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    徴用工「残酷物語」は韓国ではなく日本が生んだイメージだった

    西岡力(麗澤大学客員教授、「救う会」全国協議会会長)ソウルの韓国大統領府で記者会見する 文在寅大統領=2017年8月(共同) 文在寅韓国大統領が8月17日の記者会見で、日本統治時代に徴用されて働いた徴用工問題で、個人の賠償請求を認めた韓国裁判所の立場を支持する考えを示した。文氏は「(徴用工問題を解決した政府間の)両国合意は個人の権利を侵害できない。政府はその立場から歴史認識問題に臨んでいる」と語った。 その後、安倍首相との電話会談で国家対国家の請求権処理は終わっているという立場を表明したというが、文在寅大統領発言は1965年に作られた日韓国交正常化の枠組みを根底から覆しかねない危険性を含んでいる。 わが国政府は、徴用による労働動員は当時、日本国民だった朝鮮人に合法的に課されたものであって、不法なものではなかったと繰り返し主張している。しかし、それだけでは国際広報として全く不十分だ。 韓国では映画『軍艦島』や新たに立てられた徴用工像などを使い、あたかも徴用工がナチスドイツのユダヤ人収容所のようなところで奴隷労働を強いられたかのような宣伝を活発に展開している。このままほっておくと、徴用工問題は第二の慰安婦問題となって虚偽宣伝でわが国の名誉がひどく傷つけられることになりかねない。官民が協力して当時の実態を事実に即して広報して、韓国側の虚偽宣伝に反論しなければならない。 国家総動員法にもとづき朝鮮半島から内地(樺太など含む)への労働動員が始まったのは1939年である。同年9月~41年までは、指定された地域で業者が希望者を集めた「募集」形式、42年12月~44年8月まではその募集が朝鮮総督府の「斡旋(あっせん)」により行われ、44年9月に国民徴用令が適用された。なお、45年3月末には関釜連絡船がほとんど途絶えたので、6カ月あまりの適用に終わった。 1960年代以降、日本国内の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)や日本人左派学者がこれら全体を「強制連行」と呼び始め、彼らの立場からの調査が続けられてきた。韓国でもまず学界がその影響を受け、次第にマスコミが強制連行を報じるようになった。 政府も盧武鉉政権時代の2004年に日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会を設立した。ここで言われている「強制動員被害」とは、「満州事変から太平洋戦争に至る時期に日帝によって強制動員された軍人・軍属・労務者・慰安婦等の生活を強要された者がかぶった生命・身体・財産等の被害をいう」(日帝強占下強制動員被害真相糾明等に関する特別法)。同委員会は2010年に対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会となり、20万を超える被害申請について調査を実施した。徴用工問題は「日本発」だった まず、日本において問題提起がなされ、それが韓国の当事者を刺激し、運動が始まり、韓国マスコミが大きく取り上げ、韓国政府が動き始めるという慰安婦問題とほぼ同じパターンで事態が悪化している。日本の反日運動家と左派学者らは2005年、「強制動員真相究明ネットワーク」(共同代表飛田雄一、上杉聡、内海愛子)を結成して、韓国政府の調査を助けている。 共同代表の一人である内海愛子は、2000年の「女性国際戦犯法廷」で、東京裁判を「天皇の免責、植民地の欠落、性暴力の不処罰」を理由に批判した、代表的反日学者だ。彼らは、日本の朝鮮統治が国際法上、非合法であったという立場を日本政府に認めさせ、国家補償を実施することを目的とした大規模な反日運動を続けている。彼らはこう主張している。「強制連行がなかった」とする主張の根元には、植民地支配は正当なものであるという認識があります。日本による植民地支配は正当な支配であり、動員は合法的なものであるという考え方です。しかし、韓国では「韓国併合」を不法・不当ととらえており、日本に強制的に占領された時期としています。 まず、植民地として支配したことを反省することが大切でしょう。(略)強制的な動員は人道に反する不法行為でした。 強制連行は虚構や捏造(ねつぞう)ではありません。強制連行がなかったという宣伝じたいがプロパガンダであり、虚構や捏造です。 歴史学研究では、戦時に植民地・占領地から民衆の強制的動員がなされたことは歴史的事実として認知されています。歴史教科書にもそのような認識が反映され、植民地・占領地からの強制的な動員がなされたことが記されています。朝鮮人の強制連行はそのひとつなのです。 そして、2012年5月に韓国の大法院(最高裁判所)が「個人請求権は消えていない」と判定し、三菱重工業や新日本製鉄(現新日鉄住金)など日本企業は、徴用者に対する賠償責任があるとして原告敗訴判決の原審を破棄し、原告勝訴の趣旨で事件をそれぞれ釜山高裁とソウル高裁に差し戻すという、日韓基本条約秩序を根底から覆す判決を下したが、同ネットワークはその判決を強く支持して次のように主張する。 そこ(大法院判決・引用者補)では日本占領を不法な強制占領とし、そのような不法な支配下での動員法は大韓民国の憲法に相反するものとしています。そして、強制動員を不法なものとして、原告の個人の請求権は日韓請求権協定では消滅していないとしました。(略)つまり、強制動員は不法であり、個人の損害賠償請求権がある、会社には支払う義務がある、という判決を出したわけです。(略)韓国政府はもとより、日本企業もこの判決への対応が問われているのです。この判決に従っての問題解決が求められているわけです〉(同ネットワーク「朝鮮人強制連行Q&A」) 1965年の日韓基本条約体制を根元から覆そうとしている彼らこそ、本当の嫌韓・反韓派だ。したがって、国際広報の観点からすると、39~45年にかけての朝鮮人労働者の戦時動員全体像を正しく認識する必要がある。もっと言うと、日本の統治時代に朝鮮でどのような社会変化が起きたのかについても、事実を正しく研究し、日本の国益と日韓基本条約体制を守る立場から、しっかりした国際広報が必要なのだ。朝鮮人の戦時動員 韓国政府が対日歴史戦を公式に宣言したのが2005年、今から12年前だった。盧武鉉政府が同年3月「新韓日ドクトリン」を発表し、「最近の日本の一隅で起きている独島(竹島)や歴史についての一連の動きを、過去の植民地侵略を正当化しようとする意識が内在した重い問題と見て、断固として対処する」「我々の大義と正当性を国際社会に堂々と示すためあらゆる努力を払い、その過程で日本の態度変化を促す」と歴史認識と領土問題で日本を糾弾する外交を行うことを宣言した。 さらに大統領談話で「侵略と支配の歴史を正当化し、再び覇権主義を貫こうとする(日本)の意図をこれ以上放置できない」「外交戦争も辞さない」「この戦いは一日二日で終わる戦いではありません。持久戦です。どんな 困難であっても甘受するという悲壮な覚悟で臨み、しかし、体力消耗は最大限減らす知恵と余裕をもって、粘り強くやり抜かねばなりません」などと述べて、多額の国費を投じて東北アジア歴史財団を作る一方、全世界で日本非難の外交戦争を展開し、それが現在まで続いている。 日本は同年に戦後60年小泉談話を出して「侵略と植民地支配」に謝罪したが、日本の国益の立場から戦前の歴史的事実を研究し国際広報する体制を作るという問題意識を持たなかった。その上、日本国内では上記したように反日運動家らが韓国政府の反日歴史外交に全面的に協力する研究と広報体制を作り上げていた。平成17年8月、衆院を解散し、記者会見する小泉純一郎首相(当時) 私は同じ2005年、強い危機意識をもって『日韓「歴史問題」の真実 「朝鮮人強制連行」「慰安婦問題」を捏造したのは誰か』(PHP研究所)という本を書いた。しかし、ほとんど世の関心を集めることはなく同書は絶版となっている。 ここでその結論部分を紹介して、事実に基づく国際広報の一助としたい。 同書で私は、朝鮮人の戦時動員について大略こう書いた。 1939年の国家総動員法にもとづき「朝鮮人内地移送計画」が作られた。それに基づき、約63万人の朝鮮人労働者が朝鮮から日本内地(樺太と南洋を含む)に移送された。 ただし、そのうち契約が終了して帰還したり、契約途中で他の職場に移った者が多く、終戦時に動員現場にいたのは32万人だった。 それに加えて終戦時に軍人・軍属として約11万人が内地にいた。これらが朝鮮人の戦時動員だ。5年で108万人が渡航出願 動員が始まる前年1938年にすでに80万人の朝鮮人が内地にいた。動員が終わった45年には200万人が内地にいた。つまり、国家総動員法が施行された39~45年の間に内地の朝鮮人は120万人増加した。しかし、そのうち同法に基づく戦時動員労働者は32万人、軍人・軍属を加えても43万人だけだった。 つまり動員された者は動員期間増加分の3分の1にしか過ぎなかった。その約2倍、80万人近くは戦時動員期間中も続いた出稼ぎ移住だった。 終戦時内地にいた朝鮮人200万人のうち80%、160万人は自分の意志により内地で暮らす者らだった。 ちなみに、併合前の1909年末の内地の朝鮮人人口は790人程度だったから、日本統治時代35年間の結果、戦時動員された40万人の4倍にあたる160万人が自分の意志により内地で暮らしていた。朝鮮から内地へ巨大な人の流れがあった。この大部分は出稼ぎ移住だった。 当時の内地に多数の出稼ぎ移住を受け入れる労働力需要があったことだ。1935年末で5万人以上の人口を持つ都市は内地に87あったが、朝鮮にはわずか6しかなかった。その上、戦時動員期間には日本人男性が徴兵で払底していたことから、内地の肉体労働の賃金が高騰していた。内地の都市、工場、鉱山には働き口があり、旅費だけを準備すれば食べていけた。内地と朝鮮を頻繁に往復することができ、昭和に入ると毎年10万人を超える朝鮮人が往復した。まず、単身で渡航し、生活の基盤を築いて家族を呼び寄せる者も多かった。仁川市内で公開された徴用工像 日本語が未熟で低学歴の朝鮮農民が多数日本に渡航したことにより、日本社会と摩擦を起こした。また、不景気になると日本人労働者の職を奪ったり、低賃金を固定化するという弊害もあった。そのため、朝鮮から内地への渡航は総督府によって厳しく制限されていた。渡航証明書なしでは内地にわたれなかった。不正渡航者も多数いた。 総督府の統計によると、1933~37年の5年間、108万7500人から渡航出願が出され(再出願含む)、その60%にあたる65万人が不許可とされた。許可率は半分以下の40%だった。 不正渡航者も多かった。内地では不正渡航者を取り締まり、朝鮮に送還する措置を取っていた。これこそが強制連行だ。1930~42年まで13年間に内地で発見され朝鮮に送還された不正渡航者は合計3万3000人にのぼる。特に注目したいのは、戦時動員の始まった39~42年までの4年間で送還者が1万9000人、全体の57%だったことだ。むしろ動員期間に入り不正渡航者の送還が急増した。驚くべきことに、戦時動員開始後、動員対象者になりすまして「不正渡航」する者がかなりいた。朝鮮人の自由労働者たち 戦時動員は大きく二つの時期に分けられる。 1938年に国家総動員法が公布され、内地では39年から国民徴用令による動員が始まったが、朝鮮では徴用令は発動されず、39年9月~42年1月までは「募集」形式で動員が行われた。 戦争遂行に必要な石炭、鉱山などの事業主が厚生労働省の認可と朝鮮総督府の許可を得て、総督府の指定する地域で労働者を募集した。募集された労働者は、雇用主またはその代理者に引率されて集団的に渡航就労した。それによって、労働者は個別に渡航証明を取ることや、出発港で個別に渡航証明の検査を受けることがなくなり、個別渡航の困難さが大幅に解消した。一種の集団就職だった。 この募集の期間である1939~41年までに内地の朝鮮人人口は67万人増加した。そのうち、自然増(出生数マイナス死亡数)は8万人だから、朝鮮からの移住による増加分(移住数マイナス帰国数)は59万人だ。そのうち、募集による移住数は15万人(厚生省統計)だから、残り44万人が動員計画の外で個別に内地に渡航したことになる。つまり、39~41年の前期には、動員計画はほぼ失敗した。巨大な朝鮮から内地への出稼ぎの流れを戦争遂行のために統制するという動員計画の目的は達成できず、無秩序な内地への渡航が常態化した。動員数の3倍の労働者が職を求めて個別に内地に渡航したからだ。そのうちには正規の渡航証明を持たない不正渡航者も多数含まれていた。 動員の後期にあたる1942年から終戦までは、動員計画の外での個別渡航はほぼ姿を消した。前期の失敗をふまえて、戦時動員以外の職場に巨大な労働力が流れ込む状況を変えようと42年2月から、総督府の行政機関が前面に出る「官斡旋」方式の動員が開始されたからだ。 炭鉱や鉱山に加えて土建業、軍需工場などの事業主が総督府に必要な人員を申請し、総督府が道(日本の都道府県に相当)に、道はその下の行政単位である郡、面に割り当てを決めて動員を行った。一部ではかなり乱暴なやり方もあったようだが、その乱暴さとは、基本的には渡航したくない者を無理に連れてくるというケースよりは、個別渡航などで自分の行きたい職場を目指そうとしていた出稼ぎ労働者を、本人が行きたくなかった炭鉱などに送り込んだというケースが多かったのではないかと推測される。ソウルの韓国国会で開かれた集会で、自身の若いときの写真を掲げ被害を訴える元徴用工の男性(左) その結果、1942~45年の終戦までを見ると、動員達成率は80%まで上がった。また、同時期の内地朝鮮人人口の増加は53万7000人だったが、戦時動員数(厚生省統計)はその98%におよぶ52万人だった。この間の自然増の統計は不明だが、これまでの実績からすると年間3万人以上にはなっていたはずで、その分、戦時動員以外の渡航者が戦火を避けて朝鮮に帰ったのだと考えられる。 この期間は動員における統制がかなり厳しく機能していたように見える。しかし、実は計画通りには進んでいなかった。官斡旋で就労した者の多くが契約期間中に逃走していたからだ。1945年3月基準で動員労働者のうち逃亡者が37%、22万人にものぼっている。 この事実をもって、左派反日学者らは、労働現場が余りにも過酷だったからだと説明してきた。しかし、当時の史料を読み込むと、逃亡した労働者は朝鮮には帰らず、朝鮮人の親方の下で工事現場等の日雇い労働者になっていた。それを「自由労働者」と呼んでいた。また、2年間の契約が終了した労働者の多くも、帰国せずかつ動員現場での再契約を拒否して「自由労働者」となっていた。失敗だった戦時動員 官斡旋では逃亡を防ぐため、集められた労働者を50人から200人の隊に編制し、隊長その他の幹部を労働者の中から選び、団体で内地に渡航した。隊編制は炭鉱などに就労してからも維持され、各種の訓練も行われた。 しかし、実情は、動員先の炭鉱で働く意志のない者、すなわち渡航の手段として官斡旋を利用して、内地に着いたら隙を見て逃亡しようと考えている者が60%もいたという調査結果さえ残っている(『炭鉱における半島人の労務者』労働科学研究所1943年)。 1944年9月、戦局が悪化し空襲の危険がある内地への渡航希望者が減る中、朝鮮では軍属に限り1941年から適用されていた徴用令が全面的に発令された。また、すでに内地に渡航し動員現場にいた労働者らにもその場で徴用令がかけられ、逃亡を防ごうとした。しかし、先述の通り、終戦の際、動員現場にいた者は動員数の約半分以下の32万人(厚生省統計)だった。法的強制力を持つ徴用令もそれほど効果を上げられなかった。設置されたばかりの徴用工像=2017年8月、韓国・仁川市 つまり、官斡旋と徴用によるかなり強い強制力のある動員が実施されたこの時期でさえ、渡航後4割が逃亡したため、巨大な出稼ぎ労働者の流れを炭鉱などに送り込もうとした動員計画はうまく進まなかった。 国家総動員法に基づき立てられた「朝鮮人内地移送計画」は、放っておいても巨大な人の流れが朝鮮から内地に向かうという状況の中、戦争遂行に必要な産業に朝鮮の労働力を効率よく移送しようとする政策だった。しかし、その前期1939~41年までの募集の時期は、動員計画外で動員者の約3倍の個別渡航者が出現して計画は失敗し、後期42~45年までの官斡旋と徴用の時期は、個別渡航者はほとんどなくなったが、約4割が動員現場から逃亡して自由労働者になって、動員計画の外の職場で働いていたので、やはり計画は順調には進まなかった。全体として戦時動員は失敗だった。 一方、平和な農村からいやがる青年を無理やり連れて行って、奴隷のように酷使したという「強制連行」のイメージは1970年代以降、まず日本で作られ、それが韓国にも広がったもので、以上のような実態とは大きくかけ離れていた。

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    慰安婦より根深い「徴用工問題」を蒸し返した韓国の裏事情

    木村幹(神戸大学大学院国際協力研究科教授) 「韓国で新たな大統領になった文在寅(ムン・ジェイン)は左派の政治家だ。韓国の左派は中国にも近い反日勢力であり、反日政策を意図的に進めている。増え続ける慰安婦像や新たな徴用工像の設置はその表れであり、文在寅政権は各種社会勢力と結託して日本へ挑戦状をたたきつけようとしているのだ」 今日の韓国の状況を説明するのによく使われる「通俗的な」説明だ。そこでは、韓国の政治社会状況を左派と右派、韓国で使われる言葉を使えば「進歩」と「保守」に両分し、左派を「反日反米親北親中」勢力、逆に右派を相対的に「親日親米反北反中」勢力と断定した上で、「わかりやすく」韓国の状況が説明される。 このような論者は、歴史認識問題もまたその中に位置づける。つまり、歴史認識問題が激化するのは、中国や北朝鮮と結びついた左派の、組織的な策動の産物だと言うのである。 とはいえ、少し考えればわかるように、このような説明は明らかな破綻を抱えている。そもそも韓国の右派が単純に「親日親米反北反中」だといえないことを、われわれは朴槿惠(パク・クネ)政権から学んだはずである。当初、慰安婦問題で日本に強硬な姿勢を突きつけ首脳会談さえ長らく拒否した朴槿惠政権は、積極的に中国への接近も行った。結果、これを不快とする米国の反発に直面し、日韓慰安婦合意と高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を押し付けられた。THAAD配備に向けた約束は中国の反発を呼び、中韓関係も悪化した。大統領府から退去し、自宅に到着した朴槿恵前大統領(中央)=2017年3月、韓国(共同) また、韓国の状況は、政権と各種市民団体が連携して「反日」政策を遂行する、というほど単純なものでもない。朴槿惠政権の反日政策が、例えば慰安婦像設置などを進める左派の市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」との密接な協力のもと行われたか、といえばそんな事実は存在しない。歴史認識問題に関心を持つ左派の諸団体は、2015年末の慰安婦合意に反対していたように、徹頭徹尾、朴槿惠政権への対決姿勢を貫いたからだ。挺対協は、同じ右派政権であった李明博(イ・ミョンバク)政権下で、日本にある朝鮮学校との関係を疑われ、幹部のメールに対する警察の捜査まで受けている。より複雑な第2の反日シンボル 右派の朴槿惠から代わって成立した文在寅政権下においても、状況が複雑にねじれているのは同様だ。とりわけ複雑なのが現在再び議論の的となっている徴用工をめぐる動きである。例えば慰安婦問題について言えば、左派の文在寅政権は同じく左派色の強い挺対協の理事の1人を大統領官邸に迎えるなど、良好な関係を築いているように見える。しかし、徴用工問題については同じことが言えない。なぜなら、そこには慰安婦問題よりもはるかに複雑で錯綜(さくそう)した状況が存在するからだ。韓国仁川市の公園に設置された徴用工の像=2017年8月(共同) 第一に重要なことは、この徴用工問題には左派、右派が入り乱れて参与する状況が存在することである。例えば先日、ソウル市内に徴用工像を設置した主体は、全国民主労働組合総連盟(民主労総)である。韓国のナショナルセンターに当たる労働組合組織は、この民主労総と韓国労働組合総連盟(韓国労総)の2つが存在する。民主労総はより闘争的な組織として知られているから、これについては左派的な組織の動きだと言って間違いではない。 しかしながら、この民主労総が文在寅政権が密接といえる関係を有しているかといえばそれは微妙である。例えば、北朝鮮による立て続けの核とミサイル実験を理由に、文在寅政権はTHAAD配備をなし崩しに進めている。しかし、この問題について民主労総は強い反発を見せている。そもそも韓国では、労働組合の主要政党への影響力は限定的であり、その関係も必ずしも円滑なものとは言えない。労組は彼らにとって重要だが、一つの基盤にしか過ぎないのである。徴用工像設立をめぐる動きの中で、むしろ歴史認識問題を利用して自らの存在を誇示しようという民主労組の思惑を読み取るべきであろう。 第二に重要なのは、徴用工問題では、「当事者」の力が大きいことである。この問題は第2次世界大戦時に労働者として動員された人々とその遺族が、失われた経済的補償を求めていることがその基盤となっており、当然、韓国各地で進められている裁判や徴用工像設置にはこれらの人々が深く関与している。とりわけ裁判は当事者なしには不可能であり、当然彼らの存在は重要になってくる。 ただそれだけなら徴用工問題と慰安婦問題は同じように見える。なぜなら、慰安婦問題においても元慰安婦であった当事者が存在するからである。しかしながら、慰安婦問題と徴用工問題の間にはいくつかの大きな違いが存在する。最も大きな違いは当事者の力 最も大きな違いは、慰安婦問題の運動の主導権を、挺対協をはじめとする「運動団体」が掌握していることである。誤解されがちであるが、挺対協は元慰安婦ら自身により構成される団体ではなく、あくまでその活動などを支援する「支援団体」にすぎない。言い換えるなら、元慰安婦らではなく、その支援を行う「運動団体」が主導権を握っており、この「運動団体」があたかも元慰安婦らの意見をそのまま代表するかのような状況が生まれている。 実際には、元慰安婦やその遺族の中にも多様な意見が存在し、その中には「運動団体」と距離を置いている人も多く存在する。にもかかわらず、これらの人々の意見が採り上げられないのは、元慰安婦やその遺族らが政治的に組織化されていないからである。 これに対して、徴用工問題における当事者たちの力は大きい。最大の理由は彼らの長い運動の経験と、一定の組織を有することである。日本ではあまり知られていないが、韓国では1970年代以降、一貫して元日本軍軍人・軍属や労務者など、第2次世界大戦時に動員された人々やその遺族による補償を求める運動が存在し、彼らは今日も自身の組織を有している。すでに生存者数が30人余りとなった元慰安婦らと異なり、軍人・軍属や労務者はそもそもの被動員数が多く、当事者の数も比較にならないほど多い。 徴用工問題において当事者たちが力を有しているもう一つの理由は、その運動や組織が、動員された当事者たちよりもその遺族、とりわけ子女によって担われていることである。第2次世界大戦終焉(しゅうえん)から70年以上を経た今日、元慰安婦や徴用工などの平均年齢は90歳を超えようとしており、当然彼ら自身による活発で組織的な活動は不可能である。これに対してそれよりも一世代若い彼らの遺族たちは未だ70代前後であり、活発な運動を展開し続けている。 元慰安婦は、その特性上、子女を持たない人が多く、また子女が存在する場合においてさえ、依然として慰安婦に対する社会的偏見が存在する現状では、慰安婦の遺族が自ら積極的にカミングアウトして活動するハードルも高い。ソウルの日本大使館前に置かれた慰安婦像の横で開かれた抗議集会=2017年7月(共同) これに対して、元軍人・軍属や徴用工らの遺族にはカミングアウトをはばからねばならない理由は存在せず、彼らは長年活発な活動を続けてきた。当然のことながら、イデオロギー的に編成されがちな運動団体とは異なり、遺族たちが作る団体にはさまざまな人々が含まれる。ゆえにそのイデオロギー的色彩は曖昧になる。なぜ慰安婦ばかりが優遇されるんだ! そしてもう一つ重要なことは、このような徴用工問題に関わる当事者たちは、これまで韓国政府や左派系の運動団体により主導されてきた慰安婦問題と距離を置いてきた人が多いことである。その論理は簡単だ。同じ第2次世界大戦時において、日本による戦争遂行のために動員された人々でありながら、慰安婦には大きな注目が集まり、手厚い保護がなされている。これに対して、元軍人・軍属や徴用工に対する政府の姿勢はそうではない。 1965年に右派の朴正熙(パク・チョンヒ)政権下で結ばれた日韓基本条約とその付属協定により韓国政府が得た資金は、元軍人・軍属や徴用工などの個人的な請求権を一つの根拠として積み上げられたものであった。にもかかわらず、韓国政府からなされた彼らへの補償は極めて限られたものだった。韓国陸軍士官学校の卒業式に出席した朴正熙大統領(当時、左)と長女の朴槿恵氏=1977年3月(UPI=共同) それは左派の政権も同じだった。歴史認識問題を重視した盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会(支援委員会)」を通じて補償を行ったが、その審査は時に冷徹なものだった。右派勢力との対決状況の下、盧武鉉政権は歴史認識問題において日本への対決姿勢を強めると同時に、国内における親日派問題にも取り組んだからである。 カギとなるのは、徴用工やその遺族らの運動が、「遺族会」というくくりの下、元軍人・軍属の遺族とともに行われてきたことだった。軍人・軍属の一部は、将校や志願兵を中心として、自ら進んで日本統治に協力した者として親日派に分類されがちであり、彼らは時に補償を受ける権利をも否定された。「補償を受けられると聞いて申請した結果、返ってきたのは『お前の父親は親日派だ』という認定だった」。このように憤る遺族たちは1人や2人ではない。 「結局、今回もわれわれは切り捨てられるのだ」「どうして慰安婦とその運動を支える団体ばかりが優遇されるのだ」。遺族会ではそのような根強い不満がうごめいている。彼らにとって、韓国の右派は朴正熙政権の下、日韓基本条約とその付属協定により得た資金をかすめ取った人々であり、また左派は彼らを「親日派」の疑いを持って見続ける人々である。「弱い韓国政府」こそが核心 「信用できないのは日本政府も韓国政府も同じだ」。徴用工問題を巡る複雑な状況には、元軍人・軍属や徴用工などによって構成された「遺族会」の長い苦悩の歴史がある。 そしてこのような中、8月17日の記者会見で、徴用工問題について「私的請求権は残っている」としてこれを取り上げる姿勢を見せた文在寅は、わずか約1週間後の25日、安倍総理との電話首脳会談にて、今度は一転して徴用工問題は日韓基本条約にて解決済みという判断を確認した。揺れ動く韓国政府の背後に見え隠れするのは、この問題をめぐる一貫しない姿勢であり、遺族たちはそこに韓国政府の不誠実な姿勢を読み取ることになる。 そもそも彼らが韓国政府を本当に信頼し、協調関係が確立しているなら、彼らは黙ってこれを見守ればいいだけのはずである。にもかかわらず、彼らが自ら立ち上がり、時にイデオロギー的に距離がある左派労働組合とさえ手を組もうとするのは、彼らがこの問題に「韓国国内で」十分な関心が集まっていないと考えているからである。 日本大使館前に慰安婦像を立てる動きが本格化したのは、挺対協が右派李明博政権と対立を深めるさなかのことであり、そこには日本政府と並んで李明博政府への非難の意が込められていた。日本の植民地支配からの解放を記念する式典で元徴用工の男性と握手する韓国の文在寅大統領(右)=2017年8月15日、ソウル(聯合=共同) そして今、各地に徴用工像が立とうとしている。そこには労働組合や遺族らの複雑な思惑が存在し、その中で左派の文在寅政権は明確な姿勢を決められずにいる。韓国では高齢者に保守層が多いため、高齢者が多数を占める遺族らの中にも、左派政権に強い拒否感を持つ人々も数多く存在する。 こうしてみるなら、徴用工像が日本の過去清算に対する異議表明であると同時に、元軍人・軍属や徴用工など、「慰安婦以外の問題」に真摯(しんし)に取り組まない韓国政府や運動団体への不満表明であることがわかる。韓国政府は、各種運動団体などを統制して日本へ挑戦状をたたきつけるという状態にはなく、むしろこの反発を抑え込み、落としどころをどこに見出すかに苦労している。 問題は彼らが政府を中心にまとまっていることではなく、むしろ、韓国政府がこの問題における当事者能力を喪失していることにある。左右のさまざまな団体の活動や、裁判所の判決に一喜一憂せざるをえない「弱い韓国政府」の存在こそが問題の核心なのかもしれない。

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    悲しくも滑稽な映画『軍艦島』にみた韓国人の心の奥

    山岡鉄秀(AJCN代表) 8月23日、ニューヨークに降り立つや否や、件(くだん)の韓流プロパガンダ映画『軍艦島』を見ることになった。7月にはブロードウェーのビルボードで派手なプロモーションを打ち、8月4日には米国とカナダの約40カ所で封切られたので、マンハッタン界隈(かいわい)の映画館で見られるだろうという思い付きだった。ところが、ホテルのコンシェルジュに聞くと、隣のクイーンズ地区まで行かなくてはならないという。クイーンズといえば「フラッシング」という韓国人街がある。そこでも午後と夕方の2回しか上映していない。映画『軍艦島』のパンフレット 要するに、封切り後3週間未満でニューヨークの中心部から消えて、韓国人が多い郊外で細々と上映されている、ということだ。興業的には失敗したことがはっきりわかる。約220億ウォン(約22億円)という巨額の製作費をかけ、韓流スターを動員したトンデモ映画『軍艦島』は、本国での封切り初日こそ97万人を超える史上最多の動員を記録したが、翌週からまさかの失速をし、いまや損益分岐点に届くかも怪しいという。何が韓国人をしらけさせたのだろうか。タクシーに30分も乗ってまで見る価値があるかという思いを振り払って、これも調査と自分に言い聞かせてクイーンズ地区へ向かった。 本稿の目的は、この映画がいかに荒唐無稽かを詳述することではなく、日本人としてこの映画から何を読み取るべきかを解説することである。『軍艦島』は徴用工がテーマであるが、慰安婦も登場し、慰安婦問題を含む全ての歴史問題に通底する韓国人の被害者ファンタジーである「恨(ハン)タジー」と、悲しいまでの自己肯定願望があふれている。その現代韓国人のメンタリティこそ日本人がしっかりと理解しなくてはならない要諦であり、それを理解せずに彼の国と外交を行えば必ず失敗する。この映画はそういう観点からこそ見るべきものである。 それにしても、ここまで荒唐無稽になるとほとんどギャグの世界だが、史実を極端に歪曲(わいきょく)すると、エンターテインメント映画にならざるを得なかったのだろう。映画評論家のジャスティン・チャンは、米紙ロサンゼルス・タイムズの映画批評欄で「この手の歴史修正主義は映画の世界では珍しくない。歴史をばかげた復讐(ふくしゅう)ファンタジーに仕立てあげる特権はクエンティン・タランティーノだけに許されるべきではない」(筆者訳)と書いている。つまり、歴史を知らない人間の目にさえ、「歴史捏造(ねつぞう)復讐ファンタジー」であることが明らかな出来栄えだということだ。 映画館に入る前、チケット売りが「この映画にはコメディーの要素もあるんだ」と前の客に言っていたのが聞こえたが、人気俳優のファン・ジョンミンとキム・スアンが親子役で登場してその意味がわかった。娘を愛するジャズ楽団団長の父親と、楽団の歌手で小学生の娘がコミカルな人情劇を演じる。ふたりが連絡船で端島(軍艦島)に着くなり、軍人らが乗り込んできて、警棒で乗客を殴りつけて連行していく。ファン演じるイ・カンオクは「やめてください、やめてください」と日本語で懇願する。ばかげたシーンである。労働者を痛めつけてどうするのか。要は、端島の炭鉱で働く朝鮮人は全員が強制連行の被害者だったという印象操作がなされているわけだ。朝鮮人の敵は朝鮮人 実際には、国家総動員法に基づく国民徴用令が朝鮮半島で適用されたのが1944年9月だが、制海権を失ったことから、45年3月までの7カ月間しか朝鮮人を移送できなかった。それ以前は一般公募による出稼ぎだった。戦争で日本国内は極度の労働力不足に陥っていたので、朝鮮半島で支度金を払って、家族単位での出稼ぎが募集された。だから端島には女性も子供もいた。かつて三菱の私有地だった長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)。建物の劣化が進む 映画のクライマックスでは、敗戦が近いことを悟った日本人経営者が、奴隷労働の証拠隠滅のために、朝鮮人全員を坑道に閉じ込めて殺害することを画策。察知した朝鮮人が武装蜂起し、激しい銃撃戦の果てに船を強奪して逃亡する。船上で、被弾して負傷したイ・カンオクが、武装蜂起をリードした工作員のパク・ムヨン(ソン・ジュンギ)に「俺の娘に好物のそばを食べさせてくれ」と頼んで息を引き取る。お涙頂戴のシーンだが、実際には終戦後、炭鉱を所有していた三菱が船を用意してみんな平和に帰国したのである。 さすがにここまでの捏造は、いくら韓国人でも見ていて恥ずかしいだろう。しかし、もうひとつ韓国人がエンタメと割り切れない要素がこの映画にはある。悪役の朝鮮人がたくさん登場するのである。朝鮮人の悪人とは、日本人に協力する裏切り者で「親日派」と呼ばれる。日本人経営者にへつらって朝鮮人を弾圧する朝鮮人労務係が登場し、朝鮮人慰安婦を虐待する朝鮮人の女衒(ぜげん)が言及され、そして極め付きは、端島の朝鮮人に「先生」と崇拝される独立運動家のイ・ハクチュンの裏切りだ。尹は朝鮮人を代表して会社と交渉するふりをしながら、ひそかに会社側と通じており、朝鮮人労働者の給与や死亡補償金をピンハネしていた。揚げ句の果てには、朝鮮人全員を証拠隠滅のために坑道に生き埋めにして抹殺する会社の計画に加担し、朝鮮人を坑道に誘導しようとする。それを見破った工作員の朴に朝鮮人群衆の面前でのどをかっ切られて絶命する。 なんという後味の悪さであろうか。朝鮮人の敵は朝鮮人だったのだ。これでは韓国人が単純にエンタメと割り切れないのも無理はない。日本人だけを悪役にしないのは、韓国人の自己反省の表れであろうか。いや、そうではない。韓国人の強引な自己肯定のためには、悪役は日本人だけでは足りないのだ。実はこれは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領をはじめとする現在の韓国人が信奉する歴史観の表れなのだ。それはこういうことだ。・韓国は平和で健全な独立国だった・それを、大日本帝国が強引に合併し、独立を奪った・親日派の裏切り者朝鮮人が虎の威を借る狐のように同胞を搾取した・日本による併合がなければ、韓国は自力で近代化を成し遂げ、もっと発展していた・親日派は戦後、親米派となって搾取を続けた売国奴だ・だから韓国が真っ先にすべきことは親日派の排除だ・韓国は無実の被害者であり、日本の悪事を世界に知らしめて、民族の栄光を取り戻す必要がある・韓国の独立は、自ら日本を追い出して勝ち取った どうしてもこのように信じたいのである。そのためには、史実を歪曲せざるを得ない。事実とかけ離れているからだ。映画の中のたったひとつの真実 周知のとおり、朝鮮半島は極めて長きにわたって中国歴代王朝の属国だったが、日清戦争に勝利した日本が下関条約により朝鮮を独立させた。しかし、財政的に自立できず、結局日本に併合された。日本国内では併合反対論も強かった。日本は朝鮮半島を内地化し、膨大な投資をして近代化した。非常に多くの朝鮮人男性が大日本帝国陸軍に志願した。日本が敗戦しても、朝鮮総督府は機能を続けて米軍に引き継がれた。独立運動は存在し、上海に「大韓民国臨時政府」なるものが設立され、「光復軍」なる軍事組織も作られたが、内紛が絶えず、いかなる国からも承認されなかった。 したがって、韓国人は自らの手で独立を勝ち取ったことは一度もない。独立させてもらったが、自力で維持すらできなかったのが現実だ。彼らが「親日派」「親米派」として敵視する世代の人々は、その時代の官僚や軍人など、社会を支えた功労者である。彼らを憎んだところで意味がない。これは韓国人の知人の言葉だが、採用試験に受かったら売国奴で、落ちたら愛国者だとでもいうのだろうか。それとは別に、朝鮮人の女衒たちが朝鮮人婦女子を売り飛ばして稼いでいた。それは今も同じだ。その現実を直視することなく、前述のように強引に自己肯定しようと国を挙げて必死にもがいている。 その「恨タジー・歴史修正主義」の象徴が「慰安婦」であり、「徴用工」であり、そのメンタリティの結晶がプロパガンダ映画『軍艦島』なのだ。韓国人の妄想を凝縮した『軍艦島』は大ヒットするはずだったが、図らずもそのいびつさゆえに失速した。『軍艦島』とはそのように悲しくも滑稽な映画なのである。「本当にあのように戦えたらどんなによかっただろう!」と多くの韓国人が心の奥で思っているのだ。 もっとも、このトンデモプロパガンダ映画にも、たったひとつ真実が含まれていることを追記しておくべきだろう。朝鮮人は実際のところ、いざとなったら映画のラストシーンのように、死を賭して戦う覚悟はあった。 終戦間際の1945年4月、捕虜になった朝鮮人のうち、信頼に足るとみなされた3人が米軍によって尋問された。尋問内容は慰安婦に関してだった。(Composite report on three Korean navy civilians, List no.78)「朝鮮人は一般的に、日本軍による朝鮮人女性の売春業への採用を知っていたか? 平均的な朝鮮人のこの制度に対する態度はどのようなものであったか? この制度を原因とする混乱や摩擦を知っているか?」(筆者訳)という質問に対し、朝鮮人捕虜は以下のように答えた。「太平洋地域で会った朝鮮人娼婦は、みんな自発的な売春婦か、両親に売られて売春婦になっていた。これは朝鮮の考え方ではまともなことだった。もし、日本人が女たちを直接徴用したら、老いも若きも絶対に許容しなかっただろう。男たちは怒りに燃え、いかなる報復を受けようとも日本人を殺していただろう」(筆者訳)2017年8月16日、ソウルの日本大使館前で慰安婦像を囲みながら開かれた抗議集会 このことからわかるように、徴用工であれ、慰安婦であれ、日本人によって強引で悪辣(あくらつ)なことがなされれば、朝鮮人は『軍艦島』のラストシーンのように戦う意思があったのだろう。それだけは真実といってもよいのだろう。そして、そのような暴動は起きなかった。その必要がなかったからである。炭鉱労働は日本人にとっても朝鮮人にとっても過酷であった。しかし、朝鮮人は平和裏に故郷へ帰り、戦後補償問題は政府間で解決された。 韓国人はいい加減に「恨タジー」に逃げ込むのをやめて、歴史を直視しなくてはならない。さもなければ、痩せこけた徴用工像も、幼年慰安婦像も、欺瞞(ぎまん)の象徴であり続けることになるだろう。映画『軍艦島』の失敗がそのことを示唆している。

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    日韓関係の新たな火種「徴用工」の真実

    れる韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は対日強硬路線を貫き、北朝鮮危機の真っただ中にもかかわらず、日韓関係は冷え込んだままだ。なぜ韓国とはいつもこうなるのか。現地リポート第一弾は、第二の慰安婦問題と化した「徴用工問題」。

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    協定を真っ向否定!「徴用工トンデモ判決」の裏にある韓国の伝統意識

    した文書があるならともかく、そうしたものを示すこともなく法廷の場で事実として認定するのは無理がある。日韓関係の懸念材料になった「韓国司法」 判決について報じた韓国紙・朝鮮日報は、韓国の多くの専門家の意見として「たとえ略奪された文化財だとしても適法な手続きを通じて返してもらわないといけない」と書いている。浮石寺が所有権を主張するにしても、いったん観音寺に戻してから行うべしということだ。当然の見解だろう。この判決には韓国内でも異論が多いのである。 「韓国の司法」は、2010年代に入ってから日韓関係に大きなマイナス影響を与える要因として浮上してきた。 憲法裁判所は2011年に韓国政府が慰安婦問題解決へ向けた外交努力を尽くしていないことを「違憲」だと判断し、外交懸案としては極めて低い優先順位しか与えられなくなって久しかった慰安婦問題を最大の懸案に押し上げた。 さらに大法院(最高裁)は2012年、戦前に日本企業で働かされた元徴用工が未払い賃金の支給などを三菱重工と新日鉄住金に求めた訴訟で、1965年の日韓請求権協定の効力を否定する判断を示した。協定によって元徴用工の請求権問題は解決されたという、日韓両政府の共通した解釈を正面から否定するものだ。この判断が判例として確定した場合には、日韓の経済関係に極めて大きな打撃を与えることは確実だ。ソウルの竜山駅前に設置された「徴用工の像」に触れる元徴用工の男性=8月12日(共同) この時の判断は原告敗訴だった高裁判決の破棄差し戻しで、やり直しの高裁判決は当然のことながら原告の逆転勝訴。日本企業側は上告し、大法院の最終的な判決はまだ出ていない。そのまま確定させると大変なことになるけれど、ここでまた判断を変えると法的安定性の面で問題が大きいというジレンマに直面した大法院が塩漬けにしていると見られている。 背景にあるのは、日本とは違う法律に対する感覚であろう。条文に書かれた文面を重視する日本に対し、韓国は「何が正しいのか」を問題にする。条約などの国際取り決めに対しても同じようなアプローチが目立つ。道徳的に正しくないのであれば、事後的にでも正すことが正義であり、正義を追求しなければならないという考え方だ。 「正しさ」を追求するのは儒教の伝統に依拠するものだ。軍部が力で国を統治した時代には押さえつけられていた伝統意識が民主化によって息を吹き返し、韓国社会では「正しくない過去は正されねばならない」という意識が強まった。1993年に就任した金泳三大統領が、全斗煥、盧泰愚という軍人出身の前任者2人を「成功したクーデター」を理由に断罪したことや、「歴史立て直し」を掲げて日本の植民地時代から残る社会的遺産の清算を進めたことが、その典型だろう。韓国司法の特殊事情とは? ここに1987年の民主化まで「権力の言いなり」だったという韓国司法の特殊な事情が加わる。権威主義時代と呼ばれる朴正煕、全斗煥政権の時代は政治犯罪のでっち上げは日常茶飯事で、裁判所も権力の意向に沿った判決を量産していた。 2008年に大法院で開かれた式典で、当時の大法院長はこうした暗い過去について「判事が正しい姿勢を守ることができず、憲法の基本的価値や手続き的な正義に合わない判決が宣告されたこともある」と認めた。そして、「司法府が国民の信頼を取り戻して新たな出発をしようとするなら、まず過去の過ちをあるがままに認めて反省する勇気と自己刷新の努力が必要だ」と述べている。 こうした司法の側の意識が、「正しさ」重視を強める社会の雰囲気を気にする判決を生む素地になっているようだ。 2012年に退官した元判事は私の取材に、民主化以前の時代について「判事だって国民の一人だから社会全体の流れから抜け出すのは難しかった」と釈明した。それは、社会全体が「正しさ」重視路線に回帰する中で抵抗することの難しさを語っているようでもあった。 だが、この元判事は民主化の影響について別のことも口にした。「いきなり裁判の独立と言われて判事たちは戸惑った」というのだ。初めて経験する事態に直面した判事の中には自らの所信を強く前面に押し出せばいいと解釈した人たちがおり、「判事によって判断が極端に割れるという事態が珍しくなくなってしまった」と話した。 「正しさ」重視とは言っても、法理を重視する世界だから限界はある。それでも元判事の述懐のように「裁判の独立」が拡大解釈され、判事によって判断が極端に割れる状況になったから、「正しさ」重視の司法判断も気軽に出せるようになったのではなかろうか。ソウルの日本大使館前で、徴用工を象徴する労働者像の設置予定地にくぎを打ち込みアピールする人た=8月15日(共同) 前述した大法院による元徴用工訴訟の判断は好例だろう。日韓請求権協定の効力を否定する2012年の新判断は、日本の最高裁小法廷に当たる「部」によるものだった。建て前としては判事4人の合議だが、実際には主審判事に大きな裁量が与えられており、他の判事は追認するだけということが多い。 これほど重大な問題は大法廷に当たる「全員審理」に回付しなければならなかったと後に批判されたのだが、全員審理ではこれほど「画期的」な判断を出せないと判断した主審判事が自分で処理してしまった可能性が高い。韓国メディアによると、この主審判事は周囲に「建国する心情で判決文を書いた」と語っていたという。これでは、英雄気取りで「正しさ」に酔ったと言われても仕方ないだろう。韓国側に伝わらない「日本の抱く違和感」の強さ 大田地裁の判決は、浮石寺の所有権を認めただけでなく、判決確定前に仏像を引き渡す仮執行も認めた。浮石寺に仏像が渡ってしまった場合、上級審で判決が覆っても日本への返還が難しくなる恐れが強い。被告の韓国政府は即日控訴すると同時に、仮執行にストップをかけるための「強制執行停止」を申し立てた。この申し立ては大田地裁の別の裁判官によって審理され、政府側の主張が認められた。とりあえず仏像が浮石寺に移される事態は回避されたということだ。韓国の司法といっても一枚岩ではないことは明白である。仏像の所有権に関する判断も、高裁でひっくり返る可能性が十分にあるだろう。1月26日、浮石寺の請求を認めた判決を受けて取材に応じる住職(右から2人目)=韓国・大田地裁(共同) トランプ米大統領を見ていると、国家間の合意を覆すハードルは低くなっているような思いにとらわれる。しかし、それでは相手はたまらない。しかも、道徳的な正しさをふりかざす考え方は独善に陥りやすいので、さらに対応が難しいのである。 問題の仏像が1330年に浮石寺に奉安されたことと、1526年頃以降は観音寺にまつられていたことは争いの余地がない。これを機に二つの寺が交流を始め、仏像も日本への返還前に故郷の寺で特別展示でもしましょう、ということにでもなっていれば「ちょっといい話」で終わっていたはずだ。 だが実際には、浮石寺は「倭寇によって略奪された」と所有権を主張して提訴した。日本側は、長い交流の中で多くの仏教文物が朝鮮半島から渡ってきたうちの一つという位置づけをしている。過ぎ去った年月を考えれば当然だが、どちらも具体的な証拠があるわけではない。  仏像訴訟の判決に対しては韓国内でも批判が出ている。それでも日本では「やはり韓国司法はおかしい」という反応を生み、韓国そのものに対する違和感を強めているように感じられる。さらに問題なのは、日本側での違和感の拡大という「不都合な真実」が韓国社会にきちんと伝わっているようには見えないことだ。私もなんとかきちんと伝えたいと思うのだが、いつも力不足を嘆くことになってしまうのである。 (「正しさ」重視への回帰や司法への影響は、2年前に上梓した拙著『韓国「反日」の真相』(文春新書)の内容をベースにしている。関心をお持ちの場合には同書を手に取っていただければと思う。)

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    徴用工設置をはじめ、憎悪拡大再生産する韓国の動き

    つつある。文在寅大統領は国と国との約束として解決したはずの、徴用工の個人請求権まで容認する発言をして日韓関係を揺るがせている。慰安婦像だけでなく、徴用工像の中心的な制作者であるキム夫妻に直撃したジャーナリスト・竹中明洋氏が、韓国国内で急速に広がる徴用工の設置の様子を追った。* * * 龍山駅前に徴用工像が設置された同じ8月12日、ソウルに近い仁川市内の公園にも徴用工像が設置された。地元の労働組合や市民団体が寄付を集めて実現に至ったという。 仁川にも取材に向かった。像の制作者こそキム夫妻ではなかったが、こちらも場所はすでに設置されている慰安婦像の隣り。やはり日本の植民地支配の象徴として徴用工を慰安婦と並んで記憶させたいようだ。 文在寅大統領は、8月15日の光復節の記念式典で演説し、徴用工問題を慰安婦問題と並んで解決すべき日本の歴史問題とした上で、「強制動員の苦痛は続いている。被害規模の全てが明らかにされていない」「まだ十分でない部分は政府と民間が協力し、解決せねばならない。今後、南北関係が改善すれば、南北共同で強制動員被害の実態調査を検討する」と述べた。韓国の文在寅大統領の記者会見に集まった報道陣=8月17日、ソウル(共同) 徴用工への賠償問題は、1965年の日韓国交正常化にともなう請求権協定で解決されたはずである。ところが、文大統領は8月17日の会見では、個人の請求権はまだ残っていると発言した。 8月に入り光州地裁は、韓国人女性らが戦時中に名古屋の軍需工場での労働に強制徴用されたとして損害賠償を求めた裁判で、三菱重工に支払いを命じる判決を相次いで出した。今後は文政権の意向を汲み、同様の判決が相次ぐことも予想される。そうなれば、日本企業の韓国での活動に重大な影響を及ぼしかねない。 折しも韓国では、長崎県の端島(軍艦島)炭鉱に徴用された韓国人労働者らの脱出劇を描いた映画『軍艦島』が7月末に公開され、観客動員数が600万人を超える大ヒットとなっている。 光復節の前日には、慰安婦像のレプリカを乗せたバスがソウル中心部を走り始めた。日本大使館に近い地区にバスが差しかかると、慰安婦問題の歴史を説明する放送が車内で流れ、少女が村から連れ出される様子を再現した悲痛な叫び声に思わず耳を塞ぎたくなる。 過去の歴史に真摯に向き合うことの大切さは我々も決して忘れてはならない。だが、徴用工像の設置をはじめ憎悪を拡大再生産するかのような動きが急速に韓国で広がることを懸念せざるを得ない。 これが文大統領の強調する「未来志向の日韓関係」につながるはずがない。●たけなか・あきひろ/1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。近著に『沖縄を売った男』。関連記事■ 慰安婦像、徴用工像を作り世界に拡散させるキム夫妻を直撃■ 韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か■ 韓国人も冷ややかに見る映画『軍艦島』、史実として世界拡散■ 在韓35年の教訓「韓国に関心を持っても、深入りはするな」■ アン・シネ、推定Gカップの美ボディを横から撮影

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    慰安婦像、徴用工像を作り世界に拡散させるキム夫妻を直撃

    山駅や徴用先での労働を写したレリーフが貼り付けられていた。制作者は言うまでもない。あのキム夫妻だ。 日韓関係に刺さったトゲとなった慰安婦問題を拡大再生産させる慰安婦像を次々と制作するばかりか、徴用工像まで手がけて新たな火種を作ろうとするのはなぜか。そのキム夫妻がこの日の式典に現れたのである。「日本メディアは歪曲する」「日本メディアは歪曲する」 夫のキム・ウンソン氏が壇上にあがって、制作意図を説明する。「日本による強制徴用で北海道から沖縄まで各地で多くの同胞が労働に就かされ帰って来なかったのです。過酷な労働により亡くなった人は森の中で打ち捨てられ、目印として白いペイントをつけた木の棒が墓標代わりに建てられただけだったといいます。時間が経つと棒が朽ちてしまい、あらためて遺骨を探そうにもどこにあるのかも分からなくなりました。この像はその棒をイメージしたものです。ここに労働者たちがいるのですよ、と伝えるためです」 痩せこけた上半身はわずかな食料だけで働かされた過酷な労働の実態を、振り上げた手は真っ暗闇の炭坑から地上に出たまぶしさと喜びを、肩に乗った小鳥は抑圧からの解放を、それぞれ表現したのだと解説してみせると、会場から喝采があがる。 会場で夫婦をつかまえた。だが、夫のキム・ウンソン氏から返ってきたのはこんな反応だった。「取材には応じません」──なぜ?「日本のメディアは歪曲した報道ばかりするからです。私が言ったとおりに書かないでしょう」──慰安婦像や徴用工の設置をめぐり日韓関係が深刻な問題になっている。これについてどう思うのか。「コメントしません」 夫婦は穏やかな笑みを浮かべるが、一切、具体的な言葉を発さない。対照的に、韓国メディアのインタビューには快く応じてみせている。日韓関係の障壁を作っている、その当事者の態度として、納得できるものではなかった。●たけなか・あきひろ/1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。近著に『沖縄を売った男』。関連記事■ 慰安婦像制作費は1体300万円 土産用ミニチュアも販売中■ 慰安婦像の制作者夫婦が沖縄の“反戦彫刻家”を訪れていた■ 京都の山奥に慰安婦像製作者による「徴用工像」が存在■ 徴用工像は「第二の慰安婦像問題」か 日韓の火種化懸念■ 徴用工像 釜山の日本総領事館前の慰安婦像横に設置も

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    韓国人にとって靖国神社とはいかなる存在なのか

    一色正春(元海上保安官) 今回は前回に引き続き大日本帝国軍人軍属として日本のために戦った朝鮮半島出身者についての話から始めます。 先の大戦において動員された朝鮮半島出身者は軍人軍属合わせて約24万人、そのうち還らぬ人となったのが約2万人です。その中には特別攻撃隊に自ら進んで参加した人や、いわゆる戦犯として刑死した人もおられ、さまざまな思いで亡くなられたことと思います。ですから、この方たちの最期を単に非業の死と一口でくくることはできませんが、すべての方に共通するのは、自ら進んで戦地に赴き、大日本帝国のために戦ったことと、現在は靖国神社に神として祀られ多くの人にお参りされていることです。 そのことに対して日本人の多くは「日本人として戦いに参加してもらった以上、靖国に祀るのは当然だ」として異議を唱えることはありません。台湾出身軍人軍属も同様に3万人弱の方々が靖国に祀られていますが、台湾において、そのことに抗議しているのは極少数の人たちだけです。夕方以降も多くの参拝客でにぎわう靖国神社(財満朝則撮影) それに比べて、現代韓国人の多くは靖国神社そのものの存在に対して不快感をあらわにし、日本国の首相をはじめとする政治家が靖国神社に参拝することに対して抗議するだけではなく、参拝中止を求めるという重大な内政干渉を平気で行い、中には実際に靖国神社まで出向いて爆発物を仕掛ける人間までいるくらいです。 彼らの言い分は「朝鮮民族を無理やり戦わせた人間が祀られている」「植民地支配を行った日本軍国主義の象徴だ」「戦争犯罪人が祀られている」というものですが、いずれも明らかな事実誤認で、日本の立場としては言いがかりをつけられているとしか言いようがありません。 まず「朝鮮民族を無理やり戦わせた人間が祀られている」という理屈は、前回の「もし、今も朝鮮統治が続いていれば、日本はどうなっていたか」をお読みいただければわかるように、無理やり徴兵されて実際に戦地に行った朝鮮系日本人がいないのですから、完全な誤解です。 次に「植民地支配を行った日本軍国主義の象徴だ」という理屈で、あたかも日本が武力により平和で豊かな朝鮮半島を侵略して搾取したかのような印象を与えようとしていますが、日本の朝鮮統治は西欧型の植民地支配ではなく主権国家双方が合意のもとに締結した日韓併合条約という国際条約に基づく併合であり、同条約により大日本帝国と大韓帝国は武力を用いずに一つの国になったのです。日清戦争勝利で独立できた韓国 そもそも19世紀末、朝鮮という国は清国の属国で完全なる独立国ではありませんでした。それを日本が日清戦争に勝利したことにより大韓帝国という独立国となったのです。それは日清講和条約(下関条約)の第一条「清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼などは永遠に廃止する」を見れば明らかです。伊藤博文、李鴻章が会談した春帆楼2階大広間を再現した日清講和記念館 日清戦争後、日本は清の冊封体制を脱し独立国となった朝鮮に対して自立を促しましたが、彼らはこともあろうか当時の日本にとって最大の脅威であるロシアの支配下に自ら進んで入ろうと、王宮ごとロシア公館に逃げ込むありさまで、その結果ロシアは朝鮮半島におけるさまざまな利権を手に入れ、次第に日本とロシアは朝鮮半島の主導権をめぐって対立するようになっていきました。 満州だけではなく朝鮮半島がロシアの支配下に入れば「力のある白人国家が力のない有色人種国家を支配する」という当時の国際情勢に鑑みて、次に超大国ロシアに侵略されるのは弱小日本の番であることは火を見るより明らかですから、日本としては何とかそれを阻止しようと外交努力を重ねました。しかし当時、世界一の陸軍国といわれたロシアが弱小国日本に譲歩するはずもなく、日本は座して死を待つか、勝てる見込みは少なくとも打って出て戦うかという選択を迫られることになったのです。 戦うことを選んだ日本は、局外中立を宣言していた大韓帝国の防衛および領域内での軍事行動を可能にするため日韓議定書を締結し、それに応えた進歩会などの大韓帝国改革派は鉄道施設などの工事に数万人を動員するなど日本に協力的でしたが、皇帝を中心とする守旧派の腰が定まらないため、外交案件に日本政府の意向が反映されるよう、さらに第一次日韓協約を結びました。 ところが大韓帝国皇帝は、これに違反してロシアだけではなくフランス、アメリカ、イギリスに密使を送ったので、辛くもロシアに勝利した日本は後顧(こうこ)の憂いを絶つため「日本が大韓帝国の外交権を完全に掌握する」とする第二次日韓協約を締結しました。 しかし、その後も大韓帝国皇帝はオランダのハーグで開催されていた第2回万国平和会議に密使を送るなど迷走を止めず、日本の国家安全保障に重大な脅威を与え続けました。(密使は、会議参加国から「大韓帝国の外交権が日本にある」ことなどを理由に門前払いにされています) 日本は、この状態を放置して大韓帝国が植民地拡張政策を続ける欧米諸国の支配下に入れば再び日本は重大な危機に陥ると危機感を抱き、外交だけではなく内政も掌握するため、やむなく併合に踏み切ったのです。日韓併合と靖国神社は無関係 日本としては自主的に独立した大韓帝国と同盟を組んで西欧諸国に対抗することを望んでいたのですが、肝心の大韓帝国にその能力や意思がなく、朝鮮時代からの事大主義を改めることなく大国に擦り寄る政策を続ける姿勢を見て、今の大韓帝国には自主独立する力がないと判断し、他国の保護下になるくらいであれば日本の保護下に置く方が自国のためになると考えたのです。 このように、日本が大韓帝国を併合した最大の理由は自国の安全保障のためで、西欧諸国の搾取を目的とした植民地支配とは異なり、朝鮮半島には搾取するものはなく、併合後は搾取どころか内地から資金や物資を半島につぎ込んだため、内地に住む日本人の生活が苦しくなるほどでした。 しかも併合前は、そうなることを予見した人たちが併合に反対していたため、当時の日本の世論は併合賛成派と反対派が拮抗しており、日本人全員が朝鮮を併合しようと思っていたわけではありません。同様に大韓帝国内も併合賛成派と反対派に意見が分かれており、現在の韓国のようにほぼ100%反対ではありませんでした。 ちなみにアメリカとイギリスは併合に賛成、その他の主要国である清国、ロシア、イタリア、フランス、ドイツなどからの反対もありませんでした。つまり日韓併合は両国の国内に反対派がいたとしても両国政府が話し合いで合意し、かつ当時の国際法上何ら問題のないことで、今の韓国人が反対しているのは後付けの理屈でしかなく、百歩譲って日本の統治を非難するのであれば、その象徴である統監や総督を非難するべきなのですが、下表を見ればわかるように歴代10人の統監と総督のうち靖国神社に祀られているのは、朝鮮統治とは無関係の罪状で服役中に病死した小磯國昭ただ1人でした。 そもそも日韓併合に際して戦争は行われておりませんので戦死して靖国神社に祀られた将兵はいません。したがって日韓併合と靖国神社は無関係なのです。次回は靖国神社に「戦争犯罪人が祀られている」という韓国人の理屈がいかにおかしいかということについて説明をいたします。

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    「文在寅の韓国」に日本が迫る踏み絵はたった一枚しかない

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 「朴槿恵(パク・クネ)後」の韓国がようやく動き出す。2016年12月、韓国国会での大統領弾劾案可決によって朴槿恵前大統領の大統領権限が停止されて以降、韓国の国際政治上の位置は、「幽霊」のようなものであった。そのことは、ドナルド・J・トランプ米国大統領が政権を発足させた後の100日の間、韓国がトランプ大統領と紡ぐべき「縁」を紡げなかったことを意味する。 そもそも、トランプ大統領は、大統領就任以前からの言動から推察する限り、アジア・太平洋地域の事情に格別な関心を抱いていたわけではない。トランプ大統領が北朝鮮の脅威を切迫したものとして意識するようになったのは、トランプ大統領が安倍晋三首相をフロリダに迎えた2月の日米首脳会談以降、北朝鮮が相次いで「挑発」に走ったことに因る。 こうした国際政治局面の中で、トランプ大統領麾下の米国政府は、日本とは頻繁に連絡を取り、中国に対朝圧力の面での期待を表明したけれども、韓国には実質上「蚊帳の外」に置く対応をした。3月中旬、レックス・ティラーソン国務長官は、日本を「米国の最も重要な同盟国(our most important ally)」と呼ぶ一方で、韓国を「重要なパートナー(important partner)」と位置付けた。この発言は、「大統領の不在」状況下の韓国に与えられた国際政治上の位置付けを象徴的に表していたといえるであろう。THAADの搬入に反対し、警官隊と対峙する住民ら(手前)=4月26日、韓国南部の慶尚北道星州郡(聯合=共同) 確かに、トランプ大統領の対韓姿勢は、傍目から見ても冷淡な印象が強い。トランプ大統領が対韓関係の文脈で打ち出している政策対応は、米韓自由貿易協定(FTA)の「再交渉、あるいは破棄」の示唆にせよ、「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備に係る費用の追加負担要求にせよ、韓国の癇(かん)に障るものであろう。 もっとも、トランプ大統領の論理からすれば、米韓FTAの「再交渉、あるいは破棄」の示唆は、環太平洋経済連携協定(TPP)離脱や北米自由貿易協定(NAFTA)見直しと同様の趣旨の政策展開であろうし、THAAD配備費用の負担要求は、日本や北大西洋条約機構(NATO)に対するものと同様に安全保障上の「応分の負担」を求める対応であろう。THAAD配備の表向きの大義は、「韓国防衛」にあるのだから、そういう評価になる。 しかしながら、韓国政府にとっては、THAAD配備費用に絡む追加負担は、にわかに受け容れられまい。THAAD配備それ自体は、国内の紛糾を乗り越えてようやく決めた揚げ句、対中関係の悪化という代償を払ったのに、その上で費用まで拠出せよというのでは、理不尽な印象は確かに拭えない。トランプが韓国の「頭痛の種」をまいてきた思惑 ところで、「朴槿恵後」の韓国を統治することになったのは、文在寅(ムン・ジェイン)共に民主党前代表である。文在寅新大統領は政権発足早々、対米関係の文脈では米韓FTAとTHAAD配備の扱いに取り組まなければならない。文在寅新大統領は、従来の彼の言動から推察する限りは、THAAD配備費用負担要求を突っ跳ねるであろうし、事の次第によってはTHAAD配備同意それ自体の撤回に走るかもしれない。仮に、文在寅新大統領がそのような挙に出れば、米韓同盟の先行きはいよいよ怪しくなる。韓国大統領選の投票締め切り後、支持者の前に現れ声援に応える「共に民主党」の文在寅氏=5月9日夜、ソウル(共同) そうであるならば、米韓FTAとTHAAD配備の扱いに関して、トランプ大統領麾下の米国政府が、韓国にとっての「頭痛の種」をまいてきた思惑が浮かび上がる。一つの解釈は、韓国にとって癇(かん)に障る要求を突き付けることで、「文在寅の韓国」に「本当に『こちら側』に与(くみ)する気があるか」と「踏み絵」を迫ったというものである。 そうでなければ、もう一つの解釈としては、「文在寅の韓国」の「親北朝鮮・離米」傾向を見越した上で、北朝鮮情勢対応でささやかれる米中両国の「談合」の一環として、「西側同盟ネットワーク」からの韓国の「切り離し」を考え始めているというものである。米国にとってアジア・太平洋地域において絶対に維持されるべき「権益」が朝鮮半島ではなく日本であり、中国が朝鮮半島全域を自らの影響圏内にあるものだと認識しているのであれば、そうした解釈によるシナリオも決して荒唐無稽だとはいえまい。 「文在寅の韓国」は、果たして米国を含む「西側同盟ネットワーク」に忠誠を尽くすのか、それとも米中両国の「談合」に乗じて南北融和の夢を追うのか。韓国には、そうした旗幟(きし)を明確にすべき刻限が来ている。 日本政府が「文在寅の韓国」に対して示すべき政策方針は畢竟(ひっきょう)、一つしかない。それは、韓国が米国を主軸とする「西側同盟ネットワーク」の一翼を担うということの証しを立てさせることである。朴槿恵政権末期の永き「大統領の不在」状況に加え、文在寅新大統領が「親北朝鮮・離米」傾向をもって語られてきた政治家であればこそ、そうした証しの意義は重いものになる。 その証しには、具体的にはTHAAD配備の円滑な実行は無論、日韓慰安婦合意の確実な履行も含まれる。日韓慰安婦合意がバラク・H・オバマ米国前大統領麾下の米国政府の「仲介」によって成り、往時の米国政府の「歓迎」を得た文書であるならば、それは、「西側同盟ネットワーク」の結束を担保する文書でもある。この際、日本政府としては、日韓慰安婦合意を「歓迎する」としたオバマ前政権の評価をトランプ政権が踏襲していることの確認を求めるのが宜しかろう。 日本にとって対韓関係は、対外政策上の「独立変数」ではない。それは、「西側同盟ネットワーク」を円滑に機能させるための政策展開における一つの「従属変数」でしかない。そうした割り切った姿勢は、「文在寅の韓国」を迎える上では大事である。

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    盧武鉉の「生き写し」韓国新大統領、文在寅の末路が目に浮かぶ

    領就任後にどのような国政運営を行うのか、また慰安婦合意や竹島問題、北朝鮮有事の協力など新政権誕生後の日韓関係はどうなるのか予測してみたいと思う。 ここで、大いに参考になるのが、第16代・盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の行跡と治績(ちせき)である。盧氏と文氏の経歴や政治姿勢は瓜二つであり、大統領を取り巻く政治状況や国際情勢も酷似しているからだ。 盧氏は1946年、慶尚南道金海の貧農に生まれた。高卒ながらも司法試験に合格し、判事を経て弁護士となり、法律事務所を開業。80年代には学生運動にかかわりを持ち、「人権弁護士」として80年代中盤の民主化運動にもかかわることになる。 88年4月の国会議員選挙で当選し、国会で全斗煥(チョン・ドゥファン)時代の不正を厳しく追及したことで有名となった。その後、数回の落選を経て98年の補欠選挙で再び国会議員に復帰するも、2000年の選挙では再び落選。金大中政権下では海洋水産部長官に任命された。2002年の大統領選挙に立候補し、同年に発生した在韓米軍における女子中学生轢殺(れきさつ)事件に対する反米感情が追い風(「盧風」と呼ばれた)になり、接戦を制して大統領に当選している。2007年5月、盧武鉉大統領(当時、右)と 秘書室長時代の文在寅氏 一方、文氏は1953年に盧氏の出身地に近い慶尚南道巨済の貧家に生まれた。釜山の高校を卒業後、慶煕大学校法学部に入学。75年、朴正煕政権に反対する民主化運動にかかわった容疑で逮捕された。 大学を卒業後、82年に弁護士となり、盧氏が当時運営していた法律事務所に入所、80年代中盤の民主化運動に取り組んだ。2002年の大統領選挙では釜山地域の選挙対策本部長を務め、盧氏が当選した後には青瓦台(大統領府)入りし、2007年には大統領秘書室長となっている。2012年の国会議員選挙で初当選、2012年の大統領選挙に立候補するも朴槿恵前大統領に僅差で敗れた。その後、朴氏が弾劾辞職した後、朴氏糾弾の世論の追い風を受け、今般大統領に当選した。 これだけ見ても盧氏と文氏の経歴が瓜二つであることが分かるだろう。二人とも韓国南西部の慶尚道出身。貧しい境遇から身を起こし、ともに司法試験に合格、法曹界を経て政界入りしている。保守色の強い地域の出身でありながら、二人とも民主化運動に参加し、「人権弁護士」として知られ、後に進歩系政党から大統領に立候補して当選している。ここまで似通った経歴を持った二人であるから、当然、新大統領の今後の行跡を予測するうえで、盧氏の行跡は大いに参考になるのである。文氏にとって盧氏は法律事務所の共同運営者であり、民主化運動の同志でもあり、側近として国政を補佐したわけでもあるから、政治的信条においても大きな影響を受けていることは容易に想像できる。文氏は盧武鉉を模倣する では、新大統領はいかなる政策を遂行するのか。ここでは文氏が核実験とミサイル発射を繰り返す北朝鮮にどのように対応し、また日韓関係はどのように変化するのか、この2点に絞って考えたい。 これらを予測するにあたっては、盧氏の行跡が参考になる。盧氏が金大中の「太陽政策」を継承し、ズブズブの親北朝鮮路線をとっていたことはよく知られている。あろうことか在任中に北朝鮮の核兵器開発やミサイル発射を容認する発言を行い、北朝鮮に手厚い経済援助を与えただけでなく、支持率が急落した政権末期には突然平壌を訪問して金正日総書記と何らの必要性もない会談を行っている。 文氏も米軍による戦術核の韓国再配置に否定的であり、THAAD(高高度防衛ミサイル)の配備にも及び腰である。その一方で、北朝鮮の開城工業団地を再開すると公約している。ちなみに今回の大統領選に出馬した有力5候補の中で開城工業団地の再開を公約していたのは文氏だけだった。 文氏は北朝鮮の核問題について「韓米同盟強化と周辺国家との協力を通じた根本的解決」を公約として掲げているが、いったい北朝鮮への融和的姿勢と「韓米同盟強化」をどうやって両立させるつもりなのだろうか。THAAD配備に及び腰なのは恐らく中国の顔色をうかがっているからだろうが、この辺り「東アジアのバランサー」という空虚な言辞を弄びながら、何の目算もなく親北朝鮮・反米反日的な発言を繰り返した末に、北朝鮮に核実験を強行された盧氏の外交姿勢を彷彿(ほうふつ)とさせるものがある。街頭演説に臨む「共に民主党」の文在寅候補 =5月8日、韓国・ソウル(川口良介撮影) 恐らく、在任中には対北朝鮮政策をめぐって日米と何の得にもならない摩擦を起こし、「民族和合」という美名の下に北朝鮮をあれこれ援助し、結局は金正恩のいいように手玉に取られるのではないだろうか。 むろん、日韓関係については「絶望的である」と言わざるを得ない。これまでもそうであったように、これからもろくなことが起こらないだろう。日本では朴前大統領が史上最悪の「反日大統領」だと思われているが、文氏はその比ではない。 なにしろ、日本政府との慰安婦合意を反故(ほご)にする、ということを堂々と選挙公約に掲げているのである。このような反日姿勢も、あらゆる機会を捉えて日本非難に熱を上げていた盧氏に通じるものがある。ちなみに今回の大統領選有力5候補はすべて「日本政府との慰安婦合意は無効」と主張していた。そう主張しないと落選することは火を見るより明らかであり、有権者の大多数が「反日」という韓国の内情をよく表している。このような有権者によって選ばれた大統領が反日であるのは当然の帰結であろう。 おまけに昨年には竹島(韓国名・独島)にも上陸しているし、「親日(派)清算をしたい」となどと公言し、「真実と和解委員会」なるものを設置して過去の歴史を総括する、とも述べている。これは盧政権下で結成された「親日反民族行為真相糾明委員会」が「親日派名簿」を作成し、一部の「親日派」の子孫の財産を没収したことの模倣と思われる。文氏の末期を予言する もちろん日本大使館の慰安婦像撤去にも反対で、おまけに釜山の日本領事館前の慰安婦像設置にも大賛成である。こんな人物が大統領に当選したわけであるから、日韓関係がますます悪化するだろうということは三尺の童子でも容易に理解できる。近いうちに済州にある日本領事館前にも慰安婦像が設置され、大使館や領事館前に設置されている慰安婦像の周囲にもさまざまな日本糾弾用の銅像が増殖するだろう、ということも付言しておく。 最後に新大統領の国政運営について予測してみたい。クリーンで民主的だが、実務経験に乏しく、国際感覚が欠如しており、民族至上主義で親北朝鮮である、という文氏の姿は盧氏の「生き写し」である。 恐らく文氏は公約にあるように旧政権の不正追及や財閥への規制、厳しい対日姿勢、融和的な対北朝鮮政策、過去史清算などでしばらくは点数を稼ぐだろう。過去に盧氏がそうだったように。来年2月の平昌五輪が終わる辺りまでは、そうした手法が人気を博するに違いない。ソウルの国会議員会館会見場に入り、支持者らと握手を交わす文在寅氏(川口良介撮影 問題はその後である。良好な対米関係を維持できず、北朝鮮の挑発を抑えきれなければ保守派の激しい反発を招くだろうし、雇用や福祉、格差解消に失敗すれば進歩派の支持も失うだろう。中韓関係の改善が望めなければ、中国依存度の高い韓国経済には負担とならざるを得ないし、北朝鮮に対して圧力を加えてもらうこともできない。こうした懸案に対して新政権が有効な手を打てるか、と問われれば甚だ心もとないと言わざるを得ない。「クリーンで民主的」というだけでは解決できない問題ばかりだからである。 数年のうちに内政、外交、経済、福祉で目立った成果がなければ、たちまちのうちに進歩派の「ロウソクデモ」や保守派の「太極旗デモ」が発生し、政権を窮地に追い込むということは、過去の政権において立証済みである。 最後に大胆な予言をしてみたい。数年の後に韓国人は文政権に失望し、「すべては文大統領のせいだ!」と叫び出すだろう。かつての盧政権末期がそうであったように。

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    「従北派」大統領再び、絶望の日韓関係

    政策で知られた盧氏と瓜二つというのであれば、文氏の対日政策も自ずと見えてくる。左派政権誕生は「絶望の日韓関係」への序章なのか。

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    文在寅政権になっても「財閥の呪縛」が続く韓国経済の悲哀

    加谷珪一(経済評論家) 韓国大統領選は事前の予想通り、「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が当選した。文氏は盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近だった人物であり、盧氏と同じく人権派弁護士出身である。文氏の経歴などを考えると、文氏の政権運営は、盧武鉉時代の再来となる可能性が高い。本稿では主に経済面に焦点を当て、文政権の政策と日本への影響について考えてみたい。 今回の大統領選は、文氏と野党第二党である「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏による事実上の一騎打ちとなった。実はこの2人は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領が当選した前回(2012年)の大統領選でも熾烈な争いを演じている。両氏は野党候補として立候補を表名したが、候補者一本化のため、安氏が出馬を断念した。 安氏はIT起業家として成功した人物で、政治不信が著しいといわれる若年層からの支持が厚いとされてきた。出馬を表明してから支持率が急上昇したものの、結局は息切れし、文氏にリードを許す結果となった。現代の若者の意識を体現しているであろう安氏が2度にわたって勝利できなかったという事実は、韓国社会を理解する上での重要なポイントとなる。 よく知られているように韓国経済は財閥とその関連企業に大きく依存している。中でも携帯電話など電子機器で圧倒的なシェアを持つサムスン電子の存在感は極めて大きい。サムスン電子の2016年12月期の売上高は約202兆ウォンであり、同社が生み出した付加価値は約82兆ウォンに達する。同じ年の韓国におけるGDPは1637兆ウォンなので、サムスン1社で全GDPの5%を生み出している計算になる。これに加えて財閥の関係会社や下請け企業が重層的な産業構造を形成しているので、韓国経済に対する財閥の影響力はさらに大きい。 極論すると現時点では、サムスンの経営が好調であれば韓国経済も成長し、サムスンがダメになれば韓国経済も下降するという図式になっている。リーマンショック後、世界経済の不振が続いたにもかかわらず、韓国が何とか成長を維持できたのはサムスンの競争力のおかげである。ソウル市ではためく韓国の国旗とサムスングループの旗 だが、経済運営が財閥に依存しているということは、国内のマネー循環も財閥中心になるということを意味している。経済が好調で財閥やその関係会社が潤っても、その恩恵はなかなか全国民にまでは回らない。韓国では格差が常に社会問題となっており、これが時に激しい感情となって政治を左右する。現代的でソフトなイメージを持つ安氏よりも人権派弁護士である文氏が勝つのは、弱者のための政策を国民が強く望んだ結果である。 では、文氏は反財閥的で左翼的な政権運営に邁進するのかというと、おそらくそうはならないだろう。先ほど筆者は、韓国は格差社会であると書いたが、日本でイメージされているほど韓国の格差は激しくない。 2016年における韓国の1人あたりのGDP(国内総生産)は約2万8000ドルと、徐々に日本に近づいている(日本は3万9000ドル)。11年における韓国の相対的貧困率(OECD調べ)は14.6%となっており、16.0%である日本よりもむしろ良好だ。 また、社会の格差を示す指標である「ジニ係数」を見ても、韓国は0.307、日本は0.336とほぼ同レベルとなっている。高額所得者による富の独占についても同様で、所得の上位10%が全体に占める割合は、韓国は21.9%、日本は24.4%とあまり変わっていない。 韓国は欧州各国と比較すれば、かなりの格差社会ということになるが、日本と比較した場合、それほど大きな差ではないというのが実情である。確かに韓国では格差問題は重要な政治テーマだが、それは財閥という一種の特権階級に対する反発というメンタルな部分が大きい。結局は韓国経済は政治より財閥 日本において格差解消や弱者救済が具体的な政策になりにくいのと同様、韓国でも急進的な格差是正策がスローガンとして掲げられることはあっても、現実的な施策にまでは至らないことが多い。 これは盧武鉉政権が格差是正という急進的スローガンを掲げながらも、財閥という韓国経済の基本構造に手をつけなかった(あるいは手をつけられなかった)という事実からもうかがい知ることができる。 一般的に盧武鉉政権は経済運営で失策が続き、これが企業出身である李明博大統領の誕生につながったと言われているが、必ずしもそうとは言い切れない。盧武鉉時代の後半はウォン高が進み、輸出に依存する財閥の経営が苦しくなったが、李明博政権では為替はウォン安に転じ、これが経済を下支えした。 続く朴槿恵政権も同様である。李明博政権以後、韓国の輸出は急激なペースで伸びており、2016年の輸出額は約66兆円と日本(約70兆円)に迫る勢いとなっている。これはサムスンなど財閥企業の業績が好調であることに加え、ウォン安がかなりの追い風となっている。韓国経済は結局のところ、政治的イデオロギーよりも財閥の経営状態と為替に左右される部分が大きいわけだ。大雨の中、支持を訴える「共に民主党」の文在寅候補=韓国・釜山(共同) 文在寅政権は、盧武鉉政権と同様、格差是正や反財閥を掲げながらも、経済的には従来と同じ路線を継続する可能性が高い。北朝鮮政策がどうなるのかという政治的側面を除外すれば、今後の韓国経済を左右する要素は、為替と米国経済ということになる。  日本と韓国を比較した場合、日本企業の方が高付加価値の製品を作っている割合は高いものの、基本的なビジネスモデルは類似している。日本や韓国は基幹部品を製造・輸出し、アジアや中国で製品として組み立て、最終的には米国市場で販売する。 トランプ政権の経済政策が効果を発揮し、米国の好景気が続けば、韓国経済もそれなりの水準で推移することになる。トランプ氏が掲げる減税とインフラ投資が実現すれば、理屈上、ドル高が進むので、これは韓国経済にとって追い風となる。リスク要因としては、やはり日本と同じく金利上昇ということになるだろう。 日本の場合、金利上昇の影響を受けるのは政府債務だが、韓国の場合には家計債務である。韓国は、政府の財政状況は良好だが、家計債務の比率が極めて高いという特徴がある。 ここで金利上昇が進むと家計の収支が苦しくなり、これが内需の低迷をもたらす可能性がある。低所得層のローン返済が滞れば、金融危機が発生するリスクもゼロではない。結局のところ、日本も韓国も、トランプ政権に左右されてしまうという点では似たような状況にある。

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    韓国大統領選で先頭走る文在寅氏とは何者か

    澤田克己 (毎日新聞記者、前ソウル支局長) 9日の韓国大統領選は、進歩派(革新)である最大野党「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が優勢のまま最終盤を迎えた。3月末から4月上旬に支持率を急速に上げた中道系「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏はテレビ討論の失敗で失速し、代わりに、文氏を北朝鮮に融和的だと攻撃する保守「自由韓国党(旧セヌリ党)」の洪準杓(ホン・ジュンピョ)氏が急速に追い上げる。「文在寅に勝てる候補」を求めて安氏に流れた保守派が、安氏を見限って保守候補に回帰しているのだ。 一方で最左派「正義党」の沈相奵(シム・サンジョン)氏も支持を伸ばしており、10%台の得票をうかがうのではないかという見方が強まっている。こちらは、「勝てる候補」として文氏に集まっていた左派票が「どうせ文氏の勝ちだ」と考えて沈氏に戻った模様だ。文氏陣営は「高い得票率で当選してこそ国政運営をきちんとできる」と防戦に努めている。 結局、文氏の優勢は変わらないものの、安氏が沈み、左右両極の候補がそれぞれ支持を伸ばすというのが選挙戦最終盤の構図だ。今回は、優勢を保ったまま最終盤にきた文氏の人物像を紹介したい。 メディアに付けられたニックネームの中で文在寅氏自身がもっとも気に入っているのは「盧武鉉の影法師」だそうだ。盧武鉉元大統領が政権の座にあった間、最側近として常に脇を固めていたとして付けられたニックネームだ。 文氏が政界入りする直前だった2012年1月に当時人気のあったバラエティ番組に出演して、そう語っている。各界で注目される人物を呼んで硬軟取り混ぜた対談で人物像を描く番組で、前週の出演者は与党の大統領候補になることが有力視されていた朴槿恵氏だった。野党で朴氏に対抗しうる人物として登場したのだが、文氏はまだ国会議員にもなっていなかった。文氏が初めて議員バッジを付けたのは同年4月の総選挙で初当選してからである。文在寅氏が描かれた韓国国旗を持つ同氏の支持者=5月9日夜、ソウル(ロイター) 1年後に控えた大統領選へ向けて政界が動き始めた時期だ。文氏急浮上の背景には、盧元大統領の側近グループが復権を果たしたことがあった。盧政権は内政・外交ともにつまずきが目立ち、特に景気低迷の影響で支持率低迷にあえいだまま退陣した。その後は側近たちもなりをひそめていたのだが、盧氏が09年に自殺したことで雰囲気が変わった。追悼ムードの中で進んだ盧氏再評価を追い風に息を吹き返し、野党内の主流派に戻ったのだ。 文氏は番組で「盧大統領が亡くなっていなければ、政治の道に入ることはなかっただろう」と語った。文氏のそれまでの経歴を考えれば本音だろうし、盧氏の死がなければ側近たちが復権を果たすにはさらに時間が必要だったかもしれない。 当時の取材メモを見ると、康元澤ソウル大教授(韓国政治)は「保守派の李明博政権下で格差拡大が社会問題になっている。弱者を助けようとしたイメージのある盧氏に対する再評価が、盧氏側近グループへの期待が高まる背景にあるのだろう」と話していた。両親は朝鮮戦争で北から逃げた避難民 文在寅氏と朴槿恵氏は同い年だが、独裁者の娘として育った朴氏と朝鮮戦争の戦火を逃れて北から南に渡ってきた家庭に生まれた文氏の人生はあまりにも違う。朴氏の人生も平凡とは言えないが、文氏もまた波乱万丈の日々を送ってきた人物である。朴槿恵(パク・クネ)前大統領が収容されているソウル拘置所。拘置所前には前大統領の写真が掲げられている=5月7日、韓国京畿道義王市(川口良介撮影) 文氏の両親は開戦半年後の1950年末、北朝鮮北東部・咸興(ハムフン)市の興南(フンナム)地区から米軍艦艇に乗って脱出した。10万人近い民間人が米軍輸送船に鈴なりになって脱出した「興南撤収」と呼ばれる有名な出来事だ。釜山に近い巨済島に避難民キャンプが作られ、文氏は53年に巨済島で生まれている。 生活の基盤がまったくない異郷での生活が楽なわけはない。学校に弁当を持っていくこともできなかったという。韓国の学校では当時、弁当を持ってこられない学生たちには牛乳やトウモロコシがゆの給食が出たのだが、食器は用意されていなかった。弁当を持ってきた級友からフタを借り、そこに給食を盛ってもらって食べたという。 番組が放送された時、韓国では給食無償化の是非が話題となっていた。生活に余裕のない児童生徒に限った無償化という主張もあったが、それでは各家庭の経済状況を子供たちにわざわざ意識させることになるから全面無償化でなければならないという主張もあった。文氏は番組で「(どちらにしても)給食を食べる子供たちの自尊心を傷つけないよう細心の注意が必要だ」と語った。文氏にとって給食は、胸の痛む記憶なのだろう。 釜山の名門である慶南高校を卒業してソウルの慶煕大法学部に進学。高校時代から社会の不条理に対する怒りを抱くようになっていたといい、朴正煕政権に反対するデモの先頭に立った大学3年の時に逮捕された。そして、韓国人男性の義務である兵役。軍隊生活にはうまく適応できたといい、陸軍特殊戦司令部の空挺部隊で爆破任務を担う優秀隊員として司令官表彰を受けた。 除隊後に復学し、司法試験に挑戦した。1次試験に合格し、2次試験を受けたのが80年春。朴正煕殺害後の政治的混乱の中、民主化運動の弾圧で200人以上の死者を出した光州事件の直前だった。光州での鎮圧作戦が始まる前日に戒厳令が全国に拡大された際、文氏は「危険人物」として再び収監されてしまった。司法試験の合格通知を受け取ったのは、ソウル市内の警察署の留置場でだった。 面白いのは、合格の報を受けて留置場での扱いが一変したことだ。署長から「令監(ヨンガム)」という敬称を付けて呼ばれるようになり、お祝いに来た知人と留置場の中での酒盛りまで認められたそうだ。軍事独裁とはいえ社会におおらかな面があったことともに、科挙の伝統を持ち、知識人が支配勢力となってきた伝統を持つ韓国ならではの光景だと言えそうだ。盧武鉉弁護士とともに民主化運動 次席という優秀な成績で司法修習を終えると、ソウルの大手事務所からの誘いを断って釜山に戻った。そこで人権派弁護士だった盧武鉉氏に出会った。82年のことだ。故盧武鉉元大統領の肖像写真を掲げる文在寅氏の支持者=5月4日、韓国・高陽(ロイター) 文在寅氏は番組で「それまでに会った法曹界の先輩たちは、権威主義というかエリート意識を感じさせる人ばかりだった。盧弁護士にはそういった雰囲気がまったくなく、私と同じ部類の人間だと感じた」と語った。その場で意気投合して盧氏の事務所に加わり、民主化運動にも一緒に身を投じた。 盧氏は87年の民主化後、後に大統領となる金泳三氏に見出されて国会議員となったが、文氏は釜山で人権派弁護士としての活動を続けた。 2002年大統領選で盧氏が当選すると、盧氏に強く請われて青瓦台(大統領府)に入った。常に盧氏に寄り添う姿から「影法師」と呼ばれるようになり、政権後半には実質的なナンバー2である大統領秘書室長を務めた。04年に盧氏に対する弾劾訴追案が国会で可決された時には、盧氏の代理人弁護士として「弾劾棄却」を勝ち取ってもいる。 盧氏退陣後は釜山での弁護士活動に戻っていたが、09年に盧氏が自殺したことで状況が変わる。盧氏逝去を受けて設立された盧武鉉財団の理事となり、その後理事長に。そして、2年後には盧氏の遺志を継ぐ存在として大統領選に担ぎ出されることになった。 朴氏に惜敗した後は「5年後」をにらんで本格的な政治活動を展開。16年秋に朴氏を巡る一連のスキャンダルが発覚した際には辞任要求の先頭に立ち、最大で100万人以上を集めたとされる「ロウソク集会」も積極的に後押しした。 文氏と同じ「共に民主党」に所属する重鎮の政治家は私に「文氏はロウソク集会に大きな借りがあると感じている」と話した。ロウソク集会に代表される世論の高まりが朴氏罷免という事態を招き、大幅に前倒しされた大統領選で文氏が有利になったからだろう。今後は、その思いとともに盧政権での教訓をいかに活かしていくかが問われることになる。

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    韓国大統領選の先に、日韓関係「史上最悪の5年」が待つ

    が誕生する。候補者は「共に民主党」の文在寅氏(64)と、「国民の党」の安哲秀氏(55)だ。冷え切った日韓関係は、新政権の下で明るい未来を描けるのか。 現在、韓国はTHAAD配備など、米中の間で右往左往し、反日アピールまで手が回らない状況。だが左派新大統領が船出して早々の窮地に“現実”を直視して日韓関係改善に動く可能性はあるのだろうか。 産経新聞ソウル駐在客員論説委員・黒田勝弘氏は、初の左派大統領の登場となった盧武鉉政権(2003~2008年)の例を挙げて比較する。「盧武鉉は『反米だからどうだというのだ』と愛国主義を打ち出して強い支持を受けた。だが経済運営に行き詰まると、政権の後半には米韓FTA締結交渉をスタートさせ、親米路線に舵を切りました。当初、左派の支持母体は強く反発したが、盧氏がもともと左派のカリスマ的指導者だったので、批判を抑え説得ができた。同じことを保守系の大統領がやっていれば、反発はもっと広がっていたでしょう」 安倍首相が「心からのお詫びと反省」を表明した2015年末の日韓合意に対して、「日本国内で“謝る必要などない”という右派の批判がそこまで高まらなかったのは、保守層の厚い支持がある安倍政権がやったことだから」(政治部記者)という構図と似ている。「問題は韓国の左派新大統領に支持基盤の批判を抑えるカリスマ性が備わっているかどうか。文氏は人当たりこそ良いが、批判を顧みずに国益を優先した決断ができるかは疑問」(黒田氏) カリスマなき左派大統領であれば、現実的な方針転換はむしろ「変節」と指弾される。かつて人気取りで口にした慰安婦合意の破棄といった「反日公約」に縛られることになる。 注目すべきは、文、安両氏の出身地である釜山の日本総領事館前に、すでに違法に設置された慰安婦像に加え、日本の朝鮮半島統治時代の徴用工の像を設置する動きがあることだ。「韓国の左派ロビーは元慰安婦への国家賠償にこだわっていますが、その先には遺族も含めて100万人規模となる元徴用工への賠償請求につなげる狙いがある。それが今回の新しい像設置からも透けて見えます。新大統領が左派の反日要求を抑えられなければ、慰安婦問題が蒸し返されるだけでなく、新たに膨大な額の賠償を求められる可能性がある」(在韓ジャーナリスト) もちろん、1965年の日韓請求権協定で賠償問題が解決済みである以上、日本政府はいかなる賠償にも応じられない。日韓合意を受けて拠出した10億円も、あくまで元慰安婦を支援する基金への拠出である。そこに徴用工問題まで持ち出されれば、歩み寄りの余地は完全になくなってしまう。 小粒候補による争いとなった大統領選の先に待っているのは、日韓関係「史上最悪の5年間」である。関連記事■ 日本は北朝鮮の特殊部隊やテロリストの上陸を阻止できるのか■ 浜崎あゆみが売りに出した「南青山の大豪邸」、その売却額■ 稲村亜美が写真集で大胆ビキニ、魚ブラにも挑戦■ もはや韓国の世論は北朝鮮の核の前に屈してしまった■ 石原慎太郎氏 「尖閣購入時にオバマがCIAに私の暗殺命令」

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    韓国に竹島を売った元日本人「保坂祐二」なる人物を知っているか

    ェイン)民主党元代表の大統領選挙陣営に参加したと報じられた。文在寅氏側は保坂氏が東アジアの外交関係と日韓関係に対する政策諮問を担当するとしており、保坂氏も文氏の主張に合わせてか、一昨年の日韓慰安婦合意はいくらでも再交渉が可能、などと主張している。保坂氏の権門への接近ぶりについては、韓国内でも反文在寅派の韓国人から批判されたり、「政治的に利用されて、用済みになればポイ捨てされる」などという陰口が叩かれたりしている。 しかし、文在寅氏が大統領になろうがなるまいが、保坂氏が従来通りの身の処し方を貫けば、韓国で一生食うに困ることはないだろう。もし、保坂氏がお笑い芸人なら、ネタが枯渇すれば飽きられるし、食っていけなくなる。しかし、韓国では「『独島』は韓国の領土」と言い続ける限り、韓国人はいくらでも喜んでくれる。未来永劫、飽きられることのない一発芸のようなものなのである。しかも「元日本人ですら『独島』は韓国の領土だと認めている」という広告塔としての役割も十分果たせる。一度の大統領選挙で使い捨てにするにはあまりにも惜しい存在なのである。 韓国人がここまで「独島」に関する異論や妥協を許さず、ひたすら「独島」の守護に執念を燃やすのは、幼稚園から執拗に行われる「『独島』は韓国の領土!」という愛国教育の影響でもあるのだが、それ以外にも理由はある。「独島」は誰にも非難できない不可侵領域なので、「国民統合の象徴」としてお手軽に利用できる。それにつべこべと異論を差し挟む輩には「売国奴」「親日派」と一言いうだけで論破が可能。反対に「独島」に対する忠誠心を誇示するだけで、手っ取り早く「愛国者」となることができて名を挙げることができるし、政治活動(選挙運動)、経済活動(金儲け)にも有用である。もちろん、植民地時代のように捕えられて処刑されることもなく、100%安全である。  このため、韓国人は「独島」が国内で話題になるたびに、先を争って独島への忠誠心を示そうと躍起になってきた。その度が過ぎて、単なる奇行になってしまった事例も多い。ここでは、日本にも伝えられた二つの事例を見ることにしたい。竹島までのリレー水泳 2012年8月15日、韓国の歌手、金章勲(キム・ジャンフン)や徐敬徳(ソ・ギョンドク)誠信女子大客員教授、俳優の宋一国(ソン・イルグク)、大学生33人が韓国の東海岸から「独島」までのリレー水泳を計画。8月15日は言うまでもなく、韓国の解放記念日。33人という人数は1919年3月に起こった独立運動で「独立宣言文」に署名した志士の人数。金章勲や徐敬徳は本業より反日活動が有名ということで、韓国では知らぬ者のいない反日闘士。宋一国は独立運動家の子孫を自称している俳優で、それを売りにしている以上、当然反日であらざるを得ず、さまざまな愛国的イベントにも積極的に参加している。  さて、このリレー水泳、全員が49時間をかけて泳ぎ切ったまではよかったが、アンカーの金章勲が「独島」到着後に疲労とパニック障害で病院に搬送されるという事故が発生。また、安全確保のためにいけすの中で泳いでいたことも話題となり、日本のネット空間では韓国人の反日奇行の一つとして嘲笑の対象になった。しかし、韓国人によっては、こうした奇行も絶賛の対象であり、嘲笑することなど許されない。 この翌年、韓国の彫刻家、キム・テッキ氏が「独島」に韓国のロボットアニメ「テコンV」のオブジェを設置しようと募金活動を開始するという事態が起こった。8月15日、「独島」に13メートルにも及ぶテコンVがトロンボーンを吹いている像を設置し、「独島」が韓国の領土だということを世界に発信しようという企画だった。「独島」に勝手にそんなものを設置することが許されるとは思われないので、「独島」を通して彫刻家としての名をあげることが目的だったと思われる。ところが、意外なことにこれがネットユーザーの猛反発で中止に追い込まれた。実は「テコンV」は日本の「マジンガーZ」と外見がそっくりで、パクリであることは国内外から指摘されていた。ただし、韓国人はパクリであるということを認めようとせず、つべこべと屁理屈をこねて、韓国オリジナルのキャラクターであると主張していたのである。松江市で行われた「竹島の日」式典に抗議する市民団体メンバー=2月22日、ソウルの日本大使館前(共同)  ところが、いざそれが「独島」に設置される段になると、「日本のマジンガーZのパクリであるテコンVを設置することは許せない」という論調が大勢を占めたのだから、わけがわからない。無節操なダブルスタンダードなのだが、ほとんどの韓国人はそうした矛盾を気にしていなかった。「独島」の前ではあらゆる議論が無駄で無意味である、という好例ではあると言えるだろう。キム・テッキ氏は「テコンV」などを持ち出して失敗したが、保坂氏の著書などで事前学習をしておけば、十分に名をあげることができたはずだ。このほかにも「独島」に関する韓国人の奇行(彼らにとっては愛国美談)は枚挙にいとまがないが、馬鹿馬鹿しいので省略する。 以上のような韓国内の事情を通して、読者諸兄も韓国人にとって「独島」がいかなるものか理解されたと思う。「独島」に関する限り、韓国人にとっては妥協も譲歩も不可能。神聖にして冒すべからざる絶対不可侵の領域であって、一切の異論を許さない。まさに「独島教」原理主義のようなもので、それに異を唱える者は、異端者として社会的に抹殺される。こうした原理主義者と付き合うには、関係悪化を恐れず徹底的に反論するか、不利益を覚悟で適当に妥協するか、お互いに無視するかのどれかである。いずれにしても、ほのぼのとした友好関係などありえない。これについては、韓国人も同様に考えているはずである。しかし、いまだ大多数の日本人にはその覚悟ができているようには見えない。だから、現実を直視できず、冒頭に書いたような甘ったるい想念に必死にしがみ付くのであろう。 現在、韓国では朴槿恵政権が崩壊し、さらに強力な反日政権が誕生しようとしている。そして、領土問題に関する限り、これからも韓国人はこれからも絶対に姿勢を変えることはないだろう。日本人が領土問題、ひいては日韓関係に対する認識を根本から改めるべき時期が今まさに到来しているのである。

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    韓国に奪われた竹島を取り戻すために日本がやるべきこと

    下條正男(拓殖大教授) 1952年1月18日、韓国の李承晩大統領(当時)が一方的に引いた軍事境界線「李承晩ライン」を宣言して以来、竹島は日韓の係争の地となった。それから半世紀以上が過ぎた今日、解決のめどは立っていない。 それどころか、韓国の慶尚北道では今年の2月22日、「竹島の日」に対抗して、ソウル市内では初めて大規模な抗議集会が開催された。その場所は、大統領だった朴槿恵氏の弾劾を求め、「ろうそく集会」が開かれた広場である。抗議集会に集まった人の数は数千人だったという。 この韓国に対して、日本はどのように対処したらよいのだろうか。竹島問題が今日のように顕在化したのは2005年3月、島根県議会が「竹島の日」条例を制定して、竹島問題に対する啓発事業を始めてからである。当時、島根県と姉妹提携していた慶尚北道はその関係を断ち、以後、島根県に対抗する形で竹島問題に取り組んできた。 この時、日韓両国政府の対応は対照的だった。韓国政府は竹島問題に対して、持続的に対処するための研究機関を設置し、竹島死守の姿勢を鮮明にした。その国策機関は06年に「東北アジア歴史財団」となって、竹島問題に慰安婦問題、歴史教科書問題、日本海呼称問題、靖国問題などを絡め、対日攻勢をかける韓国政府の司令塔となった。韓国が不法占拠を続けている竹島=島根県隠岐の島町(聯合=共同) 一方の日本政府は、島根県議会が「竹島の日」条例を制定しようとすると、成立を阻むべく圧力をかけてきた。島根県ではかつて県土の一部であった竹島に対し、その「領土権の確立」を求めていたのである。 中学校の公民の授業では、国家の三要素「領土・国民・主権」が教えられている。その中の一つ、「領土」が侵奪され、国家主権が侵されているというのに、当時の自民党政権は関心がなかったのだろう。 その間隙を突いて動いたのが中国である。中国では、韓国が日本から竹島を侵奪した方法に倣って尖閣諸島に触手を伸ばし、挑発行為を始めた。これに対して当時の民主党政権は、尖閣諸島の国有化によって対抗したが、逆に中国国内での反日暴動を誘発し、中国政府に対日攻勢を強めるきっかけを与えてしまった。さらに中国政府は、民主党政権の脆弱(ぜいじゃく)ぶりを見透かし、南シナ海にも進出することになるのである。 韓国と中国の動きは、日本と比べると持続的で戦略的である。それに大きく違うのが、国民の意識である。韓国や中国では、何かと集団行動に訴える傾向がある。竹島や尖閣、歴史問題ではそれが顕著で、その行動は海外に住む韓国人や中国人にも伝播していく。 すると日本でも国民の意識が重要だとされて、国民世論の喚起に意識が行く。そのために制定されたのが「北方領土の日」である。毎年2月7日になると、全国から元島民らが集まり、領土返還を要求する。合わせて北方領土返還のための署名運動に、協力が求められる。会場では、1965年ごろから始まった署名運動は、昨年までで8835万人を集めたと報告された。この集められた署名は、どこに提出されるのだろうか。国会であろう。日本も歴史研究機関の設置が不可欠 その国会では、つい最近まで、安倍首相の昭恵夫人は私人か公人かの定義に忙しく、南スーダンでは「戦闘」が行われたのかどうかが、与野党の関心事となっていた。署名が一億人を超えても、北方領土問題は解決することはないであろう。 そもそも日本は、隣国の韓国や中国とは社会の成り立ちが違っている。長く中央集権的な社会体制を続けてきた韓国や中国では、民族はあっても国家や社会(地方自治)を経験する機会に乏しかった。 そのため、民族感情を刺激する事案に対しては、集団的に行動することになり、いったん動き始めると収束が難しくなる。朴槿恵氏が弾劾された事件では、ろうそく集会が大きく影響した。それは集団の力を利用し、自らの要求を貫徹させることに目的があったからだ。朴槿恵氏の即時退陣を要求する集会でともされたろうそく=2016年12月10日、ソウル(共同) だが、それは民主主義とは似て非なるものである。事の是非ではなく、自らの感情を行動に現したものだからである。朴槿恵氏を弾劾したからといって、韓国の政治が改善されるわけでもなく、サムスングループのトップを贈賄の疑いで逮捕し、財閥解体に結び付けようとしても、韓国経済の回復は難しい。歴史的に見て、韓国の集団行動は、壊すことはできても、創ることに結び付いていないからである。これは中国も同じである。 領土問題を解決するには、武力が必要だとする異見がある。尖閣諸島を守るには、憲法改正が不可欠だという。 尖閣問題では、「日米安全保障条約」の第五条が沖縄県の尖閣諸島にも適用されるかどうかが、日本側の関心事となっている。一方で沖縄の米軍基地の縮小が問題となり、自衛隊の先島諸島駐屯が論議される。竹島は、その範疇(はんちゅう)にも入っていない。 外国の軍事力を頼れば、日本は常にその国に従属することを余儀なくされる。自衛隊員も、尖閣諸島が日本の領土だと確信しているわけではない。米国は尖閣諸島の施政権は認めているが、領有権を認めているわけではないからだ。 それに日本が相手にしているのは、日本とは異なる歴史と文化を持った国々である。竹島は島根県の問題、北方領土は根室市の問題、尖閣諸島は石垣市の問題となる日本である。武力や憲法改正で、解決できる問題ではない。現実を無視し、憲法改正反対を唱えるのも、言語道断である。問題の本質は、別にあるからだ。 彼我の違いを明らかにし、竹島問題と尖閣問題では韓中に文化攻勢を仕掛け、その過程で韓中の妄動を鎮めていくことが、迂遠(うえん)のようだが、歴史問題を解決する近道である。竹島問題や尖閣諸島問題に進展がないのは、韓中が歴史的に抱えている民族的な課題に対し、日本も無知だからである。 国家主権に関する問題を解決するためには、韓中にはあって日本にはない、領土と国家主権に関する歴史研究機関の設置が不可欠である。

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    韓国から竹島を取り戻す覚悟はあるか

    韓国の不法占拠が続く竹島をめぐり、日本政府がまとめた「2017年版外交青書」に韓国政府が噛み付いた。「歴史的事実に照らしても国際法上も明らかに日本固有の領土」。文書の記述は至極当然だが、韓国は65年前に島を侵奪した経緯をもうお忘れのようである。日本人よ、このままで本当にいいのか。

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    韓国の実効支配はどこまで進んだか、私が撮影した「竹島の近影」

    竹島に上陸し、芳名録に「東海のわが領土」などと書き込んだ人物だ。もし彼が当選すれば、竹島問題はおろか日韓関係が一層こじれるリスクを孕(はら)んでいる。文氏の過激な演説を聴きながら、日韓のとげである竹島に上陸したときのことを静かに思い起こした。「武力」から「ソフト」な実効支配 私は報道写真家として世界を巡り、多くの国境を通過する機会があった。どの国境も武装した国境警備軍が警戒の眼を光らせていた。戦車や機関銃座が据えられ、厳しいチェックを受けた。この経験から「日本の国境」に興味を抱いたのは私にとって当然の帰結であったように思える。 1990年以来、機会あるごとに国境の島に上陸し取材を重ねてきた。北方領土に関しては、北海道・根室の納沙布岬に北方領土館や望郷の家などの施設もあり、それなりに返還運動も行われていたが、政治家、官僚、マスコミ、一般大衆を含め、竹島への関心は薄かった。  「何かおかしいぞ」とことあるごとに感じた。例えば、2005年に島根県が「竹島の日」を制定した直後に韓国が猛反発し、抗議の渦が沸き起こったときに、テレビも新聞も雑誌も、日本のメディアの多くは、ニュース報道などで韓国側に提供された「独島(竹島の韓国名)」の映像や写真を当たり前のように使っていることであった。韓国人によって撮られた写真は「独島」であって竹島ではない。 「日本人の眼で見た日本の竹島を誰かが撮らなければならない。できれば自分が撮りたい」。この気持ちが竹島取材の原動力だったような気がする。 これまで3回の竹島上陸取材を敢行した。初の上陸は2006年5月、海洋警察の監視の眼をかいくぐっての撮影だった。この時、島は「要塞島」であった。山頂には多目的3インチ機関砲が据えられ、武装兵が小銃をかざし、アンテナ群、隊舎などが設置されている。2006年、韓国が不法占拠する竹島の山頂にあるアンテナ群や韓国警備隊の宿泊施設(山本皓一氏撮影) なにか「日本時代の痕跡」は残っていないだろうか。眼を皿のようにして探したが見つけられなかった。小屋の跡はおろか、食器皿の欠片も転がってはなかった。滞在時間はわずか30分だ。島中を探す余裕はなかった。 2回目は2011年8月、日本から鬱陵島(うつりょうとう)にある独島博物館を訪れようとした日本の国会議員3名が「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として国外退去を強要された3日後のことであった。要塞島は大変貌を遂げていた。ヘリポートは40人乗りの大型ヘリが離着陸可能なように改修され、岸壁も拡張され、500人の乗客を運ぶ大型双胴船ウリ号が接岸していた。 前回の上陸時、鬱陵島から2時間半をかけて到着した三峰号は200人乗りで、日本から購入した中古船だった。韓国政府は安全保障教育のため「安保観光」を奨励している。38度線の南北軍事境界線や侵攻トンネルなどの見学ツアー、北朝鮮のサンオ型潜水艦が東海岸の江陵(カンヌン)に侵入座礁し、銃撃戦が起こった現場などと同様に竹島(独島)にも押し掛ける。以前は海軍OBや愛国団体の観光客が韓国旗をかざして気勢を上げていたが、今ではリゾート感覚で訪れる若者やカップルが多くなった。 どうやら韓国政府は竹島に対する考え方を方向転換したようだ。かつて日本漁船を砲撃し、44人もの死傷者をだした「武力による実効支配」から観光客が気軽に訪れる「ソフトな実効支配」に変わっているのだ。なぜ韓国が竹島に固執するのか これは国際裁判への布石とも考えられる。領土主張の最も有効な根拠は「日常的に経済活動を為す住民の存在」である。4階建ての島民宿舎も完成し、一組の老夫婦も呼び込まれ島民と称する。30人前後の警察官も常駐し「独島警察署」の建物も造築された。岩山の中腹には巨大なソーラー発電パネルも設置されていた。日本が手をこまねいている間に、韓国の不法占拠による実行支配は段階的進行を遂げていたのだ。2011年、韓国が不法占拠する竹島には多くの観光客が訪れるようになった(山本皓一氏撮影) それだけでなく、韓国軍特殊部隊の訓練や有名歌手によるコンサートや、囲碁名人による対局が開催された。2013年には日本の漫画ヒーロー「マジンガーZ」をパクった「テコンV」なる巨大像を「独島のシンボル」として設置する計画もあったが、さすがに国民の猛反対で頓挫した。もうブラックジョークとして笑うしかない。最近も、慰安婦像の設置計画が浮上するなど韓国流の「ゴリ押し不法占拠」がエスカレートしている。 なぜ、韓国がこれほどまでに竹島に固執し、強硬な態度をとるのだろうか。漁業権や海底資源の確保という理由もあるが、それは大きな問題ではない。秘密の鍵は、50年6月に勃発した朝鮮戦争にあった。北朝鮮が突如38度線を突破して韓国に侵攻、不意を突かれた韓国政府はソウルを放棄し、大田(テジョン)などを経て釜山(プサン)まで追いつめられたのだ。 釜山の背後はもう海だ。陸と海から挟撃されれば韓国は消滅してしまう。当時の李承晩(イ・スンマン)大統領が戦慄したことは容易に察しがつく。恐怖に震えた李氏の頭に、北朝鮮軍の海からの攻撃をいち早く察知する監視体制の構築が頭をよぎったに違いない。実は日露戦争の当時、バルチック艦隊の早期発見のため、帝国海軍は竹島の山頂に監視所を築き、海軍兵士が常駐させた。李大統領に早期発見によった連合艦隊の「日本海海戦大勝利」が蘇ったことは、想像に難くない。 戦況は幸いにもマッカーサー元帥による仁川(インチョン)奇襲上陸作戦(1950年9月)の反転攻勢が成功し、国連軍はソウルを奪還、韓国政府は首都に帰還した。 こうしたなか、日本は51年9月、サンフランシスコ講和条約で主権を回復し、竹島の領土も確認した。これに対し、韓国は52年1月8日、自国側水域に竹島を含ませた李承晩ラインを一方的に宣言した。 53年7月に朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた。韓国が武装した「独島守備隊」を竹島に送り込んだのは、その3カ月前である。休戦協定は終戦協定ではない。第2次朝鮮戦争に備えた軍事行動ではなかったのか。現在、頂上に据えられた大砲の位置はくしくも帝国海軍が作った監視所と同じ場所にある。当初、砲口は北朝鮮側を向いていたが、その後、日本側に向けられたのである。独島の「独」は独立の独 歴史的にみて、韓国(朝鮮)は常に大国に取り囲まれた被抑圧民族であった。そんな中で唯一、不法占拠にもかかわらず「自力で獲得した領土」と思い込んでいるのが竹島なのだ。つまり「恨5千年」と称される朝鮮民族の長い「恨み」と「プライド」の象徴が竹島と密接に結びつき、民族の悲願は「独立」だった。 だからこそ、竹島の韓国名である独島の「独」は独立の独なのだ。2011年、韓国が不法占拠する竹島にある「韓国最東端の碑」を見物する女性(山本皓一氏撮影) では日本の固有の領土である竹島はどうすれば奪還できるのか。ちなみに歴史的にも国際法的にも、竹島が紛れもなく日本の領土である事実は、すでに数多くの資料や証拠もそろっており揺るぎない。 ひとつだけ例をあげれば、韓国が自国領土と主張する最大の根拠は「韓国の独島は古地図に表記されている于山島である」ということだ。だが、この「于山島」は鬱陵島の沖合2キロに位置する竹嶼(チュクショ)という島のことであって、形も于山島と同じで、韓国側の古文書や資料からも明白に断定されているにも関わらず、この竹嶼(韓国の英語表示でもBamboo Island)を90キロ日本寄りに平行移動させて、日本の竹島を于山島と強弁し続けているのだ。慰安婦問題や靖国批判と同じでご都合主義としか言いようがない。 国境紛争は世界中に数知れず存在するが、どれもこれも解決は難しい。例えばイギリスとアルゼンチンが150年もの間、領有を争っている事例に、英領フォークランド諸島がある。82年にも両国間で領土紛争が起こった。戦闘による両軍あわせて死傷者は3000人以上。現在も領土問題の棚上げ状態が継続し、解決の見通しはついていない。このように武力での奪還というのは非現実的だ。 早急に国際司法裁判所で白黒はっきりつけた方がいい。とはいえ100%日本の勝ちとはならない。あえて推測すれば、今裁判を行えば、7対3で日本の勝ち、だが10年後には4対6と逆転されているかもしれない。領土問題における実効支配というのは、それほどの説得力を持っている。 もしかしたら共同開発という裁定が出るかもしれない。とすれば、日本側に残された手段はそう多くはない。個人的には、地図上の支配も大事だが、韓国側と交渉し、竹島を相互乗り入れの島として、海洋研究所や魚の養殖場、気象研究所などを造り、武力は置かず、他の国も受け入れるというような施策をとるのもいいのではないか。ただし、その管理権と費用および主権は日本が持つ。2011年、韓国が不法占拠する竹島には警察官も常駐するようになった(山本皓一氏撮影) それは軍艦を派遣し、武力で奪還してトーチカを造るよりもよほど安上がりで、東アジアにある種の「未来への実験島」を造ることになるだろう。だが前述したように、現在の韓国は混乱の極み、真っ最中である。日本が敗戦の傷痕であえいでいるときに、韓国によって不法占拠された竹島であるが、果たして日本が今、隣国の弱みに付け込むような交渉ができるかどうか。悩ましいかぎりである。

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    韓国よ、仏像を返しなさい! 国境に生きる対馬人の嘆き

    田中節孝(観音寺前住職)取材・構成=編集部 2012年に長崎県対馬市豊玉町の観音寺から韓国人窃盗団に盗まれ、韓国に持ち込まれた県指定有形文化財「観世音菩薩坐像(以下、仏像)」について、今年1月26日、大田地方裁判所は同国の浮石寺へ引き渡すように韓国政府に命じる判決を下した(判決後、韓国の検察は控訴)。日本から盗んだ仏像を返す必要はない、という耳を疑うような判決である。田中節孝氏は1985年4月から2004年5月まで、観音寺の住職を務めた。これまでの経緯を含めて、先の判決をどのような思いで受け止めたのか、対馬の観音寺で話を聞いた。〝怪しい動き〟は以前からあった 2016年5月、韓国中部瑞山の浮石寺を訪れた長崎県対馬市の観音寺前住職、田中節孝さん(共同)――まず、先の判決の感想からお聞かせください。田中 韓国政府側は最初、「14世紀に倭寇が略奪した」という韓国・浮石寺の請求に対して「確たる証拠はないので日本へ返還する」という姿勢を見せていました。ところが地裁の判決が出る前ごろから、仏像の所有権は浮石寺にあるとする人びとを中心に「日本側こそ仏像が日本に渡ってきた経緯を証明せよ」と騒ぎ始めた。こうした経緯から、大田地裁の判決についてもある程度予想はしていました。とはいえ、やはり理性と品格を欠くような判決で、日本とは異次元の世界であると感じました。 本件に関してはっきりしている事実は次の3つです。第1に、仏像は観音寺の所有である。第2に、観音寺は仏像を500年以上の長きにわたって所有してきた。第3に、それが韓国の窃盗団に盗まれたということです。真実はこれら3つしかありません。浮石寺側はもともと倭寇が盗んだというが、ただの推測というより妄想にすぎず、何の証拠もありません。盗人猛々しいというか、常人ではとても思い付かない発想です。30年前から「返してほしい」――ご無念はよくわかります。韓国の窃盗団が観音寺の仏像だけではなく、同じ対馬市の海神神社の「銅造如来立像」や多久頭魂神社の仏教教典「大蔵経」を盗み出し、博多港から韓国南部・釜山港に持ち込んだのは2012年10月です。それ以前に〝怪しい動き〟はなかったのですか。田中 はい、ありました。私が観音寺の住職になったのはいまから30数年前ですが、ちょうどそのころ、韓国から僧たちがやって来て、「観音寺の仏像は浮石寺でつくられたものだから、返してほしい」といってきた。私は「仏像は500年以上もこの寺で守ってきたものだ」といって追い返したのですが、12年の秋に盗難に遭ったとき、そのことを即座に思い出したんです。そして、あの一味が窃盗に関わっていたにちがいないと確信しました。韓国で窃盗団が捕まったのは翌13年の1月末でしたが、やはりそうだったのか、と。とても奇妙に感じたのは、発見された現場に浮石寺が近かったからです。そして、仏像が韓国で発見されてすぐに浮石寺が、「同像は14世紀に同寺でつくられた」などと主張し、保管する韓国政府に移転禁止を求める仮処分申請を韓国の大田地裁に行なっていたのです(地裁はこの申請を認める)。あまりに手際が良すぎる、というほかありません。どこか裏のつながりを感じてしまいます。――ちょっと酷な質問かもしれませんが、警備の問題についてもお聞きしたい。もちろん、盗んだ側に非があるとはいえ、セキュリティ(安全対策)に不備はなかったのですか。田中 じつは観音寺の総代や村の人は、仏像が盗まれる前から「セキュリティに力を入れてほしい」と長崎県にお願いをしていたんです。そもそも仏像を文化財に指定したのは長崎県です。それなのに、県は対馬の文化財の保護にはあまり熱心ではなかった。しかし、対馬で盗難事件が相次ぐと、今度は掌を返したように警備に力を入れるようになりました。それでも盗人が観光客に成り済まして来ると、対馬の人は親切ですし、べつに怪しまれない。近ごろは村の住人も減り、近くにあった交番も移転してしまいました。その状況で事件が起きたのです。――仏像が盗まれたと知ったときの対馬の人の反応はどうだったのでしょうか。田中 村の大切な仏様を盗むとは何事かという、素朴ですが強い怒りに満ちていました。ヨソからきた窃盗団がズカズカとお寺のお堂に入って、何百年も祖先が守ってきた仏像を強奪していったわけですから。韓国に対して返還を求める署名もたくさん集まりました。対馬の人びとだけでなく、ネット上の支援組織を通じて全国から署名が集まりました。ほんとうに感謝しています。窃盗団の悪事を容認するような発言窃盗団の悪事を容認するような発言――韓国に押収された仏像2体のうち、所有者が名乗り出なかった海神神社の仏像は、2015年7月に日本に返還されました。以来、日本政府はもう1体の観音寺への返還を求め続けてきましたが、いまだに実現していません。田中 先に述べたように、私たちも署名を集めて韓国政府に送るという働きかけをしてきました。やがて、大田地裁が13年冬に日本への返還を当分差し止める仮処分決定を下してから3年が経ちました。私は韓国政府の対応に期待していましたが、友人の1人から「韓国は何が起こるかわからない国だから、あらためて観音寺の立場を明確にしておいたほうがよい」とのアドバイスを受けました。 私にも思うところがあり、16年3月、韓国政府の外交部長官と司法を司る法務部長官、文化財を司る文化財庁の庁長に、早期返還を求める要望書を送ったんです。すると韓国検察から「3年前に同国の裁判所が返還を差し止めた仮処分がいまも有効であり、現段階での返還は困難」とする通知書が返ってきました(同年5月)。こんなおかしい話がありますか。――3年間、韓国の司法は何をしていたのでしょう。田中 当初は、仮処分が切れる3年間のうちに本裁判を起こすといっていたのですが、それをしませんでした。そうしているあいだに、浮石寺が仏像を〝元の所有者〟である自分たちに引き渡すことを要求する訴訟を大田地裁で起こしたんです。そもそも、韓国政府が保管している仏像は、韓国の窃盗団が日本の寺から盗んできたものですよ。その所有権を韓国の国内法で裁くというんです。観音寺外観――ユネスコ(国連教育科学文化機関)の文化財不法輸出入等禁止条約では、盗難文化財が見つかった場合、加盟国は持ち主に返還しなければならないことになっています。これはユネスコの条文を持ち出すまでもなく、「国際信義」の問題だと思いますが。田中 今年1月の大田地裁の判決後、浮石寺の円牛住職は「日本に略奪されたり、不法流出した文化財は7万点以上に達する。今回の判決は不法に流出した文化財を取り返す出発点になる」と語りました。あたかも韓国人窃盗団の悪事を容認するかのような発言です。自分は泥棒に手を染めず、それを利用しているのではないか、と疑わざるをえません。――30数年前の因縁もあるわけですしね。田中 ですから、以前から私は近しい人に犯行の経緯について、私なりの〝犯行説〟を語ってきたわけです。今回、それが図らずも証明されたという感じをもっています。――仏像は14世紀に浮石寺でつくられたもの、という相手の主張についてはどうお考えですか。田中 仏像内にあった書類にそう書いてありますから、その点については誰も否定していません。――文書には「高麗国瑞州浮石寺」「天暦三年(1330年)」などの記述があったそうですね。田中 そうです。しかし、どうやって日本に渡ってきたのか、その経緯についてはわかる資料は結局、見つかっていない。歴史的な根拠はあります。朝鮮半島では14世紀末に李氏朝鮮が成立し、儒教を国教として仏教を排斥し始めます。仏像も焼かれたり、捨てられたりしました。根拠なき妄想と同じ土俵には乗らない――観音寺のほか、対馬の寺院や神社には朝鮮半島から持ち込まれた仏像が多数あるそうですが、大半が欠損しているそうですね。田中 観音寺の仏像にも傷があります。ではそうした仏像が日本になぜ流れてきたかというと、まさに日本にもたらされた縁があったからでしょう。日本は昔からあった民俗信仰と伝来仏教を融合して、日本人の宗教観を形づくりました。神様、仏様を共にみんなでありがたく拝んできた国です。――神仏習合ですね。田中 そうです。村のなかにお寺や神社が争うことなく共存してきました。だからこそ、朝鮮で必要とされなくなった仏像や経典が日本に渡り、さらに贈り物としてもたらされました。そして日本にはいまでもお寺が数多く残っています。 他方、韓国に行けばわかりますが、街で目立つのはキリスト教の十字架ばかりです。同じようなことが磁器や陶器にもいえます。日本には朝鮮伝来の茶碗がたくさん残っています。しかし韓国では今日、ステンレスの茶碗や箸が主流で、焼き物の食器はあまり見られません。――たしかに現在では博物館に収められているような朝鮮伝来の磁器や陶器を、もとは韓国でつくったものだから返せという主張が国際的に通用するはずもありません。ちなみに、仏像は倭寇が盗んでいったものという浮石寺の主張についてはいかがですか?田中 そうした根拠のまるでない妄想について、同じ土俵に乗って戦うつもりはありません。そんな資料があるわけではないですし、ばかばかしいの一言です。あえていえば、倭寇が渡海の危険を冒して盗んでいくような価値のあるものだったら、こんな島のお寺に置いていきますか。きっと江戸や大坂の豪商に売りに行くでしょう。そしていまごろは、それこそ博物館のなかで展示されているかもしれない。つまり、当時この仏像は、倭寇が盗んでいくほどの価値がなかったということです。おそらく朝鮮からもらってきたか、何かと交換してきたのでしょう。しかし、対馬の集落の者にとっては何百年も守ってきた大切な仏様。だから早く返しなさい、といっているんです。――対馬は、李氏朝鮮との交易の最前線だったという歴史もあります。田中 もともと観音寺は、朝鮮との交易のために宗氏によって建てられた西山寺(対馬市厳原町)の末寺です。交易の最前線に立っていたのですから、朝鮮の文物が村内で流通していたのは当たり前のことです。仏像もごく自然に伝わってきたのだと思います。にもかかわらず、「倭寇が盗んだ」の一本槍ですからね。 結局、韓国の人は、自国が外国とどのような交流をしてきたのか、歴史をきちんと学んでこなかったのではないでしょうか。とくに日本については「敵」としか教えてこなかったのは残念です。これは両国の友好にとって、ほんとうに不幸なことだと思います。損をするのは韓国側損をするのは韓国側――現在(2017年2月6日時点)、朴槿惠大統領は職権停止に追い込まれていますが、韓国の政治をどうご覧になっていますか。田中 いつものこの国のパターンでしょう。国論が分かれて、つねに分裂と抗争を繰り返してきた歴史がありますから。普通の話し合いができない国なんです。日本に対してはとくに「日本が悪い」の一点張り。盗んだ仏像を返さない、悪いのは日本人だ、という姿勢はその象徴ではないでしょうか。――このまま韓国で政治の混乱が続くと、仏像の問題は脇に置かれたままになってしまうかもしれません。最終的に仏像は観音寺に返ってくるのでしょうか。田中 返ってくるでしょう。日本国民も政府もほんとうに怒っているし、韓国政府もさすがに仏像1体で日本といつまでも喧嘩はできないでしょう。そもそも仏像を返さないことで、損をするのは韓国側です。たとえば、日本から韓国を訪れる観光客は年々減っている。一方で、韓国から日本に来る観光客は減るどころか、逆に増えています。対馬にも昨年は26万人もの韓国人観光客が訪れているんです。観音寺の長崎県指定有形文化財「観世音菩薩坐像」=2013年1月、韓国・大田(聯合=共同)――韓流ブームもいまや日本人の記憶から遠のいています。明らかに日本人の対韓国感情は悪化している。対馬の人びとが韓国に対してあまりよい印象をもたなくなったのは、いつからだとお考えですか。田中 ちょうど仏像を盗まれる前、李明博大統領時代(2008~13年)あたりからだと思います。日本にいろいろとちょっかいを出してくるようになりましたからね。――2012年8月には、李大統領が竹島に上陸する事件などがありました。とはいえ、韓国と対馬は地理的に近く、感情的な問題はあっても、今後も付き合っていかなければならない存在である、ともいえます。田中 おそらく対馬の人は有史以前から、朝鮮半島と交易してきた人びとです。そうして富を築いてきた。現在も多くの観光客が朝鮮半島から来ています。韓国の人が来れば、ニコニコしておもてなしをする。それが対馬人です。――いろいろ思うところはあるけれど、日本人らしく、寛容の精神でグッとこらえて、というわけですか。田中 それが対馬人の生きる道ですからね。来る者は拒まず、韓国人が好きとか嫌いとか、公には口にしません。対馬の人は、昔から韓国人の性格は知り尽くしています。だから、今度の判決も「やっぱりそうか」と冷静に受け止めている人は少なくない。――仏像の盗難が起こる前から、韓国との付き合い方は心得ている。田中 もう遺伝子レベルに組み込まれていますよ。トランプ大統領のように「壁」をつくって日本に来るな、という野暮なことはいわない。そういう品性のないことはしません(笑)。毅然と、粛々とこの問題に対処していく。それが国境に生きる対馬人の生き方なのです。関連記事■ 韓国保守派を支援せよ■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 「著者に聞く(石 平)」『なぜ中韓はいつまでも日本のようになれないのか』

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    「竹島に慰安婦像設置を!」計画の首謀韓国人との珍問答

    ない。竹島問題も慰安婦問題も、日韓両国で立場が大きく異なっているイシューだ。対立をいたずらに煽れば、日韓関係が悪化するのは必至だ。 仮に竹島に慰安婦像を設置したとして、その後の日韓関係がどうなると考えているのか。「大きな問題はない。外交的なことは、政府や国会が何とかしてくれる」 閔氏はそんな無責任な物言いをした。一方で、像の設置に向けて動く理由を問うと、「本来ならば独島の少女像設置は政府や国会がやるべきことだが、外交的な事情でできないので私たちがやっているのだ」ともいう。支離滅裂である。 日本と韓国は2015年12月28日に慰安婦問題を巡る「日韓合意」を結んだ。韓国が設立した元慰安婦支援のための「和解・癒やし財団」に日本が10億円拠出すること(履行済み)、韓国はソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去するよう努力することなどが盛り込まれた。 だが、その「最終的かつ不可逆的」な合意を踏みにじるように、昨年12月30日に釜山の日本領事館前に新たな慰安婦像が設置された。 これに対し、日本政府は今年1月6日、駐韓大使と釜山総領事の一時帰国や日韓通貨スワップ協議の中断などの対抗措置を発表した。元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏が解説する。「日韓通貨スワップ協定は、一方の国が通貨危機に陥った際に、他方がドルを融通するというもので、過去に何度も通貨危機に直面している韓国側のメリットが大きい。合意を誠実に履行しない国と協定が結べないのは当然のことでしょう」 ところが、そのことについて閔氏に問うと、こんなふうに答えるのだ。「日韓は経済的に密接な関係にある。経済のことはその枠の中で進めていくべきであって、それを他の問題と一緒にすべきではない」 つまり、慰安婦像は設置するが、日本からの経済支援は受け続けるのが当然という言い分なのだ。関連記事■ 在日韓国人教授 韓国が世界から信用されなくなることを懸念■ 木村拓哉 ドラマ関係者に100万円ジャンパー配り焼肉決起会■ なんでも鑑定団・国宝級茶碗に陶芸家「どう見てもまがい物」■ 韓国ネット、釜山慰安婦像は「先祖の銅像建ててるだけ」■ サムスングループ失墜すれば韓国経済崩壊、日本の支援必要に

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    なぜ韓国は110年前の「竹島」編入に抗議しなかったのか

    茶阿弥(ブログ「日韓近代史資料集」管理人) 日本と韓国との間の竹島(韓国名、独島)領有権論争において、韓国側(韓国の政府、学者、マスコミなど)は、日本の領土である竹島を不法占拠しているという事実を認めるわけにはいかないので、「独島は韓国の領土だ」と言うためにありとあらゆる「うそ」(こじつけ、客観性を欠いた自分勝手な解釈)を繰り出している。その中から、本稿では「韓国は日本の竹島領土編入に抗議したくてもできなかった」という主張についてその、うそを明らかにしてみたい。 日本が竹島を公式に日本の領土としたのは1905年の閣議決定(1月28日)と島根県告示(2月22日)を通じてだ。そして、竹島(独島)が日本領となったことを韓国政府中央が知ったのは、それからおよそ1年後の1906年5月のことだった。もし、韓国政府が日本の竹島領土編入に異議を提起するとすれば、それは1906年5月以降に可能となったということになる。 ところで、その半年ほど前の1905年11月17日に日本と韓国(大韓帝国)との間では第二次日韓協約が結ばれて韓国の外交権は日本に接収されることとなり、韓国は事実上日本の保護国となった。第二次日韓協約は乙巳の年に締結されたので乙巳条約とも言われ、また韓国では「勒(くつわ)」を掛けるように強制的に結ばされたという意味から「乙巳勒約」とも言われる。 この協約では、第1条に「日本国政府は、東京にある外務省により今後韓国の外国に対する関係及び事務を監理指揮する」と、また第3条には「日本国政府は、その代表者として韓国皇帝陛下の下に統監(レジデントジェネラル)を置く。統監は、外交に関する事項を管理するため京城に駐在し親しく韓国皇帝陛下に内謁する権利を有する」とある。初代統監は伊藤博文が1906年3月から1909年6月まで務めた。日本と韓国との領土問題になっている竹島 竹島領有権論争が進行中の現在、韓国側の学者・研究者からは、この第二次日韓協約を理由として「韓国は日本による独島侵奪に抗議したくても、外交権を日本に押さえられていたから抗議ができなかった」という主張がしばしば言われ、日本の竹島編入を非難する一つの材料となっている。二、三の例を挙げよう。 1905年の島根県編入措置は、日露戦争中、韓半島侵略過程で行われたものであり、すでに確立した大韓民国の独島領有権に対して行われた不法かつ無効の措置である。韓国は日本の措置について気付いて、即時「独島が韓国の領土である」ことを再確認したものの(1906年)、乙巳勒約(1905年11月)によって外交権が奪われた状態だったため、外交的抗議の提起ができなかったのである。(東北アジア歴史財団「日本外務省の独島領有権主張に対する反駁文」2008年) 韓国政府が日本政府の独島侵奪決定の事実を知ったのは、1906年3月28日でした。鬱島郡守の沈興澤はこれを知るや「本郡所属独島が日本の領土になったと日本人たちが主張している」と江原道観擦使に報告し、江原道観擦使は中央政府に報告しました。これに対して、韓国政府内務大臣は直ちに独島領土侵奪を断固として否定し、「独島を日本領土とする主張は全然理がない主張で、甚だしく驚愕するところだ」と抗議しました。 議政府の参政大臣(総理大臣署理)は、「独島の日本の領地云々は全く根拠のない主張」と強力に抗議し、日本人の動きをさらに報告するように訓令しました。しかし、韓国中央政府のこのような抗議は、日本政府に外交文書として発送することができず、書類としてだけ奎章閣に保管されることになりました。何故ならば、日本が1905年11月18日に乙巳条約を強制して韓国政府の外交権を奪ってしまい、1906年1月からは日帝統監府が韓国政府の外交権を行使したからです。しかし、韓国政府がこの時強力に抗議したことは証拠が残っている事実でした(シン・ヨンハ(独島学会会長 ソウル大名誉教授)『世界人が独島問題を理解するための16のポイント』)。海軍望楼の跡地売買事件 一方、日本は露日戦争を経て重要性を悟ることになった独島に海軍望楼を建てて無線電信を設置しようと、1905年1月28日独島の日本領土編入を決める。後にこの事実を政府が知って反論するが、乙巳勒約で外交権を剥奪されていて抗議するには不適当だった(「独島」(『韓国民族文化大百科』))。 このような「独島日本領編入を知った韓国政府はそれに異議を提起しようとしたが第二次日韓協約のために不可能だった」という説明は、「日帝の悪辣さ」を強調したい韓国の一般世論の中では大変に受け入れられやすいもので、韓国における「独島問題」の理解としてほぼ常識となっていると見てよいだろう。 しかし、竹島問題に関する韓国側の他の諸々の主張と同じく、これもうそなのだ。そう言える理由として、本稿では「海軍望楼跡地売買事件」、「早稲田大学学長処分要求事件」そして「ハーグ密使事件」について述べることとする。竹島の位置 この件は、島根県竹島問題研究会の第2期「竹島問題に関する調査研究」最終報告書中の「韓国政府による竹島領有根拠の創作」という論文で紹介されていて、出典などもそこに記載されているが、1905年12月の蔚珍郡竹辺浦(当時は江原道、現在は慶尚北道)という場所における土地売買の話で、不用となった日本海軍の望楼を購入した日本人がその土地も併せて買おうとしたことがあった。ところがそれは不法売買に当たると判断されて、現地の郡守から内部(内務部)大臣、李址鎔に報告が上げられた。その報告を受けた内部大臣、李址鎔は、1906年2月26日付けでさらに参政大臣、朴斉純へ報告して対処を求めたのだが、その文書の末尾では次のように要請されている。 この報告に基づき調査をしたが、蔚珍郡竹辺浦の望楼は日本海軍が軍用にしばらく駐屯していて既に撤収したのであるが、今、日本商人の高賀亦次が望楼長の高橋清重から私的に買い取ったというのは法律に違反するものでいかにも理に合わないことなので、ここに報告するので内容確認のうえ速やかに交渉され、即刻禁止させてそれを明示されるよう願う。 つまり、日本人が不法な土地売買をしているので日本側と交渉をして禁止すべきだと言っているのだが、それは、当然ながら、そういうことが可能だという認識が前提になっている。そして、この要請を受けて参政大臣、朴斉純は実際に日本側(統監府)に事情を照会した。その往復文書は確認されていないが、照会の結果を参政大臣、朴斉純から内部大臣、李址鎔に回答した文書がある。全文を掲げる。 《貴第3号照会を受けて、蔚珍郡竹邊浦の望楼と土地の私的売買禁止の件について統監に照会し回答を得た。回答は次のとおりである。先月14日、蔚珍郡竹邊浦の望楼売却について貴第13号照会を受け取ったが、その照会に基づき日本の佐世保海軍鎭守府に文書を送って事実を調査したところ、その報告によれば、その望楼用の建物と設備は代金收納後に全て他人に譲渡することとし、佐賀県人である古賀亦次に売却した。昨年12月27日に既に代金を受領したがその敷地は売却していない。以上回答するので承知されたい。このような照会結果であったので、内容を確認されたい。1906年4月17日 議政府参政大臣 朴斉純より 内部大臣 李址鎔閣下へ》 このように、参政大臣から事情照会を受けた統監府は本国に問い合わせた上で「土地は売っていない」という調査結果を韓国政府に回答し、その回答でこの一件は落着した。これは第二次日韓協約によって韓国政府の外交権を日本が接収した後のできごとだ。日本人による不法な土地売買が行われていると判断した韓国政府の大臣は、一人は「即刻禁止させてくれ」と意見を述べ、もう一人は日本側に対して事情照会を行った。その形式は「照会」(問い合わせ)なのだが、本件の場合は「不法なことがあっているようだから事情を確かめたい」という意味なのだから、その本質は立派な「抗議」だ。 そもそも、外交権が押さえられたといってもそれは第三国との関係においてそうだということであって、それが韓国は日本に対して何もものが言えないということに直接つながるわけではない。当時の日本と韓国との間には、基本的には日本のほうが強いという力関係の差はあったとしても、ここに見られるような普通のやりとりは行われていて「抗議」に類することも可能だったのだ。「抗議したくてもできなかった」 そして、この二人の大臣はこの翌月(1906年5月)に「鬱島郡所属の独島が日本領になった」という現地鬱陵島の鬱島郡守、沈興沢からの報告に接することになる。先に引用したシン・ヨンハ氏の『世界人が独島問題を理解するための16のポイント』でも紹介されているのだが、沈興澤の報告を読んだ内部大臣、李址鎔は「独島を日本領土というのは全然理がないことで、甚だしく驚愕する」と反応し、参政大臣の朴斉純は「独島領地の件は事実無根のことだが、その島の状況と日本人の行動を更に調べて報告せよ」と指示した(5月10日)。 ここでは、二人とも日本の竹島編入には異議があるという姿勢を見せているのだが、結局は日本に対して抗議が行われることはなかった。韓国の論者の説によるならば、外交権が日本に押さえられていたから内部大臣、李址鎔も参政大臣、朴斉純も何も言えなかったのだということになるのだが、その直前の時期に二人の大臣はその判断によって日本側に対する事情照会を行っていたのだから、竹島編入に異議があったのならば同じように事情照会くらいはできたはずなのだ。だが、日本に対する具体的な反応は何もなかった。 結局、この土地売買事件の顛末からは「抗議したくてもできなかった」という現在の韓国側の主張がうそであることが分かるし、抗議しようと思えばそれは可能であったのに結果として竹島については抗議がなかったのだから、それは抗議する必要がないと判断されたことを示していることになる。  初代韓国統監、伊藤博文と韓国政府の大臣たちとの間では韓国施政改善協議会という韓国の政務運営に関する協議の場が設けられていた。その記録が残されているのだが、第13回(明治40年(1907年)4月5日)の議事録に興味深い記録がある。 その二日前に韓国の新聞である大韓毎日申報が「日本の早稲田大学校において討論会を開き、韓国皇帝に対して華族の称号を奉呈することの是非を決議したため、同校の韓国学生は忿痛を抑えることができず全員退学したという。大韓臣民の無限の痛恨はむしろ死んだほうがましであろう、等々」と報道した。これが問題になったのは、おそらく、仮にも一国の皇帝の地位にある者に対して「華族」というレベルの称号を議論するのは非礼にもほどがあるということだと思われるが、第1313協議会において韓国政府の大臣たちはこの新聞記事を取り上げて統監の伊藤博文に善処を求めた。当日の出席者は統監府側は統監の伊藤ほか一名、韓国政府側は参政大臣の朴斉純、内部大臣の李址鎔のほか度支部大臣、法部大臣、学部大臣、軍部大臣、農商工部大臣の名前がある。伊藤博文首相 統監の伊藤に対して、最初は軍部大臣が「もし日本で果たしてこういう事実があったのならば、本件について統監閣下の御考慮を煩わせたく思います」と非常に婉曲な言い方で伊藤に訴え、度支部大臣も「私たちは遠隔の地にあって日本の事情は詳しく分かりませんが、もし本当にこの記事のとおりの事実があるのならば閣下の御注意を煩わせたく存じます。こういう事件は両国の交誼に影響を及ぼすことすこぶる大であります」と同趣旨を述べた。 これに対して伊藤が、この件は日本政府や官吏の行為ではなくて書生の空論に過ぎない、書生たちの間では放言は往々にしてあるものであって政府が一々これを取り締まることはできない、思慮のある日本国民はこんなことは考えないなどと述べてことを収めようとしたのに対して、軍部大臣が今度ははっきりと「もしこの新聞が伝えるような事実があるのならば、責任者たる早稲田大学の校長以下に対して相応の処分を加えていただきたい」と求め、内部大臣の李址鎔も「もし学校が討論を許したのであれば、責任者たる校長などにしかるべき筋から注意を与えていただきたい」と重ねて要求した。 自分たちにとって承服しがたいことがあったから関係者の処分を求める、というのは「抗議」そのものだろう。これは韓国政府が日本の竹島領土編入を知ってからおよそ一年後のできごとだが、そういう時期でも韓国政府は日本側に対して必要と思えば要求あるいは抗議ができる状況にあったことが分かる。「外交権が剥奪されていたから日本に対して抗議ができなかった」などというのは根拠のない思いつきの反論に過ぎないのだ。 ハーグ密使事件はよく知られている歴史上の事件で、1907年6月15日からオランダのハーグで開催された第二回「万国平和会議」に韓国皇帝高宗の密命を受けた3人の韓国政府関係者が参加しようとした事件だ。すなわち、韓国政府が日本の竹島編入を知ってから約一年後のできごとだ。密使たちは、世界各国に日本による韓国支配の不当性を訴え、第二次日韓協約が無効であることを列強に承認してもらうことによって日本に奪われた外交権の回復を図ろうとしたが、列強の支持を得られず失敗に終わったとされる。 ハーグに到着した李相卨、李儁、李瑋鐘の3人の密使は、まず日本以外の参加国に「控告詞」という文書を送り、日本による韓国の外交権接収を批判して各国の賛同を得ようとした。「控告詞」では、日本に対する告発の理由を3点挙げた。日本が韓国皇帝の合意を得ずに行動したこと、目的達成のために韓国政府に武力を行使したこと、韓国の国法と慣習法を全て無視したこと、の3点である。また、「日本の策略によって、私たちの間に維持されて来た友好的な外交関係が断絶され、恒久的な極東平和が脅かされるようになりました。独立国家である大韓帝国が、どうしてこのことを認めることができるでしょうか」という言葉もある。 そして、「日本人不法行為」と題する付属文書では、第二次日韓協約の締結に至る過程で伊藤博文と日本軍がいかに横暴にふるまったかということを中心に、種々の日本の行為の「残忍さ」と「野蛮さ」が非難された。いくつか挙げれば、日本人たちは宮殿を不当に占拠して大臣たちに恥ずべき条約の締結を強要した、抗議して自決した高官たちもいる、日本の陰謀に反対するデモを武力で解散させ、そのとき多数が死に、あるいは負傷した、日本に魂を売った一進会を組織して多くの者を高額で買収した、平壌に住むある貧しい農夫は僅かの土地を日本人に取り上げられて自殺した、ソウルと義州間の軍事鉄道建設で付近の農民、女子供まで駆り出され、鞭で打たれながら報酬もなく働かされた、宮殿に入る者たち全てに女性も含めて裸にして身体検査をした、というようなことが非難されている。不法ならなぜ列強に訴えないのか だが、これだけのことを書きながら、そこに「日本は韓国の領土である独島を奪った」という指摘は一言もない。これは、現代の韓国の独島主張に照らせば実に奇妙なことだ。密使を派遣した皇帝高宗は、とにかく日本の圧迫・干渉を排除したいと考えて日本が韓国を蹂躙(じゅうりん)しているという形でその不当性を訴えさせたわけだ。それならば、日本が辺境の一小島とは言え、れっきとした韓国の領土を不法に侵奪したのであれば、なぜその行為を列強に訴えなかったのか。 「領土を奪う」という行為ならば、先の「控告詞」にある「独立国家である大韓帝国が、どうしてこのことを認めることができるでしょうか」にまさにぴったり当てはまるものとして列強諸国の関心を引く度合はより高かっただろう。だが密使たちはそんな指摘をしなかった。 これが何を意味するかは明らかだろう。現代の韓国の研究者たちは抗議したくてもできなかったというのだが、ハーグ密使は完全に日本に対して秘密裡に準備されたのであって、一切日本に気兼ねすることなく思う通りのことを発表することができた。それなのに竹島(独島)について何も言わなかったというのは、日本の竹島領土編入は韓国にとって何も問題とすることではなかったからなのだ。日本が領有権を主張する「竹島」(ロイター)  以上のように、日本の竹島編入の事実を知った前後の韓国政府は、日本に抗議をしようと思えばそれができる状態にあった。しかし、抗議はしなかった。それもそのはずなのである。筆者は、以前にこのiRONNAに投稿した文章(「韓国は110年前に竹島の領有権を放棄した? 謎多き「石島」の真実」)で、日本の竹島編入には韓国政府も異議がないという形で竹島問題は1906年に既に決着していたことを述べたことがある。 「独島が日本の領土になった」という報告を受けた内部大臣、李址鎔と参政大臣、朴斉純は、最初は日本の決定に疑義を持ったのだが、改めて検討した結果、異議をいうべきものではないことを理解したのだった。したがって、結局この二人が抗議をしなかったのも、またハーグ密使が「独島」について何も言わなかったのも当然のことだった。 心優しい日本人の中には「日本から圧迫されていたから抗議したくてもできなかったのだ」などと言われると「なるほど、そうだろうな」と思ってしまう人もいるかも知れない。だが、竹島問題に関して韓国側の論者のいうことはうそばかりだ。それは、韓国が竹島を不法占拠しているという事実を何とか合理化しなければならないので、勢い無理な説明を繰り広げることになるからだ。 なお、韓国政府はこれまで公式の主張としては「抗議したくてもできなかった」ということは言っていないようだ。だから本稿のような指摘は意味がないという見方もあるかも知れない。だが、韓国政府は「独島は、こうした日本による韓国の主権侵奪過程の最初の犠牲でありました。1905年、日本による独島編入の試みは長きにわたって固く確立された韓国の領土主権を侵害した不法行為であるため、国際法的にも全く効力がありません」(韓国の美しい島、独島)というふうに日本の竹島編入を強烈に非難する一方で、当時の韓国政府がそれに抗議したという事実は示していないのだから、「では、なぜそのときに抗議しなかったのですか?」という問いは有効に成立する。 そして、実際に抗議した事実を提示できない以上、その質問に対する回答の選択肢は、「抗議したかったができなかった」と言うか「自分の意志としてしなかった」と言うかのどちらかだ。だが、おそらく韓国政府はそのどちらも口にすることはできない。前者は、そういう状況ではなかったことは韓国政府も分かっているだろうし、後者は、それこそ日本の竹島編入に韓国政府も異議がなかったことを認めることになるからだ。

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    慰安婦も竹島も「冷静に対応しなければ損をするのは韓国」

     まるで断交を望むかのように、反日に明け暮れる韓国。2015年の慰安婦問題日韓合意は案の定、反故にされた。韓国の国民は、本当に「日本との決別」を望んでいるのか。まずは「反日」の象徴である慰安婦・竹島両問題をどう考えるか。記者のストレートな問いかけに、多くの韓国人が戸惑い、険しい表情を浮かべた。「韓国は被害国で日本は加害国。歴史的にその構図は揺るがない。日本が過去について反省するまで、韓国は一歩も引くべきではない」(40代男性・自営業)「日本の教科書に『竹島は日本の領土』と記載されていることについても強く批判すべき」(20代男性・大学生) だが、取材を続けていると「匿名」を絶対条件に率直かつ複雑な思いを明かす人も現れはじめた。「個人的には、慰安婦問題も独島(竹島の韓国側の呼称)も忘れて歴史を前進させねばと思う。韓国は経済的にも厳しくなっているし、未来志向の姿勢が必要でしょう」(60代女性・主婦)「歴史認識の溝は埋められないが、冷静に対応しなければ損をするのは韓国。韓国政府に理論と戦略で対応しようという発想がないのが悲しい。反日を煽れば国がまとまると考える韓国の政治家は、国民をバカにしているのではないか」(30代男性・会社員)「元慰安婦の証言だけに頼り、韓国の歴史認識がすべて正しいと言い切るのは危険だと思う」(20代男性・アルバイト)「国益を考えれば、過去は過去として割り切って良いのではないか。そんなこと公の場では言えないけど……」(70代男性・無職) 歴史問題では譲歩できないが、このままでは国が立ち行かなくなる、そう考える人は少なくないようだ。関連記事■ 『SAPIO』人気連載・業田良家4コマ「慰安婦観音像」■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 竹島に慰安婦像設置は「日韓友好と平和の象徴に」と首謀者■ 中国の働き掛けを受け韓国で「慰安婦記憶遺産登録論」が過熱■ 従軍慰安婦問題について韓国要人「一言謝れば韓国人は納得」

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    私が韓国と断交すべきではないと思う理由

    、得るものよりも失うものが多い」と反対姿勢を鮮明にしている。 程度の差こそあれ、誰が大統領になっても日韓関係が好転することは難しそうな面々だといえるだろう。民主化運動が東アジアの安定と秩序を狂わせた民主化運動が東アジアの安定と秩序を狂わせた 韓国で「この程度の人物」しか大統領候補に挙がらないというのは、国民世論と無関係ではない。韓国はもはや左翼勢力の浸透を防ぐのではなく、彼らに支配された国家機関をどのように奪還するかという段階にある。 朝鮮戦争の際、北朝鮮の攻撃によって韓国は百数十万人もの犠牲者を出しながら、従北派になる心理はわれわれには理解しづらい部分があるが、心理学でいうところの「ストックホルム症候群」が正鵠を得ているのかもしれない。誘拐された人間は長時間、非日常的体験を共有することで犯人へ信頼や愛情を抱くようになるという。長期にわたる休戦状態と北朝鮮と韓国が同じ朝鮮同胞であることや北朝鮮による韓国国内での工作活動、全教組(全国教職員労働組合)による左翼教育が加わり、従北派は勢力を拡大していった(韓国における北朝鮮のスパイ活動史は拙著『韓国「反日謀略」の罠』〈扶桑社〉にて詳述)。 韓国の左傾化には民主化運動が深く関わっている。韓国で民主化を叫ぶ勢力の主力は自由主義者たちではなく、従北派であった。「軍事政権=悪」という戦後日本の短絡的な思い込みで韓国の民主化を讃えるのは誤りであり、これが東アジアの安定と秩序を狂わせた転換点であった、と後世の歴史家たちはその史書に書き加えるであろう。 金大中・盧武鉉大統領が政権を執った約十年のあいだ、国会議員をはじめ、行政・司法・立法などの主要な地位は従北派が占めるようになった。韓国軍までもこれまでの「大韓民国在郷軍人会」に対抗した「平和在郷軍人会」という組織をつくり、従北を支援する動きを取りはじめている。 従北派の狙いは「韓国の内部崩壊」「日韓・米韓関係の悪化(反日・反米)」であり、「中国への従属(親中)」である。 そして彼らは日本の左翼勢力とも密接な紐帯を有している。たとえば沖縄の「高江ヘリパッド問題」では、アメリカ海兵隊の基地である北部訓練場返還をめぐって抗議活動が展開されたが、運動に多くの韓国人が交ざっていたことがインターネットで報じられている。その根底にあるのは、在韓米軍撤退を主導する韓国の従北派が日本の左翼と共闘しているためである。 もともと、前述した全教組は親北朝鮮であった日教組が韓国で創設を指導し、韓国の労働組合(韓国労働組合総連盟〈韓国労総〉、全国民主労働組合総連盟〈民労総〉)創設も日本の労働組合が支援するかたちで広まったが、いまや従北派の勢力は巨大化し、日本の左翼運動を逆に指導するかたちへと変貌した。この一連の背景を知らなければ、なぜ彼らが日本の政治運動に参加しようとしているかの真相に近づくことはできない。韓国と断交すべきではない理由韓国と断交すべきではない理由 韓国の現状をこのように分析してきたが、日韓関係が悪化するなか、保守派の多くから「日本は韓国と断交すべき」との論調が多く聞こえるのも事実である。 気持ちはわかるが、私はその提案には同意しかねる。 第一に安全保障の問題である。 朝鮮半島は南北とも準戦時体制を維持し、平時としては最大限の兵力を投入しており、無理を重ねている。しかも南北ともに反日教育を徹底しており、ここから南北と国内団結の方便を見出している。 ドイツが東西合併後に深刻な経済不振に見舞われたことを考え、北朝鮮の経済を立て直したあとでなければ、南北統一は難しいとの見解もあるが、数兆円ともいわれる統一費用を賄うことができれば不可能ではなくなる(その費用を日本に負担させようと韓国は活動しているようだが)。 一九八〇年に金日成主席は「高麗民主連邦共和国」の創設を韓国に提案したことがある。これは一民族・一国家・二制度・二政府の下で連邦制による朝鮮半島の統一を主張したものであるが、韓国で暗躍する従北派が画策する統一もこの一国二制度案である。先述した文在寅は二〇一二年、大統領となれば北朝鮮の連邦制案を採用して南北統一を図ることを明言している。 いずれにせよ歴史の流れは早晩、南北統一の方向に向かい、朝鮮半島には巨大な兵力と核兵器、中長距離ミサイルを有した反日国家が誕生することになるだろう。 二〇一二年十一月、中国の代表団がロシア・韓国の代表と今後の対日戦略について話し合っている。そこで中国が提案した内容は、①中国・ロシア・韓国で「反日統一共同戦線」をつくる。②中露韓は一体となり、日本の領土要求(北方領土・竹島・沖縄)を断念させる。③「反日統一共同戦線」にアメリカも加える、ということであった。昨年十二月十五日に行なわれた日露首脳会談で、北方領土の返還が「〇島」でありながら経済支援を急いだ理由は、強固になりうる可能性があるこの戦線を破る必要があった、という側面を忘れてはならない。 いうまでもなく日本は縦に長く横に狭いため、敵からの侵攻に対して脆弱であり、そのうえ資源の乏しい国である。貿易立国でなければ生存できない致命的弱点をもつ。このような国が生き残るには、周辺の敵は少なければ少ないほどよい。敵の存在は、わが国の安全保障に深刻な影響を与えることは明白だ。 日本の生存のために、そして反日統一共同戦線を打破するためにも、日本にとって韓国との友好関係はきわめて重要である。今後の東アジア情勢に鑑み、朝鮮半島、とくに半島南部の安定は日本に重要な意味をもたらす。 朝鮮半島と日本を結ぶ対馬海峡を確保した国は、日本海を内海として利用することができる。中国が対馬を確保すれば日本は東シナ海だけでなく、日本海も戦域として想定しなければならなくなる(ロシアが対馬を確保した場合はより最悪の事態となる)。 水上艦ならばまだ対抗できるが、潜水艦は中国海軍も能力を向上させており、ロシアは世界有数の潜水艦大国である。たとえ海上自衛隊が有能であっても行動が受動的になる以上、極度の緊張を強いられることになる。 よって現代の日本にとって韓国の必要性は「対馬海峡の制海権の確保」にある。対馬海峡を確保できれば、日本の側面となる日本海を通過するすべての艦艇は一度、日本の監視下に置かれることになる、この優位性を得るため日本にとって韓国と最低限、安全保障では友好を確保する必要があるのだ。対話を拒絶するのは日朝関係と同じだ 第二は韓国という国の問題である。 一九六五年は日本と韓国が日韓基本条約を締結し、国交回復させた年であるが、それまで日本が歩んだ塗炭の苦しみを思い起こす必要がある。島根県の竹島などに慰安婦像を設置するため、募金運動を始めると表明した韓国・京畿道議会の超党派議員ら=1月16日、京畿道議会(聯合=共同) 韓国初代大統領・李承晩は日本に対し、「反民族行為処罰法」による親日反民族行為者への処罰のほか、在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業を阻止するため新潟日赤センター爆破未遂事件(一九五九年十二月)を指示するなど数々の暴虐を働いたが、その最大というべきものが「李承晩ライン」の制定であった。「李承晩ライン」とは一九五二年一月、サンフランシスコ講和条約発効直前に突如として韓国政府が一方的に海洋資源の独占と領土拡張のため、島根県の竹島を取り込んで軍事境界線・排他的経済水域を公海上に引いた事件である。 日韓漁業協議会『日韓漁業対策運動史』によれば、日本漁民を拿捕すると彼らは漁民たちに拷問を加え自白を強要し、その獄中生活も雑居房には二十数名が押し込められ身動きができないうえに、食事も腐敗した物を与えられ、栄養失調となり餓死する者まで現れた。 日韓基本条約締結にともない請求権、経済協力協定、日韓漁業協定が締結されるまでのあいだ、日本漁民三九二九名が不当に抑留され、拿捕時に射殺された漁民は四四名、物的被害額は当時の金額で約九〇億円に及んだ。 国交断絶するということは、対話のチャネルを謝絶することであり、現在の北朝鮮と同じ状況になることだ。 国交断絶したのちの韓国が日本に対して〝理性的な行動〟を取ることを前提にしているならば、論者はよほど韓国を信頼しているのだと皮肉りたくもなる。 いまの日韓関係に憤りを感じるのは私も同じだ。しかし一時の感情に身を任せ国交断絶を提唱し、すべてを白紙に戻すような論調を言論人が行なうことは、ハーメルンの笛吹きとなり国民を誤った道へと誘うことになるのではないか。日韓の歴史に鑑み、国益を損なうことがあってはならない。日本が「強い国家」へ変貌すればよい日本が「強い国家」へ変貌すればよい では韓国が北朝鮮化していくことを、日本は止めることはできないのだろうか。断っておくが、私の考える韓国との友好は、韓国への従属ではない。韓国の朴槿恵大統領の即刻退陣を求め、デモ行進する市民ら=2016年12月、ソウル(共同) 一九七二年、アメリカのニクソン大統領は、中国の周恩来に「北も南も韓国人は感情的で衝動的な人びとだ。その衝動的で好戦的な人びとが事件を起こさないようにしなければならない」と語ったという(『朝鮮日報』二〇一三年十一月十三日)。感情的、衝動的、好戦的が韓国人の民族性であるというニクソンの指摘は傾聴に値する。 一方で、韓国人を称して「ひまわりの国」という見方もなされている。ひまわりの国とはつねに太陽(自分より強い者)のみに低頭するという意味であり、強い者にモミ手、おとなしい者には居丈高に出るという韓国人の本質を端的に表している言葉だといえる。 近代史を見てみれば、清が強いときは清を崇(あが)め、ロシアが強いときはロシアを崇め、日本が強ければ日本を崇めてきたことはすぐにわかる事実である。 この国民性を利用することで、韓国の世論を変えることができるはずだ。 つまり従北派を黙らせ、韓国を親日にするには日本が「強い国家」へと変貌を遂げる必要がある。 悪と戦うためには、自らが正義であることだけでは不十分であり、強くなければならない。日本が強い国家となれば、韓国の世論は親日へと転じ、北朝鮮と中国の謀略を打ち破れる公算は高い。当初は反日一辺倒だった朴政権が、末期になるにつれ〝親日的〟になったのも日本政府が圧力に揺るがなかったからにほかならない。 大事なことは、日本は歴史戦などによる圧迫は毅然と突き放す一方、韓国国内の世論工作に取り組むことである。韓国と断交することを考えるのならば、私が以前より主張しているように、韓国国内で少数ながらも日本を信頼し、日韓友好が必要だと信じている人士を支援し、現状の打開を進めるほうがはるかに有益であると付言する。 韓国の保守勢力は、韓国の主要機関に巣食う従北派をどのように駆除していくかを考えている。彼らは韓国が戦後発展できたのは、日米と共に自由主義陣営の一員として生きてきたからだと知っている。  これまで世界の警察として君臨してきたアメリカは、その役目を終えた。これに代わって世界を主導できるのは、世界第三位の経済力を有する日本にほかならない。かつて有色人種を支配し、不死の半神と思われた白人をアジアから駆逐し、世界に独立の光を差し込んだ光輝ある日本人の精神をいまこそ再起させることが、緊張感を増す東アジアの安定のため必要な喫緊の課題だと考えるのである。関連記事■ 共産党スパイ五万人の恐怖■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 【危ない!韓国】日韓合意というデタラメ

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    少女像をご本尊と崇める韓国「慰安婦信仰」の実態

    竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト) 昨年末、釜山の日本領事館の前に、「いわゆる『従軍慰安婦』女性を模した少女像」(以下、「少女像」と呼ぶ)が設置され、この像が日韓間の新たな外交的懸案として急浮上している。この少女像はソウルの日本大使館の前にも設置され、その撤去をめぐって昨年来から日韓間で問題になってきたのは周知のとおりである。 実は、同種の少女像は日本大使館や領事館の前だけではなく、韓国全土に50基以上も設置され、アメリカ・カナダ・オーストラリア・中国などにも設置されている。韓国国外で設置された少女像は、現地日本人との間に少なからぬ反発を呼び起こしてもいる。しかし、将来に向けてさらに数多くの少女像が設置される見込みである。日本総領事館前の慰安婦像=韓国・釜山、2015年12月10日 なぜ、日本の大使館や領事館の前に少女像が設置され、また、なぜ韓国の国内外で少女像がどんどん増殖しているのか。ここでは便宜上、ソウルの日本大使館と釜山の日本領事館の前に設置された少女像のみを考察の対象とする。日本大使館の前に設置された少女像は、2011年12月、慰安婦女性の支援団体である「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」が、毎週水曜日に日本大使館前で行っている「水曜デモ」が1000回に達したのを記念し、無許可で設置したものである。 その後、韓国の国内外で少女像の設置が相次ぎ、この流れを受ける形で釜山の日本領事館の前にも少女像が設置されるに至る。釜山の少女像は昨年12月28日、釜山の大学生・市民団体によってやはり無許可で設置されたものである。当初、この少女像は当局により撤去されたが、市民からの抗議に屈する形で30日に設置を認めている。設置を強行した市民団体は「日本政府と日本人の反省を促すためにやった」などと主張しているようだが、日本人にとっては日本に対する嫌がらせやストーカー行為としか思えないだろう。 少女像をめぐる一連の事態を理解するためには、「従軍慰安婦」に対する韓国人の「信仰」を理解する必要がある。現在、韓国で慰安婦像の設置運動を行っているのは、主に元「従軍慰安婦」を支援する市民団体・学生団体である。慰安婦問題が顕在化したのは90年代の初めだが、四半世紀が経過した今、元慰安婦女性は神格化され、慰安婦支援運動は宗教の次元に近くなっている。絶対に風化させないための少女像 元慰安婦女性の意思とは関係なく、彼女らは抗日民族運動の象徴となり、韓国内では、その言動を批判したり、支援団体の主張に反する言動を取ったりすることはご法度になっている。韓国内では「小学生(国民学校生)まで慰安婦として動員された」「朝鮮人従軍慰安婦は20万人いた」「軍による慰安婦狩りがあった」などという真偽のほども定かではない言説が堂々と語られているが、これらの言説を公の場で批判するのははばかられる雰囲気である。また、慰安婦支援団体および一部元慰安婦女性の意に沿わないことを著書(『帝国の慰安婦』)に書いたという理由で、世宗大学校の朴裕河教授が刑事告訴され、民事訴訟まで起こされたのは、その好例と言えるだろう。 しかし、今や生存している元慰安婦女性も残り少なくなっている。さらに、昨年の日韓合意に基づき設立された財団(「和解・癒やし財団」)から、日本政府による拠出金を受け取った元慰安婦女性も相当数にのぼっている(このことについては韓国ではほとんど報じられていない)。日韓両政府が合意を交わしてから1年、合意に反対する集会で 少女像に自分のマフラーを巻く女性 =2016年12月28日、ソウルの日本大使館前 もし、元慰安婦女性がすべて他界してしまったり、全員が日本政府からの拠出金を受け取ったりしてしまったら、支援運動のよりどころがなくなってしまう。そうなると慰安婦問題は風化してしまい、支持者の支援もなくなり、韓国国民一般の関心も薄れてしまう。それを防ぐためには、絶対に風化しない、よりどころが必要となる。それが「少女像」なのである。 このことは仏教における仏像に置き換えると、理解しやすい。仏像は釈迦の生存時や入滅当初には作られなかった。しかし、入滅後には仏教の教理を民衆に広めるという必要に迫られ、仏像はアジア各地で作られていくことになる。少女像もこれと同様である。お気づきの方も多いと思うが、少女像の画像や動画を見ていると、支援者たちは像にマフラーを巻きつけたり、帽子をかぶせたり、傘を差しかけたり、はなはだしくは使い捨てカイロを貼り付けたりしている。お地蔵様によだれ掛けや頭巾をかぶせたりするのと似たような趣向である。少女像が単なるオブジェならば、こうしたことは行わないはずである。少女像が元慰安婦女性に代わる、老化も他界もしない「ご本尊」としての役割を果たしていることのあらわれである。 この少女像であるが、ソウルでも釜山でも公道上にこうした銅像を建てるのは法律違反である。また、日本政府が繰り返し主張しているように外国公館の尊厳を定めたウィーン条約にも明らかに違反している。慰安婦像はそうした条約や法律を超越した、神聖にして犯すべからざる存在なのである。これに異論をさしはさむ輩は「異端者」「背教者」である。少女像はすでに宗教的な高みに 一般の宗教でもそうであるが、信仰に熱心な信者は自分が特に篤い「信仰」の所有者であることを周囲に示そうとするものである。日本ではあまり知られていないが、一昨年の8月12日には一人の市民運動家が「従軍慰安婦」をめぐる日本政府の対応に抗議して、ソウルの少女像の前で揮発油をかぶって火をつけるという事件が起こった。日本ではこうした行為を「焼身自殺」と呼ぶが、これは適切ではない。焼身自殺は死ぬのが目的であるが、これは抗議活動の一種であり、韓国では「焚身(自分の体を燃やす、という意味)」と呼ぶ。この男性は9日後に死亡しているが、韓国のマスコミはこの男性について、まるで抗日運動に殉じた志士のごとく報じていた。遺体が安置された病院には遺影が飾られた祭壇と記帳所が設けられ、遺体は男性の居住地まで運ばれ「民主市民葬」なる葬礼が挙行されている。こうした「殉教者」の出現からも、少女像がすでに宗教的な高みに押し上げられていることが理解できるだろう。日韓両政府が合意を交わしてから1年、合意に反対する集会に 登場した大型の少女像=12月28日、ソウルの日本大使館前 日本の一部識者は、未だに少女像の問題を日韓間の問題と捉えているようであるが、すでに事態は日韓政府の話し合いで済む次元の状況ではない。少女像の問題はすでに韓国の国内問題、それも思想信条(信仰)の問題となり、これに政治的な思惑も絡んでさらに解決困難なものとなっている。 日韓合意の1周年目に日本大使館の前で開かれた抗議集会には、朴元淳・ソウル市長や秋美愛・「共に民主党」代表が参加した。これは何を意味しているのだろうか。言うまでもなく朴市長や秋代表は、朴槿恵大統領と対立する野党系の指導者である。また、朴市長は次期大統領の有力候補でもある。この二人にしてみれば、朴槿恵政権が日本との間で合意した取り決めは日本に対する屈服であり、元慰安婦女性を10億円で売り渡した国辱でしかない。朴市長にしても、秋代表にしても日韓間で慰安婦問題をどう円満に解決するか、などといった腹案など何もないのだが、とりあえず日韓合意をネタに朴大統領を非難していれば、世論を味方につけることができ、自らの政治的立地も強化され、ひいては大統領選挙に出馬する自分や自党の候補に有利に働く、といった計算が働いているのである。朴市長や秋代表だけではない。前回の大統領選挙で朴大統領に敗れた文在寅氏や、後先考えない毒舌で「韓国のトランプ」などと呼ばれている李在明・城南市長も日韓合意を非難し、これを反故にすると公言してはばからない。朴槿恵大統領でさえ反日と批判 問題をさらに複雑にしているのが、韓国政府の無能ぶりと最近の反政権運動にともなう朴槿恵政権の凋落である。韓国政府は世論を意識するあまり、日韓合意から1年が過ぎても少女像については何ら有効な手を打つことができなかった。さらに朴槿恵大統領は自身の側近のスキャンダルにより、国会の弾劾決議を受け、現在は職務停止状態である。 日本では朴大統領は最悪の反日大統領と思われているようであるが、実は韓国ではそうではない。朴政権に反対する野党や左派勢力(自称「民主化勢力」)は何と「朴大統領は親日派である」と主張している。実際に朴大統領が親日的な政策を行ったことなどないのだが、父親が日本軍の将校出身であったことと、朴槿恵政権が今回の日韓合意を主導したため、そうした非難を行っている。そうすることによって自らを反日愛国の闘士としてアピールできるからである。ちなみに韓国において「親日派」は「売国奴」と同義である。朴大統領が完全に指導力を失い、「売国奴」呼ばわりされている現状では、韓国政府に問題の解決を期待するのは難しい。 日本政府は釜山の少女像設置に対して4項目の対抗措置(大使・領事の一時帰国、日韓通貨スワップ協定協議の中断、日韓ハイレベル経済協議の延期、釜山領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせ)を発表しているが、どこまで効果があるのかは未知数である。韓国・釜山の日本総領事館前に設置された少女像に 黙とうする女性たち=2017年1月6日 ちなみに、釜山の領事館前に少女像を設置した市民団体は毎週水曜日に「水曜集会」という名の「記者会見」を行う、と主張している。これは、警察が領事館前のデモの届け出を受理しないための方便であるが、今後、ソウルの日本大使館前でのように「水曜集会」が恒例化する恐れは多分にある。釜山の総領事館関係者によると、1月11日には「水曜集会」こそなかったものの、学生たちが自主的に集まっていたそうである。 前でも述べたように、従軍慰安婦支援運動はすでに「信仰」の次元にまで昇華され、少女像はその「ご本尊」である。さらには、この少女像が朴槿恵打倒を掲げる反政権運動や、次期政権を狙う大統領志望者らによって政治的に利用されているという事情もある。そして、一方の当事者でもある韓国政府は無能無策である。このような状況下では、少女像をめぐる日韓間の対立が早急に解消されることは望めず、今後も相当な長期間にわたって続くだろうと予測される。また、これ以上、日本側から何らかの打開策や譲歩を示したとしても、少女像が撤去されることはないだろう。日本政府は問題が長期化することを覚悟し、安易な妥協をなさず、これ以上公館の前で少女像が増殖しないよう、断固とした姿勢で臨んでゆくべきだろう。

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    なぜ韓国人は「慰安婦像」をむやみに設置したがるのか

    山岡鉄秀(AJCN代表) 日韓合意直後の2016年2月7日、私は「未来に禍根を残すな! 慰安婦日韓合意国民大集会」(頑張れ日本! 全国行動委員会主催)で登壇し、下記のようにスピーチした。1年前のことだ。 現時点で政府の見解は、「今は韓国政府のご苦労を見守るのが正しい姿勢」とのことですが、我々AJCNの見解は異なります。様子見期間は終了しました。ここからは、明確なゴールを設定して、そこへ向けて誘導すべきです。さて、韓国は今、何を考えているでしょうか。我々の経験を踏まえれば、次のように考えていていることが推察できます。・民間の反日活動を放置し、日本が如何に酷い国かを世界にアピール・無条件で10億円を払うのが当然だという国際世論を醸成・マスコミ誘導、ロビーイング強化・大使館前の慰安婦像は民間が設置したので政府には何もできないのに、日本政府は撤去が10億円拠出の条件であるかのような理不尽なことを言うので活動家の説得に失敗したと主張・日本政府が10億円払えばしめたもので、韓国側の約束は履行せず、民間の反日活動を放置して合意を骨抜きにする。ユネスコにも民間主導で申請・これまで通り、裏から民間の反日活動を支援 周知の通り、結果は我々の予想通りだ。釜山の日本総領事館前に新たに建てられた慰安婦像に多くの国民が心底怒っているが、いかにも韓国人がやりそうなことだ。我々は一介の市民団体に過ぎないが、多民族国家の豪州で生の韓国人と隣り合わせに生活しているから、赤裸々な現実を見据えて活動している。夢見るお花畑ではない。韓国・釜山の日本総領事館近くの公園で慰安婦像の撤去に抗議する人たち=2016年12月28日(共同) 「さっさと10億円を払って、道徳的に優位に立つ外交をすればよい」と主張した人々がいたが、道徳心がない相手にどうやって道徳的に優位に立つと言うのか。日本人の価値観や規範を前提に外交ができるとでも思っているのか。 10億円もらったら「これでもう何をやっても構わない」と考え、「何度も日本人を騙す我々は戦略性に優れている」と誇りに思うのが韓国人だ。騙される方が悪い、嘘をつくのが当たり前の社会だから、ヘルコリアなのだ。 今回はウイーン条約違反に言及したが、なぜ最初から言及して、ソウルの日本大使館前の慰安婦像撤去を条件にしなかったのか。「民間がやったことだから致し方ない」と韓国政府を擁護したうえ、10億円払って朴大統領を応援しようと宣(のたま)った元駐韓全権大使がいた。10億円もらったら「努力すると言っただけで、撤去するとは約束していない」と言って逃げるに決まっているではないか。良心の呵責を感じるとでも思ったのなら驚嘆すべきナイーブさだ。慰安婦像設置阻止も撤去もできなかったのも無理はない。 それでも、世界から見たら、金をもらってから新たに慰安婦像を建てさせるのは明らかに韓国政府の不誠実に映るから、日本政府は10億円のはした金でまんまと韓国を追いつめた、ボールは相手のコートにある、と主張する方々もいる。亡国プロパガンダを歴史的事実にした日本政府 何度でも言うが、日本は2015年12月28日、日韓合意の発表と同時に歴史的大敗北を喫しているのだ。2016年12月30日、ソウルの日本大使館前の慰安婦像(右)付近で、イベントに参加する学生ら(共同)「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している。安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」 この英訳がまた酷いことは、ジャーナリストの有本香氏と対談した動画を参照いただきたいが、日韓合意とは「慰安婦20万人強制連行と性奴隷化」という朝日新聞と吉田清治のペアが世界中にまき散らした亡国プロパガンダを、日本政府が自ら歴史的事実として確証した、まさに歴史的瞬間だったのだ。この大失態の前には河野談話も吹き飛んでしまう。 私は昨年、ABC(豪州国営放送)、BBC、ロイターといった国際メディアからインタビューを受けた。どのメディアも我々の主張をかなり引用していた。それはこちらが英語で相手が理解しやすいロジックを発信しているからだが、残念ながら、全ての報道は「性奴隷20万人は日本政府が公式に認め、謝罪し、賠償金を払った歴史的事実」として伝えた。あのような声明を出したらそう解釈されるのは当たり前だ。その自明の理が理解できないのは日本政府だけだ。もし、外務省幹部がわざとやったのなら、安倍首相はまんまと罠にはめられたことになる。 日韓合意を米政府が高く評価したから、少なくとも政治外交的には成功だったと評価する方々もいるが、それは対米追従の悲哀を自ら肯定しているだけだ。米国の圧力で実現した日韓合意のシナリオは、もちろん米国人が書いている。米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)のスーザン・ライスが主導したと聞いている。 米国人は、日本の慰安婦制度は性奴隷制度だったと信じているから、その前提でシナリオを書き、それを日本政府が素直に飲んでくれたら上機嫌なのは当たり前だ。日本の名誉がどんなに損なわれても、米国政府は痛くもかゆくもない。日本が真の独立国ならば、まずは米国政府と膝を詰めて議論して双方が納得いくシナリオを練らなくてはならない。ただ与えられたものを咥え、頭を撫でられても、それは政治外交的勝利とは程遠い。 すでに元慰安婦のお婆さんたちの過半数がお金を受け取ったから、挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)の力が衰え、反日が収束に向かうと考えたら大間違いだ。韓国の異常な反日洗脳教育はエスカレートするばかりだからだ。韓国内外で激しさを増す異様な反日教育 2013年にソウル市内の公園で発生した、「日韓併合は悪くなかった」と言った95歳の老人を38歳の男が老人の杖を奪って撲殺するという凄惨な事件を覚えておられる方もいるだろう。この男に下った判決はたったの懲役5年だが、韓国では重刑と捉えられ、ネットには男を英雄と賞賛するコメントが溢れている。 年を経るごとに、この異様な反日教育は韓国内外で激しさを増し、今や韓国内外で挺対協の先兵となって慰安婦像設置など反日活動を率先しているのは学生らの若い世代だ。彼らは日韓併合時代はおろか、朴正煕の時代さえ知らない、純粋な洗脳世代だ。韓国南部の釜山市中心部にある日本総領事館前に座り、1人でデモをする女性=2016年1月(聯合=共同) そして私が特に強調したいのは、幼い子供たちほど、特定の民族に憎悪を煽る教育に感化されやすく、純粋な正義感から攻撃的な行動に駆られやすい、ということだ。北米では韓国人子女が、「日本人は悪辣な民族だ、韓国人を殺して苦しめた」と叫んで日本人子女に唾を吐きかけたり、集団で囲んで謝罪を要求し、泣き出すまで追いつめるといった事態が発生している。 YouTubeには、韓国系米国人生徒が製作した「日本軍慰安婦強制連行劇」が投稿されている。学内コンテストに参加した作品だそうだが、逃亡を企てた韓国人慰安婦が日本兵に刺殺され血が溢れるシーンで終わっている。昨年9月には、事態を憂慮した日本人母親グループが安倍首相に嘆願書を提出した。よほどの懸念がなければしないことだ。 シドニーではこんなことがあった。日本人の母親が幼い娘を連れて韓国人が経営する日本食レストランに入った。韓国人のウエイターが子供に出した水をストローで飲むなり、娘が「熱い!」と叫んで泣き出した。出されたのは水ではなく、熱湯だったのだ。 娘は喉を火傷した。慌てた母親が「水をくれ」と頼んだが、韓国人従業員たちは黙って顔を見合わせるばかりで対応しない。やっとしぶしぶ水を出すのに5分以上も経っていた。こんなことは、慰安婦像騒ぎが起こる前は聞いたことがなかった。この母親は、韓国の異常な反日が身近に迫ったことを悟って恐怖を感じたという。 おわかりだろうか。慰安婦問題は、「日本の名誉、英霊の名誉の棄損」といった次元を通り越して、異常な反日教育によって洗脳された若い世代による日系住民への直接的攻撃の局面に入っているのだ。日韓合意は、異様な反日教育にお墨付きを与え、「将来の世代に謝罪の重荷を背負わせない」どころか「今を生きる日本の子供たちに、文字通り煮え湯を飲ませている」のだ。慰安婦問題を焚き付ける「本当の敵」 この尋常ならざる事態にどう対応するか、AJCNの意見を申し述べておく。 まず、駐韓大使の帰国や通貨スワップの協議停止などの制裁措置は、絶対にこちらから緩めてはいけない。繰り返すが、日本は完全になめられている。強きに媚び、弱気をくじくのが韓国の伝統的民族性だ。釜山とソウルの慰安婦像が撤去されるまで、事実上国交断絶でも構わない。韓国が折れて謝罪し、行動で示すまで、絶対にこちらから歩み寄ってはいけない。「条約も守れない国家と協業することは不可能」と宣言してよい。こちらは何も困らない。韓国・釜山での慰安婦像設置を受け、帰国した長嶺安政駐韓大使=1月9日午後、東京・羽田空港(鈴木健児撮影) さらに、慰安婦問題を焚き付けているのは日米韓の離反を画策する北朝鮮直属の組織だとはっきり言った方がいい。韓国政府は北朝鮮の工作機関をコントロールする能力をとうに失っているから、自分では何も解決できないままに、新しい政権が一方的に破棄を通告してくる可能性が高い。その機会を捉え、韓国の「でたらめさ」を徹底的に世界に喧伝したうえで、本格的な歴史戦を開始する。 その時は政府が責任を持って、「慰安婦問題とは何だったのか」を明確かつ詳細に定義しなくてはならない。つまり、立論するということだ。明確な立論なくして反論しても無意味である。相手がどう思おうと、これが我々がまじめに研究して得た結論ですと宣言することから始めなくてはならない。ディベートの基本だ。 杉山晋輔審議官(当時)が国連で口頭で反論するだけでは甚だ不十分だ。外務省のホームページはお詫びと償いの言葉だけが溢れかえり、何の事実検証も記していない。それが日本の名誉の回復に全く役立たないことをいい加減に認めて、やり直すしかない。明確な立論をしないまま、第一次政権の時のように、安倍首相が単騎出動すれば、戦艦大和の水上特攻よろしく一方的な猛攻撃を受けてしまうのは当然だ。 私自身、多くの海外メディアから「慰安婦問題は、日本政府が正式に認め、謝罪して賠償金まで払ったのだから、もはや議論の余地がない。歴史的事実に関する像を建てても、日本人への人種差別には当たらないのではないか」という質問を多く受ける。私がカメラの前で言葉に詰まるのを期待するかのようだ。 しかし私は平然と答える。「安倍首相は安全保障などの重要事項を優先して合意を結びましたが、強制連行や性奴隷化を認めたわけではありません」。相手はたいてい「なるほど」と言って質問を変えてくるが、まず政府が明確な立論をしない限り、一民間人の議論には限界がある。将来の世代に煮え湯を飲ませたくないのなら、これを最後のチャンスと心得てしっかりやってもらいたい。さもなくば、日本人は軍隊を使って生理前の少女を拉致して性奴隷にした極悪民族として永遠に歴史に刻まれることになるだろう。まず邦人保護から着手せよ その一方で、外務省は海外での邦人保護を真剣に考えなくてはならない。外務省がまずしなくてはならないことは、慰安婦像をプロパガンダツールとする韓国の反日教育によって、海外で日系住民に対する差別やいじめが顕在化していることを認知し、政府として憂慮していることを公表することだ。慰安婦像が単なる記念碑ではなく、反日という政治目的を推進するためのツールであることを日本政府が公式に認めることが重要だ。 反日団体は「慰安婦像は二度とこのような悲劇が起こらないように祈念するための平和の像です」とうそぶいて同情を引きながら、公然と反日活動と反日教育を展開している。AJCNはこの動きに対抗して、昨年12月、豪州人権委員会に対し、日本人への偏見と差別を醸成する目的の慰安婦像を教会の駐車場からよりプライベートな場所へ移設することを求めて提訴した。民間の母親と父親がリスクを冒して戦っているのに、外務省が傍観するなら、日本はもはや国家の体を成していない。 もうひとつは、韓国という病んだ国家の崩壊に備えることだ。韓国は北朝鮮という白アリに食い荒らされた家屋と同じで、近い将来倒壊する可能性が高い。そもそも、韓国にはコアがない。なんでも強引に韓国発祥にしたがるウリジナル、整形手術の氾濫、海外への売春輸出と、どれを取っても劣等感と倫理の頽廃を反映している。 そしてこともあろうか、反日を唯一の民族を束ねる綱にしてしまった。歴史的事実など興味もない。北朝鮮に利用されているともわからず、これなら日本を叩けるという、被害者ファンタジー(恨タジー)に逃げ込み、狂奔している。 これはもう、社会学でいうところの「アノミー(無規範、無原則状態)」と言っても過言ではないだろう。来日した韓国人が駅のホームから人を突き落としたり、100以上の仏像を棄損するなどの常軌を逸した犯罪行為に走るのもアノミー発生の証左だ。 そのような暗い情念に取りつかれた民族は自ら溶解し、北朝鮮に取り込まれていってしまうだろう。そのプロセスには幾つものパターンが有り得るが、国際政治学者の藤井厳喜氏が指摘するように、大量の難民が日本に押し寄せる可能性がある。彼らは当たり前のような顔をして助けを求めてくるだろう。 ここで、海外の移民国家に長く暮らす者として明言しておくが、お人よしの日本人に大量の移民を制御する能力はない。これまでやってこれたのは、移民の数が人口比で圧倒的に少なかったからだ。 敵性国家からの移民なり、難民の人口が臨界点を越えて、参政権を持つようにでもなったら、「ここは自分たちの国だ」とばかりに傍若無人を始めるのは確実だ。一旦そこまで行ってしまったら、時計の針を戻すことは不可能で、ドイツ以上の壊滅的打撃を被るだろう。対馬海峡が日本の国防ラインになる日が遠からず来る。 日本という国も大分壊れてきたが、それ以上のスピードで世界秩序が音を立てて崩れていく。日本民族はこの難局を乗り越えることができるだろうか。今回の釜山慰安婦像への対処がその試金石となる。日本政府は、冷徹に現実を見据え、まずは邦人保護に着手して欲しい。日本の復活はそこから始まる。

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    韓国外相はなぜ表に出て来ない! 文明国家の品位欠く「慰安婦暴走」

    西岡力(東京基督教大学教授) 親北左派団体が釜山総領事館前に新たに慰安婦像を設置したことを受け、わが国の政府は大使と総領事の帰国、スワップ協議などの中止を打ち出した。私はこの措置は今後の日韓友好関係のためになる大切な決断だと考える。 2015年12月の慰安婦合意では「韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する(下線西岡)」と尹炳世外相が約束した。 しかし、韓国政府はソウル大使館前の慰安婦像を設置した挺身隊問題協議会(挺対協)と慰安婦像移転のための協議を一度も持っていない。その上、釜山の慰安婦像を不法に設置した左派団体に対しても事前に協議の申し入れをしていない。「関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する。」という約束を履行していないのだ。韓国南部の釜山市中心部にある日本総領事館前に座り、 1人でデモをする女性=2016年1月 釜山慰安婦像を設置したのは「未来世代が立てる少女像推進委員会」だ。同委員会の馬ヒジン代表は釜山大学航空宇宙学科3年の学生である。彼女は親北左派団体である「ウリギョレ(我が民族)ハナテギ(一つになる)釜山運動本部」の学生部代表として活動する中で、慰安婦問題を知って像設置運動を開始したと韓国紙とのインタビューで語っている。 また、推進委員会に加わっている団体の一つに「平和ナビ(蝶)」があるが、これは北朝鮮を支持して暴力革命を目指すとして解散させられた統合進歩党の青年部が母体となっている。ソウルの挺対協が北朝鮮と密接な関係を持っていることは関係者周知の事実だ。 だから、韓国政府がソウルや釜山の慰安婦像設置団体に移転のための協議を申し込んでも拒否されるだけだろう。しかし、たとえばサードミサイル配備決定に当たっては黃教安首相(現在の大統領権限代行)が予定地である星州まで足を運んで反対運動を続ける住民に説明を行ない、反対派住民3000人に取り囲まれて6時間監禁された。そのような努力を慰安婦合意の当事者である尹炳世外相は一切行わず表に出てこない。 安倍政権は、日本は合意を忠実に実行している、次は韓国の番だと主張している。先に見たように合意で韓国は慰安婦像の移転を約束してはいない。約束したのはウィーン条約違反である外交施設(大使館、総領事館など)前の慰安婦像の移転のため「関連団体との協議を行う等を通じた努力」だ。 なぜ、尹外相は釜山に行ってウィーン条約を説明して韓国が国際的に通じる当たり前の国になるためには条約を守る、すなわち慰安婦像を外交施設の周囲には立てないことを守る必要があると説得しないのか。ウィーン条約履行は大統領弾劾とはまったく関係ない外交問題であり、朴槿恵政権の発足以来外相の地位をずっと守っている尹外相こそ責任者として関係団体と会うべきなのだ。韓国の保守系新聞は自国批判も その努力があれば、たとえ釜山市が中央政府の方針に違反する決定を行っても、日本政府は韓国国内法の手続きを待つ余裕はあるはずだ。沖縄の米軍海兵隊基地移転問題でも日本政府と沖縄県の立場が対立し、日本は米国に対して行った約束を果たせないまま時が過ぎている。それでも中央政府が毅然として外交約束を守る姿勢を堅持しているから日米関係は悪化しない。 安倍政権は少なくとも尹炳世外相が釜山に行って関係団体と協議するまでは、今回の措置を続けるべきだ。今回の措置の結果、左派新聞は加害者である日本が被害者である韓国を圧迫するのは許せないと安倍非難一辺倒だ。たとえば左派系の京郷新聞は1月9日社説「誰が歴史の加害者安倍が大きな声を出せるようにしたのか」で「力のない隣のうちの妻子を連行して悪いことをおこなってからまとまったカネを握らせて『口を開いたらひどいぞ』と脅迫するやくざと変わるところがない」と安倍首相を誹謗している。破られているのが見つかった慰安婦像付近の横断幕=1月6日、韓国・釜山 しかし、保守系の朝鮮日報と東亜日報は安倍批判をしながらも社説でウィーン条約を紹介して韓国側にも非があることを伝えはじめた。朝鮮日報1月10日社説「日本の『慰安婦像』攻勢、危険だ」では全体としては日本批判をしながらも「外国の忌避施設をその国の公館の前に設置することに対する疑問は韓国内にもある。 国際協約は『相手国の公館の安寧と品位を守る責務』を規定している」、東亜日報1月10日社説「日本安倍の『慰安婦暴走』…黃代行は外交リーダーシップを発揮せよ」もやはり日韓合意とウィーン条約に言及してこう書いた。「日本大使館前の少女像に対して『関連団体との協議を通じて適切に解決するように努力する』と明らかにした韓国政府はその後、どのような努力をしたのか振り返る必要がある。ウィーン条約第22条は『相手国の公館の安寧と品位を守る責務』を規定していて、大使館と総領事館の前の少女像設置が論難の余地があるのも事実だ」。 そして、在野の保守団体である国民行動本部は「少女像をめぐる韓日関係悪化を憂慮する」という声明を出して「釜山の日本総領事館の前に『慰安婦少女像』を再設置したことは韓日間合意精神に背くだけでなく何よりも不法行為だ。文明国家としての国の格を守るためにも法の通りしなければならない。 政府は『慰安婦少女像』を撤去して韓米日同盟関係を修復しなければならない」と主張した。 日本が自己主張をすることで韓国人にウィーン条約を破っている自国の在り方がおかしいのではないかと考えさせる契機を与えることになる。真の日韓友好は健全な相互批判の上にしかないと強調したい。

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    韓国を信じたら、やっぱりこうなった

    どうして、いつもこうなるのか。韓国・釜山の日本総領事館前に新設された慰安婦像のことである。慰安婦問題をめぐる日韓合意からたった1年で約束は反故にされ、隣国を信じて10億円を拠出した日本側の「誠意」は、いとも簡単に踏みにじられた。いくらお人好しの日本人でも、さすがに今回ばかりは看過してはならない。

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    韓国「反日」の現実 目の当たりにした反日教育の徹底ぶり

    【韓国自転車&テント旅1200キロ】(6回目)高野凌 (定年バックパッカー)地方を巡り普段着の韓国を探る・期間:2014年8月30日~10月2日・旅行費用:12万円反日歴史観の集中講座“深夜便” 9月13日 盈徳(ヨンドク)市付近の小さな漁村“オボリ”の東屋で寝袋を敷いて9時前に就寝。暖かかったこともあり降雨の心配もなかったのでテントを設営せず東屋の床に直接寝袋を広げた。海辺の東屋にテントを設営、東海岸の望洋の近く 熟睡していると突然男の大きな声で起こされた。すわ強盗かと飛び起きた。時計を見ると10時過ぎである。日本語で「こんなところでなんで寝ているんだ」と中年の男が言っている。どうも強盗ではないようなので安堵。夕刻近隣の老人たちから許可を得ている旨を説明。その老人の一人がこの男の母親であったらしい。外国人が東屋に泊まっているが日本人かアメリカ人らしいと男に言ったそうである。 寝ぼけ眼で起き上がると男は矢継ぎ早に質問してくる。日本から自転車で韓国一周のテント旅をしているという趣旨を告げると「日本人が一人で旅行するのは危険だ。そもそも日本人はそんな変なことをしないですよ」とかなり流暢な日本語でしゃべりまくる。 住居はどこかと問われ「東京」と回答すると「東京のどこか」と聞くので「実際には川崎市の北のほう」と答えると「川崎は“川向う”で裕仁は皇居を守るために多摩川の南側、すなわち神奈川県で連合軍を防ぐ考えだった。だから沖縄と同様に川崎の住民は裕仁の犠牲にされるところだった。裕仁はそうした人間だ」と異様な論法で天皇批判を始める。確かに多摩川の二子玉川の架橋は陸軍の戦車部隊が聖都防衛のため迅速に通過できるように橋脚が設計されていたと郷土資料館で読んだことがある。 その男、K氏は韓国の商社(どうも財閥系商社のS社ではないかと推測)の元東京駐在員で日本に7年住んでいたという。現在ソウル在住の51歳。偶々故郷の母親に会いに来て私に遭遇したわけである。日本語は相当な水準であり語彙も豊富である。日本のひと昔の猛烈サラリーマンを彷彿とさせるタイプだ。私が退職して何の後ろ盾もなく一人で個人旅行しているので気兼ねなく対日批判ができると思ったのか、K氏が長年にわたって培ってきたと思われる反日歴史観を滔々と披瀝する。ドイツはナチス時代を反省しているのに 日本は真剣に反省しない 眠いのでなんとか穏便に引き取ってもらおうと、なるべくK氏を刺激しないように曖昧に答えようと心がけるが、K氏は巧妙に逃げ場を塞ぎながら私から“日本人の歴史認識”を引き出そうとする。韓国の田舎の漁村の深夜の暗闇という“完全アウェイ”のグランドではゴール際に引いて守り一辺倒にならざるを得ない。 例えば「最近の安倍の言動をどう思うか」と聞かれて「あまりニュースに関心がないので」と逃げようとすると「あなたほどの知識人がニュースを見ていないわけがない。新聞くらい読んでいるでしょう? 産経新聞ですか?」と畳み込んでくる。産経新聞は韓国では右翼の代表と見なされているので地雷を踏まないように「いやいや読売ですよ」とうっかり答えてしまった。K氏は大喜びで「読売新聞とは貴方はやはり相当右寄りですね」と攻めてくる。そもそも一国の天皇や宰相を「裕仁」「安倍」と呼び捨てにすることに不快感を覚えるが我慢していると「日本人の悪いところは問題を直視しないことですよ」と説教してくる。国道7号線で出会った21歳のソウル大学3年生。将来のエリートだドイツはナチス時代を反省しているのに日本は真剣に反省しない 「大日本帝国官憲が朝鮮民衆を虐殺したという歴史的事実を誰も問題視しない。天皇陛下は神様ですべて正しい。その命令で行った官憲の行為も正しいと鵜呑みにする。これは日本が島国でありお互いが慣れ合いで誤魔化しあって権力者や政治家を批判しないという体質に由来するものですよ」と高飛車に断定する。ここで生半可に反論すると敵の罠に嵌まり込む恐れがある。こみあげてくる愛国心をじっと抑えて逃げ道を探すが適当な事例が浮かばない。当方が言いよどんでいると自分の論理に当方が降参したと思い込んで次から次へと一方的に論じたてる。 「本当は日本人も慰安婦問題なんて破廉恥な国家的犯罪を恥ずかしいと思っているんでしょう。日本政府が謝罪して賠償金を払えば韓国政府も韓国民衆も日本軍が行った世界史に例を見ない破廉恥な大罪を赦すと言っているんですよ。こんな寛大な提案を理解しようとしないのは安倍が狂信的軍国主義者で旧日本軍の間違いを認めたら大日本帝国軍隊を復活させる大儀がなくなると心配しているからです」 「例えば100億円くらい補償金を日本政府が出せばそれで赦されるんですよ。ナチスと同じように日本の軍隊が歴史的人道的犯罪を犯したのにたった100億円も出せば問題が解決できるんですよ。ドイツが戦後どれだけいろいろな名目で巨額の賠償金を支払ったことか。それに比べれば安いものですよ」 K氏の話しぶりから韓国の反日教育がいかに詳細にわたり徹底的に行われてきたか推し量られた。荒唐無稽な事例かつ無茶苦茶な論法であるが残念ながら反日歴史観を徹底的に学習している韓国人と議論するほどの確実な知識を持ち合わせていない。そもそも日本人に宗教心がないのは秀吉のせい?そもそも日本人に宗教心がないのは秀吉のせい? 「日本人は可哀想な民族ですね。歴史上常に近隣諸国に迷惑をかけてきたのに何も反省せずに自分たちだけが正しいと思い込んでいる。ドイツ人は少なくともキリスト教という宗教や哲学を持っているから客観的に歴史を反省できるのですよ。日本人は秀吉がキリスト教徒を大量処刑したくらいですからそもそも宗教心がないんですね。」とK氏の歴史講和はエンドレス。私が「キリスト教徒弾圧は徳川家光の時代からです」と指摘するとK氏は一瞬考えたが「まあ同じことですよ。」とにべもない。 私が黙って聞くだけで反論しないので張り合いをなくしたのか「貴方は疲れているようですから明日の朝は私の家に来てシャワーを浴びて、それから朝食を食べて下さい」と提案してきた。これで深夜の拷問から解放されると俄か喜びしてオファーを受諾。時刻は零時半を過ぎていた。朝から再び“従軍慰安婦問題”に 9月14日 なんとも寝苦しい夜を過ごして5時半に目覚める。K氏の母親の家まで自転車で5分ほど走り急坂を登る。シャワーを浴びてから老婆が用意した漬物、小魚の佃煮、ごはん、味噌汁(?)の粗末な朝飯を食べる。老婆は黙って息子と私を見ているが何も語らない。 食後に庭のベンチでネスカフェを啜っているとK氏は慰安婦問題を蒸し返して「少しのお金で日本は国際的な信用を得られるんですよ」と迫ってくる。深夜の暗闇ではないので当方も多少は精神的に余裕が出てきた。一方的かつ誤謬だらけの歴史認識を深夜に説教されて、ここで沈黙したまま帰ることは日本人としての誇りを汚されたままで引き下がることになる。自分の名誉のためにも率直に疑問点を質してみようと思った。 「賠償責任を議論する前に歴史的事実を日韓両国の専門家同士で確認することが必要だと思います。私は慰安婦問題についてあまり知識はありませんが二つだけ確実な歴史的事実があると理解しています。一つは韓国人の従軍慰安婦よりも日本人の従軍慰安婦のほうが多かったということ。日本も当時は貧しく貧乏な家の娘はお金を稼ぐために従軍慰安婦になったという事情があります。二つめは韓国人の慰安婦も日本人の慰安婦も売春業者から報酬を受け取っていたということです。無償の強制奴隷ではないということです。これは従軍慰安婦が当時アジア各地から郵便為替で朝鮮や日本の故郷の家に送金した郵便為替取扱の記録が残っています。この二つの事実関係についてどのように認識していますか?」見えない反日の壁 K氏は「二つとも初めて聞きました」と正直にすこしポカンとした表情で言った。K氏ほどの知識人でも慰安婦問題の根本的な事実関係や日韓両国の争点を知らないというのは韓国の反日歴史教育とマスコミ報道のお粗末さを示しているようで暗澹たる気持ちになった。 最近日本政府は海外の外交官が現地語で慰安婦問題などの複雑な問題をTVの公開討論番組で議論できる水準の語学力を身に着けさせるというプログラムを発表したが、今まで海外で特に韓国や中国や欧米等で敏感な政治問題について政府関係者はどれだけ有効な対外発信をやっていたのであろうか。 それとも私が挙げた従軍慰安婦に関する二つの論点を韓国政府は理解した上で、それでも韓国政府は日本に対して謝罪と賠償を要求しているのであろうか。見えない反日の壁 K氏と別れてから釜山上陸以来の出来事を振り返ってみた。「韓国は政治的には反日だが一般の人々は実は親日」というような解釈はどうも一面的で楽観的過ぎるように思った。確かに私が出会った人達はK氏を除けば非常に親切であったし日本に対して悪い感情は持っていなかったようだ。それどころか仰天するような“おもてなし”を何度も経験した。それゆえ私は韓国の普通の人々は意外に親日的であると楽観していた部分があった。 しかし、田舎町の食堂で店員になぜだか理由は不明であるが“よそよそしい対応”をされたことが二度あったことを思い出した。そもそも私が日本人と認識して積極的にアプローチしてきたり、親切に相手をしてくれる人は元から親日的な一部の韓国人だけではないか。日本人に対して警戒心や悪感情を持っている普通の韓国人は片言のハングルをしゃべっている外国人(中国人の個人旅行者はまずいないので日本人と容易に判別できる)は日本人であろうと判断して遠巻きに冷ややかに見ているのではないか。そう考えると見えない反日の壁が私を取り囲んでいるように感じた。国道7号線に並行する自転車専用道⇒第7回に続く

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    慰安婦「少女像」を作り続ける夫婦の意図とその協力者

     朴槿恵スキャンダルで、2015年末の日韓「慰安婦合意」に暗雲が立ち込めている。日本大使館前に建てられた元慰安婦のモニュメント「少女像」の撤去を巡る問題も、店晒しのまま。それどころか、目下、この少女像が次々と“他国へ輸出”されようとしているのだ。ジャーナリスト・織田重明氏がレポートする。 * * * 慰安婦問題における日韓の捻れを象徴するようになった少女像を作り続け、韓国の市民団体の間で英雄視されるキム・ウンソン、ソギョン夫婦が慰安婦問題と関わるようになった経緯について、夫のキム・ウンソン氏は、韓国のニュースサイト「オーマイニュース」のインタビューにこう答えている(2016年11月7日)。 「2011年1月に、日本大使館の前を通り、水曜集会(毎週水曜日に行われる抗議活動)を見て驚いたのです。『こんな集会を今までやっていたのか』と思った瞬間に、とても申し訳ない気持ちになりました。日本大使館前に置かれた慰安婦像 すでに水曜集会が始まるようになって20年ですが、未だにこの問題は解決されていませんでした。申し訳ない気持ちで挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)を訪ね、『私たちができることがありませんか。すまないという気持ちを減らしたいと思っています』と話したのです」 自ら協力を申し出てきた夫妻に、当初、挺対協は日本大使館前に設置する記念碑の制作を提案した。 夫婦が石碑に文字を刻もうと、デザインを考案したところ、「大使館の前に石碑を建ててはいけない」と日本側から圧力がかかった。 反発した夫妻は、再び挺対協を訪ね、あらためて別の計画を提案したとインタビュー記事にある。それが、文字を刻んだだけの石碑ではなく、より慰安婦の被害を強調できる彫像ではどうか、というものだった。 「そうすれば、日本に謝罪と反省をより強く求めることができる」(同) 2人の提案に、挺対協は喜んで、後押しを約束する。 当初の構想では元慰安婦のハルモニの像とする案もあったが、妻のキム・ソギョン氏は15歳前後の少女の姿にすることを決め、彼女たちは男性によって性暴力を受けたとの考えから、制作も妻が担当した。何も語らない製作者夫婦 かつて朝鮮半島で一般的だった三つ編みでなく、ざくざく短く切った髪型にしたのは、無理矢理連れ去られたことを表し、握りしめた手は一日も早く日本政府から謝罪を勝ち取るという気持ち、そして裸足は被害を受けた元慰安婦のハルモニたちの苦労をそれぞれ象徴しているという。 費用の拠出にはすべて挺対協が関わっている。挺対協をめぐっては、あまりにも鮮明な反日姿勢を掲げ頑なに日本政府に謝罪と賠償を要求してきた経緯から、韓国国内でも批判が少なくない。 2015年には元慰安婦からも、「当事者の意見も聞かず、日本との協議を拒否している」と、その活動方針を批判されてきた。 そうした市民団体からの依頼と資金で少女像を制作し続けることは、本当に慰安婦問題の解決につながるのか。 筆者が取材した関係者によると、夫婦は今後、さらにカナダやオーストラリア、さらにブラジルに設置するための作品を制作中だという。さらに別の関係者からこんな驚くべき情報を得た。「釜山の日本総領事館前に少女像を設置する動きが進んでいて、設置予定日は12月28日。釜山向けの少女像は既に完成済みでやはり夫婦の手によるものです。日本外務省は韓国側に対して、設置に許可を出さないよう圧力をかけていますが、もはや政府が機能していないので予断を許しません」 12月28日とは、ちょうど日韓合意を発表した日である。その一年後に企画されたこの設置運動は、実行されれば暴挙と言うほかない。 工房を訪ねる直前、夫婦に電話で取材を申し込んだところ、当初は予定が空いていれば喜んで受けると言い、日程を確認して折り返すとしていた。しかし、しばらくすると「日本のメディアは歪曲報道をするので取材に応じられない」とメールで連絡してきた。 工房の前で二日間待っていたが、結局、夫婦は現れなかった。夜の帳が下りると、半島特有の厳しい寒さが身を襲う。慰安婦問題解決の道が再び閉ざされないよう願うばかりである。 関連記事 ■ 反日勢力の急先鋒 韓国挺身隊問題対策協議会はどんな団体か ■ 朴槿恵氏スキャンダルで日韓合意を認めぬ挺対協が勢いづく ■ 韓国反日団体 中国人の「反日」インターンシップ受け入れも ■ 最終かつ不可逆的な日韓合意がひっくり返されるか ■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」

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    釜山の少女像設置、日本の厳しい世論を知らない韓国

    【韓国の「読み方」】澤田克己 (毎日新聞記者、前ソウル支局長) 韓国南東部・釜山にある日本総領事館前の歩道に昨年末、慰安婦を象徴する新たな少女像が設置された。日本政府は年が明けてから、長嶺安政駐韓大使と森本康敬釜山総領事を一時帰国させる対抗措置を発表した。大使と総領事を呼び戻すのは外交的にかなり強い措置であり、韓国側には戸惑いも感じられる。この問題を契機に改めて、慰安婦問題に関する2015年末の日韓合意について考えてみたい。釜山に設置された慰安婦少女像(鴨川一也撮影) 今回、外交問題に発展した契機が釜山の少女像設置にあるのは明白だろう。韓国ではそれまでも合意に対する反対論が主張されていたが、日韓両国の政府はそうした主張から距離を置いていたので外交問題になりようがなかった。もっとも、日本が対抗措置を取った後でも「合意堅持」という点においては日韓両政府とも見解が一致している。だから、新たな少女像の設置やそれに対する対抗措置発動をもって「合意が壊れた」というのは正しくない。問題になるのは「合意の精神」 日韓合意に入っているのはソウルの日本大使館前に建つ少女像についてである。韓国政府は合意で、「公館の安寧・威厳の維持の観点から(日本政府が)懸念していることを認知」したうえで、「適切に解決されるよう努力する」と表明した。日本が10億円を拠出する条件でもないし、韓国が解決を約束したわけでもない。ましてや、釜山の日本総領事館前に少女像が建てられないようにするなどとは言っていない。 ただし、大使館前の少女像に対する日本側の「懸念」を解消するよう努力すると表明しているのだから、新たな懸念材料を生じさせないようにするのは当然である。 ところが、総領事館の建つ釜山市東区は世論の反発を理由に「設置を許可しない」という方針を覆して黙認に転じ、韓国政府も事実上これを放置した。設置後に撤去されるべきだという政府による明確な意見表明も行われていない。朴槿恵大統領に対する弾劾訴追で国政が混乱しているというのは、対外的な理由にはなりえない。 もちろん民間団体が私有地に建てるのなら、政府はこれを止められない。合意は民間を縛るものではないから、そういった行為を問題視するのは難しい。米国やオーストラリアに住む韓国系住民の団体が建てる少女像についても同じことを言える。日本では、少女像と聞くとなんでもかんでも日韓合意と結びつける人もいるが、これは解釈の幅を広げ過ぎだ。 しかし、国際条約によって保護される大使館や総領事館といった外交公館前の公道への設置を黙認するという行為は、明らかにアウトである。本来なら合意があろうと、なかろうと問題があるのだが、わざわざソウルの少女像に言及した合意がある中での黙認だ。「他の公館前には少女像設置を許さない」と明示されているわけではなくても、「合意の精神」もしくは「趣旨」に反するとしか言えない。 だからこそ日本側で強い反発を呼んだのである。特に、大使館前の少女像撤去は簡単ではないと考えていた日本の専門家や政府関係者が受けたショックは大きかったように見える。韓国側の対応を見守るべきで、性急な要求をするのは逆効果にしかならないと説明する論拠を失ってしまったからだ。正直に言えば私も、釜山の少女像が結局建てられたというニュースを見た時には、失望というより強い脱力感を覚えた。日本側の対抗措置に韓国メディアが驚いた理由日本側の対抗措置に韓国メディアが驚いた理由 日本側の対抗措置は、大使らの一時帰国だけではない。日本政府は、金融危機時に通貨を融通しあう「通貨スワップ協定」再開に向けた協議の中断など、経済面での措置にも踏み込んだ。経済協力にまで影響を及ぼすことが適切かどうかは議論の分かれるところだが、韓国側に「日本の本気度」を伝える効果はあったように見える。 私見では、ソウルの少女像に対する日本国内の反感の強さは韓国側にきちんと認識されていない。私は昨年秋、来日した韓国メディアの記者たち(主として政治・外交担当)との意見交換会で、日本の世論は少女像問題に極めて強い関心を持っていることを認識しておいた方がいいと伝えたのだが、韓国人記者たちはピンとこないようだった。 日本側の対抗措置に韓国メディアが驚いた理由の一端は、ここにありそうだ。日本側の関心をきちんとフォローしていないから、「なんでこんなに激しい反発が出るんだ?」と驚いた。だから、「(対露外交など)安倍首相の相次ぐ外交失敗に失望した右翼保守層を結集させ、国内の支持基盤を固めようという意図が見える」(聯合ニュース)、「トランプ政権の発足前に韓国が外交合意に違反しているという主張をして、韓米関係を引き離そうとする動き」(ニュース専門テレビ・YTN)、「韓国の国政空白と米国の政権交代という時期をにらんだ日本の奇襲」(朝鮮日報)などという解釈が堂々と語られるのである。 もちろん安倍政権の支持層に向けたアピールという面はあるだろう。だが、それは最初から日韓合意に不満を持っている人たちに「韓国のやりたい放題にさせるわけではない」というポーズを見せるためと考える方が自然だ。 いたいけな少女をモチーフにした像は感情に強く訴える力を持つ。それは韓国世論に対してだけではない。日本世論を考えても、全く逆のベクトルではあるものの極めて強いインパクトを持つようになっている。韓国側がそのことをもっときちんと認識していれば別の展開があったろうと思われるが、現実はそうならなかった。非常に強い日本の対抗措置が、そのことを韓国側に考えてもらう契機になってくれればと思う。合意は日韓双方の歩み寄り合意は日韓双方の歩み寄り 日韓両国の外相が2015年12月28日にソウルの韓国外務省で発表した合意内容は次のようなものである。 すべての前提となる認識は、▽当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、日本政府は責任を痛感している▽安倍首相は、日本国内閣総理大臣として心からおわびと反省の気持ちを表明する——というものだ。 さらに両国の約束として、▽韓国政府が元慰安婦を支援するための財団を設立する▽日本政府が財団に10億円を拠出する▽国連など国際社会において相互非難をしない▽合意がきちんと履行されることを前提に、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する——ことが明示された。 日本は、慰安所の管理・運営に旧日本軍が関与していたことは認めている。そして、日韓両国間の請求権問題は1965年の国交正常化時に締結された請求権協定で法的には解決済みだが、女性の性的尊厳にかかわる慰安婦問題には「道義的責任」を免れないという立場を取ってきた。これに対して韓国側は、「日本政府や軍などの国家権力が関与した反人道的な不法行為」である慰安婦問題は協定で解決されたとはいえないと主張し、日本政府に「法的責任」を認めるよう要求してきた。 日韓合意で「日本政府は責任を痛感している」という表現になったのは、両国が一歩ずつ歩み寄った結果だ。日本にとっては、どうしても日本の立場が弱くなる国際社会での非難合戦を止められるというメリットも大きかった。当事者の7割が「合意に基づく事業」を受け入れ当事者の7割が「合意に基づく事業」を受け入れ 日韓合意に基づいて韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」は、元慰安婦の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒やす事業を行うとされた。具体的には、合意時点で生存していた元慰安婦46人に対して1億ウォン(約970万円)ずつ、死亡していた元慰安婦199人については遺族に2000万ウォン(約193万円)ずつの支給を進めている。 生存者は、7割を超える34人が受け取りの意思を表明した。昨年中に30人前後への支給が終わった。今年は、遺族への支給が行われることになっている。 合意に反対する人々は「日本の謝罪は心からのものではないし、当事者の意思を無視した」と批判している。韓国では「カネを受け取ったハルモニ(元慰安婦)はだまされたのだ」という主張まであるようだが、ここまで多くの対象者がだまされたと断じるのは無理がある。 一方で安倍首相に対しては、合意発表時に自らの口で謝罪の言葉を公にしなかったことや、おわびの手紙を書かないのかと国会で質問された際に「毛頭考えていない」という強い表現で否定したことへの批判がある。岸田外相が読み上げた「日本国内閣総理大臣としてのおわびと反省」を首相自らがテレビカメラの前で口にしていれば、韓国世論に対してだけでなく、米国をはじめとする国際社会への力強い発信になっていただろう。手紙についても前例を踏襲するかどうかという話なので、少なくともそれほど強い表現で拒絶する必要があったかは疑問だ。橋本龍太郎氏から小泉純一郎氏までの自民党の首相4人は、アジア女性基金を通じて元慰安婦たちに「おわびの手紙」を送っている。今回も、想定されたのは同じレベルの手紙だった。「当事者の納得する措置」を求めていた韓国「当事者の納得する措置」を求めていた韓国 なるべく多くの元慰安婦が存命のうちに問題解決を図りたいというのが日韓合意の出発点だったはずだ。いまや韓国では全否定の対象ではあるものの、朴大統領が「当事者の納得する措置が誠意ある措置だ」と繰り返していた時に異論をはさんだ運動団体や韓国メディアはなかった。それなのに、生存者の7割超が合意に基づく事業を受け入れたことを全く評価せず、ほとんど報道もしないというのは、どうしたことだろうか。 こうした事実をきちんと踏まえた上で、なお残る問題点について指摘するのが筋ではないか。日韓合意に否定的な韓国の有力政治家も同じことだ。当事者の多くが受け入れたことへの評価を明確にしないまま、再協議や破棄を主張するのは無理がある。 日韓合意は、1990年代初めに慰安婦問題が外交問題となってから初めての政府間合意だ。日本による一方的な措置だった河野談話発表やアジア女性基金が国際社会に広く知られることなく終わったのと違い、日韓合意は国際社会に広く発信され、米国や欧州諸国、国連など多くのアクターから歓迎された。それだけに両国とも現実には破棄など簡単ではないし、そんなことをしても得るものはない。破棄しようとしたり、蒸し返したりしようとすれば、かえって外交的なマイナス点を重ねるだけになりかねないだろう。筆者の新刊(2016年1月13日刊行予定)。礒﨑敦仁・慶応大准教授との共著で2010年に出版した「LIVE講義 北朝鮮入門」を全面改訂し、金正恩時代の北朝鮮像を描く。核・ミサイル開発などの最新データを収録。

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    台湾・韓国・中国・日本「慰安婦サミット」に潜入した

     日本を貶める、歪曲された歴史が世界中に拡散され続けている。昨年12月、ついに親日国・台湾でも慰安婦博物館が開館した。オープニングセレモニーとして企画されたシンポジウムには、各国の反日的な慰安婦運動家たちが結集。その現場に西谷格氏が潜入した。* * * 12月だというのに、シャツ一枚で過ごせる心地よい気候。台北駅から20分ほど北に向かって歩くと薄茶色の古めかしい建物が見えてきた。12月10日に開館した、台湾初の慰安婦博物館「阿家(アマーの家=おばあちゃんの家)平和と女性人権館」だ。間口は5~6m程度と狭く、小ぢんまりとした印象だ。 開館翌日のこの日、「歴史から行動へ慰安婦博物館グローバルアクション、国際交流座談会」と題した記念シンポジウムが開かれ、台湾・韓国・中国・日本の4か国から、人権運動や慰安婦博物館の運営に携わる人々が一堂に会して、通訳を交えて報告を行うことになっていた。まさに“慰安婦サミット”である。 受付で氏名を伝え、イベント参加費200元(約700円)を払って施設内へ足を踏み入れた。 1階は洒落たカフェになっていて、その奥と2階部分が展示スペース。思ったより奥行きがあり、縦長の空間が広がっている。受付でもらったパンフレットによれば、建物は100年近く昔の日本統治時代に建てられたものだという。皮肉な因縁を感じつつ、2階の会場へと階段を上った。台湾初の慰安婦記念館に展示された台湾人元慰安婦らの写真 シンポジウムが始まると、教室一つ分ほどのイベントスペースに50人近い来場者が集まった。大半が女性で、日本人男性の私はいわば“加害者”の末裔。何とも言えない気まずさに、背中がむずがゆくなる。 博物館を運営する婦女救援基金会の康淑華執行長がマイクを握り、開会の挨拶を行った。 「私たち共通の目標は、日本政府に対して正式な謝罪と賠償を求めることです。たったこれだけのことが、いまだ何の成果も得られていないのです」と神妙な口調で語ると、マイクを韓国の代表者、申蕙秀氏(「慰安婦の声」ユネスコ記憶遺産計画責任者)に譲った。 「日本の安倍政権は慰安婦問題を解決する気がなく、国際機関からの勧告を徹底的に無視しています」 「彼らは、慰安婦たちが亡くなればこの問題も終わると思っているんです」 そう強い口調で日本を断罪し、2015年に慰安婦をユネスコ記憶遺産に登録申請した件についてこう語った。 「100年、200年後に慰安婦の歴史がどのように定義されるのか。そこで重要な役割を担う」 ユネスコ記憶遺産の申請については、「性奴隷」や「慰安婦20万人」といった主張に明確な裏付けはない。彼女たちの狙いが実現すれば、彼女たちこそが“歴史の改竄”に手を染めることになるのではないか。2015年は申請が却下されたが、「来年(2017年)こそ登録できるよう全力を尽くす」と語気を強めており、まったく諦めていない様子だ。関連記事■ 中国が提出の慰安婦関連史料 性奴隷説が誤りだと明確に示す■ 韓国の反日スレ「日本に爆弾テロする?」「お前通報シマス」■ 中国の働き掛けを受け韓国で「慰安婦記憶遺産登録論」が過熱■ 慰安婦 強制連行の事実はなく高給を得て帰国の自由もあった■ 慰安婦史料のユネスコ登録 オランダ加わればインパクト大に

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    「親切な店」から一転、市場ずし炎上を仕掛けた反日掲示板の正体

    竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト) 現在、韓国では、大阪は「嫌韓感情が渦巻く危険な都市」ということになっている。嫌韓感情に駆られた日本人が韓国人に嫌がらせや暴行を繰り返しているというのである。ネットメディアや大手マスコミが連日そうした報道を行っているのであるが、その発端となったのは、「わさびテロ」と呼ばれる事件である。外国人客にわさび増量のすしを提供していた「市場ずし難波店」=大阪市中央区 この事件の顛末は割合と単純である。9月中旬、大阪ミナミのすし店「市場ずし難波店」で韓国人観光客にわさびを大量に入れた寿司を出していたことが、韓国のネット上で話題となった。わさび増量の寿司を出されたという韓国人客がネットの掲示板に「わさびテロだ」「韓国人差別だ」「民族差別的な発言をされた」と書き込み、これが日本のネットに波及する形で炎上、同店を経営する藤井食品(大阪・茨木市)が謝罪に追い込まれた、というのが大まかな経緯である。 すでに事件は一段落しているのであるが、その一方で明らかになっていないこと、首をかしげたくなるようなことも多い。まず、実際に「市場ずし」の従業員が韓国人客にわさびをこってり塗り付けた寿司を出すような嫌がらせをしたのか、という点である。藤井食品はホームページ上で「謝罪」はしているものの、「わさびテロ」や「韓国人差別」に対して謝罪しているわけではない。 掲載された「謝罪文」を要約すると、「海外から来たお役様がガリやわさびの増量を求めるため、事前確認なしにサービスとして提供した」と述べた上で、「わさびなどが苦手なお客様に不愉快な思いをさせる結果となってしまった」ことについて謝罪しているのである。また、「民族差別的な発言に関しては、そのような事実は確認できなかった」としている。実際にわさびの増量を求めていた外国人客がいたことは事実なようで、これがわさびの増量を嫌う韓国客に「嫌がらせ」と認識された可能性はある。韓国料理が非常に辛いため、韓国人は辛さに強いと思われがちだが、実は韓国人が強いのは唐辛子の辛さだけで、わさびやカレーの辛さには弱いのである。その証拠に韓国の練りわさびやカレーはまったく辛くない。「親切でおいしい店」として韓国で有名だった市場ずし ところが、韓国ではそうした可能性がまったく考慮されることもなく、真偽不明の報道がなされ、炎上がエスカレート。10月4日には大手日刊紙・朝鮮日報が「『市場ずし』が韓国人の客だけにわさびを大量に入れていた」「従業員同士が韓国人を指す蔑称を言いながら嘲笑していた」などと報じたが、何とネタ元はネット上の書き込み。さらに、道頓堀で韓国人観光客が暴行を受けたとか、南海電鉄が外国人に差別的な車内放送を行っていたとか、阪急バスがバスのチケットの氏名欄に韓国人を侮蔑する表現を書き込んだとかいう類似の事例も「韓国人差別」「外国人差別」として報道され、結局のところ、現在は「大阪は嫌韓感情が激しくて危険だ」「大阪への旅行は避けるべきだ」という論調が大勢になっている。 ここまでが、日本でもある程度知られている顛末。しかし、その奥はさらに深い。問題の「わさびテロ」の書き込みは韓国のポータルサイト「NAVER」の旅行掲示板(正確には「日本旅行同好会」というカテゴリー)に書き込まれたもの、というのが日本での「定説」になっている。それは事実であるが、実は書き込みが行われたのは今年の5月なのである。また、書き込みが行われた当時には、まったく問題にはならなかった。書き込みが行われた後にも、「市場ずし」は韓国人に評判のいい店で通っていたし、「親切だった」という書き込みも多かったのである。そもそも「市場ずし」が今回、韓国で騒がれたのは、この店がそれなりに「親切でおいしい店」として韓国で有名だったからである。 「わさびテロ」が本格的に話題になったのは「イルベ」(正式名称は「日刊ベスト貯蔵所」)というネット掲示板で、この書き込みが大々的に取り上げられてからである。「ネット掲示板」は日本の「2ちゃんねる」のような電子掲示板であるが、韓国のネット空間ではこうした「ネット掲示板」が大手ポータルサイトとともに大きな影響力を持っている。「イルベ」は韓国人ネトウヨが多く集う「極右掲示板」として知られ、ネット上でもリアル空間でも様々な物議を醸したことでも有名である。この掲示板は「極右」でありながら、反日の度合いはあまり高くないという点が特異だったが、最近、管理者が交代したことによって反日性が強くなり、「わさびテロ」のような話題が炎上する下地ができあがっていた。こうしたネット上のネタは過去のものでも、取り上げ方次第では「祭り(インターネットの掲示板で、特定の事象が激しく攻撃され、盛り上がること)」になりやすい。実際に「わさびテロ」や「阪急バスのチケット問題」も、5月に書き込まれた「事件」なのに、「祭り」になっている。「さび抜き」にしたら「無わさびテロ」だと攻撃する始末 また、こうした「ネット掲示板」では、既存のマスコミやネットニュースの関係者も虎視眈々とネタ探しをしている。なぜなら、「ネット掲示板」はネタの宝庫。しかもネット上でたやすくプレビューを稼げるような猟奇ネタの宝庫なのである。それに、「ネット上の書き込み」がニュースソースなら、追加取材も事実確認も一切不要。責任は書き込みを行ったネットユーザーにあるのであって、マスコミやネットニュースは「書き込み」を再報道したにすぎないからである。そもそも、韓国では日本に対してどんな報道をしようが、どこからも苦情が出ない。基本的に言いたい放題なのである。というわけで、韓国では追加取材も事実確認もなされぬまま、一方的な「わさびテロ」糾弾報道や「差別・嫌韓」告発報道が続いた。 これに刺激を受けた韓国のネットニュース記者が「市場ずし」に謝罪を求めて突撃取材を敢行したり、ネット上で「市場ずし」に対する「報復いやがらせ」が呼びかけられたりする事態に至っている。「市場ずし」では一連の騒動の後に、韓国人客には寿司を「さび抜き」で提供しているそうだが、それにも「無わさびテロ」だと攻撃を加えている始末。要するに「わさび」をネタに日本を貶めたいだけなのである。 一部には、「報復テロ」を呼びかける動きもある。大手ポータルサイト・ダウムに開設された「大阪留学生の集まり」というコミュニティーには「市場ずしに報復しに行く方を募集します」という書き込みがなされた。その書き込みによると、その「報復」とは次のようなものだ。(http://cafe.daum.net/osakalife/)  「始めから暴力を行使したりはせず、(店で)寿司に何か仕掛けられたら、食べかけの寿司を床に捨てて足で踏みつけ、日本語で罵って、相手の挑発を誘導するつもりです。日本語が流暢で、度胸がある人と一緒にやりたいです。寿司代は私が出します。嫌韓チョッパリ(日本人に対する侮蔑表現)に韓国の辛い味を見せつけましょう」 さすがに、この書き込みを支持する反応は皆無だったから、実際に報復を敢行する可能性は低いと思われる。それにしても、日本人の韓国人差別を糾弾しながら、「チョッパリ」などというヘイト表現を用いることには何の疑問も感じていないらしい。毎度のことながら、こうしたダブル・スタンダードには恐れ入る。このことからも「わさびテロ」をめぐる韓国内の言説のレベルがどの程度のものなのかが分かる。「わさびテロ」は本当にあったのか 日本では、このような韓国の内情がほとんど知られていないため、日本のマスコミやネットニュースなども、ほぼ、真偽の確認もないまま韓国の「わさびテロ」報道を引用。ネット上には「識者」のコメントを含め、「日本人として恥ずかしい」「外国人差別はやめよう」などというもっともらしい声が溢れている。嫌がらせや差別が良くないことは自明であるため、一応そう言っておけば、恰好がつくからだろう。日本人であることを恥ずかしがったり、差別を糾弾したりする前に、本当にそうした事象があったのか、最低限の確認作業はするべきだ。訪日外国人や日本人でにぎわう道頓堀 =6月26日、大阪市中央区 また、韓国で日本人がぼったくりに遭ったり、嫌がらせをされたりすることも少なくないのだが、そうした事例はろくに報じないでおいて、日本における事例ばかり熱心に報じるというのも著しく公平性を欠く。日本のネットではこうした「違和感」「不公平感」もくすぶっており、「ウザい○○○(韓国人に対する罵倒用語)は日本に来るな」式の、正真正銘の「韓国人差別」を表現した書き込みも多数見られる。結果的に韓国の「わさびテロ」報道の無分別な引用報道が、新たな嫌韓ネタを提供する形になってしまっている。 現在、「わさびテロ」事件は一応、沈静化に向かっているが、また同様の「ネタ」が新たに炎上する可能性は十分ある。では、我々日本人はこうした事象にどう対応すべきなのだろうか。 外国人観光客が増えれば、それだけ摩擦や苦情も増える。そうした摩擦や苦情に対して、とりあえず頭を下げておけばいい、というのはまったくの誤りである。まずは事実を正確に把握し、原因を徹底的に究明し、そこに問題があれば謙虚に謝罪し、誤解があれば丁寧に説明し、問題がなければ断固反論すべきなのである。そうしてこそ、摩擦や苦情の原因を突き止め、再発を防止できるし、クレーマーの攻撃を遮断することも可能となる。こうした姿勢は外国人観光客を相手にする業者や店舗だけではなく、摩擦やクレームを報じたり論じたりする報道関係者や識者、広くは日本人一般に求められている「作法」なのである。

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    「わさび爆弾」は本当に韓国人差別なのか

    どうにもこうにも腑に落ちない。大阪・ミナミの寿司店で起きた、あの「わさび爆弾」騒動である。大量のわさび被害を訴えた韓国人客の書き込みがきっかけとなり、やれ「民族差別だ」「わさびテロだ」と大炎上したが、そもそも韓国人に人気だったという渦中の店側に悪意はあったのか。iRONNA編集部が炎上騒動の内幕に迫った。

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    韓国人が被害を訴えた「わさび爆弾」はなぜ炎上したのか

    神田敏晶(ITジャーナリスト) 大阪の「市場ずし難波店」で、韓国人などの観光客に「わさび」が大量に入れられたという苦情がSNSを発端とし、いつしか大手メディアのニュースにまで広がるようになった。現在は市場ずしが公式サイトで謝罪をしたことによって沈静化している。謝罪文を掲載した「市場ずし」のホームページ「すしに多くのわさびを乗せていた件ですが、こちらはそのような事実がありました。海外から来られたお客様からガリやわさびの増量の要望が非常に多いため事前確認なしにサービスとして提供したことが、わさびなどが苦手なお客様に対して不愉快な思いをさせてしまう結果となってしまいました。今後はこのようなことの無いよう、しっかりと対応させていただく所存です。また、従業員による民族差別的な発言に関してはそのような事実は確認できませんでしたが、より多くのお客様に満足していただけるよう社員教育を一層徹底してまいります」 事の発端は、2016年9月、韓国の旅行者が、韓国版NAVERの旅行掲示板に韓国語で、「わさびテロに遭った」ということがきっかけだった。外国人観光客からわさびの増量を求められることが多く、1、2年前から韓国人など外国人観光客には確認せずにわさびを通常の2倍程度に増量していたという。しかし、その口コミが増えていくことによって、情報の拡散力がさらに強まっていく。 実際に見る限り、食べログで「市場ずし難波店」は高評価であり、「わさび」問題については何も触れられていない…。一切語られていないのだ。もしかして違う寿司屋かと思うほど何も記載されていない。少し不自然であるため、わさびに関するレビューはなんらかの経緯で削除されているのではと推測するのが正しい。一応、筆者も試験的にわさびに関するポジティブな意見を書き込んでみたが、2時間経って「ワサビ好きとしては、ぜひトライしたいと思いました」とちゃんと反映されていた。もっとも、すぐに消されてしまうかもしれないが。 食べログは口コミベースの広告メディアなので、「標準」の検索結果を「広告優先」という表記に切り替えたばかりだ。「市場ずし 難波店」は食べログでは広告主としてしっかりと認識されている。 また、食べログの口コミガイドラインには、「3.お店へ悪影響を及ぼすかつ内容の確認が困難な事象についての投稿はご遠慮ください」とある。当然、「お店へ悪影響を及ぼす」口コミは削除されるという仕組みになっている。同じく、Rettyの口コミ評価も見てみると、同様に「わさび」の情報は出てこない。 ところが、Yahoo!ロコではレビューの様相が変わってくる。これは個々のお店がビジネスモデルではないプラットフォームのモデルの違いからくるところだ。また、同様にGoogle Mapにも口コミが韓国語などで記載されている。当然こちらはコントロールされておらず、書きたい放題だ。誰もSNSを止められない誰もSNSを止められない インターネットの情報発信がここまで手軽に、まるで空気のように発信できるようになると、あることないこと書かれても仕方がないというあきらめの境地になってくる。しかし、ネットユーザーの大半は悪意があるわけではないのだ。それでも、偶然見かけたインパクトのある記事にユーザーがついつい脊髄反射して、拡散の一助となる傾向も多くなった。燃え上がる栗原敏勝容疑者の自宅=23日午前、宇都宮市(住民提供) また、みんながバッシングしているものには盲目的に参加し、自分のストレス発散ツールとするヤカラも少なくはない。ネットの世界は反応しない大多数よりも、ごく一部の暇でストレスを抱えているごく少数の人たちの“複数連打”が、あたかも大多数の意見のように見える場合があるからだ。さらに、基本的にはコントロールや管理が不可能なメディアだ。しかし、常識を逸脱したものは、ネットの中でも自浄作用が働いて沈静化していく。もっとも問題なのは、なんとか内密に処理したいという行動こそが、一番興味をそそり話題になりやすい。人のプライバシーに関することは、時代を超えて盛り上がる国民性でもあるからだ。 例えば、10月24日に起きた宇都宮連続爆破では、自殺した容疑者のアカウントのYouTube映像がネットでは早い段階から拡散されはじめていた。本人かどうかもわからない状態から、その素性が数分おきにネットで晒され、容疑者の心情分析が行われた。次に、ネットの中で確認された動画がテレビでも流れ始めていく。強烈な爆弾事件と能天気な体操シーンの映像は、犯人に対しての憎悪を醸成しかねない。しかし、実際に容疑者の生前の肉声を聞くと、この事件の社会における位置付けがかなり変わるように感じた。 しかし、元自衛官が爆弾で自殺するのは自爆テロに近い。もしこの容疑者のビデオを映画『マイノリティ・レポート』のように事前に耳を傾けることができたらどうだっただろうか。 事件当事者のfacebookやTwitterで、にわか捜査官が心理分析戦を行うのもSNS時代の他人のプライバシーをネタにした時間消費の一環となり、ネタとしてのコンテンツ消費となってしまっている。そして、その片棒を大手メディアが「ネットで話題」として担いでいる。そしてさらに話題がネットに還流していくことで話が大きくなっていく。わさびの増量だけでは、ここまでハナシは大きくならない。むしろ筆者にとっては、「幸楽苑」の従業員の親指がラーメンに混入していたニュースのほうがわさびよりもショッキングだ。当初、幸楽苑は「爪の一部の異物混入」と発表していたが、ネットでは既に北野武監督の映画「アウトレイジ」の指を詰めるシーンが引き合いに出されている。その後、「人の指」と認めた。 かつてなら店の周辺だけで収まる話が、スマホで一気に証拠の写真やビデオと共に拡散される時代だから、隠蔽は完全に不可能な時代なのだ。「国内グローバル化時代」を迎える日本「国内グローバル化時代」を迎える日本 話をわさび増量に戻そう。実際にこの店舗で、わさび増量で「サービス」が行われていたのか、否定されている「差別」が行われていたのかは、裁判でもしない限り、明確な白黒はつけにくい。差別する側と差別される側の温度差ほど違うものはないからだ。 店舗側が事実として公に謝罪したので、あくまでもこのわさびに関する「増量サービス」は、今後自粛されることだろう。 しかし、昨今のインバウンドツアーでは客のマナーの悪さがいくつか問題になり、海外のツアー会社も日本での行動を厳重に注意している。文化の違いはそう簡単に超えられるものではない。かつてバブル全盛の80年代、パリやミラノのブティックを関西弁のおばちゃんたちが札束ばらまいて買い漁っていた姿は、筆者の記憶に鮮明に残っている。文化の民度は、高度成長期には大目に見るしかないのだ。 しかし、今の日本は老人がひしめきあう少子化社会なので、移民やロボットに依存するしかなくなるのは目に見えている。国内グローバル化の波はますます高まり、移民に対する文化の摩擦もふえてくる。上から目線でインバウンドの旅行者を眺めていられる時代はそんなに長くは続かない。 老後の介護も完全に日本語での話し相手になってほしければ、富裕層にならなければ無理な時代がやってくる。一般層は外国人の移民に介護してもらう時代になるだろう。コンビニのアルバイトしかいなかった外国人留学生はスーパーでもファミレスでも、一般レストランでも当たり前になった。次の時代へと日本は発展しようとしているのだ。

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    「わさびテロ」問題で浮かぶ筒井康隆の断筆騒動との共通点

    清義明(フリーライター/オン・ザ・コーナー代表取締役)  大阪のなんばの寿司店で、韓国人にわさびを大量に入れて提供していた件が韓国で話題になったのはしばらく前。韓国人差別ではないかというものである。その後に、実際に韓国人や中国人がわさびの増量を要望する客が多いということがわかり、それを考えた店側が一種のサービスのつもりで、全ての韓国人に(おそらく中国人にも)、わさびをたっぷりと入れていたのが実情なのではないかという見方になりつつある。  もちろん実際には、言葉が通じないゆえの無愛想な接客と相まって、日本文化に常々触れていて、日本語もわかり、来日経験豊富な韓国人には差別的と感じられるシーンもあったのだろう。ただしここはあくまでもブラックボックスであり、実際にどのようなことを店側が行っていたかはわからない。 難波の「韓国人差別」と釜山の「日本人差別」 以前、自分は似たような話を調べたことがある。それは全く逆の話で、韓国で日本人が差別行為にあっているという話である。アルピニストで、現在は様々な社会活動もされている野口健氏が、釜山のサウナで日本人だからということで入湯拒否にあったり、街中のタクシーでやはり日本人だからと乗車拒否にあったという話だ。 (1)野口健氏「韓国のタクシーで反日差別」告白の信憑性を探る (2)野口健氏「韓国で日本人差別」はどこまで本当か…釜山で現地取材  この「わさびテロ」事件のあと、やはり大阪のなんばの道頓堀あたりで韓国人だからという理由で暴行を受けたという話を聞き、さらにこのことを思いだした。韓国のテレビ局の報道によると、父親と道頓堀に来ていた韓国人の13歳少年が、突然何者かに後ろから蹴りをされた、という話である。これがどうやら韓国人観光客に対するヘイトクライムでなはいかということだ。訪日外国人や日本人でにぎわう道頓堀=大阪市中央区 これが本当のことであれば酷い話であるが、言葉が通じない異国では様々なトラブルがあり、野口氏と同じく、そのトラブルをいかようにでも「差別」と結びつけることはできるからである。野口氏の場合は、その背景に竹島領有権などの日韓のトラブルがあり、難波で暴行を受けたという少年の話には、先にあった「わさびテロ」の話があり、それぞれこれらとオーバーラップしてしまっている可能性があるのである。 いずれにしても、良かれと思ったという店側の話をそのまま受け取るとてしも、それが「差別」として認識され、さらには連鎖的な反応を引き起こして、さらに事態が悪化するというのは、日本社会にとってもよろしくないことだし、当の韓国人にとっても気分は悪いことだろう。この件について、以上のようにつらつらと考えていたところで思いだしたことがある。 忘れやすい日本社会であるし、もう20年も前のことになるので、何かの参考にとまとめておこうと思う。それはてんかん患者が差別的に扱われているということで作品と筆者が非難の対象となり、それを巡って一時期大変な騒動になった「筒井康隆断筆騒動」である。差別か管理社会批判か差別か管理社会批判か-筒井康隆断筆騒動 何かの参考になるかと思うので、この件の概要をプレイバックしてみよう。SF作家 筒井康隆氏が書いた短編作品『無人警察』が角川書店の国語教科書に掲載されることになった。ここにあるてんかん患者に対する表現が「差別的」であるとして、日本てんかん協会から抗議をうけ、さらには筒井康隆氏の身辺にまで抗議が続き、結果として角川書店は教科書への掲載をとりやめ、それらの騒動に嫌気がさした筒井康隆氏が、作家としての活動を辞めるとして「断筆」した一件である。筒井康隆氏  問題となった『無人警察』は、現在でも読める作品である。短編(『にぎやかな未来』 (角川文庫) 所収 )であるので、興味がある方は一読願うとして、簡単にプロットはこんな感じである。超管理社会になった未来ではロボットが警察の役目をしている。それにつきまとわれる主人公は、自分がなにか犯罪を犯しているのではないかと疑心暗鬼となる。ロボットは脳波を測定して、犯罪者を特定するからだ。さらにロボットは飲酒運転や運転中のてんかん発作の症状をも特定してしまう。しかし、自分は飲酒しているわけでもないし、ましてや運転するしていないし、てんかん患者でもない・・・なのになぜ? この文章が、てんかん患者を取締りの対象としている世界を描いているため、てんかん患者を蔑視し、あたかも犯罪者のように描いており、偏見を助長するというのが、日本てんかん協会の主張である。断筆宣言への軌跡 (カッパハードカバー) ところが、この短編を読めばわかるのだが、この作品は、てんかん患者をロボットが取り締まるような社会を未来的な管理社会として批判的に描いた作品なのである。 しかし、その弁明は受け入れられることなく、こうして、日本で最も有名なSF作家のひとりである筒井康隆氏が長い「断筆」と相成ったわけである。さて、これでポイントとなるのは、そもそも管理社会を批判することがテーマであるにも関わらず、そのブラックユーモアの背景にある「正義」が別の差別を呼んでしまうというアポリアである。これについて、ブラックユーモアとは誰かを傷つけることで成り立つという、若干うかつな反論をしていた。これがさらに問題化した。ここに表現の自由というさらなるアポリアまで入りこみ、数年にわたりこの議論は続いたのである。「ブラックユーモア」と社会批判が掲載された場所の問題「ブラックユーモア」と社会批判が掲載された場所の問題  というのは、実はこの問題は、作品そのものよりも、もっと違う力点をもっていたからだ。つまり、例えてんかん患者をも含めて人間が過剰管理される社会を批判するものとしても、著者も認めるとおり、ともすればてんかん患者を傷つけるだろう表現がある作品が、国語の教科書に使われてしまったということである。 大学入試センター試験過去問題集国語 2017 (大学入試完全対策シリーズ) 高校といえども、国語教科書に掲載される作品は、その読解術や鑑賞術を学びとることが目的のものだ。つまり、その教科書が提供される生徒は必ずしもその作品のテーマや真意、レトリックや背景などを、必ずしも会得していないということが前提となる。簡単に言ってしまえば、作品のストーリーをそのまま受け取ってしまい、てんかん=悪という考えをもつ可能性もあるのである。 実際、てんかん患者の高校生を持つ親からすれば、これは深刻な懸念であろう。自分がその立場だったら、教科書に掲載などもっての他ということになる。それはもちろん作品の評価とは全く別だし、管理社会批判のテーマへの賛否ともこれまた別の話である。実際にこの作品をてんかんの持病をもつ生徒が読めば、思春期の時期であるから傷つくこともあるだろうことは容易に想像できる。 ようするにもっともこれに関して責任があるのは、その掲載を決めた出版社にある。角川書店は、この後、抗議の殺到に結局は掲載の中止を決め、それがまた作者に了解がなかったものであったため、さらに事態を複雑にした。もちろん作者にも迂闊な反論や、また抗議する側にもあきらかに過剰にやりすぎた面もあったのも付け加えておこう。 この件、それではどのようになったかというと、おおよそ以下のように落ち着いた。・教科書への掲載の取りやめは、いじめなどを引き起こす恐れもあり、作者も同意。・日本てんかん協会は、この種の表現の問題については抗議する自由があることを作者とともに確認。・ただし、表現の自由は尊重されるべきであり、それを物理的に妨害するようなものは許されない。 この「合意」に関する議論はまた別にあるのだが、これは本論と外れるのでおいておこう。ステレオタイプが巻き起こす差別問題ステレオタイプが巻き起こす差別問題 「わさびテロ」も、このような良かれと思った行為が、実は韓国人に対するステレオタイプがもとになったものに過ぎず、客の反応を見ることなく、十把ひとからげに対応したところから始まったのだろう。韓国人からすれば異国の地のこのようなトラブルは差別であると捉えることもあろう。もちろんそこに悪意の差別が介在する余地を想像することもできるが、実態はやはりこんなところなのではなかろうか。角川書店が、読解能力と解釈力に疑問があるだろう高校生の教科書に、気の利いた『ブラックユーモア』による社会批判を掲載したのがトラブルを招いたように。 そうしてみると、最初にこの「わさびテロ」の話をネットで目にした時に酷い話だと思った感情は冷めていき、やがて良かれと思った何気ない行為が、「差別」として人の心を傷つけ、やがてさらに大きなトラブルを招くのは、果たしてこの寿司屋だけではなく、自分自身にもあり得ることなのではないかと考えるようになったわけである。 もちろん、この話、あくまでも善意の「区別」が悪意ある「差別」に受け取られたということを前提にして書いている。釜山のタクシーやサウナの「日本人差別」の有無と同じく「悪魔の証明」となり、必ずしも否定はできない話であることも最後に記しておく。(清義明公式ブログ 2016年10月14日分を掲載)

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    「道頓堀で回し蹴り」わさびテロだけじゃない不可解な韓国人の告発

     室谷克実(評論家) 韓国はいま、経済、政治、軍事…さまざまな分野で、悪いことばかりだ。「総体的状況悪化」に直面している。そんな時、大阪を舞台に“日本人の嫌韓行動”により被害を受けたとする韓国人の告発が相次いでいるのは偶然だろうか。 他人を貶めるために嘘を言った誣告(ぶこく)事件が日本の305倍にもなる韓国の実情、さらには個々の告発の不自然さを見ると、韓国の国策に寄り添うような「民間の反日団体」の蠢(うごめ)きを感じざるを得ない 自作自演による「被害者パフォーマンス」に自己陶酔する。やがて、日本人の中から「自虐的快感」に酔いしれた同調者が出てくる。ここぞとばかり猛然と襲いかかる-慰安婦問題で、日本が学んだ隣国の姿だ。 パターンは同じではないのか。韓国人が言う「わさびテロ」の件だ。 さまざまな証言が錯綜(さくそう)しているが、1つの疑問がある。韓国のファンドが、日本の大手の回転寿司チェーンを買収するという情報と、「わさびテロ」は無関係なのだろうか。 韓国人親子が道頓堀を歩いていたら、いきなり日本人に回し蹴りを食らわされた-本当だとしたら日本人一同おわびだ。 しかし、目撃者が出てこない。防犯カメラの映像も出てこない。診断書もない。被害者は、日本の警察に届けていない。韓国の領事館に届けたそうだが、本当に夜10時近くに「被害届」を受理したのか。加害者を日本人と決めつけた証拠は。不可解なことばかりだ。 大阪府警はしっかり調べるべきだ。結果によっては「正体不明の韓国人」に法的措置を講ずることを、ためらってはならない。 日本で買ったチョコレートに「動物の歯」が入っていたとのネット書き込みもあった。お得意の「謝罪と補償」要求が続くのだが、その商品には「メーカー名の表示がないので、抗議できない」とあった。そんな日本の商品が本当にあるのか。 韓国は外国人観光客数の対日比較を、一種の「戦争」と捉えている。外国人観光客の入国者数が日本より少ないことは、韓国の政権にとって「屈辱」なのだ。 それなのに、韓国人一般を対象にしたアンケートでは、「最も行きたい都市」の1位は大阪だ。 韓国の国際収支統計の「旅行収支」は赤字だ。韓国人の「大阪詣で」を断ち切りたいと、韓国の政権が願うのは当然だ。“嫌韓派日本人による被害”のクローズアップは、大阪詣でのブレーキになる。 韓国には「何でもいいから、国際社会で日本を貶める」という活動方針を掲げる自称「ボランティア団体」がある。その団体が「下手な謀略工作」で有名な情報機関と密接と見るのは、コリア・ウオッチャーの常識だ。 日本人を「加害者」に仕立てる「自作自演」的な「被害者パフォーマンス」は、「総体的状況悪化」の深化とともに広がるかもしれない。 彼らは、日本人の常套(じょうとう)句「すみません」を、「謝罪させた=われらが正しい」と受け取り、次なる要求を高める。かたがた、油断することなかれ。むろたに・かつみ 1949年、東京都生まれ。慶応大学法学部卒。時事通信入社、政治部記者、ソウル特派員、「時事解説」編集長、外交知識普及会常務理事などを経て、評論活動に。主な著書に「韓国人の経済学」(ダイヤモンド社)、「悪韓論」(新潮新書)、「呆韓論」(産経新聞出版)、「ディス・イズ・コリア」(同)などがある。

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    惨めとは思わないのか? 韓国よ、被害者意識から抜け出せ

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 米国の著名なコラムニスト、チャールズ・クラウトハマー氏は世界日報(3月15日付)で「花開いたヘブライ文化」というタイトルのコラムを寄稿し、そこで「ユダヤ系米国人がここにきて民族のアイデンティティーをホロコーストに求める傾向が増えてきている」と警告を発している。非常に啓蒙的な内容なので読者と共に共有したい。ホロコーストの犠牲者の写真を展示するイスラエルの記念館 「ホロコーストは確かに、私のユダヤ人としての意識の中に深く根付いている。問題はバランスだ。私が心配するのは、ホロコーストの記憶が、米国でユダヤ教徒であることの支配的な特長として強調されるようになることだ。ホロコーストの記憶と事実を生かし続ける努力を怠ってはならないが、ホロコーストを後世に伝える遺産の中心に据えることは、米国のユダヤ人にとって悲劇だ」という。そして「被害者意識をユダヤ人としてのアイデンティティーの基礎としてはならない」と主張している。 ユダヤ民族の歴史は迫害の歴史であり、ディアスポラと呼ばれ放浪の民だった。そのユダヤ民族にとっても第2次世界大戦時のナチス・ドイツ軍の大虐殺(ホロコースト)は最も悲惨な出来事だったことは間違いないだろう。 クラウトハマー氏は、「それでも民族の被害者意識が民族のアイデンティティーとなることを恐れる。ユダヤ人は、奇跡の時代を生きている。ユダヤ人の国家を再建し、ヘブライ語を復活させ、ヘブライ文化はユダヤ世界全体に行きわたり、花開いている」と強調し、ヘブライ文化に民族のアイデンテイティーを見出すべきだと主張しているのだ。 当方はこのコラムを読んで日本の隣国・韓国をすぐに想起した。韓国民族も過去、多くの大国、強国の支配を受けてきた。民族には自然に被害者意識が定着したとしても不思議ではないが、その被害者意識が最近では民族のアイデンティティーとなってきているように感じるからだ。世界中に慰安婦像を建てようとする韓国 政府主導の反日教育が行われ、外交上は解決済みの慰安婦問題も今なお、韓国内では燻り続けている。特に、ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦の少女像撤去は実現していない。それどころか、慰安婦の犠牲者がニューヨークの国連を訪問し、慰安婦問題の日韓合意が間違いだと訴えているのだ。 当方が理解できない点は、国内ばかりか世界中に犠牲者の女性の像を設置する韓国国民の精神状況だ。慰安婦の父親だったら、娘を慰安婦とした日本側を憎むかもしれないが、その娘を象徴した像を設置したいとは考えないだろう。それは余りにも惨めだからだ。米首都ワシントンで韓国系団体が開いた「水曜デモ」 しかし、韓国国民の中には慰安婦の像を建立することに躊躇しない人々が案外多いのだ。被害者意識が韓国民族のアイデンティティーになってしまった結果ではないか、と考えざるを得ない。クラウトハマー氏がユダヤ系米国人に警告している内容だ。被害者意識の強いユダヤ人に対し、“ホロコースト・インダストリー”と揶揄する声すら聞かれるのだ。 クラウトハマー氏は迫害の歴史の中でも花開いたユダヤ教文化に民族のアイデンティティーを求めるべきだと提言している。同じように、韓国国民も歴史から継承してきた民族文化、例えば、敬天思想、白衣民族をそのアイデンティティーとして誇るべきではないか。ちなみに、自己憐憫、攻撃的な被害者意識の背後には高慢で自惚れ意識が隠れている、と指摘する心理学者がいることを付け加えておきたい。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年3月17日分を転載)

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    「わさびずし」「フリーアナ」騒動 謝罪の拙さが燃料に

     ネットでは謝罪したつもりが燃料投下になり、より大炎上するこもある。2つのケースから、食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が考えた。* * * ずいぶんと長く引っ張るものだ。例のわさびずしの件やフリーアナウンサーの件に象徴される、「インスタントな正義に乗っかる、加速度的匿名ソーシャルバッシング」である。自身が何者かも、責任の所在も明らかにしない。検証もなしに袋叩きにして、また次の標的を探す。なんという不寛容社会だろうか。 もっともここまで状況を引っ張っている責任が当事者にあるのもまた事実だ。昨今の騒動では標的になった側には、叩かれても仕方のない明確な落ち度があった。 外国人客相手に大量のわさびを盛り込んだ”わさびずし”の件は、当初差別疑惑で煙が立ち始めていたところに、店側が「すしに多くのわさびを乗せていた件ですが、こちらはそのような事実がありました。海外から来られたお客様からガリやわさびの増量の要望が非常に多いため事前確認なしにサービスとして提供」と説明したことで大炎上。事実を大筋で認めながらも、悪気がないどころか好意でサービスしていたという主張が強引な裏技だと受け止められ、各所から反感を買ってしまった。 一方、某アナウンサーの件は、ネットやジャーナリズム、社会のあり方について理解の浅いタレントが、人工透析患者やその関係者の感情を逆なでするような見出しを立てて大炎上。苦しい言い訳を続けた結果、テレビのレギュラー番組などからの降板を余儀なくされてしまった。渦中で発表された、詫び文すら番組のスタッフによる代筆だということを何のてらいもなく告白するあたりにも、どうにもならない不適格感が漂ってしまう。 両者に共通するのは「事実としての落ち度」と、それと相反するような「謝罪のつたなさ」だ。サービス業もタレント業も、客と適切な関係を取り結ぶ必要がある。だがこうしたやらかしには、客との「適切な関係」についての思慮が足りない印象がついてまわる。 例えばタレント業で言えば、今年の夏、三遊亭円楽がおこなった不倫騒動の謝罪・釈明会見は本当に素晴らしかった(というと語弊があるが)。「聞かれたことにはすべて答える」と冒頭に述べ、実際にすべての質問を受けつけ、「初高座の頃は、『芸人は女性にモテるくらいでないと』とよく言われたものですが、時代錯誤だったと痛感しております。皆様に不快な思いをさせたならば、高座でお返ししたい」と涙ながらに詫びた。かと思えば、同日に復帰会見を行ったベッキーのコメントを拝借したり、記者からの求めに応じて謎かけを披露したり。終わってみれば和やかムードの爆笑記者会見となり、「高座のよう」とも評された。周囲や家族のサポートがあってこそだろうが、それにしてもお見事。噺家としての面目躍如である。 サービス業で言うと、ちょうど1年前、本コラムで「聴導犬拒否騒動 他者に対する不寛容な社会の空気が気になる」という記事を書いた。百貨店で行われた補助犬の啓発イベントの直後、イベント参加者が同百貨店内のテナント飲食店から聴導犬との同伴入店を拒否された騒動について書いたものだ。 その後、百貨店は入店を拒否されたイベント参加者に謝罪。各テナントにも補助犬受け入れ指導を徹底し、店頭にも補助犬受け入れを示すステッカーを貼るなどしたという。今後どこまで徹底されるかが重要ではあるが、百貨店として客に対して適切な対応をしたと考えていいだろう。 よくも悪くも、揺り戻しは必ず起きる。例のすし店での”わさびずし”は日本人客相手にも提供されていたとか、2008年に観光庁が発表した外国人客への対応マニュアル内に、中国人客には練りわさびの多め提供を推奨する一文があるとかいう話が掘り起こされたりもしている。某アナウンサーにもタレント仲間からの擁護の声が上がったりもしているという。 だが節目にくさびを打ちこむことができるのは、騒動を起こした当事者しかいない。前述した噺家や百貨店は、当事者としてそれぞれの”客”に対して誠実な説明と謝罪を行ったからこそ、いまがある。いつまでも騒動がくすぶっているとしたら、それは適切な謝罪ができていないと捉えたほうがいいのではないか。どんなに嘆いても、不寛容な社会がすぐに変質するわけではない。 確かに「人の噂も七十五日」ではあるし、こうした話題は早晩消費される。だが消費された後、騒動の詳細は忘れられても、印象は意外と残ってしまうものだ。鼻にツーンと抜けた鮮烈なわさびの痛みのように。関連記事■ ツイッターで11万人が大感動 おくるみ猫わさびちゃんの87日■ 口裂け女、都市伝説、ネット社会の噂拡散等「噂」検証した本■ ザック監督好物 北朝鮮が没収「チューブ入りわさび」の正体■ 中森明菜 きつねソバ一杯に七味唐辛子を一瓶使い切る■ 分裂騒動後来日したKARA 腕を組んで仲良しをアピール

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    外務省、本日も反論せず~OBの驚愕発言にみる慰安婦「不戦敗」政策

    西岡力(東京基督教大学教授) 私は、現在の安倍晋三政権の国際広報政策について強い懸念を持っている。このままでは、我が国と先祖に対する著しい名誉毀損が国際社会で定着してしまう恐れがある。安倍総理自身はその立場で懸命に努力されているが、外務省が総理を歴史戦の戦場に単騎で送り出し、ともに戦うことを放棄しているように見えてならない。 第1次安倍政権の2007年、米議会で事実無根の慰安婦決議がなされようとする中、安倍総理が国会で慰安婦の強制連行は確認されていないという趣旨の答弁をして、それが海外のメディアに歪んで報道された。そのとき、外務省は総理の答弁を支える広報活動をせず、在米大使館が大使名義で米議会議員に「慰安婦問題について日本は河野談話で謝罪しアジア女性基金で償いを行った」とだけ伝えた。そのときと今の状況が重なる。 その背景には、名誉毀損を払拭する努力は外交上、得策でないという外務官僚多数派の政策判断があるのではないかと、私は疑っている。なぜなら、外務省OBらがほぼ同じ意見を主張しているからだ。本稿では安倍総理と外務省の戦う姿勢の大きな乖離について指摘した上で、その背景にある歴史戦争不戦敗という不作為の政策を紹介し、歴史戦をどう戦うべきか考えたい。安倍総理の意向に沿っていない外務省HPの記述 まず、本年1月18日参議院予算委員会での安倍総理の答弁を紹介する。その日、中山恭子議員が前年12月の日韓慰安婦合意(共同発表)によって、国際社会に著しい日本誹謗が拡散しているとして、次のように質問した。〈日本が軍の関与があったと認めたことで、この記者発表が行われた直後から、海外メディアでは日本が恐ろしい国であるとの報道が流れています。日本人はにこにこしているが、その本性はけだもののように残虐であるとの曲解された日本人観が定着しつつあります。今回の共同発表後の世界の人々の見方が取り返しの付かない事態になっていることを、目をそらさずに受け止める必要があります。 外務大臣は、今回の日韓共同発表が日本人の名誉を著しく傷つけてしまったことについて、どのようにお考えでしょうか。〉 これに対して岸田文雄外相は日本の名誉を守るという強い姿勢の見られない通り一遍の答弁をしたので、中山議員が安倍総理の見解を質した。「3・1独立運動」の記念式典で万歳する韓国の朴槿恵大統領=2016年3月1日、ソウル(共同) これに対して安倍総理は、 1、慰安婦問題に関して海外に正しくない誹謗中傷がある、 2、性奴隷、20万人は事実でない、 3、慰安婦募集は軍の要請を受けた業者が主にこれに当たった、 4、慰安婦の強制連行を示す資料は発見されていない、 5、日本政府が認めた「軍の関与」とは慰安所の設置、管理、慰安婦の移送に関与したことを意味する、 という重大な5つの反論を自分の言葉で、次のように明快に答弁した。その直後の中山議員とのやりとりもあわせて引用する。この5つこそが今後の慰安婦問題での国際広報の骨子となるべきものだ。そして、6つめに総理がここで行った反論は、日韓慰安婦合意後になされたという点も重要だ。合意で自制を約束したのは韓国政府への批判であって、国際社会に広がる事実無根の誹謗中傷には反論していくという総理の意思が以下の答弁に込められている。それを外務省が無視していることを告発するのが本稿の目的だ。〈先ほど外務大臣からも答弁をさせていただきましたように、海外のプレスを含め、正しくない事実による誹謗中傷があるのは事実でございます。 性奴隷あるいは二十万人といった事実はない。この批判を浴びせているのは事実でありまして、それに対しましては、政府としてはそれは事実ではないということはしっかりと示していきたいと思いますが、政府としては、これまでに政府が発見した資料の中には軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかったという立場を辻元清美議員の質問主意書に対する答弁書として、平成十九年、これは安倍内閣、第一次安倍内閣のときでありましたが閣議決定をしておりまして、その立場には全く変わりがないということでございまして、改めて申し上げておきたいと思います。 また、当時の軍の関与の下にというのは、慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであること、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送について旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、慰安婦の募集については軍の要請を受けた業者が主にこれに当たったことであると従来から述べてきているとおりであります。 いずれにいたしましても、重要なことは、今回の合意が今までの慰安婦問題についての取組と決定的に異なっておりまして、史上初めて日韓両政府が一緒になって慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認した点にあるわけでありまして、私は、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子供たちに謝罪し続ける宿命を背負わせるわけにはいかないと考えておりまして、今回の合意はその決意を実行に移すために決断したものであります。中山 総理の今の御答弁では、この日韓共同記者発表での当時の軍の関与の下にというものは、軍が関与したことについては、慰安所の設置、健康管理、衛生管理、移送について軍が関与したものであると考え、解釈いたしますが、それでよろしゅうございますか。安倍 今申し上げたとおりでございまして、衛生管理も含めて設置、管理に関与したということでございます〉反論を放棄した国際広報 次に、外務省が現在行っている慰安婦問題に関する国際広報が、安倍総理の答弁といかにかけ離れているかを指摘する。 その典型例として外務省のホームページにある「歴史問題Q&A」の慰安婦の項を検討する。その前に、このコーナーの位置づけを簡単に紹介する。米カリフォルニア州グランデール市で韓国系団体によって設置された慰安婦像 外務省のトップページの中段に「トピックス」という見出しがあり、以下の11項目が並んでいる。TPP、安全保障、日米安保 女性、国連外交、日本の領土(北方領土、竹島、尖閣諸島)、拉致問題、歴史関連、日本海、中東支援、戦後日本の歩み。つまり、外務省が現在、内外に広報したい主要項目がここに並んでいると言える。この中から「歴史関連」をクリックすると「歴史関連」コーナーにすぐつながる。同コーナーの最上段を見ると「トップページ>外交政策>その他の分野>歴史関連」と書いてあるので、本来の位置づけは外交政策の中の「その他の分野」の一部ということだが、トップページから直結で飛べるようにしてある点から重点広報項目の一つということが分かる。また、同コーナーは英語版が準備されていることから、国際広報の手段として位置づけられている。「歴史関連」コーナーの一番上に「歴史問題Q&A」があり、そこに入ると以下の8つの問いが設定され、それに対する回答が記されている。〈問1 先の大戦に対して、日本政府はどのような歴史認識を持っていますか。 問2 日本は戦争で被害を受けたアジア諸国に対して公式に謝罪していないのではありませんか。 問3 日本は先の戦争で被害を受けた国や人々に対し、どのように賠償したのですか。 問4 政府間における請求権の問題は解決済みでも、個人の請求権問題は未解決なのではないですか。 問5 慰安婦問題に対して、日本政府はどのように考えていますか。 問6 「南京大虐殺」に対して、日本政府はどのように考えていますか。 問7 極東国際軍事裁判に対して、日本政府はどのように考えていますか。 問8 ドイツに比べて、日本は過去の問題への取り組みが不十分なのではないですか〉 この1つ1つについてきちんと検討することは後日に譲り、本稿では慰安婦問題について取り上げる。〈問5 慰安婦問題に対して、日本政府はどのように考えていますか。 1.日本政府としては、慰安婦問題が多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題であると認識しています。政府は、これまで官房長官談話や総理の手紙の発出等で、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちを申し上げてきました。 2.この問題を含めて、先の大戦に係る賠償や財産、請求権の問題は法的に解決済みですが、政府としては、既に高齢になられた元慰安婦の方々の現実的な救済を図るため、元慰安婦の方々への医療・福祉支援事業や「償い金」の支給等を行うアジア女性基金の事業に対し、最大限の協力を行ってきました。 3.アジア女性基金は平成19年3月に解散しましたが、日本政府としては、今後ともアジア女性基金の事業に表れた日本国民及び政府の本問題に対する真摯な気持ちに理解が得られるよう引き続き努力するとともに、慰安婦問題に関する日本の考え方や取組に対し、国際社会から客観的な事実関係に基づく正当な評価を得られるよう引き続き努力していきます。 4.2015年8月14日の内閣総理大臣談話においては、戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりませんとした上で、20世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を胸に刻み続け、21世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしていくとの決意が述べられています。(参考1)アジア女性基金による活動概要(略)(参考2)慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(略)(参考3)慰安婦問題に対する日本政府の施策(略)〉 総理答弁でいわれている誹謗中傷に対する反論はここにはない。これが外務省の現在の慰安婦問題に関する国際広報の有り様だ。まさに2008年在米日本大使が米議会議員に伝えた内容と同じで、「河野談話で謝罪しアジア女性基金で償いを行った」という従来からの事実関係の反論を放棄した広報そのものだ。だから、私は総理が単騎で歴史戦を戦い、外務省はともに戦うことを放棄しているというのだ。クマラスワミへの訂正要求と同じ日に掲げられた"謝罪文書"クマラスワミへの訂正要求と同じ日に掲げられた"謝罪文書" なお、(参考3)として挙げられた「慰安婦問題に対する日本政府の施策」という文書は2014年10月14日に外務省が公表したものだ。私が本誌などで繰り返し批判してきたように、同文書は朝日新聞が慰安婦問題での誤報を認め謝罪した直後に作成されたものだが、内容は、慰安婦問題について河野談話などで謝罪をしつづけてきたことと、アジア女性基金を作って償い事業が行われたことだけをくわしく記したもので、国際社会で日本に対する事実ではない誹謗中傷が拡散していることなどについては一切触れていない。 重大な事実を発見した。この文書が公表された2014年10月14日は、ニューヨークで元国連人権委員会調査官クマラスワミ氏に外務省の佐藤地・人権人道大使が面会して報告書の訂正を求めた日だった。佐藤大使は10月22日外務省で行った会見でクマラスワミ氏に対して「今般、朝日新聞の関連での新たな動きを改めて説明すると同時に、これまでの我が国政府の取り組み、これは報告書が作成されて以降、アジア基金の話も含めまして誠実に対応してきた、そういう取り組みも含めて説明をいたしました(下線西岡以下同)」と語った。 ここでいわれている「これまでの我が国政府の取り組み」の説明資料として、問題の「慰安婦問題に対する日本政府の施策」文書が作成されたのではないか。だから文書の公表日が、大使がクマラスワミ氏への面会日と同じなのではないか。そうであれば、佐藤大使はクマラスワミ氏との会見で、吉田証言などを引用している部分について訂正を求めたかもしれないがそれよりも、日本は報告書が出た後も謝罪と償いをしつづけているという部分の説明に力点を置いていたのではないかとさえ疑ってしまう。クマラスワミ氏 そもそも、クマラスワミ氏と佐藤大使の面会は、菅義偉官房長官が9月5日の記者会見で「報告書の一部が朝日新聞が取り消した記事内容に影響を受けているのは間違いない」と指摘したことが契機となっている。菅長官は面会2日後の10月16日の会見で「朝日新聞が慰安婦問題に関する報道が誤報だったと取り消したのでクマラスワミ氏に説明し、報告書に示された見解を修正するよう求めた。先方は『修正に応じられない』ということだった」と述べ、「政府としては今後、国連人権理事会をはじめ国際社会で適切な機会をとらえて、わが国の考え方を粘り強く説明し理解を得たい」と強調した。 しかし、外務省は日本が報告書のどの部分の修正を求めているのかということすらいまだに公表せず、その代わりに「河野談話で謝罪し、アジア女性基金で償いを行った」ということだけを強調する文書を公表した。クマラスワミ氏への説明用に作られたと推定される「慰安婦問題に対する日本政府の施策」文書を面会のその日に公表し、いまだにそれ以降、慰安婦問題に関する広報資料を一切作成していない。 佐藤大使は先の記者会見で「(クマラスワミ)報告書に盛られた事実関係あるいは法律的な議論、この部分については政府として留保しているところではあったわけですが、このたびの展開も踏まえて、これは一層しっかりと説明をしていく必要があるというように認識しております」と語っている。外務省は1996年2月、クマラスワミ氏が国連人権委員会に報告書を提出する直前に、長文の反論文書を作成配布して、それを突然取り下げるというおかしな対応をとった。同反論文書については本誌2014年6月号と7月号で詳しく紹介されているが、まさに事実関係と法律的議論の二つにおいてクマラスワミ氏の性奴隷説を正面から批判している。 本誌の報道の後、国会や自民党の特命委員会などで何回も反論文書を公開すべきだと議論になったが、いまだに実現していない。つまり、外務省はクマラスワミ氏への面会を行った日に、新しく作った文書を公表し、過去の反論文書は公開しなかった。その新文書では「河野談話で謝罪しアジア女性基金で償いを行った」という従来からの内容だけしか含まれず、反論は入っていない。反論を広報する意思がないとみなさざるを得ない。マグロウヒル社への要請内容も公表せずマグロウヒル社への要請内容も公表せず 以上見たとおり、現在の外務省の慰安婦問題に広報は、安倍総理が参議院予算委員会で事実に踏み込んで明確に反論していることとあまりにもかけ離れている。 もう一つ、事例を挙げる。2014年11月3日の産経新聞の報道により、米大手教育出版社「マグロウヒル」(本社・ニューヨーク)が出版した高校の世界史の教科書に、慰安婦問題などで重大な事実誤認に基づく記述があることが分かった。「日本軍は14~20歳の約20万人の女性を慰安所で働かせるために強制的に徴用し、慰安婦になることを強要した」「逃げようとして殺害された慰安婦もいた」「日本軍は慰安婦を天皇からの贈り物として軍隊にささげた」との内容が含まれていた。米大手教育出版社「マグロウヒル」(本社・ニューヨーク)が出版した高校の世界史の教科書 この報道を受け外務省も訂正のため動いた。11月7日、在ニューヨーク総領事館が出版社に記述内容の是正を申し入れ、12月中旬に正式な話し合いの場が持たれた。しかし、2015年1月15日、同社は文書を発表して、日本政府の関係者が「慰安婦」に関する記述を変更するよう求めてきたが「『慰安婦』の歴史的事実に対する学者の意見は一致している。われわれは執筆者たちの記述、研究、表現を明確に支持する」と訂正要求を拒否した。 また、外務省は同記述の執筆者である米国歴史学者にも訂正を求めた。ハワイ大学マノア校の准教授を務めるジーグラー氏は「出版社と私は日本政府の関係者から個別に連絡を受け、不愉快な書き方に何らかの修正を求められた。出版社も私もそのような考えは一切受け入れていない」とウォール・ストリート・ジャーナル2015年1月15日付けで述べている。 その後、米国歴史学者らが2回にわたって声明を出し、私を含む日本の学者がそれらに反論を出したことは本誌などで紹介されたとおりだ。安倍総理も2015年1月29日の衆議院予算委員会で、稲田朋美議員の質問に答えて以下のように答弁している。〈マグロウヒル社の教科書を拝見いたしまして、私も本当に愕然といたしました。主張すべき点をしっかりと主張してこなかった、あるいは訂正すべき点を国際社会に向かって訂正してこなかった結果、このような教科書が米国で使われているという結果になってきた。 国際社会においては、決してつつましくしていることによって評価されることはないわけでありまして、主張すべき点はしっかりと主張していくべきであり、(略)外務省におきましても、外交におきましても、国際社会の正しい理解を得るべく、今後とも我が国の国益の実現に資するよう、戦略的かつ効果的な発信に努めていきたい、このように思います〉 ところが、外務省は現在に至るまで、マグロウヒル社の教科書のどの記述を日本政府として問題にしているのかについて、公表していない。ただ、同社に働きかけたことだけを認めて、その訂正要求の具体的内容を明らかにしていない。外務省のホームページにはこの問題についての外務省の見解を示す文書は存在しない。 総理は国会で「外務省におきましても、外交におきましても、国際社会の正しい理解を得るべく、今後とも我が国の国益の実現に資するよう、戦略的かつ効果的な発信に努めていきたい」と答弁したが、外務省は発信をしていないのだ。ここでも総理が単騎で戦っている。隠しているような国連女子差別撤廃委での反論隠しているような国連女子差別撤廃委での反論 外務省の慰安婦問題での反論として、杉山晋輔外務審議官が今年2月16日、ジュネーブの国連女子差別撤廃条約委員会で行った発言を思い出すかもしれない。〈日本政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる「強制連行」を確認できるものはなかった〉〈慰安婦が強制連行されたという見方が広く流布された原因は、吉田清治氏が、日本軍の命令で、韓国の済州島において、大勢の女性狩りをしたという虚偽の事実を捏造して発表したためである。(これが)朝日新聞により、事実であるかのように大きく報道され、日本、韓国の世論のみならず、国際社会にも、大きな影響を与えた〉〈「20万人」という数字も、具体的裏付けがない。朝日新聞は、「20万人」との数字の基になったのは、通常の戦時労働に動員された女子挺身隊と、ここでいう慰安婦を誤って混同したことにあると自ら認めている〉〈「性奴隷」といった表現は事実に反する〉 まさに先に見た安倍総理の参議院予算委員会答弁とほぼ同じ内容であり、外務省が事実関係に踏み込んだ反論をしたという点で画期的なものだった。その点は肯定的に評価したい。しかし、杉山発言は国連女子差別撤廃条約委員会の委員からの質問に口頭で答えたものであり、文書で提出された政府の正式回答や杉山審議官が同委員会の冒頭で行った政府見解ステートメントにもこのような内容は一切含まれていなかった。国連女子差別撤廃委員会の会場で立ち話する中国出身の委員(写真右)と韓国人弁護士=2016年2月16日、国連欧州本部(藤木俊一氏撮影)「国際社会への発信」というには物足りないものだった。内容は画期的だが形式があまりに消極的だった。その上、このような質問への口頭回答も、官邸の衛藤晟一補佐官らが総理の意向を汲んで外務省に強く求めた結果実現したものだと聞いている。そこにも外務省の姿勢が表れている。 もう一つ残念なのは、外務省が杉山反論を国際広報の道具として使おうとしていないことだ。杉山反論は外務省のホームページに収録されている。(産経新聞2月26日正論欄で私は「今回の杉山反論も肝心の外務省のウェブページに掲載されていない」と批判したが、本稿執筆の時点では日英両国語がアップされている)。しかし、残念ながらその場所はたいへんわかりにくい。本稿冒頭で見た「歴史関連」コーナーにはつながっていない。 トップページ>外交政策>日本の安全保障と国際社会の平和と安定>女性>女子差別撤廃条約>「女子差別撤廃条約第7回及び第8回報告審査の質疑応答における杉山外務審議官の発言概要」の順に5回クリックしてやっとたどり着ける。その上、題名がただ「女子差別撤廃条約第7回及び第8回報告審査の質疑応答における杉山外務審議官の発言概要」とされているだけなので、慰安婦問題に関する日本政府の見解を知りたいと思って外務省のホームページを閲覧する人がこの発言をみつけるのは不可能だ。つまり、いまだに外務省は事実に基づく反論を国際広報しようとしていないと言っても良いのではないか。外務省OBたちの呆れる認識「過去の再評価は大学で」外務省OBたちの呆れる認識 なぜ、総理を外務省は支えようとしないのか。外務省高官らは国際社会の誹謗中傷を放置することが外交上得策だと今も内心、考えているのではないかと私は疑っている。外務省OBらは以下のごとく、慰安婦問題や南京事件で事実に基づく反論を政府が行うことを否定して、外務省のこれまでの姿勢を擁護しているからだ。 第1次安倍政権のとき、岡崎久彦氏は〈慰安婦問題は、(中略)勝てない、絶対に勝てないということです。ヘルメットを被って、塹壕の中に入って、弾が頭の上をポンポン飛んでいくのをじっと耐えるしかありません〉(『この国を守る決意』2004)という立場から〈総理自身の言葉で謝ったほうが良い。狭義の強制について質問されれば嘘は言えないが、そもそもそんなことは問題の中心ではない。言ってもその直後に、慰安婦制度を持ったことは女性の尊厳を傷つける人権無視の行動として謝罪すればそれで良いのである〉(産経新聞2007年5月14日)とアドバイスしていた。ただし、岡崎氏は同じ頃、すぎやまこういち氏らが主導した慰安婦問題の事実を米国に伝えるための米紙意見広告の賛同者として名前を出しているから、戦う姿勢がなかったわけではない。その点、あとで紹介する元大使や評論家とは違う。 武藤正敏・元駐韓日本大使は、強制連行があったかもしれないなどという驚くべき認識に立ち、事実に基づく反論をするべきでないと次のように述べている。武藤大使の在任中、日本大使館前に慰安婦像が建ったのだから、まさに歴史戦の主戦場にいた外交官だ。その人物が次のように考えているのだから日本国の名誉は守れないはずだ。〈そもそも、軍による「強制性」がなかったと言い切れるかどうか。資料がないというのは理由になるのか。軍人による強制連行を資料として残すとも考えられません。また、「絶対になかった」と明確に否定できる証拠にしても見つかることはないと思います。〉〈日本が注意すべきポイントは、「狭義の強制性はなかった」という主張は決してしないことです。なぜならその主張は、かえって国際社会に「過去の非人道行為を反省していない」との不信感を植え付け、ますます韓国側に同情を集めてしまいかねないからです。この問題の対応は、世界がどう見ているかという視点で考える必要があるのです。〉(『日韓対立の深層』2015、54頁、23-24頁) 著名な外交評論家の宮家邦彦氏は、日本の敵は日本国内の「民族主義的衝動」だと言って慰安婦問題での反論を控えよと次のように説いている。〈過去の「事実」を過去の「価値基準」に照らして議論し、再評価すること自体は「歴史修正主義」ではない。しかし、そのような知的活動について国際政治の場で「大義名分」を獲得したいなら、「普遍的価値」に基づく議論が不可欠だ。いわゆる「従軍慰安婦問題」や「南京大虐殺」について、歴史の細かな部分を切り取った外国の挑発的議論に安易に乗ることは賢明ではない。 過去の事実を過去の価値基準に照らして再評価したいなら、大学に戻って歴史の講座をとればよい。逆に、過去の事実を外交の手段として活用したければ、過去を「普遍的価値」に基づいて再評価する必要がある。歴史の評価は学者に任せればよい。現代の外交では普遍的価値に基づかない歴史議論に勝ち目はないのだ〉(『WEDGE』2015年5月号)〈日本の生き残りにとって最大の障害は中国や統一後の朝鮮ではない。日本の最大の敵は「自分自身」である。新民族主義時代における日本民族のサバイバルのためには、日本自身が普遍的価値を掲げ、自らの民族主義的衝動を適切に制御する必要がある〉〈最も重要なのが、日本の誇りある伝統を普遍的価値の論理で説明する能力を獲得すること、すなわち「保守の進化」である。日本が国際社会において守りたい価値があれば、それらを自由、民主、人権、人道、法の支配といった普遍的価値のロジックで説明していくことだ。日本が世界各国と競争しているのは国際政治であり、過去の歴史の事実関係ではない。 そのことを正確に理解しない限り、国際政治で日本の影響力を高めることは難しい。イルカ、捕鯨、慰安婦……ナショナリズムは時に普遍的価値と対立するが、これを日本人にしか理解できないロジックで何度説明を試みても、結果は生まれない〉(『日本の敵』2015年) 彼らは慰安婦問題で韓国政府がゴールポストを動かしてきたと主張する。この議論は宮家氏が最初に使った比喩だという。しかし、外務省が事実関係で争わずに謝罪だけをしつづけてきたことで、先に日本がゴールポストを下げたのだ。1992年、宮沢喜一総理が慰安婦問題で8回謝罪した直後に私は外務省北東アジア課の幹部に、「権力による強制連行を認めて謝ったのか、貧困の結果、そのようなことをせざるを得なかった女性に人道的に謝ったのか」と質問したが、答えは「これから調べる」だった。 国際社会では、謝罪すれば非を認めたことになるし、反論しなければ相手の主張を認めたことになる。これが国際社会の普遍的ルールだ。貧困の結果、売春業に就かざるを得なかった女性たちに現在の価値観から同情し、慰安所で彼女らを戦争遂行のために使ったことを謝罪することと、性奴隷、20万人、虐殺などという明らかな虚偽に反論することは両者とも普遍的価値に立つものだ。安倍総理はその両者を同時に主張すべきだと言っている。細くて困難な道だがそれしか日本が生き残る道はない。ウソは悪いと聖書も教えている。 外務省は1日も早く、ホームページの「歴史問題Q&A」の慰安婦の項に、安倍総理が国会で答弁した事実に基づく5つの反論を掲載すべきだと最後にもう一度強調しておく。(※編集部注:本稿掲載後、外務省英語版ホームページの「歴史問題Q&A」に杉山晋輔外務審議官(当時)が国連で行った慰安婦問題の事実関係に関する発言内容のリンクが新たに追加されました。産経新聞 2016.8.20)にしおか・つとむ 昭和31(1956)年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。筑波大学大学院地域研究科東アジアコース修士課程修了。在ソウル日本大使館専門研究員などを歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)会長。著書に『金賢姫からの手紙』『よくわかる慰安婦問題』(ともに草思社)など多数。

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    韓国にやられっぱなしの日本

    経済危機にある韓国が、日本との「通貨スワップ協定」の再開を検討しているという。まもなくソウルで開かれる日韓財務対話でも議論される可能性が高いが、かつて一方的に協定を打ち切った経緯をもうお忘れか。竹島上陸や慰安婦合意の不履行など非礼の限りを尽くす韓国だが、このままやられっぱなしで本当にいいのか?

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    在米韓国系のロビー活動により米公立高校で慰安婦授業開始へ

     この7月、アメリカでの“日本軍慰安婦教育”を左右する大きな決定が下される。本誌・SAPIO3月号では、カリフォルニア州の公立高校で2017年に改訂される「歴史・社会科学」の教育カリキュラム素案に、「日本軍慰安婦」の記述が含まれていることを報じた。つまりアメリカで“慰安婦教育”が始まるということだ。 そこにはこう記されていた。〈「慰安婦」は制度化された性奴隷の実例として、また20世紀における最も規模の大きい人身売買の好例として教えることができる〉〈慰安婦全体の数の推定は様々だが、多くのものは数十万人の女性が日本軍占領期間中、こうした施設に無理やりに入れられたと指摘している〉 ──言うまでもなく日本軍による「強制連行」の事実は確認されていないし、「数十万人」という数も根拠がない。また、女性たちは常に監視され性交渉を強要されていたような「性奴隷」でもない。 カリフォルニア州教育局はこのカリキュラム案について意見集約し、7月に最終決定する予定だ。本稿締め切り時点で、「20世紀における最も規模の大きい人身売買」という部分の記述は削除される見通しだが、「性奴隷(Sexual Slaves)」の表現は残ると見られている。 カリフォルニアは教育先進州のため、もし同州で「性奴隷」の表現が用いられた教育が始まれば、アメリカ全体の高校教育に影響する可能性もある。“慰安婦教育”導入を推し進めているのは、アメリカ国内での慰安婦像設置運動で世論をあおり立てた、在米韓国系ロビー活動家たちである。 昨年末の日韓合意では「慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決」が定められたはずだ。米グレンデール市内に設置された慰安婦を象徴する像と記念撮影をする韓国人ら=2013年7月、米グレンデール カリフォルニア州のグレンデール市では2013年に慰安婦像が設置されているが、同市の市長は日韓合意について支持する意向を表明しており、合意によってアメリカ発の「日本非難」の動きはブレーキがかかったように見えた。 しかし、韓国系ロビー団体は同じカリフォルニア州で“慰安婦教育”を推進すべく、日韓合意後、アメリカ国内での活動を活発化させていたのである。3月には、元慰安婦らと支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」のメンバーたちが訪米。アメリカの韓国系ロビー団体と連携して、「日韓合意反対」を訴えた。元慰安婦らはニューヨークの国連本部を訪れ、潘基文事務総長と面会。潘氏は会談後にこう述べた。「(元慰安婦の)苦しみに同情します。被害者の声を真摯に聞くことが重要です」 アメリカ、そして国連という場を利用して、「やっぱり日本は悪者だ」と国際社会に印象づけようとしているのだ。 同じ3月には、国連のザイド・フセイン人権高等弁務官が国連人権理事会での演説で、慰安婦について「日本軍による、性奴隷制度を生き延びた人々」と表現し、日韓合意を批判した。これにはすぐに菅義偉官房長官が抗議することを表明したが、国連が「日本非難」の場に利用されていることは間違いない。 SAPIO7月号の特集では、日韓合意を受けて韓国政府が日本批判を控えている中、あちこちから「反日」の動きが復活していることをリポートしているが、アメリカや国連をはじめとする国際社会では、日本を貶める活動が止まるどころか、逆に加速していると言える。 日本側は「合意したから大丈夫だろう」と悠長に構えていてはならないのだ。※SAPIO2016年7月号関連記事米軍慰安婦で問われる朴槿恵氏の「歴史と向き合わぬ国」発言米国の高校で始まる慰安婦授業「20世紀最大の人身売買」など日韓合意後も韓国内で慰安婦像が増殖している米公立高校「慰安婦授業」に問題点多数 英文・訳文紹介「息を吐くように嘘を吐く」 朴槿恵政権は信用ならない

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    ミサイル配備が示した朴槿恵大統領の対中外交政策の転換

    [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 ウォールストリート・ジャーナル紙の7月13日付社説が、THAAD(高高度防衛ミサイルシステム)の韓国配備決定を、韓国防衛、同盟強化の観点から支持するとともに、これを機に中国は対朝関係を見直すべきである、と述べています。要旨、以下の通り。中国特有の高圧的な警告 韓国による米のTHAAD(高高度防衛ミサイルシステム)の展開決定は、中国にとり打撃である。中国は、中国特有の高圧的な方法で、必要な対応措置を取ると韓国に警告してきた。習近平は朴槿恵に「慎重に扱う」よう告げてきた。 他方で、中国は最近第4回目の核実験や十数回にわたるミサイル実験をしている北朝鮮を抑えることを拒んできた。3月の韓国アサン研究所の世論調査によると74%がTHAAD配備を支持している。朴槿恵は決定にあたって韓国の将来と北の核、ミサイル脅威から国民の生命を守ることが最重要だと述べた。中国は決定を非難したが、未だ報復はしていない。貿易や観光分野で報復をするのではないかとの懸念により韓国化粧品企業や観光企業の株価は下落した。過去に中国は韓国に対して経済報復をしたことがある。 中国がすべきことは北朝鮮支持を再考することだ。金正恩体制は米を懸念させてはいるが、中国の目的であるアジアでの米の能力と同盟の弱体化にはなっていない。韓国の決定により日米韓の協力は強化されている(日本には既に補完的なレーダーシステムがあり今後インターセプターも配備されるかもしれない)。また日米韓三国は先週ミサイル防衛の演習を実施した。THAADは来年末までに実戦配備される。それまでに中国が中朝同盟のコストを知ることになれば、この配備は北のミサイルへの防衛以上の意味を持つだろう。出典:‘South Korea’s Message to Xi Jinping’(Wall Street Journal, July 13, 2016)http://www.wsj.com/articles/south-koreas-message-to-xi-jinping-1468448100 ここ数年米韓、また中韓の間で問題になってきたTHAAD配備がようやく決着したことは歓迎すべきことです。7月8日の決定により、THAAD一基が来年末までに慶尚北道星州(韓国中央部の大邱の西方。韓国空軍施設がある)に実戦配備されます。THAADは飛来するミサイルを、PAC3と比べてより早期にかつより高度で迎撃できます。韓国の報道によれば配備されるTHAADはレーダーと射撃統制装置(発電機含む)、発射台6台、インターセプター48発(発射台あたり8発。最大射程200キロ)で構成されているといいます。韓国政府はインターセプターの追加導入の可能性も示唆しています。中国への傾斜を止めた朴槿恵 北朝鮮、中国、ロシアは配備決定に強く反発しています。中国は当初からレーダーの探知距離(1000~2000キロと言われるので北京も入る)などに鑑み猛烈に反対してきました。ロシアも反対してきました。かかる状況に鑑み、配備決定の米国防総省声明は、これは北朝鮮の脅威に対処するものであり、「いかなる第三国に向けられるものでもない」と述べました。さらに配備地について韓国報道は「THAAD配備地域を慶尚北道星州に決めたのもTHAADレーダーの探知範囲が中国内陸に届かないよう配慮した側面が大きい」と述べています。他方、配備地が南に下がったためソウルがカバーされなくなったので、韓国はソウルに別途PAC3を配備すると言われています。中国への傾斜を止めた朴槿恵 ここ数年迷走してきた韓国の外交・安保政策の経緯はともかく、何とかここに至ったことは良いことです。あれほど中国に傾斜してきた(1年足らず前の対日抗戦勝利式典では習近平と共に天安門の壇上に立っていた)朴槿恵を突き動かした最大の要因は、過去1年の北朝鮮の相次ぐミサイル発射と北朝鮮のミサイル技術の進展です。厳しさを増す安保環境を背景に、安保派が外交派に勝ったともいえます。現に尹炳世外交部長官は最後まで反対したと報じられています。外交部は「事実と異なる」と否定しましたが、あながちありえないことではありません。 来年末までの実戦配備に向けて着実に作業が進められることが期待されます。しかし、二つの問題があります。一つは韓国国内政治です。今や世論の半分はTHAAD展開に理解を示し、大手メディアも展開を支持する社説を書いています。しかし、住民の反対運動は激しくなる様相を示しています。野党や運動家なども攻勢を強めています。ハワイ・カウアイ島で行われたTHAADの発射実験=2010年6月 もう一つの問題は対中関係です。中韓関係は、今後双方で緊張に振れる可能性が高いでしょう。中国は必要な戦略上の措置を取ると警告しています。今韓国の人々が最も恐れるのは中国の報復措置です。2000年に韓国が中国産の冷凍ニンニクなどの関税率を引き上げたところ、中国は猛反発、韓国からの携帯電話やポリエチレンの輸入を中断する報復措置をとり、結局、韓国側が関税率を元に戻すことで問題を落着させざるを得ませんでした。 韓国では中国の強硬な立場に不満が募っています。中韓関係のこれまでの蜜月はどこへ行ったのかと問う声があり、一方で政府の対中外交は何だったのかと政府批判の声もあります。韓国が送り込んだアジアインフラ投資銀行(AIIB)副総裁が国内での収賄疑惑のため休職にされるなど、対中関係は既にギスギスしてきています。

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    稲田朋美氏を「極右」と報じる韓国マスコミ

    野田佳彦元総理。2011年に野田氏が首相に就任した時にも韓国マスコミは「日、新しい総理に極右の野田、日韓関係に暗雲?」(東亜日報)、「野田次期総理内定者は歴史認識問題において極右的思考や言動を繰り返してきた」(ハンギョレ新聞)などと、今の稲田氏に対する表現と同じような論調で野田氏を紹介した。理由は、野田氏が過去に「靖国のA級戦犯は戦争犯罪者ではない」と自身の意見を述べたことがあったためである。滋賀県米原市で街頭演説する民進党の野田前首相=2016年6月17日 また、日刊ゲンダイ。「日本の極右マスコミ、五輪出場の李承ヨプ叩き」(東亜日報)というタイトルの記事が出たのは2008年のこと。当時、プロ野球巨人軍で活躍していた韓国人の李承ヨプ選手に批判的な記事を載せた日本のメディアを「極右マスコミ」と報道したのだが、ここで東亜日報が批判したメディアが「日刊ゲンダイ」である。万が一、日本国内の媒体が「日刊ゲンダイ」を極右マスコミなどという紹介をしたら、笑いものになるか、無知を批判されるに違いない。保守政党や政権、特に現・安倍政権を最も辛辣に批判している媒体のうちの一つであるからだ。韓国にとってはその日本マスコミの全般的な「論調」よりも韓国、あるいは韓国人をどんなふうに取り扱うか、が性向を判断するための基準なのだろう。 同様の例としてAERA。2014年11月に韓国の国会図書館で開かれた「嫌韓本・ヘイト本展示会」では朝日新聞系列の雑誌AERAが展示されていた。展示されていた書籍の中身を見ると私の目には「不快」とするほどの内容ではなく、韓国の現状を報告し、苦言を呈しているといった程度の内容だったのだが、それでも、韓国の立場からは「不快」に映るものだったのだろう。韓国で「日本の良心マスコミ」と呼ばれる朝日新聞系列の雑誌であっても、ほんの少しでも韓国の逆鱗に触れれば悪玉になりうるという例である。 野田元首相や日刊ゲンダイを極右と呼ぶことからも分かるように、韓国マスコミの「極右」という表現は、韓国の神経を逆なでしたり、機嫌を損ねるような言動をした相手であることを示すための言葉であり、韓国独自の意味変化を経た結果物といえる。同様に韓国独自の意味変化を遂げた語彙としては「妄言」などが挙げられるのだが、国際的に見たときに、これらの意味に共感してくれる国はあるのだろうか? 中国、北朝鮮なら理解してくれるだろうか?韓国マスコミに期待したいのは「一貫性」「妄言政治家」から「日本の良心」へ――鳩山元総理韓国マスコミに期待したいのは「一貫性」 韓国マスコミの語彙選択についてもう一つ苦言を呈したいのは、彼らがその過激な表現を使うときに、きちんと考察したうえで絶対的な、普遍的な判断としてその語彙を使用しているわけではないということだ。どんなに過激な表現で相手をこき下ろしたとしても、その後に韓国人にとって心地よい言葉を聞かせてもらえれば、いとも簡単にその評価を一変させるのだ。 その好例が、鳩山由紀夫元総理である。2010年当時首相であった鳩山氏が「竹島は日本の領土」だと公の場で発言すると、韓国マスコミは一斉に鳩山氏の発言を「妄言」だと糾弾する批判記事を展開した。北京市内のホテルで記者団の取材に応じる鳩山由紀夫元首相=2016年6月26日 ところが、それから5年後の2015年、鳩山氏がソウルを訪問したときのことである。日本統治期に刑務所として使われていた施設を訪問したのちに、慰霊碑の前で膝をつき、日本の統治について謝罪した鳩山氏を評して、今度は「日本で最も誠実な良心であり勇気」だと一斉に称賛した。ほんの5年前に「妄言政治家」だと批判を繰り広げたマスコミが、である。 起源を一つにする漢字語だったとしても、あるいは発音まで全く同じ単語だったとしても、国が変わり、時代が変われば少しずつ意味にずれが生じ、場合によっては全く違う意味の言葉として使われるようになることもあるだろう。もっと言えば、同じ地域に住んでいる人同士でも、性別、年齢、あるいは個人差で微妙に違うニュアンスをもって言葉が使われることだってある。 だが、それを考慮したにしても、日本の与党も野党も、保守紙もリベラル紙も、その一時の状況次第で「極右」と批判してはばからない韓国マスコミの語彙選択には疑問が残る。せめてもう少し「一貫性」を求めずにはいられないのは私だけだろうか。

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    少女像移転は条件ではない、慰安婦映画と支援財団を考える

    力する」と表明したのである。少女像の移転が資金拠出の条件だなどとは一言も言っていない。 慰安婦問題が日韓関係の中心課題となったここ数年の間に、少女像は日韓両国において正反対の意味合いを持つシンボルと化してしまった。いくら朴大統領が剛腕だといっても、簡単に突っ走れるのは財団設立までだろう。少女像の移転は極めてハードルが高い。それが、専門家の多くが当初から抱いてきた見立てだ。朴槿恵政権は合意を守ろうとしている それでも朴槿恵政権は、驚くほど合意の精神を守ろうと無理を重ねている。韓国・京郷新聞によると、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界記憶遺産に慰安婦の関連資料を登録しようとする民間団体に対する資金助成が今年の政府予算に計上されていたものの、実際にはまったく執行されていない。韓国の予算は1月から12月までの暦年なので、予算の策定は合意前、執行は合意後ということになる。さらに、韓国政府が鳴り物入りで進めていた「慰安婦白書」は、昨年12月刊行予定だったのに現在も出ておらず、見通しも不透明になっている。当初は、日本語・英語・中国語版も出すという話だったのだが、外国語版は既に白紙化されたという。韓国政府が2014年から慰安婦問題をテーマに開いてきたシンポジウムなどの啓発活動も見直され、今年のテーマは「女性の人権」に変更された。朴槿恵政権に批判的な進歩派である京郷新聞は、こうした姿勢を痛烈に批判している。8月15日、日本統治からの解放を祝う「光復節」で演説する朴槿恵大統領(AP) 元慰安婦たちは既に平均年齢90歳になっている。昨年末の合意時点では46人が存命だったが、7カ月の間に6人が亡くなった。日本政府から100点満点の対応を引き出さねばならないなどと言っていたら、存命の方が誰もいなくなってしまう。一人でも多くの方が存命の間に支援事業を実現させたいというのが、関係者に共通した思いだ。韓国政府の説明によれば、財団側が接触できた37人の元慰安婦の多くは財団に参加する意思を表明したという。認知症などで本人の意思を確認できず、家族との対話となった人もいるようだが、それは仕方ないと考えるしかないだろう。とにかく支援事業の実施は急がれるのである。 日本が10億円を拠出するのは、前述したように明確に合意でうたわれている。合意に入っていない少女像を問題にして資金拠出を先延ばしにするような対応をすれば、「日本が合意を壊そうとしている」ということにしかならない。日韓合意は国際社会に認知されているだけに、それは日本のイメージ低下につながる。昨年末の合意を「最終的かつ不可逆的な合意」にしたいのならば、速やかに10億円を拠出したうえで、財団の行う事業に協力していかなければならないだろう。

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    竹島は「わが国固有の領土」ではないのか

    だが、最近、この「竹島は日本固有の領土」という日本政府の説明に辛辣な批判を加える『竹島―もうひとつの日韓関係史』(池内敏氏著、2016年1月、中公新書) という本が出版された。この本は、古代から現代に至るまでの日韓両国の竹島関連の歴史史料を多数引用し、竹島(韓国では「独島」と呼ばれる)領有権に関する日韓両国政府の主張の妥当性を検証したもので、「誰が分析しても同一の結論に至らざるを得ない、歴史学の到達点を示す」と紹介している(表紙裏)。 この本の大きな特徴は、日韓両国の主張のいずれに対しても否定的なことである。著者(池内敏氏。以下同)は、韓国政府の主張に対しては、例えば、朝鮮の古文献・古地図にしばしば現れる「于山(ウサン)島」が竹島(独島)であって朝鮮は古くから竹島(独島)のことを「于山島」として認知して朝鮮の領土として扱って来たのだとする韓国側の主張(「于山島説」)についてはそれは成り立たないとし、また韓国政府が1900年の大韓帝国勅令第41号で竹島(独島)を「石島」という名前で公式に行政管轄権の範囲にあるものと規定して官報で公示したとする主張(「石島説」)についても、いまだそれが直接的に証明されたことはないとし、韓国側の重要な論拠をいずれも否定する。 一方、日本政府の主張に対しても、まず、「日本は17世紀半ばには竹島の領有権を確立しました」(外務省「なぜ日本の領土なのかがハッキリ分かる! 竹島問題10のポイント」)という説明に対して、日本人が今の竹島(竹島は江戸時代には「松島」と呼ばれていた)に行き来することに中央政府である徳川幕府から公式の許認可があったことは論証不可能なので、この外務省見解は「致命的な弱点を抱えている」という。 また、元禄9(1696)年に幕府が鳥取藩あてに発した元禄竹島渡海禁令(江戸時代の日本では朝鮮の鬱陵島が「竹島」と呼ばれていたが、その竹島への渡海を禁ずるもの)においても、また天保期に幕府の指示で全国各地に高札が立てられた竹島(鬱陵島)への渡航を禁ずる指示(天保竹島渡海禁令)においても、今の竹島への渡海を禁止することを明示する文言はないが、これら禁令が発された経緯を詳細に見ていけば今の竹島への渡航も禁止する趣旨が含まれていたのは明らかで、これら禁令によって我が国は竹島(今の竹島)の領有権を放棄したことは否定できないという。 さらに、明治10(1877)年、ときの最高国家機関である太政官が、島根県から提出された質問について朝鮮の鬱陵島とともに今の竹島についても「日本領外」と判断する指令を下したという。つまり、著者の見方では、日本のそのときどきの中央政府が今の竹島は日本領ではないことを何度も確認してきたということになる。 明治38(1905)年に明治政府が今の竹島を「竹島」という名称で公式に島根県の区域に領土編入する手続きを取ったことは、日本側の竹島領有権主張の最重要ポイントなのだが、著者は、日本政府は編入決定の前に韓国に対して事前照会をしておらず、仮に事前照会をしていたならば、韓国としてもそのころには竹島(独島)に対する領有意識を芽生えさせていたのだからおそらく紛糾が生じたはずだと推測する。そして、戦後の日本の領土範囲を決定したサンフランシスコ講和条約において竹島は日本領として残ったのだが、このことに関しても著者は、もし1905年時点で竹島編入をめぐって日韓両国間に紛糾があったとすれば、サンフランシスコ講和条約の起草に際してもその紛糾が考慮され、条約で竹島が日本領として残ることにはならなかったかもしれないという推測を述べる。 以上のような検討を経て、著者は「日本側・韓国側の主張には、どちらかが一方的に有利だというほどの大きな格差はない」と結論付けた上で、「日本人・韓国人を問わず、自らの弱点を謙虚に見つめ直し、譲歩へ向けて勇気をふるうことが、いま求められているのではないか」という提言で本をまとめる。 このような主張を載せた『竹島―もうひとつの日韓関係史』は、メディアにおいても、ネットに現れた個人の感想においても、「竹島問題を感情論を排して理解するのに最適」(週刊エコノミスト、2016年2月16日号)などのようにかなりの高評価を得ている。確かに、さまざまな歴史史料を引用しつつ細やかな議論を展開――それも、日韓両国政府の主張に対して共に批判的な観点から――する本書は、一見すれば、本のオビにあるように「思い込みや感情論を排した歴史学による竹島の史実」を書き表したもののような印象を与える。しかし、実際はそうではない。欠けている国際法からの観点欠けている国際法からの観点 竹島問題とは竹島の帰属をめぐる領土問題であり、現代の領土問題というものは国際法にしたがって解釈される。そして、国際法では、ある土地がその国のものかどうかというときに、その国家の統治権(立法権、司法権、行政権)が実際にその土地に対して継続的かつ平穏に及んでいる(いた)かどうかが基本的な判断基準になる(「平穏に」というのは他国からの異議や抗議を受けることなしに、ということを意味する)。竹島が日本固有の領土であることを訴える看板=島根県隠岐の島町布施 そういう国家としての現実の合法的支配という観点から見た場合、竹島は1905年に日本政府が日本領とすることを決定し、その後、隠岐島庁の管轄とする決定、官有地台帳への登録、官有地の貸付け及びそれに伴う使用料の徴収など日本の統治が韓国からの異議・抗議を受けることなく現実に行われてきたという史実がある(つい最近では、昭和9年~13年にかけての竹島一帯でのリン鉱石試掘権の認可に関する資料が確認されたという島根県の発表もあった)。 これに対し韓国側には、独島(竹島)を領土としていたという主張はさまざまあるものの、何一つ証明されるものはない。すなわち、日本には竹島の領有権を主張できるだけの国際法上の十全の根拠があるのに対し、韓国側には全くそういうものがない、という決定的な差がある。加えて、サンフランシスコ講和条約で竹島は日本領であるということが確定している。竹島領有権論争は終わったも同然といえるほどの状況にあるのである。 しかし、本書『竹島―もうひとつの日韓関係史』においては、日本による1905年の竹島領土編入決定について一応の紹介はなされるものの、日本と韓国にはそういう国家による統治の有無という重大な差異があることに着目することなく、日韓の主張に「大きな格差はない」と論じたり、「もし事前照会をしていたならば」という仮定に立って考察を進めるのである。 歴史史料を正確に解釈することは無論大切なことだが、竹島問題が領土問題である以上、その考察は国際法に基づいた検討を軸として進めるべきであり、歴史史料もその中で活用されるべきだろう。本書ではそういうことがほとんど考慮されず、竹島にまつわるさまざまな歴史的出来事が紹介されているものの領土問題とは関係のないことがらも多く、領土問題の解説書としてはピントが外れている。 加えて、本書でさまざま述べられる歴史的事実の解釈や評価それ自体にも、明治10年太政官指令の意味をはじめとして指摘できる問題点は多々ある。この稿でいちいち触れることはできないが、一つだけ、先にも述べた天保竹島渡海禁令の例を挙げておこう。渡海が禁止されていた竹島(鬱陵島)へ密航する者が現われた事件の再発防止策として幕府から全国に指示された禁令には、渡海を禁止する対象として「異国」のほかには「竹島」(鬱陵島)のみが記されていた。高札に書かれたこの指示を見た全国の民は、誰しも禁令の意味を「竹島(鬱陵島)というところには行くなと言っているのだな」と理解したはずである。 しかし、著者は、禁令が発された経緯を詳細に見ていけば、高札に明記されていなくとも今の竹島(当時は「松島」)への渡海も禁止されていることが明らかであるという。このように、通常の常識で考えて理解しがたい考察が本書には見られる。「誰が分析しても同一の結論に至らざるを得ない、歴史学の到達点を示す」というキャッチ・コピーがあるものの、本書は著者の独自の観点からの考察に満ちている。自らの「弱点」を見つめて互いに「譲歩」をという提言もあるが、実際には「譲歩」すべしということに結びつくような「弱点」が日本側にあるわけでもない。「固有の領土論」に対する批判「固有の領土論」に対する批判 外務省の広報文「なぜ日本の領土なのかがハッキリ分かる! 竹島問題10のポイント」を見れば、冒頭の「竹島の領有権に関する日本の一貫した立場」という見出しのもとに、一番に「竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに日本固有の領土です」と述べている。この表現が教科書にも記載されることになったわけだ。この「竹島は日本固有の領土」という説明に対する批判を行うことが『竹島―もうひとつの日韓関係史』のメインテーマと思われるのだが、そこにおいても著者の独自の観点からの考察という色合いは強い。本書の終章「固有の領土とは何か」に述べられる著者の主張を要約すれば、およそ次のようなものであろう。8月15日、島根県の竹島に上陸し、万歳する韓国の国会議員ら(聯合=共同) かつて、日本政府は竹島問題が発生した直後の1950年代から韓国政府との間で数次にわたる文書往復による竹島領有権論争を行った。そのうちの1962年の日本政府の文書に「日本政府は、竹島が古くより日本固有の領土であると従来から明らかにしてきた」という文章で竹島は「日本固有の領土」という表現が初めて現われるが、そのころはこの言葉は「歴史的に古い時代から日本のものである」という意味で用いられていた。しかし、この主張は歴史的史料から論証することは不可能なことであって、既に破綻している。そして、近年においては、1905年1月の竹島日本領編入が国際法に基づいて正当になされたという前提に立って、それより前に韓国によって支配された史実が証明されない限り、竹島は「日本固有の領土」なのだという用い方がなされている。同じ「日本固有の領土」という言葉であってもその意味は変化している。 しかし、日本政府(外務省)は中身の異なる二つの「固有の領土」論の「併存」を「放置」している。それは、一つには、「歴史的に古い時代から日本のものである」という古い用法を残すことは、「固有の領土」という言葉によって「過去よりずっと自分たちの領土でありつづけてきた」という印象を国民に容易に与えることができるし、一方、近年の用法は、韓国側が明治政府の竹島日本領編入は日本帝国主義の侵略行為の一環であったと批判してくることに対してその議論を回避できるからである。二つの「固有の領土」論の「併存」は国内用と対韓国用として役割分担をしており、竹島をめぐる歴史、ひいては日韓の近現代史から日本人の目をそらせる役割をしている。 本書のこういう批判の下敷きとなった同じ著者の論文『「竹島は日本固有の領土である」論』(一般財団法人歴史科学協議会会誌『歴史評論』785号=2015年9月号)では、右のような論を展開した最後に、「日本固有の領土」という主張は「放棄すべき対象でしかない」という結論が述べられている。本書にはその言葉はないが、論旨は同じであるから結論としてはやはり「放棄すべき」という気持ちが込められているのだろう。 とすれば、日本の政府は放棄すべきほどの間違った有害な概念を国民に広報し、また教科書に反映させているのだろうか。「竹島は日本固有の領土」の意味「竹島は日本固有の領土」の意味 「固有の領土」という言葉の定義については、「衆議院議員鈴木宗男君提出南樺太、千島列島の国際法的地位などに関する質問に対する答弁書」(平成17年11月4日 内閣総理大臣小泉純一郎)というものがあって(衆議院のホームページで読める)、そこでは「政府としては、一般的に、一度も他の国の領土となったことがない領土という意味で、『固有の領土』という表現を用いている」「竹島は、我が国固有の領土である」という答弁が行われている。この二つの答弁を組み合わせれば、「竹島は、一度も他の国の領土となったことがない我が国の領土である」ということになる。この言い方に何か不自然なところがあるだろうか? これは史実の通りのことなのだ。韓国が不法占拠を続けている竹島=島根県隠岐の島町(聯合=共同) ただ、「固有」という言葉からは「元々の」とか「本来の」あるいは「昔からの」という意味が自然に連想されるし、実際、前記のとおり1962年に日本政府は韓国政府に対して竹島は「古くより日本固有の領土である」という主張も述べているのだが、日本政府のいう定義が前記のようなものだとすると、そこに「古くより」とか「本来の」という類いの意味はないということになるのだろうか。著者が言うように日本政府の意味づけが変化したのだろうか。 実はそうではない。政府が使う用語は意味がはっきりしていないといけないので「一度も他の国の領土となったことがない領土」という定義づけが行われているものと考えられる。これなら、ある土地が「一度でも外国の領土になったことがあるかないか」という判定で「固有の領土」に該当するかしないかが明確に判別できる。だから「定義は何か」と問われればそういう回答になるのだろう。しかし、「一度も他の国の領土となったことがない領土」というものは、その間にそれなりの歴史を持っているものだから、その歴史の限りではあるとしても「元々の(古くからの)日本の領土である」と表現できるのもまた当然なのである。 「元々の」とか「古くからの」という類の表現は定義に明確性を欠くので政府の公式定義には採用されないとしても、意味としては「一度も他の国の領土となったことがない領土」という定義と表裏一体のものであり、本質的には同じものなのだ。竹島の場合は江戸時代(17世紀)に日本人が竹島を利用していた史実が確認されているので、「竹島は日本の固有の領土」という意味は「竹島は、17世紀以来の、一度も他の国の領土となったことがない我が国の領土である」ということになる。これは竹島領有権紛争に関する日本政府としての主張の最終結論なのであって、そこには相異なる二つの意味など存在しようがないし、したがって場面に応じた役割分担などできるものでもない。『竹島―もうひとつの日韓関係史』で展開されている批判は、著者の独自の観点に基づくものにすぎない。竹島の歴史竹島の歴史 「固有の領土」ということに関わる範囲で、ごく簡単に竹島の歴史を振り返っておこう。 前記の外務省「竹島問題10のポイント」では、江戸時代の竹島について、日本人が利用していたことを根拠として「日本は十七世紀半ばには竹島の領有権を確立しました」と述べる。これに対し、著者は、そういう主張は歴史的史料から論証することは不可能であって立論に「致命的な弱点を抱えている」と批判する。このことについてまず触れておきたい。 著者がそう主張する理由は、江戸時代に日本人が竹島(今の竹島)を利用していた事実はあるが、ときの中央政府である徳川幕府に竹島を日本の領土として支配するという意思があったことを示す歴史史料はないから、「領有権を確立しました」という説明は全く成り立たない、ということのようである。だが、支配するという幕府の意思があってもなくても、日本人が朝鮮国からもその他のどこの国からも何の異議も受けることなく約七十年間にわたって竹島を利用してきたという史実が存在している。その状態を素直な目で見るならば、それはまさに「日本の領土」であったわけだ。外務省はそういう状態を指して前記のような説明をしているのであって、その論理に別に「致命的な弱点」など抱えているわけではない。「竹島」(現在の鬱陵島)が記されている「日本国図」 ただし、そのときに「領有権を確立した」と表現されるものは、近代国際法上求められる領土要件――先に記したが、国家の統治権が実際にその土地に対して継続的かつ平穏に及んでいる(いた)かどうか――という観点からは必ずしも万全のものとは言えず、日本人が利用していたという史実のみを根拠として他国と領有権争いをするとなると、現代においては通用しないおそれもある。 しかし、日本は後に1905年に至って竹島を国際法に則って公式に領土に編入して実効的な支配を開始したことによって、国際法上も十全の根拠を有することとなった。その間、日本という国が竹島に対して積極的な関わりをしなかった時期はあるが、著者や韓国側の研究者たちがしばしば主張する「日本の中央政権は三度にわたって竹島は日本領ではないと確認した」という史実はない。一方、韓国については、韓国政府の1952年李承晩ライン宣言によって竹島紛争が発生するまで韓国が竹島を統治した実績はなく、また日本の支配に対して抗議したという事実も確認されていない。 以上を要すれば、竹島は17世紀に事実上日本の領土となり、20世紀に入っては改めて国際法上の根拠をも備えることとなったもので、その間韓国の領土となったことは一度もない。だから「竹島は日本固有の領土」すなわち「竹島は、17世紀以来の、一度も他の国の領土となったことがない我が国の領土」と説明しても何の矛盾もない。日本政府が何かをごまかすために「固有の領土」という言葉を用いているというような批判は当たらないのである。「固有の領土」は「強調」「固有の領土」は「強調」 最後に一つ付け加えたいのだが、実は「竹島は日本固有の領土」という表現には韓国の主張に対する反論の意味が込められている。竹島について韓国が「独島(竹島)は韓国の領土である」と主張することに対して、「そうではない。韓国の領土であったことなど一度もない純然たる日本の領土である」と反論し、明らかな日本の領土であることを強調する表現なのである。竹島紛争がないならば「竹島は日本固有の領土」などと言う必要はそもそもないのであって、おそらく「固有の領土」という用語が用いられる実際上の意義はこの点にあるのだろう。そして、そういう強調をするだけの領有根拠は日本側にはあるが韓国側にはない。 ただ、これを逆に言えば、「竹島は日本固有の領土」という結論は正しいものだが、それは竹島が純然たる日本の領土であることの強調表現なのだから、そういう語句を知ることはもちろん大事であるとしても、より重要なのは、竹島が日本固有の領土であると言えるその根拠が確実に理解されることのほうだろう。その根拠とは、繰り返しになるが、江戸時代に日本人が利用していたという事実、そして1905年以降の国家による公式の領土支配の事実である。 「日本固有の領土」という言葉の日本政府の定義によるならば、この表現に反対したい人たちは竹島が一度以上日本以外の国の領土となったことがあるという論証をすべきだが、そういう論証はできない。なぜならば、そういう史実がないからだ。「竹島は日本固有の領土」という強調表現を批判することによって日本政府の竹島領有権主張が何かいかがわしいものであるかのような印象を与える論評に惑わされることなく、領土教育が着実に進められることを望みたい。(平成28年7月19日 記)

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    韓国は110年前に竹島の領有権を放棄した? 謎多き「石島」の真実

    著者 茶阿弥(ブログ「日韓近代史資料集」管理人 九州在住)はじめに 日本と韓国との間の竹島領有権問題は、1952(昭和27)年1月に韓国が「李承晩ライン」を設定し、その中に竹島を取り込んだことから始まった。竹島(韓国では「独島」と呼ぶ)は江戸時代には日本人が自由に利用していた歴史的事実があり、さらに1905(明治38)1月に明治政府は閣議決定によって竹島を公式に日本の領土とした。その間、朝鮮・韓国の政府が竹島に関与したことは何もなかった。   しかし今、韓国政府は「独島は、歴史的・地理的・国際法的に明らかに韓国固有の領土です。独島をめぐる領有権紛争は存在せず、独島は外交交渉および司法的解決の対象にはなり得ません」とした上で、「1905年日本による独島編入の試みは長きに亘って固く確立された韓国の領土主権を侵害した不法行為であるため、国際法的にも全く効力がありません」(韓国外務部『韓国の美しい島 独島』)と述べ、国際法上正当な日本の竹島領土編入を、韓国の領土であった島を日本が不法に奪取したものとして非難する。 しかしながら、実は日本の竹島領土編入から約1年後の1906年、韓国政府(当時は大韓帝国政府)は日本が竹島を領土としたことに異議がないと解釈される文書を発していた。このことは一般にはあまり知られていないと思われるので、本稿で紹介してみたい。産経新聞社が昭和28年12月に撮影した竹島。現在ある韓国の工作物は見当たらない「鬱島郡の配置顛末」  1906年7月13日付の韓国の皇城新聞に「鬱島郡の配置顛末」という見出しの記事がある。文面を現代日本語に訳すればおよそ次のようなものである。鬱島郡の配置顛末 統監府から内務部に公函があって、江原道三陟郡管下に所在する鬱陵島の所属島嶼と郡庁の設置年月を示せということなので回答が行われ、光武2年5月20日に鬱陵島監を置いたが、光武4年(1900年)10月25日に政府会議を経て郡守を配置した。郡庁は台霞洞にあり、当該郡の所管島は竹島・石島で、東西が60里、南北が40里なので合わせて200余里だということである。 この記事によれば、1906年7月上旬ごろ、当時韓国に置かれていた日本の韓国統監府から韓国政府内務部に宛てて鬱陵島に関する照会があった。照会事項は「鬱陵島の所属島嶼」と「郡庁の設置年月」だという。これに対する回答内容は、鬱陵島には1898年から「島監」という名称の行政責任者を置いていたが、1900年に政府の決定によって新たに「郡守」を置くこととなったこと、郡庁の所在地は台霞洞(「洞」は「村」のような意味)にあり、郡の付属島嶼は「竹島と石島」であることを述べ、最後に「東西が60里、南北が40里なので合わせて200余里」という一読しただけでは何を意味しているものか読み取りにくい説明が付されている。 この回答は、基本的には1900年10月27日施行の大韓帝国勅令第41号を説明したものだ。この当時、鬱陵島には多くの日本人が不法に越境渡航して、勝手に古木を伐採搬出したり韓国人島民を圧迫するなどの行為が行われていたため、韓国政府としては鬱陵島に対する監視を強化する必要性を感じていた。その方策の一つとして制定された法令が勅令41号「鬱陵島を鬱島と改称し島監を郡守に改正する件」で、そこでは鬱陵島を「鬱島郡」に格上げして郡守を置くこととし、「郡庁は台霞洞に置き、区域は鬱陵全島と竹島石島を管轄する」と規定された。   このように、前記の新聞記事にある回答内容はほとんど勅令41号をそのまま説明したものなのだが、末尾の「東西が60里・・・・・・」の部分は勅令に規定されたものではなく、回答する際に独自に付け加えられたものと見える。韓国政府の「石島=独島」説韓国政府の「石島=独島」説 ところで、この勅令41号は、現在の韓国政府の竹島/独島領有権主張の大きな根拠とされている。前記『韓国の美しい島 独島』では韓国に竹島/独島の領有権がある根拠として、韓国は古くから竹島/独島を鬱陵島の付属島嶼として認識してきたこととともに、「大韓帝国は、1900年の勅令第41号において独島を鬱島郡(鬱陵島)の管轄区域として明示し、鬱島郡守が独島を管轄しました」と述べ、勅令41号によって竹島/独島を公式に韓国領土として扱うことになったことを強調している。つまり、勅令に管轄する島として明示された「石島」がすなわち竹島/独島のことだというのだ。隠岐・島後の白島展望台にある竹島までの距離標識=島根県隠岐の島町 もう一つの管轄の島である「竹島」は、名称が竹島と同じなので紛らわしいが、これは鬱陵島の東方2キロほどの位置にあって「竹島(チュクト)」と呼ばれる島のことだというのは日韓双方の研究者に異論はないので、これは問題とならない。   問題は「石島」のほうで、実は竹島/独島あるいは鬱陵島の歴史において「石島」という名称はこの勅令においてだけ突然に現れ、その後消えてしまって現在は使われない名称だ。しかも、勅令41号が決定される際の一件書類には地図は添付されていなかったようだし、管轄する「竹島、石島」が具体的にどの島を指すのかという記述も特にないことから、「竹島」については前記したように「竹島(チュクト)」のことだということで日韓双方が一致しているものの、「石島」が何を指しているかは意見が分かれる。「石島」は謎の島なのだ。 韓国側ではこの「石島」とは、独島(ドクト)が方言で「石の島」という意味なのでその意味を取って漢字では「石島」と表記したのであってまさに独島を指しているというのだが、これはいかにも説得力に欠け、日本側研究者の間では石島は鬱陵島の東北部に近接して存在する現在「観音島」と呼ばれている島のことだと推定する見方があり、双方の見解は対立している(現実の地理としては、鬱陵島の近辺で「島」というほどの大きさのものは竹島と観音島の二つなので、勅令でもこの二つを規定したと見るのが最も自然だ)。「石島」は竹島/独島ではない「石島」は竹島/独島ではない ところが、この問題に対して本件新聞記事の中の「東西が60里、南北が40里なので合わせて200余里」という記述が答えを提供することとなった。この一文を読めば、たいていの人はこれは長方形の四辺について述べたものだと解釈するのではないだろうか。この一文は、統監府の質問のうちの「鬱陵島の所属島嶼」に対応しているように見える。つまり、所属島嶼はどこどこかと質問されて、所属島嶼は「竹島」と「石島」なのだがそういう名前の回答だけでは位置関係が全く分からないから、それは「東西60里、南北40里、合わせて200余里の長方形の範囲にある」と回答したのだと読むのが自然な読み方だろう。つまり、鬱陵島とその付属島嶼の範囲――それはすなわち「鬱島郡」の範囲だが――をそういう形で回答したものと考えられる。 朝鮮の1里は0.4キロという。そうすると鬱島郡の範囲は東西24キロ、南北16キロの枠の範囲であり、鬱陵島自体の大きさは東西・南北ともおよそ11キロ程度なので、鬱島郡の付属島嶼は鬱陵島からそれほど離れていないということになる。ところが竹島/独島は鬱陵島からおよそ90キロも離れている。ということは、勅令に規定された「石島」は竹島/独島ではないことが、言い換えれば、韓国政府が唱えている主張がウソ偽りであることが、この新聞記事から明らかになってしまったという状況がある。 この「鬱島郡の配置顛末」の記事は、「杉野洋明 極東亜細亜研究所」というブログにおいて「本邦初公開?大韓帝国勅令41号の石島は独島ではない証拠」という題の記事で2008年2月2日に紹介され、同月22日付の山陰中央新報でも「「石島=独島」説否定の記述見つかる」という見出しで報道されたことから、竹島問題に関心を持つ人たちの間では一躍有名になった。また、2014年3月に発行された『竹島問題100問100答』(島根県第3期竹島問題研究会編)においても、そのQ37において「・・・・・回答により1900年、大韓帝国勅令の「石島」が竹島ではないことが確認された」と紹介された(このように韓国政府の主張を正面から否定する史料があるとなると、さすがに韓国側の研究者たちも無視できなかったようで、いくつかの反論らしきものが提出されているが、いずれも説得力のあるものではない)。   以上のように、「鬱島郡の配置顛末」の記事は韓国政府の竹島/独島領有権主張の大きな柱である「石島=独島」説を否定するという重要な意味のあるものだが、そのこととは別に、この記事にある照会と回答が行われた経緯を探っていくとさらに重大な意味が浮上する。統監府がなぜ1906年という年に、鬱島郡の設置という一見したところではどうでもいいようなことを韓国政府に質問したのか、ということだ。1906年のできごと1906年のできごと 日本の竹島領土編入決定は1905(明治38)年1月のことだった。編入に当たって、明治政府は竹島を領土とすることについて韓国政府に対して事前通知も事後通知もしなかった(国際法上、そういうことが求められていたわけではない)。そうして約1年が過ぎた1906年3月28日、島根県の神西由太郎部長一行が新領土となった竹島を視察した後に鬱陵島を訪問するという出来事があった。部長一行は郡庁に郡守沈興沢を表敬訪問したのだが、そのとき一行は「このたび竹島が島根県の管轄になったので視察したのだが、そのついでにここ(鬱陵島)に立ち寄った」という趣旨のあいさつをしたという。このことによって、竹島が日本領となったことが初めて韓国側に伝わることとなった。 これに対応した郡守沈興沢は、竹島/独島が日本領になったということを聞いても特段の反応を見せなかったが、その翌日付で上司に宛てて有名な次のような報告書を発した。 本郡所属独島が本郡の外洋百余里外にあるが、本月四日に輸送船一隻が郡内の道洞浦に来泊し、日本の官人一行が官舎に来て自らいうに、独島がこのたび日本領地となったので視察のついでに来訪したとのこと。その一行は、日本島根県隠岐島司東文輔及び事務官神西由太郎、税務監督局長吉田平吾、分署長警部影山巌八郎、巡査一人、会議員一人、医師・技手各一人、その外随員十余人だった。まず戸数、人口、土地生産の多少について質問し、また人員及び経費の額など諸般の事務を調査して記録して行った。以上報告するのでよろしくお取り計らい願う。(注:「本月四日」は旧暦によっている) 報告の冒頭にあるように、郡守沈興沢は理由は不明ながら独島/竹島は「本郡所属」だと認識していた。この報告が政府に届いた後、その報告に接した内部大臣李址鎔は、「独島を日本領土というのは全然理がないことで、甚だしく驚愕する」と反応し、参政大臣朴斉純は「報告は見た。独島が日本の領地になったというのは事実無根のことだが、その島の状況と日本人の行動を更に調べて報告せよ」と指示したりしたが、複数の新聞もこの報告を報道した。韓国が不法占拠を続けている竹島(聯合=共同) 1906年5月1日付大韓毎日申報は「無変不有」(変無きにあらず)という見出しで「鬱島郡守沈興沢が政府に報告したところによれば、日本の官員一行が本郡に来到し、本郡所在の独島は日本の属地だと自ら称し、地界の広狭・戸口結摠をいちいち記録して去ったとのことだが、内務部からの指令によれば、遊覧の際に地界・戸口を記録して行くのは容或無怪(理解できないでもない)だが、独島を日本の属地と云うことは必無其理(全く理が無い)ことなので、今こういう報告を聞いて甚渉訝然(非常に疑念を感じる)であるという」と報じた。 また、同月9日付皇城新聞は、「鬱倅報告内部」(鬱島郡官吏から内務部への報告)という見出しで「鬱島郡守沈興沢氏から内務部への報告によれば、本郡所属の独島は外洋百余里の外にあるが、本月四日に日本の官吏一行が官舎に来ていうには、独島が今日本の領地になったので視察のついでに来到した。一行は、日本島根県隠岐島司東文輔及び事務官神西田太郞と税務監督局長吉田坪五、分署長警部影山岩八郞と巡査一人、会議一人、医師・技手各一人、その他隨員十余人で、戸数人口、土地の生産の状況と人員及び経費の状況、諸般の事務を調査記録して帰ったという」と報じた。 二つの記事のいずれも、沈興沢が報告したとおりに「鬱島郡の所属である独島が日本の領地になった」という報道をしている。加えて、大韓毎日申報のほうは内部大臣が「独島を日本領土というのは全然理がないこと」と反応したことも伝えている。つまり「大韓帝国の領土である独島が日本の領土になった、これは不当なことだ」という意味のニュースが世に出たことになる。 そして、その後に、統監府から韓国政府に対して鬱島郡に関して照会があり、これに対する韓国政府の回答が出され、その回答が同年7月13日付皇城新聞に掲載されたという経過になる。 このような経過を見れば、統監府がなぜ鬱島郡の設置に関して質問したのかは明らかだろう。「大韓帝国の領土が日本の領土になった」という意味のニュースが出たことに対して、日本が領土編入した竹島は本当に鬱島郡の管轄下にあったのかどうかを確認しようとしたのだ。 そういう動機から照会したのだということは何かの史料によって立証できるわけではない。しかし、そう考えればつじつまは合うし、逆に、そういう動機を除外して、他に過去の鬱島郡設置の決定について質問する理由というものは見当たらない。だから、統監府の照会の動機・目的は竹島/独島が本当に鬱島郡の管轄下にあったのかを確認するためであったと見てまず間違いないと言える。照会を受けた韓国政府としてもそういうことを感じただろう。   仮にそうでないとしても、韓国政府としては「大韓帝国の領土である独島が日本の領土になった、これは不当なことだ」という認識でいるところに、統監府から「鬱島郡の範囲はどこまでですか」という意味の質問が来たということになるから、いずれにしても、回答するにあたっては沈興沢の報告を十分に念頭に置いて回答をするということになったはずだ。決着していた竹島問題決着していた竹島問題 ところがその回答は、鬱島郡の付属島嶼は「竹島、石島」で郡の管轄範囲は付属島嶼を含めても「東西24キロ、南北16キロ、合わせて80キロの長方形の範囲にある」という意味のものだった。これは、問題となった竹島/独島は鬱島郡の管轄範囲にはないことを認めたものだ。「大韓帝国の領土である独島が日本の領土になった、これは不当なことだ」という認識でいたはずなのに、現実には独島は管轄下にはないという意味の回答をしたのは、おそらく鬱島郡の設置を定めた勅令41号を改めて点検した結果、その勅令には「外洋百余里」にある独島に関する規定など何もないことを確認したからなのだろう。独島は鬱島郡の付属島嶼だというだけの根拠がなかったのだ。 そして、独島/竹島が日本の領土となったことを知った上で、その独島は鬱島郡の管轄下にはないことを認めたということは、すなわち日本の竹島領土編入には韓国政府として異議がないことを表明したことになる。1905年の日本の竹島編入は、沈興沢の報告のために、韓国の官民に一時的に「日本が韓国の島を奪った」という間違った理解を引き起こしたものの、その後の韓国政府の再検討によって、その理解は間違いであり韓国政府として異議を唱える話ではないという形で了解されたのだ。つまり、日本の竹島編入には韓国政府も異議がないという形で竹島問題は1906年に既に決着していたことになる。 なお、そもそも沈興沢がなぜ竹島/独島を「本郡所属」と思っていたのかその理由は不明なのだが、その当時、鬱陵島に住む日本人が鬱陵島の韓国人漁夫たちを連れて竹島/独島に出漁することが行われていたので、郡守である沈興沢は当然そういうことを知っていて、鬱陵島から竹島/独島に行って帰って来るのだから竹島/独島は鬱陵島の付属の島だと考えるようになったのではないかと筆者は推測している。   そういう考えを持つのは現地の責任者としては自然なことかも知れないが、中央政府において竹島/独島を領土として支配管理するための何かの措置が取られていたことはないし、それどころか、中央政府は沈興沢から報告を受けるまで竹島/独島という島があることすら知らなかったのが実情だ。だから、鬱島郡守個人が竹島/独島についてどういう認識を持っていても、国家としての領有権には全く関係のないことだった。おわりに 現在、韓国人たちは大統領からマスコミ、さらにはネットで発言する個人に至るまで、日本人に向かって「歴史を直視せよ」と繰り返し言う。だが、本当に歴史を直視できていないのは韓国のほうであることを今や多くの日本人が知っている。「鬱島郡の配置顛末」も韓国人たちが歴史を直視しないことの一つの現れだ。韓国政府は今から110年も前に日本が竹島を領土とすることに異議がないという姿勢を表明していた。しかし今はそういうことも忘れ去り、「独島は日本による韓国侵略の最初の犠牲である」などと言いながら日本の正当な領有権主張を非難する。だが事実はそうではない。歴史資料をまじめに見ていけば、竹島問題に関する韓国側の主張は嘘ばかりであることが明らかになるものなのだ。 ただ、「鬱島郡の配置顛末」は新聞記事だ。そして、そこで報道されたところの韓国政府からの回答文書そのものは確認されていない。だから、事実関係を確定させる上での証拠力という点では若干劣るかも知れない。しかし、この新聞記事が虚偽ないし間違いであると言える根拠もないから、日韓間で竹島/独島をめぐって論争を行う上で無視できるものでもない。この記事の「東西が60里、南北が40里なので合わせて200余里」の解釈について、これは鬱島郡の範囲を述べたものではないという趣旨の反論が韓国人の論者から提起されている。筆者は3人の反論を読んだことがあるが、そこでは、3人が一致して同じ点を指摘するのでなく、3人三様の説明がなされているのは、この記事に対して有効な反論がないことを示唆しているように見える。 「鬱島郡の配置顛末」の記事は一般にはそれほど知られていないようだが、実は二つの面で大きな意味のある史料だ。本稿が竹島問題に関心を持つ人の論点理解に多少なりと役立つならば幸いに思う。 (平成28年6月26日 記)

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    外務省よ、日本の名誉を守れ!

    いまや中韓両国だけでなく、国連の場でも従軍慰安婦問題は取り上げられ、事実が歪められている。このままでは「強制連行説」も「性奴隷20万人説」も歴史的な出来事として世界に広まってしまう。日本は異を唱え、反論しているのだろうか。外務省よ、「事なかれ主義」から脱せよ!

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    韓国「二枚舌外交」は限界! 日韓本当の勝負は朴槿惠大統領の次だ

    マイケル・ユー(韓国人ジャーナリスト)聞き手:金子将史(政策シンクタンクPHP総研 主席研究員)反日一辺倒の韓国社会に変化の兆しマイケル・ユー氏――ご著書『「日本」が世界で畏れられる理由』(KADOKAWA)では、重心を反日でも親日でもなく「克日」に置き、知的で理性的な日本理解を韓国人に促しています。のっけから「そろそろ韓国は、日本の短所ばかりをあげつらう『井の中の蛙』状態から脱却したほうがいい」(「はじめに」)と日本のネット右翼が喜びそうな提言で始まります(笑)。ユー この本は、日本でいう『文藝春秋』のような『月刊朝鮮』という総合誌に掲載した原稿などを下敷きにしています。日本人ではなく、むしろ韓国人に向けて書いたもので、韓国人にとって耳を塞ぎたくなる記述も多い。驚いたことに韓国でこの本が増刷を重ねています。『朝鮮日報』の書評にも取り上げられるなど、反響があったようです。――どういった感想が多いですか。ユー ほとんどが肯定的な意見で、「日本を客観的に見ることができた」「いままで日本人に関心を示さなかったことを恥じる」といった反応が寄せられました。 日本の出版マーケットでは、韓国による反日行動を批判する「嫌韓本」の売れ行きが良好で、書店で関連書が平積みされています。同様に、韓国でも日本を否定する「嫌日」の本は人気があり、書店にたくさん並びます。親日はいうまでもなく、知日の立場から日本を描いた書籍は珍しい。そのため、読者が手に取ってくれているのかもしれません。右か左かではなく、真ん中の立場で日本と韓国の関係を客観視したいと思う韓国人が少なくないことを実感しました。――ユーさんがお感じのように韓国の一般社会には日本に対してバランスの取れた見方をしようというベクトルもあるし、さらにいまの韓国社会で「反日一辺倒ではダメだ」という変化の兆しが顕れているのかもしれませんね。ユー 私も含めた韓国の386世代(1960年代生まれで80年代に大学生、2000年代に30歳代を過ごした世代)の特徴として、日本を見る目が2通りあることも関係していると思います。1つは、「戦時中に韓国を植民地支配していた日本を許さない」と怨恨を抱き続ける見方。もう1つは、「苦渋を嘗めてきた経験を2度と繰り返さないために、日本の組織や技術を学ぶべきだ」という未来に向けた前進を求める見方です。不平不満ばかりをいうのではなく、逆境を乗り越え、新しい国のあり方を模索している世代が台頭しはじめたのはよい兆候です。 ところが残念なことに、若い世代になればなるほど、再びこの精神は失われていきます。戦争を経験せず、国内の新聞やテレビにしか触れていない20代や30代の若者からすれば、世界が韓国中心に動いているかのような錯覚に陥るのは無理もないことです。彼らが日本を韓国と同列に見なし、根拠のない愛国心を抱くようになるのは韓国にとってプラスではありません。だからこそ私は、日本に対するコンプレックスを認め、それを自ら乗り越えようとする世代に期待しているのです。「二枚舌外交」はいつまで続くか「二枚舌外交」はいつまで続くか――ご専門である外交戦略についてお聞きします。2016年1月6日、北朝鮮が4回目の地下核実験(北朝鮮は水爆実験と主張)を強行しました。また、南シナ海の領有権問題をめぐり中国が強硬な姿勢を緩める気配は見えず、アジアの海洋権益をめぐる紛争・対立は激しさを増しています。 緊張度が高まる東アジアの地域安全保障面におけるアメリカの役割はいっそう重要になっていくと思われます。ここ数年、オバマ大統領の日韓の歩み寄りを促す姿勢をどう考えていますか。ユー いまや中国の軍事力は自国でコントロールできないほどにまで肥大化しました。アメリカが最も警戒するのは、海外諸国を自国の都合に合わせようとする中国の覇権に韓国がなびくことです。 昨年10月、ヘーゲル国防長官と韓民求国防相は2015年12月に予定していた在韓米軍の撤退(韓国軍への戦時作戦統制権移譲)を再び延期することを決めました。また、韓国がアメリカとFTA(自由貿易協定)を結んでいる点からも、米韓関係が崩れることは当面考えられません。――中国が南シナ海で人工島を軍事拠点化する横暴に対する韓国の反応はどんなものでしょうか。ユー その点は、韓国政府もけっして一枚岩ではありません。朴槿惠大統領を中心に閣僚の多くは中国に肯定的な姿勢を見せていますが、実務レベルでは納得していない者もいます。昨年11月4日にマレーシアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大国防相会議では、韓民求国防相が「南シナ海では航行の自由が保障されるべきだ」と明言しました。国防相の発言が政府の本音だとわかっていながら、朴大統領は建前上、中国を否定することはできないのです。――なぜ、朴大統領は中国との関係をそこまで重視するのでしょう。ユー 1つには、経済的な理由です。韓国は中国に依存しながら経済活動を維持しています。昨年11月26日の米『フォーブス』誌が発表した「中国依存度が高いランキング」によれば、GDP(国内総生産)に占める対中輸出の割合で韓国は1位の11%でした(台湾を除く)。ちなみに日本はたったの3%、アメリカは1%にも満たないのです。 また昨年10—12月期の韓国の対中貿易額を見ると、初めて日本の対中貿易額を上回り、アメリカに次いで2位に躍り出ました。昨年12月に韓中間のFTAが発効し、両国間の貿易がいっそう拡大すると見込まれれば、今年からは年間ベースでも対中貿易額で日本を上回るのではないでしょうか。このような経済的に相互依存関係にある中国の意向を、韓国は無視することができません。 もう1つの理由は、朴槿惠大統領の個人的な「思い出」です。朴大統領がまだ若いころ、父親である朴正熙元大統領が暗殺されました。そのあと約20年ものあいだ、彼女はKBS(韓国放送公社)の中国語講座を見て中国語を勉強したそうです。――10年以上かけて130編、52万6500字の『史記』を書き綴った前漢の司馬遷のようですね。失意のどん底で、慰めに近い行為だったのでしょう。ユー 朴大統領の過ごした20年というのは、ちょうど鄧小平によって改革開放政策が敷かれ、中国が国際的地位を高めていた時期と重なります。市場経済へと移行し、急成長を遂げた中国の姿を目の当たりにした経験から個人的感情が先立ち、大統領になった瞬間に親中に傾いていったのかもしれません。中韓を強固にしたきっかけをつくった日本――ご著書での第5章で「韓国には、日本に対応するために中国を活用しようと主張する人が多い。……その成果はごく小さいものに留まるだろう」と書かれています。国際舞台における中国の外交力を軽視する主張は、韓国で受け入れられる素地はありますか。ユー 私は、韓国がアメリカと同盟を結びながら、そのアメリカを敵視する中国とも良好な関係を続ける「二枚舌外交」をいつまでも保てるとは思えません。日本に対しても同様で、国内経済が芳しくないなか、親中か親日かを議論するより、国益ベースで日本と中国との関係を再考するべきでしょう。青息吐息の中国経済を尻目に最近では徐々にマスコミの論調も変わりつつあります。 また、意外にも思われることかもしれませんが、そもそも中韓関係を強固にしたきっかけを提供したのは日本です。1894年に日清戦争が起こる前まで、中国と韓国の関係は最悪でした。 朝鮮に住む金持ちの中国人による朝鮮人女性の人身売買も少なくなかった。 朝鮮には、日本でいう夏目漱石のような近代文学家に金東仁という歴史小説家がいました。彼の有名な小説『甘藷』には、無所不為の力をもつ王書房という中国人が登場します。王は朝鮮人の娘・福女を買い取り、性の道具にして最後には殺してしまいます。これだけ残酷な小説を書いても何の責任も刑罰も科せられません。当時の朝鮮では、中国人はいわゆるアンタッチャブル、治外法権が適用されていたのです。中国人による恥辱に対して朝鮮人は何もいえず、憎しみを抱きながらひたすら耐えるしかなかった。ところが、朝鮮が日本の統治下になり、日本への批判が広まると、中国に対する憎しみがだんだん薄れてきます。いまの韓国は、「敵の敵は味方」の論理で中国にすり寄っているだけなのです。会談前に握手を交わす韓国の朴槿恵大統領(左)と中国の習近平国家主席=3月31日、ワシントン(聯合=共同)――日本が中国の身代わりの盾になった、ということですね。ユー 一方で、反中感情が払拭されずに深く刻まれてしまった国が北朝鮮です。いま世界で中国を最も嫌っている国は、北朝鮮ではないでしょうか。 現在、中国と北朝鮮は同盟関係にありますが、信頼に値する関係性ではありません。同盟とは一種のコミットメント(公約)です。有事の際は、互いの信頼に基づいて対応するものでなくてはなりません。しかしある中国の関係筋によると、仮に北朝鮮で有事があっても、中国は本気で介入するかわからない、といいます。朝鮮戦争時に中国の人民志願軍100万が参戦した歴史はあるけれど、情勢が異なれば話は違います。 同様の理屈で「韓国がアメリカと経済的な同盟を結んでも、危機的状況の際に信頼できるパートナーになるとは限らない」という韓国の知識人も少なくないのです。韓国では世代交代が進んでいない韓国では世代交代が進んでいない――日本のシーレーン(海上輸送路)上にある尖閣諸島の領有権問題に関して、韓国はどういった立場なのでしょうか。ユー たんなる日中間の火種としてしか見ていません。韓国人は政治問題を、個人の政治家に対して抱く感情とごちゃ混ぜにして論じる傾向があります。「尖閣諸島は日本の領土だ」と主張する日本政府は、尖閣諸島の買い上げを表明した石原慎太郎氏と同一視されています。――韓国人にとって石原さんは、日本の極右、「韓国の敵」なんですね。ユー 本来、韓国にとって尖閣諸島の領有権問題は対岸の火事ではないのです。たとえば、これから韓国と中国のあいだで火種となりうるのが「離於島(中国名・蘇岩礁)」の領有権問題です。離於島は、韓国で「伝説の島」と称される東シナ海の暗礁です。海中に没し、厳密には島ではないため、中国と韓国の双方が「領土」とはせず、これまで大きな波風は立ちませんでした。しかし尖閣問題の余波で中国がにわかに管轄権を強調したことが引き金となり、韓国世論が中国の「海洋覇権」に警戒感を露わにしはじめました。 離於島は、中韓の排他的経済水域(EEZ)が重なる海域にあたります。韓国は中国に対し1996年以来、EEZの画定交渉をしてきましたが、交渉はまとまらず、この暗礁がどちらのEEZ内にあるかは未確定です。 これまでは朴大統領が中国に斟酌して領有権を主張しませんでした。しかし、次の政権も含めて長期的に韓国が頭を悩ます問題に発展する可能性を孕んでいます。――領有権といえば竹島の問題もありますが、日韓の協力体制が進まないのはやはり歴史問題が大きな障害ですか。ユー はい。そして、互いに引くに引けない状態が続く歴史問題や領土問題に終着点はありません。そこで、現実的な打開策を見出すための前提となるのが政治家の世代交代です。 1960年代から2000年代まで、日本の政治や経済を牽引していたのは団塊世代の人たちでした。世界的に見ても、一世代がこれだけ長い期間イニシアティブを取り続けた例はありません。そして団塊世代は、韓国との良好な関係を重視する世代だったと思います。 しかしいまや時代は変わり、日本の政治の中心は安倍首相と同年代のポスト団塊世代に移行しました。安倍首相は前政権までの外交姿勢にきっぱりと区切りをつけました。これほど大胆な舵切りは、1987年の民主化を担った386世代を政権の中枢に引き入れた盧武鉉元大統領でもなしえなかったことです。 本来、この段階で国と国との関係性もリセットするべきなのですが、残念なことに韓国では世代交代が進んでいません。交渉テーブルに座る者の歴史観や時代感覚が異なれば、いわば大人と子どもの話し合いに終始してしまう。これでは交渉どころではありません。今後、政治交渉における世代間ギャップの軋みはより顕著になるでしょう。 やはり勝負は朴槿惠大統領の次の政権です。韓国の政治家の世代交代が完了して初めて、新しい世代間での建設的な交渉が実現すると思います。フォロワーシップか、リーダーシップか――政治家の問題のほかに、日本と韓国の関係が改善するための打開策はあるでしょうか。ユー ポイントとなるのが、経済的な連携や人的交流です。外交問題で日韓がどんなに激しいつばぜり合いを行なったとしても、経済的に見た関係は別です。実際の経済的な影響はそれほど大きくありません。それは、ある意味で両国が成熟した関係を築けている証拠ともいえます。 一方、中国の場合はそうはいきません。2012年、日本政府による尖閣諸島の国有化に反対し、日系企業の工場や店舗の放火・破壊が頻発しました。中国国内で反日デモが起きたら、日本人はまともに町中を歩くことはできません。 他方で、韓国人は日本大使館前で抗議することはあっても、さすがに日系企業に危害を加えることはありません。これは決定的な違いです。――なるほど。先ほどおっしゃった政治家の世代交代を考えるうえではリーダーの役割も重要になります。日本と韓国の政治リーダーの特徴に決定的な違いはありますか。韓国国会で演説する朴槿恵大統領(下)=6月13日、ソウル(共同)ユー 両国の国会の様子を見比べてみると、一目瞭然です。日本は国会質疑のとき、閣僚が総理大臣の横に並んで座りますが、韓国では大統領が前に出て、ほかの議員は後ろに下がって座る。これはフォロワーシップとリーダーシップのどちらを重視するかの違いです。 日本の政治は、フォロワーシップを重んじる傾向にあります。日本のニュース番組でも、アンカーが「こんばんは」と挨拶をすると、一呼吸置いてほかの出演者が揃ってお辞儀をします。これは日本でしか見られない光景です。フォロワーシップ型の政治の欠点は、何か問題が生じたときに責任の所在が曖昧になってしまうことです。 一方、韓国の大統領に求められるのは何といってもリーダーシップです。韓国では政治家を志す者なら誰もが大統領になりたがる。異分子をまとめあげて、一緒にやり遂げようとする協調性が欠けているのはこのためです。 フォロワーシップ型のリーダーが多い日本から見れば、韓国は自己主張型リーダーが多い印象を受けるし、リーダーシップを重視する韓国は、なかなか決断しない日本のリーダーにやきもきしてしまう。さらにフォロワーシップ型の政治に付きまとう日本特有の「空気」が、韓国人の理解をより難しくしています。――朴槿惠大統領はこれまでに政権批判者宅の押収捜査をしたり、『産経新聞』の前ソウル支局長の加藤達也氏を名誉毀損罪で在宅起訴するなど極端な政治姿勢を貫いています。これも韓国のリーダーシップの特徴でしょうか。ユー それは彼女の生い立ちに由来しているのではないでしょうか。両親ともに暗殺された政治家は世界でも稀有です。疑心暗鬼になるあまり、世の中に対する見方がどこか普通ではないような気がします。貧困問題を解決する日本の“100円コンビニ”貧困問題を解決する日本の“100円コンビニ”――ところで、最近の韓国では失業が問題になっています。貧困による高い自殺死亡率は日韓共通の課題ですが、日本は高齢者や失業者に対して手厚く社会保障を敷いています。一方、韓国が何か効果的な対策を施しているという話はあまり聞きません。ユー そのとおりです。団塊世代が間もなく70歳に到達する世界一の長寿国・日本は、すでに高齢者中心の社会システムを構築しはじめています。一方で、韓国は高齢者が多数を占める社会システムが存在しません。少子高齢化が進み、社会保障も乏しい韓国に、課題先進国・日本の経験値が活かされるはずです。 先日、南千住(東京都荒川区)を歩いていて、弁当から生活用品まであらゆる商品を100円で販売するコンビニエンスストアを見つけました。韓国だと最低でも300〜400円払わないと買えない商品も売っていました。店員さんに話を訊くと、お客さんの8割を高齢者が占めていて、1人暮らしの方も多いようです。1日1000円でも生きていける日本の生活防衛インフラを、韓国も見習わなくてはいけない。 韓国に限らず、日本の“100円コンビニ”は世界の貧困問題を解決するグローバルモデルになりえますよ。――「日本はデフレを輸出している」と非難されるかもしれませんが(笑)。ユー ほかにも、ユニクロを代表とするファストファッション専門店や、リーズナブルな家具用品を扱うニトリが日本の各地にあります。衣食住において高齢者への対応策がこれほど万全な国はありません。全世界が高齢社会になっても生き残れる国は日本でしょう。 ユニクロといえば、銀座店でアルバイトリーダーが中国人に接客の仕方を丁寧に説明している様子を見かけました。韓国ではまだこうした姿は見かけません。日本人の優しさや思いやりは、労働力不足が懸念される将来、外国人労働者を受け入れざるをえなくなった際にも大きな武器になると思います。 日本と韓国の理想的な関係の1つのあり方として、ある問題についてどちらかの国が先に経験していれば、互いに対処法を転用できる点が挙げられます。日本がアジアで最初に対応し西欧諸国に適応して先進国になった経験があったからこそ、韓国はそのノウハウを活用して経済成長を遂げることができた。その意味でも、韓国が超高齢化社会を解決するには、日本を参考にすべきなのです。――これから世界で起こりうる社会問題を解決する万能なシステムを有し、世界に発信できる力こそ、真のソフトパワーなのかもしれません。日本人はその責務があることを自覚しなくては。ユー 難題を前に手をこまねいていても何も解決しません。双方が悪口を言い合うだけでは歴史問題が解決に向かわないのと同じで、お互いに学ぶ姿勢が重要です。――2018年には韓国・平昌で冬季オリンピックが、20年には東京で夏季オリンピックが開催されます。アジアでの開催が続くオリンピックを機に、日韓の連携・協力は実現するでしょうか。ユー オリンピックは地球最大のソフトパワーの祭典です。政治上の建前で批判される可能性は否めませんが、日韓で協力できる点はたくさんあります。先に冬季五輪を開催する韓国が意固地にならず、日本に協力を求めれば、けっして実現不可能な話ではないでしょう。 ソフト面でのコンテンツを日韓の橋渡しにするという意味では、両国からメンバーを選出してAKB48のようなアイドルグループを結成するのも1つの手です。互いの国を行き来してライブを行なえば、ファンも現地に足を運びます。両国のリスペクトできる部分も肌感覚で伝わってくるはずです。このようにして、次の世代を担う若い世代から感情的な憎しみ合いが徐々に薄れるといいですね。 過去ではなく現在から、外側からではなく内側から互いのよい面を探り合うことで、過去の歴史問題を解決する糸口がおのずと見つかるのではないでしょうか。いまや、両国の政治家がリスクを背負ってまで取り組むだけのテーマはじつはほとんど残っていない。最後のレガシーが慰安婦問題です。もし歴史問題が解決すれば、日本と韓国は建前なしのトランスペアレント(透明)な関係になれるでしょう。関連記事■ クリスマスと慰安婦の話■ 呉善花 「反日韓国」の苦悩 ■ 「東郷文彦と若泉敬」の時代

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    紛争はひたすら回避 外交無策の外務省が国を亡ぼす

    著者 長尾勝男 近年、米国内では中国系を中心とする「世界抗日戦争史実維護連合会」が連邦・地方議会をはじめ首都ワシントンなどを舞台に、日本の戦時行動を糾弾し訴訟や宣伝工作を展開しており、慰安婦や南京虐殺にとどまらず、尖閣諸島や竹島領有まで日本たたきが行われている。にもかかわらず、火消し役であるはずの外務省は無策のまま、やられっぱなしの現状である。 なぜなのだろうと思うのは私一人ではあるまい。今まで公表されている書籍や各種メディアを通して得た情報をもとに、その理由について考えるとともに想起される状況について述べることとしたい。紛争回避が我が国外交のスタンス 2010年9月に起こった魚釣島近海で違法操業の中国漁船が我が国巡視船に体当たりした事件は、中国の加害漁船船長を無罪放免にし、犯行現場を撮影した映像を非公開としたことで明らかなように、できる限り波風を立てず、事を穏便に済ませようとしたのがうかがえる。 これらは政府、とりわけ外務省の意向を汲んだ措置である。背景には自国船長の逮捕を知った中国政府による日本向けレアアースの禁輸制裁、日本企業社員をスパイ容疑ででっち上げ逮捕拘留するなどの報復、我が国国民の反中感情が沸騰するのを恐れたことなどによるのは明らかである。 これには過去に幾つかの先例がある。1970年3月に起こった赤軍派によるよど号ハイジャック事件の際には、犯人グループの言うがまま北朝鮮に亡命させた。人質をとり日本政府を脅した、いわゆるテロであったが、極度に人命をおもんぱかったため、やすやすと相手の脅しに乗ったのである。身柄を拘束され、強制退去のため、成田空港に姿を見せた金正男=2001年05月04日 2002年5月、中国の瀋陽事件では、日本領事館に助けを求めてきた脱北者を現地外交官が見殺しにし、中国の官憲に領事館内への侵入を許したあげく逮捕させた。2001年5月の金日正の長男、正男の密入国事件では、成田空港の入国管理局が拘束したものの小泉首相・田中真紀子外相の強い意向で国外退去処分として全日空機を用意しわざわざ北京まで送った。 また「朝鮮王室儀軌」は、韓国の要求にこたえ、返す必要がないのに言われるまま返還、一方で対馬の寺院から盗まれた仏像(銅像観世音菩薩坐像)は、いまだ韓国が日本から略奪されたものだと主張し返還を渋っている。 これらのことを思い起こせば、問題が起きたとき相手を極力刺激しないように配慮するあまり相手の圧力に屈し、予見される紛争をひたすら回避することが外交の基本的スタンスであるとうかがい知ることができる。省内に巣食う反日分子の存在省内に巣食う反日分子の存在 歴史非難に関して、慰安婦問題および世界遺産問題を事例にみると、現在50人の日本の学者たちが'慰安婦'問題に関し、マグロウヒル社および米国学会に抗議を行っているにもかかわらず、外務省は外交手段を用いようともしない。 中国による南京大虐殺文書の記憶遺産登録で問題化したユネスコ審査部は、日本人の審査員を小人数しか置かず、3月7日に国連女子差別撤廃委員会が出した「最終見解」には、慰安婦問題について極めて不当な見解が出されている。その原案には、「皇室典範」の「男系の皇位継承」が女子差別にあたり、改正を求める趣旨の記述まであった。 同委員会委員長の林陽子氏を国連に推薦したのは、ほかならぬ外務省である。1996年、性奴隷と認定したクラスワミ報告書に対し明快な反論文を作成しながら、なぜか別文書にすり替えた件などを考え合わせると、省内に我が国をおとしめようとする勢力が存在するのは明らかである。 平成19年、アジア女性基金解散後、外務省独自にフォローアップ事業と称して毎年度、韓国の元慰安婦と称する人々に1500万円の予算を付け生活必需品を支給したり、中国緑化運動に支援金90億円を計上したりするのは、相手国側に忠節を尽くす意図の表れにほかならない。明らかに君側の奸が存在することの証しである。無責任な体質の継承 1941年12月8日、日本時間の午前8時までに行うべき最後通告が、在米日本大使館員の不手際で間に合わなかった結果、日本は米国に対してだまし討ちをしたことになった。 このことに対し外務省の直接の担当者及びその上司が責任をとったという話を聞いたことがない。在米一等書記官の奥村勝蔵は開戦前日の最後通告解読文をタイプに打ち込む担当であり、最後通告の手交遅延の直接責任者であった。当日遊びに出て大使館を留守にした。その彼が戦後マッカーサーと天皇の通訳を長らく務め、講和条約発効後は外務省の外務次官になっている。 井口貞夫・在米参事官は真珠湾攻撃の前日、本省からあらかじめ万端の準備指示があったにもかかわらず、緊急態勢を敷かなかった。その後彼は1951(昭和26)年、サンフランシスコ講和条約締結時外務次官として列席した。結局、外務省は真珠湾だまし討ちの謝罪を公には全くしていないのである。なぜなら自分たちの責任に及ぶからである。 真珠湾50周年に際し、時の外相、渡辺美智雄がワシントンポストに「旧日本軍の無謀な判断で始まった」と述べており、悪いのは軍部で外務省に責任はないと言っているのである。 2年前の2014年7月、北朝鮮とのストックホルム合意に基づき制裁の一部を解除したその後拉致被害者に関する進展はなく交渉に当たった責任者(伊原純一アジア大洋州局長)は何らおとがめなしであるところを見れば、省内に延々と受け継がれていることが分かるのである。つまり、結果に対し責任をとらないでよいことになっていると考えざるを得ない。札束外交の虚しい影響力札束外交の虚しい影響力 昨年11月マレーシアで行われたASEAN国防相拡大会議では、南シナ海問題で意見の一致が見られず共同宣言が見送られた。背景にあるのは中国のASEANに対する経済的、軍事的圧力であり、中国の了解なしには何も決められない実態が明らかである。 安倍首相は福島県いわき市で開催された「太平洋・島サミット」で、パラオなど南太平洋の島しょ国に今後3年間で550億円以上の財政支援を表明した。首相は、「力による威嚇や力の行使とは無縁の太平洋市民社会の秩序」の構築を呼びかけ、名指しは避けたが、中国を牽制した。要するに、島しょ国が“中国寄り”にならないように、カネを渡して日本シンパにしようということだった。「太平洋・島サミット」の首脳会議に臨む、太平洋島しょ国14カ国の首脳ら=2015年5月23日、福島県いわき市 これは、当初から外務省がお得意のODAや各種支援金と軌を一にしたやり方である。なんと、この2年半で、アフリカ支援に3兆円、バングラデシュ支援に6000億円と、ODAや円借款を積み上げると26兆円に上る。支援がすべてムダとは思わないが、いったい、どれほどの成果があったのか。だから手の内を読まれ、足元を見透かされている。外国にとっては、格好のカネづるになりかねない。資金援助してもらえる国はニコニコして、表面上は日本をチヤホヤしてくれるだろうがそれだけのこと。支援が途切れたらソッポを向かれるのは明らかである。亡国への道筋を避けるには はっきり言えば、外務省がやろうしている外交が全く機能しないから、バラマキや軍事的抑止力に頼らざるを得なくなってしまうのである。仮にこのままの外交姿勢を続けていくと、徐々に国家主権を奪われ、いずれ日本は詰んでしまうことになる。 既に首相の靖国参拝参拝がはばかられる事態をはじめ、国連人権理事会や差別撤廃委員会による人種差別撤廃(ヘイトスピーチ)の法的規制や皇室範典の違法性、竹島など主権侵害の進行がそれを物語っている。手を替え品を替えて国民の手足が縛られていくのを、亡国と言わずして何と表すればよいのであろうか。 クラウゼヴィッツの言を待つまでもなく、戦争とは意思を敵国に強要するための暴力行為である。あくまで暴力行為は手段であり、目的は意思の強要である。意思の強要さえできれば、暴力行為は必ずしも必要ではない。外交が血を流さない戦争といわれるゆえんである。外交官はじめ外務省職員がこのような自覚を持たない限り、日本は亡国への坂を下り続けるに違いない。 国際社会は指摘されたことを"素直に認めて謝罪すれば、それで相手は矛を収め、真の和解につながるというほど甘くはない。逆に日本が受け入れられないと拒否する姿勢を示したことで、国連が微妙にスタンスを変更した例が、それを証明している。  例えばクラマスワミ報告に対して、ラディカ・クラマスワミの出身国であるスリランカを、今後、ODAを一切提供しないと恫喝すれば多分採択されなかった可能性が大きい。"良い、悪い"ではなく、国際社会とはそうした力学によって動いているのである。 北朝鮮政策では対話と圧力といわれる。対話については幾度となく行われているが、相手が音を上げるまで圧力をかけたことは一度も聞いたことがない。かけすぎると暴発の恐れがあるとの脅し文句が必ず浮上する。それではいつまでたっても拉致被害者は帰っては来ない。相手の反撃を恐れて手をこまねいていては問題は一向に解決はしないのである。 ただし、ここで忘れてはならないことは、国連詣でを繰り返し、職員を焚き付け、日本をおとしめる勧告を採択させているのは、日本人だということである。何しろ、真の敵は反日日本人なのである。外交の健全化にはまず、このような反日分子及び圧力団体を一掃することが先決である。(海自OB)

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    日本との競合とナショナリズムの暴走で観光客を失った韓国

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) 韓国政府が日本人観光客230万人の誘致に向けてのイベントをはじめるといいます。昨年、日本は訪日外国人観光客が47.1%増とさらに伸びたのですが、韓国はそれとは対照的に、外国人観光客が6.8%減となり、7年ぶりに日本に逆転されてしまったのです。事態の打開をはかりたいということでしょう。昨年、日本から韓国を訪問した観光客が184万人なのでかなり高い目標です。 もちろん、昨年はMERS(中東呼吸器症候群)の流行で大きな打撃を受けたこともありますが、では海外からの観光客がすんなり戻ってくるかというとかなり疑問です。 ひとつの理由は、日本と競合関係になってきたことです。 これまでは、日本は円高もあって観光先としての注目度があまり高くなかったのですが、円安とビザ緩和によって、それが一変しました。そうなると、旅行先の体験の魅力度や満足度で、観光客の吸引力で差がついてきます。 ところが、訪韓数でもっとも多い中国人観光客の満足度がいまひとつのようです。 韓国観光文化研究院のデータによると、2010~2013年の中国人観光客の満足度は、調査した16カ国中14位、「また来たい」と答えた割合も14位だったと報じられています。韓国メディア、「割引と韓流以外にあと何が?」と自国の観光業に警鐘=中国人観光客の満足度の低さに危機感:レコードチャイナ どうも、安いツアーを売りにしているために、コストの安いレストランを使うことが満足度を下げているようです。韓国の飲食、外国人観光客から「C」の低評価、日本人が満足し中国人が不満な理由とは? また、一昨年のセウォル号事故、昨年の高速鉄道のトラブル、また大韓航空のナッツ姫問題などで社会の未熟さを印象づける出来事が相次いで起こったこと、また経済成長に急ブレーキがかかり、国としての活気を失ったことも韓国の魅力を大きく低下させているのだと思います。 そして、昨年訪韓した日本人観光客がなんと19.4%減と、日本からの観光客が激減してしまいました。韓流ブームがピークアウトしたこともあるのでしょうが、あれだけまるで国中がカルトにはまったようにメディアが煽り、慰安婦問題で反日キャンペーンを繰り返したのですから、韓国とは関わりたくないという心情になった人が増えたのも当然です。自業自得というか排外主義に走ってしまったツケといわざるをえません。 感情に任せ、怒りをぶつける。怒りの感情を煽って、高揚感にひたるうちに、韓国社会全体が、まるで反日カルト、慰安婦カルトに陥ってしまったように見えます。その代償として日韓の国民感情の間に自ら溝を深めてしまったのです。以前指摘しましたが、韓国は朝鮮戦争やベトナム戦争当時の慰安婦問題や集団レイプ問題などの時限爆弾を抱えているので、慰安婦問題を言えば言うほどリスクを背負います。 慰安婦問題では、日韓政府が合意したものの、いったん洗脳を受けたひとびとが冷静にものごとを判断できるようになるには時間を要するのではないでしょうか。学術書「帝国の慰安婦」の朴裕河(パク・ユハ)世宗大教授が在宅起訴され、給料が差し押さえられるというのが現実です。【「帝国の慰安婦」問題】著者の朴教授、給料が差し押さえられる 「全く予想していなかった」 - 産経ニュース 韓国は時代の節目にさしかかったのだと思います。経済も、日本が数十年前に迎えた高度成長期の終焉にようやくさしかかったばかりです。これから成熟した国への道を歩むのでしょうが、社会や文化の成熟は、追いつけ追い越せのハングリー精神で実現できるものではありません。 日本からの訪韓観光客を取り戻そうと、韓国政府が高い目標をかかげてキャンペーンを行うことを通して、これまで韓国が行ってきたことが、いかに自らの国家を辱めてきたか、また負の遺産として残ったかという現実に気づけば、また韓国にも違った対日外交の道が見えてくるのではないでしょうか。(「大西宏のマーケティング・エッセンス」より2016年2月17日分を転載)