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    「おもてなし」はコンテンツではない 観光立国戦略の勘違い

    to Japan! とともに Cool Japan という項目があるが、そのページには「世界に日本文化の魅力を伝えることで、日本のプレゼンス向上、海外マーケットの拡大、訪日外国人旅行者の増加が期待されます。」という説明と、経済産業省商務情報政策局が作成した「クールジャパン/クリエイティブ産業」というページへのリンクが置かれているだけだ。2020年東京五輪招致団が国際オリンピック委員会(IOC)総会の帰国会見後、「おもてなし」のポーズを披露するアンバサダーのフリーアナウンサー・滝川クリステル=東京都庁 経済産業省が推進するクールジャパン政策は、「内需減少等の厳しい経済環境」において「日本の文化やライフスタイルの魅力を付加価値に変え」て「新興国等の旺盛な海外需要を獲得し、日本の経済成長(企業の 活躍・雇用創出)につなげる」というものだ。そのコンテンツは「日本の文化やライフスタイル」とされているが、ファッションやアニメなどの現代文化と、ラーメンや寿司そして日本酒などの輸出しやすい食文化が中心となっている。 そして、そのシナリオは、1. 日本の魅力の効果的発信によって日本ブームを創出し、2. 現地で稼ぐためのプラットフォームを構築して海外で稼ぎ、3. それによって観光客を日本に呼び込み大きく消費を促すというものだ。 6月5日に開催された観光立国推進閣僚会議で「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」が決定された。「2020年に外国人旅行者数を2000万人に増やす」という目標達成のための政府の戦略と施策はこちらに集約されているようだ。それには「日本の歴史・文化に高い関心を有しつつもまだ十分に取り込めていない欧米からの訪日需要を確実に取り込むべく、欧米向けのプロモーション戦略を今一度練り直し、欧米からの旅行者に訴求する日本の歴史や伝統文化をテーマとしたプロモーションを実施し、体験型訪問ツアー商品の充実を図る」。とある。観光立国推進拡張会議は内閣総理大臣が主催し2011年から開催されているが、欧米からの旅行者の呼び込みついて触れたのは今回が初めてだ。観光立国のコンテンツは何か? クールジャパンのコンテンツは、日本に興味を持つきっかけにはなるが、多くの外国人観光客を日本に呼び込むためのコンテンツには成り得ないだろう。アニメやファッションを購入し、ラーメンや寿司などを食べることができる地域も増えた。クールジャパンの戦略も、現地で稼ぐことを優先して輸出しやすいコンテンツが選ばれている。 海外で日本ブームを創出することも必要だが、高い旅費を払ってわざわざ日本に来てもらうためには、日本でしかできない体験を提供しなければならない。まして、「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」の冒頭に書かれているように「力強い日本経済を立て直すための成長戦略の柱として、世界に誇る魅力あふれる観光立国の実現に向けて強力に施策を推進する」のであれば、目先の珍しさに頼ったブームではなく、2020年の後にも継続する日本の魅力の創造に取り組む必要がある。 「訪日外国人消費者動向調査」のアンケート結果を元に、欧米からの観光客が最も期待していたことをグラフにしてみた。外国人観光客全体での順位で上から並べてある。これを見ると「日本の歴史・伝統文化体験」への期待が、欧米からの観光客に特徴的であることがわかる。【欧米からの観光客が最も期待していたこと(人)】観光庁の「2014 訪日外国人消費者動向調査」より筆者作成 「日本の歴史・伝統文化体験」の中心となるコンテンツは文化財だ。現在、日本の文化遺産として次の15件がユネスコに登録されている。 法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)、白川郷・五箇山の合掌造り集落、原爆ドーム、厳島神社、古都奈良の文化財、日光の社寺、琉球王国のグスク及び関連遺産群、紀伊山地の霊場と参詣道、石見銀山遺跡とその文化的景観、平泉仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-富士山-信仰の対象と芸術の源泉、富岡製糸場と絹産業遺産群、明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業 もちろんユネスコの世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)は、それらの遺産を観光資源として認定するものではない。危機に瀕している文化や自然を登録することによって、未来に遺すべきものであることを世界に示し、各国がその条約に基づいて保護・保存をすることを促すことが本来の目的だ。 屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島といったユネスコの自然遺産に登録されている地域は、保護を最優先すべきで、観光資源としての活用は厳重な管理のもとで限定的なものにしなければならない。しかし、文化遺産に関しては、積極的な活用と保護が両立するはずだ。ユネスコの文化遺産に限らず、文化財の補修や整備には莫大な費用がかかる。 本年度(平成27年)の国家予算は 96兆円あまりだが、文化庁の予算は1038億円で、そのうち「文化財の適切な修理等による継承・活用等」にあてられるのは334億円にすぎない。 観光立国の実現を力強い日本経済を立て直すための成長戦略の柱とするのであるならば、重要な観光資源である文化財の補修と整備に積極的に投資すべきだ。姫路城や金沢城などの文化財に限らず、テーマパークやショッピングモールそしてホテルなどの成功例を見ても、積極的な投資が人を呼び込むために非常に効果的かつ必須であることは明白だ。「おもてなし」はコンテンツではない 「皆様を私共でしかできないお迎え方をいたします。それは日本語ではたった一言で表現できます。お・も・て・な・し。それは訪れる人を心から慈しみお迎えするという深い意味があります。先祖代々受け継がれてまいりました。以来、現代日本の先端文化にもしっかりと根付いているのです。そのおもてなしの心があるからこそ、日本人がこれほどまでに互いを思いやり、客人に心配りをするのです。(ANNニュースの同時通訳)」 IOC総会での滝川クリステルさんのスピーチの「おもてなし」という言葉が話題になった。個人的には、このスピーチに違和感を感じた。日本で滝川さんのように合掌してお辞儀をしてくれるのは、お寺の住職ぐらいのものだ。ずいぶん昔の、仏教国タイの「微笑みの国」というプロモーションを思い出した。 それはともかく「おもてなし」は観光立国のコンテンツにはなりえない。インバウンドをビジネスとして考えれば、そのビジネスに関わる人や企業が接客に気を使うのは当然のことだ。「おもてなし」は観光客に良い体験をしてもらうための重要なサービスであることに疑いはないが、外国人観光客が日本を旅行先に選ぶ目的は、食・自然・文化などのコンテンツであって、「おもてなし」を受けるためではないだろう。 5月6日に世界経済フォーラム(World Economic Forum)で、2015年度の旅行・観光競争力指数(The Travel & Tourism Competitiveness Index)が発表され、日本は141カ国中の9位で、アジアでもっとも競争力指数が高い国とされた。「おもてなし」が評価されたとの報道があったが、高い評価(1位)を受けたのは企業の顧客対応度(Treatment of customers)であって、滝川さんのいう「おもてなし」とは違うものだ。 欧米からの観光客は、団体旅行やツアーではない個人手配による旅行が多い。日本の歴史・伝統文化を体験したいという欧米からの観光客にとって、観光バスに乗って観光スポットを観てまわるだけでは物足りない。しかし、個人で移動しようとすると、いろいろな情報が必要になる。 ターミナル駅の複雑な路線図を見上げて呆然としている外国人観光客に声をかけて助けてあげるのも良いことだが、そうならないように根本的な問題を解決することが本来の「おもてなし」だろう。【欧米からの観光客が滞在中にあると便利だと思った情報】観光庁の「2014 訪日外国人消費者動向調査」より筆者作成コンテンツの商品化とマーケティング インバウンドをビジネスとして考えた場合、その商品とマーケティングが非常に曖昧なままになっている。後編では、欧米からの観光客が期待する「日本の歴史・伝統文化体験」を商品化することと、その商品を売るためのマーケティングについて考えてみたい。

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    外国人がフィギュアとゆるキャラに否定的でコスプレOKな理由

    ンが魅力のようです。同様に花鳥風月の絵柄が描かれたカラフルな地下足袋もお土産として人気です。 思わぬ文化的背景を感じさせられたのが人間型ロボット。漫画の「鉄腕アトム」に始まり、実物の「ASIMO」(ホンダ)、「ペッパー」(ソフトバンク)まで人間型ロボット開発は日本の独壇場です。欧米発が少ないのが不思議でしたが、敬虔なクリスチャンのイタリア人男性が「人間を創るのは神だけ。人間は人間を創ってはいけない。だから人間型ロボットを開発できない」と教えてくれました。 日本が世界に先駆けて2010年に打ち上げた宇宙ヨット「イカロス」の開発では、ある伝統文化がヒントとなりました。太陽光の圧力で航行するため、宇宙で広げる一辺14mの巨大な帆を折り畳む際、折り紙の技術を転用したのです。広大な宇宙と小さな折り紙の融合とは、実に夢のある話です。 伝統文化が称賛される一方、外国人がネガティブな視線を向けるのがフィギュアとゆるキャラです。ポップカルチャーの代表である両者だけに意外な反応ですが、基本的に海外では「マンガやアニメは子供の文化」とされて、大人がそれらに熱中するのは「幼児的」「成熟していない」とみなされます。多くの外国人は、警視庁のマスコットがピーポくんという現実に「ふざけているのか」と青ざめます。 ところがコスプレには一転、「立派な自己主張だ」と肯定的な意見が増え、ゴスロリファッションやメイドファッションのファンという外国人も大勢います。日本のポップカルチャーは賛否両論なのです。関連記事■ 訪日外国人向けサイトの利用者が選定 日本百景を紹介した本■ 外国人に人気の観光スポット 日本文化体験可能施設注目上昇■ 富士そばに外国人観光客殺到 人気の理由に意外な事実判明■ 外国人が喜ばない日本食は「おでん」と大前研一氏■ 韓国人作家「偉大な日本の精神は大和魂でなく甘えん坊精神」

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    「ニッポン」礼賛ブーム 影に潜む問題点から目を背けるな

     安倍宏行(「Japan In-depth」編集長) 日本の地下鉄の快適な乗り心地を支えるのは、「ミリ単位」のメンテナンスが日々行われているからである。数分刻みで規則的に走る運行スケジュールを支える「秒単位」の正確な運転技術は、徹底的な操作訓練の賜物である—こうした驚くべき日本の技術力の現場を目の当たりにして、驚いた外国人たちが一斉に「Amazing!」「スゴイデスネー!」と驚愕する。こういうシーンを、最近よくテレビで目にするようになった。「てんま天神梅まつり 盆梅と盆石展」 樹齢100年を超える古木が並び、外国人観光客も見入っていた=大阪府大阪市北区の大阪天満宮 今、テレビメディアを中心に、日本の素晴らしさを再発見、発信する番組が花盛りである。2015年2月現在、テレビ地上波では『所さんのニッポンの出番(TBS)』『世界が驚いた→ニッポン!スゴーイデスネ!! 視察団(テレビ朝日)』『Youは何しに日本へ?(テレビ東京)』など、次々に番組が制作されている。テレビメディアだけでなく、出版の世界でも、いわゆる愛国本とされる本の売り上げが好調だ。最近では『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(竹田恒泰著、2010年、PHP新書)の売上が、2014末時点で累計50万部超を誇る。 こうした、いわゆる「ニッポン礼賛」ブームから、私たちは何を考えるべきなのか。この現象から透けて見える現代日本人のメンタリティとは何だろうか。まずは、現在までの社会経済的な背景からたどってみたい。 日本経済に目を向けてみると、90年代初頭のバブル崩壊、その後97年に消費税が3%から5%に引き上げられたあたりから日本は緩やかなデフレに入った。景気の面では明るさは見えて来たものの、長いデフレのトンネルを完全に抜けたとは言えない。 私はフジテレビで21年間、報道現場の最前線に立ち続けてきた中で、この「負」のマインドというものをいつも身近に感じてきた。 国内では、長い間日本について自ら自信を回復できるような大々的なニュースにずっと乏しい状態であった。中でも日本に負のインパクトを与えたニュースの最たる例が、2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故だ。絶対に事故を起こさないという安全神話の象徴だった原子力発電所がメルトスルーし、甚大な被害をもたらした。これによって、日本の依り所でもあった自国の高い技術力に対する自信も、同時に崩壊してしまいかねないほどのインパクトを与えたと言えよう。「礼賛ブーム」は、自信回復の兆し「礼賛ブーム」は、自信回復の兆し あれから4年あまり経過し、最近ではようやくアベノミクスによって景気に若干の明るさが見えてきた。もちろん国民全員にその恩恵がもたらされる状況に至っているわけではない。例えば一部の大株主や機関投資家がキャピタルゲインで大もうけしたり、大企業の収益が右肩上がりだったりといったニュースを目にする、という程度のものである。だが、それによって今はまだ恩恵を受けていない零細企業や末端の人々の間にも、少なくとも近い将来にはこの長いトンネルから抜け出られる日がいつか来るのではないかという、希望の兆しが見え始めてきた。 そして、2013年には東京へのオリンピック招致が決定。ビザ要件緩和や円安誘導政策によって、訪日外国人観光客数は大幅に増加し、2014年には前年比では約30%もの伸びとなる過去最高の1,300万人を突破した。今では日本の各地で、本当に多くの外国人を見かけるようになったが、彼らは平均して10万円以上を滞在中に消費するという。日本での滞在中、一回当たりもっとも多額の出費をする中国人を筆頭に、訪日外国人の消費総額は年間2兆円レベルにまで達する。こうした中で、海外から来た人々をどうビジネスに結び付けるかというのは、テレビメディアに限らずどこでも花盛りとなってきている。 現在のニッポン礼賛ブームは、国内で見聞きされるようになった景気の「薄日」ムードを受けて、日本人が少しずつ、その内面に自信を取り戻してきたことの表れではないだろうか。 また、2013年には、ユネスコ世界遺産に「和食」が登録された。そのほか、海外で「クールジャパン」が非常に評価されているといった、外的な積極要因も大きい。私は毎年、パリで開催されるジャパンエキスポを取材しているが、2014年の入場者数は25万人を超える大盛況となった。パリだけでなく、欧州全域からニッポンを体感しようと集まってくる参加者の中には、「ゴスロリ」の扮装でパリ市内を練り歩くイベントを楽しむ若者までいるほどの過熱ぶりだ。 このような現象を見聞きするうちに、「日本は嫌われているのではない。むしろ世界から好かれているのだ」ということを現実のものとして実感できるようになり、またニュースでもそうした報道が多く流れるようになった。こうした高揚感や、ポジティブな全体的意識というものは、多かれ少なかれ、こうした番組が生まれる背景としてあると思われる。 それを敏感に察知したとある番組制作サイドが、ニッポンの魅力を再発見する番組を作ってみたところ意外にもヒットして視聴率を稼いだため、これに他局も追随した、というのがテレビ局側の事情であろう。 現在の「ニッポン礼賛」ブームを契機に、日本の良さを見つめ直すことは大いに結構である。ただし、ここで忘れてはならないのは、同時に日本が抱えるさまざまな問題点についても、きちんと目を見開くきっかけにすべきであるということだ。 確かに日本の技術は高度で素晴らしいかもしれない。しかし、そのためにむしろオーバースペックに陥っている可能性があることは憂慮すべきだろう。例えば日本の鉄道の運行技術は、確かに外国人から見たら「スゴイ!」のかもしれないが、それゆえに過剰なコストを企業は負担しているということだ。日本の労務費の高さは世界一だが、それゆえに、安い人件費を求めて海外に流出してしまった企業もあるのだ。つまり、国内の雇用が減少してしまう。 際限なく高スペックを追い求めて高コストになるよりも、効率化してコストダウンすることで、新たなサービスが生まれるかもしれないし、そこで生まれた余剰人員で新商品の開発ができるかもしれない。そうした発想の転換が必要かもしれないということである。“世界の中の日本”だということを忘れるな 現在のニッポン礼賛ブームは、何を問いかけているのだろうか。それは今こそ、日本から世界についてきちんと目を向けるタイミングがきたということを、私たちに知らせるサインだと捉えるべきなのではないか。 あくまでも「世界の中の日本」なのであり、「日本のための世界」ではないのである。このことを忘れてはならない。日本を知り、そしてもちろん世界についても、正しい知識と理解を持つきっかけにしてもらいたい。 世界に広く目を向けて、日本は世界をどう受け入れていくのか。日本の立ち位置をしっかり捉え直すというのが、これからのグローバル時代の日本の役割であり、ひいては東アジアの安定にもつながる。 「イスラム国」のテロが世界を震撼させている中東に目を向けてみると、2015年1月~2月、安倍晋三首相は中東歴訪の際に積極的な人道支援を表明した。この地域が政治的に安定することは、ひいては非道なテロを取り除くことにもつながっていく。「ニッポン」に熱い注目が集まっている今だからこそ、日本が世界に対して何ができるのかということを考え、実行していかなければならない。あべ・ひろゆき  昭和30年、東京都生まれ。慶応大卒。ジャーナリスト、ウェブメディア「Japan In-depth」編集長。他にも危機管理コンサルタントや成城大学非常勤講師なども務める。平成4年にフジテレビ入社、総理官邸や経済・政治担当キャップ、ニューヨーク支局長、解説委員などを歴任。その後、報道番組「ニュースジャパン」キャスター、元BSフジプライムニュース解説キャスターを務める。平成25年にフジテレビを退社し、同年にウェブメディア「Japan In-depth」を立ち上げる。

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    死語になったクールジャパン もう「ゴスロリ」しか残っていない

    それは「ゴスロリ」ではない 日本文化を海外へ売り込もうとの動きが高まっている。2010年には、経済産業省が「クールジャパン」という言葉を打ち出し、政府や大企業が旗振り役となって、日本文化を発信するイベントが開かれるようになった。しかし、日本の何を「クール」とするのか、ということは政府もまだわかっておらず、とりあえず「ハイカルチャーからサブカルチャーまで、日本の文化は何でもクールだ」ということになっている。 この、やや大雑把なクールジャパン政策の象徴が、「ゴシック・ロリィタファッション」への誤解である。2013年、パリで開かれた、日本の「カワイイ文化」を紹介するイベント「Tokyo Crazy Kawaii Paris」において、稲田朋美クールジャパン戦略担当大臣が「自称」ゴスロリ姿で記者会見したのは記憶に新しい(「稲田朋美 クールジャパン ゴスロリ」などで検索すれば、当時の画像がたくさん出てくる)。ゴシック文化、そしてロリィタ文化を愛する筆者からすれば、あれはゴスロリでも何でもなかった。おまけに稲田氏は同年、うっかり「ゴスロリは十二単がルーツと聞いている」なんてトンチンカンな発言までしてしまったものだから、ファッション愛好家のみならず、多くの国民から「それは違うだろ!」「クールジャパン戦略担当なのに、日本のファッションをまるでわかっていない」と、総ツッコミを受けた。が、稲田氏を責めても仕方がない。それほどに日本のゴシック・ロリィタファッションのルーツは奥深く、複雑だからだ。ゴシックとロリータの違いゴスロリファッションを研究する上田安子服飾専門学校の学生ら=2012年11月26日、大阪市北区(竹川禎一郎撮影) 一口に「ゴスロリ」といっても、「ゴシック=ゴス」と「ロリィタ=ロリ」は全くの別物である。まず「ゴス」から説明しよう。ゴス文化のルーツは、中世ヨーロッパの「ゴシック建築」だ。尖った塔と、崇高で威圧的な様式美。そのゴシック建築が廃墟と化したものを、18世紀のイギリス貴族たちが「再発見」し、小説の舞台にしたのが始まりだ。しかしながら、現代の「ゴス文化」は、文学やパンクス、ヴィジュアル系バンドの音楽性、ストリートファッションなど、ゴシック建築がどうのという次元をはるかに超えて広がっている。統一されたルールがあるわけではない。ただただ、死の匂いと退廃性を感じさせ、おどろおどろしいが魅力的なサブカルチャーの総称となっている[1]。 一方のロリィタ文化については、乙女趣味や過度なロマンチシズム、ロココ調やヴィクトリア時代への憧れ、人形への偏愛などが特徴である。ウラジミール・ナボコフの少女性愛趣味小説『ロリータ』(1955)が由来ともいわれるが、フリルや少女性にあふれた「ロリィタファッション」を好む若者が、必ずしもナボコフを読んでいるわけではない。ロリィタもまた、歴史的背景うんぬんというよりは、ストリートファッションの中から徐々に生まれた精神性の総称だ。西洋文化を好むかと思えば、大正ロマンや『不思議の国のアリス』(ディズニー版ではない、ジョン・テニエルの挿絵版である)、キティちゃんへの憧憬もみせる。とにかく少女的で、退行的な趣味である。クールジャパン(死語)が「ゴスロリ」を支援する方法ゴスロリとヴィジュアル系バンド この、一見相反する「ゴシック文化」と「ロリィタ趣味」を合わせたものが、「ゴスロリ」と呼ばれるファッションだ。90年代の日本では、MALICE MIZERなどの有名バンドが、「ゴス」と「ロリ」を合わせたような衣装を身にまとっていた。それを真似したいというファンの女の子たちが、ゴスロリジャンルを確立させたともいわれる。女の子たちは、ヴィジュアル系バンドの音楽性と主張(要はファッション)に惹かれ、彼らと同じような装いをしたいと願った。その一部が、ゴスロリ系と呼ばれるようになったのだ。 黒やワインレッドを貴重とし、パニエで大きく膨らませたスカートと、フリフリのブラウスやヘッドドレス、日傘。退廃的だが乙女チックでもあり、「何を考えているのかわからない」と思われてしまうような装い。当事者にとっては、「私は◯◯系」という明確なカテゴライズがあるのだが、政府のいう「クールジャパン」のもとでは、そうした細かな違いはどうでもいいのだろう。ただ、少なくともゴスロリファッションは、稲田元クールジャパン戦略担当大臣の「コスプレ姿」とはまったく違うものだし、ましてや「十二単がルーツ」でないことは確かだ。ゴスロリは、80年代後半~90年代の原宿を中心としたストリートファッションが、西洋の歴史を換骨奪胎し、そこへ日本ならではの少女趣味、そして一部、ヴィジュアル系バンドの音楽性などを結びつけた、独自の「クールさ」を醸し出す日本文化である。そのクールさは、政府が「クールジャパン」なんて単語を使うずっと前から、フランスなどで高い評価を得ていたのだ。クールジャパン(死語)が「ゴスロリ」を支援する方法 では、「ゴスロリ」的な日本のサブカルチャーを、海外へ売り込もうという政府の戦略がすべて間違っているかといえば、そうでもない。国はただ、ファッションについて理解せずとも、「お金を出してくれればよい」という見方もできる。日本のゴスロリ系ブランドは多くが零細企業で、少量生産だ。ゴブランや高品質のレースは、原価も高い。ファンの目は厳しいので、いかにも「安物」「パクリ」らしいアイテムは嫌われる。大手メーカーとは違って、大量生産でコストカット、というわけにはいかないのだ。「ファッション関係で食べていける」のはごく一部。筆者が10代の頃、好んだブランドで、今も原宿に店を構えているのは一握りだ。そんな日本のゴシック・ロリィタブランド勢が、政府の支援によって、海外でも販路を広げることができれば、もしかしたら状況は変わるかもしれない。 たとえばフランスでは、2000年から現地の協力で「ジャパン・エキスポ」が開かれている。そこに日本のゴスロリブランドが出展するだけでなく、販売支援や生産体制まで政府が支援すれば、零細ブランドでも多くの消費者をつかめるかもしれない。稲田元クールジャパン戦略担当大臣の、珍奇な「ゴスロリ」姿に象徴されるように、国は日本のストリートファッションをまるで理解しないまま、「クールジャパン事業」にお金をつぎ込んでいる。その「使い方」され間違えなければ、きっとファッション業界は良い方向へ動くと思うのだが……と、提案してみたが、最近では「クールジャパン」という言葉すら死語になりつつある、との指摘もある。政府には今一度、「クールジャパン」なんてダサいキーワードに何でも放り込まず、日本のファッション文化を丁寧に支援してほしいものである。[1]詳しくは、樋口ヒロユキ氏の『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎、2007)や、高原英理氏の『ゴシックハート』(講談社、2004)などを参照のこと。

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    「クールジャパン」を担うクールじゃない発想

    実現しようとする内容の劣悪さもさることながら、クリエイティブ系の産業の上っ面のところだけを撫でて日本文化を外に宣伝することが自己目的化してしまう仕組みと、それを誰も止められないところに大きな課題を抱えているように思うわけです。クールジャパン/クリエイティブ産業http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/「クールジャパン」、本来は何をするべきかhttp://toyokeizai.net/articles/-/51613「クールジャパン機構」が出資する事業、いくつ知ってる?http://matome.naver.jp/odai/2142838513435128901 ジャーナリストの本多雅一さんは、この手の政策論争においてもっとも見たくない現実のひとつである日本の「アニメの輸出ピークは90年代」を例示した上で、その輸出が伸びた理由が「安価であったこと」とはっきり解説しています。 何のことはない、日本で盛り上がっていると思い込んでいるクリエイティブ産業は、基本的には日本人が日本人のために好きなコンテンツを作り、ぐるぐると回しているだけの状態なのですが、これを海外にも売っていき持続的で外貨を稼げる産業へ育成しようと考えたとき、現在クールジャパンで取り組んでいるものとはかなり異質な問題構造に出会います。大きなものはおおよそ3つ、ひとつは「事業目標や事業の効果測定が不明確」である点、ひとつは「クリエイティブ産業を担う人材が食えない」点、そしてもうひとつが「世界で日本の著作物の権利があまり守られない」点が挙げられます。わざとわかりにくくしている?お寒い事業結果 経済産業省のクールジャパン関連の報告書は、読む者に一足先に冬の訪れを感じさせるほど寒い事業結果報告が並んでいます。どれも、公に、国家が金を出して海外に展開しなければならないような事業ではなく、民間が必要であれば自分でやるタイプの代物ばかりです。安く日本茶が飲めるショップを赤字覚悟で世界展開することが、クールジャパンの手助けとなり日本の海外でのプレステージが上がると確信しているのであれば、それは大変にアレな人だと思われかねない状況なのです。 何かを目的にして事業を構想し、実現のためにその予算を投下した結果、どのくらいの効果が出たと目されるのか、しっかりと検証しなければなりません。それは、例えばその国や地域で特定のクールジャパン印の関連商品を喧伝した結果、その国や地域向けの文化輸出がどれだけ向上したのか、あるいは、日本を訪れる観光客が増えたと見られるのか、日本への好感度がどれだけ改善したのかといった、指標をしっかり作って効果測定をしなければならないのは自明です。むしろ、他の産業分野の支援よりも「輸出額」といった点で貢献を数値化できるだけ把握しやすいものであるはずが、なぜかクールジャパンの世界ではわざと分かりにくいようにしているのかと勘ぐりたくなるほど余計な事業ばかりが報告をされているのは問題なのではないでしょうか。 また、日本のアニメや漫画など主力となるコンテンツの輸出を伸ばそうにも、そこに従事しクリエイターを目指す人々の所得はきわめて低く抑えられ、よほどその方面の仕事が好きだと人生を捨てる覚悟で道に入る人々ぐらいしか産業を支えられない構造になっているのも見逃せません。しかも、かなりの部分が産業を支えた人材の中年化、高齢化を迎え始め、新しい表現技法やコンテンツのテーマについて他の国々のキャッチアップを受けて競争が激化している現状があります。健康保険も満足に入れない、過酷な労働現場で心身を病むクリエイターが出る中で、リスクある制作に取り組める環境をどれだけ用意できているのか、よく考える必要があるのではないかと思います。 アニメーターにせよ演出家にせよ漫画家にせよ、文化に従事する職業の宿命として「当たらなければ貧乏」に甘んじなければならないという世界は存在します。しかしながら、「好きでやっている仕事だから貧乏で当然」ということではなく、誇りのある職業としてしっかりと若い世代にも語り継いでいけるような世界でない限り、長い目で見て日本産業のお家芸にはならないであろうことも事実でしょう。本来、産業政策とは単にモノを海外に売っていくための仕掛けだけで終わるものではなく、その産業で飯を食い暮らす人たちの人生そのものも預かっているのだという自覚が必要なのではないかと感じます。 最後に、我が国の海外での著作物の権利があまりきちんと守られない問題については、もう過去何年にもわたって事業者や専門家が指摘し続けてきたものの、意味のある形で公的に対応される気配がないので、いまや事業者が自衛のために努力を払い続けている状況です。 内閣官房知財本部では、さまざまな施策を実施しているように書類上は書いてあるのですが、いま必要なことは背広を着て会議することではなく、具体的に海賊版の氾濫やネットでの違法ダウンロードなどの問題に直面している事業者が解決を行うための補助線を太く強く引くことであって、そもそも海外での事業拡大のためにどう戦うか、それを援けるかという意識を強く持ってほしいと思うわけであります。首相官邸 知的財産戦略本部https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ 知財分野も含めたTPP交渉が大枠を終え、日本政府としては合格点が充分に与えられるほど、しっかりとした議論が行えたと思います。その成果をしっかりと国内産業の育成に資する環境づくりをしていただきたく、もうちょっとやりようを良く考えてほしいと願うばかりであります。

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    底が浅い「クールジャパン」はジャポニズムと同じ運命をたどる

    会があった。ほかの集中講義よりも登録学数数が多く、出席学生は熱心であったが、課題レポートの半数近くが文化外交についてであったことには驚いた。世界に誇るフランスワインの本場で、日本通であることを自負する学生も数多くいて、筆者に話しかけてくる。彼らにとって、日本は伝統文化と近代科学技術を併せ持ち、文化外交に成功した国として理想的な国ということのようであった。 その反面、我々が考えるほどにはかれらはフランスの文化外交が成功しているとは考えていない。フランスが誇る奢侈品や装飾品は古色蒼然たるイメージのコマーシャリズムにしか見えないのである。決して「クール(かっこいい)」ではないのである。しかし確かに往時の勢いはないが、我が国をはじめとして世界中どこにでも、フランス文化の愛好家は多い。世界に根付いた文化であり、フランスの文化産業は依然として一定のシェア率を誇っているといってよい。日本文化普及の突破口としての「クールジャパン」 こうした海外の若者たちが日本に関心を持つ切掛けは、マンガ・アニメ・ゲーム・DVDなどであることが多い。 パリ郊外で毎年開催されるJ-Popの祭典「ジャパン・エクスポ」は、日本のポップ・カルチャー大ファンの三人の仏人が最初は小学校の教室を借りて立ち上げたイベントであったが、今や今年で16回目を数え、25万人もの人々を集める世界最大の日本文化関連イベントとなっている。各種マンガ・アニメのブースや日本の若者向けファッション、コスプレーショー、ポップコンサートなど大変な賑わいである。私はこの種のイベントを「夏祭り参加型イベント」と呼んでおり、日本の海外イベント展開の一つのパターンであると考える。「ナルト」や「ワンピース」は世界中で大人気である。ワインのマンガ「神の雫」はフランスとイタリアのワインの蘊蓄を傾けたものだが、これも仏語訳で良く読まれている。青年層を中心にJ-Popの浸透振りは驚くばかりであるが、それを切り口に日本社会や歴史伝統文化に関心を広げる人々の裾野も広がっている。 今から7年前の日仏外交樹立150周年記念の年、その一年間だけで大使館に登録された記念文化事業の数は758件に上った。平均して一日二件フランスのどこかで日本関連の文化事業(の式典)が開催されていたことになる。柔道人口が世界最大の国は六十万人の「ジュードーカ(柔道家)」を擁するフランスであることはつとに有名である。鎧兜は昔から人気があるが、武具を着けた剣道も徐々に普及しつつある。 日本人街ともいわれるオペラ座界隈の日本料理店、とくにてごろな値段の日本ラーメン屋ではフランス人の若者が客の大半である。彼らはラーメン餃子や半ちゃんラーメンとビールで盛り上がっている。 その意味では、「クールジャパン」は日本への関心と日本ファンを育成することに大きく貢献したことは確かである。国家ブランド「ジャパン」--日本の好イメージ---信頼できる国、日本 さて人気上々は結構なことだが、この「クールジャパン」の効用は、どんなところにあるのであろうか。ひとつは経産省がバックアップする「クールジャパン機構」をはじめとする文化産業の貿易振興という経済効果、もうひとつは日本文化ファンの増加にあやかった対外広報文化活動の活性化、というふたつの方向である。 「クールジャパン」とは、ダグラス・マックグレイが2002年に発表した論文GrossNational Cool の中で、日本の文化的潜在力について論じたときに使った表現である。バブル崩壊以後経済的に後退する日本経済とは裏腹に、ポップ・カルチャーの面で日本は世界に大きな影響力を及ぼし始めた、と論じたのである。 しかし今日一般に使われている「クールジャパン」という表現は、そのような意味に限定されない。より伝統的な日常生活の側面も含む広い意味での表現である。華道・茶道が伝統文化といってもかつては「禅」の生活習慣の一部であり、「花嫁修業の必須科目」であったのだから、「ポップ」であった。文化とは発祥の段階ではポップであったという主張はよく聞かれる主張である。後で述べるが、「クールジャパン」とは何かというコンセプトの問題はやはり改めて問い直されるべきであろう。 いずれにせよ国際的な日本人気は上げ潮であり、これを利用しない手はない。国家のイメージは、その国の総合力の反映である。「国家ブランド指数」というものがある。対象国の「文化」、「国民性」、「観光」、「輸出」、「統治」、「移住・投資」の6つの分野を指数化したものである。それによると2014年のトップはドイツ、二位は前年一位だったアメリカ、日本は6位である。日本は大体5-6位にランクされる。また、ブランド・コンサルティング会社のフューチャーブランドが、17ヶ国の頻繁に海外を旅行する旅行者を対象にした調査「国別ブランド指標」では日本は2010年の6位から2014-15年には1位になった。またBBC(読売)の調査による「世界によい影響を与える国」として日本は昨年5位(1位はドイツ)、一昨年は4位の地位にあった。2012年にトップとなったこともある。 いずれも日本が、多様な文化と長い歴史をもち、最先端の科学技術と世界第三位の経済力を擁するだけでなく、最近では観光立国をめざして富士山、和食の世界遺産登録を追い風に「安定した信頼できる国」としてよいイメージを世界に与えていることを示している。試練に立たされている「クールジャパン」試練に立たされている「クールジャパン」 しかしこのよいイメージの実態を私たちはまだつかみきれていないし、自ら世界に説明し得ていない。そのための言葉も持っていない。たしかに「禅」の発想を起点とする近世以後の日本文化は語るべき文化ではなく、感じとる文化である。よく言われるように、前後の成り行きで、語らずとも感得しうる、いわば「ハイコンテクストカルチャー」である。「インワード戦略」で観光客の増員を図り、来て見てもらって日本を理解し、観光収益もあげたい。その意図はよく理解できる。しかし日本にきて何を理解してもらい、日本の何を「買ってもらう」のか。かつて19世紀後半から20世紀初めにかけてジャポニズムという美術・芸術部門を中心とするブームがあった。浮世絵から印象派が大きな影響を受けたように、世界的に多くの痕跡を残したが、今ジャポニズムが一般的に語られることはない。「クールジャパン」も同じ運命をたどりはしないか。 クールジャパン戦略推進会議やクールジャパン機構などが、コンテンツ、ファッション、日本食、デザイン、ハイテクなどを切り口に、対外的な日本製品の普及と好イメージの拡大に努めている。しかし、気になるのは、それらの戦略が長期的な展望を持ったものであるかということである。「受けるから売り出す」ということでは真の発信にはならないし、それではいつまでたっても世界の潮流の中で浮き沈みするだけだ。「他律依存型」の日本外交の実態でもある。 「クールジャパン」と称してはいるが、それは単に日本人の独善的な自己解釈にとどまっている部分もありはしないか。「おもてなし」という言葉にしても、それが肌理の細かい配慮のある接待の仕方であるという以外に、どこまで外国の人達に「ジャパン」をイメージさせることができているだろうか。それが「日本流」の心遣いと様式を持っている独特なものであるということは来て感じてもらうことはできても、普遍的な理解の広がりには限界がある。 温泉や伝統文化の紹介も異国情緒、物珍しさを超えて日本文化の本質をどこまで伝えているものだろうか。フランスでのフランス人ジャーナリストによる温泉キャンペーンの会合に出席したことがある。温泉旅館では、なぜ女将が入り口で三つ指をついて迎え、部屋に入ると浴衣に必ず着替える。なぜなのか。庭をおもむろに散策し、風呂や食事が終わり、部屋に戻ると寝床が整っている。なぜなのか。そのジャーナリストはいちいち説明するのである。私たちには説明できない。それが習慣だからである。しかしそれだけでは単に「珍しい」「面白い」で終わりだ。それも各自の主観以外のものではない。そうではなく、きちんと説明する言葉を持つことで、日本の「おもてなし」という言葉が広く普遍的に理解されるのではないか。どこがほかの国と違うのか。独善におちいることのないコンセプトと言葉・表現なしには、「クールジャパン」はかつてのジャポニズムと同じ運命をたどるであろう。 それは日本からのメッセージである。思弁的な議論のようにも見えるが、やはり本質の見えない事象はいずれ底の浅さを露呈する。畏敬や尊敬を生まないからである。それでは長続きしない。どんな仕掛けが必要か そのための仕掛けについては、商品開発などの技術的な側面だけでなく、対外政策・国際交流面での仕掛けが必要であろう。それこそ文字通り「オール・ジャパン」の戦略が必要だ。それについては紙幅上ここで論じる余裕はないが、知的交流、日本語の普及と、それにともなう発信内容の発展など課題は多い。 たとえば、観光大国であるフランスでは、最近フランス観光開発機構が観光基盤会議を立ち上げ、行動計画を策定した。名勝旧跡はもちろん自然資源を生かす山岳地帯の観光という地理的環境、長期滞在型の伝統的生活を楽しむ(スローツーリズム)というような余暇の時間、さらに夜のツーリズムという非日常性などという概念的な多様性に配慮した計画設計が行われた。 同時に、贅沢感や高級感を売り物にしてきたフランス文化は依然として多くの人々にとって敬意や憧憬を持つ対象であるが、その振興策にはやはりそれなりの仕掛けが見て取れる。 たとえばフランスは高級な装飾品のブランドをたくさん持ち、それがフランスのイメージの高級感を生み出している。かつてフランスは、こうした高級装飾品をヨーロッパの王侯貴族に販売した。その装飾品のカタログは、図柄の入った豪華本の装丁で、しかもフランス語で書かれていた。そのカタログを読むにはフランス語の能力が必要であり、そのカタログを通してフランスの豪奢なイメージが自然と伝わると、同時にフランス語を理解することが社会的地位の象徴ともなる。 そこにはコンセプト、それを伝えるための手段、そしてターゲットが明白であることがわかるであろう。すでにフランス人の若者が「賞味期限を失った」と考えているフランス文化を過大に持ち上げるつもりもないが、そこには今後の日本の対外的文化発信と文化産業振興を考える鍵が隠されているように思う。