検索ワード:移民・難民/46件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    理想だけでは語れない難民問題、日本はなぜ慎重であるべきなのか

    の混乱を招いている。内容、手法共にトランプ政権を象徴するものである。 ただ、問題含みの措置とはいえ、移民・難民の流入を懸念するアメリカ人も存在する。テロへの懸念はいまでも根強い。ロイター/イプソスがアメリカで行なった世論調査では49%が大統領令を支持すると答えた。調査によって差はあるが、無視できない世論の動向である。 理想主義と現実主義、グローバリズムとナショナリズム。相反するこれらの要素が複雑に絡み合うのが難民・移民をめぐる問題である。いまや国内、国際政治を揺るがすテーマでもある。 世界的な規模で展開している難民問題だが、先進国圏ではEUの苦難が際立っている。欧州に活路を見出そうと中東やアフリカから難民・移民が地中海を船で渡っている。難民を含めた多様な背景の移動者が流れ込む「混在移動」の典型である。 概して密航船の衛生状況は悪く、船の転覆は後を絶たない。密航者の苦境に胸を痛めない者はいないだろう。 EUでの難民申請者は15年だけで128万人に上った。EUの人口は約5億人だから、比率でいえば1%にも満たない。だが、流入してくるのは文化的、宗教的背景の異なる人たちである。お金を落として帰ってくれる旅行者とは異なり、難民は社会の負担となりかねない。やはり重たい数である。 15年9月、事態は大きく展開する。トルコの海岸に横たわるシリア人の幼児の溺死遺体に欧州は動かされた。16万人の難民申請者をEU加盟国間で分担することも決まった。道徳感の強いドイツ、そして欧州委員会が牽引力となった。 そうしたなか、同年11月、フランスのパリで自爆と銃の乱射によるテロ事件が発生する。犠牲者は130人。犯人のうち少なくとも2人は密航ルートを使ってギリシャに入り、パリまでやって来た。欧州で人びとの善意が高まっていたそのとき、テロの計画は進んでいた。 幼児の溺死事件を機にEUは迅速に対応したが、苦悩を背負うことになる。16万人の分担策はEU加盟国を分断させた。反難民・反移民感情が高まり、反EU勢力と化して既存の政治秩序を揺るがしている。「難民に厳しい国」を演出する国々 EU域内では難民受け入れの厳格化が進んでいる。オーストリアは難民申請の受付数に制限を設けた。難民に開放的だったスウェーデンでも難民認定者の権利や恩恵(家族の呼び寄せなど)を縮小している。どの国も「難民に厳しい国」を演出しようとしているのである。 16年3月、EUはトルコと密航者の送還について協定を結んだ。これによってトルコ経由でEUに流入する者の数は減少した。他方で、バルカン半島のルートが閉鎖されているため、数万人の難民申請者がギリシャで滞留している。 すでに285万人ものシリア難民を抱えるトルコは、EUから見れば、難民を手前で堰き止める重要な役割を担う国である。EUが求めた送還協定はその延長線上にある。しかし、汚れ仕事をトルコに任せ、残務処理をギリシャに押し付けた感は否めない。 トルコからの人口流入は抑えられたものの、リビアからイタリアに流入する密航者は後を絶たない。トルコ・イズミルを歩くシリア人とみられる女性と子ども(共同) EUの対応は苦悩に満ちている。難民問題を解決しようと積極的な姿勢を見せたものの、それを上回る勢いで密航者が到達し続ける。理想を裏切る形でさまざまな事件が発生する。人びとの善意は限界を迎えてしまう。 EUに比べれば規模は小さいが、日本も難民問題とは無関係ではない。 日本での難民申請者数は16年、1万901人に上った(17年2月10日付、法務省発表資料)。難民申請者は2000年には216人だったのが、10年には1202人、13年には3260人、14年には5000人、15年は7586人に増えている。 難民申請者が増加する一方で、日本の難民行政は「閉鎖的」といわれる。数だけを見ればそう指摘されても仕方がない。16年は1万901人の申請者のうち難民と認定されたのは28人。認定率にすれば0・26%である。実際にはこれに人道配慮の97人が加わるので、合計125人が保護を認められている。ただ、人道配慮を合わせても申請者全体の1・15%にすぎない。 その一方で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対する日本の貢献は小さくない。15年の拠出額は1・73億ドル(1ドル=120円の換算で208億円)に上り、アメリカ、イギリス、EUに次いで4位にある。 難民や国内避難民を抱えた国々に対する日本の支援も手厚い。日本人人質事件の際に注目されたが、たとえば15年1月、安倍晋三首相は中東の人道支援に25億ドルの拠出(その9割近くは円借款)を表明している。 対外的には難民・避難民支援に積極的に貢献しているものの、日本国内での難民受け入れは消極的と映ってしまう。ただし、この点は冷静に考察する必要がある。 日本国内では法務省入国管理局が難民認定業務を所管する。「出入国管理及び難民認定法」に基づいて法務省が難民認定の申請を受け、「難民の地位に関する条約」の定義に照らし合わせて申請者を審査し、認定の是非を判定する。 不認定となった場合、申請者は異議を申し立てることが可能である。この場合、難民審査参与員が中立的な立場で異議を審査する。参与員は法務大臣に意見書を提出するが、意見書に拘束力はなく、最終的には法務省が決定を下す。 筆者は13年4月から15年3月までの2年間、難民審査参与員を務めた。かつては日本の難民行政の在り方を批判的に見ていたこともある。しかし、参与員としての体験や、欧州で起きた一連の出来事は、この問題を冷静に見詰める契機となった。イスラム教徒を受け入れるか否か 現在の難民認定制度は事実上の移民制度となっている。申請をすれば在留資格(名目は「特定活動」)と就労資格(申請の6カ月後)が得られる仕組みである。異議審査では1次審査で漏れた難民性の低い、あるいは低いと見なされた申請者が審査を求めてくる。申請者の多くが異議申し立てを日本での在留延長の手段と捉えているようだった。現に制度上、それが可能なのである。 面談した限りでは、申請者は概してサバイバル能力が高かった。「移民」としての資質は申し分ない。彼らも生き残りを懸けている。参与員には保秘義務があるので多くは語れないが、支障のない範囲で言及するなら、アフリカの某国からの申請者に多く見られたのは、「伝統的なチーフを継承することになったが辞退した。毒殺される危険があるので保護してほしい」という主張だった。興味深いことに、この物語にはいくつかのバリエーションが存在した。 難民性の低い申請者が多く押し寄せるのだから、最終的な難民認定率が低くなるのは当然の結果である。偽装難民の問題を直視せずに、認定率の数値だけで難民行政の現状を議論してもあまり意味がない。 認定条件の厳しさを指摘する意見もある。たしかに諸外国に比べれば厳格に映る部分はある。しかし、それゆえに「難民に厳しい国」を世界に示せるならば、日本で難民申請をする動機を抑制することにもつながる。結果的に難民申請者の流入圧力や、流入がもたらす諸々の問題を抑止していると見ることもできる。 日本社会の安寧を考えれば、慎重な難民行政はむしろ望ましいのではなかろうか。葛藤は付きまとうが、この問題に真剣に向き合えば向き合うほど、そう考えざるをえないのである。 難民問題は世界規模の現象である。15年の時点で世界には6000万人に上る難民・国内避難民が存在する。1548万人の難民と500万人のパレスチナ難民、さらには4080万人の国内避難民を合わせた数である。12年以降、世界の難民の数は増加傾向にある。「アラブの春」後のイスラム圏の混乱と軌を一にする動きである。 事実、難民の発生国の多くがイスラム圏に集中している。いまの時代、難民問題はイスラム教徒を受け入れるか否かという問題と重なり合う。 全体を俯瞰すれば、イスラム圏の難民に限らず、世界は大移動時代にある。むろん有史以来、人類は移動によって歴史をつくってきたわけだから、現代に限った現象ではない。ただ、グローバル化とともに人の移動が増幅し、異文化の流入を人びとが肌で感じるようになった現在、さまざまな軋轢が生じている。シリアとの国境に近いトルコ南部、スルチにある難民キャンプでテントの前に座るシリア・クルド人の親子=1月27日 難民現象は縦横無尽に展開する人口移動の一部である。人の移動は継続的な現象であり、流入圧力を抑制することは容易ではない。難民問題を解決しようと受け入れを強化したり、その制度を整備したりすることは、新たな難民を引き寄せる要因となってしまう。根本原因の解決が叫ばれるものの、難民の押し出し要因となる紛争や貧困を根絶することは難しい。 解決が難しく、一面的な正義が通用しないのが難民問題である。安易に唱えられることが多いが、難民の受け入れは付随する種々の問題を招き入れることでもある。いくつか挙げてみたい。 まずは治安の悪化である。繰り返すが、「難民=テロリスト」ではない。社会に危険を及ぼす人物が難民のなかに混入してしまうことが問題なのである。 EUでは密航者や難民申請者のなかに「イスラム国」と接点をもつ者や戦争犯罪者が紛れ込んでいた事例がある(筆者自身、アフリカの難民定住地で元戦闘員の難民に遭遇したことがある)。また、難民キャンプの軍事化や「難民戦士」の問題は古くから指摘されてきた。テロリストや戦闘員のレベルでなくとも、一般犯罪が一定の割合で発生するのも事実である。状況によっては暴徒も生まれる。理念的な美しさの弊害 難民問題は「非伝統的安全保障」の課題ともいわれるが、弾道ミサイルに対処するのとは異なり、武力行使は許されない。人間が対象となるだけに、対応はきわめて複雑なものとなる。 国民の税負担や行政(とくに自治体)の業務負担も考えなくてはならない。先進国では難民を劣悪な状況に留めおくことは非倫理的と認識される。しかし、自国民と同等の生活条件を与えるとなると、住居の供給、言語習得と教育機会の提供、雇用の創出、医療へのアクセスを含めた社会保障など、さまざまな支援や保障が必要となる。先進国となれば外からの援助は期待できない。 貧困にあえぐ自国民の傍らで、難民が手厚い支援を受けるという逆転現象もときどき起きる。難民のなかでも社会関係資本をもつ者の場合、受け入れ側の国民よりもより良い生活条件を手にすることがある。 難民が労働力になることを期待する向きもある。これについては、経済が好調なドイツでも15年以降に来た難民の雇用率は13%に留まるという統計がある(16年11月16日付ロイター)。無理もない結果だろう。ドイツ語の習得は簡単ではない。そもそも同じアジアの人間でも、アフガニスタンの下層の少年とインドの工科大学を卒業した者では資質が異なる。移民ならば相応のルートで適切な人材を調達すべきだった。 人口減少を埋め合わせるために難民の受け入れを唱える論者もいる。ただ、少なくとも日本にとっては、社会制度や技術のイノベーションを通じた内側からの対応が最適解と考えられる。 さらに、難民や移民との関係で問題となるのが社会の景色が変わることである。多文化主義は美しい理念として時に無邪気に語られる。だが、多文化主義は自国の文化と社会が変容を強いられることを意味しかねない。つまりは「庇を貸して母屋を取られる」のである。 中長期的には貧困層が生まれたり、「並立(パラレル)社会」が現れたりすることもある。テロを含めた治安悪化は、移民・難民の2世たちが不満分子となった場合にも起こりうる。ベルギーの首都ブリュッセルにあるモレンベーク地区が有名だが、ひとたび並立社会ができてしまうと解体することは難しく、社会問題の温床となってしまう。人の移動の影響は長いスパンで見なければならない。 ちなみに、2070年以降、世界の宗教別の人口ではイスラム教徒がキリスト教徒を追い抜くとの予測がある(ピュー研究所の予測)。アメリカ国勢調査局によると、2044年にはアメリカの非白人人口(ヒスパニックを含む)は白人人口を超えると見られる。ベルリンの首相府前に到着した難民を乗せたバスを取り囲む、報道陣と受け入れ反対派のデモ隊ら=1月14日、(ロイター) 欧米諸国で見られる反難民・反移民の動きの根底には、肌で感じる治安悪化のみならず、変わりゆく社会に対する不安があるのだと思われる。事実、イギリス王立国際問題研究所が欧州10カ国で行なった調査(17年2月7日発表)でも、イスラム諸国からのすべてのさらなる移民の停止に55%が賛意を示した。慎重な世論が読み取れる。 ナショナリズムは悪として非難されがちだが、21世紀のナショナリズムには、行きすぎたグローバリズムとグローバル化から既存の社会秩序を守ろうとする力学がある。善悪はともかく、越境者に対する人びとの否定的な感情もその文脈で捉えられる。 難民保護の理念は美しい。迫害を受け、母国を逃れた人を別の国家がかくまい、保護を与える。シンプルで力強い理念である。だが、理念的な美しさは、宗教にも似て教条主義を生みやすい。 難民問題は夢想的に論じられがちである。支援者が夢を語るのは構わない。ただ、国家として現実を見据えた方策がなければ、国民を軋轢や危険にさらしてしまう。難民受け入れよりも効果的な支援 国家が入国管理という機能を果たしているからこそ、難民保護の運動論は成立する。EUの事例が示すように、国境管理が崩れ、無尽蔵に人が流入したとき、綺麗な論理は破綻してしまう。 とはいえ、難民のための多国間協調も必要とされている。私たちは難民問題とどう向き合えばよいのか。 日本政府は二国間の援助に加えて、UNHCRに多額の資金を拠出している。国内で難民を受け入れるよりも効果的な支援だろう。日本の財政状況は厳しい。そのなかでの貴重な貢献である。 また、難民認定制度とは別に年間20人程度、第三国定住難民の受け入れを実施している。シリア難民についても国費留学生制度や技術協力の枠内での受け入れが予定されている(16年5月に表明された5年間で150人に加え、17年2月3日付『朝日新聞』によれば、5年間で300人規模の留学生と家族を受け入れるとのこと)。 日本の状況や立ち位置に鑑みれば、十分すぎる支援といえないだろうか。 安易な人道主義は禁物である。難民問題に甘い夢を持ち込めないことはEU諸国が示している。他国の経験を他山の石とすべきである。【補記】この論考から「イスラム嫌い」を疑われかねないが、筆者はむしろイスラム圏の文化に深い愛着を抱く者である。ただし、異なる文化への愛着は、自身が属する文化圏の溶解を認めるものではない。はかた・けい 成蹊大学教授。1970年、富山県生まれ。フランス国立ナンシー第二大学より公法学博士(国際公法専攻)の学位取得。外務省勤務を経て、2005年より成蹊大学文学部国際文化学科にて教鞭を執る。13年から15年まで法務省難民審査参与員。著書に『難民問題―イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題』(中央公論新社)、『国内避難民の国際的保護―越境する人道行動の可能性と限界』(勁草書房)など。関連記事■ なぜ、イスラム系のテロ組織が多いのか―テロにまつわる4つの疑問■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?■ 福田充 X国のテロから首相を守るには

  • Thumbnail

    記事

    中国はきっとほくそ笑む! 日本は移民国家「豪州の失敗」に学べ

    山岡鉄秀(AJCN代表) 経済大国の日本だが、国民一人あたり名目GDPでみると、IMF(米ドルベース、2015年)の統計によれば、世界26位($32,478.90)で、決して効率は良くない。一方、AJCNの拠点である豪州は10位($51,180.95)で、日本よりも2万ドル近く高い。この差は大きい。 この豪州の豊かさは、間違いなく移民に支えられている。今や人口の28%が海外生まれとされ、4人に1人以上が海外からの移民ということになる。 文化らしい文化がなかった豪州だが、移民が持ち込んださまざまな文化が融合して、格段に厚みが出てきた。もともとイギリス系で、料理らしい料理もなかったが、ここ10年ほどで豪州の食材を日本料理やフレンチのフュージョンで仕上げる「モダン・オーストラリアン」というカテゴリーが登場した。マスターシェフという料理番組がヒットするなど、まさに隔世の感がある。 移民国家の豪州が、同じく移民国家の米国ほど荒れないのは、豪州が巨大な島国で、米国にとってのメキシコのように「国境を接する国」がないことと、移民を基本的に技能ベースで入れてきたからだ。ボートで難民が押し寄せても、南太平洋の島々に収容し、本土への上陸を阻止している。 国力増強に貢献した移民政策だが、もちろんマイナス面もある。日本人はそこから早急に学ばなくてはならない。 まず肝に銘ずるべきは、特定の民族の移民数が一定数(臨界点)を越えた時、まるで自国にいるような傍若無人な態度に出ることがある、ということだ。 その典型的な例が、我々AJCNが最終的に阻止した、ストラスフィールド市における中韓反日団体による慰安婦像設置活動だ。ここでのポイントは、市議会は本来、そのような申請はポリシー違反を理由に即刻却下できたはずなのに、逡巡としていたずらに時間を浪費し、最終的に却下するのに1年半近くを要したことである。 いったいなぜか。それは市議たちが、合わせて住民の30%に達する中韓系住民の不評を買い、次の選挙で落選の憂き目に遭うことを恐れたからだ。市長を含めて7人の市議たち(市長は市議たちの持ち回り)のうち、常識に照らして慰安婦像に反対したのは3人だけだった。市長を含む後の4人は、明らかに中韓住民の顔色を窺っていた。我々の戦いは、いかに「良識の輪」を広げていくかだった。最後は住民の意識調査まで行われた。中国人経営者に懇願した商店街の会長 このように、慰安婦像設置が市の記念碑ポリシーに反し、豪州の多文化主義に反していても「有権者の横暴」の前にあっさり折れてしまったのである。我々が「住民の意思」として反対活動を展開しなければ、いとも簡単に建ってしまっていただろう。我々が学んだ最大の教訓は、民主主義社会とは決して自動的に良識に添った判断が享受される社会ではなく、正義を実現するために戦う手段が用意されているに過ぎない、ということだ。戦わずして正義は守れない。力なくして正義は実現できない。いま、日本人にその覚悟はあるか。 私がよく行く東京・下町の歴史ある商店街でも、歩いているとやたらと中国語が耳に飛び込んでくるようになった。廃業する商店が後を絶たず、家主が中国人に貸し出してしまうからだ。(写真はイメージです) これはその商店街の床屋で聞いた話だが、ある日、商店街会の会長が、中国人が経営する店に「会費を払って会員になって欲しい」と頼みにいった。しかし、応じた中国人は「我々は中華系住民のために商売をしているのだから、日本人の会に入る必要はない」と突っぱねてきたという。その後、この会長はどういう対応をしただろうか。なんと、「では会費を安くするから入ってくれませんか?」と頼みにいったという。もちろん、これも蹴られた。会長さんは困って区役所に相談に行ったが、「税金ではないので、強制的に徴収できません」と言われるだけだったらしい。この逸話はまさに、日本人が移民をコントロールする能力が完全に欠如した証左と言っても過言ではないだろう。 私は床屋の主に言った。「会長さんに伝えてください。懇願したら逆効果です。媚びる弱者と見下されるだけです。中国人の代表を訪ねてこう言うのです。この会費には街灯代が含まれている。払わないなら、君たちの店の前にある街灯からは電球を外すが、それでもいいかと」。もちろん、本当に外すつもりで臨まなければならない。また、区議会も「商店街で店舗を賃貸に出すときは、商店街会費も家賃とともに徴収し、納入しなくてはならない」という条例を作ってしまえばよい。 すぐに頭を下げてしまう日本人は、数で劣勢になった途端に簡単に凌駕されてしまうだろう。外国人に地方参政権など与えようものならどうなるだろうか。移民国家の豪州でさえ、帰化しなければ選挙権も被選挙権も与えられないのに、長く住んでいるという理由だけで参政権を与える愚かな国は、世界を見渡しても日本ぐらいである。豪州を震撼させた中国亡命外交官の「告白」 東京都江戸川区にインド人が多く住むことは有名だが、トラブルが起きた話は聞いていない。なぜだろうか。ひとつは、住民の多くがIT技術者などの高度人材(高額所得者)であることだが、基本的に「親日的で融和的」だからだ。 たとえ、高度人材が有用であっても「親日的で融和的」という条件を絶対に外してはならない。「反日を国是とする国」からの移民には永住権を出さないことにしても、人種差別にはならない。のっぴきならない安全保障上の問題だからである。 そのことを痛切に教えてくれたのが、2005年に豪州に政治亡命した元中国外交官の陳用林だ。 父親を無実の罪により中国共産党の拷問で亡くした陳は、天安門広場の虐殺を目の前で目撃して衝撃を受けたそうだが、それでもいつしか外交官として中共政府の「先兵」となっていた。命ぜられるままに、法輪功信者の弾圧、反政府勢力の監視、中共にとっての危険人物の拉致などに携わっていた陳は、ついに良心の呵責に耐えかねて豪州政府に政治亡命を申請した。 その際、陳の「告白」は豪州を震撼させた。陳によれば、その時点で豪州に1千人の中共スパイが潜伏し、軍事、科学、経済分野などのあらゆる情報を盗んでいるとのことだった。 スパイには2種類ある。現地にダミー会社を作り、そこにビジネスマンとして工作員を送り込んだり、研究機関に研究者として送り込むケース。そして、もうひとつは現地に住んでいる中国人や留学生を勧誘して「エージェント」に仕立て上げるケースだ。エージェントの勧誘には金とハニートラップが使用され、中央政府を含むあらゆる個所にスパイ網が張り巡らされている。その他にも、現地に住む中国人が自由主義に目覚め、中共に批判的にならないように、ありとあらゆる洗脳工作がなされるという。 陳は最近もテレビのインタビューに応じ、「この10年間でスパイの数は相当増加しているはずだ」と述べている。 最重要標的の米国や、その同盟国の日本にははるかに多くのスパイが入り込んでいると陳は言う。中華系団体(留学生を含む)の代表は、ほぼ間違いなく中共政府に繋がっている。政府やマスコミなど、あらゆる主要機関にすでにスパイ網が張り巡らされていると考えて間違いない。米国のフランクリン・ルーズベルト政権に、驚くほど多くのソ連のスパイが入り込んで日米開戦を工作していた事実が思い起こされる。反日工作員に城門を開ける愚 私が最も衝撃を受けたのは、陳の政治亡命申請に対し、豪州政府が当初取った冷淡な態度だった。わざわざ中国総領事館に陳の個人情報を照会し、実質的に陳の亡命をリークする有様だった。なぜそんなことをしたのか。答えは「経済」である。2000年のシドニーオリンピック後、豪州は資源を爆買いする中国への依存を高める一方だった。政治的な問題で、お得意様の中国の機嫌を損ねたくなかったのである。 日ごろは高邁な理想を掲げていても、現実には経済最優先で、お得意様がどんなに酷い人権侵害を繰り広げていたとしても、結局は二の次、三の次なのである。昨年は北の要衝ダーウィン港を人民解放軍と密接に繋がる中国企業に99年間リースするという大失態までやらかした。もちろん、州政府に対する工作がなされていたことは疑う余地がない。「極めて愚かだ」と陳は嘆く。 去る1月17日、法務省が外国人の永住許可について、高度な能力を持つ人材に限って許可申請に必要な在留期間を最短で「1年」に短縮する方針を発表した。これも、経済界からの要請によるものだろう。 私はグローバル企業勤務が長いので、国際的観点から、いかに日本で人材が枯渇しているかよく知っている。そして前述したように、私は移民の効果、特に高度人材の有効性をよく認識している。しかし、「親日的で融和的」という大前提を忘れれば、わざわざ反日工作員に城門を開ける愚を犯すことになる。すでに相当浸食されていると思われる日本にとどめを刺す「ダメ押し」となるだろう。戦わずして占領できる可能性がにわかに高まり、ほくそ笑んでいるのは間違いない。そして、日本の滅亡は、皮肉なことに長期安定保守政権である第二次安倍内閣が決定づけたと歴史に記憶されることになるだろう。 陳用林は今もシドニーで中共の監視下に置かれながら生きている。彼の生命を賭したメッセージを受け取れるかどうかに、日本の命運がかかっていると言っても過言ではない。

  • Thumbnail

    テーマ

    外国人労働者はどこまで受け入れるべきか

    日本で働く外国人労働者の数が初めて100万人を突破した。政府は労働力不足を理由に、高度人材の受け入れに積極姿勢をみせるが、現実には技能実習制度や留学生を通じて単純労働者の流入が急増している。場当たり的な対応では、いずれ「移民問題」に直面する。日本は外国人労働者をどこまで受け入れるべきか。

  • Thumbnail

    記事

    矛盾だらけの外国人労働者受け入れで浮かぶ「日本沈没」シナリオ

    加谷珪一(経済評論家) 日本の世論は、外国人労働者の受け入れに消極的といわれる。日本は外国人労働者を受けれていない国だと思っている人も多いが、それは幻想である。現実には、多数の外国人労働者がすでに国内で働いている。  厚生労働省が1月に発表した2016年末の外国人労働者数は前年同月比19.4%増の108万3769人となり、4年連続で過去最高を記録した。成田空港に到着した日本で介護福祉士と看護師の資格取得を目指す外国人 受け入れに積極的だったドイツや英国では、定義にもよるが300万人以上の外国人労働者が働いている(国籍を取得した移民は含まない)。人口比を考えれば、日本における外国人労働者の数は少ないともいえるが、欧州は陸続きで、主要国はたくさんの旧植民地を抱えている。こうした環境の違いを考えた場合、日本における外国人労働者の数は決して少ないとはいえない。 背景にあるのは、国内の深刻な人手不足である。日本は人口減少と高齢化が進んでおり、過去15年間で34歳以下の若年層人口は約22%減少し、60歳以上の人口は逆に43%も増加した。若年層の労働人口減少が顕著であることから、企業は常に人員確保に頭を悩ませている。 政府は建前上、就労目的での在留資格については専門的な職種に限っているが、現実には企業からの要請を受け「外国人技能実習制度」など、事実上の単純労働者受け入れ政策を行ってきた。この状況に拍車をかけているのが東京オリンピックによる建設特需である。建設業に従事する労働者の数はピーク時と比較すると約25%、数にして170万人ほど減っており、建設現場では慢性的な人手不足が続いている。政府は外国人建設労働者の受け入れ枠をさらに拡大したい意向だ。 建前上、外国人労働者を制限していながら、なし崩し的に受け入れを増やしているわけだが、こうした、ちぐはぐな対応はリスクが大きい。 外国人技能実習制度については、米国務省から人権侵害の疑いがあると指摘されており、現実に、賃金の未払いや、劣悪な環境での住み込み強要といった事例が発生している。諸外国でも外国人労働者が不当に安い賃金で雇用されるケースは少なくないが、この制度がやっかいなのは、れっきとした日本政府の事業であるという点だ。 政府がこうした事業に直接関与し、劣悪な労働環境を放置しているということになると、場合によっては国際政治の駆け引きにおいて格好の餌食となる可能性がある。日本はこれまで、似たようなケースで国益を何度も損なっていることを忘れてはならないだろう。 一方、日本の人手不足は極めて深刻な状況であり、のんびり構えている余裕はない。 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、2040年の総人口は1億728万人と現在より15%ほど減少する見込みである。 特に、企業の労働力の中核となっている35歳から59歳までの人口は26%も減少してしまう。これまでは若年労働者の不足だけで済んでいたが、次の20年間は中核労働力の減少という大きな問題に直面することになる。 持続的な経済成長を実現するためには、資本投入、労働投入、イノベーションのいずれかを増やす必要があるが、人口が減少する以上、労働投入の低下は避けて通れない。需要が変わらない状態で、労働力不足から供給に制限がかかるようになると、企業は生産を抑制せざるを得なくなる。すでに供給制限による成長抑制の兆しが出ており、事態はかなり深刻である。労働力不足が招く日本の国力低下 この状況を改善するためには、①外国人労働者を受け入れるか、②女性や高齢者の就業を増やして労働力不足を補うか、あるいは、③イノベーションを活用して生産性を向上させるのか、という選択になる。日本は無意識的に①を選択してきたわけだが、労働をめぐる環境はこのところ大きく変化している。 近年、AI(人工知能)に関する技術が驚異的に進歩しており、人の仕事の一部あるいは全部をAIで置き換えることはそれほど難しいことではなくなってきた。経済産業省の試算によると、AIの普及によって2030年までに約735万人分の仕事がロボットなどに置き換わる可能性があるという。 ロボットの導入で余剰となった人材を、人手が足りない分野にシフトさせることができれば、供給制限で経済が停滞するという事態を回避できる。というよりも、全世界的にAIの普及が進む以上、これを積極的に活用していかなければ、相対的に高い成長を目指すことが難しくなっているのだ。日本も労働力不足という問題に対して、外国人労働者の受け入れではなく、積極的なAI化で対応するのが望ましいだろう。 だが社会のAI化を実現するためには超えなければならない大きな壁がある。それは人材の流動化である。 企業の現場にAIが普及すると、当然のことながら仕事の範囲が変わり、組織の人材を再配置する必要が出てくる。こうした動きは社内だけでは完結しないので、最終的には転職市場を通じた人材の流動化が必須となる。日本人はこうした人材の流動化に対する抵抗感が極めて大きく、これがAI化の進展を遅らせてしまう可能性があるのだ。受付役のロボットに症状などの情報を入力する患者役の自治医大担当者=2016年3月、東京都千代田区 実はこの問題は女性の就労拡大とも密接に関係している。女性の就労拡大が進まないのは、意識面での影響が大きいとされているが、それだけが原因ではない。女性の就労者が増加すれば、企業内部での人材の再配置は避けられず、結果的に流動化を促進してしまう。これに対する潜在的な拒否感が女性の就労拡大を遅らせている面があることは否定できない。 労働力不足は、日本の国力低下に直結する、まさに「国益」に関するテーマといえる。こうした重要な問題に対して、場当たり的な対応を続けることはもはや許容されないだろう。変化を頑なに拒んだ結果、AI化や女性の就労が進まず、外国人労働者の数だけが増えるという事態になってはまさに本末転倒である。

  • Thumbnail

    記事

    日本人はどこまでお気楽なのか? 「在日特権と犯罪」の現実を知れ

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師) 国連人口部の定義によれば、移民とは「主権のある母国を1年以上離れて外国に暮らす人」を指しています。そしてこの移民の概念には正規滞在者はもちろん、密入国者や不法滞在者、難民申請中の人、さらに帰化した初代も含まれます。 逆に言うと、本国人とは「本国生まれ本国育ちで本国の国籍を持つ者」であり、それ以外は「移民」として区別され、移民には初代帰化人を含め参政権が制限されるなど、明確な区別が存在するのです。 しかし日本人はこうした移民の定義など政治家でさえ知りませんし、それでいて移民政策をぶちあげたり、なぜか黒人や白人などの人種の違う外国人による集団的定着をイメージしたりしているため、実際に日本が移民国家であることに全く気がついていません。 実は日本は「先進的移民政策失敗大国」なのです。 日本には戦後、「国籍離脱者とその子孫」による「特別永住者」という滞在資格保有者が定着しています。国際結婚などにより50を超える国籍にまで及び、外国籍のまま子々孫々に至るまでその血筋によって外国に滞在できるというシステムは他国に類例がありません。 しかも、一般外国人のような犯罪検挙による強制送還もないため、「在日」外国人枠内での犯罪検挙件数・検挙人口ともに朝鮮半島系がぶっちぎり状態です。警察庁が気遣って公表しなかったため、逆に暴露拡散されて(暴露したのは私ですが…)、日韓外交に関する世論にまで大きな影を落としているのです。詳細は昨年出版された拙著「在日特権と犯罪」にて資料を元に詳しく説明しておりますが、この件一つを見ただけでも、日本はすでに移民国家であり、移民政策に失敗していることがおわかりでしょう。 総務省の在留外国人統計(2016年6月現在)での「国籍・地域別 在留資格(在留目的)別 在留外国人」や同年7月1日現在の「国籍・地域別 男女別 不法在留者数の推移」によると、現在、日本には、230万7388人(中長期滞在者+特別永住者:平成28年6月時点)+6万3492人(不法在留:平成28年7月1日現在)=237万0880人の「実質的移民」が存在します。外国人メイドを使用する文化が日本にはない ただし、この中には「3月」以下の在留期間が決定された中長期滞在者と、1年以上の滞在を許可されながらまだ滞在期間が1年に満たない移民予備群が含まれ、逆に日本人としてカウントされている初代帰化人や、カウントしようのない密入国者の人口を含めた「移民」の数は含まれていません。「移民」の概念を持たない日本は移民のカウントすらできず、これに伴い発生している外国人による生活保護不正受給では、国籍別不正受給世帯数さえ把握していないのに、やれ国際化だ、移民政策だ、などと浮かれる政治家もいまだ多く存在しています。 日本に定着している移民には、他国にない特徴があります。現在、日本の「在留外国人」、つまり移民から帰化初代と不法滞在者を除いた「移民」のうち、29・4%が中国人、19・8%が韓国人、1・4%が北朝鮮出身者で、これを合わせると、なんと50%を超えているのです。不法滞在者数(6万3492人)を加えても、半数以上が反日を国是とする国から来日、定着しているのです。それが日本の「移民」の現状であり、これを国民がまったく自覚していないところが大きな特徴でもあります。 これを受け入れる日本人自身も、他国に類例を見ない「お人好し」であることが、この問題に輪をかけています。たとえば、国家戦略特区として「外国人メイド」を試験的に導入しようという地域がありますが、メイドを雇い使用する文化のある国の多くは、奴隷制度の歴史や王侯貴族文化に根ざした、厳然たる身分の違いというイメージが存在します。 しかし、日本人はどうでしょうか。たとえば、メイドを脇に立たせ給仕させて平然と落ち着いてディナーが楽しめるでしょうか。むしろ落ち着かず「あなたも隣りに座って食べなさい」と促せば、超高齢社会が進むわが国においては、食卓をともにする「話し相手」にしてしまうのではないでしょうか。 逆に経団連をはじめ、2020年に東京オリンピックを控えた大企業では、最初から低賃金で「技能実習生」を実質労働者にするため、国会に働きかけ、本来3年の滞在期間に「2年」の延長を法整備させる移民政策を後押ししています。ところが、大企業の幹部は外国人労働者の顔が見えず、加えて日本人自身が諸外国の労働者に比べて非人道的労働に慣れているため、普通に扱ったとしても世界レベルでは奴隷労働レベル、加えて現場は組織力が働き、情け無用の過酷な作業になりがちです。矢玉の戦争なしに国が乗っ取られる これら日本人のお気楽な優しさや、日本的組織社会の圧力に接して揉まれた一部は「人権商売」のお得意様になります。すでに人権、労働問題のNPO団体の多数が弁護士を擁して活動しており、間もなくその活動資金には年間1千億円ほど発生するという「休眠口座」が当てられることが国会で可決しましたが、NPO制度はすでに中核派など左翼や極左の資金源として悪用され、検挙者が出ているのにもかかわらず、ほとんどが放置されている状態です。その上、外国人を呼び込めば、今度は外国人団体がかつての民団や総連のように「集団の力」を活かした圧力団体を作り、各国出身の外国人が自国民のための労組を結成しかねません。そうなれば、将来的には経済的奴隷酷使国家とのそしりを免れませんし、現実には既に酷使している企業だって存在しています。 さらに、これらは外国勢力の都合によって、やがて「慰安婦問題」のように華飾され、新たな「強制連行」「奴隷労働」のファンタジー的反日プロパガンダを生み出す可能性があることも考えるべきでしょう。また、わが国には中国人女性に日本人男性を斡旋して結婚させて「日本人配偶者」の身分を取得させたり、永住資格取得後は離婚させて就職を斡旋し定住の手助けをする「事務所」なんかも存在します。そこには、革新政党の元国会議員らも絡んでいるとされ、これが明確に中国共産党の工作につながっていることを他の中国人民主活動家が私に訴えてくることもあります。そうした組織が、「反日」を国是とする母国の支援を得て勢力伸長を画策すれば、矢玉の戦争なしに国はいずれ乗っ取られるでしょう。 こうした過程の中で、大企業は一時期潤うかもしれませんが、やがて訴訟の嵐に飲み込まれるでしょう。そして、労働移民政策によってお金が回らなくなった日本人は、何の恩恵も受けないどころか地域の治安が悪化して、本来あり得なかった外国人同士の宗教抗争や民族抗争に巻き込まれる可能性もあります。オリンピック前の2019年には、労働移民の需要が現場の肉体労働者から「おもてなし要員」に移行し、肉体労働者の多くが不法滞在するであろうことも見込まれますが、そのころ中国や半島では、不法滞在者を強制送還することが人道的に許される状況になっているでしょうか。 彼らは不法滞在者である以上、身分確認不要の商売でしか生きてはいけません。その最たるものは、違法な物品売買や違法行為による経済活動ですが、ICチップリーダーを携帯していない警察官には、彼らが職務質問を受けて提示する偽造在留カードを見抜くことはできず、安上がりの「民泊」を拠点として身柄拘束を免れようとする彼らの実態すら把握することができません。 私が「通訳捜査官」をしていたころには、新宿のマンションが中国人によって既に「カプセルホテル化」していて、3人部屋に15人が1泊2千円で寝泊まりしていたのですが、最近は高級住宅街の戸建てを購入し、部屋ごとにベッドを置いて民泊ビジネスを始めており、毎回違う顔ぶれの「中国人家族」の出現に付近の住民も不安を隠せません。ついに移民政策の誤りを認めたドイツ 移民政策など実施しなくても、このまま事が進んだ場合、言葉さえろくに通じない外国人を起因とする犯罪や各種問題の予防や検挙のため、日本の国庫は大きく圧迫されます。東京オリンピック開催前後になれば、犯人の直近に座って命がけで通訳をする警視庁部外委託通訳人は、一人あたり8時間の取り調べを一つの署で平均3つは抱える事態になるかもしれません。通訳人の時給は約1万円と高額ですから、都内に102署を抱える東京都の予算が膨大になるのは、容易に想像がつくのではないでしょうか。 もし、来日した外国人労働者が犯罪を引き起こしても、彼らを受け入れた企業はこうした犯罪被害への補償には、きっと知らんぷりを決め込むのも明らかでしょう。彼らが国外逃亡したとしても、相手国が被害補償をするはずもなく、日本人は「やられ損」になる可能性だってあります。他にも、外国人労働者用に設定された低賃金労働が広がり、日本人は貧富の差を拡大させながら、増加した税負担に喘ぎつつ、真面目な経済奴隷になるか、外国人と組んで一発ヤマを狙ったヤバい仕事に加担するか…なんて事態も起こり得るかもしれません。 1月27日付ロイター通信によると、ドイツの人口が過去最高の8280万人を記録しましたが、その理由はドイツの好調な経済や、比較的リベラルな難民政策、手厚い福祉に群がった難民の急増だったそうです。確かに、少子化や人口減は回避できたでしょう。しかし、ドイツのメルケル首相は、集団レイプや暴動が頻発する国内の現状を知り、「時計の針を元に戻したい」と嘆いています。1月30日にはドイツのショイブレ財務相も、90万人を招き入れた移民政策の誤りを認めました。 一方、法務省の「平成28年における外国人入国者数及び日本人出国者数等について(速報値)」によると、外国人入国者数は約2322万人で、前年比約353万人の増加で過去最高を記録しています。 国民の安全と優良な外国人材の確保のためにも、今後は無制限に受け入れたり、移民政策を推進するのではなく、むしろ入国を規制すべきだと考えます。いま、わが国が足元を固めなければ、大企業と無関心層が目先の利益に踊り出し、私たちの子孫が本来活躍するはずの「舞台」が土台から崩れる、そんな未来が見えるような気がしてなりません。

  • Thumbnail

    記事

    移民拡大論に植民地主義反対派の左翼が同調する不思議

     人口問題は常に日本にとって悩みの種だ。40年前の新聞に掲載されていたコラムから、評論家の呉智英氏が、日本の人口問題解決として現在、有力になっている移民拡大論について問題点を指摘する。 * * * スクラップ帖に、ちょうど40年前、1977年1月の興味深い記事を見つけた。朝日新聞経済欄に今も続く「経済気象台」というコラムだ。経済学者、財界人、ジャーナリストの匿名リレー連載である。この回は「復平」名義になっている。論題は「過剰人口の悩み」。 コラムはこう始まる。「いま世の中が不況であるのは日本に人間が多すぎるからである」。そして、こう続く。日本の国土に適正な人口は「先進国水準ではせいぜい5千万人」なのだから、いくら生産性が上がっても不況になるのは当然だ。しかるに、日本は人口抑制策を立てていない。人口問題研究所では50年後(つまり2027年)には1億4千万人にもなると報告しているし、国土庁は21世紀(つまり2001年以降)には1億5千万人にもなると推計している。どうなるんだ、日本……。 いやはや。専門家の分析が全く当てにならない。このコラムへの批判が出た形跡はないから、世論全般もこれに納得していたのだろう。この御高見と世論に従って人口抑制策が立てられていたら、罵倒されなくても、日本、死ぬ。 人口抑制論から40年の今、識者も世論も人口増加促進論一色である。人口増加自体は一応目指していいだろう。問題はその方策だ。最有力のものが移民(外国人労働者)拡大論である。だが、これは愚策中の愚策だ。ヨーロッパで移民政策のツケが今深刻な問題になっているではないか。初期アメリカの移民とはちがって、ヨーロッパの移民は要するに後進国の安価な労働力を買う経済政策であった。やがて反乱が起きるのは当然だろう。これは国内に植民地を作るようなものだからである。 不思議なのは、植民地主義反対のはずの左翼やリベラル派の多数がこれの同調者であることだ。グローバリズムだの国際化だのの雰囲気に眩惑されているのである。私は本義の労働研修生や留学生の受け入れに反対しているのではない。日本もかつて先進国へ同じように若者を送り出した。また、政治的亡命者についても受け容れるべきである。孫文も康有為も、金玉均も、ビハーリー・ボースも、スタルヒンも、全部日本は受け容れた。 ところが、今、サルマン・ラシュディが亡命を求めてきたら、日本はこれを受け容れるだろうか。『悪魔の詩』の作者ラシュディは、イスラム指導者から死刑宣告を受け、何度も身の危険を感じながら転居を繰り返している。その『悪魔の詩』の邦訳者、筑波大学助教授五十嵐一(いがらし・ひとし)は、1991年同大構内で何者かに殺害された。喉首(のどくび)を鋭利な刃物で掻き切られて。日本では前例のない残虐な手口だ。犯人は不明なまま時効となった。 ラシュディは厳重な警備に護られて事実上の亡命中だ。日本がラシュディを受け容れたら、半年もしないうちに殺害され、犯人は時効のまま国外逃亡するだろう。 出入国管理がゆるい日本は明治時代よりも逆に亡命不適切国となっている。●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。※週刊ポスト2017年1月27日号■ 総人口の移民割合 ルクセンブルク42.1%、米13.0%、日1.1%■ 「東京オリンピック後日本の地価が3分の1になる」と説く本■ 移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■ 宝くじ当たりやすい県は熊本、沖縄、石川との調査結果出る■ 1984年以降世代は保険料4585万円支払い超過の財政的幼児虐待

  • Thumbnail

    記事

    差別を拡大するトランプ、差別を嫌悪したケネディ

     歴史を知る側から見ると、現在の世界の状況は極めて深刻に映るようである。作家の落合信彦氏は米国の先行きについて警戒感を隠さない。 * * * アメリカの大統領は、世界の未来を見据え、自由や民主主義の精神を守る覚悟が必要だ。それがアメリカのリーダーの「器」というものである。「雇用を守る」とばかり繰り返すトランプは、アフリカのどこかの独裁国家の大統領くらいの器しかない。 その小さな器では、アメリカ国内をもまとめることができない。トランプは、アメリカを真っ二つにしてしまった。「富裕層vs貧困層」「白人vsヒスパニック・黒人」……。とくに差別を煽ったことは罪深い。「メキシコ移民はレイプ犯」発言に代表される人種差別。さらに女性たちや、障害を持つ人々への差別。 この偏狭な男の発言は、アメリカ全体の空気も偏狭にしてしまった。日本ではあまり報じられていないが、トランプが大統領選に勝利してから、アメリカ各地で差別的な行動が激化しているのだ。ボストン郊外の大学では、「TRUMP」と書かれた旗を掲げたピックアップトラックに乗った2人の男が侵入して、黒人学生が住んでいる寮に向かって罵声を飛ばし、さらに唾を吐きかけた。 ユタ州では、ヒスパニック系の高校生が白人生徒から「不法入国者!」「メキシコに帰れ!」「メキシコにタダで帰れるから喜べ!」などと嫌がらせを受けた。さらに、アメリカのあちこちのトイレでは、「Whites Only(白人専用)」などという落書きが増えた。トランプ米大統領(左)とオバマ前大統領=1月、ワシントン トランプの存在が、アメリカ社会を分断したのだ。 実は、ジョン・F・ケネディが大統領に就任した当時も、アメリカは2つに割れていた。「I Have a Dream.」で有名なキング牧師のリンカーン記念館演説の3年前にあたる1960年。黒人差別は酷い状況であり、アメリカ社会は「白人vs黒人」で一触即発の状態だった。そんな中、キング牧師が座り込んで解放運動をしていたことを機に逮捕される。選挙中でニクソンと戦っていたケネディは、二者択一を迫られた。 良心に従い、キング牧師の逮捕を不当だとして介入し白人票を失うリスクを負うか。それとも何もせずに票を固めるか。 ニクソンはこの問題についてノー・コメントを貫いたが、ケネディは迷わなかった。まず遊説先のシカゴからキング牧師の妻コレッタ・キングに電話し、できる限りのことをすると約束した。そして翌日、弟のロバート(ボビー)・ケネディに、キング牧師を有罪にした判事に電話させ、すぐ釈放するよう説得したのだ。キング牧師は、即日釈放された。このことは、黒人たちの心を大いに動かした。 ボビーもまた、黒人差別をなくそうと強く主張した。1968年の大統領予備選の間、ボビーが各地を回ると、多くの黒人支持者が彼と握手しようと殺到した。ケネディ兄弟は、白人はもちろん、黒人たちから愛され、慕われていた。 ケネディ兄弟は、アメリカを1つにしようとしたのだ。彼らは、それまでアメリカを暗く覆っていた「差別」という厚い雲を、吹き飛ばしつつあった。 しかし、1963年と1968年の2つの悲劇的な暗殺事件が、彼らの理想を道半ばで終わらせてしまったのだ。 翻ってトランプは、差別をなくすどころか再生産し、アメリカ社会の亀裂をどんどん広げようとしている。2017年は「この年から、憎しみと差別の歴史が再び始まった」と記憶されることになるかもしれない。 ※SAPIO2017年3月号■ ジョン・F・ケネディ 核戦争危機から世界救った水面下交渉■ 暗殺から50年 ケネディ大統領の関連本が続々と新刊ラッシュ■ 落合信彦氏「JFK暗殺なければ弟ロバートは今も生きていた」■ 米の低レベル高校生、殺人事件が日常の街等をリポートした本■ 落合信彦氏 米大統領選で最高の名勝負はケネディvsニクソン

  • Thumbnail

    テーマ

    「人類の試練」救いなき難民危機

    難民受け入れの旗振り役であるドイツのメルケル首相が、難民政策の「失敗」を認めた。今も中東などの紛争地域から押し寄せる難民の波。欧州各国は喫緊の対応を迫られ、混乱が広がる。「人道主義」が招いた出口なき難民問題。いま欧州で何が起こっているのか。

  • Thumbnail

    記事

    「春香クリスティーンがゆく」 欧州難民ルート2千キロルポ

     春香クリスティーンがゆく(1)(COURRiER Japon 2016年3月9日) 難民が大量にヨーロッパに押し寄せている。そのために、さまざまな問題が発生している。最初は受け入れに寛容だったEUの国々も、あまりにも数が増えて、さすがにもう無理だって悲鳴を上げ始めている。スウェーデンは国境審査を再開したし、デンマークは難民の財産没収法案を可決した。その気持ちも、すごくわかる。だからこそ気になったんです。実態はどうなっているんだろうって──。  2015年の年末から年明けにかけて、「バルカンルート」と呼ばれる難民の移動経路をたどりました。ギリシャ、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニア、オーストリア、そしてドイツ。およそ2000㎞の道のりです。時間の制約があるので飛行機を利用することもあったけれど、おもに陸路での移動です。同行スタッフは、ビデオカメラマンとスチールカメラマンのみ。現地でアラビア語やギリシャ語の通訳の方を伴うことはありましたが、取材は私自身が行いました。 最初に訪れたのは、中東からヨーロッパを目指す難民の玄関口といわれる、ギリシャのレスボス島です。首都アテネからは飛行機で約1時間。エーゲ海屈指のリゾートで、ヨーロッパ中からバカンス客が訪れる場所です。そんな絵に描いたような観光地にいま、1日3000~8000人の難民が、命がけで渡ってきている。その現実と目の前の美しい風景とのギャップに、なんともいえない違和感を覚えました。 私が島に渡った日はたまたま天気が良く、穏やかで、波もほとんど立っていませんでした。おそらく、通常に比べたら格段に渡りやすいコンディションだったと思いますが、実際に難民たちがゴムボートで密航してくる光景を目の当たりにして、本当に驚きました。水平線の彼方に目を凝らしていると、暗闇の中にかすかに「点」が見えてくる。それが密航船でした。小さな黒い点にしか見えなかったものは、じつは大海原に漂う命の塊だったのです。ゴムボートはすし詰め状態(撮影・菱田雄介) 近づいてきた密航船を見て、言葉を失いました。ボートの縁に何重にも人が鈴なりになっていて、内側には女性や子供が積み上げられるように座っている。定員10人程度のボートに、50~60人が折り重なって乗っているのです。そんな状態でかろうじてバランスをとりながら、1時間あまりかけて海を渡ってくる。 しかも、操縦しているのはプロではなく、舵取りもにわか仕込みの難民です。ボートの操作方法もわからなければ、どこにたどり着けばいいのかもわからない。当然ながら港がどこにあるかもわからないので、とにかく向こう岸を目指し、陸が見えたらそこを目的地と定めて突き進んでくるのです。そこに岩礁が潜んでいたりしたら、ボートはたちまち転覆して冬の海に沈んでしまいます。  一瞬一瞬が命取り。そんな航海を終えた安心感からか、港が近づいてくると自撮り棒を取り出し、ボートの上で記念撮影をする難民も。これにはちょっとビックリしました。救出作業はもはやルーティンワーク トルコ沿岸からレスボス島までの距離は、10~15㎞ほど。2015年だけで55万人以上の難民がこの島に流れ着きました。その多くはシリアやイラクからトルコ国境まで逃れてきて、いよいよヨーロッパへ渡ろうとしている人たちです。レスボス島は、いわば“夢の国”への玄関口。とにかく最初の国ギリシャに行きたい、その一心なんだと思います。 密航船の相場は、一隻あたり9万ドル(約1000万円)。船に乗るには、1人あたり1500ドル(約18万円)をブローカーに支払わなければならないそうです。それでも、払うよりほかに手段がない。 レスボス島からはトルコ側の対岸を望むことができるので、実際の距離もさほどではないように思えます。10㎞なんて、たしかにそう遠くはないかもしれない。でも、だからといって簡単に渡れる距離ではありません。順調に進めば1時間ほどで到着しますが、悪天候だと命を落とす危険もある。実際、密航船が転覆してエーゲ海で亡くなった人は、今年1月だけで300人近くにのぼるといいます。救出作業はもはやルーティンワーク リゾートとはいえ、島全体がなだらかで安全というわけではありません。観光客が目にするのは整備された港だったり美しいビーチだったりするけれど、島には切り立った崖もあれば急勾配の坂もある。そんなところ、普通は誰も足を踏み入れないのだけど、いまは島のボランティアの人たちが目を張り巡らせています。夜中や明け方など、密航船がよく到着する時間帯に見張りに立ち、彼らを救出しようと待ち構えているんです。 地元のボランティアだけでなく、NGOの人もいますし、赤十字やUNHCRの人もいます。所属も立場もバラバラで、誰か統率する人がいるわけでもないのに、救出作業は妙に秩序立っている。表現は悪いかもしれないけど、一連の流れ作業になっているんです。密航船に初めて遭遇した私にとってはショッキングな光景でも、毎日毎日、何隻ものボートが流れ着いているレスボス島では、これが日常。いちいち「ボートが来たー!」と騒ぐことでもないんですね。 海岸に密航船が到着すると、まずは子供が助け出されます。ライフベスト(救命胴衣)を脱がせ、冷え切った身体を保温シートでくるみ、子供にはチュッパチャップスをくわえさせ、大人には水や食料を与える。具合が悪い人やパニックを起こしている人は、すぐに診療を受けられる体制も整っています。無邪気に見える子供たちも、みな過酷な体験をしている(撮影・菱田雄介) 港のそばにはボランティア団体が建てた一時待機施設があり、無料でお茶を出したりしています。溜まった疲労とストレスをここで少しでも癒してもらおうと、ボランティアの人たちがかいがいしく世話をしていました。濡れた靴を乾かしたり、歯ブラシを提供したり。歯を磨くことで、一時的ではあるけれど、日常を取り戻すことができる。こういうことって大事なんですね。 でも、おそらく一番大変なのは、レスボス島到着以前の行程ではないかと思います。戦闘が激化するなか、シリアの人々はすべてを捨てて祖国を脱出し、隣国トルコへ渡る。そこからヨーロッパを目指すのだけれど、密航資金が足りないために海を渡れず、トルコ国境で何年間も足止めされていたという人もいました。家財道具を売り払ったり、トルコでしばらく仕事したり。 ようやくギリシャに渡ることになっても、密航船が警察に捕まってトルコに送還されるというケースも少なくありません。捕まっては振りだしに戻る、というパターンを何度も繰り返している人もいました。そうやってトルコに滞留している難民が、すでに250万人いるといわれています。 ここで疑問が沸きました。レスボス島の海岸線には、難民たちが使ったライフベストが山のように打ち捨てられています。こんなに大量に残されていて、しかもまだ充分使える状態なんだから、次に渡ってくる人のためにトルコ側に戻せばいいんじゃないの? ボートも同様で、解体して終わり。ボートもライフベストも、決して使い捨ての仕様ではないんですよ。 でも、送り返すことはできない。そうしたら、難民の渡航を認めることになってしまうからです。彼らはパスポートを携え、入国手続きをして国境を越えたわけではない。ただ、流れ着いた以上は受け入れるしかない。それは、生きた命は救わなければという人道的な理由で、どうしようもないからです。正直なところ、すごくグレーだなと思いました。 トルコ警察が徹底的に取り締まればいいのでしょうが、トルコ側だって手いっぱいでしょう。EU側はトルコに多額の難民支援金を拠出しているけれど、トルコだけの問題ではないからこれだけでは解決できない。監視の目が届かなければ、難民の流入は止まらない。どんどん来てしまうけれど、もう入れませんから海で溺れてください、というわけにはいかない…。 そういえば先月、ライフベストを“再利用”したアートがベルリンで披露され、話題になりました。中国の現代アーティスト艾未未(アイ・ウェイウェイ)が、大量のライフベストを使って制作したインスタレーション作品とのことですが、このライフベストはレスボス島から提供されたものだそうです。あのライフベスト、大半がヤマハ製なんです。こんなかたちで日本ブランドを目にするなんて、ちょっと複雑な気持ちです。春香クリスティーンがゆく(2)バルカンルートへ春香クリスティーンがゆく(2)(COURRiER Japon 2016年3月24日) 2015年の年末、ギリシャからドイツに至る難民の道を、春香クリスティーンさんが取材しました。現地レポート第二弾では、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニアの4ヵ国を跨ぐバルカンルートをたどります。24歳の目で捉えた「難民」の実態とは──。 私の出身地、ヨーロッパを大きく揺るがせている難民問題。この「難民」という言葉の響きが、彼らのイメージに誤解を与えてしまっている気がします。第1回の連載で、密航船で「自撮り」する難民たちの姿をお伝えしたところ、読者の皆さんからさまざまなコメントが寄せられました。難民なのにスマホなんて贅沢だ、命がけと言いながら自撮りなんてのん気なものだ、と。私も実際、ボートが救助される瞬間に自撮り棒を取り出して記念撮影している難民を見て、とても驚きました。 ただ、彼らは別に、貧しい人たちとは限らない。私が出会った難民のなかにも、シリアで学校の先生をやっていたという人もいたし、ジムを経営していたという筋肉ムキムキの人もいた。戦火にさらされる前は、私たちと同じように、自分の思いどおりの生活を営んでいた人たちなんです。 だけど内戦が激化して、その状況ではとても生きていけないから、仕方なく祖国を出てきたのだと思います。普通の市民だから、当たり前にiPhoneを持っているし、自撮りだってする。シリアにいたときから普通に使っていただけなんです。とはいえ、あの緊迫した状況でなぜ、あれほど自撮りをするのか?セルビア国境を徒歩で渡る難民たち(撮影・菱田雄介) おそらく、祖国に残してきた、あるいはすでに目的地にたどり着いている家族に、自分たちの無事を報告するためでしょう。でも、彼らを観察していると、どうやらそれだけではない。バルカンルートの道中、行く先々で何度も写真を見ては、自分たちの旅路を振り返っているんです。彼らにとって、こんな命がけの旅は生涯、二度と経験することはない。だからその一瞬一瞬を刻んでおきたい──そんな思いもあるのではないでしょうか。 難民の人たちは皆さん、フェイスブックなどのSNSをやっています。家族や知人の安否を確認するのもSNSだし、シリア国内の情勢やヨーロッパの難民受け入れ状況を知るのもSNS経由。スマートフォンは、難民たちが生きていくうえで、なくてはならない物なんですね。いまは、そういう時代なんだなって感じました。もちろん、自分がどこに行くのかもよくわからないまま、ひたすらルートに従って進むだけの人もいっぱいいましたけれど。 多くの難民が目指すのは、手厚い保護が待っている(とされていた)安住の地、ドイツです。トルコから海を渡ってレスボス島へたどり着いた難民は、ギリシャ本土へ船で移送されます。首都アテネまでは11時間。そこからバスを乗り継いで、マケドニア共和国との国境にあるイドメニ村に向かいます。イドメニは、バルカン半島を経由してドイツに至る「バルカンルート」の始点とされています。 しかし最近、情勢に大きな変化がありました。とどまることのない難民の流入に、ついにEUが政策転換したのです。バルカンルートの閉鎖が協議され、3月20日以降にギリシャに渡ってくる密航者を全員トルコに送り返すことでトルコと正式合意。事実上の国境封鎖です。難民は地元住民との接触も禁止? 現地でお世話になった人に確認したところ、現在マケドニア以降のルートはほぼ断絶状態で、3月上旬から難民の流れがストップしているそうです。イドメニまで来て行き場を失った難民がいまも1万人以上、国境地帯に滞留しているとのことです。先日、業を煮やした難民700人以上が越境を強行したというニュースを耳にしました。川を渡ろうとして溺れ死んだ人もいたといいます。 その状況を思うと、いたたまれない気持ちになります。イドメニは何もない、寂しい村でした。しかも取材時は真冬で、ものすごく寒かった。前夜のレスボス島は気温20℃くらいあったのに、マケドニアの国境まで北上すると一気に氷点下まで冷え込みます。そこに建てられた仮設テントで、足止めされた難民たちは先行きの見えないまま、時間をやり過ごしているのかもしれない…。難民は地元住民との接触も禁止!? 私が訪れた昨年末、国境地帯では、まるで流れ作業のように難民たちが移送されていました。ギリシャからバスでそのままマケドニアに向かうのかと思ったら、検問所の前で難民たちは一端、車から降ろされます。国境は、徒歩で越えなければならないんです。 バスが到着するのは夜。寒空の下、500mほどの距離ですが、小さな子供たちも皆、歩いて渡ります。バス1台分ずつ、順にマケドニアに送るシステムになっていました。検問所に警察官が一人いて、マケドニア政府からの合図を待っているんです。バスから降ろしていいよ、と許可が出たら、難民たちをバスから降ろし、歩かせる。国境を越えると、その先にはまた次の移動手段が待ち受けていて、バスや鉄道を乗り継いでマケドニアからセルビアへと抜ける。 不思議だなと思ったのは、バルカン半島の国々を移動するあいだ、難民たちにほとんど自由がないことです。場所によっては、その国の滞在時間が何十時間と決められていたりする。各政府が連携してこうした集団移送体制を構築したとのことですが、まるで「うちの国には留まらせたくないから早く次の国へ行ってくれ」と言わんばかり。セルビアのアダシェバツという街に、難民用の一時待機施設がありました。高速道路のガソリンスタンドの隣にあって、昔はモーテルだったんじゃないかというような場所です。人数がまとまるまで待機して、そこから鉄道に乗り換えるのです。(撮影・菱田雄介) ここは比較的、さまざまな設備が充実していました。「国境なき医師団」のお医者さんが常駐する診療所や子供の遊び場があり、Wi-Fiが完備されていて、携帯電話の充電ができる。防寒具や靴の配給もありました。でも、そこから動いちゃいけない。難民は、周辺を自由に歩き回ることもできないんです。 次の国境へ移動する際に、難民移送バスに一人でも戻って来なかったら、その責任はバスの運転手が負わされると聞きました。運転手も、なかなかつらい仕事ですよね。難民移送にはきっちりとした管理体制が敷かれていて、そのルートから外れることは許されません。国境で難民登録書を見せ、手続きが済んだら移送列車に乗る。乗り込む際は一列に並ばされ、扉が開くやいなや中へと押し込まれる。警察が大きな声で、早く早くと追い立てる。その様子は、まるで捕虜か囚人を扱うように見えなくもない。 でも、だからといって難民たちの顔に虚ろな感じはありませんでした。むしろ、明るい未来のある国に行ける期待感から「イェーイ!」と歓声すら上げている。笑顔、Vサイン。やっと次に行けるぞ、と嬉しくて仕方ない表情でした。人口の400倍の難民が押し寄せてきたら… セルビアから列車に乗った難民たちは、クロアチアを横断し、スロベニアへと向かいます。その間、地元住民との接触はほとんどありません。なぜこんなに管理が厳しくなったのでしょうか?以前は、クロアチア国境の町ハルミツァに到着した難民たちは、川を渡って国境を越えていました。でも、いまは国境沿いに鉄条網が張り巡らせてあり、向こう側へ行くことはできなくなっています。 スロベニア国境にあるリゴンツェ村もやはり、鉄条網で厳重に警備されています。リゴンツェは人口わずか176人の小さな小さな村。そこに昨秋、7万人もの難民が押し寄せたのです。村人たちが恐怖を感じたのも無理はありません。 国境地帯に一時滞在所を設けたのは、地元住民の目に極力触れないようにとの意図からだったんですね。その一時滞在所にいる難民も、300人単位です。彼らが一斉に外に出たら、小さな町なら大騒ぎになるでしょう。日常が変わってしまうことに不安を覚える人もいるかもしれません。難民にも「モラル」を求めるべき? 一方で、難民たちを一ヵ所に囲い込むことによって、衛生面での問題が浮上しています。一人が風邪をひけばあっという間に伝染する環境です。スロベニアのシェンティルという町にある一時待機施設では、咳き込んでる人を多く見かけました。そのなかに、子供たちもたくさんいる。亡くなった人もいると聞きました。そこに長居するわけではないし、宿泊するわけでもないけれど、医療や衛生管理は最優先で改善してほしいと思いました。 気がついたのは、車イスの人が結構な数いるということ。バス4台中、2人は見ました。割合として、日頃目にする機会よりもはるかに多い気がしました。それも高齢者ではなく、比較的若い人が乗っている。聞いてみると、長距離移動は体力的に難しいというので、お父さんお母さんは祖国に残してきたという人が少なくない。でも、難民移送の列車はバリアフリーなんかじゃないし、急な階段を昇らされることもある。それでも、2000㎞の道のりを移動しようというのです。持病で車イス生活になったのか、それともシリアの内戦で何かあったのか、私には聞くことができませんでした。難民にも「モラル」を求めるべき? もう一つ、現実を目の当たりにして、考えさせられたことがあります。それは、難民のマナーとモラル。一時待機施設ではボランティア体制が整っていて、食べ物や着る物の配給が充実していました。難民の人たちにとってありがたい状況だと思うのですが、これが現場のボランティアの人たちを困らせていた。とにかく、食べかたが汚いというのです。 食べ残しがそこらじゅうに散乱している。ゴミ箱があるのにゴミを捨てない。配給で洋服も支給されるのですが、ボランティアから新しい服を受け取ると、それまで着ていた服をその場で捨ててしまう。床に脱ぎ散らかしたまま放置するので、悪臭の原因となる。全員ではないけれど、そういう行為が目立つのです。(撮影・菱田雄介) バルカン諸国にたどり着く難民は、シリア出身の人ばかりではありません。中東の他の国々や、アフリカからも来ています。さまざまな文化を持つ人たちが、一ヵ所で同じ生活をすることは難しい。もしかしたら祖国では、ゴミを捨てるという習慣がないのかもしれない。たんなる生活習慣の違いなのか、ルールを理解していないのかはわかりません。 そんな状況だから、難民たちの滞在所はカオスでした。ボランティアの人たちは、衛生的に保つのに懸命になっていましたね。 もちろん、ちゃんと片づける難民もいるし、彼らにルールを教え込もうという努力もしていると思います。とはいえ、いろんな民族がいて、それぞれに異なる生活習慣がある。パッと見ただけではすべてを見分けることはできません。 テーブルに得体のしれない食べこぼしが広がっている。ボランティアの人からもらった服が、その辺にポイッと飛ばされる。私も正直、「えー!?」って思いました。おいおい、感謝の気持ちはどこに? と。でも、これは私たちの社会でのルールですから、難しい問題です。彼らにしてみれば、より温かい服に着替えて長旅に備えただけで、悪気はないのかもしれない。けれど、難民支援のために集められたみんなの善意を、そんなに簡単にポイ捨てされるなんてショックです。 じゃあ支援は不要かといえば、そういうことではない。難民がこの先ヨーロッパで生きていくためには、ただ物を与えるだけではなく、彼らを自立させることを考えなければいけない。そういうことも、難民を受け入れる側の課題の一つだと思います。春香クリスティーンがゆく(最終回)西ヨーロッパへ春香クリスティーンがゆく(最終回) (COURRiER Japon 2016年4月2日) ギリシャのレスボス島からヨーロッパ本土に渡り、バルカン半島を北上する難民の道をたどってきた春香クリスティーンさん。最終回ではいよいよ旅の終着地、西ヨーロッパへ。英語、フランス語、ドイツ語を駆使する春香さんが、難民とEU市民、双方の本音に迫ります。 前回、ヨーロッパに来た難民の「モラル」について、私なりに考えたことをお伝えしましたが、スロベニアの次に向かったオーストリアで、さらにショッキングなものを見つけてしまいました。オーストリアのザルツブルクは、モーツァルトの故郷として知られる音楽の都。世界的な観光地ですが、クロアチアやスロベニアと同様にここでも、街なかで難民の姿を見かけることはありませんでした。 昨年夏、大量の難民が押し寄せて問題になったため、難民を一時的に収容する施設が作られたのです。ザルツブルクにたどり着いた難民たちは皆ここに集められ、ドイツに行くまでの数日間、このテントの中で過ごすことになったのです。それまでは、列車で国境を越えてきた難民たちが駅に溢れかえり、通常の列車が運行できなくなるほど混乱をきたしていたそうです。駅構内で寝泊まりする難民も多かったといいます。ザルツブルクの難民一時滞在施設(撮影・菱田雄介) 私が訪れたとき、もう駅に難民はいませんでした。ただ、仮設トイレが残っていたんです。おそらくそれは、難民の人たち専用のトイレだったと思います。なぜかというと、トイレの「正しい使いかた」を説明した紙が貼られていたから。日本でそういう注意書きを目にすることもあるけれど、もっと丁寧に、まるで幼児に教えるように、アラビア語の説明書きとともに図解されているんです。 女性トイレの貼り紙はこんな具合です。「使用中のトイレを覗いてはいけません」。 「便座にはこんなふうに腰掛けましょう」。「トイレットペーパーで拭きましょう」。「最後に手を洗いましょう」…、ちょっと馬鹿にしている感じが、しなくもない。 ザルツブルク中央駅は数年前に改修工事を終えたばかりで、とてもきれい。その駅舎の脇に、難民専用の仮設トイレが設置してあるのです。駅のなかには最新式のトイレがあるのに、です。誰でも利用できるはずの駅のトイレを、難民たちには使わせたくない、使ってくれるな、ということですよねこの気持ち、わからないわけではないんです。じつをいうと私も、バルカンルート沿いの施設で難民が使うトイレの惨状を見て、思わず目を背けたことがありました。でも、どうしてこんなふうになっちゃうんだろう……そう考えたとき、これはマナーの問題ではなく、文化の違いだって気づいたんです。 イスラム圏では、用を足したあと、男女とも紙を使わずに水で浄めると聞いたことがあります。一方、施設のトイレはいわゆる洋式トイレ。異なる文化圏から来た難民たちはどう使っていいかわからず、結局、汚してしまうのかもしれません。文化が違えば、トイレ事情だって違って当然。ザルツブルクの仮設トイレに、異文化理解の難しさと大切さを思い知らされたようでした。 ふつう、こういう問題に直面したら、世論は難民受け入れに否定的になるものだと思っていました。ところが、次に移動したドイツは違ったんです。少なくとも私が現地を訪れた年明けの時点では──。家賃タダ、月々のお小遣い付きの「厚遇」家賃タダ、月々のお小遣い付きの“厚遇” 多くの難民たちが目を輝かせて語っていた夢の国、ドイツ。難民たちはドイツに入るとまず、国境で難民として仮申請を行います。政府が各都市の収容能力に応じて振り分けを行っており、難民たちはどの都市に行くか選ぶことはできません。ひとまずこうした施設に落ち着き、難民として認められるのを待ちながら、ドイツ語の勉強や職探しを行います。 言葉も生活習慣も異なる国での再出発。アフガニスタンから来たという男性に、不安はないのかと尋ねたら、こんな答えが返ってきました。「不可能なものなんてない。何事も為せば成る。まずはドイツ語を覚えて、それから大学へ通いたいんだ」 彼が希望を抱くのも無理はありません。ドイツで難民に認定されれば、生活は当面、保障されるのです。ドイツ第三の都市ミュンヘンで、難民認定を受けた一家を取材しました。 一家の長女タムキン・ナシリさんは、20歳の女の子。3年前にアフガニスタンを脱出し、歩いてドイツまでやって来たそうです。いまでは、とても上手なドイツ語を話します。 「この国の人間は同じ自由を持っていて、同じように生活できる。ここではやりたいことができるの。仕事でも学業でもね」3年前にミュンヘンにやってきたタムキン・ナシリさん(撮影・菱田雄介) ナシリさん一家は、両親と4人の弟とともにミュンヘン市内に暮らしています。アパートの家賃は、なんと無料。タムキンさんと両親には月々310ユーロ(約4万円)が支給され、さらに未成年者の弟たちにも補助金が与えられています。手厚い補助は難民たちが自立できるまで続きます。ドイツに流入した難民は、昨年1年間で100万人以上。昨年9月に彼らを受け入れる決断をしたメルケル首相の「寛大な政策」は、市民に熱狂的に歓迎されました。ミュンヘンの人たちも、それは変わらなかった。 新年を祝う繁華街で市民に話を聞いたのですが、出てくるのは驚くほど肯定的な意見ばかり。 「難民が来てくれて嬉しい。祖国が大変で苦労の連続だったでしょうから、ここに来られて良かった」  「家の向かいに難民一家が引っ越してくるから、ウェルカムパーティーを開くの」  「難民が来たからテロの脅威が高まるなんて考えは馬鹿げている。難民に責任を押し付けているだけに過ぎないよ」 私、結構いろんな人を取材しましたよ。でも、いくら聞いても否定的な意見が出てこない。反対意見、来いや!と構えていたのに、来ない来ない。こちらから「難民排斥運動をしている人たちをどう思いますか?」と問うと、ほとんど「ありえない!」という反応が返ってくるんです。あいつらと一緒にしないで、と。 もちろん、そのときのタイミングもあるでしょうし、同じドイツでも地域によって差があると思います。ネットを見れば、非人道的な意見も飛び交っています。ただ、ドイツは昔からトルコ移民を受け入れてきて、こうした問題はまったく初めて経験するものでもないんですね。 ドイツは第二次大戦後、急速に移民の受け入れを行った国です。1950〜1970年代にトルコから流入した移民は200万人を超えます。冷戦終結後は、旧ユーゴスラビアなど東欧からの難民を大量に受け入れてきた。その自負があるのでしょう。「あのときも我々は乗り越えられた、だから今回もうまくやっていけるよ」なんて声もありました。テロ予告にも、おおらかな反応テロ予告にも、おおらかな反応 私がミュンヘン入りしたのは、2016年の1月1日。じつはその前日の大晦日、イスラム過激派のテロが警告され、ミュンヘン中央駅が封鎖される事態となっていました。ISによる自爆攻撃が実行される危険が高まったというのです。 そんな緊張状態の直後だったので、ミュンヘンでは当然、批判的な声が出ると思っていたんです。封鎖は翌朝解除されたものの、私はその駅の中のホテルに滞在することになっていたので、とても怖かった。街もパニック状態になっているんじゃないかと心配しました。 だからホテルに着いたとき、受付の人に尋ねたんです。あんなことが起きて、大変だったでしょうって。そうしたら「うん、まぁ別に何てことはなかったよ」という反応なんです。テロ警告は以前からあったからね、と。拍子抜けしてしまいました。 でも、そのときはまだ、あの「集団暴行事件」が明るみに出ていなかったのです。西部の都市ケルンで、大晦日の夜、300件以上の性的暴行事件が発生しました。若い男たちがケルン中央駅周辺にいた女性たちを取り囲み、窃盗や性的暴行を働いたのです。容疑者の多数が難民申請者だったことから、難民たちに一気に厳しい目が注がれるようになりました。極右団体による大規模デモが起き、ドイツ人同士が難民をめぐり、衝突するようになってしまった。ミュンヘンの駅で警戒にあたる警察官(撮影・菱田雄介) この事件が、空気を一変させたと思います。あれほど難民受け入れに寛容な人が多かったのに、歓迎ムードは消え去り、メルケル首相は政策転換を迫られました。私の母国スイスの報道を見ていても、そのショックがものすごく大きかったことが伝わってきました。 このとき欧米メディアでは、事件は難民たちの「性差別主義」が原因だとする論調が盛んになりました。中東や北アフリカでは女性の権利が奪われているとか、イスラム教では妻は夫に従わなければいけないとか、そういった女性蔑視の文化がある。ヨーロッパの女性だからといって、人権を尊重しようとはしない。今回の事件は、そういう問題が浮き彫りになった結果だと。これがあの理想に燃えたEUの姿だなんて ヨーロッパの感覚からすれば、たしかにそのとおりでしょう。人権を無視した行為は許されないし、女性に暴行を働けば犯罪になります。でも、そこには文化の隔たり、価値観の相違があるわけです。だから彼らには、郷に入らば郷に従えで、ヨーロッパの道徳観をちゃんと教えてあげなければいけない。 ただ、これまた複雑です。「教えてあげる」って言うこと自体、上から目線なんじゃないかなと。異文化理解の難しさを、ここでも実感しました。これがあの理想に燃えたEUの姿だなんて EU(欧州連合)が発足したのは、私がスイスで生まれた翌年の1993年です。私は子供の頃、ヨーロッパが一つになろうという盛り上がり、高揚感を肌で感じていました。スイスはEU加盟国ではありませんが、さまざまな協力協定を結んでいて、EUとの関係は緊密です。人の行き来も自由。人々がオープンになっていく感じを、ごく自然なこととして受け止めていました。EUに対する批判は常にありましたが、それでも、移動が便利になり、人々の交流も盛んになり、一体感が感じられるようになったことを、ポジティブにとらえていました。(撮影・菱田雄介) そうやって築いてきたものが、いま、壊れようとしている。テロの脅威、止まらない難民流入。こうなるともう、国境を閉じろ閉じろという空気になり、いままでのオープンな感じと正反対の、閉鎖的な方向へ向かおうとしている。これが一つになることを目指していた、あのEUと同じところだなんて……。 いまヨーロッパでは、移民や難民に反対する運動が沸き起こっています。それに対し、イスラム教徒であっても同じ人間なんだから、人間として受け入れるべきだと主張する人たちがいます。この問題をめぐり、ドイツ人同士が互いを罵り合っている。冷静に議論を重ねるのではなく、ただ感情をぶつけ合っている。そんな姿を見ると、国が崩壊しているような感じがしてならないんです。すごく心が痛みます。殴り合いに近いようなかたちで、同じ国の国民がバトルすることに、言いようもない違和感を覚えます。 新しいものを外から受け入れると、ドイツがドイツらしく、スイスがスイスらしくなくなってしまうというのでしょうか?人を受け入れるということは、人間の根幹、国家の根幹、そしてEUの存在意義にも関わってくる問題です。それが、話し合いではなく罵り合いで論じられていては、いつまでも平行線です。ヨーロッパが一つになるという理想を掲げてここまで歩んできたEU。難民という存在を受け入れることができずに、このままメルトダウンしてしまうのでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    実は世界に冠たる移民国家だった! 日本を必ず襲う「難民クライシス」

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師) 日本を単一民族であるとしてその純血を誇る人がいます。しかし残念ながら日本はすでに世界に冠たる移民国家であり、しかも移民政策に失敗しながら傷みを自覚せず、現在も失敗し続けていると言ったら、何人の方がこれを信じるでしょうか。 まず私達は「移民」というと、どうしても白人や黒人などのわかりやすい異人種の流入と定着を想像しますが、この段階ですでに失敗の痛みを自覚しない「情報麻酔」がかなり効いています。私達は地理的情況や歴史的経緯から、東アジア、特に朝鮮半島からの流入定着があったことを移民として意識できないどころか、彼らが現在も帰化せず「特別永住者」という世界に類例のない外国人世襲制滞在資格を得て定着していることに異常を感じませんし、反日姿勢をアイデンティティとする北朝鮮の「総連」や韓国の「民団」が、母国と在日民族を直接・間接的につなげて社会に影響を及ぼしても危機意識を持てません。さらに彼らが左翼・反政府運動にも影響を及ぼす現状に触れると、人として当然発生するはずの「憎悪表現」が否定抑圧され、「ヘイト」という呪文と情報麻酔で抑え込まれているのです。不法滞在の外国人を収容する東日本入国管理センターの居室=茨城県牛久市 そもそも「移民」とはどんな人達であるかという疑問さえ、麻酔が効いているので意識できません。国連人口部の定義する移民とは「出生あるいは市民権のある国の外に12カ月以上いる人」を指しています。具体的には、世襲滞在の特別永住者はもちろんのこと、留学生や技能実習生などを含めた中長期滞在者、不法滞在者や密入国者などの不法移民が移民に該当し、世界一般では合法的に帰化していても、帰化した当代は移民の部類に入ります。 この世界標準さえ知らない幸せ太りの中年ボクサーは、知識のパンツも履かずフルチン状態で国際化社会のリングに上り肉体を誇示し、ハングリーな挑戦者と抱き合おうとしているのです。 大体にして「移民」と聞いて「肌の色が違う外国人と共生できて街が活性化する話」などと、漠然として的外れなイメージをしていますので、国民の主権どころか、生活をともにする大切な人の安全さえ守ることはできません。 さらに、ここ数年申請が激増している「難民」も、移民の一部なのです。日本の難民システムは、申請があればほとんど審査し、審査待ちの期間でも政府はその居住地を制限せず、初回申請の平均審査期間である9カ月ほどは合法滞在となります。さらに認定されなかった場合でも再申請が可能で、平均審査待ちは28カ月ほどになるそうです。当然これは移民に分類されるべきで、しかも再申請の回数には制限がなく、違う理由での申請を繰り返してさえいれば実質的合法滞在が可能。この「裏ワザ」はすでに口コミとなっている模様で、これを応用した滞在資格ビジネスや、脱法的滞在事例が発生しています。来日後、滞在資格条件をみたすことができないことから、不法滞在化を避けるために、あるいは不法滞在した後に難民申請を出したり、さらには技能実習生として来日した直後に職場を脱走し、制限のない就労を目的に難民申請するなどの確信犯的「偽装難民」が確認されるなど、あまりのゆるさに日本ではなんと国内から外国人が難民となる始末なのです。2018年までに必要な移民対策方針の確立2018年までに必要な移民対策方針の確立 昨年中の難民認定数はわずか19人。この人数をもって「日本は間口が狭い」「国際化していない」などという人がいます。しかし実際には昨年は前年比52%増の7586人の申請者と、23%増の再申請者3120人、合わせて1万人を超える難民申請者が合法的かつ長期的に日本滞在を許可されているのです。 法務省が許可した滞在合計年数に関する統計は存在しないため正確にはわかりませんが、短期滞在者を除く中期滞在者を含めた更新可能な資格での滞在人口と、この難民予備軍を含めると、日本には212万人ほどの移民と移民予備軍がすでに存在しています。世界標準的には移民とされる帰化一世の人口を含めれば、移民の存在実態はさらに大きいのです。 他国では難民申請者の居住エリアを指定の島やエリア内に限定したり、国によっては帰化後も被選挙権を得るまでには5年を要する(タイ王国)と法に定めるなど、来日外国人と移民と本国人を厳格に区別し、国民の主権を守っているのですが、これだけ多くの外国人が政治活動や社会運動まで黙認されて自由に暮らせる我が国ほど、間口が広く人権が保障されている国は珍しいくらいです。 それでも日本には、移民を労働力として必要とする企業組織や、実質移民国家となっていることを知られると都合が悪い人たち、移民の滞在資格を利用して金のなる木にしようとする人たち、さらに移民を使って日本の国政に影響を与えようとする国々が、「日本は国際化に立ち遅れた国である」という認識の流布を必要としているため、マスコミもこれを報じません。 これら国際化に取り残された法の不備や認識不足が、他国にアイデンティティを持つことを公言する二重国籍者を政党党首とし公的発言を許すなど、完全に国民主権を脅かしながら国家の暗黒史を更新中。国民主権を守ろうとすれば、国家の枠を取り外したい、政治家や市民団体など様々な階層や民族で構成された革新派が反対し対策を打つこともできないうちに、「人権」に守られた犯罪だけが国際化しています。平成27年の政府発表数値から外国人人口の割合を算出すると1.67%ですが、日本国内検挙人口における外国人割合は3.44%、殺人事件検挙人口では4.76%、刑務所被収容者割合は6.52%。ちなみに外国人比率全国一位の東京都は2.95%。つまり日本で一番国際化しているのは首都東京ではなく、刑務所内なのです。この問題、2018年までに解決しないと、大変なことになるでしょう。外国人はロボットではない外国人はロボットではない リオ五輪も終了し、東京は次の開催地として世界の注目を集め始めていますが、話は競技場の建設や「おもてなし」など、どうしても形に見えるものや表面的なイメージに終止しています。しかし、そのような中で国民は苦役と捉えてしまうほどの低賃金で働き、1077万世帯いる夫婦共働きでも苦しいと感じる人が多く、賃金格差は開くばかりです。そんなご時世でも企業は役員報酬を下げるどころか、外国人労働者を安価な給料で雇用しているのですが、日本は外国人に労働ビザを発給していないため、実質的な労働者を技能実習生として呼び込んでいます。曖昧な定義で、本来禁止されている実習生の単純労働を常態化させながら、人を人として思いやることのできない経営者は「本国より遥かに高い賃金を払っている」などと言いますが、彼らは日本で生活しているのです。さらに、政府は国家戦略特区として外国人メイドの受け入れや今後必要とされる建築労働者を確保しようとしていますが、これでは後世に私達の子孫が「当時の世情を利用し半強制労働させられた」との恨みを買うでしょう。 確かに東京五輪に向けて、建設業界を中心により多くの働き手が必要であることは確実です。しかし、言語も違えば物事の概念も生活習慣も異なる、意思疎通や理解が難しい外国人を呼ぶより先に、日本に潜在する体力が充実した「ニート」(15歳から34歳まで)56万人に目を向けるべきでは? 世間に貢献する企業なら、高齢化社会において「ニート」の定義に該当しない35歳以上の非労働人口を含む200万人以上の労働可能な働き手に、最低限の生活ができる程度の賃金を払って雇用すべきですが、これに加えて外圧に負けない政府の国民雇用と外国人対策、経済政策の覚悟が大前提となります。 人を人と思わず、働くロボットのような感覚で外国人を安価に使い、自国民の消費だけを狙う企業が経済的横暴を内外に続ければ、日本国民は国際化どころか手痛いしっぺ返しを食らうでしょう。 外国人労働者はロボットではありません。来日して働くならまず言葉の問題をクリアしなければならず、真に日本の国際化を目指して雇用するなら、日本語学校などでの言語習得が必須。でも企業がそこまで彼らをフォローするのでしょうか。それとも派遣社員と同じく使い捨てするつもりでしょうか。 また彼ら外国人労働者だって恋もすれば結婚したいし、子供だって生まれます。生まれた子供には親も日常使う自国の言葉を習得させたいし、母国の文化習慣は大切にしてもらいたい。「郷に入っては郷に従え」などと自分に課すのは日本人だけで、それができないからこそ世界に民族紛争が耐えず、これを鎮圧するために警察が出動し、鎮圧された国民の国は自国民への虐待虐殺を防ぐために軍を派遣する、これが戦争のきっかけになっている事を学ぶべきでしょう。 「人権」の呪文に金縛りに遭いやすい日本人は、「外国人人権拡張」のビジネスを多少やり過ぎて儲けていても、同情心と同調圧力からこれを許容することを国際化と勘違いしています。そして国民性を利用する外国勢力の思う壺に、もうはまっているのです。 池袋の街角に積まれた新聞のような中国人向けフリーペーパーには、「旅券のない方・ビザの切れた方・他人の旅券で来日した方と日本人の結婚」をうたった広告や、中絶堕胎を請け負うモグリの医者の広告などが堂々と掲載されていますが、彼らが楽に生きることを求める人間であることに思いが至らず、道徳格差のタブーを怖れて向き合わずに「国際化」とは先が思いやられます。画像は広告の一例 しかも、国策として移民を受け入れるなら、そのインフラを整える責任を国民が税負担で負うことになり、外国人への人道的応対の陰に日本人への非人道的経済負担が強まることは確実。本来、国家と国家の間には交流だけでなく距離も必要です。閉鎖的なのは制度ではなく日本人の脳回路であり、偽善的な笑顔で人権の同調圧力をかけるようなら、日本は自滅するでしょう。求める外国人労働の質が変わる求める外国人労働の質が変わる 今外国人労働者を必要とする理由の一つは、2020年の東京五輪に向けた労働力確保ですが、中でも最も必要とされるのが、建設労働の働き手です。私も刑事時代に多数の外国人労働者(不法滞在や密航による不法就労者)を実際に扱いましたが、最も多いのがこの分野の日雇い労働者でした。中国人の「工頭」(手配師)が集める働き手は特段の労働スキルを求められることなく、その日限りの日当払いですから身分確認は徹底されず、裏をめくれば工頭のピンハネや不法就労などの違法性がこびりついていました。 問題はさらに発展します。五輪建設ラッシュが終わる2018年末ごろから労働需要が変化し、おもてなし要員としての外国人労働者(通訳、接客)の技能や知識が必要とされるからです。そうなると外国人の肉体労働者階級は日本で失職しますが、無制限に笑顔で人道的要求に答えてくれる日本から帰国するでしょうか。それとも企業は彼らを正規社員として終身雇用し、十分な賃金でその生活を保護するでしょうか。職を失えば、必然的に滞在資格を失い不法滞在化しますので、身分確認の必要もない職業に流れるか、生きるために犯罪に手を染めたりすることは、密航費用の返済で生活に貧した来日中国人犯罪の取り調べに当たった経験から、私には手に取るように想像できます。そしてたとえ彼らの犯罪で日本人が被害を受けたとしても、彼らを呼び込んで解雇し解雇した企業は、もうその責任を取ることはないはずです。 彼らはどんどん街に溢れ、逮捕を免れる目的で難民申請をするでしょう。しかし政府がその見直しを検討し結果を出す目安は2020年とのこと。完全に手遅れです。 特に問題なのは、肉体労働者の大多数を占めるであろう来日中国人です。 来日外国人中、検挙人口で例年ダントツ1位を独占、その犯罪傾向はすでに社会問題化している上、本国の覇権主義とあいまって日本国民から当然の「反中意識」を招いていますが、この中国自体が、2020年を前に帰国に適さない国になっている可能性があります。 特に環境汚染は現時点でも致命的で、「がん村」を多数生み出す水質汚染は地下水にまで及び、PM2.5は衛星写真が海岸線を捉える事ができないほど濃度を上げて中国沿岸部を覆い尽くし、がん死亡率は15年前の550%増、2012年、新たにがんと診断された人は65万人にのぼります。中国の環境問題は、中国への進出や製造に関わる日本企業が、現地の反発や製品のイメージダウンを恐れているため、テレビや新聞でもその報道は抑えられがちです。8年ほど前に見てきた上海でさえ、私はゴミや排ガス、混沌騒然とした危険な交通秩序など、天地人に渡る汚れっぷりに驚いたものですが、現在の実態はより深刻です。現在来日中の技能実習生が実習を終え帰国するのは、解決の糸口さえ見えないほど環境汚染が進んだ2019年になりますが、果たして帰国するでしょうか。それどころか「環境難民」がやってきて、密航者や不法滞在者を逮捕しても強制送還先がないという困った事態に見舞われている可能性もあるのです。 さらに政界では、習近平より年上で国家副主席の李源潮でさえ家族の身柄が拘束されるほどの粛清の嵐が吹き荒れています。その粛清は、人脈とメンツを「人生の宝」とする中国人社会に強い影響を与え、便宜を図ってくれた政治家との繋がりから、私財没収を恐れて国外逃亡する企業家が増加の一途をたどっています。 中国では環境の悪化や政治不信、さらには経済破綻が引き金となり、5大戦区に再編成されて混乱する7つの軍区の人脈衝突や少数民族の蜂起でいつ内乱が発生するかわからない状態なのです。強制送還されたらがんになるか、貧困化するか、内乱に巻き込まれるかわからない。そんな未来の中国に、用済みとされ不法滞在化した中国人肉体労働者を強制送還できますか。誰にそれをやらせるのですか。やらせて良心が痛みませんか。それとも家族に傷みを負担させますか?内から外から難民が群がる日本内から外から難民が群がる日本 そうなれば、日本国内で滞在期限が切れた滞在希望者は、現在すでに口コミとなっている難民申請制度に活路を見出します。その結果1 本来お呼びでない外国人がどんどん増え、2 これに人権団体が食いついて人道的解決と要求を政府に突きつけ、福祉対策まで要求し日本国民の税負担が増加。3 人権ビジネスが発生し、さらに左翼労組も手を付けられない外国人労組団体が発生4 政界に食い込むことを目的とする外国人地域有力者などがすでに供給過剰となっているであろう大企業での外国人正規採用枠確保を訴え社会運動を開始、5 外国人票を確保したい革新勢力と外国人団体が結託して人権を楯に外国人参政権を訴え6 これに抵抗し警察の非力に立ち上がる自警団体や保守団体との民族摩擦を背景に、各国国民の権利主張を代表する領事館や民間「市民」団体の発言力が強まり、7 日本人との対立や各民族間の対立に警察が対処できず、暴力や略奪が横行…という一連の流れが、今すでに見えていませんか。私にはすでにこれらの小さなモデルケースが、「在日特権」を巡る嫌韓やいわゆるヘイト問題にすでに見えているのですが、気のせいでしょうか。 さらにその頃になれば、当然ながら中国から呼ばなくても多数の難民が来ます。 着の身着のまま中国沿岸から漁船に乗れば、黒潮に乗って沖縄〜九州〜四国〜本州へと流れ着き、一部は沖縄に流れ着いて、現在中国が主張し画策している「琉球独立」、さらにすでに準備委員会が発足している「琉球自治区」のきっかけを作るでしょう。これら難民の中には当然ながら、その身を守るための「武装難民」や、これを機に国外脱出して一旗揚げようとする「偽装難民」が混在し、しかも偽装難民には工作員が紛れ込んで、同情すべき存在として来日します。もし、浅はかな同情と表面的偽善の同調圧力で彼らを受け入れるなら、日本は確実に危機に陥ります。 現在のヨーロッパはその失敗の先駆者として混迷を深め、人道的難民受け入れが政治家の偽善的票集めであったことに気づくも手遅れとなっています。ドイツのメルケル首相も「時計の針を巻き戻したい」と嘆いて、国民も自国最優先主義を目指し始めましたが、時すでに遅し。気の優しい本国人の子供たちがハングリー精神旺盛な移民の子供にいじめられ、外国語併記により表示を小さくした母国語の文字に目を細めるお年寄りまで暴行を受ける中、体力的に弱い家族を守るために聞き取れない外国語に疑心暗鬼になる大人たちが、双方緊張感あふれる国際化社会を勝ち抜こうとしています。 国際化社会において本当に必要なのは、移民の受け入れによる混濁した社会ではなく、日本が日本としての魅力を保持しつつ外国人が憧れる「日本色」を発し、世界に喜ばれる国であり続けることです。人間、心は精神的向上を求め、肉体が快楽を求めるように、人間社会の国策においても理想と現実は相反することを知る、国民のための国会議員を選出して、世界に貢献すべき道を探るべきでしょう。それが日本の国際化であると私は思います。

  • Thumbnail

    記事

    行き場を失う難民の悲劇 「人道主義」の限界がもたらす負の連鎖

    掲げる極右政党から選挙で攻勢をかけられて、厳しい状況に置かれている。ニューヨークの国連本部で開幕した移民・難民対策を討議する国連サミット=9月19日「難民受け入れ」に背を向ける日本の対応 日本の対応は、国連サミットでテーマとなった「難民受け入れ」に全く背を向けるものだ。サミットに出席した安倍晋三首相は「日本は主導的役割を果たす」と演説しながらも、難民受け入れには触れず、今後3年間で28億ドル(約2800億円)規模の人道支援を行う考えを表明しただけだった。 欧米の各国政府にとっても、難民受け入れには、国内で根強い反対がある。それでも難民受け入れを増やさねば、現在の難民危機は新たな紛争やテロ、犯罪など危機へと増幅しかねないという認識はある。だからこそ、難民受け入れの割り当てをしたり、受け入れ数の確認をしたりと問題に対応しようと苦心している。 今回、国連サミットで問われた「責任の公平な分担」は、誰もが嫌がる難民受け入れへの対応だった。その中で、日本政府が金だけを出しても、国際社会と問題を共有していないことが明らかになっただけで、出した金額に見合う評価を受けることは難しいと考えるしかない。

  • Thumbnail

    記事

    寛容か排斥か、人類史上最も冷徹で複雑な「方程式」を私ならこう解く

    茂木健一郎(脳科学者) 移民・難民問題が、世界を揺るがせている。アメリカ大統領選でヒラリー・クリントン氏と接戦のドナルド・トランプ氏は、メキシコとの国境に壁を作るという主張を変えていない。イギリスのEUからの離脱の背後には、移民規制の問題があった。そして、ドイツのメルケル首相は難民問題における寛容な姿勢が国内で批判を浴び、「時計の針を戻したい」と発言した。 戦乱などで荒廃した地域からより安全な生活を求めて人々が移動することは、仕方がない。そのような人を前にして、人道的な配慮をするのも、現代の人権感覚から見れば当然のことだろう。 一方、人間には、異質な他者に対する警戒心もある。さまざまな国で、移民・難民問題をきっかけに、排外主義や、ヘイトクライムなどの事象が見られるのも、人間性の否定し難い一部だということになるだろう。レバノン北部トリポリ近郊の難民キャンプで医師の診察を待つパレスチナ難民=2016年3月(国連提供) 人道主義に基づく「寛容」か。それとも、「排外主義」か。識者の論も、メディアの報じ方も、二つの極の間で揺れ動きがちだが、現実は、もちろん、もっと複雑な「方程式」の中にある。 今、移民・難民問題を、現実に即して考えてみよう。人道主義から受け入れるにしても、無制限に流入させるのは、実際的でも、持続可能でもない。社会の物理的、経済的、人的キャパシティを超えて受け入れると、結果として、軋轢が生じるし、さまざまな事件も起こる。 その一方で、「ゼロ回答」も、人道的に無理がある。戦乱で罪のない子どもたちが生活の基盤を失い、寒さや飢えで震えている時に、手を差し伸ばしたくないという人はいないだろう。 課題は、移民・難民受け入れのプログラムの定量的な把握にある。単に、「かわいそう」か、「拒否」かの二元論で行くのではなく、具体的に、どれくらいの人々を、どのような時期に受け入れられるのか、という定量的なモデルが必要なのだ。 移民・難民の受け入れは、複雑な社会・経済的マトリックスの中で起こる。移動、食料、住居などのロジスティックスは、物理的な次元である。さらに、滞在が長期になれば、社会的、経済的な受容のコストがあり、制度設計の問題がある。 一番課題になることの一つは、「言語」だろう。どの国でも、その社会の一部として受け入れる上では、どれくらいその国の言語を理解し、話し、書くことができるかということが重要なパラメータとなる。 しかし、言語の習得は、一筋縄ではいかない。かなり良いプログラムを組んだとしても、習得には時間がかかる。さらに、習慣やマインドセットなど、社会の中で適応するためのさまざまな「ソフトウェア」を身につけるためには、それなりの努力が必要である。移民・難民受け入れの現実的な議論自体がパンドラの箱? 移民・難民問題を現実的な政策の中で定着させるためには、人道主義や、異質な他者との共生といった理想を掲げつつ、以上のような受け入れ、同化のプロセスについての定量的な評価が必要になるだろう。逆に言えば、そのような定量的なプログラムなしに、受け入れについての社会的合意を得るのは、難しくなってくるのかもしれない。 日本は、移民や難民の受け入れに消極的である。地理的な条件や、歴史的な背景があるとしても、今後もこのような政策を続けられるとは限らない。人道的な視点からの、諸外国からの批判も避けられないだろう。オバマ米大統領主宰の難民サミットで演説する安倍首相 =9月20日、ニューヨーク 一方、日本人の中に、外国からの移民・難民の受け入れについて、根強い抵抗感があることも事実である。そのような感情を無視して積極的な政策を進めても、人道主義においては先進的とみられていたドイツの事例を見てもわかるように、どこかで揺れ戻しが起こることは避けられないだろう。 日本においても、移民・難民を受け入れるとして、どれくらいの数を、どの時期に受け入れられるのか、その際の社会的コストは何か、逆にどのような効用があるのか、といった議論を、冷静に、定量的に始める時期が来ている。そのような定量的モデルがあって初めて、受け入れについての合意形成もできるだろう。 ところで、このような、移民・難民受け入れの定量的モデルに基づく議論は、必要であるが、同時に、「パンドラの箱」を開くことになるのかもしれない。 災害現場で手当てなどの優先順位を全体の最適を考えて決める「トリアージ」の概念は、広く行き渡っている。 移民・難民の問題も、それを定量的に論じると、結局は「トリアージ」と同じように、どのような政策が「最適」なのか、という議論につながる。「誰にとっての」最適かという議論を抜きにしても、これは、現代社会において、潜在的に非常に困難な問題につながる道筋である。システムにとっての「最適」を考えることが、個々の人間にとっては、厳しい結論を導く可能性があるのである。 似たような課題は、至るところにある。たとえば、生活習慣と病気との関連を論じたり、医療費の使い方の効率化を考える「公衆衛生」の分野は、一見、「やさしさ」に満ちているようでいて、実は背後には冷徹な「全体最適化」の論理がある。極論すれば、社会の効率化のために、事実上ある種の患者さんの健康悪化、寿命の短縮には「目を瞑る」という側面を、どうしても含む。「移民・難民」を「自分自身の問題」として考える 自動運転における優先順位も、同じことである。目の前に子どもが飛び出して来た時、後ろから来ているバイクの青年の命を危険にさらしても急ブレーキをかけるべきかどうか。そもそも、自動運転においては、常にその車に乗る者の命を救うことを最優先すべきなのか(それによって、周囲に事故が起こってしまったとしても?)英ロンドンでトルコから海を隔てたギリシャをボートなどで目指した難民や移民が着用していた救命胴衣約2500着を並べ、国際社会に難民対策強化を訴えるイベント=9月19日、ロンドンの英国会議事堂前 今まで曖昧に済ませてきたことを、定量的に議論し、全体の最適化を考える。それ自体は結構なことのように思えるが、個々の事例を見ると、「厳しい」選択を迫られる。そのような、私たちの人間性を脅かす「パンドラの箱」が、至るところで開こうとしている。移民・難民問題は、その一例に過ぎない。 移民・難民、公衆衛生、そして自動運転。これらの分野について全体最適を考える定量的なプログラムを考えることは、つまりは「システム」の問題である。そして、現代は、「システム」の前に、個人の尊厳が脅かされつつある時代なのかもしれない。しかも、その「システム」の計算を、人工知能が担おうとしている。 移民・難民をかわいそうだと思ったり、逆に排斥しようとしたりする時、私たちは、ともすれば、自分自身は「安全圏」に置いている。しかし、実際には、公衆衛生における医療費の配分や、自動運転における命の優先順位など、かけがえのない自分の尊厳を脅かす事態が、足元に迫っている。「人工知能によって計算される、システムの最適化」の時代が、もうすぐそこに迫ってきているのだ。 システムと個人の関係は、みんなの問題である。そう考えれば、移民・難民の問題も、身近に感じられてくるだろう。全面的な受け入れでもなく、徹底的な排除でもない、曰く言い難い中間の解決法を必死になって考えようとするだろう。「公衆衛生」や「自動運転」と同じ問題群として考えることで、「移民・難民」を「自分自身の問題」として、より深く考えようという気持ちを持つことができるのではないかと思う。

  • Thumbnail

    記事

    難民キャンプで暮らす人々への敬意について 

    いとうせいこう(作家・クリエーター)港のE1ゲートへ入ると簡易テントがびっしり並んでいた 過去回はこちらから 翌7月17日の朝には、トルコの東隣アルメニアで武装グループが警察施設を占拠したというニュースがあった。日々きな臭くなっていく世界の中で、俺と谷口さんは宿舎のリビングで前日買ったパンを食べ、ヨーグルトを食べ、コーヒーを飲んだ。 その日はアテネ南西部にあるピレウス港へ出かけることになっていた。そこに市内では最大規模の難民キャンプがあるからだった。 宿舎を出て、なじみ始めたガタガタ道を歩き、アンベロピキ駅まで行った。途中の気温表示モニターに30度と出ていた。まだ昼前だった。4つ行った先のモナスティラキ駅で、緑のラインに乗り換えた。車内は意外に混んでいてた。地下鉄はやがて地上に出て、強い日差しを浴びた。途中、前日に梶村智子さんから話を聞きながら歩いた古代遺跡を突っ切ったりもした。土を掘り下げて線路を通しているのだった。 前の車両から狂人が何か叫びながら移動してきた。その男がいなくなるとギター、タンバリン、アコーディオン、クラリネット二本という編成の楽隊が乗ってきて、一曲を陽気に演奏した。じきタンバリン担当の若い男が楽器をひっくり返して乗客の前に突き出して回った。誰も金を入れなかった。 楽隊が後ろの車両へ去ると、次の駅でボールペン売りの壮年が乗り込んできた。何か口上を述べたり、小さなコピー用紙を見せたりするのだが、もちろん俺には何の意味かさっぱりわからなかった。さらにわからないことには、ボールペン売りは車内にいたアフリカ系の家族のうちの小さな男の子に一本ボールペンをプレゼントして去っていくのだった。 ピレウス港の駅は終点にあった。 立派な駅構内のプラットフォームはいかにもリゾート風で、そこにかなりの人数が降りた。ほとんどが港からどこかの島へ遊びに行く人らしく、短パンだったりサマーワンピースだったりした。リゾート地以外の何物でもない駅に、まさか難民キャンプが。 町へ出てみると、屋台が並んでみやげを広げていた。中には蚤の市のように、家にあった小間物をすべて持ってきてシートの上に乗せているような店も見受けられた。激しい人波は、どの店にも興味を示さなかった。それはそうだ。これからリゾートへ出かけようという人が、なぜ他人の家の物を買うだろうか。 すぐにカフェが続く地帯になり、少し太い道路に出た。俺たちはタクシーを拾い、指定されているというE1のゲートを目指した。港には巨大な船が幾つも停泊していた。駅に最も近い船舶が駅で降車した人々をどんどん吸い込むのが見えた。車ものろのろと船の腹に入っていった。 他にも大量の食料をコンテナで輸送する船、おそらく石油を積んでいるだろう船などがあった。それぞれにEなんとかと番号を振られたエリアに、ビルのような高さの船舶が止まっていた。陽光が隠してしまうもの さて、そのどこに難民キャンプがあるのか、想像もつかなかった。船の着いたコンクリートの埠頭はどれも太陽に向かってむき出しになっている。 陽光は困る、と思った。いつものようにありとあらゆる問題を簡単に隠してしまうからだ。その明るい場所に世界の困難があると思えなくなるのは、俺が暗い日本海沿いの町などを知っている日本人だからなのだろうか。 太陽と同じく明るい中年ドライバーは、ラジオから流れるライミュージックのような民謡調の歌を聴き、E1はこっちなんだが何をしに行くんだと聞いた。 「難民キャンプへ行きます。私たちはMSFです」 谷口さんがそう言うと、ドライバーは一瞬とまどったように見えた。それから彼は、 「あそこにはたくさんいるよ」 とだけ答えた。車が真反対に向かっているとわかったのは、ドライバーがすまなそうな顔でUターンし始めたからだった。まったくのんきなもので右に行くべきところを、左へと車を走らせていたのだ。他の車からクラクションを鳴らされながら、ドライバーはあっちだ、あっちと言い、すまんねと俺たちに謝った。建物の向こうにびっしりとテントが這いつくばっているとは…… E1ゲートは端っこにあった。船がまず止まっていて、その横をタクシーはすり抜けた。がらんとした埠頭を行く車内から、やがて左右に地味な色のテントが幾つも見えた。灰色、銀色、深い緑、統一性なくそのテントはびっしり続いたが、それはいかにも静かに隠れているかのようで目立たなかったし、じき途切れて何ひとつなくなってしまった。 「おいくらですか?」止まった車の中で谷口さんが聞くと、ドライバーは不思議な返事をした。「いくらでもいい」 逆の道を行ったからなのか、俺たちが難民キャンプを訪ねる者だからかがわからなかった。5ユーロを谷口さんが渡している間に、俺は先に外に出た。車は突堤の部分まで来ていて、再び目の前に大型船が停泊していた。細長い埠頭の脇の海水の表面は白くきらめいて美しかった。 そこまで来る間に、身を低くするかのようにテントが集まっていたことなど、まるで嘘のようだった。活動者たちのもとへ 待ち合わせのクリスティーナ・パパゲオルジオさんは、智子さんも所属しているOCP(オペレーションセンター・パリ)のプロジェクト・コーディネーターだった。谷口さんが携帯で連絡して数分、俺は暑い埠頭で目を細めていた。やがて小型車がやってきて、小太りでメガネの男性とやせた女性が乗っているのがわかった。女性がクリスティーナさんだった。 すぐに俺たちも車に乗った。小型車はまたのろのろと動き出し、通り過ぎたテントの近くで右折して港の脇へ入っていった。そこに倉庫があり、先にプレハブの施設が建っていた。施設の入り口には白いアウトドア用の屋根が張ってあって、様々な形の椅子が置かれていた。クリスティーナさんが導くその場所には、とても若い男性ティモス・チャリアマリアスがいた。彼は看護師マネージャーだった。 蒸した施設の中にはけっこう人がいた。それは簡易的な医院で、訪ねてくる患者さんに薬を処方したり、体温や血液を検査したりする場所だった。医師の他に、もちろん例の文化的仲介者(カルチュラル・コーディネーター)もいた。アラビア圏担当、アフガニスタン担当と分かれて、彼らは難民の方々と医師の間をつないでいた。 クリスティーナさんの話では、今年(2016)の2月までそこはただの港だった。ところが難民の北の国々へのルートが断たれてから彼らの行き先がなくなった。アテネ周辺の難民キャンプの建設も追いつかず、一時は5000人が倉庫を中心とするエリアで生活していたという。。そして今もなお1000人が埠頭にテントを立てているというのだった。 近くに「SOLIDARITY」と書かれた車が止まっていた。それもまた「連帯」というNGOであり、食料や水道水を難民へと提供しているのだそうだった。他に、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)がトイレを担当しているとも聞いた。そうした団体に文化的仲介者を紹介しているのはMSFだった。 E1ゲート以外の埠頭にも難民キャンプがある、とクリスティーナさんは教えてくれた。そちらはそちらでまた別の市民団体が動いているようだった。ということはE1にはピレウス港で受け入れられた人々の何割かが暮らしているというわけだ。数百人だろう。 前日、MSFギリシャ会長クリストス氏にまさに聞いた通り、様々なチャリティ団体がそれぞれに力を出しあって難民キャンプを支えているのが、話によってよくわかった。それはEU内で起こった難事であるがゆえのメリットでもあろうと俺は思った。もともとさかんだった市民運動がネットワークしやすかったのだ。「ピレウス港へようこそ難民の皆さん」と書かれているトイレ 白い屋根の下とはいえ暑かった。風は生ぬるく、汗がひっきりなしに出た。クリスティーナさん自身、インド更紗のスカートにタンクトップ、そして耳にはピアスというリゾートファッションだった。彼女の横でティモスがサングラスをかけたまま情報を加えてくれた。最初は医療的に赤ん坊への対処が多かったのだという。急に具合が悪くなったり、ひょっとしたら出産も多数あったはずだ。しかし今は滞在期間も長くなり、糖尿病といった生活習慣病、皮膚のケア、感染症などが医療の中心になってきているそうだった。 そのへんまで聞いたあたりで、ヒジャブをかぶった黒い長衣の母親が訪ねてきた。彼女の夫も脇にいた。夫婦は半ズボンの子供を連れていた。母親が共に施設内に入っていくと、父と子供がその場に残った。苦難への敬意に打たれて その時だ。白い屋根の下で椅子に座っていた、さっき俺たちを車でそこに連れて来てくれた小太りの男性が跳ね上がるように立上って、席を彼らに譲ったのだった。足りないもうひとつの椅子はすぐに別なスタッフによってととのえられた。父親は微笑んで頭を下げ、子供をまず座らせた。スタッフたちもほっとしたような表情で彼らを見、おそらくカタコトのアラビア語で話しかけたりし始めた。そこには簡単には推し量れないほど深い「敬意」が感じられた。 俺はこれまで何度か“難民の方々”という言い方をしてきた。それは谷口さんが必ずそういう日本語に訳すからだったのだが、ピレウス港の小さな医療施設の前で俺は、MSFのスタッフが基本的にみな難民の方々へのぶ厚いような「敬意」を持っていることを理解した。ではなぜだろうとその場で考えた。そうせざるを得ないくらい、彼らの「敬意」は強く彼らを刺し貫いていたのだ。それは憐れみから来る態度ではなかった。むしろ上から見下ろす時には生じない、あたかも何かを崇めるかのような感じさえあった。 スタッフたちは難民となった人々の苦難の中に、何か自分たちを動かすもの、あるいは自分たちを超えたものを見いだしているのではないかと思った。目の前で見た椅子の出し方に関して、最も納得出来る考えがそれだった。 施設に訪れる母親は毅然としていた。すでに傷つけられたプライドを、しかし高く保ち直している立派な姿だと俺も感じていた。彼ら彼女らは凄まじい体験を経ていた。長い距離を着の身着のままで移動し、たくさんの不条理な死を目の当たりにしたはずだった。父も子もそうだった。彼らの存在の奥に、スタッフたちは、そして俺はどこか神々しいものを感じてはいないだろうかと思った。苦難が神秘となるのではない。それでは苦難が調子に乗ってしまう。 俺が電流に撃たれるようにしてその時考えたことは単純だった。 彼らは死ななかったのだった。苦難は彼らを死に誘った。しかし彼らは生き延びた。そして何より、自死を選ばなかった。苦しくても苦しくても生きて今日へたどり着いた。そのことそのものへの「敬意」が自然に生じているのではないか。俺はそう感じたのである。 善行を見て偽善とバカにする者は、生き延びた者の胸張り裂けそうな悲しみや苦しみを見たことがないのだ。むしろ苦難を経た彼らを俺たちは見上げるようにして、その経験の傷の深さ、それを心にしまっていることへの尊敬を心の底から感じる。感じてしまう。それが人間というものだ、と俺はいきなりな理解へたどり着いた気がした。イスラム圏の親子は薬をもらってすでにどこかへ消えていた。 港の海のそば、埠頭のコンクリートの上に半裸の子供がいて、数羽の鳩を追っているのを俺は見た。鳩はわずかに逃げるが飛び立たず、子供を導くように右へ左へちょこまかと動いた。水たまりがあちこちにあった。対岸に船のドックのような大きな建物があり、日陰になった壁一面に神話的な絵が描かれていた。太陽は日なたと日陰をくっきり作るべく世界のすべてを照らしていて、俺は目がつぶれるように思った。次回へ続く(Yahoo!個人より 2016年9月21日分を転載)いとうせいこう 作家・クリエーター。1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。

  • Thumbnail

    記事

    シリア難民をトルコに強制送還 ついにメルケルも音を上げた?

    【WEDGE REPORT】佐々木伸(星槎大学客員教授) 欧州の難民危機を解決するため、欧州連合(EU)とトルコはこのほど、ギリシャに密航する難民・移民のすべてをトルコに送還することで大筋合意した。合意では、難民問題をEU加盟交渉の促進などにしたたかに利用しようとするトルコと、なり振り構わずトルコにすがるEUの実像が浮き彫りになった。だが、合意で難民の欧州流入に歯止めがかかる見通しは全く不透明なままだ。ギリシャの難民キャンプで暮らす子どもたち(iStock)「難民危機の突破口」とメルケル この合意の枠組みは7日から開かれたEUとトルコの首脳会議で決まった。内容は、ギリシャへ密航するすべての難民・移民の送還をトルコが受け入れる代わりに、EUが同国に滞在しているシリア難民を「第三国定住」という形で直接受け入れるというのが骨子だ。「第三国定住」の人数は、送還される難民に含まれるシリア人の数と同数になる。 トルコはこの見返りに、EUのトルコ国内への難民支援金を現在の33億ドルからほぼ倍に増額すること、EU加盟国へのビザなし渡航の自由化を当初予定を前倒しして6月末までに導入すること、そして長年求めてきたEU加盟の交渉を加速させることの3点をEU側に約束させた。 EUの首脳会議は昨年、欧州に押し寄せる難民のうち16万人を加盟国に割り当てることで合意したが、ハンガリーなどの東欧諸国が受け入れを拒否するなどしたこともあり、わずか700人の行き先が決まっただけだ。今回の首脳会議も議論が8日にずれ込むなど難航した。 こうした状況下で頃合いを見計らっていたトルコのダウトオール首相が難民の送還方式を提案。EU側は「実現すれば、難民問題の突破口になる」(メルケル独首相)と賛同するなど、“渡りに船”とトルコ提案に飛びついた。EU側はこの際、トルコに約束した見返りのほか、これまでトルコに求めていた民主化要求も放棄してしまった。表現の自由の価値観放棄表現の自由の価値観放棄 EUはトルコのEU加盟交渉などで、国内の民主化の促進を要求。エルドアン政権も一時は少数民族クルド語の放送や教育を合法化したり、死刑を廃止するなどこれに応じた。しかし加盟交渉が停滞するにつれて、民主化も後退。最近では政府批判を展開する最大手紙ザマンを5日に政府管理下に置くなど政権の強権姿勢が一段と強まっている。ギリシャの難民キャンプで食料の配給に並ぶ人々(iStock) しかしEUは今回、表現の自由という欧州の価値観を要求することはせず、エルドアン政権の言論弾圧を事実上黙認する形でトルコの難民送還の提案に飛びついた。トルコを怒らせては、難民危機の解決に向けた提案が崩壊しかねないからだ。「双方は互いの利害のためにただ取引しただけ」(トルコ人コラムニスト)と、なり振り構わないEUの姿勢を問題視する向きも多い。対立と分裂が深まる懸念 EUは17、18日の首脳会議で正式な難民送還の合意を目指すが、反対論や問題も浮上している。難民拒否の強硬派であるハンガリーのオルバン首相は「第三国定住」として、シリア難民の受け入れが義務づけられることに猛反発、他の東欧諸国が追随する可能性もある。 この「第三国定住」が年間数十万人に達することも予想され、合意を推進したいドイツなどと反対する東欧諸国などとの間の対立と分裂が深まる懸念がある。「第三国定住」の場所など具体的な議論が始まれば、収拾がつかなくなる恐れも強い。 またギリシャに到達した難民のうち、国際法で定められた「保護されるべき難民」もトルコに機械的に強制送還することになり、国連の難民高等弁務官らは、国際法違反の可能性が強いと反対している。なによりも、この送還方式で難民の欧州流入の流れを食い止めるのは、シリアの内戦が終息する見通しがない中、難しいかもしれない。「リビア―地中海―イタリア」という危険ルート 懸念されるのは、トルコからギリシャ経由の欧州入りルートが遮断された場合、難民らはより危険な「リビア―地中海―イタリア」というルートに向かうと見られていることだ。このルートは地中海を横断するため船の沈没などでこれまでに数千人が死亡しているが、海が穏やかになる春の到来で急増する危険性もある。ギリシャとマケドニア国境を徒歩で超えようとする難民(iStock)新たな人道危機 昨年欧州へ流入した難民は125万人に上る。今年もすでにトルコからギリシャ経由で13万人以上が流入した。しかしEUのほとんどの加盟国が難民の受け入れを事実上拒否、なお受け入れを進めるドイツも国境の管理を厳しくするようになった。 トルコとの合意が発表されてからは、ギリシャからドイツへ向かうルートになっていたセルビア、クロアチア、スロベニア、マケドニアなどバルカン諸国が国境を封鎖した。欧州各地で漂流している多数の難民に加え、ギリシャには約5万人の難民が足止めされ、野営地では厳寒の中、病気になる人などが急増、新たな人道危機が生まれつつある。

  • Thumbnail

    記事

    難民問題で露呈したEUの限界 英国の離脱は「愚か」だったのか

    浜矩子(同志社大学大学院教授)(THE21より2016年9月3日分を転載) イギリスのEU離脱という「事件」から2か月が経とうとしている。だが、あれほど騒がれたわりには、最近はニュースを聞くことも少なくなっている。これは嵐の前の静けさなのか、それとも、実は騒がれているほどの問題ではなかったということなのか…。グローバル経済に精通するとともに、「イギリス人の国民性」を知り尽くす同志社大学教授の浜矩子氏に、「イギリスのEU離脱の今」を解説していただいた。 イギリスのEU離脱という「事件」から2か月が経とうとしている。だが、あれほど騒がれた危機はいつのまにかあまり聞かれなくなっている。いったい、あの騒ぎは何だったのだろうか。「ビッグベン」と呼ばれる時計塔がある英国会議事堂 「メディアの取り上げ方によるところが大きかったと思います。イギリスが世界から孤立するような報道がなされたり、企業がすぐにでも国外に脱出すると不安を煽ったり。ただ、国民投票直後に急落したポンドも弱含みながら様子見相場となり、株価はずっと堅調に推移しています。離脱反対派の声がさらに高まっているということも聞かない。一方で、孫正義氏のソフトバンクグループがイギリスの半導体大手ARMを買収するなど、外資の進出すら起こっている。不動産価格が下落しているなどのマイナスもありますが、今のところ離脱反対派も『本当に問題だったのかな?』という戸惑い状態ではないでしょうか」 国民投票直後には、離脱という結果に離脱派自身が後悔している様子も報道された。 「それもごく一面的な報道です。離脱派が総ざんげ状態になったわけではない。『しまった』組は、移民によって生活が脅かされているなどという確信犯的右翼の扇動によって、パニック的に離脱に投票してしまった人々。いわば『にわか型』離脱派で、憑き物が落ちたような感じになっているのでしょう。一方、『にわか型』ではない離脱派は、同時に『良識的離脱派』でもあります。彼らには、イギリスは本来、開放性と成り行き任せを是とする海洋国家だという感覚がある。それに対して、EUの中では、囲い込み型で計画主義の大陸欧州勢が大勢を占めている。そんなEUとは、それなりの距離感を持って付き合うべきだ。これが、『従来型良識的離脱派』の考え方です。どちらかといえば、インテリ層にこのタイプが多い。そういう人が多数いることがイギリスの面白さではあるのですが、彼らは、テレビなどに取り上げられることがあまりありません」  しかし浜氏は、こうした考え方を持つ人こそが「本来のイギリス人」だと指摘する。 「互いに国境を接する大陸欧州の国々はこれまで、何度も戦争を経験してきました。特にフランスとドイツという二大強国の争いにより、欧州全体が何度も破滅の危機に陥ってきたわけです。だからこそ、なるべく戦争が起こらないように、互いに調整しながら物事を進めていこうという発想が強くなる。EUがまさにそうで、その前身である欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)は、鉱物資源の奪い合いによって引き起こされた第二次世界大戦の反省を踏まえ、その共同管理を目的として生まれたものです。だからこそ大陸欧州では政治の力が強い。政治が主導して物事を事細かに決めていく。それが大陸欧州流です」 「一方、島国であるイギリスでは、第二次世界大戦の戦争体験自体がかなり違います。だからこそ大陸欧州のような政治主導を嫌い、あくまで経済第一主義を貫きます。元々海洋民族で、海に出てしまえば後は流れとお天気に身を任せるしかない。ギチギチ計画を立てても仕方がない。それがイギリス的DNAです。海に対しても敵に対しても、のるかそるかの勝負に出ているうちに、いつの間にか七つの海を制する大英帝国を築き上げた。海洋国といえば聞こえがいいですが、要するに『海賊国家』ですね」 この違いが、EUに対する姿勢にも影響を及ぼしているという。 「大陸欧州とイギリスとでは、ものの考え方やアプローチが全然違います。たとえばフランス人は大所高所の話を好み、何事も制度化やルール化するのを好む一方、イギリス人は『暗黙の了解』を好み、そもそも憲法すら明文化されていない。『いちいち文章化しないと守れないなんて、大人じゃないよね』というのが、とくにシティを代表するイギリスのジェントルマンの考え方。協定でがんじがらめにされるEUとは、本来まったくもって相容れないのです」EU離脱により、柔軟な政策が可能にEU離脱により、柔軟な政策が可能に 報道ではEU離脱のデメリットばかりが取り沙汰されているが、EU離脱によるメリットも確かに存在すると浜氏は指摘する。 「シティの地盤沈下を懸念する声もありますが、今後はEUのルールに縛られないわけですから、より大胆な金融政策を取ることで、世界中から資本を呼び込むことも可能です。懸念されている企業誘致にしても、独自の優遇策を設けることができます。そもそも、長年イギリスを拠点にしている企業が、EUを離脱したからといって簡単に別の国に移転するわけにもいきません。本当に企業の国外脱出が起きるかは、誰にもわかりません。EUは巨大な経済圏ではありますが、世界全体に比べれば小さなブロック経済圏にすぎません。そこを離れることで、より大きなグローバル経済の世界に進出することが可能になるわけです」  ここで疑問なのが、「では、そもそもなぜイギリスは、相性の悪いEUに加盟したのか」ということだ。 「経済統合によって関税が下がり、輸出がしやすくなればいい。経済第一主義のイギリスはあくまで『これならトクかも』と考えて門を叩いてみた。そんなイギリス流を嫌がったフランスのドゴールには、再三門前払いを食らわされました。ただ、欧州統合はもともと、平和のための共同体形成という理念が先行したものです。大陸欧州的な考え方の中では、どうしても政治が経済に優先する。この色合いが明らかになればなるほど、イギリスは居心地が悪くなる。政治的なレトリックが好きで計画マニアックなEUは、イギリスにとって日増しに窮屈さが強まっていったのです」 そこにターニングポイントが訪れた。それが「難民問題」だ。 「これをきっかけに、今まで感じていた窮屈さへの不満が噴出したわけです。そこで、キャメロン首相も国民投票を公約化せざるを得なくなった。言い換えれば、難民問題はある意味きっかけにすぎなかったわけです」EU離脱派が勝利したことを受け、辞意を表明するキャメロン首相 そもそも、国民投票をやったこと自体を批判的に取り上げる人もいる。 「国の一大事を国民投票で決めようとするからこんなことになる、という議論ですよね。私はむしろ、国の一大事だからこそ国民投票で決めるというのが、正統的であるように思います。そもそもイギリスは、1973年にECに加盟する際にも国民投票を行なっています。確かに国民投票には怖い面がありますが、そもそも、その怖さは、それを悪用しようとする人々の魂胆に由来するのであって、国民に最終的な決断を委ねることが悪いわけではないと思います」  国民投票には法的拘束力はない。結局、イギリスはEU離脱を撤回するのでは、という観測もある。 「それはあり得ないでしょう。拘束力はないとはいえ、国民の半分以上の選択を裏切るようなことをしたら、国民は黙っていません。ただ、一つだけ可能性があるのは、離脱交渉中にEUが歩み寄り、イギリスにより有利な残留条件を提示してきたときでしょう。そこで改めて国民投票を、というのなら筋が通ります。これには前例があります。マーストリヒト条約の批准を巡って欧州各国で国民投票が行なわれた際、デンマークでは当初、反対派が勝利を収めたのです。反対の理由は主にユーロの導入でした。ドイツと同じ通貨を共有するなんてありえない、という抵抗が強かったのです。そこで改めて、『EUの成立は受け入れるが、ユーロは導入しない』という条件で再投票を行なったところ、今度は賛成派が多数に。そのため、デンマークはEUの一員ですが、今でもユーロは導入していません」 今回のイギリスのEU離脱においても、こうした「譲歩」が行なわれる可能性はあるのだろうか。 「難しいでしょうね。EUが一番恐れているのは、離脱の連鎖が起こること。もしここで何らかの譲歩が行なわれ、イギリスが『ごね得』となると、他国も離脱をちらつかせて、より有利な条件を引き出そうとするでしょう。だからといって締め付けを厳しくすると、それを嫌気して、イギリス同様に離脱する国が出てくるかもしれない。そうでなくても、EUを離脱したイギリスが意外と快適そうにしていたりすると、『離脱したほうが得では?』と思う国が出てくる可能性もあります。どんな理由にせよ、離脱する国が1カ国でも出ると、ドミノ倒しのように他国が追随する危険性がある。その点、イギリスよりもむしろ、EUのほうがよほど大変な状況を迎えていると言えます」難民問題で露呈したEUの限界難民問題で露呈したEUの限界 確かに難民問題など、EUが抱える問題は多い。 「私にはこのイギリスの離脱こそが『終わりの始まり』のように思えます。そもそも、多くの人が忘れかけていますが、ギリシャ問題に端を発したユーロ圏の金融危機はまだ終わっていません。最近もイタリアの銀行が破綻の危機に瀕しているという報道がされているように、モグラ叩きでなんとかやり過ごしている状態です。そして、EUの限界をまさに露呈したのが、難民問題だと思います。本来なら各国が一致団結して受け入れを表明し、国ごとに人数を割り振るなどの展開となるべきところでした。それが、実際には鉄条網を作って移民を排除したりするなどの押し付け合いが起こり、それに対してEUはなんら具体的な対策ができなかった。加盟諸国が本当にEUを大切に思っていたら、こんな体たらくにはなっていなかったでしょう」トルコ沖のエーゲ海で救出された難民ら=1月4日 今、EUは「進化か深化か」という岐路に立たされているという。 「EUというのは元々、6カ国が一緒に暮らす長屋みたいなものでした。壁越しに声をかければ聞こえるような間柄だったわけです。それが今や28カ国となり、いわばタワーマンションになってしまった。住人同士が顔を合わせることも少なくなり、以前のようにあうんの呼吸で物事を決めることができなくなった。だから、しっかりとした協定が必要になった。その窮屈さに耐えきれなくなったのがイギリスですが、今後、それを見て『やっぱり一戸建てのほうが自由でいい』と考える国が増えてくる可能性は十分にあるでしょう」 「今のEUは『深化か進化か』の選択を迫られている。そう思います。小さな長屋だった時の設計図にしたがって、無理矢理にタワーマンションを管理し、その住人を増やしていこうとするのか。これが深化の道です。それとも、進化を選ぶのか。すなわちタワーマンションそのものは思い切って解体してしまい、一戸建て同士のご近所付き合いを仲良くやっていくのか。私は進化の選択しかないと思いますが、その思い切りが彼らにできるか」  一方、イギリスにはどんな懸念があるのだろうか。 「スコットランドの分離・独立はあり得るでしょう。元々、2014年にスコットランドで行なわれた国民投票では、僅差で残留派が勝利を収めました。ただ、その時とは状況が大きく変わっており、再び住民投票を行なった場合、独立派が多数になる可能性はあるでしょう。経済的には苦労するでしょうが、ヨーロッパに数多く存在する小国の一つとしてなら、十分やっていけると思います」 「宗教の問題などもありますが、北アイルランドも南のアイルランド共和国と一緒になりたいと改めて思うかもしれない。ただ、これについては、アイルランド共和国側の意思の問題もある。いずれにせよ、独立するには小さすぎるウェールズ以外は、イギリスから分離するという可能性はあると思います。イギリスが『リトルイングランド』化することは不本意かもしれませんが、それなりに居心地はいいかもしれません。そもそも、『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国』というのは、何とも寄せ木細工的な名称ですよね。そろそろ、元のパーツに分かれた上で仲良くやっていけばどんなものかと思います」 「イギリス的成り行き任せには、なかなか合理性があると思います。自然体で無理をしない。この基本に忠実になれているとき、イギリスは自分のことも一番良く見えていて、一番面白い。柄にもなく、政治的な大見得を切ったりしないほうがいい。融通無碍な自然体。この感性でポスト離脱をどう泳ぎ抜いていくのか。とても面白いと思います」

  • Thumbnail

    記事

    一時的な難民殺到じゃない! 新たな「民族大移動」が始まった

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト)  私たちは大きな勘違いをしているのかもしれない。彼らは一時的な難民殺到ではなく、欧州全土を再び塗り替えるかもしれない人類の大移動の始めではないだろうか。以下、その説明だ。 メルケル独首相は19日、ベルリン市議会選の敗北を受け、記者会見で自身が進めてきた難民歓迎政策に問題があったことを初めて認め、「今後は『我々はできる』(Wir schaffen das)といった言葉を使用しない」と述べた。この発言は「難民ウエルカム政策」を推進してきたメルケル首相の政治的敗北宣言と受け取ることができるが、来年実施される連邦議会選への戦略的変更と考えることもできる。賢明なメルケル首相のことだから、当方は後者と受け取っている。 メルケル首相は昨年9月、「我々はできる」という言葉を発したが、それがメディアによって同首相の難民政策のキャッチフレーズのように報道されてきた。メルケル首相自身は、「自分は難民政策のキャッチフレーズとして恣意的に発言したことはない」と弁明している。 今月実施されたドイツ北東部の旧東独の州メクレンブルク・フォアポンメルン州議会選とベルリン市議会選の2度の選挙で与党「キリスト教民主同盟」(CDU)は大きく得票率を失ったが、その敗北の最大理由がメルケル首相の難民歓迎政策にあったことは誰の目にも明らかだ。メルメル首相も19日の記者会見でその点を認めている。 しかし、注目すべき点は、同首相は難民受け入れの最上限設定については依然拒否していることだ。首相が頑固だからではないだろう。難民受け入れで最上限を設定しないことはひょっとしたら正しいのかもしれない。なぜならば、どの国が「受け入れ難民数を事前に設定し、それを死守できるか」という点だ。堅持できない約束はしないほうがいい。 例えば、オーストリアはファイマン政権時代の1月20日、収容する難民の最上限数を3万7500人と設定した。参考までに、17年は3万5000人、18年3万人、そして19年は2万5000人と最上限を下降設定している。すなわち、今後4年間、合計12万7500人の難民を受け入れることにしたわけだ。同国は昨年、約9万人の難民を受け入れている。そして今年9月現在、最上限をオーバーする気配だ。そのため「最上限を超える難民が殺到した場合、どのように対応するか」が大きな政治課題となっている。すなわち、難民受け入れ数の最上限設定の背後には、「殺到する難民を制御し、必要に応じてその上限をコントロールできる」といった自惚れた考えがその根底にある。豊かさを求め「誰も制御できない」移動が始まる 現代の代表的思想家、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワルシャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン氏は、「移民(Immigration)と人々の移動(Migration)とは違う。前者は計画をたて、制御できるが、後者は津波のような自然現象で誰も制御できない。政治家は頻繁に両者を混同している」と指摘している。 ここで問題が浮かび上がる。欧州が現在直面している難民、移民の殺到はMigrationではないか、という懸念だ。そうとすれば、欧州はトルコやギリシャに難民監視所を設置し、殺到する難民を制御しようとしても、制御しきれない状況が生じるだろう、という懸念だ。  欧州では3世紀から7世紀にかけて多数の民族が移動してきた。これによって古代は終わり、中世が始まったと言われる。ゲルマン人の大移動やノルマン人の大移動が起きた。その原因として、人口爆発、食糧不足、気候問題などが考えられているが、不明な点もまだ多い。民族の移動はその後も起きている。スペインではユダヤ人が強制的に移動させられている。 ジュネーブ難民条約によれば、政治的、宗教的な迫害から逃れてきた人々が難民として認知される一方、経済的恩恵を求める移民は経済難民として扱われる。ところで、視点を変えてみれば、21世紀の今日、“貧しい国々”から“豊かな世界”へ人類の移動が始まっているのかもしれない。換言すれば、北アフリカ・中東地域、中央アジアから欧州への民族移動はその一部に過ぎない。この場合、政府が最上限を設定したとしても彼らの移動を阻止できない。 ドイツで昨年、シリア、イラクから100万人を超える難民が殺到したが、大多数の彼らはジュネーブ難民条約に該当する難民ではなく、豊かさを求めてきた人々の移動と受け取るべきだろう。繰り返すが、制御できない民族の大移動は既に始まっているのかもしれない。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年9月22日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    日本を脅かす少子高齢化への秘策 「日本逆植民地計画」とは

     日本経済がピンチだ。少子高齢化が進み資源も人材も限られる状態になりつつあるが、視点を変えれば成長力を得られる、と社会学者・橋爪大三郎氏はいう。以下、橋爪氏の見解だ。* * * 少子高齢化による日本の労働力不足が深刻だ。その解決策に移民を受け入れるか否かが、議論されてきた。 受け入れ慎重派はこう主張する。移民は日本語が話せない。単純労働につくしかない。低賃金で教育程度も低い。日本社会に適応できないで治安の悪いスラムを形成し、犯罪の温床になると。昨今の欧米がイスラム系住民と地元社会の摩擦に悩んでいるのをみると、慎重派の懸念にも理由があると思えてしまう。やはり移民はだめなのか。 視点を変えてみよう。移民にしてみれば、自分たちは圧倒的な弱者。自分を守るために結束するのは当然だ。安心して暮らそうにも、アクセスしにくいものがある。まず、合法的な身分(就労ビザや家族ビザ)。第二に、働く機会。第三に住宅。第四に医療保険などの社会的サービス。 それなら政府が最初からこれらを整え、移民のコミュニティを設立してはどうか。それが「日本逆植民地計画」だ。(写真と本文は関係ありません) バビロニア国(仮称)と日本政府が、「逆植民地」の協定を結び、公募に手を挙げた過疎地域のA町をバ国の逆植民地に指定。バ国は数万人を上限に、A町に入植できる。バ国はバ国政府の出張所、警察、学校、病院などの施設を開設。バ国民同士のあいだではバ国の法律が、それ以外では日本の法律が適用される。バ国民がA町から出るには、日本国のビザが必要である。 バ国以外にも各国の逆植民地をつぎつぎ開設。協定は数年ごとに見直して、経営がうまく行かなかった「逆植民地」は、閉鎖することにする。 「逆植民地」は、その昔の「植民地」とはまるで違う。日バ両国の合意にもとづく共同事業で、誰にとってもよいことだらけだ。 まず故国にいるかのように、生活できる。バ国の公務員が逆植民地の役場で働いているから、住民サービスや納税もスムース。逆植民地開設に際しての初期投資はそんなに必要ないが、バ国が資金を負担する。日本は過疎地にも、電気ガス水道や通信など、インフラが整っているからだ。 そして何より人材が育つ。逆植民地はコミュニティなので、単純労働者ではなしに、医師や教員や技師や公務員など、多様な職種の人びとや家族がやって来る。日本の技術やノウハウを身につけ、日本の学校で学び、日本の企業で働くこともできるだろう。 受け入れ側の自治体はどうか。大勢の人びとがバ国からやって来るので地域が活性化し、地価も上昇。新たなビジネスも起こせるだろう。就労ビザを手に入れ、「逆植民地」から近隣の都市や工業地帯に働きに出てもよい。豊富な労働力を目当てに、「逆植民地」に工場を新設する企業も現れるに違いない。 有能な人材は逆植民地を離れて、日本全国どこの事業所にも就業できるようにしよう。こうして独り立ちした人びとは、逆植民地の住民には数えないこととするので、その分の人数を代わりにバ国から新しく迎えることができる。技術や知識を身につけた人びとは故国に戻って、バ国の発展に大いに貢献できる。 近年の紛争は、不合理な現状が改められない、不公正な感覚から生じている。恵まれたものとそうでないものは、資源や自然環境や歴史など、初期条件の違いに起因しているだけだ。「逆植民地」計画はその現状に風穴を空けることができる。先進国と第三世界が協力する、画期的なモデルケースとなるに違いない。【PROFILE】1948年、神奈川県生まれ。社会学者。東京工業大学名誉教授。『あぶない一神教』『ほんとうの法華経』など著書多数。1月25日に『日本逆植民地計画』を発売。関連記事■ 総人口の移民割合 ルクセンブルク42.1%、米13.0%、日1.1%■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ「移民の勧め」■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コママンガ 「戦争と土下座」■ 移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■ 「東京オリンピック後日本の地価が3分の1になる」と説く本

  • Thumbnail

    記事

    欧州でのシリア難民支援、日本人にできることはあるか

    若松千枝加(留学ジャーナリスト) 日本にいると、肌で感じることの少ないシリア難民受け入れ問題。昨年9月、海岸に打ち上げられ横たわるシリア難民の男児写真をSNSで目にしていたころは、ここ日本でも心を痛めた人が多かったと思われるが、今はどうだろう。あの悲しい姿を思い出す人はずいぶん少なくなったのではないだろうか。  私たちの脳裡からシリア難民問題が減っていく間にも、国外へ逃れる難民の数は増え続けている。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では今年3月の時点で国外逃亡したシリア難民数を480万人以上と発表している。  そんな折、日本人がヨーロッパでの難民支援に取り組もうとしている民間ボランティアの活動を知った。本記事では、イギリスを本部とする海外ボランティア・インターンシッププログラム運営団体の日本支店に活動の内容を聞き、そのうえで、日本人が難民問題に何ができるかを考察する。足りていない医療、精神サポート 今、同団体が取り組んでいるボランティアの活動地はイタリアだ。まずは具体的な活動内容から聞いていこう。「具体的な活動は大きく分けて二つ行っています。まずは初期対応。カラブリアの港にて赤十字とともに、まさに南イタリア到着直後の人々のサポートにあたります。無事着を喜び船から降りてくる人々に飲み水を配り、ケガや病気の人がいないか確認しながら誘導します。その後、個人情報の収集やヨーロッパに滞在するために必要な申請を行う手伝いをしたり、ケガや病気の人の手当てやカウンセリングをしたりします。 そして二次対応があります。難民・移民のための宿泊施設で、彼らが申請した書類が通るまでの間(約6か月)、現地のチャリティー団体と共にいろいろな側面から教育的活動を実施します。語学はもちろん、ヨーロッパの文化、習慣、法律を教え、彼らがヨーロッパで生活していく術を身に付けられるようにサポートします。また、ヨーロッパで受け入れてくれる家族を探すお手伝いをする場合もあります」 日本ではボランティアを募集開始したばかりのため、現時点ではまだ参加した人はいない。「現地からはあらゆる場面で等しく人手が足りないと報告されています。たとえば、医師や看護師、医学生、看護学生で、英語またはフランス語・アラビア語が話せる人は貴重です。ボート到着後の医療審査補助、病人の難民・移民の病院への付き添い、同伴者のいない未成年者の情報収集と体調チェック、赤十字のドクターと共に緊急かつ深刻な医療事態への対応、イタリアに既に数ヶ月滞在し現地での生活へ慣れようとしている人の中にも医療ケアを必要としている人がいますので、そういった方々への医療サポートおよび定期的な健康チェックなど活動は多岐にわたります」 そして、難民の多くは重大な精神的サポートを必要としている。そのため、心理学者やセラピストの需要も増大している。「英語、フランス語、アラビア語が話せる心理学者やセラピストの方々には、イタリアへ向かう道中に家族を亡くすなどの心に大きな傷を抱えた人たちへのサポート、そして、これから見知らぬ土地で新しい環境に順応しなければならなくなった人たちへのサポートが求められます。また、大人に限らずイタリアに逃れるまでの大変な経験、そして家族を亡くした経験から心に深い傷を負った子供たちへのサポートもまた重要です。その他、イタリア滞在数週間を迎える難民・移民が抱える精神的なストレスや問題へのサポートといった役割も求められています」 筆者自身を含め大多数の日本人は、フランス語もアラビア語もできない。英語は片言で、医療や心理学などの特別なスキルもない。そんな日本人には何ができるのだろうか「特別なスキルを必要としないサポートも膨大にあります。具体的には、政府から許可とその書類が下りるまで難民は単独で行動ができないため、日々彼らに付き添って事務処理や買い物などのサポートをします。他には、活力を取り戻して社会活動に復帰できるよう、主に若者を対象にしたアクティビティーを計画・実施したりして、現地生活適応に向けてのサポートに取り組みます」日本人にとっては他人事なのか日本人にとっては他人事なのか 先述したとおり、まだ募集を始めて間もないことから、日本からのボランティアはまだ参加がない。しかし、世界の多くの国からはボランティアが集まっている。「6月中旬から募集を始め徐々に増えてきています。現時点で一番多いのはイギリスで、次がアメリカ合衆国です。その他の国では、アルジェリア、オーストラリア、ベルギー、デンマーク、ガーナ、ジャマイカ、オランダ、パキスタン、フィリピン、ロシア、南アフリカ共和国、チュニジアなど多国籍です」 我々日本人の記憶に新しいのは、日本政府が今年5月、2017年から5年間で最大150人のシリア難民の若者を留学生として受け入れると発表したことだろう。7月に入ってドイツでシリア難民の男性が立て続けに事件を起こしたり、フランスでのテロ事件が起きたりしたことで、日本での難民受け入れについてはまた賛否が渦巻きそうだが、いずれにせよ、日本だけが遠巻きに見ているわけにはいくまい。今、まさにこの瞬間にも命を落としたり、心を病んだり、つらい境遇に見舞われている人たちが同じ地球上にいるといのが眼前の事実だ。  かといって、現地までボランティアとして出かけ、手を差し伸べられる環境にある人ばかりではない。お金も時間も労力もかかる。また、そこまでは関わりたくない、という意見の人もいるだろう。募金ぐらいならしてみようかなという人もいるかもしれない。 しかし今、ふつうに暮らす全ての日本人が最初にやるべきことがある。その第一歩が、難民問題に対して自分はどんな意見を持っているのかを考えること、そして家族や友人たちと議論することではないだろうか。日本には今もすでに難民が暮らしているし、これからも難民はやってくる。関わらずにいることはもうできない。 2017年から5年間でやってくるシリア難民150人を、日本では「留学生」というステイタスで受け入れる。だから彼らは、自分の大学に入学するかもしれない。自分や、自分の家族が通う高校に、転校生としてやってくるかもしれない。また、近所のコンビニで、片言ながらもアルバイトをするようになるかもしれない。そうなって初めて考えるのではなく、いまリアルタイムに起きていることを考えられないだろうか。議論の場は学校でも良いし、家庭でも職場でも良い。 インタビューの最後は、こう締めくくられた。「世界の問題を自分のこととして考えられる思考力がこれからの日本には求められるのではないか、そのように思います。 ともすると、難民問題は難民だけの問題という認識の人も多いかもしれません。実際には、難民を受け入れる国の方が対応に追いつけずに大きな社会的問題となっているということに着眼し、今後日本もその立場になり得るかもしれないということを理解し、それぞれが自国の問題として捉えることが必要だと思います。 受け入れる国が抱えている問題と、難民たちが難民にならざるを得なかったその背景までを考え、世界の現状を理解することが大切だと思っています」《参考記事》■欧州が注目するシンガポール英語留学。『多様性』を武器にアジアの教育ハブへ。 (若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://sharescafe.net/48466669-20160428.html■海外で学んだ。帰国した。仕事はありますか? (若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://sharescafe.net/38946405-20140521.html■イギリスのEU離脱で日本人留学生が受ける影響とは(若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://sharescafe.net/48926676-20160624.html■訪日客の『おもてなし』に最も必要なことは?(若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://www.ryugakupress.com/2016/05/24/omotenashi/■政府「留学生30万人計画」目標まで残り11万5千人、どう達成するか(若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://www.ryugakupress.com/2015/09/18/300000/

  • Thumbnail

    テーマ

    「英国vs独仏」が世界を襲う

    離脱か、残留か。6月23日に行われる英国のEU離脱の是非を問う国民投票を前に、残留派の英労働党女性議員が銃撃され死亡する悲劇が起きた。かつては「名誉ある孤立」を掲げた英国だが、離脱すれば世界の金融市場は大混乱に陥る。いま欧州で何が起こっているのか。

  • Thumbnail

    記事

    勢いを増す離脱派に見え隠れする欧州の「トランプ現象」

    岡部伸(産経新聞ロンドン支局長) 黄昏の老大国、英国の「Brexit(ブレキジット)」の決断に世界から注目が集まっている。Britain(英国)とExit(出る)を組み合わせた欧州連合(EU)離脱問題で、急増する移民など社会の現状に不満を募らせた白人の中間層や低所得層の怒りを汲み取った離脱派のボルテージは最後まで勢いを失わなかった。6月23日の国民投票で離脱が決まれば、EUが弱体化し欧州統合の流れに逆行するばかりか、英国はもとより世界経済にも多くの影響が出る。そこには戦後欧州がめざした多文化を受け入れる寛容の精神は消え、不健全な大衆迎合的(ポピュリズム)で内向きのイングランドナショナリズムが見え隠れする。それはあたかも、米国の大統領選で中間層の怒りに便乗して吹き荒れる「トランプ旋風」の英国版のようだ。そしてスコットランドではEU加盟存続を求めて再度独立をめざすナショナリズムが台頭、連合王国はアイデンティティの危機に立たされることは不可避の情勢だ。「EUはヒトラーと同じ」「EUが英国の離脱を阻もうとするのは、欧州制覇を試みて悲劇的な結果に終わったナチスのヒトラーと同じだ」 離脱派の有力指導者、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長が5月15日付『デーリー・テレグラフ』紙に、EUを第三帝国の独裁者、ヒトラーと同一視する独特の歴史認識を語った。ジョンソン氏は、「ナポレオンにせよヒトラーにせよ、権力の下で超大国をめざしたが悲劇に終わった。EUも別の方法でこれを試みている」と持論を展開。こうした目標は「途方もない民主主義の欠如を招く」と指摘し、ヒトラーと戦ったチャーチル首相に倣って、国民投票で離脱に投票してEUを救うことで英国民は「欧州の英雄」となると訴えかけた。5月26日、英南部ウィンチェスターで、EU離脱、残留両派に囲まれながら演説するジョンソン前ロンドン市長(共同) 首都のロンドンでイスラム教徒のサディック・カーン市長が誕生するなど、多民族国家の英国でジョンソン氏の発言は、第2次大戦に勝利しながら落日を迎えた大英帝国に郷愁を抱く白人の中高年層のEUに対する不満に寄り添うもので、彼らの怒りに便乗した大衆迎合ともいうべき内容だった。外国首脳の側面支援を批判 同じ『デーリー・テレグラフ』紙に、訪英した安倍晋三首相に対する辛辣な批判が載ったのは5月6日のことだった。「日本経済は大失敗した。それなのになぜ、英国はEU離脱について安倍首相に耳を傾ける必要があるのか」 安倍首相が同5日にダウニング10(首相官邸)で、「英国はEUに残留することが望ましい」「世界にとって強いEUに英国がいるほうがよい」とキャメロン首相が掲げる残留支持を表明したことに、保守派の読者が多い同紙が過剰反応した報道だった。その背景には、EU離脱問題についてG7(主要国)首脳会議開催国である日本の安倍首相から残留を諭されたことが容認できない離脱派のいらだちがあった。 Brexitをめぐって、外国首脳のキャメロン首相への側面支援に離脱派が反発するのは初めてではない。エリザベス女王の90歳誕生祝いに訪英したオバマ米大統領が4月22日、キャメロン首相に残留支持を表明し、離脱なら、米国との貿易協定の交渉の優先度で「英国は列の後ろに並ぶ」と警告すると、ジョンソン氏は「内政干渉だ」と批判。オバマ大統領の実父が英国の旧植民地のケニア出身だったことから、「ケニア人の血を引く大統領の家系が英国に敵意を抱いている」と反発。またEU離脱を主張する英国独立党(UKIP)のファラージ党首は「これまでで最も反英の米大統領だ」と批判した。移民急増に強い憤り移民急増に強い憤り なにゆえ、欧州の大国である英国でEU離脱論が高まるのだろうか。それは3年前の2013年に遡る。欧州債務危機を契機に、独仏中心のユーロ圏は、危険な債券を売って利益を上げた金融機関の規制強化を始めた。金融街シティが経済の柱である英国にとっては死活問題になりかねず、反EU感情が強まり、UKIPが保守党から支持者を奪い始めた。与党保守党内でもEU主導政治に批判的な見方が強まり、焦ったキャメロン首相が15年の総選挙で勝つことを条件に17年末までに国民投票を実施すると約束したのだった。 実際に15年の総選挙で保守党が過半数を得て投票の流れができるのだが、発端は保守党内の内部分裂だったことは忘れてはならない事実だろう。伊勢志摩サミットで複製された壁画の説明を受けるキャメロン英首相(左)とオバマ米大統領=5月26日午後、三重県志摩市(代表撮影) 英国は世界で最も開かれたグローバル金融市場を運営している国であり、EUに所属していることのメリットは計り知れない。それをよく承知するキャメロン首相は、EU残留を主張し続けている。だから保守党内でジョンソン氏らの離脱派が勢いを増して激しい論争が展開されたのは、「保守党内の権力闘争」と見ても間違いではない。 離脱派が台頭する最も大きな要因が、EU内とりわけ東欧から押し寄せる移民の急増だ。ドイツと並んで欧州の大国である英国は経済運営も順調で、ドイツと同様、移民が大量に流入している。旧来のインドやアフリカなど旧植民地のほかに、ブレア元政権時代の2000年以降、EU新規加盟国から移民を積極的に受け入れてきた。安価で質の良い労働力の流入は経済的に活況をもたらした。ところが08年以降の金融危機以来、白人の労働者階級を中心に「仕事を取られた」「社会福祉制度の重荷になっている」との不満が広がった。彼らがBrexitを支持する中心となった。 15年度の移民の純増数は33万人強で過去最高となり、英国内の一部からは制限すべきとの声が上がったが、EUのルールとの関係で政策を自由に決められない。英国は欧州の大半を国境検査なしで移動できる「シェンゲン協定」には加盟していないが、より基本的な措置としてEU離脱を求める動きが出てきた。 ジョンソン氏ら離脱派は、「離脱後に純流入数を減らして国民の仕事を守り、福祉制度への『ただ乗り』を防ぐ」と主張。EUから抜けなければ、急増する移民を制限できないと説く。さらに、長期化するシリア内戦で増加が続く中東や北アフリカから流入する難民問題で対策が遅れていることも離脱派の反EU機運を後押ししている。 またフランスやベルギーで移民やその子弟によるテロが続発したことも、「移動の自由は英国の安全を脅かす。EU離脱でより厳格に国境管理すべき」(ファラージUKIP党首)とEU懐疑論に拍車がかかった。経済的不利益より主権回復が国益?経済的不利益より主権回復が国益? もう一つが根深いEUの官僚体質への反発だ。EUは基本的に国家統合をめざすもので、EU内で決められたルールは例外なく域内に適用しなければならない。 EUは巨大な公務員組織を抱え、その規模や複雑さは、公務員天国と呼ばれる日本をはるかに凌駕する。洋の東西を問わず公務員は高圧的で杓子定規のため、英国内では「主権が干渉されている」との風潮に対する不満が絶えない。 歴史的に自由競争を通じた活力を重要視する英国と、政府による民間への介入を是とする大陸欧州では、規制に対する溝は少なくない。多くの英国民は、労働時間規制や製品の安全基準などEUのルールは厳格すぎると受け止めている。金融街のシティでも銀行員の報酬制限や金融取引税導入などに対する抵抗は大きい。 そもそもEUは加盟国には緊縮財政を強いるのに、支出は過去10年で4割強増えた。財源は各国分担だから英国はドイツ、フランスとともに配分される予算よりも分担金が多くなり、2014年度で43億ユーロ(約5400億円)もの「赤字」となる。またEU予算の半分以上が農業や域内の低所得国への補助に使用される。このため、英国民にはEU官僚が権限と組織を肥大化させていると映る。 そこで離脱派は「英国が欧州の自由貿易圏の一部であり続けることは可能だ」として「英国は毎週3億5000万ポンドをEUに払っている」のに、規制でがんじがらめだと指摘、その分を崩壊寸前の国民保健サービス(NHS)など社会保障や医療に回すべきだと説いた。「規制を緩和して、EUよりも中国やインドなどの新興国と独自に自由貿易協定(FTA)を結んだほうが英国の競争力を増す」と訴えている。 実際に離脱すれば、英政府はEUなどと貿易などに関する取り決めを新たに結ぶ必要性が生じてくる。交渉には最長10年の期間が必要とされ、その間不透明感が強くなる。産業界の投資は延期され、金融センターであるシティの地位が低下し、グローバル企業が欧州の統括拠点を英国から欧州大陸に移して、経済が空洞化していく可能性もある。英国の経済に重大な影響を与えることは間違いない。ポンドは急落し、英財務省は国内総生産(GDP)が2030年までに6%落ち込み、英産業連盟(CBI)は95万人が失業すると試算する。悪影響は英国に留まらず、世界的なリスクは避けられない。 経済的には輸出入の半分以上を依存する欧州大陸と断絶しては存立しないことを理解しながら、離脱派はEUから離れて英国の議会だけで物事が決められるようになることは主権回復を意味すると考える。そこでジョンソン氏らは、「経済での目先の不利益は主権回復に必要なコストで、長期的には離脱が国益にかなうはずだ」と問いかけた。 こうした主張が移民急増で生活を脅かされかねない中間層やブルーカラーの心を捉えた。ロンドン大学経済政治学院のサイモン・ヒックス教授(政治学)の分析では、離脱を支持する有権者は、白人で保守党を支持する低学歴の中高年層で、「移民問題」に最も関心を示す中間層という。経済停滞でEUと社会の現状に憎悪と不信を深める彼らの怒りを汲み取った点でジョンソン氏ら離脱派はポピュリストであり、米大統領選で中間層の不満に便乗して共和党候補となったトランプ氏と酷似している。 そこには、欧州よりも英国を優先する身勝手で排他的なイングランドナショナリズムが見え隠れする。こうした現象はイスラム移民排斥が強まるフランスや、シリア難民を拒否する東欧諸国、スペインからの分離独立を唱えるカタローニャ地方など昨今の欧州に共通する。名誉ある孤立名誉ある孤立 なぜ、そこまで英国は「主権」回復にこだわるのか。 ドーバー海峡に霧が立ち込めた際、高級紙『タイムズ』が「海峡から濃霧 大陸から孤立」と報じたように、濃霧によって大陸(欧州)から切り離されるイメージが英国人を安らかにする。「欧州と一緒にはなりたくない」民族感情があるのだ。EU懐疑論の背景には、名誉ある孤立を尊び、EUを憎悪する誇り高い反欧州感情がある。 15世紀の100年戦争以来、フランスとは19世紀に3度戦い、20世紀前半は2度ドイツとの大戦を経た。 世界に君臨した大英帝国時代から育まれた「英国と大陸欧州は違う」との自負心から、大英帝国を知る世代を中心に「自国だけでやっていける」との思いが強い。このため、EUの前身、欧州共同体(EC)に加入した1973年から単一通貨ユーロ圏や「シェンゲン協定」に参加せず、「独自の立ち位置」を続けてきた。英国人は、英米法という欧州大陸とは異なるきわめて民主的な法体系をもつ。政治統合を避けてビジネスでの統合に留まり、国境撤廃や共通通貨導入など国家の根本で統合に背を向け、一定の距離を保ってきた。 そもそも「統一ヨーロッパ」を構想したのは英国のチャーチル元首相だった。ところがソ連が崩壊し、旧東欧諸国がこぞって加盟して28カ国体制となったEUの主導権を握っているのはライバルの独仏だ。キングスカレッジ・ロンドンのアナン・メノン教授は、「離脱派の背景には、失われた大英帝国を懐かしむノスタルジーもあり、大国主義の名残が見え隠れする」と指摘。対照的にEUの中の英国として育った若い世代が残留を支持している。EU憎悪と帝国への郷愁という理屈を超えた感情がイングランドナショナリズムと結び付き、「中間層の不満を離脱派が内向きのポピュリズムで取り込んだ」(メノン教授)との見方が有力だ。「アングロスフィア」連合 大英帝国の遺産の一つに「アングロスフィア」連合(英語圏諸国連合)がある。同様の文化や言語、価値観をもつ米、英、カナダ、豪州、ニュージーランドのアングロサクソン諸国5カ国から成る米英同盟で、離脱派は、大陸欧州に代わって「アングロスフィア」連合なるものを再興して英国がリーダーとなり新時代の役割を担うべきと主張する。 現在、アングロサクソン諸国5カ国は、エシュロンと呼ばれる米国の国家安全保障局(NSA)を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システムで協力、情報共有しており、このインテリジェンスでの連携を経済や政治に発展させようという構想だ。 しかし、国家連合で最も影響力のあるメンバーになるはずのオバマ米大統領が4月下旬に英国のEU残留を強く訴えたことで現実味を失っている。英語圏に郷愁を抱く離脱派には、米国が戦略的に貿易で最も優先するのは英国でもEUでもなくアジアであることを理解できない。オバマ大統領が個別貿易協定の締結を求めるなら、英国は「列の後ろに並ぶ」と発言したことで、「英仏海峡の代わりに大西洋」という選択肢はないことをEU離脱派は渋々認めた。しかし、この旧植民地ネットワークである英語圏連合構想は、国民投票で残留が決まっても、英国内でくすぶり続ける可能性がある。首相の信認揺らぐ?「パナマ文書」首相の信認揺らぐ?「パナマ文書」 離脱派を勢いづかせたのが、タックスヘイブン(租税回避地)の法人に各国首脳やその親族らが関わっている実態を暴露した「パナマ文書」だった。亡父が租税回避地に設立・運営した投資ファンドによって利益を得ていたことをキャメロン首相が認め、首相官邸前で退陣要求デモが起こるなど2010年の政権発足以来の最大の危機を迎えた。首相は財政健全化を掲げて国民に厳しい緊縮を強制させ、主要国首脳会議などで国際的な課税逃れ対策の必要性を主張してきただけに、首相自身が富裕層相手のタックスヘイブンで利益を得ていたことへの国民の怒りと不信が高まり、支持率と求心力は一気に低下した。 EU残留を訴える首相が国民の信認を失えば、投票の行方に大きく影響を与える。このためキャメロン首相は、この問題で指導力を発揮せざるをえない立場に置かれ、訪英した安倍晋三首相に、伊勢志摩サミットで課税逃れ対策を議論するよう伝達。5月12日、ロンドンで世界の汚職や腐敗根絶を話し合う「腐敗防止サミット」を開催して、タックスヘイブンの透明性向上策とペーパー会社の規制強化策を表明するなど信頼回復に躍起となった。スコットランド独立スコットランド民族党のスタージョン党首(ロイター=共同) 一方、親EU的なスコットランドでは、連合王国からの離脱を主張してEUへの加盟存続を求めるナショナリズムが台頭している。スコットランド民族党(SNP)党首でもあるスタージョン首相は、英国の国民投票でスコットランドの意に反してEUからの離脱が決まれば、独立の是非を問う住民投票を再度行なう方針を表明。5月のスコットランド議会選挙の公約に盛り込んだため、英国が離脱を選べば、EU残留を求め分離独立運動が再燃することは必至だ。独自通貨をもたないスコットランドは独立した場合、EUの統一通貨ユーロを想定。独立すれば、EUに残留する意向だ。スコットランド分離独立の動きが投票行動に影響を与える可能性がある。スコットランド独立を回避するためEUに残る選択もありうるからだ。 英世論調査会社「ユーガブ」の5月の調査によると、残留支持が42%、離脱は40%で拮抗している。英国はイングランドとスコットランドの2つのナショナリズムにさいなまれ、連合王国はナショナル・アイデンティティの危機に直面している。 与党保守党内で、8人の閣僚を含む保守党議員の約半数、一般党員の約70%が離脱を支持して多くの“反乱”者を出したキャメロン首相の求心力低下は避けられず、僅差で残留を果たしたとしても早期に党首交代を余儀なくされる可能性もある。党内支持を固め、首相を続けてEU加盟国の信頼を回復するには国民投票で「完勝」するしかない。国際社会が注視するなか、茨の路に立たされたキャメロン首相の前途に暗雲が垂れ込めている。おかべ・のぶる 産経新聞ロンドン支局長。1959年生まれ。81年、産経新聞社に入社。モスクワ支局長、社会部次長、社会部編集委員、編集局編集委員を歴任。2015年12月より、ロンドン支局長。著書に、『消えたヤルタ密約緊急電』(新潮選書/第22回山本七平賞)、『「諜報の神様」と呼ばれた男』(PHP研究所)がある。関連記事■ メルケル独首相、強力なリーダーシップの源泉とは?■ ついに21万社のリストが公開、「パナマ文書」で始まる金融覇権戦争■ 地域主義化する世界、1930年代の教訓

  • Thumbnail

    記事

    イギリスの知られざる戦略「国際防衛関与戦略」とは?

    廣瀬泰輔(国会議員秘書)(THE PAGEより転載) 冷戦後、自衛隊は海外でも活動するようになりました。国連平和維持活動(PKO)や海賊対処はその典型です。しかし、日本には、自衛隊の海外活動のあり方を分野横断的に整理した戦略が未だにありません。一方、英国には、外交・経済・軍事など複数の分野を踏まえて作られた、「国際防衛関与戦略」(以下、関与戦略)があります。関与戦略の柱になっているのが、防衛分野の人材や装備品などを外交の観点からも活用する「防衛外交」という考え方です。関与戦略には、途上国の軍隊を支援する「能力構築」や、産業振興の観点も踏まえた「武器輸出」などの取り組みも含まれています。「安全保障」「繁栄」「自由」を国益に掲げる英国は、諸外国に関与することで危機の発生を予防し、自国の安全保障と、経済活動に必要な地域の安定を確保しようとしています。 英国は、防衛分野の人材、ノウハウ、装備品などを外交の観点からも活用しています。これが、「防衛外交」(defence diplomacy)と呼ばれる考え方です。防衛外交は、2013年に英国防省が打ち出した『国際防衛関与戦略』(International Defence Engagement Strategy)の柱として位置付けられています。防衛外交に該当する活動としては、諸外国の軍隊との人的交流、国内外で行う他国軍に対する教育や訓練、情報交換や調整業務を行う連絡官の他国への派遣などがあります。例えば、英海軍は海上自衛隊に連絡官を派遣しています。連絡官を派遣することで、日英の防衛実務者同士が日常的に情報を交換できるようになり、日英関係を補完することになります。 「繁栄」を国益の一つに掲げている英国は、その基礎となる地域の安定に寄与するために、諸外国の軍関係者などに対して英国の国内外で教育や訓練を行っています。その中でも、途上国の軍人の技能や軍隊の能力などを高めようとする取り組みは、「能力構築」(capacity building)と呼ばれています。例えば、英国は、イスラム過激派組織の脅威に対応するために、ナイジェリアへ軍事顧問団を派遣し、ナイジェリア軍に対して訓練を行っています。ちなみに、英国防省の文書でも触れられているように、英国は教育や訓練を通じて国造りに関与することで、相手国における英国の影響力を維持しようとしています。何故なら、英国の『国家安全保障戦略』の中でも言及されているとおり、英国は影響力こそ国力の源泉だと考えているからです。日本と新型ミサイルの共同研究 10万人の雇用を抱える航空宇宙産業が主要産業となっている英国は、戦闘機などの装備品や関連する防衛技術を、経済・外交両面においても活用しています。英国政府は、主力産業の一翼を担う戦闘機などの装備品の輸出を促進するために、世界最大級となる武器の展示会の開催を支援しています。また、相手国との関係を強化しつつ、自国にない技術を取り入れ、より良い装備品を開発するために、防衛技術に関する協力も諸外国と行っています。例えば、英国は日本と新型ミサイルの共同研究を行っています。装備品や防衛技術に関する協力を進めることで、日英間には防衛当局者が集まる定期協議の場などが設置され、従来なかった結びつきが生まれています。こうした新たな繋がりが、日英関係をより深いものにしています。対外政策に軍の有用性を活かす英国 英国は、防衛分野の人材などを外交の観点からも活用する「防衛外交」という考え方を柱とした、分野横断的な『国際防衛関与戦略』をつくり、能力構築や武器輸出を通じて諸外国に関与することで、国益を確保しようとしています。一方、初めて自衛隊を海外での任務に派遣してから四半世紀が経つ日本には、自衛隊の海外活動に関する展望を、複合的観点から示した戦略はありません。確かに、防衛省には、諸外国の防衛当局との交流のあり方について示した「基本方針」はあります。しかし、それは、政府全体ではなく、防衛省としての一体性と整合性を確保しようとしたものに過ぎません。冷戦終結から25年。中国の海洋進出や北朝鮮の核開発など、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わりました。今後は、英国のように、防衛分野の人材などがもつ有用性に着目し、外交や経済など様々な観点から自衛隊の活用方法を考えてみると、日本の外交・安全保障政策にも幅と深みが出るのかも知れません。廣瀬泰輔(ひろせ・たいすけ)。元米戦略国際問題研究所(CSIS)客員研究員。日本財団国際フェローシップ(2期)。EU短期招聘訪問プログラム(EUVP、2015年派遣)。防衛大学校卒。松下政経塾卒。予備自衛官。

  • Thumbnail

    記事

    中国に接近する英国 アジアとは違う対中目線

    宇城健弘(ライター)(THE PAGEより転載)キャメロン英首相(左)に迎えられ、手を振る習近平中国国家主席=2015年10月21日、ロンドン 欧米主要国であり、かつての覇権国家だったイギリスが、中国の提唱する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」に参加を決めたことは、日本でも衝撃を持って伝えられました。10月の中国・習近平国家主席の訪英時にも、イギリスは国を挙げた歓待を行い、ロンドン市場で元建て短期国債が発行されました。中国は人民元の国際化を目指しており、このロンドン市場での短期国債発行やSDR採用によって、その実現に近づいています。イギリスと中国が結びつきを強める背景には、どのような思惑があるのでしょうか。【図】「アジアインフラ投資銀行」創設メンバー57か国 国際通貨基金(IMF)は先月末、特別引き出し権(SDR=Special Drawing Rights)の構成通貨として中国の人民元も採用することを決めました。SDRとは、全世界共通の通貨単位を表し、構成通貨はこれまで米ドルとユーロ、英ポンド、日本円の4通貨でした。今回の決定で5通貨目の採用となります。 来年10月以降、5通貨のSDR構成比は、米ドル41.73%、ユーロ30.93%、人民元10.92%、円が8.33%、英ポンドは8.09%となります。人民元がドル、ユーロに次ぐ第3位。これで人民元は通貨取引において、一定の割合で使用できることになりました。 実際に、人民元の通貨シェアは国際銀行間通信協会(SWIFT)によると2015年8月次が2.79%で、はじめて日本円(2.76%)を上回り、第4位となりました。シェア1位は米ドル(44.82%)で、ユーロ(27.20%)、ポンド(8.45%)です。流通量でいえば、国際間取引に使えないというほうが不便という現実のあるわけです。SDRへの採用決定は、流通量という実績に国際的な信用というお墨付けが与えられたというわけです。 また、そのひと月前に行われた10月21日の習近平・中国国家主席の訪英と英国キャメロン首相との会談の際には、ロンドン市場で中国国外初の元建て短期債が発行されました。中国は「人民元の国際化」を目標としていましたが、SDRへの採用にとって、名実ともに達成されたといえるでしょう。英国が中国と結びつきを強めるワケ英国が中国と結びつきを強めるワケ 人民元国際化の第一歩は、このロンドン市場での元建て短期国債の発行といえます。英国といえば、米国と歴史的な関係が深いかつての覇権国家です。 その米国が、AIIBへの参加見送りの要請をしたのに英国は参加。習近平国家主席の訪米では歓迎ムードもそこそこだったのに、訪英では王室と会食するなど、国を挙げた歓迎をしています。 英国の中国戦略が米国とは真逆ベクトルにあるとさえ感じられるほどです。その理由には、アジアや日米では、中国の経済プレゼンスの高まりを警戒する視点が強いですが、「欧州は中国との間で地政学的な問題を抱えていない、中国の経済力を冷静に見れば、それに乗らないという選択肢はない」(ニッセイ基礎研究所 伊藤さゆり氏)からという見方があります。 米国経済のかげり。国際会議のパワーがG7からG20へと移行されたことで、米英のつながりが希薄化したこと。シリア制裁の足並みの乱れなどオバマ政権以降、英米関係のぎくしゃくは続いています。「英国にとってもはや米国との関係は特別という状況ではなくなっています。また英連邦のつながりも希薄化しているし、EU内でもユーロを導入していない、17年末までに実施される国民投票の結果次第でEU離脱の可能性もあるなど、英国の外交関係が変わりつつあります。その状況では、国際関係をテコに自国の利益を拡大させるためには、経済大国となった中国との関係を深めるのが必要不可欠だったのだと思います」 しかしその期待したい中国の成長も日本では、失速するなどネガティブな報道が多く見られています。言い換えれば、落ち目の中国とこれから結びつきを強める意味はどこにあるのかということにもなるでしょう。英伝統のパブでビールを楽しむ習近平国家主席(左)とキャメロン英首相。急速な中国傾斜には疑問の声が出ている=2015年10月22日、イギリスアジアからでは「気づかない」視点「中国がいろいろな問題を抱えているのは英国も承知しています。しかし、急失速するという認識ではないでしょう。これまでのような高成長はなくても、それでも欧州よりも高い成長力が持続すると見ていると思います。そしてなにより、日本は中国を“世界の工場”、つまり安価かつ豊富な労働力を利用した輸出拠点としてみてきたので、その勢いの衰えを感じていますが、英国やドイツにとっては、輸出拠点としての意味合いは薄く、むしろ膨大な人口を背景に、輸出先――消費地としての将来性に期待をしているのです」 昨年3月に習近平国家主席が訪独し、今年の6月には李克強首相がフランスを訪れていますが、欧州各国は中国の成長市場を取り入れたいし、中国は欧州とのつながりを強化して、人民元の国際化、米国との連携にくさびに打ち込むなどの思惑があるといえるでしょう。「人権問題や民主化という欧州が従来重視してきた価値観をいったん棚上げするような形で、経済大国となり、構造転換を目指す中国の成長を取り込もうという欧州の戦略が、狙い通りの効果を挙げることができるのか、今の段階では判断できません。とはいえ、欧州が、中国の経済力と今後の成長性を高く評価し、積極的に関係を深めようとしている現実を認識しておくことは大切だと思います」 欧州と同じように中国の利益“だけ”に上手に乗ることは、アジア圏ではなかなか難しいでしょう。しかし、アジアとは違う視点で中国を見ている欧州という地域があるという理解があれば、世界情勢を複眼的に見ることができるではないでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    20年後か30年後に欧州は難民に乗っ取られるとの予測

     ヨーロッパの国のほとんどが、今ではEU(欧州連合)に加盟し、多くの国で通貨も統一されている。国境でのパスポート確認すらされない。しかしながらフランスやベルギーでは移民に紛れたテロリストがテロを起こすなどの事態にも発展した。これは、本当にヨーロッパが望んだ平和な未来をもたらすのか。ジャーナリストの落合信彦氏が、EUに待ち構える未来について解説する。* * * そもそもEU(欧州連合)は、1958年に発足した欧州経済共同体(EEC)と欧州原子力共同体(EURATOM)が前身だ。その後、ヨーロッパ共同体(EC)となりEUに至った。 当初の参加国はフランス、ドイツ、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクなどだ。これらは比較的裕福な国だったから、それだけであれば今のような問題は起こらなかっただろう。ところが、ギリシャのような貧しくて汚職が蔓延しているような国々が資金融通を目当てに次々に加盟してから、綻びが見え始めた。 EUは「来る者拒まず」で拡大を急いだために、将来どんな悲劇をもたらすかをまったく考えなかった。それが今、自滅の危機を招いているのだ。かつてイギリスの首相を11年務めたマーガレット・サッチャーをインタビューしたとき、彼女はこう語っていた。「ヨーロッパは歴史的に戦争が多い大陸でした。1951年にウィンストン・チャーチルが2度目の首相に就いたとき、彼は『ヨーロッパでの戦争はこれで終わりにしたい』と語っていました。そのためにはヨーロッパが一つになることが重要だったのは事実です。 1955年に彼が老齢で引退した後、3年後にできたのが欧州経済共同体と欧州原子力共同体でした。私は、これはおかしいと思いました。なぜなら、1949年にNATOができており、それによってヨーロッパの平和は保障されます。その上になぜ経済共同体が必要なのか。 さらに、通貨がユーロになってしまいました。これはまったく余計なことです。貧しい国々と裕福な国々が手をつないで繁栄するなど、絶対に無理なのです」 サッチャーは議会でEUへの加盟を迫られたとき、「ノーノーノーノーノー!」と5回もノーを繰り返した。それでも議会はEU加盟を選んだ。ギリシャ北部イドメニの難民キャンプで、テントに食料品を並べて売るシリア難民の家族=4月(共同) 現在のEUは加盟国を自由に行き来できるシェンゲン協定により、テロの危険に晒されている。 ヨーロッパは難民のごく一部を送還しはじめているが、ヨーロッパの未来を考えるならば、移民や難民を受け入れる法律を破棄し、シェンゲン協定も停止することが必要だ。そういうと「難民の人権はどうなるのか」という“人権派”から批判の矢が飛んできそうだが、もはやヨーロッパは自国民の生命と安全を守れないほどの状況に陥ってしまったのだ。 自業自得と言えばそれまでだが、このまま進めば20年後か30年後にはヨーロッパは難民に乗っ取られてしまうだろう。そしてヨーロッパ人の多くは今度はアメリカへの難民となり、世界滅亡に拍車をかけるかもしれない。 先を見通し、「難民受け入れ拒否」「シェンゲン協定停止」といったような英断をできるサッチャーのような政治家は、残念ながら見当たらない。関連記事■ 日本は欧州の一員としてユーロ維持を意思表明せよと大前研一■ 難民の受け入れに非積極的な日本が果たすべき役割■ 【キャラビズム】コンピュータ腕時計に続き健康診断腕時計?■ サッチャー女史 「EUは失敗します」と落合信彦氏に予言した■ 生きにくい現代社会において「哲学」を使うことをすすめる本

  • Thumbnail

    記事

    テロリストも利用した巨大難民の波とEUの満身創痍

    アのパスポートを調達することなど、ISにとっては、やはり簡単なことだろう。 今、EUでは、やみくもな移民・難民受け入れ政策に批判的な、いわゆる「極右」政党がめきめきと力をつけている。イギリスもフランスもそうだし、10月のウィーン市の市議会選挙では、「極右」政党の得票が3割を超え、過去最高となった。世界人道サミットで演説するドイツのメルケル首相=5月23日、トルコ・イスタンブール(アナトリア通信提供・共同) 皮肉にもパリのテロの前日、今まで寛大な難民政策でEUの鑑のように言われてきたスウェーデンが、国境での入国審査を導入し、これまでの難民政策を大きく転換した。スウェーデンは、すでに昨年の総選挙で「極右」が議席を倍増している。左派の現政権も、その力を無視できなくなったということだろう。 一方ドイツでも、移民排斥を声高に叫ぶ暴力グループが伸張し、今年になって、難民宿舎への放火事件が、すでに360件も起きている。ドイツにいる難民は拘束されているわけではなく、審査待ちのあいだ普通に生活している。一般の国民は暴力グループには与しないが、不安は徐々に膨らんでおり、将来、この不安票が「極右」政党に流れることを、メルケル首相はひどく警戒している。 そんなわけで、今、ドイツ政府は「難民は加害者ではない。被害者だ」というわかりやすいレトリックで、自らの人道主義コースをアピールしている。それどころか、難民こそドイツのチャンスという主張だ。 ドイツは労働力が足りない。技術者も熟練工も介護士も不足している。難民がその穴を埋めてくれる。また、少子化のドイツに若い難民がたくさん入ることによって、人口動勢も改善される。働き手が増えれば、社会保障費の収支も長期的には好転するというような有難い話だ。 また短期的に見ても、難民は景気向上の助けになる。まず、あちこちで住宅の建設が始まり、それに関連した需要が発生する。政府発表によれば、来年は難民関係の予算が61億ユーロになる。これが公共投資の代わりになり、難民景気を生む。しかも増税はしない。いくつかのリサーチは、来年、再来年は、難民のおかげで経済成長が見込めると保証している。 パリのテロは間違いなく、ドイツ人の不安をかき立てた。ドイツ政府の宣伝する“正しい難民の見方”を、いったいどれだけの人が信じているだろうか。かわぐち・まーん・えみ 日本大学芸術学部卒業。昭和60年、旧西独のシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ学終了。以後ドイツで作家活動。著書に『なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか』(PHP研究所)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    英国の国民投票で加盟国に拡大するEU離脱論

    遠藤乾(北海道大大学院教授) 6月23日、イギリスのEU残留・離脱が国民投票で決せられる。ここでは、その帰結がまだわからない段階で、EUへの影響を占う。前もって結論を煎じ詰めれば、どちらの結果になろうと、EUの危機は続くということになろう。なお、ここでは、イギリス自身へのインパクトや、スコットランドや政党政治を含めた国内政治への影響は射程から除外し、政治的な影響に焦点を絞る。 ‘Poll of polls’という世論調査の平均値を示す数字(6月11日現在)によれば、イギリスの国民は真っ二つに割れている。5月末に発表された移民統計で、去年一年で33万もの移民がイギリスに入国したことが明らかになり、10万人に抑えるとしたキャメロン政権への批判が強まり、「自ら移民を制御せよ」というEU離脱派が勢いづく形となっている。 もちろん、離脱ということになれば、ことは重大である。EU史上初めて、一加盟国、しかも域内で第2位の経済体であり、フランスと並んで最大の外交・軍事的なプレゼンスを誇る国がEUを離れるわけで、ダメージは避けられない。記者会見後に握手するオランド大統領(右)とキャメロン首相=2016年3月(ロイター) EUというのは、一面で、多くの国が集まることで規模を実現し、共同で影響力をかさ上げする権力装置である。比重の大きいイギリスの離脱によってその一角が崩れることで、EUの影響力の縮小は、国際政治・経済双方で目に見えるものとなろう。それは、EU共通外交安全保障政策の効果から、G7、IMF、世銀などの世界経済上のフォーラムにおける存在感にいたるまで、さまざまな場面で感じられるはずである。 ただし、それは、可視的なEUへの影響にとどまらない。多国間協力のもっとも濃密な形態であり、組織化の進んだEUが、イギリスのように古くからデモクラシーの伝統を紡いできた国の国民から「否」を突きつけられたとなれば、世界的に多国間主義が揺らぐことになろう。 EUに話を戻せば、この数年続いてきた危機に次ぐ危機により、すでにそれはダメージをうけていたわけで、イギリスの離脱はそれに輪をかけることになる。 何とか離脱を逃れたとしても、もしそれが僅差でなされるということになれば、離脱時ほどでないにしても、それに近い影響が想定しうる。つまり、半数に近いイギリス国民がEUを否定することで、EUという存在に疑義が付されるということになろう。 イギリスの離脱(あるいは僅差での残留)に対して、仮にイギリス以外のEU諸国、とりわけ独仏をはじめとした原6加盟国が結束して、イギリスなしででも、さらなる統合への意思を明確にし、具体的なプログラムを提示しなおすということになれば、EUへのダメージはいくばくか修復されるかもしれない。国民投票の乱立によって拡散する欧州懐疑主義 しかし、イギリス離脱の際に、それらの中核国が思い描いていることはばらばらである。フランスは、離脱するイギリスに対して懲罰的な態度で臨みたいと考えており、ドイツはその逆であると伝えられる。国民投票直後に開かれる欧州理事会(6月28~29日)で提出予定の「EU外交安全保障グローバル戦略」構想に基づき、独仏が反転攻勢をかけたいと協調できたとしても、オランダの財務相ダイセルブルームが述べたように、統合に「否」を突き付けられた局面で、さらなる統合を「解」として提示するのに、政治的に意味があるとはにわかには信じがたい。ジャンクロード・ユンケル欧州委員会委員長(左)とドナルド・トゥスク欧州理事会議長=2016年5月、三重県志摩市(AP) 反転攻勢どころではなく、大陸のEU諸国においても、欧州懐疑勢力が勢いづく可能性が高い。すでに、フランス国民戦線のマリーン・ル・ペン党首は、フランスにおいても同様の国民投票を実施すべきと主張している。スウェーデン国民の多数派も、イギリス離脱の場合には自身が離脱することを望んでいる。そうした懐疑主義の広がりに、利用しうる豊かな政治的資源を見出す勢力が、あちこちで国民投票を提唱するということにもなりかねない。そうなったとき、EUは立ち往生するだろう。 危機のなかにいるEUは、単一通貨ユーロであれ、人の自由移動をつかさどるシェンゲン体制であれ、それらの機能不全に対して、集権化(つまり統合)の必要に迫られてもいる。銀行同盟の完遂や内務警察協力の深化、あるいは域外国境警備の整備などがそれに当たる。けれども、そうした欧州懐疑主義の拡散や国民投票の乱立によって、必要な措置が取れないままとなる可能性もある。そうなった場合、機能不全のままのユーロやシェンゲンへの疑念がふつふつと生起するに違いない。 仮に大差で残留ということになれば、しばらくはそうした事態を避けられるかもしれない。けれども、イギリス国内の政治的な勢力配置図はがらりと変わり、残留でもUK独立党は勢いづき、保守党は党内の内戦の傷が深いまま政権が弱体化する。そうしたイギリスが加盟したままで、EUが上記の必要な集権化に向かえるのかどうか、疑問である。 こうして、EUはいずれにしても、内外に機能不全と信用不安に陥り、しばらくは停滞が避けられない。それが反転するさまを今から描くことは不可能だが、逆に「EUの崩壊」言説にそう簡単に乗れもしない。欧州懐疑勢力が独仏などの中枢国を本格的にむしばみ、その支援なしには政権や予算が組めないという事態に至らないかぎり、EUが当面生き残るだろう。そのあいだに、EUが信頼を回復し、必要な機能的集権化を図れるかどうか、まだまだ注視が必要である。

  • Thumbnail

    記事

    欧州はもはや共同の価値観を見失った

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 欧州連合(EU)は創設以来、紆余曲折を経ながら拡大してきた。創設当初6カ国時代から現在28カ国に拡大した。加盟を希望する候補国もブリュッセルのEU本部前で列をなしている。 EU拡大のハイライトは旧ソ連。東欧諸国が冷戦終了後、次々と加盟したことだろう。東西に分裂していた冷戦が幕を閉じることで、EUは欧州大陸で唯一の政治・経済機構となった。その潮流は欧州全土に留まらず、中東のトルコまでEU加盟国の称号を得ようと躍起となってきた。ここまでは良かったが、昨年からその潮流は逆流する兆しが見えだしたのだ。 EUに昨年、北アフリカ・中東諸国から100万人を超える難民・移民が殺到してきた。彼らは個人レベルだが、EU国民となることを目指して来た人々だ。問題は難民・移民の数が余りにも多く、収容問題でEU加盟国内で対立が表面化してきたことだ。 ブリュッセルで昨年開催された内相理事会で16万人の難民の分担が決定され、各加盟国が一定の難民を引き受けることになった時、チェコやスロバキアは早速、抗議し、スロバキアは、「わが国はイスラム教徒の難民は引き受けられない」とはっきりと拒否。ポーランドもそれに続いた。 ブリュッセルのEU本部が最も警戒している政治家、ハンガリーのオルバン首相は、「EUは経済機構に留まるべきだ。それ以外は主権国家の政府と議会が決定すべきだ」と提案している。それだけではない。「EUは共同の価値観の集団でもなく、政治機構でもない」と言い出したのだ。ハンガリーのオルバン首相 共同の価値観まで削除し、単なる経済機構となれば、EUの歴史が逆流したことを意味する、EU創設当初はあくまで経済的共同体だった、それが冷戦時代を経て、民主主義、自由、平等と法の支配を擁護する、といった共同価値観が強調されてきた。すなわち、金だけの集団ではなく、明確な価値観、世界観に裏付けられた機構と自負してきた。 財政危機、難民危機などを体験したEU加盟国には現在、ブリュッセル主導のEU運営に強い不満の声が出てきた。表面上はキャメロン英首相のEU機構改革と同列だが、ハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアなど東欧加盟国からは「EU支配から脱皮して主権国家へ回帰」現象が見えだしたのだ。 右派政党「法と正義」(PiS)が主導するポーランドのシドゥウォ新政権は憲法裁判所改革、メディア法の改正など実行し、政権への権力集中を目指している。オルバン首相はポーランドの右派政権と連携を図り、チェコ、スロバキアなどを加えた東EUの創設を夢みてきている。経済機構としてのEUの利点は享受するが、それ以外は主権国家の権限で政策を決定していくという一見、利己的な改革案だ。 冷戦時代の東西分裂から大統合を目指してきたEUが現在、再び「分裂」に直面しているわけだ。このプロセスは一見、欧州が最初の振出点に戻ってきたように考えるかもしれないが、最初の「西欧と東欧」の時代は民主主義陣営と共産主義陣営といった明確な価値観を掲げていた。現在表面化した「西欧と東欧」の分裂はその共同価値観すら排除された純粋な経済共同体の発足を目指しているのだ。 共同の価値観を失った統合はいつでも分裂する危険性を内包している。その分裂のプロセスで欧州が再び戦場に戻る危険性も完全には排除できなくなる。ひょっとしたら、EUの東西分裂はロシアのプーチン大統領のユーラシア連合構想に現実味を与えることになるかもしれない。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年1月14日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    欧州における反EUと右傾化は何を意味するのか

    小野昌弘(英国在住免疫学者、医師) 欧州各国で既存の主要政党への支持が軒並み崩れてきているという(英紙ザ・ガーディアン記事)。これはいったい何を意味しているのか。EU不信 極右が伸びている国が多いのは確かだが、右傾化といったキーワードだけでこの変化を捉えるのは難しい。起こっている事柄は間違いなく現在の政治エリートへの不信であるが、これは必ずしもいまに今に始まったことではない。理解の鍵になるのは、これと同時進行しているのが欧州連合=EU=に対する不信(Eurosceptic)さらには反EU(anti-EU)であろう。EUという制度で恩恵を被っている人は一体誰なのか、そしてそこから疎外された人々は誰なのか。 EUが好景気を享受していたときには、社会の隅々までEUの恩恵はゆきわたっていたのだろう、こうした不信は表には見えなかった。しかし、いま欧州各国で反EUを掲げる政党が支持を伸ばし、英国もまたEU離脱をめぐる国民投票に突き進んでいる。EUの恩恵 ロンドンという大都市・大学というアカデミアの世界にいると反EUの気分はわかりにくいのだが、どうやらこれらは、EUの制度のおかげで国境を移動して仕事をしている人々・そうしたEUからの移民を雇用して経済活動を行っている人々が集まっている世界であるからのようだ。(私自身も含めてのことであるが)このような環境にいる人々は、英国がEUから出ることを選択してしまうと、実際的に経済活動に支障が出て雇用問題でも困難に直面する。 またこれらの世界ではEU各国同士の国際結婚も進み、すでに家族レベルでEU各国間の絆は深まっている。これはひとつには1987年にはじまったエラスムス計画(Erasmus)により、大学生が在学中に容易にEU圏内で留学できるようになり、これが結婚に結びついた例が相当に多いことのおかげであるようである。少なくともEUの存在はこうした人々に個人レベルで恩恵となっている。亀裂 ところがそうした世界の外に出てみると様相は違う。統計的にも英国の地方都市・田舎にいけば、反EUの気分は広がっている。彼らはEUにより直接の恩恵を被っていない層・社会集団であると考えるのが妥当であろう。ここでは反EUキャンペーンのもと、EUは雇用を奪う移民を自由通過させてしまう欠陥制度と認識されるようになっている。これらの地域は反EU・右翼ポピュリストの英国独立党(UKIP)支持とも重なり、またこれらはロンドン以外はもともと労働党の支持基盤とも重なる。5月22日、ウィーンで、支持者にあいさつするオーストリア自由党の大統領候補ホーファー氏(中央)(ゲッティ=共同) この傾向は、フランスにおいて反EUを掲げる国民戦線(Front National)がかつての社会党支持基盤から支持を奪って党勢を拡大したことに重なって見える(注ー堀茂樹氏によると、「国民戦線」の党勢拡大が顕著なのは、かつての社会党ではなく共産党の支持基盤においてである」とのこと)。 EUの恩恵から疎外された人々がそこにいるとすると、その人たちの不満・不信はどこに向かっているのだろうか。根底にある中産階級への不信堕落 結論からいうと、EUの恩恵から疎外された多くの人々の根底には、中産階級(特に上部中産階級=upper middle class)への不信があるのではないか。中産階級の彼らは大企業や銀行の要職についていたり、弁護士・医師といった専門職をもち、あるいは終身雇用の安定した生活を享受して、国境を越えて活動しEUの恩恵を最も享受している。 経済的活動だけではない。右翼・左翼をとわず政治の運営をになっている政治家の多くがこうした一部の社会階層出身である。そしてリーマンショック後の経済悪化によっても、舵取りを失敗した当の本人たちが政治経済の場から交代することなく同じように安定した立場を独占している。 一方でこうした経済的余裕のある人々が、その社会的立場にみあう社会への責務(ノブレス・オブリージュ)があることをすっかり忘れ、自分たちの財産を増やすための投資や子供達への教育といった自分の個人的な経済問題で頭がいっぱいなようだ。この堕落が人々の不信につながっているのではないか。そして主流派の政治家とEU関係者がこういう人ばかりになり、広い庶民の意見を代弁する政党がなくなっているということが、既存の主要政党への支持が崩れていることの背景にあろう。だから、これは政党の問題というより、社会的な問題である。表現型 こうした社会の変化の結果としての表現型は国によって様々である。ハンガリーは極右が圧倒的に勢力を伸ばした典型的な国であり、ロンドン在住のピアニスト、アンドラシュ・シフは匿名の極右の人々にネットで脅迫されているため自国ハンガリーに帰国することを避けているという。 オーストリアでは最近の大統領選では極右候補ノルベルト・ホーファが勝利に近づいたもののごく0.6%の僅差で敗退した。 翻って見て日本において同様の問題は存在するだろうか。 欧州でEUに恩恵を被っているような中産階級は、日本でいえば安定した正規雇用にあり、しばしば海外出張を行うような人々がほぼ相当するであろうか。こうした人々の生きざまと、いまの日本社会を広く覆う病巣とのあいだになんらかの関係はないだろうか。自分自身のことは意外に理解しにくいものであるが、同時代の欧州の困難から学べることがあるかもしれない。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年5月29日分を転載)

  • Thumbnail

    テーマ

    「移民化」が日本を滅ぼす

    介護部門での外国人大量受け入れ。技能実習制度枠の拡大。これが「移民国家化」の始まりでなくてなんなのか。人口減が深刻化する一方の日本の外国人政策を考える。

  • Thumbnail

    記事

    アベノミクス第三の矢でいよいよ始まる移民受け入れ政策

     先週、在シンガポール日本大使館主催でアベノミクスに関するセミナーが開催されました。  内閣官房参与本田悦郎氏をキーノートスピーカー、シンガポール政府投資会社のチーフエコノミストと、シンガポール最大の不動産会社キャピタランド子会社の日本担当責任者をスピーカーに、コーディネーターをシンガポール国際問題研究所トップに依頼するという豪華編成。シンガポールを拠点にして5年になりますが、日本大使館主催でこれだけの規模のセミナーを見たのたのは初めてでした。 アベノミクスの推進者、本田悦郎官房参与講演の意図 講演ではアベノミクス政策により一部で復調の兆しをみせる日本経済の説明に始まり、インフレターゲットを達成することこそが最重要課題と本田参与が力説。ただし、折悪く日銀の黒田総裁が2015年度のインフレターゲットを2%から1%に軌道修正した直後のタイミングで「2020年までに設定したプライマリーバランス黒字化目標を達成できなくてもいたしかたない」といういささか歯切れの悪い場面もありました。  ただ全般的には、本田氏=安倍政権のアベノミクス推進に対するなみなみならぬ熱意だけはじゅうぶん伝わってくる講演で、シンガポール財界人に向けてアベノミクスの大枠を説明し、サポーターを増やす、という目的(私の推察ですが)はある程度果たされたのではないかと思います。 具体的にみえてきた高度外国人材の受け入れ 講演の中では特に言及されませんでしたが、配布された資料で最も気になったのがアベノミクス第三の矢の重点政策の労働資源として、女性と並び外国人が挙げられていたことです。労働力としての女性活用推進は第二次安倍政権発足当初から声高に叫ばれていましたし、昨年3月の自民党日本経済再生本部の「労働力強化に関する中間とりまとめ」で外国人技能実習生制度の拡充についてかなり詳しく述べられていましたが、高度人材に関する言及はごくわずかでした。それが今回の資料では、女性の労働戦力化と並ぶ柱として外国人が挙げられていたのです。  その中で、すでに段階的に実施されている政策は2つあります。 ・高度人材の要件に関する基準の緩和(給与水準や業績などの基準の見直し)・永住権取得に必要な居住期間を5年から3年に短縮  いっぽう、今後検討される政策としては、 ・国家戦略特区(福岡市、養父市、関西圏、新潟市、東京圏)における外国人の起業奨励・同区内における外国人家政婦の受け入れ(高度外国人材家庭向け)・外国人材の積極活用推進のための新基準の促進 が挙げられていました。この中ではさらに製造業セクターへの労働者受け入れも検討されており、2015年3月までに詳細な内容が決定されると書かれています。ここまで踏み込んで外国人受け入れを推進する目的はいったい何なのでしょうか? 少子高齢化では日本の先を行くシンガポール シンガポール政府関係のスピーカー、レスリー・テオ氏は日本経済の最大の問題点として「人口構造の変化」と「規制撤廃が進んでいないこと」を挙げました。後者は「農業、医療分野」と明言されていましたので明らかにTPPを指していると思われ、「人口構造の変化」は日本流にいえば少子高齢化社会への急激な変化です。  しかし、「人口構造の変化」が日本よりもっと深刻なのは実はシンガポールのほうです。一時期産児制限による人口抑制政策をとっていたこともあり、合計特殊出生率は日本の1.43を大幅に下回る1.2ぎりぎりラインで世界最低レベル。1975年に2.1を切ってからほぼ右肩下がりで推移しこれ以上伸びる気配がありません。ただ、シンガポール政府がこの状況に手をこまねいていたかというと、決してそうではありません。  保育園(すべて民営)の数は驚くほど多く自由に選べ、待機児童という言葉さえありません。また、外国人家政婦も低賃金でいつでも雇うことができますので、女性が働きながら子育てする理想的な環境が揃っています。財政サポートも充実しており、ベビー・ボーナスという出産給付金が1人あたり約50万円支給されるほか(3人目からはさらに高くなります)保育料の補助もあります。さらに以前は政府主催の無料お見合いパーティーなどを盛んに催していました。しかしこれだけのことをしたにもかかわらず、出生率は下がり、独身男女の数は増えるいっぽうでした。シンガポールでは少子高齢化に歯止めをかけることはできなかったのです。 移民政策に舵を切ったシンガポール そこでシンガポール政府がとった対策は、移民の受け入れでした。  外国人労働者を高度人材と単純労働者に分け、ビザの種類や滞在期間、規則などを厳密に区分して受け入れました。例えばIT技術者など絶対数が不足している高度人材の場合は、就業ビザや永住権が比較的簡単にとれやすいのですが、逆に低コスト労働者である外国人家政婦の場合は永住権申請はできず、また、妊娠がわかった時点でビザは取り消しとなり、国外退去処分を受けます。  永住者は帰化への段階的措置とみなされており、申請すればシンガポール国民になることも可能です(ただし審査基準は非公開で必ずなれるわけではありません)。帰化する人がもっとも多いのはシンガポール人とあまり変わらない華人系マレーシア人ですが、最近では中国からの帰化シンガポール人も増えています。  このように、シンガポールではすでに自力で人口を増やすのではなく、国にとって有用だと考える人材を輸入する、つまり移民を受け入れる方向に大きく舵を切りました。その結果、外国人人口はこの十年で約2倍に伸び、1人あたりGDPも日本を大きく超える経済成長を果たしました(ただし国民及び永住者は全住民の約70%程度にとどまっていて、その他は依然として外国人労働者です)。シンガポール政府は今後数十年間で人口を現在の倍の1,000万人まで増やす計画ももっているようですが、その実現策が移民を軸としたものであることは疑いようがありません。 移民受け入れと法人税減税はセット 建国当初から多民族国家だったシンガポールと違い、これまで海外からの人材受け入れを厳しく規制してきた日本にはバブル期などに人手不足に陥り、「移民受け入れ」議論が起きてもことごとく潰されてきました。しかし、特区をわざわざ作ってまで高度外国人材を受け入れるという政策の裏には、シンガポールと同じく日本の少子化・人口減少にはもはやドラスティックな改善が望めないという諦念が見え隠れしているような気がします。  そしてもう一つ、安倍政権が財務省の強硬な反対を押し切ってまで推進しようとしている法人税減税もこの高度外国人材受け入れと無関係ではないと私は考えています。というのも、コストのかかる教育を受け、高度なスキルをもつ人材は世界的にどこの国でも歓迎されており、シンガポールをはじめ多くの国が獲得競争をしています。彼らに移民してもらい働いてもらうことにより、国全体の経済成長を促すことができるからです。しかし日本では「(世界共通語である)英語が通じにくい」というハンデがあるうえ、企業法人税が非常に高いというデメリットも抱えています。これでは外国人にとって移民先や投資先として魅力がなく、他国との獲得競争に負けてしまいます。  私はこれまで中国とシンガポールで会社を設立してきましたが、海外からの投資や人材を呼び寄せたい国が真っ先に行うのは税の優遇です。中国に会社を設立したときには外資企業に対し「三免五減」で3年間は会社の利益に対して免税、5年間は減税されるという特典がありました。シンガポールでは3年の免税期間がありました。  これに類する外資企業への優遇措置を日本政府が直ちに行えば、国内企業と差が開きすぎて不満が噴出することは必至です。また、数年間免税や減税をしてもらっても、その後、世界的にみても非常に高い水準の法人税が課されることがわかっていれば進出する企業も二の足を踏んでしまいます。そこでまず段階的に法人税減税をしつつ、外国企業への優遇措置も検討していくというのが次の一手ではないかと考えるのです。外資企業が増えれば当然、そこで働く外国人も増えていきます。このようにステップを踏みながら外国からの高度人材を受け入れたい、というのが政府の本音なのではないかと推測するのです。まず永住権の取得期間を短縮したのはその表れではないでしょうか。 アベノミクス後に来るのは真の日本の国際化か? 本田氏が講演中何度も口にされた数々の政策実現期限である2020年は、東京オリンピック開催年でもあります。公共工事やインバウンド受け入れ整備など現内閣が推進する施策は多いと思いますが、その背景には東京オリンピック以降をにらんで日本という国の将来をどう形作っていくかのビジョンが反映されているはずです。アベノミクスはまさにその礎の政策となる運命にあります。  その意味で、外国人労働者(高度人材であれ単純労働者であれ)の受け入れはこれからの少子高齢化社会をどう乗り切っていくかの一つの解答になると同時に、本当の意味でこれからの日本が国際化していくのかどうかの重要政策の一つになるのではないでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    移民受け入れ「日本は身勝手な国」

    宮野弘之(産経新聞編集委員) 2020年の東京五輪を前に顕在化している建設労働者不足を解消するため、政府は技能実習制度の見直しなどを進めている。ただ、オリンピック後には需要が減るのは確実で、場当たり的な対応という批判もある。一方で人口減少、少子高齢化に対応するためには、外国人材の本格的な受け入れが避けられないという意見もある。大和総研経済調査部で移民問題に詳しい児玉卓アジアリサーチ・ヘッドは、移民受け入れをめぐる議論を日本も早急に始めるよう提言している。評判悪い技能実習 ──政府は、技能実習生制度の見直しを行っているが、同制度は批判も多い。そもそも実習生の待遇を良くすれば、日本人の求職者が増え、外国人労働者を受け入れる必要はないのでは 「確かに待遇が改善され、求職者が増えれば、外国人労働者を受け入れる必要はなくなるだろう。ただ、現実問題として建設に関わる力仕事を(国内の)高齢者ができるのか。また女性の場合、保育所などの整備も必要だ。20年の五輪に間に合わせるには、外国人に頼るのはやむを得ない」 ──20年になって需要がなくなれば、帰ってもらうことになる。それでいいのだろうか 「技能実習制度はそもそも開発途上国への技術移転が名目だから、実習期間が終われば自国に帰ってもらうことになっている。しかし、それでは日本は身勝手な国と言われる。今はいいが、将来、外国の人材が本当に必要になったときに来てくれないだろう」 ──日本では、移民受け入れに対する警戒感が強い。移民を受け入れると言えば、選挙に落ちるという政治家もいる。外国人労働者の受け入れをどう考えるか東京・代々木の国立競技場の解体現場。2020年の東京五輪を前に建設現場などでの人手不足は深刻化、外国人の技能実習生への期待が高まる 「日本は少子高齢化で介護問題も深刻化している。また、誰が年金を負担していくのかという課題もある。外国人労働者が納税者として貢献するのかは不明だが、外国人労働者を受け入れることで解決できることは多い。外国人労働者は本当に要らないということを検証しないまま、受け入れないのは問題だ」 ──外国人労働者を受け入れるためには、どういう方法が考えられるのか 「移民法を作るのは難しい。現実には、技能実習生として来る建設労働者や介護分野の労働者に、まともな労働力としてのステータスを与えることから始める。日本が必要とするセクターで受け入れることで日本国民の理解を得ていく。そのうえで、家族や子弟の受け入れ、日本語教育を行うなど個別の受け入れ策につなげていくべきだろう」有期雇用ビザの検討 ──具体的な方法は 「当初は雇用期間を定めて受け入れるのがよい。技能実習制度より待遇は良いし、移民という言葉を使うこともない。労働者としてのステータスを与え、合法的にビザを与える。高度人材の受け入れについて、日本はハードルが低い」 ──まさにシンガポールが行っている方法だ。単純労働者と高度人材とを分けてビザを与えて管理している。外国人労働者の受け入れの上限人数はどのくらいと考えるか 「上限は決めるのは難しい。ただ、現在、日本には(在日韓国・朝鮮人など)特別定住者を含めると200万人の在留外国人がいる。これは全人口の約2%にあたる。日本が成長を維持していくには、30年の時点で5%程度にする必要がある」 ──ドイツなどでは移民排斥運動が起きた。移民が増えると、治安の悪化などを懸念する声もある 「今後も介護分野や建設現場を中心に外国人の労働者や技能実習生は増える。さらに留学生も政府は受け入れを増やす方針で、増え続けるだろう。しかし、このまま何もしなければ、ドイツのように事実上の移民がなし崩し的に増え、問題が噴出してから移民政策をとらざるを得なくなる」 ──政府は、高度人材の受け入れにも力を入れるとしている 「ほとんどの先進国で高度人材の獲得競争が繰り広げられる。日本は海外の高度人材にとって魅力的な国とは思われていない。さらにアジア以外の人材を呼ぶのも難しい。日本はアジア諸国との良好な関係の構築と維持を含め、外国の人材獲得のための競争力を強化していくことが重要だ」

  • Thumbnail

    記事

    「日本は移民に占拠される」20年前に仏政治家が警告していた

     8月にイタリア、フランス、オーストリアに滞在した作家の落合信彦氏は、ヨーロッパの「劣化」を実感したという。治安の悪化、勤労意欲の低下、そして移民受け入れによる文化の衰退。稼ぐ国が稼がない国を養っている状態で、稼ぐ国の国民に蔓延する不満──落合氏は、EUが確実に崩壊に向かっていると指摘する。そして、「移民」に関し、移民先進国の政治家が日本に警告していた内容を明かす。 * * * ヨーロッパがこうした状況に陥ることを早くから予見していた男がいる。フランスの国民戦線党首だったジャン=マリー・ル・ペンである。彼はいまから20年以上も前から、ヨーロッパ統合や移民受け入れの危険性を提唱していた。 本誌1992年5月28日号のインタビューで、彼はこう語っていた。「私の言っていることは人種差別ではありません。それぞれの国民が生まれた土地のアイデンティティを大事にし、美しさを守るのは他者への尊重と言うべきでしょう? 私が移民に反対するのはそういうことからなのです。 ところが我がフランスでは、社会主義的な考え方から、たとえ不法労働者でも同じように扱うという思想がある。(中略)それどころか失業保険をつけ、教育も医療も補助を受けられる。そうなると自分の国なんか放り出して、何もしなくても100倍のカネが入るフランスに来るわけですから」 私が「日本でも外国人労働者にどう対応していくかということが問題になっている」と持ちかけると、彼は大きく頷きながらこう答えた。「気を付けなくてはいけない。日本が少しでも気を緩めると移民に占拠されますよ。私は5年前にイタリアの人々に言ったんだ。今のうちに移民対策をプログラムに入れておかなければ駄目だと。いやウチは移民を出すほうだと本気にしなかった。ご覧なさい。150万人の移民が入ってきている。ヨーロッパの一番貧しい国でも第3世界の一番金持ちのところにくらべたら、ずっと上なんです。日本もここからが正念場ですよ」 当時、危険な極右とみられていたル・ペンだが、その後移民の拡大と比例するように支持率を伸ばし、後を継いだ娘のマリーヌ・ル・ペンは、次期フランス大統領の有力候補にまで上り詰めた。関連記事■ 中国人作家のノーベル文学賞 国家ぐるみでの買収疑惑が浮上■ 移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■ 大前氏 年間40万人の移民受け入れねば国力維持困難と指摘■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ【4/4】「移民の勧め」■ 三橋貴明氏 移民増え日本人5000万人切ったら「日本」でない

  • Thumbnail

    記事

    移民国家へ一直線 強引すぎる外国人労働者の受け入れ拡大

    河合雅司(産経新聞論説委員)なし崩しに決まった介護の外国人大量受け入れ 北陸新幹線の開業によって金沢―東京駅間が2時間半弱で結ばれ、日本がまた一段と小さくなった。だが、同じ「縮む日本」でも歓迎されない話題もある。人口減少だ。 総務省によれば、2013年10月1日時点の生産年齢人口(15~64歳)は前年より100万人以上も減り、7901万人となった。32年ぶりの8千万人割れである。 これは始まりに過ぎない。すでにさまざまな産業で後継者不足の悲鳴が上がっているが、今後、勤労世代は毎年数十万人ペースで急坂を転げ落ちるように減っていく。 勤労世代の不足をどうカバーするのか。安倍政権が出した結論は、女性の活躍推進と外国人労働者による穴埋めだった。 とはいえ、男性中心の企業文化を改めなければならない女性の活躍推進は一朝一夕で実現できない。成長戦略の果実を急ぐ安倍政権は、まず外国人に活路を見出した。 しかし、その進め方は強引でさえある。外国人技能実習制度の趣旨をねじ曲げ、「単純労働者」の受け入れを実質的に解禁しようとしているのだ。 その象徴ともいうべき政策の大転換が、これまで原則認めてこなかった介護分野での単純労働者の大量受け入れを外国人技能実習制度に基づいて可能にするものだ。2月4日、厚生労働省の「外国人介護人材受入れの在り方に関する検討会」の中間報告書に盛り込まれた。早ければ2016年度から受け入れが始まる。 技能実習制度は、日本で習得した技能を母国の経済発展のために役立ててもらうのが本来の目的だ。単純労働者に適用するのは明らかに趣旨を逸脱している。 政府は後ろめたさから「決して人手不足を補うものではない」と繰り返すが、こうした建前を信じる者はいない。それは厚労省の検討会の議論をみれば一目瞭然だ。 介護の仕事は、極めてデリケートな対人サービスである。認知症の人や会話が不自由な高齢者のわずかな表情の違い、短い言葉の中から、伝えようとしていることや体調の変化をつかみ取り、医師などに適切につなげていくことが求められる。一つの判断ミスが事故につながり、相手の死に直結しかねないだけに、専門用語はもとより方言などへの対応も含めた高いコミュニケーション能力が不可欠なのである。 その特殊性がゆえ、経済連携協定(EPA)に基づいて例外的に認めているインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国についても、母国で看護師資格などを身につけているような“エリート”を対象としている。しかも、滞在期間は原則4年。この間に日本語をマスターし、日本の看護師、介護福祉士の国家試験に合格しなければ帰国しなければならない厳しい条件付きである。 3カ国の“エリート”でさえ苦労しているのに、介護や看護を本格的に勉強したわけではない実習生であれば、介護技能を学ぶためにもなおさら日本語力が必要だろう。 ところが、厚労省の検討会メンバーには日本語教育の専門家が1人もいなかった。これでは、実習生にどれぐらいの日本語力を求めるのが適切なのか、知見に基づいた議論ができるはずもない。 結局、国際交流基金などが実施する「日本語能力試験」(5段階)のうち、介護業界が求めていた上から3番目の「N3」を受け入れ条件として課すことになったのだが、これですら推進派の横やりを受けて骨抜きになった。 1月23日の会議で示された中間報告の原案では「日本語能力試験『N3』程度を基本」となっていたが、わずか3日後の1月26日の会議の最終案では「入国時は『基本的な日本語を理解することができる』水準である『N4』程度を要件として課す。実習2年目(2号)については『N3』程度を2号移行時の要件とする」との文言が加筆されたのだ。介護を外国人に依存する危険性 外国人受け入れに積極的な与党議員の1人は「人手不足を補うために技能実習制度を活用するのに、日本語要件を厳しくしたのでは人が集まらない」と明かした。この種の有識者会議が「結論ありき」で、官僚のシナリオ通りに進むことは、霞が関の“お約束”ではあるが、あまりにあからさまだ。厚労省がどこまで語学力を重視していたのか怪しい。平成26年6月、ベトナムから来日し、研修の開講式で記念写真に納まる看護師や介護福祉士を目指す候補者=千葉市 「日本語能力試験」の公式ホームページによれば、「N3」は日常的な場面で使われる日本語をある程度理解できる、「N4」は基本的な日本語を理解できる――とある。「N4」は小学校低学年レベルともされる。 「大量受け入れ優先」という政策判断だ。 介護現場では「エリートが来るEPA指導に相当苦労しているのに、実習生となれば自分たちの仕事に支障が出る」との懸念も渦巻く。日本語を学ぶ体制も整えず、入り口だけを緩めるのだから混乱が起こることは想像に難くない。 介護の人材難は仕事の厳しさに比べ賃金水準が低いために起こっている。全産業の平均よりも10万円も安いのだ。まずすべきは処遇の改善だろう。資格を持ちながら他業種に移らざるを得なかった人々を呼び戻すのが先である。にもかかわらず、低賃金でも働く外国人が大量流入したのでは、日本人職員の賃金が低く据え置かれることになる。いずれ介護職に就く日本人がいなくなることだろう。 高齢化で介護の需要は伸びる。「安い労働力」に飛びついて大量に受け入れれば、底なしに受け入れ続けざるを得なくなるということだ。それでは外国人抜きに介護現場が回らなくなる危険性と隣り合わせとなる。各国で高齢化が進んでおり、介護人材は国際的な争奪戦が起こるとの予測もある。外国人に依存しすぎたのでは、彼らが来なくなった途端に日本の介護は大混乱に陥る。 介護は、医療と同じく人間の尊厳に関わる仕事だ。「国家の基礎」をなす極めて重要な仕事の1つであるともいえよう。過度に外国人に頼ってよいはずがない。技能実習の受け入れ枠も拡大技能実習の受け入れ枠も拡大 安倍政権下での「単純労働」受け入れ拡大は、介護が初めてではない。その第1弾は、昨年4月に決めた建設業に従事する技能実習生の滞在期間の緩和である。東日本大震災からの復興などに加え、東京五輪の開催準備で建設需要が急増するとして、滞在を実質2年延長できるよう五輪までの臨時措置として認めた。 安倍政権は第2弾ともいえる介護分野の追加と同時に、第3弾として技能実習制度そのものの改革を図ることにした。法令を守っている優良な企業・団体については受け入れ枠を2倍程度に広げ、実習生の滞在期間を5年に延長する緩和策を講じようというのだ。 昨年6月の新たな成長戦略では「国内外で人材需要が高まることが見込まれる分野・職種のうち、制度趣旨を踏まえ、移転すべき技能として適当なものについて、随時対象職種に追加していく」としており、今後、さらに増やす構えである。 だが、技能実習制度をめぐっては海外から「強制労働」との批判もある。安倍政権が本音と建前を使い分けて、強引ともいえる受け入れ拡大路線を突き進めば、予期せぬリスクを背負うことにもなりかねない。 安倍政権の「単純労働者」の受け入れ拡大の動きは、技能実習制度だけではない。国家戦略特区において外国人家事支援人材(メイド)を認めようとしているのだ。「女性の活躍推進のため」という名目で、地方自治体などが一定管理し、家事支援サービス会社に雇用されることを条件とするという。 これは、昨年秋の臨時国会に提出した国家戦略特区法改正案(衆院解散に伴い廃案)にも盛り込まれており、安倍政権は同法案をさらにバージョンアップして今国会での成立を目指している。 家事支援こそ「単純労働」の典型である。「女性の活躍推進のため」ということは、夫婦が働きに出た後の留守家庭に入って掃除や買い物などをすることを想定しているということだ。小さい子供の世話なども請け負うというのだろうか。メイド文化が根付いていない日本で、どれぐらいの人が留守中に見知らぬ人が家庭に入るのを許容するのだろうか。これを経済成長の手段とする政府の説明には無理がある。外国人医師も解禁へ 安倍政権は「単純労働」だけでなく、「高度人材」の受け入れ推進にも邁進している。 1月29日の産業競争力会議では、6月の成長戦略の再改定に向けた検討方針が示されたが、そこでも「外国人材活躍促進のための環境整備」が柱の1つとして打ち出された。 これと符合するように、看過できない動きが出て来た。国家戦略特区において、日本の医師免許を持たない外国人医師に、日本人患者の診療を解禁しようというのだ。1月27日に行われた国家戦略特区諮問会議の配布資料に規制改革の追加項目として記載された。 今回は医師の確保が困難な地方で認めようという提案だ。「あまり影響がない」とでも思っているのか、反対派の動きは鈍い。だが、医師のレベルは国によって大きく異なる。無制限に受け入れたのでは患者の安全が守れるのか疑問だ。 特区といっても壁のようなもので囲われるわけではない。患者が自由に医療機関を選べる日本においては、誰もがいつ外国人医師に受診することになるか知れない。例えば、旅先で急病となり、救急車で運び込まれた病院に、日本の医療水準に遠く及ばない外国人医師しかいなかったということだって想定される。そうでなくとも、高齢化が進むにつれて医師不足地域が広がることが予想される。そのすべてで外国人医師を認めたら、どこが特区なのか分からなくなる。 外国人医師については、2013年12月に成立した国家戦略特区法で、外国人患者一般に対して診療できる道を開いた。今回はこれを一歩踏み出そうというものだ。安倍政権はさらなる緩和を模索しており、今回の小さな一歩が大きな踏みだしに変わることは十分に考えられる。 政府は、外国人医師受け入れについて「外資誘致が拡大できる」とも説明しているが、これも詭弁と言わざるを得ない。 日本に来てまでビジネスをしようという人たちは、元気だからこそ異国に出向くことができる。出身国の医師がいようが、いまいが受診することは稀だろう。 一方、海外の名医がわざわざ母国でのポストをなげうってまで来日するとは思えない。万が一、日本で働く外国人ビジネスマンが急病になったり、大けがをしたりしたとしても、母国から来た二流どころの医師よりも、レベルの高い日本の病院を選ぶだろう。 世界展開するような大企業は、エリートビジネスマンを派遣するに際して、家族を含め医療面のバックアップに万全を期すだろう。大都市のオフィス街には、こうした需要を満たすべく、英語などで対応する医療機関も増えている。気がつけば移民国家!?気がつけば移民国家!? それにしても、なぜ安倍政権は外国人受け入れ拡大に前のめりなのだろうか。「勤労世代の不足を許せば、経済成長の足を引っ張る」との危機意識は理解するが、あまりに性急な印象だ。 背後にちらつくのは、外国人受け入れ推進派の影である。安倍政権がアベノミクスの第3の矢である成長戦略に苦しんでいることをチャンスとして、一気呵成に「外国人を入れるしか労働力不足には対応できず、日本の成長もない」との流れを作ろうということなのだろう。 推進派は実に巧妙である。昨年、「毎年20万人移民を受け入れ」構想をぶち上げた。これに国民世論が反発すると、今度はそれを逆手に取って、いずれ母国に帰る外国人労働者は移民とは異なるから大丈夫とのイメージを作り上げ、受け入れ要件をなし崩しに緩和し始めたのである。 「移民政策と誤解されないように配慮」との表現が1月29日の産業競争力会議の資料にも見つかった。機会があるたびにそう強調して回っているのだ。このまま「単純労働」の受け入れを進めたならば、気が付いたときには外国人が日本中にあふれ、移民受け入れに近い社会が実現しているかも知れない。目先の利益に流されてはならぬ われわれは、単純労働を事実上解禁する国策の大転換が十分な国民的議論もないまま進められていることにもっと危機感を持つ必要がある。 外国人を大量に受け入れることに伴うデメリットは少なくない。例えば、治安の悪化への懸念だ。外国人技能実習制度を隠れ蓑として来日し、失踪して不法滞在となる者は後を絶たない。犯罪組織の仲間に加わって不法行為に手を染めたりする例もあるという。 国際的なテロが頻発、日本人が標的として名指しされる時代となった。極度に恐れることは禁物とはいえ、外国人が増えることへの対策は考えておかねばならない。 外国人を大量に受け入れるとなれば、それを前提に生産ラインもできていくし、消費予測も行われる。忘れてならないのは、労働力として受け入れる業界だけでなく、彼らの消費をあてこむ業界も増えるという点だ。 もし、当該国と日本との関係が悪化し、大量に流入していた外国人が突如として来なくなったらどうなるのか。ただでさえ、日本人の勤労世代が減るのに、外国人まで減ったのでは社会は激変に見舞われることになるだろう。日本が外国人依存を高めるのを待って、日本を困らせるために突如として人の送り出しを止める国が出てくるかもしれない。 安い労働力がたくさん入ってくれば、日本人の賃金も下がり、雇用機会も奪うことにもなろう。結婚できない若者は増加し、新たな少子化の要因ともなり得るのだ。それで、さらに人口が減るという悪循環に陥り、だから、「もっと外国人を入れろ」という話になったのでは本末転倒もいいところだ。 日本人の女性や高齢者を活用すべきだ。外国人を受け入れるよりもはるかにコストもトラブルも少なくて済む。日本人自身の手で少子高齢化と人口減少をどう乗り切るかを考えるのが順序というものだ。安易な数合わせに走れば、必ずどこかで辻褄が合わなくなる。目前の利益だけを考え、子孫から後ろ指をさされるようなことがあってはならない。 日本社会の縮小は避けられない。すべてをこれまで通りにやろうとすれば無理が生じる。日本より人口が少なくとも発展している国はある。限られた人口で経済成長を達成し、豊かな社会を実現させることは可能なはずだ。小さくともキラリと光り輝く国を目指す。今を生きる日本人の覚悟が問われている。関連記事■ 毎年20万人の移民 やがて日本人が少数派に■ 呉善花氏「移民が日本文化を理解し社会に溶け込むのは難しい」■ 「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い

  • Thumbnail

    記事

    地域のあり方と移民問題 日本の将来をスイスから学ぶ

    ウルス・ブーヘル (駐日スイス大使)國松孝次 (元駐スイス大使)構成:磯山友幸(経済ジャーナリスト)2014年は幕末に日本とスイスが国交を樹立してから150年の節目の年にあたり、日本・スイス両国で多彩な記念行事が行われている。スイスと日本は、山がちで天然資源に乏しい小国ながら、国民の勤勉さと教育で世界有数の豊かな国に発展してきたことなど、共通点が少なくない。だが、日本と大きく違う点がある。スイスが19世紀から移民の受け入れに積極的で、それを国の発展の原動力にしてきたことだ。日本でも、人口減少問題とのからみで移民の必要性が話題になるが、一種、タブー視されるところがあって、なかなか議論は進まない。駐スイス大使を務めた國松孝次・元警察庁長官が、地域コミュニティのあり方や、移民問題について、駐日スイス大使のウルス・ブーヘル氏と対談した。國松:私は、1999年から3年間、駐スイス大使としてスイスに滞在しました。在任中、特に、私が強い関心を持ったのは、スイスの地方の町々でした。スイスにはゲマインデ(またはコミューン)と呼ばれる、日本では市町村にあたる基礎自治体があり、自分たちのことは自分たちで決める仕組みを守っています。そうした地域社会の強さと活力に感銘を受けました。そこでは、自治・自守・自決の精神にあふれています。住民相互の扶助意識、連帯感も強い。國松孝次氏とウルス・ブーヘル氏ブーヘル:まさに国の組織の最下層レベルであるゲマインデが強い自主決定権を持つことこそ、スイスという国のカギであり、特長です。さらに私はスイスという国が成功を遂げてきた理由のひとつだと考えています。過去数百年にわたってこの仕組みは機能してきました。 700年以上前にスイス連邦が建国された頃に遡ると、山間部のアルプスのコミュニティでは住民が力を合わせることでしか問題解決はできませんでした。厳しい自然の脅威にさらされる中で、生活物資を確保し、生きていくのは、ひとりの力では不可能です。彼らが築いた共同体では、住民は等しく権利を持ちました。これによって住民は守られ、助けを得られましたが、同時に義務も負いました。 権力者がいてコミュニティが作られたのではなく、個々人が集まってコミュニティを作り、権利と義務を負ったのです。ですから、自治体が自分に何をしてくれるのか、ではなく、自分たちが自分たちのために何をするかを考える。こうした市民感覚が育ってきたことが非常に重要だと思います。 自分たちの必要なことなどまったく分かっていない隣の村の他人に決められるのではなく、地域の人たちが自分たちのことは自分で決める。これが非常に重要で、私たちは今でもシステムとしてこれを維持しているわけです。スイスという国家はトップダウンで作られたのではなく、ボトムアップで出来上がっているのです。スイスも高齢化に直面している國松:直接民主制ですね。ブーヘル:はい。スイス型連邦主義と言われるものです。すべての問題は、その問題に関係するできる限り最末端のレベルの意思で解決すべきだという考えです。今、スイスには2300余の地方自治体がありますが、彼らが税率をどう決めるかは完全に自由です。税金のあり方と歳出を両方とも決めることができるのです。これは住民会議で徹底的に議論されます。 例えば、新しい校舎が欲しいという場合、本当に意味がある投資かどうかを検討し、よし、それでは建設費を賄うために税金を上げようという話になる。逆に、何か不要だというものがあれば、税金を下げることもできるのです。これは非常に重要なことです。もちろん、理想通りに行っていないケースも探せばありますが、私がスイスで住んでいたコミュニティなどは完璧に機能していました。國松:なるほど。日本の地域社会と対照的な状況のようです。日本も、かつては、相互扶助と連帯感の強い地域社会の伝統を持っていました。ところが、最近、その希薄化、あるいは崩壊が危惧されています。日本は、本格的な少子・高齢化の時代を迎えますが、それへの対応の中核を担うのは地域社会であり、その意味で、相互扶助の精神にあふれ、連帯感の強い地域社会の再生は、喫緊の最重要課題だと思います。安倍晋三内閣も「地域創生」を打ち出しています。そこで、ブーヘル大使に伺いたいのですが、スイスの地域社会の強さの秘訣は、どこにあるとお考えですか。地域社会の再生を目指す日本に、スイスの視点から、何か示唆いただけることはあるでしょうか。ウルス・ブーヘル駐日スイス大使ブーヘル:日本の仕組みについて語るのは難しいですが、私たちの経験をお話しすることがお役に立つのではないでしょうか。高齢化に直面しているのはスイスも同じです。そうした中で、スイスの多くの自治体には、退職後10年間くらいの働いていない人たちや、子どもの手が離れた母親などが、高齢者の面倒をみるようなボランティアに従事する制度があります。週に一度か二度、お年寄りの自宅を訪ね、可能な限り一緒にいてあげるのです。これは個人とコミュニティの強力なコミットメントがなければできないことです。 日本のように地域を超えて転勤したり、引っ越したりすることが多い社会では、そんなコミュニティを維持することは難しいと考えるかもしれません。しかし、最初のステップとして、例えば私の地元では、新しい家族が地域にやってきた時に、コミュニティが大歓迎します。引っ越した初めの段階から、ここがわが町であるという意識を持ってもらい、権利を実感してもらうのです。そうすることで、コミュニティに対する義務や責任も芽生えます。特に地方では、初めから、町の会合の場所や、道路の飾りつけといった様々な奉仕活動の日取りなどを教え、すべての活動に誘います。引っ越したその日からコミュニティの一員として生活してもらうわけです。移民をスイス社会の中に「統合」する政策移民をスイス社会の中に「統合」する政策國松孝次・元駐スイス大使國松:そうした新規の移住者に対して優しいというスイスのコミュニティの特長は、外国人居住者が増えていく中で、維持していくのがやや難しくなっているのではないでしょうか。EU(欧州連合)やEFTA(欧州自由貿易連合)などの諸国からの外国人居住者が中心の時代は問題はなかったかもしれませんが、それ以外の第三国からの移住者が増えると、人々の間の文化的な摩擦が増えるなどして、スイス社会も変革を迫られるのではありませんか。ブーヘル:移民問題は今のスイスの政治問題で最大かつデリケートなテーマです。スイスは明らかにグローバル化の勝者として世界有数の豊かな国になりました。国の門戸を開いて世界中から優秀な頭脳を引き寄せたのです。しかし、一方で負の側面として、移民のコミュニティとの同化や協調といった問題が生じました。60年代から70年代にかけてのイタリアからの移民はすでに第二世代、第三世代になっています。彼らはすでに、もとのスイス人よりもスイス人らしく振る舞っています。自然に溶け込むことでコミュニティの一員になってきました。 しかし、一方で、スイスにやってくるすべての外国人がこうした姿勢を持っているわけではないのも事実です。3~5年働いて国に帰っていく外国人はコミュニティの一員になろうとは考えず、4つある公用語の1つすら学ぼうとはしません。問題なのは、おそらく彼らは納税者としてスイスの富に貢献しているにもかかわらず、市民としての役割を担わず、コミュニティにも関与しないことです。國松:これまでスイスが採ってきた移民政策で、私が感心したのは、スイスの連邦政府がとても明確な移民政策を持っていることです。単純な同化政策でもなく、多文化併立政策でもなく、彼等をスイスの社会の中に「統合」するという政策を採ってきた。スイスの人たちを外国の人たちと調和させる政策だったとも言えます。ブーヘル:これまでの移民政策がうまくいったという点は私個人としても同意見です。スイスは小国で天然資源もありません。ではどうやって今のような、世界有数の豊かな国になったのか。スイスの成功のカギは19世紀から国を開いてきたことです。少なくとも海外からスイスに働きにやってきたい人たちにできる限りベストな仕組みを与えてきました。クリエイティブで働く意欲にあふれ、付加価値を増す人々を積極的に受け入れてきました。 世界最大の食品会社であるネスレや、その他のグローバル企業の多くが19世紀の移民によって創業されました。第二次世界大戦後も移民の受け入れによって革新的な人々をスイスに招き入れ続けた結果、多くの富が生まれました。 もちろん、彼らはおカネを生み出すだけでなく、社会の中で責任ある役割を担いました。税金を納め、スイスの基準に従い、参政権を得るのは難しいにもかかわらず、コミュニティの一員となり、社会の役割を担ったのです。有能な外国人をスイスに引き付けるために、給与水準や公共インフラ、医療、学校教育などの様々な条件を魅力的に保ってきたということです。スイスの経験に日本は大いに学ぶべき國松:スイスでは2014年2月に国民投票が行われ、移民の流入を制限することが支持されました。今後、連邦政府は移民政策に関して難しいかじ取りを迫られそうです。ブーヘル:従来、EU諸国に対する労働市場の開放について国民投票で支持を得てきましたが、2月の投票で方向が変わりました。まだこの投票結果は政策に反映されていません。 もちろん、様々な選択肢があります。ただ、基本的な問いに国民は答えを出さなければなりません。どのくらいの成長を欲するのかです。成長は富に直結します。より良い年金制度を維持しようとすれば、成長は不可欠です。成長がなければ将来世代がより豊かになるという道は閉ざされます。移民を制限する代わりに年金額が3分の2になっても良い、インフラも乏しくなっても構わないというのならばそれでもいいでしょう。 一方で、目に見える形で移民の弊害が出ているという指摘もあります。移民増によって社会福祉予算が大きく増え、犯罪が増加しているという指摘です。私は、具体的な現状分析をきちんとした上で、冷静に議論するべきだと考えています。國松:スイスが現実的な解決策を見出すことを期待しています。日本は少子・高齢化が進み、これまで同様の生活水準を維持しようと思えば、より多くの外国人労働者を受け入れざるを得ない状況にあります。しかし、一方で多くの外国人の流入が難しい社会問題を引き起こすことになるでしょう。外国人受け入れの必要性と、それによって起きる問題をどう調和させていくのか。スイスはたくさんの経験を積んでいます。日本が学べることは多いと思います。ブーヘル:そうですね。スイスが過去に採った政策ですと70年代から80年代の経験は教訓になるでしょう。当時、安い労働力としてより遠い国から違う文化的背景を持ったあまり高い教育を受けていない人たちを移民として受け入れました。しかし、彼らはスイスにうまくとけこむことはできませんでした。 ただ安い労働力を求めて、たとえ数万人といえども、低スキルの移民を入れるべきではないでしょう。グローバル経済の中で、われわれは最高の生産性を誇る国になるべきです。海外からの安価な労働力の流入は、生産性の一段の向上を図るために改革されるべきシステムを、永続化させることになりかねません。國松:貴重なご意見です。ブーヘル:今では移民は間違いなく必要です。スイスでは大まかに言って医療分野で働く人の50%が非スイス人です。ヘルパーから看護師、医者、大学教授まで、スイスの医療システムには必要不可欠です。これは問題でしょうか? 病気で倒れた時、助けてくれたドイツ人医師やイタリア人看護師に感謝しこそすれ、脅威に感じるはずはありません。社会システムに貢献している人は誰であれ尊重されるのです。日本は「内向き志向」日本は「内向き志向」國松:スイスが受け入れている外国人の数は約186万人。スイス全居住者の約23%は外国人という勘定になります。これは、ヨーロッパ各国のなかでも、群を抜いて多い。これに対して日本国内に居住する外国人の数は約206万人。全人口比では1.6%に過ぎません。 逆に、海外に居住するスイス人は60万人~70万人と聞きました。これは、スイスの人口の約10%にあたります。これだけの人々が、海外に進出して活躍しています。こうした海外のスイス人をつなぐOSAスイス海外協会という強力な組織があって、彼らをサポートしています。これに対し、海外に居住する日本人の数は、およそ120万人で、全人口の1%にも満たない。日本はよくその「内向き志向」を指摘されますが、スイスに比べれば、海外進出率は、10分の1ということになります。ブーヘル:スイスのスタンダードからみれば、日本の移民問題は、まだないに等しい。これからの問題です。スイスのよい経験と悪い経験の両方を参考にされたらよい。それから、海外進出率のことですが、スイスでは海外に行く経験を持つのはごく普通のことです。若い人たちが、旅行だけでなく、1~2年海外で勉強するというのは一般的で、そうした海外経験をプラスに評価します。ところが、日本で話を聞いていると、学生の時に1年海外に行ったりすると、1年を無駄にしたように受け取られるといいます。40歳になるまで外国を見たことがない人が、本当に外国の人たちを尊重できるはずはありません。 私の息子は14歳の時に6週間インドに行き、16歳では6週間ブラジルで過ごしました。そして高校を卒業すると南アフリカで3カ月生活した。今、彼は米国で勉強しています。私は彼に海外に行くことによって、同時にスイスをより理解してもらいたいと思っています。今は、日本政府も海外留学を後押しする制度を始めたようですが、これは非常に重要なことだと思います。 スイスも日本も伝統を重んじる国民ですが、古い考えに凝り固まるのではなく、発想を変えていかなければなりません。國松孝次(Takaji Kunimatsu) 1937年生まれ。東京大学卒業。61年に警視庁入庁後、大分・兵庫各県警本部長、警察庁刑事局長などを経て94年警察庁長官就任。99~2002年まで駐スイス特命全権大使を務める。ウルス・ブーヘル氏(Urs BUCHER) 1962年生まれ。ベルン大学卒業(ベルン州弁護士資格取得)。90年外務省入省。在ブリュッセル・スイス政府EU代表部審議官、外務省・経済省統合室室長などを経て2010年8月から現職。磯山友幸(いそやま・ともゆき) 経済ジャーナリスト。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、東京証券部、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務める。11年からフリーに。熊本学園大学招聘教授。近著に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)。関連記事■ 呉善花氏「移民が日本文化を理解し社会に溶け込むのは難しい」■ 「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い■ ちょっと待て移民論議 定住すれば労働者も「移民」

  • Thumbnail

    テーマ

    イスラム移民とヨーロッパの苦悩

    米の国際政治学者、サミュエル・P・ハンティントンの「文明の衝突」論から約20年。パリの仏風刺週刊紙襲撃事件を発端に反イスラム、移民排斥運動が拡大するヨーロッパ。いま起きているのは「原理主義」の衝突ではないだろうか。

  • Thumbnail

    記事

    テロ事件で浮かび上がるフランスの「国のかたち」

    山口昌子(前産経新聞パリ支局長) 司馬遼太郎氏は、「この国のかたち」という表現で日本国のありかたについて鋭い洞察を行ったが、フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」テロ事件と事件に対するフランス人の反応はまさしく、フランスという国の《かたち》を浮かび上がらせたといえる。つまり、フランスがフランス革命に端を発する《共和国》であり、その理念が《自由、平等、博愛》と《非宗教》であることを強く印象付けたからだ。死守した理念 シャルリー・エブドがイスラム過激派をきわどい風刺や挑発の対象にし始めたのは約10年前だ。犠牲者の中の警官2人のうちの1人がステファン・シャルボニエ編集長の護衛官だったように、編集長は絶えず「死の脅迫」にさらされてきた。そして、この「死の脅迫」に屈せずに、文字通り死守したのが、《フランス共和国》の理念の一つである《自由》、つまり《表現の自由》だった。テロ事件発生当日の1月7日、犠牲者らに連帯を示すため首都パリのレピュブリック広場に集まった人々=2015年、フランス(共同) だからこそ、事件数時間後にはデモの名所レピュブリック広場に約10万人が自発的に結集し、事件4日後の「共和国デモ」には仏全土で約370万人が党派の相違などを乗り越えて結集した。この事件は一部で誤解されているように、決して“イスラム教(宗教)対西欧文明”の対決や価値観の対立ではなく、《テロ対民主主義》の「戦い」(バルス仏首相)だ。少なくとも、フランス人はそう考えている。大規模デモの名称が「共和国行進」と命名されたのも偶然ではない。「私はシャルリー」の「シャルリー」は「自由」の代名詞だ。下品でどぎつい風刺を必ずしも支持していない人たちも参加したゆえんだ。 いわゆる「1968年5月革命世代」が中心になって生まれたシャルリー・エブド(当初の名称は「ハラキリ」)の風刺、挑発の対象は当初、当時影響力を誇っていたカトリックだった。政治家も軍人も人気スターも大富豪も例外ではない。風刺が文化であり伝統であるフランスでさえもシャルリー・エブドが抱える係争事件は名誉毀損(きそん)など実に「約80件」と伝えられる。ただ、法律に訴えても、テロという極めて野蛮で卑怯(ひきょう)な手段に訴えたのは今回が初めてだ。 一方で事件直後、ニコラ・サルコジ前大統領らが「混同(アマルガム)するな」と訴えたのは、イスラム過激派とイスラム教徒とを混同するな、という意味だ。フランスにはアラブ系(多くはイスラム教徒)が国民の約8%を占める。イスラム教徒イコール、テロリストでないことを明確に訴えたわけだ。フランソワ・オランド大統領の招待にベンヤミン・ネタニヤフ・イスラエル首相とマハムード・アッバス・パレスチナ自治政府議長ら各国首脳が参加し、バラク・オバマ米大統領の欠席をホワイトハウスが声明を出して「誤り」と認めたのも、このデモが「反テロ」だからだ。「非宗教」が国是 フランスはまた、「非宗教」が国是である。公共の場でのイスラム教徒の女性のスカーフやブルカ(全身を覆った衣服)を禁止した通称「スカーフ禁止令」は決して「信教の自由」には抵触しない。この法律ではユダヤ教のキッパ(男性がかぶる小さな皿状の帽子)もキリスト教の大型の十字架も禁止されている。服装などによる宗教的規律から解放されるがゆえに《自由》であり、宗教的外見から無縁であるがゆえに《平等》であり、信仰とは無関係な市民的空間を構築できるがゆえに《博愛》だからだ。 「非宗教」で「共和国」なので冒涜(ぼうとく)罪(不敬罪)は存在しないが、テロ賛美は刑法で禁止されている。極右系のタレントが「私はシャルリー・クリバリ(テロ犯の一人)」と発言して拘束されたのは、「テロ賛美」だからだ。デカルトの国フランスの論理やフランス人の唯我独尊的態度は誤解や反発を招きやすく、イスラム教徒の多いアフリカや中東諸国などで激しい反仏デモが展開されているが、今回の事件は冷戦終了後の世界が「テロ対民主主義」の対決であることを示唆した事件ともいえそうだ。関連記事■ 石原慎太郎が読み解く イスラムテロに絡む歴史の背景■  「イスラム国」は空爆国が育てた■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国

  • Thumbnail

    記事

    移民受け入れ 欧州に学ぶな

    宮家邦彦(外交政策研究所代表) ついに恐れていた事件がパリで起きた。フランス生まれのイスラム過激主義者が風刺週刊紙本社に乱入、自動小銃を乱射して記者や警官十数人を殺害したのだ。この許し難い蛮行には驚愕(きょうがく)と憤りを禁じ得ない。犠牲者のご冥福を心からお祈りする。 欧米メディアは連日、言論・表現の自由の重大な侵害として事件を大々的に取り上げた。各国首脳も口をそろえて「卑劣なテロを断固非難」した。当然だろう、異存などあるはずがない。だが、あまのじゃくの筆者はどこか引っ掛かる。ここは誤解を恐れず疑問点を挙げてみよう。 まずは問題とされた風刺画の質だ。漫画家たちに「表現の自由」があることは疑いない。風刺画の内容を変えろとか、掲載するななどというつもりもない。驚くのは風刺画家たちの無知と傲慢さだ。 特に、預言者ムハンマドに関する一部の風刺画は第三者の筆者が見ても悪趣味としか思えない。漫画家の自由はあくまで「表現」の自由であり、風刺に関するフランスの一般キリスト教徒と同程度の許容度をイスラム教徒に求める権利までは含まない。もちろん、北朝鮮を扱った米国のB級映画や今回の趣味の悪い風刺画にも「表現」の自由はある。だが、欧米マスコミの金科玉条的報道にはやはり違和感を覚えるのだ。 キリスト教徒だけではない。次に違和感を覚えるのは、今回の事件についてイスラム諸国の指導者やオピニオンリーダーが多くを語らないことだ。なぜテレビカメラの前でこの野蛮なテロ行為を明確に非難しないのか。風刺画の内容がひどいからテロリストに同情するのか。そうではないだろう。されば、なぜ沈黙を守るのか。この点も実に気になる。 第3に、この問題は表現の自由にとどまらない。今回の悲劇は、イスラム勢力の過激化と極右勢力の台頭という欧州社会の変質・両極化、さらには欧州各国内の非キリスト教的なものに対する差別意識の根強さを象徴している。欧米の識者は事件の背景として欧州の経済的不振・貧困の拡大などを挙げているが、理由はそれだけではないだろう。 確かに貧困は人々から他者に配慮する余裕を奪い宗教的過激主義を助長する。しかし、移民2世、3世たちが今も貧困から抜け出せない真の理由は欧州各国で台頭する排外的民族主義の差別ではないのか。非キリスト教徒移民を受け入れながら、結果的に国内の格差・不平等を解消できない最大の原因は、実は欧州諸国自身が作り上げたシステム自身の破綻にあるのではないのか。 最後に、最も気になることがある。こうした欧州諸国の現状は日本の将来を暗示しているのではないのか、という漠然とした不安だ。長い伝統の中で健全な市民社会が生まれたこと。経済の成熟により出生率が低下し、人口が減少したこと。それを補うため移民導入を断行し、短期的には一定の成果を挙げたこと等々、日本と欧州には共通点が少なくない。しかし、例えば英仏は旧植民地から多くのイスラム教徒移民を受け入れ、現在国内のムスリム人口は全体の5~8%に達するという。イギリスが移民の宗教・文化を尊重するのに対し、フランスは世俗主義の尊重を移民に求めるなどスタイルの違いはあるが、結局は両国とも新移民の同化に失敗し、イスラム過激主義という爆弾を抱えてしまったのだ。 それでは日本はどうか。人口の減少は現実の大問題であり、減少率はフランスをはるかに上回る。労働力不足を埋めるため日本は大規模な移民受け入れに踏み切るのか。踏み切った場合、欧州諸国が直面した問題を克服できるのか。欧州とは違いイスラム教徒の移民は少ないだろうが、新移民の同化が困難な点は日本も同じだ。欧州に学ぶのか、学ばないのか。日本はいま決断を迫られている。 みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。関連記事■ 「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い■  「イスラム国」は空爆国が育てた■ 古谷経衡が説く 移民政策の本当の怖さ

  • Thumbnail

    記事

    仏・移民排斥党創設者 23年前から日本の移民受け入れに反対

     1972年に仏「国民戦線」(FN)を創設したジャン=マリー・ル・ペン氏。移民排斥、反EUなどを主張する同党は2014年欧州議会選(フランス)で24議席を獲得するなど大躍進している。同氏は、フランスの人口の3割近くを占めつつあるムスリム移民に危機感を募らせ、こう語る。* * * モントルイユ(パリ郊外)のマリ移民は、バマコ(マリの首都)に次ぐ大きなコミュニティーを持っている。彼らにしてみれば、同じ人種で同じ言葉を話すため、仏に適応することなく、共同体を作り上げることができる。こうなると、同じ国の中で、構造的な危機を抱え込むことになる。 さらに、イスラム化現象は、仏国内で止むことを知らない。私は、こう思う。 殺戮を繰り返すテロリストに、ムスリム移民は最終的に降伏し、テロに協力することになるのではないか、と。なぜならテロリストは人々を簡単に殺すため、降伏するか殺されるかの選択になるからである。今日の仏社会は、基本的安全さえも侵されている。 日本の現状は、まだ仏とは比較できない。人口1億2500万人のうち、外国人移民が200万人。私は1992年(小誌1992年5月28日号)、日本が仏のように移民を大量に招くことを反対した。いま一度、やめた方がいいと進言したい。 2010年8月14日、靖国神社を訪問した。私は常に、ナシオン(国家)を念頭に置いている。それぞれの国における歴史やナシオンは侵されてはならない。ナシオンの下では、国の治安、自由、アイデンティティー、文化や言語は、永遠に守られていくべきなのだ。日本は移民ではなく子作り政策考えるべき 日本は少子高齢化によって移民労働力が必要との声があがっていると聞く。しかし、労働力不足の解決策として労働者を外から連れてくるのではなく、長期的な視座に立って子供を作る政策を考えるべきだ。国が移民政策に逃れるのは、我々仏が辿ってきた道同様、あまりに安易である。 仏は戦後、雇用者たちの労働力補強の一環として、移民労働政策を取り入れてきた。それは、経済成長と低賃金労働を見込めたからだった。 しかし、1974年まで、我々は、それが国家の安定を揺るがすことになるとは気づかなかった。当時、ジスカールデスタン大統領の下で、1974年に移民労働者の「家族呼び寄せ」が可能となり、国内に大きな変化が起きた。労働移民として入国した外国人が、さらに家族を仏に呼び寄せ、仏政府は労働者でない人々にも仏国籍を与えたのだ。 それから40年が経過した今、移民は我が国において日常化、あるいは大衆化した現象となった。数にするとおよそ30万人の外国人が毎年、仏に入ってくるようになった。平均2人の子供を持つ仏の家族に対し、移民によっては、5人の子供を持つことも稀ではない。 現在、人口6500万人のうち、1500万~2000万人はムスリム移民で占められている。われわれは、二重国籍を許可しているため、たとえば、アルジェリアで選挙が行われる際には、仏国籍を持つアルジェリア人80万人が投票する。しかも、彼らは、仏大統領を選ぶ権利も持ち合わせるのだ。 このような事態を防ぐために、移民には制限を与えることが必要なのは明確だった。労働者として入ってきた移民と、家族呼び寄せで入ってきた移民がいるが、我々は彼らの衣食住、教育、医療の面倒まで見ている。失業者も、現在、数百万人に上る。これは文明上、「グラヴィッシム(深刻な問題)」と言えるだろう。取材・構成/宮下洋一関連記事■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ【4/4】「移民の勧め」■ 移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■ 大前氏 年間40万人の移民受け入れねば国力維持困難と指摘■ 「日本は移民に占拠される」20年前に仏政治家が警告していた■ 移民受け入れで自国民賃金低下は誤り 海外移転工場の回帰も■ 大前氏 年間40万人の移民受け入れねば国力維持困難と指摘■ 外国人労働者と労働者不足に悩む国同士はWin-Winの関係

  • Thumbnail

    記事

    フランス共和国が誇る「社会統合」の限界

    西欧とイスラム 「原理主義」の衝突(1)細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授) Wedge編集部(以下、─―) パリでのテロ事件に続いて、日本人人質の問題もクローズアップされました。 細谷雄一(以下、細谷):「シャルリー・エブド」の問題と、今回の人質事件は、質的に大きく違います。各国の国民が人質になっていますが、他国のメディアでは通常大きく取り上げません。人質事件は基本的には当事国が大きな関心を寄せる問題です。 しかし、「シャルリー・エブド」の場合は、発言する、何かを書くという行為自体が狙われました。表現の自由というフランスが掲げる根源的な価値に対する挑戦ですから、国際社会が連携して対応しなくてはなりません。しかし、現在の世界で宗教、価値観の壁を乗り越えて和解するということは極めて難しい状況となっています。テロと移民問題を混同するな ─―欧州ではイスラム教徒(ムスリム)や移民に対する排外主義が強まっていると聞きます。 細谷:欧州の戦後70年は、アウシュビッツ解放を起点とし、ホロコーストの反省の上に成り立っています。人種やナショナリズムを乗り越え、移民に対して非常に寛容な社会をつくりました。寛容さ、多様性というものが、欧州を統合する上での非常に大きな価値だったわけです。サルコジ前大統領は顔全体を覆い隠すベールの着用を禁止する「ブルカ禁止法」を成立させた(YOUSSEF BOUDLAL/REUTERS/AFLO) しかし、1960~70年代の脱植民地化の時期と、冷戦終結後の2度にわたって、大きな津波のように移民が増えたことにより、2つの意味で当初想定していなかった事態が起きました。 まず1つが移民の規模。フランスでは、イスラム系だけで450~500万人で、全体では700万近い移民がいるといわれています。戦後初期には移民の割合は極めて小さな比率でしたから、現在のように国民の10%を超えるほどまで移民が増えてしまったのは想定外でした。 2つ目の想定外は経済です。移民に対する寛容さというのは、戦後の欧州の経済成長と不可分に結び付いていました。経済的余裕があったから、とりわけ社会党政権の下では移民に対してさまざまな社会保障のサービスが拡充されてきました。ところが、経済成長が失速し、ユーロが非常に厳しい緊縮財政を要求しているために、移民の多くが属する貧困層に対して手厚く社会保障を提供できなくなってきています。 さらに、国家を動かすエリートの多くは富裕層でグランゼコール出身という共通した背景を持ちます。社会学者のブルデューが文化資本という言葉で指摘したとおり、移民が国家の中枢に入るのはかつては容易ではありませんでした。社会保障の面でも雇用の面でも、移民の人たちを一定程度フランス社会に統合することができたのは、経済成長が基礎にあったのです。それが困難となり失業率が上昇すると、移民の人たちへの不満が高まってきます。グランゼコールとは、フランスの高度専門職養成学校。大学とは別の学校組織であり、実務に特化したエリート教育を行う。フランソワ・オランド大統領はその一つであるフランス国立行政学院(ENA:写真参照)出身。ENA出身の大統領には、ジャック・シラク氏、ヴァレリー・ジスカール・デスタン氏がいる。日産自動車のカルロス・ゴーン社長もグランゼコールの1つであるエコール・ポリテクニークの出身。(GAMMA-RAPHO/GETTY IMEGES) 経済成長の鈍化も、失業も、財政赤字もグローバル化と新興国の台頭が進む世界における構造的な問題なのですが、多くの国で、苦い薬を飲むよりは「他者」の責任にしようというポピュリズムが蔓延しています。欧州各国で移民増加に対して厳しい姿勢を取る右派政党が支持率を伸ばしています。格差是正の極左と移民排斥の極右が連立したギリシャまで極端ではなくても、穏健で中道的、寛容で多様性に基づく政策は、非常に取りづらくなっています。 困難な課題に向き合うことを求めるよりも、各政党は「敵」をつくって不満をそらし、国民の支持を獲得しようとします。民主主義諸国では、統治能力が低下し、内なる「敵」として移民に批判的な声が高まっています。欧州の抱える構造的な問題の一つの表出が移民問題なのですが、政治レベルで解決することが難しくなっています。 ─―そこにテロ事件が起きてしまったわけですね。 細谷:移民問題と、テロは別個に考える必要があります。「ホームグロウン*」テロリストの多くが「ローンウルフ」と言われます。それぞれが一匹狼で、組織ではなく個人がインスパイアされて、独自の行動でテロを起こす。移民に寛容な社会をつくれば、むしろテロリストが外から入りやすくなる。格差のない民主主義的な社会をつくってもテロの解決にならないわけです。*「ホームグロウン」とは“地元育ち”の意味で、移民出身でイギリスやフランスで生まれ育ったテロリストのこと。「ローンウルフ」とは“一匹狼”のテロリストで、組織としての規模が極端に小さいか、個人や兄弟・親戚程度の範囲内のつながりでテロが計画・実行される。シリア出身の活動家、アブー・ムスアブ・アッ=スーリーは04年、『グローバル・イスラム抵抗への呼びかけ』という大著をネット上で発表し、「ローンウルフ」型のテロを主軸に据えたグローバル・ジハードの理論を体系化した(参考:池内恵著『イスラーム国の衝撃』〈文春新書〉)。 何かの目的があったとき、多くのムスリムの人も投票によって自分たちの意思を実現しています。他にロビーやデモなど、ムスリムの人たちが自分たちの意思を表明する機会はたくさんあります。ところが、今回のテロ事件は、そういった平和的で民主主義的手段ではなく、物理的な暴力で自らの意思を貫徹しようとした。これはフランスとかイギリスでの移民政策の変化とは、あまり関係がありません。【アジアカップ観客射殺事件】イラク第3の都市モスルで、1月12日に行われたサッカーアジアカップ、イラク・ヨルダン戦を観戦していた少年13名が、ISILによって殺害された。モスルはイスラム国(ISIL)が勢力を広げている地域であり、サッカーは西洋のものとして観戦禁止令が出ているという。この事件のように、ISILのような過激派は、相手がイスラム教徒であって、何か問題がある行動を起こしていなくても、自らの論理と動機で殺戮する。(BRADLEY KANARIS/GETTY IMEGES) 財政赤字を増やして貧困層に対する社会保障を手厚くし、学校教育でムスリムに対するより正しい理解を求めていく。ムスリムの人権保護を法律でより手厚くする。それでテロはなくなるかといったら、実際のテロ事件を見ればそんなことはないわけです。経済格差や偏見をなくすこととテロを防ぐことは別個に考えるべきです。 グローバリゼーションで人が簡単に移動できるようになったことと、インターネットで世界に向けて簡単に情報発信し、不満を抱える若者たちを煽動できるようになったことが、テロの背景にあると思います。 欧州の中で各国がポピュリズムを脱し苦い薬を飲んで構造改革を進め、イスラムの中で強まる過激派やテロリズムを消化していくという両方の動きが出てこないと安定しません。これは相当に厄介です。 ─―なぜテロはフランスで起きたのでしょうか? 細谷:ドイツでは民族(フォルク)が国家の基盤になっています。イギリスの場合は多文化主義が基礎となり、アメリカの場合は憲法で国家理念を規定しています。他方、フランスの場合は、あくまでも理念に基づいて、自らが共和国の一員であるということがフランス国民の前提条件となっています。結び付けるものはフランス語であり、フランスが誇る理念であるため、政教分離は絶対に譲れない。それは共和国が成立するための核心の原理です。だから、それを否定するイスラム過激派と衝突しやすいのです。2世がむしろ「フランス」に反発 フランスにいるムスリムの多くは、基本的には憲法の規定する政教分離を受け入れています。ですが、自らの意思で来た移民1世はわかっていても、2世たちの中には疑問を持つ人はいるかもしれない。しかも、インターネットの情報には、ジハードやテロを煽動するものがあるわけです。 また、イギリスとの違いでいえば、フランスの場合はシェンゲン協定に入っています。イギリスの場合は、入国を管理していますから、そこで政策的に移民を国境で管理する余地があります。他方でフランスは、EU域内からの移民の流入を止める余地がない。 私がフランスに行った2009年当時、すでに移民が深刻な政治問題となっていました。サルコジ大統領は選挙で、極右の国民戦線(FN)に票を奪われないためにも移民に強硬な姿勢を示しました。移民担当大臣というポストを新設し、エリック・ベッソンがそれに就いて、移民に対して厳しく対処する姿勢をアピールしました。 フランスに入国すると、長期滞在の場合はしばらくしてから移民局に行かなければなりません。私も行きましたが、そこでフランス語が話せるかどうかが試されます。能力がないと、強制的にフランス語学校に通う必要がある。また、フランス共和国の理念を誇示する長時間のビデオを見せられます。しかし、いくらやっても社会統合には限界がある。それはもうフランス人はわかっています。徐々に移民の制限のほうに動いていかざるを得ないと考えています。 今回の「シャルリー・エブド」の事件は、多くのフランス人たちにとっても、これまでフランス共和国が誇ってきた麗しき社会統合の限界を感じさせる、大きな政治的転換点となってしまう懸念があります。ほそや・ゆういち 1971年生まれ。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号所得(MIS)後、慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了、法学博士。近著に『グローバル・ガバナンスと日本』(中央公論新社)。関連記事■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国■ ナショナリズムという「病」■ スコットランドの独立否決で分離独立主義の幻想を増長と中国紙

  • Thumbnail

    記事

    イスラモフォビアと フランス流「自由原理主義」の疲弊

    西欧とイスラム 「原理主義」の衝突(2)村中璃子 (医師・ライター)  今年、1月11日。1月7日に起きたシャルリー・エブド紙襲撃に始まる一連のテロ事件を受け、370万人という戦後最大のデモがフランス全土で行われた。そして、13日。今度は事件をうけて招集された臨時議会で、バルス首相の1時間にわたる演説に先立ち「ラ・マルセイエーズ」が大斉唱された。バルスは内務大臣時代にイスラム教徒(ムスリム)とロマ(通称ジプシー)の排斥で名をあげた社会党の議員。仏革命時に作られた国歌ラ・マルセイエーズが議会で斉唱されるのは、1918年に第1次大戦でフランスが勝利して以来、初めてのことである。 演説の中で首相は、「我々はテロに対する、イスラム原理主義に対する、急進的なイスラム勢力に対する戦争に入った」と述べ、「フランス版愛国者法(パトリオット・アクト)」の内容を8日以内に検討すると発表した。同議会ではイスラム国(ISIL)空爆継続を可決した他、翌14日には、仏海軍の主力空母「シャルル・ドゴール」を空爆に参加させる意向も表明。内閣は21日、国内治安維持のために今後3年間で7億3500万の予算確保、内務省・司法省あわせて2670人のテロ対策人員の増員(うち1100人が諜報業務)、搭乗者名記録制度の導入、盗聴法の強化、テロ犯罪者および容疑者のデータベース作成など具体案を提出した。 事件後、オード県やタルヌ県ではムスリムの礼拝施設に銃弾が撃ち込まれ、ローヌ県ではモスクに隣接するスナックが爆破されるなどイスラム教を標的とした事件も多発している。また、昨年11月に罰則が強化されたばかりの「テロ擁護罪」の適用により、ムスリムの少年や若者を中心とした逮捕が相次ぎ、1月19日までに起訴されたケースは全国で117件(うち禁固刑12件、実刑判決7件)。アムネスティと司法組合が事態を憂慮する声明をだすまでに至っている。 しかし、パリでイスラム系のテロが起きたのは、今回が初めてではない。95年から96年にかけて、地下鉄の駅で複数のテロが起き、死傷者が出たが、デモもラ・マルセイエーズ斉唱もなかった。1995年7月、地下鉄サン・ミッシェル駅で(10人死亡、写真)、8月には同凱旋門駅において(17人負傷)、「武装イスラム集団」(GIA)によるテロが起き、96年にもポール・ロワイヤル駅でテロが起きた(4人が死亡、日本人4人を含む91人が負傷)。今回のシャルリー・エブド事件よりも犠牲者は多かった。(AP IMAGES/AFLO)差別とされないイスラモフォビア 今回の騒ぎを受け、内外の論者からあがっているのが、「スカーフ論争」をきかっけに90年代頃から顕在化してきた「イスラモフォビア(嫌イスラム感情)」の問題だ。公道にあふれて祈るイスラム教徒の姿は、イスラモフォビアの心象風景なのだろうか。公道での礼拝は2011年サルコジ大統領によって禁止された(CHARLES PLATIAU/REUTERS/AFLO) 同志社大学グローバル・スタディーズ研究科准教授の菊池恵介氏によれば、「イスラモフォビアが広く浸透するのは、それが差別とは認識されていないから。『イスラムには自由や男女平等、政教分離といった西洋的な普遍主義を受け入れることができない』といえば差別には見えない」。 しかし、実際の問題はイスラムが西洋普遍主義を受け入れられないから起きるわけではない。テロ事件の犯人を含め、移民2世3世は文化的にはフランスに同化している。自らをムスリムと名乗ることがあっても、それは私たちの多くが「日本人は仏教徒である」と説明するのと似て、コーランの中身もよく知らなければ、モスクに通っているわけでもない、もちろんアラビア語も話せない。しかし、マジョリティのフランス人にとっての身近な隣人ムスリムは、「よくは知らない」が家父長性や原理主義などと強く結び付いたものだ。流行作家ウエルベックをどう読むか 普遍主義を至上とするフランス人の間には別の空気も存在する。 「今のフランスには“自由・平等・博愛”といった共和国理念への疲労感、特に自由主義への疲労感みたいなものが漂っています。たとえば、フランスにおける結婚制度は、アムール(愛)中心の個人主義を至上とするあまり、完全に崩壊している。自由に対する異常なまでの執着、いわば“自由の原理主義”といったものが『本当にフランス人に幸せをもたらしたのか?』という問いですよね」 こう語るのはフランスの国民的流行作家ミシェル・ウエルベックの近著3冊を翻訳した、東京大学文学部の野崎歓教授。ウエルベックはかねてから「イスラムは馬鹿げた宗教」と公言するなど、フランスの一般人の間ではイスラモフォビアの代表作家として見られていた。新作『服従』の中で、ウエルベックは2022年、「イスラム友愛党」がルペン率いる極右政党、国民戦線(FN)を打ち破り、フランス史上初のイスラム政権を実現する様を描いた。 シャルリー・エブド事件があった1月7日は、たまたま『服従』の出版日で、ウエルベックは当初テロの標的とすら噂された。ウエルベックは、犠牲者のひとりで友人の経済ジャーナリスト、ベルナール・マリスの死に「私はシャルリーだ」と涙を見せた後はしばらくマスコミから姿を消し、1月末に再び現れて「我々には火に油を注ぐ権利がある」と発言した。 しかし、野崎氏によれば「ウエルベックは形式に流れ、難解さを競って活気を失ったフランス文学界に、“同時代を描ききる”バルザック的鮮烈なスタイルで登場した純文学の人。文体では村上春樹に似るという人もいるが、内容的には村上龍のような強いメッセージ性をもつ超人気作家」。新作『服従』は「必ずしもイスラモフォビックな内容ではなく、現実味のない未来を描いて“自由の疲弊”を強烈に批判したものとも読める。ウエルベックが描くのは、自分を抑圧するものから自由になっていくことのまぶしさと悲惨さ。脱宗教化と多文化共存の中で価値が多様化し、すがるべき価値が見つけられなくなっている、共和国の原理への問いかけです」。 ウエルベックが好むのは、男女のセクシュアリティが無い未来、脱宗教化のいきすぎた西洋社会、不老不死などのテーマ。『服従』の中のフランスでは、有能なムスリム系大統領のもと、オイルマネーで経済が潤い、シャリーア(イスラム法)により社会的地位の高い人は妻をふたりもつことが許され、ワインも愉しむことができる。 厄介なのは、『服従』の中で拡大して語られるイスラムのイメージ自体は、完全に間違っているとも言えないことだ。家父長制、政教一致、ジハードなどの教義は、2世3世の日常生活の中でゆるく適応されている。たとえば、ジハードは広義には「神の道のために努力すること」。道徳的な振る舞いや祈りなどを通じて、フランス社会で日々実践していくことには何ら問題はない。しかし、ジハードをコーランの別の箇所にある、報復の肯定や殉教主義と共に原理主義的に解釈すれば「聖戦」という狭義の過激行動を肯定することにもなる。 フランス人が「自由原理主義」の不毛を自覚しながらも、イスラムフォビアを抜け出すことができないことの背景には、こうした事情があることも見逃せない。流行作家ミシェル・ウエルベックの『服従(原題:Soumission)』が注目を浴びる(写真)中、有識者からは高まるイスラモフォビアを諌める声もあがっている。政治学者のオリビエ・ロワは事件直後、1月9日付けの『ル・モンド』紙でテロリストとムスリムの差異を改めて強調し、フランス国民に落ち着きを呼びかけた。また、事件から約3週間後の1月26日、仏国内のマグレブ系社会学者たちは、『問題になるってどんな気持ち?』と題して、自らがイスラモフォビアの対象となることの苦しみと抗議の声明を「恐る恐る」ともいうべきタイミングとトーンで発表した。「表現の自由」ではなく「表現の内容」を疑問視する論者もメディアに登場し始めている。(WOLFGANG RATTAY/REUTERS/AFLO) 1月30日には「テロリストがかわいそうだ」と発言し、黙祷に参加しなかった8歳の児童がテロ擁護罪で逮捕されるなど、呆れるほど過熱したイスラモフォビアの余波は続いている。欧州移民の受難はこれからもまだ続きそうだ。関連記事■ 無秩序時代の到来と米国の役割■ ロシアにも宣戦した「イスラーム国」の脅威■ 「アル=カーイダ3.0」世代と変わるグローバル・ジハード■  「イスラム国」は空爆国が育てた■ サウジが見据える数年後の石油市場

  • Thumbnail

    記事

    経済の常識 VS 政策の非常識 ちょっと待て移民論議

    原田泰(早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員) 6月24日に閣議決定された成長戦略に、最近の「人手不足」に対応するためとして、外国人技能実習制度の拡大が入った。これまで、農業、製造業、建設業などに限られてきた分野に、介護や家事労働などを加え、3年の滞在期間を最大5年に延ばそうとしている。 実習制度とは、途上国からの労働者を日本で訓練し、帰国後、自国の経済発展を支えてもらうという制度だが、実態は、国内の人手不足を補う手段となっている。しかも、研修であるがゆえに労働基準法や最低賃金も適用されず、逃げないようパスポートを取り上げ、賃金未払いや法外な家賃を徴収するなどの事例があると、海外から繰り返し批判されている(朝日新聞、2014年6月22日)。ウソはいけない 国内でも強い批判がある。法務省の審議会の分科会で吉川精一委員は、「制度目的から大きく乖離し、単純労働者の受入れ手段に利用されている。技能実習生が、帰国後、日本で得た技能を生かした職場で働いているとの確たる証拠はない」との意見書(「技能実習制度見直しに関する意見」14年3月12日)を提出している。 韓国も1993年に日本に倣って同様の制度を導入したが、海外からの批判に応えて03年に廃止した。代わりに韓国が採用したのは、雇用許可制で、外国人に労働法の保護を与えることにした。この制度は、ILOでも高く評価されたとのことである(前掲吉川意見書による)。韓国は、90年代の末から、サムスンなどの国際的企業だけでなく、公共政策の分野でも日本を追い抜く準備を着々と進めていたのである。 成長戦略では、人口を1億人に維持することが目標とされている。もちろん、それを移民で実現すると言っている訳ではない。だが、海外からの労働者なしに、労働力人口を維持することは不可能だろう。経済連携協定に基づいて来日したフィリピン人の看護士助手(JIJI) 多くの国の経験から言えば、労働者として来ても、いずれその国に定住することになるのが通常である。定住すれば、それは移民とたいして変わらない。 移民が移住国の利益になるかどうかは多くの研究があるが、結論ははっきりしない。移住国の利益になるような高度な移民に来てもらえれば利益になるという、ほとんど同義反復に近い結論しか得られていないようだ(萩原里紗・中島隆信「人口減少下における望ましい移民政策」経済産業研究所ディスカッションペーパー)。 そこで、高度移民を取り込もうという政策が打ち出されているのだが、そのような人材は、すでに各国の取り合いになっているので、そううまい具合に日本には来てくれない。 考えてみると、コストをかけずに高度な移民の流入で利益を得るチャンスがあった。ナチスがユダヤ人を迫害した時である。多くのユダヤ人が日本にも逃れてきた。普通の日本人は、この人々に同情的であったが、高度移民として遇しようと考えたエリートはいなかった。 一方、米国は、これこそが高度移民だと認識した。当時、米国は経済・軍事・政治大国ではあったが、知的、文化的には二流国だった。科学と文化の中心はドイツだった。ナチスに追われたユダヤ系の学者たちが米国に来ることで、米国の知の水準は一挙に高まった。 ヒトラーが政権を奪取した1933年までで米国のノーベル賞(1901年発足)受賞者は5人(自然科学系のみ)しかいなかったが、その後はほぼ毎年受賞者を出すようになり、2013年では6人である。米国は、自由の女神の台座にある「嵐に弄ばれた人びとを送り届けよ」という、人道主義の言葉に従って、その知力を高めたのである。タダ乗りはいけない 確かに、外国人労働者が、元気に働いて税金と保険料を払い、医者に掛からず、福祉の世話にならず、歳を取ったら年金ももらわず故国に帰ってくれれば日本の利益となるだろうが、そんなうまい話があるものだろうか。そもそも、そんなうまい話があると思うこと自体、恥ずかしくないのだろうか。 移民に対する対応には、同化と出稼ぎ主義と多文化共生主義がある。同化とは、完全に日本人になってもらうという意味である。出稼ぎ主義とは、故国の文化を維持したままでかまわない。日本はそれに関知しないということである。多文化共生とは、異なる文化を相互に理解し、日本のためにも活かすということである。相撲と野球とサッカーで考えれば分かりやすいかもしれない。 慶應義塾大学の中島隆信教授が指摘するように、相撲は完全な同化を求める。なったら、同じ権利を与える。横綱にも親方にもなれるし、部屋も持てる。しかし、小錦や朝青龍のように、その枠からはみ出る大関、横綱も生まれる。野球の外国人は助っ人で、故国の文化を維持したままの出稼ぎである。 サッカーは、理想的には様々な文化が流入して、日本サッカーを強くする触媒になるのが外国人選手に求められていることだろう。ワールドカップで、日本がコートジボワールのディディエ・ドログバ選手にあっさりやられたのは残念だったが、バブルのころなら、大枚をはたいてすぐさまドログバを日本に呼んでいたのではないか。普段から、あんな選手を相手にしていれば、慌てない強い日本になれる。これが多文化共生である。 日本は海外からの人材に何を期待しているのだろうか。海外人材にタダ飯ありというよこしまな考えを捨てれば、同化と多文化共生主義しかない。出稼ぎ主義で、日本の中に、日本の関与しない様々な地域ができてしまうのは好ましくない。その人口がわずかであれば何の問題もないが、人口減少を補うほどの定住者が入ってくるのであれば、この選択はありえない。 同化ではなく、多文化共生主義でも、定住者に日本を理解してもらうことは必須である。そのためには、言葉の習得は欠かせない。特に2世にはそうである。しかし、当然ハンディを負っているのだから、学校が特別な手当てをしなければならない。お金がかかるが、その費用は誰が負担するのだろうか。私は、その費用は親を雇っている企業が負担すべきと思うが、企業は負担していない。タダ乗りしているのである。 日本は、人道主義に則ることで知力を高める機会を逃した。実習制度はウソである。外国人労働者の雇用はタダ乗りである。ウソとタダ乗りでうまくいくはずはない。

  • Thumbnail

    記事

    呉善花氏「移民が日本文化を理解し社会に溶け込むのは難しい」

     政府が年間20万人の外国人労働者の受け入れを検討し始めた。韓国出身の評論家・呉善花氏は移民受け入れ拡大に慎重な姿勢を示す。1983年に留学生として来日し、その後帰化した自身の経験を踏まえながら、「安易な開国」のリスクを指摘する。 * * *「年間20万人」という数字ありきの移民政策はあまりにも短絡的に思える。私自身の経験を踏まえて言えば、来日する移民が日本文化を理解し、社会に溶け込んでいくことは容易ではない。 外国人との間に存在する文化や習慣の違いは想像以上に大きい。例えば韓国はすぐ隣の国だが、食事の作法では日本人が茶碗を手に持つのに対して韓国では食卓に置いたまま食べ、左手は膝の上に置くのがマナーとされている。靴を脱ぐ時に日本人は靴先を外に向けて揃えて置くが、韓国では室内に向けるか、あるいは特に揃えなくても咎められることはない。 いわゆる「わびさび」といった感覚も外国人にはなかなか理解しづらい。日本人が古びた陶器などに趣を感じる一方、韓国では食器は金ピカのものを好む。些細な違いと思ってはいけない。生活習慣の差は職場や地域におけるコミュニケーションの大きな障害となる。 私自身の経験としては、「ありがとう」と御礼を言う習慣を身につけるのに苦労した。韓国では親しい間柄の相手には、水臭いという感覚で「ありがとう」と言わないことがほとんどだ。日本人はそうした分け隔てをしない。 日本に住み始めた頃は「ありがとう」と言わなかったため親しい知人に注意され、それでも習慣づけるには随分と時間が掛かった。移民の労働力が期待される介護分野などは特に、専門知識やスキルだけでなく円滑な意思疎通が求められる。それができなければ介護される側にストレスが溜まってしまう。 閉鎖的な国を目指せということではなく、移民を受け入れるのであれば日本文化や慣習について学ぶ機会を設けるべきであり、丁寧なフォロー体制が必要だ。そうした意欲を持つ移民希望者もいるはずだが、「年間20万人」という数値目標を立てるやり方とは両立しない。 文化や習慣の違いを軽く見てはいけないのは、それが日本人による移民差別につながりかねないからだ。 日本人は電車のホームやバス停できちんと並んで乗車する。しかし中国人は割り込みが当たり前。そうした日常的な感覚の違いについて「嫌だな」と感じることが差別の萌芽となり得る。諸外国の例を見ても移民を大量に受け入れれば、集団で住む地域が生まれがちで、そうなると文化の壁はなかなか取り払われない。 在日コリアンの歴史から私たちは学ぶべきだ。固まって暮らす習慣や言葉の違うグループに対して差別感情が生まれ、派生する様々な問題が起きた。これは日本人にも在日コリアンにも不幸なことだった。 数十年が経って在日コリアンも3世、4世の世代になり、普通に日本文化に同化してきた。むしろ彼らが韓国に住もうとしたら、習慣の壁に突き当たることになるだろう。私も韓国の親戚や友人のために骨を折っても、「ありがとう」と言われないことに寂しい思いを感じるようになった。 人口減少にどう対応するかは議論すべきだろう。しかし、単純に移民の「数」で問題を解決しようとすると、大切なものがこぼれ落ちかねない。SAPIO 2014年6月号関連記事■SAPIO人気連載・業田良家4コマ【4/4】「移民の勧め」■KARA、少女時代、キム・ヨナを通じて日韓の違いを理解する■在日朝鮮人・韓国人へのヘイトスピーチについて石原氏の見解■移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■「活版印刷」と「羅針盤」 韓国が起源は韓国人の間では常識

  • Thumbnail

    テーマ

    移民ではなく外国人労働者という詭弁

    将来、引き起こされるであろう摩擦を引き受けるのは、制度設計した者ではなく、企業であり、国民であり、当の外国人労働者。詭弁が易々と通る日本であってはならない。

  • Thumbnail

    記事

    移民政策の本当の怖さ

    古谷経衡(著述家) 先日、「毎年20万人の移民受け入れ本格検討」として、安倍内閣が移民受け入れを容認し、移民政策の国策を転換する可能性について、ニュースになっていました。具体的には、 政府が、少子高齢化に伴って激減する労働力人口の穴埋め策として、移民の大量受け入れの本格的な検討に入った。内閣府は毎年20万人を受け入れることで、合計特殊出生率が人口を維持できる2.07に回復すれば、今後100年間は人口の大幅減を避けられると試算している。(中略)だが、移民政策には雇用への影響や文化摩擦、治安悪化への懸念が強い。しかも、現在は外国人労働者は高度な専門性や技術を持つ人材などに限定しているが、毎年20万人を受け入れることになれば高度人材だけでは難しい。単純労働に門戸を開く必要が出てくる。(2014.3.13 産経新聞) というものです。よく、移民を受け入れる際に大きな問題として懸念されるのは、上記の記事にあるように「移民によって日本人の雇用が圧迫される(雇用懸念)」「移民がつくるコミュニティや宗教的な違いが、日本人社会との軋轢を生む(文化摩擦、治安懸念)」という大きく二つに分けられると思います。 雇用懸念については、実際にヨーロッパ圏が旧植民地(英連邦のアフリカ、インド、フランスの旧植民地、ドイツや北欧のトルコ系、中東系)からの移民によって、現地の国民の雇用を圧迫している、というのは現実の問題として発生しています。 また、文化・治安懸念なども同様に欧州の多くの地域で問題になっています。この移民政策による反応は、例えばドイツのネオナチ、フランスの国民戦線など、極右政党の誕生と社会不安につながったり、スウェーデンではイスラム系住民への反目(モスク放火)など、実際に死者が出る事態に発展することも珍しくはありません。 こういった移民によって引き起こされる数々の社会問題や不安ですが、これらは移民政策の本当の暗部ではありません。例えば中南米に移民した日系移民は、現在、現地の社会に広く受け入れられ、社会的に成功している場合が多くあります(ペルーのフジモリ大統領や、ブラジル空軍のトップが日系人である例)。更に、現在移民を受け入れる側だった英仏独北欧の国々は、かつて自らが最大の移民排出国であったことを押えなければなりません。 欧州の各国、特にドイツ、アイルランド、イングランド、イタリア、オランダ、スウェーデンといった国・地域の移民が大量に流れこんで成立したのが、現在のアメリカだからにほかなりません。移民がすべて、移民先の国々で社会問題になる、というわけではないことに留意しなければなりません。19世紀の新興国・アメリカの労働力を形成した多くは、こういった「欧州」の中でも比較的所得の低かった、ドイツ系移民、アイルランド系移民によって支えられたのです。 では、移民が引き起こす最大の問題とは何でしょうか。それは移民の出生率が、異常に高いことです。例えば1990-1998年のフランスにおける合計特殊出生率(平均)は、フランス人女性が1.65、移民の女性が2.50と、実に1.5倍以上の開きがある、というデータがあります。つまり生粋のフランス人は一生に1人か2人の子供を生むのが普通ですが、移民はそれを大きく上回って3人近くの子供を産む、ということがこのデータからわかります。更にその3人がそれぞれ3人の子供を生むと考えれば、この違いが如何に大きなものかが分かるでしょう。 移民は一般的に所得水準が低く、また就業環境も劣悪な場合が多いです。そんな中で、唯一の娯楽としてのセックス、或いは将来、親を養うための食い扶持という意味で、出生率が突出して高くなるのは、フランスに限らず世界中の移民に当てはまることです。 これはどういう事を意味するのでしょうか。簡単にいえば、移民第一世代は移民先の国では、マイノリティだったけれども、二世代、三世代と代を重ねると、加速度的に移民の人口が増加していく、と言う事を意味しております。つまり、先の記事に当てはめると、毎年20万人の移民の第二世代、第三世代は、どんどんとその人口を拡大させていく、という事を意味しています。 現在、主にメキシコ(ヒスパニック系)の移民(不法を含む)人口が急増しているアメリカですが、ある試算によると、ヒスパニック系の増加によって2050年にはアメリカは非白人の国になる、と予想されています。もっと言えば100年後にアメリカはヒスパニックの国になるかも知れません。取りも直さず、その理由は生粋のアメリカ白人よりもヒスパニック系の出生率が圧倒的に高いためです。 移民による問題では、常に雇用不安と文化/治安懸念が言われますが、これは移民の第一世代についての話であって、本当の問題とは、移民の流入によって、その国の人口(人種)構成が将来、大きく変わる事にほかなりません。 いま、例えば20万人の移民を毎年受け入れたとしても、単純計算で10年で200万人ですが、その200万人が産んだ子供が、20年、30年後には日本人の出生率を大きく上回って増加する、ということが問題なのです。「単一民族」的、と言われる日本ですが、移民を大きく受け入れれば、第二世代以降の移民の代になって、日本の人種構成は大きく変わるでしょう。日本は日本民族だけの国ではなく成る日が来るかも知れません。 人種の違いが、日本の国の形を悪い意味で変える、とばかりは思いません。例えば中国系移民が畳の家に住み、インド系移民が剣道や茶道や古典芸能で活躍するとき、日本が伝統的に持っていた文化や価値観は、大きく違うエッセンスが加わり、発展するかも知れません。 文化の発展は、異民族との混合の歴史であるとは、古代ローマやヘレニズムの時代から普遍的な歴史の道のりかもしれないのです。移民の受け入れによって、二千年の日本の歴史は、大きく違ったものに変革されるでしょう。 しかし、私が一番気になるのは、果たして現在の日本人に、その覚悟はあるのかということです。日本人とは違う民族が移民してきて、その第二世代以降の子供達が、加速度的に増えていく。もしかしたら22世紀には、日本の3割とか4割の人間が、中国系とかインド系とかブラジル系の「日本人」が占めているかも知れない。 そういった「日本」の姿を、現在から想像して、「それでも良い」と判断するのなら、移民受け入れもひとつの手かもしれません。街中の神社仏閣が、モスクやヒンズー寺院に置き換わる。京都の寺の住職が韓国系移民になる。 多くの日本の精神的価値観、例えば「わびさび」とかいう価値観は、移民の価値観とエッセンスして別のものに変革されていくでしょう。日本人の精神文化は、移民が加わることで、もっと合理的で、もっと明確な輪郭を伴うものに、変化していくでしょう。それも「日本の未来の姿だ」と考えるのならば、反対はしません。 ただ、現在の安倍内閣の目指す移民についての方針には、そのような「想像力」が足りないような気がします。移民問題に大切なのは、当座受け入れた移民第一世代が引き起こす、雇用や治安や文化摩擦ではありません。彼らの子供の時代こそが、大切なのです。そのような「想像力」で、貴方は移民の子供の代に存在する、日本の姿を肯定することができますか。

  • Thumbnail

    記事

    移民「毎年20万人」受け入れ構想の怪しさ

    河合雅司このままでは人口は激減するが… 「人口激減の世紀」―。このまま何の対策も講じなければ、未来の歴史学者たちは日本の21世紀をこう呼ぶことだろう。 日本人が減り始めたのは2005年である。この年について、厚生労働省の人口動態統計は、出生数から死亡数を引いた自然増減数が初めて2万1266人のマイナスに転じたと伝えている。 ところが、日本はその後の10年、惰眠をむさぼった。少子化に歯止めがかからず、人口の減少幅だけ年々拡大した。国立社会保障・人口問題研究所によれば、現在約1億2730万人の総人口が、2060年に8674万人に減り、2110年には4286万人にまで落ち込む。 われわれは、こうした未来図を何としても変えなければならない。政府がたどりついた結論は「移民の大量受け入れ」の検討であった。 2月24日の政府の経済財政諮問会議の専門調査会「『選択する未来』委員会」。内閣府が用意したペーパーには、大量に受け入れた場合の将来人口見通しがしたためられていたのだ。政府が移民受け入れに伴う人口試算を正面切って行ったことは記憶にない。 まず、内閣府の試算がどんな内容だったかを、ご紹介しよう。2015年から毎年20万人ずつ受け入れ、2030年以降には合計特殊出生率が「2・07」に回復していることを前提としている。かなり高めの設定だが、この2条件を達成すれば、日本の総人口は2060年に1億989万人、2110年には1億1404万人となり、ほぼ1億1千万人水準を維持できるというシナリオだ。 働き手たる20~74歳についても「新生産年齢人口」と呼んで推計を試みている。こちらは2012年の8973万人が、それぞれ6699万人、7227万人になるという。 「移民さえ受け入れれば、日本は労働力不足に悩むことがなくなる」との意識を国民に植え付けるのが狙いなのだろう。こうして具体的な数字で語られると、移民も「有力な選択肢」になり得ると思えてくる。 しかし、移民は本当に日本を救うのだろうか。耳に入ってくるのは「人口が何人減るから、外国人を何人入れて穴埋めしよう」という帳尻合わせの議論ばかりだ。政府からは、大量受け入れに伴う社会の混乱や、日本人が負担しなければならなくなるコストといった負の側面についての説明は聞こえてこない。 うまい話には落とし穴があるものだ。少し冷静に考えれば、「毎年20万人」というのは、かなり怪しく、危険ですらあることが分かる。 移民政策の怪しさを見ていく前に、整理しておきたい点がある。「移民」と「外国人労働者」の違いだ。両者を混同し、問題の本質から大きくずれた議論が実に多い。 最初にお断りしておくが、「移民」という行政用語は存在しない。政府としての定義は明確でないが、政府関係者は永住を前提として受け入れる人を「移民」としてとらえてきた。多くはいずれ日本国籍を取得しようとする人々である。誇張した表現をすれば、青い目、黒い肌の日本人になる人たちだ。 これに対し、「外国人労働者」とは出稼ぎ目的だ。企業の一時的な戦力として働き、仕事がなくなれば母国に帰る。好条件を求めて他国に職場を移すこともある。 これまでの外国人受け入れ論は、企業の賃金抑制策の視点から後者を指すことが多かった。企業が想定するのは、低賃金で働いてくれる20、30代の若者だ。「高齢になる前に母国に帰ってもらえばいい」といった都合のよい考え方である。だが、このような発想で若い外国人労働者を次々と入れ替えたのでは、人口減少を食い止めるという量的問題は解決しない。つまり、企業が経営効率の視点で「外国人労働者」を活用するレベルの話と、労働力人口減少の・穴埋め要員・としての移民を大量受け入れする話では次元が異なる。人口維持試算が意味すること さて、話を本題に戻そう。移民政策の怪しさ、危うさである。まず、内閣府が示した「毎年20万人」という数字が意味するところだ。これは50年にすれば1千万人、100年では2千万人である。 試算通り1億1千万人規模の総人口を維持できたとしても、2060年時点で10人に1人、2110年には約5人に1人が移民という計算になる。2012年末現在の在留外国人数は203万人余で、総人口の1・59%に過ぎない。「2千万人」というのが、いかにインパクトある数字かお分かり頂けるであろう。 しかも、1億1千万人というのは、先に紹介した通り、合計特殊出生率が現在の1・41から2・07にまで上昇することが前提となっている。出生率が回復せず、2110年の総人口が社人研の予測通り4286万人まで減れば、ほぼ2人に1人が移民ということになる。 ところが、この計算には・まやかし・がある。内閣府の資料には見当たらないが、出生率2・07への回復は、子供をたくさん産むのが当たり前の「多産文化の国」から来た移民が、日本に永住後も多くの子供を出産する出生率の・押し上げ効果・を織り込んでいると考えるのが自然だ。少産となったわれわれ日本人が、突如として5人も、6人もの子供を産むようになるとは思えない。 衝撃的なことだが、出生率が2・07にまでならなくとも、移民としてやってきた人と日本で誕生したその2世の合計人数のほうが、いつの日にか多くなるのだ。 もちろん、移民やその2世と結婚する日本人もいるだろう。すごく長い時間軸でみれば、区別がなくなるかも知れない。しかし、個々人が理解し得る時間の長さで考えれば、人口減少下で移民を大量に受け入れる政策とは、人口規模の維持と引き替えに、われわれ日本人が少数派になるのを許容することなのである。 それは、日本という国を現在とは全く異なる「別の国家」にすることに他ならない。われわは、移民政策を考える時、日本人のほうがマイノリティーになる社会とはどんな社会なのかを想像する必要がある。 例えば、天皇への尊敬の念や古来の文化や伝統の継承などは支障なく行われるだろうか。言葉の壁や文化の摩擦も生じる。それどころか、日本語以外の言葉が公用語となるかも知れない。 人間というのは、母国への思いをそう簡単に断ち切れるものではない。彼らの2世や3世が、国会議員や官僚といった政策決定権を持つ要職や指導的地位に就く時代もいつか到来するであろう。そんな時代に大量に移民を送り出した国と日本が外交的な緊張関係に陥りでもすれば、国論が割れて国家を危うくする。「反日」国家が組織的に送り出してくることにでもなればどうなるのか、警戒を怠るわけにはいかない。移民政策とは、安全保障に直結する問題でもあることを知らなければならない。 住宅や社会保障、子供の教育などにも膨大なコストを要する。とりわけ問題なのが、長期の加入を要する年金だ。移民の年齢によっては支払期間が不足する。将来的な低年金者や無年金者の対策コストが増えれば、税負担増でまかなうしかない。 やってくるのは若い年齢層だけとは限らない。彼らにだって家族はいる。年老いた両親を母国から呼び寄せる人もいるだろう。こうした人が増えれば、移民政策とは異なる問題の解決を迫られる。 これまでも外国人労働者をめぐっては、ゴミ出しルールを守らないとか、騒音といった地域のトラブルが問題となってきた。大量に移民を受け入れるとなれば、こうした問題の深刻さは想像を絶するものがある。移民を積極的に受け入れてきた国の多くで排斥事件が起こるなど、各国政府は対応に苦慮している。 異国から来た人というのは、出身国の人同士で社会や集団を作りがちだ。日本がもし受け入れれば、やがて摩擦や衝突を生むだろうことは、ドイツが証明している。他国と国境を接するドイツですら、「移民政策は事実上、失敗に終わった」とされるのに、島国の日本がどうなるかは想像に難くない。治安コストや社会モラルの崩壊というのは決して過小評価してはならないのである。 しかし、この問題の本当の怖さは別のところにある。忘れてはならないのが、移民の大量受け入れが新たな少子化要因となることだ。 低賃金で働く移民が増えれば、日本人の賃金水準も下がるだろう。不安定な雇用を余儀なくされる日本の若者がさらに増え、結婚はますます遠のく悪循環を呼ぶ。日本は婚外子の少なさが証明するように、結婚と出産はワンセットだ。結婚できる人が減れば、結果として将来的な労働力人口の減少に拍車がかかる。それがさらなる移民必要論の根拠として使われたのでは、日本はまさに負のスパイラルに陥っていく。大量移民がもたらす新たな社会的困難 ここまで「年間20万人」を中心に問題点を見てきたわけだが、次は、移民が政策論としてそもそも成り立つのかを考えてみたい。これだけの規模の移民がコンスタントに来日するのかという疑問だ。 結論を先に言えば、日本が移民政策に踏み切ったからといって、どんどん人が入ってくるという保証はどこにもない。 「移民」と聞けば、その送り出し国としてアジアや南米諸国をイメージする人が多いだろう。確かに、インドや中国、ブラジル、インドネシア、フィリピン、タイといった国々は当面、人口が増加基調にある。しかし、どの国も2040~2050年頃には急速に高齢化が進み始める。若い世代を他国に送り出せば、それだけ高齢化のスピードは速まる。難民や出稼ぎの外国人労働者としてならばいざ知らず、100年もの間、「日本はお困りでしょう」と言って積極的に若者を送り出す国がどれだけあるのだろうか。 各国で高齢化が進めば、若い労働力の奪い合いになることも予想される。最速で高齢化が進み、言葉の壁が立ち塞がる日本は必ずしも魅力的な移民先であるとは限らない。東南アジア諸国などの経済成長は著しい。わざわざ遠い島国まで行かずとも、近隣国に・安住の地・を求める人も多いだろう。 それでも、ある特定の国だけが送り出し続けるならば、それはある種の政治的意図をもって日本を狙い撃ちしていると考えたほうがよい。これらからも、移民は政策論として非常に困難だと言わざるを得ない。 しかし、最悪なのは、「外国人を受け入れなければ、日本は終わってしまう」といったスローガンに踊らされて、一時的なムードで中途半端に受け入れを始めてしまうことだ。移民というのは、ひとたび大量に受け入れてしまったら、「数が増えすぎたから」などといって簡単に打ち切ることはできない。 「毎年20万人」もの人が入り始めれば、そのことを前提として社会は出来上がるからだ。それを突然止めるとなれば、人為的に人口急減を起こすのと同じだ。ただでさえ日本人が減っていくのに、増加を当て込んでいた移民までが減るダブルパンチとなったのでは、マーケットは混乱し、経済や社会保障制度への影響も避けられない。 それだけではない。突然打ち切れば、団塊世代のように「特定の年齢層」だけが極めて大きな人口の塊となる。その後の世代が本来ならば味わうはずのなかった急速な社会の縮小を経験することを意味する。 政府がいたずらに人口政策に手を染めてうまくいった試しはない。・移民ありき・で議論を急ぐ進め方は厳に慎まなければならない。東京五輪決定でリベンジに出た黒幕 ところで、なぜ政府は移民政策の検討を急ぐのだろうか。政府だって、移民政策に問題点が多いことは分かっているはずだ。そこには、移民受け入れ推進派の「外国人の受け入れ=開かれた先進的な国」という決めつけと、一度スイッチが入ったら方向転換がなかなかできない官僚の悪弊がある。 安倍政権が移民政策に前のめりになっていることは、安倍晋三首相が議長を務める産業競争力会議が、1月20日にまとめた「成長戦略進化のための今後の検討方針」に明らかだ。そこには「外国人材受入のための司令塔を設置し、高度人材の受入れはもとより、労働人口の減少等を踏まえ、持続可能な経済成長を達成していくために必要な外国人材活用の在り方について、必要分野・人数等も見据えながら、国民的議論を進める」とある。 「移民」という直接的な表現こそ避けてはいるが、「労働人口の減少等を踏まえ」というのは、長期に日本で働く「移民」を念頭に置いているとしか読めない。しかも「高度人材の受け入れはもとより」というのだから「高度人材」だけでなく「単純労働者」を激減する労働力人口の穴埋め要員にしようということである。  しかし、移民政策は安倍政権になって急浮上したわけではない。あまり知られていないが、日本が人口減少局面に突入した2005年の3月に法務省が策定した「第3次出入国管理基本計画」は、「人口減少時代における外国人労働者受入れの在り方を検討すべき時期に来ていると考えられる」としている。「専門的、技術的分野に該当するとは評価されていない分野における外国人労働者の受入れについて着実に検討していく」との文言も見つかるのだ。 政府が非公式ながら、移民の大量受け入れを本格的に検討し始めたのは2000年頃とされる。そして、背後にちらつくのは財務省の影だ。ある中堅幹部が「省内でずっと検討を重ねてきた」と認めている。 推進派官僚たちにとって移民政策は、悲願なのである。とはいえ、彼らも、国民のアレルギーが強く、一筋縄で行かないことは分かっている。その是非に白黒が付くまで待っていたのでは時間がかかるということから、既存のルールに少しずつ例外を設けて、実質的に「単純労働」の拡大を図ってきたというわけだ。 この間、推進派が勝負に出たことがある。2008年だ。6月に自民党の議員連盟が「日本型移民政策の提言」を発表し、50年間で1千万人の移民受け入れ構想を提唱。10月には日本経団連が「人口減少に対応した経済社会のあり方」を発表し、外国人の定着推進の検討を投げかけた。 これらの提言は、その後のリーマン・ショックを引き金とする景気後退により急速に萎んだが、推進派官僚はリベンジ戦の機会をうかがってきたのだろう。そして、ついに彼らにとってのチャンスが到来した。東京五輪の開催決定である。 五輪は「世界に開かれた日本」をアピールする場であり、外国人受け入れ政策を言い出しやすい。そうでなくとも、成長戦略を至上命題とする安倍政権はビジネス面における外国人の活用に積極姿勢をみせていたことから、一気呵成に流れを作ろうという寸法だ。 推進官僚たちは実に巧妙だ。内閣府の試算で「移民」を派手にぶち上げ国民の耳目を惹きつける一方、あたかも移民政策とは別物のように外国人労働者の受け入れ要件をなし崩しに緩和し、実質的に「単純労働」を認めてしまおうとの作戦のようである。 安倍首相がわざわざ「移民政策と誤解されないように」と強調したところにこそポイントがある。こうした説明を聞けば、反対派も「移民政策ではなく外国人労働者だから、そんなに過剰に反応することもない」となろう。しかし、気がついたら、単純労働を行う外国人が日本中にあふれ、移民受け入れに近い社会が実現しかねないのだ。 作戦はすでに実行に移されている。第1弾が4月4日の関係閣僚会議が建設業の受け入れ拡大を決定したことだ。東日本大震災からの復興などに加え、東京五輪の開催準備で建設需要が急増し人手不足が深刻化しているとして、外国人技能実習制度を実質2年延長し最長5年間働けるようにする措置を五輪までの臨時対応として認めたのだ。 「五輪スタジアムの建設が間に合わない」との説明には反対しづらいものがあることを計算に入れてのことだろう。先の財務省中堅幹部は「今回は建設業側から『外国人を入れてほしい』と言ってきたので助かった。これは蟻の一穴となる」と明かしている。 その言葉通り、推進派は建設業を突破口に畳み掛け始めた。関係閣僚会議が建設業の拡大を認めたのと同じ4月4日の経済財政諮問会議と産業競争力会議の合同会議で、民間議員が家事補助と介護職の受け入れ拡大を提案し、安倍晋三首相も「女性の活躍推進の観点から推進してもらいたい」と指示を与えた。それ以外の産業でも単純労働の容認を求める動きが強まっている。 家事補助や介護職種は、高齢化が進む日本においてはますます需要が大きくなる。介護の場合、現行では経済連携協定(EPA)に基づき介護福祉士の国家試験に合格しなければ日本で働き続けられないが、受け入れ拡大となれば国家試験の受験意思のない低技術の外国人労働者が大量に来日する可能性がある。家事補助に至っては、誰の目にも「高度な仕事」とは映らないだろう。まさに単純労働を事実上解禁する国策の大転換が、国民的な議論もなく静かに進められようとしている。後世の日本人に顔向けできるのか 外国人労働者をなし崩しに受け入れようとしていることについて、ある推進派官僚は「人口減少に対応するには、もはや外国人を入れるしかない。移民に反対するのは敗北主義だ」と強調してみせた。しかし、本当に「もはや外国人を入れるしかない」のだろうか。移民を受け入れなくとも済む選択肢はあるはずだ。それを探すことこそ優先されるべきであろう。今の政府の議論の進め方は、明らかに順番が間違っている。 推進派の言い分をよく聞くと、その多くは「労働力人口が減少すれば経済成長しない。日本経済を縮小させないためには、外国人で穴埋めせざるを得ない」との理屈である。まず、この理屈が正しいのか、から確かめる必要がある。 人口減少が日本社会や経済にとってマイナスであることは論をまたない。だが、人口動態は経済成長を左右する絶対的な条件ではない。その証拠に、高度経済成長期の労働力人口は年に1%程度しか伸びていない。 労働力人口が増えたから高度経済成長が可能だったわけではなく、機械化や「全要素生産性」(TFP)と言われる生産要素の増加では説明し切れない技術進歩などが寄与した結果とされる。人口の増減とは関係なく、イノベーション(技術革新)によって今後も経済成長は達成可能ということだ。 高齢社会を迎える日本は経済成長のチャンスがいくらでも転がっている。医療や介護はもちろん、住宅から乗り物、市街地の在り方に至るまで、すべてを高齢者にとって使い勝手のよいものに作り替えていかなければならない。エコノミストの中には1~2%ぐらいの成長は十分可能との見方も少なくない。 そもそも、少子化に歯止めがかかれば、将来の人口予測は全く異なるものとなる。当面避けられない労働力人口の減少には、女性や高齢者の力を引き出すほうが先決だろう。総務省の労働力調査の基本集計(2014年2月速報)によれば、生産年齢人口(15~64歳)の女性は3889万人だ。このうち就業者は2439万人で62・7%に過ぎない。日本の女性や高齢者は高い教育水準にある。言葉や文化の壁もない。外国人を受け入れるよりもはるかにコストもトラブルも少なくて済むはずだ。移民受け入れに先走るのではなく、こうした方策についても検討するのが筋というものだ。 労働人口の減少は避けられない現実であり、外国人との付き合い方に正面から向き合わなければならないときは来る。 だからといって大量の移民を受け入れるかどうかという選択を、現在に生きるわれわれの利益だけで判断してよいわけではない。 後世の日本人に顔向けできる「日本」をいかに残すのか。戦略もなく易きに走れば、国を大きく誤る。

  • Thumbnail

    記事

    「移民ではなく、外国人労働者」 という詭弁は幾重にも罪深い

     アラビア文字の看板を掲げる店が立ち並ぶ通りを、顏、全身を真っ黒なヴェールで覆った女性が行き交い、路端には水煙草を吸う男たちがたむろしている。 ここはイスタンブールか? テヘランか? 一昨年、20年ぶりにドイツを訪れた際、都市中心部の「景色」に驚いた。いまやドイツでは、人口の約4分の1、首都ベルリンに限れば3分の1が、移民の背景をもつ人々で、中核を成すのは70年代以降、労働者として来たトルコ系の人々とその子孫である。 旅行者の私にとっては、エキゾチックな景色もまた一興、美味しいトルコ料理が食べられることは喜ぶべきことでしかない。しかもこのときは偶さか、ドイツのウイグル人コミュニティ(ウイグル人はトルコ系)を取材するための訪問だったので、あえてトルコ系の店が多いエリアに宿をとり、連日三食、ウイグル料理やトルコ料理を楽しんだ。 だが、ドイツ人からすればそんなお気楽な事態ではない。近年、各地でイスラム系住民との摩擦が起きており、政治家や識者が「共生政策」の失敗を公言するに至っている。 第二次大戦後の西ドイツでは、労働力不足解消のため、トルコからの出稼ぎ労働者「ガスト(ゲスト)・アルバイター」を受け入れ始めた。当初は単身者の短期滞在に限られていたが、70年代になると、家族を帯同して定住する「移民」へと変わっていったのである。 おもな理由は、特定分野、とくに3K的な分野の仕事からドイツ人が離れ、「トルコ人の仕事」として固定化されたことにある。 定住したトルコ系、イスラム教徒移民は子孫を増やし、いまもコミュニティを拡大中だ。宗教上の戒律に則って暮らす彼らがドイツの文化・習慣に同化することは難しい。その結果として、「郷に入りては郷に従う」のではなく、ドイツという郷に、小さなトルコ郷を築くこととなるのも無理からぬことだ。しかし、これをドイツ人側から見れば、自国の中にドイツ語の通じない地域ができ、ドイツ料理の学校給食が立ち行かなくなるという忌々しき事態ということになる。 昨今、日本でもまたぞろ移民議論が喧しい。政府側は、反発を招かないよう「移民ではなく、外国人労働者」と強調するが、ドイツの例に明らかなように、期限付きの労働者がやがて移民受け入れの一里塚となることは間違いない。 外国人労働者の件を検討する政府の有識者会議の中心メンバーである竹中平蔵氏は、私の取材に対し、「ドイツ等の先例にも学んで、あくまで短期の労働者受け入れ、移民化することのないルール作りと厳重な運用が必要」と答えた。 一方で氏は、シンガポール型の制度も難しいと答えている。字数の関係から詳述は避けるが、シンガポール型とは、単純労働の外国人労働者には一切の社会保障はなし、都合に合わなくなれば即強制帰国させるという「完全割り切り型」の制度である。 ドイツ型でもなく、シンガポール型でもない。双方の〝いいとこどり〟が竹中氏のいう理想だろうが、そんな虫のいいことは不可能だ。いま氏らが提案している制度を実施すれば、将来必ずや日本における「移民問題」のタネとなろう。 グローバル化が進む現代は、人、モノ、カネが国境を越えて行き交う時代などと表現されて久しいが、人は、モノやカネとは厳然と違う。人はそれぞれ意思や感情をもち、独自の文化や匂いを纏って私たちの国へやって来る。それを「労働力」という、あたかも「モノ」のように捉えて都合よく使おうという発想がそもそも危険だ。 数十年後の労働人口の不足を補うための外国人労働者受け入れ、というお題目からして詭弁である。数年契約で定住なしの出稼ぎ労働者を、いま受け入れることは、数十年後の労働人口補充とは何の関係もない話ではないか。 将来、引き起こされるであろう摩擦を引き受けるのは、制度設計した者たちではなく、労働の現場となる企業であり、市井の日本国民であり、当の外国人労働者たち、と相成る。 「移民ではない、労働者」という詭弁を見過ごしてはいけないのである。

  • Thumbnail

    記事

    毎年20万人の移民 やがて日本人が少数派に

    河合雅司(産経新聞論説委員) 今のままならば、日本の21世紀は、未来の歴史学者たちから「人口激減の世紀」と呼ばれるだろう。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は、現在約1億2750万人の総人口が、2060年に8674万人、2110年には4286万人まで減ると推計している。避けられる人口減少 こうした未来図を変える方策はないのか。2月に内閣府が「移民の大量受け入れ」という選択肢を示した。受け入れ規模は2015年から毎年20万人。2030年以降の合計特殊出生率が「2.07」に回復するのが前提である。 この2条件を達成すれば、2060年は1億989万人、2110年には1億1404万人となり、ほぼ1億1000万人水準を維持できるというのが結論だ。 20~74歳の「新生産年齢人口」も試算しているが、2012年の8973万人が、それぞれ6699万人、7227万人となる。 こうして数字を示されると、移民も「有力な選択肢」に見えてくる。だが、実現へのハードルは低くはない。 まず整理しておきたいのが、「移民」と「外国人労働者」の違いだ。移民は日本国籍を付与し永住が前提だ。一方、外国人労働者は企業が一時的な戦力として雇用する人たちで、景気動向によって帰国するし、よりよい条件を求めて他国に移ることもある。外国人の受け入れではこれらを混同した議論が多い。 これまで企業が想定したのは低賃金で働く20~30代の外国人労働者だ。不況になれば解雇すればよいとの発想である。だが、若い労働者を次々と入れ替えたのでは人口減少には対応できない。税で膨大コスト負担 内閣府の試算は人口減少対策の位置づけである。この点を踏まえて課題を考えたい。まず毎年20万人という数字の妥当性だ。100年間で2000万人。試算通り総人口1億1000万人で維持できたとしても、2110年には約5人に1人が移民の計算となる。 しかし、1億1000万人は出生率2.07という希望的な数値をクリアしなければ実現しない。出生率が回復せず、社人研が予測する4286万人となれば、2000万人の移民は日本社会において極めてインパクトのある存在となる。 それ以上に衝撃的なのは、「日本人」が少数派になることだ。内閣府の資料には明記されていないが、出生率2.07への回復は、多産文化の国から来た移民が日本でも多く出産することを想定した“押し上げ効果”を織り込んでいると考えるのが自然だろう。 2.07まで回復しなくとも、やがて移民と日本で生まれたその2世のほうが多くなる日が訪れる。われわれは、日本社会の大変貌を許容するかどうかを問われているのである。 移民の大量受け入れとなれば言葉の壁や文化の摩擦も生じる。天皇への尊敬の念や古来の文化や伝統が変質する可能性もある。 住宅や社会保障、子供の教育などにも膨大なコストを要するが、税負担増でまかなうしかない。とりわけ問題は長期の加入を要する年金だ。移民の年齢によっては支払期間が不足するだろう。将来的な低年金や無年金者の対策コストが増えることにもなる。 さらに、年老いた両親を母国から呼び寄せようとする人が増えれば、移民政策とは異なる問題を迫られる。途中でやめられない ゴミ出しや騒音トラブルが話題になってきたが、大量の移民受け入れには、治安悪化や社会モラルの崩壊を不安視する人も少なくない。多くの国で移民排斥事件が起こっている。治安コストを過小評価することはできない。 人間というのは、出身国への思いをそう簡単に断ち切れるものでもない。万が一、大量に受け入れた相手国と日本が緊張関係に陥れば、国論が割れることもあり得る。場合によっては、安全保障に直結する問題に発展する。 毎年20万人もがコンスタントに来るかは疑問だが、「数が増えすぎたから」といって打ち切ることも困難だ。「毎年20万人」を前提として社会は出来上がるからである。それを突然やめれば、ビジネスは混乱し、マーケットや社会保障制度への影響も出る。 移民は人口問題の解決策として語られることが多いが、このように課題は多面的だ。女性や高齢者の活用を優先すべきだとの意見も強い。戦略なくして大量に受け入れれば国を誤ることになる。