体から批判の声が上がるなどのトラブルも相次いでいる。

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    急拡大するソーシャルゲーム 世界で勝てない日本のゲーム業界

    みたが失敗も目立った。「何でも言うことを聞く国内協力会社との仕事が中心のプロデューサーも多く、言語や文化の違うスタッフを満足に使いこなせなかった。数十億円の損失を出した会社もあった」(業界関係者)。成功事例もあるが「リスクを冒すより利益の出る国内市場に注力しようという雰囲気だった」(前述の業界関係者)という。 日本のメーカーにとって、国内市場は今も重要な位置を占める。だが、旧態依然とした体制を温存したままでは、海外に打って出る力を蓄えられないばかりか、国内ユーザーにも見限られるだろう。

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    開く「洋ゲー」との差 凋落著しい元ゲーム王国・日本

    日本ではあまり浸透していない。「日本におけるゲームは、まだまだ『趣味』。アメリカでは『産業』であり『文化』。趣味にはスポンサーという考え方がないですし、日本のユーザーはそういった商売っ気を毛嫌いするので、根付きませんでした」(吉田氏)。 また、海外ゲームには出資を得るためのファンドが存在するが、日本にはほとんど存在しない。ファンド会社が少ないという事情もあるが、そもそもエンタメ作品の収益性を正当に評価できる人間が金融業界に少ない、という事情もある。 さらに、アメリカでは娯楽産業の法律まわりを専門に請け負う法律家である「エンタテインメント・ロイヤー」という職業が確立しており、彼らとエージェントがタッグを組んで、資金集めや契約、マーケティング、プロモーションなどを行っている。日本のゲーム業界が世界に打って出るには、まずはビジネスのプロを育成するところからはじめなければならない。「五右衛門風呂」から脱出せよ「五右衛門風呂」から脱出せよ 日本の携帯電話産業はガラパゴス化の末に国際競争力を失い、「ガラケー」と揶揄されるまでになってしまった。結果、日本ではアップルのiPhoneやサムスンのGalaxyといった海外製端末が市場を席巻している。 現在の国内ゲーム市場も、完全にガラパゴス化しているといってよい。日本製ゲームはごく一部を除いて海外では売れず、海外展開に積極的なメーカーはコナミやカプコンなどごくわずかだ。 これで国内ゲーム市場が順風満帆であればガラパゴスであっても問題ないのだが、無論そうではない。13年の家庭用ゲームソフト市場は約2537億円(CyberZとシード・プランニング共同調べ)。これはスマートフォンゲーム市場の5468億円の半分以下。この小さな、しかも縮小の一途をたどっているパイを、任天堂やセガ、コナミやカプコンといった大手ゲームメーカーがとりあっているのだ。 これはまるで、小さな五右衛門風呂にぎゅうぎゅうに詰め込まれたゆでガエルのような状態だ。狭いスペースの争奪戦。しかもお湯は煮えたぎり、苦しみが増すばかりの我慢大会である。しかし世界には大きな市場が広がっている。ガラパゴス化を食い止め、世界市場に打って出るためには、狭苦しい湯船から脱出する覚悟が必要だ。 日本ゲームが世界を席巻し、再び「ゲーム大国」に返り咲く日は、果たして来るのだろうか?

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    「初めて触れたときのワクワクを思い出して」 TVゲームは一生の伴侶

    畑史進(フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター) TVゲーム初体験を覚えているだろうか? 僕よりも高い年齢の方ならファミコン、SG-1000より以前のハード(ゲーム機)カセットビジョン、ゲームウオッチ、テレビゲーム15だろうか?それともテレビテニスだろうか?僕と同年代の方ならスーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン。若い方だとゲームキューブ、プレイステーション2、Xboxという方もいるでしょう。 TVゲームと言うのは面白いもので、家電製品、アクセサリー、衣服などとは違って「本体・ハード」だけではTVゲームとの出会いは始まってすらいない。「ゲームソフト」を買って「本体」にセットして初めて本当の出会いが始まるのだ。 さらに面白いのは、両親や親しい人から梱包(こんぽう)紙に包まれてプレゼントされたり、ある日突然家で本体の箱を目にした瞬間にいろいろ心がワクワクしたではないだろうか? 「これから何が始まるんですか?」 「あのゲーム・このゲームがやってみたい」 「TVゲームだ!すぐに開けなきゃ!」etc… またこんな経験もあったはずだ、興味ない自分の中では「クソゲー」同様のゲームをプレゼントされ、とりあえずと思って触ってみるとガッツリハマってしまったこともあるはずだ。その時皆さんは間違いなく熱中していたのだ。 僕が生まれた頃には既にTVゲームはバブルが大きくなる象徴のように空前の大ブーム真っ最中であった(らしい) 僕のおやじの世代は「インベーダーゲーム」が喫茶店を始め大ブームになり「ギャラクシアン」「パックマン」「マリオブラザーズ」「ドンキーコング」等のアーケードゲームが隆盛し、日本中の100円玉がゲーム筐体に吸い込まれ、その行く先にファミコンのような家庭用ゲーム機が誕生し、ゲームセンターに行かなければできないようなゲームたちが、家庭でもカラーテレビにつなげば家でも気軽にお金のことを気にせず思う存分ゲームができるという時代だった。かなりの衝撃だったと思う。 話は脱線するが、「ドンキーコング」等多くのアーケードゲームは日本より先にアメリカでは「インテレビジョン」「コレコビジョン」「ATARI2600」で発売されていた。 ファミコン本体の値段が1万4800円でソフトが一本5千円程度。 2万円でお気に入りのアーケードゲームが遊び放題、200回も遊べば十分もとが取れる(ただしアーケード版とは違う箇所がグラフィックなど多くあり、説明はここでは割愛する)。 しかし、それだけで終わるのではなく魅力的なソフトも多くSG-1000やファミコン向けに発売され瞬く間に家庭用ゲーム機は家庭の中心的存在になった。その象徴として、当時幾つかの日本映画にもファミコンがカメオ出演していた。「マルサの女」では「スーパーマリオブラザーズ」が映り、「男はつらいよ」でも寅さんのおい、満男の部屋にはスーパーファミコンが置かれた。ファミリーコンピューター 多くのソフトメーカーが生まれ、ファミコンの普及にあやかって自分たちのアイデアを披露してきたのもこの頃が特に多かった。「ロックマン」「悪魔城ドラキュラ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「スウィートホーム」等アーケードゲームでは味わえないジャンルのゲームが生まれ、「ポートピア連続殺人事件」「ファミコン探偵倶楽部」「探偵神宮寺三郎」など、まるで小説を自分自身が入り込んで体感するような芸術性あふれるゲームも次々出てきた。 またファミコンをパソコンとして考えてみると敷居が非常に低くゲームをプレイしてマイコンに興味を持ち、自身も新たな作品を披露したくなるという相乗効果もあり、パソコン普及にも一役買ったのは間違いないだろう。 僕の初めてのTVゲーム体験はアーケードゲームではなくシャープから発売された「ツインファミコン」でのディスクシステム版「スーパーマリオブラザーズ」だった。3,4歳の頃とうっすらと覚えているのはダッシュからのジャンプができなくてただ穴に落ちるのが面白かったことだ。幼稚園の頃には「ウルトラマン倶楽部 怪獣大決戦」にドハマリ。数多くあるファミコンゲームの中でも特にお気に入りのゲームで今でも自身のオールタイムナンバーワンファミコンゲームだ。それからはさまざまな友達の家に方々訪ね歩いて自分の家では買ってもらえないさまざまなゲーム機・ソフトに触れてここに至るわけです。「初めて触れた大変」こそ重要 こう思い返してみると、若い人たちにとってはファミコンがいかに素晴らしいものだったのかと聞こえてくだろうが、それは違う。 今を生きる人たちにとっても、TVゲームとの出合いは人それぞれであり、それぞれの入り口となったゲーム機、ゲームソフトがあるはずだ。僕も当然Nintendo64以降はその時代にいたので背景は理解できるが、初めて触れた体験ではない。「初めて触れた体験」そこにおのおの一度ぶり返って思い出してほしい。 その時には高騰したワクワクがそこに実際あったわけだ、いやあったはずだ。ゲームボーイやスーパーファミコンなどのゲーム機 現に僕もいまだに新しいゲーム機が出ると発売日にお店にすっ飛んでいき、「ワクワク」しながらゲーム機とソフトを抱えて6畳一間の部屋に(引っ越ししたい)帰ってきて「ウキウキ」してセットしている。新作のゲームが発表されると「ワクワク」して発売日まで待ってしまうそれらが自分にとって未体験ゾーンだったら尚更だ。 「クソゲー」なんてつかまされた日にはスイッチオンにして開発者、クリエイター相手に怒り狂う。傍から見ればただの危険人物かもしれないが、「ゲーム好き」がやってるただの一興であり時間もたてば笑い話にしてしまう。 何が言いたいのか? 単刀直入に言いましょう。「そのワクワクをいつまでも捨てないでほしい」と声を大にして言いたいのだ。 TVゲームに飽きたという人から話を聞くと多くの人が「複雑になった」「ワクワクしなくなった」「いい年して恥ずかしくなった」「ファミコンが至高だった」と多くの人が答えるのだ。 そんな理由で良いのか!?今でも多くのゲームクリエイターたちがアイデアを巡らせ素晴らしい、心から面白いといえるゲームが作られている。 日本は世界中から尊敬されるほど多くの名作ゲームが生み出され、「ユートピア」としてみられていたことを読者の方はご存じだろうか?いや今でもそう見ている人たちは多いといっても過言ではない。「日本ならでは」の素晴らしいアイデアの詰まったゲームは世界からも絶賛されリスペクトされ、尊敬されるクリエイターも多い。 現にディズニー作品「ミッキーマウス!」という作品ではミッキーが作中「トーキョー」に訪れた際に一部の画面がファミコンテイストになるワンシーンもあるほど。 去年は「ピクセル」という映画も公開されたが出てくるほとんどの元ネタのゲームは「日本製」だったのだ しかし日本のTVゲーム事情は一時よりも随分と下火になった。 スマホゲームの台頭もその原因だろうが、それだけではない。 あらぬ根拠を世に垂流したえせ学者が支持を得たりとTVゲームは人気者の宿命を経てすっかり縮こまってしまった。 皆さんにはそのようなことを忘れて(なかったことにして)、かつて好きだった人は今一度自分自身の心に問いかけてほしい。その時のワクワクを「世間と切り離して」思い出してほしい。ゲームに夢中になったあの時の出来事をそして再び手にとってほしい。 未だ触ってすらいない人は一度でも良い、食わず嫌いにならずに触ってほしい。 もしもいまだにファミコン・スーパーファミコン様なゲームがプレイしたいのであれば、広く探せば必ず有志が作って、さまざまな販売もされているので手にとってプレイしてほしい。 必ずスマホゲームとは違う、気軽に、気兼ねなく、夢中になれるゲームがそこに有る! (毎週木曜日掲載)畑史進 フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター。日々、ゲームネタを漁りながらニコ生放送にも出演。スター・ウォーズ解説員、TVゲーム解説員としても活動中。

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    伝説のクソゲー 楽しいかより楽しむスタンスこそ大事

     「風俗で地雷女」「クソゲー」誰でも1度はつかまされたことがあるだろう。しかしそれは本当に「地雷」だったのか、「クソ」だったのか。風俗、ゲームから端を発し、仕事への姿勢まで、作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が考察する。 * * * もう、だいぶ前ですが、『週刊SPA!』の7/17発売号に「[風俗大ハズレ体験]地獄変」という特集が載っていました。タイトルだけでのけぞりそうになりましたが、内容はそれ以上でした。「ソープに行ったら、友達の母ちゃんが出てきた」「暴力を振るわれた」なんていう凄い話が出ていましたよ。 同じ号だったと記憶していますが、同誌での風俗ライターなどによる座談会が熱かったです。その中で、ある風俗ライターが良いことを言っていたのですよ。「風俗嬢に地雷女なんて、いない。どの嬢とも、その時間、どう楽しむかという視点が大事なんです」そんな内容でした。この話を聞いて、なるほど、物事には「楽しむ」というスタンスが大事なのだと思ったのです。 今年の夏の出来事だったのですが、この話をある公開パネルディスカッションの時に思い出しました。11月2日(金)に阿佐ヶ谷ロフトにて『またーりファミコン語り ~あの日僕たちは少年だった~』というイベントに出演しました。ライターさやわかさんの新作『僕たちのゲーム史』(星海社新書)の発売記念イベントで、彼と私の他に、ライターの赤木智弘さん、西森路代さんの4人でまたーり語りましたよ。80年代に子供だった私たちがあの頃のファミコンと遊びをまったり語ったのでした。現在に続くゲーム史、西森路代さんの女子目線アイドルトークもあり、実に楽しい3時間でした。 そのときにいわゆる「クソゲー」の話が出ました。若い人はクソゲーという言葉自体、知らないかもですね。クソみたいなゲームのことで、面白くないゲーム、明らかにゲームとして崩壊しているものなどを指します。伝説のクソゲーは『いっき』 私の思い出に残るクソゲーと言えば、『バンゲリングベイ』(ハドソン 1985年)というゲームですね。ヘリコプターを操縦して、敵の秘密兵器の工場を破壊するというものなのですけど、なんか地味なのですよ。ただ、あれはあれで良ゲームだったのではないかという意見も出ました。その時も話題になったのですが、このゲームのWikipediaの項目をみると、元々大人向けのゲームだったのに、当時、『コロコロコミック』(小学館)でゲームの告知を行なっていたわけですが、明らかにゲームのターゲットと読者層がずれていたのですね。でも、当時、もともとのゲームの対象に告知できるメディアも少なかったわけで。実際の内容が優れていたとしても、ターゲット以外の人がやるとつまらなく感じるのですね。 他にも、伝説のクソゲーとして「いっき」(サン電子)というゲームがあったわけですが、元々のアーケードゲームはなかなか面白かったそうで、ファミコンへの移植が上手くいかなかったというわけですね。実際にはかなり売れたらしいですが。 ここで思いついたのは「楽しむ」というスタンスです。「楽しい」かどうかではなく、どんなものでも「楽しむ」というスタンスが大事なのではないか、と。そして、「楽しい」ことは「楽」じゃないな、とも。「楽しむ」というスタンスがあれば、あの「バンゲリングベイ」も「いっき」も、もっと楽しかったんじゃないか、と。 もちろん、この「楽しむ」というスタンスはたまに悪用されていて、「やりがいの搾取」が行なわれている明るいブラック企業などでは、きつい仕事、きつい目標を「楽しもう!」という言葉の連呼でごまかしたりしているわけですが。 会社や仕事に対して「嫌なら辞めろ」という論をよく見聞きするわけですが・・・。明らかに自分と合わない場合や、ブラック企業なら別ですが、楽しむというスタンスが大事だと思ったわけです。 私も仕事と大学院の両立にやや悩み気味だったわけですが、困難を乗り越えるプロセスを楽しまなければと思った次第です。クソゲーよりはずっとずっと楽しめるはずです。はい。関連記事■ 自粛・節電ムードで『人生ゲーム』などアナログ玩具が人気■ 【プレゼント】展示機器はプレー無料 ゲームエキスポ入場券■ LINE 人気理由は「スタンプ可愛いからでしょ」と運営社社員■ パチスロ版モンスターハンターが近々登場 ゲーマーも期待?■ ゲームセンターに集まる高齢者「スリルと快感を味わえる」

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    『たけしの挑戦状』には北野映画のエッセンスがつまっている

     家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(任天堂)・通称ファミコンが1983年に発売されると、日本中の子どもたちがゲームに熱狂し、社会現象にまでなった。計1200以上のタイトルが発売されたゲームのなかから、お笑いコンビ「浅草キッド」の玉袋筋太郎が師匠の名前を冠したゲーム『たけしの挑戦状』(タイトー/1986年12月10日発売)を紹介する。 * * * オレが最初に紹介するゲームっていったら、やっぱり師匠のゲーム『たけしの挑戦状』。これしかないじゃない。 このゲームってさ、北野映画のエッセンスが全部つまってるんだぜ。沖縄行ったりとか、街中でヤクザと殴り合いのケンカしたりとか、まんま『ソナチネ』や『アウトレイジ』じゃない!北野武氏 じゃあ、早速やってみよう。ええと、これ最初に何やるんだっけ……。確か「げーむをさいかいする」を選んで、そこにいるオヤジを殴ったら……うわっ! いきなりゲームオーバーだよ。たまんないなあ、最高すぎるよ。 師匠曰くタイトーに行って2時間くらい喋ったらできたゲームらしいけど、う~ん。これはやっぱり大したゲームだ。見てよこの看板、「極東興業」とか「スナックあぜ道」だもん。ネーミングセンスも半端ないよね。 スナックで酒飲むなんて場面もあるけどさ、今はこんなゲーム出せないんじゃないの? 楽しすぎてもう3杯目だよ。そういや、今オレの芸能活動もスナックを中心にしてるからね、ゲームはすべてに通じるわけですよ。あっ、また飲んじゃったよ。このスナックって『2コン』のマイクでカラオケ歌えるんだよね。ちょっとやってみよう……。「こしょうちゅう」ってオイ! いやあ、それにしても主人公が自宅に戻って奥さんに対してやることの選択肢が「かあちゃん ねようぜ」って、すごすぎるでしょ。とりあえず「いしゃりょう はらう」を選んでみるよ。あっ、殴られて死んだ! 難しすぎるよ、ほんと。当時「攻略本を読んでも解けない」って苦情があったらしいけど、納得だね。 そもそもこのゲームって何するゲームだっけ? えっ、たまたま手に入れた地図を頼りに財宝を探しに行く? そうだったっけ? 攻略本持ってたらちょっと見せてくれない?●たまぶくろ・すじたろう/1967年生まれ。お笑いコンビ「浅草キッド」のボケ担当。スナック愛好家として知られる一方、かつてMONDO TVで放送されていた『ゲームレコードGP』のMCを務めるなどゲームにも造詣が深い。関連記事■ 初訪問のスナックで居心地良く過ごす方法を玉袋筋太郎伝授■ スナックの作法 「名刺交換をしてはいけない」とスナック通■ スマホゲームプレイしすぎ無職男 ハロワ待ち時間で腱鞘炎に■ 紳助「出張ホスト業参入でその筋の人にすごまれ廃業」の証言■ 全日本スナック連盟会長・玉袋筋太郎 スナックの良さを力説

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    日本のアニメ、“ソフトパワー”としての実力を問う

    とは、1980年代後半にハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が提唱した、強制力によらずに自国の価値観や文化によって他国を魅了し影響を与え得る能力のことだ。実際、主要な評論誌や政策白書などをざっと見れば、この概念が2002年以降盛んに取り上げられるようになったことがわかる。こうしたソフトパワー論議の中で、今日のアニメやマンガの分析が語られるのは文化論としては面白くても、外交論としては問題が多い。現実政治での効力は実証できない ナイ教授は政治学の分野で重要な貢献をしてきたが、「ソフトパワー」はほとんどの政治学者が真剣に受け止めていない。そして、それがどれだけ的確なものであるか、誰も実証も評価もできていない。今のところ、ソフトパワーの支持者たち―ジャーナリスト、シンクタンク、外交官など―の間で掲げられる信念にすぎない。つまり、ソフトパワーを活用すれば、難しい局面でも米国(後に、日本、中国、韓国、その他の国でも)の価値観を他国民に受け入れさせることができるという信念だ。 しかし、その確証は、一体どこにあるというのだろうか?米国のポップカルチャーはまさに世界文化だといえる。映画からヒップホップ、デニムジーンズに至る人気、そして米国の大学で学ぶ外国人留学生数の多さからも明らかだ。にもかかわらず、ジョージ・W・ブッシュ前大統領は、諸外国の国民にイラク戦争の必要性を十分納得させることはできなかった。 むしろ、ほとんどの国は「ハードパワー」、つまり米国の意向に沿わなかった場合の結果を恐れて参戦したように思える。同様に、米国では日本のポップカルチャーの影響力がけん伝されているが、日本の保守的な政治家や作家たちが広く知られている日本の戦時中の残虐行為―南京虐殺や従軍慰安婦の強制連行―については実は行われていなかったと主張する動きに対して、米国の一般大衆や政治家たちの間に賛同する動きは全く見られない。 米国大統領や日本の首相は、例えば『アナと雪の女王』やポケモンの世界的な人気によって、大きな論議の的となる目的を遂行するにあたり、他国民に好意的に判断してもらえるよう願うかもしれない。だが、まさにソフトパワーの威力を借りたいような状況下で、ソフトパワーを政治的に活用できたという事例を実証できないということも、政治学者たちが口をつぐんでいる理由の一つだ。ハードパワーの過大評価と「正統性」への固執 それでも外交の専門家たちがソフトパワーの概念をもてはやす現象は、学者の注意を引く。なぜ人々は―官僚や経験豊かな政治家を含めて―ソフトパワーを過大評価し、自国の文化で魅了するという考えに取りつかれているのだろうか。 米国と日本の例は、その理解の一役を担うかもしれない。両国とも、紛れもない大国で、ハードパワーを行使している。つまり米国には軍事力・経済力、そして日本には経済力があるからこそ、多くの国が両国の怒りを買うことは避ける。それなのにどうして日本も米国もソフトパワーだの、他国は自分たちに好意的かなどということを気にするのだろう。マキャベリでさえ、愛されるより恐れられることのほうが役に立つと言っている。それなのになぜ、すでに十分畏怖されているはずの両国は、愛されることまで求めるのか。 ソフトパワー概念がもてはやされるのは、国際社会においては国力の大小を問わず、「正統性」(legitimacy)が鍵だということを示唆している。つまり、力を行使する国にとって、自分達の行為が道理にかなっていて正当だと信じることが重要なのだ。自分たちが信奉する民主主義、ヒューマニズム、ジャズ音楽、アニメなどが、他国で受け入れられているという状況がその根拠となる。その意味でソフトパワーは、ゆがんだ鏡に映し出されたハードパワーの姿だともいえる。落ち目になると台頭するソフトパワー論 このことは、ナイ教授が「ソフトパワー」を提唱したのが、経済成長を続ける西ドイツや日本に対して米国の力にかげりが見えてきた頃で、米国の評論家や政府関係者の多くが不安を抱いていた時期だったことからもわかる。日本では、中国の国力が高まり、対外的に日本が落ち目に映るという懸念が強まったときに、このソフトパワーの概念が広まった。 いずれの場合も、ソフトパワーは、幼児にとってのお気に入りのぬいぐるみのようなものに思える。つまり、ライバルたちがいまだ持ちえない国際的な正統性を保持している、という感情的な支えになっている。 日米両国において、ポップカルチャーを通じて、自国の明確で一貫した価値観がわかりやく他国民に伝わり、受け入れられるという思い込みがあるが、それはあらゆる面で間違っている。そもそも価値観がそんなに明確になるわけがないし、しかも政府が期待するような形で、米国・日本発の文化を理解して敬意を表するなどあり得ない。広く薄い浸透こそが、ソフトパワー力 だからといって、ポップカルチャーが政治的に重要でないと言っているわけではない。その影響力は、ソフトパワー論が想定するような、外交に利するような実質的なものではなく、広く薄く(diffuse) 浸透しているものだ。 ここで、2000年のウォン・カーウァイ監督の名作『花様年華(In the Mood For Love)』を例に挙げたい。(※1)1960年代の香港のアパートが舞台となっているこの映画には、ヒロインが、日本に出張していた夫の土産として、素晴らしい発明品―電気炊飯器―を隣人たちに紹介するという印象的な場面がある。アパート中が即座にこの話題で持ちきりになり、みんな自分たちも炊飯器が買いたいと言い出す。この炊飯器が日本製だということを、特に羨望や興奮、対抗意識もなく受け入れている。 彼らは、この日本の発明品によって一変する自分たちの日常生活を思い描く。あたかも、自分たち香港の中流家庭の未来は炊飯器の有無にかかっているかのように。この場面が示唆しているのは、当時の東京、大阪、その他の日本の都市における中流家庭の生活が、香港市民がこうありたいと目指す理想だったということだ。もちろん、これは際だった文化的影響力の一例だ。 しかし、このような影響力は、日本、そしてどの国の政府であろうと、行使できるようなものではないし、自国製品が海外で人気を得たところで、他国の消費者を自分達の思い通りに動かすことなどできやしない。 私は、あくまでも広い意味で、アニメやマンガが学生たちに影響を及ぼしてくれることを願っている。ただ、日本の最新アニメシリーズに感動することが、日本の政策を支持することにはつながらないし、K-Popファンが韓国の外交政策を支持することにもならない。 同様にNBA(米プロバスケットボール)のファンだからといって、米国のイエメンでの無人機攻撃の支持者というわけでもない。そんなことを想定するのは馬鹿げている。一方で学生たちは、こうしたさまざまな文化を楽しむことで、新たな想像の世界に触れ、自分たちの生活を違う視点から捉え、また慣れ親しんできた環境に新鮮な問いを投げかける機会を得るのだ。(原文英語・2015年1月5日掲載)(※1)^ 香港大学の中野嘉子准教授が、私のソフトパワーに関するリサーチに関連してこの場面を思い起こさせてくれた。あらためて感謝したい。David LEHENY プリンストン大学東アジア学部教授。専門は日本政治。日本に留学経験があり、東京大学社会科学研究所で助手を務め、1996~2007年まで年ウィスコンシン大学マディソン校でも教鞭をとった。著書にThe Rules of Play: National Identity and the Shaping of Japanese Leisure (2003)、Think Global, Fear Local: Sex, Violence, and Anxiety (2006) がある。

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    もはやクールジャパンが格好悪い

    日本文化を海外に売り込む「クールジャパン」という言葉が使われるようになって久しい。だが、国の成長戦略の一つに掲げる経済政策としては、どうしてもインパクトに欠ける。これだけ世間から批判されても、まだ自分たちが格好いいとでも思っているかのようなこの戦略、さすがにお寒くないですか?

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    「おもてなし」はコンテンツではない 観光立国戦略の勘違い

    to Japan! とともに Cool Japan という項目があるが、そのページには「世界に日本文化の魅力を伝えることで、日本のプレゼンス向上、海外マーケットの拡大、訪日外国人旅行者の増加が期待されます。」という説明と、経済産業省商務情報政策局が作成した「クールジャパン/クリエイティブ産業」というページへのリンクが置かれているだけだ。2020年東京五輪招致団が国際オリンピック委員会(IOC)総会の帰国会見後、「おもてなし」のポーズを披露するアンバサダーのフリーアナウンサー・滝川クリステル=東京都庁 経済産業省が推進するクールジャパン政策は、「内需減少等の厳しい経済環境」において「日本の文化やライフスタイルの魅力を付加価値に変え」て「新興国等の旺盛な海外需要を獲得し、日本の経済成長(企業の 活躍・雇用創出)につなげる」というものだ。そのコンテンツは「日本の文化やライフスタイル」とされているが、ファッションやアニメなどの現代文化と、ラーメンや寿司そして日本酒などの輸出しやすい食文化が中心となっている。 そして、そのシナリオは、1. 日本の魅力の効果的発信によって日本ブームを創出し、2. 現地で稼ぐためのプラットフォームを構築して海外で稼ぎ、3. それによって観光客を日本に呼び込み大きく消費を促すというものだ。 6月5日に開催された観光立国推進閣僚会議で「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」が決定された。「2020年に外国人旅行者数を2000万人に増やす」という目標達成のための政府の戦略と施策はこちらに集約されているようだ。それには「日本の歴史・文化に高い関心を有しつつもまだ十分に取り込めていない欧米からの訪日需要を確実に取り込むべく、欧米向けのプロモーション戦略を今一度練り直し、欧米からの旅行者に訴求する日本の歴史や伝統文化をテーマとしたプロモーションを実施し、体験型訪問ツアー商品の充実を図る」。とある。観光立国推進拡張会議は内閣総理大臣が主催し2011年から開催されているが、欧米からの旅行者の呼び込みついて触れたのは今回が初めてだ。観光立国のコンテンツは何か? クールジャパンのコンテンツは、日本に興味を持つきっかけにはなるが、多くの外国人観光客を日本に呼び込むためのコンテンツには成り得ないだろう。アニメやファッションを購入し、ラーメンや寿司などを食べることができる地域も増えた。クールジャパンの戦略も、現地で稼ぐことを優先して輸出しやすいコンテンツが選ばれている。 海外で日本ブームを創出することも必要だが、高い旅費を払ってわざわざ日本に来てもらうためには、日本でしかできない体験を提供しなければならない。まして、「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」の冒頭に書かれているように「力強い日本経済を立て直すための成長戦略の柱として、世界に誇る魅力あふれる観光立国の実現に向けて強力に施策を推進する」のであれば、目先の珍しさに頼ったブームではなく、2020年の後にも継続する日本の魅力の創造に取り組む必要がある。 「訪日外国人消費者動向調査」のアンケート結果を元に、欧米からの観光客が最も期待していたことをグラフにしてみた。外国人観光客全体での順位で上から並べてある。これを見ると「日本の歴史・伝統文化体験」への期待が、欧米からの観光客に特徴的であることがわかる。【欧米からの観光客が最も期待していたこと(人)】観光庁の「2014 訪日外国人消費者動向調査」より筆者作成 「日本の歴史・伝統文化体験」の中心となるコンテンツは文化財だ。現在、日本の文化遺産として次の15件がユネスコに登録されている。 法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)、白川郷・五箇山の合掌造り集落、原爆ドーム、厳島神社、古都奈良の文化財、日光の社寺、琉球王国のグスク及び関連遺産群、紀伊山地の霊場と参詣道、石見銀山遺跡とその文化的景観、平泉仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-富士山-信仰の対象と芸術の源泉、富岡製糸場と絹産業遺産群、明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業 もちろんユネスコの世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)は、それらの遺産を観光資源として認定するものではない。危機に瀕している文化や自然を登録することによって、未来に遺すべきものであることを世界に示し、各国がその条約に基づいて保護・保存をすることを促すことが本来の目的だ。 屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島といったユネスコの自然遺産に登録されている地域は、保護を最優先すべきで、観光資源としての活用は厳重な管理のもとで限定的なものにしなければならない。しかし、文化遺産に関しては、積極的な活用と保護が両立するはずだ。ユネスコの文化遺産に限らず、文化財の補修や整備には莫大な費用がかかる。 本年度(平成27年)の国家予算は 96兆円あまりだが、文化庁の予算は1038億円で、そのうち「文化財の適切な修理等による継承・活用等」にあてられるのは334億円にすぎない。 観光立国の実現を力強い日本経済を立て直すための成長戦略の柱とするのであるならば、重要な観光資源である文化財の補修と整備に積極的に投資すべきだ。姫路城や金沢城などの文化財に限らず、テーマパークやショッピングモールそしてホテルなどの成功例を見ても、積極的な投資が人を呼び込むために非常に効果的かつ必須であることは明白だ。「おもてなし」はコンテンツではない 「皆様を私共でしかできないお迎え方をいたします。それは日本語ではたった一言で表現できます。お・も・て・な・し。それは訪れる人を心から慈しみお迎えするという深い意味があります。先祖代々受け継がれてまいりました。以来、現代日本の先端文化にもしっかりと根付いているのです。そのおもてなしの心があるからこそ、日本人がこれほどまでに互いを思いやり、客人に心配りをするのです。(ANNニュースの同時通訳)」 IOC総会での滝川クリステルさんのスピーチの「おもてなし」という言葉が話題になった。個人的には、このスピーチに違和感を感じた。日本で滝川さんのように合掌してお辞儀をしてくれるのは、お寺の住職ぐらいのものだ。ずいぶん昔の、仏教国タイの「微笑みの国」というプロモーションを思い出した。 それはともかく「おもてなし」は観光立国のコンテンツにはなりえない。インバウンドをビジネスとして考えれば、そのビジネスに関わる人や企業が接客に気を使うのは当然のことだ。「おもてなし」は観光客に良い体験をしてもらうための重要なサービスであることに疑いはないが、外国人観光客が日本を旅行先に選ぶ目的は、食・自然・文化などのコンテンツであって、「おもてなし」を受けるためではないだろう。 5月6日に世界経済フォーラム(World Economic Forum)で、2015年度の旅行・観光競争力指数(The Travel & Tourism Competitiveness Index)が発表され、日本は141カ国中の9位で、アジアでもっとも競争力指数が高い国とされた。「おもてなし」が評価されたとの報道があったが、高い評価(1位)を受けたのは企業の顧客対応度(Treatment of customers)であって、滝川さんのいう「おもてなし」とは違うものだ。 欧米からの観光客は、団体旅行やツアーではない個人手配による旅行が多い。日本の歴史・伝統文化を体験したいという欧米からの観光客にとって、観光バスに乗って観光スポットを観てまわるだけでは物足りない。しかし、個人で移動しようとすると、いろいろな情報が必要になる。 ターミナル駅の複雑な路線図を見上げて呆然としている外国人観光客に声をかけて助けてあげるのも良いことだが、そうならないように根本的な問題を解決することが本来の「おもてなし」だろう。【欧米からの観光客が滞在中にあると便利だと思った情報】観光庁の「2014 訪日外国人消費者動向調査」より筆者作成コンテンツの商品化とマーケティング インバウンドをビジネスとして考えた場合、その商品とマーケティングが非常に曖昧なままになっている。後編では、欧米からの観光客が期待する「日本の歴史・伝統文化体験」を商品化することと、その商品を売るためのマーケティングについて考えてみたい。

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    外国人がフィギュアとゆるキャラに否定的でコスプレOKな理由

    ンが魅力のようです。同様に花鳥風月の絵柄が描かれたカラフルな地下足袋もお土産として人気です。 思わぬ文化的背景を感じさせられたのが人間型ロボット。漫画の「鉄腕アトム」に始まり、実物の「ASIMO」(ホンダ)、「ペッパー」(ソフトバンク)まで人間型ロボット開発は日本の独壇場です。欧米発が少ないのが不思議でしたが、敬虔なクリスチャンのイタリア人男性が「人間を創るのは神だけ。人間は人間を創ってはいけない。だから人間型ロボットを開発できない」と教えてくれました。 日本が世界に先駆けて2010年に打ち上げた宇宙ヨット「イカロス」の開発では、ある伝統文化がヒントとなりました。太陽光の圧力で航行するため、宇宙で広げる一辺14mの巨大な帆を折り畳む際、折り紙の技術を転用したのです。広大な宇宙と小さな折り紙の融合とは、実に夢のある話です。 伝統文化が称賛される一方、外国人がネガティブな視線を向けるのがフィギュアとゆるキャラです。ポップカルチャーの代表である両者だけに意外な反応ですが、基本的に海外では「マンガやアニメは子供の文化」とされて、大人がそれらに熱中するのは「幼児的」「成熟していない」とみなされます。多くの外国人は、警視庁のマスコットがピーポくんという現実に「ふざけているのか」と青ざめます。 ところがコスプレには一転、「立派な自己主張だ」と肯定的な意見が増え、ゴスロリファッションやメイドファッションのファンという外国人も大勢います。日本のポップカルチャーは賛否両論なのです。関連記事■ 訪日外国人向けサイトの利用者が選定 日本百景を紹介した本■ 外国人に人気の観光スポット 日本文化体験可能施設注目上昇■ 富士そばに外国人観光客殺到 人気の理由に意外な事実判明■ 外国人が喜ばない日本食は「おでん」と大前研一氏■ 韓国人作家「偉大な日本の精神は大和魂でなく甘えん坊精神」

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    「ニッポン」礼賛ブーム 影に潜む問題点から目を背けるな

     安倍宏行(「Japan In-depth」編集長) 日本の地下鉄の快適な乗り心地を支えるのは、「ミリ単位」のメンテナンスが日々行われているからである。数分刻みで規則的に走る運行スケジュールを支える「秒単位」の正確な運転技術は、徹底的な操作訓練の賜物である—こうした驚くべき日本の技術力の現場を目の当たりにして、驚いた外国人たちが一斉に「Amazing!」「スゴイデスネー!」と驚愕する。こういうシーンを、最近よくテレビで目にするようになった。「てんま天神梅まつり 盆梅と盆石展」 樹齢100年を超える古木が並び、外国人観光客も見入っていた=大阪府大阪市北区の大阪天満宮 今、テレビメディアを中心に、日本の素晴らしさを再発見、発信する番組が花盛りである。2015年2月現在、テレビ地上波では『所さんのニッポンの出番(TBS)』『世界が驚いた→ニッポン!スゴーイデスネ!! 視察団(テレビ朝日)』『Youは何しに日本へ?(テレビ東京)』など、次々に番組が制作されている。テレビメディアだけでなく、出版の世界でも、いわゆる愛国本とされる本の売り上げが好調だ。最近では『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(竹田恒泰著、2010年、PHP新書)の売上が、2014末時点で累計50万部超を誇る。 こうした、いわゆる「ニッポン礼賛」ブームから、私たちは何を考えるべきなのか。この現象から透けて見える現代日本人のメンタリティとは何だろうか。まずは、現在までの社会経済的な背景からたどってみたい。 日本経済に目を向けてみると、90年代初頭のバブル崩壊、その後97年に消費税が3%から5%に引き上げられたあたりから日本は緩やかなデフレに入った。景気の面では明るさは見えて来たものの、長いデフレのトンネルを完全に抜けたとは言えない。 私はフジテレビで21年間、報道現場の最前線に立ち続けてきた中で、この「負」のマインドというものをいつも身近に感じてきた。 国内では、長い間日本について自ら自信を回復できるような大々的なニュースにずっと乏しい状態であった。中でも日本に負のインパクトを与えたニュースの最たる例が、2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故だ。絶対に事故を起こさないという安全神話の象徴だった原子力発電所がメルトスルーし、甚大な被害をもたらした。これによって、日本の依り所でもあった自国の高い技術力に対する自信も、同時に崩壊してしまいかねないほどのインパクトを与えたと言えよう。「礼賛ブーム」は、自信回復の兆し「礼賛ブーム」は、自信回復の兆し あれから4年あまり経過し、最近ではようやくアベノミクスによって景気に若干の明るさが見えてきた。もちろん国民全員にその恩恵がもたらされる状況に至っているわけではない。例えば一部の大株主や機関投資家がキャピタルゲインで大もうけしたり、大企業の収益が右肩上がりだったりといったニュースを目にする、という程度のものである。だが、それによって今はまだ恩恵を受けていない零細企業や末端の人々の間にも、少なくとも近い将来にはこの長いトンネルから抜け出られる日がいつか来るのではないかという、希望の兆しが見え始めてきた。 そして、2013年には東京へのオリンピック招致が決定。ビザ要件緩和や円安誘導政策によって、訪日外国人観光客数は大幅に増加し、2014年には前年比では約30%もの伸びとなる過去最高の1,300万人を突破した。今では日本の各地で、本当に多くの外国人を見かけるようになったが、彼らは平均して10万円以上を滞在中に消費するという。日本での滞在中、一回当たりもっとも多額の出費をする中国人を筆頭に、訪日外国人の消費総額は年間2兆円レベルにまで達する。こうした中で、海外から来た人々をどうビジネスに結び付けるかというのは、テレビメディアに限らずどこでも花盛りとなってきている。 現在のニッポン礼賛ブームは、国内で見聞きされるようになった景気の「薄日」ムードを受けて、日本人が少しずつ、その内面に自信を取り戻してきたことの表れではないだろうか。 また、2013年には、ユネスコ世界遺産に「和食」が登録された。そのほか、海外で「クールジャパン」が非常に評価されているといった、外的な積極要因も大きい。私は毎年、パリで開催されるジャパンエキスポを取材しているが、2014年の入場者数は25万人を超える大盛況となった。パリだけでなく、欧州全域からニッポンを体感しようと集まってくる参加者の中には、「ゴスロリ」の扮装でパリ市内を練り歩くイベントを楽しむ若者までいるほどの過熱ぶりだ。 このような現象を見聞きするうちに、「日本は嫌われているのではない。むしろ世界から好かれているのだ」ということを現実のものとして実感できるようになり、またニュースでもそうした報道が多く流れるようになった。こうした高揚感や、ポジティブな全体的意識というものは、多かれ少なかれ、こうした番組が生まれる背景としてあると思われる。 それを敏感に察知したとある番組制作サイドが、ニッポンの魅力を再発見する番組を作ってみたところ意外にもヒットして視聴率を稼いだため、これに他局も追随した、というのがテレビ局側の事情であろう。 現在の「ニッポン礼賛」ブームを契機に、日本の良さを見つめ直すことは大いに結構である。ただし、ここで忘れてはならないのは、同時に日本が抱えるさまざまな問題点についても、きちんと目を見開くきっかけにすべきであるということだ。 確かに日本の技術は高度で素晴らしいかもしれない。しかし、そのためにむしろオーバースペックに陥っている可能性があることは憂慮すべきだろう。例えば日本の鉄道の運行技術は、確かに外国人から見たら「スゴイ!」のかもしれないが、それゆえに過剰なコストを企業は負担しているということだ。日本の労務費の高さは世界一だが、それゆえに、安い人件費を求めて海外に流出してしまった企業もあるのだ。つまり、国内の雇用が減少してしまう。 際限なく高スペックを追い求めて高コストになるよりも、効率化してコストダウンすることで、新たなサービスが生まれるかもしれないし、そこで生まれた余剰人員で新商品の開発ができるかもしれない。そうした発想の転換が必要かもしれないということである。“世界の中の日本”だということを忘れるな 現在のニッポン礼賛ブームは、何を問いかけているのだろうか。それは今こそ、日本から世界についてきちんと目を向けるタイミングがきたということを、私たちに知らせるサインだと捉えるべきなのではないか。 あくまでも「世界の中の日本」なのであり、「日本のための世界」ではないのである。このことを忘れてはならない。日本を知り、そしてもちろん世界についても、正しい知識と理解を持つきっかけにしてもらいたい。 世界に広く目を向けて、日本は世界をどう受け入れていくのか。日本の立ち位置をしっかり捉え直すというのが、これからのグローバル時代の日本の役割であり、ひいては東アジアの安定にもつながる。 「イスラム国」のテロが世界を震撼させている中東に目を向けてみると、2015年1月~2月、安倍晋三首相は中東歴訪の際に積極的な人道支援を表明した。この地域が政治的に安定することは、ひいては非道なテロを取り除くことにもつながっていく。「ニッポン」に熱い注目が集まっている今だからこそ、日本が世界に対して何ができるのかということを考え、実行していかなければならない。あべ・ひろゆき  昭和30年、東京都生まれ。慶応大卒。ジャーナリスト、ウェブメディア「Japan In-depth」編集長。他にも危機管理コンサルタントや成城大学非常勤講師なども務める。平成4年にフジテレビ入社、総理官邸や経済・政治担当キャップ、ニューヨーク支局長、解説委員などを歴任。その後、報道番組「ニュースジャパン」キャスター、元BSフジプライムニュース解説キャスターを務める。平成25年にフジテレビを退社し、同年にウェブメディア「Japan In-depth」を立ち上げる。

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    底が浅い「クールジャパン」はジャポニズムと同じ運命をたどる

    会があった。ほかの集中講義よりも登録学数数が多く、出席学生は熱心であったが、課題レポートの半数近くが文化外交についてであったことには驚いた。世界に誇るフランスワインの本場で、日本通であることを自負する学生も数多くいて、筆者に話しかけてくる。彼らにとって、日本は伝統文化と近代科学技術を併せ持ち、文化外交に成功した国として理想的な国ということのようであった。 その反面、我々が考えるほどにはかれらはフランスの文化外交が成功しているとは考えていない。フランスが誇る奢侈品や装飾品は古色蒼然たるイメージのコマーシャリズムにしか見えないのである。決して「クール(かっこいい)」ではないのである。しかし確かに往時の勢いはないが、我が国をはじめとして世界中どこにでも、フランス文化の愛好家は多い。世界に根付いた文化であり、フランスの文化産業は依然として一定のシェア率を誇っているといってよい。日本文化普及の突破口としての「クールジャパン」 こうした海外の若者たちが日本に関心を持つ切掛けは、マンガ・アニメ・ゲーム・DVDなどであることが多い。 パリ郊外で毎年開催されるJ-Popの祭典「ジャパン・エクスポ」は、日本のポップ・カルチャー大ファンの三人の仏人が最初は小学校の教室を借りて立ち上げたイベントであったが、今や今年で16回目を数え、25万人もの人々を集める世界最大の日本文化関連イベントとなっている。各種マンガ・アニメのブースや日本の若者向けファッション、コスプレーショー、ポップコンサートなど大変な賑わいである。私はこの種のイベントを「夏祭り参加型イベント」と呼んでおり、日本の海外イベント展開の一つのパターンであると考える。「ナルト」や「ワンピース」は世界中で大人気である。ワインのマンガ「神の雫」はフランスとイタリアのワインの蘊蓄を傾けたものだが、これも仏語訳で良く読まれている。青年層を中心にJ-Popの浸透振りは驚くばかりであるが、それを切り口に日本社会や歴史伝統文化に関心を広げる人々の裾野も広がっている。 今から7年前の日仏外交樹立150周年記念の年、その一年間だけで大使館に登録された記念文化事業の数は758件に上った。平均して一日二件フランスのどこかで日本関連の文化事業(の式典)が開催されていたことになる。柔道人口が世界最大の国は六十万人の「ジュードーカ(柔道家)」を擁するフランスであることはつとに有名である。鎧兜は昔から人気があるが、武具を着けた剣道も徐々に普及しつつある。 日本人街ともいわれるオペラ座界隈の日本料理店、とくにてごろな値段の日本ラーメン屋ではフランス人の若者が客の大半である。彼らはラーメン餃子や半ちゃんラーメンとビールで盛り上がっている。 その意味では、「クールジャパン」は日本への関心と日本ファンを育成することに大きく貢献したことは確かである。国家ブランド「ジャパン」--日本の好イメージ---信頼できる国、日本 さて人気上々は結構なことだが、この「クールジャパン」の効用は、どんなところにあるのであろうか。ひとつは経産省がバックアップする「クールジャパン機構」をはじめとする文化産業の貿易振興という経済効果、もうひとつは日本文化ファンの増加にあやかった対外広報文化活動の活性化、というふたつの方向である。 「クールジャパン」とは、ダグラス・マックグレイが2002年に発表した論文GrossNational Cool の中で、日本の文化的潜在力について論じたときに使った表現である。バブル崩壊以後経済的に後退する日本経済とは裏腹に、ポップ・カルチャーの面で日本は世界に大きな影響力を及ぼし始めた、と論じたのである。 しかし今日一般に使われている「クールジャパン」という表現は、そのような意味に限定されない。より伝統的な日常生活の側面も含む広い意味での表現である。華道・茶道が伝統文化といってもかつては「禅」の生活習慣の一部であり、「花嫁修業の必須科目」であったのだから、「ポップ」であった。文化とは発祥の段階ではポップであったという主張はよく聞かれる主張である。後で述べるが、「クールジャパン」とは何かというコンセプトの問題はやはり改めて問い直されるべきであろう。 いずれにせよ国際的な日本人気は上げ潮であり、これを利用しない手はない。国家のイメージは、その国の総合力の反映である。「国家ブランド指数」というものがある。対象国の「文化」、「国民性」、「観光」、「輸出」、「統治」、「移住・投資」の6つの分野を指数化したものである。それによると2014年のトップはドイツ、二位は前年一位だったアメリカ、日本は6位である。日本は大体5-6位にランクされる。また、ブランド・コンサルティング会社のフューチャーブランドが、17ヶ国の頻繁に海外を旅行する旅行者を対象にした調査「国別ブランド指標」では日本は2010年の6位から2014-15年には1位になった。またBBC(読売)の調査による「世界によい影響を与える国」として日本は昨年5位(1位はドイツ)、一昨年は4位の地位にあった。2012年にトップとなったこともある。 いずれも日本が、多様な文化と長い歴史をもち、最先端の科学技術と世界第三位の経済力を擁するだけでなく、最近では観光立国をめざして富士山、和食の世界遺産登録を追い風に「安定した信頼できる国」としてよいイメージを世界に与えていることを示している。試練に立たされている「クールジャパン」試練に立たされている「クールジャパン」 しかしこのよいイメージの実態を私たちはまだつかみきれていないし、自ら世界に説明し得ていない。そのための言葉も持っていない。たしかに「禅」の発想を起点とする近世以後の日本文化は語るべき文化ではなく、感じとる文化である。よく言われるように、前後の成り行きで、語らずとも感得しうる、いわば「ハイコンテクストカルチャー」である。「インワード戦略」で観光客の増員を図り、来て見てもらって日本を理解し、観光収益もあげたい。その意図はよく理解できる。しかし日本にきて何を理解してもらい、日本の何を「買ってもらう」のか。かつて19世紀後半から20世紀初めにかけてジャポニズムという美術・芸術部門を中心とするブームがあった。浮世絵から印象派が大きな影響を受けたように、世界的に多くの痕跡を残したが、今ジャポニズムが一般的に語られることはない。「クールジャパン」も同じ運命をたどりはしないか。 クールジャパン戦略推進会議やクールジャパン機構などが、コンテンツ、ファッション、日本食、デザイン、ハイテクなどを切り口に、対外的な日本製品の普及と好イメージの拡大に努めている。しかし、気になるのは、それらの戦略が長期的な展望を持ったものであるかということである。「受けるから売り出す」ということでは真の発信にはならないし、それではいつまでたっても世界の潮流の中で浮き沈みするだけだ。「他律依存型」の日本外交の実態でもある。 「クールジャパン」と称してはいるが、それは単に日本人の独善的な自己解釈にとどまっている部分もありはしないか。「おもてなし」という言葉にしても、それが肌理の細かい配慮のある接待の仕方であるという以外に、どこまで外国の人達に「ジャパン」をイメージさせることができているだろうか。それが「日本流」の心遣いと様式を持っている独特なものであるということは来て感じてもらうことはできても、普遍的な理解の広がりには限界がある。 温泉や伝統文化の紹介も異国情緒、物珍しさを超えて日本文化の本質をどこまで伝えているものだろうか。フランスでのフランス人ジャーナリストによる温泉キャンペーンの会合に出席したことがある。温泉旅館では、なぜ女将が入り口で三つ指をついて迎え、部屋に入ると浴衣に必ず着替える。なぜなのか。庭をおもむろに散策し、風呂や食事が終わり、部屋に戻ると寝床が整っている。なぜなのか。そのジャーナリストはいちいち説明するのである。私たちには説明できない。それが習慣だからである。しかしそれだけでは単に「珍しい」「面白い」で終わりだ。それも各自の主観以外のものではない。そうではなく、きちんと説明する言葉を持つことで、日本の「おもてなし」という言葉が広く普遍的に理解されるのではないか。どこがほかの国と違うのか。独善におちいることのないコンセプトと言葉・表現なしには、「クールジャパン」はかつてのジャポニズムと同じ運命をたどるであろう。 それは日本からのメッセージである。思弁的な議論のようにも見えるが、やはり本質の見えない事象はいずれ底の浅さを露呈する。畏敬や尊敬を生まないからである。それでは長続きしない。どんな仕掛けが必要か そのための仕掛けについては、商品開発などの技術的な側面だけでなく、対外政策・国際交流面での仕掛けが必要であろう。それこそ文字通り「オール・ジャパン」の戦略が必要だ。それについては紙幅上ここで論じる余裕はないが、知的交流、日本語の普及と、それにともなう発信内容の発展など課題は多い。 たとえば、観光大国であるフランスでは、最近フランス観光開発機構が観光基盤会議を立ち上げ、行動計画を策定した。名勝旧跡はもちろん自然資源を生かす山岳地帯の観光という地理的環境、長期滞在型の伝統的生活を楽しむ(スローツーリズム)というような余暇の時間、さらに夜のツーリズムという非日常性などという概念的な多様性に配慮した計画設計が行われた。 同時に、贅沢感や高級感を売り物にしてきたフランス文化は依然として多くの人々にとって敬意や憧憬を持つ対象であるが、その振興策にはやはりそれなりの仕掛けが見て取れる。 たとえばフランスは高級な装飾品のブランドをたくさん持ち、それがフランスのイメージの高級感を生み出している。かつてフランスは、こうした高級装飾品をヨーロッパの王侯貴族に販売した。その装飾品のカタログは、図柄の入った豪華本の装丁で、しかもフランス語で書かれていた。そのカタログを読むにはフランス語の能力が必要であり、そのカタログを通してフランスの豪奢なイメージが自然と伝わると、同時にフランス語を理解することが社会的地位の象徴ともなる。 そこにはコンセプト、それを伝えるための手段、そしてターゲットが明白であることがわかるであろう。すでにフランス人の若者が「賞味期限を失った」と考えているフランス文化を過大に持ち上げるつもりもないが、そこには今後の日本の対外的文化発信と文化産業振興を考える鍵が隠されているように思う。

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    死語になったクールジャパン もう「ゴスロリ」しか残っていない

    それは「ゴスロリ」ではない 日本文化を海外へ売り込もうとの動きが高まっている。2010年には、経済産業省が「クールジャパン」という言葉を打ち出し、政府や大企業が旗振り役となって、日本文化を発信するイベントが開かれるようになった。しかし、日本の何を「クール」とするのか、ということは政府もまだわかっておらず、とりあえず「ハイカルチャーからサブカルチャーまで、日本の文化は何でもクールだ」ということになっている。 この、やや大雑把なクールジャパン政策の象徴が、「ゴシック・ロリィタファッション」への誤解である。2013年、パリで開かれた、日本の「カワイイ文化」を紹介するイベント「Tokyo Crazy Kawaii Paris」において、稲田朋美クールジャパン戦略担当大臣が「自称」ゴスロリ姿で記者会見したのは記憶に新しい(「稲田朋美 クールジャパン ゴスロリ」などで検索すれば、当時の画像がたくさん出てくる)。ゴシック文化、そしてロリィタ文化を愛する筆者からすれば、あれはゴスロリでも何でもなかった。おまけに稲田氏は同年、うっかり「ゴスロリは十二単がルーツと聞いている」なんてトンチンカンな発言までしてしまったものだから、ファッション愛好家のみならず、多くの国民から「それは違うだろ!」「クールジャパン戦略担当なのに、日本のファッションをまるでわかっていない」と、総ツッコミを受けた。が、稲田氏を責めても仕方がない。それほどに日本のゴシック・ロリィタファッションのルーツは奥深く、複雑だからだ。ゴシックとロリータの違いゴスロリファッションを研究する上田安子服飾専門学校の学生ら=2012年11月26日、大阪市北区(竹川禎一郎撮影) 一口に「ゴスロリ」といっても、「ゴシック=ゴス」と「ロリィタ=ロリ」は全くの別物である。まず「ゴス」から説明しよう。ゴス文化のルーツは、中世ヨーロッパの「ゴシック建築」だ。尖った塔と、崇高で威圧的な様式美。そのゴシック建築が廃墟と化したものを、18世紀のイギリス貴族たちが「再発見」し、小説の舞台にしたのが始まりだ。しかしながら、現代の「ゴス文化」は、文学やパンクス、ヴィジュアル系バンドの音楽性、ストリートファッションなど、ゴシック建築がどうのという次元をはるかに超えて広がっている。統一されたルールがあるわけではない。ただただ、死の匂いと退廃性を感じさせ、おどろおどろしいが魅力的なサブカルチャーの総称となっている[1]。 一方のロリィタ文化については、乙女趣味や過度なロマンチシズム、ロココ調やヴィクトリア時代への憧れ、人形への偏愛などが特徴である。ウラジミール・ナボコフの少女性愛趣味小説『ロリータ』(1955)が由来ともいわれるが、フリルや少女性にあふれた「ロリィタファッション」を好む若者が、必ずしもナボコフを読んでいるわけではない。ロリィタもまた、歴史的背景うんぬんというよりは、ストリートファッションの中から徐々に生まれた精神性の総称だ。西洋文化を好むかと思えば、大正ロマンや『不思議の国のアリス』(ディズニー版ではない、ジョン・テニエルの挿絵版である)、キティちゃんへの憧憬もみせる。とにかく少女的で、退行的な趣味である。クールジャパン(死語)が「ゴスロリ」を支援する方法ゴスロリとヴィジュアル系バンド この、一見相反する「ゴシック文化」と「ロリィタ趣味」を合わせたものが、「ゴスロリ」と呼ばれるファッションだ。90年代の日本では、MALICE MIZERなどの有名バンドが、「ゴス」と「ロリ」を合わせたような衣装を身にまとっていた。それを真似したいというファンの女の子たちが、ゴスロリジャンルを確立させたともいわれる。女の子たちは、ヴィジュアル系バンドの音楽性と主張(要はファッション)に惹かれ、彼らと同じような装いをしたいと願った。その一部が、ゴスロリ系と呼ばれるようになったのだ。 黒やワインレッドを貴重とし、パニエで大きく膨らませたスカートと、フリフリのブラウスやヘッドドレス、日傘。退廃的だが乙女チックでもあり、「何を考えているのかわからない」と思われてしまうような装い。当事者にとっては、「私は◯◯系」という明確なカテゴライズがあるのだが、政府のいう「クールジャパン」のもとでは、そうした細かな違いはどうでもいいのだろう。ただ、少なくともゴスロリファッションは、稲田元クールジャパン戦略担当大臣の「コスプレ姿」とはまったく違うものだし、ましてや「十二単がルーツ」でないことは確かだ。ゴスロリは、80年代後半~90年代の原宿を中心としたストリートファッションが、西洋の歴史を換骨奪胎し、そこへ日本ならではの少女趣味、そして一部、ヴィジュアル系バンドの音楽性などを結びつけた、独自の「クールさ」を醸し出す日本文化である。そのクールさは、政府が「クールジャパン」なんて単語を使うずっと前から、フランスなどで高い評価を得ていたのだ。クールジャパン(死語)が「ゴスロリ」を支援する方法 では、「ゴスロリ」的な日本のサブカルチャーを、海外へ売り込もうという政府の戦略がすべて間違っているかといえば、そうでもない。国はただ、ファッションについて理解せずとも、「お金を出してくれればよい」という見方もできる。日本のゴスロリ系ブランドは多くが零細企業で、少量生産だ。ゴブランや高品質のレースは、原価も高い。ファンの目は厳しいので、いかにも「安物」「パクリ」らしいアイテムは嫌われる。大手メーカーとは違って、大量生産でコストカット、というわけにはいかないのだ。「ファッション関係で食べていける」のはごく一部。筆者が10代の頃、好んだブランドで、今も原宿に店を構えているのは一握りだ。そんな日本のゴシック・ロリィタブランド勢が、政府の支援によって、海外でも販路を広げることができれば、もしかしたら状況は変わるかもしれない。 たとえばフランスでは、2000年から現地の協力で「ジャパン・エキスポ」が開かれている。そこに日本のゴスロリブランドが出展するだけでなく、販売支援や生産体制まで政府が支援すれば、零細ブランドでも多くの消費者をつかめるかもしれない。稲田元クールジャパン戦略担当大臣の、珍奇な「ゴスロリ」姿に象徴されるように、国は日本のストリートファッションをまるで理解しないまま、「クールジャパン事業」にお金をつぎ込んでいる。その「使い方」され間違えなければ、きっとファッション業界は良い方向へ動くと思うのだが……と、提案してみたが、最近では「クールジャパン」という言葉すら死語になりつつある、との指摘もある。政府には今一度、「クールジャパン」なんてダサいキーワードに何でも放り込まず、日本のファッション文化を丁寧に支援してほしいものである。[1]詳しくは、樋口ヒロユキ氏の『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎、2007)や、高原英理氏の『ゴシックハート』(講談社、2004)などを参照のこと。

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    「クールジャパン」を担うクールじゃない発想

    実現しようとする内容の劣悪さもさることながら、クリエイティブ系の産業の上っ面のところだけを撫でて日本文化を外に宣伝することが自己目的化してしまう仕組みと、それを誰も止められないところに大きな課題を抱えているように思うわけです。クールジャパン/クリエイティブ産業http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/「クールジャパン」、本来は何をするべきかhttp://toyokeizai.net/articles/-/51613「クールジャパン機構」が出資する事業、いくつ知ってる?http://matome.naver.jp/odai/2142838513435128901 ジャーナリストの本多雅一さんは、この手の政策論争においてもっとも見たくない現実のひとつである日本の「アニメの輸出ピークは90年代」を例示した上で、その輸出が伸びた理由が「安価であったこと」とはっきり解説しています。 何のことはない、日本で盛り上がっていると思い込んでいるクリエイティブ産業は、基本的には日本人が日本人のために好きなコンテンツを作り、ぐるぐると回しているだけの状態なのですが、これを海外にも売っていき持続的で外貨を稼げる産業へ育成しようと考えたとき、現在クールジャパンで取り組んでいるものとはかなり異質な問題構造に出会います。大きなものはおおよそ3つ、ひとつは「事業目標や事業の効果測定が不明確」である点、ひとつは「クリエイティブ産業を担う人材が食えない」点、そしてもうひとつが「世界で日本の著作物の権利があまり守られない」点が挙げられます。わざとわかりにくくしている?お寒い事業結果 経済産業省のクールジャパン関連の報告書は、読む者に一足先に冬の訪れを感じさせるほど寒い事業結果報告が並んでいます。どれも、公に、国家が金を出して海外に展開しなければならないような事業ではなく、民間が必要であれば自分でやるタイプの代物ばかりです。安く日本茶が飲めるショップを赤字覚悟で世界展開することが、クールジャパンの手助けとなり日本の海外でのプレステージが上がると確信しているのであれば、それは大変にアレな人だと思われかねない状況なのです。 何かを目的にして事業を構想し、実現のためにその予算を投下した結果、どのくらいの効果が出たと目されるのか、しっかりと検証しなければなりません。それは、例えばその国や地域で特定のクールジャパン印の関連商品を喧伝した結果、その国や地域向けの文化輸出がどれだけ向上したのか、あるいは、日本を訪れる観光客が増えたと見られるのか、日本への好感度がどれだけ改善したのかといった、指標をしっかり作って効果測定をしなければならないのは自明です。むしろ、他の産業分野の支援よりも「輸出額」といった点で貢献を数値化できるだけ把握しやすいものであるはずが、なぜかクールジャパンの世界ではわざと分かりにくいようにしているのかと勘ぐりたくなるほど余計な事業ばかりが報告をされているのは問題なのではないでしょうか。 また、日本のアニメや漫画など主力となるコンテンツの輸出を伸ばそうにも、そこに従事しクリエイターを目指す人々の所得はきわめて低く抑えられ、よほどその方面の仕事が好きだと人生を捨てる覚悟で道に入る人々ぐらいしか産業を支えられない構造になっているのも見逃せません。しかも、かなりの部分が産業を支えた人材の中年化、高齢化を迎え始め、新しい表現技法やコンテンツのテーマについて他の国々のキャッチアップを受けて競争が激化している現状があります。健康保険も満足に入れない、過酷な労働現場で心身を病むクリエイターが出る中で、リスクある制作に取り組める環境をどれだけ用意できているのか、よく考える必要があるのではないかと思います。 アニメーターにせよ演出家にせよ漫画家にせよ、文化に従事する職業の宿命として「当たらなければ貧乏」に甘んじなければならないという世界は存在します。しかしながら、「好きでやっている仕事だから貧乏で当然」ということではなく、誇りのある職業としてしっかりと若い世代にも語り継いでいけるような世界でない限り、長い目で見て日本産業のお家芸にはならないであろうことも事実でしょう。本来、産業政策とは単にモノを海外に売っていくための仕掛けだけで終わるものではなく、その産業で飯を食い暮らす人たちの人生そのものも預かっているのだという自覚が必要なのではないかと感じます。 最後に、我が国の海外での著作物の権利があまりきちんと守られない問題については、もう過去何年にもわたって事業者や専門家が指摘し続けてきたものの、意味のある形で公的に対応される気配がないので、いまや事業者が自衛のために努力を払い続けている状況です。 内閣官房知財本部では、さまざまな施策を実施しているように書類上は書いてあるのですが、いま必要なことは背広を着て会議することではなく、具体的に海賊版の氾濫やネットでの違法ダウンロードなどの問題に直面している事業者が解決を行うための補助線を太く強く引くことであって、そもそも海外での事業拡大のためにどう戦うか、それを援けるかという意識を強く持ってほしいと思うわけであります。首相官邸 知的財産戦略本部https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ 知財分野も含めたTPP交渉が大枠を終え、日本政府としては合格点が充分に与えられるほど、しっかりとした議論が行えたと思います。その成果をしっかりと国内産業の育成に資する環境づくりをしていただきたく、もうちょっとやりようを良く考えてほしいと願うばかりであります。