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    元SMAPメンバーは「労働者」と言えるのか

    な技能を要する一部の職種について、独立・移籍を制限する慣行が存在するとの指摘がある」と明記しており、芸能界における移籍問題をも検討対象にしていることは間違いないでしょう。独立後初仕事の元SMAP・香取慎吾 =2017年9月9日、東京都(蔵賢斗撮影) そして昨年から人気アイドルグループの解散や、そのメンバーの移籍などが話題になっていますが、この問題の根底にあるものを理解するためには芸能界の実態を認識する必要があります。 日本では、新人が「タレントとして第一歩を踏み出そう」とするとき、オーディションやスカウトを経て芸能プロダクションと契約することがほとんどです。最近ではYouTuberやブロガーなど、芸能プロダクションと契約せずにフリーで情報発信をする人たちも増えましたが、依然としてテレビの持つ影響力は強く、「テレビに出演しているタレント」という意味では、ほぼ全てのタレントが芸能プロダクションに所属しています。 私は弁護士として100通以上の芸能プロダクションとタレントとの契約書をみてきました。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる契約は「専属マネジメント契約」「専属芸術家統一契約書」と言われます。 多くのタレントは無名な新人の状態で、芸能プロダクションがあらかじめ用意した契約書への署名・押印を求められることがほとんどです。 芸能プロダクションが用意する契約書には、多少の違いはありますが、およそどの契約書にも共通する三つの目的があります。一つ目は、報酬・給与等の金銭関係について規定すること。二つ目は、著作権、著作隣接権、芸名の使用権、肖像等に関する権利について芸能プロダクション側が譲渡またはライセンスを受けること。三つ目は契約期間、途中解約の場合の違約金条項、退所後の競業避止義務等を規定しタレントを縛ることです。 このように、契約書にはタレントを縛るための条項があるのですが、芸能プロダクションがタレントを縛りたいというのは十分理解できるニーズです。タレントは法律の空白地帯 芸能プロダクションは多額の投資をし、タレントを数年かけて育成し、その後売れた段階で回収するというハイリスクハイリターンなビジネスです。数年かけてやっと利益が出るようになったタレントが「あっちの事務所の方が条件も良いし、良い仕事も来るので移籍します」と言われても、簡単に応じることはできません。 裁判例の中にも「芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズの売り上げを伸ばし、そこから投資を回収するビジネスモデルを有している」と明言したものがあります。 このように「商品であるタレントに他の事務所に移籍されては困る」というのは、ほとんどの芸能プロダクションに共通することですから、業界内でもタレントの引き抜きはタブーとされています。仮にタレントが無断で移籍や独立をすれば、各事務所はテレビ局や制作会社に対して、「当該タレントを使用するな」と圧力をかけ、実際、テレビ局側が当該タレントをキャスティングするならば、事務所の他のタレントを引き上げるというような圧力をかけます。 最近はインターネットの存在で若干変わりましたが、依然としてメディア=テレビであり、視聴率を取るためには有名タレントを出演させるという構造の下においては、テレビ局と芸能プロダクションとの関係は強いものがあります。 テレビ局にとっても、大手プロダクションともめるという不利益と比較した場合「それでもなお当該タレントに出演を依頼する」とはなりにくく、結局、タレントは干されることになります。(iStock)  そしてこのテレビ局の判断は、経営判断を前提としているので、タレントも裁判などで争うにはハードルが高く、そのような裁判事例はほとんどありません。このような状況下で、タレントが事務所の許可なく移籍や独立をすることはおよそ不可能です。 以上が、タレントが移籍や独立を試みたときに予想される展開となります。 そもそも企業と従業員との間を規律するのが労働基準法や労働契約法などの労働法規です。それに対して、事業者間の関係を規律するのが独占禁止法や下請け法です。所管している官庁についても労働法規については厚生労働省、独占禁止法については公正取引委員会です。この中で、タレントについては、労働者なのか独立の事業者なのか明確に区別できず、法律の空白地帯になっているといえます。有名タレントは独禁法の対象 一昨年、昨年とアイドルの恋愛禁止裁判が話題になりました。芸能プロダクションとタレントの間の裁判において、裁判所が芸能プロダクションとタレントとの契約は労働契約であると認定した例も少なくありません。もっとも、ほとんどの事例において対象となったのは、いわゆる有名タレントではなく、テレビの音楽番組にほとんど出演することがない、数百人規模のライブハウスでコンサートを行っている10~20代のアイドルです。未払い賃金の支払いなどを求めて東京地裁に訴えを起こし、記者会見したアイドルグループ元メンバーの女性=2017年11月14日、東京都内(加藤園子撮影) それに対して、独占禁止法の法規制の枠組みの対象となるのは、いわゆる大物タレント、幅広い年代で知られているタレント、国民的タレントと呼ばれるような人たちであり、芸能人、タレントという肩書で呼ばれる人たちの絶対数の中ではごく一部といえます。有名タレントになってくると、時間単位でいくらというギャラの支払いスタイルから、仕事あたりいくらというスタイルになり、その額も同年代の会社員の給与とは桁違いになっていきます。そうすると、業務の内容やギャラという視点からは、独立の事業者と評価されやすくなります。 しかし実際は、すごく有名なタレントであっても、所属プロダクションの意向には逆らえず、明確な指揮、命令関係が認められるケースが少なくありません。若い頃、無名の頃、売れない頃から育ててもらった恩なども相まって、事務所との関係は非常に複雑な関係になってきます。 このような有名タレントについては、所属芸能プロダクションとの契約は労働契約とは一概にいうことができず、タレントも独立の事業者と評価されうることから、独占禁止法による法規制の対象になってきます。 まず、芸能プロダクションとタレントとの関係を1対1で考えたときには、優越的地位の濫用規制が問題となります。優越的地位の濫用とは、取引相手と比較した場合の優越的な地位を利用して、取引相手の自由で自主的な判断を妨げることをいいます。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる専属マネジメント契約のほぼ全てに「専属性」が規定されており、タレントが1度契約してしまえば、所属事務所以外を通じて芸能活動を提供することは禁止されます。 また、多くの契約書には「甲と乙は独立の当事者として」と規定があるのにもかかわらず、タレントは芸能プロダクションの指示に従わなければならないという義務規定があります。このように、所属事務所の指示を通じてしか芸能活動ができないという状況下においては、事務所が優越的地位を有しているといえるでしょう。テレビ局と芸能界の「忖度」 そして、契約後この優越的地位を利用して、一方的なギャラの引き下げ、過重労働の強制、移籍・独立の制限などを行った場合には、優越的地位を濫用した行為といえます。 また、独立や移籍を試みようとした所属タレントについて、テレビ局をはじめとする各種メディアに対して「当該タレントをキャスティングするのであれば、当社所属のタレントはその番組には出演させることはできない」と圧力を加えることで、当該タレントの出演は事実上著しく困難になります。 このような、独立しようとするタレントに関してメディアに不当な圧力をかける行為についても、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用に該当し得る行為といえるでしょう。優越的地位の濫用と認定された場合には、公正取引委員会から芸能プロダクションに対して排除措置命令がなされ課徴金の支払いを求められます。 複数の芸能プロダクションや、芸能プロダクションで組織する業界団体が共同でタレントの移籍を制限するような場合には、独占禁止法が規制する「共同の取引拒絶」に該当するといえます。共同の取引拒絶とは、複数の事業者や業界団体が共同して、特定の事業者との取引を制限することをいい、公正取引委員会が今回引用している5社協定においても問題となった行為類型です。これは「集団的ボイコット」と呼ばれることがあります。 共同の取引拒絶の典型例として、タレントが移籍しようとするときに、かつて所属していた芸能プロダクションが、他の芸能プロダクションに対して「そのタレントとは契約するな」と働きかけ、他の芸能プロダクションが追従する行為などが挙げられます。 また、テレビ局をも巻き込んで「あのタレントを出演させるな」という場合にはテレビ局も共同の取引拒絶をしている主体といえます。(iStock) 公正取引委員会が共同して取引を拒絶していると認定するためには、明示的に協定書や合意書が作成されることは不要であり、暗黙の認容でも共同行為に該当するとした裁判例が存在します。 実際、複数の芸能プロダクションやテレビ局で「特定のタレントと契約しない」「あのタレントは出演させない」という内容の協定書や合意書が作成されることはまずありません。電話などの証拠が残らない方法により意思形成されることになるでしょうし、場合によっては他の芸能プロダクションが追従することにより暗黙の意思形成がされることもあるでしょう。芸能界の慣習に踏み込まなければならない しかし、黙示であったとしても、各社の行動の一致性や、事前の連絡があったかなどにより、共同の取引拒絶があったと認定されるケースも十分に考えられます。確かに、芸能プロダクション側がタレントに対して優位に立ちたいというニーズは十分に理解できます。社長やマネジャーからしてみれば、一癖も二癖もあるタレントに仕事の時間を守らせ、礼儀作法を教え、業界のルールを教えることは簡単ではない場合があります。未成年のタレントには飲酒喫煙の禁止を厳守させ、ドラッグから身を守らせることは重要かつ頭を悩ませるところです。 私自身、芸能プロダクション側の相談を受けることも少なくなく、事務所側の代理人として数多くの事件を経験し、事務所に損害を与えたタレントに対して訴訟提起した経験もあることから、事務所側の苦労はものすごく理解できます。 そして、「旧事務所を円満に辞めなかったタレントは芸能界で干される」という事務所優位な状態は、タレントに恐怖と不安を与え、どの事務所にとってもタレントをコントロールする材料になることから、この状態を利用したい気持ちも十分に理解できます。(iStock) しかし、複数の芸能プロダクションや業界団体が、このような共同の取引拒絶に該当する行為を実行することは独占禁止法に違反する行為であり、排除措置命令や課徴金支払いの対象になります。さらに、複数の芸能プロダクションが共同の取引拒絶をした結果、「取引分野における競争が制限されている場合」には不当な取引制限にも該当します。 不当な取引制限に該当すると、行為者に対して5年以下の懲役または500万円以下の罰金、その雇用主(多くの場合芸能プロダクションとしての法人)には5億円以下の罰金という独占禁止法上最も重い刑罰が科されることになります。 これまで、芸能プロダクションとタレントとの関係について、独占禁止法の視点から検討されるケースはあまりありませんでした。昨今の有名タレントグループの解散や独立、移籍を発端に話題にはあがるようになりましたが、その根底となる芸能界のルールは今に始まった話ではありません。 公正取引委員会には、「従来の判断枠組みでは法律上の問題はありませんでした」ということで検討を終えるのではなく、芸能界の実態に踏み込んだ調査と、芸能界の実態に即した判断がなされることを期待しています。

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    ローラの「奴隷契約」を公取委のメスは是正できるか

    )が所属事務所から独立したために仕事を干され続けたことのほか、ローラさんの件など、タレントが所属する芸能プロダクションとトラブルになるケースが最近増えているのは、みなさんよくご存じの通りです。「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展」のレセプションに出席した元SMAPの香取慎吾=2017年10月、東京都港区(中井誠撮影) こうした芸能人やスポーツ選手が、所属する芸能事務所などと交わす契約などについて、公正取引委員会が調査を始めました。独占禁止法に抵触しないか調べるためです。そしてこの問題に関する第1回目の有識者会議が今年8月に開かれました。 そうなると長年にわたって「特殊な世界」として放置されてきた日本の芸能界に、初めて行政のメスが入ることになります。これは極めて画期的なことですが、同時に新たな難問に取り組むことにもなりそうです。 念のため申し添えておくと、私がテレビ番組制作の現場で経験してきた範囲に限って言えば、ご一緒させていただいた芸能人の方々は、ほぼ全員が所属事務所との関係が良好でした。たまたまラッキーだったのかも知れませんが、数百人にのぼる芸能人のほぼすべてです。ですから決して多くの芸能人が所属事務所とのトラブルを抱えているわけではないと言えます。 ただ、少数であっても、所属事務所によって権利を侵害されているタレントがいたり、元所属事務所からの不当な圧力で活躍の機会を奪われたり、といった事態が生じていることは見過ごしてはならないでしょう。タレント本人の問題のみならず、そのパフォーマンスを享受している社会全体にとっても、業界の発展にとっても、悪影響をもたらす問題だと捉えて改善すべきです。 「専属芸術家統一契約書」。この聞き慣れない名称の一通の書類は、普通の人はまず目にすることはありません。しかし、日本の芸能プロダクションの間では広く使われていて、タレントはまずこの契約書にサインします。日本音楽事業者協会が作成したひな形で、事実上の共通様式です。 タレントと芸能事務所、両者の権利関係がこれで決まるわけですが、この統一契約書の内容に、そもそも問題があると指摘する弁護士もいます。 私の手元にあるのは平成元年改訂版ですが、その中にはタレント側が事務所を辞めるときには、事前に事務所からの書面による承諾を必要とする、といった規定があります。これは事実上、事務所側がOKしなければタレントは永遠に移籍も独立もできないという意味ですから、たしかに事業者と事業者の対等な関係とは言えないでしょう。突っ込みどころ満載の契約書 統一契約書の内容には人権上の問題さえあり、突っ込みどころは満載だといえます。しかし、公取委はこれに踏み込むなら、新たな契約のあり方を示したひな形の作成まで、責任を持って取り組むべきではないでしょうか。それは相当な難題ですが、避けては通れない課題ですから、しっかり完遂してもらいたいと思います。(iStock) もちろん芸能プロダクション側の言い分もわかります。タレントが売れない頃から多くのお金と時間をかけて、滑舌やボイストレーニング、ダンスなどのレッスンを行い、プロとしての心得やマナーを教育し、多大な広告宣伝費を投資するわけです。それがいざ売れっ子になり、収入を得られるようになった途端にポイと辞められたのでは、資金を回収できずにたまったものではない、という主張です。 これは、誰がタレントを育成するのか、という議論が必要なことを意味しています。またどこまでがタレント個人の才能で、どこまでが周囲の力かという深遠なテーマにもつながってきます。 これらは個別の事例によって極めて差が大きく、ほとんど指導しなくてもタレントが自らぐんぐん成長し、大スターになる人もいれば、いくら育成にお金と時間をかけても、まるで売れずに終わる芸能人もいるわけです。 そのリスクの一部を事務所が引き受けているのは事実ですが、だからといって売れたタレントを生涯支配し続けてもよい、という根拠にはなりません。タレントは単なる商品ではない、人間である、という認識は常に重要です。 もう一点、契約の問題とは別に、大手芸能プロダクション数社が市場を独占しているのではないか、という疑惑も表沙汰になるかもしれません。いわゆる闇カルテルです。私はむしろこの問題こそ、日本の芸能界のダークな部分であり、必要があれば行政がメスを入れるべきテーマだと考えます。 ネット上では既に大いに語られていますが、テレビのワイドショーでは決して話題になることがない「タレントの誰々が事務所からの圧力によって仕事を干されている」といった情報。テレビ局がなぜそういう情報を発信しないのかというと、テレビ局自体も大手芸能プロダクションの意向に気をつかい「仕事を干す」片棒を担いでいる共犯者であるからです。一介の芸能プロがなぜ干せるのか 常識的に考えると、そもそもなぜ一介の企業である芸能プロダクションが、自社を離れたタレントに対してまで「仕事を干す」「テレビに出させない」といった実力行使ができるのか。不思議に感じるのが当然だと思います。CMに出演させるか、させないかを決めるのは、スポンサーであるはずだし、番組に出演させるか、させないかを決めるのは各テレビ局の判断であるはずです。(iStock) にもかかわらず大手芸能プロダクションが、なぜテレビ局というマスメディアに対して圧力をかけられるほど権限を持つのかというと、まさに市場を独占しているからだと考えるのが自然でしょう。 芸能プロダクション同士が自由競争の状態にあれば、A社の芸能人がダメならB社、B社がダメならC社の芸能人、という出演者の選択肢がテレビ局にはあるはずです。しかし、A社からE社まで市場が寡占状態にある時、それらの各社が談合してカルテルを結べば、一つの芸能事務所に逆らうことはすべての出演者を失う可能性を意味することになります。 売れっ子の大物芸能人を出演番組から引き上げさせる、という脅しをかけられると、民放各局は反抗することができません。それくらい現在の番組の視聴率は、出演者の人気に依存しています。人気のある芸能人の名前を冠した「誰々のなんとか」というタイトルの番組が、軒並み視聴率を稼いでいることからも想像がつくと思いますが、発注側のテレビ局と受注側の芸能プロダクションの力関係が逆転しているのです。  テレビ局といった報道機関にまで影響力を行使するほど、芸能プロダクションの権限が肥大化するのは、決して健全なメディアの状態ではありません。 芸能界の市場独占に行政のメスが入ることに期待するだけではなく、テレビ局自身も毅然として自らの編集権を守るべきです。そのためには芸能人の人気に全面的に依存するのではなく、自社の演出力を磨いて視聴率が稼げるよう、番組作りの体制を整える必要があると思います。 ハリウッドでは俳優を育成しません。自分で俳優学校へ行って学び、エージェント会社を雇います。エージェント会社は仕事を探してくるブッキング業務だけを行い、マネージャーは別に雇います。日本の芸能事務所は、タレントの育成から日々のマネージメント、番組の構成・演出を手がける企画制作プロダクションまで、一社で全てを兼務する特殊な存在になっています。これが芸能界のゼネコンとして、事務所が権限を独占する一因でもあるでしょう。「義」を求めるなら「仁」を示せ 今回の公正取引委員会による芸能事務所への介入は、旧態依然とした日本の芸能界特有のシステムを見直し、時代に即した健全な業界へと生まれ変わらせる大きなチャンスであることは事実です。ただし、メスを入れる以上は、責任を持って、これまでの因習に取って代わる代案を出すべきで、それはタレント個人の人権を守ると同時に業界全体を活性化するものでなければなりません。 いわゆるお役所仕事にありがちな、メスを入れるだけ入れておいて、野暮な正論を押しつけておしまい、というのでは業界が萎縮してしまうでしょう。日本の芸能界には、アジア各国への輸出をはじめとする国際競争力のあるエンターテイメント産業として、今後も発展する潜在能力があります。 タレントの育成も含めて、業界に関わる事業者すべてがフルに力を発揮できるような、新しいビジネスモデルが見えてくるレベルまで議論を尽くすべきです。それは決して容易な作業ではありません。2016年7月に所属事務所から独立した女優、のん(小山理絵撮影) 単純に欧米の契約社会で生まれたドライなエージェント制度を、そのまま日本に輸入しても、うまくいかない気がします。日本の芸能界が独自に発展してきた背景には、良くも悪くも職人の徒弟制度のようなウェットな側面があります。また場合によっては学齢期の子供を預かり、社会人として育てる教育機関としての側面もあります。 これまでの日本の芸能界は、いわば「仁」「義」「礼」といった日本人らしい美徳を基本にして、その伝統的な倫理観によって成り立ってきた社会と言えるかもしれません。それを対等で合理的な契約関係へと生まれ変わらせることが、今、求められているのです。 タレント側に育ててくれた事務所に対する「義」の心を求めるのなら、事務所側には、広く世のため人のために巣立つ子供を見送る親心「仁」の精神が不可欠でしょう。こういった美しい日本の心を失うことなく、今の時代に合った新しい芸能界のあり方を策定するのは、相当な難問だと言えそうです。 このあたりをどう処理するのか、有識者会議の腕の見せ所だと思いますので、注意深く見守っていきたいと思います。

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    モデル西山茉希「13年間の奴隷契約」に通じるヤクザな慣習

    片岡亮(ジャーナリスト) 公正取引委員会が、芸能タレントやスポーツ選手などの所属契約について、今年8月から有識者会議「人材と競争政策に関する検討会」で議論が始まり、既に3回目となる。タレントの移籍などについて独占禁止法に反する疑いが出ているためだ。芸能界では所属事務所から独立することは基本的にタブーであり、今年2月には宗教団体「幸福の科学」への出家騒動で事務所との契約を終了させた女優、清水富美加が、事務所を辞める際に「過去の月給は5万円だった」などと待遇への不満を暴露し、これに反論する事務所側と対立した。それ以降、清水が表舞台で活動する姿をみかけることはほとんどない。 解散騒動が注目を浴びた国民的アイドルグループSMAPも、問題の本質はグループの解散ではなく、一部メンバーの「独立」だった。事務所の経営者と折り合いが悪かった辣腕マネジャーが定年退職を前に独立の動きを見せ、そこに一部のメンバーが追従しようとしたが、結果はテレビ番組で5人そろって謝罪をさせられるという異様な決着となった。会社を辞めようとしただけで不祥事を起こしたような扱いを受けたのは一般の目からすれば、明らかに異様である。ライブイベント「ワールド・ハピネス」にゲスト出演したのん ほかにも最近では、人気女優だった能年玲奈が独立をしようとした途端、一部メディアに「洗脳されている」とのゴシップ記事が出て「変人」扱いされ、独立後の再出発では本名での活動ができなくなり、「のん」への改名を余儀なくされた。6月には、トップモデルの西山茉希が契約解除をめぐって所属事務所と対立していることが表面化したが、案の定、その後の露出は激減した。 芸能界では「売り出してくれた事務所を裏切ってはいけない」という観念が固定し、タレントはいわば事務所の「所有物」のようになっている。主要な仕事先のテレビ局をはじめとする大手メディアが事務所と一体になっているから、実際に事務所とトラブルになれば、「業界から干される」ということも起こり得る。まるで恐怖政治のような世界だが、そもそも日本の芸能界は暴力団が取り仕切っていた歴史もあり、ヤクザな世界に通じる慣習がいまだはびこっているのである。 そこを見かねて公取委が動き出したというわけだが、是正というよりまだ勉強会に過ぎず、その姿勢は決して前向きには見えない。今後の状況を見て何らかの新ルール作りに着手する可能性はあるだろうが、問われるのはその実行力だ。 ある芸能プロのマネジャーは、タレントとの「奴隷契約」といわれるアンフェアな関係について「表向きは合法だから問題ない。弁護士を入れてガッチリそこは抑えてある」と言った。この芸能プロでは、タレントとマネジメント契約する際に書面で交わす雇用条件については2年ごとに見直し、更新することになっている。タレントに不満があれば更新時の3カ月前に契約解除の申し入れができるとされ、労働基準法で定められる3年以内の契約期間内にも違反してはいない。ボクシングでも起こる「飼い殺し」 しかし、実際には2年ごとにタレントが契約の更新を毎度、見直すことができるかといえば、まず難しい。事務所を辞めれば他の事務所へ移籍するか、独立して自分で事務所を立ち上げるしかなくなるが、移籍の場合、芸能プロの大半が互いに引き抜き合戦にならないよう「暗黙の了解」があるから、円満移籍以外での引き受けはまずしたがらない。 元の事務所は、タレントが辞めても得をすることはないから円満に他社へ送り出すケースはごくまれであり、結局は受け入れ先がなかなか見つからないという事態に陥る。そうなるとタレントが自分で事務所を立ち上げるしかなくなるわけだが、独立の場合は仕事先が元の事務所に気を遣って付き合いを控える状況が生まれてしまう。つまりは契約上、いくら健全に見えても状況的には移籍や独立を許されないというのが業界の慣習になっているのである。2017年2月、主戦場の団体「パンクラス」に対して専属選手契約の解除を求めた女子格闘家の中井りん これは何も芸能界に限った話ではない。プロボクシングの世界でも、ボクサーが事実上の「奴隷契約」を強いられているというのが実情だ。選手が所属ジムを移籍しようと思っても、所属先と受け入れ先が多額の移籍金で合意に達しない限り、移籍は実現しない。だから、合意にこぎつけるまでの間、選手は試合から遠ざかり、事実上の「飼い殺し状態」が続くのである。 選手寿命の短いスポーツでは、若いボクサーがブランクを作ることを恐れ、たとえファイトマネーなどに不満があっても所属ジムの会長に渋々従っているケースが非常に多い。これもルール上は選手とジム間の契約にマネジャーが仲介するよう定められているのだが、大半のマネジャーはそのジム側に雇われていて公平性などないに等しい。 このジム側にとって都合の良いシステムは業界全体が守ろうとするため、いつまでたっても改善されることはない。アメリカだと奴隷制度の黒歴史から「モハメド・アリ法」なる法律で奴隷契約は違法とされているから、人気ボクサーになれば報酬は興行収入の大半をもらえるような契約もあったりするのだが、日本では選手がどんなに出世しても、所属ジム会長が決めた条件は動かない。 つまり、契約よりずっと手ごわいのは古い慣習であり、公取委が契約書を読みながら関係者に形式的なヒアリングをしたところで、問題の本質は浮かび上がってこない。ただ、こんな村社会の前時代的なシステムが業界の発展を阻んでいるのも事実である。過去、映画界では大手5社による引き抜き防止協定、いわゆる「五社協定」で俳優の移籍を防いだことが広く知られるが、結果として映画業界の凋落(ちょうらく)を招いてしまった。一部の利益を守るために「自由なビジネス」を許さないという仕組みは、長い目で見れば自らの首を絞める一因になるのではないだろうか。

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    芸能人の「奴隷契約」がシャレにならない

    ライブを中心に活動する「地下アイドル」と呼ばれるグループの元メンバーが、当時所属した芸能事務所に対し、契約の無効確認や未払い賃金の支払いを求め東京地裁に提訴した。昨年解散した元SMAPやタレントのローラなど、芸能人の移籍や独立をめぐるトラブルはなぜ後を絶たないのか。

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    芸能事務所の理不尽契約 夢を潰された27歳モデルの告白

     ここ数年、契約をめぐる芸能人と事務所とのトラブルが次々と表面化し、社会問題となっている。問題解決へ向けて、行政も黙ってはいない。7月、公正取引委員会が芸能事務所の調査を始めたと報じられ、8月には公正取引委員会の有識者検討会が議論を始めた。そこでは、芸能人やスポーツ選手が移籍・独立するにあたり、独禁法上の問題となる契約や慣習がないか論じられている。契約や慣習が適正化されるのは、まだ先のことになるだろうが、いまも毎日、その理不尽な掟に振り回される人が大勢いる。ライターの森鷹久氏が、事務所によって自殺直前までに追い込まれながら、なんとか立ち直った女性モデルについてリポートする。 * * * 最近では人気タレントのローラさんが、昨年には能年玲奈こと女優の「のん」さんが、所属事務所とのトラブルが報じられ、のんさんなどは一時、芸能の仕事がまったくないという事態が起きた。都市伝説的に「怖い世界」だと囁かれてきた芸能界事情は、一般人が想像するよりもはるかに「ブラック」で、ついに公正取引委員会が、芸能界のみで通用し黙認されてきた、事務所に有利すぎる実態の調査にも乗り出すという。能年玲奈から改名後、初のCM出演となるLINEモバイル新CM記者発表会に臨むのんさん=2017年3月、東京都千代田区(荻窪佳撮影) 某大手事務所傘下のプロダクションに所属するモデルの夢香さん(仮名・27歳)も、前所属事務所からのありえない要求を我慢し続けた挙句、順調だったモデル活動に狂いが生じ、ほとんど自殺の直前まで追い込まれた過去がある。「友人といったファッションショーの帰り道で、前所属事務所のスカウトに声をかけられたのがきっかけです。小さなプロダクションでしたが、ViViやCanCamなどの赤文字系雑誌読者モデルも何人か所属していることも知っていました。元々モデルに興味があった私は、翌日には両親を説得し、事務所に所属することに決めたんです」 身長は170センチ近くあり、休日の原宿や渋谷を歩けば、必ずスカウトに声をかけられたという夢香さん。「素材」としても抜群だった為か、所属してすぐにチョイ役ではあったが、雑誌の仕事が舞い込んできた。最初の撮影では拘束5時間で、収入は五千円ほどだった。事前に簡単なポージングや表情作りの研修を受けていたものの、汗びっしょりになりながら、なんとか撮影を終えた。「やっと、本当の”モデル”になったんだと感激でした。メイク企画にも呼ばれるようになり、モデルとしての仕事が増えてくると、本業だった化粧品販売員の仕事を辞めざるを得なくなりました。今思えば、これがすべての間違いだったのかもしれません。私は騙されもしましたが、自分自身が少し調子に乗りすぎていたのではないかとも思うんです」契約はしたものの実態は・・・ 週に3~4日も撮影に呼ばれていては、日中の仕事は出来るわけがなかった。正式な契約を結び、事務所からは固定給をもらうようにもなっていたが、その額たった10万円。実家暮らしだからよかったものの、満足な暮らしは出来なかった。そのような生活が半年ほど続き、夢香さんは事務所社長からの直接指示で様々なことをやらされるようになった。(iStock)「撮影会のモデルをやらされました。水着はNGだと契約していたはずなのに、水着を強要されました。干されるのが嫌で断れず受け入れると、ナイトクラブでのコンパニオンや、社長の友人達が開催するパーティーで下着になり踊らされたりもしました」 当初の想定と、さらには契約内容とも違うことをやらされ続けた夢香さんは、所属してから一年経ったある日、社長に直談判した。 「もう出来ないと、はっきり言いました。ただ、社長にも感謝している部分はあったので、泣きながらお礼を言って、事務所を離れたいと伝えたんです」 黙って聞いていた社長だが、突然ソファから立ち上がると、目の前の机を思い切り蹴り上げ、夢香さんに向かって「おめえみてえなクソ女に仕事を取ってきたのは誰だと思ってんだ、調子に乗んな」と恫喝した。一時間ほど罵詈雑言を浴びされた夢香さんは、その場から立ち上がれないほどのショックを受けたが、社長は夢香さんの肩をそっと抱き「言いすぎた、お前の力が必要だから。明日から会社の寮に住まわせてやる」と目に涙を浮かべて訴えたのだという。 「今考えれば典型的なDV男です。その後、パチンコ店でのキャンペーンガールなどもやらされ、仕事は倍増しましたが、給料は半分に減らされました。文句を言うと、頭を叩かれたり髪の毛を引っ張られたり、胸ぐらを掴まれるようなこともあった。少しでもやる気のない態度を見せると、契約の解除だとか、解除するには違約金がかかるとか、様々な言葉で脅されました。親にも電話をしていたようですが、私が親と連絡を取ることは許されません。間もなく、社長と肉体関係をもつようにもなりました」 そのうち「着エロ」と呼ばれる、きわどい撮影にも呼ばれるようになり、日に日に疲弊していった夢香さんだが、社長から毎日呼び出される日々が続いた。それこそ早朝4時であっても寮に乗り込んできて、性交渉の相手をさせられた。夢香さんは自身が壊れていくのがわかった。社長の卑劣な手口 「すでに睡眠薬がないと眠れないようになり、お酒の量も増え、体重が極端に増えたり減ったりしました。ぼーっとしていると涙が流れていたり…。でも、知人関係は社長に切られて誰にも相談できず、気がついたときには寮の部屋で睡眠薬を大量に飲んで倒れていました」(iStock) 入院中の夢香さんの元に、一度だけ社長が見舞いに来たというが、実情を知って怒りに打ち震える母親の目の前で「あなたの娘さんのせいで、仕事に穴が開いたり大変な状況だ。損害金を支払って欲しい」と、平然と言ってのけたという。 「家族まで巻き込んで、本当に許せないと思いました。いけないとは思いながらも、モデル活動をしていて知り合った、反社会勢力とも関係のある知人に相談し、話をまとめてもらったのです」 夢香さんが相談した相手は、暴力団員ではなかったが、いくつかの暴力団体関係者とも親しく、芸能界で一定の力を持つ男性だった。男性が社長に電話を一本入れると、社長からの恫喝めいたメールや電話はピタリと止んだ。止んだのはよかったが、社長はすでに、夢香さんの夢を潰すために、あらゆる手を尽くしていたのだ。 「私が覚せい剤中毒者で、男にだらしがないなどと、雑誌の編集部やモデル仲間、広告代理店関係者などに社長が触れ回っていたのです。その後、現在の事務所に所属するようになって、マネージャーが苦情を入れると、その嫌がらせもピタリと止みました。でも、悪い噂は出回るのが早く、ほとんど仕事が来ることはありませんでした」 インターネットの掲示板には、社長や社長の関係者が書いたと思われる、夢香さんについての虚偽の情報や、夢香さんの人格を否定するような書き込みが今も残っている。雰囲気を変え、名前も変えてやっとモデルとしての再出発できる兆しが見えてきた夢香さんは、同じような被害に遭う女性が増えないようにと訴える。 「私には夢がありました。でも、人格を否定され、奴隷のようになってまで夢を追う必要はありません。道はいくらでもあるし、体を壊してまで続けてはダメです。正しいと思ったことをやるべきです」 芸能界に生き残るために、そして潜りこむためには「汚いことをしなければならない」といった間違った認識も、若い女性の間に蔓延しているような向きさえある。芸能界は怖くて汚くて当然、だから自分も汚れてしまうしかない、そう思う芸能志望の女性がいるとしたら、一刻も早く考えを改めるべきだ。関連記事■ AV出演強要「騙された私のギャラは1.5万円でした」■ 雑誌モデルからAVに転身して「救われた」女優の告白■ 「意識低い彫り師」が未成年まで食い物に 健康トラブルも■ 市川海老蔵、愛娘のバレエ発表会を“麻耶ママ”に託す■ 19歳、渋谷でスカウトされるも夢破れたある読者モデルの現在

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    ローラを守れ! 堺正章、桃井かおりら大物がバックアップ

    が、ローラと親しいTakaさんにも声をかけて自宅で手料理を振る舞い、親身に相談に乗ったようですよ」(芸能関係者) ローラは現在、弁護士を通じ所属事務所と話し合いをしていると報じられている。「ローラが内容をよく確認しないままサインした契約書は、10年という異例の長期契約だった上に、さらに10年間自動更新されるという、常識とはかけ離れた内容でした。また、ローラが慕っていた敏腕マネジャーや女性役員など5人が事務所を去り、不信感を募らせたようです。ローラは8月下旬から代理人を立てて契約の無効を事務所側に訴えていますが解決の糸口は見えず、法廷闘争へと発展する可能性もあります」(別の芸能関係者) そんな折、ローラが頼ったのは『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)で共演して以来、5~6年のつきあいがある“芸能界の父”堺正章(71才)だった。「ローラは当初から信頼する堺さんにトラブルについて相談していました。“お世話になった事務所でもあるので、けんか別れはよくない”とアドバイスしたようですが、結果的に溝は埋まりませんでした」(前出・別の芸能関係者)ローラは事務所を移籍できるのか? そのことで、一部では“ローラが助言を無視したと堺が怒っている”という報道もあったが、堺がローラを応援する姿勢は変わっていないという。「実は、ローラに桃井さんを紹介したのも堺さん。ローラが“海外で活躍したい”と夢を明かしたところ、“ロスの日本人芸能界の重鎮である桃井さんならきっと力になってくれる”と紹介してくれたそうです」(ローラの知人) 実際、桃井ほどローラの導き役としてピッタリな女優はいない。「第28回 日本ジュエリーベストドレッサー賞」表彰式に出席した女優・桃井かおり=2017年1月、東京・有明「日本では人気女優だった桃井さんも、最初ロスで仕事を始めた時はオファーも少なく、苦労しました。そんな時、先にロスに住んでいた真田広之さん(56才)が相談にのってくれたことで助けられたそうです。だから桃井さんも、ロスに知人の少ないローラを気にかけ、声をかけたりして応援しているそうですよ」(前出・知人) ロスでの生活には強い味方がいるが、事務所との協議の行方は不透明なままだ。もし契約が解除になるならば、ローラは他の事務所への移籍や独立を検討しているという。「契約トラブルが報じられても、ローラの人気はまったく揺らいでいない。現在も10社以上のCMに出演し、インスタのフォロワーは467万人を超えています。これだけの人気なら、多額の移籍金を支払ってでも欲しい事務所は多いはず。 実際、人気女優やモデルを抱える大手事務所の名前が移籍先として囁かれています。 CMのクライアントも、好感度が高いローラを変わらず起用する方針だそうです。どちらに転んでも、ローラへのオファーは絶えないのではないでしょうか」(前出・別の芸能関係者) 大物たちの支えを受けたローラの新天地とは…?関連記事■ ローラ 三代目JSB・登坂広臣のマンションに通い愛■ ローラ いいとも忘年会で酒乱爆発・嘔吐にタモリと鶴瓶激怒■ ローラ、登坂との仲を相談したワンオクTakaと接近中か■ 64才・桃井かおりが同級生と結婚 お互い初恋の相手だった■ 安住アナ 泉ピン子の相手に疲れ、共演NGの配慮される

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    元SMAP3人のホンネに国民的アイドルの真髄を見た

    中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)、特にその芸能関係において歴史的な3日間だった。元SMAPのメンバー、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾による『72時間ホンネテレビ』(AbemaTV)は、世界水準での注目を集める一大イベントになった。しかも地上波のように計算され、緊密な展開の番組ではなかった。むしろメンバーの素に近い感情のふり幅が存分に映し出され、3日間の緊張と疲労からくるグダグダ感もあり、ただそれが全て新たな自由の息吹の前で素晴らしく昇華されていた。1年8カ月ぶりの生歌唱で72曲メドレーを披露した左から草彅剛、香取慎吾、稲垣吾郎(C)AbemaTV グランドフィナーレの企画「3人だけの72曲生ライブ」を終え、他の出演者たちからの心のこもったエールが流されるエンディング。そこで本当の最後の最後に、元メンバーの森且行が出てきて「ずっとずっと仲間だから」と語ったとき、3人の目には熱いものが流れた。と同時に筆者もまた深い感動に打たれた。そしてTwitterでその思いを簡潔に以下のようにつぶやいた。感動した。SMAPで感動したのはいつぶりだろうか? この1年、感動よりも息苦しい問題意識しか抱かなかった。それを薙ぎ払う、ともかくいい番組だった。田中秀臣氏のツイッターより このつぶやきには、1000を軽く超えるリツイートと2000を超える「いいね」を頂戴した。SMAPについて書くといつも思うのだが、SMAPのファンの方々は本当に気持ちが温かく、また包容力のある方々が圧倒的に多いことだ。これは多くのアイドル批評家たちが共通して感じていることではないだろうか。 アイドル批評は、あくまでも客観的な観点からアイドルを評価するスタンスが求められる。それは時にファンの感情とは違う方向にいくだろう。筆者もSNSで何度かその「すれ違い」によってファンの方々からの批判、いやしばしば誹謗(ひぼう)中傷に遭遇することがある。ところが、SMAPの論説を書いたり、感想をつぶやいても、そのような目に遭うことは極めて珍しい。 むしろ、論説を書くたびに実感するのは、ファンの方々がみんなSMAPを愛し、そして彼らの未来に自分たちの未来も重ねて応援していることだ。その温かい心と秘めた思いに、筆者もまた心を打たれる。これは日本のSNSでは稀有(けう)な体験である。もちろんそれは筆者の個人的な体験だけではない。彼らを見守る世界の人々全ての感情だろう。今回の3人のホンネテレビへの出演で、長い間忘れていた言葉、「国民的アイドル」の本当の意味を思い出した。 SMAPは温かいのだ。そしてファンもまた温かい。世界と時代を変えるのはアイドル 今回のAbemaTVで3人が関係したSNSは幅広い。Twitter、YouTube、ブログなどさまざまであり、3人の使い慣れていない感じさえ、ジャニーズ事務所時代とは異なる自由な雰囲気も感じた。特に森との再会を契機にして、「森くん」がTwitterトレンド世界一を獲得するなど、彼らの人気はネットの中でも健在であった。この自由なアイドルの雰囲気こそ、日本が長く忘れてきた未来への可能性ではないだろうか。 くしくも、日本経済はようやくバブル崩壊後の長いトンネルを脱するところまできた。ホンネテレビが放送された翌々日、「バブル崩壊」の象徴のひとつでもあった日経平均株価は、ついに崩壊後の最高値を更新した。確実な企業業績の改善を受けて、今後株価は日本経済の巡航速度に20数年ぶりに戻るだろう。まだ何度か調整局面があるにしても、それは日本経済の上昇トレンドを阻害するほど深刻にはならないだろう。もちろん好調なのは株価だけではなく、雇用の改善も継続しているので、若い世代を中心にして労働市場は堅調だ。いろいろ難題はあるが、それでもこの20数年の長期停滞にいよいよ別れを告げる大きな段階まできたといえる。 そして20数年の長期停滞の苦しみ、特に「ポスト団塊世代」といわれる「失われた20年」の苦しみを最も受けてきた世代。その世代の代表こそが、今回の3人、森、そしてジャニーズ事務所に残る2人の「オリジナルSMAP」なのだ。SMAPはその意味で、日本の長期停滞をともに苦しみ、戦い、そして長期停滞が終わるのとまったく軌を一にして、メンバーの大半が「自由」を得た。このような時代との符号。時代の精神と経験を象徴することこそ、国民的アイドルという称号にふさわしい。森且行(右)と再開した(左から)稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾(C)AbemaTV 日本を代表するアイドル批評家の中森明夫氏が、筆者にTwitterで以下のように書いたことは、まさに真実を正確に描いている。やっぱり世界と時代を変えるのはアイドルですよね!中森明夫氏のツイッターより そしてこの約30年をともに歩んできたファンの方々も、SMAPの生み出した喜び、楽しさ、癒やし、そして魂の共感を得てきた。簡単に約30年と書いたが、とんでもない永い時だ。ファンのみなさんに敬意を表したい。日本のアイドル文化が豊かなのは、みなさんのおかげであると。アイドル批評の端くれにあるものとしてこれだけは書いておきたく、この小論を書かせていただいた。そしてこれがこの1年のSMAPをめぐる問題について何度も書いてきた最後の論説となるだろう。ありがとう 新しいこの場所が好きになった 風通しいい感じ ありのまま伝えたいホンネテレビ テーマ曲「72」 3人とSMAPファンだけではなく、今度は、われわれ国民全員とそして日本経済が「新しい場所」を獲得する番である。

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    テレビをダメにした年寄りへ 倉本聰が『やすらぎの郷』に込めた思い

    影山貴彦(同志社女子大学情報メディア学科教授) 私が放送業界を強く志すきっかけとなった方が3人いる。 おひとりは筑紫哲也さん。新聞と放送を近づけた大きな功労者だろう。彼ほど華のあるジャーナリストにいまだ出会ったことがない。偉ぶったところがなく、文化・エンターテインメントに造詣が深くいらしたのも大好きなポイントだった。テレビ復帰会見を行った久米宏氏=2005年2月1日、東京(高橋朋彦撮影) もうおひとりが久米宏さん。久米さんに関しては『ニュースステーション』のキャスター(ご本人は「ニュースの司会者」と表現されていたが…)時代もさることながら、『ぴったしカン・カン』、『ザ・ベストテン』などエンターテインメント色も満載で、テンポ、ユーモア、知性ある司会に思いきり傾倒した。筑紫さん、久米さんと同じ大学、同じ学部、同じ学科に進みたい一心で、嫌でしかたなかった受験勉強に精を出したものだ。 そして3人目が、今回のテーマに直結する倉本聰さんである。現在活躍するあまたの脚本家の中で最大級に好きであるだけにとどまらず、すべての放送業界人の中でもっとも尊敬していると言っても過言ではない。倉本聰の名をはっきりと認識できていない子供の頃から、彼の書いたドラマのセリフが心に突き刺さり、何度も頭の中で反芻(はんすう)していた筋金入りのファンなのだ。心に深くとどまり、長らく離れないセリフを書く脚本家、それが倉本さんだ。 彼の手掛けたドラマや映画を真剣に見て、シナリオ本やエッセー本をむさぼるように熱中して読んできた。私にとって、存在すべてが放送業界のお手本のような方である。大学教員となった今、時折講義で『北の国から』など倉本作品を取り上げる。時代を越えて、学生たちも感じるところが大きいようだ。涙を浮かべながら画面に見入る教え子も少なくない。 テレビ朝日系の『やすらぎの郷』が今回のお題であるが、以上のようなわけで、今回の短文は倉本さんへの憧憬(しょうけい)に終始した個所もあるかもしれない。ご海容賜れば幸いだ。 2クール(半年間)の昼の帯ドラマとして4月にスタートした『やすらぎの郷』。1カ月を残すのみとなった。毎回毎回引き込まれている。もちろん1度も見逃したことはない。大学の教え子くらいの若者にとっては知らない場合もあろうが、かつて帯ドラマといえば、別にNHKの専売特許ではなかったのだ。 昨年の春、惜しまれながら幕を閉じたフジテレビ系(東海テレビ制作)の昼の帯ドラマは記憶に新しいが、TBS系(TBS、MBS、CBC各局が制作)でも長らく帯ドラマを作っていたし、日本テレビ系やテレビ朝日系、そしてテレビ東京系でも帯ドラマが放送されていた時期があった。テレビ黎明期は別として、ここ数十年のテレビ放送の歴史の中で、民放の帯ドラマが全く放送されていなかったブランクの時期は、東海テレビ制作のドラマが終わってから『やすらぎの郷』がスタートするまでの1年間だけだったともいえる。データに縛られるテレビ界こそ時代遅れ 少し自分のことを記す。私は20代の後半、アシスタントディレクター、アシスタントプロデューサーとしてドラマ制作に携わった。 帯ドラマも担当した。本当に今思い出しても恥ずかしいくらい、出来の悪い作り手だったが、目を開けている時間はすべてドラマの仕事をしていた時期でもあった。真夜中に翌日のロケの打ち合わせをしている際、さっきまで大声で元気よくしゃべっていたプロデューサーが突然2秒で寝てしまい、いつ再び起きるかもわからない彼が起きるのをじっと待ったこともあった。それくらいハードな毎日だった。 けれど作り手時代のことを思い出すと、なぜかその頃のエピソードが多く、実際学生たちに講義で話して特に食いつきがいいのは、そんな未熟な作り手時代のドタバタ話である。きっと現在の若きドラマの作り手たちも、当時の私と似たような日々を送っているに違いない。心からエールを送りたい。 ドラマ、特に帯ドラマは、莫大(ばくだい)な時間、人材、お金を必要とする。局の上層部らは「金食い虫」でありながら、時代の流れとともに目立った視聴率を上げることが少なくなってきた帯ドラマに見切りをつけ、手っ取り早く数字の取れる情報・バラエティー系の番組にシフトしたわけである。そうした判断が間違いだったかと問われれば、一概にそうとも言えないが、いずれにせよ『やすらぎの郷』は、そんな放送業界の「既成概念」にこのたび見事に風穴を開けてみせたのだ。まさにエポックメイキングな番組となった。 すなわち、この番組は民放に帯ドラマを復活させただけでなく、日頃テレビ局が決して重視しているとはいえない中高年層をメインターゲットとし、さらに華やかさとは程遠い印象の老人ホームが舞台という、普通に考えれば到底当たるとは思えない企画を実現させ、ヒットさせたという点で稀有(けう)な存在となったのだ。倉本聰さんをはじめ、ドラマ関係者の達成感、カタルシスはこの上ないものがあるはずだ。インタビューに応じる脚本家・倉本聰氏=3月16日、 東京(酒巻俊介撮影) テレビ局は今、かつてないほどデータに縛られている。データを何より重視し「失敗する確率の低い番組」の企画のみが視聴者の目に触れる。『やすらぎの郷』はデータに翻弄されることこそが時代遅れなのだと証明してみせたようにも思う。 倉本聰さんが『やすらぎの郷』で紡いだセリフのいくつかを、現在のテレビ界への恨み節だという人がいる。私は正反対に捉えている。このドラマは、実は現場の若きテレビマンたちへのエールなのだ。コンプライアンスにがんじがらめにされて、撮りたいシーンのひとつさえスポンサーの顔色をうかがい、視聴者からのクレームを恐れるあまり二の足を踏むようになってしまった今の作り手に、彼は愛あふれる「喝」を与えているのだ。倉本聰の強烈なメッセージ 今でも現場の若き作り手たちの中には、自分たちが本当に面白いと思えるものを制作したいという人々が数多くいる。けれど、その一歩を踏み出すことがなかなかできないでいる。また踏み出したところで、局の上層部の中には、部下をかばうことなく自らの保身に走り、うまく「逃げ切ること」に拘泥する人間が少なくない。現場の作り手はそのことに気づいてしまっているのだ。半ばあきらめにも似た空気が漂っている場合もあるという。 ドラマでは、放送業界に大いに貢献した人がお金を出さずして「やすらぎの郷」へ入居、生活できるという設定だ。かつて放送界で栄華を極めた元トップスターたちも暮らしている。数多くの名作を世に出した脚本家菊村栄(石坂浩二)もそのひとり。だが彼の日々はやすらぎとは縁遠く、さまざまな出来事が周りに起こる。それらは切なく、悲しいこともあるが、時にほほ笑ましく、実に面白い。ドラマを見ながら声に出して笑うことさえある。けれど大笑いしたあと、またしんみりとさせられるのだ。 「こんな施設が現実にあれば、ぜひ将来入りたい」、そう思いながら毎日見ているが、残念ながら私には入居資格がない。「元テレビ局の社員たちは入居資格なし」とドラマが始まって間もなく、倉本さんはセリフにした。なんと強烈なメッセージだろう。いいものを作ることを忘れ、金もうけや出世に走り「小金」を得た揚げ句、テレビをダメにした年寄りたちを倉本さんはもっとも忌み嫌っているのだと思う。「元テレビ局員」のひとりとしてそんな人間ばかりではないと信じたいところだが。 「現場の若き才能あふれる作り手のみなさん、そんな年寄りにだけはなるなよ。君たちが生きやすいように、仕事しやすくなるようにこれからのテレビのために道を少しだけつくっておいてやるよ」 そんな思いが『やすらぎの郷』には込められていると私は確信している。倉本さんの熱きメッセージを一過性のものにしてはなるまい。渡してもらったバトンをこれからの作り手たちがしっかり受け止め、心から面白いと思える番組を視聴者に1本でも多く提供し続けることが、未来のテレビにとって何より大切なことではないか。倉本さんにドラマを通して言わせるだけではテレビは変わらない。 私自身も熱くなりすぎた。『やすらぎの郷』での私のお気に入りのシーンをひとつ。 繰り返しドラマの中で登場する、石坂浩二さん、ミッキー・カーチスさん、山本圭さんの3人が海釣りを楽しみながら、とりとめもない会話を交わす場面がとても好きだ。 ああ、自分もこんな風に年を重ねてゆきたい、と新人類世代の私に思わせる深みがある。『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供) 最後に。先だってドラマの撮影はクランクアップし、倉本さんの一声で、打ち上げは都内の撮影スタジオの会議室で行われたと報じられた。 ひとつひとつのセリフだけではない、打ち上げ会場のセレクトひとつにおいても倉本さんは、これからのテレビマンたちが大切にすべきは何かというメッセージを込めている。

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    石坂浩二と浅丘ルリ子の恩讐に『やすらぎの郷』ヒットの秘密がある

    肥留間正明(芸能評論家、ジャーナリスト) 『渡る世間は鬼ばかり』の会見に出席した石井ふく子(左)と橋田壽賀子=2016年9月1日、東京都港区 「ドラマの基本は何か?」 1990年から2011年まで放送された『渡る世間は鬼ばかり』の石井ふく子(90)プロデューサーにドラマが成功する秘訣(ひけつ)を聞いたことがある。 「ドラマはまず脚本! 本がしっかりしていなければドラマの成功は考えられません。その上で適材適所の役者がそろって、初めてドラマは成功します」 『渡鬼』の脚本家である橋田壽賀子(92)は、NHK朝のテレビ小説『おしん』の脚本を担当した大ヒットメーカーでもある。おしんの波瀾万丈な人生を描き、いまでも中国で人気のあるテレビドラマだ。亡くなった藤岡琢也、宇津井健(いずれも故人)をドラマの要となる父親役の岡倉大吉に起用し、泉ピン子を主役として20年間に及ぶ高視聴率ドラマを作り上げた。 同じように『やすらぎの郷』も『渡鬼』の基本をすべて踏襲している。脚本は『北の国から』の倉本聰(82)。『北の国から』の脚本は、単なるウケを狙わず、長期的展望に立った大河ドラマ的な描き方をしている。 倉本聰の脚本を田中邦衛(84)などの俳優が、延々と演じた。中でも黒板純役の吉岡秀隆(47)は、11歳から32歳になるまでを演じていた。 視聴者は純の成長を吉岡に重ね合わせた。そして『北の国から』が終わった後、俳優としての地位を確立し、『Dr.コトー診療所』などのテレビドラマだけではなく、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』でも独特の演技を見せている。  『やすらぎの郷』は、期待されてスタートした番組ではなかった。持ち込んだフジテレビに蹴られ、最後に拾ってくれたのがテレビ朝日だった。しかも放送されるのは昼の15分枠。視聴率が低迷する『徹子の部屋』直後の番組として穴埋め的にスタートした。その裏にはテレビ朝日、早河洋社長の英断があった。大英断の裏側にあるもの なにしろ出演者は栄光のシルバースターのオンパレード。主役のシナリオライター役の石坂浩二(76)、浅丘ルリ子(77)、有馬稲子(85)、加賀まりこ(73)、五月みどり(77)、ミッキー・カーチス(79)、八千草薫(86)、山本圭(77)、藤竜也(75)など大物俳優は70~80代。だが、演技は申し分ない。 さらに入居者の藤木孝(77)、山谷初男(83)、毒蝮三太夫(81)、伊吹五郎(71)、冨士眞奈美(79)などの個性派の演技に劣化は見られない。60年代から70年代にブレークした俳優、タレントたちがシルバー人生の苦悩と喜び、人生の終焉(しゅうえん)を演じる。やすらぎの人生を送った出演者のうちの1人である野際陽子(享年81)は、ドラマの進行と同時に他界している。『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供) 共演している石坂浩二と浅丘ルリ子は、実際に夫婦だったが離婚している。2人は文京区の川口アパートメントの同じ間取りの上下の階に住み階段を作って行き来して、マスコミの目を欺いた。シルバー世代は、自分の人生と重ね合わせて、石坂と浅丘の結婚、離婚を思い浮かべる。 一方、石坂と加賀まりことの交際は、当時の女性週刊誌のトップを常に飾っていた。スキャンダルの集中砲火の中を生き延びた加賀まりこの自由奔放さとたくましい人生をドラマに重ねてみる。 芸能界では離婚、交際したカップルの競演を避ける不文律があるが、それも恩讐(おんしゅう)のかなたに…。視聴者とすれば、色眼鏡をかけてみるとより面白い。芸能界はまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)だ。出演者たちは過去にとらわれず静かに青春時代を振り返りながら、思い出を楽しんでいるように見える。 そういえば五月みどりさんの「♪おひまなら来てよね…」が大ヒットしたっけ。 現在の民放を見回すと、同じような顔に見えるテレビ芸人の独壇場だ。高齢者が見る番組がほとんどない。高齢者はNHKのニュース番組に大河ドラマや演歌番組、そしてワイドショーを見る程度で、見たい番組が見当たらない。その高齢者が『やすらぎの郷』の視聴率を支えている。若者はテレビよりネット、その一方で高齢者はテレビだ。テレビ局は視聴者を間違えている。テレビに活力を取り戻す 確かにシルバー世代に向けたドラマは皆無だ。だが、北大路欣也(74)、泉谷しげる(69)、志賀廣太郎(68)出演のテレビ東京の『三匹のおっさん』は高視聴率をたたき出した。テレビ東京系『三匹のおっさん3』の制作発表に出席した左から志賀廣太郎、北大路欣也、泉谷しげる=2017年1月15日、東京・千代田区 シルバー世代の井上陽水(68)のコンサート会場は常に満席、陽水ファンは『氷の世界』『傘がない』をカラオケで熱唱する。演歌など全く歌わないしシルバー世代も多い。「やっと時間ができた、人生はこれからだ!」と、登山、自転車のロードレースに打ち込む団塊の世代も珍しくない。 シルバー世代は消え行く人生の敗北者ではない。戦後の日本経済の復興を果たした60年代、そして70年代のバブル期を構築してきたパワー溢(あふ)れる勝者でもある。同じように『やすらぎの郷』の俳優たちは、時代を作り脚光を浴びた名優たちだ。「人生はこれからだ!」シルバー俳優たちからこんな声が聞こえてくる。 『やすらぎの郷』は離婚と結婚などの冠婚葬祭、家族との絆、遺産、恋愛、認知症、死への恐怖…など、「老い」をテーマにしている。燃え尽きるまで生きる、貴重な人生のお手本がこのドラマにある。 主題歌の『慕情』を歌う中島みゆきも良い。彼女の歌を聴くと体全体から躍動する力が湧いてくる。この主題歌が『やすらぎの郷』の側面を支え、勇気と希望を与える。 このドラマは昼の時間帯で終わる番組ではない。高視聴率はテレビの意識を変える。シルバー世代が酒を飲み始める午後5時、6時の時間帯への出世も考えられる。 『やすらぎの郷』のヒットの原因は、いろいろな側面から考えられる。その中でも大きいのは、戦前世代との世代交代だろう。50年から70年代にかけて少年期を過ごした世代は、ジャズを発見し、プレスリーのアメリカンポップスに目を丸くした。そしてビートルズの襲来、エレキに親しみ、GS(グループ・サウンズ)のザ・タイガースを生み、沢田研二に熱狂している。戦後世代は、欧米の音楽、映画、演劇を取り入れ、新しい文化と生活を構築してきた。 彼らはいま、「やすらぎの世代」の真っただ中に生きている。『やすらぎの郷』ヒットの背景には、戦後の復興を突っ走った彼らの年齢を超越するたくましさがある。

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    テレビ業界の内輪ウケ、『やすらぎの郷』に広がるウンザリ感

    鈴木祐司(次世代メディア研究所代表) 今年の春改編でテレビ朝日が昼に新設した帯ドラマ『やすらぎの郷』。「2017年、酸いも甘いもかみ分けたシニアたちが楽しむシルバータイムドラマ」のスタートだった。 脚本は82歳の倉本聰。そして主人公の石坂浩二(76)をはじめ、浅丘ルリ子(77)、加賀まりこ(73)、八千草薫(86)、有馬稲子(85)、五月みどり(77)など、かつてテレビや銀幕で大活躍した俳優が続々と登場する。  このドラマは放送開始後、高く評価する記事が目白押しとなった。  「『やすらぎの郷』から目が離せない!“ドタバタコメディ”を成立させた役者たちの人生の厚み」、「早くも話題騒然、視聴率も絶好調  今年最大の問題作『やすらぎの郷』を見逃してはいけない」、「倉本聰脚本『やすらぎの郷』は、ゴールデンを凌駕するシルバータイムドラマ!?」、「今、日本で最もヤバいコンテンツは昼ドラ『やすらぎの郷』だ」…。 中には5月末以降で、20本以上も『やすらぎの郷』を持ち上げる記事をヤフーニュースに寄稿したフリーライターもいた。 しかし、筆者の感覚では、大御所が書き、多くの大物俳優が出そろっているために、ドラマの実力以上に褒め過ぎている記事が大半と見える。視聴者の見方を冷静に分析すると、このドラマはそこまで褒められる代物ではない。  まず、視聴率の動向を、NHKの朝の帯ドラマ『ひよっこ』と比較しながら見てみよう。『やすらぎの郷』第1週の平均世帯視聴率は7・4%。前年は『ワイド!スクランブル第2部』が放送されていたが、これと比較すると2%ほど高い数字となっていた。極めて順調な滑り出しだったと言えよう。 一方、『ひよっこ』の第1週は19・4%。20%割れでのスタートを、多くのネットニュースが取り上げた。ところが第2週以降を比較してみると『やすらぎの郷』は6%台に下がり、15週目まででは5%台が6週にも及んだ。 第1週を100として指数で表現すると、第2週以降80台が中心となり、70台も何度も出ていた。当初から比べると4分の1の視聴者を失った格好だ。だが、『ひよっこ』は、第15週までの上下動は±6%の範囲にとどまる。極めて安定した推移を示し、しかも11週以降は第1週より高い。明らかに上昇傾向にある。激しい上下動で、かつ下落傾向にある『やすらぎの郷』とは対照的な軌跡を描いていた。さほど評価していない視聴者 さらに視聴者の構成でみると『やすらぎの郷』は極端に高齢層に偏っている。シルバータイムドラマと銘打って始めたのだから、ここは狙い通りと言えるかもしれない。12時台の世帯視聴率では、横並びでトップ争いを演じているが、59歳以下の個人視聴率ではビリ争いとなっている。40~50代の男女にもある程度見られている『ひよっこ』とは大きな違いとなっている。 ちなみに両ドラマの数字を比較すると『やすらぎの郷』は世帯視聴率では『ひよっこ』の3~4分の1。そして59歳以下個人視聴率だと、7分の1以下まで小さくなってしまう。 同じ2400人のテレビ視聴動向を追うデータニュース社「テレビウオッチャー」で見ると、詳細に視聴動向が明らかになる。例えば『ひよっこ』では、第3週までに1回でも視聴した人は186人に達した。うち100~110人が各話の視聴者数なので、約6割の定着率といえる。一方、『やすらぎの郷』は、3週までに1回でも視聴した人が74人。うち20人ほどしか各話を見ていないので、定着率は3割ほどしかない。 しかも第15週まででは2割に落ちてしまう。話題なので一度は見てみたが、1話ないしは数話見て辞めてしまった人がかなり多かったことを意味する。原因は明確だ。「話がちっとも先に進まない」(男性47歳)、「毎日同じ場面に感じられる」(女性74歳)などの声があるように、ドラマとして違和感を持った人が多かったからだ。『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供) 評論家の中には「過激なテレビ批判」を評価する声も少なくなかったが、視聴者は「芸人たちが内輪だけに分かるネタで盛り上がっているのと同じ」とあるように、ドラマ内で展開されるテレビ批判は、普通の視聴者に響いていなかったようだ。23歳の男性は「つまらなかった」、61歳の男性は「豪華キャストで注目の作品」、53歳の女性は「離婚した二人が出るのね」の一言を残して、第1話しか見なかった。初回を見た33人のうち、6人が完全に脱落したのだ。 そして第1週のうちに、さらに3人が視聴しなくなった。離脱率や約3割である。第3週まででは15人、離脱率45%。15週まででは20人、6割以上の人が見なくなっている。以上のように、視聴者は『やすらぎの郷』をさほど高く評価していない。 それでもテレ朝としては、初めから織り込み済みの戦略だったのかもしれない。若年層や中堅層を捨て、高齢層の支持だけを集めることで世帯視聴率向上を、一定程度果たしたからである。視聴率も売り上げも容易に作れない昼の時間帯では、広告ビジネスとしてはあまり美味しいとはいえない。だとすれば、世帯視聴率の確保を着実に果たせば、全日(朝6時~夜12時)や三冠の視聴率競争において有利に展開できる。巡り巡ってスポンサーとの向き合いで有利に働くようになる。 テレ朝は老人チャンネルを目指す? テレ朝は2010~12年にかけて、視聴率を順調に伸ばし、三冠王にあと一歩まで迫ったことがある。この頃の幹部は「とにかく一度頂上に立つ」と、視聴率へのこだわりを滲ませていた。日テレが強い全日で、若年~中堅層を捨て高齢層で世帯視聴率を作る作戦に特化している可能性がある。 実際テレ朝は、GP帯(ゴールデン・プライム、午後7~11時)のドラマを刑事もの・ミステリーものに特化したり、シリーズ化したりして、安定した視聴率を得ている。中高年に強いドラマに特化して世帯視聴率を安定的に得ているのである。テレビ朝日本社=東京・六本木 こうしたドラマの再放送を3時間編成している午後帯も強い。例えば今年4~6月の午後2時台では、日テレ『情報ライブミヤネ屋』に次いで、同局のドラマ再放枠が2位につけている。その最大の要因は、「F3」(女性50歳以上)の個人視聴率で断トツの首位となっていることだ。昼の時間は接戦だが、『徹子の部屋』は民放の中で2位と好位置につけている。やはりF3でのトップが世帯視聴率を牽引している。 さらに朝8時台のワイドショー枠でも、『羽鳥慎一モーニングショー』で民放トップを走っている。この番組も、F3と「M3」(男性50歳以上)が首位だ。 この作戦は、日本の人口が50歳以上で45%を占める時代に合致したものと言える。5系列ある民放に“老人チャンネル”が出来ることは、多様性の担保という意味で悪くないかもしれない。  しかも広告営業対策や59歳以下の獲得については、サッカーやフィギュアスケートなどスポーツの国際大会、GP帯のバラエティ、深夜のドラマなどで手は打っているということかも知れない。さらに10~20歳代については、テレ朝はAmebaTVに積極的に取り込んでいる。 こうして考えると『やすらぎの郷』の編成は、テレ朝の編成戦略が旗幟(きし)鮮明になったターニングポイントだったのかもしれない。この戦略で、テレ朝がどこまで実績を伸ばすのか、注目したい。

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    『やすらぎの郷』が炎上ドラマを狙ったワケ

    「元テレビ局の社員は入居する資格なし」。これは老人ホームを舞台にした昼帯ドラマ『やすらぎの郷』の設定である。過激なセリフや喫煙、賭け麻雀など、最近のドラマでは有り得ない挑発的なシーンが話題を呼ぶ。「今年最大の問題作」とも言われる脚本家、倉本聰ワールド全開の炎上ドラマはなぜヒットしたのか。

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    『やすらぎの郷』は視聴率主義への苦言込めた本物のドラマ評

     倉本聰脚本で話題の新ドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)。登場するのは、昭和の芸能史を煌びやかに彩る女優たちだ。放送は、『徹子の部屋』を終えた平日12時半に始まる。若者向けのゴールデンタイムに対抗する枠として倉本が強くこだわった、「シルバータイム」なる高齢者のための新しい昼帯枠だ。 舞台は“テレビ界に貢献した人間だけ”が入居できる高齢者ホーム「やすらぎの郷」。昭和のテレビ黄金期に一時代を築いた脚本家の菊村栄(石坂浩二)を取り巻き、往年のスターたちがあれこれ騒動を巻き起こす。テレビ朝日ドラマ『やすらぎの郷』での一場面(テレビ朝日提供) 現場でも小さな“騒動”が起きていた。倉本や浅丘ルリ子(白川冴子役)は大の愛煙家。テレビ朝日の六本木スタジオは禁煙のため、今回は愛煙家の要望から、喫煙できる場所でホン(脚本)読みをすることになった。浅丘は撮影現場でも吸っていたが、彼女のしなやかな指の動きはハッとするほど艶っぽかった。 劇中では水谷マヤ(加賀まりこ)が優雅に紫煙をくゆらせ、栄は「俺にとって一番体に悪いのは禁煙ってあの文字だ!!」と叫ぶ。石坂いわく、これは倉本の口癖らしい。喫煙シーンが描かれなくなった昨今、及び腰の制作者や嫌煙社会へのアンチテーゼでもあるのだ。 制作発表記者会見では、女優たちの熱量が溢れた。 25年ぶりに倉本作品に出演する五月みどり(三井路子役)が、「とても怖くてできないと思ったけれど、でも、どうしてもやりたいという気持ちが強かった」と決意を語れば、ピアノの弾き語りシーンがある有馬稲子(及川しのぶ役)は、「ピアノが本当にだめで1日に2小節ぐらいずつ練習して、1曲弾けるようになった」と舞台裏の女優魂を垣間見せた。 60代の同級生らと放送を楽しんでいるという上智大学の碓井広義教授(メディア文化論)は、同作を「視聴率第一主義に対する苦言も含め、テレビ業界への愛と感謝を込めて今の時代に送る本物のドラマ」と評する。 「役者にも向けられたその愛を受けて集まったのが、この贅沢な顔ぶれです。中高年にとっては青春の憧れ。70代、80代で輝き続ける彼女たちの姿に、『人は最後まで自分の人生の主人公なんだ』と思えるのがまたいい」 女優たちにとって、年を重ねてもなお輝きを放つ晩年の今こそ、人生のゴールデンタイムではないだろうか。関連記事■ 高畑淳子 1か月で7kgダイエットしその後1か月でリバウンド■ 2014年「濡れ場女王アワード」は石原さとみ 他の女優を圧倒■ 『やすらぎの郷』 石坂浩二がガチで深刻空気のガス抜きに■ 杏、ギャラクシー賞贈賞式で魅せる美しさ 多彩な演技が評価■ 視聴率低迷のフジTV 一時的だと強がっていた上層部も危機感

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    CMもドンピシャ『やすらぎの郷』にかけるテレ朝の決意

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、話題のドラマ『やすらぎの郷』について。* * * 『相棒』『科捜研の女』『警視庁捜査一課9係』『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』。そして『緊急取調室』と、シリーズドラマを多数、持ち、安定した視聴率をキープしているのがテレビ朝日のドラマ。 「名物プロデューサー」と呼ばれるスタッフや、「おもしろいものを作る」「センスがいい」と評判の演出者が社内に増えてもいて、年に2回、行われる記者との懇親会では、“ドラマ班”が集まるテーブルに、もっとも人だかりができているように思う。 4月初旬に行われた懇親会で、司会の清水俊輔アナがタイトルをコールした瞬間、会場から「お〜〜〜」と歓声があがったのが『やすらぎの郷』の”紹介タイム“のとき。オンエアは既に開始されていて、「初回視聴率8.7%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)」は、全出席者が知っていたが、「系列局では10%を超えた日もある」とのプロデューサーからの報告に、会場からは再び「お〜〜〜」という声があがった。テレビ朝日ドラマ『やすらぎの郷』での一場面(テレビ朝日提供) 「帯ドラマ劇場(シアター)」という新設枠は、あの『徹子の部屋』と直結され、『ワイド!スクランブル』内に位置している。 在京民放局の昼帯は、日本テレビ系の『ヒルナンデス!』がF1層(20〜34才の女性)、平均視聴率でトップを走るTBS系『ひるおび』がF2層(35〜49才の女性)、そして、50才以上の女性=F3層の数字をフジテレビ系『バイキング』と『ワイド!スクランブル』が「分け合っている」というのが現状だ。 とはいえ、50才代も80才代も一括りにすることに疑問を呈するマーケッターは多く、マーケティングコンサルタントの西川りゅうじん氏が数年前から提唱している新・3層〜6層までの分類に「納得がいく」という関係者は多い。F(女性)、M(男性)共に、新3層は、50〜64才。その後、4層は、65〜79才、5層は80〜95才、それ以上が6層…という分け方だ。 日本人女性の「二人に一人が50才以上」となった2015年以降、F3層マーケットに注目が集まるなか、やはり、「新F3層」と、それ以上の年代は「異なる」という実感が私にはある。 なぜなら、この層は、日本における女性トレンドを先頭で牽引してきた層であり、しかもそうした情報を自分の足で稼ぎ、独自のネットワークやコネクションを駆使し、「消費のリーダー」と言われ続けてきたから。 もちろん、その層に属する全員が同じライフスタイルというワケではないのだが、新F3層ほど情報を持たず、フットワークもそこまで軽くないのが「F4層」と言えるのではないか。 つまり、F3の数字を分け合っていると言われた『バイキング』と『ワイド!スクランブル』は、「新F3層に強いのが『バイキング』で、F4層から上の世代に強いのが『ワイド!スクランブル』」というのが正確な分類だろう。思えば、坂上忍や芸人をMCに、トークバトルを繰り広げて、「視聴率を4倍にした」(1%台→4%台)という『バイキング』は、4月以降、5%台、6%台が出る日も増えた。「やすらぎの郷」が営業的にも大成功な理由 一方、70才の橋本大二郎氏と、テレビ朝日の女性アナウンサーで最高齢の大下容子アナをMCに据えている『ワイド!スクランブル』。2014年4月から1部と2部の間に『徹子の部屋』を置き、さらに『やすらぎの郷』に繋げたことは、F4以上の数字を「獲りに行く」という同局の大きな決意が感じ取れる。 冒頭に挙げたドラマの人気シリーズで、早くからF3層、M3層の動向に着目していたテレビ朝日ならではの英断。そこまでターゲットを絞り切れたからこその“スポンサー”にも注目が集まっている。 多くの人がチャンネルを合わせた初回。スポンサーの筆頭として出てきたのは「サントリーウェルネス」だった。『セサミン』『ロコモア』始め、シルバー層に人気の健康食品や、年齢肌向け化粧品『エファージュ』などがおなじみだ。 『やすらぎの郷』記念すべき1本目のCMは、その『セサミン』で、出てきたのは「永遠の若大将、加山雄三さん」。石坂浩二や浅丘ルリ子、加賀まりこら『やすらぎの郷』のメインキャストに混じって出てきそうなベテランだ。第8回岩谷時子賞を受賞した歌手の加山雄三=6月12日、東京 CMに続いて出てきたのは賀来千香子と西岡徳馬。「セサミン」のユーザーには、もともとシルバー層の著名人が多いのだが、改めて、ドンピシャなセレクトに感心してしまった。 実は、件の石坂浩二がキャラクターをつとめる企業もスポンサーに付いている。「石坂浩二さんも御愛用」のコピーから始まるCMでおなじみの『ハズキルーペ』である。「ルーペ」というワードでもわかるように、これは「老眼鏡」ではなく「眼鏡タイプの拡大鏡」。そして女優の山本陽子をキャラクターに起用している『ウィッグ ユキ』のCMも『やすらぎの郷』枠内ではおなじみだ。 思えば、『やすらぎの郷』には、野際陽子や風吹ジュンら、ウィッグのCMに出演している女優が出ているが、山本をキャラクターに据えた『〜ユキ』は、見たところ、F4層以上をターゲットにしているような…。山本は、野際や風吹よりも“和装”のイメージが強いことでも、そのターゲットがわかろうというものだ。 『やすらぎの郷』脚本の倉本聰氏は、当初、『北の国から』で縁のあるフジテレビに企画をもっていったのだが、「けんもほろろ」な対応に落胆し、テレビ朝日に行きついたと聞いている。果たしてF3マーケットを知り尽くしたテレビ朝日は『やすらぎの郷』と倉本氏を大歓迎したに違いない。 CMタイムでも視聴者を前のめりにさせる『やすらぎの郷』。営業的にも大成功なのである。関連記事■ 倉本聰「元夫婦共演」は知らせず浅丘ルリ子に直々オファー■ 五月みどり、共演の浅丘&加賀にちゃんとしなさいと怒られる■ すっぴん加賀まりこ、すれ違った女性に「口紅くらい…」■ 『やすらぎの郷』は視聴率主義への苦言込めた本物のドラマ評■ 『やすらぎの郷』 石坂浩二がガチで深刻空気のガス抜きに

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    松居一代が教えてくれた夫婦のカタチ

    この夫婦の泥沼劇はいつまで続くのか。女優、松居一代と俳優、船越英一郎夫妻の離婚騒動が連日のようにネタにされている。「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とは言うけれど、ここまでこじれにこじれてしまったら、もう止まらない。それにしてもつくづく思うのは、「夫婦のカタチ」っていったい何なんでしょう?

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    「愛なき結婚は不幸」松居一代が教えてくれた現代ニッポンの幻想

    佐伯順子(同志社大大学院教授、女性文化史研究家) 「君子の交わりは、淡きこと水の若し」とは、『荘子』の言葉であり、相手に立ち入りすぎない冷静な人間関係は、「淡交」(たんこう)という茶の湯の精神にも生かされている。 この理想が最も大切なのは、実は夫婦の間柄ではなかろうか―。メディアをにぎわせる松居一代さんの夫婦関係をみると、そう痛感させられる。彼女が夫とのなれそめをトーク番組で熱く語っていたとき、視聴者の多くは、彼女の熱烈な愛が報われたと思ったのではなかろうか。結婚式で笑顔をみせる松居一代さん(右)と船越英一郎さん ただ、今の状況は、「可愛さ余って憎さ百倍」という言い回しそのものであり、そのギャップに視聴者は驚きながらも関心を抱いてしまい、情報番組のネタにもなってしまう。 だが、相手に執着がなければ、女性の側も、自ら情報発信してまで、トラブルをさらすはずがない。憎しみという形であれ、愛着が残っているからこそ、相手のことに触れたくなってしまうのである。 愛が心底さめてしまえば、相手のことなどどうでもよくなり、無関心に落ち着く。逆説的であるが、相手を大事に思えばこそ、長く一緒にいたいのであれば、愛しすぎるのも考えもの、ということになる。 そもそも、夫婦関係に「愛」という感情的な高まりを明確に必要条件として入れたのは、日本では明治の近代化以降である。それまでは、結婚は家の継続、出産による子孫の確保が第一目的であって、当事者の感情の高まりなど、その目的のためには邪魔でしかなかった。 身分を超えた恋を自由にされたら、社会的立場に応じた家の存続は保証できない。ドラマが描く戦国時代の政略結婚をみれば、結婚に愛など必要とされていなかったことがよくわかる。 だが、愛なき結婚は不幸であり、身分社会は封建的な抑圧である、誰もが平等であり、誰とでも恋愛して結婚できるのが、自由な近代社会である、と明治の知識人は信じた。そうした考え方が多くの人に広まり、現代人の多くは、結婚には愛が必要だと思い、今に至っている。 しかし、恋愛結婚だから離婚しないという保証がないことは、現代の離婚率からも明らかなのであり、むしろ古いと思われる見合い結婚のほうが、最初から結婚相手としてふさわしいかどうかという冷静な判断にもとづいて相手を決めるので、情熱恋愛はないとしても、関係が長続きするという考え方が、復活のきざしをみせている。旅行会社のパンフに婚活ツアーという文言が踊るのも、それゆえであろう。過度な愛着が危険を呼ぶ いや、そもそも結婚という行為自体が、人生に必要なのか、という考え方さえ台頭している。日本社会における生涯未婚率は上昇しており、結婚しない人生も珍しくはなくなった。歴史的にみれば、長男以外の男性は結婚しにくい時代もあったのであり、人間全員結婚するのが常識、という皆婚(かいこん)社会は、普遍的なものではない。 歴史に照らせば、未婚化もあながち特殊とはいえず、当事者が結婚の必要を感じなければ、この価値観の多様化した時代に、結婚を強制される筋あいもなくなる。キリスト教はさすがに、人間、神様が命じてくれないと、結婚しなくても生きていけると気づいてしまうと、あらかじめ予測していて、神の名のもとに夫婦愛しあい、子孫を残すことを奨励したのではないか。※写真はイメージ 逆に仏教の考え方によれば、釈迦は妻子を捨てて出家し悟りを開いたのであるから、家庭は執着のもとであり、結婚なんぞしないほうがいい、いっそのこと子供ができない男色がいいと、江戸時代にはおおっぴらに言われていたほどだ。 そのような歴史的背景のある日本社会で、未婚化が進んでいるのは必然とも思われるのだが、一方で、高齢化社会を迎え、何歳になっても恋愛、結婚に前向きな人が増えているというニュースもある。 著名な女優さんや文筆家の方が六十代で結婚されたという情報もメディアをにぎわせている。熟年期の結婚は、家の存続や子孫の確保という過去の結婚目的とは異なり、パートナーと一緒にいたいという感情の純粋な発露といえようか。 少女漫画でロマンチックな恋愛、結婚観を刷り込まれた世代としても、こうした現象は理解できるし、国際社会を見渡しても、現フランス大統領夫妻の例は、男性の経済力と女性の若さや性的魅力の交換という打算的結婚とは異質である。 ドラマから映画化もされた『昼顔』が描く夫婦像では、逆に夫には経済力だけを求め、感情的、性的満足を婚外恋愛に求めるパートナーシップも描かれているが、少女漫画世代としては、それも殺伐と映る。 経済成長が滞り、男性の安定収入に依存しきれない社会においては、むしろ夫婦間の精神的絆の価値が見直され、それは熟年結婚という形で具体化しているようにもみえる。相手への過度な愛着がかえって危険であることも、熟年だからこそ悟っているのではないか。 結婚、恋愛観がかくも多様化している時代、大事な相手と末永く一緒にいるためには、流れる水のようにさらりと付き合うことが幸せの秘訣かもしれない。

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    夫婦って何? 松居一代と船越英一郎の「泥沼離婚」が問うもの

    ら、夫婦は最も近くにいる他人であり、そして本来は愛し合う運命共同体だからです。おしどり夫婦といわれた芸能人夫婦が破綻などすれば、世間はそれをドラマのように楽しみ、また教科書のように自分の教材とする人もいるでしょう。松居一代さん 恋愛はすばらしいものです。しかし、感情は心理学的に言えば一時的です。恋愛感情も一時的です。一緒にいるだけで幸福感を覚え、見つめられるだけで心臓がドキドキするような感覚がずっと続いたら、日常生活ができません。 親しい二人の人間関係には友情もあります。友情は好意的な感情だけですが、恋愛感情は、もとから愛と憎しみが入り交じった複雑な感情です。友情は、時間がたつほど深くなります。ところが、恋愛感情は時間がたつほど薄くなるものです。だから、結婚は感情だけでは続けられません。 結婚は、恋愛関係とは異なる契約関係です。法律の話を持ち出さなくても、結婚式には誓いを立てます。「病めるときも健やかなるときも、貧しきときも富めるときも、生涯愛し続けると誓いますか」と結婚式では決心を迫られます。どんなに大恋愛中の二人でも、今の気持ちだけでは結婚生活を続けられないので、互いに誓い合う契約関係が結婚なのです。 契約関係なのですが、事前に明確な契約書を交わすわけではありません。互いに、何となく相手に期待しているだけです。その期待通りに相手が動いてくれればよいのですが、そうとは限りません。恋愛中は、彼女のおしゃべりを楽しく聞けた男性も、結婚後になると妻のおしゃべりがうるさく感じて聞こうとしないこともあります。新婚当初は毎日手間暇かけて作っていた愛妻弁当も、次第に作らなくなることもあります。思っていたのとは異なる結婚生活が始まるのです。 仕事も家事も子育ても、二人で話し合って二人で協力し合うことが必要です。しかし問題は、会社のような上司と部下の関係ではないことです。学級会のように多数決で決めることもできません。平等な関係の対等な男女が二人いるだけなのです。王子様なんてどこにいる? 妻も夫も相手に期待しているものがあります。理想の妻として「昼は淑女のように。夜は娼婦(しょうふ)のように」といった言葉もありますが、実現は難しいでしょう。私の王子様だと思って結婚したのに、王子様とは程遠い男の生活ぶりに幻滅する妻もいるでしょう。 愛していて、期待していたからこそ、裏切られたときの失望はとてつもなく大きなものになります。勝手にイメージしていただけなのですが、相手に失望し、結婚生活に絶望することもあるでしょう。 現代人は、昔と比べて大量の情報を持つようになりました。自由に行動できることも増えました。同時に、人間関係能力は下がってきました。そんな現代の男女二人が共同生活をするのですから、トラブルも当然です。かつては妻の当然の義務とされていた事柄が、現代社会では義務だとは考えられません。夫は昔ながらに妻の義務だと感じていて、妻は義務ではないと感じていれば、衝突は激しくなるでしょう。本当は話し合いが必要なのですが、それには高い人間関係能力が必要になります。 話し合うためには、聞くことと話すことが必要になります。男性は、自分の思いを話す「自己開示」が少なく、女性のそれは多いといわれています。男性はひと言足りなくて失敗し、女性はひと言多くて失敗することがあるでしょう。男性は自分の不満を話さずに怒りをため込み、爆発することがあります。女性は、自己開示の量が過剰でタイミングが悪いこともあります。 疲れ果てて帰ってきた夫をつかまえ、猛烈な勢いで語る妻。夫は、妻の話が聞けなくなり、拒絶します。人は心を開いて話しているときに拒絶されると激しく傷つきます。気が強い人なら怒り出し、気の弱い人なら泣き出すでしょう。 また、女性は話し合うことで問題を解決しようとし、男性は話さないことで問題を解決しようとします。妻から問題の話題をふられると、夫は「オレがせっかく忘れようと思っているのに、なぜ蒸し返すのだ!」と腹が立ち、聞こうとしません。そうすると、妻は「せっかく解決しようと思っているのに、なぜ逃げるの!」と怒ったり悲しんだりします。本当は二人とも問題解決を願っているのに、互いに相手が問題解決を願っていないように感じるのです。男たちは苦しんでいないのか さまざまな面で異なる男女が一緒に暮らすのですから、すれ違いも当然です。このストレスを、人は他の人に話すことで解消してきました。男たちは会社帰りの赤ちょうちんなどで憂さを晴らし、女たちは井戸端会議でグチをこぼしてきました。ところが、今この二つとも少なくなってきています。 そこで、インターネットが登場します。「だんなデスノート」がその代表でしょう。「だんな、死ね」といった文章がたくさん並びます。ここに書き込むことでストレス発散になっている人もいるでしょう。また苦しいのは自分だけではないと、慰められている人もいるでしょう。ただし、井戸端会議とは異なり、匿名の世界だという問題があります。(画像はイメージです) 匿名の世界では言葉が乱暴になります。また少数の仲間に話すのではなく、不特定多数に話すことになります。仲間内のおしゃべりはストレス解消になりやすいのですが、このようなネットの世界で語ることは、時にますます怒りや攻撃心が高まるきっかけになることもあるので、要注意です。ただ男性としては、妻たちがこれほど怒り苦しんでいることは知るべきでしょう。 では、男たちは苦しんでいないのでしょうか。妻たちの中には、私がこれほど泣いたり怒ったりしているのに、夫は何とも思っていないと感じてさらに感情的になる人もいます。しかし、男の中には泣きも怒鳴りもしないけれども、心の中では傷ついている人もいるのです。ただ、その思いを表現していないだけの男もいるのです。 心理学的には、より良い夫婦を望むなら、次の事柄が大切だといわれています。まず、相手への感謝の言葉を言い続けること。相手の目標達成を具体的に応援すること。そして、実現不可能な夢を求めるのではなく、実現可能な目標を立てて一歩ずつ進むことです。最後に、これらのことを相手の態度に関わらず、自分の側が努力することです。 そのようにすべきだと説教するつもりはありません。ひどい相手もいます。離婚も現代では普通です。ただ、より良い夫婦であることを願うなら、これらのことが効果的です。夫婦関係が難しい現代だからこそ、私たちは学び、互いに努力することが必要なのでしょう。

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    「爆発妻」となった松居一代に残された選択肢は二つしかない

    岡野あつこ(夫婦問題研究家) 連日のようにワイドショーをにぎわせている女優の松居一代さんと俳優の船越英一郎さん夫婦の問題については、夫婦問題の相談を扱っている私のサロンでも話題の中心となっていました。ミュージカル公演のレッドカーペットに登場した船越英一郎と松居一代夫妻=2008年11月3日、東京都渋谷区(緑川真実撮影) 一連の騒動が起こる以前の松居さんと船越さん夫婦のイメージのように「献身的でしっかり者の妻&妻に支えられているのんびり穏やかな夫」という、絶妙なバランスを保っている夫婦関係は意外と多いもの。だからこそ、「あそこまで行くとやりすぎだと思う。でも、その気持ちはわからなくもない」という意見が聞こえてきたのも事実です。松居さんのとった行動を全面的には賛成することはできなくても、彼女の感情は理解できなくもない、という女性も少なくないようです。 SNSを活用するかどうかは別としても、当然、一方的な放言は必ずしもいいことではありません。それにもかかわらず、これまでずっとためこんでいた不満や怒りなどの感情をこらえきれずにぶちまけてしまう「爆発妻」がいます。 そんな「爆発妻」たちの根底には、共通する3つの言い分があります。(1)「私は正しい!」 悪いのは夫であって、私は正しい。好きでキレたわけではなく、夫が私をキレさせた。(2)「私は今までずっと家族のために頑張ってきた!」 家事や育児といった日常生活での細かい部分を全面的に担ってきたのは私。私が時間とお金を犠牲にして頑張ってきたからこそ、夫だって自分の仕事に集中できたはずなのに!(3)「私の存在のありがたみを理解してほしい!」 家庭がうまく回っているのは私の努力のおかげ。それなのに、感謝もされなければ、女性として扱ってくれる機会もめっきり減った。私がいなければ困るクセに! このような言い分の元、抑えきれない感情の高ぶりが「爆発妻」を誕生させると言っていいでしょう。 ちなみに、爆発妻ほどの激しさやエネルギーは持っていないものの、「それでも誰かに一言、夫のグチを言いたい。わかってもらいたい」という女性が投稿する『だんなデスノート』というサイトがあります。自分の夫への不平不満を匿名で投稿し、ストレス解消の一助にしているという女性も増えています。愚痴が過熱しすぎて… ただし、言葉の過激さにつられて自分の中の負の感情をコントロールすることができず、自分で自分の気持ちをヒートアップさせてしまった揚げ句、「もうこんな夫とは離婚するしかない!」と思い詰めるケースもあるのでSNSの活用法には注意が必要です。あくまでも「笑い」に変えることのできる範囲内の表現でグチを吐き出すのがポイントでしょう。夫で俳優の船越英一郎との離婚報道を否定した、女優の松居一代=2016年1月13日、東京都世田谷区 いずれにしても、爆発妻となって、自分の感情を含んだ夫への悪口雑言をぶちまけ、それが夫の知るところとなった場合、妻に与えられた選択肢は2つあります。「妻の言い分が通り、夫との関係が改善される」「夫婦関係に決定的なヒビが入り、修復不可能な領域に突入する」という天国か地獄のどちらかが待っています。 自分の中にくすぶっていた感情をぶちまけるのは必ずしも問題解決にはなりません。むしろ、次の大きな問題を生むこともあるのです。実際に、妻の暴言がきっかけで離婚に至ったケースをこれまでにいくつも見てきました。 かつては「誰のおかげで生活ができると思っているんだ?」「専業主婦のお前に何がわかるんだ?」といったモラルハラスメントに代表される男性の暴言が目立っていましたが、最近は女性側の暴言による夫婦間のトラブルも増えています。誰でも気軽に意見を発信することができるというのはSNSの良いところではあります。ところが、よかれと思って自由奔放に発言したことが、めぐりめぐって「離婚」という形で跳ね返ってくることもあるのです。 一般的には、離婚をする場合、お互いに話し合って離婚に合意する「協議離婚」という形をとることがほとんどです。話し合いが決裂したときは、家庭裁判所で話し合い「調停離婚」で結論を出し、それでも決まらない時は、「裁判離婚」となって争うことになります。 実際に、協議離婚の段階では「暴言があったかどうか」よりも「不倫の事実を知っていたかどうか」がもめる原因となるケースが多いようです夫の浮気が暴言の一因に 例えば、妻が暴言を吐くきっかけとなった理由の1つに夫の不倫があるとします。つまり、妻が夫の不倫を知っていて協議離婚になったケースでは、妻は「勝手に不倫をしておきながら、離婚をして自分だけが幸せになるなんて許せない!」と、離婚に対してなかなか納得することができません。夫の不倫を知らずに別の理由で協議離婚にいたったケースとは異なり、そこには「浮気夫」への恨みつらみが別の感情として新たに加わるため、「裁判までもつれたとしても、絶対に別れないから!」とこじれることが多い、と専門家からも聞いています。通夜に参列した松居一代=2012年11月1日、兵庫県西宮市(彦野公太朗撮影) 協議離婚と調停離婚が不調に終わると、次は裁判離婚になります。裁判離婚は係争が数年に及ぶことも珍しくないなど、長引くことが前提とされています。また、結婚生活の長さや夫婦がともに築いてきた財産の多さなどによっても争点が変わるため、落としどころが難しいとも言われています。 例えば、結婚後に築いた夫婦の共有財産については、「夫が仕事で成功をつかんだ背景に、妻のひたむきな努力があった」ということも考慮され、離婚の際には折半しなければなりません。今回の松居さんと船越さん夫婦の場合、莫大(ばくだい)な財産をどうするか、ということが大きな問題になります。さらに、そこに「感情面でどう折り合いをつけるか」というやっかいな問題もプラスされるのは明らかでしょう。 「裁判離婚は、お金と感情が絡めば絡むほど長引くもの」とは、業界でささやかれている暗黙のルールです。お互いの妥協点を見いだすためにも、事情を理解した弁護士をつけることが裁判の流れを変えるカギになるかもしれません。 離婚は、こじれた夫婦関係を解決する唯一の選択肢ではありません。しかし、離婚という道をかたくなに拒むことで得られる幸せが大きいか、というとそこにも疑問が残ります。 大切なのは、爆発妻のいたらなさを責めたり、妻を満足させられなかった夫に罰を与えたり、といったことではありません。「どういう生き方をしたら、これから自分自身が幸せに心穏やかに毎日を過ごしていくことができるのか」ということを、夫婦がお互いに思いやりを持って考えることです。そうすれば、その先に必ず希望の光は降り注いでいるはずです。

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    松居一代だけじゃない!「復讐予備軍」の妻たちはこんなにもいる

    壊しかかって揺れている。俳優の船越英一郎とタレントの松居一代夫妻である。次々に妻が「爆弾」を投下し、芸能マスコミが食いついていく。もちろん、われわれも心のどこかで「他人の不幸は蜜の味」だと思っている節があるのは認めざるを得ない。冷静に考えれば、芸能人だからこそ、こうしていろいろなことがさらされてしまうのは気の毒だとしか言いようがないのだが。 ただ、妻が爆発してしまうのは、芸能人特有というわけではない。「妻が夫に復讐(ふくしゅう)したくなるとき」は誰にでもあり、それを行動に移すかどうかは、ほんのささいなきっかけである。2006年11月、「パートナー・オブ・ザ・イヤー」でいい夫婦に選ばれた俳優・船越英一郎(左)と松居一代夫妻 夫婦というのは不思議な関係だ。もとは他人であり、育った環境も考え方も違う二人が一緒になって、時として子供を産み育む。子供は二人の遺伝子を受け継ぐが、孫ができようがひ孫ができようが、夫婦だけはどこまでいっても他人のままなのだ。ただ、「夫婦」「家族」とくくられてしまうため、「他人ではない関係」と当人たちも思い込む。そこで生じるのが、「愛情に名を借りた支配」なのではないだろうか。 実際、夫を束縛し、その束縛から逃れようとする夫を支配し、最後には復讐に至った妻たちに取材をしたことがある。「なんとなく夫の様子がおかしい、浮気しているんじゃないかと疑った時期がありました。疑心暗鬼になって夫の携帯電話をこっそり見て…。決定的な浮気の証拠ではないけど、どうやら親しい女性はいるみたいで、SNSのメッセージのやりとりを見て、頭に来ちゃって。自分がないがしろにされている気がしたんです」 キョウコさん(40歳)は、ため息をつきながらそう言った。夫は外で好きなことをし、自分は3人の子を育てながらパートで働く身。自分ばかりが損をしているという日常的な不満がベースにある。夫を「抹殺」するわけにはいかない 彼女は夫と自分のスマートフォンを操作し、夫に来るメールやメッセージを自分も見られるようにした。もちろんGPSで夫の居場所も常に分かる。幸い、夫はスマホ操作が苦手だし、キョウコさんがスマホに詳しいことも知らない。「仕事かプライベートか知りませんが、繁華街に繰り出したり女性と食事したりしていることが分かって、ますます腹が立ちました。証拠を全部まとめて夫に突きつけたんです。でも夫は認めない。私はますます証拠探しに躍起になって、ある日、子供たちを母に見てもらって退社後の夫を尾行しました」 夫はとあるレストランで女性と待ち合わせし、軽く食事をするとタクシーで移動、女性を駅で降ろして一人で別のダイニングバーに入った。1時間ほどで女性と身を寄せ合うようにして出てきたところを捕まえた。「夫は私を見るとあっけにとられたような顔をして、『なんだよ』って。『あなたこそ何よ、何人の女とつきあっているわけ!?』と殴りかかると、女性はそそくさと逃げていく。待ちなさいよと叫んでつかみかかってしまいました。悔しくてたまらなかった」 夫は二人とも仕事の関係で会っていただけだと釈明したが、キョウコさんには信じられなかった。さらに夫のスマホを分析、ついに不倫相手を特定した。そして彼女が勤める会社に「お宅は家庭ある男と不倫密会を重ねる女を雇っているのか」と文書を送りつけたり、彼女の住んでいるマンションの周りに「不倫女」と書いた写真付きのビラを貼ったりした。「もちろん彼女のSNSに、みんなが見えるように『あなた、不倫なんてやめたほうがいいですよ、彼の奥さんと子供が泣いてますよ』と匿名でコメントもしました。単に私が嫌がらせするくらいじゃ気持ちがすまない。彼女の社会的抹殺を図りたかったんです」 悪いのは自分の夫だと彼女は分かっている。だが、夫を社会的に抹殺するわけにはいかない。生活がかかっているのだから。 キョウコさんは大恋愛で結婚したという。それなのに十数年の結婚生活で、夫は他に女性を作ってしまった。自分だけを見てくれているはずだったのに、そういう約束を交わしたのに…と歯がみする夜が何度あったことか、と彼女は唇をかんだ。 結局、夫は不倫を認めなかったが、どうやら女性とは別れた様子。ただそれ以来、妻への不信感は募っているようで、冷戦状態が続いている。「旦那死ね」は浮気だけじゃない 恋に落ちてこの人と離れたくないと強く思い、結婚に至ったはずなのに、夫婦となった瞬間、恋愛感情は薄れていく。愛情を育むことを忘れて、互いをわかりきっているつもりになり、パワーバランスが乱れていく。 30代主婦たちが中心になっている「旦那死ねサイト」には、夫に死んでほしいと願っている妻たちがさまざまな書き込みをしている。自分の手を下す気はないが、出先で夫に死んでほしいと願う妻たち。もちろん、心の底からそう思っているかどうかは別として、夫からのストレスが大きいのは確かなようだ。「旦那死ね」に対して激しく共感している妻たちが多いことに、世の夫たちは真剣に向き合った方がいいのではないだろうか。「浮気だけじゃないですよ、私たちが『夫がいなくなればいい』と思うのは」 子育て真っ最中のリナさん(37歳)は、怒ったような表情でそう言う。「仕事を言い訳にして子育てしない、家事をしない。私だって働いているのに自分がかまってもらえないと子供よりひどい駄々をこねる。こんな夫、いらないと思うことが多々あります」 子供が大切だから家庭の形は壊さないでおくが、リナさんはいつか復讐してやると息巻く。「知り合いの70代女性は、夫が体の自由が利かなくなったので、若いころの恨みつらみを今、夫にぶつけているのだそうです。浮気ざんまいで家を顧みず、あげくお金でも苦労させられたから、これからは自分が復讐する番よ、とうれしそうに話していました。それを聞いたとき、ああはなりたくないと思いながら、私もそうなると確実に感じましたね」 「復讐予備軍」の妻たちはたくさんいるのである。

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    不倫調査を探偵に依頼する女性、箱入り娘から慰謝料目的へ

    記者) 松居の行動力には《探偵も真っ青》《さながら不倫探偵》と驚嘆する声がネットにあふれたが、一方で芸能界のご意見番こと和田アキ子(67才)は「浮気の証拠が欲しいなら探偵でもいいのにね」と松居の行動を非難した。 松居への賛否はさておき、夫に不倫疑惑があれば、どんな手を使ってでも調べたいと思うのは当然のことかもしれない。現に、最近は不倫調査の依頼が増えた、と前出の探偵会社の社長は声を潜める。「松居さんの影響かどうかはわかりませんが(苦笑い)、このひと月は増えましたね。依頼者のほとんどは女性で、30~50代の主婦が多い」 同社によれば、現在、年間100日は不倫調査をしているという。昔に比べて依頼者の質も大きく変わった。「私が探偵を始めた30年前は、お金持ちの箱入り娘からの依頼が多かった。“自分は何もできないので、主人の真実を調べてください”と。実際に夫の不倫が発覚しても、胸に秘めて耐え忍んでいました。ところが今は、“裁判を有利に進める証拠が欲しい”というケースばかり。慰謝料や親権、養育費を得るための証拠固めとしての依頼です。ドライな夫婦関係が増えた気がします」(社長) スマホの普及やLINEをはじめとするSNSの発達で、昔より不倫の証拠集めが容易になった。昨今は証拠集めまで“DIY”(自分自身でやる)という女性が目立つ。「依頼前に、ある程度の証拠を集めているかたが多い。プリクラやメールといった定番だけでなく、夫がパソコンでラブホテルを検索していた履歴や、カーナビの目的地履歴などを持ち寄る人もいるほど。昔より妻の情報収集能力が格段に上がりました」(社長) 冒頭の依頼人・A子さんは、まさにその世相を表す女性だった。結婚22年目の主婦で、大学1年生のひとり息子がいる。商社勤めの夫・B氏の不倫には3年前から薄々気づいており、これまで地道に証拠集めを続けてきた。 夫婦間の愛情はすでに皆無。子供がひとり立ちした時点で離婚の意思を固めており、“詰めの一手”として、ママ友から紹介された探偵会社に連絡したという。「電話やメールで連絡をいただいたら、必ず1~2時間ほど面談して調査内容や対象者について深く話を聞きます。不倫調査なら、『異性との接点の確認』にとどめるか、『不貞行為の確認』や『不倫相手の特定』にまで踏み込むかで調査手段や値段が変わります。不貞確認の場合は“お泊まり”の現場を押さえる必要があり、日数がかかって費用が跳ね上がります」(社長) 調査員は徒歩と車かバイクの2人1組が基本。料金は1時間2万8000円で、3日間の調査でおおよそ40万円程度。調査員が1人増えるごとに1時間あたり1万2000円追加となる。A子さんは社長との面談で「不貞行為の有無」と「不倫相手の特定」を希望していた。関連記事■ 妻の不倫調査 48分と70分の短時間不倫に夫は気づかなかった■ 探偵会社の不倫調査2日間に完全密着 証拠はすべて録画■ 探偵が見た浮気の修羅場「愛人は実姉」「揺れる車に妻乱入」■ 不倫のプロが指南 絶対に妻にバレない「不倫の掟」■ 松居一代は入れないはず 船越の部屋から消えた恐怖のノート

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    小林麻央さんが遺してくれたもの

    フリーアナウンサーで乳がん闘病中だった小林麻央さんが34歳の若さで亡くなった。昨秋にブログを開設して以来、352回ものメッセージを発信し、多くの人々の心を動かした。麻央さんは私たちに何を伝え、何を遺してくれたのか。その意味を考えたい。

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    小林麻央さんのブログが変えた「日本人の死生観」

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 有名人や芸能人の人生は、私たちに大きな影響を与え、時に社会を変えていく。山口百恵のように、人気絶頂のアイドルが結婚を機にすっぱりと引退し、専業主婦として生きていくといった姿は、当時の日本女性に強いインパクトを与えただろう。そして「山口百恵」は伝説化されていく。1977年秋に極秘来日し、インタビューに応じたジョン・レノン(右)とオノ・ヨーコ=東京都内のホテル さらに「死」にまつわることは、より普遍性が高いために、多くの人々の生き方にさえ影響を与える。スポーツカーで事故死したジェームズ・ディーン、愛と平和を歌いながら暗殺されたジョン・レノン、民家の軒先で遺体が発見された尾崎豊。彼らは、その芸能活動と死にざまがあいまって、熱狂的なファンを生み神格化されていった。 人はみんな死ぬ。有名人も権力者も金持ちも関係ない。死から免れる人はいない。だから問題は、どう死ぬかだ。涙で包まれた穏やかな臨終の場面はドラマでよく登場するシーンだが、現実とは異なる「様式美」とさえ言えるよう最期が描かれたりする。事故死は、突然の死であり、ご遺族にとってはとても辛いことになる。だが、だからこそこの衝撃的な死に方も物語にはよく登場する。現実世界の芸能人も、事故死の方がその芸能人のイメージのままで死を迎えられるために、「永遠のスター」として私たちの記憶に残ることもある。 だが、病気はなかなか辛い。徐々に体が弱る。痩せ細るなど容姿が変わることもある。長く苦しむこともある。病人の周囲では良いことばかりが起こるわけではない。体と心の苦しみ、お金の問題、看病、人間関係の問題など、さまざまなトラブルが起こることもあるだろう。辛さだけが残る最期もある。だから、有名人の中には闘病生活をほとんど世間に知らせない人もいる。華やかな結婚式や、授賞式や、一家だんらんなど公私にわたる人生を公開してきた人も、死期が近づいている闘病生活は公開しない。夢を売ってきた芸能人として、それも当然のことだろう。 だからこそ、フリーアナウンサーの小林麻央さんの活動は注目された。彼女のネット発信は素晴らしものだった。「私は前向きです」「今、前向きである自分は褒めてあげようと思いました」「何の思惑もない優しさがこの世界にも、まだたくさんある」「がんばれっていう優しさもがんばらなくていいよという優しさも両方学んだ」「今は今しかない」「今日、久しぶりに目標ができました。娘の卒園式に着物で行くことです」「空を見たときの気持ちって日によってなんでこんなに違うのだろう」「苦しいのは私一人ではないんだ」「私はステージ4だって治したいです!!!」「奇跡はまだ先にあると信じています」。小林麻央さんのブログには、宝石のような言葉があふれた。死との向き合い方のお手本のようだ。人生の苦悩と希望を届けてくれた 酸素チューブを鼻に入れた写真。ウイッグ(カツラ)の写真。闘病中の姿も、美しく、ユーモラスに公開した。そして彼女は語る。6月20日、小林麻央さんが最後に自身のブログに掲載した写真(本人のブログから) 「私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。『まだ34歳の若さで、可哀想に』『小さな子供を残して、可哀想に』でしょうか?? 私は、そんなふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです」。闘病生活をつづったブログなのだが、麻央さんのプログは闘病記ではなかったのだ。 もちろん、公開されたことだけが事実ではないだろう。家族にしか言えない苦しみがあったことだろう。死も闘病も、きれいごとだけですまない。しかしそうだとしても、2016年9月1日に始まった麻央さんのブログは、人生の苦悩と希望を私たちに届けてくれた。それは日本人の心を動かし、世界にも報道された。彼女の言葉に、慰められ、励まされた人々はどれほどたくさんいたことだろう。そしてその活動が、小林麻央さん自身の癒しと勇気にもつながったことだろう。 どう死ぬかという問題は、どう生きるかという問題であり、死生観が関わる問題だ。そして死生観には、宗教が絡む。普段は無宗教という人でも、葬儀の時には宗教的なことをする。しかし、世界的に宗教の力は落ちている。日本でも、簡易な家族葬、無宗教の葬儀、そして「直葬」と呼ばれる宗教的葬儀なしに火葬場へ行く方式も増えている。仏教式の葬儀を行っても、以前ほど戒名などにこだわる人は減っているだろう。宗教への熱い信仰があれば、どう生きてどう死ぬかの指針になる。だが、非宗教化した現代社会で、人々は新しい死生観を求めている。 インターネットは、まるで新しい宗教だ。人は確かに生きて日々活動しているのだが、人生とは各自が振り返ってみたこれまでの記憶とも言える。同じような生き方をした人でも、良い記憶でまとめられた人生もあるし、悪い記憶でまとめられた人生もある。人生は、当人の記憶であると同時に、周囲の人々の記憶だ。多くの人々の記憶が、その人の人生を形作る。 神仏を信じていれば、神仏が私の人生を見守る。神仏は私に関する出来事を全て記憶し、私の人生に意味づけをする。心理学の研究によれば、信仰を持っている人の幸福感は高い。神仏的なもの抜きで人生の意味づけをすることは、簡単ではない。 インターネットは、新しい神にもなるのだろう。私の人生を、ネット上で記録できる。世界に発信できる。世界の人々は、ネットを通して私を見て、リツイートしたり、「いいね」したりする。その記録は半永久的に残る。ネット世界でも人は包まれる インターネットの黎明期(れいめいき)から、人生を語る人々はいた。一般の人の中にも、闘病生活を発信した人はいた。まだブログもなく個人ホームページも数少なかった頃、母であり教師であるある一人の女性は、死期が近づく中で、普及し始めた電子メールで配信を始めた。「私は、なぜ病気になったのかではなく、何のために病気になったのかと、考えるようになりました」と。その活動は、多くの友人、知人たちを力づけた。 このような活動は、今や多くの人々に広がっている。ある元校長は末期のガンであることをブログでカミングアウトし、それでも最期まで自然に親しみ、グルメを楽しみ、家族や病院スタッフに感謝する。家族がそれを見守り、友人や知人が応援し、見ず知らずの読者との温かな会話が始まる。同じ病で苦しむ読者とも交流が生まれる。それは、どれほど素晴らしく意味あることだったことだろう。 ネットを通して、記録を残し、思いを伝え、人々とつながる。それは、真剣に命と向き合っている人にとって、かけがえのない活動だ。死期が迫った終末期は、人生の中でもっともコミュニケーションを必要とする時期だ。しかし、しばしば死期が迫っているからこそ、孤独感に襲われることもある。だがネットは、豊かなコミュニケーションを提供する。神仏の腕に包まれるように、ネット世界で人は包まれることもあるだろう。 余命いくばくもない人にとって必要なことは、安易な慰めでもなく、客観的だが悲観的なだけの情報でもない。必要なのは「祈り心」だ。神仏に祈れる人もいる。同じ宗教の信者たちに祈ってもらえる人もいる。健康心理学の研究によれば、祈られている人は病気が治りやすくなる。そして祈り心は特定宗教によらなくてもできる。祈り心とは、客観的には厳しい状況であることを知りつつ、同時に希望を失わない心だ。 東日本大震災の時に、日本は祈りに包まれた。「Pray for Japan」、日本のために祈ろうと、世界が日本の支援に乗り出した。国連はコメントしている。「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する」。 義援金や救助隊員を送ってくれたことはもちろんうれしい。だが金や人だけではなく、その心に熱い想いを感じた人も多かったことだろう。真実の祈りは行動が伴い、真実の行動は祈りが伴う。世界はマスコミ報道により日本の状況を知り、そしてインターネットによってさらに詳細な情報が伝わり、人々はつながっていった。つながりこそが、人間の本質だ。 このようなことは、個人でも起こる。今回は、小林麻央さんというたぐいまれな人格と文才を持った女性が、苦悩と希望を発信してくれたことで、大きな祈りと交流が生まれたといえるだろう。ネットは世界を変えた。ネットは私たちの死生観をも変えるのかもしれない。

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    小林麻央さんの乳がんを「誤診」した医師の責任は問えるか

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 小林麻央さんが乳がんで亡くなった。享年34歳だった。夫である市川海老蔵氏と二人三脚の闘病生活をブログで報告し、多くのがん患者を勇気づけた。心からご冥福を祈りたい。彼女は夫ともども、有名人だ。病名発表時点からマスコミが大きく報じた。メディア報道によれば、彼女の闘病生活は順調ではなかったようだ。イベントに登場し、笑顔を見せる小林麻耶さん(左)と妹で歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻、麻央さん=2014年10月16日東京都墨田区 たとえば、『FLASH』2016年11月1日号には「ステージIVに追い込んだ2人の医師を直撃 小林麻央奇跡への第一歩!」という記事が掲載されている。 見出しからして穏やかではないが、この記事によれば、小林麻央さんが最初に乳がんの可能性を指摘されたのは、2014年2月に人間ドックを受診したときだ。 彼女はすぐに東京都港区の有名病院の専門医を受診した。このとき、乳がんとは診断されなかった。詳細はわからないが、幾つかの検査を追加し、乳がんとは言えないと診断されたようだ。結果論だが、主治医は「誤診」したことになる。 8カ月後、彼女は乳腺の腫瘤(しゅりゅう)を自覚し、この医師を再診したらしい。このときに、乳がんと診断された。精密検査の結果、リンパ腺への転移も認められ進行していた。この後の闘病生活は広くメディアが報じる通りだ。 小林麻央さんのがんは進行が速い。一般論ではあるが、このようなタイプは、仮に早期診断しても治癒は難しい。早期診断したころには、すでに遠隔臓器に転移していることが多いからだ。メディアの中には「誤診」した医師の責任を問う声があるが、それは医学的には妥当な判断かわからない。 ただ、遺族には「もし、最初の主治医が誤診しなければ、治っていたかも」という思いが残る。早期に診断し治療していれば、治癒は期待できなくても長期に生存できた可能性は十分にある。小林麻央さんはもっと子供の成長を見ることができたかもしれない。その意味で、最初の主治医には責任がある。ただ、この主治医を断罪しても問題解決にはならない。医者を過信するべからず 読者の皆さんには、言い訳に聞こえるかもしれないが、医師は誤診する。特に早期の乳がんの診断は難しい。早期がんを画像診断や生検で正常と判断してしまうことは珍しくない。重要なことは、最初の医師が見落としてしまった乳がんを拾い上げるシステムである。この点において、最近、南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師らが興味深い研究を英国の医学誌『BMC Cancer』に報告した。 尾崎医師は乳がんを専門とする外科医だ。2010年に東大医学部を卒業し、千葉県旭市、福島県会津若松市で研修を終え、3年前から南相馬市立総合病院に勤務している。 南相馬で診療を続けるうちに、「病状が進み、手遅れになってから来る患者が多い」と感じるようになったそうだ。特に独居の人が目立ったという。 彼は南相馬市立総合病院で保存されている病歴を用いてこの仮説を検証した。その結果は衝撃的だった。 2005年から震災までに乳がんと診断された122人の患者と比較し、震災から2016年3月までに乳がんと診断された97人の患者では、腫瘤(しゅりゅう)など乳がんの所見を自覚してから病院を受診するまでに3カ月以上を要した人の割合が1・66倍も高かった。さらに、12カ月以上受診が遅れた患者の割合は4・49倍も増えていた。いずれも統計的に有意な水準である。尾崎医師の予想通り、進行がんに成って受診する患者の割合は増加していた。 では、どんな患者が危険なのだろう。これも尾崎医師の予想通りだった。12カ月以上治療開始が遅れた患者18人のうち、子供と同居していたのはわずかに4人だった。症状自覚から12カ月以内に治療を開始した79人では、42人が子供と同居していた。家族、特に子供との同居が病院受診に影響したことになる。 このような反応は心理学の世界では「正常性バイアス」と呼ばれる。不都合な事態に直面すると、人はそのことを過小評価しがちになるのは万人に共通する傾向だ。東日本大震災で津波警報が出ても避難しなかった人がいたり、沈没船から脱出せずに溺死する人が多いのは、この機序(きじょ)によると考えられている。正常性バイアスを防ぐには 皆さんも体の異変に気づいたときに、「まあ大丈夫だろう」と思い、放置した経験がおありだろう。「病院に行ってきたら」と家族に勧められ、渋々、病院を受診した人も少なくないはずだ。家族の存在が正常性バイアスを防いでいることになる。 乳がんの患者の場合では、夫より子供がこのような役割を担うことが多いことが知られている。 ところが、福島県では原発事故が起こり、若者たちが避難した。福島県内の65歳以上の独居老人、あるいは高齢者夫婦の人数は、2010年の29万7144人から2015年の31万6096人と6.3%増加している。家族構成の変化が住民の健康に影響した可能性が高い。 では、小林麻央さんはどうだったろうか。彼女の2人の子供は5歳と4歳である。自らの病気を相談できる年齢ではない。夫の海老蔵氏は多忙だ。そもそも乳がんに関して、夫は相談相手にならないことが多いことに加え、十分に時間が取れなかったのではなかろうか。 小林麻央さんが最初の医師に「がんでない」と言われてから、再受診するまでの8カ月をどのような気持ちで送っていたかは、私にはわからない。おそらくだんだん大きくなる腫瘤(しゅりゅう)に対し、不安を感じていただろう。その際、「専門医が問題ないと言ったのだから、安心してもいい」と自らを信じ込ませていたのではなかろうか。典型的な正常性バイアスだ。 もし、周囲に「一度、病院に行ってくれば」という人がいれば、彼女は再度、受診したのではなかろうか。 確かに、はやい段階で病院を再受診しても、転帰は変わらなかったかもしれない。ただ、本人や家族の納得は違った可能性が高い。 乳がんは40~50代の女性に多い疾患だ。多くの患者が子育て中であり、核家族だ。子供が幼少の場合、相談相手がいないという点で状況は南相馬市と同じだ。子育て世代の女性は社会的に孤立していると言っていいかもしれない。 この問題を解決するには、問題の存在を社会的に認識し、普段から健康問題を相談できるような新たなコミュニティーを作ることだ。乳がん患者の支援には社会的な視点が欠かせない。

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    「ステージ4でも治したい」小林麻央さんの闘病記に感じた妙な胸騒ぎ

    大場大(東京オンコロジークリニック代表) 進行乳がんのため闘病中であったフリーアナウンサーの小林麻央さんの訃報が流れ、多くの方がショックを受け、まだ悲しみに暮れているのではないでしょうか。 病気が公になって以降、麻央さんが日々つづってきたブログから届くひとつひとつの声や言葉が、多くの人たちの共感を呼びました。また、がんという病気と日々向き合っている、スポットライトを浴びることのない多くの患者さんたちにとっても、大きな勇気や希望となっていたはずです。 一方で、がんという病気の持つ厳粛なリアルを強く実感させられた人も少なくないはずです。治ることが難しいがんを背負いながらも、愛する夫、子供、家族のために、1日でも長く、自分らしく生きたいと希望する麻央さんの営為の数々がブログにありました。自分のために始めたブログでしたが、今、ある気持ちが加わっています。それは癌 ステージ4=死に向かって弱っていくというイメージがまだまだ強いならば希望ある違うイメージも強くしたいということです。そして、もちろん弱っている日はありますがそればかりではない 日常を書いていくことで え? まだ生きてたの? と数年後にも言われたいです笑2017年4月5日『ありがとうございます』 麻央さんのブログを通じて、がんと上手に付き合っていくことの大切さ、クオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)を維持すること、全人的な痛み(ペイン)が癒されることなどの重要性が、一般の方々にも理解することができたのではないかと思います。 この世に生を授かった以上、死は必然です。しかしながら、「死ぬこと」「病にかかること」「老いること」について、自身とは関係のないものとして蓋を閉め、思考を止めてしまっている方は少なくありません。麻央さんは、死を意識することで「生きる」ことの本当の素晴らしさを教えてくださいました。謹んで、心からご冥福をお祈り申し上げます。 麻央さんが最期まで潔く人生を全うされた直後ではありますが、かねてから気がかりであった問題を挙げたいと思います。2016年9月のブログに、次のような「後悔の念」ともとれる吐露があり、私は変な胸騒ぎを覚えました。私も後悔していること、あります。あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかったあのとき、もうひとつ病院に行けばよかった あのとき、信じなければよかった あのとき、、、あのとき、、、2016年9月4日『解放』 15年9月に亡くなった女優、川島なお美さんの時もそうであったように、「必ず治りたい」と願いながらも、重要な意思決定を惑わしたり、足を引っ張る「エセ医学」の影響が、ひょっとしたら麻央さんの周辺にも忍び寄ってきたのではないかと感じたからです。がんを治す「うまい秘訣」などない 例えば、月刊誌『文藝春秋』が長年担いできたことで、がん患者に対してて大きな影響力を持つようになった近藤誠医師の言説に従えば、麻央さんのエピソードはどのように解釈されるのでしょうか。以下、推察となります。 「骨や肺に転移したから、彼女の乳がんは『本物のがん』だということ。早くに発見されたとしても、すでに転移していたはず。だからしかるべき治療をしても結果は同じであった」 「命を縮める抗がん剤は受けるべきでなかった。彼女は副作用に殺されたに等しい。私のやり方に従えば、苦しまずにピンピンコロリだったはず」私はステージ4だって治したいです!!!遠慮している暇なんてありません!!だって、先生にも私は、奇跡を起こしたい患者なんだって思っていてもらいたいです。だから、堂々と叫びます!5年後も10年後も生きたいのだーっ あわよくば30年!いや、40年!50年は求めませんから。だってこの世界に 生きてる って本当に素晴らしいと、感じるから。そのためにできることはやる。2016年10月3日『心の声』 すでに転移してしまった乳がんを抱えながらも、麻央さんは1日でも長く生きたい、治りたい、奇跡を起こしたい、と願い、一生懸命病気と闘い続けました。しかし、先の近藤氏に言わせると、それらはすべて無駄だということになります。 他にも、「食事療法でがんが消える」「免疫力でがんを治す」「がん自然治癒力アップ」のような、わらにもすがりたい心理につけ込むエセ情報が氾濫しています。しかしながら、現実的にはそのような「うまい秘訣(ひけつ)」は存在しないのです。婚約発表の記者会見で市川海老蔵さん(左)と見詰め合う小林麻央さん=2010年1月、東京都内のホテル 麻央さんの話に戻りますと、きっかけは2014年2月、夫の歌舞伎俳優、市川海老蔵さんとデート気分で受けたはずの人間ドックでの出来事です。乳腺エコー検査で腫瘤(しゅりゅう)の指摘があり、精密検査が必要と判断された麻央さんは、紹介を受けた大きな病院で再検査を受けたそうです。「人間ドックの先生には、五分五分で癌と言われたのですが、生検はしなくても大丈夫でしょうか」と聞いてみると、「必要ないでしょう、授乳中のしこりですし、心配いらないですよ。半年後くらいに、念のため、また診てみましょう」と言われました。2016年9月11日『再検査』何気なく、胸元から手を入れて、左の乳房を触りました。どきっ。いきなり本当にパチンコ玉のようなしこりに触れたのです。なんだこれ。心臓が音をたてました。何度も何度も触り直します。やっぱり、ある。2016年9月13日『しこりの発見』なぜ標準治療に背を向けたのか そして、再検査から8カ月が経過した10月、麻央さんが気付いたしこりをきっかけとして、腋窩(脇)のリンパ節にも転移がある乳がんと診断されたのです。こんな時は、ただひとりの女性になって、主人の胸ででも泣きたいけれど、やっぱり思いっきり笑顔のママになって両手を広げた。飛び込んできた娘と、遅れてたどり着いた息子を抱きしめながら、この子たちのママは私ひとりなんだ、という喜びと怖さに、心がふるえた。絶対治す!と誓った。2016年9月18日『大事な家族』 さらに、担当医師から治癒を目指すための標準治療の説明も受けています。治療法のひとつのホルモン療法は五年間に及ぶので、妊娠出産を望むのならば、抗がん剤治療→手術→放射線治療の後、ホルモン療法の前に、タイミングを考えることができるかもしれないこと、を、私の場合は、説明された。(乳癌のタイプや状況によって、治療法や順番も違うと思います)2016年9月21日『出産や妊娠について』 麻央さんは、海老蔵さんとお二人だけで次のように前向きな気持ちも確認し合っています。夜景が綺麗なホテルだった。「絶対大丈夫!治そう!」そんな話をしたと思う。「悲しいね」主人がポツリと言った。夜の部の公演が終わるのを待って、一緒に家に帰ることにした。それまでの間、やはり、お腹はすいたので、ルームサービスで銀鱈定食を頼んだ。完食した。美味しかった。涙はでなかった。あの日のジェノバパスタとは全然違う!と思った。自分の中で少しずつ覚悟ができていた。2016年9月26日『ルームサービス』 愛する家族のためにも「絶対に治す」という強い決意がありながら、時系列として最初に乳がんと診断されたタイミングで、なぜしかるべき治療を受けることがかなわなかったのでしょうか。私が 治療に背を向けたとき母も叫びました。「死ぬ順番を守りなさい。お母さんが死んだとき、まおに口紅をぬってほしい!」と。私を産んでくれた 母の言葉です。父には「人間誰しも最後は天命を待つのみだけれど、それまでは不屈の希望であきらめないこと」と言われています。父らしい言葉です。2017年4月1日『“新年度スタート”姉、そして父と母』 なぜ、治るためにもっとも確度の高い標準治療に背を向けてしまったのでしょうか。そして、なぜ海老蔵さんはその意思決定を認めてしまったのでしょうか。治ることを目標に、なぜ導けなかったのか 最初に乳がんと診断された日から数えて約1年8カ月がたった16年6月9日に、海老蔵さんの記者会見によって、麻央さんの病気が公のものとなりました。その時にはすでに病気は進行し、かなり深刻な状況であった様子が伺えました。  「あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった」「あのとき、信じなければよかった」。そのように麻央さんの口から漏れ出てしまう自責の念、後悔の念には今でも心が痛くなります。 がんという病気は不確かなことが多く、いくら最善が尽くされたとしても、必ずしも期待通りの結果が得られるわけではありません。絶対確実な治療やゼロリスクなどもありません。 そうだとしても、利益と不利益を勘案しながら、治ることを目標(ゴール)としてベストを尽くす方向に、なぜ麻央さんを導いてあげることができなかったのでしょうか。もし当時、出会った医師との間に信頼関係が築けなかったとしても、セカンドオピニオンなどでいくらでも方向修正が可能であったはずです。  「この子たちのママは私ひとりなんだ、という喜びと怖さに、心がふるえた。絶対治す!と誓った」。本当は治せたかもしれない麻央さんの乳がん。それを後戻りのきかない状況にしてしまった関係者。そのような状況になるまで見過ごしてしまった関係者。それらには強い憤りを感じざるをえません。 先日、インターネット上に横行する虚偽・誇大広告を禁ずる改正医療法が成立しました。しかし、そのような対処はあくまでも広告のあり方に対するものです。現状、日本では、倫理やモラルの観点から「エセ医学」そのものを裁くような法的規制はありません。 したがって、科学的根拠の乏しいモノを「医療」と称して商売をしている関係者は、欧米のように法のもとで裁かれたり、資格免許が剝奪されるようなことはほとんどありません。翻ると、わが国は先進諸国の中でも世界一「エセ医学」に寛容だということです。麻央さんのエピソードを決して無駄にしないよう、一人ひとりが自身の死生観を顧みながら、賢いがんリテラシーを身につけて欲しいと願います。

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    小林麻央さんの闘病が共感されても日本で「がん告知」が進まない理由

    に。だって、人生は一度きりだから。 この前向きな言葉が共感を呼び、多くの人を巻き込んでいったのです。芸能人の方のブログ、みなさんへの影響力はとても強いものです。そう、一緒にがんばろうという気持ちを読むものに奮い立たせてくれます。そして今回読み手だけではなく書き手にも良い効果が出たことは間違いありません。 そして麻央さんのブログの特徴は、厳しい戦いであることをみんながわかっていたのに、それでも笑顔を絶やさず、そしてたまに弱音を見せてくれる人間としてのありのままの純粋さを見せてくれたことです。こんな純粋な人、今時そうはいないでしょう。だからこそ250万人の読者を得たのだと思います。 ただ、医療者として分析すると、今回の麻央さんのような最期を迎えることができるかといえば、厳しいでしょう。患者と家族、医療がうまくかみ合った成功例 今回の麻央さんのような在宅における周りのサポートは正直一般の家庭では難しいからです。麻央さんが若かったことで親が看病できたという部分もあると思いますし、核家族ではないという点でもそうです。 他の大部分の家族ではおそらくサポートしようとすると家族がつぶれてしまうことも予想されます。BuzzFeedのこの記事における「仕事をしましょう」という主治医のおせっかいな言葉はまさにそれを表しています。そして献身的看病のため体調を壊す姉の麻耶さんの存在もこの在宅が維持できた一つの理由でもあります。 また、緩和医療の主治医の「がんの陰に隠れないで」という、この言葉で麻央さんがブログを始めたと書かれています。がんの治療はそれこそ麻央さんが望む完治を目指すと言ったものではなかった可能性が高いですが、それでもモチベーションを保つため症状の緩和を主眼とした姑息(こそく)的手術、適応外の放射線治療など、がんの発表後1年生存できたのは病院の麻央さん個人に対応する医療レベルがかなり高かった可能性があります。  そして最後の入院の際、今にも亡くなりそうであった麻央さんは奇跡の復活を迎えます。その時に家に帰した病院の対応、思い切りも正直素晴らしいものです。実際家に帰した後すぐに命を落とすことで訴えられた病院も多数存在します。 この点でも患者、家族、医療がうまくかみ合い、同じゴールを目指していたと思います。ただこの東京での優れた医療が地方を含めて行えるかは、まだ無理と言っていいでしょう。小林麻耶さん(左)と麻央さん=2014年10月、東京都墨田区 人間が当たり前と思っていた「明日」。毎日ただ生きていた人間にとって、それが約束されていない彼女の記録は日常のありがたさ、命の輝き、尊さなどいろいろ思いを気付かせてくれたでしょう。その中でも家族を大切にする彼女の記事は癒やしになったと思います。   子宮がんサバイバーでもあるタレント、原千晶さんのブログからです。 「さらけ出す覚悟」 誰かのために。誰かのために生きる事 それが、自分でも信じられないくらいの力を生み出すことを、がんを経験して知りました。 麻央さんを含め、がんサバイバーのみなさんは、この言葉を伝えたいのだと思います。 教科書的な緩和医療は「傾聴・共感・受容」ということばで患者の痛みを和らげるとされています。ただ、それは医療者だけでなく家族の支え、社会の理解があって初めて成立するものです。そしてこの言葉はがん患者だけに当てはまるのではなく、苦しんでいる人間にとって全てに当てはまるものです。 他人となかなか気持ちを共有できない時代、他人のサポートがなかなか得にくい時代、そして無償の「愛」を与える麻央さんだからこそ得られたこの250万人の読者。今後、悩んでいる読者が減少し、こんなにたくさんのフォロワーを出さないこと、医療体制を含めた整備が麻央さんの望みなのだと思います。

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    中居正広の裏切りとジャニーズへの「忖度」

    ていたリーダー、中居正広のジャニーズ残留が決まった。他の3人への「裏切り」とも揶揄されたが、どうやら芸能界特有の複雑な事情もあったようで…。

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    「義理と人情」日本的価値観を体現したSMAP解散劇

    表したコメント さらに各社の報道では、独立した3人がSMAPの元マネージャーである飯島三智氏とともに芸能活動を継続するとの観測も流れている。一方で、ネット上では、独立する3人が現在出演している番組の打ち切り情報も流れて、今後どうなるのかまだわからないことが多い。もちろん事務所に残る中居正広、木村拓哉のふたりのこれからも気になるところだ。 そしてSMAPが解散したのみならず、そのメンバーが同一の会社組織から離れてしまうということは、企業ベースでみたときのSMAPブランドの終わりということにもなる。もちろん我々の心の中のSMAPに終わりはない。だが、再結成も含めて、五人で集まる姿を見ることは、日本の芸能市場の閉鎖的なあり方からみれば、もう不可能である。残念だ。 SMAPは私たちの時代を象徴できたただひとつのアイドルグループだった。いや、アイドルグループという狭い縛りよりも広い意義をSMAPは担ってきた。評論家の中川右介は「それなりに長い平成という時代、ずっとトップの地位を保っていたのは、天皇とSMAPしかいない」(『SMAPと平成』朝日新書)、と述べている。それほど平成という時代とSMAPは一体化していた。中川は、SMAPの役割を日本の芸能史の劇的変化としてとらえ、天皇陛下と同様に「国民統合の象徴」にまでなったと断言している。「夜空ノムコウ」が映し出したもの 中川と同様に、SMAPはその代表曲「夜空ノムコウ」を歌うことで、平成という漠然とした不安の時代の中で、昭和という過去でもなく、平成という現在でもない、「雲のない星空」を指し示す存在だったと、社会学者の太田省一は指摘している(『SMAPと平成ニッポン』光文社新書)。 天皇陛下が退位の希望を述べられ、それをうけて「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立したばかりだ。3年以内の退位が条件づけられているが、いまのところ来年末をもって平成は終わると目されている。SMAPの活動もこの平成の世の始まりと終わりと本当に連動していて、時代の運命というものを実感させる。 平成という時代は、太田が指摘したように「漠然とした不安」の時代であった。グローバリズムの拡大、長期的不況の出現、阪神淡路大震災や東日本大震災、オウムサリン事件などのテロ、そして周辺国との安全保障上の緊張の高まりなど、新しい「不安」は常に私たちの生活に伴っていた。この不安の時代、いつSMAPは国民的アイドルになったのか、という問いを、評論家の矢野利裕は提起している(『ジャニーズと日本』講談社現代新書)。 阪神・淡路大震災が起きたとき、テレビ朝日系音楽番組の『ミュージックステーション』で「がんばりましょう」を歌唱し、国民の感情に寄り添ったときだろうか。あるいは21世紀の経済停滞の引き金を本格的にひいた1997年の金融危機の翌年に、「夜空ノムコウ」で不安の先にある希望を示してくれたときだろうか。または、長期化する不況の中で、自殺者が激増し、リストラや不正規雇用の激増など、人間が人間であることを企業社会から奪われつつあった2003年に、「No.1にならなくてもいい/もともと特別なOnly one」と、私たちの多様性と個々であることの素晴らしさを歌った「世界に一つだけの花」のときからだろうか。 その答えは難しい。まるで神話の始まりがいつなのか、客観的な分析を拒むのに似ている。私たちの心の中でいつの間にか共通の「物語」として織りなされていた。これをノーベル経済賞経済学者のトーマス・シェリングは「心の消費」の活動として分析している。テレビなどのメディアで目にする様々な偶像(アイドル)に、自分と切っても切り離せないものを感じることで、アイドルに生命を吹き込む。その心の消費がさまざまな人々のネットワークで強固に結びついたときに、アイドルはアイドルを超えて、国民の統合にさえなるのだろう。打算だけでは図れないSMAPが持つ日本的価値観 矢野によると、ジャニー喜多川はアメリカの視線で日本の芸能人を見るべきだと考えていたという。ジャニー喜多川は、アメリカの芸能人とは「芸術家」のことであり、その活動は社会的に尊敬されているという。SMAPは、このジャニー喜多川の願いを超えて、日本の文化の根幹にさえなった、と言ったらおおげさだろうか。 SMAPのCMや出演番組が、「ポスト団塊ジュニア」の消費モデルとなったことは、その世代に完全に属するライターの速水健朗らの分析によって明らかにされている(速水他『大人のSMAP論』宝島社新書)。SMAPのメンバー自体の多くは、正確にはこのポスト団塊ジュニアよりも若干上の世代だ。つまり「兄」としてポスト団塊ジュニアたちの生活モデルとなったのだろう。SMAPが日本の文化の根幹になるに際して、日本の人口でも団塊世代に次いで巨大な層であるポスト団塊ジュニアを魅了した点は大きいだろう。 他方で、SMAPはまた旧来の日本的価値観ともいえる「義理と人情」にも大きく規定されている(松谷創一郎『SMAPはなぜ解散したか』SB新書、にも同様の指摘がある)。これは今回の5人の去就が必ずしも経済的合理性、よりわかりやすくいえば打算だけではまったく測れないことにもある。 今回、事務所を出ていく3人は、観測報道が正しければ、彼らを成功に導いた功労者のひとり、飯島氏と行動をともにする、という。ただでさえ独立することは、日本の閉鎖的な芸能市場では困難に直面する。しかも誰がどうみても今回のSMAP解散劇は、またジャニーズ事務所の内紛であった。その意味では、芸能界での「忖度」が強く働き、出ていく3人の芸能活動を著しく制約してしまうかもしれない。1989年1月7日、新元号「平成」を発表する小渕恵三官房長官=首相官邸 だが、あえて彼らがその選択をとったのは、「義理と人情」であったろう。また残るふたりの思いも、また同様だと、筆者は信じている。出ていく3人と同じく、残るふたりもまた彼らを育ててきたジャニーズ事務所への「義理と人情」ゆえに残ったのかもしれない。あたりまえだが、人は打算のみでは生きてはいない。そしてそのことを、SMAPは平成の世を通して、私たちに訴え続けてきたではないか。 平成の世もまもなく終わる。そして組織の中のSMAPもまもなく完全に終わる。だが、SMAPは平成を超えて、その先ノムコウを行くだろう。

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    中居正広がジャニーズに残留しても「SMAP再結成」は有り得ない

    )破りの人が出てくるのに、ジャニーズの問題になるとファンをないがしろにして、完全に統制されてしまう。芸能はエンターテインメントである以上、ファンがあっての世界だから、私自身がおかしいと思ったので伝えたわけです。解散のときにもフライングでツイートしましたが、SMAPファンからは「本当に大丈夫か」「デタラメ言うな」「アイドル評論家辞めろ」と反発があり、ツイッターが少し炎上しました。でも、解散発表が出て私が言っていることは事実だと分かってくれました。 SMAPは戦後、最も偉大なアイドルグループだと私は思っています。28年間トップを走り続けるグループなんて、芸能界を見渡しても歴史上ありません。そのグループが解散するというときに、彼らの記者会見もインタビューもなく、ファクス1枚のペラだけが送られ、芸能担当記者が黙ってそれを記事にするなんて信じられません。SMAP解散という事実より、真相が見えてこないことにファンはいらだちを隠せないというのが本音なのではないでしょうか。 そういう意味では今回も同じです。先週、『週刊新潮』にSMAP独立の記事が出たとき、ファンは本当なのかヤキモキしていたわけです。スポーツ各紙に情報が一斉解禁されても、ジャニーズからのファクスとジャニー喜多川社長のメッセージがあるだけで、結局本人たちのコメントはどこにもありません。私もスポーツ紙やワイドショーを確認しましたが、中居正広のジャニーズ残留についてスペースを割いているだけでした。「SMAPを存続させたい」「大物スポーツ選手に説得された」などとの報道もありましたが、現時点ではそれが真実かどうかも分からない。だからこそ、一連の記事は事務所サイドの承認を得て報じられたものだと、ファンも半信半疑なんだと思います。再結成はもうありえない ジャニー喜多川さんのメッセージにしても、ツイッターを検索してみると「『3人』と書かれていたけど名前すら書いていない」と失望しているファンもいて、実はファンの間でも賛否両論なんです。ジャニーさんは、SMAPや独立する3人への思いがあってメッセージを出したのかもしれませんが、ファンは繊細な気持ちでもっと深い部分まで見ているんだと私も改めて気付かされたし、ネット反響のすごさを思い知らされました。でも、テレビのコメンテーターは「感動した」と言うばかりで、同じことを言えといってもきっと言えないでしょうね。 私はジャニーさんを尊敬しているし、すごい人だと思っていますが、実を言うと顔も知らないし、声すら聞いたことない。メリー喜多川副社長や元チーフマネージャーの飯島三智さんもそうですが、名前しか知らないんです。SMAPの独立は芸能界を揺るがす騒動にもかかわらず、ジャニーさんやメリーさんに芸能記者が直撃取材した形跡はどこにもない。テレビ各局の立場で言えば、ジャニーズタレントを起用した番組がいっぱいあるもんだから、仮に事務所を敵に回せば番組自体が成り立たないことは容易に想像できます。でも、事務所関係者でさえ記者会見をしない状況には、ファンがどう思っているのか。私自身疑問に思っています。 当初は「独立派」だった中居がジャニーズ残留を決めたことは理解できます。他の3人と比べてレギュラーの数が明らかに多いし、何より彼は日本屈指のバラエティー司会者でもあるのです。ゴールデン番組でお笑い芸人や俳優を相手に仕切ることができるタレントは、ジャニーズ内でもほとんどいないでしょう。現在のレギュラー番組を降板してまで事務所から独立するということになれば、制作局や制作会社のスタッフ、タレント、スポンサーにまで重大な影響を及ぼすので、彼の心中で「忖度」したというのが真相なのかもしれません。ただ、残留を決めた以上、毎年この時期になれば、独立か否か憶測を呼ぶことになるでしょうから、これからも苦悩は続くでしょうね。 SMAP解散もそうですが、芸能界は変わりつつあります。今はインターネットの中でも世論が形成されていて、あわよくば「SMAPが再結成してくれるんじゃないか」という一縷(いちる)の望みがファンの間で広がっています。確かに、中居が残留したことで、SMAP再結成の観測記事もありましたが、私に言わせればそんなことは絶対に有り得ない。SMAPはもう完全にグループとして「消滅」したんです。2016年8月14日、SMAP解散を報じるスポーツ各紙(竹川禎一郎撮影) 完全に終わったという意味では、昨年1月にSMAPが解散騒動について、出演番組で謝罪した「公開処刑」がそのタイミングだったと思います。あの日本で最も偉大なアイドルがファンの前で無残な姿をさらし、それを事務所側がおぜん立てまでしてしまった。国民的アイドルグループとして、本当に情けない場面でした。あの姿を見て、ジャニーズ事務所の後輩グループはチャンスに思うどころか、むしろ絶望感を覚えたと思いますよ。それぐらい衝撃的な出来事だったと思っています。20年続いた番組が移籍で終了する「おかしな話」 さて、ジャニーズを離れる3人の今後の芸能活動ですが、常識的に考えて今まで通りにはいかないでしょう。既に香取が司会を務めるテレビ朝日系『SmaSTATION!!』の9月終了が報道されていますが、20年も続いた番組が事務所の移籍に伴って終了するというのは、本来おかしな話ですよね。(イラスト・不思議三十郎) 確かに、新人や駆け出しのタレントが独立を画策して、業界から干されるというのは芸能界では珍しくありません。でも、芸能プロの論理からすれば、タレントの売り出しに莫大(ばくだい)な投資をしているのに、売れ始めた瞬間に事務所を辞められてしまったら、とんでもない損失です。個人の都合で移籍すれば、1年間は芸能活動を控えるという「暗黙の協定」が業界内の常識であるというのはある意味当然なのかもしれません。でも、四半世紀以上芸能界のトップに君臨したSMAPのメンバーを同等に扱うのは少し違います。彼らは言うなればタレントではなく、「アーティスト」というべき存在なのです。米国であれば、所属タレントを管理するエージェントは出演や金額など交渉業務を代行するだけなので、事務所を辞めれば出演番組が打ち切りになるという理屈は、理解できないかもしれません。 3人の今後の芸能活動が、今まで通りに行かないことは芸能界の慣習から言えば当然ですが、それでも彼らが「新しい形」を模索してくれるんじゃないかとの期待もあります。仮にテレビ出演が難しくても、映画や舞台だってあるし、芸術家や小説家の道だってあります。彼らは誰もが認めるマルチな才能を持っているのですから、いかなる険しい道が待っていようとも、偉大なアイドルグループを支えたメンバーとして、これからも活躍してくれるはずだと思っています。(聞き手 iRONNA編集部、松田穣)なかもり・あきお 昭和35年、三重県生まれ。80年代からさまざまなメディアでサブカルチャーを論じる。「おたく」の名付け親として知られる。著書に『アイドルにっぽん』(新潮社)『東京トンガリキッズ』(角川文庫)など多数。近著に『アイドルになりたい!』(筑摩書房)。

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    香取、草彅、稲垣の独立を許したジャニーズの思惑を私は知っている

    がいなくなるとそりゃあ事務所もそれなりに影響がでますからね。(イラスト・不思議三十郎) ジャニーズは芸能界という世界では大企業以上の省庁みたいな存在になってしまった。例えて言うならSMAPクラスは事務次官ですかね。辞めてどこかへ行くときは「天下り」なんですよ。元SMAPメンバーはなんといってもブランド力がありますから、フリーになること自体がおいしい「天下り」みたいなものです。 だって、今までジャニーズだから制限されていた仕事を何でもしがらみなくできますからね。光GENJIと比べ物にならないのは言うまでもありません。稼ぎが半端じゃないですから。正直元SMAPメンバーは仕事を10年休んでもなんともない。なぜ、仕事を続けるかといえば、自分の地位を維持しておきたいという願望だけです。 そもそも中居の「裏切り」だとか騒いでますけど、本当は5人ともビジネスライクの付き合いでしかない。本当の友達じゃないですから。一部報道で「慎吾が中居に残留を勧めた」とかありますが、事務所を離れる3人からすればどうでもいいことなんですよ。 慎吾らは自由になりたいがために芸能界を辞めてもいいというぐらいの勢いで事務所に迫ったから、ジャニーさんもあきらめたんです。そういう状況に対して、ジャニーさんは、面倒くさがりなんで、「そうなのか」で終わりです。もめているときは「YOUたちなんとかならないの?」とか言ったでしょうけど、もうどうでもいいんです。 言葉ではジャニーさんはみんな自分の子供たちのように大事だと言いますが、結局ジャニーさんの夢を全部叶えたのは光一と滝沢なんですよ。観客の目の前で、本当の実力があって歌って踊れてということができるのはその2人で、それはSMAPも嵐もできないんですよ。この60年のジャニーズの歴史の中でこの2人はずば抜けている。ビジネスとして中居は大切ですけどね。心底大切に思っているかどうかは別ですね。 だからビジネスとして稼いでくれたSMAPは、その意味で大切に思っているけどジャニーさん個人の思いとしては光一と滝沢に勝る者はいないんです。 慎吾ら3人は芸能界から干されるとか心配する人もいますが、それはないですね。元マネジャーの飯島三智さんのところに行って、むしろ安いギャラでもいろんな仕事を引き受けることになりますから。  それこそ、テレビ関係者や他の芸能事務所が、事務所を出た慎吾ら元SMAPのメンバーを使いづらいとか思うのは、まさにジャニーズ事務所への「忖度」であって、本当は何の横やりも入れないですよ。ジャニーさん本人が言ってましたよ、「僕が出て行った人たちを使うなとか、そんなこと言ったことは一度もない」ってね。(聞き手・iRONNA編集部、津田大資)

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    香取慎吾 「解散ネタ」出るかもと中居との共演を心配してた

    「朝からずっと(番宣に)出ているんですけど、今の時間がちょうど眠いですね!」。4月24日、『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)がゴールデンに移って再スタート。生放送の冒頭でこう笑いをとって、ソツのない司会ぶりを見せた中居正広(44才)。ところが、同じ生放送でも香取慎吾(40才)の『SmaSTATION!!』(22日、テレビ朝日系)にゲスト出演した時はいつもと様子が違った。東京・六本木のテレビ朝日本社 SMAP解散後、初めてのメンバー同士のテレビ共演とあって現場は緊張ムード。そんな中、中居は登場するやいなや、香取の隠し子騒動をイジると、香取も「友達の子だって。いいんだよ、それはもう!」と、からかってくる“長男”に“末っ子”が必死に言い返すやり取りは相変わらず。 VTR中も香取にしきりに話しかける中居は、「シーッ! 生放送だからこれ!」と叱られ、苦手な食材の食レポをすると「グチャッとしたのが嫌なんでしょ?」と香取につっこまれ、笑いあう。 終盤にはお互いを「ふざけてる感じがあるんです」(中居)、「ゲストは超下手!」(香取)と、多少のぎこちなさを見せながらも、その“ツンデレやり取り”に気が置けない関係がうかがえた。その舞台裏を番組関係者が明かす。「2人の共演は4月15日に発表されましたが、実は中居さんがゲスト出演することは4月頭には内定していました。発表が遅れたのは、中居さんがやる気満々の一方、香取さんのテンションが意外と低かったからです。どうも中居さんが解散を笑いのネタにするのではないかと心配だったようなんです。いくら仲がいいとはいえ、年下の香取さんが先輩の中居さんにアレコレ注文をつけられる立場ではないですから…。さすがに解散ネタは出なかったものの、『隠し子騒動』の話がいきなり出たので冷や汗が出ました」 昨年は2人で熊本地震被災地への炊き出しに行くなど親密な仲ながら、先輩後輩の気遣いはあるようだ。『スマステ』では生放送前に、後日放送する総集編で使うために、大下容子アナ(46才)も交えたゲストとのトークの収録が行われる。「セットの椅子に座るよう促されると、改まった雰囲気になることに照れたのでしょう、中居さんが『いやだよ~』と笑いながら拒否したんです。そうしたら香取さんが『みんなやってるんだから、ほら、中居くん』と。弟キャラの香取さんがお兄さんキャラの中居さんに言い聞かせる様子がおかしくて、スタジオからは笑いが起きました。もちろん中居さんもちゃんと座って、トークの収録に参加していましたよ」(前出・番組関係者) 25年ずっと一緒だった仲間と、4か月会わずに久々の再会。気恥ずかしいような、照れるような、ちょっと脇の下に汗もかきそうな雰囲気になるのは、わかる気もする。関連記事■ 山下智久、32才の誕生日に石原さとみと原宿デート■ 萬田久子 マネジャーとの熱い夜に冷水浴びせた薬物事件■ 香取慎吾と恋人の関係、「SMAPと恋」の苦難と悲哀を象徴■ 貴乃花長男の結婚相手 清爽な雰囲気の黒髪美女の写真■ 中居正広の恋人・武田舞香 木村拓哉に厳しいダンス指導

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    木村拓哉「中居ジャニーズ残留」に複雑心境も大人の対応

    は1億円ほどで、きっちりお給料ももらっています。彼らの行動は筋が違うのでは、という声も聞こえます」(芸能関係者) 彼らの決断を木村はどう受け止めているのか。5月18日(現地時間)にカンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いて以降、芸能生活を始めて以来という長期休暇に入っている木村。最近は美容院を変えたり、家族でカフェで食事をする姿が目撃されている。 その休暇中に独立の意思を見せた元メンバーの動向について、「木村さんは複雑な心境では」と語るのは木村を知る関係者。「事務所への恩義と家族のために残留を決意し、4人に『5人でやっていこう』と言葉を懸命にかけていましたが、結局は解散という結果になり、世間からの風当たりが最も強くなったのは木村さんです。しかも、昨年末の焼き肉晩餐会には木村さんだけが呼ばれず、『木村対4人』の構図ができあがってしまいました。 木村さんとしては自分ひとりだけでも筋を通したつもりでしたが、しこりが残ったことは事実。今回、中居さんが残留すると言われて即答できない気持ちもあるでしょう。でもそこは大人です。解散してそれぞれが選んだ道で成功してほしい、と。木村さんのそんな態度もあったからこそ、事務所スタッフも違和感なくみんなの決断を受け止められたんだと思います」関連記事■ 稲垣、草なぎ、香取 9月でジャニーズ退社へ 中居は残留か■ 草なぎ剛、香取慎吾、稲垣吾郎 それぞれの心機一転■ 小出恵介の相手は17才シングルマザー 雑誌暴露に後悔も■ 渡辺謙 不倫報道で6億円自宅から荷物たたき出される■ 中居正広の恋人・武田舞香 木村拓哉に厳しいダンス指導

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    落語家の時代劇悪役はなぜ怖いのか 春風亭昇太、小朝も

     時代劇で落語家が演じる悪役ぶりが話題を集めている。NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』では、今川義元を演じる春風亭昇太が“怪演”と話題沸騰中。春風亭小朝もBS時代劇で演じる不気味な悪役で存在感を発揮している。彼らの“怖さ”の秘密について時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野さんが迫る。* * * 怖っ!! 大河ドラマ『おんな城主 直虎』で春風亭昇太演じる今川義元が出てくるたびに、そう思う人は多いはず。なにしろ、第一話で初登場の際には、ピロピロリ~と不協和音っぽい音楽に乗って、白いマントのような豪華な羽織をぶわっとさせて登場。その顔は、額には黒丸のような眉毛が描かれ、唇まで真っ白! 怖しい白カラスのような雰囲気だ。2016年12月18日、大河ドラマのトークショーで今川義元役の春風亭昇太さん(中央)と並ぶ、静岡市非公式のゆるキャラ「今川さん」 その義元は、目の前の裏切り者・井伊直満(宇梶剛士)を嫌な顔でにらみつけ、無言のままさっと手を挙げると、あっという間に家来たちが宇梶を抹殺してしまう。いつもの昇太なら、宇梶と目が合っただけでボコボコにされそうだが、今回は違う。しかも、人殺しを命じておきながら、白カラス義元は終始無言なのだ。 その後、ドラマの主人公井伊家の娘おとわ(後の次郎法師・直虎)を人質から解放する際にも、まったく声を出さず、扇をパサッとしただけで命令完了。家臣はそれだけで、おとわに「去ってよいとの仰せじゃ」と義元の言葉を理解するのである。テレパシーか。 しかし、これは絶妙な演出だ。視聴者はふだん『笑点』でお茶目でおしゃべりな昇太を観ているだけに、口を開かず、白塗りの義元とのギャップは強烈で怖い。威圧感もある。おまけに『笑点』では嫁がいないことをいつもネタにされているが、この義元は、かつて人質にされた井伊家の美女佐名(花總まり)を「お手付き」にしているのである。おとわの侍女の話では「それはもう何度も何度も」で、その挙句、飽きるとぼろのように「捨てた」という。これもギャップ…。 今川義元は、これまで大河ドラマでは、『功名が辻』江守徹、『武田信玄』中村勘九郎(中村勘三郎)、フジテレビの『女信長』では三谷幸喜、最近では『信長協奏曲』で生瀬勝久など、名優が演じてきたが、この昇太ほど不気味な義元はいない。『下町ロケット』で主人公の町工場を痛めつける非情な銀行融資係から、昇太の敵役はさらに進化した。 しかし、そんな昇太の前に「ちょっと待った!」とばかりに立ちはだかった先輩落語家がいる。NHK BS時代劇『雲霧仁左衛門3』の春風亭小朝だ。小朝は主人公・雲霧仁左衛門(中井貴一)に裏金を奪われ、彼らに復讐をしようとあの手この手を考える藤堂家の家老・磯部役。悪の黒幕だ。ただし、こちらは昇太義元とは対照的。密談をするため、商家の座敷にわざわざ駕籠で乗り込んだり、悪だくみを思いつくと、「ふふふ、面白くってきたぞ」と、池の鯉のエサの麩をバリバリと握りつぶしたり。冷たい顔をした殺し屋剣豪(板尾創路)に指示したり。いかにも悪役。何を考えているのかわからない義元とは違って、わかりやすいのである。 昇太はトレードマークのメガネをはずすと別人のような怖い顔になり、小朝はやはりトレードマークの金髪を封じると悪役に。ふたりの不気味顔対決は、あと少し続く。今のところ、義元の不気味さが勝っている気がするが、最終対決に向けて、「微笑みながら悪い事を考える」小朝家老が何を仕掛けるか。目が離せない。関連記事■ 落語が本業の『笑点』メンバー 高座が一番面白いのは誰か■ 藤原紀香 愛之助も出演する新ドラマで新米バスガイドに挑戦■ オタク少年からイケメン噺家に転身した春風亭昇々■ 春風亭昇太ひたすらなバカバカしさがナウなヤングにバカウケ■ 朝ドラ新ヒロイン波瑠 純白の衣装で伏し目がちな美しい笑顔

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    ロンブー淳がまた吠えた!「芸能コピペ記事はヤフーにも責任がある」

    、やっぱこういう表現方法はいいなって思うよ。 出版にいたるまでにいろいろあったけど、腹が立ったのは「芸能コピペ記事」ってやつ。もう2年くらい前だけど、僕がラジオでTBSの情報番組「王様のブランチ」を「嫌い」って言った部分だけがネットニュースで流れてね。ラジオって密室の中で独特の空気感ができるんですよ。ラジオというメディアでしか表現できないものがあるでしょ。その中で話の流れとかあってそれをきちんと伝わるように文章にするって絶対無理なんですよ。 それなのにその「嫌い」って部分だけを切り取ってセンセーショナルな見出しつけてね。本来なら記事って読者にとって有益なものを出してお金を稼ぐ仕事じゃなきゃだめでしょ。とにかくクリックさえさせればいいっていう出す側はメリットあるんだけろうけど、あまりに一方的すぎるよなって。そんなに書きたいならちゃんと取材に来いよって思っちゃう。 この前もうちの相方の田村亮が大手事務所を批判したときも、亮さんになんかいいましたかって聞かれたんで、僕が注意したことを言ったけど結局、「淳が亮に説教」みたいなことになっちゃった。僕は説教のつもりなんかないし、こういうこと書いちゃう記者ってほんとに何も考えてないんだって思うね。 まあ、コピペ記事っていってもいろいろあるんだよね。テレビやラジオの発言を切り取るやつと、テレビ見ないでラジオも聞かないでネットに出ている記事をつなぎ合わせるやつとかね。ありもしないし、本当かどうかもわからないネット情報を組み合わせてあたかも言ってるような記事をつくる憶測コピペ記者は本当に勘弁してほしいね。「会って話せば意図が正確に伝わる」 僕は芸能コピペ記事が大嫌いだけどすべてを否定するわけじゃない。そもそも僕は容認もしないから、せめて抗っておこうと思っているだけ。ただ、何がおかしいかと言えば、僕らがツイッターやテレビ、ラジオなんかで言ったことが捻じ曲げられてネットとかに流れると、そっちの方が大手ニュースサイトとかに乗っかるから、すごい勢いで拡散する。真実は僕のツイッターの内容なのに、作られた記事の方が世の中にたくさん流れて、それが「事実」になっちゃう。それってどう考えてもおかしいじゃん。 やっぱ僕の基本にあるのは、ちゃんと会って話すれば印象はきっと変わるし、意図も正確に伝わるって思うんだよ。だからできるだけ人に会いたいし、直接話したいって思ってる。 ツイッターでよくケンカしていた時期があって、第二次世界大戦のことで、僕が戦後70年たって日本はいつまで謝り続けないといけないのかっていう趣旨のこと書いたら、「戦争のこと良くわかってない」、「知らないくせに偉そうなこと言うな」とか返された。 会ったこともないのにすごい言葉遣いだなって、よくそんなことまで言うなって思ったから、ダイレクトメッセージで直接話しませんかって電話番号教えたんですよ。それで電話で話したらすごい丁寧な話し方だった。僕のツイート内容に認識不足があったから言葉使いが悪くなってしまったって言ってたよ、52歳の男性でしたけど。 要はその男性はツイッターで批判してきたときは匿名なんですよ。匿名だからあんなひどい言い方で批判するだろって指摘したら、謝ってね。それで僕も謝って、世界大戦のことで今後知りたいことがあったら連絡してもいいですかってお願いしたら、「いいですよ」って言ってくれて。直接話をしたことでそこに何かが生まれたことを感じたんですよ。 とにかくフェアじゃないことが嫌い。僕がちゃんと顔や名前出して発信したことに匿名で言うのってそもそも土俵が違うだろってこと。誤解してほしくないのは、「2ちゃんねる」とかで言い合う場は、たとえ芸能人を誹謗中傷しようと互いが匿名だからフェアなの。 「保育園落ちた死ね」なんてのは、匿名性があったから出てきた話で、それで世の中が動いたんでしょ。だれが発信したかわからない中で、ちゃんと名乗って発信している僕ら個人に暴言浴びせてくるのはフェアじゃないって思うんですよ。 だから取材もそうですよ。記者も直接会って話を聞いてくださいよ。可能な限り時間取りますから。そしたら憶測記事はだいぶ減ると思いますよ。僕は基本的に人間が好きなんで、僕を誤解している人に極力会いたいと思っているんです。 大げさだけど、1億2千万人が誤解しているなら、1億2千万の人と会いたいと思っているぐらい。そしたら誤解が解けて、淳っていいヤツじゃんって、変われば一番いいことでしょ。だから街ブラの番組でも、極力僕のことを嫌がりそうな人に声をかけるね。しゃべったらそんな感じの人なんだってテレビを通じて伝える僕と、直接会って伝わる僕はぜんぜん違うんだよね。「芸能コピペ記事はフェアじゃない」 何年か前に「芸能コピペ記事」を知ったとき、なんでこんなことするのって思って「逆に取材したい」ってツイッターで書いたら、「2ちゃんねる」を創設した「ひろゆき」さんから連絡あって会いにいったんです。 なんでネットニュースがテレビ見てスパッと記事が上がっちゃうかって聞いたら、スピード勝負なんだってね。アルバイトで雇われた記者がテレビ見ながら、我先にってね。一番最初に上げることによって「ヤフーニュース」が取り上げてくれる率が上がるって。「だからみんな取材する時間がないんですよ。それを理解してください」って教えてくれたんです。 ならば、それってヤフーニュースで記事を選んでいる人たちにも相当責任があるなって思って。どうやって記事を選んでいるんですかって聞いたら、最終的には二十数人のスタッフがニュースを見て、どれをトピックにするかを決めているみたい。 これを知って僕は記者だけでなく、その人たちにも名前をすべてさらしてほしいなって思いましたね。要は芸能コピペ記事も直接取材してないし、名乗ってもいないしフェアじゃない。「日本人失格」 田村淳・著集英社新書:本体720円+税 ヤフーの人に名乗れっていうのは、まあそれは無理でしょうけどね。ただ、きちんと取材して正確な記事を書く記者もいれば、メディアもある。だから一番早く上げた者が勝ちなんて環境は変わってほしいなって心底思う。 特にネット上には、本当に有益で質の高い記事とそうでない記事が入り混じっていてわからない。なんか色分けとかでこれは「信用できる記事」とコピペみたいな「いいかげんな記事」を一目で判別できるようになったらいいな。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資、松田穣)

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    芸能コピペ記事なんていらない!

    く語ったのは、お笑いコンビ、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんである。彼の怒りの矛先は、世に氾濫する芸能コピペ記事の数々。その真意を尋ねてみると、現代メディアが抱える大きな弱点も浮かび上がった。

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    大川隆法の「イイシラセ」清水富美加に感じたシンパシーの遠因

    島田裕巳(宗教学者) 女優の清水富美加さんが、芸能界を引退し、幸福の科学に出家するということで大きな騒ぎになっている。「幸福の科学」に出家した清水富美加 幸福の科学は、宗教のなかでは一般に「新宗教」に分類されている。新宗教をいったいいかなる宗教集団としてとらえるかについては、学界でも議論があり、一時幸福の科学は新宗教よりもさらに新しい「新新宗教」に分類されていたこともあった。 新新宗教とは、戦後の高度経済成長が終わり、オイルショックを景気に低成長、安定成長の時代に入ったことを象徴する宗教のことである。 従来の新宗教が病気治しや「現世利益」の実現を約束するのに対して、終末論やそうした事態を乗り越えるための超能力の獲得を宗教活動の中心に据えるものが新新宗教であるととらえられてきた。 そうした新新宗教のなかで、1980年代後半からのバブルの時代に台頭したのが、幸福の科学であり、当時はそのライバルと言われることも多かったオウム真理教である。 幸福の科学が社会的に注目されたのは、1991(平成3)年のことである。その年の7月7日には、教団の総裁である大川隆法氏の誕生日を祝う「ご誕生祭」が東京ドームで開かれ、事前にテレビで相当に派手な宣伝が行われた。私も、実際にこの祭典を取材に出かけたが、急成長する教団の存在を社会に向かって強くアピールしようとするような内容になっていた。 ただ、その一方で、講談社の出版物が教団とその信者の名誉を甚だしく毀損する記事を掲載したとして、当時信者であった作家の景山民夫氏や女優の小川知子氏などが被害者の会を結成し、講談社に対して強硬な抗議活動を行ったことでも、この教団は注目されることとなった。 講談社に対しては、膨大な抗議のファックスが送られ、また、教団や信者が講談社などに対して億単位の訴訟が行われた。ちょうとこの時期は、オウム真理教が進出した地域で住民とトラブルになっており、両者あいまって、社会的な注目を集めざるを得なかった。麻原彰晃とは対象的な「育ち方」 おそらく、幸福の科学の存在が一般の人々に強く印象づけられたのは、この時期のことだろう。ただ、それ以降は、幸福の科学に関連してそれほど大きな話題や出来事はなかったので、若い世代になれば、今回のことが起こるまで、幸福の科学の存在自体を認識していなかったという人も少なくないのではないだろうか。 幸福の科学がオウム真理教と同じ時期に注目を集めたからといって、そのあり方や宗教としての中身は大きく隔たっている。ともに仏教教団であると称している点では共通するが、仏教に対するとらえ方も大きく異なるし、幸福の科学の特徴である大川氏の「霊言」のようなものはオウム真理教にはない。逆に、オウム真理教の最大の特徴であるヨーガの実践も、幸福の科学では行われていない。 オウム真理教が1984年という象徴的な年(ジョージ・オーウェルの近未来小説『1984年』や村上春樹の『1Q84』が思い起こされる)に誕生したのに対して、幸福の科学はその2年後の86年に誕生している。 総裁の大川氏は、東京大学の法学部を出たエリートで、その点でも盲学校しか出ていない麻原彰晃とは対象的である。ただ、大川氏の父親は宗教家であり、大川氏はその影響を強く受けながら成長した。その点で彼は、「教祖二世」なのである。 東大を卒業した大川氏は、大手総合商社のトーメン(現在の豊田通商)に入社するが、入社直前の1981年には、宗教体験をしている。それは、鎌倉時代の宗教家、日蓮の弟子の一人、日興の霊が降り、大川氏の手が勝手に動いて、「イイシラセ、イイシラセ」と書きはじめたというものである。 その後も、彼はさまざまな霊と交信を行ったとされるが、ここで注目されるのは、まず日興の教えを受け継ぐものは日蓮宗のなかで富士門流と呼ばれ、創価学会が、それこそ幸福の科学とオウム真理教のことが社会的に注目される1991年まで信奉してきた日蓮正宗につながるということである。 また、「イイシラセ」とは、キリスト教で言えば「福音」のことである。ここには、幸福の科学が、創価学会やキリスト教などの既存の宗教からさまざまに影響を受けていることが示されている。さらに、生長の家やGLAの影響もある。なぜ「覚悟」を求めたのか 大川氏自身は自らのことを「再誕の仏陀」ととらえているが、その再誕の仏陀は、幸福の科学の本尊である「エル・カンターレ」とも重ね合わされている。エル・カンターレに最初に言及したのは、GLAの開祖である高橋信次であった。幸福の科学の大川隆法総裁=2012年12月撮影 結局のところ、大川氏はトーメンを退社し、その後宗教家としての道を歩みはじめるわけだが、大川氏に降ったとされる各種の著名人の霊言ということが教団活動の中心に位置づけられている。 現在では、「守護霊インタビュー」と呼ばれ、信者に対して公開で行われている。それは、信者ならインターネットを通しても見ることができるし、追って書籍化され、一般の人間でもそれを読むことができる。 霊言や守護霊と言うと、一般にはおどろおどろしいものを感じさせたりするが、幸福の科学の霊言は、守護霊が本人の本音を語るというようなもので、公開の場では、守護霊の正体を聞き手となった教団の人間が追求していくというところがやま場になっている。それは、信者にとっての楽しみであり、守護霊インタビューはエンターテイメントの要素をもっている。 今回の騒動では、『女優清水富美加の可能性』という守護霊インタビューがクローズアップされたが、この本の前書きでは、大川氏自身が清水さん本人に対して「覚悟」を求めるメッセージを発しており、また、引退騒動に教団の幹部や弁護士が直接乗り出してきたことでも異例の展開を示している。 教団が、一信者のためにそれだけ積極的に出てきたのは、統一教会の合同結婚式をめぐって、元新体操の選手、山崎浩子氏の脱会騒動があったときくらいではないだろうか。 なぜ大川氏は、清水さんに覚悟を求めたのか。おそらくそこに、この騒動の根本的な原因があるのだろうが、清水さんも信者としては二世であり、その点で教祖二世の大川氏と重なる。そして、父親の影響が色濃いという点でも似ている。あるいはそこに、大川氏が彼女に対して強いシンパシーを感じた遠因があるのかもしれない。

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    【上祐史浩緊急寄稿】清水富美加が幸福の科学に「プチ出家」した意味

    た経緯を考えると、オウム真理教でも注目された若者が親から離れるという出家ではなくて、その逆に、むしろ芸能界から親の元に戻ったという意味で「入家」なのかもしれません。 この幸福の科学独自の「出家」制度は、1991年にオウム真理教と幸福の科学が、新新宗教として共に話題を集めた時から、私は聞いていました。そして、これが、出家に限らず、幸福の科学の特徴全体を象徴するものだと思います。つまり、オウム真理教は、いい意味でも悪い意味でも、初期仏教的に、ストイックで真面目「すぎる」のですが、幸福の科学は、オウムよりも「ゆるい」のが、特徴だと思います。そして、歴史上の様々な宗教が戦争やテロに至る場合にそうであるように、オウムは、真面目過ぎて、それが逆に災いして、事件を起こした結果となったというのが、私が田原総一朗氏とオウム真理教を振り返った共著の結論でもあります。 もちろん、これは、オウム真理教との比較の問題であり、幸福の科学も、社会に対して攻撃的な部分はありました。1991年には、教団を批判する記事を掲載した講談社への信者多数によるファックス攻撃が話題になりました。2009年に幸福実現党として選挙に出た際の教祖の言動には、マスコミが自分たちの候補者を具体的な根拠もなく不当に泡沫候補扱いしていると批判する言動があったと聞いています。また、知り合いの宗教学者によれば、数年前の時点でも、教祖の妄想的な陰謀論的な言説があったと聞いています。 しかし、大局的に見れば、教団は高齢化し、昔とは変わって、大分オープンになったという宗教学者の見解もあります。実際、宗教も、その他の運動も、若者が多い時には過激であっても、高齢化とともに穏便になっていくのが常だと思いますし、幸福の科学も例外ではないのではないかと思います。「悟り世代」と宗教 なお、清水さんは両親の影響で、若いころから信者として熱心に活動してきました。しかし、私がオウム真理教で経験したところでは、幼い時に、両親の影響で信仰を行い、反社会的な思想を一時的に形成したとしても、清水さんのように、一般の学校での友人とのふれあいや、芸能活動などの社会生活の経験が確保される限りは、本人の意思で、その影響は、解消され得ると思います。その意味で、清水さんは、親の影響で信者になったにしても、今現在も信者であり続けている以上、本人の性格や性質が、(善悪は別として)信仰に向いていたのだろうと思います。女優の清水富美加さん =2016年9月22日、東京都港区(撮影・高橋朋彦) さて、世間一般では、清水さんに対して、宗教自体を否定する視点から「洗脳から目を覚ましてほしい」という意見や、また、突然辞めて仕事を途中で放り出し迷惑をかけるという視点から「無責任である」である、という批判がなされていると思います。しかし、これに対して、一部の人からは、「批判しかできない人たち」「清水さんの気持ちを理解していない」といった反発もあるようです。これは、今日の同世代の若者のメンタリティが複雑であることを示しているように思います。 まず、1994年に生まれた清水富美加さんの世代とは、何の因縁か、ちょうどオウム真理教事件とも重なる世代です。彼らは、高度成長が終わり、オウム真理教の事件とその教団の崩壊と時期をほぼ同じくして、日本のバブル経済の崩壊が始まった頃に生まれ、その後のデフレの時代に育ちました。そして、一部には、ワーキングプアーという言葉から、最近は物欲が乏しい「悟り世代」という表現もあるようです。 よって、お金や名誉を求める従来の価値観が、必ずしも自分が生きる価値にならない若者が増えているのではないかと思います。すると、はなから主流の価値観が正しく、宗教を洗脳と断じる視点で批判すれば、望ましくない分裂が生じるかもしれません。実際、清水さんのコメントには、長年の葛藤があったことや、洗脳と思われることを予期しつつ決断したことが述べられています。 次に、突然辞める無責任さに関しては、私自身が、宇宙開発事業団の職員でありながら、オウム真理教に出家した時に経験があるので、その経験に基づいて考えると、おそらく彼女は、芸能事務所には、いくら話しても理解してもらえない中で、仕事の整理をつける一定期間、それに耐えることが、非常に辛く感じられたのだと思います。私の場合は、初期の研修期間中にやめてしまったので、整理すべき残った仕事がありませんでしたから、彼女のような問題はなかったのですが、相当辛いだろうなとは思います。 もちろん、その自分の弱さと闘うことが責任ある行動なのですが、本人としては耐えられなかったのではないでしょうか。彼女の告白の中に、嫌な仕事を断ると干されるのが怖くて断れなかったという趣旨のものがあります。芸能人として多くの人に愛されることを長らく求めてきた彼女だからこそ、それが一転して否定・批判の目に晒されることは、非常に辛く感じられたのかもしれません。いわゆるナイーブというか、辛口な表現をすれば、自己愛ということでしょうか。清水富美加は幸福の科学の高齢化対策に効果あり? そうした中で、私は、今回富美加さんができなかったことが、将来再び彼女にとって問題にならないかを心配します。なお、今回の問題に関して、一部の人は、芸能人も自分一人で事務所と対峙するのは難しいだろうから、芸能人も組合を作ったらどうかという意見を出していますが、宗教団体では、組合はできないだろうし、宗教的な奉仕の面が強く、労働基準法も有効ではないでしょう。  私の経験では、家族・仕事場に迷惑をかけて突然出家し、その後幹部にもなったのに、その後、教団に迷惑をかける形で、突然に飛び出す人がいました。また、自分がそうならなくても、自分の友人の出家者(専属社員)が、自分たちにひどく迷惑をかける形で、突然辞める行動に出るかもしれません。そうした時、彼女は、そうした友人を過去の自分の投影と見て許せるだろうか。私は、こうした経験があるため、遠くからではありますが、今後の彼女の動向を見守りたいと本当に思っています。女優の清水富美加さん=2013年4月5日、中央区銀座 なお、これに関連しているかはわかりませんが、最近の若者には、突然、切れたように仕事をやめる人がいると聞きました。清水さんの場合は、やめたい思いが募る中で、一人で切れてやめたのではなく、それを教団が後押しした形になったのでしょう。これは、もちろん望ましくないのですが、切れる側もしたくでそうするわけではないでしょう。そして、そうした現象が社会全体で目立ってきているのであれば、単に無責任を批判するだけでなく、その背景の心理的な要因を理解することが、企業にも必要な時代になってきたのかもしれません。  次に、今回の件で、清水さんが教団に広告塔に使われているのでは、という見方について考えてみたいと思います。実は、私が今回の件で、最も違和感を感じたのも、この点でした。芸能活動からは引退するにせよ、教団が関与せずに、本人とその家族が独力で実行できなかったのか。教団は、本人の意思に添わない内容の活動を薄給の下で強いられ、ドクターストップがかかるまで精神的に追い詰められたとしているが、それを救済するのが、なぜ幸福の科学教団(への出家)であり、教団の広報担当や弁護士が記者会見して、瞬く間に教団出版社から告白本が発刊されるのか。やはり、教団が彼女を広告塔としようとした感が否めません。 その背景には、一部の宗教学者の方が指摘しているように、幸福の科学の信者が既に高齢化しており、教団としては、若い世代の獲得に苦労している状況があると思います。私は先日、某所でのトークイベントで清水さんと同世代の宗教に関心のある若者から話を聞きましたが、「教団が若者を入信させようと盛んに活動しているが、若者の方の反応は鈍いと思う。清水さんは親が信者だから幸福の科学だったのだろうが、今の若者の多くは、ああしたタイプのカリスマ型教祖の教団に入るとは思えない」と言っていました。今年はオウム、幸福の科学からちょうど30年 こうしてみると、教団は、苦しい中で手持ちの中の最高のカードを切ったのかもしれません。しかし、今回の件が、さほど状況を変化させるかは疑問です。清水さんは、「自らの天命が『暗黒の海を照らす灯台の光となり、一人でも多くの人を救済していく』ことにあると確信し、『魂の救済のために24時間を捧げる』宗教者となるべく、出家を決意」したとコメントしています。しかし、実際の清水さんは、「緊急救済の観点から受け入れを決めた」と教団が言うように、自分で問題を解決できず、精神的に参ってしまい、教団に保護されたわけです。 これは、強靭な精神で悟りと布教にまい進する出家僧というよりは、オウム真理教の出家の際にも一部で言われたように、「駆け込み寺」に入った信者のようにも見えます。清水さんと同じように、仕事で苦しかったら、幸福の科学に駆け込んでね、というアピールにはなるのでしょうが、1990年代に統一教会の合同結婚式に参加した芸能人やオウム真理教の出家した芸能人と比較しても、本当の意味で、教団に利益をもたらす広告塔としてスタートと切ったとは言えないのではないでしょうか。そして、こうしたことは教団も分かっていると思います。しかし、なおかつ、それをやったということから、教団がおかれた状況を推察できるようにも思います。 さて、最後になりますが、今回の件と関連して、一つ気になることを述べたいと思います。それは、私には、今回の清水富美加さんの件が、単なる単発の現象ではないように感じられる部分があることです。もちろん、それは、彼女を追って、幸福の科学への若者の出家が続発すると言うことではありません。 しかし、前に述べたように、清水さんと同じ、今現在、20代前半の人には、生まれる前に、既に高度成長が終わり、デフレ時代を生きてきました。そのため、彼らは、お金や競争の勝利といったものが、自分の生きる価値にはなりにくい世代ではないでしょうか。そうした彼らが、今後、精神面で、何か新しい時代を求めて、作っていくように思うのです。それが、どういう形になるのは、分かりません。しかし、もしかすると、今年2017年が、後から見ると、その始まりだったと思われる年になるかもしれないと思います。 ちょうど今から、30年前の1987年にオウム真理教、1986年に幸福の科学が設立されました。そして、2年後の1989年には昭和天皇が崩御され、平成の時代が始まりました。その直後、世界は米ソ冷戦が終結し、共産主義が後退し、世界は、科学合理主義が浸透するかと思いきや、1990年代になると、宗教の復活が目立ってきました。たとえば、イスラム世界でのイスラム原理主義、米国でのキリスト教保守主義、南米・アフリカではカトリック教会が強まりました。日本でも1991年に、オウム真理教・幸福の科学といった新新宗教ブームが注目を集めました。オウム真理教での失敗の教訓 そして、今時代は、色々な意味で似たような変化の時にあるように思います。あと数年のうちには今上天皇の退位で平成が終わる見通しとなっています。世界の政治も、トランプ大統領の登場、英国のEU離脱、欧州の極右政党の台頭など、冷戦後一貫して進められてきた市場原理主義・グローバル経済の流れに対して、大きな変化が生じています。冷戦終結によって後退した共産主義に続いて、今回は、資本主義の行き詰まりとポスト資本主義の思想を唱える識者も出てきました。そうした中で、人々の意識は、お金・物質的な利益に限らず、精神的な幸福を求める流れが強まる可能性があるのではないでしょうか。そして、今年前後から始まる新しい精神的な流れが、2020年代には、世の中に知られる大きな流れになるのかもしれません。外国特派員協会で会見するオウム真理教の上祐史浩外報部長(当時) =1995年4月3日 この現象を好ましくない視点から見るならば、日本社会における若者を中心とした極端な思想・宗教の動きは、30~40年代の国家神道の戦争、60~70年代の極左共産主義の学生運動、90年代のオウム真理教などと、数十年の間隔で繰り返されてきた歴史的な事実があります。ほども述べましたが、90年代も統一教会の合同結婚式やオウム真理教への出家で話題を集めた芸能人がいました。そして、私は、鈴木邦男氏などとの共著「終わらないオウム」などの中で、これらが、一見して異なるようで、本質的には似た性質をもった精神的な現象の周期的な繰り返しではないかと述べました。 さらに言えば、それは、一種の精神的な感染現象ではないかと考えています。感染症は、その菌に対する抗体を持っていない人が増えると、ワクチンによる予防をしていなければ、再び広がることを繰り返します。そして、私は、極端な思想・宗教の拡大というのは、一種の精神的な感染症だと思うのです。例えば、カルト宗教の事例で言えば、私は、冷静な教祖が、信者を巧みに洗脳するという世間の見方は間違っていると思います。カルト宗教を専門とするジャーナリストの有田芳生氏(民主党参院議員)と対談した時にも確認しましたが、カルト宗教の専門家であれば、教祖がまず自分を救世主だと思う盲信に自ら陥り、救世主を待望する傾向のある人たちが、教祖の盲信に感染する(幻想を共有する)ことを知っています。 だからこそ、歴史から学ばぬ者は歴史を繰り返すと言うのだと思います。そこで私は今、私のオウム真理教での失敗の教訓が、今後の若者が作り出す、次の精神的・宗教的な現象において、似たような感染を予防するワクチンになればと思って活動しています。そして、30年前とは比較にならないほど、ネットなどによって、オウム真理教の情報が提供されているとこともあって、今度こそ、同じことの繰り返しはないだろうと思いますし、そのようになるように微力ながら自分なりに努めています。 こうして、近代日本において繰り返されてきた数十年単位の政治・経済・社会の変化と連動した、若者の思想的・宗教的な大きな波が、今度こそ、これまでのものとは異なり、一皮むけた、真に有意義なものとなることを信じています。それが、2020年代以降に現れてくるならば、次なる日本の年号と、その前後の開催される東京五輪という「平和の祭典」とシンクロしたものになるのかもしれません。そうなったら素晴らしいだろうなと思います。

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    清水富美加「出家騒動」を考えまする。

    。「今日、出家しまする。」と記した暴露本は飛ぶように売れ、これがさらなる火付けになった感は否めない。芸能界を震撼させた宗教スキャンダル。iRONNAが総力特集でお届けする。

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    やっぱり幸福の科学「炎上商法」のネタにされた清水富美加

    関する報道が続いている。これまでの仕事を辞めて幸福の科学に「出家」するという清水さんに対して、多くの芸能関係者が苦言を呈している。芸能人としては、関係者一同に多大の迷惑をかける掟破りの行動ということだろう。しかし、私たちには信教の自由があり、職業選択の自由がある。ただそれでも、清水富美加さんの行動には様々な疑問があることも事実だろう。(写真はイメージです) 宗教が批判的に扱われるときに使われる言葉として、まず「新興宗教」がある。新興宗教は伝統宗教に対して新しいという意味で、本来は善悪の価値は含まない。ただ一般的には、新興宗教というと怪しげなイメージが伴うだろう。 ある宗教団体を非難するときに、「異端」と言われることもある。異端は、「正統」とは異なる教義を主張するものである。その新しい宗教の中で、釈迦やキリストが登場することがよくあるが、伝統的な正当の仏教やキリスト教から見れば、異端だろう。しかしこれは、その宗教の中の話であり、外の人間にとってはあまり関係のないことも多い。ただ、その新興宗教が「新しい真実が示された」などと主張しても、宗教家や宗教学者から見れば稚拙で誤りだらけと評価されることが多いことは、私たちも知っていて良いだろう。 「カルト」と言われて宗教が非難されることもある。カルトの本来の意味は、少数の熱烈な信奉者のことであり、カルト映画、カルトクイズなどと使われることもある。この場合は、強いこだわりを持つ「オタク」「マニアック」の意味に近いだろう。だから、カルトは変わり者かもしれないが、悪いことではない。 しかし現代では、カルトは悪い意味で使われることが多い。「カルト宗教」は危険な宗教という意味で使われている。そこで研究者らは悪い意味で使うときには「破壊的カルト」と表現することもあるが、一般的には「カルト宗教」「カルト団体」などと表現されている。またカルト集団が大きくなるともはや少数とは言えないという意味で、「セクト」と呼ばれることもある。 私たちには信教の自由がある、どんなに奇妙な少数派の教えでも、信仰する自由がある。しかし、悪い意味のカルト(破壊的カルト)は社会に害を与え、個人の人生を破壊する。宗教だからという理由だけで、全てが許されるわけではない。 悪い意味のカルト集団とは、マインドコントロールなどの悪質な手法で信者を獲得し、本人や家族や社会全体に害を与える集団である。 フランスのセクト(カルト)構成要件によれば、カルトの特徴として、精神の不安定化、法外な金銭的要求、住み慣れた生活環境からの断絶、反社会的な言説などが挙げられている。ただし、各団体がカルトなのかどうかは微妙な部分があり、意見が分かれることも多い。かつてのオウム真理教はカルトだが、当時マスコミに登場した信者は、自信にあふれ明るく元気に見えたことだろう。「幸福の科学」を支える秀逸なメディア戦略 「幸福の科学」は1986年に発足した後に急成長し、現在公称1200万人の信者を抱える巨大新興宗教だ。そのメディア戦略は秀逸であり、幸福実現党による政治活動や、多くの映画や出版物がある。 教祖大川隆法氏は、有名人の「守護霊」を呼び出すことができるとされ、守護霊へのインタビューが「霊言本」として次々と出版されている。宮崎駿、前田敦子、星野源、スティーブ・ジョブズ、ウォルト・ディズニー、明治天皇、昭和天皇、ガンジー、マザー・テレサ、トランプ大統領、時代も分野も様々な有名人が登場する。 本の表紙には、各人の名前や顔写真が大きく載るので、よく知らない人が見れば、本人の本にも見えるだろう。幸福の科学が『ニュースキャスター膳場貴子のスピリチュアル政治対話』を2013年に出版した際の本の帯には、「私が考えるマスコミの正義。マスコミ人だから言えること」とあった。あたかも本人が語っているようである。そのため、当時出演していたTBS「ニュース23」のホームページ上で、次のような注意が掲載された。 「幸福の科学出版から出版される『ニュースキャスター膳場貴子のスピリチュアル政治対話』という書籍については、当番組ならびに当番組の膳場貴子キャスターとは一切関係ありません。膳場貴子キャスターの肖像を使用することも許諾しておりませんし、内容的にも全く関知しておりません」。 手塚治虫に関する『手塚治虫の霊言』が昨年2016年に出版されたときには、「こんな言いぶりするわけない」と遺族が困惑しているとも報道されている。ただし、どんなに本人や遺族が不快に思う内容だったとしても、名誉毀損などで法的に問題にすることは、難しいらしい。 今回話題になっている清水富美加さんの霊言本も今月2月3日出版された。『女優・清水富美加の可能性:守護霊インタビュー』である。内容を見ると、前半は普通の芸能インタビューのように見える。彼女の女優としての思いが語られる形になっている。後半になると、「タレント・清水富美加の過去世に迫る」など、宗教的な話になる。 この本によれば、清水さんは清水富美加として生まれる前から歴史上で大活躍し、今も「千手観音」のようなみんなを救う特別な使命を与えられているとされている。終始ほめているので、信者である清水さんが読めば、感動的な内容だろう。ファンが読んでも、不快感がない人もいるだろう。 芸能人で宗教活動を行なっている人は、少なくない。浮き沈みの激しい芸能界で生きていく上で、何かの支えが欲しいと感じる人は多いようだ。それが、宗教になる人もいるだろう。「炎上商法」か「成り行き任せ」か 宗教団体、特に新宗教、新興宗教にとって、有名人芸能人の存在意義は大きい。いわゆる広告塔として教団内外に強い影響力を与えることができる。そこで、宗教団体としては入信した芸能人を大切にする。たとえば、普通の信者なら直接会うこともできない教祖と直接対面し、言葉をかけてもらえる。 仮に芸能界での人気が落ちてきたとしても、その宗教団体の中では、相変わらず特別扱いを受け、教祖からも信者からも大切にされ続けることもある。 さらにどんなに売れていても、芸能活動に強いストレスや虚しさや疑問を感じている芸能人にとっては、教祖が語る正義、真実、世界の救済といった言葉は、一般の人以上に魅力的に映るだろう。清水富美加さんも、仕事に心が追いつかなかった、死にたい気持ちだったと語っている。 今回の騒動に関して、何が起きたのか。想像するしかないが、幸福の科学による一種の炎上商法と言う人もいる。一方、清水富美加さんを活用しようとはしていただろうが、今回の騒動は想定外だったろうと推測する人もいる。 先日、あるメディアから幸福の科学の関係者を含めた数人による対談の企画について打診を受けた。結果的には、幸福の科学側との折衝がうまくいかず実現しなかったと聞いている。今回、幸福の科学側の動きが素早いと感じる部分と、とまどいや準備不足を感じる部分がある。 霊言本で誰を取り上げるのをどのように決めているのかも、外部の人間には計り知れない。教祖が一人で決めているかもしれないし、幹部による相談で決めているのかもしれない。 今回も、全てが準備された上で『女優・清水富美加の可能性:守護霊インタビュー』が出版され、本人も予定通りの行動をとったのかもしれない。本人執筆の本『全部、言っちゃうね。:本名・清水富美加、今日、出家しまする。』も、出家者としての千眼美子の名前で、実に素早く2月17日に幸福の科学から出版された。幸福の科学出版の書店では清水富美加の告白本「全部、言っちゃうね。」が売り切れとなった=東京・赤坂 あるいは、教祖一人の思いによって霊言本が出版され、本人が思いの外に迅速な行動をとってしまったのかもしれない。その場合、教祖が否定すれば本人も翻意するだろうが、教祖が肯定すれば、教団としても後を追っていくしかなくなるだろう。今回の芸能人としての常識や、契約などの法的に見て問題の多い行動が、どこまで計画されていたのかはわからない。 カルト研究者によれば、一般的に破壊的カルトのような悪い宗教には次のような特徴があるとされる。 完全主義で他の考えを認めない。批判的な考えは否定され、批判能力が脅かされる。これまでの人間関係や大切な過去を否定する。全体として調和していない。経済的、精神的に教団から搾取される。 一方、破壊的カルトではない良い宗教には、次のような特徴がある。 信仰のシステムは開放的で、他の思想にも耳を傾ける。批判能力はそのままか、強められる。自主性はそのままか、強められる。価値観や生活や目標が、信仰と一体化し、調和している。 今後、清水富美加さんがどのような活動を行い、どのような人生を歩んでいくのか。幸福の科学の活動と共に注目していきたい。

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    「洗脳上等だよ」清水富美加と能年玲奈を救えなかった傲慢レプロの罪

    人から発信されたメッセージと関係双方が会見まで開いて言い分を発表するのは異例のことで、「宗教団体VS芸能プロダクション」という構図もめずらしい。 ただ、芸能人の宗教に関する問題は少なくない。「統一教会」の合同結婚式に参加し、世間の注目を集めた歌手の桜田淳子や、自らが広告塔になり世にも広く知らしめた幸福の科学の小川知子あたりは有名な話であろう。 しかし、プロダクションとの対立は表面化されておらず、あくまで本人の主張と行動によるものだ。清水の場合は所属事務所に対する不満を公にして、それを理由に出家という行動を取ったのは、何らか意図があったと考えざるを得ない。 故意に問題を大きくしているとしか思えないのだ。問題を起こして話題を作りメディアを使った宣伝なのか、少なくてもこのやり方で幸福の科学側に「メリット」が生じたようにみえる。 一方、攻撃されたレプロエンタテインメント側にはメリットなどあるはずもなく、騒ぎを止めたいレプロは「(清水)本人を尊重する」というコメントを出し、折れる姿勢を打ち出した。これはスポンサーや業界内に向けたメッセージであることもうかがえる。能年玲奈と共通する事務所への不満 能年玲奈の洗脳-退社、マギーの不倫、そして清水と、短期間に多くのスキャンダルを連発していることから事務所としての立場や評判をこれ以上悪くしたくない思いが強く、まだ隠された真実や表面化されると困る何かが露呈する前に収めたかったのだろう。 能年と清水の発言は、薄給が共通しているうえ、仕事の選択においても自由が奪われていることも含め「助けてくれた」のは事務所ではなく他の何かを指しており、事務所に信用も信頼もないということを表現している。 だが、行動として裏切ったのは清水のほうだ。事務所的には問題を大きくしたくないだけに、当初は真っ向勝負の姿勢だったが、「優しさ溢れる善い人」に転換したようだ。とはいえ、世間的な印象は「事務所=悪」が浸透している。女優ののん 信仰の自由は当然であり、その気持ちや考えを否定したり愚弄することは決してしてはならないし、それを誰も責めたりしないが、幸福の科学側が宣戦布告的な姿勢で挑むのは違和感を覚える。まさに「喧嘩上等!」といった雰囲気にも思えるし、もはや幸福どころではない。 そもそも信仰心を持つタレントは少なくなく、それを隠すこともしていない。しかし、宗教色が強くなるとイメージ的な問題や役柄にも問われる面が多々あるので仕事に影響しない程度として常識の範囲を認識している。それに政治も絡むと面倒なのでタレントとしてはその色を出したくないのだ。 また、タレント同士で宗教の話題がのぼることはあまりなく、勧誘することもほとんどない。だが、「相手が興味を示したらすかさず誘い込む」技は多くが持ち合わせている。というのも「心底信じている宗教だからその魅力は伝えやすい」ので爽やかに「今度、一緒に行ってみる?」なんて美味しいものを食べに行く感覚で誘われたら「イヤ」と答える友人は少ないだろう。 表立った布教という活動を熱心にやらないし、無理な勧誘もない。言い方を変えれば「趣味への誘い」的な軽い感覚ならそんな悪い気はしない。誘われた方は、例え断っても嫌な顔もされず、むしろ断る方が気を遣うだろう。ただ断り方が酷いと断絶されることもあるが、芸能人は基本的に自分の立場を理解しているところがある。 それ以前に自分が「どこぞの信者です」的なアピールはあまりしない。諸外国と違って信仰心の薄い日本では多少なりともこの手の会話が流行ることはないだろうし、皆を誘って日曜日の活動を熱心に行うタレントも多くはない。友達相手に特定宗教団体の新聞の勧誘さえしないのが一般的なレベルだ。 それだけに清水の場合は、「騙されている」とか「洗脳されている」といった言葉を頭ごなしに投げつけられ、物凄い拒否反応を示したのではないか。信じているものを疑われたときの怒りは計り知れない。清水の信仰心を妨げる何かが生じたのだろうと考えれば、その反抗姿勢から今回の騒動に至ったのも頷ける。やっかいな宗教団体との対立 しかし、対宗教団体という芸能プロダクションの立場は想像以上にやっかいなものになる。レプロに対する同情の声も多く聞かれるが、最もトラブルを起こしたくない相手とも言え、タレントの扱いにも慎重さが増して疲弊する。今後、こういった問題も出てくるのかと思うとタレントの扱いには相当の慎重さを要することになる。清水富美加さん 欧米ではプロフィール欄に信仰・宗教を明記する場所があり、タレントに限らず一般企業においても重要視している。氏名や性別と合わせて宗教までを性格として認識して受け入れるのが筋であり、また同胞同盟や仲間、友人関係から婚姻に至るまでそれは強く関係してくる。 身近なところでは世界的なSNS『Facebook』にもその欄はあり、世界の多くはこれを重要と捉えているが、日本では馴染みが薄い。性別にしても「性同一障害」というしっかりとした言葉と病名があり、日本でもようやく認識した程度でこの手の話題や活動も極端に少ない。 つまり、日本人には信仰する宗教や性差、個性といったものを受け入れる十分な器量がなく、これらを重視しない習慣が今回のようなトラブルを引き起こす要因となっている。レプロの「清水を尊重する」といったコメントは「宗教に対する誤解」を改善したいという強い決意かとも感じた。 思えば、SMAPの解散騒動のとき海外メディアからの取材も受けたが、その質問の多くはSMAPに関することよりも「日本の芸能界」と「芸能(タレント)プロダクション」の体質に関することだった。 日本の芸能界は海外、特に欧米から見て特殊で「タレント<プロダクション」という構図に映るらしい。タレントから自由を奪って「奴隷」的に扱っている日本の芸能界は「オカシイ」と認識しているのである。 昨今ではSNSの影響もあって、多くの問題が個人から直接発信されてニュースになっているが、こういった事情から芸能界やプロダクションのあり方、あるいは古い体質が否定され、改善に向けて動くことも期待されているように感じる。今回の騒動をきっかけに、職業としての「タレント」の価値が見直され、向上していくことを切に願う。

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    清水富美加 仕事打ち合わせ3日後、教団側弁護士登場で急転

    でくる。2月12日、清水富美加(22才)は《ファンの皆様・報道関係者の皆様へ》と題した手書きの文書で芸能界から姿を消すことを明かした。清水富美加の出家騒動について見解を示す、所属事務所の顧問弁護士の山縣敦彦氏(左)と塩川泰子氏=東京・目黒 4月に立て続けに公開される映画『暗黒女子』と『笑う招き猫』ではどちらも主演。さらに人気コミックを実写化した今夏公開予定の『東京喰種 トーキョーグール』でヒロイン。『にじいろジーン』(フジテレビ系)と『シブヤノオト』(NHK)でレギュラーを務め、コスモ石油と花王『NIVEAニベア』のCMを抱える彼女の突然の“退場”劇に、テレビや映画、広告代理店業界は大混乱に陥っている。「レギュラー番組は降板の方向です。公開前の映画3本すべて主役級なので、舞台挨拶や、テレビ番組や雑誌での宣伝プロモーションに引っ張りだこの予定でしたが、すべてキャンセルせざるを得ない」(広告代理店関係者) 13日には、花王の公式サイトから清水の写真と動画が削除された。騒動の発端は1月19日、『幸福の科学』の公式サイトに1本のインタビュー動画がアップされたことだった。「大川隆法総裁はこれまで、対象人物の守護霊を呼び出し、自身の口から語る『守護霊インタビュー』を行ってきました。過去にはビートたけし(70才)や安倍晋三首相(62才)といった著名人のほか、“STAP細胞”の小保方晴子氏(33才)やドナルド・トランプ米大統領(70才)、さらにはアインシュタインや西郷隆盛といった歴史上の人物の名も並びます。その人の潜在意識にアクセスし“本心”が語られると説明されています」(全国紙記者) 清水の“守護霊”が赤裸々に語る97分にも及ぶ動画は、当然清水の所属事務所関係者の目に触れることになった。「清水さん本人に動画のことを尋ねると、父親が『幸福の科学』の信者であると同時に、“私も信者なんです”と明かしたそうです。もちろん事務所としてはタレントの信教を咎める理由はありません。清水さん自身も総裁に守護霊インタビューをしてもらえることは大変に幸せなことなんだと周囲に話していたそうです。その場では特に変わった様子はなく、翌日以降もいつも通り仕事をこなしていました」(芸能関係者) この時はまだ仕事の打ち合わせに姿を見せると「もっと頑張ります」と前向きな姿勢を見せていたという。「仕事が楽しい、こんな仕事をしたい、と現場で口にすることもありました」(テレビ局関係者) 長期的な仕事のオファーが届いていることに、喜びの表情を見せていたという。だが、それからたった3日後、事態は急変する。突如現れた2人の教団弁護士と、清水が流した涙突如現れた2人の教団弁護士と、清水が流した涙 1月28日、仕事を終えた清水は女性マネジャーと共に都内のホテルにいた。ロビーで合流したのは、『幸福の科学』の名刺を持つ弁護士2人だった。同ホテルの一室で、清水の口から衝撃の言葉が発せられた。「“仕事を辞めて出家します。『幸福の科学』のために働きたい”と話したそうです。続けて弁護士が“事務所との契約を終了したい”と告げたそうです。マネジャーはどのような宗教を信じても、出家しても構わないが、仕事は辞めなくてもいいだろう、宗教と仕事を両立する方法はないのかと提案したそうです。でも、弁護士は“両立はできない”と言い切りました」(前出・芸能関係者) 同時に弁護士は、契約に関する一切の内容に関して、清水本人と交渉しないよう注文したという。「そのマネジャーは、ブレーク前から清水さんを親身になって支えてきた存在でした。最後に清水さんに“これまでの努力や、トップ女優になるという夢はウソだったの?”と問いかけた。すると清水さんは“ウソじゃない…。だけど、それよりも大切なものができた”と涙を流したそうです」(前出・芸能関係者) 関係者によると、翌日以降も、清水は普段の様子で仕事現場に姿を現し、屈託のない笑顔を見せていたという。2月3日には前述の『守護霊インタビュー』がまとめられた本が出版された。そして、6日に仕事をこなした後、一切の連絡がつかなくなったという。予定されていた仕事は体調不良やインフルエンザなどを理由にキャンセル。実際には、事務所は清水がどこで何をしているかも把握できない状態だったという。「事務所側は“すでに入っている仕事はしっかりとやってもらい、新しい仕事は入れない”というソフトランディングの方法を模索していたそうです。ですが、2月12日、『幸福の科学』が急きょ会見を開いたことでその道も絶たれてしまった」(前出・芸能関係者)関連記事■ 幸福の科学 清水富美加の5万円は「月給」、年収は把握せず■ 石田純一が明かす、元妻・松原千明「死にたい」発言の真相■ 名門女子中進学の芦田愛菜 中高6年は休業状態か■ トランプ氏の守護霊インタビュー動画「OK, OK. Not so bad」■ 久松郁実 太陽の下で輝くFカップ絶景ボディ

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    清水富美加 両親の離婚で父子家庭、父の会社は倒産

    富美加(22才)。レギュラー番組やCM契約があり、数本の出演映画の公開を控えていたということもあり、芸能界に衝撃が走っている。 1994年に三姉妹の末っ子として都内で生まれた清水は、自ら希望して芸能界の門を叩いた。2008年、事務所主催のオーディションを受けてグッドキャラクター賞を受賞しデビュー。当時14才だった彼女は、その後、女子小中学生向けファッション誌の専属モデルなどを務めた。2010年に「ミス少年マガジン」に選ばれると、翌2011年に福士蒼汰(23才)主演の『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日系)に出演。2015年にはNHK連続テレビ小説『まれ』でヒロイン・津村希(土屋太鳳、22才)の同級生・蔵本一子役を好演し、一躍ブレークを果たした。「順風満帆な仕事とは裏腹に、プライベートでは難しいこともありました。もともと、富美加ちゃんの両親もお姉さんたちも『幸福の科学』の熱心な信者で仲のいい一家だったんですが、彼女の仕事が軌道に乗り始めた高校1年生のときに両親が離婚。三姉妹の親権はお父さんに渡ったそうですが、お姉さんたちはお母さんと暮らし、富美加ちゃんはお父さんとの“父子家庭”になったんです」(清水の知人) だが、母親や姉とは断絶状態に陥ったわけではなく、頻繁に連絡を取り合い母親が暮らす家を訪れることも多くあったという。「今から2年くらい前でしょうか、お母さんが再婚することになったって明るく話していました。でも、お父さんのことを考えるといろいろ思うところもあったんじゃないですかね」(前出・清水の知人) 女優・モデルとして頭角を現し始めていた清水はそのときすでに父親の元を離れ、事務所が用意した寮での生活を始めていた。三姉妹の中で自分だけが父親の元に残ったことで、自分が父親を支えるという気持ちがより強くなっていったのかもしれない。 清水の父親は、ホームページやパソコンのソフトウエア開発、また輸入雑貨の販売などを行う会社を経営していた。「他に従業員はいなくて、富美加ちゃんのお父さんがひとりで切り盛りしていたんですが、あまり順調とはいえなかったようです。借金も5000万円ほどまでに膨らんでしまったこともあったようで、それは富美加ちゃんもかなり心配していたそうです。その後、富美加ちゃんも協力して借金を減らしたんですけど、どうにもならなかったみたいで」(前出・清水の知人) 父親の経営する会社は昨年11月16日に破産。父親は多額の負債を抱えたという。清水がブレークしてからも、一家の信仰は表に出てこなかった。ところが、熱心な信者である父の会社の倒産から2か月後、突然行われた「守護霊インタビュー」と本の出版、そして娘の出家──父娘に一体何があったのか。 宗教団体にとって出版事業は大きな収入源の1つだ。実際、大川総裁の著作は計約2000点で、一説には総発行部数が4500万部にものぼるという。今回、清水にまつわる本は発行部数が数万部とされる。多くの信者が大川総裁の著作を購入し、さらに騒動が話題を呼んでいる現状では、かなりの売上が見込めるだろう。関連記事■ 幸福の科学 清水富美加の5万円は「月給」、年収は把握せず■ 清水富美加 仕事打ち合わせ3日後、教団側弁護士登場で急転■ 元お天気お姉さん・小松美咲、陽だまりの中の妖艶ビキニ姿■ 久松郁実 太陽の下で輝くFカップ絶景ボディ■ 名門女子中進学の芦田愛菜 中高6年は休業状態か

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    芸能界と新興宗教のただならぬ関係

    関係性を総論的に読み解き、宗教にすがる人間の本質に迫るのが最大の狙いだった。そして、シリーズ第二弾は芸能界と新興宗教。なぜ芸能人は深みにハマりやすいのか。その理由と背景に焦点を当ててみる。

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    「現世利益」を求める芸能界と新宗教の持ちつ持たれつの関係性

    ポッシブル/ローグ・ネイション」のワールドプレミア会場に現れたトム・クルーズ(ロイター) これまでも芸能人と宗教の関係はしばしばメディアに取り上げられてきた。戦後日本において主として取り上げられてきた教団は、創価学会、真如苑、霊友会、統一教会(家庭連合)、幸福の科学、モルモン教などである。 むろん芸能人の中には、伝統宗教の信仰を有する者もいると考えられるが、それらは社会的な関心がほぼ寄せられない。『新宗教事典』(弘文堂)は、マスコミが新宗教に関心を寄せる理由として、その社会的影響力の大きさと「事件性」の二つを挙げ、「マスコミが新宗教に抱く興味のあり方は、けっして宗教文化への関心といったような類のものではない。実態が不明瞭な集団に対する覗き趣味的な関心とでもいったものが主流を占める」と述べているが、芸能人と宗教の関係に寄せられる人々の関心には、確かにこうした傾向が認められる。 一方、事件や社会的問題にかかわる出来事が生じ、それに宗教が関係する場合、メディアが関心を寄せることは自然なことである。教団の側が芸能人を「広告塔」として積極的に利用する場合もある。 新宗教と有名人(広義の芸能人)との関係が戦後初めて取り上げられたのは、璽宇と元横綱の双葉山、名人棋士(囲碁)の呉清源の関係であるが、その契機は1946年に璽宇が東京の破滅予言をしたことによる。 1991年には講談社『フライデー』に対する幸福の科学の大規模な抗議運動(フライデー事件)が生じ、同教団と作家の影山民夫、女優の小川知子の関係が取り上げられた。1992年には、統一教会の合同結婚式に、歌手の桜田淳子、元新体操選手の山崎浩子、元バドミントン選手の徳田敦子が参加したことが話題となった。 オウム真理教の坂本堤弁護士一家「失踪」事件以降の疑惑報道においては、歌手の鹿島とも子が1994年に「芸能界引退・オウム出家」記者会見を開いたことが社会の注目を集めている。 このような状況に際して、しばしば「なぜ芸能人が(新)宗教にハマるのか?」というテーマが語られるが、芸能人がそうでない人々と比べ(新)宗教にハマりやすい傾向があるということは学術的には裏付けられていない。 一般的に、新宗教への入信の動機は、古くは「貧・病・争」(貧困・病気・人間関係のトラブル)のような剥奪状況で説明され、オイルショック期以降においてはそれに近代物質文明・合理主義に対する反発や「自分探し」のような説明も加わる。ファンと芸能人は信仰関係の一種 芸能人もそうでない人と同様、社会に生きる人間であることに変わりはなく、個人の状況によって新宗教に心惹かれ、入信する者もいれば、そうでない者もいるであろう。以上はいわゆる一世信者としての入信に関することであるが、新宗教の中には成立後一定以上の時間を経過している教団も多く、生まれたときからの信者(二世)が芸能人となることもある。つまり、芸能人が新宗教にハマるという状況を、そうでない人のケースと分けて考えられるか否か自体、明らかとは言えない。 それを前提に、あえて芸能人が新宗教に入信する、そうでない人とは異なる特殊要因を仮説的に考えてみるならば、まず芸能界での実力や成功は人気や運というつかみどころのないものに影響される部分が大きいと考えられており、成功に至る方法論・手続き論がその他の職業に比して不明瞭であることがあげられよう。 演技力や歌唱力やルックスが良いからと言って、売れるわけではないのが芸能界である。新宗教の特徴の一つは現世利益の強調であり、「どうすれば成功するのかわからない」状況にいる芸能人に対して、信仰に励めばよい結果が出るという新宗教の提示するオルタナティブな方法論が魅力的に映ることはありうる。 また、当該新宗教がすでに大きな規模を有している場合、新宗教共同体のネットワークが、芸能人をサポートできるファン層や芸能界内のツテ・コネを提供する世俗的ネットワークとなり得ることも芸能人と新宗教を接近させる要因の一つと考えられる。 以上のような仮説が一定の説明として成り立つことは、逆に、「あの芸能人がなぜ売れたのだ」という問いに対して、○○の信者だからだ、という説明が(実態はともかく)一定の説得力を持つことを同時に意味する。 アイドルという言葉がもともと「偶像」「崇拝される人や物」という意味を持つように、ファンと芸能人の関係は、信仰関係の一種ともいえる。芸能人はメディアを通じて我々の日常に近しくかかわりつつ、一方でその人物のすべてがわれわれに晒されることはなく、常に秘密を孕む存在である。近しくかかわりながら秘密を有する存在について、もっと詳しく知りたいと思うことは、人間の本能であろう。 そして本能によってもたらされる知りたいという人々の欲求に答えることは、メディアの本性である。インターネットの発達によって、マスメディアに依らない芸能人に関する情報が流通しやすくなった状況もある。 個人の信仰は基本的にプライバシーの領域に含まれるが、芸能人という存在は自らの公開性を飯のタネにすることによって成り立っているため、プライバシーの境界についての取り扱いが難しい。一般人の信仰が事件とのかかわりでもない限りほとんど社会的関心を呼ばないことに対して、芸能人の信仰が「事件性」とのかかわりがなくても人々の関心を呼び続けるのは、このような理由によるのである。

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    「おまえの生き方が悪い!」ストイックな教義に芸能人がハマる理由

    た経験は、作家として、仏法を説く立場として、私の貴重な財産になっている。 また週刊誌記者時代、多くの芸能人たちにインタビューした。芸能界は「一夜明ければシンデレラ」という〝オセロ的人生〟が珍しくない。視点を変えれば、努力が必ずしも成果に直結しないということにおいて、常に不安と二人三脚でもあるということだ。芸能人やミュージシャンが新興宗教や自己啓発セミナーなどにハマり、世間の耳目を集めたりするのは、彼らが置かれた立場を考えれば理解できる。 これまでのそうした経験を踏まえ、以下、私の「体験的新興宗教論」である。新興宗教の定義はさまざまあり、真摯に活動している教団も少なくないが、私が論じる新興宗教とは、「神・仏・霊」を引き合いにする「カルト的・ビジネス的教団」の総称であることをお断りしておく。 まず、いかにして信者を獲得するか。心理術から見た事例からご紹介しよう。 東日本某県の仏教系霊能教団で、こんな光景を目にした。線香の匂いが立ちこめる薄暗い一室で、中年女性が男性教祖に切々と夫の浮気について悩みを訴えていたときのことだ。黙って聞いていた教祖がスーッと腕をかざしたかと思うと、女性をピタリと指さして、「その肩に水子が二体!」凛とした声に、女性がハッと息を呑む。図星だったのだろう。すがりつくような目で、相談者が教祖を見た。 この教祖は相談者が女性の場合、「水子が二体!」をやる。外れたら相談者はあきれて二度と来ないが、もし当たったら虜になる。ズバリと言い切るのがポイントで、繰り返していれば何人かは当たる。その上で「供養すれば、あなたは救われる」と展開していくのだ。 あるいは、都内の神道系新興教団でのことだ。子供の病気相談に来た女性に、初老の女性教祖は神前に手を合わせてから、厳かに告げる。「5代前のご先祖が、不成仏霊になってさまよっています」 相談者の顔に安堵の色が浮かんだ。 ポイントは、病気の原因は「不成仏霊」であって、「あなたは悪くない」にある。「これに相談者は救われるんです」――とは、元広告代理店で働いていたという教団の参謀役の弁である。 ブラジルはカソリック大国として知られるが、ここに進出した新興教団は「よりよいカソリック教徒になるために」という〝大義〟を掲げて布教した――と、現地に赴いた私に旧知のメディア幹部はあきれてみせた。「ここまでやるか」ではなく、ここまでやるからビジネスとして成立するということになる。 このほか、「おまえの生き方が悪い!」と罵倒する教祖もいる。〝ストイックな教義〟で精神的に追い込むため、信者を「落とす」(退会)ことが少なくないが、ハマれば熱烈な信者になる。不確かな不安の正体 一方、新興宗教にのめり込む側はどうか。 「明日は不確かなものである」という〝人生の真理〟を生きる私たちは、常に不安がつきまとう。雇用をめぐる諸問題から子育て、年金、健康……等々、不安だらけだが、その正体をつきつめていけば、「明日」という不確かな近未来に対する漠然とした不安であることがわかる。だが、どんな苦しみも、「一年後に解放される」とわかっていれば何とか耐えることができる。すなわち、苦しみの正体は「現在の苦」にあるのではなく、「この苦しみがいつまで続くのか」という「不確かな明日」にあるのだ。 不安から逃れる方法の一つは「努力」だ。スポーツ選手は練習に練習を重ね、「これほど苦しい練習をしてきたのだ」と自分に言い聞かせることで不安をねじ伏せようとする。ルーチンという儀式を通じて、気持ちを平静に保とうとする選手もいる。ビジネスパーソンであれば、努力してスキルを磨き、上司との人間関係に心を砕くだろう。 苦しいのは芸能人だ。「一夜明ければシンデレラ」という僥倖に恵まれるということは、スポーツ選手やビジネスパーソンのように、目標に向かって階段をよじ登っていくような努力が通じにくいということでもある。暖簾に拳を打ち込むようなもので、努力が実感を伴う成果としてハネ返ってこない。スターになれたとしても、人気という不確かなものに支えられている以上、不安から解放されることはない。 週刊誌記者時代、有名力士と女性人気歌手の対談を私が担当したとき、歌手はこんなことを言った。「お相撲さんはいいですね。稽古して強くなれば勝てるんですから。芸能界はそうじゃない。努力したからといって勝てる世界じゃないんです。それが苦しい」 だから芸能人は新興宗教に走る――と言えば短絡に過ぎるが、不安を努力で打ち消すことができない立場や状況に置かれれば、神・仏・霊といった新興宗教に救いを求めたくなる気持ちは理解できるだろう。すなわち、芸能人が抱えるであろう不安は、私たちが苛まれる不安の象徴であると、私自身は捉えている。 いま韓国は「崔順実スキャンダル」に揺れている。母親を狙撃事件で亡くした傷心の朴槿恵に、崔順実の父・崔太敏が「私の霊的能力を通じて母親に会うことができる」と言って篭絡したと伝えられる。「人の心の弱さ」は、一国の大統領も、芸能人も、そしてこの私たちも等しく抱えるものであることに、あらためて気づかされる。 明日に不安を感じ、新興宗教の〝救い〟に気持ちが動いたとき、「心の弱さを、わが身に問いなさい」と私は説法で言う。心の弱さを認めることこそ、心を強くする唯一の方法であると、逆説的に考えるのだ。

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    プリンスもMJも救いを求めた新宗教はいずれ「消滅」する

    島田裕巳(宗教学者) 芸能人が新宗教に多く入っているというのは、よく聞かれる話である。インターネットを検索してみると、そのリストを掲げているようなものもある。 これは、何も日本にだけ限られた現象ではなく、アメリカでも見られることである。 たとえば、2016年4月に急死したカリスマ的なロック・ミュージシャンであるプリンスの場合には、「エホバの証人」の信者になっていた。エホバの証人は、「ものみの塔」とも呼ばれるが、家庭を廻って伝道活動を行うことで知られている。2015年11月、音楽賞「アメリカン・ミュージック・アワード」の式典に参加したプリンス(AP=共同) プリンスは、鎮痛剤であるフェンタニルの過剰投与によって中毒死したという検視報告書が出されているが、彼は深刻な股関節の疾患を抱えていたとされる。ところが、エホバの証人では、よく知られているように、輸血を禁じているため、プリンスは鎮痛剤に頼らざるを得なかったのである。 ほかに、エホバの証人であったミュージシャンとしては、マイケル・ジャクソンのことがよく知られている。彼は途中で教団を離れるが、それ以前には、顔を隠して布教活動にあたっていた。 他に、SF作家であるL・ロン・ハバードが創始した「サイエントロジー」には、ハリウッド・スターのトム・クルーズやジョン・トラボルタが信者になっているとされる。 ただ、アメリカは、最近になって衰退の兆しも見えているが、一般的なキリスト教の信仰が広まっており、キリスト教の信仰をもつ芸能人は無数に存在する。ミュージシャンの場合には、神について歌うことも少なくない。 ロックの世界でも、神について歌うミュージシャンが少なくない。代表的なのは、ロックンロールの開拓者、エルビス・プレスリーで、彼は、ゴスペル・ソングをこよなく愛していた。エルビスは3度グラミー賞を獲得しているものの、すべてゴスペル部門においてである。売れっ子でも宗教に救いを求める理由 ロック・ミュージシャンの場合には、子どもの頃に音楽の才能を示すと、教会の聖歌隊やオルガン弾きにスカウトされ、そこでゴスペルに浸る。 後に、ヒット曲を飛ばして、スターにのし上がると、世界的にも有名になり、巨額の富を手にすることができるが、その地位を保つことは難しく、精神的に不安定になって、アルコールや薬物に依存することが多くなる。2006年11月、来日公演で華麗なギターテクニックを見せるエリック・クラプトン=大阪城ホール(河田一成撮影) そのとき、依存症から立ち直るきっかけを与えるのがキリスト教の信仰で、自らの罪深さを自覚することで、神の存在を改めて自覚し、子どもの頃に親しんだゴスペルの世界に回帰していく。 それが、一つのパターンになっており、一例をあげれば、演劇的なステージを展開するアリス・クーパーや、一時、「ディスコ・クイーン」として名を馳せたドナ・サマーなどが、このパターンをたどった。イギリスのミュージシャンだが、エリック・クラプトンも、その道をたどった。 さしずめ、覚醒剤の使用容疑で逮捕されたASKAが、日本ではなくアメリカで生まれていれば、この道をたどることで、薬物依存から立ち直ることができるかもしれない。 日本の場合には、キリスト教が社会的に広まっていないため、神のことを歌うミュージシャンはいないが、アメリカでは、「クリスチャン・ロック」が一つの分野として確立されている。 日本の芸能人が、宗教に救いを求めようとするのは、やはり、その立場が不安定だからである。今は売れっ子でも、いつか人気を失い、仕事もなくなるかもしれない。売れっ子になって、一度いい目にあっていれば、かえって不安は増大していく。 しかも、日本の場合には、組織社会であり、多くの人たちがなんらかの組織に所属し、そこに、経済的な基盤を求めるだけではなく、心の拠り所を求めている。 ところが、芸能人には、この組織が存在しない。芸能事務所は、マネジメントを担ってくれるだけで、通常の組織とは異なる。芸能事務所は、なんとか仕事をとってこようとするが、それも、その芸能人に売る価値がある間のことで、それを失ってしまえば、積極的には仕事を開拓してはくれなくなる。創価学会に「隠れ信者」は存在しない 戦後、日本で新宗教が爆発的に伸びたのは、高度経済成長によって、地方から都市部への大規模な人口の移動が起こり、都市部には、地方にはあった人間関係のネットワークを外れた人間が大量に生まれたからである。そうした人間たちを、新宗教は組織の力で救ったのである。 現在の企業は大きく変容し、非正規雇用も増えてきたが、昔は、終身雇用、年功序列を基本とする「日本的経営」が特徴で、社員の冠婚葬祭までもになっていた。つまり、企業は一つの「村」だったわけである。 地方の村から出てきた人間が、企業という村に組み込まれれば、安心感を得ることができたが、芸能人にはその村がなかった。そこで、新宗教に村を求めたのである。 ただ、最近ではたいぶ様相が変わってきている。 たしかに、今でも新宗教に入っている芸能人はいるし、創価学会に所属するタレントが多く出演しているテレビ番組などもある。 だが、最近では、新宗教に入っている芸能人のリストなども更新されなくなったし、若い芸能人が入信しているという話も聞かなくなった。 それは隠れているだけだと言う人もいるかもしれないが、たとえば、創価学会の場合、支部の集まりなどに出て公然とした活動を展開しなければ、入信している意味がなく、周囲の信者からも仲間とは見なされない。「隠れ信者」など存在しないのだ。 そこには、私が『宗教消滅』(SB新書)でも指摘したように、新宗教の全般的な衰退という事態が関係している。新宗教の教団は軒並み信者数を減らし、この20年間で半減しているところが少なくない。 創価学会にしても、高齢化が進んでいるし、若い会員は年配の会員に比べて、熱心には活動しない傾向がある。 唯一、新宗教のなかで伸びているのは真如苑だが、ここは、組織としての活動が弱く、従来の新宗教と同列に扱うことができない。 その点で、芸能人も、現在では宗教にすがらなくなっていると言えよう。新宗教は組織活動の場を提供することで、心の拠り所となってきたが、現代の人間は、組織活動を嫌う。芸能人なら、なおさらその傾向が強い。新宗教の時代は、基本的に終焉に向かっているのである。

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    山本リンダ、久本雅美らが大幹部 創価学会芸術部の存在意義

    俳優や歌手ら有名タレント会員が多く所属している。その実態を探った。 芸術部の発足は1962年。芸術・芸能を生業としているメンバーで結成され、すでに50年を越える歴史を持つ。部員数は非公表だが、約1万人いると推測される。文化本部にはほかに、ドクター部(医師など)、学術部(学者など)、文芸部(作家など)がある。 芸術部にはタレント、芸能人のほかに、音楽家や舞台俳優、茶道や華道、日本舞踊などの伝統芸能の担い手、裏方など、幅広い分野の人々が所属しているという。タレントの久本雅美 メンバーとしてよく知られるのは、芸術部女性部長を務める歌手の山本リンダ(63歳)、女優の岸本加世子(53歳)、お笑いタレントの久本雅美(56歳)だ。ほかにミュージシャンでTM NETWORKのメンバー・木根尚登(57歳。副芸術部長)や、柴田理恵(55歳。芸術部中央委員)が所属している。 彼らが一堂に会する芸術部総会は、まれに本部幹部会と合わせて開かれることがある。2009年1月9日付「聖教新聞」には、先に挙げたメンバーを含む芸術部員が整列し、本部幹部会で合唱している場面が紹介されている。 彼らはまた、「聖教新聞」や青年部の機関紙「創価新報」にインタビューや対談記事で登場することがある。ミュージシャン・高橋ジョージ(56歳)は2014年3月19日付「創価新報」で一般会員との対談に臨み「俺にとって、その(歌を伝える生命力の)源泉は、信仰であり、学会活動」と述べている。 創価大学の落語研究会出身で芸術部員のお笑いコンビ、ナイツは市販されたパンフレット『SOKA2011』(聖教新聞社刊)に登場。「なるほど創価学会」というコーナーで案内役を務め、「どんな教えを信仰しているか」「聖教新聞はどんな新聞か」「座談会では何をするか」などの質問に答えている。 機関紙など学会系メディアに頻出する、テレビなどでお馴染みの芸能人たち。彼らの学会における役割とは何か。 芸術部の結成記念日にあたる3月8日付「聖教新聞」社説(2014年)では芸術部について〈浮き沈みの激しい世界で、たくましく生き抜くメンバーが、自身の信仰体験を語り、学会理解の輪を大きく広げている〉と、彼らが学会内部で果たす役割について触れている。  宗教学者の島田裕巳氏は、タレント学会員を「内向きの存在」とみる。「かつては芸能人信者を教勢拡大のための“広告塔”と見る向きがあったが、現在ではあまりそうした効果はない。創価学会に限らず、新宗教はどこでも信者数が伸び悩んでいる。 そうした中で、学会のタレント信者はむしろ、身内の学会員を激励する役割を果たしている。たとえば学会のプロスポーツ選手が活躍すれば、聖教新聞などで大きく取り上げられる。仲間の活躍は学会員にとって誇らしいこと。一般の学会員を勇気づけるだろう。組織全体が内向きになっていると見たほうがいい」(島田氏)※SAPIO2015年1月号■ 参道・鳥居の“真ん中”は神様の通る道なので歩いてはダメ■ 金沢の「トイレの神様人形」 良縁にご利益あると女性に人気■ 関ジャニ∞ 丸山は嘘つきの神、安田はトイレの神様との談■ 母娘確執を乗り超えた 松田聖子、辺見えみり、泰葉のいま■ 植村花菜 「祖母との思い出」が名曲『トイレの神様』を生んだ

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    辺見マリが騙された「洗脳詐欺」 安心させる3つのテクニック

     「この中で、私は絶対に洗脳なんてされないと思っている人いる? その人はもう洗脳の入り口にいます。危険よ」──。9月14日放送の『しくじり先生』(テレビ朝日系)に出演した辺見マリ(64才)は、『あなたが洗脳されて人生を棒に振らない授業』というテーマに“先生役”として臨み、開口一番こう言い放った。 辺見が過去の「洗脳詐欺騒動」についてテレビで洗いざらいしゃべるのは、これが初めてのことだった。彼女が奪われた金は実に5億円。いまだに1円も戻ってきていないという。離婚会見をする辺見マリ=東京・赤坂・TBS 1969年に歌手としてデビューした辺見は1972年に西郷輝彦(68才)と結婚。長男と長女・えみり(38才)をもうけるも、1981年に離婚した。 慰謝料はなく仕事も激減するなか、周囲からの「辺見マリってもう古くない?」という声に落ち込み、精神不安が長く続いた。 そんな辺見にマネジャーがかけた言葉が彼女の人生を一変させた。「ぼくの知り合いで神様と話せる人がいるんですけど、会ってみませんか」。1988年、辺見が37才の時のことだった。 辺見が紹介されたのは、祈祷や霊視などで人の悩みを解決する「拝み屋」のKという女性だった。指定された都内ホテルに赴いた辺見を、Kは夫と子供と共に家族で出迎えたという。「Kは当時42才くらい。普通のおばさんでした。私は構えていました。壺を買わされる? お札を買わされる? でも、実際は違いました」この時、Kは神様のことは一切口に出さず、辺見の悩みや不安に黙って耳を傾けた。安心した辺見はKに頻繁に相談するようになっていった。感謝の気持ちとしてお金を渡そうとしても、Kは拒否し続けたという。・家族を帯同する・神様の話をしない・悩みを否定せず聞く これらはすべて相手を安心させるためのKのテクニックだったのだが、当時の辺見が見抜けるはずもなかった。 ある日、いつものように相談に訪れた辺見にKはいきなり「神様の声が聞こえました。娘さんの目が見えなくなりますよ」と言ったという。帰宅後、辺見がえみりの視力を測ると1.5から0.1に低下していた。他にも家族しか知らない話を次々と言いあてられた辺見は、徐々に「本当に神様の声が聞こえているのかもしれない」と思い込むようになった。 この時を境にKの金銭要求が始まった。「他ならぬ神様がお金を欲している」──。相談のたびに1万~2万円を払わされるようになり、いつしか要求される金額も跳ね上がっていった。「このままだと子供がグレる。10万円払えば救える」と言われれば、あっさり支払うほど心酔していた。日本脱カルト協会代表理事で、霊感商法に詳しい立正大学心理学部の西田公昭教授が語る。「家族のことを次々と当てていったのは、近い人物からあらかじめ情報を入手していたと考えられます。最初から彼女をだますつもりだったんでしょう。しっかり者で現実主義的な人ほど、予言の的中といった不思議な出来事に遭遇すると、普通の人以上に動揺し、一気にのめり込んでしまうんです」 辺見はいつしか100万円単位の金を渡すようになっていったという。※女性セブン2015年10月8日号■ 参道・鳥居の“真ん中”は神様の通る道なので歩いてはダメ■ 金沢の「トイレの神様人形」 良縁にご利益あると女性に人気■ 関ジャニ∞ 丸山は嘘つきの神、安田はトイレの神様との談■ 母娘確執を乗り超えた 松田聖子、辺見えみり、泰葉のいま■ 植村花菜 「祖母との思い出」が名曲『トイレの神様』を生んだ

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    ベッキーは「無宗教」だから図太い? 干される恐怖と芸能人の信仰心

    信仰心は悪質なカルト団体に付け入るスキを与えるほどに、心の弱さの克服や依存心でもあるわけだが、日本の芸能人にやたら信者が多いのは、彼らが弱いからなのだろうか。一見して芸能人は誰よりもド派手な舞台で煌びやかに振舞う勝ち組の象徴みたいな存在だ。そこそこ成功すれば一般的な勤め人ではとても手にできない大きな報酬を手にすることができる。一方、その立場の危うさに満ちているのが芸能界でもある。足を引っ張りあうから寄り添う仲間が欠かせない2016年10月、ラジオの生放送のためにTOKYO FMに入り、報道陣に一言あいさつするベッキー(蔵賢斗撮影) 日本の芸能界はもともと芸能プロが暴力団組織の直属にあった背景から、タレントが所属事務所との力関係で隷属的になっている。どんなに売れっ子でも、業界の有力者を敵にすればすぐに「干される」異様な世界。一般社会ではありえないような「業界追放」は、タレントたちをもっとも恐れさせるものだ。それは「売れている」のではなく「売れさせてもらっている」からでもある。 バラエティ番組の収録現場ではスタッフが身の回りの世話を焼いてくれ、送迎やヘアメイクまでケア、収録はおよそ非現実的な金ピカのステージに上げてもらいスター扱いしてくれる。筆者のような無名ジャーナリストでもテレビ出演時は丁重に扱われるのだから「こりゃ勘違いする人が増えるの当然だわ」と思ったりする。 しかし、そんなステージに上がっても実際には自分のスキルが急にアップしているなんてことはない。各ゲスト出演者は程よくコメントさせる司会者の手腕と、ディレクターが書いた台本に乗せられているだけである。その世界で確かな成功をするのは、チャンスを得た間に浮かれずスキルアップできた一部の人だけで、多くは大成功した錯覚に陥って浮かれてしまい、次の瞬間にはお役目終了となっている。その浮き沈みの激しさを体感すれば戸惑いを持たない方がおかしい。 一般社会でなら「ひとりでも営業をこなせるようになったぞ」とか「やっと一人前の仕事がこなせるようになった私」とか、仕事で身に着けたスキルの成果を自覚できるが、芸能人の場合はその目安を把握するのが難しく、ピコ太郎のように急に世界的スターになったタレントも、自分の実力と評価のアンバランスさに驚いている。こんな世界でまったく病みもせず続けられる人は、相当に図太い神経の持ち主。世間に犯罪者のごとくバッシングを受けてもメディアの前にニコニコ顔で出てこられるベッキーのような人種は、むしろ信仰なんぞ不必要な話で、実際に彼女は過去、無宗教を公言していた。 梅沢富美男は先日、情報番組で「芸能界に友達なんていない。みんな足を引っ張りあってますから。人を蹴落としてでも自分が出るのが芸能界」と言い切っていたが、そのとおりだ。番組内で和気あいあいやっているのはあくまで収録時だけ。終わった途端、軽い会釈だけしてスタジオからさっさと消えていくタレントの方が圧倒多数だ。 そんなわけで、宗教に依存するタレントたちを怪訝な目で見る人も多いだろうが、そのタレントたちはむしろ我々一般人に近い心の弱さを持っている人々といえる。おそらくは宗教にもさほど詳しくはないはず。組織に属さなくても信仰はできるところ団体活動をしているのは、寄り添う仲間が欠かせない弱者的スタンスがあるといえるかもしれない。

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    そしてSMAPは「伝説」になる

    国民的アイドル、SMAPがきょう解散する。所属事務所のお家騒動やメンバーの確執など解散に至る経緯は複雑だったが、グループとしての5人の活躍を願うファンの想いはどこまでも温かく、一途だった。時代を駆け抜けたSMAPは、平成ニッポンに何をもたらしたのか。ついに「伝説」となる彼らの足跡をたどり、解散後の未来を占う。

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    「SMAPノムコウ」にも、きっと何かが待っている

    ていたからであり、その集合体としてのグループが輝いていたからだ。 2017年から、「SMAPのいない芸能界」、そして「SMAP不在の時代」が始まる。寂しいことではあるが、ファンはもちろん、業界もまた受け入れるしかない。そして、慣れていくしかない。 その一方で、5人の新たな活躍を見る楽しみが待っていると思いたい。ただし、乱暴な予想としては、5人とも「ソロ歌手」という選択はしないだろう。音楽的に、個人でSMAPの実績を超えるのは、かなり難しい。むしろ音楽以外の場、タレントや俳優としての活動が中心になるはずだ。キムタクドラマから木村拓哉ドラマへ まずは木村拓哉だが、今後、ますます演技力に磨きをかけるだろう。その萌芽は、すでに2015年春のドラマ『アイムホーム』(テレビ朝日系)にあった。これは、いわゆる“キムタクドラマ”ではなかったのだ。脚本も演出も脇役も、ひたすら木村をカッコよく見せることだけに奉仕するのがキムタクドラマなら、この作品は違った。そこにいたのは“キムタク”ではなく、一人の俳優としての“木村拓哉”だった。俳優・草彅剛とMC・稲垣吾郎の展開 主人公は、事故で過去5年の記憶を失った家路久(木村)。なぜか妻(上戸彩)や息子の顔が白い仮面に見えてしまう。彼らへの愛情にも確信がもてない。その一方で、元妻(水野美紀)と娘に強い未練をもつ自分に戸惑っている。 原作は石坂啓の漫画で、仮面が邪魔して家族の感情が読み取れないというアイデアが秀逸だった。その不気味さと怖さはドラマで倍化しており、見る側を家路に感情移入させる装置にもなっていた。 自分は元々家庭や職場でどんな人間だったのか。なぜ結婚し、離婚し、新たな家族を持ったのか。知りたい。でも、知るのが怖い。そんな不安定な立場と複雑な心境に陥ったフツーの男を、木村拓哉がキムタクを封印して誠実に演じたのが、このドラマだ。 何より木村が、夫であり父でもあるという実年齢相応の役柄に挑戦し、きちんと造形していたことを評価したい。今後は、顔の細部を動かすようなテレビ的演技だけでなく、たたずまいも含め、全身で表現できる役者を目指してもらいたいと思う。 年明け早々に始まる医療ドラマ、TBS日曜劇場『A LIFE〜愛しき人〜』が、旧来の“キムタクドラマ”の延長にあるのか、それとも“木村拓哉ドラマ”の確立となるのか。当面の試金石だろう。俳優・草彅剛とMC・稲垣吾郎 木村と同様、俳優としての才能を生かしそうなのが草彅剛だ。2016年1月クールに放送された『スペシャリスト Specialist』(テレビ朝日系)に注目したい。 無実の罪で10年間服役していた刑事・宅間(草彅)という設定が意表をついていた。刑務所で学んだ犯罪者の手口や心理など、いわば“生きたデータ”が彼の武器だ。 草彅は、飄々としていながら洞察力に秀でた主人公を好演。また、ひと癖ある上司(吹越満)や、勝手に動き回る宅間に振り回される女性刑事(夏菜)など、脇役陣との連携も巧みだった。 年明けの1月クール、草彅は『嘘の戦争』(フジテレビ系)で主演を務める。冤罪だった父親のために詐欺師となって復讐を果たす男の役だ。誠実そうな風貌の草彅だからこそのキャスティングであり、そのギャップをどれだけ見せられるかが勝負だ。 3人目は稲垣吾郎である。三谷幸喜監督『笑の大学』(2004年)や三池崇史監督『十三人の刺客』(2010年)、また今年春のドラマ『不機嫌な果実』(テレビ朝日系)などが印象に残る。いずれも、いわゆる主演ではないものの、しっかりと存在感を示していた。 中でも、『十三人の刺客』が強烈だった。稲垣は役所広司たち刺客の敵であり、悪役である将軍の弟。この“狂気の人”を、想像以上の迫力で見事に演じていたのだ。今後も、稲垣の持ち味を生かせる役柄であれば、主役・脇役を問わず出演すべきだと思う。 また同時に、ブックバラエティ『ゴロウ・デラックス』(TBS系)で見せる、実に自然体なMCがとても魅力的だ。今月放送された、みうらじゅんと宮藤官九郎がゲストの前後編でも、これだけ個性の強い面々を相手に、自分を見失わず、しかも自分の性癖さえ適度にはさみみ込みながらトークを展開していた。これは立派な才能であり、今後はもっと活用すべきだ。不透明な香取慎吾と、中居正広の「兄貴路線」不透明な香取慎吾と中居正広の兄貴路線 そして香取慎吾だが、実は5人の中で、今後が一番見えにくい。NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年)や、『薔薇のない花屋』(2008年、フジテレビ系)での好演は記憶にあるが、2016年夏のTBS日曜劇場『家族ノカタチ』は、あまり感心できなかった。 繰り返される「結婚できないんじゃなくてしないんだ」という台詞が象徴するように、こだわりが強くて独身ライフを謳歌(おうか)しているという設定が、阿部寛主演の『結婚できない男』(フジテレビ系)とイメージがダブったのは仕方ないにしても、香取演じる独身男は、他人を拒否し、いつもイライラしていて不機嫌な人にしか見えなかった。 もちろん脚本や演出に従っただけかもしれないが、香取が俳優としてどのように進んでいきたいのかが、見る側に伝わってこなかったのだ。 あとは、テレビ朝日系『SmaSTATION!!』(スマステーション!!)のようなバラエティーということになるが、今回のSMAP解散への過程を経て、どこか香取自身が以前と比べて楽しんでいるように見えない。むしろ痛々しささえ感じてしまい、視聴者側も手放しで楽しめなくなっている。年が明けたら気分を一新し、今後の方向性を打ち出していって欲しい。 最後は中居正広だ。ドラマ『ATARU』(2012年、TBS系)は、主人公の特異なキャラクターが功を奏して適役だった。しかし、その後の『新ナニワ金融道』(2015年、フジテレビ系)などでの演技は、あまり進化しているように見えず、困った。SMAPのメンバーがNHK紅白歌合戦の番組担当者に宛てた文書 恐らく今後も、俳優としてより、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)など自身の冠バラエティーで活躍していくのではないか。今年、「ベッキー復帰問題」で見せた、芸能界の“ちょっとヤンチャな愛すべき兄貴”といったポジションも悪くないだろう。ただし、キャリアとしては実質的な大物になっているだけに、逆に大物風の言動にならないよう、気をつけたい。SMAPノムコウ 2016年1月、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)で行われた異様な“生謝罪”に象徴される、後味の悪い独立騒動。そして、どこかスッキリしないまま、終幕を迎えた解散劇。 この1年で、5人のイメージは明らかにダメージを受けた。かつてのように、素直に彼らを見て楽しめない“しこり”が残ってしまった。どんなに取り繕っても、それは事実だ。 今後、5人はそれぞれに、この現実を踏まえて芸能活動を行っていくことになる。いや、実際の活動を通じて、イメージを回復し、しこりを解消していこうと努力するだろう。 “夜空ノムコウ”には明日が待っていたが、“SMAPノムコウ”にも、きっと何かが待っているはずだ。たとえそれが、「あのころの未来」とは違っていたとしても。

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    SMAPは永遠なれど、最後まで解散を語れなかった「大人の事情」

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント) 2016年は政治や経済だけでなく、芸能も含めてさまざまなニュースが飛び交った激動の1年であったが、その中でも365日ほぼ欠かさず話題に上ったのはSMAPだけと言っても過言ではないだろう。解散危機のニュースに始まり、そして大みそかにグループとして本当の解散を迎え、SMAPは結成からおよそ28年、デビュー25年の活動に終止符を打つ。最後の最後まで話題を独占することになる。 「最後の砦」と期待された『SMAP×SMAP』(フジ系)が終わり、『紅白歌合戦』(NHK)出場辞退で、SMAPがSMAPとしてステージにそろうことはもうなくなった、全国のファンからは嘆きも乾くほどのため息が漏れているようだ。 こうしたSMAP解散騒動の裏でジャニーズ事務所に関する悪いニュースも続いている。所属グループやタレントのファンクラブを運営する「ジャニーズファミリークラブ」の会員規約をめぐって消費者団体から一部不適切との指摘を受けた。最も問題にされているのはコンサートチケットだ。抽選であるにもかかわらず、申し込み時に代金を支払い、抽選に漏れて購入できなかった場合は振込手数料を差し引いたうえで返金するという仕組み。確かにファンが何の得もなく損だけしているのに、ジャニーズ側は得しかしないというのは、規約上に無理があるというわけだ。(イラスト・不思議三十郎) さらに、興行活動していないSMAPのファンにしてみれば、会員であることのメリットは何もない。ファンクラブの存在自体厳しい状況で「この会費は一体何のための費用か」と多くのSMAPファンが疑問を抱いている。ただ、その一方でSMAPの代表曲で国民的ソングとなった『世界に一つだけの花』は、販売枚数300万枚突破という歴史的売り上げを達成した。それは解散阻止の願いを込めたファンの購買運動のたまものであり、怒りと喜びが交錯する複雑な心情がうかがえる。 では、ジャニーズ首脳はどうだろうか。騒動が勃発した当初、寝耳に水のとんでもない解散話にあわてた様子だったジャニー喜多川さんは、とっくに諦めていて、もはやSMAPというグループ自体を亡きものとして扱っているようだ。メリーさんも、森且行が辞めた時「森は最初からいなかった」と言っていたが、SMAP解散についても同様に見事にスイッチが切り替えられていることだろう。解散騒動は大きな痛手ではない ジャニーさんやメリーさんが楽観的なのは、今回のSMAP解散騒動はジャニーズ事務所にとってそんなに大きな痛手ではないからだ。SMAPというグループがなくなり、木村拓哉を除く4人が独立したとしても営業面、収益面で何ら困ることはないだろう。解散後もSMAPの売り上げは継続し、音楽・映像の印税、肖像権や著作権の使用利益で、十億級の収入が恒常的にもたらされるのはほぼ間違いない。 曲が使用されるたび収益が上がる印税システムは著作者にとって実にオイシイものだ。多額の借金を抱え詐欺まで働いた小室哲哉さんにしても毎年数億円の収入があると言われる。しかもジャニーズの場合、その楽曲の多くが著作権、版権を買い取る契約となっており、売上報酬も印税もすべてジャニーズの利益となるのだ。 往年のフォーリーブスや郷ひろみ、80年代の田原俊彦に近藤真彦、そして光GENJIもいまだ稼ぎ続けている。ジャニーズがつくった「作品」という資産は、ギャランティーが発生しない分、利益率はより高くなる。人という商品であるタレントにはメンテナンス(メンタルフォロー)が必要で、その負荷は計り知れない。面倒が回避され、余計な心労を被ることがないに越したことはないのだ。 SMAPの25年分の資産は、ジャニーズに今後どれだけの銭金をもたらすのか。ざっと見積もって数十億円に上り、「ポストSMAP」をつくって穴埋めをする必要など全くない。関ジャニ∞はこの冬開催されている5大ドームツアーで動員75万人の新たな金字塔を打ち立てるだろう。また、滝沢秀明と堂本光一の2トップは舞台で長年安定した動員を続けている。キンキ(KinKi Kids)も東京ドーム公演19年連続と記録ずくめである。キスマイ(Kis-My-Ft2)やヘイセイ(Hey! Say! JUMP)、セクゾ(Sexy Zone)ら後輩のCDセールス、コンサート動員もジャニーズ以外真似できない数字を叩き出している。嵐にいたっては今さら触れるまでもない。 ゆえにジャニーズ事務所にとって経営面での不安はないといっていい。だが、一連のSMAP解散騒動は人間関係の非情さや寂しさを印象づける結果となったのは間違いない。 今回の件で最も重い哀愁を背負ったのはジャニーさんだろう。大好きだった少年たちがいつのまにか大人になってしまい、自らの手を離れてしまう。親子と同じような感覚、そこに恋人のエッセンスも少し含まれた感じだろうか。ジャニーさんは恋人として相手を輝かせる。身も心も支配して最上の愛を注ぎ込むテクニックで、ジャニーズのタレントは完成されるのだ。タモリさんが結ぶ縁 ファンの想いも複雑だ。解散という現実を受け入れられない熱烈なファンは、素晴らしい結束力と動員力で、今もあらゆる解散阻止活動を行っている。「SMAP×SMAP」の最終回はファンからの想いをふんだんにちりばめた構成で20年を振り返った。「ありがとう」という言葉は新しく出発する彼らへの「贈る言葉」として掲げられたに違いなく、同時にSMAPは永遠であるという強い想いが画面からあふれていた。 しかし、その裏では、納得できないファンのメッセージがネットをにぎわせてもいた。「ふざけるな」「ありがとうじゃねーよ」「勝手に終わらせるな」。解散についての説明が何もないことに怒りを吐き出す声も少なくなかった。番組の最終回に寄せられ、紹介されなかったメッセージの多くは、決して「ありがとう」だけではなく、一方的にハッピーエンドにする姿勢への憤りに満ちていたと聞く。 解散に至った説明をファンが求めるのは理解はできる。だが、ファンが芸能界の出来事について納得する形で真実を知り得ることは非常に難しい。それがジャニーズであればなおさらだ。業界からファンまで大きく振り回された解散騒動だったが、今回は当のジャニーズさえ振り回され続けた。ここまで何とかまとめただけでも大変な苦労だっただろう。その苦労さえファンにとっては知る由もない。 12月19日に放送された人気コーナー「ビストロSMAP」最終回には大御所タモリさんが登場した。一連の解散騒動や紅白(出場)問題で度々その名が登場したタモリさんとSMAPは20年来の深くて長い縁がある。そのタモリさんが所属する田辺エージェンシー代表、田邊昭知さんを後ろ盾にSMAP独立といううわさがある。ジャニーズと契約切れとなる2017年秋以降、「木村を除く独立組4人」が田邊さんの力添えで芸能界に残れるよう、すでに相談しているとの情報もある。 最後まで何かと話題の尽きないSMAPだが、17年9月のジャニーズとの契約更新に向けて、まだまだ注目され続けるだろう。メンバー個々の動向が世間をにぎわせ続ける限り、SMAPはまだまだ終わらない。