検索ワード:社会問題/14件ヒットしました

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    セックスレス社会は全然ヤバくない

    「仕事で疲れた」「夫とは面倒だから」。いま日本の夫婦やカップルの間でセックスレスが蔓延しているという。ある調査によれば、その数は全体の半数にも上り、少子化や人口減少の一因になっていると指摘する声も少なくなくない。でも、本当にそうなのか? 日本人と性、セックスレス社会の未来を考えたい。

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    日本人のセックスは「世界一コスパが悪い」らしい

    山田昌弘(中央大学文学部教授) 21世紀に入って、日本のセックスレス化が止まらない。若者から中高年夫婦に至るまで、さまざまな調査データが、日本社会でセックスする人が減少し、セックスへの関心が低下していることを示している。 2015年に実施された出生動向基本調査によると、若者で言えば、未婚率が上昇しているだけでなく、近年は、交際相手がいない人が増え、未婚者(18-34歳)で恋人がいる人は、男性で約2割、女性で約3割である。その上、交際相手がいない人の中で、交際相手が欲しいと思う人は半数を割ってしまった。性体験率も低下している。 性体験がない人の割合は、20-24歳で男女とも約47%で、2002年の数字(男性34%、女性36%)にくらべ大きく上昇し、男性では1990年以前を上回ってしまった。(第16回出生動向調査・国立社会保障人口問題研究所)。さらに、家族計画協会の調査でも、性に関心をもたない人(既婚者含む)は、20代前半で男性21%、女性39%と2008年の数字(男性11%、女性25%)に比べ大幅に上昇している。恋人が欲しい、性体験したいという意欲までも低下しているのである。 セックスの不活性化は、中高年夫婦にも及んでいる。家族計画協会の調査、そして、日本老年行動科学会セクシュアリティ研究会の経年調査でも、過去の調査に比べ、近年セックスレス夫婦が全世代で増加していること、夫婦間のセックス頻度が減少していることを示している。また、先に述べた出生動向調査の夫婦調査でも、夫婦間で避妊実行率は低下しているのに、妊娠率が低下していることも、夫婦間の性行動が不活発になっていることの傍証として使われている。 そして、これらの結果は、諸外国からも注目を浴びている。もともと日本人夫婦のセックス頻度は、世界最低と言われていた(英国コンドームメーカー、デュレックス社調べ)。欧米人からセックスがひと月なければ普通離婚を考えるだろうとか、セックスがなくて夫婦で何の楽しみがあるのだと揶揄されたこともある。 その日本でさらに、セックスレスが増えているというので、私のところには、欧米からの講演や取材依頼が殺到している状況である。2016年にイギリスで講演したときは、回答者はウソをついているのではという質問が来たが、先ほどの挙げた多くの調査では、昔の調査と比較したデータをとっている。調査でウソをつく人が近年、特に多くなったとは思えない、とも回答しておいたが…。欧米人には分からないセックスレスの理由 日本は、伝統的に恋愛や性に対する関心が薄いという人もいる。しかし、私はそれは間違いだと思う。「万葉集」や「源氏物語」などを読めば、奈良時代や平安貴族の恋愛や性行動はけっこう奔放だったことが分かる。江戸時代には、西鶴が好色物語を書き、春画が流通していた。俳人小林一茶の日記には、毎日何回セックスしたか記されているが、一茶は晩年になっても毎日のようにセックスしていたことが分かっている。このような例をみると、日本人は伝統的にはセックスに寛容で楽しんでいた民族だと言ってもよい。 戦後、1950年ごろまでは、今とは反対に人口政策のテーマは「人口抑制」であった。政府は、人工妊娠中絶をやりやすくし、避妊を普及させようとした。当時は、兄弟の数が平均4、つまり、夫婦は性的関係をもってどんどん子供が生まれていたのである。 それが近年、特に21世紀に入ってから、未婚者も既婚者もセックス回数は減り、性に関する興味関心も低下してしまった。この原因に関しては、さまざまな説が唱えられている。若者に関しては「経済的に余裕がなくなった」「妊娠や性病の恐ろしさを強調する性教育で性や恋愛に関する恐怖心が植え付けられた」「ポルノがネットで簡単にみられるようになりセックスに対する好奇心が薄れた」「恋愛の失敗を恐れて消極的になっている」などの説がある。既婚者では「長時間労働で仕事が忙しくて暇がなくなった」などの説があり、いま私も含めた研究者が調査データを詳細に分析している。 私が、一番大きな要因だと思うのは、恋人や夫婦の間でセックスが「面倒くさいもの」となったというものである。そして、この「面倒くさい」というキーワードは、英語に相当する言葉がなく、欧米人に説明してもなかなか分かってくれない日本特有の概念なのだ。 お互いにセックスを「楽しむ」ためには、さまざまな努力や相手に対する気遣いが要求される。ただ単に身体的な満足だけではなくて、お互いの体に働きかけ、濃密にコミュニケーションが必要である。未婚者にとっては、その上に、恋人になってセックスできる関係にたどり着くという努力が要求される。これが面倒くささの背後にある。 つまり、恋人や夫婦同士でセックスを楽しむに至るプロセスは、けっこう面倒であることがわかる。それでも、世界の人々、20世紀までの日本人の多くは、その面倒くささを乗り越えていたのだ。では、なぜ21世紀に入ると、セックスを面倒だと思う日本人が増えてきたのか。 それは、恋人や夫婦間のセックスが、「コストパフォーマンスが悪い」と考えられるようになってきたと考えられる。つまり、セックスで得られる満足が、セックスにかけるコストを下回ると意識されるようになったのだ。それには、3つの理由が考えられる。順に述べていこう。ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ未来(1)恋人や夫婦間のセックスによる満足が至高のものだと考えられなくなったこと 近代社会は、「恋愛」に至高の価値を見いだしてきた。お互いに好きになった同士(異性でも同性でも)が、セックスを伴った恋愛によって結ばれることが、生きる意味、時には経済的成功以上の意味を持つというイデオロギー(「恋愛至上主義」)が存在していた。だから、いくら面倒であっても、それを追求するのが人生にとって必要なこととされたのだ。欧米では、このイデオロギーが優勢である。 しかし、日本では、近代社会になっても、カップル間の関係が至上のものだとする「恋愛第一主義」の価値観が、普及しなかったのではないか。すると、恋愛関係におけるセックスは、「特別」なことではなく、「あったらいいけど、なくてもよいもの」、つまり、コスパで考えてもよいものとなったのが、セックスレス化の背後にあると考えられる。(2)恋愛のコストの上昇 一方だけではなく、セックスによって、相手と自分の双方が身体的、精神的に満足することは、けっこうコミュニケーション努力を要する。そして、今、日本社会では、「空気を読む」など、仕事や友達関係で気遣い要求されることが多くなっている。そうすると、プライベートなセックスで、感情的努力をするコストが。ただ、仕事時間が長時間だからではなく、仕事で感情的努力を要求されているので、セックスの場までそのような努力をするのが、面倒くさくなっているのではないか。これが、第二の理由である。(3)コスパのよい性欲満足代替手段の発展 そして、恋人や夫婦とのセックス以外で「コスパのよい性的欲求の満足手段」が発展していることも背後に存在している。 私がバーチャル・ロマンス、バーチャル恋愛といっているように、ポルノや性風俗、キャバクラ、メイドカフェに至るまで、疑似恋愛、性的満足を充足させる産業が発展している。お金さえ払えば、断られることなく、相手に気遣うこともなく、身体的性欲だけでなく、恋愛気分に浸ることも含めて、性的に満足することができる。何より、面倒くささを回避できる「コスパのよい」性的満足代替手段が存在している。 この「恋愛至上主義が普及しなかったこと」「恋愛の面倒くささが相対的に大きくなっていること」「夫婦や恋人とではないコスパのよい代替手段が発達していること」、このような要因が組み合わさって、日本のセックスレス化を促進させているのではないだろうか。 夫婦は経済的関係で子供を育てる共同経営者、ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ。このような社会に日本が向かっているのかもしれない。

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    なぜ日本人はセックスよりもオナニーが好きなのか

    鈴木涼美(社会学者) 放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ 村上春樹の小説『風の歌を聴け』の有名な一文だが、日本のセックスの現状を調査で見ると、どうやら人は放って置いても死ぬが、放っておくと女と寝ないようである。このほど日本家族計画協会が発表した2016年の調査では既婚者・独身を含めて53%もの男性が、ここ一カ月セックスをしていないと答えており、女性も48%とどちらにせよ半数である。 日本はセックストイやアダルトビデオなどのエロメディア、性風俗産業などセックス周辺のモノやビジネスは高度に発展していると言われる、いわゆるオナニー文化とヌキ産業の国である。そして各国と比較した英国のコンドームメーカーDurex社の調査などを見ると、中心にあるセックスだけがなぜかすっぽりと抜け落ちている。 逆に言えば、そもそもセックスの回数が控えめでそこが抜け落ちているからこそのオナニー、風俗の発展があり、セックスをあまりしないというのはもはや国民性なのではないかと、私などは訝(いぶか)しんでいる。 そんな日本で、セックスレスの悩みは何も現代に限ったことではないだろうが、最近では調査結果などがセンセーショナルに報道されたせいか、テレビや雑誌の特集が散見され、私も取材を受けることが増えた。「彼とセックスレスにならないためにできる努力は?」「夫婦のセックスレスで少子化加速?」「若者たちの草食化でセックスに興味がない?」など。※写真はイメージ 「そんなにセックスさせたいんですか?」というのが私の率直な意見ではある。セックスレス化をさもこれは由々しき問題であるというような見出しを見るたびに、あるいはセックスレスを問題化した番組や雑誌に意見を求められるたびに、ぼんやりと「したくないなら別にしないでも…」とも思う。 そもそもセックスレスを問題視した特集の多くがさらっと深刻な少子化について触れているぐらいで、それ以外の問題点はイマイチ不明瞭である。日本の少子化に夫婦のセックスレスが無関係とは言えないが、トレンドとしての草食化やセックスへの興味の減退が少子化の直接的な要因となるように、私にはどうしても思えないのだ。 大体、セックスレスの対義語が何であるのか知らないが、そういうセックスフルネス思考な人、セックス大好きな人、ヤリマンヤリチン、セックスを日常的によくしている人の方が避妊について万全である。低用量ピルを飲んでコンドームをつけて月に100回セックスするよりも、計画的な子作りのためのセックスを狙い撃ちで数回する方が妊娠する可能性は高い。セックスレスと少子化の相関関係を疑え 特に、若者のセックスへの興味が減退しているという風潮については、無駄なセックスをして性感染症などにかかり、妊娠しづらくなっていた私たちの世代のような失敗がないし、セックスについてある程度冷静であるという点では効率的な子作りを割り切ってするようになるのではないかと個人的に思っている。そういった意味でもセックスレスと少子化の相関関係について私は甚だ懐疑的である。 故に、私は年がら年中セックスばかりしていそうなギリシャやフランス(Durex社2005年の調査ではセックス頻度がいずれも年に120回超)の真似をする必要は別にないし、セックスをあまりしないという国民性によって発展を遂げてきたエロ産業に誇りを持っても良いのではないか、と半ば本気で思っている。それは私自身がAV産業育ちであり、そのオナニー大好きな国民性によって支えられたバックボーンがあるからという事情ももちろんある。※写真はイメージ ただ、人間が「放って置いてもする」とされるセックスをあまりしないというのはやはり不自然であることには間違いない。私は対処すべき問題が大きく分けて二つあると思っている。 第一に、これは初交年齢の上昇や性経験のない20代の増加などに関して特に言えるのだが、セックスをしようという努力と、セックスをしたいという原動力に欠けるのであるとしたら、それは大きな問題である。全ての欲望は性欲につながる、とは極端な言い方だが、学歴をつけ社会で出世する、に始まり、自分のアピールポイントを見つける、容姿に気を使う、人に好かれる努力をする、など多くの善行と消費の根底では「異性に好感を持たれたい、あわよくばセックスしたい」という欲求がかなりのウェイトを占めるのは間違いない。 セックスをしたい、またはしてみたいが、機会に恵まれないのであればそれは何かしらの原動力になり、さらなる努力の後押しになる可能性があるが「セックスに興味がない」のであれば、これといって人に好かれる必要がない、究極的には社会で居場所を確保し、さらに上昇する必要がないということになる。 したくないセックスを強要することはできないが、それならば、それに代替するほどに強力な自分へのドライブの掛け方、原動力、やる気の源のようなものが必要に思えるが、現在のところ、それほど見当たらない。若者のSNSでの言動などが際立って「どこか斜に構えている」感じがするのはそのせいなのではないかと私には見える。夫婦のあり方が曖昧な日本 そもそもセックスへの欲望がなぜ動機付けとしてあんなにもインパクトがあるのかと言えば、セックス及びセックスにつながる恋愛というのが、最も努力や経歴、財力などにかかわらず起こり、またあまりに不確定要素が多いために、人は何かもっと別のもので努力や武装し、幾度もまたそれに挑戦しようとするからである。セックスへの欲望が希薄であれば、その努力がおろそかになるだけでなく、世の不条理への耐性が極めて低い人間が出来上がるように思える。 第二に、夫婦のあり方について、現代日本は極めてヴェイグ(曖昧)な共通認識しかないということである。そもそも日本には欧米諸国のようなカップル文化は存在しない。個人的な話で申し訳ないが、私の両親はやや欧米ナイズされた人種で、仕事のパーティーや会合、出張などにカップルで参加する傾向があったのだが、それは明らかに日本社会では異質であり、やや空気を読まない変な夫婦として扱われていた。※写真はイメージ  米国の離婚率の高さなどは日本でもたびたび取りざたされるが、あれほど「どこに行くにも一緒」のカップル文化の国で2組に1組が生涯添い遂げるというのはむしろ、かなり立派な数字なのではないかと私は思う。 さて、それでは日本の場合はどうか。誤解を恐れずに簡略化して言えば、個人間ではやや欧米化された価値観が共有されつつあり、社会は特にそれに対応していない。結婚式の招待状もパーティーへのお誘いも基本的には個人宛なのであって、別に欧米のカップル文化がこちらに浸透しているとは思わないが、ご主人と奥様が作る運命共同体としての「イエ」という旧来の価値観はやや古いものになりつつある。 恋人のような夫婦でいたいのか、盤石な「イエ」を作りたいのか、もしくは友情で結ばれた新しい形を目指すのか。その辺りの夫婦像というのが全体としてあまり統一して共有されていないため、当然くっついた男と女の間でも齟齬(そご)が起きる。夫婦というものを、そもそもセックス的なものから遠い存在としてイメージしている人もまだ多く残る中、セックスレスが離婚の原因としても認められる。 そして一度セックスを夫婦の外に持ち出してしまえば、日本国中から糾弾される。今一度、夫婦やカップルというものがなんであるのか、一応でも大まかな合意をすべきところに来ているような気がする。

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    「40歳を過ぎて女に芽生えた…」私が見たセックスレス夫婦の現実

    亀山早苗(フリーライター) 日本家族計画協会の調査によると、2016年の夫婦におけるセックスレスの割合は47・2%に及ぶという。12年前の調査では31・9%だったのだから、いかにセックスレスが多くなっているかが分かる。 セックスレスになっている理由は、男性が「仕事で疲れている」が最も多く、21・3%、女性は「面倒くさい」が1位で23・8%。仕事で疲れ切った男と面倒だと思っている女の間で、セックスという行為が起こらないのは当然だろう。 では独身者はどうなのだろう。2015年の統計では、34歳の男性で3割、女性で4割が「セックス未体験」という結果もある。つまり、独身者も「していない」のである。 「セックスレス」という言葉は1991年、精神科医の阿部輝夫さんが順天堂大学に勤務していたころに、セックスしない夫婦が増加していることに着目、「結婚して同居しているにもかかわらず、身体疾患や特別な事情がないケースをセックスレス」という定義を試みたところから始まっている。その後、94年に日本性科学会によって、「特別な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシャルコンタクトが1カ月以上なく、その後も長期にわたることが予想された場合」をセックスレスと定義された。 こうやって「定義」づけされた言葉ができると、そこにあてはまる人たちは一気に増える。それまで自覚していなかったため、表面化してくるのである。当時はセックスレスというと、「夫に女としてみられていない妻」というイメージが強かった。つまり、セックスを拒むのは男だという認識が強かったのだ。だが、その後この言葉が浸透してくると、実際は「妻が夫を拒んでいるケース」も多々あることが分かってきた。 夫婦ともにセックスしたくないなら、何の問題もない。だが、どちらか一方が「したい」と思っている場合、そしてセックスしたいのに満たされないために夫婦仲が悪くなっていく場合こそが問題なのである。女性たちは我慢しない 以前、セックスレスの既婚女性たちに話を聞いて書籍としてまとめたことがある。当初は、セックスレスになっている夫をなんとかその気にさせようとしたが結局ダメで、最終的には「我慢し続けている」女性が多いのではないかと予想したのだが、実際に取材を重ねてみると、女性たちは「我慢し続けたりはしない」という意外な傾向が顕著だったのである。 そのうちの一人、ケイコさん(45歳)のケースをみてみよう。彼女は結婚して18年、下の子が生まれてから13年ほどセックスレスだ。 「子どもが小さいうちは手がかかってセックスしたいなんて思わなかったけど、40歳を過ぎてパートでもう一度働き始めて、なんとなく気持ちが変わっていったんです」 ママ友以外の女性たちとの会話も増え、夫以外の社会で働く男性たちとも接するようになった。なにより自分自身に目が向いた。 「ヘンな言い方ですが、『女』としての自分がもう一度芽生えたというか…」 そんなとき職場の同僚である男性と急接近した。男女が同じ空間にいるところでは恋愛感情は生まれてしまうものである。久しぶりに男性を好きになる気持ちがわき起こり、自分では止めようがなかったという。 「その時点では10年ほどセックスレスでしたから、いざセックスとなったときは怖かった。彼にそう言ったら、すごく優しくしてくれて…。挿入された瞬間、『ああ、私、まだ女として大丈夫だったんだ』とうれしくて泣けてきました。セックスレスであることを大したことじゃないと自分に言い聞かせてきたのかもしれない。実はしたかったんだと、そのとき初めて思ったんです」 ケイコさんのような女性は案外多い。セックスレスによって自分の気持ちが満たされていないことに、セックスをしてみて初めて気づくのだ。本当は「したい」と思っていたことに。つまり、女性たちは自分の性欲を認識していないことが少なくないのだろう。なんのためのセックスなのか 一方で、30歳になろうとする男性から「来月、4年間付き合った彼女と結婚するのだが、ここ3年くらい彼女とはセックスレス」という話を聞いたことがある。思わず、それで結婚して大丈夫なのかと問うと、彼は平然と「子作りセックスはしますよ」と言った。 家庭を一緒に作ると決めた女性に対しては、男は急速に性的魅力を感じなくなっていくのだろうか。子作りセックスはしても、快感を得るための、あるいはコミュニケーションとしてのセックスはしなくていいと思うのだろうか。 長年連れ添った夫婦がそういう心境になるならともかく、これから結婚しようという人がすでに「子作りセックス」と「快楽セックス」を分けていることに愕然(がくぜん)とした。彼いわく、快楽を得るためのセックスは、妻となる人とはできないというのだ。結婚を「神聖視」しすぎているのか、あるいは快楽を得ることにどこか罪悪感を覚えているのか。 さらにその一方で、今の50代、60代の男性たちは「恋をしたい」「ステキなセックスをしたい」と真顔で言ったりする。置き忘れてきた恋愛感情や、お互いに相手への温かい気持ちをもって抱き合うことへの憧れがあるように思える。だが、妻はそれには応えてくれない。今さら誘うにも照れがあってできない。 セックスレス社会がヤバイとは思わない。「セックスレス=少子化」ととらえられがちだが、そもそも子どもを産むか産まないかは個人の生き方における選択肢の一つだ。したくない人はしなければいいし、したい人はすればいい。 ただ、繰り返しになるが、カップルとして考えたとき、片方がしたくて片方がしたくないのが一番の問題なのである。その場合は、やはり正面切って話し合うしかないのだろう。 「うちも話し合ったんですよね。私がしたくて夫がしたくないと言うから、しないなら外でしてきていいかと尋ねたんです。そうしたら、それはイヤだ、マスターベーションで我慢してほしい、と。それは通らない。私がしたいのはセックスであってマスターベーションではないと、はっきり言いました」 そう話してくれたのは、40歳になったばかりのエリコさん。ちょうど元カレと再会したばかり。このままだとセックスの関係になりそうなのだという。 「もちろん夫には内緒にしますが、おそらく今度、元カレと会ったらしちゃうと思います」 エリコさんはそう言った。男たちは女性の性欲を甘く見過ぎているのではないだろうか。女はセックスしなくても平気なのだと思いすぎてはいないだろうか。 妻に「セックスしたくないから、外でしてきて」と言われた夫もいるのだが、彼は風俗が苦手。本気で恋愛したら家庭を壊すのが目に見えているので、まだ高校生と中学生がいる身では自重しなければならないとつぶやいていた。 セックスレス社会はヤバくなくても、セックスレスカップルはヤバイのだ。互いに優しい気持ちになるために ところが最近、不思議なことをあちこちで聞くようになった。妻が不倫をした場合、結果論ではあるが、家庭がうまくいくというのだ。たまたま夫とはセックスレス、夫はする気がない。だが妻はしたいと思っていた。そんなとき妻が外で恋に落ちた。妻は夫に悪いとは思っていないが、どこかに若干の後ろめたさはある。相手の男性も既婚者だから、いろいろ話すうちに男の気持ちも少しはわかるようになる。夫に対して寛容になるのだ。妻に優しくされた夫もまた、妻を違う目で見る瞬間が生まれていく。 結婚記念日に妻をデートに誘ってみた。久しぶりに外で待ち合わせ、一緒に予約したレストランへ。どこかぎこちなかったが、妻とのデートも悪くないと夫は思う。そしてそんなことを計画してくれた夫に、妻も温かい気持ちになる。 別の男に「女」として認められていることが、彼女にとって自信となり、夫に対しても余裕をもって接することができるのだろう。こんなケースがこのごろ多々あるのだ。今どきの妻たちは家庭を壊す気はなく、恋と家庭を両立できてしまう。女性は浮気はできないといわれていたが、それは男たちの希望的観測だったのかもしれない。誰にもバレずに婚外恋愛ができるのは女性の方である。  セックスしたくない人はしなければいいとは思うが、相手がいる場合、なぜしたくないのかを自問自答してみる必要はあるかもしれない。相手が望むことなら、たとえ多少面倒であっても疲れていても、寄り添ってみてもいいのではないか。特に夫婦の場合、この先も長く一緒にいる関係なのだから。

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    石田ゆり子演じ注目 アラフォー未経験女性の本音

     ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)がアツイ。“契約結婚”というテーマをポップに扱いながらも、登場人物は「中年童貞」「非正規雇用の若者」など時代に即している。中でも注目を集めているのが石田ゆり子演じる「高齢処女」の百合。今、彼女のような女性は決して珍しくない。女優の石田ゆり子さん 国立社会保障・人口問題研究所の発表によると、2010年の調査では35~39才で性交渉の経験がない女性は25.5%。それが2015年になると33.4%に増えている。アラフォー未婚者の3人に1人が処女の時代。彼女たちの胸の内とは――? 石田ほどきれいな人が…現実世界ではあり得ないでしょう!ということは、ない。百合を正視できないという女性からの意見が続々とあがっている。「思わず沈黙。人と一緒に見られません。百合のセリフが刺さりすぎる」(50才)「高齢処女を公の存在にしてくれてホッとしました。私も男性恐怖症でも同性愛者でもないですから」(38才)「自分の振る舞いで処女なことがバレやしないかとドキドキとしていたことを思い出しました」(39才)「処女だって疑われないだけ、百合ちゃんうらやましいです。本当のことを話せる姪っ子もいて…」(43才) そう、今高齢処女は増えているという。なぜなのか――男性経験のないままアラフォーを迎えた女性たちが、今まで語れなかった本音を明かした。 化粧っ気はないけれど、顔立ちは普通。公立大学理系出身で結婚願望もあり、趣味はテニス。飲みに行ける男友達もいるという39才の会社員Aさんは自虐気味に話す。 「誰にも言ってないです。処女って女友達には完全犯罪で隠せちゃうんですよね。この年になると旦那さんとセックスレスという人も多いし、“私も苦手”という雰囲気を醸し出しておけば、つっこまれない。確かにスカートは苦手だしかわいい系女子ではないけど、チャンスがなかったわけじゃないんです。 28才のとき、ちょっといい雰囲気の人はいて。でも、その人の前でそんなところ見せるのも恥ずかしいし、なにバカ言ってるの、とギャグにしてしまってそれっきり。無駄に年を重ねてもうチャンスも見当たりません。正直早く閉経して50代になってしまいたい。そうしたら悩まなくてすむのに」リアルなセックスはそんなに大切ですか? 20代でチャンスを無にすれば、30代、40代ではもっとないですという43才のBさん。このままでいいと思っているわけではないと話す。 「昔からGACKT(43才)と東方神起が好きで、周りからは“夢見すぎだよ”って言われるけど、彼らみたいな人しか男として見られなかったんです。キスまでした男性はいたの。でもその先に踏み込むことができなくて、それっきり。婦人科検診があるから人間ドックも受けられないし、今からでもなんとかしたい」 悩んでいるけど自分を安売りしたくないというのは、IT企業に勤務する派遣社員のCさん(42才)。 「胸が小さいと言われたことがあって、女友達同士でお風呂に入るのも苦手なのに、ましてや男性に見られるなんてイヤ、と慎重になっていただけのつもりが…この年齢です。昔は結婚するまで大切になんて言われていたのが、30才を過ぎると友達も“彼氏の話”もふってきてくれない。妄想彼氏のウソをついたこともありました。私、変じゃないですよね? 本当に普通にしていたつもりなのに。 この前、意を決して婚活サイトに入会したんです。これまで30人くらいに会いました。でもみんな話がつまらなくて、デートの場所も決めてないし、趣味も合わない。高望みしてるわけじゃないけど、やっぱり安売りするのも嫌なんです」 看護師のDさん(38才)は、むしろそういったことから離れているからこそ、有意義な生活を送れていると話す。 「私は昔から恋愛に興味がない。韓流アイドルのライブを見て、スマホでゲームができればそれで幸せ。親は心配していて、家に帰るとテーブルの上にわざとらしく『ゼクシィ』が置いてある(笑い)。高齢処女とはさすがに思ってないでしょうね。ひとりですることもありますけど、それでいい。リアルなセックスってそんな大切でしょうか? ゲームより面白い? 子供を産む以外に必要だとは思えないんですよね」 関連記事■ 高畑淳子が建てた豪邸 完成間近だが近隣住民との関係を心配■ 結婚報道の阿川佐和子 お相手の元妻が余裕のエール■ 31歳地方公務員女性 「このまま一生未経験というのもアリ」■ セクシー演技出色だった石田ゆり子 「一皮剥けた」と評論家■ 30代未経験女子が3割超 「肉食系やらみそ」も存在

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    東大元医学部長「死ぬまで現役」は崇高で人間的で健康的

     東京大学医学部の元学部長の石川隆俊氏が、『東大名誉教授の私が「死ぬまでセックス」をすすめる本当の理由』(マキノ出版刊)を上梓したことが話題になっている。「“セックスは高齢者に生きる力を与えてくれる”ということを、真剣に伝えたかった。それが、この本を書いた理由です」と語る石川氏が、高齢者のセックスについて語る。* * * コンドームの老舗メーカー「相模ゴム工業」が、2013年に20~60代の男女1万4100人に調査したところ、40代、50代の男性(既婚者、交際者あり)の約6割がセックスレスだと回答したそうです。 広い世代に広まっているセックスレスの原因は様々でしょうが、厳しい競争社会に生きていることも関係しているのかもしれません。でも、諦めてほしくありません。この高齢者の調査結果はセックスレスに悩む若い世代にとっても励みになると思います。 あらゆる動物はホルモンの作用で発情期が限定されており、その期間にだけ生殖行為を行ないます。人間もホルモンの分泌は加齢とともに低下しますが、それでもセックス可能なのは脳の働きがあるからです。 思考や言語機能をつかさどる脳の“大脳新皮質”は、ヒトが進化する過程で著しく発達してきた。その進化により、人間は異性を生殖の相手だけでなく、恋愛の相手として認識でき、生涯を通して寄り添える関係を築けているのです。高齢者のセックスこそが、他の動物にはない、人間を人間たらしめている崇高な行為なのです。※写真はイメージ セックスは歳をとることによって失われがちな「生きる力」を私たちに与えてくれます。高齢の男女が集まって公園でゲートボールをやっていたり、ダンス教室で踊っている光景をよく見ますよね。こうしたレクリエーション活動にも実は、異性との触れ合いを求めてやっている人が多いのです。 そうした気持ちは“いい歳してみっともない”ことではなく、とても健康的なのです。“気になるあの人がいるからオシャレしよう”や“あの人と会話できたから一日中ウキウキ”とか、そういうささやかなときめきが、生きる力になるんです。 医学的、生理学的には、「性」とは「生」なのですから、「死ぬまでSEX」を謳歌することは人間的で健康的な行為なのです。関連記事■ 地方の人口減少や都市の高齢者激増等の今後の対策を考える本■ 日本医学界の権威が「死ぬまで現役」本を出した理由■ 高齢者性特集に批判の教授「社会的意義があるのでしょうか」■ 所在確認済みの日本最高齢者は佐賀県在住の113才の女性■ 高額講習受ける高齢ドライバーは交通行政の「カネのなる木」

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    「東京タラレバ娘」にリアリティが無い理由

    中嶋よしふみ(シェアーズカフェ・オンライン編集長、フィナンシャルプランナー) 先日、東京タラレバ娘を読んだ。日本テレビでドラマ化され人気を博している事もあり、周囲で男女問わず話題になっていたからだ。そして作品への評価も共感できるという人もいれば今時こんなアラサー女子はいるのか?という人まで、男女関係無く賛否が分かれている。日本テレビ系ドラマ「東京タラレバ娘」に主演した吉高由里子 漫画版を読んだ自分の評価は「独身アラサー女性なら突き刺さるのかもしれないけど、10年前ならトレンディドラマとして見られた古い感覚の作品」といったところだ。「結婚が目標」に共感できるか? 詳しい内容は漫画やドラマ版を見て貰えればと思うが、ドラマの公式HPでは以下のように紹介されている。『「タラレバばかり言ってたらこんな歳になってしまった」鎌田倫子、30歳、独身、彼氏ナシ。職業=(売れない)脚本家。「キレイになったら、もっといい男が現れる」「好きになれれば、結婚できる!!」そんなタラレバ言いながら、親友の香、小雪と3人で女子会ばかりやっていたが、金髪イケメン男に「タラレバ女!」と言い放たれハタと現実にブチ当たる!!「私たちって、もう女の子じゃないの?」「本気出したら恋も仕事も手に入れられると思ってた…。」「立ち上がり方が分からない」「恋に仕事にお呼びでない?」厳しい現実、だけど真実。頑張ってないわけじゃない、でも、まだ幸せにたどりつけてないタラレバ娘たちがもがきながらも、幸せ探して突き進む!!女子のリアルが刺さりまくり! 共感度100%のドラマはじまります。』東京タラレバ娘 イントロダクション 日本テレビ公式HPより ストーリーを大雑把に説明すると、主人公となる独身・彼氏ナシのアラサー女性たち=タラレバ娘は、良い男がいないから結婚できない、もしくは良い男がいても若くて可愛い20代の女子にもってかれる、だから仕方なく彼女や奥さんがいる良い男(?)と泥沼な関係になっては女子会で顔を突き合わせる……といった話が延々と繰り返される。 ラブコメディとしては「結婚したい女性が恋愛で試行錯誤をする」といった王道な内容ではあるが「このご時世に結婚しただけで幸せと言えるのか?」という話が完全に無視されていることを考えると、多分「現代の話」とは言えない。つまりリアリティが無い。 一昔前には少子化が急激に進む→ワカモノが結婚しないことが原因→草食系という言葉が2006年頃から使われはじめ、その後ブームになる(2009年には流行語大賞にランクイン)……という流れがあり、散々結婚しないワカモノが悪いといった話が出尽した所で、「じゃあ結婚して子どもができたら楽しい生活が待ってるのか?」「そもそも結婚したくなるような環境なのか?」 ……といった現代の日本では解決しようがないほど根本的で深刻な問題が浮き彫りとなる。 産休育休がまともに取れない、子どもがいると働ける場所がほとんどない、保育園に入れるかどうかで女性の運命が決まる、待機児童多すぎ、そもそもワカモノは収入が低くて結婚する気になれない……など、タラレバ娘たちが熱望する良い男との結婚も大変だと思うが、その後にはそれ以上の苦労が待っている。※ちなみにタラレバ娘たちの眼中にも入らない年収300万円以下の男性の既婚割合は10%を切る。非正規雇用者に至っては5%以下。「結婚できないワカモノ」が共感されるには「結婚できないワカモノ」が共感されるのはもう少し先かもしれない。 つまり、ドラマでは「結婚して子供が産まれたらもっと大変だよね」という、独身のアラサー女性でも当然気づくであろう問題が無視されている。 もちろん、この程度の話は人気作家である作者が理解していないとは思えず、単純にターゲットをアラサー女子にしぼって、そして読みやすくするために結婚したいアラサー女子というあえて「ベタ」なネタをつかっているだけで、本当は真っ当な人間ドラマを描こうとしているのではないかと思う。 ベタ=古い話=誰でも理解できる・誰もが安心して見られるストーリーであり、子育ての不安から結婚できないワカモノという「新しい話」がリアリティを持って誰にでも理解される主人公として描かれるのはもう少し先になるのかもしれない 待機児童のような深刻な問題であっても、いまだに予算が足りないからと根本的な解決策が打たれていない理由は「消費税を1%上げて、全額(約2兆円)を待機児童解消の予算にブチ込みます」と政治家が言えるだけの環境になっていないことが大きな原因、つまり「新しい問題」だからだ。※新し過ぎる内容は作家としても編集者としても読者の共感を得られるか分からないため、当然の事ながら商業作品としては扱いづらい。待機児童がすぐにでも解決すべき深刻な問題として各種メディアで扱われるようになったのはごく最近の話。東京タラレバ娘は案外真面目な物語かもしれない。 漫画とTVドラマでは多少設定が異なるようだが、3/1に放送された最新の第7話は、ドラマを作ってネットで動画を公開して町興しをしようと考えている田舎の町へ、売れない脚本家として働く主人公が訪れる回だ。同じ話が漫画でもある。 当初はなんでこんなショボイ仕事をこんなクソ田舎に来てまでやらないといけないんだと主人公は憤るが、良い作品を作ってネットでドラマを見た人が一人でも町に来てくれれば……と本気で町興しを考えているオジサン達の心意気に触れて「自分は一体東京でこの年になるまで何をやってきたんだろう……」と改心し、改めて真摯に仕事に取り組むことになる。 決して上品とは言えない内容で、結婚することが目標となってしまったアラサー女子のドタバタなラブコメディが続いてきたはずが、それ以降作品の雰囲気が大きく変わることを暗示させるような内容になっている。ここまでの流れが全部前フリだったの?と思うほどこの話の前後を境にストーリーが俄然として面白くなる(ネタバレになるのでこれ以上は書かないでおく)。 このあたりは深いドラマを描いているのか、深いドラマだとさりげなく見せるテクニックを使っているだけなのか、作品が完結しないと分からないが……。五輪までに問題は解決しそうにない東京オリンピックまでに問題は解決しそうにないが……。 物語のはじめに、2020年に東京オリンピックを一人で見るのは嫌だと3人の主人公たちが心配するシーンがある。では無事その目的が達成できたらタラレバ娘は幸せな人生を送る事は出来るのだろうか。 主人公の3人が理想の旦那と結婚して子供を抱えながら東京オリンピックを見る、となったところでそれでハッピーエンドとはまずならない。寿命まで半世紀もあるのだからなるわけがない。 保育園が見つからずまともに仕事も出来ない状況でギャン泣きする子どもを抱え、旦那はビールを飲みながらテレビで放送されるオリンピックにくぎ付けになる姿を見て、「嗚呼、なんで焦って結婚しちゃったんだろう?」「あの時結婚しなければ、独身だったら楽しくオリンピックを見れたのに」……と、再度タラレバの状態におちいるかもしれない(自営業は保育園を利用しにくい傾向にあり、都心部で自営業的な働き方をするタラレバ娘3人の子どもは待機児童になる可能性も高い)。しかも結婚して生活スタイルが変われば居住地が関わる可能性もある。居住地が離れてしまえば、問題が発生するたびに第四出動などと言って飲み屋で顔を突き合わせて女子会をすることも出来なくなってしまう。結婚前よりもよっぽど深刻な状況がタラレバ娘に降りかかる。 待機児童や女性が働きにくい環境など、残念ながら今の日本が抱えている社会保障関連の問題は数年で解決するとは思えない。夢にまで見た家族でオリンピック観戦をしながら「保育園落ちた日本マヂで死ね!!!」とタラレバ娘が叫ぶ……という話が東京タラレバ娘2として描かれたら、(面白いかどうかは別にして)リアルなドラマになるかもしれない。 その頃には待機児童や女性の働き方の問題は、解決は出来なくとも「ベタな内容」として少なくとも誰もが理解し、共感できる内容になっているのではないかと思う。※関連記事■保育園の騒音トラブルは必ず発生する。~千葉県市川市の開園中止は反面教師である~http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47328634.html■「奨学金のせいで結婚が出来ない」という勘違いについて。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47271580.html■待機児童は300万人超?園児一人当たりのコストは50万円?「保育園落ちた日本死ね」論争に終止符を。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47057721.html■乃木坂46の橋本奈々未さんが両親に家を買った理由。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/48796870.html■元フジテレビアナウンサー・長谷川豊氏の炎上と番組降板を招いた3つの勘違い。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/48590680.html

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    外国人「単純労働者」の解禁 不足する労働力の精査が先だ

    河合雅司(産経新聞論説委員) 安倍晋三政権が、外国人労働者政策を大きく変えようとしている。これまで認めてこなかった「単純労働者」を解禁しようというのだ。過去の方針を大転換へ 2日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)や「日本再興戦略」には、「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」との文言が盛り込まれた。 これだけでは何を意味するのかさっぱり分からないが、自民党政務調査会が直前の5月24日にまとめた「『共生の時代』に向けた外国人労働者受入れの基本的考え方」と併せて読めば理解が進む。 「基本的考え方」は、今後の外国人労働者の受け入れの議論において「『単純労働者』という用語を使っていくことは不適切である」と指摘し、「何が『専門的・技術的分野』であるかについては、社会の変化にも配慮しつつ柔軟に検討する」としている。すなわち、高度人材と単純労働者の区分けそのものを無くせとの主張である。 その上で、単純労働者について「必要性がある分野については個別に精査した上で就労目的の在留資格を付与して受入れを進めていくべきである」と求めたのである。具体的に「介護、農業、旅館等特に人手不足の分野がある」との例も示した。「移民国家」と似た状況 だが、「基本的考え方」で最も注目すべきは「単純労働者」を受け入れる理由の一つとして「今後、人口減少が進むこと」とした点だ。労働力人口の不足を外国人に頼る方針を明確にしたものだ。 日本は開かれた国であり、すでに多くの外国人が働いている。「いまさら目くじらを立てるな」という意見もあろう。ただ、安倍政権が打ち出したもう一つの外国人労働者政策を知れば懸念が募る。 高度人材の永住許可申請に必要となる在留期間を、現行の5年から大幅に短縮するため、世界最速級の『日本版高度外国人材グリーンカード』を創設する構想である。 日本再興戦略は「高度な技術、知識を持った外国人材を我が国に惹きつけ、長期にわたり活躍してもらうためには、諸外国以上に魅力的な入国・在留管理制度を整備することが必要」と意義を強調している。 高度人材と単純労働者の区分けを無くそうとする一方で、『グリーンカード』構想では対象を高度人材に絞るというのだから全く矛盾する話なのだが、両政策を併せれば職種にかかわらず世界最速級で永住権を取得できるようにするということになる。 人口減少対策として受け入れるということは、相当大規模な来日者数を想定しておかなければならない。法務省によれば昨年末の永住者は70万500人だ。もし職種にかかわらず世界最速級で永住権を取得できる国に転じれば、配偶者や子供も含め、その数は大幅に増えるだろう。 永住者は日本国籍を取得する「移民」とは異なるが、日本に住み続ける以上、社会の主たる構成員であることに変わりない。一定規模になれば日本社会はその存在を前提として回り始め、参政権付与を求める声も大きくなろう。それは、いつの日か「移民国家」と極めて似た社会が到来するということだ。前提次第で見通し変化 欧州など多くの国が移民や外国人労働者の対応に悩んでいる。「なぜ日本が欧米の後追いをするのか」といった治安や雇用環境の悪化に対する不安の声は少なくない。だが、それ以前の問題としてすべきことをしていない。人口減少に伴って不足する労働力は一体どれくらいの規模かの精査だ。この視点が、日本における外国人受け入れ議論で決定的に欠落している。 これまで通りに仕事を進めようとするならば現在の労働力人口が比較基準となる。しかし、前提を変えれば見通しは大きく違ってくる。 介護を例に引こう。高齢者数も人口減少に伴いいずれ減る。その前に健康寿命の延びで要介護者が減れば、介護ニーズの予測は変わる。イノベーション(技術革新)による省力化をどう織り込むかによっても数字は異なってくる。ボランティアを活用するような介護保険外の仕組みが普及すれば、不足する介護職員数はさらに変わる。 人口が減るからといって安易に外国人労働者に飛びつけば、後に「思わぬ社会コスト」に苦しむことになる。

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    「多死社会」を乗り越える 故郷葬で火葬場不足を解消

    河合雅司(産経新聞論説委員) 日本が「多死社会」に向かっている。厚生労働省によれば2015年の年間死亡者数は130万2000人で戦後最多を更新する見通しだ。 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計では2030年に160万人を突破し、2039、2040両年の166万9000人でピークを迎える。その後もしばらく160万人水準で推移するという。条件次第で1週間待ち 死亡者数の増大で懸念されるのが斎場や火葬場の不足だ。深刻化しそうなのが東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)である。場所や時間帯によっては、すでに1週間や10日間程度待たされるケースが生じている。 対策として、縁起が悪いとして避けられがちだった「友引」の受け付けや、「通夜、告別式、火葬」という流れを見直し、午前中の早い時間帯や夕方へと火葬時間を分散させようといった模索も始まっている。 だが、東京圏の高齢化はこれから本格化する。2014年10月1日時点で75歳以上人口は約380万人だが、社人研の推計によれば2025年には572万人、2040年には602万人に膨らむ。 今後の死亡者数の激増を考えれば、こうした取り組みだけでは十分とは言い難い。 問題解決には斎場や火葬場を増やすことが一番だが、新設には用地取得や地域住民の理解がハードルとなる。将来的には死亡者数が減ることも勘案しなければならない。ピーク時に合わせて増やしたのでは、やがて過剰となる。大都市との接点増やす では、大死亡時代にどう対処すればよいのだろうか。 ヒントは地方創生にある。人口減少が進む地区では斎場や火葬場の利用者も先細りとなる。東京圏の郊外に斎場や火葬場の空きを探すのもよいが、どうせ自宅から離れた土地で行うことになるのならば、故人の出身地に帰ってはどうか。 お手本となるのが、「お葬式はふるさとで」と呼び掛ける石川県小松市の小松加賀環境衛生事務組合だ。2月には神奈川県の男性を霊柩車で搬送した。出身地での葬儀が定着すれば、東京圏の火葬場不足はかなり解消する。 一方、地方にとってもメリットは大きい。多くの自治体は大都市からのUターンやIターンに期待を寄せるが、総人口が大きく減るのにすべてが移住者を呼び込めるわけではない。むしろ都市部との交流を増やし少しでも人口減少対策への時間を稼ぐことが重要となる。その点、葬儀の受け入れは大都市住民との大きな接点となろう。「ふるさと納税」条件に とはいえ、地方住民が斎場や火葬場を利用しづらくなるのでは本末転倒だ。東京圏からの利用者を割増料金とするのもよいが、活用したいのが「ふるさと納税」だ。一定年数の納税を受け入れ条件として課す。納税の特典として「葬儀」の権利を得られるようにするのである。 毎年納税することによって、おのずと先祖を意識するようになるだろう。故郷への帰属意識が高まり、ボランティアや街おこしの手伝いなどに参加する人が増えるかもしれない。 本人の葬儀後に遺族や親族がお墓参りに訪れるようになれば、「ついでに観光も」ということにもなる。地方にとっては、ふるさと納税による財源確保以上の効果を期待できるというわけだ。 ふるさと納税をめぐっては、総務省が換金性の高い商品券などを「お礼の品」として贈らないよう自粛要請を行ったが、その趣旨にも沿うだろう。 課題は棺を運ぶためのコストだが、利用者が増えれば新たなサービスを提供する事業者が増え価格は安くなるのが世の常だ。一方で東京圏の斎場や火葬場の空き待ち時間が長くなれば霊安室の利用料などがかさむ。 遺族や参列者の交通費もかかるが、家族葬などが増え会葬者は減る傾向にある。東京圏ではお墓の不足も予想される。「死んだら先祖が眠る故郷の墓に入りたい」と考えている人は少なくない。これらも含めて総合的に勘案すれば、十二分に選択肢の1つになると思われる。 少子化で、お墓を受け継ぐ子孫がいない人も増え、管理する人が不在の「無縁墓」になることへの懸念も広がってきている。葬儀だけでなくお墓の管理までセットで地方側が担うことにすれば、ニーズはさらに広がるだろう。 柔軟な発想なくして、多死社会は乗り越えられない。

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    移民受け入れが政策として成り立つのか

    河合雅司(産経新聞論説委員) 総務省が公表した2015年の国勢調査(速報値)によれば、総人口が5年前の前回調査より94万7千人減った。人口減少は過去の政府の調査でも報告されてきたが、改めて裏付けた形だ。自民党には模索の動き 人口が減れば労働力も少なくなる。既に一部の業種では少子高齢化に伴って後継者不足が顕在化しているが、今後はあらゆる職種で不足が広がるだろう。 労働力不足の解消策として、外国人による穴埋めを求める声が少なくない。だが、外国人問題を考えるにあたっては「移民」と「外国人労働者」との違いを明確にしておかなければならない。 移民とは日本国籍を付与し永住を前提とする人たちである。これに対し、外国人労働者は企業が一時的に戦力として雇い入れる人々だ。これを混同したのでは議論がかみ合わなくなる。 安倍晋三首相は「いわゆる移民政策については全く考えていない」と繰り返しているが、自民党には移民推進派が少なくない。同党が15日に立ち上げた特命委員会は「移民寸前」まで受け入れの拡大を検討するという。どこの国から来るのか とはいえ、外国人の大量受け入れの難しさは、欧州における難民政策の混乱ぶりを見れば明らかだ。 反対派からは治安の悪化や社会の混乱、日本文化が変質することへの懸念も聞かれる。こうした論点も重要であるが本稿は少々視点を変えて、人口減少対策としての移民が政策として成り立つかどうかを考えてみたい。 第1に確認すべきは、移民政策に踏み切ったら本当にどんどん人が押し寄せてくるのかという点だ。人口減少対策とする以上、相当数の受け入れが前提となるが、移民は一体どこの国からやってくるのだろうか。具体的に想定しておく必要がある。 というのも、移民が大量に来るようになれば、日本社会はそれを前提として形成される。当初は安定的に来たとしても、送り出し国側の事情で突如として来なくなれば、人為的に人口急減を引き起こすのと同じである。ただでさえ日本人が減るのに移民まで減るダブルパンチになったのでは社会は大きく混乱する。 コンスタントに移民が来日するかを知る手掛かりは世界人口の予測にある。国連の推計によれば、世界人口は2015年の73億人から2050年に97億人に増え、2100年には112億人となる。 ただ、伸びが顕著なのはアフリカ諸国だ。「移民」と聞けば、送り出し国としてアジアや南米をイメージする人も多いだろうが、アジア各国は2050年頃から人口が減り始め、ブラジルなども減少に転じるとみられる。 しかも、世界人口の増加を後押しするのは寿命の延びである。2050年にはタイの高齢化率は30・4%、中国239%、ベトナム23・1%など軒並み上昇する。 移民送り出し国にすれば、若い世代を失うのは高齢化や少子化の進行を容認するのと同じである。「日本がお困りでしょう」といって積極的に送り出す政府指導者がどれくらいいるだろうか。わざわざ日本を選ばす 第2は、日本に移民先としての魅力があるかという点だ。多くの日本人が移民送り出し国としてイメージしてきた国々は、目覚ましい経済発展を続けている。母国が豊かになるのに、あえて移民を決断する人が今後どれぐらい増えるかは未知数である。 それでも移民希望者はいるだろう。だが、各国とも高齢化が進む。今後は各国による若い労働力の奪い合いになるとの予測もある。その際、言葉の壁が立ちはだかる日本が魅力的な国であるとはかぎらない。現実的に考えれば、わざわざ日本まで行かず、近隣国に“安住の地”を求めることだろう。 日本が移民政策に踏み切ったとしても、想定する国から人が来る保証などないということだ。国家の一大方針転換を、願望にも近い“甘い根拠”をもとに進めることなどあってはならない。 むしろ急ぐべきは、人口減少を前提として仕事の在り方を見直すことだ。価格の安い商品の大量生産と決別し、高付加価値の商品を生み出すモデルへと転換する。あるいは、女性や意欲のある高齢者などが働きやすい環境を整えていく。ロボットなどでできる仕事は置き換える。外国人という“当座しのぎ”を考える前に、やるべきことはいくらでもある。

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    ショーンKの涙に感動? 謝罪の「うまさ」にこだわる日本人の滑稽さ

    パオロ・マッツァリーノ(日本文化史研究家) じつは謝罪という行為は、なにひとつとして問題を解決していません。それどころか、謝罪は問題の本質をあいまいにする目くらまし効果によって、根本的な解決や改善をかえって遠のかせてしまうのです。 人間は必ずミスをします。そのミスをどうカバーするか、そしてミスの再発防止のためにどんなシステムを構築するか。尽力すべきはそこですよ。なのにちかごろの日本人ときたらどうですか。謝罪という生ぬるい感傷でいかに問題をうまくごまかすか、そればかりに熱心になってしまいました。高木京介投手の野球賭博関与について謝罪するプロ野球巨人の久保博球団社長(右から2人目)ら=3月8日、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 重大な副作用に気づかずに、謝罪という行為に値千金の逆転満塁ホームランのような効果があると妄想し、過大な期待を寄せる日本人は、こどものころから道徳の時間に、失敗したら素直に謝りましょう、と繰り返し刷り込む教育を長年続けてきました。 その努力が結果にコミットしはじめたのか、だいたい西暦2000年ごろから日本では、謝罪会見という儀式がそれまでにはなかったくらいの頻度で執り行われるようになりました。自分とはなんの関係もない芸能人・著名人が開く謝罪会見の模様を見て、その所作の出来不出来で罪の軽重と人間性を判定する悪趣味なゲームは、国民的娯楽としてすっかり日本人のあいだに定着したのです。 謝罪が問題解決の役に立たないという真理を理解できないかたのために、簡単な例でご説明しましょう。 人混みを歩いていて、前の人のかかとをうっかり踏んでしまったら、「すいません」と謝罪しますね。 なんだ、謝罪で問題は解決してるじゃないか? いいえ、それは誤解です。かかとを踏まれたという問題に対して、なんの解決案も再発防止策も提示されてないのですから。 われわれはこのミスを教訓に、いかにすれば他人のかかとを踏まずに歩けるのか、それを研究・練習して事故を未然に防止することで問題解決へ向けて一歩でも前進しなければいけないはず。 しかし謝罪という対応によって、かかとを踏んだのはわざとではないと宣言することで、悪意があったか否かというところに論点がずれてしまうのです。 謝罪は問題の本質をあいまいにし、論点をすり替えてしまいます。非生産的なごまかしでしかないのに、それに釣り合わぬくらいに高い精神的満足感を、多くの人に与えてしまいます。 だからわれわれは死ぬまでに何度も、他人のかかとを踏む単純ミスを繰り返すことになります。 謝罪は問題を解決に導かないばかりか、再発防止の役にも立たないんです。二度と繰り返しません、と涙声でいったところで、具体策を伴わなければ必ず再発します。 こんな愚かな手段なのに、多くの人が謝罪に重きを置いて、謝罪のうまいヘタで有罪無罪を決めようとするさまは滑稽としかいいようがありません。謝罪がうまい人は、問題解決に長けているのではありません。ごまかすのがうまいだけなんです。カン違いしてはいけません。ショーンKさんや乙武さんの奥さんの謝罪がよかった? 最近ですと、ショーンKさんや乙武さんの奥さんの謝罪をよかったとほめてる人がいましたが、そのひとたちは問題の本質を見る目がないし、論理的判断力も曇ってます。 「うまい」謝罪によって、ショーンさんや乙武さんの問題は解決したのですか? なんにも解決してませんよね。うやむやにされただけです。ショーンK氏 学歴や経歴を詐称して仕事や報酬を得るのがなぜいけないのか。それは、詐称がまかり通れば、まっとうな手段で勉強する意味がなくなってしまうから。高い学費払って必死に勉強して学歴を得た人と、なにも努力せずウソついた人が同じ報酬を得られるとしたら、こどもたちはだれも勉強なんかしなくなります。教育システムの信頼性に関するかなり重大な問題です。他にも医者や教師の経歴詐称が以前から問題になってます。経歴確認をどうやるべきか。それをもっと真剣に考えなければならないのに、ショーンさんの涙ながらの謝罪に感動したと盛り上がってる連中のおかげで、その機会は失われました。 乙武さんの浮気グセに関しては、奥さんには悪いんだけど、たぶん一生治らないと思いますよ。 たった1度だったらまだしも、5回も、しかもかなり計画的に同じ手法を繰り返してたんでしょ。だったらそれは過ちではなく、ルーティーンです。金があるかぎりいずれまたやるでしょう。 これは予言や占いではなく、歴史の必然です。これまでの人類の歴史上、浮気がばれて謝罪したにもかかわらず性懲りもなくまた浮気した男は累計何億人にものぼります。 むしろこの件では、障害者が性欲の処理に苦労している切実な問題を検討するチャンスでした。乙武さんは謝罪なんかしなくていいから、政治家になって、性風俗店のバリアフリー化や障害者割引制度導入を提言すべきでした。しかしこれまた謝罪でごまかされ、問題解決が先送りされてしまったのです。 謝罪のうまさにこだわることは、社会にとって無意味どころか有害です。そんなことを続けていたら、問題解決能力を持つ真に有用な人が評価されず、ごまかしのうまいヤツばかりが重用されるよのなかになってしまいます。パオロ・マッツァリーノ イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。著書は『反社会学講座』(ちくま 文庫)、『誰も調べなかった日本文化史』(ちくま文庫)、『13歳か らの反社会 学』(角川文庫)、『つっこみ力』(ちくま新書)、『「昔はよかった」病』(新潮新書)『怒る! 日本 文化論』(技術評論社)、『ザ・世のなか力』(春秋社)、『偽善のすすめ』(河出 書房新社)などがある。 

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    同級生婚の増加 同窓会支援で婚活促進を

    河合雅司(産経新聞論説委員)下げ止まらない婚姻数 日本の婚姻件数が減り続けている。厚生労働省の推計では昨年は63万5000組で、戦後最少を更新する見通しだ。 日本では婚外子は2・21%(2013年)と極端に少ない。一方で、妊娠が結婚に先行する「できちゃった婚」で生まれた第一子は25・3%(2009年)を占める。結婚と出産を一体として考える人が多いということだ。婚姻件数の減少に歯止めがかからなければ、少子化は進む。 希望しながら結婚できない人を減らすには何から着手すればよいのだろうか。国立社会保障・人口問題研究所が2010年に行った「第14回出生動向基本調査(独身者調査)」によれば、25~34歳は男女とも「適当な相手にめぐり合わない」が群を抜く。まず取り組むべきは、出会いの場の提供ということになる。 各自治体も婚活支援に取り組み始めたが、必ずしも結果が表れているわけではない。ミスマッチが生じていることが原因とみられる。内閣府の「結婚・家族形成に関する調査報告書」によれば、男性は20代、30代とも年収300万円未満で未婚者が多い。女性は年収600万円以上の30代で目立つ。単に出会いの場を設定すればよいわけではないのである。「同い年」希望が増加 では、どうすべきか。結婚支援策では、学歴や雇用形態、年収などの属性をある程度絞り込むことが重要となる。既婚者が結婚相手をどうやって見つけたかを分析することから始めることだ。 内閣府の「少子化と夫婦の生活環境に関する意識調査」(2012年)によれば、トップは「社会人になってからの仕事関係」で男性31・1%、女性33・9%だが、職場の出合いに行政が関与する余地はあまりないだろう。 むしろ注目すべきは、高校や大学時代の出合いが結婚に発展しているケースが意外に多いことだ。 「同級生同士の結婚が増えている」との民間調査もある。「アルバイト先」を含めると社会人になる前の出会いは男性が16・4%、女性も15・9%を占める。20代後半では男女とも「仕事関係」を上回っている。 同級生婚の増加を裏付ける興味深いデータがある。独身者調査が結婚相手との年齢差の希望を調べているが、「同い年」と回答した人が男性35・8%(5年前の前回調査比6・4ポイント増)、女性29・0%(同2・2ポイント増)と顕著に増加を続けているのだ。 1987年は男性が「3~4歳年下」の30・0%、女性は「3~4歳年上」の36・8%がトップだから、価値観が「年の差婚」からシフトしてきていることになる。 晩婚化が指摘されるが、平均希望結婚年齢は男性30・4歳、女性28・4歳。男女とも20代で相手を見つけたいと考えている人が少なくない。 これらのデータを勘案すれば、結婚を意識し始める20代半ば以降の人たちを対象に高校や大学の同窓会を開くことが有効といえそうだ。同級生の出会いを政策として支援するのである。ボランティアを通じて 「学校」が男女の出合いの場になるのは、境遇や素養などが似通っており、多くの人が同じようなライフコースを歩むからだろう。共通の話題もあり打ち解けやすい。 だが、年に1度ぐらい同窓会を開いても恋愛に発展するとは限らない。在学中から付き合っていたカップルもいるだろうが、主に同窓会の再会で意気投合し、ゴールインするケースが想定されよう。 そこで提言したいのが、地方創生と結びつけるボランティア活動やサークル活動の展開だ。一緒に汗をかくことで結びつきが深まる。 同級生同士でいくつもの少人数グループを結成し、福祉や観光イベント、地域おこし事業などそれぞれの得意分野に取り組むのである。卒業後、遠方で就職した人は休日のみ参加してもよい。男子校や女子校の出身者は、複数の学校が提携して“合同同窓会”の形にすれば解決する。 自治体は予算を確保し、高校や大学と連携して連絡事務やグループ分け、ボランティア先とのコーディネートなど運営に主体的に携わる。 自治体にとっては、ボランティアを確保できるだけでなく、20代の若者が地域に関心を持つようになれば、やがて地方創生の“応援団”ともなるメリットがある。 男女の縁とは思わぬところにあるものだ。その芽を大切に育てる支援が望まれる。

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    安倍政権は女性を働かせたいのか出産させたいのか不明な状況

    「マイクロ・マネージメント」とは、重箱の隅をつつくように部下の仕事を管理・干渉することだ。もちろん、肯定的な意味ではない。そのマイクロ・マネージメントを実践しているのが安倍晋三政権だと大前研一氏は以前から指摘している。アベノミクスの「成長戦略」について、とくに「女性登用」政策において、マイクロ・マネージャーらしい安倍政権特有の不可解さがあることを大前氏が解説する。 * * * 安倍政権の本質は、官僚依存の「マイクロ・マネージャー」だということを、教育資金の贈与税非課税などを例に挙げて指摘したが、一事が万事で、アベノミクスの「成長戦略」と称する政策はマイクロ・マネージメントのオンパレードだ。 たとえば「残業代ゼロ」制度。これは「年収1075万円以上」で「高度な専門的知識を持つ」為替ディーラー、ファンドマネージャー、研究開発職、コンサルタントなどを対象に、働いた時間ではなく成果で賃金を支払うというものだ。 しかし、なぜ年収1075万円以上なのか? 職種の基準は何なのか? 根拠となったのは労働基準法第14条で定められた有期労働の契約期間の上限を3年から5年に延長できる要件で、その対象となる専門職の年収が1075万円以上となっているため、それを残業代ゼロ制度に転用したという。 だが、期間の定めのある有期雇用の要件を、期間の定めのない無期雇用(=正社員)が前提の残業代ゼロ制度に転用するのは、そもそも無理がある。残業代ゼロ制度に現在の企業社会の実態に即した明確な根拠はないのである。 拙著『稼ぐ力』(小学館)で書いたように、仕事が時間や場所に制限されなくなっている今日、多くのホワイトカラーの仕事は成果と給与の関係について「再定義」が必要になっている。残業代ゼロも、その再定義の中で経営者や管理職と社員が協議して詰めていくべきであり、政府が一方的に決めることではない。「女性登用」政策も同様である。安倍政権は先の臨時国会で、女性登用に向けた数値目標を作って公表することを大企業に義務づける「女性活躍推進法案」を提出した。 女性の登用が進んでいる企業を認定する仕組みも導入し、認定を受けた企業に対しては公共事業の受注機会を増やすなどの優遇策も盛り込まれた。いわば「鞭」(数値目標の義務づけ)と「飴」(優遇策)によるマイクロ・マネージメントの典型である。同法案は衆議院の解散・総選挙によって審議未了・廃案となったが、開会中の通常国会に再提出される見通しだ。 ところが、その一方で地方創生の司令塔となる「まち・ひと・しごと創生本部」は、合計特殊出生率を2013年の1.43から1.8程度に引き上げるという目標を掲げている。安倍政権は女性をもっと働かせたいのか、それとも女性がもっと子供を産みやすい社会にしたいのか、私にはさっぱりわからない。

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    持ち家率低下 若者の生活志向の変化逃すな

    8割が持ち家に住む現在の60歳以上の世代とは異なり、持ち家率が低い世代の老後は、“高齢者の住宅難”が社会問題となりかねないからである。 老後の居住費負担が重くなれば「年金だけでは暮らせない」という層が拡大する。高齢者向けの安価な賃貸住宅も、いまから整備計画を進めなければ間に合わない。「東京回帰」が鮮明に 一方、白書は持ち家率の低下が若者の新たな居住スタイルの模索につながっていることも明らかにした。その一つが「東京回帰」だ。 「近い将来住みたい街」や「老後に住みたい場所」の意識調査で、東京圏1都3県を挙げた若者が、中高年世代より高い割合を示したのだ。 若者の実際の居住地が、こうした志向を裏付ける。2000年以降の若者は、“過去の若者たち”のように郊外や近隣県に広い間取りを求めて引っ越すのではなく、都心を含めた23区にとどまり続けているのだ。むしろ、東京に流入する傾向も見られる。 とりわけ中心市街地の「駅から歩ける場所」の人気が高い。こうした傾向は大阪や名古屋、札幌、福岡といった政令指定都市でも見られる。 未婚・晩婚が進んで、1人暮らしや夫婦のみの世帯が多くなった結果、広い居住スペースを必要としない人たちが増えた。地価の高い中心市街地でも、狭い物件ならば手が届くということだろう。こうした需要に応える物件が増えてきたこともある。移動は公共交通機関 さらに興味深いのが、若者たちの暮らしぶりの変化だ。白書は三大都市圏(東京、大阪、名古屋)に住む若者の通勤・通学手段を調べているが、これまでの自動車中心から、鉄道やバスへのシフトが進みつつある。若者には自転車利用も進んでいる。 休日の外出先についてみると、居住地における中心商店街や片道1時間未満のいわゆる「近場」で用事を済ませている人の割合が高い。極めて都市型で、コンパクトな生活志向が広がっているのだ。 いつの時代も若者が社会を変えていく。つまり、こうした若者の生活志向に今後の社会へのヒントがあるということだ。無計画な拡大開発路線との決別である。 これからは、行政機能の集約や効率的街づくりは避けられない。白書は、医療・福祉や商業施設に公共交通機関で簡単にいける「コンパクトシティ」構想を掲げているが、若者たちの機運の盛り上がりを逃してはならない。