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    問われる「保守」のカタチ

    古谷経衡(著述家) 16日に投開票された沖縄県知事選は、普天間飛行場の辺野古への移設に反対する翁長雄志氏(前那覇市長)と容認派の仲井真弘多氏(現職)の接戦とみられたが、蓋を開けてみれば翁長氏が約36万票、仲井真氏が約26万票と10万票という大差で翁長氏が勝利した。 この事実は、普天間移設の是非で拮抗しているとみられた沖縄世論が、移設反対に大きく傾いていることを意味するものだ。 選挙前、「ネット上で右派的、国粋主義的な言動を行う人々」=通称「ネット右翼(ネット保守とも)」界隈では、基地移設容認を掲げる仲井真氏への支持が圧倒的に強いという状況であった。 彼らは、沖縄における反基地運動や集会を「反日左翼の仕業である」として、強い呪詛の対象として捉えている。加えて沖縄の米軍を「日本を護る存在」として捉え、在沖の米兵を悪者のように言うのは、「反日だ」と罵っていた。 加えて、米兵による犯罪に対する捉え方も様々である。1995年に起こった米兵3名による「沖縄少女暴行事件」では、加害者の米兵ではなく、被害者の少女の側の素行に問題があった、とする意見も、ネット上では盛んに喧伝されている。 在沖の米軍は日本を護る存在であり、米軍基地は日本に無くてはならない存在。それに対し反対するのは「反日」―。「ネット右翼」の在沖米軍と反基地勢力に対する評価は概ねこのようなものに終始している。 「ネット右翼」がこのように、時として過激な「反基地」「反米軍」への敵意を剥き出しにするのはなぜなのだろうか。「保守」と「ネット右翼」の違い 私は、「保守」と「ネット右翼」を区別して定義している。 まず「保守」とは、戦後日本の中で、全国紙「産経新聞」と、論壇誌「正論」を中心として(所謂「正論路線」)伝統的に自民党清和会(福田派)のタカ派的国家観を支持する人々の事を指す。言わずもがな、この「正論路線」のイデオロギー的骨子は「反共」と「親米」である。 これに対して「ネット右翼」は、こうした「保守」の自民党的出自とは違う、全く別の場所=インターネット空間から発生したクラスタである。特にゼロ年代の初頭、2002年の日韓ワールドカップ前後(反大メディア、嫌韓国)からその傾向が顕著となったものだ。 このように「保守」と「ネット右翼」はその出自からして全く異なっているにも関わらず、両者の主張は似通っている。なぜかといえば、現在「ネット右翼」の主張や見解は、「保守」の理屈にその多くが寄生しているからである。 これは例えば、「保守」の論客が「中国脅威論」を唱えれば、ネット右翼が「支那人けしからん」、「日米同盟強化」を唱えれば「米軍基地に反対する人間は全員反日」という理屈になってネット空間に排出されている。 前出した「ネット右翼」の在沖米軍に対する捉え方の多くは、保守のいう「米軍抑止力理論」に依拠している。ところが保守側は、「支那人がけしからん」「全部反日だ」などという過激で無思慮な物言いまではしていない。「米軍抑止力理論」には軍事的な裏付けがあるが、その部分はすっ飛ばして「沖縄が中国に占領される」などという突拍子のないタイトルのシュミュレーションのみが、なにか重大な根拠のようにネット空間を飛び回り、「反翁長」の潮流に結びついていた。 なぜ「コピー」ではなく「寄生」なのか。それは、実のところ「ネット右翼」の言説というのは、「保守」と目される人々が出版したり寄稿したりする本や雑誌の詳細を読むこと無く、そのヘッドライン(見出し)のみを観て自説に採用しているからである。「コピー」は原文を引用する場合があるが、「ネット右翼」はそもそも原文を読まず、「保守」の言う理屈のヘッドラインと目次だけを見ている。 だから本当は「中国脅威論」にも軍事的な分析や薀蓄が含まれているし、実際のチャイナ・ウォッチャー達の見識が縷縷含まれているのだが、そうした部分を一切無視してタイトルだけを拝借して「支那人けしからん」というふうになる。 まこと「保守」から発信される情報の、そのヘッドラインにだけに寄生する「ネット右翼」のこうした行為を、私は「ヘッドライン寄生(見出し寄生)」と名づけている。 「ネット右翼」は体系化された「保守」の理屈にそのまま寄生し、ヘッドラインだけをみて表現を過激に加工することで自身の理屈に採用しているきらいがある。 つまりネット上で盛んに米軍を擁護し、それに反目する人々を「反日」と呪詛する動きが見られるのは、「ネット右翼」が寄生している宿主である「保守」が、「親米」だからに他ならない。そしてその「親米保守」の言う、ヘッドラインのみに寄生して、粗悪な「反日」の言説がひとり歩きしているという情勢だ。問われる「保守」のカタチ ネット上には、「翁長氏が沖縄知事になれば、沖縄が中国の属国に成る」などといった俗説が百花繚乱である。翁長氏が知事になることが確定した今、「沖縄が中国の属国になる」が本当かどうかは厳密には分からないが、ネット上にある「中国の工作員が沖縄に忍び込んで、沖縄が人民解放軍に占領される」などという意見は突拍子もないシュミュレーションの一種であることは明らかだ。 たしかに、中国の軍事費は毎年二桁の増加をみせており、不透明な部分も多く指摘されている。中国人民解放軍は特に空軍力と海軍力の近代化を急いでおり、現代戦に不可欠な無人機の開発も怠っていない。国産の航空母艦4隻建造の観測もある。 南沙諸島、西沙諸島での中国軍とベトナム、フィリピンなどとの緊張と衝突は現実問題として起こっている。いまや世界第二位の経済大国になった中国に対し「中国脅威論」が展開されるのは無理からぬところだ。 その抑止力として、沖縄に米軍を存置させるのが、日本の安保政策にとって必要不可欠だ、という理屈は非常にわかる。しかし一方で、反基地運動を展開し、米軍に嫌悪感を示す人々を「反日、中国の手先」と決めつけるのは如何なものだろうか。 翁長雄志氏は、選挙戦の演説の中で「私は保守の政治家である」といった。本土の保守派が聞けば、「辺野古移設反対で日米同盟に亀裂がはいるというのに、何が保守だ!」と怒る人が大勢いる。しかし、その理屈はあくまで「親米保守」の理屈であり、多分翁長氏が言う「保守」の姿とは違っているのだろう。 一般的に「保守」とは、「伝統や文化を守り、育てていく姿勢」と理解されている。沖縄から基地をなくし、沖縄が先祖から受け継いだ伝統的な土地を回復する、という主張は、おそらく沖縄にとっては「最も保守的」で「ナショナリスト」的な立ち位置なのかもしれない。 沖縄戦末期の折、大田実中将は東京に向けた「沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」とする決別電文を打電したことは余りにも有名である。 沖縄戦では、軍10万、民間人10万余の、軍民20万人が死んだ。 沖縄を本土決戦の時間稼ぎとする、という大本営の作戦計画の是非はともかく、沖縄と日本を護るために戦った20万の人々は、戦後の沖縄に「旧敵国」であった米軍の軍事基地を常設化することなのだろうか。 死者の気持ちを忖度するわけではないが、私は違うと思う。沖縄に対する「後世特別ノ御高配」とは、米兵に「銃剣とブルドーザー」で接収された沖縄の先祖からの土地を回復し、沖縄の古来からの伝統と文化を守る強い「保守的立場」ではないのか。 或いは、米軍基地の代わりに、強力な日本の軍隊を常駐させることも、重要な「後世特別ノ御高配」の一つであることは間違いないだろう。 そういった意味では、翁長氏への支持に、革新勢力だけではなく自民党の一部が分裂して、沖縄の保守勢力までもが翁長氏を支援した事実を、本土の保守は深刻に受け止めなければならない。 本土の「親米保守」にとっての「保守」とは日米同盟の維持と強化かもしれない。しかし、沖縄の「保守」とは、米軍基地の撤去と先祖から受け継いだ土地の回復だろう。この、沖縄と本土の「保守観」の違いが、いつも話をこじらせている。 本土の「親米保守」の理屈に寄生しているに過ぎない「ネット右翼」の無思慮な物言いが、時として沖縄の人々を傷つけていると感じる。或いは「ネット右翼」の上流に位置する保守が、例え体系的な理屈であっても、沖縄の「反基地・反米軍というナショナリズム」に対し、時として軽んじる発言を行うこともまた、沖縄県民の感情を傷つける場合があると感じる。 今回の沖縄県知事選挙は、辺野古移設を問うたもの以上に、「保守とはなにか」、という根源的な問いかけを行っている。沖縄にとっての「保守」とはなにか。沖縄にとっての「愛国心」とは。「保守のカタチ」がいま、沖縄から問われようとしている。*この原稿は”ポリタス「沖縄県知事選2014」から考える”へ寄稿した拙稿を元に、大幅に改変して加筆したものです。 

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    米海兵隊と自衛隊はともに戦う

    ケイリブ・イームス(米海兵隊大尉)[取材・構成]タカ大丸(ポリグロット〔多言語話者〕) 私が操縦するオスプレイは、大きく揺れつつ名もなき沖縄中部の野球場に降り立った――。 といっても、これはシミュレーターの話である。 7月下旬、私タカ大丸と担当編集者の野村高文氏は那覇空港に降り立った。私にとっては1月に某テレビ局の通訳として同行して以来2度目の沖縄で、目的地は渦中の普天間基地だ。 「未亡人製造機」という悪評が付きまとう垂直離着陸輸送機オスプレイに、現場の隊員はどんな思いで乗っているのか? 普天間から辺野古の移転は日本と米軍の双方にどのようなメリットとデメリットをもたらすのか? そんな本音を現役海兵隊大尉に直撃する機会に恵まれた。 まず通されたのは、基地内にあるオスプレイのシミュレーターである。現役軍人が訓練用に使うもので、沖縄の地形や建物の高さまで精巧に再現され、操縦に不具合が発生した時の揺れもじつに正確で、操縦席が激しく揺れる。不謹慎を承知でいうが、「究極の男の子のおもちゃ」である。実際にこの訓練では、「ヘリコプターとして離着陸し、飛行機として飛ぶ」オスプレイの特性を生かし、「いざというときに球場に着陸する」というシミュレーションや、住宅地にある普天間の性格上自由に行なえない「夜間飛行」の訓練も行なわれる。 その後、普天間のすぐ隣にあるキャンプ・フォスターの総司令部にあるオフィスに通され、イームス大尉のインタビューを開始した。海兵隊は「ならず者集団」ではなく「カエル」  ―― 最初に、あなた自身のことから伺いたいと思います。沖縄に配属される前は、どちらにいらっしゃったのですか? イームス 私は海兵隊に加わって18年目ですが、その間に全世界のさまざまな基地を経験しました。以前はジョージア州の基地に所属していましたが、2010年に沖縄の第31海兵隊遠征部隊(MEU)への赴任命令を受け、現在に至ります。いまでは沖縄が大好きになりました。 ―― 18年前に入隊を志したときには、陸海空軍、そして沿岸警備隊という選択肢もあったはずですが、なぜほかの4つではなく海兵隊を選んだのですか? イームス 私が海兵隊を選んだのは、自分の可能性を限界まで突き詰めてみたかったからです。人生のなかで何か意義があることをやり遂げようと思い、職務に対してもっとも忠実で、軍のなかで一番のエリートとみなされる海兵隊をめざしたのです。 ―― そもそも、海兵隊と海軍を混同している日本人も多いと思いますが、両者の違いを教えていただけますか。 イームス 海軍の役割は軍艦で海兵隊員を運ぶこと、海兵隊はその艦船から出発して海岸線に上陸することを任務としています。ほとんどの場合、海軍は海上に残って海兵隊の沿岸上陸を支援しています。海軍にも一部、上陸に特化した特別な部隊がありますが、あくまで主役は海兵隊です。カエルのように水中からやってきて、陸に上がるのです。私たち海兵隊は、海軍が大好きですよ。われわれの足となり、乗り物を提供してくれますからね。(笑) ―― ノルマンディー上陸作戦のようですね。 イームス いい例ですね。海兵隊は国家の911番(警察に通報する110番のようなもの)であり、有事に際して迅速対応できるように構築されています。この「迅速対応」には、人道支援も含まれます。好例が東日本大震災後の「トモダチ作戦」です。ただし、私たちは長期作戦には向いていません。アフガニスタンではすでに10年以上も作戦に従事していますが、あくまでも例外です。海兵隊は長期間、砂漠地帯に駐屯するようにはできていないのです。 ―― まして、アフガニスタンは山岳地帯ですからね。 イームス そのとおりです。山岳地帯での作戦も可能ですが、あくまで専門は沿岸上陸です。 ―― 日本人のなかには海兵隊を「ならず者の集まり」と誤解している人もいると思います。たとえば映画『ジャーヘッド』(2005年公開)では主人公が「オレには2つの道しか残されていなかった。刑務所か、海兵隊か」という場面があります。実際、海兵隊にはどのような人が入ってくるのでしょうか? イームス 海兵隊にエントリーするには、まず高卒の資格と一定のGPA(平均評定値)が必要です。そのうえで入隊試験に合格するためには、肉体的・精神的な健康さも求められる。海兵隊の入隊基準は年々厳しくなっており、前科・犯罪歴がある場合はその時点で入隊不可です。また、入隊後の昇進にも学士号・修士号が関係してきます。海兵隊は皆さんが思っている以上に「学歴社会」なのです。私にいわせれば、『ジャーヘッド』の主人公はいわゆる「腐ったリンゴ」、出来の悪い海兵隊員ですよ。 ―― 一方で、アメリカの人気作家が書いた『トム・クランシーの海兵隊』(東洋書林)では、海兵隊は肯定的に描かれています。本書では、CNNが海兵隊にとって重要な情報源であるとされているのですが、実際のところはいかがですか? イームス そのとおりです。海兵隊はつねに最新のニュースを注視しており、世界の政治の動きなどに敏感に反応しています。だからこそ、私たちが求めるのはきちんと学業を修め、さらに成長し続けようとする人物なのです。わが子をオスプレイに乗せたことも ―― 今年7月にはMV-22オスプレイが8機、普天間基地に追加配備されました。しかし現在も多くの日本人がオスプレイの安全性に懸念を抱いており、一部では「未亡人製造機」という不名誉なあだ名もあるほどです。これに対してはどうお考えですか? イームス まず、いまの問いのなかには正しくない部分があります。現にここ沖縄には、数百人の会員からなる「オスプレイファンクラブ」があり、フェイスブックにも数千人の支持者が集まっています。彼らは「災害時に迅速に動ける」「以前より多くの支援物資を運べ、長距離を飛行できる」といったオスプレイの利点を理解してくれていると思います。 1つの実例を挙げましょう。普天間基地では毎年6月、敷地内を一般公開するフェアを行なっており、今年は7万人の来場がありました。彼らが真っ先に見たがったものは何か? オスプレイです。ニュースで話題になっているものの実態はどうなのか、興味津々の様子でした。来場者に感想を聞いてみたところ、多くが「最新型のオスプレイは能力が高く、配備されてよかった」といっていました。「まだよくわからないので、いろいろ聞きたい」と、私や現役のパイロットに、安全性やその他の質問を熱心にしていた人もいました。 こうした声がすべての日本人を代表しているかどうかはわかりませんが、私が実際に見聞きした範囲では事実です。われわれもホームページやフェイスブック、ツイッターなどを活用して情報公開に努めており、地元メディアにも「正しい情報」を伝えることを期待しています。 ―― たとえば『琉球新報』や『沖縄タイムス』を「左翼的」と評する向きもあります。これらの地元メディアは信頼に足るものなのでしょうか? イームス 正直にいって、彼らが本来伝えるべきことを伝えていない、と思うことはあります。それでも、私たちは可能なかぎり地元メディアと協調の姿勢を続け、オスプレイの安全性を訴えていきます。パイロットやクルーの大部分は妻子持ちで、私自身、何度もオスプレイに搭乗し、わが子を乗せたこともあります。本当にオスプレイが危険なら、妻はけっして私をオスプレイに乗せないでしょう。私としても、そう簡単に妻を未亡人にするわけにはいきませんよ。(笑) オスプレイは全米のあらゆる場所を飛行し、ワシントンDCやニューヨークなど人口密集地域の上空も飛んでいますが、何の問題もありません。沖縄の皆さんにはいつでも実物をお見せしますので、ぜひご自身で安全かどうかを判断していただきたい。そのために必要な情報もすべて提供します。オスプレイ配備を懸念する声が強いのも、情報が伝わっていない側面があるからだと思いますので。 ―― もう1つ、米軍と沖縄の関係で避けて通れない話があります。ごく一部とはいえ、残念ながら海兵隊の「腐ったリンゴ」が沖縄の女性に暴行被害をもたらし、米軍への反感をもたらしているのも事実です。海兵隊はこの問題をどう考え、対処しているのでしょう? イームス 私たちは、地元のコミュニティーに対して細心の注意を払っています。実際のところ、統計を見ると、海兵隊を含む駐留米軍の犯罪率は地元沖縄の住民の半分以下です。米軍に所属する男女の99・9%は素行に何の問題もなく、私と同じくバーベキューやコミュニティー活動といった普通の近所付き合いをしています。昼夜、街に出てもトラブルを起こしたりしません。 5万人の医師を集めれば、1人くらいはよからぬことをする輩もいるかもしれない。5万人の教師でも同じことがいえるでしょう。海兵隊もしかりです。ただし、私たちは法律を犯した疑いのある者を厳しく追及し、有罪判決が出た場合、軍規に従って処罰します。そして軍隊の刑罰は、日本のそれよりもはるかに重いものです。那覇空港が津波で潰れても、高台の普天間は使える ―― 『正論』(2013年6月号ほか)では、一部の反米活動家がゲート前に居座り、米兵の車に怒鳴り散らしたり蹴りを入れる、道路に寝そべるなどの行動を取っていると報道されていますが、これは本当でしょうか? イームス 私自身も目撃しています。女性兵士が顔に砂を投げつけられ、目に入って負傷したという事件もあります。ただし、そういう活動家はごく少数で、6人から10人程度のものです。どう考えても、彼らが沖縄の大多数を代表する存在とは思えません。私が知る沖縄の地元民は、穏やかで平和的な人たちばかりで、私自身も基地の外で暮らし、近所の人たちとお互いを夕食に招いて友好的な関係を築いています。ありがたいことに、活動家が散らかしたゴミを週末に片付けにきてくれるグループもあるぐらいです。 ―― それは、地元の人たちですか? イームス そう、善意の人たちが毎週末、掃除にきてくれるのです。私が「なぜこんなことをしてくれるのですか」と聞いたところ、「あの活動家連中が地元の代表と思ってほしくない。自分たちの住む土地は、清潔で平和な場所であってほしい」という。それを聞いて、思わず、涙が出そうになりました。私は沖縄の皆さんの良心を信じています。 ―― 私自身は、オスプレイの安全性は心配していません。ただ、普天間飛行場そのものが住宅地に近く、その点では安全性には問題があると思っています。 イームス 普天間は安全な空港です。運用実績も十分にありますし、住宅地に囲まれている空港はほかにもあります。日本でも伊丹空港(大阪国際空港)や福岡空港は住宅地のなかにあり、米国でも、ロナルド・レーガン空港はワシントンDCのダウンタウン(繁華街)のそばにあります。もちろん、騒音などの問題があり「理想的な状況」とはいえないからこそ、米日両政府は普天間を辺野古に移転することで合意したのですが、かといって普天間が危険ということはありません。 もう1つ重要なのは、普天間飛行場は高台にあるということです。那覇空港は海抜0mの地点にあり、津波の際に仙台と同じく使用不能になる恐れがあります。そのとき普天間は理想的な発着位置にあるといえます。 ―― では、仮に辺野古に移転できたとしましょう。海上にヘリポートをつくることによって環境破壊につながることはありませんか? くしくもジャレド・ダイアモンドは『文明崩壊』(草思社文庫)のなかで、環境破壊が文明崩壊の1つの要因だと指摘しています。 イームス 『文明崩壊』は私も大好きな本です。ただ、彼がいう環境破壊は主として50年以上前の乱開発が対象で、現代の空港建設、それも辺野古には当てはまらないと思います。 強調したいのは、辺野古のヘリポートは決して何もない場所につくるのではないということです。既存のキャンプ・シュワブを一部、海上に拡張するというかたちでつくられます。そのため、地元の皆さんは騒音や不安から解放され、私たちもより自由な運用ができるようになる。辺野古移転は双方にとってプラスになる案なのです。 ―― 現時点で、日米同盟の「いまそこにある危機」は尖閣諸島です。現在、海兵隊は尖閣防衛のためにどのような訓練をしているのですか? 万が一、中国に占領された場合にはフォークランド紛争のような奪還のシナリオを用意しているのでしょうか。 イームス それは政府レベルが決めることで、私の口から、具体的な地域の具体的な作戦をお話しすることはできません。ただ、これだけはいえます。Every Marine is ready(海兵隊員は皆、準備が整っている)。われわれは人道支援のみならず、あらゆる種類の紛争に対する準備も行なっています。これまで海兵隊は、上陸作戦で高い実績を挙げてきました。 そこで大きな役割を果たすのがMV-22オスプレイで、老朽化したCH-46(タンデム・ローター式のヘリコプター)に比べ、速度は約2倍、積載量は約3倍、行動半径は約4倍となり、遠距離からの作戦遂行が可能になります。現在、あらゆる想定をもとに上陸作戦の訓練を重ねており、政府からの指令があれば、海兵隊はすぐに出動できます。普段から「準備万端」にしておくのがわれわれの任務なのです。東北で見たのは最悪の災害と日本人の強さだった ―― イームスさんは東日本大震災の「トモダチ作戦」にも参加されたと伺いました。震災発生時、どこで何をしていたのでしょうか? イームス 当時を思い出すと、いまでも胸が詰まります。あのとき私は日本人の強さを再確認し、自らの職務に大きな意義を見出すことができました。3月11日、私はインドネシア・マナドの近海で、津波をはじめとする巨大災害支援の訓練に当たっていました。訓練には、インドネシア、米国、日本、その他のアジア各国が合同で参加していました。 ―― スマトラ島沖地震(2004年)の津波のようなものを想定していたのですか。 イームス ええ、「大津波が起こり、現地に急行する」というシミュレーション訓練でした。ちょうどそのとき、友人から「ニュースを見ろ。地震と津波が日本を襲ったぞ」というEメールを受け取りました。大慌てでニュースサイトを見たのですが、インドネシアの海上はネットの接続環境が極度に悪く、やきもきしたのを覚えています。そのうち被災地の写真が画面に現れ、大きな衝撃を受けました。私も日本に住んでいて、友人もたくさんいる。自宅は海の目の前で、妻と子供は無事なのか……。 ―― だが、あなたは遠いインドネシアにいた。 イームス 隊員全員がその晩、新たな情報を求めてネットやテレビにかじりついていました。やがて、米日両政府が合意し、海兵隊が現地に派遣される可能性が高いことを知りました。私たちは数週間に1度、このような災害支援の大規模訓練を行ない、準備を重ねてきました。被災者は食べ物や水を必要とし、東北が寒いこともよく知っていました。そして、船内には救援に必要な物資がすべて揃っている。たしか震災発生は午後でしたね。 ―― 午後3時前でした。 イームス その夜、私たちがニュースにくぎ付けになっていると、何の発表もないまま突如、軍艦が方向を急転換したのです。瞬間、すべてのテーブルが大きく傾き、上から物が滑り落ちました。「ああ、これから東北に向かうのだ」と悟り、何千人もの乗組員が一斉に歓声をあげました。「行くぞ!」。まさに求められる場所へ、求められる時に向かうことができる、と。あの瞬間は生涯、忘れることはないでしょう。その後、日本に向かっていた他の部隊と合流しました。原発の状況が不透明だったので、いったん日本海側から北海道まで北上し、そこから再び被災地に向けて南進しました。そして宮城県付近の海域に入ったわけですが――。 ―― 真っ先に目に飛び込んできたものは何でしたか? イームス 海岸線から40~50マイル(60~80㎞)離れた地点に、白い箱が浮かんでいるのが見えました。さらに近づくと、冷蔵庫だとわかりました。その周囲には子供用の靴も浮かんでいる……。私は言葉を失い、思わず泣きました。目の前に突きつけられた現実は、もはや私の理解の範疇を超えていました。あれほどの大規模災害に対して、「心の準備」ができる人などどこにいるでしょうか。 2001年に「9・11」テロが発生したときも、私はすぐにニューヨークに向かい、無残に破壊された世界貿易センタービルを目の当たりにしました。そのとき「これは最悪の事件だ」と思いましたが、東北のほうがはるかに悲惨だった。 ―― その後、海兵隊は孤立していた大島(気仙沼市)の救援に当たりますが、あなたが大島に上陸したのは、いつのことでしたか? イームス 第一陣の上陸は3月27日で、私もその一員でした。当時、大島にあった船舶は津波ですべて流され、港湾も流された家屋や瓦礫で溢れており、救援物資を運ぶための船が接近できない状態でした。ライフラインもすべて絶たれたまま、2週間以上が経過していた。そこでまず、東北電力から借りた高圧電力車を揚陸艦で運び、電気を復旧させました。そしてすぐに地元の方々とお会いし、食料や水を提供したのです。 港沿いでは、破壊し尽くされた家屋の前で、1組の老夫婦が呆然と座り込んでいました。私が近付き、「大丈夫ですか。何か助けになれることはありませんか?」と声をかけたところ、小柄で美しい老婦人が立ち上がり、涙を流しながら「ありがとう、ありがとう」と私を抱き締めたのです。そのとき私は、災害の瞬間に被災地にいること、救うべき人の目の前にいることに深い感動を覚えました。あのときのことは、いまでも忘れられません。 ―― その後、大島の人たちとは交流が続いているのでしょうか? イームス 大島の方々とはいまでも家族ぐるみの付き合いをしています。震災後、5回ほど大島を訪れているのですが、妻と子供と一緒に現地のハーフマラソンに参加し、地元の方の家に泊めてもらったこともあります。滞在したのは漁師の一家です。一人息子の男の子と最初に出会ったとき、彼は瓦礫に埋もれた漁の道具を必死で掘り起こしていました。あれから2年が経ち、彼の身長もだいぶ伸びました。わが家にも泊まってもらい、いまもよくフェイスブックなどでやりとりしていますよ。 ―― 海兵隊に関しては、Every Marine is a rifleman(すべての海兵隊員は名射手である)という言葉もあると思いますが、東北には誰一人として銃を持っていかなかったそうですね。 イームス ええ。あなたの言葉は正しいですが、より正確にいえば、Every Marine is readyでしょう。ここでいう“ready” には、人道支援活動も含まれます。沖縄でも瓦礫やゴミの処理、台風後の民家の再建を手伝ったり、孤児の受け入れやホームレスの支援活動も行なっています。また、フィリピンの台風、スマトラの地震、台湾の土砂崩れといった災害時にも、救援のために海兵隊は出動しました。じつは、アジア太平洋地域における海兵隊の任務の大半はこうした人道支援なのです。トモダチ作戦で陸自の「プロの動き」を実感 ―― トモダチ作戦の際に、あなた方は日本の自衛隊と共同作戦をとられたわけですね。自衛隊の能力についてどのような印象を受けましたか? イームス 陸上自衛隊の迅速な対応には強く感銘を受けました。私自身の経験に絞って話すと、彼らはプロとして洗練されており、柔軟な動きができる。東日本大震災が起きる前までは、このような救援作戦は想定されていなかったと聞きますが、それでも彼らは、刻々と変わる現場の状況に対して臨機応変に対応していました。率直にいって、どの国のどの軍隊も、あれほどの規模の災害に対応する準備はできていません。米軍ですら、ハリケーン・カトリーナのときに初動が遅れたとして大きな批判を浴びました。一方で、日本の陸上自衛隊は即座に私たちのところにリエゾン・オフィサー(連絡官)を配置し、協働体制をつくりました。海兵隊が大島に入ってから1週間程度で現地を離れることができたのも、陸自がすべてを引き継ぐ力を備えていたからです。 海兵隊と陸上自衛隊は多くの場面で連携して動いています。いまでは普天間基地に陸自のリエゾン・オフィサーが常駐しており、両者の関係はかつてないほど良好といえるでしょう。つい最近も、日本の自衛隊がアメリカで「ドーン・ブリッツ(dawn blitz)」に参加したのをご存じでしょうか。 ―― 今年6月にカリフォルニア州で行なわれた統合訓練ですね。 イームス そうです。あれを見れば、私たちの強い協力関係は一目瞭然です。両国にとっての最大の強みは、戦時であれ人道支援であれ、有事に際してすでに互いをよく知っているということです。両国の特性や強みを把握しているので、その都度確認する必要がありません。危機を前に、無駄なやりとりを省いて即座に必要な作業に入れる。この違いは大きいですよ。 ―― 自衛隊は海兵隊から何を学ぶべきなのでしょうか? イームス 先に申し上げたとおり、海兵隊の得意任務は上陸作戦です。その点では大いに学ぶべきものがあります。いまの自衛隊は海兵隊をもっていません。素晴らしい陸海空の部隊がありますが、これら3つをつなげる糊のような存在として、われわれ米軍海兵隊を活用してもらえればと思います。具体的には、われわれが最初の上陸作戦を担当し、陸自の長期作戦に引き継ぐ、という体制をつくるべきでしょう。 ―― 一方、海兵隊にない自衛隊の強みとは何でしょうか。 イームス 私は米軍の砲兵部隊の訓練を見たことがあるのですが、発射までの迅速さ、計算の精密さには特筆すべきものがあります。それと同じほど、空自のパイロットの技量は素晴らしい。空自の訓練で急上昇する飛行がありますね。 ―― タッチ・アンド・ゴー(飛行機が着陸して車輪を滑走路に接触させたあと、すぐに離陸する動作)ですか? イームス そうです。あの姿を見て、パイロットではない私にも、彼らに高い技量があり、私たちが多くを学ぶべきということがわかりました。私は現代の戦争映画を見ることはありません ―― あなたはイラクに派遣されたこともあるそうですが、別の機会にお会いした際には「映画『ハート・ロッカー』(2009年公開。イラク戦争が舞台)は描写が不正確だ」とおっしゃっていました。やはり、映画やドラマで描かれる米軍は現場と異なる点が多いのでしょうか。 イームス たとえば『CSI:科学捜査班』という人気ドラマの例を考えてみましょう。犯罪が起きると30分以内に捜査が進み、悪いヤツが見つかって、刑務所に収容される。実際はこんなにスムーズに事が進むはずがありません。同じ意味で、『ハート・ロッカー』も完全なハリウッドのおとぎ話です。ドラマとアクションを詰め込み、退屈な場面は全部カットしている。登場人物は何度も「命を懸けて戦う」といって、危険な場所に飛び込んでいきますが、戦場で命懸けの判断を軽率に行なうわけにはいきません。 私は2度、イラクに派遣されています。1度目はバグダッド近辺で大量破壊兵器の探索に当たり、広範囲を移動して回りました。2度目は地雷除去のため、バグダッド北西部のスンニ・トライアングル(サダム・フセインの支持基盤とされていた)に派遣されました。実際に地雷を発見することもありましたが、現実のEOD(爆破物処理班)は映画のように爆弾のプラグを抜いたり、「やばい、時間がない! それでもやるぞ!」と叫んだりはしません。現場はもっと退屈なものです。(笑) そう考えると、現代の海兵隊を正確に描き出した映画にお目にかかることはほとんどありません。したがって私は、ドキュメンタリー作品や第二次世界大戦に関する映画はときどき見ますが、現代の戦争を描いたものは見ないことにしています。 ―― ヒロシマに原爆を落としたポール・ティベッツ(元B29パイロット)も、まったく同じことをいっていたそうですね。「戦争に行った世代に、現実離れした映画は見られない」と。 イームス その気持ちはすごくわかります。ハリウッド作品でときどき戦争を賞賛する映画がありますが、そうしたものを見ると気分が悪くなります。一度でも戦場に行けば、戦争が決して美しくも何ともないものだとわかるでしょう。戦闘で負傷しようものなら、二度と思い出したくなくなる。海兵隊員の多くは現実の戦闘を経験しています。だからこそ海兵隊の完成度は高まっているともいえますが、私が海兵隊に加わったのは戦争を通じて栄光を得るためではなく、家族を戦争の恐怖から守るためです。入隊時に宣誓した「私はアメリカ合衆国とその同盟国を守り抜くことをここに誓う」という言葉どおり、私はいま、ここにいるのです。著者紹介ケイリブ・イームス(Caleb D.Eames)米海兵隊大尉1977年、米ニューヨーク州生まれ。95年、高校卒業後に海兵隊に入隊、キャンプ・ペルドルトン(カリフォルニア州)に配属される。その後、リベリア、コロンビア、ハワイ、イラクなど世界各地での勤務を経験。2010年4月より、在沖縄・第31海兵隊遠征部隊に配属。広報渉外担当官。妻と2人の息子がいる。タカ大丸(たか・だいまる)ポリグロット〔多言語話者〕1979年、福岡県生まれ。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。英語・スペイン語など数カ国語を駆使して国際的ビジネスを展開中。英語翻訳書に『アラジン・ファクター』(すばる舎)、スペイン語翻訳書に『モウリーニョのリーダー論』『モウリーニョ 成功の秘密』(ともに実業之日本社)がある。

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    何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか

    森本敏(元防衛相、拓殖大学特任教授) いま、国民世論を客観的に集計するとすれば、その多数は恐らく中間軸より、やや右派寄りで、やや(親中ではなく)親米寄りという結果になるであろう。 日本人の本質は保守的で急速な変化を求めないが、ひどい体験をすると大きく反対に振れるという性格を持つ。来年で戦後70年になるが、この性格は変わっておらず、とりわけ、原発や米軍・米軍基地、集団的自衛権行使、特定秘密保護法になると、右派寄りの世論とは異なり、反対の方に少し振れるという現象が表れる。 これは理屈を超えたものであり、過去の体験に基づく感情が支配するからであろう。日本人は「抑止」は不得手 だからかと思われるが、日本人は国際情勢の変化に敏感であるものの、自分の身に何かが起こりそうにないと真剣にならない。 イスラム国やエボラ出血熱が身近な問題になると大騒ぎをするだろうが、中国の尖閣領海侵犯やレーダー照射、自衛隊機への異常接近、あるいは東日本大震災や福島第1原発事故、御嶽山噴火などの方に、はるかに大きく反応する。 どの場合も事前に事態に備えるというより、実際に体験したあとで、反省と対策に大騒ぎして過剰反応するのである。危機管理には「抑止・予防」と「被害局限・復旧」の2面があるが、日本人は前者に向かない性格なのだろうか。 東アジアにおいて、海兵隊を含む在日米軍は日本のみならずアジア太平洋にとって不可欠の抑止力である。中国が南シナ海に軍事進出してきたのは、米軍が在比米軍基地から撤退したあとの力の真空を埋めようとしたからだ。東シナ海の現実を見ると沖縄に駐留する米軍は日本の安全にとって最も重要な抑止力である。 その中心課題が海兵隊のヘリ部隊が駐留する辺野古施設であることはいうまでもない。世論調査によると、今回の沖縄県知事選挙で県民が最も重視している争点は基地問題で、その最大課題は辺野古施設の建設工事であり、普天間基地の返還を実現することである。将来の島づくりの転換点に いずれにしても今回の知事選挙は、沖縄にとって政治的節目を示す転換点になるであろう。しかし、政府は辺野古施設の工事計画を変える考えはない。辺野古施設を建設して普天間基地からオスプレイや他のヘリを移転させ、普天間基地の返還を速やかに実現するという目標に変わりがないからである。これは日米協力体制の下で、東シナ海を中心に海洋進出する中国への抑止力として、将来にわたって重要かつ不可欠の基地施設であると確信しているからである。 このように重要な機能を持つ辺野古施設の工事計画に政府が取り組んでいるのに、これを取り消したり撤回するのは合理的と思えない。それよりも県民にとって重要なことは、この選挙を通じて沖縄の将来を展望した島づくりを構想し、これを実現する契機とすることであろう。 今回、選挙の構造を見ると保守政党は構造劣化し、革新政党は分裂している。県民は政治や政党ではなく、何をよりどころにして沖縄の将来を築いていくかを選択する選挙になろうとしている。 これは望ましいことかもしれない。沖縄が本土とは異なる政治土壌にあるという選挙はこれで終わりにしてほしい。本土の県と同様に県民中心の福祉や発展、地域伝統文化、人材育成などを軸とした未来性のある地域作りを争点とした選挙にしてほしい。米軍基地の賛否で投票して沖縄の地域振興が進むことにはならないのである。本土は痛みを理解している 沖縄にはなお、在日米軍基地の7割近くが集中している。政府もこれをよく理解し、沖縄の負担軽減を図ってきた。牧港補給地区の返還時期も短縮しようと努力している。オスプレイの半数を県外に訓練移設することも、普天間基地の5年以内の運用停止を目標に努力することも約束している。 経済振興としては、年間3000億円台の一括交付金の確保や那覇空港第2滑走路建設に取り組んでいる。沖縄経済はこのところ観光産業や失業率、個人消費が改善され、景気は上向き状況にある。 その沖縄の人々から「われわれは差別されている」という声をよく聞かされたが、誰も沖縄を差別などしていない。日本で最も重要な一部と考えているからこそ、政府は負担軽減策に懸命に取り組んでいるのである。 本土の人々は沖縄県民の痛みが分かっていないと言うが、それも誤りだ。われわれは沖縄が歴史の中で負ってきた痛みを理解している。そのうえで、沖縄の人々が日本全体の中でいかに沖縄が戦略的に重要な位置にあるかを理解し、日米で取り組んでいる負担軽減努力を公正に評価するとともに、沖縄の将来を展望した現実的な選択をしていただきたいと思う。 われわれは沖縄が豊かな文化と伝統を有する日本で最も美しい島であることを誇りにしている。今回の選挙が沖縄の新たな出発点であってほしいと念願する。森本敏(元防衛相、拓殖大学特任教授) 昭和16年、東京生まれ。防衛大学校卒業。外務省退官後、野村総研主席研究員、拓殖大学海外事情研究所所長・同大学院教授を経て現職。21年に麻生内閣で初代防衛大臣補佐官、24年6月には民間人初となる防衛相に就任。

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    迫る 海保の能力を超えた危機

    の白羽の矢が、かつて琉球王朝があった沖縄に向けられているのである。その尖兵として利用されているのが、沖縄独立を叫ぶごく少数の人びとである。 今年5月、琉球独立論を唱えるグループは、中国の北京大学で開かれたシンポジウムに参加して、沖縄県民があたかも日米政府により搾取されているかのごとく発表をして称賛されたという。また、中国社会科学院においても同様であったという。そのとき、このグループが証拠として掲げたのが、沖縄で発行されている新聞『沖縄タイムス』だった。『朝日新聞』の従軍慰安婦報道と同様な事態にならないことを望むばかりである。 この琉球独立運動のグループは、中国の支配下に入っていたころ、琉球から中国を訪れた朝貢使節が歩いた道を実際に歩き感動したという。このように、中国による沖縄の日本からの切り崩しは、琉球独立運動グループを取り込むことにより動き出しているのである。日本政府は、沖縄県に迫る危機を回避するために、安全保障の基軸である日米安全保障条約に立脚した防衛体制を整える必要があるだろう。一方、沖縄県民に不満が多い日米地位協定を時代に合わせて修正し、地域による支援体制の構築も必要だ。沖縄県に現存する問題は、沖縄県民だけで解決できるものではない。石垣市のように他の地域の力も利用しながら発展していくことが賢明な策である。やはり、沖縄県民は、もっと海洋に目を向けるべきである。海を利用することにより、果てしなく明るい未来が沖縄県にあることを伝えたい。山田吉彦(やまだよしひこ) 東海大学教授1962年、千葉県生まれ。学習院大学経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。日本船舶振興会(現・日本財団)海洋グループ長ほかを経て現職。著書に、『侵される日本』(PHP研究所)ほか多数。関連記事■中国のこれからと日本が果たすべき役割/丹羽宇一郎(前中国全権大使)■呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■「ゆとり世代の愛国心」とは~当事者・税所篤快、自ら語る

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    香港民主社会の「進撃の巨人」の正体とは…

     「私たちはウォール・ローゼのエレンとミカサかもしれないね」。選挙制度の民主化を求め、香港のアドミラリティ(金鐘)で抗議を続けていた女子大生の劉さん(21)は、こう言って笑った。日本の新聞記者だと聞いて、劉さんは香港でも人気の日本アニメ「進撃の巨人」のストーリーに自分たちの姿を重ねてみせたのだ。「雨傘革命」続く街頭占拠 このアニメは、城壁(ウォール)に囲まれた小さな都市に暮らす人類が、壁の外から襲撃してくる恐ろしい「巨人」と戦って生存空間を守る内容。エレンとミカサは主人公の男女だ。 主権こそ1997年7月に英国から中国に返還されたが、返還後も50年間保証された「一国二制度」の国際公約の下で、香港は民主社会を謳歌(おうか)してきた。 だが、経済力の膨張とともに存在感や発言力を増した中国が、「巨人」となって壁の中の民主社会を襲ってきたと劉さんらの目には映り、エレンやミカサに共感を覚えるのだという。 暑い日差しや激しい雨だけではなく、催涙スプレーや催涙ガスから身を守るために使ったカサが象徴となり、「雨傘革命」と呼ばれる今回の街頭抗議。9月28日未明に始まった街頭占拠は、2017年の次期行政長官選挙をめぐって、中国側が民主派の立候補を阻止する制度改革を8月31日に決めたことが引き金だ。渦巻く反中感情 デモ参加者は一時10万人を超え、当局の事前承認を得ない抗議活動としては返還後、最大規模になった。ただ、劉さんが例えた「巨人」への嫌悪感は、デモの前から城壁の中の人々に強まっていたことは確かだ。 人口700万人ほどの小さな香港に昨年、中国本土からは実に延べ4000万人以上が押し寄せた。観光収入など経済的効果もあったが、一方で「運び屋」による日用品や食品などの買いあさり、子供の永住権取得を狙った富裕層の妊婦の大量越境、家族連れ観光客などの不作法な振る舞い-など目に余る行為が、英国式教育を受けた香港人に強い「反中感情」を生んでいた。 12年には香港政府が小中高の教科として「国民教育」を義務化しようとして猛反発を受ける問題もあった。 中学生の子供を2人持つ40代の香港人女性、張さんは、「中華人民共和国を愛せという愛国教育、中国共産党を崇拝せよという洗脳教育だった」と憤る。市民や学生が「反洗脳」を訴えて数万人規模のデモを繰り返して撤回させた経緯があるが、親中派の香港政府と中国政府の“結託ぶり”が露(あら)わになった。「一国1.5制度」と揶揄 そして今年6月10日。中国の習近平政権が、「香港に対し全面的な管轄統治権を持つ」とした初の「一国二制度白書」を発表。「返還後わずか17年で中国政府は『一国二制度』の国際公約を破った」と立法会(議会)の民主派リーダー、李卓人議員(57)は感じている。白書発表の後、民主派の間では「一国1.5制度」などと揶揄(やゆ)する声も増えた。 香港大学による市民の「帰属意識調査」によると、白書発表直後には自ら「香港人」と考える人が67.3%と、「中国人」との31.1%の2倍以上になった。08年に両者が逆転して以来、「中国人とは呼ばれたくない」と考える香港人が急増した。 反中感情が渦巻く中で起きた「非暴力」の抗議デモに、香港警察が催涙ガスで強制排除を試みた。城壁の中の人類と巨人の戦いの行方はまだ読めないが、民主主義を信奉する国際社会は、エレンやミカサをもっと強く支援していかねばならない。香港の街頭で、劉さんたちの笑顔を見てそう思った。(上海支局 河崎真澄)

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    中国が沖縄を呑み込む日

    小笠原諸島の近海で中国漁船によるサンゴの密漁が相次いでいる。尖閣問題も解決したわけではない。沖縄県知事選は普天間飛行場の移設問題だけが争点ではない。沖縄の未来を考えてみた。

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    民主派VS親中派「誰が命じても解散はしない」

     学生や市民が行政長官の選挙制度の民主化を求めて街頭占拠を続ける香港の民主派デモ。1カ月以上も長期化し、民主派と親中派の溝がさらに深まっている。民主派リーダーで政党「工党」党首の李卓人氏(57)と、親中派の市民団体「愛護香港力量」代表の李家家氏(50)に、それぞれの主張と今後のデモの行方について聞いた。民主派、李卓人氏李卓人氏 ここまでデモが大規模になり長期化するとは予想外だった。街頭占拠は違法で市民生活に影響を及ぼしていることは事実。だが(北京の)中央政府に香港人の行動力を示すことができた点で成功といっていい。 香港人が黙っていれば中央政府は、香港の自由な空間をどんどん狭めようとする。経済問題など短期的な視点よりも、中長期的な危機を今こそ認識して立ち上がらなければならない。 英国の統治下に戻りたいわけでも、香港独立を求めているわけでもない。若い香港人の将来のために「一国二制度」で自治や言論の自由のある民主社会を求めているだけだ。(旧宗主国の)英国には当初から支援を期待していない。英国は中国側を重視している。 デモ反対派の背後には中央政府や香港政府が見え隠れする。反対派を動員することで警察力を使わずにデモを撤収させようとしている。香港警察やそれ以外の力による強制排除も懸念されるが、北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)が終了する11月中旬までは実行しないだろう。 学生や市民らはみな自発的に望んで参加した。したがって納得しなければ誰が命じても解散はしない。デモがいつまで続くか予測できないのはそのためだ。親中派、李家家氏 街頭デモは当初、金融街セントラル(中環)占拠を計画していたはずが、モンコック(旺角)など市中の路上占拠に変質した。デモが圧力をかける相手は政府や金融界ではなく一般市民になった。救急車など緊急車両も通れない。商業や観光業など経済にも影を落とす。デモに一般市民の反発が強まったのは当然だ。 民主派には米国から資金が提供されている。米国式の民主主義を押しつけるためだ。だが、香港には香港に適した中国式の民主社会がすでにある。国際金融センターとして地位も確立している。理想論より経済などの現実が大事だ。 中国の特色ある社会主義の下、「一国二制度」で民主社会が保障されていることは、デモが許されている点を考えても明らかで、もっと共産党政権を信頼すべきだ。2003年の新型肺炎(SARS)の流行や08年の金融危機でも、北京の支援なしに香港だけでは対処できなかったはずだ。 香港のトップは「国を愛し、香港を愛する」のが条件だが、民主派は国を愛さない“香港独立”も狙った選挙をもくろんでいる。しかしデモ隊は占拠し続けても反発が増えるだけ。警察は今後、世論の高まりから強制排除に乗り出すタイミングを探っていくだろう。(香港 河崎真澄)

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    中国大船団 自衛隊・機動隊で制圧せよ

     今年の9月以降、中国漁船が小笠原諸島付近に多数押し寄せ、その漁船団が我が国の領海や排他的経済水域内において違法操業を行う事件が多発し、報道によれば今なお200隻以上の船が同海域にいる模様です。この件に関して中国側の意図について色々と意見が述べられているようですが、いずれも推測でしかありません。ただ現時点ではっきりしていることは、これだけの数の船が同一海域で行動しているのは、中国政府が何らかの形で関与しているということと、彼らが国力の大小で国境線が変わるという認識を持ち、それを日本近海や南シナ海などで実行しようとしているということです。 つまり、この問題は単なる話し合いや、国際社会の圧力だけでは解決しないということです。だいたい自国に降り懸かる火の粉を自らが拂おうともせず、安易に他国に救いを求めても誰が本気で聞いてくれるでしょうか。我が国は、法治国家として断固犯罪行為を許さないという姿勢で以下のことを行うべきです。 特別対策室を設置し、その本部長に省庁の垣根を越えた権限を付与する。本部長は、その権限を行使して海上保安庁、水産庁、警視庁、防衛省、検察庁、裁判所の職員を全国からピックアップし専従チームを編成する。具体的には、密漁取り締まりのノウハウを持つ海上保安庁と水産庁、暴徒鎮圧のノウハウを持つ警視庁機動隊を自衛隊の航空機や艦船に乗り組ませ、違法漁船を法令に則り粛々と検挙する。あらかじめ大型旅客船をチャーターし、刑務官と通訳を乗り組ませて父島の湾内に停泊させておき、検挙した被疑者を、そこに拘留する。また、父島に臨時の検察庁と裁判所を設置し、大量の検事と判事及びその事務官を配備するとともに国選弁護士として大量の弁護士を国の費用で連れてきて、迅速な裁判を可能にする。外規法違反の場合は「犯人が所有し、又は所持する船舶は没収することができる。」ので可能な限り漁船を没収し、それをフィリピンやベトナムに譲渡する。合わせて国際社会に日本の正当性と中国の不法行為を訴えるとともに日中首脳会談は無期限延期とする。国会は、以上のようなことが、スムーズに行うことができるよう、また違反行為者を厳罰に処せるよう法令改正等の必要な措置を行う。第3管区海上保安本部が航空機から撮影した中国のサンゴ密漁船団=10月30日、東京・伊豆諸島沖(同海上保安本部提供) 日本政府の対応に業を煮やし「自衛隊を出動させよ」とか「発砲、撃沈」などという意見をお持ちの方も少なからずおられるようですが、私の考えは、あくまで自衛隊の艦船や航空機を戦いの道具ではなく運転手付の移動手段として使用するというものです。それは、このようなケースでは自衛隊は前面に出るべきではなく、相手に領土的野心があるにしろ表面上は「犯罪行為」という形(公船の領海侵犯とは次元が違う)でくる以上、こちらも法令に則り警察力で対応すべきだと考えるからで、自衛隊の艦船や航空機を使用するのは、海上保安庁や水産庁の船や航空機の絶対数が足りないからです。また、発砲や撃沈は取締りの過程で偶発的に起こるもので、銃器の使用は否定しませんが、それ自体が目的であってはなりません。 他にも、このような方法に対しては異論のある方も多いでしょう。確かに密漁船の取り締まりは、海上保安庁や水産庁の所管事項なのですが、いかんせん尖閣諸島警備のこともあり人員船舶ともに不足しており、単独での取り締まりには限界があるのです。そこで、限界があるといって諦めては、相手の思う壺です。これは、主権をもった国家が自国の領海内で犯罪者を捕まえるだけのことで、それ以上でもそれ以下でもなく何かに配慮すべき問題ではありません。我々が、もっとも慎まなければいけないのは「中国にはかなわない」と思い、少しでも妥協してしまったり、中国船の乱暴狼藉に慣れてしまったりすることです。相手は、国を挙げて侵略してきているのです。我々も国力を総動員しなければ領土領海をまもれないことを認識せねばなりません。

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    沖縄の平和教育に中国の影

    帰」と否定的にとらえる論調が、主要マスコミを中心にむしろ支配的だ。在沖米軍を撤退させることが目的の「沖縄独立論」がもてはやされる風潮も、その一環といえる。 「慰霊の日」前後には各学校で集中的に平和学習の授業が行われるが、戦争への恐怖をいたずらに煽り、子どもたちに非武装を促すような内容が目立つ。戦争犠牲者を追悼し、国を守るために戦った人たちに敬意を捧げるという、本来あるべき「平和教育」の要素はほとんど感じられない。 こうした「復帰記念日」「慰霊の日」の現状について「沖縄の復帰運動と平和教育の淵源は反安保闘争と共産主義革命思想だった」と証言する人が那覇市にいる。元教員の仲村俊子さん(91)だ。 次第に「反日化」していく沖縄教職員会(現在の沖縄県教職員組合)の運動に疑問を感じ、復帰直前の1969年、仲村さんによると「1万2千人の組合員の中からわずか6人だけ」組合を脱退した1人である。沖縄にとって特別な月を迎えるにあたって、まず仲村さんの証言を紹介したい。沖縄復帰運動の歪みの背後に中国あり 沖縄復帰運動はもともと、沖縄教職員会から始まったという。 仲村さんらによると、1952年に設立された沖縄教職員会が中心になり、60年代は生徒に日の丸を配布する運動が盛んになった。純粋に沖縄の日本復帰を目指す運動であり、県内各地で日の丸が盛んに掲揚された。仲村さんは「日の丸を見ると、長く会えなかった親に会った気持ちになり、涙が出た」と話す。 教職員会の復帰運動が変容したのは、日米安保に反対する闘争が激化した「70年安保」のころからだったという。 教職員会の会長が、初代会長の屋良朝苗(のちの県知事)から、2代会長の喜屋武真栄(のちの参院議員)に交代した1968年ごろ。同会から「日の丸」への賛否を問うアンケート用紙が各学校の教員宛てに送られてきた。 仲村さんが勤務していた学校の教員が「賛成多数」のアンケート結果を返送すると「突き返されてきた」という。今度は「反対多数」でアンケート結果を返送すると「OKが出た」。 喜屋武は沖縄の無条件復帰を訴えて復帰闘争をリードした人物の1人であり、トップの交代が同会の活動方針転換に色濃く影を落としたようだ。 同会が日の丸反対を打ち出したのと軌を一にして、反安保の姿勢も鮮明になった。仲村さんは、このころの同会が展開していた復帰運動について「復帰実現は県民を引き付けるための手段で、実際には安保反対が目的だった」と話す。 沖縄教職員会が中核となってつくられた組織が、沖縄復帰運動の中核となった「沖縄祖国復帰協議会」である。 「協議会の実態は、県民の感情を巧みに利用した反安保闘争組織であり、裏では日米同盟の破棄を企む中国共産党が糸を引いていた」 仲村さんの子息でジャーナリストの覚さんは、教職員を中心に展開されていた沖縄復帰運動のルーツを、こう指摘する。 証拠の一つとして挙げているのは、復帰直前の72年、中国が沖縄から友好訪問団を招いているという事実だ。団長は仲吉良新という人物で、協議会とともに復帰運動をリードした1人だった。訪問団は周恩来首相と会見。周恩来は「沖縄返還協定はペテンだが、しかし返還の始まりとみることができる」と発言したという。 覚さんは、協議会が「沖縄復帰」の目的として「軍事基地の撤去」「安保条約の破棄」などを掲げていたことに着目する。毛沢東が1964年の人民日報で「(日本国内の)すべての米軍基地の撤去要求と米軍武装部隊の撤退の要求、日本の領土沖縄の返還要求、日米安全保障条約の廃止」を応援する、と述べたことと「見事に一致する」からだ。 「沖縄を共産革命の拠点に」と画策する中国共産党の工作活動が、教員を中心に徐々に浸透していった―と仲村さん親子はみるが、象徴的な出来事が復帰前に開かれた教職員会の集会であった。 「ヤクザに刃物を持たせると人殺しをするように、日本に軍を持たせると戦争になる」 こう叫んだ参加者がいた。あきれた俊子さんは「有史以来、戦争をしたことがない国があったら教えてほしい」と発言し、立ち去った。すると残った参加者から「今の発言者を吊るし上げろ」と要求する声が上がったという。 あとで判明したところでは「ヤクザ発言」をしたのは教員ではなく、革マル派の大学生だった。教職員会の集会には、こうした人物が紛れ込み、堂々と発言していたのである。 仲村さんは70年6月、教職員会から脱会した。上原義雄さん(77)=那覇市=は仲村さんと行動をともにした教員の1人だが、学校の同僚が、中国が核実験に成功したというニュースを喜んでいたことを今も覚えている。 「米国の核は侵略の核だが、中国の核は平和の核だと言っていた。最初は純粋な復帰運動だったのに、日教組の影響を受けて『核抜き、本土並みの復帰ではないからおかしい』などという運動に変わっていった。じわりじわり洗脳されていく感じだった」 「平和教育」も、ひたすら日本軍の残虐性を強調する内容へ傾いていった。仲村さんは、復帰当時、教職員会から衣替えした教職員組合(沖教組)作成のパンフレット「これが日本軍だ~沖縄戦における残虐性」を現在も大切に保存している。 冊子では、日本兵が軍刀で住民を斬首したとか、泣く子を絞殺したとかいうエピソードが約60ページにわたって満載されている。 「復帰を前にして、なぜ沖縄県民は27年前の日本軍の残虐行為をあばこうとしているのか。それは自衛隊の沖縄配備と無関係ではありません。(中略)自衛隊即日本軍隊であるからです」 冊子は「まえがき」にそう記しており、彼らの「平和教育」の究極的な目的とは「反自衛隊」(または反米軍基地)であることが分かる。思考停止させる「平和教育」も独裁国家流 話は少し変わるが、八重山(石垣市、竹富町、与那国町)の教科書問題でも、育鵬社の公民教科書採択に反対する運動の根っこは、与那国島への自衛隊配備などを阻止しようとする「反自衛隊運動」である。沖教組を中心とした反自衛隊運動は、こうして現在も脈々と沖縄で息づいている。 沖縄の「平和教育」が実際には、自衛隊や米軍に反対し、子どもたちに「非武装」の思想を植え付ける宣伝活動にほかならないことは、石垣市で学校教育を受け、記者として学校現場を取材してきた私自身も実感している。 授業では、児童に悲惨な戦場の写真を何枚も見せつけ、住民が追い立てられた壕を訪れて恐怖感を追体験させ、最後に「2度と戦争してはいけません」と「平和宣言」(実際には非武装宣言)させるのが代表的なパターンだ。 演劇や紙芝居に残虐な日本軍を登場させるとか、反軍事、反基地を訴える「語り部」に講演させるなどという手法もある。 担当する教員たちは意識していなくても、このパターンを踏襲しなければ「平和教育」ではないという刷り込みが脳裏にあるに違いない。何せ自分自身が、そうした平和教育を受けて育っている。 石垣市の玉津博克教育長が昨年、「沖縄の平和教育は、戦争の悲惨さを強調する教育になっている。その弊害は、戦争に対する嫌悪感から派生する思考停止と言える」と発言して主要マスコミから袋叩きに遭った。 玉津氏は続いて「現実社会では平和がいいと言っても戦争は忍び寄ってくる。どう平和を維持し、戦争を防げるか。情報収集力や思考力、判断力、行動力を身につける実践的な平和学習に改善したい」とも指摘した。本来の平和教育とはそのようなものであるべきだ、と思う。 沖縄本島に住む、ある小学校教員は「沖縄戦の学習では、当時の日本、米国、沖縄という三者の視点が必要だと思うが、米国側の資料に偏り過ぎていて、日本側の視点に欠けている部分がある」と話す。 駆逐される日本兵、逃げ惑う住民の姿ばかりクローズアップされ、たとえば故郷から出撃した石垣島出身の特攻隊長、伊舍堂用久中佐のような軍人がいたことなどが教えられることはない。 仲村さんは、沖縄の平和教育の現状について「反日教育だ」と断言する。現在の中国共産党が国内向けに行っている反日プロパガンダと、質的には同一だからだ。国民に「思考停止」を要求するのは中国のような独裁国家の常套手段だ。 「反日教育をやること自体が共産主義革命思想につながる。(組合は)教え子を革命の闘士に育成するようなことをやってきた。沖縄独立論も一緒」と危惧する。 こうした証言を総合すると、沖縄の「平和教育」のDNAは中国の工作活動による共産革命思想だ、という解釈も成り立つ。やる気のある教員ほど、そうしたDNAに取り込まれた「平和教育」の罠に陥りやすいのではないか。 私が取材した学校現場では最近、児童生徒に適当に合唱などさせて終わり、というまやかしの「平和学習」も見られるようになり、担当する教員の「手抜き」が別の意味で感じられるようになった。 「私が教員時代、小学校5年生を担当した時に『国歌を書いて』と言ったら、書けた子は1人もいなかった。好きな国を聞いたら、日本を挙げた児童は約50人のうち3人しかいない。教育の影響力は大変だ、とつくづく思った」 そう嘆く仲村さんの胸中を今、何度も去来する言葉は「国家百年の計は教育にあり」だという。5月10日は尖閣の「有史記念日」 沖縄県民にとって特別な月である5月だが、将来、そこにもう一つ「記念日」が加わるかも知れない。尖閣諸島が初めて文献で確認された日付が「1534年5月10日である」という研究成果の普及を図るため5月11日、長崎純心大の石井望准教授が石垣市で講演した。石井准教授によると、今年は「尖閣有史480周年」の記念すべき年に当たる。 尖閣に関する最古の文献史料は中国の「使琉球録」だという。中国から琉球に向かった使者が1534年5月10日に「釣魚嶼」(尖閣の中国名)を通過したことが記されている。 石井さんによると、中国はこの文献を、尖閣が歴史的に自国領であることの根拠の一つだとしている。しかし出典が中国の文献であることは、日本側にとって歴史的に何ら不利にはならない。 石井さんは「同じ史料の前段に琉球人が案内したと記載されている。尖閣を通過するのは琉球人の航路。尖閣が中国ではなく、琉球の文化圏に属していたことが分かる」と説明する。しかし琉球人うんぬんの記述を、中国は故意に無視しているという。 こうした史料からうかがえるのは、琉球人が当時の中国人を「おもてなし」したという事実である。 しかし現在の中国政府は、琉球人の「おもてなし」の事実を逆手に取り、こうした文献を都合良く切り貼りして、尖閣が「中国領」であることの歴史的根拠だと主張する。石井さんは講演で「沖縄県民は怒るべきだ」と訴えた。 石井さんがこれまでに精査した尖閣関連の歴史資料は約100点に及び、そのすべてが「日本側に有利な内容」だという。中国側に有利な史料を故意に無視したわけではない。歴史史料を読み込んでも「中国が尖閣を領有していた根拠となるものはゼロ。完全にゼロだ」と強調する。 尖閣の西側に中国の国境線があったことを示す文献は幾つもあり「通常は、話はそこで終わる」。ただ、尖閣が太古の昔から日本領だったわけでもない。尖閣は中国と琉球を往復する線上に位置する「目印」であり、その意味で交通の要衝だった。日本でも中国でもない無主地だが、尖閣周辺の航路を熟知していたのは琉球人だった。尖閣が日本領となったのは1895年の閣議決定によってである。 石井さんの講演は私も司会者として参加したが、約40人の参加者があり、学術的な集会としては、石垣市ではまずまずの入りだった。石井さんは「尖閣有史500周年の20年後には、首相が尖閣に上陸して記念式典を開いてほしい」と呼び掛け、会場から拍手が起きた。 市は、日本政府が閣議決定で尖閣を領土に編入した1月14日を「尖閣諸島開拓の日」に定めている。講演会の参加者からは「1月14日より、5月10日のほうが歴史的には重要ではないか」と石井さんの呼び掛けに賛同する声も出た。交代時の領海侵犯を常態化させた中国海警 尖閣周辺海域では中国公船「海警」の日常的な航行が続いている。今年に入り、領海侵犯は5月2日までに11回に達した。 最近の海警の領海侵犯には一つのパターンがある。海警は通常2~3隻体制で、何日間か尖閣の領海外側にある接続水域を航行する。そして日本側に対する示威行為のように領海侵犯し、恐らく乗組員を休息させるため、直後に接続水域から出て、中国大陸の方向へ戻っていく。すると別の2~3隻が交代して接続水域に入ってくる。こうして尖閣周辺での24時間航行を実現している。 昨年までの領海侵犯は、尖閣に近づく日本の漁船を威嚇する目的が多かったが、最近は尖閣向けに出港する漁船がほとんどいなくなった。最近の領海侵犯は、海警が本国へ戻る前、日常行事のように行う反日パフォーマンスと化しているようだ。 領空、領海侵犯は他国の主権に対する重大な挑発行為であり、通常の国なら慎重にも慎重な検討の末に踏み切られるはずだ。それをいとも軽々しい反日パフォーマンスにしてしまった中国指導部の思考経路は、とても尋常とは思えない。「兵は国の大事」と戒めた「孫子」のDNAは、現在の中国指導部にはない。つまり、現在の中国指導部とは、豊かな古典を生んだかつての中国人ではなく、私たちが初めて遭遇するエイリアンのような存在だと考えたほうがいいだろう。 そうした中、5月に海警とベトナム沿岸警備隊の船が南シナ海で衝突する事件が起きた。 このニュースを聞き、私が反射的に思い出した光景があった。昨年5月、漁船に同乗して尖閣諸島の周辺海域に行った際、領海侵犯して近づいてきた中国公船「海監」3隻が私たちの漁船に体当たりしようとしたのだ。 巨大な中国公船が、くり船のような漁船に襲いかかって来たのである。海上保安庁の巡視船が間に割って入り、中国公船をけん制したため事なきを得たが、中国側が本気だったら、漁船は木っ端微塵だったに違いない。中国公船はこのあと、数時間にわたって漁船を包囲し、我が物顔で航行を続けた。 南シナ海の事件で、中国はベトナム艦船が衝突してきたと主張しているようだが、尖閣海域で中国公船の振る舞いを目撃した経験からすれば、牙をむいて体当たりしてきたのは中国側のほうだと確信できる。 私が目撃した尖閣周辺の中国公船はかなり横暴な態度だったが、この時は日本の巡視船のほうが数で勝っていたためか、漁船への実力行使はためらっていたようだった。南シナ海ではベトナムに対し、中国公船の数が圧倒的に優勢だという。やりたい放題だろうと想像できる。尖閣周辺でも南シナ海でも、中国がやっていることの本質は同じだ。すなわち「強盗国家」である。やはり尖閣防衛にアメリカ頼みは禁物 来日したオバマ米大統領は4月24日、日米首脳会談で、尖閣に日米安保条約が適用されることを明言した。沖縄のマスコミでも大きく報じられ、沖縄全体に、いわば安堵のような空気が漂い始めている。 しかし報道された米大統領の発言を注意深く読んでいると、そこには日本側にではなく、むしろ中国側に対する配慮のほうが色濃くにじみ出ているのではないか。 「尖閣諸島の最終的な主権の決定について特定の立場を取らない」「中国は地域だけでなく世界にとって重要な国だ」「日米安保条約は、私が生まれる前に結ばれた。越えてはいけない一線を私が引いたわけではない」――。尖閣について発言するオバマ氏は伏し目がちで、その表情には何の決意も感じられなかった。 中国メディアは、米大統領が中国寄りの発言をしたと報じたそうだが、実際にそう見える。「尖閣は日本の領土である」とオバマ氏が明言できない時点で、既に米国は頼りにならない。 中国は尖閣を奪うことによって、太平洋への出入り口となる重要拠点の海域を獲得できる。そのことは日本だけでなく米国にとっても危機であり、ひいては世界の平和にとっても危機であるに違いない。 しかし、オバマ氏をはじめとする米国政府の面々がそのことを理解しているとは到底思えない。以前にも本誌で述べたことがあるが、米国頼みの尖閣防衛などあり得ない、と改めて確信した。 米大統領が誰に配慮しようが、本来、私たちにとってはどうでもいいはずだ。尖閣を行政区域とする石垣市民の1人としては「自分たちの島々を他国に守ってもらう」ことを当然視する風潮に耐えがたい不自然さを感じる。自分の国は自分で守るという原点に一刻も早く立ち返ってほしい。 そんな中で、石垣市では、将来の国のあり方を改めて考え直すという動きが、少しずつではあるが始まっている。5月10日、沖縄「正論」友の会の「八重山セミナー」が初開催されたのだ。 地元有志の実行委員会と八重山日報が協力して実現した。最初の講師となった産経新聞社専務・大阪代表の齋藤勉氏が中国とロシアの現状を解説。「尖閣の最前線である石垣島でセミナーが開かれることに敬意を表したい」と述べた。 悪天候にもかかわらず200人超が参加した。尖閣問題に対する市民の関心は必ずしも高くないが、緊迫化する一方の国際情勢を受け、少しずつ意識の高まりがみられるようだ。 八重山を起点にして、沖縄にしっかりとした日本の防波堤を築くことが私たちの目標だ。今後もセミナーを重ねたい。月面着陸ではないが、石垣市民にとっては小さな一歩、しかし県民にとっては大きな一歩と評されるよう努力したい。仲新城誠氏 昭和48(1973)年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、平成11(1999)年に石垣島を拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。

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    沖縄の帰属未定論 長引く尖閣対立で揺さぶりをかける中国

    森 保裕(共同通信論説委員兼編集委員)  中国共産党の機関紙、人民日報は5月8日付の紙面で、沖縄県の帰属は今も未定であり、琉球問題は再び議論できると主張する論文を掲載した。沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる問題で、日本をけん制する狙いだろう。日本の各メディアは大きく転電し、日本政府は厳重に抗議した。 中国のネット上では「沖縄は中国の一部だ」「沖縄を取り戻せ」といった勇ましい書き込みが相次ぐ。果たして、中国は尖閣諸島を奪った後、沖縄まで“奪還”しようとするのか。論文の真意や琉球の地位未定論が出てきた経緯を検証しながら、中国指導部の思惑を探った。「釣魚島問題を整理する」「琉球再議論」を主張 論文は「『馬関条約』(下関条約)と釣魚島問題を論ず」(約4600字)。政府系シンクタンク中国社会科学院の張海鵬氏と李国強氏の共著で、シリーズ「釣魚島問題を整理する」の第1回。人民日報第9面「重要ニュース」のページの半分を占める長文だ。 後半3分の1の「三、釣魚島と日清戦争及び“沖縄処分”」の部分では、「琉球王国は独立国家であり、明清の時期は中国の属国」「日本は武力によって琉球王国を併呑」「清政府は琉球処分に直ちに抗議し、琉球問題は日中間の懸案となった」と記述した。 論文の末尾では「馬関条約調印にあたって、清政府は琉球問題を再び提起する能力はなく、台湾及び付属諸島(釣魚島を含む)、澎湖諸島、琉球を日本に奪われた」「(日本が受け入れた)カイロ宣言とポツダム宣言に照らせば、台湾とその付属諸島(釣魚島を含む)、澎湖諸島を中国に返されなければならないだけでなく、歴史上未解決の琉球問題も再び議論できる時になった」と述べた。論文を材料に政府は対日けん制 日本の外務省は8日、論文について「仮に論文が中国政府の立場を示しているなら断固受け入れられない。厳重に抗議する」と中国側に伝えた。中国側は「記事は研究者個人の資格で執筆した」と回答し、中国外務省の華春瑩副報道局長は9日の定例記者会見で「抗議は受け入れられない」と突っぱねた。 華副局長は会見で、沖縄の主権について「中国政府の立場に変化はない」と述べ、政府としてはこれまで通り沖縄の帰属未定を主張する考えがないことを暗に認める一方、「学界の長期の関心事だった沖縄、琉球問題が再び突出してきたのは、日本側が釣魚島問題で絶えず挑発的な行動を取り、中国領土の主権を侵犯しているからだ。論文は、釣魚島と関連する歴史問題に対する中国民衆と学界の関心と研究を反映している」と論文を材料にして日本をけん制した。勢いづく中国国内のタカ派 一方、人民日報系のタカ派紙、環球時報は11日、「琉球問題を活性化し、政府の立場を変える準備をしよう」と題した社説を掲載し、日本が中国への敵対を選ぶなら、中国政府は今の立場を変えて琉球再議論を主張すべきと訴えた。 社説は論文について「日本がこれほど緊張したのは、自信のなさの表れ」として“琉球カード”の有効性を強調、3段階戦略で最終的には中国政府が「沖縄地区で琉球国復活に向けた勢力を養成すべきだ」と訴えた。まさに日本の反響の大きさに、勢いづいた形だ。加熱ぶりに当惑を隠さなかった張氏 張氏は17日付の環球時報に発表した手記で、論文の意図などについて補足説明を行って、日中双方のクールダウンを呼び掛けた。手記の要旨は以下の通り。 一、論文は、「釣魚島は中国固有の領土だ」との、より有力な論拠とするため、日本の歴史上の琉球処分を持ち出し傍証としたものだ。 一、末尾の「琉球再議論」がこれほどメディアやネチズンに注目されるとは思わなかった。 一、再議論は、わたしが琉球史と近代日中交渉の歴史から得た結論であり、現実の日中関係から出発したものではない。 一、再議論すべき点は(1)琉球はかつて独立王国であり、明清時代は中国の属国だった (2)1943年のカイロ会議で、米国のルーズベルト大統領は中国(中華民国)の蒋介石主席に対し、戦後、琉球を中国の管理とするか意見を求め、蒋は米中両国の共同管理にすべきと答えた (3)52年のサンフランシスコ講話条約を中華人民共和国は認めていない (4)琉球の人々が独立と帰属のどちらを求めるのか。琉球人民の意見は再議論の重要な根拠となるべきだ――の4点だ。 一、決して“中国は琉球を求めている”のではなく、一部の「中国は琉球を奪還すべし」との意見は妥当ではない。 一、「中国が釣魚島に次いで沖縄、最後に日本を占領する」などと日本の右翼が騒いでいるのも荒唐無稽であり、“中国脅威論”の鼓吹にすぎない。 張氏は手記の中で、人民日報論文の主眼は「尖閣諸島は古来、台湾に属する中国領土であり、日本は日清戦争に勝利した勢いに乗じて、同諸島を窃取した」と主張する点にあり、琉球の帰属問題は「傍証」と説明した。 また、琉球再議論は歴史学者としての問題提起だとし、日中両国のメディアやネチズンの過熱ぶりに当惑を隠さなかった。そして再議論すべき論点を列挙して、沖縄の人々の意思が尊重されるべきと強調。中国の「沖縄奪還論」や日本の「中国脅威論」の双方をともに批判した。8年前から登場していた沖縄の帰属未定論 沖縄の帰属未定論が中国でとりざたされ始めて久しい。2005年8月1日発売の中国誌「世界知識」には北京大学歴史学部の徐勇教授の論文が掲載されている。沖縄が日本の領土となったのは琉球王国に対する侵略の結果であり、米国から日本への沖縄返還も国際法上の根拠を欠くとする論旨は、人民日報論文と同じだ。 05年は戦後60年であり、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝などで日中関係が悪化し、春には中国全土で反日デモが起きていた。 こうした“学説”は日中関係が悪化した時期に数多く表れる。2010年9月の尖閣沖・中国漁船衝突事件の後には、中国商務省研究院の日本研究者、唐淳風氏が環球時報などに執筆。今年3月と5月の「世界知識」には、復旦大学の国際関係公共事務学院所属の雷玉虹氏が執筆していた。日本は冷静な対応を 張海鵬氏らの論文は、中国共産党機関紙、人民日報に大きく掲載されたため「中国指導部の意向か」と特に注目された。指導部が尖閣宣伝の格上げを支持した可能性はある。 しかし、1879年の琉球処分から既に130年以上が経過。中国政府は72年の日中国交正常化の際も、その後も、沖縄の帰属未定論などは持ち出してはいない。沖縄には米軍基地があり、米国務省のベントレル報道部長は論文に関し「米国は沖縄に対する日本の主権を認めている」と即座に反論した。 こうした現実を見れば、中国政府が自ら琉球帰属未定論を主張したり、沖縄を侵攻する恐れはほぼないだろう。尖閣対立が長引く中、いらついた中国が帰属未定論によって揺さぶりをかけてきた。冷静に反論しておく必要はあるが、過剰に反応すると、かえって中国内のタカ派を喜ばせることになりかねない。

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    沖縄独立という「自殺」を煽るのは誰か

    天間飛行場の名護市辺野古への移設問題が最大の争点だが、地元メディアを中心に過熱しているのが、「琉球=沖縄独立論」だ。この問題では、NHK番組がBPO(放送倫理・番組向上機構)に告発されてもいる。沖縄に何が起きているのか。

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    琉球独立論の空虚

    報工作の何らかの影響を受けていることは十分に考えられる。 一方、松島教授らとは違った流れで、古くから沖縄独立を掲げている政治団体がある。「かりゆしクラブ(旧名:琉球独立党)」だ。琉球独立党は70年、野底武彦、崎間敏勝(大衆金融公庫元総裁)が中心になり結成。1971年-参議院議員選挙に崎間が出馬したが落選。活動は停滞していた。05年に党員だった屋良朝助が党首となり、党名を「かりゆしクラブ」に改名した。 その屋良氏に今回の独立学会立ち上げについて聞いてみた。 ―沖縄独立の動きが中国を利すると思いませんか? 「私の妻が中国人ということもあり、誤解されていますが、私は中国なんかの工作員ではありません。ある意味、右派の方ともわかりあえる民族派だと思っています。もし中国の工作員だったら、たくさんの工作資金をまわしてもらって過去に知事選や市長選に当選しているはずです」 ―独立したとたん中国自治区になるのでは?「それはありません。私たちが松島さんたちと違うのは、彼らは新左翼系で非武装を唱えていますが、我々は武装を認めます。ただし、独立=自主防衛ということではないのです。独立しても、米国・琉球軍事同盟を結ぶ事や、国連に協力をもとめて多国籍軍の駐留とか、琉球国防軍を多国籍人で構成するとかも可能だと考えています。自衛隊と同盟を結ぶこともありえます。ただし、その場合は『自衛隊』ではなく『災害派遣隊』に名をかえていただき、有事の際だけ『国防軍』になってもらえばいい。中国に占領されて終わりという意見をたびたび聞きますが、いちいち反論するのは時間のむだです」 そうはいうものの、私が屋良氏を知ったのは、2010年4月25日普天間県内移設反対県民大会で、屋良氏が琉球独立のドデカイ旗を持って自転車で走りまわり、その映像が中国のテレビで放送され、中国人の間で・やはり琉球は独立したいんだ・と評判を呼んでいたからだ。その事を持ち出し、「いくら中国とは関係ないといっても、中国国内の世論形成に利用されている。その事をどう思うか?」と聞いてみたが、明確な答えは返ってこなかった。いずれにしろ中国はあらゆる手段を駆使して沖縄及び尖閣の略奪を狙っている。もし実現すれば中国の巨大艦隊が太平洋に出られる広大な海路を獲得でき、ハワイでアメリカと太平洋の覇権を二分するという野望も達成できるのだ。沖縄独立を応援するトンデモ文化人、政治家たち 4月に沖縄に行った際、沖縄財界のF女史が「最近、孫崎とか鳩山とか何人だかわからないような人がちょくちょく沖縄に来ては左翼に迎合することばかりいって困ったものだわ…」といっていた。 「鳩山」とは鳩山由紀夫元首相である。最近、沖縄に財団法人東アジア共同体研究所を立ち上げた鳩山元首相は、近々中国を再訪するという噂もあり、まるで中国のエージェントのような動きをしている。「孫崎」とは孫崎享氏で、その最重要ブレーン。元外務省情報局長、元防衛大学教授という肩書があるだけにやっかいなのだが、4月10日付沖縄タイムスに「私は最近沖縄を訪れることが多い。/気付いたことは、沖縄の政治家や言論界の相当の人々が独立論に傾いていたり、今真剣に検討しはじめていることである」という書き出しで「活発化する沖縄独立論」というエッセイを寄稿している。独立学会への側面支援である。この記事に関してF女史が「私の周囲で独立なんか唱えている人は一人もいません。孫崎氏は一体誰に会って発言しているのでしょう? 中国人ではないかしら?」と憤慨する。 また、 社民党の照屋寛徳議員は自らのHPで「沖縄、ついにヤマトから独立へ」と、独立学会設立を歓迎、応援する記事を掲載している。その内容は以下のようなものだ。「明治以来の近現代史の中で、時の政権から沖縄は常に差別され、今なおウチナーンチュは日本国民として扱われていない現実の中で、日本国から独立した方が良い、と(私は)真剣に思っている。 沖縄の人口は140万人を超えている。国際社会には人口100万規模の独立国がたくさんある。今朝(4月1日)の地元二紙朝刊によると、来る5月15日『琉球民族の琉球民族による琉球民族のための学』と定めた『琉球民族独立総合研究学会』というものが正式発足するらしい。許されるならば(会員資格のうえで)私も学会に加わりたい」  4月9日のHPにはこんなエピソードを誇らしげに紹介している。「今日、中華人民共和国駐日本国大使館・韓志強公使が私の議員会館に来室した。来室目的は、現下の日中間の諸問題や中国と沖縄(琉球)との500年余の歴史的、文化的、経済的交流(交易)について、語り合うことであった。(略)私からは、特に尖閣問題について『平和的外交手段による解決を強く望む』と申し上げた。韓志強公使は、『中国は武力や威嚇の行使による解決の意思はない』と明言された。(略)最近、ネット右翼が『沖縄でオスプレイ反対を叫ぶ者は中国の手先』とか『中国が沖縄を侵攻、占領するぞ』等と喧伝しているが、韓志強公使は『中国が武力で攻めてくるような雰囲気があるが、根も葉もないこと。そのような意図は全くない』と明確に否定された」 中国公使の吐息のような嘘を信じるのは勝手だが、5月13日には尖閣沖の領海内で漁をしていた石垣島の漁船髙州丸が、中国の海洋監視船3隻に包囲され、海上保安庁の巡視船が間に入るという事件が起きた。これを威嚇といわずに何と言うのか。それほど中国を信じ、沖縄独立を是とするなら、日本国の国会議員をさっさと辞任すべきだろう。発起人はオール・サヨク ともあれ、独立学会の発起人五十数人の公表されているバックグランドを調べたところ、見事なまでにオール・サヨクだ。一坪反戦地主、革労協、沖教組、反戦運動家、普天間ゲート反オスプレイ活動家など。政治色のない市民はほとんど見当たらない。これでは偏狭な運動集団と見なされても仕方がない。15日の記者会見に出席していた、長老格の西表島の石垣金星氏は会見で「私は元沖教組で、68年から72年まで復帰運動の先頭にたって旗を振っていました。復帰後、バラ色の世界がくると信じていた。ところが、それは間違っていた。日本政府は日本人の安全のために沖縄は言うことを聞けという。オスプレイにしろ、これまでのやりかたはすべてそうでした。沖縄市町村の代表が東京に行ってデモ行進しても何も現状は変わらない。沖縄に平和がきて夜、ゆっくり眠れるようになる選択肢は独立しかない。(略)この運動を長い目でみて、若い人たちにバトンタッチしてゆきたい」と語っている。 確かに戦後70年近くも経ちながら、日本国内に外国の軍事基地が存在するのは異常である。しかしそれを解消し、日本を真の自立した国家にするには改憲し、自衛隊を国軍として増強し、アメリカと対等の立場で同盟を結ばなければならない。その方向に進まなければ、基地問題も完全に解決はしない。日本も沖縄も、核を保有する非民主的国家に囲まれているのだ。石垣氏は1946年生まれだそうだから、沖縄戦の時には赤ん坊にもなっていない。その沖縄戦では12万人以上の民間人と、約10万人の日本軍人が命を落とした。戦艦大和も含め皆、日本と沖縄を守るために必死で戦ったのだ。敗れたとはいえ、その勇猛な必死さがあったからこそ、日本は独立でき、沖縄も復帰した。それが歴史の見方というものだ。中国の分断工作に易々と乗せられることは同じ悲劇を繰り返すことになる。 32軍司令部の直属の看護婦として従軍し、牛島大将の最期を看取った伊波苗子さん(94)は会うたびに私にこういう。「閣下殿は摩文仁で自害されてからも、ずっと沖縄にとどまり、沖縄の父神様となって私たちを見守ってくださっているのです」。それは「矢弾尽き 天地染めて 散るとても 魂還り 魂還りつつ 皇国護らん」という辞世の句に現れている。また、大田實・海軍少将は「沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」という遺言を残して自決した。沖縄は6月23日、68年目の「慰霊の日」を迎えるが、沖縄を守るために散華した島民や日本軍兵士、神風特攻隊の英霊たちが、独立学会などの稚戯のような騒動を知ったら、どれほど嘆くだろうか。独立学会がめざす「甘世」な社会は、現時点では幻想に過ぎず、彼らの頭の中だけに限定しておかないと、それこそ東アジアの動乱に繋がってゆく。彼らは、琉球独立云々を言う前に、国家なき人々の悲劇、パレスチナやチベット、ウイグルなどの調査・研究を行い、そこから真の平和とは何なのかを真摯に学んでいただきたい。 ちなみに先述の沖縄県民意識調査で「89%は中国に対し否定的」と発表されたことに対し、沖縄タイムスは「県民は中国には批判的だが、歴史的な親近感はある」と報じている。左に巻いた脳のネジは、どんな現実を見せられても、真ん中には戻らないようだ。大高未貴 昭和44(1969)年、東京都出身。フェリス女学院大学卒業。世界100か国以上を訪れ、 ダライ・ラマ14世、PLOのアラファト議長にインタビューする。衛星放送チャンネル桜キャスター。著書に『神々の戦争』(小学館)、『魔都の封印を解け!』(防衛弘済会)など。

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    先鋭化する沖縄独立

    る色々な資料を送つて下さつた。これは沖縄の現状を憂慮してのことである。すぐに電話でお礼を申上げたが、沖縄独立論や島言葉復興運動について、沖縄県民がどこまでその意味する所を深刻に受け止めてゐるのか、そこが分からない、そこが不安なのですとのことだつた。 送られた琉球新報の切抜きの中に「道標を求めて~琉米条約百六十年主権を問う」といふ連載記事があり、西里喜行氏、與那覇潤氏、阿部浩己氏、佐藤優氏、松島泰勝氏らが書いてゐる。また「佐藤優のウチナー評論」といふ連載もあつた。ひつくるめて言へば、日本政府による琉球併合以前に琉球は独立国として英米蘭と条約を結んでゐるから、強制による琉球併合は国際法違反であり、従つて沖縄の構造的差別を解消するためには、主権と自己決定権が認められ、回復されなければならない、とする主張で共通してゐる。直ぐか徐々にかの違ひはあつても琉球の自主権拡大、連邦化、やがては独立といふ方向を目指してゐることには変りがないやうだ。 久米島生れの作家・佐藤優氏は「ウチナー評論」でヤマトンチュに対する憎悪も露はに、「日本人の政治家の良識に期待しても無駄だ。なぜなら、その良識は身内である日本人内部にしか適用されず、外部である沖縄人には適用されないからだ。沖縄を軽く見る者に対して、我々は知恵を駆使して必ず報復する」(8月30日付)とか、スコットランドの住民投票に関連しては、「11月16日の知事選挙は、東京の中央政府に過剰同化する政治と訣別し、沖縄のアイデンティティー、自己決定権を確認する住民投票としての性格を併せ持つことになる」(9月13日付)とも述べてゐる。沖縄のメディアが毎日流し続けてゐる情報の危ふさ、凄まじさに改めて驚くばかりだ。 10月4日、NHK総合は11時から「ETV特集 沖縄 島言葉の楽園」を放送した。簡単に結論を言つておくと、これは「はるかなる琉球王国」の続編とも言へる番組で、この中では更にはつきりと、沖縄における島言葉の復興といふ動きの取材を通して、琉球独立、もしくはそれに向けての自治権拡大の主張を強く後押してゐた。先に記したやうな、沖縄のメディアが日々発信してゐる主張をそのままなぞつたのがこの番組である。沖縄県知事選挙も近い微妙なこの時期、やはり!といふ感じだつた。今後11月16日までの間、NHKはまた何らかの暗示的なメッセージを含んだ沖縄番組を放送するのではないかと懸念せざるを得ない。ともかくこの番組を見て、改めてNHKの余りに露骨な偏向姿勢と、番組に込められた政治的メッセージに、事態はここまで来てゐるのかと慄然たる思ひになつた。結局、琉球独立推進のプロパガンダだつた 1時間に及ぶ番組内容の紹介は省く。番組では、国連のユネスコが沖縄方言は日本語とは別の独立した固有の「言語」であると認めてゐると語り、また今年8月、国連の人種差別撤廃委員会も日本政府に対し、沖縄人は「先住民」であるからその権利を保護し、消滅の危機に瀕する言語を守るために島言葉での教育を推進するやう勧告したと述べる。沖縄県民は本土の日本人とは異なる「先住民族」だと聞けば、大方の日本人は異様の感に打たれるだらう。だが既に平成20年、「沖縄市民情報センター」などの人権団体から報告を受けた国連の人権委員会から、日本政府は同趣旨の勧告を受けたのだが、幸ひなことに政府はそれを問題にしなかつた。 人種差別撤廃委員会の委員には数多のNGOが資料を渡して陳情する。日本人活動家が提起して国連を巻込み、情報を世界に拡散し、その情報を殆ど鵜呑みにした国連機関の権威を以て日本政府に勧告する、といふ構図は慰安婦問題の「クマラスワミ報告」と全く同じである。今年、日本からは「人種差別撤廃NGOネットワーク」(連絡先「反差別国際運動日本委員会」理事長・武者小路公秀氏、副理事長・組坂繁之氏=部落解放同盟中央執行委員長)が同委員会に対し、国内の諸人権団体の勧告案を含む報告を取纏めたレポートを提出した。因みに理事の中には沖縄人権協会理事長・福地曠昭氏の名も見える。 レポートの8番目の項目に「琉球民族」があり、これを作成したのは「琉球弧の先住民族会 市民外交センター」なる団体だが、その報告書を読むと一貫して大和民族から琉球民族はいかに虐げられ続けたかといふ記述になつてゐて、とにかく尋常な文章ではない。その内容は昨年5月に発足した「琉球民族独立総合研究学会」(庶務理事・松島泰勝龍谷大教授)の主張と全く同じだ。先住民としての琉球民族の意思を決定するためには、現在琉球諸島に居住する人間の「所属民族」を確定し、その上で純粋の琉球民族のみで選挙を行つて代表者を決定し、日本政府と協議するなど、殆ど唖然とするやうなことが提言されてゐる。何を以て線引きするのか。最新のDNA解析結果を以てすれば琉球民族はみんな大和民族になつてしまふ。久米三十六姓の子孫の所属民族は何か。もしかしたら移住者ヤマトンチュは最下層なのか? まるで北朝鮮の「成分」ではないか。 現在の沖縄で奨励される島言葉復興運動も、実はこのやうな沖縄と本土を分断する、国連をも利用した国際的な謀略戦の深層から生じてゐるのであり、素朴な発想のお国言葉保存運動などとは訳が違ふことを理解しなければならない。「琉球民族」に関する報告の五番目に「琉球の歴史/文化及び言語教育」があり、このテーマに関はる問題として、琉球民族は〔a言語権の否定〕〔b独自の歴史・文化を学ぶ権利の否定〕をされてゐる状況にあることを挙げ、その「背景」を次のやうに述べる。「琉球語が消滅の危機に瀕する事となった最大の原因は、日本政府による同化政策と、第2次世界大戦中の沖縄戦における、琉球語の使用者をスパイとみなし、処刑するなどの強制と脅迫が大きく影響している」。そして「勧告案」として、・日本の教育において、大和民族以外の民族や文化に関する教科を設置し、大和民族の歴史や文化に関する教科と同時間数を配分すること。・先住民族の多く居住する地域では、当該先住民族独自の歴史、文化、言語教育の時間を作ること。 この驚くべき内容のレポートが日本のNGOによつて国連の人種差別撤廃委員会に提出され、それがほぼそのまま日本政府に勧告される。このやうに見てくると、NHKの「沖縄 島言葉の楽園」といふ番組は、日本人を大和民族と琉球民族とに分断し、琉球独立への布石を打つための特殊な一NGOのとんでもない提言と、またそれを是認する沖縄のメディアや左翼学者が醸成する空気に忠実に沿つて作られてゐることが分かる。こんな反日番組の制作に大枚の受信料が投じられていいものだらうか。終盤に至つていよいよ番組の狙ひは明らかになる。地方自治が専門といふ琉球大教授・島袋純氏が「島言葉の日」でもある9月18日、スコットランド独立の是非を問ふ投票日の現地をルポし、沖縄のあるべき姿をスコットランドの歴史と現在に求め、沖縄の「言語」の復興を、一時は禁止されたといふゲール語の復興に重ねる。普通はこれをプロパガンダと言ふ。 琉球独立とか自治権拡大を唱へる人はシナの脅威を言はない。チベット、ウイグル、内モンゴルがシナの民族浄化で今どうなつてゐるかを言はない。NHKもそれを言はない。言語に関して言へば「方言札」どころの話ではあるまい。国がしつかりしてゐなければ方言だつて守れまいに。 大事なことを付け加へておく。天皇陛下は素晴らしい琉歌をお詠みになる。この一事が沖縄方言は日本語から独立した言語だとの内外学者の、言はば極めて政治的な妄言を粉砕してゐる。報道されなかつたこと二題 都合の悪いことは報道しない。9月28日昼から29日夜にかけ、元社会党委員長、同衆議院議長、同社民党党首、土井たか子氏の死去(9月20日)を、NHKも民放も朝から晩まで山を動かした人とか言つて讃美一色で報じた。NHKはほぼどのニュースにも「今まで60年間戦争をしなかつたのは九条があるからであり、改憲を阻止する運動を展開したいと思つてゐる」と語る土井氏の同じ映像を入れた。これだからテレビは信用できない。九条を抱へる無防備な憲法があるから人も攫はれたのだ。折しも29日は瀋陽で拉致問題の日朝協議が行はれてゐた。パチンコ疑惑とは何だつたのか。人道の欠片もないこの独裁国家と通じて、拉致問題解決より米支援を優先し、終始拉致被害者家族に冷たかつたのは一体誰か。土井氏は責任ある立場にゐた公人中の公人だ。やたら褒めればいいといふものではないだらう。 嘗てNHKは沖縄の八重山地区での教科書採択問題については「ニュースウオッチ9」などがかなり熱心に報じた。あれは採択された育鵬社の公民教科書をNHKが問題視してゐたからだ。ところで福岡県柳川市教委幹部職員が、同市小中24校長に集団的自衛権行使容認反対の署名集めを要請した問題をNHKは報じたのだらうか。この幹部職員は反戦団体「戦争を許さない福岡県民委員会」(代表、組坂繁之氏)のネット上での呼びかけに賛同して署名集めを依頼したと報じられてゐる。市教委の組織的な関与の有無は不明なままだが、明らかに教育公務員特例法違反である。この件を最初に報じたのは、事後1カ月以上を経た8月6日付読売新聞筑後版だつた。その後続報なく、福岡県在住の年来の友人S君がこれではならじと産経新聞九州総局に働きかけ、同紙は8月29日、9月1日は「主張」で全国に報じ、やうやく広く知られるに至つた。因みにS君は福岡県の公立学校の教員として、強固な日教組支配の中で教育正常化に奮闘してきた。柳川市では中学校長を勤めたから、かの地の状況や空気は知悉してゐる。9月1日には柳川市議会において、緒方寿光市議が市長、教育部長に対し、徹底して事実関係を質し、口頭注意で済ませてゐたところを再調査するとの回答を引き出した。地方議員の行状が何かと話題になる昨今だが、かういふ使命感に満ちた人もゐて日本を支へてゐる。反戦団体や日教組の存在にも絶対に臆しない。柳川市議会のホームページを検索すれば、この時の緒方市議の粘り強い奮闘ぶりが見られる。民間団体「教育正常化推進ネットワーク」の側面からの活動もあり、10月1日の新聞各紙は関係者が懲戒や文書訓告などの処分を受けたことを報じた。この重要なニュースをNHKは報じたのだらうか。全国ニュースでは見た覚えがない。S君にNHKのローカルでは伝へたかと尋ねたが、報じたのを見たことがないと言ふ。多分2人とも見落としたのだらう。(10月17日) 本間一誠氏  昭和20年生。東京都出身。皇學館大学文学部国文学科卒。国語科教師として鹿児島県、千葉県、三重県の高校に勤務

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    迫る沖縄県知事選 抑止力考慮した米海兵隊基地の議論を

    香田洋二 (ジャパンマリンユナイテッド顧問 元自衛艦隊司令官) 11月16日に沖縄県知事選挙の投開票が行われる。米軍施設が県土の約10%、日本全体の米軍基地施設の約75%を占める沖縄では、在沖海兵隊の再配置が主要争点となる公算が高い。7月にハワイで行われたリムパック(環太平洋合同演習)での一コマ(REUTERS/AFLO) しかし、再配置と並行して検討されるべき重要要因である「米軍の抑止力維持」に関する論議はほとんどない。 負担軽減のみを論じ、抑止力に言及しない議論は不完全である。マスコミ等があえて黙殺している節もあることから、この機会に米軍、特に海兵隊の抑止力に焦点をあてて考察する。 去る8月に米マリアナ統合軍司令官である旧知の米海軍少将の交代式へ参加するためグアムを訪問し、グアムの知事や政財学界首脳と懇談する機会を得た。主な安全保障の話題は、アジア重視政策におけるマリアナの重要性、北朝鮮のミサイル恫喝に対応した戦域高高度防衛(THAAD)ミサイルの配備と在沖海兵隊の移転であった。 海兵隊移転は転入隊員・家族数と地域経済への影響が中心であり、MV-22オスプレイは話題にもならなかった。在沖海兵隊の移転・再配置は、我が国はもとよりアジア太平洋地域全体の安全保障に大きな影響を与える。米本土より劣る在沖海兵隊 米軍が冷戦後のアジア太平洋地域の安定を支えてきたが、その役割は我が国駐留及び当地域へ展開する米軍部隊が担ってきた。ハワイ、グアムからアフリカ東岸までの広大な地域で、米軍戦闘部隊が駐留している国は日本と韓国だけである。在韓米軍は、米韓同盟の本質が対北朝鮮であることから北の抑止意義が高い反面、朝鮮半島に拘置されており、新戦略を反映した他地域への戦略的展開は困難である。 「再均衡」(Rebalance)政策を中核とする米国のアジア太平洋政策に、真っ向から挑戦する中国の「近接阻止・領域使用拒否」(以後「A2AD」)戦略を受けて立つ米国のアジア太平洋安全保障戦略を支える柱が、在日および当地域へ展開する米軍部隊である。米国の再均衡政策と安保戦略を支える我が国の決意と自衛隊の能力は、アジア諸国から高く評価されている。日米同盟を基本とする我が国の政策と地政学的位置は当地域の安定の鍵である。 残念ながら、再均衡政策の柱である対中抑止力の一翼を担う海兵隊の役割と意義は、我が国において正確に理解されていない。再配置計画推進過程において理解深化は必須である。 筆者は4年にわたる米海軍での生活を通して、海軍と密接な関係にある海兵隊に関して同僚の海兵隊将校から多くを学んだ。その立場からすると、我が国一般の海兵隊に対する理解は不十分である。 海兵隊は、軍艦内の規律維持と海外の国益保護を任務とする小規模な軍種として独立戦争前年に誕生した。一時の廃止期を経て19世紀半ばから米国のほとんどの戦争に参加し、ペリー提督来訪にも少数が同行している。2回の世界大戦、ベトナムから湾岸、更にはアフガニスタンまで多くの戦争に投入され、今日では米国の世界戦略における初動対応部隊となっている。 海兵隊はMAGTF(マグタフ)と呼ばれる司令部、地上部隊、航空部隊及び支援部隊から成る自律作戦能力の高い部隊を編成して任務を遂行する。 最大単位が遠征軍MEF(メフ)で師団規模の地上戦闘部隊と完全編成の航空団(戦闘攻撃機、垂直離着陸攻撃機、大〜小型輸送・攻撃ヘリ、電子戦機、空中給油機、輸送機等)及び支援部隊で編成される約4万人の部隊で、近年ではイラク戦争等の湾岸地域への対応の際に編成されている。 1952年制定のダグラス・マンスフィールド法による3個MEF制をとる海兵隊はⅠ-MEF(以下「Ⅰ」)が西海岸のカリフォルニア州、Ⅱ-MEF(同「Ⅱ」)が東海岸のノースカロライナ州、Ⅲ-MEF(同「Ⅲ」)が日本に所在する。 MEFのうち戦闘攻撃機から各種ヘリまでの、任務と性能が異なる200機以上の作戦機を運用する航空団は各機種の飛行特性と訓練形態に応じて3〜4個の近傍の航空基地に展開する。一時提案された「普天間所在輸送ヘリの嘉手納移駐案」を米軍が受け入れなかった大きな理由が本方式である。 海兵隊の特徴は、 (1)陸・空戦力が近傍にまとまって所在し一体化した緊密な訓練を実施 (2)洋上展開を支援する海軍基地(Ⅰ:サンディエゴ、Ⅱ:ノーフォーク、Ⅲ:佐世保)の近傍に所在 (3)実戦より厳しい訓練の継続実施 (4)自己完結性の高い作戦能力と補給途絶下における一定期間戦闘力維持 (5)非正規戦から本格的戦闘に至る幅広い各種戦能力 等があり、これらを包括的に表す標語として「敏捷性(Agility)」がある。 MAGTAFには、MEFの他に旅団規模のMEB(メブ、1〜2万人)および最小単位であるMEU(ミュー)がある。 MEUは最も運用頻度が高く「司令部」と「戦車や砲兵を含む地上大隊戦闘団」及び「各種輸送ヘリ及び垂直離着陸攻撃機からなる混成航空隊」と「後方支援大隊」から成る約2000人の部隊である。海兵隊は常時2個MEUを即応体制で維持するため、7個MEUを米本土の2個MEFに各3個、在沖縄のⅢに1個の配分で編成している。 即応MEUは空母型強襲揚陸艦及びドック型揚陸艦等3隻で構成される遠征打撃部隊に乗艦、洋上を動き回りながら待機して不測の事態に備える。本格的な両用作戦を実施する際は海軍の空母機動部隊及びトマホーク搭載艦の支援を受けるが、この組み合わせを「海軍・海兵隊チーム」(Navy-Marine Corps Team)と呼称する。 海兵隊の本質は、「上陸作戦・両用戦が得意な地上戦部隊」という単純なものではない。強力な陸・空戦闘力と支援能力をMAGTFとして集約して自己完結力と継戦能力に優れるとともに、海軍部隊と緊密に協同して人道支援から本格戦闘までの広範な任務をあらゆる場所で達成するところにある。 我が国の島嶼防衛に関連して「海兵隊的機能」という用語が広がっている。自衛隊が導入を進めている両用戦能力は島嶼防衛上必須であるが、上述のMAGTFに象徴される海兵隊と自衛隊の本質は水と油以上に異なる。 自衛隊の両用戦能力を構築するにあたり、海兵隊とは機能も運用体制も異なる陸海空自衛隊が保有すべき能力を明確にするべきである。そのうえで、海兵隊的機能である両用戦能力の整備が必要である。単なる海兵隊の一部能力導入だけで、有事に真に機能する島嶼防衛力とはなりえない。 沖縄の地理的特性からⅢの当地域の安全保障への影響は圧倒的である。しかし、米本土所在のMEFが海兵隊の特徴を全て満足する「完全MEF」とすれば、在沖のⅢは、航空部隊がカネオヘ(ハワイ州:大・小輸送・攻撃ヘリ)、岩国(戦闘攻撃機、給油機)及び普天間(オスプレイ)と広範に分散し、地上部隊も一部が旅団規模でハワイに分駐した上に総兵力も小さい「減量MEF」といえる。 この様なⅢであるが、台湾に加え、中国の強圧的対外政策の目標となっている南・東シナ海及び不安定な朝鮮半島との関係という天与の地政学的価値を有する沖縄に所在することこそ、当地域の安定における最大の戦略的意義であり、拡張主義を採る中国にとって重大な障害、すなわち極めて有効な抑止力となっている。 しかし、即応部隊の中心となるMEUが1個に限られる等、I、Ⅱに比べ能力で本質的に劣るⅢに対する正確な理解が海兵隊再配置の出発点である。海兵隊戦闘部隊の一部及び家族のグアム、ハワイ移転と訓練の豪州ダーウィン及びグアムでの分散実施は、陸・空戦力が近傍にまとまって所在し、MAGTFとして緊密に一体化した質の高い訓練を実施するという海兵隊の根本理念に反する。 本移転による在沖兵力の減少は、減量MEFの戦闘能力を更に削ることであり、機動展開等の部隊運用で補える限度を超える恐れがある。沖縄特有の厳しい訓練制約がもたらす戦闘力の低下は、訓練環境のよいダーウィン等で改善できることを勘案しても、現在の再配備・移転計画はⅢの戦闘・抑止力を許容限度の下限まで減ずるものと理解しなければならない。 「オスプレイ飛行訓練のグアム移転」や「同飛行隊の佐賀空港への暫定移駐」は、①許容限界にあるⅢの構成部隊と訓練を更に分散させ、②分散した遠隔地における移動訓練が訓練効率と質の低下に直結し、既に下限にある抑止能力を遂に許容水準下に落とし込む恐れが大である。オスプレイ訓練のグアム移転等の追加提案は、少なくとも我が国から持ち出すべきものではない。「偏重」議論の見直しを 今後、「基地負担解消」のみの論議が続き、「抑止力維持」の視点が顧みられないまま再配備・移転計画が推進される場合、中国の強圧的な対外政策に「がっぷり四つ」に組み合う米政策の柱となる米軍、なかでも在沖米海兵隊の抑止力は大きく損なわれる。 両案件の同時解決は簡単ではないことは勿論であるが、感情論から離れた論理的な取り組みが国民、特に沖縄県民に求められる。今日まで我が国と国民が享受してきた最大の価値である自由と民主主義に先鋭的に挑戦する隣国に正面から向き合う時、再配備問題で混乱し低下する海兵隊の抑止力は彼の国だけを利することになることを我々は銘記しなければならない。

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    知事選に向けての情報操作か! NHK沖縄番組の偏向

    元高校教師 本間一誠沖縄県知事選に向けての情報操作が始まった 足かけ4年に亘つて注視して来たNHK番組の中でも、特に関心を払つて見て来たのが沖縄関連の報道である。そこに、沖縄メディアと軌を一にした歪んだ歴史観、露骨な反日反戦の姿勢が如実に窺へるからだ。もう何度も書いてきたが、今回も沖縄関連番組に絞つて書くことにする。それといふのも来たる11月16日には、日本の将来にとつて死活的に重要な沖縄県知事選挙が行はれるからだ。これまでの報道姿勢から考へると、必ずNHKは、沖縄の被害者意識を一層煽るやうな形で、普天間基地の辺野古移設にブレーキをかけて来るだらう。そして、実際は大幅な規模縮小を伴ふキャンプ・シュワブへの「移設」なのに、殊更「新基地建設」反対と言ひ募る勢力、或いはシナの意を迎へる「龍柱」建設を推進してゐる那覇市役所内外の反日勢力の後押しをするに違ひない。実際、それはもう露骨に始まつてゐる。本土と沖縄の分断を図るNHKの情報操作は、既に随分早くから始まつてゐるが、今後は11月の県知事選から来年の敗戦70年に向け、一層その傾向に拍車がかかるのではないかと思ふ。 NHKが沖縄県知事選挙の争点を、敢へて辺野古移設の是非に持つて行きたいことは明白だ。さりげなく印象操作を始めてゐる一例を挙げておく。8月14日は基地移設作業のため、名護市の辺野古沿岸で関係者以外立入禁止を示すブイの設置が開始された日だつた。この日、「おはよう日本」は制限水域のブイ設置開始を報じ、無断で入つた場合は日米地位協定に伴ふ刑事特別法で検挙対象になることにつき、反対派の市民グループから抗議活動を抑圧するものだとの批判が出てゐることを伝へた。その日の夜7時半から75分にわたり、「コロッケぱらだいす・ごきげん歌謡笑劇場~夏休み!沖縄・名護スペシャル」なる娯楽番組を放送した。内容は出演者らによる地元紹介や歌、名護を舞台にした他愛のない人情笑劇ではあつたが、全国数多の市町村の中で、わざわざこの日に名護市である。どうにも素直になれない。余り意識の高くない視聴者の意識を名護市に向ける効果はあつただらう。こんな穏やかで平和な所に、無理に海を埋立てて基地を作るなんて、といふ訳だ。 この番組のすぐ後、「ニュースウオッチ9」はボートやカヌーで抗議する「市民グループ」と海保の睨み合いの状況を映し、キャンプ・シュワブ前で「新基地反対」のプラカードを持つて、移設反対の拳をあげる人々の抗議風景を映す。更に沖縄戦の聞き取り活動をして来たといふ「辺野古区民の会」のN氏が、「政府のやり方には憤りを飛び越えて涙も出ない」とか「戦争が起きると真先に狙はれるのは基地がある所。辺野古住民も先の大戦で68名犠牲になつてゐる。基地建設は何としても阻止」などと語る。この理屈で言へば国中丸腰でゐるのが一番安全といふことになる。実情はキャンプ・シュワブのある地元辺野古住民の殆どは移設容認なのだが、結局その声は全く報じられなかつた。お笑ひ娯楽番組と軽く見てはゐられない。かういふニュースの合間に何げなく名護市で催した娯楽番組を嵌め込めば、ある種の宣伝効果はあるだらう。心理戦の手本ではある。基地移設反対を煽る「時論公論」は放送法違反 辺野古移設報道に関してもう一つ挙げておく。9月13日の「時論公論~説明置き去りで進む辺野古移転」(西川龍一解説委員)である。最初から「辺野古沿岸部で準備作業が本格的に始まつて1カ月。この間、移設に反対する人達の抗議活動が継続する中、現場の作業は進み続けてゐる」と、専ら反対派と同じスタンスで語る。西川氏のこのコラムを手短に要約すれば、昨平成25年暮に仲井眞知事が埋立申請を承認したが、その後も反対派の抗議運動は続き、宜野湾市や名護市の民意も移設反対が圧倒的に多い。国は住民が求める負担軽減とは何かに耳を傾けよ、といふ内容。 西川氏は、制限水域を示すブイ設置後の8月23日、埋立地に隣接するキャンプ・シュワブのゲート前で「三千六百人の大規模な抗議集会」が開かれ、その後も移設反対の抗議活動が続いてゐると言ふ。氏は平成24年10月23日の「時論公論」でも、同年9月9日の「オスプレイ配備反対県民大会」を取材し、実際集会を見てゐるのに10万人を越える人が集まつたと述べた。公安筋の情報では約2万人。西川氏は主宰者発表の大嘘をそのまま伝へた訳だ。今回も全く同じで、3600人といふのは主宰者側発表の数字で、翌日の「沖縄タイムス」1面にもでかでかと載つた。 しばしば引用する沖縄発のブログ「狼魔人日記」(管理人・江崎孝氏)によれば、キャンプ・シュワブのゲート前はせいぜい入つて千人程度、当日もそんなものだつたらうとのこと。放送法四条三は「報道は事実を曲げないですること」と明記してゐる。事実とかけ離れた誇大な数字で、反対集会が盛り上がつたと印象づけるのは放送法違反だらう。自分の目で見よとは前にも書いた。 普天間基地移設問題を考へる時の大前提は、日本の存立にとり、現在も将来も沖縄が持つ地政学上の絶対的な重要性は変らないといふこと、そして、普天間基地の危険除去と北部振興、及び即応性ある堅固な国防体制の構築、これらを満たすには辺野古への移設しかないといふこと、この二点であらう。だが西川氏の解説は専ら基地撤去、もしくは移設反対派の立場に身を置いて己の心情を吐露し、政府は反発する地元住民に説明責任を果たせと言ふばかりだ。この稿を執筆中の現時点で、シナ海警の船が連続39日も尖閣諸島の接続水域を遊弋してゐる。時に平然と領海侵犯もする。西川氏はこの危機の常態化には全く言及しない。「クローズアップ現代」同様、実に奇異としか言ひやうがない。この厳しい現実を抜きにして沖縄の基地移設問題は論じられないではないか。沖縄県市議選――NHK出口調査結果に疑問 では西川氏自身は危険な普天間基地をどうせよと言ふのか、どうやつて沖縄や本土をシナの侵略から守れといふのか。それは語らず、次のやうに言ふ。「移設に肯定的な人の中にも、辺野古への移設は新たな基地機能の強化、基地の固定化であり、負担軽減には繋がらないのではないかと疑問を持つ人もゐる」と。移設容認派の人にも色々ゐるだらう。だがこの発言も西川氏の心情に沿つてピックアップされ、移設容認の人でさへかう言つてゐるとの印象操作をしてゐるとしか思へない。国外、県外への移設は不可能なのだから、西川氏のコラムの方向を延長すれば、結局残る道は移設の中止、普天間基地は閉鎖撤去といふことになる。既に工事に入つた現在、それはあり得ないことだが、安倍政権は民意を無視して移設を強行してゐるとのアピールにはなる。一番喜ぶのは心理戦、世論戦をしかけてゐるシナ共産党だらう。 西川氏は「抗議活動の根底にあるのは国への不信感」と言ふが、この番組に映つてゐる抗議活動をする人々をよく見よ。幟に記された言葉や団体名を見ても地元の一般住民ではない。県内外の左翼活動家か日当目当ての老人達である。例の辺野古テント村の住人と同類の人々であり、それを恰も地元住民であるかのやうに言ひなすのは殆ど詐術としか思へない。それはもう通用しない。西川氏は9月9日に現地取材し、「平日にも拘らず」反対派の人々が20艘ほどのカヌーでボーリング調査を止めろと訴へてゐた(映像あり)と共感の口吻で語る。普通の人間は平日には勤めがある。平日の白昼にカヌーで海保のボートに突つかかるのはバックがあるプロ市民でないとできまい。 どうしても疑義を呈しておきたいことがある。また数字の問題だ。このコラムで、9月7日の沖縄県市議会選挙に際し、NHKが宜野湾市と名護市で辺野古移設に賛成か反対かの出口調査を行つた結果を紹介してゐる。宜野湾市では反対68%、賛成32%、名護市では反対78%、反対22%であつたといふ。西川氏は負担軽減になる筈の宜野湾市でもこんなに反対が多い、これは移設が負担軽減、危険除去には繋がらないと見てゐる市民が多い結果だと言ふ。数字の印象効果は大きい。だがどうも変だ。宜野湾市(定数26人)では移設容認の与党15人は全員当選してゐる。名護市(定数27名)では選挙前に県外からの住民票移動が約1600人以上(「チャンネル桜」惠隆之介氏談)といふ異常事態の中で、移設反対、基地撤去を掲げる稲嶺進市長の与党14名が当選、公明党2名を加へ過半数を反対派が制したが、実は与党は前回より一議席減らしてゐる。宜野湾市の選挙結果とNHKの出口調査結果は、その数字が余りに乖離してはゐないか。また名護市への左翼と覚しき大人数の住民票移動が実際にあつたとすれば、それに言及しないのはフェアではない。出口調査はどのやうに行はれたのか。何より選挙結果が出たのに、今更出口調査の数字を詳しい分析もなしで強調することに強い疑問を感じる。これも印象操作ではないのか。「歴史秘話ヒストリア」は琉球独立工作だ 9月3日放送の「歴史秘話ヒストリア・はるかなる琉球王国~失われた南の島の記憶」はとにかく酷かつた。昨年、この「歴史秘話ヒストリア」が伊勢の遷宮を扱つた時も、根底に流れる反日史観に強い憤りを感じたものだつた(本誌昨年八月号)が、今回もまた同様の気分になつた。近年の東シナ海の海空の状況や、仄聞する沖縄への工作活動の浸透を考へれば、この番組は殆ど外患誘致、琉球独立工作を公共の電波を使つて堂々と実行してゐるとさへ思はれる。 冒頭のナレーションはこんな具合である。「日本列島の南に位置する沖縄の島々。嘗てここに琉球王国と呼ばれる独立国がありました。海を通じ、日本や中国をはじめ、アジアの国々と繋がつてゐた琉球は独自の文化を育んだ海洋国家でした。(中略)明治を迎へ、近代化を進める日本政府を前に琉球は存亡の危機に立たされます。強引に進められる日本への併合。さらには琉球を分割する計画まで。そんな中、琉球を守るために立ち上がつた若者達がゐました。時代の荒波に翻弄されながらも、必死に抗ひ続けた琉球王国の知られざる奮闘物語です」云々。冒頭のこの語りが簡潔にこの番組の内容を語つてゐる。 番組では、嘗て琉球王国はシナと日本といふ大国の間にあつて、その巧みな外交術と中継交易により大いに栄えたこと、幕末のペリー来航時には通訳の板良敷朝忠の巧みな交渉術で王国の危機を乗り切つたことなどが語られる。琉球王国はシナとも日本とも異なる独自の文化伝統を持つた平和で輝くやうな国といふイメージを演出する。日本の「琉球処分」がいかに理不尽な蛮行であつたかといふことを印象づける仕掛けである。 琉球王国の華やかな文化は冊封使節をもてなすところから生まれた宮廷文化であり、王族や上級士族の奢侈を支へた民衆は、重税と天災のために常時塗炭の苦しみの中にゐたことは全く語られない。明治になつても続いた宮古、八重山の過酷な人頭税のことや土地が私有できなかつたこと、農民には教育は施されず、従つて識字率がほぼゼロであつたことも全く語られない。それなのにひたすら琉球王国が美化されるのは、そこに琉球独立への情報工作が込められてゐるとしか思へない。最後のシーンで現れたCCTVの馬脚 番組中の「エピソード3~琉球を守れ! 若者たちの奮闘」が眼目の部分である。明治政府が派遣した内務官僚松田道之による「琉球処分」は、武力の威嚇のもとにいかに強引に行はれたかが語られ、明治政府の動きに抗して清国に救援を求めて奔走する幸地朝常らの活動や、救援要請の事ならずして自殺した林世功らは極めて同情的に語られる。特権階級だつた帰化人の子孫達が、琉球王国存続のために清国に救援を求める姿を過度に英雄的に描くのには強い違和感を覚える。全ては「琉球処分」によつて日本が独立国であつた琉球王国を滅ぼしたとの俗流左翼史観から来てゐる。 明治12年3月27日の首里城明け渡しの強制執行(但し一人の死者も出てゐない)、直後の四月四日の沖縄県設置布告に至るまでの過程を仔細に見れば、当時の東アジアの状況から何としても国境を画定して早急に近代化を図らなければならなかつた明治政府が、それでも能ふ限り琉球の処遇に配慮しつつ事を運んだことが見えて来る。この番組のなかで批判されてゐる清国との間の琉球分割交渉も、当時に戻つて様々な要因を丁寧に見なければ、大国の横暴であり明治政府は酷かつたといふだけの話になつてしまふ。事実、番組の印象はさうである。そんなに冷酷な政府なら、沖縄統治に当つて所謂「旧慣温存策」を長期に亘つて忍耐強く続けただらうか。改めて言ふまでもないが、「琉球処分」とは「廃藩置県」を推進する明治政府が、頑固に近代化を阻む独裁の「琉球王府」を解体したことであり、琉球の民衆をも何か専制的に処断したといふことではない。にも拘らず、そのやうな誤つた印象が意図的に振りまかれてゐることはこの番組に見る通りである。 「やがて日本語教育が徹底されて、本土との同化が進められて行きます。琉球王国は記憶の彼方に追ひやられて行きました」といふナレーションの後、この番組の最後に、今から30年前、帰化人の子孫が住む久米村の人々が祖先の出身地、福建省福州を訪ねて墓参した時の映像を流す。戦争中は敵国に通じる恐れがあるとして、久米村は厳しい監視下におかれたとの説明の後、ナレーションはこの訪問を機に琉球を救はうと尽した人々の功績を見直す動きが始まつたとも語る。更に現在の映像に戻つて、嘗ての久米村に昨年完成したといふ孔子廟(久米至聖廟)を映し、ここでも念入りに、琉球王国を支えた人々の歴史を再確認する場所になつてゐるとの説明を入れる。この廟の前でコメントをするのは「久米崇聖会」なる団体の男性。因みにこの至聖廟設置については、那覇市が特別な便宜を図つた疑ひがあるとして住民監査請求が出てをり、目下審査中である由。エンディングの映像は、空撮映像で首里城から普天間飛行場、更に駐機してゐるオスプレイと軍用機の地上映像を念入りに流して、最後は移設予定地の辺野古となる。ここまで露骨な反本土、反基地のメッセージを流すのは異常としか言ひやうがない。 制作統括・木道荘司、ディレクター・森下光泰とあるが、実際はCCTVが作つたに違ひない。笑えない「お笑い米軍基地」が好きなNHK 平成24年6月16日に「沖縄慰霊の日」関連番組として再放送された〈Eテレセレクション「基地を笑え~人気舞台で見る沖縄のホンネ」〉、今年7月10日にこれも再放送の〈プレミアムアーカイブス「笑う沖縄・百年の物語」〉をいずれも録画で見た。後者は最初に「嘗て沖縄は琉球王国と呼ばれ、アジアの海洋貿易で繁栄を極めた。しかし王国の富は四百年前、薩摩藩の武力によつて奪はれた。更に1879年、明治政府の侵攻によつて琉球王国は滅亡、沖縄は大日本帝国に組込まれた」とのナレーションが入る。先に述べた「歴史ヒストリア」と全く同じ琉球王国美化史観であり、これは則ち沖縄被害者史観、沖縄捨石史観とそのまま通底してゐる。NHKの流す沖縄関連番組には全て判で押したやうにこの歴史観が張り付いてゐるが、さういふNHKが今、贔屓にしてゐるのが沖縄で人気のコント劇団「お笑い米軍基地」であり、右の二つの番組にも登場する。主宰者は小波津正光氏。沖縄の中学や高校はこの劇団の公演を学校ぐるみで見せに行く。右の番組の中で、高校生が公演を見た後、女子生徒は「基地ハンターイ」と楽しげに声を上げ、男子生徒は「自分も米軍基地に石を投げたことがある」と言ふ。 この劇団は例へばこんなコントをする。題は「歴史教科書」。教科書の赤い表紙と黄の表紙に穴をあけ、それを顔にはめた夫婦が掛け合ひをする。教科書検定で集団自決への軍関与が削除されたことを風刺してゐるコントだと言ふ。黄の表紙には伊藤博文、聖徳太子、福澤諭吉の顔が見える。 赤「あなた最近変つたのね!」 黄「急に何を言つとるんか、お前」 赤「私に何か隠し事あるんぢやないの」 黄「ないよ、別に」 赤「嘘よ、あなた私に内緒で歴史変へたでしよ」 黄「変へてないよ、そんなもん」 赤「あなた、私が何か知らないとでも思つてるの。隣の奥さんに聞いたわ。あなた私に内緒で沖縄の歴史、変へたでしよ」 黄「ギクッ!」 赤「沖縄県の集団自決は日本軍の指示ぢやなかつた、さう書き換へたさうぢやないのよ」 黄「いやいや、それはその言葉のアヤと言ふか、ま、その…」 赤「ひどい! ひど過ぎるわ、あなた。結婚する時は事実だけを載せる、さう誓つたぢやない。ねえ、取消してよ、あなた。ちやんとした歴史、書き換へてよ。もう、バカバカバカ」 黄「うるさいなあ」(と蹴飛ばし、妻は転ぶ)  全く笑へないコントだが、NHKや日教組には受けるらしい。7月25日付の「八重山日報」に、この劇団が舞台で皇室揶揄のコントを演じ、そこに出演してゐた役者をCMに起用してゐた企業に市民から問合せがあり、その企業はCMを打ち切つたとの記事が載つた。NHK殿、それでもまだ贔屓にするのですか。(9月17日)本間一誠氏 昭和20年生。東京都出身。皇學館大学文学部国文学科卒。国語科教師として鹿児島県、千葉県、三重県の高校に勤務。

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    責任感なき独立論 スコットランドと沖縄

    スコットランド独立は住民投票で否決されたが、一連の動きは世界に大きな波紋を広げた。 日本でも、ごく少数とはいえ沖縄の独立論者が存在することをどう考えるべきか。