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    西郷隆盛も恐れた熊本城、知られざる「肥薩攻防」の歴史

    原口泉(志學館大学教授) 熊本城攻めに敗れた西郷隆盛は、「官軍に負けたのではない、清正公に負けたのだ」とつぶやいたという。また、司馬遼太郎は「西郷軍にとって熊本城を攻めつぶすことが、戦略以前の自明の世界に属することであった」(『街道をゆく~肥薩の道』)と書いているが、熊本城は日本国政府そのものだったのである。 加藤清正が天下無双の堅城を築いたのは1607年、薩摩の島津押さえのためとも、豊臣秀頼を守るべく徳川氏と戦うためともいわれる。復元された本丸御殿の「昭君の間」の華麗さを見れば一層その感がする。西郷隆盛の肖像画(国立国会図書館蔵) 西南戦争で熊本城攻撃を指揮した桐野利秋は、「百姓兵の熊本城など青竹一本で足りる」と豪語したが落ちなかった。西郷軍の攻撃直前、熊本城の天守は不審火で焼失したが、熊本鎮台司令長官の谷干城が焼き払ったといわれる。熊本城は石垣だけ守り通したのである。 しかし、この難攻不落の石垣も今回の地震では、その3分の2の53か所が崩落した。全体の3割の積みなおしが必要で、復旧には10年以上、文化庁は石垣修復費を354億円と試算している。また、石垣の耐震技術は確立されていない。熊本城は1625年の大地震でも天守をはじめ城内の瓦や建具がすべて落ち崩れ、50人ほどの死者が出る被害を受けたが、今回は日本の城郭がかつて経験したことのない規模で損壊している。 細川氏の時代に被害にあうたびに何度も修復されてきたのは、熊本城が肥後国、熊本県のシンボルであり、宝であり、誇りだったからである。昭和35年に鉄筋で天守が復元されたときも、「城のない熊本はあり得ない」という声が圧倒的に多かったという。 6月1日、満身創痍ながら、約1か月半ぶりに熊本城がライトアップされたとき、市民は「心に光がともった気がする」と語っている。熊本在住のSF作家、梶尾真治による「それでも熊本城はそこに建っていた」(新潮45)が県民の心情を吐露している。 ところで、皮肉なことに熊本城は薩摩の人にとっても精神的支えであった。薩摩は肥後を仮想敵として、領国を針ネズミのように閉ざしてきた。ことわざにも「汝の敵は汝をして賢人たらしむ」とある。薩摩武士は戦国時代から「いろは歌」の「敵となる人こそはわが師匠ぞと おもいかへして 身をもたしなめ」と諳んじてきた。敵こそが、自分の先生であるという意味である。肥後への警戒を怠らなかった薩摩 肥薩の国境は険阻な自然の障壁があるだけでなく、出水郷の野間の関、大口郷の小川内(おがわち)の関など、名だたる境目番所が置かれ、人や物の出入りに対して厳しい取り締まりが行われていた。国境の各外城(とじょう)ではとくに士風の高揚に努めて警備にあたったが、肥薩国境大口外城の地頭、新納忠元(にいろただもと)は、自ら士風作興の兵児(へこ)の歌をつくっている。 一つ、肥後の加藤が来るならば煙硝肴に団子(弾丸)会釈、それでも聞かずに来るならば首に刀の引手物 五つ、いつも替らぬ加藤奴が片鎌鑓で来るならば、はたやまさかりとぎたててもろ鎌共に討ち落とせ 九つ、ここは所も大口よ肥後の多勢も安々と、只一口に引き入れて口の中にてみなごろし 十、咎なき敵を法もなく殺さば後の罪作り、弱き加藤はそのままにいざや仁愛加へおけ 肥後国境の緊張感は民俗芸能の棒踊りにも反映されており、北薩大口の棒踊りはさながら格闘であるが、南薩の知覧あたりでは、だいぶ風流化(芸能化)している。 薩摩は熊本城があるから肥後への警戒を怠らなかった。こんなエピソードがある。 寛永9(1632)年、加藤氏が改易されて細川氏が入封したとき、薩摩藩主の島津家久は挨拶として、細川忠利に鉄砲200挺を贈った。これについて、翌寛永10年、幕府上使が島津領内を巡見した際、尋問した。城下に多くの鍛冶職人を抱え200挺もの鉄砲をいっぺんに作ったのは、なぜか?というのである。 応対した家老は「細川越中守が隣国の肥後へ入国なされたので、立派な贈り物を調達せよと藩主から命じられました。上方で武具、馬具を買い入れては金がかかるので、鉄が豊富な薩摩ですから鉄砲を作って贈ったのです」と答えて窮地を切り抜けている。薩摩は常に肥後を意識し、大量の鉄砲を製造できる能力を示していたのだ。数え歌の弾丸会釈も脅しではないという。示威行為だったのかもしれない。 今回の地震は、自然が相手ではかなわなかったことを思い知らされた。夏目漱石の門下生で地震学者の寺田寅彦が『天災と国防』で指摘した通りであった。 鶴丸城(鹿児島城)にも屋根が軽く重心が低い「地震の間」がある。地震のときの避難所である。鹿児島県では2012年度から鶴丸城の石垣の調査修復と、2020年を目指したご楼門の復元に取り組んでいる。自身もこの調査修復に関わっているだけに、石垣修復がいかに困難な作業であることを痛感していたが、何よりも伝統技術の再興が望まれる。 また、熊本城の修復を中心として文化財、古文書の保護ネットワークづくりも喫緊の課題であろう。 最後に触れておきたいことがある。 明治10年まで、薩摩では浄土真宗が禁じられていた。「かくれ念仏」という信徒たちは、ひそかに肥後水俣の源光寺で法話を聴いていた。源光寺には「薩摩部屋」という隠し部屋もあった。信仰の絆で肥薩の庶民の心がつながっていたことを特筆しておく。 熊本地震で甚大な被害を受けた九州新幹線や九州自動車道がわずか2週間後に全面開通したことは大変喜ばしい。これに続くよう、今こそ、関係機関が絆を深めて日本が一つになり、熊本城修復を含めた創造的復興に向かうべきである。

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    知られざる「中世の要塞」熊本城

    築城の名手加藤清正によって建てられた熊本城は、外観の美しさだけでなく、実戦と籠城にも適した「中世の要塞」だった。いまでこそ熊本地震で痛々しい姿を見せている熊本城だが、かつては隣国の雄藩薩摩も恐れさせた難攻不落城の魅力に迫る。

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    家康との一戦も覚悟した熊本築城「昭君の間」に込めた清正の恩返し

    小和田哲男(静岡大学名誉教授) 戦国武将の中には「公」の字をつけてよばれる武将が何人かいる。山梨県の武田信玄公、静岡県の徳川家康公などはその例であるが、加藤清正はさらにその上をいっている。「せいしょこさん」と、清正公(せいしょうこう)に、さらに「さん」をつけてよんでいるのである。それだけ、熊本市民に慕われていることがわかる。熊本を統治していた時代の長さでいえば、加藤家改易(かいえき)の後に入った細川家の方がはるかに長いが、細川家の歴代の殿様より、清正一人の方が存在感がある。熊本城の加藤清正像 それは、熊本城を築いたのがほかならぬ清正だったからである。日本三名城の一つに数えられる熊本城は、たしかにわが国を代表する名城であり、「築城名人」とか「土木の神様」などといわれる清正が、自分の持てる力をすべて投入した芸術品といってよい風格をただよわせている。扇の勾配といわれる石垣のみごとな曲線は見る者を魅了してやまない。 清正といえば、天正11年(1583)の賤ヶ岳の戦いにおいて、先陣を切って柴田勝家軍と戦い、「賤ヶ岳七本槍」の一人に数えられ、また、文禄・慶長の役のときの朝鮮における虎退治のエピソードが広く知られていて、どちらかといえば猪突猛進型の武将と思われているが、意外と気配り上手でもあった。 天正15年(1587)の秀吉による九州攻め後、論功行賞で肥後一国を与えられたのは佐々成政だった。ところが、成政は検地を強行したため、検地反対一揆が起き、その失政をとがめられ、切腹させられ、代わって、北肥後半国に入ったのが清正だった。ちなみに、南肥後半国に入ったのは小西行長である。清正は、成政の失敗を見ているので、力による支配ではなく、領民の心をつかむための施策に乗り出している。その一つが堤防工事だった。 北肥後には、菊池川・緑川・白川といった3本の大きな川が流れており、その3本の川ともよく氾濫した。それは、それら河川の流域を上流から下流まで一人で押さえるような領主権力がなかったからであった。流域は荒れ放題だったのである。そのようなところに乗りこんだ清正が、はじめに手をつけたのは、それら3本の川の堤防工事であった。自分の居城熊本城の工事より前に堤防工事に着手しており、これは人心をつかむ上でも効果的だった。佐々成政のときのような抵抗を受けることがなかったのである。このとき、清正によって築かれた堤防は清正堤といわれ、その一部は何と、400年以上たった今も機能しているのである。熊本城にもみられた豊臣への忠誠 その後、熊本城の築城にかかっている。清正には築城術にたけた二人の家老がいた。飯田覚兵衛と森本儀大夫である。前述したように、清正のことを「築城名人」とか「土木の神様」というが、実際のところは、築城術にたけた家老を清正が抱えていたといってよいのかもしれない。もっとも、そうした家臣の能力に着眼し、家老にまで引きたてたのは清正なので、清正にそうした能力があったことはいうまでもない。 清正は、慶長5年(1600)の関ケ原の戦いのときは東軍徳川家康方についた。「秀吉子飼いの武将」といわれ、豊臣恩顧の大名だった清正が東軍についたのはなぜだったのか。結論からいってしまえば、清正は石田三成を嫌っていたからである。ただ嫌いだったというだけでなく、豊臣秀頼の将来を考えた上での決断だった。秀頼を三成に託すのがよいのか、家康に託すのがよいのか考え、家康を選んだというわけである。ちなみに、清正はちょうど熊本にもどっていたときに関ケ原の戦いとなったので、関ケ原には参戦していない。しかし、東軍に加わっていたので、戦後の論功行賞では、西軍についた小西行長の南肥後も与えられ、肥後一国54万石の大々名となったのである。 その後、家康が慶長8年(1603)から征夷大将軍になり、豊臣政権簒奪の動きが露骨になってきた。清正および同じく「秀吉子飼い」の福島正則らは次第に家康の目的に気がつくようになる。熊本城内本丸御殿の中に「昭君の間」というものがあり、そこは、清正が、いざというとき、秀頼を熊本城に招き、そこで家康と一戦を交えるつもりだったといわれ、「昭君の間」は「将軍の間」の隠語だといわれている。豊臣家は、将軍ではなく関白なので、果たして、「将軍の間」を意識していたかどうかはわからないが、熊本城が実戦を念頭に置いた縄張りによって築かれていたことはたしかである。清正は最後まで秀頼を盛りたてるつもりでいた。 慶長16年(1611)3月28日の家康と秀頼の二条城会見の場に清正が秀頼のすぐ側にいて、秀頼の護衛をする形だった。会見が無事終わったところで、おそらく、そのときの心労がたたったのであろう。同年6月24日、清正は没している。享年50であった。

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    本丸が落ちても戦い抜く! やりすぎ「防御」熊本城の秘密

    中井均(滋賀県立大学教授) よく日本三大名城と呼ばれる城がある。大坂城と名古屋城と熊本城である。もちろん三城の選定は時代や選び方によって様々なのであるが、荻生徂徠は築城の名手と呼ばれた加藤清正、藤堂高虎の手によるこの三城を名城に挙げている。 ところでこの三城のなかで大坂城と名古屋城は徳川幕府による天下普請の城である。熊本城のみが一大名の居城として築かれた城なのである。その特徴は何といっても石垣にある。築城の名手である加藤清正と藤堂高虎はともに石垣普請の名手でもあったが、二人の石垣には大きな違いがある。清正の石垣が天端三分の一近くのところから反り返る構造であるのに対し、高虎の石垣は極めて直線的に積み上げられている。両者の代表作が熊本城と伊賀上野城の石垣である。 私が熊本城の特徴をあげるならば、その第一は五階櫓という巨大な櫓をいくつも構えている点である。本丸の中心には大天守と小天守からなる連結堅天守を構えているが、本丸の北西隅には宇土櫓と呼ばれる三重五階地下一階の三重櫓が配されている。実際は三重櫓であるが、その威容から五階櫓と呼ばれ、さらには小天守に次ぐ櫓として、三の天守とも呼ばれた。これは名古屋城西北櫓、大坂城伏見櫓(戦災で焼失)とともに日本最大の櫓であり、一階平面が九間に八間あり、四重四階の伊予大洲城の天守をも凌駕する規模であった。工事が始まった熊本城の「飯田丸五階櫓」  熊本城ではさらに西竹の丸(飯田丸)には西竹の丸五階櫓(飯田丸五階櫓)と呼ばれる三重三階の櫓が、数奇屋丸には数奇屋丸五階櫓と呼ばれる三重四階の櫓が、本丸北辺には御裏五階櫓と呼ばれる三重四階の櫓が、東竹の丸には竹の丸五階櫓と呼ばれる三重櫓が配されていた。さらに本丸の東辺には本丸東三階櫓と呼ばれる三重櫓と、北出丸には櫨(はぜ)方櫓と呼ばれる三重櫓も配されていた。このような巨大な櫓が本丸、西竹の丸、東竹の丸、北出丸という中心的な曲輪にそれぞれ配置される構造は熊本城だけである。 これはそれぞれの曲輪に重層櫓を戦闘指揮所として配置していたものと考えられる。熊本城は規模も巨大である。その巨大な城は各曲輪を独立させて防御空間としていた。つまりいくつもの城の集合体として築かれていたわけである。本丸が落ちてもなお、別の曲輪で戦い抜くつもりで設計された城であった。 今ひとつ私が熊本城で注目したいのは井戸である。絵図や文献などから熊本城には一二〇ヶ所もの井戸のあったことがわかっている。現在も城内には十七ヶ所の井戸が残されている。これも櫓と同様に各曲輪に設けられ、籠城戦の際にどの曲輪でも水を確保するために備えられたものである。その極めつけは小天守地下の井戸であろう。天守は決して飾りではなく、実戦に備えて築かれたことがよく示されている。井戸が多いのは籠城戦の教訓から 私が関心を持つのは加藤清正による熊本築城が天正十九年(一五九一)頃より開始されるのであるが、その直後に勃発した豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄慶長の役)により、清正は参戦渡海することとなり、築城は一時中断されたことである。そして役後の慶長四年(一五九九)頃より再開され、慶長十二年(一六〇七)に完成する。 ちょうど築城中に清正は朝鮮半島で戦っていたのであるが、その最大の戦いが慶長二年(一五九七)の蔚山籠城戦である。約六万の明・朝鮮連合軍に囲まれた蔚山城は冬の寒さと飢えで惨状を極めた。こうした籠城戦を戦い抜いた後に熊本築城は再開されたのである。そこには蔚山での教訓を活かした普請がおこなわれたものと考えられる。そのひとつが井戸の多さだったのであろう。 さて、今年四月十六・十七日に熊本を襲った震度七の地震は天下の堅城熊本城をも襲った。私は熊本大地震で映し出された熊本城の惨状に驚き、涙した。そしてマスコミからは、あの熊本城の石垣すら崩れたことに対するコメントを求められた。石垣は決して崩れないわけではない。江戸時代を通じて日本の城で石垣修理をしなかった城などほとんどない。しかもその修理は大半が地震で崩れたことによるのである。まして今回は震度七という激震である。 これからの修復には相当の費用と時間がかかる。石垣修復は旧状に戻すのが原則である。これは石垣も歴史遺産であることで当然なのであるが、問題は耐震補強をどうするかということである。建物に関しては耐震補強がなされてきたが、石垣修理にはこれまで耐震補強は考えられてこなかった。今回の熊本大地震を教訓とするためにも修復に際して議論されるべき課題だと考えている。 今回の地震でお城が市民の誇りであることを改めて認識させられた。城は単なる歴史遺産ではなく、住民にとっての誇りとなっているのである。熊本市民、さらには県民の誇りである熊本城の復興こそが地震からの復興につながるものとなるだろう。

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    日本財団はなぜ今、熊本城の再建支援を約束したのか

    うじて支えている熊本城の飯田丸の石垣=6月15日、熊本市中央区東日本大震災での経験と教訓を生かして 災害時に後回しになりがちな文化財保護支援を迅速に決めた背景には、東日本大震災での経験と教訓があったようだ。同財団は2011年の東日本大震災の約半年後から、12億円規模の文化財保護支援を始動。被災地の沿岸部の漁村で、津波で流された神社の再建やお祭り道具の支援を続けてきた。同担当者は「地域のお祭りが復活すると、それまで離れて避難していた住民が戻ってきた。文化財や文化への支援は、人々の心の支えや希望になるものだと確信しました」 同財団は2014年、東日本大震災での教訓をふまえ、大規模災害の発生時にすぐに緊急支援を拠出できるように特別基金を創設した。毎年50億円ずつ積み立てる計画で、2年が経った特別基金には100億円が積み立てられていた。この積み立てを生かすことで今回、被災者の生活に必要な緊急支援とあわせて文化財の保護にも予算を充てる目処がつき、早期に文化財支援まで表明することができたという。 熊本城は度重なる地震で、国指定重要文化財のやぐらや石垣が倒壊するなど大きな被害を受けた。日本財団は「今この段階で再建にどのくらいの時間と金額がかかるのか分かっていないが、この支援表明が熊本城再建の機運を高める一つのきっかけになれば」と期待を込めている。(安藤歩美/THE EAST TIMES)

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    熊本城が傷ついたいま考える 建築は日本に何を遺すのか

    を重んじ改修しながら使い続けるというのが一般的だからです。 一方、建築本来の存在価値を問うような自然災害も発生しています。石垣が崩落し、地震の被害が痛々しい熊本城 未曽有の被害をもたらした東日本大震災。今でも完全な復興にはほど遠く、福島ではいまだに原発事故の収束作業が続いています。毎年のように各地で大雨や大風、大雪、河川の氾濫や土砂崩れによる災害も起きています。築400年を誇った熊本城の石垣が倒壊した熊本地震は現在も活発な余震が続いており、まだまだ予断を許しません。街や建築の本来の姿を取り戻せ 日本列島は歴史的にも大きな自然災害を幾度となく被ってきました。古(いにしえ)の工人より地震や洪水など自然の猛威に対処する建築や土木の工夫を凝らし続けたにもかかわらず、近代に至っても完全な防御の術をわれわれは持ち合わせていません。改めて災害時のよりどころである各地の避難所をはじめ、安全な建築がこれまで以上に求められています。 これらの事態からいえるのは、建築に対するこれまでの考え方や社会制度に見直しの時期が来ているということに他なりません。 戦後に建設された多くのビルやインフラ、公共施設の多くが、用途や制度、物理的にも寿命を迎えています。それが引き起こす問題は、日本全国津々浦々で同時多発的に起こります。 現在の日本の街の姿は、太平洋戦争の空襲からの復興によるものです。鉄道や道路網の整備、高速道路の設置、民間工場や住宅地の開発、住宅の高層化、学校の建て替え、スポーツ・文化施設の建設など。前回の東京五輪(1964年)を契機として、現在まで残る日本中の街や建物の大半がこの頃に生まれたといっても過言ではないでしょう。 いま、日本社会の建築をめぐる状況は大きく様変わりしています。 最低限必要なものは既に整備されており、これ以上新たに建設するものがないのです。また、社会情勢の変化によって利用者が変わり、使われていない施設も数多くあります。 そうした状況では、これまでに建設した公共施設をはじめとする社会ストックをどう生かすかが喫緊の課題となっていくでしょう。 日本の街並みと欧州の街を比較し、その景観や雰囲気の違いを嘆く声もよく聞きます。欧州に赴くと、まるで中世から変わらぬような風景に出合いますが、それらはちょうど彼らにとっての高度成長期である大航海時代やルネサンス、産業革命時に建設されたものです。それらを後世にうまく残してきたから現在の街があるのです。 非新築による古い建築の長期にわたる活用が、街や建築の本来の姿なのです。戦後から高度成長期のような、大規模な破壊の後に永遠に新築が続くという誤った建築観を見直す必要があります。次世代にどんな社会資産を残していくことができるかが問われているのです。もりやま・たかし 建築エコノミスト、一級建築士。昭和40年、岡山県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、設計事務所を経て、同大政治経済学部大学院修了。地方自治体の街づくりや公共施設のコンサルティングなどに携わる。著書に『マンガ建築考』『非常識な建築業界「どや建築」という病』など。

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    「象徴」熊本城と歴史的事実が被災者の心の復興を支える

    守りたい 熊本城の“危機”、今回の地震が初めてではありません。400年前の築城直後からたびたび地震や災害に見舞われ、そのたびに修理され復活を繰り返してきました。エピソード3 あの天守をもう一度出典:歴史秘話ヒストリア「熊本城 400年の愛」地震で被害を受けた熊本城(上、4月19日撮影)。下は2012年3月の様子 この番組は、毎回歴史をひもときながら、私たちに勇気と希望を与えてくれる番組です。今回の「熊本城 400年の愛」は、まさに歴史ヒストリアの面目躍如たる放送でした。 熊本城は、日本随一の堅固さを誇る城です。番組では、熊本地震以前に、街のいたるところから見えた熊本城の勇姿を見せます(4年前の取材映像)。さらに、現在の姿を超える築城直後の素晴らしい城全体の様子を、CGで紹介します。 バーチャールカメラは、城の周りをぐるりと回ります。巨大な石垣、数え切れないほどの櫓(やぐら)。その完璧な防御力。番組では、城を攻めようとするものに絶望感を与えるほどの力強さだと評します。 しかし今、名城熊本城は、大きな被害を受けています。その様子を改めて見ると、また心が痛みます。 けれども、熊本城が大きな被害を受けたのは、今回が初めてではありませんでした。敵の攻撃で落城したことはないものの、江戸時代には地震の被害を受けます。明治時代には火事で本丸も消失します。しかしその度に、熊本城は復活しました。 番組では、江戸時代、明治時代、昭和の戦後復興、そして現代の様子を示します。懸命に頑張る城主、立ち上がる市民、私財を投げ打つ人、そして全国からの応援。彦根城も、姫路城も、小田原城も、熊本城を応援します。復興のための災害心理学復興のための災害心理学 番組では、最後に再び現在の大きな被害を受けた熊本城天守閣の様子を映します。客観的に見れば、ひどい状況の熊本城です。しかし、私の目にはもう哀れに壊れた熊本城には見えませんでした。 それは、番組の中で、何度も破壊されては復興してきた様子を見聞きしたからです。白黒写真に残る、かつての災害で破壊された無残なお城の姿。しかし、その熊本城が後に見事に再建された歴史上の事実を、私は知りました。その私の目には、現在の熊本城の姿も、これから復興へと向かう勇姿に見えました。 さて、こんな話は、ただのファンタジーでしょうか。歴史上の事実と言っても、歴史は歴史家が個々の事実を解釈しストーリーを作り上げたものとも言えるでしょう。番組も、もちろん台本があり、演出があります。「私の目には」などと言っても、それは私の感傷的な思い込みに過ぎないでしょうか。 しかし番組は、ただ夢を語っているわけではありません。これまでと同じように、再建には長い時間と莫大な予算がかかることも、解説しています。そして、視聴者一人ひとりの目に、今の熊本城がどのように映るのかという「心理的事実」は、ただの思い込みや綺麗事ではありません。熊本城本丸御殿、豪華な装飾で彩られた「昭君の間」 ある災害心理学者は、大災害の発生時には、被災者は「神」を失うと表現しています。夢や希望、努力は報われるといった価値観すべて、その人にとっての「神」や「世界」と言えるような大切なものを失うという意味です。 ここから、何とか立ち上がらなくてはなりません。たとえ街並みが戻っても、住民たちの心が復興しなければ、本当の復興にはなりません。 そのために効果的なのが、郷土の歴史であり、象徴です。たとえば、東北の人々が何度も困難を乗り越えてきた、三陸の人々は何度も大津波の災害から復興してきた。そのような郷土の歴史は、住民に力を与えます。 熊本の県民性を表す「肥後もっこす」も同様でしょう。熊本県民は、正義感が強く、頑固で妥協しません。熊本県民は、熊本城を守り続けたように、決してあきらめません。 そのようなアイデンティティを持つことが、復興の力とつながるでしょう。 そこから、復興の象徴も生まれます。お金も法律も大切ですが、心を支える象徴も必要です。熊本にとっては、それが熊本城であり、「くまモン」なのでしょう。 熊本県の人気ゆるキャラ「くまモン」が、地震前にユーモアたっぷりに言っていました。「熊本県は、日本でいちばん強そうな県名だと自負しております」。私も同感です。 「熊本城400年の愛」。熊本県民は、400年間熊本城を愛し、互いに敬愛しあい、そして全国から愛され、共に支えあってきました。その愛と不屈の歴史に、今また新たなページが書き加えられるのでしょう。*「熊本地震」ですが、大分県の復興も全国で支援したいと思います。(Yahoo!ニュース個人より2016年6月3日分を転載)

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    韓国匿名掲示板に「日本の地震に募金する人間は売国奴」

     熊本地震の発生後、韓国では日本の災害を喜ぶかのような暴言が数多く飛び交った。主要メディアでは九州で起きた悲劇と、それに耐えて秩序を守る日本人の姿を好意的に伝えているが、ネットニュースをはじめとする一部のメディアで、日本の災害を揶揄するような報道が見られ、匿名掲示板でも日本の地震をあざ笑うような書き込みが相次いだ。どんな内容だったのか。 一例が、韓国ネット新聞『ノーカットニュース』(4月23日)に掲載された「熊本、残念に思えない理由」というコラムだ。  「熊本地震を眺める韓国人の心は複雑である」との書き出しで始まるコラムは、朝鮮出兵で兵を率いた熊本城初代城主・加藤清正を槍玉に挙げ「築城過程でも多くの朝鮮人捕虜の犠牲があった」と主張。  さらに1895年の「乙未事変」(いつびじへん=駐韓公使の三浦梧楼が指揮を執り朝鮮王妃を殺害したとされる事件)に話題を転じると、「王妃を凌辱、殺害した日本浪人のほとんどが熊本出身」とし、「(日本は)真の反省がない国だ。友邦という言葉だけを信じて歴史を忘れれば、再び歴史の審判を受けることになる」と結んだのである。まるで熊本の地震被害が「過去の日本の行いに対する報い」であったかのような物言いだ。  東日本大震災以降、韓国では日本の不幸を嘲笑するネットユーザーやメディアの存在が問題視されてきた。たとえばネット新聞『デイリー光州全羅南道』は、2012年8月18日の編集委員コラムで、慰安婦や竹島問題に対する日本政府の対応を猛烈に非難。日本人を「猿のように卑怯な国の人々」と蔑み、「反省のない日本人には大震災に続き再び天罰が下る」として物議を醸した。  また、2014年1月には、男性誌『マキシム』が「被曝していない日本女性と付き合う方法」と題した特集を掲載。その後、謝罪に追い込まれた同誌編集長は、福島原発事故の被災者を侮辱したタイトルについて「日本の独島関連妄言、安倍首相の靖国参拝、慰安婦問題などを非難し皮肉るつもりだった」と弁明した。今回の熊本地震でも、韓国のネット掲示板には日本への罵詈雑言が溢れ返った。〈エクアドルの地震は残念だが、日本の地震は当然のように起きた天罰ですww〉〈日本は早く私たちに謝罪を。さもなければ、もっと大きな災害で滅びます〉〈日本で何が起きても助けない。恩も知らない猿に過ぎない〉〈日本の地震に募金する人間は売国奴〉 これらの書き込みは主に韓国の匿名掲示板に投稿されたものだが、中にはフォロワー数1万人超の韓国の有名ツイッターユーザーもいた。こんなツイートだった。「日本の国民には悪いが、安倍の畜生のことを考えると天罰だな。それに、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時の熊本城が崩壊の危機にあるとか。すっかり崩れちまえ。安倍、くたばれ」 5年前の東日本大震災では、韓国サッカーチームのサポーターがスタジアムに「日本の大地震をお祝い(し)ます」という横断幕を掲げ、ネットの動画サイトには「日本人は(地震で)一瞬で死んでください」と心無い言葉を浴びせる若者の動画が投稿された。 今回の熊本地震では、このように目立つ行為はなかったものの、隣国の厄災に乗じた侮辱行為は、ネットの匿名性を利用したヘイトスピーチにほかならないのではないか。関連記事■ 韓国人 富士登山で野グソ報告「俺のクソで富士高くなった」■ 韓国人 本田のJリーグへの発言受け「韓国へおいで」と絶賛■ 熊本地震への韓国ネットユーザーの嘲笑に韓国紙も不快感■ 1年間で震度5弱以上の地震が70回発生 福島では26回も■ 韓国では「サザエさん韓国人説」が流布し真に受けている人も

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    地震予知は本当に不可能なのか

    マグニチュード(M)7・3の「本震」発生から1カ月が経過した熊本地震は、震源域を広範囲に拡大させ、異例づくしの推移をたどる。「これまでの経験則が通じない」と気象庁も匙を投げた一連の巨大地震。専門家による調査研究が進んでいるとはいえ、地震の「予知」はやっぱり不可能なのか。

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    東日本大震災、熊本地震も前兆キャッチ! 電磁気で地震予知はできる

    すこぶる難しい仕事である。この短期予知は、日本のような地震国では社会的要請の強い課題であろうが、地震災害を軽減するという目的のためには予知研究よりは防災の方がより直接的であり、建造物の耐震性等を高めることが必要であることは論を持たない。予知は、国民的関心も高く、また学問的に見ても地球科学に残された最大のフロンティアの一つと言ってもよい。 読者は永らく「地震予知はできない」と聞かされている。いわゆる「地震予知不可能論」だ。2011年東北大震災後、2013年にも国は改めて「地震は予知できない」と社会に宣言し、新聞誌上で大きく取り上げられたことを皆様は記憶されていよう。これは地震学の手法では短期予知は困難であるという結論であると理解すべきだ。 因みに、長、中期予測(予知は適切でなく、予測という)はこれまで日本でやられてきた地震学のテーマで、過去の事例に基づく確率予測で、「南関東ではここ30年でマグニチュード7の地震が起こる確率が70%」という予報をよく耳にされていると思う。都市計画や地震保険料の設定などにおいてそれなりの意味はあろう。しかし、あくまで確率であり、それ以上でもそれ以下でもなく、来週地震が来るのか否かはわからないと言える。例えば、今回の熊本直下型地震も国の地震調査推進本部が発表しているその地域での中期予測では1%にも満たなかったが、実際には地震は起こってしまったのだ。以上の事を踏まえて、国民誰もが「日本中どこでも地震は起こる」と念頭におくことが重要であり、この考えが災害軽減のための防災には有用だと言える。地震予知学とは地震予知学とは 実用的な地震の予知とは「短期予知」だけであり、それには地震の“短期的前兆現象”を捉えなければならない。このような短期的前兆を用いて短期予知を目指そうとするのが地震予知学である。単純に言えば、地震予知学の興味は将来の地震であるのに対して、地震学は過去の地震を調べ地震のメカニズムを調べる学問である。実は地震観測は短期予知には不向きであると言える。なぜなら、地震計では起きてしまった地震の情報しか得られないからだ。 私事で恐縮だが、私の経歴と過去の研究テーマをご紹介することで、地震予知学への読者の理解を得られると思う。私は実は地震学の出身ではなく、電気/電子工学の出身で、しかも“電波”が専門なのだ。名古屋大学在職中は、雷からの電波ノイズ、宇宙でのノイズなどを研究していた。1991年に電気通信大学に赴任してから、“地震の前兆的電磁気現象”の研究を開始した。これは地圏からのノイズという位置付けで、このことが地震予知に使えたらさらに有意義だとの考えで始めた。当初は、地震に伴う電波はやはり半信半疑の状態であった。地震の前にいろいろな周波数で地圏からの電磁ノイズが発生しているという先駆的論文が1980年代前半に数件発表されていた。それらは、私を納得させるには全く不充分だった。その後、1995年の神戸地震に遭遇することとなる。この地震に対して、電離層という領域(高度80-100キロメートル)が前兆的に乱れていることを、低周波(VLF)電波を用いて私たちは発見したのだ。この事例により、半信半疑が確信に変わり、“電波を用いた地震予知”の研究に本格的にのめり込むこととなったが、その発見時の衝撃は今でも忘れられない。 やはり、1995年の神戸地震が日本のみならず世界的にも地震予知学の実効的なスタートだと言える。神戸地震後、我が国の地震予知研究をいかに進めるかを模索するなか、何人かの理解者のおかげで、1996年~2001年の5年間、科学技術庁(当時)のフロンティア計画の枠内で、2つの研究機関(理化学研究所と宇宙開発事業団(当時)、前者は上田誠也先生がリーダー、後者は筆者がリーダーを務めた)に資金援助があった。地震前兆の本格的研究による地震予知の可能性を追究することになった。私たちへの国からの資金援助はこれが最初で、最後であった。理化学研究所グループは、ギリシャにてそれなりの成果を収めていた地電流の観測を全国規模で展開した。他方、私たち宇宙開発事業団グループは、大気圏や電離層の乱れを人工的電波を用いた手法にて精力的に研究した。両グループとも多くの成果を挙げたが、その計画の延長は認められなかった。しかし、この日本でのフロンティアの成功は他国の活動に多大な影響を与え、台湾、欧州、米国、インドなどでも同様のフロンティアがスタートした。阪神・淡路大震災で地表に姿を見せた野島断層を保存する「断層保存館」=兵庫県淡路市 ここに地震の前に地下(断層帯)でなにが起こっているのかを簡単に説明しよう。割り箸をゆっくり折り曲げ続けてみてほしい。「ゆっくり」がポイントで、長年にわたり地震震源周辺でストレスが蓄積されることを想定し、破壊の前にパチッパチッというひび(クラック)が発生し、更にストレスが加わり破壊(地震)に至るのだ。そのひび割れの時に、そのメカニズスムは未解明でも、プラスとマイナスの電荷が発生し、直流なら巨大な乾電池が、交流なら小さなアンテナが多数発生すると考えられる。この震源域での電池あるいはアンテナの生成により、いろいろな電磁気現象が発生する。さらに、このひび割れは幸いにも地震の約1週間前であることは私たちには好都合だ。地震学での「地震破壊核の形成」という発生メカニズムが解明されなくても、「短期予知」は可能なのである。 すでに否定しがたい短期前兆は電磁気現象だけでなく、ラドン、電気を帯びたガスの放出、地下水位変動などあり、全て“非地震学”パラメータだ。そのため、地震予知学に従事する研究者は、電気/電子工学者、超高層物理学、プラズマ物理学、物理学の出身者がほとんどだ。おなじ地震という言葉がついているにもかかわらず、地震予知学と地震学は全く別のものだといえる。電磁気的短期前兆地震予知は可能か 地震の前に現れる前兆現象には二種類ある。一つは電源から直接的に放射される電磁ノイズで、いろいろな周波数で発生する。もう一つは人工的な電波を活用することにより、その伝搬異常を抽出する大気の乱れや電離層の乱れである。前者は、割りばしのパチッパチッによる発電メカニズムにより震源から電磁ノイズが発せられるもので納得しやすいものだ。他方、後者は地下数10キロメートルでの震源での何らかの原因により、高度100キロメートルにある電離層まで影響を与えるということだが、当初はなかなか理解しがたいことであった。1995年の神戸地震の時に明瞭なVLF送信局伝搬異常を見出した時も、電離層内での種々の現象を研究していた私たちにとっても、にわかには信じがたいものだった。すでに多数の電磁気前兆が世界各国から報告されているが、その前兆現象が長期的データに基づいて地震と明瞭な因果関係があるかが、実用的地震予知につながるか否かの最大の課題である。 他に動物の異常行動(宏観現象という)について一言。この現象はメディアを中心によく取り上げられ、当然あり得ることだが、残念ながら科学的データに基づく検証にはまだ至っていない。 実は2010年前後には、地震前兆現象のうち地震との統計的因果関係が確立しているものが報告され始めた。一番はっきりしているのは電離層の乱れで、電離層が地震の前兆として最も敏感であることは特筆すべきことだ。人工的VLF電波による電離層(下部)の乱れが10年程度の観測データに基づいて地震(とりわけ、マグニチュード5以上の、浅い)との統計的因果関係があることを私たちは発表している。電離層の上部(F層、高度300キロメートル)の乱れについても、台湾のグループが10年程度のデータに基づいて両者の因果関係を検証している。これらの因果関係の確立は実用的短期予知に大きく前進するのだ。どうして地圏での効果が上層大気まで影響するかという地圏・大気圏・電離層結合という科学的メカニズムは充分には解明されていない。もちろん、この原因は前に述べた地下でのひび割れに関係していることは間違いない。さらには、地電流、地圏からの直接放射の極超低周波(ULF)電磁ノイズ、大気圏放射など地震との因果関係の確立も間近いといえる。いまや短期予知は学問的には射程内だといえる。 私も電気通信大学在職中に、調布において国際会議(地震電磁気現象と地震予知)(直近は2005年)を4回開催し、地震予知学の国際コンソーシアムの設立に努力してきたが、この地圏・大気圏・電離圏結合という言葉は、すでに科学分野では常識的に使われるようになっており、世界中の科学者が「電離層と地震」という挑戦的なテーマの解明に日々努力している。しかも、どこの国も財政的には厳しい状況にあるにもかかわらず。地震予知学をサイエンスとして認める方向性はすでに学会的には定着しつつあると言えよう。電波科学を対象とする国際電波科学連合(URSI)、地震物理学の最大組織(IUGG)などにも常時取り上げられている。 さらには、わたしが当初の企画段階から参加した仏国の地震電磁気専用衛星(DEMETER)が2004年に打ち上げられ、2010年末まで運用したが、実用的予知の意味合いはないものの、科学的には甚大な貢献をした。この衛星に続き、中国は本年同様の衛星の1番機を打ち上げる予定だ。ロシア、英国も共同してこの種の衛星ミッションを計画中だ。複数の衛星が同時に飛翔することになれば、宇宙からの地震予知もまんざら夢ではない。ここ数年での社会の諸変化ここ数年での社会の諸変化 私は神戸地震以来短期予知の重要性を訴える講演を続け、とりわけ2011年東日本大震災以降ももの凄い数の講演会にお呼びいただくとともに、テレビ出演も含めたいろいろなメディアを通して啓発活動を続けている。地震予知の重要性への理解が社会一般にここ1-2年で著しく浸透してきたと感じている。 地震予知学という学問の世界的な飛躍的進展も踏まえ、また2013年の国の「地震予知不可能」宣言を考慮し、2014年に一般社団法人「日本地震予知学会」を設立した。この学会では、先行現象を集中的に学術的に議論する場として仲間とともに設立した。あえて「日本」を冠しているのは、日本が「地震予知学」の世界をリードしていることを誇れるよう願うからである。驚いたことに、法人会員として16社にも及ぶ会社に応援していただき、民間からの期待の高さを感じている次第だ。 さらに、民間会社の地震予知への参入については、私事をお話しすることのが良いかと思う。私は研究者の立場とは別に、大学退官後2010年ベンチャーを立ち上げ地震予測情報の配信事業をスタートして4年になる。このような民間会社に対して一部批判がある事は承知しているが、この設立理由は明確である。国は予知は出来ないとの立場で、国からの予知研究の予算獲得が期待できないため、国民の皆さんからのご支援をいただいている。これにより学問の継続も可能になる。私たちに続いて複数の民間会社がこの分野に参入してきたことは望ましい方向だと思う。地震予知は、本来社会と密着した実学なので、科学者と連携した民間活動は当然考えられることだ。地震予知学の将来 ここに、実用的地震予知の数事例を紹介する。2011年3月11日の東日本大震災の前兆として3月5日、6日の両日にわたり極めて強いVLF伝搬異常をみており、わたしは仙台在住の友人に事前にメールをしていた。東北沖の海の中での大きな地震が来るかと。海溝型地震なので津波の問題だと述べた。さらに、今回の熊本直下型地震に関しても4月に前兆が出ており、事前に九州には地震があることは指摘していたが、残念ながら九州北部には私たちのVLF受信点がないため、マグニチュードが実際より小さいものであった。民宿の屋上に乗り上げた観光船「はまゆり」=2011年4月、岩手県大槌町 これらの事も踏まえ、以下に地震予知に関して学術的観点及び実用的観点から提言したい。 (1) 一部実用化が始まっているVLFネットワーク観測による電離層の乱れだけでなく、いろいろな前兆現象の集中的かつ総合的研究が不可欠である。とりわけメカニズムに関しては未解明の課題が多くあり、その解明は不可欠である。そのためには、現在の研究不在体制を脱却するイノベーションが絶対必要だ。私たちは地震観測をするなと言っているのではない。短期予知の主役は、地震観測ではなく、電磁気現象などであることを認識して、いま一度1996―2001年のようなフロンティア計画を立ち上げ、地震予知に人員と予算を投じてはと提言する。 (2) 4年間の予測配信で65-70%の確率を達成し、私たちの予測情報配信事業も一定の評価を得たものの、種々の課題が浮き彫りになってきた。まず、第一はベンチャーの限界である。日本中どこで起こるかもしれないすべての地震を捉えようとすれば、既存の観測点の少なくとも5倍程度が必要であろう。これが出来れば、地震の三要素のうち場所と規模の予測が著しく向上するだろう。しかし、どのベンチャーも人材と予算は極めて限られており、少人数で欠測のない観測を続け、毎日データを解析するという膨大な作業を行っている。この点が地震発生後に後追いで検証する研究ベースとは異なる。そこで提案したのは、地域ごとにその地域専用の観測ネットワークを設立することである。例えば、東北地方、北海道、九州などなど。その一例として、わたしたちの活動を紹介しよう。私も最初のベンチャーを近々辞し、(株)早川地震電磁気研究所(電気通信大学発ベンチャー)が主体となり、関東直下型地震だけを狙う観測ネットワークを構築しつつある。いろいろな周波数での電波観測の複合的なシステムを駆使するもので、科学的メカニズムの解明にもつながり、研究的にすこぶる興味深いものである。ひいては予知精度の向上に大きく貢献することが期待できる。 (3) 第2の問題点は、従来の一方的な地震予測情報配信では、受け手側(個人でも、企業でも)がその予測に如何に対応するかに苦慮することであった。国が予知できないと言っている以上、国民は自分の身は自分で守るしかなく、予測情報は不意打ちを食わないためのものある。予測情報とそのソリューションを融合した事業が社会の求めるものではないかと思う。すなわち、予測情報がある時のBCP(事業継続計画)を新たに考える段階に入ったと言える。幸いなことに地震の1週間前には予測が出せるため、この1週間に集中し地震までの時系列(time line)で何を順次備えるかという革新的BCPマニュアルを開発する時期にきているのではないだろうか。当然のことながら、このマニュアルには発災後の迅速な災害事後処理(disaster recovery)が含まれているのは言うまでもない。もともと危機管理は最悪の事態を想定して行うもので、よしんば地震が来なくても「来なくてよかったね」というリテラシーにすべきである。地震は自然現象で、どんなに精度向上をはかっても予測確率100%はありえず、外れを許容した地震予知でよいのではないだろうか。 参考文献(1)上田誠也 「どうする!日本の地震予知」 中央公論 2011年4月号(3月10日発売)(2)早川正士編 「地震予知研究の最前線(The Frontier of Earthquake Prediction Studies)」日本専門図書出版 2012年(3)M. Hayakawa  「Earthquake Prediction with Radio Techniques」 Wiley (USA) 2015 

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    一回も成功したことがない日本の「地震予知」に未来はない

    業誘致に関するホームページには、地震が少ないことが高らかに謳ってあった。九州にとってのいちばんの自然災害は台風だったのである。 しかし、ウェブサイトが地震後閉鎖されてしまったのは熊本県のせいではない。国が地震の安全性にお墨付きを与えていたのだ。国土交通省が定めている「地震地域係数」が、関東や太平洋沿岸の東北地方などが1.0なのに対し、九州の大半は0.9~0.8だったからだ。 この係数は市町村ごとに指定されているから、細かく見ると熊本市の大部分や熊本県益城町、大分市、宮崎県全域は0.9で、福岡、佐賀、長崎の3県全域や、市役所が大きく損壊してしまった熊本県宇土市などは0.8だった。ちなみに沖縄は全国最低の0.7だ。 鉄筋コンクリート造りや3階建て以上の木造を建てるときに義務付けられている構造計算にこの係数が使われる。2階建て以下の木造住宅では、構造計算は義務付けられてはいない。 この係数が低いほど、構造計算で設定する地震力は小さく、耐震性も低くなる。この係数は1952年に導入されたものだが、1980年に改定されて以降、40年間近くも変わっていない。もちろん、係数が低いほどコストの安い建物が作れる。 この仕組みは「過去数百年間の地震の規模や頻度、被害を基に設定」されたと言われる。地震の少ない地域は耐震性を低減してもいいという考え方なのである。回送中に脱線した九州新幹線 しかし、最近の地震学では、熊本に限らず、内陸直下型地震は、日本のどこでも襲う可能性があることが分かってきている。たとえば2005年に起きて大きな被害を生んだ福岡県西方沖地震(マグニチュード(M)7.0)は、日本史上、ここで初めて起きた大地震だった。ものが壊れるとき、普通の物理学の法則は使えない コップを硬い床に落として、割ってしまうことを考えてみよう。もしふたつのコップを落としたとしたら、まったく同じ形と大きさのコップでも、その割れかたは、けっして同じではない。 つまり、どこから割れ始めて、割れかたがどう広がっていくか、を割れる前に予想することは、ほとんど不可能なことなのである。 これは「ものが壊れる」ということを研究するのが難しいからだ。引っ張っていったゴムひもの、「どこ」が、「いつ」切れるかを予測することは、現代の科学では不可能なことなのだ。つまり、ものが壊れるときには、普通の物理学の法則は使えない。 そもそも物理学でも工学でも、ものが壊れる現象の解明は非常に難しい。地震に限らず、金属疲労による破壊も同じだ。破壊現象の解明や予測(地震で言えば地震予知)の成功例は、どの学問分野でも、ほとんどない。 たとえば潮の満干の時間は、1年先まで、カレンダーに書いてある。また、日食や月食の時間も、何年も前から正確に分かっている。これは、これらの現象は「古典物理学」で解ける問題だからなのである。天気予報と地震予知には根本的な違いがある天気予報と地震予知には根本的な違いがある 東海地震の予知を担当して、いざというときに警報を出すことになっている気象庁は天気予報をやっているところだから、地震の予知も天気予報に似ているように見えるかも知れない。だが、天気予報と地震予知には根本的な違いがある。 それは天気予報には、すでに、未来を予測する「方程式」が分かっていることだ。全国に1300地点以上もあるアメダスの観測データを入れれば、その式を使ってコンピューターが数値的に計算して、将来を予測することができるのである。 方程式が分かっていて、それに観測したデータを入れれば答えが出るという仕組みが、天気予報のやりかたなのである。 ところが、地震の予知は天気予報とはまったくちがう。それは地震には、地下で岩の中に地震エネルギーが蓄えられていって、やがて大地震が起きることを扱える「方程式」は、まだないからなのだ。 そのうえ、観測データも、天気のデータよりもはるかに貧弱なことがある。地表のデータはともかく、肝心の地震が起きる場所であり、来るべき地震のエネルギーが実際にたまっている地下数キロメートルとか数十キロメートルでのデータは何ひとつない。 これでは、天気予報なみのことができるはずがないのだ。「前兆の報告」は地震後の調査でわかっただけ 日本の国家計画としての地震予知研究は1965年に始まった。「地震の方程式」を見つける試みは半世紀経ったいまでも成功していない。 しかし大地震の過程そのものが分からなくても、もし大地震に前兆というものがあれば、それを捕まえることによって、地震予知ができるのではないか、というのが地震予知計画の希望だった。 つまり、純粋な科学はたとえ後回しにしても、とりあえず実用的な地震予知ができれば、という希望を、国民と科学者が共有していたのである。 1960年代には、世界中で前兆が報告されていて、地震予知研究にバラ色の未来が見えていた時代だった。 たとえば中国の遼寧(りょうねい)省に起きた海城(かいじょう)地震(1975年)では地震予知が見事に成功したと伝えられたのをはじめ、旧ソ連の中央アジアや米国などでも有望そうな前兆現象がさかんに報告されていた。 このほか、1970年代には、当時の地震予知「先進」国、つまり、中国、当時のソ連邦のうち中央アジアの共和国、米国東部などで前兆が相次いで報告された。 日本でも伊豆大島近海地震(1978年、マグニチュード7.0)などいくつかの地震のときに、地震活動、地下水の異常、地殻変動、地球の磁気などに、いくつもの前兆があったという報告があった。このように、1970年代の半ばまでは、世界各地で前兆の報告が相次いだ。 しかし、避難指示をしてから地震が起きた中国の海城地震以外のすべては、じつは地震の後に、調べたらこんな前兆があった、という発表だった。 日本でも諸外国と同じ方法を追試する科学者も多く、地震予知計画にも、さまざまな手法による前兆捕捉の研究が取り入れられた。いわば、地震予知が熱気を持っていてバラ色の未来が見えていた時代だった。 また、それら前兆を捉えた国内外の「成功例」がメディアに乗って華々しく国民に流され、それが地震予知の研究予算を左右する政府の意向にも影響した。 日本では、もちろん地震はもっとも悲惨な自然災害だから、地震学者にとっても、なんとか地震予知をしたいというのが悲願だった。そのため、「前兆が見つかれば予知が可能になるのではないか」という、学問的な根拠というよりは、むしろ研究の期待や願いというべきもので、地震学者が動かされていたと言えるだろう。 「科学」はあとでもいい、とにかく前兆を捕まえて地震予知が可能になれば、というのが地震予知を研究している地震学者の心情だったのである。地震予知に成功した例は一回もなかった地震予知に成功した例は一回もなかった しかし、たくさん前兆が見つかっていたはずなのに、地震予知研究の未来に見えていたバラ色は、急速に色褪せていってしまった。 それまでは外国だけではなく、日本でも多くの前兆が見つかったといわれた。しかしこれだけ種類があっても、前兆が必ず出る、それだけ観測していればいい、という、いわば「決め手の前兆」はひとつもなかった。 これほどたくさん前兆が見つかっていたはずなのに、時間がたつにつれて、地震予知研究の未来に見えていたバラ色は、急速に色褪せていってしまった。これは、日本だけではなく、世界のほかの国でも同じ事情だった。 同じような地震が起きても肝心の「前兆」なしに大地震が起きてしまったり、逆に、前の成功例と同じ「前兆(と考えられるもの)」が出たのに大地震が起きなかった例がたくさん経験されるようになってしまったことであった。 ひとつの地震で出た前兆が、同じ場所であとに起きた地震で同じように出る例はほとんどなかった。また、ある地震で現れた前兆が、別の場所で起きた地震でも同じように出ることもなかった。 つまり、報告されてきた前兆現象に、科学を進めるうえで重要な「再現性」も「普遍性」もほとんどないことが明らかになってきてしまったのである。 また、それまでに報告された前兆の例のいずれも、震源に近づくほど前兆が大きくなることもないし、地震の大きさが大きいほど前兆が大きいこともなかった。つまり系統的な前兆でもなかった。 いまでは、いままで追い求めてきた前兆と地震とのあいだに、因果関係があるかどうかさえも、疑わしくなってきてしまっているのである。「前兆(だと思っていたもの)」と「地震」は、たんに別の物理現象が「偶然にも」相前後して起きただけだったのではないかと思われるようになってしまったのである。 残念ながら、いままでの半世紀にもおよぶ日本の地震予知の歴史で、地震予知に成功した例は一回もなかったのだ。つまり、地震予知がいつ可能になるのか、そもそも可能かどうか、はいまの科学ではわかっていないのである。「不意打ち」に備え始めた東海地震の地元 日本の地震予知の研究計画が大きな転換点を迎えたのは、1976年に石橋克彦氏(当時東京大学理学部助手、元神戸大学教授)が東海地震説を発表したことだった。 この発表は全国的なニュースになり、国会でも取り上げられた。そして当時の首相の強い指示で、わずか2ヶ月のスピード審議で大規模地震対策特別措置法(大震法)が作られ、1978年に成立した。この法律はいまでも生きている。 この大震法のいちばんの基本は「地震は予知できる」ことを前提にしていることである。当時は、前兆を捕まえれば地震予知ができる、と地震学者のかなりがまだ考えていた時代だった。 大震法は世界でも類を見ない、地震を対象とする法律で、この法律にもとづいて警戒宣言が発せられたときには、ほとんど戒厳令のようなさまざまな規制が行われることになっている。 たとえば新幹線は停止し、高速道路は閉鎖される。銀行や郵便局も閉鎖される。スーパーやデパートも閉店させられるし、耐震性のない病院も閉鎖されることになっている。また学校は休校になり、オフィスで働いている人たちは退社させられる。地域住民も避難させられ、自衛隊が出動する。東海地震発生時に緊急物資の輸送路を確保しようと、静岡・神奈川の両県警などが初の合同訓練を実施した=2014年9月8日 この法律に基づいて、気象庁に地震防災対策観測強化地域判定会(通称、判定会)が作られた。東海地震だけを予知するための委員会だ。判定会はデータから東海地震が来ることを予知して警戒宣言を出すことが役目である。 しかし「地震は予知できる」という前提は、年々、怪しくなっていった。 地震予知をするための根拠が怪しくなってしまった近年でも、日本の政府は、法律を作った以上、他の地震は予知できないが、東海地震だけは予知できる、という立場をとっている。だが、地元静岡県では、地震予知なしに不意打ちで地震が起きる備えをはじめている。

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    東日本大震災は「予知」されていた! 失態を断つ災害予知という概念

    ことはできない。 そもそも、地震学が研究対象とする自然現象としての地震と、人間社会を傷つける「震災=災害」はレヴェルが異なるものである。後者を問題にする学問分野は、災害科学・防災学というが、その立場からすると、自然現象としての地震は「災害誘因」=災害を誘い出すかもしれない要因に過ぎない。災害の原因それ自体=「災害素因」は、むしろ人間が自然の中に作り出した人工的な土木・建造物が、逆に人間を襲ってしまうことにある。それ故に、徳川時代に列島が都市化してくる前には、津波を除いて地震による死者の数はきわめて少なかった。災害科学の考え方では、災害は人間が自然に対して無理に侵入し、そこに作り出された構造物が災害への脆弱性を抱え込むことによって生まれるのである。火口周辺などに亀裂が入った国の天然記念物「米塚」=2016年4月20日、熊本県阿蘇市(共同通信社ヘリから) それ故に、最近では地震学と災害科学の協力が強調されるようになった。とくに、東日本大震災(それにともなう東京電力原発事故)の経験をふまえて、科学技術学術審議会の地震火山部会がまとめた建議、「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の推進について」(2012年11月)は、予知計画の目標は、自然現象としての地震を予測することではなく、むしろ「災害の予知」にあるとした。 そこでは「予知」という言葉の意味も「警報」から明瞭に切り離されて、「理学、工学、人文・社会科学の研究分野の専門知を結集して総合的かつ学際的に研究を進める災害科学においては、むしろ『前もって認知し、災害に備える』ことを幅広く捉えて『予知』という言葉を用いる方が妥当である」と説明されている。 私は、歴史家として、それを議論した委員会に出席したが、このような「災害予知」への方向転換は正しいと思う。私は3・11の後に、急遽、地震の歴史の研究を始めたが、たとえば、これまで地震学者が見逃してきた「宣命」という天皇の願文を読み解くことによって、東北沖海溝大地震と同規模のものであったという869年の陸奥大津波の2カ月後に熊本で地震が起きていることに注目した(保立『歴史のなかの大地動乱』、岩波新書、二〇一二年)。東北沖海溝大地震の後に熊本で地震が起きた例は、17世紀にもあるので、これは一種の傾向なのかも知れない。実際上は地震学者に教えてもらいながらのことではあるが、歴史家もこういう意味での「予知」計画ならば参加できるのである。 また、最近、日本学術会議は、企業が私的に保有するようなものをふくめて、地質地盤情報を公開し、それによって地下を可視化し、多様な地殻災害や土壌汚染などに対応する基礎情報を管理するために、地質地盤情報公開を促進する新規立法が必要であると提言した。これが地殻災害の予知のためでもあることはいうまでもない。そこには経済学や法学、さらには土木工学、建築学、都市工学などの協力も明瞭にうたわれている。日本の大学と学術が全力をあげて取り組めば、ここには相当の成果が期待できるだろう。災害予知の概念について災害予知の概念について 上の図は、最近、学術会議が編集・刊行した『地殻災害と学術・教育』に載せた拙論に掲げた図であるが、ここに明らかなように、地震・噴火の予測研究と災害科学の交点に「災害予知」が成り立つことになる。そして、さらに強調しておきたいことは、その上で、すべての情報を統括して、防災体制を整備し、「災害予知」を生かしていく責任は、社会を代表する行政にあることである。従来の「地震予知」計画では、地震学に「時・所・大きさの三つの要素を指定する」責任が課せられていたから、有り体にいえば、政府や行政は「災害予知」の責任を地震学にかぶせることが可能であったが、今後はそうはいかない。防災行政は、人為的に改変された自然の脆弱性に関わる様々な情報を、土木・建築・エネルギー産業などの変化にそくして時々刻々と掌握することが義務となるのである。 もちろん、図の三つの円の交点に位置する「警報」を防災行政が発することができるかどうか。そもそも実用的な震災警報が可能なものかどうかは、まだまだ議論がある。私は、その可能性が皆無とはいえないと思うが、しかし、少なくとも、政府は地震学・火山学・災害科学の主張を謙虚に聞き、とくに防災行政の専門性を地域のレヴェルから圧倒的に高めることによって、地殻災害が発生した場合でも、被害が人命に及ばないように可能な限りの努力をすべきことはいうまでもなかろう。 2002年、地震学の島崎邦彦氏は、地震調査委員会長期評価部会の責任者として東北沖海溝大地震の震源域で大規模な津波地震が発生するという長期予測をまとめた。しかし、2004年、中央防災会議は多くの地震学者の反対を無視し、この津波地震の発生予測を受け入れなかった。これはM9という東北沖海溝大地震の規模を予測するものではなかったが、政府がこの島崎予測だけでも受け入れ、宮城県のハザードマップと防災計画に反映させていれば、犠牲者が2万近くにまで上ることはなく、また東京電力の原子力事故もあのような形にはならなかったということは地震学界ではよく知られた事実である。このような許されない失態を今後起こすことがないように、中央防災会議は深刻な反省を迫られているはずである。立ち枯れが進む「かしまの一本松」=2016年1月1日、福島県南相馬市鹿島区 また、東北沖海溝大地震の四年前に日本地震学会地震予知検討委員会の出版した『地震予知の科学』にも、「東北から北海道の太平洋側のプレート境界では、過去の津波堆積物の調査によって、500年に一度程度の割合で、いくつかのアスペリティをまとめて破壊する超巨大地震が起きることもわかってきた」と明記されていた。もう30年近く前に、869年に起きた貞観津波が巨大なものであることははっきりしており、それがM8,4以上の巨大な地震で、その浸水域がきわめて広いことは詳細なシミュレーションをともなった論文となっていたのである(佐竹健治・行谷佑一・山木滋「石巻・仙台平野における八六九年貞観津波の数値シミュレーション」(『活断層・古地震研究報告』№8、2008年)。 東京電力原発事故との関係では、2009年6月に東京電力福島第一原発の耐震設計見直しを討議する保安院が開いた委員会において、貞観津波の痕跡を調査していた産業技術総合研究所の活断層・地震研究センターの岡村行信センター長が大津波の再来の可能性を指摘し、東京電力の想定を強く批判したことも、地震学会では知らない人はいない。 私は、東日本大震災の直後に東京大学地震研究所で開かれた報告会で、右の論文のシミュレーションの示す浸水域と東日本大震災の現実の浸水域がまったく重なっているのをみて息を呑んだ。869年の500年後に起きた津波はおそらく1454年(享徳3)の津波であろうとされるから(保立『歴史のなかの大地動乱』前掲)、2011年の東北沖海溝大地震はまさに「500年に一度程度の割合」で、この巨大津波が起きることの証明になってしまったのである。残念ながら、このような諸問題をふくめていまだに根本的な反省と総括、そして改善の方途は立っていない。 一言申し述べれば、問題を根本的に解決するためには、最近、議論があるように、防災省のような省庁を創設し、内閣府・国交省の関係部局や気象庁・消防庁・原子力規制庁などを統合して、その中枢に日本学術会議が長く主張している地震火山庁を置くというようなことが必要だろうと思う。 また最後に歴史家としての感想を付け加えることを許していただければ、そもそも、災害の相当部分は、災害の経験を、世代を越えて継承することなく忘却してしまい、また無理・無法なことをやって自然からしっぺ返しをくうことによって生まれる。「災害は忘れたころにやってくる」というのは有名なことわざだが、地震火山列島に棲む民族として、私たちは、そろそろ歴史的な災害の経験のすべてを継承する成熟した知恵と感性をもつべきではないだろうか。「災害は忘れた頃─」ということわざを過去のエピソードにすべき時代に入っているのではないだろうか。 そこで歴史学が果たすべき役割は大きいと思う。私はすでに定年を過ぎており、歴史家として多量の史料を蒐集し分析する仕事に従事する体力がなくなっているが、これまでの経験の範囲内で、日本の神話の内部に隠されている地震神話・火山神話を復元することだけは死ぬまでにメドをつけたいと考えている。そして、この地震・火山神話において九州の地が根本的な意味をもっていることはいうまでもない。話題が飛躍するようであるがその意味でも、この列島に棲む民族にとって、熊本の方々の過去・現在・未来の経験は重大なものである。地震でなくなられた方を追悼するとともに、是非、頑張って、また何よりも御無事で過ごしていただければと思う。

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    「中央構造線で体験した最初の地震」 やっぱり難しい? 地震予知

    THE PAGEより転載 14日夜の発生以来、熊本県の熊本、阿蘇、大分県中部と震源の領域を広げながら、余震が続く熊本地震。地震学者の島村英紀・武蔵野学院大学特任教授は、本州から九州を横断する大断層「中央構造線」上で日本人が体験した最初の地震だと指摘します。当初の「本震」が「前震」に見解が変わるなど、これまでの経験則が必ずしも当てはまらない今回の一連の地震。「いつ・どこで・どれくらい」の地震が起きるかを予知することは、やはり難しいのでしょうか。島村氏の解説です。【写真】当たって当たり前?「MEGA地震予測」を科学的にどう見るか震度7の「本震」が「前震」に変わる 気象庁は4月16日未明の会見で、いままで本震だと思っていた震度7でマグニチュード6.5だった14日夜の地震が、じつは「前震」で、震度6強でマグニチュード7.3だった16日未明の地震を本震であるとの見解を発表しました。 始まりは4月14日の夜、熊本市で震度7の地震でした。震度7は、1949年に新たに気象庁が導入して以来、3回しか記録されたことはありません。今回のものは2011年に起きた東日本大震災(地震の名前としては東北地方太平洋沖地震)以来5年ぶりで4回目です。 ただし、震度計は停電だと動作しないので、16日の地震では、14日に震度7を記録した益城(ましきまち)町の役場に置いてある震度計は停電で止まっていました。家屋の倒壊状況を調べた研究者は、この16日の地震も震度7だったのではないかと言っています。 ちなみに、震度7とは、日本の震度階では最高レベルです。つまり「青天井」でどんな大きな揺れでも震度7なのです。「双子型」「群発型」地震になる? 4月16日に起きた地震のM7.3は内陸直下型地震としては最大級で、たとえば阪神淡路大震災を引き起こして6400名以上の犠牲者を生んだ兵庫県南部地震と同じ地震の規模です。 気象庁は、このM7.3の地震を「本震」とし、前に起きたM6.5の地震と、16日のM7.3の地震の前までに多数、起きていた余震を、すべて「前震」とする、と発表したわけですが、これは後から大きな地震が起きてしまったので、慌てて、この地震を「本震」としたのです。前震は「オレが前震だよ」と言って起きてくれるわけではないので、起きた地震で区別することは出来ません。 地震のほとんどは「本震・余震型」と言われるタイプですが、そのほかに「双子地震」や「群発地震」もあります。今回は、はじめは本震・余震型だと思われていたのですが、私は双子地震ではなかったかと思います。つまり、本震なみの大きな地震が二つある地震のことです。あるいはこれからの地震活動の推移によっては、大きな地震が3つ以上ある群発地震型になるかも知れません。内陸直下型地震で1580ガルの加速度 また内陸直下型地震の特徴の一つとして、地面にかかる加速度が大きかったことがあります。地震の時に建物や橋などの物体にかかる力は、そのものの重さに「加速度」をかけ算したものになります。つまり加速度が大きいほど、そのものに大きな力がかかって、場合によっては倒壊したり破損したりするのです。 今回の益城町での加速度も1580ガルを記録しています。かつては「重力の加速度」である980ガルを超える地震動はあるわけがない、と思われていたのですが、岩手宮城内陸地震(2008年、M7.2)や新潟県中越地震(2004年、M6.8)をはじめ、各地に起きた内陸直下型地震では、軒並み980ガルを超えて、大きいものは4000ガルを超えたものもあります。980ガルを超えるということは、たとえば地面の上にある石が飛び上がることを意味します。つまり、大変な加速度なのです。 実は、各地の原子力発電所は、ここまでの加速度を想定していないのです。いままでの設計基準ではせいぜい500~700ガルなので、それを超える地震の加速度に襲われたときに、いったい何が起きてしまうのかが心配です。長野から鹿児島まで横断する「中央構造線」[図]大断層「中央構造線」(国土交通省中部地方整備局サイトより) 熊本で始まった地震は、その後、北東の方向と、南西の方向に延びていっている状態です。北東方向には阿蘇山の近くで大きな地震が起き、その後は県境を超えて大分県でも大きな地震が起き始めています。また南西方向でも、益城町の南西にある宇土市や八代市の方でも地震が起き始めている。 これは、起きている地震が、日本最長の活断層群である「中央構造線」で起きていることと関係していると思います。長野県から名古屋の南を通り、紀伊半島を横断して、四国の北部を通り、大分から九州に入って、熊本・鹿児島まで至っている長大な活断層が中央構造線なのです。 この中央構造線は、地質学的な証拠から、過去数千回以上にわたって地震を繰り返し起こしてきたことが分かっている活断層です。その結果として、たとえばその南北で別の岩が接していたり、この活断層を境にして山脈や川筋が食い違っています。これはこの活断層に沿って繰り返して起きてきた地震の結果なのです。[図]日本国内の主要な活断層の分布(地震調査研究推進本部サイトより) 詳しく調べられているところでは、今回地震を起こした布田川(ふたがわ)断層と日奈久(ひなぐ)断層のように、場所ごとに別の名前がついていますが、全体としては中央構造線は日本で最長の活断層の一部なのです。中央構造線全体の長さは1000キロを超えます。 この大断層の西端に近い熊本や大分で地震を起こした今回の地震は、この大断層の上で日本人が体験して被害を生じた地震としては最初の地震でした。 過去数千回以上にわたって地震を繰り返し起こしてきたとはいっても、この長大な活断層が起こした地震を日本人が体験して史実として書き留めた例はなかったのです。日本人が住み着いたのは約1万年前、記録を残しているのはせいぜい1000~2000年ほどなので、この大断層が地震を繰り返してきた時間のスケールに比べて、人間の時間のスケールは、あまりに短いのです。次は愛媛? 懸念される「地震の連鎖」次は愛媛? 懸念される「地震の連鎖」 ところで、このような長大な活断層群のうちのある部分で地震が起きたことは、同じようにエネルギーが溜まっているその隣の部分にとって“留め金が外れた”ことを意味します。つまり、地震が起きた部分の隣で、地震が起きやすくなるのです。世界的にも、この種の「地震の連鎖」は、いままでに何か所かで経験されています。 いちばん有名な例は、トルコの北部を走っている北アナトリア断層で、1000キロの長さにわたって、大地震が次々に起きていったことがあります。全体を動き終わるのに約60年ほどかかりましたが、なかには1942、1943、1944年と、短い間に次々に起きていったこともあります。 今回、中央構造線のうちの熊本の部分で地震が起き、2日後に阿蘇に、そして大分に、と地震が広がっていったのは、この理由なのではないかと考えられます。17日くらいから熊本の地震が起きた南西側に震源が延びてきたのも、これと同じ事情だと思われるのです。 ところで、熊本から阿蘇、大分へ連鎖が起きていったのですが、心配なのは、その次は愛媛なのです。ここには、中央構造線のすぐ近くに伊方原発があります。また、逆に熊本から南西に中央構造線をたどると鹿児島県に入るのですが、ここは川内原発からそう遠くはないところなのです。 地球物理学者としては、「連鎖の次」を恐れざるを得ないのです。 一方、この熊本で起き始めた地震が、恐れられている「南海トラフ地震」を引き起こすのではないかは、学問的には、まったく分かりません。 ただ、両方の地震ともフィリピン海プレートが西南日本を押してきているために起きたことは確かなことなので、おたがいに、なにかの関係がないはずがないのです。残念ながら、その解明は、まだ出来ていないのです。地震予知へ研究が進められてきた「前震」 ところで気象庁が言うように4月16日までに起きてきた地震を前震だとしても、それらを前震として認識できなかったことは明らかです。もっと大きな地震が襲って来ることは予想できなかったことになるのです。 実は前震は、地震予知の手法の中でも、もっとも有力なものとして研究されてきました。前震を前震として認識できれば、「これからもっと大きな地震が来る」ことを予知できるからです。熊本県益城町で倒壊した家屋を捜索する警察官=2016年4月17日 しかし、結局は分かりませんでした。地震としての揺れ方(周波数成分)も予想と違って本震と違わないし、「地震群」の中の大小の地震の割合(専門的にはb値)も、前震は本震とは違うと主張する研究はあったものの、そうではないという研究も多かったのです。 じつは東日本大震災を起こした東北地方太平洋沖地震のときも、2日前に津波警報が出たほどの比較的大きな地震が起きていました。しかし、地元の新聞社に「前震では?」と問われた東北大学の地震学の教授は「前震ではない」と言って記事になってしまったのです。もちろん、その答えは間違っていました。“方程式はない” 現在の地球物理学の限界 天気予報は当たらないこともありますが、観測値を入れれば明日の天気が計算できるような方程式がすでに分かっているのです。「大気の運動方程式」というものです。これに、日本の陸上だけで1300地点もあるアメダスの観測データや気象ゾンデでの上空まで入れた三次元的なデータを入れれば、計算が可能なのです。 しかし、この種の“方程式”は地震については見つかっていません。つまり科学的に地震を予知する根拠は、まだないのです。 方程式が出来なくても、有力な前兆が見つかれば、とりあえずの地震予知は出来る、として、いままで地震学はいろいろな取り組みをしてきました。こうして、「前兆を見つけるための」地震予知は、かなり昔から取り組まれてきたテーマになっています。たとえば地震予知計画が始まったのは1965年で、半世紀以上前のことです。 前震に限らず、種々の地震活動の変化や、地殻変動観測や、電磁気観測や、地球化学観測などによる前兆の検出が試みられてきましたが、しかし、いまだに、これといった手法は見つかっていないのです。 現在の学問では、たとえば中央構造線のどこかで、いずれ地震が起きることは分かっていました。しかし、どこで、いつ、起きるのかは分かっていませんでした。それが、現在の地球物理学の限界なのです。 今回の地震は典型的な内陸直下型地震でした。この種の地震は、中央構造線に限らず、日本のどこでも起きる可能性があります。熊本の地震はけして「対岸の火事」ではないのです。■島村英紀(しまむら・ひでき) 武蔵野学院大学特任教授。1941年東京生。東京教育大付属高卒。東大理学部卒。東大大学院終了。理学博士。東大助手、北海道大学教授、北海道大学地震火山研究観測センター長、国立極地研究所長などを歴任。専門は地球物理学。2013年5月から『夕刊フジ』に『警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識』を毎週連載中。著書の『火山入門――日本誕生から破局噴火まで』2015年5月初版。NHK新書。『油断大敵! 生死を分ける地震の基礎知識60』2013年7月初版。花伝社。『人はなぜ御用学者になるのか――地震と原発』2013年7月初版。花伝社。など多数

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    イルカ大量死は大地震の予兆か 事例多く偶然の一致といえず

    ライストチャーチ大地震。マグニチュード6.1を記録し、死者185人、うち日本人28人が犠牲になった大災害だ。 実は、その発生2日前に同国南部・スチュワート島の浜辺にゴンドウクジラ107頭が打ち上げられていた(クジラとイルカは同じ動物で、体の大きいものがクジラ、小さいものがイルカと分類される)。 2014年に発生したマグニチュード8.2、死者6人のチリ・イキケ大地震でも、発生の3か月前に隣国ペルー各地の海岸で400頭以上のイルカの死骸が発見されていた。 国内では、2001年以降に10頭以上の鯨類が集団で座礁した事例は今回を除くと9件記録されている。そのうち7件で、3か月以内に震度5を超える地震が起きていた。 2001年3月10日、鹿児島県にカズハゴンドウ171頭が集団座礁した際は、2週間後の3月24日に広島県で芸予地震(震度6弱、死者2人)が発生した。 また、千葉県で2006年1月23日にカズハゴンドウ26頭が、2月28日にも67頭が打ち上げられた。その後の4月21日に伊豆半島東方沖地震(震度4)が起きている。これほど事例が多いと単なる偶然の一致ともいえなくなる。 日本では毎年平均で200頭のイルカ座礁が起きており、座礁自体は珍しくない。また、打ち上げられた場所と地震発生場所の距離が1000km以上離れているケースもある。しかし9件の大量座礁後に大地震が7件発生している事実は無視できない。 ちなみに1995年の阪神・淡路大震災の前には、鯨類が座礁したという事例は報告されていない。だが、震災4日前に三重県の南島町沖に設置した定置網で深海魚「リュウグウノツカイ」が捕獲されていた。 このリュウグウノツカイは2004年8月に発生したマグニチュード7.4の紀伊半島南東沖地震の約2か月前にも同じく三重県で捕獲されている。 リュウグウノツカイは水深200m以上の海底に生息するタチウオに似た深海魚で、海底に何らかの異変が生じると浅瀬に移動するとされる。古くから人間の前に姿を見せると地震が発生すると言い伝えられており、「地震の使い」とも呼ばれてきた。関連記事■ 「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6■ 中国で大ブレイクの蒼井そらを追いかける一番手は波多野結衣■ 幸福の科学元総裁夫人が「7億5000万円返せ」金銭トラブルに■ タレントの肉弾接待 TV局P「『ない』とは断言できないね」■ G乳美人上司が水着に着替えたら…妄想全開イケナイ中間報告

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    科学は万能ではない! 地震予知実現は数百年後か

    諌山裕(グラフィックデザイナー) 「【熊本地震】4月12日~18日までの日本の震源地」の続き。  科学はなんでも解決できる、万能の知識や技術ではない。  おのずと限界がある。  しかし、科学が万能だと錯覚する人は少なくない。  国会議員がそんな錯覚をするのはいただけない。  細かいツッコミではあるが……イノベーションを後押しすることで命を守りたい|若狭勝オフィシャルブログ「法律家(Lawyer)、議員(Legislator)、そのL字路交差点に立って」Powered by Amebaこうしたところでも、科学技術の発展、実用化を体感できる一方で、 熊本での今回の地震を予知できなったことからも明らかなように、 科学技術は、更に伸ばしていかなければなりません。 地震予知速報の精度は、年々改良が加えられていますが、 今回のような直下型の場合は上手く機能せず、場合によっては、 地震が起きてから、速報が鳴ることもあるようです。 今より少しでも完全な予知を実現できるように、 たゆみない改良・改善、そして、イノベーションを期待したいです。 基本的なことはちゃんと勉強しよう。  まず、言葉の間違い。 誤→「地震予知速報」 正→「緊急地震速報」  言葉からして間違っている。つまり、知識として知らないということ。  そんなんじゃ、赤点だよ。中学生レベルの知識なんだから、これを知らないのは恥ずかしい。  現在の地震速報は、予知とか予報ではなく、地震が起こったときに、「地震が起きだぞ! 注意しろ!」  という注意喚起のための、あの「ブワァァ! ブワァァ!」の警報音なのだ。気象庁|緊急地震速報|緊急地震速報のしくみ地震が発生すると、震源からは揺れが波となって地面を伝わっていきます(地震波)。地震波にはP波(Primary「最初の」の頭文字)とS波(Secondary「二番目の」の頭文字)があり、P波の方がS波より速く伝わる性質があります。一方、強い揺れによる被害をもたらすのは主に後から伝わってくるS波です。このため、地震波の伝わる速度の差を利用して、先に伝わるP波を検知した段階でS波が伝わってくる前に危険が迫っていることを知らせることが可能になります。  これは基礎知識なので、国会議員なら知っておくべき。「熊本での今回の地震を予知できなった」 「予知」というのを、どのように考えるかが問題。  首都直下型地震や東海地震、あるいは南海トラフ地震などは、いずれ発生することは地震のサイクルからもわかっている。おおざっぱにいって、今後数年~数十年以内に発生する可能性が高いと。  いつと時期は特定できないが、起きることは間違いない。  「予知」はされている、という言い方もできる。地震で決壊した九州電力の黒川第1発電所の貯水施設=2016年5月12日、熊本県南阿蘇村(小型無人機から)  熊本というか、あのあたりの断層は過去にも動いているから、予想はされていた。ただ、その地震が起きる可能性の確率は切迫感のあるような数字ではなかった。ここでいう確率は、計算で出てくるものではなく、予想としての感覚的な数字で、かなりアバウトな確率でしかない。注目度として、関東、東海、南海トラフよりも低かったため、優先順位として低かったというのもある。  予想はされていたことが、過去記事を見ればわかる。特集「九州の活断層の現状」(5)日奈久断層帯、発生確率は全国一 - 西日本新聞 九州では警固断層帯以外でも、大きな地震が想定されている活断層がある。  文部科学省が公表している主要断層の長期評価(今年1月時点)によると、全国187断層のうち、30年以内の発生確率が最大16%と全国で最も高いのが、日奈久断層帯の八代海区間(約30キロ)だ。熊本県水俣市や芦北町などの沖に位置している。 (中略) 発生確率は九州北部7~13%、中部18~27%、南部7~18%で、九州全体でみると30~42%。17の主な活断層の活動状況に基づいて算出し、対象地域の活断層が多いほど確率が高まる。完全な予知は無理 2015年3月19日の記事なので、約1年前。まさか、1年後にこれが現実になるとは思われていなかった。  この想定は2013年に作られているので、「30年以内の……」というのが、3年目に来てしまったことになる。この確率の「中部18~27%」を、少ないと見るか多いと見るか。数字にしてしまうと、逆に起こりにくいと思ってしまうのも事実。  予知・予報の難しい部分でもある。 「今より少しでも完全な予知を実現できるように」  完全な予知は、無理。  観測環境が充実している天気予報ですら完全な予報が無理なのに、場所によって条件の異なる地震は、もっと難しい。  天候は毎日の観測により、日々データが蓄積され、似たような条件がそろったときの天候の変化を推測しやすくなっている。  しかし、地震は発生場所によって条件が異なるため、ある場所の地下の現象を解明するには、その場所で得られるデータを積み上げていくしかない。地震は毎日どこかで発生しているのだが、関東の地震を予想するには、関東で発生した地震のデータを蓄積していく必要がある。  極端な話、関東でM7以上の地震が100回くらい起こったあとであれば、関東での大地震の予報精度が高くなるかもしれない。台風は年間20~30個発生しているが、それらの蓄積があるから、ある程度の予想が可能になっている。地震についても、同じくらいの蓄積があれば……という話。倒壊した家屋から瓦を運び出すボランティアの女子大生ら=2016年5月14日、熊本県益城町 「たゆみない改良・改善、そして、イノベーションを期待したいです。」  なんでもかんでも、「イノベーション」で片づけないでほしい。  イノベーションの意味を知っているのだろうか?ブリタニカ国際大百科事典より J.A.シュンペーターの経済発展論の中心的な概念で,生産を拡大するために労働,土地などの生産要素の組合せを変化させたり,新たな生産要素を導入したりする企業家の行為をいい,革新または新機軸と訳されている。平成18年版 科学技術白書 コラム目次 07-文部科学省 イノベーションという言葉は、オーストリアの経済学者シュンペーター(Schumpeter)によって、初めて定義された。その著書「経済発展の理論」の中で、経済発展は、人口増加や気候変動などの外的な要因よりも、イノベーションのような内的な要因が主要な役割を果たすと述べられている。また、イノベーションとは、新しいものを生産する、あるいは既存のものを新しい方法で生産することであり、生産とはものや力を結合することと述べており、イノベーションの例として、(1)創造的活動による新製品開発、(2)新生産方法の導入、(3)新マーケットの開拓、(4)新たな資源(の供給源)の獲得、(5)組織の改革などを挙げている。また、いわゆる企業家(アントレプレナー)が、既存の価値を破壊して新しい価値を創造していくこと(創造的破壊)が経済成長の源泉であると述べている。 ということで、おもに経済や生産・製造関連のことを指す。  科学の世界で新しい知見をもたらすことは、「ブレイクスルー」あるいは「エポック・メーキング」という言葉の方が適切。  科学研究は、地道な作業とデータの積み上げで、少しずつ真理を解明していく。何十年もかけて、ようやく完成する研究も多い。ひとりの研究者が、生きているうちに解明できないことも少なくない。  「明日は雨」という予報があれば傘を持ってくだろうが、「明日は震度7の地震」という予報が出せるようになるには、まぁ、私たちが生きている間は無理だね。可能になるとしても、数百年後かな。 「熊本地震→四国の中央構造線断層帯に飛び火?」に続く。(2016年04月19日「諌山裕の仕事部屋」より転載)

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    地震・火山「予知ムラ」 税金250億円使い成果ゼロの言い訳

     気象庁が6月1日に発表した気象白書『気象業務はいま 2015』にはこんな記述がある。〈予知された地震の場所、時期、規模のどれか一つでも曖昧に扱われることがあれば、予知は一見当たったように見えてしまいます。これらは科学的な地震予知とは言えません〉〈地震予知手法の確立には数多くの観測事例の蓄積に基づく科学的な検証が必要なのです〉 どの口がいうか、である。気象庁を中心とする地震や火山の「予知ムラ」がやってきた“成果”を見れば、そうした記述が見苦しい言い訳でしかなく、危機を深刻に受け止めている国民をバカにしていることがハッキリわかる。 気象庁は白書発表に先立つ5月21日、気象庁記者クラブで白書についてレクチャーし、個別取材に、「特定の地域を挙げて地震が起きるとする雑誌記事に『噂は本当か』と問い合わせがあり、疑問を解消したいと考えた」と答えている。 それを受けて新聞各紙は「気象庁は雑誌の記事などに、科学的な根拠がないと苦言を呈した」(日本経済新聞28日付夕刊)などと報じた。「予知ムラ」の家来に成り下がったクラブ記者が役所にいわれるまま検証もせず記事を垂れ流す弊害は、本稿では紙幅が足りないので措く。何よりふざけているのは“長年研究してきた自分たち以外の予知は信頼に値しない”という物言いだ。 日本地震学会は東日本大震災を全くノーマークにしていたことを受け、〈確度の高い予知は現状では困難〉とあり得ない自己弁護を展開し、2012年10月に「予知」を「予測」と言い換える姑息な方針転換を表明。全国の地震に関する情報交換の場である地震予知連絡会でも、「予知」という組織名称の変更が議論された。 火山の噴火予知も同様だ。気象庁が主導する噴火予知が成功した例は、2000年の有珠山噴火に先立って1万人が避難したケースのほか数例のみである。 57人が犠牲になった昨年9月27日に起きた御嶽山の噴火では、9月10日昼頃から火山性地震が増加し、同11日には85回発生していたにもかかわらず、噴火が起こるまで御嶽山の警戒レベルは最も低い「1」だった。 そのことに批判が上がると火山噴火予知連絡会(気象庁の諮問機関)の藤井敏嗣・会長はこう開き直った。「予知に失敗したというかもしれないが、ある意味では仕方のない状態。われわれの火山噴火予知に関するレベルというのはまだそんなもの」 予知連が自費で研究をしているのなら、その言い草も許されるかもしれない。しかし、彼らの研究には莫大な血税が投入されている。 地震と火山を合わせた研究関連予算は昨年度だけでも253億円、この20年間で総額4300億円に上る。 それでも「予知なんかできない」というなら、彼らの存在意義などないに等しい。国民が知りたいのは「予知できない言い訳」ではなく、「予知」なのだ。税金をむしり取る「予知マフィア」税金をむしる「予知マフィア」 予知ムラを増長させたのは、政治の責任も大きい。 御嶽山の噴火後、菅義偉・官房長官は「気象庁を中心に予知が可能になるよう様々な予算措置をしていく」と予算増額を指示し、今年2月に成立した2014年度補正予算では約65億円の火山対策費が計上された。 今夏までに全国48の活火山に熱や噴煙を検知する監視カメラや地震計などを置くというが、予知に失敗すればするほど「カネが足りないからダメなんだ」と焼け太る構図は、国民の命を人質に税金をむしり取る「予知マフィア」というほかない。政治家のほうは、このマフィアたちにカネを渡すことで“我々もやるべきことはやっている”と責任を逃れるつもりなのだ。 大マスコミの対応も予知ムラをのさばらせる一因だ。テレビは地震や噴火が起きればその道の“権威”をスタジオに招き、「地震の後の土砂崩れに注意が必要」とか「噴火口付近には近づかないように」など子供でもわかるコメントをさせ、さも貴重な意見を賜ったかのように神妙に頷く。 5月31日の『真相報道バンキシャ!』(日本テレビ系)はその典型だった。2日前に鹿児島県口永良部島が噴火したことを受け、前述の「御嶽脳天気会見」を開いた火山噴火予知連の藤井利嗣・会長をゲストに呼んだ。 司会の福澤朗氏は「噴火警戒レベルの引き上げが速やかにできた」とヨイショし、藤井氏は「3月には地震も増え、気象庁は職員をその時点から常駐させる態勢を取っていた」と胸を張った。 気象庁は噴火直後に、警戒レベルを「3」(入山規制)から「5」(避難)に引き上げた。すでに火砕流は海に達し、火口から9000メートルの高さまで噴煙を上げる爆発的噴火をしているのだから、このレベル引き上げが「速やか」とは片腹痛い。 巨額の税金を貪りながら、予知ができないことの“科学的言い訳”を繰り返す。そんな“権威”など国民にとっては百害あって一利なしだ。「自分たちはカネをもらって役に立っていない」という自覚と反省がないなら、一刻も早く解散したほうがいい。関連記事■ 噴火予知連会長「予知のレベルそんなもの」発言に税金返せの声■ 御嶽山入山規制解除 地元観光業者も営業再開し客足復活期待■ 御嶽山噴火 予知困難以前に観測点の設備配置も不十分の指摘■ 震源浅い地震 マグマや水蒸気動いている可能性高いと専門家■ 御嶽山 事前警報出して外れたら観光産業打撃と批判されたか

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    原発を止めたい人たちがまた騒ぎ出した!

    求めるコラムが掲載された。「想定外に備えよ」という趣旨だが、過度に不安を煽る言説は相も変わらない。大災害やテロが起これば必ず騒ぎ出す「原発アレルギー」。もうこの手には乗りません!

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    原発の即時停止を求める日本共産党の浅はかな「科学的判断」

    澤田哲生(東京工業大学先導原子力研究所助教) 熊本県で続発している強い地震———連日のテレビ画面からは土砂崩れ、ひび割れた道路、ダム堤防からの漏水、屋根瓦が崩れ落ちてしまった熊本城などの衝撃的な映像が次々と流れてくる。被災し家族を失った人々の悲痛な嘆き。心よりお悔やみを申し上げたい。 そんななか、この週末あたりから、私の元にもソーシャルネットワーク(SNS)などを通じて『川内原発を止めて欲しい』という嘆願の声が届くようになった。 16日、政府の原子力防災大臣を兼任している丸川珠代環境大臣は、原子力規制委員会が川内原子力発電所を停止させる必要なしと判断している旨、公に報告した。まことに正しい判断に基づく情報発信である。 熊本の地震が頻発している地域の断層の動きが、その先の鹿児島方面の断層の動きを誘発する可能性を否定できないとテレビで解説する地震学者も目にした。こうなると、一般の人々も心の中に恐怖が芽生えてくるのは想像に難くない。しかし、ここは今一度冷静になって考えてみることが大切だと思う。 ポイントは3つある。(1)規制委員会が新しい規制基準のもとで川内原子力発電所に課している基準地震動は620ガルである。(注:ガルは地震による加速度の単位)(2)原子力発電所は、地震による大きな揺れを感じると自動的に停止する仕組みになっている。(3)福島第一原子力発電所が3・11の際に受けた地震動は550ガルであった。 まず、熊本県の一連の地震で川内原子力発電所の敷地内で観測された最大の揺れは、12.6ガルである。これは、耐震設計の基準地震動である620ガルに比べると、はるかに小さいのである。原子炉建屋など安全上重要な施設はこの〝とてつもなく大きい〟地震動に耐える設計になっていなければならない。 地震の大きさを表現するもので私たちがよく耳にする「震度」というのがあるが、これは気象庁が「震度階級」というランク付けを発表しており、地震による揺れ方の強弱を感覚的に表す目安である。震度0から7まである。8以上の震度はない。例えば、震度7は次のように表現される。震度7・立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされ、動くこともできず、飛ばされることもある。・固定していない家具のほとんどが移動したり倒れたりし、飛ぶこともある。・壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する建物がさらに多くなる。補強されているブロック塀も破損するものがある。人の体感・行動、屋内の状況、屋外の状況(気象庁による)なお、この震度7に相当する目安の地震動は400ガル以上とされている。 ちなみに、阪神大震災は震度7で、その時の地震動は場所によって異なるが、600〜800ガルであったとされている。 川内原子力発電所に限らず、どの原子力発電所でも大きな地震の揺れを感じた際には、原子炉が自動停止する仕組みになっている。福島第一原子力発電所が、3.11の地震の揺れを感じて、問題なく安全の裡に自動停止したことはよく知られている。あの悲惨な原子力事故、シビアアクシデントを招いたのは、地震の後約50分後に襲来した巨大津波であった。合理性より情緒性を選んだのか さて、川内原子力発電所は、次のような大きさの揺れ以下で自動停止するようになっている。【川内原子力発電所の原子炉自動停止の設定値】水平方向 160ガル以下鉛直方向  80ガル以下 これらの地震動は、原子炉建屋に隣接する補助建屋の最下階(-21.0m)で観測されるようになっている。つまり、未だに遠く離れた熊本で発生している程度の地震動では、原子炉自動停止はしない仕組みになっている。自動停止する必要がないのである。九州地方で発生した地震を受け、被災者救援のための募金を呼び掛ける共産党の志位和夫委員長(中央)ら=4月17日午前、東京・新宿(酒井充撮影) 市民のなかには『あの人身事故ゼロを誇る新幹線でさえ、今次の地震では九州新幹線が脱線したではないか』と声を荒げるものもいる。しかし、新幹線と原発はこの場合比較対象にはならない。新幹線の線路は盛土や高架橋の上に設置されている。一方、原子炉建屋など安全確保上重要な建物や機器は、いずれも「岩(がん)づけ」されている。硬くてビクともしない岩盤の上に直付けされているのである。岩盤に直付けし耐震補強されているので、いわば岩盤と一体化している。東日本大震災の際、大地震の影響を受けて宮城県にある女川原子力発電所は、岩盤とともに1メートル地盤沈下した。そして、原子炉やそれに関連する安全上重要度の高い施設や機器は、無事を保ったのである。また、平均海水面から14.8メートルの高台に設置されていたので、女川原子力発電所への津波による浸水の影響は炉心や使用済み燃料貯蔵プールを脅かすものにはならなかった。   丸川大臣の発信と同じ16日、日本共産党は、「新幹線や高速道路も不通で、仮に原発事故が起きた場合に避難に重大な支障が生じる」として、予防的に川内原発を止めて、国民や住民の不安にこたえるべきだと政府に申し入れたとされる。 これは物理学者・不破哲三がかつて書記局長を務めた頃以来、科学的思考を標榜する日本共産党にしては、一体どうしたことかと言いたくなる。科学的かつ論理的判断に基づけば、川内原発を止めることを政府に申し入れるとは、愚の骨頂である。加えて、東日本大震災の折、女川原子力発電所の近隣住民300名以上が、発電所敷地内の体育館に避難したという事実ももうお忘れなのであろうか。なお、女川原子力発電所が3・11時に受けた最大地震加速度は、1号機で540ガル、2号機で607ガル、3号機は573ガルであった。それぞれ耐震設計上想定していた地震動は、532ガル、594ガル、512ガルである。当時であっても、設計上想定した値を超えても建物が揺れに耐える〝余裕〟を持っていたことがわかる。そして、3・11後に成った新しい規制体制のもとの新しい規制基準下では、耐震上の規制要求はよりいっそう厳しいものになっている。そのことを忘れないようにしておきたい。 最後に耐震上の規制要求がより一層厳しくなったがために起こってしまった可笑しなお話でこの論を締めくくりたい。 川内原子力発電所では、福島第一原子力発電所の事例に倣って新たに免震重要棟が3・11後に建造されていた。それは緊急時の各種対策を実行するためであったことは言うまでもない。しかし、その後勃発した『震源を特定せず策定する地震動』をめぐって、事業者である九州電力と規制当局の県会が擦り合わなかった。その結果、事業者が規制当局に歩み寄って決められた地震動が620ガルである。事業者がそもそも手の内に持っていた540ガルを620ガルに引き上げざるをえなくなったのである。 ちょうどその頃、同じ問題をめぐって関西電力は大飯原発の基準地震動に関して規制当局と戦う姿勢を見せたが、当局の強権のもと最終的に返り討ちにあうような形になった。規制当局が突っぱねれば、いかに論を重ねようとも事業者には分がない。そのことを横目で見ていた九電は、規制当局の暗黙の意向を忖度せざるをえなかったのではないだろうか。ところが、この620ガルの地震動を先の免震重要棟に適用し、耐震計算を行ったところ、重要棟から岩盤まで打ち込んでいる支柱にひび割れのような損傷が生じる可能性が完全には否定できない結果となった。そうすれば、もう事業者には緊急時対策用の建屋は炉心建屋同様に岩づけして、免震ではなく、耐震補強するしか道は残されていないのである。 震源を特定せず策定する地震動の震源深さの議論は奇妙である。事業者がそれなりの根拠を持って示した深さに対し、規制当局はさらに1キロメートルくらい浅いはずだと言い始めるのである。 福島第一原子力発電所には、震災後何度も足を運んだ。その度に免震重要棟に入るが、未だ健全そのものである。世の中の建造物の地震への備えは、耐震構造から免震構造に向かっている。新規制基準のもとでの原子力規制は、世の中の一般的な趨勢に逆行しているかに見えるのである。 『川内原発を止めて欲しい』という世の中の情緒的な感情、そして共産党が示し続ける非合理性———これらは、東日本大震災以来継続しているようにも思える。それに対して、政府と規制当局はオーソリティーを維持しつつ、合理性と科学的根拠に基づいた対応を示し続けて欲しいと願うばかりである。 政府と規制当局にとっては、今大きな試金石が訪れている。

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    火事場泥棒に気をつけよ! 原発停止を煽る「中央構造線のウソ」

    あダメでしょうね。」とケンカ腰で返信した。民進党公式Twitterは続けて、「多くの議員が与野党なく災害対応に協力した中で、一部の自民党の有力議員が原発対応についてデマを流して政権の足を引っ張ったのも有名な話です」などと事実無根の自民党批判を展開した。当然これは一般の人の怒りを買い、民進党のアカウントは大炎上した。 事態を重く見た民進党は、4月15日に謝罪し、一連の逆ギレツイートを削除した。「担当者の私見の入った不適切なツィートを削除させていただきました。今後は公式な情報提供につとめてまいります。申し訳ありません。」と歯切れの悪い言い訳をしているが、もうあとの祭りである。 4月16日には共産党から次期衆院選に立候補予定の香西かつ介氏が、熊本地震の義援金の名目で募金活動を行いながら「熊本の被災地救援、北海道5区補選支援、党躍進のためにありがたく使わせていただきます。」などとツイートして大炎上した。募金を集める封筒に小さい注意書きがあったそうだが、ネットでは「詐欺だ!」という批判が噴出した。当たり前である。 民進党も共産党も、震災の被害に遭われた方の救援や復興などにはまったく関心がないのかもしれない。一連の騒動から見るに、彼らはパニックを利用して党勢を拡大することしか考えていないのではないか?そのためには人を騙したり、嘘の情報を流したりしても、良心の呵責を感じないばかりか、きっとなんとも思わないのだろう。人の不幸に便乗して、自分の勢力拡大に利用しようとしているなら、まさに最低な連中と言わざるを得ない。 最近、パワーの低下が著しい反原発勢力も今回の地震で調子に乗り始めた。共産党や民進党と同じく、デタラメな情報を流して人々を混乱させ、あわよくば勢力拡大に利用しようとしている。地震発生直後から鹿児島県の川内原発を停止せよという主張がSNS上に流れてくるが、どれもが事実無根の雑な内容ばかりだ。熊本地震で安全性が確認された川内原発=鹿児島県薩摩川内市 極めて単純な話だが、もしいま九州全域が電力不足に陥れば、震災の復興が遅れる。そして、被害はむしろ拡大し、その悪影響は九州全域ばかりか、日本全国に広がる。彼らは菅直人のように被害を拡大して日本を経済的に動揺させ、勢力拡大に利用できればそれでいいのだろう。しかし、大多数の日本人にとってそれは極めて迷惑な話だ。 まずは、事実関係を確認しておこう。そもそも、川内原子力発電所よりも震源に近い熊本県天草郡に苓北発電所(70万kW×2、140万kW)、大分県大分市に新大分発電所(275.44万kW)がある。これら大型火力発電所が、今後発生する大きな余震などで停止した場合、どうやって電源を確保するのだろうか?被災地となった九州地域の電力供給で、今、頼れる電源の1つが川内原子力発電所であることは間違いのない事実である。 しかも、今年はラニーニャ現象による猛暑が予想されており、川内原発の178万kWがすべて失われると、電力の供給および予備力が大幅に低下する。今回の熊本地震では多くの工場が被災し、日本全体のサプライチェーンが止まりかけている。そんな中、厳しい電力不足をわざと発生させる原発の停止は、復興支援という観点から考えてもあり得ないことだ。ウソの中央構造線ウソの中央構造線 今回の地震では九州電力管内の変電所や送電線なども甚大な被害を受け、現在九電のみならず、全国電力各社の支援を受けながら、停電解消に全力で作業を進めている。この復旧作業には、送配電部門の社員だけでなく、お客さまへの対応として営業部門、広報、総務など九州電力が全社体制で取り組んでいる。もちろん、発電所にも非常災害体制が敷かれた。こうした中で、川内原発の停止と代替する火力発電所の立ち上げを行えば、人的リソースが不足することは必至である。いまそんなことをやっている余裕はないのだ。 ところが、反原発勢力は、それでも川内原発が危険だから止めろという。彼らが根拠として挙げているのは、ウソの中央構造線を書き込んだニセ日本地図だ。http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/15598 まるで川内原発が中央構造線の真上にあるかのような書き方である。しかし、実際に中央構造線はそんなところを通っていない。中央構造線博物館のHPによると、実際には次のようになっている。 もう少し拡大した地図を見てみよう。新規制基準の適合検査に提出された資料によれば、川内原発に最も近い活断層でも30km近く離れていることが分かる。http://www.nsr.go.jp/data/000147517.pdf 川内原発の原子炉は160ガルの揺れを観測すると自動停止するように設計されている。現時点で今回、最も大きい地震は、4月16日1時25分頃に発生したものだ。この時、川内原発での揺れは8.6ガル、基準値の1割以下だった。それゆえに、原子炉は停止せず、今、この瞬間も被災地を含めた九州エリアに電力を供給している。原子力規制委員会の田中俊一委員長は、稼働中の川内原子力発電所について、「不確実性があることも踏まえて評価しており、想定外の事故が起きるとは判断していない」として、今のところ運転を止める必要はないという考えを示したのは極めて妥当な判断である。 では、もし最も近い活断層がズレて大規模な地震が発生したときにはどうなるだろう。揺れが160ガル以上になれば原子炉は自動停止する。福島第一原発ですら東日本大震災の時には自動停止した。この点については、他の大地震でも実績があり問題はないだろう。 福島第一原発の事故は、自動停止の後、電力の供給が止まって炉心の余熱を冷やしきれず、燃料棒が解けてしまったことによって発生した。事故後、新規制基準が制定され、全電源停止状態でも炉心を冷やし続けられるよう、様々な対策が講じられている。川内原発の原子炉は加圧水型(PWR)と呼ばれるもので、福島第一の沸騰水型(BWR)とは構造が違う。端的に言うと、全電源停止状態でも、二次冷却水を循環し続けることで炉心を冷やし続けることができるのだ。水を継ぎ足す手段はポンプ車でも、給水車でも、サイフォン管でもなんでもいい。しかも、給水は原子炉建屋の1階から可能だ。詳しい内容については、いちど九州電力のHPをご覧いただくのがいいだろう。http://www.kyuden.co.jp/torikumi_nuclear.html やはり、何をどう考えても川内原発を止める理由は見当たらない。避難している人にとって、夜に明かりが点灯することでどれほどの安心が得られるか考えてみてほしい。どうしても川内原発を止めたい人は、被災地復興への思いを共有していないのかもしれない。ウソの情報を拡散して、火事場泥棒的に勢力拡大を図ろうとする邪な集団には注意したいものである。

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    安倍政権による熊本地震を利用した「ショック・ドクトリン」を許すな

    落第であり、失態や失敗を繰り返しています。 たとえば、東日本大震災のとき菅政権は地震発生の翌日に激甚災害の指定を閣議決定していますが今回は未だになされておらず、当初予定されていた安倍首相や石井啓一国交相の現地視察は中止となり、現地に入った災害担当の松本文明副内閣相は「全避難者の屋内避難」の方針を伝えて蒲島郁夫熊本県知事から「現場の気持ちが分かっていない」と批判されました。自衛隊の派遣についても、知事側は最初から大量派遣を求めていたにもかかわらず政府は2000人しか派遣せず、マグニチュード7.3の大地震が起きてから増派を決定したように後手後手に回っています。 もう一つの政治利用の例は米軍輸送機MV-22オスプレイの投入です。墜落死亡事故を起こして安全性が不安視されており、ハワイでの事故では開発したボーイング社や政府に損害賠償を求める裁判まで起こされている米軍のオスプレイを丸1日かけてフィリピンからわざわざ呼び寄せました。 オスプレイは熊本県益城町の陸上自衛隊高遊原分屯地から水や食料、毛布など約20トンの物資を積み込んで南阿蘇村の白水運動公園に空輸しました。しかし、そんな必要性がどこにあったのでしょうか。 自衛隊にもオスプレイと積載量が同等で容積が多いCH-47Jという輸送ヘリが70機もあるのですから、これを使えばよいではありませんか。離発着するのに広い場所が必要で空中でホバリングして物資をワイヤーで下すこともできない米軍のオスプレイをたった20kmの空輸のために投入したのは、安全性への疑念を和らげて日米同盟の有効性や自衛隊へのオスプレイ導入の必要性を示そうとしたためだったと思われます。熊本地震 避難所で被災者に声をかける安倍晋三首相=23日午前10時15分、熊本県南阿蘇村(彦野公太朗撮影) これについて、中谷元・防衛相は18日の参院決算委員会での日本共産党の二比聰平議員の質問に対し、「米側から協力の申し出があった」と答弁していました。しかし、米海兵隊は16日付の報道発表で「日本政府の要請」に基づくものだったことを明らかにしました。 中谷さんは、国会での答弁で嘘をついていたことになります。国民に嘘までついて、米軍のオスプレイ投入を求めていたことになります。 まさに、日米同盟強化とオスプレイ活用という思惑による危機状況への便乗にほかなりません。安倍政権による「ショック・ドクトリン」の発動であり、「惨事便乗型資本主義」ならぬ「惨事便乗型軍国主義」そのものではありませんか。 さらに川内原発の稼働継続も、「ショック・ドクトリン」の一種ではないでしょうか。かくも大きな地震さえ乗り切れるのだという実例を示すことによって、日本の原発技術の優秀さと安全性を実証しようとしているように見えるからです。 しかし、それは大きな危険を伴った賭けにほかなりません。19日には熊本県八代市で震度5強、マグニチュード5.5の地震が発生するなど震源は南西方向へと移動し、川内原発からは80キロまで接近しています。 大きな事故が起きてからでは遅すぎるというのが東日本大震災と福島第1原発事故の教訓ではありませんか。停止しても電気の供給には支障がないのですから、危険性があれば止めて様子を見るというのが当然の対応ではありませんか。 熊本地震による死者は47人になりました。引き続く「余震」や困難な生活によって避難している人々の不安は高まっています。このようなときには、何よりも不安を和らげ、安心してもらうことが必要です。 しかし、政府はオスプレイを投入することによって新たな不安を生み出しています。また、東日本大震災のときと同様に、いつ原発事故が起きるか分からないという不安を与えています。 「現場の気持ちが分かっていない」という蒲島県知事による批判は、安倍政権のあらゆる地震対応に対するものだと言うべきでしょう。安倍政権は自らの政治的な思惑や都合を優先しているために、被災者の気持ちに寄り添った発想や対応が欠落してしまうのです。 地震のどさくさに紛れ、危機状況や人々の不安を利用して自らの政治目的を達成しようなどという「ショック・ドクトリン」はきっぱりと捨てるべきです。雑念や思惑を捨てて、被災者の救助・救援、安全と安心の回復のために全力を尽くしてもらいたいと思います。 前回のブログに書いた最後の言葉を、もう一度、安倍首相に言いたいと思います。 人の不幸をダシにして特定の政治目的を正当化したり達成したりしようとするなどというのは、人間として許されることではありません。被災者のことだけを考え、その救助・救援に全力をあげてもらいたいものです。

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    朝日新聞もやればできる! 熊本地震と川内原発の「デマと嘘」

    朝日新聞社説の最後段では、「被災者らの不安をよそに、デマがネットなどに出回っているのは見過ごせない。災害の中では何よりも情報が安全を左右する。被災者や関係者は、公的機関などからの確かな情報の入手に努めてほしい」と書いてある。 朝日新聞も、なかなか善いことを書いているではないか!! 朝日新聞は、この社説を奇貨として、従来のような偏向報道姿勢を完全に払拭し、公正かつ中立かつ正確な記事だけを発してもらいたい(たぶん、無理ではあろうが…)。

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    何気ない発言が批判の対象に?被災地で気をつけるべき意外な落とし穴

    まことに恥ずかしい。片山代議士に成り代わってお詫び申し上げたいぐらいである。【参考】<熊本地震 非常災害対策船の常備を>災害大国なのに過去の経験が生きていない日本 片山議員の暴言はあくまで「暴言」だが、その一方で、必ずしも「暴言」のつもりではないのに、暴言として受け取られてしまうことは、岡山弁ではめずらしくない。岡山に限った話ではないかもしれないが、地方特有の言い回しや口調が、一般的に悪印象を与えてしまうのだ。 例えば、岡山県のタクシー会社・岡山交通では、他県からの乗客を乗せた時には、標準語での受け答えをするように指導している。岡山弁の中に他県の人には誤解されかねない方言や語調が多々あるからだ。 東京生まれの作家・原田宗典さんは岡山県の高校に進学して、初めて岡山弁に触れて驚いたという。幼稚園児が自分のことを「わし」、相手のことを「おめえ」と呼ぶ。例えば、「わしゃー、幼稚園へ行かにゃーならんけんのう。おめえは、どうするんならー?」。 別に喧嘩を売っているのではない。訳すと、「僕は幼稚園に行かなきゃいけないんだけど、君はどうするの?」となる。 被災地で苦しい思いをしている人たちがたくさんいる。誤解を招くような言葉使いは特に慎みたい。例え、それが馴れ親しんだ方言であっても。方言は放言に通じ、暴言にもなるときがある。 被災地で気をつけるべき意外な注意点かもしれない。

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    震災の政治利用、露骨なのはどっち?

    熊本地震をめぐる政治パフォーマンスが少し露骨すぎはしないか。安倍政権は憲法改正の第一歩となる「緊急事態条項」の新設をちらつかせ、民進党や共産党などの野党もオスプレイ投入や原発再稼働にいちゃもんをつける。被災地復興よりも政治利用。震災をダシに使っているのはどっち?

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    狙いは政権転覆!? 熊本地震でもにじみ出る共産党の「危険」な本性

    支援物資は届けていて、現地では私の聞く限り、「安倍政権時で良かった」という声も上がっていたほどだ。 災害の時ほど、組織や人の「本性」が現れるという。災害の時期に不安と混乱を掻き立てる情報を流す。あるいは相手を貶め、自らを宣伝して逆に何か得をしたいと考える組織や人は、落ち着いて見ればわかるのである。 民進党の例は、彼らが政権を獲りたいがために安易にツイッターを「政治利用」したところ、自らの身にブーメランとなって返って来たという典型例だろう。実際に、この大変な災害時に、「政治利用」という言葉そのものを「与党への攻撃材料として確信犯的に利用している」としか思えない政党もある。 その一つは日本共産党である。志位和夫委員長は、現場では安全確認が出来ているにもかかわらず、「川内原発は止めるべき」と、同党が主張する「原発停止」という発言を行い大きな物議を醸した。安倍総理が災害支援を増強することは「政治利用」だが、彼らの党の主張である「反原発」をここぞとばかりに主張することは、「政治利用」ではないらしい。事実、熊本県の電気の停電状態は、県民に大きな不安と困難をもたらしたはずなのに、それを増長しようという言動である。 さらに、同党では小池晃新書記局長が、岩国基地から被災地へ派遣された米海兵隊のMV22オスプレイに対して、「国民の恐怖感をなくすために慣れてもらおうということで、こういう機会を利用しているとすれば、けしからんことだ」と記者会見で語った「政権批判」のニュースが流れたとたん、ネット上では逆に多くの批判が相次いだ。 他にも、震災中の熊本駅前で、日本共産党員が「アベ政治を許さない!」というプラカードを下げ、署名運動を行う光景が見られ、「この時期に何をやっているんだ」と、被災者たちの強い怒りを買っていたという。「必要性」を無視した批判「必要性」を無視した批判 震災時に野党側の主張する「安倍政権の政治利用」とは、一体何が目的なのだろうか。野党側は安倍総理の現地視察の予定を「政治利用」と批判していたが、急遽予定を中止したとたん、「なぜ行かないのか」と批判する。熊本地震 輸送支援を行う米軍の垂直離着陸輸送機オスプレイから物資を運ぶ自衛隊員ら =4月18日午後、熊本県南阿蘇村(福島範和撮影) 安倍政権を批判している人たちは、こういう時期のいたずらな批判者の一部が、ある意図を持って「自己利益」のために言っていることになぜ気づかないのだろうか。東日本大震災の際に菅直人元総理が福島を視察し、非難が集まった教訓を覚えていないのだろうか。 大震災の時に自衛隊を増派したり、オスプレイに物資の輸送を依頼したりすることは、必要性に迫られた政治行動であり、とてもではないが「政治利用」とは言えない。むしろ「必要性」を無視して批判する立場の方が、「より悪質な政治利用」をしている可能性が高い。 というのは、今回最も被害の大きかった熊本の出身者である私には、多くの被災者の家族、友人、知人がいて彼らの気持ちがよくわかるからだ。 被災者は、自らは何もせず、「政府の政治的利用」などと口だけで批判する組織や党に対しては、極めて苦々しく考え、実際にその不満を口々に語っている。熊本県人は気丈で、基本的には災害に対して強い精神性を持っているが、それでも二度にわたる震度7クラスの地震後、皆が初めての経験に、不安と恐怖を感じている。そこで「政権が悪い」という過度な情報を流せば、それを信じた人々は、いまだに不安がパニックに転じかねない状態なのだ。 実際に、県中南部の八代市や水俣市という地域では、「今度はここへ地震が来る」などという情報が口コミやネットで広がり、家を逃げ出すケースが後を絶たないという。熊本は活断層が多く、噴火中の阿蘇山という世界有数の火山のある県だ。今回は「パニックを助長しかねない」という意味でも、与党と野党の言動のどちらが「政治利用」しているかについては、野党の方がより「悪質な政治利用」だと言えるだろう。ひっくり返しの技法ひっくり返しの技法 なぜなら、歴史的に日本共産党は、混乱期に便乗し、「何とか世の中をひっくり返してやろう」という行動を実際に行っているからだ。  それは、日本共産党の理論と体質が「ひっくり返しの技法」にあり、実際に戦後GHQの混乱期には、「暴力革命路線」を行っている事実である。最近私は、共産党に関する著作を書いているが、その歴史的調査分析で判明したことは、日本共産党の信奉していた「マルクス=レーニン主義」そのものが、混乱時に世の中をひっくり返す「革命」を指導しているーという事実であった。 警察庁の見解では、共産党の「暴力革命路線」は基本的に変わっていないという。だからこそ、このような震災混乱時には、彼らは「革命」を起こしたいという言動にかられるのだろう、なぜかことさら政権批判を行う。しかし、豊かな自然に守られた本来の日本では、混乱時に与党も野党もないと考えるのが常識だ。ましてや災害緊急時には、イデオロギーの「右」と「左」もないはずである。 それが正しいとすれば、緊急時には「自分たちの政治的主張については、出来る限り控えるべきである」というのが正しい言動になる。 何より重要なことは、この震災時に政治家は、政権批判を行う余裕があれば、とにかく「一刻も早く困っている人を救い助けるための策を練る」という一点に尽きるだろう。 それが具体的な対策も作らず、自ら被災者を救う「自己犠牲の精神」のかけらもなく、口だけで外野から与党を批判するだけと言うのであれば、とにかく「安倍政権を倒したい」と考えていると受け取られても仕方がない。月が出る中、夜間の捜索活動の準備を行う自衛隊員ら=4月20日午後6時47分、熊本県南阿蘇村(彦野公太朗撮影) もし彼らの「政権転覆のためのマジックワード」が「政治利用」という言葉だとすれば、その精神性自体が、「災害大国・日本」の国民として、日本の歴史と伝統に学ばない「卑しい言動だ」と言えるだろう。それは東日本大震災の時に東北の被災者が、日本人の「絆」を求めたのと正反対の「分断行為」だからだ。 緊急事態のオスプレイ派遣に対して異議を唱える主張も、「この災害時に反米政策を訴えよう」という彼らの気持ちが透けて見える。それは、今回7月の参院選で民進党と選挙協力を行い、将来は「国民連合政府」を作ることを目指す、と公言しているからだ。 こう考えてみると、「オスプレイ反対」の政治的主張の本当の狙いも「政権転覆」にあるのではないかという可能性が出てくるのだ。 今回の「政権批判者」が、本当に国民の利益を考える「平和的組織」であるならば、この混乱の時期だからこそ「平和」と「安定」を求めなければならないはずだ。 にもかかわらず、安倍政権を「政治利用だ」と非難しながら、実際には人心を不安に陥らせることになっている実態は、「平和的組織」にあるまじき行為だと考えるべきであろう。 震災時、本音では「政権打倒・転覆」を志向しながら、それを隠して意図的に人心をかき乱して動かそうとする不穏な言動ほど、警戒しなければならないものはない。

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    朝日新聞、度し難し! 被災地急派の足を引っ張る「オスプレイ叩き」

    朝日が報じた「疑問」 4月19日付「朝日新聞」朝刊総合面に「被災地にオスプレイ 米軍が派遣、国内初の災害対応 熊本地震」と題した記事が掲載された。記事はこう書き出す。 「米軍の新型輸送機オスプレイが18日、熊本地震の被災地へ物資輸送を始めた。オスプレイが日本の災害対応に使われるのは初めてだ。今回の救援活動に必要なのか。安全面に問題はないのか。疑問の声が出ているが、日本政府と米軍は、オスプレイの災害派遣での実績づくりを急いだ」 見てのとおり、オスプレイの投入に否定的な脈絡から「疑問」を呈している。震災の最中、救援に当たる日米両政府を批判した記事だ。支援物資を積んで、海自護衛艦「ひゅうが」から熊本県南阿蘇村へと飛び立つ米軍オスプレイ=4月19日午後2時8分、熊本県の八代海 実は朝日の公式サイトに、上記と同じ記事が別途、掲載されている。上記は「4月19日05時00分」に同日付朝刊記事がアップされたものだが、別途、朝日新聞デジタルの記事として、前日の20時58分に同じ記事がアップされている。 後者のタイトルは「米軍オスプレイ、初の災害対応 実績づくりに疑問の声も」。見出しは、こちらのほうが内容に忠実である。以下検証するとおり、記事は「初の災害対応」を「実績づくり」と断じ「疑問の声」だけを報じた。ちなみに、後者には「米軍の新型輸送機オスプレイが救援物資を載せ、熊本・南阿蘇村へ飛んだ」際の動画もアップされている。間違いなくPV(閲覧回数)に貢献したであろう。ため息を禁じ得ない。 記事は「必要性、疑問の声」の中見出しを掲げ、こう疑問を呈した。 「自衛隊にも約60人乗りの大型輸送ヘリCH47が約70機ある。約30人乗りの米軍オスプレイがさらに必要なのか。疑問の声が上がる」 私は朝日記事のほうに疑問の声を上げたい。なるほど輸送兵員数はCH47がまさる。他方、CH47Jの巡航速度は260km/hだが、オスプレイは490㎞/hと倍近く、航続距離も数倍長い(オスプレイは空中給油も可能)。またオスプレイは海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦(DDH)での運用にも適しており、実際「ひゅうが」型護衛艦(DDH)での運用が予定されている。 政府の公式見解を借りよう。「中期防衛力整備計画(平成26年度~平成30年度)」(平成25年12月17日国家安全保障会議及び閣議決定)はこう明記した。 「輸送ヘリコプター(CH-47JA)の輸送能力を巡航速度や航続距離等の観点から補完・強化し得るティルト・ローター機を新たに導入する」朝日新聞か頭が悪いのか この「ティルト・ローター機」こそ、オスプレイである。中期防が明記したとおり、オスプレイはCH-47を「補完・強化し得る」。だから、自衛隊が導入する。なぜ今「米軍オスプレイがさらに必要なのか」(朝日記事)。朝日が本気で「疑問」に感じているなら、先ず中期防から勉強してほしい。さらに朝日記事はこう続く。 《「オスプレイに対する国民の恐怖感をなくすために慣れてもらおうということで、こういう機会を利用しているとすれば、けしからんことだ」。共産党の小池晃書記局長は18日、朝日新聞の取材に語った》 これ以外、記事が報じた「疑問の声」はない。もし被災者が落下事故を恐れているなら、報じる意義もあろう。だが、そうした声は聞かない。反対に感謝の声なら、ネット上にあふれている。それでも朝日は被災者ではなく、日本共産党書記局長を「取材」した。誰のため、何のために書いた記事か海上自衛隊の護衛艦「ひゅうが」の艦上でオスプレイに生活支援物資を積み込む自衛隊員=4月19日午後、熊本県の八代海(海上自衛隊提供) それだけではない。「政治的な効果」の見出しを掲げ、「安倍晋三首相」の「方針転換」を揶揄し、「防衛省関係者」の「説明」として「米軍オスプレイの支援は必ずしも必要ではないが、政治的な効果が期待できるからだ」と報じた。どこの誰か知らないが、オスプレイがCH-47を「補完・強化し得る」事実を御存知ないなら、もぐりであろう。さらに記事はこう続く。 「米軍普天間飛行場のオスプレイには、騒音被害や事故への懸念が絶えない。自衛隊が陸自オスプレイ17機を佐賀空港(佐賀市)に配備する計画も、地元の反対で進んでいない。/しかし、今回オスプレイを十分に活用できれば、その安全性や性能を広く知らせる機会となりうる」 明らかに読者と世論を誘導している。救援目的ではなく、「政治的な効果」を狙ったオスプレイ投入との印象を読者は抱く。暗澹たる思いを禁じ得ない。「オスプレイには騒音被害や事故への懸念が絶えない」というが、それは朝日らが自ら喧伝してきた「懸念」に過ぎない。私がテレビや雑誌で指摘してきたとおり、他の機種と比べ、特段に危険な航空機ではない。騒音もむしろ小さい。 念のため付言するが、私は御用学者ではない。事実「政府は安全神話を語るべきでない」と最初にマスメディアで苦言を呈したのは、他ならぬ私である。原発同様、オスプレイも「100%安全」とは言えない。そもそもこの世に、ゼロリスクなどあり得ない。残念ながら、いずれオスプレイも事故を起こす。今日、熊本で起きるかもしれない。だとしても、その可能性は非常に低い。 他方、オスプレイの救援活動で人命が救われたり、被災者の健康が保たれたりする蓋然性はきわめて高い。事実そうなっている。独善的なイデオロギーを排して客観的・学術的に、確率を踏まえたリスク評価をしてみよう。オスプレイ投入で得られる利得は、投入に伴う損失(リスク)より桁違いに大きい。誰がどう計算してもそうなる。 朝日新聞は頭が悪いのか。それともパシフィズム(反軍平和主義)に染まっているのか。どちらにしても度し難い。いったい誰のため、何のために書いた記事なのか。頼むから、これ以上、現場の足を引っ張るのは止めてほしい。

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    なぜ日本人として「オスプレイ派遣」を有り難いと思えないのか?

    やはり「ありがたいと思う」だろう。被災者が「ありがたい」ということを実施して非難されるべきではない。災害時に重要なのは、何よりも被災者の人命救助であり、様々な物資を被災者に届けることだ。 オスプレイの国内配置に反対するのは構わないが、実際にオスプレイが被災者に必要な物資を輸送している事実を、まるで、政府と米軍による陰謀であるかのように語るのは誤っている。少なくとも、こうした物資を受け取った人の多く-全てではないだろう-は、誰が、どのような手段で必要な物資を届けたかに無関心だろう。オスプレイの派遣に反対する人よりも、必要な物資を手に入れ、安堵する人々のほうが多いはずだ。  一人の日本国民として、被災者に必要物資を届けてくれた米軍に感謝したい。

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    度が過ぎる震災の政治利用、炎上の「境界線」はここにあった!

    で、もっとも問題だと思っているのは、菅官房長官の発言である。15日の記者会見で、「今回のような大規模災害が発生したような緊急時に国民の安全を守るために、国家、国民みずからがどのような役割を果たすべきかを憲法にどのように位置づけるかについては大切な課題だ」と発言したことである。 何といっても、今回の震災で被災者救援にあたる中心にあるべき人である。そのための仕事をしていないとまでは言わないが、本来なら身心のすべてを被災者に向けなければならないのに、かなりの部分が震災をどう改憲に利用するかに向かっていたわけだから、被災者にとって困ったことである。 しかも、すでに多くの方が指摘していることだが、現実の事態の進行は、行政権力に権限を集中させることの問題を浮き彫りにした。初日、政府が「青空避難」を解消せよと主張し、それに対して、熊本県知事が、「避難所が足りなくてみなさんがあそこに出たわけではない。余震が怖くて部屋の中にいられないから出たんだ」と不快感を示したとされる。熊本地震から一夜明け、会見する菅義偉官房長官=4月15日午前、首相官邸(古厩正樹撮影) 私は、今回の震災で、安倍首相がいろいろ努力していることは評価しているし、熊本の方々のためにがんばり抜いてほしいという気持ちも持っている。「青空避難」の解消ということも、テレビその他で被災者の姿を見ていて、そういう気持ちが湧いてくるのは自然かもしれない。私だって、車で寝泊まりしている人の話を聞いていると、何とかならないかと感じることもある。 だから、「青空避難」の解消は、善意で主張したわけだ。非常事態条項導入の意図としてよく言われるように、独裁者が権力を集中して振り回そうという意図で発言しているわけではないことは分かる。菅さんの発言も、せいぜい、こういう非常時に行政機関や自治体を整然と動かす「かっこいい政府指導者像」を念頭に置いた発言、という程度のことだったかもしれない。 けれども、今回の事態は、災害という非常事態において、現場にいるわけでもない人に権力を集中してしまうと、現実とかけ離れた対策がとられてしまう可能性があることを示した。いまの体制なら、政府が何かやろうとしても、現場にいる人たちの主張があって是正されるが、権力が集中されてしまうと、そういう力が働かなくなるということだ。 安倍首相や自民党が、今回の事態から、そういう教訓を導き出せるのか。そのことがいまの私の最大の関心事である。

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    震災報道「自衛隊」「米軍」を見出しに載せない大手マスコミ

     未曽有の災害を前に、新聞各紙は震災報道に大きなスペースを割いた。しかし、メディアウォッチャーとして知られる高崎経済大学教授の八木秀次氏が、ある疑問点を指摘する。* * * 驚いたのが、「自衛隊」と「米軍」が見出しにならないことです。自衛隊が被災地の復旧や原発事故の対処に大きな力を発揮しているのはもちろんですが、たとえば、3月17日の自衛隊による福島第一原発3号機への放水について、読売は翌18日付朝刊一面で報じていますが、大見出しは『3号機 陸からも放水』で、見出し周りに「自衛隊」という言葉がまったく使われていない。朝日も18日付朝刊一面の大見出しで『原発肉薄 30t放水』と“主語”の抜けたフレーズを採用している。 阪神大震災の頃と比べれば、自衛隊の扱いはずいぶんよくなりましたが、米軍による支援については、報道自体が少ない。米軍も「オペレーション・トモダチ」という作戦名のもと、1万8000人体制で支援をしてくれている。中国からはレスキュー隊15人がやってきて、確かにありがたいことですが、それと米軍の支援を“世界何十か国からの支援”と一緒くたにしてしまうのはいかがなものか。東日本大震災、気仙沼大島から米海軍強襲揚陸艦「エセックス」の艦内ドックに戻ったLCU(汎用上陸艇)=2011年3月27日、三陸沖(古厩正樹撮影) 当初は産経新聞でさえ伝えていなかったので、産経社会部の編集委員の方から電話があったときに「なぜ米軍や自衛隊の活動を載せないのか」と文句をいったら、翌日から紙面に載り、特集まで組まれていた(笑い)。単なる偶然でしょうが。米軍による支援を見れば、日米同盟や在日米軍の存在意義が改めてわかるはずなのに、各紙がそこに言及していないのも問題です。 青森県の三沢基地は、自衛隊との共同活動拠点になっていますが、産経の『「私たちも逃げない」米軍三沢基地 軍人家族、震災孤児ら救済』(3月29日付)によれば、三沢基地の米軍人の家族らが震災孤児らを収容した児童養護施設に食糧を届ける支援をしているのです。 沖縄の米軍基地からも2500人以上もの海兵隊員が災害支援で出動している。自衛隊と共同演習を積んできたからこそ、このような大部隊が連携して動けるのです。もし在日米軍基地がグアムに撤退していたら今ごろどうなっていたか。朝日や毎日は、在日米軍を邪魔者扱いしてきた現政権に対する批判が決定的に足りないですね。 同様に、3月16日に流された天皇陛下のビデオメッセージの扱いについても、各紙の性格の違いを際立たせた。朝日以外は一面で報じましたが、意外にも日経は『苦難の日々 分かち合う』(3月17日付朝刊)の見出しで、お言葉の全文を一面に掲載していた。産経でも全文は三面に移していたので、これには驚きました。日経にいったい何が起きたのでしょうか。関連記事■ 人命救助2万人、遺体収容1万体 自衛隊の災害派遣の実績■ 元防衛大臣・北澤俊美氏が震災時の自衛隊の働きを解説した書■ イラクで活躍「ヒゲの隊長」 震災後の自衛隊の活躍を報告■ 日米合同軍事演習を終え海兵隊員と陸自隊員が笑顔で肩を組む■ 自衛隊OB 入間基地で「一刻も早く菅政権潰し昔の自民党政権に」

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    震災の「自粛」と「不謹慎」がなんか変

    「不謹慎狩り」という行為がネット上で横行している。熊本地震でも、被災地への支援や激励に対し、すぐに「不謹慎だ!」といちゃもんをつける人が増殖しているという。過度な自粛ムードもなんか変だが、むやみやたらと揚げ足取りで騒ぎ立てる連中の方が、よっぽど不謹慎だと思いませんか?

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    熊本地震でも「強制」される自粛ムードに日本社会の暗部が浮かぶ

    茂木健一郎(脳科学者) 九州の熊本を中心とする地域が、二度にわたる大きな地震に襲われて、たいへんな被害が出ている。余震もなかなか収まらない。私の母は九州出身(佐賀生まれ、北九州育ち)であり、子どもの頃から何度も里帰りしていただけに、自分のことのように感じる。これ以上被害が広がらないこと、被災地の復旧、そして一日も早く平穏な生活が戻ることを願ってならない。 震災を受けて、日本の社会に広がる自粛ムードをめぐり、論争が起きている。私は、次のように考える。 まず、自ら少し控え目にしよう、派手なこと、騒ぐようなことは慎もう、という心の動き自体は、自然なことだと思う。人間の脳には、前頭葉を中心とする「共感」の回路がある。他人の痛み、苦しみを、自分のことのように感じる共感能力は、人間らしい、素晴らしい心の働きだ。そのような共感に基づき、自粛することが悪いはずがない。 問題なのは、共感が自発的なものではなく、時に「強制」されてしまうということである。とりわけ、日本のように「同化」の圧力がもともと強い社会では、自ら共感して自粛するというよりは、自粛が外から強制されてしまうことも多い。今の日本を覆っている「自粛ムード」の中には、多分にそのような側面があるのではないか。 もちろん、空気を読むことも時には大切だし、回りに合わせることも重要である。しかし、一種の強制による自粛で、社会が萎縮してしまうと、失われてしまう大切な価値がある。 失われてしまうものは、何よりも「多様性」である。社会の中には、さまざまな人がいて、いろいろな活動をする。そのことで、活力は保たれ、経済も回っている。もし、皆が同じような行動をとってしまうと、社会から強靭さが失われてしまう。いま「復興リテラシー」こそ求められている 自粛に反対する人の中には、自粛しても、必ずしも被災地の方々のためにならない、と主張する方もいらっしゃるようだ。ある意味では正論だと思う。被災地の方々にさまざまな救援を行う上でも、社会の他の部分はいつもどおり活動していないと、経済の基礎体力が衰えてしまうのである。その体力を保つ上でも、多様性が必要だ。 たくさんの人々が移動する、ゴールデンウィークが近い。九州新幹線の運転再開の見込みが立たない現状では、本来賑わうはずだった九州各地の観光地の人でも、減ってしまうかもしれない。ゴールデンウィークを書き入れ時として、あてにされている方々もいる。熊本を中心とする被災地では、観光受け入れどころではない、ということもあるだろう。その一方で、九州の中でも、インフラは影響を受けていない、復旧している、むしろ、お客さんに来てほしい、と感じているところもあるだろう。そのような場所には、むしろ普段通りでかける方がいらっしゃらないと、九州全体の活力が落ちてしまうことになる。地震で脱線した九州新幹線の回送車両=4月15日午前、熊本市(共同通信社ヘリから) 人間の脳の働きから見れば、結局、社会の中のムードに流されるのではなく、一人ひとりが、自分の置かれた現場、回りの人との関係性を通して、それぞれ、自粛から普段通りまでの振れ幅の中で、決断を積み重ねていくということが一番「正しい」。 経済における市場の働きの大切さを唱えてノーベル経済学賞を受けたミルトン・フリードマン氏の著書のタイトルを借りれば、「選択の自由」ということになる。自粛するか、普段通りにするか、それぞれの方が、「選択の自由」を行使してこそ、持続可能な被災地支援が可能になるし、復興も早まる。 場合によっては、通常の観光ではなく、ボランティアのために現地入りしても良い。そして、現場でがんばった後は、震災後も営業出来ている温泉で汗を流しても良い。そのような、今までにないかたちの旅行という、震災後ならではの「選択の自由」が広がっても良い。 大切なのは、自分と異なる選択をしている人を前にした時、その選択を非難しないことだろう。自粛している人は、普段通りの人を批判しない方がいい。逆に普段通りの人は、自粛している人に対して、あれこれと言わない方がいい。それぞれの人が、それぞれの選択を、自らの現場感覚を持って積み重ねること、そして他人の選択を尊重することで、社会全体としては均衡ある復興が図られていくのだと、私は考える。 ソーシャル・メディアの時代には、本来、選択の多様性がより広がっていいはずだが、時に、行き過ぎたバッシングで、同化圧力が加わってしまうこともある。一人ひとりが、他人の選択の自由を尊重する「復興リテラシー」こそが、今、求められているのだと思う。

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    人はなぜ自粛するのか? 正義の味方を自称する「不謹慎狩り」の正体

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 悲劇的な事件事故や災害が起きると、「自粛」が行われる。自粛とは、自分から進んで、行いや態度を改めて、慎むことだ。自主的な行動なら別に構わないとも思えるが、堀江貴文氏は、震災発生後によく見られる過度な自粛に対して「馬鹿げた行為」と批判している。本田圭佑選手は「様々な分野で自粛のニュースを目にしますが僕は自粛するのは間違ってると思います」とコメントしている。 身近で不幸な出来事があったときに何かを自粛するのは、普通のことだし、必要なことだろう。だが、ここで問題にされているのは、過剰な自粛であり、また自粛と言うよりも世間の目を恐れての萎縮に近い自粛だろう。世の中に流れる奇妙な萎縮ムードは、なぜできあがるのだろうか。 人々は、なぜ自粛しようとするのだろうか。一つは、単純に自分が楽しむ気持ちになれないからだろう。悲劇的な報道を見れば、心は沈む。とても楽しい宴会やイベントなどはしたくないと感じるだろう。 もう一つは、「罪悪感」だ。罪悪感にも様々ある、たとえば「サバイバーズ・ギルト(生存者罪悪感)」。亡くなった人がいるのに、自分は生き残っている。そのときに感じる申し訳なさが、サバイバーズ・ギルトである。自分が生きていて、楽しむことに罪悪感を持ってしまう。被災地では大勢の人が困っているのに、パーティーや宴会でご馳走を食べ、大声で笑うことなどは、悪いことと感じてしまうことがある。 また罪悪感の中には、被災地で頑張っている人々に対する罪悪感もある。それは、「献身の三角形」と呼ばれている。被災地で苦しみながら懸命に生きようとしている人々がいる。そして被災者のために献身的に働いている自衛官や消防団の人がいる。それなのに何もしていない自分がいると感じると、自分も何かしなくてはならないと思う。これが、献身の三角形である。アパートの1階部分がつぶれ、取り残された人の救出活動を行う消防隊員ら=4月16日午前、熊本県南阿蘇村(桐原正道撮影) たとえば、日本テレビの「24時間テレビ」も同じ心理メカニズムが働く。苦労している障害者の皆さんがいる。司会者達は24時間眠らないで番組を進行させ、さらに24時間走り続けている芸能人もいる。頑張っている障害者、足の痛みをこらえながらゴールを目指すランナー。それを見たとき、自分も何かしなければならないと思う。そこで、募金活動が生まれるわけである。 同じ心理が災害報道に接する私達に起こると、募金活動をしようと思ったり、宴会やイベントを自粛しようと思ったりするのだろう。ノイジーマイノリティーの影響力 これらの自粛は、本当に自発的である。だが、さらに世間の目を気にしての自粛があるだろう。個人であれ、会社であれ、マスメディアであれ、世間の評判は大事である。無視はできない。社会の多数の人々が、宴会やお笑い番組をすべきでないと思っているなら、自粛も当然だろう。 しかし、実際は少数のクレームを恐れての自粛が行われている。だから、過剰な自粛になってしまう。少数のうるさい人々、ノイジーマイノリティーの影響力は、前にもまして大きくなっている。問題を起こさないように、クレームが来ないようにと思えば、率先した自粛が行われてしまうだろう。 しかし、多数派はそのくらいのことは良いと思っている。ただそれは、サイレントマジョリティーとして、あまり大きな声は上げない。その中で、ノイジーマイノリティーなど恐れないとする堀江貴文氏や本田圭佑選手が、過剰だ、馬鹿げていると声をあげるのだろう。 では、なぜある人々は、不謹慎だ自粛するべきだと大声をあげ、攻撃的な言動をとるのだろうか。これも、いくつかのことが考えられる。何種類かの人がいるのだろうし、また一人の人の心理にいくつもの面があるのだろう。 一つのパターンが、日ごろからストレスをためいている人たちである。人生が上手く行かず、イライラしている人は、どこかでストレス発散を考える。ただし、違法なことや乱暴なことはできないと感じている。 そのような人にとって、みんなで喪に服すべきなのに、自粛すべきなのにそうしていない人は、格好の攻撃対象になる。大企業やマスコミは、個人からの抗議電話なども決して切らずに最後まで話を聞く。反撃に出ることもない。これは、攻撃しやすい対象である。特に日ごろから大企業やマスコミを快く思っていない人たちにとっては、絶好のチャンスだろう。 人生が上手く行っていない人だけではない。むしろ管理職などを務めている地位の高い人々の中にも、自分こそが正しく、間違っている人に説教をすべきだと感じている人もいる。このような人々が、自粛こそ正しいと思えば、正義の味方のご意見番として、クレームをつけてくることになるだろう。 さらに、苦情をよこす人々の中には、心やさしい人もいるのだろう。この人々は、連日の災害報道を見て心を痛めている。共感し、同情し、本当に心身の調子をくずすほどにまでなっている。この状態を「共感疲労」と呼んでいる。自称「正義の味方」に錦の御旗を渡すな 人は、共感疲労に陥ると、気持ちが沈み、不眠や食欲不振になるだけではなく、人間関係に余裕を失う。自分がこんなに心を痛めているのに、報道番組を見て冗談を言うような人を見ると許せなくなる。水が欲しいと被災地の子どもが訴えている報道を見ながら、おいしそうにビールを飲んでいる人を見ると、無性に腹が立ってくる。 実は、今笑っている人もビールを呑んでいる人も、心配していないわけではなく、募金の呼びかけにも応じたりする人もいるだろう。今は、仕事の疲れを取り、明日も元気に働けるようにリラックスしているだけなのだが、共感疲労によって心が疲れていると、そのように考える心の余裕を失うのだ。このような共感疲労に陥っている人たちも、攻撃的に大企業やマスコミに文句を言う人たちだ。 様々な理由で人は、自粛せよと文句を言う。批判する人は感情的だと反論するが、感情は無視すべきではない。また感情的だからこそ、活動して経済を発展させるほうが被災者のためにもなるといった説明は通用しないだろう。 自粛する企業の側も、それは感情論であり、少数者の意見であることもわかってはいるだろう。しかしそれでも、対応に失敗すればバッシングの輪が広がってしまう危険性もある。そのリスクを考えれば、自粛していたほうが無難だと考え始め、結果的に過剰で馬鹿げたほどの自粛も生まれてしまうのだろう。 大災害発生時には、必要な自粛がある。そして不必要で過剰な自粛も起きてしまう。それを防ぐためには、悲しみを共有し、支援に積極的であることを示す必要があるだろう。個人の葬儀の場で、笑顔で昔話を語る人々もいる。それが許されるのは、本当は悲しみを共有しているとみんながわかっているからだろう。 経済活動は必要であり、元気を蓄えることは大切であり、沈んでいる日本で、多くの人が楽しみにしているドラマやお笑い番組がある。その活動や放送を守るためには、悲しみの共有を理解してもらうことだろう。そうすれば、共感疲労の人々からの怒りをやわらげることができる。正義の味方を自称する人に、錦の御旗を渡さないですむ。この企業やマスコミは、きちんと被災者と寄り添っているとわかってもらえれば、ノイジーマイノリティーの活動に多くの人々が惑わされるリスクも減るだろう。

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    本田圭佑選手の問題提起で考える「支援」と「自粛」の間にある選択肢

    と思います。 問題は、その次に考えるのが「自粛」になってしまわないかという点です。 熊本地震のような災害が発生した場合、芸能人の情報発信や企業の宣伝活動など多くの人目にさらされる人達の「支援」以外の活動は、全て批判されるリスクを負うことになります。長澤まさみさんは、普段同様の笑顔の写真をアップしたら批判されました。西内まりやさんも、普段同様の自撮りの写真をアップしたら批判されました。菜々緒さんも、普段同様の自分らしい写真をアップしたらコメント欄で論争が起こりました。 そうした批判を元に、全ての活動を「自粛」するのは簡単な話です。 ただ、本当にそれで良いのでしょうか? それが本当に被災地の方々が、私たちに求めている行動なのでしょうか?東日本大震災から私たちが学んだはずのこと東日本大震災から私たちが学んだはずのこと 5年前の東日本大震災直後、関東で放送される全てのテレビCMがACに差し替えられるという異常事態が発生しました。 あの未曾有の大惨事において、当時はそれも当然だと思っている自分もいましたが、来る日も来る日も同じACのCM素材を見るのは正直辛かったのを良く覚えていますし、徐々に普通のテレビCMが復活したときに、視聴者が歓迎の声を上げたのも良く覚えています。 当然、最初にテレビCMを復活することにした企業は、不謹慎だと批判されるリスクを覚悟してその選択をしてくれたはずです。 でも、あの時の私たちにとっては、普通のテレビCMが普通に放送されるという、いつもと変わらない「普通」の状態こそが一番求めていたものだったわけです。 実は「支援」と「自粛」の選択肢の間には、本田圭佑選手が言うようにいつも通りのことを「普通」にやる、いやむしろ普段より積極的にやる、という選択肢があります。 その「普通」の行動は一見不謹慎に見えるリスクがあるかもしれませんが、実際には「自粛」よりもはるかに間接的に「支援」につながるケースもあるわけです。 今回の芸能人の方々の投稿は、批判も生んでしまったかもしれませんが、実は被災地の方々の中には、いつも通りの「普通」の芸能人の方々の笑顔に癒やされている人も多くいるはずですし、実際にそういったコメントも多数ついているのを拝見しました。 当然、批判があって投稿を削除したというのは、何かしら反映すべき点があったと感じたからだと思いますが。 今回の騒動によって、自分達の活動自体を全て自粛してしまうのではなく、いつも通りの自分でいることこそが、自分が笑顔でいることこそが、自分ができる支援の一つだと、批判者に対して胸を張ってお返事できる、そんな自分なりのやり方を探して頂くのが良いのではないかと。 そんなことを本田圭佑選手の問題提起は教えてくれているように思うわけです。■熊本、九州の皆様へ|西内まりやオフィシャルブログ まぁ、実際、西内まりやさんは、謝罪騒動後も地道な情報発信を続けられているようですから、全く心配は無用なのかもしれません。自粛したはずの九州新幹線開通記念CMが生んだ感動 東日本大震災において、私たちを感動させてくれ、勇気をくれた動画の一つは、企業がこぞって自粛したはずのテレビCMとして作成された九州新幹線の開通記念CMでした。 このテレビCMは、放映開始の2日後に東日本大震災によって放映中止を余儀なくされたものですが、ネット上で口コミで感動を呼び、全国的に話題になった結果、4月に入ってテレビでの放送が再開されたという非常に象徴的なCMです。 さらには世界的な広告賞であるカンヌ国際広告賞で金賞も受賞したことでも有名です。 今でも、この動画を見ると当時の感動がよみがえってきますし、このCMを通じて当時九州の方々がくれた勇気のお礼をしたいと改めて感じる方も少なくないはずです。(個人的には、是非九州新幹線復旧の暁にはこのCMをアレンジしたものを再放送をして頂きたいと強く願っています。) 私たちが災害時にできることは、何も災害に関する情報を拡散したり、直接的な支援をすることだけではありません。 笑顔の力で人々をいやしたり、コミュニケーションの力で勇気を分け合うこともできるはず。 一人でも多くの人が、本田圭佑選手の問題提起を参考に、過度の「自粛」をしすぎずに、自分ができることを小さいながらも改めてちゃんと考え実行し続けることが、実は意外に大事なのかもしれません。(『Yahoo!ニュース個人』より2016年4月19日分より転載)とくりき・もとひこ アジャイルメディア・ネットワーク取締役最高マーケティング責任者(CMO)。1972年生まれ。名古屋大学法学部卒。NTTで法人営業やIR活動に従事した後、2006年にアジャイルメディア・ネットワークの設立に参画。代表取締役社長を経て、14年から現職。WOMマーケティング協議会の事例共有委員会委員長などを務める。

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    戦時体制いまだ終わらず 震災で「自粛」に何ら効果なし

    古谷経衡(著述家)震災と自粛ムード 熊本地震の直後、「さて、アニメでも見ようか…」とつぶやいた或るツイッターアカウントが匿名のユーザーから執拗な攻撃を受けていた。なんでも「(熊本地震で)人が死んでいるのにアニメを見るとは不謹慎だ」という文脈の中の批判である。前提的にアニメに対する蔑視が伺えるこの批判の背景には、「自粛」の無言の強制力が透けて見える。 震災や事件・事故が起こるとすわ「自粛」ブームが列島を覆うが、それに逐一応えるのは果たして正しいのか。小学校のグラウンドに避難する人たち=4月15日午前4時、熊本市中央区細工町の五福小学校(共同通信社ヘリから) 「自粛」の本質は、「この非常時に何たることか」というある種の同調圧力を背景にしたものである。非常時に部外者が躁的な行いをするのは死者に対する冒涜である、とでもいおうか。この種の声は実に戦時体制を彷彿とさせる。日中戦争が激化し、日米戦争がたけなわの頃、日本中が自粛ブームであった。「この非常時に何たることか」という同調圧力で、各種娯楽や興業が制限されていった。「前線で戦っている兵士に申し訳ない」という罪悪感以上に、そこには「国民精神総動員運動」に代表されるような「上からの」精神統制が存在していた。誰かが頑張っている時、部外者は躁的であってはならない-、という暗黙の同調圧力は、間違いなくこの国では戦時統制期に誕生した観念である。要するに部外者が「自粛」という名の仮面を被ることによって、艱難辛苦と同調しているという共同幻想を生み出すある種の装置が「自粛」という言葉だ。 この翼賛体制ともいうべき同調の圧力は、戦後の日本社会、そして現代でも尾を引いている。前線で戦っている兵士の苦悶と、部外者である後方の「躁」は何ら合理的相関はない。例えばそれは、第二次大戦時のアメリカを見ればわかる。アメリカでは戦争中、銃後を守る婦人などが夫の留守を良いことに、フロリダやプエルトリコでバカンスをするのが流行した。日本が代用品、耐乏生活、自粛ムード一色の時、当のアメリカでの状況はこんな具合であった。物質的にも精神的にも、日本はアメリカに完敗であった。「自粛」に何ら効果なし「自粛」に何ら効果なし 自粛と、実際の天変地異や戦争からの復興や帰趨は、全然関係ないのである。むしろ日本は、東條英機がのたまったように、「物質は有限だが精神は無限である」の掛け声を元に、根拠なき精神主義に偏重した。「自粛」という言葉を盾にして、なにか前線と全く関係のない銃後の国民が精神的に鎮痛の情を表明することが善であるという観念が出来上がったが、現実の戦局には一切関係がなかった。考えてみれば当たり前のことだが、後方の日本国民が如何に忍従の「自粛」生活を行っていても、ガダルカナルの戦いには些かも変更はない。圧倒的な米軍の物量と火力にガダルカナルに派遣された日本軍は力尽きたが、それと後方の「自粛」は一切関係がない。一切関係がないのに、さも関係があるかのように醸成する空気こそが翼賛体制である。現実とは、後方における精神のあり方や祈祷と関係なく推移する。そういう冷徹な現実を見つめていない「自粛」とは、単なる自己愛・欺瞞に等しいであろう。「自粛」をして変革される現実など有りはしないのだ。断層と見られる亀裂=4月17日午前11時51分、熊本県益城町「自己愛」「ナルシシズム」と「自粛」 熊本地震に直接関係のない、関西圏や首都圏の住民が「自粛」を強いられることによる合理的効用はゼロである。寧ろ震災により、熊本県等の被災地の消費が減衰する(であろう)ことを折り込めば、他の地域が躁的にどんちゃん騒ぎを行ってその穴を埋める位の心意気が求められるのである。 しかし、「自粛」という戦時統制期から続く翼賛的な同調圧力が、「自粛」というフレーズを神格化した。実際には何ら効果が無いのにもかかわらず、「自粛」という二文字で日本全体が躁的なものを攻撃し、鬱的なものを良とする風潮が跋扈している。「人が死んでるんだ」というフレーズは、ある種魔法の言葉である。確かに人が死ぬのは心苦しい。遺族の心情もいかばかりであろう。「自粛」ではなくいまこそ「豪遊」の宣言を しかし、肉親や恋人が天変地異の犠牲になる人々の皮膚感覚の外部に存在する大多数にとって、それはリアルではない。よく「靖国の英霊の気持ち」などという人がいるが、空調の効いた快適な部屋で好き放題ネットに書き込みをして焼肉を食っている戦後の現代人からすると、彼らの気持ちなど本当は理解できないのである。「英霊の気持ちがわかる」などという言説がおこがましいのと同様、私達多くの日本人も、震災犠牲者の真の気持ちを皮膚感覚として享受できない以上、あたかもその心痛を共有しているかのごとく喧伝される「自粛」ムードには抗するべきであろう。「自粛」ではなくいまこそ「豪遊」の宣言を 誰かが不幸な目にあっているとき、私たちだけが楽しんでいて良いのか-。という罪悪感が「自粛」の背景の根本的精神性である。しかしそれは、裏返せば何ら現実に対して変更する力を持たない醜悪な自己愛と同様である。つまりそれは、「自粛をしている自分」に対する自己愛、ナルシシズムの一種である。本当に被災地のことを思えば、実効的な消費行動(寄付や、熊本に縁のある商品の購入)などを通していくらでも支援の方法があるが、「自粛」にはそれがない。「私が悲しみを感じています」という表明を行うことで、現実は変わるのか。一切変わらないであろう。このような自己愛・ナルシシズムは現実に全く関与しないという客観的な事実を以ってして、至極醜悪である。「熊本に100万円寄付します。併せて日本国全体の消費が減衰してはいけないので銀座で豪遊しました」という猛者こそが、真の愛国者ではないのか。 「自粛」は、被災地に対する哀悼や敬意ではなく、単に自己愛とナルシシズムの集積体であると知るべきである。こんな国家未曾有のときであっても、なお「実効」よりも「自己愛」を優先する少なくない人間こそが「不謹慎」だと思うのは私だけか。

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    過剰な自粛規制で同情しているフリがバレる

    役立ちなさい」ってことだと思っておいてください。当たり前ですね。 なので、地上波放送が今回のような大災害が発生したときに、かなりの放送時間を割いて災害報道一色になることは当然の責務です。「九州の話ばっかりやってないで、他の放送もしてくれよ~」って意見もとてもよく分かりますが、そこは一応、地上波放送の役目だったりするんです。 さて、では問題となっているのが「過剰な自主規制」に対して、です。私は、これは2種類に分かれると思います。 一点目に「適切な自主規制」。もう一点は「ノイジーマイノリティがうるさそうだし面倒だから、いったん全部辞めちゃえ」的自主規制。 堀江氏や本田氏が指摘しているのは後者の方ですね。実を言うと、今現在行われているほとんどのCMや番組の自主規制は後者となります。なので、批判されることは当然な気もします。 「適切な自主規制」に関していうと、東日本大震災が起きた直後に、あるテレビ局が大きな津波が襲い掛かってくるシーンが含まれるアメリカ映画を流す予定となっていたのですが、これを取りやめたことがありました。 東日本大震災では、多くの方々が被災し、また津波によって多数の尊い命が失われました。ご遺族の心情、察するに余りあります。その傷も全く癒えていないタイミングで、ふとした瞬間にテレビをつけて、津波が襲い掛かってくるシーンが流れたら、ご遺族はどんな気持ちになるでしょうか?テレビには二つの大きな力がある 今回の地震では、まだ余震が続いています。この状況の中で、一番守られるべきなのは被災者の方々であり、失われた命の周囲にいたご遺族の方々のお気持ちです。彼らを傷つけるような放送…または傷つけてしまう可能性のわずかでもある放送は、私は地上波では取りやめて、いったん先に送るべきだろうと考えます。テレビ局はあまりに強い力と影響力がありますから、出来る限り「優しく」「思いやりを持って」放送にあたるべきでしょう。 なので、単にゲラゲラ笑いながら、人を馬鹿にして笑いものにしたり、おフザケをするだけの放送も果たして…どうなのかなぁ…と考えてしまいます。 しかし、同時にテレビには、二つの大きな力があることを忘れてはいけません。一つは「情報を多くの方々に届ける力」。もう一つは「バラエティー番組などで多くの方々を笑顔にする力」。 ニュース番組や情報番組の多くのスタッフは、現在現地に飛んで必死に情報収集に当たっていることでしょう。どうか、日本全国に多くの情報が届けられるように、今まで通り頑張ってほしいと思います。 と、同時に、バラエティー番組やドラマなど、「娯楽的要素」の強いテレビ番組も、今こそ必要とされるべき時です。今は多くの方々が癒しや笑顔を求めています。24時間、報道番組に付き合う必要もありません。人間である以上、気分転換はとても必要な行為です。 私のレギュラー出演している上沼恵美子さんと高田純次さんが司会を務める「クギズケ!」という番組も、今日のお昼に「通常放送」をいたしました。 司会の上沼恵美子さんが、「とっても本当はやりにくいんですよ?でも、笑顔も必要でしょうから、私たちはいつも通りにやろうと思っています」と番組冒頭で宣言。私たち、専門家チームも遠慮せずに、いつも通りの放送を心掛けました。 毎週、13%~16%という大変な視聴率を誇る同番組ですが、今週も多くの笑いと笑顔を届けることができたことでしょう。私もその一員に加わっていられることに誇りを感じます。もちろん、同放送に対して何らかのクレームが来た、苦情が来た、などという情報は今のところ、全くありません。これからも来ないでしょう。 地震報道が一段落したら「ノイジーマイノリティ」について、当コラムでも少し記そうと考えていますが「苦情」や「クレーム」は時としてとても役に立ち、自分を裸の王様にせずにすむ素晴らしい助言者となりえます。 しかし「ノイジーマイノリティ」の声は「ただのイチャモン」であるために「無視しなければ逆にダメージとなってしまう」可能性が生じます。 え?あんな連中の言ってること、真に受けるくらいバカなんだ?と受け止められてしまうんですね。昔、ウーマンリブ活動が盛んだったときに「過剰な男女平等」が謳われ、海外のある国では「女性用の立ちション便器」が登場して世界の失笑を買ったことがあったそうですが、聞くべき苦情と「ただのイチャモン」は別です。 今回のように大災害が起きたときも同じように、冷静に「正確な判断」が求められます。本当に災害現場を慮って、入れてきているクレームなのか? それとも「災害現場を心配している自分が大好きで酔っているだけのノイジーマイノリティ」なのか? CMの自主規制も同じです。私は、現在行われている過剰なCMの自主規制の大半がカッコ悪くてしょうがないと感じています。その大半は「別にそのCMによって被災者の方々が傷つくとは思えないCM」のはずだからです。そうやって「考えなしに」自主規制しているポーズだけを取っていると、あぁ、あの企業ってこういう時にカッコだけつけて「乗っかる」バカな企業なんだな~とバレてしまいます。「同情をしているフリ」をしているだけってのがネット社会ではバレてしまうんですね。 もともと、自社の製品が多くの方々のために役に立ち、多くの方々を幸せにしているんだ、と自信を持っていれば、現在の状況でCMの自主規制が行われることは「不自然」な状況でしかありません。企業の皆さんも、あまり表面上だけの「ポーズ」は控えられた方がいいような気がします。 現在の状況では、多く言われている通りで、素人が勝手に物資を届けても、ボランティアと称して押し寄せても邪魔なだけでしょう。私はふるさと納税を含む3か所ほどの機関に心ばかりの寄付をさせていただきました。結局、お金が一番、汎用性が効くだろうと判断したためです。 心配し、何かできることを考えることは大切ですが、出来ないことを見極めることも大切です。被災された多くの方に、一刻も早い安心が戻ることを願います。(長谷川豊公式ブログ「本気論 本音論」より2016年4月18日分を転載)

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    「頑張れ」がテレビの放送禁止用語に? 震災機に自粛ムード

     「テレビで新しい放送禁止用語ができている」──そんな噂が、インターネット上を飛び交っている。対象となる言葉はなんと「頑張れ」。発端はニュースサイト・トカナが掲載した記事で、「頑張れ」という言葉が、テレビ局によって放送禁止用語に指定されようとしているというのだ。 いくら自由にものがいえなくなっているテレビであっても、まさか「頑張れ」まで放送禁止だなんて……実際にこの記事を見たテレビ局社員の間では「そんなことあり得ない」と笑いものになっているという。だが、下請けの制作会社からは、違う事情が聞こえてきた。 「放送禁止などという大仰なレベルでは全くないが、敏感になっているのは確か。たとえばスポーツ関連の番組で選手にいう『頑張ってください』なんかも、いまは無責任じゃないかというクレームを気にして控えるようにしている」(制作会社のスタッフ) そうした「頑張れ」自粛ムードは、東日本大震災を機に強まったという。当時、テレビから被災者に向けられた「頑張れ」という声、「頑張ろう東北」といったスローガンが、被災者に対して無配慮だという批判が巻き起こったのだ。情報番組などを担当する制作会社のディレクターはいう。「震災以降、東北の人たちには無神経に『頑張れ』とはいえなくなった。それ以外の取材現場でも、『頑張れない』人や、すでに『頑張っている』人たちに『頑張れ』ということは失礼で、余計なプレッシャーを与えてしまうのかもしれない、というのを取材者側が必要以上に配慮するようになっています」15周年を迎えるUSJの“Re-born”大使に松岡修造さんが就任。ステージに登場した松岡さん=2月2日午後、大阪市此花区(前川純一郎撮影) テレビ局よりも制作会社の現場レベルで、密かに「頑張れ」の自主規制が進んでいたのだ。しかし、そうした配慮が実際にどれだけ必要なのかは、疑問である。「松岡修造のような許されるキャラクターの人が『頑張れ!』と叫んでも、何の問題にもなりませんからね(笑い)」(別の制作会社ディレクター)関連記事■ 民放 著作権収益確保のため系列外制作会社の完パケを認めず■ 日本テレビの夕方ニュース枠拡大 制作会社競争激化の側面も■ ADの薄給は時給換算で約333円 東京都の最低時給の半額以下■ デヴィ夫人平手打ち騒動 TBS出禁説に異議、演出側こそ問題■ 忌野清志郎に身近で接したマネージャーが忌野の逸話を綴った本

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    熊本地震で「不謹慎厨」が大暴れ 長澤まさみも標的に

    続けている。CM発表会に出席した長澤まさみさん=2015年10月15日午後、東京・恵比寿「最近は自然災害が起きると、必ずそういう騒がしい人がネットにあらわれる。そういう人たちの『不謹慎』の基準って、はっきりいってよくわからない。どの人もしつこくて面倒な人ばかり。不謹慎だといいたいためだけにTwitterのアカウントをとり、リプライを投げる。個人的にもそういうアカウントは片端からスパム報告しています」(20代女性・会社員) 残念ながら、スパム報告は受けつけられるが、それでアカウントがすぐに停止することはまずない。 5年前の東日本大震災のとき、首都圏を中心にあらゆる物事に自粛ムードが広まった。テレビから流れる番組がすべて何日も震災特番であることに嫌気がさし、震災情報を目にせずにすむ教育テレビやテレビ東京で気持ちが救われた。そして大規模イベント等が中止されるだけでなく、一般市民はレストランや居酒屋へ行くことすら控えたため消費が低迷する悪循環が生まれた。 そのため今では、堀江貴文氏が指摘したように、直接被災していない人間は、普段通りの生活をしながら支援をするのが災害時のあるべき姿といわれている。ところが、ネットにたびたびあらわれる「不謹慎厨」はおさまる気配がない。「僕は東日本大震災の被災地出身ですが、3月11日が友だちの誕生日だったらお祝いくらいしますよ。それを探し出して、わざわざ文句を言いに来るネットの不謹慎厨はどうかしている。『不謹慎』という言葉で世間がそう思うからやめろという言い方をするんじゃなくて、自分が気に入らないからと正直に書けばいいのに。卑怯ですよ」(19歳・男子大学生) ネットに増殖する「不謹慎厨」はどう扱えばよいのか。「まったく相手にせず無視するのが一番です。通知が止まなくてうるさいというなら、通知設定をオフにすればいい。彼らの本音は騒ぎたいだけ。『不謹慎だ』というためだけの匿名アカウントをつくってまでやってくる。そして、度を越したクレーマーぶりが顕在化したら、こまめに運営へ通報してください。砂漠で水を撒くような気持ちになるかもしれませんが、塵も積もれば山となるので、あきらめずに繰り返してください」(IT誌ライター) 理不尽極まりない要求を企業などに対して繰り返すクレーマーへの対処方法も、ある程度、形になるまで時間がかかった。不謹慎厨を封じこめられる日も、遠くないだろう。関連記事■ 佐々木俊尚氏 「自粛」「不謹慎」反対運動立ち上げを宣言■ 本格膣圧計・ペニス長大器をプレゼントしていた昔の女性誌■ 震災から2年経つもサザンの『TSUNAMI』歌うにはまだ抵抗多い■ 過度な自粛は欲望を抑圧する結果となり、精神面にも悪影響■ 日本が移住しやすくなれば外国人労働者流入し多様な人材育つ

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    なぜマスコミの過熱取材は嫌われるのか

    マスコミの過熱取材がまたも問題視されている。熊本地震の取材をめぐり、関西テレビの中継車がガソリン給油の列に割り込んで謝罪する騒ぎになったかと思えば、今度は毎日放送の男性アナが取材中に調達した弁当をツイッターに投稿し、「配慮に欠く」と非難を浴びた。メディアスクラムはどうして嫌われるのか。

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    被災地の「不都合な事実」は一切報じない だからマスコミは嫌われる

    。きっとこれは、戦時中の従軍記者も同様だったのだろう。しかし、従軍記者には敵と味方が明確だ。でも自然災害には敵味方がいない。誰もが誰にも、怒りをぶちまけられない感情を持ったままだ。メディアには怒りをぶつけやすいのだ。だからメディアは嫌われているように見える。しかし、その状況は当然のことながらメディアの放送には流れない。一番心を痛めているのはメディアだ。仕事として頑張れば頑張るほど嫌われるからだ。避難所となっている小学校で給水を受ける住民=4月19日午前7時4分、熊本市西区の花園小 ただ、一番メディアに欠けているマインドは、被災地に存在する自分の感情だ。被災地に訪れたよそ者だから嫌われ、いじめられるのだ。報道の立場でありながらも、被災者と同じ視点に立ったレポーターやカメラマンは違う。震災報道の場合、客観報道よりも被災者のためになる情報を届ける主観報道のほうが本当は価値があると思う。一番情報を欲しているのが被災者だからだ。そうすると、全国の皆様ではなく、隣の避難所でテレビを見ている被災者にとっての有益な情報を提供するべきだ。避難所においてのチップスとか、簡単なゲームとか、安眠する方法とか、マッサージ技術とか、知らない人とのアイスブレイクとか、いろんな情報番組は作れるはずだ。被災者もメディアの前では被災者を演じてしまう 20数年前、筆者も阪神大震災で被災した経験を持つ。震災から3日目の頃、自衛隊の定期的な炊き出しがおこなわれる前、おにぎりだけが唯一の食事であった。しかし、おにぎりばかり、三食もおにぎりだけを食べていると、喉を通るものではなくなってくる。味噌汁も漬物もないまま、おにぎりばかり、毎日食べられたものではない。テレビ取材のインタビューで何が一番食べたいですか? と避難所で聞かれ、正直に「焼き肉、寿司、天ぷら」と答えたが、採用されなかった…。謙虚なおばあちゃんの涙ながらの「おにぎりがあれば十分です」のひとことで、翌日も翌々日も大量のおにぎりが届けられる…。もう、おにぎりは完全に喉を通らず、避難所で廃棄されることとなった。当然そんな都合の悪いことは報道されない。 被災地での問題は、美談ばかりを報道することだ。もちろん、熊本でも空き巣被害が報道されていたが、神戸では非常時のパニック状態も手伝って、開店していた店に食料を求めて略奪行為があったのを何度も目撃した。普通の市民がコンビニの食べ物を強奪しているのだ。集団パニック状態だ。しかし、そんなことは一切報道されない。避難所のトイレに関しても、コンビニ袋2枚を持って用を足せば、水の流れない避難所でも汚れることがないが、我先にトイレで用を足した避難所では目も当てられない光景となっている。しかし、メディアはそんな避難所での一番困っていることを報道しない。いや、できないのだ。そう、報道のお客さまは、避難所以外の人々だからだ。震災報道は誰が為のメディアであるべきか?震災報道は誰が為のメディアであるべきか? そこで、ひとつの提案だ。メディアが苦労をしてきて被災地で報道していることは何なのだろうか? そう、それは、汚い言葉を使わせてもらうならば、被災地以外で、何不自由なく普通にぬくぬくと暮らしている人々の被災地を知りたい満足の為だけでしかないのだ。そこに向けて報道することにどれだけのジャーナリズム的な価値があるのだろうか? しかも、不都合な事や、事実は、一切何にも報道していない。 被災地がんばっています。義援金の寄付をぜひ! とアピールする。しかし、いくら寄付をされても被災地で本当に困っている人の銀行口座に届くのは、半年から一年もあとなのだ。なぜならば、家屋が「全壊」「半壊」「一部損壊」の三種類の罹災証明をもらって公平に分配されるルールが決まり、家屋が調査された後でしかないからだ。 何よりも寄付金や義援金のルールは公平に分配するという決まりがあるからだ。いやそれは違うと思う。多少の不公平があったとしても、今、今日、現在、被災地にいる人にお見舞い一時金をひとりあたり10万円くらい渡してあげるべきだと思う。それだけで、数日、いや数週間ほど家族で避難所を離れることができるからだ。ボランティアが大量にくる前に避難所暮らしを1人でも減らすべきなのだ。避難所の小学校では夕食の分配を待つ人で長い行列ができた=4月18日午後、熊本県益城町の広安小学校(鳥越瑞絵撮影) それがあるとたとえ避難所にいても、家族を持っている人にとっては、精神的、金銭的に安らぐ時間があることだろう。その拠出した金額をあとから義援金で補填してもよいはずだ。今、避難所にいる人を計算して10万倍すればよいのだ。5万人が避難所暮らしならば、たかだか50億円だ。国会議員の一ヶ月分の給与を全部寄付にまわせば10億円。残りは40億円。政党交付金320億円の1/8を回せばクリアできる金額だ。 どうせ、選挙の票を集める為のお金なんだから有効に使おう! それぞれのお見舞い金に自民党やら、民進党の“のし”をつけてあげればよいのだ。きっと一生涯感謝されるから安いものだ。それも国民ひとりあたり250円、赤ちゃんからも徴収されている金なんだから…。 極論かもしれないが、半年後、一年後に家屋の撤去に修理に何百万円もかかり、それをたとえ、震災特例により無利子で銀行から貸し付けられた時に、1人10万円の義援金が渡されても何の感謝の念を被災者は抱かない。寄付のお金は心から被災者に感謝される時期に渡してはじめて本当の寄付なのだ。このことをマスメディアが伝えないかぎり、嘘偽りの震災報道を演じるゲームだけが永遠と続く…。今すぐ、避難所にゲンナマを配布すべきとなぜメディアは言わないのか?

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    熊本地震でも繰り返されるメディアの「マッチポンプ」報道

    のうちほんの一部である。実は、長い間、メディアは「防災」と言いながら、実はマッチポンプのように「自ら災害を大きくする原因を作り、実際に災害が起きるとその悲惨さを大々的に報道する」ということを続けて、視聴率をあげる作戦にでている。それを事実で整理してみたい。 1978年に「大規模地震対策特別措置法(大震法)」に基づく地震予知体制が出来て以来、メディアは「東海に地震が来る」、「東南海に来る」と「政府の言うとおりに」報道を続けた。まともな神経を持っていれば、それから38年間、東日本大震災、阪神淡路大震災を始め死者が10人以上の地震や噴火が9件、震度4以上の地震に至っては無数と言ってよいほどなのに一つも地震を予測できなかったのだから、正常な判断力をもつ報道機関ならおかしいと思うはずだ。((注)地震予知がはじまってから10人以上の死者を出した地震は、日本海中部、北海道南西、阪神淡路、新潟中越、新潟中越沖、岩手宮城内陸、東日本、熊本、それに御嶽山の噴火も同様) つまり、「地震予測が理論、発生した地震がデータ」という関係だから、「理論で予測した結果はデータとまったく違う」ことが38年間も続いているのに、同じ理論で計算した結果を今も報道している。その結果、今回も含め地震が起きた地方の対策は大きく遅れて被害を増大させている。 熊本地震では倒壊家屋などが多かったし、前震と本震を間違えて、さらに圧死者を出した。 このように長年にわたるデータ無視というのは著者のような科学者の理解を超える。そこで著者は数日前、ある心理学者を訪ねて「理論の予測が38年間、一件も合致しないのに、その理論で計算した結果を公表し報道するという心理はどういうものか?」と聞いてみたら、「それは、利得によって価値基準を変えるという異常心理の一つ」と説明された。 つまり、「自分は科学者や記者である」、「理論とデータが違えば、本来は理論を疑う」、「この手段を失うと利得を失う」、「地震は儲かる」という矛盾した状態の中にいて、どれでも選択できると説明された。実質的には過失致死罪に近い倫理的問題点 たとえば2000万円の国費研究費を受け取り、東京の立川に活断層があると2013年に断言した東大教授が、後にその活断層は単にコンクリートパイルなどであることが分かり、「見たいものを見てしまった」、「私は催眠術にかかっていた」と説明したのがその典型例である。ちなみにこの教授は現在でも在職し、マスコミに登場、さらに研究費の返還を求められてもいない。 「催眠術」という言い訳もたいしたものだが、「見たいもの」という言葉の中に、先の心理学者が解説してくれた真髄がある。つまり、地震学者は防災のために地震学を研究しているのでは無く、地震が起こり被害が大きくなることを心の中で希望していると考えられる。「焼け太り」である。 メディアも予測を報道することが不適切であることを38年間の取材でよく知っているのに、それを続け予測とは違う地震で大きな被害が出ると、地震報道で大きく収益を上げている。 法律的な責任を問われる可能性は低いが、実質的には過失致死罪に近い倫理的問題点を含んでいる。 地震学者が地震の研究を「学者」として地道に行い、学会で発表する分には学問の自由が認められるし、失敗も許される。しかし、「専門家」となり、社会に積極的に働きかけるとなると、その活動には制限が加わり、間違えば時に制裁が加わる。記者会見する加藤照之日本地震学会長(右)ら防災関連の学会関係者=4月18日午後、東京都新宿区 学問の自由は「内的、精神的なこと」に限定されるからであり、報道の自由も完全に制約なくメディアに与えられるのでは無く、その正確性、普遍性が求められ、報道によって国民に大きな被害を与えてもよいなどは報道の自由に入らない。 その意味では、阪神・淡路大震災の前に「東海地震が先」と報道したマスコミ(この場合は完全にメディアの先行だった)、東日本大震災の前に「東海、東南海、南海地震が先」と社会や審議会で発言した学者などは報道の自由、電波法の特権や学問の自由を失い、職を追われるのが近代国家の専門職というものである。 地震で無念の死を遂げた人たちのためにも、誇りある日本のために一刻も早く、地震学者、メディアが「事実をみる勇気」をもってもらいたい。

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    被災地には「邪魔」な存在でも、メディア抜きでは「救済」できない

    れてました。 テレビ局だからいいんですか?? もう少し考えて欲しい” たしかにその通りである。これは災害現場という状況とは関係なく、どこであろうと許されない行為だ。慌てた関西テレビは、すぐに「あってはならない行為」として、公式に謝罪したのは言うまでもない。 それにしても、不思議なのは、なぜこんな割り込みができたのか?ということだ。給油のためガソリンスタンドに並ぶ車=4月16日午前、熊本市東区 関西テレビと聞いて私が思い出すのは、1995年の阪神・淡路大震災のとき、関西テレビの取材クルーが大活躍したことだ。当時、関西テレビでは全社員の約3分の1にあたる200人が地震による家屋倒壊などの被害を受け、報道局員の約4分の1は被災者だった。にもかかわらず、彼らは混乱のなか、視聴者、被災者のための現場報道を続けた。このときの教訓がなぜ活かされなかったのだろうか?ヘリ騒音、過剰取材…次々批判の的に ガソリンスタンド事件に続いて批判されたのが、「報道ヘリの騒音」「現場クルーの過剰取材」への批判である。日本テレビは4月18日の午後17時半ごろから、倒壊した家屋内に閉じ込められた被災者を救済する模様を実況中継した。緊迫した現場の模様がお茶の間に流れた。 しかし、ツイッターでは、「報道ヘリの音で、助けを求める声がかき消されたらどうするんだ」という声が拡散した。さらに、「救助した人をブルーシートで覆いながら歩かざるをえないのは、報道ヘリが空から撮影してるからでしょ。 助けを求める声を掻き消すし、救助作業の能率だって下げてる」「報道ヘリのせいでブルーシートたくさん使わなきゃいけないし、そうなると人手がたくさんいるし、迷惑だってわからないの?」などいうツイートもあり、ここでは「報道ヘリ」と現場の「撮影クルー」が、完全な悪者、邪魔者にされてしまった。 さらに、4月18日のNHK「あさイチ」では、有働由美子アナが、ある視聴者からのFAXを読み上げた。このFAXの主は熊本に住んでいる友人から聞いたと言って、次のようにメディアを批判していた。「余震で崩れそうなお宅の前でテレビ局がずっと待機しているのだそうです。どこの局かはわかりませんが、ご当人にとってはすごく失礼なことではないでしょうか?」メディアを抜きにして被災者救済はできないメディアを抜きにして被災者救済はできない 「報道ヘリ」の騒音批判に関しては、阪神・淡路大震災のときにも同じようなことがあった。現場で瓦礫の下の生存者の救済に当たっている作業員から、「生存者の声がヘリの音がうるさくて聞こえない」という不満の声が上がったからだ。 しかし、当時の神戸上空には報道ヘリだけが飛んでいたわけではない。自衛隊をはじめ多数のヘリが飛んでいた。それなのに、なぜか報道ヘリだけが視聴者の槍玉にあがり、「ヘリで取材するひまがあったら救援物資を落とせ」など、ヒステリックに批判された。 しかし、これらの批判は、みなテレビ報道を見た一般視聴者が、正義感にかられてメディアを批判したもので、きわめて感情的なものである。 今回の熊本でのツイッターやFAXでの批判も、ほぼあのときと同じだ。自分たちは安全なところで見ていて、現場の救援作業が進まない苛立ちを誰かを悪者(つまりメディア)にすることで解消しているに過ぎない。 私は、ツイッターが災害や事件に対して大きな効力を発揮することに異論はない。しかし、それは現場にいる人間や当事者が発するツイッターであり、外野が発するツイッターではない。メディアに向かって「被災者にとってメディアは迷惑な存在だと自覚せよ」などという“正論”をぶつツイッターユーザーには、「そんなに言うなら、あなた自身が現場に行って被災者を助けてみろ」と言いたい。 それなのに、今回もまたメディア側の人間までも、「報道ヘリを1社に限定するようにできないか」「救助は初動72時間が勝負。せめて72時間は報道ヘリが飛ばないよう法制化を」などと言い出したのにはあきれた。 報道ヘリも現場クルーも、ある意味で、“使命感”に基づいて取材をしている。メディアはともかく伝えるということが、最大の使命で、それだけは果たしている。 被災者にとって、メディアは邪魔者かもしれないが、全国の人々にとっては、空撮や現場報道によって伝えないかぎり、その災害の全容はわからない。たとえ一時的に邪魔に思えても、メディアを抜きにしては、被災者の救済はできないと、私自身の経験から思う。梨元勝氏が深く反省したメディアの暴走 話は古くなるが、芸能リポーターの故・梨元勝氏がいちばん悔んでいたのは、「報道ヘリ」で大変な間違いをしでかしたことだった。「あれは本当に間違いだった。いまも悔んでいる」と、私は梨元氏から何度も聞いた。 1986年11月、伊豆大島の三原山が大噴火を起こし、島民が船で緊急避難するという大災害が起こった。このときも、テレビをはじめとするメディアは報道合戦を繰り広げ、ワイドショーも連日、大島と避難した人々の状況を伝えた。 そんな最中、梨元氏はある歌手から両親が大島に住んでいて、かわいがっていた目の悪い老犬を置き去りにして避難してきたという話を聞いた。それで、大島への取材が解禁されたとき、報道ヘリに乗って、その老犬を救出に向かったのである。カメラは報道ヘリの離陸から回され、大島で老犬を発見して東京に戻って来るという一部始終がワイドショーで放映されると、視聴者から猛烈な抗議が殺到した。「苦しんでいる被災者がいるというのに、犬1匹のためにヘリを飛ばすとはなにごとだ」 これは、視聴者の言う通りだった。梨元氏は深く反省し、視聴者に謝罪した。 「ともかく視聴率。そのために感動的なシーンを撮れればと後先を考えずに突っ走ってしまった」と、梨元氏はうなだれた。 これはメディアの暴走の最たる例だが、現在のテレビ報道はここまでひどくはないだろう。最悪のとき、人間は言葉を失う最悪のとき、人間は言葉を失う いずれにせよ、被災地は一種の戦場である。被災した人々の悲しみ、苦しみははかりしれなく、どんなメディアであろうと、それを正確に伝えることなどできない。 ところが、メディアは、時としてその使命を逸脱し、「お涙ちょうだい」報道をしたがる。また「大変だ、大変だ」と騒ぎたがる。そのため、被災者の悲しみや苦しみを増幅して伝えたいがために、マイクを向け、「大変なことになりましたね」「いまなにが必要ですか?」「なにが足りませんか?」などと、聞きまくる。 しかし、本当に悲しんでいる人間、苦しんでいる人間は、これに答える余裕などない。最悪の状況のとき、人間は言葉を失う。 したがって、「水が足りません」「食料がもらえない」「夜、眠れません」などと答えられる人間は、被災者のなかでも、失礼を顧みずに言えば、まだマシな方々である。それなのに、現場を知らないツイッターユーザーは、被災者の心の痛みがわかっていないとメディアを批判する。物資が届かず休業するコンビニエンスストアが多い中、開いている店舗には飲み物など少ない商品を求め買い物客が長蛇の列を作ることが多く見られた=4月16日午後、熊本市東区(鳥越瑞絵撮影) 余談かもしれないが、熊本の私の知人は、こういったことがバカらしくて、被災地から福岡に逃げてホテル暮らしを始めた。 「メディアも被災者も一体になって、モノが足りないなどと言っているが、車でも電車でもちょっと走れば佐賀や福岡に行ける。水がない、食料がないなんて言っているが、そんなに欲しいなら自分から動けばいいではないか。 本当に被災して困り果てている方たちは別だが、ここは日本だ。コンビニはどこにでもある」硬直したシステムを批判せよ 今回も、地震から数日たって、被災地に救援物資が届いていないことが明るみになった。役所には企業や団体から届いた食料や毛布などが山積みになっているのに、被災地の現場には届けられていない。 これは、ほぼ役人のせいである。役人は誰かの命令があり、またそれが規則通りでないと動かない。誰も自分から動こうなどとしないのである。 私は、世界で地震や災害が起こるたびにボランティア活動をしているあるキリスト教団体の代表(アメリカ人)と付き合いがあるが、彼はいつもこのことをこぼしている。「神戸のときも東日本のときも、真っ先にメンバーと駆けつけましたが、役所に行くと“なにしに来た”です。まだなにも決まっていないからやることはないと言われます。外には苦しんでいる人がいっぱいいるのに、彼らは届いた救援物資の仕分けをしていたり、会議を延々としていたりしているのです。そんなことをするより、すぐ目の前にある災害に立ち向かうべきです。 欧米ではこんなことはありえません。ボランティアで行くと、よく来てくれた、すぐにこれをやってくれと言われます」 ツイッターなどのSNSユーザーは、メディア批判する余裕があるなら、むしろ、こうした日本の硬直したシステムを批判すべきだろう。ホリエモンが批判した自主性のなさホリエモンが批判した自主性のなさ ところで、今回の熊本大地震で、ホリエモンこと堀江貴文氏と尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏が、ネット上で火花を散らした。 地震発生後から、テレビメディアなどは、いつもの伝で番組などを自粛した。これに対し、ホリエモンは「熊本の地震への支援は粛々とすべきだが、バラエティ番組の放送延期は全く関係無い馬鹿げた行為。人のスケジュールを押さえといて勝手に何も言わずキャンセルするとはね。アホな放送局だ」とツイートしたのである。 これは別の意味でのメディア批判である。 ホリエモンは「単に『こんな時に馬鹿な番組やりやがって』というノイジーマイノリティの苦情を受けるのが嫌なだけ」と、メディアの自主性のなさを批判した。 ところが、尾木氏は「番組自粛はごく自然な人間らしい判断」とのタイトルでブログを更新。「水も食料もなく避難所にも入れないで グランドで寒さのなか身を寄せあっておられるたくさんの被災者の皆さん さておいて普段通りの楽しい番組構成にブレーキかかるのあまりにも当然!人間らしい共感能力あれば自粛して工夫しようとするのはあまりにも当然!」だとしたのである。さらに、「自粛するテレビをバカにするのはとんでもない鈍重と言わざるを得ません…」と、間接的に堀江氏に反論した。 これは、どちらの言い分が正しいか正しくないかの問題ではない。自粛しようとしまいと、それはそのメディアの判断だからだ。したがって、尾木氏のように被災者に同情して「自粛すべき。それが当然」という考えは、一種の“欺瞞”であり、単一の価値観の押し付けである点で、私は賛同できない。 この世の中には、どんな価値観があってもよく、それが多様なほど社会は豊かになるからだ。メディアの判断で立ち向かえ 最後に、日本の放送法は、災害などの報道でなにを規定しているのかを書いておきたい。 放送法「第6条の2・災害の場合の放送」は、このように述べている。「放送事業者は、暴風、豪雨、洪水、地震、大規模な火事その他による災害が発生し、又は発生するおそれがある場台には、その発生を予防し、又はその被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない」 また、災害対策基本法の第6条では、指定公共機関(NHK)及び指定地方公共機関(民放)は、その業務を通じて防災に寄与しなければならないと規定されている。 要するに、災害時にはこのようなガイドラインに基づいて報道すべきということだが、その判断は報道機関に任されている。メディアは自身の判断で、災害報道に立ち向かえばいい。

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    行方不明の母親を捜す子供に密着するテレビ報道の意義とは?

    マイクを向けるレポーター。スタジオではタレントが情緒的なコメントを流し、視聴者の涙を誘う。このような災害報道の手法は、被害の実態を知る上である程度は必要だろう。しかし、中にはその意義を疑いたくなるような報道も見られる。報道のあり方について、慶應義塾大学の大石裕教授が解説する。* * * 時間の経過とともに被災地以外に向けた情報が目立ち始めるのは、新聞だけでなく、キー局中心のテレビ報道も同じだ。さすがに仰々しい効果音をつけて過剰な演出が目立った阪神・淡路大震災の時と比べれば改善されているが、それでもまだ取材方法などに問題点は残る。  たとえば、3月16日のフジテレビの報道特番では、子供の死亡届を出す一家に密着する場面が放送された。  火葬場でスタッフが「今日はどういったことでいらっしゃったのですか」と声をかける。こうした取材方法に関しては、ネットなどで非難の声があがっている。確かにこの部分だけを見れば、非常識といわれても仕方ない。ただ全般的に見れば、火葬場の現状など被災地の情報を伝えているとの評価もできるので、ニュースとして一定の価値は認められる。ただ、亡くなった子供の中学生らしき姉までにマイクを向ける必要はなかった。  あるいは、3月20日、9日ぶりに80歳の女性と高校生の孫が倒壊した家の中から救出されて、各局は一斉に報じた。  それ自体は捜索の意義を伝えるという点でニュースバリューはある。ただし、その翌日の報道でNHKなどが「少年と父親の了解を得て、医師の許可をもらい時間を限って代表取材」という断わりを入れて少年へのインタビューを放送したが、まだ精神的ショックも癒えていない少年にマイクを向ける必然性はなかったのではないか。  また同じような救助劇でも、震災から3週間後の漂流していた犬を救出したニュースは、報道する価値からいえば低い。ただ目新しいものに飛びついただけで、とても報道すべき出来事だったとはいえないだろう。  このように時間が経過するうちに報道する側も飽和状態に陥る。そこで被災地以外の視聴者を引きつけようとして、キー局のキャスターやレポーターを現地入りさせる手法をよく目にする。確かに被災地外の視聴者にとっては、見慣れた人間が現場をレポートすれば共感を覚えるだろう。  しかし、現場をよく知る地方局の記者をあまり起用せず、被災前の現場をほとんど知らないレポーターが同じような質問を被災者に投げかけることにどれだけの意味があるのだろうか。結局は現場の悲惨さを伝えることに終始してしまい、既存のシナリオやストーリーに落とし込みがちだ。被災者にこういう問いかけをするとこう答え、視聴者はこう感じるだろうという、あらかじめ予測しうる範囲内でしか考えられず、悲しみを前面に出した同じような報道の繰り返しが目についた。関連記事■ 3.11震災特番惨敗の裏でテレ東再放送ドラマ視聴率9%と好調■ 民放テレビ 被災者を泣かせる過剰演出はもう止めての声出る■ 視聴者からのクレームでフジテレビに「半袖禁止令」が出る■ 小林麻耶の報道番組大コケ以降ゴールデンでバラエティ激増 ■ 韓国メディアによる「日本沈没」報道に韓国人「下劣」と批判

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    メディア災害報道に批判集中 ネット時代の取材ガイドライン作れ

    安倍宏行(Japan In-depth 編集長) 自然災害が続いている。広島の土砂災害の猛威に震撼したばかりなのだというのに、御嶽山の噴火はあまりに突然で、驚きを禁じ得ない。その被害はさらに拡大するかもしれず、自然の猛威の前に人間は無力だと改めて感ぜずにはいられない。 そうした中、今に始まったことではないが、ネット上では、メディアの取材手法に批判が集まっている。広島の土砂災害の時だけでなく、生き埋めになった人を捜索している時に各社が報道ヘリを飛ばすことは捜索を妨害するとの声が上がっている。また、被害現場近くまで取材クルーやリポーターが大挙して押しよせることも批判の的だ。広島土砂災害で最も被害が大きかった安佐南区で、住宅街に流れ込んだ土砂=2014年8月20日午前、広島市(森田達也撮影) 今回の御嶽山の噴火では、噴火直前にツイートしていた人に、多くのメディアが情報を得ようとツイッターでコンタクトを取ろうと試みたが、噴火で安否がわからない人に群がるハイエナのようだ、とネット上で厳しく糾弾された。 メディアが速報を競い、時として過熱気味に取材攻勢に走ることを戒める声は日増しに強くなっている。実は、新聞・テレビ、それぞれ自主規制ガイドラインを決めている。(注1)どちらも2001年に制定されているにもかかわらず、今も批判に晒されていることをメディアは真摯に受け止めねばならない。 特に、SNSを使っての取材は東日本大震災後、急速に普及してきた感がある。SNSを学生時代から当たり前のように使ってきた記者が増えていることも関係しているが、二つの点で気を付けるべきだ。 一つは、ネット上の情報の信頼性だ。そもそも裏が取れている情報なのかどうか、不確かである。うっかり引用しようものならとんでもないやけどをする可能性がある。また、情報が投稿された時間もよく調べないと危険だ。本人の投稿と他人によるリツイートやシェアなどが混在しているからだ。既存のメディアは速報スピードでもはやSNSには勝てない 二つ目は、ネットを使っての取材手法の問題だ。ツイッターやフェイスブックを使って取材する記者が増えている。広く情報提供を呼びかけるパターンと、直接取材対象を絞ってその人にコンタクトを取るパターンがあるが、特に後者は今回の御嶽山のケースのように、一歩間違うと批判の対象となり易い。今後はSNSを使った取材がどのような問題を引き起こすのかを想定した新たなガイドライン作成が必要であろう。 さて、既存のメディアは速報の速さでもはやSNSには勝てないことが分かっている。無論、情報を早く伝達する努力を放棄すべきではないが、事件・事故・災害が起きた場合、その原因を特定し、対策を提示することもメディアの大切な役割だろう。 先日NHKが、群馬県下仁田町の防災の取り組みについて特集を組んでいた。過去幾度となく土石流などの被害を受けてきたこの町は、行政に頼らず、住民自ら自然を日常的に観察し、異常値を検知したら自主避難を住民に勧告するシステムを構築している、という内容だった。 沢などの水の流れの目視や、自家製のコップ型雨量検知器を使っての雨量の測定を通じ、異変を感じたら係りの人が自治会長にすぐ連絡し、自治会長が各地区のリーダーに避難を呼びかけるという。又、過去どの場所でどんな災害が起きたかが詳細に記載されている防災マップも作成し、各戸に配布している。まさしく、「自助」「共助」の参考となる例であろう。 こうした地域の優れた取り組みを紹介することが、各自治体の防災意識を喚起することになり、将来の災害時の被害を減じることにつながると思う。とても有意義な放送だった。 災害時の報道で、メディアは1次情報の提供だけでなく、災害が起きた原因を分析し、被害を最小限に止める為に今後私たちはどうしたらいいか、具体的に提案をしていくことがこれまで以上に求められている。注1)日本新聞協会 集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解http://www.pressnet.or.jp/statement/report/011206_66.html民間放送連盟 集団的過熱取材(メディア・スクラム)問題に関する民放連の対応についてhttp://www.j-ba.or.jp/category/topics/jba100553(「Japan In-depth『編集長の眼』」より2014年9月29日分を転載)

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    地震発生確率はなぜ上昇するのか?「大地動乱の時代」正しく理解せよ

    と大きな津波をもたらすことは必定(ひつじょう)です。すなわち、東日本大震災と同じか、それを超える激甚災害が、今度は西日本で起きると考えられるのです。 最近の研究から、東海地震・東南海地震・南海地震に加えて、もう1つ西の震源域が連動する可能性があることがわかってきました。すなわち、南海地震の震源域の西に位置する日向灘も連動し、四連動地震が「西日本大震災」を引き起こすおそれがあるのです。 今回ご紹介したように、研究の進展によって、マグニチュードも地震発生確率も大きく変わる可能性があります。地球の現象には、前提条件の変化により大きく結果が変わる「構造」があることも、ぜひここで知っていただきたいと思います。 去年の東日本大震災から、日本列島では「大地動乱の時代」が始まってしまいました。できるだけ最新の情報を入手し、正しく理解することで、「巨大災害の時代」を乗りきっていただきたいと願っています。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。関連記事■ 地震の発生確率を理解する~「地震報道」の正しい読み方(1)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる

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    次に巨大地震が起きるのはここだ!

    最大震度7を観測した熊本地震は、2日後に阪神大震災に匹敵するマグニチュード7・3の「本震」を記録した。最初の地震に誘発され、新たな地震や余震が次々と発生、震源域も阿蘇から大分へと北東に移動を続ける。不気味なつながりをみせる「巨大地震の連鎖」。次に備えるべき危険エリアはここだ!

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    緊急報告! 西日本大震災に備えよ

    鎌田浩毅(京都大学教授)(鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』より)南海トラフ巨大地震の災害予測 現在、国は「想定外をなくせ」という合い言葉のもとに、南海トラフ巨大地震で起こりうる災害を定量的に予測している。中央防災会議が行った被害想定では、東北地方太平洋沖地震を超えるM9.1、また海岸を襲う最大の津波高は34メートルに達する。加えて、南海トラフは海岸に近いので、一番早いところでは2分後に巨大津波が海岸を襲うのだ。 地震災害としては、九州から関東までの広い範囲に震度6弱以上の大揺れをもたらす。特に、震度7を被る地域は10県にまたがる総計151市区町村に及ぶ。その結果、犠牲者の総数32万人、全壊する建物238万棟、津波によって浸水する面積は約1000平方キロメートル、という途方もない被害が予想されている。 南海トラフ巨大地震が太平洋ベルト地帯を直撃することは確実だ。被災地域が産業・経済の中心地にあることを考えると、東日本大震災よりも一桁大きい災害になる可能性が高い。 すなわち、人口の半分近い6000万人が深刻な影響を受ける「西日本大震災」である。 経済的な被害総額に関しては220兆円を超えると試算されている。たとえば、東日本大震災の被害総額の試算は20兆円ほど、GDPでは3パーセント程度だった。西日本大震災の被害予想がそれらの10倍以上になることは必定なのである。9世紀と酷似する日本列島 南海トラフ巨大地震の発生が確実視される21世紀は、日本史の中でも特異な時代として記録されるのではないか。というのは、地球科学的には同じように異常だった9世紀の日本と酷似しているからである。 地球科学では地層に残された巨大津波の痕跡や、地震を記録した古文書から、将来の日本列島で起こりうる災害の規模と時期を推定している。これに従って、9世紀の日本で何が起き、さらに今後何が起きうるのかを考えていこう。 「3.11」は869年に東北地方で起きた貞観地震と酷似している。そして驚くべきことに、1960年以降に日本で起きた地震や火山噴火の発生地域や規模が、9世紀のそれによく似ているのである。具体的に見てみよう。 9世紀前半の818年に北関東地震が発生した。ここから9世紀の「大地変動の時代」が始まり、827年の京都群発地震、830年の出羽国地震と直下型地震が続いた。 9世紀は地震だけでなく火山の噴火も頻発していたので見ておこう。832年に伊豆国、837年に陸奥国の鳴子、838年に伊豆国の神津島、839年に出羽国の鳥海山、と各所で立て続けに噴火した記録が残っている。2020年と2029年という計算 その後の地震発生を見ると、841年に信濃国地震と北伊豆地震が相次ぎ、850年には出羽庄内地震、863年には越中・越後地震が起きた。その直後の864年には富士山と阿蘇山が噴火するという事件が起きた。 さらに、868年に播磨地震と京都群発地震が発生し、871年に出羽国の鳥海山、また874年に薩摩国の開聞岳が噴火した。 そして東日本大震災に対応される869年の貞観地震の発生である。これが起きた9年後の878年には、相模・武蔵地震と呼ばれる直下型地震(M7.4)が関東南部で起きた。 さらに、その9年後の887年には、仁和地震と呼ばれる南海トラフ巨大地震が起きた。 これはM9クラスの地震で、大津波も発生した。そして最後の2つの地震が今後の予測に関してきわめて重要なのである。2020年と2029年という計算 たとえば、こうした「9年後」と、「さらに9年後」に起きた地震の事例を、21世紀に当てはめてみよう。東日本大震災が起きた2011年の9年後に当たる2020年は、東京オリンピックの年である。 単純に計算すると、その頃に首都圏に近い関東で直下型地震が起き、さらに9年後の2029年過ぎに南海トラフ巨大地震が起こることになる。もちろん、この年号の通りに地震が起きるわけでは決してないのだが、もしこの周期が合ってしまうととんでもないことになる。地震で倒壊した皇嘉門大路の築地塀跡。大量の瓦の破片が地震のすさまじさを物語る=京都市下京区 9世紀に起きた大地震のうちで近年まで起きていないものが、首都直下地震と南海トラフ巨大地震の2つなのだ。しかも、後者の南海トラフ巨大地震は、発生の時期が科学的に予想できるほとんど唯一の地震である。 我々専門家ができることは、過去のデータから判断して、確実にそれが起きると見做すことと、10年ほどの幅を持たせて時期を予測すること、だけである。しかし、これでも人生や仕事の将来を決める上では、非常に貴重な情報となるのではないか。「知識は力なり」。知識があるかないかで、将来に対する意識が全く違ってくる。「3.11」以降の日本列島は千年ぶりの大変動期に突入した、といっても過言ではないことを、しっかりと認識すべきなのである。 我々は東日本大震災の教訓として、「想定外をできるだけなくす」ことを学んだはずである。様々なタイプの地震が起きることを「想定内」とし、必ずやって来る巨大災害に向けて今から準備していただきたい。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。関連記事■ 西日本大震災という「時限爆弾」■ 地震の発生確率を理解する~「地震報道」の正しい読み方(1)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる■ 中国からみた東日本大地震

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    3連動の南海トラフMEGA地震 「地盤の動乱」が始まった

    鎌田浩毅(京都大学教授)(鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』より)3つの巨大地震が発生する確率 政府の地震調査委員会は、日本列島でこれから起きる可能性のある地震の発生予測を公表している。全国の地震学者が集まり、日本に被害を及ぼす地震の長期評価を行っている。今後30年以内に大地震が起きる確率を、各地の地震ごとに予測している。 たとえば、今世紀の半ばまでに、太平洋岸の海域で、東海地震、東南海地震、南海地震という3つの巨大地震が発生すると予測している。すなわち、東海地方から首都圏までを襲うと考えられている東海地震、また中部から近畿・四国にかけての広大な地域に被害が予想される東南海地震と南海地震である。 これらが30年以内に発生する確率は、M8.0の東海地震が88%、M8.1の東南海地震が70%、M8.4の南海地震が60%という高い数値である。しかもそれらの数字は毎年更新され、少しずつ上昇しているのである。今世紀の半ばまでには必ず発生すると断言しても過言ではない。 地震の発生予測では2つのことを予測している。1つは今から数十年間において、何パーセントの確率で起きるのかである。巨大地震は「プレート」と呼ばれる2枚の厚い岩板の運動によって起きる。プレートが動くと他のプレートとの境目に、エネルギーが蓄積される。 この蓄積が限界に達し、非常に短い時間で放出されると巨大地震となるのだ。プレートが動く速さはほぼ一定なので、巨大地震は周期的に起きる傾向がある。この周期性を利用して、発生確率を算出するのである。  たとえば100年くらいの間隔で地震が起きる場所を考えてみよう。基準日(現在)が平均間隔100年の中ほどに入っているケース、つまり、銀行の定期預金にたとえればまだ満期でない場合に、発生の確率は低くなる。しかし、基準日が満期に近づくと、確率は高くなる。実際には確率論や数値シミュレーションも使って複雑な計算を行うのである。 もう1つはどれだけの大きさ、つまりマグニチュードいくつの地震が発生するのかである。こちらは、過去に繰り返し発生した地震がつくった断層の面積と、ずれた量などから算出される。 こうして30年以内に発生する確率予測が出されるのだが、これはコンピュータが計算するので誰がやっても同じ答えが出る。逆に言うと、人間の判断が入る余地が生じないので、国としてはこうした情報を出したがるとも言えよう。「西日本大震災」という時限爆弾「西日本大震災」という時限爆弾 今後30年以内に地震が起きる確率に対して、以下で述べる予測には人間の判断が入っている。過去の地震に関するあらゆる観測情報を総合判断して行う予測である。 近代地震学が我が国に導入されて地震観測が始まったのは、明治になってからである。それ以前の地震については観測データがないので、古文書などを調べて、起きた年代や震源域を推定している。 その結果、我々が最も懸念する地震は、これから西日本の太平洋沿岸で確実に起きると考えられる巨大地震である。 過去には東海から四国までの沖合いで、海溝型の巨大地震が、比較的規則正しく起きてきた。こうした海の地震は、おおよそいつ頃に起きそうかを計算できる。この点が、数千年の周期を持ち、いつ動くとも動かないともわからない活断層が引き起こす直下型地震と大きく異なる。南海トラフ巨大地震を想定した「日米共同統合防災訓練」で、高知市の種崎海岸に上陸した海上自衛隊のホーバークラフト型揚陸艇=2015年6月7日 そして巨大地震の予想される震源域は、太平洋沖の「南海トラフ」と呼ばれる海底にある。「3.11」の主役は太平洋プレートだったが、次回の主役はその西隣りにあるフィリピン海プレートである。南海トラフとはフィリピン海プレートが西日本の陸地に沈み込む、いわば海のプレートの旅の終着点である。 なお、太平洋プレートの終着点は「日本海溝」や「伊豆・小笠原海溝」であり、フィリピン海プレートの終着点は「南海トラフ」なのである。ここで「海溝」と「トラフ」と異なる用語が用いられているが、言葉の違いについて説明しておこう。 トラフは日本語では「舟状海盆」である。読んで字のごとく舟の底のような海の盆地だ。トラフでは海のプレートが海底になだらかな舟状の凹地形をつくりながら、日本列島の下に沈み込んでいく。それに対して、海溝はプレートが急勾配で沈み込んでいく場所にできる深く切り立った溝である。 海溝もトラフもプレートの終着点にできるが、地形の違いによって名前を分けるというのが、地球科学のしきたりなのだ。ちなみに、トラフと名付けられたものは他にも沖縄トラフ、相模トラフ、駿河トラフなどがある。 また海溝としてはマリアナ海溝、千島海溝、琉球海溝などがある。いずれも「3・11」以後の新聞や雑誌によく出てくる地名なので、既にお馴染みとなっているかもしれない。 さて、南海トラフの海域で起こる東海地震・東南海地震・南海地震の3つの活動史について具体的に見てゆこう。 歴史を繙くと、南海トラフ沿いの巨大地震は、90~150年間おきに発生してきた。やや不規則ではあるが、緩い周期性があることがわかっている。こうした時間スパンの中で、3回に1回は超弩級の地震が発生してきた。 その例としては、1707年の宝永地震と、1361年の正平地震、887年の仁和地震が知られている。過去の西日本では300~500年間隔で巨大地震が起きていた。 実は、近い将来に南海トラフ沿いで起きる巨大地震は、この3回に1回の番に当たっている。すなわち、東海・東南海・南海の3つが同時発生する「連動型地震」というシナリオである。これらの震源域は極めて広いので、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えると想定されている。 具体的に地震の規模を見てみよう。1707年宝永地震の規模はM8.6だったが、これから起きる連動型地震はM9.1と予測されている。すなわち、今回の東北の地震に匹敵するような巨大地震が西日本で予想されるのである。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。関連記事■ 緊急報告!西日本大震災に備えよ■ 地震の発生確率を理解する~「地震報道」の正しい読み方(1)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる■ 震災時の学校の対応を分けたもの

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    マグニチュードと震度の関係は? 地震予測情報とどうつき合うか

    「地震報道」の正しい読み方(1)鎌田浩毅(京都大学教授)東日本大震災以後、さまざまな地震予測情報がマスコミを通じて流れているが、過剰な危機感をもつのも、慣れてしまって油断するのも問題だ。地震予測情報とは、いかにつき合えばいいのだろうか。「M8クラスが30年以内に87%」ってどういうこと? 東日本大震災以降、さまざまな地震発生の予測に関する情報が発信され、マスコミで大々的に報道されています。これによって一般の国民は過剰な心配をしたり、逆に予測情報を軽視したりという正反対の現象が起きています。 私は地球科学を専門にしており、地震・津波・噴火のアウトリーチ(啓発・教育活動)を行なってきましたが、現在、皆さんからたくさんの質問をいただいています。疑心暗鬼になっている方々も少なからずいるため、ここではマスコミに飛び交っている情報を理解する際に必要な内容を厳選し、わかりやすく解説します。正しい理解をすることで、日本列島で3・11から始まった「大地動乱の時代」を乗りきっていただきたいと思います。マグニチュードと震度の関係とは? 地震が発生すると直ちに「震度5弱の地域は○○」と発表されます。その後しばらくして、「マグニチュード7.2、震源の深さは30km」などという情報がテレビやインターネットで流れてきます。最初にこの説明をしておきましょう。 1つの地震に対して「マグニチュード」は1つしか発表されません。一方、「震度」は地域ごとに数多く発表されます。マグニチュードは地下で起きた地震のエネルギーの大きさ、震度はそれぞれの場所で地面が揺れる大きさを示します。したがって、マグニチュードと震度は、似たような数字でも、まったく異なる意味をもつのです。 いま大きな太鼓が1回鳴ったとイメージしてください。マグニチュードは、この太鼓がどんな強さで叩かれたのかを表わします。震度は、音を聞いている人にどんなふうに聞こえたか、ということです。 太鼓の音は、すぐそばで聞くと大きな音ですが、遠くで聞くと大した音ではありません。このように震度は、太鼓の音を聞く場所、つまり震源からの距離で変わってきます。1つのマグニチュードからさまざまな震度が生まれるのは、このためです。 東日本大震災はマグニチュード9の巨大地震でしたが、震源から遠ければ震度は小さくなりました。一方、マグニチュード6でも、自分がいる真下で起きれば非常に激しい揺れを感じます。「直下型地震」と呼ばれる危険な現象です。 地震の規模を示すマグニチュードとエネルギーの関係をみておきましょう。マグニチュードは、数字が1大きくなると、地下から放出されるエネルギーは32倍ほど増加します(図1)。マグニチュード7とマグニチュード8は、数字としてはたった1の違いですが、非常に大きなエネルギーの差となるのです。 東日本大震災以後、マグニチュード7や6の地震が頻発したため、私たちは地震の巨大なエネルギーに鈍感になっていますが、東日本大震災のときに放出されたエネルギーは、1923年の関東大震災の約50倍、また1995年の阪神・淡路大震災の約1400倍だったのです。図1から、マグニチュードの数値が示すエネルギー量の違いを、直感的につかんでいただきたいと思います。地震発生確率とはどういうものか?地震発生確率とはどういうものか? 政府の地震調査委員会では、日本列島でこれから起きる可能性のある地震の発生確率を公表しています。地震調査委員会は文部科学大臣を本部長とする地震調査研究推進本部のなかにあり、全国の地震学者が結集して、日本各地で被害をおよぼす地震の長期評価を行なっている機関です。今後30年以内に大地震が起きる確率を、地震ごとにインターネットで公表しており、毎年更新されています。 日本列島では、太平洋や日本海で発生する「海の巨大地震」と、内陸にある活断層で発生する「直下型地震」の両方が問題となっています。 今世紀の半ばまでに、マグニチュード(以下、Mと省略します)8クラスの巨大地震が、高い確率で、東海から近畿・四国地方にかけての太平洋側で発生すると予測されています。「東海地震」が87%(M 8.0)、「東南海地震」が70%(M 8.1)、「南海地震」が60%(M8.4)という確率です。また、東京湾の周辺で起きる「南関東の地震」(M7クラス、70%)も差し迫っています。 さらに、内陸の活断層によって発生する地震としては、神奈川県西部にある神縄(かんなわ)-国府津(こうず)-松田断層(M 7.5)が、日本全体でも最大級の確率(最大16%)です。活断層で発生する地震は、海域の地震に比べると確率が低いと思われるかもしれません。しかし、地震は震源からの距離が近いほど揺れが大きくなるので、大都市の直下や隣接地域で起きる地震では莫大な被害が出ます。こうした直下型地震に突然襲われたときの被害の大きさは、阪神・淡路大震災で証明済みです。 東海地方から近畿・四国地方にかけては、先に挙げた東南海地震と南海地震が最重要です。これらの地震は名古屋・京都・大阪といった大都市に激しい揺れをもたらすでしょう。同時に、沿岸部を襲う津波にも警戒しなければなりません。たとえば、1944年の東南海地震と1946年の南海地震では、それぞれ1000人を超す犠牲者が出ました。 右の図は地震調査研究推進本部が発表した「地震動予測地図」です(クリックすると拡大します)。今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を、日本地図上に色分けして描いたものです。 これらを「確率が高い」(3%以上)、「やや高い」(3~0.1%)、「その他」(0.1%未満)と3つに分けて、生活に身近なものと比べてみましょう。 「確率が高い」とは、「交通事故で負傷(24%)」から「空き巣の被害(3.4%)」までを含む確率です。また、「やや高い」とは、「交通事故で死亡(0.2%)」から「火災で催災(1.9%)」程度の確率です。この数字をみると、「震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」というのが、決して低いものではないことが実感できるのではないでしょうか。 何よりも、「確率が高い」地域は全国の3割におよんでおり、日本列島はどこでも地震が起きることが、この図からわかっていただけると思います。すなわち、「大地震の被害を受けないで済む街は日本にはない」と考えたほうがよいのです。 もう1つ別の問題もあります。私はこうした表示自体がわかりにくいのではないかと危惧しています。たとえば、東海地震の「30年以内に87%の確率でM8クラスの大地震が起きる」という表現です。文系の知人は私に、「この文言では身近に感じられない」と語りました。もし「1カ月以内に99%の確率」であったならば危機感も募るでしょうが、30年では緊張が続かないというのです。 さらに、毎回このように脅されていたのでは、だんだん慣れてしまう、という問題も新たに生じています。頻繁に注意が繰り返されるために感覚麻痺が起き、いわゆる「狼少年」状態になってしまうのです。まさに「伝え方」、すなわちコミュニケーションの課題が、地震防災の根底にあるのです。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。 関連記事■ 地震予測、基礎のキソ~「地震報道」の正しい読み方(2)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる

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    大忙しの気象庁、天気予報から防災まで

    古川 武彦 自然災害が相次ぐ中で、気象庁の存在感が増している。地震、津波、火山噴火からオゾン層の監視まであらゆる自然現象を扱う「技術屋官庁」の進化と実像を紹介する。阿蘇山の噴火について記者会見する気象庁の北川貞之火山課長(2015年9月14日 東京・大手町)/時事 津波で1万8千人を超える犠牲者を出した2011年3月の東北太平洋沖地震以来、日本列島は「災害列島」と化している。2014年8月には豪雨による広島土砂災害で70名を超える人命が失われ、同年9月の御嶽山の噴火で火山災害としては戦後最大の死者58名、行方不明者5名の犠牲者を出した。そして2015年9月、台風に伴う豪雨で茨城県を流れる鬼怒川が決壊、常総市を中心に村落や田畑があっという間に浸水に見舞われて一面の湖と化した。茨城県常総市・台風による豪雨で湖と化した村落(撮影:古川武彦)日常生活の情報インフラとして 最近は、こうした事象が起きるたびに気象庁が表舞台に登場し、予報課長や地震津波監視課長などによる記者会見がテレビ中継される。大忙しの気象庁である。もちろん災害時ばかりなく、今日の気象サービスは、社会における必須の情報インフラとして日常生活に浸透している。まず天気予報の進化には目をみはる。1時間刻みの「ピンポイント予報」、1、2日先までの「短期予報」、さらに「週間予報」や「1カ月予報」などがある。 ひとたび地震が起きるや否や、震源域や各地の震度、さらに数分もしないうちに津波の有無、津波の恐れがある場合にはその到着時刻までも発表される。それどころか地震の揺れを感じる前に、「緊急地震速報」が茶の間やスマホ、携帯電話にまで伝達される。火山活動の監視も24時間体制で行われている。黒潮や親潮の観測、波浪予報のためなどに、数隻の海洋観測船と漂流ブイ、沿岸波浪計なども運用されている。 この気象庁、一般には天気予報を行う官庁だと思われがちだが、そのサービス範囲、またどんな観測システムや予測技術に基づいているか、さらに組織や予算に関しては、世間にあまり知れられていない。世界でもまれな「オールラウンド」のサービス 気象庁の前身は1875年にわずか10人足らずの、しかもお雇い外人の指導の下に発足した東京気象台だ。内務省地理局の所管から文部省に移管されて中央気象台に改称、戦後は旧運輸省の所管となり、1956年に気象庁に昇格した。2001年、中央省庁の再編で国土交通省の外局となった。その長は長官と定められており、海上保安庁や観光庁と同格である。 気象庁の大きな組織的特色は、歴代の台長および長官以下、職員のほとんどがいわゆる技術屋で占められていることだ。 その守備範囲は天気予報に代表される気象から、洪水などの水象や土砂崩れ、地震・火山、津波、海洋、さらに航空機向けの気象、CO2やオゾン層の監視にいたる。つまり、「空」「陸」「海」に起きるほとんどすべての自然現象を相手にする組織だ。 世界的に見てもこのようなオールラウンドの政府機関は珍しい。例えば、米国ではNWS(National Weather Service)、英国ではMet Office(Meteorological Office)、中国ではCMA(China Meteorological Agency)、韓国ではKMA(Korean Meteorological Agency) など、気象サービスに特化されている。 実際に気象庁が行う天気予報などの具体的なサービス内容は、1952年に制定された「気象業務法」に基づく。この業務法は翌年のサンフランシスコ平和条約の発効を契機に、気象庁のサービスを規定するべく新たに制定されたものだ。日本は1953年に国際連合の専門機関である世界気象機関(WMO)および国際民間航空機関(ICAO)の一員となった。国連への加盟を果たしたのは、その3年後のことだ。24時間体制のオペレーション 気象庁の組織は、本庁の内部部局として総務、予報、観測、地震火山、地球環境・海洋の5部が置かれ、予報課や地震津波監視課、環境気象管理官など合計21の課・管理官がある。付属機関として気象研究所、気象大学校、気象衛星センターなどがあり、地方組織としては、「札幌管区気象台」などの管区ブロック制を敷く。 各管区の下に府県ごとに置かれている「地方気象台」がある。地方気象台には約30人の職員が勤務しており、日々の天気予報や気象警報などのオペレーションを、交代勤務をしながら24時間体制で行っている。さらに、気温や気圧、風などの地上気象観測も行っている。茨城県・水戸地方気象台の観測露場(撮影:古川武彦) 別途、成田や羽田などの各空港には、航空機の安全運航などを支援するため「航空地方気象台」や「航空測候所」などが配置されている。 気象庁は約5200人の職員と年間予算約600億円で運営されており、そのうち、機器の整備・維持費などの物件費が約40%を占めている。先駆的だった無人気象観測システム「アメダス」 気象庁は常に「IT社会」の最先端に位置し続けたと言っても過言ではない。以下に、主な観測システムを見てみよう。 まず、どこに雨が降っているかを常時監視できる「気象レーダー」は1950年代半ばに導入され、全国展開された。全世界に先駆けて開発された無人気象観測システム「アメダス(AMeDAS)」は1974年に運用開始となり、全国約1300カ所に配置されている。「アメダス」は当時の電電公社の協力により電話回線でデータ通信が可能になった環境を最初に取り入れたシステムだった。福井県越廼アメダス観測所(気象庁)気象レーダーとアメダスのデータを総合した「降水ナウキャスト」画像(気象庁) 「気象レーダー」と「アメダス」のデータを総合化することにより、今や雨の現況や数時間先までの予測が可能となり可視化もされている。 一方、空に目を転じると、無線機能を備え、上空約30キロメートルまでの気温や気圧、風などを自動的に観測する「ラジオゾンデ」も全国16カ所で毎日飛揚されている。1式数万円のコストを要するが、使い捨てである。八丈島測候所・ラジオゾンデの飛揚風景(気象庁) 気象衛星「ひまわり」は、台風を初めとした気象の監視に不可欠の手段であり、1977年の初号の打ち上げ以来、8号がこの夏から運用を始めている。約3万5千キロメートルの高度で、地球自転と同じ角速度で飛行しているので常に静止して見える。「ひまわり」の画像から得られる地表面の温度を始め、雲の動きから解析される風情報などは、後述の数値予報と呼ばれる予測モデルにとって不可欠のデータである。 一方、地震の震度や「緊急地震速報」、その数分以内に報じられる津波の有無などの情報の基礎になっているのは、全国各地に展開されている地震計や房総沖などに展張されている海底ケーブルに敷設された地震・津波計のデータだ。それに基づいて気象庁および大阪に設置されている「地震活動等総合監視システム(EPOS)」を用いて、24時間体制で処理し、震源域の決定や津波予報などを行っている。スーパーコンピューター導入による数値予報図1 全球予測モデルの格子網(気象庁) 明治以来、1970年代半ばまでは予報官が天気図をにらんで予報するという人の判断による主観的技術であったが、気象学の進歩、観測技術の発展、そして何よりも大量の計算を迅速に行うことができるスーパーコンピューターの出現によって、今やあらゆる天気予報は気象力学の物理法則を定式化した予測モデル(数値予報モデル)で行われている。 図1は全地球を対象にした予測モデルに用いられる格子点網の概念図である。ここに示されている各格子点上に、初期条件として毎日の観測データをインプットすれば、天気予報の基礎となる気温や気圧、風、降水量などが1時間程度の計算で求められる。このモデルは数値シミュレーション技術に他ならず、予報技術はかつての主観的な技術から客観的な技術(数値予報)へと変革を遂げた。 既述の短期予報のほか、台風の進路予報などもすべて、この数値予報モデルに基づいている。民間の“気象予報士”の誕生 気象庁をめぐる近年の大きな変化は2 つある。まず民間への天気予報の開放だ。細川護煕内閣(1993年~94年)における政府による規制緩和政策の潮流のなかで、民間の参入を促す「気象予報士制度」が誕生した。 現在、気象予報士を抱えて予報サービスなどを行っている民間気象事業者は約60である。気象予報士試験は、第1回の試験以来、この夏の第44回まで、累計17万人を越える受験者があり、1万人弱が合格している。平均の合格率は約6%で、最年少は12歳である。ただ、「気象予報士」の資格で仕事をしている者は、おそらく千人にも到底満たず、受け皿が非常に少ない。今後、地方自治体における防災業務への支援など新たな活躍の場が求められている。 なお、筆者の知る限り、天気予報に対するこのような国家的なライセンスは日本だけであり、米国ではアメリカ気象学会の認定を受けた者が行っている。防災へのシフトと国際貢献2つ目の変化は気象サービスの防災へのシフトだ。象徴的な動きは2013年8月の「特別警報」運用開始だ。頻発する大雨などの異常気象や地球温暖化問題などに対応するべく、長年続いた気象警報のスキームを強化した。「特別警報」は大雨警報と同じく警報のカテゴリーであり、「地方気象台」が県内の市町村を対象に行うが、数十年に一度しかないような非常に危険な状況を想定している。最近の気象台は、当該の市町村の防災関係者に直接的な助言を行うなど、首長が行うべき「避難勧告」「避難指示」などの支援を強化している。最後になったが、気象庁の国際協力に触れたい。気象庁は気象衛星「ひまわり」の運用と国際的な情報交換を始め、「熱帯低気圧地区特別気象センター」、「航空路火山灰情報センター」などの国際的な地域支援センターを多数引き受けており、またスイスのジュネーブにある世界気象機関(WMO)にも職員を派遣している。気象庁のWMOに対する拠出額は全体の約10%でアメリカに次いで世界第2位。さらに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の温暖化レポートの作成にも参画している。気象を扱うには国際協力が必須なのだ。(2015年10月 記)ふるかわ・たけひこ 1940年滋賀県生まれ。気象庁研修所高等部(現気象大学校)および東京理科大学物理学科卒業。理学博士。1959年気象庁入庁後は、気象研究所台風研究部、気象庁(観測部、予報部)、気象庁航空気象管理課長、気象庁予報課長、札幌管区気象台長、気象協会参与などを歴任。この間、アメリカ大気研究センター(NCAR)留学、運輸省官房海洋課出向、JICA技術援助プログラム(ラオス、モンゴル、フィジー)参加。現在「気象コンパス」を通じて、気象に関する情報を発信している。主な著書に『気象庁物語―天気予報から地震・津波・火山まで』(中公新書、2015)、『避難の科学―気象災害から命を守る―』(東京堂出版、2015)、『人と技術で語る天気予報史』(東京大学出版会、2012)等。

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    8世紀末に南海トラフ巨大地震があった

    たのである。これはとても科学先進国とはいえない事態であったというほかない。 右の地震火山部会の建議「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の推進について」が、大略、「地震・火山観測研究計画を地震学・火山学などの自然科学としてでなく、災害科学の一部として推進する。災害誘因(自然現象)のみではなく、災害素因(社会現象)も見通して学融合的に災害を予知する」という趣旨のものとなったのは、それを踏まえたものであった。この建議については2月刊行の『地殻災害の軽減と学術・教育』(日本学術叢書22、日本学術会議編)に詳しく解説される予定で、私も、そこに歴史学からの意見を書いたので、そちらを参照していただければと思う。 こうして、私は、東日本大震災も東京電力の原発事故も人災であったことを詳しく知って一種の義憤にかられざるをえなかった。これを忘れずに、歴史学者として、命のある間は、歴史上の地震の問題についての研究に取り組みたいと考えている。ともかく、地震の経験と、それへの畏怖は、以上に述べたような政治史や宗教史のみならず、日本の歴史において根本的な意味をもっていることは明らかだからである。(2016年3月1日「保立道久の研究雑記」より転載) 

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    的中続出MEGA地震予測 今年は「首都圏東海ゾーン」が要警戒

     測量学の世界的権威である村井俊治・東大名誉教授の「MEGA地震予測」は、抜群の的中率で本誌読者をたびたび驚かせてきた。GPSデータに基づく予測法は、今も日々精度を高めているが、2016年、地震列島・日本の最警戒ゾーンはどこになるのか。村井氏は「2016年も警戒を怠るべきではない」と語気を強める。「昨年下半期には、7月、8月、9月、11月と複数回の全国一斉異常変動が見られました。過去のデータと照らし合わせると、異常変動から半年間は大地震の発生するリスクが非常に高くなっている。2016年春頃までに大きな地震が起こる可能性は高いと考えています」 最も警戒すべきはどの地域か。具体的に見ていく。 村井氏のMEGA地震予測は、自身が顧問を務める民間会社JESEA(地震科学探査機構)が、メールマガジンなどで展開する予測法だ。全国の「電子基準点」のGPSデータから地表のわずかな動きを捉え、地震発生との関連を分析する。 1週間ごとの基準点の上下動による「異常変動」、地表の長期的な「隆起・沈降」(上下動)、地表が東西南北のどの方向に動いているかの「水平方向の動き」の3つを主に分析し、総合的に予測する。 村井氏が、最近の動きから警戒を強めているのが、前記の3指標すべてで異常が見られた「首都圏・東海警戒ゾーン」だ。「特に注目しているのが伊豆諸島です。昨年5月の小笠原諸島西方沖地震(神奈川・二宮町などで震度5強)以降も異常変動が頻発しています。さらに昨年9月の東京湾地震以降も隆起・沈降、水平方向の動きが拡大しており、まだエネルギーは放出しきっていないと考えられます。 多くの人は首都直下型地震ばかりを心配しますが、どこが震源になっても地盤の緩い首都圏は大きく揺れる。実際、2014年5月の伊豆大島近海地震では震源に近い大島は震度2でしたが、千代田区では震度5弱を記録しました」(村井氏) では現在、この「首都圏・東海警戒ゾーン」で何が起きているのか。短期的な地表の上下動データから読み取れる「異常変動」では、2015年7月以降、大島、三宅島、御蔵島などで5cm以上の変動が複数回見られ、中でも八丈島は8月初旬に7.78cmの変動が確認された。「防災の日」に首都直下地震を想定し東京都が行った総合防災訓練。東京湾では医療チームが海上自衛隊のヘリで護衛艦「いずも」の甲板上に降りて救助活動を行った=2015年9月1日午前、東京都江東区(早坂洋祐撮影) 長期的な「隆起・沈降」のデータを見ると、三宅島以北が隆起傾向にあるのに対し、青ヶ島以南は沈降傾向を示している。「三宅島と青ヶ島の高低差は2015年年初の4.8cmから、同年末には7.8cmまで拡大している。隆起と沈降の境目には大きな歪みが溜まっており、今もエネルギーが蓄えられていると考えられます」(村井氏)「水平方向の動き」では、千葉の房総半島南部、神奈川の三浦半島、静岡の伊豆半島南部が周辺地域と違った動きをしている。「特に三宅島では複雑な動きが見られるため、伊豆諸島を震源とする地震の発生を危惧しています」(村井氏) 伊豆諸島以外にも気になる動きがある。村井氏は2015年4月、神奈川県小田原市と神奈川県足柄上郡大井町の2か所に自前の電子基準点を設置し、リアルタイムでデータを収集している。その分析をもとに12月9日、週1回発行しているメルマガで初めて「緊急情報」を配信した。ちなみに大井町は関東大震災(1923年)の震源地である。「瞬間的ですが、大井町の基準点が地震の前兆と思われる大きな異常変動を示したのです。設置間もないうえ、実験段階なので軽々に判断はできませんが、関東大震災同様、首都圏に壊滅的な被害を及ぼす可能性があるため、警告を発しました。しばらくは注意が必要です」(村井氏) その他、村井氏は「北陸・北信越警戒ゾーン」、「北海道中央部警戒ゾーン」、「奥羽山脈警戒ゾーン」、「南海・東南海警戒ゾーン」、「九州南部警戒ゾーン」を“最警戒”と位置付けている。※JESEAでは毎週水曜日にメルマガ「週刊MEGA地震予測」(月額216円)、スマホ用ウェブサービス「nexi地震予測」(月額378円)で情報提供をしている。http://www.jesea.co.jp関連記事■ 2015年前半 震度5以上を警戒すべきは九州・南西諸島エリア■ 東大名誉教授・村井俊治氏 北関東の震度5弱地震を再び的中■ 2015年前半 震度5以上の地震を警戒すべきな奥羽山脈エリア■ 徳島震度5強もズバリ的中のMEGA地震予測「最新警戒エリア」■ 長野県北部地震的中 東大名誉教授が指摘する警戒ゾーン×4