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    熊本地震で「不謹慎厨」が大暴れ 長澤まさみも標的に

    続けている。CM発表会に出席した長澤まさみさん=2015年10月15日午後、東京・恵比寿「最近は自然災害が起きると、必ずそういう騒がしい人がネットにあらわれる。そういう人たちの『不謹慎』の基準って、はっきりいってよくわからない。どの人もしつこくて面倒な人ばかり。不謹慎だといいたいためだけにTwitterのアカウントをとり、リプライを投げる。個人的にもそういうアカウントは片端からスパム報告しています」(20代女性・会社員) 残念ながら、スパム報告は受けつけられるが、それでアカウントがすぐに停止することはまずない。 5年前の東日本大震災のとき、首都圏を中心にあらゆる物事に自粛ムードが広まった。テレビから流れる番組がすべて何日も震災特番であることに嫌気がさし、震災情報を目にせずにすむ教育テレビやテレビ東京で気持ちが救われた。そして大規模イベント等が中止されるだけでなく、一般市民はレストランや居酒屋へ行くことすら控えたため消費が低迷する悪循環が生まれた。 そのため今では、堀江貴文氏が指摘したように、直接被災していない人間は、普段通りの生活をしながら支援をするのが災害時のあるべき姿といわれている。ところが、ネットにたびたびあらわれる「不謹慎厨」はおさまる気配がない。「僕は東日本大震災の被災地出身ですが、3月11日が友だちの誕生日だったらお祝いくらいしますよ。それを探し出して、わざわざ文句を言いに来るネットの不謹慎厨はどうかしている。『不謹慎』という言葉で世間がそう思うからやめろという言い方をするんじゃなくて、自分が気に入らないからと正直に書けばいいのに。卑怯ですよ」(19歳・男子大学生) ネットに増殖する「不謹慎厨」はどう扱えばよいのか。「まったく相手にせず無視するのが一番です。通知が止まなくてうるさいというなら、通知設定をオフにすればいい。彼らの本音は騒ぎたいだけ。『不謹慎だ』というためだけの匿名アカウントをつくってまでやってくる。そして、度を越したクレーマーぶりが顕在化したら、こまめに運営へ通報してください。砂漠で水を撒くような気持ちになるかもしれませんが、塵も積もれば山となるので、あきらめずに繰り返してください」(IT誌ライター) 理不尽極まりない要求を企業などに対して繰り返すクレーマーへの対処方法も、ある程度、形になるまで時間がかかった。不謹慎厨を封じこめられる日も、遠くないだろう。関連記事■ 佐々木俊尚氏 「自粛」「不謹慎」反対運動立ち上げを宣言■ 本格膣圧計・ペニス長大器をプレゼントしていた昔の女性誌■ 震災から2年経つもサザンの『TSUNAMI』歌うにはまだ抵抗多い■ 過度な自粛は欲望を抑圧する結果となり、精神面にも悪影響■ 日本が移住しやすくなれば外国人労働者流入し多様な人材育つ

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    なぜマスコミの過熱取材は嫌われるのか

    マスコミの過熱取材がまたも問題視されている。熊本地震の取材をめぐり、関西テレビの中継車がガソリン給油の列に割り込んで謝罪する騒ぎになったかと思えば、今度は毎日放送の男性アナが取材中に調達した弁当をツイッターに投稿し、「配慮に欠く」と非難を浴びた。メディアスクラムはどうして嫌われるのか。

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    熊本地震でも繰り返されるメディアの「マッチポンプ」報道

    のうちほんの一部である。実は、長い間、メディアは「防災」と言いながら、実はマッチポンプのように「自ら災害を大きくする原因を作り、実際に災害が起きるとその悲惨さを大々的に報道する」ということを続けて、視聴率をあげる作戦にでている。それを事実で整理してみたい。 1978年に「大規模地震対策特別措置法(大震法)」に基づく地震予知体制が出来て以来、メディアは「東海に地震が来る」、「東南海に来る」と「政府の言うとおりに」報道を続けた。まともな神経を持っていれば、それから38年間、東日本大震災、阪神淡路大震災を始め死者が10人以上の地震や噴火が9件、震度4以上の地震に至っては無数と言ってよいほどなのに一つも地震を予測できなかったのだから、正常な判断力をもつ報道機関ならおかしいと思うはずだ。((注)地震予知がはじまってから10人以上の死者を出した地震は、日本海中部、北海道南西、阪神淡路、新潟中越、新潟中越沖、岩手宮城内陸、東日本、熊本、それに御嶽山の噴火も同様) つまり、「地震予測が理論、発生した地震がデータ」という関係だから、「理論で予測した結果はデータとまったく違う」ことが38年間も続いているのに、同じ理論で計算した結果を今も報道している。その結果、今回も含め地震が起きた地方の対策は大きく遅れて被害を増大させている。 熊本地震では倒壊家屋などが多かったし、前震と本震を間違えて、さらに圧死者を出した。 このように長年にわたるデータ無視というのは著者のような科学者の理解を超える。そこで著者は数日前、ある心理学者を訪ねて「理論の予測が38年間、一件も合致しないのに、その理論で計算した結果を公表し報道するという心理はどういうものか?」と聞いてみたら、「それは、利得によって価値基準を変えるという異常心理の一つ」と説明された。 つまり、「自分は科学者や記者である」、「理論とデータが違えば、本来は理論を疑う」、「この手段を失うと利得を失う」、「地震は儲かる」という矛盾した状態の中にいて、どれでも選択できると説明された。実質的には過失致死罪に近い倫理的問題点 たとえば2000万円の国費研究費を受け取り、東京の立川に活断層があると2013年に断言した東大教授が、後にその活断層は単にコンクリートパイルなどであることが分かり、「見たいものを見てしまった」、「私は催眠術にかかっていた」と説明したのがその典型例である。ちなみにこの教授は現在でも在職し、マスコミに登場、さらに研究費の返還を求められてもいない。 「催眠術」という言い訳もたいしたものだが、「見たいもの」という言葉の中に、先の心理学者が解説してくれた真髄がある。つまり、地震学者は防災のために地震学を研究しているのでは無く、地震が起こり被害が大きくなることを心の中で希望していると考えられる。「焼け太り」である。 メディアも予測を報道することが不適切であることを38年間の取材でよく知っているのに、それを続け予測とは違う地震で大きな被害が出ると、地震報道で大きく収益を上げている。 法律的な責任を問われる可能性は低いが、実質的には過失致死罪に近い倫理的問題点を含んでいる。 地震学者が地震の研究を「学者」として地道に行い、学会で発表する分には学問の自由が認められるし、失敗も許される。しかし、「専門家」となり、社会に積極的に働きかけるとなると、その活動には制限が加わり、間違えば時に制裁が加わる。記者会見する加藤照之日本地震学会長(右)ら防災関連の学会関係者=4月18日午後、東京都新宿区 学問の自由は「内的、精神的なこと」に限定されるからであり、報道の自由も完全に制約なくメディアに与えられるのでは無く、その正確性、普遍性が求められ、報道によって国民に大きな被害を与えてもよいなどは報道の自由に入らない。 その意味では、阪神・淡路大震災の前に「東海地震が先」と報道したマスコミ(この場合は完全にメディアの先行だった)、東日本大震災の前に「東海、東南海、南海地震が先」と社会や審議会で発言した学者などは報道の自由、電波法の特権や学問の自由を失い、職を追われるのが近代国家の専門職というものである。 地震で無念の死を遂げた人たちのためにも、誇りある日本のために一刻も早く、地震学者、メディアが「事実をみる勇気」をもってもらいたい。

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    被災地には「邪魔」な存在でも、メディア抜きでは「救済」できない

    れてました。 テレビ局だからいいんですか?? もう少し考えて欲しい” たしかにその通りである。これは災害現場という状況とは関係なく、どこであろうと許されない行為だ。慌てた関西テレビは、すぐに「あってはならない行為」として、公式に謝罪したのは言うまでもない。 それにしても、不思議なのは、なぜこんな割り込みができたのか?ということだ。給油のためガソリンスタンドに並ぶ車=4月16日午前、熊本市東区 関西テレビと聞いて私が思い出すのは、1995年の阪神・淡路大震災のとき、関西テレビの取材クルーが大活躍したことだ。当時、関西テレビでは全社員の約3分の1にあたる200人が地震による家屋倒壊などの被害を受け、報道局員の約4分の1は被災者だった。にもかかわらず、彼らは混乱のなか、視聴者、被災者のための現場報道を続けた。このときの教訓がなぜ活かされなかったのだろうか?ヘリ騒音、過剰取材…次々批判の的に ガソリンスタンド事件に続いて批判されたのが、「報道ヘリの騒音」「現場クルーの過剰取材」への批判である。日本テレビは4月18日の午後17時半ごろから、倒壊した家屋内に閉じ込められた被災者を救済する模様を実況中継した。緊迫した現場の模様がお茶の間に流れた。 しかし、ツイッターでは、「報道ヘリの音で、助けを求める声がかき消されたらどうするんだ」という声が拡散した。さらに、「救助した人をブルーシートで覆いながら歩かざるをえないのは、報道ヘリが空から撮影してるからでしょ。 助けを求める声を掻き消すし、救助作業の能率だって下げてる」「報道ヘリのせいでブルーシートたくさん使わなきゃいけないし、そうなると人手がたくさんいるし、迷惑だってわからないの?」などいうツイートもあり、ここでは「報道ヘリ」と現場の「撮影クルー」が、完全な悪者、邪魔者にされてしまった。 さらに、4月18日のNHK「あさイチ」では、有働由美子アナが、ある視聴者からのFAXを読み上げた。このFAXの主は熊本に住んでいる友人から聞いたと言って、次のようにメディアを批判していた。「余震で崩れそうなお宅の前でテレビ局がずっと待機しているのだそうです。どこの局かはわかりませんが、ご当人にとってはすごく失礼なことではないでしょうか?」メディアを抜きにして被災者救済はできないメディアを抜きにして被災者救済はできない 「報道ヘリ」の騒音批判に関しては、阪神・淡路大震災のときにも同じようなことがあった。現場で瓦礫の下の生存者の救済に当たっている作業員から、「生存者の声がヘリの音がうるさくて聞こえない」という不満の声が上がったからだ。 しかし、当時の神戸上空には報道ヘリだけが飛んでいたわけではない。自衛隊をはじめ多数のヘリが飛んでいた。それなのに、なぜか報道ヘリだけが視聴者の槍玉にあがり、「ヘリで取材するひまがあったら救援物資を落とせ」など、ヒステリックに批判された。 しかし、これらの批判は、みなテレビ報道を見た一般視聴者が、正義感にかられてメディアを批判したもので、きわめて感情的なものである。 今回の熊本でのツイッターやFAXでの批判も、ほぼあのときと同じだ。自分たちは安全なところで見ていて、現場の救援作業が進まない苛立ちを誰かを悪者(つまりメディア)にすることで解消しているに過ぎない。 私は、ツイッターが災害や事件に対して大きな効力を発揮することに異論はない。しかし、それは現場にいる人間や当事者が発するツイッターであり、外野が発するツイッターではない。メディアに向かって「被災者にとってメディアは迷惑な存在だと自覚せよ」などという“正論”をぶつツイッターユーザーには、「そんなに言うなら、あなた自身が現場に行って被災者を助けてみろ」と言いたい。 それなのに、今回もまたメディア側の人間までも、「報道ヘリを1社に限定するようにできないか」「救助は初動72時間が勝負。せめて72時間は報道ヘリが飛ばないよう法制化を」などと言い出したのにはあきれた。 報道ヘリも現場クルーも、ある意味で、“使命感”に基づいて取材をしている。メディアはともかく伝えるということが、最大の使命で、それだけは果たしている。 被災者にとって、メディアは邪魔者かもしれないが、全国の人々にとっては、空撮や現場報道によって伝えないかぎり、その災害の全容はわからない。たとえ一時的に邪魔に思えても、メディアを抜きにしては、被災者の救済はできないと、私自身の経験から思う。梨元勝氏が深く反省したメディアの暴走 話は古くなるが、芸能リポーターの故・梨元勝氏がいちばん悔んでいたのは、「報道ヘリ」で大変な間違いをしでかしたことだった。「あれは本当に間違いだった。いまも悔んでいる」と、私は梨元氏から何度も聞いた。 1986年11月、伊豆大島の三原山が大噴火を起こし、島民が船で緊急避難するという大災害が起こった。このときも、テレビをはじめとするメディアは報道合戦を繰り広げ、ワイドショーも連日、大島と避難した人々の状況を伝えた。 そんな最中、梨元氏はある歌手から両親が大島に住んでいて、かわいがっていた目の悪い老犬を置き去りにして避難してきたという話を聞いた。それで、大島への取材が解禁されたとき、報道ヘリに乗って、その老犬を救出に向かったのである。カメラは報道ヘリの離陸から回され、大島で老犬を発見して東京に戻って来るという一部始終がワイドショーで放映されると、視聴者から猛烈な抗議が殺到した。「苦しんでいる被災者がいるというのに、犬1匹のためにヘリを飛ばすとはなにごとだ」 これは、視聴者の言う通りだった。梨元氏は深く反省し、視聴者に謝罪した。 「ともかく視聴率。そのために感動的なシーンを撮れればと後先を考えずに突っ走ってしまった」と、梨元氏はうなだれた。 これはメディアの暴走の最たる例だが、現在のテレビ報道はここまでひどくはないだろう。最悪のとき、人間は言葉を失う最悪のとき、人間は言葉を失う いずれにせよ、被災地は一種の戦場である。被災した人々の悲しみ、苦しみははかりしれなく、どんなメディアであろうと、それを正確に伝えることなどできない。 ところが、メディアは、時としてその使命を逸脱し、「お涙ちょうだい」報道をしたがる。また「大変だ、大変だ」と騒ぎたがる。そのため、被災者の悲しみや苦しみを増幅して伝えたいがために、マイクを向け、「大変なことになりましたね」「いまなにが必要ですか?」「なにが足りませんか?」などと、聞きまくる。 しかし、本当に悲しんでいる人間、苦しんでいる人間は、これに答える余裕などない。最悪の状況のとき、人間は言葉を失う。 したがって、「水が足りません」「食料がもらえない」「夜、眠れません」などと答えられる人間は、被災者のなかでも、失礼を顧みずに言えば、まだマシな方々である。それなのに、現場を知らないツイッターユーザーは、被災者の心の痛みがわかっていないとメディアを批判する。物資が届かず休業するコンビニエンスストアが多い中、開いている店舗には飲み物など少ない商品を求め買い物客が長蛇の列を作ることが多く見られた=4月16日午後、熊本市東区(鳥越瑞絵撮影) 余談かもしれないが、熊本の私の知人は、こういったことがバカらしくて、被災地から福岡に逃げてホテル暮らしを始めた。 「メディアも被災者も一体になって、モノが足りないなどと言っているが、車でも電車でもちょっと走れば佐賀や福岡に行ける。水がない、食料がないなんて言っているが、そんなに欲しいなら自分から動けばいいではないか。 本当に被災して困り果てている方たちは別だが、ここは日本だ。コンビニはどこにでもある」硬直したシステムを批判せよ 今回も、地震から数日たって、被災地に救援物資が届いていないことが明るみになった。役所には企業や団体から届いた食料や毛布などが山積みになっているのに、被災地の現場には届けられていない。 これは、ほぼ役人のせいである。役人は誰かの命令があり、またそれが規則通りでないと動かない。誰も自分から動こうなどとしないのである。 私は、世界で地震や災害が起こるたびにボランティア活動をしているあるキリスト教団体の代表(アメリカ人)と付き合いがあるが、彼はいつもこのことをこぼしている。「神戸のときも東日本のときも、真っ先にメンバーと駆けつけましたが、役所に行くと“なにしに来た”です。まだなにも決まっていないからやることはないと言われます。外には苦しんでいる人がいっぱいいるのに、彼らは届いた救援物資の仕分けをしていたり、会議を延々としていたりしているのです。そんなことをするより、すぐ目の前にある災害に立ち向かうべきです。 欧米ではこんなことはありえません。ボランティアで行くと、よく来てくれた、すぐにこれをやってくれと言われます」 ツイッターなどのSNSユーザーは、メディア批判する余裕があるなら、むしろ、こうした日本の硬直したシステムを批判すべきだろう。ホリエモンが批判した自主性のなさホリエモンが批判した自主性のなさ ところで、今回の熊本大地震で、ホリエモンこと堀江貴文氏と尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏が、ネット上で火花を散らした。 地震発生後から、テレビメディアなどは、いつもの伝で番組などを自粛した。これに対し、ホリエモンは「熊本の地震への支援は粛々とすべきだが、バラエティ番組の放送延期は全く関係無い馬鹿げた行為。人のスケジュールを押さえといて勝手に何も言わずキャンセルするとはね。アホな放送局だ」とツイートしたのである。 これは別の意味でのメディア批判である。 ホリエモンは「単に『こんな時に馬鹿な番組やりやがって』というノイジーマイノリティの苦情を受けるのが嫌なだけ」と、メディアの自主性のなさを批判した。 ところが、尾木氏は「番組自粛はごく自然な人間らしい判断」とのタイトルでブログを更新。「水も食料もなく避難所にも入れないで グランドで寒さのなか身を寄せあっておられるたくさんの被災者の皆さん さておいて普段通りの楽しい番組構成にブレーキかかるのあまりにも当然!人間らしい共感能力あれば自粛して工夫しようとするのはあまりにも当然!」だとしたのである。さらに、「自粛するテレビをバカにするのはとんでもない鈍重と言わざるを得ません…」と、間接的に堀江氏に反論した。 これは、どちらの言い分が正しいか正しくないかの問題ではない。自粛しようとしまいと、それはそのメディアの判断だからだ。したがって、尾木氏のように被災者に同情して「自粛すべき。それが当然」という考えは、一種の“欺瞞”であり、単一の価値観の押し付けである点で、私は賛同できない。 この世の中には、どんな価値観があってもよく、それが多様なほど社会は豊かになるからだ。メディアの判断で立ち向かえ 最後に、日本の放送法は、災害などの報道でなにを規定しているのかを書いておきたい。 放送法「第6条の2・災害の場合の放送」は、このように述べている。「放送事業者は、暴風、豪雨、洪水、地震、大規模な火事その他による災害が発生し、又は発生するおそれがある場台には、その発生を予防し、又はその被害を軽減するために役立つ放送をするようにしなければならない」 また、災害対策基本法の第6条では、指定公共機関(NHK)及び指定地方公共機関(民放)は、その業務を通じて防災に寄与しなければならないと規定されている。 要するに、災害時にはこのようなガイドラインに基づいて報道すべきということだが、その判断は報道機関に任されている。メディアは自身の判断で、災害報道に立ち向かえばいい。

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    被災地の「不都合な事実」は一切報じない だからマスコミは嫌われる

    。きっとこれは、戦時中の従軍記者も同様だったのだろう。しかし、従軍記者には敵と味方が明確だ。でも自然災害には敵味方がいない。誰もが誰にも、怒りをぶちまけられない感情を持ったままだ。メディアには怒りをぶつけやすいのだ。だからメディアは嫌われているように見える。しかし、その状況は当然のことながらメディアの放送には流れない。一番心を痛めているのはメディアだ。仕事として頑張れば頑張るほど嫌われるからだ。避難所となっている小学校で給水を受ける住民=4月19日午前7時4分、熊本市西区の花園小 ただ、一番メディアに欠けているマインドは、被災地に存在する自分の感情だ。被災地に訪れたよそ者だから嫌われ、いじめられるのだ。報道の立場でありながらも、被災者と同じ視点に立ったレポーターやカメラマンは違う。震災報道の場合、客観報道よりも被災者のためになる情報を届ける主観報道のほうが本当は価値があると思う。一番情報を欲しているのが被災者だからだ。そうすると、全国の皆様ではなく、隣の避難所でテレビを見ている被災者にとっての有益な情報を提供するべきだ。避難所においてのチップスとか、簡単なゲームとか、安眠する方法とか、マッサージ技術とか、知らない人とのアイスブレイクとか、いろんな情報番組は作れるはずだ。被災者もメディアの前では被災者を演じてしまう 20数年前、筆者も阪神大震災で被災した経験を持つ。震災から3日目の頃、自衛隊の定期的な炊き出しがおこなわれる前、おにぎりだけが唯一の食事であった。しかし、おにぎりばかり、三食もおにぎりだけを食べていると、喉を通るものではなくなってくる。味噌汁も漬物もないまま、おにぎりばかり、毎日食べられたものではない。テレビ取材のインタビューで何が一番食べたいですか? と避難所で聞かれ、正直に「焼き肉、寿司、天ぷら」と答えたが、採用されなかった…。謙虚なおばあちゃんの涙ながらの「おにぎりがあれば十分です」のひとことで、翌日も翌々日も大量のおにぎりが届けられる…。もう、おにぎりは完全に喉を通らず、避難所で廃棄されることとなった。当然そんな都合の悪いことは報道されない。 被災地での問題は、美談ばかりを報道することだ。もちろん、熊本でも空き巣被害が報道されていたが、神戸では非常時のパニック状態も手伝って、開店していた店に食料を求めて略奪行為があったのを何度も目撃した。普通の市民がコンビニの食べ物を強奪しているのだ。集団パニック状態だ。しかし、そんなことは一切報道されない。避難所のトイレに関しても、コンビニ袋2枚を持って用を足せば、水の流れない避難所でも汚れることがないが、我先にトイレで用を足した避難所では目も当てられない光景となっている。しかし、メディアはそんな避難所での一番困っていることを報道しない。いや、できないのだ。そう、報道のお客さまは、避難所以外の人々だからだ。震災報道は誰が為のメディアであるべきか?震災報道は誰が為のメディアであるべきか? そこで、ひとつの提案だ。メディアが苦労をしてきて被災地で報道していることは何なのだろうか? そう、それは、汚い言葉を使わせてもらうならば、被災地以外で、何不自由なく普通にぬくぬくと暮らしている人々の被災地を知りたい満足の為だけでしかないのだ。そこに向けて報道することにどれだけのジャーナリズム的な価値があるのだろうか? しかも、不都合な事や、事実は、一切何にも報道していない。 被災地がんばっています。義援金の寄付をぜひ! とアピールする。しかし、いくら寄付をされても被災地で本当に困っている人の銀行口座に届くのは、半年から一年もあとなのだ。なぜならば、家屋が「全壊」「半壊」「一部損壊」の三種類の罹災証明をもらって公平に分配されるルールが決まり、家屋が調査された後でしかないからだ。 何よりも寄付金や義援金のルールは公平に分配するという決まりがあるからだ。いやそれは違うと思う。多少の不公平があったとしても、今、今日、現在、被災地にいる人にお見舞い一時金をひとりあたり10万円くらい渡してあげるべきだと思う。それだけで、数日、いや数週間ほど家族で避難所を離れることができるからだ。ボランティアが大量にくる前に避難所暮らしを1人でも減らすべきなのだ。避難所の小学校では夕食の分配を待つ人で長い行列ができた=4月18日午後、熊本県益城町の広安小学校(鳥越瑞絵撮影) それがあるとたとえ避難所にいても、家族を持っている人にとっては、精神的、金銭的に安らぐ時間があることだろう。その拠出した金額をあとから義援金で補填してもよいはずだ。今、避難所にいる人を計算して10万倍すればよいのだ。5万人が避難所暮らしならば、たかだか50億円だ。国会議員の一ヶ月分の給与を全部寄付にまわせば10億円。残りは40億円。政党交付金320億円の1/8を回せばクリアできる金額だ。 どうせ、選挙の票を集める為のお金なんだから有効に使おう! それぞれのお見舞い金に自民党やら、民進党の“のし”をつけてあげればよいのだ。きっと一生涯感謝されるから安いものだ。それも国民ひとりあたり250円、赤ちゃんからも徴収されている金なんだから…。 極論かもしれないが、半年後、一年後に家屋の撤去に修理に何百万円もかかり、それをたとえ、震災特例により無利子で銀行から貸し付けられた時に、1人10万円の義援金が渡されても何の感謝の念を被災者は抱かない。寄付のお金は心から被災者に感謝される時期に渡してはじめて本当の寄付なのだ。このことをマスメディアが伝えないかぎり、嘘偽りの震災報道を演じるゲームだけが永遠と続く…。今すぐ、避難所にゲンナマを配布すべきとなぜメディアは言わないのか?

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    メディア災害報道に批判集中 ネット時代の取材ガイドライン作れ

    安倍宏行(Japan In-depth 編集長) 自然災害が続いている。広島の土砂災害の猛威に震撼したばかりなのだというのに、御嶽山の噴火はあまりに突然で、驚きを禁じ得ない。その被害はさらに拡大するかもしれず、自然の猛威の前に人間は無力だと改めて感ぜずにはいられない。 そうした中、今に始まったことではないが、ネット上では、メディアの取材手法に批判が集まっている。広島の土砂災害の時だけでなく、生き埋めになった人を捜索している時に各社が報道ヘリを飛ばすことは捜索を妨害するとの声が上がっている。また、被害現場近くまで取材クルーやリポーターが大挙して押しよせることも批判の的だ。広島土砂災害で最も被害が大きかった安佐南区で、住宅街に流れ込んだ土砂=2014年8月20日午前、広島市(森田達也撮影) 今回の御嶽山の噴火では、噴火直前にツイートしていた人に、多くのメディアが情報を得ようとツイッターでコンタクトを取ろうと試みたが、噴火で安否がわからない人に群がるハイエナのようだ、とネット上で厳しく糾弾された。 メディアが速報を競い、時として過熱気味に取材攻勢に走ることを戒める声は日増しに強くなっている。実は、新聞・テレビ、それぞれ自主規制ガイドラインを決めている。(注1)どちらも2001年に制定されているにもかかわらず、今も批判に晒されていることをメディアは真摯に受け止めねばならない。 特に、SNSを使っての取材は東日本大震災後、急速に普及してきた感がある。SNSを学生時代から当たり前のように使ってきた記者が増えていることも関係しているが、二つの点で気を付けるべきだ。 一つは、ネット上の情報の信頼性だ。そもそも裏が取れている情報なのかどうか、不確かである。うっかり引用しようものならとんでもないやけどをする可能性がある。また、情報が投稿された時間もよく調べないと危険だ。本人の投稿と他人によるリツイートやシェアなどが混在しているからだ。既存のメディアは速報スピードでもはやSNSには勝てない 二つ目は、ネットを使っての取材手法の問題だ。ツイッターやフェイスブックを使って取材する記者が増えている。広く情報提供を呼びかけるパターンと、直接取材対象を絞ってその人にコンタクトを取るパターンがあるが、特に後者は今回の御嶽山のケースのように、一歩間違うと批判の対象となり易い。今後はSNSを使った取材がどのような問題を引き起こすのかを想定した新たなガイドライン作成が必要であろう。 さて、既存のメディアは速報の速さでもはやSNSには勝てないことが分かっている。無論、情報を早く伝達する努力を放棄すべきではないが、事件・事故・災害が起きた場合、その原因を特定し、対策を提示することもメディアの大切な役割だろう。 先日NHKが、群馬県下仁田町の防災の取り組みについて特集を組んでいた。過去幾度となく土石流などの被害を受けてきたこの町は、行政に頼らず、住民自ら自然を日常的に観察し、異常値を検知したら自主避難を住民に勧告するシステムを構築している、という内容だった。 沢などの水の流れの目視や、自家製のコップ型雨量検知器を使っての雨量の測定を通じ、異変を感じたら係りの人が自治会長にすぐ連絡し、自治会長が各地区のリーダーに避難を呼びかけるという。又、過去どの場所でどんな災害が起きたかが詳細に記載されている防災マップも作成し、各戸に配布している。まさしく、「自助」「共助」の参考となる例であろう。 こうした地域の優れた取り組みを紹介することが、各自治体の防災意識を喚起することになり、将来の災害時の被害を減じることにつながると思う。とても有意義な放送だった。 災害時の報道で、メディアは1次情報の提供だけでなく、災害が起きた原因を分析し、被害を最小限に止める為に今後私たちはどうしたらいいか、具体的に提案をしていくことがこれまで以上に求められている。注1)日本新聞協会 集団的過熱取材に関する日本新聞協会編集委員会の見解http://www.pressnet.or.jp/statement/report/011206_66.html民間放送連盟 集団的過熱取材(メディア・スクラム)問題に関する民放連の対応についてhttp://www.j-ba.or.jp/category/topics/jba100553(「Japan In-depth『編集長の眼』」より2014年9月29日分を転載)

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    行方不明の母親を捜す子供に密着するテレビ報道の意義とは?

    マイクを向けるレポーター。スタジオではタレントが情緒的なコメントを流し、視聴者の涙を誘う。このような災害報道の手法は、被害の実態を知る上である程度は必要だろう。しかし、中にはその意義を疑いたくなるような報道も見られる。報道のあり方について、慶應義塾大学の大石裕教授が解説する。* * * 時間の経過とともに被災地以外に向けた情報が目立ち始めるのは、新聞だけでなく、キー局中心のテレビ報道も同じだ。さすがに仰々しい効果音をつけて過剰な演出が目立った阪神・淡路大震災の時と比べれば改善されているが、それでもまだ取材方法などに問題点は残る。  たとえば、3月16日のフジテレビの報道特番では、子供の死亡届を出す一家に密着する場面が放送された。  火葬場でスタッフが「今日はどういったことでいらっしゃったのですか」と声をかける。こうした取材方法に関しては、ネットなどで非難の声があがっている。確かにこの部分だけを見れば、非常識といわれても仕方ない。ただ全般的に見れば、火葬場の現状など被災地の情報を伝えているとの評価もできるので、ニュースとして一定の価値は認められる。ただ、亡くなった子供の中学生らしき姉までにマイクを向ける必要はなかった。  あるいは、3月20日、9日ぶりに80歳の女性と高校生の孫が倒壊した家の中から救出されて、各局は一斉に報じた。  それ自体は捜索の意義を伝えるという点でニュースバリューはある。ただし、その翌日の報道でNHKなどが「少年と父親の了解を得て、医師の許可をもらい時間を限って代表取材」という断わりを入れて少年へのインタビューを放送したが、まだ精神的ショックも癒えていない少年にマイクを向ける必然性はなかったのではないか。  また同じような救助劇でも、震災から3週間後の漂流していた犬を救出したニュースは、報道する価値からいえば低い。ただ目新しいものに飛びついただけで、とても報道すべき出来事だったとはいえないだろう。  このように時間が経過するうちに報道する側も飽和状態に陥る。そこで被災地以外の視聴者を引きつけようとして、キー局のキャスターやレポーターを現地入りさせる手法をよく目にする。確かに被災地外の視聴者にとっては、見慣れた人間が現場をレポートすれば共感を覚えるだろう。  しかし、現場をよく知る地方局の記者をあまり起用せず、被災前の現場をほとんど知らないレポーターが同じような質問を被災者に投げかけることにどれだけの意味があるのだろうか。結局は現場の悲惨さを伝えることに終始してしまい、既存のシナリオやストーリーに落とし込みがちだ。被災者にこういう問いかけをするとこう答え、視聴者はこう感じるだろうという、あらかじめ予測しうる範囲内でしか考えられず、悲しみを前面に出した同じような報道の繰り返しが目についた。関連記事■ 3.11震災特番惨敗の裏でテレ東再放送ドラマ視聴率9%と好調■ 民放テレビ 被災者を泣かせる過剰演出はもう止めての声出る■ 視聴者からのクレームでフジテレビに「半袖禁止令」が出る■ 小林麻耶の報道番組大コケ以降ゴールデンでバラエティ激増 ■ 韓国メディアによる「日本沈没」報道に韓国人「下劣」と批判

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    3連動の南海トラフMEGA地震 「地盤の動乱」が始まった

    鎌田浩毅(京都大学教授)(鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』より)3つの巨大地震が発生する確率 政府の地震調査委員会は、日本列島でこれから起きる可能性のある地震の発生予測を公表している。全国の地震学者が集まり、日本に被害を及ぼす地震の長期評価を行っている。今後30年以内に大地震が起きる確率を、各地の地震ごとに予測している。 たとえば、今世紀の半ばまでに、太平洋岸の海域で、東海地震、東南海地震、南海地震という3つの巨大地震が発生すると予測している。すなわち、東海地方から首都圏までを襲うと考えられている東海地震、また中部から近畿・四国にかけての広大な地域に被害が予想される東南海地震と南海地震である。 これらが30年以内に発生する確率は、M8.0の東海地震が88%、M8.1の東南海地震が70%、M8.4の南海地震が60%という高い数値である。しかもそれらの数字は毎年更新され、少しずつ上昇しているのである。今世紀の半ばまでには必ず発生すると断言しても過言ではない。 地震の発生予測では2つのことを予測している。1つは今から数十年間において、何パーセントの確率で起きるのかである。巨大地震は「プレート」と呼ばれる2枚の厚い岩板の運動によって起きる。プレートが動くと他のプレートとの境目に、エネルギーが蓄積される。 この蓄積が限界に達し、非常に短い時間で放出されると巨大地震となるのだ。プレートが動く速さはほぼ一定なので、巨大地震は周期的に起きる傾向がある。この周期性を利用して、発生確率を算出するのである。  たとえば100年くらいの間隔で地震が起きる場所を考えてみよう。基準日(現在)が平均間隔100年の中ほどに入っているケース、つまり、銀行の定期預金にたとえればまだ満期でない場合に、発生の確率は低くなる。しかし、基準日が満期に近づくと、確率は高くなる。実際には確率論や数値シミュレーションも使って複雑な計算を行うのである。 もう1つはどれだけの大きさ、つまりマグニチュードいくつの地震が発生するのかである。こちらは、過去に繰り返し発生した地震がつくった断層の面積と、ずれた量などから算出される。 こうして30年以内に発生する確率予測が出されるのだが、これはコンピュータが計算するので誰がやっても同じ答えが出る。逆に言うと、人間の判断が入る余地が生じないので、国としてはこうした情報を出したがるとも言えよう。「西日本大震災」という時限爆弾「西日本大震災」という時限爆弾 今後30年以内に地震が起きる確率に対して、以下で述べる予測には人間の判断が入っている。過去の地震に関するあらゆる観測情報を総合判断して行う予測である。 近代地震学が我が国に導入されて地震観測が始まったのは、明治になってからである。それ以前の地震については観測データがないので、古文書などを調べて、起きた年代や震源域を推定している。 その結果、我々が最も懸念する地震は、これから西日本の太平洋沿岸で確実に起きると考えられる巨大地震である。 過去には東海から四国までの沖合いで、海溝型の巨大地震が、比較的規則正しく起きてきた。こうした海の地震は、おおよそいつ頃に起きそうかを計算できる。この点が、数千年の周期を持ち、いつ動くとも動かないともわからない活断層が引き起こす直下型地震と大きく異なる。南海トラフ巨大地震を想定した「日米共同統合防災訓練」で、高知市の種崎海岸に上陸した海上自衛隊のホーバークラフト型揚陸艇=2015年6月7日 そして巨大地震の予想される震源域は、太平洋沖の「南海トラフ」と呼ばれる海底にある。「3.11」の主役は太平洋プレートだったが、次回の主役はその西隣りにあるフィリピン海プレートである。南海トラフとはフィリピン海プレートが西日本の陸地に沈み込む、いわば海のプレートの旅の終着点である。 なお、太平洋プレートの終着点は「日本海溝」や「伊豆・小笠原海溝」であり、フィリピン海プレートの終着点は「南海トラフ」なのである。ここで「海溝」と「トラフ」と異なる用語が用いられているが、言葉の違いについて説明しておこう。 トラフは日本語では「舟状海盆」である。読んで字のごとく舟の底のような海の盆地だ。トラフでは海のプレートが海底になだらかな舟状の凹地形をつくりながら、日本列島の下に沈み込んでいく。それに対して、海溝はプレートが急勾配で沈み込んでいく場所にできる深く切り立った溝である。 海溝もトラフもプレートの終着点にできるが、地形の違いによって名前を分けるというのが、地球科学のしきたりなのだ。ちなみに、トラフと名付けられたものは他にも沖縄トラフ、相模トラフ、駿河トラフなどがある。 また海溝としてはマリアナ海溝、千島海溝、琉球海溝などがある。いずれも「3・11」以後の新聞や雑誌によく出てくる地名なので、既にお馴染みとなっているかもしれない。 さて、南海トラフの海域で起こる東海地震・東南海地震・南海地震の3つの活動史について具体的に見てゆこう。 歴史を繙くと、南海トラフ沿いの巨大地震は、90~150年間おきに発生してきた。やや不規則ではあるが、緩い周期性があることがわかっている。こうした時間スパンの中で、3回に1回は超弩級の地震が発生してきた。 その例としては、1707年の宝永地震と、1361年の正平地震、887年の仁和地震が知られている。過去の西日本では300~500年間隔で巨大地震が起きていた。 実は、近い将来に南海トラフ沿いで起きる巨大地震は、この3回に1回の番に当たっている。すなわち、東海・東南海・南海の3つが同時発生する「連動型地震」というシナリオである。これらの震源域は極めて広いので、首都圏から九州までの広域に甚大な被害を与えると想定されている。 具体的に地震の規模を見てみよう。1707年宝永地震の規模はM8.6だったが、これから起きる連動型地震はM9.1と予測されている。すなわち、今回の東北の地震に匹敵するような巨大地震が西日本で予想されるのである。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。関連記事■ 緊急報告!西日本大震災に備えよ■ 地震の発生確率を理解する~「地震報道」の正しい読み方(1)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる■ 震災時の学校の対応を分けたもの

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    緊急報告! 西日本大震災に備えよ

    鎌田浩毅(京都大学教授)(鎌田浩毅著『西日本大震災に備えよ』より)南海トラフ巨大地震の災害予測 現在、国は「想定外をなくせ」という合い言葉のもとに、南海トラフ巨大地震で起こりうる災害を定量的に予測している。中央防災会議が行った被害想定では、東北地方太平洋沖地震を超えるM9.1、また海岸を襲う最大の津波高は34メートルに達する。加えて、南海トラフは海岸に近いので、一番早いところでは2分後に巨大津波が海岸を襲うのだ。 地震災害としては、九州から関東までの広い範囲に震度6弱以上の大揺れをもたらす。特に、震度7を被る地域は10県にまたがる総計151市区町村に及ぶ。その結果、犠牲者の総数32万人、全壊する建物238万棟、津波によって浸水する面積は約1000平方キロメートル、という途方もない被害が予想されている。 南海トラフ巨大地震が太平洋ベルト地帯を直撃することは確実だ。被災地域が産業・経済の中心地にあることを考えると、東日本大震災よりも一桁大きい災害になる可能性が高い。 すなわち、人口の半分近い6000万人が深刻な影響を受ける「西日本大震災」である。 経済的な被害総額に関しては220兆円を超えると試算されている。たとえば、東日本大震災の被害総額の試算は20兆円ほど、GDPでは3パーセント程度だった。西日本大震災の被害予想がそれらの10倍以上になることは必定なのである。9世紀と酷似する日本列島 南海トラフ巨大地震の発生が確実視される21世紀は、日本史の中でも特異な時代として記録されるのではないか。というのは、地球科学的には同じように異常だった9世紀の日本と酷似しているからである。 地球科学では地層に残された巨大津波の痕跡や、地震を記録した古文書から、将来の日本列島で起こりうる災害の規模と時期を推定している。これに従って、9世紀の日本で何が起き、さらに今後何が起きうるのかを考えていこう。 「3.11」は869年に東北地方で起きた貞観地震と酷似している。そして驚くべきことに、1960年以降に日本で起きた地震や火山噴火の発生地域や規模が、9世紀のそれによく似ているのである。具体的に見てみよう。 9世紀前半の818年に北関東地震が発生した。ここから9世紀の「大地変動の時代」が始まり、827年の京都群発地震、830年の出羽国地震と直下型地震が続いた。 9世紀は地震だけでなく火山の噴火も頻発していたので見ておこう。832年に伊豆国、837年に陸奥国の鳴子、838年に伊豆国の神津島、839年に出羽国の鳥海山、と各所で立て続けに噴火した記録が残っている。2020年と2029年という計算 その後の地震発生を見ると、841年に信濃国地震と北伊豆地震が相次ぎ、850年には出羽庄内地震、863年には越中・越後地震が起きた。その直後の864年には富士山と阿蘇山が噴火するという事件が起きた。 さらに、868年に播磨地震と京都群発地震が発生し、871年に出羽国の鳥海山、また874年に薩摩国の開聞岳が噴火した。 そして東日本大震災に対応される869年の貞観地震の発生である。これが起きた9年後の878年には、相模・武蔵地震と呼ばれる直下型地震(M7.4)が関東南部で起きた。 さらに、その9年後の887年には、仁和地震と呼ばれる南海トラフ巨大地震が起きた。 これはM9クラスの地震で、大津波も発生した。そして最後の2つの地震が今後の予測に関してきわめて重要なのである。2020年と2029年という計算 たとえば、こうした「9年後」と、「さらに9年後」に起きた地震の事例を、21世紀に当てはめてみよう。東日本大震災が起きた2011年の9年後に当たる2020年は、東京オリンピックの年である。 単純に計算すると、その頃に首都圏に近い関東で直下型地震が起き、さらに9年後の2029年過ぎに南海トラフ巨大地震が起こることになる。もちろん、この年号の通りに地震が起きるわけでは決してないのだが、もしこの周期が合ってしまうととんでもないことになる。地震で倒壊した皇嘉門大路の築地塀跡。大量の瓦の破片が地震のすさまじさを物語る=京都市下京区 9世紀に起きた大地震のうちで近年まで起きていないものが、首都直下地震と南海トラフ巨大地震の2つなのだ。しかも、後者の南海トラフ巨大地震は、発生の時期が科学的に予想できるほとんど唯一の地震である。 我々専門家ができることは、過去のデータから判断して、確実にそれが起きると見做すことと、10年ほどの幅を持たせて時期を予測すること、だけである。しかし、これでも人生や仕事の将来を決める上では、非常に貴重な情報となるのではないか。「知識は力なり」。知識があるかないかで、将来に対する意識が全く違ってくる。「3.11」以降の日本列島は千年ぶりの大変動期に突入した、といっても過言ではないことを、しっかりと認識すべきなのである。 我々は東日本大震災の教訓として、「想定外をできるだけなくす」ことを学んだはずである。様々なタイプの地震が起きることを「想定内」とし、必ずやって来る巨大災害に向けて今から準備していただきたい。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。関連記事■ 西日本大震災という「時限爆弾」■ 地震の発生確率を理解する~「地震報道」の正しい読み方(1)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる■ 中国からみた東日本大地震

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    地震発生確率はなぜ上昇するのか?「大地動乱の時代」正しく理解せよ

    と大きな津波をもたらすことは必定(ひつじょう)です。すなわち、東日本大震災と同じか、それを超える激甚災害が、今度は西日本で起きると考えられるのです。 最近の研究から、東海地震・東南海地震・南海地震に加えて、もう1つ西の震源域が連動する可能性があることがわかってきました。すなわち、南海地震の震源域の西に位置する日向灘も連動し、四連動地震が「西日本大震災」を引き起こすおそれがあるのです。 今回ご紹介したように、研究の進展によって、マグニチュードも地震発生確率も大きく変わる可能性があります。地球の現象には、前提条件の変化により大きく結果が変わる「構造」があることも、ぜひここで知っていただきたいと思います。 去年の東日本大震災から、日本列島では「大地動乱の時代」が始まってしまいました。できるだけ最新の情報を入手し、正しく理解することで、「巨大災害の時代」を乗りきっていただきたいと願っています。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。関連記事■ 地震の発生確率を理解する~「地震報道」の正しい読み方(1)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる

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    次に巨大地震が起きるのはここだ!

    最大震度7を観測した熊本地震は、2日後に阪神大震災に匹敵するマグニチュード7・3の「本震」を記録した。最初の地震に誘発され、新たな地震や余震が次々と発生、震源域も阿蘇から大分へと北東に移動を続ける。不気味なつながりをみせる「巨大地震の連鎖」。次に備えるべき危険エリアはここだ!

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    マグニチュードと震度の関係は? 地震予測情報とどうつき合うか

    「地震報道」の正しい読み方(1)鎌田浩毅(京都大学教授)東日本大震災以後、さまざまな地震予測情報がマスコミを通じて流れているが、過剰な危機感をもつのも、慣れてしまって油断するのも問題だ。地震予測情報とは、いかにつき合えばいいのだろうか。「M8クラスが30年以内に87%」ってどういうこと? 東日本大震災以降、さまざまな地震発生の予測に関する情報が発信され、マスコミで大々的に報道されています。これによって一般の国民は過剰な心配をしたり、逆に予測情報を軽視したりという正反対の現象が起きています。 私は地球科学を専門にしており、地震・津波・噴火のアウトリーチ(啓発・教育活動)を行なってきましたが、現在、皆さんからたくさんの質問をいただいています。疑心暗鬼になっている方々も少なからずいるため、ここではマスコミに飛び交っている情報を理解する際に必要な内容を厳選し、わかりやすく解説します。正しい理解をすることで、日本列島で3・11から始まった「大地動乱の時代」を乗りきっていただきたいと思います。マグニチュードと震度の関係とは? 地震が発生すると直ちに「震度5弱の地域は○○」と発表されます。その後しばらくして、「マグニチュード7.2、震源の深さは30km」などという情報がテレビやインターネットで流れてきます。最初にこの説明をしておきましょう。 1つの地震に対して「マグニチュード」は1つしか発表されません。一方、「震度」は地域ごとに数多く発表されます。マグニチュードは地下で起きた地震のエネルギーの大きさ、震度はそれぞれの場所で地面が揺れる大きさを示します。したがって、マグニチュードと震度は、似たような数字でも、まったく異なる意味をもつのです。 いま大きな太鼓が1回鳴ったとイメージしてください。マグニチュードは、この太鼓がどんな強さで叩かれたのかを表わします。震度は、音を聞いている人にどんなふうに聞こえたか、ということです。 太鼓の音は、すぐそばで聞くと大きな音ですが、遠くで聞くと大した音ではありません。このように震度は、太鼓の音を聞く場所、つまり震源からの距離で変わってきます。1つのマグニチュードからさまざまな震度が生まれるのは、このためです。 東日本大震災はマグニチュード9の巨大地震でしたが、震源から遠ければ震度は小さくなりました。一方、マグニチュード6でも、自分がいる真下で起きれば非常に激しい揺れを感じます。「直下型地震」と呼ばれる危険な現象です。 地震の規模を示すマグニチュードとエネルギーの関係をみておきましょう。マグニチュードは、数字が1大きくなると、地下から放出されるエネルギーは32倍ほど増加します(図1)。マグニチュード7とマグニチュード8は、数字としてはたった1の違いですが、非常に大きなエネルギーの差となるのです。 東日本大震災以後、マグニチュード7や6の地震が頻発したため、私たちは地震の巨大なエネルギーに鈍感になっていますが、東日本大震災のときに放出されたエネルギーは、1923年の関東大震災の約50倍、また1995年の阪神・淡路大震災の約1400倍だったのです。図1から、マグニチュードの数値が示すエネルギー量の違いを、直感的につかんでいただきたいと思います。地震発生確率とはどういうものか?地震発生確率とはどういうものか? 政府の地震調査委員会では、日本列島でこれから起きる可能性のある地震の発生確率を公表しています。地震調査委員会は文部科学大臣を本部長とする地震調査研究推進本部のなかにあり、全国の地震学者が結集して、日本各地で被害をおよぼす地震の長期評価を行なっている機関です。今後30年以内に大地震が起きる確率を、地震ごとにインターネットで公表しており、毎年更新されています。 日本列島では、太平洋や日本海で発生する「海の巨大地震」と、内陸にある活断層で発生する「直下型地震」の両方が問題となっています。 今世紀の半ばまでに、マグニチュード(以下、Mと省略します)8クラスの巨大地震が、高い確率で、東海から近畿・四国地方にかけての太平洋側で発生すると予測されています。「東海地震」が87%(M 8.0)、「東南海地震」が70%(M 8.1)、「南海地震」が60%(M8.4)という確率です。また、東京湾の周辺で起きる「南関東の地震」(M7クラス、70%)も差し迫っています。 さらに、内陸の活断層によって発生する地震としては、神奈川県西部にある神縄(かんなわ)-国府津(こうず)-松田断層(M 7.5)が、日本全体でも最大級の確率(最大16%)です。活断層で発生する地震は、海域の地震に比べると確率が低いと思われるかもしれません。しかし、地震は震源からの距離が近いほど揺れが大きくなるので、大都市の直下や隣接地域で起きる地震では莫大な被害が出ます。こうした直下型地震に突然襲われたときの被害の大きさは、阪神・淡路大震災で証明済みです。 東海地方から近畿・四国地方にかけては、先に挙げた東南海地震と南海地震が最重要です。これらの地震は名古屋・京都・大阪といった大都市に激しい揺れをもたらすでしょう。同時に、沿岸部を襲う津波にも警戒しなければなりません。たとえば、1944年の東南海地震と1946年の南海地震では、それぞれ1000人を超す犠牲者が出ました。 右の図は地震調査研究推進本部が発表した「地震動予測地図」です(クリックすると拡大します)。今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率を、日本地図上に色分けして描いたものです。 これらを「確率が高い」(3%以上)、「やや高い」(3~0.1%)、「その他」(0.1%未満)と3つに分けて、生活に身近なものと比べてみましょう。 「確率が高い」とは、「交通事故で負傷(24%)」から「空き巣の被害(3.4%)」までを含む確率です。また、「やや高い」とは、「交通事故で死亡(0.2%)」から「火災で催災(1.9%)」程度の確率です。この数字をみると、「震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」というのが、決して低いものではないことが実感できるのではないでしょうか。 何よりも、「確率が高い」地域は全国の3割におよんでおり、日本列島はどこでも地震が起きることが、この図からわかっていただけると思います。すなわち、「大地震の被害を受けないで済む街は日本にはない」と考えたほうがよいのです。 もう1つ別の問題もあります。私はこうした表示自体がわかりにくいのではないかと危惧しています。たとえば、東海地震の「30年以内に87%の確率でM8クラスの大地震が起きる」という表現です。文系の知人は私に、「この文言では身近に感じられない」と語りました。もし「1カ月以内に99%の確率」であったならば危機感も募るでしょうが、30年では緊張が続かないというのです。 さらに、毎回このように脅されていたのでは、だんだん慣れてしまう、という問題も新たに生じています。頻繁に注意が繰り返されるために感覚麻痺が起き、いわゆる「狼少年」状態になってしまうのです。まさに「伝え方」、すなわちコミュニケーションの課題が、地震防災の根底にあるのです。かまた・ひろき 京都大学教授。1955年生まれ。東京大学理学部卒業。通産省を経て97年より京都大学教授。専門は地球科学。テレビや講演会で科学を解説する「科学の伝道師」。京大の講義は毎年数百人を集める人気。著書に『地震と火山の日本を生きのびる和恵』(メディアファクトリー)、『火山と地震の国に暮らす』(岩波書店)、『火山噴火』(岩波新書)『もし富士山が噴火したら』『座右の古典』『一生モノの勉強法』(以上、東洋経済新報社)など。 関連記事■ 地震予測、基礎のキソ~「地震報道」の正しい読み方(2)■ 東京強靭化――必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 「次の大地震」に備えたシステム構築はここまで進んでいる

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    大忙しの気象庁、天気予報から防災まで

    古川 武彦 自然災害が相次ぐ中で、気象庁の存在感が増している。地震、津波、火山噴火からオゾン層の監視まであらゆる自然現象を扱う「技術屋官庁」の進化と実像を紹介する。阿蘇山の噴火について記者会見する気象庁の北川貞之火山課長(2015年9月14日 東京・大手町)/時事 津波で1万8千人を超える犠牲者を出した2011年3月の東北太平洋沖地震以来、日本列島は「災害列島」と化している。2014年8月には豪雨による広島土砂災害で70名を超える人命が失われ、同年9月の御嶽山の噴火で火山災害としては戦後最大の死者58名、行方不明者5名の犠牲者を出した。そして2015年9月、台風に伴う豪雨で茨城県を流れる鬼怒川が決壊、常総市を中心に村落や田畑があっという間に浸水に見舞われて一面の湖と化した。茨城県常総市・台風による豪雨で湖と化した村落(撮影:古川武彦)日常生活の情報インフラとして 最近は、こうした事象が起きるたびに気象庁が表舞台に登場し、予報課長や地震津波監視課長などによる記者会見がテレビ中継される。大忙しの気象庁である。もちろん災害時ばかりなく、今日の気象サービスは、社会における必須の情報インフラとして日常生活に浸透している。まず天気予報の進化には目をみはる。1時間刻みの「ピンポイント予報」、1、2日先までの「短期予報」、さらに「週間予報」や「1カ月予報」などがある。 ひとたび地震が起きるや否や、震源域や各地の震度、さらに数分もしないうちに津波の有無、津波の恐れがある場合にはその到着時刻までも発表される。それどころか地震の揺れを感じる前に、「緊急地震速報」が茶の間やスマホ、携帯電話にまで伝達される。火山活動の監視も24時間体制で行われている。黒潮や親潮の観測、波浪予報のためなどに、数隻の海洋観測船と漂流ブイ、沿岸波浪計なども運用されている。 この気象庁、一般には天気予報を行う官庁だと思われがちだが、そのサービス範囲、またどんな観測システムや予測技術に基づいているか、さらに組織や予算に関しては、世間にあまり知れられていない。世界でもまれな「オールラウンド」のサービス 気象庁の前身は1875年にわずか10人足らずの、しかもお雇い外人の指導の下に発足した東京気象台だ。内務省地理局の所管から文部省に移管されて中央気象台に改称、戦後は旧運輸省の所管となり、1956年に気象庁に昇格した。2001年、中央省庁の再編で国土交通省の外局となった。その長は長官と定められており、海上保安庁や観光庁と同格である。 気象庁の大きな組織的特色は、歴代の台長および長官以下、職員のほとんどがいわゆる技術屋で占められていることだ。 その守備範囲は天気予報に代表される気象から、洪水などの水象や土砂崩れ、地震・火山、津波、海洋、さらに航空機向けの気象、CO2やオゾン層の監視にいたる。つまり、「空」「陸」「海」に起きるほとんどすべての自然現象を相手にする組織だ。 世界的に見てもこのようなオールラウンドの政府機関は珍しい。例えば、米国ではNWS(National Weather Service)、英国ではMet Office(Meteorological Office)、中国ではCMA(China Meteorological Agency)、韓国ではKMA(Korean Meteorological Agency) など、気象サービスに特化されている。 実際に気象庁が行う天気予報などの具体的なサービス内容は、1952年に制定された「気象業務法」に基づく。この業務法は翌年のサンフランシスコ平和条約の発効を契機に、気象庁のサービスを規定するべく新たに制定されたものだ。日本は1953年に国際連合の専門機関である世界気象機関(WMO)および国際民間航空機関(ICAO)の一員となった。国連への加盟を果たしたのは、その3年後のことだ。24時間体制のオペレーション 気象庁の組織は、本庁の内部部局として総務、予報、観測、地震火山、地球環境・海洋の5部が置かれ、予報課や地震津波監視課、環境気象管理官など合計21の課・管理官がある。付属機関として気象研究所、気象大学校、気象衛星センターなどがあり、地方組織としては、「札幌管区気象台」などの管区ブロック制を敷く。 各管区の下に府県ごとに置かれている「地方気象台」がある。地方気象台には約30人の職員が勤務しており、日々の天気予報や気象警報などのオペレーションを、交代勤務をしながら24時間体制で行っている。さらに、気温や気圧、風などの地上気象観測も行っている。茨城県・水戸地方気象台の観測露場(撮影:古川武彦) 別途、成田や羽田などの各空港には、航空機の安全運航などを支援するため「航空地方気象台」や「航空測候所」などが配置されている。 気象庁は約5200人の職員と年間予算約600億円で運営されており、そのうち、機器の整備・維持費などの物件費が約40%を占めている。先駆的だった無人気象観測システム「アメダス」 気象庁は常に「IT社会」の最先端に位置し続けたと言っても過言ではない。以下に、主な観測システムを見てみよう。 まず、どこに雨が降っているかを常時監視できる「気象レーダー」は1950年代半ばに導入され、全国展開された。全世界に先駆けて開発された無人気象観測システム「アメダス(AMeDAS)」は1974年に運用開始となり、全国約1300カ所に配置されている。「アメダス」は当時の電電公社の協力により電話回線でデータ通信が可能になった環境を最初に取り入れたシステムだった。福井県越廼アメダス観測所(気象庁)気象レーダーとアメダスのデータを総合した「降水ナウキャスト」画像(気象庁) 「気象レーダー」と「アメダス」のデータを総合化することにより、今や雨の現況や数時間先までの予測が可能となり可視化もされている。 一方、空に目を転じると、無線機能を備え、上空約30キロメートルまでの気温や気圧、風などを自動的に観測する「ラジオゾンデ」も全国16カ所で毎日飛揚されている。1式数万円のコストを要するが、使い捨てである。八丈島測候所・ラジオゾンデの飛揚風景(気象庁) 気象衛星「ひまわり」は、台風を初めとした気象の監視に不可欠の手段であり、1977年の初号の打ち上げ以来、8号がこの夏から運用を始めている。約3万5千キロメートルの高度で、地球自転と同じ角速度で飛行しているので常に静止して見える。「ひまわり」の画像から得られる地表面の温度を始め、雲の動きから解析される風情報などは、後述の数値予報と呼ばれる予測モデルにとって不可欠のデータである。 一方、地震の震度や「緊急地震速報」、その数分以内に報じられる津波の有無などの情報の基礎になっているのは、全国各地に展開されている地震計や房総沖などに展張されている海底ケーブルに敷設された地震・津波計のデータだ。それに基づいて気象庁および大阪に設置されている「地震活動等総合監視システム(EPOS)」を用いて、24時間体制で処理し、震源域の決定や津波予報などを行っている。スーパーコンピューター導入による数値予報図1 全球予測モデルの格子網(気象庁) 明治以来、1970年代半ばまでは予報官が天気図をにらんで予報するという人の判断による主観的技術であったが、気象学の進歩、観測技術の発展、そして何よりも大量の計算を迅速に行うことができるスーパーコンピューターの出現によって、今やあらゆる天気予報は気象力学の物理法則を定式化した予測モデル(数値予報モデル)で行われている。 図1は全地球を対象にした予測モデルに用いられる格子点網の概念図である。ここに示されている各格子点上に、初期条件として毎日の観測データをインプットすれば、天気予報の基礎となる気温や気圧、風、降水量などが1時間程度の計算で求められる。このモデルは数値シミュレーション技術に他ならず、予報技術はかつての主観的な技術から客観的な技術(数値予報)へと変革を遂げた。 既述の短期予報のほか、台風の進路予報などもすべて、この数値予報モデルに基づいている。民間の“気象予報士”の誕生 気象庁をめぐる近年の大きな変化は2 つある。まず民間への天気予報の開放だ。細川護煕内閣(1993年~94年)における政府による規制緩和政策の潮流のなかで、民間の参入を促す「気象予報士制度」が誕生した。 現在、気象予報士を抱えて予報サービスなどを行っている民間気象事業者は約60である。気象予報士試験は、第1回の試験以来、この夏の第44回まで、累計17万人を越える受験者があり、1万人弱が合格している。平均の合格率は約6%で、最年少は12歳である。ただ、「気象予報士」の資格で仕事をしている者は、おそらく千人にも到底満たず、受け皿が非常に少ない。今後、地方自治体における防災業務への支援など新たな活躍の場が求められている。 なお、筆者の知る限り、天気予報に対するこのような国家的なライセンスは日本だけであり、米国ではアメリカ気象学会の認定を受けた者が行っている。防災へのシフトと国際貢献2つ目の変化は気象サービスの防災へのシフトだ。象徴的な動きは2013年8月の「特別警報」運用開始だ。頻発する大雨などの異常気象や地球温暖化問題などに対応するべく、長年続いた気象警報のスキームを強化した。「特別警報」は大雨警報と同じく警報のカテゴリーであり、「地方気象台」が県内の市町村を対象に行うが、数十年に一度しかないような非常に危険な状況を想定している。最近の気象台は、当該の市町村の防災関係者に直接的な助言を行うなど、首長が行うべき「避難勧告」「避難指示」などの支援を強化している。最後になったが、気象庁の国際協力に触れたい。気象庁は気象衛星「ひまわり」の運用と国際的な情報交換を始め、「熱帯低気圧地区特別気象センター」、「航空路火山灰情報センター」などの国際的な地域支援センターを多数引き受けており、またスイスのジュネーブにある世界気象機関(WMO)にも職員を派遣している。気象庁のWMOに対する拠出額は全体の約10%でアメリカに次いで世界第2位。さらに、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の温暖化レポートの作成にも参画している。気象を扱うには国際協力が必須なのだ。(2015年10月 記)ふるかわ・たけひこ 1940年滋賀県生まれ。気象庁研修所高等部(現気象大学校)および東京理科大学物理学科卒業。理学博士。1959年気象庁入庁後は、気象研究所台風研究部、気象庁(観測部、予報部)、気象庁航空気象管理課長、気象庁予報課長、札幌管区気象台長、気象協会参与などを歴任。この間、アメリカ大気研究センター(NCAR)留学、運輸省官房海洋課出向、JICA技術援助プログラム(ラオス、モンゴル、フィジー)参加。現在「気象コンパス」を通じて、気象に関する情報を発信している。主な著書に『気象庁物語―天気予報から地震・津波・火山まで』(中公新書、2015)、『避難の科学―気象災害から命を守る―』(東京堂出版、2015)、『人と技術で語る天気予報史』(東京大学出版会、2012)等。

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    8世紀末に南海トラフ巨大地震があった

    たのである。これはとても科学先進国とはいえない事態であったというほかない。 右の地震火山部会の建議「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画の推進について」が、大略、「地震・火山観測研究計画を地震学・火山学などの自然科学としてでなく、災害科学の一部として推進する。災害誘因(自然現象)のみではなく、災害素因(社会現象)も見通して学融合的に災害を予知する」という趣旨のものとなったのは、それを踏まえたものであった。この建議については2月刊行の『地殻災害の軽減と学術・教育』(日本学術叢書22、日本学術会議編)に詳しく解説される予定で、私も、そこに歴史学からの意見を書いたので、そちらを参照していただければと思う。 こうして、私は、東日本大震災も東京電力の原発事故も人災であったことを詳しく知って一種の義憤にかられざるをえなかった。これを忘れずに、歴史学者として、命のある間は、歴史上の地震の問題についての研究に取り組みたいと考えている。ともかく、地震の経験と、それへの畏怖は、以上に述べたような政治史や宗教史のみならず、日本の歴史において根本的な意味をもっていることは明らかだからである。(2016年3月1日「保立道久の研究雑記」より転載) 

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    的中続出MEGA地震予測 今年は「首都圏東海ゾーン」が要警戒

     測量学の世界的権威である村井俊治・東大名誉教授の「MEGA地震予測」は、抜群の的中率で本誌読者をたびたび驚かせてきた。GPSデータに基づく予測法は、今も日々精度を高めているが、2016年、地震列島・日本の最警戒ゾーンはどこになるのか。村井氏は「2016年も警戒を怠るべきではない」と語気を強める。「昨年下半期には、7月、8月、9月、11月と複数回の全国一斉異常変動が見られました。過去のデータと照らし合わせると、異常変動から半年間は大地震の発生するリスクが非常に高くなっている。2016年春頃までに大きな地震が起こる可能性は高いと考えています」 最も警戒すべきはどの地域か。具体的に見ていく。 村井氏のMEGA地震予測は、自身が顧問を務める民間会社JESEA(地震科学探査機構)が、メールマガジンなどで展開する予測法だ。全国の「電子基準点」のGPSデータから地表のわずかな動きを捉え、地震発生との関連を分析する。 1週間ごとの基準点の上下動による「異常変動」、地表の長期的な「隆起・沈降」(上下動)、地表が東西南北のどの方向に動いているかの「水平方向の動き」の3つを主に分析し、総合的に予測する。 村井氏が、最近の動きから警戒を強めているのが、前記の3指標すべてで異常が見られた「首都圏・東海警戒ゾーン」だ。「特に注目しているのが伊豆諸島です。昨年5月の小笠原諸島西方沖地震(神奈川・二宮町などで震度5強)以降も異常変動が頻発しています。さらに昨年9月の東京湾地震以降も隆起・沈降、水平方向の動きが拡大しており、まだエネルギーは放出しきっていないと考えられます。 多くの人は首都直下型地震ばかりを心配しますが、どこが震源になっても地盤の緩い首都圏は大きく揺れる。実際、2014年5月の伊豆大島近海地震では震源に近い大島は震度2でしたが、千代田区では震度5弱を記録しました」(村井氏) では現在、この「首都圏・東海警戒ゾーン」で何が起きているのか。短期的な地表の上下動データから読み取れる「異常変動」では、2015年7月以降、大島、三宅島、御蔵島などで5cm以上の変動が複数回見られ、中でも八丈島は8月初旬に7.78cmの変動が確認された。「防災の日」に首都直下地震を想定し東京都が行った総合防災訓練。東京湾では医療チームが海上自衛隊のヘリで護衛艦「いずも」の甲板上に降りて救助活動を行った=2015年9月1日午前、東京都江東区(早坂洋祐撮影) 長期的な「隆起・沈降」のデータを見ると、三宅島以北が隆起傾向にあるのに対し、青ヶ島以南は沈降傾向を示している。「三宅島と青ヶ島の高低差は2015年年初の4.8cmから、同年末には7.8cmまで拡大している。隆起と沈降の境目には大きな歪みが溜まっており、今もエネルギーが蓄えられていると考えられます」(村井氏)「水平方向の動き」では、千葉の房総半島南部、神奈川の三浦半島、静岡の伊豆半島南部が周辺地域と違った動きをしている。「特に三宅島では複雑な動きが見られるため、伊豆諸島を震源とする地震の発生を危惧しています」(村井氏) 伊豆諸島以外にも気になる動きがある。村井氏は2015年4月、神奈川県小田原市と神奈川県足柄上郡大井町の2か所に自前の電子基準点を設置し、リアルタイムでデータを収集している。その分析をもとに12月9日、週1回発行しているメルマガで初めて「緊急情報」を配信した。ちなみに大井町は関東大震災(1923年)の震源地である。「瞬間的ですが、大井町の基準点が地震の前兆と思われる大きな異常変動を示したのです。設置間もないうえ、実験段階なので軽々に判断はできませんが、関東大震災同様、首都圏に壊滅的な被害を及ぼす可能性があるため、警告を発しました。しばらくは注意が必要です」(村井氏) その他、村井氏は「北陸・北信越警戒ゾーン」、「北海道中央部警戒ゾーン」、「奥羽山脈警戒ゾーン」、「南海・東南海警戒ゾーン」、「九州南部警戒ゾーン」を“最警戒”と位置付けている。※JESEAでは毎週水曜日にメルマガ「週刊MEGA地震予測」(月額216円)、スマホ用ウェブサービス「nexi地震予測」(月額378円)で情報提供をしている。http://www.jesea.co.jp関連記事■ 2015年前半 震度5以上を警戒すべきは九州・南西諸島エリア■ 東大名誉教授・村井俊治氏 北関東の震度5弱地震を再び的中■ 2015年前半 震度5以上の地震を警戒すべきな奥羽山脈エリア■ 徳島震度5強もズバリ的中のMEGA地震予測「最新警戒エリア」■ 長野県北部地震的中 東大名誉教授が指摘する警戒ゾーン×4

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    日本の火山活動「大規模噴火の準備段階」入りの可能性も

    噴火が起こりやすい準備段階には入ったかなという気はする。18世紀の20年足らずで、16000人が火山災害の犠牲に小さい噴火でも、場合によっては非常に大きな犠牲が出ることが火山災害の特徴だ。18世紀以降に日本で起きた主な火山災害年 火山名 犠牲者数 1721 浅間山 15 噴石による1741 渡島大島 1,467 岩屑なだれ・津波による1779 桜島 150以上 噴石・溶岩流などによる。「安永大噴火」1781 桜島 15 高免沖の島で噴火、津波による1783 浅間山 1,151 火砕流、土石なだれ、吾妻川・利根川の洪水による1785 青ヶ島 130~140 当時327人の居住者のうち130~140名が死亡と推定され、残りは八丈島に避難1792 雲仙岳 15,000 地震及び岩屑なだれによる。「島原大変肥後迷惑」1822 有珠山 103 火砕流による1856 北海道駒ヶ岳 19~27 噴石、火砕流による1888 磐梯山 461(477とも) 岩屑なだれにより村落埋没1900 安達太良山 72 火口の硫黄採掘所全壊1902 伊豆鳥島 125 孤立して全島民死亡。1914 桜島 58~59 噴火・地震による。「大正大噴火」1926 十勝岳 144 融雪型火山泥流による。「大正泥流」1940 三宅島 11 火山弾・溶岩流などによる1952 ベヨネース列岩 31 海底噴火(明神礁)、観測船第5海洋丸遭難により全員殉職1958 阿蘇山 12 噴石による1991 雲仙岳 43 火砕流による。「平成3年(1991年)雲仙岳噴火」2014 御岳山 63 噴石、火砕流などによる(気象庁資料などを基に作成) 過去の日本では1779年から1792年のわずか20年足らずの間に火山災害が相次ぎ、人口の少ない当時でも1万6000人以上の人が犠牲になっている。これを見ると逆に、それ以降の日本の火山はいかに静かな状態だったかということが言えると思う。地震と噴火の関連、はっきり証明されてはいない地震と噴火の関連、はっきり証明されてはいない——東日本大震災の地震が、火山活動に与えた影響についてどう考えるか。 皆さん「関連がある」と思うだろうし、実際にそうかもしれない。だが、地震と火山活動の関連性はそれほどはっきり証明されてはいない。特に有名な例が1707年の、富士山の「宝永噴火」。これは宝永地震の49日後に始まった。だが、因果関係はなかなか証明できない。火山のマグマが揺さぶられても、それが噴火につながったという例はほとんどない。 例えば、4年前の東日本大震災発生後、東北地方を中心に20の活火山で一斉に地震活動が高まった。ところが、それらはまだどこも噴火していない。富士山の直下でも3月15日に地震が起きたが、噴火することはなかった。 “噴火する気のない火山”をいくら揺さぶってみても噴火はしないということなのだろう。インタビューの中で、火山活動の規則性について説明する中田節也教授最近の噴火は東北から離れた火山 地震が噴火を引き起こす別の原因として、断層が地震で動くとマグマの入っている地殻のひずみが解放され、マグマにかかる圧力が変わって、マグマの中に含まれている揮発性の成分が気泡として分離して発泡し、マグマだまり全体の中の圧力が高まって噴火につながるというシナリオがある。 このケースだと、もう今までに噴火が起こっていてもいいのに、少なくとも去年までの3年間はほとんどなかった。実際に噴火したのは地震からだいぶ離れた御岳山や西之島、阿蘇山など。それだけ遠ざかると、地震の影響はほとんどない。数十メートルの断層のずれが、ひずみとして九州まで及ぶことはほとんどない。 本当に地震が噴火を引き起こすのかと言えば、疑問に思う。宝永噴火は、その時の富士山が“噴火したくてたまらない状態”にあったから地震に誘発されたと考える。日本全体の地殻が異状?——“噴火したくてたまらない火山”というのは、ある程度分かるのか。 三宅島や有珠山は、数十年に1回は噴火しなければすまない火山だ。下からマグマが入ってきて、たまりにある程度のマグマが蓄積されると押し出されて噴火する。そういう規則性のある山がある。このような場合、マグマを放出した後にいくら地震で火山を揺さぶっても噴火にはつながらないだろう。 富士山の場合は、もう300年以上も噴火していないので噴火の規則性はなかなか分からない。だが、大地震がこれまで何度も起きている中で、地震が直接噴火につながったと考えて良いのは富士山の宝永の時だけだ。青木が原に溶岩が流出した「貞観噴火」(864-866年)は貞観地震と関係あるように見えるが、噴火は地震の5年前に起こっている。 客観的に見れば、東日本大震災の1か月半前に噴火した霧島山(新燃岳)を含め、九州地方では噴火が多くなっている。大地震に結びつけるというよりも、大地震が東北で起きたぐらいに「日本全体の地殻がおかしくなっている」、「ぎゅうぎゅうプレートで押されており、地震も火山噴火も起こりやすくなっている」、こういう解釈の方が理解しやすい。富士山は異常なし、地震活動も低下傾向——富士山が「いつか必ず噴火する」と聞くと非常に心配だ。富士山の現状は? あまり変化していない。火山の場合は何を観測しているかと言うと、まず地震活動、地殻変動、それから電磁気。これは、高温の流体が上がってくると電気の通りやすさが違ってくる。温度やガス成分などだ。この中では、やはり地震活動と地殻変動がとらえやすい。 地殻変動は、これまでGPSを使っていたが、最近は衛星から観測した結果を解析するようになった。3次元の地形の情報を、例えば1か月後、2か月後のものと比較して、どこが膨れているか、へこんでいるかが鮮明に分かる。そのため噴火の前の地形の変化が、ものすごくよく分かるようになった。(今年6月の)箱根山の場合、これまでGPSでは絶対無理だった、100メートル四方ほどの小さな範囲でも地形の変化が見てとれた。 あらゆる場所を細かくカバーでき、日本のあらゆる火山のデータが手に入るようになった。だから、異常があればすぐ分かることにはなっている。桜島とか富士山はずっと見続けられている。 富士山は3.11の地震の影響で、やや地震回数が多い状態が続いていた。しかし、3.11の以前にほぼもどっており、それ以外の異常は見つかっていない。一般的に、規模が小さくても噴火の前には必ず山の状態が変化するので、注意深く監視さえしていれば異常はキャッチできる。 ただその変化が噴火の前日にあるのか、1週間前か2か月前かというのは分からない。その判断が難しいところだ。観測機器が貧弱だった昔とは違い、何の変化もキャッチできないまま噴火するというケースは現在では考えにくい。聞き手・文:石井 雅仁(編集部)写真:大谷 清英(制作部)バナー写真:鹿児島県・口永良部島の新岳から立ち上る噴煙=2015年5月29日午前、住民撮影(時事)なかだ・せつや 東京大学地震研究所教授。専門は火山岩石学、火山地質学。1952年富山県生まれ。金沢大学大学院理学研究科修士課程修了。理学博士(九州大学)。九州大学理学部助手、東京大学地震研究所助教授経て、99年から現職。現在、火山噴火予知連絡会副会長を務める。

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    誰も知らない阿蘇山「破局噴火」は起こるか

    推定マグニチュード7・3を観測した熊本地震の震源に近い阿蘇山で16日、小規模な噴火が起きた。気象庁は一連の地震との関係に否定的な見解を示したが、火山の専門家は9万年ぶりの「破局噴火」への警戒を呼び掛ける。列島最大規模の巨大噴火の実績を持つ阿蘇山。ついにその時が来るのか。

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    列島最大規模の「実績」を持つ阿蘇山、9万年ぶりの大噴火の確率は?

    巽好幸(神戸大学海洋底探査センター長、同大学院理学研究科教授) 4月14日21時26分に熊本地方でマグニチュード(M)6.5、そして16日1時25分M7.3の地震が発生した。震源の深さはいずれも約10kmと浅く、そのために最大震度は7に達した。これら一連の地震は日奈久・布田川断層帯の活動によって引き起こされたと考えられている。一方で、この断層帯上には阿蘇山が位置し、今回の地震が噴火、特に巨大噴火を誘発するのではないかとの不安もある。噴火した熊本県・阿蘇山の中岳(奥)と、観光客らのいた付近の駐車場。噴煙は火口から2000メートルまで上昇した=2015年9月14日午前9時45分ごろ(阿蘇火山博物館提供)日奈久断層帯は「札付き」の活断層 気象庁が本格的に地震データの収集を初めたのは約100年前。これまで九州で震度7が観測されたことはなかった。そのために今回の地震がいかにも「異常」であるかのような印象を与えるかもしれないが、決してそうではない。日奈久・布田川断層帯はバリバリの活断層帯であり、過去に何度も大地震を起こしてきた。これらの断層活動は、フィリピン海プレートが日本列島に対してやや斜め向きに沈み込むために、横ずれ成分が大きい。さらにはこの辺り、別府—島原地溝帯と呼ばれる地帯では、九州島が南北に引き裂かれるような変動も起きている。地震や火山などの地球の営みは、人間のタイムスケールより遥かに長いのである。 地震調査委員会は日奈久断層帯についてその活動時にM6.8程度の地震が発生する可能性があること、そしてこの断層帯を含む周辺域ではM6.8以上の地震の30年発生確率は7〜18%と評価している。 この確率は一見、首都直下地震や南海トラフ地震(ともに70%超)に比べると低い。しかし私たちは、21年前の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)前日の30年発生確率が0.02〜8%であったという事実を忘れてはならない。つまりこの九州中部域、さらに言えば日本列島全域ではいつ地震が起きてもおかしくないと認識すべきである。私たちは、太平洋プレートとフィリピン海プレートが押し寄せる「変動帯」に暮らしているのだ。 日奈久・布田川断層帯は決して1枚の断層ではなく、多くの活断層の集まりである。つまり、今回の地震(破壊)が近傍の断層活動を誘発する可能性は高い。今後も強烈な揺れを伴う余震が数週間続くであろうことに備えるべきである。阿蘇もまた「札付き」 阿蘇山は世界有数の活動的活火山である。16日にも小噴火が起きたが、これは火山の日々の息づかいのような噴火かもしれないが、地震直後であるために地震によって誘発された可能性もある。地震大国・火山大国に暮らす覚悟 阿蘇山のような活火山の直下、数kmには「マグマ溜まり」が存在する。その大きさはよく解らないが、おそらく直径2〜3km程度であろう。地震の揺れがこのマグマ溜まりを刺激すると噴火に至る場合がある。サイダーやビールの瓶を勢い良く振ると炭酸ガスが発生して中身が溢れ出すのと同じ原理だ。これまでにも、地震直後数日以内に火山噴火が起きた例は多い。阿蘇地方でも震度6が観測されている今、引き続く噴火を想定しておくべきであろう。 さらにこの火山は、約9万年前に列島最大規模の噴火を起こした「実績」がある。巨大噴火の跡には東西18km南北25kmの巨大な「カルデラ」が残っている。 私たちは一昨年、このような巨大カルデラ噴火が(阿蘇山と特定しているわけではないが)九州中部で発生した場合、1億人以上の日常生活が奪われると発表した。また、日本列島で巨大カルデラ噴火が今後100年に起きる確率は約1%であることも述べた。この確率が間違っても99%大丈夫であることを意味するのではなく、非常に切迫度の高い値であることは先に述べた通りである。 巨大カルデラ噴火では、通常のマグマ溜まりより深い所に遥かに大規模なマグマ溜まり(体積数十立方km以上)が存在する。9万年前の阿蘇巨大カルデラ噴火の場合はなんと1000立方kmものマグマが一気に噴き出したのである。 今回の一連の地震の震源が約10kmであることを考慮すると、このような巨大マグマ溜まりが存在すれば、マグマ溜まりの周囲の岩盤に亀裂が入る可能性がある。その場合には、サイダーの蓋を勢よく開けたときと同様にマグマが溢れ出す、つまり巨大カルデラ噴火が始まることも考えられる。 ただ、現時点ではこのような巨大なマグマ溜まりが阿蘇火山の下にあるのかどうかは判っていない。現在の観測体制では検知不能なのである。地震大国・火山大国に暮らす覚悟 我が国は地球上でも有数の地震大国・火山大国である。私たちはこの「変動帯」から多くの試練を与えられている。一方で私たちは、変動帯ならではの恩恵を享受してきた。温泉は最も解りやすい例だろうし、明治日本の近代化を支えた銅などを高濃度で含む「黒鉱鉱床」も海底火山からの恵みである。もっと言えば、世界に誇る和食ですら変動帯からの恵みである。 こんなにも恩恵を受けているのであるのだから、その試練から目を背けているだけでは狡いというものだ。試練による被害を最小限に抑える方策を考えないといけない。ただしこのような取り組みを、国や行政に任せっきりにしてはいけない。まず私たち変動帯の民一人一人が「覚悟」を持つことが大切である。覚悟は決して「諦念」ではない。私たち、そして私たちの子々孫々が、これまでと同じように変動帯からの恩恵を享受できるための術を考え抜かねばならない。 火山噴火について言えば、現時点ではマグマ溜まりの形状や位置すら正確には判っていない。巨大カルデラ噴火に対しては、巨大マグマ溜まりの存在すら確認できていない。火山大国かつ科学技術立国として誠に情けない限りである。

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    1100万人が数時間で全滅! 日本人が知らない「破局噴火」の恐怖

    とり残らず灼熱の風に焼かれるか、厚い砂礫の下に埋まる。地域住民全員が等しく犠牲になるカルデラ破局噴火災害は、地域住民の数パーセント以下だけが死亡する地震災害とまったく異なるのだ。 同じ噴火がいま起こったときに失われる人命の数を、その噴火のハザードと呼ぶことにする。阿蘇4噴火のハザードは1100万だ。大正関東地震の犠牲者数は15万人だったから、阿蘇4噴火のハザードがいかに大きかったかわかる。 しかしカルデラ破局噴火はめったに起こらないから、ハザードの大きさだけで災害の重大性を判断するのは適当でない。ハザードと発生頻度の積で決められるリスクを評価する必要がある。リスク=ハザード×発生頻度M(マグニチュード)=噴出量の常用対数ハザード=それと同じ噴火がいま突発的に起こったら失われるだろう人命の数リスク=ハザード/年代 阿蘇4噴火の発生頻度をきちんと決めることはむずかしいがが、いまは桁が得られればよしとして、噴火年代の逆数でそれに代えることにしよう。噴火年代は8万7000年だから、リスクは126になる。同様に、2万8000年前に姶良カルデラから発生して鹿児島県・宮崎県・熊本県に広いシラス台地をつくった噴火のハザードは300万、リスクは107になる。 リスクは、ハザードで示される死者数を1年あたりにならした期待値に相当する。少なくとも九州においては、カルデラ破局噴火のリスクは地震リスクと同程度もしくはそれを上回る。カルデラ破局噴火にどう備えるか  カルデラ破局噴火のときに発生する火砕流は、あらかじめダムをつくっておいても止めることができない。この種の火砕流は、高さ500メートル程度の障壁など難なく乗り越えてしまう。カルデラ破局噴火から助かるためには、事前にそこから退去しているしかない。 だからカルデラ破局噴火の防災は、施設の建設や補強に頼ってきた従来の施策とはまったく違うものになる。災害文化の形成ともいうべき、何世代にも渡る知的努力の積み重ねが必要になる。 一方で、ひとの一生の長さはせいぜい百年だ。カルデラ破局噴火のようなめったに起こらないリスクを心配して気に病んだり、その防災対策に莫大な投資をしたりを疑問視する向きもあろう。 一生の間に遭遇する確率が1パーセントに満たないカルデラ破局噴火を心配するのは、杞憂なのかもしれない。しかし、深夜静かに、地球上のどこかの現代都市をいつか必ず襲うにちがいないカルデラ破局噴火に想いをめぐらすと、火山学者の私は思わず身震いをしてしまう。

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    わが家の地下の断層はどうなっているのか調べてみた

    新しい情報がないのであれば、「現在の市内の様子を映しています」とだけ、いえばいい。 リアルタイムでの災害の伝え方に、もっと冷静さと抑制が必要な気がした。(「諫山裕の仕事部屋」より2016年4月15日分を転載))

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    日本人が初めて体験した巨大地震 阿蘇山の「連動噴火」は起こるか

    島村英紀(武蔵野学院大学特任教授)「阪神・淡路」と同じ最大級の直下型地震 4月14日の夜、熊本市で震度7の地震が起きた。マグニチュード(M)は6.5であった。震度7は、1949年に新たに気象庁が導入して以来、3回しか記録されたことはない。今回のものは2011年に起きた東日本大震災(地震の名前としては東北地方太平洋沖地震)以来5年ぶりで4回目になる。 ちなみに、震度7とは、日本の震度階では最高レベルだ。つまり「青天井」でどんな大きな揺れでも震度7なのである。 4月16日までは、熊本で起きたM6.5の地震は「本震」と言われた。本震と余震は「布田川(ふたがわ)断層」と「日奈久(ひなぐ)断層」の二つの活断層が起こしたと報じられた。強い地震のため、ホテルのフロントに集まった宿泊客=4月16日午前1時59分、熊本市 だが、16日になってから、さらに大きな地震が起きた。Mは7.3。この大きさは内陸直下型地震としては最大級で、たとえば阪神・淡路大震災を引き起こして6400名以上の犠牲者を生んだ兵庫県南部地震と同じ地震の規模である。 気象庁は、16日になって、このM7.3の地震を「本震」とし、前に起きたM6.5の地震と、16日のM7.3の地震の前までに起きた余震を、すべて「前震」とする、と発表した。つまり後から大きな地震が起きたので、それを「本震」としたのである。 だが、前震だとしても、それらを前震として認識できなかったことは明らかで、その後、もっと大きな地震が襲って来ることは予想できなかったことになる。 さらに、その後16日には、熊本の二つの活断層から北東に離れた阿蘇山の近くでM6に近い大きな地震が二回起き、さらに北東の大分県中部でも震度5弱を記録した地震が起きた。これらは、熊本で起きている地震の余震域の外で起きた地震で、明らかに熊本の地震の余震ではない。新しい地震活動が始まったと言うべきであろう。定義や認定があいまいな活断層 そもそも、布田川断層と日奈久断層の二つの活断層は「中央構造線」という活断層群の一部なのである。 中央構造線は長野県に始まって名古屋の南を通り、紀伊半島を横断し、四国の北部を通り、九州に入って横断する活断層群である。詳しく調べられているところでは布田川断層と日奈久断層のように、場所ごとに別の名前がついている。 活断層は一般に、枝分かれしたり、途切れたりするのが普通だ。活断層の長さや枝分かれをどう認定するかは学者によって異なる。「中央構造線」で初めて体験した巨大地震 このため、たとえば原子力発電所を作る前に「活断層の長さ」から「その場所で起きる最大の地震」を決めることが行われているが、「活断層の長さ」には学者による任意性が大きく、この手法には強い疑問が出されている。 また、活断層はその定義が「地震を起こす地震断層が浅くて地表に見えているもの」というものだから、首都圏や大阪、名古屋など、川が土砂を運んできたり、海の近くだったりして堆積層が厚いところでは、「活断層はない」ことになっている。 このため、阿蘇山の近くのように厚い火山噴出物をかぶっているところでも、やはり活断層は見えない。 これに反して、詳しく調べられているところでは布田川断層と日奈久断層のように、場所ごとに別の名前がついているが、全体としては中央構造線は日本で最長の活断層なのである。長さは1000キロを超える。 この中央構造線は地質学的には地震を繰り返して起こしてきたことが分かっており、その結果として、たとえばその南北で別の岩が接しているなど、この活断層の南北で山脈や川筋が食い違っている。これはこの活断層に沿って繰り返して起きてきた地震の結果である。「中央構造線」で初めて体験した巨大地震 この大断層の西端に近い熊本で起こった4月14日の地震は、日本人が中央構造線で初めて体験して被害を生じた地震だった。 つまり、この長大な活断層が起こした地震を日本人が体験して史実として書き留めた例はなかった。日本人が住み着いたのは約1万年前、記録を残しているのはせいぜい1000~2000年ほどなので、この大断層が地震を繰り返してきた時間の長さに比べて、あまりに短い間でしかないのだ。 その意味では、2014年に起きた長野県・白馬村の地震と似ている。この地震はM6.7。こちらは「糸魚川-静岡構造線」という、やはり長大な活断層群で起きて、日本人がはじめて大きな被害を受けた地震だった。この地震は神城(かみしろ)断層という糸魚川-静岡構造線の一部の活断層が起こした。なお、気象庁はこの地震には名前をつけなかったので、長野県北部地震とも呼ばれている。 ところで、このような長大な活断層群では、日本列島全体がいくつかのプレートに押されることによって、それぞれの小部分ごとに地震を起こすエネルギーが溜まっていっている。そして、岩が耐えられる限界を超えると地震が起きる。つまり地震が起きることによって、溜まっていたエネルギーが解放されるのである。相前後して起こる火山噴火と大地震 そして、ある部分で地震が起きたことは、同じような理由でエネルギーが溜まっているその隣の部分にとって「留め金が外れた」ことを意味する。つまり、地震が起きた部分の隣で、地震が起きやすくなるのである。 今回、中央構造線のうちの熊本の部分で地震が起き、2日後に阿蘇に、そして大分に、と地震が広がっていったのは、この理由なのではないかと考えられる。大分自動車道を覆う土砂崩れ=4月16日午後、大分県由布市(共同通信社機から) もちろん、「隣の部分」に、まだ十分の地震エネルギーが溜まっていなかったら、この連鎖は起きない。残念ながら、いまの地球物理学では、地下にどのくらいの地震エネルギーが溜まっているかは分からない。 ところで、心配なのは、連鎖が起こっていった熊本、阿蘇、大分の次にあるのは愛媛なのである。ここには、中央構造線のすぐ近くに伊方原発がある。また、逆に熊本から南西に中央構造線をたどると鹿児島県に入る。ここは川内原発からそう遠くはない。 地球物理学者としては、「連鎖の次」を恐れているのである。相前後して起こる火山噴火と大地震 4月16日、阿蘇の近くで大きめの地震が起きた同じ日に、阿蘇は1ヶ月ぶりに噴火した。ただし、大きな噴火ではなかった。 地震と火山は両方とも地下でプレートがらみ、あるいはその結果としての活断層がらみで起きる現象だから、なにかがつながっているのに違いないのだが、残念ながら現在の地球物理学では、地震と火山がどうつながっているかはわかっていない。 地震は活断層に地震エネルギーが溜まっていき、その岩が耐えることが出来る限界を超えると起きるという、いわば直接的な関係である。 これに対して、火山の場合には、マグマが地下で作られる。だが、そのマグマがそのまま上がってきて噴火するわけではなくて、上がってくるときにいくつかの「マグマ溜り」を作りながら上がってくる。そして、いちばん上にあるマグマ溜りのなかで圧力が高まってマグマが地表に噴出するのが噴火なのである。つまり火山噴火は間接的な関係なのである。 しかし、世界的に見ても火山噴火と大地震が相前後して起きた例は多い。たとえば、1707年に巨大地震である宝永地震が起きた49日後に、富士山の宝永噴火があった。他方、噴火が地震よりも先だった例もある。

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    専門家が緊急警告!「熊本地震の次は南海トラフだ」

    物の倒壊は少なかったであろうが、そこでは水が得にくいために、崖の斜面や開析谷の中に居住していたために災害となったと考えられる。 また、JR熊本駅より西側は、縄文時代に海であり、そこに堆積したプリンのような粘土が被害を拡大させた。これに対し、高速道路や鉄道は、比較的硬い溶岩流のような場所と地層が軟弱な開析谷との境目で揺れ方が異なったために被害が出たと考えられる。

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    熊本地震 安倍首相の行動を批判するのは愚かだ

    権限を与えること。それ以外ギリギリで行動している人間達をさらに危険にさせるだけで愚かな行為です。非常災害対策本部の会合で発言する安倍首相(右から2人目)。左隣は河野防災相=4月15日午後、首相官邸 訓練は想定、つまり取り決めがあります。しかし今回のような事例にシナリオはないのです。つまりアドリブを活用しなければなりません。それをしない限りいい任務がこなせません。そしてそんな状況下にシナリオ強制の儀式を行ってはいけません。首相の行動を批判する方、危機管理は感情でおこなってはいけません。まして政権批判のためにおこなってはいけません。だから自分の身は安全なのに偉そうにツイッターで発言した例の党は批判されます。 このような行動パターンがわからない人間は建前論ですぐ批判したがります。別の例ですがついこの間ある新聞社から突然電話をいただき、自分のブログ(“リスクを言うならまずここから見直せ  あまりにお粗末自衛隊の医療体制” 民間の厳しい意見に拍手!)について意見を要求されました。訓練があまりなされていない中、法律ができてしまうと派遣された隊員の安全が守れない、つまり危険ではないかという言葉を私に言わせたかったみたいです。 新聞社名、名前をまず最初に名乗らない、要件も説明しない、自分の都合だけでこちらに電話でインタビューする(もちろん無料)といった点は置いといて、彼に言いたい。だったら今この現場から訓練不足だから救助隊を撤収します?と。揺れているから安全のために揺れが収まるまで全く活動するなと言います? もちろん撤退の判断、中止の判断は必要な時があります。でもそれは安全なところから批判する人が決めるのではなく、現場とともに判断すべきもので、それはギリギリなことをいかに安全に行うかというプロの仕事です。そしてそれは実践を積まない限り進歩しません。医療と同じことです。現場ではなく安全な場所から情報不足にもかかわらず危険だという不安の感情だけで決めるものではありません。 最後に被災地の皆さん、救助への協力をお願いしますがまずは自分の身の安全を第一に救助隊等の指示に従ってください。そして被災地以外の皆さん、凄惨な画像を見ないようにすることも精神的に大事です。不調を感じたらリラックスしましょう。 まだまだ有事は続きます。皆さん耐えましょう。そして応援、協力しましょう。(「中村ゆきつぐのブログ」より2016年4月16日分を転載)

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    日本の火山活動「大規模噴火の準備段階」入りの可能性も

    りやすい準備段階には入ったかなという気はする。 ◆18世紀の20年足らずで、16000人が火山災害の犠牲に 小さい噴火でも、場合によっては非常に大きな犠牲が出ることが火山災害の特徴だ。 過去の日本では1779年から1792年のわずか20年足らずの間に火山災害が相次ぎ、人口の少ない当時でも1万6000人以上の人が犠牲になっている。これを見ると逆に、それ以降の日本の火山はいかに静かな状態だったかということが言えると思う。地震と噴火の関連、はっきり証明されてはいない ◆地震と噴火の関連、はっきり証明されてはいない ——東日本大震災の地震が、火山活動に与えた影響についてどう考えるか。  皆さん「関連がある」と思うだろうし、実際にそうかもしれない。だが、地震と火山活動の関連性はそれほどはっきり証明されてはいない。特に有名な例が1707年の、富士山の「宝永噴火」。これは宝永地震の49日後に始まった。だが、因果関係はなかなか証明できない。火山のマグマが揺さぶられても、それが噴火につながったという例はほとんどない。 例えば、4年前の東日本大震災発生後、東北地方を中心に20の活火山で一斉に地震活動が高まった。ところが、それらはまだどこも噴火していない。富士山の直下でも3月15日に地震が起きたが、噴火することはなかった。 “噴火する気のない火山”をいくら揺さぶってみても噴火はしないということなのだろう。 ◆最近の噴火は東北から離れた火山 地震が噴火を引き起こす別の原因として、断層が地震で動くとマグマの入っている地殻のひずみが解放され、マグマにかかる圧力が変わって、マグマの中に含まれている揮発性の成分が気泡として分離して発泡し、マグマだまり全体の中の圧力が高まって噴火につながるというシナリオがある。 このケースだと、もう今までに噴火が起こっていてもいいのに、少なくとも去年までの3年間はほとんどなかった。実際に噴火したのは地震からだいぶ離れた御岳山や西之島、阿蘇山など。それだけ遠ざかると、地震の影響はほとんどない。数十メートルの断層のずれが、ひずみとして九州まで及ぶことはほとんどない。 本当に地震が噴火を引き起こすのかと言えば、疑問に思う。宝永噴火は、その時の富士山が“噴火したくてたまらない状態”にあったから地震に誘発されたと考える。 ◆日本全体の地殻が異状? ——“噴火したくてたまらない火山”というのは、ある程度分かるのか。 三宅島や有珠山は、数十年に1回は噴火しなければすまない火山だ。下からマグマが入ってきて、たまりにある程度のマグマが蓄積されると押し出されて噴火する。そういう規則性のある山がある。このような場合、マグマを放出した後にいくら地震で火山を揺さぶっても噴火にはつながらないだろう。 富士山の場合は、もう300年以上も噴火していないので噴火の規則性はなかなか分からない。だが、大地震がこれまで何度も起きている中で、地震が直接噴火につながったと考えて良いのは富士山の宝永の時だけだ。青木が原に溶岩が流出した「貞観噴火」(864-866年)は貞観地震と関係あるように見えるが、噴火は地震の5年前に起こっている。 客観的に見れば、東日本大震災の1か月半前に噴火した霧島山(新燃岳)を含め、九州地方では噴火が多くなっている。大地震に結びつけるというよりも、大地震が東北で起きたぐらいに「日本全体の地殻がおかしくなっている」、「ぎゅうぎゅうプレートで押されており、地震も火山噴火も起こりやすくなっている」、こういう解釈の方が理解しやすい。 ◆富士山は異常なし、地震活動も低下傾向 ——富士山が「いつか必ず噴火する」と聞くと非常に心配だ。富士山の現状は? あまり変化していない。火山の場合は何を観測しているかと言うと、まず地震活動、地殻変動、それから電磁気。これは、高温の流体が上がってくると電気の通りやすさが違ってくる。温度やガス成分などだ。この中では、やはり地震活動と地殻変動がとらえやすい。 地殻変動は、これまでGPSを使っていたが、最近は衛星から観測した結果を解析するようになった。3次元の地形の情報を、例えば1か月後、2か月後のものと比較して、どこが膨れているか、へこんでいるかが鮮明に分かる。そのため噴火の前の地形の変化が、ものすごくよく分かるようになった。(今年6月の)箱根山の場合、これまでGPSでは絶対無理だった、100メートル四方ほどの小さな範囲でも地形の変化が見てとれた。 あらゆる場所を細かくカバーでき、日本のあらゆる火山のデータが手に入るようになった。だから、異常があればすぐ分かることにはなっている。桜島とか富士山はずっと見続けられている。 富士山は3.11の地震の影響で、やや地震回数が多い状態が続いていた。しかし、3.11の以前にほぼもどっており、それ以外の異常は見つかっていない。一般的に、規模が小さくても噴火の前には必ず山の状態が変化するので、注意深く監視さえしていれば異常はキャッチできる。 ただその変化が噴火の前日にあるのか、1週間前か2か月前かというのは分からない。その判断が難しいところだ。観測機器が貧弱だった昔とは違い、何の変化もキャッチできないまま噴火するというケースは現在では考えにくい。 中田 節也NAKADA Setsuya東京大学地震研究所教授。専門は火山岩石学、火山地質学。1952年富山県生まれ。金沢大学大学院理学研究科修士課程修了。理学博士(九州大学)。九州大学理学部助手、東京大学地震研究所助教授経て、99年から現職。現在、火山噴火予知連絡会副会長を務める。 聞き手・文=石井 雅仁・nippon.com編集部

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    熊本地震翌朝の各局情報番組 TBSが一歩リードか

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、熊本地震報道に見る各局の情報番組を分析。* * * 熊本地震で被災された皆様に御見舞を申し上げます。 14日夜9時26分頃、熊本県内で震度7の地震が発生して以来、テレビ各局では報道局が主導となり、緊急特番となった。 もともと『ニュースウォッチ9』枠だったNHKが第一報からリードしていたものの、現場はかなり混乱。着の身着のままで避難してきた方達に「NHKですが…」とマイクを向けていたことも少々気になった。 また、スタジオのアナウンサーの脇で指示するディレクターの声がずっとオンエアにのってしまっていた。東日本大震災のとき、内輪の会話がマイクにのってしまい、結果、被災者の方や視聴者の皆さんに不快な思いをさせてしまった在京局が2局あったことを思い出す。NHKのディレクターが不謹慎な発言をしていたわけではないのだが、オンエア的に聞きづらかったことは否めない。 民放局に目をやると、今週月曜日、メインキャスターに就任したばかりの『報道ステーション』(テレビ朝日系)の富川悠太アナウンサーは、さすがに全国を取材しているだけあり、現場との連携が見事だったし、終始落ち着いていた。強い地震により一階部分が押しつぶされた歯科医院の建物=4月16日午前4時、熊本市中央区安政町 その後スタートした『NEWS ZERO』(日本テレビ系)は、レギュラー陣が、いつものスタジオではなく報道フロアに集まり、座りではなく立ちで乗り切った。こちらも新メンバーを加えての座組だったが、日頃のチームワークの良さで乗り切ったように思う。 気になったのは翌朝の民放局だった。『めざましテレビ』(フジテレビ系)や追随する『ZIP!』(日本テレビ系)の成功により、それまでF3、M3に強かったテレビ朝日までがターゲットの年齢層を下げてきている昨今。日頃、いわゆるエンタメ情報やトレンド情報を扱いすぎているせいで、全体的に“報道の顔”をしていない番組ばかりなのである。 『めざまし~』の三宅正治アナはベテランだが、専門はスポーツ。なので、最新のニュースは報道局から奥寺健アナと斉藤舞子アナが担当していた。 『ZIP!』も、座組は通常どおりだったので、北乃きいや鈴木杏樹、ZIP!ファミリーの女子らが笑顔でワイプにおさまるコーナーもありつつ、桝太一アナが懸命に進行していた。それでも、速水もこみちをロケに出していたコーナーを始め、この日に出さなければならない“縛り”があると推察できる企画はそのままオンエア。結果、やや浮いた作りになってしまっていたように感じた。 その点、この4月、「思い切ったリニューアルをした」と他局も注目している『あさチャン!』(TBS系)は、白シャツに黒スーツという出で立ちの夏目三久をメインに、ずっと地震関連のニュースを扱っていた。 『あさチャン!』がなぜ「思い切ったリニューアルをした」と言われているかというと、番組全編がほぼニュースになったからなのである。 NHKを除く民放の横並びがどんどん若者向けにシフトしていくなか、みのもんたの『朝ズバッ』の流れを汲む『あさチャン!』には、F3(50才以上の女性)、M3(同・男性)の視聴者が付いていた。 以前は、テレビ朝日の早朝枠もF3、M3に強いと言われていたが、『グッド!モーニング』は明らかにF2やM2にシフト。在宅率が高く、人数も多いF3、M3層をNHKとTBSが分け合うこととなっていた。腹をくくった夏目三久 が、みのから夏目に変えた時点では、もう少し若い層を狙っていたのも事実。およそ女子アナっぽくないモード系ファッションで、ストッキングではなくソックスで登場した夏目は、女子アナのヘアメイクとは一線を画す“尖った見た目”でもあったせいか、番組開始当時、おばさんやおじさんに好まれなかったものだ。 当然のことながら視聴率は芳しくなかったのだが、ネット局を中心に最近、数字が上向いている『あさチャン!』。夏目の見た目も徐々に年配視聴者に好まれるようなものに改善され、4月からレギュラー陣を一新し、ニュースを伝える番組にシフトした。お天気キャスターに『ニュースウォッチ9』(NHK)の井田寛子気象予報士を据えたのも、F3、M3対策の一つだ。 3月で『マツコ&有吉の怒り新党』(テレビ朝日系)を卒業した夏目は、『真相報道バンキシャ!』(日本テレビ系)と『あさチャン!』により、ニュースキャスター・夏目三久として、腹をくくったようだ。 もともと出版社志望だったという彼女が新入社員のとき、『恋のから騒ぎ』(同)の説教部屋セットに現れ、明石家さんまからの質問に堂々と答えているのを見たのは9年前のことだ(オンエアはせず、入社式で流された)。 大阪出身なので、お笑いが好きだという彼女に対し、「芸人で好きなのは?」と聞いた明石家さんまに、「チュートリアルの徳井さん」と答え、さんまさんからピコピコハンマーで何度も叩かれていた夏目。 大型新人アナとして、入社半年で『おもいッきりイイ!!テレビ』のアシスタントに抜擢されるも、11年1月に退社。大型レギュラーをもたせてもらっても、勘違いするようなタイプではなかったし、後輩女子アナの面倒もよく見ていた。編集者志望だったからだろうか、裏方仕事もよくやっていた気がする。 だが、写真誌の一件で日本テレビを追われ、フリーに。果たして、この年代の局アナ出身の女子アナで唯一、帯番組のレギュラーをもっているのが夏目である。 熊本地震の報道に話を戻す。テレビ局では、阪神淡路大震災の経験が東日本大震災に活かされなかったことが大きな課題になっていた。地震の報道や、その後の報道について、身をもって体験していた在阪局のディレクターや記者、アナウンサーらの知識は専門的なことを含め、とても深かった。 が、それが在京局にももたらされなかったのは、直後に地下鉄サリン事件が起きたからだと言われている。阪神淡路大震災報道にまつわるさまざまな教訓は、在阪局だけのものになってしまったと彼らは嘆く。地震で損傷した熊本城の戌亥櫓と石垣=熊本市 思えば夏目は大阪出身なので阪神淡路大震災を経験している。TBSでは、『あさチャン!』に続く、『白熱ライブ ビビット』の真矢ミキも宝塚歌劇団の花組トップに就任した年、阪神淡路大震災に遭っている。そしてTOKIO国分太一は、『ザ!鉄腕!DASH!!!』(日本テレビ系)で東日本大震災の被災地・福島県への強い思い入れがあるタレントだ。 偶然ではあるが、こうした出演者の経験に基づくコメントが並んだTBSの番組がリードした熊本地震の翌朝だった。 当然だが、午後は、阪神淡路大震災の現場を朝日放送の局アナとして連日取材して回った宮根誠司の『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ・日本テレビ系)が群を抜いていた。が、その読売テレビでも、阪神淡路大震災の取材を経験している局アナは半数にも満たなくなってしまっている。そこで同局では、先輩アナが中心となって、後輩たちへのセミナーを行っているという。 在京局のテレビ局は、被災者の皆さんの心に寄り添うことがどれほど大事なことか、改めて系列局との情報を“共有”してほしいものだ。関連記事■ TVの言葉が「語り」から「喋り」に移った理由を解説した本■ 夏目三久アナ 年収3億円説飛び出し女子アナ界新女王の声も■ お泊りデート報じられた松尾由美子アナ パンツスーツ姿多い■ 日テレ『NEWS ZERO』 山岸舞彩アナ抜擢でほぼ決まりとの声■ 大江麻理子アナ 会見時の所作に「気遣いのできるいい女」評

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    12月7日地震で嘘ツイートの高校生 光速で身元特定される

    人を叩きたいのか、名前をさらに拡散させたいのか、よくわからない状態になってしまいました。 この手の「災害でヤバいことになった」というニセツイートは東日本大震災の時も発生しました。ドワンゴの社員の男性がSOSを求めたのですね。その後、ウソであることが明らかになり、結局炎上。 人間というものは、そこまで注目を集めたいものなんですかねぇ……。ウソをついてまで構ってもらいたいというのはなんだか恥ずかしいことだと思います。※参考ページ・@reonandnene ブルギニョンが特定されるまで【2ちゃんまとめ】※『メルマガNEWSポストセブンVol.44』関連記事■ ネットの「連携アプリを認証」安易に認証させない方が良い■ 女が「生理なう」とツイートする理由を2人の男が必死に分析■ 内職系仕事 ツイッター1クリック1円~動画投稿1万回千円~■ 次長課長河本 ツイッター辞める宣言でまたもバッシングの嵐■ 個人投資家にはツイッターと「夜のトレード大会議」が便利

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    韓国の「東北PRイベント」はなぜ中止に追い込まれたのか

    (THE PAGEより転載) 先月、韓国ソウルで開催されることとなっていた「東北PRイベント」が土壇場で中止された。前日に日本大使公邸で両国政府関係者を招いたレセプションを開催していたにも関わらず、直前の中止決定となった。東日本大震災後の復興状況をPRし、風評被害を払拭しようと外務省が主催したこのイベント。なぜ中止に追い込まれたのだろうか。地元自治体が中止を要請 中止された外務省主催のイベントは、「Explore REAL JAPAN(ソウル)」。東日本大震災の風評被害払拭を目的として、2月20日と21日に韓国ソウルの往十里(ワンシムニ)駅で開催される予定だった。イベントでは、被災3県を訪れた韓国の人気ブロガーが、訪問先の食や観光を紹介するコーナーや、福島県の民芸品「おきあがりこぼし」の絵付けを体験できるコーナーなどがあり、ソウル市民に東北の魅力を伝えることを目的としていた。同様のイベントは、2月28日と29日に台湾の台北でも開催された。イベントの中止を知らせる「Explore REAL JAPAN(ソウル)」のサイト 19日には、駐韓日本大使公邸で、レセプションが開催された。レセプションには、日本側からは、若松謙維復興副大臣、浜地雅一外務政務官、別所浩郎駐韓大使などの政府関係者や、イベントに参加する青森県・宮城県・福島県・鹿児島県の自治体関係者などが出席した。韓国側からは、韓国外務省の林聖男(イムソンナム)第1次官などが出席し、日本酒や東北の郷土料理がふるまわれたという。 事態が急転したのは、レセプションが行われていた19日。イベント会場があるソウル市城東区当局から、日本側に「本件イベントを中止すべきとの通報があった」という。イベントを主催した外務省地方連携推進室の担当者によると、外務省は「(城東区による中止の通報により)イベントを安全に確実に実施できる見通しが立たなくなった」として、中止を決めたという。 同推進室によれば、韓国中央政府はこのイベント開催を重視しており、城東区当局に対してイベント期日の直前まで、中止通報を撤回するように働きかけていたという。反対声明を出した韓国の市民団体に理由を聞いた反対声明を出した韓国の市民団体に理由を聞いた しかし、城東区当局は中止通報を撤回せず、イベント会場にもさまざまな団体の人々が抗議に集まってきており、直前でのイベント中止に至った。イベント中止について、同推進室は「極めて残念だ」と悔しさをにじませた。  韓国中央政府も開催を働きかけていたのに、ソウル市城東区当局が中止通報を撤回しなかったのはなぜなのだろう。今回の東北PRイベントに対して、開催反対の声明を出した市民団体「環境運動連合」(KFEM)に、イベント反対の理由を取材した。 KFEMのエナジーコーディネーターの男性は、取材に対し、「今回のイベントは福島県産の食品の輸入制限を解除するために行うものであり、放射能で汚染された食品を輸入する動きは受け入れられない」と反対の理由を述べた。「我々は、福島県産の食品が輸入される可能性について、怒りと懸念を表明するため、今回の反対運動を行った」という。 イベント開催反対運動に対して、城東区当局は理解を示し中止に至ったとKFEMの担当者は話す。「中央政府は、政治的・外交的観点からものごとを進めようとするが、地元自治体は市民の声により敏感だ。特に韓国は4月に総選挙を控えているので、今回我々の声を聞き入れたのだろう」と、運動の成果を強調した。日本産水産物の輸入制限が続く韓国と台湾 日本政府が、韓国で東日本大震災からの復興をPRするイベントを開いた背景には、韓国が行っている日本産水産物の輸入制限がある。韓国は2013年9月から、福島、茨城、群馬、宮城、岩手、栃木、千葉、青森の8県産の全ての水産物の輸入を禁止している。8県以外の水産物であっても、韓国側の調査でセシウムが微量でも検出された場合は、追加検査を要求。この検査が数ヶ月かかるため、生ものである水産物の輸出は、実質的に困難になった。 政府は、韓国の水産物輸入制限が「科学的根拠に基づかない」として解除を求めてきた。日韓の専門家が2014年12月に福島、青森、北海道産の水産物の放射性物質を測定した結果、不検出か、韓国の定める厳しい基準でさえ大幅に下回る結果が出ている。 政府は、韓国が輸入制限を解除する見通しが立たないため、昨年8月にWTO(世界貿易機関)に対して、韓国を提訴した。外務省北東アジア課によると、提訴手続きは、現在、パネリスト(裁判官に相当)が選ばれた状態まで進んでいる。 台湾も、日本産食品に対して輸入規制を行っており、今回、外務省が韓国と台湾でイベントを企画したのは、日本産食品の安全性を市民にPRする狙いがあったといえる。 日本産食品の輸入規制解除には、現地市民の理解が不可欠だ。イベントを主催した外務省地方連携推進室は、来年度も引き続きさまざまな活動を通じて「風評被害の払拭と、正確な情報発信に努めたい」と述べた。(中野宏一/THE EAST TIMES)

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    福島県相馬市で孤独死が少ないわけ 機能した地域社会の絆

    じて、時間をかけて地域の連携を深めてきた。 このような人間関係は、時に煩わしい。しかしながら、一旦、災害が起こると威力を発揮する。額田氏は「人間関係こそがこの世の最良のライフライン」と言う。悲しいかな、このような人間関係は一朝一夕では形成されない。地域コミュニティーの完成度において、神戸と相馬では大きな差がある。それが、孤独死の差へと繋がった。 放射線問題や医師不足など、相馬地方は多くの問題を抱えている。ただ、この地域には強い地域社会が残っている。さらに、外部ネットワークを用いる伝統がある。私も、その中の一人だ。 歴史は繰り返す。この地方の人々を見ていると、今回の災害も一体となって克服するだろうと思う。このような歴史的大事件に関わることになったご縁に驚いている。微力ながらも引き続き努力したい。

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    遺体は撮るのか、撮らないのか? 東日本大震災と被災者家族の記録

    武澤忠(日本テレビ・チーフディレクター)  「1000年に一度の大災害」と言いながら、みんなもう忘れ去ってしまっているのでは・・・。時々、そう感じることがある。自分自身マスコミの人間でありながら、「月日と共に記憶が風化していく」現実は否めない。だからこそ「誰かが伝え続けていかなければならない」とも思う。 東日本大震災当時、日本テレビの生情報番組の総合演出をしていた僕は、福島県相馬市の実家が被災。そしてその後、自らカメラを回し、「被災した実家の母」を撮り続けることとなる。 その中で感じた被災地のリアルな苦悩、葛藤・・・そして見つけた小さな希望。当時78歳で、一度は絶望のどん底にいた母が立ち上がっていく姿を見て感じたのは「ニッポン人の逞しさ」だった。 もうすぐ震災から5年。これは、テレビマンとして、被災者の息子として、これまで感じた事を綴った記録である。すべては「忘れずに伝え続ける」ために。 震災後に、民放連の会合で各社の記者やデスク、ディレクターが集まり「震災報道」の課題や問題点を共有するために話し合ったことがある。「『遺体』を撮るのか、撮らないのか!?」 甚大な被害を受けた海岸地域には遺体が累々と並び、とても正視できる状態ではなかった。それでもカメラマンは映像を撮り続けた。いかにひどい出来事であっても、視聴者に伝えるためには、映像として記録しなければならない。 しかし、ある社のカメラマンは、「どうせ放送出来ないのだから」と、はなから遺体を避けて、撮影したという。 確かに今の日本のテレビが、遺体が累々と並ぶ光景を、そのまま放送するわけはない。しかしモザイク加工するにしても、もともと映っていなければ、放送しようがない。 この「はなから遺体は撮らない」という姿勢は、果たして正しいのだろうか? どう放送するかはその時々の責任者にゆだねるにしても、映像財産として、「現実」を記録しておかなければ、次の世代にこの災害の真実を伝えられないのでは? そんなことが議論された。結論は出ない。 今回の被害はそれだけ大きく、最前線で取材する記者やカメラマンも困惑していた。何をどうすれば良いのか、迷っていた。かくいう僕自身も。<未曾有の大災害「東日本大震災」の幕開け> 2011年3月11日2時46分。 当時担当していたお昼の生放送番組「DON!」の一週間の生放送を終え、ほっと一息つき、翌週分の打ち合わせがてら弁当をかきこんでいるときだった。 東京・汐留にある日本テレビのオフィスビルが突然大きく揺れる。その時僕がいたのは29階の会議スペース。ただならぬ揺れに思わず箸をおき、咄嗟にテーブルを握った。 「やばい・・・これはでかいぞ」 瞬間、背筋が凍りつくのを感じた。揺れは徐々に激しくなり、周囲からは女性スタッフの悲鳴が聞こえた。移動式ロッカーが右に左に激しくぶつかり、凄まじい音をたてていた。 打ち合わせをしていた普段クールなディレクターは、机の下にもぐりこんだ。涙がでそうなほどの恐怖を感じながら、僕はひたすら「早くおさまってくれ!」と神頼みするしかなかった。ようやく揺れがおさまり、思わずテレビの画面を見る。 「東北震度6強」 瞬間、福島県相馬市でひとり暮らす母・順子の顔が浮かぶ。すぐに携帯から電話をするがまったくつながらない。卓上電話を使ってもダメだった。東日本大震災、捜索活動をする消防隊員ら =2011年3月14日午前9時12分、福島県相馬市、合同ヘリから 「お台場が燃えているぞ!」 誰かの声に窓際に面した喫煙所へ駆けつける。見れば、お台場のフジテレビの裏手から、黒い煙が立ち上っていた。正直、「この世の終わり」かと思った。 母は相変わらず連絡が取れない。そのとき耳に飛び込んできたアナウンサーの音声に、僕は思わず目の前が真っ暗になった。 「福島県相馬市岩の子には7.3メートルの津波が押し寄せ、壊滅状態です!」 そこはまさに実家だった。78歳の母が、ひとり暮らしていた。 「なに!? 壊滅って、なんだよ・・・」 言葉を失っている僕の目に、各地の凄まじい津波の映像が飛び込んできた。これが未曾有の大災害「東日本大震災」の幕開けだった。震災ニュースを放送するだけがテレビではない<震災ニュースを放送するだけがテレビではない>その後、実家の近所に嫁いだ姉からメールが入る。姉の一家と一緒に避難し、母も無事だという。ほっと胸をなでおろしたが、その後の一文に胸を押しつぶされた。 「家はもう、住める状態ではありません」 3カ月前に父が亡くなったばかり。母のショックは計り知れなかった。しかしそんな中でも、デイリーの情報番組の総合演出として、すぐに実家に帰るわけにはいかなかった。こんな時だからこそ、伝えるべきことがあるはず。 番組は既に3月いっぱいで終了が決まっていた。残り2週間のラインナップは既に決めてあり、ほとんどがロケも進んでいた。担当のディレクターたちにはこの番組で最後となる放送。 しかし彼らの渾身の作品は世に出ることなく、そこから全編「震災関連ニュース」で対応する日々が始まった。 CMは自粛、日本中から音楽が消え、笑い声が消えた。 最後まで自分の任務を果たすべきだと日々震災関係のニュースを伝えながらも、心の中では気になるのはやはり実家の事。その頃、地元の公民館に避難していた母は、幸いにも無事だった近所に住む姉夫婦の家に身を移し、お世話になっていた。 震災から1週間がたった頃から、番組に寄せられる被災地からのファックスに、こんな声が目立つようになった。 「子供が毎日泣いています。どうか地震のニュースだけでなく、アンパンマンも流してください。音楽を流してください」 そのファックスを見つめながら、今テレビがやれることは何なのだろう? と考えた。地震や津波の被害は、日々拡大している。それを伝えるのはもちろん大切なこと。しかし、テレビの役割は、他にもあるのではないか? ほんの少しの時間、辛い現実を忘れるために、「笑う」ことも大切なのではないか? 翌週、「DON!」にとっては最後の1週間。これを震災ニュースだけでなく、あえて「通常放送」に切り替えたいと、上司と共に上層部に直訴した。 「まだ早いのでは?」 そんな声がなかったわけではない。だが、「こんな時だからこそ元気を届ける!」のが、この番組の役割ではないかという我々の想いを、会社は理解してくれた。 3月21日の月曜日。番組冒頭で司会の中山秀征さんはこう言っている。 「こんな時、僕たちに何が出来るのか、スタッフみんなと考えました。やっぱり僕たちは、お茶の間に元気を届けたい!そう思いました。今日も明るく元気でまいります!よろしくお願いします」 かくしてスタジオには久しぶりに笑い声がはじけた。 終盤には「龍馬伝」の題字も書いた書家の紫舟(ししゅう)さんと世界的華人・赤井勝さんが生パフォーマンス! 華やかに彩られた花々に囲まれた中に、「日本一心」という大きな文字が浮かび上がった。 「日本一心」 今こそ、日本をひとつに。心をひとつに。そのメッセージは、ダイレクトに胸に伝わった。スタジオの出演者は、みんな涙ぐんでいた。 放送後、姉から携帯にメールが届く。 「被災地へのメッセージ・・・確かに届きました。お母さんが言っていたよ。『がんばって』って百万回言われるよりも、勇気をもらったって」 その4日後、「DON!」は終了した。生きる希望を失った78歳の母が書いたチラシの裏の震災日記<生きる希望を失った78歳の母が書いたチラシの裏の震災日記> ようやく仕事に一区切りついて帰省したのが3月末。高速道はまだデコボコのままで、深夜の高速バスは、時折激しく跳ねながら、故郷へと向かった。 やがて目に飛び込んできた信じがたい光景に愕然とする。道路の脇に、数えきれないほどの流された車や破壊された家の残骸が散乱している。瞬間、自分の中で何かが音をたてて壊れた。 以来しばらく、何を見ても涙はでなかった。涙を出す機能すら、破壊されていたのかもしれない。 実家に帰ると、母は思いのほか元気そうだった。随分と気を張っていたのかもしれない。一緒に家の様子を見に行くが、床上まで津波が押し寄せ、濁流で畳は見えなくなり物が散乱、壁は崩れかけ、確かにとても住める状態ではなかった。 震災のわずか3ヶ月前に事故で亡くなった父が大好きだった「昼寝用」のソファーも、無残に泥だらけとなっていた。 「お父さんはこんな姿見ないまま逝ってよかったね。大好きだったこの家のこんな無残な姿、見たらさぞかしショックだったでしょ・・・」 力なく母がつぶやく。今回の津波で辺り一面は瓦礫にまみれ、親戚がひとり流されて死んだ。そのお婆さんの娘さんも、行方不明のままだった。(のちに死亡が確認された) 「命助かっただけ良かったね・・・」とりあえずかける言葉が見つからず、僕がそうつぶやくと、母は否定するようにこう言った。 「命助かって良かったんだか、どうだか・・・この年で(当時78歳)家がこんな風になってしまって・・・これからの苦労考えたら、いっそ一気に逝った方が楽だったんじゃないか、って思うときあるよ。お父さんを見送る役目は終えたんだから、いま余震が来てつぶれたって・・・もうどうなったっていいよ。命なくした人たちには申し訳ないけどね・・・」 50年連れ添った夫に先立たれ、意気消沈していた矢先の今回の震災。母は、明らかに生きる希望を失っていた。 「このままではまずい」 長男として何とかしなければならないが、今の自分に何が出来るのか。その時、答えは見つからなかった。 その夜、近所に住む姉夫婦の家に僕も泊まらせてもらった。救援物資や水のタンクなどが散乱する中、ふと足元にあるスーパーのチラシに目をやった。 その裏には、母が何かを書き綴っていた。 「3月11日・・・ あの時猛り狂い 咆哮し 大地を襲った海は 本当にこの海だったのか 今は静かに潮騒の中に 白い小さな波頭が見えるだけ 悠々と流れていく雲よ お前は何を見ていたの 小さな蟻のように 人々がもがき苦しむさまを 黙って見ていたの?」 見た瞬間、頭をハンマーで叩かれたような衝撃をおぼえた。そこには、誰にもぶつけようのない憤りや苦悩が、赤裸々に綴られていた。 チラシの裏にとどまらず、孫の学習ノートの余白などにも、母は誰に読ますためでもなく、自分の想いを綴っていた。 (以下、母の震災日記の抜粋) 「きょうも廊下のキャビネットから写真を出して ヤクルト時代(パート時代)の思い出の写真を見ないで捨てた 私の半生の思い出が いっぱい詰まっていたのに。一枚ずつ見れば あれもこれも想い出してしまうから 思い切ってゴミの中へ どうせ私が死んでしまったら唯のゴミに過ぎないのだから」 「相変わらずの放射能騒ぎ 福島県産 野菜 牛乳 不買決定。泣くに泣けない四次災害ではないか。牛乳が飲めないでどんどん捨てられていく 胸が痛む」 「腰は痛いけど 薬もなくなってきた どうしよう 」 その震災日記を読みながら、自分の中で沸き立つ何かを感じた。ディレクターとして78歳の母にカメラを向けた意味<ディレクターとして78歳の母にカメラを向けた意味> 今回の震災に遭い、テレビカメラの前でインタビューに答えられる人たちは、全体から見ればほんの一握り。多くの人が、それどころじゃなかったり、「うちなんか、他所に比べて被害は浅いから」と嫌がったり。 そしてマスコミは、(自分を含めて)どうしても「被害の大きい」所ばかりに目が向いてしまう。しかし、一見被害が小さい一軒一軒それぞれに、それぞれの苦悩があることを見過ごしては来なかったか? 「被害の大きな」ところにばかり目を奪われ、大切な何かを見過ごしては来なかったか?世にでない「声なき声」の中にこそ、「被災地の本当のリアルな本音」があるのではないか!? この未曾有の災害の当事者を、「母と息子」という距離感で記録し、その真実を伝えることが、いまの自分に課せられた使命なのでは? 番組になるかどうかはわからないが、とりあえず僕は「記録」としてカメラを回すことを決意した。震災の記憶を語り継ぐためにも、風化させないためにも、それが、実家が被災したテレビディレクターの務めであるような気もした。福島・相馬市では震災で崩れた上立切橋の仮設橋が完成し、原発への物資運搬に必要な海岸沿いの交通ができるようになった=2011年5月16日、福島県相馬市(鈴木健児撮影) そして筆者は一本の企画書を書く。タイトルは「ディレクター被災地へ帰る」。 カメラを回し始めた当初、母はとても嫌がっていた。 「他にもっとひどい被害の人たちがいっぱいいるのに、被災者ぶって画面にでるなんておこがましい」 と固辞した。しかし、 「被害が大きい所だけ目を向けてたら真実は伝わらない!」 と僕も食い下がった。震災から2ヶ月が過ぎたころ、母を伴って母が育った新地町へ車で行った。海から延々流木や瓦礫が流されて、畑は埋め尽くされていた。美しかった田園風景は凄まじいまでに一変していた。 満州で生まれ、この福島の地へ引き揚げてきたのは母が13歳の頃。故郷の無残なまでの変貌に、母はぽつりとこうつぶやいた。 「ある意味、戦争より怖いよ。戦争は憎むべき相手があったけれど・・・天のしたこと、憎みようがないじゃない」 そのとき、返す言葉は見つからなかった。 その頃、母は津波で半壊した実家を、毎日片付け続けていた。玄関には市役所職員によって「立ち入り注意」の黄色い紙が貼られていたが、泥に埋もれた部屋を少しずつ片付け、捨てるものと使えるものをより分けたりするのが、唯一の母の生きがいでもあった。 「何とかお父さんのご位牌を置けるようにしなきゃ。それがお母さんの務めだもの」 築50年。家族の思い出がしみついたこの家を、このままにしてはおけない。母は東京に来ることも拒否し、「この家に嫁いだんだから、ここで死ぬよ」と口癖のように言いながら、来る日も来る日も片付け続けていた。 そんな母の姿にカメラを向けながら僕は、なんとか早く元気になってほしい、と願わざるを得なかった。 しかし、そんな生活にも終止符がうたれる。「半壊状態」だった我が家は「放置していては危険」という行政の判断から、「解体」が決まった。 震災から7か月。2011年10月のことだった。実家の解体工事に涙した「失格ディレクター」<実家の解体工事に涙した「失格ディレクター」> 実家の解体当日。この日のことは生涯忘れることはないだろう。 築50年の思い出が染みついた我が家がなくなる。老朽化ではなく、津波のせいで。父の遺影を手に持ちながら、母は崩れゆく家を見守っていた。 ユンボが、丁寧に服を一枚一枚脱がせるように壁を剥ぎ取り、柱を引き抜いていく。しかし、父がお気に入りだった「茶の間」の柱は、最後のあがきのようにビクともしない。震度6にも耐え抜いた屋敷が、最後の意地を見せているようだった。 「家が泣いてるよ・・・負けるもんかって泣いてる。お父さんの死にざまと一緒だ。 こんだけ踏ん張って・・・あっぱれだ」 父の遺影を胸に抱えながら、誇らしげに母が言う。 このとき、筆者はカメラを回しているのが辛くなった。 テレビマンとして、記録しなければ、という気持ちと、長男として、家がなくなる瞬間くらい感傷にひたりたいという気持ちが交錯する。 しかしカメラを回し続けた。「俺はディレクターだ」と、自分に言い聞かせながら。 やがて、茶の間の柱も大きく揺れる。瞬間、父の生前の笑顔が脳裏をよぎった。この部屋は、父にとって「小さなお城」だった。その茶の間がなくなる・・・。ついに力尽きたように柱が倒れ、壁が崩れた瞬間母が目を伏せた。 そして今まで、父の葬儀のときも気丈に泣かなかった母が、その瞬間から慟哭をはじめた。 慟哭。それはまさに慟哭だった。母の泣き顔を見るのは、何よりも辛かった。 カメラを回しながら、その顔を見ていられず後ろに回り込む。再び土煙をあげて壁が倒れこんだが、何度ピントを合わせてもうまく合わない。気が付けば、自分の涙で、ファインダーがよく見えなかった。 「ディレクター失格だ。」 その取り壊しの日の日記に、母はこう綴っている。 「まるで・・・自分の手足が切り刻まれているのを見るようで、辛く、苦しい・・・抜けるような青空だったのに、白い雲が寄ってきた。『孫悟空』みたいにお父さんが雲に乗って、家の最期を見届けにきたのかな・・・家の形が何もかもなくなって・・・未練と悔しさと悲しさを、同時に持ち去ってくれるなら・・・それも良しとしよう・・・」 解体の直後、瓦礫の中から意外なものが見つかる。赤い筒に入れられたそれは、津波被害以来どこへいったかわからなくなっていた「金婚式のお祝い証書」だった。 家が崩れ去り、何もかもが無くなった瞬間、その中から出てきた「金婚式」の証書。それはあまりに出来過ぎたタイミングであり、父からのメッセージだと感じざるを得なかった。 証書を握りしめながら目に涙を滲ませて母が言う。 「私は生きてなきゃ、駄目なんだね。生きて、ちゃんと後始末しなきゃ駄目なんだね」 ・・・この証書見たら、元気にならなくちゃね」 母の見上げた視線の先には、青い空に白い大きな雲が浮かんでいた。<1時間のドキュメンタリー番組になった我が家の記録> 翌日、母を伴い再び母が育った新地町へ。5月に来た時、瓦礫に埋め尽くされていた大地には、今は雑草が生い茂っていた。 まばゆく輝く緑に目を細め、母はつぶやく。 「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる。それが雑草の運命・・・人間だって立ち上がらなきゃね。」 久しぶりに聞いた母の前向きな言葉に、カメラを回しながら思わず涙があふれそうになった。そしてその日の母の日記にはこう書かれている。 「おーい、雲よ・・・あの日の雲ではないだろうけど、あの日の私でもないんだよ。あれから・・・しっかり、生きてきたんだよ。塩水にも負けずに雑草が生き延びた。虫も生きている。ならば、人も生きなければ・・・」 震災から1年。撮り続けた我が家の1年間の記録は、1時間のドキュメンタリー番組になった。 「リアル×ワールド ディレクター被災地へ帰る 母と僕の震災365日」(2012年3月放送・番組審議委員会推薦作品・平成24年度文化庁芸術祭参加)「生きてやろうじゃないの!79歳・母と息子の震災日記」(武澤順子・武澤忠著) テレビディレクターである息子が、震災で被災した母を撮り続けながら「家族とは何か」を自らに問いかけるセルフドキュメンタリー。原発による風評被害や親との確執など、すべてをさらけだしてつくった。 この番組は、こんなナレーションで始まる。 「これは震災のドキュメンタリーではない。震災でも壊れなかった、家族の絆の物語」 そして番組の最後は、母のこんな言葉で終わる。 「生きなきゃいけない運命なら生きなきゃね。だけど生きるってことは、辛いこともあるよ・・・死んだ方が楽だと思うこともあった。でも、いま、生きる方向へ向かうのよ。生きてやろうじゃないの!」 ある種、極めて特殊なこのドキュメンタリーは大きな反響をよんだが、中でも注目されたのが番組で引用した母・順子の「震災日記」だった。誰に読ますためでもなく、赤裸々に綴られた78歳の被災者の心情が、多くの視聴者の共感を呼び、やがて出版社から書籍化の依頼がくる。 そして2012年7月、「生きてやろうじゃないの!79歳 母と息子の震災日記」(武澤順子・忠、青志社)が上梓された。「生きてやろうじゃないの!」が生んだ思わぬ運命の波紋<「生きてやろうじゃないの!」が生んだ思わぬ運命の波紋> その後も筆者はカメラを回し続けた。母は次第に生きる気力を取り戻し、日に日に力強くなっていった。 でも本当は母は、必死に「元気になる自分」を演じていたのかもしれない。息子である僕に、心配をかけないように。 そして本「生きてやろうじゃないの!」の出版により、思わぬ出会いが生まれる。「生きてやろうじゃないの!」を読んだ静岡の中学1年生が書いてくれた読書感想文が青少年読書感想文コンクールで賞をとり、その表彰式に母も招待されたのだ。 そこで感想文を書いてくれた13歳の少女と出会い、今でも学校ぐるみの付き合いが続いている。 そして母の言葉に感動したという福島県いわき市在住の歌手・箱崎幸子さんが「お母さんが書いた言葉を是非歌にしたい」と作詞を依頼。本当にCDとして完成し(「生きてやろうじゃないの」作詞・武澤順子 歌・箱崎幸子 キングレコード)、地元いわき市でそのお披露目コンサートが行われ、母も招待された。 夫の死。 震災の被害。 家の解体。 ・・・様々な日々の中で母が綴った言葉は、被災地の人々にどう響くのか。心配しながらカメラを回したが、客席のなかで涙を浮かべながら聴いている人々の姿に、ほっと胸をなでおろした。 客席にいた女性が、インタビューにこう答えてくれた。 「生きてやろうじゃないの!って言葉・・・聞けばそうか、って思うのに、なんでその言葉が自分の頭の中に思い浮かばなかったかなあ、ってことを感じました。素晴らしい言葉ですよね」被災者としての「誇り」<日本人女性の逞、転んでもタダでは起きない東北人魂> 2013年3月。 3年間撮り続けた記録を「リアル×ワールド 3YEARS 母と僕の震災日記」として放送した。その番組を編集しながら気づいたのは、母の表情が、震災直後と比べてみるみる逞しくなっていくことだった。 そして感じたのは、「日本人女性の逞しさ」であり、「転んでもタダでは起きない東北人魂」だった。 放送後、「お母さんの笑顔に勇気をもらった」「自分も被災者だが、番組を見てとても励まされた」など、多くの反響をいただいた。そして息子として嬉しいのは、そうした多くのメッセージをいただき、母がより元気になり、生きがいをもって生きているという事実である。 あるとき、会社のとても偉い方から直接電話をいただいた。 「番組素晴らしかったですよ。ただ、あの日記は本当にお母様が書かれていたんですか?」 「本当ですよ!僕にはあんな文章書けません!」 苦笑いしながらそう言うと、その方はこう言ってくれた。 「素晴らしい文才ですね。お母様は国語の先生か何かされてたの?」 「いえ・・・普通の主婦です」 そう答えたが、本当はこのとき、こう言いたかった。 「僕の母は、日本一のヤクルトおばさんです!」<被災者としての「誇り」> 「もうすぐ震災から5年・・・」 「風化させずに伝えたい・・・」福島県南相馬市の仮設住宅=2月17日 そんな思いからカメラを手に撮影をはじめて、もうすぐ5年が経つ。震災1年半後の夏には、タレントの間寛平さんが岩手・宮城・福島の被災3県を、9日間かけて縦断する「復興支援マラソン」に密着取材。 462キロを走り続けた寛平さんとともに、被災地の様々な表情を目の当たりにした。 「自分が手を離してしまったから妻が津波にのまれ死んだ」 と悔い続ける80歳の男性。 自分が止めるのも聞かずに人を助けに行って亡くなった夫を恨み続ける未亡人。 消防士の父親にあこがれ、自分も将来人を助ける仕事がしたいと語った少年。 原発事故で故郷を追われた一家・・・等々。 あの人たちはいま、どうしているだろうか・・・。普段はまったく違うジャンルの番組をつくっているが、メディアに生きるものとして、少しでも被災地のことを風化させずに伝えられればと、今回寄稿させていただいた。 戦争と震災・・・ふたつの大きな災いを経て、もうすぐ82歳となる母・武澤順子は、最近日記にこう綴っている。 「今度は『被災者』としてではなく、自分自身が、誰かのお役にたてるよう立ち上がらなければいけないと思う。それが震災で受けた多くの御恩に報いる道であり、『被災者としての誇り』でもある」*BS日テレにて「生きてやろうじゃないの!母と僕の震災日記」が放送決定*3月13日(日)11時55分から13時25分(90分)(メディアゴン 2016年3月11日分を転載)

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    地震と放射能を道連れに 明けない夜は無い

    た討論番組で、東日本大震災の特集をやっていたんですけど。最後にコメンテーターが感想として「まだ原発の災害は終わっていないのです」と言って、締めくくっていらっしゃいました。驚きました。これって反対に自分たちの中では災害が終わっているという感覚の現れなんじゃないかって。私たちの感覚では今もなお有事の中にあります。 このことについて悲しんだり、怒ったりっていう気持ちは我々にはおそらくないです。だけど、知って欲しいって気持ちはある。マスコミがどんどんと静かになっていったからといって解決しているわけじゃない。驚くほどの未曾有の震災があって、それなのにこの5年で意識は、原発の再稼働まで既にいっている。一年目、二年目は声を上げられたことが、今は声を上げられない。諦めて笑うしかない。そういう気持ちになっている。福島県浪江町(川畑希望撮影) 言い方は悪いかもしれませんが、我々の間で「東京目線」っていう合言葉があるんです。東京目線っていうのは要するに上から目線ですね。物語の鋳型に当て嵌めないで、リアルタイムで実際に起きている本当のことを分かち合えるようなメディアであってほしい。最初の祭りは去ったのかもしれません。取材に来るメディアも減って、どんどん静かになって来ているし、5年という節目が過ぎると、さらに静かになっていくんでしょうね。今後はもっと内側から何か風を起こすというか、我々が自分達の力で発信していく努力をしていかなければならないと思います。  僕は詩人として福島のために言葉を見つけたいと思う。福島を語る言葉だったり、福島の人の想いを象徴する言葉だったり、トゲが抜ける言葉だったり、言葉を見つけたい。それをみんなと分かち合いたい。そういう文化を発信していきたいです。(聞き手・iRONNA編集部 川畑希望)わごう・りょういち 昭和43年、福島県生まれ。詩人、県立高校国語教諭。『AFTER』で中原中也賞。ほかの著書に『詩の礫』『ふるさとをあきらめない-フクシマ、25人の証言』『詩の寺子屋』など。3月9日に新刊『昨日ヨリモ優シクナリタイ』(徳間書店)が発売された。

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    異常気象からいかに身を守るか

    台風18号から変わった低気圧の影響で、栃木、茨城両県は記録的な大雨となり、土砂崩れや河川の越水、堤防の決壊など甚大な被害が出た。この夏、日本だけでなく世界各地で確認された異常気象。地球規模で続発する未曾有の天災から、私たちはどう身を守ればいいのか。

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    いつ訪れるかわからない「想定外の惨事」 絶体絶命から逃れる方法とは?

    ) 日本列島は、危険な変動期に入ったらしい。巨大地震や火山噴火のみならず、ゲリラ豪雨や台風による土砂災害、雷、竜巻など、経験したことのない自然災害や異常気象に足下から揺り動かされている。 「想定外」の事象に見舞われた東日本大震災を教訓に、自然災害や事故への危機対応はわずかなりとも前進しているように見える。しかし、一般市民としての私たち自身の”備え”はできているだろうか? 個人として、あるいは集団として、危機に対処し、生き延びる自信があるだろうか? そう問われると、私は全く心もとない。水や懐中電灯を緊急持ち出し袋に入れてはいるものの、火災が起きたら高層マンションの自室から逃げおおせるか、わからない。  地下鉄で、飛行機で、満員のコンサート会場で、海や山で、予期せぬ事態に巻き込まれたら・・・・・・。9・11、欧州熱波、カトリーナ 著者は『タイム』誌のシニアライター『生き残る判断 生き残れない行動』(光文社)アマンダ・リプリー (著)、 岡真知子 (翻訳) 本書は、そんな「考えもしていない」「想像を絶する」惨事に遭遇したとき、人間はどのように行動するのか、そして、生死を分けるのはどんな行動なのかを、惨事の記録と生存者たちへのインタビュー、専門家への取材を通じて明らかにしていく。 著者は、雑誌『タイム』のシニアライター。2001年にはマンハッタンから「9・11」について、03年にはパリから欧州の熱波について報道し、05年、ハリケーン「カトリーナ」などに関する報道で『タイム』誌の全米雑誌賞受賞に貢献したという。 08年に上梓された本書は、著者の第1作。訳者によると、15カ国で翻訳出版された。構成がやや行きつ戻りつして読みにくい点はあるが、さまざまな惨事を生々しく再現する“生き証人”たちの物語は、心を深く揺さぶる。 一方で、心理学者や脳科学者、テロ対策専門家、警察官、消防士、パイロットの指導教官などに意見を求め、科学的な検証を試みる。模型飛行機の墜落実験や火災の模擬体験に著者が体を張って挑んだ現場レポートも、読み応えがある。 原題のThe Unthinkableには、「想定外の惨事」という意味とともに、危機に際して我々は「考えられなくなる」という警告も含まれているように思う。 驚くことに、人間は恐怖に押しつぶされ、制御できないと感じるやいなや、思考停止に陥って動けなくなる。文字通り、「固まる」あるいは「凍りつく」のだ。 同時多発テロ攻撃を受けた世界貿易センタービルで、ハリケーンに襲われたニューオーリンズで、あるいは、沈みゆく豪華客船で、火が燃えさかるサパークラブで、意外なほど多くの人びとが、何事もないかのように仕事やダンスを続けたり、その場に呆然と座りこんだりする様子が目撃されている。 ヴァージニア工科大学の銃乱射事件では、男子学生が床に倒れて「死んだふり」をした結果、ただ一人生き残ったが、これは例外で、ほとんどの場合、思考停止は死に直結した。リスクについての歴史や科学を学び 脳のために予行演習をする 動物麻痺を研究する専門家によると、あらゆる種類の動物が、極度の恐怖にさらされると完全に活動を停止する強い本能をもっている、という。麻痺状態でいることは、ほかに逃げ道がない場合、捕食者から逃れるため理にかなった戦略だった。進化上、有利にはたらいたとみられる。 しかし、現代の災害では、脅威は別の動物から与えられるものではないので、麻痺は功を奏さないかもしれない。むしろ、まちがった反応になる可能性が大きい。 「わたしたちは、以前は適応性のあった反応が、科学技術が進歩した結果、もう適応性がなくなった状況を目の当たりにする可能性がある」。動物麻痺の専門家のこの指摘は、じつに興味深い。 だからこそ、「生死にかかわる状況では、脳には単なるあいまいな助言ではなく、意識下のプログラミングが必要である」と、著者は訴える。ただ水を備蓄するだけでなく、「リスクについての歴史や科学を学び、脳のために予行演習をするよう努力していただきたい。手の込んだものでなくてもよい。週に一度、階段を使ってオフィスビルから出ていくだけでもいいのだ」。 このように、人間は実際に災害に遭うと、全く何もしない、という反応をすることが最も多く、たいていの場合、心配されるような「パニック」は起こらない、と著者はいう。 ではなぜ、将棋倒しのような「もっとも恐ろしく極端なパニックの一形態として表される行動」が起きるのか? イスラム教の巡礼者が群集となってひしめき合う「ハッジ」を例に挙げ、それが暴徒のせいではなく、群集の物理学のせいで引き起こされる、というスコットランドの数学者の研究は、大いに示唆に富む。 <人間は少なくとも各々一メートル四方の空間があれば、自分の動きを制御できる。一人あたりの空間が一メートル四方より小さくなると、他人に押されても対抗できなくなってしまい、小さなよろめきが増幅されることになる。あの朝十一時五十三分過ぎに、フセインとサディークは群集から衝撃波(音速を超える速さで伝わる強い圧力変化の波)の振動を感じた。その時点で、群集は不安定になって揺れた。> <将棋倒しで死ぬ人々は、通常は踏みつけられて死ぬわけではない。窒息死するのである。ごみ圧縮器の中で圧搾されるのと非常に似ていて、四方八方から圧力をかけられて息ができなくなるのだ。肺は圧縮され、血液中の酸素は欠乏する。一人の人間を殺すのにたった五人が力を合わせるだけで十分なほどだ。>人はパニックになるという考えが 逆に多くの人の命を奪ってきた 将棋倒しが、おもに時間、空間、そして密集の度合いの相関作用で起こること、加えて、大きな物音や爆撃の噂のような心理的作用も急激な動きのきっかけになること、つまり物理学と心理学を知っていれば、悲劇は防ぐことができる、というのだ。 「群集の殺到を防ぐ方法は知られている。それはもはや問題ではない。問題は、責任者が変更を加えるべき点を受け入れないことだ」。憤りをあらわに、著者は続ける。「パニックは、犠牲者を非難する手段としてあきれるほど何度も利用されてきた」し、災害が起きる前でも、国民を軽視する口実に利用されてきた。「人々はパニックになると昔から言われている。だから情報や訓練――自らが生き延びるための基本的な手段――を与えたところで彼らを信頼するわけにはいかないのだ、と」。 ある災害専門家は、こう問いかけた。「警告を与えたら人々がパニックになるおそれがあると考えた人のせいで、何人のアメリカ人が亡くなったか知っていますか?」と。 この問いは、わが国でも発せられるべき問いであろう。さまざまな意味で「unthinkable」に対処すること、それが現代における危機対応の要であると感じた。

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    「記録的」がもたらす未曾有の災害 異常気象からどう身を守るか

    武田邦彦(中部大学特任教授)大げさで抽象的な表現が災害を生む このところ、気象の変化で起こる災害が続いている。そのたびに、気象庁は「記録的」とか「観測史上最大」という表現を使っているが、この表現では「備え」もできず、「原因」もわからず、「対策」も適切に採ることができない。 数年前から気象庁の表現は大げさで抽象的になり、生活をしている方としてはなにをどうすれば良いかわからない。 たとえば「今までに経験したことがない」という表現が出てきたのも数年前だが、「今までに経験したことがない」というのはあまりに「個人的」で、80歳の人で日本のあちこちに転勤した人のことを言っているのか、それとも10歳ぐらいの少年を念頭に置いているのか判らない。 もし、80歳の経験豊かな人のことなら、「日本の気象変化のうち、かなり珍しい」と言うことになるので、避難したり、何かの対策が必要だ。でも10歳ぐらいの人が経験していないということになると、日本ではほぼ毎年、どこかで起こることになるので、避難したりする必要がない。 だから「今までに経験したことがない」という表現は、その表現が不適切であることによってかなりの犠牲者を出した原因となっていると思う。  台風11号で避難命令がでた四日市市で、約30万人が避難対象だったのに、180人しか避難しなかったということが「大げさな表現がもたらす典型的な現象」ということができるだろう。この時、気象庁は「直ちに命を守る行動を取ってください」と言っていた。そしてそれを受けて自治体が避難命令(正しくは避難指示・・・判りにくい言葉で、避難勧告より強い)を出しても住民はそれを完全に無視した(桑名市では20万人に命令がでて、避難した人は80人)。 「これまでに経験の無い」のだから「直ちに命を守る行動」といっても、全く判らない。 一方では、テレビで台風の規模や最大風速、予想雨量を伝えているが、気圧は935ヘクトパスカルで普通の台風、最大風速は35メートルで台風としてはやや小さめ、それにすでに高知県で降り始めからの雨量が1000ミリを超えているのに、三重県の予想雨量はそれより下回っている。 でも「三重県は脆弱だから」とも発表されない。しかも四日市市では風はそれほど強くなく、雨が問題だったが、川の周辺に避難指示がでたのではなく、四日市市全体に発令される。でも住民は「人間」だから、あまりにも不合理なことはできない。川が氾濫すると言っても堤防が結果してい浸水する地域は決まっている。それから遠く数メートル以上の高い地域の人がわざわざより危険なところに避難することなどありえない。 このことをテレビでは「安全を最優先」とか「空振りを恐れない」と見当外れの解説をしているが、そんなことではなく、「説明や発令が合理的ではない」ということであり、注意はするに越したことはないが、三重県に雨が降るから東京の人に避難命令が出るようなものだ。 現地に行ってみると、台風の規模と地形から見て「命を守る行動」がなんなのか全く判らないことが理解される。 広島の土砂崩れでも、「記録的」といい「観測史上最大」と言っていた。でも、雨量を見ると前線が中国山脈の北にあるときの7月などに降る九州から中国地方の雨(湿舌による豪雨)は普通のことで、たとえば「広島の住宅地に10年前に設置されたアメダスでは初めてで、九州から中国地方に夏に降る雨としては毎年、降る程度のもの」と思う。 テレビが住民にインタビューをすると、「今までにこんなこと経験したことがありますか」との誘導質問があり「これまでに経験したことがない」と答えた人の映像を出す。でも今日の広島の住民は誘導質問に対して、「いや、ときどきこのぐらいの雨はありますよ。でも少し時間が長かったかも知れませんね」と答えていた。  今度の災害が、本当に記録的なのか、それとも1時間ほど長く降ったのかによって今後の対策が違う。本当に記録的なら仕方が無いところもあるが、1時間ほど長く降ると土砂崩れが起きて命を失うというような治水政策なら、少しの雨でもすぐ逃げなければならない。 一刻も早く気象庁は表現を正確に(「記録的」とか「観測史上最大」という代わりに、「九州・中国地方では何年ぶり」という表現)に直すべきである。 (平成26年8月20日)橋が流れる原因…正しく伝えることが防災の基本  2014年8月18日、お盆明けの月曜日に岐阜県高山に大雨があった。1時間に57ミリ、2日にわたって合計310ミリの雨だった。1時間に50ミリを超えると豪雨になるが、それでも57ミリというのは日本列島では「雨の季節、特に7月」には毎日のように降る量だ。そして2日に310ミリというのは、少し前の台風11号の時の高知県に1000ミリを超える雨が降ったことや、諫早豪雨、長崎豪雨といった豪雨ではいずれも1日1000ミリ程度の雨が降るので、決して「異常な気象」ということではない。  さらに奇妙なことが起こった。普段、水深1メートル以下で穏やかに流れている高山市の川の水位が5メートルから8メートルになった。それでもまだ川は深く氾濫までには至らなかった。 その時である。川の橋が突然として崩壊し、流出した。さいわいその橋に人も車も通っていなかったので人的被害はなかったが、ぞっとする結果だ。というのは、大雨で川が増水するというのは普通にあることで、特に日本のように山地が多い地形の場合、雨と川の増水は「日常茶飯事」の中に入る。普通、川が増水しても、橋が水でかぶるまでは通行できる。 この写真は台風の時の四日市市の川の状態だが、すでに川の水は橋ぎりぎりまで増水しているが、それでも通行止めにもならずに車が走っている。つまり、「記録的」な大雨が降ったら「橋が流出し、人が流される」というのは「日本の常識」ではない。日本の常識は「川が増水しても、特別なことがない限り、橋を通行できる間は橋は破壊しない」ということだ。  もし、「増水したら橋が流される」ということなら、 1)どのぐらいまで増水したら、橋は破壊されるのか? 2)橋が危険になったら通行止めになるのか? がわかっていなければ危なくて橋を渡ることができない。 さらに加えて流出した橋は「耐震工事」をしたばかりで、工事直後である。私は以上の説明をする時間がなく、テレビで「手抜き工事だったかもしれない」とコメントした。つまり工事直後の橋が、単に川の増水だけで流出するということになると、それは「設計上の一大事」だからであるし、日本の橋梁の信頼性全体にかかわるゆゆしき事態だからだ。  橋梁の設計は「増水では崩壊しない」となっていて、だから増水だけで橋が通行止めになることもなく、みんなが避難したりすることができる。橋桁は上流から特別に大きな流木などが流れ、それが考えられない程のものでない限り、倒壊しないのだ。そして高山の場合も流木はなかった。 ということはこの事件は、「自然災害」ではなく、「手抜き工事」か「設計ミス」であることは確かである。仮に工事が「耐震工事」であっても、その時にコンクリートの劣化や設計の問題をチェックされるので、強度が不十分だったのだから、その修復が行われているはずだ。 まずは「なにも検討しないでお金(税金)があるから、工事だけをした」ということだろう。  このブログでは、「記録的」、「これまでに経験したことがない」、「観測史上初めて」といういい加減な言葉を気象庁が使うことの危険性(国民が犠牲になる)を指摘してきたが、この事件もいい加減な治水対策をそのまま示したものだが、マスコミは「異常」を繰り返している。 このままではまた犠牲者を出すだろう。正しい原因の追及とその対策がなければ災害を減らすことはできない。 (平成26年8月20日)天気図と広島の水害 広島で大きな水害が起こった時の天気図は、太平洋に少し弱くなった夏の高気圧があり、大陸の高気圧との間に停滞前線を作っていて、それが中国地方の少し北の日本海にあった。 このような天気図は梅雨の終わりの頃の7月に毎年、よく見られるもので、気象観測が十分に行われるようになった1950年代から、「ごく普通の気象」である。初歩の気象で、このぐらいなら理科系の人ならおおよそ知っていることだ。 つまり、高気圧が日本の東南にあり、前線が日本海側に停滞しているので、東シナ海から湿った空気が移動し、それが湿舌のようになるので、九州や中国地方に大雨を降らせる。その規模は、1時間に50ミリから100ミリ、1日に500ミリから1000ミリというところだ。2014年8月の土砂崩れで壊滅状態となった家屋。この教訓を生かし、政府は土砂災害の見直しを決めた=広島市安佐南区 この程度の雨は毎年、降るもので、それをNHKは気象庁の発表通り、単に「観測史上最大」と言っていた。この時に安倍首相は夏期休暇からの帰りの記者会見で、「その地域では珍しい豪雨」とより正しく表現していた。それほど多くの言葉を言えない首相でも「その地域では」ということを言って、誤解を少なくしようとしているが、NHKは誤解を増やそうとしているように見える。 2014年8月20日の広島の雨にしても、その数日前の福山の川の氾濫にしても(300ミリ)、狭い地域では珍しい雨かも知れないが、中国地方ではごくありふれた大雨の一つである。そうなると今回の広島の災害の真なる原因はどこになるだろうか? 今回の広島の災害での土砂崩れは一か所ではなかった。広島市の安佐北区で4か所、安佐北区でもあり、あきらかに偶然ではない。そして、広島県では平成11年に呉で同じような土砂崩れが起きて32名が死亡(1名は現在でも行方不明)している。もともと広島の大地は「まさ土」でおおわれていて土壌はもろく、危険個所は32000か所に及ぶ。そして昭和40年から始まった宅地造成で多くの危険個所に住宅が建っているという。問題は「宅地造成の許可があるかどうか、あるなら許可基準はどうなっているか」である。 日本の役所の“ポンコツ認可”だから、「住宅が危険にさらされるかどうかなど許可要件にはない」などと言われるのではないか。姉葉事件の時に、建築確認というのは「マンションが危険な設計でも、そんなこと審査しない」と言われてびっくりしたものだ。普段は「役所が許可したから心配ない」と言い、事故が起こると「そんなこと知らない」と来る。責任の逃れて逃れの為に役人を雇っているわけではないのに。 8月20日の夕刊各紙は、朝日新聞が単に「豪雨」とし(正しい表現)、広島の造成地の問題を取り上げていた。毎日新聞は同じく「豪雨」とし(正しい表現)、「避難勧告は発生後」ということで午前3時過ぎの起こった災害の「避難勧告」が4時20分だったことを報じている。広島市の担当部長は「今までに経験したことがない雨量」と言っている。 しかし、もともと1999年に広島で32人の犠牲者を出す土砂災害があり、それが機になって土砂災害防止法ができている。でも、つねに「経験のない」と言えば「想定外」となり、個人の経験を超えることが起これば、住民は死んでも仕方がないというのが広島市の見解であることがわかる。 中日新聞は「記録的豪雨」と題していて(不適切な表現)、「その地点での二十四時間の雨量としては観測史上最多」としていて、「史上」というのが10年なのか、1000年なのかは書いていない。普通はアメダスが設置されてからだから、40年ぐらいと思うが、長い場所で80年ぐらい、短かい場合は10年にも満たない。 10年ぶりという雨を「観測史上初めて」という表現は、不適切を通り越して「報道として許すことができないほどの表現」ということができるだろう。日本語としては「史上」といえば、少なくの100年、あるいは1000年ぐらいの期間を指す。 また最近、「観測史上はじめて」が増えていて、それが「異常気象」とされるが、アメダスの設置場所を増やせば、それだけ「観測史上はじめて」が増えるという仕組みである。このような不合理な表現が使われるのは、おそらくなにかの利権があってNHKがそれに組みしているとしか考えられない。 多くの犠牲者を出した広島の事件が、気象のせいではなく、造成、許可、警告などの問題として取り扱われないと、なくなった人たちは浮かばれないだろう。この際、報道は、問題が気象にあるのか、それとも「お上」が国民に対してしなければならない義務を怠っているのか、それを明確にしないと、私たちは「いつどこに逃げる」とか、「この家に住んで良いのか」ということすらわからない。 ちなみに名古屋市はかなり「ハザードマップ」が充実しているが、それでも大雨で土砂崩れする危険箇所を示す地図は「地震ハザードマップ」に書き加えられているだけだ。また「ハザードマップ」というむつかしい英語を使わなければならない理由もない。普通に「危険箇所の地図」としたらどうか。(平成26年8月22日)「局地的大雨」は「異常気象」ではない…気象と防災は違う「局地的大雨」は「異常気象」ではない…気象と防災は違う 2014年(今年)は梅雨が空梅雨で、少し時期がずれて8月下旬から日本列島の各地で「記録的大雨」とか「局地的大雨」と言われるものがあった。このことを「異常気象」と言っている専門家がいるので、その間違いを訂正しておきたい。 「気象」というのは、比較的広い範囲で、地表気圧、上空気圧、高気圧、低気圧、前線、湿度、気温、水温、風、波、日射量などの配置によって、主として地表や海上でどのような天候になるかということを言う。したがって、8月下旬のように、低気圧が日本付近にあり、前線が停滞し、太平洋高気圧と大陸高気圧の関係で雨が降ったり、晴れたりするのは「ごく普通の気象」である。 その時に、どこに前線があるかどうかというのは異常でもなんでもない。だから、ある地方に「その地方では過去にない大雨が降った」というのは異常気象ではない。前線の位置が少しずれたり、低気圧の気圧や位置がずれただけで、1時間に100ミリ程度の雨は「昔からどこでも降っている」ということだからだ。 「異常気象」というのは「気象現象として異常」と言う意味だから、どこかで「その場所では記録的」という雨が降ったから異常気象というのはもともと非科学的である。また気象現象は、「まれに起こること」がある。たとえば、海で波にさらわれる人がいるが、これは「1000回に一回ぐらいは2倍ぐらいの波が来る」ということで、これは「確率的現象で分布のある場合、ある確率で「普通」とは違う状態になる」ということなので、「異常」でもなんでもない。 このことを間違って考えていると、子供が波にさらわれることになり、テレビはそんな親を作りたいということではないだろうけれど、盛んに異常と言っている。この場合の「異常」の使い方は、読んで字のごとく「常ではない」ということであり、「予想はできる」ことでもある。つまり「異常気象」には二種類があり、一つが「今まででは考えられない新しい気象現象」、もう一つが「何時も起こることとは違うが、20年、100年など時間が長くなれば定期的に起こる気象現象」というのがある。 あまりにマスコミのレベルが低くなって、御用的な気象予報士が異常気象と言うので、今年の大雨が「過去にないようなもの」なのか、「確率的にたまに起こるものなのか」がわからない。 ところで、これとは別に「防災」と言う点でいえば、「どの地域に大雨が降るか」というのが問題で、防災だから、気象現象としては普通でも、普段はあまり雨が降らないところで降れば災害が起こる。だから、「防災」という点では「その場所で記録的」であることが肝心なことで、それは異常気象ではない。 このようなことをしっかり区別して考えないと、気象的には異常ではないのか、異常なのかによって政策も変わって来るし、自分に有利に税金を取ろうとしている人もいるので、私たち納税者は気を付けなければならない。またマスコミも単に視聴率を稼ぐために大げさに言う放送局もあれば、できるだけ正しく伝えようと腐心している放送局もある。 朝日新聞の捏造もあり、これからは「面白いからあのテレビ局」というのではなく、「正しいことを伝えようとするテレビ局」をみんなで見るようにしたいものである。名古屋でも本当に正しいことを伝えたいと一所懸命なテレビ局がある。(平成26年9月13日)「異常」と「非日常」 先回、異常気象というのは一体何を意味しているのかについて、少しブログに載せましたが、なかなか奥が深いので、この際、異常気象から身を守るということで少し考えてみたいと思います。 子供を波打際で遊ばせておくと、ときどき、巨大な波がきて子供がさらわれることがあります。こんなことを防ぐためには親は「1000回に一回は平均的な並みの2倍の波が来る」ということを知っておく必要があります。こんなことを子供にいっても子供は覚えていないので、「大きな波が来るからあまり海の方に言っちゃダメよ」と言っておいて、さらにときどき、子供が少しずつ海の方に行っていないかを見なければならないということです。 この時の「1000回に一回の大波」というのは、決して「異常」ではありません。でも、ここに日本語の語彙の問題があります。つまり、「異常」というのは「常ならず」ですから、「普段と違う」という時に「異常」という単語を使うこともあります。でも、普通の日本語の場合は、「異常」は、「常ならず」に加えて「ちょっと普通には起こらない」という意味が含まれています。 「あの人は異常だ」という時には、「1000人のうち最も成績が良い人」という意味ではなく、「普通ではない」という意味を含みます。だから「異常気象」というのは「今までになかった」とか「最近、おかしい」という感じに聞こえます。 正式には、世界気象機構は「平均気温や降水量が平年より著しく偏り、その偏差が25年以上に1回しか起こらない程度の大きさの現象」という定義をしていて、どちらかというと「非日常」という意味で使っています。”unusual climate”ということで、1000回に一回の波も「異常な波」に入ることになります。 ところが、日本の気象庁は、「過去に経験した現象から大きく外れた現象で、人が一生の間にまれにしか経験しない(過去数十年に1回程度の頻度で発生した)現象」という超いい加減な定義をしていて、少しは科学的な訓練を受けた人が居るのか?と訝るほどです。 「過去に経験した」、「人が一生の間にまれ」とか「数十年に1回」など定義になっていません。「過去に経験したことがない」といっても、その過去とは2000年前からか、100年か、5歳の子供かで全く違いますし、「人が一生の間にまれに」といっても、歳が80歳で転勤を重ねた人と、同じ場所で一生を終わった60歳の人ではかなり違います。また「数十年」といっても、20年と50年では大雨の程度も違います。 気象庁がこのような曖昧な定義をしているのは、自分たちが異常であるかを判定したいという日本の役人の典型例と思います。ある気象を異常としようと思えば、すぐできるからです。それでも、NHKや朝日新聞の「異常」より少しはましな気がします。 NHKの異常  =気象庁が異常と言えば異常と伝える 朝日新聞の異常=国民が異常と思いたければ異常と記事を書く ということなので、最近では「厳しい気候」や「悪い気候」を「異常な気候」と言っています。でも私たちは自分の身や家族を守らなければならないので、「非日常」と「異常」を区別することがまずは大切と思います。 最近はそんなことをする人はいないと思いますが、「大雨は温暖化が原因だ」と言って、個人生活を犠牲にして電気を消したり、CO2を出さないようにしても、温暖化の結果として大雨が降っているのではなく、次回に詳しく書きますが、非日常(確率的に起こることが、自分にとっては2000年に一度ということになる)の現象ですから、見当はずれになります。鬼怒川が氾濫し、冠水した国道294号線の豊田城入口交差点で、車の屋根に立って救助のボートを待つ人たち=9月10日、茨城県常総市 これまでも気温(温暖化など)とは関係がないのに、もうすでに17年も温暖化対策をして、随分、経済にも生活にも影響を及ぼしています。その典型的なものが熱中症で、熱中症が日本で増えてきたのは、ちょうど京都議定書を締結するころですが、それからの地球の気温は「低下気味」なのに、熱中症は「増加の一途」なのです。つまり熱中症ですら、温暖化と関係がないのですから、私たちはNHKに洗脳されないようによくよく考えなければならないのです。(平成26年9月21日)少し視野を広げてみる少し視野を広げてみる  ちょっとした雨を「自分が経験する」のは140年に一度、かなりの豪雨に見舞われるのが2000年に一度ということになりますから、それで起こる水害や土砂崩れに備えるのも少し慎重すぎるかも知れないのです。そんなことにお金を掛けるなら、交通事故死が年5000人、火災による犠牲者が年2000人ですから、そちらにお金をかけて減らしたほうが「効率」としてはかなり良いということです。 だから、治水に税金を使うにしても、それは大型河川のような集中的に工事ができるものは良いのですが、個人住宅などの対策をあまり過度にすることはできないことがわかります。まず大雨による浸水を防ぐにはどうしたらよいかということですが、まず外国の例を挙げてみましょう。 オーストラリアのブリスベーンというところはゴールドコーストという非常に美しい海岸があり、日本の大金持ちが正月などを過ごすところとして有名です。ブリスベーンには内陸から大きな川が流れていて、その川はかなり蛇行しているので、10年から20年に一度、氾濫して河口付近の市街地を水浸しします。 私が3年ほど前に行った時には、その大洪水のあと、1ヶ月ほど経ったところだったので、日本から行くときに「ブリスベーンはひどい被害を受けたからすこし時期をずらしたら」と言われたものです。 ところが実際に行ってみると市街地は一階の軒先まで水に浸かり、みんな2階に逃げたということですが、もうすっかり修理が終わって街は賑わっていました。確かに洪水の痕跡はありましたが、その様子は予想外でした。オーストラリアの人に聞いてみると、「10年から20年に一度来るのだから、その自然現象を認めて、洪水に備えている」ということなのです。 それも「川を護岸するとコンクリートになり、景観を損なうし、ヨットで海岸に遊びに出ることができないということで、護岸はしない。だから洪水は覚悟の上だ」というのです。 だから、まず川上に観測所を設けて氾濫しそうな時には、「何時頃から氾濫する」という警告をだす」というシステムです(私の行った年の氾濫は上流の人がサボって警報を出すのが遅かったと怒っていました)。警報がなると、一階のものは二階にあげ、人間も二階に避難して洪水を待ちます。実に「自然と溶け込んだ対策」です。 洪水が引くと土建屋さんが総動員されて、かねて各家でかけていた洪水保険で修理をするというのです。いや、その立派な対策と社会的なコンセンサスに驚いたものです。 「川の氾濫を自然現象として捉えるか、それを人間が押さえ込むか」という点では、日本人のもともとの考え方は「自然現象としてそれも受け入れる」ということであり、むしろオーストラリア人(アングロサクソン)は「自然を押さえ込む」というのですが、それが逆転しています。 もう一つの例はベトナムのメコン川です。サイゴンからすこし南に行ったところに世界でも有数の大河、メコン川のデルタ地帯があります。この地域は毎年、じわっと水位が上がって、氾濫し、畑もなにもかも見えなくなります。そしてしばらくすると水が引いて、上流から運ばれた肥沃な土で田畑は覆われ、連作で起こりがちな作物の病害虫なども一掃されます。 だから、農民は毎年の洪水でも平気なようにやや高い床を持つ家を建て、田畑が沈んだら自然の現象として受け入れ、しばらく生活を変えるのです。 ベトナムの農村は本当に豊かです。少しの雨では川は氾濫しません。それは一年に一回、氾濫した時の土が畑に乗るので川より畑の標高が高いからです。これは次回以後に整理しますが、日本のように人工的な護岸をして川の方が高いというような馬鹿らしい状態ではないということです。大雨で鬼怒川(左)の堤防が決壊し、住宅地に流れ込む大量の濁流=9月10日午後4時20分、茨城県常総市(本社チャーターヘリから、大山文兄撮影) それでもベトナム人は都会で工場やサラリーマンとして生活するより農村の方が魅力的で、工場の悩みはせっかく18歳ぐらいから30歳ぐらいまで働いて、熟練した頃に農村に帰ってしまう人が多いことです。 つまり洪水というのはそれほど悪いことではなく、それを「悪い」と決めつけて自然を押さえ込もうとしていう私たちになにか問題があるのではないかと思います。(平成26年9月24日)日本の安全は自分たちで オーストラリアはアングロサクソンなのに自然の脅威(洪水)を認めて護岸をせず、保険をかけてより良い生活をしている。ベトナムは自然の脅威(洪水)を認めて、水を呼び込み、肥料を少なく、自然の中で豊かな農業を営んでいる。 日本は山があり谷があり、温帯の島国で雨にも恵まれている。もし日本人に「自然を生かす」という考えがあれば、日本ほど恵まれたところはないだろう。でも、「仮装」で社会を作っているので、いつまでも犠牲者を出している。 崖崩れが頻繁に起こるのは自然を大切にするグループというのが、現状を変えるなということと、それが土建屋の売上にもなるので、崖崩れのたびに「旧に復する」という工事をする。土建屋は悪くない。注文が来るのだからそれを断ることは失礼だ。 土には土の安息角があり、崩れるところはいずれ崩れる。古い山脈がなだらかで、若い山脈が急峻なのはそのためであることは中学校の理科で学ぶ。でも、いつも「旧に復する」から、いつまでたっても山は崩れ、山肌は汚いコンクリートで覆われている。景観を重んじて堤防を作らないオーストラリアに劣る。 大雨ごとに都市のマンホールから水が噴き出す。川の護岸工事をして氾濫を防ぎ、さらに浚渫もしない。日本の平野は川が山から持ってきた土砂で出来ている沖積平野であることを忘れた人が多い。氾濫すると「何をやっているのだ!」と役所をバッシングする。役所は説明しても無駄とばかり、堤防を築く。そうすると川底が上がり、天井川になって大雨のときには水が川から下水へと逆流する。なにしろ平野の水をポンプで川に上げているのだから。ベトナムは自然の力を借りて、いつも川が下にある。 御嶽山が噴火した。予報はなかった。火山の噴火は予知できると言って予算をとり、できないと言い訳をする。まだまだ学問的には予知はできないのに、それを言わない。学問はわからないことがあることを一般の人に知らせない。温暖化も地震予知も同じだから、東海地震は来ないし、阪神淡路、東北大震災で多くの人が死ぬ。 省庁が縦割りになっていて、災害を減らすということより、自分の省益を守るので精一杯だ。マスコミも台風や災害があったほうが視聴率が上がるから助かる。誰も彼もが自分のことで精一杯になっている。 だから、仕方がない。このブログを中心にして自分たちで日本列島の安全を守ろう。データは十分にあるし、科学的な考え方もできる。あとは事実を真正面から見る勇気だが、親なのだからそのぐらいの勇気を持つのは義務だろう。 日本列島に毎年、降る一時間に100ミリ、一日に800ミリぐらいの雨を日本人一人の人が経験するのは400年に一度だから、「一生に経験したことがない」という気象庁の発表を毎年、聞かなければならない。これでは狼少年だから判断ができない。 次回から現実に日本列島で災害を防ぐための具体的方法をブログで示していきたい。原発も含めて。(平成26年9月28日)災害を避ける方法(台風、豪雨、津波)災害を避ける方法(台風、豪雨、津波) 交通事故や火災を防ぐことはできても、天災は避けられないような気もしますが、「やる気があれば避けることはできる」ということをまずは「非現実的などうか」を考えずに、整理してみたいと思います。私は「自分はそれほど複雑なことは考えられない」と思っていて、最初から「出来るかできないか」、「お金がどのぐらいかかるか」などは考えずに、「やるべきこと」を整理して、それからできないことを外すという方法を取ることがほとんどです。そのほうが頭が整理されて、方針がはっきり決まるからです。 まず、台風の被害を避けるためには「台風が来たら休んで家にいる」ということです。今年(2014年)は二回これをやりました。一回目が台風8号で、仕事で石川県に行き、そこから沖縄の那覇に飛んで講演をして、東京へ向かうというスケジュールでしたが、やめました。二回目は台風19号で、名古屋から東京、東京でテレビ出演して大阪というスケジュールも調整して移動しました。 実際に先方に連絡して「まだ進路ははっきりしないけれど、この時点で計画をやり直したい」とお願いするとおおよそは大丈夫ですし、もちろん金銭的な損害はあるのですが、それに倍して安全や仕事の信頼性が大きいようです。 私の小さい頃の日本の家は貧弱で台風で窓ガラスが破れたり、屋根瓦が飛んだりしましたが、すでに現在では普通の台風では家が破損することはなくなりました。ですから、台風や豪雨で家の中にいて損害を受けるという場合は、1)低地に家がある、2)河川のそば、3)海岸線、4)遮るものがない高台、5)崖の下、などです。 かつては川が氾濫すると土砂を一緒に運びますから、低い土地に泥が貯まり、自然に「平ら」になっていったのですが、最近は堤防が発達して川が氾濫しなくなり、たとえ氾濫しても土砂を片付けてしまうので、低い土地は低いままになっています。まず「低いところに住まない」ということです(非現実的かどうかは別です。私はいつも少し高いところに住みます)。 次に川が氾濫した時に水が来ないようなところに住み、さらに海岸線から少し離れることです。川が氾濫して水があふれる場合、おおよそ1メートルを越えることはなく、また海岸では台風の時の風と雨、それに津波がありますから、標高で言えば10メートルぐらいあればOKということになります。 低いところがダメというと「高台ならOK」と思いがちですが、高台は風が強く、得てして崖くずれの多いところがあるので、崖の下とともに避けるのが賢明です。第二次世界大戦のあと、アメリカ軍が沖縄に来て、住民が谷間に住んでいるのを見て「せっかく景色が良いのに」と高台に宿舎を立てたら、最初の年の台風でアメリカ軍の宿舎が倒壊したという事がありました。 自然に逆らわずに、粘り強く住居を探すのは、その後の何十年がとても安心になり、これまでの私の経験ではそれほど地価に差があるとは思えません。崖の下でもそこから少し離れたところでも、「駅から何分」の方が土地の値段には影響があるようです。たとえ1分ほど長くあるくことになっても、安心して住める方が良いように私は思います。 川や海のそばではなく、少し土地の標高が高いところで、崖に近くないという場所に家を移動し、そこであまり火気を使わず、家の中を整頓し、出かけるときには「事故多発地点」をあらかじめ調べてそこに近づかないようにする・・・これで格段に安全になるでしょう。 台風や豪雨の被害をテレビで放送していても、自分のところは大丈夫という感じで人生を送ることはとても大切と思いますし、人口が減少していくのですから、徐々に危険なところの住宅を減らして、畑や公共施設にするような都市計画も必要でしょう。(平成26年10月10日)災害と心 さて、災害から身を守る具体的な方法を整理してきました。このように整理すると普段から気を配っていると思っていた私も不十分なところがあることに気がつきます。人間の頭は普段からそれほど整理されていないので、ときどき自分で整理したり、家族や友人と話をしたりすることが大切なように思います。 ところで、人間はひとり残らずそのうちには死ぬのですが、死というのは自分や家族にとって最大の災害とも言えます。でもそれは仕方がないので、多くの人がそれを受け入れます。それでは死より小さい災害はどのような心構えが必要でしょうか? 私は「昨日は晴れ、今日も朝」ということをモットーにしていて、ときどき、色紙などに書かせてもらいます。人生は順風満帆ではなく、嫌なこと、苦しいことが起きるのですが、それは人だから仕方がないと思って「昨日がどんなにどしゃ降りでも、晴れと思う」ことにしています。 幸いなことに「昨日」は過去なので、もう二度と帰ってこないのです。だから土砂降りだった(ひどい目にあった)と思えばそうですし、それをすっかり忘れて晴れだったとすればそれで良いというところがあります。台風の影響による大雨で鬼怒川が氾濫し、濁流の中をゴムボートで救助される男性ら=9月10日、茨城県常総市(共同通信社ヘリから) そして、眠れなくても眠れても、朝が来たら新しい一日が始まります。なにしろ昨日は晴れですから、朝起きたら昨日のことはあまり覚えていないという状態で、「なにか良い日だったな」ぐらいしか思い出さないのがコツです。 そして「本当は今日はなかったのだけれど、有ったのか!それじゃ、今日一日だけ頑張るか!」と思うことにしています。 人間はやがて死にます。死ぬ前の日に「明日死ぬ」ということがわかる場合もあるでしょうが、普通は人間は明日死ぬとわからないのですから、本当は「今日しか生きていない」と思わないと生きていけないからです。でも、人間は一つ一つをそれほど論理的に考えているわけではないので、ぼんやりと「明日も、明後日もある」と思っているだけです。 そこで、思い切って、「人間はいつ死ぬかわからない。だから、今日が最後と思うおう」と思うと結構、それに近い気持ちになります。かといって、貯金をすべて使い果たそうとも思いません。今日一日と思うと、かえって普通の生活をしたくなります。今日、やるべきことをやり、明日はまた明日だ、明日のことは明日やろう。でもやがてできなくなる日が来るだろうという感じになります。 そうなると、仮に地震にあって「もうだめだ」と思っても、「そうか、今日が終わりだったのだ。でも自分は満足だ。これも運命だから」と受け入れることができるでしょう。私はまだ死んだことがありませんが、失明したことがあります。でもその時に、普段から「今日も朝」と思っていたので、動揺せずに切り抜けることができました。 災害に遭わないようにするには、具体的に災害の状態を知り、対策を立て、日常的に注意をすること、政府・専門家・NHKのいうことを参考程度に聞くこと、そして「今日も朝」と思うことと私は考えます。(平成26年10月10日) ※この記事は武田邦彦ホームページより転載

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    気象情報を駆使すれば 賢明な意思決定ができるかもしれない

     [学びなおしのリスク論](2)気候漆原次郎 明日の天気はどうか。降水確率はどれくらいか。気温は何度まで下がるか――。 私たちは日々、これからの天気がどうなるかを気にしつつ暮らしている。傘が必要か、服は厚めのほうがよいか、催しものは予定通り開かれるかと、自分たちの暮らしに影響を及ぼすからだ。 天気に関する事柄は、だれもが最も身近に感じられるリスクの題材の一つといえるのではないか。そう考えて、気象庁のサイトを覗くと、「気象情報を活用して気候の影響を軽減してみませんか?」というページがある。「気候リスク」という概念を人びとに伝え、気候リスクの情報を企業の経済活動などに活用してもらう取り組みを始めたようだ。中三川浩氏。気象庁地球環境・海洋部気候情報課所属、気候リスク対策官。気象大学校卒。卒業後は地方気象台や管区気象台等で気象観測や短期予報の業務に従事。平成11年度から気象庁本庁で、世界の天候監視や異常気象の分析、国際的な気候データの流通促進、季節予報業務などを歴任。平成25年度より各種産業において季節予報などの気候情報を利活用する気候リスク管理技術の普及のための取り組みを推進する業務に従事している。 気候リスクとはどんなもので、どう活用できるというのか。今回は、「気候リスク対策官」という肩書をもつ気象庁の中三川浩氏に聞いてみることにした。 まず「気候リスク」の定義から。中三川氏は、「天候不順など、平年とは隔たった気候が現れることがありますが、そのような気候によって影響を受ける可能性のことを、気候リスクと呼んでいます」と説明する。 同じ地域であれば、異常気象などが起きる“可能性”は誰にとっても変わることはない。その一方、異常気象によって受ける“影響”は企業や人それぞれに異なってくる。例えば「今シーズンの冬は寒くなる」という可能性に対して、マフラーメーカーは商品がたくさん売れるだろうからうれしいが、鉄道会社は大雪による交通マヒなどが起きるためうれしくない。 こうしたことから、気候リスクとは「異常気象などの起こる可能性」と「その影響の大きさ」を掛けあわせたものとして考えることができる。 「また、リスクというと悪いイメージばかり浮かぶかもしれませんが、『気候リスク』は、悪い影響だけでなく、よい影響を受ける可能性も含めて、そう呼んでいます」売上と気象の関係性を認識し、有効な手を打つ 気候によって影響を受ける可能性、つまり気候リスクの情報を、ではどのように役立てていくのか。「なにもむずかしいことではありません」と中三川氏は言う。アパレル業界の事例を題材に要点を説明してもらった。 「まず、自社の売上データと、気象庁の気候データの関係性をグラフで見ることです」 例えば、ロングブーツ売上の推移のグラフと、平均気温の推移のグラフを重ねてみる。すると、平均気温が20℃を下回るタイミングでロングブーツの売上が伸び始めるという関係を見ることができる。気温とロングブーツ販売数の関連性。細線(左目盛)が東京の平均気温。太線(右目盛)がロングブーツ販売数。平均気温が20℃を下回ると、売上が伸びることがわかる。 (画像提供:気象庁) 「売上と気象との関係がわかれば、次に気象予報を使って対策を立てることができるようになります」 つまり、売上と気象の関係性を認識した上で、では今シーズンの気候はどうなるかを気象予報で得て、これまでの関係性から有効な手を打つわけだ。平均気温が20℃を下回るタイミングが平年より早ければ、早めに品揃えをすることで、シーズン当初の売り損じを避けることができる。 ただし、長期的な予報になると、果たしてその予報が本当に当たるのかという“別のリスク”が出てくることになる。その点、比較的、短い部類の長期予報については確度が高まってきたという。 「あまり知られていないのですが、われわれは2週間先までの平均気温などの予想を出しています。2週間であれば予想の確度も高いので、さまざまな対策を立てていただくこともできると思います」 この2週間先までの平均気温などの予想は「異常天候早期警戒情報」という情報の基礎資料として提供されている。この情報は、原則、月曜と木曜、5〜14日後までを対象に、7日間平均気温が「かなり高い」もしくは「かなり低い」となる確率が30%以上、または7日間降雪量が「かなり多い」となる確率が30%以上と見込まれる場合に発表される。情報ホームページの「確率密度分布図」には、関東甲信地方といった地域や東京や大阪といった主要な地点ごとの7日間平均気温について、平年と比べて何℃低く(高く)なる確率が何パーセントといった数値を調べることができる。気象庁サイト内「7日平均気温平年偏差の累積確率・確率密度分布図」のページ。グラフの青い棒を動かして、「19℃以下の確率:44%」「20℃以下の確率76%」といったように、気温ごとの確率を見ることができる。(画像提供:気象庁)“経験と勘”の裏づけや新たな発見も こうして気候リスクの情報を分析すれば、自分たちの仕事への悪影響を減らす対策を打ったり、好影響を増やす仕掛けをしたりすることができるかもしれない。仕事に伴うさまざまなリスクを最小の費用で食い止めることを「リスクマネジメント」というが、「悪い気候リスクの影響は和らげて、好ましい気候リスクの影響は伸ばすというのが、気候リスクマネジメントの基本です」と中三川氏は言う。 これまで各業界の気候に関するリスクマネジメントは、“経験と勘”に基づくものが多かった。さまざまな業界で、「気温が何℃まで下がると何々が売れ始める」といった話がある。その多くは、その業界の人たちの感覚による予想だったようだ。もちろん、それも重要ではあるが、「気象データの裏付けをとって定量的に評価すれば、その話の信頼性が向上します。また、意思決定をする際、誰もが納得できるようになります」と、中三川氏は続ける。 実際に気象データを定量的に評価する観点から商品の売上の変化を見ると、さきのロングブーツのように“経験と勘”がやはり当たっていたとわかったものもある一方、予想外の結果が出たものもあったという。 「秋物の肌着は日平均気温が20℃を下回ると売れ始め、冬物は15℃を下回ると売れ始めることが、気象データからわかりました。肌着はこんな気温で売れ始めるのかと、アパレル業界の方たちが驚いていました」個人の暮らしの中で役立てる 気候リスクの評価と管理を、私たち個人の暮らしの中で活用しようとしたらどうなるか。 例えば、2週間後に控えたマラソン大会。これも2週間先までの7日平均気温の予測を活用することができそうだ。「暑いと予想されていれば、当日までに体を暑さに慣らしておく対策を打てます。逆に向こう1週間は暑いものの、その後は気温が下がり気温の変動が大きいといった予想があれば、体調管理に気をつけることが一つのリスクマネジメントになります」。 また、寒冷地への中長期の出張では、そこに長らく滞在するために気候リスクマネジメントの考え方を当てはめられそうだ。まず、滞在期間の現地と出張先の気温の違いを平年値から把握しておく。それとともに、2週間先までの気温の確率を把握することができれば、より適切に防寒への備えもできるだろう。 考えてみれば、私たちは、明日、週末、数日後の天気がどうなるかの情報を把握し、寒い場合はこういう準備をする、また雨の場合はこういう過ごし方をするといった計画を立ててきた。そう、リスクマネジメントという言葉や概念を用いずとも、リスクマネジメントをしてきたのだ。 日本人はリスクや確率でものごとを判断するのが苦手と言われてきた。しかし、中三川氏は言う。「気象の話をすれば、かならずしもそうではないと思います。天気予報の降水確率が30%であれば折りたたみ傘を持ち、50%だったら丈の長い傘を持つといった行動をとっているのですから」。 難しそうなリスクという概念について考える上で、天気という題材は最も身近なよい教材といえそうだ。◎今回のまとめ◎・気候リスクは、気候によって影響を受ける可能性のこと。「異常気象などの起こる可能性 × その影響の大きさ」で求められる。・自分のデータと気候のデータを同じグラフで示すと関連性が見えてくる。さらに気象予報と組み合わせれば、効果的なリスクマネジメントも可能。・天気の話は、リスクやリスクマネジメントを認識する上での良い教材でもある。

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    「スーパー台風」が日本を襲う? 台風がどうなるかを予測する!

    『気候は変えられるか?』鬼頭昭雄氏著者インタビューウェッジ書籍部 11月8日、台風30号(ハイエン)がフィリピンを直撃し、甚大な被害をもたらした。日本の気象庁によると、台風の勢力は上陸時点で中心気圧895hPa、最大風速65m/s、最大瞬間風速90m/sとされ、上陸した台風としては観測史上例をみない猛烈なものであった。日本でも今年の夏から秋にかけてこれまでになかったような猛烈な豪雨が各地を襲った。台風の勢力は強大化しているのか? また台風の発生数は増えていく傾向にあるのか?「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)第1作業部会の執筆者として20年間IPCCに携わってきた鬼頭昭雄氏が、このたび『気候は変えられるか?』(小社刊)を上梓した。出版を機に、鬼頭氏に台風の現状について伺った。――2013年は例年よりも台風が多く発生しているように思いますが、実際はどうなのでしょうか?鬼頭昭雄氏(以下、鬼頭氏):気象庁のデータによると、11月14日現在、2013年は31個の台風が発生しています。1981年~2010年の30年間平均の発生数が25.6個なので、例年に比べると多いですね。ちなみに、観測史上最高発生数は1967年の39個です。『気候は変えられるか?』 (鬼頭昭雄・ウェッジ社)――今回の台風30号は甚大な被害をもたらしましたが、そもそも台風はどこまで予測できるのでしょうか?鬼頭氏:まず、予測するには「気象モデル」を用います。「気象モデル」とは、気候を構成する大気、海洋などが気候システムの中で起こすことを物理法則にしたがって定式化し、計算機の中で擬似的な気象を再現しようとする計算プログラムのことで、これにさまざまな情報を取り込んで予測します。 台風の予測項目には「強さ」と「進路」がありますが、「強さ」を予測するのは非常に難しいです。さまざまな条件、例えば、雲がどのように組織化して発達するか、海面水温がどのくらいまで上昇するか、などの予測が難しいのです。そのため強さの予測も非常に難しくなります。「進路」は、基となる気圧配置や風向きがある程度予測できるので、こちらについては予測精度が上がってきています。 気象モデルの高解像度化が進めば、将来的には今より精緻な予測が可能になるでしょう。――ところで、気象を予測する際に基になるデータとはどのようなものでしょうか?著者:鬼頭昭雄氏 (撮影:WEDGE Infinity編集部)鬼頭氏:世界気象機関(国連の専門機関)のデータです。世界各地で毎日決まった時刻(日本では9時と21時)に、世界の各地の気象台で一斉にバルーンを上げて気温・風向などの気象状況を調べ、そのデータを世界気象機関で集約し、世界に配信しています。 日本の気象庁は独自の気象モデルにその情報を取り込んで気象予報を出しています。アメリカやヨーロッパも独自の気象モデルを持っています。どのようにデータを取り込むか、どのように雲が出来るかということを見積もる技術はそれぞれの国の気象モデルによって異なります。 ちなみに、世界で一番精度が高いのは、ヨーロッパ(ヨーロッパ中期予報センター)の気象モデルです。――今後、台風はどのような傾向にあると予測されるのでしょうか?鬼頭氏:まず、世界的に「数」と「勢力」がどうなっていくかというお話からしましょう。IPCCの評価では、世界全体での発生数は、同じ程度か減少するであろう、と予測しています。 台風の発生には、熱帯地域の温度の変化が関係します。大気が不安定(上空と地上の気温差が大きく、大気が混ざりやすい)だと台風が発生しやすいのですが、将来的には安定する(全体的に気温が上昇し、かつ気温差が小さくなり、大気が混ざりにくい)と予測され、発生数は減少する傾向にある、と予測されています。 ただ、大気全体が温まることで、大気に含まれる水蒸気量が増えるため、台風やハリケーンが発達するためのエネルギー源が増え、勢力の強い台風が発生すると考えられています。 次に、日本への影響ですが、重要になるのが「発生する場所」です。台風は北西太平洋上で発生しますが、将来的に発生場所が今より東寄りになると予測されています。そのため、台風の進路が全体的に東寄りになり、日本列島に接近および上陸する可能性は低くなると予想されます。 ただ、東寄りの海上で発生するということは、太平洋上での移動距離が長くなる(=大気中の水蒸気を取り込みやすくなる)ため、台風の勢力が強まる可能性が高いと考えられます。 日本から見ると、接近および上陸する台風の数は減少しますが、勢力の強い台風が襲来する可能性が高まる、ということです。――なるほど。では、将来的に今回の台風30号のような大型台風が平均的なものになることは考えられますか?鬼頭氏:何を平均と取るかにもよりますが、さすがに台風30号と同等の勢力の台風が平均となることは考えにくいですね。――本書では、台風を含めてさまざまな気候や気象の問題について触れられていますが、この機会に是非読者に知っておいていただきたいことはありますか?鬼頭氏:そうですね、よく「地球温暖化予測は不確実である(よく分かっていない)」、と言われますが、そうではなくて、“確実な要素と不確実な要素がある”ということを知っていただきたいと思います。 例えば、確実な要素としては、世界全体での気温の変化傾向などが分かっています。逆に、不確実は要素としては、どれくらい雨が増えるのか、などはまだ不確実です。これを一括りにして、全てが不確実だと判断されてしまうのはとても残念です。 気象科学というものは急速に進歩するものではなく、長い年月をかけて着実に進歩してきています。従って、現時点では不確実なものも、将来的に徐々に解明されていくと思われます。――鬼頭先生は、IPCCの第1作業部会の執筆者として20年間IPCCに携わってこられましたが、20年前の予測と現状を比較するといかがでしょうか?鬼頭氏:大きなところは間違っていないですね。例えば、気温の変化や雨の変化のパターンなど定性的には確実になってきたと思います。20年前の予測から大幅にずれていたら問題ですが、大事なところはきちんと押さえられているといえるのではないでしょうか。――最後に、読者に一言お願いします。鬼頭氏:そうですね。皆さんには是非、年単位といった短期間での異常気象と、長い期間での温暖化の変化について、きちんと分けて考えていただきたいですね。そして、温暖化が起こることによって異常気象のピークが変わってくる(温暖化が進めば、異常気象の規模や頻度が高まる可能性がある)ということも理解していただきたいと思います。 2013年9月末にIPCC第1作業部会の「自然科学的根拠」を基づく第5次評価報告書の承認・公表がされました。これに続いて、2014年3月には第2作業部会から「影響・適応・脆弱性」について、4月には第3作業部会から「緩和策」について承認・公表予定です。 皆さんには引き続き興味をつないでいただき、それぞれの報告書の内容を参考に、気候・気象と上手く付き合っていただきたいと思います。鬼頭昭雄 (きとうあきお) 筑波大学生命環境系主幹研究員。1953年大阪市生まれ。京都大学大学院理学研究科地球物理学専攻、理学博士。専門は、気候モデリング、モンスーン、気候変動。1978年気象庁入庁後、2007年気象庁気象研究所気候研究部部長を経て、2013年5月より現職。また2011年より日本学術会議連携会員。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」第1作業部会評価報告書の執筆者を4度務める。第2次(1995):「気候モデル:評価」、第3次(2001):「モデル評価」、第4次(2007):「全球気候予測」、第5次(2013):「気候の現象およびその将来の地域規模気候変動との関連性」を執筆。

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    気象災害を生き抜くために「災害過保護」から脱却せよ

    、そこに注目が集まっている印象がある。もちろん地震、津波は大きな懸念材料だが、あくまでも時々起こる大災害だ。 しかし、その陰でより深刻な状況にあるのが気象災害である。いわゆるゲリラ豪雨も多いが、これは非常に局所性が高く、地域全体を壊滅させるということではない。もっと心配なのは台風の巨大化だ。海水温が非常に高い状況が続いており、海洋気象は一足先に温暖化が進んでいるのではと思われる。海水温が高いために台風は小さくならず、発達しながら日本に接近するという状況が常態化している。このままいくと巨大台風が襲来する可能性は十分考えられる。 例えば2014年も、7月に非常に大型の台風8号が沖縄を襲った。さらに大型化するという予測の下で特別警報が出されたが、幸いにもあれ以上(7月7日時点で中心気圧930ヘクトパスカル)大きくならなかった。続く11号、12号も大変な雨を降らせた。 2013年には、11月の初めに中心気圧895ヘクトパスカルの台風30号(Haiyan)がフィリピンのレイテ島を襲い、6千人以上が亡くなった。11月は台風シーズン末期で、これまでなら、このような大型台風は発生しなかった。ちなみに日本の過去の大型台風は1934年の室戸台風が中心気圧911ヘクトパスカル、1959年の伊勢湾台風が929ヘクトパスカルだった。しかし2013年の台風30号はついに900ヘクトパスカルを切った。2005年に米国ニューオリンズを襲ったハリケーン「カトリーナ」でさえ902ヘクトパスカルだったことを考えると、この895ヘクトパスカルがいかに深刻かが分かる。 2012年4月に気象庁は、今後中心気圧が850ヘクトパスカルを下回る台風が生じる可能性もあるというシミュレーションを出している。もはや、今備えずしていつ備えるんだという思いが私にはある。率先して逃げた釜石市の子どもたち 私は2004年から岩手県釜石市で、小中学校の子どもたちに対する防災教育に取り組んできた。東日本大震災前の2010年当時で、向こう30年の間に、地震・津波が起きる確率は宮城県沖では99パーセント、三陸沖では90パーセントといわれていた。 にもかかわらず「3・11」以前、津波警報が発表されて避難勧告が発令されても、誰も逃げないという状況になっていた。だからこそ事前に備え、迅速に逃げられるように子どもたちを教育してきたことが震災時の釜石の子どもたちの行動につながったと思う。1000人を超える方々が津波の犠牲となったが、多くの小中学生がそれぞれの状況下で率先して避難した。その結果、釜石市内の14の小中学校約3000人の子どもたちが、大地震・大津波を生き抜いてくれた。 防災の本質は、災害に襲われる前にどれだけ被害軽減のための対策を整えるかということだ。ところが阪神淡路大震災以降の日本の防災は、被災後にどう対処するかを考えてきた。だから、地域の防災対応でも、食糧をどうしようか、水をどうしようか、避難所は大丈夫か、などと皆が生き残ったあかつきの対応ばかり検討するようになっている。 自然災害で亡くなる人の数は、1959年の伊勢湾台風まで、毎年、数千人に上っていた。伊勢湾台風では、名古屋で5千人を超す方が亡くなっている。これから日本が高度経済成長に入ろうとする時代だった。先進国として毎年数千人単位で人が死ぬという事態は普通ではない。つまり、先進国にふさわしい最低限のインフラがなかったということだ。 伊勢湾台風の2年後、1961年に「災害対策基本法」が施行され、そこを境にものの見事に死亡者数は急減していった。最近は、阪神淡路、東日本大震災を除くと、自然災害による犠牲者は100人以下だった。 人口1億のうち毎年数千人が死亡するのはシステムエラーであり、行政はそのシステムを正す方向で進んできた。しかし、1億のうち100人以下という状態は、ほとんどアクシデントの領域になってくる。交通事故を例にとれば、横断歩道や歩道橋を設置しても、個人が道路に飛び出すことが事故になる。つまり、事故を回避することは、かなり個人の領域に入ってくる。しかし、日本の防災は個人の領域まで行政が中心となってやるということで進んできた。 例えば、堤防を造る際に「100年確率」という堤防を造る。100年に1回あるかないかの大雨でも耐えられるような堤防という意味だ。そうすると、「100年確率」未満の小さな、しかし頻度の高い洪水は、みんな防いでもらえることになる。一方で、それまで脈々と受け継がれてきた地域の災いをみんなで対処する知恵や防災コミュニティー意識が失われてしまう。いざ巨大な災害が防災意識の脆弱になった国民に襲いかかると、多数の犠牲者を生む構造をつくってしまった。 いま、日本の防災が問われているのは、堤防のように人為的安全に守られた「災害過保護」のような状態からどう脱するかということだ。つまり、自分の命を自分で守るということに対する主体性、「我が事感」を取り戻さなければならない。 再び釜石を例にとると、市内だけで34基の津波の記念碑があった。三陸地域では1896年に明治三陸津波が発生し、当時の釜石の人口6500人のうち4000人が死亡、町はほとんど壊滅状態だった。「3・11」以前、釜石の子どもたちに「津波が今までに何度も襲ったことは知っている?」と聞くと「知ってる」と答えた。ところが、「じゃあ、君、どこに逃げるの?」と聞いたら、「逃げない。立派な堤防あるじゃないか」と言う。 繰り返し津波に襲われた釜石には、国の基幹産業であった新日鉄製鉄所(当時)があった。そこで国の威信を賭けて、釜石湾の入口に水深63メートルから立ち上げた高さ10メートルの巨大防波堤を構築した。世界一の土木工事としてギネスブックに登録されたほどだ。 それを見て大人たちは安心してしまった。子どもたちは、「じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃんも逃げないから逃げない」と言う。だが、津波の周期性から考えて、私はこの子供たちが生きている間に必ず大津波が襲うと確信していた。その時に子どもたちが逃げないのは、大人たちのせいだ。だから大人たちには「襟を正せ」ということを主張した。そして、なんとしても子どもたちに生きる力、生き抜く力を与えなければいけないという思いで、防災教育に取り組むようになった。小学生に「防災マップづくり」を指導する片田敏孝教授。街歩きをして、通学路周辺の安全な津波避難場所を確認し、実際に地図上に避難場所を記入していくという活動は大切な防災教育の一環だ(2006年釜石市・唐丹小学校での実施光景) 子どもたちを育む環境として防災教育を行う。これを10年続ければ、やがて地域の大人たちになり、もう10年継続すれば、防災意識の高い彼らが親となり、次世代の子どもを育てるようになる。子どもたちへの義務教育の一環として10年、20年という時間の流れの中で考えれば、やがて成長した彼らが“文化の礎”となり、津波が来ることは避けられなくても、人が死ぬことのない社会をつくることができる。国土強靭化にふさわしい国民強靭化を 防災における行政の仕事を否定しているわけではない。例えば、堤防は高ければ高いほど、そこに達しない高さの津波を排除してくれる。物理的な安全確保を目指す面で、ソーシャルウェルフェアのミニマムな部分を底上げしていくことは行政のやるべきことだ。 国会でも「国土強靱化」が論じられている。ただ、私は衆議院の予算委員会に呼ばれた時に、公述人としてこう述べた。「このように堤防を高くしていくと、物理的な安全というのはヒューマンファクターの脆弱性を高めます。要するに依存度が出てくる。過保護な親の下でひ弱な子どもが育つのと同じ構造に陥っている。だから堤防が高い分、それにふさわしい国民でなければいけない」。つまり「国土強靱化」にふさわしい「国民強靱化」がなされなければならない、と主張した。 「3.11」を経験し、最近の異常気象に関心が集まる状況だからこそ、国民に気づいてもらう必要がある。ハード面を否定するのではなく、ハードも大事だけれども、その陰で脆弱になっている自分という事実に対する気づきを与えて、自ら向かい合うという社会に持っていかなければならない。 実は今、東京の防災問題、特に海抜ゼロメートル地帯の問題にも関わっている。この地帯の水との隔たりは、わずか薄皮一枚の堤防だ。ここに膨大な数の人が住んでいる。東京都下において最大の課題にはもちろん地震があるが、台風の巨大化が進むという状況下で、高潮の問題は危急だ。 台風が南から近づいてくる中、先行降雨で群馬県や埼玉県に大雨が降れば、利根川や荒川が増水して全部東京に集中することになる。風が強くて逃げるに逃げられない、川の水位が高い、高潮が来るという、最悪の事態が起きるだろう。私たちが行っているシミュレーションで、海抜ゼロメートル地帯が7割を占める江戸川区の例を挙げよう。人口約70万人弱だが、この人たちが逃げる場合、広域避難が必要となる。避難には橋を渡らなければならず、ボトルネック状態になる。日常の朝の通勤時でも渋滞している現状なのに、避難勧告と同時に一斉に橋に押し寄せれば、フリーズ状態だ。動けない中で風が強まり、堤防が決壊して水が押し寄せる。恐ろしい事態だ。 つまり東京の最大の問題点は、膨大な避難交通量をどうさばくかということだ。集中を起こさないようにするには、空間的な分散を図るか、時間的な分散を図る必要がある。空間的な分散とは、広域避難で行き先をきちんと配分するということだ。しかし、江戸川区のみならず、隣接する葛飾区、足立区、江東区そして墨田区も、同様の問題を抱えている。災害対策基本法では、大規模水害は「首長防災」、つまり市区町村長防災と規定されている。だから避難勧告を出すなど地域の防災を実施するのは、市区町村になる。だが広域避難の場合、誰が広域の調整をするかについての行政の仕組みがない。 まず、誰が事態認定するのか。仮に台風が接近している中、事前に広域避難の指令を出して大勢の住民が避難する状況になったとする。もし予測が外れたら、社会的影響は甚大だ。一方、決断を躊躇(ちゅうちょ)した結果、最悪事態になれば、膨大な数の犠牲者が出る。 そこまで重大な意思決定は、もう区ではできない。ところが、都も責任を負う気はない。東京のみならず、三大都市圏はすべて同じ状況だ。広域避難が必要な災害が迫った時、どう事態認定し、誰がその交通をさばくのか。差し迫った問題でありながら、ほとんど議論が深まっていない事態に、最大の危機感を持っている。「共通の敵に向かい合う」意識を共有せよ 大規模災害に関して米国を例にとると、意思決定システムが明確だ。大統領が非常事態宣言を発令して、連邦緊急事態管理局(FEMA)長官に全権委譲する。軍隊まで出動する。高速道路は全部一方通行となり、当該地域住民に対して「エバキュエーション・オーダー」、つまり避難命令を出し、軍隊も避難を徹底させる。FEMA長官が全権を支配して、事態認定から避難措置まで、統一的に実施する仕組みがある。 日本でも、市区町村では対応できない大規模災害が発生するおそれがある場合には、都道府県や国が指揮を執る体制づくりを急ぐべきだ。一方で、住民側は行政依存を脱して、自分の命は自ら守るという意識で行動することが必須だ。地域住民のコミュニティー主体での防災は、東京のような都会では難しい。だが、「災害に対して同じ特性を持つ」地域に住む住民たちが、「共通の敵に向かいあう」という意識を持つことで、防災をコミュニティーづくりに利用することもできると考えている。 行政主導の日本の防災に限界があることに国民が気づき、主体的な自助・共助の姿勢が根付いて初めて、「人が死なない防災」へ大きく踏み出すことになる。(2014年8月18日のインタビューに基づきニッポンドットコム編集部が構成)

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    ニッポン異常列島

    日本列島がどうもおかしい。今年に入り、口永良部島や浅間山など既に6火山の噴火が確認され、箱根山や阿蘇山なども依然不穏な動きをみせる。専門家は東日本大震災以降、地殻変動が活発化した可能性を指摘する。いま列島の地下で何が起きているのか。「噴火列島時代」に突入したニッポンのリスクを検証する。

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    安心して暮らせる地域づくりへ 防災に障害者の視点は不可欠だ

    る「国連防災世界会議」が3月14日から5日間、宮城県仙台市で開催される。東日本大震災をはじめ各地の大災害では障害者や高齢者など「要援護者」が災害の矢面に立たされ、より多くの被害を受けた。 これを受け、向こう10年間の世界の防災戦略を策定するこの会議では、今回初めて「障害者と防災」が公式会議の正式なセッションに盛り込まれた。横浜、神戸に次ぐ世界会議 会議には全国連加盟国193カ国の代表や国際NGOなど1万人を超す人が参加する。災害多発国としてハード、ソフト両面の豊富な知識を持つ日本は、今後の国際的な防災戦略を主導する立場にある。災害被害を少しでも減らすためにも会議では、要援護者を視野に置いた防災・減災害対策が打ち出される必要がある。 第3回国連防災世界会議の開会式=3月14日、宮城県仙台市の仙台国際センター(代表撮影) 外務省の資料によると、2000年から12年までに世界で発生した自然災害で29億人が被災し、120万人が死亡。損害額は1・7兆米ドル(約202兆円)に上り、被害の90%が途上国に集中した。 こうした中、国連防災世界会議は1994年に横浜市、2005年には神戸市で開催され、横浜会議では「より安全な世界に向けての横浜戦略」が採択された。神戸会議では直前(04年12月)に22万人の犠牲者が出たスマトラ沖大地震・インド洋大津波が起きたこともあり、世界各国の閣僚級が参加して、15年まで10年間の「兵庫行動枠組」をまとめた。 兵庫行動枠組では防災を国や地方の優先課題に位置付け、早期警報の向上、防災文化の構築、公共施設やインフラの耐震性の強化などを打ち出したものの、障害者に関しては「最も脆弱(ぜいじゃく)な地域やグループに焦点を当て、災害準備や緊急事態対応計画を準備する」といった簡単な記述を盛り込むにとどまった。 しかし神戸会議の後、ミャンマーで13万人を超す死者・行方不明者が出た大型サイクロン・ナルギス(08年5月)、31万人の死者が出たハイチ地震(10年1月)、さらに11年3月の東日本大震災と大災害が続き、多くの障害者や高齢者、子供が犠牲となった。向こう10年間の国際防災戦略 日本財団は1986年、世界の防災に顕著な功績を挙げた個人や組織を表彰する国連笹川防災賞を設け、国際防災の強化を目指してきた。今回はこれら関係機関とも協力して東京やニューヨーク、バンコクなど世界7都市で障害者と防災をテーマにした国際会議を重ね、最終的に世界会議に「障害者と防災」のセッションを盛り込むことができた。 東日本大震災で障害者手帳所有者1655人が犠牲となり、死亡率が当該地域住民の約2倍1・5%に達したことが初めて数字で裏付けられた点も契機となった。 災害が発生した場合、障害者にはあまりにも多くの困難が待ち受ける。聴覚障害者は避難の呼び掛けがあっても情報を受け取れず、視覚障害者は避難しようにも電柱や建物の倒壊など周囲の状況を把握できない。倒壊した家屋の中に取り残された聴覚障害者や言語障害者は「誰かいますか」と声を掛けられても、返答ができない。 車いすなど肢体不自由者が混乱の中で避難するのは難しく、避難場所に着いても車いすのため、人に遠慮せざるを得ない。避難生活で体調を悪化させ死亡する「震災関連死」も東日本大震災では既に約3200人に達し、阪神・淡路大震災の3倍を超えた。 世界会議では兵庫行動枠組の後継となる新たな国際防災の枠組みを策定するほか、日本が多くの災害から得た教訓や防災技術、ノウハウ、さらに東日本大震災の経験や被災地振興の現状を報告。障害者と防災のセッションでは地域防災と障害者の関わりなどについて議論が行われる予定だ。復興、地域創生にも道拓く 今年は国際社会の共通の開発目標である「ミレニアム開発目標」(MDGs)の達成期限を迎え、9月の国連総会では「ポスト2015年開発アジェンダ」が採択される予定。年末には国連気候変動枠組み条約の「第21回締約国会議(COP21)」もフランス・パリで開催され、20年以降の世界の気候変動・温暖化対策の大枠が合意される見通しだ。 近年の異常気象が地球温暖化の影響か単なる自然現象か、専門家の研究を待つしかないが、地震に伴う大津波と同様、巨大台風が引き起こす高潮も大きな脅威となりつつある。世界規模の災害が今後、間違いなく増える気がする。経済成長が著しい東南アジア諸国連合(ASEAN)などで引き続き新たな開発が進む。その場合、障害者や高齢者を守る視点をどこまで持つかによって発生する被害の程度も変わる。「弱い人々」に目線を合わせ防災・減災対策を取れば、その分、人的被害は確実に減るということだ。 障害者に視点を当てた地域づくりこそ、安心して暮らせる地域社会の建設や東日本大震災の被災地復興、ひいては喫緊の課題である地域創生にも道を拓(ひら)く。ささかわ・ようへい 日本財団会長。昭和14年、東京都生まれ。明治大卒。平成13年、世界保健機関(WHO)ハンセン病制圧特別大使。17年から現職。25年からミャンマー国民和解担当日本政府代表。「民」の立場から「公」への貢献をモットーに内外の現場で公益活動を実践している。著書に「紳士の『品格』わが懺悔(ざんげ)録」など。関連記事■ 富士山噴火史からひも解く最悪のシナリオ■ 東京強靭化 必ずやってくる「巨大地震」に備えよ■ 首都直下地震 憲法の「緊急権」こそ緊急課題である

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    山折哲雄「日本人と災害」 すべて「想定内」と受け止めよ

    の20年間、両大震災をはじめ、各地で地震、風水害が頻発した。東日本大震災以降2度にわたって改正された災害対策基本法は、戦後に国や行政主体で構築してきた防災体制の限界を示し、住民自身が地域で協力し合い「自ら命を守る」取り組みの必要性を強調する。そこで「日本人の国民性と自然災害」をテーマに、寺田寅彦随筆選「天災と日本人」(角川文庫)をまとめた宗教学者の山折哲雄さんに寄稿してもらい、2回に分けて紹介する。(産経新聞編集委員 北村理)自然に抗わず、知恵を蓄え 「天災は忘れた頃にやってくる」-。今では誰でも知っている言葉だ。大災害がおこるたびに人々の記憶によみがえる。いろんなメディアが注意を喚起する。 阪神・淡路を襲った大地震も「忘れたころ」やって来た。それから16年後の3・11にも「忘れたころ」、今度は、大地震と大津波が東北地方を襲った。宗教学者の山折哲雄さん ところがわれわれは今日、その東北を痛打した災害の記憶すら忘れはじめているのではないか。いろんな場面で「忘れるな」「記憶せよ」の声があがりはじめているにもかかわらず…。 「忘れるな」「忘れるな」と声に出しながら、心のうちでは「忘れたい」「忘れよう」と思っているのかもしれない。 忘れていなければ、いつも通りの平穏な暮らしをつづけていくことなど、とてもおぼつかない。そう考えているのだろう。 以前、ベルリンに行ったときのことだ。壁が崩れて、冷戦体制が終わってまもなくのころだった。かつてのユダヤ人居住地域につれていかれて驚いた。 歩道の石畳のすきまに太いくぎを打ちつけ、頭の部分を表面に突き出す形にしていたからだ。不注意に歩けば、けつまずく。大けがをしかねない。 ユダヤ人に対する差別と虐待の歴史を忘れてはならないと警告し反省を迫るための装置だった。 忘却を許さないとするドイツ人の強固な意志をみせつけられて、たじろぐような思いをしたのである。 それにくらべると「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉のあいまいさというか、融通無碍(ゆうずうむげ)さに、あらためて気がつく。 というのも、そこからは「忘れるなかれ」という非難のメッセージはきこえてこないからだ。忘れやすい日本人の性格への配慮のようなものすら感じられる。寺田寅彦(高知県立文学館提供) 「天災は忘れた頃にやってくる」は地震学者の寺田寅彦がいった言葉だといわれてきた。だが、著作のどこをみても出てこないと指摘したのは弟子の「雪博士」といわれた中谷宇吉郎だった。 ただ、寅彦の「天災と国防」というエッセーにそれと同じことがいわれているので、寅彦の造語とされるようになったのだろうともいっている。 そのあたりのことも、さきのドイツ人流の明確なものいいとは異なっているといっていいだろう。 寺田寅彦は最晩年になって「日本人の自然観」(昭和10年)という注目すべき文章を書きのこした。その中で、二つの重要なことをいっている。 第一が、日本列島の自然は地震の頻発にみられるようにきわめて不安定で、怖(おそ)ろしい顔をしているという指摘である。 太古の昔からつき合ってきた自然の脅威といっているのであるが、そのため「天然の無常」という感覚がわれわれの五臓六腑にしみこむようになった。 その自覚が、われわれの死生観を育むようになったのではないか。それは「忘れる」「忘れない」という水準をはるかに超える意識だったように、私には思われるのである。 第二に、日本の学問は、そのような厳父のごとき自然の脅威を前にして、首を垂れ、それに反抗したり、克服したりするような、西欧流の攻撃的な考え方を抑制してきた。 むしろ、自然に随順する姿勢を保って、防災のための知恵を蓄積してきたといっている。寺田寅彦がもし生きていたら、この地震大国の日本列島に40基以上の原発をつくることについて、どのような態度を示しただろうかと考えざるをえないのである。「想定外」思考の限界「想定外」思考の限界 やはり「想定外」という言葉の使い方が、間違いのもとだったと思う。3・11の東日本大震災が襲ってきたとき、その言葉を使ったのは科学者だった。 もちろん、この世の中で、われわれの想(おも)いも及ばない「想定外」のことはいつでも発生する。それはごく普通の人間の日常感覚になっている。しかし、あの地震、原発事故が発生し、専門の科学者がその言葉を使ったとき、世間はそれを科学者の身勝手な言い訳とみなして冷笑した。責任のがれの自己弁護ではないかと疑った。もしも「想定外」の事故を予見することができなかったとすれば、それこそ科学的思考の衰弱を意味するものではないのかと。 阪神大震災も、専門家たちは地震発生を予知できなかったのだから、まさに「想定外」の出来事だった。それで、地震学会はついに、3・11の経験を踏まえて、今日の段階では地震発生を予知することはできないと告白するにいたった。つまり、地震については「想定外」のことがいつでも起こりうると認めたのである。そこへもってきて、御嶽山が噴火して多くの犠牲者がでた。それもまた「想定外」のことだったのだろう。このようなジレンマに満ちた「想定外」を乗り越えるために、本当に何が必要だったのだろうか。どのような対策がとられたのか。5月30日夜、小笠原諸島沖合を震源とする地震について会見する気象庁の中村浩二地震情報企画官(栗橋隆悦撮影) それは端的にいって、「想定される」激甚災害の発生確率や被害の規模を数字やパーセントによって予想し、公表することだった。地震や噴火を予知できないとすれば、それしかないわけで、そこで今度は、想定される確率や規模の数値が、大は小をかねるとばかり、いつのまにかうなぎ上りに大きくなっていった。「予知」のために投ぜられるコストと並び、「防災」と「減災」のために投ぜられるコストもいつしか巨大な額にふくれあがっていった。 いったい、どこでブレーキをかけるのか。どの時点で、バランスのとれた歯止めをかけるのか。そもそも、それを誰が判断するのか。もちろん、われわれが防災・減災のために、全力を尽くすべきことはいうまでもない。科学や技術の専門家、そして、われわれ国民の一人ひとりがそのために努力し、知恵をしぼるべきことも論をまたない。 だが、想定外に起こるであろう災害の可能性をゼロにすることなどできないのも誰の目にも明らかだ。発生確率の数値を精密化しても、それは不可能である。そして、まさに、ここにこそ「想定外」思考の限界があるといわなければならない。「想定外」と「想定内」という二元論的な考え方の不毛性といってもいい。それに頼っている限り、われわれの不安を真に沈静化することなどできないからだ。まして、いわんや、安心を手に入れることなどできるわけがない。 どうしたらいいのか。解答はどう考えても一つしかみつからない。このわれわれの世界で発生することは、すべて「想定内」と受け止めることである。それが、この災害列島に生きつづけてきた日本列島人たちが身につけてきた覚悟であり、人生の知恵だったのだと思う。大自然との生きるか死ぬかのつき合いの中で、「想定外」、「想定内」という二項対立的な考え方が、いかに脆弱(ぜいじゃく)なものであるかを骨身に徹して知っていたのだ。そして、そのことを、寺田寅彦はすでに「天災と国防」の中ではっきり主張していた。「良いことも悪いこともいつかは回ってやってくるのが自然の鉄則である。そのことを覚悟せよ」と書いていたのである。山折哲雄(やまおり・てつお) 宗教学者、評論家。1931年米国生まれ、岩手県花巻市に居住。東北大印度哲学科卒。国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター所長など歴任。著作に「天災と日本人 寺田寅彦随筆選」「愛欲の精神史」(以上角川文庫)「絆 いま、生きるあなたへ」(ポプラ社)「親鸞をよむ」(岩波新書)など。関連記事■ 富士山噴火史からひも解く最悪のシナリオ■ 地震予知で命は救えない 研究者のための研究からの脱却を■ 日本の火山研究者は「40人学級」 御嶽山噴火で露呈した危機

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    噴火列島時代に突入した日本、もっと恐ろしい「予言」もある

    ところ)で「複数の火山が噴火」しているのである。日本は2014年9月に御嶽山が噴火して戦後最大の火山災害になってしまったが、この噴火は火山の噴火としてはとても規模が小さいものであった。世界の例に照らしても、昨年の御嶽の噴火だけですむとは考えにくい。 東北地方太平洋沖地震の余震は少なくとも数十年以上は続く。日本列島に起きる地震や火山への影響も4年で終わったとは考えられないので、これからまだ、じわじわ、影響が拡がってくる可能性が高い。もっと恐ろしい「予言」 ところで、深発地震についてもっと恐ろしい「予言」もある。大きな深発地震が起きると、引き続いて同じプレートの上のほうで、つまり浅いところに大地震が起きるという学説があることだ。十勝沖地震の津波で海岸壁に乗りあがった漁船=2003年9月26日、北海道広尾町の十勝漁港(大山文兄撮影) この学説の論文では2003年に北海道十勝沖で起きたM8.0の大地震の2ヶ月前に、同じプレートの深さ500キロメートル近いところでM7.1の地震が起き、13年前には深さ約600キロメートルでM7.2の地震が起きたことを述べている。 また1952年の北海道十勝沖で起きたM8.2の大地震の2年前に、同じプレートの300キロメートルあまりのところで起きたM7.5の地震が先行したとも述べている。そのほかにも小さめの地震が数年以内に比較的多く起きてから、これらの浅い大地震に至ったという。 つまり、大きな深発地震が起きると、それによってプレートの「留め金」が外れて、数年後、あるいは数十年後に浅い海溝型の大地震が誘発される、という学説なのだ。 もしこの学説が正しければ、やがて、首都圏を襲う地震、そして震源が浅いがゆえに大きな津波を発生する地震が起きるかもしれないのである。関連記事■  「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6■ 私たちにつきつけられた 次の災害まで「災間社会」の課題■ 東京強靭化 必ずやってくる「巨大地震」に備えよ

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    まだ異常事態ではない! だが観測体制には落とし穴がある

    宇井忠英(北海道大名誉教授、環境防災総合政策研究機構理事) 御嶽山で多くの犠牲者が出る噴火災害が発生して以来、吾妻山・蔵王山・箱根山で火口周辺警報が発表され、口永良部島では噴火警報が出て全島避難という事態になった。こうした報道が重なると日本列島での火山活動が活発化したのではないか、3.11巨大地震の後多発している地震との関連があるのかなど火山の関心が高まっている。現状は長期的な変動の範囲内噴煙を上げる口永良部島・新岳=5月29日午前10時8分、鹿児島県屋久島町(水中写真家・高久至さん撮影) 「火山活動」と「噴火」とは定義が異なる。「噴火」とは火口から火山灰や噴石などを放出したり、溶岩流や火砕流が流れでる現象だ。一方「火山活動」は噴火していなくとも、マグマの上昇やマグマから放出される熱により地下水が過熱され圧力が高まったことが原因で、岩盤が割れて火山性地震を引き起こしたり、大地が僅かに膨れ上がったり、火山ガスの放出量が高まったりする事態も含まれる。つまり噴火の前兆として火山活動が観測される。噴火が終わっても火山活動がしばらく続き、現地への立ち入りのリスクが解消されないこともある。 気象庁は主要な47の活火山で地震計・傾斜計・空振計・GPS・監視カメラなどの観測計器を設置して常時監視観測に当たっている。これらの計器から送信されてくる観測データは東京・札幌・仙台・福岡にある火山監視・情報センターの現業室で昼夜3交代体制を組んで監視し、火山活動の評価を行い、異常と判断されれば噴火警戒レベルを含む噴火警報等を発信する体制を取っている。 気象庁は従来からの臨時火山情報や緊急火山情報を置き換える形で、2007年の12月から5段階の噴火警戒レベルを付けた火山警報を活火山に順次導入し始めた。現在30火山ではレベル情報が付いた噴火警報を発信している。残りの17火山の噴火警報にはレベル情報はついていない。また海底火山に警報がでることがある(図参照)。海外で活火山を抱える先進国や開発途上国で火山活動の現況を4段階程度の数値か、緑・黄・オレンジ・赤などのカラーコードで表現するようになった流れに日本も対応したのだ。但し、日本の噴火警戒レベルは火山活動の現況のみならず火口周辺規制・入山規制・避難準備・避難など人々の行動にリンクした仕組みになっている。噴火警戒レベルが運用されている火山噴火警戒レベルが運用されていない火山海底火山(気象庁ホームページより引用) 噴火警戒レベルが導入されて以来、昨年の御嶽山の噴火前までは、噴火警戒レベル2以上やそれに相当する情報が出ている火山は7~8程度の時期が多かった。この中には継続的にレベル2である三宅島(去る6月5日にレベル1に引き下げ)・桜島・諏訪之瀬島や火口周辺危険の硫黄島、周辺海域警戒の福徳岡ノ場が含まれており、浅間山・阿蘇山・霧島山・口永良部島では引き上げや引き下げを繰り返していた。御嶽山が噴火開始直後にレベル3(入山規制)になって以来、吾妻山・蔵王山・箱根山が新たにレベル2となり、5月29日には口永良部島がレベル3からレベル5(避難)に引き上げられた。6月16日には蔵王山がレベル1に引き下げられ、浅間山でごく小規模な噴火が起こった。現在13火山がレベル2以上またはそれに相当する状況になっており、火山の報道が目立つので火山活動が活発になったかの印象を人々に与えている。 米国のスミソニアン研究所が作成した火山噴火のデータベースや気象庁が公表している活火山総覧から1900年以降の年毎の噴火した活火山の数を調べて表にまとめてみた。集計の対象は110の活火山のうち北方領土の11火山を除いた99火山であり、5年毎の平均値を示した。年間5ないし10火山程度で噴火が起こっていることが判る。この中には桜島・諏訪之瀬島・阿蘇山のように毎年のように噴火が起こっている火山が含まれている。最近10年間は噴火が起こる火山が比較的少なかった。今年に入って6火山で噴火が起こっているが、1900年以降の長期的な変動の範囲内にあり異常事態とは言えない。2011年の巨大地震の影響はあるか2011年の巨大地震の影響はあるか 1952年のカムチャッカ地震から2004年のスマトラ島沖地震までプレートの沈み込み帯ではM9クラスの巨大地震が5回発生した。いずれの場合も3年以内に震源域近傍の複数の火山で噴火が発生した。そのため2011年の東北地方太平洋沖地震発生以降同様の事態が発生するのではないかといわれてきた。蔵王山・吾妻山・草津白根山・浅間山・箱根山で火山活動が検出され、やや離れた御嶽山で噴火したものの近傍での噴火はまだ起こっていない。日本列島に1300点ほど展開されたGPSネットワークの観測によれば地震後4年を経過した現在も東北本州が太平洋側に引き伸ばされるという変動が終息していない現状から、未だ火山噴火のリスクが去ったとは断定できない。ごく小規模な噴火が起きた浅間山の火口付近=6月16日午後、群馬、長野県境(気象庁ホームページから) 御嶽山では1988年から常時観測が開始され、1991年と2007年に小規模な水蒸気噴火があった。気象庁は御嶽山でのレベルの導入に当たって、レベル1から2への引き上げ基準の過去事例として1991年と2007年噴火の観測を例示していた。そこで迎えた2014年噴火では火山性地震が9月6日から連日発生するようになったものの、過去2回の前兆事例に合致せずレベル1に留め置かれた。過去の2例に合致する火山性微動や山頂部の膨張が観測されたのは噴火開始の10分足らず前に過ぎず、レベル3(入山規制)に引き上げたのは噴火開始の44分後になってしまった。 噴火は地中でのマグマの動きに起因するので観測していれば何らかの前兆がつかめる。しかし、前兆かも知れないシグナルが観測されても噴火に至らないこともある。噴火が始まってもその後終息までの過程は多様で、それを前もって特定するのは難しい。直近の2-3回の観測事例が次期噴火に当てはまる訳ではない。他の火山の観測事例は参考になるがそのまま当てはまる訳ではない。多くの活火山では噴火の間隔が数十年、数百年以上であり、気象庁が監視・観測を開始してから一度も噴火が発生していない活火山さえある。従って多様な噴火でどういうシグナルが観測されれば噴火に繋がるのか確立している訳ではなく、観測計器を設置すれば噴火が自動的に予知できるのではない。抜本的な変革が求められる監視・観測体制 気象庁で地震や火山噴火などに関わる職員は必ずしも地震火山の専門教育を受けていないのが現状だ。人事異動に伴って気象担当だった技術者が火山監視・情報センターに異動することさえある。火山の監視・観測に当たる職員には多様な経験と豊富な知識に裏付けられた判断能力が求められる。地震や火山を研究する分野の大学院修了者を積極的に採用し、関連学会への参加を奨励し、大学への内地留学制度を作るなど、火山災害軽減を目的とした情報を発信する際の判断能力の向上を図るなど抜本的な変革が必要だ。 米国地質調査所は地震や火山そして土砂災害の基礎研究から観測情報の発信、そして地形図作りまでを一元的に担っている国家機関であるが天気予報の部門はない。開発途上国を含む多くの火山国では地震や火山の監視観測とそれを支える基礎研究は一元化されており、博士号を持つ研究者も所属する。日本では火山の監視・観測に関わる業務を行っている機関が、気象庁以外に防災科学技術研究所・産業技術総合研究所・国土地理院・海上保安庁に分散している。 こうした体制の下では活発で急速に展開してゆく噴火現象に際して、多角的な視野での意見交換を行い、適切な火山防災情報を発信することは望めない。地震や火山噴火などの監視・観測は気象庁から切り離して一元化された組織で行われるべきであることは、地震や火山の研究者達により少なくとも1980年代から繰り返し提言されてきたが、実現していない。うい・ただひで 1940年生まれ、東京都出身。NPO法人環境防災総合政策研究機構理事、北海道大学名誉教授・元神戸大学教授。日本火山学会会長、日本災害情報学会副会長などを歴任。35年間にわたった大学での火山専門家としての研究教育活動の経験を生かして、現在はNPO法人環境防災総合政策研究機構(CeMI)に所属しながら、防災関係機関での火山噴火対応を主とする自然災害の軽減に向けた諸活動の支援、学校や企業・自治会等を対象とした出前講座や図上訓練を通じての防災啓発活動、野外の現場で火山噴火や地震などの仕組みを学び災害の軽減策を知る活動等を行う。関連記事■ 日本の火山研究者は「40人学級」 御嶽山噴火で露呈した危機■ 富士山噴火史からひも解く最悪のシナリオ■  「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6

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    首都直下地震 憲法の「緊急権」こそ緊急課題である

    け緊急事態においても「立憲主義」を維持するため、この条項は不可欠である。 緊急権は戦争、内乱、大規模災害などの国家的な危機に際し、危機を克服し国家の存立と憲法秩序を維持するために行使される例外的な権限である。もちろん、ここでいう「国家」とは単なる政府や権力機構のことではなく、国民共同体のことである。時の権力のためではなく、「国民共同体としての国家」や憲法秩序が危殆(きたい)に瀕(ひん)しているときに、国民を守るために発動されるのが緊急権である。 ところが、わが国では「国民共同体としての国家」に対する認識が乏しく、国家を権力としか考えない憲法学者が多い。そのため、緊急権乱用の危険のみが強調されてしまうわけだが、国家の存立なくしてどうして国民の生命や人権が保障されるであろうか。 諸外国では憲法に緊急権を明記しているのが普通である。法律だけでは対応できない この点、大災害については、わが国には災害対策基本法、大規模地震対策特別措置法、原子力災害対策特別措置法、さらに首都直下地震対策特別措置法や南海トラフ地震対策特別措置法といった法律が存在する。しかし、法律だけでは対応できないことは、先の東日本大震災で経験した通りである。 災害対策基本法では「非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合」には、「災害緊急事態」を布告できる旨、定めている(105条)。そして、この「災害緊急事態」が布告されれば、政府は「緊急の政令」を制定し、生活必需物資の統制、物品や役務の価格統制、債務の支払い延期などの緊急措置が実施できることになっている(109条1項)。 にもかかわらず、菅直人政権は「災害緊急事態の布告」を行わず「緊急政令」も制定しなかった。「緊急政令」は国会が「閉会中」などの場合に限られており、当時は国会が開会中であったことが理由とされたが、「生活必需物資を統制する必要はなかった」という言い訳は通じまい。 実際には震災直後に、現地ではガソリンが不足したため、被災者や生活必需物資が輸送できなかったりして、助かる命も助からなかった。したがって「物資の統制」は必要であった。それなのに「物資の統制」を行わなかった理由について、国会で答弁に立った内閣府の参事官はこう答えている。「国民の権利義務を大きく規制する非常に強い措置であり、適切な判断が必要であった」と。 つまり、憲法で保障された国民の権利や自由を安易に制限するわけにはいかない、ということであろう。事実、被災地ではガレキの処分をめぐって、財産権の侵害に当たり所有権者の了解が必要だなどという議論もあったという。 今年2月、山梨県などを襲った大雪の中で、路上に放置された車を自由に撤去することができなかったのも、「財産権の不可侵」(憲法29条1項)との兼ね合いが問題となったからだ。もちろん、財産権といえども「公共の福祉」によって制限することは可能だが(同条2項)、現実にはこの「財産権の不可侵」がネックとなり、土地収用法で定められた強制的な公共事業用地の取得でさえ、実際には「土地所有者等がどうしても用地買収に応じてくれないという極限の場合」しか用いられないという(小高剛『くらしの相談室 用地買収と補償』)。 こうした大災害時において速やかに国家的な危機を克服し国民生活を守るためにも、憲法に緊急権を定めておく必要がある。「命令」制度の採用を急げ もう一つは、国会が機能しない時のためである。例えば、首都直下型大地震によって国会が集会できない場合には、新たに法律を制定することもできない。そこで、このような場合には、内閣が法律に代わる「命令」を発することを認め、後で国会の承認を求めようというのが、「緊急命令」制度である。 これはイタリアやスペインの憲法にも規定され、自民党の憲法改正案や産経新聞の「国民の憲法」要綱でも採用されている。 先の衆院憲法審査会では、自民、民主、日本維新の会、みんな、生活の各党は緊急事態条項の新設に前向きであった。国会により一日も早く憲法改正の発議が行われることを期待したい。ももち・あきら 京都大学大学院法学研究科修士課程修了。愛媛大学教授を経て現在、日本大学法学部教授。国士舘大学大学院客員教授。専門は憲法学。法学博士。比較憲法学会理事長。産経新聞「国民の憲法」起草委員。著書に『憲法の常識 常識の憲法』『憲法と日本の再生』『外国人の参政権問題Q&A』など。関連記事■ 富士山噴火史からひも解く最悪のシナリオ■ 御嶽山噴火は破局の前兆なのか■  「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6

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    巨大地震に備えよ、首都壊滅の恐怖

    る。そして、五輪開催を5年後に控えた東京でも、近い将来必ずやってくる首都直下地震への対策が急がれる。災害は忘れたころにやってくる。いま一度肝に銘じたい。

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    東京強靭化 必ずやってくる「巨大地震」に備えよ

    不況の発生等による想像を絶する混乱状況をもたらすものなのである。 東日本大震災は「国難」と呼ばれる大災害であったが、この次に訪れるであろう首都直下地震や南海トラフ地震は、それらが襲いかかる地域が日本経済の中枢部であることもあり、被害の程度は、数倍から10倍、20倍程度にまで拡大することが予期されているのである。東日本大震災を国難と呼ぶなら、これから訪れるであろう巨大地震は、文字どおりわが国を潰しかねぬほどの、究極的な未曾有の巨大被害をもたらすものなのである。日本列島は「地震活動期」に突入した 一方、そうした巨大地震が発生する可能性そのものについては、上記の最大規模のものも含めたマグニチュード8以上の規模に関していうなら、今後30年間で60~70%と公表されている。ただし、南海トラフ地震のなかでももっとも発生する見込みが高いといわれている東海地方の地震(東海地震)については、その発生確率は88%にも上るという参考値も公表されている。 これは口語的にいうなら、「十中八九」の水準で南海トラフ地震が30年以内に起こることを意味している。 一方、首都直下地震については、昨年暮れに、その被害想定が公表された。マグニチュード7の巨大地震の30年以内の発生確率は70%、その被害も、100兆円程度(約95兆円程度)という水準が公表されている。 こうした巨大地震については、以上の「政府の公式発表」以外にも、客観的な事実に基づいたさまざまな指摘がなされている。 まず、マグニチュード9にも及ぶ東日本大震災が起こったいま、多くの科学者が、いまの日本列島は「地震静寂期」ではなく、大地震が集中的に訪れる「地震活動期」のただ中に突入していることを指摘している。 この「地震活動期」というものは、過去の日本の歴史のなかでも定期的に訪れている。 たとえば、表1をご覧いただきたい。東日本の太平洋沖で発生するマグニチュード8クラス以上の巨大地震は、この表に示すように、過去2000年のあいだに「4回」起こっているが、それらはいずれも、日本列島の各地で大地震が起こる「地震活動期」のただ中で起こっている。その「4回」のうち、すべてのケースにおいて、首都圏では10年以内に大地震が起こっており、しかも、西日本で18年以内に大地震が起こっている。そして、その西日本の4回の大地震のうち、3回がいわゆる南海トラフであった(残りの1回は、観測史上最大の内陸型地震である濃尾地震であった)。 この結果をもってして即座に、首都直下地震が10年以内、南海トラフ地震が18年以内に今回も起こるだろうと結論づけることはできないとしても、3.11の東日本大震災の直撃を受けた今日のわが国日本が、いかに危険な状況にあるのかを明確に指し示すものであることは間違いない。つまり、東日本大震災の直撃を受けたわが国日本が近い将来に、さらなる巨大地震として首都直下地震と南海トラフ地震の「連発」に苛まれる可能性は、何人たりとも否定できないものなのである。むしろそれどころか、過去の歴史を振り返れば、そうなる可能性は十二分以上に考えられるほどの、起こったとしても至って当たり前の必然事象だとすら、いいうるものなのである。地震発生を「織り込んだ」国家事業が必要 これらの議論を踏まえるなら、われわれはこうした巨大地震の発生を「覚悟」すべきであることは明白だ。したがってこれから長期的な計画や政策を考えるにおいては、こうした巨大地震の発生を「織り込んでいく」姿勢が、是が非でも求められている。 たとえば、東京・名古屋間のリニア新幹線開業が、2027年、いまから13年後に予定されている。多くの国民は、それまでのあいだに、東海道新幹線が被害を受けるような「南海トラフ地震」が発生するかもしれない、というイメージをもっていないのではないかと思う。 しかし、南海トラフ地震の13年以内の発生確率は、公表値に基づいて推計すると(注:ポアソン過程という確率モデルを想定)、おおよそ30~40%程度となる。しかも、南海トラフ地震のなかでも、東海道新幹線に直接被害をもたらす可能性が危惧されている「東海地震」に関しては、より高い確率(30年確率88%)で起こると公表されていることから、それを踏まえると、「6割程度」という水準になる。 さらにはいま、アベノミクスの第三の矢の「新たな成長戦略」として「日本再興戦略」が策定されているが、そこでは、2030年、すなわちいまから16年後が戦略の目標年次として想定されている。しかしその年次までにいずれか一方の巨大地震が発生する確率は60~70%、東海地震を想定するならじつに85%という水準となるのである。 このような科学的なさまざまな指摘を踏まえるなら、2030年を目標年次とする「日本再興戦略」や2027年のリニア新幹線といった、重要な大国家事業はいずれも、「巨大地震」の発生を十分に「織り込んだ」ものとして構想されなければならないのは、ほとんど常識の範疇に入る当たり前のことなのである。「おもてなし」どころではなくなる「おもてなし」どころではなくなる さて次に、海外からのお客さまを「おもてなし」でお迎えしなければならない2020年の東京オリンピック・パラリンピック(以下、オリンピック)までに巨大地震が生じている可能性はいかほどとなるのかを考えてみよう。これについても多くの国民は、このオリンピック年までに巨大地震が発生する可能性をイメージしていないのではないかと思う。しかし首都直下地震も、南海トラフ地震も共に、オリンピックの開催年次までの発生確率は(先ほどと同様の前提で推計すれば)、おおよそ4分の1(25%)程度となる。すなわちこれらの確率を踏まえるなら、南海トラフ地震か首都直下地震のいずれか一方の巨大地震が発生する確率は、45%程度と想定されることとなる。 しかも先ほどと同様に東海地震を想定するなら、いずれかの巨大地震が発生する確率は、じつに約55%(!)と凄まじい水準に達してしまうのである。 つまり、大雑把にいうなら、オリンピック開催までに東京を直撃する首都直下地震が生ずる確率は(少なくともポアソン過程という確率モデルを想定するなら)約4分の1、首都直下地震や東海地震等の巨大地震が首都を含めた太平洋ベルトを直撃する確率は、じつに五分五分程度ということとなる。 折しも、オリンピックの招致合戦の際、日本側の重要なアピールポイントは「安全・安心」であったし、その招致が決まったあとに開催された政府与党の東京オリンピックの実施本部の初会合(2013年12月5日)でも、同本部の馳本部長は「安心で安全で確実に2020年の大会を迎えることができるように全力で取り組んでいきたい」と決意表明している。 しかし、いうまでもなく、オリンピック開催までに東京がほとんど備えもなしに首都直下地震の直撃を受けてしまっていては、首都圏は文字どおりのガレキの山と化し、オリンピックで「おもてなし」どころではなくなってしまうであろう。オリンピックの成否は、あるいは、その開催の有無までもが、巨大地震に対する「安全・安心」にかかっているのである。 以上の状況を踏まえるなら、首都直下地震に対する「強靱性」の確保にオリンピック開催時点まで全力で取り組むことは、「おもてなし」という国際公約を実現するうえで何よりも重要であるということができる。 ではいったい、オリンピックも見据えた強靭化とはいかなるものなのか――ここではその点を概説しよう。 そもそも「強靭化」すなわち「レジリエンス(強靱性)」というものは、次の2つの合成概念である。 その第1は「耐ショック性の増進」である。これはつまり、地震による直接的な被害を可能なかぎり小さくしよう、というものである。具体的には、個々の建物の耐震補強などである。 オリンピックに絞って考えるなら、その関連施設は、開催日までに徹底的に耐震強化しておくことが必須であろう。スタジアム、競技場はもちろんのこと、選手村や海外からの観客たちのための宿泊施設、それら施設へのアクセス道路、鉄道、空港等を補強しておくことは最低限の必要事項であろう。これらの施設が死守されれば、仮に首都直下地震が2017年や2018年に起ころうとも、何とかオリンピックを開催するという判断を下すことができる可能性は「ゼロ」とはならないだろう。一方で、そうしたオリンピックに直接関連する諸施設の耐震補強が不十分であるなら、直下地震でなくとも、約4割もの確率で発生する可能性が指摘されている東海地震が生じてしまっただけで、オリンピック開催が不可能な状況に立ち至ってしまう可能性も十二分以上に考えられることとなろう。 こう考えれば、オリンピック関連施設の耐震補強は、日本国家にとって必須だということができるだろう。 そしてその第2は「迅速な回復力」である。これはつまり、被った被害を回復する際の迅速さを意味する。この回復力が不十分であれば、仮にオリンピック関連施設が死守できたとしても、日本国家は深刻な国力毀損を受け、オリンピック開催の断念に追い込まれてしまう可能性も十分に考えられるだろう。 そのためにまず重要なのは、「首都直下地震を被ったXデーに、どういうような救助、救援作戦を展開するか?」というXデーにおける救助・救援作戦を事前に入念に立てておき、自衛隊や消防隊等が共同で、その日に向けて徹底的に繰り返し訓練を重ねていくことである。そしてそんな事前準備については、こうした「救助・救援フェーズ」だけでなく、数カ月後から数年後にかけての「復旧・復興フェーズ」における効果的な戦略/計画の入念なる検討も必須である。 さて、そんな迅速な復旧・復興を考えるうえで何よりも重要となってくるのが、一極に集中しすぎた発電所や石油精製基地などのエネルギー施設や基幹産業の諸工場等の日本経済の中枢を、(仮に一部であったとしても)可能なかぎり被害の少ない内陸部や日本海側、北海道や九州地方等に、事前に「分散化=事前避難=退避」させておく、といういわゆる「疎開作戦」である。そうすれば巨大地震による被害を、その事前避難分だけ軽減させることができるばかりではなく、激甚被害からの回復を果たすための「国力」を「温存」することが可能となり、より一層迅速な回復が可能となる。 つまり、オリンピックという日本国家を挙げた「おもてなし」を図ろうとする大国家プロジェクトを展開しようとするなら、首都圏だけの強靱化策を図るのではなく、全国各地が参加する「オールジャパン」「チームジャパン」で遂行する国土強靱化対策が求められるのである。強靱化対策は国益を大きく増進させる もとより――オリンピックがあろうとなかろうと、巨大地震に対する強靭化が日本にとって必要であるのは明々白々である。そして、巨大地震がいつ何時起こるか誰にもわからぬ以上、1年でも、1カ月でも早く強靭化の取り組みを進めておくことが国民のために求められていることも論を俟たない。 それを踏まえるのなら、このオリンピックの機に合わせて行なう上述のような各種の強靭化対策は、仮に幸いにしてオリンピック開催までに巨大地震が起こらなかったとしても、日本国民、日本国家にとって大きな益をもたらすであろうことは間違いないのである。事実、わが国政府が昨年12月にとりまとめた「国土強靱化政策大綱」のなかにも、オリンピック開催を十二分に見据えた強靭化の取り組みを進める旨が明記されている(その大綱の詳細については、拙著『巨大地震Xデー』にて解説している。国土強靱化の具体的内容にご関心のある方はぜひ、ご参照願いたい)。 ついては世界各国の客人たちを快くお迎えし、万全の体制で「おもてなし」するためにも、官民挙げたオールジャパンでの国土強靱化を急ピッチで進めていくことが強く求められているのであり、かつ、それによってわれわれ日本国家の国益は、多面的な意味で大きく増進することが期待されるのである。ふじい・さとし 京都大学教授・内閣官房参与。1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、同助教授、東京工業大学教授などを経て、現職。専門は国土計画論、公共政策論、土木工学。社会的ジレンマ研究にて、日本学術振興会賞など受賞多数。近著に、『巨大地震【メガクエイク】Ⅹデー』(光文社)がなどある。関連記事■ 岩手県知事 達増拓也×佐藤健志 「超復興の実務と理想」を語る〔1〕■ 「地震報道」の正しい読み方/地震発生確率を理解しよう!〔1〕 ■ 2020年の五輪成功には若者の活躍が不可欠だ〔1〕

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    私たちにつきつけられた 次の災害まで「災間社会」の課題

    に対して「災後社会」と呼ばれてきたことに対して、歴史の光をあてる。 列島に生きる私たちは、襲ってきた災害と次の災害までの時間を生きている。東日本大震災の犠牲者に対するレクイエム(鎮魂歌)を奏でながら、そこから教訓を読み取って、次の災害に備える準備をしなければならない。「イメージする力は生き残る希望につながる」岩手県大槌町江岸寺の墓誌には、命日の3月11日が並んで刻まれ、大槌の海が映りこんだ=2014年3月10日(鈴木健児撮影) NHKスペシャルは、東日本大震災によって引き起こされた社会の変動を示すビッグデータを積み重ねることによって、災間社会の課題を探り続けている。シリーズのFile.4「いのちの防災地図~巨大災害から生き延びるために~」(3月10日放映)である。 次の巨大災害は、南海トラフ地震である。今後30年間に起きる可能性は60~70%と予測されている。震度7の地震が発生し、九州から東名阪に至る広範囲に、最大で34mの津波が襲う。地震直後から1週間で、避難者は東日本大震災の19倍に相当する950万人にも及ぶ。大阪で77万人、名古屋で37万人と推定されている。 長年にわたって南海トラフ地震の脅威について警告してきた、高知大学の特任教授である岡村眞さんは次のように語る。 「防災とは最悪の事態をイメージする力です」と。そして、ビッグデータの解析によって、新しい防災地図を作る必要性を力説する。「イメージする力は、次の災害で生き残る希望につながります」 高知市の下知地区の防災地図づくりが実例である。 この地区の住人は、1万6000人。1946年に発生した「昭和南海地震」の際には、1カ月間も水没した。南海トラフ地震では、地震発生から30分後に3~5mの津波が襲うと推定されている。避難のために指定されているビルは27棟。住民全員を避難させるのは難しい。 岡村さんらは、1000種の情報を重ね合わせた地図をまず製作した。さらに、全国の10階以上の建物の情報の分析をしたうえで、下知地区の建物を改めて検証した。その結果は、最大5mの津波が地区を襲った場合でも、計60棟に避難すれば助かることがわかった。 こうした新しい防災地図に基づいて、地区の住民が短時間に避難する戦略的な計画を立案しようとしている。社会の制度までも変える力をもつ また、長い間にわたって地区が水没する可能性を踏まえて、住民が「疎開」する計画づくりも進んでいる。戦時中の米軍による空襲を逃れようとした疎開が、災間社会で蘇る。 疎開先の選定にも、ビッグデータが使われた。土砂崩れなどで地区の周囲の道路が使えなくなる。しかし、1本は残る。その先の40㎞離れた仁淀川町が候補地である。地区の代表が、その町を訪れて宿泊先や日用品を取り扱っている店舗などを調べている。古い小売店に入って、塩や砂糖などの在庫をみて、「コンビニなどより災害には強い」とうなずく。 東日本大震災の被災地では、巨大地震から1カ月の間に計724人が亡くなっている。いったんは避難して、命を失ったのはなぜなのか。水や医薬品、食糧などが被災地に十分に届かなかったのである。 東洋大学教授の小嶌正稔さんは、震災前後の物流のビッグデータから、燃料の供給が十分でなかったことが大きな原因である、と指摘する。 地震発生の翌日、トラックの動きは震災前の12.5%の水準まで落ちる。主要道路のガレキの撤去は、自衛隊や民間業者が中心となって進んだが、それでも貨物トラックの動きは回復しなかった。京都から宮城県を目指した、物資輸送のトラック運転手はいう。 「予想もしなかった光景に直面した。ガソリンスタンドが閉鎖されていた」 ガソリンを売りつくしてしまったスタンドが続出したのである。長距離トラックは、帰りの燃料のめどがたたないと前には進めない。ガソリンを輸送するタンクローリーは、実はガソリンが陸揚げされる港と、スタンドを往復するように効率的な狭い地域とコースを設定されている。仙台港と塩釜港の拠点が津波にやられると、震災地は深刻なガソリン不足に陥った。 つまり、ガソリンの輸送路は、タンクローリーによる長距離輸送を前提としていなかったのである。しかも、震災地以外の地域には、余剰のガソリンが大量に存在した。システムが輸送を阻んだのである。そして、物資の輸送に滞りがでて、水や医療品などの不足によって、亡くなった被災者がいたと考えられている。 政府がこうしたガソリンの輸送の問題について、震災地以外から長距離の輸送を指示したのは、3月17日になってからのことだ。 東洋大の小嶌さんは、地域別にガソリンを備蓄するシステムを構築すべきだと、提言する。つまり、拠点港とガソリンスタンドを結ぶばかりではなく、災害に備えて、中国地方とか地域別に備蓄基地を整備する案である。 ビッグデータは、社会の制度までも変える力がある、といわれる。 政府は来月から、国の機関や会社のビッグデータを、地方自治体に送るシステムを開始する。 東日本大震災を教訓として、災間社会のありようを示す、NHKスペシャルのこれからのシリーズにも期待したい。たべ・こうき ジャーナリスト。福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員(経済、農業、社会保障担当)などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。メディア論、産業論、政策論など、幅広い分野で執筆、講演活動をしている。関連記事■ 自衛隊こそ震災救援の中核を担う■ 300年沈黙の富士山がもし噴火したら…避難対象75万人 前兆ないことも■  「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6

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    地震予知で命は救えない 研究者のための研究からの脱却を

     したがって、国が予算をつぎ込むべきことは、地震の予知でも予測でもない。いつどこで地震が起こっても、災害を少しでも減らすための対策であることは明らかだ。 国が、研究者たちとともに、地震の予知や予測に興味関心を持ち過ぎていると、国民もそれに期待をしてしまい、本当の防災・減災の施策や教育が疎かになってしまう。 国民に知らしめるべきは、「日本国内はいつでも、どこでも、大きな地震が起こる可能性がある」という知識と実感だ。そのことは、「防災の日に思う-地学教育を空洞化させた文科省と教育委員会の責任は重い」にも書いた通り、文部科学省が国民全体に地学教育をきちんと受けることができるような施策をとることで実現する。地震予知は仮にできても意味が無い地震予知は仮にできても意味が無い 「30年以内に震度6弱以上の地震が起こる確率が何%」というような「確率論的全国地震動予測地図」では、それが25%のところもあれば、5%のところもある。その確率が本当に正しいとしても、この確率の違いにどれだけの意味があると言えるだろうか? そもそも、30年以内のいつなのかも全くわからず、どうしようもない。 この地図を公表する側は、使い方として、地域内の学校などの耐震工事を進めていく際の優先順位を決めるときの参考になる、等としているが、国や文部科学省には、このような地図の作成にかける予算をも、耐震工事の予算に充てていくくらいの価値観の変更をのぞみたい。または、全ての家庭に家具を固定するための器具を配布する予算に充てることもより優先されるべきだと思う。確率の公表よりは、「耐震が不十分な古い2階建ての民家に住んでいる人は、2階で寝る習慣を」と広報することの方が命を救える、というのが阪神淡路大震災の教訓の1つだ。死傷者200人以上の被害を生んだ伊豆大島近海地震。予知態勢の整備を求める機運が高まり、「大規模地震対策特別措置法」制定につながった=昭和53年1月 短期の地震予知についても、東海地震など地域によっては可能だ、あるいは、地中の電気の伝わり方や、電磁気に起因する気象現象の研究を進めたり、GPSなどで地殻変動の詳細データを分析すれば、地震の前兆を把握することが可能になるという主張もある。ある条件下では、月の潮汐力が地震発生の引き金になる、という統計の分析も含め、全て、興味深く、何らかの関連性は導き出せるだろう。 プレートテクトニクスの理論によって、日本が地震大国であることが理解できた以降も、様々な研究によって、個々のプレート境界や断層面のアスペリティ(断層の境界面で、より強固に接着しているためにずれるときに大きな加速度の地震を引き起こす場所)についてもわかってきたという成果もあるだろう。 しかし、圧力のかかった岩石の破壊は、偶然に左右されるものであり、個々の地殻岩石の成分、アスペリティの強度など、あまりにも多くの要素が関わる複雑系であり、そもそも、日時も地域も、そして、断層がずれる面積や加速度も、偶然に左右される。また、大地震は、小さな地震が引き金となって、偶然、大きな地震に連鎖したものであるという見方もできる。 2015年に入ってから1月1日~15日の間で、気象庁が観測した有感地震は全国で75回以上ある。一日平均で5回だ。地震は、日本の地下の全てで起こる可能性があるのであり、予知や予測が実用化に至るとは思えない。 仮に、将来に、「3日以内に半径100kmの範囲で、緊急地震速報の対象となる震度5弱以上の地震が来る」ということがわかるようになったとしても、それに意味があるだろうか? 直下型の地震なら、3日間、その都市から全員が抜け出せるだろうか? また、日本国内では、避難した先でもいつでも大地震が起こる可能性がある。予知を受けてどれだけ用心をしていても、地震は必ず来るのだから、家屋の中にいる限り、倒壊するか否かが大きな問題になるが、ずっと家屋の外で暮らすことができるだろうか? つまり、耐震構造にしておくこと、家具を固定しておくことを徹底せずに、どれだけ、警告を流しても無意味だ。 また、海溝型の大地震ならば、それらに加えて津波が来るだろう。予知の研究が津波を止められるわけではなく、結局は地震が起こった後に、津波からいかに避難するか、ということこそが課題なのである。 日本海側でも、津波の被害は繰り返されている。地震に備えなくても良い、という安心できる地域はない、ということを国民に伝えるべきだ。 通常のアカデミズムの範囲においては、日本は、地震の前兆現象を探る研究も、地震に関するあらゆる基礎研究も、世界をリードするほど進めていくべきだと思う。私が言いたいのは、国が法律まで作って、特別に大きな予算を使うべきは、地震の予知や予測の研究ではなく、もっと意味のある防災・減災対策ではないか、ということである。火山噴火予知の意味は、地震予知とは全く異なる なお、噴火の予知は非常に意味があると思う。なぜなら、その時々で噴火の可能性がある火山の数は限られており、何より、火山噴火の場合は「ある一定期間、人々がそこに近付かない」ということが可能だからだ。(もちろん、阿蘇の外輪山を作ったような日本中を巻き込む大きなカルデラ噴火のようなものに対しては全く別の議論をしなければいけないが)。 それだけに、昨年の多くの死者を出した御嶽山噴火では、前兆があっただけに、警戒レベルを2に上げて火口付近の立ち入りを禁止する判断をすべきだった、という反省の上に今後の対応に当たってほしいと願う。 しかし、その後の責任を担う研究者たちの弁は、「正確な噴火予知などできないのに国民は期待しすぎている」「もっと予算とポストをつけてくれないと無理」などに終始している。もちろん、火山噴火の研究に関する予算や人を増やすことも大事だろうが、「御嶽山噴火-なぜ警戒レベルは1のままだったのか、減災のための情報提供のあり方を問う」で書いたように、総括すべきは、現状の体制でできたはずの判断と情報提供がなぜできなかったのか、ということであり、その本質から逃げていては、いくら予算やポストを増やしても防災・減災を本気で考えていないのではないか、という不信感がぬぐえない。 噴火予知で求められていることは、「正確な予知」ではない。可能性が高まった際の災害の予防を重視した適切な情報提供なのだ。 地震や火山の大きな災害が起こる度に、旧来の研究者たちが焼け太りをするだけでは、いつまでも防災・減災が実現しない。人の外側の地球環境や、人の内側の医療環境は、生死に直結しやすく、「命のため」として予算を多くとりやすいだろう。実際に、それほど大切な研究であるが故に、予算を多くかけてほしいと思う。しかし、医学研究でも、研究者や企業のための不正が多く発覚している。どこからが研究者のための研究で、どこからが国民のための研究かの線引きは難しいが、本当に、国民のために防災や医学を研究している多くの研究者を支援するためにも、これらの予算の内容に厳しい目を向ける必要がある。阪神淡路大震災の教訓は阪神淡路大震災の教訓は「災害を予測する」ことの大切さ 今年1月13日付けの産経新聞の文化欄の「阪神大震災を教訓に」という大阪市立大学理学研究科准教授の原口強氏のコラムに、以下のような記述がある。 「地震は自然現象だ。それは日本列島が形成される長い地質学的時間軸の中で日常的に起きてきた現象だ。淡路島も六甲山も地震を伴う断層運動の繰り返しによって形成された。地下の活断層が動いて地震が発生する。発生した地震動によって地面が揺れ、家屋が倒壊し、家具が転倒、それに伴い災害となる。地震は発生を止めることも、正確な発生時刻の予知もできない。ただし地震による災害は予測できる」 つまり、大切なことは、「地震の予知や予測」ではなく、「災害の予測」なのだ。そこに意識を集中させることで、初めて、本気で防災・減災対策に取り組める。 原口氏のコラムには以下のような記述もある。 「我々は祖先の代から繰り返し大きな災害を経験し、多くの犠牲から学び、生き抜く術と力を蓄え、くらしを改善してきた。」 大災害を素直に教訓にし、都市や社会のあり方や、家屋の構造、暮らしの備え等について改善していくための良きリーダーシップをとることが国や文部科学省に求められていると思う。かつむら・ひさし 1961年生まれ。京都教育大学理学科卒業。高等学校教諭。90年、陣痛促進剤を使用した出産で長女を失い、市民運動に取り組む。著書に『ぼくの星の王子さまへ』(幻冬舎文庫)、『レセプト開示で不正医療を見破ろう!』(小学館文庫)など。関連記事■ 富士山噴火史からひも解く最悪のシナリオ■ 300年沈黙の富士山がもし噴火したら…避難対象75万人 前兆ないことも■  「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6

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    地震的中の早川氏が指摘する次の「不気味な兆候」

     東日本大震災の記憶が残る東北地方で相次いだ2つの地震。5月15日に福島県沖を震源とするマグニチュード(M)5・1、最大震度4、2日前の13日には岩手県沖でM6・8、最大震度5強の揺れが襲ったが、14日発行の夕刊フジに登場した地震予知の研究者は立て続けに発生した揺れを連続的中させていた。最新の予測では、噴火が懸念される箱根山に近い伊豆周辺で不気味な兆候が現れていると指摘する。 「地震を予測している地域では、期間終了まで複数回にわたり地震が発生する恐れがある。今回はそれが表れた結果だ」 電気通信大学名誉教授で、日本地震予知学会会長の早川正士氏は15日に発生した地震についてこう話す。早川氏は今月5日、自身が主宰する地震予測情報サービス「地震解析ラボ」で、「岩手県沖から福島県沖にかけ、8~19日の期間に、内陸でM5・0前後、海底で5・5前後。最大震度は4」の地震が起きると発表。地震発生の時期も規模もピタリと言い当てた格好だ。 工学博士の早川氏は、地震が起きる直前に発生する電磁波に着目し、地震予知に関する独自の理論を確立した。 これまでの実績は数知れない。今年2月17日午前に東北地方の三陸沖でM6・9、最大震度4、同日午後には岩手県沖でM5・7、最大震度5強の地震が発生した。 早川氏はこれに先立つ同12日、宮城県沿岸部を中心に「2月14日から20日までの間に内陸でM5・5前後、海底でM6・0前後。最大予測震度は4」と、具体的な数値を提示していた。 今後は、いつ、どこで警戒が必要なのか。 「今月18日から29日にかけて、九州と四国、中国地方の一部で内陸でM5・0前後、海底でM5・5前後、最大震度4が予想される」(早川氏) 加えて最も注目しているのが、同16日から27日まで、神奈川県や静岡県、千葉県の一部や、伊豆諸島のエリアだという。 「内陸か海底でM5・5前後、最大震度5弱を予想している。ただ、地震の前兆では説明がつかない電離層の異常が、箱根山周辺から測定された。電離層と噴火の関係はよく解明されていないが、マグマが影響を与えている可能性はある」(早川氏)早川氏が不気味な兆候を読み取った箱根山 箱根山といえば、先月末から火山性地震が頻発、地表近くにある地下水の温度が急激に上がり、蒸気が爆発的に噴き出すことで起きる水蒸気噴火の危険が指摘されている。 「すでに予測を出しているエリアも危険な状況が続いている。20日から22日までは、北海道南部、山形県から長野県北部、奄美大島から沖縄県にかけての島嶼(とうしょ)部の3エリアで、M5・0~5・5前後、震度4~5弱の地震が予想される」(同) 備えに万全を尽くしたい。電気通信大学名誉教授で日本地震予知学会会長の早川正士氏【早川氏の理論】地震が起こる約1週間前、前兆現象として地殻のヒビ割れが起こる。このヒビが電磁波を発生させ、地球上空の電離層に作用する。電離層は通常、上空60~800キロメートルに存在するが、電磁波の影響を受けると地上に数キロメートル近づく。地上から送信される電波は電離層ではね返り、再び地上で受信されるため、異常があった場合は、電波の送受信がいつもより短時間で行われることになる。各地の観測所で得られた結果から地震の震源地と発生時期を予測している。関連記事■300年沈黙の富士山がもし噴火したら…避難対象75万人 前兆ないことも■「箱根と富士山は兄弟」と専門家 連動噴火の可能性を指摘■「M9巨大地震から4年以内に大噴火」 過去の確率は6分の6■日本の火山研究者は「40人学級」 御嶽山噴火で露呈した危機■御嶽山噴火 なぜ警戒レベルは1のままだったのか

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    富士山大噴火、日本沈没のXデー

    箱根山の噴火警戒レベルが高まり、いつ噴火してもおかしくないと言われる富士山の動向に注目が集まっている。連動噴火や首都直下地震の誘発までも危惧される列島の火山活動。一連の活動は富士山大噴火の前兆なのか。最悪のシナリオを考察する。

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    日本の火山研究者は「40人学級」 御嶽山噴火で露呈した危機

    「原点」 長野・岐阜両県にまたがる御嶽山で2014年9月に起きた噴火は、火山の犠牲者数では戦後最悪の災害になってしまった。 御嶽山は国内の火山研究にとって原点のような火山である。御嶽山が1979年に歴史上初めて噴火した際、研究者は衝撃を受けた。「もう噴火しない」と考えられていたからである。国内の火山で噴火の可能性が見直され、周辺の地質調査が進んだ。御嶽山では過去1万年でマグマが関与するような大規模な噴火が少なくとも4回あったことが分かってきた。今回のような水蒸気爆発は11回あったことが確認された。国内で活火山と認定された火山は110に増えた。そこには火山研究者の地道な調査が貢献している。かつてよく使われていた「死火山」という表現は現在なくなった。 火山の監視や噴火予知の責任を負っている国内の機関は気象庁である。47の活火山を常時観測火山として、地震計・傾斜計などの機器や監視カメラで24時間体制の観測をしている。しかし大学で火山を専攻した職員は極めて少なく、専門家の集団とはいえない。だから、火山防災の面でも大学の研究者がこれまで大事な役割を担ってきた。社会は「火山のホームドクター」要請 火山災害の難しさは、一過性ではなく長期化しがちで、その後の推移が判断しにくいところにある。1990年代の長崎県雲仙・普賢岳や2000年の北海道・有珠山といった社会への影響が大きかった噴火では、地元に常駐する大学の研究者が火山活動を評価して自治体に助言を繰り返し、ふもとの住民も信頼を寄せた。 自治体で火山に詳しい職員や首長は極めて少なく、気象庁が出す公式情報の解釈に困る場面も多い。そんな中で研究者と自治体側に顔が見える関係ができていると、非公式なやりとりも可能だった。過去の噴火では、住民らから早期の避難解除を求められて精神的・身体的負担が増大し、体調を崩したり、点滴を打ちながら観測に臨んだりした研究者がいた。 御嶽山噴火後、長野県の阿部守一知事は「山の特色に通じた研究者の育成が必要。そういう人が常に山の周辺にいることが重要だ」と述べた。このように「ホームドクター」的な研究者に対する社会の要請は大きい。しかし、それはこれから述べるような時代状況により困難になってきた。ホームドクターの配置どころか、火山の観測研究や防災自体が危機に直面しているのだ。イタリアは国策で研究者増やす 文部科学省によると、国内の大学で火山観測に携わる教授・准教授・講師・助教・任期付き研究員は年々減り、現在47人。国策として増やす方向を続けてきたイタリアは、定義がやや違うが150人以上という。日本の研究者は随分前から自国の体制を「40人学級」と呼んできたが、現在は「実質は30人程度」「学級崩壊も近い」と悲鳴が上がる。 「ホームドクター」のように、研究者が常駐する火山も少なくなり、現在は有珠山や普賢岳、桜島、阿蘇山、草津白根山にすぎない。例えば東京大学はかつて霧島や伊豆大島などの火山観測所に教官や技官を配置していたが、ほとんど無人化した。御嶽山や富士山はもともと常駐していない。 こうした事態の深刻さが叫ばれて久しいが、問題の根は深い。就職口がない日本の火山研究者気象庁で開かれた火山噴火予知連絡会の検討会=2014年11月19日 まず大学で火山研究に進む学生が減っている。大学入試センター試験の枠組みも背景にあり、そもそも高校で地学を履修する生徒が少ない。物理・化学・生物に比べて地学を教える高校教員は圧倒的に少数だ。 大学で火山学を学んでも就職口が極めて限られている。研究者の道を目指そうにも、大学の教員ポスト数は削減傾向にある。博士号を取得してから任期付きの不安定な状態で研究を続けるいわゆる「ポスドク」問題は火山研究だけにとどまらず、日本の高等教育の重要課題だ。そんな先輩たちの姿を見て近年、火山研究の修士課程から博士課程に進まない大学院生が増えている。ある国立大学の研究者は「(博士課程に進むのが)1割程度の年もある」と嘆く。気象庁の採用に火山研究者という枠があるわけでもない。国立大学法人化で研究費減少 2004年の国立大学法人化の影響も大きい。国は法人化した国立大学への運営費交付金削減を続けている。効率化優先で研究費が減る中、退職した教職員ポストの補充や、観測機器の維持に各大学の研究者は苦労している。作成する書類や会議も大幅に増えた。地震や火山の分野は長年地道に観測を続けているからこそ取得できるデータや、新たな事実が分かる研究もあるのに、短期間の業績評価が求められる。 研究者の評価で分かりやすい指標は論文である。長年噴火していない火山は論文の対象から敬遠される面があるのは否定できないし、ホームドクターとして地域に貢献しても大学内で評価されるとは限らない。法人化の際、火山はじめ基礎研究や地道な研究に携わる多くの大学関係者が懸念の声を上げたが、社会は耳を傾けなかった。研究者がいなくなった火山の噴火相次ぐ 大学の厳しい事情から、文部科学省は2008年、大学が観測する33火山のうち、学術的に重要な16火山の観測を強化する一方、残りの17火山は各大学の裁量に任せた。「選択と集中」である。その際、御嶽山は外れたが、1979年、91年、2007年と小規模噴火が続いたこともあって名古屋大学が観測を続けていた。 「われわれ研究者が抜けた動きを火山が見ているかのようだ」。今年11月に福岡市で開かれた日本火山学会で、現状を嘆く声も出た。霧島・新燃岳は、担当する東京大学の体制が無人化した後の2011年に噴火。鹿児島の火山を長年見てきた京都大学教授の退官後には今年8月、口永良部島で火砕流噴火があった。御嶽山は、詳しい名古屋大学教授の退官後に今年9月、噴火してしまった。今後も観測体制はやせ細る一方だ。 そんな中で、火山研究者に対する社会の要請は強まっている。内閣府が2008年にまとめた指針では、それぞれの活火山で防災会議協議会を設置し、研究者を入れるよう提言した。御嶽山噴火後、政府は火山観測強化を打ち出した。だが、決定的に人が足りない。火山の調査・研究充実へ国の機関設置を こうした危機は10年以上前から指摘されてきているのだが、打開策はないのだろうか。研究者が訴えるのは、火山を対象にした国立の調査研究機関か、地震火山庁の設置だ。 日本には火山の監視観測や調査研究を一元的に実施する国の機関がない。火山が多い米国やイタリア、インドネシアなどにはあり、大学で火山学を専攻した若者の雇用の受け皿にもなっている。就職先として、気象庁や自治体などが火山の若手研究者を積極的に受け入れることも真剣に検討すべきだ。 結局のところ、大学の自助努力だけでは無理で、国として取り組むべき事柄である。日本は世界の活火山の7%を占める火山国だが、たまたま20世紀の国内は大規模な噴火が少ない時代だった。21世紀は「桜島の大正噴火並みの大規模噴火が5、6回あっても不思議ではない」と指摘される。 最近は政府に消費者庁、観光庁が設置され、スポーツ庁も検討されているが、火山に特化した国立機関の優先順位は低い。大規模な噴火か、富士山の噴火がないと事態は動かないかもしれないが、その時に研究者がいるかは分からない。しょざわ・しんいちろう 共同通信社編集委員兼論説委員。1966年生まれ。89年共同通信社入社。長崎支局勤務時の91年、雲仙・普賢岳噴火に遭遇。函館支局在任中の94~96年には、北海道南西沖地震被災の奥尻島、駒ケ岳噴火を取材。その後東京社会部や仙台編集部デスクなどで各地の災害・復興取材を手がける。日本火山学会会員。日本災害復興学会理事。関西学院大学災害復興制度研究所研究員。関連記事■ 御嶽山噴火は破局の前兆なのか■ 福島でも始まる分散復興投資 バラバラに小さな町をつくるのか■ 戦後50年を襲った恐怖 「阪神大震災」と「オウム事件」

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    「箱根と富士山は兄弟」と専門家 連動噴火の可能性を指摘

     4月26日以降、火山性地震が1000回を超えた箱根山では、泉質の変化、山頂に亀裂が入った、鹿や熊が逃げ出し始めたなど、数々の異変が起きている。神奈川県箱根町仙石原の旅館「箱根温泉山荘なかむら」の従業員はこう話す。「いきなり黒い湯が出てきたんです。36年間営業してきて、こんなことは初めてです。うちの温泉は大涌谷の源泉から湯を引いてるんで、やっぱり火山活動の影響で土や灰が混じったのかな…」 気象庁は5月6日、噴火の危険度を5段階で示す「噴火警戒レベル」を「1(平常)」から「2(火口周辺規制)」に引き上げ、これに伴い蒸気噴出が確認されている大涌谷の遊歩道は全面閉鎖された。蒸気を噴き出す大涌谷=5月22日午前、神奈川県箱根町(川口良介撮影) 気象庁は噴火の危険性について、あくまでも大涌谷周辺の「小規模噴火の可能性」と位置づけ、「直ちAに噴火する兆しはない」としているが、自然は常に人知を超えるものだ。武蔵野学院大学特任教授の島村英紀氏はこう話す。「レベル2だからまだ大丈夫という話ではないんです。そもそも現在の学問では、噴火予知は不可能に近い。世界的に見ても、気象庁は噴火の危険性について、あくまでも大涌谷周辺の「小規模噴火の可能性」と位置づけ、「直ちに噴火する兆しはない」としているが、 とくに箱根山は直近の噴火が3100年前であり、噴火前後の観測データがないことが問題になっている。「過去のデータがないので、前兆となる地震運動から噴火規模を予測することができず、今後、どれほどの規模の噴火が起きるかわからないんです」(前出・島村氏) 箱根町は年間2000万人の観光客が訪れる全国有数の温泉地。もし噴火すれば甚大な被害は避けられない。しかも箱根山の噴火が、“最悪のケース”を招く可能性も指摘されている。「60万年前、火山島だった伊豆半島が日本列島にぶつかり、その時に地下にマグマが生まれて富士山と箱根山ができました。2つの山はいわばきょうだいの関係で、距離も25kmしか離れていないので、どちらかが噴火すれば、連動してもう片方も噴火する可能性があるんです」(前出・島村氏)関連記事■頻発する箱根での地震 富士山噴火の前ぶれと指摘する声も■箱根に噴火リスク 観光地ゆえ観測データ出てこないの指摘も■箱根で不気味な地震が頻発 専門家は「最大限の警戒が必要」■箱根山噴火ならホテルや別荘の被害深刻 首都機能マヒ恐れも■地下水湧出、マグマだまり10km上昇で富士山の噴火近づくか