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    安倍首相が村山談話を「全体として引き継ぐ」のは何故か

    榊原智(産経新聞論説委員) 安倍晋三首相が、8月に発表する戦後70年の首相談話(以下、安倍談話)をめぐって、いつも語る言葉がある。「歴史認識に関する歴代内閣の立場を、全体として引き継いでいく」というものだ。安倍談話について考える上でカギとなる発言だ。  安倍談話は、村山富市首相談話にあった「侵略」や「おわび」の表現が含まれるかどうかが注目されている。この点だけなら、答えは明白だ。安倍首相による、最近のバンドン会議における演説、米国議会における演説を読めばすぐわかる。首相には、8月の安倍談話の中で、これらの表現を採る考えはないとみていい。  それでは、安倍談話は、自虐史観の払拭や1990年代以降とくに目立つようになった日本の謝罪外交からの脱却を望む人々が期待するような意味合いを持つかといえば、そうではない。歴代内閣の立場を「全体として引き継ぐ」ため、安倍談話は「侵略」を認めることになるからである。 ◇ 首相の発言と村山談話について触れておきたい。  首相は1月5日、伊勢神宮参拝後の年頭記者会見で、次のように語った。  「従来から申し上げておりますように、安倍内閣としては村山談話を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいます。そしてまた、引き継いで参る」  4月20日にはBSフジの番組に出演し、村山談話などについて「同じことなら談話を出す必要がない。(過去の内閣の歴史認識を)引き継いでいくと言っている以上、これをもう一度書く必要はない」と語った。  ロサンゼルスでの内政懇(5月1日)においても、「戦後50年には村山談話、60年には小泉談話が出されている。安倍内閣としては歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる。今後も引き継いでいく考えだ。戦後70年の談話はそれを前提に作成していく」と語った。  同じことを語り続けているのは、計算した表現だからだ。 ◇ それでは、20年前の村山談話はどのようなものだったか。  自民党、社会党、新党さきがけの3党連立内閣の首班となった社会党委員長の村山首相は当初、戦後50年にあたって、衆参両院での決議を目指していた。  自民党執行部は国会決議を目指したが当の自民党議員から、日本を一方的に侵略国家とみなすような決議文への反発が相次いだ。  衆院では、相当数の自民党議員が姿を現さない中、可決されたが、参院は決議自体が実現しなかった。村上正邦参院自民党幹事長らが「自虐的だ」と猛反発し、参院での採決自体を見送ったためだ。  衆院だけの片肺では、国会決議と誇ることは難しい。そこで村山首相は、首相談話を出すことにした。国権の最高機関である国会でまとまらなかったテーマなのだから、首相談話を出しても、国を代表する談話であるとは言えない情勢だったと思えるが、そこまで気にしなかったようだ。 民間団体の会合の講演で、安倍首相が今夏に出す戦後70年談話をそろって牽制した鳩山元首相(左)と村山元首相=4月21日午後、東京都文京区の鳩山会館(小野淳一撮影) 村山談話の問題のくだりは、次の通りである。  「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」  戦後60年の小泉純一郎首相談話がそうであったように、安倍談話に対しても、村山談話を踏襲して、「侵略」や「おわび」の言葉を盛り込むべきという声が存在している。  そのような声をあげているのは、中国や韓国はもちろんのこと、民主党、公明党、共産党、社民党の議員たち、朝日新聞、毎日新聞、日教組などの左翼・リベラル陣営である。さらに、読売新聞も「侵略」を明言するよう求めている。 ◇ 執拗な批判があるにもかかわらず、「侵略」やそれに対する「おわび」を直接記すことを肯んじない安倍首相が、なぜ村山談話を含む歴代内閣の歴史認識に対する立場を「全体として引き継ぐ」のか。  それは、中国との外交関係の基本構造を崩す政治リスクを冒すことを避けているからなのである。  ポイントは、1998年(平成10年)の「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」(以下、日中共同宣言)と、安倍内閣が昨年11月に中国政府との間でまとめた「日中合意文書」である。  小渕首相と、来日した江沢民国家主席との間でまとまった98年の日中共同宣言の第3項目には次のくだりがある。  「双方は、過去を直視し歴史を正しく認識することが、日中関係を発展させる重要な基礎であると考える。日本側は、1972年の日中共同声明及び1995年8月15日の内閣総理大臣談話を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し、これに対し深い反省を表明した。中国側は、日本側が歴史の教訓に学び、平和発展の道を堅持することを希望する。双方は、この基礎の上に長きにわたる友好関係を発展させる」ここでいう95年の内閣総理大臣談話は、村山談話のことである。  「侵略」を認め、「おわび」する村山談話が、日中両政府の政治文書に盛り込まれ、日本は「遵守」を約束してしまっているわけだ。中国が日本に歴史カードを行使する根拠を与えてしまった宣言だ。  この日中共同宣言は、両国政府の間で、日中間の基本4文書の1つに位置づけられている。  基本4文書とは、1972年(昭和47年)の日中共同声明、78年(昭和53年)の日中平和友好条約、98年(平成10年)の日中共同宣言、それに第1次安倍内閣当時の2008年(平成20年)に出された戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明のことである。 ◇一方、昨年11月の日中合意文書は、安倍首相と習近平国家主席の首脳会談の前提として作られたものだ。 合意文書の筆頭項目は、「双方は、日中間の4つの基本文書の諸原則と精神を順守し、日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていくことを確認した」となっている。 安倍内閣は昨年11月の段階で、村山談話の「遵守」を約束した「日中共同宣言」の「諸原則と精神」の「順守」を、中国政府に対して、改めて確認したことを意味している。 このような立場をとるからこそ、安倍首相は、村山談話を引き継ぐ姿勢を示しているのであろう。 ◇ 安倍首相自身がその理由を説明している。首相は一衆院議員だった麻生太郎政権当時、月刊誌「正論」2009年(平成21年)2月号で、次のように述べた。少し長くなるが引用したい。  「村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになった、まさに踏み絵だ。だから私は村山談話に換わる安倍談話を出そうとしていた。村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない。その時々の首相が必要に応じて独自の談話をだせるようにすればいいと考えていた。むろん、村山談話があまりにも一方的なので、もう少しバランスのとれたものにしたいという思いがあった」  「ところが、とんでもない落とし穴が待っていた。平成10年、中国の江沢民国家主席が訪日した際の日中共同宣言に『(日本側は)1995年8月15日の内閣総理大臣談話(村山談話)を遵守し、過去の一時期の中国への侵略によって中国国民に多大な災難と損害を与えた責任を痛感し…』という文言が盛り込まれていたのです。この共同宣言、53年の日中平和友好条約についで中国が重視していますから、日本が一方的に反古にすることは国際信義上出来なかったのです」  「しかし、『政治が歴史認識を確定させてはならない。歴史の分析は歴史家の役割だ』と国会で答弁した。野党からは『それでは村山談話の継承とはいえない』と批判されましたが、戦後レジームからの脱却がいかに困難であるか、改めて実感しました」 ◇ 中国政府は表面上、「侵略」「おわび」の文言が安倍談話になければ批判してくるだろうが、本音は違う。村山談話を「引き継いで」いれば、日本政府は「侵略」を認め、「おわび」していることになる。「引き継ぐ」場合とそうでない場合とでは、中国政府の反応はまったく違うだろう。後者であれば、その反応は今どころではない激烈なものになるかもしれない。安倍首相や外務省はそのように計算しているに違いない。  そこで、第1次安倍内閣当時とほぼ変わらない構図が続いているわけだ。 ◇ 安倍首相は現実に国の舵取りをしている身として、「とんでもない落とし穴」を埋めるには、内外の政治情勢がまだ許さないと判断しているのだろう。  安倍談話に、「侵略」やそれに対する「おわび」が直接的表現で盛り込まれないのであれば、筆者は過剰な謝罪外交を抑え、日本を侵略国家、日本人を犯罪民族として貶める風潮を減じる点から、意味がないわけではないとは思う。  それでも、98年の日中共同宣言という日本外交の失策にとらわれ、村山談話を認め続けるのは、残念きわまりないことだ。  安倍談話は、歴史認識をめぐっては、「半歩前進」とみなせるものになるのかもしれない。

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    朝日新聞の「広義の強制性」という詭弁

     朝日新聞の吉田証言否定と記事の削除が世論を賑わせている。しかし、朝日新聞や一部の人たちはミスリードや論理のすり替えにより、この問題をあえてわかりにくくしている。これを解決するには分解と整理が有効になる。 では、慰安婦問題を分解し整理しよう  1 慰安婦は存在した  2 軍部や国が関与する形で「管理売春」が行われていた  3 慰安婦には高額の報酬が支払われていた  4 募集は「任意」で行われており、女衒などによる違法な募集は取り締まっていた。  この4の「任意」を否定し、「強制性」をもたせた証拠となるものが「吉田証言」である。そして、吉田証言以外に、歴史的「物証」となるものは皆無に等しいのだ。「証言」というのは時間とともに曖昧になり、都合よく作り替えられることが多い。そのため、戦後70年近く経った現在の証言は証拠能力を持たない。つまり、「吉田証言の否定」とは唯一といえる「強制連行」の証拠の否定である。 これを朝日新聞は 1「女性の人権」 や 2「広義の強制性」という言葉に置き換え、自己正当化し、日本政府にその責任を押し付け批判をかわそうとしているわけである。 これも分解しよう。1 「女性の人権」で言えば確かに売春行為は望ましくなく、許されるものではない。しかし、当時はほぼ世界中で売春が合法であり、日本でも合法であった。また、善悪は別だが、今も売春を合法としている国や地域がたくさんある。根絶すべき問題だが、日本だけがそれも過去の事例を批判される種類の問題ではない。 次に 2 「広義の強制性」についてである。これは、家族や貧困のために「本意とはいえぬ形で身を売らざるを得なかった事」を指すが、本人が自ら募集に応じたわけであり、これで政府を断罪することは難しいだろう。 また、親などが女衒(女性を売買する職業)に、子供を売った事例も確認されているが、警告や厳しい取り締まりを行っており、これで政府も責任を追及できないだろう。さらに言えば、「広義の強制性」などという論理を政府が認めてしまえば、労動者が生活のために働くことさえ、広義の強制性になってしまう。つまり、「生活のために働く労動者に謝罪と保証しろ」とすらなりかねないわけだ。これは明らかにおかしい。 このように整理分解することで、慰安婦問題の真実がわかりやすくなり、日本(政府)に論理的責任がないことが明らかになるだろう。これは「右や左という思想」の問題ではなく、単純に「論理と事実関係の問題」でしかないのである。

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    河野洋平はなぜ人前に出てこないのか

    朝日新聞が誤報を認めようが、謝罪しようが、「河野談話」がある限り、慰安婦問題で傷つけられた日本の名誉は回復しない。

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    河野洋平は戦後最も日本を貶めた政治家である

    のか。安倍晋三政権は6月20日に、これまでの検証結果となる「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで」と題する報告書をまとめ、公表しました。 そもそもこの問題は、産経新聞が長年に渡って追及してきた問題でした。河野談話の文言作成過程で日韓のすりあわせが行われてきたと明らかにしたのも産経新聞のスクープでした。河野談話がはじめから韓国の言い分を丸呑みした出来レースだったのではないか、慰安婦からきちんとした聞き取り調査をやっていなかったのではないか、という話はこれまでもありましたが、それらを事実だと明確に特定しました。とても大きな功績だったと思います。政府の報告書は産経新聞の報道が裏付けられた内容といっていいでしょう。これで今後、この問題を論じるさいに必要な、根底となる事実関係が確定したと思うのです。議論が迷走し、錯綜しても、ここから論じていけばいい。スタートラインが明確になったという意味で報告書が公表された意義は大きいと思っています。 政府は村山談話について継承する立場を取っています。河野談話も検証調査はするけれども、見直しはしないという立場を取ってきました。私は二つの談話には大きな問題があって見直しをしてほしいと考えています。だからこそ調査を最後まで続けたことは良かった。結局、これで「調査の結果、見直す必要がある」といつでも言える状態になったのです。安倍内閣は至上命題を長期政権だとしている。ですから妥協できるものは妥協する姿勢を取っています。当面、取り置いたところで調査の結果は動きません。いつでも河野談話が見直せるのです。日本の政治家としてどこに心を置いているのか それにしても問題だと思うのは、談話を出した河野洋平氏の態度です。今回、6月21日に山口県内で行われた河野氏の講演内容を読みました。慰安婦に話題が及ぶと、結局彼は謝っていないのです。村山談話と河野談話の取り扱いについて安倍内閣が継承すると決めたことについて「内閣が認めた以上は、これ以外の不規則発言は国際社会にも、『それは不規則発言です』と言い、日本の正式の発言、日本の公式な発言は村山談話で河野談話を認めたものだと国際社会にはっきりといわなければいけないと思う」とさえ述べています。私は日本人として不規則なのはどちらだと問いたい思いです。 実は河野氏が談話を出した平成5年当時、私は彼に対してあまり腹を立ててはいませんでした。記者会見で彼は「従軍慰安婦」の強制連行を認めましたが、戦後のある時期から日本の外務省は万事摩擦回避に走ってしまう傾向が強くなっていました。そういう日本の外務省の掌中で河野さんは談話を発表した。そう見ていました。談話の中身は、もちろん問題があるけれども、韓国側の言い分を聞き、穏便に済ませようとした外務省に本質的な問題があると見て河野洋平という一政治家にはそれほど腹は立てなかったのです。 しかし、最近になって私のそういう見方は変わりました。その切っ掛けは彼が自分の行動について自己弁護を始めたことでした。例えば2012年8月12日付の朝鮮日報では河野氏は「私は信念を持って談話を発表した」と述べています。また雑誌「世界」5月号でも自己弁護を開陳しながら、安倍首相を批判しています。要は開き直っているのです。彼は自分の弁解が成功すれば、末代まで日本の恥となる嘘が世界の歴史に残ることになることを考えなかったのか。日本の政治家としてどこに心を置いているのか疑わざるを得ない。私は彼を日本人として許せないと思ったのです。 そして今回河野氏の講演録を読み、政治家として彼を正真正銘の「国賊」だと思いました。「日本人の敵」だと思う。これほど戦後の日本で日本人の名誉を貶め、日本人に恥をかかせた政治家は他にいないのではないでしょうか。村山談話を出した村山富市首相や鳩山由紀夫首相、或いは菅直人首相もけしからんと思います。しかし、後世に至るまで私達日本人の歴史に汚点を残し、辱めたという意味で河野氏は桁違いに罪が大きいと言わざるを得ません。 講演の中身を少し拾って見ます。国際社会の軍隊で「従軍慰安婦」に相当するものが存在しなかった例などありません。こうした慰安婦のような存在が日本に限らずどこの国にも当たり前にあったのです。自ら積極的につまびらかにする類の話ではありません。それを河野氏は次のように述べています。 《私は、いろんなことを皆さんおっしゃるけれども、歴史は間違っていたことは間違っていたと認めて、謝罪すべきなことはきちっと謝罪する。日本国は国際社会の中で、日本という国はある意味で潔い国だといわれることが一番だと思う。と同時に、昔はそれでよかったとか、よその国でもやっているなどと言うぐらい卑怯な言い訳はない。スピード違反で捕まった人が『悪いのは自分だけではない』と幾ら言っても自分の悪い所を認めなければ駄目です。それは自分を正当化することにはならないと知らなければいけないと思います》 ならば日本だけが汚名を着なければならないのでしょうか。慰安婦が日本固有の存在でないことくらいはどの国も内心熟知しています。 《私は誠心誠意、日本がやったことへの謝罪をした。それが本当に謝っていないのではないかとなってしまうことが本当に残念です。私は、日本を貶めるようなことを言うはずがない。私がそんなことをするはずがない。私が皆さんの前で申し上げます。内閣官房長官として、自国を貶めるようなことを言うはずないじゃないですか。誠心誠意、何とか日韓二国間の関係をよくしたい、将来にわたって、未来に向かって、そういう気持ちがあればこそ、さまざまな資料を集め、いろんな状況を確認をしながら、努力した。それをぜひ理解してほしい。今、日本がやるべきことは、二国間の信頼関係をできるだけ早く、本当の信頼関係に戻して、そして、お互いが敬意と尊敬できる間柄にする…》 日本国は周辺国の悪意に包まれています。河野氏の発言はあまりにひどい自己弁護です。「私は、日本を貶めるようなことを言うはずがない」等と聞くと自分の発言がどのような影響をもたらしたのか。全然わかっていないようにも思えます。自分では日韓関係を良くしたようにいいますが、実態は一時的に良くなっても再び険悪になる。その繰り返しでした。そのたびに歴史が蒸し返されました。河野氏の責任は大きいと思いますが、そこはまるで自分に関係ないかのような口ぶりです。強制連行がなかったといえば良かった また河野氏は講演で軍が関与した旨述べています。「軍が関与した」というロジックは加藤紘一氏も使いました。中央大学の吉見義明教授もそう述べていますが、私はこのくらい卑怯な言い方はないと思っています。そもそも日本政府はこのとき、「軍の関与」についてあれこれ言わずに「強制連行などなかった」と明確にいうべきでした。20万人に及ぶ朝鮮半島の婦女子を日本が強制的に拉致したことなどなかった。これは朝鮮人だって認めざるを得ないのです。当時の朝鮮総督府の幹部だった方が述べておりますが、警察官自体の大部分を朝鮮人が務めていたのです。そんななかで朝鮮人の若い女性だけを強制的に掠い集めるなんてやったら大変な騒ぎになってしまいます。ところが当時の朝鮮はどこも平穏でした。常識に照らせば、すぐにわかる話です。 あくまでも強制連行がなかったということが核心だったのです。慰安婦は確かにいました。しかし、これは日本だけに存在したわけではありません。売春婦を集める民間業者や女衒によって半ば強制的に連れて行かれたという出来事はあったかもしれません。しかし、絶対に日本政府が強制連行したなどという事実はないのです。 ところが核心部分をきちんと正さずに「軍の関与」などという言葉を持ち出したことがおかしいのです。戦場売春婦の営業するところに兵隊さんが行くのですから、軍としては衛生管理をちゃんとやってくれ、となる。そういう衛生管理をやった業者に対して軍のための営業を認める。これは世界中の軍隊がどこでもやっていたことであって咎められる関与では決してありません。それを十把一絡げに「軍の関与」という極めて幅が広い言葉で括るのは誤解を与えるだけでなく、事柄を見誤らせる間違った言い方だと思います。それどころか日本悪玉史観に基づく国賊行為になるのです。 河野氏の講演には基本的な誤りも少なくありません。例えば、シナと国交を結ぶ時の話をこう述べているのです。 《そこで中国がやった説明はこういうことです。中国は本当にひどい目に遭った。日本の軍隊に侵略されてひどい目に遭った。中国がひどい目に遭ったのは日本の軍国主義にひどい目に遭ったのだ。日本人は軍国主義者ばかりじゃない。逆に、日本は、日本人自身は軍国主義の下でおおぜい戦死した。特攻隊隊員もいる。みんな軍国主義のなせるわざだ。だから、中国も日本の軍国主義の被害者だ。(中略)敵は日本の軍国主義なのだという理屈でした。(中略)そこで、日本軍国主義者の象徴、日本の軍国主義の典型として、戦争犯罪人、A級戦犯の人達は日本軍国主義者の大本で、絶対に許さないが、それ以外は、この人達の間違った政策で動いた被害者である。(中略)そういう理屈で中国は日本と手を握りました。 そういう理屈で手を握るのだから、少なくても、日本は、日本軍国主義を復活するとか、日本軍国主義を唱えていた人達を大事にする、尊敬するとか、そういうことをされては困る。ここから派生して、軍国主義の典型、象徴的な人達が祀られている靖国神社に、日本の指導者が行ってお辞儀をするのは困る。嬉しくないね、困るよと言うのです。そこから先は日本側がそうかと。それなら、いやがることはやめようとなった。靖国神社に息子やお父さん、ご主人が祀られてる人達が靖国神社にお参りするのは何も問題ない。当然だと。ただし、軍国主義の象徴にだけ、象徴を拝むのは、具合が悪いというのが、今の靖国神社問題なんです》 河野氏はA級戦犯について国交を結ぶ当初から問題になった言い方をしていますが、時間的に全然ずれています。そもそもこの説明は「指導者=悪」で「国民=善」だとして分断を図るもので、戦後の左翼が好んで用いた革命につながる論理です。もともとは占領軍がもたらしたもので、東京裁判史観のなかでも最も悪質な論理と言っていい。これは戦前を知らない人のいうことです。河野氏の不勉強を指摘する 河野氏は最も肝心なことがわかっていない、と強調したいと思います。例えばそのひとつが東京裁判を開いたマッカーサー自身が、東京裁判を明確に否定しているという点です。 朝鮮戦争が起こったさい、マッカーサーはトルーマン大統領と意見が合わずに米国に呼び戻され、上院の軍事外交合同委員会という重要な公聴会で証言しました。そこで彼は縷々述べた上で日本の戦争についてこう言っているのです。 「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.」 これは「日本の戦争に入った目的は、従って、主として自衛のために余儀なくされたものであった」という意味です。これは東京裁判で「この戦争は侵略戦争ではなく自衛戦争であり国際法には違反しない」と主張し、「国家弁護」を貫きながらも「敗戦の責任」は負うと述べた東條英機首相の宣誓口述書のサマリーと全く同じ論理で、彼は東京裁判を完全に否定しているのです。 連合国はマッカーサーにすべてを任せて東京裁判を開きました。「A級戦犯」として当時の指導者が処罰されましたが、これは、国際法によらず自分のチャーターで裁いたのです。東京裁判はマッカーサーそのものなんです。そのことがきちんとわかっていれば、マッカーサー証言の持つ意味は重大だとわかるはずです。これはつぶやきや日記などではありません。米国の上院軍事外交合同委員会という公式の場での発言なのです。 ところが河野氏に限らず、日本の政治家も外交官もこのことをしっかりと認識していないのです。今までいろいろな大使級の方々とお会いする機会がありましたが、この話を知っていて正確にその意味がわかっていたのは私は一人しか出会ったことがありません。日本の外交官たるもの、このことを知らないなんて許されない。本来なら米国に「マッカーサーもこう言っていますよ。日本が戦犯国で悪いことをしたなんて見方はなくなったのですよ」と教えてやるぐらいでなければいけないのです。 これは余談ですが、では、なぜマッカーサーはこのような発言をしたのだろうか。このごろわかったのは彼は米国に対して腹を立てていたからだろうと思うのです。朝鮮戦争が起きた時、私は大学二年生でした。大学には米国からの神父もいましたが、短時間で決着がつくだろうと皆、思っていました。米国は制空権を握っていたからです。最高司令官はもちろん、マッカーサーでしたが、しかし背後には連合国がいて、例えばマッカーサーがシナの東海岸の港を封鎖したり爆撃することに参加国だった英国が反対してできなかった。また、人民解放軍が来るのを断つために橋を爆撃することも禁止されてしまったのです。 それで彼は津波の如く押し寄せる人民解放軍を抑えることができなかったのです。制空権を握っていながらですよ。部下が数多く戦死していくのを目の当たりにしながら、マッカーサーはほぞを噛む思いだったでしょう。この悔しさが、恐らく上院での証言につながっているのだと思います。本当の事を明らかにしてやろうと考えたのだと思います。日本悪玉論に浸かった河野氏の講演 いずれにしてもマッカーサーのこの言葉を戦後の政治家の多くは正しく認識していました。ですから、敗戦にもかかわらず、中国や韓国にペコペコすることなど全くありませんでした。状況が一変したのは、正式には中曽根内閣以降です。靖国神社に首相が行かなくなったのは中曽根首相以降であってそれまでの自民党の指導者は決して日本が悪いことをしたなどとは全く考えていなかったのです。岸信介首相は当然ですが、三木武夫首相のころまでは昔の話を知っていたからです。 私だってそうです。戦争が始まる前、日本が締め上げられていくにつれて、自分の生活がじわじわと圧迫されていく感覚がありました。シナがしきりに日本にちょっかいを出して来るのを苦々しく思って見ていたのもよく覚えています。今のシナが尖閣諸島でやっている光景と同じですが、当時は在留邦人が多数襲われる事件が相次ぎ、死傷者が沢山出ていたのです。ですから、あの戦争が紛れもなくシナが始めたものだという認識は当時からあったのです。 実際に当時を生きていた人間からすれば、大東亜戦争に負けて悔しいとか、戦争に負けたのだから仕方ないなあ、といった思いはあります。しかし、シナや韓国に頭を下げる気など毛頭ないのです。 ところが、河野さんは違う。彼の話は日本悪玉論に立っている。中国や韓国に無用な贖罪意識すらあります。それは彼の無知によるものなのです。 彼はきっと日本が中国に戦争を仕掛けたと思っているのでしょう。ですが、例えば東京裁判でシナ事変の責任を日本に問おうとしてもできなかったことはご存じなのでしょうか。マッカーサー証言の持つ意味も正しく理解していたでしょうか。日韓併合もそうです。日本は、韓国併合に別に熱心だったわけではない。一番熱心だったのは米国と英国だったのです。日本は併合する勇気がなくて当時の清国にもロシアにもフランスにもみんな聞いたほどでした。日韓併合について韓国が悪かったというならば、当時のロシアにもシナにも全世界中に文句を言ってほしいものです。そのくらいの認識を持って事に当たらなければいけない。 それに、日韓併合のわずか三十数年で、著しく立ち後れていた朝鮮半島を一気に近代化してしまったのです。 ですから別に日本が自慢する必要はないが、ペコペコする必要など絶対ないのです。実際、戦後の総理大臣はそのことを知っていたから全くペコペコしていませんでした。ところが、河野氏はそうではありません。漠然と日本は悪いことをした、謝ることが正しいと思い込んでいるようにしか私には見えないのです。そして何より深刻なのは、河野談話が出されたことで私達の同胞、子孫に図り知れない禍根をもたらされることに、彼が鈍感だということです。あるいは鈍感であることを装っているのかもしれませんが、いずれにせよ講演ではここはほとんど触れられておらず、ここは見過ごせません。 河野談話によって、今日本人はすさまじい恥辱を受けています。彼は強制連行があったと認めましたが、従軍慰安婦問題で、日本が20万人に及ぶ朝鮮人の若い女性を強制連行したなどと世の中に伝われば、同胞はもちろん、これから生まれてくる私達の子孫にも図り知れない恥辱が負わされることになるでしょう。最近では、性奴隷という不当な言葉に仕立てられて世界中に喧伝されています。事実ならともかく、事実ではないのです。汚名を着せられて私達の同胞がこれから肩をすぼめて生きていかなければならないのです。 こういう日本を貶める話はヨーロッパで結構、受けいれられてしまっていることも気がかりです。例えばドイツでは「ヒトラーは酷かった」とふだん言われている。そこに「日本もとんでもなかった」といった話が舞い込んでくると、ドイツ人は残念ながらそれを聞いて溜飲を下げてしまうのです。フランスもイギリスだってそうです。日本人について有色人種のなかで優秀だと認識はしているけれども、その日本人が貶められる話は彼らにとって胸をすっきりさせてしまうのです。 子孫に禍根をもたらすという予兆はすでに至るところにあります。グレンデールはじめ全米各地に慰安婦像が建てられているのもそのひとつでしょう。在留邦人が日本人であるという理由だけで、恥ずかしめを受けたり、屈辱的な思いを味わわされている、という報告も出てきています。 それがこれから代々、何百年も続き、世界の歴史に残ってしまいかねない。日本国民にとってこんな許し難い話はありません。 政治家ならば、同胞の行く末をしっかりと案じ、対処していく責任を負っているはずです。しかし、河野氏の発言にはそうした事態への真摯な考察が全然読み取れません。自分の行ったことがもたらした影響を省みていないのです。子孫への禍根に対する発想が微塵も感じられないことは恐ろしいことです。 百歩譲って談話発表の時点において、今日の事態が予見できなかったとしても、これは致し方ないのかもしれませんが結果責任はあるでしょう。結局、様々な出来事を目の当たりにしてなお、自分の弁護に終始しているということは、結局、彼は日本人という視点が極めて乏しいといわざるを得ません。日本の政治家なら日本のために論じようという姿勢があっていい。ところがそれが感じられない。それは日本や日本人を愛する態度で決してないということだと思います。政府が認めたのでは埒が明かない もうひとつ私の体験をお話ししましょう。 2007年に米国の下院議員、マイクホンダ氏が日本政府への「慰安婦に対する謝罪要求決議案」を提出しました。当時は、第一次安倍政権でした。安倍さんは訪米し、ブッシュ大統領との会談が控えていました。 私は訪米直前の安倍さんと食事をご一緒する機会があり、「慰安婦問題はどのようにするおつもりですか」と聞いたことがあります。そのとき、安倍さんは「ブッシュ大統領は慰安婦問題をテーブルに出さないことになっています」と話したのです。そこには外務省の方もいました。安倍さんはブッシュは話題に出さない、さらに新聞記者達に聞かれたさいには「20世紀は人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている」というつもりでいることもうかがいました。それで訪米された。 外務省はじめ日本政府にはどこか軽く考えていた印象が否めないのです。読みが甘かったのではないか。会談の冒頭でブッシュ大統領は「ミスターアベ、きょうは慰安婦問題と米国産牛肉の対日輸出の件は、話をしたことにしておこう」といいだした。会談後、安倍さんは「極めて苦しい状況におかれたことについて申し訳ない気持ちでいっぱいだ。20世紀は人権侵害の多かった世紀であり、21世紀が人権侵害のない素晴らしい世紀になるよう、日本としても貢献したいと考えている、と(米議会で)述べた。このような話を本日、大統領にも話した」というとブッシュ大統領は「私は安倍首相の謝罪を受け入れる」。恐らく、大統領は善意のつもりだったのでしょう。メディアは慰安婦問題で安倍さんが大統領に謝罪し、大統領がこれを受け入れたと一斉に報じました。安倍さんは「米国に謝罪したということでは全くない。当たり前の話だ」と強調しましたが、後の祭りでした。謝っていないのに謝った話になってしまったのです。 報道を見て私は大変なことになったと思いました。それで日下公人さんと一緒に外国人記者を相手にした記者会見に臨みました。慰安婦とは何であるのか、正しく理解してほしい。この思いで記者会見でも時間をかけて力説しましたが、肝心な話はほとんど取りあげられずに終わってしまった。その時、私が身に染みて実感したのは「あなた方の政府が認めているじゃないですか」といわれるとほとんど埒があかないという現実でした。当時はマイクホンダ氏の動きを憂慮して作曲家のすぎやまこういち氏らがワシントン・ポスト紙に「THE FACTS」と題する意見広告を出し、慰安婦問題について強制性はなかったと訴えていました。私だけでなく多くの方が何とか米国国民に真実を知ってもらい、対日謝罪要求決議が採択されないように声を上げ、一定の成果を出していたのです。しかし、私達民間人がいくら走り回ってどんなに力説しようと河野談話で謝罪してしまっている以上、無念ですが通用しない。これが厳しい現実だったのです。今、日本人がなすべきこと 日本人が今、なすべきことは何か。それは日本人が河野談話を認めなかったということをハッキリと内外に示すべきです。強制連行が事実でないと消さなければなりません。産経新聞の報道もありました。政府の報告書も出されました。根拠となる事実は出そろった。読めば一目瞭然ですがおかしな経緯です。そして何よりも河野談話を認め続けていれば、同胞とこれからの日本人に対して計り知れない禍根を残すことになってしまう。 そうした動きを取る際、大切なことがあると私は思います。それは私は2011年11月に河野氏が受章した桐花大綬章を剥奪するということです。これはパフォーマンスでもやらなければなりません。 なぜか。河野談話を認めないと言いながら、一方で従軍慰安婦の強制連行があった、と言った当事者に国家が勲章を授けている光景は、世界からみて理解できない。通用しない光景だと思うのです。私は河野氏に会ったこともない。個人的な恨みで勲章を剥奪しろと言っているのではないのです。 大東亜戦争の開戦の時も似たことがありました。真珠湾攻撃の前に現地時間午後一時に国交断絶書を渡す段取りをつけ、米国のハル国務長官の予約を一時に取った。ところが翻訳やタイプが間に合わず、二時に延ばしてしまった。真珠湾攻撃は現地時間一時と二時の間ですから、「外交交渉中に攻撃した」ことになってしまった。これは外務省の出先機関の責任です。ルーズベルト大統領にはここを徹底的に衝かれ世界中に「日本はずるい国だ」という汚名が着せられました。今でもそれが世界中、特に米国人の心の中に残っています。 問題はこうした責任者は不問に付され、吉田茂首相は彼らを戦後重用したことでした。それどころか悉く勲章を授けてしまっているのです。それで今も日本は「ずるい国だ」などと言われ続けている。やはり、こういう出来事を考えると河野氏の勲章は筋が通らないと思うのです。吉田首相は日本の名誉よりも外務省の名誉を重んじた印象を与えます。今、自民党が河野氏を国会に呼び出さなければ、自民党は日本の名誉よりも仲間の名誉を重んじたことになりましょう。 河野氏が国会など公の席で自分の発言を認め、謝罪すれば従軍慰安婦問題は終わるのです。あれは私の誤解に基づく誤った発言でした、慰安婦はいましたが、強制連行を認めた発言は間違いでしたと認めればいいのです。私は彼が自分の行いを反省する。そして喧噪が収まったのであれば彼には他にも功績はあるのですから、再び勲章を授けてもいいと思います。しかし、そうでない以上、気の毒かも知れませんが河野氏の勲章を剥奪して、これを世界に発信する。それが日本人の意志を明確に示すことにつながると私は思っています。渡部昇一氏 昭和5(1930)年、山形県生まれ。上智大学大学院西洋文化研究科修了。独ミュンスター大学、英オックスフォード大学に留学。著書に言語学・英語学の専門書のほか『国民の教育』『名著で読む日本史』など多数。

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    暴かれた「河野談話」の嘘

    事長は七月十四日の衆院予算委員会で、河野洋平元官房長官に対し、慰安婦募集の強制性を認めた平成五年の「河野談話」について国会で説明するよう呼びかけた。この日の予算委はNHKで全国中継されており、普通の政治家ならばここまで言われたら受けて立つはずだ。 だが、河野氏がこれに応じる気配は一切ない。山田氏が求める河野氏の参考人招致は自民党が「議長経験者の招致は、犯罪への関与が取り沙汰された場合以外に例がない」として拒否しているが、たとえ自民党が考えを改めても参考人招致には強制力がない。河野氏が「出たくない」と言えばそれまでである。メディアを選別、自己正当化図る 河野氏はこのところ、自分の殻に閉じこもりながら都合のいいメディアを選別して取材に応じ、自己正当化を図っている。一方で、厳しい質問や追及が予想される場所は徹底的に避け続けてきた。国会証言だけでなく、産経新聞の取材要請も何度も断っている。 政府が六月二十日に公表した河野談話の作成過程の検証報告書は、政府が実施した関係省庁や米国立公文書館の文書調査、旧軍関係者や元慰安所経営者からの聞き取り、韓国の元慰安婦支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」の慰安婦証言集の分析などを通じ、こう結論付けている。 「一連の調査を通じて得られた認識は、いわゆる『強制連行』は確認できないというものであった」 また、報告書は政府が韓国側に対し、「『強制性』に関し、これまでの国内における調査結果もあり、歴史的事実を曲げた結論を出すことはできないと応答した」との記述もある。 慰安婦問題にかかわる日韓間の協議の報告を受けた当時の事務方トップ、石原信雄官房副長官がこう発言した場面もある。「慰安婦全体について『強制性』があったとは絶対に言えない」看過できない強制連行の独断公認 ところが河野氏は、平成五年八月四日の河野談話発表時の記者会見で、この政府の共通認識を独断でひっくり返してしまった。記者に「強制連行の事実があったという認識なのか」と問われ、勝手にこう答えたのだ。「そういう事実があったと。結構です」 日本が慰安婦を強制連行して性奴隷にしたという「伝説」に、河野氏が「政府公認」というお墨付きを与えた瞬間だった。現在の政府高官はこれについてこう批判する。 「それまで政府は強制連行は証拠がないという一線を守っていた。それなのに、河野氏の発言で強制連行説が独り歩きすることになった。あの記者会見は完全な失敗だ」 実際、河野談話には「強制連行」という言葉は一切出てこない。河野氏が故意か不用意にか自身の名前を冠した談話すら踏み外した答弁をしたため、それを現在も韓国などに利用されているのである。 この経緯について山田氏は、七月十四日の衆院予算委ではこうも指摘している。 「河野さんが勝手に独りで強制連行を認めてしまったという、この点を初めて明らかにしたのがこの検証報告書だ。この問題は、ご本人しか説明できない」 その通り、なぜこんな発言をしたのかは河野氏自身にしか分かるはずがないが、河野氏はこの肝心な点について黙して語ろうとしない。安倍晋三首相もこう答弁した。 「この談話を作成してきた政府のチームの認識とはやや異なるという印象を、チームの人たちも持ったようだ。どのような認識で河野氏がそう答えたかは承知していない」 河野氏はこの核心的な部分については口をつぐむ。それでいて、全く沈黙を守っているかというとそうでもない。 例えば、政府が検証報告書を公表した翌日の六月二十一日、山口市での公演ではこんな自己弁護を展開している。 「私は日本を貶めるようなことを言うはずがない。そんなことするはずがない。官房長官として自国を貶めるようなことを言うはずがないじゃないですか。誠心誠意、将来にわたって日韓関係を良くしたい。そうした気持ちで努力した。ぜひ理解してほしい」 河野談話の欺瞞性が各方面から批判されていることへの悲鳴のようにも聞こえるが、現実に河野氏の言動が原因で、日本は現在に至るまで内外で誹謗中傷を受けている。その結果責任から目をそらし、自分の努力を「理解して」と訴える河野氏に対しては政治家としての幼児性を指摘せざるを得ない。日韓すり合わせを否定していた河野氏 百歩譲って、河野談話と記者会見での河野氏の独断による強制連行認定で日韓関係が本当に良くなったのなら、まだ一定の評価は可能だろう。とはいえ実際には、日本の安易な政治的譲歩と事実軽視の姿勢が韓国側の増長を生み、日韓関係をこじらせている。 こうした経緯は、これまでも繰り返し指摘されてきたことだが、検証報告書によって、誰の目にもより明らかになった。この講演では、河野氏はこうも語っている。 「あの報告書には足すべきところはない。全く正しい。引くべきことはない。正しい」 語るに落ちる、とはこのことである。この言葉は、図らずも河野氏がこれまで河野談話について語ってきたことが真っ赤な嘘であることを証明している。 今回の検証報告書は、河野談話作成過程における日韓間のすり合わせについて次のように記している。 「文言の調整は、談話発表の前日となる八月三日までの間、外務省と在日本韓国大使館、在韓国日本大使館と韓国外務部との間で集中的に実施され、遅くとも七月三十一日には韓国側から最初のコメントがあった」 「(韓国側は)具体的発表文を一部修正されることを希望する。そうした点が解決されることなく日本政府が発表を行う場合は、韓国政府としてはポジティブに評価できない旨述べた」 その結果、産経新聞が今年元日付の記事「河野談話 日韓で『合作』 原案段階からすり合わせ」でスクープした通りの文言修正が行われた。 すなわち、慰安所の設置に関する軍の関与について、日本側の当初案の「軍当局の意向」が調整を経て「要請」へと変わり、日本側が提示した「心からお詫び申し上げる」との表現に韓国側の求めで「反省の気持ち」が付け加えられるなどしていた。 だが、河野氏は検証報告書が出るまで、日韓間のすり合わせを明確に否定していたのである。平成九年三月三十一日付朝刊の朝日新聞のインタビュー記事ではこう語っていた。 「談話の発表は、事前に韓国外務省に通告したかもしれない。その際、趣旨も伝えたかもしれない。しかし、この問題は韓国側とすりあわせをするような性格のものではありません」 国民に向けて嘘を発信していたことになる。また、河野氏はこれまで、河野談話の主な根拠は平成五年七月二十六日から三十日まで韓国で実施された元慰安婦十六人への聞き取り調査だと述べてきた。同じ記事の中でもこう強調している。 「政府が聞き取り調査をした元慰安婦たちの中には明らかに本人の意思に反してという人がいるわけです。つまり、甘言によって集められた、あるいは強制によって集められた、あるいは心理的に断れない状況下で集められた、といったものがあったわけです」 「実際に聞き取り調査の証言を読めば、被害者でなければ語り得ない経験だとわかる。相当な強圧があったという印象が強い」 その聞き取り調査の中身が、元慰安婦の氏名もまともに記されておらず、慰安所がなかった場所で働いていたとの証言が複数あるなど極めてずさんなものだったことは、これも産経新聞が既報(昨年十月十六日付)の話だ。実際は聞き取り調査報告書を読んでも、河野氏が「被害者でなければ語り得ない経験」と言うような迫真性は感じられない。論争に終止符を求める朝日社説の欺瞞 しかも、今回の検証報告書は、この聞き取り調査が河野談話の根拠だったという河野氏の主張もあっさり否定している。 「河野談話との関係については、聞き取り調査が行われる前から追加調査結果もほぼまとまっており、聞き取り調査終了前に既に談話の原案が作成されていた」 河野氏はここでも嘘をつき、国民を騙してきたのである。当時の政府がいくら調査しても、韓国側が盛り込みを求める「強制性」の裏付けが得られなかったので、元慰安婦の経験こそが事実関係を表していると強弁してきたというわけだ。 その元慰安婦の証言のデタラメさが白日の下にさらされ、河野談話の原案は事前にでき上がっていたという事実が判明した今、河野氏の虚言はもう覆い隠しようがない。河野氏自身が検証報告書は「すべて正しい」と言っているのだからそういうことになる。 ちなみに、こうした河野氏の嘘を無批判に垂れ流してきた朝日新聞は、検証報告書が公表された翌々日の六月二十二日付の社説「これで論争に終止符を」で、他人事のようにこう書いた。 「談話の正当性を巡る論争は一区切りにして、歴史家や研究者に任せよう」 「談話の信頼性や正当性が損なわれたと考えるのは誤りだ」 「過去をこれ以上、掘り返しても(日韓の)互いの信頼が損なわれるだけだ」 自分勝手というのかご都合主義というべきなのか、とにかくあきれ果てるしかない。 これまで河野談話をときに神聖視し、ときに利用して飯のタネとし、慰安婦問題に火をつけ、薪をくべ、うちわで扇いできたのは朝日ではないか。今さら談話のどこに信頼性や正当性があるというのか。 検証報告書は、慰安婦問題で朝日が果たした役割にも言及している。当時の宮沢喜一首相の訪韓五日前の平成四年一月十一日付朝刊一面トップで、六本もの見出しをつけて朝日が報じた次の記事のことだ。 「慰安所 軍関与示す資料」「防衛庁図書館に旧日本軍の通達・日誌」「部隊に設置指示」「募集含め統制・監督」「『民間任せ』政府見解揺らぐ」「参謀長名で、次官印も」 記事本文とは別に「多くは朝鮮人女性」という解説記事もあり、「約八割が朝鮮人女性だったといわれる」「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」「人数は八万とも二十万ともいわれる」と、いずれも事実と異なる根拠不明の説明を加えている。 ところが、朝日がおどろおどろしく飾り立てた記事が示した文書とは、一言で言うと「悪質な業者には気をつけろ」と軍紀粛正を命じるものだった。この記事に関して検証報告書は一ページ目の「河野談話の作成の経緯」で淡々とこう指摘している。 「この文書について朝日新聞が報道したことを契機に、韓国国内における対日批判が過熱した」 検証報告書はことさら朝日を批判してはいないが、河野談話作成のきっかけの一つが朝日の一連の報道だったことは明々白々だ。それを忘れたかのような現在の朝日の姿勢は無責任そのものである。「歴史を直視せよ」ではなかったのか 検証報告書をまとめた検証チームの一人によると、「報告書ではあえて一切の評価は避けた」という。そうして私見や思想・信条が混じらないようにし、事実をして語らしめる手法をとることでより説得力を増すためだ。 もともと河野談話に否定的な安倍晋三政権下での検証で下手に評価を加えると、色眼鏡で見られるということも考慮した。 また、検証チームに資料を提供し、事務作業を手伝う側の外務省からは「なるべく穏便に済ませたい」との雰囲気を感じたという。だが日韓間のすり合わせについて、国民に事実関係を伝えるという安倍首相の強い意向が、日韓関係に波風が立つのを恐れて資料提供に消極的になりがちな外務省の背中を押した。 案の定、検証結果に韓国側は反発してきたが、外務省内には「韓国だって2005年に日韓基本条約に関する外交文書を一方的に公開したではないか」(アジア大洋州局幹部)という突き放した声も多い。 外務省内には伝統的な「事なかれ主義外交」の旧弊が今も残るが、常軌を逸した韓国の対日批判にはうんざり感も漂い、韓国に向ける視線は概ね冷めている。その点は一般の国民感情とそう変わらない。 ところが、そんな中にあっても河野氏はまた都合のいいメディアで今回の検証に難癖をつけ、これに反発した韓国を擁護している。毎日新聞の七月九日付夕刊では性懲りなくこう語っている。 「明らかに日韓の友好関係が深まることを望んでいないかのように思える人たちがいて、彼らから押されるようにして『談話を検証しろ』という提案が出された」 「韓国側からすれば、二十年も前に決着した話を蒸し返され『何を今さら』と感じたのでしょう。しかも日本政府は一方的に検証結果を発表した」 河野氏は自分とは考え方の異なる人々を「日韓の友好関係が深まることを望んでいない」と悪者にして陰謀論を展開することで、自分こそは善であると強調したいようだ。 さらに、日本政府のやり方を「一方的」と指摘して韓国側の肩を持つが、慰安婦問題を河野談話以後もずっと蒸し返し続けてきたのは韓国の方ではないか。 韓国はこれまで日本に対し、耳にたこができるほど「歴史を直視しろ」と要求してきた。それならばなぜ、河野談話の作成過程を検証し、それを直視する作業を批判するのか。河野氏はこの検証報告書を「すべて正しい」といったん認めておいて、「何をいまさら」けちをつけているのか。 河野氏はつまるところ、やってもいないことを認めてわれわれ日本国民の父祖の名誉を傷つけても、韓国にいい顔をして見せたかっただけではないか。 自分は率直に日本の非を認められる勇気ある善人だと内外にアピールし、自分でもそう信じ込みたいがために、河野談話の成り立ちについて国民に嘘をつき、その実態を糊塗してきたのだ。一人の「いい子」ぶった幼児的な政治家のために、われわれが被った損害は計り知れない。