検索ワード:経済/23件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    アベノミクスの七不思議を考えながら、今後を占ってみた

    産の日本酒や焼酎を飲むようにしていますが、そうした消費者は少ないのでしょうか(笑)。 景気の予想屋が経済成長率を重視するのは、「経済が成長すると、企業が物作りのために人を雇うから失業が減り、景気が良くなる」からです。従って、今回のように成長率が低いままだと、失業率が低下せず、労働力不足は生じないはずなのです。それなのに、失業率は下がり、有効求人倍率は上がり、人手不足の悲鳴があちらこちらから聞こえています。なぜでしょうか?一因は高齢化社会 一つには、高齢化に伴う医療・介護サービスの増加が挙げられます。ロボットが自動車を作る全自動の工場が減って、介護施設が建てられれば、GDPはプラスマイナスゼロだとしても、労働力の需要は大幅に増加するからです。もっとも、これは長期的なトレンドとして進んでいる話であり、アベノミクスによって始まったわけではありません。「アベノミクス前から徐々に水位が下がり続けていたが、誰も気付かなかったところ、アベノミクスにより川底の石が顔を出したために皆が水位の低下に気がついた」といったイメージでしょう。(iStock) もしかすると、アベノミクスを契機として、値下げ競争からサービス競争に変化した部分も大きいのかも知れません。従来は、ペットボトルの水を買うには自分でスーパーへ行って水を買い、自分で持って帰る必要がありましたが、今では通販会社にインターネットで注文すれば、早ければその日のうちに到着します。販売側としては、「送料無料」と宣伝することで、「代金と送料の合計から送料分を値引きした」というつもりでしょうが、買い手からすれば「水を買ったら宅配してくれた。サービス向上だ」と感じられる、というわけです。 企業収益が好調で、しかも労働力不足なのに、正社員の給料はそれほど上がっていません。なぜでしょうか? それは、正社員が釣った魚で、給料を上げなくても辞める心配がないからです。 正社員は年功序列賃金ですから、若い時には会社への貢献より給料が低く、中高年は会社への貢献より給料が高いのが普通です。そうだとすれば、途中で退職してしまい、転職先では会社への貢献に見合った給料しか受け取れないとすると、損をしてしまうので、転職をしないのです。 アルバイトや派遣といった非正規労働者の時給は上昇しています。それは、彼等が時給を上げないと退職してしまうからです。そこが正社員と非正規社員との大きな違いなのです。 かつて、日本企業が「従業員主権」で「会社は家族」であった時代には、会社が儲かったら、配当を増やすのではなく従業員に還元したものです。したがって、経済の成長につれて正社員の給料も順調に上がって行ったのです。しかし、最近では「企業は株主のものだから、儲かったら配当をするのが当然」という企業が増えています。中途半端に日本的(年功序列賃金だけ残り、会社は家族ではなくなってしまった状態)である事が、給料が上がらない理由なのかもしれませんね。 そうだとすると、非正規労働者の時給は引き続き上昇し、新入社員の初任給も就職戦線が売り手市場である事を考えると上昇せざるを得ず、意図せずして「同一労働同一賃金」に近づいて行くのかも知れませんね。消費が増えないメカニズム 企業の収益は好調で、史上最高レベルにあります。しかし、設備投資は盛り上がりに欠けています。その一因は、生産も売上も増えないので、能力増強投資を行なう必要がない、ということでしょう。今ひとつは、過去の不況のトラウマだと思われます。バブル崩壊後の日本経済は、何回も景気が回復しかけては挫折し、そのたびに「景気回復を期待して能力増強投資を行なった企業」が痛い目に遭ってきました。それがトラウマになって、「どうせ遠からず不況になるのだろうから、能力増強投資はやめておく」という企業が多いのでしょう。 一方で、省力化投資には期待が持てます。これまで安価な労働力が豊富にあったので、企業は省力化投資のインセンティブを持たず、省力化投資を怠って来ました。そこで、少しの省力化投資で大幅な省力化ができる余地がいたる所にあるからです。少子高齢化を考えると、中長期的に労働力不足は続きそうですから、「どうせ遠からず安価な労働力が豊富に手に入るだろう」とは思われませんから。レジにセルフ精算機を導入したスーパーマーケット=2017年7月、東京都内(蕎麦谷里志撮影) 労働者の平均賃金は、アベノミクスによってもほとんど上がっていません。しかし、これは正社員よりも非正規社員が増えたことによって平均が押し下げられたことの影響が大きいのです。サラリーマンに養われていた専業主婦がパートの仕事を始めると、家計の収入は増えて家計は豊かになりますが、労働者一人当たりの平均賃金は下がります。そうしたことが多くの家庭で起きているため、日本全体としても「労働者階級の稼ぎは増えているのに、一人当たり労働者の所得は増えていない」という統計になっているわけです。 このように、人知れず日本の労働者階級の総所得は増加しているのですが、その割に消費支出は伸びていません。「社会保険料負担が増加しているから、給料が増加しても実質的には豊かになっていない」「老後が不安だから人々が貯蓄に励んでいる」という面もありますが、「アベノミクス前から社会保険料は徐々に上がっていた」「アベノミクス前から人々は貯蓄に励んでいた」ことを考えると、「アベノミクスによって所得が増えたのに消費が増えない理由」の説明には使いにくいです。 やはり、不況のトラウマで、「どうせ遠からず失業するのだから、せっかく受け取った給料は貯蓄しておこう」と考えているのかもしれませんね。これについては、少子高齢化による労働力不足が今後中長期的に深刻化していくことを考えれば、おそらく心配無用なのでしょうが、そこまで考えずに不安に思っている人が多いのでしょう。景気は回復しているのか? 七不思議の最後は、そもそもなぜ景気は回復したのか、ということです。アベノミクスで景気が回復したことは疑いありません。今の景気が素晴らしいという訳ではありませんが、兎にも角にも消費税率を5%から8%に引き上げたのに景気が腰折しなかったわけですから、その程度には景気は強くなっていたわけです。では、なぜ景気は回復したのでしょうか?(iStock) 円安で輸出数量が増えたからでしょうか? 違います。輸出数量はほとんど増えておらず、輸入数量もほとんど減っていません。では、輸出企業が円安によって潤ったからでしょうか? 違います。日本は輸出と輸入がほぼ同額なので、輸出企業が外国から持ち帰ったドルが高く売れたのと、輸入企業が輸入代金を支払うためにドルを高く買わされたのと、同じくらいの金額なのです。 株高で個人消費が増えたからでしょうか? 違います。当初こそ、富裕層の高額品消費が話題になりましたが、最近では聞かれません。労働者の所得が増えたのに、消費が増えていないのは上記の通りです。インバウンドによる「爆買い」も一時的な現象に終わってしまいました。 企業が儲かったから設備投資をしているのでしょうか? 違います。企業は、史上最高レベルの高収益を稼いでいながら、設備投資には慎重で、銀行からの借金を返すことに熱心です。省力化投資は少しずつ増えていると思われますが。 そう考えると、景気を回復させた原動力が何であったのか、不思議です。公共投資は、当初は効果があったはずですから、これで景気の方向が変わり、そのまま「慣性の法則」で景気が回復を続けた、ということのようですが、いずれにしても不思議ですね。 安倍政権は当分続きそうですし、日銀の金融政策も大幅な変更は無いでしょう。その前提で、今後の日本の景気を占ってみましょう。 過去が説明出来ないのに将来を予想するのは無謀かも知れませんが、おそらく緩やかな景気の拡大は続くでしょう。最大の理由は、「景気は自分では方向を変えない」「景気を悪化させる特段の要因(消費税率引上げ、海外景気悪化等)が見当たらない」ということだと思います。 労働力不足が深刻化すれば、企業の省力化投資は着実に増えて行くでしょう。労働者の所得が増え続ければ、いつかは消費も増えるでしょう。景気回復が続けば、いつかは「不況のトラウマ」も弱まっていくでしょう。 加えて、円安水準が持続すれば、いつかは企業の円高トラウマも弱まると期待されます。円安効果によってワインやウイスキーより日本酒や焼酎を飲む日本人が増えることも期待しています。 もちろん、トランプ大統領が大規模な国際紛争を生じさせたりしない、ということが大前提ですが(笑)。

  • Thumbnail

    記事

    インフレ率2%の目標は死守すべきなのか?

    、問題でしょうが、すでにデフレは脱却しており、物価は安定しています。「インフレも失業も無い、理想的な経済状況」が続いているのです。素晴らしいことだと思いませんか? 日銀は物価の番人として、インフレもデフレもない経済を目指しています。しかし、金融政策で物価を誘導することは容易ではありません。金融を緩和すると何時、どれくらい景気が良くなり、それによって何時、どれくらい物価が上がるのか、予想するのは極めて難しいことなのです。従って、ピンポイントに「物価上昇率をゼロにしよう」と考えるのは非現実的です。そこで、「物価上昇率の目標を定め、目標プラスマイナス2%に収まればマズマズ」といった目標の定め方をします。インフレ目標2%である理由 ここで重要なことは、金融政策にとって、インフレを止めるよりもデフレを止める方が遥かに難しい、ということです。インフレ率が10%の時、これをゼロにするためには、金利を20%にすれば良いのです。借金をして家や工場を建てる人が激減し、景気が悪化し、物価は安定するでしょう。(iStock) しかし、インフレ率がマイナス10%の時、これをゼロにするのは大変です。来年まで待てば値段が10%下がると思えば、人々は買い控えをするでしょうから、物が売れず、景気が悪化して一層物価が下がるでしょう。 これを「名目金利はマイナスにできないから、実質金利が高止まりして景気を抑制してしまう」などと表現する場合もあります。実質金利とは、金利マイナス物価上昇率のことです。金利が10%でも物価が20%上がっている国では、人々が借金をして物を買い急ぐので、金融引き締めではなく金融緩和になっている、という考え方です。実質金利がマイナス10%だから、というわけですね。 そこで、インフレ目標を0%に定めると、困ったことになりかねません。インフレ率がプラス2%になってしまった場合には、ゼロに引き下げることは容易ですが、マイナス2%になってしまった場合、これをゼロに引き上げるのは容易ではないのです。 それならば、インフレ率目標を2%に設定しておけば良いでしょう。4%になってしまっても引き下げるのは簡単です。0%になってしまっても、特に困りませんし、2%に引き上げることもそれほど難しくはありません。先進各国の中央銀行の多くがインフレ率目標を2%としているのは、こうした理由からなのです。 インフレ目標を定める際には、通常時のことだけではなく、次回の景気後退のことも考えておく必要があります。インフレ率が小幅なプラス程度だと、景気悪化に伴って物価に下押し圧力がかかるため、次回の景気後退時にインフレ率がマイナスに陥ってしまうかもしれません。そうならないためには、通常時にはある程度のインフレ率を保っておくことが必要だ、ということになります。金融緩和のコスト さらに言えば、将来景気が悪化した時に、金融緩和によって景気を回復させることができると良いですね。そのためには、景気が悪化した際にもインフレ率がプラスでないと困ります。インフレ率がプラスならば、金利をゼロにすることで「借金をして来年使う物を買う、買い急ぎ」を誘発することができるからです。「景気悪化によってインフレ率が押し下げられてもある程度のプラスを維持する」ためには、通常時には2%程度のインフレ率が必要だ、ということも言えそうです。(iStock) 従来のインフレ目標は、「高いインフレ率を2%程度まで押し下げることが必要だが、それ以上押し下げる必要はない」といった意味合いでした。「2%まで高めよう」という話は、本当に最近出てきたに過ぎません。せいぜい、「インフレ率がマイナスからプラスになった時点では、インフレ率を押し下げる必要はなく、従って金融を引き締めるべきではない」といった話だったわけです。 本来、インフレ率はゼロが好ましいに決まっています。「すべての物の値段や賃金等々が一律に2%ずつ上昇していく」ならばともかく、そうでない場合には「インフレ率が2%だが金利が低いので預貯金が目減りする」等の歪みが生じますから。つまり、現在のインフレ目標は、「インフレ率を2%にするコストを支払っても、デフレ再発のリスクを減らそう」、ということなのです。 今ひとつ、今回の金融緩和には通常以上のコストがかかっている、ということも重要です。日銀の国債保有額が膨れ上がり、国債市場の機能を歪めている上に、日銀自身の出口戦略を難しくしているのです。金融緩和が長引けば長引くほど、こうしたコストは拡大していくわけです。 物事を決める時は、コストとベネフィットを比較する必要があります。量的緩和等をやめて単なるゼロ金利政策に戻した場合(もちろん、市場への影響を考えながら時間をかけて少しずつ、ですが)、量的緩和を続けた場合と比べて、どの程度インフレ率に差が出るでしょうか? その認識の差が本稿の議論に決定的に重要でしょう。 筆者は、大したことはないと考えています。量的緩和等は「偽薬効果」で景気を回復させただけであり、これを中止しても景気が悪化したり物価が下がったりすることはないだろう、と考えているからです。偽薬効果だと考える理由については、『アベノミクスの七不思議を考えながら、今後を占ってみた』をご参照ください。望ましい状態とは何か? 重要な点は、日本経済が既にデフレを脱しているということです。消費者物価指数の上がり方が日銀の目標に達していないだけで、下がっているわけではないのです。つまり、「金融政策による物価のコントロールが難しいから、ゼロより2%を目指す」「次回景気後退に備えたのりしろを持つ」といったことさえ考えなければ、まさに理想的な「失業もインフレもない経済」なわけです。 これを、大きなコストを払ってまで2%インフレに持っていくインセンティブは小さいと思います。次回の景気後退ですが、国内要因で景気が悪化するとは考え難い状況ですから(政府日銀が景気を冷やすことは考えられず、バブル崩壊による景気後退も考え難いでしょう)、あるとしたら海外発ですが、海外経済にも特段のリスクは見当たりません。 一方で、国内の労働力不足は一層深刻化しつつあり、非正規労働者の賃金は上昇しています。中小企業の賃金も、上昇し始めているようです。こうした中、物価が下落していく可能性は大きくないと考えて良いでしょう。 景気が悪化して物価が下落する可能性が大きくないのに、比較的大きなコストをかけて「景気が後退した時への備え」をするのでは、コストとベネフィットの釣り合いが取れないでしょう。インフルエンザが流行する見込みが大きくないのに、通常より高い費用を支払って予防注射を接種するようなものですから。(iStock) 日銀としては、「メンツ」があるので2%インフレの旗を下ろせない、と考えているかもしれませんが、筆者としては、総裁が交代したタイミングで政策の転換があっても構わないと考えています。 「現在の日本は、インフレも失業もない、望ましい状況にあります。日銀はこれまでインフレ率2%を目標に量的緩和等を行なって来ましたが、それは物価を上昇させて景気を回復させることが主目的でありました。物価が上がらなくても、景気が回復したのですから、主目的が達せられた以上、金融政策の正常化に向けた第一歩を踏み出すことが適当と考えるに至りました」と新総裁が発表したら、筆者は大いに納得すると思います。 金融市場関係者の多くは、これを「テールリスクとして扱う必要もないほど起こり得ないことだ」と思っているでしょうが、皆が起こらないと思っていることが起きかねないのがテールリスクですから(笑)。

  • Thumbnail

    記事

    この解散時期はアベノミクスにとってマイナスかもしれない

    加谷珪一(経済評論家) 安倍首相が衆議院を解散する意向を固めた。今回の解散は、政権維持を目的としたテクニカルなものというニュアンスが強く、政策的に意味のある争点を見い出しにくい。あえて言えば、北朝鮮問題をきっかけとした安全保障問題と教育の無償化ということになるだろうか。安倍首相としては、安全保障問題をきっかけに憲法改正への道筋を付け、教育の無償化で支持率アップを狙いたいところだろう。ニューヨーク証券取引所で講演する安倍首相 =9月20日(共同) 首相の解散権は、首相にだけ付与された「伝家の宝刀」であり、党利党略も含めて、すべては首相の決断にゆだねられている。だが、伝家の宝刀は、常用すればその価値は確実に薄れてくることを考えると、今回の決断は、解散権を安売りしていると指摘されても仕方ない面があるだろう。しかも野党の民進党は瓦解寸前という状況であり、選挙結果についても大方の予想はついてしまう。当然のことながら国民の関心はあまり高まっていないようだ。 ただ、今回の解散で教育の無償化が掲げられ、その財源として消費税の増税分を充てるという話は注目に値する。ほんのわずかな変化かもしれないが、場合によっては日銀の金融政策などに大きな影響を与える可能性があると筆者は考えている。 社会保障と税の一体改革に関する議論では、消費税の税収については、一部(従来の地方消費税分)を除いて社会保障費に充当することが定められた。政治的な意味はともかくとして、市場ではこの合意が、日本の財政問題に対する担保のひとつとして機能してきた。消費増税分の資金使途が、義務的経費である社会保障費に限定されていれば、少なくとも裁量的経費がむやみに増大し、財政収支を極端に悪化させる可能性は少なくなる。 日本政府は2020年までに基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字化するという公約を掲げているが、その実現はほぼ不可能な状況となっている。それでも金利がまったく上昇しないのは、日銀の量的緩和策によって国債が買われ続けていることに加え、野放図な財政拡大に対しては一定の歯止めがかかっていると認識されているからだ。 だが、首相は、今回の総選挙において増税分の使途について見直す方針と言われており、その具体策のひとつが教育の無償化だという。高等教育の無償化そのものについては、知識経済へのシフトが進む現状を考えれば、スジのよい政策といえるかもしれない。だが、このタイミングで消費税収の使途に関する縛りが解放されるということになると、市場に対して思わぬメッセージを送ってしまう可能性がある。非常事態を回避するために 財政問題に関する議論を聞くと、政府が破綻するしないといった、極端で感情的なものばかりが目立つが、市場関係者の中で、本当に日本が財政破綻すると考えている人などほぼ皆無である。だが、いずれ日本の長期金利が上昇すると考える人はかなりの割合に上るはずだ。長期金利 量的緩和策の影響もあり、日本の長期金利は異例の低水準となっているが、金利が極端に低いことは、実は日本の財政を維持する最後の砦となっている。 現在、日本政府は1000兆円近くの負債を抱えているが、これまで低金利が続いてきたことから、政府は利払いを気にすることなく予算を組むことができた(一般会計における国債の利払い費用は年間10兆円程度に収まっている)。だが、金利が上昇して仮に5%まで達したとすると、理論的な年間利払い費用は40兆円を突破してしまう。数字の上では、税収のほとんどが利払いに消えてしまい、事実上、政府は予算を組めなくなってしまうのだ。 市場関係者が本当に恐れていることは、日本政府の破綻でも、国債のデフォルトでもなく、金利の上昇によって政府が超緊縮予算を余儀なくされることである。今の状況で日本政府が緊縮予算に転じれば、景気が冷え込み、株が暴落するのはもちろんのこと、年金や医療など社会保障費が軒並み削減され、国民の生活は一気に苦しくなるだろう。 こうした非常事態を回避するためには、金利を何としても低い水準に維持し、その間に財政再建の道筋を付けなければならない。 もっとも、政府が保有する国債には様々な償還期間のものが混在しており、仮に金利が上昇しても、すべての国債が高金利のものに入れ替われるまでには時間的猶予がある。また、この水準まで金利が上昇する前に、何らかの対策を打ち出すことも不可能ではないだろう。だが、金利の上昇は、もっと短い時間軸においても大きな影響を及ぼす可能性がある。それは日銀の出口戦略に関してである。 あくまで仮定の話だが、総選挙の結果、消費増税の使途に関する縛りがなくなり、財政支出が拡大したとしよう。市場がこれに反応し、長期金利がわずかでも上昇を始めてしまうと、日銀にとってはやっかいなことになる。追加緩和を実施することもできず、一方で金利上昇を放置すれば、強制的に出口戦略に舵を切ることになり、日銀が抱える損失が顕在化してしまう。 金利の上昇はおそらく円安を招くことになるので、国内の物価もジワジワと上昇してくるだろう。これは景気拡大に伴うインフレではないので、実質的な可処分所得は減っていく可能性が高い。 政治的にはあまりインパクトのない今回の解散だが、実は後から振り返ると、日本の財政における重要な転換点になっていたという可能性も十分にあり得るのだ。

  • Thumbnail

    記事

    民進党が安倍政権と張り合うには「金子ノミクス」の採用しかない

    連載でとりあげたが、重要なのでもう一度書いておく。「緊縮ゾンビ」という旧民主党時代の過ち 旧民主党の経済政策を総称して、筆者は「緊縮ゾンビ」と名付けた。「緊縮ゾンビ」とは、日本のような長期停滞からまだ完全に脱出していない経済状況にあって、財政再建などを名目にして増税することで、経済をさらに低迷させてしまう誤った経済思想をいう。ブラウン大学教授のマーク・ブライス氏は、「緊縮はゾンビ経済思想である。なぜならば、繰り返し論駁(ろんばく)されているのに、ひっきりなしに現れてくるからだ」(『緊縮策という病』NTT出版、若田部昌澄監訳、田村勝省訳)とも書いている。 この民主党政権時代の「緊縮ゾンビ」の典型的な政策は、消費増税の法案化である。それと同時に、積極的な金融政策を核にし、積極的な財政政策で補うという、不況脱出の常套手段を放棄したことが最も深刻な過ちである。 そしてこの「緊縮ゾンビ」から今回の二候補は脱却できたであろうか。前原氏は「中福祉・中負担」を目指して、教育の実質的な無償化や職業教育の充実などを掲げている。消費増税については、「中福祉・中負担」の核心部分であり、積極的に引き上げるべきだとしている。対する、枝野氏は、消費増税については現段階では引き上げるべきではないと述べている。そして、公共事業費などを削減し、他方で保育士などの賃金を引き上げて、雇用や消費の拡大を狙うという。民進党代表選の公開討論会に臨む前原誠司氏(左)と枝野幸男氏=2017年8月 前原氏の経済政策のスタンスは、伝統的(?)な同党の緊縮ゾンビそのものである。その意味では、まったく過去の政策の過ちを反省してはいない。消費増税をする一方で、教育や福祉を充実させて、それで国民の生活は豊かになるだろうか。また経済格差などを解消できるだろうか。 答えはノーである。消費増税政策は、むしろ国民の生活を窮乏化し、また経済格差などのデメリットを増加するだろう。「消費増税しても社会保障を拡充すれば経済格差や生活の困窮を防げる」というのは、緊縮ゾンビの主張の核心だ。前原氏のあげている「中福祉」はここでの「社会保障」に該当する。この消費増税政策は同時に、所得税から消費税への「消費税シフト」という税制の変更の一環であることに注意が必要だ。この「消費税シフト」は、財務省(旧大蔵省)が1980年代から本格的に推進している税制改革の主軸である。実際に消費税率が引き上げられる一方で、所得税の最高税率は引き下げ基調が続いた。 例えば、1986年の所得税の最高税率は、約70%だったが、「消費税シフト」に伴い引き下げられていき、1999年には37%に低下した。2015年には45%に戻しているが、所得税の累進課税としての機能はかなり低下した。つまり、より多く所得を稼ぐ人から税金をとることがなくなったために、再分配機能(経済格差の是正効果)は低下したということだ。 また、税金を多くとれるところから取らなくなったために、財政状況はもちろん悪化する。さらに経済自体も長引くデフレ不況によって税収が伸び悩むことで、さらに二重に悪化した。もちろんデフレ不況を深める上で、1997年の消費増税の負の衝撃は大きな役割を果たしてもいる。アベノミクスに代わる政策提言 そして世代にわたる資産の格差をふせぐ相続税の最高税率も1970年代では70%台だったが、今日では50%台に引き下げられている。すなわち「消費税シフト」は、人々の経済的平等を妨げてきたといえる。実は、このような「消費税シフト」が、世界的にも経済格差を深刻化させ、将来的にも無視しがたい要因になっていることは、トマ・ピケティの『21世紀の資本』などの議論で明瞭だった。 だが、消費増税への反対や不況期に行う積極的なマクロ経済政策(金融政策中心で、財政政策でそれを補う)を採用する政治家は、民進党では絶対的少数派であり、また同党の中で政治的な勢力にはまったくなっていない。筆者の見るところでは、馬淵澄夫衆議院議員が現職としてただ一人である。 さらに、同党員では、金子洋一前参議院議員が、積極的なリフレ政策の主張者であり、また消費増税反対論者としても知られていた。残念ながら、これらの筆者からすると長期不況に抗する政策を唱えることができる人たちが、野党の中で政治的な中核にならないことが、日本の経済政策論争を貧しいものにしていることは疑いない。『デフレ脱却戦記 消費増税をとめろ編』の著者で前参議院議員の金子洋一氏 例えば、金子氏は、最近意欲的に政策発信をしている。ユニークな試みであると思うが、自著『デフレ脱却戦記 消費増税をとめろ編』(金子洋一コミケ事務所発行)を出して評判になっている。その中で、金子氏は次のような、アベノミクスに代わる政策提言を行っている。 「政権との対立軸が必要なら、手垢のついたイデオロギーに囚われるのではなく、『緊縮財政をやめて金融緩和+教育子育て予算を純増』、『すでに欧州で法定化されている11時間インターバル制導入など労働時間短縮』などにしてはどうでしょうか」 この金子氏の提言は筆者も賛成である。だが、前原氏も枝野氏もともに緊縮財政、金融緩和反対である。前原氏の場合は、教育子育て予算は「純増」ではなく、増税して増やすので、金子氏のいう「純増」ではなくプラスマイナスゼロの発想だ。このプラスマイナスゼロの発想は、枝野氏も同様で、先に書いたように、公共事業を削り、その一方で保育士の賃金などをあげるものだ。 金子氏のような発想であれば、必要ならば長期的な観点でインフラ投資を増やし、また同時に保育士の賃上げも行い、また教育投資も増やすだろう。その財源は、消費増税ではない。国債の新規発行や、また所得税や相続税の税率の見直しも含めて、経済成長の安定化による税収増がその財源調達として中心になるだろう。 枝野氏は、消費増税の現状での引上げに否定的なので、あたかも「緊縮ゾンビ」ではないかのようだ。だが、枝野氏の引き上げ否定は、経済論には立脚していない。前々回の論説で指摘したように、枝野氏の消費税に対する見解は「消費税シフト」を目指すものである。 もし、その考えを訂正するならば、従来の見解を否定して、金子氏のような反緊縮政策の姿勢を明瞭にすべきだろう。それができないならば、単に経済論なき政治的な身振りと評価しても差し支えないものである。いま、アベノミクスに対抗するために求められるのは、枝野ノミクスや前原ノミクスの類いではない。先に紹介した「金子(勝ではなく、洋一)ノミクス」ではないだろうか。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮リスクより危険? 経済最優先「人づくり革命」に足りないもの

    均株価は続落した。また安全志向の高まりをうけて円資産が買われ、円高も進行した。この「北朝鮮リスク」が経済状況に継続して影響を与えるかは現段階では不明である。ただ、日本経済の不確定要因として今後も注意が必要だろう。北朝鮮の労働新聞が7月29日掲載した、「火星14」発射に立ち会い、笑顔で拍手する金正恩朝鮮労働党委員長(中央)の写真(共同) GDPのプラス転換は1年半前からであり、その勢いが増しているようにも思える。だが、本当にこの「好調」は続くのだろうか。そして日本経済は1990年代からの「失われた20年」に最終的な別れを告げることができるのだろうか。 筆者は、今回の「好調」とアベノミクスの初年度に起こった出来事を比較することが重要だと考えている。アベノミクスの初年度とは、2012年第4四半期(10~12月)から2013年第4四半期までである。この時期は、翌年度の消費増税による駆け込み需要が顕在化する前であり、またアベノミクスの成果が最も明瞭だった高いパフォーマンスの期間だった。 実際にこの期間の実質GDP成長率は2・6%という高い水準だった。失業率は急減し、有効求人倍率は大きく改善し出した。アベノミクスの核となる日本銀行の金融政策も順調だった。インフレ目標で対前年比2%を目指していたが、採用前の2012年第4四半期で、消費者物価指数ではマイナス0・1%、生鮮食品とエネルギーを除く総合ではマイナス0・5%だったものが、それぞれ1・6%、0・7%にまで大きく改善した。残念ながら翌年の消費増税によってこの高いパフォーマンスは、「不十分」なものに転落してしまう。 このアベノミクス初年度の高いパフォーマンスを今回の状況と比較すると、共通する特徴がいくつか浮かび上がる。典型的には、個人消費が最も成長率に貢献しているということだ。そして設備投資がそれに続いているのも共通する。公共支出についてはアベノミクス初年度ほどではない。ただしいずれにせよ、「内需」中心の経済成長が生じている点では同じだ。「Aランク」を目指せる資産効果 個人消費の中身をみると、自動車や家電製品などの購入増や、外食の売り上げが伸びている。要するに人々の財布の中身が膨らんで、その結果として消費増加が起きている。なぜ人々の財布の中身(可処分所得)が増加したのだろうか。ここもアベノミクス初年度と共通するのだが、ひとつは資産効果によるものである。 1年前の2016年8月中旬の日経平均株価は1万6千円台だったが、現状では2万円台前後で推移している。伸び率で言えば25%ほどになる。この株高トレンドによって、家計の金融資産残高も増加している。この資産の増加が、耐久消費財などの個人消費の増加を生み出したと考えられる。また為替レート(円ドル)でみても昨年の8月は、1ドル=100円台を割り込む円高傾向だったが、現在は「北朝鮮リスク」に直面しながらも1ドル=110円台で推移している。この円安効果は、日本企業のドル建て資産を増価させ、他方で円建ての負債を圧縮することで、バランスシートの改善をもたらし、設備投資の増加に結びついていく。2万円を超える日経平均を表示する株価ボード=6月2日、東京都中央区(春名中撮影) このような株高・円安による消費と投資の増加経路は、アベノミクス初年度と全く同じである。ただし、資産効果も円安効果も、アベノミクス初年度ほどの効果はない。なんといっても、前回は民主党政権のどん底のような状況からの一大飛躍であり、その分経済への資産効果は極めて大きかった。わかりやすくいえば、全く勉強をせずに零点を採っていた学生が、ようやくやる気を出して勉強し、60点の合格点に達したのが、アベノミクス初年度の資産効果だといえる。それに対して現状では、すでに資産価値の改善は高い水準で実現していて、60点から「Aランク」の80点を目指す状況にあるといえる。前回に比べて伸びしろが限られてると言い換えてもいい。 むしろ今後のポイントは、アベノミクス初年度では不十分だった、人々の所得の増加そのものが焦点になるだろう。例えば、実質雇用者報酬は直近では前年同期比で1・4%の増加である。昨年度はほぼ2%台で推移したので、若干弱含みである。この実質雇用者報酬、つまり人々の給料そのものを増やすことが、今後の「内需」増加のキーポイントになる。 では、どうすればいいか。給料を増やすには、雇用の改善がさらに促される必要がある。確かに現状では、失業率も2・8%にまで低下し、有効求人倍率も全国・地方共に統計上でもまれにみる改善である。その他の雇用関係の指標もよく、しばしばマスコミが喧伝(けんでん)する「人手不足」がもっともらしく聞こえる。日本の雇用はまだ「リーマン前」 だが、実際には全般的な「人手不足」という状況ではない。経済全体での「人手不足」とは、総労働需要に対して総労働供給が不足する現象である。経済全体でみて、求人に対して働き手が足りないために、労働者を採用する側は、報酬を増やす必要がでてくる、というのが教科書的説明である。だが、日本経済の状況をみると、このような報酬の本格的な増加をみせるほどには、全般的な「人手不足」の状況ではない。深刻な人手不足は企業に大方針の転換を迫る。ファミリーレストランのロイヤルホストは全国で24時間営業を取りやめた=福岡市南区 実際のところ、日本の雇用はせいぜいリーマン・ショックの前の水準に戻った程度と考えたほうがいい。つまり堅調だといわれている雇用も最悪期をようやく脱したものの、まだデフレ経済の中に片足がはまった状態である。 例えば、就業率(15歳以上の人口に占める就業者の割合)をみると、現状では59・3%であり、ほぼリーマン・ショック前の水準に回帰した。だが、「失われた20年」が始まる90年代初めまでは就業率の水準は60-62%台であった。つまりまだまだ就業率に改善の余地が大きくあるのだ。例えば、非労働力人口は現状で4323万人ほどだが、このうち働く機会があれば働きたいと思っている人たちが、ざっと300万人ほどいると思われる。この300万人の多くが、働ける状況にもっていくことが重要だ。 現象的には、非労働力人口が減少し、他方で労働力人口が増加、就業率が60%台に上昇していく。もちろんその過程で失業率はさらに低下して、おそらく2・5%台前後にまで到達するだろう。このときになって初めて、全般的な「人手不足」が発生し、働く人たちの実質的な報酬も急増するだろう。報酬が増えれば、消費もさらに増加し、市場は拡大する。企業の設備投資も消費拡大を背景にして堅調に推移し、経済成長を支える。このような好循環が達成するまでは、まだまだ日本経済には不足するものがある。 その不足するものの典型は、追加的な金融緩和と補正予算による財政政策の拡大だ。財政政策については、筆者は以前から消費減税や長期間のインフラ投資を最善のメニューとして薦めているが、政治的な制約を考えれば、次善の補正予算の増加が「現実的」だろう。これらのいわゆるマクロ経済政策をさらに行うことが、いまの日本経済に重要なのだ。楽観的にいえば、あと一押しなのだ。 だが、今回のGDP速報をみて、茂木敏充経済再生担当相は、「人づくり革命」などによる生産性向上を政策対応としてあげている。だが、「人づくり革命」というのは、金融政策や財政政策のように人々の購買力を増やす政策ではない。経済を人間に例えれば、「人づくり革命」は体そのものを鍛える政策である。つまり筋肉増強みたいなものだ。だが、いまの日本経済はいわば風邪をこじらしている状況である。風邪をひいたときには金融・財政政策という「薬」が必要であり、筋肉増強のために訓練することではない。 茂木氏の発言を聴くと、本当に必要なのは「人づくり革命」よりも、政治家たちの「政策認識の革命」なのだと思う。

  • Thumbnail

    記事

    安倍総理、国民の生命より「消費増税ありき」でいいんですか?

    も、国民の政府に対する見方は依然として厳しいものがあるだろう。安倍政権はいままでも、そしてこれからも経済と外交を特に重視した運営を行うはずだ。中でも経済政策のスタンスは極めて重要だ。8月3日、初閣議後の記念撮影に臨む安倍晋三首相と閣僚(酒巻俊介撮影) その意味では、安倍晋三首相が内閣改造後に出演したテレビ番組で、2019年秋に予定されている消費増税の再引き上げを明言したことに、筆者は大きく落胆した。日本経済の長期停滞からの脱却にあと一押しが足りないのは、2014年4月からの消費増税による消費低迷に原因があることは、この連載でも何度となく指摘してきたことである。 最近の消費統計をみると、今年に入ってからの株高・円安傾向による「資産効果」や所得増などによって消費がやや上向き始めているが、それでも力強さには欠ける。その原因としては将来の増税を予想して現在の消費を手控えて、貯蓄してしまうことが考えられる。その意味では、安倍首相が予定通りの増税実施を確言したことは、消費者のデフレマインドをさらに定着させてしまっただろう。 確かに、現在の政治状況から、この時期に消費増税の「凍結」やあるいは減税などのオプションに言及することは難しい、という指摘もある。ただ、安倍政権が今後、経済政策で積極姿勢を鮮明にしない限り、内閣支持率の上昇を含めて政権の再浮揚は困難だろう。 また、経済政策は単に政権の安定だけが目的ではもちろんない。私たち国民の経済状況、さらには直接に「生命」に関わる問題でもある。7月後半に出された最新の統計によれば、今年前半の自殺者数は前年比で約5・1%減少の1万910人であった。自殺者数は民主党政権時代の後半から減少しているが、その勢いが加速したのは第2次安倍政権になってからである。その要因は、自殺対策への政府・地方政府の予算増加、さらには積極的な財政・金融政策による景気の改善効果によるものが大きい。市場に任せても自殺は防げない 1997年は日本の金融危機と消費増税により経済が大失速した年だ。自殺者数はこの年以降急増、2011年まで14年連続して3万人台であり、ピークの年では3万5千人近くに達した。さらに、自殺未遂した人や自殺しようかと悩んだ人たちまで含めると膨大な数に及ぶに違いない。つまり消費増税による経済失速、その後の経済政策の失敗が、国民の生命を直接に奪ったことになる。4月26日、自殺総合対策大綱の見直しについて議論した厚労省の有識者検討会 実は、経済政策の失敗が人々の「生命」を直接に奪うとした分析を、英オックスフォード大教授のデヴィッド・スタックラーと米スタンフォード大助教授のサンジェイ・バスが『経済政策で人は死ぬか?』(草思社)で提示している。原題を直訳すると「生身の経済学 なぜ緊縮は殺すのか」というものだ。 スタックラーとバスはともに英国の公衆衛生学の専門家だ。彼らの問題意識は、医療や社会福祉(公衆衛生を含む)に経済政策がどのような影響を及ぼすかどうかにあった。その検証は鋭く、また多くの経済学者が「市場に基本的に任せておけば安心だ」という安易な市場原理主義的信奉に陥りがちなのに比べて、経済学者以上に経済政策の重要性を認識している。 スタックラーとバスの指摘で注目すべきなのは、不況そのものよりも、不況のときに緊縮政策を採用し、経済政策が失敗することで国民を殺してしまうということだ。日本の事例でいうならば、1997年以降の自殺者数の急増は、アジア経済危機や金融危機そのものではなく、消費増税(増税という形ので緊縮政策)であったということになる。また当時の日本銀行による金融政策の失敗が持続したことも大きい。 例えば、不況になれば失業者が発生する。このとき政府や中央銀行が適切に対処しなければ、失業の増加が自殺者の増加を招いてしまうだろう。日本の場合では、失業率が高まるとそれに応じるかのように自殺者数も増加していき、また失業率が低下すると自殺者数も低下していく。この関係を専門用語で「正の相関」という。不況で起こる中高年男性「自殺の引き金」 経済停滞期に緊縮政策を採用することで、男女ともに自殺者数が増加する。ただし、仕事を奪われることによる社会的地位の喪失を、男性しかも中高年が受けやすいといわれている。実際、日本の失業率が増加すると、特に中高年の男性が自死を選択するケースが激増する。現在でも男性の自殺者数は女性のほぼ倍である。もちろん女性の自殺者数も経済政策の失敗によって増加することは同じで、深刻度は変わらない。 スタックラーとバスの本では、2008年のリーマン・ショックで仕事を失ったイタリアの中高年の男性職人が「仕事ができない」ということを理由に自殺したエピソードを紹介している。つまりここでのポイントは、経済的な理由よりも地位や職の喪失そのものが自殺の引き金になっていることだ。 経済政策の失敗の典型は、不況のど真ん中やあるいは十分に回復していない段階での増税だ。先ほどのスタックラーとバスはこう指摘する。リーマン・ショック以後の英政府は当初、積極的な景気刺激策により雇用増加や自殺者減少に貢献したにもかかわらず、それを1年で止め、日本でいうところの消費増税や公務員の人件費カットなど「緊縮策」を採用したことで失業が増え、自殺も増加したとしている。 不幸なことだが、日本の政治家の大半が緊縮主義者だ。政治家の大半は、将来世代のために財政再建が必要であるとか、人口減少社会への対応で福祉を向上させるために「消費増税が必要だ」と語るケースが多い。だが、長期停滞、つまりデフレによる経済低迷を脱しないままで消費増税を目指すことは、確実に国民の生命を傷つけ、最悪の場合、奪ってしまうだろう。 消費税と社会保障があまりも強固に結びついてしまっている日本の制度設計の失敗の問題でもある。いずれにせよ、将来世代と現在の国民の生命と生活の安定を本当に重視するならば、まずはデフレを脱却させ、経済停滞を回避することが最優先であって、「消費増税ありき」「財政再建ありき」ではないのだ。安易な消費増税の確約は、国民の生命を危機に陥れると宣告することに等しい。日本の政治家は、特にこのことを心に刻んでほしい。

  • Thumbnail

    記事

    デジタル通貨が生む「宝の山」 データ産業革命が社会を変える

    小黒一正(法政大経済学部教授) 思想や技術革新は世界を動かす。第4次産業革命の成否を最初に握るのは「データ」であり、情報通信技術(ICT)革命の次は「データ産業革命」という認識が、世界トップ層の中でひそかに浸透しつつある。この本丸は金融、中でも仮想通貨やデジタル通貨であり、米経済誌フォーブスでは「どこかの中央銀行が5年以内にデジタル通貨を実現するだろう」という予測も登場している。 というのは、データ産業革命の行き着く先に見えているのは、次のような世界であるからである。まず、一番上に人工知能(AI)という「脳」があり、その下にはハイテク機器にモノのインターネット(IoT)などが組み込まれ、そこが人間でいうと神経細胞のようになる。当然、この神経細胞には、インターネットで張り巡らされた既存の情報ネットワークやそこから生成されるさまざまな情報なども含まれ、これらの情報(ビッグデータ)は特定の場所にプールされる。 ただ、ビッグデータも頭脳がなければ意味がなく、人間が目指す目的を設定・制御しつつ、人工知能が解析しながら深層学習(ディープラーニング)で価値を見いだしていく。この意味で、ビッグデータは人工知能が進化するために必要不可欠な「食糧」に相当し、経済学的には「資産」でもあり、さまざまなデータを融合することで莫大(ばくだい)な価値を創造できる。 すなわち、データ産業革命の本丸は「金融」、中でも、ネットワークで結んだ複数のコンピューターが取引を記録するブロックチェーン技術を活用した仮想通貨といっても過言ではなく、ITを使った金融サービス、フィンテックはその一部でしかない。理由は単純で、われわれが経済活動で何か取引を行ったときに必ず動くものは「マネー」であり、仮想通貨が経済取引の裏側で生成するビッグデータは「スーパー・ビッグデータ」であるからである。 このような状況の中、スウェーデンの中央銀行、リクスバンク副総裁のスキングスレー氏がeクローナと呼ばれるデジタル通貨の発行に向けて本格的な検討を開始することを講演で明らかにした。 また、英国の中央銀行、イングランド銀行(BOE)も、デジタル通貨に関する興味深い論文を公表した。この論文では、米国経済をモデルに分析を行っており、対国内総生産(GDP)比で30%のデジタル通貨を導入すると、金融取引のコストなどが抑制でき、定常状態のGDPが3%押し上げられる可能性などを明らかにしている。GDPで500兆円の規模を有する日本でいえば、15兆円の経済効果に相当する。 さらに最近では、インド準備銀行(中央銀行、RBI)が実証実験を行った後、デジタル・ルピーの発行を推奨する報告書を発表した。インドのプラサド電子・情報技術相も「電子決済や電子行政を含む同国の「デジタル経済の規模が3-4年で倍増し1兆ドル(約110兆円)に達する」との見方」(日本経済新聞2017年7月5日朝刊)を示している。中国もデジタル通貨の発行を検討しているとの噂もある。データこそが「資産」になる スウェーデンやインドがデジタル通貨の発行を急ぐ背景にはさまざまな戦略が存在するはずだが、デジタル通貨を利用した取引が生成するビッグデータは、さまざまな可能性を秘めていることを考えると納得がいく。 例えば、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が1カ所のクラウド(インターネット上のサーバー)に収集することができれば、マネーの動きが詳細に把握でき、成長産業の「芽」を分析・予測できよう。また、家計消費や企業投資の動きも把握でき、いま日本で問題になっているGDP統計の問題解決にも利用できることが期待できる。 もしデータ・プラットホームを構築し、個人情報が特定不可能な形式に加工した上で、誰でも利用できる形で公開すれば、さまざまなビジネスに利用できよう。 ところで、中央銀行が発行する現代の紙幣は、偽造防止技術(ホログラム)や特殊な紙・印章を含めて最高水準のテクノロジーを利用したものだが、紙であるために「誰が何を買ったか」「誰が紙幣を保有しているか」といった情報は、紙幣を発行した者から切り離されているという視点も重要である。すなわち、現代の紙幣は、民主的・分権的でプライバシー保護に役立っており、消費者は安心して買い物ができる。 中央銀行が仮想通貨を発行するとき、最も注意する必要があるのはこの視点である。つまり、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が1カ所のクラウドに収集する場合、仮想通貨を受け取った側のデータは蓄積するが、家計・企業といった簡単な属性区分を除き、仮想通貨を渡した側のデータは基本的に蓄積してはならない。 なお、サービス産業の生産性を高める観点から、北欧諸国では「キャッシュレス経済」が進展しつつあるが、中央銀行による仮想通貨の発行はその動きを加速するはずだ。 しかも、中国では政府主導でビッグデータの取引市場の整備が始まっている(例:貴州省貴陽に設立されたビッグデータ取引所)。データの生成量は人口規模や経済規模に依存するため、中国やインドなど人口で日本を上回る国々の情報をどこまで日本の市場で活用できるかも、これから考えていかなければならない。ICT革命が急速に進んだのと同様に、データ産業革命も急速に進むことが予想され、いまこそ日本の戦略が問われている。 いずれにせよ、いま世界では「データ=アセット(資産)」になる時代が近づいている。ICT革命では「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの米大手4社)に日本企業は敗北したが、データ産業革命はこれからが本番だ。成長戦略の一環として、日本版デジタル通貨である「J-coin」(仮称)の発行を含め、日銀・財務省を中心に日本もデータ産業革命の推進を本気で検討してはどうか。

  • Thumbnail

    記事

    民進党、勘違いしてませんか? 蓮舫氏「二重国籍」は元凶ではない

    前参院議員 いずれにせよ、金子氏が言いたいことは、おそらく民進党の低迷の根源には、その政策無策、特に経済政策の無策があるということだろう。金子氏の従来の発言を追ってみても、そのことは明瞭である。より具体的にいえば、いまの蓮舫代表と野田佳彦幹事長の体制に色濃い、反リフレ政策、消費増税路線への批判である。これらの政策が、民進党が国民に全く支持されない原因であることを、金子氏は言いたいのではないか。 金子氏の著作『日本経済復活のシナリオ』(青林堂、2014年)では、以下の3点をあげている。1)日本銀行による金融緩和は強化すべきだ。また、消費増税の判断は慎重にすべきだ。2)景気対策として数兆円規模の輸入物価上昇対策のための補助金を実現すべきだ3)政府の経済政策を「雇用重視」にかじを取るべきだ。 これらの提言は、多少の修正が必要かもしれないが、現在の日本経済を考えるうえで重要だ。そしてこのような政策提言こそ、いまの民進党にこそ求められているのではないだろうか。大変貌に必要なのはこの政策 例えば「雇用重視」だが、金子氏も強調しているように、いまの日本には「雇用の最大化」すなわち失業を予防するために働く官庁がない。金融緩和政策は、日本の雇用を大幅に改善したのだが、本来、日銀にとってその使命は法的に自明ではない。現在、たまたま安倍政権と協調しているために雇用重視のスタンスをとっているだけだ。そのため「雇用最大化」と「物価安定」のふたつを日銀に課すような日銀法改正を目指すことを金子氏は説いていた。これは現在の安倍政権でも全くなおざりにされている点だ。この日銀法改正によってさらにリフレ政策は強化される。もちろん民進党の政策として採用されるならば、筆者は応援するだろう。2011年11月、民主党政権時代の野田佳彦首相(左)と蓮舫行政刷新担当相=東京・サンシャインシティ文化会館(瀧誠四郎撮影) また消費増税を明確に否定することも重要である。これは民主党時代の野田政権での政治的な大失敗だし、また今日の安倍政権が2014年に行った現実的な失敗でもある。もし消費増税の放棄と、それに代わるリフレ政策による財政健全化を優先することを表明すれば、国民の多くは民進党の性格が大変貌したことを瞬時に悟るだろう。 また民進党ならではの「弱者」保護政策も重要だ。例えば上記2番目の補助金政策は、電気料金の引き下げや、ガソリン税・軽油引取税などの廃止ないし引き下げなど、低所得者層へ恩恵のあるものである。 だが実際には、民進党は金子氏を参院選で見殺しにしたといっていい。神奈川選挙区に複数候補を立ててこの有為な人材を国会から失った。その損失は計り知れない。 他方で、自民党もそうだが、国会議員の多くが「消費増税主義」を全く変えることがなく、しかもバーゲンセールできるほど存在している。この病は深刻である。蓮舫氏の二重国籍「問題」は人によっては重要かもしれない。しかし私見では、その「問題」がどうあれ、ほとんどの国民にとって、政治、経済、外交の多くの課題の前では優先度は限りなく低い。 筆者は民進党の政策を批判する点では、日本の論者の中でも筆頭に位置するくらい辛辣(しんらつ)であると認識している。だが、それでも最大野党が本当にどうしようもない事態であることには危機感もある。 ちなみに、金子氏は経済政策でも卓越しているが、8月13日に東京・ビックサイトで行われている国内最大規模の同人誌即売会、コミックマーケットに参加するらしい。筆者も時間が合えば行くつもりだ。もはや民進党関係では、金子氏のコミケ参加が個人的に最大の注目になってしまったのである。

  • Thumbnail

    記事

    習近平の「一帯一路」に吹く逆風

    論争が続いており、パキスタンでは、中国は「他国の内政不干渉」の金看板を捨て、グワダルと新疆を結ぶ中パ経済回廊の建設を妨害しないよう反対派の政治家たちに訴えた。 諸国は巨大な中国に圧倒されることを恐れている。例えば、中国輸出入銀行の融資だけでキルギスタンの対外債務の3分の1を占める。中国の中では貧しい雲南でさえ経済規模はミャンマーの4倍だ。諸国はこうした中国からの投資を切望すると同時に恐れてもいる。 中国もやり方を変えようとはしている。東南アジアのNGOは、中国企業が現地の批判に耳を傾け始めたと言う。中国の銀行も、より高度な基準の確保を願って、外国の政府系投資ファンドや年金基金等に一帯一路プロジェクトへの融資を呼び掛けている。北京の集まりでは、中国は一帯一路が脅威ではないことを示そうと、他のインフラ・プロジェクトと一帯一路との関連性を強調するだろう。一帯一路の列車は既に発車したが、中国は単に車内サービスの向上に努めているに過ぎない。 「出 典:Economist ‘China faces resistance to a cherished theme of its foreign policy’ (May 4, 2017)」あまりに粗雑すぎる構想 上記解説記事は、「一帯一路」構想の現実をかなり正確に描写していると言って良いでしょう。中国のやり方は、大体こういうものだからです。日本スタンダードからすれば、あまりに粗雑すぎ失敗は避けがたいということとなるでしょう。中国でも、この構想を「10年後には誰も覚えていないでしょう」と冷たく突き放す学者もいます。「中国の対外借款はほぼすべて不良債権となる。これ以上借款を供与すべきではない」と主張する学者もいます。しかし習近平が、自分のイニシアチブで打ち出した構想が失敗するのを座視することも考えられません。習近平時代は少なくともあと5年続きます。 習近平がこの構想を打ち出した最大の狙いは、「中国の特色ある大国外交」を内外、特に国内に示すためでしょう。習近平の新外交は、「鄧小平外交-韜光養晦+中国の特色ある大国外交」で収まってきたと見ることができます。そのためにも新たに付け加わった大国外交を成功させる、少なくとも国内的にそう見られる必要があります。5月14日から開催された「一帯一路」首脳会議は、この意味で重要です。今後も、この方面の努力は続けられるでしょう。 この構想の中国にとって考え得る実際上の経済的効果は、欧州経済との関係を強めることにあると考えられます。ただ、鉄道による陸路の輸送が、経済的に見合うことを早く証明しないと、このプロジェクト自体が、赤字が積み上がり何の意味もないことになります。

  • Thumbnail

    記事

    世界の超大国になりきれない中国

    ールソン元財務長官が参加しました。インドは会議をボイコットしましたが、これは、カシミール地方が「中パ経済回廊」と呼ばれる「一帯一路」関連事業の対象地域となっているためと言われています。 習近平は基調講演で中国は関連プロジェクトに1240億ドルを追加融資すると述べる(国営通信によると既に1兆ドルが投資されているという)とともに、構想推進に当たって中国は「古い地政学的な策を弄することはしない」と述べました。各首脳が署名した共同声明は「開放された経済を築き、自由で包含的な貿易を確保し、あらゆる形態の保護主義に反対する」と述べています。また、協力原則として、①平等な立場での協議、②相互利益、③調和と包含、④市場重視、⑤均衡と持続可能性を挙げています。そして、習近平は2019年に第2回会議を開催することを会議閉幕後明らかにしました。 会議は巨大な外交ショーでした。具体的な議論は乏しかったようです。それにもかかわらず増大する中国の国力を世界に印象付けることになりました。この会議は、習近平による秋の党大会への布石の一つとも言われます。共同声明は素晴らしいレトリックを述べていますが、中国中心主義的な思考は一向に変わっていません。協議重視が共同声明の協力原則に掲げられているものの、AIIB(アジアインフラ投資銀行)を含め、多国間主義の手法は十分に取られていません。 一帯一路構想が今後どうなるかは、まだ注意深く見ていく必要があります。関係国の間では債務拡大の懸念も広まっています。尤もな心配です。さらに習近平はジャカルタ・バンドン高速鉄道、中国・ラオス鉄道、アジスアベバ・ジブチ鉄道、ハンガリー・セルビア鉄道の建設を加速化し、グワダル港(パキスタン)、ピレウス港(ギリシャ)を改修した、と述べましたが、プロジェクトの実施は遅れ、スリランカのハンバントタ港については債務の膨張や中国の影響力の増大などで住民の反対運動が起きていると言います。 中国がこの構想を推進する背景には、習近平の国内基盤強化や超大国としての勢力圏の構築という大きな野望があります。しかし、同時に、貯まるカネを国際的にリサイクルしていかねば経済が回らないという経済的必要性も大きいのではないでしょうか。野望と必要性の双方があります。 西側は中国に見合う対応をしていかねばなりません。トランプによるTPP離脱決定は近視眼的な米国第一主義による間違った決定でした。社説が米国は自ら中国に譲ったのも同然である旨述べるのは、全くその通りです。米国抜きの「TPP11」の進展などが強く期待されます。

  • Thumbnail

    記事

    「消費増税、反アベノミクス」石破茂の総理への野望を阻止せよ!

    民党公認候補の応援演説を行う石破茂前地方創生担当相=6月24日、東京都墨田区(納冨康撮影) 石破氏の経済政策のスタンスは、高橋論説にも言及されているように「反アベノミクス」に尽きる。アベノミクスは3点から構成されていて、大胆な金融緩和政策、機動的な財政政策、そして成長戦略である。このうちアベノミクスの核心部分が大胆な金融緩和政策にある。政府は日本銀行の人事を国会での議決を通じてコントロールし、この大胆な金融緩和政策、いわゆるリフレ政策(デフレを脱却して低インフレ状態で経済を安定化させる政策)を実現しようとしてきた。石破氏の「反アベノミクス」とは、このリフレ政策への批判に他ならない。 例えば、まだ民主党政権の時代に評論家の宇野常寛氏との共著『こんな日本をつくりたい』(2012年)の中で、宇野氏のリフレ政策をとっても良いのではないか、という問いに対して、石破氏は即時に否定している。石破氏の理屈では、リフレ政策は「二日酔いの朝に迎え酒飲むようなもの」で、続けていけばハイパーインフレ(猛烈なインフレ)になる可能性があるというものだった。 石破氏の反リフレ政策の議論は、マネーのバラマキを継続すればハイパーインフレになるというもので、これは石破氏の年来の主張でもある。2010年7月のインタビューで、すでに彼は次のように述べている。(みんなの党(当時)が提出したデフレ脱却法案について) わたしはああいう考え方をとらない。マネーのバラマキは効果的かもしれないが、1年限りで終わるものでなく、2年、3年、4年と続ける必要があり、そのときハイパーインフレにならないという自信がない。麻薬を打つと元気になるが中毒になる前に止めるからいい、という話にならないか。(デフレ脱却法案への反対は)党としてまとまっている。うまくいくかもしれないが、ギャンブルではないのだから(政策として採れない)インタビュー:民主代表選の結果次第で首相交代も=自民政調会長(2010.07.16)石破氏「反アベノミクス」政策の実態 まずマネーのバラマキとリフレ政策はそもそも同じではない。この点は後で説明するとして、とりあえず石破氏の懸念と異なり、日銀の大胆な金融緩和政策が始まってすでに5年目が経過した。しかし、ハイパーインフレになるどころか、14年の消費増税と世界経済の不安定化によって、いまだに事実上のデフレ状態が続いている。もっともこの点についても、単にデフレ状態のままだからという理由で、アベノミクスは否定されるわけではないことは、先に参照した高橋論説でも触れた就業者数の増加などの各種経済指標の大幅改善をみれば、よほどの悪意を持たない限り、誰もが認めるところだろう。 最近でも石破氏は、消費税を必ず上げることを約束していることが国債の価値を安定化させていることと、またプライマリーバランスの2020年度の黒字化目標を捨てることも「変えたら終わりだ」とマスコミのインタビューに答えている。 要するに、石破氏の「反アベノミクス」政策とは、①大胆な金融緩和政策は危険なので手じまいが必要、②財政再建のために消費増税を上げることが最優先、と解読することができるだろう。もしこれらの政策を実行すれば、間違いなく日本経済は再び大停滞に陥るだろう。6月16日、金融政策決定会合のため日銀本店に入る黒田総裁(代表撮影) まず①のようにマネーのバラマキを続ければハイパーインフレになる、という理屈だが、これを「金融岩石理論」という。坂道に巨大な岩があり、それをどかそうとしてもなかなか動かない。だが、一度動きだすと坂道を猛烈な勢いで転げだすというものである。このような「金融岩石理論」は、実証的には支持されていない。むしろ日本の現状をみれば、日銀がマネタリーベース(中央銀行が供給する資金量)を拡大してもなかなか物価水準は上昇しない期間が継続していた。 次期の日銀政策委員であるエコノミストの片岡剛士氏は、日本のマネタリーベースの水準と物価水準との相関が低いことを指摘した。これはいわゆる「失われた20年」で、マネーのバラマキをしてもデフレ脱却に結び付かなかったことを意味する(「金融緩和政策とハイパーインフレ」原田泰他編著『アベノミクスは進化する』所収)。 そのため、片岡氏や先の高橋氏、そして筆者ら日本のリフレ派といわれる政策集団は、一定の物価上昇率の目標を設定し、金融政策を運営する「インフレ目標」を導入することで、マネーと物価の関係が再構築されることを目指した。つまりインフレ目標のない金融政策だと、いつ金融引き締めが行われるかわからないために、人々の予想形成が困難になり、そのためデフレ脱却効果を大幅に下げてしまうことになる。石破氏の主張は「トンデモ理論」 安倍首相は、12年秋の自民党総裁選からこのインフレ目標の導入を掲げて総裁選に勝利した。そして政権の座に就いてからも日銀にインフレ目標の導入を事実上迫り、そして日銀の人事管理(正副総裁選出)を通じて導入の実現に成功した。13年のインフレ率の改善は目覚ましかった。これはインフレ目標によってそれまでとは違い、マネタリーベースの水準と物価水準の相関がよみがえりつつある状況になったといえる。ただ残念ながら、それを妨害したのは財政政策の失敗、つまり消費増税である。 ところで仮にマネタリーベースの水準と物価水準の相関がよみがえり、簡単にいうとマネーを増やせば物価もそれに応じて増加する世界になれば、石破氏の主張するようにハイパーインフレになるのだろうか。それはただのトンデモ理論である。 過去のハイパーインフレの経験をみると、物価が急速に上昇するまでに1年以上の時間の遅れがある。つまりその間に金融引き締めを行えばいいのだ。さらに、インフレ目標自体が重要になってくる。アベノミクスで、マネタリーベース水準と物価水準の相関が戻りつつあるのは、インフレ目標の成果だといま解説した。インフレ目標は現状では、対前年比2%の物価水準を目指す内容である。2%のインフレ目標の導入自体が、ハイパーインフレを起こさない強力な手段になっていることは論理的にもおわかりだろう。 つまり石破氏のリフレ=ハイパーインフレ論はまったくの誤りなのである。むしろ彼がリフレ政策に消極的ないし反対の立場に立てば、日本経済の各種の指標は大きく悪化していくだろう。2012年9月、安倍晋三総裁選出に伴う自民党新三役共同会見で握手する(右から)安倍総裁、石破茂幹事長、甘利明政調会長、菅義偉幹事長代行ら自民党執行部(古厩正樹撮影) さらに問題なのは、石破氏の「消費増税主義」といえる立場にある。まるで消費増税自体が自己目的化しているようだ。現在のリフレ政策が100%ではなく、合格点をなんとかクリアする状況にとどまっているのは、消費増税とその悪影響が続いているからに他ならない。デフレを脱却しないままで、消費増税を実施し財政を緊縮化し、さらにリフレ政策に否定的な消極的金融政策をとるであろう「石破政権」は日本に再び大停滞を引き起こすだろう。

  • Thumbnail

    記事

    都議選惨敗、安倍首相に残された道は「消費減税」しかない

    化するだろう。そのキーワードは、やはり消費税を含めた「増税主義」である。2017年度の政府の基本的な経済政策の見立てを描いた「骨太の方針」には、19年10月に予定されている消費増税の記述が姿を消した。また20年度のプライマリーバランス黒字化の目標もトーンが下がったとの識者たちの評価もある。 おそらくそのような「評価」をうけてのことだろう。石破茂前地方創生担当相は、消費税を必ず上げることが国債の価値を安定化させていること、またプライマリーバランスの20年度の黒字化目標を捨てることも「変えたら終わりだ」とマスコミのインタビューに答えている。今回の都議選大敗に際しても、石破氏は即時に事実上の政権批判を展開していて、党内野党たる意欲は十分のようである。日本記者クラブの会見で「こども保険」の構想について説明する小泉進次郎衆院議員=6月1日(佐藤徳昭撮影) また財務省OBの野田毅前党税制調査会長を代表発起人とし、財政再建という名の「増税主義者の牙城」といえる勉強会もすでに発足している。またその他にも反リフレ政策と増税主義を支持する有力政治家は多く、小泉進次郎氏、石原伸晃経済再生相ら数えればきりがないくらいである。また金融緩和政策への理解はまったく不透明だが(たぶんなさそうだが)、消費増税に反対し、公共事業推進を唱える自民党内の勉強会も発足している。 これらの動きが今後ますます勢いを増すのではないだろうか。もっとも安倍政権への世論の批判は、筆者からみれば実体がないのだが、森友学園や加計学園問題、続出した議員不祥事などいくつかに対してである。そもそもアベノミクスに対して世論が否定的な評価を与えたわけではない。それでも自民党も野党も含めて、アベノミクスに代わる経済政策はほぼすべて増税主義か、反リフレ政策(金融緩和政策の否定)か、その両方である。 もちろん世論が、アベノミクスの成果を評価しても、それを脇において安倍政権にノーをつきつける可能性はある。アベノミクスの中核は、リフレ政策(大胆な金融緩和政策)である。現在の政治状況では、いまも書いたが安倍政権が終わればリフレ政策もほぼ終焉(しゅうえん)を迎える。日本銀行の政策は、政策決定会合での多数決によって決まる仕組みだ。日銀にはリフレ政策を熱心に支持する政策委員たちがいるにはいるが過半数ではない。政府のスタンスが劇的に変化すると、それに応じていままでの前言を撤回して真逆の政策スタンスを採用する可能性はある。首相が経済政策スタンスで慢心したわけ都議選での自民党大敗が伝えられる中、飲食店を後にする安倍首相(右)=7月2日、東京都新宿区 そもそも、安倍首相と同じリフレ政策の支持者は、菅義偉官房長官はじめ、自民党内にはわずかしかいない。次の日銀の正副総裁人事が来年の3月に行われるはずだが、そのときに最低1人のリフレ政策支持者、できれば2人を任命しないと、リフレ政策すなわちアベノミクスの維持可能性に赤信号が点灯するだろう。このリフレ政策を支持する人事を行えるのは、安倍首相しかいないのである。それが安倍政権の終わりがリフレ政策のほぼ終わりを意味するということだ。 もちろん日銀人事だけの問題ではない。仮に日銀人事をリフレ政策寄りにできたとしても、政府が日銀と協調した財政政策のスタンスをとらないと意味はない。デフレを完全に脱却するまでは、緊縮政策(14年の消費増税と同様のインパクト)は絶対に避ける必要がある。デフレ脱却には、金融政策と財政政策の協調、両輪が必要なのだ。 さて、安倍首相もこのまま党内闘争に巻き込まれ、守勢に立たされるのだろうか。それとも攻勢に出るのだろうか。そのきっかけは大胆な内閣改造や、より強化された経済政策を行うことにあるだろう。後者は18年夏頃までのインフレ目標の達成や、教育・社会保障の充実などが挙げられるが、端的には減税が考えられる。何より国民にとって目に見える成果をもたらす政策パッケージが必要だ。それこそ筆者がたびたび指摘しているように消費減税がもっともわかりやすい。 実際に、消費増税が行われた14年以降、政府が実施してきた中で、消費増税の先送りや毎年の最低賃金引き上げ、そして昨年度末の補正予算ぐらいが「意欲的」な政策姿勢だったという厳しい評価もできる。2%のインフレ目標の早期実現を強く日銀に要請することはいつでもできたはずだ。ある意味で、雇用の改善が安倍首相の経済政策スタンスの慢心をもたらしている、ともいえる。 いまも書いたように、さらなるアベノミクスの拡大には実現の余地はある。ただ、それを行うだけの政治力が安倍首相にまだ残っているだろうか。そこが最大の注目点だろう。

  • Thumbnail

    記事

    経済成長不要?内田樹先生、だから鰻重食っただけで炎上するんですよ

    田中秀臣・野口旭・若田部昌澄共編著、太田出版)を思い出させる。『エコノミスト・ミシュラン』は、当時の経済論壇で活躍していた経済学者やエコノミストを総点検し、徹底した批判を浴びせて、かなり話題になったものだ。栗原氏らの本は、そのノリを2010年代の論壇一般に拡大したものだ。この一冊を読むと、いかにいまのリベラル・左派がどん詰まりの状況になっているかが鮮明である。 そのどん詰まりの状況は、端的に「経済オンチ」という性格で表現されている。例えば、安倍政権がさまざまに批判されても、それでも他の野党勢力よりも圧倒的に支持率が高いのは、私見では経済政策の成果がかなりあると思う。特にいまの若年層の支持の高さは、端的に経済の安定化、雇用の回復に顕著な実績をあげたからであろう。この点は論説「若者に変化を求めた関口宏の本心はやっぱり『安倍下ろし』だった」で詳細に解説した。反安倍だけで安易に結びつく つまり、安倍政権が積極的に取り組んできたのが、国民の生活、とりわけ若者たちの未来を改善する経済政策であったことは明瞭だ。もちろんこの経済政策の効果を一段も二段も改良することはできる。この連載の読者であれば、「アベノミクス」をさらによくするには、消費税増税路線の放棄、できれば消費減税などの政策が最も効果的であることは自明であろう。ところが、栗原氏らの著作で指摘されているように、日本のリベラルと左派の考えはまったく明後日の方向にいく。北田 小熊英二さんも、SEALDsを擁護する中で、若者の生活保守を認めてあげなきゃいけないということを書いていたけれど、やっぱりズレていると思います。「かつてこんな栄光の時代があったけれど、君たちの時代は成長できない、かわいそうだね」と声をかけたところで何になるんでしょうか。栗原 小熊さんのあの記事(小熊英二「国会前を埋めるもの 日常が崩れてゆく危機感」朝日新聞2015年9月8日付)で、「現政権は、生活や未来への不安という、国民最大の関心事に関わる施策を後回しにして、精力の大半を安全保障法制に費やしている」と書いていて、ここがもうズレているよなあと思いました。(略)『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』206-7ページ そして実際には、リベラルや左派といわれる人たちでさえ、例えば憲法9条をめぐってだけでも思惑の違いがあるにもかかわらず、「反安倍」だけで安易に結びついている状況と、この経済オンチぶりがドッキングしている。栗原 (略)基本的には反安倍で、反資本主義で、反経済成長で、反グローバリズムで、資本主義ではない別の世界が…。という話で止まっている。じゃあ安倍を倒してどうするんだよ、民進党がちゃんとした政策を出せるのかとか、そのレベルでまともな話にならない。同書127ページ北田 経済成長って、別に「ぐんぐん伸びようぜ」とか「バブルをもう一度」とか言っているわけじゃないというのを何百回言っても通じないんですね。同書129ページ「共謀罪」法に反対し、記者会見する神戸女学院大の内田樹名誉教授(右から3人目)ら=6月18日、東京都千代田区 要するに「反安倍」という旗のもとでは結集できても、それに代わる政策、特に経済政策がまったくの空っぽなのが、いまのリベラルと左派の現状である。もっとも何人かの例外が存在している。 例えば、同書でも詳しく評されている英国在住の保育士でライター、ブレイディみかこ氏の反緊縮主義に基づく時論の数々や、左派的な立場からリフレ政策を唱える立命館大の松尾匡教授らの存在である。これに同書ではとりあげられていないが、反安倍政権であると同時に消費減税などリフレ政策を主張している経済アナリストの森永卓郎氏を入れてもいいだろう。あるいは文芸評論家でリフレ的=反緊縮的な立場を評価している斎藤美奈子氏も忘れてはいけない。だがこの人たちはいまのリベラル・左派論壇の中ではすべて批判されるか、無視されているかあるいは都合のいいところだけつまみ食いされているだけだ、と栗原氏らは厳しく指摘している。英労働党「躍進」の理由に気付かない 栗原氏らの本を読むと、日本型リベラルや左派に未来があるのかというと絶望的であるとしかいえない。これは世界におけるリベラル的な政治の復興というべきものとは真逆の流れだ。例えば、英国の総選挙で躍進した労働党のジェレミー・コービン党首の政策は、「人民のための量的緩和」という大規模な金融緩和政策と積極財政政策の組み合わせ、そして大学授業料の無料化などの再分配政策であった。6月9日、ロンドンの選挙区で親指を立てるコービン労働党党首(AP=共同) このコービン労働党の政策に、現在の安倍政権に似たものを見いだすことは容易だろう。だが、日本型リベラルや左派は、このコービン流の経済政策を否定することで成立している。むしろ日本型リベラルや左派の経済政策観は、欧米のネオリベラリズムと似ている。反経済成長は、一種のマクロ経済政策的な介入を放棄し、事実上の緊縮主義と同じだからだ。 日本型リベラルと左派の経済オンチゆえの閉塞(へいそく)感は実際に本人たちは自覚していないだろう。なぜなら「反安倍」という熱狂の中で、日本型リベラルと左派が今日もまた元気に活動中だからだ。これでは多くの国民からまったく相手にされることはないだろう。栗原 内田樹も、もう十分稼いで老後の心配もないから「経済成長は要らない」って言えるんだ、「あんたは要らないかもしれないけど、若い連中には要るんだよ」とよく批判されています。内田センセイは、ご自分が昼食に食べた鰻重の写真をツイートしただけでなぜ炎上するのか、よくお考えになったほうがいいんじゃないですかね(略)。『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』207ページ もちろん内田氏だけではない。リベラルと左派全体にこのような若い世代、経済的に困窮している人たちへの共感の欠落がみられることは、おそらく本人たち以外に自明だ。北田 (略)ご本人が裕福になることは構わないのだけれども、それが生活保守とか彼らが言う新自由主義に当てはまちゃっているということは、少し考えてほしいなとは思いますよね。じゃあ、オルタナティブを出せと言われたら、リフレ派だっていくらでも出している。そういうのを反安倍ということで思考停止して蓋をしてしまうのは、私はよくないと思います。同書210ページ 今回は経済系の話題に絞ったために、後藤和智氏の若者論壇などをめぐる辛辣(しんらつ)な発言を拾えなかったのは残念だ。北田暁大・栗原裕一郎・後藤和智の三者による『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』は、日本のリベラルと左派にまだ一縷(いちる)の望みを持っている人にも、そしてもちろん絶望しきっている人にも、今の日本の論壇を知る上で欠かせない対談になっている。

  • Thumbnail

    記事

    外資系秘書の「どんなムチャ振りにも『NO』と言わない」仕事術

    フラナガン裕美子(国際コミュニケーション・コンサルタント)多くの外資系企業で活躍し、「伝説の秘書」と呼ばれるフラナガン氏。秘書というと、スケジュールを管理する程度の簡単な仕事だと思う人もいるだろうが、外資系企業では事情が違う。上司のムチャ振りに応えてきたフラナガン氏の仕事の習慣とは? 秘書にとって最も基本的で重要な習慣は、上司にどんな「ムチャ振り」をされても「できません」と言わないことだとフラナガン氏は話す。「日本企業の多くの秘書は、上司から言われたことをこなす一方通行のサポートが多いイメージでしょう。でも、外資系企業の秘書は、上司が業務に専念できるよう、右腕となって尽くすのが仕事です。ですから、秘書に『できない』という選択肢はないのです」 とはいえ、実際のところ、できないこともあるはずだ。そう聞くと、「考えさえすれば、何かしらの方法が見つかるものだ」とフラナガン氏。「たとえば、上司に飛行機のチケットの予約を頼まれたのに、その便がすでに満席になっていたことがありました。そこで『満席でチケットを取れませんでした』と報告するわけにはいきません。『それは俺の問題か? 君の問題だろう。君がどうにかするんだ』と言われるに決まっているからです。 そこで私がしたのは、まず、その航空会社に連絡を取ること。実は、どの便にも必ず要人用に確保している席があるので、それをなんとか譲ってもらえないかと交渉したのです。 同時進行で、別の航空会社にも連絡をしました。そのときには、『ビジネスクラスの席を、無料でファーストクラスにアップグレードしてほしい』と頼みました。上司が指定した便を予約できなくても、無料でファーストクラスにアップグレードしておけば、上司も納得するだろうと考えたからです」 このままでは、今度は航空会社に対してムチャ振りをすることになってしまう。とても受け入れてはもらえないだろう。そうならないよう、フラナガン氏は交渉の際、常に「Win-Win」になる提案をしている。「その代わり、以後、上司が出張をする際には2回以上はその航空会社を利用することと、社内でその航空会社の利用を勧めることを約束しました。それで航空会社に納得してもらい、席を確保することができたのです」 こんなムチャ振りは、外資系企業の秘書にとって日常茶飯事だという。「上司の奥様が来日して、道に迷ったこともありました。そのときは、本人に連絡の取りようがなかったので、立ち寄りそうなお店に片っ端から電話をかけて、『似た人が来たら連絡をほしい』と頼みました。 とても重要な会議に『出たくない』と駄々をこねはじめた上司もいましたね。言い出すと理屈は通りません。『会議の前に休憩を設けますから、ご自由にお好きなところでリフレッシュしてきてください』とか『会議では一番に発言させてもらい、次のアポがあることにして、すぐに退室させてもらうようにしましょう』などと、あの手この手を尽くして出席してもらいました」どんな上司でもまずは「好き!」と思ってみる「NO」と言わない習慣は、秘書にとって、これほどまでに絶対的なものなのだ。「上司の指示を、その言葉どおりに受け止めると、できないこともあります。しかし、『本当は何を求めているのか』を理解すれば、言葉どおりのことはできなくても、それに代わる提案をして、上司に喜んでもらうことができます。 上司によっては、具体的なやり方まで指示する人もいるでしょう。でも、それは他のやり方を知らないだけかもしれませんから、真意を読み取る必要があると思います」 たとえば、上司はAというものを所望していたとする。でも、上司が知らないBというものも好みかもしれない。そういう場合は、さりげなく、AとBの両方を提示する。すると、Bを選択することもあるという。「上司に対してNOと言わないのは、決して受け身になるということではありません。むしろ、主体的に行動することが重要なのです」 上司が喜びそうな行動を主体的に起こせるようになるためには、上司を「観察する」習慣を持つことが欠かせない。なかなか本心を見せない上司でも、日常の些細なことを観察することで、どんなことをすれば喜ぶのかがわかるようになるという。「『今日は表情が硬いな』ということに気づければ、『機嫌が悪いかもしれないから、複雑な話をするのはあとにしよう』といった判断もできるようになります。 好きな人のことなら、どんな小さなことでも見逃しませんよね。ですから、私がお勧めするのは、心の中で『好き』と思いながら上司に接することです。人は、本心でなくても、『好き』と思いながら相手を見つめると瞳孔が開いて、相手が心を開いてくれやすくなるそうです。 どうしても『好き』と思えなければ、お給料をくれる上司の顔を1万円札だと思えば、好きになれるのではないでしょうか(笑)」お礼メールの最後に入れる「一文」とは? 上司の指示を実行し、ときにはそれ以上の提案をすることは、自分1人だけの力でできることではない。幅広いコネクションを持ち、協力を仰げるようにしておくことも重要だ。コネクションを築くための習慣はあるのだろうか。「上司の仕事のために、さまざまな方と話をさせていただく機会があります。そのあとで感謝のメールを送るのですが、その文面の最後に『何かありましたら、お知らせいただければ、お力になります』と添えて、実際に何かあれば積極的にお手伝いすることでお近づきになれます。 ただし、利用したいという気持ちでは、相手が離れていってしまいます。『愛情』を持って接しているかどうかは、必ず伝わりますから」「愛情というと陳腐な響きがするかもしれませんが」とフラナガン氏も話すが、やはり仕事のベースは愛情だという。「上司に対しても同じです。私は、最初に勤めた会社で、上司からひどいパワハラを受けました。それで、胃を痛めて吐血したり、1円ハゲがいくつもできたりしました。でも、パワハラ上司に対して萎縮したら負けなんです。 もちろん、パワハラは許される行為ではありませんが、『ご指導ありがとうございます』とお礼を言うくらいの気持ちで愛情を持って接すると、かえって上司のほうがひるむものです」 愛情は、自分に対しても向ける必要がある。「秘書の仕事は『できて当たり前』なんですね。どんな難題をこなしても、上司は褒めてくれません。だから『自分で自分を褒める』ことが不可欠。鏡を見たり、自分で自分の肩を抱いたりしながら、『よくやってる』などと褒めるのです。 そして、完璧な仕事ができなくてもあまり落胆しないことも大切。完璧にできなくても、軽く反省するくらいでいいのです。ゲームで少しポイントが減点されるくらいのもの。努力はいずれ何かしらの役に立つはずです」《『THE21』2017年5月号より》《取材・構成:西澤まどか》フラナガン・ゆみこ 国際コミュニケーション・コンサルタント。1967年生まれ。津田塾大学卒業。スイス・ユニオン銀行を経て、バンカース・トラスト銀行から秘書のキャリアをスタート。以降、ドイツ証券、メリルリンチ証券、リーマン・ブラザーズ証券など、5つの外資系企業と日系企業で、日本人、米国人、英国人、アイルランド人、スイス人、豪州人、香港人、韓国人という8カ国のエグゼクティブをサポート。著書に『伝説の秘書が教える「NO」と言わない仕事術』(幻冬舎)など。関連記事■ 元社長秘書が見た「大きな仕事を任される人の習慣」■ ストレスを味方にする11の習慣■ <お勧め記事>「ストレスで胃が痛い!」ときに読みたい記事

  • Thumbnail

    記事

    嫌いな相手を「すごい」と言えば怒りが消えていく

    原因の一つになっているのは、「インターネット」です。ニュースサイトや掲示板、SNSなどを見ると、政治経済からスポーツ、芸能人の不倫に至るまで、さまざまな問題について「良い・悪い」「正しい・間違っている」を裁いている人を大勢見かけます。まさしく「一億総評論家時代」といえますが、これは人間の心に負担をかけます。そうやって、人を裁くことをしていると、自分の心の中に怒りが溜まっていくからです。 さらに問題なのは、この怒りは伝染すること。怒りとは電気のようなものであり、一人の人から怒りが放電されると、周囲の人が無意識に怒りで帯電してしまいます。すると、元々怒っていない人にまで放電した人の怒りやイライラが伝染し、周囲の人までそんな気持ちになってくるのです。 科学的には、この現象は脳の神経細胞である「ミラーニューロン」が引き起こしています。その特徴は「他人の動作を見ているとき、脳の中で自動的にその人のマネをする」こと。緊張している人の近くにいると緊張が移ることがありますが、同様に、怒っている人の近くにいると、怒りが移ってしまうのです。 さらに厄介なことに、放電した人は、放電したからといって怒りを発散できないこと。周囲の人に放電し続けて、悪影響を与え続けます。すると、周囲にイライラした人が増えるという悪循環に陥ります。  以上の現象は、仕事にも悪影響を及ぼします。たとえば、多くの職場では上司が怒りを放電していると思いますが、その怒りが伝染すると、部下もイライラし、集中力を失ってしまいます。すると、仕事でミスすることが増えてきます。すると上司はさらにイライラし、部下はさらにミスをするという泥沼状態にハマってしまうわけです。※画像はイメージ 部下の立場の人がこのような状況から脱するためには、上司の怒りからうまく身を守る必要があります。その方法の一つが、「チューニング」。「呼吸」を合わせることで、相手の怒りを抑える方法です。 人は呼吸をする時に肩が動くので、その肩の動きを相手と合わせます。たとえば、息を吸う時には肩が上がるので、同じタイミングで肩を上げるのです。すると、鏡の細胞であるミラーニューロンが活性化することにより、最初は相手の怒りが伝染するのですが、そのうち波長が合ってくることで、怒りの波長が打ち消され怒っていた相手が自分に対して怒りを向けなくなるのです。 もう一つ、お勧めの方法は、相手に対して「◯◯さんってすごい」と心のなかで何度も唱えることです。怒られているときにはとてもそんなことは思えないでしょうが、何も考えないで「◯◯さんってすごい!」と唱えます。すると、これもミラーニューロンの働きで、あなたが「相手をすごいと思っている。尊敬している」という気持ちが相手に伝染し、相手の中にある、あなたに対する怒りが消えていくのです。  このとき、何がすごいかを具体的に考えてしまうと、「本当にそうか?」と疑念が生まれてしまうので逆効果。「○○さんってすごい」と言うだけでOKです。同じ要領で、周囲のすべての人に、「○○さんってすごい!」と唱えていれば、常に怒りから身を守れるようになります。怒りや不満、負の感情をどうおさめるか(1)《怒り》部下にイラッときたときは「本音モード」で叱る 上司のイライラが周囲に伝染してしまうとはいえ、部下が何度も同じミスを繰り返したり、支離滅裂な言い訳をしてきたりすれば、上司も人間ですからムカッとくることはあるでしょう。しかし、そんなとき、「こういう言い方をしたら傷つくのではないか」「メンタルダウンでもされたら困る」などと考え、はっきりと物が言えないという人は多いようです。 たしかに、我を忘れて怒りをそのまま相手にぶつけるのは良くないことですが、問題点をはっきり伝えず遠回しに優しく注意するというのも、良い結果につながりません。結局真意が伝わらないので、部下の行動改善につながらず、ますますストレスが溜まります。そうやってストレスを溜め続ければ、いつか爆発するでしょう。※画像はイメージ このようにはっきりと言えない人にお勧めするのは、叱ることが必要なときに、「本音モード!」と心の中で言うことです。すると、それだけでも気持ちが切り替わり、「この前と同じミスを繰り返しているぞ」「君の言いたいことが私にはよくわからないんだ」などと、はっきりと物が言えるようになります。「ストレートに言っても大丈夫だろうか?」と思うかもしれませんが、優しい言葉ばかりを投げかけるより、感じたままを伝えたほうが、相手も納得してくれるものです。 (2)《不満》嫌いな相手でも心の中で「すごい!」と言ってみる 理不尽なことで怒鳴られたり、朝令暮改を繰り返されて振り回されたり、クドクドと説教されたりして、上司や取引先に不満を抱えたとき。言い返す手もありますが、リスクが高いのも確かです。そんなときには、「すごい!」が有効です。その上司のことを「◯◯さんってすごい!」と心の中で唱えましょう。心の中で言うだけですから、「○○さんって、すげえ!」でも構いません。 何度も唱えていると、本気で「すごい」と思っていなくても、なんとなく「相手はすごい」ように思えてきます。すると、相手に対する自分の怒りは静まっていくのと同時に、「すごい」と思う気持ちが相手に伝染します。それによって、相手にも自分のことを尊重する気持ちが芽生え、不満の元になっていたふるまいをやめることがあるのです。 もう一つ、不満の元になったふるまいをやめてもらう手として、「逆暗示を入れる」という方法もあります。たとえば、クドクドと説教する上司には、「◯◯さんは、話が端的でわかりやすいです」などと逆のことを言うのです。すると、上司の頭の中に「自分は話が端的でわかりやすい」という暗示が入り、説教が長い上司でも、本当に端的に話してくれるようになります。 (3)《わずらわしさ》「相手の気持ちはわからない」でイライラを防げる 会議の席で空気を読まない発言を繰り返す人や、プライベートなことに平気で踏み込んでくるおせっかいな人…。自分には理解できないようなことをするわずらわしい人が、あなたの周りにもいませんか。 しかし、この人に対して、「なんでこの人はこんなことをするのか?」と考えてはいけません。相手の考えや気持ちを汲み取ったところで、それを変えることはできないので、余計にイライラするからです。さらに、相手の発言やふるまいに対して、「私が普段からヘラヘラしているから、平気な顔して仕事を押し付けてくるのか」などと自分に原因を求め始めたりすると、最悪。イライラはさらに加速します。 こんな状態に陥らないためには、相手のことを考えそうになった瞬間に、「相手の気持ちはわからない。自分の気持ちもわからない」とつぶやくことをお勧めします。すると、「相手の気持ちなんてどうでもいいか」という気分になって、深く考えなくなるので、イライラするのを防げます。「自分の気持ちもわからない」というのは、「自分の気持ちですらわからないのだから、他人の気持ちなんてわからない」と思えるようにするためです。おおしま・のぶより 心理カウンセラー/〔株〕インサイト・カウンセリング代表取締役。米国・私立アズベリー大学心理学部心理学科卒業。アルコール依存症専門病院、周愛利田クリニックに勤務する傍ら東京都精神医学総合研究所の研修生として、また嗜癖問題臨床研究所付属原宿相談室非常勤職員として依存症に関する対応を学ぶ。嗜癖問題臨床研究所原宿相談室室長、㈱アイエフエフ代表取締役等を経て現職。ブリーフ・セラピーのFAP(Free from Anxiety Program)を開発した。『あなたを困らせる遺伝子をスイッチオフ!』 (SIBAA BOOKS)、『「いつも誰かに振り 回される」が一瞬で変わる方法』(すばる舎)など、著書多数。関連記事■ メンタルを安定させるメモ・手帳の使い方とは?■ ビジネスマンの「ストレス」大調査■ 今の日本が「ストレス社会」になった理由とは?

  • Thumbnail

    記事

    若者に変化を求めた関口宏の本心はやっぱり「安倍下ろし」だった

    むべきではないか、と疑問を呈したわけである。もちろん、関口氏は若者が就職率の回復をはじめとするいまの経済的安定にひかれていることに一定の理解を示してはいるが、結局は彼の言う「変化」というのは、今の安倍政権を打倒するという「変化」でしかないのだろう。 関口氏のこの「安定」と「変化」論は、「安倍下ろし」という結論ありきの議論であり、端的にいって政治的なものでしかない。ただ、話をこれで終わりにするのはあまりにもったいないので、もう少しこの関口氏に代表される「安定」と「変化」とはそもそも何かを経済学的な視点も交えて考えてみたい。 結論だけ先に書くと、経済が安定的だからといって、若者の気持ちまで安定的であるわけはない。関口氏のいうように「安定をずっと安定かと思ってたら、眠りに入っちゃう」とはいえないのだ。関口宏氏 むしろ経済学の研究成果では、経済が不安定なほうが、若者の心は「安定」志向になってしまうようだ。関口氏の発言は、あまりに若者の心の行方を断定し、その変化と躍動の可能性を軽視している。 例えば、大恐慌期を経験した世代は、経験しなかった世代に比べてリスク回避的な傾向が強いという実証分析もある(ウルリケ・マルメンディア&ステファン・ネーゲル「不況ベイビー:マクロ経済の経験はリスク行動に影響するか?」)。つまり「変化」に伴うリスクを避ける傾向が、不況を経験した世代の方が強く出るというのだ。 カリフォルニア大ロサンゼルス校経済学部准教授のパオラ・ジュリアーノと、国際通貨基金(IMF)アシスタントディレクターのアントニオ・スピリンベルゴの研究「経済危機の長期持続的な諸効果」には、さらに興味深い研究の要旨がまとめられている。たとえば、景気の良し悪しのようなマクロ経済的な環境が、若い世代に影響を及ぼすのは「人格形成期」の18歳から24歳までで、それ以降はそれほど強い影響を与えないという。 今の安倍政権が発足したのは2012年の終わり(実際には同年の自民党総裁選で安倍氏が勝利してから株価などは大きく変化している)からであり、そのときに18歳だった人たちは23歳になっている。24歳だった人たちは30歳近い。いま現在の18歳から30歳ぐらいまでは、アベノミクスの影響下にあるのかもしれない。関口氏は「失われた20年」を忘れてしまったのか 仮にこの大胆な推測が正しければ、彼らの行動は「安定」よりも「変化」を好んでいるだろう。もちろんそれは個々人の行動としてだ。私や関口氏が思いもよらない発想で、旧世代の予想を裏切る変化が生じるかもしれない。たとえば、昔ながらのリベラルや左派的なメディアに疑いの眼を抱いたりしている可能性だってある。その反対の政治勢力に対しても同様かもしれないが。日経平均株価の午前終値を示すボード。1年半ぶりに大台の2万円を回復した=6月2日午前、東京都中央区(春名中撮影) ジュリアーノとスピリンベルゴの論説で興味深い指摘はそれだけではない。おそらく客観情勢を考えれば、いまの安倍政権の経済政策は「偶然」に生まれたものである。たまたま安倍首相が、いわゆる大胆な金融緩和政策を主軸にした経済政策(リフレ政策)を採用しただけだ。実際に自公政権、そして野党含めてリフレ政策の支持者は数人程度しかいない。いわばリフレ政策による最近の若者の雇用状況の改善は、安倍晋三氏が首相にたまたまなったという「偶然」でしかない。 ジュリアーノとスピリンベルゴは、偶然の重みを知っている人たちが「大きな政府」を望むと指摘している。ただし彼らの定義した「大きな政府」の定義は、増税=緊縮なので、本当の「大きな政府」ではない。「大きな政府」とは、緊縮を否定し、金融緩和と財政拡大を支持する政府のことだ。この意味では、いまの日本の若い世代は、安倍政権のリフレ政策が偶然の産物にしかすぎないことを十分知っている可能性がある。 この議論が正しいとすると、「大きな政府」を積極的に支持する気持ちは理解できる。若い世代は、この「偶然」の成果を背景にして、それを支持する一方で、自分たちは自分たちの人生の可能性を切り開いていこうとしているのかもしれない。言い方をかえれば、マクロ経済政策は最低でも現状維持、できればもっと非緊縮型(=大きな政府)を進め、そして個々人の生活はより変化を追求していくことが考えられる。 いずれにせよ、関口氏が本心では期待しているとしか思えない、アベノミクスの否定は、日本の経済と社会を逼迫(ひっぱく)させ、政治勢力の「変化」はあってもそれは混乱だけをもたらすだろう。その政治的混乱は、経済の停滞という形で、若い世代の活躍の場と意欲をくじいていくことだけは間違いない。そのことをわれわれは老いも若きもこの「失われた20年」の体験で十分に知っているはずだ。どうも関口氏とその意見に賛同する人たちは、そのことを忘却してしまったか、違う世界線の住人なのかもしれない。

  • Thumbnail

    記事

    加計学園、前川氏の爆弾文書よりヤバい「レント・シーキング」

    な「疑惑」作りは、民主主義を本当の意味で危機にさらすことだろう。 今回は、この「加計学園問題」をより経済学的な視点から再考してみる。獣医学部の新設については、日本獣医師会やその関係する政治家たち、また文科省自体も長年にわたって反対してきた。52年間もの間、獣医学部の新設が認められてこなかったまさに「岩盤規制」であった。「忖度」批判を繰り広げる既得権者たち 今回の獣医学部新設を安倍首相が「忖度させた」と批判している人たちが、「岩盤」側の既得権者であることは注目していい事実だろう。要するに、加計問題とは単なる既得権者と規制緩和側との政治的抗争であり、そこに「安倍下ろし」を画策する野党や一部メディア、識者がただ乗りしているという構図だろう。さらにいえば、文科省の天下り斡旋(あっせん)問題で引責辞任した前川氏の個人的な思惑も当然に絡んでくるに違いない。 ところで今回の規制緩和の枠組みは、国家戦略特区という極めて限定されたものだ。しかもわざわざ既得権者側に配慮したとしか思えないのだが、獣医学部が周辺にない「空白地域」に絞って、あえて大学間競争の可能性をもできるだけ排除しているようだ。このような極めて限定された規制緩和であっても、猛烈な反発を得ているのが実情だ。それだけ新規参入を規制することによって、既得権者が得ていたレント(規制によって生じる利得)が大きかったということだろう。 またこの「岩盤」が継続された理由を、経済学者のマンサー・オルソンが、彼の代表的な業績である「ただ乗り」の観点から、かつて以下のように分析した。集団の規模が大きくなればなるほど、その組織に属する人たちは、自ら負担して組織改善のために動こうとはせずに、ただ乗りを選ぶだろう。 例えば、これを政府に置き換えてみれば、多くの有権者は自分が政府の改善を熱心に行っても、そこから得る追加的な利益が自分の犠牲に見合わないことを知っている。そのため、他者の努力にただ乗りをする方を選ぶだろう。 またこのようなただ乗りは、自分のただ乗り自体が損なわれない限り、政府がよくなろうが悪くなろうが知ったことではないとする「合理的な無関心」を生み出してしまう。実際に、獣医学部が52年間新設されなかった事実は、今回の問題が発覚するまで、多くの国民は「無関心」だったのではないか。分け前増加しか関心がない集団の正体 オルソンはこの分析を「国家がなぜ興隆し、また衰退するのか」という問題にまで広げた。オルソンは、ここで「分配結託」という考えを強調している。どの国でも保護貿易的な考え方を支持する集団はあるだろう。日本では農協やその関連団体、米国では自動車メーカーがすぐにあげられる。これら「特殊利益集団」と呼ばれる集団は、もちろん自分たちの集団の利益しか関心がない。集団が直接自分たちに利害が発生する仕組みになっているので、こちらは規模が大きくなればなるほど、自分たち一人当たりの分け前が増えることに関心をもつ。2015年10月、JA全国大会であいさつをするJA全中の奥野長衛会長(左)。右手前は安倍晋三首相(西村利也撮影) つまり特殊利益集団は自分の特殊利害という目的に合わせて集団を効率化することが多い。手法も洗練化され、時にはマスコミや政治家と「分配結託」をする場合もある。今回の加計学園問題の件も、この「分配結託」の1ケースといえるかもしれない。 そしてこの「分配結託」を可能にしている組織的な利益が、先ほどのレントの発生であり、これを追い求める行為を「レント・シーキング」という。レント・シーキングが国家の中で大きなウェイトを占めれば、その国は衰退してしまう。オルソンはそのような主張を展開した。 官僚組織は一般的に、規制を設け、それを運用する権限をできるだけ最大化することを最優先の目的としている。そして規制があれば、それによってレントが発生する。つまり規制の権限があるところ「常にレントあり」といえる。そのわかりやすいレントの代表が、「天下り」である。官僚が規制先の対象組織に天下りをする行為こそ、最もわかりやすいレントの一例である。その本質は「賄賂」と変わらない場合が圧倒的だ。それゆえ、天下り規制が行われた。 今回の前川氏の発言や行動はそもそもこのレント・シーキングを具現化しているように思える。天下りの斡旋、そして獣医学部新設のあまりに極端な規制。首相が「忖度させた」罪などというトンデモ議論よりも、筆者にはこのレント・シーキング行動の方が比較にならないほど、日本の問題のように思える。

  • Thumbnail

    記事

    善意のスキマからメルカリにやってきた「怪しい人々」の正体

    度が急上昇。現在は国内で3000万ダウンロード数を誇るという。こんなに簡単に不用品が処分できるのか 経済産業省が今年4月に公表した「平成28年度電子商取引に関する市場調査」によると、ネットオークションにおける個人間取引の市場規模が3458億円に対し、フリマアプリは3052億円に達している。わずか数年の歴史で、この成長はすさまじい。昨年時点でのマーケット規模なので、今年はさらに大きくなっているかもしれない。 86年生まれの筆者は学生時代からヤフオク、楽天オークションを経験してきた世代だが、ここ数年は足が遠のいていた。出品してもしなくても毎月の利用料がかかる上、楽天オークションなどは利用者が少なく、そもそも出品しても売れづらいなどのデメリットを感じたからである。フリマアプリがはやっていると聞き、気軽な気持ちでメルカリやフリルをダウンロードしてみたのが昨年夏。これが非常に使いやすく、初心者でも出品しやすい。 筆者は最先端のサービスには気が引けるタイプだが、使ってみると確かに「安心・安全・分かりやすい」アプリだと実感した。スマートフォンのカメラで撮影した衣類を出品するまでにかかった時間は、わずか5分。出品した商品は2日以内に売れ、定形外郵便でポストに投函(とうかん)して受取評価を待つだけだ。 こんなに簡単に不用品が処分できるのかと感動した。リサイクルショップへ持っていけば10円で買いたたかれてしまう古着が、1000円で売れたりする。送料は「出品者負担」を標準設定にするようなインターフェースになっているので、送料と10%の利用手数料を差し引けば、もうけは数百円程度だが、古着屋に10円で売るよりはマシかもしれない。買った人からは「大切に着ます」とコメントが届き、3段階のうち最も高い評価を付けてもらえた。対面して物を売るフリーマーケットのような気持ちのよいコミュニケーションが続き、はじめは楽しかったと思う。 フリマアプリでは、ネットオークションに多いブランド物やコンサートチケットなどの高額品より、古着や使わなくなったアクセサリー、キャラクターグッズなど、やや安価な商品が多く出品されている。カテゴリ別に見ると「レディースファッション」が最も多く、購入者も女性が目立つ。感覚としては、リユースショップへ持っていくような、もっといえば、そのままでは自分にとって「ゴミ」になってしまうような物をかなりの低価格で売り出し、「まだ使っていただける人に買ってもらう」サービスだと思う。いらないものを「欲しい」と言うありがたさ それこそフリーマーケット並みの価格で売らなければ、なかなか買ってもらえないが、自分が不要になったものを「欲しい」と言ってくれる人がいること自体が「ありがたい」のである。筆者もコメント欄で「値下げ」を要求されることもときにはあったが、買ってもらえるならと応じた。 こちらが商品を購入した際も、非常に安く買える上に「ご購入ありがとうございました」というお礼の手紙が添えられていたりして、ほとんど利益は出ていないだろうに「買ってもらえてありがとう」という気持ちが伝わってくる。何の変哲もない服は、多くの人が競り合うオークションでは値段がつかないことも多いが、フリマアプリなら数百円程度で売れる。それ自体が「ありがたい」のだ。 先述の経済産業省によるレポートでも、ネットオークションとフリマアプリの違いは次のように定義されている。 ネットオークションが「できるだけ高い値段で売りさばきたい」という目的が特徴である一方、フリマアプリは「利用しない持ち物を手軽に処分して換金したい」との想いで利用する人が多い「平成28年度電子商取引に関する市場調査」80ページ まさにフリーマーケット感覚で「不用品を(たとえ安い値段でも)他の人が使ってくれるならうれしい」というコミュニケーションが提供されているのが、フリマアプリなのだ。気軽さと、ある種の善意が満ちている。 ネットに限らず通常のオークションでは「買う側」が複数おり、ニーズに合わせてモノの価格はどんどん上がっていく。「売る側」はそれを黙って見ていればよいが、フリーマーケットはやや事情が異なる。出品されるものの「価値」が相対的に低く、「売る側」は利益の出るギリギリの範囲に価格を設定し、低姿勢で「買っていただく」空間である。それなりの「お得感」を提供できなければ見向きもされずに終わる上、フリマアプリではネットオークションよりも「売る側」がより優しく、低姿勢でいることが求められるのだ。 「私の不用品をあなたに買っていただけてうれしい」という善意がなければ、多くの場合は売れない。もうけようと高値をつけるアカウントや、送料を毎回着払いにするアカウントは人気がなく、とにかく「安くて、そこそこ良いものを譲ってくれる人」が評価されるサービスである。善意なきユーザーも簡単に入り込める このサービスは、出品者が徹底して良心的で、「低価格・低姿勢」でいるからこそ保たれる。買う側はただその善意を受け取ればよく、万が一不良品が届いても運営側に通報すればよいので気分はラクだが、売る側としてはストレスも多くなる。 なぜなら、ここ1、2年でユーザーが爆発的に増えたため、いわゆる常識はずれな購入者にも「低価格・低姿勢」で対応しなければならないからだ。説明文を懇切丁寧に書いても読まれていなかったり、送料を明記していても読まずに「高すぎる」とメッセージが来たりする。商品の状態を細かく質問されたので、じっくり答えたらあっさりスルーされるなど、優しく対応する「相手」が増えれば増えるほど、その思いが届かないストレスも大きくなってしまうのだ。善意にあふれたフリーマーケットの空間に、「普通の消費者」が大量に入ってきたようなものである。 フリマアプリのユーザーは右肩上がりで増えている。わずかな期間に莫大(ばくだい)なユーザーが押し寄せたため、「安くてそこそこ良いものを善意で譲りあう」フリーマーケットの精神性のようなものを「乱す」アカウントが出てくるのも仕方がないだろう。「現金」や「チャージ済みのICカード」、果ては「妊娠米」などを出品し、「グレーな手段でもうけよう」というユーザーが増えてきたのは、「不用品を安く処分できてうれしい」というフリマアプリの理想的な利用者層ではなく、ネットオークションに見られるような「できるだけ高く売りさばきたい」タイプの利用者が増えてきたということではないか。(画像はイメージです) 日本人の2人に1人、若年層でいえばほぼ100%がもつスマホをプラットホームに、できるだけ多くの利用者を集めようとしてきたフリマアプリ。サービスが莫大なユーザーを取り込み始めた以上、当初の「フリマ」とはかけ離れた使い方をし始めるユーザーが現れることは想像に難くない。 「不用品ならほぼ何でも売れる」フリーマーケットの空間だからこそ、ある程度良いものを安く売り買いするための「善意」が求められるが、リアルのフリーマーケットとウェブ上のアプリは利用者のケタが違う。善意のないユーザーも、顔が見えないから簡単に入り込める。 運営側が何度取り締まっても、規模が大きくなればなるほど、怪しげなモノ・サービスの売買は続くだろう。ユーザーの多さにともない悪貨が良貨を駆逐することのないよう、今度はシステム側が「フリマならではの善意」をうながすようなアーキテクチャを構築し、一枚上手をいくことが求められている。

  • Thumbnail

    記事

    デフレ崖っぷちの韓国、文在寅がハマる「財閥改革」の罠

    る。「慰安婦問題」と書いたが、現状で「問題」化させているのは韓国側であることは言を俟(ま)たない。 経済政策的には、朴槿恵(パク・クネ)前政権が倒れた要因の一つともいえる、若年層を中心にした雇用の悪化をどうするのか、という課題がある。さらに雇用悪化が長期的に継続したことにより、社会の階層化・分断化が拡大している事実も忘れてはいけない。 韓国の若年失業率(15歳から29歳までの失業率)は11%を超えていて、最近は悪化が続く。全体の失業率は直近では4・2%であり、韓国の完全失業率が2%台後半と考えられるので、高め推移の状態であることはかわらない。韓国経済のインフレ目標は消費者物価指数で前年比2%であるが、インフレ率は前年同月比では1・9%(総合)と、目標を若干下回るだけで一見すると良好に思える。だが、この点がくせ者であることはあとで再び考える。 文政権の経済政策は、基本的に雇用の改善を大きく力点を置くものになっている。もちろん、政権発足まもないのでその実体は不明だ。だが、新しい雇用を公共部門で81万人、民間部門では50万人を生み出す、さらに最低賃金も引き上げるという文政権の公約は、主に財政政策拡大と規制緩和を中心にしたものになりそうだ。 公共部門で従事している非正規雇用の人たちを正規雇用に転換していくことで、雇用創出と同時に正規と非正規の経済格差の解消も狙っているという。これはもちろん賃金など待遇面での政府支出が増加することになるので、文政権の公約では、前年比7%増の政府支出を計画しているという。 韓国経済は完全雇用ではないので、このような財政支出は効果があるだろう。ただし完全雇用が達成された後で、膨れ上がった政府部門をどのように修正していくかは大きな問題になるだろう。だが、その心配はまずは現状の雇用悪化への対処がすんでからの話ではある。韓国「インフレ目標」のカラクリ 増税の選択肢は限られたものになるだろう。政府の資金調達は国債発行を中心にしたものになる。政府債務と国内総生産(GDP)比の累増を懸念する声もあるが、完全雇用に到達していない経済の前では、そのような懸念は事態をさらに悪化させるだけでしかない。不況のときには、財政政策の拡大は必要である。ただし文政権の財政政策、というよりも経済政策の枠組みには大きな問題がある。 それは簡単にいうと、「韓国版アベノミクス」の不在、要するにリフレ政策の不在だ。リフレ政策というのは、現在日本が採用しているデフレから脱却して、低インフレ状態を維持することで経済を安定化させる政策の総称である。第2次安倍政権が発足したときの公約として、2013年春に日本銀行が採用したインフレ目標2%と、それに伴う超金融緩和政策が該当する。 韓国でもインフレ目標が採用されている。対前年比で消費者物価指数が2%というのが目標値であることは先に述べた。この目標値は、15年の終わりに、従来の2・5%から3・5%の目標域から引き下げて設定されたもので、現状では18年度末までこのままである。韓国の金融政策は、政策金利の操作によって行われている。具体的には、政策金利である7日物レポ金利を過去最低の1・25%に引き下げていて、それを昨年6月から継続している。その意味では金融緩和政策のスタンスが続く。 だが、韓国の経済状況をみると、最近こそ上向きになったという観測はあるものの、依然完全雇用には遠い。さらに財政政策を支えるために、より緩和基調の金融政策が必要だろう。だが、その面で文政権関係者の発言を聴くことはない。どの国でも金融政策と財政政策の協調が必要であろう。特に韓国のように、最近ではやや持ち直している物価水準でも、実体では高い失業と極めて低い物価水準が同居する「デフレ経済」には、金融政策の大胆な転換が必要条件である。3月29日、米ニューヨークで新型スマートフォンを発表するサムスン電子幹部(聯合=共同) 日本でも長期停滞を、現在の文政権と同様に財政政策を中心にして解消しようという動きが10数年続いた。だが、その結果は深刻な危機の回避(1997年の金融危機など)には一定の成功をみせたものの、デフレ経済のままであり、むしろ非正規雇用の増加など雇用状況は一貫して停滞した。雇用の回復の本格化がみられたのは、日本がリフレ政策を採用しだした13年以降から現在までである。もちろんさらに一段の回復をする余地はあるが、金融政策の大きな転換がなければこのような雇用回復は実現できなかったろう。「スワップ協定がないと韓国経済破綻」という誤解 文政権の財政政策主導で、なおかつ現状の微温的な金融政策では、本格的な雇用回復とその安定化は難しいだろう。具体的には、韓国銀行はインフレ目標を3-4%の目標域に引き上げ、同時にマネタリーベース拡大を中心にした超金融緩和政策に転換すべきだろう。そのとき政府の財政政策の拡大は、より効率的なものになる。 つまり毎年いたずらに政府支出の拡大を目標化することなく、その雇用増加の恩恵をうけることができるはずだ。リフレ政策のようなインフレによる高圧経済が持続すれば、非正規雇用の減少が民間部門中心にやがて起こるだろうし、また現在の安倍政権がそうであるように最低賃金引き上げもスムーズに転換できるだろう。 だが、実際には金融政策の大きな転換の意識は、文政権にはない。むしろ民間部門を刺激する政策として、財閥改革などの構造改革を主眼に考えているようだ。だが、この連載でもたびたび指摘しているが、そのような構造改革はデフレ経済の解決には結びつかない。 韓国の歴代政権が、超金融緩和政策に慎重な理由として、ウォン安による海外への資金流出を懸念する声がしばしばきかれる。しかし超金融緩和政策は、実体経済の改善を目指すものだ。さらに無制限ではなく、目標値を設定しての緩和である。日本でもしばしば聞かれる「超金融緩和するとハイパーインフレになる」というトンデモ経済論とあまりかわらない。 私見では、リフレ政策採用による韓国の急激な資金流出の可能性は低いと思うが、もし「保険」をさらに積み重ねたいのならば、日本など外貨資金が潤沢な国々との通貨スワップ協定も重要な選択肢だろう。ただし、日本とは現状では慰安婦問題によりこの協議は中止している。通貨スワップ協定は、いわば「事故」が起きたときの保険のようなものなので、事故が起きない限り必要にはならないものだ。この点の理解があまりないため、「日韓通貨スワップ協定がないと韓国経済が破綻する」という論を主張する人たちがいるが、それは単なる誤解である。2016年8月、第7回日韓財務対話を終え、笑顔で言葉を交わす麻生太郎副総理兼財務相(左)と韓国の柳一鎬経済副首相兼企画財政相=韓国・ソウル(共同) ただし保険はあるにこしたことがない。特にリフレ政策を新たに採用するときには、市場の不安を軽減させるためには、日韓通貨スワップ協定は相対的に重要性を増すだろう。その意味では、慰安婦問題を再燃させる政策を文政権がとるのは愚かなだけであろう。もっともこの点は、日本側からすれば相手の出方を待っていればいいだけである。 ただし、そもそも文政権がリフレ政策を採用する可能性はいまのところないに等しい。その意味では、韓国経済の長期停滞、特に雇用問題が本格的に解消する可能性は低い。

  • Thumbnail

    記事

    徳川幕府の危機を何度も救った江戸時代版「3本の矢」の真実

    岡田晃(大阪経済大客員教授、経済評論家) 江戸時代は徳川幕府による長期政権が続いたが、決して平穏だったわけではなく、実は何度か幕府存続の危機に見舞われていた。それを乗り切り長期政権を築くことができた理由を経済的な側面から見てみると、①時代の変化に合わせた戦略転換②徹底した危機管理③幕府財政と国民生活を豊かにする成長戦略――の3つが浮かび上がってくる。いわば「江戸時代版・3本の矢」だ。 家康が幕府を開いて以後、最初に危機が訪れたのは、第3代将軍・家光が死去した1651年だ。周知のように家光は祖父の家康と父の秀忠が築き上げた徳川幕藩体制を完成させ、世の中も安定したかに見えていた。しかし、その家光が48歳の働き盛りで亡くなり、4代将軍となった家綱はまだ11歳だった。今日の企業経営になぞらえれば、代々の創業家社長が強いリーダーシップで「徳川株式会社」を大きくしてきただけに、前途に暗雲が立ちこめる事態となったのだ。皇居・東御苑にある旧江戸城の櫓「富士見櫓」=東京都千代田区 しかもそのころ、幕府に対する反感がひそかに広がっていた。関ヶ原の戦い以後、幕府が大名を次々と取り潰した結果、浪人があふれていたためだ。彼らの一部は、大坂の陣や島原の乱などに加わるといった、すでに社会の不安定要因となっていた。 家光の死去直後には、浪人グループが幕府転覆を企てたとされる由井正雪の乱(慶安の変)が起き、その翌年にも浪人が老中を暗殺しようとする事件が起きている。これら二つの事件は未然に弾圧されたが、幕府にとって重大な危機だった。 そこで幕府は、家光の異母弟である保科正之(会津藩主)が幼い将軍、家綱の後見役となり、その下で老中が幕政を執行するという集団指導体制に移行して、この危機を乗り切った。 政策転換も図られた。それまでのように大名を容赦なく取り潰す武断政治から、大名への統制を緩和し一定の配慮をする文治政治に転換した。戦国時代以来、当たり前とされてきた殉死の禁止にも踏み切った。 武断政治から文治政治への転換は、幕府の基本戦略そのものを転換したことを意味する。今日で言えば、時代の変化に合わせて企業がビジネスモデルを変えていったようなものだ。これがあったからこそ、徳川幕府がその後、長期間にわたって続くことができたのである。 2度目の危機は、1712~16年にやって来た。6代将軍・家宣が病死し(1712年)、唯一の後継ぎだった家継が5歳で7代将軍に就任した。しかし、その家継もわずか8歳で病死したのである(16年)。これで家康―秀忠―家光の子孫の男子は事実上だれもいなくなってしまった。 そこで、紀州藩主だった徳川吉宗が8代将軍に就任したのだった。吉宗は徳川家康の十男、頼宣の孫にあたるが、いわば徳川の分家の子孫という存在であり、普通なら将軍になれる立場ではなかった。しかし、家康が構築していた危機管理策のおかげで将軍に就任することができた。御三家体制の確立 では、家康はどのような手を打っていたのか。家康は長年苦労に苦労を重ね、60歳を過ぎてようやく天下統一を果たしたことから、徳川政権が未来永劫に続くことを願い、徳川政権を脅かす芽を徹底的に摘み取った。 大名の容赦ない取り潰しをはじめ、大名の妻子を人質として江戸に住まわせる、参勤交代や普請(現在の公共事業)などで経済力を弱める、外様大名を遠隔地に移封して幕政に参加させない代わりに石高は多くするなど、謀反を起こさせないように何重にも対策を張り巡らせた。 しかし、肝心の徳川家の血筋が絶えてしまっては元も子もない。そこで家康と、その遺志を受け継いだ秀忠が作ったのが御三家の体制だった。家康の11人の息子のうち、九男を尾張、十男を紀伊、十一男を水戸の藩主とした。もし将来、秀忠の子孫の血筋が絶えた場合に備えて、この御三家の中から誰かが将軍を継ぐことができるようにしたのだ。究極の危機管理策である。静岡市にある徳川家康公之像 吉宗の8代将軍就任は、その危機管理策が約100年後に効力を発揮したことを示している。吉宗が将軍になるにあたっては、次期将軍の座をめぐって尾張藩との争いがあったと言われているが、それも幕府存続を大前提とした中でのことであり、それほど御三家という危機管理策が浸透していたことがうかがえる。 吉宗が享保の改革などで幕府を立て直したことは良く知られるとおりで、それが徳川政権のさらなる長期化につながったことは明らかである。血筋の面でも14代将軍まで代々、吉宗の子孫が将軍となっている。もし御三家という危機管理策がなかったなら、名君・吉宗の登場と徳川の長期政権はなかったかもしれない。 第3は、成長戦略である。江戸時代の経済は成長と低迷を繰り返してきたが、大きな経済成長の波は3度あった。最初の経済成長は元禄時代(1688~1704年)、5代将軍・綱吉の時代である。 これは前述の武断政治から文治政治への路線転換がきっかけとなっている。世の中が安定して各藩主は領国経営に力を注げるようになり、農業生産が上昇した。人々の生活が向上すると余裕が生まれ、その中から文化や学問も発展した。いわゆる元禄文化である。今日で言えば高度経済成長、あるいはバブル経済といったところだろうか。 実は、元禄時代より少し前の時代、江戸は未曽有の大災害に見舞われた。1657年の明暦の大火(振袖火事)で、江戸の大半が焼け野原となり江戸城内にも燃え移り天守閣が焼失した。死者は10万人に及ぶと言われる。 幕府は前述の保科正之を中心に、江戸の復興に取り組んだ。延焼を食い止めるため各地の道路を拡幅し広小路を作った。現在も地名を残す上野広小路はこの時に作られたものだ。また、それまで幕府は江戸防衛の観点から隅田川にはほとんど橋を架けていなかったが、そのために大火の際に多くの人が川を渡って逃げることができず焼死したことから、現在のように川に多くの橋を架けた。 江戸はこうしてインフラ再整備と再開発が進み、復興を成し遂げることができた。これが元禄時代の江戸の繁栄につながったのである。しかし、元禄以後、経済は下降し始める。現代風に言えばバブル崩壊だ。 これには、綱吉の後を継いだ6代将軍の家宣と7代の家継時代の政策も影響している。家宣は生類憐みの令を廃止するなど、綱吉政治を否定する政策をとったが、その一環として貨幣の改鋳を行った。元禄時代に発行された貨幣は金銀の含有率を低下させていたため、将軍のブレーンだった朱子学者の新井白石は「公儀(幕府)の威厳を低下させるもの」と非難し、金銀の含有率を幕府開びゃく当初の慶長金貨並みに引き上げることを提言し実行した。アベノミクスの原点 しかし、それは時代に逆行するものだった。金銀の含有率を引き上げ、新貨幣の価値を保つため貨幣発行量を減少させた。いわばデフレ政策で、景気を冷え込ませる結果となった。 そうした中で登場したのが8代将軍・吉宗だ。吉宗の享保の改革は当初は、質素倹約、年貢の強化などで幕府財政の立て直しを図ろうとしており、いわばデフレ政策の継続が中心だった。 しかし、注目すべきなのは、途中から貨幣の金含有率を再び引き下げて貨幣の発行量を増やすインフレ政策に転換したことだ。デフレから脱却して緩やかなインフレをめざす――今日のリフレ政策、アベノミクスの“原点”とも言えるものだ。 吉宗はまた新田開墾、産業振興を奨励した。成長戦略の導入である。その結果、経済は再び上向き幕府財政も好転する。弱っていた幕府の政治的経済的基盤は強化された。これが江戸時代の経済成長第2の波だ。 吉宗の政策は、次の9代・家重と10代・家治にも引き継がれたが、その時代に実権を握ったのが田沼意次だ。田沼は印旛沼開拓や鉱山開発、蝦夷地開発などを進めるとともに、商業の振興や貨幣経済の発展を図った。長崎貿易を奨励して貿易による収入を増やす方針も打ち出した。田沼の政策は当時としてはかなり先進的で、成長戦略のメニューがそろっていたと言える。その結果、幕府の備蓄金は元禄時代並みの水準まで回復する成果をあげた。 田沼意次は「賄賂政治家」と言われるが、それは当時の反田沼派の批判キャンペーンによって過大に作り上げられたイメージだとの指摘が少なくない。結局、将軍・家治の死去とともに田沼は失脚し、成長戦略は頓挫する。 その後を継いだ11代将軍・家斉の下で老中に就任した松平定信は、田沼政治をことごとく否定し、経済政策においてもデフレ政策に逆戻りさせた。松平定信が行った寛政の改革は、3大改革の一つとして必ず教科書に出てくるが、実際には経済を停滞させる結果となったのである。 その松平定信もまた厳しすぎた政策が原因で失脚し、そのあとに3度目の経済成長の時代を迎えることになる。文化・文政年間(1804~30年)のことだ。元禄、吉宗・田沼時代、そして文化・文政の3度の経済成長期を経て、全国の農業生産は着実に増加していた。 ある推計によれば、全国のコメの生産量は元禄時代の2900万石から、1840年ごろには3400万石へと増加している。年率わずか0.1%余りの低成長だが、技術革新などがほとんどなかったこの時代に生産力向上が持続していたことは特筆に値する。このことが徳川長期政権を支える役割を果たしたことは間違いない。 江戸時代の経済繁栄は文化・文政時代が最後となった。文政の次の天保年間に幕府は老中・水野忠邦の下で天保の改革を行うが失敗に終わり、その後は幕末に向かって崩壊の道を歩むこととなる。幕府とは対照的に、同じ天保年間以後に薩摩や長州などの雄藩は藩政改革に取り組んで自力で経済力を向上させることに成功した。それがやがて明治維新につながったのだ。 「江戸時代版・3本の矢」によって長期政権を築いた徳川幕府だったが、最後の最後で、ペリー来航など時代の変化に合わせて戦略を転換することに失敗し、危機管理の効果も発揮できず、成長戦略も挫折してしまったのだった。逆に言えば、その「3本の矢」がいかに重要な役割を果たしていたかを物語っている。 

  • Thumbnail

    記事

    小泉進次郎が「こども保険」にこだわるホントの理由はアレしかない

    的に決まったといっていい。当時、複数の復興構想会議の委員に会ったが、いまでも印象に残るのは、「僕らは経済のことはわからないから」という発言だった。経済のことを理解していない人たちが、なぜか増税だけを最優先にかつ具体的に決めたというのはどういったことなんだろうか。 さらに時間が経過していくにつれてわかったことだが、この復興特別税での当時の与野党の連携は、民主党・自民党・公明党による「社会保障と税の一体改革」、つまりは今日の消費税増税のための「政治的架け橋」になっていたことだ。 つまりは、大震災で救命対策が必要とされる中、消費増税にむけた動きが震災後わずか2日後には本格化していたことになる。つまりは震災を人質にしたかのような増税シフトである。これが冒頭で書いた「非人道的な動き」の内実である。 実際、民主党政権はその政治公約(マニフェスト)の中には、消費増税のことは一切書かれていなかった。だが、この震災以降の増税シフトが本格化する中で、当時の野田佳彦首相(民主党、現在の民進党幹事長)は、自民党と公明党とともに消費増税を決定した。日本では社会と経済の低迷と混乱が続いていたにもかかわらず、ともかく消費増税だけは異様ともいえるスピードと与野党の連携で決まったのである。この消費増税は後に法制化され、第2次安倍政権のもと、日本経済を再び引きずり下ろす役割を果たした。その意味でも本当に「非人道的」であった。「こども保険」に潜むくせ者のスローガン さてこの動きと類似した消費増税シフトをいまの政治の世界でも見ることができる。自民党の小泉進次郎議員が主導する「2020年以降の経済財政構想小委員会」が発表した、いわゆる「こども保険」だ。現在の社会保険料に定率の増加分をのせて、それで教育の無償化を狙うスキームである。「こども保険」と呼ばれているが、実体はただの「こども増税」である。以下でも詐称を控えるためにも、「こども保険」ではなく、正しく「こども増税」と表記する。自民党の小泉進次郎衆院議員(酒巻俊介撮影) 小泉議員らの主張によれば、高齢者に偏重する社会保障体系を、若年層向けに正す効果があるという。この一見するとあらがうことが難しいようなスローガンではある。だが、これがくせ者であることは、冒頭のエピソードを読まれた読者はピンとくるはずだ。 消費増税シフトは、そもそも震災復興を契機に仕込まれ、そして社会保障の充実という名目で選挙公約を無視してまで導入された。この経緯を踏まえると、小泉議員らの「こども増税」は、消費税増税シフトを狙う政治勢力の思惑ではないか、と推察することは可能だろう。 もちろん「こども増税」自体が消費増税ではない。「こども増税」は、消費増税をより実現しやすくするための、政治勢力の結集に使われる可能性があるのだ。小泉議員は国民の人気が高い。いわば「ポスト安倍」候補の一人であろう。 現在の安倍政権は、首相の決断によって過去2回消費増税が先送りされた。さまざまな情報を総合すると、安倍首相の財務省への懐疑心はいまも根深いとみられる。なぜなら財務省は2013年の消費増税の決定時期において、「消費増税は経済に悪影響はない。むしろ将来不安が解消されて景気は上向く」と説明していたからだ。もちろんそのようなトンデモ経済論は見事に外れた。日本経済がいま一段の安定経路に入れないのは、この消費増税の悪影響である、と首相は固く信じているようだ。そのための二度の消費増税延期である。 このような首相の決断は、財務省を中心とする消費増税派からすれば脅威に思えるだろう。今後の消費増税は本当に実施されるのか、また10%引き上げ後も財務省が現段階で狙っていると噂される15%以上への引き上げの道筋が早期にめどがつくのかどうか、彼らは不安であろう。 ある意味で、ポスト安倍の有力候補としての力の結集、または現段階で安倍首相を与党の中で牽制(けんせい)する「消費増税勢力」が誕生した方が得策である、と消費増税派は踏んでいるのかもしれない。もちろん「こども増税は、消費増税を確実にするための前ふりですよね」と、小泉議員らにいっても即座に否定するだろう。だが、同時に思い出されるのは、数年前に復興構想会議のメンバーに「この増税路線は消費増税路線の一環ではないか」とただしたとき、「そんなことはない」と一笑にふされたことだ。今回はだまされたくはないものである。

  • Thumbnail

    記事

    文在寅政権になっても「財閥の呪縛」が続く韓国経済の悲哀

    加谷珪一(経済評論家) 韓国大統領選は事前の予想通り、「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が当選した。文氏は盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近だった人物であり、盧氏と同じく人権派弁護士出身である。文氏の経歴などを考えると、文氏の政権運営は、盧武鉉時代の再来となる可能性が高い。本稿では主に経済面に焦点を当て、文政権の政策と日本への影響について考えてみたい。 今回の大統領選は、文氏と野党第二党である「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)氏による事実上の一騎打ちとなった。実はこの2人は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領が当選した前回(2012年)の大統領選でも熾烈な争いを演じている。両氏は野党候補として立候補を表名したが、候補者一本化のため、安氏が出馬を断念した。 安氏はIT起業家として成功した人物で、政治不信が著しいといわれる若年層からの支持が厚いとされてきた。出馬を表明してから支持率が急上昇したものの、結局は息切れし、文氏にリードを許す結果となった。現代の若者の意識を体現しているであろう安氏が2度にわたって勝利できなかったという事実は、韓国社会を理解する上での重要なポイントとなる。 よく知られているように韓国経済は財閥とその関連企業に大きく依存している。中でも携帯電話など電子機器で圧倒的なシェアを持つサムスン電子の存在感は極めて大きい。サムスン電子の2016年12月期の売上高は約202兆ウォンであり、同社が生み出した付加価値は約82兆ウォンに達する。同じ年の韓国におけるGDPは1637兆ウォンなので、サムスン1社で全GDPの5%を生み出している計算になる。これに加えて財閥の関係会社や下請け企業が重層的な産業構造を形成しているので、韓国経済に対する財閥の影響力はさらに大きい。 極論すると現時点では、サムスンの経営が好調であれば韓国経済も成長し、サムスンがダメになれば韓国経済も下降するという図式になっている。リーマンショック後、世界経済の不振が続いたにもかかわらず、韓国が何とか成長を維持できたのはサムスンの競争力のおかげである。ソウル市ではためく韓国の国旗とサムスングループの旗 だが、経済運営が財閥に依存しているということは、国内のマネー循環も財閥中心になるということを意味している。経済が好調で財閥やその関係会社が潤っても、その恩恵はなかなか全国民にまでは回らない。韓国では格差が常に社会問題となっており、これが時に激しい感情となって政治を左右する。現代的でソフトなイメージを持つ安氏よりも人権派弁護士である文氏が勝つのは、弱者のための政策を国民が強く望んだ結果である。 では、文氏は反財閥的で左翼的な政権運営に邁進するのかというと、おそらくそうはならないだろう。先ほど筆者は、韓国は格差社会であると書いたが、日本でイメージされているほど韓国の格差は激しくない。 2016年における韓国の1人あたりのGDP(国内総生産)は約2万8000ドルと、徐々に日本に近づいている(日本は3万9000ドル)。11年における韓国の相対的貧困率(OECD調べ)は14.6%となっており、16.0%である日本よりもむしろ良好だ。 また、社会の格差を示す指標である「ジニ係数」を見ても、韓国は0.307、日本は0.336とほぼ同レベルとなっている。高額所得者による富の独占についても同様で、所得の上位10%が全体に占める割合は、韓国は21.9%、日本は24.4%とあまり変わっていない。 韓国は欧州各国と比較すれば、かなりの格差社会ということになるが、日本と比較した場合、それほど大きな差ではないというのが実情である。確かに韓国では格差問題は重要な政治テーマだが、それは財閥という一種の特権階級に対する反発というメンタルな部分が大きい。結局は韓国経済は政治より財閥 日本において格差解消や弱者救済が具体的な政策になりにくいのと同様、韓国でも急進的な格差是正策がスローガンとして掲げられることはあっても、現実的な施策にまでは至らないことが多い。 これは盧武鉉政権が格差是正という急進的スローガンを掲げながらも、財閥という韓国経済の基本構造に手をつけなかった(あるいは手をつけられなかった)という事実からもうかがい知ることができる。 一般的に盧武鉉政権は経済運営で失策が続き、これが企業出身である李明博大統領の誕生につながったと言われているが、必ずしもそうとは言い切れない。盧武鉉時代の後半はウォン高が進み、輸出に依存する財閥の経営が苦しくなったが、李明博政権では為替はウォン安に転じ、これが経済を下支えした。 続く朴槿恵政権も同様である。李明博政権以後、韓国の輸出は急激なペースで伸びており、2016年の輸出額は約66兆円と日本(約70兆円)に迫る勢いとなっている。これはサムスンなど財閥企業の業績が好調であることに加え、ウォン安がかなりの追い風となっている。韓国経済は結局のところ、政治的イデオロギーよりも財閥の経営状態と為替に左右される部分が大きいわけだ。大雨の中、支持を訴える「共に民主党」の文在寅候補=韓国・釜山(共同) 文在寅政権は、盧武鉉政権と同様、格差是正や反財閥を掲げながらも、経済的には従来と同じ路線を継続する可能性が高い。北朝鮮政策がどうなるのかという政治的側面を除外すれば、今後の韓国経済を左右する要素は、為替と米国経済ということになる。  日本と韓国を比較した場合、日本企業の方が高付加価値の製品を作っている割合は高いものの、基本的なビジネスモデルは類似している。日本や韓国は基幹部品を製造・輸出し、アジアや中国で製品として組み立て、最終的には米国市場で販売する。 トランプ政権の経済政策が効果を発揮し、米国の好景気が続けば、韓国経済もそれなりの水準で推移することになる。トランプ氏が掲げる減税とインフラ投資が実現すれば、理屈上、ドル高が進むので、これは韓国経済にとって追い風となる。リスク要因としては、やはり日本と同じく金利上昇ということになるだろう。 日本の場合、金利上昇の影響を受けるのは政府債務だが、韓国の場合には家計債務である。韓国は、政府の財政状況は良好だが、家計債務の比率が極めて高いという特徴がある。 ここで金利上昇が進むと家計の収支が苦しくなり、これが内需の低迷をもたらす可能性がある。低所得層のローン返済が滞れば、金融危機が発生するリスクもゼロではない。結局のところ、日本も韓国も、トランプ政権に左右されてしまうという点では似たような状況にある。

  • Thumbnail

    記事

    エンゲル係数、29年ぶり高水準が裏付ける「ニッポン貧困化」のウソ

    、エンゲル係数は上昇することにもなる。 エンゲルの法則は、戦前の日本社会でも話題になった。ユニークな経済学を当時展開していた、京都帝国大学(現京都大学)教授の高田保馬は、エンゲルの法則について興味深い分析を行っていた。 高田保馬は、論文「住居費の一研究」(1924年)の中で、大正後期の都市住民の住居費、食料費の動向について統計的な分析を行っている。高田は、生計費の内訳を、生存費(自己の生命を維持するための費用)、充実費(生活内容の充実のための出費)、誇示費(自らの社会的勢力を誇示するための費用)として区分している。 高田のユニークなところは、最後の誇示費を入れているところだ。彼はこれを、「世間的な対面を気にする際に必要な経費」としていて、所得の高い層ほど住居に対する出費が「安定的である」と主張した。この「安定的である」とは、所得の上昇に応じて、少なくとも住居費が低下することはない、という意味である。 むしろ、住居費には体裁を気にして下限が存在する、あるいは自分の社会的評価を住宅の質で見せびらかしたいという動機が作用して、できるだけ住居費にお金を割くだろう、と高田は考えていた。住居費の下方硬直性という現象だ。他方で、高田は食料費に関する支出については、エンゲルの法則に賛同していて、所得の上昇とともにエンゲル係数は低下すると考えていた。戦間期とタブる「失われた20年」 この高田の生計費の解釈は妥当だったろうか。1910年から1930年までの20年間(いわゆる戦間期)の日本の生計費の動向の中で、私は高田の分析を検証してみたことがある。戦間期の生活水準全体は一般的に上昇したといわれている。これがまず前提だ。 住居費に関しては、高田の見地からは所得と「正の相関」を持つことが予想される。「AとBが正の相関を持つ」という意味は、Aという現象が増加(低下)するときに、Bもまた増加(低下)している、というものである。ただしAが増えたからBが増えた、という因果関係ではないことに注意してほしい。「負の相関」は、正の相関とは違う関係を示している。こちらは、Aが増えるときに(減るときに)Bは減っている(増えている)というものだ。 日本の戦間期では、住居費に関しては、統計的に意味のある負の相関であった。この結果は高田の主張とは整合的ではない。つまり所得が向上しているときに、住居費の割合が低下しているのである。また生活水準が上昇していたとはいえ、この時代では家計の支出の約7割が食料支出であった。私の推計では所得が増加(減少)しても直接には食料支出に関係しなかった。つまりエンゲルの法則はこの時代には成立していなかったのである。 なぜエンゲルの法則に関する高田保馬の解釈をここでまず紹介したかというと、当時の日本の戦間期は今日と同じように長期のデフレ不況だったからだ。つまり最近までの日本の長期デフレ不況と類似しているからである。 ところで、最近のエンゲルの法則を適用した議論はどうだろうか。本当に所得が低下したから食費の割合が上昇したのだろうか。例えば、アベノミクスで私たちはより貧しくなったのだろうか。 答えはノーである。例えば、日本人一人当たりの生活水準はどうなっているだろうか。2012年の一人当たり実質国内総生産(GDP)は390万円だったが、16年にはこれが410万円超にまで拡大している。さらに今年は国際機関の推計では420万円を超えそうである。 一人当たりの所得水準が上昇しているのに、なぜ食費の割合が高くなっているのか。つまりエンゲル係数の上昇がみられるのだろうか。本当は、一人当たりの所得水準の伸び以上に私たちの生活は苦しくなっているのではないか、とアベノミクスの成果を否定したい人たちにこの意見が多い。エンゲル係数上昇が日本の貧困と結びつかない理由 だが、これは端的な誤解である。以下の図表を参考にしてほしい。※世帯主が60歳以上の世帯の割合は、全国消費実態調査の二人以上の世帯における割合 この図は総務省統計局の栗原直樹氏の解説記事「食料への支出の変化を見る(平成26年全国消費実態調査の結果から)」に掲載されていたものである。 「エンゲル係数の推移を見ると、平成元年から平成16年にかけて低下していましたが、平成21年以降上昇しています。これは、エンゲル係数が、世帯主が60歳以上の高齢の世帯では高い傾向があるため、高齢化に伴って高齢の世帯の割合が上昇していることなどが全体のエンゲル係数の上昇にも関係」している、と栗原氏は解説している。 人は高齢化すると、あまりいろいろなものにお金を使わなくなる。そのため高田保馬のいうところの生存費にあたる食費の割合が増加するのだ。当然エンゲル係数は上昇する。おしゃれに気を使い、積極的に社交の場に出る高齢者の方も増えているので、高田の誇示費にあたる支出も増えていいように思えるが、実際には高齢化は、「消費の保守化」と等しいようだ。高田保馬的にいえば、高齢化は充実費や誇示費を抑制していることになる。 エンゲル係数は基本的に高齢化の進展でこれからも上昇トレンドにあると思うが、その他の要因でも影響が起こる。代表例としては、所得が上昇すると外食が増えることでエンゲル係数がやはり上がる。共働き夫婦になると、外食やコンビニなどでの買い物も増える。このこともエンゲル係数の底上げに貢献しているだろう。 エンゲル係数が上昇していることで、日本がより貧しくなっているとはどうもいえないようである。 そもそも最近では、失業率の低下、有効求人倍率の改善も一段と進んでいる。パートやアルバイトの時給も都市部を中心に増加傾向にある。それだけではない。倒産件数や自殺者数の低下傾向もある。このようにわかりやすい範囲でも、経済状況が改善している中で、どうにかしてアベノミクス(その中核であるリフレ政策)を、「日本が貧しくなることに貢献している」と思わせたい人たちがいるようである。そのような人たちにとって、エンゲル係数の上昇は、かっこうの批判のための批判の道具なのだろう。