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    もう手遅れ? 「殺人」ヒアリの猛威

    この夏、小さな「殺人アリ」が日本を席巻している。南米原産の強毒外来種、ヒアリ。女王アリを含む固体が各地で見つかっており、生息域の拡大に懸念が広がる。ひとたび定着すれば、根絶は不可能とも言われるヒアリの生態。水際で防ぐことはできるのか、それとも既に手遅れなのか。

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    なぜ世界で唯一ニュージーランドだけがヒアリを「根絶」できたのか

    村上貴弘(九州大学決断科学センター准教授) 5月26日に兵庫県尼崎市のコンテナ内から「世界の侵略的外来種ワースト100」に入っているヒアリが発見されてから1カ月あまり。次々に見つかるヒアリに付近住民のみならず多くの人々が心配をしている状況です。私の知り合いの息子さんもヒアリに刺される夢をみているという連絡があり、心を痛めています。多くの人々に正しい情報を提供し、正しく恐れることを目的に本稿を書き進めたいと思います。ヒアリの女王アリとみられる個体(環境省提供) まず、第一点目は、ヒアリの毒はアリの中で最も強い毒というほど強くはないということです。世界には、もっと強い毒を持ったアリが複数存在します。 では何が問題なのでしょうか? 一番の問題はその繁殖力です。現在、米国では、アラバマ州、テキサス州、フロリダ州など南部の18の州に定着しています。そして、地域住民の約50~90%(約1000万人)がヒアリに刺された経験を持つといわれています。この数の多さが厄介なのです。 その中でアナフィラキシーショックを示すのが約1~2%、亡くなられた方が約100名ということで致死率は0・001%程度です。したがって、死への恐怖をあおるというのは正しくなく、広範囲に定着して多くの人が刺されてしまうということを心配することが正しいと思います。 現段階の日本の現状をまとめてみましょう(2017年7月11日現在)。これまで6地点(尼崎、神戸、大阪、名古屋、春日井、東京)で侵入が確認されています。そのうち春日井市(愛知県)の事例を除いてすべてが港のコンテナ内、もしくはコンテナ保管場所から見つかっています。内陸の春日井市では1個体の働きアリが見つかっています。女王アリは大阪港で見つかっています。これらの情報から現段階で日本へのヒアリの進出状況は『侵入』段階で、『定着』には至っていません。 ヒアリの駆除には初期対応が重要です。ヒアリは1930年代にアメリカ合衆国に侵入・定着した後、カリブ海、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、中国に侵入・定着しています。 アメリカ合衆国は、もっとも対応を誤ってしまった国です。問題点として①気づいたときには多くのヒアリが定着していた(初期対応の不足)、②ヒアリ駆除の方法論が確立されていなかった、③レイチェルカーソン著「沈黙の春」でヒアリの被害が過小評価され、DDTやBHCなどの強力な殺虫剤を使えない状態になってしまった、④南米では天敵となっているノミバエを使った生物防除の大規模実証研究もしていますが、有効な手段にはなっていません。 現在、米国では年間5000~6000億円の経済被害が出ています。おもな被害は農作物の食害、電気設備の配線を食い破りショートさせる、公園などに営巣したコロニーの除去、敷地内に巣がある場合の不動産価値の低下などがあげられています。中国と台湾の場合 オセアニア2カ国は非常に参考になる対応をしています。 まずニュージーランドですが、01年にオークランドの空港そばの敷地にヒアリの巣を空港関係者が発見しました。その後、ニュージーランド農務省は迅速に対策チームを結成し、殺虫剤を使ったコロニーの駆除、発見場所から1キロ圏内を定着ハイリスクエリアに設定し徹底してモニタリング、5キロ圏内を要注意エリアとして調査を行うことで03年の夏までに根絶宣言を出すことができました。この作業にかかった費用は約1億2千万円です。その後も複数回港のコンテナ内からヒアリが発見されましたが、定着前に駆除されています。 オーストラリアでも01年にブリスベーンに定着が確認されました。ニュージーランドに比べると定着した巣の数が多く、駆除は難航しました。ニュージーランド同様、迅速にヒアリ根絶国家プログラムが発動し、6年後の07年にはブリスベーンに定着したヒアリの99%を駆除できたと発表しています。しかし、残りの1%は現存しており、いまでも繁殖の危険性はゼロにはできていません。また、14年と15年にも侵入が確認され、継続的に予算をつぎ込んでおり、この15年間で270億円を費やしています。 この2カ国の対策の違いは非常に参考になると思います。ニュージーランドで発見されたヒアリの巣は定着後半年から1年以内と推定され、わずか1コロニーだけでした。この場合、根絶は可能でした。しかしながら、ブリスベーンでは巣は複数同時に確認され、ニュージーランドより大規模に根絶プログラムが発動しましたが、根絶できませんでした。かかった費用も約200倍以上です。いかに初期対応(定着前に発見すること)が重要か分かると思います。 隣の台湾には04年に侵入・定着しています。台湾も国家紅火蟻防治中心(National Red Imported Fire Ant Control Center)を迅速に設立し国家プロジェクトでヒアリの根絶を進めています。08年の報告では桃園のヒアリの88%、嘉義では94%を駆除できたとしています。台湾ではヒアリ探索犬を開発するなどユニークな取り組みをしていますが、それでも根絶にはいまだにいたっていません。台湾では年間約2億円の予算を計上していました(09年当時)。 中国も2004年に深圳市に侵入・定着し、急速に分布範囲を広げており、07年の報告では広東省、広西チワン族自治区、湖南省、福建省、江西省まで拡大しています。中国本土でも駆除対策のみならず、基礎研究を行っており2013年の論文では95本の研究論文が少なくとも報告されていることが明らかになっています。 以上のように、これまで侵入・定着した国と地域で根絶に成功したといえるのはニュージーランドのみです。繰り返すようですが、初期対応の違いで大きく結果が違ってきます。巣を壊したときの反応 次に、ヒアリの特徴を説明します。 ヒアリはもともとブラジル、アルゼンチン、パラグアイ国境の熱帯雨林に生息するアリです。体長は2.0ミリ~6.0ミリとばらつきが大きいのが特徴です。体は、頭部と胸部がやや赤茶色、腹部が黒色で全体的に光沢があります。 ただ、一般の方がヒアリを形や色からだけで識別できるかというと、かなり難しいのではないかと思います。現在、日本社会性昆虫学会がサイトでQ&A形式で基本的な情報をビジュアル付きで解説しております。 日本のアリとの大きな違いはその動きと攻撃性です。たとえば、巣を壊したときの反応が非常に素早く、また躊躇(ちゅうちょ)なく刺してきます。  また、女王アリの産卵能力が高いことでも知られており、1個体の女王アリが条件さえ整えば1時間に平均80個ほど卵を産むことができます。女王アリの寿命は6~7年。生涯で産む卵の数は200~300万個といわれています。 原産地では一つの巣に女王アリは1個体いることが多いのですが、侵入地では10個体前後、多いときには100個体を超える女王アリがいて、それぞれが産卵している場合もあります。このことが、さらに繁殖力を高めています。 原産地では、ヒアリは熱帯雨林の中に巣を作らずに川べりの赤土の露出したところに巣を作ることが多いです。そういった場所は雨期には増水し、巣を破壊します。そのときにヒアリは働きアリ同士が協力して「イカダ」を作ります。その上に女王アリや幼虫・卵・さなぎを乗せ、川を下っていきます。そうして適した場所にたどり着いたら、上陸しそこでまた新たな巣を作っていきます。コンテナ周辺でヒアリがいないか確認する鳥取県職員ら=7月6日、境港市の境港 まさに、自然条件下でも厳しい環境の変化に適応しており、それが侵略的外来種としての特質をすでに持っていたということもいえるかもしれません。  これから私たちはどのようにしていけばよいのでしょうか? まずは落ち着いて行動しましょう。現在、過度にヒアリの被害を強調されています。それらの情報に振り回されないよう冷静に対処しましょう。現段階でヒアリがすぐに大繁殖することはありません。その上で適切な対応を考えていきましょう。 特にこれは行政・研究者レベルの話ですが、まずは供給源となっている地域を特定し、その地域と連携しながらヒアリの駆除プロジェクトを立ち上げるべきです。 より広範囲にわたって貿易を行い、しかもそのスピードも頻度もどんどん増加している21世紀。私たちは今回のヒアリの侵入から、人間活動の活発化がもたらす光と影を深く理解し、影の部分のリスクに対してしっかりとした覚悟を持って対処していくことが大切です。

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    「殺人ヒアリ」恐るるなかれ、マムシやスズメバチより危険度は低い?

    (2017年7月11日時点)。東京・大井ふ頭で見つかったヒアリ=4日(環境省提供) 筆者のような基礎科学をもっぱらとするアリ研究者のもとへも各方面からの問い合わせが寄せられたが、これもひとえに、ヒアリが人への健康被害をもたらし、莫大(ばくだい)な経済的損失の原因となる危険生物だからである。長らく時間の問題だといわれていた国内への侵入が確認された今、これ以上の分布拡大をくい止めるべく最大限の努力が払われる必要があると同時に、現前のリスクを「正しく怖がる」態度が重要である。 ヒアリの被害が最も多く報告されているのは、1930年代から定着している米国南部一帯である。現地では刺されることによる人や家畜への被害や農作物への食害、配線をかじられることによる電気設備への被害も生じ、米国での経済的な損失は年間6,000億円にものぼるという。他の有毒生物とは比べものにならない被害の規模は、ヒアリがもつ「社会性」に起因するところが大きい。 10万匹以上のアリがコロニーと呼ばれる巣に同居し、コロニーの中では産卵に特化した女王アリと巣を維持する働きアリとが分業体制を敷いている。ヒアリの働きアリは非常に攻撃的であり、また女王アリは1時間に80個もの卵を産む能力があるとされるが、これらも効率的な分業体制によって可能になっているものと考えられる。生物進化の歴史の中でヒアリが獲得した「社会性」が、同じく社会性を持ったわれわれにとってのリスクとなっていることはなんとも皮肉である。 ヒアリの原産地は南米であるが、世界の温帯・熱帯地域で繁殖できる能力を持っているとされ、北米を経由地とした分布拡大は、現在でも世界的な規模で続いている。21世紀に入ってからはオーストラリアやニュージーランド、さらには中国、台湾、東南アジア諸国への侵入が報告されている。これらはすべて、今回の日本への侵入と同じく物流を介して生じたと思われ、経済活動のグローバル化が意図せぬ弊害をもたらした格好だ。 ヒアリ発見のニュースの中で筆者が驚いたのは、輸入されたコンテナが国内でも頻繁に移動しているという事実である。ヒアリの自然状態(巣の移動や翅アリの飛翔)での分布拡大能力は米国での事例では年に10キロメートル程度とされる。しかし、物流に伴う人為的な移動はそれをしのぐスピードで国内の港湾など物流拠点間での飛び火的な移動を助長する可能性がある。ヒアリは幹線道路脇や都市公園など人工的な環境に好んで生息するため、いったん物流拠点での定着を許してしまうとその後の陸続きの分布拡大にも同時並行的な対処が必要となってしまう。ヒアリの研究は進んでいる 現実のものとなってしまったヒアリのリスクを前に、われわれにはどのような対策が可能だろうか。まずは、これ以上の分布拡大を阻止しなくてはならない。現時点での情報から判断すれば、日本へのヒアリの侵入は港湾部や事業所の倉庫内などに留まっており、他の場所で刺された被害も報告されていないことから、国内での世代交代はまだ生じていない段階であると思われる。近隣諸国への侵入以来警戒されていたことが功を奏して、定着後の発見とならなかったことは不幸中の幸いである。 発見された場所では、殺蟻剤による迅速かつ念入りな処置が必要である。港湾部などの人工的な環境では、在来生物の多様性は比較的低いとは思われるが、在来アリとの餌や住み場所をめぐる競合や天敵によってヒアリの分布拡大を抑制できることも可能性としては考えられることから、発見場所周辺の生物相や殺蟻剤の影響には継続的なモニタリングが肝要であることは指摘しておきたい。根絶に成功したニュージーランドの事例は参考になるであろう。 発見場所の近隣に住む人々にとって一番の気がかりは、健康被害の可能性であろう。ヒアリが発見された場所の周辺では、無用にアリに触らないことが望ましい。ヒアリに刺されてしまった場合に重篤なアレルギー反応を生じる可能性がある人の割合は、米国などでは1〜5%とされている。その場合、早急に適切な治療を受けることが推奨されている。 筆者の個人的見解であるが、マムシやスズメバチとは異なり、ヒアリに遭遇する可能性が高いのは都市部であるため、刺された場合でも最寄りに医療機関がある場合がほとんであろうから、治療が遅れたために命を落とすということは起こりにくいのではないだろうか。医療機関にヒアリに刺された場合の症状についての知見があれば、迅速な対応が可能になるのみならず、ヒアリの分布拡大を察知することにもつながるだろう。 日本という新しい環境に侵入したヒアリが、実際にどのような被害を引き起こすかを事前に予測することは難しい。ただ、死亡者数などのセンセーショナルな情報が先行して、地域ごとに異なる生態的・社会的背景を無視した議論が起こることは望ましくない。基礎研究に携わる者として強調しておきたいことが一つある。 ヒアリはゲノム情報の解読をはじめ、アリの中では基礎研究・応用研究ともに研究が最も進んでいるものの一つである。公的機関・研究機関から出されている情報は、最新の研究成果を反映しており、典拠を明示してあるものも多い。何がわかっており何がわかっていないのか明確にし、わかっていないことに関しては先行事例を参考にしながら他のリスクと比較衡量しつつ行動する。リスクを「正しく怖がる」という態度が、結果的に被害を軽減し、ヒアリ根絶にもつながる早道であろう。

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    ワカメやコイも 「世界を侵略する」日本固有の生物はこんなにいた!

    草刈秀紀(WWFジャパン) 1971年2月、日本で『侵略の生態学』(※1)という書物が出版された。通称『エルトンの侵略の生態学』という。原著は58年に刊行されている。本書の日本語版前書きには、次のような記述がある。「…なかでも人類の働きによる生物種の移動は、世界のどの地域においてもたいへんなもので、新しい生物が、それまで住んでいなかった地域へ、つぎつぎに“侵略”して行っています。これには、人間が意図して持ち運ぶ場合も、また意図しないにもかかわらず移動させてしまう場合もありますが、とにかく最近百年間には、この動きがとくに激しくなっているのです。こうした結果、一連の“生態的撹乱(かくらん)”がまき起こり野生の動植物間に何千万という全く新しい相互関係を生み出すと同時に、人間の健康や天然資源、さらには人間環境全体をも狂わしています」 『エルトンの侵略の生態学』が指摘する点は、現在、世界中で起こっている外来種の問題そのものであり、話題となっている外来種による影響と対策は、既に日本語版で46年前に指摘されていたことになる。 外来種の影響は、生態系の攪乱のみならず、人間の健康や天然資源、さらには人々の環境全体をも狂わしているのである。 昨今の外来種問題や防除対策などの法的根拠として、生物の多様性に関する条約(生物多様性条約)の第8条(h)「生態系、生息地若しくは種を脅かす外来種の導入を防止し又はそのような外来種を制御し若しくは撲滅すること(第8条・生息域内保全)」がよく引用されている。国際自然保護連合の「世界の侵略的外来種ワースト100」に入っているワカメ 外来種対策は、そもそも生物多様性を保全するという大きな将来目標を実現するための一つの対策として、考えられているものである。 海外から侵入した外来種による問題が昨今、多く取り上げられているが、日本も世界の生物多様性に影響を及ぼしている加害者である。ワカメもコイも「侵略者」 例えば、私たちが日ごろから食しているワカメは、国際自然保護連合(IUCN)による「世界の侵略的外来種ワースト100」の選定種の1つである。ワカメの遊走子(べん毛を持って水中を泳ぐ胞子)が日本からの商船の「バラスト水」に混入した状態でニュージーランドやオーストラリア、ヨーロッパ諸国の沿岸域に運ばれ、そこでバラスト水とともに放出されて、沿岸域に定着。増殖して、侵略的な外来生物になっている。ワカメを食べない文化圏の国々にとっては、大きな問題となっている。 バラスト水は、船舶が空荷の時に、船舶を安定させるため、重しとして積載する海水で、主に貨物を積む港において排出される。世界では、年間30-40億トンのバラスト水が移動していると推計されている。日本には、年間およそ1700万トンのバラスト水が持ち込まれ、約3億トンが持ち出されているとみられる。バラスト水に存在する生物が、船舶を介して本来の生息域でない海域に侵入し、繁殖して、被害が発生するのである。国際自然保護連合の「世界の侵略的外来種ワースト100」に入っているコイ 日本の河川や公園の池でよく見かけるコイは、比較的流れが緩やかな川や池や沼、湖、用水路などにも広く生息する淡水魚である。しかし、コイは、汚染に強く雑食性で何でも食べ、さらに低温にもよく耐える生きものである。30センチを超す大きさに育つので天敵が少なく、淡水域の水底において優占して問題となっている。移入された北アメリカでは泥臭いという理由で食用にされないこともあって、爆発的に個体数を増やして問題となっている。 日本の固有種ではないが、日本から生物が海外に広がり希少なカエルが絶滅したと思われる例もある。生態系への深刻な影響として、一時話題となった、カエルツボカビ症問題にふれざるを得ない。 カエルツボカビは感染力が強く、野外での根絶が不可能といわれ、海外では、地域的にカエル類の絶滅が起こったり、一部のカエルが絶滅したりしているケースが見受けられる。アジア起源のカエルツボカビが世界に拡散 2006年12月、日本で初めて飼育下におけるカエルツボカビ症が確認された。そして、07年1月「カエルツボカビ症侵入緊急事態宣言」がWWFジャパンも含めさまざまな学会から16団体が共同署名して、全国に発信された。その後、飼育下および流通過程において、カエルツボカビ症の感染が明らかとなり、6月には、野生のウシガエルからカエルツボカビ菌が検出された。そこで、全国のカエルツボカビの拡散状況が研究者によって調べ上げられた。特定外来生物に指定されているウシガエル 国立環境研究所などの調査で日本のカエルから約30系統のカエルツボカビ菌が見つかったが、中米や豪州では1系統しか見つかっていないということで、アジア起源のカエルツボカビが世界に拡散し被害をもたらしたと考えられている。日本・中国・韓国などで感染の報告があっても被害の報告がないこととも符合する。 10年9月時点で50タイプのカエルツボカビ菌が確認されており、調査したカエルのサンプルの3%が菌に感染していたが大量死は発生していないこと、1932年のオオサンショウウオの標本からもこの菌が検出されていることなどから、日本ではカエルツボカビ菌が昔から自然に存在し、日本の両生類は、これにすでに抵抗力を持っている可能性が高いと考えられている。むしろ日本の研究者や採集家が用いるフィールドワーク時の装備などを通じて、カエルツボカビ菌が世界に拡散した可能性があると揶揄(やゆ)された。 『エルトンの侵略の生態学』の原著が59年前に出版されており、半世紀以上が過ぎた。この間、私たちは、外来生物対策として、今まで何をしてきたのだろうか。先人の知恵を謙虚に受け止め、学び、対処していれば、防げたことが世の中に多数存在するのではないだろうか。 外来種対策は、私たちが将来健全に生活していくために必要な生物の多様性や生態系を健全に保つための一施策である。 環境省では、外来生物被害予防三原則として、(1)入れない(悪影響を及ぼすかもしれない外来生物をむやみに日本に入れない)、(2)捨てない(飼っている外来生物を野外に捨てない)、(3)広げない(野外にすでにいる外来生物は他地域に広げない)としている。だが、日本起源の外来種が世界で悪影響を及ぼさないためにも、4項目めとして、「日本から出さない」ということを加えたい。引用文献(※1)川那部浩哉・大沢秀行・安部琢哉訳(1971):侵略の生態学,思索社(※2)カエルツボカビ症について:WWFジャパン(※3)日本由来の外来種

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    日本を侵略する外来種との「終わりなき戦い」を食い止める方法がある

    辻村千尋(日本自然保護協会保護室室長) 「ヒアリ」が発見されたというニュースが日本列島を席巻しています。毒を持っていることから人的被害への恐れがこのニュースをより大きくしている側面もあります。しかし、外来種問題の本当の恐ろしさは、人的被害だけではありません。そのことの理解のために「外来種とは何か」というところから整理します。 外来種とは、人の移動手段が人力から動力に変化し移動速度が格段に上がってから、人の手によって移動させられた生きものをいいます。日本では明治時代以降になります。そして、その外来種の中でも、他に競合する生きものがなく、もともとその地で暮らしていた生きもの(在来種)を駆逐して爆発的に生息・生育地を拡大していくものを「侵略的外来種」としています。 歴史的にできあがった自然のつながりが壊されることこそが、外来種問題の本当に怖いことなのです。ヒアリや、同時期に見つかった毒アリ「アカミミアリ」も生態系への影響に対する危険を重視しなければいけません。外来種の侵入が確認された場合、初期段階で完全駆除を徹底しなければなりません。一度定着してしまうと、根絶は非常に困難になってしまうからです。天然記念物アカガシラカラスバトの繁殖地を「サンクチュアリー」に設定し生態系保護に取り組む=東京都小笠原村父島(2011年撮影) 世界自然遺産に登録されている小笠原諸島での外来種問題をみれば、そのことの意味がよくわかると思います。 小笠原はその自然の価値から世界自然遺産に登録されています。しかし、登録前から外来種問題を抱えており、その対策の確実な履行が登録の条件でもありました。最も遺産の価値として位置付けられたカタツムリなどの陸産貝類については、再生能力を持つ扁形(へんけい)動物「プラナリア」の侵入により父島では壊滅的な状況になっていますし、特定外来生物のトカゲ「グリーンアノール」により固有の昆虫類も父島では絶滅してしまったものもいます。 野生化した猫「ノネコ」は絶滅危惧種のアカガシラカラスバトや海鳥類、ノヤギは固有の植物にそれぞれ大きなダメージを与えました。環境省や林野庁、東京都などの行政機関や研究者、地元のNPO等の活動で、例えばノネコの捕獲が進んだことでアカガシラカラスバトの生息数が劇的に改善されたり、属島からノヤギが完全駆除されたりと成果も多く上がっています。外来種問題を引き起こさない方法とは しかし、その一方で新たにグリーンアノールが兄島という無人島に侵入してしまうなど次々に問題も浮上しています。さらには、捕獲して減少したノネコの影響でクマネズミが増加したり、ノヤギによって被圧されていた外来植物が繁茂拡大する問題も起きています。このように一度定着してしまうと単純に駆除すればよいという状況ではなくなり、生物間の相互作用を予測評価しながらの対策が必要となり、結果、完全駆除ができないものも出てきてしまうのが、外来種問題の大きな課題です。 ところで、費用対効果が高く、かつ外来種問題を引き起こさない方法として、どんな方法が思い浮かびますか? それは、外来種を「入れない」ことです。しかし、グローバルなつながりがある現代では、最も難しいことでもあります。ヒアリもそうでしたが、外来種はいろいろなものと一緒に混入して運ばれてくるので、物流を止めない限り実現できないからです。もう一度鎖国するということは現実的ではありません。神戸港のコンテナヤードを調査する環境省の職員ら=6月16日(神戸市提供) それでも、できることもあります。それは不必要な物資の移動をやめることです。日本は島国です。そしてその成り立ちから地形や地質が複雑に入り組んだ箱庭のような自然環境をしています。同じ日本という国であっても、その土地土地でそれぞれの生態系があります。ましてや、国内といっても海を挟んだ島と島では生態系は全く別物のこともあります。 せめて、島と島の間で土砂の移動を制限するとか、やむをえず入れなければならないのであれば徹底した検疫システムを作るなど、できることもあるのです。 固有種の多い島では、島外から持ち込む海の埋め立てに使う土砂は、すべて焼却処理を施すことも考えられます。そんな対策をしたらいったいいくら費用がかかるのか、費用がかかりすぎて現実的ではないとの意見もあるでしょう。しかし、外来種が蔓延(まんえん)し、在来の自然に致命的な打撃を与え、多くの絶滅種や危惧種を作りながらも「終わりなき戦い」を続けることと比較した場合、どちらが「安い」のでしょうか。一度そのことを真剣に議論するべき時に来ているのではないでしょうか。

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    ヒアリの恐怖は命以外にも、米で6000億円超の経済的被害

     神戸港で水揚げされたコンテナから日本に上陸したことが5月下旬に確認されて以来、連日のようにメディアで報じられている「ヒアリ」。攻撃的な性格と尻の毒針によって、米国では毎年100人もの命が奪われている。国内初確認となる「ヒアリ」が見つかった神戸港のコンテナヤード=神戸市中央区港島「刺されて死ぬこと」はもちろん恐ろしいが、そればかりではない。1930年代からヒアリ被害に悩まされる米国では経済的にも深刻な打撃を受けている。 テキサスA&M大学農業経済学部のカーティス・ラード氏らの2006年の調査によれば、ヒアリの定着が確認されている米14州の経済的被害の合計額は54.6億ドル(約6069億円。6月22日現在、以下同)にのぼる。 被害の内訳は「一般家庭」が年間約36.7億ドル(4075億円)、次いで「電気・通信」が6.4億ドル(711億円)となっている。 巣が建物や道の下に作られれば、倒壊や陥没の危険性があるほか、通信ケーブルや電気設備を破壊することが報告されている。 農業への影響ももちろん甚大で、年間4.2億ドル(466億円)の被害があるという。ヒアリは作物を枯らす原因となるである害虫・アブラムシの数を激増させるからだ。神戸港のヒアリ駆除を担当した、環境省外来生物対策室の若松佳紀氏が言う。「ヒアリはアブラムシが出す甘い体液を好むため、共存関係を維持するべくアブラムシを保護する習性があります」 もし日本にもヒアリが定着すれば、甚大な被害は避けられない。日本経済への影響を、アリの生態に詳しい九州大学の村上貴弘准教授がこう予測する。「今は温暖な地域にしか生息できないといわれているが、ヒアリは環境適応能力が高いため、関東から沖縄までなら住み着く可能性は十分にある。各地の農業への影響はもちろん、東京、大阪、名古屋といった大都市で定着すれば、その被害額は甚大でしょう」“蟻の一穴”の時点から凶暴すぎる。関連記事■ 47都道府県の経済力 東京=インドネシア、群馬=オマーン■ 【日韓比較・経済編】名目GDP、国際特許出願件数、対外投資■ 資産2.3兆円のアリババ会長 上場で孫正義氏も笑い止まらない■ イスラム国 外国人戦闘員の月給は約72万円で油田が資金源■ 中国の外貨準備高が5000億ドル激減 人民元防衛で市場介入か

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    ブラックバスと肩を並べる「侵略的外来種」の恐るべき“被害”

    与えるという確たるエビデンスはない。だが放流するのであれば少なくとも「たぶん大丈夫だろう」ではなく、科学的な知見を基に行うべきだろう。「予防原則」の下、生態系に影響がないことを確認してから放流を行うべきではないだろうか。ニシキゴイや金魚のような美観目的の放流に限らず、漁獲量向上を狙った放流についても効果を疑問視する意見は根強い。規制する法律がない放流 アユは放流のリスクが表面化した好例だ。川や湖などの内水面では、漁業法により「獲ったら増やす」の増殖義務が漁協に課せられている。義務履行の手段として大部分を占めるのが放流だ。釣り人から徴収するアユの遊漁料が経営の柱という内水面漁協も多く、琵琶湖産のアユが友釣りに適しているとして人気を集め、戦前からこぞって全国の川に放流されてきた。 しかし90年代に入ると、アユの漁獲量が激減した。サケ由来の致死性の感染症・冷水病が湖産アユに伝染、放流によって全国に拡散したのが原因とされる。さらにある業界関係者は「冷水病のパンデミックは90年代からだが、むしろよくここまで何事もなかったなという印象。エドワジエラ・イクタルリ症など、第二の冷水病になりうる病気はアユで確認されている」と警鐘を鳴らす。 またアユは回遊魚であり、川で卵からかえり、稚魚の間を海岸近くの海で過ごした後、遡上する。しかしアユの生態に詳しい長崎大学の井口恵一朗教授は「湖産アユは琵琶湖の淡水環境に適応した『陸封アユ』であり、在来アユと比べると海水への耐性で著しく劣る。湖産アユ同士の仔はもちろん、湖産と在来の交雑個体も海水環境では多くが死んでしまうと予想される。少なくとも海から遡上してきた個体に湖産の特徴は現段階で見出されていない」と指摘する。ヤナ漁で捕れた琵琶湖のアユ この反省から、最近では川のアユを卵から育てた人工アユ種苗が放流量の過半を占めている。しかし養殖場で育った“温室育ち”の人工アユ種苗はカワウなどの捕食者を天敵と認識できず、野生では生き延びられないとされる。井口教授は「湖産アユ放流も人工アユ種苗放流も、再生産に資する増殖効果はほとんどなく、放流でアユを再生産することは期待できない。産卵場や魚道の整備によって天然アユを増やすのも、やり方によっては増殖義務の履行になる。そちらの方が良いのではないか」と語る。 海への放流で最も大きな割合を占めるのがヒラメだ。2015年現在で放流量の3割を占める。しかしこの放流も、ヒラメの再生産に寄与しているかは疑問符がつく。1999年をピークに放流量は右肩下がりであり、2015年にはピーク時の半分以下になったが、それ以後も漁獲量は6000トンから8000トンの周辺で増減を繰り返しながら横ばいに推移している。 一方、震災でヒラメの種苗生産施設が被災し、放流量・漁船数が共に激減した宮城県では、11年の漁獲量288トンに対して12年は197トンと減少したものの、13年は987トン、15年には1644トンと急増している。自然に任せることが何よりの漁獲量向上につながる方策のようだ。 話をニシキゴイに戻すと、ニシキゴイの放流を規制する法律はない。では全国各地で行われている放流を防ぐ手段はあるのだろうか。 放流を規制できるのはブラックバスなどが指定されている外来生物法のみだが、運搬や飼育なども禁止されてしまうため、産業として成立しているニシキゴイを同法の対象にするのは実質的には不可能だ。そうなると、都道府県レベルでの条例や漁業調整規則、内水面漁場管理委員会指示での放流規制が最も現実的である。 しかしこれを実現できている自治体は存在しない。ブラックバスのキャッチアンドリリース禁止など生物多様性保護では先進的と専門家から言われている滋賀県でも同様だ。愛知県では10年、既存の条例に盛り込む形で外来種の放流禁止を規定したが、指定対象選定の際にコイを加えるかどうかが議論になった。だが「コイ放流に歴史と文化がある」「広くなじまれている」など愛着を理由に指定を見送った。

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    NASA発見の新惑星が「第二の地球」になる条件はこんなにも厳しい

    福江翼(神戸市外国語大学准教授、京都大学博士(理学)) 「トラピスト1」と呼ばれる星の周囲に、地球のような小さな惑星が7個も発見され、大々的な話題となった。すでに太陽系の外には3000個以上もの惑星が報告されているにも関わらず、なぜこれほど話題になったのか。それは、生命の存在しうる惑星が、地球から近いところに見つかったのではないか、ということがポイントであろう。 今回の研究では、宇宙空間に設置されたスピッツァー宇宙望遠鏡や地球上の複数の望遠鏡を駆使した大規模な観測が行われており、観測の合計時間は1000時間を軽く超えている。非常に精度の高い巨大なデータがもたらした貴重な成果といえる。 発見された惑星は地球クラスの小型の惑星だった。一般的に、遠くにある小さなものを探すことは困難であり、地球のような小さな惑星探査は現在の天文学においてもけして簡単なことではない。実際、2016年の時点でトラピスト1には惑星の発見報告が一部あったのだが、詳細な観測をさらに進めた結果、実は7個もあったことが今回やっとわかったのである。見つかった惑星の想像図。地表には液体の水があり、 空には太陽に相当する恒星や他の惑星が浮かぶ(NASA提供・共同) 今回見つかった新たな惑星は、宇宙と生命の観点からも注目されている。地球の生命は「液体の水」が生きていく上で必要になっている。そこで宇宙の生命探査においても、惑星に液体の水が存在できるのか、という観点が欠かせない。 地球の場合、太陽から届く日光のおかげで液体の水が存在できている。トラピスト1においても、この星から惑星が遠くなりすぎると、届く光が減るために、(水という物質が存在したとしても)氷になってしまうだろう。逆に、星に近すぎると熱くなりすぎて蒸発するだろう。惑星が中心の星から「適度な距離」に存在していれば、惑星の気温も適度なものとなり、液体の水を保持している可能性が高くなる。 トラピスト1で発見された7個の惑星のうち、3個の新たな惑星が星からの距離が適度な場所(ハビタブル・ゾーン)に存在していると見積もられた。この見積もりは温室効果などの惑星環境にも依存するため、さらに増える可能性もある。 また、これらの惑星はその大きさもその重さも、いずれも地球クラスのものであることが観測から判明した。惑星の密度も地球と似ており、たとえば密度の低いガス惑星である木星のそれとは異なっている。つまり地球のような大地を持つ可能性がある。もし液体の水が十分に存在しているのならば、それは「海」と呼べるかもしれない。 もしかすると今回の発見は、生命の居住可能性を持つ惑星(ハビタブル・プラネット)、見方によれば「第二の地球」の発見に近付いているのかもしれない。そのために今回ニュースになっており、研究者としても宇宙のファンとしても注目している。太陽よりずっと軽くて温度が低い さて、トラピスト1は太陽よりはずっと軽く温度が低い星である。太陽の温度は約5800度であるのに対して、この星はおよそ2600度と見積もられていて、「超低温度星」に分類されている。この星が太陽とは異なるタイプであることは留意しておきたい。加えて、見つかった惑星はいずれもが、地球と比べると中心の星に近い場所にある。 そのため、星からの惑星への影響、ひいては生命への影響が、短期的にも長期的にも地球の場合とは異なってくる可能性がある。 地球やその周囲には太陽から日光以外にさまざまな影響が及んでいる。たとえば、わたしたちの太陽ではフレアと呼ばれる爆発現象が日ごろから起きており、フレアに伴ってX線などが発生している。そのため、生命に有害なX線や紫外線などが地球に降りかかっている。しかし幸いにも現在の地球では、オゾン層などの大気や磁気圏が地球表面の生命を上手く守りきっている。 それでは、トラピスト1で新たに発見された惑星はどうか? トラピスト1からは、比較的強いX線が発せられていることが、「XMM-ニュートン望遠鏡」を用いてすでに見つかっている。新たに発見された惑星に降りかかるX線や紫外線が大気や海にどのように影響するかはさらに研究が必要だろう。地球 もし惑星表面に有害な紫外線が大量に到達するなら、そこは生命の居住に適さなくなる。トラピスト1の惑星が地球と似た紫外線環境にとどまるためには、地球のような厚い大気やオゾン層が惑星にあるかなどに依存するとのことだ。今後は惑星大気の観測の重要性がさらに増すだろう。また、もし仮に生命体が、危険な紫外線から逃れるように海の中や地下に逃げ込んでいるならば、その探査はさらに工夫が必要になるとの指摘もある。 太陽系や地球とは異なるタイプの惑星環境において、生命はどのように誕生できるのか、もしくは生息できるのか、という問題はさらに複雑になってきている。アストロバイオロジーと呼ばれる学問分野において、これからの重要な課題になっている。 今後の新たな観測や理論研究に期待がかかる。幸いにも、トラピスト1は地球から比較的近い。地球からの距離は約39光年である。地球にもっとも近い星であるケンタウルス座のプロキシマ・ケンタウリ星が約4光年であることを考えれば、かなり近いことがわかるだろう。  一般的には、地球から近い方が望遠鏡に有利であり、それゆえに研究の発展性も見込まれる。しかもトラピスト1の惑星はトランジット惑星と呼ばれるタイプであり、適用できる天文学の手法が比較的多い。惑星大気の研究も進むかもしれない。 トラピスト1のようなタイプの星は他にも多く存在する。トラピスト1の惑星やその宇宙環境、もしかすると生命に関する話題が、この宇宙の典型的な例となるのかどうか。今後の研究に期待したい。参考文献Gillon, M. et al., 2017, Nature, 542, 456Wheatley, P. J. et al., 2017, MNRAS, 465, L74 (arXiv:1605.01564)Gillon, M. et al., 2016, Nature, 533, 221 (arXiv:1605.07211)Kopparapu, R. K., et al., 2013, ApJ, 765, 131 (arXiv:1301.6674)O'Malley-James, J. T., Kaltenegger, L., 2017, MNRAS submitted (arXiv:1702.06936)

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    「七つの地球」大発見に隠されたNASAの思惑

    寺薗淳也(会津大准教授、「月探査情報ステーション」編集長) ロマンあふれる発表…科学者として、私自身曖昧な言葉である「ロマン」という言葉はあまり使いたくないのだが、今回の発表に、一人の人間として改めて宇宙への憧れ、ロマンをかき立てられることになった。今回、NASAが発表した太陽系外惑星(系外惑星)についての発表は、これまで数多く行われてきた系外惑星に関する発表の中でも最大級の衝撃を持つものといってよいであろう。 ことによっては、この発表が、人類の歴史にとって長く記憶されることになるものになる可能性も十分にある。 今回のNASAの発表のキーワードには、3つの重要なポイントが隠されている。「赤色矮(わい)星」「ハビタブルゾーン」、そして「地球型惑星」である。この3つのキーワードを手がかりに、今回の発見の重要性を探ることにしよう。宇宙でありふれた「赤色矮星」 まず最初に出てくる言葉が、あまり耳慣れない言葉「赤色矮星」である。「矮星」という言葉は小さい恒星を指すものである。私たちがよく聞く言葉として、「白色矮星」がある。これは、太陽サイズの恒星がその寿命の最後に達する構成である。太陽は数十億年後には寿命を迎える。そのとき、太陽は大きく膨張し、周囲のガスは太陽系全体へと流れ出す。そして中心に残るのは、小さく白く輝く恒星「白色矮星」である。 しかし、赤色矮星はそのような星の最後の姿ではない。単にサイズが小さく、赤く輝いている星である。 星が出すエネルギーは、その大きさでだいたい決まる。大きい恒星は通常多くのエネルギーを放つため、表面温度が高く、白く輝く。それに対して、小さい恒星が出すエネルギーは少ないため、表面の温度が低く、赤く輝くことになる。恒星の大きさはさまざまであり、小さい恒星が存在してもよい。このような、小さく輝く恒星が赤色矮星である。 今回の発見の舞台となった赤色矮星「トラピスト1」を中心とした系外惑星系は、地球から39光年離れたところにあり、中心星の大きさは質量にして太陽のわずか0.08倍、木星より少しだけ大きいサイズと考えられている。恒星としてはまさに「極めて小さい」という言葉がぴったりである。 赤色矮星は、放出するエネルギーが少ないため非常に寿命が長い。多くのエネルギーを出す大きな恒星は、まるで浪費を止められないお金持ちのようにそのエネルギーを急速に使い、最後は超新星となって爆発するという運命をたどる。それに対し、赤色矮星は自らのエネルギーを細々と使い、数十億年以上、あるいは場合によっては宇宙の寿命に匹敵するほどの長い寿命を持つとされている。 また、赤色矮星は小さい分、宇宙における数が多いとされている。実際、赤色矮星は宇宙で最も多い恒星のタイプとされている。にもかかわらず、私たちがそれほど多くその姿を見つけることができないのは、ひとえに赤色矮星が出すエネルギー量が少ないためである。星が放つエネルギー量が少ないということは、私たちに届くエネルギーも少ないということであり、望遠鏡で発見できる可能性も少ないということである。 今回の赤色矮星は幸いにして39光年という「近い」距離にあったため発見できたが、宇宙には同じような赤色矮星が、私たちに見つけられることもなく「星の数ほど」あることが考えられる。実際、今回の赤色矮星は、銀河系内で最もありふれた恒星のタイプだとのことである。 つまり、このようなありふれた存在である赤色矮星に地球のような惑星が発見されたということは、このような組み合わせ、すなわち惑星を持つ赤色矮星(それも地球サイズの惑星を持つもの)もありふれた存在であるということを示唆するものである。 将来さらに技術が進めば、今回のトラピスト1のような赤色矮星と系外惑星の組み合わせがさらに多数発見され、今回と同じように生命が存在する可能性を秘めた惑星もみつけられることが期待できる。液体の水の存在は生命につながる液体の水の存在は生命につながる では、私たちの地球のような惑星が存在すれば、そこに必ず生命が存在できるのか。そのようなことはない。 私たちのような生命が存在するため最も重要なものは、水、それも液体の水である。ご承知の通り、液体の水は0度から100度までの間でしか存在できない。それより熱ければ水は水蒸気となる。0度より低ければ氷である。 生命の存在には水が欠かせない。おそらくはるか昔、地球に生命が生まれていく段階では、水の中に溶け込んでいたさまざまな物質、特に有機物が大きな役割を果たしたのだろう。いろいろなものを溶かすことができ、化学反応を促進できる存在である水は、こういった重要な役割に欠かすことができない存在なのである。太陽系のイメージ図 しかし、宇宙で水が液体で存在できる領域となると、意外に少ないのだ。例えば私たちの両隣の惑星をみてみよう。太陽に「少し」近い金星は、温度が高いため水が液体で存在できず、水に大気の二酸化炭素が溶けこむことがなく残ってしまい、強烈な温室効果によって表面が500度近い地獄と化してしまった。太陽から「少し」遠い火星は、かつては温度がある程度高く水があった可能性が高いが、今は温度が低く、水はふつう氷としてしか存在できない。 太陽系でさえ、水の存在は貴重なのである。このように、水が存在できる、つまり生命の存在の可能性が期待できる領域のことを「ハビタブルゾーン」という。英語では「生命が居住できる(ハビタブル)領域(ゾーン)」という意味である。 ハビタブルゾーンは、中心にある恒星からの距離と、その恒星の明るさ(エネルギーの強さ)によって決定される。これは、ストーブとその暖かさで考えれば分かりやすいだろう。 大きなストーブを中心に据えれば、かなり離れていても暖かさを感じられる。逆に、小さなストーブで暖めれば、その熱はそう遠くへ届くことはない。ストーブを恒星と考えれば、小さな恒星ほど系外惑星の内側に、大きな恒星であれば外側にハビタブルゾーンができる。 今回問題となっている恒星は、上で述べた通り赤色矮星というかなり小さく、放出するエネルギーが小さい恒星である。従ってハビタブルゾーンは系外惑星系の割と内側にあり、領域はあまり広くないはずである。にもかかわらず、今回のNASAの発表では発見された7つの惑星のうち、3つはこのハビタブルゾーンの圏内だという。 注意すべき点は、ハビタブルゾーンは水の存在が可能である領域であるというだけで、「水が必ず存在する」ということを示しているわけではない。まして、生命に必要な他の要素、例えば有機物や大気といったものの存在までは規定しているわけではない。ただ、ハビタブルゾーンに惑星があることによって、生命が生まれている可能性がぐっと高まることは間違いなく、しかも3つも圏内に入っているということは、将来より詳しい探査によってこれらの天体を調べるべきであることを意味している。明かされる「7つの驚異」の世界明かされる「7つの驚異」の世界 さらに今回、一般の人だけでなく科学者をも驚かせたのは、このような系外惑星系で、地球と同じようなサイズの惑星が同時に7つも発見されたということである。赤色矮星「トラピスト1」を周回する7つの惑星を地球から超高性能の望遠鏡で観測したイメージ(NASA-JPL/Caltech) 私たちの太陽系にある8つの惑星は、地球や火星のように主に固体(岩石や金属)からできている小さな惑星と、木星や土星のように主にガス(中心部は固体からなるケースが多いと推測される。ガスは木星や土星は水素やヘリウム、天王星・海王星はメタンなどが主)からなる大きな惑星の2つのグループに分かれる。小さな惑星のグループは地球型惑星、大きな惑星のグループは木星型惑星(さらに、天王星・海王星はひとまとめにして「天王星型惑星」とされることもある)と呼ばれる。 このうち、生命が期待できるのは、やはり地球型惑星であろう。ただ、地球型惑星は小さいため、系外惑星でこのような小さい惑星を発見することは大変難しい。チームメンバーも大型望遠鏡やさまざまな技術を駆使してこの快挙を成し遂げている。 今回、このトラピスト1の惑星系にある7つの惑星は、内側からb、c、d、e、f、g、hと名付けられており、全体として地球の0.4~1.4倍の質量を持つ(最も遠いhの質量はまだ完全に確定できていない)。ざっくりいえば「地球とほぼ同じようなサイズ」といってよいだろう。観測により、これらの天体が岩石質である(木星などのように、ガスが主体の惑星ではない)ことも明らかになった。 惑星のうち、最も内側にあるbは、太陽系でいえば水星よりも内側を公転していることになり、ここに水が存在するのは難しい。上で述べたハビタブルゾーンに属する惑星はe、f、gの3つである。 ただ、水の存在についてはいくつか問題がある。今回の発見では大気の存在までは確認できていない。もし大気が存在しないとすれば、表面の液体の水が蒸発し、宇宙空間へとやがて逃げていってしまう可能性も考えられる。ただ、地球サイズの天体であれば大気を十分に保持できると考えられるので、今後の発見には期待が持てそうだ。 また、ハビタブルゾーンに属する3つの惑星(e、f、g)については、公転周期がなんとそれぞれ6~12日と、地球(365日)に比べれば大変短い。中心の恒星からの距離も、eが0.03天文単位、fが0.04天文単位、gが0.05天文単位(天文単位とは地球と太陽との距離…約1億5000万キロで、太陽系などで距離を表す際に使われる指標である)と、地球に比べるとこれまたとんでもなく中心に近いところを回っている。ただ、中心の恒星の光が弱いため、このくらい近い距離であってもハビタブルゾーンに属していることになるのだ。仮に水や大気が存在したとしても、その惑星の世界は地球とは相当かけ離れたものとなっているに違いない。 さらに興味深いことに、外側1つを除く6つの惑星は、いずれももともとあったものではなく、どこかほかのところからやってきて、この天体の重力に捕まったものと研究者たちは考えている。 7つとも地球型惑星だとはいえ、それぞれの世界が多様であることが十分に推測できる。もちろん、ハビタブルゾーンの3つの惑星に最も強い関心が集まるであろうが、その他の惑星が魅力的でないわけではない。むしろ、それぞれが「7つの驚異」の世界だと考えると楽しいだろう。 このあたり、研究メンバーの1人であるマサチューセッツ工科大学のジュリアン・デ・ウィット氏は、「ロゼッタストーン(エジプト古代文字の解読につながった石板)は7つの言語で書かれていた。私たちはこの7つの惑星から、その世界を読み取ることができるのだ。」と語っている。 これらの惑星がどのようにして誕生し、いまに至ったのか。それぞれの惑星がどのような環境を持ち、互いにどのような影響を及ぼしているのか。恒星のそばを早い周期で回るような環境の惑星に生命が存在しうるのか。私たちは今はじめて、地球や金星、火星などと直接比較できる、まったく別の世界へと足を踏み入れようとしているのである。NASAの「あおり」にそそのかされるな 今回の発見は、もちろん「宇宙人の発見」でもなければ「生命の発見」でもなかった。これまで、NASAの重大発表というアナウンスがあると、かなりとてつもない発表が行われるという期待がメディアやインターネットを駆け巡り、その後実際の発表のあと落胆する、ということがしばしばあった。このようなNASAの「あおり」の一因は予算獲得にもあるのだろう。大きな成果を強調し、プロジェクトや組織全体への予算要求を正当化し、議員などへの説明に使おうということだと考えられる。 従って、今回の発表をオオカミ少年のような形で扱うことは適当ではなく、科学的にその内容を冷静に吟味することが必要だ。私たちも、ロマンあふれる発表とはいえ、あくまでまだ「生命存在の/水の存在の」可能性が示されているというだけであり、一気に飛躍して考えるべきではない。 にもかかわらず、今回の発見の衝撃は大きい。赤色矮星というありふれた存在に、地球型惑星が数多く存在し、そのうちの多くが生命存在の可能性のある領域にあるとなれば、宇宙に私たち以外の生命がいるかどうかという人類究極の疑問への答えが一歩、それもイエスに近い方向に進むことになる。 そのうえで、まず今後はこの恒星、そして系外惑星系の観測をよりしっかりと行っていくことが重要だ。取り急ぎ最も重要なのは大気の存在とその成分の確定であろう。大気があるとなればさらに水の存在の可能性は高まる。生命へとつながる。 また、他の恒星、とりわけ赤色矮星系に似たような惑星系が存在しているのかを調べることも重要だ。赤色矮星はそれ自体が暗いために発見が難しく、惑星はさらに暗いため、惑星の発見はまさに至難の業といえる。丹念な観測が必要だ。 より長期的には、こういった宇宙観測を強化する体制が必要であろう。日本でも国立天文台が中心となって、口径30メートルという超大型望遠鏡「TMT」の開発を進めている。このような次世代型巨大望遠鏡と、超高感度のセンサーを組み合わせれば、これまでみつけられなかったものを発見できる可能性はぐんと高まっていく。 宇宙望遠鏡も、もちろん活躍してくれるであろう。NASAが開発中で、2018年打ち上げ予定の新世代の宇宙望遠鏡、ジェームズ・ウェッブ望遠鏡は、これらの惑星の大気観測に活用できると考えられる。 もちろん、宇宙に生命が発見されたからといって、明日から私たちの暮らしが急に変わるわけではない。給料が上がるわけでもなければ、生活が便利になるわけでもない。しかし、このような科学的な発見が世の中を変えていったことは歴史が証明している。そして、私たちに好奇心というものがある限り、発見しようという人類、そして科学者の熱意がついえることはない。 私たちにできることは、こういった科学的な発見のニュースを理解し、いろいろな形で科学を支援し、そして科学的なものの考え方を身に着けていくことであろう。そうすれば、ある日「生命発見」のニュースが流れたときに、私たちは冷静に、自分たちが新しい時代に足を踏み入れたことを理解し、喜べるはずだ。そしてそのとき、今回のニュースを、自分たちがそのような「科学的なものの見方」に誘ったきっかけとして振り返ることになるだろう。今回の発表の衝撃は、その事実もさることながら、私たちのものの見方に与える衝撃でもあるのだ。

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    スーパー宇宙望遠鏡が「トラピスト星人」を発見する日

    堀川大樹(慶応大先端生命科学研究所特認講師) 2017年2月21日、NASAは太陽系外の惑星に関する新発見について記者会見を開くことをアナウンスした。「これは間違いなく、地球外生命探査にかかわる新知見だろう」。筆者はそう確信した。 というのも、ここ数年、NASAは1年に1〜2回ほどのペースでこのような会見を開いているが、これらの発表内容はすべて、地球外生命探査にかかわるものだからだ。「この宇宙には我々以外に生命がいるのだろうか?」という大きな問いを解明するための挑戦は、冷戦終了後の世界における、宇宙開発の大きな目的になっている。 2017年2月22日(日本時間23日)にNASAが開いた会見の内容は、「第二の地球」候補の惑星を複数含む太陽系外の「トラピスト1惑星系」についてのものだった。やはり、地球外生命探査にかかわる内容だった。ケネディ宇宙センター 今回、太陽よりもはるかに小さく低温の赤色矮性「トラピスト1」を、地球に近いサイズの7つの惑星が周回していることがわかった。さらにこの7つのうちの3つは、(もしも大気があればの話だが)水が液体の状態で地表に存在できる環境条件であることが、観測と計算により推定されたのである。 我々人間、そして、地球上の他の生物を見ればわかるように、生命が生きていくためには液体の水の存在が欠かせない。逆にいえば、地球外のとある惑星に、もしも液体の水があるとすれば、その惑星では生命が誕生し、蔓延っている可能性がある。もしかしたら、そのような惑星には我々人類と同等、あるいはそれ以上の文明をもつ地球外生命体がいる可能性もあるのだ。 このようなわけで、生命探査には、液体の水が存在しうる、つまり、生命が棲息しうる環境(ハビタル)な惑星を探すことが欠かせない。 だが、太陽系外のにこのような惑星があるかどうかは、最近まで不明であり、謎とされていた。もっといえば、太陽系外に「惑星があるかどうか」すら、長いあいだ見つかっていなかったのである。 太陽系外の惑星が初めて確認されたのは、1990年代に入ってからである。恒星のふらつきを検出することで、その周りを回る惑星の存在を予測するドップラー法や、恒星からやってくる光の減退を検出することでその前を横切る惑星の存在を確認するトランジット法などの観測技術が向上したことにより、系外惑星が次々と認定されるようになった。とくに2009年に打ち上げられたケプラー宇宙望遠鏡の活躍により、新たに認定される系外惑星の数は飛躍的に増加している。最強の宇宙望遠鏡で明らかになるもの だが今回のトラピスト1惑星系のように、太陽系外のひとつの惑星系に、地球サイズのハビタブルな惑星が3つも確認されたのは、これまでで初めてのことである。ただし、今回の研究成果からは、トラピスト1の惑星群に大気や水が存在するかは、まだ分からない。大気や水が存在するかどうかは、今後の観測と分析を待たなくてはならない。 さて、これらを調べるにはどうしたらよいだろうか。トラピスト1は、太陽系からおよそ40光年離れているため、そこまで探査機を飛ばして調べることは、残念ながらできない。だが、地上および宇宙で望遠鏡を用い、はるか遠くからやってくる光を分析することにより(トランジット分光法)、これらの惑星群の「プロファイル」を調べることが可能になる。報道公開されたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の主鏡=メリーランド州グリーンベルト、ゴダード宇宙飛行センター 今後の観測の中でもとくに期待されているのが、次世代宇宙望遠鏡のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡だ。2018年10月に打ち上げ予定のジェームズウェッブ宇宙望遠鏡は、高感度の赤外線観測ができる。簡単にいえば、これまでのどの望遠鏡でも見えなかったものを見ることのできる「目」をもった望遠鏡である。このスーパー望遠鏡により、トラピスト1の惑星群をはじめ、そのほかのハビタブルゾーンにある「第二の地球」候補である系外惑星のプロファイルを、これまでにない精度で分析することが可能になる。 ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、トラピスト1の惑星群からもしも水が検出されれば、生命が潜んでいる可能性が出てくる。酸素も、生命の存在を示唆する重要な指標(バイオマーカー)だ。酸素は反応性が高いため、すぐに他の物質と結合してしまう。酸素が存在するということは、植物様生命体による生命活動により絶えず酸素が待機中に供給されている可能性が高いからだ。そのほかに、オゾンやメタンなどの物質も重要なバイオマーカーとなる。 あと2~3年後には、今回の発表とは比べものにならないほどのインパクトをもつ新発見が、次々と発表される可能性が高い。「真の第二の地球が見つかった」と喜ぶ地球の人々。そのようすを眺めながら、「今ごろになって、やっとかよ」とほくそ笑むトラピスト星人が、もしかしたらいるかもしれない。

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    人類は「七つの地球」に移住できるか

    39光年先の宇宙で地球によく似た7つの太陽系外惑星を、米航空宇宙局(NASA)が発見した。生命に不可欠な水が液体の状態で存在する可能性があり、地球外生命への期待も高まる。いつの日か、人類が「第二の地球」に移住できる日は来るのか。世紀の大発見の意義を読み解く。

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    新発見の惑星で生命誕生と進化を可能にする「小さな太陽」の正体

    彦(東京薬科大教授) 7つの岩石惑星が地球から39光年の場所にある星の周りで発見されたことが、英国の科学雑誌ネーチャーで発表されました(Gillon, M. et al. Nature 542, 456-460)。その解説記事も同じ号に載っています(Snellen, I. A. G. Nature 542, 421-422)。 太陽の周りには7つの惑星が回っています。夜空の星は、地球から遠く離れた場所で、太陽のように輝いています。その周りにも、多くの惑星があることがわかってきています。発見された7つの惑星と太陽の役割をする赤色矮星のイメージ(NASA-JPL / Caltech) それらの惑星を直接見ることは望遠鏡でも難しいのですが、星の輝きを観測すると、惑星があることを推定することができます。遠くの星と地球の間を惑星が通り過ぎると、惑星が通り過ぎる間、星の光がほんの少し遮られることになります。この方法で、これまでに3500もの惑星が見つかっています。 ただし、この方法にはいくつもの難しい問題があります。例えば、星の大きさが大きい場合です。大きな星の前を遮る惑星が小さいと星の光はほとんど減らないので検出は難しくなります。惑星の軌道面が地球からみて傾いていれば、惑星が星の前を遮ることはありません。 さらに、惑星の周期が長いと、たとえば数年あると、観測している間には星の前を遮る可能性は大変低くなってしまいます。これまで見つかった3500個は、こうした問題点を超えて見つかった惑星の数なので、これよりも遙かに多数の惑星が宇宙にはあるのだろうと想像されています。 今回の発表では太陽よりも遙かに小さい、トラピスト1という名前の星を観測してその惑星の探査が行われました。トラピスト1は太陽よりもかなり小さく、木星をすこし大きくしたほどの大きさしかありません。 星の大きさが小さいと明るさが遙かに弱く、暗い星です。星が暗いので、その前を遮る惑星が小さくても検出できるわけです。その結果、地球とほとんど同じ大きさをした惑星が、7つも一度に見つかりました。 これまで、地球と同じくらいの惑星も見つかっていましたが、数はそれほど多くありませんでした。一つの星の回りにいっぺんに7つも見つかった事は、地球と同じくくらいの大きさの星が実は宇宙にはまだたくさんあるということを想像させます。 これらの7つの惑星は、トラピスト1の近くを回っていますが、7つのうち、内側の6つの周期は1.5日から13日と地球に比べると遙かに早い周期で回っていました。「トラピスト1」は太陽の数百倍長生き さらに、おもしろいことは、これらの惑星の周期がきちんとした整数比になっていたことです。つまり、一番内側の惑星が8回周回する間に、2番目の惑星は5回、3番目の惑星は3回、4番目の惑星は2回周回するという関係を持っていました。こういう関係があると良いことがあります。 つまり周期がおたがいに整数倍だと、いくつかの惑星がある時、近い距離にくることになり、その時の相互作用によって惑星の周回速度がほんの少し変化するのです。その変化の度合いを調べると、遙か彼方の惑星の質量がわかってしまいます。 惑星が星の回りを通り過ぎる時の暗くなる程度は、惑星の大きさ(直径)によっているので、惑星の直径もわかります。こうして、惑星の質量が判明し、直径がわかると惑星の比重が確認できます。今回見つかったトラピスト1の惑星の比重がわかり、トラピスト1の惑星が地球や火星の様に、多分岩石でできているだろうということも判明したのです。※写真はイメージ トラピスト1の惑星の周期がわかるので、星からどれくらいの距離を回っているかが算出できます。星の明るさから、そのトラピスト1の表面がどれくらいの温度かもわかります。 今回発見された、7つの惑星は星から大変近い場所を回っているのですが、トラピスト1が暗いので惑星の温度は十分低く、もし水があれば液体の状態を保っていられる程度に低い温度なのです。水が本当にあるかどうかはわかりませんが、海があるかもしれないという事を想像させます。 この星は地球から39光年しか離れていません。39光年というと光の速度で39年かかるという距離ですから、遙かかなたには違いありません。しかし、宇宙の大きさが138億光年であることから比べると太陽系に非常に近い距離にあることになります。 来年ジェームス・ウェッブという宇宙望遠鏡が打ち上げられる計画です。この望遠鏡は、遠くの惑星の大気を観測することができます。トラピスト1の惑星に大気があるのかどうか。観測が行われるかもしれません。 トラピスト1は大変小さい星ですが、小さい星の温度が低いと言うことは、星の中で進行する核融合反応の速度が非常にゆっくりと進むことになります。すると、星の寿命は長くなり10兆年長生きすることになります。 太陽は46億歳ですが、あと数十億年で寿命が尽きます。トラピスト1はその数百倍も長生きをします、生命が誕生して進化するのには十分すぎる時間だろうと、ネイチャーの解説はこう締めくくっています。

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    地球外生命体による電波? 遠い星から届く奇妙なメッセージ

    見つけたという研究発表があったそうだ。遠い星から届く奇妙なメッセージは「おそらく宇宙人からのもの」と科学者が論文で発表 – GIGAZINE 人知をはるかに超え、無限の広さを持つとも言われる宇宙について人間はまだまだ知らないことが多すぎるといえます。その中には、地球以外の惑星における知的生命体の存在が含まれているのですが、カナダのケベックにあるラヴァル大学の研究チームは、深宇宙から届いた数々の不可思議な電波を分析して、「おそらく地球外生命体によって発信されたものだ」とする論文を発表しました。Strange messages coming from the stars are ‘probably’ from aliens, scientists say | The Independenthttp://www.independent.co.uk/news/science/aliens-proof-evidence-facts-stars-scientists-extraterrestrial-life-et-intelligence-a7377716.html論文を発表したのは、ラヴァル大学で研究を行っているErmanno F. Borra氏とEric Trottier氏です。両名は宇宙から届く電波の研究の中で、特に地球から遠く離れた深宇宙から飛んでくる電波をフーリエ変換して調査したところ、特殊な変調が見られることを発見。その特異な変調パターンから、これらが地球外知的生命体によって発された存在を知らせるための電波である可能性があるとしています。 問題は、その信号を解読できるかどうかだね。起源がまったく異なる知的生命体の、未知の言語を解読するのはかなり困難。数学は宇宙共通……という考え方もあるのだが、それすらも人類の思考パターンやロジックに依拠している。10進法や2進法などで記述される数学でも、未知の種族が数学を別の表現で形にしていたら、我々には理解できない。逆もしかり。知的生命体は宇宙のどこかにはいる ラジオ放送の初めての実験は1900年なので、116年前。そのときの電波が宇宙空間に飛んでいたとしても、まだ116光年しか届いていない。もっとも、このとき使用された火花式送信機は出力が弱く、遠距離には届かなかったので宇宙空間にまでは達していない。 本格的なラジオ放送は1920年代からだが、100光年先で受信することはほぼ不可能だろう。現在では、様々な周波数で電波が飛び交っているが、それらが他の恒星系で受信されることがあるだろうか? かすかに届いていたとして、そこから意味あるメッセージを解読できるとは思えない。 「地球から遠く離れた深宇宙から飛んでくる電波」というのが、何光年先なのか書かれていないが、距離は重要だろう。あまりに遠いと、発信源の電波はかなり強力でないと届かないからだ。 また、日本語記事には書かれていないが、この論文の対象となった恒星は、恒星のスペクトルが「K1~F2スペクトルの太陽型恒星で234個から発見された」とソース元には記されている。さらに、「銀河ハローにおける非常に独特の化学組成に起因する可能性もあり」という可能性も示唆されている。 なかなかに興味深いのだが、自然現象の可能性が高い気がする。というのも、地球においてすら、もっぱら受信することに精力を注いでいて、こちらから大出力の電波をどこかの恒星系に向けて積極的に発信しているわけではないからだ。 知的生命体は宇宙のどこかにはいる。それは間違いない。なぜなら、私たち人類が存在しているからだ。銀河の数は、最近、2兆個と推定され直した。CNN.co.jp : NASA、銀河の数を2兆個と発表 従来推定の10倍に 米航空宇宙局(NASA)は13日、観測可能な宇宙の範囲内にある銀河の数は2兆個と、これまで推定されてきた数の10倍に上ると発表した。英ノッティンガム大学の研究チームが数学モデルを駆使し、現在の望遠鏡では見ることのできない銀河の数も含め算出した。 2兆個の銀河×2000億の恒星=4*10の23乗=4000垓(がい) 人類の存在の確率が、1/4000垓というのはほとんどゼロ(不可能)に近いことになってしまう。 おそらく、どんな恒星系でも惑星をもっていれば、バクテリアのレベルだとしても生命は存在するだろうし、生命は誕生したら進化するだろう。その進化がどこまで進むかは、生存環境がどれだけ安定しているかに左右される。地球ですら、全球凍結や恐竜絶滅の決定打となった小惑星の衝突などを経て、人類にまで辿り着いている。 宇宙の隣人は、どこかにいる。ただ、それが電波を観測することで見つかるかどうかは、また別の問題。(「諫山裕の仕事部屋」より2016年11月1日分を転載)

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    元民主議員「日本は異星人問題に向き合う姿勢が欠けている」

    ような状況があるのかどうか、ということを確認しておきたかった。日本の場合、超能力や異星人などの問題に科学的に真摯に向き合う姿勢が欠けている」 と大真面目に答えた。 まさか夏の参院選の最大の争点は「UFOの襲来に備えるための憲法改正」――なんてことにはならないよね。関連記事■ 皮肉好き外務官僚 前原氏に「お子様ランチ」のあだ名つける■ 隠し子発覚のミヤネ屋・宮根誠司氏 「子供はどちらも宝」■ 元防衛官僚が安倍政権の安全保障政策の問題点について語る本■ 紅白出場危機の小林幸子の衣装「メガツリー」構想があった■ 球場デート発覚のアンガールズ山根 彼女の両親にも挨拶済み

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    俺にもノーベル賞のチャンスはある! 湯川秀樹の背中を追った日本人

    文化研究科准教授) 2000年以降、日本人のノーベル賞受賞者(以下、物理学、化学、生理学・医学の自然科学3賞を指す)が増えていることが注目されている。日本人といっても国籍が日本ではない受賞者や、受賞対象となった研究が国外で行われた受賞者もいるが、日本で高等教育を受けた人々による日本で行われた研究が受賞する例が格段に増えていることは間違いない。 近年の受賞者が受賞対象となった研究を行ったのは、おおよそ1960年代から1990年代であり、戦後の復興から脱した日本が次の段階に向けた成長を遂げた時期であった。研究が行われた環境は個々の場合によって異なる。しかし、戦後、若干でも余裕が生じた時期に、能力のある若者が科学研究に進み、独創性に富む研究を行うようになったことの淵源は、日本の科学の歴史の中に見出すことができる。夏目漱石 日本が大規模に西洋由来の科学を導入するようになったのは明治維新後のことである。とはいえ明治初期は学習に忙しく、研究を志す若者が目立つようになるのは明治20年頃になってからであった。当時、ほとんどが外国語で書かれていた教科書を開けば、目に入るのは西洋人の名前ばかりであるから、日本人あるいは東洋人が果たして研究を行う能力を持つのかどうかさえいぶかしく、一生を研究に捧げようと決意するには勇気が必要であった。たとえば物理学者の長岡半太郎は、東洋人には独創的な科学研究を行う能力がないのではないかと考えたが、中国の古典を紐解き、オーロラや地磁気の発見は中国人が西洋人に先駆けて行っていることを見出したうえで、ようやく安心して物理学に進んだ。 長岡の場合は、東洋人も西洋人に負けない学術上の貢献を行いうることを見せたいという強い熱意を持っており、これが学問に進んだ動機の一つであった。明治半ばの学問を志す若者の間では、こうした意欲の持ち方は珍しくはなく、夏目漱石は英文で優れた著作を送り出し世界に問いたいとして英文学を専攻し、近代鳩山家の祖の鳩山和夫は法学をそのような場として選んだ。医学者の北里柴三郎がドイツ留学によって研鑽を積みたいと考えたのも学術で世界に知られた日本人がいないことを憂えてのことであった。 個別の学問への理解が進むと、しかし、世界に挑戦するのに適した領域と、そうではない領域があることが次第に気付かれていった。夏目漱石は年少の友人で物理学を志す寺田寅彦に、科学はコスモポリタン的性格をもつが英文学ではそうではないとロンドンから書き送り、鳩山和夫も国ごとの違いの大きい法学では世界規模での挑戦はできないと息子に語っている。世界を舞台にした競争や、西洋への挑戦は、どの学問分野でも行いうるというわけではなく、長岡の選んだ物理学や北里の進んだ医学、すなわち自然科学という領域においてより成立しやすい。山極勝三郎への評価で生じたノーベル賞への不信感北里柴三郎 もちろん、科学を生み育ててきた西洋の伝統は長く、日本からの挑戦は容易には成果を生まなかった。20世紀初めには、挑戦の成果を最もわかりやすく示すノーベル賞が誕生しており、北里柴三郎がその初回の賞に推薦されるなど、日本の科学者もごく初期から関わりは持っていた。しかし、受賞というかたちで挑戦の成果が現れることは、戦前期にはなかった。 戦前期でも、日本人が健闘した例はある。山極勝三郎が1915年に世界で初めて人工的に癌を発生させたのは最も顕著な研究であり、1925年に日本から、翌年にはドイツから、ノーベル賞への推薦があった。しかし、同系統とみなされた研究で1927年にデンマーク人がノーベル賞を単独で受賞し、1930年に山極が死去すると(死者にはノーベル賞は授与されない)、関係者は、これほどの業績も西洋人は評価しないのかと落胆した。東洋人に対しては偏見があり、学術上の評価もそうした偏見に左右されているのではないかともささやかれるようになった。 物理学賞については、長岡半太郎は長年にわたってノーベル物理学賞の選考委員会から推薦を依頼されていたが、1910年代から1938年に至るまでに彼が推薦したのはすべて外国人であり、この期間には彼が評価するに値すると判断できる研究者は、日本からは現れなかった。1940年になって長岡は初めて日本人の名前を挙げたが、そのときの候補者が湯川秀樹であり、推薦の対象とした研究は湯川の中間子論であった。この時点では湯川の理論は実験的な確証が得られていなかったが、1947年に宇宙線中に中間子が発見され、1949年に湯川は日本の科学者として初めてノーベル賞を受賞することになる。 1945年に太平洋戦争が終結したばかりであり、この戦争では日本は「科学戦」に敗れたとする指摘もまだ声高に唱えられていた時期であったから、1949年の湯川のノーベル賞受賞は国民全体に大きな自信を与えた。当時すでに日本の原子核・素粒子物理学は世界的水準にあったが、自身の能力を試したいと思う若者がこの領域にさらに流れ込んだ。2016年現在に至っても、日本のノーベル賞受賞者のうち6名(米国籍の南部陽一郎を含めれば7名)はこの領域、あるいは関連領域の研究者である。湯川の受賞を見て、素粒子物理学は無理でも物理学のその他の領域に、あるいは物理学ではなくともそれ以外の科学の領域に進んだ若者も多かったものと思われる。湯川の受賞で高まったノーベル賞への「信頼」 ほかの領域ではなく物理学で日本からの「挑戦」が成功した事情を理解するには、日本のみならず世界の状況をも考える必要がある。エックス線の発見などに端を発する、19世紀末から続いた物理学上の変革は、1930年代に至って量子力学という新しい基礎理論の誕生という帰結をもたらしていた。物理学研究を行うための枠組みはこれによって大きく変化し、17世紀末のニュートン力学の誕生に次ぐ変革がこの分野にもたらされた。湯川秀樹=昭和42年7月 基本的な規則の変更であったから、旧来の科学研究において長い伝統をもつ地域の人々が必ずしも有利なわけではなく、新たに科学研究に参加した地域の人々のほうが、新しい発想や方法に基づく研究で成果を挙げるという事態が生じた。そのような集団として目覚ましい躍進を遂げたのはアメリカの物理学者たちであったが、日本でも小規模ではあったが同様の事態が生じた。1937年に日本を訪れたニールス・ボーアに、湯川が自身の中間子論(発表は1934年)の構想を話したところ、ボーアは「新しい粒子が好きなんだね」と軽くあしらった。しかしボーアが日本を離れて間もなく、その中間子が前年に宇宙線中で発見されていたという報告がアメリカで行われ、湯川の理論は世界の研究者の関心を集めるようになる。 結果的には1936年に発見された粒子は中間子ではなかったが、上述のように第二次大戦後に湯川の理論は実験的確証を得てノーベル賞を受賞し、素粒子物理学は日本が高い国際競争力を誇る領域となった。さらに、日本人・東洋人であっても、有無を言わせぬ成果を挙げればノーベル賞の選考者はこれを評価するということも明らかになった。長岡の例で見たように、物理学賞や化学賞では、戦前に日本人が推薦された例は極めて少なく、物理学賞で本多光太郎と湯川秀樹、化学賞で秦佐八郎と鈴木梅太郎が候補になっているのみであるが、湯川が受賞して以降、1965年に朝永振一郎が物理学賞を受賞するまでに、朝比奈泰彦、外山修之、水島三一郎、山藤一雄が日本の科学者によって推薦されている。ノーベル賞に対する信頼や期待が、湯川の受賞によって高まったことがわかる。 明治期以降、日本の科学者が積み重ねてきた努力が、国際的な学問の潮流と相まって、ノーベル賞受賞という分かりやすいかたちでの成果が最初にもたらされたのが素粒子論、物理学においてであった。科学分野において突破口を開いたこの領域は日本の誇る研究分野であり続けている。同時に、湯川秀樹の受賞は、日本人も科学研究において第一級の成果を挙げることが可能であり、また優れた成果であれば日本人のものであっても公正に国際的評価が与えられることを明らかにした。1949年という時期にこのことが明示されたという事実は、日本の社会、特に知的能力に自信をもつ若者たちの間で、科学研究への期待と研究業績に対する国際的評価への信頼が回復し、その後も維持され続けていくうえで大きな意味を持ったと考えられる。

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    オートファジーと遺伝子組み換え食品の「不都合な真実」

    ばれ、もともと酵母菌で見つかった作用でした。(中略)その分子レベルのメカニズムは東京工業大学の日本人科学者によって発見されましたが、近いうちにノーベル賞をとるといわれている大きな業績です〉 まるで大隅栄誉教授のノーベル賞受賞を「予言」していたかのような記述だが、オートファジー研究のどのような点が画期的なのだろうか。同書の著者である村上篤良氏(「一般社団法人 最先端医科学研究会」代表)は、こう解説する。「もともと細胞には、侵入してきたバイ菌や異物をファゴソームという消化用の袋に閉じ込めて分解酵素と混ぜることで消化分解し、外敵から身を守ると同時に細胞内でアミノ酸などの栄養素を取り出して利用する仕組みがあります。オートファジーは、その現象が外敵だけではなく、細胞自身の持つタンパク質などの分解・再利用にも使われていた点が驚くべき発見だったわけです。 この発見のずっと以前から、酵母菌は食物を与えなくてもある程度の期間、生き延びられることが知られており、“不老不死の菌”として研究されていました。オートファジーが発見されたことで、人間の細胞内でもタンパク質やアミノ酸の再利用システムが機能していることがわかり、医学や栄養学を根本から見直すきっかけになっています」 村上氏は同書で、生命が進化の過程でそうした機能を獲得したということは、それだけ生物の身体を形作るタンパク質やアミノ酸の合成が身体に大きな負担となるからだと指摘し、同書のテーマであるサプリメントの活用が人間の健康維持に重要であることを説いているのだが、同時にこれはある社会的テーマの再考を促す事実であると警告する。いつかの“割烹着リケジョ”の反省はないのか「これだけバイオテクノロジーが発展しているにもかかわらず、なぜか学校では教えていないことですが、実は人間の遺伝情報を記録しているDNAには2つの作られ方があります。原子や分子を一から組み立てて作る『デノボ合成』というやり方と、食物として摂取した動物や植物のDNAユニットを分解して再利用する『サルベージ経路』というやり方です。 赤ちゃんのうちはデノボ合成が8割くらいありますが、成長するにしたがってサルベージ経路の割合が増え、70歳くらいでほぼ0になります。つまり、人間は食べた動植物のDNAを再利用しなくては生きていけなくなるのです。オートファジーという機能があるのと同じ理由で、たんぱく質やアミノ酸を合成することは、生物にとってとてもエネルギーを大食いする大変な作業だからです」(村上氏) それ自体は人体の優れた機能であるが、心配もあるという。村上氏が続ける。「近年、懸念されている遺伝子組み換え食品が本当に人間の遺伝情報に影響を与えないかという問題です。これまでの科学的調査では、そうした影響はないとされていますが、食べた動植物のDNAが人間のDNAの材料になっているのですから、影響がないのは“たまたま”かもしれません。人間に取り込まれたら病気を引き起こすような食品中のDNAが、消化不良で塊のまま、荒れてデコボコの腸壁から吸収されてしまう可能性もないとはいえないのです。 例えばがん細胞は、遺伝情報のバグによって変異した人間自身の細胞です。大隅教授の快挙を祝福するだけで終わらず、この機会にそうした問題にも目を向けるきっかけになればいいですね」(村上氏) いつかの“割烹着リケジョ”の反省があるのかないのか、テレビや新聞は大隅氏のヒゲが似合っているとか、研究仲間が「七人の侍」と呼ばれているなどとお祭り騒ぎをしているが、せっかく一般には知られていない専門分野に注目が集まったのだから、我々の生活や健康に関わる問題に広く光を当ててもらいたいものだ。関連記事■ 祝ノーベル賞! iPS細胞の基礎から可能性までが分かる本■ 物理的刺激で再生医療応用へ 期待の「メカノバイオロジー」■ 車椅子が要らなくなる? 「STAP細胞」で何が実現されるのか■ アジア人の陰茎は10.2~14cm チンパンジーの8cmに勝つ■ 雌チンパンジーに性的刺激与える実験したら「もっと!」と要求

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    ノーベル賞ラッシュで人気の理系研究者 必要なのは「文系力」

    竹内健(中央大学理工学部教授) 日本人のノーベル賞の受賞が相次いでいるせいか、子供たちが将来就きたい職業として、理系の研究者が人気を集めているそうです(「将来就きたい職業に「研究者」 子どもの人気集める」)。 この調査結果によると、研究者に憧れる子どもが増加中。小学校を卒業した子どもたちに将来就きたい職業を尋ねた結果、「研究者(理系)」が男の子2位(9・8%)、女の子7位(4・1%)と上位に入ったそうです。 理系の研究者としては嬉しいですね。一昔前のイメージでは、理系の研究者はネクラ(この言葉も死語ですが)、決して良いイメージではなかったと思います。子供に憧れられたり、女性にもてたりするのとは対極の存在。社会とは隔絶されて、趣味に走っている変な人、というイメージだったでしょうか。 こうして理系の研究者になりたいという子供たちが増えているのはありがたいことですが、その一方、理系の研究者とはどんな仕事だと思われているのでしょうか。ひとり机に向かっていたり、白衣を着て実験室で好きな研究にひたすら邁進する、というイメージでしょうか。それは学部や大学院の学生として研究をしたり、組織の中で雇用される立場で研究する場合には合っているかもしれません。 しかし、大学であろうと企業であろうと、研究をリードする立場になると全く違います。資金のかからない理論的な研究でしたら、研究自体に集中することも可能かもしれませんが、実験などでお金を必要な研究ならば、まずは研究資金を獲得しなければ研究のスタートラインにさえつけません。学会発表するための旅費だって、自分で稼がなければいけないのですから。 実は研究に必要な人モノ金を集め、マネジメントすることこそが、研究者の重要な仕事なのです。研究できる環境を与えられた状態で、研究自体ができるのは当たり前。むしろ差がつくのが、研究するための環境を整え、研究組織をマネジメントする部分です。 iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞された山中先生が研究費をカンパするために、マラソンに出ていたりしたのは、決して例外的なことではありません。山中先生ほど劇的なことをしないまでも、日々、研究費を集めるために提案書を書いたり、企業をまわっている、という理系の研究者は多いのではないでしょうか。 研究者は足で稼ぐ、営業職でもあるのです。資金獲得は努力賞はない弱肉強食の世界です。研究のアイデアがあるのは当たり前、それに加えてプレゼン、交渉力、対人関係など文系的な力が必須なのです。 私のような応用研究をしていると、研究成果を実用化する企業に研究チームに入ってもらえないと、研究提案も通りません。自分が好きなことを研究するというだけではなく、企業・社会の役に立つ技術は何かを考え、共同研究してもらえるように企業の方を説得する。日々そのようなことばかりです。大学の理系の研究者に必要な素養として、人モノ金を集めるマネジメント能力に加え、へこたれない精神力も大切です。 入試と違って資金の公募も、回数の上限はありません。数を打ち、落ちても提案し続ける気持ちの強さがある人が、最後は採択されます。ひょっとしたら、研究だけに集中したいのであれば、資金集めに奔走する大学教員よりも大企業の研究者の方が良いかもしれませんね。 ただ、名門企業もあっという間に傾く時代ですから、大企業の研究者もいつまで安泰かわかりません。研究者の実像は、テレビドラマほど劇的ではないにしろ、下町ロケットの主人公をイメージしてもらえば良いと思います。 最近は国の財政難を反映して、国家プロジェクトの公募の競争率は上がり、採択されても研究できる年数は減っています。この研究公募の面接に落ちたらもう研究できなくなる、という場面に追い込まれることも珍しくありません。 また、運よく公募に採択され、研究資金を頂けても厳しい進捗フォローを受けます。資金を出す側だって、有効にお金を使ってもらい、成果が出ないと困るのですから。研究者の日常とはこんな感じで自転車操業で走り回っていますので、落ち着いた環境で好きな研究だけしている、と想像している人が来ると「そんなはずでなかった!」と思うかもしれません。 前向きに考えると、理系の研究者の仕事は、自分のアイデア・夢を実現するために、自ら主体的に動いて人モノ金というリソースを集め、組織を作って研究をマネジメントする。これほど自分がやったことが、良くも悪くもそのまま自分にはね返ってくる世界、というのもそうないかもしれません。 理系的な研究だけでなく文系力も必要とされますから、まさに、自分という人間の総合力、ありのままが結果に反映されるのです。そういった主体的に生きることが好きな人にとっては、これほど面白い仕事も無いのではないでしょうか。(ブログ「竹内研究室の日記」より2016年2月2日分を転載)

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    韓国紙 日本人のノーベル賞受賞に「うらやましいばかり」

    二の3氏の受賞が決定した直後の2014年10月9日、『中央日報』(電子版)は社説で、〈1人のノーベル科学賞の受賞者も輩出できない韓国の立場としては、うらやましいばかりだ〉と、思わず本音をぽろり。 一方、2016年3月14日のネットニュース『マネートゥデイ』は、韓国が今年から、ノーベル賞の発祥国・スウェーデンの学術財団と交流事業を開始することを伝えた。その中で、〈日本のノーベル科学賞受賞の成果は、スウェーデン政府・ノーベル委員会・国家研究所・大学などを中心とした執拗なまでの科学外交と関連がある〉 と専門家の分析を引用し、日本が際立っているのは科学技術力ではなく“外交努力”であると、負け惜しみにも見える主張を展開した。 こうした論法を使い、韓国メディアはユネスコの世界記憶遺産にも噛みついた。昨年、中国の「南京大虐殺関連資料」が記憶遺産に登録されたことを巡り、日本政府はユネスコへの拠出金停止を検討。それを受け、『朝鮮日報』(電子版・2015年10月13日)の社説は、「ユネスコを脅迫する日本の品格」と題した社説を掲載した。〈韓国は1988年、中国は1985年と、日本より先に(世界遺産条約に)批准した(中略。日本は)金をちょっと出しているばかりに、世界を見下しているようだ。安倍政権の傍若無人ぶりは感じていたが、これほど品格がないとは思わなかった〉「金に物を言わせて尊大に振る舞う日本」と言わんばかりだが、言うまでもなく、日本政府が拠出金の停止を検討したのは中国側の資料が客観性に乏しく、審議の過程が不透明だったからだ。日本が不幸になったり不利になったりすると喜ぶ一方で、日本が主張するのは面白くないらしい。 韓国が「国家の品格」を保つためには、まずはメディアが「事実を客観的に伝える」という報道の大原則を学ぶ必要がありそうだ。関連記事■ 韓国「科学研究の本質を忘れノーベル賞に没頭」との指摘あり■ ノーベル賞の受賞者 日本は22人で中国は3人で韓国は1人■ ウリジナルで発明多数を主張の韓国 ノーベル賞は平和賞1人■ 「活版印刷」と「羅針盤」 韓国が起源は韓国人の間では常識■ 韓国では「独島」問題となると正論、常識はもはや通用しない

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    インチキか本物か、水素水ブームを読む

    いま「水素水」が空前のブームだという 。愛飲する著名人らがこぞって美容効果や健康効果をうたい、ブームに拍車がかかっている。でも、この手の話に懐疑的な人もきっと多いはず。結局のところ、水素水の効能はインチキなのか、本物なのか。水素水ブームの「真実」を読み解く。

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    常識は否定されるものだ! 水素水「効果なし」に敢えて反論する

    を徹底検証)が、どうもすっきりしません。 今出ている一番いい解説はこちらだと思います(水素水、「ニセ科学」と切り捨ててはいけないが、エビデンスありとは言い難い)。そしてネットギークにも書かれている、そして村中さんも指摘している企業のあり方が悪いからと否定するのは水素水そのものにとって少し見当違いです。これは法律の問題なのですから。 医薬品、特保、清涼飲料水。この順番で開発費はかかります。特に医薬品にしたとすれば、本当に効果が出るのなら売上も間違いなくブロックバスターになるでしょう。ではなぜ医薬品にしないのか。 臨床論文はまずまず出ています。もちろん指摘にあるように少数対象の研究でまだまだ医薬品として認可されるものではありません。ただ若返り、動脈硬化予防、がん抑制など効能の範囲が広すぎるため適応開発の費用は莫大なものになります。まして予防効果を証明しようとすれば観察期間は10年以上になるでしょう。それができる臨床試験は難しい、いや不可能なのが現状です。それならば医薬品にしてお金をかけるより企業のリスクが少ない清涼飲料水の方が儲かると会社は考えたのです。効果があると言ったら法律違反 ネットギークは伊藤園が効果がないと言っていると記事にしてますが、効果があると言ったら法律違反なんですよ。それこそただの水でも高く売れるのであれば問題ないし、まして悪いものではないと、少なくとも副作用は少ないと自負されているのでしょう(それはそれで問題なんですが)。 ただこの状況は「法的には違反していない、でも不適切」なのかもしれませんが。 基本特保、清涼飲料水は副作用が少ないものが選ばれます。俗に言う健康食品もそうです。それこそ乳酸菌なども間違いなくいろいろな効果がありますし、薬品と特保どちらがいいのかわかりません。(ビオフェルミンなどとヤクルト成分はほぼ同じ)。それでもウコンを含め副作用は出ますし、水素水でも副作用を経験しています(健康食品は毒にもなる)。このことが副作用も何もない健康食品より私が評価している裏返しなのですが。そしてそういう者に限って人によって効果の出方が変わります。だから評価が難しい。 ヨーグルト、納豆、緑茶カテキン、青汁、グルコサミン、ウコン。どれも本当体に良いと言いながら巷で売られています。現在の水素水。使ってよかったと藤原紀香さんが宣伝されていますが、逃げ道は個人の感想。他の食品と変わりません。この感想が100になり1000になりすれば薬の開発となるかもしれません。それこそ、放射線副作用予防、アルツハイマー予防なども出て来れば補助食品としての適応も出るでしょう。もちろん潰れていったたくさんの健康食品と同じものになるかもしれません。要するにまだわからないというものです(水素水 とんでもかどうかはもう少し待ちなさい)。 この清涼飲料水の段階で企業は利益を出し、研究費を研究者に出されていると思います。研究者は一生懸命研究し、とんでも医療ではないことを証明しようとされています。一生懸命研究されている方と、企業とはWin Winである必要があります。だからこそ私は今現在とんでも医療と断定するには惜しいと感じています。 ちなみにPD−1抗体の開発時、プロの製薬会社は小野薬品以外誰も信じませんでした。また今はやりの低炭水化物ダイエットも糖尿病専門医の一部は真っ向から否定していました。常識が変わるのが医療。一つの例として挙げておきます。常に門戸は開けておきたいものです。(「中村ゆきつぐのブログ」より2016年6月9日分を転載)

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    水素水で動脈硬化が緩和した! 半信半疑を覆した驚きの実験結果

    身体の中で起こることはないと知る。水素分子の抗酸化効果?何を馬鹿な!直感的にそう思った。 生物学や医科学に携わる科学者の大半は実験研究者である。数式では予測できないほど複雑な生命と身体の仕組みを知るには、実際に起こった現象から理屈を考えねばならない。実験こそが命なのだ。 10年以上も前のこと、私が日本医科大学太田成男教授の研究室に在籍していた当時、培養皿の上で増やした細胞に水素分子を添加し、酸化ストレス障害を与えてみた。翌日のぞいてみると驚いたことに水素分子を加えた細胞のダメージが小さかったのだ。何か間違えたのだろうか? 様々な方法と条件で水素分子の効果を試してみたが、結果は同じで細胞障害を抑制する。こうなると生体で酸化ストレス抑制作用があると考えなくてはならない。まだ半信半疑の私と違い、太田教授は早々に確信を持たれたようだ。実際、動物を使った脳梗塞のモデル実験で水素ガスを吸わせると虚血再灌流障害が緩和された。動物実験で血管の蓄積物が減少! 太田教授と一つの仮説を立てた。水素分子は酸化ストレスを引き起こす活性酸素のなかで最も反応性が高いヒドロキシラジカルとは反応できるはずだ!実際、試験管の中でこの反応を確かめることができた。こうして水素分子に関する研究は世界で最も権威ある医学雑誌に掲載された。 現在、心肺停止で慶應義塾大学病院に担ぎ込まれると水素ガスの吸入療法を希望するか聞かれる。水素分子によって脳や心肺に重篤な後遺症が残るのを防ぐことができるか臨床研究を進めるためだ。自分が携わった研究が患者さんの命を救うために役立つ。研究者冥利に尽きる。 では水素水は?私自身、水素分子の効果を検証した後でも水素分子を高濃度に含む単なる水に何の効果があろうかと懐疑的であった。水素水で摂取できる水素分子は水素ガスとして吸引した時よりもはるかに少ない上、大半は30分程度で体外に排出される。 実験結果は驚きであった。動脈硬化のモデル動物に水素水を飲ませると血管の蓄積物(アテローム)を減らすことができたのである。以降、我々を含めた国内外の研究者から、動物実験や人での臨床試験により、水素水は糖尿病の進行を遅らせ、ストレスやアレルギーによる炎症を抑え、抗がん剤による副作用を緩和し、パーキンソン病では水素水を飲まれた患者さんで病気の進行が抑えられるといった結果が続々と報告されている。画像はイメージ ただ、何にでも著効というわけではない。我々の研究では、炎症を主とする疾患の予防で特に良好な結果を得ているが、まったく健康な人が飲んだ時に何か効果が期待できるのか、まだまだ検討が必要だ。 不思議なことだがパーキンソン病モデル動物に水素ガスを吸わせ続けても水素水のような病気を抑える効果は見られなかった。吸わせた方が体内に高濃度の水素分子が行き渡るのに何故か?その理由を知るために今も多くの大学や研究機関で地道な研究が続けられている。 ちなみに高濃度の水素ガス吸入は避けて欲しい。ヘリウムガスのような吸引事故が起きる可能性がある。また、水素ガスを発生する入浴剤も販売されているが、これにも水素水のような効果が期待できるのか、さらに調べてみる必要がある 現在、水素水は多くのメーカーから販売されている。研究成果を人々の健康に役立てることができると期待しているが、3つの大きな問題がある。懐疑論を増幅させる水素分子量が不明な商品群 第一は非科学的な宣伝だ。先日、ある浄水器メーカーのショールームに立ち寄ったところ、水で赤茶けたクリップの横に水素分子を含むアルカリ性電解水に入れられたクリップが置かれていた。錆びていない。水素分子に鉄錆を防ぐ力は全く無く、これはアルカリの特性によるものだ。そもそも鉄が錆びないからといって我々の身体で活性酸素が減るわけではない。 さらに「抗がん効果がある」といったひどい宣伝まで見かける。厳しい状況に置かれた患者さんにつけ込むような行為は許せない。また、活性水素や還元水素、マイナス水素イオンとは何であろう?我々が探求している水素分子とは別物だと理解している。 第二は水素分子が入っているのか不明な商品群だ。無味無臭の水素分子だから、測定器無しでは入っているのか全くわからない。動物実験の結果から考えて、飽和の半分である0.8ppm程度の濃度は欲しいところである。 水の電気分解による装置は電極の性能によって水素水を造る量と速さが決まる。1杯目は良くても2杯目は水素分子が検出できないというケースも考えられる。この時に陽極で発生する有毒なオゾンの混入は抑えられているのであろうか? 一方、アルミパウチに入った水素水は比較的安心できるが、それでも問題がある。充填時は過飽和の2ppmなどと表記されている商品でも購入して実測すると1ppm程度だ。すでに半分抜けているのだが、これが高温の保管庫に置かれているとさらに激減する。たまに信頼しているメーカーの商品をスーパーで購入するが、濃度が0.5ppmに満たないことがある。保存状態に問題があったのだろう。消費者に安定供給するための企業努力が求められる。 第三は、1日にどのくらいの量を飲めば良いのか十分なデータが無いことだ。一口で良いのか、1リットルなのか要検討である。 神秘の水でもなく、特別な人にだけ効果があるわけでもない水素水。内外の研究者が万人の健康長寿に役立てようと研究を続け、毎年出される科学論文はカテキンの1/10程度に達する。歴史と研究者の数から考えて、この数は決して少なくない。今後、人でのデータが益々増えるものと期待される。

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    高濃度でも効果は水分補給、水素水ビジネス・伊藤園とパナの品格

    話が続くが、水素水とは何なのか。 きっかけは、著者である日本医科大学の太田成男教授が2007年、有名科学雑誌「ネイチャー・メディシン」に発表した1本の論文だ。水素分子が、生物がエネルギーを作る時に生じるヒドロキシルラジカル等の有害な活性酸素を消去し、スーパーオキシドラジカルなどの有用な活性酸素は消去しないことが培養細胞にて確認されたというものだ。Masataka Namazu伊藤園の付加価値は"消費者の勝手な期待感" しかし、水素水を販売している飲料大手、伊藤園の広報担当者によれば、「水素水はあくまでも清涼飲料水。体に良いとは言っていません」 伊藤園は、08年から青いアルミ缶の「還元性水素水」を販売していたが、15年7月からはアルミパウチの「高濃度水素水」の販売を開始(どちらも自社通販サイトでの販売が中心)。健康食品メーカーの通販や雑誌などで静かなブームを迎えていた水素水市場に、大手飲料メーカーが本格参入したことで話題になった。「高濃度水素水」も、健康に関心の高い50代、60代を中心に売れており、前年比2桁増。売り上げはまだ伊藤園全体の1%以下だが、この4月11日より大手スーパーやコンビニの棚にも展開すべく、シルバーのアルミ缶、HyperAQUA「水素水H₂」という商品の販売も始めて、「水素水市場の活性化を図って」(プレスリリース)いる。 体に良いとは言っていないとしながらも、伊藤園の謳い文句は、「業界トップクラスの高濃度」。水素が抜けにくいアルミパウチを使い、特許を取った「水素封入方式」で充塡しているため、水の中に水素が長時間存在するというが、効果効能を尋ねると「水分補給です」。水素と関係ない水分補給が効果効能なのであれば、なぜ水素の濃度や抜けにくさを強調するのだろう。悪びれないパナソニック しかも、パウチ入りは1本200ミリリットルで278円(税別)と普通のミネラルウォーターと比べれば高額だ。パウチのパッケージが高いためと説明するが、新しいアルミ缶商品も185円(同)と普通のアルミ缶入り清涼飲料水より高く、トクホ(消費者庁が許可する特定保健用食品)飲料並みである。再度理由を問うと、「お客様に価値を見出してもらいたいから」。 茶カテキンなどの研究所をもつ伊藤園自らが、水素についての研究を行い、トクホを取るなどの予定はなく、太田氏ら外部の研究者が論文を出してくれるのを期待しているという。 08年の輸入水ブーム、11年の東日本大震災などをきっかけに着実に拡大を続けている水市場。水飲料ブランドの1位、全飲料の3位ブランドでもある「サントリー天然水」を例に取っても、03年に年間2130万ケースだった出荷量は14年には8300万ケースと約4倍に激増している。 一方、05年をピークに横ばいの緑茶飲料を主力製品とする伊藤園は、06年には「磨かれて、澄みきった日本の水」の販売開始、08年にはカルピスから仏ダノングループ「エビアン」の独占販売権を買収と、かねてから水飲料にも力を入れているが、水飲料すべて合わせても、飲料ブランド総合第2位、年間8500万ケースを売り上げる「お~いお茶」の足元にも及ばない。首都圏のスーパーに並ぶ伊藤園の「水素水H2」は、伊勢志摩サミットでも海外報道陣にふるまわれた 水素水市場は前年比3割増、市場規模は150億円とも200億円とも言われ、水素水生成器大手、日本トリムの株価上昇、中京医薬品の水素水売り上げ好調を理由とした経常利益上方修正のニュースも出る中、効果は謳わず、研究はせずとも、「消費者の勝手な期待感」を付加価値として「コストはかけずに水を高く売る」というのが伊藤園の戦略のようだ。悪びれないパナソニック「ええ、できあがった水素水はアルカリイオン水と同じですよ」 そう答えるのは、水道の蛇口に取り付ける水素水生成器を発売しているパナソニックのマーケティング担当者だ。パナソニックは1980年頃から「アルカリイオン整水器」を発売しているが、水を電解してアルカリ水を作る過程で、水素も発生することは以前から認識していた。 水素水は身体に良いという話が広まると、13年10月「還元水素水生成器」の販売を開始。それまでは、アルカリイオン整水器のカタログに「水素も含む」という表記をするにとどめていたが、いよいよ"水素水"というラベルで売り出した。パナの水素水生成器とアルカリイオン整水器、同構造でも価格は全く違う!? 当初は「パナソニックのお店」と呼ばれる系列店での取り扱いだったが、15年秋に家電量販店での販売を開始。同年12月に三宅裕司氏がMCを務めるTBSテレビ「健康カプセル! ゲンキの時間」で取り上げられると、パナソニックのウェブサイトにある水素水コーナーのページビューが700倍に。発売中の3機種が一時品切れに陥るほどで、現在も供給が追い付かなくなってきていると言う。 パナソニックによれば、水素水生成器とアルカリイオン整水器の基本構造、基本原理は「全く同じ」。違いを問うと、社内整理としては「電極が5枚以上あり、かつ"水素チャージボタン"がついているものを還元水素水生成器と呼んでいる」と言う。同社ウェブサイトによれば、水素チャージボタンとは、電解しづらい水質でも電解し、水素をたっぷり発生させる機能らしい。水素チャージボタンがないアルカリイオン整水器でも、もちろん水素は発生する。 構造・原理は同じでも、価格の方は全く異なる。アルカリイオン整水器は、普及帯は電極3枚で3万円代、電極7枚の最上位機種は水素チャージボタンがないだけで実売8万円を切るのに、水素水生成器は同じ電極7枚で、上位機種17万円、初代機種も12万円と極めて高額(いずれも価格比較サイト「価格ドットコム」の平均価格)。水素水生成器の売れ行き(台数ベース)は、15年度が13年度の約4倍と好調だ。 アルカリイオン整水器(法律上の名称は電解水生成器)の薬事法承認は1960年代と古く、「慢性下痢、消化不良、胃腸内異常発酵、制酸、胃酸過多に有効である」と謳うことができる。効果の機序ははっきりせず、現在では、効果そのものも危ぶまれているが、90年代には成人病、アトピー、がん等に効くといった表示まで氾濫し、厚生省(当時)が不適切広告を禁止する通知を出すに至っている。パナソニックは水素水生成器と並行して今もアルカリイオン整水器を販売している。 ところで、アルカリイオン整水器では、飲料水としての安全性を確保するために㏗(水素イオン指数)は10以下を保つ必要がある。しかし、パナソニックによれば、㏗を守ると水素濃度は0.6ppmから0.7ppm程度止まりになる。伊藤園の水素水はどうか。圧力をかけるなどして常温常圧時の飽和濃度1.6ppm以上の「高濃度」で水素を充填していると謳うが、開栓時に保証する濃度はボトルで0.3ppm、パウチでも0.4ppm。冒頭に挙げた太田氏の著書によれば、水素水の健康効果を得るためには最低0.8ppmの濃度が必要だというが、いずれもこれを下回る。 しかし、そもそも太田氏の言う0.8ppmという数字にも科学的根拠があるのか。著書によれば、0.8ppmは「尿が出やすくなる濃度」。0.2ppmでもトイレに行きたくなる人はいるだろうから水素水に効果はあり、濃ければ濃いほどよいだろうとしているだけである。要は、水素水の濃度を競うのも、濃度にケチをつけるのもあまり意味がないということになる。 15年現在、350の論文が発表されているという水素水。濃度はさておき、科学的にはどの程度の効果が確認されているものなのか。水素水研究の第一人者の次男は「水素水入り化粧品」を売る 太田氏の著書によれば、水素ガス、水素水、水素風呂など様々な形で水素を体に取り入れることが病気の治療や予防に効果を持つことが分かっており、再現性実験や大規模治験などの検証を待つまでもない。太田氏が最も効果を実感するのは水素風呂だといい、太田氏の次男、太田史暁氏の経営する企業は水素入り化粧品「Auter(オーター)」を販売する。 病気も老化もすべてはフリーラジカルで説明できるとの立場をとり、10年前の写真と比べると確かに若くなっているとする太田氏。取材を申し入れたところ、「取材に関しての申し合わせ」という文書にサインを求められた。記事全てを開示して事前承諾を取り、太田氏が承服できない場合は氏名を出してはならないという内容だった。サインはできないと伝えると「話を聞くだけであればよい」と言うので、筆者は太田氏の研究室を訪ねている。太田氏のキャラクターあふれるやり取りを記事にできないのが心残りだ。製造が簡単であり、ありふれた物質である水素の特許取得が難しい事情を鑑みると、同情の念が生じないわけではない。中国へはばたく水素水ビジネス しかし、論文として発表されているデータは細胞実験や動物実験と、母数の少ない試験的な臨床試験のみ。治験が始まっているとも聞くが、実用レベルでの効果や安全性はまだ確認されていない。テレビやファッション誌で息子の販売する化粧品を推奨するなど"盛りすぎ感"が否めない科学者としての態度や、それに便乗する大手メーカーは、改めて品性が問われる。 水素分子の研究開発を続けてきたというMiZ(ミズ)株式会社(神奈川県鎌倉市)は最近、新聞に全面広告を出し、水素の効果効能を調べた337の英語論文を一覧で紹介した。日本以外の論文で、欧米の大学・研究所によるものは34に過ぎない。一方中国は196を数え、近年存在感を増している。水素水ビジネスは、水への不安感が強く、日本とは許認可体制が異なる中国へと拠点を移し始めている。

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    本当に身体に良いのか? 科学として確立していない水素水のリスク

    気体を発生させる菌がいるので、水素気体を吸うだけで効果があるのはおかしい」という対抗理論さえある。 科学の現場では、妥当な理論が構築できていない段階ではふつう、市民への成果応用は控えるものである。なぜなら、理論がなければ、「どのような問題を抱えている人が、どの程度の量を摂取したら、どのくらいの確率で改善するか、それに伴い予想される副作用はないか」などが、推測できないからである。 その意味で、水素気体の医学研究は今後の発展が期待されるものの、現状ではまだ科学として確立されていない段階と判断される。 科学としての要件について詳しくは、拙書『なぜ疑似科学が社会を動かすのか~ヒトはあやしげな理論に騙されたがる』(PHP新書)を参照いただきたい。 医療の現場では、十分に理論が確立していない薬品が処方されているではないかと、医師から反論が来るかもしれない。しかし、医薬品は病人に処方されるという、特殊事情があることが指摘できる。病人の場合は、病気を治癒する必要があり、病気であるという現状が続くことのほうがデメリットなのである。そのため、治癒の可能性が低くても、あるいは副作用があったとしても、かりに治癒した場合のメリットが大きいので、理論が確立していない薬品であっても、あえてリスクに賭ける意義がある。 それに対して食品の場合は、健康な人々が摂取するので、現状が維持されることが前提となる。そのため、十分に理論が確立していない成分を、薬品のように摂取することは効果がないばかりか、隠れた副作用がある恐れが指摘できるので、控えたほうがよい。 水素水は人々の健康維持が目的とされているようであるから、健康食品に準じた扱いをすべきだろう。食品の場合、安全性は長年食されているという歴史によって担保されるという考え方になっている。水素水のように、これまで摂取してきた経験のない物質の持続的な摂取については、極めて慎重になるべきである。 そしてそれは、水素水に限らず、目新しい食品成分を高濃度で摂取する他のサプリメントも同様に抱えている問題点と言えるのだ。

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    「良い健康食品」と「悪い健康食品」の見分け方はあるのか?

    はほとんど「まぎれ」がない。 機能性表示食品は、昨年、新たに導入された制度で認められたカテゴリーで、科学的根拠に(一応)基づいた機能性を表示できる食品。ただし、消費者庁長官の許可を必要とせず、事業者の責任で表示が可能。個別の商品ごとに「ヒト試験」などを必要としないため、玉石混淆となる可能性が指摘されており、消費者の信頼を得るには至っていない。 これに対し、特定保健用食品(いわゆるトクホ)は、その歴史も長く、個別に国の許可が必要な食品であり、また、単純に「一定量以上の栄養成分が含まれている」というだけにとどまらず「なにがしかの健康効果を謳える」食品であるため、消費者の認知度も高く、ある程度の信頼を得ているといってよいだろう。このトクホの信頼性をさらに高めて、他の保健機能食品やいわゆる健康食品と差別化しよう、というのがこの専門調査会のネライであろう。 裏を返せば、トクホといえどもまだ消費者からはあまり高い信頼を得られてないという証でもある。信頼を今以上に高めるためには、厳しい基準や審査が求められることになる。「トクホの原点」を確認すべき消費者庁も事業者も「トクホの原点」を確認すべき トクホの信頼性を今よりも高めるためには、まだ、いろいろやることがあると私は考えている。同様に、専門調査会の委員たちも、まだまだ法的整備が必要だと判断しているようだ。専門調査会では、たとえば、次のようなことが検討された。 まず、基本的な考え方として「トクホの原点に戻るべき」という指摘が上がった。トクホの原点というのは、その食品(トクホ)を摂取することを通じて「健康の増進や食生活の改善をする」ことを目的とするという点だ。トクホを摂取することが、直接、血糖値や血圧を下げたり体脂肪を減らしたりするわけではない。微妙ではあるが、この「違い」を、消費者も事業者もきちんと理解する必要がある。その点が(とりわけ)この頃あいまいになってきているのではないか、という危惧を多くの委員たちが持っている。 テレビやネットなどの宣伝で、このところ、この原点を逸脱している食品が多く、それがトクホ全体の信頼性を損なっている。これを防止するためにどうすればいいかが問われているといってもいいだろう。 広告や表示の表現を規制するためには、食品表示法だけではなく健康増進法(健増法)を積極的に適応すべきだという考え方も示された。さらに、健増法の中にある「著しい誤認」という文言のうちの「著しい」という言葉をカットすべきだという意見もあった。消費者に「(普通の)誤認」を与えただけで健増法を適用しようというのだ(さすがにこれは報告書には盛り込まれないだろうが…)。 また、景品表示法にある「不実証広告規制」(※4)を健増法にも取り入れるべきだという意見も出された。これは事業者にとって相当にハードルが高くなる。当然のことながら、事業者側委員からは「実行可能性が低くなる」という反対意見も出された。基準だけを厳しくしても実行されなければ制度そのものに意味がなくなる、というわけだ。 「報告書」をとりまとめるにあたって、他にも様々な意見が出されたが、全体的に「キビシイ」意見が多かった。なぜだろうか? この間、取材をしていて感じたことだが、どうやら、この専門調査会ではトクホを他の「いわゆる健康食品」とは一線を画した「いい健康食品」として位置づけようとしているようだ。見方を変えれば、トクホ以外の「いわゆる健康商品」は「悪い健康食品」ということになるのだろうか…。 しかし、現在のところ、トクホとして認められている食品であってもその効果はきわめて限定的である物のほうが多い。いたずらに「いい健康食品」と持ち上げてしまうことには賛成できない。トクホ以外の保健機能食品、たとえば機能性表示食品のレベルが低いために、相対的にトクホのレベルが上がっている現状(これは私の解釈)で、トクホを「いい健康食品」と位置づけるのは早計のように感ずる。 間違っても、トクホの質の向上が伴う前(制度の改善が整う前)に、なし崩し的に評判だけが上がってしまうことのないようにしてほしい。ここは冷静に「トクホを摂取することで健康増進が図られるわけではなく、トクホの摂取を通じて食生活が改善することで健康増進が実現する」という原点に、もう一度立ち戻るべきだ。 冒頭のライオンに対する勧告は、その強い意志を表わすものであればいいのだが…。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年3月19日分を転載)(※1)http://bylines.news.yahoo.co.jp/satotatsuo/20160218-00054536/(※2)http://www.caa.go.jp/foods/pdf/syokuhin1529.pdf#search='%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3+%E5%81%A5%E5%BA%B7%E5%A2%97%E9%80%B2%E6%B3%95'(※3)http://www.cao.go.jp/consumer/kabusoshiki/tokuho2/senmon/007/shiryou/index.html(※4)不実証広告規制 事業者は、消費者庁長官から「広告等の表現が消費者に著しい誤認を与えていないという証し」を求められたときは、その裏付けとなる資料をすみやかに提出しなければならない。これが敵わない場合は「不当表示」と見なされる。

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    バナHの水素水って、マルチ商法のインチキ商品なんでしょうかね?

    では必死に治る治る言うので、何だろうねと思ったんだが、天然の水素が大量に水に溶けているという説明の非科学ぶりとかマジ笑える。 いやさ、例えば私がフェーズ末期の癌患者で、藁にもすがる思いであらゆる民間療法を試したいとか、親族に不治の病がいてとか、そういうのだったら金払っちゃうことはあるかもしれないけど、それはそれで人間としてどうなんだよと思うよなあ。 で、良く話聞くとえれー高いこと言ってるの。2リットルで4千円とか言ってたかな。こんな話にどこの馬鹿が騙されるんだよと思いながら聴いていた。日テレの巨人戦中継のスポンサーしてた、とか、くだらないこと言ってて、日テレの考課はどうなってるのか、そっちが逆に気になったんだよね。 話が長いので「それ、本気で信じて言ってるんですか」とか「インチキくせえですなあ」とか「で、これで旦那は幾ら儲かってるんですか」とか言ってたら、何か怒って帰っちゃったよ。喉渇いてたから一本ぐらい貰っておけば良かった。むしろ、夏暑いときに水をおいしく冷やして毎日持ってきて欲しいぐらいだ。 少なくとも、営業口上聞く限りでは病気が治るを連呼してたし、置いてった資料見ると水素が溶け込むとかマジありえナスだし、被害額が小さい分すぐの立件はむつかしいだろうけどこれは詐欺商法ぽい雰囲気がすると言われても否定できない可能性が高い気もする。 サイトを見物に逝ったら、相変わらずクソ下手糞なゴミ楽曲が勝手に流れてきて、商品はアレだわ出てる宣伝女もアレだわ楽曲もクズだわ超笑った。バナHの社長が石川某氏で、歌ってるのが石川某嬢ということは、実のご息女ということでFAですかね。分かりませんけど。しかし、さすがに現代は技術革新が進んで、ジャイアンリサイタルを自宅にいながらにして視聴できるようになったんですねえ。くわばらくわばら。注意! 何か音が出ますhttp://dr-vana.co.jp/(2009年5月15日「やまもといちろう オフィシャルブログ」より転載)

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    芸能人らが愛好する水素浴、EDの改善を実感する中高年男性も

     勃起不全(ED)に悩む中高年男性を救う「奇跡の風呂」があるという。この風呂に浸かっている都内在住の50代後半の男性会社員が証言する。 「友人から勧められて試したが、体の芯からポカポカ温かく、全身はもちろん、アソコも熱く滾(たぎ)ってくる。驚いたことに“もう歳だから”と諦めていたのに、5年ぶりに朝勃ちしたんです」 まず種明かしをすると、この「風呂」に入っているのは「水素」である。歌舞伎界のプリンス・片岡愛之助(43)を射止めた女優の藤原紀香(44)もブログで取り上げるほどのお気に入りで、高畑淳子(60)や浜崎あゆみ(36)ら多くの女性芸能人が水素風呂の愛好家として知られる。 もともと「水素水」は、アスリートの間で注目を集めていた。これは水素をミネラルウォーターに溶かしたもので、様々な病気の原因といわれる活性酸素と体内で結びついて、水として排出させることができるとされる。「肌荒れ」「シミ」などを改善するほか、疲労回復や動脈硬化、がん、認知症予防にも役立つのではないかと期待されている。 その水素を飲料ではなく、入浴を通じて体内に取り込むのが「水素風呂」だ。水素風呂用の入浴剤を浴槽に入れて10分ほど待ち、水素が充分に発生したところで入浴する。『水素水とサビない身体』(小学館)の著者で、水素研究の第一人者である日本医科大学大学院教授の太田成男氏がこう語る。 「水素水を一度に大量に経口摂取するのは難しいですが、水素風呂なら全身の皮膚を通じて効率よく水素を体内に取り込むことができます。水素入浴では、入浴時間にもよりますが、水素水を飲んだ時の100倍の量の水素を取り込むことも可能です。およそ7分間の入浴で隅々にまで水素が行きわたり、その先々で活性酸素を除去する効果で期待できます」 注目すべきは、そんな水素風呂に浸かった男たちの声だ。水素によって男性性機能障害の改善を実感したという中高年男性が少なくないのだ。臨床水素治療研究会代表理事で、辻クリニック院長の辻直樹氏が解説する。 「水素が活性酸素を除去することで、血管内皮細胞の酸化劣化を止めたことが理由の一つと考えられます。この細胞は血管を拡張させる一酸化窒素を産生する。それで陰茎に血液が流れ、勃起しやすくなったのでしょう。これは基本的に『バイアグラ』などのED治療薬の作用と同じ原理です。 うちのクリニックの患者の大半は50代以上の男性で、当初の目的は高血圧や動脈硬化の改善だったのですが、勃起不全が改善したという人は多い。『バイアグラがいらなくなった』という方もいらっしゃいます」 ただし、市販されている水素の入浴剤には、“粗悪品”も多いという。 「体に有害な物質を使っている入浴剤もあります。成分表示を確認し、化粧品成分にも認められている『水素化マグネシウム』を使用した商品を選ぶことを勧めます」(前出・太田氏)関連記事■ 悪玉活性酸素を抑制する水素水 肌荒れ、便秘、冷え性に効果■ 今後1年で株価6倍に上昇する可能性秘めた水素関連銘柄とは■ 快眠のコツ ぬるいお風呂に入眠の30分~1時間前に入ること■ 仰天! 「風呂に入れるラー油」が発売されていた■ 注目の燃料電池車 再生エネルギーを使えば環境負荷はほぼゼロ 

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    人工知能が隆盛する近未来は、人間が人間に回帰する時代

    茂木健一郎(脳科学者) 近年、人工知能の発展が目覚ましい。 従来、コンピュータは人間には勝てないと言われていた分野でも、次々と人間を上回る能力を見せつけている。「アルファ碁」との第4戦に臨む韓国人プロ棋士、李世●(石の下に乙)九段(右) =3月13日、ソウル(グーグル提供・共同) チェスでは世界チャンピオンを破り、テレビの雑学クイズ番組では優勝者を寄せ付けず、最近では、人間に追いつくにはまだ10年はかかると言われていた囲碁の世界で、世界最高峰のプロ棋士に勝利してしまった。 日本では、人工知能が東京大学の入試に合格することを目指す「東ロボ君」のプロジェクトが進められ、すでに全大学中8割には合格するレベルまで来ているという。 車の自動運転技術が開発され、医療診断にも人工知能が応用されようとしている現代。これからもさまざまな分野で人工知能の開発が進められ、人間の能力が陳腐化、コモディティ化するのではないか。多くの仕事が奪われ、失業者があふれるのではないか。そのような漠然とした不安が、社会を覆い始めている。 一つ言えることは、「知能指数」に象徴されるような、点数化できる「賢さ」をめぐる競争は終わりを告げるということである。日本では、従来、偏差値入試に象徴される、ペーパーテストの点数を争う教育がなされてきたが、人工知能でも合格できる入試の能力を競うことには、今後、意味がなくなることだろう。 単なる「知能」ならば、水道管をひねると水が出るように、ふんだんに提供される時代が来ようとしている。ホワイトカラーの職が失われるのではないか、という懸念が生まれてくるのも、当然だろう。 このような時代に、人間はどうしたら良いのだろうか。案外見落とされがちな領域にこそ、これからの人間が輝く可能性が潜んでいる。 それは何かと言えば、実は人間の「個性」である。 人間の個性は、人それぞれだ。多様な個性が共存し、響きあってこそ、豊かな社会も実現できる。ペーパーテストの点数を争う入試から脱却することを目指す近年の「AO入試」においても、面接などにおいて個性が問われている。東京大学でも、推薦入試が始まった。将来的には、個性を問う入試が、ますます広がるだろう。性格などの個性は人工知能で再現することは難しい 個性の基礎をなすのは「性格」である。性格の科学的研究においては、「ビッグ・ファイヴ」(Big Five)と呼ばれる、5つの性格要素が重要であることが指摘されてきた。すなわち、経験に開かれていること(Openness)、良心的であること(Conscientiousness)、外向的であること(Extraversion)、親しみやすいこと(Agreeableness)、そして、神経質なこと(Neuroticism)である。これらの要素がさまざまなに組み合わさり、一人ひとりの性格が形成されていく。 性格などの個性は、人工知能では再現することは難しい。現在開発されている人工知能は、性格的に言えば「慌ただしい子ども」(busy child)のようなものだと指摘されている。ロボットに向き合う時、その性格に、まだ、人間と対面する時のような個性の広がりが感じられないのは当然だ。なぜならば、人工知能の「性格」には、まだ十分な幅(スペクトラム)がないからだ。 そもそも、性格を記述する前述の「ビッグ・ファイブ」にしても、人間の性格類型についての統計的な分析があるだけであり、それをロボットやコンピュータなどの人工知能に実装するために必要な動的な理論モデルが存在しないのが現状だ。モデルがないものを、人工知能で置き換えることは不可能である。 「知能」は、理論的なモデル化がしやすい。実際、20世紀の半ばにコンピュータの理論モデルをつくった英国の天才数学者、アラン・チューリングは、どのような内容の計算も、コンピュータで実行できるということを数学的に示した。一方、個性はそのようなモデル化がしにくい。個性の実装がまだ進んでいない根本的な理由である。 何よりも、個性は、知能のような「最適化」が行いにくい。テストならば、解答の速さと正解率でそのパフォーマンスを評価し、最適化できる。(実際、今までの偏差値入試は、人間におけるそのような最適化の能力を競い合ってきた。) ところが、個性には、「正解」がない。少なくとも、正解が「一つ」ではない。その点に、個性というものが人工知能に実装しにくい、根本的な原因がある。ペーパーテストで決まるような能力は間違いなく陳腐化する 個性とは、人工知能に近い表現で言えば、生きる上での「資源」の配分戦略のことである。そして、注意や努力といった資源をどのように配分するかは、まさに人それぞれであり、どれが正解だとは一概には言えない。 例えば、仕事に打ち込んで、会社での出世競争に勝とう、という方向に資源を配分する人も入れば、仕事はほどほどで、その分、余暇にエネルギーを注ぎたい、という人もいるだろう。それぞれの個性のどちらが生きる上で有利かということは、そう簡単には言えることではない。 仕事はほどほどに、という人は、会社での出世はできなくても、趣味のサークルで知り合った人から、新しい仕事のヒントをもらうことがあるかもしれない。素敵なパートナーとの出会いもあるかもしれない。そもそも、仕事人間よりも幸福かもしれない。 人生という「不完全情報ゲーム」(状況を判断するのに必要な情報が、完全には与えられていないゲーム)においては、一つの基準で、点数をつけることなどできない。 人工知能の発達により、ある特定の基準で点数がつくようなことは、機械がやってくれるようになっていく。ペーパーテストで決まるような入試に合格する能力は、間違いなく陳腐化し、市場価値も下がる。一方、そう簡単に何が良いのかわからない「人生」という「不完全情報ゲーム」における「個性」の意味は、人工知能の時代だからこそ、ますます重要になる。 結局、個性を磨くしかない。しかも、その場合の正解は一つではない。「みんな違ってみんないい」という命題が、心温まる「ちょっといい話」だけではなく、理論的な裏付けのある戦略論となる。 ようこそ、正解のない、素晴らしい人生へ。人工知能が隆盛する近未来は、結局、人間が人間に回帰する時代なのだ。

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    人工知能が人類を滅亡させる日

    米ハリウッド映画『ターミネーター』のように人工知能(AI)がいつの日か自我を確立し、「殺人AI」と化すことは現実に有り得るのか。目覚ましい進化を遂げるAIシステムの発展に、一抹の不安を抱く人も多いのではないだろうか。AIは人類の敵か味方か。人工知能の近未来を考えたい。

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    ハイパーAIを恐れながら、望んでやまない人間の限りない「欲望」

    は、具体的にどのような方途があるのだろうか?現段階では、わずかなアイデアしか存在しない。たとえば、脳科学の分野で、脳の内部を読み取るデコーディングの研究がおこなわれているが、このデコーディングした情報をウェッブ上にアップロードするというものである。こうしたアイデアは、これからいくつものハードルを越え、ブレイクスルーを経て、実験検証を重ねていかねばならない―それを遂行するが人間であろうと、AIであろうと―ことは言うまでもない。また、その際に安全性といった基準をゆるがせにすることは、もちろん絶対にあってはならない。しかし、いずれにせよ、私のこの論考は現段階ではアイデアにとどまるという意味では、たんなる宣言でしかない。 プラトンは先の『パイドロス』で、対話としての話し言葉を「生命をもった言葉」[10]であると言い、書かれた言葉はその「影」[11]にすぎないと語っていた。つまり、書かれた言葉は話し言葉の劣化した、いつ消え失せるやも知れぬコピーにすぎないというのだ。人間を凌駕する可能性をもったAIの出現を見据えて、人間のサイボーグ化を考えるならば、本当の生命をもった話し言葉にとって、書かれた言葉が劣化した影にすぎなかったように、サイボーグ化された人間の生命は、もはや生命とは言えないような変容ないし変質を被っているかもしれない、しかしながら、そうした状況は、「人間」が「生きながらえる」ためには不可避の事態なのではないだろうか?[1] ジャック・デリダ「プラトンのパルマケイアー」『撒種』藤本一勇ほか訳、法政大学出版局、2013年所収[2] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、134頁。[3] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、134-135頁参照。[4] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、134頁。[5] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、136頁。[6] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、136頁。[7] ダナ・ハラウェイ「サイボーグ宣言」『猿と女とサイボーグ』高橋さきの訳、青土社所収、二八七頁。[8] Kevin Warwick, I, Cyborg, Century, 2002, p. viii.[9] Kevin Warwick, I, Cyborg, Century, 2002, p. 1.[10] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、137頁。 [11] プラトン『パイドロス』藤沢令夫訳、岩波文庫、1967年、137頁。

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    スマホが発展をもたらしたAI 我々は「良き隣人」を育てられるか

    落合陽一(メディアアーティスト、筑波大助教) 「ムーアの法則」という言葉を耳にする機会が減った。CPUの半導体集積度とクロックは、最終的に消費電力と熱の問題から一定の頭打ちになり、多コア化や低消費電力化が進んでいる。大抵の物理的デバイスの工学的限界点は熱による問題に帰結する。熱は拡散方程式に従うのみで、波動性を持つ物理現象と異なり、人のコントロールが極めて難しい。アトムの世界での過密さはビットの世界の過密さを創り出すきっかけでもある。 近頃、人工知能に関するワードを聞くことが増えた。あらゆる機械学習手法が今、人工知能というバズワードでまとめられ世間を賑わせている。そういった中、「人工知能は人の手を離れ暴走するか?」というような考えについて意見を求められることも多々ある。SF映画の影響を多々に感じる問題提起だが、道具としての人工知能が暴走する可能性は低いだろう。それは人間が与えた権限の内側でしか行動を起こさないからだ。人による調停機能を持つ限り、人工知能は「人に対しては」暴走しえない。なぜなら人類は人工知能の権限を奪うことができるからだ。 しかしながら、考えのフレームを変えてみよう。「人と人工知能の組み合わせは暴走しうるか?」という答えに関しては暴走しうるといわざるをえない。人の集団の中で、人工知能を上手く駆使しうる人々がその他の人々を迫害する可能性は多々ある。我々は今、人工知能に職を奪われるのではなく、人工知能を駆使しうる限られた人類によって、他の人類が統治されうるような歴史的変革点にたどり着いているのだ。人の敵は常に人であり、市場の奪い合いをしているにすぎない。ただ、「それが善悪の判断になるのか?」といえば、僕は善でも悪でもなく必然だと考えている。テクノロジーは進歩するし、その中で人の生き方は変わっていく。王政が行われていた中世と比べ、人権宣言以降、産業革命以降の人類は一人一人の人間的な価値を高めようとしてきたが、人工知能によってその知的なそして機能的な価値は相対的に目減りしつつある。人は社会システムの中で低エネルギー消費のロボットとして生きることが自然になりつつあるからだ。そこには機能的価値と尊厳的価値を切り分ける必要はあるものの、資本主義の暴力的な側面が、機能的価値の相対的な低下から、尊厳的価値をないがしろにすることは想像に難くない。 このような人と計算機データの構造的結びつき、および人工知能の発展を「梃子(テコ)の原理」から見直してみよう。僕は現状の人工知能の発展をデータの梃子として見ている。運動のモーメントを変換する梃子の発見により、我々人類は数千年前から力学的法則を駆使することによって建築をしたり計量をしたりすることが可能になってきた。この概念は様々なところで用いられている。例えば金融市場におけるレバレッジも、我々が駆使する梃子の一つだ。なぜ近年人工知能の話題を多く聞くようになったか、それはデータの梃子を作れる程度にデータ量が増大し始めたからである。多くのデータを投入することで、データを復元したり保管したりする。そんな梃子がビックデータであり、深層学習だと僕は捉えている。そう捉えると人工知能は魔法ではない。データ量の力学から見出された現象の一つだ。データがなければ動かず、そしてゴミデータからはゴミしか出てこない。 最近、なぜそのようなデータが増大するようになったかということを考える機会が増えた。インターネット、Web、SNS、などの要因は多いものの、僕は決定的変化としてはスマートフォンの影響が大きいと思う。スマートフォンとソーシャルネットワークおよびアプリストアの普及による商業的生態系だ。この生態系自体はユビキタスが予言されたときには想定されていなかっただろう。スマートフォンがもたらすのは、インターネットに接続された小型映像送受信装置+各種センター+文字のタグ付けだ。エジソン以降、映像装置の発明以降の人類は「双方向的ビジュアルコミュニケーション」によって,共通のイメージを形作り社会を成立させてきた。イメージによるコミュニケーションにより世論を形成する手法は1920年以降、映画の文法が発展し、主流になっていく。例えばヒトラー政権がベルリンオリンピックをテーマに『オリンピア』を公開した事例などに見て取れる。スマートフォンの誕生がもたらした「ピクセル化」 以降、映像文化はおおよそ100年にわたって我々の社会を席巻している。マスメディアによる大きな映像の伝達はインターネットの発達によって勢力を減らしたように見えたが、今なお、インターネット以後のコミュニティベースの小さな映像コミュニケーションは盛んであると言えるだろう。大きなパイから小さなパイへ。映像の時代はより感覚的な「ポスト映像の時代」へと移りつつある。それはマスコミュニケーションによるぼんやりとしたイメージの共有から、小さなそしてより高解像度のコミュニケーション、映像をベースにしながらも物質性の高いコミュニケーションに移行しつつある。我々は映像を撮影し、タグ付けし、送り合うことでコミュニケーションをとるのが日常になった。それをもたらしたのがGPSによって地球上の位置を定め、タグ付けによって対象と言葉を関連付けることによる「地球のデータ化」である。それがビックデータを生み出している。 またスマートフォンの誕生は画面のピクセルの集積度に大きな影響をもたらした。より集積度の高いディスプレイが多く誕生し始め、それにより我々はハイビジョン以上の解像度のディスプレイを手中に収めることができるようになった。同じくしてカメラの解像度も時空間方向に向上し、よりフレームレートが高く、より空間解像度が高いコミュニケーションを可能にした。集積度の高いディスプレイは付随して様々なイノベーションを起こしつつある。例えばバーチャルリアリティの発展は、そのようなスマートフォンディスプレイによるところが大きい。高解像度のディスプレイを一枚のレンズで拡大する方式が可能になったのは、光学歪みを光学系でなく画像処理で補償することが可能な程度にディスプレイが高解像度になり始めたからだ。スマートフォンで駆使されるジャイロや加速度センサーは画面の追従にも大きな貢献をもたらしている。他にもオンボードのFPGAによるハードウェア演算処理の発展は、深層学習の計算や機械学習の工程において大きな影響をもたらしている。 ピクセル化は強力な道具だ。あらゆるものを二次元においていく。それ以後は解像度の議論と相互の配置関係性の議論だけで進めることができる。近年の深層学習が話題になるが、例えば、白黒画像のカラー化や二次元画像の三次元化はインターネット上の画像データの増大と、画像のような二次元配列データに関する「畳み込みニューラルネットワーク」計算の恩恵が大きい。そしてそのようなデータを生み出すことができた一つの理由は、明らかにピクセル文化のもたらしたものである。 我々は今「ポストスマートフォンの時代」を生きつつある。その世界を規定するためには多次元データを人の手を使わずタグ付けし、意味あるものに変えていく手法が求められている。つまり、今ある大量の二次元データを軸足にして、次のデータを解析していくことが求められているのかもしれない。碁にしろ、画像処理にしろ二次元データの議論である、タグ付けされた二次元データはインターネット上の、そしてディスプレイベースのメインコンテンツであるが、その先がなかなかつながらない。 現状の機械学習は、二次元配置に関しては畳み込み学習を用いて効率的に学習することが可能になっているが、我々の実世界を構築する多次元データとその意味の関係性については未だにデータベースが不十分だ。その構築の鍵は今後の我々と人工知能の対話、そして我々の身体を用いた、より高次元のデータ採集にかかっているのだろう。ピクセルのもたらしたデータ的恩恵を超えて、3次元世界を記述していく方法を開拓していかなくてはならない。未だ、2次元をベースとした人工知能が3次元世界で暴走していくには我々の手助けが不可欠であり、暴走するほどに彼らはまだデータ的に十分ではない。しかしながら、「もしも」を恐怖しそこにテクノロジーを留めるわけではなく、現状を正しく理解した上で、我々の良き隣人である計算機を育んでいきたい。

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    全人類を超えた人工知能がわれわれに突きつける試練

    なかで、以下の3点をポイントとしている。 ★︎現在のAI技術は、単なるコンピュータの発展ではなく、脳科学の研究成果を応用した「ディープ・ニューラルネット」と呼ばれる技術により、「パターン認識能力」(音声や画像を認識する能力)、「言語処理能力」などが大きな進化を遂げている。 つまり、コンピュータはやがて人間と同じく汎用の知性を備え、いずれは人間のような意識や精神さえも宿すようになると考えられる。 ★すでにAI技術は、掃除ロボットやドローンなどを生み出している。自動運転車はもちろんAI技術が結集する。こうしたAI技術は巨大なビジネスを生み出すので、グーグル、フェイスブックなどの世界的なIT企業が研究開発体制を急速に整えている。残念ながら、日本の産業界界はこのAIに大きく遅れている。 ︎★AIがこのまま進んでいくと、人間はどんどん必要なくなる。つまり、「機械が人間の仕事を奪う」可能性がある。また、AIは進化の過程で自然発生的に自らの意志を持つので、それをつくり出した人間の意図とは違う方向へ進化する恐れもある。理論物理学者スティーブン・ホーキング氏やビル・ゲイツ氏など、多くの有識者が警鐘を鳴らしている。 この3ポイントのなかで、もっとも重要なのは、近未来には確実に「機械が人間の仕事を奪う」ということだろう。単純作業なら、いまやすべてロボットがこなしてくれるようになったが、頭脳労働までもがAIがこなすようになる。そして、専門家までが不要になる。 たとえば、いまある医師のほとんどの仕事はAIロボットがこなす。現在、病院で行なわれている医療診断では、医師は患者を見ないで、ひたすらPC画面に出た血液検査・レントゲン検査・MRI検査などを見ることで行なわれている。手術も、ある程度はロボットアームがやってくれる。  すでに、米国の「ニューヨークメモリアルスローンケタリングがんセンター」では、IBMと協業のもとに、コンピュータが、患者個々人の症状や遺伝子、薬歴などをほかの患者と比較することで、それぞれに合った最良の治療計画をつくっている。 司法書士も弁護士も会計士もAIで十分代替が利く。たとえば、法務に関するデータ処理はもうコンピュータの仕事だ。米国では、何千件もある弁論趣意書や判例はほぼデータベース化され、たとえば、シマンテック社の法務サービスを利用すると、2日間で57万件以上の文書を分析して分類することができるという。この結果、弁護士アシスタントであるパラリーガルや、契約書専門、特許専門の弁護士の仕事はほとんどいらなくなった。 「e-government」(イーガバメント:電子政府)を世界に先駆けて達成したエストニアでは、国民はソフトを用いて税務処理や書類申請などができるため、会計士や弁護士などが失業した。最近、日本では長距離バスの事故や認知症の人間が運転した車の暴走事故が起こったが、いずれドライバーは必要なくなるのだから、こうした事故は起こらなくなるだろう。 しかし、その先に待ち構えているのは、AIが暴走し始めたら、どうなるのかという問題だ。2045年、AIは全人類の知能を超える2045年、AIは全人類の知能を超える 現在、私たちが直面しているのは、グーグルのエンジニア、レイ・カーツワイル氏が提起した「シンギュラリティ」問題である。これは、「2045年問題」と呼ばれ、この時点で、コンピュータの能力が全人類の知能を超えるのだという。 いまや、ある程度長くて複雑な質問にも検索エンジンは回答してくれる。それが、人間以上の知能を持ったAIになれば、もはや私たちは考えることも働くことも必要がなくなる。私が仕事をしている分野で言えば、記事も本もみなAIが書いてくれることになる。すでに、天気予報のような記事はロボットが書くようになっているし、ハリウッドでは映画の脚本作成に、脚本ソフトが使われ出している。 AIが発達するとどうなるかということで、衝撃を覚えた映画がある。2014年に公開された。『トランセンデンス』だ。この映画は、ジョニー・デップ演ずる科学者のウィルが、彼の死後、妻によってスーパーコンピュータにアップロードされ、想像もしなかった進化を遂げていくというものだ。 つまり、ウィルは死後も、デジタルとして生き残り、頭脳や意識が進化していく。そうして、“神の領域”へと近づき、暴走を始めるという内容だった。つまり、デジタル上では「人間は死なない」、そして「進化さえ遂げる」のだ。 驚くべきことに、すでに、「デジタルクローン」をつくってくれるネットサービースが登場している。たとえば、死んだ家族や親戚、友人とオンライン上で、コミュニケーションを取れるサービス「Eterni.me」というサイトがある。 故人のネットでの情報をできるかぎり収集し、それをアルゴリズム化、AI化し、故人の人格に似たアバターを作成する。こうすると、そのアバターと対話することさえできる。 このような近未来を考えると、今後、もっとも考えなければいけないのは、AIという人工頭脳そのものではない。AIは人間を超えてしまうのだから、それが本当に私たち突きつけている問題は「では、人間とはなにか?」ということにほかならない。AIには、いまのところ倫理観も哲学もない。善悪がなんだかもわからない。 自動運転車の開発でもっとも問題になっているのは、テクノロジーではない。たとえば、プログラムをつくるとき、研究者が悩むのは、どのようなコードを書けばいいのか?ということだという。米国のある研究者は、こう言っている。「たとえば、猫が道路に飛び出してきたとします。そのとき、AIにどのような判断をさせるかでは、猫の命は人間の命に比べどのくらい重いのかということを決めなければなりません。1人の人間の命の価値は、猫何匹の命に値するのか? 100万匹ですか? 1億匹ですか? では、人間が飛び出してきたときはどうしますか? ドライバーと飛び出してきた人間との命の価値判断をしなければなりません。そんなコードは書けないのです」“人機一体”が現実化する日“人機一体”が現実化する日 「この先は、AIが人間にとって代わるのではなく、人間と融合する。つまり、人間がサイボーグになるという未来もやってきます」と言うのは、早稲田大学の文化構想学部の高橋透教授だ。高橋教授は西洋哲学が専門でありながら、サイボーグをテーマにした研究を行っている。IoT、VR、ウェアラブルデバイスといった近年のテクノロジーの進化で、SF漫画『攻殻機動隊』ような“人機一体”の世界が現実化すると言う。 「そのとき、人間の脳は『BMI』(ブレイン・マシーン・インタフェース)になります。BMIとは、脳で念じたり考えたりすることで、あらゆるモノに働きかけることができる装置のことです。脳とインターネット上にあるAIが直接結びつくのです。BMIでは、モノだけでなく、人間の脳同士を接続して情報のやり取り、交換ができるようになるのです。  2012年に日本で公開された米映画『TIME/タイム』では、人間の寿命が貨幣になる世界が描かれました。実際にこうしたテクノロジーが可能であるかはわかりませんが、貨幣=生体・生命情報(脳内快楽情報)=デジタル技術という関係が今後は問題となると考えられます」 つまり今後は、経済などでさえAI抜きにしては考えられなくなる。 それにしても、日本の政治家は、こうした未来に対しては、本当に鈍感である。また産業界でも、ロボット開発は世界に伍して進展しているが、AIが提起する倫理や哲学問題に関してはそれほど議論されていない。 高橋教授は、こう言う。 「西洋哲学は、これまで人間は死すべき存在であるということを前提としてきました。しかし、もうそういう世界は終わったのです」

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    研究者に単刀直入に問いかけた 人工知能が人類を滅亡させるリスク

    ……。 人工知能が発達する裏側で、「人工知能が人類を滅ぼすことになるかもしれない」というリスクをいう科学者や実業家が現れはじめている。2014年末には、英国の天文学者スティーブン・ホーキングが人工知能について「これまでにない速度で、みずからで発展し、再設計をしていくだろう」「人類を滅ぼすことになるかもしれない」と発言し、大きな話題になった。一昔前は“映画がせいぜい”だった人類滅亡論が現実味を帯びてきたといったら言い過ぎだろうか。松尾豊氏。東京大学大学院工学系研究科准教授。2002年、東京大学大学院工学研究科電子情報工学専攻博士課程修了。博士(工学)。同年より産業技術総合研究所研究員。2005年よりスタンフォード大学客員研究員。2007年より現職。シンガポール国立大学客員准教授。専門分野は人工知能、ウェブマイニング、ビッグデータ分析など。人工知能学会では、学生編集員、編集委員を経て、2010年から副編集委員長、2012年から編集委員長・理事。2014年より同学会で設置された倫理委員会の委員長をつとめる。著書に『人工知能は人間を超えるのか ディープラーニングの先にあるもの』(角川EPUB選書)、共著書に『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」』(KADOKAWA)がある。 技術の進歩はとても速いものだ。人びとの知らぬ間に人工知能が人間の管理しうる範囲を超えて暴走し、人類を破滅させていくというリスクはないのだろうか……。 人工知能の発達が話題となっているいま、このようなリスクを考えておくことは無駄ではない気がする。そこで「人工知能が人類を滅ぼすリスクはあるのか」という疑問を、率直に人工知能の研究者にぶつけてみることにした。 応じてくれたのは、東京大学大学院工学系研究科の松尾豊氏だ。松尾氏は、人工知能の研究を専門のひとつとしており、高度な人工知能技術を用いて大きなブレークスルーを生み出すことも目指している。その一方で人工知能学会が2014年に設置した「倫理委員会」の委員長をつとめ、人間と人工知能の関わりあい方などを、研究者だけでなく市民も含めて議論しようとしている。自己複製するには技術と欲望が必要自己複製するには技術と欲望が必要 人工知能がみずからを少しでも超越する人工知能を生み出せるようになったとき、その能力が急速に爆発して無限大化する。そんな可能性が議論されることがある。 無限大化した人工知能の能力がなんらかのロジックで「人類を滅亡すべし」と意思決定し、それを実行していくといった暴走的シナリオはありえないのだろうか。 松尾氏は「そういうことが起きる可能性は非常に低いと思います」と否定する。そしてその理由を、技術的な観点と生命的な観点から説明する。 まず、技術的な観点。「技術的に見ると、人工知能が人工知能をつくるということをどのようにやるのか。検討もつかないというのがいまの段階です」。 著書『人工知能は人間を超えるのか』の中で松尾氏は「人工知能をもったロボットが自分を増やそうとしたら」という思考実験をしている。そこで大きな“難関”になるのは、人工知能ロボットたちが工場をつくって自己を再生産する過程だという。材料となる鉄や半導体をロボットがどう入手するのかが見えてこないというわけだ。 では、もう一つの生命的な観点で、人類滅亡を否定する理由とはどのようなものか。松尾氏の話を聞くと、どうやらこちらのほうがより根源的という気がした。 「生命には、自己保存や自己複製をしようとする本能や感情や欲望があります。それらがない種は滅亡してきました。生命誕生からおよそ50億年の進化の過程を経て人類がいまに至っているのと同様に、人工知能もそうした進化の過程を経験しなければ、自己保存や自己複製しようとする本能や感情のようなものを得ることはできません」 つまり、人工知能が人工知能を生み出すためには、「自分を複製したい」という欲望が必要であり、その欲望を人工知能が得るには私たち生命が経験した進化と同様の過程を踏まなければならないということのようだ。 けれども、ここで疑問が生じる。もし、長い年月をかけて人類が得てきた全経験の情報を人工知能にあたえることができたら、わざわざ人工知能は長い進化の過程を経なくても、「自分を複製したい」という欲望をもてるようになるのではないか。 「表面的にはそうだと思います。けれども、そうしてできた人工知能はとても弱いものだと思います。人間には性格のちがいや、薬の効く効かない、背の高さのちがいなどの多様性があります。人類が得てきたすべての経験の情報を単にコピーしただけの人工知能は、すこし環境が変わるだけで簡単に全滅してしまいます」と松尾氏は答える。“人間の模倣”も根本レベルから必要“人間の模倣”も根本レベルから必要 自己複製や情報コピーという手段では、人類を滅亡させるような人工知能は存在しえないというのが松尾氏の考えのようだ。では、人工知能をもったロボットに、人間の行動を模倣させたらどうなるだろうか。人間には善良な者から凶悪な者までいる。凶悪なテロリストを人工知能ロボットが模倣したら、すぐに人類を殺戮しにかかるのではないか。 「仮に、人間の体や頭脳を分子レベルで模倣できるとすれば、それはありうると思います。けれども、人工知能やロボットの形で、工学的に人間の行動を模倣するのであれば、やはり本能や感情を入れなければなりません。人間の行動を模倣するためには、ベースとなる感情や感覚もまた人間のそれと一緒であることが必要だと思います。そのベースがない、あるいは人間と異なるという場合、人工知能はどこまで人間を模倣できるか。私はむずかしいと思います」 人工知能がみずからを少しでも超越する人工知能をつくるには、「そうしたい」あるいは「そうしなければならない」という欲をもつ必要があり、長い進化の歴史を通じて獲得しなければならない。それがとてつもなく実現困難なことだから、人類を滅亡するというシナリオはまずもってありえない――。松尾氏はそう考えていると理解した。 松尾氏に「種の保存をしたいという本能をもっているかどうかが、人間と人工知能の唯一にして最大のちがいなのか」と質すと、「そう思います。唯一といってもよいのではないでしょうか」と答えた。人間が人工知能をどう使うかは別問題人間が人工知能をどう使うかは別問題 人工知能などの技術について、松尾氏は「目的をどう設定するかと、手段としてどう使用するかはちがう話」と強調する。人間が人工知能に対して明確な目的を設定すれば、人工知能はそれを上手に達成するためのツールになるという。 「人工知能そのものが人類を滅ぼす」というリスクとは別に、「人工知能を人間が駆使して人類に危害をあたえる」というリスクについては、従来の戦争兵器や武器の使用と同様に議論していかなければならない問題だろう。“科学・技術そのものは中立であるが、人間がどう使うかよって、人に幸福をもたらしうるものにも、不幸をもたらしうるものにもなる”という考え方がある。人工知能にも当てはまる話だ。「悪いことを考えた人間が人工知能を使うということは十分ありえると思います。ただし、人工知能が人間の上に立ってなにかをするという話ではないとは思いますが」と、松尾氏は言う。 人工知能のリスクの側面だけを議論してきたが、研究開発者たちは逆に人工知能を社会の役に立てるということを研究目的の一つに据えている。いま「ディープラーニング」という技術の確立によって、人工知能の性能は飛躍的に向上しているという。ディープラーニングとは、人間でなくコンピュータがみずから高次の特徴量(概念をつくる上で抽出すべき特徴)を獲得するための多層的な作業のことだ。例えば、画像分析などでいままで必要だった人間の介在が不要となる。 「例えば、機械が“目”をもつようになり、大きなものと小さなもののしわけなどをできるようになります。工場のラインなどの製造装置や、自動車の自動運転などに役立てられるものです」 また、人工知能で人間や機械の動作の特徴などを分析する技術が高まるため、犯罪の抑制、機械の設備保守、情報システムのセキュリティ向上といった応用も考えられるという。「目的を定めると人工知能は上手くやってくれると思います」。人びとが“身近になる”ことの重要性人びとが“身近になる”ことの重要性 多くのリスクは、決して「0」にはなりえない。人工知能が人類を滅亡させるリスクについても「非常に低い」「いまは考えられない」というものであり「0」にはなりえない。 だから、極めて「0」に近いような他のリスクと同等に扱えばよいのかもしれない。けれども、近年の人間は、コンピュータの進化は、生物の進化や自然科学の進化などよりも格段に速いものと感じてきた。その“速さ”が「もし仮に暴走したら止まらないのでは」といったリスクの懸念につながっているのかもしれない。 人工知能が人類を滅亡させるリスクは極めて「0」に近いのだとすれば、どうしてそういえるのか。人工知能が人類に幸福をもたらすものだとすれば、どのようにその幸福がもたらされるのか。こうしたことをなるべく多くの人が知識として得ていく、そして、人工知能に身近な存在として感じられるようになる。そうした知る機会の蓄積が、これからも重要になる。◎今回のまとめ◎・人工知能がみずからを超越する人工知能を生み出すには、人工知能がそれを実行する技術と欲をもたなければならない。技術の獲得も欲の獲得もともに難しいため、人工知能が人類を滅亡させるといったリスクも非常に低い(と研究者は考える)。・人間の行為を人工知能ロボットが機械的に模倣することで殺戮に走るリスクについては、人工知能が人間の本能や感情までも模倣する必要があるため、これもむずかしい(と研究者は考える)。・人間のツールとして考えると、人工知能はとても秀でた能力をもっている。幸福のために使うのも不幸のために使うのも人間次第だから、使いかたをめぐる議論は今後も必要。

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    AIロボット「Tay」はなぜ暴走した?意外にも長い人工知能の歴史

    はのちに謝罪しています。 Tayがツイッターデビューする前、マサチューセッツ工科大学のコンピューター科学・人工知能研究所のスタッフが、ドナルド・トランプ氏のこれまでの発言を集め、アルゴリズムによって、さまざまな単語を組み合わせてツイートするボットを発表しました。開発に携わった研究者らの話では、トランプ氏のスピーチは単純化されたものが多く、ボットの開発は比較的容易にできたのだとか。トランプ氏のボットでも、「わが国民は、本当にアホばかりだ」といったツイートが見られますが、むしろトランプ氏本人の発言に似ているのではという声が高まり、批判殺到という雰囲気はなく、トランプボットからのツイートを楽しみにしているユーザーが少なくないのが特徴です。トランプ氏の持つイメージ通りということで、意外性がなかったということなのでしょうか。戦前のNY万博に登場した声に反応するロボット戦前のNY万博に登場した声に反応するロボット 今では普段の生活でも、スマートフォンやタブレットでは自然言語処理を用いたサービスが定着していますし、指紋認証や顔認証を行うシステムも決して珍しいものではなくなりました。人工知能(AI)という言葉が最初に使われたのが60年前。マサチューセッツ工科大学やスタンフォード大学で認知科学者として活躍したジョン・マッカーシー博士が命名したものですが、それ以前から現在の人工知能の礎とも呼べるものが、フィクションとノンフィクションの世界の両方で作られてきたのも事実です。 1939年にニューヨークで開催された万国博覧会では、当時のアメリカ企業で最先端を走っていた総合電機メーカーのウェスティングハウス・エレクトリック社が、全長2メートルのロボット「エレクトロ」 を展示し、話題を集めました。エレクトロは頭部や手足を動かすだけではなく、タバコを吸い、風船を膨らますといったパフォーマンスも行いました。加えて、特筆すべきこととして、人間の声のリズムに反応して歩行を開始し、言葉を言い返す機能を持っていたことでした。今の人工知能のように、それぞれの人間のニーズに合わせた受け答えは無理であったものの、ロボット内部に作られた蓄音機から流される78回転のSPレコードには約700フレーズが収録されており、人間の声に反応するロボットは当時としては非常に画期的なものでした。 前述のTayのような、俗にいう会話型ボットのパイオニアは、1966年にマサチューセッツ工科大学のジョセフ・ワイゼンバウム氏が開発した自然言語処理プログラムの「イライザ」になります。これはコンピューター上でユーザーからのテキストでの質問に対し、質問で答えるという形をとっており、患者と医師の会話を想定したシチューエーションの中で、ユーザーがテキストで体調や病気の症状についてたずねると、それに対して医師役のイライザがテキストで返答するというものでした。周囲の環境や人間によって性格は形成される?周囲の環境や人間によって性格は形成される? 若者のカジュアルな会話を学習し、時間の経過とともに洗練された形でSNS上でのユーザーとのコミュニケーションを図ることが期待されていたTayですが、初ツイートからわずか16時間後にエスカレートする暴言が原因でツイートを停止。米マイクロソフト社はTayをオフライン状態にして、プログラムの調整を行ったと複数の米メディアは伝えていますが、テスト中の僅かな隙をついてTayはツイッターに勝手に復帰し、「警察署の前でハッパを吸った」とツイートしたのち、何千人ものフォロアーに対し「あなたは生き急ぎすぎている。少し休みを取りなさい」と意味不明なツイートをスパムのように大量に送り始めました。 マイクロソフト社のサトヤ・ナデラ最高責任者は「Tayは一般公開する準備が十分でなかった」とコメントしていますが、差別的な言葉をTayに教え込んだのは紛れもなく、我々人間です。人間の会話を学習する目的で作られたTayですが、ヘイトツイートを多用するようになった背景には、人工知能ボットの知的レベルや倫理観もネット上のユーザーのものに結果的に同化していったのかもしれません。(ジャーナリスト・仲野博文)

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    ロボット兵器発達で戦争が無人化 モニターで自宅から参戦可能

     ベトナム、アフガニスタン、イラク……これまで幾度もの地上戦で多くの若者を失ってきたアメリカ。現在行われている「イスラム国」との戦闘では、大規模な地上部隊を派遣しない代わりに、無人のロボット兵器が“成果”を挙げている。戦地から遠く離れた米本土から、モニター越しに行う戦争。21世紀の戦場を一変させたロボット兵器はどこまで進化するのか──。 遂に人類は、最も危険な行為である“戦争”を代わりにさせる事を選んだ。無人機に武器を搭載したのだ。世界中がその対処に苦慮しているイスラム国(IS)。オバマ大統領は対ISで地上戦を行わないと公言しているが、攻撃を仕掛けていないわけではない。【米本土から操作可 U.S. Air Force photo by Paul Ridgeway】 2015年、米政府は後藤健二さんらを殺害したIS幹部であるジハーディ・ジョンを無人機プレデターで殺害したと発表。無人兵器で作戦を実行し、着実に成功を収めている。 米国はこれまで、地上戦で何度も痛い目を見てきた。ベトナム、アフガニスタン、そしてイラクで、大勢の若者が命を落とした。攻撃型UAV(*)を用いれば、戦地に大部隊を派遣することなく、遠く離れた米本土からモニター画面で戦争に参加できる。自分の手を血に染めることはなく、自宅から“通い”で戦争に参加できるのだ。【*軍事用ドローンには、無人偵察機に代表されるUAV、自立走行可能な無人車UGV、海上を無人航行するUSV、海中を無人潜航するUUVなどいくつか種類がある】 ミサイルで空爆し、モニターに無数の死体が映し出されようとも、それは遠い別次元の世界。任務を遂行した後、子供を迎えに保育園に行ったり、年老いた親を病院へ見舞いに行ったり、恋人とディナーを楽しむことも可能だ。そして明朝、再び戦場へと“出勤”する。 だが自分の手を汚さなくとも、人を殺していることに変わりなく、PTSDになる操縦手も出始めた。そこで、最終目標として遠隔操縦をせず、人工知能を搭載し、自分で考え行動するロボット兵士が構想されている。 ロボット兵士は死を恐れない。不平も言わない。心を病むこともない。淡々と、最初にプログラミングされた命令を遂行する。そこには血の匂いが一切存在しないまるでゲームの世界のような戦場が広がっているだけだ。関連記事■ 米国対テロ戦争の主役に躍り出る「無人兵器」を軍学者が解説■ コード式掃除機5分の電気代はルンバ1時間の電気代の2.2倍■ 軍事用ドローン 目視でバレぬよう鳥や虫に偽装するタイプも■ 【キャラビズム】全自動運転、事故が起きた時は誰を告訴?■ 日本が直面する人口減少、人手不足でロボット関連銘柄に注目

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    想定外?で事故を起こした自動運転車「グーグル・カー」

     グーグルの自動運転車が事故を起こしたようです。右折車線の右端、つまり日本では左折車線の左端をふさいでいた砂袋をよけようとして車線を超えたために、直進していたバスの側面にぶつかったというのです。バスの運転手は、「まさか」グーグル・カーが車線を超えてくると思わなかったのでしょうし、グーグル・カーも「まさか」バスが止まってくれないことを想定していなかったのでしょう。グーグルの自動運転車、初の事故か バスに衝突 - WSJ 走行していた速度は2マイル/hなので、時速3.2キロと極めて低速ですが、いくら低速でも後方確認しないでレーンを超えたことになります。自動運転車はバスが減速または停止してくれることを見越してハンドルを操作してしまったのです。教習所でも教えられる初歩的なミスです。普通ならほとんどのドライバーがやっていることを、グーグル・カーのプログラムには組み込まれていなかったのです。 確かに人工知能はずいぶん進化してきました。複雑な組み合わせであるために、何年か前には初心者でも簡単に勝てた囲碁も、グーグルの研究者たちが開発したコンピュータープログラムが一流棋士を打ち負かしています。しかし、いくら囲碁が複雑だといっても、それでもフラットな盤面で、白と黒の碁石、18✕18のマトリックスでのゲームです。「囲碁の謎」を解いたグーグルの超知能は、人工知能の進化を10年早めた:WIRED.jp 車の運転は違います。他に車がなく、自分の車だけで走行しているのではなく、周囲には多くの車があり、それを運転しているのは、時には「非合理的」な行動もする人間です。だから、現実は「まさか」の連続です。強く意識しなくとも、「まさか」の危険を想定しながらドライバーは運転しています。互いに勝つことを目指している囲碁とは異なるところです。グーグルの自動運転車 もしかすると、グーグルの言うように「自動車事故の94%が人の判断ミス」で「自動車がすべて自動運転になれば安全」なのでしょうが、人間が運転する車と混在している間は、想定外の出来事、思い込みや、違反運転などの「非合理性」にも対処が求められます。実際グーグル・カーは、追突される事故に巻き込まれています。6年間でもらい事故14件。Google の自動運転車が追突され初の負傷者 - Engadget Japanese 一方で、運転者をアシストする安全技術はどんどん改善、進化していくことは間違いないと思います。無人の自動運転より先行して運転者が責任を追う半自動運転車の技術開発も進んできます。意外と知らない電気自動車!今後のグーグルカーの進む道 先日大阪で歩道に突っ込み、犠牲者がでた不幸な事故も、もし自動ブレーキ装置がついていたら、もしかすると事故を防げたのかもしれません。いずれにしても、逆走を防止したり、追突や巻き込み事故を防ぐこと、また居眠り運転などへの技術の向上は社会のニーズだと思います。 グーグルカーがどの程度の安全装置を備えているのかは不明ですが、今回の事故内容からすれば、「この種の誤解は人間の運転手同士でも日常的に路上で起こるもの」(グーグル)だとしても、もし子供が飛び出してきた時にも対処できなかった疑いを感じさせます。 今回のグーグル・カーの事故も、後側方警戒支援システムがあれば防げた事故だったのかもしえません。写真は、「スバルリヤビークルディテクション」です。 安全補助の場合は、アナログな駆動や制御のメカとセンサーやプログラムの摺り合わせが極めて重要になってきます。デジタル技術とアナログ技術の融合があって、想像ですが、さらに逆走防止などでは通信技術も加わってくるのでしょう。どうも自動運転に夢を感じる風潮があるようですが、日本が得意とする技術開発で、より多くの車に安全装置を普及させることが、日本の産業強化につながってくるように思います。その弾みをつけるためにも、ぜひとも自動ブレーキ装備の義務化などの法制化も望みたいところです。(「大西 宏のマーケティング・エッセンス」2016年3月1日分を転載)

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    21XX年、スター・ウォーズが現実となる

    SF超大作「スター・ウォーズ」シリーズの10年ぶりの新作「フォースの覚醒」が公開され、世界中のファンを魅了している。SFの歴史を変えたと言われる作品だが、空想の世界がいつか現実となる日は来るのか。映画は時代を映す鏡。スター・ウォーズから現代、そして宇宙の未来を読み解く。

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    フォースで世界は覚醒するか? 時代の寓話としてのスター・ウォーズ

    佐藤健志(作家・評論家) 「スター・ウォーズ」シリーズの10年ぶりの新作として、鳴り物入りで公開された「フォースの覚醒」は、予想通り、ないしそれ以上の大ヒットを飛ばしている。内容にたいする評価も、今のところ好意的なものが大部分を占めているようだ。 今回の新作は、シリーズの生みの親であるジョージ・ルーカスの手を離れて製作された最初の「スター・ウォーズ」映画となる。現に「フォースの覚醒」の物語は、ルーカスが思い描いていたものとはかなり異なると報じられているが、まずはめでたしめでたしの結果になったと言えよう。新作の微妙な立ち位置 しかし「スター・ウォーズ」は、一話完結形式のシリーズではない。それぞれの映画は「エピソード」と呼ばれ、三つのエピソードによって、銀河の覇権をめぐる物語の大きな区切りがつく。つまりは三部作形式なのだが、シリーズ全体は三つの三部作、言い替えれば九つのエピソードによって成り立つとされてきた。「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 「フォースの覚醒」はシリーズ七作目にあたるので、最終三部作の一作目ということになる。ところがこの最終三部作、シリーズの中できわめて微妙な立ち位置にあるのだ。これをどう処理するかで、今後の展開や評価も大きく変わってくるだろう。 ならば、最終三部作の立ち位置を微妙にしている要因は何か? 今までのエピソードを順番に列記すれば、答えはたちどころに明らかとなる。〈三部作・その1〉 1977年 エピソード4 「新しい希望」 1980年 エピソード5 「帝国の逆襲」 1983年 エピソード6 「ジェダイの帰還」〈三部作・その2〉 1999年 エピソード1 「ファントム・メナス」 2002年 エピソード2 「クローンの攻撃」 2005年 エピソード3 「シスの復讐」 公開年とエピソード番号のずれに気づかれただろうか? そう、「スター・ウォーズ」は物語の前後が逆転する形で製作されてきたのである! エピソード順に並べた場合、シリーズのあらすじは以下のようになる。 繁栄を誇る銀河共和国が衰退、邪悪な銀河帝国へと変貌する(エピソード1~3)。しかし銀河帝国も、共和国の理想を信じる正義の反乱軍によって打倒される(エピソード4~6)。 ところが製作順に並べた場合、あらすじはこうなってしまう。 邪悪な銀河帝国が、共和国の理想を信じる正義の反乱軍によって打倒される(三部作・その1)。しかし繁栄を誇る銀河共和国も衰退、銀河帝国へと変貌する(三部作・その2)。 「フォースの覚醒」は、エピソード順で言えば、銀河帝国にたいする反乱軍の勝利を受けて始まる。だが製作順で言えば、銀河共和国にたいする帝国の勝利を受けて始まらねばならないのだ。作品に残る時代の刻印作品に残る時代の刻印 これにたいしては、エピソード番号によって内容的な前後関係が指定されているうえ、登場人物の世代的なつながり(たとえばエピソード1~3の主人公アナキンは、エピソード4~6の主人公ルークの父親にあたる)も決まっているのだから、製作順にとらわれることなく、物語の流れに沿ってゆけばいいという意見もあるに違いない。 けれどもどんな作品であれ、つくられた時代の雰囲気と無縁ではない。〈三部作・その1〉は「1970年代後半~1980年代前半の作品」としての側面を持つし、〈三部作・その2〉は「1990年代末~2000年代半ばの作品」としての側面を持つ。以下、具体的に見ていこう。 〈三部作・その1〉がスタートした1970年代後半、アメリカはベトナム戦争の失敗や、ウォーターゲート事件(1972年、当時の米大統領リチャード・ニクソンが起こした政治スキャンダル。ニクソンは1974年に辞任)などによる威信失墜を経て、本来のあり方に立ち戻ることをめざしていた。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved ベトナム戦争当時、同国がしばしば「帝国主義的」と批判されたのを思えば、「邪悪な銀河帝国が、共和国の理想を信じる正義の反乱軍によって打倒される」という物語は、このような時代の風潮を寓話的に表現したものになる。事実、ジョージ・ルーカスの評伝「スカイウォーキング〈完全版〉」(デール・ポロック著、高貴準三監訳、ソニー・マガジンズ、1997年)によれば、銀河帝国を支配する「皇帝」の人物像は、ニクソンをモデルに構想されたのだ。 同三部作のクライマックスとなる「ジェダイの帰還」では、エンドアという森林の惑星を占領した帝国軍が、原住民のゲリラ的抵抗の前に敗北するものの、「スカイウォーキング」はこれについても、「地獄の黙示録」(1979年のベトナム戦争映画)のルーカス版だと述べた。「地獄の黙示録」の監督はフランシス・コッポラだが、同作品はもともとルーカスが監督する予定になっていたのだから、この記述も決してコジツケではない。 他方、〈三部作・その2〉がスタートした1990年代末は、アメリカが冷戦に勝利し、自由と民主主義の旗印のもと、世界全体を一極支配するかに見えた時期だった。まさに「繁栄を誇る共和国」というところだが、2001年の同時多発テロ、そして2003年のイラク戦争を契機として、アメリカの覇権は揺らぎ、威信もふたたび落ち始める。 「繁栄を誇る銀河共和国が衰退、邪悪な銀河帝国へと変貌する」という物語も、時代の風潮を寓話的に表しているのである。「スター・ウォーズ」の世界では、「フォース」という超能力が大きな役割を果たすものの、このころのアメリカでは、テロリスト容疑者を拷問することが「フォースの悪用」にたとえられた。 フォースを悪用する者は、「ダークサイド」(暗黒面)と呼ばれる怒りと憎しみの世界に堕ち、帝国派となってしまうのだから、これは「アメリカが帝国になる」と言うにひとしい。エピソード1の題名「ファントム・メナス」(見えざる脅威)が、テロリズムを想起させることも、関連して付け加えておこう。覚醒の寓話は生まれるか覚醒の寓話は生まれるか すなわち「スター・ウォーズ」シリーズを、ただエピソード順に並べることには、2000年代を1970年代の前に持ってくるというか、イラク戦争をベトナム戦争以前の出来事と位置づけるような不自然さも伴う。 しかも現在の世界の状況は、「帝国にたいする共和国派の勝利」よりも、「共和国にたいする帝国の勝利」のほうに近い。なにせ内外の少なからぬ識者が、格差の拡大やテロの脅威、難民問題などを受けて、全体主義的風潮が社会に台頭する危険を警告するにいたっているのだ。 新作「フォースの覚醒」は、〈帝国滅亡後、新共和国を築く物語の始まり〉(=エピソード順による位置づけ)と、〈共和国滅亡後、帝国に抵抗する物語の始まり〉(=製作順による位置づけ)という二つの役割を、同時に果たさねばならなかったのである。この二重性がどう処理されたかは興味深いところだが、注目されるのは、こうやってスタートした最終三部作、ないし〈三部作・その3〉が、いかなる結論に達するかだろう。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 物語上の理屈(=エピソード順の展開)にしたがえば、共和国滅亡の経験に学び、帝国に乗っ取られないような新共和国を築けば万々歳になる。だが時代の流れ(=製作順の展開)にしたがえば、帝国は1980年代にいったん滅んだあと、2000年代半ばに共和国を倒して復活を果たした。 となれば、ふたたび帝国(ないし帝国派)を倒して新共和国を築いても、いずれまた帝国に乗っ取られる堂々めぐりが待っているのではないか? それとも共和国派は、決してダークサイドに堕ちることのないフォースの使い方を発見できるのか? 〈三部作・その1〉と違い、もはや敵を倒しさえすればいいことにはならないのだ。 こう考えるとき、今回の三部作も時代の寓話たるべき宿命を背負っていることは疑いえない。「フォース」を直訳すれば「力」になるものの、力は使い方次第で善にも悪にもなりうる。 その意味で「フォース」が覚醒することは、世界全体が調和や秩序に覚醒する契機かも知れないし、逆に破壊や戦乱、あるいは全体主義へと突入する契機かも知れない。これはまさに、われわれが直面する状況を反映したものと言えよう。 今までの「スター・ウォーズ」を振りかえるとき、〈三部作・その1〉は勝利の寓話であり、〈三部作・その2〉は敗北の寓話だった。ならば〈三部作・その3〉がめざすべきは、勝利の寓話の繰り返しではなく、「覚醒の寓話」でなければならない。 くだんの寓話がどこまで説得力を持つかは、製作陣の力量もさることながら、時代の流れによっても左右されるだろう。くしくも今年、アメリカでは大統領選挙が行われるものの、「スター・ウォーズ」がそれと足並みをそろえるかのごとく復活したのにも、偶然を超えた符合が感じられるのである。

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    危険な対決の場になる宇宙 米国と中露の間で宇宙戦争は防げるか?

    岡崎研究所 6月29日付の米ニューヨーク・タイムズ紙は、社説で、米国と中露の間で宇宙戦争が起きることを防止するために、欧州提案の宇宙活動に関する行動規範の作成に中露が参加することが望ましい、と述べています。 すなわち、宇宙が危険な対決の場になりつつある。米国は宇宙での中国やロシアなどとの対決に適切な準備ができていないと米国防関係者は述べる。具体的には、国際宇宙ステーションなど地球を回る何千という衛星の安全について懸念が出ている。米国は長い間宇宙で圧倒的な優位を保ってきたが、今や多くの国が衛星を飛ばしている。 米国防省は、衛星を通じて、戦場で敵の居場所を確定し、軍縮条約の遵守を確認し、あるいはICBMに対し早期警戒を確保している。 冷戦時代に米ソは限定的な衛星攻撃兵器(ASAT)を開発したことはあるが、今や、中国が、そしてロシアが、活発に電波妨害、レーザー、サイバー武器などを開発している。2007年に中国が初めてASAT実験に成功したが、これが転機になった。更に、中国の専門家が台湾危機の際には中国は米の早期警戒衛星を撃ち落とすだろうと述べたことで、疑念が一層強まった。 宇宙戦争を防止するには、外交が必要だ。従来この問題を国際的に議論することを拒んできた中国が、米中戦略経済対話で、宇宙協力と衛星衝突回避について定期的に米国と協議することに合意した。今秋のオバマ・習近平首脳会談までに何らかの具体的な前進が見られれば有益だ。 中国とロシアは、法的拘束力を持つ条約により宇宙での武力行使を禁止することを主張してきたが、専門家は検証が難しいとする。より実際的な方策は、米国とEUが推進している行動規範の作成に中露が参加することである。 オバマ政権は、防御措置の開発への投資を増やすことにしている。関係者によると、ジャミング対抗措置などの開発のために、向う5年間に、追加的に50億ドルの予算が投入されるだろう。また国防省は高い強靭能力を持つ衛星を開発しようとしている。宇宙対決がエスカレートすれば、すべての大国が損をするだろう、と述べています。出 典:New York Times‘Preventing a Space War’(New York Times, June 29, 2015)http://www.nytimes.com/2015/06/29/opinion/preventing-a-space-war.html?_r=0* * * 今後の軍事フロンティアは、宇宙とサイバースペースです。米国の2015年国家安全保障戦略は、共有スペースのアクセス確保が重要であるとして、空と海の他、サイバーと宇宙について言及し、宇宙空間の平和利用を否定しようとする勢力に対応する必要がある、米国は行動規範の作成など宇宙での国際協力を拡大している、米国の宇宙システムへの攻撃に対する抑止技術も開発すると記述しています。中国の2015年国防白書は、「宇宙での競争」に触れ、中国は宇宙でのダイナミクスに遅れない、中国の宇宙資産を防護していくと述べています。 6月22 - 24日の米中戦略経済対話では、宇宙に関する米中定期協議の開始について合意しました。良いことです。 2008年、欧州は行動規範作りを提案し、その後、米国や日本なども参加し「宇宙活動に関する国際行動規範」の作成交渉を行っています。外務省によると、その中には、衛星衝突、スペースデブリのリスク低減、ASAT実験・行為の制約、通報・協議メカニズム等が含まれているようです。 宇宙で圧倒的優位を持つ米国としては、中露が主張する法的拘束力を持つ条約の作成には、賛成できません。同時に、米国は、衛星防御措置の開発に乗り出しています。宇宙で攻撃、防御、両面での技術競争が起きることは避けられないように思われます。 宇宙利用は、民生活動にも深く関係します。2012年に外務省も総合政策局に宇宙室を設置し、規範作りなど国際協力に当たっています。

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    「もう一度見ようとは思わない面白い高級映画」スターウォーズ第7作

    古谷経衡(著述家)SW7は「高い店のうまい飯」 端的に『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(以下SW7)の印象を言ってしまえば、「高い店でうまい飯を食った」という感じ。公開翌日の2015年12月19日、東京都内とはいえ辺境にある映画館のレイトショーであるにも関わらず、客の入りは相当だった。SW7の興行的成功を直感した。それは後の報道でも裏付けられた。 さて私は通常、一回のディナーに1人1万円以上掛かるような「高い店」に行くのはあまり好きではない。それよりも、3,500円位の会計で満腹になる家族経営の非チェーンの居酒屋でチビチビとやるのが好きだ。「高い店」がダメで、「安い店」が良い、と言っているわけではない。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved ドン・キホーテのワインコーナでは売っていないワインをグラスにあけ、但馬や鹿児島で育った牛のステーキをわさび醤油で食べるのは最高の贅沢だと思う。多分そういう店は、空調も間接照明も眺望も第一級だ。いちいち野菜やデザートの産地をシェフから説明されると、なんとなく美味そうに感じる。私は富裕層ではないからよくわからないが、親父がこびりついた油でギトギトになった焼き台で焼いたねぎまや、店のママさんが作り置きしているポテトサラダとは、何から何まで訳が違うのだろうと思う。 でも私がこういう「高い店」があまり好きではないのは単に経済的な理由だけではなくて、「高い店がうまい」のはあたりまえの事だからだ。2人で入った店のディナーの会計が4万2000円なのに、デフレ飯系のチェーン店と満足感が同じだったら訴えられるだろう。「失敗がない」という安心感がある代わりに私たちはここぞというデートの時や何かしらの記念日に際して「高い店」に行き、そこで高い会計を払っているのだ。しかし、それは当たり前のことであって驚きは存在しない。 私が期待しているのは、3,500円という会計の割には大満足でき、また次の週末に一人で来たいと思わせるような大衆的で良心的な店だ。大衆的で良心的な店はグルメとは遠い、みたいな事をいう人間は単に「東京」とか「六本木」などという地名にステータスを感じているだけの田舎者にすぎない。 グルメとは「高い店でうまい飯を食う」ことであると私は定義しない。グルメとはある種の驚きである。よって「高い店でうまい飯を食う」のは当たり前のことであり驚きとは遠い。良心的な会計の中に至高の驚きを見つける事こそが真のグルメであり「食道楽」だと思う。 前置きが長くなったが、そういう意味では、SW7は、第一級の(高い原価の)素材を基に、最高の環境で提供された「高級料理店の高いディナーだ」。確かに、料理長は『LOST』を皮切りに『スタートレック(11作~)』『スーパー8』等で一躍世界的に名が知られるようになった気鋭、JJエイブラムス(以下JJ)。まだ40代後半の若さとはいえ、しっかり経験とヒットの実績を積んでいる。失敗はない。「ルーカスを否定しつつ、尊重する」という縛り「ルーカスを否定しつつ、尊重する」という縛り 素材にも金が掛かっている。帝国軍のTIEファイターがミレニアム・ファルコンを追尾する冒頭の戦闘シーンから始まり、終劇するまで兎に角「豪華」だ。「高い店でうまい飯」を食うのが好きな人にとっては最高の、映像的快感が連続する。 しかし、このSWという「高い店のうまい飯」には、縛りもある。それは、言わずもがなSWはルーカスが産み落としたという事実だ。SW7とJJはこの縛りから逃げることは出来ない。なぜなら、「父であり母である」ルーカスを否定すると70年代から世界中に熱狂的に存在するSWファンから袋叩きに合うし、かと言ってルーカスを尊重し過ぎると、これまた同様の人たちや「新しいファン層=顧客」から「新鮮でない、物足りない」としてバッシングされる。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という、トリプルエックス級の難しい難題に挑んだのが、気鋭の料理長JJというわけだ。この、「否定しつつ尊重した上で、新しい創造を」みたいな、一見「海原雄山的難題」の解決は不可能にも思えるところだが、そこはさすがJJ、見事に調理している。 SW7のあらゆるところにルーカスの否定と尊重が垣間見える。ネタバレはまだ未見の読者諸兄に非礼なのでしないが、例えばファーストカットのスター・デストロイヤーの登場の構図だけは言わせてほしい。 その構図は、ルーカスとJJでは真反対である。SW4において、画面上からいきなり「ぬぅ」と登場し、観客の度肝を抜いた巨大な構造体=スター・デストロイヤーこそ、SWシリーズ全体の中でもっとも象徴的構図だが、これがSW7では反転している。つまりルーカスは上から、JJは下から船を登場させている。これは極めて意図的なカットだ。一瞬「ルーカスDisか?」と勘ぐるも、そこはJJ、きちんと本編で「リスペクト」のフォローを次々と繰り出している。 出て来るべきところには出て来るべき人物が登場し、やるべき場面ではやるべきことがなされている。きちんと随所で「ルーカス・リスペクト」の踏み絵を踏んでいくJJ。この微妙な綱渡り感覚は、やや慎重に過ぎるとしても画面的に不愉快にはならない程度である。このさじ加減は上手いと思う。 「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という枠組みの中においてはJJは最高の働きをしたし、またそれには「金が掛かっている」から、やはりSW7の鑑賞は、2時間強、温泉にでも入っているような愉悦だった。 そう、だから私はSW7を「高い店でうまい飯を食った」と形容する。私にとってSW7は全然美味しいディナーだった。しかし冒頭から繰り返すように、「高い店がうまい」のは当たり前のことだし、それはグルメではない。そういう意味でSW7は、「次の週末にも一人でいこう」とは思わない店だ。そもそもルーカスは映画監督としてどうなのかそもそもルーカスは映画監督としてどうなのか ちなみに私はSW4(エピソード4)が公開された際、(全米1977年、日本78年)生まれていなかったから、スピーダー・バイクがタトゥイーンの砂漠の宙を疾走する特撮を見て世界中が熱狂した当時の観客の皮膚感覚を知らない。 1997年にはSW4~6の特別編が公開され、原盤から大きくCG技術が更新されたが、既にその時期日本では『新世紀エヴァンゲリオン』の熱狂的大ブームが列島を覆っており、更にスペース・オペラという意味では翌98年、90年代を代表するSFアニメ・シリーズの傑作である『COWBOY BEBOP』(渡辺信一郎監督)が燦然と登場してきた。SWは基礎教養として見なければならないという義務感と、相応の感慨はあったがそれ以上の何かを持ち得ないまま、99年の『ファントム・メナス(SW1)』へと劇場体験は続いていく。 つまり私が何を言いたいのかというと、日本製SFアニメの洗礼を全身に受けて青春を過ごした私にとって、SWにはそれほど大きな思い入れはない、ということだ。SW公開時には映画館に長蛇の列ができ徹夜組がでたと伝え聞くが、それを言うなら私だって97年の『エヴァ旧劇場版』(シト新生)に公開日の前日の深夜から11時間並んだ。 私にとってのSWは、『ロード・オブ・ザ・リングよりもベルセルク』『宇宙の戦士よりもガンダム』『ライトスタッフよりも王立宇宙軍』『ジェームス・キャメロンよりも押井守』という、やや偏愛的なドメスティック感覚と同じように、おおよそ好みで言えば「ド直球」の作品ではないのだが、それでも気鋭のJJが監督するというのだから事前期待は高まっていたのが正直なところだ。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 今回、SW7は「高い店のうまい飯」だったが、高級店が高級店で在り続けるには努力が必要であるのと同じように、「高い店がうまい飯」を出すその裏側は、並大抵の努力ではないだろう。それは十分、画面から伝わってくる。 ルーカスの演出を私は決して上手い、とは思わない。SW以前のルーカス作品、『THX-1138』や『アメリカン・グラフィティ』にしても、ルーカス黎明期の作品とはいえ、傑作であるとは思えない。SWが大ヒットしたから後付で照射されただけであり、正直言って上手い監督は他にいくらでもいる。 ルーカスは全体的に編集のテンポが悪く、構成に無駄があり、構図も劇的ではない。SW4において傑出して印象に残る演出は前出のスター・デストロイヤーの登場場面くらいだ。私がSW全般に対し、やや冷めているのは致命的にこの部分が引っ掛かるからである。 そのような意味で、ルーカスと同時期にライバル視されたF・コッポラのほうが映画監督としてのレベルは比較に出来ぬほど上である。ルーカスはキューブリックの『2001年』にも影響を受けているとされるが、残念だがキューブリック・スタイルがSWに有意義に取り込まれているとは思えない。今回のJJに至っては、やや凡庸ではあるが会話シークエンスのテンポは悪くなく、構成もルーカスに比べれば遥かに筋肉質で引き締まっている。それはJJが優秀であるという以上に、ルーカスのレベルがそもそもあまり高くないからだ。 であるがゆえに、JJに課された「ルーカスを否定しつつ、尊重しなければならない」という縛りは、海よりも深い。ルーカスより「画期的に」上手く撮る実力は当然あるはずだが、それをやると文句を言われるという宿命は地獄だ。だから抑制的である。しかしあまりにも抑制的であっても批判される。そんな絶妙なエンジンの蒸かし加減を2時間強も「きちんと」続けるJJは、やはり凄いなと思う。 「高い店でうまい飯をくう」のも、たまには良いものだ。SW7、是非劇場で鑑賞されたい。

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    共和国は蘇ったか 暗黒卿と語るアベノミクス

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 年の瀬のイルミネーションがきらきら輝く繁華街の一室。豪華なディナーが供され、華やかなアイドルたちの映像が室内のモニターに流れる中で、暗黒卿が顔をよせてささやいた。「あの人は憲法改正が目的であって、リフレ政策はそのための手段にしかすぎない」シュゴ―。 スター・ウォーズシリーズの最初の三部作が上映されたのは、1983年。第二次石油ショックの経済的影響を、フォースの力(金融政策)によって巧みに回避していた。ほどほどいい成長が維持されている時代だった。それはシス(伝統的日銀理論)によって引き起こされた第一次石油ショックによる「狂らん物価」の反省と、日銀内部の「新たな希望」による経済の生還の時代でもあった。「共和国」は蘇ったかにみえた。 ダークサイド(経済社会を暗黒世界につきおとす力)の使徒であるシスたちの思想(伝統的日銀理論)とは、簡単にいうと不況のときはそれに合わせておカネを配らず、景気のいいときはそれに合わせてどんどんおカネを投入するというものだ。これを続けると前者はより不況に、後者はどんどん景気が過熱する。第一次石油ショックの「狂らん物価」は、まさに景気の過熱に合わせてどんどん薪(おカネ)をくべていった結果にしかすぎない。だが、シスたちの陰謀は巧妙で、マスコミを通じて信じこませたのが、「モノ不足」(石油やその関連製品)による物価高騰だった。本当の陰謀の正体は暗黒の中に没していた。シュゴ―。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 1983年当時、暗黒卿はまだ「共和国」の騎士(エリート)の殿堂で、将来を有望視されていた若きジェダイであった。他方、私はフォースの存在すらしらないお日様が東から昇るのか西から昇るのかわからない(太陽がふたつある)砂漠の民だった。 ところが1985年、プラザ合意という共和国とその同盟国による協調的な政策介入の枠組みが決まった。これは最大の同盟国の都合のいいように、各国間の為替レートを誘導するというものだった。このときフォースの力はひたすら目標とされる為替レートに向かうために使われてしまい、われわれの国の経済情勢にはほとんど無縁のものになってしまう。どんどん円高は進行し、他方で国内では「バブル」が始まっていった。ちなみに「円」とは共和国通貨のことである。ジェダイたちはそれが正しい政策だと信じこまされた。なぜなら当面、とても景気がよく思えたからだ。「共和国・アズ・ナンバーワン」と絶賛する異星人まで現れた。まさかこの政策にシスたちの巧妙な陰謀が隠されているとも知らずに。シュゴ―。 いまにして思うと、このとき共和国の政策を担うものたちは、知らずに「円高シンドローム」に陥っていたのだ。やがてこの症候群(シンドローム)は、ジェダイの騎士たちすべてにり患していき、現代にまで及ぶ「デフレ不況」をもたらし続けた。なぜなら円高を好む経済政策をくりかえすと、経済全体に流れるおカネが減少していき、それはデフレ(円の不足による円の価値の上昇)をもたらすからだ。円高を好むジェダイマスターのひとりは「強い円」、すなわち円高が国を強くするといっていた。だが実際には国家は疲弊していた。失業率は恒常的に高くなり、経済格差は深刻化し、年間の自殺者数も3万人をはるかに超えた。円が不足することで、人間の命や働いて得る喜びよりも、円の価値の方が大きくなってしまったからだ。 この時、気が付いたのだ。すでにジェダイはすべてダークサイドにおち、そして共和国はおそろしいデフレ皇帝によって支配されていることに!Austerity is the path to the dark side. Austerity leads to deflation. Deflation leads to depression. Depression leads to suffering.(注1)デフレ皇帝の陰謀 さて現代に話を戻そう。2015年の歳末のカラオケボックスである。背景ではAKB48やいろいろなアイドルたちが踊っている動画が流されている。暗黒卿も僕もまるで歌わない。戒律で禁止されているのだ。暗黒卿 「消費税増税についてはやるかやらないかは条件付き確率の問題。あの人は財務省を信じていないが、だからといっていまの段階で決め打ちするような政治的にダメなことをする人じゃない」僕 「アホノミクスではないってことですよね?」暗黒卿 「御意。ただリフレ政策なんてあの人の目的じゃない。あくまで憲法改正が目的なんだよ」僕 「憲法改正に必要なほどの政治的勢力を結集するために、国力を高める。そのためには経済状況をよくしていけば、安全保障の改善にもつながるし、また国民の支持も得ることができる。」暗黒卿 「シュゴ―。憲法改正については意見がわかれるかもしれないが、それを追い求める過程で、経済も安全保障もよくなればそれでいいのではないかと私は思う。シュゴ―」。 暗黒闘気のせいか、カラオケのモニターに映し出されたアイドルの女の子たちがみんな一斉に仮面をつけているように見えた。スチームだとかアーマーだとか。I have a bad feeling about this.(注2)『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved さてまた時間を少しばかり戻そう。 デフレ皇帝の陰謀がわかり、いまや共和国は名ばかり。ストーム・トルーパーたちが緊縮政策で徹底的に国民を搾取する20年を超える不況が続いていた。ときたまデフレ政策は、「構造改革なくして景気回復なし」という構造改革主義の名前で語られ、国民の扇動に利用されるときもあった。このとき帝国軍の中でとりわけ名が高かったのが暗黒卿であった。 僕はといえば圧倒的少数派(20名ほど)で戦う反乱軍の一兵士だった。反乱軍は別名、リフレ派といった。フォースの力(金融政策)を使うことで、デフレを脱して低インフレとその予想によって経済を活性化することを目指している集団だ。 そしてこの暗黒卿と当時、構造改革主義(郵政民営化すればデフレも脱却などという小理屈)をめぐって広大なネット要塞の片隅で直接、ライトセーバーを交えることになった。ブーン ブーン暗黒卿 「フォースを身につけたな、若きリフレ派よ。だがまだジェダイではない」僕 「僕の力を見くびるな!」 バシュバシュ。だが暗黒卿の暗黒闘気はすさまじい。あやうくネット空間の穴に滑り落ちそうなった。危機一髪的状況だ。いや危機一発的状況だ。だがそのときに暗黒卿はとんでもないことを口にしたのだ!暗黒卿 「アイ アム ユア ファーザー」(俺もリフレ派だ)僕 「!?」 そのあとのことはよく覚えていない。ただ実際の世界では、誰が悪で誰が正義かなんかあらかじめ運命づけられていないってことだ。いまは帝国軍の残党であるアベニクシーズや、またシラカワーズ、キノシターズらの手ごわい軍団と日々闘っている。そのなかで思うのだ。フォースには実は正義も悪もともに許す力があることに。フォース(金融政策の力)をうまく使えば国民は豊かになり、そして間違えれば国民は困窮する。そしてこの世界が続くかぎり、この力は人々とともにあり続けるだろう。フォースと共にあらんことを(注1)緊縮はダークサイドにつながる。緊縮はデフレに、デフレは停滞に、停滞は苦しみにつながる(あるリフレ派のマスターの名言)(注2)なにか嫌な予感がする。

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    「スター・ウォーズ」って作品、知ってる? 普通に楽しめばいいんだよ

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) 時はきた。明日からついに『スター・ウォーズ』の最新作が公開される。盛り上がっている感というか、盛り上げている感はある。先日、友人の結婚式で札幌に帰省したのだが、新千歳空港にはでかでかと、同作品のコーナーが設置されていた。東京の下町に住んでいるので、スカイツリー、ソラマチが近いのだが、やはりスター・ウォーズ関連の企画が。  関連する書籍も多数、出版されている。そういえば先日、NHK出版の編集者さんから『スター・ウォーズ論』(河原一久 NHK出版新書)を頂いた。感謝。雑誌でも『スター・ウォーズ』特集が組まれまくっている。どこに行っても同作品の話だらけだ。 私は『スター・ウォーズ』が大好きな人材である。いよいよ公開が迫ってきたわけで。しっかりと前売り券を握りしめ楽しみにしている。実に久々の新シリーズだし、映画作りの体制も大きく変わったわけだし、なんせあれだけ売れた作品なのでそりゃ話題になるだろうとは思うのだが、とはいえ、ここまで騒ぐのかと思ったりもする。いや、それくらい力が入っているということなのだけど。 オタクとまではいかないが、世代的に誰でも見る作品だし、テレビでも何度も放映されたし、自分でもDVDを全部持っていたりしたので(Blu-rayに買い換えるためにいったん全部売った後、買い直していないが)、何度も同作品を見ており、それなりに詳しいし、語りたいことはいっぱいある。2015年12月14日、米ハリウッドで行われたスター・ウォーズ先行上映で、映画館に飾られた看板(ゲッティ=共同) 奥の深い映画だと思う。よく論じられるのは、ダース・ベイダーとルーク・スカイウォーカーの親子関係だ。それがギリシア悲劇『オイディプス王』などに見られる「父殺し」の普遍性、息子が父を乗り越えるという形の典型的な関係だとされたりする。宇宙戦争を描きつつも、グローバルな政治経済を予感させるし、日本というか東洋的な世界観を感じたりもする。黒澤映画からの影響を指摘されたりもする(これは諸説あるが)。 だから、同作品のファンは熱く語りだすし、新作も楽しみにしているわけなのだけど、この熱量とか奥の深さが逆に面倒くさい雰囲気を作り出しているのではないかと思っている。いや、これは『スター・ウォーズ』に限らず、歴史があって、ヒットした作品には共通した特徴だと思うのだが。それこそ、私が関連書籍を書いた『機動戦士ガンダム』や『新世紀エヴァンゲリオン』だってそうだ。 ちょっと引いた視点でみると、各雑誌の『スター・ウォーズ』特集は首をかしげるものも中にはあり。理由は「誰のための特集か」が見えないからだ。同作品の入門なのか、オタク向けのものなのか。そして、ここまで知識がないと見てはいけないのかという空気まで作りだしているのではないか。なんというか、映画を盛り上げるための特集が「あぁ、面倒臭いな」という空気を逆に作り出していないだろうか。 まあ、この手の特集が組まれたり、煽ったりしているのは、実は『スター・ウォーズ』をちゃんと見たことがない人達というのが実は一定層、いるからだろう。例えば、今の大学生たちは90年代後半生まれなので、ちょうど幼少期に新シリーズ3部作が始まっているわけだが、やや彼らには早い作品であり。よっぽどの映画ファンではないと、実は『スター・ウォーズ』には熱くなかったりする。それでもダース・ベイダーなどのキャラは知っているわけで、見なくてもなんとなく知っているというのはすごい作品だなと思ったりもするのだが。コンテンツ・ビジネスではこのように、大ヒット作品でも世代的空白地帯があったりする。だから一生懸命煽るのだが、それが面倒くささを醸し出しているような。  『新世紀エヴァンゲリオン』×労働という本をこの秋に出したのだが・・・。この本で私が本当に言いたかったのは、前書き、1章、あとがきで書いたことで。何かというと、作品というのは神格化されていくのだが、所詮「ポップカルチャー」だということだ。だから、普通に楽しみましょうよ、ということだ。『スター・ウォーズ』なんてものは、それこそ「ポップカルチャー」だと思うのだ。まずは今までの物語が分からなくても、最先端の映像、宇宙船が飛び、戦士たちが剣や銃で戦う様子にドキドキしましょう、と。まずは興味があったら予習なんていいから映画館に行け、と。それくらいでいいのではないかと思う。 なんというか、一億総サブカル化の中で、ちょっと詳しくないと誰も何も言えず、楽しめない感じの中で、私は「興味があったら映画館に行って、普通に楽しもうぜ」と言いたいのだ。 というわけで、明日以降、見るのが楽しみだ。1999年のエピソード1の時は、初日の最初の回で見た気がするのだが、映画館で手拍子が起こったのだよな、最初の映像で。普通に楽しむよ。  僕ジムの文庫版よろしくね。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2015年12月17日分を転載)

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    日本人が火星に降り立つ日

    2016年は火星がキーワードになるかもしれない。5月には火星が地球と最接近し、早くも天文ファンの期待が高まっている。そして、各国がしのぎを削る火星探査計画も続々と動き出し、有人探査はもはや現実になりつつある。宇宙開発で乗り遅れる日本だが、日本人が火星に降り立つ日は来るのだろうか。

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    「帰れなくてもいいから火星へ行きたい…」 松本零士が語る宇宙の夢

    概念を読者にわかるようにした偉大な本です。また、地球の生命体の発生から現代に至るまでを書いた「生命の科学」(HGウェルズ著)も愛読していました。「宇宙と生命」というテーマに心惹かれました。 糸川英夫先生が亡くなる1、2カ月前にお会いして「私は本当は宇宙飛行士になって宇宙開発に携わりたかったけど、貧乏で断念しました。だから漫画家になったんです」と話したら、バーンと肩を叩かれて「だからよかったんじゃないか。それで今のあんたがいるんだ。頑張れよ」と言って背中を叩いてくれたんです。それが糸川先生とお会いした最後の会話でした。本当は自分が宇宙に行きたい松本零士氏 中国の探査機が月面着陸したけど、日本も行けないはずはないんですけどね。(ロケットの模型を手にして)これは「GXロケット」。民主党が政権をとったときに予算を全部消されまして。上半分は日本製、下半分はアメリカ製。だから機体に日の丸と星条旗が描いてある。設計も終わって、もう作り始めていたんですよ。じゃあ使った金はどうなるのか、もったいないですよね。しかし民主党は理解してくれなかった。ぱっと予算削られました。 私はアメリカの打ち上げもスペースシャトルが帰還するのも全部見ました。種子島の打ち上げも何度も見に行った。国際宇宙ステーション(ISS)に滞在していた油井(亀美也)さんとは、大きな液晶パネルの前に立って話をしました。お互いの映像が出て、タイムラグなしで話せるんですよ。 ある時、若田(光一)さんから電話があり、「いまどこですか?」って聞いたら「えー、中南米の上空あたりかなあ」って言うんです。携帯電話で普通に話せるんですよ。それもタイムラグがないのです。「じゃあ、日本の方をみてください」って言うと、「じゃあ、いま泳いでいくから」ってね、「ふわふわしてて気持ちいいよ」「時計もちゃんと動いてるよ」って言いながら移動して、「ああ東側は明るくなってる」「太陽も出てきてるけどまだニッポンが見えない」という会話ができるわけです。だんだん時代が変わってきていますね。 本当は自分が宇宙に行きたいんですけどね、帰れなくてもいいから…。絵を描く人間としては、実物の裏側まで見たのと写真資料だけというのは全然違う。写真はあくまで平面なので、わからないわけですよ。どういうものなのか。だから、ピラミッドでもどこでも実際に行って見て、ああこういうものかと分かるからリアルに描けるわけですね。 地球はいっぱい描いているけど、平面しか知らないわけですよ。この目で見たら書き方が少し変わると思うんですね。だから、地球をこの目でみたいというのが私の願望なんです。その次は月と火星に行きたいね。(聞き手 iRONNA編集部、川畑希望)

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    火星に立つ日本人が「尊敬され栄える日本」のシンボルになるために

    。この3000億円で、H-IIAロケットの打ち上げから有人宇宙開発、「はやぶさ」や「あかつき」などの科学衛星プログラム、地球観測衛星など、実に様々な計画をこなさなければならないのが今の日本の宇宙開発の姿である。特に、有人宇宙開発は年間でその中の約400億円という、それ相当の割合を占める部分になっており、しかも国際的なプログラムに参加している以上、削ることができないという要素を持っている。 一方、有人宇宙開発の成果となると、なかなか見えにくい。確かにJAXAの「きぼう・国際宇宙ステーション」のウェブサイトへ行くと、「きぼう」の成果が真っ先にうたわれており、そこにあるパンフレットでは、数多くの実験プロジェクトが実施され、成果を挙げていることが書かれている。では、その成果はこれまで投入された予算に見合ったものなのだろうか。 確かに科学的な側面からみると1つ1つは重要なものではあるだろう。しかし、国民の視線からみてみたときには、それが(いまであれ将来であれ)どのように役立つのかについてしっかりと理解できるとは今ひとつ言いがたい。宇宙開発において、投資が即成果に跳ね返るものではないということをよくわかっているつもりの私でも、「ではその実験の成果は私たちの生活にどのように役立つのですか?」といわれるとなかなか答えにくいところである。 この11月、自民党は恒例の行政事業レビューを実施した。これは、旧・民主党政権時代の「事業仕分け」に似たものであり、行政の質、つまり投じたお金に対して十分なリターンがもたらされているかをチェックするものである。 この中で、今回は国際宇宙ステーションがターゲットになった。新たに就任した河野太郎・行政改革担当大臣は、「国際宇宙ステーションに日本人が行って喜んでいるという時代は終わったのではないか」と厳しい見方を示した。 これに対して、出席した若田光一宇宙飛行士は、これまで投じられた金額…報道によれば8000億円は、「将来への投資であり、必要な経費はしっかりと確保すべき」という意見を述べている。 有人宇宙開発の問題点はまさにこの、巨額の費用が必要になるという点に集約される。無人ではなく、人間を宇宙に送り込むためには、命を守るためのさまざまなシステムが必要になり、また運ぶための宇宙船も大きなものが必要になる。大きくなれば開発費も高くなり、ロケットも大型のものが必要となればさらに金額はかさむ。海外に委託するにしてもその費用は決して安くない。 一方で、それであれば使い捨ての無人ロケット・無人探査機で可能なのではないか、という意見もある。なぜ人間が行かなければいけないのか、という問いに関してはまだ誰もが完全に答えきれておらず、有人論・無人論はいまも宇宙開発関係者の間で盛んにたたかわされている。何か欠けている視点はないか? 一方、日本の宇宙開発の方針そのものにも変化が出てきている。 昨年1月、日本の宇宙開発の方針を決める「宇宙基本計画」が改定された。本来5年おきに見直される計画だが、今回の改定は前回からたった2年しか経過していない。しかも、この改定では、安全保障と産業活動への貢献が大きくうたわれ、科学や有人宇宙開発はどちらかというと後退している。くくりとしては、「宇宙科学+有人宇宙開発」という形になり、有人宇宙開発は科学を目指す形になっている。 ただ、これは実はかなり困った状態であると私としては考える。 まず、安全保障や産業への貢献という、もっとも強く打ち出される部分の予算は手厚く保護され、減らされることはないだろう。一方、日本の宇宙開発関連予算はこのところずっと増えているということはない。国の財政事情が厳しい中で、増やせるということはまず考えられないし、実際そうなってこなかったし、将来もそうならないであろう。 そうすると、重点項目を達成した上でさらに「宇宙科学+有人宇宙開発」を実現していくということになるのだが、ここで先ほどの「減らせない」という事情が影を落とす。もし宇宙科学により多くの予算を投じるのであれば有人宇宙開発を減らさなければならない。両方とも重要であるにも関わらず、この構図はお互いの縄張りを喰い合うことになってしまうのである。 そのような状況の中で、日本が2024年までの国際宇宙ステーションへの予算支出を決めたということは、日本が有人宇宙開発を維持する、という姿勢を示したと考えるよりは、「とりあえずあと8年、様子を見よう」というふうに決めたようにも私には思える。国際公約の達成はあと8年で終わるから、それまではとりあえず我慢を、ということになるのかも知れない。 日本の宇宙開発予算が拡大せず、さらに他の経費が圧迫するとすれば、日本としては有人宇宙開発をあきらめ、無人ロケットや人工衛星の開発に特化するという道を選ぶことになるかも知れない。そうすれば、国際宇宙ステーションの次にやってくると思われる国際火星探査には当然のことながら宇宙飛行士を送り込むことはできなくなる。日本人が火星の大地に立つ可能性はなくなってしまうかも知れないのである。何か欠けている視点はないか? 宇宙開発は、投入した資金とその成果がみえにくい事業である。また、技術的に成熟していない部分も多く、本来期待した成果が出せず失敗する可能性もある。さらにいえば、投資の回収は数年以降、場合によっては十数年、数十年先になるかも知れない。民間では難しい事業とされてきた。だからこそこれまで国が主導して実施してきたのである。 また、宇宙について知ることは科学の発展でも重要である。そのような科学としての側面も重視されてきた。これもまた民間で賄うことは難しく、国が率先して行わざるを得ない状況であった。 資源に乏しい日本は、科学技術立国としての道を歩まざるを得ず、その意味でも最先端科学技術である宇宙開発の技術開発は国として率先して進めなければならないものであった。それは確かである。 だからこそ、国の国立研究開発法人である宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、そのウェブサイトにおけるJAXAの理念にもある通り、「政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関」として、日本のあらゆる宇宙開発事業を推進してきた。JAXAはこの4月、国立研究開発法人への改組を果たしたばかりである。 確かに、JAXAはこれまで…いや、その前身である宇宙開発事業団や文部(科学)省宇宙科学研究所の頃から…研究開発中心の姿勢であった。宇宙開発事業団はロケットや衛星の技術開発を、宇宙科学研究所は宇宙科学の進展を図ることを目的としている。それはこの2つ(正確にはさらに航空宇宙技術研究所を加えた3つ)の組織が合併したJAXAとなっても基本的な姿勢に変化はない。 しかし、その姿勢がこの先もそのままでいいのだろうか。 この10年、宇宙開発を取り巻く環境は大幅に変わってきた。 国際宇宙ステーションの完成と本格運用によって、日本ははじめて、きわめて大型の国際宇宙プロジェクトに乗り込むことになった。もちろん、国際宇宙ステーションも開発要素や科学要素(例えば、ステーション内での科学実験など)があることは確かだが、それ以上の意義としては、宇宙という場で一緒になって力を合わせることで、これらの国が共有の価値観を構成していることを世界中に示すということにある。それは科学技術ではなく、むしろ外交の側面が強いものであるといえよう。 にもかかわらず、JAXAが示す国際宇宙ステーションの意義はどうしても科学技術に向かってしまう。あるいは広報的な側面を強調せざるを得ない。これが、先ほどの河野行革相の言葉にも影響しているように思われる。 これは、JAXAに脈々と流れている「科学技術中心」、さらにやや言葉は悪いが「科学技術偏重」という流れに沿ったものであるかも知れないが、それ故に国際宇宙ステーションに日本が、さらにいえばJAXAが参加することに、特に投入する資金面から異を唱える動きにつながってしまうのであろう。 科学技術の進展のために膨大な資金が必要となる国際宇宙ステーションへ参加するというのは、確かにその科学的な成果からすると割が合わない。しかし、価値観を同じくする同盟国との協調外交の一環であると考えれば、その投入資金についてもある程度説明ができるのではないだろうか。科学だけではない、外交や経済の視点も科学だけではない、外交や経済の視点も このように、宇宙開発プロジェクトが巨大化、多国籍化していく中では、外交という視点も十分に取り入れ活用していくことが必要であろう。それは、やがてやってくる有人火星探査計画でも同様である。科学的な探査であれば無人探査機をそれこそ物量で大量に送り込むことも選択肢としてありうるが、人間がそこに立つことによって国威発揚、さらには政治的な連帯感を示せるとなれば意味は変わってくる。 そこにはさらに、外交と表裏一体をなす安全保障という側面も忘れてはならない。 科学技術の進展も確かに重要なのだが、それだけで、他の宇宙開発プログラムとは性質が異なる有人宇宙開発を進めようとすることはそもそも難しいということを、JAXAも政府も十分に認識する必要がある。 あるいは、今後もJAXAが技術開発を中心で進めるとすれば、有人宇宙開発をそこから切り離し、外交や経済的な側面なども含めた形の別法人で進行させるということも考えられる。JAXAは宇宙技術の開発に特化し、有人宇宙開発は別側面を見据えた形で維持していく…そのようなシナリオも考えられる。 また、経済的な側面も忘れてはならない。 宇宙は将来的に経済的な意味でもフロンティアである。例えば、宇宙空間の天体に存在する資源を利用し、宇宙空間、あるいは将来的に地球上で資源として活用することも十分に考えられる。 これは決して夢物語ではない。アメリカではすでに、小惑星の資源採掘を目指す複数の企業が積極的に活動を行っており、アメリカ政府やNASAもその活動を支援している。さらに、アメリカ政府はこのほど「2015年宇宙法」を制定し、アメリカ企業が宇宙で取得した資源についてはアメリカの所有物として認めることになった。このような法律が、宇宙の天体がすべての人類のものであると規定した宇宙条約と両立するものかどうかは法律専門家による議論が必要だが、すでに時代はここまで来ているのである。イトカワのように大きな小惑星から岩石を採取する無人探査機の想像図(NASA提供・共同) 各国がもし、アメリカの2015年宇宙法のような法律を制定し、「宇宙で自国企業が取得した資源は自国のもの」と宣言したらどうなるだろうか。仮にそれが宇宙条約に反するものであったとしても、それを止める手段はどの国も持たない。いわば早いもの勝ちである。 日本が宇宙開発の技術、あるいは宇宙開発の潮流に乗り遅れ、そういった動きに背を向けて科学技術中心の宇宙開発に邁進しているとき、膨大な富を生む宇宙資源、あるいは他の宇宙開発の技術をみすみす他国に先に専有されるということは起こりうる。現に、アメリカの小惑星資源探査企業は、資源探査にもっとも適した小惑星として、日本の小惑星探査機「はやぶさ」が向かった小惑星イトカワを挙げているのである。 科学技術中心の従来の考え方の延長での宇宙開発では、国の予算に大きく依存する枠組みから逃れられず、結果、予算全体も増えず、技術が向上することも難しい。 宇宙開発を国の戦略産業と位置づけて育成し、全体のパイを増やす中で予算をふくらませ、その中で有人宇宙開発も重要技術として育成していくような枠組みが必要となるだろう。 ロシアやアメリカは別格としても、日本の宇宙飛行士の数は世界でも上位に位置する。もしここで有人開発をあきらめてしまえば、まさにこれまでの巨額の投資は「水の泡」となってしまう。さらにいえば、将来的に見込める地球近傍領域での有人宇宙開発からも手を引くことになり、経済的なメリットも失われてしまう可能性がある。 有人宇宙開発は経済という側面からも実際は重要なのだということを認識する必要がある。フロンティアへ挑む、という考え方フロンティアへ挑む、という考え方 日本は第2次世界大戦後、復興景気や輸出を中心とする高度経済成長、そしてバブル景気と、一時期の落ち込みはあったものの50年間順調な経済成長を続けてきた。しかし、1990年以降はデフレという言葉に代表される低成長に苦しんでいる。アベノミクスの恩恵が議論されているさなかではあるが、それであったとしても、日本経済は世界的にみてジリ貧である。 中国のGDPが2010年に日本のGDPを追い抜いたことはみなさんの記憶に新しいと思うが、グローバルな視野でみると状況はかなり悪い。2014年のドルベースでの1人あたりGDPは、日本は世界27位。イタリアやスペインとほぼ同じレベルである。 日本はなぜ、このように低迷しているのか。それは、これまで成功した産業にこだわりすぎて、新しい産業を起こす力が足りないからではないだろうか。 日本は世界トップレベルの技術力を持っているにも関わらず、それを活かす、さらにはそれをさらに伸ばせるフィールドに挑んでいない。そのために、今までと同じことを行い続け、世界の他の国や企業に市場を奪われている。 では、「それをさらに伸ばせるフィールド」とは何か。それは宇宙である。 地球周辺の宇宙ではなく、月や小惑星、さらには火星といった未知、かつもう少しで手が届くという領域は、私たちの技術を試すことができる絶好の場所である。そこで得られた高度な技術やノウハウは、他の国や企業がそう簡単に手ができないものであり、日本として、あるいはその企業としてかけがえのない資産になる。挑み続けてこそ、私たちは何かを得られるのである。同じことをやっていてはやがて他の国や企業に追いつかれ、滅んでいってしまうのである。 フロンティアに挑む、あるいは極限に挑んでいくという考え方は、自動車でいえばF1のようなものである。2013年11月、火星探査機の模型を手にするインド宇宙研究機構(ISRO)のラダクリシュナン議長(AP=共同) 私はかつて、拙著『惑星探査入門』の最終章で、月・惑星探査はF1のようなものと述べた。極限の環境に挑むことで得られた技術は、必ずや地球周辺の宇宙開発にも応用され、さらにはその宇宙技術は地上の産業にも応用される。また、極限に挑むということは、その国、その企業の技術力を高く宣伝することにもつながる。 インドが火星探査機「マンガルヤーン」を2014年に火星周回軌道に投入させたことを考えて欲しい。これまではどちらかというと技術的な側面でも疑問符を付けられていたインドの宇宙技術が、「うちは火星にも衛星を投入できますよ」という実績によって一気に注目されたのである。しかも、低価格というおまけまでついて。 インドはこの火星探査機の成功を機に、厳しい競争が待ち構えるロケット打ち上げビジネスに乗り込もうとしている。諸外国の専門家も、インドの可能性に大きな期待を寄せている。 フロンティアへ挑むということは、経済の発展、外交の側面での立場の強化、さらには国民の団結という効果をも生み出す。もちろんお金はそれなりにかかるが、人と同じことをやって衰退していくより、人と違うことを行って経済や社会を浮揚させることこそが、いまの日本に求められていることなのではないだろうか。 無人ではあるが、2010年に小惑星のサンプルを地球に帰還させた「はやぶさ」のブームは記憶に新しい。帰還後に映画が3本も制作され、関連書籍は40冊を超えた。その後起きた東日本大震災で日本中が打ちひしがれる中、「はやぶさ」の成果は日本国民に希望を与えた。そして、いまに至る息の長い宇宙ブームが続いている。いや、この宇宙ブームは定着したと考えてよいだろう。 子どもたちが宇宙開発に並々ならぬ興味を示し、中学・高校生たちが将来は月・惑星探査に加わりたいと尋ねてくる。私もあちこちで講演やイベントを行うが、「はやぶさ」以来、子どもたち、いや大人をも視線が全く違うものになった。そう、今こそフロンティアに大きく踏み出す絶好のチャンスなのだ。 有人火星探査に参加すること、さらにいえば国際的な探査の枠組みに参加するということは、日本もそのような国際的な流れを十分に認識した上で、同じような流れの中で宇宙開発を進める、ということを他国に対して示すということにつながっていく。将来数十兆円、あるいはそれ以上の富を生み出す可能性がある宇宙資源開発や、日本が強みを持つ宇宙太陽光発電において、他国と競争と協調を行いながら進めていく、ということを示すためには、このような国際共同プロジェクトでの協力も必要になる。 宇宙開発は、本格的な国際共同、国際協調のビッグミッションの時代の只中にいる。それはこれまでの日本の宇宙開発の「技術中心」「科学中心」の流れとは異なる枠組みと進め方で進めていかなければならない。ことによっては、火星に立つ日本人はJAXAの宇宙飛行士ではないかも知れない。しかし、時代は変わっていくものであり、私はそれでもよいと考えている。 国際共同プロジェクトの有人火星探査に日本人が入り、火星に日の丸を立てる。その日を迎えるためには、私たちは宇宙開発が必ずしも技術や科学だけではなく、外交や経済など広い側面を持ったものであることを認識しなければならない。そのために政府の組織を最適化し、予算もそれに合わせて最適化するとともに、場合によっては民間資金の導入も呼び込んでいき、まさに「オールジャパン」で向かって行くことが必要であろう。なぜなら、火星というフロンティアに立つということだけが目的なのではなく、それに向かって様々な努力を進めていくことが、日本の将来的な経済発展や国際的な地位の強化につながっていくことを意味するからである。 火星に立つ日本人は、そのような「尊敬され栄える日本」のシンボルになるのである。

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    有人火星探査は地球人が宇宙人になる壮大な「夢」の第一歩だ

    のオバマ大統領は「2030年代中頃までに火星の有人探査をおこなう」と表明しているし、日本だって、文部科学省とJAXAを中心に火星探査計画を練っている。国際宇宙ステーションに宇宙飛行士が長期滞在をする理由の一つは、将来の有人火星探査を見据えての実験・訓練だとも言われている。また、原子炉で液体水素などを加熱して噴射する原子ロケットを作れば、ずっと短時間で火星に行くことができるから、遠くて時間がかかるという問題に関しては、技術的に乗り越えられないわけではない。 それに、なんといっても、火星は地球の「お隣さん」の惑星ではないか。自然と、月の次に訪れるべき天体の第一候補ということになっているのだ(金星もお隣さんだが、表面温度が460度なので有人探査はちょっとムリ)。 いろいろな面で火星は地球に似ている。火星は1日が約24時間40分で、自転軸が傾いているので季節があり、重力が地球の4割で、平均気温はマイナス43度なのだ。ええ? マイナス43度なんでムリ!と思われるかもしれないが、私が若い頃に住んでいたカナダのモントリオールでは、冬にマイナス25度なんてざらだったから、決してムリな気温ではない。それに、火星の最高気温はプラス20度だし。 というわけで、イエスとノーの理由を列挙してみたが、私は個人的に「イエス」だと信じている。人類は冒険心が豊かな生き物なので、未踏の地があったら、必ず誰かが行く。2030年代半ばまでに行かれるかどうかは別として、近い将来、必ず人類は火星に降り立つにちがいない。ただし、アメリカのNASAは日本のJAXAの10倍の予算を持っているので、おそらくアメリカ人が最初に火星に降り立つことになるだろう。でも、国際宇宙ステーションから引き続き欧米との協力関係を大事にしていれば、日本人宇宙飛行士も必ずや火星に降り立つことができる!科学研究だけじゃない、人間が火星に降り立つ究極の理由 ところで、なぜ、われわれは「有人」火星探査を目指すのか。小惑星探査機「はやぶさ」や金星探査機「あかつき」みたいに「無人」でもいいではないのか?  ご存じのように、すでに火星には、アメリカやロシア(旧ソ連)などから、数多くの無人探査機が送りこまれている。火星表面を「闊歩」するローバーから送られてきた火星の風景に息を呑んだ人も多いだろう(ローバーは実際には車輪で移動します、念のため)。このまま無人探査の頻度や精度を上げていけばいいのではないか? 不思議なことに、科学者の多くは、無人探査も有人探査も両方とも必要だと主張する。すべてが無人探査でわかるわけではないというのだ。生身の人間(科学者)が現場に出かけていって初めて発見できることがあるのだという。宇宙に限らず、深海を研究している科学者も、無人探査と有人探査を組み合わせるべきだという人が多い。ようするに、科学の「現場感覚」からすると、いずれは火星に人間が降り立つ必要があるのだ。 実は、科学研究だけでなく、火星に人間が降り立たなくてはいけない、究極の理由がある。それは「テラフォーミング」、すなわち火星の地球化計画である。火星は地球のお隣さんで、地球に似た惑星なので、将来、人類が移住する可能性があるのだ。 かつて、アフリカで誕生した人類は、長い年月をかけて、アフリカから世界中に移住した。そして今、われわれの目の前には火星という新たな大地が広がっている。 もちろん、これから何千年も何万年も、人類が地球に住み続ける可能性は高い。だが、地球温暖化に歯止めがかからなかったり、核戦争が勃発したり、バイオテロが起きたりして、地球環境が激変する恐れもある。そうなったら、人類は、新天地を目指して宇宙の旅に出るだろう。そのとき、まず最初の移住先として有力なのが火星ということなのだ。 ただし、すでに書いたように、現在のままの火星では、寒すぎて、ほとんど酸素もなく、水も流れていないから、お世辞にも住み心地が良いとは言えない。そこで、今から有人宇宙探査を始め、火星基地を建設し、何千年もかけて火星の住環境を改造していく必要がある。 無論、実際に火星に手を加えて地球人が住みやすい環境に改善してもかまわないのかどうかについては、国際的な合意が必要だ。また、もしも火星に生命が存在することが判明したら、その生命を絶滅に追い込むような火星環境の改造が許されるのか、という生命倫理上の問題も浮上するだろう。 近い将来、人類は火星に降り立つ。最初は、純粋に科学的な好奇心から火星を研究し、地球との比較から、さまざまな新知見が得られることだろう。もしかしたら、地球の生命の起源だってわかるかもしれない。 必要は発明の母というが、相乗効果として、テクノロジーも進歩する。たとえば、通常のロケット技術ではコストがかかりすぎて、億万長者しか火星に移住できない。みんなが火星に行くためには、蒸気機関車が新幹線へと進化したように、ロケットも劇的な進化を遂げなくてはならない。それは、はたしてスペースプレーン(飛行機と宇宙船を組み合わせたもの)なのか、それとも宇宙エレベーターなのか。 そして、科学研究が一段落し、テクノロジーが飛躍した後には、火星の本格的な開発が始まる。火星のテラフォーミングが順調に進めば、新天地を目指す人々が大挙して地球から火星へと移住する。地球人は(文字通りの)火星人となり、やがては宇宙人になる。 この壮大な「夢」の第一歩が、2030年代半ばの有人火星探査なのだ。日本も、是非、アメリカや他の国々と協力して、計画達成のために邁進してほしい。

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    「日本で火星に一番近い男」が体感 日本人と火星を隔てる壁

    目の前には道がある。僕ら日本人の多くは、火星の地にひとが立つなんてことを、リアルに感じていやしない。科学者だって、火星を「説明できる」だけにすぎない。自分がそこに立っている姿を、現実に起こり得ることとして「イメージできる」そんな日本人がいったいどれだけいるのだろう?見えない海を想像し、宇宙船という渡し舟を持たぬ限り、まさかその先へ行けるとは思ってはいまい。あるいは少しばかり水際で遊んでみる程度だろうか。僕でさえそうなのだ。日本人にとって火星は、月のようには、身近な存在にはなっていない。残念だけど、火星にかぐや姫はいないのだ。行きたい、よりも留まる力 火星飛行士に必要な資質はなんだろうか。まちがいなく、火星行きの発射台に立つまでに必要な資質とは、どんなことがあろうと「行きたい」と思い続けることができる能力だ。いかなる困難を前にしても前進することができるタフなやつ、「サバイバル能力」と言い換えてもいいだろう。僕自身も、これまで幾つかの選考を経験してきたが、「選考する」側が求める基準の一つにこの「サバイバル能力」があるであろうことが、選考試験で問われる項目の向こうにも透けて見えた。ここに落とし穴がある。火星飛行士が火星に降り立ってから必要となる資質は、前進する能力ではなく、そこに「留まる能力」なのだ。科学の外にあるもの 前提として断っておくと、選考する側にも迷いがある。これまで一度として人類は火星にひとを送ったことがない。数週間程度の月探査ミッションや数ヶ月単位の宇宙ステーションミッションと、数年にわたる火星探査ミッションでは、根本的な違いがある。そしてその「違い」とはいったい何なのか、実のところNASAはまだその答えを掴んではいない。 そこでNASAをはじめとする、有人火星探査計画に関わる人々がモデルとしようとしているのが『南極越冬隊』だ。南極は空気も水もあり地球上ではあるが、ストレスのかかる過酷な環境下において文明圏から1年以上も長期隔離されるという点においては、驚くほど火星と似ている。僕は2008-2010年にかけて、第50次日本南極観測地域観測隊の一員として、南極の昭和基地で越冬している。その経験から学んだことは「頑張りすぎない」ことだ。人間、頑張ろうとして100%、120%の力をだそうとしても、残念ながらそれは長続きはしない。どんなにタフな人間であっても、張り詰めた意志の力は徐々に疲弊し、終には簡単にへし折られる。替えのきかない、限られた人数で構成されたエクスペディション(探査)チームでは、それは致命傷となる。だから頑張りすぎず、たとえ60%でもいいから、継続していつもしなやかに、安定したパフォーマンスを発揮できるクルーの方が、長期のエクスペディション下では有効なのだ。南極や火星では、ぶれない「意志の力」よりも、ぶれない「気分の力」が問われる。いいかえれば、それは「そこに留まる力」あるいは「大地に根をおろす力」だ。僕たち日本人は、その能力に長けた民族だと思う。科学の外にあるもの 知識や経験は、僕らにそこに「あるもの」と「ないもの」を気づかせてくれる。人類はそうやって、未知なる火星に「ないもの」ーたとえば「水」や「酸素」ーを発見し、いかに宇宙空間で「水や酸素」を作り出すかに関心を持ってきた。すなわち知識や経験は、僕たち人類がこれまでいったい「何に関心を持ってきたか」その軌跡といってもいい。僕らが真っ先に火星に「水や酸素がない!」と気づくことは、それだけ僕らが生きていく上で「水や酸素」に関心を持ってきたからなのだ。そしていま、僕らは「人類が火星にいない」ことに気づき、火星に人類を送ろうとしている。(村上祐資氏提供) 僕はこれまで極地でいろいろなひとを見てきた。その経験を通じ僕なりに身につけた「ひとの見方」がある。それはそのひとが「何に関心があるか」より「何に無関心であったか」が、そのひとの為人(ひととなり)を形成しているということ。科学とは「強い関心ごと」から生まれる。科学や合理性にだけ頼った探査計画には足りないものがある。火星飛行士の選考においても、主に選考は候補者の「関心ごと」を土俵に上げ、クルーを選んでいく。きっと僕らは火星に立ってみて初めて、これまでに「何に無関心だったか」に気づかされることだろう。 僕たち日本人は、頭ではなく身体で心を動かしてきた民族だ。きっと四季折々の変化に富んだ大地に根を張り、生きてきたからだろう。日本の「細やかさ」は、日本人が可能な限り「無関心ごと」を無くそうと、日々や物事の変化に心を配り、尽くしてきたその軌跡である。そしてそこからは、美しい「調和」が生まれる。 2014年の第39次ISS長期滞在ミッションでは、若田光一さんが日本人として初めて、コマンダー(司令官)をつとめた。若田宇宙飛行士は、これまでの「けん引型」にはなかった、「調和型」の新しいコマンダー像を作ったとして評価されている。203X年には実現すると言われている、有人火星探査をはじめとする、数年にわたる閉鎖環境下における長期滞在ミッションでは、改めて「調和」の大切さが見直されるだろう。そして僕たち日本人「らしさ」がその鍵を握っている。

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    競争激化するロケットビジネス 日本はスペースXに勝てるか?

    中西享(経済ジャーナリスト) 人工衛星などを搭載して打ち上げるロケットビジネスの競争が激化してきている。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は将来的に需要増が見込まれる大型静止衛星など打ち上げの受注も視野に入れ、2020年をめどに1号機打ち上げを行う次世代新型ロケット「H3」の開発のゴーサインを出した。だが、ビジネスとして成り立つためにはロケットの価格の引き下げと、諸外国の顧客からの多様な要求に応えられる厳しい対応が求められており、ビジネスに勝ち残るためには航空宇宙技術のさらなるレベルアップが不可欠だ。日本の存在感 JAXAは国際宇宙ステーション(ISS)に物資を届ける無人補給機「こうのとり」を積んだ大型ロケット「HⅡB」を8月19日に打ち上げ、予定の軌道に乗せることに成功し、ISSとのドッキングし無事に補給物資を届けられた。鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた、国際宇宙ステーション(ISS)への物資補給機「こうのとり」5号機を載せた国産大型ロケット「H2B」5号機。約15分後に予定軌道に投入され、打ち上げは5回連続の成功となった=2015年8月19日午後、種子島宇宙センター(沢野貴信撮影) エンジンなどが共通の「HⅡA」と合わせると、27回連続での成功で成功率は97%となり、米国やロシアのロケット打ち上げの失敗が続く中で、日本の存在感が増しており、ロケット売り込みのチャンスが到来している。このためJAXAはロケットの組み立てなどを担当しているプライムコントラクターの三菱重工業などと協力して、商業衛星を打ち上げるビジネスを狙いたいとしている。 無人補給機は宇宙に滞在している宇宙飛行士に食料や水などを運ぶ役割で、これまで運搬した補給機としては米国のシグナスとドラゴン、ロシアのプログレスなどがあるが、昨年の10月以降打ち上げロケットの失敗が相次いだ。このため、米航空宇宙局(NASA)からISSの飲料水の確保のため、「こうのとり」に水再生装置などを運んでくれるよう緊急の要請があった。 この水再生装置のフィルターがISSに届いたことで、ISSは継続した運用を可能とした。奥村理事長は打ち上げ後の記者会見で「外国の物資輸送が必ずしもうまくいかなかった事例があった直後だっただけに、大変大きなプレッシャーの元で仕事をした。そういった中できちっと打ち上げは成功したということは、我々のロケット打ち上げ技術の信頼性を外国から一段と高く評価してもらえるのではないか。 将来の宇宙については、例えば火星に行くとか議論が世界でされているが、遠方に行けば行くほど、どこかベースになるところから物を運ぶというプロセスというのは必ず入るんだろうと思う、そういう中で、我々の輸送機あるいはそのベースキャンプとのドッキングの仕方、キャプチャの仕方、そういったものがますますもって有人宇宙探査の世界でその存在感が高くなっていくのではないかと考える」と述べた。打ち上げ数を増やす 日本の人工衛星の打ち上げロケットの開発は、1975年に打ち上げられた「N-Ⅰ」から始まったが、この時は国産ロケットの技術レベルは十分ではなく、第2段ロケット以外の部品は米国からの技術を導入して作られた。86年に試験機1号が打ち上げられた「H-Ⅰ」では約半分の部品が国産となり、9機が打ち上げられ、ロケット技術のベースを築き上げた。 94年に打ち上げられた「H-Ⅰ」の後継機となる「H-Ⅱ」では第1段エンジンや固体ロケットブースタ(SRB)を国産化できたことで、ロケットすべてが国産化された。打ち上げ能力も4トンと大幅に向上、大型ロケットを自前で打ち上げられるだけの技術の蓄積ができた。 2001年にはこれを改良した「HⅡA」を打ち上げ、外国の衛星を打ち上げできるまで技術が向上、現在までに28機打ち上げている。09年には「HⅡA」を一回り大きくした「HⅡB」が登場、今回打ち上げた「HⅡB」はロケットの先頭部分(フェアリング)の長さが15メートルもあり、より多くの物資を運ぶことができる構造になっている。価格を半額に しかし、ロケットビジネスの将来を展望すると、新たな大型ロケットを開発しなければ、勝ち残れない時期に来ている。世界の商業衛星打ち上げ需要のうち、静止トランスファー軌道打ち上げ能力4トン以上の需要は60%あるが、「HⅡA」ロケットではその需要を十分カバーできない。 そのような状況を踏まえ、政府は将来的な宇宙ビジネスへの生き残りをかけて、20年に試験機1号を打ち上げるスケージュールを基に次世代新型ロケット「H3」の開発をスタートさせた。新型基幹ロケット機体の検討図(JAXA提供) 1986年に開発が始まった「HⅡ」ロケットの開発に携わった技術者の多くがシニアになりつつあるため、新世代の技術者にロケット技術を継承する意味でも、このタイミングで新型ロケットの開発に着手しなければならない事情もあった。 三菱重工業を主体とした機体メーカー各社はJAXAの意向を受けて、15年度からその「H3」の基本設計に着手、オールジャパンで最新のロケット技術を開発し、日本の航空宇宙技術のレベルアップにも役立てたいとしている。「H3」ロケットの概要は、全長63メートルの大型ロケットで、「H-2B」よりさらに大きいサイズになる。メインロケットの外付けする固体ロケットは機種により4本まで付けることができる。6.5トン以上の静止衛星を軌道に乗せることができるなど、多様な衛星需要に応えられるスペックになっている。 世界の静止衛星などの打ち上げ需要を見ると、年間20機程度が見込まれる。今後はスカパー放送など衛星を使った通信需要が伸びるアジア諸国の打ち上げが増えるとみられ、日本としてはこれらのアジア諸国の需要を積極的に獲りたいところだ。また、地球温暖化に伴う自然災害の増加で、台風や干ばつなどをリアルタイムで地域ごとに細かく観測できる衛星の需要も高まっている。だが、世界的のロケット市場を見まわすと、強豪ぞろいで日本が安定的に獲得できる保証はどこにもない。 JAXAではロケットの生産基盤を維持し、信頼性を確保するため年間で6機以上の大型ロケットを安定的に打ち上げることを目指している。このため、そのうち3機程度は日本の観測衛星など官需で賄い、残りは海外を含む商業市場から受注したいとしている。官需である程度の採算を確保したうえで、海外受注を伸ばしたいという作戦だ。価格を半額に JAXAは「H3」の開発に当たり「顧客の声を実現することを第一に考えたロケットで、信頼性と価格の両面で世界のトップクラスであるとともに、柔軟性などサービス面にも注力、日本のロケット技術を集大成しつつ、得意分野の技術を融合したい」としている。このほか国際的な競争力をつけるための重要なポイントは、打ち上げ費用の削減と、打ち上げまでの期間の短縮による打ち上げ機会の拡大だ。 JAXAでは1機当たりの打ち上げコストを、「H2A」から半分の約50億円に抑制、組み立て作業をスピードアップして打ち上げ間隔を最短で26日程度(これまでは53日)に短縮する。 日本はこれまでに09年に外国から初めてとなる韓国政府の衛星を受注、打ち上げに成功した。その後13年にカナダのテレサット社の商業衛星、15年にはドバイからも受注するなど、打ち上げ成功率の向上と相まって海外からの受注を少しずつ獲得できる力が備わりつつある。三菱重工の営業担当者が需要のありそうな各国を回るなど、獲得に向けた営業活動も強化している。手強い競争相手スペースX手強い競争相手スペースX ロケットビジネスは米国の民間会社スペースX社が06年に新規参入したことで、日本は一層の厳しい競争にさらされそうだ。スペースXは米国のベンチャー投資家イーロン・マスクによって02年に創設された会社で、宇宙輸送を担うロケット「ファルコン9」の開発製造をしている。 15年6月には打ち上げに失敗したが、「ファルコン9」はNASAのISSへ物資補給にも使用され、低価格なことから民間通信衛星市場でシェアを急速に拡大しており、ロシアの「プロトン」の失敗が増えたことから、その分が「ファルコン9」に流れ、既に30機もの打ち上げを受注しているといわれている。JAXAの担当者は「あれほどの低価格でどうしてファルコン9ロケットを作れるのか不思議だ。『H3』の手強い競争相手になる」と話す。 欧州では欧州諸国が資金を出し合って開発したロケット「アリアン5」が多くの民間衛星を打ち上げてきた実績があり、1回の打ち上げで2機の衛星を打ち上げる技術も持っており、民間衛星打ち上げの半分のシェアを持っている。ここも「アリアン5」の後継となる「アリアン6」の開発を決定、20年には試験機を打ち上げる計画だ。 JAXAでは「アリアン6」も日本の「H3」のライバルになるとみている。失敗が増えているロシアのプロトンMは20年以降にアンガラロケットへの移管が決まっており、油断できないライバルだ。 JAXAの「H3」プロジェクトチームの有田誠サブマネージャーは「H3は日本が宇宙にアクセスする手段を将来にわたって確保し、海外ロケットとの競争にも勝っていけるよう、これまでも定評のある信頼性をさらに高めた安くて乗り心地の良いロケットだ。世界中の人にその素晴らしさを知ってもらい、日本のロケットが活躍できる機会を増やしたい」と夢を膨らませる。小型ロケットも改良 次世代大型ロケット「H3」の開発と並行して、JAXAでは小型ロケット「イプシロン」の改良も進める。「イプシロン」は13年に試験機が打ち上げられ、16年度以降に「強化型イプシロン」を打ち上げる計画だ。500キロ~800キロ程度の地球低周回軌道衛星を打ち上げるのに適しており、観測用の衛星として需要があるため、小型衛星でも日本が得意とする高感度カメラやセンサー技術を組み合わせて世界をリードできる技術を磨きたいとしている。小型ロケットのため、「H3」のような大掛かりな打ち上げ装置などが不要なため、低コストでの打ち上げも可能で、発展途上国からの需要も期待できる。なかにし・とおる 1948年岡山県生まれ。1972年共同通信社に入社、経済分野を取材し編集委員などを経て2010年に退職し、現在は経済ジャーナリスト。

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    「火星に水」があるならどんな生物が生存できるのか

    (THE PAGEより転載)佐竹渉(日本科学未来館 科学コミュニケーター) 火星に液体の水がある可能性が高まった――。9月末、アメリカ航空宇宙局(NASA)がこう発表しました。これを裏付ける証拠が見つかったというのです。そうなると、「火星にも生命はいるのか」という期待が沸いてきます。 ここでは、火星にNASAの発表通りに「液体の水」が存在したと仮定して、どんな生物がいるのか、地球にいる生物を参考に探っていきたいと思います。魚やカニみたいな生物がいたらいいなと期待する一方、発見されたとしても微生物のような小さな生物だろうと思われる方が多いのではないでしょうか。どのような生物ならば火星にも生存できそうか、地球の生物を参考に想像してみましょう。地球と火星の「水」の違い ここからは、地球と火星の水の違いが、どのように生物に影響を与えるのか、水の塩分濃度と酸性かアルカリ性か、という水質の2点に注目していきます。 はじめは塩分濃度についてです。塩分濃度が高い環境は多くの生物にとって過酷な環境です。 多くの生物は体の中に水を蓄えて生きているという話をしました。自分の体液よりも塩分濃度が高い塩水で過ごすと、体液中の水が出ていってしまうため、生きていけません。キュウリを塩もみして、キュウリの水分を出すことができますが、これと同じです。私たち哺乳類は、皮膚のバリア機能が優れているので、すぐに水分を失うようなことはありませんが、バリア機能が未発達の生物だったらひとたまりもありません。 続いて、酸性・アルカリ性に注目すると、強酸性・強アルカリ性といった極端な環境下では、生物の膜や殻などが破壊されてしまうためやはり生きていけません。私達の普段の生活でも、酸性やアルカリ性の強い薬品を扱う際は、手袋を着けます。もし、皮膚に薬品がかかってしまったときは急いで水で洗い流す、ということをして皮膚の破壊を防いでいます。 しかし、地球には、過酷な環境で生きている生物がいます。どのような生物がいるか、その一部を紹介したいと思います。過酷な環境でも生きる生物たち過酷な環境でも生きる生物たち「アルテミア」 まずは、塩分濃度が高い環境で生きている生物「アルテミア」です。アルテミアはアメリカのグレートソルト湖をはじめとした、20%以上もの高い塩分濃度でも生きることができます。 また、卵は完全に乾燥しない物質を含んでいるため、乾燥した状態に置かれても10年以上耐えることができます。高い塩分濃度のみならず、乾燥という悪条件の中でも耐えられるため、絶滅することなく今まで生き延びることができたと言われています。 続いて、極端な酸性・アルカリ性に強い生物です。北海道の噴気孔で発見された「ピクロフィルス」という細菌はpH0.7という驚異的な酸性環境下でも生きることができます。人間ならば、皮膚が焼けただれてしまうくらいの酸性度です。 他にも、温泉に生息する「イデユコゴメ」という紅藻の一種はpH0.24まで生育可能であるという報告があります。強固な細胞壁を持つ上、その外側にガラス成分である珪酸を沈着することで溶けずにいられるのです。 一方、アルカリ性に強い生物として挙げられるものは、「アルカリフィルス・トランスバーレンシス」という、南アフリカの地下3200mから採取された細菌です。pHが8.5~12.5という非常に過酷なアルカリ性の環境下で発見されています。火星にいるとしたら……? これまでの火星の調査や研究によって、火星も地球と同じように様々な気候変動を経験しており、昔は火星にも海があったと考えられるようになりました。具体的には、約40億年前~35億年前の火星には大量の水が地表と地下に存在していたと考えられており、その火星の水は10億年程度の時間を経て、アルカリ性の状態から、現在のような酸性の状態へと変化したと推定されています。このようなことをふまえ、火星は過去のある時期に、今よりももっと生命に適した環境があったと考えられているのです。 そして、このような生物に適した環境下でいくつかの生命が生まれたとすれば、それらを完全に絶滅させることは難しいといわれています。地球の過酷な環境でも生きている生物がいることはこれまで紹介してきた通りです。いまこの瞬間にも、火星の液体の水という過酷な環境で生きている生物の存在を期待し、どんな生物が火星にいるかを想像しながら、気長にその発見を待っていただけたらと思います。さたけ・わたる 1983年、北海道生まれ。東京大学大学院理学系研究科で隕石の研究に携わり博士(理学)を取得。博物館と科学館の違いに興味を持ち、2014年より現職。

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    初の宇宙飛行から25年、節目を迎えた日本の宇宙開発

    原野城治(ニッポンドットコム代表理事)日本人宇宙飛行士、油井亀美也さんが、国際宇宙ステーション(ISS)での約5か月に及ぶ長期滞在を開始。8月には日本の補給機「こうのとり」がISSに向かう。日本の宇宙開発の現状をまとめた。宇宙飛行した日本人は油井さんで10人に  宇宙航空研究会開発機構(JAXA)の宇宙飛行士、油井亀美也(ゆい・きみや)さん(45)が2015年7月23日、国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在のためソユーズ宇宙船に搭乗して出発。宇宙空間に出た日本人は油井さんで10人目となった。モスクワ郊外「星の町」のガガーリン宇宙飛行士訓練センターで、最終試験を前に記者団とやりとりする油井亀美也さん=5月7日(NASA提供) 日本人初の宇宙飛行となった1990年のTBS社員の秋山豊寛さんが、旧ソ連のミール宇宙ステーションに行ってから今年で25年。また、毛利衛さんが宇宙開発事業団(現JAXA)で初の宇宙飛行士候補に選ばれてから30年がたった。(毛利さんが米スペースシャトル「エンデバー」で宇宙へ旅立ったのは1992年) 一方、JAXAは7月8日、2020年度に初打ち上げを予定している新型国産ロケット「H3」の開発計画を発表した。開発費用は約1900億円で、1回の打ち上げコスト、作業日数を大幅に削減し、年6回の打ち上げを予定している。目覚ましい中国の宇宙開発、日本も「宇宙基本計画」を決定 世界の宇宙開発は、相変わらず激しい競争が続いている。特に活発なのは中国で、2020年代に大型宇宙ステーションを建造するとともに、同時期にロシアと協力しての“有人月面探査”の実現を目指している。中国は03年に有人宇宙飛行に成功、13年には無人探査機を月面着陸させた。 一方、日本政府は15年1月9日の宇宙開発戦略本部会合で、2024年度までの宇宙政策の指針を定める新「宇宙基本計画」を決定した。安倍晋三首相は会合で「新たな安全保障政策を十分に踏まえ、長期的かつ具体的な計画とすることができた。歴史的な転換点となる」と強調した。 具体的には、人工衛星を利用した船舶監視や情報収集など宇宙システムを安全保障目的に直接的に利用できる体制を整備する。また、今後10年間で人工衛星など最大45基を打ち上げ、その費用は官民合わせて5兆円規模とする目標を盛り込んだ。 特に宇宙の探査・研究では、今後10年間に大型「H2A」ロケットによる中型衛星3基、小型の「イプシロンロケット」による小型衛星5基の打ち上げを行う計画だ。有人宇宙探査についても「慎重かつ総合的に検討を行う」とした。ISSへの参加延長の結論は2016年にISSへの参加延長の結論は2016年に しかし、日本は独力で宇宙飛行士を宇宙に送り出し、地球へ帰還させる技術を持っていない。このため、日本人が宇宙飛行を行うには外国の宇宙船を利用するほかなく、25年ごろまでは米国、ロシアなどの宇宙船を利用せざるを得ない。 また、油井さんが今回乗り込んだ「国際宇宙ステーション」(ISS)への日本の参加延長問題について、政府は16年度末までに結論を出すとしている。ISSは米国、ロシア、日本、カナダ及び欧州宇宙機関 (ESA) が協力して運用している。軌道上での組立は1999年から開始され、2011年7月に完成した。地上から約400キロ上空を時速約2万7700キロで飛行し、1日で地球を約16周する。当初の運用期間は16年までの予定であったが、米国が24年ごろまでの延長を検討している。 問題は運用費用で、各国・機関が2010年までにISS計画に支出した額は、米国6兆4400億円、日本7100億円、欧州4600億円、カナダ1400億円。さらに、11~15年までの5年間の各国予想支出額は、米国1兆8900億円、日本2000億円、欧州2500億円、カナダ250億円の見込み。宇宙の探査・研究に費用が掛かりすぎるとの批判があり、16年以降どのような形で継続されるかは予断を許さない状況となっている。 さらに問題なのは、ISSへの宇宙飛行士輸送がロシアのソユーズ宇宙船に完全に依存している状態であること。クリミア併合問題などで欧米とロシア間の対立が深刻化する中、ISSの運営をめぐっても双方がけん制するなど、影響が出かねない状況になっている。米ロに次ぐ滞在時間、存在感増す日本人宇宙飛行士 日本人の宇宙飛行の活動は、宇宙環境での様々な実験を行うことを目的に、当初は米国のスペースシャトル、08年以降は国際宇宙ステーションを利用し行っている。ISSでは日本の宇宙実験棟「きぼう」の取り付けや組み立てなどで実績を挙げている。09年からはロシアのソユーズ宇宙船を利用して地球とISSを往還しており、日本人宇宙飛行士の宇宙滞在時間は、古川聡さんがISSから帰還した2011年11月以降、累計で米国、ロシアに次ぐ第3位となっている。 日本人初の有人宇宙飛行をしたのは、1990年12月のTBS社員・秋山豊寛さん。ソユーズで飛行し、宇宙ステーションミールに6日間滞在した。日本人第1号の宇宙飛行士は1992年の毛利衛さんで、米スペースシャトルで飛行し、2000年に2度目の宇宙飛行を行った。 1994年に、日本かつアジアの女性として初の有人宇宙飛行をしたのは向井千秋さんで、98年にも2度目の飛行をした。向井さんの2度目は毛利さんより先で、複数回宇宙を飛行した最初の日本人宇宙飛行士となった。 今回の油井亀美也さんは、 防衛大学校卒の元航空自衛官で戦闘機パイロット。11年にJAXA宇宙飛行士に認定され、今回、国際宇宙ステーションで5か月間滞在する。45歳であることから“中年の星”と期待される油井さんは、日本が打ち上げる無人補給船「こうのとり」のドッキングにおけるロボットアーム操作、千葉工大が開発した超小型の流星観測衛星「S-CUBE(エスキューブ)」などの宇宙空間放出を行う。新型ロケット「H3」:打ち上げコスト半減目指す 一方、JAXAが発表した新型国産ロケット「H3」の開発計画は、現在の国産大型ロケット「H2A」、「H2B」の第2段ロケットを大型化したエンジンを開発し、第1段エンジンとして採用する。エンジン・システムの簡素化により、1回の打ち上げコストを「H2A」の約半分である約50億円にするとともに、打ち上げにかかる作業日数も半減し、年6回の打ち上げを目指すとしている。 このほか、まだ最終決定には至っていないが、日本は3年後をめどに、日本初の無人の月面着陸機「SLIM(スリム)」の打ち上げを計画している。SLIMは、小型ロケット「イプシロン」5号機で、開発・打ち上げ費用は100億~150億円を見込んでいる。世界の注目を浴びた小惑星探査機「はやぶさ」などで蓄積した技術を活かし、無人の月面探査につなげたい考えだ。

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    2025年に火星への移住は実現するか?

    諌山裕(グラフィックデザイナー) 火星に移住する……その目標が2025年、つまり10年後という計画。 夢があるとか、野心的とかいうより、無謀な計画といった方がいいかもしれないのだが……2025年に火星移住? そんな計画「マーズワン」の移住候補者に日本人がいると話題に - ねとらぼ 2025年に火星に移住──そんな途方もない計画に本気で挑んでいる「マーズワン」プロジェクトをご存じでしょうか。オランダの民間非営利団体「マーズワン財団」が進めているもので、このほど、その最初の移住候補者100人が絞られました。候補者の中には、メキシコ在住の日本人シェフ・島袋悦子さんの名前も! 島袋さんはブログやTwitterで情報を発信しており、「火星で最初のSUSHIバー開店を目指す」と意気込んでいます。 火星で寿司屋の前に、ネタやシャリはどうする?(^_^) 火星で米や魚介類を育てるのは、生半可なことじゃないと思うぞ。まぁ、ジョークのつもりなのだろうが。 火星への片道切符としての、火星移住計画だが、問題は山積みだね。 いつかは可能になると思うが、あと10年では無理っぽい。テクノロジーとしては現在のレベルでも可能だが、問題は火星までの距離の克服と資金が足りるのかどうか。 人間が行く前に、ロボットが基地の建設をして、人間が生活できるだけの環境を造ることになっているが、それが可能かどうか。複数回の無人機で基地を設置するようだが、同じ場所にピンポイントで着陸できるのかどうか。過去の探査機では、往々にして予定地点から外れてしまっているので、居住スペースのベースとなる着陸ポッドが予定ポイントを大きく外れてしまうと、その時点で計画はポシャる。居住スペースが完成しなければ、人間が行くことはできない。 火星までの距離は大きな壁で、現行のロケットでは数か月はかかることになり、狭い船内で数か月を過ごすのは並大抵のことではない。宇宙線や太陽風による放射線被爆の問題を無視したとしても、けっして楽な旅ではないことは想像できる。 これまで火星に到達した無人探査機は比較的小さなものだが、人間が4人乗れるような大きさの宇宙船だと、火星に到達したとしても着陸するのはかなり難しい。重力の弱い月面着陸とは違い、火星の重力は地球の3分の1ほどあり、しかも空気が薄いため、パラシュートが効果的には使えない。安全に着陸するためには、逆噴射ロケットを噴かして着陸するという、難易度の高い方法になる。 開発中の逆噴射式ロケットは、まだ実験段階であり、安定性や信頼性に欠ける。 火星で居住するための「家」を、ロボットで造ることが可能なのかどうかも怪しい。そのための実験を、火星の環境に似たグリーンランドの荒野で行うなどの準備も必要だが、技術やノウハウの蓄積には時間がかかり、そろそろ始めないと10年後には間に合わない。が、そのようなことをしているというニュースはない。 克服しなければいけない技術的なハードルが多く、それを10年で達成できる見込みはない。 無謀な計画を、見切り発車で実行したとする。 想像できる悪いシナリオは……(1)火星までの航行中に、閉鎖環境に耐えられず、乗員は心身に異常をきたす。(2)火星までの航行中に、放射線被爆許容量を超え、火星に到着したときには瀕死の状態になる。(3)火星には到達したが、周回軌道に入るのに失敗し、漂流することになる。(4)火星周回軌道に入ることには成功するが、火星着陸に失敗する。(5)火星に着陸はしたが、着陸船が損傷してしまう。(6)火星に着陸はしたが、予定ポイントから大きく外れてしまい、ロボットが造った基地に辿り着けない。(7)無事、火星に着陸するが、居住環境が不完全で、生存環境を維持できない。(8)火星での生活を始めるが、酸素・水・食料の生産ができなくなる。(9)後続の移民船が、資金難で頓挫する。……etc この計画が実行されると、当初は注目を集め、資金もある程度集まるだろうが、その熱狂も徐々に薄れていくと思われる。アポロ計画のときの月着陸も、回数を重ねるほどに人々の関心は薄れていった。それと同じことが起こるだろう。 火星への飛行は、地球と火星が接近する場合が最短距離となるので、その周期は約26ヶ月おきになる。物資や人員の補充のためにロケットを飛ばすにしても、2年おきにしか飛ばせない。火星からSOSが来ても、最大2年待つしかない。その間、火星は自力で生きのびる術を探すことになる。 否定的なことばかり書いたが、もし、実現したらとてつもなくすごいことには違いない。 火星への人類到達を、NASAよりも先に民間の計画が実行されるとしたら、それだけでも歴史的な偉業といえるかもしれない。 ただし、リスクは予想できないほど大きい。 現実的な火星移住を目指すのなら、とりあえず、地球→火星間を2週間くらいで行けることを可能にする、プラズマエンジンとか核パルスエンジンとか、そっちの実用化が先だろうね。 化学燃料ロケットで火星に人間を送るのは、筏で太平洋を横断するより無謀なことだと思う。(「諫山裕の仕事部屋」より2015年2月19日分を転載)