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    「自由」を履き違えたメルカリと情弱ユーザーは最低な組み合わせ

    藤本貴之(東洋大学教授、メディア学者) 不適切な出品や売買が問題となっているフリマアプリ「メルカリ」。現金の売買といったグレーな取引から、キャッシュバック販売や「妊娠米」のような法律に抵触しそうなもの、引いては悪質なジョーク出品に至るまで、その実態はあまりにカオスだ。本稿では、騒動となっている「メルカリ」について、具体的な利用実態の紹介も合わせて、その実像について考えてみたい。 今年4月に就任したばかりのメルカリ社長、小泉文明氏は「『メルカリ』では基本的には自由な出品を売りにしたいので、制限を設けすぎるのは良くありません」と述べてはいるものの、その実態は自由を履き違えた、いわば「無法地帯」というのが一連の騒動を見たほとんどの人の印象だろう。フリーマーケットアプリ「メルカリ」の画面 無法地帯化したメルカリの報道を見聞きし、驚く人がいる一方で、筆者のようないわゆるアラフォー世代から見れば、そこに「懐かしさ」を覚えることすらある。 チケット不正転売(ダフ屋行為)、違法薬物売買、危険物販売、許可が必要なモノの無許可販売、偽物やコピー品(CDなど海賊版)の売買、情報商材販売、不正金券、裏ビデオ、使用済み下着の出品、販売意思のないいたずら出品、それらを全てに関わる詐欺行為…これを見て「メルカリのこと?」と思う人は多いだろう。 しかし、上記はいずれも1999年にネットオークション最大手「ヤフオク!」(当時は「Yahoo!オークション」)がスタートした当初から近年に至るまで、問題になってきた不正の数々だ。古くは「アングラ掲示板で隠語を使った違法売買」などにも遡(さかのぼ)る。そして、それとほとんど同じような行為がメルカリでもなされていたわけだ。 ネットオークションは、近年に至るまで不適切売買の温床として、運営側とのイタチごっこを繰り返してきた。最近になって、露骨な不正は減少しているものの、完全に駆逐したとは言い難く、それらは「ネット売買の永遠の課題」といっても過言ではない。ゆがんだ急成長の背景 メルカリは、「フリマアプリ」という目新しいキーワードを利用しているが、その実態は従来の「ネット個人売買」と全く同じだ。もちろん、それが抱える問題や課題も上記の通り、ほぼ同じである。 目新しいキーワードを掲げることで、昔からある古典的なモノ・コトを新しいサービスや商品のように見せるテクニックは、DeNA騒動で話題となったキュレーションメディアなどでもみられた手法である。近年のネットメディア、ネットビジネスで頻繁にみられる常套(じょうとう)手段だ。 無許可なコピペや既存のコンテンツの切り張りで作られた「キュレーションサイト」は、基本的にはインターネット黎明期から続くいわゆる「アングラサイト」「違法サイト」と同根であり、その変名に過ぎない。 同様に、メルカリもフリマアプリという目新しいバズワード(明確な意味や定義が曖昧な流行語)を標榜することで、その実態を粉飾してはいるものの、決して新しいものではなく、むしろ極めて古典的なネット個人売買サービスに過ぎないのが実情だ。 しかしながら、既存のネットオークションやネット商取引(いわゆるeコマース)と比べ、2013年に創業したメルカリは、わずか3年でフリマアプリとしては単独首位になり、その成長スピードは驚くほど早い。 その反面、「ヤフオク!」誕生から20年近くたった2017年現在においても、メルカリでは信じられないほど危機意識の低い不適切出品や、今やネット業界では表面化しづらくなった違法・脱法売買が堂々と行われている光景には驚かされる。中には簡単に個人特定されてしまうような低い危機管理意識で不適切売買をしている事例も散見された。 このようなゆがんだ急成長の背景にあるのは言うまでもなく、それがスマホ(とアプリ)というプラットホームであったからに他ならない。 スマホの最大の魅力は、消費者と生産者が既存メディアよりもはるかに短い距離で接続された関係を作れることだ。例えば、テレビの場合、視聴者に消費させるためには、以下のように最低6つのステップが必要である。 ①テレビの前に行く→②テレビの電源を入れる→③チャンネルを合わせる→④CMを見る→⑤商材に感心を持つ→⑥購入(消費)行動に出る。 その中でも特に、テレビの前に行く、テレビを見る、といった2つの行動への誘導は今日、大きな課題だ。多様な娯楽にあふれる今、目的なくテレビの前に座らせることはこの上なく難しい。スマホが全てを変えた 一方で、スマホの場合、消費まではステップはわずかに以下の3つである。 ①スマホを起動(見る)→②商材に感心を持つ→③購入ボタンを押す(ポチる) テレビとの最大の違いは、スマホを起動することと「凝視」がイコールである、ということだろう。また、起動したアプリには自動的に広告が入り込み、消費者に選択を求めない。そもそも起動するか、しないかの選択のみであり、テレビのようなザッピングの概念がないので、手軽な広告回避ができない。 さらに言えば、表示された広告に感心を持った段階で、すぐに購入行動(ポチる)ができるので、後になって「買いにゆく」場合とは違い、タイムラグが発生しづらく、「改めて考え直す」という猶予を与えにくいのも特徴だろう。 テレビが若者の中で「娯楽の王様」から陥落した最大の理由は、スマホコンテンツの多様さもさることながら、スマホの急速な普及と、そこにある驚異的なまでの「手軽さ」にある。そして、そのスマホの特徴を最大限に生かしたサービスがメルカリであった、というわけだ。 アプリを含め、フリーマーケットは本来、不要物を売買する空間だ。いわゆる「蚤(のみ)の市」なわけで、原則として、定価よりも安い値段で売買できることが最大の魅力である。売る側から見れば、本来捨てるべきモノ(ゼロ円)が、たとえ安価でも現金化できることはうれしい。買う方も、市価よりもはるかに安く買えるのでお得感がある。これぞ「Win-Win」の関係、そのもののはずである。 しかし、フリマアプリを標榜(ひょうぼう)しつつも、「メルカリ」ではそのフリマの基本構造が完全に崩壊している。筆者の研究室のある学生から意外な話を聞いたことがある。メルカリを使ったことがあるという男子学生に「何をいくらぐらいで、どのように購入したか?」と聞いたときのことだ。 その学生は次のように答えた。 「定価2万円ほどのシルバーの中古アクセサリーを2万円ぐらいで購入した。新品と同じぐらいの価格だが、原宿にある販売店に買いに行くのが面倒くさいので、メルカリで購入した。中古でも『味がある』と考えれば気にならない」 この消費者意識に驚かされるとともに、スマホ利用が生活の中に浸透し、可能な限りスマホの中で生活のすべてを完了させようとする現在の若者たちのライフスタイルを実感させられた。新品を購入するために原宿に買い物に行くよりも、スマホのボタン一つで購入できてしまう「手軽さ」が優先されるのである。ネットに警戒心がない若者 また、ある女子学生は次のように話してくれた。 「バイト先のアパレルで定価4千円の服を従業員割引で1千円で購入した。それを何度か着て、飽きたらメルカリで2500円ぐらいで売っている」 格安で購入した服を楽しんだ上で、それを転売して1500円の利益を得ているというわけだ。おそらく、そこで買われた中古の服も再びメルカリで販売されるはずだ。場合によっては買ったときよりも値上がりしている場合すらある。いずれにせよ、メルカリが不特定多数のクローゼットをシームレスにつなぎ、その中を一定のお金が循環している。メルカリが値崩れを起こしづらい要因の一つなのだろう。 逆に、中古の服をメルカリで定価に準ずるような価格で購入している学生も少なくなかった。メルカリ利用の認識はさまざまだが、いずれの学生にも共通するのは「店に買いにゆくよりも手軽だから」であった。 コミュニケーション(SNS)も、遊び(ゲーム)も、情報(ニュースサイト)も、調べ物(ググる)も、そして買い物(メルカリ)も、すべてスマホの中にアプリとして「一元化」する。それが現在の若者層が求めるライフスタイルであり、メルカリはそのライフスタイルに最適化された「お買い物」の形式であったのだ。 メルカリはキュレーションメディア同様、極めて古典的なネットビジネスである。もちろん、そこで発生する問題や不正も古典的であることは先にも述べた。しかし、そのような古典的なネットビジネスが、今さら亡霊のように「90年代水準のネット無法地帯」まで生み出している。 その原因はメルカリユーザーの中心が10代、20代の若い女性である、という部分にあるように思う。言い換えれば、アラフォー世代(20歳前後の時期にインターネット全盛を迎えた世代)以上のユーザーが不在の空間である、ということを意味する。 アラフォー世代以上は、ネット社会の過渡期を過ごし、そのメリット、デメリットの多くを経験している。必要に迫られ、高いコンピューターリテラシーを持つ一方で、ネットへの警戒感も非常に強いのが特徴だ。 それに対し、現在の20歳前後の若者層は生まれたときには既にインターネットが一般化しているばかりか、初めて手にしたケータイがスマホの世代である。大学に勤務していると痛感することだが、今日の若者層はその生活環境とは裏腹に、驚くほどコンピューターリテラシーが低い。ワープロ作業も十分ではないどころか、自分でパソコンを所有していない人も珍しくない。90年代水準と何も変わらない その理由は、初めて手にしたデジタルデバイスであるスマホがあまりに「万能」であり、パソコンを所有して利用する必要性を感じていない、ということだ。しかも、「財布以上に携帯率の高いスマホ」である。常に座右にあり、パーソナルなツールとして身体化しているため、自分がスマホというデバイスを介してインターネットにアクセスしていること、またそこで個人情報を含めたさまざまな情報を意図せずに行き来させているという実感もない。ネットゲームの経験から、スマホ課金への障壁もない。 そのため、アラフォー世代以上であれば警戒してしまうようなネット個人売買や、課金、個人情報に対する危機意識があまりにも低い。顔や制服、氏名などがはっきり分かる形で不適切な写真をSNSで公開してしまう「おバカな若者ユーザー」が多いのもそのせいだろう。スマホが手軽で身近すぎるツールであるため、悪意なく、意図せず、軽い気持ちでかかわったことが犯罪や犯罪幇助(ほうじょ)になっている場合も少なくない。 ただ、危機意識の高い年配者がいるからといってネットが健全化するとは限らないが、少なくとも問題の探知はされやすい。それが冷やかしや「晒(さら)し」であったとしても、違法な行為や不適切な売買、記述をおもしろおかしく話題にするのも、「それなりのリテラシー」を持った大人たちだからだ。 若者層、特に若い女性が多いメルカリでは、中高年層がメーンを占める通常のネットオークションやネット売買と異なり、ネットの善悪を経験している「大人の目」が届きづらい空間になっている。これもメルカリが「90年代水準の無法地帯」を生み出している大きな要因の一つであるように思う。 DeNA騒動のキュレーションメディア問題のように、いまメルカリで起きている問題は「90年代水準のネット無法地帯」と酷似する。その実態は、同社が主張するような「自由やポテンシャルの広がり」とは到底思えない。 常に座右にあるスマホに生活の全てを一元化させるライフスタイルは確かに便利だ。しかし、それをフリマのような有機的な活動にまで広げるような在り方には「限界」がきている。このことに、そろそろ若者自身が気づくべきではないのだろうか。

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    「メルカリ」の正体見たり! 正直者が馬鹿をみる拝金ベンチャーの闇

    山本一郎(個人投資家・作家) 国会論戦もたけなわの4月25日、日本維新の会の衆議院議員、丸山穂高さんが質問に立ちました。これが、現在スマートフォンを中心に人気のフリーマーケットアプリ「メルカリ」で現金が出品されるという事態について金融庁などの対応を問う内容であったため、かねてから問題視されてきたメルカリほかアプリ無法地帯ともいえる現状がより広く知られるところとなったわけです。 このメルカリの問題については、かねてからSNSや雑誌記事などでも取り上げてきておりますので、経緯についてはそちらをご覧いただければと存じます。もちろん、表題はメルカリが中心となっていますが、実際には「ヤフオク!(旧・ヤフーオークション)」やC2C(消費者間の取引)のフリーマーケットアプリ全般の話が中心となっています。その意味では、昔から適切ではない商品の出品があったことは事実です。・急成長「メルカリ」にはどんな法的リスクがあるか(PRESIDENT)・「やったもん勝ち」ネット業界のイノベーションが世間を犯罪まみれにするまで(文春オンライン)  昨今、とりわけ問題視されているメルカリについては、大きく分けて2つの問題を抱えています。 ひとつは、本人確認が事実上なされず銀行口座などの情報にもひもづけられないため、問題出品をしている人物を取り締まることは容易ではないこと。もうひとつは、売り主から売掛金をメルカリが事実上の預かり金という形で計上しているにもかかわらず、出資法や資金決済法で定めた適法な措置を取ってこなかった点です。さまざまな物が売買されているメルカリ。「トイレットペーパーのしん」など、一風変った出品もみられる(寺河内美奈撮影) これらの問題の根幹には、日本初の大型ベンチャーを育てていくにあたって、多少の脱法的なビジネスもやむを得ない、グレーゾーンをついてこそベンチャー企業だという姿勢を取る経済産業省の特定部署の責任者や、証券会社、ベンチャー界隈独特の「空気」が存在します。 ある高級官僚は、経済産業省の競争促進を担う責任者がベンチャー企業経営者の集まる席上でむしろ脱法的、潜脱的なビジネスも容認する発言を見て、日本のイノベーションは消費者や生活安全の犠牲の上に成り立っていると深く嘆いたといいます。ここまでアプリ関連のビジネスが大きくなったいま、金融当局が「実は違法でした」と立ち入り検査をすることに逡巡(しゅんじゅん)する背景には、日本の経済が停滞から脱却し、力強い成長路線に回帰するためには活力ある創業環境が必要だという安倍政権のリーダーシップに逆らうのではないかという「忖度(そんたく)」があるともされます。同業者が一斉に「ドボン」する日 しかしながら、現状で発生していることは冒頭で述べた現金の出品を行うような事実上のクレジットカードの貸付枠の現金化であり、つまりはモグリの消費者金融と同様の手口です。しかも、これらは「お手軽なフリーマーケットを楽しませる」というメルカリ特有の本人確認のない匿名性の高さをよりどころに適法性が疑われる売買を黙認し、仲介を志したことになります。とりわけ問題視されるのは、この犯罪行為が明らかになるまでメルカリの利用規約が一時的に「現金類似物も出品可能な状態」にわざわざ書き換えられていたことからも伺えます。現金がチャージされたSuica。すでにSuicaも規制されているがいたちごっこが続く=4月27日 どうせやるなら適法にやればいいのに、真面目に本人確認させたって、メルカリほどの勢いであれば問題にならないだろうと思うのですが、これはメルカリに限らず、果物のりんごに見立てた写真で売買されるApple社のiTunesギフトや、返金可能な商品券や交通系ICカード「Suica」などを使っての売買など、いたちごっこは各所で発生しています。 さらには、本やDVDに特化した新しいメルカリのサービスが立ち上がりましたが、これらの商品の中古売買を行うために必要な古物商の資格は仲介するメルカリも確認していません。直接の売買であれば、業として行うわけではないとリーガル上判断したのかもしれませんが、その匿名で本やDVDを出品している人物が業者でないことをメルカリすらも把握していません。 要するに、お手軽さを追求して顧客を集め、本人確認や古物商の資格の有無、預かり金の管理を行うのに必要な「資金移動業者」としての信託など、いままで生活を安全に送っていくために構築されてきた法制度をすべてスルーすることで販売管理費を下げ、その分を広告宣伝費やシステム投資に回すことで他社よりも効果的に成長する戦略がメルカリの狙いであることは言うまでもありません。 これらの問題は、一種のチキンレースのようなもので、ある一定のタイミングで同業種が一斉に「ドボン」することになります。消費者金融の過払い金訴訟問題や、あるいはテレフォンクラブやダイヤルQ2、出会い系サイトといった生活安全の問題も、途中まではグレーゾーンの成長モデルとしてもてはやされた後で事件が起きて当局対応の果てに輝きを失い、結果として潰されたり大手資本系列に逃げ込まなければならないことになります。 それまでの間に、できる限りのことをやって儲けてしまえ、というのが日本のベンチャー界隈の常識だとするならば、いつぞやのライブドアショックで大いに批判をされた拝金主義と何ら変わることなくこの10年が過ぎたということでしょうか。 進歩がない、と言われればそれまでですが、ソーシャルゲーム業界にせよオンライン決済や仮想通貨の取引に使われるブロックチェーンなどの金融とITを組み合わせた「フィンテック」方面にせよ、この世の中は知らないものが馬鹿を見る百鬼夜行なのだと思えばそう間違いはないのかもしれません。

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    善意のスキマからメルカリにやってきた「怪しい人々」の正体

    北条かや(著述家) 国内最大のフリーマーケットアプリサービス「メルカリ」で、「現金が額面以上の値段で売られている」「チャージ済みのICカードや旅行券が売られている」、さらには「妊娠米」など怪しげな物品が散見されるとのニュースが飛び交った。筆者もメルカリの利用者なので見てみると、確かに「1万円札4枚」が4万7000円(送料無料)などの価格で出品されている。今すぐ手元に現金が欲しい多重債務者などが、クレジットカードで購入している可能性もあり、マネーロンダリング(資金洗浄)にもつながる可能性がある。 指摘を受けて運営側は4月末、監視体制を強化し(「メルカリ、安心・安全への取り組みについて」)、「現行の貨幣を出品禁止」とすること、さらにメルカリ側が「24時間体制で監視・削除の対応」を行っていくことを発表した。なぜこのような怪しげな出品が相次ぐのか。筆者もメルカリや同業のフリマアプリ「フリル」などの利用者であり、売る側、買う側それぞれの立場を経験している。本稿ではその経験もふまえ、フリマアプリで行われているさまざまなモノの売買を「優しさのあふれる空間」というキーワードから読み解いてみたい。 メルカリなどのフリマアプリサービスは、2012年頃に誕生したといわれる。それまでインターネットで個人が売買するサービスといえば「ヤフオク」「モバオク」「楽天オークション」など、大手企業が提供する「オークション型」が中心だった。現在は楽天オークションがサービスを中止し「ラクマ」というフリマアプリの提供をスタートしたため、事実上ヤフオク、モバオクしか残っていない状態だ。 CtoC(個人間取引)のみならず、BtoC(企業対消費者)取引のプラットホームとして非常に優れているが、最大手のヤフオクに出品するためには毎月の利用料が400円ほどかかり、売れても売れなくてもサービスにお金を払わなくてはならない。クレジットカードの登録が義務付けられるなど、利用者にとってはややハードルが高かった。すくいきれないニーズがあったのも事実だ。 そこに目をつけたのがフリマアプリだ。最大手のメルカリは、急速に普及したスマートフォンを「フリーマーケット」のプラットホームに変えた。その手法はあざやかだ。ネットオークションに敷居の高さを感じる人や、これまでオークションを利用してみようとすら思わなかった若者や女性、主婦層などでも「使ってみよう」と思えるシンプルなインターフェース(使用感)に加え、「簡単」「安心・安全」のキャッチコピーを売りに急成長したのである。幅広い層に訴えかけるテレビCMも功を奏し、14年頃から認知度が急上昇。現在は国内で3000万ダウンロード数を誇るという。こんなに簡単に不用品が処分できるのか 経済産業省が今年4月に公表した「平成28年度電子商取引に関する市場調査」によると、ネットオークションにおける個人間取引の市場規模が3458億円に対し、フリマアプリは3052億円に達している。わずか数年の歴史で、この成長はすさまじい。昨年時点でのマーケット規模なので、今年はさらに大きくなっているかもしれない。 86年生まれの筆者は学生時代からヤフオク、楽天オークションを経験してきた世代だが、ここ数年は足が遠のいていた。出品してもしなくても毎月の利用料がかかる上、楽天オークションなどは利用者が少なく、そもそも出品しても売れづらいなどのデメリットを感じたからである。フリマアプリがはやっていると聞き、気軽な気持ちでメルカリやフリルをダウンロードしてみたのが昨年夏。これが非常に使いやすく、初心者でも出品しやすい。 筆者は最先端のサービスには気が引けるタイプだが、使ってみると確かに「安心・安全・分かりやすい」アプリだと実感した。スマートフォンのカメラで撮影した衣類を出品するまでにかかった時間は、わずか5分。出品した商品は2日以内に売れ、定形外郵便でポストに投函(とうかん)して受取評価を待つだけだ。 こんなに簡単に不用品が処分できるのかと感動した。リサイクルショップへ持っていけば10円で買いたたかれてしまう古着が、1000円で売れたりする。送料は「出品者負担」を標準設定にするようなインターフェースになっているので、送料と10%の利用手数料を差し引けば、もうけは数百円程度だが、古着屋に10円で売るよりはマシかもしれない。買った人からは「大切に着ます」とコメントが届き、3段階のうち最も高い評価を付けてもらえた。対面して物を売るフリーマーケットのような気持ちのよいコミュニケーションが続き、はじめは楽しかったと思う。 フリマアプリでは、ネットオークションに多いブランド物やコンサートチケットなどの高額品より、古着や使わなくなったアクセサリー、キャラクターグッズなど、やや安価な商品が多く出品されている。カテゴリ別に見ると「レディースファッション」が最も多く、購入者も女性が目立つ。感覚としては、リユースショップへ持っていくような、もっといえば、そのままでは自分にとって「ゴミ」になってしまうような物をかなりの低価格で売り出し、「まだ使っていただける人に買ってもらう」サービスだと思う。いらないものを「欲しい」と言うありがたさ それこそフリーマーケット並みの価格で売らなければ、なかなか買ってもらえないが、自分が不要になったものを「欲しい」と言ってくれる人がいること自体が「ありがたい」のである。筆者もコメント欄で「値下げ」を要求されることもときにはあったが、買ってもらえるならと応じた。 こちらが商品を購入した際も、非常に安く買える上に「ご購入ありがとうございました」というお礼の手紙が添えられていたりして、ほとんど利益は出ていないだろうに「買ってもらえてありがとう」という気持ちが伝わってくる。何の変哲もない服は、多くの人が競り合うオークションでは値段がつかないことも多いが、フリマアプリなら数百円程度で売れる。それ自体が「ありがたい」のだ。 先述の経済産業省によるレポートでも、ネットオークションとフリマアプリの違いは次のように定義されている。 ネットオークションが「できるだけ高い値段で売りさばきたい」という目的が特徴である一方、フリマアプリは「利用しない持ち物を手軽に処分して換金したい」との想いで利用する人が多い「平成28年度電子商取引に関する市場調査」80ページ まさにフリーマーケット感覚で「不用品を(たとえ安い値段でも)他の人が使ってくれるならうれしい」というコミュニケーションが提供されているのが、フリマアプリなのだ。気軽さと、ある種の善意が満ちている。 ネットに限らず通常のオークションでは「買う側」が複数おり、ニーズに合わせてモノの価格はどんどん上がっていく。「売る側」はそれを黙って見ていればよいが、フリーマーケットはやや事情が異なる。出品されるものの「価値」が相対的に低く、「売る側」は利益の出るギリギリの範囲に価格を設定し、低姿勢で「買っていただく」空間である。それなりの「お得感」を提供できなければ見向きもされずに終わる上、フリマアプリではネットオークションよりも「売る側」がより優しく、低姿勢でいることが求められるのだ。 「私の不用品をあなたに買っていただけてうれしい」という善意がなければ、多くの場合は売れない。もうけようと高値をつけるアカウントや、送料を毎回着払いにするアカウントは人気がなく、とにかく「安くて、そこそこ良いものを譲ってくれる人」が評価されるサービスである。善意なきユーザーも簡単に入り込める このサービスは、出品者が徹底して良心的で、「低価格・低姿勢」でいるからこそ保たれる。買う側はただその善意を受け取ればよく、万が一不良品が届いても運営側に通報すればよいので気分はラクだが、売る側としてはストレスも多くなる。 なぜなら、ここ1、2年でユーザーが爆発的に増えたため、いわゆる常識はずれな購入者にも「低価格・低姿勢」で対応しなければならないからだ。説明文を懇切丁寧に書いても読まれていなかったり、送料を明記していても読まずに「高すぎる」とメッセージが来たりする。商品の状態を細かく質問されたので、じっくり答えたらあっさりスルーされるなど、優しく対応する「相手」が増えれば増えるほど、その思いが届かないストレスも大きくなってしまうのだ。善意にあふれたフリーマーケットの空間に、「普通の消費者」が大量に入ってきたようなものである。 フリマアプリのユーザーは右肩上がりで増えている。わずかな期間に莫大(ばくだい)なユーザーが押し寄せたため、「安くてそこそこ良いものを善意で譲りあう」フリーマーケットの精神性のようなものを「乱す」アカウントが出てくるのも仕方がないだろう。「現金」や「チャージ済みのICカード」、果ては「妊娠米」などを出品し、「グレーな手段でもうけよう」というユーザーが増えてきたのは、「不用品を安く処分できてうれしい」というフリマアプリの理想的な利用者層ではなく、ネットオークションに見られるような「できるだけ高く売りさばきたい」タイプの利用者が増えてきたということではないか。(画像はイメージです) 日本人の2人に1人、若年層でいえばほぼ100%がもつスマホをプラットホームに、できるだけ多くの利用者を集めようとしてきたフリマアプリ。サービスが莫大なユーザーを取り込み始めた以上、当初の「フリマ」とはかけ離れた使い方をし始めるユーザーが現れることは想像に難くない。 「不用品ならほぼ何でも売れる」フリーマーケットの空間だからこそ、ある程度良いものを安く売り買いするための「善意」が求められるが、リアルのフリーマーケットとウェブ上のアプリは利用者のケタが違う。善意のないユーザーも、顔が見えないから簡単に入り込める。 運営側が何度取り締まっても、規模が大きくなればなるほど、怪しげなモノ・サービスの売買は続くだろう。ユーザーの多さにともない悪貨が良貨を駆逐することのないよう、今度はシステム側が「フリマならではの善意」をうながすようなアーキテクチャを構築し、一枚上手をいくことが求められている。

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    高齢者に群がる「情弱ビジネス」の裏側

    老後に欲しいのは「幸せ」よりも「お金」。高齢者を対象にしたある意識調査で、欲しいものが「お金」と答えた人は4割に上り、「幸せ」の15%を大きく上回った。そうした心理につけ込み、老後資金を根こそぎカモにする「情弱ビジネス」と呼ばれる悪質なトラブルも横行しているという。その驚くべき実態とは。

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    「こんなはずでは」アパート経営で大損続出、サブリース商法の闇

      黒田日銀のマイナス金利は金融業界を中心におおむね不評だが、一方で大歓迎している業界がある。その一つが相続税の増税に加え、低金利が二重の追い風となっているアパート・マンション建設や長期の不動産管理を手がける企業群。経済紙の記者が解説する。 「サブリースと呼ばれている業界の景気はすごくいい。東証1部の大東建託やレオパレス21などが最大手で、特に大東建託は『いい部屋ネット』のCMが耳にタコができるほど流れたことからもわかるとおり右肩上がりの業績。2016年3月期の決算は売上高が過去最高の1兆4116億円に上り、8期連続の増収増益。17年3月期も過去最高を更新する勢いです。経営陣の鼻息も荒く、東京五輪後の21年には売上高1兆8000億円を目指すという中期計画を発表しています」 大東建託は1974年創業だから、40年で1・5兆円企業に成長したことになるが、そのビジネスモデルはいたってシンプルだ。遊休地を持つ地主に営業マンが接触してアパートを建設させ、その新築アパートを最長35年間、家賃固定で一括借り上げて、地主に代わってアパート経営をするのである。 地主にしてみれば、遊んでいる土地を活用できるうえ、家賃収入が増えたり減ったりする空室リスクを心配しなくて済む。従って、全額丸々借金でアパートを建築したとしても、返済計画を立てることが容易だ。さらに入居者募集や退去手続き、修繕やら清掃やらの諸々の雑務に煩わされる心配もない。しかも貸アパートは帳簿上の資産価値が下がるため、相続税対策としても有効で、なおかつ事業ローンであっても銀行融資の金利は史上最低。つまり、一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなる話なのだ。「しかし……」と経済部記者が続ける。 「実は、この一括契約が後に問題となるケースが多くなっています。というのも、大東建託を含め多くの場合、家賃固定は当初の10年だけ。その後は空室率などを計算し直して、家賃の改定がおこなわれ、大概の場合は大幅減額になる。営業マンのセールストークを真に受け、まるまる事業用ローンを組んでしまったような場合、10年後には、毎月のローン返済を家賃で賄えなくなる場合もあるのです」 例えば、30年の事業用ローンを組んで5000万円の借金をしてアパートを建設した場合、10年後に約3000万円の残債が残った状態で、大家は毎月、返済に不足する分を持ち出ししなければならないことになるわけだ。さらに5年後、家賃が見直されてさらに減ることになれば、返済不能の状況に陥ることも想像に難くない。 そのため「こんなはずではなかった」と国民生活センターなどに駆け込むケースが目立ってきており、実際、大東建託に限らず、目下、サブリース業界全体でこの種の苦情が急増中なのだ。 これに行政側が応えたのが、国交省による「賃貸住宅管理業務処理準則」の改定だった。昨年8月中旬、国交省は、業者側が大家に対し、将来、家賃が下がる可能性があるという事実を重要事項として説明したり、書面を渡したりしなければならないとルールを変えたのである。逆に言えば、これまではこの点を曖昧にしていても、業者側が厳しいペナルティーを取られることはなかったのである。儲かる仕組み ある不動産業界の事情通が言う。 「もちろん、今までも地主さんとサブリース業者が締結する契約書にはそのことが明記されていました。しかし地主さんは営業マンを信用してアパートを建設するだけで、細かく契約を吟味しないので、家賃が下がるなんて気づかなかったのです。一方、国交省は、アパート経営をする地主は事業者であると捉えてきた。事業者とサブリース業者の契約ですから、お互いに契約書を細かく読むのは当然で、気づかなかったなんて話は通用しないというスタンスでした。ところがサブリース業者の業績拡大と比例するように、地主たちからの苦情が増加し、国交省もついに、地主は事業者というよりも保護されるべき消費者に近い存在であると、スタンスを改めたわけです」 一つのキッカケとなったのは、サブリース業者によるアパートの建設ラッシュが大都市圏だけではなく農村部にまで及び始めたことだ。事情通が続ける。 「大都市周辺のベッドタウンであれば、たとえ10年後にサブリース業者に家賃を下げられたとしても、借金返済の原資程度は何とかなる公算が高いのです。地価も上がっていますし、新たな入居者を探すことも難しくないからです。問題は地方の農村部で、営業マンに勧められるまま畑を潰してアパートを新築したようなケース。人口が極端に減っているため、10年以上経過した古いアパートに入る入居者を探すのは無理。結果、大家はそのアパートを売却して残債を支払うしかない。しかし、買い手を探すにはかなり値を下げる必要があるでしょう。最終的に、地主が土地もアパートも失い、銀行には不良債権が残るという最悪のシナリオが待っているのです」 では、空室ばかりのアパートをサブリースで経営して、どうして業者には儲けが出るのか。それはアパートを新築する際、自社の関連会社に建設させて、大きな利益を上げる仕組みがベースだからだ。  わかりやすい数字をあげて説明すると、大東建託の16年3月期決算では、売上高1兆4116億円に対して、建設事業の売り上げは5953億円、不動産事業の売り上げは7748億円である。売上高に対する比率は建設事業は42%、不動産事業は54%で、不動産事業のほうが規模が大きい。しかし、売上総利益2544億円に占める割合を見ると、不動産事業の利益が626億円で24%しかないのに比べ、建設事業の利益は1762億円でこちらは69%にも上る。建設事業は5953億円の売り上げに対して1762億円が利益だから、利益率約3割という濡れ手で粟の新築工事をしているわけだ。要するに、サブリース業者はその後の入居率を気にしないですむくらい莫大な利益を割高な新築工事で得ているのである。つまり、サブリース業者は新築アパートを立て続けていかなければ、最大の収益の柱を失うことになる。そのために強力な営業部隊を持ち、地方の大地主や、親が持っていた土地の相続人に営業をかけていくわけだ。将来の空き家を量産  さらに、空室になりにくい新築10年の間に、本来、大家に入るべき家賃の上前をはねる仕組みもきちんと存在する。 「アパート経営が始まって最初の3カ月は免責期間とかで、この間は家賃が入りません。また退去者が出ると、半月分の家賃が免責で入らなかったこともある」(サブリース業者と契約したことのあるアパート経営者) ごく一部の大手を除けば、退去者が出た場合の現況回復の修繕費は地主負担で、サブリース業者が指定する内装業者に発注しなければならない。当然割高だが、別の業者に頼むと一括借り上げの契約違反となってしまう。加えて、清掃業者、プロパンガスまでサブリース業者の指定である。見方を変えれば、地主はアパート経営の一切のノウハウを得ることなく、ただ家賃を様々な名目でサブリース業者に搾り取られているのである。 加えて、困ったことに今後、未来永劫、超低金利時代が続くわけではない。空室が目立つようになった新築10年経過の後、金利が上がり、ローン返済額が増えたら、全国のアパートオーナーたちに何が起こるのか。  総務省が5年おきに調査をおこなっている土地統計調査の平成25年版によれば、全国にある総住宅数は6036万戸だが、そのうちの820万戸が空き家。平成20年の調査に比べて空き家の数の伸び率は8・3%にも達している。仮に同じペースで空き家が増えていくと仮定すれば、平成30年には890万戸に達する計算だ。  主を失った家は荒れ果てていき、周囲の景観を損なうばかりでなく、やがて防災と衛生面でも深刻な事態に直面する。とはいえ、これが賃貸ではない持ち家だった場合は、取り壊して売却すれば一件落着となる。しかし、たっぷりアパートローンの残ったサブリースの賃貸アパートだとどうなるのか。  同じ調査によれば、空き家になっている賃貸用の共同住宅、つまりアパートやマンションの戸数は374万戸にも及んでいる。実に全国の空き家総数の42%がこれらアパートやマンションなのだ。そのうち、208万戸は広さが50平方メートル未満、まさにサブリース業者が建設しているタイプの部屋なのである。 アパートを建てたはよいが、全国には、同じタイプの部屋が200万戸も空き部屋になっている。しかも、大東建託だけでも、年間4500億円以上の売り上げが計上できるほど、建設ラッシュが続いていることも忘れてはならない。「月刊ベルダ」定期購読のお申し込みはこちらから そこには、深刻な空き家問題という燃え盛る炎に油を注ぐような構図が浮き彫りになっている。日本中に、ローンが20年も残っている空き家だらけのアパートが林立している光景は想像するだに恐ろしい。遠くない未来に大きなツケとなって社会に跳ね返ってくるに違いない。(月刊ベルダ 2016月9月号「いずれ大問題のサブリース商法」、2017年3月号「将来の空き家を量産「サブリース業界」より)

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    残ったのは空室アパートとローン、高齢者を騙すサブリース契約の罠

    のような様々な被害事例に取り組み、多くの事例で円満な和解による解決を実現してきた。今後も、この問題が社会問題として取り上げられ、少しずつでも予防と救済の対策が進むことを願う次第である。

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    顧客に無断で信用取引! 証券会社に泣かされる高齢者

    山岡俊介(ジャーナリスト) 株取引をめぐる証券会社とのトラブルと言えば、顧客のほうは圧倒的に高齢者が多いことをご存じだろうか。 ネットでの売買が当たり前の今日、ネット上でおこなう単純な売買注文に関しては、トラブルはまずあり得ない。あるのは対面取引の場合だ。 対面の場合、手数料はネット取引より割高になるが、それでも対面で注文するケースがあるのは、「対面でやりとりしたほうが信頼が持てるから」なんていうのはむろん実態を知らない者のセリフで、要するにインターネットが不得手、あるいはパソコンやスマートフォンの操作ができない者、すなわち高齢者がやむなく利用しているからだ。対面だけにつけ入る隙も多く、結果、高齢者とのトラブルが多くなっているのだ。 たとえば、独立系準大手証券「岡三証券」(東証1部上場)の仙台支店から勧誘を受けた男性(69)は、2013年9月、「グーグル」「ツイッター」などの外国企業6社の株式を約1000万円分購入したが、岡三証券の担当営業マンは、約1年にわたり、実際より高い虚偽の株価を顧客男性に教えていたことが昨年5月、明らかになっている。 14年11月、男性の妻が営業マンに運用状況を聞いたところ、態度がおかしかったことから、不審に思って上司に釈明を求めると、実際は約310万円の損失が出ていたのに、56万円の損失と報告していたという。 その岡三証券仙台支店では、昨年5月にも、高齢者の顧客に多額の損害を負わせていた事実が発覚している。交通事故でショック状態の女性(80)に営業をかけ、十分な説明をしないで売買を繰り返させた結果、741万円の損害が出たという。 この女性は07年7月、夫が運転するクルマに同乗していたところ事故に遭いアゴの骨を折る重傷を負った(夫は死去)。そのショックから精神安定剤を服用、株取引に要する判断力を失っていたが、仙台支店の以前からの担当者が入院先の病院を訪れては取引を勧めたため、09年10月までの間に海外社債など実に79回も売買を繰り返していた。 なお、この件では女性は提訴。和解ながら岡三証券は違法行為を確認したうえで、女性側に解決金として285万円を支払った。 それにしても、異様とも思えるのは、この2つのケースとも、金融商品取引法違反に抵触する可能性が高いと思われるのに、地元紙の取材に対し、岡三証券は「個別事案につき、回答できない」(広報部)と実質、取材拒否し、何の反省の色も見せていないことだ。 実は岡三証券は表面化したこの2件以外にも、さらに悪質かつ巨額の損失を顧客に負わせていた重大疑惑がここにきて明らかになってきている。 新たに発覚した被害の舞台は岡山支店。被害男性を仮にS氏としておく。 現在75歳のS氏が対面方式で株式売買を始めたのは、勤めていた会社を定年退職する約1年前の2000年ごろ、60歳の時だった。当初利用したのは「国際証券」(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)で、種銭は老後資金にと貯めていた数千万円。 03年1月ごろ、国際証券でS氏を担当していた営業マンが岡三証券に転職したことから、S氏も口座を岡三に移管した。問題が起きたのは、10年に担当者がK氏に代わってからだ。S氏は株取引を始めた当初、現物株の売買しかしなかったが、06年4月以降、勧められるまま信用取引にも手を出すようになっていた。しかしS氏は、信用取引とはいかなるものか十分に説明してもらっておらず、理解もしておらず、12年1月、いったん信用取引を打ち切ることにした。 ところが14年4月ごろ、K氏にしつこく勧誘され、仕組みを理解しないまま信用取引を再開。その後、K氏がS氏に無断でS氏名義で信用取引をしていたことが同年7月ごろに発覚する。S氏が苦情をいうと、担当がK氏からH氏に変わったが、そのH氏も、呆れたことに、S氏に信用取引を継続させていたというのである。鬱病の高齢者を食いもの 筆者の手元には、S氏が昨年3月、「ガンホー・オンライン・エンターテインメント」株の取引をしていたことを示す「顧客勘定元帳」のコピーがある。 しかしこの時期、S氏は躁鬱病と診断され、精神病院に保護入院していた。病院では患者の携帯電話は取り上げられる。したがって、この時期、担当営業マンのH氏は病院を訪ねてS氏から直接注文を受け、翌日に発注しているので、手書き伝票がある可能性が高い。 S氏の息子が訴える。 「父は64歳の時に鬱病と診断され、その後、一時は回復傾向にあったものの71歳で再発。73歳の時には躁鬱病と診断されました。そもそも、鬱病の高齢者に株取引を持ちかけるようなことが許されるのでしょうか。前任のK氏が14年6月から8月までのわずか2カ月間におこなった信用の無断買い付けは約1000件、約12億円にのぼります。結果、3億5000万円の建玉の処理をせざるを得なくなり、父はそのショックから躁鬱病になったのです。それは医者も認めていることです。ところが岡三証券の営業マンは、その後も、躁状態の時の父に信用取引を勧め、結局、預けていた1億6000万円(数千万円のそもそもの種銭が益を出した結果)の約9割を失いました。父はいまも精神病院に通院しています」 別居している息子は、父親が株取引をしていたことは知っていたが、これほど巨額でかつ異常な取引をしていたことは知らなかった。氏が入院する直前の14年11月、岡三証券岡山支店のN支店長らが、S氏の妻と息子に対し、S氏の預かり金がマイナスになっているとしてその解消の件で相談に訪れたことで、初めて父親の株取引の詳細を知ったのだという。 もちろん、担当営業マンが信用取引で頻繁に売買を繰り返したのは手数料稼ぎが目的だった。S氏側が裁判所に提出した「証拠保全申立書」によれば、岡三証券が得た売買手数料などは14年だけで4500万円にのぼる。S氏が、勝手に信用取引をしていたK氏を問い質した際には、K氏は「現物も信用も一緒ですから」と応じ、後日「信用取引のほうが手数料が高いから」と本音を述べたという。 一方、昨年2月、S氏の息子が岡三証券のS営業次長(当時)と面談した際のやりとり(ICレコーダーで録音されている)を聞くと、K氏は信用取引を無断でおこなっていたことをS氏の自宅で自白しており、それを受け、S次長本人から損失補填の代案が出されたこと、さらには、社内で、S氏の異常な取引が問題になり、「アテンション」(警告)が出ていたことを認めるような発言がなされていたことが確認できる。 また、S氏の息子が昨年3月、S管理課長(当時)と面談した際の録音データには、K氏に関しては以前から顧客からのクレームが頻繁に寄せられて、金商法違反(不法行為)を認めるかのような発言もある。 しかし、岡三証券側はこれらの言を翻し、組織防衛に走ったとして、S氏は前述したように、岡三証券の自分の取引に関する証拠書類を保全すべく、裁判所に申し立てをおこなった。 岡山支店だけでなく、古い証拠などは岡三証券の東京本店に保管されている可能性もあるとして、この申し立ては東京地裁、岡山地裁の両方に対しおこなわれ、昨年4月9日、4月30日午後1時半に同時に裁判官も出向いて証拠保全目録記載の物件を検証するとの決定が出た。 S氏が保全しようとした主な証拠は、S氏との注文などの会話を録音した記録媒体、「顧客カード」「顧客別接触状況履歴」「折衝記録カード」、取引開始に当たっての適合性審査書類、「注意喚起(アラーム・アテンション)顧客リスト」「注文伝票」「顧客勘定元帳」など。裁判所に虚偽説明 岡三証券は「やり得」 裁判所の決定取り、4月30日、裁判官同席のもと、証拠保全手続きがおこなわれた。 しかし岡山支店は求められた証拠を一切出さず、本店から基本情報と業務日誌がサンプルとしてごくわずか提示されただけだった(ただし、約諾書、総勘定元帳は後日送るとして実行)。 証拠を出さない理由を、岡山支店は「(資料は)本店のほうにいっている」と説明。そうかと思えば本店では、例えばS氏との注文などの会話を録音した記録媒体については「外部の専門業者が保存しており、CD─Rなどに焼いてもらって取り寄せると最低でも数日かかる」、適合性審査書類は「支店長が面談して判断するもので書面を作成していない」、「注意喚起(アラーム・アテンション)顧客リスト」も「確認したが、申し立て人から申し述べられたものはない」といった具合。 それでもS氏は、この時点ではまだ期待を持っていた。自分と担当者との会話の記録媒体が入手できれば、岡三証券側の違反行為が明白になると確信していたからだ。 リスクが高い信用取引においては、注文の都度、証券会社の担当者は、信用取引か一般取引か、顧客の意思を確認しなければならない(日本証券業協会の規則にもそう記されている)。しかし、S氏のケースでは岡三証券の担当者が無断で注文していたというのだから、そんな確認作業があるわけがなく、仮にあったとしても、自分から「では信用取引で」と言うはずがないからだ。 ところが岡三証券側は「最低でも数日かかる」といいながら、それから1年半以上経っているのに、未だに1枚のCD─Rさえ送ってきていないという。 もちろん、S氏側の弁護士は何度もせっついているのだが、昨年8月7日の岡三証券の「回答書」によれば、《S氏の息子が地元警察や金融庁への苦情申立などしており、どこまで紛争解決を目指しているのか不明なので》(一部要約)提出できないと、約束を反故にしている。 ところが今年3月、一転、岡三証券から「一部の電話録音を聞かせる(録音物は渡さない。ただしメモは可能)から岡山支店に来てほしい」との連絡が来る。 実は保有する個人情報データの開示には、量が膨大で業務に支障をきたす場合、その一部だけ開示して、それに特に異議が述べられなければそれで済むという例外規定がある。岡三証券はその法の穴を突いた可能性がある。だが、それを察したS氏側はこれを拒否している。「月刊ベルダ」定期購読のお申し込みはこちらから それにしても、裁判で正式に認められた約束を果たさないのは明らかに法律を無視するもので、ならばそれなりの処分が下されて当然だと思うのだが、S氏側が訴え続けているにもかかわらず、未だ何ら処分しない金融庁の態度はおかしくないか。 これでは、岡三証券の“高齢者イジメ”はやり得ではないか。返ってくるに違いない。

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    サプリメントで膝痛が直る? 効果の乏しい健康食品が蔓延

    山岡俊介(ジャーナリスト) 健康食品・サプリメント市場が好調だ。大手広告代理店・電通が公表した2015年度の広告費統計「日本の広告費」によれば、同業界の市場規模は1兆5785億円(トクホも含むがごく一部)。他業界の多くの伸びが止まるなか、毎年成長を続け、15年度も前年比2・9%の伸びを示している。 その市場規模はいまや大衆薬(医師の処方無しに薬局で自由に買える医薬部外品など)の実に2倍にも上る。 また大手調査会社・インテージによれば、健食・サプリの利用者は実に約5340万人(前年比3・4%増。男女比は4:6)。そして60~70代が全ユーザーの約半数を占めるという。高齢になるほど「健康」「アンチエイジング」、そして「美肌」にも関心が高くなるからだろう。 分類別で見ると「美肌・肌ケア」(9・8%)、「健康維持・増進」(8・0%)、「目の健康」(6・4%)、「関節の健康」(6・1%)、「疲労回復」(5・3%)などと続く。 もちろん、この業界が高齢者を始めとする利用者の役にたっているのなら、何とも結構なことだ。というのも、健康食品やサプリメントについては以前から本当に効果があるのか疑問視する向きがあるからだ。 念のために断っておくが、健食・サプリは医薬品ではない。外形は錠剤のような形やカプセル、顆粒状であっても、あくまで一般食品であり、業者側が「広く健康の保持増進に役立つ食品」といっているにすぎない、いわば通称名。むろん、医薬品と違って効能をはっきり謳うことはできず、医学的根拠も証明されているわけではない。 それでも、曖昧ながらも効果を匂わすテレビ通販番組やCMがバンバン流れており、いまや成人の2人に1人が健食・サプリを購入していると思われる。有効成分は患部に届くのか では、実際の効果はどうなのか? そこで、前述のように分類別で4位、特に高齢者特有の膝関節の痛みなどに効くとされる健食・サプリの代表である「ヒアルロン酸」「コンドロイチン」「グルコサミン」の3大成分について検証してみよう。(写真はイメージです) ヒアルロン酸は、肌や関節など人体のさまざまな部位の保水力を保つ成分(多糖類の一種)。膝でいえばその関節液や関節軟骨に多く存在し、クッションの役割を果たしている。ところが、加齢とともにヒアルロン酸は体内から失われていくという。 一方、グルコサミンとコンドロイチンは、膝関節でいえば、加齢とともにすり減り痛みが出て来る軟骨を形成する成分。 簡単に言い切ってしまえば、ヒアルロン酸サプリは、それを口から体内に入れてやることで、膝関節同士の潤滑剤のような働きをし、一方のグルコサミン、コンドロイチンのサプリは、やはり口から体内に入れることで、すり減った軟骨を再生し、膝関節の痛みを抑え、以前のように歩けるようになることを暗に謳っているわけだ。 ヒアルロン酸、コンドロイチンに関しては医薬品も存在するから、その事実をCMに謳うことで信憑性を高めている。 しかし医薬品のほうは、どちらも関節患部に直に注射を打つというもので、経口薬は存在しない。 「健康食品として売られているヒアルロン酸、コンドロイチンは、医薬品と違って注射で患部に注入できない固形物です。患部に直接働きかける注射と経口投与では大違いで、口から入れると強い胃酸の影響などで成分が分解されてしまう可能性もある。仮にそのまま血管に入り全身を巡って患部に到達したとしても、それはごくごくわずか。おまけに、軟骨周辺には血管があまり存在しないので、到達することはないともいわれています。さらに、到達したとしても、それと軟骨が再生されることとはまったく別問題です」(薬学博士) もう一つのグルコサミンに至っては医薬品として認められてもいない。 他の多くの健食・サプリ同様、「効く」といわれているだけで、バッサリ言い切ってしまえば、オカルトの類といえなくもない。 「そもそも、患部の成分と同じものを口に入れたら、そこが再生するという考え自体がナンセンス。毛髪を食べたらハゲが直りますか? 誰でもわかることでしょう」(同)人間に効果なしの研究結果 実際、2006年に『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』誌に掲載された研究(1583人をコンドロイチン、グルコサミン、その両方、偽薬の4グループに分け6カ月投与)では、痛みの差に改善は見られなかったと報告されている。 2010年に英国医師会誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』に掲載された、3803名の変形関節性関節症患者を対象にした比較試験では、コンドロイチン、グルコサミンを飲んだ群は偽薬群より平均0・4cm改善したというが、これは痛みを10cmの線上で現した値で、同論文は「臨床的に意味があるほど、痛みに対して効果はない」と結論づけている。 健食・サプリ業者は「コンドロイチンとグルコサミンを一緒に摂ればさらに効果が期待できる」とも宣伝しているが(その分、売り上げも伸びる)、実際には何の根拠もないのだ。 まして、経口投与で人を対象にした研究で、画像分析の結果、軟骨再生を確認した報告など聞いたことがない。 ちなみに、ヒアルロン酸の医薬品(患部注射)に関しては変形性関節症や関節リュウマチなどで効果が見られる(かといって軟骨成分が再生されるわけではない)が、コンドロイチンは医薬品でも効果が顕著ではなく、現在ほとんど使用されていないようだ。 もっとも、これだけいっても、読者のなかには「テレビCMでは実験の結果、効果が出たと謳っていた」と反論される方もいるかもしれない。 しかし、それは業者側からカネをもらっている研究者が、不十分な動物実験の段階で「効果が出た」といっているにすぎない。 そもそも、動物実験で好結果が出ても、人では同じような効果が見られないケースは山ほどある。にもかかわらず、こんなCMが登場するのは、健食、サプリは食品の一種で、医学的な実験の必要性がないことを逆手に取っているにすぎない。 こうして検討してみると、その実態はほとんど「詐欺」といってもいいようにも思えるが、なぜ、こんなことが罷り通っているのか?深刻な副作用も 米国では死亡事例 わが国に健食・サプリが登場したのは1990年代後半のことである。 94年には、クリントン政権下の米国で「栄養補助食品健康教育法」という法律が成立。この法律により、米国では健食・サプリでも一定の科学的根拠があれば、米国食品医薬品局に通知するだけで効果効能を表示できるようになり、米国の健食・サプリ企業は急成長した。 そして米国側の圧力を受けた日本の厚生労働省は97~99年にかけ、これまでは医薬品と紛らわしいのでビタミンやミネラル類の食品には錠剤やカプセルなどの形状を認めていなかったのを解禁。以降、わが国でも健食、サプリ市場が急成長を始めたのだ。 ちなみに現在、わが国の健食・サプリ市場で売り上げ第4位は米国発のマルチ企業である日本アムウェイ(419億円)、第9位は同じくニュースキンジャパン(196億円)だ。 健食・サプリに効果が期待できないとしたら大問題だが、問題はそれだけに止まらない。 医薬品会社と異なり、この手の業者の大半は自社工場を持たず、OEM生産で製品を調達している。人の口に入り、しかも健康に影響を及ぼし得る成分が入っているのだから、GMP(医薬品レベルに準じた管理基準)の工場で製造すべきだが(ただし法的に決まっているわけではない)、それを満たしているのは半分程度。つまり、品質が一定でなく、成分や添加物が多量に入った製品を飲んで逆に健康を害することもあり得るのだ。 米国では1977年に液体プロテインで58人が死亡、また死者100人以上を出したダイエットサプリ「エフェドラ」が2003年12月に販売禁止になるなど生命を奪われるケースさえあった。 一方、わが国ではいまのところそこまでのケースはない。 「それは、日本で売られているサプリの成分が米国製の数分の1と低めだからです。つまり、副作用のリスクが低い分、効果も非常に薄いということ。これなら“安全”と、厚労省も黙認というわけです」(前出・薬学博士) それでもまだ「近所の知り合いが確かに効果があるといっている」と反論する向きがあるかもしれない。しかし、そのほとんどはプラシーボ効果(効くと思い込むと、自然治癒力が上がり改善すること)と思われる。そのプラシーボ効果の購入者を「個人的な体験談です」と小さく注記してCMに登場させるのだから、業者側は強かというか悪質というか……。 健食やサプリを買うゆとりがあるなら、その分、食材にこだわるとか、別のものにお金をかけるほうがずっと健康的というのが結論だ。「月刊ベルダ」定期購読のお申し込みはこちらから そんなことは大手マスコミも十分承知しているが、広告のお得意様なので警鐘記事はまず出ない。そして、一番食い物にされているのが高齢者というわけだ。 もっとも、このまま行くとわが国でもいずれ重大な健康被害が発生し、規制強化に乗り出すことになるのではないだろうか。

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    なぜ高齢者は預金をたくさん持っているのにお金を使わないのか

    浅野千晴(税理士) アパートを建てたりタワーマンションを購入したりして税金対策をする相続税ですが、実際のところ、現在100人中どのくらいの人が納税をしているのかご存知でしょうか? 正解は8人。意外と少ないと感じたのかもしれません。 相続税は平成27年の1月1日から法律が変わり、実質的に対象となる納税者がグンと増えました。それは税金のかからない「基礎控除部分」が大幅に減ったことが原因です。国税庁が今月公表した「平成27年分の相続税の申告状況について」によると、一人当たりの納税額は1,758万円と法律改正前の年の2,473万円と比べて71.1%と3割ほど減少しましたが、多くの人が税金を払うことになったため、税収としては、前年比3割増の1兆8,116億円となりました。 相続税の税収としては政府の見込み通り、収入増となったわけですが、一人当たりの納税額が減ったということは、以前は払う必要がなかった人が税金を納める羽目になったということです。税制改正当初は100人中6人くらいになるだろうとの予測でしたが、結果的には8人で、法律の改正前の4.4人の約2倍ということになりました。相続税も消費税と同じように多くの人に負担を求める税金になっているのではないでしょうか。 また、申告財産の内訳で目立つのは現金・預金や有価証券などの換金性の高いものが、時代とともに増加しています。平成18年度の申告では財産の中の20.6%でしたが、平成27年度分では30.7%と10ポイント以上上昇しています。高齢者はお金をたくさん持っているという証拠はここにも表れています。 しかし、高齢者はお金を使おうとしません。なぜなら老いて亡くなるまでの先行きが不安だからです。 高齢者は若い世代のように働いてたくさんお金を稼ぐことはできません。何よりも問題なのは自分自身の老いゆく人生であり、いつまで健康でいられるかわからない不安があります。実際のところ、毎年目減りする年金支給の不安をあおられながら預金を補助的に切り崩し、生活に充てています。いざ体が弱くなった時には、施設に入らなければならないと考える人も少なからずいます。施設入所はお金がたくさんかかるため、子供にできる限り負担を求めないためにもその時の「まさかのため」にとっておくのでしょう。 内閣府の平成27年度版高齢社会白書によると、貯蓄の目的は大半が「病気・介護」の備え62.3%であって、「子供に遺す」2.7%を大きく引き離しています。お金は高齢者にとって不安を安心に変えることのできる生活防衛手段の一つなのです。お金を使ってほしい政府の目論見 政府は「この動かない資産」を高齢者に何とか使ってもらおうといろいろな税制を考えてきました。例えば、子供の結婚資金や孫の教育資金などに税金のかからないような枠を設けたり、住宅資金の贈与の制度を作ったりすることです。これは、単純に高齢者はお金を使わないけれど、若者はお金を使うからという「お金」だけの価値観で政策を作っているのではないでしょうか?先行きが不安な人に、お金はお墓まで持っていけないから、「お金を使え!」といって使うのでしょうか? そして最後に、将来の不安のためにとっておいた預金も幸いなことに介護の世話にあまりならずに亡くなった結果、預金がたくさん残ってしまう、その結果、相続税がかかる、といった人がお金を消費できずに相続税を納めることになるのです。 もちろん結果論からしてお金はある人から取ればいいという考えのもとからすれば、確かにそうですが、これでは経済を回す云々の問題以前になってしまっています。 相続税は亡くなった人の財産の一部を社会に返還することで富の集中を抑えるという働きがあるといいます。また最近は、高齢者は社会全体で見守っていくものであって、介護なども家族だけが見るということが少なくなりました。そのような背景もあり、相続人だけが遺産を相続するのではなく社会全体に還元する、還元してもよいのではないかとの考えから相続税の徴収を強化するという方針があります。 では、社会への還元は社会への「経済を回す」といった生前の消費が良いのでしょうか、それとも亡くなってから「税」という形での貢献が良いのでしょうか。どちらにせよ「生きた」お金にするための政策が強く望まれるところです。【参考文献】■マイナンバーは税金の無駄遣いの救世主になることができるか (浅野千晴 税理士)■あの有名企業も名指しで経産省から勧告、消費税の転嫁拒否という「パワハラ」。(浅野千晴 税理士)■配偶者控除見直し論議。そもそもパート労働者は労働を調整して節税しているのか。(浅野千晴 税理士)■消費税増税延期でもバラマキ?給付金もらえます。 (浅野千晴 税理士)■高齢者はお金持ち?詐欺集団だけでない、その資産に目をつけているのは、、(浅野千晴 税理士)

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    ATM不正引き出し オレオレ詐欺の人脈が流用されている

     偽造カードで現金が引き出されただけなら、世間は「またか」と思っただけだろう。だが、全国のコンビニATMから一斉に引き出された総額が18億円以上ともなると、誰もが気にする事件である。今月、次々と逮捕されている現金を引き出した容疑者は20~30代の男性ばかり。『脱法ドラッグの罠』著者で若者の風俗文化に詳しいライターの森鷹久氏が、事件関係者を名乗る男の告白から見えたATM不正引き出し犯罪の系譜についてレポートする。*    * * 2016年5月15日。早朝午前5時過ぎからおよそ2時間の間に、全国のコンビニATMから偽造クレジットカードを使い現金約18億円が不正に引き出された。昨年12月にも同様の事件が発生しており、約1億円が不正に引き出されている。二つの事件の手口が全く同じである事から、警察当局は同一の国際犯罪組織が関与しているとみて捜査を進めているが、この周到な計画性について、金額やマンパワーの違いはあれど、私は真っ先に「オレオレ詐欺」のシステムそのものであると感じた。 そしてその疑念は、6月7日の読売新聞朝刊を見て確信に変わったのである。「ATM不正「手順書」、オレオレ詐欺捜査で押収」と見出しがついたその記事は、新潟県警が逮捕したオレオレ詐欺容疑者の関連先から、偽造カードでATMから現金を引き出す手引き、注意点等が書かれた書類を押収したことが捜査関係者への取材からわかったと報じていた。 このニュースを読んだ直後、私はすぐにAという人物に連絡を取った。Aは雑誌の仕事で知り合った元読者モデルだ。東京都下のとある市において、そのヤンチャぶりで少しばかり名を馳せていたAは、読者モデルとしてファッション雑誌などで活動していたが、その仕事が無くなるとホストに身を転じ、そのうちオレオレ詐欺や危険ドラッグ流通に関与して日銭を稼ぐようになっていた。「ATMの引き出し、俺の後輩がやってるっすよ。なんなら診療報酬詐欺、あれも関わってるっすよ」 あまりに軽い口調で伝えられた事実に半信半疑になりながら、Aの紹介でその後輩B(22)と顔を合わせた。Bは神奈川県内を拠点とする暴力団の関係者として行動しているが、構成員ではない、いわゆる「半グレ」である。Bは様々な詐欺に関わった自分の経歴を、こともなげに語り始めた。「高校の頃にオレオレの出し子を経験」「社会人になってからはホストを経て、ぼったくり居酒屋の店長に」「友達に誘われて、診療報酬詐欺の患者集めを経験」「後輩を集めて、Bが運転する車に乗せ、都下のコンビニを回った」 Bが語る武勇伝からわかったことは、オレオレ詐欺で培われたノウハウが、その後の「商売」にそのまま流用されていることだ。 オレオレ詐欺で現金を受け取る係を担う「出し子」は、その金を受け取る手順を事細かに伝えられ、その通り仕事をするよう求められる。その金がなんのためのものなのか、誰が集金しているのかを出し子は知らない。多くは地縁や友人経由でつながる「先輩」から、簡単だが断れないアルバイトとして頼まれる。その「先輩」はさらに上の「先輩」に、集金する人足集めを頼まれているだけだ。 この人脈ピラミッドは何層も重なっており、一人や二人の先輩を遡った程度で、すべての金を集めている中心にたどり着くのは不可能だ。Bの話によれば、この集金システムがほぼそのまま、ATM不正引き出しにも流用されている。「所詮、使われている身、先輩のいう事はやる」ではBの「先輩」とはいかなる人物なのか。Bは重い口を開く。「ある組(※暴力団)を破門された地元の先輩ですね。破門といっても偽装破門だと言われています。暴力団員だと法律でできない仕事が多いですよね。だから、組が表立って出来ない仕事を、偽装破門された元組員がやってるんだなと思います」 Bは、ATMで引き出した約140万円をその日の昼過ぎには先輩に手渡し、そこから5万円の報酬を得た。金額だけをきくと、たいしたことがないと思うかもしれない。しかし、これが実働2~3時間程度で得られる報酬だとわかれば、そこまで割りの悪い仕事だとは思わないのではないか。「出し子役」の後輩にBは、自身の報酬とは別途1~3万円の現金を支払った。Bの直属の後輩には3万円、Bの後輩が連れて来た数人の後輩には2万から1万円を用意し、別途先輩に請求する。この辺はいわば「言い値」になってしまうが、それでも先輩はしっかり、要求分を支払ってくれた。まさに「ビジネス」が成り立っているとも言える。 BはこれまでにATM不正引き出しだけでなくオレオレ詐欺や診療報酬詐欺、過去にはニセブランド品販売や違法風俗店で働く女性集めなど、多岐にわたる「ビジネス」を先輩から請け負っている。 この告白は若い男による「犯罪自慢」に思えるかもしれない。しかし、ふと顔を下げたとき自嘲気味に、自身への呪詛とも思える言葉が吐き出されたとき、Bがこの経歴を誇らしいとは思っていないことがわかった。「でも所詮、使われている身。言われた事はやるっすよ。地元の関係とかあるし、先輩のいう事はやる。」 地縁で断れない先輩から組織的に「仕事」を頼まれる若者たち。彼らが暗躍する分野は広がる一方だ。オレオレ詐欺にボッタクリ居酒屋、診療報酬詐欺に、ATM不正引き出し。危険ドラッグの販売や、最近ブームの「水素水ビジネス」にも、参入している。「カネさえ稼げれば良い」とする違法・脱法行為の最前線では、無知な若者たちが半ば「下請け」「孫請け」のコマとして使い捨てられ続けているのが現状だ。そして、悪人どうしのつぶし合いはよその世界の話だと言っていられなくなってきた。ボッタクリ居酒屋の被害者は街をゆく一般市民で、水素水ビジネスの対象も普通の人たちばかりだ。アウトローたちの世界に起きているゆがみは、私たちの日常の世界にも、その影響を及ぼしつつある。関連記事■ オレオレ詐欺 「オレオレ」と言われないからと騙される人も■ 大学のイベサーからオレオレ詐欺の頂点に立った男の実態ルポ■ オレオレ詐欺3人グループ 好景気で今年に入り4000万円獲得■ 中国と台湾でも蔓延のオレオレ詐欺 ケニアから電話の事例も■ ホリエモン「オレオレ詐欺の年間被害額は少ない」発言の真意

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    セックスレス社会は全然ヤバくない

    「仕事で疲れた」「夫とは面倒だから」。いま日本の夫婦やカップルの間でセックスレスが蔓延しているという。ある調査によれば、その数は全体の半数にも上り、少子化や人口減少の一因になっていると指摘する声も少なくなくない。でも、本当にそうなのか? 日本人と性、セックスレス社会の未来を考えたい。

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    日本人のセックスは「世界一コスパが悪い」らしい

    山田昌弘(中央大学文学部教授) 21世紀に入って、日本のセックスレス化が止まらない。若者から中高年夫婦に至るまで、さまざまな調査データが、日本社会でセックスする人が減少し、セックスへの関心が低下していることを示している。 2015年に実施された出生動向基本調査によると、若者で言えば、未婚率が上昇しているだけでなく、近年は、交際相手がいない人が増え、未婚者(18-34歳)で恋人がいる人は、男性で約2割、女性で約3割である。その上、交際相手がいない人の中で、交際相手が欲しいと思う人は半数を割ってしまった。性体験率も低下している。 性体験がない人の割合は、20-24歳で男女とも約47%で、2002年の数字(男性34%、女性36%)にくらべ大きく上昇し、男性では1990年以前を上回ってしまった。(第16回出生動向調査・国立社会保障人口問題研究所)。さらに、家族計画協会の調査でも、性に関心をもたない人(既婚者含む)は、20代前半で男性21%、女性39%と2008年の数字(男性11%、女性25%)に比べ大幅に上昇している。恋人が欲しい、性体験したいという意欲までも低下しているのである。 セックスの不活性化は、中高年夫婦にも及んでいる。家族計画協会の調査、そして、日本老年行動科学会セクシュアリティ研究会の経年調査でも、過去の調査に比べ、近年セックスレス夫婦が全世代で増加していること、夫婦間のセックス頻度が減少していることを示している。また、先に述べた出生動向調査の夫婦調査でも、夫婦間で避妊実行率は低下しているのに、妊娠率が低下していることも、夫婦間の性行動が不活発になっていることの傍証として使われている。 そして、これらの結果は、諸外国からも注目を浴びている。もともと日本人夫婦のセックス頻度は、世界最低と言われていた(英国コンドームメーカー、デュレックス社調べ)。欧米人からセックスがひと月なければ普通離婚を考えるだろうとか、セックスがなくて夫婦で何の楽しみがあるのだと揶揄されたこともある。 その日本でさらに、セックスレスが増えているというので、私のところには、欧米からの講演や取材依頼が殺到している状況である。2016年にイギリスで講演したときは、回答者はウソをついているのではという質問が来たが、先ほどの挙げた多くの調査では、昔の調査と比較したデータをとっている。調査でウソをつく人が近年、特に多くなったとは思えない、とも回答しておいたが…。欧米人には分からないセックスレスの理由 日本は、伝統的に恋愛や性に対する関心が薄いという人もいる。しかし、私はそれは間違いだと思う。「万葉集」や「源氏物語」などを読めば、奈良時代や平安貴族の恋愛や性行動はけっこう奔放だったことが分かる。江戸時代には、西鶴が好色物語を書き、春画が流通していた。俳人小林一茶の日記には、毎日何回セックスしたか記されているが、一茶は晩年になっても毎日のようにセックスしていたことが分かっている。このような例をみると、日本人は伝統的にはセックスに寛容で楽しんでいた民族だと言ってもよい。 戦後、1950年ごろまでは、今とは反対に人口政策のテーマは「人口抑制」であった。政府は、人工妊娠中絶をやりやすくし、避妊を普及させようとした。当時は、兄弟の数が平均4、つまり、夫婦は性的関係をもってどんどん子供が生まれていたのである。 それが近年、特に21世紀に入ってから、未婚者も既婚者もセックス回数は減り、性に関する興味関心も低下してしまった。この原因に関しては、さまざまな説が唱えられている。若者に関しては「経済的に余裕がなくなった」「妊娠や性病の恐ろしさを強調する性教育で性や恋愛に関する恐怖心が植え付けられた」「ポルノがネットで簡単にみられるようになりセックスに対する好奇心が薄れた」「恋愛の失敗を恐れて消極的になっている」などの説がある。既婚者では「長時間労働で仕事が忙しくて暇がなくなった」などの説があり、いま私も含めた研究者が調査データを詳細に分析している。 私が、一番大きな要因だと思うのは、恋人や夫婦の間でセックスが「面倒くさいもの」となったというものである。そして、この「面倒くさい」というキーワードは、英語に相当する言葉がなく、欧米人に説明してもなかなか分かってくれない日本特有の概念なのだ。 お互いにセックスを「楽しむ」ためには、さまざまな努力や相手に対する気遣いが要求される。ただ単に身体的な満足だけではなくて、お互いの体に働きかけ、濃密にコミュニケーションが必要である。未婚者にとっては、その上に、恋人になってセックスできる関係にたどり着くという努力が要求される。これが面倒くささの背後にある。 つまり、恋人や夫婦同士でセックスを楽しむに至るプロセスは、けっこう面倒であることがわかる。それでも、世界の人々、20世紀までの日本人の多くは、その面倒くささを乗り越えていたのだ。では、なぜ21世紀に入ると、セックスを面倒だと思う日本人が増えてきたのか。 それは、恋人や夫婦間のセックスが、「コストパフォーマンスが悪い」と考えられるようになってきたと考えられる。つまり、セックスで得られる満足が、セックスにかけるコストを下回ると意識されるようになったのだ。それには、3つの理由が考えられる。順に述べていこう。ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ未来(1)恋人や夫婦間のセックスによる満足が至高のものだと考えられなくなったこと 近代社会は、「恋愛」に至高の価値を見いだしてきた。お互いに好きになった同士(異性でも同性でも)が、セックスを伴った恋愛によって結ばれることが、生きる意味、時には経済的成功以上の意味を持つというイデオロギー(「恋愛至上主義」)が存在していた。だから、いくら面倒であっても、それを追求するのが人生にとって必要なこととされたのだ。欧米では、このイデオロギーが優勢である。 しかし、日本では、近代社会になっても、カップル間の関係が至上のものだとする「恋愛第一主義」の価値観が、普及しなかったのではないか。すると、恋愛関係におけるセックスは、「特別」なことではなく、「あったらいいけど、なくてもよいもの」、つまり、コスパで考えてもよいものとなったのが、セックスレス化の背後にあると考えられる。(2)恋愛のコストの上昇 一方だけではなく、セックスによって、相手と自分の双方が身体的、精神的に満足することは、けっこうコミュニケーション努力を要する。そして、今、日本社会では、「空気を読む」など、仕事や友達関係で気遣い要求されることが多くなっている。そうすると、プライベートなセックスで、感情的努力をするコストが。ただ、仕事時間が長時間だからではなく、仕事で感情的努力を要求されているので、セックスの場までそのような努力をするのが、面倒くさくなっているのではないか。これが、第二の理由である。(3)コスパのよい性欲満足代替手段の発展 そして、恋人や夫婦とのセックス以外で「コスパのよい性的欲求の満足手段」が発展していることも背後に存在している。 私がバーチャル・ロマンス、バーチャル恋愛といっているように、ポルノや性風俗、キャバクラ、メイドカフェに至るまで、疑似恋愛、性的満足を充足させる産業が発展している。お金さえ払えば、断られることなく、相手に気遣うこともなく、身体的性欲だけでなく、恋愛気分に浸ることも含めて、性的に満足することができる。何より、面倒くささを回避できる「コスパのよい」性的満足代替手段が存在している。 この「恋愛至上主義が普及しなかったこと」「恋愛の面倒くささが相対的に大きくなっていること」「夫婦や恋人とではないコスパのよい代替手段が発達していること」、このような要因が組み合わさって、日本のセックスレス化を促進させているのではないだろうか。 夫婦は経済的関係で子供を育てる共同経営者、ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ。このような社会に日本が向かっているのかもしれない。

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    なぜ日本人はセックスよりもオナニーが好きなのか

    鈴木涼美(社会学者) 放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ 村上春樹の小説『風の歌を聴け』の有名な一文だが、日本のセックスの現状を調査で見ると、どうやら人は放って置いても死ぬが、放っておくと女と寝ないようである。このほど日本家族計画協会が発表した2016年の調査では既婚者・独身を含めて53%もの男性が、ここ一カ月セックスをしていないと答えており、女性も48%とどちらにせよ半数である。 日本はセックストイやアダルトビデオなどのエロメディア、性風俗産業などセックス周辺のモノやビジネスは高度に発展していると言われる、いわゆるオナニー文化とヌキ産業の国である。そして各国と比較した英国のコンドームメーカーDurex社の調査などを見ると、中心にあるセックスだけがなぜかすっぽりと抜け落ちている。 逆に言えば、そもそもセックスの回数が控えめでそこが抜け落ちているからこそのオナニー、風俗の発展があり、セックスをあまりしないというのはもはや国民性なのではないかと、私などは訝(いぶか)しんでいる。 そんな日本で、セックスレスの悩みは何も現代に限ったことではないだろうが、最近では調査結果などがセンセーショナルに報道されたせいか、テレビや雑誌の特集が散見され、私も取材を受けることが増えた。「彼とセックスレスにならないためにできる努力は?」「夫婦のセックスレスで少子化加速?」「若者たちの草食化でセックスに興味がない?」など。※写真はイメージ 「そんなにセックスさせたいんですか?」というのが私の率直な意見ではある。セックスレス化をさもこれは由々しき問題であるというような見出しを見るたびに、あるいはセックスレスを問題化した番組や雑誌に意見を求められるたびに、ぼんやりと「したくないなら別にしないでも…」とも思う。 そもそもセックスレスを問題視した特集の多くがさらっと深刻な少子化について触れているぐらいで、それ以外の問題点はイマイチ不明瞭である。日本の少子化に夫婦のセックスレスが無関係とは言えないが、トレンドとしての草食化やセックスへの興味の減退が少子化の直接的な要因となるように、私にはどうしても思えないのだ。 大体、セックスレスの対義語が何であるのか知らないが、そういうセックスフルネス思考な人、セックス大好きな人、ヤリマンヤリチン、セックスを日常的によくしている人の方が避妊について万全である。低用量ピルを飲んでコンドームをつけて月に100回セックスするよりも、計画的な子作りのためのセックスを狙い撃ちで数回する方が妊娠する可能性は高い。セックスレスと少子化の相関関係を疑え 特に、若者のセックスへの興味が減退しているという風潮については、無駄なセックスをして性感染症などにかかり、妊娠しづらくなっていた私たちの世代のような失敗がないし、セックスについてある程度冷静であるという点では効率的な子作りを割り切ってするようになるのではないかと個人的に思っている。そういった意味でもセックスレスと少子化の相関関係について私は甚だ懐疑的である。 故に、私は年がら年中セックスばかりしていそうなギリシャやフランス(Durex社2005年の調査ではセックス頻度がいずれも年に120回超)の真似をする必要は別にないし、セックスをあまりしないという国民性によって発展を遂げてきたエロ産業に誇りを持っても良いのではないか、と半ば本気で思っている。それは私自身がAV産業育ちであり、そのオナニー大好きな国民性によって支えられたバックボーンがあるからという事情ももちろんある。※写真はイメージ ただ、人間が「放って置いてもする」とされるセックスをあまりしないというのはやはり不自然であることには間違いない。私は対処すべき問題が大きく分けて二つあると思っている。 第一に、これは初交年齢の上昇や性経験のない20代の増加などに関して特に言えるのだが、セックスをしようという努力と、セックスをしたいという原動力に欠けるのであるとしたら、それは大きな問題である。全ての欲望は性欲につながる、とは極端な言い方だが、学歴をつけ社会で出世する、に始まり、自分のアピールポイントを見つける、容姿に気を使う、人に好かれる努力をする、など多くの善行と消費の根底では「異性に好感を持たれたい、あわよくばセックスしたい」という欲求がかなりのウェイトを占めるのは間違いない。 セックスをしたい、またはしてみたいが、機会に恵まれないのであればそれは何かしらの原動力になり、さらなる努力の後押しになる可能性があるが「セックスに興味がない」のであれば、これといって人に好かれる必要がない、究極的には社会で居場所を確保し、さらに上昇する必要がないということになる。 したくないセックスを強要することはできないが、それならば、それに代替するほどに強力な自分へのドライブの掛け方、原動力、やる気の源のようなものが必要に思えるが、現在のところ、それほど見当たらない。若者のSNSでの言動などが際立って「どこか斜に構えている」感じがするのはそのせいなのではないかと私には見える。夫婦のあり方が曖昧な日本 そもそもセックスへの欲望がなぜ動機付けとしてあんなにもインパクトがあるのかと言えば、セックス及びセックスにつながる恋愛というのが、最も努力や経歴、財力などにかかわらず起こり、またあまりに不確定要素が多いために、人は何かもっと別のもので努力や武装し、幾度もまたそれに挑戦しようとするからである。セックスへの欲望が希薄であれば、その努力がおろそかになるだけでなく、世の不条理への耐性が極めて低い人間が出来上がるように思える。 第二に、夫婦のあり方について、現代日本は極めてヴェイグ(曖昧)な共通認識しかないということである。そもそも日本には欧米諸国のようなカップル文化は存在しない。個人的な話で申し訳ないが、私の両親はやや欧米ナイズされた人種で、仕事のパーティーや会合、出張などにカップルで参加する傾向があったのだが、それは明らかに日本社会では異質であり、やや空気を読まない変な夫婦として扱われていた。※写真はイメージ  米国の離婚率の高さなどは日本でもたびたび取りざたされるが、あれほど「どこに行くにも一緒」のカップル文化の国で2組に1組が生涯添い遂げるというのはむしろ、かなり立派な数字なのではないかと私は思う。 さて、それでは日本の場合はどうか。誤解を恐れずに簡略化して言えば、個人間ではやや欧米化された価値観が共有されつつあり、社会は特にそれに対応していない。結婚式の招待状もパーティーへのお誘いも基本的には個人宛なのであって、別に欧米のカップル文化がこちらに浸透しているとは思わないが、ご主人と奥様が作る運命共同体としての「イエ」という旧来の価値観はやや古いものになりつつある。 恋人のような夫婦でいたいのか、盤石な「イエ」を作りたいのか、もしくは友情で結ばれた新しい形を目指すのか。その辺りの夫婦像というのが全体としてあまり統一して共有されていないため、当然くっついた男と女の間でも齟齬(そご)が起きる。夫婦というものを、そもそもセックス的なものから遠い存在としてイメージしている人もまだ多く残る中、セックスレスが離婚の原因としても認められる。 そして一度セックスを夫婦の外に持ち出してしまえば、日本国中から糾弾される。今一度、夫婦やカップルというものがなんであるのか、一応でも大まかな合意をすべきところに来ているような気がする。

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    「40歳を過ぎて女に芽生えた…」私が見たセックスレス夫婦の現実

    亀山早苗(フリーライター) 日本家族計画協会の調査によると、2016年の夫婦におけるセックスレスの割合は47・2%に及ぶという。12年前の調査では31・9%だったのだから、いかにセックスレスが多くなっているかが分かる。 セックスレスになっている理由は、男性が「仕事で疲れている」が最も多く、21・3%、女性は「面倒くさい」が1位で23・8%。仕事で疲れ切った男と面倒だと思っている女の間で、セックスという行為が起こらないのは当然だろう。 では独身者はどうなのだろう。2015年の統計では、34歳の男性で3割、女性で4割が「セックス未体験」という結果もある。つまり、独身者も「していない」のである。 「セックスレス」という言葉は1991年、精神科医の阿部輝夫さんが順天堂大学に勤務していたころに、セックスしない夫婦が増加していることに着目、「結婚して同居しているにもかかわらず、身体疾患や特別な事情がないケースをセックスレス」という定義を試みたところから始まっている。その後、94年に日本性科学会によって、「特別な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシャルコンタクトが1カ月以上なく、その後も長期にわたることが予想された場合」をセックスレスと定義された。 こうやって「定義」づけされた言葉ができると、そこにあてはまる人たちは一気に増える。それまで自覚していなかったため、表面化してくるのである。当時はセックスレスというと、「夫に女としてみられていない妻」というイメージが強かった。つまり、セックスを拒むのは男だという認識が強かったのだ。だが、その後この言葉が浸透してくると、実際は「妻が夫を拒んでいるケース」も多々あることが分かってきた。 夫婦ともにセックスしたくないなら、何の問題もない。だが、どちらか一方が「したい」と思っている場合、そしてセックスしたいのに満たされないために夫婦仲が悪くなっていく場合こそが問題なのである。女性たちは我慢しない 以前、セックスレスの既婚女性たちに話を聞いて書籍としてまとめたことがある。当初は、セックスレスになっている夫をなんとかその気にさせようとしたが結局ダメで、最終的には「我慢し続けている」女性が多いのではないかと予想したのだが、実際に取材を重ねてみると、女性たちは「我慢し続けたりはしない」という意外な傾向が顕著だったのである。 そのうちの一人、ケイコさん(45歳)のケースをみてみよう。彼女は結婚して18年、下の子が生まれてから13年ほどセックスレスだ。 「子どもが小さいうちは手がかかってセックスしたいなんて思わなかったけど、40歳を過ぎてパートでもう一度働き始めて、なんとなく気持ちが変わっていったんです」 ママ友以外の女性たちとの会話も増え、夫以外の社会で働く男性たちとも接するようになった。なにより自分自身に目が向いた。 「ヘンな言い方ですが、『女』としての自分がもう一度芽生えたというか…」 そんなとき職場の同僚である男性と急接近した。男女が同じ空間にいるところでは恋愛感情は生まれてしまうものである。久しぶりに男性を好きになる気持ちがわき起こり、自分では止めようがなかったという。 「その時点では10年ほどセックスレスでしたから、いざセックスとなったときは怖かった。彼にそう言ったら、すごく優しくしてくれて…。挿入された瞬間、『ああ、私、まだ女として大丈夫だったんだ』とうれしくて泣けてきました。セックスレスであることを大したことじゃないと自分に言い聞かせてきたのかもしれない。実はしたかったんだと、そのとき初めて思ったんです」 ケイコさんのような女性は案外多い。セックスレスによって自分の気持ちが満たされていないことに、セックスをしてみて初めて気づくのだ。本当は「したい」と思っていたことに。つまり、女性たちは自分の性欲を認識していないことが少なくないのだろう。なんのためのセックスなのか 一方で、30歳になろうとする男性から「来月、4年間付き合った彼女と結婚するのだが、ここ3年くらい彼女とはセックスレス」という話を聞いたことがある。思わず、それで結婚して大丈夫なのかと問うと、彼は平然と「子作りセックスはしますよ」と言った。 家庭を一緒に作ると決めた女性に対しては、男は急速に性的魅力を感じなくなっていくのだろうか。子作りセックスはしても、快感を得るための、あるいはコミュニケーションとしてのセックスはしなくていいと思うのだろうか。 長年連れ添った夫婦がそういう心境になるならともかく、これから結婚しようという人がすでに「子作りセックス」と「快楽セックス」を分けていることに愕然(がくぜん)とした。彼いわく、快楽を得るためのセックスは、妻となる人とはできないというのだ。結婚を「神聖視」しすぎているのか、あるいは快楽を得ることにどこか罪悪感を覚えているのか。 さらにその一方で、今の50代、60代の男性たちは「恋をしたい」「ステキなセックスをしたい」と真顔で言ったりする。置き忘れてきた恋愛感情や、お互いに相手への温かい気持ちをもって抱き合うことへの憧れがあるように思える。だが、妻はそれには応えてくれない。今さら誘うにも照れがあってできない。 セックスレス社会がヤバイとは思わない。「セックスレス=少子化」ととらえられがちだが、そもそも子どもを産むか産まないかは個人の生き方における選択肢の一つだ。したくない人はしなければいいし、したい人はすればいい。 ただ、繰り返しになるが、カップルとして考えたとき、片方がしたくて片方がしたくないのが一番の問題なのである。その場合は、やはり正面切って話し合うしかないのだろう。 「うちも話し合ったんですよね。私がしたくて夫がしたくないと言うから、しないなら外でしてきていいかと尋ねたんです。そうしたら、それはイヤだ、マスターベーションで我慢してほしい、と。それは通らない。私がしたいのはセックスであってマスターベーションではないと、はっきり言いました」 そう話してくれたのは、40歳になったばかりのエリコさん。ちょうど元カレと再会したばかり。このままだとセックスの関係になりそうなのだという。 「もちろん夫には内緒にしますが、おそらく今度、元カレと会ったらしちゃうと思います」 エリコさんはそう言った。男たちは女性の性欲を甘く見過ぎているのではないだろうか。女はセックスしなくても平気なのだと思いすぎてはいないだろうか。 妻に「セックスしたくないから、外でしてきて」と言われた夫もいるのだが、彼は風俗が苦手。本気で恋愛したら家庭を壊すのが目に見えているので、まだ高校生と中学生がいる身では自重しなければならないとつぶやいていた。 セックスレス社会はヤバくなくても、セックスレスカップルはヤバイのだ。互いに優しい気持ちになるために ところが最近、不思議なことをあちこちで聞くようになった。妻が不倫をした場合、結果論ではあるが、家庭がうまくいくというのだ。たまたま夫とはセックスレス、夫はする気がない。だが妻はしたいと思っていた。そんなとき妻が外で恋に落ちた。妻は夫に悪いとは思っていないが、どこかに若干の後ろめたさはある。相手の男性も既婚者だから、いろいろ話すうちに男の気持ちも少しはわかるようになる。夫に対して寛容になるのだ。妻に優しくされた夫もまた、妻を違う目で見る瞬間が生まれていく。 結婚記念日に妻をデートに誘ってみた。久しぶりに外で待ち合わせ、一緒に予約したレストランへ。どこかぎこちなかったが、妻とのデートも悪くないと夫は思う。そしてそんなことを計画してくれた夫に、妻も温かい気持ちになる。 別の男に「女」として認められていることが、彼女にとって自信となり、夫に対しても余裕をもって接することができるのだろう。こんなケースがこのごろ多々あるのだ。今どきの妻たちは家庭を壊す気はなく、恋と家庭を両立できてしまう。女性は浮気はできないといわれていたが、それは男たちの希望的観測だったのかもしれない。誰にもバレずに婚外恋愛ができるのは女性の方である。  セックスしたくない人はしなければいいとは思うが、相手がいる場合、なぜしたくないのかを自問自答してみる必要はあるかもしれない。相手が望むことなら、たとえ多少面倒であっても疲れていても、寄り添ってみてもいいのではないか。特に夫婦の場合、この先も長く一緒にいる関係なのだから。

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    石田ゆり子演じ注目 アラフォー未経験女性の本音

     ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)がアツイ。“契約結婚”というテーマをポップに扱いながらも、登場人物は「中年童貞」「非正規雇用の若者」など時代に即している。中でも注目を集めているのが石田ゆり子演じる「高齢処女」の百合。今、彼女のような女性は決して珍しくない。女優の石田ゆり子さん 国立社会保障・人口問題研究所の発表によると、2010年の調査では35~39才で性交渉の経験がない女性は25.5%。それが2015年になると33.4%に増えている。アラフォー未婚者の3人に1人が処女の時代。彼女たちの胸の内とは――? 石田ほどきれいな人が…現実世界ではあり得ないでしょう!ということは、ない。百合を正視できないという女性からの意見が続々とあがっている。「思わず沈黙。人と一緒に見られません。百合のセリフが刺さりすぎる」(50才)「高齢処女を公の存在にしてくれてホッとしました。私も男性恐怖症でも同性愛者でもないですから」(38才)「自分の振る舞いで処女なことがバレやしないかとドキドキとしていたことを思い出しました」(39才)「処女だって疑われないだけ、百合ちゃんうらやましいです。本当のことを話せる姪っ子もいて…」(43才) そう、今高齢処女は増えているという。なぜなのか――男性経験のないままアラフォーを迎えた女性たちが、今まで語れなかった本音を明かした。 化粧っ気はないけれど、顔立ちは普通。公立大学理系出身で結婚願望もあり、趣味はテニス。飲みに行ける男友達もいるという39才の会社員Aさんは自虐気味に話す。 「誰にも言ってないです。処女って女友達には完全犯罪で隠せちゃうんですよね。この年になると旦那さんとセックスレスという人も多いし、“私も苦手”という雰囲気を醸し出しておけば、つっこまれない。確かにスカートは苦手だしかわいい系女子ではないけど、チャンスがなかったわけじゃないんです。 28才のとき、ちょっといい雰囲気の人はいて。でも、その人の前でそんなところ見せるのも恥ずかしいし、なにバカ言ってるの、とギャグにしてしまってそれっきり。無駄に年を重ねてもうチャンスも見当たりません。正直早く閉経して50代になってしまいたい。そうしたら悩まなくてすむのに」リアルなセックスはそんなに大切ですか? 20代でチャンスを無にすれば、30代、40代ではもっとないですという43才のBさん。このままでいいと思っているわけではないと話す。 「昔からGACKT(43才)と東方神起が好きで、周りからは“夢見すぎだよ”って言われるけど、彼らみたいな人しか男として見られなかったんです。キスまでした男性はいたの。でもその先に踏み込むことができなくて、それっきり。婦人科検診があるから人間ドックも受けられないし、今からでもなんとかしたい」 悩んでいるけど自分を安売りしたくないというのは、IT企業に勤務する派遣社員のCさん(42才)。 「胸が小さいと言われたことがあって、女友達同士でお風呂に入るのも苦手なのに、ましてや男性に見られるなんてイヤ、と慎重になっていただけのつもりが…この年齢です。昔は結婚するまで大切になんて言われていたのが、30才を過ぎると友達も“彼氏の話”もふってきてくれない。妄想彼氏のウソをついたこともありました。私、変じゃないですよね? 本当に普通にしていたつもりなのに。 この前、意を決して婚活サイトに入会したんです。これまで30人くらいに会いました。でもみんな話がつまらなくて、デートの場所も決めてないし、趣味も合わない。高望みしてるわけじゃないけど、やっぱり安売りするのも嫌なんです」 看護師のDさん(38才)は、むしろそういったことから離れているからこそ、有意義な生活を送れていると話す。 「私は昔から恋愛に興味がない。韓流アイドルのライブを見て、スマホでゲームができればそれで幸せ。親は心配していて、家に帰るとテーブルの上にわざとらしく『ゼクシィ』が置いてある(笑い)。高齢処女とはさすがに思ってないでしょうね。ひとりですることもありますけど、それでいい。リアルなセックスってそんな大切でしょうか? ゲームより面白い? 子供を産む以外に必要だとは思えないんですよね」 関連記事■ 高畑淳子が建てた豪邸 完成間近だが近隣住民との関係を心配■ 結婚報道の阿川佐和子 お相手の元妻が余裕のエール■ 31歳地方公務員女性 「このまま一生未経験というのもアリ」■ セクシー演技出色だった石田ゆり子 「一皮剥けた」と評論家■ 30代未経験女子が3割超 「肉食系やらみそ」も存在

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    「東京タラレバ娘」にリアリティが無い理由

    中嶋よしふみ(シェアーズカフェ・オンライン編集長、フィナンシャルプランナー) 先日、東京タラレバ娘を読んだ。日本テレビでドラマ化され人気を博している事もあり、周囲で男女問わず話題になっていたからだ。そして作品への評価も共感できるという人もいれば今時こんなアラサー女子はいるのか?という人まで、男女関係無く賛否が分かれている。日本テレビ系ドラマ「東京タラレバ娘」に主演した吉高由里子 漫画版を読んだ自分の評価は「独身アラサー女性なら突き刺さるのかもしれないけど、10年前ならトレンディドラマとして見られた古い感覚の作品」といったところだ。「結婚が目標」に共感できるか? 詳しい内容は漫画やドラマ版を見て貰えればと思うが、ドラマの公式HPでは以下のように紹介されている。『「タラレバばかり言ってたらこんな歳になってしまった」鎌田倫子、30歳、独身、彼氏ナシ。職業=(売れない)脚本家。「キレイになったら、もっといい男が現れる」「好きになれれば、結婚できる!!」そんなタラレバ言いながら、親友の香、小雪と3人で女子会ばかりやっていたが、金髪イケメン男に「タラレバ女!」と言い放たれハタと現実にブチ当たる!!「私たちって、もう女の子じゃないの?」「本気出したら恋も仕事も手に入れられると思ってた…。」「立ち上がり方が分からない」「恋に仕事にお呼びでない?」厳しい現実、だけど真実。頑張ってないわけじゃない、でも、まだ幸せにたどりつけてないタラレバ娘たちがもがきながらも、幸せ探して突き進む!!女子のリアルが刺さりまくり! 共感度100%のドラマはじまります。』東京タラレバ娘 イントロダクション 日本テレビ公式HPより ストーリーを大雑把に説明すると、主人公となる独身・彼氏ナシのアラサー女性たち=タラレバ娘は、良い男がいないから結婚できない、もしくは良い男がいても若くて可愛い20代の女子にもってかれる、だから仕方なく彼女や奥さんがいる良い男(?)と泥沼な関係になっては女子会で顔を突き合わせる……といった話が延々と繰り返される。 ラブコメディとしては「結婚したい女性が恋愛で試行錯誤をする」といった王道な内容ではあるが「このご時世に結婚しただけで幸せと言えるのか?」という話が完全に無視されていることを考えると、多分「現代の話」とは言えない。つまりリアリティが無い。 一昔前には少子化が急激に進む→ワカモノが結婚しないことが原因→草食系という言葉が2006年頃から使われはじめ、その後ブームになる(2009年には流行語大賞にランクイン)……という流れがあり、散々結婚しないワカモノが悪いといった話が出尽した所で、「じゃあ結婚して子どもができたら楽しい生活が待ってるのか?」「そもそも結婚したくなるような環境なのか?」 ……といった現代の日本では解決しようがないほど根本的で深刻な問題が浮き彫りとなる。 産休育休がまともに取れない、子どもがいると働ける場所がほとんどない、保育園に入れるかどうかで女性の運命が決まる、待機児童多すぎ、そもそもワカモノは収入が低くて結婚する気になれない……など、タラレバ娘たちが熱望する良い男との結婚も大変だと思うが、その後にはそれ以上の苦労が待っている。※ちなみにタラレバ娘たちの眼中にも入らない年収300万円以下の男性の既婚割合は10%を切る。非正規雇用者に至っては5%以下。「結婚できないワカモノ」が共感されるには「結婚できないワカモノ」が共感されるのはもう少し先かもしれない。 つまり、ドラマでは「結婚して子供が産まれたらもっと大変だよね」という、独身のアラサー女性でも当然気づくであろう問題が無視されている。 もちろん、この程度の話は人気作家である作者が理解していないとは思えず、単純にターゲットをアラサー女子にしぼって、そして読みやすくするために結婚したいアラサー女子というあえて「ベタ」なネタをつかっているだけで、本当は真っ当な人間ドラマを描こうとしているのではないかと思う。 ベタ=古い話=誰でも理解できる・誰もが安心して見られるストーリーであり、子育ての不安から結婚できないワカモノという「新しい話」がリアリティを持って誰にでも理解される主人公として描かれるのはもう少し先になるのかもしれない 待機児童のような深刻な問題であっても、いまだに予算が足りないからと根本的な解決策が打たれていない理由は「消費税を1%上げて、全額(約2兆円)を待機児童解消の予算にブチ込みます」と政治家が言えるだけの環境になっていないことが大きな原因、つまり「新しい問題」だからだ。※新し過ぎる内容は作家としても編集者としても読者の共感を得られるか分からないため、当然の事ながら商業作品としては扱いづらい。待機児童がすぐにでも解決すべき深刻な問題として各種メディアで扱われるようになったのはごく最近の話。東京タラレバ娘は案外真面目な物語かもしれない。 漫画とTVドラマでは多少設定が異なるようだが、3/1に放送された最新の第7話は、ドラマを作ってネットで動画を公開して町興しをしようと考えている田舎の町へ、売れない脚本家として働く主人公が訪れる回だ。同じ話が漫画でもある。 当初はなんでこんなショボイ仕事をこんなクソ田舎に来てまでやらないといけないんだと主人公は憤るが、良い作品を作ってネットでドラマを見た人が一人でも町に来てくれれば……と本気で町興しを考えているオジサン達の心意気に触れて「自分は一体東京でこの年になるまで何をやってきたんだろう……」と改心し、改めて真摯に仕事に取り組むことになる。 決して上品とは言えない内容で、結婚することが目標となってしまったアラサー女子のドタバタなラブコメディが続いてきたはずが、それ以降作品の雰囲気が大きく変わることを暗示させるような内容になっている。ここまでの流れが全部前フリだったの?と思うほどこの話の前後を境にストーリーが俄然として面白くなる(ネタバレになるのでこれ以上は書かないでおく)。 このあたりは深いドラマを描いているのか、深いドラマだとさりげなく見せるテクニックを使っているだけなのか、作品が完結しないと分からないが……。五輪までに問題は解決しそうにない東京オリンピックまでに問題は解決しそうにないが……。 物語のはじめに、2020年に東京オリンピックを一人で見るのは嫌だと3人の主人公たちが心配するシーンがある。では無事その目的が達成できたらタラレバ娘は幸せな人生を送る事は出来るのだろうか。 主人公の3人が理想の旦那と結婚して子供を抱えながら東京オリンピックを見る、となったところでそれでハッピーエンドとはまずならない。寿命まで半世紀もあるのだからなるわけがない。 保育園が見つからずまともに仕事も出来ない状況でギャン泣きする子どもを抱え、旦那はビールを飲みながらテレビで放送されるオリンピックにくぎ付けになる姿を見て、「嗚呼、なんで焦って結婚しちゃったんだろう?」「あの時結婚しなければ、独身だったら楽しくオリンピックを見れたのに」……と、再度タラレバの状態におちいるかもしれない(自営業は保育園を利用しにくい傾向にあり、都心部で自営業的な働き方をするタラレバ娘3人の子どもは待機児童になる可能性も高い)。しかも結婚して生活スタイルが変われば居住地が関わる可能性もある。居住地が離れてしまえば、問題が発生するたびに第四出動などと言って飲み屋で顔を突き合わせて女子会をすることも出来なくなってしまう。結婚前よりもよっぽど深刻な状況がタラレバ娘に降りかかる。 待機児童や女性が働きにくい環境など、残念ながら今の日本が抱えている社会保障関連の問題は数年で解決するとは思えない。夢にまで見た家族でオリンピック観戦をしながら「保育園落ちた日本マヂで死ね!!!」とタラレバ娘が叫ぶ……という話が東京タラレバ娘2として描かれたら、(面白いかどうかは別にして)リアルなドラマになるかもしれない。 その頃には待機児童や女性の働き方の問題は、解決は出来なくとも「ベタな内容」として少なくとも誰もが理解し、共感できる内容になっているのではないかと思う。※関連記事■保育園の騒音トラブルは必ず発生する。~千葉県市川市の開園中止は反面教師である~http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47328634.html■「奨学金のせいで結婚が出来ない」という勘違いについて。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47271580.html■待機児童は300万人超?園児一人当たりのコストは50万円?「保育園落ちた日本死ね」論争に終止符を。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/47057721.html■乃木坂46の橋本奈々未さんが両親に家を買った理由。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/48796870.html■元フジテレビアナウンサー・長谷川豊氏の炎上と番組降板を招いた3つの勘違い。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/48590680.html

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    東大元医学部長「死ぬまで現役」は崇高で人間的で健康的

     東京大学医学部の元学部長の石川隆俊氏が、『東大名誉教授の私が「死ぬまでセックス」をすすめる本当の理由』(マキノ出版刊)を上梓したことが話題になっている。「“セックスは高齢者に生きる力を与えてくれる”ということを、真剣に伝えたかった。それが、この本を書いた理由です」と語る石川氏が、高齢者のセックスについて語る。* * * コンドームの老舗メーカー「相模ゴム工業」が、2013年に20~60代の男女1万4100人に調査したところ、40代、50代の男性(既婚者、交際者あり)の約6割がセックスレスだと回答したそうです。 広い世代に広まっているセックスレスの原因は様々でしょうが、厳しい競争社会に生きていることも関係しているのかもしれません。でも、諦めてほしくありません。この高齢者の調査結果はセックスレスに悩む若い世代にとっても励みになると思います。 あらゆる動物はホルモンの作用で発情期が限定されており、その期間にだけ生殖行為を行ないます。人間もホルモンの分泌は加齢とともに低下しますが、それでもセックス可能なのは脳の働きがあるからです。 思考や言語機能をつかさどる脳の“大脳新皮質”は、ヒトが進化する過程で著しく発達してきた。その進化により、人間は異性を生殖の相手だけでなく、恋愛の相手として認識でき、生涯を通して寄り添える関係を築けているのです。高齢者のセックスこそが、他の動物にはない、人間を人間たらしめている崇高な行為なのです。※写真はイメージ セックスは歳をとることによって失われがちな「生きる力」を私たちに与えてくれます。高齢の男女が集まって公園でゲートボールをやっていたり、ダンス教室で踊っている光景をよく見ますよね。こうしたレクリエーション活動にも実は、異性との触れ合いを求めてやっている人が多いのです。 そうした気持ちは“いい歳してみっともない”ことではなく、とても健康的なのです。“気になるあの人がいるからオシャレしよう”や“あの人と会話できたから一日中ウキウキ”とか、そういうささやかなときめきが、生きる力になるんです。 医学的、生理学的には、「性」とは「生」なのですから、「死ぬまでSEX」を謳歌することは人間的で健康的な行為なのです。関連記事■ 地方の人口減少や都市の高齢者激増等の今後の対策を考える本■ 日本医学界の権威が「死ぬまで現役」本を出した理由■ 高齢者性特集に批判の教授「社会的意義があるのでしょうか」■ 所在確認済みの日本最高齢者は佐賀県在住の113才の女性■ 高額講習受ける高齢ドライバーは交通行政の「カネのなる木」

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    外国人「単純労働者」の解禁 不足する労働力の精査が先だ

    河合雅司(産経新聞論説委員) 安倍晋三政権が、外国人労働者政策を大きく変えようとしている。これまで認めてこなかった「単純労働者」を解禁しようというのだ。過去の方針を大転換へ 2日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)や「日本再興戦略」には、「経済・社会基盤の持続可能性を確保していくため、真に必要な分野に着目しつつ、外国人材受入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」との文言が盛り込まれた。 これだけでは何を意味するのかさっぱり分からないが、自民党政務調査会が直前の5月24日にまとめた「『共生の時代』に向けた外国人労働者受入れの基本的考え方」と併せて読めば理解が進む。 「基本的考え方」は、今後の外国人労働者の受け入れの議論において「『単純労働者』という用語を使っていくことは不適切である」と指摘し、「何が『専門的・技術的分野』であるかについては、社会の変化にも配慮しつつ柔軟に検討する」としている。すなわち、高度人材と単純労働者の区分けそのものを無くせとの主張である。 その上で、単純労働者について「必要性がある分野については個別に精査した上で就労目的の在留資格を付与して受入れを進めていくべきである」と求めたのである。具体的に「介護、農業、旅館等特に人手不足の分野がある」との例も示した。「移民国家」と似た状況 だが、「基本的考え方」で最も注目すべきは「単純労働者」を受け入れる理由の一つとして「今後、人口減少が進むこと」とした点だ。労働力人口の不足を外国人に頼る方針を明確にしたものだ。 日本は開かれた国であり、すでに多くの外国人が働いている。「いまさら目くじらを立てるな」という意見もあろう。ただ、安倍政権が打ち出したもう一つの外国人労働者政策を知れば懸念が募る。 高度人材の永住許可申請に必要となる在留期間を、現行の5年から大幅に短縮するため、世界最速級の『日本版高度外国人材グリーンカード』を創設する構想である。 日本再興戦略は「高度な技術、知識を持った外国人材を我が国に惹きつけ、長期にわたり活躍してもらうためには、諸外国以上に魅力的な入国・在留管理制度を整備することが必要」と意義を強調している。 高度人材と単純労働者の区分けを無くそうとする一方で、『グリーンカード』構想では対象を高度人材に絞るというのだから全く矛盾する話なのだが、両政策を併せれば職種にかかわらず世界最速級で永住権を取得できるようにするということになる。 人口減少対策として受け入れるということは、相当大規模な来日者数を想定しておかなければならない。法務省によれば昨年末の永住者は70万500人だ。もし職種にかかわらず世界最速級で永住権を取得できる国に転じれば、配偶者や子供も含め、その数は大幅に増えるだろう。 永住者は日本国籍を取得する「移民」とは異なるが、日本に住み続ける以上、社会の主たる構成員であることに変わりない。一定規模になれば日本社会はその存在を前提として回り始め、参政権付与を求める声も大きくなろう。それは、いつの日か「移民国家」と極めて似た社会が到来するということだ。前提次第で見通し変化 欧州など多くの国が移民や外国人労働者の対応に悩んでいる。「なぜ日本が欧米の後追いをするのか」といった治安や雇用環境の悪化に対する不安の声は少なくない。だが、それ以前の問題としてすべきことをしていない。人口減少に伴って不足する労働力は一体どれくらいの規模かの精査だ。この視点が、日本における外国人受け入れ議論で決定的に欠落している。 これまで通りに仕事を進めようとするならば現在の労働力人口が比較基準となる。しかし、前提を変えれば見通しは大きく違ってくる。 介護を例に引こう。高齢者数も人口減少に伴いいずれ減る。その前に健康寿命の延びで要介護者が減れば、介護ニーズの予測は変わる。イノベーション(技術革新)による省力化をどう織り込むかによっても数字は異なってくる。ボランティアを活用するような介護保険外の仕組みが普及すれば、不足する介護職員数はさらに変わる。 人口が減るからといって安易に外国人労働者に飛びつけば、後に「思わぬ社会コスト」に苦しむことになる。

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    「多死社会」を乗り越える 故郷葬で火葬場不足を解消

    河合雅司(産経新聞論説委員) 日本が「多死社会」に向かっている。厚生労働省によれば2015年の年間死亡者数は130万2000人で戦後最多を更新する見通しだ。 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計では2030年に160万人を突破し、2039、2040両年の166万9000人でピークを迎える。その後もしばらく160万人水準で推移するという。条件次第で1週間待ち 死亡者数の増大で懸念されるのが斎場や火葬場の不足だ。深刻化しそうなのが東京圏(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)である。場所や時間帯によっては、すでに1週間や10日間程度待たされるケースが生じている。 対策として、縁起が悪いとして避けられがちだった「友引」の受け付けや、「通夜、告別式、火葬」という流れを見直し、午前中の早い時間帯や夕方へと火葬時間を分散させようといった模索も始まっている。 だが、東京圏の高齢化はこれから本格化する。2014年10月1日時点で75歳以上人口は約380万人だが、社人研の推計によれば2025年には572万人、2040年には602万人に膨らむ。 今後の死亡者数の激増を考えれば、こうした取り組みだけでは十分とは言い難い。 問題解決には斎場や火葬場を増やすことが一番だが、新設には用地取得や地域住民の理解がハードルとなる。将来的には死亡者数が減ることも勘案しなければならない。ピーク時に合わせて増やしたのでは、やがて過剰となる。大都市との接点増やす では、大死亡時代にどう対処すればよいのだろうか。 ヒントは地方創生にある。人口減少が進む地区では斎場や火葬場の利用者も先細りとなる。東京圏の郊外に斎場や火葬場の空きを探すのもよいが、どうせ自宅から離れた土地で行うことになるのならば、故人の出身地に帰ってはどうか。 お手本となるのが、「お葬式はふるさとで」と呼び掛ける石川県小松市の小松加賀環境衛生事務組合だ。2月には神奈川県の男性を霊柩車で搬送した。出身地での葬儀が定着すれば、東京圏の火葬場不足はかなり解消する。 一方、地方にとってもメリットは大きい。多くの自治体は大都市からのUターンやIターンに期待を寄せるが、総人口が大きく減るのにすべてが移住者を呼び込めるわけではない。むしろ都市部との交流を増やし少しでも人口減少対策への時間を稼ぐことが重要となる。その点、葬儀の受け入れは大都市住民との大きな接点となろう。「ふるさと納税」条件に とはいえ、地方住民が斎場や火葬場を利用しづらくなるのでは本末転倒だ。東京圏からの利用者を割増料金とするのもよいが、活用したいのが「ふるさと納税」だ。一定年数の納税を受け入れ条件として課す。納税の特典として「葬儀」の権利を得られるようにするのである。 毎年納税することによって、おのずと先祖を意識するようになるだろう。故郷への帰属意識が高まり、ボランティアや街おこしの手伝いなどに参加する人が増えるかもしれない。 本人の葬儀後に遺族や親族がお墓参りに訪れるようになれば、「ついでに観光も」ということにもなる。地方にとっては、ふるさと納税による財源確保以上の効果を期待できるというわけだ。 ふるさと納税をめぐっては、総務省が換金性の高い商品券などを「お礼の品」として贈らないよう自粛要請を行ったが、その趣旨にも沿うだろう。 課題は棺を運ぶためのコストだが、利用者が増えれば新たなサービスを提供する事業者が増え価格は安くなるのが世の常だ。一方で東京圏の斎場や火葬場の空き待ち時間が長くなれば霊安室の利用料などがかさむ。 遺族や参列者の交通費もかかるが、家族葬などが増え会葬者は減る傾向にある。東京圏ではお墓の不足も予想される。「死んだら先祖が眠る故郷の墓に入りたい」と考えている人は少なくない。これらも含めて総合的に勘案すれば、十二分に選択肢の1つになると思われる。 少子化で、お墓を受け継ぐ子孫がいない人も増え、管理する人が不在の「無縁墓」になることへの懸念も広がってきている。葬儀だけでなくお墓の管理までセットで地方側が担うことにすれば、ニーズはさらに広がるだろう。 柔軟な発想なくして、多死社会は乗り越えられない。

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    移民受け入れが政策として成り立つのか

    河合雅司(産経新聞論説委員) 総務省が公表した2015年の国勢調査(速報値)によれば、総人口が5年前の前回調査より94万7千人減った。人口減少は過去の政府の調査でも報告されてきたが、改めて裏付けた形だ。自民党には模索の動き 人口が減れば労働力も少なくなる。既に一部の業種では少子高齢化に伴って後継者不足が顕在化しているが、今後はあらゆる職種で不足が広がるだろう。 労働力不足の解消策として、外国人による穴埋めを求める声が少なくない。だが、外国人問題を考えるにあたっては「移民」と「外国人労働者」との違いを明確にしておかなければならない。 移民とは日本国籍を付与し永住を前提とする人たちである。これに対し、外国人労働者は企業が一時的に戦力として雇い入れる人々だ。これを混同したのでは議論がかみ合わなくなる。 安倍晋三首相は「いわゆる移民政策については全く考えていない」と繰り返しているが、自民党には移民推進派が少なくない。同党が15日に立ち上げた特命委員会は「移民寸前」まで受け入れの拡大を検討するという。どこの国から来るのか とはいえ、外国人の大量受け入れの難しさは、欧州における難民政策の混乱ぶりを見れば明らかだ。 反対派からは治安の悪化や社会の混乱、日本文化が変質することへの懸念も聞かれる。こうした論点も重要であるが本稿は少々視点を変えて、人口減少対策としての移民が政策として成り立つかどうかを考えてみたい。 第1に確認すべきは、移民政策に踏み切ったら本当にどんどん人が押し寄せてくるのかという点だ。人口減少対策とする以上、相当数の受け入れが前提となるが、移民は一体どこの国からやってくるのだろうか。具体的に想定しておく必要がある。 というのも、移民が大量に来るようになれば、日本社会はそれを前提として形成される。当初は安定的に来たとしても、送り出し国側の事情で突如として来なくなれば、人為的に人口急減を引き起こすのと同じである。ただでさえ日本人が減るのに移民まで減るダブルパンチになったのでは社会は大きく混乱する。 コンスタントに移民が来日するかを知る手掛かりは世界人口の予測にある。国連の推計によれば、世界人口は2015年の73億人から2050年に97億人に増え、2100年には112億人となる。 ただ、伸びが顕著なのはアフリカ諸国だ。「移民」と聞けば、送り出し国としてアジアや南米をイメージする人も多いだろうが、アジア各国は2050年頃から人口が減り始め、ブラジルなども減少に転じるとみられる。 しかも、世界人口の増加を後押しするのは寿命の延びである。2050年にはタイの高齢化率は30・4%、中国239%、ベトナム23・1%など軒並み上昇する。 移民送り出し国にすれば、若い世代を失うのは高齢化や少子化の進行を容認するのと同じである。「日本がお困りでしょう」といって積極的に送り出す政府指導者がどれくらいいるだろうか。わざわざ日本を選ばす 第2は、日本に移民先としての魅力があるかという点だ。多くの日本人が移民送り出し国としてイメージしてきた国々は、目覚ましい経済発展を続けている。母国が豊かになるのに、あえて移民を決断する人が今後どれぐらい増えるかは未知数である。 それでも移民希望者はいるだろう。だが、各国とも高齢化が進む。今後は各国による若い労働力の奪い合いになるとの予測もある。その際、言葉の壁が立ちはだかる日本が魅力的な国であるとはかぎらない。現実的に考えれば、わざわざ日本まで行かず、近隣国に“安住の地”を求めることだろう。 日本が移民政策に踏み切ったとしても、想定する国から人が来る保証などないということだ。国家の一大方針転換を、願望にも近い“甘い根拠”をもとに進めることなどあってはならない。 むしろ急ぐべきは、人口減少を前提として仕事の在り方を見直すことだ。価格の安い商品の大量生産と決別し、高付加価値の商品を生み出すモデルへと転換する。あるいは、女性や意欲のある高齢者などが働きやすい環境を整えていく。ロボットなどでできる仕事は置き換える。外国人という“当座しのぎ”を考える前に、やるべきことはいくらでもある。

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    ショーンKの涙に感動? 謝罪の「うまさ」にこだわる日本人の滑稽さ

    パオロ・マッツァリーノ(日本文化史研究家) じつは謝罪という行為は、なにひとつとして問題を解決していません。それどころか、謝罪は問題の本質をあいまいにする目くらまし効果によって、根本的な解決や改善をかえって遠のかせてしまうのです。 人間は必ずミスをします。そのミスをどうカバーするか、そしてミスの再発防止のためにどんなシステムを構築するか。尽力すべきはそこですよ。なのにちかごろの日本人ときたらどうですか。謝罪という生ぬるい感傷でいかに問題をうまくごまかすか、そればかりに熱心になってしまいました。高木京介投手の野球賭博関与について謝罪するプロ野球巨人の久保博球団社長(右から2人目)ら=3月8日、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 重大な副作用に気づかずに、謝罪という行為に値千金の逆転満塁ホームランのような効果があると妄想し、過大な期待を寄せる日本人は、こどものころから道徳の時間に、失敗したら素直に謝りましょう、と繰り返し刷り込む教育を長年続けてきました。 その努力が結果にコミットしはじめたのか、だいたい西暦2000年ごろから日本では、謝罪会見という儀式がそれまでにはなかったくらいの頻度で執り行われるようになりました。自分とはなんの関係もない芸能人・著名人が開く謝罪会見の模様を見て、その所作の出来不出来で罪の軽重と人間性を判定する悪趣味なゲームは、国民的娯楽としてすっかり日本人のあいだに定着したのです。 謝罪が問題解決の役に立たないという真理を理解できないかたのために、簡単な例でご説明しましょう。 人混みを歩いていて、前の人のかかとをうっかり踏んでしまったら、「すいません」と謝罪しますね。 なんだ、謝罪で問題は解決してるじゃないか? いいえ、それは誤解です。かかとを踏まれたという問題に対して、なんの解決案も再発防止策も提示されてないのですから。 われわれはこのミスを教訓に、いかにすれば他人のかかとを踏まずに歩けるのか、それを研究・練習して事故を未然に防止することで問題解決へ向けて一歩でも前進しなければいけないはず。 しかし謝罪という対応によって、かかとを踏んだのはわざとではないと宣言することで、悪意があったか否かというところに論点がずれてしまうのです。 謝罪は問題の本質をあいまいにし、論点をすり替えてしまいます。非生産的なごまかしでしかないのに、それに釣り合わぬくらいに高い精神的満足感を、多くの人に与えてしまいます。 だからわれわれは死ぬまでに何度も、他人のかかとを踏む単純ミスを繰り返すことになります。 謝罪は問題を解決に導かないばかりか、再発防止の役にも立たないんです。二度と繰り返しません、と涙声でいったところで、具体策を伴わなければ必ず再発します。 こんな愚かな手段なのに、多くの人が謝罪に重きを置いて、謝罪のうまいヘタで有罪無罪を決めようとするさまは滑稽としかいいようがありません。謝罪がうまい人は、問題解決に長けているのではありません。ごまかすのがうまいだけなんです。カン違いしてはいけません。ショーンKさんや乙武さんの奥さんの謝罪がよかった? 最近ですと、ショーンKさんや乙武さんの奥さんの謝罪をよかったとほめてる人がいましたが、そのひとたちは問題の本質を見る目がないし、論理的判断力も曇ってます。 「うまい」謝罪によって、ショーンさんや乙武さんの問題は解決したのですか? なんにも解決してませんよね。うやむやにされただけです。ショーンK氏 学歴や経歴を詐称して仕事や報酬を得るのがなぜいけないのか。それは、詐称がまかり通れば、まっとうな手段で勉強する意味がなくなってしまうから。高い学費払って必死に勉強して学歴を得た人と、なにも努力せずウソついた人が同じ報酬を得られるとしたら、こどもたちはだれも勉強なんかしなくなります。教育システムの信頼性に関するかなり重大な問題です。他にも医者や教師の経歴詐称が以前から問題になってます。経歴確認をどうやるべきか。それをもっと真剣に考えなければならないのに、ショーンさんの涙ながらの謝罪に感動したと盛り上がってる連中のおかげで、その機会は失われました。 乙武さんの浮気グセに関しては、奥さんには悪いんだけど、たぶん一生治らないと思いますよ。 たった1度だったらまだしも、5回も、しかもかなり計画的に同じ手法を繰り返してたんでしょ。だったらそれは過ちではなく、ルーティーンです。金があるかぎりいずれまたやるでしょう。 これは予言や占いではなく、歴史の必然です。これまでの人類の歴史上、浮気がばれて謝罪したにもかかわらず性懲りもなくまた浮気した男は累計何億人にものぼります。 むしろこの件では、障害者が性欲の処理に苦労している切実な問題を検討するチャンスでした。乙武さんは謝罪なんかしなくていいから、政治家になって、性風俗店のバリアフリー化や障害者割引制度導入を提言すべきでした。しかしこれまた謝罪でごまかされ、問題解決が先送りされてしまったのです。 謝罪のうまさにこだわることは、社会にとって無意味どころか有害です。そんなことを続けていたら、問題解決能力を持つ真に有用な人が評価されず、ごまかしのうまいヤツばかりが重用されるよのなかになってしまいます。パオロ・マッツァリーノ イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。著書は『反社会学講座』(ちくま 文庫)、『誰も調べなかった日本文化史』(ちくま文庫)、『13歳か らの反社会 学』(角川文庫)、『つっこみ力』(ちくま新書)、『「昔はよかった」病』(新潮新書)『怒る! 日本 文化論』(技術評論社)、『ザ・世のなか力』(春秋社)、『偽善のすすめ』(河出 書房新社)などがある。 

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    同級生婚の増加 同窓会支援で婚活促進を

    河合雅司(産経新聞論説委員)下げ止まらない婚姻数 日本の婚姻件数が減り続けている。厚生労働省の推計では昨年は63万5000組で、戦後最少を更新する見通しだ。 日本では婚外子は2・21%(2013年)と極端に少ない。一方で、妊娠が結婚に先行する「できちゃった婚」で生まれた第一子は25・3%(2009年)を占める。結婚と出産を一体として考える人が多いということだ。婚姻件数の減少に歯止めがかからなければ、少子化は進む。 希望しながら結婚できない人を減らすには何から着手すればよいのだろうか。国立社会保障・人口問題研究所が2010年に行った「第14回出生動向基本調査(独身者調査)」によれば、25~34歳は男女とも「適当な相手にめぐり合わない」が群を抜く。まず取り組むべきは、出会いの場の提供ということになる。 各自治体も婚活支援に取り組み始めたが、必ずしも結果が表れているわけではない。ミスマッチが生じていることが原因とみられる。内閣府の「結婚・家族形成に関する調査報告書」によれば、男性は20代、30代とも年収300万円未満で未婚者が多い。女性は年収600万円以上の30代で目立つ。単に出会いの場を設定すればよいわけではないのである。「同い年」希望が増加 では、どうすべきか。結婚支援策では、学歴や雇用形態、年収などの属性をある程度絞り込むことが重要となる。既婚者が結婚相手をどうやって見つけたかを分析することから始めることだ。 内閣府の「少子化と夫婦の生活環境に関する意識調査」(2012年)によれば、トップは「社会人になってからの仕事関係」で男性31・1%、女性33・9%だが、職場の出合いに行政が関与する余地はあまりないだろう。 むしろ注目すべきは、高校や大学時代の出合いが結婚に発展しているケースが意外に多いことだ。 「同級生同士の結婚が増えている」との民間調査もある。「アルバイト先」を含めると社会人になる前の出会いは男性が16・4%、女性も15・9%を占める。20代後半では男女とも「仕事関係」を上回っている。 同級生婚の増加を裏付ける興味深いデータがある。独身者調査が結婚相手との年齢差の希望を調べているが、「同い年」と回答した人が男性35・8%(5年前の前回調査比6・4ポイント増)、女性29・0%(同2・2ポイント増)と顕著に増加を続けているのだ。 1987年は男性が「3~4歳年下」の30・0%、女性は「3~4歳年上」の36・8%がトップだから、価値観が「年の差婚」からシフトしてきていることになる。 晩婚化が指摘されるが、平均希望結婚年齢は男性30・4歳、女性28・4歳。男女とも20代で相手を見つけたいと考えている人が少なくない。 これらのデータを勘案すれば、結婚を意識し始める20代半ば以降の人たちを対象に高校や大学の同窓会を開くことが有効といえそうだ。同級生の出会いを政策として支援するのである。ボランティアを通じて 「学校」が男女の出合いの場になるのは、境遇や素養などが似通っており、多くの人が同じようなライフコースを歩むからだろう。共通の話題もあり打ち解けやすい。 だが、年に1度ぐらい同窓会を開いても恋愛に発展するとは限らない。在学中から付き合っていたカップルもいるだろうが、主に同窓会の再会で意気投合し、ゴールインするケースが想定されよう。 そこで提言したいのが、地方創生と結びつけるボランティア活動やサークル活動の展開だ。一緒に汗をかくことで結びつきが深まる。 同級生同士でいくつもの少人数グループを結成し、福祉や観光イベント、地域おこし事業などそれぞれの得意分野に取り組むのである。卒業後、遠方で就職した人は休日のみ参加してもよい。男子校や女子校の出身者は、複数の学校が提携して“合同同窓会”の形にすれば解決する。 自治体は予算を確保し、高校や大学と連携して連絡事務やグループ分け、ボランティア先とのコーディネートなど運営に主体的に携わる。 自治体にとっては、ボランティアを確保できるだけでなく、20代の若者が地域に関心を持つようになれば、やがて地方創生の“応援団”ともなるメリットがある。 男女の縁とは思わぬところにあるものだ。その芽を大切に育てる支援が望まれる。

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    安倍政権は女性を働かせたいのか出産させたいのか不明な状況

    「マイクロ・マネージメント」とは、重箱の隅をつつくように部下の仕事を管理・干渉することだ。もちろん、肯定的な意味ではない。そのマイクロ・マネージメントを実践しているのが安倍晋三政権だと大前研一氏は以前から指摘している。アベノミクスの「成長戦略」について、とくに「女性登用」政策において、マイクロ・マネージャーらしい安倍政権特有の不可解さがあることを大前氏が解説する。 * * * 安倍政権の本質は、官僚依存の「マイクロ・マネージャー」だということを、教育資金の贈与税非課税などを例に挙げて指摘したが、一事が万事で、アベノミクスの「成長戦略」と称する政策はマイクロ・マネージメントのオンパレードだ。 たとえば「残業代ゼロ」制度。これは「年収1075万円以上」で「高度な専門的知識を持つ」為替ディーラー、ファンドマネージャー、研究開発職、コンサルタントなどを対象に、働いた時間ではなく成果で賃金を支払うというものだ。 しかし、なぜ年収1075万円以上なのか? 職種の基準は何なのか? 根拠となったのは労働基準法第14条で定められた有期労働の契約期間の上限を3年から5年に延長できる要件で、その対象となる専門職の年収が1075万円以上となっているため、それを残業代ゼロ制度に転用したという。 だが、期間の定めのある有期雇用の要件を、期間の定めのない無期雇用(=正社員)が前提の残業代ゼロ制度に転用するのは、そもそも無理がある。残業代ゼロ制度に現在の企業社会の実態に即した明確な根拠はないのである。 拙著『稼ぐ力』(小学館)で書いたように、仕事が時間や場所に制限されなくなっている今日、多くのホワイトカラーの仕事は成果と給与の関係について「再定義」が必要になっている。残業代ゼロも、その再定義の中で経営者や管理職と社員が協議して詰めていくべきであり、政府が一方的に決めることではない。「女性登用」政策も同様である。安倍政権は先の臨時国会で、女性登用に向けた数値目標を作って公表することを大企業に義務づける「女性活躍推進法案」を提出した。 女性の登用が進んでいる企業を認定する仕組みも導入し、認定を受けた企業に対しては公共事業の受注機会を増やすなどの優遇策も盛り込まれた。いわば「鞭」(数値目標の義務づけ)と「飴」(優遇策)によるマイクロ・マネージメントの典型である。同法案は衆議院の解散・総選挙によって審議未了・廃案となったが、開会中の通常国会に再提出される見通しだ。 ところが、その一方で地方創生の司令塔となる「まち・ひと・しごと創生本部」は、合計特殊出生率を2013年の1.43から1.8程度に引き上げるという目標を掲げている。安倍政権は女性をもっと働かせたいのか、それとも女性がもっと子供を産みやすい社会にしたいのか、私にはさっぱりわからない。

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    持ち家率低下 若者の生活志向の変化逃すな

    8割が持ち家に住む現在の60歳以上の世代とは異なり、持ち家率が低い世代の老後は、“高齢者の住宅難”が社会問題となりかねないからである。 老後の居住費負担が重くなれば「年金だけでは暮らせない」という層が拡大する。高齢者向けの安価な賃貸住宅も、いまから整備計画を進めなければ間に合わない。「東京回帰」が鮮明に 一方、白書は持ち家率の低下が若者の新たな居住スタイルの模索につながっていることも明らかにした。その一つが「東京回帰」だ。 「近い将来住みたい街」や「老後に住みたい場所」の意識調査で、東京圏1都3県を挙げた若者が、中高年世代より高い割合を示したのだ。 若者の実際の居住地が、こうした志向を裏付ける。2000年以降の若者は、“過去の若者たち”のように郊外や近隣県に広い間取りを求めて引っ越すのではなく、都心を含めた23区にとどまり続けているのだ。むしろ、東京に流入する傾向も見られる。 とりわけ中心市街地の「駅から歩ける場所」の人気が高い。こうした傾向は大阪や名古屋、札幌、福岡といった政令指定都市でも見られる。 未婚・晩婚が進んで、1人暮らしや夫婦のみの世帯が多くなった結果、広い居住スペースを必要としない人たちが増えた。地価の高い中心市街地でも、狭い物件ならば手が届くということだろう。こうした需要に応える物件が増えてきたこともある。移動は公共交通機関 さらに興味深いのが、若者たちの暮らしぶりの変化だ。白書は三大都市圏(東京、大阪、名古屋)に住む若者の通勤・通学手段を調べているが、これまでの自動車中心から、鉄道やバスへのシフトが進みつつある。若者には自転車利用も進んでいる。 休日の外出先についてみると、居住地における中心商店街や片道1時間未満のいわゆる「近場」で用事を済ませている人の割合が高い。極めて都市型で、コンパクトな生活志向が広がっているのだ。 いつの時代も若者が社会を変えていく。つまり、こうした若者の生活志向に今後の社会へのヒントがあるということだ。無計画な拡大開発路線との決別である。 これからは、行政機能の集約や効率的街づくりは避けられない。白書は、医療・福祉や商業施設に公共交通機関で簡単にいける「コンパクトシティ」構想を掲げているが、若者たちの機運の盛り上がりを逃してはならない。