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    芸能界と新興宗教のただならぬ関係

    関係性を総論的に読み解き、宗教にすがる人間の本質に迫るのが最大の狙いだった。そして、シリーズ第二弾は芸能界と新興宗教。なぜ芸能人は深みにハマりやすいのか。その理由と背景に焦点を当ててみる。

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    「現世利益」を求める芸能界と新宗教の持ちつ持たれつの関係性

    ポッシブル/ローグ・ネイション」のワールドプレミア会場に現れたトム・クルーズ(ロイター) これまでも芸能人と宗教の関係はしばしばメディアに取り上げられてきた。戦後日本において主として取り上げられてきた教団は、創価学会、真如苑、霊友会、統一教会(家庭連合)、幸福の科学、モルモン教などである。 むろん芸能人の中には、伝統宗教の信仰を有する者もいると考えられるが、それらは社会的な関心がほぼ寄せられない。『新宗教事典』(弘文堂)は、マスコミが新宗教に関心を寄せる理由として、その社会的影響力の大きさと「事件性」の二つを挙げ、「マスコミが新宗教に抱く興味のあり方は、けっして宗教文化への関心といったような類のものではない。実態が不明瞭な集団に対する覗き趣味的な関心とでもいったものが主流を占める」と述べているが、芸能人と宗教の関係に寄せられる人々の関心には、確かにこうした傾向が認められる。 一方、事件や社会的問題にかかわる出来事が生じ、それに宗教が関係する場合、メディアが関心を寄せることは自然なことである。教団の側が芸能人を「広告塔」として積極的に利用する場合もある。 新宗教と有名人(広義の芸能人)との関係が戦後初めて取り上げられたのは、璽宇と元横綱の双葉山、名人棋士(囲碁)の呉清源の関係であるが、その契機は1946年に璽宇が東京の破滅予言をしたことによる。 1991年には講談社『フライデー』に対する幸福の科学の大規模な抗議運動(フライデー事件)が生じ、同教団と作家の影山民夫、女優の小川知子の関係が取り上げられた。1992年には、統一教会の合同結婚式に、歌手の桜田淳子、元新体操選手の山崎浩子、元バドミントン選手の徳田敦子が参加したことが話題となった。 オウム真理教の坂本堤弁護士一家「失踪」事件以降の疑惑報道においては、歌手の鹿島とも子が1994年に「芸能界引退・オウム出家」記者会見を開いたことが社会の注目を集めている。 このような状況に際して、しばしば「なぜ芸能人が(新)宗教にハマるのか?」というテーマが語られるが、芸能人がそうでない人々と比べ(新)宗教にハマりやすい傾向があるということは学術的には裏付けられていない。 一般的に、新宗教への入信の動機は、古くは「貧・病・争」(貧困・病気・人間関係のトラブル)のような剥奪状況で説明され、オイルショック期以降においてはそれに近代物質文明・合理主義に対する反発や「自分探し」のような説明も加わる。ファンと芸能人は信仰関係の一種 芸能人もそうでない人と同様、社会に生きる人間であることに変わりはなく、個人の状況によって新宗教に心惹かれ、入信する者もいれば、そうでない者もいるであろう。以上はいわゆる一世信者としての入信に関することであるが、新宗教の中には成立後一定以上の時間を経過している教団も多く、生まれたときからの信者(二世)が芸能人となることもある。つまり、芸能人が新宗教にハマるという状況を、そうでない人のケースと分けて考えられるか否か自体、明らかとは言えない。 それを前提に、あえて芸能人が新宗教に入信する、そうでない人とは異なる特殊要因を仮説的に考えてみるならば、まず芸能界での実力や成功は人気や運というつかみどころのないものに影響される部分が大きいと考えられており、成功に至る方法論・手続き論がその他の職業に比して不明瞭であることがあげられよう。 演技力や歌唱力やルックスが良いからと言って、売れるわけではないのが芸能界である。新宗教の特徴の一つは現世利益の強調であり、「どうすれば成功するのかわからない」状況にいる芸能人に対して、信仰に励めばよい結果が出るという新宗教の提示するオルタナティブな方法論が魅力的に映ることはありうる。 また、当該新宗教がすでに大きな規模を有している場合、新宗教共同体のネットワークが、芸能人をサポートできるファン層や芸能界内のツテ・コネを提供する世俗的ネットワークとなり得ることも芸能人と新宗教を接近させる要因の一つと考えられる。 以上のような仮説が一定の説明として成り立つことは、逆に、「あの芸能人がなぜ売れたのだ」という問いに対して、○○の信者だからだ、という説明が(実態はともかく)一定の説得力を持つことを同時に意味する。 アイドルという言葉がもともと「偶像」「崇拝される人や物」という意味を持つように、ファンと芸能人の関係は、信仰関係の一種ともいえる。芸能人はメディアを通じて我々の日常に近しくかかわりつつ、一方でその人物のすべてがわれわれに晒されることはなく、常に秘密を孕む存在である。近しくかかわりながら秘密を有する存在について、もっと詳しく知りたいと思うことは、人間の本能であろう。 そして本能によってもたらされる知りたいという人々の欲求に答えることは、メディアの本性である。インターネットの発達によって、マスメディアに依らない芸能人に関する情報が流通しやすくなった状況もある。 個人の信仰は基本的にプライバシーの領域に含まれるが、芸能人という存在は自らの公開性を飯のタネにすることによって成り立っているため、プライバシーの境界についての取り扱いが難しい。一般人の信仰が事件とのかかわりでもない限りほとんど社会的関心を呼ばないことに対して、芸能人の信仰が「事件性」とのかかわりがなくても人々の関心を呼び続けるのは、このような理由によるのである。

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    プリンスもMJも救いを求めた新宗教はいずれ「消滅」する

    島田裕巳(宗教学者) 芸能人が新宗教に多く入っているというのは、よく聞かれる話である。インターネットを検索してみると、そのリストを掲げているようなものもある。 これは、何も日本にだけ限られた現象ではなく、アメリカでも見られることである。 たとえば、2016年4月に急死したカリスマ的なロック・ミュージシャンであるプリンスの場合には、「エホバの証人」の信者になっていた。エホバの証人は、「ものみの塔」とも呼ばれるが、家庭を廻って伝道活動を行うことで知られている。2015年11月、音楽賞「アメリカン・ミュージック・アワード」の式典に参加したプリンス(AP=共同) プリンスは、鎮痛剤であるフェンタニルの過剰投与によって中毒死したという検視報告書が出されているが、彼は深刻な股関節の疾患を抱えていたとされる。ところが、エホバの証人では、よく知られているように、輸血を禁じているため、プリンスは鎮痛剤に頼らざるを得なかったのである。 ほかに、エホバの証人であったミュージシャンとしては、マイケル・ジャクソンのことがよく知られている。彼は途中で教団を離れるが、それ以前には、顔を隠して布教活動にあたっていた。 他に、SF作家であるL・ロン・ハバードが創始した「サイエントロジー」には、ハリウッド・スターのトム・クルーズやジョン・トラボルタが信者になっているとされる。 ただ、アメリカは、最近になって衰退の兆しも見えているが、一般的なキリスト教の信仰が広まっており、キリスト教の信仰をもつ芸能人は無数に存在する。ミュージシャンの場合には、神について歌うことも少なくない。 ロックの世界でも、神について歌うミュージシャンが少なくない。代表的なのは、ロックンロールの開拓者、エルビス・プレスリーで、彼は、ゴスペル・ソングをこよなく愛していた。エルビスは3度グラミー賞を獲得しているものの、すべてゴスペル部門においてである。売れっ子でも宗教に救いを求める理由 ロック・ミュージシャンの場合には、子どもの頃に音楽の才能を示すと、教会の聖歌隊やオルガン弾きにスカウトされ、そこでゴスペルに浸る。 後に、ヒット曲を飛ばして、スターにのし上がると、世界的にも有名になり、巨額の富を手にすることができるが、その地位を保つことは難しく、精神的に不安定になって、アルコールや薬物に依存することが多くなる。2006年11月、来日公演で華麗なギターテクニックを見せるエリック・クラプトン=大阪城ホール(河田一成撮影) そのとき、依存症から立ち直るきっかけを与えるのがキリスト教の信仰で、自らの罪深さを自覚することで、神の存在を改めて自覚し、子どもの頃に親しんだゴスペルの世界に回帰していく。 それが、一つのパターンになっており、一例をあげれば、演劇的なステージを展開するアリス・クーパーや、一時、「ディスコ・クイーン」として名を馳せたドナ・サマーなどが、このパターンをたどった。イギリスのミュージシャンだが、エリック・クラプトンも、その道をたどった。 さしずめ、覚醒剤の使用容疑で逮捕されたASKAが、日本ではなくアメリカで生まれていれば、この道をたどることで、薬物依存から立ち直ることができるかもしれない。 日本の場合には、キリスト教が社会的に広まっていないため、神のことを歌うミュージシャンはいないが、アメリカでは、「クリスチャン・ロック」が一つの分野として確立されている。 日本の芸能人が、宗教に救いを求めようとするのは、やはり、その立場が不安定だからである。今は売れっ子でも、いつか人気を失い、仕事もなくなるかもしれない。売れっ子になって、一度いい目にあっていれば、かえって不安は増大していく。 しかも、日本の場合には、組織社会であり、多くの人たちがなんらかの組織に所属し、そこに、経済的な基盤を求めるだけではなく、心の拠り所を求めている。 ところが、芸能人には、この組織が存在しない。芸能事務所は、マネジメントを担ってくれるだけで、通常の組織とは異なる。芸能事務所は、なんとか仕事をとってこようとするが、それも、その芸能人に売る価値がある間のことで、それを失ってしまえば、積極的には仕事を開拓してはくれなくなる。創価学会に「隠れ信者」は存在しない 戦後、日本で新宗教が爆発的に伸びたのは、高度経済成長によって、地方から都市部への大規模な人口の移動が起こり、都市部には、地方にはあった人間関係のネットワークを外れた人間が大量に生まれたからである。そうした人間たちを、新宗教は組織の力で救ったのである。 現在の企業は大きく変容し、非正規雇用も増えてきたが、昔は、終身雇用、年功序列を基本とする「日本的経営」が特徴で、社員の冠婚葬祭までもになっていた。つまり、企業は一つの「村」だったわけである。 地方の村から出てきた人間が、企業という村に組み込まれれば、安心感を得ることができたが、芸能人にはその村がなかった。そこで、新宗教に村を求めたのである。 ただ、最近ではたいぶ様相が変わってきている。 たしかに、今でも新宗教に入っている芸能人はいるし、創価学会に所属するタレントが多く出演しているテレビ番組などもある。 だが、最近では、新宗教に入っている芸能人のリストなども更新されなくなったし、若い芸能人が入信しているという話も聞かなくなった。 それは隠れているだけだと言う人もいるかもしれないが、たとえば、創価学会の場合、支部の集まりなどに出て公然とした活動を展開しなければ、入信している意味がなく、周囲の信者からも仲間とは見なされない。「隠れ信者」など存在しないのだ。 そこには、私が『宗教消滅』(SB新書)でも指摘したように、新宗教の全般的な衰退という事態が関係している。新宗教の教団は軒並み信者数を減らし、この20年間で半減しているところが少なくない。 創価学会にしても、高齢化が進んでいるし、若い会員は年配の会員に比べて、熱心には活動しない傾向がある。 唯一、新宗教のなかで伸びているのは真如苑だが、ここは、組織としての活動が弱く、従来の新宗教と同列に扱うことができない。 その点で、芸能人も、現在では宗教にすがらなくなっていると言えよう。新宗教は組織活動の場を提供することで、心の拠り所となってきたが、現代の人間は、組織活動を嫌う。芸能人なら、なおさらその傾向が強い。新宗教の時代は、基本的に終焉に向かっているのである。

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    「おまえの生き方が悪い!」ストイックな教義に芸能人がハマる理由

    た経験は、作家として、仏法を説く立場として、私の貴重な財産になっている。 また週刊誌記者時代、多くの芸能人たちにインタビューした。芸能界は「一夜明ければシンデレラ」という〝オセロ的人生〟が珍しくない。視点を変えれば、努力が必ずしも成果に直結しないということにおいて、常に不安と二人三脚でもあるということだ。芸能人やミュージシャンが新興宗教や自己啓発セミナーなどにハマり、世間の耳目を集めたりするのは、彼らが置かれた立場を考えれば理解できる。 これまでのそうした経験を踏まえ、以下、私の「体験的新興宗教論」である。新興宗教の定義はさまざまあり、真摯に活動している教団も少なくないが、私が論じる新興宗教とは、「神・仏・霊」を引き合いにする「カルト的・ビジネス的教団」の総称であることをお断りしておく。 まず、いかにして信者を獲得するか。心理術から見た事例からご紹介しよう。 東日本某県の仏教系霊能教団で、こんな光景を目にした。線香の匂いが立ちこめる薄暗い一室で、中年女性が男性教祖に切々と夫の浮気について悩みを訴えていたときのことだ。黙って聞いていた教祖がスーッと腕をかざしたかと思うと、女性をピタリと指さして、「その肩に水子が二体!」凛とした声に、女性がハッと息を呑む。図星だったのだろう。すがりつくような目で、相談者が教祖を見た。 この教祖は相談者が女性の場合、「水子が二体!」をやる。外れたら相談者はあきれて二度と来ないが、もし当たったら虜になる。ズバリと言い切るのがポイントで、繰り返していれば何人かは当たる。その上で「供養すれば、あなたは救われる」と展開していくのだ。 あるいは、都内の神道系新興教団でのことだ。子供の病気相談に来た女性に、初老の女性教祖は神前に手を合わせてから、厳かに告げる。「5代前のご先祖が、不成仏霊になってさまよっています」 相談者の顔に安堵の色が浮かんだ。 ポイントは、病気の原因は「不成仏霊」であって、「あなたは悪くない」にある。「これに相談者は救われるんです」――とは、元広告代理店で働いていたという教団の参謀役の弁である。 ブラジルはカソリック大国として知られるが、ここに進出した新興教団は「よりよいカソリック教徒になるために」という〝大義〟を掲げて布教した――と、現地に赴いた私に旧知のメディア幹部はあきれてみせた。「ここまでやるか」ではなく、ここまでやるからビジネスとして成立するということになる。 このほか、「おまえの生き方が悪い!」と罵倒する教祖もいる。〝ストイックな教義〟で精神的に追い込むため、信者を「落とす」(退会)ことが少なくないが、ハマれば熱烈な信者になる。不確かな不安の正体 一方、新興宗教にのめり込む側はどうか。 「明日は不確かなものである」という〝人生の真理〟を生きる私たちは、常に不安がつきまとう。雇用をめぐる諸問題から子育て、年金、健康……等々、不安だらけだが、その正体をつきつめていけば、「明日」という不確かな近未来に対する漠然とした不安であることがわかる。だが、どんな苦しみも、「一年後に解放される」とわかっていれば何とか耐えることができる。すなわち、苦しみの正体は「現在の苦」にあるのではなく、「この苦しみがいつまで続くのか」という「不確かな明日」にあるのだ。 不安から逃れる方法の一つは「努力」だ。スポーツ選手は練習に練習を重ね、「これほど苦しい練習をしてきたのだ」と自分に言い聞かせることで不安をねじ伏せようとする。ルーチンという儀式を通じて、気持ちを平静に保とうとする選手もいる。ビジネスパーソンであれば、努力してスキルを磨き、上司との人間関係に心を砕くだろう。 苦しいのは芸能人だ。「一夜明ければシンデレラ」という僥倖に恵まれるということは、スポーツ選手やビジネスパーソンのように、目標に向かって階段をよじ登っていくような努力が通じにくいということでもある。暖簾に拳を打ち込むようなもので、努力が実感を伴う成果としてハネ返ってこない。スターになれたとしても、人気という不確かなものに支えられている以上、不安から解放されることはない。 週刊誌記者時代、有名力士と女性人気歌手の対談を私が担当したとき、歌手はこんなことを言った。「お相撲さんはいいですね。稽古して強くなれば勝てるんですから。芸能界はそうじゃない。努力したからといって勝てる世界じゃないんです。それが苦しい」 だから芸能人は新興宗教に走る――と言えば短絡に過ぎるが、不安を努力で打ち消すことができない立場や状況に置かれれば、神・仏・霊といった新興宗教に救いを求めたくなる気持ちは理解できるだろう。すなわち、芸能人が抱えるであろう不安は、私たちが苛まれる不安の象徴であると、私自身は捉えている。 いま韓国は「崔順実スキャンダル」に揺れている。母親を狙撃事件で亡くした傷心の朴槿恵に、崔順実の父・崔太敏が「私の霊的能力を通じて母親に会うことができる」と言って篭絡したと伝えられる。「人の心の弱さ」は、一国の大統領も、芸能人も、そしてこの私たちも等しく抱えるものであることに、あらためて気づかされる。 明日に不安を感じ、新興宗教の〝救い〟に気持ちが動いたとき、「心の弱さを、わが身に問いなさい」と私は説法で言う。心の弱さを認めることこそ、心を強くする唯一の方法であると、逆説的に考えるのだ。

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    山本リンダ、久本雅美らが大幹部 創価学会芸術部の存在意義

    俳優や歌手ら有名タレント会員が多く所属している。その実態を探った。 芸術部の発足は1962年。芸術・芸能を生業としているメンバーで結成され、すでに50年を越える歴史を持つ。部員数は非公表だが、約1万人いると推測される。文化本部にはほかに、ドクター部(医師など)、学術部(学者など)、文芸部(作家など)がある。 芸術部にはタレント、芸能人のほかに、音楽家や舞台俳優、茶道や華道、日本舞踊などの伝統芸能の担い手、裏方など、幅広い分野の人々が所属しているという。タレントの久本雅美 メンバーとしてよく知られるのは、芸術部女性部長を務める歌手の山本リンダ(63歳)、女優の岸本加世子(53歳)、お笑いタレントの久本雅美(56歳)だ。ほかにミュージシャンでTM NETWORKのメンバー・木根尚登(57歳。副芸術部長)や、柴田理恵(55歳。芸術部中央委員)が所属している。 彼らが一堂に会する芸術部総会は、まれに本部幹部会と合わせて開かれることがある。2009年1月9日付「聖教新聞」には、先に挙げたメンバーを含む芸術部員が整列し、本部幹部会で合唱している場面が紹介されている。 彼らはまた、「聖教新聞」や青年部の機関紙「創価新報」にインタビューや対談記事で登場することがある。ミュージシャン・高橋ジョージ(56歳)は2014年3月19日付「創価新報」で一般会員との対談に臨み「俺にとって、その(歌を伝える生命力の)源泉は、信仰であり、学会活動」と述べている。 創価大学の落語研究会出身で芸術部員のお笑いコンビ、ナイツは市販されたパンフレット『SOKA2011』(聖教新聞社刊)に登場。「なるほど創価学会」というコーナーで案内役を務め、「どんな教えを信仰しているか」「聖教新聞はどんな新聞か」「座談会では何をするか」などの質問に答えている。 機関紙など学会系メディアに頻出する、テレビなどでお馴染みの芸能人たち。彼らの学会における役割とは何か。 芸術部の結成記念日にあたる3月8日付「聖教新聞」社説(2014年)では芸術部について〈浮き沈みの激しい世界で、たくましく生き抜くメンバーが、自身の信仰体験を語り、学会理解の輪を大きく広げている〉と、彼らが学会内部で果たす役割について触れている。  宗教学者の島田裕巳氏は、タレント学会員を「内向きの存在」とみる。「かつては芸能人信者を教勢拡大のための“広告塔”と見る向きがあったが、現在ではあまりそうした効果はない。創価学会に限らず、新宗教はどこでも信者数が伸び悩んでいる。 そうした中で、学会のタレント信者はむしろ、身内の学会員を激励する役割を果たしている。たとえば学会のプロスポーツ選手が活躍すれば、聖教新聞などで大きく取り上げられる。仲間の活躍は学会員にとって誇らしいこと。一般の学会員を勇気づけるだろう。組織全体が内向きになっていると見たほうがいい」(島田氏)※SAPIO2015年1月号■ 参道・鳥居の“真ん中”は神様の通る道なので歩いてはダメ■ 金沢の「トイレの神様人形」 良縁にご利益あると女性に人気■ 関ジャニ∞ 丸山は嘘つきの神、安田はトイレの神様との談■ 母娘確執を乗り超えた 松田聖子、辺見えみり、泰葉のいま■ 植村花菜 「祖母との思い出」が名曲『トイレの神様』を生んだ

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    ベッキーは「無宗教」だから図太い? 干される恐怖と芸能人の信仰心

    信仰心は悪質なカルト団体に付け入るスキを与えるほどに、心の弱さの克服や依存心でもあるわけだが、日本の芸能人にやたら信者が多いのは、彼らが弱いからなのだろうか。一見して芸能人は誰よりもド派手な舞台で煌びやかに振舞う勝ち組の象徴みたいな存在だ。そこそこ成功すれば一般的な勤め人ではとても手にできない大きな報酬を手にすることができる。一方、その立場の危うさに満ちているのが芸能界でもある。足を引っ張りあうから寄り添う仲間が欠かせない2016年10月、ラジオの生放送のためにTOKYO FMに入り、報道陣に一言あいさつするベッキー(蔵賢斗撮影) 日本の芸能界はもともと芸能プロが暴力団組織の直属にあった背景から、タレントが所属事務所との力関係で隷属的になっている。どんなに売れっ子でも、業界の有力者を敵にすればすぐに「干される」異様な世界。一般社会ではありえないような「業界追放」は、タレントたちをもっとも恐れさせるものだ。それは「売れている」のではなく「売れさせてもらっている」からでもある。 バラエティ番組の収録現場ではスタッフが身の回りの世話を焼いてくれ、送迎やヘアメイクまでケア、収録はおよそ非現実的な金ピカのステージに上げてもらいスター扱いしてくれる。筆者のような無名ジャーナリストでもテレビ出演時は丁重に扱われるのだから「こりゃ勘違いする人が増えるの当然だわ」と思ったりする。 しかし、そんなステージに上がっても実際には自分のスキルが急にアップしているなんてことはない。各ゲスト出演者は程よくコメントさせる司会者の手腕と、ディレクターが書いた台本に乗せられているだけである。その世界で確かな成功をするのは、チャンスを得た間に浮かれずスキルアップできた一部の人だけで、多くは大成功した錯覚に陥って浮かれてしまい、次の瞬間にはお役目終了となっている。その浮き沈みの激しさを体感すれば戸惑いを持たない方がおかしい。 一般社会でなら「ひとりでも営業をこなせるようになったぞ」とか「やっと一人前の仕事がこなせるようになった私」とか、仕事で身に着けたスキルの成果を自覚できるが、芸能人の場合はその目安を把握するのが難しく、ピコ太郎のように急に世界的スターになったタレントも、自分の実力と評価のアンバランスさに驚いている。こんな世界でまったく病みもせず続けられる人は、相当に図太い神経の持ち主。世間に犯罪者のごとくバッシングを受けてもメディアの前にニコニコ顔で出てこられるベッキーのような人種は、むしろ信仰なんぞ不必要な話で、実際に彼女は過去、無宗教を公言していた。 梅沢富美男は先日、情報番組で「芸能界に友達なんていない。みんな足を引っ張りあってますから。人を蹴落としてでも自分が出るのが芸能界」と言い切っていたが、そのとおりだ。番組内で和気あいあいやっているのはあくまで収録時だけ。終わった途端、軽い会釈だけしてスタジオからさっさと消えていくタレントの方が圧倒多数だ。 そんなわけで、宗教に依存するタレントたちを怪訝な目で見る人も多いだろうが、そのタレントたちはむしろ我々一般人に近い心の弱さを持っている人々といえる。おそらくは宗教にもさほど詳しくはないはず。組織に属さなくても信仰はできるところ団体活動をしているのは、寄り添う仲間が欠かせない弱者的スタンスがあるといえるかもしれない。

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    辺見マリが騙された「洗脳詐欺」 安心させる3つのテクニック

     「この中で、私は絶対に洗脳なんてされないと思っている人いる? その人はもう洗脳の入り口にいます。危険よ」──。9月14日放送の『しくじり先生』(テレビ朝日系)に出演した辺見マリ(64才)は、『あなたが洗脳されて人生を棒に振らない授業』というテーマに“先生役”として臨み、開口一番こう言い放った。 辺見が過去の「洗脳詐欺騒動」についてテレビで洗いざらいしゃべるのは、これが初めてのことだった。彼女が奪われた金は実に5億円。いまだに1円も戻ってきていないという。離婚会見をする辺見マリ=東京・赤坂・TBS 1969年に歌手としてデビューした辺見は1972年に西郷輝彦(68才)と結婚。長男と長女・えみり(38才)をもうけるも、1981年に離婚した。 慰謝料はなく仕事も激減するなか、周囲からの「辺見マリってもう古くない?」という声に落ち込み、精神不安が長く続いた。 そんな辺見にマネジャーがかけた言葉が彼女の人生を一変させた。「ぼくの知り合いで神様と話せる人がいるんですけど、会ってみませんか」。1988年、辺見が37才の時のことだった。 辺見が紹介されたのは、祈祷や霊視などで人の悩みを解決する「拝み屋」のKという女性だった。指定された都内ホテルに赴いた辺見を、Kは夫と子供と共に家族で出迎えたという。「Kは当時42才くらい。普通のおばさんでした。私は構えていました。壺を買わされる? お札を買わされる? でも、実際は違いました」この時、Kは神様のことは一切口に出さず、辺見の悩みや不安に黙って耳を傾けた。安心した辺見はKに頻繁に相談するようになっていった。感謝の気持ちとしてお金を渡そうとしても、Kは拒否し続けたという。・家族を帯同する・神様の話をしない・悩みを否定せず聞く これらはすべて相手を安心させるためのKのテクニックだったのだが、当時の辺見が見抜けるはずもなかった。 ある日、いつものように相談に訪れた辺見にKはいきなり「神様の声が聞こえました。娘さんの目が見えなくなりますよ」と言ったという。帰宅後、辺見がえみりの視力を測ると1.5から0.1に低下していた。他にも家族しか知らない話を次々と言いあてられた辺見は、徐々に「本当に神様の声が聞こえているのかもしれない」と思い込むようになった。 この時を境にKの金銭要求が始まった。「他ならぬ神様がお金を欲している」──。相談のたびに1万~2万円を払わされるようになり、いつしか要求される金額も跳ね上がっていった。「このままだと子供がグレる。10万円払えば救える」と言われれば、あっさり支払うほど心酔していた。日本脱カルト協会代表理事で、霊感商法に詳しい立正大学心理学部の西田公昭教授が語る。「家族のことを次々と当てていったのは、近い人物からあらかじめ情報を入手していたと考えられます。最初から彼女をだますつもりだったんでしょう。しっかり者で現実主義的な人ほど、予言の的中といった不思議な出来事に遭遇すると、普通の人以上に動揺し、一気にのめり込んでしまうんです」 辺見はいつしか100万円単位の金を渡すようになっていったという。※女性セブン2015年10月8日号■ 参道・鳥居の“真ん中”は神様の通る道なので歩いてはダメ■ 金沢の「トイレの神様人形」 良縁にご利益あると女性に人気■ 関ジャニ∞ 丸山は嘘つきの神、安田はトイレの神様との談■ 母娘確執を乗り超えた 松田聖子、辺見えみり、泰葉のいま■ 植村花菜 「祖母との思い出」が名曲『トイレの神様』を生んだ

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    そしてSMAPは「伝説」になる

    国民的アイドル、SMAPがきょう解散する。所属事務所のお家騒動やメンバーの確執など解散に至る経緯は複雑だったが、グループとしての5人の活躍を願うファンの想いはどこまでも温かく、一途だった。時代を駆け抜けたSMAPは、平成ニッポンに何をもたらしたのか。ついに「伝説」となる彼らの足跡をたどり、解散後の未来を占う。

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    「SMAPノムコウ」にも、きっと何かが待っている

    ていたからであり、その集合体としてのグループが輝いていたからだ。 2017年から、「SMAPのいない芸能界」、そして「SMAP不在の時代」が始まる。寂しいことではあるが、ファンはもちろん、業界もまた受け入れるしかない。そして、慣れていくしかない。 その一方で、5人の新たな活躍を見る楽しみが待っていると思いたい。ただし、乱暴な予想としては、5人とも「ソロ歌手」という選択はしないだろう。音楽的に、個人でSMAPの実績を超えるのは、かなり難しい。むしろ音楽以外の場、タレントや俳優としての活動が中心になるはずだ。キムタクドラマから木村拓哉ドラマへ まずは木村拓哉だが、今後、ますます演技力に磨きをかけるだろう。その萌芽は、すでに2015年春のドラマ『アイムホーム』(テレビ朝日系)にあった。これは、いわゆる“キムタクドラマ”ではなかったのだ。脚本も演出も脇役も、ひたすら木村をカッコよく見せることだけに奉仕するのがキムタクドラマなら、この作品は違った。そこにいたのは“キムタク”ではなく、一人の俳優としての“木村拓哉”だった。俳優・草彅剛とMC・稲垣吾郎の展開 主人公は、事故で過去5年の記憶を失った家路久(木村)。なぜか妻(上戸彩)や息子の顔が白い仮面に見えてしまう。彼らへの愛情にも確信がもてない。その一方で、元妻(水野美紀)と娘に強い未練をもつ自分に戸惑っている。 原作は石坂啓の漫画で、仮面が邪魔して家族の感情が読み取れないというアイデアが秀逸だった。その不気味さと怖さはドラマで倍化しており、見る側を家路に感情移入させる装置にもなっていた。 自分は元々家庭や職場でどんな人間だったのか。なぜ結婚し、離婚し、新たな家族を持ったのか。知りたい。でも、知るのが怖い。そんな不安定な立場と複雑な心境に陥ったフツーの男を、木村拓哉がキムタクを封印して誠実に演じたのが、このドラマだ。 何より木村が、夫であり父でもあるという実年齢相応の役柄に挑戦し、きちんと造形していたことを評価したい。今後は、顔の細部を動かすようなテレビ的演技だけでなく、たたずまいも含め、全身で表現できる役者を目指してもらいたいと思う。 年明け早々に始まる医療ドラマ、TBS日曜劇場『A LIFE〜愛しき人〜』が、旧来の“キムタクドラマ”の延長にあるのか、それとも“木村拓哉ドラマ”の確立となるのか。当面の試金石だろう。俳優・草彅剛とMC・稲垣吾郎 木村と同様、俳優としての才能を生かしそうなのが草彅剛だ。2016年1月クールに放送された『スペシャリスト Specialist』(テレビ朝日系)に注目したい。 無実の罪で10年間服役していた刑事・宅間(草彅)という設定が意表をついていた。刑務所で学んだ犯罪者の手口や心理など、いわば“生きたデータ”が彼の武器だ。 草彅は、飄々としていながら洞察力に秀でた主人公を好演。また、ひと癖ある上司(吹越満)や、勝手に動き回る宅間に振り回される女性刑事(夏菜)など、脇役陣との連携も巧みだった。 年明けの1月クール、草彅は『嘘の戦争』(フジテレビ系)で主演を務める。冤罪だった父親のために詐欺師となって復讐を果たす男の役だ。誠実そうな風貌の草彅だからこそのキャスティングであり、そのギャップをどれだけ見せられるかが勝負だ。 3人目は稲垣吾郎である。三谷幸喜監督『笑の大学』(2004年)や三池崇史監督『十三人の刺客』(2010年)、また今年春のドラマ『不機嫌な果実』(テレビ朝日系)などが印象に残る。いずれも、いわゆる主演ではないものの、しっかりと存在感を示していた。 中でも、『十三人の刺客』が強烈だった。稲垣は役所広司たち刺客の敵であり、悪役である将軍の弟。この“狂気の人”を、想像以上の迫力で見事に演じていたのだ。今後も、稲垣の持ち味を生かせる役柄であれば、主役・脇役を問わず出演すべきだと思う。 また同時に、ブックバラエティ『ゴロウ・デラックス』(TBS系)で見せる、実に自然体なMCがとても魅力的だ。今月放送された、みうらじゅんと宮藤官九郎がゲストの前後編でも、これだけ個性の強い面々を相手に、自分を見失わず、しかも自分の性癖さえ適度にはさみみ込みながらトークを展開していた。これは立派な才能であり、今後はもっと活用すべきだ。不透明な香取慎吾と、中居正広の「兄貴路線」不透明な香取慎吾と中居正広の兄貴路線 そして香取慎吾だが、実は5人の中で、今後が一番見えにくい。NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年)や、『薔薇のない花屋』(2008年、フジテレビ系)での好演は記憶にあるが、2016年夏のTBS日曜劇場『家族ノカタチ』は、あまり感心できなかった。 繰り返される「結婚できないんじゃなくてしないんだ」という台詞が象徴するように、こだわりが強くて独身ライフを謳歌(おうか)しているという設定が、阿部寛主演の『結婚できない男』(フジテレビ系)とイメージがダブったのは仕方ないにしても、香取演じる独身男は、他人を拒否し、いつもイライラしていて不機嫌な人にしか見えなかった。 もちろん脚本や演出に従っただけかもしれないが、香取が俳優としてどのように進んでいきたいのかが、見る側に伝わってこなかったのだ。 あとは、テレビ朝日系『SmaSTATION!!』(スマステーション!!)のようなバラエティーということになるが、今回のSMAP解散への過程を経て、どこか香取自身が以前と比べて楽しんでいるように見えない。むしろ痛々しささえ感じてしまい、視聴者側も手放しで楽しめなくなっている。年が明けたら気分を一新し、今後の方向性を打ち出していって欲しい。 最後は中居正広だ。ドラマ『ATARU』(2012年、TBS系)は、主人公の特異なキャラクターが功を奏して適役だった。しかし、その後の『新ナニワ金融道』(2015年、フジテレビ系)などでの演技は、あまり進化しているように見えず、困った。SMAPのメンバーがNHK紅白歌合戦の番組担当者に宛てた文書 恐らく今後も、俳優としてより、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)など自身の冠バラエティーで活躍していくのではないか。今年、「ベッキー復帰問題」で見せた、芸能界の“ちょっとヤンチャな愛すべき兄貴”といったポジションも悪くないだろう。ただし、キャリアとしては実質的な大物になっているだけに、逆に大物風の言動にならないよう、気をつけたい。SMAPノムコウ 2016年1月、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)で行われた異様な“生謝罪”に象徴される、後味の悪い独立騒動。そして、どこかスッキリしないまま、終幕を迎えた解散劇。 この1年で、5人のイメージは明らかにダメージを受けた。かつてのように、素直に彼らを見て楽しめない“しこり”が残ってしまった。どんなに取り繕っても、それは事実だ。 今後、5人はそれぞれに、この現実を踏まえて芸能活動を行っていくことになる。いや、実際の活動を通じて、イメージを回復し、しこりを解消していこうと努力するだろう。 “夜空ノムコウ”には明日が待っていたが、“SMAPノムコウ”にも、きっと何かが待っているはずだ。たとえそれが、「あのころの未来」とは違っていたとしても。

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    SMAPは永遠なれど、最後まで解散を語れなかった「大人の事情」

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント) 2016年は政治や経済だけでなく、芸能も含めてさまざまなニュースが飛び交った激動の1年であったが、その中でも365日ほぼ欠かさず話題に上ったのはSMAPだけと言っても過言ではないだろう。解散危機のニュースに始まり、そして大みそかにグループとして本当の解散を迎え、SMAPは結成からおよそ28年、デビュー25年の活動に終止符を打つ。最後の最後まで話題を独占することになる。 「最後の砦」と期待された『SMAP×SMAP』(フジ系)が終わり、『紅白歌合戦』(NHK)出場辞退で、SMAPがSMAPとしてステージにそろうことはもうなくなった、全国のファンからは嘆きも乾くほどのため息が漏れているようだ。 こうしたSMAP解散騒動の裏でジャニーズ事務所に関する悪いニュースも続いている。所属グループやタレントのファンクラブを運営する「ジャニーズファミリークラブ」の会員規約をめぐって消費者団体から一部不適切との指摘を受けた。最も問題にされているのはコンサートチケットだ。抽選であるにもかかわらず、申し込み時に代金を支払い、抽選に漏れて購入できなかった場合は振込手数料を差し引いたうえで返金するという仕組み。確かにファンが何の得もなく損だけしているのに、ジャニーズ側は得しかしないというのは、規約上に無理があるというわけだ。(イラスト・不思議三十郎) さらに、興行活動していないSMAPのファンにしてみれば、会員であることのメリットは何もない。ファンクラブの存在自体厳しい状況で「この会費は一体何のための費用か」と多くのSMAPファンが疑問を抱いている。ただ、その一方でSMAPの代表曲で国民的ソングとなった『世界に一つだけの花』は、販売枚数300万枚突破という歴史的売り上げを達成した。それは解散阻止の願いを込めたファンの購買運動のたまものであり、怒りと喜びが交錯する複雑な心情がうかがえる。 では、ジャニーズ首脳はどうだろうか。騒動が勃発した当初、寝耳に水のとんでもない解散話にあわてた様子だったジャニー喜多川さんは、とっくに諦めていて、もはやSMAPというグループ自体を亡きものとして扱っているようだ。メリーさんも、森且行が辞めた時「森は最初からいなかった」と言っていたが、SMAP解散についても同様に見事にスイッチが切り替えられていることだろう。解散騒動は大きな痛手ではない ジャニーさんやメリーさんが楽観的なのは、今回のSMAP解散騒動はジャニーズ事務所にとってそんなに大きな痛手ではないからだ。SMAPというグループがなくなり、木村拓哉を除く4人が独立したとしても営業面、収益面で何ら困ることはないだろう。解散後もSMAPの売り上げは継続し、音楽・映像の印税、肖像権や著作権の使用利益で、十億級の収入が恒常的にもたらされるのはほぼ間違いない。 曲が使用されるたび収益が上がる印税システムは著作者にとって実にオイシイものだ。多額の借金を抱え詐欺まで働いた小室哲哉さんにしても毎年数億円の収入があると言われる。しかもジャニーズの場合、その楽曲の多くが著作権、版権を買い取る契約となっており、売上報酬も印税もすべてジャニーズの利益となるのだ。 往年のフォーリーブスや郷ひろみ、80年代の田原俊彦に近藤真彦、そして光GENJIもいまだ稼ぎ続けている。ジャニーズがつくった「作品」という資産は、ギャランティーが発生しない分、利益率はより高くなる。人という商品であるタレントにはメンテナンス(メンタルフォロー)が必要で、その負荷は計り知れない。面倒が回避され、余計な心労を被ることがないに越したことはないのだ。 SMAPの25年分の資産は、ジャニーズに今後どれだけの銭金をもたらすのか。ざっと見積もって数十億円に上り、「ポストSMAP」をつくって穴埋めをする必要など全くない。関ジャニ∞はこの冬開催されている5大ドームツアーで動員75万人の新たな金字塔を打ち立てるだろう。また、滝沢秀明と堂本光一の2トップは舞台で長年安定した動員を続けている。キンキ(KinKi Kids)も東京ドーム公演19年連続と記録ずくめである。キスマイ(Kis-My-Ft2)やヘイセイ(Hey! Say! JUMP)、セクゾ(Sexy Zone)ら後輩のCDセールス、コンサート動員もジャニーズ以外真似できない数字を叩き出している。嵐にいたっては今さら触れるまでもない。 ゆえにジャニーズ事務所にとって経営面での不安はないといっていい。だが、一連のSMAP解散騒動は人間関係の非情さや寂しさを印象づける結果となったのは間違いない。 今回の件で最も重い哀愁を背負ったのはジャニーさんだろう。大好きだった少年たちがいつのまにか大人になってしまい、自らの手を離れてしまう。親子と同じような感覚、そこに恋人のエッセンスも少し含まれた感じだろうか。ジャニーさんは恋人として相手を輝かせる。身も心も支配して最上の愛を注ぎ込むテクニックで、ジャニーズのタレントは完成されるのだ。タモリさんが結ぶ縁 ファンの想いも複雑だ。解散という現実を受け入れられない熱烈なファンは、素晴らしい結束力と動員力で、今もあらゆる解散阻止活動を行っている。「SMAP×SMAP」の最終回はファンからの想いをふんだんにちりばめた構成で20年を振り返った。「ありがとう」という言葉は新しく出発する彼らへの「贈る言葉」として掲げられたに違いなく、同時にSMAPは永遠であるという強い想いが画面からあふれていた。 しかし、その裏では、納得できないファンのメッセージがネットをにぎわせてもいた。「ふざけるな」「ありがとうじゃねーよ」「勝手に終わらせるな」。解散についての説明が何もないことに怒りを吐き出す声も少なくなかった。番組の最終回に寄せられ、紹介されなかったメッセージの多くは、決して「ありがとう」だけではなく、一方的にハッピーエンドにする姿勢への憤りに満ちていたと聞く。 解散に至った説明をファンが求めるのは理解はできる。だが、ファンが芸能界の出来事について納得する形で真実を知り得ることは非常に難しい。それがジャニーズであればなおさらだ。業界からファンまで大きく振り回された解散騒動だったが、今回は当のジャニーズさえ振り回され続けた。ここまで何とかまとめただけでも大変な苦労だっただろう。その苦労さえファンにとっては知る由もない。 12月19日に放送された人気コーナー「ビストロSMAP」最終回には大御所タモリさんが登場した。一連の解散騒動や紅白(出場)問題で度々その名が登場したタモリさんとSMAPは20年来の深くて長い縁がある。そのタモリさんが所属する田辺エージェンシー代表、田邊昭知さんを後ろ盾にSMAP独立といううわさがある。ジャニーズと契約切れとなる2017年秋以降、「木村を除く独立組4人」が田邊さんの力添えで芸能界に残れるよう、すでに相談しているとの情報もある。 最後まで何かと話題の尽きないSMAPだが、17年9月のジャニーズとの契約更新に向けて、まだまだ注目され続けるだろう。メンバー個々の動向が世間をにぎわせ続ける限り、SMAPはまだまだ終わらない。

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    SMAPの5人が再び同じ舞台に立つ日は、きっと来る

    が残り続けることはないでしょう。解散はデメリットばかりではない ただ、SMAPが解散することは今後の芸能界にとってデメリットばかりではないと思います。タレントの人間性についてマネジメント側が真剣に向き合う大きな契機になったはずです。 SMAPのようなスーパースターレベルのグループはしばらくは登場しないでしょうし、社会全体を揺るがすような問題はなかなか起こるものではありません。ですから日本の芸能界のあり方を見つめ直して欲しいと願うと同時に、旧態依然のタレントとプロダクションの関係がずるずる続いてしまう危惧も持っています。だからこそ、私は以前から言っていますが、SMAPはこんな形で終わらせてはいけません。たとえ時間がかかっても、メンバー全員で人々の前に戻ってきてほしいと願っています。 5人の今後について、私の理想を申し上げますと、解散発表の後で木村拓哉以外の4人も契約更新したと言われていますが、このまま事務所にいるのは非現実的だと思います。でもケンカ別れをするのではなく、ジャニーズ事務所と提携する形で別のマネジメントを受けるのではないでしょうか。これなら事務所同士が提携していますから、5人で舞台に立つことも可能になることでしょう。 つい先日も、SMAP存続を求める国内外のファンによる嘆願書がジャニーズ事務所に提出されましたが、37万人の嘆願書を受け取ったときの事務所のリアクションが上半期とは変わっていたように感じます。ジャニーズ事務所は今まで素晴らしい実績を積み上げてきた、当然ビジネスにもシビアな集団です。今回の騒動で大きな危機感を抱いていれば、来年以降落としどころを考えようと裏で動いているのではないでしょうか。 2016年は5人が最も苦しんだ1年でしたから、大晦日を区切りに気持ちを入れ替えてスッキリするでしょうね。まるで憑き物が落ちたように。そして肩の荷が下りてから空虚感が襲う。才能ある5人ですから、間違いなく今後も活躍します。でも、5人がソロ活動に勤しんでいるうちに、いつか清々した気持ちになるときが来るかもしれませんが、同時にSMAPの日々を懐かしむ感情が湧くこともあると思います。 仮に芸能界に未練がないと思っているメンバーがいたとしても、人の気持ちは時の流れと環境によって変わりますから、時間が解決してくれると思います。「普通の女の子に戻りたい」と言って解散しても、ソロになって戻ってきたキャンディーズの例を挙げるまでもなく、ほとんど芸能界に戻ってきていますから。 人間は愚かな動物ですが、いがみ合っていても、時間とともにその感情が薄れることもありますよね。そのころに彼らの絆を結びつけるキーマンのような人物が現れて、5人とマネジメント側の関係がいい方向に進むと、私は信じたいですね。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

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    やっぱりSMAPは解散してよかったと思うんだ

    witterで書くと「グループをボロボロしたのは誰だ?」的な反論があった。これまた気持ちは分かるし、芸能通でも業界ゴロでもないので、内部事情は詳しくは分からない。ただ、こんな状態で続くのは彼らがあまりにかわいそうだ。 別によくあるジャニーズ事務所やSMAPブラック企業説を唱えるのではない。ここで確認しておきたいのは「ブラック企業」と呼ばれるような労働環境でなくても、人は心が折れたりするのである。方針をめぐる対立や、人間関係のトラブルもある。労働が過酷でないとしても、働いていて疲弊する職場というものはあるのである。 「SMAPをなんとかして続けて欲しい」という声は、「ストレスの多い職場で、壊れるまで働いてください」と言っているようにも聞こえる。「未来の可能性を捨てて、人生をこれに費やしてください」とも。 そんなものはエゴだ。SMAP存続を願った人は、心が壊れつつも「いいから職場に行け」と同居している独身の子供を説教し、追い込む昭和的価値観の親のように見えてしまう。心の折れた若者を「お前は弱い」と説教する上司にも見えてしまう。心は強い、弱い関係なく折れるのだ。 最高のエンディングではないだろう。SMAPらしい終わり方かどうかも分からない。ただ、その痛々しさも含めて記録にも記憶にも残る終わり方だった。無垢な少年たちが同じ夢の元に集まり、輝き傷つき、散っていった瞬間を見せつけられた。国民的なるものの終わりも。 これで彼らはやっと「降りられる」のだ。この「降りていける」人生こそ、日本社会の希望であり多様性であり、可能性ではあるまいか。それを身をもって示してくれたのだ。 おめでとう。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2016年12月27日分を転載))

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    ポストSMAP争奪戦から考える企業の価値創造

    み・西城秀樹・野口五郎の「新御三家」がブレイクしていたが、20年後の1994年には新御三家は既に大物芸能人の地位を確立していたが、その一方トップアイドルといえる存在ではなくなっていった。 その他にも、SMAP以前に20年以上もトップアイドルであり続けた例はなかろう。というより、そもそも40歳を過ぎた中年男がアイドル扱いされるという立ち位置は、おそらく彼らが初めて築いたものであり、歳を経るにつれ、アイドルから俳優やアーティスト、タレントへと転身していくのが当たり前であった。 それは、若くてかっこよくて清純で美形、というのが当たり前だったはずのアイドルが、昼のバラエティでレギュラーを務め、抱かれたい男1位に選ばれ続けるほどセクシーで、パロディコントではブサイク顔メイクも披露し、リスクの高い司会やフリートークもこなすという、新しい価値を創造した点に要因があると思われる。 52歳オヤジの私が申し上げるのもファンの皆さんには心苦しいが、現在、ジャニーズの後輩であるグループのいくつかは同様のマルチ性を持つものの、そのパイオニアたるSMAPを超えることは難しいだろうと思われる。リスクを取った独自性が生む価値創出リスクを取った独自性が生む価値創出 なぜSMAPは、こうした突き抜けた人気を長期に維持してこられたか。ここには企業が長く生き残るための「価値創出」が見てとれる。 新しい価値を創出するときには、開拓者として大きなリスクを伴うが、同時にリターンも大きい。 コントでブサイク顔のメイクを披露することは、当然ながらアイドルにとって大きなリスクを伴う。同様に、お笑い芸人と対等にフリートークを展開しようとすることや、バラエティの冠番組を持って露出し続けることにも、従来のアイドルファンが離れていく大リスクがあったわけだが、そのリスクを克服した彼らが得たリターンは大きかった。 そしてそれらは、新しい価値を創出した企業も同様である。国内で言えば、マクドナルド、セブンイレブン、ユニクロ、ブックオフなど、新たな商品や流通を創造した企業が得たリターンは長期で大きく、フォロワーが首位の座を奪うのはやはり難しい。ユーザーの生活スタイルの提案 また、SMAPが開拓したものは自分たちサイドの才能ばかりでなく、ファンサイドの楽しみ方にも見られる。 SMAP以前には、アイドルのライブ会場に訪れる40歳以上の女性といえば、保護者役のお母さんがほとんどであった。 ところがSMAPのコンサートでは、会場にファンとして親子連れで訪れることが珍しくない。あるいは複数の母子友達同士でライブに出かけ、しばらくはその余韻で彼らの出演番組をチェックして楽しむ。 10代の娘と40代の母親が同じ目線で楽むことができる彼らのライブは、ファンにとってもそれまでのアイドルには無かった楽しみ方のスタイルであろう。 企業も同様に、ユーザーの生活スタイルを新提案できるはずだ。 顕著な例としては、コンビニが普及する以前の地方住宅地では深夜に人通りなどなかった。食品や生活用品を深夜に購入したり、預金を引き出す事などもできなかった。現在の私たちは知らず知らずのうちに、コンビニの存在以前と以後とで異なった生活スタイルをしていると言える。 また、スターバックスやフェイスブックなども、私たちの生活スタイルを提案して、受け入れられてきたサービスであると言えよう。ポストSMAPはどうなる さて、芸能界ではよく「ポスト◯◯」という言い方をするが、今回はどうか。 「ポスト=役職」の企業での人事とは異なり、抜けたからといって代わりの人材を補充できるわけではない。 あるいはスポーツ界のようにポジション制でもないので、誰かが抜けたからといってそれを補充しなければ困る、というものでもない。 ファンは、SMAP解散で空いた心の穴を、誰かが用意した代役をもって埋めるわけではないし、また埋めなければならないわけでもない。 はたして新たにオリジナルな価値を創出する誰かが、SMAPを超える存在として登場してくるのだろうか。【参考記事】■ドラマ「家売るオンナ」の三軒家万智にも売れない これからの地方の中古住宅 (玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/49574910-20160919.html■三菱自動車の不正問題に見る、下請け企業の自己防衛と金融機関の支援 (玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/48497051-20160501.html■中小零細企業に必要な「仕事がうまい」人材(玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/48242519-20160331.html■「チェーン店の地方出店にはFC制導入を義務化してしまえ」という暴論をまじめに書いてみる (玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/49736835-20161010.html■せっかくの学びが、地方のビジネス現場で役に立たない理由(玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/48339489-20160411.html

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    香取慎吾、引退報道に「オレやめないよ」と驚き

    ァンを心配させているのが、解散後の5人の動向である。 11月、『東京スポーツ』が香取慎吾(39才)の芸能界引退を報じた。ジャニーズ事務所との契約が切れる2017年9月をもってタレント業の一切を辞め、画家など芸術家転身を視野に入れているのだという。タワーレコード渋谷店に設けられたSMAPの特設コーナー=12月2日 翌週には『フライデー』が香取のアメリカ留学説を報じ、12月初旬、『週刊新潮』が「『SMAP』解散後のプランA」と題する大特集を組んだ。2017年9月以降、中居正広(44才)が独立して事務所を立ち上げ“社長”に。元マネジャーが合流し、香取、稲垣吾郎(43才)、草なぎ剛(42才)の3人も中居の新事務所について行く予定だと報じている。 この2か月、メディアが雪崩を打ったように独立説に傾いた背景には何があるのか。SMAPに縁深い芸能関係者が語る。「確かに、独立騒動後、中居の心にはジャニーズを離れるという選択肢はくすぶっていた。草なぎのみ1月スタートのドラマを撮影中で、3人に新しい仕事が入っていない点も独立説に拍車をかけたようです。一部で、中居が“社長”として後輩に声をかけているとも報じられましたが、確かに最近ある番組で中居がキスマイの藤ヶ谷(大輔)と旅行したことを明かしている。中居が後輩を旅行に誘うなんて聞いたことがなく、独立説が真実味を帯びて語られるようになりました」(芸能関係者) しかし現実はさにあらず。「ジャニーズ側が個人の裁量に任せるというスタンスを見せたため“独立”が加速しましたが、事態は流動的で、メンバーが現時点で独立を決断しているわけではない。一連の報道を耳にした香取は“エッ、そんな話になってるの…。オレやめないよ”と驚いていたそうです」(前出・芸能関係者) 事実、香取は本誌12月8日号のインタビューで15年目を迎えた自身のレギュラー番組『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)を振り返り、こう語っている。《16年目も気持ちは変わらずにルーティンのままで、スタッフを信じて、スタッフに任せて(中略)。次の15年後は54才か~…。そのときも、僕がやっていることもそうですけど、大下さん(編集部注:サブ司会の大下容子アナ)と一緒に番組を続けていられたらいいですね》『スマステ』について、テレビ朝日側はSMAPの解散後も名前を変えずに放送を続けることを発表している。レギュラー番組の未来を語る香取の“引退”はない。関連記事■ 金欠・清原和博の告白本出版の噂に元妻・亜希、恐れ抱く■ 高畑淳子、実家を売却し息子・裕太の違約金返済へ■ 音楽家志望の木村拓哉長女「なれなかったら声優かな」■ SMAP、最後の歌収録 中居正広は嗚咽を漏らした■ 香取慎吾 25年使った「キムタクの財布」をもう使わず

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    SMAPの長い道のり 転機は初紅白から3年後の1994年

    《いつまでもSMAPの吾郎ちゃんでいてください》《吾郎ちゃんSMAP中間管理職はあなただけ》 12月8日、東京新聞は、この日誕生日を迎えた稲垣吾郎(43才)とSMAPへのメッセージで埋め尽くされた。その数、なんと230件。これまでも、同紙の個人広告欄『ToKToK』は、ファンの思い思いのメッセージを載せられる場所として利用者が殺到していた。 SMAPデビュー25周年記念となった9月9日には84件を掲載。通常、広告欄は紙面の3分の1だが、この日は1面すべて使ってもあふれるほどだった。さらに『世界に一つだけの花』はついに300万枚の売り上げを突破し、ファンの声を集めた署名37万筆を事務所は受け取った。展示されたSMAPの草彅剛と稲垣吾郎の衣装をスマートフォンで撮影するファンら=21日、「SHIBUYA TSUTAYA」 年末が近づくにつれ、高まるファンの熱量。だからこそ、2016年の終わりを彼らのステージで締めくくれないことに、動揺を隠せない。『紅白歌合戦』(NHK)にSMAP出場の予定がないことが発表され、NHK側はまだ出場の可能性をあきらめないとしながらも、今なお、調整できていないからだ。 彼らがデビューした1991年以来、23回にわたって出場してきた紅白は、メンバーたちにとっても特別だった。特に中居正広(44才)にとっては、6回も司会を務めていることもあり、その思い入れは格別。2008年の紅白リハーサルでは、5度目の司会を務める中居へ「もう慣れたのでは?」との質問が飛んだが、彼は、即座にこう返答した。「慣れないです! これはまあ歌もそうなんですけど(笑い)、毎回ヤバイですね。ホント、ヤバイんですよ(笑い)。5人も、紅白で歌う前って、いつもと違う感じなんですよ。ちょっと、キュッとなるんです。『よし! やろう!』みたいな。ちょっとなんか、手をつないじゃったりするような雰囲気になるんですね…」 香取慎吾(39才)もまた、過去のインタビューでこう語っている。「印象に残っている仕事はやっぱり、紅白で初めて大トリになったことです(2003年、『世界に一つだけの花』を歌唱)。初めてそれを聞かされたとき、SMAP全体がざわっとしたんです。本当にいいの?って」 連続出場、大トリ、司会…今でこそ「紅白の顔」になった彼らだが、それまでには長い道のりがあった。長年紅白を取材してきた記者は言う。「デビューした1991年に紅白出場というと華々しいイメージがありますが、実際の彼らはおとなしくてあまり目立った印象がなかったんですよね。ただ、当時の囲み取材でも『ずっとバックダンサーをしていた光GENJIさんと同じステージに立ててうれしい』とコメントしていて、いい子たちなんだなあ、と思いました」 そう、実は1988年と1989年に光GENJIのバックダンサーとして出場経験があった彼らは、場数こそ踏むものの、ブレークに至らない冬の時代にあった。転機は初紅白から3年後の1994年。『がんばりましょう』が人気に火をつけた。「『なるほど!ザ・ワールド』や『夢がMORIMORI』のテーマソングでもあった『がんばりましょう』がスマッシュヒットしたので、この年の紅白でも演出を派手にしてもらえたんです。私はジュニア時代の、バックダンサーだった頃から彼らを見てきましたけど、このあたりで時代の流れがSMAPとマッチしてきたって、すごく感慨深かったんですよね」(ファン歴26年の女性)  だからこそ、彼らのいない年末が信じられない。《どんな時もくじけずにがんばりましょう。いつの日にか幸せを勝ち取りましょう》  あの日も今も、その思いは変わらない――。関連記事■ 木村拓哉の長女、フランスへの音楽留学を真剣に検討中■ 状況厳しいSMAP紅白出演「中居・木村を審査員で」の折衷案も■ 紅白単独司会の相葉雅紀 「ウソない」司会ぶりに高評価■ 紅白8大事件 長渕剛「日本人はタコ」や吉川「ギター炎上」■ PUFFY、桐谷健太など「紅白」初出場のさまざまな裏事情

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    「かわいそうだ、お兄ちゃん」真田信之役の大泉洋、至る所で同情された

     天下分け目の「関ケ原の戦い」迫る-。物語が急速に動き始めたNHK大河ドラマ「真田丸」。今作の主人公・真田信繁(堺雅人)の兄、信幸は、まじめでちょっと堅物なタイプ。謀略大好きの父・昌幸(草刈正雄)と、何事にもソツのない弟・信繁に挟まれ、立ち位置の難しい役どころだ。信幸役の大泉洋(43)は、「私が演じることで、ドラマ史上一番親しみやすい、愛される信幸になったんじゃないかな」と、冗談めかして語った。(本間英士) 《昨年9月のクランクインから間もなく1年》 「真田丸」が始まってからですね、私は至る所で「かわいそうだ、お兄ちゃんは…」と同情されました(笑)。 そういうときは、「今後、もっとひどくなりますよ」と言い返していました。(「関ケ原の戦い」や「正室」問題など)どれだけ板挟みになるんだよ、と思いましたね。ちなみに、(ダメな父親役を演じた昨年の朝ドラ)「まれ」の時によく言われたのは、「しっかりしろ!」でした。 《「真田丸」の信幸についてどう考えているか》 脚本の三谷(幸喜)さんは、人物をコミカルに描くところがあります。信幸は後に真田家存続の礎となり、「信濃の獅子」と呼ばれた人物です。格好良い信幸を期待していた人には申し訳ないという気持ちはありつつ、私が演じることで、ドラマ史上一番親しみやすい、愛される信幸になったんじゃないかな、という気持ちもあります。 史実の信幸は、ずっと弟と父のことを気に掛けていました。これは手紙にも残っているし、「真田丸」でもそうです。だからこそ、「関ケ原の戦い」で信幸はつらかったと思いますね。父と弟が、徳川に対してバンバンむちゃするから。その間に挟まって、大変だったと思うよ。 「大坂の陣」もそうですよね。自分の会社(徳川家)を潰そうとしているやつが、自分の身内なわけでしょ。「何やってるの!」って感じですよね。NHK大河ドラマ「真田丸」で真田信幸を演じる大泉洋 《コミカルな役柄が多い大泉にとって、信幸はいつになくまじめな役だ》 面白いシーンが多いですが、「面白く演じすぎてもいけない」と気を付けています。以前、三谷さんから、「面白いセリフをいう前に、(大泉は)鼻の穴がデカくなる。気を付けてください。まじめにやってほしい」という指摘を受けまして。そうはいっても、クセなんだから、こればっかりは訓練できないし…。難しいところです。 《序盤、事あるごとに信濃の国衆・室賀正武(西村雅彦)から「黙れ小童(こわっぱ)!」と信幸が怒られるシーンがインターネット上で話題に。真田家のおひざ元・上田では、「黙れ小童せんべい」も発売された》 兎にも角にも、言い続けてくださった西村さんの演じっぷりですよね。実は、視聴者の皆さんが盛り上げてくれる前から、僕らも現場で言っていたんですよ。「これは流行語大賞だ」と…。何かあれば「黙れ小童!」と、非常にワード(言葉)として使いやすいんですね。信幸にしたら、何か言おうとしたときに言われるので、悔しい思いをするんですが。 私事で恐縮ですが、7月に北海道で行われた私たちの事務所のイベントで、皆さんが『黙れ小童!』と書かれたうちわを、やたらと振っていたんですね。非常にはやっていることを実感しましたね。 《物語の途中で正室が、こう(長野里美)から稲(吉田羊)に変わった》 戸惑いましたね。信幸にすれば、非常にやりにくい。そのうえ、「コンビか!」ってくらい、どのシーンでも2人はほぼ居合わせる。稲とおこうさんのパートだけ、若干昼ドラみたいな感じでしたね(笑)。 不思議なのが、なんでおこうさんは、侍女になってからあんな元気になったのか。(こう役を演じた)長野さんも戸惑いつつ、「(正室の)プレッシャーだったんでしょうね」と言っていましたが、正室でいてくれたときにもうちょっと元気でいてくれよ、と。ご飯くらいよそってくれよ、と(笑)。 《史実では、昌幸・信繁親子が西軍方に付き、信幸は東軍方に付いた。「関ケ原の戦い」の直前、この3人が東西どちらの陣営につくかを協議した「犬伏の別れ」のシーンを演じ、どう感じたか》 「犬伏の別れ」は、親子が敵味方に別れる悲劇という、真田家を語るうえで大事なところです。だから、そこをどう描くのかは楽しみでした。「真田丸」では、「犬伏の別れ」で真田家が二手に分かれて戦う理由について、三谷さんらしい描かれ方がされています。ぐっとくるセリフがありましたし、私自身も「きた! 信幸、頑張ってる!」と、信幸の成長を感じました。楽しみにしてほしいです。 《信幸・信繁の兄弟は、後に「大坂の陣」で再び相まみえることになる》 信幸は、後に(松代藩主として)真田家を守っていった人。信幸なりの戦い方が、どう描かれるのかが楽しみですね。これからは、なかなか弟(信繁)とも交わらなくなっていきます。「大坂の陣」で、2人はどう関わっていくのでしょうか。史実でもその辺りのことはなかなか出てこないので、私自身、どうなるのかしらと楽しみにしております。

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    SMAPがいなくなる日

    国民的アイドルグループ、SMAPの電撃解散発表から1カ月。この間、メンバーの軋轢や、ジャニーズ事務所内の対立といった報道が飛び交った。真偽のほどはいずれも定かではないが、ただSMAPが12月31日をもって消滅することだけは事実である。彼らは平成ニッポンに何をもたらしたのか。

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    「ジャニーズ女帝」大激怒の全真相 SMAP解散はあの時から始まった

    には、木村の妻、工藤静香まで登場し、話は一層ややこしくなった。メリーさんやジュリーさんとも親交がある芸能界一のコネクションクイーン、静香の「策略」か、はたまたコントロールか。黒田官兵衛のごとく武将を操ったとされる情報がまた話を混乱させ、世間を賑わせている。静香にとっては「なんで、私?」といった感じではないだろうか。 電撃解散発表後、「皆さんの想像とは違います」と発言した静香の気持ちはよく分かるが、今回の事件はジャニーズ内外とマスコミ、ファン、一般人までとあらゆる人が「戦犯探し」に躍起となり、真相が藪の中へ消えないよう必死になって粗探しをしているのだから滑稽である。もう少年のSMAPではないもう少年のSMAPではない 絶対的な立場で業界のみならず政財界にまで影響力を持った御仁が、自らが発掘して育てたタレントをコントロールできなくなっている。先のKAT-TUN騒動でも露呈したが、タレントが事務所の言うことを聞かずに自由に振る舞い、各々が勝手な行動に走っている感は否めない。それは同時にジャニーさんの「求心力」が相当なスピードで衰えている証左といってもいいだろう。 ただ、彼らも「大人」である。もはや、SMAPは日本を代表するアラフォーでもある。いつまでも子供ではなく自分たちの考えや思いがあっての行動には賛同すべきであり、他人がとやかく言うことでもない。日々、常識や決まり事だらけの中で行動しなければいけない社会人という立場からすれば、ジャニーズ事務所からの「独立」という企ては勇み足だったとも言える。むろん、準備不足だったことは否めない。 ジャニーさんからすれば「ユーたち、やめちゃうの?」と今でも納得できない感情を抱いているに違いないだろうが、多感な思春期から少年、青年となり、現在は中年期に入ったSMAPは、もはやジャニーさんが知っている「少年」ではないのである。 日本を代表するスーパーアイドルもアイドルの前に「人間」である。喧嘩もすれば、お互いに口も利かないほど、仲間同士でいがみ合う瞬間だってきっとあるだろう。30年もの長い付き合いがあれば、多かれ少なかれそんな出来事が誰にだってあるはずだ。しかし、それは長い人付き合いの中では、ただの経験や経緯にすぎない。それでもひと度、信用や信頼といった人間関係が崩れ、「絆」が壊れたら修復は難しくなる。 長く付き合ったカップルや家族となった夫婦でも関係が戻るには相当の困難を極めるだろうし、たとえ親子という正真正銘の血縁関係であっても壊れるときは一瞬である。一般的ではないが、かの大塚家具のお家騒動のような親子喧嘩にせよ、本当の父と娘が本気の喧嘩までしてぶつかってしまうのである。 ただ、解散の発端とされた事務所内の派閥抗争なんてことはまずあり得ないし、キムタク以外のメンバーを「干す」とか「飼い殺す」といったことも、筆者は「なかった」と断言できる。そもそもジャニーズ事務所というところはそんな陰湿な会社ではない。ここに大きな誤解があると思うが、ジャニーズ事務所にいた人間ならば、よく知っているはずだ。成功者として考えること成功者として考えること SMAPが解散しても、彼らにはまだ選択肢がある。事務所から飛び出して、新しいことにチャレンジするのもアリだ。40歳前後になって「成功者」として思い描くことは、有名になりたいとがむしゃらにやってきた少年時代のそれとは大きく異なる。ファンにしたって、そういう彼らを見てみたいと思う気持ちもあるだろう。そして、彼らの自由を尊重して送り出すのは、本来であれば事務所の役割である。木村がソロになろうが、中居と吾郎が独立せず事務所に残ろうが、慎吾と草彅が独立して飯島さんと合流しようが、それはそれで楽しみに思っているのは決して筆者だけではないはずだ。 ただ、会社としてのジャニーズにしてみれば、SMAP解散は痛手だろう。金銭ベースで換算すれば、その損失は100億円にも上る規模である。5人で中小企業クラスを稼ぐのだから、やはりSMAPは偉大である。 SMAPというグループは、ジャニーズ事務所でなければ成功していなかったことは事実だ。それ以前にジャニーさんとメリーさんがいなければ芸能人として個々が存在することすらあり得なかったと思う。決してメンバーの力だけではなく、芸能界は個人の実力を上回る力が必要な世界であるのだ。 そういった理解がないと、この世界ではやっていけない。それでも、現在の彼らなら必ず個々でやっても成功すると思う。ジャニーズ事務所、いやジャニーさんであっても、自分の元から巣立って行こうとする彼らを見守ることしかできないだろう。ただ一つ気掛かりなのは、芸能界を揺るがせたSMAP解散という「事件」が、ジャニーズの失墜を物語る序章にならないかどうかである。 いくつかのほころびが露出し、いまだ多くの危険を伴っているが、それはまたの機会に綴るとして、未解決のまま進展していくSMAP解散の経過を今は見届けたいと思う。

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    SMAPの「物語」はまだ完結していない

    躍してまず拍手する。逆境に陥ってまた拍手する。そして復活してさらに拍手する」と言われていました。私は芸能にも置き換えられる話と思います。非常に重い話ですし、SMAPにもあてはまるかもしれません。看板を下ろさないことがファンへの何よりのメッセージ SMAPがことしの大みそかをもって解散すると発表して1カ月近くが経ちます。発表を受けてメディアを中心に解散前提に話が進んでますが、私は「本当にそうなのか、まだ3カ月半残っているぞ」と思っていますし、だからこそあえて「予言」します。大みそかのNHK『紅白歌合戦』に籾井勝人会長がSMAPに熱烈なラブコールを送っていましたが、私は紅白に出るんじゃないかと思っています。そして紅白で発表するかどうかはわかりませんが、SMAPは“解散”しない、看板を下ろさないと発表するんじゃないでしょうか。名前は残っていても活動していないグループやユニットなんて山ほどあるじゃないですか。わざわざ活動休止と言う必要もありません。その上で出来るならメンバー、特に中居(正広)君に「これからもSMAPは皆さんの中にいます。今までいろんなことがありました。時間は言えないけど待っていてください」などと言って欲しいですね。『スマスマ』も続ける必要もないし、新曲発売もライブもしなくてもいい。でも看板を下ろさないことがファンに対する何よりのメッセージになるし、「今までがんじがらめにされたんだから、5人の自由にしてあげよう」となどコメントしていた文化人に対しても納得できる解決策だと思います。(イラスト・不思議三十郎) ファンに限らず情報の受け手はとても賢いですから、本当のことをなかなか報道しないテレビやメディアに対して、分かっているけどなぜ活字にしないんだ、テレビで流さないんだとSNSで苛立ちを見せています。だから「SMAPロス」は当然あるでしょう、5人揃った姿がレギュラー番組を通じて全く見られなくなるわけですから。でもロスはあっても、ファンというものは待つことができる存在なんですよ。いつかはわからないかもしれないけれど待てるということと、解散して二度とないということは、当たり前ですけど全然違うじゃないですか。そうなればSMAPにしても、今はお互い顔を見たくないかもしれないけど、5年経ち10年経って中居君が照れ笑いを浮かべながら5人全員揃って何事もなく歌うことができる。いろいろなことがあったけれども、時が解決する場合もあるはずだし、5人が再び揃った説明もいらなくなりますよ。彼らがステージの上からファンの喝采を浴びる日が来ると思いますし、スーパースター「SMAP」というストーリーはまだ完結していないと信じたいです。 ファンにとってだけ大きな存在というのはアイドルであってもスーパースターではないと私は思います。長嶋茂雄が「あいつがホームラン打ったらしゃあない」と昔の熱狂的阪神ファンにも言わせたのはスーパースターたるゆえんじゃないですか。SMAPも同じで、彼らに興味がないという人でもヒット曲の一節ぐらいは歌えるはずでしょう。だからSMAPとともに平成という脆弱な時代を歩んだ全ての日本人にとって「日本にはSMAPがいるよね」と自分たちの応援団として心の中であり続けたということは何にも代えがたいことだと思います。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

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    SMAP解散で崩れゆく平成ニッポンの「共同幻想」

    かろうじてまとまっているような「日本」社会のありかたである。SMAPデビューからまもまなく四半世紀、芸能という民俗学的な問題を、天皇(制)をめぐる議論も含んだかたちで問い直す時期だと思っている。

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    香取慎吾がどうしてもSMAP解散をゆずらなかった理由

    ライベートで友達のような付き合いはほとんどなく、連絡先さえ知らないメンバーもいる。SMAPに限らず、芸能活動は「仕事」であり、仕事を担う上でのパートナーとして支え合う関係がメンバーだからだ。 要はメンバーとは、それだけの関係なのだ。言い換えれば仕事のつながりを失うと同時に終わる関係といっても過言ではない。こうした中でもジュニアという環境に加え、高校の同級生で同じクラスだった中居と木村は「友情」に近い感覚を持っていた。互いを認め合って公の場でリスペクトし、いわば最高のライバルだっただろう。これを知るファンからみれば結成から30年近い時間を経た最後の場面でこういった関係が表面化してほしくなかっただろう。 今回の解散騒動で表面化したSMAPメンバーの不仲は、芸能界のグループやユニットの多くは元々仲が良かった友達同士でつくられたものではないだけに、予想された状況なのだ。 学生時代からの友人同士でバンドを組んでデビューしたのなら、「仲」の良し悪しについて評価を求めることも可能だが、特にジャニーズの場合、あるいはジャニーズに限らずAKBグループや他のユニットにしても「集まった中から選抜」されたメンバーであって、その構成基準に「仲良しこよし」というものはない。結成はジャニーさんの一声結成はジャニーさんの一声 SMAPのメンバーはジャニーズ事務所に入り、ジュニアを経て活動の最中にジャニーさんの一声で選ばれただけだった。もちろんジャニーズで出会って友達になるケースも珍しくはないが、ファンらが想像しがちな仲良し同士でグループやユニットは作られていない。V6は結成のとき、だれより先にメンバーの一員と決まっていた三宅健がジュニアの中で最も仲が良かった森田剛の加入をジャニーさんに懇願したというエピソードがあるが、こういったケースは極めて少ない。 そもそもSMAPの前身は12人編成の「スケートボーイズ」からの絞り込みで、それぞれが生き残りをかけて必死だった。仲良しだから一緒にデビューという子供のママゴトのような話どころではなかったわけだ。 もちろんTOKIOやV6も、グループとしてSMAPレベルであれば不仲や解散というような境遇になったのかもしれない。ジャニーズという環境下では、SMAPは特別で絶対的な存在だっただけに今回のような結末を迎えたのだろう。 国民的アイドルと評されるSMAPがジャニーズの中で別格であることは言うまでもない。野球大会やカウントダウンライブなどジャニーズが勢ぞろいする際にSMAPの姿はない。それを自然としてきた事務所の扱いがジャニーさん流の演出なのだろうが、あえてSMAPメンバーらを自由にさせてきた経緯がある。 しかし、自由な環境と好きなことが出来るのとは違う。特に最年少の香取慎吾は小学生から注目され、中学生のときには全国区となり、成人になる前にSMAPのメンバーとしての立場が確立された。彼に本当の自由はあったのだろうか。とりわけ解散の決定打を打った慎吾に焦点を当ててみると多くの謎とその苦悩が分かってくる。 よく「子役は(生活や人格が)壊れる」と聞くが、それは子役から俳優になる成長の過程において世間を知らずに生きてきた代償ともいわれ、常にトップであり続けたSMAPの慎吾にも通じるところがある。ジャニーズ以外を知らず、ふと気が付いた大人の自分に新たな可能性と広い選択肢があるのを知ったとしたら、そこにとどまる必要性も薄れていくことだろう。ましてや不信感と嫌悪感に挟まれたひどい環境のもとではなおさらだ。(イラスト・不思議三十郎) あってはならない職務放棄といえるグループとしての活動を拒否し、解散まで願い出た慎吾は、大きな覚悟を決めたのだろう。芸能人・タレント・アイドル、いずれをとってもプロとしては大きな間違いであり失格者といえるが、そうでもしないと理解してもらえない慎吾の気持ちが垣間見られる。 SMAPでなくてもいいし、ジャニーズであることにも意味を見いだせなくなり、芸能界そのものにも未練がないとすれば、その思いをとどまらせる言葉もなくなってしまう。さすがのジャニーさんも会社として、またジャニーズの長として「命令」できる立場を失った格好になり、業務の遂行さえ「お願い」する逆転の構図が出来てしまった。 まさに「子が親を超える」時が来ているのだ。同様な家庭環境は多く存在するだろう。ただ、ジャニーさんからすれば初めての経験だったのである。最初で最後のワガママ最初で最後のワガママ ジャニーズの歴史を通して所属するタレントの定義は一貫して「アイドル」である。それが今や、アイドルと言えば若い男女のことだった時代から、ジャニーズも多くが「中年」、それも日本を代表する絶大な影響力を得た大人になっている。 何でも言うことを聞く夢多き少年たちが、何も言うことを聞かない大人になっても不思議はない。国民的スターとして半生を送り、その間何億もの年収を稼ぎ続けた立派な大人が自分の考えや行動を意思表示してもおかしくはなく、たとえそれが間違っていたとしても自分自身がやりたいこと、やりたくないことを思いとして伝えるのはあってよいことだろう。 慎吾にしてみれば最初で最後のワガママであり、ここまでしないと自分の意思が通用しないと踏んだからこそ、謀反・造反、そして拒否といった無謀な行動に出るしかなかったといえる。 収拾がつかず修復の可能性が完全に立ち消えたとき、やっと自分の希望を聞いてもらえた慎吾は満足かというとそれも違うだろう。生きてきた年齢の7割をささげたSMAPを大切に思わないはずもなく、発掘して育ててくれたジャニーさんにも相当の恩義はあるが、自分が自分であるために一歩も譲れなかった結果なのだ。 かつて、時代のトップを駆け抜けたチェッカーズというグループが存在したが、その始まりは幼稚園にさかのぼり、結成は地元の福岡県久留米市という友情サクセスの代表的ストーリーでもある。輝かしい活動と功績を数多く残し続けてやむなく解散となったわけだが、この事由こそ友情の破たんであった。 大人になれば環境も考えも変わる、いつまでも子供ではないというメッセージが強く印象に残った出来事だったが、SMAPの騒動においてチェッカーズと重なる部分が多少なりとも見受けられたのは、僕自身、彼らの友情的なものを印象として信じていたのだろう。わかってはいるが、プロとしてカメラの前では「仲良し」を25年も演じ続けてきた彼らの限界が来てしまったのだと、そう思うほかない。 解散を回避して活動を休止した後輩KAT-TUNは彼らの自由奔放さも時代なのか、やりたいことをやる、行きたい道に行く、その結果ファンを裏切ろうと事務所や芸能界から見放されようと構わなかったというある種の強さがあった。それはSMAPになく、後輩たちの環境をうらやましいとも感じただろう。 SMAPは後輩たちが進む道さえも作ってきた偉大な存在であり、また目標でもある。お手本となる責任の一方で、その自由を忘れていたということだろう。思えば立派であり、貢献度は会社や社会においても絶大であるのは改めて言うまでもないが、その分「SMAP愛」を異なる形で表現してしまったことは残念ではあるが、認めるべき結果だと感じるのは僕だけではないはずだ。

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    「SMAP解散」で気になる、ジャニーズ事務所のマネジメント

    メージが著しく悪い場合、中長期的には顧客の離反が増加し、収益の悪化を招くリスクが高くなります。それは芸能界であっても変わらない原則なのだろう、と思います。SMAP解散を報じるスポーツ各紙 ジャニーズ事務所も当然ながら、SMAPが解散に至った原因の一部を公表したのですから、ある程度の批判を浴びることは覚悟していたものと推察されますが、ここまで批判を浴びる結果になることについては、想定外だったのではないか、と推察されます。なぜジャニーズ事務所は、「世論」の動向を見誤ったのでしょうか?中小企業等で散見される「ワンマン経営」の弊害 各種報道によると、ジャニーズ事務所自体は資本金1000万円の「中小企業」にすぎないものの、多くの関係会社や子会社を持ち、グループ全体の売上は約1000億円にも上り、SMAP関連事業の売上だけでも200億円を超える規模に達するようです。 よってグループ全体の事業規模は、「大企業」と同等のレベルにあると考えてもよさそうです。 一方で、ジャニーズ事務所では平均的な中小企業と同じく、社長、副社長が絶対的な権力を持ち、特に経営面における重要な意思決定は、全て副社長が行ってきたと各種メディアで度々報じられています。ただし、これが仮に事実だとしても、日本企業の大半は同族会社であり、その多くは経営者が大きな力をもっていますので、それ自体は非難されることではありません。しかしながら、経営者の「ワンマン経営」が行き過ぎた場合には、一般的に以下のような弊害が生じやすいリスクが指摘されています。 1.「情実人事」の横行社員の評価が、仕事の評価よりも経営トップの「好き嫌い」に偏る傾向がみられ、一旦経営者に嫌われると、いくら仕事で実績を上げても正当に評価されない社員が増える。それにより、やる気のある社員ほど正当な評価がされないため、自らのモチベーションを上げることが困難になるため、退職者が増加する傾向が顕著となる。 2、自律性に欠け、社員間の疑心暗鬼も生まれやすい社風が形成経営者の顔色を窺い、指示を受けて行動する社員ばかりとなり、自らアイディアを出して行動する自律的な社員が育たない。また経営者に取り入るために、讒言を行う社員が出現するなど、社員間の疑心暗鬼が生じやすい組織風土が形成されるリスクがある。 3.「経営リスクへの対応」が後手にまわりやすい廻りがイエスマンばかりとなり、経営者が喜ぶような情報ばかりを報告するようになる。一方で、顧客からのクレーム情報など、経営者の耳の痛い情報が下から上がってくるケースが激減し、経営者が「裸の王様」になってしまうリスクが生じる。その結果、顧客からのクレームへの対応が遅れるなど、企業業績に重大な悪影響が生じる場合がある。 4.企業に不利になる「重要な情報」を隠蔽一般的に「ワンマン経営」の傾向が強い企業においては、社外はもちろんのこと、社内に対しても、その企業に不利になると予想される重要な情報を開示せず、逆に隠蔽してしまう場合がある。(例:株式会社ヒューザー「マンション構造計算書偽造事件」)芸能事務所のコーポレートガバナンス 以上のような弊害が顕著になると、企業の存続に黄色信号が灯ることにもなりかねません。ジャニーズ事務所においても、一部の中小企業と同じく、このような兆候がみられるようであれば、マネジメント全般を見直す時期に差し掛かっている可能性があります。芸能プロダクションにおける「コーポレートガバナンス」 ジャニーズ事務所と同業にあたる芸能プロダクションの中に、サザンオールスターズや福山雅治さんのマネジメントなどを手掛けている株式会社アミューズという企業があります。アミューズは、株式を上場している上場会社ですので、株主に対して経営上重要な情報にを、定期的に開示しています。例えばアミューズのサイトでは、財務諸表や企業理念、ビジョン、経営方針はもとより、所属アーティストに関する重要な情報等も定期的に更新されており、情報公開についてはジャニーズ事務所よりも、ずっと積極的であるといえそうです。 また「コーポレートガバナンス」に関する基本方針も掲載しており、経営上の意思決定に関するプロセスを明示するとともに、「的確・明確な意思決定」を迅速に行うための組織体制も整えているようです。 仮にジャニーズ事務所が、アミューズ同様上場企業であったと仮定すると、週刊文春が昨年報じた「ジャニーズ事務所の副社長が、女性マネジャーに対して、SMAPを連れて独立するように促した。」という主旨の記事が事実であった場合、業績の悪化を招くリスクが高い言動であるため、株主に対して説明責任を果たす必要が生じたはずです。 また今回のSMAP解散決定についても、仮に解散に至った経緯が、ジャニーズ事務所のマネジメント上の問題が一因であった、ということになれば、株主からジャニーズ事務所の経営責任を問われる可能性もあります。このように、芸能プロダクションという業態であっても、株式を上場したり、上場企業と同様のガバナンス体制を構築することができれば、外部のステークホルダーから経営陣に対するチェックが入るため、「ワンマン経営の弊害」を、いくらかでも軽減できる可能性が高くなります。ガバナンス改革による企業イメージのアップを 安倍晋三首相は、今年1月の参院予算委員会において、「SMAPが活動を継続する意向を表明したことを、歓迎したい。」といった趣旨の答弁をしています。また、小池百合子東京都知事も、今回SMAPが解散を表明したことに触れ、「大好きな楽曲があるので、残念ですね。」といった趣旨のコメントを出しています。このように、SMAPは首相や東京都知事までがコメントを求められるほど、パブリックな存在になっていたのです。安倍晋三首相 ジャニーズ事務所には、SMAP以外にも「嵐」や「TOKIO」など、SMAP同様にパブリックな存在といえるグループやタレントが多数在籍しています。今後、今回の「SMAP騒動」のような事態が起きるリスクを抑止し、大企業並みの規模をもつ事業展開を継続していくためには、ジャニーズ事務所自体も中小企業に多い「ワンマン経営」形態から卒業し、アミューズなどの上場企業が、成長過程で行ってきた経営改革に着手する必要があるように感じます。 そのためには、上場企業と同レベルのガバナンスの整備に取り組むと同時に、積極的な情報開示、社内コミュニケーションの充実などの改革も併せて行っていく必要があるのではないか、と推察されます。 ジャニーズ事務所は経営者が高齢のため、事業承継の時期にあるようです。よって経営者は事業承継を良い機会として捉え、「パブリックなサービスを提供している企業」であることを再認識し、ガバナンス改革等への着手を通じて、社会的な信頼を取り戻すことが望ましい、と考えられます。それが所属タレントや社員はもとより、多くのファンにとっても、最善の策になるのではないかと思います。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年8月22日分を転載)【参考記事】■「営業部長 吉良奈津子」が軽視する、広告業界の職業倫理http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-34.html■選挙公約から垣間見える、小池百合子氏の戦略思考http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-32.html■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路http://sharescafe.net/48502678-20160502.html■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称http://sharescafe.net/48110506-20160317.html■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」http://sharescafe.net/46134516-20150903.html

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    「SMAP解散」で考える、芸能界という周回遅れのビジネス

    、海外で人気のある新しい活動が高まっていくことを期待したい」と述べ、若手の活躍にも期待を示しました。芸能界に残る、旧態依然とした商慣習 現在、政府が強力に推進している政策のひとつに、日本の魅力を海外に発信する「クールジャパン」があります。特に「コンテンツ」「ファッション」「デザイン」「観光サービス」等に重点を置き、海外で人気の高い商材やコンテンツに関する情報を積極的に発信しています。中でもエンターテイメント領域のコンテンツについては、今後大きな成長が期待できると注目を集めています。SMAPの年末解散を報じる8月15日付の中国紙 一方で、今後もSMAPのように世界に通用する「優良コンテンツ」を継続的に生み出す仕組みを構築するためには、タレント、アーティスト等が自由に活躍できる環境を整えることも必要です。しかし各種報道の中には、芸能プロダクション業界には、未だに旧態依然とした慣習が残っている、と報じているものがあります。またニューヨークタイムズなどの海外のメディアからも、日本の芸能事務所と所属タレントとの契約に関する問題点が指摘されています。 各種報道で指摘されている芸能プロダクション業界の商慣習のうち、問題があるとして指摘されているものは、以下の通りです。1.メディアとの「バーター取引」の存在 真偽は定かではありませんが、一部メディアは、過去に芸能事務所の一部が、その優越的な地位を利用して、TV局や出版社等に対して、自社と競合する事務所のタレントが出演する番組等への自社タレントの出演を拒否する「共演NG」、自社タレントの写真等の掲載を許可しない「掲載拒否」などをちらつかせて、自社の意向を通すための「働きかけ」を行ったケースがあったと報じています。 仮に上記報道が事実だったとしたら、公平・公正であるべき番組や報道内容に、特定の事務所の意向が強く反映された可能性も否めません。また、独占禁止法に抵触する可能性も指摘されていますので、一度「バーター取引」全般については、放送局の監督官庁である総務省等がその実態を調査し、その結果如何によっては、取引慣行の是正を勧告するなどの措置を講じる必要があると思います。2.所属タレントに不利な「マネジメント契約」の内容 ニューヨークタイムズは、ジャニーズ事務所に関する記事の中で「このビジネスモデルは喜多川氏がアジアで編み出し、SMAPをはじめとするグループで、とてつもない成功をおさめ、以来、中国や韓国の芸能事務所もこれに倣った。その多くは、長い場合は10年以上にもわたり、稼ぎの半分以上を事務所にとりあげられる『奴隷契約』を子供に交わさせるものとして批判されている。」と報じています。 上記ニューヨークタイムズの報道にもあるように、ジャニーズ事務所に限らず、所属事務所とタレントとの間で締結されたマネジメント契約の中に、コンプライアンス上の問題があり、かつ契約タレントにとって著しく不利な内容のものが存在するとしたら、是正を検討する余地がありそうです。芸能プロダクション業界の近代化を促す政策案3.タレントの独立、移籍を阻害する「妨害行為」の存在 これについても真偽は定かではありませんが、一部メディアは、所属事務所と揉めて独立や移籍を行ったタレントについて、ある大手事務所がメディアに対し、当該タレントを出演させないよう働きかけるなどの「妨害行為」を行ったケースがある、と報じています。仮にこのような報道の中に、事実と認定されるようなケースがあったとしたら、憲法が定めた「職業選択の自由」に抵触した可能性があります。警備員が報道陣をシャットアウトするなど、物々しい雰囲気のジャニーズ事務所=東京都港区 一方で、芸能事務所の立場に立つと、「多額の投資を行ってタレントを育成した後、投資資金を回収する時期になって、独立や移籍をされたらかなわない。」という事情があることも良く理解できます。その解決のためには、国などが主導して、タレント、芸能事務所の双方が納得できる「所属タレントの独立・移動に関する業界標準のルール」の策定を促すことが必要ではないか、と考えられます。4.所属タレント等に対する「ハラスメント」に相当する行為 一部のメディアは、過去に経営者などが所属タレントに対して、セクシャル・ハラスメントに相当する行為をしていた事務所がある、と報じています。また真偽は不明ながら、「所属事務所の経営者から、性的関係を要求された。」といったタレントのコメントが掲載された書籍等も出版されています。仮にそのような報道の中に、事実と認められるものがあったとしたら、一般企業等と同様に、タレントを各種ハラスメントから保護、救済するための制度創りが必要だと感じます。芸能プロダクション業界の「近代化」を促す政策案 日本の「芸能プロダクション業界」の市場規模は、推定で1兆円を超えると予想されます。その市場規模からすると、ひとつの産業として認知されるレベルにまで拡大していると言えるでしょう。 しかし、芸能プロダクション業界を構成する芸能事務所の殆どは中小企業であり、タレント・マネジメントやコンプライアンス、コーポレートガバナンスといった領域が未整備のままになっている事務所も多いと予想されます。また芸能界全体についても、商習慣等の面においては、旧態依然とした慣行が色濃く残っていると感じます。 このように、中小企業が主たる構成員となっている旧い体質の業界に対し、「クールジャパン」の推進役にふさわしい「クリーンな業界」になるよう変革を求めるためには、政治の強力なリーダーシップが不可欠だと思います。そこで筆者は、以下のような政策の推進を提案します。芸能プロからエンターテイメント業界へ1.監督官庁の選定と「許可制」の導入 芸能プロダクション業界の指導・監督を行う監督官庁を定め、人材紹介・派遣業業界等と同様の「許可制」等の導入を検討する。並びに法整備やガイドライン等の策定、各種指導等についても検討を行う。 例えば経産省の中に、芸能プロダクション業界を指導監督する部門を創設し、許可を求める事務所等に対して所定の審査を行い、審査をクリアした事務所にだけ営業許可を与えるとともに、事業者登録を行う制度の導入を図る。なお事業者登録がされていない事務所に所属するタレントは、原則としてNHKの番組や、国等の公的機関が関与するメディア、イベント等に出演できない等の措置も検討する。2.業界の近代化を促すための各種是正策の策定、並びに適切な指導・監督等の実施 経産省等の監督官庁が、公正取引委員会や総務省、厚労省等と協力して、「不適切な商慣習の是正」、「タレント・マネジメント契約の是正」、「所属タレントの独立・移籍に関する業界ルールの策定」「コンプライアンス、ガバナンス等の改善」等に関する実態調査を実施した上で、必要な法律の整備等を検討する。また登録事業者等に対して、業界の近代化を図るために必要とされるコンプライアンスやガバナンスの整備等に関する指導・監督、教育等も実施する。 上記のような政策を推進できれば、芸能プロダクション業界の体質も、次第に変わっていくものと予想されます。「芸能プロダクション業界」から「エンターテイメント業界」へ 仮に芸能界に、SMAPのような一流のタレントやアーティストであっても、一度所属事務所とトラブルが起きると、独立や移籍もままならず、タレント生命が絶たれてしまうような体質が残っていたとしたら、世耕経産相のコメントにもあるように、日本の成長戦略にとっても大きな痛手になりかねません。  一方で、「BABY METAL」のように、世界で活躍しているタレント、アーティストも出現しつつあります。このような動きを加速化するとともに、業界の近代化も併せて進めていくためには、タレント、アーティスト等が、旧来の芸能界の商慣習にとらわれずに、安心して活動できるようにするための環境整備を、国が率先して行っていく必要があると考えられます。 現在国民の間では、「SMAPの解散」により、芸能プロダクションの体質についての関心も高まっています。政府はこれを好機として捉え、「芸能プロダクション業界」が「エンターテイメント業界」へと変革を図れるよう、適切な指導・監督を行っていくことが望ましいと思います。芸能プロダクション業界の近代化が実現できれば、世界のエンターテイメント業界の中で、日本がアジアにおける「ハリウッド」的なポジションを築ける可能性も拡がり、日本経済全体の活性化にも繋がっていくことが期待されます。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年8月31日分を転載)【参考記事】■「SMAP解散」で気になる、ジャニーズ事務所のマネジメントhttp://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-35.html■「営業部長 吉良奈津子」が軽視する、広告業界の職業倫理http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-34.html■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路http://sharescafe.net/48502678-20160502.html■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称http://sharescafe.net/48110506-20160317.html■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」http://sharescafe.net/46134516-20150903.html

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    「SMAPは終わらせない」こそ、文化であり理想のファン像

    その辺はほとんど無縁なんだそうです。これはジャニーズ事務所の伝統であり、良いところでもある「あんまり芸能系のゴロが介在できない」仕組みがあって、 それは事務所がうまく仕掛けたというより、ファン同士の相互監視のシステムが大きな不正を生みづらい仕組みが内在されていたからです。こういう話がジャニーズ事務所以外であったらもっと酷いことになっていたかもしれない。 んで、メリーさん問題というのはこういう「ややこしい方面」にも伝わっているようでして、つまり、昔はバーターでタレントを押し込む実力のある事務所であれば、スキャンダルの揉み消しだけでなく、やりたいように事務所がコントロールできてきたものが、ネット社会になってできなくなっている、というのがあるんだそうで。それは、それこそ00年代ぐらいまでならばテレビ局押さえました、週刊誌(文春や新潮)は騒がせません、スポーツ紙も握っているデスクで大本営発表を垂れ流させます、女性誌も一部はガッチリ握っていれば大丈夫、という状態であるならば、一部反逆する女性誌以外は情報が出ることもなく、スキャンダルでタレントやグループがつぶれることもない。ある意味で、安閑としていればOKであったわけですよ。 ところが、最近ではタレントのことをよく知るファンがネットに内情を書く。芸能マスコミで握れていない記者がネット媒体に核心となる記事を書く。何しろ事実なものだから、これがネットで流通してしまうと、いくらテレビやスポーツ紙を押さえたところで、真実はどんどん流れ出ていってしまうんです。 今回のSMAPのケースでいうと、 いろいろ精神的な問題はあったにせよ、圧倒的に木村拓哉さんが日和った、奥さん娘さんがいて、ジャニーズ事務所の幹部になる道を歩んだって話がネットで大いに出てしまいました。あれだけテレビで謝罪して、ラジオや週刊誌、スポーツ紙を押さえて万全の態勢で封じ込めたはずが、誰もが「木村拓哉が悪い」「木村拓哉と工藤静香の夫婦が保身に走った」って事実を知ってしまったわけですよ。情報に接すれば、確証はないけど薄々「そうじゃないかな」と勘繰ることはできても、確信は持てないはずが、今回は特にテレビ局や芸能界の人達ならば暗黙の秘密だったことが全部ネットで暴露されることで、またひとつタガが外れてしまったわけです。SMAPはいろんな意味で伝説になる その結果が、メリー悪玉論であり、まあ実際にそうだと思うんですが、昔だったらこんな程度の傘下グループの解散騒動が派手な芸能スキャンダルになってしまい、他の芸能事務所からテレビ局まであからさまに周知のものとなって、広告代理店も広告クライアントも木村拓哉さんの好感度がこの半年で一気に地べたまで落ちてったことまであけっぴろげになってしまうんです。「これがネットの力だ」ということではなくて、はっきり言うとSMAPファンはかなり本気でSMAPを愛していたんだということが分かるんです。どうでも良ければ「失望しました、さようなら」で終わるわけですからね。でも、実際にはそうはならなかった。 おそらくは、いままでのメディアの流れにネットが加わることによって、情報が隠しにくくなって、正しい情報の流通を押さえることがますますむつかしくなり、ガセネタもあるかもしれないけどしっかりとしたファン、支持層を抱えて正直に商売をやる、イメージを作ることの大事さを教えてくれたんだと思います。タレントのイメージなど、あの「時代と寝た男」とまで言われて一世を風靡した木村拓哉さんでさえ、SMAP身内切りからの保身とジャニーズ事務所の地位確保って真実が重なってしまうと、魔法が解けたようにただの足の短い中年に成り下がってしまうのでしょう。ようこそ、冴えない中年の世界へ。 これからジャニーズ事務所の崩壊へ繋がっていくのだとは全く思わないんですが、SMAPはいろんな意味で伝説になるのでしょう。 SMAPは解散するけど、SMAPファンは残る。ずーっと、時代の先端を走ってきたSMAPのイメージを抱きながら、一角を占め続けていくんでしょう。だからこそ、興行をやっていたり、芸能で生きている人は「SMAPはいいな。素晴らしいファンをもってるな」ってことを、この解散が決まっているいまでも述懐するんでしょう。 私個人でいえば、40歳になんなんとする男たちが、25年勤め上げた会社を辞めるってのは決断だろうけど、自分の人生を自分の判断で決めることができるということこそが、本来の「自立」だと思います。飼い犬ではなく野にある狼のほうが私はいいと思うほうなので、解散は仕方ないと思いつつしっかりと次を見据えて人生を歩んでほしいと思うわけですね、SMAPの5人には。 そんなわけで、やっぱり社会というのは奥深いなあということを思いつつ東京に戻ります。(「やまもといちろう オフィシャルブログ」より2016年9月8日分を転載)

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    70年代生まれの同世代から見たSMAP解散報道

    AP 解散は彼らの「解放」でもある これも、電話で話したことをまとめていただいたものだが、SMAPが芸能界で果たした歴史的役割はそれなりに、まとまっていると思う。同時に、ここに筆者独自の視点があるとすれば、SMAPの解散を、「国民的アイドルグループとして背負わされていた十字架からの解放」だと、やや肯定的に語っていることにあるのではないかと思う。画像はイメージです まず前提として、自分はものごとが長く続くことが必ずしも正しいとは思っていない。アイドルグループにもバラエティ番組にも、漫画の連載にも、旬というものが必ずある。旬を過ぎれば、どんなに優秀なスタッフがいても、魅力は下り坂となっていく。同時に関係者の才能はすり減っていき、いずれファンから飽きられてしまう。それなら一番いい時期に終わらせてあげることが、ファンにとっても関係者にとっても、もっとも幸福ではないだろうか。それに、終わるべき時にちゃんと終わることができれば、第二のスタートを切ることができる。 SMAPのメンバーに関してはそれぞれが才能のあるタレントであることは間違えない。だとしたら、SMAPという枠に縛られず、新しい道を見つける方が、彼らのタレント人生を豊かで幸福なものにできるのではないか。マネージャーと副社長の対立に巻き込まれる形での独立とはいえ、保守化したテレビの中で、息苦しそうにしている今のSMAPを見ていると、新しい道に進む方が彼らしい生き方なのではないかと思った。 その意味で、いろいろ保留はあるものの一月の時点では、解散して事務所から独立することが、そこまで悪いこととだとは思わなかった。むしろ“何か新しいことがはじまるのではないかと”いう、爽快感の方が強かった。2000年代に「保守化」していったSMAP 個人的には、2000年代に入ってからのSMAPには不満を持っていた。国民的アイドルとして巨大化するにしたがって、新しい男性アイドルのパイオニアとして切り開いてきた彼らの芸能活動が、どんどん保守化していっているように感じたからだ。 特にテレビドラマに関しては不満が多かった。同じジャニーズでも『タイガー&ドラゴン』(ともにTBS系)等の宮藤官九郎・脚本のドラマに出演することで、役者としての才能をみるみる開花させていった長瀬智也や岡田准一にくらべると、SMAPのドラマをめぐる座組みは保守的なものに思えた。 そんなSMAPがここまで延命できたのは、彼らを脅かすような次世代の才能が育ってこなかったからだ。あえて彼らを脅かす存在がいるとすれば嵐なのだが、同じジャニーズ事務所のグループで上手い具合に棲み分けができていたために、競合することはなかった。画像はイメージです また、2011年の東日本大震災以降は、日本の空気自体が保守的なものとなり、既存の価値観を破壊するような新しいものを求めるよりは、今にも瓦解しそうな我々の日常の拠り所となる変わらないものを大衆が求めるようになっていったように感じる。 SMAPは、その期待に応えることで国民的アイドルとしての存在感を改めて増していった。特にそれを感じたのは2014年の27時間テレビで彼らが総合司会を担当する姿を見た時だ。Twitterのタイムラインを見ていると、SMAPと同世代の人たちの反応がとにかく感傷的だったのが印象的だった。テレビに映るSMAPはさすがにメンバー全員がアラフォーということもあってか、精神的にも肉体的にも、ひどく疲れているようにも見えた。 その姿を見た時に思ったのは「がんばれ」という応援する気持ちよりは、そこから降ろしてあげるべきではないのか、という憐みにも似た感情だった。このまま彼らに過度な期待をかけすぎると、いずれ良くないことが起きるのではないかと思って、見ていられなかった。 そんな27時間テレビの印象があったので、解散をあえて「解放」だと語った。しかし、世の中というのは残酷なもので、そう簡単に解放してもらえないのだと思い知らされたのが、例の謝罪会見である。 ネット上では公開処刑と言われていたが、あの会見で、自由なアイドルとしてのSMAPのブランドイメージは殺されたと言っても過言ではない。おそらく、テレビドラマで彼らが演じる役柄も変わらざる負えないだろう。 特に木村拓哉が今まで体現していた自然体のヒーローを演じることはこれからは難しくなっていくのではないかと思う。テレビドラマにおいて重要なのは役者の持つイメージで、それがそのまま配役に反映されることが多い。だから一度スキャンダルが起きると演じる役は変わらざるおえなくない。 金銭的な喪失なら後からでも取り返せるが、今まで育んできたブランドイメージの失墜は中々取り戻せるものではない。その意味で彼らは、何だかんだと言っても、アイドルだったのだ。 正直、SMAPが独立することをジャニーズ事務所が許容していれば、双方にとって、ここまで大きなダメージにはならなかったと思う。しかし、謝罪会見以降のメディア展開が、SMAPとジャニーズ事務所のイメージを、これ以上ないくらい悪化させてしまった。「SMAP解散になぜ多くの人々が衝撃を受けているのか」 取材を受ける中で、その場で考え込んでしまった質問が二つあった。一つは「なぜ、ここまでSMAPの解散報道は多くの人々に衝撃を与えているのか?」もう一つは「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」。正直、SMAP解散について衝撃を受けている人のほとんどが感じていることは「ずっと続くと思っていたものが、終わるということ」に対するショックではないかと思う。画像はイメージです 熱心なファンは別だが、おそらく『笑点』(日本テレビ系)や『サザエさん』(フジテレビ系)が終わると言われたとしても、同じような反応をしていただろう。一番近いのは、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わった時の感触ではないだろうか。 いつの間にか、SMAPは『笑点』や『サザエさん』と同じ、永遠に終わらないものだと信じていたテレビ文化の象徴へと成長していたのだ。更にいうと、解散ショックによって、今まで当たり前の存在だと思っていたSMAPが、国民の誰もが知っているグループアイドルだったことが逆説的に証明されたように思う。美空ひばりや石原裕次郎といった昭和を代表するスターと並ぶ、平成を代表する国民的なアイドルグループだったと、言っても過言ではないだろう。70年生まれの理想を体現していたSMAP ただ、ここからが本題なのだが、そういった大多数の日本人の見方とは別に、SMAPと同世代の70年代生まれの人々にとっては、解散の騒動に対しては、もっと複雑な気持ちがあるのではないかと思う。というのも、筆者自身が1976年生まれで、SMAPに対しては、彼らといっしょに年をとってきたという意識があるからだ。だから、彼らには、時に喝采を送りつつも、時に同世代のダメな部分を見せられているかのような愛憎入り混じった感情がある。 少し細かいニュアンスの話をすると、筆者は、「夜空ノムコウ」には共感するが、「らいおんハート」は歌詞が好きになれない。「世界に一つだけの花」は薄っぺらい綺麗ごとの歌だと思っている。その意味で、先にも書いたように、彼らの芸能活動を全肯定しているわけではない。 SMAPは中居正広と木村拓哉が72年生まれ、稲垣吾郎が73年生まれ、草なぎ剛が74年生まれ、香取慎吾が77年生まれと、いわゆる70年代生まれのメンバーで構成されている。この世代は団塊ジュニアと呼ばれている。親世代のあたる団塊の世代の次に人口のボリュームが大きい世代で、それだけに娯楽産業に対する影響力は大きい。ここ数年90年代リバイバル的な商品を多数みかけるが、それらは団塊ジュニアをターゲットにしたもので、マスを狙う娯楽の多くは彼らをターゲットにしている。それはテレビも同様だ。堀江貴文、尾田栄一郎…70年代生まれの特徴 団塊ジュニアは、後に「失われた10年」、「失われた20年」と言わるようになる不況下に社会に出た世代だ。00年代にはロストジェネレーション(失われた世代)などとも呼ばれた。就職氷河期に社会に出たために、苦しい思いをして、なんとか就職した人もいれば、就職せずにフリーターになって不正規雇用の仕事を転々としている人もいる。また、インターネット黎明期にIT企業を立ち上げたり、ネットサービスを立ち上げた人も多い。元ライブドア社長の堀江貴文(72年生まれ)、匿名掲示板・2ちゃんねるを立ち上げたひろゆきこと西村博之(76年生まれ)やソーシャル・ネットワークサービスのmixiを立ち上げた笠原健治(75年生まれ)、はてなダイアリーをたちあげた近藤淳也(75年生まれ)。ちなみに漫画家では木村拓哉が愛読する『ONE PEACE』の作者・尾田栄一郎が75年生まれだ。 昭和の終わりと平成のはじまり、バブルの好景気と長きにわたる不況、そしてインターネット以前と以降。古い価値観と新しい価値観の狭間を生きてきたのが団塊ジュニアで、それだけに新旧どちらの気持ちもわかるというのが70年代生まれの大きな特徴だろう。 文化面で言うとテレビや漫画や活字といった旧メディアの恩恵を享受する一方で、インターネットや携帯電話に最初に触れた世代である。これが、自分たちより前の世代だと、雑誌やテレビといった旧メディアの影響が強く、自分たちより下の80年代生まれ以降になるとインターネットと携帯電話の存在が当たり前となっていく。88年という昭和末期に結成され、平成のはじまりと共に成長していったSMAPもまた、古さと新しさの両方を備えたグループだった。画像はイメージです かつて、アイドルの活動拠点は「ザ・ベストテン」(TBS系)や「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)といった歌番組だった。しかしそれらの歌番組が軒並み終わった後でアイドルとしてデビューしたSMAPは、就職氷河期ならぬアイドル氷河期と呼ばれた芸能界で、今までのアイドルとは違う道に進まざるおえなかった。だから彼らは、歌番組だけでなく、バラエティ番組にもテレビドラマにも出演し、ニュース番組の司会をして文化人とも対等に渡り合わないといけないというマルチプレイヤーとして活躍しなければならなかった。今では当たり前のことのように思えるが、それはとても画期的なことだった。 様々な戦場で戦い抜いた結果、SMAPは、ただカッコよく笑って踊っていれば許してもらえたアイドルとは違う、歌も演技も笑いも教養もあるという存在にSMAPは成長していった。 あらゆるジャンルを同時に攻略しようと進出していったSMAPだったが、もちろん、そのすべての場所に置いて彼らが一番だったわけではない。どのジャンルにおいても、彼らよりも優れた表現者はたくさんいて、本職では敵わないことは彼らが一番わかっていただろう。しかし、これは今考えればとてもアイドル的だと言えるのだが、それぞれのジャンルを同時に進出して人気を獲得することで、彼らの存在感は大きくなっていった。何より多くの人々が彼らを認めていったのは、彼らのパフォーマンスや発する言葉が、背後にいる大人に無理やりやらされているものではなく、彼ら自身が自発的に発しているメッセージのように見えたからだ。 つまりアイドルでありながら、自分の意思で行動するアーティストのように見え、それを声高に叫ばないバランス感覚が、彼らを魅力的な存在として輝かせたのだ。そして、いつの日かSMAPは国民的アイドルと言える存在に成長していった。少年ジャンプとSMAP 個の連帯の可能性 一人のスターが突出するというのではなく、結果的に全員が主役のように見えるのも、SMAPの魅力だった。突出した一人のスターを回りが引き立てるのではなく、全員が魅力的に見えるグループというのは、時代の変化にも対応していたのではないかと思う。 少年ジャンプに例えて言うと、80年代にはじまったジャンプ漫画は『北斗の拳』(原作:武論尊、作画:原哲夫)にしても『ドラゴンボール』(作:鳥山明)にしても圧倒的に強い主人公が一人いて、他のキャラクターは引き立て役みたいな構図となっていた。それに対して、90年代の人気作である『SLAM DANK』(作:井上雄彦)や『幽☆遊☆白書』(作:冨樫義博)になると、主要キャラクターの4~5人のキャラクター全員に見せ場があって、全員が個性と実力を発揮してミッションをクリアするというような感じになってくる。 おそらくこれは、SMAPがミュージカルで演じた『聖闘士星矢』(作:車田正美)あたりから始まった傾向なのだろう。こういった傾向は『ONE PEACE』や『NARUTO』(作:岸本斉史)、『黒子のバスケ』(作:藤巻忠俊)などの後のジャンプ作品にもつながるヒーロー観の変化ではないかと思う。 『SLAM DANK』や『幽☆遊☆白書』の主人公たちは普段は仲よく馴れ合っているわけではないが、同じ目的に向かって行動しているというある種のプロフェッショナル意識によってつながっていた。そのベタベタしないクールさと、芸能人らしくない自然体の振る舞いが90年代のSMAPの魅力だったと言える。 かつて少年ジャンプで『東大一直線』を連載していた小林よしのりは、薬害エイズ問題で厚生省デモをおこなう大学生たちを支援する形で、彼らはイデオロギーに凝り固まった組織ではなく、同情心から集まった若者同士の「個の連帯」でつながっており、運動が終わればすぐに日常に戻るのだ。と『ゴーマニズム宣言』で語り、彼らを支援したが、当時の少年ジャンプの漫画やSMAPに感じた魅力は、まさに小林が言う組織のしがらみに縛られない「個の連帯」だったのだと思う。 あまり自己憐憫的なことは書きたくないのだが、団塊ジュニアは社会に出る時に、就職氷河期という大きな挫折を味わっている。年功序列・終身雇用といった会社のイメージが大きく変わり、大企業の倒産やリストラの報道が出始めたのも95年以降だ。そんなこともあってか、自分たちの世代は、社会はもちろん会社組織に対しても、根本的な不信感があり、できるだけ政治的なことには関わらずに生きていきたいと思っていたし、突出した個を見につければ、組織のしがらみから自由でいられると思っていた。 だからこそ、SMAPが体現していた「突出した個人主義を貫く5人が作り出す自由な仲間意識」はとても魅力的だった。 スガシカオが作詞提供して、SMAP初のミリオンセラーとなった「夜空ノムコウ」は、平成不況の真っただ中で社会に放り込まれた若者たちの不安な心境が凄くよく現れている時代を反映した曲だ。個人的にも想い入れが強く、当時の不安な気持ちを思い出すので、あまり聞き返すことのない曲だが、ここで歌われていた夜空の向こう側に待っていた明日が、現在の解散をめぐるグダグダの状況だったと思うと、40代になって、もう一度「挫折」したようなやりきれない気持ちになる。 だから、SMAP解散の報道を受けて、スガシカオが、この歌を封印すると言った気持ちは、とてもよくわかる。思えば、古いものと新しいものを知っているからこそ、双方をつなげることで社会的な役割を果たせると思っていたのが、筆者たち団塊ジュニアの強みだった。しかし、気が付けばテレビは高齢者向けのノスタルジーや、「日本凄い」というナショナリズムの物語ばかりを売り者にしている。一方で、若者はテレビに見切りをつけて、ネットでYouTuberの動画を見ているという分裂した状況となっている。この分裂がより進むことで、もしかしたら狭間にいる団塊ジュニアの居場所はどちらにもなくなってしまうのではないかという危機意識と孤独感が筆者にはある。 現在、団塊ジュニアの多くは40代前後となりつつあるが、自分のことを振り返っても、おそらく、自分たちの世代は、分離していく日本の旧世代と新世代のどちらかに着くべきかという選択を迫られているのではないかと思う。そして、SMAPは結果的に、テレビという旧メディアの伝統を継承する立場を選択した。それはテレビといっしょに年をとっていく最後の皇帝(ラストエンペラー)となり、テレビの終わりを看取ることと同義である。インターネットに財宝は眠っているのか? 「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」 これに対しては、自分の中ではビジョンが明確だ。おそらく先に書いたことと、真逆のルートを彼らは辿っていただろう。 仮に彼らが独立していたとしたら、おそらく一時的に、テレビや映画からは干されて、表舞台から姿を消すことになるだろう。楽曲やドラマ、映画といった過去の作品にまつわる権利も、おそらく事務所が持っているだろうから、塩漬けにされてしまうかもしれない。しかし、それでも、彼らの築きあげてきたブランドと、影響力があれば充分やっていけるはずだ。画像はイメージです 何より今はインターネットがある。テレビ朝日が出資しているAbemaTVは厳しいかもしれないが、ニコニコ動画やLINE LIVE等に進出して、成果を上げていけば、芸能界も、その存在を無視することはできなくなっていくだろう。 ファンに直接課金するメルマガを発行することもできる。YouTubeに自分たちのチャンネルを持ってもいい。資金力があるのであれば、自分たちの事務所で独自に映像作品を作るというのもありかもしれない。何せ、主演俳優は5人もそろっているのだ。 有名無名問わず、彼らといっしょに仕事をしたいという映像作家や放送作家も、たくさんいるだろう。かつてのSMAPは、無名だが才能あるクリエイターとコラボすることで、ブランドイメージを高めてきた。今の保守化しているテレビの周辺にいる顔なじみの作家とルーティンで仕事をするくらいだったら、無名だが才能のあるインディペンデントのクリエイターたちと組んだ方が何倍も面白いものを生み出せるのではないだろうか。 あるいは、一気に海外市場を目指すというのはどうだろうか。NetflixやAmazonビデオのような有料動画配信サイトで、SMAP主演のドラマを海外の資本で作るということだって、難しくはなかったはずだ。 今となっては夢物語を語っているようで、書けば書くほど、そうならなかった現実を実感してむなしくなるが、前例は全くないわけではない。 例えば、事務所のゴタゴタでテレビの仕事を失った小林幸子はニコニコ動画を中心としたオタク界隈に進出することで、ネットを見ている若者層からの支持を獲得し2015年には紅白歌合戦に返り咲いている。 最近、事務所を独立したのん(能年玲奈)も、テレビの仕事は当面厳しいかもしれないが、独立してすぐに劇場アニメ『この世界の片隅に』の主演声優のオファーが来ている。彼女を応援したいという俳優やマスコミ関係者が多く、ネット上には彼女を応援する声は多数ある。SMAPメンバーはネットの世界に飛び込むのか? もちろん、インターネットにもダメなところはたくさんある。記事のパクリは多く、不確定な情報も垂れ流されるし、すぐに炎上する。映像制作能力に関してもテレビや映画に較べればまだまだ稚拙である。何より資本力において大きな差がある。しかし、これらの問題は数年前に較べれは少しずつだが改善されつつある。一方でテレビは、NHKを除く民放のテレビ局は制作能力がどんどん低下しており、若い才能を輩出することが難しくなってきている。 このことを考えると5年後、10年後にはコンテンツ制作能力の差はかなり縮まってくることだろう。その時に小林幸子のようにテレビに返り咲くこともできるはずだ。インターネットとテレビの人材はもっと循環していいし、一部ではそうなりつつある。だからこそ、今回の騒動の時代錯誤感が際立って見える面もあるのかもしれない。画像はイメージです 例えばSMAPのメンバーがTwitterのアカウントを持っていて、自由に発言できる環境があれば、今回の騒動は全然違ったものになっていただろう。ジャニーズ事務所は他のタレントと較べるとネットに対する規制が厳しい。現在はだいぶ改善されつつあるが、今も雑誌の表紙がネットに掲載される時は、タレントの姿が白く切り抜かれている。 00年代のネット黎明期は、まだ権利関係の整備が不十分だったので、所属タレントの権利を守るうえで多少は仕方ない面もあったと思う。しかし、YouTubeやニコニコ動画が登場したことで映像配信の面でテレビに拮抗するメディアにインターネットが変化して以降は、Netflixのような有料動画配信サイトも現れている。特に、ニコニコ動画やLINE動画などのネットの生配信が増えている現在では、その規制は足かせとなっている。 逆に言うと、SMAPが事務所を独立したことによって、テレビの仕事がなくなったとしても、元々、ジャニーズ事務所の力が及ばないネットだったら、いくらでも仕事ができただろうし、逆にSMAPがネットに進出することで、テレビとネットの力関係を大きく変える業界再編の兆しにもなったかもしれない。 言うなれば、インターネットは『ONE PEACE』における、グランドライン(偉大なる航路)みたいなものだ。 現在、一年単位でテレビとネットをめぐる力関係は大きく変動している。沈みゆく黄昏の帝国(TV)の最後の皇帝(ラストエンペラー)として老いていくのか、ワンピース(ひとつなぎの財宝)を求めて、インターネットという新しい世界に飛び込むのか。 90年代のSMAPなら、迷わず後者を選んだだろう。 SMAPは今年いっぱいで解散となるが、各メンバーは、そのままジャニーズ事務所に残るという。しかし、信頼関係が悪化し、現在、まともなマネジメントが出来ていない状態を考えると、今の事務所に残り続けることに一体どれだけの意味があるのだろうか。その意味で、SMAPのメンバーがそれぞれ一人になった後も、古いテレビの世界にとどまるのか。それもと新しいネットの世界に飛び込むのか? という葛藤は、彼ら一人一人の心を締め付けることだろう。 彼らの葛藤は、私たち70年代生まれの世代が抱えこんでいる悩み、そのものである。

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    「国民的アイドル」という呼称のせいでSMAPの悩みは深まった?

    てしまうかもしれないが、ここできちんと考えておきたいことがある。 ここで我々が考えておくべき点は、「芸能タレント」と「文化」の関係なのだと思う。実は、この点が曖昧にされているがゆえに、解散報道における不透明感が強くなっているように感じられる。 SMAPは、しばしば「国民的音楽グループ」という言葉で語られる。あるいは、日本を代表するグループと言われることも多い。これは栄誉ある称号かもしれないが、誤解を生む言葉でもあった。 確かに、彼らは日本を代表する音楽グループである。グループとしての人気や、CDなどのセールスに関しても、音楽業界の第一人者であることに異論はないだろう。 けれども、あらためて考えてみると、彼らが「作られた」アイドルであることに間違いはない。彼らは歌手であり芸能人であり、タレント事務所の所属タレントであって、「カルチャー」の担い手ではなし、私見ではあるが、彼ら自身からもそういった意識を(テレビからは)あまり感じない。 当たり前のことであるが、「タレント」としての彼らの存在意義は、世の中の人気者となり、事務所に利益をもたらすことであるし、それが結局は本人の利益につながっている。だから「金」の問題で事務所とメンバーの間に、思い違いや行き違いも生じるし、メンバーの不和が生じても不思議ではないし、むしろ当たり前の話である。 この点は、一般の企業における社員と会社、あるいは社員同士のトラブルと変わることはない。 社員が、自分の会社の評価が高まって上手くいうことを願うが、それが最終的に自分の利益に返ってくるからだ。経営者は、商売がうまくいくよう考えて行動するだろうし、従業員が経営者に反旗をふりかざせば、会社から切り捨てられるのは当然である。あるいは、社員同士のあつれきから、会社を飛び出す社員もいるかもしれない。――こうして見れば、SMAPといっても、「会社」と「社員」の構図となんら違うところはない。優れた「表現者」でも才能ある「アーティスト」ではない けれども、我々一般人と大きな違いであり問題であるのは、SMAPが、本人たちの認識を超えて「国民的」なグループとなった点にある。“図らずも”、彼らは、日本の国の音楽文化の代表のようなポジションを得てしまった。 SMAP自身も事務所も、人気のあるグループを目指していただろうが、「国民的」という形容詞がつくことを望んでいたわけではなかろう。 あえて乱暴な言い方をするが、彼らは単なるタレントであり、ただのアイドルグループなのである。そこをマスコミもジャーナリズムも勘違いしているか、あるいはわかっていても「勘違い」を押し通している。人気者になりたいと思っていたとしても、“国民的”で“重みのあるポジション”になろうとSMAPのメンバーが希望したわけではないだろうし、本当はむしろ迷惑なのかもしれない。 それでも、いつの間にか、彼らは、本人たちの意思や事務所の考えを超え、「偉大な」存在になってしまった。 歌手ではあっても、彼らはオリジナルの「音楽」を持っているわけではない。音楽的な方向性も厳密に決まったものはないし、独自の方向性を持っていることもない。多くの大ヒット曲を持ってはいるが、すべては、事務所、あるいはスタッフの用意したものである(もちろん、メンバーの意志も汲んだものもあるだろうが)。 それにもかかわらず、いつか周囲は、彼らを才能のある「アーティスト」とみなすようになってしまった。いや、確かに優れた「表現者」であると思うが、「一から作り出すアーティスト」とは違う。なぜ彼らの評価が「アーティスト」「文化的」となっていったのかは想像をするしかないが、これには、海外公演の成功などが影響しているのかもしれない。 いずれにしても、“本来の彼ら自身”と“虚像”とのギャップが、今回の解散騒動におけるわかりにくさや腑に落ちない印象とつながっているように思えるのだ。 つまり世間やマスコミは、SMAPに、あるいはジャニーズ事務所に、「文化人」としての振る舞いを期待しているのである。「カルチャーの担い手」として、「恥ずかしくない」出所進退を求めているのだが、これは当事者には迷惑な話ではないだろうか。SMAPのメンバーそれぞれはひとりの芸能人に過ぎないし、ジャニーズ事務所はただの営利企業なのだ。出口なき「キムタクバッシング」 歌謡曲(最近ではJポップスというべきか)は、「文化」と言えるのだろうか。それとも、単なる「商品」と考えたほうがよいのか。――そのどちらの側面も持っていると考えるのが妥当なのであろうが、あえて「文化」とみなすのであれば、幾分トーンは下がるが「大衆文化」というほうが、より正確だ。 サブカルチャーという言葉がある。本来の定義は、主流文化に対し、“一部の集団”を担い手とする文化を指す用語で、「副次文化」ないし「下位文化」とも訳されることがあるが、最近では、アニメやゲーム、その他いわゆる「オタク文化」などもサブカルチャーと呼ばれるようになっている。 歌謡曲も広い意味では、サブカルとしてとらえてよいのかもしれないが、それはあくまでも「作品」に対してだ。「歌い手」は「カルチャー」ではない。単なる作品のパーツに過ぎない。 こういう観点からすると、SMAPのメンバーはカルチャーへの志向を持っているわけではない。カルチャーへの志向を出したければ、自らが「作品そのものになる」ことをしなければならないからだ(誤解がないように言うと、これは批判をしているわけではない)。ということはつまり、マスコミや国民が期待するような文化人的な「姿勢」を持つことは、無理な注文なのだ。 経営のことしか頭にない事務所からのプレッシャーの中で、「自分の言葉」で話すこともできずに、その姿をさらし続けているのを目にすることは、ファンにとっては辛い状況ではあるが、ある意味、やむを得ないことなのかもしれない。 SMAP解散騒動におけるキムタクバッシングを目にするにつけ、私が「もやもやとした嫌な感じ」がするのは、バッシングしている一般人が、バッシングしているにもかかわらず、実は対象を正しく把握できていない、実像を見ていない、ということに気付いたからである。「虚像」に対して不寛容になって、いったいどこに出口があるというのだろう。いわなみ・あきら 精神科医。1959年、横浜市生まれ。東京大学医学部医学科卒。医学博士、精神保健指定医。東大病院精神科、東京都立松沢病院などで診療にあたる。東京大学医学部精神医学講座助教授、埼玉医科大学精神医学講座准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。精神疾患の認知機能、司法精神医療、発達障害の臨床研究などを主な研究テーマとしている。著書に『狂気という隣人』『うつ病』『文豪はみんな、うつ』『生の暴発、死の誘発』『精神科医が狂気をつくる』『心の病が職場を潰す』ほか多数。関連記事■ ネットの世論は、“真実が操作されていること”に敏感だ。――SMAP解散騒動の嘘とホント。■ 聞けば聞くほど、不透明でやりきれなさの残るSMAP解散報道■ 論争再燃!恋愛は受験の妨げになる?ならない?■ 「長い目で見て、譲ることを覚えなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~

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    SMAPが日本の「国民的グループ」であった理由

    でゲストに率先して自らコメディーやパロディーを演じたりすることはなかった。そんなさまざまなテレビ界、芸能界の常識を覆してきた『SMAP×SMAP』は、日本のテレビ番組で最も潤沢な制作費が注ぎ込まれてきた番組であり、日本においてアイドルという存在の意味と可能性を広げることとなった先駆的な番組でもあった。「国民的グループ」の役割を自覚「国民的グループ」の役割を自覚 この番組では、2011年3月に東日本大震災が起こって以来、5年以上たった現在に至るまで毎回、番組の最後にメンバー5人がフォーマルなスーツに身を包んで一列に立ち、視聴者に復興支援を呼び掛けている(現在は、今年4月に起こった熊本地震の被災者への義援金への呼び掛けも加えられている)。大きな災害が起こった後にタレントやミュージシャンがチャリティー活動をすること自体は珍しいことではないが、それをここまで継続的に、毎週、視聴者に向けて行っている例は他にない。 その復興支援への呼びかけのパートは、最初にジャニーズ事務所独立騒動の報道があった今年1月以降も、その都度撮り直されている。彼らはただ日本人の多くから「国民的グループ」と呼ばれていただけではない。その役割を自認して、その立場でその時に何をすることができるかを常に考えてきたグループだった。あるいは、そうした役割があったからこそ、それぞれがソロ活動で人気役者として、また人気バラエティータレントとして活躍するようになって10数年がたっているにもかかわらず、SMAPの一員であり続けてきたという側面もあったのだろう。そのことを考えると、年内解散が報道されて、グループとしての音楽番組への出演やCMの契約が途絶えてしまった現在も『SMAP×SMAP』だけが続いている理由は、テレビ局との契約問題だけではないことが分かる。彼らは最後まで、少なくともその役割だけは果たし続けようとしている。若手ミュージシャンの夢も担う もちろん、SMAPが結成から28年もの期間、グループとして活動し続けてきた理由は、「国民的グループ」としての責務を果たすためだけではない。何よりも彼らはエンターテイナーであり、ステージ上で歌い、踊ることには、言葉にすることができない根源的な快楽と喜びがあっただろうし、そんな彼らの歌い、踊る姿は多くの人々を魅了し続けてきた。 近年、ビヨンセやリアーナ、カニエ・ウェストやジャスティン・ビーバーといったアメリカやカナダのトップスターたちは、インディペンデントで活動している若手ミュージシャンを自らの作品に積極的に起用し、世界中にその才能を知らしめるようになっている。SMAPは、楽曲制作や『SMAP×SMAP』での共演ステージにおいて、日本国内でそれと同じような役割を90年代後半からずっと果たしてきた。今年8月に解散報道があった時も、多くのミュージシャンから「いつかSMAPに楽曲を提供するのが夢だったのに」「SMAPと共演するのが夢だったのに」とその解散を惜しむ声が上がっていた。SMAPは、そんなメインストリームとアンダーグラウンドカルチャーのクロスオーバーを夢見ることができる場所であり続けてきた。解散の危機は何度もあった解散の危機は何度もあった 海外では「ボーイバンド」などと呼ばれる活動形態であるSMAPの5人のメンバーも、今年で最年長の中居正広と木村拓哉が44歳、最年少の香取慎吾も39歳。図らずもメンバー全員が40代になる直前に、グループとしての活動を終えることとなった。途中からは役者やテレビ番組MCとしてソロでの活動の比率も多かったとはいえ、自立した5人の大人の男が30年近くずっと一緒に活動していれば、その過程では当然のようにメンバー間に不和が生まれる時期もあっただろうし、オリジナルメンバーの森且行の脱退(1996年)を筆頭に、これまでも解散の危機に何度か直面したことをメンバー自身がふと漏らすこともあった。何事も永遠に続くものはない。(極めてチケットの入手が困難だった)彼らのライブツアーに足を運んできた熱心なファンも、主にテレビを通して彼らの活動を追ってきたライトなファンも、「SMAPのいる日常」があまりにも当たり前のこととなっていて、これまで「SMAPが解散する」という可能性に思いを巡らすことがなさすぎたという面もあるだろう。50歳になっても60歳になってもSMAPであり続けてほしいという願うファンの気持ちは、メンバーの精神的負担と肉体的負担を客観的に考えれば、ある種の残酷さと隣り合わせでもあった。画像はイメージです功績にふさわしいエンディングを しかし、彼らを育ててきた担当マネージャー(当時)の独立問題に端を発すると報道されている今年に入ってからの解散騒動と、8月14日に発表された「グループとしての解散」という結論は、はた目からは事務所による「強制終了」のようにも見えた。日本のエンターテインメント界においてあまりにも特別な存在であったこの「国民的グループ」の終わり方として、それはふさわしくないものだという気持ちが拭えない。いつか彼らが「解散」することがあったとしても、今回発表されたメンバーの書面やラジオ番組でのコメントには、「このタイミング、このやり方ではしたくなかった」という気持ちがにじみ出ていたし、ファンの間には、メディアを通して一方的な情報が流される解散報道に対して疑心暗鬼が渦巻いている。 SMAPが正式に解散する今年の大みそかまで、残りあとわずか。事務所やメンバー間の意思の疎通において、どこかでボタンの掛け違いがあった(おそらくは一箇所のボタンではなく複数箇所のボタンにおいて)としか思えない今回の解散騒動だが、せめて最後だけは、メンバー全員が自分たちの歴史と功績にプライドを持って、彼らが一貫して体現し続けてきたポジティブな感情をファンと共有できる機会が訪れてほしいと、今は願うばかりだ。日本のエンターテインメント界において彼らが成し遂げてきた功績を踏まえれば、彼らには笑顔で送り出される資格があるし、そうでなくてはいけないと思う。(2016年9月6日記)うの・これまさ 1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」などの編集部を経て、現在はウェブマガジン「リアルサウンド映画部」主筆。主な著書は『1998年の宇多田ヒカル』『くるりのこと』(共に新潮社、2016年)。

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    SMAP「キムタク抜き」で中国進出か 元マネの再就職で憶測

    「独立」が失敗し、ジャニーズ事務所を退社。それが今回の解散劇の原因になったと言われている。 退社後に芸能界を離れたI氏が現在、中国系企業Aで社のPR業務に関わっていることが様々な憶測を呼んでいる。A社は免税店などを経営し、中国人観光客相手のビジネスで急成長を遂げたことで知られる。A社関係者が言う。「IさんはA社の社長夫婦と仲が良く、以前から中国人観光客に向けたプロモーション活動に協力していた縁もあり、仕事を共にするようになったようです。 実はA社では昨年春、新規事業を立ち上げる際に香取慎吾君をイメージキャラクターに起用するというプランが持ち上がりました。当時ジャニーズ事務所にいたIさんの尽力によるもので、実現しませんでしたが、会社の幹部は“Iさんに頼めば、ノーギャラでいけます”と言っていたようです」 A社はI氏との業務関係を「事実ではない」と否定するが、この関係者はこう続ける。「A社には“社長直轄の特別業務”があるんです。会社に大きな利益をもたらす人たちのプロジェクトで、Iさんもそれを担うと聞いています。 SMAPは中国や台湾でも人気です。解散後、事務所も辞めるようなことになれば、Iさんのコネクションで“中国で新生SMAP再始動”なんてことがあるかもしれない。さすがに独立騒動で事務所側に付いたキムタク(木村拓哉)は無理だと思いますが、香取君ら他の4人は今もIさんに恩義を感じていますから」 SMAPまで“爆買い”されてしまうのか。関連記事■ 高畑裕太容疑者の異常性欲は短大時代から、坂上忍も呆然■ 木村拓哉だけの「特例結婚」でメンバーたちは諦めの境地■ ひとりラーメンのベッキー 連絡とるのはハリセン近藤など数人■ 華原朋美 7歳年下実業家とプールのある店で誕生日デート■ いるだけで視線集める木村拓哉 光GENJIから厳しく叱られた

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    アイドルを虚構から現実の存在にしたSMAPの革命

    タトークなどをして、“現実”を持ちこみました。つまりアイドルを虚構から現実の存在にしたことで、彼らは芸能界に革命を起こした」(戸部田さん) SMAPの逆説的なスター性を指摘するのは、『SMAPは終わらない』の著者で批評家の矢野利裕さんだ。 「歌がうまくないのも、踊りがイマイチなのも、途中からどんどんネタにしていきましたよね。“隠して守る”ではなく〝さらけ出す”。テレビの中で縦横無尽に自由に振る舞うSMAPは、ありそうにないファンタジーを舞台の上で見せつける存在ではなく、テレビを通し身近に感じられる存在。スター性を手放したがゆえに、逆にスター性を獲得し、国民的なスターへとなっていきました」言葉にならない声を代弁したSMAP 1995年はSMAPにとって躍進の1年となった。1994年にリリースした『がんばりましょう』から『俺たちに明日はある』まで、6曲連続でオリコン初登場1位を記録した。その背景には、この1995年という1年に、阪神・淡路大震災やオウム真理教による度重なる事件など、悲劇が重なったことも無関係ではないだろう。 『ジャニヲタ 女のケモノ道』の著者で女芸人の松本美香(46才)は兵庫出身。1995年1月17日早朝、とてつもない衝撃とともに目を覚まし、無我夢中で外に飛び出しなんとか身の安全を確保したという。「倒壊した家屋と瓦礫の山を眺めながら“まるで映画のセットみたいやなぁ”と、どこか絵空事だったのが、徐々に現実を理解していくと、それまでに味わったことのない絶望感で胸が押し潰されそうになったことを覚えています。 そんな中、Mステを通常通り生放送すると知った時はめちゃくちゃ驚きました。“こんな大変な時なのに放送していいの?”“不謹慎って言われない?”って。確かSMAPは新曲を披露する予定だったはずなんですが、急遽被災者へのメッセージと曲目変更して『がんばりましょう』を歌ってくれたんですよね。もうね、それを見て子供みたいにワンワン大泣きしましたわ。張りつめてた糸がプツンと切れたんでしょうね。ちゃんと歌を聴きたいのに、ちゃんと彼らの姿を見たいのに、涙が邪魔で。自分の嗚咽がうるさくて歌が聴こえんと(笑い)。 でも、別に悲しくて泣いたわけではなくむしろ嬉しかったんですよね。いつものようにMステがあって、いつものようにSMAPがカッコ良くパフォーマンスしてくれることに。“あぁ大丈夫だ!”って確信できたんです。生きててよかったと思えたし、ひとりじゃないんだって。兵庫県民の自分にとっては本当にありがたかったなぁ。 あの時にもう一度前を向いて歩いていく勇気をもらえたこと、励ましてもらえたこと、メッセージとともにこの曲を歌ってくれたSMAPには一生足を向けて寝られません。 2011年には東日本で、そして今年は熊本…。きっとあの頃の自分のように、SMAPから元気と勇気と希望をもらった人がたくさんいたんじゃないかと思うんです。きっとSMAPって、永遠にそういう存在なんだと思います」 1996年5月、メンバー森且行(42才)が、オートレーサーに転身するために脱退。突然の別れに涙があふれたが、残った5人は仲間の夢を全力で後押しした。1996年7月、5人のSMAPとして初めてリリースしたのは『青いイナズマ』だった。オリコンランキングは初登場堂々の1位をGetした。そしてSMAPにとって初めてのミリオンセラーとなったのは『夜空ノムコウ』(1998年)だ。 「なんか、いい曲だよね」。かつてそんな会話をした記憶が、あなたにもあるのではないか? 前出の矢野さんが言う。 「バブル崩壊後の失われた10年に社会に出た若者たち、ロスト・ジェネレーションのBGMでした。フリーター、ニート、ひきこもり、派遣労働者、就職難民などが急増し、格差社会も出現しました。そうした時代、社会の気分を映し出したのがこの曲ですが、SMAPが国民的アイドルとして、そういったみんなの言葉にならない声を代弁していた。“あれからぼくたちは何かを信じてこれたかな”って」関連記事■ 950曲掲載 ジャケットだけでも楽しいアイドルディスクガイド■ クリス松村が独自視点で綴ったアイドル論 特典商法に警鐘も■ 朝井リョウの新刊は現代のアイドル事情を鮮明に描いた長編作■ SMAPファン デビューCD3枚買ったのがバレ親に怒られた■ 94cmJカップアイドル こぼれちゃった“下乳ショット”5連発

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    石田純一の出馬騒ぎは結局何だったのか

    4年後の五輪ホスト都市の「顔」を決める東京都知事選の投開票が目前に迫った。選挙戦は事実上の三つどもえとなり、都民の選択に注目が集まる。話題に事欠くことがなかった選挙戦でしたが、そういえば俳優の石田純一の出馬騒ぎも小ネタの一つになりましたね。あの人は結局、何がしたかったんでしょうか?

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    石田純一が構想した「奇跡の東京」って結局何だったんだろう?

    こにきて、都知事選の出馬騒動。結局数日間で挫けてしまったのだが、個人的には波紋を呼んだと思っている。芸能界とテレビ界では誰も口にしない「現政権に対する違和感」を口にしたのだから。参院選と都知事選をごっちゃにするな、という意見もあるが、石田が「野党統一候補であれば」という条件付き出馬を宣言し、野党共闘で改憲阻止という願いがクローズアップされるはずだった。バブル世代の根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのか ところが、である。石田が出馬する意向あり、というニュースは、7月6日の「直撃LIVEグッディ!」(フジ)を皮切りに瞬く間に広まったのだが、彼の本当の思いはテレビでほぼ伝えられなかったような気がする。残念ながら「バブル紳士が文字通り泡沫候補」という印象しか伝えられなかったのだ、テレビでは。7月11日の出馬断念の会見も、各局の夕方の番組では冒頭の数分程度しか放映せず。あっという間に永六輔の訃報へとスイッチ。あるいは嫁への配慮といった話のみを抽出し、録画映像を流しただけだった。都知事選の出馬について記者に質問を受ける石田純一氏=7月7日、羽田空港 「みんなのニュース」(フジ)だけが会見の様子を比較的長く映したのだが、なぜか途中で首相のコメントが流されるという不自然なスイッチング。生中継でもないのに、なぜ中断してまであれを流したのかしら? その後は、会見前の石田に密着した映像を流していたのだが、結局軽薄な印象しか残らない構図に。「すごい東京、奇跡の東京と呼べるような考えがあったんです」と車中で熱く語る石田。そのふわふわした言葉は、都民に響かずじまい。 このとき、私自身は宇都宮健児(3度目の正直)に投票しようと既に心を決めていたので、石田に目もくれなかったのは事実だ。しかし、その後、宇都宮氏が断腸の思いで出馬を取り下げたので、かなり困り果てておる。まっとうな感覚の人がいなくなっちゃった、というのが本音。 石田純一は結局何をもたらしたのか。もしかしたら、バブル世代の「俺たちなら何かできる!」という根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのかもしれない。今、バブル世代が胸に秘めたくすぶり感と正義感のようなものが、地方創生とかなんとか言って、地方行政にこぞって向かっているような気もしている。石田のように、命と生活を重んじる方向へ進むのであればよいのだが、そうでない強大な力もあるようで不穏だ。すこぶる不安だ。 もうひとつは、野党の足並みの揃わなさや脆弱性を曝け出したとも言える。奇しくも石田が民進党について、名言を吐いたのは聞き逃すまじ。「グッディ!」の安藤優子キャスターから電話取材を受けたとき、「民進党は横に長い党」と発言。現政権に対する違和感だけでなく、民進党内の不協和音についてもしれっと暴露しちゃったというわけだ。 さて、今後の石田純一はどうなるのだろう。彼が構想していたと思われる「すごい東京、奇跡の東京」とは結局何だったのかはわからずじまいだが、人として決して間違ってはいなかった情熱が、違う形で開花することを願う。でもテレビ界からは干されちゃうんだよね? 政権批判を口にする厄介なタレントという烙印をおされて。逆に、石田を積極的に起用する気骨あるテレビ局があるならば、ぜひ注目したい。個人的には、ドラマで再びあのゆるふわな姿を観たいのだが。

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    石田純一のドタバタ劇はニッポンの選挙の縮図そのものだ!

    ばいいと言わんばかりの人数合わせともいえるタレントに白羽の矢が立つことになった。人気のあるタレントや芸能人を立てれば、少なくともファンは投票してくれるだろうとの思惑も働いていたようである。政治経験も関心もない芸能人が立候補するようになり、政党が公認するようになったのである。名前を覚えてもらうという努力が必要ないということは、その期間の短さもあり、圧倒的なアドバンテージになる。政党の人数合わせからすれば、逆に政治に強い関心がないほうがいいのかもしれない。でも、その思惑は有権者を軽んじていることにならないだろうか。志をもって準備するタレント候補はいないのか 芸能人だからといって立候補を制限することなどはできないし、すべてのタレント候補が政治家たる資質がないというわけではない。たとえば西川きよしさんは、漫才師という、ある意味では政治とは必ずしも近くない人であったが、当選後は国会を休まず、どのベテラン政治家よりも真摯に政治活動を行っていたことは広く知られている。ご本人の性格もあるのであろうが、もはやタレント候補という範疇で話す人はいないとも聞いている。こうしてみると、芸能人だから悪いというわけではなさそうだ。 一方で、青島幸男氏は95年の東京都知事選挙で政党色を一切拒否して当選した。同時期に行われた大阪府知事選で当選した横山ノック氏とともに、政党の推した候補者を破ったことから、「無党派の反乱」とも呼ばれた。都知事選で青島氏は、選挙運動を拒否し、自宅で都政の勉強をするという戦略を採った。ご長男からの「やる気がないと思われるよ」という発言からポスターだけは印刷したとも言われているが、すべてを貼り終わることがなかったにもかかわらず当選した。もっとも青島氏は、1968年の参院選全国区から出馬したタレント候補そのものであった。すでに74年の参院選で選挙運動を一切しない戦略を採っていたので、都知事選が初めてではないし、参院議員としての経験もあったので、もはやタレントではなく政治家として評価されていたといってもよいかもしれないが、それでもこうした戦略を可能としたのは、テレビタレントとしての抜群の知名度であるといってよいだろう。ただ選挙運動を拒否する姿勢は、候補者として適切ではないし、立候補してから都政の勉強をすることも支持はできない。1995年4月、東京都知事選挙に当選し家族と喜ぶ青島幸男氏(中央) 国政に目を転じても、選挙期間中の質問にまともに答えられなかったり、政策論争ができずに、これから勉強しますという当選者もいた。歳費、いわゆる文書交通費、立法事務費を合わせれば税込み収入に換算すれば5千万円を超えるであろう金額をもらいながら、当選してから勉強をするというのでは一般の学生が浮かばれない。大学では、経済的な事情で学業を断念する学生が増えているように感じる。奨学金の返済に苦悩している若い人たちがいることを思うと認めるわけにはいかない。 そもそも後出しが有利であるとか、選挙運動を行わないことを可能とするのは、著名人であることが前提になっているからである。都知事選挙では、後出しが有利という言葉がまかり通ること自体が、著名人の当選が続いていることを示唆しているにすぎないのである。それをさも選挙の傾向のように扱うことにも疑問を感じる。今回のような突然の辞任からの選挙では、多少事情を汲んでもよいが、それでも志とそれなりの準備を持った候補者が政策で争う選挙をすることが民主主義にとって必要なことであると思われる。 もちろん、このことを一番に考えなくてはいけないのは有権者である。政治家としてふさわしいか否よりも、イメージの良さや、ファンだったなどの理由で投票しているとすれば、こうした税金の無駄使いともいえる支出も甘んじて受けなければならない。確かに、どの候補に入れたらいいのかわからないから知っている名前に投票することはあるだろう。しかしタレントとしての技量と、政治家のそれとは自ずと違うはずである。百歩譲って、初めに投票するのは仕方がないとしても、その候補者が政治家となって何をしたのかを観察していなくてはいけない。四六時中とは言わないが、気が付いた時にはチェックすることは必要だろう。その政治家が政治家としてまともに働いているのであれば、次回も投票するし、そうでない場合は、次は「著名人だから」だけではなく、そこに新たな基準を足して選ぶべきではないだろうか。政党、有権者、候補者ともに考えなくてはならない。

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    「政治を語れるタレント」になり損ねた石田純一の大誤算

    った途端、「ホントは、別にいいんじゃないの?って思うけどねえ」と笑いながら真逆の本音を漏らしていた。芸能活動の一環だった出馬騒動 つまり、テレビタレントは自分の見せ方だけを気にしている種族なのである。セルフプロデュースにやたら長けているから、三原じゅん子が急に眼鏡をかけたり、今井絵理子が歌手時代にはなかった白スーツを着たり、突然の装いチェンジもお手のもの。だからしっかり当選できるのだ。出馬会見を終え、茂木敏充選挙対策委員長(左)に手話をレクチャーする今井絵理子氏(中央)=2月9日、自民党本部(福島範和撮影) 芸能記者から見れば、石田純一はとても取材しやすい「イイ人」で知られるが、今回の茶番は「自分がどう見られたいか」だけを気にしてやったことで、「政治を語れる私」のPRをしたかったのだと思う。バラエティ番組などで“素足に靴”がトレードマークとなっている彼だが、実は局の出入りにそんな恰好をせずジャージ姿で現れる。それでも、セルフプロデュースのおかげで「石田といえば素足」が浸透している。出馬会見も本人が「後押し」と言っていた市民団体の主催かと思いきや、所属事務所の仕切りだった。要するに芸能活動の一環だったということ。最近は仕事減だったためか、これでまた時の人となることはできた。 よく「政治の質が低下した」といわれるが、タレントにとって政界は非常に利用しやすい世界だ。特にスタジオで話をしたりイメージを売るだけで、大金が転がり込む割の良い職であるテレビタレントは、テレビに映っているときだけ自分を素敵に見せる業が、まさに選挙時に耳触りの良い話をする候補者とベクトルが同じだ。だから、タレントにとっては「本業で落ち目になっても再就職先として大逆転できる」という認識しかないはずだ。 テレビキャスターは馬鹿のひとつ覚えのように「選挙に行きましょう」と言うが、その本音だって「政治の本質に無関心な層が投票すれば波乱が起きてメディアが盛り上がる」ことを期待したもの。その劇場型の恩恵をもっとも受けたのが小泉純一郎元首相で、その次男もいまテレビがタレント人気を煽っている最中である。 しかし、舛添要一・前都知事に憤った人たちは思い出してほしい。その舛添氏もテレビでゴミを出す姿を見せて視聴者の好感度ばかり上げて当選してきたことを。政財界の人脈に乏しかった人だから、なおそこに特化したのだろうが、これからの選挙もテレビから伝わるイメージの良さだけで判断していたら、同じことの繰り返しだ。もっとも、選挙なんて「税金で食べていきたい幸運な人選びにしかなっていない」と思う政治不信な筆者の目には、いま手を挙げている面々も寄生虫のようにしか見えないのだが、そのぐらい怪訝な目で見た方が、むしろ失望感は少ないと思うのだ。

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    石田純一の呼び掛けは動かない野党への起爆剤だ

    いというよりも野党への統一候補の擁立を促すものであったと思います。「出馬に家族は反対「話し合いたい」芸能活動で「ペナルティーも」「靴下は履いてもいい」」(前半)(産経新聞2016年7月8日)「芸能界に「未練ない」「笑われるのも覚悟」壱成、すみれは「電話つながらない」(後半)(産経新聞2016年7月8日) 参議院選挙の最中での表明のあり方が問われていましたが、東京都知事選挙はすぐに来ますので、別に問題があるとは思えません。 むしろ、野党4党がなかなか動かないということにこそ問題があります。 私は、石田さんの会見は、このような動かない野党4党への起爆剤としての意味があり、とても良かったと思います。 民進党岡田代表も共産党志位委員長も石田さんの発言を絶賛していますが、かなり刺激を受けたことでしょう。街頭で都知事候補者への応援演説を行う(左から)、枝野幹事長(民進)、西崎共同代表(東京生活ネット)、小沢共同代表(生活)、鳥越俊太郎候補、志位中央委員長(共産)、又市幹事長(社民)の各党幹部=7月22日、東京・有楽町駅前 それ以上に気になるのは、石田純一さんがこのような表明をしたことによって芸能界から干されるのではないかと危惧する発言があることです。 発言者自身は、石田さんのことを慮ってのことだということはよくわかります。 同じような問題では、近いところで山本太郎さんが反原発の運動を行ったことが芸能界での居場所を失わせたということで、この世界は何と自由にものが言えないんだろうと思いましたが、そのようなものが言えない状態であることは、今なお改めて私たちにも突きつけられた問題です。 これが政権与党の応援だったりすると、だいたいがスルーされます。 与党からの立候補などマスコミが大騒ぎします。今井絵理子氏がその典型例です。 「当選」を前提としているからでしょうか。 あるいは政界を引退した橋下徹氏については芸能界復帰かとまで言われていましたが、あれだけ「色」がついているのに、あの極右思想であればスルーなのです。 以前は、このような世界ではなかったと思います。私が学生の頃、見たような映画では、例えば『千羽づる』などは、原爆をテーマにした反戦映画ですが、倍賞千恵子さんや前田吟さん出演ですが(どこかの映画のキャストと似ていますが)、普通に出演されていたと思います。 この映画が再び見れないのが残念です。http://movie.walkerplus.com/mv17924/ かつての『戦争と人間』のような山本薩夫監督の映画も石原裕次郎さんも出演されていました。 この中で、石原裕次郎さんは外交官の役でしたが、満州事変を引き起こした関東軍に対し、「戦争を止められないのなら外交官の存在意義はない、今日限り、外交官をやめます」という趣旨のことを述べたことが非常に印象に残っています。 体制に気に入られるようなものばかりを財界が望み、それが報道番組の内容にまで及んでいる昨今ですから、石田純一さんや山本太郎さんが干されていくということはその延長線上なのでしょうが、本当にこれだけものが言えない社会でいいのでしょうか。 それは芸能界に限られず、誰も自由にものが言えない社会になることが非常に危惧されます。「国家緊急事態条項とヘイトスピーチ規制 狙われているのはヘイトスピーチではなく、政府に反対する言動」(2016年7月9日「弁護士 猪野 亨のブログ」より転載)

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    芸能人を利用して政治誘導を図る朝日 保守陣営も学んだらどうか

    「二階堂ふみ」「いっこく堂」といった、モデル、女優、腹話術師であることである。 このところ朝日新聞が芸能人やタレントを政治的に利用することが、目立って多くなってきた気がする。それは東日本大震災後の原発報道から始まり、どんどんエスカレートしている。 昨年末の特定秘密保護法と今年の集団的自衛権問題では、連日のように反対する各界著名人のコメントが顔写真入りで載せられているが、そのなかには芸能人らもかなり含まれている。 最近の「集団的自衛権を問う」では、6月23日には歌手のUA(ウーア)が「急ぐ真意はっきり言えば」、同26日には漫画家の蛭子能収氏が「手出せば倍返しされる」、同28日にはロックンローラーの内田裕也が「安倍ちゃん なぜ急ぐんだ」、7月1日にはアイドルグループ「制服向上委員会」の木梨夏菜が「聞いて 戦場に行く世代の声」といった具合である。 特に、蛭子氏は集団的自衛権について「報復されるだけじゃないですか」といい、中学生時代のいじめの経験を振り返り、「腹は立つけど、相手を殴ることはしません。手を出すと倍返しされ…」などと語っている。 庶民が暴力団に絡まれたときは、抵抗はしない方がよいだろうが、国家間においてもそうしろというなら、あきれてしまう。蛭子氏には失礼かもしれないが、何をされても屈伏しろと言うのなら、完璧な敗北主義の主張としか思えない。ただし反戦平和主義者の本音が、よく表れている。芸能人を利用して政治誘導を図る朝日 保守陣営も学んだらどうか 芸能人の政治的発言、あるいは芸能人を利用した政治的誘導は、社会面のみならず、文化・芸能欄においても、巧妙にまぎれこませている。 例えば、4月18日夕刊の映画の欄では、「テルマエ・ロマエII」に古代ローマ人ルシウス役で主演した阿部寛にインタビューした記者が「強いローマ帝国の復活をもくろむ現実主義者に対し、時の皇帝ハドリアヌスは戦争のない平和なユートピアを作ろうとする理想主義者。帝が手本にするのはルシウスが見聞してきた現代日本だ」「国内外がきな臭くなっている今こそ、この映画が世界中でヒットしてほしいと願う」と記している。 では、朝日新聞はどうして芸能人に政治的発言をさせるのであろうか。 そのポイントは、親しみやすさということであろう。芸能人はマスコミを通じて日常的に大衆と接しており、身近な存在なのである。テレビで顔を売った人間が、簡単に議員や知事に当選するのは、そのためだろう。お堅い学者や文化人の発言より、一般の人々に影響力があるのではないか。 朝日新聞のこの芸能人を利用して、政治宣伝を行う手法は、なかなか巧妙である。敵の優れたところは、保守陣営も学んだら良いのではないか。さかい・のぶひこ 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、明治学院大学非常勤講師や、月刊誌でコラムを執筆する。著書に「虐日偽善に狂う朝日新聞」(日新報道)など。

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    石田純一氏が都知事選の出馬を取り止めてもテレビに出演できない理由

    で主要三候補を全員合わせたより何倍も長く石田氏の出馬とその取りやめは長時間にわたって報じられていた(芸能コーナーの扱いではあったが)。これはとても圧力のあった候補の扱いとは言えない。石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由 ではCMは別にして、すでに出馬しないと決めた石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由はどこにあるのか。これは番組の性質上と説明されているが、単純に信頼を失ったからというだけの話ではないのか。 今後も再度約束を破って選挙の応援に行けば、特定の候補に肩入れするタレントを番組に出演させていることになってしまう。テレビ局側からすれば、極めて神経を使わざるを得ない選挙期間中に、予測不能な行動をとるタレントを出演させて余計なリスクを取りたくない、ということになるのだろう。 これは政治問題と考えるからややこしくなるだけで、三菱自動車やマクドナルドなどトラブルのあった企業の商品をあえて買いたいか、と身近な「取引と信頼関係」の話に置き換えればなんら難しい話では無い。 石田氏を支持する人からすればフザケンナと怒りを感じるだろうが、当事者であるテレビ番組のスタッフや関係者からすれば、今後の対応を考えたり代役を立てるなど膨大な手間が発生した上に圧力に屈していると批判まで受けるのなら、とてもやってられないということになるだろう。 石田氏の所属事務所は、今回の騒動を受けて「今後一切、政治に関する発言はできなくなりました」とマスコミに説明しているが(【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない スポーツ報知 2016/07/15)、取引先に与えた迷惑を考えれば当然ということになってしまうだろう。石田氏が受けた二回目の厳重注意 石田氏は過去にも学生団体SEALDSの集会で「戦争は文化ではない」と発言したことにより、CM出演をするスポンサー企業から厳重注意を受けたという。 当初はこの集会参加によりCM契約を打ち切られ、テレビ出演もキャンセルがいくつもあったと石田氏本人の発言として報じられたが、実際にはそのような事実は無く、それどころかテレビ出演も増えたという。その上で所属事務所は以下のように説明している。「CMは6社と契約しており、『今後は気を付けて下さい』と関係各社から言われました。安保法案には反対や賛成があり、企業の顔として、そういうお客さまの気持ちも汲んで下さいということです。事務所からも、同様なことを本人に伝えました」~中略~「言論の自由ですから、後は本人次第になります。今後のことについては答えていませんでしたが、気を付けて目立つことはしないように考えると思っています」石田純一、番組やCMの降板なかった 安保反対スピーチの影響は出たのか : J-CASTニュース 2015/10/9 これが昨年秋のことだ。石田氏のような著名なタレントが出演するCMであれば、それなりの規模の企業、つまり多数・多彩な顧客を相手にする企業のCMだろう。そこでタレントに政治色が出てしまえば、企業の顔としての役目を果たせなくなると「企業側」が考えるのも当然だ。事務所の出したコメントはごく自然なものだ。 それから1年もたたず、しかも政治的な発言ではなくまさか突然の出馬という形で約束が破られるとは事務所側は想像もしなかっただろう。このような対応を取られてしまえば一切の政治的な発言や活動はもうやめてくれと指示を出すのも仕方がないとしか言いようが無い。損失は事務所に発生する損失は事務所に発生する CMの出演契約は石田氏個人と企業の間で交わされるわけではない。出馬宣言で発生したと言われる数千万円の損失も一次的には契約の主体である事務所が負担することになるだろう。今後も同じようなことがあれば事務所としても莫大な損失の負担に耐えられるものでは無い。 さらに付け加えればこの事務所はタレントを管理できない、という印象を企業や広告代理店に与えてしまえば事務所全体の問題に発展しかねない。政治的な言動を辞めるか事務所辞めるかどっちかにしてくれ、といった話合いが持たれていたとしてもなんら不思議なことでは無い。 発言の自由を奪うなんておかしいという意見もあるだろう。確かにクライアントや事務所に石田氏の発言の自由を奪う権利は無いが、事務所や企業が何の責任も無く損失を受けなければいけない理由も無い。安保関連法廃止を求める集会に参加した石田純一氏(中央)=2015年12月6日、東京都千代田区 結局今回の騒動は石田氏が今後もタレントとして活動するのなら、取引先に損害を与えるようなことをするべきではないという契約の話、つまり政治の話ではなくビジネス上の取引に関する話に過ぎない。※政治的活動がなぜ企業に損害を与えるのかという疑問は上記の通り選挙報道の公平性というしばりがあるから、ということになる。このようなしばり・ルールが正しいかのか、そして現状でも運用方法が適切かについては議論の余地はあろう。この点は前回の記事の追記で書いた通り脳科学者の茂木健一郎氏とも同意に至った箇所だ。ビジネスが軽んじられる空気 今回の石田氏の出馬騒動では、政治の素人がバカな事をやっているといった批判がある一方、支持者からは政治活動を事務所やCMスポンサーが邪魔することはおかしいといった批判があり、ビジネスや契約の観点から企業を擁護する見解はほとんど見られなかった。 政治活動が経済活動より下という事はありえない。どちらかが優先されてどちらかが犠牲になることは許されるものではなく、車の両輪として考えるべきだ。石田氏を支持・擁護している人も、自身の勤務先で同じことが起こり、その結果自分の給料やボーナスが減らされてしまえば勘弁してくれと腹も立つだろう。 余計なお世話になるが石田氏個人について言えば、政治活動も重要だろうけど、他でもないぜひあなたに出て欲しい、会社の顔になって欲しいとCM出演を依頼してくれた企業だって同じくらい重要ではないですか?ということになる。誰にも迷惑をかけない形で出馬するのであれば、あとは政治の話だ。石田氏にはビジネス上の課題を全てクリアにしたうえで政治活動をして貰えればと思う。(シェアーズカフェのブログ 2016年7月21日分を転載)関連記事■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?

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    都知事選と大統領選でわかった 日米左派の「大人と子どもの差」

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)抱き合って協力を誓い合ったヒラリーとサンダース 7月13日、米国ニューハンプシャー州でクリントンとサンダースは壇上で抱き合って協力を誓い合いました。サンダースは「彼女が大統領選の民主党候補者になる。自分は何でもするつもりだ」と述べ、ヒラリー・クリントンが圧倒的に最適な候補だと強調しました。7月12日、米ニューハンプシャー州で、大統領選の民主党候補指名を争ったサンダース上院議員(左)と共に手を振るクリントン前国務長官(AP) さらに、サンダースは「二人の間に意見の相違があるために予備選挙を戦ってきたが、それが民主主義というものだ」という言葉を続けて、「そのおかげで両陣営は歩み寄りができ、民主党の歴史で最も進歩的な公約をまとめることができた」と民主主義を讃えました。 サンダース支持者が会場からブーイングすると、サンダースはそれらの人々を手で制し、返礼としてクリントン氏はサンダースの存在に謝辞を述べ、彼が掲げた政策を取り入れていく決意を語りました。【米大統領選2016】 サンダース氏、クリントン氏支持を正式表明野党に引きずり降ろされた宇都宮氏 一方、日本では公示日直前から野党側の候補者として内定していたと見られる宇都宮健児氏に代わって鳥越俊太郎氏を擁立する動きが活発になりました。 宇都宮氏は7月12日にメディアに対して「(鳥越氏は)大変知名度のある方だとは思うが、(野党の対応に)違和感を持っている。候補者のことをなんだと思っているのか」。野党が鳥越氏を担いだ経緯についても「不透明だ。どういう議論がされているのか伝わってこない」(産経ニュースから引用)と怒りをぶちまけています。 その上で、宇都宮氏は鳥越氏と面談し、「都政のことはこれから」という鳥越氏に自らの政策集を渡し、その実現を託しました。会談終了後、宇都宮氏は「掲げた政策を実現するためには選挙で勝つ必要がある。その前提となるのは政策であって、なんでも勝てばいいという立場ではない」と囲み取材で語っています。 しかし、テレビで追及されてようやく言及した築地市場の移転反対の可能性を含めて宇都宮市の政策が十分に反映されたとは言えない状況です。 宇都宮健児氏のTwitterは7月13日の撤退表明以来沈黙していましたが、7月20日現在イベント紹介の案内の配信が再開されましたが、東京都知事選挙については一切触れられていません。政治的意思決定プロセスの成熟度に差政治的意思決定プロセスの成熟度に差 筆者は公開討論会の様子などを見ていた限りでは、宇都宮健児氏の政策は非常に練りこまれたものであり、弁護士としての現場の匂いがする地に足の着いたものだったと感じています。 東証一部上場会社(鳥越製粉)創業家でエリートジャーナリストの鳥越氏と弁護士として貧困と戦ってきた宇都宮氏はちょうどヒラリーとサンダースを模したような存在です。日米において両者の対応が正反対のものになったことは両国の民主主義の成熟度の差を表す典型的な出来事と言えるでしょう。 今回、野党側は知名度ばかりを気にして、石田純一氏、古賀茂明氏、宇都宮健児氏らに声をかけては取り換えるという極めてご都合主義の対応を繰り返してきました。 このような無様な状況になった理由は明白です。それは党幹部支配によって党員の声が完全に無視されているからです。つまり、民進党をはじめとした国政政党は党員・サポーターを抱えているにも関わらず、彼らの声を全く無視して一部の議員だけで集まって物事を決める閉鎖的な党体質を抱えているのです。 与党側でも多くの東京都民の有権者が「増田って誰?」というところからスタートし、そのまま選挙戦に突入するという極めて都民を馬鹿にした対応がなされています。予算規模13兆円の都庁のリーダーを決める選挙戦を通じて、日本の民主主義の未熟さが露呈したことが今回の東京都知事選挙の最大の成果と言えるでしょう。政策論争や過去の実績を問われる候補者選定プロセスを 舛添氏の辞任は参議院議員選挙直前ではありましたが、それは東京都民がいい加減なプロセスで東京都知事を選ばされる理由にはなりません。参議院議員選挙が忙しいなんて言い訳は東京都民には全く関係ありません。 国政は国政、都政は都政であって、今回の酷い擁立劇は東京都議会の各政党会派の怠慢だと言えるでしょう。国政選挙があるから東京都知事選挙が蔑ろになるなら、国会があれば東京都議会も要らないということで良いのでしょうか。 少なくとも今後は東京都知事選挙については任期終了の半年程度前から各政党が候補者選考プロセスを東京都民に公開する形で実施していくことが必要です。今回の東京都知事選挙を反省材料とし、日本にも当たり前の民主主義のプロセスが定着していくことが望まれます。 とりあえず、日米で民主主義の成熟度が「大人と子どもの差」がある状況はみっともないので、日本の政治家には早急に是正してほしいと思います。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年7月20日分を転載)

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    石田純一はともかく妻の東尾理子は政治家の妻に向いてる?

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、まさかの都知事選出馬が取りざたされる石田純一と妻の東尾理子について語る。 * * * 誰もが耳を疑った「石田純一、都知事選出馬へ」の一報。だが彼の本気度は日に日に増していき、8日午後、都内で出馬“意欲”会見を行うまでに。 同時刻に生放送をしていた日本テレビ、TBS、フジテレビはその模様をほぼノーカットで伝え、さらには、石田純一のプロフィールを改めて紹介していた。 ワイドショーと石田の関係は深くて長い。もっとも有名なものはゴルフのラウンド中、リポーターらに囲まれ、不倫について熱く語るVTR。あの「不倫は文化」が生まれたシーンである。 結婚歴は3回。3人の妻との間に、1人ずつ子供がいること。さらに、2度目の結婚が破たんした最大の理由となった長谷川理恵とは、結婚する、しない、家を建てた、そこには住まない、復縁、やっぱり破局…と、延々ワイドショーにネタを提供してくれたものである。東京都内で行われた「世界禁煙デー2016」の街頭キャンペーンに登場した俳優の石田純一と妻の東尾理子 「ノーコメント」とか「対応ナシ」で切り抜けてもいいのに、自分が窮地に立たされているときでも、カッコ悪いときでも、マスコミに囲まれると立ち止まって話してくれる石田は、各局の芸能デスクやリポーターらにもっとも好かれているタレントと言っても過言ではない。「困ったときの石田純一」。あるいは「ジェーワン」とも呼ばれ、重宝されてきた。 老若男女、有名無名、相手がどんな人であっても石田は腰を低くし、優しく接する。 「若くてキレイな女性に優しい男性はたくさんいるが、石田さんは、年配の不細工な女にも優しい」と言っているドラマの女性プロデューサーがいた。彼女はこんなエピソードも教えてくれた。夜、ADの女性に男性スタッフがタバコを買いに行かせようとしたところ、打ち合わせ中だった石田純一が立ち上がり「ちょっと待って! こんな夜中に女の子が外を出歩くものじゃない」と静止したというのである。さらに石田は、そのADの手を取り、目を見つめて、「わかった? 行っちゃダメだよ」と言ったのだとか。Tシャツにジーンズ、ノーメイク、髪をボサボサにして現場で働く、ガタイのいい女子だったそうだが、彼女はもちろん、周りの女性スタッフはみな、石田の優しさと気遣いに涙したという。 目に浮かぶようだ。石田は局内で知った顔を見つけると、「あ〜、○○さん」と、その人の名前を呼び、笑顔で近づいてくる。それも媚びているふうではなく、とても自然に…。育ちの良さが原因しているのだろうか。 そんな石田の「結婚」や「不倫」以外のプロフィールを紐解くと、祖父が区議会議員経験者、父が報道アナ、姉は音楽関係の仕事をしていて、文化的な集まりの司会をする姿を見かけたこともある。 石田自身もニュース番組のメインを張っていたし、国会前でのデモ参加やマイクを持ってのスピーチは記憶に新しい。というワケで、出馬“意欲”会見は決して唐突なことではなく、実は納得のいく点がいくつもあり、今回はその点と点が線に繋がったかっこうだ。政界に進出する気マンマン テレビ朝日系の夕方のニュース番組『スーパーJチャンネル』のJは、実は「純一」の頭文字。石田が不倫騒動で番組を降板しても、そのタイトルだけは残っていたのである。 石田が会見を行った8日、その『〜Jチャンネル』の裏番組である『ももち浜ストア夕方版』(フジテレビ系のテレビ西日本)に妻の東尾理子が生出演。「できれば出馬してほしくない」と複雑な胸中を明かした。 「心配ですよね、いろいろ不安というか…」と言いつつも、「妻として主人を支えたい」とも。一部で「政治はダメ」という約束が夫婦間でされていたとの報道もあったが、「絶対にダメ」ということでもなさそうだ。 実は、石田の出馬“意欲”会見を見ていたとき、「石田さんはともかく、理子ちゃんは政治家の妻として相応しいかもしれない」と彼女の人柄をあれこれ思い浮かべていた。 父は東尾修氏、自分はプロゴルファー。幼少期から何不自由なく育ってきた彼女は、豪放磊落な父の人柄を知り尽くし、いまもモテる修氏とはとてもいい関係を築いている。 彼女のすごいところは、夫と前々妻の間の息子である俳優のいしだ壱成や、前妻の娘でモデル・女優のすみれと仲がいいということだ。二人から「理子ちゃん」と呼ばれ、すみれは、「理子ちゃん、かわいい」とも言う。母・松原千明と自分を苦しめた父・石田純一に対しては複雑な思いがあることだろう。だが、壱成やすみれも「家族」として自宅に招くという東尾理子。前妻との離婚後、精神的にかなり落ち込んでいた壱成は「理子ちゃんは愛の人。理子ちゃんのお陰で家庭の温かさをまた知ることができて、本当に感謝している」とまで言っていた。 東尾理子は、石田純一と結婚後、タレントとして生活情報番組やヒナ壇番組から引っ張りだこだ。セレブを気取るわけでもなく、でも“お嬢さま”ならではの特異なエピソードを有していて、しかも、人の傷みを理解し、社会派でもある。 不妊治療の末、母になるときも、デリケートな話をあまりにもオープンにするものだから一部でバッシングを受けたりもした。だが、彼女の性格を考えると、妊活事情を包み隠さず明らかにすることで、誰かの役にたてば、自分はどれだけ批判されてもいい…という想いでやっていたのではないか。 ちょうどその頃、東尾理子と、ある生活情報番組で何度か共演させてもらっていたが、CM中、彼女が妊活のために使っていた「よもぎシート」なるモノの話で盛り上がった。下着の内側に敷くと、じんわり温かくなり、よもぎの香りでリラックスできるというモノ。「へ〜、そんなのあるの? 知らなかった」と言った私のリアクションを覚えていてくれたのだろう。 その後、また共演したとき、私の楽屋の扉を叩く音と共に、「理子です」と言われ驚いて開けると、「これです!」と、その「よもぎシート」を1パック、私に差し出した東尾理子。その記憶力と気遣いに、「これは石田純一以上かもしれない」と感心したものである。 母となった彼女はますます「愛の人」となり、細やかさはそのままに、肝っ玉母ちゃん的な大らかさも備わった。お嬢さまではあるが、常識人であり、社会性もある。さらに空気も読めて、ユーモアにもあふれているので、好感度は抜群。しかも大物の“二世”ならではの大胆さも備わっている。 そして何より彼女はアスリートである。父の東尾修氏を含め、2020東京五輪に向けて、スポーツ振興や、スポーツ教育を通じて子供たちの未来についても当然考えているハズだ。 今回の都知事選出馬がなかったにせよ、政界に進出する気マンマンであることがわかった石田純一の妻・東尾理子が石田にとって、さらに最強のパートナーとなることは間違いない。関連記事会社員の年金 「石田純一型」と「加藤茶型」で明暗くっきり石田純一&東尾理子 出産2日前の命名会議 候補は「リタ」か東尾理子が石田純一をブログに登場させることを心配する声東尾理子 夫の2人の子と仲良いのは東尾修氏との関係もあり小石田純一 一押しのDVDは本家出演『抱きしめたい!』他

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    「もうアホじゃない」 岡村隆史はめちゃイケMCとしてどうあるべきか

    木村隆志(コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者) 「めちゃイケ」は1995年に深夜番組からゴールデンタイムに昇格した番組ですが、ナインティナインや極楽とんぼをはじめ、勢いがあって、何かやってくれそうな期待感を抱かせるメンバーが揃っていて、とにかく瞬発力がある番組でした。 90年代というと、ウッチャンナンチャンやダウンダウンがそれぞれ冠番組でコントやバラエティ番組らしい企画をやっていましたが、派手なドッキリや岡村隆史さんがさまざまなことに挑戦する「岡村オファーがきましたシリーズ」など、既存のバラエティをもうひとつ飛び越えてくるような、驚きや楽しさがありました。2013年8月、「めちゃイケ」DVDの手売り販売を行ったナインティナイン・岡村隆史 たとえば「めちゃ日本女子プロレス」という企画があって、女性プロレスラーや現役のトップアイドルと加藤浩次さんが闘うのですが、本気で傷めつけたりしていて、今では問題になってしまうような企画でした。最後に岡村さんがタイガーマスクを被って下半身モロ出しで登場するなど、若い芸人にしかできない思い切った企画が多かったのです。 いまではメンバーの高齢化が進み、初期からのメンバーはアラフォーからアラフィフに入ってしまうくらいの年齢になってしまいました。矢部(浩之)さんも子供ができましたし、45歳で独身の岡村さんがモテない企画をやったとしても痛々しさが出てしまいます。ただ、「面白ければいい」という当初からの番組のコンセプトは変わりません。 お笑い芸人も歳をとれば、業界内や芸人同士での役割は変わります。たとえば、ビートたけしさんやダウンタウンの松本人志さんは、ご意見番の立場になっているように、共演者も観ている人もリスペクトしてしまうんですよね。視聴者は「いい歳だし、キャリアもあるし、そんなにアホじゃないでしょ」という目でみてしまうのです。 そんな瞬発力、突破力を不足を補うためか、岡村さんが休んでいるときにオーディションで新メンバーを入れましたが、残念ながら揃って不発でした。岡村さんをはじめとする初期メンバーのような瞬発力、突破力があり、思い切ったコメントや動きができるような人が誰ひとりとしていませんでした。もっと新メンバーを活かすような演出を仕掛けたり、力量がなかったら替えたりすればいいのに、それもしていません。企画だけでなく、人の面でも硬直化してしまい、新しい風が入りませんでした。いまはコンテンツ消費の時代。裏番組の「ジョブチューン アノ職業のヒミツぶっちゃけます!」では、毎回司会だけ固定でゲストをどんどん投入しています。めちゃイケも同じように新メンバーをどんどん替えていけばよかったんですけど、チームでつくっている意識が強すぎて、流れの早いいまの時代には合っていない面もあるでしょう。「めちゃイケ」らしさって何だ? それに、いまだに内輪受けというか、楽屋トークをやってしまうところが気になります。プロデューサーやスタッフが出演するなど、「知らないと笑えない」というケースが度々出てきます。そうしたノリはもともと、とんねるずさんの十八番ですが、90年代は内輪ネタが受け入れられる時代でしたし、みんなそういうものを知りたいと思っていました。「タレントって面白いな」とか、「裏が知りたい」とか。でも、今はそういうことに興味がある人が少なくなっているのでしょう。 いまではもう、「めちゃイケ」は放送年月でいえば、「ドリフ大爆笑」を越えました。土曜午後8時という放送時間は、ドリフや「オレたちひょうきん族」などファミリーで楽しむバラエティ番組の伝統枠。「めちゃイケ」はその枠の最後の砦であって、フジテレビの象徴とも言える番組です。視聴率が落ちそうになると、大きな企画をぶち上げて視聴率をとってなんとかやってきたわけですが、最近は特番でも視聴率がとれなくなってきて、酷評されることも増えました。フジテレビ系「めちゃ2イケてるッ!SP」 ナインティナインの矢部浩之(左)、岡村隆史 深夜時代から番組を見てきた一人として、企画の迷走は感じます。放送界はBPO(放送倫理・番組向上機構)を恐れて自主規制する風潮が強くなっていますが、「めちゃイケ」も何度か審議対象になりました。かつて「七人のしりとり侍」という人気コーナーがあって、罰ゲームとして負けた人をボコボコにするのですが、「いじめを助長する」とBPOに抗議が寄せられ、2001年に打ち切られました。芸人同士、信頼関係でやっている「お約束」なのですが、それはもう通用しないのです。2014年にはSTAP騒動の小保方(晴子)さんのパロディが批判を受けてお蔵入りしてしまいました。以前だったら放送してから怒られていたのですが、現在は事前情報だけで追い込まれてしまっているのです。 自主規制やネットを中心にした批判の影響か、「めちゃイケ」の企画の立て方に迷いを感じることが多くなりました。たとえば、今年2月に「痔7」と題した痔のタレントを7人集めた企画があったのですが、夕食の時間帯ですし、苦情も多かったと聞いています。「BPOを意識しながら、視聴率がとれるもの」となると、グルメだったり健康だったり、情報番組のような企画になってしまうのが、制作サイドにとってはつらいところ。視聴率を意識しながら「めちゃイケ」らしさを出そうとしていて、変な方向にいってしまったという企画でした。もっと単純に笑わせてくれればいいのではないか、と思いますが、それが難しい時代といえばそうなのかもしれません。 これは「めちゃイケ」というより、テレビ業界全体の責任ともいえます。いま、バラエティ番組は、グルメや雑学をテーマにしたものが増えて、夜の時間帯でも生活情報番組化が進んでいます。コント番組もほとんどなくなってしまいましたし、特番では成立してもレギュラーになると視聴率がとれないため、各局は無難な生活情報番組を選んでしまうのです。すべての元凶は、視聴率にこだわりすぎていること。そんな中でも、めちゃイケは色々なことにチャレンジしていますし、存在意義がある番組だと思います。だからこそ、視聴率に一喜一憂するのではなく、笑えるだけでまったくためにならないようなバカバカしいことをやり続けてほしいですね。(聞き手・iRONNA編集部 川畑希望)きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。

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    【三ちゃん独白】めちゃイケに必要なのは僕の「復帰」なんです(笑)

     三中元克(お笑い芸人) 2010年秋にナインティナインさんのバラエティー番組「めちゃ×2イケてるッ!」の新メンバーオーディションを受けたのは、子供のころからめちゃイケが好きで、中でも岡村隆史さんの大ファンで尊敬していたからです。 小学生のときからめちゃイケの人気はすさまじかったんですよ。地元の大阪の友達は全員見ていました。中学時代にやっていた人気コーナー「数取団」が面白くて、学校でみんな真似していましたね。週明けの月曜日はまず、めちゃイケの話から始まるのが当たり前でした。 だから物心ついたころから、お笑い芸人になりたいって本気で思っていて、岡村さんみたいにお笑いで多くの人を感動させることができるようになるのが夢でした。小学校の卒業文集にも将来の夢として書いたぐらい。僕の原点はめちゃイケなんです。 2001年からロバートさんやキングコングさんらが出演していたお笑いバラエティー番組「はねるのトびら」が始まり、そっちの方が面白いって言う友達もいましたけど、僕は絶対めちゃイケの方が面白いって力説していました。 高校3年の夏休みに同級生3人で、アルバイトで貯めた6万円を持って東京旅行に行きました。当時お台場でやっていたフジテレビのイベント「お台場冒険王」のめちゃイケブースで番組関連グッズなどを買い漁って5万円ぐらい使ってしまったんです。2日目目のディズニーランドでは何も買えませんでしたが、目的はめちゃイケブースだったので大満足して帰りました。それぐらいめちゃイケが好きだったんです。 本気でお笑い芸人を目指したのは高校時代です。ただ、通っていた高校の進路指導の先生に相談したら、一度はちゃんと就職しないさいと言われ、お金もなかったので納得しました。 当初は吉本興業のタレント養成所「NSC」の大阪校に行くつもりでしたが、実家からだと甘えてしまうし、中途半端な気持ちでは親を説得できないだろうと思って覚悟を見せたかったんで、東京でやろうと決めたんです。卒業後は棚の製造会社に就職しましたが、1年間で辞めました。入社前の面接で「一生働きます!」なんて言いましたけど、最初からまとまったお金が貯まればすぐに上京しようって決めていたから。運命を感じたオーディション 1年間で45万円ぐらい貯まったので、翌年に会社を辞めて上京しました。食べることに困らないよう、レストランとかファストフード店とか、飲食店ばかりでアルバイトをしましたね。 最初にめちゃイケとの関係ができたのは、上京から3か月半ほどたったときでした。携帯電話でアルバイト情報を見ていたら「あの人気番組で働ける」と書いてあったので、もしや!って思ったんです。絶対めちゃイケか「はねるのトびら」だろうって。応募締め切りはその日の午後5時、時間をみたら午後4時。猛ダッシュしてギリギリ最後に受け付けてもらったら、仕事はやっぱりめちゃイケだった。帰りの電車の中で採用の連絡がきて、もうめちゃくちゃうれしかったですね。 そのアルバイトは「お台場冒険王」の後継だったフジテレビのイベント「お台場合衆国」で、めちゃイケのブースでした。「矢部家の牛丼」という、矢部浩之さんのお母さんが考案した肉の代わりにタコさんウインナーをのせた丼を作ったりしていました。憧れのめちゃイケに関わる仕事ができて本当にうれしかったですね。フジテレビ夏の恒例イベント「お台場合衆国」 大きな転機が来たのは、めちゃイケメンバーのオーディション実施が発表されたその年の9月。上京した年だったことに加え、アルバイトもした後ですし、何か運命のようなものを感じてオーディションに参加しました。 でも当日会場に行ったら8千人ぐらい集まっていて、こりゃだめだって思ったのを覚えています。もう思い出づくりにでもなればと参加して、最初は○✕クイズで一度は落ちたんです。だけど運がよかったんですよ。あまりにも落選者が多かったので敗者復活になり、それで勝ち残ることができた。30秒の自己PRに進んだときは、事前にあれこれ考えていたけど、いざ面接になると、目の前に加藤浩次さんや濱口優さんらがズラリといて、頭は真っ白。「お台場合衆国」でアルバイトしていたことしか言えませんでした。もうだめだと思っていたけど、濱口さんが僕のことを「気になるわぁ」、「素人中の素人が来たなあ」って言ってくれて、目をつけてくれたんです。 オーディションで選ばれてからは大変でした。岡村さんや加藤さんらは僕とは親子ぐらい年も離れていますし、収録前なんかはどんな話をすればいいのかまったくわからない。憧れの岡村さんと一緒に仕事ができるうれしさや楽しさ以上に不安ばかりでした。もし、岡村さんと絡んでスベッたらどうしようとか、もちろんめちゃイケには素人として出ていたので、メンバーやスタッフの方々から「期待せんから大丈夫やで」って言われてましたけど、やっぱり岡村さんの前では面白いやつでありたかったですからね。 岡村さんは、収録前はほとんどしゃべらないとか聞いていたけど、実際は違いますよ。現場ではメンバーのみなさんとよく話しているし、僕が楽屋にあいさつに行ったときも「三ちゃんおはよう」って返してくれます。よい意味で、ぜんぜん違うんだとわかりました。 それから岡村さんみたいになりたいって簡単に思っていたけど、当たり前ですが、まったく及ばないことも実感しました。昨年の「27時間テレビ」で岡村さんが1時間ダンスを続ける企画があって、その当時は「ライザップ」で鍛えていたのに、ダンスの練習も同時にやって、クタクタの状態で本番に臨むんです。それでも完璧にやりこなして。本当のスターはこういう人なんだって圧倒されて、鳥肌が立ちましたね。めちゃイケに必要なのは「三中の復帰!」(笑)  僕に対して厳しいときもありましたけど、とても深い愛情もあったと感じました。岡村さんは「芸人はカメラの前で感動の涙を流してもいいけど、あまり簡単に涙をみせちゃいけないよ」と指導してくたことがありました。それから「心」という漢字にタスキをかけると「必死」の「必」になるって言われて、「三ちゃんが1週間や2週間で劇的に面白くなることはないから、とにかく一生懸命やればそれが伝わって、必ず認められるから」とか、すごくいろんなことを教えてもらいましたよ。 結果的に視聴者が参加するめちゃイケの再オーディション「国民投票」で不合格だったことは悔しいし、残念です。めちゃイケの20周年を一緒に迎えたかったですから。スペシャル番組を見たりしていて寂しいなって思いました。それが本音です。 めちゃイケという番組自体の魅力は、僕の子供時代と何も変わらないと思いますよ。自主規制なんかが厳しくなる中で、まだまだ攻めている番組の一つでしょう。加藤さんの義理のお父さんが亡くなって、そのお墓の前でパロディやるとか、視聴者から「不謹慎だ」なんて言われるかもしれないことをやったり、めちゃイケがすごいのは「やっちゃいけない」ギリギリのようなことにチャレンジするところだとずっと思っていますから。そんなめちゃイケは今後もずっとこれまで通りに、めちゃイケらしさを大切にして続いてほしいですね。 めちゃイケの視聴率向上のために何が必要かと言えば、そりゃあ「三中復帰!」でしょう(笑)。冗談ですよ。絶対に冗談ですよ。 でも、めちゃイケを卒業になって思うのは、やっぱり僕はめちゃイケみたいなことやりたいし、芸人として目指しているのはナイナイさんです。だから高校時代の同級生とやっているお笑いコンビ「dボタン」で、僕は岡村さんみたいになりたいし、相方には矢部さんみたいになってほしいと思っています。 将来については、本当におこがましいことだと分かっていますが、めちゃイケを卒業になったので、自分自身でめちゃイケのようなものを作ればいいじゃないかと思っていて、舞台なんかで挑戦していきたいですね。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望)さんなか・もとかつ 1990年7月24日、大阪府生まれ。大阪府立今宮工科高校(大阪市西成区)卒業。2010年10月、フジテレビのバラエティー番組「めちゃ×2 イケてるッ!」の新メンバーオーディションで素人枠から合格し、レギュラーメンバーとして出演。今年2月に視聴者参加型の再オーディション企画「国民投票」で不合格となり、降板した。現在は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビ「dボタン」のボケ役として活動している。

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    「めちゃイケ」が負の連鎖に苦しむワケ

    フジテレビの看板バラエティー『めちゃ×2イケてるッ!』の低迷が続いている。番組改編期になれば、たびたび打ち切り説が流れ、ネット上でもバッシングが絶えない。今年、番組開始から20年の節目を迎えためちゃイケ。なぜ「負の連鎖」から抜け出すことができないのか。

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    岡村にも読んでほしい! めちゃイケ「復活劇」の台本はこれしかない

    西条昇(お笑い評論家、江戸川大准教授) 『めちゃ×2イケてるッ!』が土曜の夜8時台で放送開始されて、今年で20年目を迎えました。数年前まで視聴率20%超えが当たり前だっためちゃイケも、昨年12月5日もスペシャル放送が7.5%、今年1月30日の通常放送が4.5%という歴代最低を記録したり、近年は視聴率的に苦戦を強いられる状態が続いています。2月27日のスペシャル放送では、「三ちゃん」こと三中元克が番組に残留できるかを視聴者の国民投票で決めるという企画が話題を呼びましたが、それでも9.8%と、10%には届かず。2月には、いくつかのメディアで、めちゃイケが「3月で打ち切りか」と報じました。中には、4月からはナインティナインら一部のメンバーが残り、タイトルを少し変えたりしてリニューアルされると伝えるメディアもありました。結局、3月上旬に、4月以降も放送継続されることが伝えられましたが、その間も「早く終わって欲しいご長寿バラエティ番組」というアンケート調査でめちゃイケが1位になったとのインターネットのニュースを読みましたし、当面は厳しい状況が続いて行くと思われます。めちゃイケが再び、かつての人気を取り戻すには、何が必要なのでしょうか。1999年1月、なんばグランド花月で漫才をするナインティナイン めちゃイケはテレビバラエティにおいて多大な足跡を残しました。もともと『新しい波』という深夜のネタ見せ番組から、後にめちゃイケの総監督になる片岡飛鳥さんがまだまだ無名だったナインティナインやよゐこ、極楽とんぼ、オアシズの光浦靖子を見出して、『とぶくすり』という深夜のコント番組に抜擢しました。90年代前半はとんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンら第3世代が引っ張るお笑いブームでしたから、彼らよりももっと注目されていた若手がいっぱいいましたが、その中から片岡さんの独特のセンスによってとぶくすりのメンバーが選ばれたわけです。 そして『めちゃ×2モテたいッ!』を経て、めちゃイケでゴールデンに進出します。とぶくすりの頃はスタジオコントをやっていましたが、めちゃイケになってからはロケなんだけど、ドキュメントとコントの要素をミックスしたような独特の企画を展開していきました。どこまでが計算された台本と演出で、どこからがアドリブやハプニングなのかわからない、笑いの流れを作った上で起こるアドリブやハプニングを上手に取り入れていく虚実皮膜な笑いをめちゃイケがテレビバラエティの中で確立させ、20年続くことができたのだと言えます。うまくハマった「片岡流」と出演者のキャラ この虚実皮膜の笑いを成り立たせるにはメンバー、特にナイナイの芸人としての勘のよさが大きなポイントになったと思います。岡村隆史さんがダンスや舞台、スポーツに挑戦する「岡村オファーが来ましたシリーズ」で見られるようなの彼の動きのキレが初期の軸になっていました。他のメンバーにしても20代だから体のキレもあるし勢いもある。極楽とんぼのようにやんちゃで思いきったことが出来るメンバーもいましたしね。 さらにスタッフ側にも片岡さんは自らの肩書きを監督や総監督とするほど、演出やプロデュースだけじゃなく編集やデザイン、テロップ、効果音に至るまで細部にこだわっていました。テロップや挿絵の入れ方や、言葉の選び方とタイミングはまさに「片岡流」と呼ぶべきもので、この片岡さんのセンスと出演者のキャラクターがうまく合致していたから成立したんだと思います。他局のバラエティにも大きな影響を与え、ドキュメントバラエティというジャンルが定着していった。めちゃイケはPTAが選ぶ「子供に見せたくない番組」の常連でしたが、『8時だョ!全員集合』も低俗番組のレッテルを貼られてましたから、それだけ子供たちにウケた裏返しとも言えますよね。そういえばBPO(放送倫理・番組向上機構)に寄せられた番組への苦情を逆手に取りながら、生コンクリートを頭からかぶるなど岡村さんが体を張った企画を詰め込んだ放送もしていて、私は志の高い笑い作りをしているなと感心しました。 めちゃイケは、枠からはみ出しそうなスリリングな面白さが当時の若い人から支持されてきたと思います。20年が経って、今の若者は物心ついた頃からめちゃイケを見て、育ってきた世代ですよね。私は大学でお笑い論を教えていて、教え子たちも凄く好きな人たちが多いのですが、インターネットを見ていると「最近のめちゃイケが面白くない」「新メンバーが加わってからつまらなくなった」という書き込みが多い。もともとめちゃイケを低俗番組として認めてなかった人たちが言うなら別ですが、本来めちゃイケを好きだったはずの人たちが声を上げはじめているのが気になります。「芸人の性」を呼び起こさせよ 国民的番組だった全員集合でも16年で終わりました。20年続くと、当たり前ですが出演者・スタッフもそのぶん歳を取ります。総監督だった片岡さんも後進に道を譲る形で企画統括となりましたが、めちゃイケはある種クセの強い片岡流バラエティでしたから、若い作り手に変わっていっても、片岡さんが作りあげた演出やその他の技法といった番組の特徴を踏まえながら、新しい企画を作らなければならない難しさはあったと思います。それだけが原因ではないと思いますが、最近は定番の企画や番宣絡みの企画が多くて、初期のような虚実皮膜な笑いが影を潜めている感じがします。 作り手の中でも、片岡さんを超えるような思いきったことをやる若手が出てきてもらいたいと思いますし、それは出演者にも同様のことが言えます。岡村さんが体調不良で一時休養していた2010年にオーディションで選ばれたジャルジャル、たんぽぽらの新レギュラー陣は、下剋上の気持ちで遠慮せずに初期メンバーを食って、自分たちが中心になるんだという気概を持ち続ける必要があるのです。番組スタート時のナイナイ、よゐこ、極楽は失うものがない分、誰に遠慮することなく、本当に思いきって暴れ回っていましたよね。主演者とスタッフの両サイドから新しい風を吹かせて、起爆剤となる役割を担ってほしいと思います。極楽とんぼの加藤浩次(左)と山本圭壱=2004年6月 芸人も勢いのある20代の若手から40代になって落ち着いてしまう部分があるのはある程度仕方なく、芸風も多少変わってしまうのは誰でもあることだと思います。だからこそ新レギュラーが若さや勢いを活かして、初期メンバーに刺激を与え続けてほしい。どれほどの大物でも、遠慮されて気を使われて笑いが起こらないよりも、ツッコんでもらってウケたほうがいいに決まっているわけですし、それが芸人の性なんですよ。 新しく入ったメンバーが、実質的な座長格であるナイナイから番組の中心としてのポジションを奪い取っても良いぐらいだと私は考えます。めちゃイケは『ぐるぐるナインティナイン』と違って、ナイナイ中心の番組ではあるけれど、彼等の冠番組ではないわけですからね。とぶくすりの時は、ナイナイもよゐこも極楽もフラットな状態でスタートして、ナイナイが多くの笑いを取り続けることで、自然に中心的な存在になっていったのです。新メンバーがナイナイにいじられる側のポジションで落ち着いてはいけないですよね。もっとも、新メンバーには、イジられるほうが向いているキャラが多かったのも確かだと思います。公開オーディションで新メンバーを選ぶ難しさがあったのかもしれません。フジテレビの得意な手法が見えなくなった フジテレビは80年代の漫才ブームでも、横澤彪さんやひょうきんディレクターズが若手だったツービートや紳助・竜介、B&B、ザ・ぼんちを抜擢して『THE MANZAI』や『笑ってる場合ですよ!』、『オレたちひょうきん族』で成功を収めました。フジテレビが一躍、視聴率で民放のトップを走るようになったのはそれからです。無名でも自分たちが面白いと思った人たちに賭けて、良さを引き出して、育てながら一体となって番組を作っていくのが得意なテレビ局だったんです。その後、下の世代の作り手がダウンタウンやウッチャンナンチャンの『夢で逢えたら』を作り、片岡さんがめちゃイケを作っていき、上手に世代交代していきました。めちゃイケの後も『はねるのトびら』『ピカルの定理』が深夜のコント番組からゴールデン番組に昇格しましたが、めちゃイケが続く中で先に番組が終わってしまい、フジの得意なお笑い・バラエティの手法は最近目立っていません。このスタイルを引き継ぐ若手スタッフがフジの中で育っているのかも問題になりますね。2011年からはじめた漫才コンテストの「THE MANZAI」では優勝者に新番組のレギュラーを与えましたが、フジ本来のお笑い・バラエティ番組のスタイルではないと思います。 90年代後半まで若手お笑い芸人の大半が、フジに抜擢されて、フジで自分たちの冠番組を持つことを目標にしていました。無名の芸人をスターに育てられる若い作り手が出てくるかどうかが、フジが再び民放のトップに返り咲くカギになるのではないでしょうか。 片岡さんは新しい波で仕事をしていく中で、無名に近かったナイナイ、よゐこ、極楽の面白さや可能性に賭けて今に至るわけですが、若い作り手もオーディションを行って上層部やみんなで選ぶのではなくて、自分たちで芸人を発掘して上司に「コイツをレギュラーに入れたい」「彼らをナイナイと組ませたら面白い」と訴えて番組で使ってみて、新メンバーに随時加入させていくやり方も「有り」だと思います。めちゃイケは初期メンバーの武田真治さんや鈴木紗理奈さん、雛形あきこさんを卒業させることなく使い続ける、ファミリー感の強い「情」の部分があって、それが他の番組にはない特徴と言えます。でも、一方でナイナイに刺激を与えられる芸人だったら、いきなりレギュラーにする大胆さも欲しい。『笑っていいとも!』だってタモリさんに刺激を与えるようなレギュラー出演者の入れ替わりという新陳代謝で32年間続いた側面もあるでしょう。ダウンタウンがいいとものレギュラーになった1回目の放送を今でも覚えていますが、タモリさんのことを「タモやん」と呼び、臆することなく食らいついていっていました。めちゃイケの存続が決まった今は、リニューアルしたのかと思えるくらいの「新しいめちゃイケ」を見せてもらいたいと願うばかりですね。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)さいじょう・のぼる お笑い評論家、江戸川大学准教授。昭和39年、東京生まれ。古今東西の笑いに精通。主な著書に『ニッポンの爆笑王100』(白泉社)『ジャニーズお笑い進化論』(大和書房)など。

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    視聴者に飽きられたフジテレビ 「めちゃイケ」に染み付く内輪ウケ体質

    吉野嘉高(筑紫女学園大学教授) 低視聴率に喘いでいるとはいえ、バラエティー番組『めちゃ×2イケてるッ!』(毎週土曜日19:57~20:54)がフジテレビの看板番組のひとつであることは間違いない。今年で20周年を迎える長寿番組であるが、今なお、筆者の笑いのツボを適度に刺激してくれる。 5月の放送(21日)では、岡村隆史扮する「E村P」が、ドラマ『ラブソング』に出演するという設定のコントは絶妙であった。E村Pと、このドラマの主演、福山雅治や演出担当、平野眞氏との、とぼけたやりとりが滑稽で何度もクスクスと笑ってしまった。 面白かったのは確かなのだが、同時にフジテレビが凋落した原因はこのような「内輪ウケ」に象徴されていることを改めて考えさせられた。これを続けている限りフジテレビは再生しないのではないか(もちろん、めちゃイケの番組全体が「内輪ウケ」だけで構成されているわけではない。ここでは敢えて“フジテレビらしさ”が凝縮されたこの部分だけを抜き出して論考する)。 E村Pというのは、この番組の飯村プロデューサーをモチーフにしているらしいが、視聴者はこの人物を知らない。したがって、目をつり上げたり、“チャラい”言動で模写を試みたりしたところで、似ているのかどうかがさっぱりわからない。今や“絶滅危惧種”のような“ギョーカイ人”、飯村プロデューサーのデフォルメされた姿を笑える人もいれば、わけがわからないと感じる人もいるだろう。 めちゃイケには、これ以外にも明松(かがり)プロデューサー本人が登場する「ガリタ食堂」や「コリタ食堂」というコーナーがあった。本来裏方であるべきスタッフが出演して仲間内で盛り上げようとする、という意味で「内輪ウケ」の部類に入るだろう。 この笑いのパターンは古く、淵源は80年代前半に遡る。1981年に始まった『オレたちひょうきん族』に、ディレクターが「ひょうきんディレクターズ」として出演したりレコードを出したりしたのが始まりであろう。 このほかに1982年に始まった『笑っていいとも』のテレフォンショッキングのコーナーにはディレクター「ブッチャー小林」が出演していたし、とんねるずの石橋貴明による石田プロデューサー(通称「ダーイシ」)のモノマネもE村Pのネタとかぶる「内輪ウケ」である。フジテレビの社風に視聴者が共感した理由 フジテレビで誕生した「内輪ウケ」は、仲間内の人間関係を尊ぶフジテレビの社風と密接に関連している。旧社屋(新宿・河田町)時代は、大部屋主義によって醸成された会社全体の連帯感、一体感が視聴率三冠王の原動力となっていた。内輪で盛り上がることこそがエネルギーだったがために、フジテレビで「内輪ウケ」は定着した。 こういった背景があるため、フジテレビでは、バラエティーだけでなく、他ジャンルにおいても「内輪ウケ」が番組制作の根本原理として、長期にわたってフジテレビで信奉されてきた。 朝の情報番組『めざましテレビ』では、「めざましファミリー」と呼ばれる出演者たちがまるで家族のように仲良く会話する部分があり、一部で「内輪ウケ」と指摘されている。 また、ドラマの分野では、脚本などのストーリーよりも、キャスティングありきの制作スタイルになっていることが最近よく批判されている。役者や事務所との関係など「身内の人間関係」を何よりも重視しているという点で、広い意味で「内輪ウケ」の原理が働いているといえる。 「内輪ウケ」のマイナス面は、視聴者目線より身内の人間関係や楽しさを優先してしまうため、視聴者が往々にして置いてきぼりになるということである。これは本末転倒である。視聴者目線で番組を対象化できないとプロの仕事にはならない。昨今フジテレビがあまり見られていないのは、自分たちの都合ばかり押し付ける「内輪ウケ」体質に視聴者が飽き飽きしているという一面がある。 振り返って、80年代であれば、「内輪ウケ」を連発しても、フジテレビは視聴者に共感されていて不満を持たれることはなかった。 なぜ共感を持たれていたかというと、当時、フジテレビの庶民的、反権威主義的なところが、世間の感覚と合致していたからだ。 例えばオレたちひょうきん族は、台本通りで進行するそれまでのバラエティー番組とは異なり、番組スタッフや舞台裏のゴタゴタが映り込むのもお構いなしだった。ビートたけしは「ブス」「ババア」など乱暴な言葉を使ったり、アドリブでロケを休んだことさえ笑いに変えたりして、テレビの権威や建前の世界を“ぶち壊し”、本音を露呈させる新たな笑いに挑戦していたのだ。 ひょうきん族がブレイクする一方で、その頃、TBSの『3年B組金八先生』や『積木くずし―親と子の200日戦争―』がヒットし、校内暴力が社会問題となっていた。個性化が進む若者たちは、権威主義的に教員や親から一つの考え方を押し付けられることに対して、鬱屈した感情を溜め込んでいたのだろう。 フジテレビがバラエティー番組などで権威を“ぶち壊し”、定型的な常識や社会規範を相対化させて見せる時、視聴者が共感を示したのはこのような社会状況があったからにほかならない。あの頃、日本社会がフジテレビを欲していたのだ。庶民派から既得権益にしがみつく「特権階級」へ しかし、今、日本社会はフジテレビを欲していない。「フジテレビの番組といえば、古臭くてつまらない」というネガティブバイアスも加わり、視聴率は下がるばかりだ。 フジテレビが視聴者からそっぽを向かれるようになったのは、日本社会もフジテレビも変わってしまって、両者の間に埋めがたい溝ができてしまったからだ。東京・河田町にあったフジテレビ旧社屋 まず日本社会の人間関係が変わった。NHK放送文化研究所の調査によると、職場での人間関係において「全面的なつきあい」を望ましいと答えた人は、フジテレビが全盛期を迎えた頃の83年で全体の52%だが、2013年には35%と減っている。一方、「形式的つきあい」を望む人は14%から26%に増えている。 フジテレビが出演者や番組制作者の協調的人間関係をアピールしたところで、違和感がある時代になったのだ。人々はあっさりとした人間関係を望みつつある。「内輪ウケ」の前提となる仲間内の濃密な人間関係を疎ましいと感じる人が増えているのだ。 もうひとつ挙げれば、2011年に東日本大震災が発生した時、日本社会がシビアな雰囲気に変化した。ところが、相も変わらず「楽しくなければテレビじゃない」という80年代の方針に固執し、内輪でぬくぬくと楽しんでいるようなフジテレビに視聴者は苛立ちを覚えたと考えられる。 フジテレビ社員も変わった。80年代であれば、前述したようにフジテレビの庶民性が共感を呼んだのだが、その後フジテレビは、ピーク時には平均年収約1500万円と業界NO.1の給料をもらえる一流企業になってしまった。一方で、下請けのスタッフはその何分の一かの薄給でこき使われている。もう庶民派のイメージはない。第三者からみれば既得権益にしがみつく特権階級だ。 そんなフジテレビ社員の実態がネットで世間に知れ渡った今、身内の協調的人間関係を前面に押し出して番組への参加を促しても、視聴者は拒否反応を示すのではないか。「私たちは、皆さんの仲間です」とでもいいたげな「内輪ウケ」で親しみやすさを演出しても、そこにもはや共感はない。 このようにめちゃイケの「内輪ウケ」に象徴されるフジテレビの番組制作の原理は、もはや耐用年数を過ぎて役に立たなくなりつつある。近い将来きっとなくなるだろう。その時、新しい番組制作の座標軸を構築する必要性に迫られ、フジテレビ再生の物語が始まるのかもしれない。 しかし、未だに会社内の危機感は薄いと聞く。減ってきたとはいえ、給料も他企業に比べれば、羨ましがられるレベルであることに変わりはない。尻に火がついた状態ではないのだ。楽観的なところがフジテレビの良いところと言えないわけでもないが…

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    三中元克をクビにした「めちゃイケ」の「卑しい手口」

    育に力を入れている幼稚園に先生として参加していた。 矢部オファーは、一昔前のバラエティによくあった、芸能人に異種の職業を体験させるドキュメンタリーである。これがエンターテインメントたりうるのは、畑違いの分野に首を突っ込んでいるのに、その状態で何らかの結果を出せば、それが視聴者の感動を生むからである。 そのオチの前段階には、慣れない異分野で指導役の人から怒られる芸能人を見せられることになるだけに、感動のカタルシスも大きくなるのである。 つまり、「めちゃイケ」が志向する笑いのエンターテインメントではない。めちゃイケで、続けてはいけない企画である。 現に、毎回矢部オファーで笑えるのは、オカレモンが出てきてミニコントをするシーンだけなのである。オカレモンが頑張っている矢部を邪魔したり揶揄したりして、それに対して矢部が怒って喧嘩をすることで、笑いになるのである。 まあ、今回の矢部オファーもここで書いている内容から一歩も外に出なかったので、特に追加で書くことはない。<三中企画> 前半は、三中が相方と芸人として活動し、今回の生放送に至るまでの道を隠し撮りの映像でまとめたVTRだった。前回の放映で頭出しされた内容である。 VTRでは、三中が色々な芸能事務所のオーディションを相方と受けに行く。「めちゃイケ」は、事務所の協力を得て全てのオーディションにカメラを入れる。 相方にも協力してもらって、解散を持ちかけるというドッキリを仕掛けてみる。その翌日には「タイミングよく(=おそらく仕込みで)」ある芸能事務所(人力舎)から「三中一人とだけ契約したい」というオファーが来る。  要は、ただの三中に対するドッキリなのである。相方と解散の話をした翌日に人力舎から一人契約のオファーが来るところなどは話ができ過ぎている。ドッキリなので、三中の素人・天然という良さは十二分に出ており、VTR単体では及第点をあげられる出来になっていた。 あるオーディションでたまたま一緒になった別の芸人が、相方からの解散話の際に登場するというような念入りな伏線の張り方も、往年の「めちゃイケ」ドッキリの水準に達していたと言ってよい。加えて、前回の放送で「だらしない」という印象を徹底的に植え付けられた三中の一生懸命なところにフィーチャーしており、名誉を挽回する作りにはなっていたので、気持ち悪さは一定程度減退していた。やっぱり芸人には向いていない さて生投票の結果、三中は結局不合格で「めちゃイケ」を卒業することになった。今回のオンエアでも散々指摘されていたが、三中はアドリブでおもしろいことは全く言えていないし、ネタでのパフォーマンスも褒められたものではない。 根本的な問題として演技力が低いので、例えば今回のネタだと「いけしゃあしゃあとバレバレの嘘をつく」というボケは全然伝わってこなかった。三中はやっぱり芸人には向いていないので、本人は早くそのことに気が付いた方がいい。 だから、今回の不合格という結論には筆者は異論はない。唯一、三中がアンタッチャブルの柴田と即興で絡んだくだりは大変おもしろかったので、いじられキャラの天然芸人なら生き残る道はあるかもしれないが、そのキャラは今回の三中のように目立とうとしたら終わりである。 「めちゃイケ」は、この結果を望んでいたのだろうか。筆者は望んでいたと思っている。もう使い出のなくなった三中を追い出すためにやったのが今回の企画であるとすら思っている。三中元克さん 三中の芸人としてのパフォーマンスが低いことは、普段近くで接しているめちゃイケのスタッフはよく分かっていたはずである。その三中が付け焼刃でネタを作っても、視聴者に受け入れられるものはできないだろうというのが番組の見通しだったと思う。 なんなら、あの相方ですら番組の仕込みで用意されたのではないかと筆者は思っている。現に、相方は番組のドッキリに1回協力しているのである。相方がなぜ三中とコンビを組むことになったのかの経緯が一切語られない点が、この憶測を強くしている。 今回のオンエアがされる前の視聴者の予想では、結局出来レースで三中が残ってお涙頂戴の感動オチだろうというものもあった。 確かに、不合格という結果に、ゲストで来ていた鈴木奈々は素に見える驚き方をしていた。最後に出てきた横断幕にも「おめでとう」としか書かれていなかった。不合格になったことが宣明されただけで、オチも一切なかった。 このへんに着目すれば番組側は三中を残したかったと言えるかもしれないが、まあ、真相は闇の中である。ただ、不合格になった場合のオチが用意されていなかったのはいただけない。それは、どちらの結論にもなり得ることを予測したうえで、何か準備しておくべきだったろう。<総評> 今回の結果次第では3月打ち切りという声もある中での放映だったが、少なくとも三中企画は一定の結果を出したように思う。ただ、その前の2本の企画はそれほど新鮮味も面白味もなかった。 そのため全体としては番組の最後に位置づけた三中企画を餌に視聴者を引っ張る構成になっていた。古いテレビの嫌らしい手法である。このやり方を茶化してこそ「めちゃイケ」なので、わざわざこのレベルに堕すのはいただけない。 三中企画も、三中が残るかいなくなるかの生放送で視聴者を釣るという内容であって、一回しか使えないカンフル剤である。今回数字が良くても「めちゃイケ」は綱渡りを続けることになるだろう。

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    来年フジ民放最下位転落と加藤綾子ら人気者流出を関係者懸念

    うメールが来た」と明かして否定した。「この亀山発言によって、退社を延期したといわれるカトパンですが、芸能事務所との接触は続けているようです。新番組がスタートする前の3月に、亀山社長に〈お世話になりました〉というメールが届くかもしれません」(スポーツ紙芸能担当記者) そんな事態になれば、「カトパンと親しい椿原慶子アナ(30)、山崎夕貴アナ(28)、三田友梨佳アナ(28)ら人気アナも、後を追うように退社しかねない」(フジ関係者)との不安がよぎる。 バラエティ不振に続いて、人気女子アナたちから“三行半”を突きつけられれば、いよいよ深刻な危機を迎える。

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    『めちゃイケ』が視聴率低迷 レギュラー陣の高齢化も要因か

    ナンパをすれば、リアリティもあるし、共感もできたかもしれません。しかし、40歳を超え、富も名声も得た芸能人が女性に声を掛けても、視聴者はついてこない。40歳を過ぎた男が声をかけられずにモジモジしている場面を放送しても、『いい大人が何をしているんだ』と思われるだけではないでしょうか。つまり、狙っている視聴者ターゲットが見えてこないのです」 番組開始当初、20代だったレギュラー陣は軒並み40歳を超えた。2010年、加入した新レギュラー陣であるジャルジャルやたんぽぽも、既に30歳を過ぎている。 「子供・学生を対象にした番組にしては、レギュラー陣の年齢層が高くなってしまった。思えば、土曜8時の先輩番組である『8時だョ!全員集合』(TBS系)は、主要メンバーだった仲本工事や加藤茶の年齢が40歳を越えたころに終了しています。元メンバーの荒井注は45歳のときに『全員集合』を降板し、ドリフからも外れた。『めちゃイケ』と同じ枠で放送されていた『オレたちひょうきん族』も、ビートたけしが42歳のときに終わっている」(前出・放送作家) ナイナイの岡村は今年44歳になり、矢部も10月で43歳を迎える。はたして『めちゃイケ』は、レギュラー陣の高齢化問題と、どう対峙していくのだろうか。関連記事■ フジTV・カリスマP現場復帰で山本圭一を電撃復帰させるとの噂■ 極楽とんぼ・山本 復帰実現しないのは元所属事務所が理由か■ 佐々木主浩氏 「妻が娘へ仕打ち」の報道に事実と違うと主張■ 江角マキコ 落書き謝罪したのはバイキングに抗議殺到したから■ 太川陽介 バスの旅で最もイライラした蛭子能収の言動を告白

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    めちゃイケの三ちゃんオーディションは「公開いじめ」ではない!

    は三ちゃんの人生があるでしょう。番組の作り方や演出がひどいというのは、また別の問題ですが。自己決定と芸能界自己決定と芸能界 自己決定とは、単純に自分が決めることではありません。金を出すか殺されるか、どっちがいいか、自分で決めろ。こんな風に言われてお金を出すのは、自己決定ではありません。難しくて理解できない説明をされて、わからないまま、手術するかどうかを決めてくださいと言われても、そんなのはインフォームドコンセントの自己決定になりません。自己決定できるだけの、心の落ち着きや理解できる情報が必要です。 自分が望み、出場者募集のオーディションに申し込んだのですから、自己決定でしょう。その後の活動で、番組に利用されているだけかどうかは、微妙です。番組関係者が、彼の将来のことをまったく考えず、利用するだけなら、番組は道義的に非難されるべきだと思います。そうなのかどうかはわかりませんが、私は関係者一同がそんなに冷酷だとはあまり想像できません。 ある中学生アイドルと話したとき、彼女は芸能人がよく行く高校に進学したいと言っていたのですが、親やマネージャーは普通の高校へ行けと言っているそうで、勉強が大変だと語っていました。大人は、考えていますね。AKB48のような活動も、ずっと芸能界でやっていける人は少数で、他の子達にとっては、部活動のような思い出作りや人生の経験の一つと考えている関係者もいます。 数年の芸能活動が、プラスになるかマイナスになるかは、本人や家族の考え方次第です。三ちゃんも、この先どうなるかは、誰にもわかりません。才能のある人が失敗し、才能のなさそうな人が成功することもあります。これからのことは、本人が親や芸能関係者のみなさんと相談しながら、決めていくことでしょう。たしかに見ていると、危なっかしくて不安になりますが、がんばっている三ちゃんを応援したくもなります。 次回2月27日放送「めちゃイケ」は、「真冬にあせをかきまくれ 国民投票だよ全員集合 全力の生スペシャル」というとで、視聴者の投票によって、三ちゃんの番組出演が続くかどうかが決まります。 番組としては、投票がどちらになっても、それを笑いとし、視聴率アップにつなげていく準備と工夫をしているのでしょうが。三中元克さんも、器用に貪欲に番組を活用して、幸せな人生を歩んでほしいと願っています。 追記:視聴者投票の結果、なんと三ちゃんは不合格でした!

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    吉永小百合さんへの手紙

    既に証明されてゐます。 たつた二年前、平成二十五年十一月の特定秘密保護法制定の時、安保法制時と同様、芸能人や映画人、ジャーナリストたちが、日本の民主主義の死といふやうな過激な反対キャンペーンを張りました。 政治ジャーナリストの田勢康弘氏は「この政権の体質を見てゐても、間違ひなく拡大解釈してくると思ふ」と発言してゐる。映画監督の崔洋一氏は「この法案ができると日本映画界はお上の都合に合はせるやうなさういふ物ばつかりになる」と言ひ、同じく映画監督の大林宣彦氏に至つては「この法律ができると、国家犯罪に繋がつてしまふかもしれないといふ事を常に考へてゐなくちやならない」とテレビで発言してゐます。 それにしては、安保法制反対時の、殆ど同じ顔触れの皆さんの威勢の良かつた事! 「国家犯罪」に怯えるどころか、「戦争法案」だ「赤紙」だ「徴兵制」だと、法案の中身などそつちのけの途方もないプロパガンダで大騒ぎしてくれたが、安倍政権は弾圧の「だ」の字もしなかつたやうです。「拡大解釈」も「お上の都合」も、「国家犯罪」も全て幻想だつたのですが、法案の中身も知らずに反対の大合唱に加はつたこの人達の誰か一人でも、発言の責任を取つた人はゐるのでせうか。 あへて吉永さんに問ひたい、法案の意味や中身を知らずに、後から責任を取れないやうな出鱈目な批判をする事、またさういふ人達の先頭に立つて広告塔になる事は、貴女の女優としてのあり方や人としての信条に照らして、恥づかしい事ではないのですか。 『キューポラ』の中で高校生だつた貴女は、理不尽な父親に向かつて、かつてかう言つてゐる。「お父ちやんみたいに何もわかつてゐない癖に、頭から思ひこんで変へようとしないの、『無知蒙昧』つていふのよ。さういふの一番いけないよ」 「平和」を大切にする事と、知りもしない法案に大声で反対する事を混同しながら政治利用されてゆく、貴女を始めとする映画人や芸能人達は、正に「無知蒙昧」そのものではないでせうか。 貴女自身は、広告塔のつもりはないと仰るかもしれません。 が、残念ながら、貴女がどう思はうと、貴女の名前は、今や広告塔の筆頭格の一人になつてしまつてゐます。 誰の広告塔か? 驚くべき事に、日本共産党の広告塔です。求められている政治との峻拒 別表のやうに、昨年一年間だけで、吉永さんは「しんぶん赤旗」(日曜版のぞく)に見出し、記事として、十回も登場してゐる(アット・ニフティのデータベースによる)。これは、もうすつかり日本共産党お馴染みの「顔」になつてゐると言ふべき数字でせう。 歴史上、藝術家や文化人の政治利用に一番熱心だつたのは、共産党に代表される全体主義国家であり、中でも最も藝術家を政治利用したのは、ナチスとソ連共産党でした。そして日本共産党は言うまでもなく、現在でもマルクス・レーニン主義を奉じ、共産主義社会を目指す政党です。 共産主義が世界史上最大の政治犯罪だつた事は疑ひの余地がありません。共産主義国家は全て、プロレタリア独裁のまま軍事政権化し、自国民を恣に弾圧、虐殺し続けました。自由な共産主義国家は、一つも存在できなかつた。その共産主義を奉じてゐる日本共産党の広告塔に吉永さん、貴女がなるといふのは一体どういふ事でせうか。 ナイーブな声の上げ方は、あくまでか細く、そしてあくまでも一人の人の声の限界を慎ましく守るべきなのではないでせうか。 私は貴女の「声」の持つ「実意」、「誠意」について語ることからこの手紙を書き起こしました。その「実意」「誠意」を、国内政局に悪用させてはなりません。 貴女には、女優として、最近とみに表現領域を開拓してゐる「祈り」の世界がある。映画の中での、近年の貴女の姿は、それだけで人を浄めるオーラを静かに温かく発してゐるやうに私には思はれます。 「祈り」─吉永さんの世界は、今や女優としても朗読者としても、その世界にはつきり足を踏み入れてゐる。だからこそ、政治に関与せず、政治から利用されない、その峻拒こそが、今、貴女には求められてゐるのではないでせうか。 その世界に徹し、政治利用からはつきりと距離を取る時、貴女の中の女優と、貴女の中の人間としての正義とが、必ず一致点を見出す筈です、私はそれを信じたい。いや、それを信じてゐるからこそ、あへてこの一文を草した次第です。おがわ・えいたろう 昭和42(1967)年生まれ。大阪大学文学部卒業。埼玉大学大学院修士課程修了。創誠天志塾塾長。著書に『最後の勝機(チャンス)』(PHP研究所)、『一気に読める「戦争」の昭和史』(ベストセラーズ)、『「永遠の0」と日本人』『小林秀雄の後の二十一章』(幻冬舎)など。

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    吉永小百合さんへの手紙

    月刊正論3月号に掲載された文藝評論家、小川榮太郎氏の公開書簡「吉永小百合さんへの手紙」が、一部ネットメディアで取り上げられ、物議を醸した。「脱原発」「積極的平和主義」を掲げる彼女は、なぜ公の場で政治的発言を続けるのか。小川氏の論考とともに、国民的大女優の政治発言の是非を考えたい。

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    「完璧なビジネスウーマン」吉永小百合が脱いだリベラルの仮面

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 吉永小百合さんが安保法制や原発といった政治的なテーマで、反核・平和・反原発運動に積極的に参加して話題になっている。 昨年の安保法制騒動から、「左翼が流行らないからリベラルの仮面をかぶっていた極左や左翼が仮面を脱ぎ捨てている」が、吉永さんもその一人だ。 日本の政治思想地図で面白いのはプティ・ブル左翼の多さだ。海外の共産党や社会(社民・労働)党左派は社会的に恵まれない人が主流で、彼らに同情する一部のインテリがくっついているという構造だ。 メディアでいえばかつての朝日新聞の読者だ。朝日の論調はリベラルや穏健左派どころか、ソ連と中国と北朝鮮を礼賛し、外交政策でも彼らの利益を代弁していた。共産党はそれなりに首尾一貫した思想だが、それに対して、朝日のいい加減さはユートピア的極左の世界だ。それでも一方で、朝日新聞の読者層は高所得者が多く、高額商品の広告は朝日新聞でないと効果がないと言われてきた。 ところが彼らは、社会党が崩壊して、小政党となった社民党参加者以外が民主党に移ったあたりからリベラルの装いをしてきた。にもかかわらず、安保法制騒動が始まると、ヘルメットとゲバ棒スタイルで闘った若いころの気持ちに戻ったのかようだった。「母と暮せば」を撮影中の山田洋次監督(左)と吉永小百合(右)=長崎市の黒崎教会  『キューポラのある街』は、吉永さんの最初の大ヒット作だが、在日朝鮮人の北朝鮮帰国運動を肯定的に描いているなど極左色が強い内容だ。 吉永小百合さんの魅力は、「そこそこいいとこのお嬢さんが庶民の役をやっている」というところにあった。吉永さんはしばしば原節子と比較された。原さんは深窓の令嬢風の上、完璧な美女だった。 それに対して、吉永さんはそこそこいいところのお嬢さんのイメージで、スタイルがあまり良くないし、完璧に可愛いが完璧な美女ではない。そこが映画スターがもう少し近づきやすい存在になった時流に合った。 早稲田大学第二文学部という学歴も程良かった。第一文学部ならお高くとまっているイメージになっただろう。 吉永さんは、何を演じても吉永小百合だと批判された。『夢千代日記』で芸者をやっても、『天国の駅』で女死刑囚役を演じてオナニーをしても、「あの吉永小百合さんがこんなことまでして頑張っている」というイメージなのだ。 頑としてイメージを崩すようなことはしないのだ。だから、女優として名優かどうかは、意見が分かれる。馬鹿げた偽善でも吉永小百合だから許された 吉永さんが原爆の詩を朗読しても、切実さはないのだ。「あの吉永さんが平和のために一生懸命やっている」というだけで、原爆の悲惨さより、彼女の人柄の立派さが感じられるだけといえるのだ。 自分で確定申告をして、国税庁の用意した取材に応じるが、同席していた当時の大蔵大臣に「この税金は戦闘機を買う費用に使ったりせず、もっと国民のためになることに使って欲しい」というなど、良き市民を演じて左翼インテリにも媚びるバランス感覚を示す。馬鹿げた偽善だが、吉永小百合だから許された。 夕張を応援したが、これも偽善の極みだ。だいたい、夕張は市民が後先考えずに巨大投資を展開する市長を選んで砂地獄に落ちただけで、自業自得だ。ところが、地名がなんとも可愛いせいか、夕張は同情された。もし“闇張市”だったら誰も同情などするはずない。これを特別に応援する人を私は全く信用しない。2003年7月、プロ野球の西武戦をネット裏で観戦する吉永小百合(撮影・戸加里真司) 左翼が流行らなくなり、人気も下降気味になると、企業を選別しつつ広告塔をやった。西武の堤義明とはスキーを指導されて仲良くなり、西武ライオンズの熱狂的ファンとなって、アンチ巨人を強調して“反体制気分健在”を軽やかに演ずる。軽井沢の別荘地を安く分けてもらったともいわれるが、マスコミにもあまり突っ込ませない威厳が彼女にはある。 どうして図抜けた企業と思うのか私には理解不能だが、シャープについても、いい企業だからコマーシャルに出るとひたすら強弁した。 そして、西武もシャープも没落したころ、反安保法案でリベラルを装っていたかつての極左勢力が息を吹き返すと、さっそくそれに擦り寄った。 吉永さんが生まれたのが、終戦の年である昭和20年3月、私は昭和26年9月のサンフランシスコ講和条約締結の月だから、お姉さん世代といったところだ。 小学校に入るころ、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』のさゆり姫に声優として登場していたのを聞いていたのを覚えているが、それを意識したのは、日活の青春映画のスターとして有名になってから、「あのときのさゆり姫」とわかってからだが、彼女の軌跡をこうして振り返ると、いちおう同世代の人間として感慨深いところがある。 私は別に吉永小百合が嫌いなわけでも、けしからんと思うわけでもない。隣に座って食事したらとても楽しいだろうし、女優という商品の演出者として、彼女は完璧なビジネスウーマンだ。ただ、このうえなき人格者だとか信念の人かといえば、少し違和感を覚えてしまう。