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    生活保護なめんな」ジャンパーが見放した貧しい人の行き着く先

    当に、反省の極みでございます」 小田原市の日比谷正人健康福祉部長は、開口一番そう言った。 小田原市の生活保護担当職員が「保護なめんな」などと書かれたジャンパーを着ていた問題が発覚してから一週間後の1月24日。この日、弁護士や支援者、ケースワーカーなどからなる「生活保護問題対策全国会議」(私も会員の一人である)が公開質問状を持参、市の管理職6名と面談した。こちらから参加したのは「もやい」の稲葉剛氏や「生活と健康を守る会」「POSSE」など、日頃から生活困窮者支援をしている人々など7人。「不正受給はクズだ」などの趣旨の英文がプリントされたジャンパーの背面部分 ここで少し、事件を振り返ろう。 小田原市の職員が、この10年間にわたって「保護なめんな」「不正受給はクズである」などの文言が入ったジャンパーを職務中に着用していたことが発覚し、大きく報じられたのが1月17日。ジャンパー作成のきっかけは、10年前の2007年、保護を打ち切られた男性が職員を切りつけるという事件が起きたことだったという。これを受け、職員の間で「連帯感を高めるため」に作られたというジャンパー。生活保護世帯を訪問する時にも着用されていたという。 この日の面談で、部長は「不正受給はクズ」という言葉に対し、「保護家庭の方全体を責めるわけでなく、不正受給する人は入れないよ、というメッセージだった」と述べた。が、強調しておきたいが、不正受給は件数にして2%、額にして0・5%。もちろん、不正受給はあってはならないことだが、なぜ「適正に受給している」保護世帯にそのようなものを着ていくのだろう。小田原市が突出して不正受給が多いという話なども聞いたことがない。生活保護しか頼れる制度がない人々は、「悪」という言葉につけられたバツ印や「保護なめんな」という言葉を、どのような思いで見ていただろう。貧しい人を下に見る意識 さて、ここで生活保護にまつわる基礎的なことを説明しておきたい。 不正受給をはじめ、誤解と偏見があまりにも多い生活保護。「あいつらは楽して怠けて得してる」的なバッシングはいまだ多いが、生活保護を受けている人の半分以上が高齢者世帯。そうして3割近くが障害・傷病世帯。高齢、病気や怪我で働けない人が実に約8割を占めている。その他、母子世帯6%、稼働年齢層である「その他世帯」15%程度。シングルマザーの貧困は広く知られているし、「働ける」とされる「その他世帯」も約半数は世帯主の年齢が50歳以上。失業し、年齢が壁となって仕事が見つからないという実態も浮かび上がってくる。 さて、生活保護については、このような「基本的なこと」がまったく知られないままに「不正受給」の悪いイメージばかりが一人歩きしているのが実態だ。そんな状況から思うのは、今回のジャンパー事件の背景には、世間に蔓延する「偏見や誤解」が、小田原市の職員たちを暴走させていた面もあったのではないかということだ。生活保護を受けている人間を貶めても、誰も怒ったりしない、逆に「よくやった」と褒めてくれるのではないか ───。役所の中に、そんな意識があったのではないか。面談に登場した管理職の人々は、日頃からあのジャンパーを目にしていたという。しかし、「デザインとしてしか認識していなかった」。役所全体に、貧しい人を下に見るような差別意識があったのではないだろうか。 が、そのことを告げると、役所側は「差別意識はありません」と繰り返すのだった。 差別意識があったか、なかったか。面談の途中、「生活保護問題全国会議」の会員であり、ジャーナリストの安田浩一氏は言った。「差別は基本的に意識があったかどうかではなく、被害があったかどうかで考えるべき問題ですから、今回、確実に被害が生じていると私は思っています」 そうなのだ。受給者は精神的苦痛を感じただろうし、近所の人に生活保護世帯だとバレてしまった人もいるかもしれない。差別意識があるないではなく、どういう言動が差別にあたるのか、その部分からの教育・研修が必要なのだ。例えば「自分はセクハラなんかしていない!」と言い張る人にわかってもらうためには、「こういう言動がセクハラにあたるんですよ」というケーススタディが必要である。面談において、そのように「再発防止のためのケーススタディを」という話になった時、こちら側のメンバーが市側に「生活保護を受けている人を呼び捨てにしていないですか」という質問をした。「例えば、『鈴木がこんなこと言ってきた』とか『あいつまたこんなことやりやがって』とか。普段職員の間でそんなやり取りになっていないですよね? ちゃんと『さん』付けで呼んでらっしゃいますよね?」 その質問に対する市側の答えに、思わず椅子からずり落ちそうになった。「いや、あんまりそんなに大きな声でやり取りしないので。他の人には聞こえないので」 周りに聞こえないとかじゃなくて、普段から職員間で利用者を呼び捨てにするようなことが「差別意識の現れ」だから、そういうことはないですよね、と質問したのである。なんだかこういう回答を聞くと、「問題の本質がどれくらい理解されているのだろうか…」という不安が込み上げてくるのだった。誰もやりたがらない仕事 さて、ジャンパー問題が発覚してすぐに開催された市の記者会見で、私には非常に気になっていたことがあった。それは生活保護の仕事を「誰もやりたがらない仕事」「人気のない仕事」と言っていたことである。確かに生活保護の仕事は慢性的に人手不足。一人の職員につき、80件が「標準」の受け持ちとされているものの、高齢化に伴い、受給者が増えるにしたがって一人当たり120件を受け持っているなんてこともザラにある。 こうなると、仕事はパンク状態だろう。生活保護の窓口で、生活に困窮した人が「若いから働ける」などと追い返される「水際作戦」が問題となって久しいが、その背景には「一人でも受け持ちを減らしたい」というような職員のオーバーワークがあるのだ。今回のような事件が起きないためにも、国はちゃんと予算をつけて人員を増やすべきなのである。「生活保護悪撲滅チーム」を示す「SHAT」のマークが袖に付いた夏用のポロシャツ と、このような背景もわかるのだが、テレビで流される会見で「誰もやりたがらない仕事」などと言ってはいけないと私は思う。プロ意識と誇りを持ち、生活保護の現場で働く人々に失礼だし、何より小田原市の生活保護受給者のみならず、全国の生活保護を受ける人々がその言葉を聞いてどう思うか、想像がつかなかったのだろうか。 その他にも、疑問点は多々ある。小田原市のホームページの「生活保護制度」についてという記述。これが「オンライン上の水際作戦」(「もやい」の稲葉剛氏の発言)のようになっている。それだけでなく、事件を受けて匿名で取材に答えている生活保護担当職員が、生活保護制度の基本的なことを理解していないような発言をしているということもある。 例えば、その職員は不正受給について「実際にはその10倍以上」と、根拠を上げないままに断言した。「中には、どう見ても健康な30代の若い男が受給を認められたりしているのです」と語っている。 が、「若くて健康な男性が生活保護を受ける」ことは、当然だが不正受給でもなんでもない。年越し派遣村を思い出してほしい。その中には若くて健康な人もたくさんいたが、派遣切りなどで職も住む場所も所持金も失い、多くが年明けに生活保護を申請した。 そのまま放置すれば餓死する可能性が高い。「働け」と言っても、住所がないと仕事など見つからない。面接に行く交通費も、その日の食費もないのだ。よってまずは住所を確保し、職探しをする生活基盤を整える。そのために生活保護を使うのである。これが「若くて健康な人が利用する」場合だ。また、一見健康に見えても、精神障害や知的障害を抱える人が多いことも知られている。受け継がれてきた「違法」 このような事実をもってして思うのは、小田原市では「生活保護とは」「福祉とは」「ソーシャルワークとは」という基本的な教育・研修などがなされていないのでは、ということだ。 その点について尋ねると、現場には新人が配属されることが多く、先輩ケースワーカーから実務を通して学んでいくということだった。このシステムの弱点は、「悪い慣習」がそのまま受け継がれてしまうことだろう。全国で発生している水際作戦の背景には、役所内で脈々と「違法な対応」が受け継がれ、それが「生活保護の正しい運用」だと誤解していたというケースもある。だからこそ、基本的な研修が必要なのだ。なぜなら、生活保護の窓口は、そこで断られたら命を落としてしまう可能性がある「命の砦」だからである。「誰もやりたくない仕事」なんかではなく、命を守る、大切な、尊い仕事だと思うのだ。 小田原市で職員が切りつけられる事件が起きた07年には、北九州市で生活保護を打ち切られた男性が「おにぎり食べたい」という言葉を残して餓死している。その前年、やはり北九州市で元タクシー運転手が餓死している。この男性は生活保護の申請に行くものの、追い返されていた。また、12年には札幌市で40代姉妹が孤立死。死因は餓死、凍死とみられている。妹には知的障害があり、姉は生前、3度も生活保護の相談に訪れていたが追い返されていた。そうして14年には千葉県銚子市で、シングルマザーが中学生の娘を殺害する事件が起きている。事件が起きたのは、県営住宅の家賃を滞納し、立ち退かされる日だった。母親は生活保護の相談に訪れていたものの、「働ける」と帰されていたらしい。 もう2度と、こんな悲しい事件は起きてほしくない。 幸い、今回、小田原市では死者などが出ているわけではない。が、この10年間、精神的苦痛を受けた人は多くいたはずだ。 再発防止を求めて、原因究明と検証委員会の設置などを要望し、市側との会談は終わった。 今後、小田原市がどのように変わっていくか、期待を込めて見守りたいと思っている。

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    一人歩きする生活保護「不正受給」のウソと現実

    藤田孝典(NPOほっとプラス代表理事 聖学院大学人間福祉学部客員准教授) 生活保護ケースワーカーの仕事は、まず担当する生活保護世帯と信頼関係を築き、自立助長のためにパートナーとして、支援に関わらせてもらうことだ。これは、相談援助の基本である。その基本を見失い、生活保護利用者を萎縮させ、信頼関係を損ないかねないジャンパーを着用して業務にあたっていた小田原市の事件は、言語道断である。 「不正受給はクズである」との文言にも見られるように、実際の支援にあたるケースワーカーのあいだにも不正受給に対する誤解と偏見が広がっている。わたしはソーシャルワーカーとして実際に生活困窮者の支援にあたっているが、現場から見えてくる不正受給の実態は、一般的にイメージされる不正受給とはかなり乖離している。社会に広がる誤解と偏見を解いていきたい。不適切な文言をプリントしたジャンパーについて説明する 神奈川県小田原市の幹部職員=1月17日、小田原市役所  「不正受給」の意味 生活保護の不正受給件数は、全体の約2%程度であるが、相変わらずもっと多いのではないかと報道されることもある。私はこの約2%程度であるという厚生労働省の報告にも疑いを持っており、本当はさらに相当少ないはずであると考える。 この不正受給の議論をする際に、私たちは生活保護の不正受給とは何を指すのか、明確にしておかなければならない。生活保護の不正受給とは、福祉事務所が生活保護法第78条に該当したと判断して決定したものである。第七十八条  不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる。 ここでいう「不実の申請その他不正な手段により保護を受け」という文言は、本人が故意に福祉事務所を騙すことがないと成立しない。本人に騙す意図があったのか否か、立証責任は処分庁である福祉事務所にある。 生活保護受給者の多くは、生活保護制度のことを知らなかったり、申告を忘れてしまう場合がある。収入の未申告や報告漏れを故意で意図的に行うことよりも、過失による報告忘れや制度の理解不足が背景にある。ましてや、生活保護を受給している人々の大半は、高齢者や障害者、傷病者であり、生活保護に関する様々な事務作業が1人で十分に処理できるとも限らない。 そのため、申告も含めた生活支援をすることがケースワーカー(福祉事務所職員)に求められるのである。だから、生活支援をするなかで、未申告の収入が見つかった場合、故意でないと主張しているのであれば、普通に返還を求めればよく、不正受給として扱うには適切ではないケースが大半である。 この普通返還は生活保護法第63条に規定されている。第六十三条  被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。ケースワーカーによる不正と水際作戦 要するに、私は生活保護の不正受給(生活保護法第78条)として処理されている多くの部分に疑いを持っている。つまり、不正受給として計上されている案件の多くが、本来普通返還で対応すべきケースであると考えている。   例えば、受給世帯の高校生がアルバイトをしていた場合、このアルバイトの収入が未申告だと、統計上は不正受給として扱われてしまう。また、年金やその他の社会保障給付の未申告も、同様に不正受給とされる。 NHKの報道によれば、不正受給の内容は、「働いて得た収入を申告しないまま生活保護費を受け取っていた」が46%、次いで年金を申告しなかったのが19%、働いて得た収入を少なく申告していたのが13%などとなっている。 このような事案の大半では、担当のケースワーカーが十分にチェックしていなかったため収入を捕捉できていなかったということや、そもそもケースワーカーからの説明不足のために、申告することを知らなかったということが少なくない。当事者の中には、収入があれば当然役所が把握しているものだろうと思っていたために、制度の仕組みとして不正受給に分類される状況に至ってしまったというケースも多い。 したがって、「不正受給」とされている問題の多くは、利用者の側に問題があるというよりも、ケースワーカーの側に問題がある。ケースワーカーは常に人手不足で、膨大な事務に忙殺されているため、利用者に対して十分な説明をしていなかったり、コミュニケーションをしっかりと取れていないことも多い。このように、「不正受給」の多くは行政の体制が生み出しているにもかかわらず、あたかも生活保護を受ける人たちが不正を働いているという誤解が広がっている。これは、行政による「不正受給」の偽装である。ケースワーカーによる不正と水際作戦 不正受給と関連した生活保護に関する誤解で、生活保護は「簡単に受けられる」、だから「不正がはびこっているのだ」というものもある。もちろん生活保護は、誰でも受ける権利がある制度だ。画像はイメージです しかし現実には、日本は世界的に見ても生活保護を受けることが非常に難しい国になっている。まず、世界でも類を見ないほど厳しく徹底した資産調査を日本では行っている。さらに、窓口のケースワーカーが不当に保護を受けさせないようにする「水際作戦」が横行している。 たとえば、若い人が福祉事務所の窓口に相談しに行くと、「まずハローワークに行って、仕事がないということを証明してからでなくては生活保護を受けることができません」と追い返されるケースがある。ケースワーカーは生活保護の申請を受けた場合、法律上、拒否することはできない。だから申請させないよう、このような手段をとる。本来は、若くて働けたとしても生活保護を申請することは可能であり、資産や収入が条件を満たしていれば生活保護を受給することができる。相談者を怒鳴りつける職員 意図的に誤った説明をして申請をさせずに追い返すというケースもある。ある50歳の男性の相談者は、「生活保護は高齢者や障害者が受けるものだ」と誤った説明を受けていた。高齢者や障害者の人だけが「生活保護を受けられる人」ということにされていたのだ。あるいは「病気をしないと生活保護は受けられない」、「65歳以上になってからでないと生活保護は受けられない。65歳になってから来てくれ」と言われた人もいる。相談者を怒鳴りつける 軽度の知的障害がある20代の男性に対して、行政が水際作戦を行なったケースもある。彼は一人で福祉事務所の窓口に行って、生活に困っていて、アパートの家賃を三ヶ月滞納しているし、ガス・水道も止まっている、仕事も見つからない、これまで派遣で働いていたけれどそれも切られてしまったという状況を説明した。しかし窓口のケースワーカーは、「あなたは若いでしょう。仕事を探してみてくださいよ」と言うだけだった。 相談者は「がんばって探してもみつからない」と訴えたが、「みつからないのは仕事を探す方法が悪い」とか「探す努力をしていないからだ」と。彼はその後、再び仕事を探すが障害を持っていたこともあり、短期間探したくらいでは、続けられそうな仕事を見つけられなかった。後日「やっぱり見つかりませんでした」とケースワーカーに報告すると、ケースワーカーは怒って「なぜ、それだけのことができないんだ」と叱責した。その後、私が同行したことで申請をすることができ、生活保護の受給が決定した。 こうしたことは生活保護の窓口では昔から繰り返されている。これらの対応は生活保護法という法律に明らかに違反している「犯罪」であると、私は考えている。画像はイメージです 私たちの事務所に相談に来る人の9割は、すぐに生活保護が必要な状態である。福祉事務所の窓口に来る人たちの多くも、そのような状態である人がほとんだと思われる。しかし相談を受ける行政のケースワーカーは、その人の切迫した状況について関心を持っていない。住民の生存権を守るために最前線に立つケースワーカーの多くが、他人事だという姿勢で臨んでいるのではないかと思われる。 福祉事務所のケースワーカーは、多くが大卒のエリートであり、貧困家庭の出身者はほとんどいない。貧困状態に至るのは「本人の努力不足」だと考えている職員も多いだろう。そもそもどうして貧困状態に陥るのか、社会的な視点を持って構造的に把握していない人が福祉事務所の第一線に立っている。 彼らの意識は、言葉の端々に現れてくる。「努力すればなんとかなるでしょう」、「これまで貯金してこなかったあなたにも責任があるんですよ」。 しかし、多くの人の状況を見ていくと、自分の生活のために努力ができる環境が奪われている。努力すればなんとかなるという非現実的な言葉は、貧困に対する認識があまりに甘いために出てくるのである。努力するための土台が崩れていることへの想像力、共感力のないケースワーカーが現場には多く見られる。通常1〜3年で異動してしまう ケースワーカーをはじめとする対人援助職は、人の人生や命に関わる重要な職種であり、きわめて高い専門性が必要とされている。 この専門性に関する国家資格の代表的なものに社会福祉士資格があるが、制度上はケースワーカーになるために必要とされていない。一応、福祉事務所の職員のうち、ケースワーカーとその指導監査を行う査察指導員については、社会福祉主事という資格を取得していることが社会福祉法に規定された条件となっている。画像はイメージです しかし、社会福祉主事は、指定された30以上の科目のうち3科目の単位を修得して大学を卒業するだけで誰でも取ることのできる資格だ。異動が決まってから研修を受けて取得することもできる。ケースワーカーになるために、一般事務の広範な知識は求めても、対人援助に必要となる高い専門性は求めない仕組みが続いているのが現状だ。 さらに、社会福祉主事が条件になっているにもかかわらず、この資格の保有率は75%程度であり、25%が無資格で社会福祉法に違反しながら支援をしている。社会福祉主事は社会福祉士と比較しても決して専門的ではない資格なのに、それすら持っていない職員がかなりの数にのぼっている。また、通常1〜3年で異動があるため、専門性は高まらず、十分に知識や技術が継承される機会もない。 このような状態では、ケースワーカーに人権感覚や多様な福祉の知識・技術を持つことを期待することが不可能であると考えざるを得ない。 おわりに 生活保護ケースワーカーも人間であるから、差別意識や偏見を持つことがある。だからこそ、それが悪い作用として表面化しないように自己覚知し続けることが重要なのだ。そのためには、対人援助の訓練を受けた専門性の高い職員を配置し、日々の研修体制を整備するなど組織的な対応を充実させていく必要がある。 そして、不正受給対策ばかりに取り組むのではなく、生活保護制度が必要であるにもかかわらず生活保護から排除されている人たちの問題に取り組む必要がある。生活保護制度の捕捉率は20%以下であるから、80%以上の人たちが生活保護から排除されたまま劣悪な状況での生活を強いられている。どちらがより重要な問題かは明白だろう。生活保護制度への誤解と偏見を解き、本当に必要な改革を進めていかなければならない。

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    生活保護の不正対策を狂信するケースワーカーの「大罪」

    渡辺寛人(社会福祉士) 小田原市で生活保護利用者の自立支援を担当していた市職員64人が、「保護なめんな」「不正受給はクズ」などと英文でプリントされたジャンパーを着用して業務にあたっていたことが明らかになり、大きな問題となっている。このジャンパー事件は、行政の職員が生活保護利用者を「不正受給者予備軍」とみなすような差別的な認識を持っていたこと。そして、当該ジャンパーを着用することで、実際に利用者に対する差別表現を行い、利用者の人権を侵害したことに問題の本質がある。 本稿では、小田原市による人権侵害を、不正受給対策に傾倒してきた生活保護行政の構造的な問題から捉えていく。そして、小田原市だけにとどまらない行政による違法行為や人権侵害の実態と、それがもたらす社会的な弊害を論じていく。深刻なのは「不正受給」ではなく「漏給」 生活保護と聞くと、ほとんど反射的に「不正受給が多い」というイメージを抱く人が多いと思われる。しかし、実際の統計データを見ると、不正受給の割合は金額ベースで0.5%程度であり、「不正受給が多い」というイメージとはかけ離れている。 他方で、メディアなどではあまり取り上げられないが、生活保護制度は不正受給よりもはるかに深刻な問題を抱えている。それは、生活保護制度を利用すべき人が利用できていないという漏給問題である。生活保護制度を利用できる人のうち実際に利用している人の割合(捕捉率)は15〜20%程度であり、ヨーロッパ各国の公的扶助制度の捕捉率が6〜9割であるのと比べて、日本の制度捕捉率は深刻なほど低い。生活保護制度は、日本社会で生きる最低限度の水準を保障する制度であるから、膨大な数の人々が最低限度を割った生活を強いられていることになる。 このように、生活保護制度の「問題」を考えた時、より深刻なのは「不正受給」ではなく、「漏給」なのである。この基本的な事実があまりにも共有されていない。本来、住民の生活を守る立場の行政は、最低限度以下の生活を強いられている住民が生活保護制度を利用していけるよう、漏給対策を積極的に行うべきである。しかしながら、現実には、行政は極めて数の少ない不正受給対策に傾倒し、漏給対策にはほとんど関心を払わない。むしろ、保護率をあげること自体を忌避する傾向がある。なぜこのような状況になってしまっているのだろうか。 実は、現行の生活保護制度がスタートした当初、政府は漏給を解決していこうという問題意識を持っていた。そのため、1953年から1965年まで政府は毎年、生活保護制度の捕捉率についての統計データを集め公表し続けてきた。ところが1965年を最後に、政府は捕捉率の統計データを公表するのをやめてしまった。そして、この頃から、漏給問題など存在しないかのように生活保護行政が行われていくようになった。 不正受給対策が生活保護行政のなかで大きな位置を占めるようになったのは、1980年代以降である。社会保障の削減を通じて「財政健全化」を目指す臨調行革のもと、国庫負担の重い生活保護の分野では、生活保護利用者を抑制する「適正化」政策の推進が掲げられた。これと連動するように、暴力団による「不正受給」をきっかけにして、生活保護制度の不正受給に関する報道が増加していった(なお、この当時の不正受給の割合は金額ベースで0.2%だった)。つまり、不正受給対策は、社会保障削減と不可分の政策として行われてきたのである。「生活保護悪撲滅チーム」を示す「SHAT」のマークが袖に付いた夏用のポロシャツ そして、不正受給対策が強調されていく中で、生活保護の現場が大きく変容していく。住民の最低限度の保障と自立の助長から、「不正受給を防止する」ことそれ自体が目的へとすり替わり、調査の徹底が指示され、生活保護制度を利用するための手続きは複雑化していった。生活保護を利用している者、これから利用しようとする者から「不正受給者」を洗い出すための業務へと内容が改変され、ケースワーカーの仕事は、生活保護利用者を潜在的な不正受給者として疑い、徹底的に調査するといった、まるで「警察官」のような仕事へと変貌していった。 当然のことながら、疑いの目を向けられる利用者との間に援助の基礎となる信頼関係を構築することはできず、互いに不信感が募るため、こうした関係はトラブルの温床となる。今回、小田原市で生活保護が「誰もやりたがらない人気のない仕事」になってしまっていたのは、政府の「適正化」政策が現場に暗い影を落としているからだ。 本来、福祉的なケースワークは、利用者と信頼関係を結ぶことから始まるため、利用者を「疑う」ということが前提になる不正受給対策とは馴染まない。ケースワークと不正受給対策は対立するのである。したがって、業務内容が不正受給対策へと傾倒していけば、現場からケースワークが失われ、知らず知らずのうちに生活保護利用者をまるで「犯罪者予備軍」としてみなすような差別的な眼差しが形成されていくことになる。 相談援助における専門性やそれを担保する組織体制が、こうした差別的な意識に対する防波堤として機能するべきであるが、福祉事務所には専門性をもった職員が配置されていない。ケースワーカーとして業務を行うためには社会福祉主事という任用資格を持つことが条件とされているが、資格取得率は75%程度にとどまる。また、社会福祉主事は大学の指定科目のうち三つを履修するだけで取得できる資格であることから、「三科目主事」などと揶揄され、その専門性には疑問符がつけられている。そのため、相談援助の基本や生活保護法についてほとんど知らない「素人」がケースワーカーとして配属される自治体は決して珍しくない。 さらに、そのような状況にもかかわらず、研修体制も不十分な場合が多く、生活保護法についての知識が不十分なまま業務に当たっているケースワーカーも少なくない。今回事件が起きた小田原市も、十分な研修体制がとれていなかったという。 専門性の不在や不十分な研修体制が「当たり前」となっており、差別意識に歯止めがかからない。小田原市が2007年に起きた利用者とのトラブルを契機にこのジャンパーを作成し、それが10年間も告発されることなく続いてきた背景には、こうした生活保護制度の運用体制が抱える構造的な問題がある。差別的な意識が違法行為や人権侵害を引き起こす差別的な意識が違法行為や人権侵害を引き起こす 差別的な意識に歯止めがかからない状況は非常に危険だ。なぜなら、差別意識は、違法行為や人権侵害など具体的な行為へと発展していくからである。私たちNPO法人POSSEには生活保護に関わる相談が年間1000件以上寄せられている。その相談事例からは、生活保護の現場で違法行為や人権侵害が蔓延している実態が見えてくる。 (1)生活保護の申請権を侵害する水際作戦 生活保護制度は、本人から申請されることで、受給要件を満たしているか否かの資格調査が行われ、要件を満たしていれば保護が開始されることになる。申請は権利として認められており、どのような理由があってもこの申請を妨げることは申請権の侵害となり、違法行為となる。しかし現実には、ときに暴言を伴いながら、申請をさせないという「水際作戦」が行われている。いくつか事例を見てみよう。【ケース①】 食事を与えられないなどの家庭内暴力により実家を出ており、複数の市で生活保護申請したが全て水際作戦にあい追い返され、窓口では暴言を浴びせられた。重病で満足に食事も取れない状態であるにも関わらず、「生きているんだからいいじゃないか」と言われ、申請できなかった。 このケースに限らず、「ギリギリの状態」で福祉事務所に相談に訪れる人は多い。しかし、「生きているんだからいいじゃないか」と申請をさせず、追い返すということが行われていた。病気のため就労もできず、家族にも頼れないという状況で、生活保護制度の利用を妨げれば、「死んでしまう」可能性もある。【ケース②】 20代女性が親兄弟からの虐待から逃れるために単身上京し、警察署で住民票の閲覧禁止措置を取った。その後、女性が福祉事務所で生活保護を申請しようとした際、上記の状況にも関わらず、「親に連絡を取れ」「福祉事務所から親に連絡をする」「実家に帰れ」などの対応がなされた。女性は深刻な精神的苦痛を受け、また生活保護の申請をすることもできなかった。 この事例では、虐待・DVから逃げてきた女性に対して、加害者である家族に対して「連絡を取れ」、「実家に戻れ」と迫っている。女性はこのような対応をなされたことで深刻な精神的苦痛を受け、行政の窓口で二次被害を与えられたのである。生活保護法だけでなく、DV防止法にも反する違法かつ人権侵害的な対応が窓口でなされている。(2)生活保護利用者に対するパワーハラスメント 生活保護制度を利用している人に対する、ケースワーカーによるパワーハラスメントも深刻だ。ケースワーカーは、利用者のニーズに応じて柔軟な援助ができるよう、指導するための裁量を持っている。しかし、すでに見てきたように、現場では差別的な意識が蔓延し、援助の基礎となる専門性を持たないケースワーカーが増加している。その結果、利用者に対して深刻なハラスメントが行われる。【ケース③】  生活保護受給中に妊娠したが、ケースワーカーが出産扶助を出さないと言っており、このままでは出産できなくなる。生活保護では、出産に関わる費用は出産扶助として支出されることが認められている。しかし、このケースでは「出産扶助」を出さないという対応をとっている。これは事実上「中絶しろ」と言っているのと同義である。こうした理不尽な対応をされても、弱い立場に置かれている利用者は、ケースワーカーに対して声をあげることが難しい。彼女は、こうしたケースワーカーの対応によって精神的に不安定な状態に陥り、一時「切迫流産」という非常に危険な状態にまで追い込まれた。【ケース④】 過去の怪我の後遺症と持病が原因で足が不自由であるにもかかわらず、ただひたすら就労しろと言われる。生活保護を「(就労しなければ)いつでも打ち切ることが出来る」と脅されている。 明らかに就労が困難な利用者に対しても、理不尽な就労「指導」が行われることが多々ある。生活保護制度の打ち切りを示唆しながら利用者を脅し、就労を迫るような対応は人権侵害である。利用者は、ケースワーカーの裁量次第で保護を打ち切られてしまうかもしれないという弱い立場に置かれているため、声をあげられず、不当な扱いを耐えなければならない状況を強いられてしまうのである。 以上のような対応は、単に個人の人権侵害というレベルにとどまらず、社会的にも大きな影響を及ぼすことになる。たとえば、生活保護制度から排除されることによって、生きていくために日雇いや水商売など劣悪な雇用に飛びつかざるをえなくなってしまうだろう。劣悪な雇用で身体や精神の健康を害し、長期的に働くことができなくなってしまうというケースも珍しくない。 生活保護制度を利用しながらまともな就職活動をすることができれば、中長期的により安定した仕事に就ける可能性があったにもかかわらず、行政の違法行為によってその可能性が奪われてしまう。その結果、働けなくなることでより長期間の生活保護費が必要となり、医療費負担も増大する。 また、生活保護利用者に対するパワーハラスメントは、精神疾患などを発症させたり、元々の持病を悪化させたりする。それによって利用者の自立は妨げられ、保護の期間はより長期化していく。医療費の負担も増えることになるだろう。行政による違法行為・人権侵害は人命を奪う行政による違法行為・人権侵害は人命を奪う それだけではない。行政による違法行為・人権侵害は人命をも奪っていく。 生活保護制度の窓口を訪れる者の多くは、働くことも家族に頼ることも困難な状態に追い込まれている。その状態で、申請すらさせずに追い返せばどうなるか想像に難くない。 生活保護行政の違法行為によって、餓死や「孤独死」に追い込まれていく事例はいくつも報道されている。2012年には北海道札幌市白石区で、40代の姉妹が困窮のため3度も生活保護の窓口を訪れるが申請できず、凍死するという事件が起きている。こうした事例は、全国各地で起きている可能性がある。「水際作戦」による死亡事件は、2005年以降で明らかになっているだけでも11件起きている。 また、生活保護を利用している者の命すら危うい状況に置かれているのが現実だ。生活保護利用者の自殺率は、日本全体の自殺率より2倍以上高くなっているのである。生活保護利用者の多くは、精神疾患を抱えており、家族や地域とのつながりが断絶して孤立している。その中で、唯一の接点であるケースワーカーによってパワハラを受けることが、利用者に対してどれだけの苦痛を与えるかは想像に難くないだろう。ケースワーカーによるパワハラは、利用者の生存を脅かすのである。 ケースワーカーによる違法行為・人権侵害がいかに私たちの足元から社会を破壊し、人命を奪っていくかがわかるだろう。公的機関が差別・人権侵害の主体となっているいま、行政を監視し是正させていくための取り組みが急務である。私たちは、「反バッシングムーブメント」を立ち上げ、ネット上で行政による違法行為・人権侵害の監視、是正のためのキャンペーンを開始した。 反バッシングムーブメントでは、ホームページ上で、行政による人権侵害のデータベース( https://antibashingmovement.jimdo.com/database/ )を作成し、その可視化も行っている。すでにホームページにはおよそ50件の事例を掲載している。このデータベースを一瞥するだけで、行政による人権侵害がとれだけ深刻かつ普遍的に生じている問題なのかが見えてくるだろう。 生活保護制度を十全に機能させ漏給対策を進めていくことが、健全な社会を構築していくために必要である。今回の小田原市の事件が生活保護行政の改善へと向かうきっかけとなるよう、今後も取り組みを進めていきたい。

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    生活保護に異様に冷たい日本人 みんな一緒で安心な「夢物語」がある

    北条かや(著述家) 小田原市で、生活保護を担当する職員が「保護なめんな」「不正受給者はカスである」などの文字をプリントしたジャンパーを着用していた問題が、波紋を広げている。産経新聞の報道によると、ジャンパーは2007年、生活保護の受給資格を失った男が、複数の市職員をカッターナイフで切り付けた事件をきっかけに製作されたという。 小田原市の関係者は「職員らの士気を高めるためだった」と説明しているが、このようなメッセージを背負って保護世帯を訪問することは、「士気を高める」というより「差別意識を深める」だけであろう。保護の質が上がるとも思えない。一体どうすればよかったのか。本稿ではその答えを「ベーシックインカム(最低生活保障)の導入」に求めたい。 私たちの国の憲法第25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とある。憲法で定められた、当たり前の人権意識すら忘れてしまうほど、職員の現場は過酷だったのだろう。ケースワーカー1人で80世帯かそれ以上の家庭を担当し、複雑な事情を考慮しながらケアする仕事の大変さは、想像に難くない。しかし、だからといって「なめんな」「カス」は論外だ。不正受給はカスだと脅すのではなく、まずはそれを見抜くケースワーカーを増やすべきであった。 その証左に、総務省がまとめた「生活保護に関する実態調査」(平成26年)を見てみよう。報告書では、平成24年度に発覚した不正受給の事例から1144件を抽出し、要因を分析している。不正受給の事案ごとに「定期訪問の実施状況」をみると、ケースワーカーが多忙で家庭訪問できなかったために、不正を見抜けなかった例が目立つ。 中には、被保護者が福祉事務所に来て「面接」したことをもって定期訪問の代わりとしていた例もあった(厚労省は、面接を訪問の代わりにすることを認めていない)。明らかに現場のケースワーカーが忙しすぎる、生活保護世帯の増加に見合うケースワーカーが足りないために不正受給が起きた事例が、多数報告されているのである。「みんな一緒」が支持されてきた「みんな一緒」が支持されてきた ところが、調査した総務省の【所見】にはひとことも「ケースワーカーを増やすべきだ」とは書いていない。むしろその逆ともいうべき、「少なくとも年2回以上の家庭訪問等の遵守について指導すること」と、現場の過酷さを増すような「指導」が叫ばれているだけなのだ。 このような状況で、市がケースワーカーを増やすのは難しいだろう。高齢化や長引く不況により、生活保護世帯は増え続けている。にもかかわらず現場は昔のままで、ケアする側のマンパワーが足りていない。そこへきて被保護者による暴力事件などが起これば、「カス」なる文言をまとって士気を高めようという短絡的な思考に陥るのも、無理はない。 疲弊したシステムが、短絡的な差別意識を生むのである。「不正受給がまかり通っているのだから仕方がない」とか、「市の職員の気持ちも分かる」という意見も耳にする。生活保護へのスティグマ(社会的烙印)は、この一件によってますます強まったのではないか。小田原市だけの問題ではない。この国は、生活保護を受ける人たちに対し、異様に冷たい。 かつて「一億総中流」という言葉があった。この言葉はもともと、60年代の政府が行った調査で、生活水準を「中の中」とする回答が最多を占めたのがきっかけで生まれたものだ。高度経済成長によって生活水準が向上し、国民がみな「明日の生活はもっと良くなる」と信じていた時代である。 「一億総中流」なる言葉には、「みんな一緒」を彷彿とさせる安心感がある。実のところ、バブル期から経済格差はじりじりと拡大してきているにもかかわらず、私たちは長いあいだ「みんな一緒」を信じてきた。40年あまりも「一億総中流」幻想が共有されていたのだから、それは強固なものである。 この間、人権が脅かされるほど困窮してしまう貧困層の存在は忘れ去られていた。経済発展のおかげで、国民にそれほど負担を強いなくても、富の再分配が可能だったからだ。実際は貧しい人たちへの経済的再分配が行われていたにもかかわらず、多くの国民はそれを意識することがなかった。だから「あの人もこの人も、似たような生活をしているのだろう」と信じることが可能だったのだ。怒りが満ちる社会に、ベーシックインカムを怒りが満ちる社会に、ベーシックインカムを ところが今は違う。経済は停滞し、「格差社会」「下流社会」「貧困の連鎖」などの言葉が実態とともに広まった。もう、一億総中流の幻想は信じられない。かといって、これまで信じてきた「みんな一緒」の安心感まで捨てよといわれれば、多くの人は戸惑うだろう。政府が「この国は自由競争にもとづく格差社会になりました。財政が厳しいので税負担は以前より重くしますが、福祉予算は徐々に削っていきますので、頑張って自己責任でサバイブして下さい」と言っているようなものだ。 「みんな一緒」への甘やかな欲望が中途半端に残っているのに、生活は厳しくなる一方、税負担はこれまでより重く感じられ、与えられるべき福祉への希望はやせ細る……今や、国民の6割が「生活が苦しい」と答える時代である(厚労省「平成27年 国民生活基礎調査」)。こんな状態で、再分配を受ける生活保護者へのまなざしが厳しくなるのは、悲しいけれども必然だ。 今、「私たちは『みんな一緒に』苦しむべきだ」という、歪んだ圧力が生まれている。昨年は経団連の会長が、「国民の痛みをともなう改革を」と発言し、波紋を呼んだ。かつての小泉政権の構造改革を意識したのかもしれないが、経済的な苦境がいや増した現代にそれを言えば、「みんな一緒に苦しみましょう」としか聞こえない。 私たちは、富めるときも貧しいときも「みんな一緒」が大好きだ。その和を乱すかのように映る人へのスティグマは大きい。生活保護の99.5%は正しく支給されているにもかかわらず、「不正受給」ばかりが大きく報道され、市の職員が「保護なめんな」とまで言わなければならない状況は、みんな一緒の和を乱す(と感じられる)人たちへの怒りが増幅していることの現れである。「みんなで苦境を共有すべきなのに、ごく一部だけが福祉の恩恵を受けている、許せない」。そんな怒りが、社会に満ちている。これが健全な状態といえるだろうか。 だからこそ、本稿で主張したいのが「ベーシックインカムの導入」である。ベーシックインカムとは、国民すべてに毎月、一定額を支給する制度であり、乱暴に言ってしまえば、これまでの福祉制度をベーシックインカムに一本化するイメージだ(※注1)。生活保護をはじめとする細分化された福祉の恩恵は減るが、そこにかけていた膨大な人件費は削減でき、ケースワーカーを増やす必要もなくなる。かつては「日本型社会主義」だったかつては「日本型社会主義」だった 「そんな夢物語があるはずない」という人もいるが、今年はじめにはフィンランドで実験的な導入がスタートしており、決して夢物語ではない。CNNが今年1月3日に報じたところよると、フィンランドでは2000人の国民を対象に、収入や資産、雇用状況にかかわらず、毎月一律560ユーロ(約6万8000円)が支給されるという。中には労働意欲をなくす人もいるかもしれないが、ベースとなる収入がある安心感から、好きな仕事を探し、さらなる収入を得ることも可能だ。 日本の生活保護では、就労によって少しでも収入が増えると保護が打ち切られるケースが多く、就労意欲を削いでしまう。結果的に生活保護から抜け出せなくなる人も多いといわれているが、ベーシックインカムは全く別の考え方だ。「みんな一緒」にスタートするが、そこからは自由。働きたければどんどん収入を増やす努力をすべきだし、働いたからといってベーシックインカムが打ち切られることはない。 なにより「みんな一緒」なので、生活保護受給者へ向けられるような「スティグマ」が生じ得ない。これこそ最大のメリットである。国民すべてが一律の収入を得られる制度は、長らく「みんな一緒」の幻想を信じてきた日本国民にとって、むしろ適合的ではなかろうか。 ベーシックインカムは社会主義的だという人もいるが、日本は高度経済成長時代、国が福祉を提供し、民間企業が終身雇用を約束する「日本型社会主義」と言われていたくらいなのだ。もう長い間、我が国は「みんなで」成長してきたのである。 その意味では、高度経済成長時代への(非現実的な)憧憬を、現実的な社会制度に落とし込むのがベーシックインカムかもしれない…とは言い過ぎだろうか。導入に際しては「※注」で述べるように、さまざまな課題もある。それでも本稿では強く「ベーシックインカム」の可能性を主張したい。 福祉の現場が疲弊し、「保護なめんな」と脅しながらケアを続ける怒りを何とかするには、本質に立ち戻って考えなければならない。私たちはどんな状態を理想と考え、考えてきたのか。国民の「能力」(という表現はあまり好きではないが)を最大限に活かす道はないのか。理想をめぐる議論を深めつつ、現実的な制度設計をしていくべき時がきている。(※注1 これまでの福祉制度をベーシックインカムに一本化することの是非については、「福祉の細やかさが失われる」「むしろ新自由主義的な風潮が強まるのでは」などの意見もある。本稿ではこうした議論まで立ち入ることはできなかったが、ベーシックインカムを導入すればすべて上手くいくわけではないことは確かであり、議論が必要だ)

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    生活保護はそんなに悪いのか

    不正受給がクローズアップされがちな「生活保護」。神奈川県小田原市では担当職員が「保護なめんな」とプリントされたジャンパーを着用し問題となった。第三者委員会で検証が始まったが、支援する職員の差別意識が見え隠れする。生活保護はそんなに「悪」なのか。

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    小田原は、2017年の「池袋ウエストゲートパーク」か

    層が5,000万人程度存在し(40%が非正規雇用で)、6人に1人が相対的貧困状態で、200万人以上が生活保護という2017年のいま、「池袋ウエストゲートパーク」は大都市の周縁に必ず存在する。 そして、窪塚的カリスマは存在せず、逆に軟弱なマイルドヤンキーばかりが増殖して、近くの公園でたむろしたり家でスマホゲームしたりする。「チーム」で盛り上がる必要はない「チーム」で盛り上がる必要はない そんな感慨に浸りながら続けてFacebookタイムラインを見ていると、例の小田原市の「生活保護不正受給阻止ジャンパー」問題の続報が流れていた(ジャンパー以外にワイシャツやマグカップも 不適切と小田原市)。 どうやらオリジナルロゴ(「HOGONAMENNA 保護なめんな」、SHAT〈「生活」「保護」「悪撲滅」「チーム」〉等)入りジャンパーだけではなく、オリジナルTシャツやオリジナルワイシャツもつくって着用していたらしい。マグカップやボールペンもあるとか。 このロゴのセンスはなんとなく昭和で格好悪いがマンガ的でもあり、それこそ「チーム」感は出ている。 これを、人権軽視という点から問題視するのは、一種の教条的ポリティカル・コレクトネスであり、少し過剰かなと僕は思う。だから、小田原市が懸命に事態の収束を図ろうとするその有り様は、僕はだいぶシラケる。 それよりも、生活保護担当者たちが、不正受給撲滅にこれほど(変なロゴグッズづくり)の情熱を捧げるモチベーションに僕は興味がある。 生活保護的「最後のセーフティーネット」的システムは、必ず不正受給する人々が現れてしまう。その完全撲滅はおそらく防ぎようがなく、不正率の減少政策も含んでのこうしたセーフティーネット・システムだと僕は思うのだ。ジャンパーやマグカップをつくって「チーム不正阻止」を別につくらなくても、担当者による地道な発見と支給停止を行ない、年度はじめの総会などで地味にその減少率を報告する類の分野だ。 それを倫理的に追求し「悪撲滅」と盛り上がらなくとも、人間が存在する以上起こってしまう出来事の一種だと僕は思う。思春期にある子どもたちの一定割合が「万引き」してしまうようなものだ。それ自体は悪ではあるが、人間が群れとして存在する時、必ず現れる出来事であり、行政システムとしてはそうした「悪」も込でシステムづくりする必要がある。 「チーム」になって盛り上がる必要はない。4人に1人が生活保護受給というエリア4人に1人が生活保護受給というエリア この「チーム」と、池袋ウエストゲートパークのチームたちを僕は比べているのではなく、生活保護不正阻止でこれだけ盛り上がる地域は、逆に言うと、生活保護というあり方が目立つ地域であり、その不正に行政が特別に着目せざるをえないほどまだ市内に拡大していないのではということなのではないか。つまりはリーマンショック以前、『池袋ウエストゲートパーク』の頃のようなまだ社会が完全に階層化されていない雰囲気を小田原市は残しているのだろうかということだ。 そこまで調べる気力は今日の僕にはないけれども、生活保護という有り様が珍しい地域なのであれば、このグッズづくりと「チーム」化の盛り上がりはわからないでもない。大阪市の某区の4人に1人が生活保護受給というエリアで仕事(高校内居場所カフェ等)をする僕とすれば、今回のジャンパー事件は牧歌的出来事でもある。 オリジナルロゴグッズと「チーム」化で盛り上がるほど不正受給を憎むエリアがある一方で、4人に1人が生活保護でありある意味「不正」は制度の一部だとおおらかに受け止めてしまうエリアも現代の日本には混在するようだ。 こうでも考えないと、大の大人が、それも行政人たちが、SHATなどで子どもっぽい盛り上がりができる理由が僕にはわからない。(2017年2月10日 Yahoo!ニュース個人「田中俊英のドーナツトーク」より転載)

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    生活保護にかかわる小田原市職員、異動希望者多い

    欺くのであれば、あえて言う。そのような人はくずである」 ジャンパーを作成したのは、神奈川県小田原市で生活保護を担当する職員。勤務中、保護費受給世帯を訪問する際などに着用していたという。「なめんなジャンパー」の存在が明らかになると、「人権侵害」「信じがたい」など批判の声が巻き起こった。当然だろう。小田原市は1月17日に会見を開き、「不適切だった」と謝罪し、着用の禁止と関係者の処分を発表した。 生活保護制度に詳しい関西国際大学の道中隆教授も呆れ顔だ。「小田原市の職員には生活保護に携わる専門性が感じられません。生活保護は最後のセーフティーネットであり、圧倒的多数の受給者はまじめに頑張っています。人々の痛みを理解して目配りする取り組みが行政には必要ですが、あまりに配慮を欠いています」 ジャンパーが誕生したきっかけは2007年7月。この時、小田原市で不正受給が発覚し、生活保護を打ち切られた60代男性がカッターで職員を切りつける事件が発生した。気落ちした職員の士気を取り戻すために当時の係長がジャンパー作成を提案し、これまでに計64人が自費で購入したという。不正受給を許さない心意気やよし、だ。とはいえ、こんなジャンパーを着ていたらいつか問題になるとわかりそうなものだが…。 小田原市で生活保護にかかわる現役の男性職員・Aさんが神妙な面持ちで語る。「最初はジャンパーを着ることで“不正受給を許さない”との決意がありましたが、次第に何が書かれているか気にせず、部活のジャンパーのように着るのが当たり前になっていました。今回、受給者などに不快な思いをさせたことは本当に申し訳なく思いますが、その一方で、この仕事は職員が同じ気持ちにならないと乗り切れないとの思いも捨て切れません…」 女性セブンの取材に対して他の職員も口々に、ジャンパーを導入した後、連帯感が高まり、支え合って仕事ができるようになったと振り返った。 現在、小田原市には、「おれたちをバカにしているのか」「今からお前らを刺しにいくからな」など脅迫めいた電話がある一方、冒頭のように、市を応援する声もある。同業のケースワーカーからの激励も多数届いているという。 それほどまでに「連帯感」がないと乗り切れないキツイ仕事の実態とは。生活保護の最前線で今、いったい何が起きているのか──。ケースワーカーの苦労ケースワーカーの苦労 1月下旬、小田原市の生活保護窓口を訪ねた記者の目に飛び込んだのは、ひっきりなしにやって来る相談者の姿だった。2つの窓口には人が絶えず、職員は昼休みの時間でも構わず対応を続けていた。 そもそも生活保護とは憲法25条の理念に基づき、国や自治体が「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しつつ、自立を促す制度のことだ。年齢や健康状態、困窮の程度などで毎月の保護費が決まる。 希望者は地域の自治体が設置した福祉事務所に申請する。その際、面接対応や受給後の家庭訪問など、行政で生活保護全般を担当する職員を一般に「ケースワーカー(CW)」と呼ぶ。 小田原市にはCWが26人いて、面接の専門員2人をのぞく24人が約2320世帯を受け持つ。社会福祉法は、CW1人当たり80世帯の受け持ちを標準とするが、小田原市ではCW1人で約100世帯を担当する。その業務は過酷そのものだ。「申請者の資産や扶養者を調査したり、受給者を訪問して自立に向けた支援をするのがCWの大きな仕事です。事務作業が膨大で時間的余裕がなく、家庭訪問は週1度、10~20件まとめて行います。預貯金や年金の調査から自己破産の手続きまで行い、面接では7時間ぶっ続けで話を聞くこともある。朝から晩まで働きづめでキリがなく、この業務を始めてから“仕事が終わった”と思って帰宅した日は1日もありません」(Aさん) 肉体だけでなく、精神的な疲弊も大きい。小田原市の男性CW、Bさんが言う。「窓口で怒鳴られることはしょっちゅうです。精神的な障害を抱えているかたが自らをコントロールできず、感情をあらわにするケースも多い。制度に納得がいかず、『もっとお金が出るはずだ!』と責められることもあります。直接的な暴力こそありませんが、身の危険を感じることは多いです」 小田原市の男性職員Cさんは、訪問先で遭遇した出来事が忘れられない。「受給者と連絡が取れなくなったのでCWの家庭訪問に同行したら、布団の中で仰向けに倒れて亡くなっていました。テレビがつけっ放しだったので、心筋梗塞などで突然死したのだと思います。傷病が理由で保護を受ける高齢者はとても多く、現場のCWは平均で年1度はこうした場面に出くわしているはずです」 小田原市で生活保護にかかわる管理職の1人は業務の実態をこう打ち明けた。「生活保護の現場は常に危険と隣り合わせで、“大変な職場だ”とすべての職員が思っています。小田原市は5年が人事異動の目安ですが、希望を募ると生活支援課の全員が『異動したい』と言います。異動してきた直後は『頑張ります』と殊勝に語っていた職員も、何年かすると例外なく異動を希望する。心を病んで休職する者もいます」■ 生活保護費バッシングに対し精神科医が真っ向から反論した本■ 元官僚が生活保護は制度に問題あるも必要だと指摘した一冊■ 大阪西成区 不正受給Gメン配置で“ナマポ”打ち切りの噂も■ 生活保護 家族3人で月17万円、受給者の4割が高齢者■ 18人に1人生活保護受給の大阪市 支給即パチンコは当たり前

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    生保不正受給の調査 最も効果があるのは税務調査

     神奈川県小田原市の生活保護担当職員が「保護なめんな」とプリントされたジャンパーを着ていた問題。小田原市は「不適切だった」と謝罪し、このジャンパーの着用を禁止。関係者の処分を発表した。 生活保護の不正受給を許さないという決意のものに作ったこのジャンパーだが、大多数の受給者は不正などしておらず、不快に思う人も少なくなかっただろう。 とはいえ、不正受給は全国で2015年度で4万3938件になり、前年度から917件増えて過去最高を記録。金額は約170億円に上る。 小田原市でも年々増加しており、2007年に6件だった不正受給が2015年度は85件に。金額は約2281万円に達した。 それとともに、不正受給に対する世間の目も年々厳しくなっている。その対応に当たっているのがケースワーカー(CW)だ。小田原市で生活保護にかかわる現役の職員・Aさんが言う。「数年前のことですが、“夫が失踪した”と生活保護を受給した女性の家に、近隣住民から“夫が住んでいる”と通報が入ったんです。車を停められない地域だったので、2人の職員が朝6時ごろから交代で女性宅を見張りました。住宅街なので怪しまれないように私服で犬を散歩させるなどして数日の間張り込み、“証拠固め”をしてから女性に『本当は旦那さんがいるんじゃないですか』とぶつけました。彼女は最初こそ否定しましたが、結局本人の意思で保護を打ち切ることになりました。こうしたケースは生活保護から抜けるだけなので、統計的には不正受給に含まれず、返金もされません」(Aさん) 仕事を始めたのに収入を報告しないケースも多い。小田原市の男性CWであるBさんが指摘する。「私が担当したケースですが、警備業をしていた男性がけがで仕事ができなくなり、生活保護を受給するようになりました。実は受給決定から3週間後に職場復帰していたのに本人はそれを黙っていて、『なるべく早く復帰したい』と語っていたのでつい信じてしまった。この状態が2年続いた後、税務調査で200万円ほどの就労収入が発覚しました。本人を問いただすと、『生活が苦しく、保護費プラス別の収入がないと暮らせなかった』と弁解しました。実際は二重取りによる“うまみ”の誘惑に負けたのでしょう。お金は一括ではとても返済できず、分割で返してもらっています」  小田原市では過去に、アパレル店店長の60代女性が姉と長男を架空の従業員として登録し、自分の給料をこの2人に分散して収入を少なく見せかけ、22か月分の保護費およそ135万円を不正に受け取ったケースもある。※写真はイメージ 「保護費をパチンコに使って勝ったのに収入申告しなかったり、車などの資産があるのに内緒にするケースもある。子供がアルバイトをしているのにその収入を申告しないことも多いです」(Aさん) あの手この手の不正受給。こうした悪弊を断つため、大阪市は2012年に「不正受給調査専任チーム」を立ち上げた。大阪市福祉局生活福祉課の担当者が説明する。 「大阪市では18人に1人が生活保護を受給しており、市民の理解と協力がなければ制度が成り立ちません。そこで担当係長に警察OBと嘱託職員を加えて94人から成る専属チームを立ち上げ、各区に3~6人を配置しました。受給者の収入や資産、虚偽申告などの重点調査を行います。悪質なケースは地元警察と協力して刑事告訴することもあります」 小田原市と違って、怪しいとにらんだら適宜行っていく。 「受給しながら働いているかたが収入をごまかしたりゼロにするケースがとても多い。税務調査で収入を把握して、問いただしてもシラを切るなら日中に自宅を訪問し、不在だったら『どこに行っていたのか』と問い詰める。近隣住民から『スナックで働いているよ』などの通報があって職場がわかれば、押しかけて質問を繰り返して事実を認めさせて、正確な収入を再申告してもらいます」(前出・大阪市の担当者)働けるのに働かない人たち 大阪市の2014年度の不正調査件数は1593件で、うち保護停止・廃止および申請却下が330件、不正受給と認定して返還を求めたのが157件だった。着実に成果は出ているが、なかには事実確認が難しい案件もある。 「離婚率が全国でも上位の大阪では、夫婦が意図的に世帯を別にして、奥さんだけ生活保護を請求するケースが多い。別れたはずの夫が家にいる場合、家庭訪問で見つけても『たまたま子供の顔が見たくて来たんや』と言われると対処が難しい。その場合は本人や夫の事情聴取に加え、近所や地区の民生委員に確認します」(前出・大阪市の担当者) 連日、途方もないイタチごっこが続いているのだ。働けるのに働かない人たち 不正受給以上に根が深い問題は、「働けるのに働かない人」たちの存在だ。厚労省は生活保護の被保護世帯を「高齢者」「母子」「障害・傷病者」「その他」に4分類するが、近年、「その他」の世帯が急増している。 『生活“過”保護クライシス それでも働かない人々』の著者で現役CWの松下美希さんは、「近年、制度を利用して楽に収入を得ようという人が増えている」と指摘する。「『その他』は稼働年齢(15~64才)で障害や病気がなく、母子家庭でもない世帯のことで、2003年は全体の9%だったのに2013年に20%近くまで伸びました。不況やリストラで失業者が増加し、働きたくても働けない人が増えたことが背景にあります」(松下さん) 一大転機は2008年のリーマン・ショックだった。この年の末、仕事や住居を失った人のためNPOなどが開設した『年越し派遣村』が社会問題となり、国の方針で生活保護のハードルが一気に下がった。 「それまで申請しても却下された稼働年齢の人々が一気に生活保護になだれ込みました。その結果、労働せずにお金をもらえることに慣れてしまい、働けるのに働かない人が増えました。お金は労働の対価なのに、“困ったら働かずに生活保護”と安易に考える人が増えたのです」(松下さん) 実際、健康に問題のない男性が失業して保護費を受給すると働く意欲を失い、その後はいくら就労支援をしても「肉体労働はイヤだ」「給料は最低でも30万円」とダダをこねるケースを松下さんは何度も経験している。こうした人々を利用する「貧困ビジネス」もあとを絶たない。 「働く意欲のないホームレスやネットカフェ居住者をかき集めて生活保護を申請させ、劣悪なアパートなどに住まわせて、保護費から家賃や生活費をふんだくるビジネスです。暴力団など反社会的勢力が関与するケースもあります」(前出・大阪市の担当者) 大阪府は2011年に生活保護受給者を集めてサービスを行う場合は自治体に届け出るよう条例で定めた。これで警察が関与しやすくなったが、生活保護の裏側に闇が広がることを忘れてはならない。※女性セブン2017年2月16日号■ 生活保護費バッシングに対し精神科医が真っ向から反論した本■ 元官僚が生活保護は制度に問題あるも必要だと指摘した一冊■ 大阪西成区 不正受給Gメン配置で“ナマポ”打ち切りの噂も■ 生活保護 家族3人で月17万円、受給者の4割が高齢者■ 18人に1人生活保護受給の大阪市 支給即パチンコは当たり前

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    生活保護費「10年で5倍」「予算の1/4」という不都合な真実

     先日、小田原市の生活保護担当職員が、「生活保護なめんな」と印刷されたジャンパーを受給世帯訪問の際に着ていたことが問題となり、大きなニュースとなった。 これを受け小田原市は、担当部署の部長以下7人を厳重注意処分とし、謝罪会見を行った。「生活保護悪撲滅チーム」を示す「SHAT」のマークが 袖に付いた夏用のポロシャツ 社会福祉法では、ケースワーカーの配置は、受給者80世帯当たり1人を標準としている。ところが、小田原市の場合、約2,320世帯が生活保護を受給しているため標準数は29人のところを、現在は25人となっていた。 1人が担当する世帯数が多く現場が疲弊していることも問題の背景にあるとして、市は新規採用や他部署からの配置転換などで、新年度には4人程度増員する方針を示した。 この「生活保護なめんなジャンパー」問題をニュースだけで見ていると、「なんて非常識な市役所なんだ!」「人権侵害も甚だしい!」といった声が多くの人から出てきそうだ。 もちろん、役所としてあるまじき問題であり、大きく批判にさらされるべきだと思う。ただ、冷静になって考えなければならないのは、このジャンパーを着て受給世帯を訪問していた職員が「悪い」という話なのだろうか……。 ちなみに小田原市の職員たちはこのジャンパーを10年にもわたって着続けていたという。この間、役所内部から異論や指摘が出なかったということ自体が大きな問題なのではないかと思う。しかし、さらに深刻なのは、背景にある生活保護の現実である。小田原市の生活保護費は10年で2倍に増加 2014年度の小田原市の生活保護費は55億45万円。同年の一般会計予算規模が638億円なので、市の予算のじつに1割近くが生活保護に当てられているのだ。 自治体の負担は年々増えている。 ちなみに小田原市の場合、2002年の生活保護費は28億9,243万円しかなかった。2002年と2014年を比較すると、その差は26億802万円。割合にすると190.2%にも膨れ上がっているのだ。 市民1世帯当たりの生活保護費の負担額を見ると、年間6万5,398円にものぼる。こうした現実は、決して小田原市に限った話ではない。全国順位で見ても、小田原市は、2014年度の生活保護費は200位、世帯当たりの負担額は193位、2002年からの増価額こそ123位だが、それも割合で見ると269位でしかない。 決して小田原市だけが極端なわけではなく、背景となる問題は、全国の自治体が一様に抱えていると言える。大阪市の生活保護費は年間3千億円大阪市の生活保護費は年間3,146億円! これまで生活保護の実態は、まるで「パンドラの箱」のように、その内容について明らかにされることはなかった印象がある。 特定の自治体や国の生活保護費の推移に関するデータは見たことがあるが、少なくとも、全国の自治体を比較したデータなど見た記憶がない。 そこでこの問題についても考えるにあたり、まず、自らの住む自治体の状況を把握してみてはどうだろうかということで、総務省や厚労省の情報をもとに、基礎自治体を比較できるデータを作ってみた。 政策形成を考える際には、個々人が問題だと感じる1人称の課題も重要ではあるが、全体最適を考えれば、その前段となるエビデンスの共有が最も重要になる。 読者の皆さんには、ご本人が体感していることも含めて現場からの「虫の目」はもちろんだが、全体の中での位置付けを見る「鳥の目」、さらには時間や月日の流れの中でどういう傾向があるのかといった「魚の目」を意識をすることもご提案したい。 先日、自治体職員との集まりでも話をしたのだが、職員でさえも、自らの自治体の課題を解決する際に、他市との比較や全国での自分の自治体の位置付けを把握していないことがある。 そこで今回は、生活保護問題についても「鳥の目」に立った全国での各自治体が置かれている状況や、さらには時間の経過と共にどういったトレンドになっているのかといった「魚の目」の視点について紹介していこうと思う。図表:自治体別生活保護費ランキングBest20(2014) 全国で最も生活保護費が多かったのは大阪市(大阪府)で、その額は年間3,146億3,813万円におよぶ。 次いで高かったのは、札幌市(北海道)の1,360億3,983万円で大阪市の約1/3。3位が横浜市(神奈川県)の1,357億1,334万円。以下、4位神戸市(兵庫県)900億8,519万円、5位名古屋市(愛知県)898億9,621万円、6位福岡市(福岡県)848億2,408万円、7位京都市(京都府)822億9,457万円、8位川崎市(神奈川県)638億6,072万円、9位足立区(東京都)497億5,059万円、10位北九州市(福岡県)494億2,912万円、11位堺市(大阪府)493億9,608万円、12位広島市(広島県)469億6,280万円、13位江戸川区(東京都)404億964万円、14位板橋区(東京都)388億4,848万円、15位東大阪市(大阪府)380億4,499万円、16位大田区(東京都)362億9,741万円、17位さいたま市(埼玉県)361億831万円、18位千葉市(千葉県)353億円7,050万円、19位尼崎市(兵庫県)346億7,598万円、20位練馬区(東京都)342億7,072万円と続いた。自治体の名前を見れば分かるように、生活保護費全体の金額なので、政令指定都市や東京23区など人口の多い大規模自治体がそのほとんどを占めた。地域性を見るために、この上位20自治体を都道府県ごとに分けると、東京都が5区、大阪府が3市、神奈川県、兵庫県、福岡県が2市、北海道、京都府、愛知県、広島県、埼玉県、千葉県が1市と都市圏に多いことも分かる。10年で5倍以上に増加した自治体も10年で5倍以上に増加した自治体も図表:生活保護費増価額(2014-2002)と生活保護費増加率(2014-2002) 生活保護については、「急増している」、「逼迫した状況」等といった話は聞くこともあるかもしれないが、データで見ると、自治体によっては生活保護費が10年で5倍以上にまで膨らんでいる実態が分かる。 増加額で見ると、最も増えているのは大阪市(大阪府)で、2002年から2014年までの間に1,094億4,791万円も増えている。次いで、横浜市(神奈川県)の568億9,087万円増、3位が札幌市(北海道)の539億5,634万円増となっている。 一方、逆に生活保護費を減らしている自治体もある。 人口減少など外部要因の影響もあるのだろうが、最も生活保護費を減らしたのは、夕張市(北海道)で3億8,735万円の減少となっている。次いで、歌志内市(北海道)の2億3,024万円減、3位が芦別市(北海道)の2億1,721万円減、4位が三笠市(北海道)の1億6,160万円減、5位が深川市(北海道)の1億5,953万円減、6位が赤平市(北海道)の1億3,724万円減。ここまでが全て北海道の自治体になっているのも特徴的と言えるかもしれない。 その後は、7位が室戸市(高知県)の1億280万円減、8位が津久見市(大分県)の1億207万円減、9位が串間市(宮崎県)の6,827万円減、10位が相馬市(福島県)の6,451万円減だった。 これを増加率で見ると、可児市(岐阜県)の533.5%を筆頭に、霧島市(鹿児島県)525.9%、久喜市(埼玉県)462.1%、笠間市(茨城県)452.6%、那須塩原市(栃木県)409.0%、村上市(新潟県)407.0%、千曲市(長野県)397.9%、大田原市(栃木県)390.2%、佐渡市(新潟県)387.1%、湖西市(静岡県)384.7%となっている。 合併などが行われている自治体もあるので厳密ではないが、トレンドやオーダーを知るという意味で、参考までにこうした状況についても押さえておいてもらえればと思う。年間予算の1/4を生活保護費が占める台東区図表:自治体別予算に占める生活保護費割合ランキングBest20(2014) 切実な財政状況をより明確にするために、各自治体における一般会計予算に占める生活保護費の割合についても調べてみた。その割合が最も多かったのは台東区(東京都)の24.5%。年間の自治体予算の約1/4もを生活保護が占めているという極端かつ悲惨な状況であることが分かった。 次いで、門真市(大阪府)の23.4%、3位が田川市(福岡県)の20.4%、4位が板橋区(東京都)の20.2%、5位が大阪市(大阪府)の19.2%、6位が東大阪市(大阪府)の19.0%、7位が足立区(東京都)の18.7%、8位が新宿区(東京都)の18.0%、9位が尼崎市(兵庫県)の17.8%、10位が別府市(大分県)の17.6%、11位が守口市(大阪府)の17.3%、12位が江戸川区(東京都)の17.3%、13位が寝屋川市(大阪府)の17.2%、14位が北区(東京都)の17.0%、15位が嘉麻市(福岡県)の17.0%、16位が飯塚市(福岡県)の16.6%、17位が函館市(北海道)の16.6%、18位が小樽市(北海道)の16.5%、19位が墨田区(東京都)の16.4%、20位が奄美市(鹿児島県)の16.4%。 個人的には、生活保護費の総額よりも、この指標で出てくる自治体の方が生活保護が多いイメージにつながった。これを都道府県別に見ると、東京都が7区、大阪府が5市、福岡県が3市、北海道が2市、兵庫県、大分県、鹿児島が1市と、そのほとんどが東京都と大阪府に偏っていることが分かる。生活保護費負担が最も高い自治体は?世帯当たりの生活保護費負担が最も高いのは?図表:自治体別世帯当たり生活保護費負担額ランキングWorst20(2014) こうした行政ベースの数字は、比較で多い少ないは分かっても、市民の皆さんからすると実感として分かり難い。そこで、自治体ごとの生活保護費の総額を世帯数で割り、1世帯当たりの生活保護費の負担を見てみることにする。 最も高かったのは嘉麻市(福岡県)で、1世帯で年間23万5,320円も負担していることが分かった。 こうして各家庭で、毎年毎年負担している額だと思うと実感が湧いてくる。実際に、生活保護の方を支えるために、各世帯が負担する額として年間23万円というのはどう映るだろうか。 次いで2位が、田川市(福岡県)22万9,551円、3位が大阪市(大阪府)22万5,997円、4位が奄美市(鹿児島県)22万344円、5位が台東区(東京都)20万9,619円、6位が門真市(大阪府)19万5,383円、7位の室戸市(高知県)18万6,869円、8位が飯塚市(福岡県)18万3,456円、9位が歌志内市(北海道)17万5,079円、10位が東大阪市(大阪府)16万4,233円、11位が釧路市(北海道)16万3,810円、12位が守口市(大阪府)16万2,592円、13位が宮若市(福岡県)15万8,295円、14位が函館市(北海道)15万7,038円、15位が足立区(東京都)15万5,721円、16位が尼崎市(兵庫県)15万3,806円、17位が那覇市(沖縄県)15万2,025円、18位が沖縄市(沖縄県)14万5,198円、19位が大牟田市(福岡県)14万4,197円、20位が三笠市(北海道)14万3,531円と並んでいる。 上位20自治体を都道府県別に見ると、福岡県が5市、大阪府と北海道が4市、東京都と沖縄県が2市区、鹿児島県、高知県、兵庫県が1市となった。世帯当たりの負担が少ない自治体は東海・北陸に集中図表:自治体別世帯当たり生活保護費負担額ランキングBest20(2014) ここまで生活保護費の多い、もしくは負担の大きい自治体を見てきた。では逆に、負担の小さい自治体についても紹介しておこう。 世帯当たりの生活保護費負担額が最も安かったのは南砺市(富山県)で、1世帯当たりわずか7,292円だった。 最も高かった嘉麻市の23万5,320円と比較すると、嘉麻市の市民の方々は南砺市よりも1世帯当たりで32倍以上も負担していることになる。 自治体によって異なるのは当り前だが、そうはいっても、あまりにも差が大きいようにも思う。 負担額の安い自治体についてもいくつか紹介すると、2位が日進市(愛知県)7,480円、3位が射水市(富山県)7,882円、4位が恵那市(岐阜県)10,259円、5位が裾野市(静岡県)8,168円、6位が菊川市(静岡県)9,019円、7位が鯖江市(福井県)9,516円、8位が砺波市(富山県)9,560円、9位が瑞浪市(岐阜県)10,146円、10位が飛騨市(岐阜県)10,148円と、東海地方と北陸地方に集中していることも見えてきた。世帯当たりの生活保護費は?神奈川県の受給世帯当たりの生活保護費は1,155万円?図表:都道府県別受給世帯当たり生活保護費 ここまでは基礎自治体である市区の生活保護費について書いてきたが、読者の視点に立てば、「生活保護受給世帯はどれだけいるのか」、「実際、受給世帯当たりどれくらいの費用がかかっているのか」ということに関心が行くのではないかと思う。 そこで、厚労省が公開しているデータが都道府県ごとだったので、都道府県別の受給世帯数で、各都道府県内の市区の生活保護費の合計額を割った、都道府県別「受給世帯当たり生活保護費」を出してみた。 市区の生活保護費の合計額でいえば、最も多かったのは東京都の6,045億円。次いで大阪府の5,896億円、神奈川県の2,903億円・・・となるのだが、人口数によってその順番は少し変わる。 受給世帯当たりの生活保護費が最も高かったのは、神奈川県の年間1,154万7,005円となった。もちろんこれは受給額ではない。生活保護にかかる行政計費も含まれるので、この中には市役所の担当職員の給与等も含まれる。 今回のデータの場合、市区のみが対象のため、町村のデータは含まれない。にもかかわらず、受給世帯数は町村も含めたものだ。ただ、そうはいっても生活保護世帯1世帯に年間1,154万円もかかっているという現実を皆さんはどう感じるだろうか。 この仕組みを維持するために先述の負担を市民たちは負っている。本当にこの仕組みが今後も維持し続けられるのかについても考えていく必要がある。ちなみに受給世帯当たり生活保護費が神奈川県に次いで高かったのは兵庫県で1,153万7,729円。 以降、岡山県1,092万7,650円、大阪府1,052万7,074円、京都府1,027万758円、広島県862万6,387円、愛知県816万5,408円、熊本県574万4,174円、宮城県558万8,423円、北海道532万6,095円となっている。自治体の意識改革や法整備を考えるべき 冒頭の話に戻るが、生活保護費の額だけを見ても、小田原市で2倍になっていることから分かるように、生活保護の自治体負担はこの10年の間に極端に増えている。 その要因について簡単に背景を考えていくと、一つには経済状況がある、GDPが急激に上がる成長段階を終え、自治体現場における経済状況も悪化しているというのが現状である。 それ以上に大きな要因になっているのが高齢化の問題だ。 高齢者の場合、年金だけで生活できなくなると、この生活保護に流れてくる構造になっている。 詳細についてはまた別の機会に書こうと思うが、こうした大きな要因の中で、生活保護は社会保障の一つとして大きく増大化していく状況にある。これをどうするのかが最も大きな問題なのだが、国政においても解決策があまりなく、むしろ触れてはいけない「パンドラの箱」になっている。そのため生活保護の問題は一向に解決されない。 年金問題を中心とした税と社会保障改革に関しても、年金について支給年齢引き上げや支給額の引き下げ等の対応を行ったとしても、年金額よりも生活保護費の方が高い構造から、この改革によって生活できなくなった人たちが一斉に生活保護に流れてくる構造になっている。年金改革を行う際には、この生活保護改革を同時に行わなければ、底の抜けた桶で水を汲むのと同じ状況になってしまう。 こうした意味でも生活保護改革は喫緊の課題であると言える。ただ一方で、自治体現場では「国が変えてくれない」と文句を言っても、逼迫した状況から逃れられるわけではない。「生活保護者歓迎」の看板市民の要求が現場を苦しめる悪循環 自治体現場に合わせて追い打ちをかけたのが、「職員定数削減」など住民や社会からの行政改革要求だ。 肥大化した自治体業務や適性人員の観点から見直しを図るべく、業務改善や行政改革はどんどん進めればいいと思う。 しかし、こうした行政改革のしわ寄せは、良い悪いは別にして、福祉現場にきている状況があるように感じる。 住民としても「良かれ」と思っての行政バッシングだろうが、こうした批判がもとで行政の仕事をオーバーワークにつなげている部分があることも考えなければならない。画像はイメージです 生活保護部署においては、もう一つ大きな重荷になっているのが、「不正受給」の問題だ。 生活保護については、様々な噂が絶えない。 生活保護者の場合、家賃の取りっぱぐれがないため、むしろリフォーム費用をかけるよりもそのままの物件を生活保護者に貸そうという不動産会社が、市役所の目の前に店舗を構えて、「生活保護者歓迎」と看板を出す。 同様に、医療費についても、病院においては医療費の未払いは経営にとって大きな課題になる。ところが生活保護者の場合、医療費が無料になる代わりに行政が税金から支払うことになるので、医療機関からすればむしろ医療費の取りっぱぐれがない。 そのため、生活保護者が頻繁に病院に通うようになる、薬を多めに出す、さらには生活保護者がその薬を転売する等という状況になって、病院側も生活保護者もwin-winになっている。などという噂がまことしやかに囁かれている。 生活保護者がベンツやBMWに乗っている、子どもは私立学校に通い、家族で海外旅行にも行ってる・・・等々、私が耳にしただけでも怪しげな噂は絶えない。 当然、こうした噂を聞いた市民は「不正受給を突き止めろ」と指摘する。 しかし、実際には職員の調査権限はほぼ皆無であり、担当職員は、真面目であればあるほど、市民の要求と実際にできることの狭間で苦しみ、また現場では、生活保護が支給されるされないは、まさに生きるか死ぬかの分かれ道でもあり、本当に壮絶な現場を日々体験することになる。 生活保護担当といえば一昔前の役所では、ある意味3K部署であり、人気がなく、役所によっては窓際部署のように扱っている所もあった。 しかし、現在では、2倍3倍のペースで仕事が増えながら、人員はほとんど変わらないという状況にある。ある種の専門性を持たなければ仕事にならないケースワーカーたちが、日中、受給者の自宅を回り、17時に戻って、それからデスクワークをこなし、家庭によってはさらに夜間に訪問して対応するという、公務員の勤務規定からは考えられないような実態で回しているところがあったりもする。 役所の中では、花形部署と言われる財政や企画、人事や総務といった部署を渡り歩いた人たちが出世していく傾向にある。 各自治体は、今一度、福祉現場の実態をしっかりと認識し、「部署ごとの問題解決」という段階から1段フェーズを上げ、全庁的に解決しなければならない課題だと認識して、すみやかに対応していく必要があるのではないか。 道路や開発についての国会への陳情もいいが、むしろこうした自治体現場の抱える「闇」とも言える問題解決を、地方から国に要求していく必要があるのではないだろうか。たかはし・りょうへい 中央大学特任准教授、NPO法人Rights代表理事、一般社団法人生徒会活動支援協会理事長、千葉市こども若者参画・生徒会活性化アドバイザーなども務める。1976年生まれ。明治大学理工学部卒。26歳で市川市議、34歳で全国最年少自治体部長職として松戸市政策担当官・審議監を務めたほか、全国若手市議会議員の会会長、東京財団研究員等を経て現職。世代間格差問題の是正と持続可能な社会システムへの転換を求め「ワカモノ・マニフェスト」を発表、田原総一朗氏を会長に政策監視NPOであるNPO法人「万年野党」を創設、事務局長を担い「国会議員三ツ星評価」などを発行。AERA「日本を立て直す100人」、米国務省から次世代のリーダーとしてIVプログラムなどに選ばれる。テレビ朝日「朝まで生テレビ!」、BSフジ「プライムニュース」等、メディアにも出演。著書に『世代間格差ってなんだ』、『20歳からの社会科』、『18歳が政治を変える!』他。株式会社政策工房客員研究員、明治大学世代間政策研究所客員研究員も務める。

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    生活保護者通報の小野市パチンコ店「通報して逆恨み嫌」の声

     生活保護受給者が、保護費をパチンコなどで浪費している姿を見かけた市民に情報提供を求める、兵庫県小野市の「福祉給付制度適正化条例」が4月1日、施行された。 この条例は場合によっては見た目だけで「通報」され、市の推進員が疑わしいと判断した場合には、実態調査も行なわれる。さらに調査の過程で不正受給等が明らかになれば、刑事告発等で厳正に対処するという内容。 現地はさぞ混乱しているだろうと、本誌記者が小野市のパチンコ店に潜入取材を敢行。ちなみに記者は普段からどう見ても金持ちには見られない風貌である。 兵庫県の中南部に位置し、人口約5万人が住む小野市内には、全部で5軒のパチンコ店がある。市役所近くにあるA店に入ってみると、大音量で流れるBGMとは裏腹に、パチンコ台の列には中高年の客が数人いるだけだ。 条例の影響で客がパチンコ店を一気に離れたのだろうか。店内をウロウロと歩き回っても、通報されるどころか一向に声をかけられる気配すらない。常連だという40代自営業の男性客に声をかけてみた。「週末以外はいつもこんなもん。通報? 誰もせいへんよ。みんな自分が勝てるかどうかしか関心あらへん」 ならばと、タクシーで10分ほど離れているB店へ。A店同様、客はまばら。茶封筒から取り出した千円札3枚でパチンコを打ち始めたが、おとがめなし。わずか10分でスッテンテンに。(記事とは関係ありません) 仕方なく周囲の台を打っていた客に話を聞いた。「『受給者です』って名札つけとるわけやないし、誰が受給者かわからん」(60代男性)「通報して逆恨みでもされたらバカらしい」(40代女性) と、無関心。さらに、受給者らしき人がよく来るというC店に行ったが、店員は、「受給者の方は何となくわかりますが、お客さまですから通報するのは……」と、早くも条例がきちんと機能するかどうかさえ怪しい雲行きなのだ。 条例施行後の通報件数について市は「答えられない」と回答。そこで、小野市の蓬莱務市長を直撃した。「パチンコをやってはいけないとはいっておりません。保護費を過度に浪費してほしくないのです。本来、生活の安定向上のために給付される保護費を浪費して生活に困窮することは、誰もがおかしいと思うはずです。この当たり前のことをいえる環境を整えただけです」 小野市で生活保護を受けているのは120世帯ほど。ひょっとして、「釘を刺した」だけで打ち止めか。関連記事■ 「生活保護は恥」は過去 今は“貰えるものは貰っておけ”に■ 生活保護費バッシングに対し精神科医が真っ向から反論した本■ 18人に1人生活保護受給の大阪市 支給即パチンコは当たり前■ 元官僚が生活保護は制度に問題あるも必要だと指摘した一冊■ 生活保護 家族3人で月17万円、受給者の4割が高齢者

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    生活保護でパチンコしたらダメですか?

    思いでニュースをご覧になった人も多いのではないだろうか。大分県内の2つの自治体が、ギャンブルを理由に生活保護受給者への給付を停止した措置について、県から「不適切」と指摘され、方針撤回を決めた。「権利」か「恩恵」か。感情論が先立つ生活保護の在り方を冷静に考えたい。

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    生活保護受給者と「納税者」の分断を煽る産経新聞 

    猪野亨(弁護士) 大分県の別府市、中津市が生活保護受給者のパチンコ利用について浪費だからということで生活保護費の支給まで停止していた事件がありました。厚労省、大分県からも違法であるとして是正要求を受け、両市ともにこのような停止処置は実施しないということになりました。 当たり前のことです。生活保護費は支給された額をどのように使おうとも原則、自由です。それが最低限度の文化的な生活としての給付である以上、節約して貯めることなど全く要求されていません。パチンコに使えば浪費で、他の趣味に使えば浪費でないなど言えようはずもありません。別府市、中津市のやり方は過ぎたる干渉ですし、それ以上に保護を停止したということ自体、重大な人権侵害行為です。最低限の生活費そのものなのですから生存権そのものに関わる問題です。参照「別府市が生活保護受給者が朝からパチンコをしないように巡回調査・受給停止。これ、違憲・違法!」(Everyone says I love you !)(記事とは関係ありません) このように是正されはしたのですが、難癖をつけている新聞があります。「パチンコしたら生活保護を一部支給停止-大分県別府市・中津市が撤回 国、県の是正要求を受けての対応だが…」(産経新聞2016年3月17日)ただ、納税者からは「受給者が浪費するのは疑問」という声も上がっており、今後、波紋が広がりそうだ。 このような記事を書くのは産経新聞と決まっていますが、納税者と生活保護受給者を分断するようなこのような書き方自体、問題です。これでは、納税者が生活保護受給者を養ってやっているという発想そのものではないですか。生活保護が憲法上の権利であり、生活に困窮していれば、誰もが生活保護を受給できるのであってこのような分断は、国民の間に対立を煽っているだけでしかなく、悪質です。 生活保護受給者がパチンコをすることが問題というよりも、ギャンブルとしてのパチンコが野放しになっていることこそ問題なのです。国会では、一部の議員がカジノ解禁せよ、などとやっていますが、ギャンブル依存症は一定数存在しているのであり、そもそもこのような生産性の全くないマネーゲームなど、さっさと禁止すべきものです。 パチンコだって趣味の1つではないのか! だったらお金を掛けることのないギャンブル性のないパチンコで楽しんで下さい。カネを掛けなければつまらないというのであれば、パチンコが好きというよりはギャンブルが好きなだけ。ギャンブルの中で、お馬さんを選ぶのかパチンコを選ぶのかという程度の差しかなく、ギャンブル性のあるパチンコを認める必要性など全くありません。「パチンコの景品交換に手数料案 社会貢献という発想 規制も視野におくべき」(「弁護士 猪野 亨のブログ」より2016年3月17日分より転載)

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    生活保護】「健康で文化的な最低限度の生活」にパチンコは必要?

    コ業界にかなり天下りしていますが今回は腰を上げてしっかりして欲しいと思います。 さらに大分県別府市で生活保護受給者がパチンコで遊んでいないかを市役所の巡回調査員が見まわり見つけた場合は注意する、複数回になった場合は生活保護費を減額するという取り組みがニュースになっています。今年10月は合計5日間に市役所職員35人がパチンコ13店と市営競輪場を巡回して合計25人を見つけ1人ずつ市役所に呼び出して注意をしたということです。別府市はすでに25年取り組んでいてこれは大いに賛同します。 また少し前ですが兵庫県小野市でもパチンコが話題になりました。生活保護受給者がパチンコ等で遊んでいる情報提供を市民にお願いすることを小野市福祉給付制度適正化条例で市民の責務として規定をしたということが話題になりました。 パチンコと生活保護について考えてみます。 生活保護生活保護法第一条に「憲法第二十五条に基づく」とあります。「この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」 そして憲法第二十五条一には「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあります。 私はなかなか厳しいこの経済状態の中で本当に働きたくても働けない方々を国が保護することは賛成です。一方で、生活保護法第一条に基づいて自立を促すことを考えればパチンコが逆に生活困窮者をもっと生活困窮に陥れていく可能性はかなり高いのではないでしょうか。 さらに国民で共有すべきポイントは憲法第二十五条の精神「健康で文化的な最低限度の生活」に生活保護費でのパチンコ遊びが入るのかということです。パチンコに限らず「生活保護費での遊び」は文化的最低限度の中に入らないと思えばそのコンセンサスを国民が作るべきではないでしょうか。私は遊びは自分のお金でやらなければダメだと思っています。 憲法二十五条と生活保護法に照らし命はしっかりと守る。それもただ単に生かしておくということではなく最低限度の文化的な生活を保障すべきで、その水準の議論はあっていいけれどもパチンコは入らないと考えます。 かつての経験的な例えですが、大学進学で地方から上京し生活面で親から仕送りを受けることはあっても遊び代は自分でバイトして稼ぐというのが学生時代の友達に多くいました。 生活保護は最低限の生活はきちっと守っていかなければいけない。しかしそれ以上については働く意欲が湧く方策がなければダメでけじめが必要です。(2015年12月28日「中田宏ブログ」より転載)

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    生活保護を堂々と受けられる世の中になれば日本が活性化?

    多くの自営業者が廃業し、労働の場もコンビニやショッピングモールのアルバイトなどに移っていったわけだ。生活保護は当然の権利である生活保護は当然の権利である このように、多くの業界において少数の勝ち組と、多くの低賃金労働者や不安定就労者が生み出される構図になってしまったわけだ。 では、この前提のもと、我々はどうすれば良いのだろうか。私は打破すべきは、「平等を前提とした世の中だからこその行き詰まり」ではないだろうかと考えている。 逆に言えば、私たちは、不平等な世の中を真正面から受けいれることで、新しい一歩を踏み出すことができるのではないだろうか。 近年、格差社会になったとはいうものの、心理的な意味で、江戸時代の武士と平民ほどの身分差は感じないであろう。 まだまだ一億総中流的なマインドが残っていて、根本的には平等だと思うからこそ、生活保護を受けることに対しても、「恥ずかしい」とか「情けない」というような気持ちになってしまうのではないだろうか。 不平等を真正面から受け止めた上で、負け組みになったとき生活保護を受けるのは当然の権利であり、また、勝ち組は負け組みを助けるのが当たり前だ、という文化を創っていく必要があるのではないだろうか。 勝ち組の人には良い意味で特権意識を持ってもらう一方、逆に、自分の置かれた環境の中で、一生懸命頑張った結果であれば、堂々と生活保護を受ければ良いと思う。 そして、勝ち組の人たちも、それを当然のことと認めるべきである。自分が勝ち組になったのは、負け組みの人がいるからこそなので、お互い様という考え方である。生活保護に対する補足意見だが、以下2つの意見を補足しておきたい。 1つ目の意見は、生活保護は、できる限り現物給付で与えるようにするということだ。これならば憲法が宣言している生存権を守りつつ、モラルハザードをある程度は防ぐことができる。 現物給付ということは、ギャンブルなどに流用することもできないのはもちろんのこと、自分が選択権を行使する余地がないのだから、自由がほしければ、生活保護から抜け出せるよう再チャレンジするためのインセンティブにもなる。 2つ目の意見は、「働けない人を無理に働かせる必要はない」ということである。 働くことが難しい人に対して「生活保護はケシカラン」ということで、無理に就職をさせても、就職先の経営者や同僚の社員が迷惑を被ってしまう。また、本人が無理をしてメンタルを病んでしまってはそれこそ一大事であろう。 だが、私が生活保護の心理的ハードルが下がることに一番期待している効果は、日本人が積極的なマインドを取り戻すことである。 失敗しても救いがあることがわかれば、夢を持つ若者は積極的に起業にチャレンジできるし、長生きのリスクに供えて何千万円も貯めなければならない恐怖からも開放されれば、近年国内で売れなくなっている自動車なども、大きく需要が復活するなど消費も活性化するのではないだろうか。《参考記事》■東名阪高速バス事故、11日連続勤務は合法という驚き 榊 裕葵http://sharescafe.net/45556859-20150715.html■職人の世界に労働基準法は適用されるか?http://sharescafe.net/41988647-20141120.html■経験者だから語れる。パワハラで自殺しないために知っておきたい2つのこと。 榊 裕葵http://sharescafe.net/42167544-20141201.html■すき家のワンオペを批判するなら、牛丼にも深夜料金を払うべきだ。 榊 裕葵http://sharescafe.net/41373749-20141016.html■日テレ内定取り消しの笹崎さんに必要なのは「指原力」だ 榊 裕葵 http://sharescafe.net/41885958-20141114.html

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    生活保護でパチンコ」を防ぐ策がひとつある

    石川和男(社会保障経済研究所代表) 生活保護費をパチンコに使うことは良いのかどうか? 答えは、「良くはないが、悪くもない」であろう…。 今月17日、大分県別府市は、生活保護受給者がパチンコなどギャンブルをしたとされる生活保護受給者に対して保護費の一部停止や減額の措置を取っていたが、今後それらの措置を取りやめることにした。 生活保護費をギャンブルに使うことを禁止する規定は生活保護法にはない。だから、国(厚生労働省)も大分県も、別府市の措置を不適切と判断した。大分県の指摘を受けたため、別府市は停止・減額を止める。今後ともパチンコ店などの巡回調査は続けるそうだ。 別府市は25年以上前から、市内のパチンコ店や競輪場を巡回し、生活保護受給者の立入り状況を年1回調査してきた。昨年は遊技場に2回以上出入りした9人について、医療費などを除く保護費の支給を1~2か月間停止した。 これを知った大分県は先月、遊技場に数回立ち入った事実で停止するのは適切でないとの理由で、市に改善を求めた。市は、来年度から停止措置を止めるとともに、受給開始時に交わす誓約書の「遊技場に立ち入った場合は保護を廃止されても異存はない」との文言も見直す。 生活保護費は、生活保護法の理念に照らせば、『最低限度の生活』を送る範囲内で使われるべきもの。生活保護費をギャンブルに使うことは『最低限度の生活』には当たらない不適切なものだという認識が、別府市だけでなく、他の自治体にもあることは事実だ。 しかし、理念はそうであっても、法令上では生活保護費をギャンブルに使うことを禁ずる規定はない。優先されるべきは「不正受給対策」 この問題の難しいところは、パチンコなどギャンブルが、受給者にとってはひょっとすると『最低限度の生活』、即ち『健康で文化的な生活水準を維持することができるもの』(生活保護法第3条)であるかもしれないという点。これは非常に曖昧な概念であり、人それぞれの価値観に関わること。全員一律に“ギャンブルは悪だ!”との線引きをすることは不可能だろう。 今回、厚労省や県が“停止措置の停止”を求めたのは、現行の生活保護に係る運用ルールを今すぐ変更することは得策ではないと判断したからだと推察する。もしこの運用ルールを変更する場合、法律改正ではなく、運用ガイドラインを修正すれば足り、国会審議は要らない。しかし、対外的に説明するための説得材料に乏しければ、ルール変更は難しい。 生活保護費の内訳は、直近の2013年では、割合が高い順に、医療扶助費1.7兆円(47%)、生活扶助費1.2兆円(34%)、住宅扶助費0.6兆円(16%)、その他0.1兆円(3%)。 ギャンブルに使うのは、生活扶助費からであろうが、このうちのどれだけの額がギャンブルに使われているのか、データは見当たらない。単なるギャンブルけしからん!パチンコけしからん!という観念論だけでは、ルール変更の説得材料としては全く物足りない。 もちろん、生活保護の運用面では、「不正受給」の範囲は決められている。直近のデータでは、2013年度の生活保護費(総額3.6兆円)について、不正受給は4万3230件で187億円。1件当たりの金額は43万2千円で、全体からすると、0.5%程度。 一方、不正受給の場合には返還を求めることになるが、2013年度末時点で返還されていない債権は13万件で計490億円。このうち、自治体の督促や指導が不十分だったり、転居先を調べずに所在不明になったりして回収できていない債権は1万4千件、計112億円。 実際の生活保護行政において優先されるべきは、こうした不正受給への対策であるはずだ。不正受給はわずか0.5%ではあるが、現に不正だと認定されているからだ。ところが、パチンコなどギャンブルへの生活保護費の使用は、不正なことと認定されているわけではない。となれば、厚労省としても、現行ルールで不正でないものよりも、現行ルールで不正であるものに注力するのは当然のことだ。更に言うと、ギャンブル使用の件よりも、不正受給費の回収に全力を挙げるべし、となる。 それはさておき、生活保護受給者数の増減の理由は、政府の景気・経済対策とは結果的に関連性はない。それは、これまでの景気指標関連データと生活保護関連データを重ね合わせて見るとすぐわかる。 アベノミクスも含め、過去の経済対策が生活保護分野の改善に効果も効能も及ぼしているとはとても言えない。そもそも、経済対策と生活保護には相関関係は見られてこなかった。 生活保護には、生活扶助、医療扶助、住宅扶助、介護扶助などがある。いずれの扶助も抑制していくことを迫られているだろうが、個々の受給ごとに事情が異なるので、マクロ財政の視点から優先・劣後の順位付けをすることは難しい。 生活保護は個人向け補助金であるが、財政事情を慮れば1人当たりの支給規模を今後増やす余地はないと思っておくべきだ。解決策の一つとして、現金給付から現物給付への移行を真剣に検討すべきである(実は、これによって、ギャンブルへの使用はほぼ完全に防ぐことができるはずだ…)。

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    生活保護でギャンブル」を納税者は我慢しなければいけないのか

    木曽崇(国際カジノ研究所所長) パチンコや競輪での浪費を続けたことなどを理由に生活保護を停止・減額してきた措置について、大分県別府市および中津市が県の指摘を受けて今後は同様の措置を行わない考えを示しました。本問題は昨年12月の別府市議会の一般質疑で取り扱われた事から論議に火が付き、九州・沖縄の弁護士らで組織する「生活保護支援九州・沖縄ネットワーク」などからは「支給停止は違法」として処分の取り消しを求める意見書も提出され、全国的な論議を呼んでいたものです。今回の別府市・中津市による方針転換によって、論議としてはひと段落したとも言えますが、本稿では生活保護受給者のギャンブル浪費に関して別の角度から引き続き論考を行ってみたいと思います。 実は生活保護受給者のギャンブル浪費が大きな論議を呼んだのは、今回の大分県の事例が初めてではなく、2013年3月に兵庫県小野市がいわゆる「生活保護受給者『見守り』条例」を成立させた時にも同様の論議が起きました。この小野市条例は、生活保護受給者等がパチンコや公営競技などを含む各種遊興行為で浪費を行わないよう、地域住民による「見守り」を促す条例であり、市はその為のホットラインを設け、通報があった場合には担当職員による調査の実施、および必要に応じて指導を行うとするものでした。 この小野市条例の制定を巡っては国政の場にまでその是非が持ち込まれ、当時の衆院厚生労働委員会では高橋千鶴子議員(共産)と田村憲久厚労相(当時)によって以下のような舌戦が繰り広げられています。○高橋(千)委員 基本的には保護費を何に使うかというのは自由だということでよろしいですよね。やはりそれは、アルコール依存症ですとか、買い物依存症ですとか、病的に何か支援をやらなければならないということに対して支援をするというのはいろいろな仕組みをつくる必要があると思うんですけれども、何かそれが、本当にわずかな保護費の中でのささやかな楽しみまで全部管理をされるのかということがあってはならないわけです。 しかし、現実にそれが条例になったのが、兵庫県の小野市の条例でありますけれども、ここは私は三つ問題があると思っています。それは、生活保護費だけではなくて、児童扶養手当とかその他福祉制度についての金銭給付についても対象になっている。もう一つは、パチンコ、競輪、競馬その他ということで、何か、範囲がどこまで広がるんだろうということ。そして三つ目が、市民に通報の責務を与えている。こうなるとさすがに、ささやかな楽しみどころか、パチンコをやる人は皆通報しなさいではないですけれども、そういう極端なことになってはならない。http://chiduko.gr.jp/kokkai/kokkai-339 以上のように小野市の条例制定に対して、最も激しく抵抗を行ったのが日本共産党でありました。彼らの主張は一貫して「当該条例は受給者の『ささやかな楽しみ』を管理しようとするものである」というものであり、条例審議を行った当の小野市議会は勿論のこと、前述のように国会の中でも激しい反対論を展開しました。擁護側が訴える「納税者心理」への配慮 一方、この種の条例を擁護する側は、むしろ制度全体を資金的に支える「納税者心理」への配慮を訴えています。そもそも、生活保護法はその第六十条で「被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、自ら、健康の保持及び増進に努め、収入、支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない」と定めています。また、生活保護法の実施要領では貴金属の保有は認めていない他、「当該地域の一般世帯との均衡を失することにならない」とする観点から、家具什器・衣類寝具および少額の趣味装飾品以外に関しては、当該地域の全世帯の70%程度の普及率を基準として物品保有を認めるとする条項が定められています。(参照:生活保護法による保護の実施要領について https://www.pref.chiba.lg.jp/kenshidou/tetsuzuki/350/documents/13120-023-p.pdf) 一方で、レジャー白書(2015年)によれば日本全体でのパチンコの参加率は15.9%、中央競馬で8.6%、この種の射幸性を提供するレジャー産業の中で最も参加率の高い宝くじでさえ42.6%であり、上記実施要領の定める普及基準である70%には遠く及びません。結果、生活保護受給者がこれらサービスに金銭を賭すことに対して、それが「浪費ではないか」という声が挙がってくるのも納税者側の心理としては仕方がない部分もあると言えます。 そして、実はこのような納税者の心理に配慮した仕組みというのは、一部公営競技では既に導入されていることはあまり知られていません。日本中央競馬会の運営するインターネット等を利用した馬券購入システムでは、その利用規約第21条によって「生活保護法の被保護者」の加入を禁じています。以下、日本中央競馬会PAT方式電話投票(A-PAT)に関する約定より転載。第21条 次に掲げる者は、加入者となることができません。(5)生活保護法(昭和25年法律第 144号)に規定する被保護者http://www.jra.go.jp/dento/member/apat/yakujyo.pdf 中央競馬は国の管理する機関が運営を行う賭博事業であり、その施行を行っている日本中央競馬会は国の特殊法人ですから、これも生活保護受給者のギャンブル消費に対する広義の公的制限であるといえるでしょう(但し、今のところ窓口販売に関しては同様の規定はない)。 更に言えば、実は現在、我が国で検討が行われているカジノ合法化および統合型リゾートの導入論議の中でも、類似するシステムの導入論議が行われているのが実情です。カジノ業界では日本よりも先行して2005年にカジノ合法化を決定し、2010年から運営を開始したシンガポールのカジノ施設において、政府の生活保護プログラムの対象者、および多重債務者は施設の入り口でのIDチェックで識別され、入場不可とする仕組みを採用しています。これは1960年代からシンガポールで採用されてきた国民登録制度のシステムを通じて認証が行われるものですが、日本でも昨年成立したマイナンバー制度の運用次第では十分に実現可能なものであり、その種の利用可能性の検討は既に政府内で行われているのが実情であります。 生活保護受給者のギャンブル消費の制限に関しては、憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の解釈にもかかる問題であり、その導入是非に関しては慎重な論議が必要な分野ではありますが、兵庫県小野市、大分県別府市などの条例論議をキッカケとして、少しずつ社会的な関心が高まっているところです。一方で、マイナンバー制度の導入をはじめとして、施行にあたっての技術的なハードルは格段に下がっているのも事実であり、今後ともこの分野に関する論議が引き続き深められてゆくことを期待したいものです。

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    生活保護でパチンコ禁止にみる「正しい貧乏人」のあり方

    北条かや(著述家) 厚労省によると、昨年末時点で生活保護を受けている人の数は「216万5585人」。前月より1210人増えた。ただ、雇用が改善しているためか、受給者数は前年と比べて4576人減っている。アベノミクスが成功したかは別として、生活保護を受ける人の数は、「景気と連動して減る」。 一方、生活保護を受ける「世帯数」は増えた。昨年末時点で「163万4185世帯」もあり、前月より1965世帯増加。前年同月からは、1万5989世帯増えている。高齢化で一人暮らしのお年寄りが増えたためだ。自治体の福祉関係者が増員された、という話は聞いたことがないので、職員1人あたりが対応する「世帯」は、むしろ増えているのだろう。そんな中、大分県で「生活保護費を使ったパチンコ禁止」をめぐるニュースが話題を呼んだ。今回は、その是非から、私たちのなかにある「正しい貧乏のあり方」について考えたい。「健康で文化的な最低限度」を一律に決めるのは不可能 大分県別府市では昨年10月、パチンコ店や競輪場に「受給者がいないか」巡回調査を実施。2回以上、こうした遊戯場に出入りした受給者9人に対し、「医療扶助(医療費の補助)」以外の生活保護を1~2か月、取りやめた経緯がある。中津市でも同様、月に1回パチンコ店などをチェックし、バツとして受給者4人の支給を減額していた。別府市では、保護受給者に対し、「遊技場(パチンコ、競輪場など)に立ち入る行為は、浪費を助長するため、慎む」との誓約書や指示書もあったようだ。それでも、ギャンブルにハマる人はやってしまう。 「生活保護法第60条」には、「収入、支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない」とある。これが「パチンコ禁止」を正当化できるか。大分県や厚労省は「できない」とみたようだ。 今年2月と3月には、大分県が別府市と中津市に指導。今年度からは、巡回は続けるものの、生活保護費の停止・減額措置は行われないことになった。巡回は行われることから、「バツを伴わない生活指導」の意味合いが強くなると思われる。それでも高まる「なぜギャンブルが許されるのか」 憲法第25条には、私たち国民が、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」をもつと書いてある。が、国も自治体も、受給者がパチンコで「遊ぶ」ことを「健康で文化的な最低限度の生活」とは、あまり認めたくないようだ。だからといって国家が、どこまでが「健康で文化的な生活」なのかを決めることには、ファシズム的な危うさが漂う。 生活保護費で春画展を観に行くのはどうなのか。マッサージや飲酒は?ピンサロやデリヘルなど、性風俗店は?女性なら、ホストクラブはダメなのか?すべての価値観には、「自由」が先行する。だから国は、「健康で文化的な最低限度の生活」を、線引することが原理的にできない。個々の受給者に対し、「あなたは最近、パチンコをしすぎですよ、依存症の可能性があるから一緒に治療しましょう」とはいえても、生活保護法に「すべての受給者はギャンブルをすべきでない」とは、決して書けない。それが民主国家ということだ。それでも高まる「なぜギャンブルが許されるのか」 それでも、私たちの心にはわだかまりが残る。なぜ、頑張って稼いだお給料を税金にとられ、その一部が(ほんの一部だとしても)ギャンブルに使われるのか。生活保護を受ける人は「かわいそう」だけど、遊びに使うお金まで支援してあげるほど、こっちだって余裕はない……ネット世論をみれば、「生活保護費をギャンブルに使うなんて言語道断」とか、「パチンコや競馬に、生活保護費を使い込んでしまうような人物だから、生活保護から抜け出せないのだろう」「いや、抜け出す気もないのか?」など、さまざまな声が見つかる。「巡回調査を強化すべき」という人もいる。 生活保護にかかるお金は、毎年3.8兆円と膨大だ。その6割は医療扶助などの「医療費」が占める。本来、メスを入れるべきは「ギャンブル」ではなく、ここ(ムダな薬の出しすぎなど、医療費の削減)なのだが、なぜか問題は「パチンコ禁止」へと向かう。病人への医療支援には、倫理的な後ろ盾があるから批判しにくいのだろう。「お金が払えない人に医療費を扶助するのは仕方がない」が、「お金がない人がギャンブルをするのは許せない」。 ここから見えてくるのは、私たちがもつ「正しい貧乏人のあり方」だ。病気や事故、家族の不幸などで働けず、国の支援を受けている人は、「かわいそう=正しい貧乏」。対して、貧しいのに遊んで暮らしている(ようにみえる)人は、「許せない=悪い貧乏」。本来は両者とも、同じ貧困層のはずだ。しかし、この倫理の線引きがあるために、私たちは生活保護費の6割を占める医療費にメスを入れようとしない。議論しようともしない。「よい貧乏、悪い貧乏」のイメージがあるかぎり、「保護費でパチンコ問題」は、定期的にニュースを騒がせるだけだろう。本当の問題は、もっと別にある。

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    餓死にもつながる生活保護停止 感情論で判断してはいけない

     聖学院大学人間福祉学部客員准教授) 大分県は別府市・中津市がパチンコなどのギャンブル行為をおこなう生活保護受給世帯への生活保護の停止・減額措置に対して、是正要請をおこなった。生活保護受給世帯がギャンブルをおこなうことを理由に、生活保護の停止・減額をしてはならないと要請したのである。これらの是正要請を受けて、両市は新年度から処分を行わない方針を決めた。両市の福祉事務所のケースワーカーが管内のパチンコ店などを見回り、生活保護受給者が店内にいた場合は、指導や生活保護上の処分をおこなってきたが、これらは今後おこなわれなくなる。一連のギャンブル行為をおこなう生活保護受給世帯への福祉事務所の関わりが物議を呼んでいる。 今回の騒動を整理したい。まず生活保護受給者はギャンブル行為をおこなってはいけないのか。生活保護法には第60条に「被保護者は、常に、能力に応じて勤労に励み、自ら、健康の保持及び増進に努め、収入、支出その他生計の状況を適切に把握するとともに支出の節約を図り、その他生活の維持及び向上に努めなければならない。」と規定されている。ギャンブル行為はこの節約を図り、その他の生活の維持及び向上に努めていないものといえるかもしれない。生活保護費の支給日は開門前に人だかりができる =西成区役所 2006年 11月1日 だから、同法第27条には「保護の実施機関は、被保護者に対して、生活の維持、向上その他保護の目的達成に必要な指導又は指示をすることができる。」と規定している。そして同法62条には「被保護者は保護の実施機関が、(中略)必要な指導又は指示をしたときは、これに従わなければならない。」と規定されている。そのため、生活保護受給者に対して、「ギャンブル行為をするな」という福祉事務所による指導・指示が行われるならば、この措置に従わなければならないと解釈できるだろうか。ここは今回の大きな争点である。 一方で、同法27条2項には「指導又は指示は、被保護者の自由を尊重し、必要の最少限度に止めなければならない。」とされており、なおかつ同法27条3項には「被保護者の意に反して、指導又は指示を強制し得るものと解釈してはならない。」という規定もある。生活保護受給者には当然自由があり、それを尊重しなければならないし、指導や指示は意に反して強制してはならない。 ではギャンブルをする自由は認められるのだろうか。これもまた生活保護法にはギャンブルを禁止する明確な規定はないのである。要するに、生活保護受給者だからこれをしてはいけないという具体的な禁止行為はない。市民と同じく、公共の福祉に反しない限り、何をするのも自由である。決して生活保護受給者は市民より劣り、生活上の制限があるような二級市民ではない。結論からいえば、ギャンブルをするのも自由であろう。当然、どのような生活をしても構わない。生活保護受給者はなぜギャンブルをするのか しかし、ここで考えなければならないことは、生活保護受給者がなぜギャンブルをするのか、ということである。生活保護法には「生活保障」と「自立助長」によって、生活保護受給者にケースワーク(個別援助)をおこなうことが規定されている。2つめの自立助長がここで問題となるのだ。ギャンブル行為を繰り返す場合、一般的にはギャンブル依存症が強く疑われる。要するに、治療が必要な病者である。その病者に対して、福祉事務所は必要な指導・指示を検討しなければならない。生活保護受給を申請する窓口=さいたま市の浦和区役所、2010年 11月 25日  それはギャンブルをするなという助言やそれに違反した場合の保護の停止や廃止が適切なのだろうか。今回問題となったのはその処分が適切ではなく、ケースワークを通じた自立助長をおこなう必要があるという見解だろう。だから大分県の是正要請は当然であり、厚生労働省も同様の見解といえる。病者を追いつめるよりも本来のケースワークをおこない、適切な支援をするべきだということだ。 これはギャンブル依存症者に限らない。アルコールや薬物依存、様々な理由で困窮する人々が助言や支援を求めてこられるのだから、事情を考慮して適切な指導・指示でよりよい生活に導いていくことが福祉事務所の役割だといえる。是正要請を受けた福祉事務所には、法の趣旨に則った原点回帰が求められるだろう。 これらの理由を考慮することなく、生活保護の停止や廃止を恣意的におこなってしまえばどうなるだろうか。おそらく餓死や孤立死が頻発してしまうに違いない。それだけではなく、一部では窃盗や強盗、無銭飲食などを繰り返し、犯罪をしなければ食べていけない人々が現れてしまうかもしれない。 そのため現在の生活保護法は、無差別平等の原理を掲げている。同法2条に「すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。」と規定されている。要保護性があれば、どのような理由で困窮に至ったとしても、その理由を問わずに保護をして、自立助長をするというものだ。どのような者に対しても差別することはないという規定である。困窮理由がギャンブルでも、事業失敗でも、DVや家庭内暴力の末の孤立であれ、前科があっても構わない。これは国民の生命や社会秩序を守る上で重要な規定であり、人類が到達した叡智だともいえる。 今回の事件は、生活保護法の趣旨や理念を正しく理解し、一時的な感情に左右されない冷静な判断を私たちに求めているといえるだろう。

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    どん底の貧困に救いはあるか

    高度経済成長期の「一億総中流」を知っている世代にとって、今日の格差問題は理解できないかもしれない。当時、社会の強さと安定は、分厚い中流層によって支えられていた。しかし、いま高齢者、子供、女性……、弱く稼げない層に貧困が忍び寄る。

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    1日5人が餓死で亡くなるこの国

    触しようとして家宅捜査を受けたことが報じられると、生活に困窮した人々――多くが非正規雇用で、働いても生活保護と変わらない程度の収入しか得られない――からそんな言葉を聞くようになった。湯川遥菜さん、後藤健二さんが人質として囚われていることが発覚する以前のことだ。 それは多分に冗談混じりのニュアンスを含んでいたものの、「給料も出るっていうし」「どうせ日本にいてもこのまま使い捨てられるだけだし」「必要とされるし」「バカにされないし」という彼ら・彼女らの呟きは、この国に長らく蔓延する「貧困」が、確実に人の心を蝕んでいることを象徴するものに思えた。 私自身、貧困問題にかかわるようになって今年で9年目となる。そんな9年前は、この国でちょうど格差・貧困問題が社会的に注目され始めた頃だった。 しかし、そんな9年間で起きたことは何か。様々な言葉や問題が登場しては、あっという間に消費され、忘れられていく月日だったようにも思う。 ネットカフェ難民、北九州の餓死事件、派遣切り、年越し派遣村、偽装請負、ワーキングプア―――。 一方、最近注目されているのは、ブラック企業、ブラックバイト、子どもの貧困、貧困ビジネス化した大学の奨学金問題などのキーワードだろうか。 これらの問題は根底で深く繋がっているにも関わらず、ひとつのキーワードが飽きられると「なかったこと」になってしまう。しかし、そうして言葉と問題が消費されていく過程で、事態は淡々と悪化し続けている。 例えば9年前、非正規雇用率は33%で、数にして1600〜1700万人だった。が、現在の非正規雇用率は38・2%。数にして2000万人を超えている。そんな非正規で働く人々の平均年収は168万円(国税庁)。現在、日本の貧困ライン(これ以下で暮らす人は貧困、という線)は約122万円だが、年収レベルで40万円しか上回っていない。ちなみに非正規の女性に限ると平均年収は143万円。働いていても貧困ラインと20万円しか変わらないのだ。 一方で、生活保護受給者も増え続けている。2012年12月には受給者が215万人を突破し、「過去最高」と報じられた。95年の受給者が100万人を切っていたことを考えると「激増」と言えるだろう。が、「働けるのに怠けている」などとバッシングに晒されがちな生活保護だが、まず大前提として、この国の貧困率が16・1%という現実から見ていきたい。ざっと計算すると、2000万人近い人が「貧困ライン以下」で暮らしているのである。単純に考えても、「貧困」という定義にあてはまる人の1割程度しか生活保護を受けていないという現実があるのだ。 もちろん、その中には貯金があったり様々な資産を持っている人も含まれるだろう。しかし、そういったことを加味して試算しても、生活保護の補足率(受けるべき人がどれだけ受けているかを示す数字)は日本の場合、2〜3割と言われている。しかし、海外に目を転じると、フランスの捕捉率は9割、スウェーデン8割、ドイツ6割といずれも日本よりずっと高い。先進国の中で、日本は貧しい人が放置されているという実態があるのだ。 また、生活保護バッシングに多いのは「働けるのに受けている」というものだが、内訳を見ていくと「働けない」人が圧倒的に多い。「被保護者調査(平成26年2月分速報値)」によると、受給者でもっとも多いのが「高齢者世帯」で45・5%。次いで多いのが「傷病・障害世帯」で29・3%。高齢者と病気や障害で働けない人で、実に75%を占めているのだ。稼働年齢層とされる「その他世帯」は18%だが、この層の半分以上を占めているのが50代。50代で失業してしまうとなかなか次の仕事も見つからないという現実が浮かび上がる。生活保護には「若いのに働きたくなくて受けている」というバッシングもあるが、それは現実とはそぐわないのだ。また、「その他世帯」に次いで多いのが母子世帯で7・1%。 さて、生活保護でもっとも批判されがちなことに「不正受給」の問題があるが、不正受給率はどれくらいだと思うだろう? こんな質問を投げかけると、「5割くらい?」という答えが返ってくる。生活保護を受けている人の半分くらいが「嘘をついて」「役所を騙して」受給していると思っている人が多いのだ。が、実態はというと、不正受給は額にしてわずか0・5%程度。また、不正受給件数は毎年2%程度を推移している状態が続いている。 それでも生活保護=よくないこと、と考える人がいるかもしれない。 しかし、この国では生活保護を受けられなくての餓死事件が続いてきた。 06年、北九州で50代の男性が餓死しているのが発見された。電気も水道もガスも止められていた男性は2度、生活保護を申請しようとしていたものの、認められることはなかった。男性は痩せ細り、自力で歩くこともままならない状態だったという。 その翌年には、やはり北九州市で50代の男性が餓死した状態で発見されている。男性はタクシー運転手として働いていたものの、病気で働けなくなり、生活保護を受けていた。しかし、役所は「自立」を強制し、生活保護を切ってしまったのだ。その時点で男性宅の水道、ガスは止まっていた。それから3ヶ月後、男性はミイラ化した遺体で発見される。男性は日記に「オニギリ食いたい」「25日米食ってない」などと書き残していた。 また、2012年1月には札幌で40代の姉妹が餓死・凍死とみられる状態で発見される。妹には知的障害があり、姉は綱渡りのように非正規の職を転々としながら(短期契約の仕事が多いため)妹を支えていた。しかし、失業や体調不良が重なることで生活はあっという間に困窮してしまう。両親は既に他界。姉は3度も役所に助けを求めたが、3度とも追い返されただけだった。そうして最後に役所を訪れてから半年後、2人は変わり果てた姿で発見される。極寒の北海道、電気もガスも止まった部屋の中から発見された遺体は、衣服を何枚も重ね着していたという。 生活保護の窓口を訪れる人々は、「申請できずに追い返されたら死ぬ確率が相当高い」人々だ。しかし、ここまで見てきてわかるように、窓口に来た人を追い返すという「水際作戦」がまかり通っている。ちなみにどういう状況だと生活保護が受けられるかというと、ものすごくざっくりだが単身の場合、全財産がだいたい6万円以下で貯金も資産もなければ受けられる。働いていたとしても、その額が国の定める最低生活費に届いていなければ差額分が支給される。住んでいるのが東京で、働いているけど月収10万円、なんて人は差額分の数万円を受け取るという形で生活保護を受けられるのだ。もしかしたらこの記事を読んでいるあなたも、自分では気づいていないだけで「生活保護の対象」かもしれない。 最後に、悲しい数字を紹介したい。この国で、年間どれだけの人が「餓死」しているかを示す数字だ。 2011年、「食糧の不足」で亡くなったのは45人。「栄養失調」で亡くなったのは1701人。合わせて1746人が飢えて死んでいるのだ。1日あたり、5人が亡くなっていることになる。 誰一人飢えて死ぬことのない社会。それが21世紀になっても達成されていないことに、私たちはもっと目を向けるべきだと思うのだ。

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    社会が知らない「最貧困女子」の実態

    セックスワークの世界でしか生きていけない女性のリアリティーが、どうしても伝わらない。「国民皆保険で、生活保護制度もあって、中学までは義務教育が保障されているこの国にいて、やむなく最貧困層に追いやられるなどありえない」と思うようですが、現実には「ありえる」のです。 ――中流層以下の反応はどうですか。 鈴木 中流層と思われる読者からは、「すごい。こういう人たちがいたとは驚いた」といった感想をよくいただきます。それまで不可視だった存在を初めて知ってショックを受けるわけですが、その衝撃は原田さんの本でマイルドヤンキーを知った驚きと、もしかしたらそんなに変わらないのかもしれない。あまりにも自分の生活空間と違うところで生きている他者という意味で、とくに大都市部に住む中流層にとっては、最貧困層もマイルドヤンキーも「想像を超えた存在」に思えるのです。 低所得層の人たちも最下層のことは見えていません。『最貧困女子』を刊行していい反応をもらえたなと思ったのが、風俗の世界でセックスワークの女の子たちを雇う側にいた男性の感想です。「俺が現役だったころも鈴木さんの本に書いてあるような子たちはいたけど、そんなに苦しんでいるとは認識してなかった。『こいつ、ブスだし、だめでしょ』など酷い言葉を使ったりしたことを、すごく後悔してる」と。 ――同じ風俗の世界で働いていても、最貧困層は理解されていないのですか。 鈴木 理解されていません。階層が違うとわかり合うことはきわめて難しいのです。 たとえ低所得でも、地縁や血縁、地域の支援があれば、貧困までの状態にはなりません。年越し派遣村を率いるなど反貧困活動をなさっている湯浅誠さんたちが言い続けてきたことですが、貧乏と貧困は別物なのです。貧乏はたんに低所得であること。低所得でも家族や地域との関係性がよくて、助け合って生きていけるのならけっして不幸ではありません。 対して貧困は、家族、友人、地域などあらゆる人間関係を失い、もう立ち上がれないほど精神的に弱っている状態です。その辛さは満たされている者にはわからない。たとえば、地縁や血縁を守ることに力を注いでいるマイルドヤンキーからすれば、「その子(貧困層)の努力が足りないからだ」と見えるでしょう。ありがちで、まったく現実とそぐわない自己責任論です。 それでも貧困層は、制度による支援の可能性が残されているだけマシともいえます。その人の貧困状態がホームレスという形で見えたなら、行政や反貧困系NPOなどの支援対象になります。あるいは伝統的に、貧困は創価学会と共産党といった一部の組織が支えようとしてきました。誰が見ても明らかな貧困に対しては、何らかの支援の手が伸びるのです。 一方、そうした支援者の視野からも外れてしまうのが最貧困層です。セックスワークや裏稼業でギリギリ生活できていて、身も心もボロボロの人たち。この層は差別の対象にされても、支援の対象にはなりにくい。理解者も現れません。悲惨なセックスワーカーの最下層 ――セックスワークをしているから、差別され、支援の外側に追いやられてしまうのですか。 鈴木 一概にそうともいえません。なぜならセックスワークのなかにも階層があるからです。 これはマイルドヤンキー的な低所得層に属すると思うのですが、最近は「地方週一デリヘル嬢」が増えています。地方都市に住んでいて、昼は一般的な仕事をしていて週に1~3回だけ性風俗業でバイトをする女性たちのことです。彼女たちは昼の正職の給料が安すぎて「やむをえず」風俗に副収入を求めているのではありません。むしろ、そうしたバイトで副収入を得ている自分を誇りに思っている節さえあります。 彼女たちはまず、雑誌の読者モデルでも通用しそうな雰囲気と容姿に恵まれています。そのなかでも店でトップを競う女の子は、ファッション誌でメイクの勉強をし、エステやジムで身体をシェイプアップし、「女を磨く」ことに励んでいる。彼女たちが本番行為なしでも実入りのいいセックスワークをどんどん取っていきます。 そうした子たちが一番上の階層にいるセックスワークの世界で、容姿がダメ、メンタルが不安定、いわゆる愛されない不細工たちは、信じられないくらい安い値段の売春ワークを繰り返しています。これがセックスワークのなかでもっとも可視化されていない最貧困層女子の実態です。階層社会が進行していくなかで、この問題はより拡大していくでしょう。 ――愛されない不細工、とはどういうことでしょう。 鈴木 同じ不細工でも性格が良かったり、「地方週一デリヘル嬢」とも地元の仲間同士で楽しく遊んでいる子は、店のトップにはなれなくても、それなりに働けるナイトワークがあります。でも、不細工でかつ他人から愛されにくい性格の持ち主、メンタルが不安定で、いわゆる面倒くさいタイプの子たちは、ますます自分のメンタルを壊してしまう非常に過酷な売春ワークにしかありつけません。 最下層のセックスワーカーたちは、そのほとんどが虐待などの悲惨な生い立ちを抱えています。親の暴力や育児放棄が酷く、少女時代に家出をした子もたくさんいます。そして、援デリ(援助交際デリバリー)組織などに捕捉され、毎日のように売春を続け、少しお金ができたころに身体やメンタルを壊して失踪する。食えなくなるとまた同じ売春の場に戻ってくる。そうした悪循環に組み込まれ、身も心もボロボロになってしまうわけです。 ――そのなかにはシングルマザーもいると著書では紹介されています。 鈴木 出会い系サイトで売春をするシングルマザーたちは、私が最貧困女子を取材してきたなかでも、圧倒的に不自由で、救いの光がどこにあるのかわからない「どん底の貧困」にあった人びとです。 10代で家出をしてセックスワークの世界に取り込まれてしまった少女たちのなかにも、滅茶苦茶な状況で働いている子がたくさんいます。けれども、どんなにひどい環境に置かれていても、目はキラキラ輝いているんです。彼女たちは、自分を傷つけてきた家から飛び出し、売春ワークでまた新たな性被害を受けながらも、自力で自由を手にしているからだと思います。だから、苦難も笑って撥ね返す力強さがある。 それと比べて、出会い系シングルマザーたちは、自分を傷つけるものを撥ね返す余力がない。ただただ子供を手放したくない、子供と一緒に暮らせていることだけを支えに、月に数万~十数万円の昼の仕事をこなし、残ったわずかな体力でどんな目に遭うかもわからない売春の現場へ赴いているのです。活用すべき最貧困層の「手」 ――生活保護がなぜ受けられないのか、福祉行政は何をしているのか、と憤りを覚えます。 鈴木 出会い系シングルマザーの場合、当人が行政の支援を拒否する側面もあります。彼女らにとっての最大の恐怖は、自分の子供を児童養護施設などに「奪われ」てしまうことだからです。「私自身が施設で育ったから、どれだけ寂しいかよくわかってる」と話すシングルマザーもいました。 とても難しい問題だと思うのは、彼女たちの共通点にきわめて強い恋愛依存体質があることです。売春相手の男は「客」であるよりも、その場しのぎでも生活を支えてくれる「サポーター」に近い感覚をもっていたりする。そのなかから本当の恋愛に発展できる相手が見つかることを期待し、一縷の希望を抱いていたりもする。それほどまで孤独で辛い思いをしているのです。 ――そうだとしても、そのまま社会が知らぬ存ぜぬで放置していい問題とは思えません。 鈴木 もちろんです。行政や国の視点からこの問題を考えるなら、これからの日本の生産人口はどんどん減っていきます。遠からず、外国人労働者を受け入れなければやっていけない時代になるでしょう。そんな国にあって、最貧困層の「手」を使わないのは大きな社会的損失です。働き手、成り手の「手」ですね。前に「産む機械」と最低の表現をした政治家がいましたが、最貧困女子は生産人口を増やす「産み手」になるかもしれない。彼女たちは国にとって重要な資源です。自国にある資源は最大限に有効活用すべきじゃないですか。 ――彼女たちにはどんな仕事が向いているのでしょう。 鈴木 まず、女性がはるかに男性よりも優れているといえる職業領域に、対人支援職がありますよね。セックスワークは酷い環境かもしれませんが、彼女たちに多くの考える機会を与えます。人の気持ちが人一倍理解できる人間を育てるのです。他者に対する身体的距離感の許容力も非常に高いので、たとえば介護や看護、それこそ成り手がなくて困っている高齢者支援職などに就けば、驚くほど適性を発揮する可能性がある。介護職員の能力の低下が指摘されてもいますが、それは職業教育が足りないからです。労働時間に対する賃金が安すぎる問題もあります。 きちんとした教育を受ける機会と、まっとうな労働対価を得られるガイドラインがあれば、最貧困女子も高齢者支援職で十分に働けるはずです。 ――家庭環境に恵まれていない子供がセックスワークの世界に取り込まれることの回避策として、鈴木さんは学童保育の改革を提起しています。 鈴木 放課後居場所ケアの視点で学童保育をめぐる議論は活発にされていますが、私にはまったくズレた話に思えます。7時間目、8時間目の発想で授業時間の延長線上に学童保育が位置付けられており、学校のように子供を管理しようとする。それでは本当に居場所が必要な子供たちのニーズと合いません。学校が終わって子供たちが行きたい場所がゲームセンターやネットカフェであるなら、そこに学童保育機能をもたせるような方向性こそが、当事者の児童が求めるものではないですか。 それと親がご飯をつくってくれなくても温かい食事がとれる。親の暴力が激しいときは夜中でも身を寄せることができる。求められているのは、そんな学童保育です。心身を休ませてくれる空間です。 ――ほかに、最貧困層の再生産を食い止めるには? 鈴木 進めてほしいと思うのは、小学校の先生やスクールカウンセラーと児相(児童相談所)の職員との連携です。なんだかんだいって子供の様子をよく見ている地域の大人は学校の先生ですから、「この子の様子がおかしい」と気付いたら、すぐに連絡ができる関係にあってほしい。 また、生保(生活保護)のケースワーカーも在宅訪問をするので、問題を抱える児童の早期発見者となりえます。生保と児相のパイプづくりも重要です。 なにより、たとえ少女やその母親がセックスワークに関わっているとしても、社会が彼女らを否定せず、その存在を認めることが肝心です。自己責任論では解決できない当事者たちの実態を知る人が、少しでも増えていくことを願います。関連記事■ 生活保護受給者を人財として活かす■ 田原総一朗・バブルを知らない世代が社会を変える!■ アメリカはイスラム国に勝てない

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    本当に生活保護を受けるべきは誰か

    oe's Labo代表取締役)/ 赤木智弘(フリーライター)“河本問題”に寄せられた声 片山 近年、生活保護の急増が社会問題になっています。2008年には151万人だった受給者が2011年には210万人、総受給費も2008年の2.7兆円から、2012年度予算では3.5兆円に増えています。 そうしたなかで、タレントの河本準一さんの母親が、生活保護を長年にわたって受給していたという報道がありました。私は自民党「生活保護に関するPT」のメンバーであり、この問題を看過できないと思ったことから、厚生労働省の生活保護担当課長に調査を依頼し、その旨をブログで発表しました。そうしたところ、数百件にも及ぶすさまじい反響が来るようになったのです。 その内容の大半が、「年収ウン千万円の一人息子が親を養わないなら、誰でも生活保護がもらえることになる。おかしい」「本当に困窮していない人に生活保護を支払うのなら、税金を払いたくない」という、社会的不公平に対する抗議でした。 経済的困窮者に対して、民法877条では「親族の扶養義務」を定めています。多くのテレビ番組に河本さんの「生活の贅沢さ」を示す証拠が残っており、母親を養えないわけがない。指摘を受けて河本さんは一部を返還すると発表しましたが、やはりこうした行為は、社会常識に反するように思います。 赤木 目下のところ、「親族の扶養義務」が論点になっていますが、私はその流れに違和感を覚えます。もしそれを定めてしまえば、親族全員が貧乏だけど一所懸命頑張って成功した人が、全員を養わなければならなくなる。一方、周囲がみな、ある程度裕福な家庭の人は、稼いだお金を自由に使えます。こちらのほうが不公平ではないでしょうか。 片山 もちろんそれも含めて、生活保護に関する矛盾は昔からいくつもあります。たとえば、在日外国人にも支払うか、否かという問題です。それでも1990年代までは全体の総額は1兆円台半ばで、矛盾を残したままでも制度が回っていくレベルでした。ところが3兆円を超える規模になると、もはや看過できなくなる。河本さんのように扶養能力が十分にある人の家族にまで支給しなければならないとなれば、もう制度自体が成り立たず、本当に困った方に届かなくなります。 城 現行の生活保護制度の問題は、大きく分けて3つだと思います。 1つ目は働くインセンティブがないため、受給する立場になった人がそのまま閉じこもって出てこないこと。2つ目は、十分に受給資格があるのに、自治体の“水際作戦”で却下されてしまう「漏給」の問題。日弁連の2006年の調査では、行政が不正に断ったと思われるケースのうち、もっとも多いのが子供の扶養義務を盾にとったものでした。なかには断られた人が餓死するケースもあります。 3つ目は年金制度との整合性の悪さ。国民年金の基礎年金が月6万5,000円程度なのに対し、生活保護が14万円程度であるのはバランスを逸している。生活保護の議論をするにあたっては、この3つをトータルで考えることが重要であり、そこをなおざりにして親族の扶養義務の強化にだけ焦点を当てるのは、家族のつながりを規定した「明治民法」の価値観に戻るような議論といわざるをえません。 片山 しかし、いまでも日本人の65人に一人が受給しています。もちろんすべてが不正受給者とはいいませんが、65人といえば、「2クラスに1人か2人」がもらっているということです。私に寄せられる意見も、初めは河本さんに批判的なものが多かったのが、身近な人の例を告発する具体的な内容が増えてきています。 今回のケースが「正当な受給」だとテレビで発言する弁護士やコメンテーターにつられて、生活保護に便乗する人が増えてしまい、「クラスに4人、5人」などということにならないために手を打つべき、というのがわれわれの主張です。 城 それは正論ですが、いま進もうとしている方向は、本当に妥当なのでしょうか。私は「ワカモノ・マニフェスト策定委員会」のメンバーとして、今回の「社会保障と税の一体改革」について、数多くの有識者にヒアリングを行なってきました。しかしその過程で、生活保護問題について「親族の扶養義務を強化すべき」という意見を述べたのは、保守からリベラルまで、一人もいなかった。 赤木 河本さんの場合も、彼が親を養う義務を負うのでなく、芸能人としての所得からきちんと税金を払い、その税金を国が再配分するかたちで扶養するのが正しいのでは。 城 それが先進国の基本です。ビル・ゲイツ氏の父親や兄弟でさえも、もし貧乏になれば生活保護がもらえます。「ゲイツ氏が養わないのは、けしからん」という話を、アメリカ人がするわけがない。基本的に社会保障は、家族から切り離したうえで同じサービスを法的に受けられるようにするもの。その原資は、所得税における累進課税のようなかたちで、それぞれの能力に応じて負担する。運用上、いまの生活保護制度においては、親族の扶養義務は要件に入っていません。その流れを切ってまで、なぜ戦前の価値観に戻そうとするのか。離婚や別居をしたほうが得!? 片山 しかし、育ててもらった親に対する恩を子供に求めるのは、おかしな話でしょうか。民法の扶養義務も、「直系(親子)と兄弟姉妹」と、「三親等以内のほかの親族」は分けて考えられています。みたことのない人を養えとまではいっていません。支払い義務についても、能力に応じて「月に3万円くらいなら」などと変えればいい。 もちろん、なかには「親からDV(家庭内暴力)を受けた」「私は育ててもらっていない」という人もいるでしょうが、それは「親子関係が破綻している」という扱いにすればよいでしょう。 赤木 親からDVを受けたといっても、どうやって証明するかという問題があります。現行制度では、DVを受けた人が福祉事務所に対して事実関係を証明する必要がありますが、それはなかなか難しいことではないでしょうか。 片山 実際にDVがあるのにそれを証明できないなら、制度自体に意味がないことになる。いまのDV制度は家のなかに入って調べることも認めているわけですからね。 また今回、河本さんに続いてタレントの梶原雄太さんも、母親が1年3カ月にわたって140万円を受給していたことがわかりました。不思議なのは、彼の母が、彼所有の高級マンションに住んでいること。しかも馳浩衆議院議員が、国会のテレビ入り質疑で追及したように、その調べでは、同じマンションに公務員の兄がいて、隣のマンションに会社員の弟がいる。本来なら同居して、兄弟が2万円ずつ出せば養えるはずで、こちらのほうが河本さんのケースよりもおかしいかもしれない。 このような事例も認めてしまっては、2012年の3.5兆円よりもさらに増える、という事態になってしまいます。 城 ただ、道義的に問題がある人たちに対し、「親族で養ってください」といったところで、この問題は解消しません。そもそも自民党は、倫理規定である民法の扶養義務を、強制力のある実際の法規にしようとしていますが、これは、どの程度の基準を考えているのでしょう。 片山 私が指摘したいのは、かつての日本にはあった「生活保護を受けるなんて、隣近所の手前恥ずかしい」「親子は本来、養うべきなのではないか」といった価値観が、徐々に失われつつあるという現実です。これまでの制度はこうしたモラルや親子の絆を信頼したうえで成り立つもので、それがなくなっているのなら、一定のルールを設ける必要がある、ということです。たとえば、「子ども手当」も世帯収入960万円以上の家には、支給しないことにしました。そういった基準を設定したほうがよいのではないでしょうか。また、扶養できない場合は、その説明責任を子供の側がきちんと果たすことにすれば、少しでも余裕のある子供は、かなりの割合で扶養を承諾すると思います。 城 そこはアナログで個別に判断するしかないでしょう。本当に不正受給する人は、最後は親子の籍を抜いてでもやりますよ。 片山 実際、生活保護の受給率が高い大阪では、離婚率が高いというデータがあるんですね。日本全国のうち、大阪だけ男女仲が極端に悪いとは考えられない。真の理由は、離婚や別居をしたほうが、多く生活保護費をもらえるとの風潮がはびこっていて、大阪における生活保護受給率の高さと、「ニワトリと卵」の関係になっているのではないでしょうか。 つまり、いまの生活保護法のままでは、離婚や別居が助長されてしまうという弊害が出ているのです。 赤木 具体的にはどのような事例があるのですか。 片山 ある失業した若い男性が、雇用保険の期限を過ぎても再就職できなかったため、生活保護の申請に行きました。しかし親の持ち家に同居しており、親が月10万円程度の年金をもらっていたので、「とりあえず親のお金で生計を立てながら、就職活動を続けるように」といわれ断られました。 それを知った第三者が「別居すれば、住宅扶助が出る」と教えました。その勧めに応じて親と形だけ別居した男性には、月に十数万円が支払われた。夫婦の擬似離婚も同じパターンです。生活の実態が変わっていないにもかかわらず、住居を変えただけで受給できるという、このような状態を放置してよいものでしょうか。「家計簿のつけ方」から教える 赤木 ただ、いまのケースであれば、受給者本人である息子にきちんとした働き口があり、うまく生活ができていれば問題はなかったわけですよね。そう捉えるならばこの例は、大きな意味で雇用の問題であるともいえるのではないでしょうか。 片山 その意味では、雇用保険が切れたら一気に生活保護にまで落ちる現行制度に問題があるわけで、そうなる前に職業訓練を受けさせたり、住まいの補助を与えるようにすべきですね。元気に働ける世代が、40万人も生活保護を受けている現状は異常です。 城 結局、いちばん重要なのは「就職して、自活できるかどうか」ということですよね。そのためには、いまは管轄が分かれている就労斡旋と生活保護行政を一本化して、ハローワークは厚労省から地方自治体に移す。そして生活保護を支給するのと同時に就労斡旋を行ない、理由なく断れば減額するといった、スウェーデンなどで行なわれているやり方を採用すべきでしょう。 片山 じつは2009年に私たちがつくった自民党の提言で、求職者支援制度を設けました。7千億円の基金を財源としたのですが、その後の衆議院議員選挙でわれわれが負けて下野してから、そのフォローアップと制度化は、民主党政権の手に移ってしまい、昨年3月に恒久法化された求職者支援制度は、いままでに5万人しか面倒をみられていません。 赤木 しかし受給者に職業訓練を施しても、必ず就職でき、安定した生活が営めるわけではないでしょう。職業訓練が就職につながるとは限らないのに、職業訓練を受けるだけで堂々と生活保護を受けられるなら、話はあまり変わらないと思いますが。 片山 求職者支援訓練の実績としては、自民党政権時代の基金では、7割5分が何らかの形で就職をしたのですよ。 赤木 ただ、それを「自立」という言葉で表現するには、少し注意がいるのでは。たとえば私自身、裕福ではなくバイトなどでなんとか食いつないでいる状態です。そうした立場からすると、生活保護受給者の自立支援ということで彼らが労働側に回ってきたとき、怖いのはそれまで働いていた人たちの待遇が悪くなること。労働力が増えても、雇用のパイが広がるわけではありませんから。 片山 一方、生活保護の受給者には職業訓練以前に、生活訓練や「家計簿づけ」が必要な人が多いことも事実です。「一定の時間に一定の場所に行く」「与えられたお金を、ちゃんとやりくりして使う」などといった基本的なことができない人もいる。 赤木 生活訓練の重要さという点に関しては、片山さんに賛成です。それこそ家計簿のつけ方をはじめ、家庭生活をいかに営むかを教えることが不可欠でしょう。 城 このあたりについては、総じて識者の意見は一致しています。保守的な人は「本人の自立が重要」といい、いったん受給する立場になっても、そこからいかに自立に向かわせるかに重きを置く。一方、リベラルな人は「もっと包括的な支援が必要」といい、極端な話、自立する、しないも含め、本人の自由としています。 僕は小さな政府主義者なので、後者は支持しません。やはり自立に注力することが大事で、そこは自民党も同じだと思います。 片山 そうですね。自民党のスタンスは「自助・自立」を基本とする「社会保険」をもとにした社会保障制度を考えていく、ということです。しかしそのとき、現行制度のもう一つの問題が壁になります。それは最低賃金との兼ね合いです。低いスキルの人は就職しても最低賃金しかもらえず、この最低賃金が生活保護の支給額を下回る都道府県が9もある(昨年10月以降は3)。「働けば働くほど生活がよくなる」という話にならず、働くインセンティブをなくしてしまう。 城 冒頭でも「一番目の問題点」として挙げましたが、そのような状況が続くと、受給者が引きこもって出てこなくなってしまう。自立を支えるケースワーカー制度を、さらに強化すべきでしょう。 片山 実際、東京都で生活保護費を受け取りに来る人を一日みていると、いっせいに窓口にダッシュで取りに行く、十分働けそうな若い身なりのいい人がたくさんいます。本来は不要な人への支給をやめれば、おそらく1千億円以上の金額が捻出できるでしょう。そこで、城さんがおっしゃるように、その1千億円をケースワーカーの増員に使えばいい。このような提案に反発する勢力もいて、なかなか実行のハードルは高いですが、貧困ビジネスの膿も出す必要があります。 赤木 支出が多いという状況を是正するなら、生活保護費用の約半分を占める医療費の全額控除をやめるべきではないでしょうか。自己負担を完全にゼロにするよりは、何割かは負担してもらうといったやり方のほうがいい。かたや医療費全額控除で、かたや保険料を払いながら3割負担では、両者の落差が激しすぎます。 城 私もその提案には賛成ですね。 赤木 現に大阪には、取りはぐれがないということで、生活保護者だけを相手にして「過剰診療」などを行ない、不当に国から医療報酬を得るクリニックもあるぐらいですから。ここにまず切り込むべきでしょう。現金給付か、現物給付か 城 システムの矛盾という観点でいえば、私が冒頭で挙げた「二番目の問題点」についても保守・リベラルを問わず多くの識者と問題意識が共通しました。すなわち、日本の生活保護システムは捕捉率が低く、餓死者が年間で数十人も出ているのは先進国としておかしい、というものです。 片山 しかし諸外国と比較すると、日本の状況はまだましですよ。フランスは手厚い社会保障で有名ですが、それでも移民などセーフティーネットからこぼれてしまう人が多く、毎日のようにセーヌ川で、行き倒れになっている人たちを見かねて、民間の「心のレストラン」(生活困窮者に食料を配給する慈善団体)ができたくらいです。 ドイツでもアメリカでも職業訓練やコミュニティーサービスなど、なんらかの義務づけがあり、しかも有期限。とにかく、なんの義務もなく簡単に現金だけ渡すことはしない、というのが世界の常識です。 赤木 ならば代わりに、モノやサービスと交換できるクーポンを渡せばいいかというと、そこにも問題がある。クーポン自体が売買の対象になる可能性もあり、フードスタンプを給付している国では、フードスタンプを半額ぐらいで売っている人もいるようです。そもそもクーポンの給付自体、違憲という議論もあります。結果として生活保護受給者の生活水準が下がってしまうのではないでしょうか。 城 私は現物給付については否定はしません。ただ、現金を渡すことで「バーゲンセールでモノを買う」など受給者が自分の頭で考えて、いろいろ工夫をするようになる。結果的にいえば、現金給付がもっとも効率のよいやり方かもしれない。 片山 国会では消費増税をするタイミングで低所得者対策をすべきかどうか、という議論がなされましたが、これも生活保護と同じで、現金をばらまいてもしようがない。むしろイギリスを参考に、食料品などの生活必需品に軽減税率を導入するなど「節約が可能になる」仕組みをつくることを優先すべきというのが自民党の考え方で、中小・個人事業への記帳支援とセットで、負担のないようにやっていくべきです。「働いたら負け」という空気 城 税制については思うところがあるのであとで触れますが、私が憂慮しているのが、現在の非正規雇用労働者が50歳以降になったときです。おそらく彼らの少なくない人たちが生活保護受給者になるだろうといわれており、そこで必要になる予算は20兆円を下らない、という試算もある。いま生活保護費が増えているのも、その流れです。就職氷河期の少し前の1992~93年ごろに世に出た人のなかには、非正規雇用として働いている人が少なからずいます。彼らはいま40代後半で、そろそろ非正規の仕事がなくなってきている。 赤木 たしかに不正受給よりも、今後、確実に増えていく彼らをどうするかのほうが問題です。これから40代や団塊ジュニアといったボリュームゾーンの世代で、非正規の仕事がなくなっていく。さらに生活保護受給者が労働させられることになれば労働力供給が増え、限られた非正規の仕事を奪い合うことになるのではないでしょうか。 城 その対策として私が評価しているのは、民主党の提唱する最低保障年金制度や給付付き税額控除です。このようなかたちで生活保護、年金、失業給付を一本化して効率化する、大きなビジョンを示してほしい。一方の自民党は、既存の制度で問題ないとしていますが、これは大きな矛盾ではないか。 片山 非正規労働者の問題は私たちも認識しています。あれは、1995年に日経連と連合が結託した「日本型ワークシェアリング」が始まりで、超円高下で国内に雇用の場をどうやって維持するか、という産業改革の問題だと思っています。 それとは別に、最低保障年金を自民党や私自身が絶対に受け入れないのは、それが保険料をまったく払っていない人でも受け取れる制度だから。最近では民主党が「少し差を付けます」といっていますが、問題の根本的な解決にはなっていない。ただでさえ「働いたら負け」とでもいうような空気が漂っているなかで、それを許せば「働かざるもの食うべからず」をはじめ、これまで信じられていたものがすべて崩れてしまいかねません。 赤木 私はそうは思いません。いま学生たちが就活を一所懸命やるのは、きちんと働いて、自分の生活を成り立たせたいからでしょう。もちろん不正受給を考える人もいるでしょうが、モラルハザードというほどは増えていない。だからこそ河本さんのケースが目立ち、批判が殺到するのではないでしょうか。 そもそも、就活に成功して正社員になれば「勝ち組」というような現状を改善すべきではないか。いまや「正社員の職を得るための条件は、正社員であること」のような状況であり、フリーターや無職はなかなか採用されませんから。 城 難しいところですね。これまでは「行儀のいい優等生」をめざせば就職先が見つかったけれど、今後は「30歳のフリーターが、どうやって安定した職を見つけるか」といった具合に、ロスト(本流を外れること)したところから、いかにサバイバルするかを学ぶことが大事になってくる。そのためにも、キャリア教育を小中学校で行なう必要があります。大学からでは遅い。これは生き方の問題ですから、ある日突然には変えられません。 赤木 サバイバルの方法を教えるのは、職業訓練ではありません。もし訓練の内容を活かそうとすれば、ヨーロッパのように就職の年齢を後ろ倒しにするしかないでしょう。大学を出たら半年ぐらい自分のやりたいことをやり、その後、就職できるようにする。 結局、職業訓練にしても生活訓練にしても、ほんとうに就職するために必要なものが何か、国の理解はかなりズレているのではないか、と思えてなりません。どうする、これからの再分配 片山 最後に、議論が続いている「社会保障と税の一体改革」においても、自助・自立を基本とした「社会保障制度改革基本法案」(自民党提出)を、民主党はほとんど丸飲みしました。法案の第二項「基本理念」のなかには「社会保障の目的である国民の生活の安定等は自らの生活を自ら又は家族相互の助け合いによって支える自助・自立を基本」とすると明記されています。つまりこの点に関して、民・自・公3党のコンセンサスは取れている。 城 しかし繰り返しになりますが、生活保護制度を議論するうえでは、年金などほかの再分配制度とのバランスを考えなければならない。私が不安に思うのは、政府にそのようなビジョンがないことです。一体改革についてもいちおう評価はしていて、増税が必要なことにも賛同します。しかし、はたしてどこまで増税が必要なのか。 私の試算では、いまのシステムを維持する場合、消費税率は30%必要になる。おそらくわれわれが社会保障を受給する十数年後に大幅カットになるか、財政がパンクするか、あるいは大増税が引き起こされるかのいずれかでしょう。ところが、この問題にどのように対処するつもりなのか、まったくみえてこない。 赤木 そもそも経済が発展するほど、労働効率はどんどんよくなっていきます。労働が高度化するなかで単純労働は減っていきますから、そこからあぶれる人がどうしても出る。もう仕事を通じただけでは、富の分配はできなくなっているのです。消費税を増税するにしても、その富をいかに再分配するかが政府のいちばん重要なところだと思います。 だから、このタイミングで生活保護の問題が注目されたことについては、私はよかったのではないかと思う。河本さんはその犠牲になってしまいましたが。 片山 でも、いまでもテレビなどに出演されてますよね。また、国が社会保障の維持に責任がある以上、その場しのぎの増税であってはならないと思います。 あくまでも、われわれがメスを入れようとしているのは、“エセ弱者”です。本当に困っている人はむしろ、保護から漏れないようにしたうえで、自立につながるようにしたいと思っています。現に政権与党のときには、高齢者にシルバー人材センターでの就労を斡旋したり、ある資格の2級をもつ人に1級の資格を取らせて就職しやすくするといった取り組みをしてきました。 そのような支援をきちんと行ない、研修をきちんと受けているかどうかも確認する。そのうえで、本当に「自活する意思のある人」に向けてこそ、社会保障を行き渡らせるべきである、と思います。片山さつき(かたやま・さつき)参議院議員 1959年、埼玉県生まれ。東京大学法学部卒業後、大蔵省(現・財務省)入省。2005年、自民党より衆議院議員選挙に立候補し、初当選。以後、経済産業大臣政務官、党広報局長などを歴任。10年より現職。著書に、『日本経済を衰退から救う真実の議論』(かんき出版)などがある。城 繁幸(じょう・しげゆき)Joe's Labo代表取締役 1973年、山口県生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通に入社。同社退社後に刊行した『内側からみた富士通「成果主義」の崩壊』(光文社)が話題に。その他の著書に『若者はなぜ3年で辞めるのか?』(光文社新書)、『7割は課長にさえなれません』(PHP新書)などがある。赤木智弘(あかぎ・ともひろ)フリーライター 1975年、栃木県生まれ。2007年、月刊誌『論座』(朝日新聞社)に発表した論文「『丸山眞男』をひっぱたきたい」が注目を集める。現在はフリーライターとして、非正規労働者や弱者の問題を中心に提言を行なう。著書に、『若者を見殺しにする国』(朝日文庫)などがある。

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    外国人の生活保護は認めるべきか

    生活保護受給者の増加が言われて久しい。近年では外国人受給者の急増も指摘されているが、折しも外国人労働者あるいは移民の受け入れ拡大が進められており、わが国の社会保障の存立に重大な影響を与える問題となりかねない。

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    移民先進地EUが教える生活保護の危機

    日本はどこまで外国に食い尽くされるのでしょうか? 最近の日本の政策ときたら在日外国人への異例の厚遇、生活保護、所得税減免、医療保険方面での条件緩和と枚挙に暇がないのですが、川口さんの住んでいるドイツも、日本に輪をかけたほど度し難い状態だという。  川口 ドイツは外国人の数が多いので、状況はもっと深刻かもしれません。去年の統計では、純粋な外国人の割合は全人口の10・3%、帰化した外国人も含めると、19・3%にもなります。つまり、ほぼ5人に1人が、外国人か、元外国人。そのうえ、EUの国民は自由に入国できて、お金がない人は即座に援助が受けられる方法もあります。EUといっても27カ国もありますから、すごく貧しい国も多い。  宮崎 たまたま手にした新聞(2013年1月27日付)には徳島県で元共産党の県議(56歳)が生活保護を不正にだまし取ったとして逮捕されたニュースがでています。日本人も多いが、社会保障の不正で目立つのは圧倒的に在日中国人ですよ。 第一は国民健康保険の悪用です。とくに在日外国人210万人中、85万人が加入しているのですが、日本が国連難民条約に加盟(昭和56年)して以後、規則が緩和され、この制度が悪用されています。たとえば中国で医療を受けたからと日本に帰国後に還付申請するという遣り方がある。中国の医者と組んで、200万円とかの法外な治療を受けて立て替えてきたと虚言を弄したり、先方の偽診断書や偽造領収書を持ち込んだりして、請求するのです。 第二は年金、生活保護の不正申告です。憲法25条は「国民の権利」としていますが、昭和29年の旧厚生省社会局長通達で在日朝鮮人を念頭に外国人にも適用が認められ、近年では在日朝鮮人の列に加え中国人による不正受給が急増しています。なかには二十数人が同一住所で生活保護を申請し、いくらなんでもインチキがばれた例もあります。 第三が所得税控除、扶養控除の適用を利用する遣り方です。日本の所得税法上、在住外国人は海外にいる親族を扶養家族として控除申請できます。親族とは6親等以内の血族あるいは3親等以内の姻族を指しますから、配偶者の兄妹姉妹、甥や姪まで扶養家族にできるわけですね。しかも「必ずしも同一の家屋に起居している者を言うのではなく、親族間において普通に生活費や学費などの送金が行われていること」という条件が満たされれば良く、扶養者を過剰申告して所得税を免れるという悪質なケースが目立ち、「節税方法教えます」という弁護士事務所の広告まで在日中国語新聞に並んでいます。 2011年末の「在日中国人」は67万人。「定住外国人」98万人のうち、中国人の定住者は27万人。片山さつき参院議員などは「日本の制度、財源が中国人に食い物にされている」と告発しています。 面白いことに在日中国人は、この問題にはすこぶる鋭敏に反応しています。 在日中国語新聞の有力紙「東方時報」は、次のように言っています。「『生活保護詐取事件』(中国人集団が来日してすぐ同一住所で申請し、嘘がばれた)により、日本では外国人の生活保護認可の壁がますます高くなっている」(2012年12月6日)。じつに図々しいですね。 また風俗店に中国人留学生が働いていて法律違反で店主ごと逮捕された事件なども、在日中国語新聞は1面トップ扱いです。こんなのは日本のマスコミならゴミ記事扱いでしょう。警戒しているんですよ。 現実に日本で起きている凄まじいばかりの事例を、チャイナタウンの本場となった池袋の弁護士事務所に持ち込まれる相談案件から拾ってみることにしましょう。偽装結婚の合法化、不法入国者の永住権獲得、観光ヴィザから永住権への切り替え。頻発する離婚訴訟のアドバイス、非嫡出児童の日本国籍取得ノウハウ、生活保護獲得のあの手この手。法律事務所の謳い文句は「在日中国人が幸せになりますように、あらゆる難儀な法律問題を解決してあげます」。 これらの背後に蠢く日本人「業者」の悪質ぶりもさりながら、「振り込め詐欺」の裏のボスが中国人であるように根っこは同一ではないか、中国から指令があるのではないか、とさえ思います。独蘭の被害額は年間500億円 宮崎 ドイツは、こういう点でもっとも先進的ですが、実際に生活しておられる立場から、どうご覧になっていますか? 川口 不正に生活保護を受けているという例は、たくさんあるようです。去年、ドイツとオランダで、おそらく年間合計4億ユーロの生活扶助費が外国人にだまし取られているだろうという記事を見ました。1ユーロを125円とすれば500億円です。一番多いのは、母国に不動産などの資産を持ちながらドイツで生活保護をもらっているケース。そして、もっと悪質なのが、ドイツで事業を始めるといってローンを借り受け、そのお金を自分の国で不動産などに投資し、ドイツの会社は倒産させて、生活保護を受けるといったケースで、どちらもトルコ人に多い。ドイツでは、トルコ人だけで年間2億ユーロ(250億円)以上の損害が出ているといわれています。もっとも、たまに疑惑が発生してトルコ政府に調査を依頼しても、一向に動いてくれない。 同じく外国人の多いオランダは、損害金額が1億7400万ユーロ(217億5千万円)で、やはり、ほぼ半分がトルコ人によるものだそうです。ただ、トルコ政府に言っても埒が明かないので、自前で現地調査をして、不正にとられたものを取り返しにかかった。スイスも数年前に調査機関を作り、2011年には811万スイスフラン、約8億3千万円を取り返したそうです。そのうち60%が外国人による損害でした。 しかしドイツ当局だけは、ちゃんと調べようとしない。なぜかと言いますと、これは、在独のトルコ人弁護士が匿名で『ディ・ヴェルト』紙に話していたことですが、不正を発表すると、ドイツで外国人排斥の機運が高まる可能性がある。しかも、管轄の役所は不正分を取り立てなければいけなくなり、そうなると、今度はマスコミが一斉に、「ドイツ政府がトルコ人の生活保護受給者に不正分の返還を要求」などとセンセーショナルな批判を始めるだろう。すると、ドイツ国内にいるトルコ人が怒り出し、せっかく積み上げてきた外国人統合政策が崩壊、治安が不穏になるばかりでなく、トルコとの外交的問題にまで発展しかねない。それを思えば、黙って不正支給のほうがいいだろうということでした。なんだかドイツらしいですね。  宮崎 役人の「事なかれ主義」は古今東西、どこも同じですが、なんだか精神が滅入る話ですね。日本には特殊事情で在日朝鮮人への特別な措置がありますが、ドイツにおけるトルコ人との関係も同様な歴史的経緯があるのですか?  川口 トルコ人に対する特別な措置はありません。EUの外国人は優遇されていますが、その他の外国人は、皆同じです。トルコ人は70年代に労働者として入り、経済成長が終わっても戻らず、国から家族を呼び寄せて、定着してしまいました。現在、帰化した人も含めて300万人ぐらいです。すでに3世、ときに4世が育っていますが、教育程度などは最底辺のところにいます。彼らは不法滞在ではありませんから、失業保険や正規の生活保護など、ドイツ国民と同様の社会福祉を受ける権利を持っています。ちなみに、生活保護を受けている人は、ドイツ人では全体の6%ですが、外国人、あるいは、すでに帰化した元外国人では、20%だそうです。 もちろん優秀で社会で活躍しているトルコ人もたくさんいますけれど、全体を見ると現状はかなり問題が多いと思います。  宮崎 トルコ人もさりながら全欧にいるジプシー(ロマ)は如何でしょうか?  川口 ロマはまったく別です。もっと凄いです。私はアルバニアでロマのすさまじい様子を見てきたばかりですが、ドイツへは、特にブルガリアとルーマニアから極貧ロマが長距離バスに乗って続々とやってくる。なにしろどちらもEUですからね。彼らは、ドイツで住むところが無ければ、森の中にだって住める。食べ物を買うお金がなければ、食べないでも平気というタフな人たちです。 ブルガリア人とルーマニア人もEU市民ですが、2013年まではドイツではまだ連続で3カ月以上は滞在できません。ただ、よい抜け道があります。事業を申請すれば、滞在が許可され、しかも、その日から児童手当がもらえる。申請には26ユーロ(3250円)と住所が必要なだけ。ベルリンで外国人が多く集中していてドイツで最大の問題地域となっているノイケルンという地域には、その人たちが集まっています。 ノイケルンだけで1377のブルガリアの事業者、1034のルーマニアの事業者が登録されていて、一軒の集合住宅に90もの事業者が入っていたりする。事業と言っても、「アイロンかけ」とか、何でもいい。しかも登録時、それが機能するかどうかも問われないらしいのです。そして児童手当は2人目までが185ユーロ(2万3125円)、3人目からはもっと額が上がる。児童手当は18歳までもらえるし、場合によっては25歳まで延長が可能です。  宮崎 根源的な発想が米国の制度に似ていますね。私生児に補助制度を作ったらこの制度を巧妙に悪用するワルが蔓延した。とくに黒人のジゴロですね。毎月子供手当が出る日に女の所へ集金にいく。そういう女を何人も抱えている手合いが目立つといいます。  川口 さらに、子供を託児所にやらず自分のうちで育てれば、1人につき150ユーロ(1万8750円)が加算される。そして、滞在3カ月を過ぎても事業がうまくいかず、まだ貧乏だったら、今度は生活補助が加わります。住宅がもらえ、生活費、暖房費などが出るので、子だくさんのロマは、裕福に生活できます。あっという間に月々2千ユーロ(25万円)ぐらいになります。 アルバニアでは、親戚がドイツなどから送ってくるお金で生活している人が多いと聞きましたが、ルーマニアやブルガリアも同じでしょう。ただ、それはドイツで働いたお金ではなく、ドイツ国が児童手当や生活保護としてくれたお金かもしれませんね。国籍が融解していく  宮崎 まさに国家へのたかり。JFKは「国が何をしてくれるかを問うなかれ、あなたが国に何をなし得るかと問いたまえ」と言いましたが。  川口 それは無理ですよ。福祉の点では、ドイツはすでに社会主義国家です。戦後CDU(ドイツキリスト教民主同盟、中道右派)のアデナウアー首相がその布石を打ち、SPD(ドイツ社会民主党、中道左派)のブラント首相が磨きをかけた。現在、国民総生産の4分の1以上が福祉関係の支出で、国是は国民をあらゆる社会的リスクから守ること。一度膨れ上がった福祉を縮小することは、国民の反発が多くてなかなかできません。  たださすがのドイツでも風向きは変わりつつあるように感じます。EUの多くの加盟国とその他の計26カ国は、国境検査なしに人の移動を認める「シェンゲン協定」に参加しています。ところが2013年3月に開かれたEUの委員会で、ドイツの内務大臣が、今年から予定されていたルーマニア、ブルガリアの協定参加に拒否権を行使して、阻止したということです。ルーマニア、ブルガリアの法制度がまだEUのスタンダードに沿っていないという理由ですが、本当は、この両国からの社会保障制度(おもに児童手当)目当ての入国の増加に、すでにドイツが音を上げているからのようです。  宮崎 日本も最近は社会主義が完熟した国家だという議論がなされますが、ドイツと同じように風向きが変わるときがくるのかどうか。 ところでロマの本場、アルバニアでの体験談をすこし話してもらえませんか?  川口 うちの三女がロマの子供たちを保護するNGOに参加していて、14カ月の予定で首都のティラナにいるので、覗きに行きましたが、貧しさが強烈でした。共産党政権時代は鎖国政策が取られ、80年代は孤立と貧困でヨーロッパの北朝鮮のようだと言われていました。 そして、おっしゃる通り、ロマが多い。ロマはナチ時代、ユダヤ人と同じく絶滅の対象にされました。殺されなくても、去勢された人も大勢います。ただ、ユダヤ人が戦後、ドイツ人に賠償させたのと違って、ロマはロビーを持たないので何も取れず、未だに差別されたままです。特に東欧やバルカンでの差別は凄い。誰も雇ってくれないから、乞食をするか、ごみを集めるかしか、生活の糧がない。住居は悲惨で、子供は出生届も出されていないことが多く、最初から社会から隔絶されてしまっている。自分の国で不法滞在しているようなもので、学校にも行けない。 なのに子供たちは考えられないほどきれいな、希望にあふれた目をしている。ただ、この子たちも数年たって現実に直面したなら、親がしてきたように、絶望の目をしてゴミ箱をあさるのかと思うと胸が詰まりました。いずれにしても、ロマも普通のアルバニア人もドイツに行けば、木にお金がなっていると思っているようです。もちろん、生活保護とは無縁の国です。考えてみれば不正受給なんて、結局、日本やドイツが豊かすぎるから起こる問題かもしれませんね。  宮崎 豊かすぎる? しかし肝心の日本の若者に職がなく、年収が300万円もない人が目立つ。 日本での生活保護の不正受給は平成12年末でなんと126億円です。前年比30%の伸び、呆れるばかりでしょう。ちなみに2012年度の予算で生活保護への予算は、じつに3兆7千億円ですが、厚労省の予測によれば、12年後の平成37年度には5兆2千億円に増えるらしい。これって防衛費をしのぐ金額です。国家の在り方としても基本錯誤でしょ。 とうとう安倍政権になってこの生活保護にメスを入れました。今年度から3年かけて、合計740億円を削減します。 つぎに児童手当の外国人への優遇という錯誤をみましょう。「1年以上の滞在資格(ヴィザ)」という条件から、民主党政権下の平成24年7月以降、「3カ月滞在のヴィザを保有し、住民登録があれば、申請できる」と短縮されました。驚くべきことですが、そればかりか民主党政権が当初導入した「子ども手当」では「在日外国人の母国に住む親族」にさえ手当が出るようになって、首をかしげた人が多い。逆に「外国に住む日本人」に母国日本では手当が出ないにもかかわらず、です。  川口 外国人に対する児童手当に関しては、80年代に、彼らの母国に置いている子供の分の支給額が増えすぎたため、ドイツ政府は、母国に置いている子供の分は、それぞれの国の物価水準に相当した金額に値下げすることにしました。すると、子だくさんのトルコ人は、子供を皆、ドイツに連れてきてしまいました。ドイツでの児童手当の額面は、これからも増えこそすれ、下がりませんよ。何しろ、少子化対策の一つでもあるわけですから。  宮崎 日本で問題を複雑にしたのは永住権認定の緩和です。『永住許可に関するガイドライン』を読みますと、法律上は次の3つの条件をクリアしなければならないことになっている。 まず「(1)素行が善良であること」、つまり「法律を遵守し日常生活においても住民として社会的に非難されることのない生活を営んでいること 」とされますが、この基本を満たしていない外国人が多い。ついで「(2)独立生計を営むに足りる資産又は技能を有すること」となっており、公共の負担にならず、有する資産か技能から判断して、将来、安定した生活が見込まれることが条件です。第三は「永住が日本国の利益に合すると認められること」であり、国益に反する外国人への判定が甘すぎる。 細則として「10年以上本邦に在留している人、ただし期間中、就労資格又は居住資格をもって引き続き5年以上在留していること」「罰金刑や懲役刑などを受けていないこと。納税義務等公的義務を履行していること」となっていて、これもすこぶる運用、判定が怪しい。というのも所得税、住民税の特例措置として中国人留学生や研修生は除かれているからです。 さらに「現に有している在留資格について、出入国管理及び難民認定法施行規則別表第2に規定されている最長の在留期間をもって在留していること」「公衆衛生上の観点から有害となるおそれがないこと」があげられています。例外的に「日本人、永住者又は特別永住者の配偶者又は子である場合には、(1)及び(2)に適合することを要しない。また難民の認定を受けている者の場合には、(2)に適合することを要しない」となっています。  川口 えっ…。日本人か永住者の配偶者なら、素行が悪くても永住許可を貰えるということですか? 変じゃないですか? ドイツでも、永住許可はわりと簡単にとれますし、私など、申請もしないのに向こうからくれました。ずっと品行方正に暮らしていたからでしょうね。でも、日本と違うところは、1年のうち、ドイツ滞在期間が半分以下になると、永住許可は取り消しという規則があります。 一方、ドイツ国籍は自分で申請しないと取れません。条件としては、8年以上ドイツに住み、永住権があり、前科がなく、生活保護を受けていないことぐらいですか。つまり、私もドイツ国籍が欲しければいつでも取れますが、私は日本人の方がいい。帰化した人の数は、2011年の時点で10万6900人(連邦統計局の資料)です。なお、2000年からは、両親が外国人でも、ドイツで生まれた子供はドイツ国籍がもらえるそうです。児童手当は国籍に関係なく、ドイツに合法的に住んでいる子供すべてがもらえます。  宮崎 日本では、外国人の児童手当の申請があまりにも多く、子ども手当時代の平成23年の途中からは、子どもが海外に在住する外国人は支給対象から外しました。  川口 移民や外国人問題は、ヨーロッパが一歩も、二歩も先を進んでいて、ドイツにもよい例や失敗例がたくさんありますから、日本のお役人は、それをちゃんと調べれば、とても参考になると思うのですけれどね。イタリアも中国移民の餌食に 宮崎 欧州では国別に特色があるとはいえ、不法移民への対処に多くの手抜かりがあった。イタリアから届いた最近のニュースは不法移民の動態です。 イタリアで有名ブランドの服飾品、革製品、アクセサリーのニセモノを大量に生産し、東欧から黒海をわたって密輸に励んだのは中国人マフィアですが、その多くは密輸と売春に手を染め、とくにベニスは大量の不法労働者に加えて中国から売春婦を運び、盛業をきわめた。 かれらがイタリア一国だけで稼ぎだしたカネは3億ドルとも言われ、地元のイタリア・マフィア顔負け。しかも中国人マフィアは地元マフィアとの抗争、軋轢を好まずむしろ共同戦線を敷いて、共存共栄の道を選んだといいます。製薬や玩具製造で中国人マフィアとイタリア人マフィアとのジョイント・ベンチャーも存在しました。中国からの密輸品はUAEと北アフリカ諸国を経由して税関検査の緩いEUの港湾に陸揚げされた。EUがこれらの地域との交易を奨励し、特別措置を講じましたが、その隙間を衝いた。利用するモノはなんでも利用する。その狡知と情報の速さには感心するばかりです。 2012年12月、イタリア当局はおっとり刀で中国人の犯罪集団の根城といわれたファッション・ビルなどを一斉に手入れし、80名を逮捕しました。表看板で不動産業を経営していた中国人移民もなかには含まれていました。脱税取り締まりが目的で、帳簿を押収したところ2億ドルの脱税が判明したといいます。同時期にアフリカ開発銀行がだしたレポートは中国系貿易企業が、雨後の竹の子のように北アフリカに登記され、急増していると警告しています。 儲けたお金のうち、すでに35億ドルが中国に送金されたものの、EU不況、とりわけユーロ危機が表面化して以来、EU域内での中国人マフィアの「活動」は目立たなくなり、多くが北アフリカからアンゴラへと移動した由です。 川口 中国のヨーロッパ不法進出で一番有名なのは、やはりイタリアですね。もう10年も前からときどきドイツでも報道されていました。法が緩いのでしょうか、イタリアは。中国移民が安い服飾を自国の不法移民に作らせて、メイド・イン・イタリーと称して中国に逆輸出すると、安物でも中国製よりずっと高く売れるそうです。そういえば、数年前、チェコに行ったとき、そこにも中国人が多くて驚いたことがあります。韓国人もたくさんいました。不法だったかどうかはわかりませんが、中国人はどこにでもいますね。 でも、最近は金持ちの中国人の進出も多く、不動産や企業が買収されることの方が、大きな話題になります。私の住むシュトゥットガルトも、ブランド品で着飾った中国人が闊歩しており、高級品の店は中国人とロシア人でもっているようなものだと言っていました。 ただ不法移民に関しては、ドイツでは中国人よりも、バルカンやアフリカなどの出身者が圧倒的に多い。昔は東欧も多かったけれど、今はEUに加盟して合法になったので、人数はどんどん増えています。 宮崎 この不法移民は今後の日本にも大問題となりますよ。日本のような島嶼国家でさえ、近年は飛行機の発達で偽造書類によって表玄関から堂々の入国があとを絶たない。さすがに最近は密航船による密入国は激減しましたが、EUのように陸続き、あるいはアルバニアからイタリアへの密航、ウクライナからいったんEU域内に入れば、あとは移動の自由が保障されていて取り締まりが円滑には行かない。 米国はオバマ政権になってまたまた緩和方向にあり、所詮、多民族、多人種、宗教・言語お構いなしの人工国家ですから人口の若返り、つねに新規住宅需要がおこって景気が循環する。これは米国の宿命です。 独自の文明を誇ってきた日本が、この米国モデルを模倣する必要はまったくない。 それにもかかわらず日本は体型だけ米国型を真似し、それが「国際水準」などと間違った信仰をしてきた。郵政改悪がライフラインを破壊したように、グローバル化は日本のコミュニティーを破壊した。しかるに1千万の人口増を移民でまかなうと言い出したかと思うと、「日本列島は日本人だけのものではありません」というバカ総理まで出てきた。こうなると不法移民の滞在緩和や、永住権条件などますます緩和される危険性があります。 川口 グローバル化は本当に地球全体を悪くしましたね。世界規模での貧富の差も広がったし、各国内での貧富の差も広がった。日本は技術あり、人材あり、貯蓄あり、そのうえ教育水準は高く、人口も多いのだから、安物ばかり追いかけなければ、国内の生産と内需だけで、かなり頑張れると思いますが、違いますか? とにかく、日本でしかできない高品質の物を作らなければだめです。そして、少し鎖国の方向に進めばいい。閉鎖的な鎖国ではなくて、前向きの鎖国。攻撃ではなく、守りを堅くしないと。いずれにしても、安倍晋三首相にはとても期待しているのですが。 宮崎 なんだか悲観的予想ばかりとなりましたが、日本は安倍首相の登場で戦後レジームの克服を標榜し、憲法改正、国防軍への改変、教育の抜本的改革など、ようやく独立国家の主張をするようになり、ちょっと明るい日差しがさしてきたようです。

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    遵法精神なき外国人への生活保護支給を憂う

    衆議院議員 桜内文城 生活保護の受給実態をめぐって国民の間に不信感がくすぶっています。近年、生活保護をめぐり首を傾げざるを得ない出来事が相次いでいるからです。実際には生活保護を受けなくてもいいような方が長年にも渡って不正受給していたケースなども散見されました。こうした事例を見聞きするたびに本当に厭な気になり、これでいいのか、という思いに駆られます。  暮らしに困窮する人に手をさしのべる制度本来の趣旨に何も異論はありません。しかし、そうした善意を逆手に取ったり、そうした制度の趣旨を踏みにじるような不正受給は許されないと思う。いったん受給を始めると、自立への努力をしなくても済んでしまう。これも生活保護の構造的な欠陥でしょう。こうした問題点も指摘されてきました。  外国人も課題の一つです。例えば来日して間もない中国人が生活保護の受給を申請してきた。一族郎党まで目を疑うばかりの人数で申請が行われ、それが認められてしまった―そうしたケースも民主党政権時代にはありました。  そうしたなか今年の7月18日、生活保護について外国人がその対象であるかどうかが争われた民事訴訟において最高裁第二小法廷が「外国人は生活保護法の対象ではなく、受給権もない」とする判断を示しました。  生活保護は憲法二五条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」との規定を踏まえた制度であることをご存じの方も多いと思います。生活保護は日本国籍を持つ国民のための制度です。外国人に支給することは本来、想定されていない。今のケースなどを野放しにしていると、日本国民の貴重な税金が食い物にされてしまいますし、本来保護しなければならない、本当に困っている人達を救うという制度そのものの維持が難しくなりかねません。 「当分の間」が60年続く愚   それにしてもなぜ、国民のための大切な生活保護が外国人に現実に支給されてしまうのでしょう。それは、厚生省が出した一通の通知に原因があります。生活保護法の第一条は「この法律は、日本国憲法第二十五条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする」となっている。戦後の昭和21年の旧生活保護法では全ての在住者が対象となる内外無差別の原則を採っていました。それを昭和25年の改正の際、国籍条項を加え国民でなければそもそも受給できない仕組みにしたのです。  ところが、昭和29年5月8日に厚生省が社会局長名で通知を出しました。通知の標題は「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」。通知の冒頭、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置については、貴職におかれても遺漏なきを期しておられることと存ずるが、今般その取扱要領並びに手続きを下記のとおり整理したので、了知のうえ、その実施に万全を期せられたい」としたうえで次のように述べているのです。  「1 生活保護法(以下単に「法」という)第1条により、外国人は法の適用対象とならないのであるが、当分の間、生活に困窮する外国人に対しては一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱いに準じて左の手続きにより必要と認める保護を行う(以下略)」  実はここで述べられた「当分の間」というのが今に至るまで一度も見直されることなく続いてきたというわけです。事勿れ主義といえばそれまでですが、つまり日本人も外国人も同じように扱う。これが戦後一度も見直されることなく続いてきたわけです。外国人に生活保護を支給することに日本国民の抵抗感が少ない一因となっているともいえましょう。 直近6年間で1・5倍の外国人支給   では生活保護の現状を具体的に見てみましょう。生活保護費の国庫負担金を事業費ベースで見ると平成24年の保護費総額は3兆6284億5240万円に達し、この6年間でなんと1兆円近い伸びを見せている。民主党政権が3年3か月続いたので、ちょうどこの間に急速に伸びていることが読み取れます。  そして外国人で生活保護を受けている世帯は23年は4万3479世帯。これも17年の2万8499世帯からみると6年間で約1・5倍にも増えていました。  国籍別に見ると一番多いのは韓国・北朝鮮籍の方で2万8796世帯。ついでフィリピンが4902世帯、中国が4443世帯,ブラジルは1532世帯(いずれも平成23年)。急速に伸びているのは中国で6年前は2609世帯に過ぎなかった。  気がかりなのは、世帯全体に占める生活保護世帯の比率で日本国民の平均は2・6%に過ぎないのに、韓国・北朝鮮は14・2%も占めていたことでした。フィリピンも11%ですが、韓国・北朝鮮籍の世帯における生活保護受給世帯は桁違いに突出しているのです。 外国人にいくら支給されているかというデータが明らかになるのは実はこれが初めてのことです。はじめ厚生労働省は外国人を対象にした保護率のデータは存在しないなどとしていたのです。これ自体、許し難いことです。ただ、なぜ外国人の保護率が高いのか、なかでも韓国・北朝鮮籍の方がなぜ突出して高いのかという理由や原因はまだよくわかっていませんし、さらによく調べて見る必要があります。 外国人に受給資格なしという最高裁   冒頭の最高裁で争われた訴訟は、この通知を根拠に起こされたものでした。原告の中国籍の女性(82)が生活保護の申請を出したところ大分市から「相当の資産がある」との理由で却下されたことが発端となり原告は市の処分は違法だとして、市に取り消しを求め提訴したのです。その後、市の裁量で生活保護の受給は認められました。しかし裁判では外国人にも法的な受給権があることを認めるよう争ってきたのです。  2010年、一審・大分地裁は女性の訴えを退けました。しかし二審・福岡高裁は外国人を同法の保護対象だと認定してしまったのです。そして最高裁第二小法廷は、二審の判決を覆し「生活保護法が適用される『国民』に外国人は含まれない」と指摘。この通知にも「文言上も生活に困窮する外国人について生活保護法が適用されず,その法律の保護の対象とならないことを前提に…定めたものであることは明らか」だとして外国人に受給権はないと判断した―というわけです。  外国人に受給資格がない。とにかくそのことは最高裁でハッキリしたわけです。行政の判断で法律では認められていない外国人を日本国民と同じように取り扱う―という判断自体、この際、よく考えて見る必要があると思います。行政の裁量による判断というのは本来あってよい話です。ですが、生活保護の場合、法律では認められない外国人への支給を認めてしまっている。  「法律を準用する」といいながら、行政の判断だけで巨額の国民の税金を使ってしまっているわけです。こうした方針について国会の審議もなければチェックもない。これはとても問題があると私は考えました。そこで衆議院の予算委員会でとりあげることにしました。  厚労省の許されざる姿勢   私は質疑のなかで生活保護の受給の実態を指摘しながら、二十代、三十代などまだ働けるのに、受給しているという人の比率が増えていること、さらに生活保護を受給することが自立を阻害する一因になっているのではないか、という生活保護制度が抱える全般的な問題をまず指摘しました。また生活保護に要する国庫負担のうち、約半分が医療扶助といって医療費の自己負担をゼロ、すなわち全額を国庫で負担する仕組みも取りあげ、この負担が重いことも指摘しました。  そして外国人への生活保護の支給がわれわれの試算で年間1200億円に達していること、そうした国会の審議を経ずに行政判断で税金が支出されているが、最高裁は「法律の適用対象でない」と認定した。そうした法的根拠のない支出が一体いくらにのぼるのか、支出すると決めた厚労省が把握できていないのは問題だ―とも指摘しました。  そして韓国・北朝鮮籍の世帯では1000世帯のうち、142世帯が生活保護を受けるという突出した状況があるが、これをどう思うか。最高裁判決や厚労省通知などについて塩崎厚労相に率直に見解を質しました。  塩崎厚労相は「この判決は外国人の保護については行政措置により事実上の保護の対象となりうると言及されている。現行の運用が容認されたものと考えている」と述べました。また厚労省の局長通知にある「当分の間」という表現も「特定の期間を想定しているものではない」として見直す考えがないことを示しました。  こうした通知が昭和29年に出された背景は何か。これは昭和27年のサンフランシスコ平和条約の発効に伴い、朝鮮や台湾統治で日本に残っていた朝鮮人や韓国人、台湾人は日本国籍を失って無国籍に陥ってしまったわけです。  それまで朝鮮統治や台湾統治によって日本国民として当然に与えられていた権利を日本国の都合で、突然失うことになった。従って朝鮮、韓国籍となった人でも日本国民と同様の法的保護が必要だったわけです。こうした方々は平成3年になって正式に特別永住者という資格を得ました。こうした経緯を調べて見ると、この通知が出された当時においては外国人をただ闇雲に保護したのではなく、それなりの事情があったことは押さえて置く必要があると思います。  ですが、それから60年以上が経っている。時代状況は丸きり変わっています。繰り返しになりますが特別永住者は本来、こうした無国籍の方々を救済するために始まった制度です。こうした方々のなかには国民年金の加入が認められず、無年金になった方などもおりました。従って生活保護の受給者が増えたという一面はありましょう。  しかし、特別永住者は、こうした一世の方々だけでなく、その後、二世や三世に至るまで同様の権利が拡大付与されていますし、無年金者は今、恐らく数としては相当減っているように思える。初めは一定の合理性があったとしても、今日も同じような合理性があるのだろうか、あるいは特別永住者の要件自体が妥当なのか否か。こうした点をしっかり視野に入れて考えなくてはいけないと思っています。 日本に敵意ある国民を保護するのか   いずれにしても見直しに消極的な塩崎氏の答弁に私は納得できませんでした。私は「それはおかしい」と反論し、韓国の現状なども指摘しました。  韓国には「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」と称する〝親日禁止法〟があります。2005年に成立した、いわば日本人に対するヘイトスピーチを公認するかのような法律です。国家の意思として日本への敵意を法律が認める。こんな状況が現実に韓国では生まれているわけですね。  そういう国の国籍を持つ人たちをなぜ私達日本人が税金で保護しなければならないのか。日本に帰化して国籍を取得するならば、いざ知らずそういう日本に敵意を持っている国家の国籍を持ち、忠誠を誓うなり、帰属意識を持っているわけでしょう。北朝鮮にしても同じことがいえます。日本人の拉致について北朝鮮の政府は自分達がやったことを認めているわけですね。  何でそういう国の人々、そういう国に忠誠心を誓う人、もしくは帰属意識を持っている人を日本の税金で保護しなければならないのでしょうか。これは誰もが思うことではないでしょうか。それに韓国にしても北朝鮮にしても生活保護の受給割合が突出して高すぎるわけです。このまま放置していいとは思えません。何よりも生活保護制度への信頼そのものが失われてしまいます。  最高裁判決のいうところは煎じ詰めるところ「生活保護法について立法者の意志は外国人を対象とはしてない」ことを明確にしたということでしょう。こうした判決が司法で出されたことを立法府や行政は重く受け止めるべきです。法律の最終判断権を持っている最高裁判所が対象外と判断した人に対して、法律の執行を適切に行うべき行政府が自分達の判断だけで支出し続けている。しかもそれは全く問題ないのだ、という言い草は三権分立に照らしても疑問がある旨を表明しました。 外国人の保護に法的根拠を   生活保護のような社会権は国家の裁量的な判断によるものであって、決して義務ではありません。自由権については国民であろうが外国人であろうが等しく保障されなければならない。しかし、社会権は国の財政状況によっても変わるし、国の意思で決められる。諸外国を見ても保障内容や保障条件は千差万別です。  いうまでもないことですが、私達は外国人を排除するために外国人への生活保護の適用をなくすべきだと主張をしているのでは決してありません。むしろ逆で、法律に基づかない行政判断に依らずに、外国人の保護は立法府の審議を経た別の法律できちんと根拠づけてやりましょうといっているのです。私達が提案し、成立を目指しているのは外国人緊急支援法(仮称)という法律です。生活保護は国民のための制度であるから外国人をその対象にはしない。しかし、生活保護とは別に急に外国人が生活に困った場合には生活保護に準じる措置を一定期間に限って認める。そういう法律を作って、法的根拠があるなかで外国人の保護を図っていくことが妥当な考え方だと言っているのです。今のように法的根拠がない行政判断を漫然と続けることを改めましょうという提案なのです。 夢は「生活保護!」という子供   生活保護の見直しはこれだけではありません。見直しのあくまでひとつで、生活保護は全般的かつ抜本的に見直していかなければならないと考えています。例えば現行の生活保護費は基準額が高すぎるのではないでしょうか。標準3人世帯で月額約25万円となっていますが、基準額が高すぎると過度の依頼心を招いたり、自立を阻害するという弊害が生まれるといわれています。  ただ、ここはテクニカルな問題ですが法律の条文で「基礎年金より少なくしなければならない」とはなかなか書きづらい。厚生労働省も5年に一度見直しているとはいっていますが、なかなか難しいようです。  この問題の抜本的解決策として検討に値すると私達が考えているのは「給付付き税額控除」です。「給付付き税額控除」というのは、「負の所得税」といわれる仕組みで、税額控除で控除しきれなかった残りの枠の一定割合を現金で支給するというものです。  これを全面的に生活保護に置き換えていくことで、働くことにインセンティブを与える仕組みにできると思うのです。今の生活保護制度は働かない方が得な制度設計になっている。働いて所得があれば、その分、支給が削られてしまうからですが、そうではなく少しでも働いたら、受け取る手取り額が増えるように改めるべきではないかと考えます。これは税制の論議も加わりますので、簡単ではありませんが、私達は基本政策のなかに盛り込んでいます。  それから支給も現金ではなく、諸外国で採用されている「バウチャー(保護証票)」に変えるべきではないか。米国ではすでにそうした支給形態になっていますが、例えば生活保護をもらっていながら、酒やパチンコ、ギャンブルに浪費する事例というのが散見されるでしょう。生活保護法には六〇条に支出節約義務が受給者に課されていますが現行制度では、こうした浪費を防止するのが困難なのです。  生活保護の使途を生活必需品に限定し、その実効性を確保するには現金支給をバウチャー給付や現物支給にし、バウチャー取り扱い事業者を指定する形にする。これでかなり改善するはずです。住宅扶助についても現物給付を原則にするなどの措置を取り、余っていると言われている公営住宅等の活用も考えるべきでしょう。  医療扶助にも一定の見直しが必要です。今の生活保護制度は、生活保護の支給以外にも医療扶助と介護扶助が現物支給され被保護者は自己負担なしにサービスを受けられます。実はこれが大変な負担に膨らんで、生活保護のほぼ半分を占めている。自己負担がないために、必要以上の医療扶助、介護扶助を受けている者もいるわけです。  逆差別になってはよくありません。これは私達の仲間内の国会議員から聞いた話ですが、大阪のとある街の子供たちに「将来、何になりたいか」と呼びかけたことがあった。すると「生活保護!」という答えがかえってきたというんですね。もうこうなると生活保護の受給のあり方だけでなく教育にも話が及ぶ話かも知れませんが…。  やはり医療サービスを受ける際、被保護者に一部負担金を課すことが必要なのではないでしょうか。やむを得ない事情があれば支払わなくて良いという現行の規定は残していいとも思いますが、負担ゼロのために削減へのインセンティブが働かない現状は見直すべきだと考えています。  それから生活保護に外部監査を入れることも不可欠です。監査人にいかなる調査権限を与えるかは重要ですが、今の内々のチェックに過ぎない事務監査制度を抜本的に考え直す必要がありましょう。 手続き簡素化も問題だ   昨年から施行された生活保護法の改正で書類が全て整わなくても特別の事情がある時には、支給が認められる仕組みになってしまっています。派遣村の問題がクローズアップされ、民主党政権下で生活保護の手続きは大幅に簡素化が図られたのです。簡素化によって整わなかった書類を後できちんと揃えて手続きがされたのか。そうしたケースが何件あるのか、といったことを我々は調べようとしていますが、これも厚生労働省は把握していないと言っています。  これら生活保護への見直し全般のなかで外国人への緊急支援法を作ることも実現したい。  こうすることで「当分の間」といって60年以上も漫然と続けられてきたというおかしな実態はなくなりますし、国会で「当分の間」という文言について「特定の期間を想定したものではない」などと強弁する必要だってなくなります。行政措置で済ませてきた外国人への生活保護の支給も国会のチェックを受けることになるでしょう。  塩崎大臣は「最高裁判決は現行の外国人支給に異を唱えているわけではない」と繰り返すだけで、見直しには最後まで消極的でした。しかし現下の財政事情や生活保護の不正受給などが後を絶たない状況を考えると、政府が生活保護について何にもしないことは許されないし、見直しは不可避だと考えています。桜内文城氏 昭和40年、愛媛県出身。東京大法学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。新潟大経済学部大学院准教授(会計学)などを経て平成22年参議院選で初当選(みんなの党)。現在、次世代の党政調会長。公認会計士と税理士資格取得。

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    中国人に狙われる生活保護の実態

    阪市に住む70代の姉妹2人の親族の中国人48人が5~6月に我が国に入国した直後、そのうち46人が市に生活保護の受給を申請し、32人が既に受給していることが明らかになった。 姉妹は中国残留孤児と見られ、2008年7月、中国・福建省から来日、11月に日本国籍を取得した。2010年5~6月、姉妹の介護名目で同省から親族48人を呼び寄せ、大阪入国管理局が審査した結果、48人は1年以上の定住資格を得たという。入国審査の際、48人は扶養する第三者の身元引受人を用意して在留資格を得たが、外国人登録後、46人が平均6日間で市内5区に「身元引受人に扶養してもらえない」として生活保護を申請。いずれも日本語は話せず、申請窓口には同じ不動産業者が付き添っていたという。生活保護を食い物にするブローカーの存在が窺えるというわけだ。「出入国管理及び難民認定法」には「生活上国又は地方公共団体に生活上の負担となるおそれのある者」は「本邦に上陸することができない」(第5条第1項第3号)とされている。大阪市はこの中国人らのケースに生活保護法を準用することは同法の趣旨に反するとともに、本来、原則として外国人には適用されない生活保護法の趣旨にもそぐわないのではないかと懸念を示し、厚生労働省に対して今回のケースに関する生活保護法の準用の是非について照会を行い(7月13日)、一方で大阪入国管理局に対して在留資格の調査を申し入れた(6月24日、7月1日)。同時に今回のケースについてマスメディアに公開し、問題提起を行った。 生活保護法はその目的を「日本国憲法第25条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長すること」(第1条)とする。あくまで対象は「国民」すなわち日本国籍保持者である。しかし、昭和29年5月8日付の各都道府県知事あての厚生省社会局長通知「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」には、「生活保護法(以下単に『法』という。)第1条により、外国人は法の適用対象とならないのであるが、当分の間、生活に困窮する外国人に対しては一般国民に対する生活保護の決定実施の取扱に準じて左の手続により必要と認める保護を行うこと」と記されている。そこから生活保護法は外国人にも「当分の間」、準用されることになっているのだ。 この通知は「現在も有効」(「参議院議員加賀谷健君提出外国人の生活保護に関する質問に対する答弁書」(2009年6月16日)で、今回のケースに関しても7月21日、厚生労働省は大阪市に対しての回答で「生活保護制度における外国籍を有する方の取扱いについては、『生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について(昭和29年5月8日社発第382号厚生省社会局長通知。以下「通知」という。)』において示すとおりであり、照会にある外国籍を有する方が通知において示す外国籍の方に該当する場合は、通知のとおり取り扱われるべきであり、保護の実施に要した経費については、同法の規定に準じ、国に対してその4分の3を請求することができる」と述べている。 今回のケースは、在日中国人が第一段階として経済難民の入国を拒否する入管法を、第二段階として外国人にも準用される生活保護法を、それぞれ法の抜け道をすり抜け、他方、形式主義のお役所仕事がそれを許して受給に至ったものである。 実際、入管の担当者は「身元引受人がきちんと扶養しているかどうかを継続的にチェックする制度はない。悪質な虚偽申請と見抜き、許可を取り消すのは現実的には難しい」と話し、大阪市も「生活保護の受給を前提に入国した可能性があり、極めて不自然」としながらも「入国を許可され、受給申請も形式的に要件が整っている以上、現段階では法的に支払いを保留することもできない」と述べている(『産経新聞』7月1日付電子版)。  7月21日現在、46人のうち20人はその後、申請を辞退し、10世帯26人については6月分の184万円が支給されている。7月分についてはさらに3世帯6人が加わって計241万円が支給されている。私たちの納めた血税が法の抜け道をすり抜けて彼らに流れた格好だ。不正受給対策に消極的な厚労省 大阪市は今回、メディアにも公開して問題提起した理由を次のように述べている(大阪市「中国国籍の方の生活保護集団申請について」、7月23日)。 ①入国管理法では『生活上国又は地方公共団体の負担となるおそれのある者』は入国を拒否することになっているにも関わらず、今回のケースでは日本に入国してすぐ生活保護を申請している。このことから、法の趣旨を大きく逸脱した、在留資格の審査がなされている可能性がある。 ②厚生労働省の通達(「通知」の間違いか?)では、形式的に在留資格を得ているだけで、生活保護制度を準用することになっている。 ③結果的に、本市に何の裁量権もなく、生活保護法を適用しなければならないというのでは、市民の理解は得られにくく、また、4分の1の財政負担を余儀なくされる大阪市としても納得できるものではない。 ④人道上の観点から、中国残留邦人の子孫の方たちの処遇をどう考えるのかという問題は国の責任において、別の制度、施策を設けて対応すべきものであり、生活保護の準用の是非という観点だけで本市に判断を委ねるのは大きな問題である。 もっともな問題提起である。地方自治体レベルでは如何ともしがたい事態だからだ。なお、前掲の大阪市への厚生労働省の回答は生活保護の受給を目的とした入国であることが明らかである場合には生活保護法は準用しない旨を記したものだが、「これは今回の大阪市の個別の事案の照会に対する回答であり、一般に適用されるものではないという見解である」(大阪市「国に対する要請の趣旨(大阪市における中国国籍の方の生活保護集団申請を受けて)」、8月4日)という。これから起こるであろう、いや既に起きているであろう外国人による生活保護費の不正受給について厚生労働省は有効な手を打つ意思がないということだ。 そのため大阪市は8月4日、「同種の事態は全国において生じることが想定される」(同上)ことから国に対して要請を行った。具体的には厚生労働省に対して「中国残留邦人の2世、3世に対する支援のあり方」「今回の事案に対する人道的観点からの配慮」「生活保護の準用に関する全国的な取り扱い」、法務省に対して「定住を認める中国残留邦人の2世、3世に対する支援のあり方に関する方針の策定」「入国管理法の趣旨を踏まえた厳格な運用の徹底」、総務省に対して「中国残留邦人の子孫に対する支援などの施策に関して、地方自治体に負担を強いることのないよう、適切な対応を関係省庁に要請する」といったものである。生活保護行政の実際を担う地方自治体として国の無作為に対して異議申し立てをした格好である。 今回のケースに対しては在日中国人に向けた新聞(華字紙)も強い関心を示し、特集を組むところもあった。中には生活保護申請の詳細を紹介するなど「生活保護のススメ」のような内容のものもあった。この点について中国出身の評論家、石平氏は「中国国内では生活に困窮している人は何億人もいる。華字紙の特集には、中国人永住者や帰化した人らに対し『中国からどんどん家族や配偶者らを呼び寄せ、すきを突いて生活保護をもらえ』というメッセージや発想が感じられる」と述べている(『産経新聞』7月10日電子版)。 まさに今回のケースは「すきを突いて」生活保護を受給しようとしたものであり、政府はこの事態に対して具体的な対策を講じる必要があろう。現状では私たちが経済の厳しい状況下でも納めた文字通りの゛血税″が不正に外国人や一部のブローカーに流失する回路を残していることになる。国民優先の政治的判断を認めた最高裁判決 ここで、生活保護を含む社会保障において外国人をどのように扱うかについて整理しておこう。最高裁は我が国の憲法が保障する基本的人権について「憲法第三章の規定する基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除き、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」としている(マクリーン事件判決、昭和53年10月4日)。判決文というのは独特の言い回しをするもので、要するに日本国民のみを対象とし外国人には保障されない権利と、外国人にも日本国民と同じように保障される権利との2種類があるということだ(権利性質説)。 その日本国民にのみ保障され、外国人には保障されない権利の代表として一般に挙げられるのは「入国の自由」「政治活動の自由」「参政権」「社会権」である。外国人に我が国への入国の自由を認めてしまえば、我が国はもはや主権国家とはいえないし、政治活動の自由も同様である。外国人に公の意思の形成に関わる参政権を認めれば、これまた主権国家たり得ない。社会権は国家に積極的な福祉的給付を求める権利であるから国家の存在を前提としており、国家の構成員である「国民」のみを対象としている。社会権が「後国家的権利」、すなわち国家の存在を前提として成り立つ権利と呼ばれるのはそのためである。 もちろん外国人にも社会保障を行うこともある。しかし、それはあくまで在留先の国家による恩恵的措置であって、外国人がその権利に基づいて社会保障を求めることはできないと考えられている。 では、日本では、在留外国人への社会保障はどのような基準に基づいて行われているのだろうか。最高裁には次のような明確な判決がある。「国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際関係、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下に福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されると解される」(塩見訴訟判決、平成元年3月2日) 最高裁は憲法の解釈として自国民と在留外国人は区別されるものであり、社会保障において自国民を優先することも許されるという考えを示しているのである。ついでにいえば、ここには在留外国人の社会保障については本来的にはその国籍を有する本国が行うべきものであり、我が国がただちに在留外国人に社会保障をすることを求められるわけではないということも含意されているが、このことについては後述する。 この最高裁の判断は極めて常識的なものであり、この判決の趣旨を政府は徹底させるべきだ。特に「限られた財源の下」という部分は国や地方自治体の財政が逼迫している今日、判決時よりもいっそう切実味を増している。財政が豊かで余裕のある状況では外国人にも恩恵的な社会保障は可能であったが、今日ではそれも難しくなっている。まして目まぐるしい経済発展によって経済的にも我が国を凌駕しようとしている近隣諸国の国民に社会保障上の恩恵を施すというのは本末転倒であり、我が国の国民の理解も得にくくなっている。「差別論」も明確に否定 しかしながら、このような社会保障において日本国民と在留外国人を区別し、場合によっては在留外国人に対する社会保障を限定するか行わないことに対しては以前から強い批判がある。とりわけ在日韓国・朝鮮人から日本国民と自分たちを区別するのは「国籍差別」であり、憲法や国際法によって禁止されているとの主張がなされてきた。 実際、さきに挙げた塩見訴訟は、子供の頃、「はしか」にかかって失明した韓国人の女性が、後に日本国籍を取得し、障害者年金の受給を申請したが、失明した際に日本国籍でなかったことから国籍条項に引っ掛かり、申請が却下されたことから起きたものだ。気の毒なケースであり、何らかの救済が必要と思うが、女性側の裁判での主張は、もっぱら日本国民と在日韓国人という自らのかつての身分は平等に扱われるべきものだということで、国籍を重視しない、国籍を無にする方向で行われてきた。 女性側が根拠に挙げたのは、憲法第14条第1項の「法の下の平等」や世界人権宣言、国際人権規約、ILO条約であったが、これらはことごとく最高裁によって退けられている。詳しくみてみる。(1)憲法第14条第1項の法の下の平等の原則は「合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって、各人に存する経済的、社会的その他の種々の事実上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、何ら右規定(憲法第14条第1項)に違反するものではない」ので、国籍に違いによる「取扱いの区別については、その合理性を否定することができず」、憲法第14条第1項に違反するものではない。(2)ILO第102号条約(社会保障の最低基準に関する条約)第68条1の本文は「外国人居住者は、自国民居住者と同一の権利を有する」と規定しているが、その但し書きは「専ら又は主として公の資金を財源とする給付又は給付の部分及び過渡的な制度については、外国人及び自国の領域外で生まれた自国民に関する特別な規則を国内の法令で定めることができる」としており、「全額国庫負担の法(国民年金法)81条1項の障害福祉年金に係る国籍条項が同条約に違反しないことは明らかである」。(3)国際人権規約A規約(経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)第9条について「この規約の締結国は、社会保険その他の社会保障についてすべての者の権利を認める」と規定しているが、「これは締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない」。したがって、「同規約は国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものとはいえない」。(4)ILO第118号条約(社会保障における内国民及び非内国民の均等待遇に関する条約)については我が国はいまだ批准していない。(5)国際連合第3回総会の世界人権宣言、同第26回総会の精神薄弱者の権利宣言、同第30回総会の障害者の権利宣言及び国際連合経済社会理事会の1975年5月6日の障害防止及び障害者のリハビリテーションに関する決議は、国際連合ないしその機関の考え方を表明したものであって、加盟国に対して法的拘束力を有するものではない。それゆえ、国籍条項を直ちに排斥する趣旨のものではない-といったものである。国民と在留外国人を区別するもの 女性側の主張は日本国民と在留外国人たる在日韓国人の社会保障上における法的地位を平等に扱えというものである。しかし、最高裁は、社会保障はあくまで国家を前提として国家が積極的な福祉的給付を行うことであるから、国家の構成員である自国民と在留外国人は区別せざるを得ないと判断したのである。 これは地球の上に国境があり、誰もがどこかの国家に帰属し、その国籍を有するという近代社会における論理的な帰結である。また、本来、社会保障というのは、「国民の共同連帯」によって成り立つものでもある。この塩見訴訟の判決でも最高裁は国民年金制度について次のように述べている。「国民年金制度は、憲法25条2項の規定の趣旨を実現するため、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的とし、保険方式により被保険者の拠出した保険料を基として年金給付を行うことを基本として創設されたものである」 ここでいう「国民の共同連帯」は単に同じ地域に住んでいるということから生じるものではない。敢えていえば、防衛共同体ないし運命共同体としての国家の構成員として他の者と連帯し、相互扶助を行うということから生じると考えるべきだ。防衛共同体ないし運命共同体としての国家の構成員とは、「その国のために死に得る存在」であるということであり、その国に「国防の義務」を負う存在であるということでもある。そして防衛共同体ないし運命共同体としての国家の構成員であることの指標が国籍ということなのである。 要するに国籍を有するということからその国家への共同防衛の義務が生じ、その共同連帯の対価として社会保障の権利が保障されると考えるべきなのである。そのことは我が国においても近代的社会保障が明治8年の軍人に対する年金制度に始まり、それが徐々にその対象を軍人から民間人へと広げていったことからも分かる。 同じ地域に住みながらも国籍によって自国民には国防の義務が生じ、在留外国人にはその国への国防の義務が生じないのと同様に、社会保障においても自国民と在留外国人は区別されなければならないのである。それはその在留外国人の生活の本拠が我が国にだけあるだとか、母国語はできず、日本語しかできないとか、交友関係が日本人だけだとかといった個々の事情とは何の関係もないことである。近代社会における国籍が異なることから生じる論理必然の帰結なのである。 在日韓国・朝鮮人のことを「外国籍を持ちながら外国人意識が稀薄であるという国籍ボケ」と断じたのは首都大学東京教授の鄭大均氏だが(『在日韓国人の終焉』文春新書、2001年他)、この訴訟の原告の女性も「国籍ボケ」以外の何ものでもない。国籍が何を意味するのか、国籍が異なることからどのようなことが生じるのかということについての理解がまるでなされていない。 このことはなにもこの女性に限られたことではない。本国への帰属意識を強烈に持つ一部の者を除く圧倒的多数の在日韓国・朝鮮人もそうだし、当の日本国民にしても「日本国籍を持ちながら日本人意識が稀薄であるという国籍ボケ」に陥っている。生活に困窮する外国人に慈しみの心をもって生活保護や年金などの生活扶助が必要と考えるのは日本の優しい国民性の現われだが、在留外国人を日本国民と同様に考え、両者の区別を「国籍差別」や「民族差別」と理解する日本国民も多い。しかし、それこそが「国籍ボケ」というべきものである。見え隠れする朝鮮総連の影朝鮮総連中央本部ビル=東京都千代田区 これとの関連で取り上げなければならないのは、在留外国人の無年金問題である。国民年金法は農業者、自営業者等を対象にした制度として昭和34年11月1日に施行されたもので、老齢、障害または死亡について必要な給付を行う社会保険制度である。 日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の日本国民が原則として被保険者とされ、被保険者が保険料を納付し、それを主な財源として拠出するという拠出制を前提としていたが、国庫も毎年度、国民年金事業に要する費用に当てるため一定額を負担することにされていた。 昭和60年の国民年金法改正により、国民年金の適用は全国民に拡大され、全国民共通の基礎年金を国民年金制度から支給することとし、その上に厚生年金や共済年金の被用者年金制度から所得比例等の年金を上乗せするという「2階建て」の体系に公的年金制度が再編、統一された。 ここで問題となるのは在留外国人に対する対応である。発足当時の国民年金制度は、被保険者の資格について前記のように「日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の日本国民は、国民年金の被保険者とする」(国民年金法第7条第1項)と規定し、日本国籍のない在留外国人を老齢年金の支給対象から除外していた。昭和56年、「難民の地位に関する条約」を批准したことに伴って制定された関連法規の「整備法」により、「日本国民」の文言が「者」に改められ、国籍条項が撤廃された。これは難民に限って国民年金法を適用することは公平の観点から適当でないことに鑑みて在留外国人にも適用されたものである。 しかし、他方、整備法附則四項では国籍条項が撤廃された効果は過去にまで遡及されないことも明記された。 以上のような経緯の中で、一部の在日韓国・朝鮮人が、国民年金に加入しなかったことから無年金状態となり、国民年金が支給されないのは「国籍差別」であるとして国に対して各地で裁判を起こした。 2009年2月3日、一連の裁判のうち最後に最高裁で判決が確定した事案では、原告5人のうち3人は整備法の施行日である昭和57年1月1日当時および新国民年金法の施行日である昭和61年4月1日当時、既に60歳以上で、20歳以上60歳未満という被保険者の資格要件を充たさなかったために、国籍条項の撤廃後も国民年金に加入することができなかった。残る2人は国籍条項撤廃後、年齢の上では国民年金の被保険者資格を有していたが、国民年金に加入しなかったというものである。 国民年金の保険金を一切払うことなく、年金だけはもらいたいというのは虫が良すぎるし、それが適わないと「国籍差別」だと主張するというのでは余りに身勝手というものだ。またはじめから、保険金を払う気もなかったのに「国籍条項」で加入できなかったと主張するもの後から取って付けた理由だというしかない。 この裁判の最高裁確定判決(原審・京都地方裁判所、平成19年2月23日、控訴審・大阪高等裁判所、平成20年4月25日)を見てみよう。そこでは原告らの主張を退ける理由を前記の塩見訴訟判決を踏まえながら次のように言ってのけている。 なお、この一連の裁判には朝鮮総連の姿が見え隠れしている。「在日外国人高齢者・障がい者無年金問題のページ」を運営する「都市問題研究所・日朝友好促進京都婦人会議」(京都市左京区)のホームページには「日朝友好」の言葉や「共同アピール 民族差別・外国人排斥に反対し、多民族共生社会をつくりだそう!朝鮮学校攻撃を許さない!」というスローガンが掲載されている。共同アピールには朝鮮総連の友好団体や個人が名を連ねている。 彼らはただただ日本政府に日本国民と同一の社会保障を与える法的義務があると主張するだけである。そして裁判所に退けられると次には日弁連に人権救済申し立てを行い、それを受けて日弁連は2010年4月7日、厚生労働大臣、内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長に会長名で勧告書を提出している。また、国連人権委員会でのロビー活動も活発化させている。  しかし、被告らは韓国政府にはそのようなことを求めない。韓国では1988年に国民年金制度が始まっているが、彼らはそれに加入することも求めない。また、被告らを支援していると思われる民団なり朝鮮総連なりが在日韓国・朝鮮人を対象にした独自の共済年金制度を設けているという話も聞かない。 なかなか思い切ったことをいった判決である。確かに「我が国に在留する外国人の社会保障につき、第一次的に責任を負っているのは、その者らの本国である」。その通りである。我が国政府が行っている社会保障は第一義的には当然、日本国民を対象にしているのであって、在留外国人を対象にしているのではない。韓国籍の人々の社会保障について第一次的に責任を負っているのは韓国政府である。当然のことである。「憲法25条2項は、その性質上、我が国の在留外国人にも一定の限度で適用され得るものであるが、他方で、日本国民の社会保障につき、第一次的に責任を負っているのは我が国であるのに対し、我が国に在留する外国人の社会保障につき、第一次的に責任を負っているのは、その者らの本国であるから、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、我が国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で福祉的給付を行うにあたり、日本国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されると解される」責任は「本国」にあり 判決文に戻ろう。判決には次のような部分もある。「社会保障は、その社会を構成する者に対し、実施されるべきであるとの一面を有しているが、そのことをもって、国籍の有無に関係なく、在留外国人も自国民と全く同一の社会保障を受ける権利を有しているとまではいえない。また、仮に、在日韓国・朝鮮人が、その本国政府から何らかの救済措置を講じられないとしても、そのことをもって、我が国が、原告ら在日韓国・朝鮮人に対し日本国民と全く同一の社会保障を与える法的義務があると解する理由とはならず…」 前にも記したように「我が国に在留する外国人の社会保障につき、第一次的に責任を負っているのは、その者らの本国である」のであり、「仮に、在日韓国・朝鮮人が、その本国政府から何らかの救済措置を講じられない」のであれば、我が国政府の取るべきは、韓国政府に対して在日韓国人の無年金者の救済を行うよう要請することではないか。韓国併合百年に当たっておかしな謝罪談話を出すことよりも、現に困窮している無年金者を救済することこそが先決ではないか。また、被告らの支援者も国籍を無きものとするというイデオロギーは差し置いて、被告らを救済すべく韓国政府に働きかけることではないか。 韓国はかつての貧しい韓国ではない。経済的にも豊かになっている。韓国政府に対し、在日韓国人の社会保障について第一次的に責任を負う存在としてしかるべき対応をするよう、日本政府も在日韓国人の諸団体も日本の支援者も働きかける必要があるのではないか。それをしないで「国籍差別」であるとして我が国政府に日本国民と同一の待遇を求めるのは筋違い以外の何ものでもない。 参政権との関係でもしばしば問題とされることだが、判決は社会保障と税金の納付との関係についても述べている。「在日韓国・朝鮮人が、我が国に対し、租税を納付しているとしても、租税は、国又は地方公共団体が、その課税権に基づき、特別の給付に対する反対給付としてではなく、これらの団体の経費に充てるための財源調達の目的をもって、法律の定める課税要件に該当するすべての者に対し、一般的標準により、均等に賦課する金銭給付であり、租税の納付と社会保障の享受とは直接の対価関係にはない」「租税を納付していることをもって、我が国が、在日韓国・朝鮮人に対し日本国民と全く同一の社会保障を与える法的義務があるということはできない」 税金が行政サービスの対価であり、外国人にも自国民と等しく適用されるのに対して、社会保障はあくまで第一義的には自国民を対象にしたものであり、外国人に自国民と同一の社会保障を受けさせる権利を保障したものではないということだ。政府や地方自治体の関係者にはここで示された考えを正確に理解してもらいたい(判決の「社会保障」は「参政権」と言い換えられることはいうまでもない)。 こうして日本国民と同一の年金の保障を受けたいという彼らの要求はこのような判決もあってひとまずは阻止されている。ところが、彼らは一方で全国の地方自治体に対して、在日韓国・朝鮮人に年金の代わりとして「福祉給付金」ないし「特別給付金」を支給するよう働きかけている。民団が組織として行っていることもあって現在、全国で800以上の自治体が支給している。金額は月額5千円から三万数千円(神戸市)までである。 いっそう問題なのは、在日韓国・朝鮮人の無年金者が、年金が受給できないとなると今度は生活保護の申請をし、そのほとんどが受理されていることである。大阪市では外国人の受給者が2010年に1万人を突破したが、その92%が在日韓国・朝鮮人である。国民年金に加入していない「無年金世代」が高齢化したことがその理由と見られている。 また、生活保護受給者が、まじめに保険料を納めた年金受給者よりも国から多額の資金を受け取るという不公平な実態も浮かび上がっている(『産経新聞』6月14日付電子版)。これは在日中国人による生活保護不正受給よりも、人数においても金額においても深刻な問題である。 繰り返すが、在日韓国人の社会保障は第一義的には本国である韓国政府が行うべきことだ。日本政府にはこの件について韓国政府と早急に話を付けて欲しい。在日中国人の生活保護不正受給には毅然とした対応をした大阪市にも在日韓国・朝鮮人の問題でも改めて国に要請してもらいたい。 政府は事業仕分けでみみっちく歳出を削るのもいいが、本来は本国が行うべき社会保障の費用が国費から莫大な金額で失われていることにもっと留意すべきだ。さもなければ、我が国は在留外国人によって食い潰されることになる。八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 昭和37(1962)年広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士課程中退。専攻は憲法学、思想史。著書に『明治憲法の思想』『日本国憲法とは何か』『日本を愛する者が自覚すべきこと』(PHP研究所)、『国民の思想』(産経新聞社)など多数。最新刊に『「テレビ政治」の内幕』(共著、PHP研究所)。平成14年第2回正論新風賞受賞。