検索ワード:河合雅司の少子高齢時代/44件ヒットしました

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    過去の成功体験と決別せよ 〝危うさ〟感じる人口減少対策

    河合雅司(産経新聞 論説委員) 昨年10月に実施された国勢調査において総人口が約1億2,709万5千人となった。5年前の前回調査に比べて約96万3千人の減だ。国勢調査で総人口が減ったのは1920年の初回調査以来、約100年にして初めてである。  こうした流れを止めることは極めて難しい。これまでの少子化の影響で女児の出生数が減っており、今後、出産可能な年齢の女性数が大きく減少するためだ。  人口が減ると国内市場は縮小する。消費が落ち込むと企業は設備投資に二の足を踏み、税収も増えなくなる。一方、高齢化で年金や医療や介護といったサービスを受け取る対象が増えることから、社会保障は負担増とサービスカットへと向かう。そうなれば国民の老後への不安が拡大し、ますます消費マインドを冷やす悪循環に陥っていく。  安倍晋三首相が「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と笛を吹いても消費が伸びないのは、国民にお金がないのではなく、将来に対する不安が国民全体を覆っているところが大きい。高齢者から若い世代に至るまで「老後」に備えて財布の紐を堅く締めてしまっているのである。政府は賃上げ要請に懸命だが、賃金が上がったとしてもその効果は限定的であろう。  このように何かと悲観論をもって語られる人口減少ではあるが、最近の論壇では逆手にとったような論調が目立つようになってきた。「人口減少はチャンス」「人口が減ることは、むしろ経済成長にとって強みである」といった意見だ。  確かに、少子高齢化が進んでも経済成長している国はいくつもある。日本より人口規模が小さくても豊かな国だって存在する。そもそも、戦後の日本の経済成長は人口の伸びではなく、イノベーション(技術革新)による産物だったとされる。人口が減るからといって、豊かな暮らしが出来なくなるわけではない。  生産性を向上させ、同じ労働時間でより付加価値の高い仕事が行えるようにすればよいということだ。労働者1人当たりの国内総生産(GDP)が伸びさえすれば、個々の所得は増える。  問題はどのように労働生産性を上げるかである。政治家や官僚からは〝危うさ〟を感じざるを得ない発言も聞こえてくる。  例えば、外国人労働者への過度の依存だ。人口減少社会において労働力不足が最大の課題であることは言うまでもない。1人の人間が働くことのできる時間には限りがあるので、働く人の数が減少は経済活動の縮小に直結する。企業や業種のレベルで見れば、後継者が見つからず、やがて成り立たなくなるところも出てくるだろう。  こうした事態を見据えて、安倍政権は「1億総活躍社会の実現」を掲げ、高齢者や女性が働きやすい環境を整えようとしているが、それでも足りない分を外国人労働者に頼ろうというのである。これまで日本は高度人材しか受け入れてこなかったが、これを根本から見直し「単純労働」を担う外国人労働者の受け入れを事実上、解禁しようとしている。  安倍政権はすでに動きを加速させている。今国会において途上国の人々に技能や知識を身に付けてもらう外国人技能実習制度の拡大し、介護福祉士の資格を取得した留学生が日本で働き続けられるよう在留資格に「介護」を追加する法改正を行った。衆院予算委員会で答弁に立つ安倍晋三首相=2016年10月12日、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影)  団塊世代が75歳以上となる10年後には介護職が約38万人不足するとされる。これを手っ取り早く穴埋めしようというのであるが、単純労働を行う外国人労働者の受け入れ拡大は副作用が少なくない。外国人技能実習制度をめぐっては、これまでも「安い労働力」として当て込み、実習生の人権を無視するような働かせ方をするトラブルが後を絶たなかった。  安い賃金で働く外国人が増えることになれば、その職種では日本人を含めた働き手全体の賃金が低く押さえ込まれる方向に流れるだろう。外国人が多数を占めれば日本人の離職が加速する事態も想定される。  介護職を解禁したことを受けて、多くの業界団体から単純労働を行う外国人の受け入れ職種を増やすよう求め始めている。政府・与党はどこまで受入数を増やすつもりか分からないが、日本の生産年齢人口は2040年までの約25年間で1,850万人近く減ると推計されている。そのすべてを外国人労働者で穴埋めしようというのはそもそも無理がある。「必要は発明の母」と言われるが、安易な外国人の受け入れ拡大はイノベーションの機運を削ぐことにもなる。  外国人を大規模に受け入れたヨーロッパ諸国で排斥運動が起こるなど社会の混乱を来していることから目を背けてはならない。英国のEUからの離脱や、米国大統領選において過激な発言を繰り返してきたトランプ氏が当選した背景には、格差が広がりもあったが、増えすぎた移民や外国人労働者に対する不満があった。  日本でも非正規労働者が増える一方で、社会保障や税による所得の再分配機能は衰えを見せており、いたずらに外国人を受け入れれば社会の分断を招くこともあり得よう。排外主義になってはならないが、「外国人の受け入れ=開かれた国」といった理想論を語るだけでは済まされない現実があることも忘れてはならない。  〝危うさ〟を感じる例をもう一つ挙げよう。「AI(人工知能)信仰」だ。  AIの技術開発には目覚ましいものがあり、人間の能力を超える存在として語られることが少なくない。その成果は日本が経済成長を成し遂げる上で必要である。政府・与党も研究開発を促進させるためのプロジェクトをスタートさせるなど力を入れている。  だが、いまだ人間の知能を凌駕し、労働力不足を補うAIが開発される見通しは立っていない。AIの開発スピードが、日本の労働力人口の減少スピードに間に合うかどうかは分からないのである。AIを人口減少社会の課題を解決する「切り札」のように説明する人もいるが、現実の問題として何をどこまで変えるのかは冷静に見極める必要がある。  それ以前の問題として、AIの開発者たちが人口減少後の社会をどう描いているかよく見えてこない。AIは大量のデータを学習することで精度を上げていく。「正解」が明確な定型的な仕事にはその能力を発揮するが、その「正解」は人間が定義している。  求められているのは現状の業務を単にAIに置き換える作業ではなく、人口が大きく減った時代の課題にAIをどう活用するかの展望だ。何をもって「正解」とするかは、開発者が人口減少社会をどのように先読みするかで大きく変わってくるということだ。  開発者たちがAIを使った未来図を描くことなく単なる精度競争に引きずられたならば、人口減少社会における課題解決に役立たぬものにしかならない可能性もある。  AIについては、人間の仕事の大半を代替するといった見通しもあるが、人々がこなしている仕事は「正解」が不明確なもののほうが多い。AIには限界があると認識すべきであろう。AIの開発と同時に、人口減少過程でどのような課題が生じるのかをしっかりと整理し、AIと人間の役割分担を考えていく必要がある。  外国人労働者への安易な依存とAIへの過度な期待に共通するのは、人口が増えていた時代の発想から脱却し切れていない点である。外部から「新しい力」を持ち込めば、これまで成功してきたやり方を少しでも長く続けられるのではないかという幻想だ。  だが、こうした試みはいつまでも続かない。取り組むべきは、人口減少を前提として社会の作り替えを急ぐことである。  そのためには日本の強みをより伸ばすことだ。「捨てるところは捨てる」決断である。何でも国内で製造しようとするのではなく国際分業を推進する。「24時間サービス」を見直す。さらには、地域に拠点を設けて人が集まり住むことで行政サービスや民間サービスを効率的に受けられる環境の実現など検討すべきテーマはいくらでもある。  成長戦略というと、政治家や官僚からは相変わらず大型プロジェクトの構想が出てくるが、もっと「戦略的に縮む」という発想を持つべきだろう。労働生産性を向上させるためのイノベーションというのは、こうした決断による変化の中から生まれてくるものだ。  人口激減後にどのような社会をつくるのか、われわれの構想力が試されている。いまこそ「20世紀型の成功体験」と決別するときである。 ※「先見創意の会」2016年08月30日コラムを転載。

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    国勢調査初の人口減 生産性向上で豊かさ保て

    【日曜講座 少子高齢時代】河合雅司(産経新聞 論説委員)5年間で96万人減る 昨年実施された国勢調査によれば、総人口は1億2709万5千人となり、5年前の前回調査に比べて約96万3千人減った。国勢調査で総人口の減少が確認されたのは1920年の初回調査以来、初めてである。 日本人人口に限れば、前回調査で37万1千人減少している。この際は外国人や国籍不明者が増え、総人口はマイナスとはならなかったが、今回は外国人などの増加以上に日本人の減り幅が拡大した。 これまでの少子化の影響で女児の出生数が減っており、今後、出産可能な年齢の女性数が大きく減少する。こうした流れを止めることは極めて難しいということだ。人口減少を前提として社会を作り替えざるを得ない。 人口減少は国内市場の縮小や社会保障の負担増を招くため、悲観論をもって語られることが多い。 だが、人口が減ったら経済成長ができなくなるわけではない。日本より人口規模が小さくても豊かな国はある。戦後の日本の経済成長は人口の伸びではなく、イノベーション(技術革新)によって実現したとされる。 人口減少下で豊かさを維持するには、経済を成長させるしかない。そのためには生産性を向上させることだ。同じ労働時間の中でより付加価値の高い仕事が行えるようにすることである。労働者1人当たりの国内総生産(GDP)が伸びれば、個々の所得は増える。成功体験と決別せよ 人口減少下で経済成長を実現するには、いくつかのポイントがある。まずは過去の成功体験との決別だ。いまだ人口が増え続けた時代の発想から脱せず、経済活性化策というと大型プロジェクトを目指す声がなくならない。 機械化にも同じことがいえる。人工知能(AI)は技術開発が進み人間の能力を超える存在として語られるが、現状の業務を単にAIに置き換えるのでは不十分だ。 求められているのは人口が減っても機能する仕組みの構築であり、人口減少が大きく進んだ時代に生じるであろう課題への対応力である。起業しやすい環境を まずは社会の変化を先取りし、解決すべき課題を洗い出すことだ。生産性を大きく向上させるイノベーションが起こりやすくなり、付加価値の高い仕事も生み出せる。 日本が抱える当面の課題は高齢化だ。すなわち、高齢社会対策にイノベーションのヒントがたくさん埋まっているということである。高齢者向けの商品やサービスはひと昔前に比べれば増えたが、まだ充実しているわけではない。 高齢者のニーズをくみ上げるには、高齢研究者や技術者をイノベーションの開発現場に登用することだ。「自分自身で使ってみたくなる」商品やサービスの開発に携わるとなれば、若い世代が気付かない視点や発想を取り込めるだろう。 こうした人たちが定年を気にせず取り組めるような雇用環境を整備したい。起業しやすい環境を 2つ目のポイントは今後、仕事の在り方が大きく変わることだ。 人口減少時代には労働力不足の解消が大きな課題となる。その対策として、政府は高齢者や女性が働きやすい環境を整えようとしている。さらには外国人労働者の単純労働の受け入れ拡大にも積極的である。だが、「正解」が明確な定型的な仕事はAIを活用したロボットなどへの置き換えが進むだろう。 むしろ求められているのは、AIでは簡単に代用できない仕事の担い手だ。仕事には「正解」が定義できないものが少なくない。 AIによって仕事の絶対量が減れば、空いた時間でより高度な業務に専念できる。付加価値の高い商品やサービスの提供も可能となるだろう。結果として新ビジネスが誕生し、雇用創出となるかもしれない。それが、さらなるイノベーションを生むという好循環も期待できる。 3つ目はイノベーションを拡散させる環境づくりだ。 日本人はイノベーションにつながるアイデアを数多く持ってはいるが、必ずしも事業に結びついていない。 こうした状況の打破には起業を増やすことである。それには失敗を恐れず挑戦できるよう「転職しやすい社会」を実現しなければならない。子供の頃から学校で起業家精神を育成することも重要だ。 人口激減後にどのような社会をつくるのか。われわれの構想力が試されている。

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    高齢化する高齢者 「貧しき独居女性」対策急げ 

    【日曜講座 少子高齢時代】河合雅司(産経新聞 論説委員)65~74歳は減少傾向 日本は高齢社会に突入したが、その実像はあまり知られていない。一口に「高齢者」と言っても年齢幅は広く、年代の偏りもある。 総務省の報告書(9月15日現在)によれば、65~74歳(1764万人)と75歳以上(1697万人)の人口は拮抗している。 75歳以上をさらに区分すると75~79歳が652万人、80~84歳が518万人、85歳以上は527万人。高齢者全体の3分の1近くを80歳以上が占めている計算だ。「高齢者」の高齢化が進んでいるということである。 この傾向は加速していく。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計では、2017年には75歳以上人口が65~74歳人口を上回る。その後も75歳以上は増え続け、2050年頃には総人口の4人に1人が該当するという。 一方で、65~74歳は2031年まで減少傾向をたどり、一旦は上昇に転じるが2041年に1676万人となった後に再び減り始める。 65歳になったばかりの人と、100歳近い人とでは親子ほどの年齢差がある。これを、一くくりにして考えることには無理があろう。1人暮らしが増える 労働力不足対策として高齢者の活用が語られるが、企業が求める「比較的若い高齢者」ばかりではないのだ。 むしろ「高齢者」の高齢化による懸念が広がる。例えば医療や介護費用の増大だ。健康は個人差が大きいとはいえ、75歳を過ぎる頃から大病を患う人が増える。 健康であっても若い頃と同じとはいかない。足腰が弱り駅の階段などは障害となる。電車やバスの乗降に手間取る人が目立つようになれば、恒常的なダイヤの乱れとなろう。小売店でも商品説明や支払いに時間がかかる客が増え、効率性ばかりを追い求めては社会は成り立たない。 「高齢者」の高齢化は男性より長寿である女性高齢者を増やす。前出の総務省の報告書では男性の1499万人に対し、女性は1962万人で463万人上回った。 すでに日本女性の約3人に1人は高齢者だ。女性の“長き老後”をどう支えるかが今後の大きな課題となろう。「特別住宅」整備せよ 女性高齢者の増加は1人暮らしの増大にもつながる。国勢調査によれば、65歳以上に占める割合は男性13・3%、女性21・1%だ。少子化や未婚化は進んでおり、今後さらなる拡大が見込まれる。 1人暮らしに関する男性と女性の事情は大きく異なる。最も多い年齢層は男性が25~29歳(29・3%)、女性は80~84歳(28・2%)だ。 女性の中で1人暮らし世帯を年代別に比べても70~79歳(19・6%)と80歳以上(19・0%)が上位に来た。高齢になるにつれて増えている。夫の死亡後、独居となる人が多いということだ。 高齢女性には力仕事や、役所への書類提出や金融機関での手続きなどを「夫任せ」にしてきた人も珍しくない。まずは、こうした日常生活の支援が急がれる。「特別住宅」整備せよ だが、生活能力の衰えとともに、いつかは1人で暮らせなくなる。住民基本台帳人口移動報告(2015年)によれば、女性高齢者の都道府県を越えた移動率は85歳以上で増える傾向が見られる。都会に出た子供との同居や施設入所に踏み切る人が増える年齢ということなのだろう。 深刻なのは身寄りがなく、経済的にも窮乏して1人暮らしにならざるを得ない人だ。一概にはいえないが、女性には低年金者が少なくない。 国民年金のみだったり厚生年金であっても男性と比べて勤務期間が短かったりして受給額が少ない例は多い。2014年度の厚生年金平均受給額は男性が月約16万5000円、女性は約10万2000円だ。老後の蓄えの多くを夫の介護費用に充ててしまったという人もいるだろう。 こうした人々に個別に生活保護などで対応したのでは行政コストがかさむ。そこで提言したいのが、政府や自治体主導による低家賃の「特別住宅」整備である。積水ハウスが管理する高齢者向け住宅の入居者交流会=2016年8月、東京都北区 大都市郊外では家族向けマンションなどの空き家が増えると予想されている。これを一棟丸ごとリニューアルするのも方策だ。医療や介護、生活支援サービスを一元的に提供することによって行政コストを抑えるのである。 金銭面での不安を抱きながら“長き老後”を過ごす人が増えるであろう日本。よほど効果的に政策を講じなければ乗り切ることはできない。

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    恋人なし7割 「お見合い」復権がカギだ

    【日曜講座 少子高齢時代】河合雅司(産経新聞 論説委員)3割が交際望まない 厚生労働省の人口動態統計の確定値によると、2015年の婚姻件数は63万5156組で戦後最少となった。 婚外子の少ない日本は結婚と出産とが深く結びついており、婚姻件数の落ち込みは出生数の減少に直結する。 ところが、「結婚すれば子供が生まれる」という“常識”が過去のものとなってきたようだ。 国立社会保障・人口問題研究所の「第15回出生動向基本調査」(2015年)の夫婦調査によれば、完結出生児数(夫婦の最終的な平均出生子供数)も過去最少の1・94人であった。5年前の前回調査で初めて2人を下回ったが、歯止めがかかっていない。 これらの数値以上に深刻なのが、恋人のいない若者の急増である。第15回出生動向基本調査の独身者調査で、交際相手のいない未婚者(18~34歳)が男性で69・8%、女性は59・1%に上った。極めて高い水準である。前回調査と比べて男女とも10ポイント近い伸びであった。 「とくに交際を望んでいない」と回答した人も、男性は未婚者全体の30・2%、女性は25・9%に及んでいる。出会いがなければ、結婚や子育て支援どころでない。「恋愛が面倒くさい」 なぜ、若者は恋愛をしなくなったのか。社会学者などは「インターネットの普及で情報過多になり、恋愛というプロセスそのものに関心をなくした」と分析する。 内閣府の「結婚・家族形成に関する意識調査(2013年度)」によれば、「恋愛が面倒」が男性47・3%、女性45・0%だ。「恋愛に興味がない」との回答も男性25・3%、女性30・7%だった。 交際上の不安については、男女とも3人に1人が「自分には魅力がない」と思っており、女性の24・9%は恋愛感情を抱けるか悩んでいる。世話焼きが一肌脱げ 本当に恋愛への関心が薄れたのであれば、交際経験がないことに低い自己評価をするとは考えづらい。むしろ、「恋人がいない」状況が長期化したことによって自信を失い、恋愛や結婚が難しいことを正当化しようという意識が働き、消極姿勢として表れているとみられる。 興味深いのは男性の34・2%、女性は47・6%が「交際相手との結婚を考える」としている点だ。「結婚に結びつかない恋愛はありえない」ということだろう。これについても、「結婚相手となるような相手が簡単には見つかるはずもない」ということを“恋人がいない言い訳”の一つにしているところがある。 交際に対しては消極姿勢が目立つが、結婚に対する意欲は強い。そのことは「第15回出生動向基本調査」の独身者調査に明確に表れている。「いずれ結婚するつもり」と考える人は男性85・7%、女性89・3%で、男女とも「ある年齢までに結婚する」が、「理想的な相手が見つかるまでは結婚しなくてもかまわない」を上回っている。世話焼きが一肌脱げ こうした状況にどう対応すべきなのだろうか。 結婚を希望しながらできない人への支援策としては、雇用・収入の安定や出会いの場の提供を増やすことが有効である。だが、こうした取り組みをすれば、恋愛に踏み出せない人が積極姿勢に転じるわけではない。あくまで個々の意識の持ちようだ。代理お見合い会では、親たちが子供の身上書を手に、真剣な表情で相手を探していた=2015年5月29日、横浜市中区(画像を一部加工しています) ただ、交際したい相手がいるのに上手にアプローチできない“恋愛べた”の人に手を差し伸べることはできよう。前出の内閣府の調査によれば、男性の2割が「どう声をかけてよいのか分からない」などと交際の進め方そのものに戸惑っている。 こうした人向けには「お見合い」の復権である。出会いの機会を提供するだけでなく、「世話焼き」が恋愛に慣れていない男女をサポートし、縁結びに一肌脱ぐことである。かつては、親戚や会社の上司が背中を押す場面がよく見られた。 お節介ついでに、「恋愛塾」も提唱したい。異性との会話の話題選びに困っているような人たちに恋の手ほどきをする。出会いの場も提供し、学びながら自然な形で男女の交際が始められるよう仕向けていく。運営費を自治体が補助するのもよい。 さらに必要なのが、結婚したくなるような機運作りだ。例えば、いろいろな場所に夫婦で出席するのが当たり前の文化を根付かせる。 婚姻件数や出生数の減少を反転させるには、若者を取り巻く環境そのものを変えることが求められる。

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    コンパクトシティー推進 非居住エリアの明確化を

    【日曜講座 少子高齢時代】河合雅司(産経新聞 論説委員)銀行や病院がなくなる 「田中角栄ブーム」である。田中元首相といえば日本列島改造論で有名だが、そこで唱えた「国土の均衡ある発展」は実現しそうにない。ロッキード事件判決を受けて東京地裁を出る田中角栄元首相=昭和58年10月12日 内閣府がまとめた報告書「地域の経済2016」によれば、2030年度には全国の8割にあたる38道府県で、域内の供給力では需要を賄い切れなくなる生産力不足に陥るという。少子化に加え、若者の都会流出が進むことで生産年齢人口が減ることが主たる要因である。 生産力不足は所得税や法人税といった地方税収の落ち込みに直結し、地方交付税への依存度を高める。それは地域間格差が拡大し、地方自治体の自立性が損なわれるということだ。報告書は、2030年度には地方交付税の総額が現在の1・5倍に膨らむと見積もっている。 生産力が不足すれば、住民の暮らしに不可欠なサービスも維持できなくなる。報告書は三大都市圏を除く地方自治体について、施設や店舗が2040年時点でどれぐらい存続するかを予想しているが、百貨店の約4割、救急告示病院や有料老人ホーム、ハンバーガー店、税理士事務所、大学などは約2割の自治体で、存続できなくなる可能性があると推計する。 人口規模が2万人以下になるとペットショップや英会話教室が、1万人以下では救急病院や介護施設などが、5千人以下になると一般病院や銀行といった日常よく利用するサービスの立地が困難になるという。ICTだけで解決せずICTだけで解決せず こうした状況に対し、ICT(情報通信技術)に活路を求める意見は強い。インターネットを使った通販や金融サービスの普及は目覚ましく、医療分野などでも技術は格段に高まっている。 だが、それだけで問題解決とはいかない。どんなに技術が発達しようとも人の手でなければできない仕事は残るだろう。少子化は患者の元に足を運ぶ医療スタッフやトラック運転手などの確保を難しくする。商品も実際に手に取らなければ、気に入ったものが買えないことが多い。 ICT化の推進も重要だが、人口減少に対応するには人口集約を図るコンパクトな町作りが欠かせない。市街地を集約し、住民が暮らせるだけのサービスを維持する人口密度を保つのだ。行政の効率化にもつながろう。 コンパクトな町作りといっても、駅前などの中心市街地に寄せ集めるばかりが方法ではない。一から開発計画を立てるわけではないので、地域内に多数の“拠点”をもうけ、公共交通機関で結ぶ「多極ネットワーク型」のほうが現実的であろう。 高齢化が進むことを考えれば、コンパクトシティーは車がなくても用事が済むようにすることがポイントとなる。商業施設や公共施設、病院を計画的に再配置し、歩きたくなる町を目指すのだ。 例えば、中心市街地は一般車の進入を禁止し、公共交通機関で移動するようにする。歩道を拡幅し、大きな広場も整備する。 人々が自然と歩きたくなるような雰囲気の町ができれば消費が伸びるだけでなく、健康増進にもつながり医療費の削減効果も期待できよう。「市街地縮小計画」作れ「市街地縮小計画」作れ コンパクトな町作りの最大のハードルは住民の合意形成である。住み慣れた土地を離れることに抵抗感を持つ人は少なくない。 そこで、農地なども含め総合的な国土利用計画を立てられる法整備を提言したい。人口減少を織り込んだ「市街地縮小計画」を策定し、今後も人々が住み続ける「居住エリア」と、開発をしない「非居住エリア」とを、地域ごとに明確に区分けするのだ。 居住エリアをコンパクトシティーの拠点とするイメージである。老朽化した公共施設は居住エリアで建て直す。宅地開発や新規店舗、道路や上下水道の補修も居住エリアを優先し、日常生活に必要なサービスを集約していく。 居住エリアへの転居を決めた人々には、移転費用を支援する。一方で、非居住エリアに住み続けたいという人には“受益者負担”の考え方を導入し、公共料金や税金の負担増を求められるような制度も検討する。 非居住エリアは、大型農業や新産業を生み出す集積地などに転じていく。 居住地域の拡散を続ければ、結局は生活できなくなる土地が広がる。追い込まれる前に「戦略的な国土の活用」を考えるときである。

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    週末は地方暮らし 「セカンド市民制度」創設を

    【日曜講座 少子高齢時代】河合雅司(産経新聞論説委員)人口減少を前提とせよ 東京一極集中が一段と進んでいる。総務省の住民基本台帳に基づく人口動態調査(1月1日現在)によれば、日本人の人口は大阪府を含めた41道府県で減ったが、東京都は断トツの8万6164人増となった。3大都市圏でみても、関西圏と名古屋圏の減少に対し、東京圏は前年比0・31%増であった。 各自治体とも定住人口減の歯止めに躍起だが、日本全体で人口が減ることに加えて東京一極集中がこのように続いたのでは、その実現は簡単ではないだろう。 ではどうすればよいのか。発想を思い切って転換し、人口減少を前提として考えることだ。定住人口ではなく、むしろ地域への滞在者である交流人口をターゲットとして力を入れるのである。 交流人口といっても、一度きりの観光客ではない。その土地に愛着をもって繰り返し足を運ぶような人々である。それには、都会から人々が訪れたくなる縁づくりや動機、受け皿が必要となる。 そこで提案したいのが、「セカンド市民制度」(仮称)の創設だ。大都会住民が出身地に限らず、お気に入りの旅行先などを「第2の居住地」として選び、「セカンド市民」として“住民登録”するのである。 セカンド市民は週末や長期休暇のたびに、帰省のごとく「第2の居住地」に通い、地域の人々と交流を深めるイメージである。帰省する地方を持たない都会住民にとっては、まさに第2の故郷といえる場所となるだろう。「第2の居住地」を選定 交流人口の拡大策としては「2地域居住」もあるが、地方にセカンドハウスや別荘といった“もう一軒の家”を構えて維持・管理するのは、かなり金銭的に余裕のある人でなければ難しい。 とはいえ、拠点となる場所がなければ、なかなか同じ土地を繰り返し訪れることもない。そこで、セカンド市民に登録した人たちには「第2の居住地」の行政サービスの一部を受けられるような特典を与えるのである。 例えば、地元自治体が空き家や古民家を改修したゲストハウスを用意して、滞在中はそこを宿泊施設として安く利用できるよう便宜を図る。宿泊施設とは別に、家具や荷物を置ける部屋を安く貸し出すサービスがあれば、さらに便利だ。 都会と往復しやすくするため、地元自治体が月に1回程度は直通バスを手配し、セカンド市民が無料で乗れるようにしてもよい。 一方、交流人口を増やすには、その土地に自分をあてにして待っていてくれる誰かがいて、活躍できる「居場所」と「出番」が用意されていることもポイントとなる。 地元自治体は便宜を図る代わりに、例えば街おこしのアイデアづくりの協力や地域イベントへの参加を求める。祭りやイベントの裏方業務を依頼したり、ボランティア活動への参加を呼び掛けたりすればさらに交流が深まろう。 繰り返しイベントに参加すれば、あいさつする知り合いも増える。親しくなった地元住民と親戚(しんせき)付き合いになれば、家に泊めてもらったりするケースに発展もしよう。起業などにつながれば、定住する人が出てくるかもしれない。居住実態で住民税按分 「セカンド市民制度」を普及させるために、他の制度面からの支援も求めたい。 自治体が定住人口にこだわる理由の一つに住民税がある。住民票のある自治体に納付する仕組みのため、定住人口が減ったのでは自治体の税収は増えない。 これを居住実態に応じて、住民票のある自治体と「第2の居住地」の自治体とで按分(あんぶん)する制度へと改めるのである。 寄付の性格が強い「ふるさと納税」とは異なり、各自治体はセカンド市民を増やさなければ税収を増やせない。逆に言えば、それぞれの才覚と頑張りに応じて税収を増やせるということでもある。 とはいえ、いざ按分額を決めるとなれば、セカンド市民がどれぐらいの頻度で「第2の居住地」を訪れているのか実績を証明する必要が出てくるであろう。そのためにはICT(情報通信技術)を活用し、年間何日ぐらい滞在したかを証明する仕組みが必要となる。 日本中で人口が激減する時代が目前に迫っている。人々が活発に交流することなくして多くの地域は残らないだろう。改革の弊害を案じるよりも先に、まずは何ができるかを考えるときだ。

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    安倍首相は一体改革をぶち壊しにするつもりか

    河合雅司(産経新聞 論説委員) 安倍晋三首相は「社会保障・税一体改革」を、ぶち壊しにしようというのだろうか。そう疑いたくなる動きが続いている。  まずは、一体改革の大前提である消費税増税を再延期したことだ。2019年10月までの先送りであることを強調するが、「二度あることは三度ある」とも言う。再々延期とならない保証がどこにあるというのか。  世界経済は不透明さを増しており、「内需を腰折れさせかねない」とした判断を理解しないわけではない。だが、高い内閣支持率を誇る現在において決断できないような政策を、この先、決められるとは思えない。  首相は「引き上げ可能な環境を整えるべく力を尽くす」とも説明しているが、2014年11月に1年半の延期を決めたときも「再び延期することはない」と断言していた。  政府・与党内ではかねてより「消費税増税は安倍政権が決めた政策ではなく、安倍首相は決して積極的なわけではない」と疑いの目が向けられてきた。首相の本音がどこにあるかは分からないが、1つの内閣で2度も同じ政策が反故にされたことの意味は大きい。少なくとも、安倍首相の消費税増税に関する言葉は極めて軽くなったと言わざるを得ない。  消費税率の10%への引き上げは、自民、民主、公明の3党が合意して決定したことだ。本格的な高齢社会を迎え、安定財源を確保しなければならないとの強い危機感の共有であった。消費税を社会保障財源としたのも、税収が景気に左右されにくく、多くのサービスを受ける高齢者にも負担を求められるためだ。増税分をすべて社会保障費に充て、その具体的使い道を決めたのも「政争の具」としないための政治の知恵だったが、こうした理念はどこかに忘れ去られたのだろうか。  これは安倍首相が率いる自民党だけでなく、公明党や民主党の流れをくむ民進党も同じだ。先の参院選では、揃って先延ばしを主張した。消費税に対する政界の機運が冷めた印象である。街頭演説を終え聴衆に手を振り後にする安倍晋三首相=2016年6月17日午後、大阪市北区(前川純一郎撮影) こうなると、2年半後に増税できる経済環境が整ったとしても、「増税しなかったからこそ、こうした環境が生まれた」との声が出て、再び「消費増税することで景気が冷え込み、税収が減ったのでは元も子もない」という理屈が登場するだろう。それでは、消費税増税分を財源として社会保障を充実させるという社会保障・税一体改革の基本的枠組みが根底から崩壊することになる。  一体改革に対する軽視の姿勢は、無年金者救済策として盛り込まれた年金受給資格期間の短縮に関する実施スケジュールを前倒ししようとしていることでも確認できる。  年金受給の権利は、現行制度では保険料を25年間納めなければが得られないが、高齢になっても働かざるを得ない無年金者から「わずかであっても年金がほしい」との要望が強く、10年に短縮しようというのだ。  ただ、年金受給資格期間の短縮には年間650億円を要する。安定財源が必要なことから、2012年に成立させた年金機能強化法で消費税率10%引き上げと同時に行うことを定められた。消費税増税が実現しなければ受給資格期間の短縮も実施されないということであったはずだ。  ところが、7月の参院選で与党が「早期実現」を言いだし、安倍政権がこれに押される形で来年度からの前倒しに踏み切る判断を下したのである。  財源は税収の上振れ分や既存予算のやり繰りで捻出するというが、典型的な見切り発車である。財務省は社会保障費の伸びの抑制を強く求めてもいる。懸念されるように、消費税10%がさらに延期されることになれば、他の社会保障財源を食いつぶすことになりはしまいか。  だが、それ以上に懸念されるのが、法律を変えてまで、スケジュールを曲げる「前例」を作ったことが、一体改革自体をないがしろにする空気を醸成しかねないことだ。  すでに、タガは緩み始めている。このほど安倍政権がまとめた経済対策に、低所得者1人当たり1万5,000円を給付する事業を盛り込まれた。消費税を8%に上げる際に、低所得者の負担軽減のために始めた「簡素な給付措置」を改変し、消費税を10%に再増税する2019年10月まで2年半延長して、その分を一括支給しようというのである。だが、8%への引き上げから3年が経つのに、なぜ継続させる必要があるのか。政府は「景気刺激策」と説明するが、その効果にも疑問符がつく。1回限りの給付では消費よりも貯蓄に回す人が多いだろう。  この1万5,000円給付事業には3千数百億円もの財源が充てられるが、その一方で厚生労働省では高齢者の医療費窓口負担の引き上げや介護保険サービスの縮小といった改革の検討に着手している。負担増となる人にとってみれば「低所得者向け福祉施策にはいとも簡単に3千数百億円もの予算をつけておいて、自分たちがそのツケを払わされるのか」となる。国民に不公平感が広がったのでは社会保障改革は進まない。  一体改革をないがしろにするかのような姿勢がもたらす影響はこれで終わらない。さまざまな無理が生じる。  例えば、安倍首相は消費税が10%に上がるまでの社会保障費財源の捻出策について、「アベノミクスの果実を充てる」と説明しているが、一般財源である「アベノミクスの果実」のすべてが社会保障費に回るわけではないだろう。しかも、経済は生き物と言われる。経済成長に伴う税収の上振れ分がいつもあるとは限らない。果実を得られなければ政策をその時点で縮小したり、借金に頼ったりするとでもいうのだろうか。とても安定財源として織り込むわけにもいかない。  少子高齢社会に対応する社会保障の構築は「消費税率10%」で完結するものではなく、その先を見据えなければならない。だが、消費税増税が本当に実施されるかどうかを疑わざるを得ない状況が続くのでは、ここから先の議論は深まらない。ましてや「10%」後の社会保障制度改革の全体像など、とても描き切れない。  一体改革はやっとの思いで与野党が合意した経緯がある。今後、本当に消費税を選択肢から外すのであれば、別の安定財源を確保すべく新たな社会保障改革の枠組みを構築しなければならない。だが、そのエネルギーは想像以上に大きなものとなるだろう。議論している間も、日本の高齢化は2040年代初頭のピークに向けて止まることなく進んでいく。それで間に合うのだろうか。  伸び行く社会保障費は誰かが何らかの形で負わなければならない。増税再延期に喝采を送った人も少なくないだろうが、そのツケはより重く、より厳しい条件となって、いつか国民に帰ってくる。※「先見創意の会」2016年08月30日コラムを転載。

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    労働力人口減少…国際分業や「質」への転換を

    河合雅司(産経新聞論説委員) 少子高齢化に伴い、働き手不足が顕著になってきた。総務省が6月末に公表した2015年国勢調査の抽出速報によれば、労働力率(15歳以上人口に占める労働力人口の割合)が59・8%と6割を切り、労働力人口は6075万人で5年前の前回調査より295万人の減少となった。 労働力人口が減れば経済への影響だけでなく、日本社会全体が弱体化する。減少を前提に作り替え とはいえ、その解決は簡単ではない。例えば、少子化対策の効果が表れたとしても、今年生まれた子供が社会に出るには20年近くを要する。外国人労働者の受け入れも社会的なコストが大きく、労働力人口の減少分を全て穴埋めする存在とはなり得ない。 対策を講じるならば、むしろ無理して増やそうとするのではなく、労働力人口の減少を前提とした社会への作り替えに踏み出すべきだ。「戦略的に縮む」のである。 そのためには、いくつかのポイントがある。 第1は「国際分業」の必要性だ。働き手が少なくなるのだから、全ての産業でこれまで通りの規模とは行かないだろう。出生数が減れば優秀な人材の絶対数も減るため、欲しい若者を確保できない業種も出てこよう。 ならば発想を逆転し、日本人自身の手でやらなければならない仕事と、他国に委ねる仕事とを思い切って分けてしまうことである。 日本は多くの分野で国産企業が存在するが、少子化で人材が少なくなった後に、マンパワーを幅広い産業に分散していたのでは、成長分野はより誕生しづらくなる。 それよりも、限られた人材や資本を日本が得意とする分野に集中投入し、世界をリードする新たな産業として発展させていくほうが賢明だ。「少量生産」へとシフト 2つ目は、日本が築き上げてきた製造業の成功モデルが通用しなくなる点だ。 戦後の日本は、欧米の技術を輸入し改良を加えて成長してきた。安い労働力によって価格競争に打ち勝つというビジネスモデルだ。 だが、こうした「大量生産・大量販売」型のモデルは、若い労働力が豊富だったからこそ可能だった。経済発展を続ける発展途上国も近代化された工場で高品質な製品を生産できるようになったため、機械化によるコスト抑制も限界がある。賃金の低い途上国と、同じ土俵に立ち続けたのでは日本に勝ち目はない。 しかも、このモデルは巨大な国内市場によって成り立ってきた。そのマーケットが人口減少で縮むのである。 人口激減が避けられないのに「豊かな国」であり続けるには、こうした途上国型のモデルに見切りを付け、他国の追随を簡単に許さない画期的で付加価値の高い製品で勝負すべきだ。しかも少人数で造る「少量生産・少量販売」モデルへのシフトである。 それには働く1人1人の生産性を飛躍的に高め、個々の稼ぐ力を上昇させていくしかない。日本の経済成長には「量」から「質」への転換が求められている。大きく変わる「顔ぶれ」 3つ目は、労働力人口は絶対数が減るだけでなく、年齢構成、すなわち「顔ぶれ」も大きく変わる点だ。 政府は「1億総活躍」を掲げるが、抽出速報によれば、男性の労働力率が3・0ポイント減ったのに対し、女性は0・2ポイントと微増だ。子育て世代で落ち込む「M字カーブ」の底も68・0%から72・4%に上昇した。働く高齢者の増加はさらに顕著で、65歳以上の就業者数は758万6千人(前回調査比27%増)となった。 産業構造の変化も見え始めている。製造業が48万人減り、医療・福祉が98万4千人増えた。 製造業は海外展開の拡大や大手メーカーの業績不振があり、一方で医療・介護は高齢社会を迎えてサービス利用者が増えた-などと分析されているが、ケアマネジャーやヘルパーといった職種が増え、きめ細かさといった女性の能力を発揮しやすい職場の広がりが構造の変化を呼び起こした面あろう。 少子化が進むにつれて「若い力」の確保が難しくなれば、ますます女性や高齢者を織り込んだ企業は増える。高齢者マーケットも拡大するので、主力商品やサービスが変化し、仕事の進め方まで変わることも予想される。 雇用制度を見直すぐらいでは、労働力人口激減への備えとはならない。「働くこと」に対する日本人の常識を大胆に変えていく必要がある。

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    外国人「単純労働者」の解禁 不足する労働力の精査が先だ

    河合雅司(産経新聞論説委員) 安倍晋三政権が、外国人労働者政策を大きく変えようとしている。これまで認めてこなかった「単純労働者」を解禁しようというのだ。過去の方針を大転換へ 2日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)や「日本再興戦略」には、「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」との文言が盛り込まれた。 これだけでは何を意味するのかさっぱり分からないが、自民党政務調査会が直前の5月24日にまとめた「『共生の時代』に向けた外国人労働者受入れの基本的考え方」と併せて読めば理解が進む。 「基本的考え方」は、今後の外国人労働者の受け入れの議論において「『単純労働者』という用語を使っていくことは不適切である」と指摘し、「何が『専門的・技術的分野』であるかについては、社会の変化にも配慮しつつ柔軟に検討する」としている。すなわち、高度人材と単純労働者の区分けそのものを無くせとの主張である。 その上で、単純労働者について「必要性がある分野については個別に精査した上で就労目的の在留資格を付与して受入れを進めていくべきである」と求めたのである。具体的に「介護、農業、旅館等特に人手不足の分野がある」との例も示した。「移民国家」と似た状況 だが、「基本的考え方」で最も注目すべきは「単純労働者」を受け入れる理由の一つとして「今後、人口減少が進むこと」とした点だ。労働力人口の不足を外国人に頼る方針を明確にしたものだ。 日本は開かれた国であり、すでに多くの外国人が働いている。「いまさら目くじらを立てるな」という意見もあろう。ただ、安倍政権が打ち出したもう一つの外国人労働者政策を知れば懸念が募る。 高度人材の永住許可申請に必要となる在留期間を、現行の5年から大幅に短縮するため、世界最速級の『日本版高度外国人材グリーンカード』を創設する構想である。 日本再興戦略は「高度な技術、知識を持った外国人材を我が国に惹きつけ、長期にわたり活躍してもらうためには、諸外国以上に魅力的な入国・在留管理制度を整備することが必要」と意義を強調している。 高度人材と単純労働者の区分けを無くそうとする一方で、『グリーンカード』構想では対象を高度人材に絞るというのだから全く矛盾する話なのだが、両政策を併せれば職種にかかわらず世界最速級で永住権を取得できるようにするということになる。 人口減少対策として受け入れるということは、相当大規模な来日者数を想定しておかなければならない。法務省によれば昨年末の永住者は70万500人だ。もし職種にかかわらず世界最速級で永住権を取得できる国に転じれば、配偶者や子供も含め、その数は大幅に増えるだろう。 永住者は日本国籍を取得する「移民」とは異なるが、日本に住み続ける以上、社会の主たる構成員であることに変わりない。一定規模になれば日本社会はその存在を前提として回り始め、参政権付与を求める声も大きくなろう。それは、いつの日か「移民国家」と極めて似た社会が到来するということだ。前提次第で見通し変化 欧州など多くの国が移民や外国人労働者の対応に悩んでいる。「なぜ日本が欧米の後追いをするのか」といった治安や雇用環境の悪化に対する不安の声は少なくない。だが、それ以前の問題としてすべきことをしていない。人口減少に伴って不足する労働力は一体どれくらいの規模かの精査だ。この視点が、日本における外国人受け入れ議論で決定的に欠落している。 これまで通りに仕事を進めようとするならば現在の労働力人口が比較基準となる。しかし、前提を変えれば見通しは大きく違ってくる。 介護を例に引こう。高齢者数も人口減少に伴いいずれ減る。その前に健康寿命の延びで要介護者が減れば、介護ニーズの予測は変わる。イノベーション(技術革新)による省力化をどう織り込むかによっても数字は異なってくる。ボランティアを活用するような介護保険外の仕組みが普及すれば、不足する介護職員数はさらに変わる。 人口が減るからといって安易に外国人労働者に飛びつけば、後に「思わぬ社会コスト」に苦しむことになる。

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    晩婚の予期せぬ影響…急がれるダブルケア対策

    河合雅司(産経新聞論説委員) 子供の数がめっきり減った-という地域が珍しくなくなってきた。総務省がまとめた人口推計(4月1日時点)によれば、14歳以下は前年比15万人減の1605万人、総人口に占める割合は12・6%だ。人数は35年連続、割合も42年連続の減少で、ともに過去最低を更新した。働き盛りが8割占める 少子化はさまざまな要因が複雑に絡んで起こるが、不妊治療の進歩によって晩婚・晩産が進んだことも大きい。 厚生労働白書によれば、2014年の平均初婚年齢は夫31・1歳(1950年は25・9歳)、妻29・4歳(同23・0歳)だ。初産の平均年齢は30・6歳(同24・4歳)と初めて30代に突入した。 妻の結婚時の年齢別に完結出生児数(夫婦の最終的な出生数)で見ると「27~28歳」は1・94人で、これ以下の年齢はおおむね2人産んでいる。一方、「29~30歳」は1・63人、「31歳以上」は1・43人に激減する。30代の結婚では、なかなか「もう1人」とはならないようだ。 晩婚・晩産は人生設計に少なからぬ影響を与える。“予期せぬ悩み”に直面する人は少なくない。 例えば、夫の定年退職後に子供が大学に在学しているというケースである。早くから収入面での計画を立てておかないと、学費と老後の生活資金の両立が難しくなる。 育児が一段落する前に年老いた親が要介護状態となり、育児と介護を同時に行わざるを得ない「ダブルケア」に直面する人も多い。 内閣府が4月に、政府としては初の推計をまとめたが、ダブルケアは男性8・5万人、女性16・8万人の計25・3万人に上っている。年齢別では40代前半が27・1%で最も多いが、30代後半が25・8%、30代前半も16・4%で続く。8割が働き盛りの30~40代である。世代を超えて子供にも さらに問題なのは、親の晩婚・晩産が世代を超えて子供に影響を及ぼし得るという点だ。50歳と40歳の両親から生まれた子供が20代後半で結婚したケースを考えれば分かるだろう。その子供は晩婚でないにもかかわらず、結婚時に両親が高齢化しているためダブルケアに直面する可能性がある。これは、夫が晩婚で妻との年齢が大きく離れた「年の差婚」でも起こり得る。 内閣府の調査によれば、育児と介護の両方を主に担う者は男性が32・3%に対し、女性は48・5%だ。より多くの負担が女性にかかっている。仕事をしていた人のうち、業務量や労働時間を減らさざるを得なかった女性は38・7%で、その半数近くが離職に追い込まれている。 晩婚・晩産の影響の中でも、とりわけ経済的、肉体的に厳しい環境に置かれるダブルケアの悩みは深刻だ。少子化で相談できる兄弟姉妹や親族がおらず、精神的に追い詰められる人も少なくない。 言うまでもなく、結婚や出産に関わる選択は各人の意思だ。そこから生じる課題のすべてに、行政が対応することには限界がある。 だが、ダブルケアは「育児と介護」という組み合わせだけではない。平均寿命の延びで両親が同時に要介護状態になり、介護する側も60代といったケースも見られる。これは晩婚とは無関係だ。 少子高齢化がこのまま進めばダブルケアに悩む人はさらに増え、大きな社会問題となることが予想される。早急な対策が求められる。人生プラン教育が重要 まずは縦割り行政を排して総合的な相談窓口を設け、育児と介護の双方に対応できる専門家がケアプラン作成から支援する態勢をつくることだ。緊急時に利用できるサービスや、保育と介護とを一体的に行う施設をつくり、ダブルケアの人が優先利用できるようにすることも必要となる。 離職を減らすためには、自宅で仕事ができるような働き方を増やす。また、夫が協力しやすい環境を整えることも急がれる。基本給が少なく残業代をあてにしなければならない人が多い現実もあることから、労働時間ではなく成果によって評価する仕組みを普及させなければならない。 育児と介護のダブルケアの解消には、晩婚・晩産に歯止めをかける中長期的な取り組みも重要となる。若者を対象に自分の人生プランを考える機会を設け、晩婚・晩産がもたらすデメリットについても情報提供をする。 できるところから取り組まない限り、「1億総活躍社会」など実現しない。

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    「多死社会」を乗り越える 故郷葬で火葬場不足を解消

    河合雅司(産経新聞論説委員) 日本が「多死社会」に向かっている。厚生労働省によれば2015年の年間死亡者数は130万2000人で戦後最多を更新する見通しだ。 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計では2030年に160万人を突破し、2039、2040両年の166万9000人でピークを迎える。その後もしばらく160万人水準で推移するという。条件次第で1週間待ち 死亡者数の増大で懸念されるのが斎場や火葬場の不足だ。深刻化しそうなのが東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)である。場所や時間帯によっては、すでに1週間や10日間程度待たされるケースが生じている。 対策として、縁起が悪いとして避けられがちだった「友引」の受け付けや、「通夜、告別式、火葬」という流れを見直し、午前中の早い時間帯や夕方へと火葬時間を分散させようといった模索も始まっている。 だが、東京圏の高齢化はこれから本格化する。2014年10月1日時点で75歳以上人口は約380万人だが、社人研の推計によれば2025年には572万人、2040年には602万人に膨らむ。 今後の死亡者数の激増を考えれば、こうした取り組みだけでは十分とは言い難い。 問題解決には斎場や火葬場を増やすことが一番だが、新設には用地取得や地域住民の理解がハードルとなる。将来的には死亡者数が減ることも勘案しなければならない。ピーク時に合わせて増やしたのでは、やがて過剰となる。大都市との接点増やす では、大死亡時代にどう対処すればよいのだろうか。 ヒントは地方創生にある。人口減少が進む地区では斎場や火葬場の利用者も先細りとなる。東京圏の郊外に斎場や火葬場の空きを探すのもよいが、どうせ自宅から離れた土地で行うことになるのならば、故人の出身地に帰ってはどうか。 お手本となるのが、「お葬式はふるさとで」と呼び掛ける石川県小松市の小松加賀環境衛生事務組合だ。2月には神奈川県の男性を霊柩車で搬送した。出身地での葬儀が定着すれば、東京圏の火葬場不足はかなり解消する。 一方、地方にとってもメリットは大きい。多くの自治体は大都市からのUターンやIターンに期待を寄せるが、総人口が大きく減るのにすべてが移住者を呼び込めるわけではない。むしろ都市部との交流を増やし少しでも人口減少対策への時間を稼ぐことが重要となる。その点、葬儀の受け入れは大都市住民との大きな接点となろう。「ふるさと納税」条件に とはいえ、地方住民が斎場や火葬場を利用しづらくなるのでは本末転倒だ。東京圏からの利用者を割増料金とするのもよいが、活用したいのが「ふるさと納税」だ。一定年数の納税を受け入れ条件として課す。納税の特典として「葬儀」の権利を得られるようにするのである。 毎年納税することによって、おのずと先祖を意識するようになるだろう。故郷への帰属意識が高まり、ボランティアや街おこしの手伝いなどに参加する人が増えるかもしれない。 本人の葬儀後に遺族や親族がお墓参りに訪れるようになれば、「ついでに観光も」ということにもなる。地方にとっては、ふるさと納税による財源確保以上の効果を期待できるというわけだ。 ふるさと納税をめぐっては、総務省が換金性の高い商品券などを「お礼の品」として贈らないよう自粛要請を行ったが、その趣旨にも沿うだろう。 課題は棺を運ぶためのコストだが、利用者が増えれば新たなサービスを提供する事業者が増え価格は安くなるのが世の常だ。一方で東京圏の斎場や火葬場の空き待ち時間が長くなれば霊安室の利用料などがかさむ。 遺族や参列者の交通費もかかるが、家族葬などが増え会葬者は減る傾向にある。東京圏ではお墓の不足も予想される。「死んだら先祖が眠る故郷の墓に入りたい」と考えている人は少なくない。これらも含めて総合的に勘案すれば、十二分に選択肢の1つになると思われる。 少子化で、お墓を受け継ぐ子孫がいない人も増え、管理する人が不在の「無縁墓」になることへの懸念も広がってきている。葬儀だけでなくお墓の管理までセットで地方側が担うことにすれば、ニーズはさらに広がるだろう。 柔軟な発想なくして、多死社会は乗り越えられない。

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    移民受け入れが政策として成り立つのか

    河合雅司(産経新聞論説委員) 総務省が公表した2015年の国勢調査(速報値)によれば、総人口が5年前の前回調査より94万7千人減った。人口減少は過去の政府の調査でも報告されてきたが、改めて裏付けた形だ。自民党には模索の動き 人口が減れば労働力も少なくなる。既に一部の業種では少子高齢化に伴って後継者不足が顕在化しているが、今後はあらゆる職種で不足が広がるだろう。 労働力不足の解消策として、外国人による穴埋めを求める声が少なくない。だが、外国人問題を考えるにあたっては「移民」と「外国人労働者」との違いを明確にしておかなければならない。 移民とは日本国籍を付与し永住を前提とする人たちである。これに対し、外国人労働者は企業が一時的に戦力として雇い入れる人々だ。これを混同したのでは議論がかみ合わなくなる。 安倍晋三首相は「いわゆる移民政策については全く考えていない」と繰り返しているが、自民党には移民推進派が少なくない。同党が15日に立ち上げた特命委員会は「移民寸前」まで受け入れの拡大を検討するという。どこの国から来るのか とはいえ、外国人の大量受け入れの難しさは、欧州における難民政策の混乱ぶりを見れば明らかだ。 反対派からは治安の悪化や社会の混乱、日本文化が変質することへの懸念も聞かれる。こうした論点も重要であるが本稿は少々視点を変えて、人口減少対策としての移民が政策として成り立つかどうかを考えてみたい。 第1に確認すべきは、移民政策に踏み切ったら本当にどんどん人が押し寄せてくるのかという点だ。人口減少対策とする以上、相当数の受け入れが前提となるが、移民は一体どこの国からやってくるのだろうか。具体的に想定しておく必要がある。 というのも、移民が大量に来るようになれば、日本社会はそれを前提として形成される。当初は安定的に来たとしても、送り出し国側の事情で突如として来なくなれば、人為的に人口急減を引き起こすのと同じである。ただでさえ日本人が減るのに移民まで減るダブルパンチになったのでは社会は大きく混乱する。 コンスタントに移民が来日するかを知る手掛かりは世界人口の予測にある。国連の推計によれば、世界人口は2015年の73億人から2050年に97億人に増え、2100年には112億人となる。 ただ、伸びが顕著なのはアフリカ諸国だ。「移民」と聞けば、送り出し国としてアジアや南米をイメージする人も多いだろうが、アジア各国は2050年頃から人口が減り始め、ブラジルなども減少に転じるとみられる。 しかも、世界人口の増加を後押しするのは寿命の延びである。2050年にはタイの高齢化率は30・4%、中国239%、ベトナム23・1%など軒並み上昇する。 移民送り出し国にすれば、若い世代を失うのは高齢化や少子化の進行を容認するのと同じである。「日本がお困りでしょう」といって積極的に送り出す政府指導者がどれくらいいるだろうか。わざわざ日本を選ばす 第2は、日本に移民先としての魅力があるかという点だ。多くの日本人が移民送り出し国としてイメージしてきた国々は、目覚ましい経済発展を続けている。母国が豊かになるのに、あえて移民を決断する人が今後どれぐらい増えるかは未知数である。 それでも移民希望者はいるだろう。だが、各国とも高齢化が進む。今後は各国による若い労働力の奪い合いになるとの予測もある。その際、言葉の壁が立ちはだかる日本が魅力的な国であるとはかぎらない。現実的に考えれば、わざわざ日本まで行かず、近隣国に“安住の地”を求めることだろう。 日本が移民政策に踏み切ったとしても、想定する国から人が来る保証などないということだ。国家の一大方針転換を、願望にも近い“甘い根拠”をもとに進めることなどあってはならない。 むしろ急ぐべきは、人口減少を前提として仕事の在り方を見直すことだ。価格の安い商品の大量生産と決別し、高付加価値の商品を生み出すモデルへと転換する。あるいは、女性や意欲のある高齢者などが働きやすい環境を整えていく。ロボットなどでできる仕事は置き換える。外国人という“当座しのぎ”を考える前に、やるべきことはいくらでもある。

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    労働力不足対策より「本当に足らぬ人数」の見極めが先だ

    河合雅司(産経新聞 論説委員) 人口減少社会にどう対応するのか。安倍政権が、その「処方箋」として位置付ける「ニッポン1億総活躍プラン」をまとめた。  「1億総活躍社会」はあまりにテーマが大きく、それが何を意味するのかは、いまだ国民に浸透したとは言い難い。  だが、プランは「国際的には『人口が減少する日本に未来はないのではないか』との重要な指摘がある」との危機感を示しており、政府の狙いが少子高齢化で減り始めた労働力人口の確保にあることは明らかだ。  総務省によれば、2015年10月1日現在の生産年齢人口(15~64歳)は約7,708万人で、前年よりも77万人も減った。すでに景気回復に伴って人手不足に悩んでいる企業も多く、このままでは社会が回らなくなるとの思いであろう。  「1億総活躍社会」について、安倍政権は「名目GDP600兆円」、「介護離職ゼロ」、「希望出生率1.8」という3大目標を打ち立ててきた。これを労働力確保の視点で捉え直せば、すべてが結びつく。  「介護離職ゼロ」は言わずと知れた、40~50代の働き盛りが親の介護で仕事を辞めなければならない状況に歯止めをかけようということである。だが、プランが打ち出した具体策は、要介護の家族を抱える人たちの負担の軽減よりも、介護職員の処遇改善に比重が置かれた。賃金を月額1万円程度アップするのだという。  介護の現場は仕事の厳しさの割に賃金が安い。このため恒常的な人手不足が続いている。こうした根本部分を直さない限り、介護の受け皿は増やせず、介護離職もなくならない――という理屈の展開である。すなわち、「介護労働者を確保しなければ、すべてが始まらない」との考え方だ。  実は、メディアはあまり大きく取り上げていないが、プランは介護労働力について、外国人材の活用を「積極的に進めて行く」とも書いている。安倍政権は1億総活躍プランの議論と同時進行で自民党に特命委員会を設置し、単純労働者の受け入れ解禁の検討を行ってきた。4月26日に集約された特命委員会の報告書は、介護人材を念頭に「必要性がある分野については個別に精査して受入れを進めていくべき」と結論付けており、本音はむしろ、賃上げによる日本人の就労促進よりも「今後の介護は外国人に委ねよう」というところにありそうだ。  次に「希望出生率1.8」だ。これは言うまでもなく、少子化に歯止めをかけることで将来的な労働力を増やして行こうということである。出産を機に辞職する女性は少なくない。一方で多くの女性が出産後も働き続ける状況となれば待機児童の増加という新しい壁が立ちはだかる。子育て環境の劣悪さを懸念して、出産そのものを諦める人もいる。結果として、女性労働力の確保を困難にし、あるいは少子化が進むという「負のスパイラル」になっている。  待機児童対策の遅れを批判するブログが世間の注目を集めたこともあり、これを解決すべくプランが打ち出したのが、待遇改善による保育労働力の確保であった。保育士の処遇を月額6千円程度引き上げ、職務経験を積んだ人には最大月額4万円程上積みするという。「介護離職ゼロ」と同じ発想である。  そして、3つ目の「名目GDP600兆円」だ。これは、労働力の確保が、結果としてそれを達成することでもあるということだ。要するに「労働力の減少に歯止めをかけられなければ、日本の経済成長はない」と言いたいのだろう。プランは高齢者の就労にも触れている。定年退職後に、やり甲斐のある仕事がなかなか見つからないという現実への対応だ。  プランは、非正規社員と正社員の賃金格差の是正や残業時間規制といった働き方改革にも踏み込んだのが最大の特徴だが、それも女性や高齢者の働き方のバリエーションを増やすことが、働き手自体を増やすことになるという判断からであろう。労働力は本当はどれぐらい足りないのか  出生数の減少に歯止めをかけるには時間がかかる。それまでの間、女性と高齢者の就労を促進していくのは現実的な政策だ。女性や高齢者によって社会の縮小スピードをやわらげなから、同時に出生数増につながる政策を講じていくしかない。そうした意味では「1億総活躍社会」が目指す方向性は間違っていない。  ただ、気掛かりなのは、労働力が本当はどれぐらい足りないのかという議論が見えないことだ。 現在の社会の仕組みを前提として、 すべてをこれまで通りに行っていこうと考えるのであれば、現在の労働力人口が比較基準となる。 内閣府の推計は、労働力人口は女性や高齢者の就業が進まなければ2030年までに900万人近く減るとしているが、絶対数はこの通り減るとしても、それが不足する人数と一致するとは限らない。  例えば介護だ。プランは高齢化が進むことを織り込んで「25万人の介護人材の確保に総合的に取り組む」としているが、健康寿命の延びによって要介護者の見通しが変われば、介護ニーズの量そのものが変わるだろう。機械化による省力化をどの程度織り込むかによっても数字は大きく異なってくる。介護保険制度とは別に、ボランティアを活用したような保険外の介護の仕組みが普及すれば、必要となる職員数はさらに変わる。  さらに考えなければならないのが、ただ働き手を増やすだけでなく、人口減少下であっても生活の豊かさを実感できるようにしなければならないという点だ。労働力人口が減るということは、「超人手不足」状態が延々と続くということである。すごく単純に考えれば売り手市場であり、賃金は上がるはずだ。ところが、現実には不本意な非正規労働に追いやられている人はなくならない。  こうした状況を少しでも改善し、労働人口が減っていく中でも経済成長させていくには、これまで以上に生産性を向上させなければならない。まず、すべきは安い商品を大量生産する「 発展途上国型ビジネスモデル」との決別であろう。高付加価値商品を小人数で生み出すモデルに転換するのである。  発展途上国型ビジネスモデルは、日本が周辺諸国に比べて技術力で圧倒的に勝り、若くて安い労働力が安定的に確保できた時代にあってこそ成り立ってきた。いまや、オートメーション化された近代的な工場を建設すれば、どの国にあっても画一的な製品を作ることが可能だ。発展途上国型ビジネスモデルに固執する限り、日本は賃金が安い国々と勝負し続けなければならず、日本人の賃金をどんどん切り下げざるを得なくなる。とても太刀打ちできず、このような競争は長続きしない。  一方で、女性や高齢者の就労がかなり進んだとしても、労働力人口の絶対数が減っていくことは避けられない。  数少なくなる労働力人口が少しでも厚遇で働くことができるようにするには、日本が人口減少社会に応じた産業構造に転換した場合、どの分野にどれぐらいの人手が足りなくなるのかをしっかりと見極めて、育成する産業分野を絞り込んで投資し、さらにそれに応じた人材教育を行っていくビジョンが必要だ。  経済界には「労働力不足の解決には、外国人労働者を受け入れるしかない」との意見も根強いが、いま日本が取るべき道は、現在の社会をベースに人数の辻褄合わせをすることではない。  目の前の課題にばかり目を向けていたのでは、イノベーションや労働生産性を向上させるための新たなチャレンジを妨げ、結果的に日本社会全体の足腰を弱くすることになる。  労働力人口の減少を必要以上に恐れず、小さくとも〝キラリと輝く国〟を目指して知恵を絞るときである。※「先見創意の会」2016年05月24日コラムを転載。

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    同級生婚の増加 同窓会支援で婚活促進を

    河合雅司(産経新聞論説委員)下げ止まらない婚姻数 日本の婚姻件数が減り続けている。厚生労働省の推計では昨年は63万5000組で、戦後最少を更新する見通しだ。 日本では婚外子は2・21%(2013年)と極端に少ない。一方で、妊娠が結婚に先行する「できちゃった婚」で生まれた第一子は25・3%(2009年)を占める。結婚と出産を一体として考える人が多いということだ。婚姻件数の減少に歯止めがかからなければ、少子化は進む。 希望しながら結婚できない人を減らすには何から着手すればよいのだろうか。国立社会保障・人口問題研究所が2010年に行った「第14回出生動向基本調査(独身者調査)」によれば、25~34歳は男女とも「適当な相手にめぐり合わない」が群を抜く。まず取り組むべきは、出会いの場の提供ということになる。 各自治体も婚活支援に取り組み始めたが、必ずしも結果が表れているわけではない。ミスマッチが生じていることが原因とみられる。内閣府の「結婚・家族形成に関する調査報告書」によれば、男性は20代、30代とも年収300万円未満で未婚者が多い。女性は年収600万円以上の30代で目立つ。単に出会いの場を設定すればよいわけではないのである。「同い年」希望が増加 では、どうすべきか。結婚支援策では、学歴や雇用形態、年収などの属性をある程度絞り込むことが重要となる。既婚者が結婚相手をどうやって見つけたかを分析することから始めることだ。 内閣府の「少子化と夫婦の生活環境に関する意識調査」(2012年)によれば、トップは「社会人になってからの仕事関係」で男性31・1%、女性33・9%だが、職場の出合いに行政が関与する余地はあまりないだろう。 むしろ注目すべきは、高校や大学時代の出合いが結婚に発展しているケースが意外に多いことだ。 「同級生同士の結婚が増えている」との民間調査もある。「アルバイト先」を含めると社会人になる前の出会いは男性が16・4%、女性も15・9%を占める。20代後半では男女とも「仕事関係」を上回っている。 同級生婚の増加を裏付ける興味深いデータがある。独身者調査が結婚相手との年齢差の希望を調べているが、「同い年」と回答した人が男性35・8%(5年前の前回調査比6・4ポイント増)、女性29・0%(同2・2ポイント増)と顕著に増加を続けているのだ。 1987年は男性が「3~4歳年下」の30・0%、女性は「3~4歳年上」の36・8%がトップだから、価値観が「年の差婚」からシフトしてきていることになる。 晩婚化が指摘されるが、平均希望結婚年齢は男性30・4歳、女性28・4歳。男女とも20代で相手を見つけたいと考えている人が少なくない。 これらのデータを勘案すれば、結婚を意識し始める20代半ば以降の人たちを対象に高校や大学の同窓会を開くことが有効といえそうだ。同級生の出会いを政策として支援するのである。ボランティアを通じて 「学校」が男女の出合いの場になるのは、境遇や素養などが似通っており、多くの人が同じようなライフコースを歩むからだろう。共通の話題もあり打ち解けやすい。 だが、年に1度ぐらい同窓会を開いても恋愛に発展するとは限らない。在学中から付き合っていたカップルもいるだろうが、主に同窓会の再会で意気投合し、ゴールインするケースが想定されよう。 そこで提言したいのが、地方創生と結びつけるボランティア活動やサークル活動の展開だ。一緒に汗をかくことで結びつきが深まる。 同級生同士でいくつもの少人数グループを結成し、福祉や観光イベント、地域おこし事業などそれぞれの得意分野に取り組むのである。卒業後、遠方で就職した人は休日のみ参加してもよい。男子校や女子校の出身者は、複数の学校が提携して“合同同窓会”の形にすれば解決する。 自治体は予算を確保し、高校や大学と連携して連絡事務やグループ分け、ボランティア先とのコーディネートなど運営に主体的に携わる。 自治体にとっては、ボランティアを確保できるだけでなく、20代の若者が地域に関心を持つようになれば、やがて地方創生の“応援団”ともなるメリットがある。 男女の縁とは思わぬところにあるものだ。その芽を大切に育てる支援が望まれる。

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    日本の少子化は、GHQによる〝人災〟だった

    河合雅司(産経新聞 論説委員) 何かと厳しい話題が多い少子化問題にあって、久々に明るいニュースが飛び込んできた。年頭あたって公表された厚生労働省の推計によれば、昨年(2015年)の年間出生数は100万8,000千人で、前年を4,000人ほど上回る見込みとなったのだ。  もちろん、「少子化に歯止めがかかった」というわけではない。今後、子供を産める若い女性の絶対数は激減し、出生数の大幅増加は望みにくいからだ。とはいえ、上昇に転じたことは素直に喜びたい。  ところで、なぜ日本の少子化はこんなにも深刻化したのだろう。年間出生数が戦後最多だったのは、終戦間もない1949年の269万7,000人だ。70年も経たないうちに約3分の1に減った計算である。あまりに速い。  古い文献にあたって行くと、意外な事実が浮き彫りになってきた。背後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の関与の跡が見つかったのだ。人工妊娠中絶や避妊による産児制限が日本に普及するよう巧妙に仕向けていたのである。  戦後のベビーブームがわずか3年間で唐突に終わりを告げたことが、何よりの証拠だ。最終年の1949年と翌年の年間出生数を比較すると、一挙に36万人も減っている。戦後のベビーブームは「3年で終わった」のではなく、3年で終わらせた〝人災〟だったということになる。  だが、人口の多寡が「国力」を左右した戦前・戦中においては、人為的に人口を減らす産児制限は〝禁断の政策〟であった。占領下にあったとはいえ当時の日本政府は拒絶反応を示した。「民族の自殺」であり、将来的な国家の滅亡につながると考えたからだ。国会で芦田均厚相は「一度出生率が減少する傾向になった場合には、いかなる民族でも、これを人口増加の傾向に回復することが困難である」と危機感をあらわにしている。第二次世界大戦が終わってもなお、日米間で人口をめぐる戦争が続いていたのである。  詳細については、筆者の最新刊である『日本の少子化 百年の迷走 ――人口をめぐる「静かなる戦争」』(新潮社)にまとめたので是非、そちらをお読み頂きたい。本稿ではその一部を紹介することにする。  GHQが「人口戦」を仕掛けたのは、食糧難にあえいでいた戦後の日本で人口過剰論が擡頭したためだ。これを放置すれば、「いずれ日本は軍事的野望を再燃させるか、共産国化に結びつく」と懸念したのである。  だが、占領国が人口抑制策を押しつけることになれば、国際社会から厳しい批判を浴びる。そこでGHQは、日本人自身の手によって普及させるシナリオを描いた。  目を付けたのが、戦前の産児調節運動家のリーダーであった加藤シヅエ氏たちだった。そのやりとりが、自叙伝『加藤シヅエ ある女性政治家の半生』(日本図書センター)に残されているので引用しよう。  「ある日、ジープが家の前に停まりましたの。(中略)二世で、塚本太郎さんというGHQの民間情報教育局の方でした。家に上がっていらっして、こうおっしゃるの。『今日は実は、お願いに来ました』って。何事かと思いましたら、『日本に新しい民主主義の法律を作らなくてはならないので、御夫婦にいろいろな意味で相談相手になって貰いたい。非公式に顧問を引き受けて頂けませんか』とおっしゃいました」というのだ。  GHQが加藤氏たちに期待したのは、産児制限の合法化だった。そのためには加藤氏を国会議員に押し上げる必要があった。これについても自叙伝に生々しく書かれている。  「ある日、GHQの将軍が突然訪ねていらっしゃったんです。『どうしてあなたは立候補しないんですか』って訊かれましたので、『夫が立候補しているのに、私まで出るなんて考えられません』と申しましたら、『婦人参政権を与えよと言ったのは、あなたじゃないですか。戦前から運動を続けて来た張本人が、そんなことでいいんですか』って、懇々と説得なさるんです」というのだ。衆議院議員となった加藤氏たちは、産児制限を認める優生保護法を成立に漕ぎ着けた。  産児制限が大きく普及したのは、日本政府が推進に転じてからだ。占領下の日本の悲願といえば国家主権の回復だが、サンフランシスコ講和会議を前にして政府内に「独立国になるには人口問題を自ら解決できることを国際社会にアピールする必要がある」との声が高まっていたことが背景にあった。  日本政府の方針転換を受けて優生保護法に改正が加えられ、世界で初めて「経済的理由」でも中絶が認められる国になると、戦後のベビーブームはピタリと終わった。そして、主権回復から間もない1952年5月には、「経済的理由」に該当するかどうかの判断を医師に委ねる再度の法改正も行われ、日本は今日に至る長い少子化の歴史を辿ることになったである。  GHQの働きかけは法改正だけではなかった。「少なく産んで、大事に育てる」という考え方を定着させて行ったのだ。産児制限はGHQの生活改善運動に乗って地域ぐるみの「新生活運動」の一環となり、日本人の価値観を決定的に変化させたのが新憲法であった。日本国憲法24条に「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」と盛り込んだことが、日本人の結婚や出産に対する考え方を大きく変えた。結婚は人生における選択肢の一つとなり、現在の未婚・晩婚ともつながっている。  ベビーブームの終焉は、「中絶ブーム」の到来でもあった。1957年には10人の子供が生まれてくる間に7人は中絶されるという異常事態となった。これには、日本政府も動揺を隠せなかったが、妊娠をコントロールする術を知った国民の価値観を引き戻すことはできなかった。  さらに、戦後の民主化教育で「産めよ殖やせよ」という戦前・戦中の人口増加策に対する国民の反発やアレルギーが醸成されていたこともあって、政治家や官僚たちが国民の結婚や出産といった政策に口出しすることをタブーとする雰囲気が政府内に出来上がって行った。「民族の自殺だ」と強く抵抗していた敗戦直後のような強い反対意見は次第に聞かれなくなったのである。  ここまで、かなり大掴みながら、GHQの主導で始まった日本の少子化の流れを見て来た。そして今、安倍晋三政権は、歴代内閣が避けてきた「2060年に1億人程度の人口確保」という数値目標を掲げ、結婚や出産に関する国民の希望が叶った場合の「国民希望出生率1・8」を実現させるべく、取り組みを強化し始めた。人口が減り始め、もはや日本には時間的な余裕がなくなってきたということだ。  目標の実現は簡単ではないだろう。だが、出来ない理由を探すだけでは何も変わらない。久々の出生数増のニュースに接したことを契機に、70年近くも前のGHQによる呪縛を解くことから始めたい。※「先見創意の会」2016年01月05日コラムを転載。

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    異なる政策を一括りにした「1億総活躍社会」

    河合雅司(産経新聞 論説委員) 安倍晋三首相が打ち出した「1億総活躍社会」が分かりにくい。  首相は記者会見で「誰もが今よりも、もう一歩前へ踏み出すことができる社会を創る」と説明した。改めて確認するまでもないが、ここでいう「1億」とは「全国民」の意味である。すべての人が家庭や職場、地域において活動できる社会となるよう諸制度を見直そうということだ。人口減少で細り行く労働力人口を懸念し、働く意欲と能力のある人にはすべて働いてもらいたいとの期待もあろう。その是非は脇に置くとして、こうした説明ならば首相の意図はイメージしやすい。  では、なぜ分かりにくいかと言えば、安倍首相は同時に「少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持する」とも語ったからだ。  「1億」という数字こそ同じであるが、「1億国民が活躍」と「人口1億人維持」とでは政策の性格が異なる。前者は人口減少に伴う社会システムの激変への対応策であり、後者は人口減少を根本から食い止めることが目的だ。「誰もが活躍できる社会」を実現できたからといって、人口減少に歯止めがかかるわけではない。更に言えば、「すべての人が活躍できる社会」とは理想であり、人口が増えようが、減ろうが目指すべきものであろう。  両政策は、取り組む時間の長さも、対象となる人も違う。「すべての人が活躍できる社会」を実現するための方策は成果が急がれる。これに対し、「人口1億人維持」のためのそれは、かなりのロングスパンで考えざるを得ない。異なる2つの政策を一括りにして説明するから混乱する。  混乱の素は「人口1億人維持」の説明の中にもある。安倍首相は「少子高齢化に歯止めをかける」としたが、これも誤解を解いておかなければならない。  間違えてはならないのは、高齢化は止められないという点だ。人間誰しも毎年1歳ずつ年齢を重ねるため高齢者数の将来予測は可能だ。その見通しによれば、2040年代初頭に向けて高齢者数は増えていく。  これに対し、安倍政権が今後できることといえば、出生数の減少にストップをかけることであるが、出生数が増えたとしても高齢者数が減るわけではない。ただし、出生数が増えれば高齢化率を下げることはできる。とはいえ、それは遠い将来の話だ。高齢者数が増える状況下で少子高齢化に歯止めをかけるとなれば、長期間にわたる爆発的なベビーブームでも起こらなければ難しい。  ここまで見てきただけでも、安倍首相の語る「1億総活躍社会」は整理されているとは言い難い。これでは、その方策である「新3本の矢」((1) 希望を生み出す強い経済、(2) 夢をつむぐ子育て支援、(3) 安心につながる社会保障)がぼやけたものになるのも当然である。  安倍首相はそれぞれの矢に目指すべき目標として「GDP600兆円の達成」、「国民希望出生率1.8の実現」、「介護離職ゼロ」を挙げ、2020年代の実現を目指すという。だが、どれが「誰もが活躍できる社会」のための政策で、どれが「50年後も人口1億人維持」にどう結びつくのか、スケジュールをどう描いているのか、見えてこない。「1億総活躍推進室」の看板を掛ける安倍首相(左)と加藤1億総活躍相=2015年10月15日、内閣府(代表撮影)  しかも、第1の矢、第3の矢は人口規模の維持につながる政策とは言い切れない。1本目の矢である「希望を生み出す強い経済」について、安倍首相は「明日への希望は強い経済なくして生み出すことはできない」と説明した。雇用が不安定であったり、低所得であったりするがゆえに、結婚や出産を諦めている若い世代は少なくなく、人口維持に経済成長は不可欠であることはその通りだ。一般論として言えば、「GDP600兆円」を達成すれば、若い世代を含めて国民全体の生活水準が上がり、結婚や出産をためらっていた若者の希望もかないやすくなるだろう。  だが、現実は、若い世代の多くが非正規雇用に置かれている。それどころか、安倍政権は外国人労働者を大量に受け入れ、「安い賃金で働く人」を増やそうとしている。こうした政策のチグハグさに頬被りをしたまま、「GDP600兆円」を唱えられても、若い世代が豊かさを享受できるようになるとは思えない。  非正規雇用の若者が増えている背景には、多くの日本人が、安くて良い商品を大量生産し利益を得てきた過去の成功モデルに固執していることがある。「国際競争に打ち勝つためには、従業員の賃金を抑制しなければならない」との発想だ。  しかし、それは他にライバル国が無かった時代が続いたことが可能ならしめたことだ。労働力人口が減っていくことを考えれば、高価格であっても付加価値の高い商品やサービスを作り出すことが求められる。発展途上国との賃金競争から脱却するようなビジネスモデルへと転換なくして、若い世代の「希望」は生まれない。ましてやベビーブームが到来するはずもない。  第3の矢「安心につながる社会保障」についても、安倍首相がアピールする「介護離職ゼロ」は、これまでは高齢者向け施策の意味合いが大きかった社会保障を若い世代の問題として取り上げたことは評価したいが、「人口1億人の維持」とは異なる政策である。介護離職をゼロにしたとしても、出生数の増加策には結びつかない。安倍首相が団塊ジュニア世代の介護離職に危機感を募らせたように、親の介護を具体的な問題として考え始めるのは40代後半や50代だ。こうした年齢層はすでに子供を産み終えている。企業活動に影響が生じる介護離職を減らしていく努力は極めて重要だが、それを少子化対策と関連づけようとするのは無理がある。  「人口1億人維持」という目標に直接アプローチするのは、第2の矢の「夢をつむぐ子育て支援」である。少子化や人口減少対策については、「産めよ殖やせよ」政策を想起させるとして歴代政権が見て見ぬふりをしてきたテーマだ。トップリーダーである首相が、自らの言葉で国民に直接「希望出生率1.8」の実現を目指すとしたことは意味がある。  だが、これにしても政府内の動きをみると政策目的を整理しないまま議論を進めようとする動きが見られる。子供の貧困対策だ。安倍首相の周辺は、これを目玉政策にしようとしているのだ。  むろん、子供の貧困は放置できない。成長した暁に社会の担い手となるはず、支えられる側になる恐れがある。だからといって1人親世帯への支援強化と少子化対策とを結びつけるのは違和感がある。貧しい世帯への支援は生活保護など福祉施策の拡充などで考えるべきことだ。少子化対策では、結婚したいのにできない、子供が欲しいのにためらう要因を分析し、その原因を取り除くことを優先すべきである。  このように未整理の部分が多い「1億総活躍社会」の実現であるが、「すべての人が活躍できる社会の実現」も「50年後も人口1億人維持」も日本にとって避けられない重要テーマであることに変わりはない。新三本の矢の中にも、個別の政策テーマとして急ぐべきものが多数見つかる。  であればこそ、それぞれテーマごとに内容をよく分類、吟味し、誰をターゲットにしているのか、短期的な政策か、中長期に取り組む必要がある課題なのか、きちんと色分けする必要がある。  政府の予算や人員には限りはある。スローガン先行の政治で国民が混乱し、官僚たちの力が分散した結果、「どの政策も中途半端に終わった」となったのでは元も子もない。※「先見創意の会」2015年10月20日コラムを転載。

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    「価値観の打破」問われる移住論

    河合雅司(産経新聞論説委員) 高齢者の地方移住の是非をめぐり、議論が活発化してきた。  これが政策テーマとして浮上した背景には、東京圏での医療・介護施設の不足と、地方の若者の流出という2つの問題の解消策としての期待がある。  民間有識者による「日本創成会議」が6月に公表した推計によれば、東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)では高度経済成長期に流入した人々が高齢化するため、2025年までの10年間で75歳以上が175万人増える。同期間に全国で増える75歳以上の3分の1を占める計算だ。  この間に看護師や介護職員は全国で新たに240~280万人が必要になるという。75歳以上人口の3分の1が東京圏で増えるとすると、東京圏で80~90万人の医療・介護のマンパワーが不足するということだ。  人口減少が進む地方では、病院や介護施設の利用者も減る。こうしたところで働いている看護師や介護職員がやがて仕事を求めて東京圏に出て来るとなれば、ますます東京一極集中が進み、地方の若者流出に拍車がかかる。  日本創成会議は東京圏に住む75歳以上の収容能力の分析も試みているが、現在は都区部の不足を周辺部にある施設が補って何とか均衡を図っている状態だという。地価の高い東京圏でこれから施設を整備することは大変である。日本創成会議が、医療・介護とも受け入れ余力のある全国41圏域を具体的な自治体名を挙げて紹介したのもこうしたことへの懸念だ。  移住は国民の選択肢の一つに過ぎない。しかし、政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が新型交付金を使って推進する考えを示していることもあり、このレポートは大きな反響を呼んだ。  冷静に考えれば国が移住を強要することなどできるはずがないことは分かるはずなのだが、「強制移住」「姥捨て山」というレッテル貼りが目立つ。「歳を取ったら東京から出て行けということか」といったネガティブな受け止め方も広がっている。  年齢に関わらず移住するかどうかは国民自らが判断し、選択することだ。政府の調査によれば、50代男性の50%、女性は34%が地方移住を望んでいる。60代は男女とも3割だ。安倍政権が地方移住を推進するのは、こうしたニーズに応えようというものだ。高齢者というと「要介護者」をイメージしがちだが、念頭に置くのは健康で活動的な50~60代である。アクティブシニアが定住するとなれば、地域活性化の人材となるし、地域内の消費拡大にもつながる。  地方からは「高齢者を地方に押し付けるつもりか」との声も上がった。「高齢者が移住して来ても、やがて要介護状態に陥る。医療費や介護費を負担しなくなるのでは大変だ」との懸念だ。(写真と本文は関係ありません) だが、医療保険や介護保険には広域での財政調整の仕組みがある。厚労省は、特定の自治体が突如、高齢者が激増した場合に備えて新たな対応策も検討している。政府はもっと丁寧に説明する必要がある。  さらには、「歳を取ってから見知らぬ土地に移住する人はいない」といった高齢者の地方移住自体に疑問を投げかける指摘もなされている。しかし、高校時代まで過ごした故郷に愛着を持つ人は少なくない。若い頃の勤務地が気に入り、老後は住んでみたいと計画している人や、妻の出身地に移り住んだ夫妻もいる。何らかの「きっかけ」で第二の人生を考え始めると、地方暮らしも選択肢に入ってくるものだ。  他方、多くの首長にとっては「どうせ移住してくれるのなら、若い世代に来てもらいたい」というのが本音だろう。だが、今後、若者は激減する。絶対数が足りないのだから、これを奪い合ったのではすべてが勝者とはなり得ない。  実際には、高齢者に比べて若い世代の移住のほうがハードルは高い。移住先に転職したくなる職場がなければ、現在の勤め先を辞めてまで移住を踏み切ることにはならないからだ。そんな職場を創出するのは一朝一夕とはいかない。子育て中であれば、子供の転校も考える必要が出てくる。  多くの自治体では、受け入れ態勢を整えているうちに「消滅」の危機にさらされることになる。もちろん、高齢者の移住も簡単ではないが、すでに人口減少が進み始めた自治体にとっては若者のUターン、Iターンを期待するよりもはるかに現実的だと言えよう。  しかし、高齢者の地方移住をめぐる議論の本質は「東京の医療・介護問題の解決策」や「地方の生き残り策」にあるのではない。むしろ、“過去の常識”を打ち破れるかどうかという大きな問い掛けである。  もはや人口の激減は避けられない。少子高齢社会に対応するには、既存の価値観を一度否定し、社会をどう作り替えるかを考えなければならないということだ。  人口激減下で地域の活力をそれなりに維持しようと思えば、多くの人が国内を活発に動き回ることである。その具体策の一つが、移住をはじめとする大都市圏と地方の頻繁な往来であり、同一県内における二地域居住なのである。  当然、議論は「移住政策」に収まらなくなる。例えば、住宅価格や交通費をどう安くするかということまで考えなければならないだろう。  前者については空き家の活用を進めればよい。1カ月単位で借りられるような物件がたくさん出回るようになれば、「夏は北海道、冬は沖縄」「数カ月ごとに好きな土地を巡る」といった暮らし方をする人が増えるかも知れない。  問題は交通費のほうだ。多くの場合、民間事業者が運営しており、「赤字路線は値上げか廃止」というのが相場である。しかし、交通費の値下げが、人口減少社会を乗り切る「切り札」となるのならば政策として考えなければならない。難しさを承知で言えば、全国どこに行くのにも片道3,000円以内となれば人の流れは大きく変わる。  例えば、東京-福岡間の航空運賃が片道2,000円としよう。これならば、日帰りで旅行に行こうという人も増えるだろう。移住者が頻繁に東京に戻ることもできる。高齢社会では時間をコントロールしやすい人が増える。早期予約者の割引拡大など工夫の余地はあるはずだ。人口減少社会においては、「公共交通」の概念を根本から考え直してみることも重要なプロセスということだ。  これまで、多くの日本人は住み慣れた土地に愛着とこだわりを持ち、それぞれの地で文化を育んできた。それは素晴らしいことであるが、激変の時代を乗り越えるにはもっと柔軟な発想を持って臨むことも必要だ。社会の変化に応じて、ライフスタイルや土地に対する考え方など既存の価値観をどんどん打ち壊していく。高齢者移住もそうした挑戦の一つである。  “過去の常識”が打ち破られたとき、現在多くの人が思い描く高齢者社会とは全く異なる未来が開けてくる。困難だからといって挑戦どころか、考えることすら逃げていたのでは、いよいよ日本の取りうる方策は少なくなる。 ◇     ◇     ◇ 人口減少社会への対応策については、このほど出版した増田寛也元総務相との共著『地方消滅と東京老化』(ビジネス社刊)に詳しいので、こちらもお読み頂きたい。

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    少子化対策 第3子に「1000万円」支援を

    河合雅司(産経新聞論説委員) 少子化が加速してきた。厚生労働省によれば、昨年の出生数は100万3532人で過去最少を更新。1人の女性が生涯に出産する子供数の推計値である合計特殊出生率も9年ぶりに低下に転じた。 結婚や出産は個人の選択である。だが、ここまで出生数が減った以上、対象を絞った対策が必要だろう。着実な第2子対策を まずは第1子対策に力を入れなければならない。日本では未婚で出産する女性は少なく、結婚支援が効果的といえる。若い世代の雇用を安定させ、出会いの場をつくることだ。さらに、周囲が雰囲気づくりをすることも重要だ。 しかし、第1子が生まれただけでは人口減少は克服できない。将来、その両親が亡くなると1人減となるからだ。子供に恵まれないカップルがいることを考えれば、第3子以降が増えない限り人口が増加に転じることはない。 昨年の出生数の内訳をみると第1子は47万4191人、第2子が36万4763人。第3子以降は16万4578人にすぎない。だが、いきなり第3子とはならないので、第2子対策から着実に進めていかなければならない。 実は、昨年の出生数を分析すると第2子の減少が際立つ。総数では前年比2万6284人減だが、1万4703人を第2子が占めた。減少幅で比べると、2013年の5倍、2012年の12倍だ。75%が「第2子の壁」 一般財団法人「1more Baby応援団」が公表した夫婦の出産意識調査によれば、8割が「2人以上」を理想の子供数と回答した一方で、75・0%は2人目以降をためらう「第2子の壁」の存在を感じている。 86・5%が「経済的な理由」を挙げているが、就職している母親に限定すると「仕事上の理由」(64・7%)が2位であり、働き方をめぐる事情が深く絡んでいる。 これについては、厚労省の「21世紀成年者縦断調査」が興味深い傾向を示す。夫の休日の家事・育児時間が長いほど第2子以降の出生割合は増えているのだ。2時間未満の場合31・0%だが、6時間以上では76・5%となった。第2子を増やすには長時間労働の是正が求められる。 だが、単に働く時間を短くするだけでは問題は解決しない。基本給が安く、残業代をあてにせざるを得ない人も少なくないからだ。時間ではなく成果によって評価する仕組みの普及が急がれる。 育休の取りづらさの改善も求められる。夫婦共働きが当たり前となり、第1子出産時に取得する人は増えた。しかし、第1子の育休が明けてから時間を空けず、再度申請することへの後ろめたさがあるのだ。たびたび休んだのでは責任ある仕事を任せられなくなり、ポジションを奪われるとの焦りだ。 先の意識調査では、職場の上司が子育てに理解がある場合、2人目以降にためらいを感じない人の割合が10ポイント近く上昇している。職場の心遣いが「2人目を産もう」との気持ちを大きく左右する。20代に傾斜配分必要 第3子以降となると、さらに経済的な悩みが大きくなる。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の出生動向基本調査によれば、3人目以降の出産を見合わせた夫婦の7割が「お金がかかりすぎる」を理由に挙げた。 そこで小欄は、第3子以降に、子供1人あたり1000万円規模の大胆な支援をするよう提言したい。 2010年の社人研の調査によれば、子供が3人以上いる夫婦は全体の21・6%に過ぎず、2002年調査の34・4%に比べ激減した。 対象となる人数は少ないのだから、第3子以降を断念する大きな理由である大学進学までの教育費について、塾代も含めすべて無料とするぐらいしてもいい。それぐらいの発想が必要ということだ。 2005年度版「国民生活白書」によれば、子供1人にかかる費用は第2子は第1子の8割、第3子は6割程度で済むという。とはいえ、財源には限りがあるので、代わりに第1子、第2子に対する児童手当を廃止か縮小する。 一方、晩婚・晩産では「3人目を産もう」とはなりにくい。昨年の出生数は20代後半が1万4949人減と大きく落ち込んだ。第3子以降に手厚くするのと同時に、20代で出産した人に傾斜配分する必要もある。 日本の少子化は危機的状況にある。過去の常識にとらわれていたのでは出生数増には転じない。

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    東京集中の解決策…匠の技で地方を「世界一」に

    河合雅司(産経新聞論説委員)大阪圏は軒並み人口減 総務省の推計によると昨年10月1日時点の総人口は前年より21万5千人減った。2012年の減少幅は28万4千人だから若干の縮小である。 ところが、出生数と死亡数の差である「自然増減」で比較すると、昨年の減少幅は25万1千人だ。12年の20万5千人を上回り過去最大の落ち込みとなった。 からくりは外国人の出入国だ。12年は東日本大震災の影響もあり大きく減ったが、昨年は増加したため人口の減少幅を穴埋めしたのだ。背景にあるのは、日本経済の回復と東京五輪への期待だろう。 一方、東京一極集中が続いている。増加率は0・68%の東京都が全国1位で、増加率が前年を上回ったのは東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)だけだった。働き口を求める人が増えたとみられている。 反対に「地盤沈下」が鮮明になったのが大阪圏(大阪、兵庫、京都、奈良の4府県)で、自然減だけでなく人口も流出するダブルパンチに見舞われた。 今回、来日者がどの自治体に流入したかは分からないが、東京都の場合には日本人が自然減となる一方、外国人は自然増だ。相当数を東京圏が集めているとみられる。やがて破綻する東京圏 東京圏への流入は今に始まったことではない。地方から若者を集めることで日本経済を牽引(けんいん)してきた。大阪や名古屋といった大都市圏に本拠を置く企業が本社移転したケースも珍しくない。 だが、人口激減局面においては、「東京集中モデル」は通用しない。人を集めようにも地方に人がいなくなるからだ。東京圏は食料やエネルギーの供給も地方に頼っており、地方が機能しなくなれば東京圏自体が破綻する。 そうでなくとも東京圏は今後急速に高齢者数が増え、「経済効率」一本槍(やり)とはいかない。一極集中を解消しなければ、やがて日本全体が行き詰まるということだ。 解消に向けて何をすればよいのか。まずは根源的理由に迫ることだ。日本経済の発展を振り返れば、「東京集中モデル」はここまで成功だったといえよう。 高度経済成長は、先進国が開発した技術を模倣し、機械化と安い労働力で大量生産して価格競争に勝つことで達成してきた。 それは同時に、全国から有能な人材を集めた東京圏が企画開発や研究といった生産性の高い仕事を行い、地方には部品生産などを任せるという分業で成り立ってきた。 必然的に、地方は低賃金の単純労働が中心となり、高度な知識やスキルを身につけた人の働く場は少なくなってきた。これが東京一極集中を加速させた要因である。 この構造にメスを入れることなく、「地方に雇用を」と叫んでも難しい。価格競争モデルを脱却 ならば、こうした価格競争型モデルを捨てればよい。勤労世代が激減していく日本が、若く安い労働力を豊富に持つアジア諸国と競争を続けても勝ち目はないだろう。 女性や高齢者、外国人の活用で「安い労働力」を確保しようとの企業努力にも限界はある。人口が減り、高齢者が増えることを前提としたビジネスモデルへの転換こそ急ぐべきなのだ。 東京一極集中も解消し、人口減少時代にも即した新モデルがある。「匠(たくみ)の技」を活用した高付加価値の製品作りだ。日本の地方企業や伝統工芸には世界に通用する「匠の技」がいくつもある。 「匠の技」だけで海外に売ることは難しいかもしれないが、最先端技術と組み合わすことで「ジャパン・オリジナル」のブランド品を作ることは可能なはずだ。新興国のモノマネを許さないよう知的財産として保護し、「世界一企業」を目指すのである。 手作り作品のように少量を高く売るのだから、開発段階から輸出先国と連携し、買い手が好む色やデザインを十分把握することが重要になる。製造規模を大きくする必要がないということは、まさに実力のある地方企業向きのビジネスモデルといえよう。 これを一企業の成功に終わらせず、地域の中で製品の企画開発から出荷まですべて行う。「地域の特色」として世界にアピールすれば関連産業も誕生し、スキルの高い人たちが働きたくなる新たな雇用も生まれるだろう。 地方発の「世界ナンバーワン企業」がこれからの日本を引っ張る。これこそ、地方創生の醍醐味(だいごみ)である。

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    地方病院の活用策 「医療ポイント貯蓄制」導入を

    河合雅司(産経新聞論説委員)大都市患者の受け皿に 団塊世代が75歳以上となる2025年に備えるため、都道府県が地域医療構想づくりに取り組み始めた。疾病構造や人口の変化を織り込んで必要となる病床数を算出し、過剰分について削減や機能転換を促そうというのだ。 人口減少が進む地域は、入院患者も減っていく。過剰分を減らさないと病院側が空きベッドを埋めようとして治療の必要性の低い人まで入院させかねず、医療の無駄が生じるとの懸念だ。 医療費抑制の観点からすれば改革が急がれるが、地方の病床をただ削減するのはもったいない。発想を変えれば使い道はある。 東京などの大都市圏では高齢者が激増するため、自治体は病院や介護施設の増設に追われているが、地価が高く用地確保は困難だ。これから整備を進めていたのでは、住民の高齢化スピードに間に合わないとの懸念もある。 巨費を投じて大都市圏に建設するより、地方で余剰となる病床を活用したほうが現実的だといえよう。 一方でリタイア後に故郷などへのUターンや移住を考えている人は多い。政府は地方移住を希望する元気な高齢者向けに、学問や趣味、ボランティアなどに打ち込める「CCRC」と呼ばれるコミュニティーを整備すべく取り組んでいる。これらを考え合わせて一番の方策は、CCRC構想と地方病院を連携させることだ。 「CCRCに住めば医療や介護に心配がない」との評判が定着すれば、「“医療・介護難民”になる恐れがある大都市圏に住み続けるより、移住したほうが賢明」と考える人が増えるかもしれない。 患者不足に悩む地方の病院にとっても、CCRCとの連携は経営を安定させる上で大きなメリットである。「健康管理クラブ」設置 とはいえ、地元の人々が利用する病院をCCRCの移住者が独占するわけにはいかず、連携には工夫を凝らす必要がある。そこで、小欄が考案した「医療ポイント貯蓄制度」の導入を提言したい。 仕組みをご紹介しよう。CCRCへの移住者は、自治体が指定する保育支援や地元高齢者の通院・買い物サポートといった「公的な仕事」を行い、現金ではなくポイントを受け取る。 CCRCと連携する病院は移住者の健康づくりをサポートする「健康管理クラブ」を開設。移住者はたまったポイントに応じて「健康管理クラブ」が提供する人間ドックや定期健診、専門スタッフによる健康アドバイス、夜間や休日の診療といったサービスを無料もしくは低価格で受けられるようにするというアイデアである。 「公的な仕事」のメニューは自治体が提示。移住者はやりたい仕事を選び、自分のスケジュールや体力に応じて時間を決める。健康管理クラブを利用することで病院に健診データが蓄積される。医師やスタッフとも顔なじみになり、実際に病気になったとき不安なく治療が受けられるようにしようというのだ。移住促進策として展開 費用は移住促進事業として国と自治体が分担。たまったポイントはCCRCと連携する病院でしか使えないこととし、病院はCCRC移住者が利用した「健康管理クラブ」の利用料相当額を自治体に請求する流れとする。 CCRCへの移住を促すため、移住後1年でボーナスポイント、数年間住み続けた人には追加ポイントを付与することにしてもよい。 こうした優遇策には地元住民の理解が不可欠だが、移住者の受け入れは人口減少自治体にとって“消滅”を回避する有効策の一つである。大量に人が移り住めば、医療や介護をはじめ多分野の産業で雇用を生み出す。 移住者が「公的な仕事」を行うことで地域住民との交流が進み、労働力不足の対策ともなる。本来、自治体が行うべき業務の一部を移住者が肩代わりしてくれるので、行政コストの抑制効果も期待できる。理解は得られよう。 移住者にとっても、見知らぬ土地で仕事を探すのは大変だが、そうした心配をせずに実質的な所得を増やせる。社会とのつながりは生きがいとなり、健康寿命も延びよう。 人口減少社会では既存施設の有効活用が問われている。地域医療構想は、人口交流がないことを前提にして検討するのではなく、大都市圏の元気な高齢者を積極的に取り込む「地方創生」の視点をもって考えるべきである。

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    在宅での医療・介護 「家族」の先細りでピンチ

    河合雅司(産経新聞論説委員)介護職のみ増やせず 団塊世代が75歳以上となる2025年以降、高齢患者や要介護者が激増する。医療機関や介護施設の整備が追いつかない「2025年問題」が懸念されている。 これを乗り切るため政府が出した答えは、医療・介護を「病院完結型」から「地域完結型」へシフトさせることであった。老後も住み慣れた地域で暮らし続けられるようにしようというのだ。 政府は24時間対応の訪問サービスを中心に医療や介護、生活支援などを一体提供する「地域包括ケアシステム」構想を描いており、今後、在宅サービスを増やす考えだ。 とはいえ、1人暮らしや夫婦とも高齢者という世帯が増え、不安は募っている。「地域包括ケア」は政府の思惑通りに機能するのだろうか。 勤労世代が減れば医療・介護人材だけ増やすわけにはいかない。いくら診療報酬や介護報酬を上げても、在宅向けサービスの量的拡大にはおのずと限界がある。公的サービスを補完する「家族の支え」が不可欠となる。 「家族の支え」はどこまで当てにできるのだろう。まずは実態を知る必要がある。80代へのケアは50代 国民生活基礎調査(2013年)によれば、要介護となるのは男性が34・3%、女性は65・7%である。寿命が長い女性が多数を占める。 一方、介護する側は女性が68・7%で、男性は31・3%にすぎない。続柄別では、65~69歳の夫を介護する妻は84・5%に上り、妻をケアする夫は77・0%である。「老老介護」の傾向は、要介護者が70代になるまで続く。 ところが、要介護者が80代になると、50代による介護が29・9%(女性19・9%、男性10・0%)と急増する。70代を介護する50代(10・0%)の3倍だ。次いで多いのは60代の26・1%(女性17・6%、男性8・5%)だ。 配偶者が亡くなった後、自身が要介護になると、50代の娘か息子の嫁の世話になる人が多いということだろう。平均寿命が延びて80代以上の高齢者が増え続けることを勘案すれば、「地域包括ケア」の成功のカギは50~60代の女性が握るといえそうだ。 問題は50代、60代の女性が引き続き介護の担い手となり得るのかだ。60代のほうが50代に比べて配偶者の介護にあたる可能性が大きいとすれば、とりわけ期待されるのは50代の女性となる。晩婚・未婚で深刻化 家族の介護に割く時間をみると、要介護5では「ほとんど終日」と「半日程度」を合わせて69・0%だ。要介護4は67・5%、要介護3も48・9%に及ぶ。 総務省の「2012年就業構造基本調査」では、50代女性の有業率は50~54歳が73・2%、55~59歳は65・0%である。半数はパートやアルバイトだが、「地域包括ケア」が普及したとしても、家族の拘束時間が極端に短くなるとは考えづらく、中重度の要介護者を抱えての仕事との両立は厳しそうである。 そうでなくとも、安倍政権は「女性の活躍推進」を掲げ、女性の社会参加を強力に推し進めている。経済成長にとっては重要だが、在宅介護の視点に立てば、担い手不足に直結する問題である。 将来的には、さらに深刻だ。晩婚・晩産の影響の懸念である。2013年の第1子出生時の母の平均年齢は30・4歳だ。第2子以降の誕生も考えれば、「50代で子育て中」という人は増える傾向にある。これでは介護まで手が回らない。しかも、一人っ子同士の結婚が珍しくなくなった。夫と妻の親が同時に要介護となったのでは、ますます対応は難しい。 未婚化も懸念材料である。女性の生涯未婚率の推計は2010年の10・6%から上昇カーブを描く。それは、働かなければ自分の生活を維持できない人の増加を意味する。介護離職や休職をしようにもできない女性の増大ともなる。50代女性が介護の中心となり得ない時代が来よう。 「地域包括ケア」は社会状況の変化の影響を受けやすいということだ。高齢社会に立ち向かうための有力な選択肢ではあるが、すべてを解決する切り札とはなり得ない。 限られた人数の医療・介護人材において、増大するサービス利用者に対応するには高齢者が集まり住むことだ。 政府はサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の普及を進めるが、利用料が高いとの声も少なくない。空き家や公営住宅を活用した、もっと安価な住宅整備が急がれる。

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    対策へ「残り時間」少ない「2042年問題」

    河合雅司(産経新聞論説委員)貧しい高齢者が増大 「2025年問題」という言葉が話題となっている。団塊世代が大病を患いやすい75歳以上となり、医療・介護費がかさむとの懸念である。 だが、より深刻なのは2042年だ。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、高齢者人口が3878万人でピークを迎える。これに対し、勤労世代である20~64歳は2025年に比べて1345万人も少ない。 第3次ベビーブームは到来しなかったのに、団塊ジュニア世代が高齢者となるのだから当然だ。2042年以降も高齢化率は伸びるが、高齢者向け施策は人数が一番多くなる同年に合わせて対策を進めなくてはならない。社会コストは大きくなるだろう。小欄はこれを「2042年問題」と呼ぶこととする。 「2042年問題」の厳しさは、貧しい高齢者が増えることにもある。就職氷河期と重なった団塊ジュニア世代には、思うような職に就けなかった人も多い。低年金や無年金者が増大するとの予測だ。昨今の未婚者が年を重ね、独居高齢者もさらに増える。 現在、政府が進める社会保障・税一体改革の主眼は「2025年問題」対策だ。「2042年問題」を乗り切るための準備を開始しなければ間に合わなくなる。急がれる2つの政策 ただちに着手すべきは年金の支給開始年齢の引き上げと少子化対策だ。両政策とも相当の年月を要する。2042年までの「時間」はさほど残されているわけではない。 支給開始年齢の引き上げとは、2042年時点の高齢者数を減らすのが目的だ。日本ほど高齢化が進むわけでない米国やドイツですら67歳、英国も68歳まで上げる。日本も避けるわけにはいかない。 まず誤解を解き、議論を始めるだけで時間がかかりそうだ。対象は「将来の高齢者=若い世代」だが、構想が持ち上がるたびに高齢世代が反発して先送りされてきた。 高齢者雇用の充実も必要だ。引き上げが決まったとしても即座に実行に移せるわけでない。人生設計に多大な影響を及ぼすため、何十年もかけて進めざるを得ない。 一方、少子化対策は2042年の勤労世代を増やそうというものだ。しかし、こちらも一足飛びには行かない。生まれた子供が成長して働き始めるのに、20年近くの年月が必要だからだ。 政策で産みやすい環境を整えることができたとしても、最終的に結婚、出産するかどうかは国民の判断である。 いまや日本の少子化は“危険水準”にある。厚生労働省の推計によれば、昨年の出生数は約100万1千人と過去最低を更新しそうだ。1千人程度の誤差は想定され、100万人を割り込んでいる可能性もある。政府が対策に乗り出したからといって、ただちに社会の雰囲気が変わるわけでもない。出生率目標で機運を 一方で、政府に変化が見え始めた。安倍政権が「地方創生」の名で人口減少対策に乗り出したことだ。昨年末に政府がまとめた「長期ビジョン」は、2020年の合計特殊出生率が1・6程度、2030年に1・8程度、2040年に人口が一定となる「2・07」を達成すれば、政府目標の「1億人程度維持」が実現するとの道筋も示した。 これまで少子化対策が効果を上げなかったのは、戦時中の「産めよ殖やせよ」への国民の忌避感が強かったことが大きい。政治家や官僚は及び腰となり、子供が生まれてこない現状の打開が課題なのに、批判が出にくい子育て支援に比重が置かれてきた。 政府は、今回も批判を懸念して「長期ビジョン」は目標値ではないとの立場をとっているが、「2042年問題」の解決に向けて、人口減少や少子化に歯止めをかけようという政府の変化を確かな流れにしていく必要がある。 自治体には出生率や出生数の目標値を掲げているところが少なくない。国民にプレッシャーを与えてはならないが、数値目標のない政策の実効性が上がらないのも事実だ。ここまで出生数が下がった現状を考えたとき、政府としての出生率目標を掲げ、首相自ら国民的機運を高めていくことが求められる。 これらの政策以上に重要なのは、2042年に社会の中心となっている現在の10代、20代が問題意識を持つことだ。若き世代に「日本の未来」を考える機会をいかに提供していくのか。われわれは“時間との勝負”に負けるわけにはいかない。

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    高齢者の地方移住 安い生活費と医療がカギ

    河合雅司(産経新聞論説委員)50代男性の半数が関心 政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が高齢者の地方移住の促進に向け、受け皿づくりを検討するため「日本版CCRC構想有識者会議」を立ち上げた。年内に最終報告書をまとめ、来年度から各地でモデル事業を開始する考えだ。 対象は東京など大都市圏に住むアクティブシニア(活動的な高齢者)だ。体が弱ってから入所する特別養護老人ホームなどとは異なり、元気なうちに移住して学問や趣味、ボランティアなどに打ち込めるようにする。CCRCはその受け皿となる生活共同体で、これを日本流にアレンジし普及させるというのだ。 人口減少に悩む地方が存続の危機を脱するには、若者をひきつけ出生数を増やすしかない。しかし、成果が表れるには時間がかかり、人口が増える前に“消滅”しかねない。大都市圏から大量の高齢者が移り住めば時間を稼げるというわけだ。 内閣官房の「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」によれば、移住を考えている人は40・7%。関東1都6県以外の出身者では49・7%を占める。50代男性は50・8%が関心を示している。利用料に幅を持たせる 移住に向けた機運は高まっているとはいえ、大都市圏に住み続ける以上に地方移住にメリットを見いだせなければ踏み切る人は増えない。どうすべきなのか、ここでは3点挙げたい。 第1は移住後の生活費だ。高級リゾートのようなところばかりでは、利用者は裕福な高齢者のみとなり、老後生活を年金収入に頼る大多数の手が届かなくなる。CCRC普及の秘訣(ひけつ)は利用料に幅を持たせることにある。 一般的な退職者が利用できる料金とは、どれくらいなのか。2014年の家計調査などを基に計算すると単身世帯の生活費は全国平均で月額8万8540円かかっている。サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)は13万579円だ。このうち家賃地代は単身世帯が約4万円、サ高住は5万5千円弱である。 東京圏は少し高い。2013年の住宅・土地統計調査が東京23区や東京隣接3県の政令指定都市を中心に調べているが、専用住宅の1畳当たりの家賃は全国平均の約1・4倍である。これを機械的にあてはめれば、東京圏に住む単身高齢世帯の生活費は月額約10万4800円、サ高住は15万2500円となる。 CCRCの利用料をこれよりずっと低く抑え、割安感を出せば大きな動機付けになるだろう。安価なCCRCを提供するには一から造成、建設するのではなく、公的住宅や空き家など既存施設を徹底的に活用することである。 一方、CCRCで大学の授業を受けたり趣味を満喫したりするにもコストがかかる。年金収入の大半をCCRCの利用料に回さざるを得ないのでは楽しむことはできない。こうした利用料を抑える工夫が2つ目のポイントだ。 コストダウンのため、移住者自身が大学で教え、趣味のインストラクターを務める。働くのも選択肢だ。CCRCを楽しむ時間を確保するためには、若者のようにフルに働く必要はない。月に数回のアルバイト感覚で、年金の足しにするイメージである。働けば生活に張り合いもでる。 人口減少が続く地元自治体にしてみれば、移住者が働いてくれれば労働力の確保ともなる。受け入れ先となる自治体には移住者の仕事探しのサポートが期待される。介護と連携メリットに 第3のポイントは、医療や介護との連携の充実だ。高齢者の激増が予測される大都市圏では医療機関や介護施設の不足が指摘されている。「CCRCに移り住めば、医療や介護に心配がない」となれば極めて大きな魅力となる。 CCRCは永住の地でもある。入居時は元気であっても、要介護状態となる場合もあろう。移住地域での貢献度に応じてポイントを付与し、優先的に医療・介護を受けられるようにするのである。 一方、CCRC入居者の大半が要介護状態になったのでは介護施設と大差がなくなり、アクティブシニアにとっての魅力が損なわれよう。こうした状況を避けるには、CCRC内で元気な人と要介護者の住み分けが重要だ。 ここでもコスト抑制のため、既存の医療・介護施設を活用することだ。それは受け入れ自治体の雇用創出にもつながる。地元医師会や介護事業者との連携がCCRC構想の成否を握っている。

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    “医療地獄”の東京 地方へ「脱出」も選択肢だ

    河合雅司(産経新聞論説委員)高齢者の激増止めよ 地方の人口減少をいかに食い止めるのか。安倍政権が取りまとめを急ぐ地方創生の5カ年計画「総合戦略」の柱の一つが、東京圏への一極集中の是正だ。骨子案には「地方から東京圏への若者の流入に歯止めをかけることを目指す」と明記された。 地方の人口減少と東京への流入は表裏の関係にある。地方にとって、若者の東京圏への流出を防ぐことは「死活問題」なのだ。 しかし、ここには重要な視点が欠落している。すでに東京に住む人が今後味わう“医療・介護地獄”への対策だ。近い将来、深刻な社会問題になることが予想される。東京一極集中の是正を考える場合、この問題の解決を避けて通ることはできない。 東京圏の高齢者激増は、経済成長期以降に上京した“かつての若者”が年齢を重ねたことに加え、現在の若い世代が地方の老親を呼び寄せているからだ。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、東京圏の65歳以上は2010年の731万8千人から、2025年は955万人、2040年には1119万5千人と1・5倍に膨らむ。ベッドが極度に不足 高齢者が増加すれば、患者も増える。日本医師会総合政策研究機構の「地域の医療提供体制の現状と将来-都道府県別・二次医療圏別データ集(2014年度版)」によれば、2011年に比べ2025年の東京都の脳血管疾患の入院患者は53%、糖尿病は39%、虚血性心疾患は37%増えるとの予測だ。総数では、入院患者は34%増、外来患者11%増という。 大病院が集中する東京は、日本最大の医療集積地である。だが、ビジネス優先の街づくりをしてきたため、介護を要する高齢者用のベッドが極度に不足しているのだ。仮に、高度な治療を受けられたとしても、その後、転院先や療養先に困ることになる。 同データ集によれば、介護保険施設のベッド数と高齢者住宅を合わせた高齢者向けのベッド数は、75歳以上1千人あたり100で全国の121を大きく下回る。23区の一部では危機的な状況にある。 国土交通省の首都圏白書(2014年版)が東京圏全体の状況を分析している。2012年の人口10万人あたりの病床数は940床で全国平均の1336床に比べかなり低い水準である。65歳以上10万人あたりの老人福祉施設の定員も全国平均は509人だが、首都圏は315人だ。「国土のグランドデザイン」は東京都の介護施設利用者数が2025年には2010年の定員数の2・5倍程度に膨れあがると指摘している。「在宅」支援は進まず とはいえ、地価が高い東京で高齢者向けの病院や施設を新設するのは容易ではない。しかも、政府は社会保障費の抑制に向け病院や介護施設から在宅医療・介護へのシフトを進めており、施設整備が一挙に進むとは考えづらい。 このままでは“医療地獄”とも言うべき風景が広がりかねない。老後も東京圏に住み続けるには、“介護難民”に陥るリスクへの覚悟を必要とするようなものだ。 厚生労働省も対策を進めてはいる。1つは病院機能の再編だ。若い世代が減り、高齢患者が増えれば疾病構造は変わる。高度な治療を行う病院を減らし、慢性期病院などに転換させて高齢患者の受け入れを増やそうというのだ。 しかし、これは個々の病院の利害がからむだけに一筋縄ではいかない。東京圏には若い世代も多く、極端な転換も起こりにくい。 2つ目は、自宅などで暮らし続けられるよう医師や看護師、介護職員などが連携して在宅医療・介護サービスや生活支援を行う「地域包括ケアシステム」の構築だ。 だが、こちらも厚労省の思惑通りには広がっていない。家族や地域の支えが必要なのだが、1人暮らしや夫婦とも高齢者という世帯が増えた。東京圏では住民同士の結びつきが希薄な地域も多い。 一方、人口が減少する地方の近未来図といえば患者不足である。高齢者が死亡すると患者も減っていくのである。すでに医療機関や介護施設の倒産まで懸念されている。 こうしたアンバランスを考えれば、退職後は地方に「脱出」するのも一つの選択肢となろう。東京一極集中と地方の人口減少という2つの課題の同時解決ともなる。 人口減少時代は、国民一人一人にどういう老後を選ぶのかを問うている。大病を患う前に考えておきたい。

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    大丈夫か? 安倍政権の「医療=成長産業」

    河合雅司(産経新聞論説委員) 本当にうまく行くのだろうか? 安倍政権が医療を「成長産業」として捉え、育て上げようとしていることだ。  経済産業省が長年温めてきた構想がベースである。厚生労働省や文部科学省などとの温度差もみられるが、政府は成長戦略の主柱に位置付け、国を挙げて進めようとしている。もちろん、そのすべてがダメだと言うつもりはないのだが、「大丈夫か」と突っ込みたくなる政策が目立つ。  その筆頭格が、安倍政権が期待を寄せる「国際展開」だ。世界における医療機器や医薬品、医療サービスの市場規模は500兆円を超え、成長率は9%近い。アベノミクス「3本目の矢」は市場の失望を買ってきただけに、「バスに乗り遅れまい」ということだろう。  安倍晋三首相は「日本は世界トップレベルの技術を持っている。国際医療協力を新たな成長の種にしたい」と語り、自らセールスマンまで買って出る熱の入れようである。  これまで医療の国際貢献といえば、政府開発援助(ODA)や医師個人による人道支援が中心であった。これを国家的な輸出ビジネスに転換しようというのだ。  その目玉が、病院と医療機器をパッケージで考える「病院丸ごと輸出」である。病院を“ショールーム”に見立て、現地の医師に日本製の医療機器を手にしてもらい、その後も使い続けてもらおうとの作戦だ。すでに、いくつかの企業や医療法人が具体的な動きを見せている。  だが、こうした手法に医療界からは「時代遅れ」との批判が出ている。というのも、「病院丸ごと輸出」について、日本は過去に苦い経験をしているからだ。  日本政府がODAを活用して病院建設支援を積極的に展開したのは1980年代のことだ。当時の事情をよく知る医師は「途上国に最先端の医療機器付きの立派な病院を建て、日本から医師が出向いて技術指導にあたったが、日本の医療スタッフが指導を終えて帰国すると病院は機能しなくなってしまった。何年もしないうちに難民や貧しい人々が住み着いてしまったところもある。医療機械にロープが張り巡らされ洗濯物が干されていたという光景も見られた」と述懐する。近代的な病院を建設し、世界最先端の機材を持ち込んだところで、使いこなす人材がいなければ宝の持ち腐れになるということだ。  この医師は「日本国内でもそうだが、病院というのは立派な医師が一人、二人いたって機能するわけではない。しっかり教育を受けた看護師や検査技師、医療機械をメンテナンスする技術者も必要だ。医薬品や入院ベッドの毛布やシーツが安定的に運び込まれなければならないし、電源や衛生的な水が確保も欠かせない。シーツの取り替えや建物内の清掃に至るまでさまざまな業務がうまく機能して初めて病院経営というのは成り立つ。現地で採用した人々が自分たちだけで出来るようになるまで、教育面を含めて支援しなければならない」と続ける。  長年、国際医療貢献に携わってきた別の医師も「万が一にも、経産省が『病院丸ごと輸出』について、建設業界や医療機器メーカーが儲かればいいといった程度に考えているならば、日本は国際的に顰蹙を買う」と指摘する。「医療というのは、その国の根幹部分である。ビジネスの話が先行すれば、これまで多くの献身的な医師らによって築き上げられてきた日本への信用そのものが台無しになる」と懸念だ。  この医師は「海外で日本式の病院経営を根付かせるには、最低でも常時二十人程度の医師や看護師を日本から派遣し、現地の人々と一緒に働くことが必要だ。今、海外に進出を考えている病院経営者でそれだけの人数の医師や看護師を継続的に海外に送り出せる人物がどれぐらいいるのか」との疑問を投げかける。  そうでなくとも、日本では医師や看護師不足が社会問題となっている。ベッドが空かず、たらい回しとなるケースもあるほどだ。安倍政権は医師を海外に送り出すだけでなく、「医療ツーリズム」として海外から患者を積極的に呼び込もうともしているが、それではますます医師が足りなくなる。実際、医療現場からは「入院ベッドのやりくりに支障を来すような野放図な外国人患者の受け入れは困難」(公立病院幹部)との声が聞かれる。安倍政権は、こうした政策の矛盾にどう答えるつもりなのだろうか。  現地の医師に医療機械や医薬品を手にしてもらわなければ売り上げ増につながらないというのならば、海外の医師を日本に招いて研修する機会を充実させる方法だってある。  「医療=成長産業」の危うさは、これだけではない。「岩盤規制を崩す」と意気込む規制緩和にも、首をかしげたくなる内容が少なくない。  典型例が、いの一番に着手した 医薬品のネット販売だ。あたかもネット販売が経済成長の切り札の如く語られるが、市販薬をネットで売ったからといって、患者一人一人の服用量が増えるわけではない。儲かるのはネット販売会社であり、その分、薬局や医薬品流通業者の売り上げが落ちたのでは、経済全体としてはむしろマイナスだ。ネットによる販売で離島や山間部などに住む人の利便性が上がることと、経済成長とは分けて考えなければならない。  国家戦略特区における 外国人医師の受け入れも、経済成長に資するとは思えない。政府の「外国人医師がいれば、外資誘致が拡大する」という説明は疑わしい。  来日してまで仕事をしようという人たちは、元気だからこそ異国に出向くことができる。出身国の医師がいようが、いまいが受診することは稀だろう。一方、外国人医師にすれば、これまで通り日本人の患者の診察は許されない。特区に住む自国の人が何人いるかは分からないが、これでは一日に何人の患者を診察できるというのか。とても採算は取れず、海外の名医がわざわざ母国でのポストをなげうってまで来日するとは思えない。  万が一、日本で働く外国人ビジネスマンが急病になったり、大けがをしたりしたとしても、母国から来た二流どころの医師よりも、レベルの高い日本の病院を選ぶだろう。そもそも、世界展開するような大企業は、エリートビジネスマンを派遣するに際して、家族を含め医療面のバックアップに万全を期すだろう。大都市のオフィス街には、こうした需要を満たすべく、英語などで対応できるスタッフをそろえた医療機関も少なくない。  政府の産業競争力会議や規制改革会議は、 性懲りもなく 病院経営に〝プロ経営者〟を呼び込み、複数の病院を傘下に置くホールディングカンパニーや、病院に隣接した遊休地の活用など多角経営化への道を切り開こうと検討を重ねている。 だが、医療への市場原理の導入というのは、これまで何度も試みられたが失敗続きであった。 人命に直結する医療はビジネスライクには捉えきれない分野なのである。  それでも、医療を成長産業として捉えたいというのならば、「医療行為」そのものではなく、関連分野にいくらでもニーズはある。  例えば、高齢患者の送迎サービスだ。今後は高齢者の一人暮らしや高齢夫婦のみの世帯が増える。病院までの道のりに急坂や階段があって上り下りをするだけでも一苦労という人も少なくない。ちょっとした手助けが欲しいという需要はあるはずだ。  健康作りにもビジネスチャンスはまだまだ存在する。最近、フィットネスクラブに通うシニアも多いが、少子化に悩む地域の学習塾など、高齢者向けに認知症予防の計算塾を開設すれば、新たな顧客開拓になるかも知れない。  中高年サラリーマン向けの外食サービスももっと充実させることは可能である。昔よりは健康に配慮した外食メニューが増えたとはいえ、まだまだボリューム満点の若者向けのようなメニューが少なくない。健康に気遣った家庭的な料理を、手軽な値段で購入できる中高年向けのレストランやコンビニ店がビジネス街に展開されれば、昼食などで利用する人は多いだろう。  多くの人の医療への期待は、経済成長の「推進役」などではなく、病気やケガをしたときの「安心・安全」だ。本格的な高齢社会を迎えるなか、政府が最優先で取り組むべきは必要な医療をしっかり国民の元に届け続けることであろう。経済が成長しても、いざというときに受診できない国になったのでは元も子もない。

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    コンパクトシティーの切り札 二地域居住

    河合雅司(産経新聞論説委員)地方創生本部が推進へ 都市の自宅と地方のセカンドハウスを行き来する「二地域居住」というライフスタイルが再注目されている。 政府の「まち・ひと・しごと創生本部」が人口減少対策として「『二地域居住』の本格的な推進策の検討」を報告書に明記したためだ。 人口減少による「消滅」の危機に悩む自治体は、「来訪者のうち何%かでも移住してほしい」との思惑で観光客受け入れなど「交流人口」の増加策に躍起になっている。 二地域居住は「定住」と「交流」の中間に位置する。創生本部はこれを普及させ、大都市圏からの人の流れを作ろうというのだ。 背景に年代を超えた地方暮らしへの関心の高さがある。国土交通省は2030年には潜在的希望者を含め1080万人が志向すると推計。地方創生ブームで需要がさらに掘り起こされるとの皮算用だ。 地方側の期待も膨らんでいる。観光客と異なり、一定期間だけでも生活してくれれば地域の消費は増える。彼らを目当てとした新たな仕事が誕生する可能性も広がる。空き家や耕作放棄地の解消といったメリットも考えられる。実践派はいまだ少数 とはいえ、二地域居住は新しいアイデアではない。国交省が提唱したのは2005年である。総務省などにも同趣旨の構想があった。普及に向けた取り組みも続けてきたが、実践する人はいまだ少数派だ。 2軒の家を継続的に往復するのは経済的、時間的、身体的な負担が大きく、誰もが気軽に始められないからだ。すべての自治体がセカンドハウスの候補地となるわけでもない。何度もの往復を考えれば、都会との交通アクセスの良さが問われる。 このため、国が税金を大々的に使って事業化することには「公共性に欠ける」との懐疑的な見方も強い。 定住につながるかも疑問だ。自治体側には「都市住民が定住を考えて“予行演習”している」との声も聞かれるが、二地域居住者の動機は必ずしもこうした期待に沿うものとはかぎらない。 世論調査では二地域居住を選ぶ理由としては「自然豊かな地で暮らしたい」が多い。だが、それは生活の不便さと背中合わせでもある。 気分転換としての「田舎暮らし」を満喫はしたいが、いざ定住に踏み切るとなると医療サービスや友人関係が途切れることを懸念して二の足を踏む人は少なくない。政府が期待した団塊世代の移住が、大きな流れとなっていないことを見れば明らかだ。 定年前の世代になるとハードルはさらに高い。ネックは就職先だ。簡単に見つかるのであれば地元の若者が苦労するはずもない。二地域居住を実践する若者は経済的にも恵まれた層で、リフレッシュや趣味の拠点として地方に居を構えているケースが多い。 結果として、地域社会に対する思い入れも古くからの住民と一緒とはいかず、地元の期待は空振りに終わりかねない。県内での住み分け策 むしろ、二地域居住は「大都市圏から地方」への流れを促すというより、「県内の人口集約」の方策として考えたほうが現実的だろう。 人口激減県では、県庁所在地など中核となる都市に周辺自治体から人口集積するコンパクトシティー化が避けられない。その推進の“切り札”にするのである。 大都市圏の若者には「平日は都心のマンション、週末は郊外で過ごす」といった使い方も目立つが、「平日は地域中核都市、週末は県内の出身地」というライフスタイルの定着だ。県内の若者に地域中核都市と出身地とをうまく住み分けてもらうことで過疎自治体の人口激減の影響を緩和したほうが、県外から人を呼び込むより簡単である。 親の介護のために週末だけ実家に帰る人は増えている。要介護者がいなくとも若者が週末を出身地で暮らすようになれば、過疎化する自治体に新たな人の交流が広がる。 同時に、過疎化が進む自治体の元気な高齢者が週末だけ地域中核都市のマンションなどに暮らす二地域居住も推進する。こうした交流を続ければコンパクトシティー構想への抵抗感も薄まるだろう。 県内での二地域居住ならば踏み切る人も増え、政策としても成り立ちやすくなる。ポイントは、地域中核都市に若者がとどまれるよう雇用環境を整備することだ。東京圏への流出を阻止できなければ、すべてが始まらない。

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    「東京一極集中」が招く人口減少の悪循環

    河合雅司(産経新聞社論説委員) 人口政策をめぐる議論が賑やかになってきた。内閣府が「毎年20万人の移民受け入れ」についての試算を公表したのに続き、政府の経済財政諮問会議の専門調査会は「50年後に1億人を維持」とする数値目標の設定を提言した。政府は目標値の設定については「骨太の方針」に反映させる考えで、首相を本部長とする政府の人口減少対策の戦略本部を設置する構想も検討している。  人口が本格的に減り始め、政府としても「何らかの手を打たなければならない」となったのであろう。  それにしても、これまで政府の人口減少への対応は鈍かった。  多くの国民が少子化社会の到来を強く認識したのは、1989年の合計特殊出生率が「丙午」の1966年よりも低い1.57を記録したことが判明した時だ。いわゆる「1・57ショック」である。  あれから四半世紀の時が流れた。しかし、この間、政府が取り組んできたことといえば、児童手当の増額や待機児童の解消といった子育て支援ばかりで、お世辞にも成果が上がったとは言えない。  対策を講ずべき相手を間違っていたからである。子育て支援策と少子化対策とは重なる部分は大きいが、その目的は異なる。子育て支援策とは、その名の通り、生まれてきた子供をしっかり育て上げていくためのサポートである。一方、少子化対策とは子供が生まれにくくなった現状をどう打破するかという政策である。  子育て支援策の充実が重要なのは言うまでもないが、子育て支援策は妊娠もしくは子供が生まれた後の政策であって、結婚したいのにできないでいる人や、結婚して子供を望んでいるのに授からないといった結婚前、妊娠前の人たちには手が届かない。  今、日本に突きつけられている課題は、結婚や出産に関する国民の希望と現実のギャップをどう穴埋めするかだ。若者の雇用の安定をはじめ、結婚前段階からサポートを行わなければ、出生数減の歯止めはかからない。  政府が結婚や出産へのサポートを避け続けてきた背景には、戦時中の「産めよ殖やせよ」政策に対する国民のアレルギーがある。結婚や出産に、政府が関与することへの国民の警戒心の強さだ。これに、国会議員や官僚は及び腰になってきたのである。  先日、厚労省が発表した2013年の人口動態統計によれば、合計特殊出生率は1.43と前年に比べ0.2ポイント上昇した。ここ数年、出生率は改善傾向にあり、こうした数字をとらえて「少子化の流れが多少は持ち直してきた」と評する声もある。  しかし、出生数は102万9,800人と過去最低を更新した。出生率が上昇したのに、出生数が減るという“ねじれ現象”が起こるのは、「分母」である出産可能な年齢の女性が急速に減っていくからだ。  子供を産むことができる女性数が減る以上、出生数も増えようがない。政府が「50年後に1億人」という数値目標を掲げたとしても、その実現は極めて難しいということだ。  こうした話になると、「人口減少を劇的に解決するには移民を受け入れればよう」という意見が必ず登場する。しかし、実現に向けたハードルは高い。  本稿の冒頭で触れた内閣府の「毎年20万人」で考えてみよう。受け入れを決断すれば、1億1千万人の人口規模を維持できるという。しかし、「毎年20万人」というのは50年間で1,000万人であり、10人に1人が移民という社会である。これはかなりの割合だ。世界各国の移民排斥の動きを見る限り、相当な社会的混乱が予想される。  移民の大量受け入れの難しさはこれにとどまらない。移民受け入れ議論から抜け落ちることが多いが、移民たちも日本で出産するということを考えておかなくてはならない。「多産文化の国」から来た移民たちのほうが、日本人よりも多くの子供を産む可能性が大きいとすると、移民と日本で誕生したその2世の合計人数が、日本人人口を上回る社会が遠からず到来するということになる。  日本人のほうがマイノリティーになるということは、「日本」が現在とは全く異なる「別の国」になることを意味する。移民大量受け入れについて、そう簡単に国民合意の形成が図られるとは思えない。  そもそも、移民の大量受け入れが政策として成り立つのかも怪しい。今後は多くの国で少子高齢化を迎える。どこから「毎年20万人」もの人がコンスタントに日本に来るというのであろうか。  やはり、われわれに残された現実的な選択肢としては、少子化対策に全力を挙げ、人口減少のペースを緩やかにするほかにないようである。人口減少に伴う社会の激変に備えるための時間稼ぎである。  しかし、その少子化対策も、単純な話ではない。興味深いシミュレーション結果が民間有識者でつくる「日本創成会議」の分科会から公表された。2040年までに、全国の自治体の半数が将来的な「消滅」の危機にさらされるというのだ。  これまでは平均寿命の延びが少子化を覆い隠してきたが、いよいよ高齢者数が減り始める。高齢者の消費をあてにしていた地域の経済が成り立たなくなり、若者が仕事を求めて都会に流出し地域の人口減少スピードが加速する悪循環に陥る。  とりわけ次世代を出産する20~39歳の女性が現在の半数以下になる自治体は、残った女性の合計特殊出生率が改善しても人口が減り続け、「消滅」する運命が待ち受けているという指摘である。  「消滅」すると名指しされた自治体関係者は大騒ぎである。にわか仕立ての少子化対策会議で侃々諤々の議論を始めたところも少なくない。  だが、このシミュレーションのポイントは「自治体消滅」と裏表の関係にある「東京一極集中」の弊害のほうにこそある。東京に多くの若者が集まるということは、それだけ日本全体の少子化が進むことでもあるからだ。  東京ほど出産や子育てが困難な都市はない。住宅事情が悪く、通勤を含め勤務時間は長い。保育所不足など出産育児に対する環境が極めて脆弱なのだ。とりわけ、地方から出てきた人は、家族の支援もあてにできず、産むことをためらう人が少なくない。  数字がすべてを物語っている。2013年の合計特殊出生率は、全国平均の1.43に比べて、東京は1.13と突出して低い。東京一極集中は地方自治体を「消滅」させるだけでなく、集まった若者の出生率を下げ、日本全体の人口減少のスピードを加速させる方向に作用しているのである。  低出生率は、東京の若者も減らし始めている。あまり意識されることがないが、国立社会保障・人口問題研究所によれば、東京圏の生産年齢人口(15~64歳)は、2000年からの10年間ですでに46万人近くマイナスになっているのだ。  「東京一極集中」の弊害はもう一つある。高齢者数の激増だ。  かつて流入した“昔の若者たち”が年齢を重ね始めたことに加え、東京に出てきた若者が地方の年老いた親を呼び寄せるからである。国土交通省の首都圏白書は、東京圏で2040年までに387万人も高齢者が増えるとの見通しを示している。  問題なのは、若者中心の街づくりをしてきたため、介護施設もそこで働く人も圧倒的に足りないことだ。  現在、地方の若者の雇用の多くは医療・介護分野が支えているが、高齢者が減るため介護施設などに空きベッドが生じ働く場所がなくなりつつある。一方で、東京圏では医療や介護職の人手不足が慢性化している。医療・介護分野で働いてきた若者たちにすれば、同じ職種のほうが転職しやすい。  こうして東京圏に若者を吸い寄せられる流れがますます強まっていく。東京圏の高齢者数の激増が、地方の若者を呼び寄せ、さらなる少子化を招く皮肉である。  政府は高齢社会に備え、都道府県ごとに医療計画を策定して病院機能の再編に乗り出すことにしている。国保の保険者機能も都道府県に移管し、都道府県ごとに医療費の目標値を設定することも想定している。  しかし、地方の医療・介護分野で働いてきた若者たちが、仕事を求めてどんどん東京への集中したのでは、地方の医療計画は絵に描いた餅に終わる。  別の言い方をすれば、地方の崩壊は医療機関の消滅から始まると言ってもよい。厚労省が病院機能の再編をするまでもなく、人口が激減する地域で医療機関が存続できなくなったのでは、地域の生活そのものもが成り立たなくなる。  ところが、地方「消滅」の危機が叫ばれながらも、「日本経済の将来を考えれば、東京への一極集中を否定するわけにはいかない」といった意見はなくならない。東京はこれまで優秀な若者を寄せ集め、世界の都市間競争に勝って成長してきたからだ。いわゆる「集積の経済」である。  しかし、こうして見てくると、人口減少への現実的な対応策であるはずの少子化対策も、ただ保育所を増やせば済むといった単純な話ではないことがよく分かる。日本社会の仕組みや人の流れまでを大胆に変えなければ問題の解決とはならない。  人口減少社会は、「東京一極集中」という“成功体験”にいつまでもしがみつくことを許さない。われわれは今、価値観の変革や発想の転換を迫られている。

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    在宅シフトは「2025年問題」解決の切り札か?

    河合雅司(産経新聞社論説委員) 団塊世代が75歳以上となる2025年には高齢患者が激増し、医療費は現在の1.5倍、介護費は2.4倍になる。今年の新語・流行語大賞にもノミネートされた「2025年問題」である。  社会保障にとっての当面のヤマ場ともいうべき2025年問題を乗り越えるため、政府が出した答えが「在宅」での医療・介護の推進であった。  「高度急性期」→「急性期」→「回復期」→「慢性期」と4つの医療機能の流れをスムーズにし、さらに訪問サービスを充実させることで、老後は自宅などで暮らすようにしようというのだ。  こうした構想を実現するため、政府は2つの政策を急いでいる。(1)都道府県ごとの病床機能の再編、(2)地域包括ケアシステムの構築-だ。診療報酬が高くつく高齢の入院患者を減らし医療費を抑制しようというのが大きな狙いだが、高齢者数の急増に病院や介護施設の建設が追いつかないという事情もある。地価が高く用地確保の難しい東京圏などでは高齢者向けベッドの整備は社会問題に発展しそうでもある。 病床機能の再編は実現可能か  とはいえ、これらの政策が簡単に実現するわけではない。まずは、1つ目の柱である病床機能の再編から見ていこう。  各都道府県が策定する「地域医療構想」の区域ごとに、医療関係者が集まり「地域医療構想調整会議」を開いて協議するというのだが、各病院とも長年培ってきた地域の患者からの信頼、医療機関としての“暖簾”がある。急性期病院と回復期や慢性期の病院とではイメージも、扱う患者も大きく異なる。各病院の経営者とすれば、再編の必要性は理解をしていても、長年かけて築き上げてきた“暖簾”を積極的に下ろして病床機能の転換に協力しようとはならないだろう。  それでも再編に応じる病院というのは、生き残りをかけ悩み抜いてのことだ。決断に足る説得力のある患者数予測がなければ無理な話である。1カ月先を見通すことさえ困難な時代に、将来の患者数をどこまで正確に言い当てることができるのだろうか。  病床機能の再編にはもう一つ困難がある。長期展望が見えないことだ。  高齢化が行き着くところまで進んだ地域では、高齢者が死亡すると直ちに人口が減る。すなわち、不足する医療機能を一時的に充足できたとしても、患者の総数そのものが減ったのでは4つの医療機能すべてで過剰となりかねない。病院にしてみれば、高齢者数が増えている間は患者数も増え経営も安定するが、人口減少局面に転じた途端に患者不足に陥るということだ。病床転換を図ったところで患者不足問題の根本解決に至らないのでは、リスクを冒そうという気にはならない。すでに「患者不足に陥る前に」といった理由で、大都市圏での展開を図る地方の医療機関もある。  そもそも、政府が都道府県単位で医療計画を立てることが疑問だ。東京圏への人口集中が加速し、民間有識者からなる「日本創成会議」の分科会などは2040年までに自治体の半数が「消滅」の危機にさらされると指摘している。人口移動予測をどう加味するからよって推計は大きく変わるのではないのか。 地域包括ケアシステムの課題  次ぎに、2つ目の柱である地域包括ケアシステムを考えてみよう。地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で暮らせるよう、医師や介護職員、ケアマネジャー、ボランティア、企業などが連携し、往診や訪問介護、生活支援といったサービスを提供する構想のことで、厚生労働省が力を入れている。区域ごとの病床機能の再編がうまく行ったとしても、退院後に行き場が確保されなくては在宅での療養は実現しない。  ところが、地域包括ケアシステムの普及も遅々として進んでいないのが実情だ。  なぜ、地域包括ケアシステムの立ち上げが難しいのか。その要因はいくつもあるが、そもそも「包括ケア」という名称からしてイメージが掴みづらい。調整役を果たすべき自治体の担当者からして試行錯誤の連続なのである。  システムを有効に機能させるには医師のリーダーシップが不可欠だが、医療関係者には「医療と介護は別もの」と考える人が少なくない。担当者会議を開いても医師が欠席するケースは珍しくないのである。一部で成功している例もあるが、その多くはノウハウと熱意を持った自治体担当者や厚労省出身者が深く関わっていたり、人柄のよい医師の積極性によるところが大きかったりするところである。  地域包括ケアシステムを機能させるには、高齢者本人や家族はもとより、事業者や地域住民に在宅医療・介護への理解と覚悟が問われるが、家族や親族のサポートが得られにくくなっていることが第2の要因である。  介護事業所の人員確保が難しいことなどもあって「定期巡回・随時対応サービス」を提供するところは2014年8月時点で525カ所にとどまる。24時間のサービスを受けられることになっても、患者にしてみれば必ずしも利用したいタイミングで受けられるとは限らない。一人暮らしや夫婦とも高齢者という世帯が増え、これを補完することも困難だ。住民同士の支え合いもコミュニティーがしっかりしていない大都会などではより難しい。  第3の要因は、人口の減少だ。激減地域では地域包括ケアシステムを作ろうにも医療・介護スタッフが集まらない。診療所すらなくなった地域では作りようもない。  一方で、高齢者が激増する大都市部では、システムを構築できたとしてもサービスを利用したい高齢者数にスタッフが追いつかず、サービスが疎かになるとの懸念もある。一極集中が続いてきた東京圏では、高度経済成長期以降に上京した”かつての若者”が高齢化したことに加え、現在の勤労世代が老いた親を地元から呼び寄せていることもあり、高齢者数が激増しているからだ。  国立社会保障・人口問題研究所の推計では、東京圏の65歳以上は2010年の731万8千人が、2025年には955万人、2040年には1,119万5千人と1.5倍増となる。2025年には東京都の介護施設利用者数が2010年の定員数比で2.5倍程度に膨れあがるとの国土交通省の予想まである。介護を要する高齢者向けベッドが極度に不足するということだ。これらのベッドからあふれ出た人たちを、地域包括ケアシステムですべて対応するのはかなりの無理がある。  認知症患者も増え、往診や訪問看護・介護を行っている現場の医師や看護師、介護職員からは高齢者のみの患者宅における劣悪な衛生環境に悲鳴の声も上がっている。病院機能再編も地域包括ケアシステムも乗り越えなければならないハードルがあまりに高く、医師の人柄任せ、地域力任せの地域包括ケアシステムの現状はあまりに心許ない。  治療の必要性の低い患者を入院させ続けている「無駄」は排除しなければならないが、厚労省は条件付きながら介護型療養病床の全廃方針を転換せざるを得なかったことも事実だ。  在宅シフトの社会コスト  在宅シフトの議論では、医療・介護費用が高くつく入院や施設での療養に比べて在宅は安く済むということが前提となってきた。社会保障費だけに限れば抑制効果はあるのかも知れないが、在宅を成り立たせるために他の政策経費が膨らむのでは、トータルとしての社会コストが高くつくことになる。  在宅シフトは本当に2025年問題の切り札と成り得るのか。国民には在宅に対する不安が広がっている。“理屈”が正しくとも実現しなければ、そのツケは国民が支払うことになる。

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    「医療」は〝自治体消滅〟を救うか?

    河合雅司(産経新聞社論説委員)  安倍改造内閣が発足し、安倍晋三首相は「地方創生」を新たな政策の柱に掲げた。  このまま東京一極集中を許したのでは日本は“破滅”の道を進む。ところが、有識者による「日本創成会議」の分科会が公表した「2040年までに全国の自治体の半数が将来的な『消滅』の危機にさらされる」という推計のインパクトが余程強かったのか、自治体の中には「危機感」を通り越して「諦めムード」が漂っているところも少なくないという。  「いまさら」との印象もあるが、政府が地方の生き残りに目を向け、頑張る自治体の応援に乗り出すことにしたのは、大きな一歩だといえよう。とはいえ、「地方創生」という言葉のイメージは、受け止める側によって大きな開きがあるようだ。  「地方の活性化には、公共事業費を増額することだ」といった景気刺激策として捉える人たちが相変わらず少なくない。町おこしイベントの企画構想も相次いでいる。「地方がうまく行かないのは、分権が遅れているからだ」との意見も強い。  こうした景気刺激も地方分権も重要な視点ではある。だが、もはや日本の人口減少は一過性の景気浮揚や地方分権だけで何とかなるレベルにはない。国家を一から作り直さなければならない段階に突入していることを忘れてはならない。  地方を「消滅」の危機から救うため、政府内ではさまざまな構想が練られているが、各省とも「コンパクトな街づくりが避けられない」との認識では一致している。全国に拠点となる都市を設け、周辺自治体からの人口を集約することで人口20万~30万人規模の都市圏を維持しようというのだ。すべての自治体や集落が生き残ることは難しい以上、上手に集約し、社会のサイズを縮小していくことが求められる。  だが、人口20万~30万人を維持しようと思えば、街としての「魅力」が必要となる。しかも若い世代が定住しなければ持続しない。最も重要なのは若者の職場の確保である。  アイデアは花盛りだ。民間シンクタンクなどからは、農業分野などでの起業、地元企業の海外展開、国際観光都市へのイメージ戦略、大学を中心としたアカデミックな街づくりのアイデアや、ユニークな子育て支援策についての提言がなされている。   ただ、若者の雇用確保策を考える一方で、激増する高齢者の暮らしも守らなければならないところに、人口減少問題の難しさがある。 そこで注目を集めるのが「医療」である。医療機関、とりわけ地域の中核をなす病院は多くの雇用を生むからだ。医師や看護師などはもちろん、医薬品や物品の納入業者、患者を送迎するタクシー業者、自動販売機業を含めた飲食業者など関係業種の裾野は広い。医療機関を中心とした街づくりをすれば、若者の雇用創出と高齢者問題を同時に解決できるとの発想だ。  国土交通省の「国土のグランドデザイン」によれば、三大都市圏を除く500人規模の町には、飲食店、郵便局とともに診療所が必ずと言ってよいほど存在する。どんな暮らしを選ぶにせよ、医療機関が不可欠ということだ。こうした状況に、政府内からは「医療機関がなければ都市生活は成り立たないのだから、発想を逆転させて、地域の拠点病院を中心にコンパクトな街づくりを考えるほうが現実的だ」との声が出ている。  これに呼応するように、厚労省も医療機関を中心とした街づくり構想を言い始めた。  厚労省は都道府県を中心として、地域の医療需要の将来予測や疾病構造の変化を踏まえた病床機能の再編を促すほか、レセプト(診療報酬明細書)データの分析によって都道府県ごとに医療費抑制目標値を設定する方針を打ち出している。  これまでの厚労省の医療制度改革の説明は、どちらかといえば、膨張する医療費の抑制を強調してきた。しかし、最近の厚労省幹部の説明には「医療介護を含めたまちづくり」、「新しいまちづくりを促進する仕組みの構築」といった言葉が目立つ。人口20~30万人レベルで地域において、救急病院など基幹病院を中心とした医療機関ネットワークの構築の必要性をうたう説明資料まで見られる。  政府内では「『地方創生』の看板を掛けなければ、来年度予算の獲得は難しい」との雰囲気が強まっている。「バスに乗り遅れるな」との側面もあるのだろう。だが、そこには厚労省の焦りも見え隠れする。  厚労省は病院完結型医療から地域完結型へと医療の在り方の大転換を打ち出し、住み慣れた地域で安心して暮らせるようにすると宣言したものの、高齢者の一人暮らしや高齢夫婦のみの世帯が多く、在宅医療や在宅介護に対する国民の不安や不満は依然強い。  「地域包括ケアシステム」の整備に力を入れようとしている矢先に、人口激減地域で民間病院の過当競争に伴う倒産が相次いだのでは、「在宅医療」構想は根底から見直しを迫られる。それ以前に、日常の診察にあたる病院が倒産してしまつたのでは、そのまま地域の崩壊に直結しかねない。  厚労省は、地域医療の在り方について「競争よりも協調」の必要性を掲げてもいる。公立病院を含め、すべての医療機関が自分たちの地域の医療をどうして行くのか理念を共有しなければ、人口減少時代を乗り越えられないとの説明だ。厚労省にしてみれば、「医療費抑制のため」というより「地方創生」という国策の後押しがあったほうが、病院機能再編について医師や地元住民の理解を得やすい。「医療」を中心とした街づくりは、まさに“願ったり叶ったり”というところだろう。  ただ、政府内の「医療」を中心とした街づくりに関する思惑は一枚岩とは言い難い。本格的な高齢社会を迎え医療提供体制が崩壊することを懸念する厚労省に対し、医療を「成長産業」と見て地域活性化の起爆剤ととらえる声は小さくない。  高齢者の暮らしを支えるには、医療だけでなく、病院へ通うためのコミュニティバスなど公共交通や高齢者住宅、商業施設といった様々なサービスも整えなければならないとの考え方だ。医療法人改革で「非営利ホールディングカンパニー型法人」の導入を図り、医療周辺ビジネスと出資関係を持ちやすくしようという思惑も政府内にはある。  地域の拠点となる病院の敷地内や隣接地に、高齢者住宅を整備したり、フィットネスクラブやカルチャーセンター、大型書店、ショッピングモールを建設したりして、巨大な高齢者タウンを造ろうというアイデアも浮上している。  このあたりになると、もはや地域の医療提供体制をどうしていくかという話とは論点が異なる。急激に人口移動が進めば、医療機関の地域バランスが崩れ、病院機能の再編をむしろ妨げることにもなりかねない。  若者を惹きつけ、人口規模を維持できなければ医療機関どころか、地域そのものが「消滅」してしまう。とはいえ、地域の医療提供体制を再編なくしては激増する高齢患者に対応はできない。  両者を同時に実現するのは難しい。何を守り抜き、何を諦めるのか。「医療」を中心とした街づくりに限らず、「地方創生」を成功させられるかどうかは、安倍政権の取捨選択の判断にかかっていると言えそうだ。

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    空き家急増 マンションが新たな火種

    河合雅司(産経新聞論説委員)「放置」が318万戸 空き家の増加に歯止めがかからない。総務省の2013年「住宅・土地統計調査」(速報集計)によれば、約820万戸と過去最高を記録した。総住宅数6063万戸の13・5%を占め、「7、8軒に1軒」といった割合だ。 空き家の増大は景観が悪化するだけでなく、倒壊の危険や犯罪を誘発する。荒涼とした町並みが広がれば、住民の流出は加速し、地域社会の崩壊にもつながる。 空き家は2つに大別される。1つは「問題ない物件」だ。賃貸・売却用に建てたが需要を見誤り、入居者が見つかるまでの一時的な空き家となっているものだ。別荘などもこのグループに属する。 もう1つは「深刻な物件」だ。単身高齢者が施設に入ったり、死亡したりして管理が行き届かなくなったケースだ。同調査によれば、分類困難なものも含め、こうした「放置された空き家」は318万戸を数える。管理組合の維持困難 空き家と聞くと、「朽ち果てた一軒家」のイメージが強いが、実はマンションも少なくない。総務省が2008年の前回調査を分析したところ、この時点の空き家総数757万戸のうち、6割にあたる462万戸がマンションなどの共同住宅だった。大半は賃貸だが、「放置された空き家」も72万戸近くに上る。 マンションの場合、空き家が増えると管理組合が維持できなくなる。管理体制が悪化すれば借り手も減る。この点、賃貸であっても「深刻な物件」に転じやすい。 所有者が遠方にいる「投資型」などは管理がおろそかにされがちで、未入居の増加に拍車をかけているとの指摘もある。賃貸も含め1棟の半数が入居していないマンションも珍しくなくなった。こうなると物件価値も低下し、スラム化の道を歩み始める。 マンションの解体は戸建て以上に大変だ。建物が頑丈で費用がかさむだけでなく、所有者の利害が複雑に絡むからだ。今後、大都市圏を中心に「スラム化した老朽マンション」が増大すれば、新たな社会問題として国民にも重くのしかかることになろう。 私的財産である住宅は本来、所有者が責任をもって管理すべきものだが、地域の安心・安全にかかわるため、条例を定めて独自の対策を進める自治体は少なくない。 移住希望者に情報提供する「空き家バンク」の取り組みも広がってきた。解体して更地にすると固定資産税の優遇措置が受けられなくなるといった税制面での課題の解消や、持ち主を探すために市町村が税情報を活用し、立ち入り調査できる仕組みの導入に向けた動きも出ている。 こうした目の前の課題への対応も重要だが、空き家問題の根本解決には「なぜ増えたのか」という理由に立ち返ってみる必要がある。供給過剰が最大要因 最大の要因は住宅の供給過剰だ。1968年の同調査以降、住宅総数は総世帯数を上回っている。2013年も818万戸の超過である。これでは、住まなくなったからといっても、立地や使い勝手がよくなければ簡単に売却や賃貸とはいかないだろう。 しかも、少子化で相続する子供が減った。相続人がいても、若者世代が都会に出たまま帰らず“田舎の家”には価値を見いだせないというケースは多い。少子化の進行に伴い、さらに空き家が増えると予想される。 ところが、空き家解消に逆行するような動きも続いている。国土交通省によれば、昨年度の新設住宅着工戸数は4年連続増の約99万戸(前年比10・6%増)だ。過去の推移をみても、特殊要因のあった年を除けば着工戸数の減少は見当たらない。 背景には日本人の「新築志向」の強さがある。政府も住宅ローンの控除など新築住宅の開発を促す政策を推進してきた。住宅取得が進めば、家電製品や家具など需要が伸びるとの計算だ。歴代政権にとって、分かりやすい「景気浮揚策」だったのである。 持ち家率が6割を超した現状においては、新築住宅の推進政策はその“歴史的役目”を終えた。空き家をこれ以上増やさないようにするためには、中古市場整備へと政策シフトを図ることだ。解体ばかりでなく、「社会の資源」として再活用する視点も求められる。移住者向けや公共住宅へのリフォームを後押しすることである。 過度な「新築志向」を改めない限り、われわれは大きな荷物を背負うことになる。

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    高齢化社会のひずみ 空き家が激増

    国内の空き家が約820万戸と過去最高を記録した。「7、8軒に1軒」といった割合だ。少子化の進行に伴い、さらに空き家が増えると予想されるが、昨年度の新設住宅着工戸数は4年連続増。 過度な「新築志向」を改めないと、将来への大きな負債になる。

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    人口政策のまとめ

    ・地方の生き残り 30万都市圏で若者定着を http://ironna.jp/article/7 ・「50年後に1億人」目標  20代も産みやすい環境を http://ironna.jp/article/14・自治体の消滅 「東京集中」破綻の警告だ http://ironna.jp/article/15・無居住エリア拡大 「国防の危機」の認識必要 http://ironna.jp/article/17・毎年20万人の移民 やがて日本人が少数派に http://ironna.jp/article/18・女性の活躍 男中心の企業文化を排せ http://ironna.jp/article/19・日本人の家族観 「伝統的世帯」は変わらず http://ironna.jp/article/24・晩婚の歯止め策 大人が「家庭築く楽しさ」語れ http://ironna.jp/article/26・人口減少 “常識のウソ”見抜き対策打て http://ironna.jp/article/41・困難な外国人の大量受け入れ http://ironna.jp/article/102・急坂転げ始めた日本の出生数 http://ironna.jp/article/108・21世紀版の「産めよ 殖やせよ」 http://ironna.jp/article/109・安全保障脅かす出生数減少 http://ironna.jp/article/293・いずれ行き詰まる大都市 http://ironna.jp/article/296・激変緩和のため時間稼ぎを http://ironna.jp/article/297・「東京一極集中」が招く人口減少の悪循環 http://ironna.jp/article/1123・“医療地獄”の東京 地方へ「脱出」も選択肢だ http://ironna.jp/article/1125・対策へ「残り時間」少ない「2042年問題」 http://ironna.jp/article/1127・高齢者の地方移住 安い生活費と医療がカギ http://ironna.jp/article/1129・東京集中の解決策…匠の技で地方を「世界一」に http://ironna.jp/article/1400・少子化対策 第3子に「1000万円」支援を http://ironna.jp/article/1553・「価値観の打破」問われる移住論 http://ironna.jp/article/1689・異なる政策を一括りにした「1億総活躍社会」 http://ironna.jp/article/2246・日本の少子化は、GHQによる〝人災〟だった http://ironna.jp/article/2791・労働力不足対策より「本当に足らぬ人数」の見極めが先だ http://ironna.jp/article/3770・労働力人口減少…国際分業や「質」への転換を http://ironna.jp/article/3775・週末は地方暮らし 「セカンド市民制度」創設を http://ironna.jp/article/3934・過去の成功体験と決別せよ 〝危うさ〟感じる人口減少対策 http://ironna.jp/article/5699

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    社会問題のまとめ

    ・外国人の「単純労働拡大」 新たな少子化招く要因に http://ironna.jp/article/9 ・持ち家率低下 若者の生活志向の変化逃すな http://ironna.jp/article/31・インフラ老朽化 統廃合カギ http://ironna.jp/article/101・社会問題化する親同居未婚者 http://ironna.jp/article/105・東京郊外にゴーストタウン http://ironna.jp/article/107・有期雇用で若者の生活安定を http://ironna.jp/article/111・日本版CCRC  引退後は地方で学生満喫 http://ironna.jp/article/298・在宅シフトは「2025年問題」解決の切り札か? http://ironna.jp/article/1121・コンパクトシティーの切り札 二地域居住 http://ironna.jp/article/1126・同級生婚の増加 同窓会支援で婚活促進を http://ironna.jp/article/2854・移民受け入れが政策として成り立つのか http://ironna.jp/article/3771・「多死社会」を乗り越える 故郷葬で火葬場不足を解消 http://ironna.jp/article/3772・外国人「単純労働者」の解禁 不足する労働力の精査が先だ http://ironna.jp/article/3774

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    社会保障政策のまとめ

    ・激増する認知症 患者に寛容な社会目指せ http://ironna.jp/article/21・働き盛りの介護離職 日本経済の根幹揺るがす http://ironna.jp/article/22・大都市の介護施設不足 地方との“広域合併”で対応を http://ironna.jp/article/25・病院機能再編 退院後生活の「青写真」も必要 http://ironna.jp/article/29・年金支給年齢引き上げ 現在の高齢者も“痛み”分担を http://ironna.jp/article/33・国民皆保険制度 医療貯蓄制度導入で破綻防げ http://ironna.jp/article/42・社会保障費返還で再増税回避 http://ironna.jp/article/100・増える独居「家族」消滅危機 http://ironna.jp/article/103・非現実的な「最低保障年金」 http://ironna.jp/article/104・「高齢者」減らし変わる未来 http://ironna.jp/article/106・若者の負担、もはや限界に http://ironna.jp/article/110・身の丈に合った社会保障に http://ironna.jp/article/291・改革遅らせる有権者高齢化 http://ironna.jp/article/292・年金へ過度の期待禁物 http://ironna.jp/article/295・「医療」は〝自治体消滅〟を救うか? http://ironna.jp/article/1122・大丈夫か? 安倍政権の「医療=成長産業」 http://ironna.jp/article/1124・在宅での医療・介護 「家族」の先細りでピンチ http://ironna.jp/article/1128・地方病院の活用策 「医療ポイント貯蓄制」導入を http://ironna.jp/article/1280・CCRC普及のカギ握る「医療ポイント貯蓄制度」の創設 http://ironna.jp/article/1286・晩婚の予期せぬ影響…急がれるダブルケア対策 http://ironna.jp/article/3773・安倍首相は一体改革をぶち壊しにするつもりか http://ironna.jp/article/5698

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    患者不足で病院が消滅?

    河合雅司(産経新聞論説委員)なくてはならぬ存在 安倍晋三首相が「地方創生」の旗を振り始めたことで、各地で自らの強みや魅力を見つめ直そうとの動きが広がってきた。観光資源の掘り起こしや町おこしイベントなどさまざまなアイデアが聞こえてくる。 地域の生き残りを考える上で忘れてならないのが医療機関、とりわけ病院だ。万が一のときの「安心」がなければ、日常生活を当たり前のように過ごせないからだ。だが、そんな存在の病院であっても地域住民が激減したのでは「消滅」を免れない。 高齢社会では患者が増える。「むしろ医療・介護は成長産業ではないのか」との反論も聞こえてきそうだが、それは日本全体を見渡したときの話だ。次世代が誕生しない地域では、高齢者が亡くなると人口そのものが減る。それは患者が減少することでもある。医師不足ならぬ「患者不足」が起こるのである。 病院の「消滅」を招く要因は患者不足だけでない。医療需要の変化が追い打ちをかける。高齢社会に伴って疾病構造が変わりリハビリや慢性疾患が激増する見通しだが、医療機関側の対応が遅れているのだ。相変わらず救急医療を受け持つ病院が多い。 ただでさえ患者全体のパイが縮小するのに、患者ニーズに十分対応し切れないのだから、医療機関同士で患者を奪い合うことになる。病院間で役割分担をすればよさそうなものだが、民間医療機関の場合、経営上の都合もあって〝住み分け〟は簡単ではない。厚生労働省幹部は「このままでは共倒れになる」と懸念する。地域経済にも大打撃 地域から病院がなくなると、影響は広範に及ぶ。例えば、一見、無関係に思える医療費の抑制だ。厚労省は医療・介護の「在宅」へのシフトによって実現しようとしているが、頓挫しかねない。「在宅」シフトには、24時間の巡回サービスや往診、訪問看護を受けられる「地域包括ケアシステム」を充実させなければならないが、それは地域の病院との緊密な連携が前提となっている。 地域経済に及ぼす影響も大きい。産業の少ない地方においては、医療機関は若者の雇用を生み出す優良な職場となっていることが多く、医薬品販売やタクシー会社など取引先や関係業種の裾野も広い。 病院経営が悪化し始めると、医師らの確保が困難となり、診療科が減るところも増える。しわ寄せが行く医療スタッフが、厳しい職場環境や処遇を嫌って大都市部の病院に職を求めて流出することも考えられる。 一般企業の存続さえも左右しかねない。どんな業種にせよ、近くに病院がなければ従業員の健康や安全を守っていくのは難しい。これでは地域が生き残るどころか、病院倒産を引き金にして人口減少に拍車がかかる悪循環ともなる。 医療機関の倒産危機に対応するため、厚労省は各医療機関に「競争」から「協調」への転換を呼びかけ始めた。都道府県の権限を強化し、地域内の患者予測データを分析することで地域ごとの医療ビジョンを練り上げて、役割分担を明確化しようというのだ。 厚労省は高度な救急医療を行う病院から慢性期治療、在宅まで「医療の循環体制」の構築構想を描く。役割分担によって「在宅」に取り組む医療機関を増やそうとの狙いもある。 だが、厚労省が想定する都道府県ごとの医療ビジョンでは、「消滅」を遅らせることはできても、患者不足問題が解決されるわけではない。「医療の街」を作れ 患者減少に歯止めをかける方策はあるのだろうか。視点を少し変えれば、患者は大勢いる。人口激減地域で病院倒産が懸念される一方で、高齢者が激増する東京圏では医療機関や介護施設の大幅な不足が懸念されているのだ。 ならば、人口減少地域が東京圏の高齢患者を引き受ければよい。危機を逆手にとって「医療機関を中心とした街づくり」を進めるという〝逆転の発想〟である。 自治体や大学の医療関係学部などとも連携し、町全体を医療機関、介護施設とみなす。例えば、病院の隣接地など周辺に高齢者住宅を整備し、自宅の一室を病院とコンピューターで結び、ベッドも備え付けて「病室」の如くにしてしまうのだ。医師は画像で病状をチェックし健康アドバイスを行う。いざというときに〝ナースコール〟を押せるようにもしておく。一方、元気な住民に対しては、自治体が中心となって日頃から健康づくりの支援に取り組む。 東京圏では定年前後の人が、狭い自宅で年老いた親の介護を行うケースも珍しくない。こうした親子がそろって移住することになれば、患者不足だけでなく人口減少の歯止めにもつながり、東京圏の高齢者集中も緩和できる。 医療や介護に特化した街づくりによって医療関連産業が集積すれば、新た若者の雇用が創出される可能性もある。政府内には、病院を中心としてフィットネスクラブやカルチャーセンター、ショッピングモールを整備し、巨大な高齢者タウンを造ろうというアイデアもある。 地方と東京圏のミスマッチを同時に解消しなければ、人口減少問題は解決しない。

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    日本版CCRC  引退後は地方で学生満喫

    河合雅司(産経新聞論説委員)3割が地方定住希望 政府が「まち・ひと・しごと創生本部」を創設し、地方活性化に向けた取り組みをスタートさせた。 人口減少を止める特効薬は存在しない。既存の発想にとらわれず広範な政策を組み合わさなければ、東京一極集中も、地方の「消滅」も止まらない。まずは地域の実情に耳を傾け、民間の英知を集めることである。 そこで小欄も具体的なアイデアを出すことにしたい。 地方の生き残りに向けた課題は多々あるが、(1)地方における若者雇用の創出(2)増大する東京圏の高齢者の暮らしの確保-に集約できよう。 これを同時に解決するには東京圏の高齢者が地方に移住することである。大量移住となれば新たなサービス需要が生まれ、ビジネスチャンスにつながる。 内閣府が発表した「農山漁村に関する世論調査」(今年6月)によれば、都市住民の31・6%が「農山漁村地域に定住したい」との願望を抱いている。60代は33・8%、20代は38・7%に上る。 だが、いざ行動に移すとなると、尻込みする人は少なくない。築いてきた友人関係は途切れるし、金銭面での懸念もある。冠婚葬祭など移住先の“しきたり”になじめるか不安も大きい。期間限定の移住構想 こうした懸念を払拭するには、期間限定の“お客さん”として移住することである。そこで、長期滞在型リゾートと大学キャンパスとの融合を提案したい。 対象はリタイアした元気な高齢者だ。“大学生”に戻ったつもりで、知的好奇心を満たし、サークル活動を楽しむといったキャンパスライフを満喫するのである。 既存の大学のように校舎があるわけではなく、シルバータウンに大学の出前授業がやってくるイメージである。受験は不要で、関心のある授業だけを受講する。趣味やボランティア、アルバイトに精を出してもよい。 お手本は米国にある。元気なうちは学生生活をエンジョイし、体が弱ってきたらキャンパス内にある大学病院直結の分院や介護施設で最期まで不安なく暮らせる「大学連携型CCRC」と呼ばれるコミュニティーが各地に広がっているのだ。これを日本流にアレンジするのである。 都会の自宅は定期借家権を使って5年契約で貸し、移住先に家を借りる。契約が終了した時点で、都会の自宅に戻るか地方に住み続けるかを選択する。これはNPO法人「ワープステイ推進協議会」が提唱している。“下宿生”として地方大学に通うと考えれば分かりやすい。 移住者が借りる家は、おしゃれな街並みを大学キャンパス内に新たに造成し“学生寮”のようにしてもよい。地方都市の市街地をキャンパスに見立て、空き家となった古民家を再利用する方法もあり得る。若者たちが通うキャンパスと隣接すれば、世代を超えた交流も生まれよう。 移住者がスムーズに暮らしに溶け込めるよう大学事務局は学級編成をする。自治体もガイド役を置き地元の人々との交流の輪を用意する。 授業は教授陣任せでなく、移住者が長年培ってきた経験を生かして互いに教え合う「全員先生」方式とし、大学公認で高齢者のみの運動部や文化サークルも結成する。若い学生たちとの交流戦などを開催すればさらに楽しい。市場としての魅力も 候補地は大都市圏から新幹線や特急電車で1時間半程度の場所とすることだ。大都市圏に気軽に戻れる距離であれば、親類や旧友と疎遠にならずに済み、移住を決断しやすいだろう。医療面のサポートも不可欠だ。拠点病院や医師会、介護施設と連携し、いざというときに備える。 まとまった人数の高齢者が入れ替わりで都会から移住してくるとなれば、マーケットとしての魅力も高まる。 高齢者向け商品開発の市場調査もやりやすく、介護ロボットメーカーなど新たな産業集積地となる可能性もある。定員割れに悩む大学にとっても、安定的な学生獲得につながる。結果として若者の働き口ができ、若者の流出防止だけでなく、都会からも戻る好循環が生まれる。 地方創生の成否は縦割り行政の排除にかかっているが、官僚の縄張り争いは相変わらずだ。 こうした悪弊を打ち破るためにも、複数の省庁にまたがるモデル事業を展開し、“成功体験”を1つずつ積むことから始めるべきである。

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    年金へ過度の期待禁物

    河合雅司(産経新聞論説委員) 日本が長寿大国であることを証明する指標の一つに平均寿命がある。厚生労働省が7月末に発表した「簡易生命表」によると、平成22年の日本人の平均寿命は、女性が前年より0・05歳縮んだものの86・39歳で26年連続の世界一を記録した。男性は79・64歳。5年連続で過去最高を更新し、世界第4位である。 平均寿命は誤解されがちだが、その年に生まれた子供が平均して何歳まで生きられるかを予測した値だ。戦後間もない昭和22年は女性53・96歳、男性50・06歳。60年余りで30歳ほど延びた計算である。 平均寿命が延びた要因はいろいろあるが、乳幼児の死亡率や若者を死に追いやっていた結核などが激減したことが大きい。栄養状態や医療の進歩、衛生、さらには平均所得など生活水準が向上したためだ。社会が豊かになったことが、現在の少子高齢化の危機につながっているというのは何とも皮肉な話である。長く続く高齢生活 平均寿命が延びたということは、言い換えれば、高齢者になってからの人生が長くなったということである。平成22年生まれの子供が90歳まで生きる割合は男性が22・0%、女性に至っては実に46・1%だ。近い将来、100歳を超す女性が珍しくなくなるとの予測もある。 つまり、高齢者になってからなお30年もの歳月を過ごすのである。一方で、非婚化や少子化が同時進行するため、頼りになる家族や親族がいない、もしくは少ない高齢者も大幅に増えるだろう。 そうなれば最大の課題となるのが、老後の生活費をどう準備するかだ。老後が長くなったということは、人生の中で働かない期間が増えることをも意味するからだ。 老後の保障といえば年金である。多くの人は年金収入をあてにして老後の生活設計を考えているだろう。しかし、少子高齢時代においては年金への過度の期待は禁物だ。 現行の年金制度は現役世代が高齢者に「仕送り」する仕組みだからだ。平均寿命が短かった時代は、年金受給前に多くの人が亡くなったから年金財政への心配は少なかったが、いまや現役世代は減り、受け手は激増している。これでは、制度がうまく機能するはずがない。 現行水準の給付を維持しようとすれば、現役世代に過重の負担を求めることになる。逆に、現役世代の負担を適正水準でとどめれば、老後の生活資金として十分な額を確保できないだろう。これまで政府は税金投入することで何とか制度破綻を防いできたが、それにも限界がある。つじつま合わせを続けようとすれば、やがて国家財政がパンクする。自ら老後生活守れ 民主党は一定額以上の給付を約束する「最低保障年金」を掲げている。基礎年金の支給水準を上げるべきだとの提言も多いが、高齢者の激増を考えれば、全体を底上げしようとするアイデアは現実的とはいえない。むしろ、高所得者などの支給額を減らす選択に向かわざるを得ないのではないのか。 そもそも、長寿化に伴って老後の生活費がかさむのは、誰にも降りかかる課題である。それを、すべて年金や福祉施策で解決しようとするのは無理がある。少子高齢時代の年金は老後を支える主柱ではあるが、すべてを保障する制度とはなり得ないと覚悟すべきだ。自助自立を基本として、自ら老後の生活を守ることを考えなければならない。政府に多くは期待できないのである。 では、どうすればよいのか。まずは社会全体で働き方を見直すことだ。働く意思のある人が年齢に関係なく働ける社会を構築すれば、人生の中で働かない期間を短くすることができる。現役時代の蓄えを少しでも増やすことも考えるべきだ。少子高齢時代であっても、ビジネスモデルを工夫することで賃金水準を上げることは不可能ではないはずだ。この場合、個々人が職能を高めるための努力が不可欠となる。お金をあまりかけずに生きがいを見いだすことも大事であろう。 長い老後を乗り切るには、現役時代にしっかりとした人生設計を描いて準備しておくことが、これまで以上に求められるのである。

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    有期雇用で若者の生活安定を

    河合雅司(産経新聞論説委員) 4人に1人が無収入-。厚生労働省が今月まとめた国民年金加入者の所得実態調査の結果だ。平成21年の平均年収は159万円。年収100万円以下が54・7%を占めた。 平均年収は79万円 「自営業者中心の年金」との印象が強かった国民年金だが、今回の調査ではパートやフリーターといった非正規雇用も23・4%で、その平均年収は79万円だった。一方、老齢年金受給者1人当たりの平均年収は189万円だ。年収1千万円を超す人も0・8%いた。勤労世代が引退世代を支える年金制度の根幹が崩れているのだ。 勤労世代に余裕がなくなっている。昨年度の国民年金保険料の納付率は58・6%で過去最低。不安定な雇用を余儀なくされている若者が増大し、保険料を払いきれない例が目立ってきたのである。少子化で勤労世代が減っていくのに、若年層の足腰が弱っているのでは、とても社会を支えられない。 それは、将来の懸念にもつながる。「正社員として就職し結婚、子供ができて、マイホームを取得」といった人生モデルは破綻し、「持ち家がない低年金者」がやがて激増することを意味するからだ。生活保護受給者の増大がすでに社会問題化しているが、この流れを止めることは難しい。税での救済最小限 低所得者対策というと、必ず出てくるのが、税金による救済策だ。最近は「最低生活保障」(ベーシックインカム)を導入すべきだという意見も聞かれる。だが、ベーシックインカムは、所得や資産と無関係に一律支給する考え方だ。働いても働かなくても政府が生活の面倒をみる制度になったのでは、社会主義的な政策になりかねない。 所得制限を設けず全員に給付するのでは、巨大な財源も必要となる。税による救済は必要最小限にとどめ、政府は雇用創出や拡充にこそ大きく力を入れるべきであろう。 では、どうすべきか。社会が縮んでいく以上、終身雇用を続けることは難しい。会社に長く勤めれば給与が上がるという年功賃金も限界を迎えている。中高年の雇用や給与水準を守ろうと無理して、若者を非正規雇用に追いやったり、昇給を押さえ込んだりという“矛盾”が生じるのである。 終身雇用をやめ、有期雇用を当たり前とすることだ。もちろん、少数の企業が実施するだけでは、非正規雇用が増えるだけで何にもならない。社会全体が発想を変えることが前提となる。正規と非正規の区分をなくすのだ。仕事選択に自由を 年功で給与が上がらないとなれば、自分の職能を磨き、収入が増える仕事を求め勤務先を変わる人もいるだろう。結果、転職市場も成熟する。外国のような、適性や人生プランに応じて仕事を自由に選ぶ社会の実現である。 そのためには、政府は有期雇用普及のサポート態勢づくりを急ぐ必要がある。何歳になっても職能を磨けるよう、職業教育体制を整える。海外に通用する人材の育成も不可欠だ。高い技能のある人しか転職できないのでは社会は回らない。専門性を身につけるだけでなく、幅広い職業訓練も行う。 有期雇用が広まれば、企業にとっても不採算部門の統廃合がしやすくなる。逆に言えば、新たな雇用を生み出す新産業を立ち上げやすくなるということだ。高齢者の就業機会を広げることにもなろう。若者を十分に生かすことができなければ、日本は行き詰まる。 

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    インフラ老朽化 統廃合カギ

    河合雅司(産経新聞論説委員) ハイスピードで高齢化が進行する日本。しかし、年を重ねるのは人間だけではない。われわれの生活を支える道路や上下水道、市民ホールなどのインフラも急速に老朽化が進んでいく。 多くは高度経済成長期に集中的に整備されたものだ。国土交通省は、20年後の2030(平成42)年度には、水門など河川管理施設の約60%、道路橋や港湾岸壁では約53%が、建設後50年以上になると予想している。 建設後50年以上となれば、維持管理や更新の費用もばかにならない。国交省の試算によると、従来の管理方法を変えなければ2060年度までの50年間に約190兆円が必要となる。それどころか、2037年度には維持管理や更新の費用すらまかなえなくなる可能性があり、更新できないインフラは約30兆円に達するともみている。 一方で、少子高齢化で日本は勤労世代が激減していく。税収増は期待できず、社会保障費は伸び続ける。厳しい財政事情を考えれば安易に国債に頼ることも難しい。 インフラに潤沢な予算を割くことはできず、190兆円は老いる日本に、ずしりと重くのしかかるだろう。 だからといって、耐用年数を超えたインフラを放置はできない。懸念はすでに現実化している。昨年6月、京都市で水道管が破損し、隣に埋設されていたガス管に水が流れ込むという事故が起こった。橋などが崩壊すれば、人命にかかわる大惨事ともなる。 課題は老朽化だけではない。日本は人口の年齢構成も大きく変わるため、既存のインフラが住民ニーズにあわなくなってきているのだ。 高齢者数が急増する大都市部では介護施設や低所得の高齢者向け公共住宅などのニーズが拡大し、小中学校などは過剰になるだろう。一方で、地方においては市民会館や体育館などの利用者が減り、運営費の確保が大変になることが予想される。こうしたミスマッチの解消も急がれる。 政府や地方自治体は、早期発見や早期改修といった予防的取り組みを強化することでインフラの寿命を延ばし、維持や更新の費用を圧縮しようとしている。民営化や民間資金の活用も進められているが、これらには限界があるだろう。 では、どうすべきなのか。インフラや公共サービスに対する考え方を根本から変えることだ。 まずは、新設を極力取りやめて、維持管理に多くの予算を振り向ける。民主党政権はいまだに高速道路や整備新幹線といった大型公共事業に固執するが、人口減少の実態から目を背けていると言わざるを得ない。 更新にあたっては、利用状況に応じて統廃合を進めるべきだ。近隣自治体での共有や、既存施設をニーズに応じて用途変更する知恵が求められる。 抜本的な改革も避けては通れない。例えば、住民を中心市街地に集めるコンパクトシティーの推進だ。インフラ整備や公共サービスは一定のエリアに限定するというぐらいの思い切った政策も検討すべきであろう。 サービスの低下には住民の反発も予想されるが、人口激減社会においては日本中にくまなくインフラ整備や公共サービスを提供し続けることは無理だと覚悟せざるを得ないのである。 「集中と選択」の徹底こそが、日本生き残りのカギとなる。

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    年金支給年齢引き上げ 現在の高齢者も“痛み”分担を

    河合雅司(産経新聞論説委員) 年金支給開始年齢の引き上げ案が再浮上してきた。政府の社会保障制度改革国民会議は、67~68歳を念頭に検討する方針を示している。現在、65歳に向けて段階的に引き上げられている途中だ。これをさらに上げようというのである。 40年後の日本は、年金受給者となる65歳以上が総人口の4割を占める。これでは、年金に限らず社会保障制度はとても維持できないだろう。高齢世代にも支払い能力に応じた負担を求めるしかない。 日本ほど高齢化が進むわけではない米国やドイツは67歳、英国は68歳まで引き上げる予定だ。高齢者の雇用確保策とセットでなければならないが、日本にとって避けられない課題だといえよう。対象者は現在の若者 言うまでもなく、最大のポイントは国民の理解だが、支給開始年齢の引き上げを「現在の年金受給者に負担を求める政策」であると誤解している人は少なくない。 対象となるのは“将来の高齢者”、つまり「現在の若者」である。引き上げ論が浮上するたびに、中高年から反発の声が上がるが、すでに年金を受給している人や、まもなく受給者となる人に影響が及ぶわけではない。 なぜなら、引き上げは人生設計上の混乱を避けるため、何十年もかけて少しずつ進められるからだ。日本で現在進められている65歳への引き上げも、「女性の報酬比例」の場合、決定から完了まで30年だ。国民会議が提案している再引き上げ案は、これから議論を始めようというのだから、さらに時間を要する。 懸念されるのが、現在の高齢者らに“痛み”を求めることなく、現在の若い世代だけに「さらに負担をしてください」とお願いして、うまくいくのかということだ。 最近は「世代間格差」という言葉が目立つ。その是非は別として、年金改革の成功には「あらゆる世代で負担を分かち合う」という公平感が不可欠だ。世代内で支え合いを そこで、現在の高齢者にも応分の負担を求める2つの提言をしたい。第一に、年金受給者同士が支え合う「自立応援年金制度」(仮称)の新設だ。これは、一昨年2月に筆者が中心となって考案した本紙の年金制度改革案に盛り込んだアイデアである。 具体的には、年金受給額が多い高齢者の基礎年金の税負担分を減額し、それを財源として低所得高齢者向けに「自立応援年金」として月額2万円程度を上乗せ支給する。 これなら移行期間も不要であり、若い世代に新たな負担を求めることもなく最低保障機能を強化できる。 対象を低年金者ではなく低所得者とするのは、低年金でもアパートの家賃や株の運用益などで生活に困っていない人がいるからだ。低所得者の線引きは、生活保護基準や所得税の公的年金控除額などを判断材料とすればよい。 高額受給者は年金額に応じて減額する仕組みとする。最もカットされる人で月額3万円強だ。年金受給者のうち上位2割が想定される。 もちろん、年金受給権は憲法29条で保障される財産権の一つだが、年金減額については「公共の福祉に適合するようにされたものである限りは違憲とはいえない」との昭和53年の最高裁判決があり、農業者年金基金の年金額を9.8%カットした例もある。年金額の抑制も急務 もう一つの提言は、社会の実情に合わせて年金額を下げる自動調整機能の導入だ。現在の受給者の年金額を減らすことで、将来の給付水準が下がり過ぎないようにしようというのである。 少子化に伴う人口減少によって社会全体のパイが縮小するのである。年金だけ“社会の実力”以上の給付水準に留め置くわけにはいかない。 実は、現行制度においても、おおむね100年間で一定水準の年金給付が続けられるよう、「マクロ経済スライド」と呼ばれる自動調整機能がある。賃金や物価の伸び率で増えるはずだった年金額を毎年一定の調整率分下げる仕組みだ。 ところが、デフレ経済下では適用されないため機能してこなかった。これを物価や賃金が下落しても下げる仕組みへと変更することで、景気動向に関わらず発動させ、“将来世代”へのツケを減らそうということである。 長い時間を要する支給開始年齢引き上げを「高齢者4割時代」に間に合わせるには、早急に国民の理解を得なければならない。そのためにも、各世代が少しずつ我慢する改革案が求められる。

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    病院機能再編 退院後生活の「青写真」も必要

    河合雅司(産経新聞論説委員) 団塊世代が75歳を超える2025年には、高齢者数は現在より600万人ほど増え3657万人を数える。高齢者が増えれば、病気になる人も多くなる。政府の社会保障制度改革国民会議の資料によれば、1日当たりの入院患者は2011年度の133万人から2025年度には162万人、必要となる病床数も166万床から202万床へと跳ね上がる。 だが、患者数の伸びに合わせて病床数を増やすことは現実的ではない。少子化が進めば、あらゆる職業で人手が不足する。社会全体を考えれば、医師や看護師だけを増やすわけにはいかないからだ。ベッドの数だけ増やしても、十分な医療サービスを提供することはできない。 超高齢社会において医療制度を維持するには、高齢者に対する医療の在り方を「21世紀型医療モデル」に改めることが必要だ。大病院集中をやめよ まず求められるのは国民が意識を変え、安易な受診を控えることだ。軽度なのにすぐ大病院に行く人がいるが、こうした行動を慎まない限り、超高齢社会において医療を成り立たせることは難しい。 医療機関側はどうすべきなのか。社会保障制度改革国民会議がまとめた報告書が一つの結論を導き出した。 保険証一枚で自由に医療機関を選べる現在の「フリーアクセス」の考え方を、「必要な時に必要な医療にアクセスできる」との解釈に改める必要性を指摘。地域ごとに病院の役割機能を明確にすべきだとしているのだ。 高齢の患者は、リハビリが必要だったり、完治が難しく慢性的な病状に苦しむ人も少なくない。病気が完治するまで高機能の大病院に入院を続けるよりも、病状が落ち着いた段階で退院し、住み慣れた地域に戻って必要な医療を受けられるようにしたほうがよいとの判断だ。 ところが、日本の医療機関は病院ごとの機能や役割分担が不明確で、緊急入院した患者が手術などを受ける「急性期病院」が多く、リハビリや長期療養のための病院は不足している。 同地域に急性期病院が乱立する一方、回復期や慢性期の病院が少なく急性期病院を退院後、行き場が見つからず、入院が長引くことも珍しくない。結果として、ベッドが空かず救急患者を受け入れられない悪循環も生んできた。 個々の病院が担う機能や役割を明確にすることで、回復期や慢性期の患者を受け入れる医療機関を整備しようというのである。医療費抑制の狙いも 医療費抑制の狙いもある。大きく改善する見込みがないのに、高機能病院に入院し続ける患者は少なくない。高度な治療を続ければ医療費はかさむ。高齢になれば複数の病気を患う人も増えるが、複数の病院を受診することで検査漬けとなり、医療費を押し上げている。機能再編で無駄な医療を排するというのだ。 日本の病院の大半が民間であるがゆえの構造的な問題も横たわる。病院経営者としては従業員の雇用などを考え利益確保を優先せざるを得ず、患者集めのため病院規模の拡大に走りがちだ。 病院規模が大きくなればベッド数も増え、高額な医療機器を導入することにもなる。専門家からは「ベッドや高額機器を遊ばせておくわけにはいかないので、入院日数の長期化や検査漬けを招きやすくなる」との指摘もある。病院機能再編は、こうした構造的な問題にメスを入れることでもある。行政の権限強化必要 だが、病院機能再編には問題が少なくない。国民会議は、都道府県に旗振り役を担わせようとしているが、機能や役割の変更を迫られる病院にとっては死活問題でもある。行政が主導したところで急に応じるとはかぎらない。 消費税増税分を財源とする基金を新設し、再編を促すアイデアも出ているが簡単ではない。機能転換しても病院経営が安定することを具体的データで示すとともに、都道府県にそれなりの強制力を持たせることが必要だろう。 最大の課題は、病院機能再編だけでは、患者が地域に戻って暮らすことはできないということだ。1人暮らしや高齢者のみの世帯が増える。「地域力」に過度に期待するわけにもいかない。 総合的診療を行う「かかりつけ医」や介護との連携の必要性が指摘されるが、退院後の患者の日常生活の世話やケアを誰が行うのか。 病院機能再編は不可避だが、退院後の生活の「青写真」までしっかり示せなければ、再編構想そのものが絵に描いた餅に終わる。

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    働き盛りの介護離職 日本経済の根幹揺るがす

    河合雅司(産経新聞論説委員) 介護保険が大きく見直される。一定以上所得がある人の自己負担を2割にするほか、「要支援」の一部を自治体に移管、特別養護老人ホームの入所基準を原則「要介護3以上」に制限-など、制度創設以来の改革となりそうだ。難しい仕事との両立 “大介護時代”を迎える日本。2025年の介護費は、現在の2倍以上の21兆円程度に膨らむ見込みだ。保険料もうなぎ上りとなる。制度崩壊を防ぐには、サービス低下や負担増は仕方がない。 介護保険が抑制されれば、「家族による支え」への期待が高まるだろう。だが、専業主婦は減り、在宅介護を担い得る家族が不在の世帯も多い。総務省が7月に発表した「就業構造基本調査」によれば、働きながら介護する人は291万人で、40~50代の働き盛りが167万人を占める。こうした現実にも目を向けなければならない。 深刻なのは、辞職や転職を余儀なくされた「介護離職」の増大だ。2012年までの5年間で48万7000人にのぼる。毎年10万人もが職場を去った計算である。 肉親の介護はいつ訪れるか予測がつかない。男性を含め誰もが直面する問題だ。働きながら介護する40~50代の男性は69万人。過去5年に介護離職した男性は9万8000人を数える。厚生労働省の資料によれば、介護離職した40~50代男性の半数が「41~50歳」の時に辞めていた。 40~50代といえば管理職や主要業務を担当している人が少なくない。企業にとって人材を突然失う影響は計り知れず、働き盛りの介護離職を個人の問題として簡単に片付けるわけにはいかない。 高齢化はこれからが本番だ。日本経済の根幹を揺るがす大問題であると、認識しなければならない。少子化問題が背景に なぜ働き盛りの介護離職が増えたのか。背景には少子化がある。兄弟姉妹が少ない世代が親の介護を考える年代となったのだ。夫婦共働きも増えた。介護の分担や金銭的援助を頼める相手がなく、老いた親を1人で抱えるケースは珍しくないのである。 もう1つの要因は、介護休暇への理解が進んでいないことだ。就業構造基本調査によれば、介護休業制度の利用者は37万8000人にとどまる。先の読める育児とは違い、介護は何年続くか分からない。休みの取得を言い出しづらい雰囲気が職場にあるのだ。 とりわけ、責任ある立場の男性ほど「現在のポジションを奪われる」との不安に陥りやすいとされる。職場で悩みを打ち明けられず、精神的に追い詰められて突然の離職に走るのである。 働き盛りの介護離職は、団塊ジュニア以降の世代でますますの増大が予想される。出生率のさらなる低下に加え、未婚者が増加しているためだ。一人っ子同士の夫婦も多く、それぞれが自分の親を介護する例も増えるだろう。支援の機運づくりを 離職後も厳しい現実が待ち受ける。公益財団法人「家計経済研究所」によると、在宅介護の費用は月額平均6万9000円。収入が不安定な中で、家計に重くのしかかる。 40~50代で復職や新たな仕事を探すのも容易ではない。要介護状態の親族が施設入所できたとしても、離職に伴うブランクは大きい。過去5年間で介護離職した人のうち、仕事が見つかったのは12万3000人。36万4000人は無職のままだ。要介護状態にあった親が亡くなり年金収入が途絶えた途端に、生活保護に頼らざるを得ない人もいる。介護離職を減らすことが急務だ。 どうすればよいのか。介護保険に多くを求められない以上、在宅介護への理解を広め、介護する人を支援する社会機運をつくるしかない。 まずは孤立化を防ぐため、介護と仕事の両立に関する相談窓口を整備し専門家のアドバイスや情報提供を進める。離職者の復職・転職支援の態勢も整えることだ。企業の役割も重要だ。柔軟な出退社を認め、休んだ社員が待遇や人事評価でマイナスにならないルール作りが必要となる。元気な高齢者による介護ボランティアにも期待したい。 ケアプラン作成にあたって、家族の働き方や抱える問題まで含めて考えることも重要だ。サービスの利用方法を少し工夫するだけで、家族が働ける時間を延ばすことができた事例もある。柔軟な発想を持ったケアマネジャーの養成が急がれる。 多くの人が“介護地獄”に陥るようなことがないよう、法整備を含めた対策を講じることが求められる。

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    激増する認知症 患者に寛容な社会目指せ

    河合雅司(産経新聞論説委員) 認知症は、誰もが、いつ発症しても不思議ではない病気である。「もし、自分がなったら」と考えたことのある人も多いことだろう。高齢者の4人に1人  厚生労働省研究班の推計によれば、2012年時点の認知症高齢者は、軽度者を含め約462万人に上る。予備軍とされる「軽度認知障害」(MCI)の約400万人を加えれば、65歳以上の4人に1人が該当する計算だ。 高齢化が急速に進み、患者数はうなぎ上りに増える。厚労省は、団塊世代が75歳以上となる2025年には「日常生活自立度II」(日常生活に支障を来す場合があるが、誰かが注意していれば自立できる状態)以上の患者が470万人と推計している。 患者は高齢者とはかぎらない。働き盛りに発症する人もいる。2009年の厚労省研究班の調査では、65歳未満の「若年性認知症」患者は約3万7800人だ。増えるのは50代後半からだが、40代以下の患者もいる。もはや「国民病」といえよう。 患者が交通事故や悪徳商法に巻き込まれたり、万引などのトラブルを起こしたりすることも少なくない。「若年性」の場合、仕事の継続が困難で7割が「収入が減った」としているから深刻だ。 患者の激増を食い止めることができなければ、日本社会は大きく混乱する。認知症対策を国家戦略として打ち立て、官民を挙げて解決に乗り出すことが急がれる。急がれる根治薬開発 取り組むべき課題は多い。まずは、治療法の確立だ。根治できる薬物療法はいまだ存在しない。政府の健康・医療戦略推進本部の専門調査会が2020年ごろまでの治験スタートを目標として定めたが、十分な予算を確保し、英知を結集してもらいたい。 患者の数をできる限り減らす努力も怠ってはならない。根治薬と同時に予防法の開発を進めることも必要だ。食事や生活習慣への注意のほか、ウオーキングや日常会話がリスクを減らすとの研究がある。2つの動作を同時に行う訓練をすることが、進行予防に有効との指摘もある。 認知症は、初期段階の治療で症状の悪化を遅らせることができる場合もある。そのためにも、専門の医療機関への早期受診が欠かせない。 一方、すでに発症している患者や家族へのサポート強化も急がれる。特別養護老人ホームなどの施設が不足する一方で、1人暮らしの高齢者や高齢者同士で介護し合う「老老介護」は増えている。 さらに介護する側もされる側も認知症という「認認介護」という言葉まで登場した。40~50代が親の介護のために離職するケースも目立つ。患者と家族を地域全体で支援する態勢の構築に全力で取り組む必要がある。 在宅介護へのシフトを急ぐ厚労省は昨年、5カ年計画「オレンジプラン」をスタートさせた。早期診断のための医療機関を整備したり、看護師らによる「初期集中支援チーム」が自宅を訪れ、相談に応じたりする。だが、専門医や症状を十分理解してケアできる介護職が足りない。計画を充実させるには専門人材の育成強化が不可欠となる。患者のプライド保つ ここまで列挙してきた課題以上に重要なのが、認知症に対する誤解と偏見を取り除くことである。 認知症患者のすべてが徘徊(はいかい)や妄想、暴力といった症状があるわけではない。発症後も働いたり、ボランティアをしたりする人は少なくない。 患者が落ち着いて暮らせる環境を用意したほうが症状の改善に効果的ともされ、むしろ病院に入れられたことで悪化した事例もある。 ところが、介護する家族のほうが、自分を認識してもらえない辛(つら)さなどから疲弊しやすく、体調を崩したりする。結果的に、患者を病院などに預けざるを得ないというケースが少なくない。 認知症は、患者のプライドを保ちながら、さりげなく支えることがポイントとされる。家族の「介護疲れ」の悪循環を断ち切り、患者が住み慣れた場所で暮らせるようにするには、行政や医療機関の支援態勢の整備はもちろん、多くの人が患者への「接し方」を知ることが大切だ。 最近は講演などで自ら病状の啓発を行う患者も増えてきた。一部の自治体では政策に反映させようとの動きもあるが、患者の声に直接耳を傾けることから始めたい。 患者激増時代を乗り切るには、認知症患者に寛容な社会であることが求められる。 

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    自治体の消滅 「東京集中」破綻の警告だ

    河合雅司(産経新聞論説委員) 2040年までに、全国の自治体の半数が将来的な「消滅」の危機にさらされる。 民間有識者でつくる「日本創成会議」の分科会が公表した将来推計の結果に、日本中が大騒ぎだ。県庁所在地の青森市や秋田市まで含まれるのだからショッキングである。仕事求め都会に流出 これまで平均寿命の延びが少子化を覆い隠してきたが、いよいよ高齢者数が減り始める。やがて高齢者の消費をあてにしていた地域経済は成り立たなくなる。若者が仕事を求めて都会に流出し、人口減少スピードが加速する悪循環である。 とりわけ次世代を出産する20~39歳の女性の流出は痛手だ。彼女たちが現在の半数以下になった自治体は、残った女性の合計特殊出生率が改善しても人口が減り続け、「消滅」する運命が待ち受けているというのである。 分科会の推計では、「消滅」の可能性がある自治体は896に上る。2040年時点で人口が1万人を切る523自治体は、その可能性が大きいとの警告だ。 地域の崩壊は日本全体の衰退を意味する。税収不足で立ちゆかなくなる自治体が相次げば、国民全体でコストを負担しなければならない。地方の人口見通しが変わるのだから、道路整備をはじめ国土計画も見直す必要が生じる。 地方の人口減少スピードを少しでも遅らせるための対策を急がなければならない。 とはいえ、これを単に「過疎地の問題」ととらえるのは間違いだ。「東京一極集中」の裏返しでもあるからだ。 現在、地方の雇用の多くは医療・介護分野が支えている。東京圏は高齢者数が激増して医療や介護職の人手不足が懸念されるだけに、今後も若者を吸い寄せることが予測される。「集積の経済」の終焉 若者の東京への集中については、歓迎する見方が少なからずある。東京はこれまでも優秀な若者を寄せ集め、世界の都市間競争に勝って成長してきたからだ。「集積の経済」である。 このため、地方「消滅」の危機が叫ばれながらも、「日本経済の将来を考えれば、東京への一極集中を否定するわけにはいかない」といった意見はなくならない。 問題は今後もこうした成長モデルが成り立つのかということだ。残念ながら人口減少社会は、それを許さない。 東京は地方から若者を集め、街としての「若さ」を保ってきた。しかし、地方の自治体が「消滅」すれば、“若者のプール”も無くなる。東京が若くいられるのも時間の問題ということである。 しかも、東京ほど出産や子育てが困難な都市はない。住宅事情が悪く、通勤を含め勤務時間は長い。保育所不足など出産育児に対する環境が極めて脆弱(ぜいじゃく)なのだ。地方から出てきた人には、家族の支援もあてにできず、産むことをためらう人が少なくない。 出生率の低さが物語る。2012年の合計特殊出生率は全国では1.41だが、東京は1.09と際だって低い。東京一極集中とは地方を「消滅」させるだけでなく、集まった若者の出生率を下げ、日本全体の人口を減少させることでもある。首都圏でも若者減少 低出生率が続けば、東京は「若さ」どころか人口規模も維持できない。すでに首都圏の勤労世代は減り始めている。国立社会保障・人口問題研究所によれば、1都3県の生産年齢人口(15~64歳)は、2000年からの10年間で46万人近くのマイナスになっているのだ。 さらに、東京の成長を阻害する要因がある。先にも触れた高齢者数の激増だ。 かつて流入した“昔の若者たち”が年齢を重ねることに加え、東京に出てきた若者が地方の年老いた親を呼び寄せるからである。国土交通省の首都圏白書によれば、1都3県で2040年までに387万人も高齢者が増える。 問題なのは、若者中心の街づくりをしてきたため、介護施設などが圧倒的に足りないことだ。高齢化問題に追われたのでは、とてもなりふり構わず突き進んだ時代のようにはいかない。「東京一極集中」という“成功体験”にいつまでもとらわれてはならないのである。 東京を子供を産みやすい街に変えるとともに、地方で若者が働ける社会を作らなければ日本の未来はない。 今回の推計結果はわれわれに意識改革の必要性を突きつけている。