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    中居正広の裏切りとジャニーズへの「忖度」

    ていたリーダー、中居正広のジャニーズ残留が決まった。他の3人への「裏切り」とも揶揄されたが、どうやら芸能界特有の複雑な事情もあったようで…。

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    「義理と人情」日本的価値観を体現したSMAP解散劇

    表したコメント さらに各社の報道では、独立した3人がSMAPの元マネージャーである飯島三智氏とともに芸能活動を継続するとの観測も流れている。一方で、ネット上では、独立する3人が現在出演している番組の打ち切り情報も流れて、今後どうなるのかまだわからないことが多い。もちろん事務所に残る中居正広、木村拓哉のふたりのこれからも気になるところだ。 そしてSMAPが解散したのみならず、そのメンバーが同一の会社組織から離れてしまうということは、企業ベースでみたときのSMAPブランドの終わりということにもなる。もちろん我々の心の中のSMAPに終わりはない。だが、再結成も含めて、五人で集まる姿を見ることは、日本の芸能市場の閉鎖的なあり方からみれば、もう不可能である。残念だ。 SMAPは私たちの時代を象徴できたただひとつのアイドルグループだった。いや、アイドルグループという狭い縛りよりも広い意義をSMAPは担ってきた。評論家の中川右介は「それなりに長い平成という時代、ずっとトップの地位を保っていたのは、天皇とSMAPしかいない」(『SMAPと平成』朝日新書)、と述べている。それほど平成という時代とSMAPは一体化していた。中川は、SMAPの役割を日本の芸能史の劇的変化としてとらえ、天皇陛下と同様に「国民統合の象徴」にまでなったと断言している。「夜空ノムコウ」が映し出したもの 中川と同様に、SMAPはその代表曲「夜空ノムコウ」を歌うことで、平成という漠然とした不安の時代の中で、昭和という過去でもなく、平成という現在でもない、「雲のない星空」を指し示す存在だったと、社会学者の太田省一は指摘している(『SMAPと平成ニッポン』光文社新書)。 天皇陛下が退位の希望を述べられ、それをうけて「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立したばかりだ。3年以内の退位が条件づけられているが、いまのところ来年末をもって平成は終わると目されている。SMAPの活動もこの平成の世の始まりと終わりと本当に連動していて、時代の運命というものを実感させる。 平成という時代は、太田が指摘したように「漠然とした不安」の時代であった。グローバリズムの拡大、長期的不況の出現、阪神淡路大震災や東日本大震災、オウムサリン事件などのテロ、そして周辺国との安全保障上の緊張の高まりなど、新しい「不安」は常に私たちの生活に伴っていた。この不安の時代、いつSMAPは国民的アイドルになったのか、という問いを、評論家の矢野利裕は提起している(『ジャニーズと日本』講談社現代新書)。 阪神・淡路大震災が起きたとき、テレビ朝日系音楽番組の『ミュージックステーション』で「がんばりましょう」を歌唱し、国民の感情に寄り添ったときだろうか。あるいは21世紀の経済停滞の引き金を本格的にひいた1997年の金融危機の翌年に、「夜空ノムコウ」で不安の先にある希望を示してくれたときだろうか。または、長期化する不況の中で、自殺者が激増し、リストラや不正規雇用の激増など、人間が人間であることを企業社会から奪われつつあった2003年に、「No.1にならなくてもいい/もともと特別なOnly one」と、私たちの多様性と個々であることの素晴らしさを歌った「世界に一つだけの花」のときからだろうか。 その答えは難しい。まるで神話の始まりがいつなのか、客観的な分析を拒むのに似ている。私たちの心の中でいつの間にか共通の「物語」として織りなされていた。これをノーベル経済賞経済学者のトーマス・シェリングは「心の消費」の活動として分析している。テレビなどのメディアで目にする様々な偶像(アイドル)に、自分と切っても切り離せないものを感じることで、アイドルに生命を吹き込む。その心の消費がさまざまな人々のネットワークで強固に結びついたときに、アイドルはアイドルを超えて、国民の統合にさえなるのだろう。打算だけでは図れないSMAPが持つ日本的価値観 矢野によると、ジャニー喜多川はアメリカの視線で日本の芸能人を見るべきだと考えていたという。ジャニー喜多川は、アメリカの芸能人とは「芸術家」のことであり、その活動は社会的に尊敬されているという。SMAPは、このジャニー喜多川の願いを超えて、日本の文化の根幹にさえなった、と言ったらおおげさだろうか。 SMAPのCMや出演番組が、「ポスト団塊ジュニア」の消費モデルとなったことは、その世代に完全に属するライターの速水健朗らの分析によって明らかにされている(速水他『大人のSMAP論』宝島社新書)。SMAPのメンバー自体の多くは、正確にはこのポスト団塊ジュニアよりも若干上の世代だ。つまり「兄」としてポスト団塊ジュニアたちの生活モデルとなったのだろう。SMAPが日本の文化の根幹になるに際して、日本の人口でも団塊世代に次いで巨大な層であるポスト団塊ジュニアを魅了した点は大きいだろう。 他方で、SMAPはまた旧来の日本的価値観ともいえる「義理と人情」にも大きく規定されている(松谷創一郎『SMAPはなぜ解散したか』SB新書、にも同様の指摘がある)。これは今回の5人の去就が必ずしも経済的合理性、よりわかりやすくいえば打算だけではまったく測れないことにもある。 今回、事務所を出ていく3人は、観測報道が正しければ、彼らを成功に導いた功労者のひとり、飯島氏と行動をともにする、という。ただでさえ独立することは、日本の閉鎖的な芸能市場では困難に直面する。しかも誰がどうみても今回のSMAP解散劇は、またジャニーズ事務所の内紛であった。その意味では、芸能界での「忖度」が強く働き、出ていく3人の芸能活動を著しく制約してしまうかもしれない。1989年1月7日、新元号「平成」を発表する小渕恵三官房長官=首相官邸 だが、あえて彼らがその選択をとったのは、「義理と人情」であったろう。また残るふたりの思いも、また同様だと、筆者は信じている。出ていく3人と同じく、残るふたりもまた彼らを育ててきたジャニーズ事務所への「義理と人情」ゆえに残ったのかもしれない。あたりまえだが、人は打算のみでは生きてはいない。そしてそのことを、SMAPは平成の世を通して、私たちに訴え続けてきたではないか。 平成の世もまもなく終わる。そして組織の中のSMAPもまもなく完全に終わる。だが、SMAPは平成を超えて、その先ノムコウを行くだろう。

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    中居正広がジャニーズに残留しても「SMAP再結成」は有り得ない

    )破りの人が出てくるのに、ジャニーズの問題になるとファンをないがしろにして、完全に統制されてしまう。芸能はエンターテインメントである以上、ファンがあっての世界だから、私自身がおかしいと思ったので伝えたわけです。解散のときにもフライングでツイートしましたが、SMAPファンからは「本当に大丈夫か」「デタラメ言うな」「アイドル評論家辞めろ」と反発があり、ツイッターが少し炎上しました。でも、解散発表が出て私が言っていることは事実だと分かってくれました。 SMAPは戦後、最も偉大なアイドルグループだと私は思っています。28年間トップを走り続けるグループなんて、芸能界を見渡しても歴史上ありません。そのグループが解散するというときに、彼らの記者会見もインタビューもなく、ファクス1枚のペラだけが送られ、芸能担当記者が黙ってそれを記事にするなんて信じられません。SMAP解散という事実より、真相が見えてこないことにファンはいらだちを隠せないというのが本音なのではないでしょうか。 そういう意味では今回も同じです。先週、『週刊新潮』にSMAP独立の記事が出たとき、ファンは本当なのかヤキモキしていたわけです。スポーツ各紙に情報が一斉解禁されても、ジャニーズからのファクスとジャニー喜多川社長のメッセージがあるだけで、結局本人たちのコメントはどこにもありません。私もスポーツ紙やワイドショーを確認しましたが、中居正広のジャニーズ残留についてスペースを割いているだけでした。「SMAPを存続させたい」「大物スポーツ選手に説得された」などとの報道もありましたが、現時点ではそれが真実かどうかも分からない。だからこそ、一連の記事は事務所サイドの承認を得て報じられたものだと、ファンも半信半疑なんだと思います。再結成はもうありえない ジャニー喜多川さんのメッセージにしても、ツイッターを検索してみると「『3人』と書かれていたけど名前すら書いていない」と失望しているファンもいて、実はファンの間でも賛否両論なんです。ジャニーさんは、SMAPや独立する3人への思いがあってメッセージを出したのかもしれませんが、ファンは繊細な気持ちでもっと深い部分まで見ているんだと私も改めて気付かされたし、ネット反響のすごさを思い知らされました。でも、テレビのコメンテーターは「感動した」と言うばかりで、同じことを言えといってもきっと言えないでしょうね。 私はジャニーさんを尊敬しているし、すごい人だと思っていますが、実を言うと顔も知らないし、声すら聞いたことない。メリー喜多川副社長や元チーフマネージャーの飯島三智さんもそうですが、名前しか知らないんです。SMAPの独立は芸能界を揺るがす騒動にもかかわらず、ジャニーさんやメリーさんに芸能記者が直撃取材した形跡はどこにもない。テレビ各局の立場で言えば、ジャニーズタレントを起用した番組がいっぱいあるもんだから、仮に事務所を敵に回せば番組自体が成り立たないことは容易に想像できます。でも、事務所関係者でさえ記者会見をしない状況には、ファンがどう思っているのか。私自身疑問に思っています。 当初は「独立派」だった中居がジャニーズ残留を決めたことは理解できます。他の3人と比べてレギュラーの数が明らかに多いし、何より彼は日本屈指のバラエティー司会者でもあるのです。ゴールデン番組でお笑い芸人や俳優を相手に仕切ることができるタレントは、ジャニーズ内でもほとんどいないでしょう。現在のレギュラー番組を降板してまで事務所から独立するということになれば、制作局や制作会社のスタッフ、タレント、スポンサーにまで重大な影響を及ぼすので、彼の心中で「忖度」したというのが真相なのかもしれません。ただ、残留を決めた以上、毎年この時期になれば、独立か否か憶測を呼ぶことになるでしょうから、これからも苦悩は続くでしょうね。 SMAP解散もそうですが、芸能界は変わりつつあります。今はインターネットの中でも世論が形成されていて、あわよくば「SMAPが再結成してくれるんじゃないか」という一縷(いちる)の望みがファンの間で広がっています。確かに、中居が残留したことで、SMAP再結成の観測記事もありましたが、私に言わせればそんなことは絶対に有り得ない。SMAPはもう完全にグループとして「消滅」したんです。2016年8月14日、SMAP解散を報じるスポーツ各紙(竹川禎一郎撮影) 完全に終わったという意味では、昨年1月にSMAPが解散騒動について、出演番組で謝罪した「公開処刑」がそのタイミングだったと思います。あの日本で最も偉大なアイドルがファンの前で無残な姿をさらし、それを事務所側がおぜん立てまでしてしまった。国民的アイドルグループとして、本当に情けない場面でした。あの姿を見て、ジャニーズ事務所の後輩グループはチャンスに思うどころか、むしろ絶望感を覚えたと思いますよ。それぐらい衝撃的な出来事だったと思っています。20年続いた番組が移籍で終了する「おかしな話」 さて、ジャニーズを離れる3人の今後の芸能活動ですが、常識的に考えて今まで通りにはいかないでしょう。既に香取が司会を務めるテレビ朝日系『SmaSTATION!!』の9月終了が報道されていますが、20年も続いた番組が事務所の移籍に伴って終了するというのは、本来おかしな話ですよね。(イラスト・不思議三十郎) 確かに、新人や駆け出しのタレントが独立を画策して、業界から干されるというのは芸能界では珍しくありません。でも、芸能プロの論理からすれば、タレントの売り出しに莫大(ばくだい)な投資をしているのに、売れ始めた瞬間に事務所を辞められてしまったら、とんでもない損失です。個人の都合で移籍すれば、1年間は芸能活動を控えるという「暗黙の協定」が業界内の常識であるというのはある意味当然なのかもしれません。でも、四半世紀以上芸能界のトップに君臨したSMAPのメンバーを同等に扱うのは少し違います。彼らは言うなればタレントではなく、「アーティスト」というべき存在なのです。米国であれば、所属タレントを管理するエージェントは出演や金額など交渉業務を代行するだけなので、事務所を辞めれば出演番組が打ち切りになるという理屈は、理解できないかもしれません。 3人の今後の芸能活動が、今まで通りに行かないことは芸能界の慣習から言えば当然ですが、それでも彼らが「新しい形」を模索してくれるんじゃないかとの期待もあります。仮にテレビ出演が難しくても、映画や舞台だってあるし、芸術家や小説家の道だってあります。彼らは誰もが認めるマルチな才能を持っているのですから、いかなる険しい道が待っていようとも、偉大なアイドルグループを支えたメンバーとして、これからも活躍してくれるはずだと思っています。(聞き手 iRONNA編集部、松田穣)なかもり・あきお 昭和35年、三重県生まれ。80年代からさまざまなメディアでサブカルチャーを論じる。「おたく」の名付け親として知られる。著書に『アイドルにっぽん』(新潮社)『東京トンガリキッズ』(角川文庫)など多数。近著に『アイドルになりたい!』(筑摩書房)。

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    香取、草彅、稲垣の独立を許したジャニーズの思惑を私は知っている

    がいなくなるとそりゃあ事務所もそれなりに影響がでますからね。(イラスト・不思議三十郎) ジャニーズは芸能界という世界では大企業以上の省庁みたいな存在になってしまった。例えて言うならSMAPクラスは事務次官ですかね。辞めてどこかへ行くときは「天下り」なんですよ。元SMAPメンバーはなんといってもブランド力がありますから、フリーになること自体がおいしい「天下り」みたいなものです。 だって、今までジャニーズだから制限されていた仕事を何でもしがらみなくできますからね。光GENJIと比べ物にならないのは言うまでもありません。稼ぎが半端じゃないですから。正直元SMAPメンバーは仕事を10年休んでもなんともない。なぜ、仕事続けるかといえば、自分の地位を維持しておきたいという願望だけです。 そもそも中居の「裏切り」だとか騒いでますけど、本当は5人ともビジネスライクの付き合いでしかない。本当の友達じゃないですから。一部報道で「慎吾が中居に残留を勧めた」とかありますが、事務所を離れる3人からすればどうでもいいことなんですよ。 慎吾らは自由になりたいがために芸能界を辞めてもいいというぐらいの勢いで事務所に迫ったから、ジャニーさんもあきらめたんです。そういう状況に対して、ジャニーさんは、面倒くさがりなんで、「そうなのか」で終わりです。もめているときは「YOUたちなんとかならないの?」とか言ったでしょうけど、もうどうでもいいんです。 言葉ではジャニーさんはみんな自分の子供たちのように大事だと言いますが、結局ジャニーさんの夢を全部叶えたのは光一と滝沢なんですよ。観客の目の前で、本当の実力があって歌って踊れていうことができるのはその2人で、それはSMAPも嵐もできないんですよ。この60年のジャニーズの歴史の中でこの2人はずば抜けている。ビジネスとして中居は大切ですけどね。心底大切に思っているかどうかは別ですね。 だからビジネスとして稼いでくれたSMAPは、その意味で大切に思っているけどジャニーさん個人の思いとしては光一と滝沢に勝る者はいないんです。 慎吾ら3人は芸能界から干されるとか心配する人もいますが、それはないですね。元マネジャーの飯島三智さんのところに行って、むしろ安いギャラでもいろんな仕事を引き受けることになりますから。  それこそ、テレビ関係者や他の芸能事務所が、事務所を出た慎吾ら元SMAPのメンバーを使いづらいとか思うのは、まさにジャニーズ事務所への「忖度」であって、本当は何の横やりも入れないですよ。ジャニーさん本人が言ってましたよ、「僕が出て行った人たちを使うなとか、そんなこと言ったことは一度もない」ってね。(聞き手・iRONNA編集部、津田大資)

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    香取慎吾 「解散ネタ」出るかもと中居との共演を心配してた

    「朝からずっと(番宣に)出ているんですけど、今の時間がちょうど眠いですね!」。4月24日、『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)がゴールデンに移って再スタート。生放送の冒頭でこう笑いをとって、ソツのない司会ぶりを見せた中居正広(44才)。ところが、同じ生放送でも香取慎吾(40才)の『SmaSTATION!!』(22日、テレビ朝日系)にゲスト出演した時はいつもと様子が違った。東京・六本木のテレビ朝日本社 SMAP解散後、初めてのメンバー同士のテレビ共演とあって現場は緊張ムード。そんな中、中居は登場するやいなや、香取の隠し子騒動をイジると、香取も「友達の子だって。いいんだよ、それはもう!」と、からかってくる“長男”に“末っ子”が必死に言い返すやり取りは相変わらず。 VTR中も香取にしきりに話しかける中居は、「シーッ! 生放送だからこれ!」と叱られ、苦手な食材の食レポをすると「グチャッとしたのが嫌なんでしょ?」と香取につっこまれ、笑いあう。 終盤にはお互いを「ふざけてる感じがあるんです」(中居)、「ゲストは超下手!」(香取)と、多少のぎこちなさを見せながらも、その“ツンデレやり取り”に気が置けない関係がうかがえた。その舞台裏を番組関係者が明かす。「2人の共演は4月15日に発表されましたが、実は中居さんがゲスト出演することは4月頭には内定していました。発表が遅れたのは、中居さんがやる気満々の一方、香取さんのテンションが意外と低かったからです。どうも中居さんが解散を笑いのネタにするのではないかと心配だったようなんです。いくら仲がいいとはいえ、年下の香取さんが先輩の中居さんにアレコレ注文をつけられる立場ではないですから…。さすがに解散ネタは出なかったものの、『隠し子騒動』の話がいきなり出たので冷や汗が出ました」 昨年は2人で熊本地震被災地への炊き出しに行くなど親密な仲ながら、先輩後輩の気遣いはあるようだ。『スマステ』では生放送前に、後日放送する総集編で使うために、大下容子アナ(46才)も交えたゲストとのトークの収録が行われる。「セットの椅子に座るよう促されると、改まった雰囲気になることに照れたのでしょう、中居さんが『いやだよ~』と笑いながら拒否したんです。そうしたら香取さんが『みんなやってるんだから、ほら、中居くん』と。弟キャラの香取さんがお兄さんキャラの中居さんに言い聞かせる様子がおかしくて、スタジオからは笑いが起きました。もちろん中居さんもちゃんと座って、トークの収録に参加していましたよ」(前出・番組関係者) 25年ずっと一緒だった仲間と、4か月会わずに久々の再会。気恥ずかしいような、照れるような、ちょっと脇の下に汗もかきそうな雰囲気になるのは、わかる気もする。関連記事■ 山下智久、32才の誕生日に石原さとみと原宿デート■ 萬田久子 マネジャーとの熱い夜に冷水浴びせた薬物事件■ 香取慎吾と恋人の関係、「SMAPと恋」の苦難と悲哀を象徴■ 貴乃花長男の結婚相手 清爽な雰囲気の黒髪美女の写真■ 中居正広の恋人・武田舞香 木村拓哉に厳しいダンス指導

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    木村拓哉「中居ジャニーズ残留」に複雑心境も大人の対応

    は1億円ほどで、きっちりお給料ももらっています。彼らの行動は筋が違うのでは、という声も聞こえます」(芸能関係者) 彼らの決断を木村はどう受け止めているのか。5月18日(現地時間)にカンヌ国際映画祭のレッドカーペットを歩いて以降、芸能生活を始めて以来という長期休暇に入っている木村。最近は美容院を変えたり、家族でカフェで食事をする姿が目撃されている。 その休暇中に独立の意思を見せた元メンバーの動向について、「木村さんは複雑な心境では」と語るのは木村を知る関係者。「事務所への恩義と家族のために残留を決意し、4人に『5人でやっていこう』と言葉を懸命にかけていましたが、結局は解散という結果になり、世間からの風当たりが最も強くなったのは木村さんです。しかも、昨年末の焼き肉晩餐会には木村さんだけが呼ばれず、『木村対4人』の構図ができあがってしまいました。 木村さんとしては自分ひとりだけでも筋を通したつもりでしたが、しこりが残ったことは事実。今回、中居さんが残留すると言われて即答できない気持ちもあるでしょう。でもそこは大人です。解散してそれぞれが選んだ道で成功してほしい、と。木村さんのそんな態度もあったからこそ、事務所スタッフも違和感なくみんなの決断を受け止められたんだと思います」関連記事■ 稲垣、草なぎ、香取 9月でジャニーズ退社へ 中居は残留か■ 草なぎ剛、香取慎吾、稲垣吾郎 それぞれの心機一転■ 小出恵介の相手は17才シングルマザー 雑誌暴露に後悔も■ 渡辺謙 不倫報道で6億円自宅から荷物たたき出される■ 中居正広の恋人・武田舞香 木村拓哉に厳しいダンス指導

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    落語家の時代劇悪役はなぜ怖いのか 春風亭昇太、小朝も

     時代劇で落語家が演じる悪役ぶりが話題を集めている。NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』では、今川義元を演じる春風亭昇太が“怪演”と話題沸騰中。春風亭小朝もBS時代劇で演じる不気味な悪役で存在感を発揮している。彼らの“怖さ”の秘密について時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野さんが迫る。* * * 怖っ!! 大河ドラマ『おんな城主 直虎』で春風亭昇太演じる今川義元が出てくるたびに、そう思う人は多いはず。なにしろ、第一話で初登場の際には、ピロピロリ~と不協和音っぽい音楽に乗って、白いマントのような豪華な羽織をぶわっとさせて登場。その顔は、額には黒丸のような眉毛が描かれ、唇まで真っ白! 怖しい白カラスのような雰囲気だ。2016年12月18日、大河ドラマのトークショーで今川義元役の春風亭昇太さん(中央)と並ぶ、静岡市非公式のゆるキャラ「今川さん」 その義元は、目の前の裏切り者・井伊直満(宇梶剛士)を嫌な顔でにらみつけ、無言のままさっと手を挙げると、あっという間に家来たちが宇梶を抹殺してしまう。いつもの昇太なら、宇梶と目が合っただけでボコボコにされそうだが、今回は違う。しかも、人殺しを命じておきながら、白カラス義元は終始無言なのだ。 その後、ドラマの主人公井伊家の娘おとわ(後の次郎法師・直虎)を人質から解放する際にも、まったく声を出さず、扇をパサッとしただけで命令完了。家臣はそれだけで、おとわに「去ってよいとの仰せじゃ」と義元の言葉を理解するのである。テレパシーか。 しかし、これは絶妙な演出だ。視聴者はふだん『笑点』でお茶目でおしゃべりな昇太を観ているだけに、口を開かず、白塗りの義元とのギャップは強烈で怖い。威圧感もある。おまけに『笑点』では嫁がいないことをいつもネタにされているが、この義元は、かつて人質にされた井伊家の美女佐名(花總まり)を「お手付き」にしているのである。おとわの侍女の話では「それはもう何度も何度も」で、その挙句、飽きるとぼろのように「捨てた」という。これもギャップ…。 今川義元は、これまで大河ドラマでは、『功名が辻』江守徹、『武田信玄』中村勘九郎(中村勘三郎)、フジテレビの『女信長』では三谷幸喜、最近では『信長協奏曲』で生瀬勝久など、名優が演じてきたが、この昇太ほど不気味な義元はいない。『下町ロケット』で主人公の町工場を痛めつける非情な銀行融資係から、昇太の敵役はさらに進化した。 しかし、そんな昇太の前に「ちょっと待った!」とばかりに立ちはだかった先輩落語家がいる。NHK BS時代劇『雲霧仁左衛門3』の春風亭小朝だ。小朝は主人公・雲霧仁左衛門(中井貴一)に裏金を奪われ、彼らに復讐をしようとあの手この手を考える藤堂家の家老・磯部役。悪の黒幕だ。ただし、こちらは昇太義元とは対照的。密談をするため、商家の座敷にわざわざ駕籠で乗り込んだり、悪だくみを思いつくと、「ふふふ、面白くってきたぞ」と、池の鯉のエサの麩をバリバリと握りつぶしたり。冷たい顔をした殺し屋剣豪(板尾創路)に指示したり。いかにも悪役。何を考えているのかわからない義元とは違って、わかりやすいのである。 昇太はトレードマークのメガネをはずすと別人のような怖い顔になり、小朝はやはりトレードマークの金髪を封じると悪役に。ふたりの不気味顔対決は、あと少し続く。今のところ、義元の不気味さが勝っている気がするが、最終対決に向けて、「微笑みながら悪い事を考える」小朝家老が何を仕掛けるか。目が離せない。関連記事■ 落語が本業の『笑点』メンバー 高座が一番面白いのは誰か■ 藤原紀香 愛之助も出演する新ドラマで新米バスガイドに挑戦■ オタク少年からイケメン噺家に転身した春風亭昇々■ 春風亭昇太ひたすらなバカバカしさがナウなヤングにバカウケ■ 朝ドラ新ヒロイン波瑠 純白の衣装で伏し目がちな美しい笑顔

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    ロンブー淳がまた吠えた!「芸能コピペ記事はヤフーにも責任がある」

    、やっぱこういう表現方法はいいなって思うよ。 出版にいたるまでにいろいろあったけど、腹が立ったのは「芸能コピペ記事」ってやつ。もう2年くらい前だけど、僕がラジオでTBSの情報番組「王様のブランチ」を「嫌い」って言った部分だけがネットニュースで流れてね。ラジオって密室の中で独特の空気感ができるんですよ。ラジオというメディアでしか表現できないものがあるでしょ。その中で話の流れとかあってそれをきちんと伝わるように文章にするって絶対無理なんですよ。 それなのにその「嫌い」って部分だけを切り取ってセンセーショナルな見出しつけてね。本来なら記事って読者にとって有益なものを出してお金を稼ぐ仕事じゃなきゃだめでしょ。とにかくクリックさえさせればいいっていう出す側はメリットあるんだけろうけど、あまりに一方的すぎるよなって。そんなに書きたいならちゃんと取材に来いよって思っちゃう。 この前もうちの相方の田村亮が大手事務所を批判したときも、亮さんになんかいいましたかって聞かれたんで、僕が注意したことを言ったけど結局、「淳が亮に説教」みたいなことになっちゃった。僕は説教のつもりなんかないし、こういうこと書いちゃう記者ってほんとに何も考えてないんだって思うね。 まあ、コピペ記事っていってもいろいろあるんだよね。テレビやラジオの発言を切り取るやつと、テレビ見ないでラジオも聞かないでネットに出ている記事をつなぎ合わせるやつとかね。ありもしないし、本当かどうかもわからないネット情報を組み合わせてあたかも言ってるような記事をつくる憶測コピペ記者は本当に勘弁してほしいね。「会って話せば意図が正確に伝わる」 僕は芸能コピペ記事が大嫌いだけどすべてを否定するわけじゃない。そもそも僕は容認もしないから、せめて抗っておこうと思っているだけ。ただ、何がおかしいかと言えば、僕らがツイッターやテレビ、ラジオなんかで言ったことが捻じ曲げられてネットとかに流れると、そっちの方が大手ニュースサイトとかに乗っかるから、すごい勢いで拡散する。真実は僕のツイッターの内容なのに、作られた記事の方が世の中にたくさん流れて、それが「事実」になっちゃう。それってどう考えてもおかしいじゃん。 やっぱ僕の基本にあるのは、ちゃんと会って話すれば印象はきっと変わるし、意図も正確に伝わるって思うんだよ。だからできるだけ人に会いたいし、直接話したいって思ってる。 ツイッターでよくケンカしていた時期があって、第二次世界大戦のことで、僕が戦後70年たって日本はいつまで謝り続けないといけないのかっていう趣旨のこと書いたら、「戦争のこと良くわかってない」、「知らないくせに偉そうなこと言うな」とか返された。 会ったこともないのにすごい言葉遣いだなって、よくそんなことまで言うなって思ったから、ダイレクトメッセージで直接話しませんかって電話番号教えたんですよ。それで電話で話したらすごい丁寧な話し方だった。僕のツイート内容に認識不足があったから言葉使いが悪くなってしまったって言ってたよ、52歳の男性でしたけど。 要はその男性はツイッターで批判してきたときは匿名なんですよ。匿名だからあんなひどい言い方で批判するだろって指摘したら、謝ってね。それで僕も謝って、世界大戦のことで今後知りたいことがあったら連絡してもいいですかってお願いしたら、「いいですよ」って言ってくれて。直接話をしたことでそこに何かが生まれたことを感じたんですよ。 とにかくフェアじゃないことが嫌い。僕がちゃんと顔や名前出して発信したことに匿名で言うのってそもそも土俵が違うだろってこと。誤解してほしくないのは、「2ちゃんねる」とかで言い合う場は、たとえ芸能人を誹謗中傷しようと互いが匿名だからフェアなの。 「保育園落ちた死ね」なんてのは、匿名性があったから出てきた話で、それで世の中が動いたんでしょ。だれが発信したかわからない中で、ちゃんと名乗って発信している僕ら個人に暴言浴びせてくるのはフェアじゃないって思うんですよ。 だから取材もそうですよ。記者も直接会って話を聞いてくださいよ。可能な限り時間取りますから。そしたら憶測記事はだいぶ減ると思いますよ。僕は基本的に人間が好きなんで、僕を誤解している人に極力会いたいと思っているんです。 大げさだけど、1億2千万人が誤解しているなら、1億2千万の人と会いたいと思っているぐらい。そしたら誤解が解けて、淳っていいヤツじゃんって、変われば一番いいことでしょ。だから街ブラの番組でも、極力僕のことを嫌がりそうな人に声をかけるね。しゃべったらそんな感じの人なんだってテレビを通じて伝える僕と、直接会って伝わる僕はぜんぜん違うんだよね。「芸能コピペ記事はフェアじゃない」 何年か前に「芸能コピペ記事」を知ったとき、なんでこんなことするのって思って「逆に取材したい」ってツイッターで書いたら、「2ちゃんねる」を創設した「ひろゆき」さんから連絡あって会いにいったんです。 なんでネットニュースがテレビ見てスパッと記事が上がっちゃうかって聞いたら、スピード勝負なんだってね。アルバイトで雇われた記者がテレビ見ながら、我先にってね。一番最初に上げることによって「ヤフーニュース」が取り上げてくれる率が上がるって。「だからみんな取材する時間がないんですよ。それを理解してください」って教えてくれたんです。 ならば、それってヤフーニュースで記事を選んでいる人たちにも相当責任があるなって思って。どうやって記事を選んでいるんですかって聞いたら、最終的には二十数人のスタッフがニュースを見て、どれをトピックにするかを決めているみたい。 これを知って僕は記者だけでなく、その人たちにも名前をすべてさらしてほしいなって思いましたね。要は芸能コピペ記事も直接取材してないし、名乗ってもいないしフェアじゃない。「日本人失格」 田村淳・著集英社新書:本体720円+税 ヤフーの人に名乗れっていうのは、まあそれは無理でしょうけどね。ただ、きちんと取材して正確な記事を書く記者もいれば、メディアもある。だから一番早く上げた者が勝ちなんて環境は変わってほしいなって心底思う。 特にネット上には、本当に有益で質の高い記事とそうでない記事が入り混じっていてわからない。なんか色分けとかでこれは「信用できる記事」とコピペみたいな「いいかげんな記事」を一目で判別できるようになったらいいな。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資、松田穣)

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    芸能コピペ記事なんていらない!

    く語ったのは、お笑いコンビ、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さんである。彼の怒りの矛先は、世に氾濫する芸能コピペ記事の数々。その真意を尋ねてみると、現代メディアが抱える大きな弱点も浮かび上がった。

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    大川隆法の「イイシラセ」清水富美加に感じたシンパシーの遠因

    島田裕巳(宗教学者) 女優の清水富美加さんが、芸能界を引退し、幸福の科学に出家するということで大きな騒ぎになっている。「幸福の科学」に出家した清水富美加 幸福の科学は、宗教のなかでは一般に「新宗教」に分類されている。新宗教をいったいいかなる宗教集団としてとらえるかについては、学界でも議論があり、一時幸福の科学は新宗教よりもさらに新しい「新新宗教」に分類されていたこともあった。 新新宗教とは、戦後の高度経済成長が終わり、オイルショックを景気に低成長、安定成長の時代に入ったことを象徴する宗教のことである。 従来の新宗教が病気治しや「現世利益」の実現を約束するのに対して、終末論やそうした事態を乗り越えるための超能力の獲得を宗教活動の中心に据えるものが新新宗教であるととらえられてきた。 そうした新新宗教のなかで、1980年代後半からのバブルの時代に台頭したのが、幸福の科学であり、当時はそのライバルと言われることも多かったオウム真理教である。 幸福の科学が社会的に注目されたのは、1991(平成3)年のことである。その年の7月7日には、教団の総裁である大川隆法氏の誕生日を祝う「ご誕生祭」が東京ドームで開かれ、事前にテレビで相当に派手な宣伝が行われた。私も、実際にこの祭典を取材に出かけたが、急成長する教団の存在を社会に向かって強くアピールしようとするような内容になっていた。 ただ、その一方で、講談社の出版物が教団とその信者の名誉を甚だしく毀損する記事を掲載したとして、当時信者であった作家の景山民夫氏や女優の小川知子氏などが被害者の会を結成し、講談社に対して強硬な抗議活動を行ったことでも、この教団は注目されることとなった。 講談社に対しては、膨大な抗議のファックスが送られ、また、教団や信者が講談社などに対して億単位の訴訟が行われた。ちょうとこの時期は、オウム真理教が進出した地域で住民とトラブルになっており、両者あいまって、社会的な注目を集めざるを得なかった。麻原彰晃とは対象的な「育ち方」 おそらく、幸福の科学の存在が一般の人々に強く印象づけられたのは、この時期のことだろう。ただ、それ以降は、幸福の科学に関連してそれほど大きな話題や出来事はなかったので、若い世代になれば、今回のことが起こるまで、幸福の科学の存在自体を認識していなかったという人も少なくないのではないだろうか。 幸福の科学がオウム真理教と同じ時期に注目を集めたからといって、そのあり方や宗教としての中身は大きく隔たっている。ともに仏教教団であると称している点では共通するが、仏教に対するとらえ方も大きく異なるし、幸福の科学の特徴である大川氏の「霊言」のようなものはオウム真理教にはない。逆に、オウム真理教の最大の特徴であるヨーガの実践も、幸福の科学では行われていない。 オウム真理教が1984年という象徴的な年(ジョージ・オーウェルの近未来小説『1984年』や村上春樹の『1Q84』が思い起こされる)に誕生したのに対して、幸福の科学はその2年後の86年に誕生している。 総裁の大川氏は、東京大学の法学部を出たエリートで、その点でも盲学校しか出ていない麻原彰晃とは対象的である。ただ、大川氏の父親は宗教家であり、大川氏はその影響を強く受けながら成長した。その点で彼は、「教祖二世」なのである。 東大を卒業した大川氏は、大手総合商社のトーメン(現在の豊田通商)に入社するが、入社直前の1981年には、宗教体験をしている。それは、鎌倉時代の宗教家、日蓮の弟子の一人、日興の霊が降り、大川氏の手が勝手に動いて、「イイシラセ、イイシラセ」と書きはじめたというものである。 その後も、彼はさまざまな霊と交信を行ったとされるが、ここで注目されるのは、まず日興の教えを受け継ぐものは日蓮宗のなかで富士門流と呼ばれ、創価学会が、それこそ幸福の科学とオウム真理教のことが社会的に注目される1991年まで信奉してきた日蓮正宗につながるということである。 また、「イイシラセ」とは、キリスト教で言えば「福音」のことである。ここには、幸福の科学が、創価学会やキリスト教などの既存の宗教からさまざまに影響を受けていることが示されている。さらに、生長の家やGLAの影響もある。なぜ「覚悟」を求めたのか 大川氏自身は自らのことを「再誕の仏陀」ととらえているが、その再誕の仏陀は、幸福の科学の本尊である「エル・カンターレ」とも重ね合わされている。エル・カンターレに最初に言及したのは、GLAの開祖である高橋信次であった。幸福の科学の大川隆法総裁=2012年12月撮影 結局のところ、大川氏はトーメンを退社し、その後宗教家としての道を歩みはじめるわけだが、大川氏に降ったとされる各種の著名人の霊言ということが教団活動の中心に位置づけられている。 現在では、「守護霊インタビュー」と呼ばれ、信者に対して公開で行われている。それは、信者ならインターネットを通しても見ることができるし、追って書籍化され、一般の人間でもそれを読むことができる。 霊言や守護霊と言うと、一般にはおどろおどろしいものを感じさせたりするが、幸福の科学の霊言は、守護霊が本人の本音を語るというようなもので、公開の場では、守護霊の正体を聞き手となった教団の人間が追求していくというところがやま場になっている。それは、信者にとっての楽しみであり、守護霊インタビューはエンターテイメントの要素をもっている。 今回の騒動では、『女優清水富美加の可能性』という守護霊インタビューがクローズアップされたが、この本の前書きでは、大川氏自身が清水さん本人に対して「覚悟」を求めるメッセージを発しており、また、引退騒動に教団の幹部や弁護士が直接乗り出してきたことでも異例の展開を示している。 教団が、一信者のためにそれだけ積極的に出てきたのは、統一教会の合同結婚式をめぐって、元新体操の選手、山崎浩子氏の脱会騒動があったときくらいではないだろうか。 なぜ大川氏は、清水さんに覚悟を求めたのか。おそらくそこに、この騒動の根本的な原因があるのだろうが、清水さんも信者としては二世であり、その点で教祖二世の大川氏と重なる。そして、父親の影響が色濃いという点でも似ている。あるいはそこに、大川氏が彼女に対して強いシンパシーを感じた遠因があるのかもしれない。

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    【上祐史浩緊急寄稿】清水富美加が幸福の科学に「プチ出家」した意味

    た経緯を考えると、オウム真理教でも注目された若者が親から離れるという出家ではなくて、その逆に、むしろ芸能界から親の元に戻ったという意味で「入家」なのかもしれません。 この幸福の科学独自の「出家」制度は、1991年にオウム真理教と幸福の科学が、新新宗教として共に話題を集めた時から、私は聞いていました。そして、これが、出家に限らず、幸福の科学の特徴全体を象徴するものだと思います。つまり、オウム真理教は、いい意味でも悪い意味でも、初期仏教的に、ストイックで真面目「すぎる」のですが、幸福の科学は、オウムよりも「ゆるい」のが、特徴だと思います。そして、歴史上の様々な宗教が戦争やテロに至る場合にそうであるように、オウムは、真面目過ぎて、それが逆に災いして、事件を起こした結果となったというのが、私が田原総一朗氏とオウム真理教を振り返った共著の結論でもあります。 もちろん、これは、オウム真理教との比較の問題であり、幸福の科学も、社会に対して攻撃的な部分はありました。1991年には、教団を批判する記事を掲載した講談社への信者多数によるファックス攻撃が話題になりました。2009年に幸福実現党として選挙に出た際の教祖の言動には、マスコミが自分たちの候補者を具体的な根拠もなく不当に泡沫候補扱いしていると批判する言動があったと聞いています。また、知り合いの宗教学者によれば、数年前の時点でも、教祖の妄想的な陰謀論的な言説があったと聞いています。 しかし、大局的に見れば、教団は高齢化し、昔とは変わって、大分オープンになったという宗教学者の見解もあります。実際、宗教も、その他の運動も、若者が多い時には過激であっても、高齢化とともに穏便になっていくのが常だと思いますし、幸福の科学も例外ではないのではないかと思います。「悟り世代」と宗教 なお、清水さんは両親の影響で、若いころから信者として熱心に活動してきました。しかし、私がオウム真理教で経験したところでは、幼い時に、両親の影響で信仰を行い、反社会的な思想を一時的に形成したとしても、清水さんのように、一般の学校での友人とのふれあいや、芸能活動などの社会生活の経験が確保される限りは、本人の意思で、その影響は、解消され得ると思います。その意味で、清水さんは、親の影響で信者になったにしても、今現在も信者であり続けている以上、本人の性格や性質が、(善悪は別として)信仰に向いていたのだろうと思います。女優の清水富美加さん =2016年9月22日、東京都港区(撮影・高橋朋彦) さて、世間一般では、清水さんに対して、宗教自体を否定する視点から「洗脳から目を覚ましてほしい」という意見や、また、突然辞めて仕事を途中で放り出し迷惑をかけるという視点から「無責任である」である、という批判がなされていると思います。しかし、これに対して、一部の人からは、「批判しかできない人たち」「清水さんの気持ちを理解していない」といった反発もあるようです。これは、今日の同世代の若者のメンタリティが複雑であることを示しているように思います。 まず、1994年に生まれた清水富美加さんの世代とは、何の因縁か、ちょうどオウム真理教事件とも重なる世代です。彼らは、高度成長が終わり、オウム真理教の事件とその教団の崩壊と時期をほぼ同じくして、日本のバブル経済の崩壊が始まった頃に生まれ、その後のデフレの時代に育ちました。そして、一部には、ワーキングプアーという言葉から、最近は物欲が乏しい「悟り世代」という表現もあるようです。 よって、お金や名誉を求める従来の価値観が、必ずしも自分が生きる価値にならない若者が増えているのではないかと思います。すると、はなから主流の価値観が正しく、宗教を洗脳と断じる視点で批判すれば、望ましくない分裂が生じるかもしれません。実際、清水さんのコメントには、長年の葛藤があったことや、洗脳と思われることを予期しつつ決断したことが述べられています。 次に、突然辞める無責任さに関しては、私自身が、宇宙開発事業団の職員でありながら、オウム真理教に出家した時に経験があるので、その経験に基づいて考えると、おそらく彼女は、芸能事務所には、いくら話しても理解してもらえない中で、仕事の整理をつける一定期間、それに耐えることが、非常に辛く感じられたのだと思います。私の場合は、初期の研修期間中にやめてしまったので、整理すべき残った仕事がありませんでしたから、彼女のような問題はなかったのですが、相当辛いだろうなとは思います。 もちろん、その自分の弱さと闘うことが責任ある行動なのですが、本人としては耐えられなかったのではないでしょうか。彼女の告白の中に、嫌な仕事を断ると干されるのが怖くて断れなかったという趣旨のものがあります。芸能人として多くの人に愛されることを長らく求めてきた彼女だからこそ、それが一転して否定・批判の目に晒されることは、非常に辛く感じられたのかもしれません。いわゆるナイーブというか、辛口な表現をすれば、自己愛ということでしょうか。清水富美加は幸福の科学の高齢化対策に効果あり? そうした中で、私は、今回富美加さんができなかったことが、将来再び彼女にとって問題にならないかを心配します。なお、今回の問題に関して、一部の人は、芸能人も自分一人で事務所と対峙するのは難しいだろうから、芸能人も組合を作ったらどうかという意見を出していますが、宗教団体では、組合はできないだろうし、宗教的な奉仕の面が強く、労働基準法も有効ではないでしょう。  私の経験では、家族・仕事場に迷惑をかけて突然出家し、その後幹部にもなったのに、その後、教団に迷惑をかける形で、突然に飛び出す人がいました。また、自分がそうならなくても、自分の友人の出家者(専属社員)が、自分たちにひどく迷惑をかける形で、突然辞める行動に出るかもしれません。そうした時、彼女は、そうした友人を過去の自分の投影と見て許せるだろうか。私は、こうした経験があるため、遠くからではありますが、今後の彼女の動向を見守りたいと本当に思っています。女優の清水富美加さん=2013年4月5日、中央区銀座 なお、これに関連しているかはわかりませんが、最近の若者には、突然、切れたように仕事をやめる人がいると聞きました。清水さんの場合は、やめたい思いが募る中で、一人で切れてやめたのではなく、それを教団が後押しした形になったのでしょう。これは、もちろん望ましくないのですが、切れる側もしたくでそうするわけではないでしょう。そして、そうした現象が社会全体で目立ってきているのであれば、単に無責任を批判するだけでなく、その背景の心理的な要因を理解することが、企業にも必要な時代になってきたのかもしれません。  次に、今回の件で、清水さんが教団に広告塔に使われているのでは、という見方について考えてみたいと思います。実は、私が今回の件で、最も違和感を感じたのも、この点でした。芸能活動からは引退するにせよ、教団が関与せずに、本人とその家族が独力で実行できなかったのか。教団は、本人の意思に添わない内容の活動を薄給の下で強いられ、ドクターストップがかかるまで精神的に追い詰められたとしているが、それを救済するのが、なぜ幸福の科学教団(への出家)であり、教団の広報担当や弁護士が記者会見して、瞬く間に教団出版社から告白本が発刊されるのか。やはり、教団が彼女を広告塔としようとした感が否めません。 その背景には、一部の宗教学者の方が指摘しているように、幸福の科学の信者が既に高齢化しており、教団としては、若い世代の獲得に苦労している状況があると思います。私は先日、某所でのトークイベントで清水さんと同世代の宗教に関心のある若者から話を聞きましたが、「教団が若者を入信させようと盛んに活動しているが、若者の方の反応は鈍いと思う。清水さんは親が信者だから幸福の科学だったのだろうが、今の若者の多くは、ああしたタイプのカリスマ型教祖の教団に入るとは思えない」と言っていました。今年はオウム、幸福の科学からちょうど30年 こうしてみると、教団は、苦しい中で手持ちの中の最高のカードを切ったのかもしれません。しかし、今回の件が、さほど状況を変化させるかは疑問です。清水さんは、「自らの天命が『暗黒の海を照らす灯台の光となり、一人でも多くの人を救済していく』ことにあると確信し、『魂の救済のために24時間を捧げる』宗教者となるべく、出家を決意」したとコメントしています。しかし、実際の清水さんは、「緊急救済の観点から受け入れを決めた」と教団が言うように、自分で問題を解決できず、精神的に参ってしまい、教団に保護されたわけです。 これは、強靭な精神で悟りと布教にまい進する出家僧というよりは、オウム真理教の出家の際にも一部で言われたように、「駆け込み寺」に入った信者のようにも見えます。清水さんと同じように、仕事で苦しかったら、幸福の科学に駆け込んでね、というアピールにはなるのでしょうが、1990年代に統一教会の合同結婚式に参加した芸能人やオウム真理教の出家した芸能人と比較しても、本当の意味で、教団に利益をもたらす広告塔としてスタートと切ったとは言えないのではないでしょうか。そして、こうしたことは教団も分かっていると思います。しかし、なおかつ、それをやったということから、教団がおかれた状況を推察できるようにも思います。 さて、最後になりますが、今回の件と関連して、一つ気になることを述べたいと思います。それは、私には、今回の清水富美加さんの件が、単なる単発の現象ではないように感じられる部分があることです。もちろん、それは、彼女を追って、幸福の科学への若者の出家が続発すると言うことではありません。 しかし、前に述べたように、清水さんと同じ、今現在、20代前半の人には、生まれる前に、既に高度成長が終わり、デフレ時代を生きてきました。そのため、彼らは、お金や競争の勝利といったものが、自分の生きる価値にはなりにくい世代ではないでしょうか。そうした彼らが、今後、精神面で、何か新しい時代を求めて、作っていくように思うのです。それが、どういう形になるのは、分かりません。しかし、もしかすると、今年2017年が、後から見ると、その始まりだったと思われる年になるかもしれないと思います。 ちょうど今から、30年前の1987年にオウム真理教、1986年に幸福の科学が設立されました。そして、2年後の1989年には昭和天皇が崩御され、平成の時代が始まりました。その直後、世界は米ソ冷戦が終結し、共産主義が後退し、世界は、科学合理主義が浸透するかと思いきや、1990年代になると、宗教の復活が目立ってきました。たとえば、イスラム世界でのイスラム原理主義、米国でのキリスト教保守主義、南米・アフリカではカトリック教会が強まりました。日本でも1991年に、オウム真理教・幸福の科学といった新新宗教ブームが注目を集めました。オウム真理教での失敗の教訓 そして、今時代は、色々な意味で似たような変化の時にあるように思います。あと数年のうちには今上天皇の退位で平成が終わる見通しとなっています。世界の政治も、トランプ大統領の登場、英国のEU離脱、欧州の極右政党の台頭など、冷戦後一貫して進められてきた市場原理主義・グローバル経済の流れに対して、大きな変化が生じています。冷戦終結によって後退した共産主義に続いて、今回は、資本主義の行き詰まりとポスト資本主義の思想を唱える識者も出てきました。そうした中で、人々の意識は、お金・物質的な利益に限らず、精神的な幸福を求める流れが強まる可能性があるのではないでしょうか。そして、今年前後から始まる新しい精神的な流れが、2020年代には、世の中に知られる大きな流れになるのかもしれません。外国特派員協会で会見するオウム真理教の上祐史浩外報部長(当時) =1995年4月3日 この現象を好ましくない視点から見るならば、日本社会における若者を中心とした極端な思想・宗教の動きは、30~40年代の国家神道の戦争、60~70年代の極左共産主義の学生運動、90年代のオウム真理教などと、数十年の間隔で繰り返されてきた歴史的な事実があります。ほども述べましたが、90年代も統一教会の合同結婚式やオウム真理教への出家で話題を集めた芸能人がいました。そして、私は、鈴木邦男氏などとの共著「終わらないオウム」などの中で、これらが、一見して異なるようで、本質的には似た性質をもった精神的な現象の周期的な繰り返しではないかと述べました。 さらに言えば、それは、一種の精神的な感染現象ではないかと考えています。感染症は、その菌に対する抗体を持っていない人が増えると、ワクチンによる予防をしていなければ、再び広がることを繰り返します。そして、私は、極端な思想・宗教の拡大というのは、一種の精神的な感染症だと思うのです。例えば、カルト宗教の事例で言えば、私は、冷静な教祖が、信者を巧みに洗脳するという世間の見方は間違っていると思います。カルト宗教を専門とするジャーナリストの有田芳生氏(民主党参院議員)と対談した時にも確認しましたが、カルト宗教の専門家であれば、教祖がまず自分を救世主だと思う盲信に自ら陥り、救世主を待望する傾向のある人たちが、教祖の盲信に感染する(幻想を共有する)ことを知っています。 だからこそ、歴史から学ばぬ者は歴史を繰り返すと言うのだと思います。そこで私は今、私のオウム真理教での失敗の教訓が、今後の若者が作り出す、次の精神的・宗教的な現象において、似たような感染を予防するワクチンになればと思って活動しています。そして、30年前とは比較にならないほど、ネットなどによって、オウム真理教の情報が提供されているとこともあって、今度こそ、同じことの繰り返しはないだろうと思いますし、そのようになるように微力ながら自分なりに努めています。 こうして、近代日本において繰り返されてきた数十年単位の政治・経済・社会の変化と連動した、若者の思想的・宗教的な大きな波が、今度こそ、これまでのものとは異なり、一皮むけた、真に有意義なものとなることを信じています。それが、2020年代以降に現れてくるならば、次なる日本の年号と、その前後の開催される東京五輪という「平和の祭典」とシンクロしたものになるのかもしれません。そうなったら素晴らしいだろうなと思います。

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    清水富美加「出家騒動」を考えまする。

    。「今日、出家しまする。」と記した暴露本は飛ぶように売れ、これがさらなる火付けになった感は否めない。芸能界を震撼させた宗教スキャンダル。iRONNAが総力特集でお届けする。

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    やっぱり幸福の科学「炎上商法」のネタにされた清水富美加

    関する報道が続いている。これまでの仕事を辞めて幸福の科学に「出家」するという清水さんに対して、多くの芸能関係者が苦言を呈している。芸能人としては、関係者一同に多大の迷惑をかける掟破りの行動ということだろう。しかし、私たちには信教の自由があり、職業選択の自由がある。ただそれでも、清水富美加さんの行動には様々な疑問があることも事実だろう。(写真はイメージです) 宗教が批判的に扱われるときに使われる言葉として、まず「新興宗教」がある。新興宗教は伝統宗教に対して新しいという意味で、本来は善悪の価値は含まない。ただ一般的には、新興宗教というと怪しげなイメージが伴うだろう。 ある宗教団体を非難するときに、「異端」と言われることもある。異端は、「正統」とは異なる教義を主張するものである。その新しい宗教の中で、釈迦やキリストが登場することがよくあるが、伝統的な正当の仏教やキリスト教から見れば、異端だろう。しかしこれは、その宗教の中の話であり、外の人間にとってはあまり関係のないことも多い。ただ、その新興宗教が「新しい真実が示された」などと主張しても、宗教家や宗教学者から見れば稚拙で誤りだらけと評価されることが多いことは、私たちも知っていて良いだろう。 「カルト」と言われて宗教が非難されることもある。カルトの本来の意味は、少数の熱烈な信奉者のことであり、カルト映画、カルトクイズなどと使われることもある。この場合は、強いこだわりを持つ「オタク」「マニアック」の意味に近いだろう。だから、カルトは変わり者かもしれないが、悪いことではない。 しかし現代では、カルトは悪い意味で使われることが多い。「カルト宗教」は危険な宗教という意味で使われている。そこで研究者らは悪い意味で使うときには「破壊的カルト」と表現することもあるが、一般的には「カルト宗教」「カルト団体」などと表現されている。またカルト集団が大きくなるともはや少数とは言えないという意味で、「セクト」と呼ばれることもある。 私たちには信教の自由がある、どんなに奇妙な少数派の教えでも、信仰する自由がある。しかし、悪い意味のカルト(破壊的カルト)は社会に害を与え、個人の人生を破壊する。宗教だからという理由だけで、全てが許されるわけではない。 悪い意味のカルト集団とは、マインドコントロールなどの悪質な手法で信者を獲得し、本人や家族や社会全体に害を与える集団である。 フランスのセクト(カルト)構成要件によれば、カルトの特徴として、精神の不安定化、法外な金銭的要求、住み慣れた生活環境からの断絶、反社会的な言説などが挙げられている。ただし、各団体がカルトなのかどうかは微妙な部分があり、意見が分かれることも多い。かつてのオウム真理教はカルトだが、当時マスコミに登場した信者は、自信にあふれ明るく元気に見えたことだろう。「幸福の科学」を支える秀逸なメディア戦略 「幸福の科学」は1986年に発足した後に急成長し、現在公称1200万人の信者を抱える巨大新興宗教だ。そのメディア戦略は秀逸であり、幸福実現党による政治活動や、多くの映画や出版物がある。 教祖大川隆法氏は、有名人の「守護霊」を呼び出すことができるとされ、守護霊へのインタビューが「霊言本」として次々と出版されている。宮崎駿、前田敦子、星野源、スティーブ・ジョブズ、ウォルト・ディズニー、明治天皇、昭和天皇、ガンジー、マザー・テレサ、トランプ大統領、時代も分野も様々な有名人が登場する。 本の表紙には、各人の名前や顔写真が大きく載るので、よく知らない人が見れば、本人の本にも見えるだろう。幸福の科学が『ニュースキャスター膳場貴子のスピリチュアル政治対話』を2013年に出版した際の本の帯には、「私が考えるマスコミの正義。マスコミ人だから言えること」とあった。あたかも本人が語っているようである。そのため、当時出演していたTBS「ニュース23」のホームページ上で、次のような注意が掲載された。 「幸福の科学出版から出版される『ニュースキャスター膳場貴子のスピリチュアル政治対話』という書籍については、当番組ならびに当番組の膳場貴子キャスターとは一切関係ありません。膳場貴子キャスターの肖像を使用することも許諾しておりませんし、内容的にも全く関知しておりません」。 手塚治虫に関する『手塚治虫の霊言』が昨年2016年に出版されたときには、「こんな言いぶりするわけない」と遺族が困惑しているとも報道されている。ただし、どんなに本人や遺族が不快に思う内容だったとしても、名誉毀損などで法的に問題にすることは、難しいらしい。 今回話題になっている清水富美加さんの霊言本も今月2月3日出版された。『女優・清水富美加の可能性:守護霊インタビュー』である。内容を見ると、前半は普通の芸能インタビューのように見える。彼女の女優としての思いが語られる形になっている。後半になると、「タレント・清水富美加の過去世に迫る」など、宗教的な話になる。 この本によれば、清水さんは清水富美加として生まれる前から歴史上で大活躍し、今も「千手観音」のようなみんなを救う特別な使命を与えられているとされている。終始ほめているので、信者である清水さんが読めば、感動的な内容だろう。ファンが読んでも、不快感がない人もいるだろう。 芸能人で宗教活動を行なっている人は、少なくない。浮き沈みの激しい芸能界で生きていく上で、何かの支えが欲しいと感じる人は多いようだ。それが、宗教になる人もいるだろう。「炎上商法」か「成り行き任せ」か 宗教団体、特に新宗教、新興宗教にとって、有名人芸能人の存在意義は大きい。いわゆる広告塔として教団内外に強い影響力を与えることができる。そこで、宗教団体としては入信した芸能人を大切にする。たとえば、普通の信者なら直接会うこともできない教祖と直接対面し、言葉をかけてもらえる。 仮に芸能界での人気が落ちてきたとしても、その宗教団体の中では、相変わらず特別扱いを受け、教祖からも信者からも大切にされ続けることもある。 さらにどんなに売れていても、芸能活動に強いストレスや虚しさや疑問を感じている芸能人にとっては、教祖が語る正義、真実、世界の救済といった言葉は、一般の人以上に魅力的に映るだろう。清水富美加さんも、仕事に心が追いつかなかった、死にたい気持ちだったと語っている。 今回の騒動に関して、何が起きたのか。想像するしかないが、幸福の科学による一種の炎上商法と言う人もいる。一方、清水富美加さんを活用しようとはしていただろうが、今回の騒動は想定外だったろうと推測する人もいる。 先日、あるメディアから幸福の科学の関係者を含めた数人による対談の企画について打診を受けた。結果的には、幸福の科学側との折衝がうまくいかず実現しなかったと聞いている。今回、幸福の科学側の動きが素早いと感じる部分と、とまどいや準備不足を感じる部分がある。 霊言本で誰を取り上げるのをどのように決めているのかも、外部の人間には計り知れない。教祖が一人で決めているかもしれないし、幹部による相談で決めているのかもしれない。 今回も、全てが準備された上で『女優・清水富美加の可能性:守護霊インタビュー』が出版され、本人も予定通りの行動をとったのかもしれない。本人執筆の本『全部、言っちゃうね。:本名・清水富美加、今日、出家しまする。』も、出家者としての千眼美子の名前で、実に素早く2月17日に幸福の科学から出版された。幸福の科学出版の書店では清水富美加の告白本「全部、言っちゃうね。」が売り切れとなった=東京・赤坂 あるいは、教祖一人の思いによって霊言本が出版され、本人が思いの外に迅速な行動をとってしまったのかもしれない。その場合、教祖が否定すれば本人も翻意するだろうが、教祖が肯定すれば、教団としても後を追っていくしかなくなるだろう。今回の芸能人としての常識や、契約などの法的に見て問題の多い行動が、どこまで計画されていたのかはわからない。 カルト研究者によれば、一般的に破壊的カルトのような悪い宗教には次のような特徴があるとされる。 完全主義で他の考えを認めない。批判的な考えは否定され、批判能力が脅かされる。これまでの人間関係や大切な過去を否定する。全体として調和していない。経済的、精神的に教団から搾取される。 一方、破壊的カルトではない良い宗教には、次のような特徴がある。 信仰のシステムは開放的で、他の思想にも耳を傾ける。批判能力はそのままか、強められる。自主性はそのままか、強められる。価値観や生活や目標が、信仰と一体化し、調和している。 今後、清水富美加さんがどのような活動を行い、どのような人生を歩んでいくのか。幸福の科学の活動と共に注目していきたい。

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    清水富美加 仕事打ち合わせ3日後、教団側弁護士登場で急転

    でくる。2月12日、清水富美加(22才)は《ファンの皆様・報道関係者の皆様へ》と題した手書きの文書で芸能界から姿を消すことを明かした。清水富美加の出家騒動について見解を示す、所属事務所の顧問弁護士の山縣敦彦氏(左)と塩川泰子氏=東京・目黒 4月に立て続けに公開される映画『暗黒女子』と『笑う招き猫』ではどちらも主演。さらに人気コミックを実写化した今夏公開予定の『東京喰種 トーキョーグール』でヒロイン。『にじいろジーン』(フジテレビ系)と『シブヤノオト』(NHK)でレギュラーを務め、コスモ石油と花王『NIVEAニベア』のCMを抱える彼女の突然の“退場”劇に、テレビや映画、広告代理店業界は大混乱に陥っている。「レギュラー番組は降板の方向です。公開前の映画3本すべて主役級なので、舞台挨拶や、テレビ番組や雑誌での宣伝プロモーションに引っ張りだこの予定でしたが、すべてキャンセルせざるを得ない」(広告代理店関係者) 13日には、花王の公式サイトから清水の写真と動画が削除された。騒動の発端は1月19日、『幸福の科学』の公式サイトに1本のインタビュー動画がアップされたことだった。「大川隆法総裁はこれまで、対象人物の守護霊を呼び出し、自身の口から語る『守護霊インタビュー』を行ってきました。過去にはビートたけし(70才)や安倍晋三首相(62才)といった著名人のほか、“STAP細胞”の小保方晴子氏(33才)やドナルド・トランプ米大統領(70才)、さらにはアインシュタインや西郷隆盛といった歴史上の人物の名も並びます。その人の潜在意識にアクセスし“本心”が語られると説明されています」(全国紙記者) 清水の“守護霊”が赤裸々に語る97分にも及ぶ動画は、当然清水の所属事務所関係者の目に触れることになった。「清水さん本人に動画のことを尋ねると、父親が『幸福の科学』の信者であると同時に、“私も信者なんです”と明かしたそうです。もちろん事務所としてはタレントの信教を咎める理由はありません。清水さん自身も総裁に守護霊インタビューをしてもらえることは大変に幸せなことなんだと周囲に話していたそうです。その場では特に変わった様子はなく、翌日以降もいつも通り仕事をこなしていました」(芸能関係者) この時はまだ仕事の打ち合わせに姿を見せると「もっと頑張ります」と前向きな姿勢を見せていたという。「仕事が楽しい、こんな仕事をしたい、と現場で口にすることもありました」(テレビ局関係者) 長期的な仕事のオファーが届いていることに、喜びの表情を見せていたという。だが、それからたった3日後、事態は急変する。突如現れた2人の教団弁護士と、清水が流した涙突如現れた2人の教団弁護士と、清水が流した涙 1月28日、仕事を終えた清水は女性マネジャーと共に都内のホテルにいた。ロビーで合流したのは、『幸福の科学』の名刺を持つ弁護士2人だった。同ホテルの一室で、清水の口から衝撃の言葉が発せられた。「“仕事を辞めて出家します。『幸福の科学』のために働きたい”と話したそうです。続けて弁護士が“事務所との契約を終了したい”と告げたそうです。マネジャーはどのような宗教を信じても、出家しても構わないが、仕事は辞めなくてもいいだろう、宗教と仕事を両立する方法はないのかと提案したそうです。でも、弁護士は“両立はできない”と言い切りました」(前出・芸能関係者) 同時に弁護士は、契約に関する一切の内容に関して、清水本人と交渉しないよう注文したという。「そのマネジャーは、ブレーク前から清水さんを親身になって支えてきた存在でした。最後に清水さんに“これまでの努力や、トップ女優になるという夢はウソだったの?”と問いかけた。すると清水さんは“ウソじゃない…。だけど、それよりも大切なものができた”と涙を流したそうです」(前出・芸能関係者) 関係者によると、翌日以降も、清水は普段の様子で仕事現場に姿を現し、屈託のない笑顔を見せていたという。2月3日には前述の『守護霊インタビュー』がまとめられた本が出版された。そして、6日に仕事をこなした後、一切の連絡がつかなくなったという。予定されていた仕事は体調不良やインフルエンザなどを理由にキャンセル。実際には、事務所は清水がどこで何をしているかも把握できない状態だったという。「事務所側は“すでに入っている仕事はしっかりとやってもらい、新しい仕事は入れない”というソフトランディングの方法を模索していたそうです。ですが、2月12日、『幸福の科学』が急きょ会見を開いたことでその道も絶たれてしまった」(前出・芸能関係者)関連記事■ 幸福の科学 清水富美加の5万円は「月給」、年収は把握せず■ 石田純一が明かす、元妻・松原千明「死にたい」発言の真相■ 名門女子中進学の芦田愛菜 中高6年は休業状態か■ トランプ氏の守護霊インタビュー動画「OK, OK. Not so bad」■ 久松郁実 太陽の下で輝くFカップ絶景ボディ

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    「洗脳上等だよ」清水富美加と能年玲奈を救えなかった傲慢レプロの罪

    人から発信されたメッセージと関係双方が会見まで開いて言い分を発表するのは異例のことで、「宗教団体VS芸能プロダクション」という構図もめずらしい。 ただ、芸能人の宗教に関する問題は少なくない。「統一教会」の合同結婚式に参加し、世間の注目を集めた歌手の桜田淳子や、自らが広告塔になり世にも広く知らしめた幸福の科学の小川知子あたりは有名な話であろう。 しかし、プロダクションとの対立は表面化されておらず、あくまで本人の主張と行動によるものだ。清水の場合は所属事務所に対する不満を公にして、それを理由に出家という行動を取ったのは、何らか意図があったと考えざるを得ない。 故意に問題を大きくしているとしか思えないのだ。問題を起こして話題を作りメディアを使った宣伝なのか、少なくてもこのやり方で幸福の科学側に「メリット」が生じたようにみえる。 一方、攻撃されたレプロエンタテインメント側にはメリットなどあるはずもなく、騒ぎを止めたいレプロは「(清水)本人を尊重する」というコメントを出し、折れる姿勢を打ち出した。これはスポンサーや業界内に向けたメッセージであることもうかがえる。能年玲奈と共通する事務所への不満 能年玲奈の洗脳-退社、マギーの不倫、そして清水と、短期間に多くのスキャンダルを連発していることから事務所としての立場や評判をこれ以上悪くしたくない思いが強く、まだ隠された真実や表面化されると困る何かが露呈する前に収めたかったのだろう。 能年と清水の発言は、薄給が共通しているうえ、仕事の選択においても自由が奪われていることも含め「助けてくれた」のは事務所ではなく他の何かを指しており、事務所に信用も信頼もないということを表現している。 だが、行動として裏切ったのは清水のほうだ。事務所的には問題を大きくしたくないだけに、当初は真っ向勝負の姿勢だったが、「優しさ溢れる善い人」に転換したようだ。とはいえ、世間的な印象は「事務所=悪」が浸透している。女優ののん 信仰の自由は当然であり、その気持ちや考えを否定したり愚弄することは決してしてはならないし、それを誰も責めたりしないが、幸福の科学側が宣戦布告的な姿勢で挑むのは違和感を覚える。まさに「喧嘩上等!」といった雰囲気にも思えるし、もはや幸福どころではない。 そもそも信仰心を持つタレントは少なくなく、それを隠すこともしていない。しかし、宗教色が強くなるとイメージ的な問題や役柄にも問われる面が多々あるので仕事に影響しない程度として常識の範囲を認識している。それに政治も絡むと面倒なのでタレントとしてはその色を出したくないのだ。 また、タレント同士で宗教の話題がのぼることはあまりなく、勧誘することもほとんどない。だが、「相手が興味を示したらすかさず誘い込む」技は多くが持ち合わせている。というのも「心底信じている宗教だからその魅力は伝えやすい」ので爽やかに「今度、一緒に行ってみる?」なんて美味しいものを食べに行く感覚で誘われたら「イヤ」と答える友人は少ないだろう。 表立った布教という活動を熱心にやらないし、無理な勧誘もない。言い方を変えれば「趣味への誘い」的な軽い感覚ならそんな悪い気はしない。誘われた方は、例え断っても嫌な顔もされず、むしろ断る方が気を遣うだろう。ただ断り方が酷いと断絶されることもあるが、芸能人は基本的に自分の立場を理解しているところがある。 それ以前に自分が「どこぞの信者です」的なアピールはあまりしない。諸外国と違って信仰心の薄い日本では多少なりともこの手の会話が流行ることはないだろうし、皆を誘って日曜日の活動を熱心に行うタレントも多くはない。友達相手に特定宗教団体の新聞の勧誘さえしないのが一般的なレベルだ。 それだけに清水の場合は、「騙されている」とか「洗脳されている」といった言葉を頭ごなしに投げつけられ、物凄い拒否反応を示したのではないか。信じているものを疑われたときの怒りは計り知れない。清水の信仰心を妨げる何かが生じたのだろうと考えれば、その反抗姿勢から今回の騒動に至ったのも頷ける。やっかいな宗教団体との対立 しかし、対宗教団体という芸能プロダクションの立場は想像以上にやっかいなものになる。レプロに対する同情の声も多く聞かれるが、最もトラブルを起こしたくない相手とも言え、タレントの扱いにも慎重さが増して疲弊する。今後、こういった問題も出てくるのかと思うとタレントの扱いには相当の慎重さを要することになる。清水富美加さん 欧米ではプロフィール欄に信仰・宗教を明記する場所があり、タレントに限らず一般企業においても重要視している。氏名や性別と合わせて宗教までを性格として認識して受け入れるのが筋であり、また同胞同盟や仲間、友人関係から婚姻に至るまでそれは強く関係してくる。 身近なところでは世界的なSNS『Facebook』にもその欄はあり、世界の多くはこれを重要と捉えているが、日本では馴染みが薄い。性別にしても「性同一障害」というしっかりとした言葉と病名があり、日本でもようやく認識した程度でこの手の話題や活動も極端に少ない。 つまり、日本人には信仰する宗教や性差、個性といったものを受け入れる十分な器量がなく、これらを重視しない習慣が今回のようなトラブルを引き起こす要因となっている。レプロの「清水を尊重する」といったコメントは「宗教に対する誤解」を改善したいという強い決意かとも感じた。 思えば、SMAPの解散騒動のとき海外メディアからの取材も受けたが、その質問の多くはSMAPに関することよりも「日本の芸能界」と「芸能(タレント)プロダクション」の体質に関することだった。 日本の芸能界は海外、特に欧米から見て特殊で「タレント<プロダクション」という構図に映るらしい。タレントから自由を奪って「奴隷」的に扱っている日本の芸能界は「オカシイ」と認識しているのである。 昨今ではSNSの影響もあって、多くの問題が個人から直接発信されてニュースになっているが、こういった事情から芸能界やプロダクションのあり方、あるいは古い体質が否定され、改善に向けて動くことも期待されているように感じる。今回の騒動をきっかけに、職業としての「タレント」の価値が見直され、向上していくことを切に願う。

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    清水富美加 両親の離婚で父子家庭、父の会社は倒産

    富美加(22才)。レギュラー番組やCM契約があり、数本の出演映画の公開を控えていたということもあり、芸能界に衝撃が走っている。 1994年に三姉妹の末っ子として都内で生まれた清水は、自ら希望して芸能界の門を叩いた。2008年、事務所主催のオーディションを受けてグッドキャラクター賞を受賞しデビュー。当時14才だった彼女は、その後、女子小中学生向けファッション誌の専属モデルなどを務めた。2010年に「ミス少年マガジン」に選ばれると、翌2011年に福士蒼汰(23才)主演の『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日系)に出演。2015年にはNHK連続テレビ小説『まれ』でヒロイン・津村希(土屋太鳳、22才)の同級生・蔵本一子役を好演し、一躍ブレークを果たした。「順風満帆な仕事とは裏腹に、プライベートでは難しいこともありました。もともと、富美加ちゃんの両親もお姉さんたちも『幸福の科学』の熱心な信者で仲のいい一家だったんですが、彼女の仕事が軌道に乗り始めた高校1年生のときに両親が離婚。三姉妹の親権はお父さんに渡ったそうですが、お姉さんたちはお母さんと暮らし、富美加ちゃんはお父さんとの“父子家庭”になったんです」(清水の知人) だが、母親や姉とは断絶状態に陥ったわけではなく、頻繁に連絡を取り合い母親が暮らす家を訪れることも多くあったという。「今から2年くらい前でしょうか、お母さんが再婚することになったって明るく話していました。でも、お父さんのことを考えるといろいろ思うところもあったんじゃないですかね」(前出・清水の知人) 女優・モデルとして頭角を現し始めていた清水はそのときすでに父親の元を離れ、事務所が用意した寮での生活を始めていた。三姉妹の中で自分だけが父親の元に残ったことで、自分が父親を支えるという気持ちがより強くなっていったのかもしれない。 清水の父親は、ホームページやパソコンのソフトウエア開発、また輸入雑貨の販売などを行う会社を経営していた。「他に従業員はいなくて、富美加ちゃんのお父さんがひとりで切り盛りしていたんですが、あまり順調とはいえなかったようです。借金も5000万円ほどまでに膨らんでしまったこともあったようで、それは富美加ちゃんもかなり心配していたそうです。その後、富美加ちゃんも協力して借金を減らしたんですけど、どうにもならなかったみたいで」(前出・清水の知人) 父親の経営する会社は昨年11月16日に破産。父親は多額の負債を抱えたという。清水がブレークしてからも、一家の信仰は表に出てこなかった。ところが、熱心な信者である父の会社の倒産から2か月後、突然行われた「守護霊インタビュー」と本の出版、そして娘の出家──父娘に一体何があったのか。 宗教団体にとって出版事業は大きな収入源の1つだ。実際、大川総裁の著作は計約2000点で、一説には総発行部数が4500万部にものぼるという。今回、清水にまつわる本は発行部数が数万部とされる。多くの信者が大川総裁の著作を購入し、さらに騒動が話題を呼んでいる現状では、かなりの売上が見込めるだろう。関連記事■ 幸福の科学 清水富美加の5万円は「月給」、年収は把握せず■ 清水富美加 仕事打ち合わせ3日後、教団側弁護士登場で急転■ 元お天気お姉さん・小松美咲、陽だまりの中の妖艶ビキニ姿■ 久松郁実 太陽の下で輝くFカップ絶景ボディ■ 名門女子中進学の芦田愛菜 中高6年は休業状態か

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    芸能界と新興宗教のただならぬ関係

    関係性を総論的に読み解き、宗教にすがる人間の本質に迫るのが最大の狙いだった。そして、シリーズ第二弾は芸能界と新興宗教。なぜ芸能人は深みにハマりやすいのか。その理由と背景に焦点を当ててみる。

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    「現世利益」を求める芸能界と新宗教の持ちつ持たれつの関係性

    ポッシブル/ローグ・ネイション」のワールドプレミア会場に現れたトム・クルーズ(ロイター) これまでも芸能人と宗教の関係はしばしばメディアに取り上げられてきた。戦後日本において主として取り上げられてきた教団は、創価学会、真如苑、霊友会、統一教会(家庭連合)、幸福の科学、モルモン教などである。 むろん芸能人の中には、伝統宗教の信仰を有する者もいると考えられるが、それらは社会的な関心がほぼ寄せられない。『新宗教事典』(弘文堂)は、マスコミが新宗教に関心を寄せる理由として、その社会的影響力の大きさと「事件性」の二つを挙げ、「マスコミが新宗教に抱く興味のあり方は、けっして宗教文化への関心といったような類のものではない。実態が不明瞭な集団に対する覗き趣味的な関心とでもいったものが主流を占める」と述べているが、芸能人と宗教の関係に寄せられる人々の関心には、確かにこうした傾向が認められる。 一方、事件や社会的問題にかかわる出来事が生じ、それに宗教が関係する場合、メディアが関心を寄せることは自然なことである。教団の側が芸能人を「広告塔」として積極的に利用する場合もある。 新宗教と有名人(広義の芸能人)との関係が戦後初めて取り上げられたのは、璽宇と元横綱の双葉山、名人棋士(囲碁)の呉清源の関係であるが、その契機は1946年に璽宇が東京の破滅予言をしたことによる。 1991年には講談社『フライデー』に対する幸福の科学の大規模な抗議運動(フライデー事件)が生じ、同教団と作家の影山民夫、女優の小川知子の関係が取り上げられた。1992年には、統一教会の合同結婚式に、歌手の桜田淳子、元新体操選手の山崎浩子、元バドミントン選手の徳田敦子が参加したことが話題となった。 オウム真理教の坂本堤弁護士一家「失踪」事件以降の疑惑報道においては、歌手の鹿島とも子が1994年に「芸能界引退・オウム出家」記者会見を開いたことが社会の注目を集めている。 このような状況に際して、しばしば「なぜ芸能人が(新)宗教にハマるのか?」というテーマが語られるが、芸能人がそうでない人々と比べ(新)宗教にハマりやすい傾向があるということは学術的には裏付けられていない。 一般的に、新宗教への入信の動機は、古くは「貧・病・争」(貧困・病気・人間関係のトラブル)のような剥奪状況で説明され、オイルショック期以降においてはそれに近代物質文明・合理主義に対する反発や「自分探し」のような説明も加わる。ファンと芸能人は信仰関係の一種 芸能人もそうでない人と同様、社会に生きる人間であることに変わりはなく、個人の状況によって新宗教に心惹かれ、入信する者もいれば、そうでない者もいるであろう。以上はいわゆる一世信者としての入信に関することであるが、新宗教の中には成立後一定以上の時間を経過している教団も多く、生まれたときからの信者(二世)が芸能人となることもある。つまり、芸能人が新宗教にハマるという状況を、そうでない人のケースと分けて考えられるか否か自体、明らかとは言えない。 それを前提に、あえて芸能人が新宗教に入信する、そうでない人とは異なる特殊要因を仮説的に考えてみるならば、まず芸能界での実力や成功は人気や運というつかみどころのないものに影響される部分が大きいと考えられており、成功に至る方法論・手続き論がその他の職業に比して不明瞭であることがあげられよう。 演技力や歌唱力やルックスが良いからと言って、売れるわけではないのが芸能界である。新宗教の特徴の一つは現世利益の強調であり、「どうすれば成功するのかわからない」状況にいる芸能人に対して、信仰に励めばよい結果が出るという新宗教の提示するオルタナティブな方法論が魅力的に映ることはありうる。 また、当該新宗教がすでに大きな規模を有している場合、新宗教共同体のネットワークが、芸能人をサポートできるファン層や芸能界内のツテ・コネを提供する世俗的ネットワークとなり得ることも芸能人と新宗教を接近させる要因の一つと考えられる。 以上のような仮説が一定の説明として成り立つことは、逆に、「あの芸能人がなぜ売れたのだ」という問いに対して、○○の信者だからだ、という説明が(実態はともかく)一定の説得力を持つことを同時に意味する。 アイドルという言葉がもともと「偶像」「崇拝される人や物」という意味を持つように、ファンと芸能人の関係は、信仰関係の一種ともいえる。芸能人はメディアを通じて我々の日常に近しくかかわりつつ、一方でその人物のすべてがわれわれに晒されることはなく、常に秘密を孕む存在である。近しくかかわりながら秘密を有する存在について、もっと詳しく知りたいと思うことは、人間の本能であろう。 そして本能によってもたらされる知りたいという人々の欲求に答えることは、メディアの本性である。インターネットの発達によって、マスメディアに依らない芸能人に関する情報が流通しやすくなった状況もある。 個人の信仰は基本的にプライバシーの領域に含まれるが、芸能人という存在は自らの公開性を飯のタネにすることによって成り立っているため、プライバシーの境界についての取り扱いが難しい。一般人の信仰が事件とのかかわりでもない限りほとんど社会的関心を呼ばないことに対して、芸能人の信仰が「事件性」とのかかわりがなくても人々の関心を呼び続けるのは、このような理由によるのである。

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    「おまえの生き方が悪い!」ストイックな教義に芸能人がハマる理由

    た経験は、作家として、仏法を説く立場として、私の貴重な財産になっている。 また週刊誌記者時代、多くの芸能人たちにインタビューした。芸能界は「一夜明ければシンデレラ」という〝オセロ的人生〟が珍しくない。視点を変えれば、努力が必ずしも成果に直結しないということにおいて、常に不安と二人三脚でもあるということだ。芸能人やミュージシャンが新興宗教や自己啓発セミナーなどにハマり、世間の耳目を集めたりするのは、彼らが置かれた立場を考えれば理解できる。 これまでのそうした経験を踏まえ、以下、私の「体験的新興宗教論」である。新興宗教の定義はさまざまあり、真摯に活動している教団も少なくないが、私が論じる新興宗教とは、「神・仏・霊」を引き合いにする「カルト的・ビジネス的教団」の総称であることをお断りしておく。 まず、いかにして信者を獲得するか。心理術から見た事例からご紹介しよう。 東日本某県の仏教系霊能教団で、こんな光景を目にした。線香の匂いが立ちこめる薄暗い一室で、中年女性が男性教祖に切々と夫の浮気について悩みを訴えていたときのことだ。黙って聞いていた教祖がスーッと腕をかざしたかと思うと、女性をピタリと指さして、「その肩に水子が二体!」凛とした声に、女性がハッと息を呑む。図星だったのだろう。すがりつくような目で、相談者が教祖を見た。 この教祖は相談者が女性の場合、「水子が二体!」をやる。外れたら相談者はあきれて二度と来ないが、もし当たったら虜になる。ズバリと言い切るのがポイントで、繰り返していれば何人かは当たる。その上で「供養すれば、あなたは救われる」と展開していくのだ。 あるいは、都内の神道系新興教団でのことだ。子供の病気相談に来た女性に、初老の女性教祖は神前に手を合わせてから、厳かに告げる。「5代前のご先祖が、不成仏霊になってさまよっています」 相談者の顔に安堵の色が浮かんだ。 ポイントは、病気の原因は「不成仏霊」であって、「あなたは悪くない」にある。「これに相談者は救われるんです」――とは、元広告代理店で働いていたという教団の参謀役の弁である。 ブラジルはカソリック大国として知られるが、ここに進出した新興教団は「よりよいカソリック教徒になるために」という〝大義〟を掲げて布教した――と、現地に赴いた私に旧知のメディア幹部はあきれてみせた。「ここまでやるか」ではなく、ここまでやるからビジネスとして成立するということになる。 このほか、「おまえの生き方が悪い!」と罵倒する教祖もいる。〝ストイックな教義〟で精神的に追い込むため、信者を「落とす」(退会)ことが少なくないが、ハマれば熱烈な信者になる。不確かな不安の正体 一方、新興宗教にのめり込む側はどうか。 「明日は不確かなものである」という〝人生の真理〟を生きる私たちは、常に不安がつきまとう。雇用をめぐる諸問題から子育て、年金、健康……等々、不安だらけだが、その正体をつきつめていけば、「明日」という不確かな近未来に対する漠然とした不安であることがわかる。だが、どんな苦しみも、「一年後に解放される」とわかっていれば何とか耐えることができる。すなわち、苦しみの正体は「現在の苦」にあるのではなく、「この苦しみがいつまで続くのか」という「不確かな明日」にあるのだ。 不安から逃れる方法の一つは「努力」だ。スポーツ選手は練習に練習を重ね、「これほど苦しい練習をしてきたのだ」と自分に言い聞かせることで不安をねじ伏せようとする。ルーチンという儀式を通じて、気持ちを平静に保とうとする選手もいる。ビジネスパーソンであれば、努力してスキルを磨き、上司との人間関係に心を砕くだろう。 苦しいのは芸能人だ。「一夜明ければシンデレラ」という僥倖に恵まれるということは、スポーツ選手やビジネスパーソンのように、目標に向かって階段をよじ登っていくような努力が通じにくいということでもある。暖簾に拳を打ち込むようなもので、努力が実感を伴う成果としてハネ返ってこない。スターになれたとしても、人気という不確かなものに支えられている以上、不安から解放されることはない。 週刊誌記者時代、有名力士と女性人気歌手の対談を私が担当したとき、歌手はこんなことを言った。「お相撲さんはいいですね。稽古して強くなれば勝てるんですから。芸能界はそうじゃない。努力したからといって勝てる世界じゃないんです。それが苦しい」 だから芸能人は新興宗教に走る――と言えば短絡に過ぎるが、不安を努力で打ち消すことができない立場や状況に置かれれば、神・仏・霊といった新興宗教に救いを求めたくなる気持ちは理解できるだろう。すなわち、芸能人が抱えるであろう不安は、私たちが苛まれる不安の象徴であると、私自身は捉えている。 いま韓国は「崔順実スキャンダル」に揺れている。母親を狙撃事件で亡くした傷心の朴槿恵に、崔順実の父・崔太敏が「私の霊的能力を通じて母親に会うことができる」と言って篭絡したと伝えられる。「人の心の弱さ」は、一国の大統領も、芸能人も、そしてこの私たちも等しく抱えるものであることに、あらためて気づかされる。 明日に不安を感じ、新興宗教の〝救い〟に気持ちが動いたとき、「心の弱さを、わが身に問いなさい」と私は説法で言う。心の弱さを認めることこそ、心を強くする唯一の方法であると、逆説的に考えるのだ。

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    プリンスもMJも救いを求めた新宗教はいずれ「消滅」する

    島田裕巳(宗教学者) 芸能人が新宗教に多く入っているというのは、よく聞かれる話である。インターネットを検索してみると、そのリストを掲げているようなものもある。 これは、何も日本にだけ限られた現象ではなく、アメリカでも見られることである。 たとえば、2016年4月に急死したカリスマ的なロック・ミュージシャンであるプリンスの場合には、「エホバの証人」の信者になっていた。エホバの証人は、「ものみの塔」とも呼ばれるが、家庭を廻って伝道活動を行うことで知られている。2015年11月、音楽賞「アメリカン・ミュージック・アワード」の式典に参加したプリンス(AP=共同) プリンスは、鎮痛剤であるフェンタニルの過剰投与によって中毒死したという検視報告書が出されているが、彼は深刻な股関節の疾患を抱えていたとされる。ところが、エホバの証人では、よく知られているように、輸血を禁じているため、プリンスは鎮痛剤に頼らざるを得なかったのである。 ほかに、エホバの証人であったミュージシャンとしては、マイケル・ジャクソンのことがよく知られている。彼は途中で教団を離れるが、それ以前には、顔を隠して布教活動にあたっていた。 他に、SF作家であるL・ロン・ハバードが創始した「サイエントロジー」には、ハリウッド・スターのトム・クルーズやジョン・トラボルタが信者になっているとされる。 ただ、アメリカは、最近になって衰退の兆しも見えているが、一般的なキリスト教の信仰が広まっており、キリスト教の信仰をもつ芸能人は無数に存在する。ミュージシャンの場合には、神について歌うことも少なくない。 ロックの世界でも、神について歌うミュージシャンが少なくない。代表的なのは、ロックンロールの開拓者、エルビス・プレスリーで、彼は、ゴスペル・ソングをこよなく愛していた。エルビスは3度グラミー賞を獲得しているものの、すべてゴスペル部門においてである。売れっ子でも宗教に救いを求める理由 ロック・ミュージシャンの場合には、子どもの頃に音楽の才能を示すと、教会の聖歌隊やオルガン弾きにスカウトされ、そこでゴスペルに浸る。 後に、ヒット曲を飛ばして、スターにのし上がると、世界的にも有名になり、巨額の富を手にすることができるが、その地位を保つことは難しく、精神的に不安定になって、アルコールや薬物に依存することが多くなる。2006年11月、来日公演で華麗なギターテクニックを見せるエリック・クラプトン=大阪城ホール(河田一成撮影) そのとき、依存症から立ち直るきっかけを与えるのがキリスト教の信仰で、自らの罪深さを自覚することで、神の存在を改めて自覚し、子どもの頃に親しんだゴスペルの世界に回帰していく。 それが、一つのパターンになっており、一例をあげれば、演劇的なステージを展開するアリス・クーパーや、一時、「ディスコ・クイーン」として名を馳せたドナ・サマーなどが、このパターンをたどった。イギリスのミュージシャンだが、エリック・クラプトンも、その道をたどった。 さしずめ、覚醒剤の使用容疑で逮捕されたASKAが、日本ではなくアメリカで生まれていれば、この道をたどることで、薬物依存から立ち直ることができるかもしれない。 日本の場合には、キリスト教が社会的に広まっていないため、神のことを歌うミュージシャンはいないが、アメリカでは、「クリスチャン・ロック」が一つの分野として確立されている。 日本の芸能人が、宗教に救いを求めようとするのは、やはり、その立場が不安定だからである。今は売れっ子でも、いつか人気を失い、仕事もなくなるかもしれない。売れっ子になって、一度いい目にあっていれば、かえって不安は増大していく。 しかも、日本の場合には、組織社会であり、多くの人たちがなんらかの組織に所属し、そこに、経済的な基盤を求めるだけではなく、心の拠り所を求めている。 ところが、芸能人には、この組織が存在しない。芸能事務所は、マネジメントを担ってくれるだけで、通常の組織とは異なる。芸能事務所は、なんとか仕事をとってこようとするが、それも、その芸能人に売る価値がある間のことで、それを失ってしまえば、積極的には仕事を開拓してはくれなくなる。創価学会に「隠れ信者」は存在しない 戦後、日本で新宗教が爆発的に伸びたのは、高度経済成長によって、地方から都市部への大規模な人口の移動が起こり、都市部には、地方にはあった人間関係のネットワークを外れた人間が大量に生まれたからである。そうした人間たちを、新宗教は組織の力で救ったのである。 現在の企業は大きく変容し、非正規雇用も増えてきたが、昔は、終身雇用、年功序列を基本とする「日本的経営」が特徴で、社員の冠婚葬祭までもになっていた。つまり、企業は一つの「村」だったわけである。 地方の村から出てきた人間が、企業という村に組み込まれれば、安心感を得ることができたが、芸能人にはその村がなかった。そこで、新宗教に村を求めたのである。 ただ、最近ではたいぶ様相が変わってきている。 たしかに、今でも新宗教に入っている芸能人はいるし、創価学会に所属するタレントが多く出演しているテレビ番組などもある。 だが、最近では、新宗教に入っている芸能人のリストなども更新されなくなったし、若い芸能人が入信しているという話も聞かなくなった。 それは隠れているだけだと言う人もいるかもしれないが、たとえば、創価学会の場合、支部の集まりなどに出て公然とした活動を展開しなければ、入信している意味がなく、周囲の信者からも仲間とは見なされない。「隠れ信者」など存在しないのだ。 そこには、私が『宗教消滅』(SB新書)でも指摘したように、新宗教の全般的な衰退という事態が関係している。新宗教の教団は軒並み信者数を減らし、この20年間で半減しているところが少なくない。 創価学会にしても、高齢化が進んでいるし、若い会員は年配の会員に比べて、熱心には活動しない傾向がある。 唯一、新宗教のなかで伸びているのは真如苑だが、ここは、組織としての活動が弱く、従来の新宗教と同列に扱うことができない。 その点で、芸能人も、現在では宗教にすがらなくなっていると言えよう。新宗教は組織活動の場を提供することで、心の拠り所となってきたが、現代の人間は、組織活動を嫌う。芸能人なら、なおさらその傾向が強い。新宗教の時代は、基本的に終焉に向かっているのである。

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    辺見マリが騙された「洗脳詐欺」 安心させる3つのテクニック

     「この中で、私は絶対に洗脳なんてされないと思っている人いる? その人はもう洗脳の入り口にいます。危険よ」──。9月14日放送の『しくじり先生』(テレビ朝日系)に出演した辺見マリ(64才)は、『あなたが洗脳されて人生を棒に振らない授業』というテーマに“先生役”として臨み、開口一番こう言い放った。 辺見が過去の「洗脳詐欺騒動」についてテレビで洗いざらいしゃべるのは、これが初めてのことだった。彼女が奪われた金は実に5億円。いまだに1円も戻ってきていないという。離婚会見をする辺見マリ=東京・赤坂・TBS 1969年に歌手としてデビューした辺見は1972年に西郷輝彦(68才)と結婚。長男と長女・えみり(38才)をもうけるも、1981年に離婚した。 慰謝料はなく仕事も激減するなか、周囲からの「辺見マリってもう古くない?」という声に落ち込み、精神不安が長く続いた。 そんな辺見にマネジャーがかけた言葉が彼女の人生を一変させた。「ぼくの知り合いで神様と話せる人がいるんですけど、会ってみませんか」。1988年、辺見が37才の時のことだった。 辺見が紹介されたのは、祈祷や霊視などで人の悩みを解決する「拝み屋」のKという女性だった。指定された都内ホテルに赴いた辺見を、Kは夫と子供と共に家族で出迎えたという。「Kは当時42才くらい。普通のおばさんでした。私は構えていました。壺を買わされる? お札を買わされる? でも、実際は違いました」この時、Kは神様のことは一切口に出さず、辺見の悩みや不安に黙って耳を傾けた。安心した辺見はKに頻繁に相談するようになっていった。感謝の気持ちとしてお金を渡そうとしても、Kは拒否し続けたという。・家族を帯同する・神様の話をしない・悩みを否定せず聞く これらはすべて相手を安心させるためのKのテクニックだったのだが、当時の辺見が見抜けるはずもなかった。 ある日、いつものように相談に訪れた辺見にKはいきなり「神様の声が聞こえました。娘さんの目が見えなくなりますよ」と言ったという。帰宅後、辺見がえみりの視力を測ると1.5から0.1に低下していた。他にも家族しか知らない話を次々と言いあてられた辺見は、徐々に「本当に神様の声が聞こえているのかもしれない」と思い込むようになった。 この時を境にKの金銭要求が始まった。「他ならぬ神様がお金を欲している」──。相談のたびに1万~2万円を払わされるようになり、いつしか要求される金額も跳ね上がっていった。「このままだと子供がグレる。10万円払えば救える」と言われれば、あっさり支払うほど心酔していた。日本脱カルト協会代表理事で、霊感商法に詳しい立正大学心理学部の西田公昭教授が語る。「家族のことを次々と当てていったのは、近い人物からあらかじめ情報を入手していたと考えられます。最初から彼女をだますつもりだったんでしょう。しっかり者で現実主義的な人ほど、予言の的中といった不思議な出来事に遭遇すると、普通の人以上に動揺し、一気にのめり込んでしまうんです」 辺見はいつしか100万円単位の金を渡すようになっていったという。※女性セブン2015年10月8日号■ 参道・鳥居の“真ん中”は神様の通る道なので歩いてはダメ■ 金沢の「トイレの神様人形」 良縁にご利益あると女性に人気■ 関ジャニ∞ 丸山は嘘つきの神、安田はトイレの神様との談■ 母娘確執を乗り超えた 松田聖子、辺見えみり、泰葉のいま■ 植村花菜 「祖母との思い出」が名曲『トイレの神様』を生んだ

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    山本リンダ、久本雅美らが大幹部 創価学会芸術部の存在意義

    俳優や歌手ら有名タレント会員が多く所属している。その実態を探った。 芸術部の発足は1962年。芸術・芸能を生業としているメンバーで結成され、すでに50年を越える歴史を持つ。部員数は非公表だが、約1万人いると推測される。文化本部にはほかに、ドクター部(医師など)、学術部(学者など)、文芸部(作家など)がある。 芸術部にはタレント、芸能人のほかに、音楽家や舞台俳優、茶道や華道、日本舞踊などの伝統芸能の担い手、裏方など、幅広い分野の人々が所属しているという。タレントの久本雅美 メンバーとしてよく知られるのは、芸術部女性部長を務める歌手の山本リンダ(63歳)、女優の岸本加世子(53歳)、お笑いタレントの久本雅美(56歳)だ。ほかにミュージシャンでTM NETWORKのメンバー・木根尚登(57歳。副芸術部長)や、柴田理恵(55歳。芸術部中央委員)が所属している。 彼らが一堂に会する芸術部総会は、まれに本部幹部会と合わせて開かれることがある。2009年1月9日付「聖教新聞」には、先に挙げたメンバーを含む芸術部員が整列し、本部幹部会で合唱している場面が紹介されている。 彼らはまた、「聖教新聞」や青年部の機関紙「創価新報」にインタビューや対談記事で登場することがある。ミュージシャン・高橋ジョージ(56歳)は2014年3月19日付「創価新報」で一般会員との対談に臨み「俺にとって、その(歌を伝える生命力の)源泉は、信仰であり、学会活動」と述べている。 創価大学の落語研究会出身で芸術部員のお笑いコンビ、ナイツは市販されたパンフレット『SOKA2011』(聖教新聞社刊)に登場。「なるほど創価学会」というコーナーで案内役を務め、「どんな教えを信仰しているか」「聖教新聞はどんな新聞か」「座談会では何をするか」などの質問に答えている。 機関紙など学会系メディアに頻出する、テレビなどでお馴染みの芸能人たち。彼らの学会における役割とは何か。 芸術部の結成記念日にあたる3月8日付「聖教新聞」社説(2014年)では芸術部について〈浮き沈みの激しい世界で、たくましく生き抜くメンバーが、自身の信仰体験を語り、学会理解の輪を大きく広げている〉と、彼らが学会内部で果たす役割について触れている。  宗教学者の島田裕巳氏は、タレント学会員を「内向きの存在」とみる。「かつては芸能人信者を教勢拡大のための“広告塔”と見る向きがあったが、現在ではあまりそうした効果はない。創価学会に限らず、新宗教はどこでも信者数が伸び悩んでいる。 そうした中で、学会のタレント信者はむしろ、身内の学会員を激励する役割を果たしている。たとえば学会のプロスポーツ選手が活躍すれば、聖教新聞などで大きく取り上げられる。仲間の活躍は学会員にとって誇らしいこと。一般の学会員を勇気づけるだろう。組織全体が内向きになっていると見たほうがいい」(島田氏)※SAPIO2015年1月号■ 参道・鳥居の“真ん中”は神様の通る道なので歩いてはダメ■ 金沢の「トイレの神様人形」 良縁にご利益あると女性に人気■ 関ジャニ∞ 丸山は嘘つきの神、安田はトイレの神様との談■ 母娘確執を乗り超えた 松田聖子、辺見えみり、泰葉のいま■ 植村花菜 「祖母との思い出」が名曲『トイレの神様』を生んだ

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    ベッキーは「無宗教」だから図太い? 干される恐怖と芸能人の信仰心

    信仰心は悪質なカルト団体に付け入るスキを与えるほどに、心の弱さの克服や依存心でもあるわけだが、日本の芸能人にやたら信者が多いのは、彼らが弱いからなのだろうか。一見して芸能人は誰よりもド派手な舞台で煌びやかに振舞う勝ち組の象徴みたいな存在だ。そこそこ成功すれば一般的な勤め人ではとても手にできない大きな報酬を手にすることができる。一方、その立場の危うさに満ちているのが芸能界でもある。足を引っ張りあうから寄り添う仲間が欠かせない2016年10月、ラジオの生放送のためにTOKYO FMに入り、報道陣に一言あいさつするベッキー(蔵賢斗撮影) 日本の芸能界はもともと芸能プロが暴力団組織の直属にあった背景から、タレントが所属事務所との力関係で隷属的になっている。どんなに売れっ子でも、業界の有力者を敵にすればすぐに「干される」異様な世界。一般社会ではありえないような「業界追放」は、タレントたちをもっとも恐れさせるものだ。それは「売れている」のではなく「売れさせてもらっている」からでもある。 バラエティ番組の収録現場ではスタッフが身の回りの世話を焼いてくれ、送迎やヘアメイクまでケア、収録はおよそ非現実的な金ピカのステージに上げてもらいスター扱いしてくれる。筆者のような無名ジャーナリストでもテレビ出演時は丁重に扱われるのだから「こりゃ勘違いする人が増えるの当然だわ」と思ったりする。 しかし、そんなステージに上がっても実際には自分のスキルが急にアップしているなんてことはない。各ゲスト出演者は程よくコメントさせる司会者の手腕と、ディレクターが書いた台本に乗せられているだけである。その世界で確かな成功をするのは、チャンスを得た間に浮かれずスキルアップできた一部の人だけで、多くは大成功した錯覚に陥って浮かれてしまい、次の瞬間にはお役目終了となっている。その浮き沈みの激しさを体感すれば戸惑いを持たない方がおかしい。 一般社会でなら「ひとりでも営業をこなせるようになったぞ」とか「やっと一人前の仕事がこなせるようになった私」とか、仕事で身に着けたスキルの成果を自覚できるが、芸能人の場合はその目安を把握するのが難しく、ピコ太郎のように急に世界的スターになったタレントも、自分の実力と評価のアンバランスさに驚いている。こんな世界でまったく病みもせず続けられる人は、相当に図太い神経の持ち主。世間に犯罪者のごとくバッシングを受けてもメディアの前にニコニコ顔で出てこられるベッキーのような人種は、むしろ信仰なんぞ不必要な話で、実際に彼女は過去、無宗教を公言していた。 梅沢富美男は先日、情報番組で「芸能界に友達なんていない。みんな足を引っ張りあってますから。人を蹴落としてでも自分が出るのが芸能界」と言い切っていたが、そのとおりだ。番組内で和気あいあいやっているのはあくまで収録時だけ。終わった途端、軽い会釈だけしてスタジオからさっさと消えていくタレントの方が圧倒多数だ。 そんなわけで、宗教に依存するタレントたちを怪訝な目で見る人も多いだろうが、そのタレントたちはむしろ我々一般人に近い心の弱さを持っている人々といえる。おそらくは宗教にもさほど詳しくはないはず。組織に属さなくても信仰はできるところ団体活動をしているのは、寄り添う仲間が欠かせない弱者的スタンスがあるといえるかもしれない。

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    そしてSMAPは「伝説」になる

    国民的アイドル、SMAPがきょう解散する。所属事務所のお家騒動やメンバーの確執など解散に至る経緯は複雑だったが、グループとしての5人の活躍を願うファンの想いはどこまでも温かく、一途だった。時代を駆け抜けたSMAPは、平成ニッポンに何をもたらしたのか。ついに「伝説」となる彼らの足跡をたどり、解散後の未来を占う。

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    「SMAPノムコウ」にも、きっと何かが待っている

    ていたからであり、その集合体としてのグループが輝いていたからだ。 2017年から、「SMAPのいない芸能界」、そして「SMAP不在の時代」が始まる。寂しいことではあるが、ファンはもちろん、業界もまた受け入れるしかない。そして、慣れていくしかない。 その一方で、5人の新たな活躍を見る楽しみが待っていると思いたい。ただし、乱暴な予想としては、5人とも「ソロ歌手」という選択はしないだろう。音楽的に、個人でSMAPの実績を超えるのは、かなり難しい。むしろ音楽以外の場、タレントや俳優としての活動が中心になるはずだ。キムタクドラマから木村拓哉ドラマへ まずは木村拓哉だが、今後、ますます演技力に磨きをかけるだろう。その萌芽は、すでに2015年春のドラマ『アイムホーム』(テレビ朝日系)にあった。これは、いわゆる“キムタクドラマ”ではなかったのだ。脚本も演出も脇役も、ひたすら木村をカッコよく見せることだけに奉仕するのがキムタクドラマなら、この作品は違った。そこにいたのは“キムタク”ではなく、一人の俳優としての“木村拓哉”だった。俳優・草彅剛とMC・稲垣吾郎の展開 主人公は、事故で過去5年の記憶を失った家路久(木村)。なぜか妻(上戸彩)や息子の顔が白い仮面に見えてしまう。彼らへの愛情にも確信がもてない。その一方で、元妻(水野美紀)と娘に強い未練をもつ自分に戸惑っている。 原作は石坂啓の漫画で、仮面が邪魔して家族の感情が読み取れないというアイデアが秀逸だった。その不気味さと怖さはドラマで倍化しており、見る側を家路に感情移入させる装置にもなっていた。 自分は元々家庭や職場でどんな人間だったのか。なぜ結婚し、離婚し、新たな家族を持ったのか。知りたい。でも、知るのが怖い。そんな不安定な立場と複雑な心境に陥ったフツーの男を、木村拓哉がキムタクを封印して誠実に演じたのが、このドラマだ。 何より木村が、夫であり父でもあるという実年齢相応の役柄に挑戦し、きちんと造形していたことを評価したい。今後は、顔の細部を動かすようなテレビ的演技だけでなく、たたずまいも含め、全身で表現できる役者を目指してもらいたいと思う。 年明け早々に始まる医療ドラマ、TBS日曜劇場『A LIFE〜愛しき人〜』が、旧来の“キムタクドラマ”の延長にあるのか、それとも“木村拓哉ドラマ”の確立となるのか。当面の試金石だろう。俳優・草彅剛とMC・稲垣吾郎 木村と同様、俳優としての才能を生かしそうなのが草彅剛だ。2016年1月クールに放送された『スペシャリスト Specialist』(テレビ朝日系)に注目したい。 無実の罪で10年間服役していた刑事・宅間(草彅)という設定が意表をついていた。刑務所で学んだ犯罪者の手口や心理など、いわば“生きたデータ”が彼の武器だ。 草彅は、飄々としていながら洞察力に秀でた主人公を好演。また、ひと癖ある上司(吹越満)や、勝手に動き回る宅間に振り回される女性刑事(夏菜)など、脇役陣との連携も巧みだった。 年明けの1月クール、草彅は『嘘の戦争』(フジテレビ系)で主演を務める。冤罪だった父親のために詐欺師となって復讐を果たす男の役だ。誠実そうな風貌の草彅だからこそのキャスティングであり、そのギャップをどれだけ見せられるかが勝負だ。 3人目は稲垣吾郎である。三谷幸喜監督『笑の大学』(2004年)や三池崇史監督『十三人の刺客』(2010年)、また今年春のドラマ『不機嫌な果実』(テレビ朝日系)などが印象に残る。いずれも、いわゆる主演ではないものの、しっかりと存在感を示していた。 中でも、『十三人の刺客』が強烈だった。稲垣は役所広司たち刺客の敵であり、悪役である将軍の弟。この“狂気の人”を、想像以上の迫力で見事に演じていたのだ。今後も、稲垣の持ち味を生かせる役柄であれば、主役・脇役を問わず出演すべきだと思う。 また同時に、ブックバラエティ『ゴロウ・デラックス』(TBS系)で見せる、実に自然体なMCがとても魅力的だ。今月放送された、みうらじゅんと宮藤官九郎がゲストの前後編でも、これだけ個性の強い面々を相手に、自分を見失わず、しかも自分の性癖さえ適度にはさみみ込みながらトークを展開していた。これは立派な才能であり、今後はもっと活用すべきだ。不透明な香取慎吾と、中居正広の「兄貴路線」不透明な香取慎吾と中居正広の兄貴路線 そして香取慎吾だが、実は5人の中で、今後が一番見えにくい。NHK大河ドラマ『新選組!』(2004年)や、『薔薇のない花屋』(2008年、フジテレビ系)での好演は記憶にあるが、2016年夏のTBS日曜劇場『家族ノカタチ』は、あまり感心できなかった。 繰り返される「結婚できないんじゃなくてしないんだ」という台詞が象徴するように、こだわりが強くて独身ライフを謳歌(おうか)しているという設定が、阿部寛主演の『結婚できない男』(フジテレビ系)とイメージがダブったのは仕方ないにしても、香取演じる独身男は、他人を拒否し、いつもイライラしていて不機嫌な人にしか見えなかった。 もちろん脚本や演出に従っただけかもしれないが、香取が俳優としてどのように進んでいきたいのかが、見る側に伝わってこなかったのだ。 あとは、テレビ朝日系『SmaSTATION!!』(スマステーション!!)のようなバラエティーということになるが、今回のSMAP解散への過程を経て、どこか香取自身が以前と比べて楽しんでいるように見えない。むしろ痛々しささえ感じてしまい、視聴者側も手放しで楽しめなくなっている。年が明けたら気分を一新し、今後の方向性を打ち出していって欲しい。 最後は中居正広だ。ドラマ『ATARU』(2012年、TBS系)は、主人公の特異なキャラクターが功を奏して適役だった。しかし、その後の『新ナニワ金融道』(2015年、フジテレビ系)などでの演技は、あまり進化しているように見えず、困った。SMAPのメンバーがNHK紅白歌合戦の番組担当者に宛てた文書 恐らく今後も、俳優としてより、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)など自身の冠バラエティーで活躍していくのではないか。今年、「ベッキー復帰問題」で見せた、芸能界の“ちょっとヤンチャな愛すべき兄貴”といったポジションも悪くないだろう。ただし、キャリアとしては実質的な大物になっているだけに、逆に大物風の言動にならないよう、気をつけたい。SMAPノムコウ 2016年1月、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)で行われた異様な“生謝罪”に象徴される、後味の悪い独立騒動。そして、どこかスッキリしないまま、終幕を迎えた解散劇。 この1年で、5人のイメージは明らかにダメージを受けた。かつてのように、素直に彼らを見て楽しめない“しこり”が残ってしまった。どんなに取り繕っても、それは事実だ。 今後、5人はそれぞれに、この現実を踏まえて芸能活動を行っていくことになる。いや、実際の活動を通じて、イメージを回復し、しこりを解消していこうと努力するだろう。 “夜空ノムコウ”には明日が待っていたが、“SMAPノムコウ”にも、きっと何かが待っているはずだ。たとえそれが、「あのころの未来」とは違っていたとしても。

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    SMAPは永遠なれど、最後まで解散を語れなかった「大人の事情」

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント) 2016年は政治や経済だけでなく、芸能も含めてさまざまなニュースが飛び交った激動の1年であったが、その中でも365日ほぼ欠かさず話題に上ったのはSMAPだけと言っても過言ではないだろう。解散危機のニュースに始まり、そして大みそかにグループとして本当の解散を迎え、SMAPは結成からおよそ28年、デビュー25年の活動に終止符を打つ。最後の最後まで話題を独占することになる。 「最後の砦」と期待された『SMAP×SMAP』(フジ系)が終わり、『紅白歌合戦』(NHK)出場辞退で、SMAPがSMAPとしてステージにそろうことはもうなくなった、全国のファンからは嘆きも乾くほどのため息が漏れているようだ。 こうしたSMAP解散騒動の裏でジャニーズ事務所に関する悪いニュースも続いている。所属グループやタレントのファンクラブを運営する「ジャニーズファミリークラブ」の会員規約をめぐって消費者団体から一部不適切との指摘を受けた。最も問題にされているのはコンサートチケットだ。抽選であるにもかかわらず、申し込み時に代金を支払い、抽選に漏れて購入できなかった場合は振込手数料を差し引いたうえで返金するという仕組み。確かにファンが何の得もなく損だけしているのに、ジャニーズ側は得しかしないというのは、規約上に無理があるというわけだ。(イラスト・不思議三十郎) さらに、興行活動していないSMAPのファンにしてみれば、会員であることのメリットは何もない。ファンクラブの存在自体厳しい状況で「この会費は一体何のための費用か」と多くのSMAPファンが疑問を抱いている。ただ、その一方でSMAPの代表曲で国民的ソングとなった『世界に一つだけの花』は、販売枚数300万枚突破という歴史的売り上げを達成した。それは解散阻止の願いを込めたファンの購買運動のたまものであり、怒りと喜びが交錯する複雑な心情がうかがえる。 では、ジャニーズ首脳はどうだろうか。騒動が勃発した当初、寝耳に水のとんでもない解散話にあわてた様子だったジャニー喜多川さんは、とっくに諦めていて、もはやSMAPというグループ自体を亡きものとして扱っているようだ。メリーさんも、森且行が辞めた時「森は最初からいなかった」と言っていたが、SMAP解散についても同様に見事にスイッチが切り替えられていることだろう。解散騒動は大きな痛手ではない ジャニーさんやメリーさんが楽観的なのは、今回のSMAP解散騒動はジャニーズ事務所にとってそんなに大きな痛手ではないからだ。SMAPというグループがなくなり、木村拓哉を除く4人が独立したとしても営業面、収益面で何ら困ることはないだろう。解散後もSMAPの売り上げは継続し、音楽・映像の印税、肖像権や著作権の使用利益で、十億級の収入が恒常的にもたらされるのはほぼ間違いない。 曲が使用されるたび収益が上がる印税システムは著作者にとって実にオイシイものだ。多額の借金を抱え詐欺まで働いた小室哲哉さんにしても毎年数億円の収入があると言われる。しかもジャニーズの場合、その楽曲の多くが著作権、版権を買い取る契約となっており、売上報酬も印税もすべてジャニーズの利益となるのだ。 往年のフォーリーブスや郷ひろみ、80年代の田原俊彦に近藤真彦、そして光GENJIもいまだ稼ぎ続けている。ジャニーズがつくった「作品」という資産は、ギャランティーが発生しない分、利益率はより高くなる。人という商品であるタレントにはメンテナンス(メンタルフォロー)が必要で、その負荷は計り知れない。面倒が回避され、余計な心労を被ることがないに越したことはないのだ。 SMAPの25年分の資産は、ジャニーズに今後どれだけの銭金をもたらすのか。ざっと見積もって数十億円に上り、「ポストSMAP」をつくって穴埋めをする必要など全くない。関ジャニ∞はこの冬開催されている5大ドームツアーで動員75万人の新たな金字塔を打ち立てるだろう。また、滝沢秀明と堂本光一の2トップは舞台で長年安定した動員を続けている。キンキ(KinKi Kids)も東京ドーム公演19年連続と記録ずくめである。キスマイ(Kis-My-Ft2)やヘイセイ(Hey! Say! JUMP)、セクゾ(Sexy Zone)ら後輩のCDセールス、コンサート動員もジャニーズ以外真似できない数字を叩き出している。嵐にいたっては今さら触れるまでもない。 ゆえにジャニーズ事務所にとって経営面での不安はないといっていい。だが、一連のSMAP解散騒動は人間関係の非情さや寂しさを印象づける結果となったのは間違いない。 今回の件で最も重い哀愁を背負ったのはジャニーさんだろう。大好きだった少年たちがいつのまにか大人になってしまい、自らの手を離れてしまう。親子と同じような感覚、そこに恋人のエッセンスも少し含まれた感じだろうか。ジャニーさんは恋人として相手を輝かせる。身も心も支配して最上の愛を注ぎ込むテクニックで、ジャニーズのタレントは完成されるのだ。タモリさんが結ぶ縁 ファンの想いも複雑だ。解散という現実を受け入れられない熱烈なファンは、素晴らしい結束力と動員力で、今もあらゆる解散阻止活動を行っている。「SMAP×SMAP」の最終回はファンからの想いをふんだんにちりばめた構成で20年を振り返った。「ありがとう」という言葉は新しく出発する彼らへの「贈る言葉」として掲げられたに違いなく、同時にSMAPは永遠であるという強い想いが画面からあふれていた。 しかし、その裏では、納得できないファンのメッセージがネットをにぎわせてもいた。「ふざけるな」「ありがとうじゃねーよ」「勝手に終わらせるな」。解散についての説明が何もないことに怒りを吐き出す声も少なくなかった。番組の最終回に寄せられ、紹介されなかったメッセージの多くは、決して「ありがとう」だけではなく、一方的にハッピーエンドにする姿勢への憤りに満ちていたと聞く。 解散に至った説明をファンが求めるのは理解はできる。だが、ファンが芸能界の出来事について納得する形で真実を知り得ることは非常に難しい。それがジャニーズであればなおさらだ。業界からファンまで大きく振り回された解散騒動だったが、今回は当のジャニーズさえ振り回され続けた。ここまで何とかまとめただけでも大変な苦労だっただろう。その苦労さえファンにとっては知る由もない。 12月19日に放送された人気コーナー「ビストロSMAP」最終回には大御所タモリさんが登場した。一連の解散騒動や紅白(出場)問題で度々その名が登場したタモリさんとSMAPは20年来の深くて長い縁がある。そのタモリさんが所属する田辺エージェンシー代表、田邊昭知さんを後ろ盾にSMAP独立といううわさがある。ジャニーズと契約切れとなる2017年秋以降、「木村を除く独立組4人」が田邊さんの力添えで芸能界に残れるよう、すでに相談しているとの情報もある。 最後まで何かと話題の尽きないSMAPだが、17年9月のジャニーズとの契約更新に向けて、まだまだ注目され続けるだろう。メンバー個々の動向が世間をにぎわせ続ける限り、SMAPはまだまだ終わらない。

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    SMAPの5人が再び同じ舞台に立つ日は、きっと来る

    が残り続けることはないでしょう。解散はデメリットばかりではない ただ、SMAPが解散することは今後の芸能界にとってデメリットばかりではないと思います。タレントの人間性についてマネジメント側が真剣に向き合う大きな契機になったはずです。 SMAPのようなスーパースターレベルのグループはしばらくは登場しないでしょうし、社会全体を揺るがすような問題はなかなか起こるものではありません。ですから日本の芸能界のあり方を見つめ直して欲しいと願うと同時に、旧態依然のタレントとプロダクションの関係がずるずる続いてしまう危惧も持っています。だからこそ、私は以前から言っていますが、SMAPはこんな形で終わらせてはいけません。たとえ時間がかかっても、メンバー全員で人々の前に戻ってきてほしいと願っています。 5人の今後について、私の理想を申し上げますと、解散発表の後で木村拓哉以外の4人も契約更新したと言われていますが、このまま事務所にいるのは非現実的だと思います。でもケンカ別れをするのではなく、ジャニーズ事務所と提携する形で別のマネジメントを受けるのではないでしょうか。これなら事務所同士が提携していますから、5人で舞台に立つことも可能になることでしょう。 つい先日も、SMAP存続を求める国内外のファンによる嘆願書がジャニーズ事務所に提出されましたが、37万人の嘆願書を受け取ったときの事務所のリアクションが上半期とは変わっていたように感じます。ジャニーズ事務所は今まで素晴らしい実績を積み上げてきた、当然ビジネスにもシビアな集団です。今回の騒動で大きな危機感を抱いていれば、来年以降落としどころを考えようと裏で動いているのではないでしょうか。 2016年は5人が最も苦しんだ1年でしたから、大晦日を区切りに気持ちを入れ替えてスッキリするでしょうね。まるで憑き物が落ちたように。そして肩の荷が下りてから空虚感が襲う。才能ある5人ですから、間違いなく今後も活躍します。でも、5人がソロ活動に勤しんでいるうちに、いつか清々した気持ちになるときが来るかもしれませんが、同時にSMAPの日々を懐かしむ感情が湧くこともあると思います。 仮に芸能界に未練がないと思っているメンバーがいたとしても、人の気持ちは時の流れと環境によって変わりますから、時間が解決してくれると思います。「普通の女の子に戻りたい」と言って解散しても、ソロになって戻ってきたキャンディーズの例を挙げるまでもなく、ほとんど芸能界に戻ってきていますから。 人間は愚かな動物ですが、いがみ合っていても、時間とともにその感情が薄れることもありますよね。そのころに彼らの絆を結びつけるキーマンのような人物が現れて、5人とマネジメント側の関係がいい方向に進むと、私は信じたいですね。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

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    やっぱりSMAPは解散してよかったと思うんだ

    witterで書くと「グループをボロボロしたのは誰だ?」的な反論があった。これまた気持ちは分かるし、芸能通でも業界ゴロでもないので、内部事情は詳しくは分からない。ただ、こんな状態で続くのは彼らがあまりにかわいそうだ。 別によくあるジャニーズ事務所やSMAPブラック企業説を唱えるのではない。ここで確認しておきたいのは「ブラック企業」と呼ばれるような労働環境でなくても、人は心が折れたりするのである。方針をめぐる対立や、人間関係のトラブルもある。労働が過酷でないとしても、働いていて疲弊する職場というものはあるのである。 「SMAPをなんとかして続けて欲しい」という声は、「ストレスの多い職場で、壊れるまで働いてください」と言っているようにも聞こえる。「未来の可能性を捨てて、人生をこれに費やしてください」とも。 そんなものはエゴだ。SMAP存続を願った人は、心が壊れつつも「いいから職場に行け」と同居している独身の子供を説教し、追い込む昭和的価値観の親のように見えてしまう。心の折れた若者を「お前は弱い」と説教する上司にも見えてしまう。心は強い、弱い関係なく折れるのだ。 最高のエンディングではないだろう。SMAPらしい終わり方かどうかも分からない。ただ、その痛々しさも含めて記録にも記憶にも残る終わり方だった。無垢な少年たちが同じ夢の元に集まり、輝き傷つき、散っていった瞬間を見せつけられた。国民的なるものの終わりも。 これで彼らはやっと「降りられる」のだ。この「降りていける」人生こそ、日本社会の希望であり多様性であり、可能性ではあるまいか。それを身をもって示してくれたのだ。 おめでとう。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2016年12月27日分を転載))

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    香取慎吾、引退報道に「オレやめないよ」と驚き

    ァンを心配させているのが、解散後の5人の動向である。 11月、『東京スポーツ』が香取慎吾(39才)の芸能界引退を報じた。ジャニーズ事務所との契約が切れる2017年9月をもってタレント業の一切を辞め、画家など芸術家転身を視野に入れているのだという。タワーレコード渋谷店に設けられたSMAPの特設コーナー=12月2日 翌週には『フライデー』が香取のアメリカ留学説を報じ、12月初旬、『週刊新潮』が「『SMAP』解散後のプランA」と題する大特集を組んだ。2017年9月以降、中居正広(44才)が独立して事務所を立ち上げ“社長”に。元マネジャーが合流し、香取、稲垣吾郎(43才)、草なぎ剛(42才)の3人も中居の新事務所について行く予定だと報じている。 この2か月、メディアが雪崩を打ったように独立説に傾いた背景には何があるのか。SMAPに縁深い芸能関係者が語る。「確かに、独立騒動後、中居の心にはジャニーズを離れるという選択肢はくすぶっていた。草なぎのみ1月スタートのドラマを撮影中で、3人に新しい仕事が入っていない点も独立説に拍車をかけたようです。一部で、中居が“社長”として後輩に声をかけているとも報じられましたが、確かに最近ある番組で中居がキスマイの藤ヶ谷(大輔)と旅行したことを明かしている。中居が後輩を旅行に誘うなんて聞いたことがなく、独立説が真実味を帯びて語られるようになりました」(芸能関係者) しかし現実はさにあらず。「ジャニーズ側が個人の裁量に任せるというスタンスを見せたため“独立”が加速しましたが、事態は流動的で、メンバーが現時点で独立を決断しているわけではない。一連の報道を耳にした香取は“エッ、そんな話になってるの…。オレやめないよ”と驚いていたそうです」(前出・芸能関係者) 事実、香取は本誌12月8日号のインタビューで15年目を迎えた自身のレギュラー番組『SmaSTATION!!』(テレビ朝日系)を振り返り、こう語っている。《16年目も気持ちは変わらずにルーティンのままで、スタッフを信じて、スタッフに任せて(中略)。次の15年後は54才か~…。そのときも、僕がやっていることもそうですけど、大下さん(編集部注:サブ司会の大下容子アナ)と一緒に番組を続けていられたらいいですね》『スマステ』について、テレビ朝日側はSMAPの解散後も名前を変えずに放送を続けることを発表している。レギュラー番組の未来を語る香取の“引退”はない。関連記事■ 金欠・清原和博の告白本出版の噂に元妻・亜希、恐れ抱く■ 高畑淳子、実家を売却し息子・裕太の違約金返済へ■ 音楽家志望の木村拓哉長女「なれなかったら声優かな」■ SMAP、最後の歌収録 中居正広は嗚咽を漏らした■ 香取慎吾 25年使った「キムタクの財布」をもう使わず

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    ポストSMAP争奪戦から考える企業の価値創造

    み・西城秀樹・野口五郎の「新御三家」がブレイクしていたが、20年後の1994年には新御三家は既に大物芸能人の地位を確立していたが、その一方トップアイドルといえる存在ではなくなっていった。 その他にも、SMAP以前に20年以上もトップアイドルであり続けた例はなかろう。というより、そもそも40歳を過ぎた中年男がアイドル扱いされるという立ち位置は、おそらく彼らが初めて築いたものであり、歳を経るにつれ、アイドルから俳優やアーティスト、タレントへと転身していくのが当たり前であった。 それは、若くてかっこよくて清純で美形、というのが当たり前だったはずのアイドルが、昼のバラエティでレギュラーを務め、抱かれたい男1位に選ばれ続けるほどセクシーで、パロディコントではブサイク顔メイクも披露し、リスクの高い司会やフリートークもこなすという、新しい価値を創造した点に要因があると思われる。 52歳オヤジの私が申し上げるのもファンの皆さんには心苦しいが、現在、ジャニーズの後輩であるグループのいくつかは同様のマルチ性を持つものの、そのパイオニアたるSMAPを超えることは難しいだろうと思われる。リスクを取った独自性が生む価値創出リスクを取った独自性が生む価値創出 なぜSMAPは、こうした突き抜けた人気を長期に維持してこられたか。ここには企業が長く生き残るための「価値創出」が見てとれる。 新しい価値を創出するときには、開拓者として大きなリスクを伴うが、同時にリターンも大きい。 コントでブサイク顔のメイクを披露することは、当然ながらアイドルにとって大きなリスクを伴う。同様に、お笑い芸人と対等にフリートークを展開しようとすることや、バラエティの冠番組を持って露出し続けることにも、従来のアイドルファンが離れていく大リスクがあったわけだが、そのリスクを克服した彼らが得たリターンは大きかった。 そしてそれらは、新しい価値を創出した企業も同様である。国内で言えば、マクドナルド、セブンイレブン、ユニクロ、ブックオフなど、新たな商品や流通を創造した企業が得たリターンは長期で大きく、フォロワーが首位の座を奪うのはやはり難しい。ユーザーの生活スタイルの提案 また、SMAPが開拓したものは自分たちサイドの才能ばかりでなく、ファンサイドの楽しみ方にも見られる。 SMAP以前には、アイドルのライブ会場に訪れる40歳以上の女性といえば、保護者役のお母さんがほとんどであった。 ところがSMAPのコンサートでは、会場にファンとして親子連れで訪れることが珍しくない。あるいは複数の母子友達同士でライブに出かけ、しばらくはその余韻で彼らの出演番組をチェックして楽しむ。 10代の娘と40代の母親が同じ目線で楽むことができる彼らのライブは、ファンにとってもそれまでのアイドルには無かった楽しみ方のスタイルであろう。 企業も同様に、ユーザーの生活スタイルを新提案できるはずだ。 顕著な例としては、コンビニが普及する以前の地方住宅地では深夜に人通りなどなかった。食品や生活用品を深夜に購入したり、預金を引き出す事などもできなかった。現在の私たちは知らず知らずのうちに、コンビニの存在以前と以後とで異なった生活スタイルをしていると言える。 また、スターバックスやフェイスブックなども、私たちの生活スタイルを提案して、受け入れられてきたサービスであると言えよう。ポストSMAPはどうなる さて、芸能界ではよく「ポスト◯◯」という言い方をするが、今回はどうか。 「ポスト=役職」の企業での人事とは異なり、抜けたからといって代わりの人材を補充できるわけではない。 あるいはスポーツ界のようにポジション制でもないので、誰かが抜けたからといってそれを補充しなければ困る、というものでもない。 ファンは、SMAP解散で空いた心の穴を、誰かが用意した代役をもって埋めるわけではないし、また埋めなければならないわけでもない。 はたして新たにオリジナルな価値を創出する誰かが、SMAPを超える存在として登場してくるのだろうか。【参考記事】■ドラマ「家売るオンナ」の三軒家万智にも売れない これからの地方の中古住宅 (玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/49574910-20160919.html■三菱自動車の不正問題に見る、下請け企業の自己防衛と金融機関の支援 (玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/48497051-20160501.html■中小零細企業に必要な「仕事がうまい」人材(玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/48242519-20160331.html■「チェーン店の地方出店にはFC制導入を義務化してしまえ」という暴論をまじめに書いてみる (玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/49736835-20161010.html■せっかくの学びが、地方のビジネス現場で役に立たない理由(玉木潤一郎 経営者)http://sharescafe.net/48339489-20160411.html

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    SMAPの長い道のり 転機は初紅白から3年後の1994年

    《いつまでもSMAPの吾郎ちゃんでいてください》《吾郎ちゃんSMAP中間管理職はあなただけ》 12月8日、東京新聞は、この日誕生日を迎えた稲垣吾郎(43才)とSMAPへのメッセージで埋め尽くされた。その数、なんと230件。これまでも、同紙の個人広告欄『ToKToK』は、ファンの思い思いのメッセージを載せられる場所として利用者が殺到していた。 SMAPデビュー25周年記念となった9月9日には84件を掲載。通常、広告欄は紙面の3分の1だが、この日は1面すべて使ってもあふれるほどだった。さらに『世界に一つだけの花』はついに300万枚の売り上げを突破し、ファンの声を集めた署名37万筆を事務所は受け取った。展示されたSMAPの草彅剛と稲垣吾郎の衣装をスマートフォンで撮影するファンら=21日、「SHIBUYA TSUTAYA」 年末が近づくにつれ、高まるファンの熱量。だからこそ、2016年の終わりを彼らのステージで締めくくれないことに、動揺を隠せない。『紅白歌合戦』(NHK)にSMAP出場の予定がないことが発表され、NHK側はまだ出場の可能性をあきらめないとしながらも、今なお、調整できていないからだ。 彼らがデビューした1991年以来、23回にわたって出場してきた紅白は、メンバーたちにとっても特別だった。特に中居正広(44才)にとっては、6回も司会を務めていることもあり、その思い入れは格別。2008年の紅白リハーサルでは、5度目の司会を務める中居へ「もう慣れたのでは?」との質問が飛んだが、彼は、即座にこう返答した。「慣れないです! これはまあ歌もそうなんですけど(笑い)、毎回ヤバイですね。ホント、ヤバイんですよ(笑い)。5人も、紅白で歌う前って、いつもと違う感じなんですよ。ちょっと、キュッとなるんです。『よし! やろう!』みたいな。ちょっとなんか、手をつないじゃったりするような雰囲気になるんですね…」 香取慎吾(39才)もまた、過去のインタビューでこう語っている。「印象に残っている仕事はやっぱり、紅白で初めて大トリになったことです(2003年、『世界に一つだけの花』を歌唱)。初めてそれを聞かされたとき、SMAP全体がざわっとしたんです。本当にいいの?って」 連続出場、大トリ、司会…今でこそ「紅白の顔」になった彼らだが、それまでには長い道のりがあった。長年紅白を取材してきた記者は言う。「デビューした1991年に紅白出場というと華々しいイメージがありますが、実際の彼らはおとなしくてあまり目立った印象がなかったんですよね。ただ、当時の囲み取材でも『ずっとバックダンサーをしていた光GENJIさんと同じステージに立ててうれしい』とコメントしていて、いい子たちなんだなあ、と思いました」 そう、実は1988年と1989年に光GENJIのバックダンサーとして出場経験があった彼らは、場数こそ踏むものの、ブレークに至らない冬の時代にあった。転機は初紅白から3年後の1994年。『がんばりましょう』が人気に火をつけた。「『なるほど!ザ・ワールド』や『夢がMORIMORI』のテーマソングでもあった『がんばりましょう』がスマッシュヒットしたので、この年の紅白でも演出を派手にしてもらえたんです。私はジュニア時代の、バックダンサーだった頃から彼らを見てきましたけど、このあたりで時代の流れがSMAPとマッチしてきたって、すごく感慨深かったんですよね」(ファン歴26年の女性)  だからこそ、彼らのいない年末が信じられない。《どんな時もくじけずにがんばりましょう。いつの日にか幸せを勝ち取りましょう》  あの日も今も、その思いは変わらない――。関連記事■ 木村拓哉の長女、フランスへの音楽留学を真剣に検討中■ 状況厳しいSMAP紅白出演「中居・木村を審査員で」の折衷案も■ 紅白単独司会の相葉雅紀 「ウソない」司会ぶりに高評価■ 紅白8大事件 長渕剛「日本人はタコ」や吉川「ギター炎上」■ PUFFY、桐谷健太など「紅白」初出場のさまざまな裏事情

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    「かわいそうだ、お兄ちゃん」真田信之役の大泉洋、至る所で同情された

     天下分け目の「関ケ原の戦い」迫る-。物語が急速に動き始めたNHK大河ドラマ「真田丸」。今作の主人公・真田信繁(堺雅人)の兄、信幸は、まじめでちょっと堅物なタイプ。謀略大好きの父・昌幸(草刈正雄)と、何事にもソツのない弟・信繁に挟まれ、立ち位置の難しい役どころだ。信幸役の大泉洋(43)は、「私が演じることで、ドラマ史上一番親しみやすい、愛される信幸になったんじゃないかな」と、冗談めかして語った。(本間英士) 《昨年9月のクランクインから間もなく1年》 「真田丸」が始まってからですね、私は至る所で「かわいそうだ、お兄ちゃんは…」と同情されました(笑)。 そういうときは、「今後、もっとひどくなりますよ」と言い返していました。(「関ケ原の戦い」や「正室」問題など)どれだけ板挟みになるんだよ、と思いましたね。ちなみに、(ダメな父親役を演じた昨年の朝ドラ)「まれ」の時によく言われたのは、「しっかりしろ!」でした。 《「真田丸」の信幸についてどう考えているか》 脚本の三谷(幸喜)さんは、人物をコミカルに描くところがあります。信幸は後に真田家存続の礎となり、「信濃の獅子」と呼ばれた人物です。格好良い信幸を期待していた人には申し訳ないという気持ちはありつつ、私が演じることで、ドラマ史上一番親しみやすい、愛される信幸になったんじゃないかな、という気持ちもあります。 史実の信幸は、ずっと弟と父のことを気に掛けていました。これは手紙にも残っているし、「真田丸」でもそうです。だからこそ、「関ケ原の戦い」で信幸はつらかったと思いますね。父と弟が、徳川に対してバンバンむちゃするから。その間に挟まって、大変だったと思うよ。 「大坂の陣」もそうですよね。自分の会社(徳川家)を潰そうとしているやつが、自分の身内なわけでしょ。「何やってるの!」って感じですよね。NHK大河ドラマ「真田丸」で真田信幸を演じる大泉洋 《コミカルな役柄が多い大泉にとって、信幸はいつになくまじめな役だ》 面白いシーンが多いですが、「面白く演じすぎてもいけない」と気を付けています。以前、三谷さんから、「面白いセリフをいう前に、(大泉は)鼻の穴がデカくなる。気を付けてください。まじめにやってほしい」という指摘を受けまして。そうはいっても、クセなんだから、こればっかりは訓練できないし…。難しいところです。 《序盤、事あるごとに信濃の国衆・室賀正武(西村雅彦)から「黙れ小童(こわっぱ)!」と信幸が怒られるシーンがインターネット上で話題に。真田家のおひざ元・上田では、「黙れ小童せんべい」も発売された》 兎にも角にも、言い続けてくださった西村さんの演じっぷりですよね。実は、視聴者の皆さんが盛り上げてくれる前から、僕らも現場で言っていたんですよ。「これは流行語大賞だ」と…。何かあれば「黙れ小童!」と、非常にワード(言葉)として使いやすいんですね。信幸にしたら、何か言おうとしたときに言われるので、悔しい思いをするんですが。 私事で恐縮ですが、7月に北海道で行われた私たちの事務所のイベントで、皆さんが『黙れ小童!』と書かれたうちわを、やたらと振っていたんですね。非常にはやっていることを実感しましたね。 《物語の途中で正室が、こう(長野里美)から稲(吉田羊)に変わった》 戸惑いましたね。信幸にすれば、非常にやりにくい。そのうえ、「コンビか!」ってくらい、どのシーンでも2人はほぼ居合わせる。稲とおこうさんのパートだけ、若干昼ドラみたいな感じでしたね(笑)。 不思議なのが、なんでおこうさんは、侍女になってからあんな元気になったのか。(こう役を演じた)長野さんも戸惑いつつ、「(正室の)プレッシャーだったんでしょうね」と言っていましたが、正室でいてくれたときにもうちょっと元気でいてくれよ、と。ご飯くらいよそってくれよ、と(笑)。 《史実では、昌幸・信繁親子が西軍方に付き、信幸は東軍方に付いた。「関ケ原の戦い」の直前、この3人が東西どちらの陣営につくかを協議した「犬伏の別れ」のシーンを演じ、どう感じたか》 「犬伏の別れ」は、親子が敵味方に別れる悲劇という、真田家を語るうえで大事なところです。だから、そこをどう描くのかは楽しみでした。「真田丸」では、「犬伏の別れ」で真田家が二手に分かれて戦う理由について、三谷さんらしい描かれ方がされています。ぐっとくるセリフがありましたし、私自身も「きた! 信幸、頑張ってる!」と、信幸の成長を感じました。楽しみにしてほしいです。 《信幸・信繁の兄弟は、後に「大坂の陣」で再び相まみえることになる》 信幸は、後に(松代藩主として)真田家を守っていった人。信幸なりの戦い方が、どう描かれるのかが楽しみですね。これからは、なかなか弟(信繁)とも交わらなくなっていきます。「大坂の陣」で、2人はどう関わっていくのでしょうか。史実でもその辺りのことはなかなか出てこないので、私自身、どうなるのかしらと楽しみにしております。

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    SMAPがいなくなる日

    国民的アイドルグループ、SMAPの電撃解散発表から1カ月。この間、メンバーの軋轢や、ジャニーズ事務所内の対立といった報道が飛び交った。真偽のほどはいずれも定かではないが、ただSMAPが12月31日をもって消滅することだけは事実である。彼らは平成ニッポンに何をもたらしたのか。

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    「ジャニーズ女帝」大激怒の全真相 SMAP解散はあの時から始まった

    には、木村の妻、工藤静香まで登場し、話は一層ややこしくなった。メリーさんやジュリーさんとも親交がある芸能界一のコネクションクイーン、静香の「策略」か、はたまたコントロールか。黒田官兵衛のごとく武将を操ったとされる情報がまた話を混乱させ、世間を賑わせている。静香にとっては「なんで、私?」といった感じではないだろうか。 電撃解散発表後、「皆さんの想像とは違います」と発言した静香の気持ちはよく分かるが、今回の事件はジャニーズ内外とマスコミ、ファン、一般人までとあらゆる人が「戦犯探し」に躍起となり、真相が藪の中へ消えないよう必死になって粗探しをしているのだから滑稽である。もう少年のSMAPではないもう少年のSMAPではない 絶対的な立場で業界のみならず政財界にまで影響力を持った御仁が、自らが発掘して育てたタレントをコントロールできなくなっている。先のKAT-TUN騒動でも露呈したが、タレントが事務所の言うことを聞かずに自由に振る舞い、各々が勝手な行動に走っている感は否めない。それは同時にジャニーさんの「求心力」が相当なスピードで衰えている証左といってもいいだろう。 ただ、彼らも「大人」である。もはや、SMAPは日本を代表するアラフォーでもある。いつまでも子供ではなく自分たちの考えや思いがあっての行動には賛同すべきであり、他人がとやかく言うことでもない。日々、常識や決まり事だらけの中で行動しなければいけない社会人という立場からすれば、ジャニーズ事務所からの「独立」という企ては勇み足だったとも言える。むろん、準備不足だったことは否めない。 ジャニーさんからすれば「ユーたち、やめちゃうの?」と今でも納得できない感情を抱いているに違いないだろうが、多感な思春期から少年、青年となり、現在は中年期に入ったSMAPは、もはやジャニーさんが知っている「少年」ではないのである。 日本を代表するスーパーアイドルもアイドルの前に「人間」である。喧嘩もすれば、お互いに口も利かないほど、仲間同士でいがみ合う瞬間だってきっとあるだろう。30年もの長い付き合いがあれば、多かれ少なかれそんな出来事が誰にだってあるはずだ。しかし、それは長い人付き合いの中では、ただの経験や経緯にすぎない。それでもひと度、信用や信頼といった人間関係が崩れ、「絆」が壊れたら修復は難しくなる。 長く付き合ったカップルや家族となった夫婦でも関係が戻るには相当の困難を極めるだろうし、たとえ親子という正真正銘の血縁関係であっても壊れるときは一瞬である。一般的ではないが、かの大塚家具のお家騒動のような親子喧嘩にせよ、本当の父と娘が本気の喧嘩までしてぶつかってしまうのである。 ただ、解散の発端とされた事務所内の派閥抗争なんてことはまずあり得ないし、キムタク以外のメンバーを「干す」とか「飼い殺す」といったことも、筆者は「なかった」と断言できる。そもそもジャニーズ事務所というところはそんな陰湿な会社ではない。ここに大きな誤解があると思うが、ジャニーズ事務所にいた人間ならば、よく知っているはずだ。成功者として考えること成功者として考えること SMAPが解散しても、彼らにはまだ選択肢がある。事務所から飛び出して、新しいことにチャレンジするのもアリだ。40歳前後になって「成功者」として思い描くことは、有名になりたいとがむしゃらにやってきた少年時代のそれとは大きく異なる。ファンにしたって、そういう彼らを見てみたいと思う気持ちもあるだろう。そして、彼らの自由を尊重して送り出すのは、本来であれば事務所の役割である。木村がソロになろうが、中居と吾郎が独立せず事務所に残ろうが、慎吾と草彅が独立して飯島さんと合流しようが、それはそれで楽しみに思っているのは決して筆者だけではないはずだ。 ただ、会社としてのジャニーズにしてみれば、SMAP解散は痛手だろう。金銭ベースで換算すれば、その損失は100億円にも上る規模である。5人で中小企業クラスを稼ぐのだから、やはりSMAPは偉大である。 SMAPというグループは、ジャニーズ事務所でなければ成功していなかったことは事実だ。それ以前にジャニーさんとメリーさんがいなければ芸能人として個々が存在することすらあり得なかったと思う。決してメンバーの力だけではなく、芸能界は個人の実力を上回る力が必要な世界であるのだ。 そういった理解がないと、この世界ではやっていけない。それでも、現在の彼らなら必ず個々でやっても成功すると思う。ジャニーズ事務所、いやジャニーさんであっても、自分の元から巣立って行こうとする彼らを見守ることしかできないだろう。ただ一つ気掛かりなのは、芸能界を揺るがせたSMAP解散という「事件」が、ジャニーズの失墜を物語る序章にならないかどうかである。 いくつかのほころびが露出し、いまだ多くの危険を伴っているが、それはまたの機会に綴るとして、未解決のまま進展していくSMAP解散の経過を今は見届けたいと思う。

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    「SMAP解散」で気になる、ジャニーズ事務所のマネジメント

    メージが著しく悪い場合、中長期的には顧客の離反が増加し、収益の悪化を招くリスクが高くなります。それは芸能界であっても変わらない原則なのだろう、と思います。SMAP解散を報じるスポーツ各紙 ジャニーズ事務所も当然ながら、SMAPが解散に至った原因の一部を公表したのですから、ある程度の批判を浴びることは覚悟していたものと推察されますが、ここまで批判を浴びる結果になることについては、想定外だったのではないか、と推察されます。なぜジャニーズ事務所は、「世論」の動向を見誤ったのでしょうか?中小企業等で散見される「ワンマン経営」の弊害 各種報道によると、ジャニーズ事務所自体は資本金1000万円の「中小企業」にすぎないものの、多くの関係会社や子会社を持ち、グループ全体の売上は約1000億円にも上り、SMAP関連事業の売上だけでも200億円を超える規模に達するようです。 よってグループ全体の事業規模は、「大企業」と同等のレベルにあると考えてもよさそうです。 一方で、ジャニーズ事務所では平均的な中小企業と同じく、社長、副社長が絶対的な権力を持ち、特に経営面における重要な意思決定は、全て副社長が行ってきたと各種メディアで度々報じられています。ただし、これが仮に事実だとしても、日本企業の大半は同族会社であり、その多くは経営者が大きな力をもっていますので、それ自体は非難されることではありません。しかしながら、経営者の「ワンマン経営」が行き過ぎた場合には、一般的に以下のような弊害が生じやすいリスクが指摘されています。 1.「情実人事」の横行社員の評価が、仕事の評価よりも経営トップの「好き嫌い」に偏る傾向がみられ、一旦経営者に嫌われると、いくら仕事で実績を上げても正当に評価されない社員が増える。それにより、やる気のある社員ほど正当な評価がされないため、自らのモチベーションを上げることが困難になるため、退職者が増加する傾向が顕著となる。 2、自律性に欠け、社員間の疑心暗鬼も生まれやすい社風が形成経営者の顔色を窺い、指示を受けて行動する社員ばかりとなり、自らアイディアを出して行動する自律的な社員が育たない。また経営者に取り入るために、讒言を行う社員が出現するなど、社員間の疑心暗鬼が生じやすい組織風土が形成されるリスクがある。 3.「経営リスクへの対応」が後手にまわりやすい廻りがイエスマンばかりとなり、経営者が喜ぶような情報ばかりを報告するようになる。一方で、顧客からのクレーム情報など、経営者の耳の痛い情報が下から上がってくるケースが激減し、経営者が「裸の王様」になってしまうリスクが生じる。その結果、顧客からのクレームへの対応が遅れるなど、企業業績に重大な悪影響が生じる場合がある。 4.企業に不利になる「重要な情報」を隠蔽一般的に「ワンマン経営」の傾向が強い企業においては、社外はもちろんのこと、社内に対しても、その企業に不利になると予想される重要な情報を開示せず、逆に隠蔽してしまう場合がある。(例:株式会社ヒューザー「マンション構造計算書偽造事件」)芸能事務所のコーポレートガバナンス 以上のような弊害が顕著になると、企業の存続に黄色信号が灯ることにもなりかねません。ジャニーズ事務所においても、一部の中小企業と同じく、このような兆候がみられるようであれば、マネジメント全般を見直す時期に差し掛かっている可能性があります。芸能プロダクションにおける「コーポレートガバナンス」 ジャニーズ事務所と同業にあたる芸能プロダクションの中に、サザンオールスターズや福山雅治さんのマネジメントなどを手掛けている株式会社アミューズという企業があります。アミューズは、株式を上場している上場会社ですので、株主に対して経営上重要な情報にを、定期的に開示しています。例えばアミューズのサイトでは、財務諸表や企業理念、ビジョン、経営方針はもとより、所属アーティストに関する重要な情報等も定期的に更新されており、情報公開についてはジャニーズ事務所よりも、ずっと積極的であるといえそうです。 また「コーポレートガバナンス」に関する基本方針も掲載しており、経営上の意思決定に関するプロセスを明示するとともに、「的確・明確な意思決定」を迅速に行うための組織体制も整えているようです。 仮にジャニーズ事務所が、アミューズ同様上場企業であったと仮定すると、週刊文春が昨年報じた「ジャニーズ事務所の副社長が、女性マネジャーに対して、SMAPを連れて独立するように促した。」という主旨の記事が事実であった場合、業績の悪化を招くリスクが高い言動であるため、株主に対して説明責任を果たす必要が生じたはずです。 また今回のSMAP解散決定についても、仮に解散に至った経緯が、ジャニーズ事務所のマネジメント上の問題が一因であった、ということになれば、株主からジャニーズ事務所の経営責任を問われる可能性もあります。このように、芸能プロダクションという業態であっても、株式を上場したり、上場企業と同様のガバナンス体制を構築することができれば、外部のステークホルダーから経営陣に対するチェックが入るため、「ワンマン経営の弊害」を、いくらかでも軽減できる可能性が高くなります。ガバナンス改革による企業イメージのアップを 安倍晋三首相は、今年1月の参院予算委員会において、「SMAPが活動を継続する意向を表明したことを、歓迎したい。」といった趣旨の答弁をしています。また、小池百合子東京都知事も、今回SMAPが解散を表明したことに触れ、「大好きな楽曲があるので、残念ですね。」といった趣旨のコメントを出しています。このように、SMAPは首相や東京都知事までがコメントを求められるほど、パブリックな存在になっていたのです。安倍晋三首相 ジャニーズ事務所には、SMAP以外にも「嵐」や「TOKIO」など、SMAP同様にパブリックな存在といえるグループやタレントが多数在籍しています。今後、今回の「SMAP騒動」のような事態が起きるリスクを抑止し、大企業並みの規模をもつ事業展開を継続していくためには、ジャニーズ事務所自体も中小企業に多い「ワンマン経営」形態から卒業し、アミューズなどの上場企業が、成長過程で行ってきた経営改革に着手する必要があるように感じます。 そのためには、上場企業と同レベルのガバナンスの整備に取り組むと同時に、積極的な情報開示、社内コミュニケーションの充実などの改革も併せて行っていく必要があるのではないか、と推察されます。 ジャニーズ事務所は経営者が高齢のため、事業承継の時期にあるようです。よって経営者は事業承継を良い機会として捉え、「パブリックなサービスを提供している企業」であることを再認識し、ガバナンス改革等への着手を通じて、社会的な信頼を取り戻すことが望ましい、と考えられます。それが所属タレントや社員はもとより、多くのファンにとっても、最善の策になるのではないかと思います。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年8月22日分を転載)【参考記事】■「営業部長 吉良奈津子」が軽視する、広告業界の職業倫理http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-34.html■選挙公約から垣間見える、小池百合子氏の戦略思考http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-32.html■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路http://sharescafe.net/48502678-20160502.html■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称http://sharescafe.net/48110506-20160317.html■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」http://sharescafe.net/46134516-20150903.html

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    香取慎吾がどうしてもSMAP解散をゆずらなかった理由

    ライベートで友達のような付き合いはほとんどなく、連絡先さえ知らないメンバーもいる。SMAPに限らず、芸能活動は「仕事」であり、仕事を担う上でのパートナーとして支え合う関係がメンバーだからだ。 要はメンバーとは、それだけの関係なのだ。言い換えれば仕事のつながりを失うと同時に終わる関係といっても過言ではない。こうした中でもジュニアという環境に加え、高校の同級生で同じクラスだった中居と木村は「友情」に近い感覚を持っていた。互いを認め合って公の場でリスペクトし、いわば最高のライバルだっただろう。これを知るファンからみれば結成から30年近い時間を経た最後の場面でこういった関係が表面化してほしくなかっただろう。 今回の解散騒動で表面化したSMAPメンバーの不仲は、芸能界のグループやユニットの多くは元々仲が良かった友達同士でつくられたものではないだけに、予想された状況なのだ。 学生時代からの友人同士でバンドを組んでデビューしたのなら、「仲」の良し悪しについて評価を求めることも可能だが、特にジャニーズの場合、あるいはジャニーズに限らずAKBグループや他のユニットにしても「集まった中から選抜」されたメンバーであって、その構成基準に「仲良しこよし」というものはない。結成はジャニーさんの一声結成はジャニーさんの一声 SMAPのメンバーはジャニーズ事務所に入り、ジュニアを経て活動の最中にジャニーさんの一声で選ばれただけだった。もちろんジャニーズで出会って友達になるケースも珍しくはないが、ファンらが想像しがちな仲良し同士でグループやユニットは作られていない。V6は結成のとき、だれより先にメンバーの一員と決まっていた三宅健がジュニアの中で最も仲が良かった森田剛の加入をジャニーさんに懇願したというエピソードがあるが、こういったケースは極めて少ない。 そもそもSMAPの前身は12人編成の「スケートボーイズ」からの絞り込みで、それぞれが生き残りをかけて必死だった。仲良しだから一緒にデビューという子供のママゴトのような話どころではなかったわけだ。 もちろんTOKIOやV6も、グループとしてSMAPレベルであれば不仲や解散というような境遇になったのかもしれない。ジャニーズという環境下では、SMAPは特別で絶対的な存在だっただけに今回のような結末を迎えたのだろう。 国民的アイドルと評されるSMAPがジャニーズの中で別格であることは言うまでもない。野球大会やカウントダウンライブなどジャニーズが勢ぞろいする際にSMAPの姿はない。それを自然としてきた事務所の扱いがジャニーさん流の演出なのだろうが、あえてSMAPメンバーらを自由にさせてきた経緯がある。 しかし、自由な環境と好きなことが出来るのとは違う。特に最年少の香取慎吾は小学生から注目され、中学生のときには全国区となり、成人になる前にSMAPのメンバーとしての立場が確立された。彼に本当の自由はあったのだろうか。とりわけ解散の決定打を打った慎吾に焦点を当ててみると多くの謎とその苦悩が分かってくる。 よく「子役は(生活や人格が)壊れる」と聞くが、それは子役から俳優になる成長の過程において世間を知らずに生きてきた代償ともいわれ、常にトップであり続けたSMAPの慎吾にも通じるところがある。ジャニーズ以外を知らず、ふと気が付いた大人の自分に新たな可能性と広い選択肢があるのを知ったとしたら、そこにとどまる必要性も薄れていくことだろう。ましてや不信感と嫌悪感に挟まれたひどい環境のもとではなおさらだ。(イラスト・不思議三十郎) あってはならない職務放棄といえるグループとしての活動を拒否し、解散まで願い出た慎吾は、大きな覚悟を決めたのだろう。芸能人・タレント・アイドル、いずれをとってもプロとしては大きな間違いであり失格者といえるが、そうでもしないと理解してもらえない慎吾の気持ちが垣間見られる。 SMAPでなくてもいいし、ジャニーズであることにも意味を見いだせなくなり、芸能界そのものにも未練がないとすれば、その思いをとどまらせる言葉もなくなってしまう。さすがのジャニーさんも会社として、またジャニーズの長として「命令」できる立場を失った格好になり、業務の遂行さえ「お願い」する逆転の構図が出来てしまった。 まさに「子が親を超える」時が来ているのだ。同様な家庭環境は多く存在するだろう。ただ、ジャニーさんからすれば初めての経験だったのである。最初で最後のワガママ最初で最後のワガママ ジャニーズの歴史を通して所属するタレントの定義は一貫して「アイドル」である。それが今や、アイドルと言えば若い男女のことだった時代から、ジャニーズも多くが「中年」、それも日本を代表する絶大な影響力を得た大人になっている。 何でも言うことを聞く夢多き少年たちが、何も言うことを聞かない大人になっても不思議はない。国民的スターとして半生を送り、その間何億もの年収を稼ぎ続けた立派な大人が自分の考えや行動を意思表示してもおかしくはなく、たとえそれが間違っていたとしても自分自身がやりたいこと、やりたくないことを思いとして伝えるのはあってよいことだろう。 慎吾にしてみれば最初で最後のワガママであり、ここまでしないと自分の意思が通用しないと踏んだからこそ、謀反・造反、そして拒否といった無謀な行動に出るしかなかったといえる。 収拾がつかず修復の可能性が完全に立ち消えたとき、やっと自分の希望を聞いてもらえた慎吾は満足かというとそれも違うだろう。生きてきた年齢の7割をささげたSMAPを大切に思わないはずもなく、発掘して育ててくれたジャニーさんにも相当の恩義はあるが、自分が自分であるために一歩も譲れなかった結果なのだ。 かつて、時代のトップを駆け抜けたチェッカーズというグループが存在したが、その始まりは幼稚園にさかのぼり、結成は地元の福岡県久留米市という友情サクセスの代表的ストーリーでもある。輝かしい活動と功績を数多く残し続けてやむなく解散となったわけだが、この事由こそ友情の破たんであった。 大人になれば環境も考えも変わる、いつまでも子供ではないというメッセージが強く印象に残った出来事だったが、SMAPの騒動においてチェッカーズと重なる部分が多少なりとも見受けられたのは、僕自身、彼らの友情的なものを印象として信じていたのだろう。わかってはいるが、プロとしてカメラの前では「仲良し」を25年も演じ続けてきた彼らの限界が来てしまったのだと、そう思うほかない。 解散を回避して活動を休止した後輩KAT-TUNは彼らの自由奔放さも時代なのか、やりたいことをやる、行きたい道に行く、その結果ファンを裏切ろうと事務所や芸能界から見放されようと構わなかったというある種の強さがあった。それはSMAPになく、後輩たちの環境をうらやましいとも感じただろう。 SMAPは後輩たちが進む道さえも作ってきた偉大な存在であり、また目標でもある。お手本となる責任の一方で、その自由を忘れていたということだろう。思えば立派であり、貢献度は会社や社会においても絶大であるのは改めて言うまでもないが、その分「SMAP愛」を異なる形で表現してしまったことは残念ではあるが、認めるべき結果だと感じるのは僕だけではないはずだ。

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    SMAP解散で崩れゆく平成ニッポンの「共同幻想」

    かろうじてまとまっているような「日本」社会のありかたである。SMAPデビューからまもまなく四半世紀、芸能という民俗学的な問題を、天皇(制)をめぐる議論も含んだかたちで問い直す時期だと思っている。

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    「SMAP解散」で考える、芸能界という周回遅れのビジネス

    、海外で人気のある新しい活動が高まっていくことを期待したい」と述べ、若手の活躍にも期待を示しました。芸能界に残る、旧態依然とした商慣習 現在、政府が強力に推進している政策のひとつに、日本の魅力を海外に発信する「クールジャパン」があります。特に「コンテンツ」「ファッション」「デザイン」「観光サービス」等に重点を置き、海外で人気の高い商材やコンテンツに関する情報を積極的に発信しています。中でもエンターテイメント領域のコンテンツについては、今後大きな成長が期待できると注目を集めています。SMAPの年末解散を報じる8月15日付の中国紙 一方で、今後もSMAPのように世界に通用する「優良コンテンツ」を継続的に生み出す仕組みを構築するためには、タレント、アーティスト等が自由に活躍できる環境を整えることも必要です。しかし各種報道の中には、芸能プロダクション業界には、未だに旧態依然とした慣習が残っている、と報じているものがあります。またニューヨークタイムズなどの海外のメディアからも、日本の芸能事務所と所属タレントとの契約に関する問題点が指摘されています。 各種報道で指摘されている芸能プロダクション業界の商慣習のうち、問題があるとして指摘されているものは、以下の通りです。1.メディアとの「バーター取引」の存在 真偽は定かではありませんが、一部メディアは、過去に芸能事務所の一部が、その優越的な地位を利用して、TV局や出版社等に対して、自社と競合する事務所のタレントが出演する番組等への自社タレントの出演を拒否する「共演NG」、自社タレントの写真等の掲載を許可しない「掲載拒否」などをちらつかせて、自社の意向を通すための「働きかけ」を行ったケースがあったと報じています。 仮に上記報道が事実だったとしたら、公平・公正であるべき番組や報道内容に、特定の事務所の意向が強く反映された可能性も否めません。また、独占禁止法に抵触する可能性も指摘されていますので、一度「バーター取引」全般については、放送局の監督官庁である総務省等がその実態を調査し、その結果如何によっては、取引慣行の是正を勧告するなどの措置を講じる必要があると思います。2.所属タレントに不利な「マネジメント契約」の内容 ニューヨークタイムズは、ジャニーズ事務所に関する記事の中で「このビジネスモデルは喜多川氏がアジアで編み出し、SMAPをはじめとするグループで、とてつもない成功をおさめ、以来、中国や韓国の芸能事務所もこれに倣った。その多くは、長い場合は10年以上にもわたり、稼ぎの半分以上を事務所にとりあげられる『奴隷契約』を子供に交わさせるものとして批判されている。」と報じています。 上記ニューヨークタイムズの報道にもあるように、ジャニーズ事務所に限らず、所属事務所とタレントとの間で締結されたマネジメント契約の中に、コンプライアンス上の問題があり、かつ契約タレントにとって著しく不利な内容のものが存在するとしたら、是正を検討する余地がありそうです。芸能プロダクション業界の近代化を促す政策案3.タレントの独立、移籍を阻害する「妨害行為」の存在 これについても真偽は定かではありませんが、一部メディアは、所属事務所と揉めて独立や移籍を行ったタレントについて、ある大手事務所がメディアに対し、当該タレントを出演させないよう働きかけるなどの「妨害行為」を行ったケースがある、と報じています。仮にこのような報道の中に、事実と認定されるようなケースがあったとしたら、憲法が定めた「職業選択の自由」に抵触した可能性があります。警備員が報道陣をシャットアウトするなど、物々しい雰囲気のジャニーズ事務所=東京都港区 一方で、芸能事務所の立場に立つと、「多額の投資を行ってタレントを育成した後、投資資金を回収する時期になって、独立や移籍をされたらかなわない。」という事情があることも良く理解できます。その解決のためには、国などが主導して、タレント、芸能事務所の双方が納得できる「所属タレントの独立・移動に関する業界標準のルール」の策定を促すことが必要ではないか、と考えられます。4.所属タレント等に対する「ハラスメント」に相当する行為 一部のメディアは、過去に経営者などが所属タレントに対して、セクシャル・ハラスメントに相当する行為をしていた事務所がある、と報じています。また真偽は不明ながら、「所属事務所の経営者から、性的関係を要求された。」といったタレントのコメントが掲載された書籍等も出版されています。仮にそのような報道の中に、事実と認められるものがあったとしたら、一般企業等と同様に、タレントを各種ハラスメントから保護、救済するための制度創りが必要だと感じます。芸能プロダクション業界の「近代化」を促す政策案 日本の「芸能プロダクション業界」の市場規模は、推定で1兆円を超えると予想されます。その市場規模からすると、ひとつの産業として認知されるレベルにまで拡大していると言えるでしょう。 しかし、芸能プロダクション業界を構成する芸能事務所の殆どは中小企業であり、タレント・マネジメントやコンプライアンス、コーポレートガバナンスといった領域が未整備のままになっている事務所も多いと予想されます。また芸能界全体についても、商習慣等の面においては、旧態依然とした慣行が色濃く残っていると感じます。 このように、中小企業が主たる構成員となっている旧い体質の業界に対し、「クールジャパン」の推進役にふさわしい「クリーンな業界」になるよう変革を求めるためには、政治の強力なリーダーシップが不可欠だと思います。そこで筆者は、以下のような政策の推進を提案します。芸能プロからエンターテイメント業界へ1.監督官庁の選定と「許可制」の導入 芸能プロダクション業界の指導・監督を行う監督官庁を定め、人材紹介・派遣業業界等と同様の「許可制」等の導入を検討する。並びに法整備やガイドライン等の策定、各種指導等についても検討を行う。 例えば経産省の中に、芸能プロダクション業界を指導監督する部門を創設し、許可を求める事務所等に対して所定の審査を行い、審査をクリアした事務所にだけ営業許可を与えるとともに、事業者登録を行う制度の導入を図る。なお事業者登録がされていない事務所に所属するタレントは、原則としてNHKの番組や、国等の公的機関が関与するメディア、イベント等に出演できない等の措置も検討する。2.業界の近代化を促すための各種是正策の策定、並びに適切な指導・監督等の実施 経産省等の監督官庁が、公正取引委員会や総務省、厚労省等と協力して、「不適切な商慣習の是正」、「タレント・マネジメント契約の是正」、「所属タレントの独立・移籍に関する業界ルールの策定」「コンプライアンス、ガバナンス等の改善」等に関する実態調査を実施した上で、必要な法律の整備等を検討する。また登録事業者等に対して、業界の近代化を図るために必要とされるコンプライアンスやガバナンスの整備等に関する指導・監督、教育等も実施する。 上記のような政策を推進できれば、芸能プロダクション業界の体質も、次第に変わっていくものと予想されます。「芸能プロダクション業界」から「エンターテイメント業界」へ 仮に芸能界に、SMAPのような一流のタレントやアーティストであっても、一度所属事務所とトラブルが起きると、独立や移籍もままならず、タレント生命が絶たれてしまうような体質が残っていたとしたら、世耕経産相のコメントにもあるように、日本の成長戦略にとっても大きな痛手になりかねません。  一方で、「BABY METAL」のように、世界で活躍しているタレント、アーティストも出現しつつあります。このような動きを加速化するとともに、業界の近代化も併せて進めていくためには、タレント、アーティスト等が、旧来の芸能界の商慣習にとらわれずに、安心して活動できるようにするための環境整備を、国が率先して行っていく必要があると考えられます。 現在国民の間では、「SMAPの解散」により、芸能プロダクションの体質についての関心も高まっています。政府はこれを好機として捉え、「芸能プロダクション業界」が「エンターテイメント業界」へと変革を図れるよう、適切な指導・監督を行っていくことが望ましいと思います。芸能プロダクション業界の近代化が実現できれば、世界のエンターテイメント業界の中で、日本がアジアにおける「ハリウッド」的なポジションを築ける可能性も拡がり、日本経済全体の活性化にも繋がっていくことが期待されます。(シェアーズカフェ・オンライン 2016年8月31日分を転載)【参考記事】■「SMAP解散」で気になる、ジャニーズ事務所のマネジメントhttp://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-35.html■「営業部長 吉良奈津子」が軽視する、広告業界の職業倫理http://takaokawasaki.blog.fc2.com/blog-entry-34.html■企業風土改革に失敗した、三菱自動車の末路http://sharescafe.net/48502678-20160502.html■「ショーンK氏問題」から考える、コンサルタントの学歴詐称http://sharescafe.net/48110506-20160317.html■ブランディングの後進国であることを示した「東京五輪エンブレム問題」http://sharescafe.net/46134516-20150903.html

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    「SMAPは終わらせない」こそ、文化であり理想のファン像

    その辺はほとんど無縁なんだそうです。これはジャニーズ事務所の伝統であり、良いところでもある「あんまり芸能系のゴロが介在できない」仕組みがあって、 それは事務所がうまく仕掛けたというより、ファン同士の相互監視のシステムが大きな不正を生みづらい仕組みが内在されていたからです。こういう話がジャニーズ事務所以外であったらもっと酷いことになっていたかもしれない。 んで、メリーさん問題というのはこういう「ややこしい方面」にも伝わっているようでして、つまり、昔はバーターでタレントを押し込む実力のある事務所であれば、スキャンダルの揉み消しだけでなく、やりたいように事務所がコントロールできてきたものが、ネット社会になってできなくなっている、というのがあるんだそうで。それは、それこそ00年代ぐらいまでならばテレビ局押さえました、週刊誌(文春や新潮)は騒がせません、スポーツ紙も握っているデスクで大本営発表を垂れ流させます、女性誌も一部はガッチリ握っていれば大丈夫、という状態であるならば、一部反逆する女性誌以外は情報が出ることもなく、スキャンダルでタレントやグループがつぶれることもない。ある意味で、安閑としていればOKであったわけですよ。 ところが、最近ではタレントのことをよく知るファンがネットに内情を書く。芸能マスコミで握れていない記者がネット媒体に核心となる記事を書く。何しろ事実なものだから、これがネットで流通してしまうと、いくらテレビやスポーツ紙を押さえたところで、真実はどんどん流れ出ていってしまうんです。 今回のSMAPのケースでいうと、 いろいろ精神的な問題はあったにせよ、圧倒的に木村拓哉さんが日和った、奥さん娘さんがいて、ジャニーズ事務所の幹部になる道を歩んだって話がネットで大いに出てしまいました。あれだけテレビで謝罪して、ラジオや週刊誌、スポーツ紙を押さえて万全の態勢で封じ込めたはずが、誰もが「木村拓哉が悪い」「木村拓哉と工藤静香の夫婦が保身に走った」って事実を知ってしまったわけですよ。情報に接すれば、確証はないけど薄々「そうじゃないかな」と勘繰ることはできても、確信は持てないはずが、今回は特にテレビ局や芸能界の人達ならば暗黙の秘密だったことが全部ネットで暴露されることで、またひとつタガが外れてしまったわけです。SMAPはいろんな意味で伝説になる その結果が、メリー悪玉論であり、まあ実際にそうだと思うんですが、昔だったらこんな程度の傘下グループの解散騒動が派手な芸能スキャンダルになってしまい、他の芸能事務所からテレビ局まであからさまに周知のものとなって、広告代理店も広告クライアントも木村拓哉さんの好感度がこの半年で一気に地べたまで落ちてったことまであけっぴろげになってしまうんです。「これがネットの力だ」ということではなくて、はっきり言うとSMAPファンはかなり本気でSMAPを愛していたんだということが分かるんです。どうでも良ければ「失望しました、さようなら」で終わるわけですからね。でも、実際にはそうはならなかった。 おそらくは、いままでのメディアの流れにネットが加わることによって、情報が隠しにくくなって、正しい情報の流通を押さえることがますますむつかしくなり、ガセネタもあるかもしれないけどしっかりとしたファン、支持層を抱えて正直に商売をやる、イメージを作ることの大事さを教えてくれたんだと思います。タレントのイメージなど、あの「時代と寝た男」とまで言われて一世を風靡した木村拓哉さんでさえ、SMAP身内切りからの保身とジャニーズ事務所の地位確保って真実が重なってしまうと、魔法が解けたようにただの足の短い中年に成り下がってしまうのでしょう。ようこそ、冴えない中年の世界へ。 これからジャニーズ事務所の崩壊へ繋がっていくのだとは全く思わないんですが、SMAPはいろんな意味で伝説になるのでしょう。 SMAPは解散するけど、SMAPファンは残る。ずーっと、時代の先端を走ってきたSMAPのイメージを抱きながら、一角を占め続けていくんでしょう。だからこそ、興行をやっていたり、芸能で生きている人は「SMAPはいいな。素晴らしいファンをもってるな」ってことを、この解散が決まっているいまでも述懐するんでしょう。 私個人でいえば、40歳になんなんとする男たちが、25年勤め上げた会社を辞めるってのは決断だろうけど、自分の人生を自分の判断で決めることができるということこそが、本来の「自立」だと思います。飼い犬ではなく野にある狼のほうが私はいいと思うほうなので、解散は仕方ないと思いつつしっかりと次を見据えて人生を歩んでほしいと思うわけですね、SMAPの5人には。 そんなわけで、やっぱり社会というのは奥深いなあということを思いつつ東京に戻ります。(「やまもといちろう オフィシャルブログ」より2016年9月8日分を転載)

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    SMAPの「物語」はまだ完結していない

    躍してまず拍手する。逆境に陥ってまた拍手する。そして復活してさらに拍手する」と言われていました。私は芸能にも置き換えられる話と思います。非常に重い話ですし、SMAPにもあてはまるかもしれません。看板を下ろさないことがファンへの何よりのメッセージ SMAPがことしの大みそかをもって解散すると発表して1カ月近くが経ちます。発表を受けてメディアを中心に解散前提に話が進んでますが、私は「本当にそうなのか、まだ3カ月半残っているぞ」と思っていますし、だからこそあえて「予言」します。大みそかのNHK『紅白歌合戦』に籾井勝人会長がSMAPに熱烈なラブコールを送っていましたが、私は紅白に出るんじゃないかと思っています。そして紅白で発表するかどうかはわかりませんが、SMAPは“解散”しない、看板を下ろさないと発表するんじゃないでしょうか。名前は残っていても活動していないグループやユニットなんて山ほどあるじゃないですか。わざわざ活動休止と言う必要もありません。その上で出来るならメンバー、特に中居(正広)君に「これからもSMAPは皆さんの中にいます。今までいろんなことがありました。時間は言えないけど待っていてください」などと言って欲しいですね。『スマスマ』も続ける必要もないし、新曲発売もライブもしなくてもいい。でも看板を下ろさないことがファンに対する何よりのメッセージになるし、「今までがんじがらめにされたんだから、5人の自由にしてあげよう」となどコメントしていた文化人に対しても納得できる解決策だと思います。(イラスト・不思議三十郎) ファンに限らず情報の受け手はとても賢いですから、本当のことをなかなか報道しないテレビやメディアに対して、分かっているけどなぜ活字にしないんだ、テレビで流さないんだとSNSで苛立ちを見せています。だから「SMAPロス」は当然あるでしょう、5人揃った姿がレギュラー番組を通じて全く見られなくなるわけですから。でもロスはあっても、ファンというものは待つことができる存在なんですよ。いつかはわからないかもしれないけれど待てるということと、解散して二度とないということは、当たり前ですけど全然違うじゃないですか。そうなればSMAPにしても、今はお互い顔を見たくないかもしれないけど、5年経ち10年経って中居君が照れ笑いを浮かべながら5人全員揃って何事もなく歌うことができる。いろいろなことがあったけれども、時が解決する場合もあるはずだし、5人が再び揃った説明もいらなくなりますよ。彼らがステージの上からファンの喝采を浴びる日が来ると思いますし、スーパースター「SMAP」というストーリーはまだ完結していないと信じたいです。 ファンにとってだけ大きな存在というのはアイドルであってもスーパースターではないと私は思います。長嶋茂雄が「あいつがホームラン打ったらしゃあない」と昔の熱狂的阪神ファンにも言わせたのはスーパースターたるゆえんじゃないですか。SMAPも同じで、彼らに興味がないという人でもヒット曲の一節ぐらいは歌えるはずでしょう。だからSMAPとともに平成という脆弱な時代を歩んだ全ての日本人にとって「日本にはSMAPがいるよね」と自分たちの応援団として心の中であり続けたということは何にも代えがたいことだと思います。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

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    「国民的アイドル」という呼称のせいでSMAPの悩みは深まった?

    てしまうかもしれないが、ここできちんと考えておきたいことがある。 ここで我々が考えておくべき点は、「芸能タレント」と「文化」の関係なのだと思う。実は、この点が曖昧にされているがゆえに、解散報道における不透明感が強くなっているように感じられる。 SMAPは、しばしば「国民的音楽グループ」という言葉で語られる。あるいは、日本を代表するグループと言われることも多い。これは栄誉ある称号かもしれないが、誤解を生む言葉でもあった。 確かに、彼らは日本を代表する音楽グループである。グループとしての人気や、CDなどのセールスに関しても、音楽業界の第一人者であることに異論はないだろう。 けれども、あらためて考えてみると、彼らが「作られた」アイドルであることに間違いはない。彼らは歌手であり芸能人であり、タレント事務所の所属タレントであって、「カルチャー」の担い手ではなし、私見ではあるが、彼ら自身からもそういった意識を(テレビからは)あまり感じない。 当たり前のことであるが、「タレント」としての彼らの存在意義は、世の中の人気者となり、事務所に利益をもたらすことであるし、それが結局は本人の利益につながっている。だから「金」の問題で事務所とメンバーの間に、思い違いや行き違いも生じるし、メンバーの不和が生じても不思議ではないし、むしろ当たり前の話である。 この点は、一般の企業における社員と会社、あるいは社員同士のトラブルと変わることはない。 社員が、自分の会社の評価が高まって上手くいうことを願うが、それが最終的に自分の利益に返ってくるからだ。経営者は、商売がうまくいくよう考えて行動するだろうし、従業員が経営者に反旗をふりかざせば、会社から切り捨てられるのは当然である。あるいは、社員同士のあつれきから、会社を飛び出す社員もいるかもしれない。――こうして見れば、SMAPといっても、「会社」と「社員」の構図となんら違うところはない。優れた「表現者」でも才能ある「アーティスト」ではない けれども、我々一般人と大きな違いであり問題であるのは、SMAPが、本人たちの認識を超えて「国民的」なグループとなった点にある。“図らずも”、彼らは、日本の国の音楽文化の代表のようなポジションを得てしまった。 SMAP自身も事務所も、人気のあるグループを目指していただろうが、「国民的」という形容詞がつくことを望んでいたわけではなかろう。 あえて乱暴な言い方をするが、彼らは単なるタレントであり、ただのアイドルグループなのである。そこをマスコミもジャーナリズムも勘違いしているか、あるいはわかっていても「勘違い」を押し通している。人気者になりたいと思っていたとしても、“国民的”で“重みのあるポジション”になろうとSMAPのメンバーが希望したわけではないだろうし、本当はむしろ迷惑なのかもしれない。 それでも、いつの間にか、彼らは、本人たちの意思や事務所の考えを超え、「偉大な」存在になってしまった。 歌手ではあっても、彼らはオリジナルの「音楽」を持っているわけではない。音楽的な方向性も厳密に決まったものはないし、独自の方向性を持っていることもない。多くの大ヒット曲を持ってはいるが、すべては、事務所、あるいはスタッフの用意したものである(もちろん、メンバーの意志も汲んだものもあるだろうが)。 それにもかかわらず、いつか周囲は、彼らを才能のある「アーティスト」とみなすようになってしまった。いや、確かに優れた「表現者」であると思うが、「一から作り出すアーティスト」とは違う。なぜ彼らの評価が「アーティスト」「文化的」となっていったのかは想像をするしかないが、これには、海外公演の成功などが影響しているのかもしれない。 いずれにしても、“本来の彼ら自身”と“虚像”とのギャップが、今回の解散騒動におけるわかりにくさや腑に落ちない印象とつながっているように思えるのだ。 つまり世間やマスコミは、SMAPに、あるいはジャニーズ事務所に、「文化人」としての振る舞いを期待しているのである。「カルチャーの担い手」として、「恥ずかしくない」出所進退を求めているのだが、これは当事者には迷惑な話ではないだろうか。SMAPのメンバーそれぞれはひとりの芸能人に過ぎないし、ジャニーズ事務所はただの営利企業なのだ。出口なき「キムタクバッシング」 歌謡曲(最近ではJポップスというべきか)は、「文化」と言えるのだろうか。それとも、単なる「商品」と考えたほうがよいのか。――そのどちらの側面も持っていると考えるのが妥当なのであろうが、あえて「文化」とみなすのであれば、幾分トーンは下がるが「大衆文化」というほうが、より正確だ。 サブカルチャーという言葉がある。本来の定義は、主流文化に対し、“一部の集団”を担い手とする文化を指す用語で、「副次文化」ないし「下位文化」とも訳されることがあるが、最近では、アニメやゲーム、その他いわゆる「オタク文化」などもサブカルチャーと呼ばれるようになっている。 歌謡曲も広い意味では、サブカルとしてとらえてよいのかもしれないが、それはあくまでも「作品」に対してだ。「歌い手」は「カルチャー」ではない。単なる作品のパーツに過ぎない。 こういう観点からすると、SMAPのメンバーはカルチャーへの志向を持っているわけではない。カルチャーへの志向を出したければ、自らが「作品そのものになる」ことをしなければならないからだ(誤解がないように言うと、これは批判をしているわけではない)。ということはつまり、マスコミや国民が期待するような文化人的な「姿勢」を持つことは、無理な注文なのだ。 経営のことしか頭にない事務所からのプレッシャーの中で、「自分の言葉」で話すこともできずに、その姿をさらし続けているのを目にすることは、ファンにとっては辛い状況ではあるが、ある意味、やむを得ないことなのかもしれない。 SMAP解散騒動におけるキムタクバッシングを目にするにつけ、私が「もやもやとした嫌な感じ」がするのは、バッシングしている一般人が、バッシングしているにもかかわらず、実は対象を正しく把握できていない、実像を見ていない、ということに気付いたからである。「虚像」に対して不寛容になって、いったいどこに出口があるというのだろう。いわなみ・あきら 精神科医。1959年、横浜市生まれ。東京大学医学部医学科卒。医学博士、精神保健指定医。東大病院精神科、東京都立松沢病院などで診療にあたる。東京大学医学部精神医学講座助教授、埼玉医科大学精神医学講座准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。精神疾患の認知機能、司法精神医療、発達障害の臨床研究などを主な研究テーマとしている。著書に『狂気という隣人』『うつ病』『文豪はみんな、うつ』『生の暴発、死の誘発』『精神科医が狂気をつくる』『心の病が職場を潰す』ほか多数。関連記事■ ネットの世論は、“真実が操作されていること”に敏感だ。――SMAP解散騒動の嘘とホント。■ 聞けば聞くほど、不透明でやりきれなさの残るSMAP解散報道■ 論争再燃!恋愛は受験の妨げになる?ならない?■ 「長い目で見て、譲ることを覚えなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~

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    70年代生まれの同世代から見たSMAP解散報道

    AP 解散は彼らの「解放」でもある これも、電話で話したことをまとめていただいたものだが、SMAPが芸能界で果たした歴史的役割はそれなりに、まとまっていると思う。同時に、ここに筆者独自の視点があるとすれば、SMAPの解散を、「国民的アイドルグループとして背負わされていた十字架からの解放」だと、やや肯定的に語っていることにあるのではないかと思う。画像はイメージです まず前提として、自分はものごとが長く続くことが必ずしも正しいとは思っていない。アイドルグループにもバラエティ番組にも、漫画の連載にも、旬というものが必ずある。旬を過ぎれば、どんなに優秀なスタッフがいても、魅力は下り坂となっていく。同時に関係者の才能はすり減っていき、いずれファンから飽きられてしまう。それなら一番いい時期に終わらせてあげることが、ファンにとっても関係者にとっても、もっとも幸福ではないだろうか。それに、終わるべき時にちゃんと終わることができれば、第二のスタートを切ることができる。 SMAPのメンバーに関してはそれぞれが才能のあるタレントであることは間違えない。だとしたら、SMAPという枠に縛られず、新しい道を見つける方が、彼らのタレント人生を豊かで幸福なものにできるのではないか。マネージャーと副社長の対立に巻き込まれる形での独立とはいえ、保守化したテレビの中で、息苦しそうにしている今のSMAPを見ていると、新しい道に進む方が彼らしい生き方なのではないかと思った。 その意味で、いろいろ保留はあるものの一月の時点では、解散して事務所から独立することが、そこまで悪いこととだとは思わなかった。むしろ“何か新しいことがはじまるのではないかと”いう、爽快感の方が強かった。2000年代に「保守化」していったSMAP 個人的には、2000年代に入ってからのSMAPには不満を持っていた。国民的アイドルとして巨大化するにしたがって、新しい男性アイドルのパイオニアとして切り開いてきた彼らの芸能活動が、どんどん保守化していっているように感じたからだ。 特にテレビドラマに関しては不満が多かった。同じジャニーズでも『タイガー&ドラゴン』(ともにTBS系)等の宮藤官九郎・脚本のドラマに出演することで、役者としての才能をみるみる開花させていった長瀬智也や岡田准一にくらべると、SMAPのドラマをめぐる座組みは保守的なものに思えた。 そんなSMAPがここまで延命できたのは、彼らを脅かすような次世代の才能が育ってこなかったからだ。あえて彼らを脅かす存在がいるとすれば嵐なのだが、同じジャニーズ事務所のグループで上手い具合に棲み分けができていたために、競合することはなかった。画像はイメージです また、2011年の東日本大震災以降は、日本の空気自体が保守的なものとなり、既存の価値観を破壊するような新しいものを求めるよりは、今にも瓦解しそうな我々の日常の拠り所となる変わらないものを大衆が求めるようになっていったように感じる。 SMAPは、その期待に応えることで国民的アイドルとしての存在感を改めて増していった。特にそれを感じたのは2014年の27時間テレビで彼らが総合司会を担当する姿を見た時だ。Twitterのタイムラインを見ていると、SMAPと同世代の人たちの反応がとにかく感傷的だったのが印象的だった。テレビに映るSMAPはさすがにメンバー全員がアラフォーということもあってか、精神的にも肉体的にも、ひどく疲れているようにも見えた。 その姿を見た時に思ったのは「がんばれ」という応援する気持ちよりは、そこから降ろしてあげるべきではないのか、という憐みにも似た感情だった。このまま彼らに過度な期待をかけすぎると、いずれ良くないことが起きるのではないかと思って、見ていられなかった。 そんな27時間テレビの印象があったので、解散をあえて「解放」だと語った。しかし、世の中というのは残酷なもので、そう簡単に解放してもらえないのだと思い知らされたのが、例の謝罪会見である。 ネット上では公開処刑と言われていたが、あの会見で、自由なアイドルとしてのSMAPのブランドイメージは殺されたと言っても過言ではない。おそらく、テレビドラマで彼らが演じる役柄も変わらざる負えないだろう。 特に木村拓哉が今まで体現していた自然体のヒーローを演じることはこれからは難しくなっていくのではないかと思う。テレビドラマにおいて重要なのは役者の持つイメージで、それがそのまま配役に反映されることが多い。だから一度スキャンダルが起きると演じる役は変わらざるおえなくない。 金銭的な喪失なら後からでも取り返せるが、今まで育んできたブランドイメージの失墜は中々取り戻せるものではない。その意味で彼らは、何だかんだと言っても、アイドルだったのだ。 正直、SMAPが独立することをジャニーズ事務所が許容していれば、双方にとって、ここまで大きなダメージにはならなかったと思う。しかし、謝罪会見以降のメディア展開が、SMAPとジャニーズ事務所のイメージを、これ以上ないくらい悪化させてしまった。「SMAP解散になぜ多くの人々が衝撃を受けているのか」 取材を受ける中で、その場で考え込んでしまった質問が二つあった。一つは「なぜ、ここまでSMAPの解散報道は多くの人々に衝撃を与えているのか?」もう一つは「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」。正直、SMAP解散について衝撃を受けている人のほとんどが感じていることは「ずっと続くと思っていたものが、終わるということ」に対するショックではないかと思う。画像はイメージです 熱心なファンは別だが、おそらく『笑点』(日本テレビ系)や『サザエさん』(フジテレビ系)が終わると言われたとしても、同じような反応をしていただろう。一番近いのは、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わった時の感触ではないだろうか。 いつの間にか、SMAPは『笑点』や『サザエさん』と同じ、永遠に終わらないものだと信じていたテレビ文化の象徴へと成長していたのだ。更にいうと、解散ショックによって、今まで当たり前の存在だと思っていたSMAPが、国民の誰もが知っているグループアイドルだったことが逆説的に証明されたように思う。美空ひばりや石原裕次郎といった昭和を代表するスターと並ぶ、平成を代表する国民的なアイドルグループだったと、言っても過言ではないだろう。70年生まれの理想を体現していたSMAP ただ、ここからが本題なのだが、そういった大多数の日本人の見方とは別に、SMAPと同世代の70年代生まれの人々にとっては、解散の騒動に対しては、もっと複雑な気持ちがあるのではないかと思う。というのも、筆者自身が1976年生まれで、SMAPに対しては、彼らといっしょに年をとってきたという意識があるからだ。だから、彼らには、時に喝采を送りつつも、時に同世代のダメな部分を見せられているかのような愛憎入り混じった感情がある。 少し細かいニュアンスの話をすると、筆者は、「夜空ノムコウ」には共感するが、「らいおんハート」は歌詞が好きになれない。「世界に一つだけの花」は薄っぺらい綺麗ごとの歌だと思っている。その意味で、先にも書いたように、彼らの芸能活動を全肯定しているわけではない。 SMAPは中居正広と木村拓哉が72年生まれ、稲垣吾郎が73年生まれ、草なぎ剛が74年生まれ、香取慎吾が77年生まれと、いわゆる70年代生まれのメンバーで構成されている。この世代は団塊ジュニアと呼ばれている。親世代のあたる団塊の世代の次に人口のボリュームが大きい世代で、それだけに娯楽産業に対する影響力は大きい。ここ数年90年代リバイバル的な商品を多数みかけるが、それらは団塊ジュニアをターゲットにしたもので、マスを狙う娯楽の多くは彼らをターゲットにしている。それはテレビも同様だ。堀江貴文、尾田栄一郎…70年代生まれの特徴 団塊ジュニアは、後に「失われた10年」、「失われた20年」と言わるようになる不況下に社会に出た世代だ。00年代にはロストジェネレーション(失われた世代)などとも呼ばれた。就職氷河期に社会に出たために、苦しい思いをして、なんとか就職した人もいれば、就職せずにフリーターになって不正規雇用の仕事を転々としている人もいる。また、インターネット黎明期にIT企業を立ち上げたり、ネットサービスを立ち上げた人も多い。元ライブドア社長の堀江貴文(72年生まれ)、匿名掲示板・2ちゃんねるを立ち上げたひろゆきこと西村博之(76年生まれ)やソーシャル・ネットワークサービスのmixiを立ち上げた笠原健治(75年生まれ)、はてなダイアリーをたちあげた近藤淳也(75年生まれ)。ちなみに漫画家では木村拓哉が愛読する『ONE PEACE』の作者・尾田栄一郎が75年生まれだ。 昭和の終わりと平成のはじまり、バブルの好景気と長きにわたる不況、そしてインターネット以前と以降。古い価値観と新しい価値観の狭間を生きてきたのが団塊ジュニアで、それだけに新旧どちらの気持ちもわかるというのが70年代生まれの大きな特徴だろう。 文化面で言うとテレビや漫画や活字といった旧メディアの恩恵を享受する一方で、インターネットや携帯電話に最初に触れた世代である。これが、自分たちより前の世代だと、雑誌やテレビといった旧メディアの影響が強く、自分たちより下の80年代生まれ以降になるとインターネットと携帯電話の存在が当たり前となっていく。88年という昭和末期に結成され、平成のはじまりと共に成長していったSMAPもまた、古さと新しさの両方を備えたグループだった。画像はイメージです かつて、アイドルの活動拠点は「ザ・ベストテン」(TBS系)や「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)といった歌番組だった。しかしそれらの歌番組が軒並み終わった後でアイドルとしてデビューしたSMAPは、就職氷河期ならぬアイドル氷河期と呼ばれた芸能界で、今までのアイドルとは違う道に進まざるおえなかった。だから彼らは、歌番組だけでなく、バラエティ番組にもテレビドラマにも出演し、ニュース番組の司会をして文化人とも対等に渡り合わないといけないというマルチプレイヤーとして活躍しなければならなかった。今では当たり前のことのように思えるが、それはとても画期的なことだった。 様々な戦場で戦い抜いた結果、SMAPは、ただカッコよく笑って踊っていれば許してもらえたアイドルとは違う、歌も演技も笑いも教養もあるという存在にSMAPは成長していった。 あらゆるジャンルを同時に攻略しようと進出していったSMAPだったが、もちろん、そのすべての場所に置いて彼らが一番だったわけではない。どのジャンルにおいても、彼らよりも優れた表現者はたくさんいて、本職では敵わないことは彼らが一番わかっていただろう。しかし、これは今考えればとてもアイドル的だと言えるのだが、それぞれのジャンルを同時に進出して人気を獲得することで、彼らの存在感は大きくなっていった。何より多くの人々が彼らを認めていったのは、彼らのパフォーマンスや発する言葉が、背後にいる大人に無理やりやらされているものではなく、彼ら自身が自発的に発しているメッセージのように見えたからだ。 つまりアイドルでありながら、自分の意思で行動するアーティストのように見え、それを声高に叫ばないバランス感覚が、彼らを魅力的な存在として輝かせたのだ。そして、いつの日かSMAPは国民的アイドルと言える存在に成長していった。少年ジャンプとSMAP 個の連帯の可能性 一人のスターが突出するというのではなく、結果的に全員が主役のように見えるのも、SMAPの魅力だった。突出した一人のスターを回りが引き立てるのではなく、全員が魅力的に見えるグループというのは、時代の変化にも対応していたのではないかと思う。 少年ジャンプに例えて言うと、80年代にはじまったジャンプ漫画は『北斗の拳』(原作:武論尊、作画:原哲夫)にしても『ドラゴンボール』(作:鳥山明)にしても圧倒的に強い主人公が一人いて、他のキャラクターは引き立て役みたいな構図となっていた。それに対して、90年代の人気作である『SLAM DANK』(作:井上雄彦)や『幽☆遊☆白書』(作:冨樫義博)になると、主要キャラクターの4~5人のキャラクター全員に見せ場があって、全員が個性と実力を発揮してミッションをクリアするというような感じになってくる。 おそらくこれは、SMAPがミュージカルで演じた『聖闘士星矢』(作:車田正美)あたりから始まった傾向なのだろう。こういった傾向は『ONE PEACE』や『NARUTO』(作:岸本斉史)、『黒子のバスケ』(作:藤巻忠俊)などの後のジャンプ作品にもつながるヒーロー観の変化ではないかと思う。 『SLAM DANK』や『幽☆遊☆白書』の主人公たちは普段は仲よく馴れ合っているわけではないが、同じ目的に向かって行動しているというある種のプロフェッショナル意識によってつながっていた。そのベタベタしないクールさと、芸能人らしくない自然体の振る舞いが90年代のSMAPの魅力だったと言える。 かつて少年ジャンプで『東大一直線』を連載していた小林よしのりは、薬害エイズ問題で厚生省デモをおこなう大学生たちを支援する形で、彼らはイデオロギーに凝り固まった組織ではなく、同情心から集まった若者同士の「個の連帯」でつながっており、運動が終わればすぐに日常に戻るのだ。と『ゴーマニズム宣言』で語り、彼らを支援したが、当時の少年ジャンプの漫画やSMAPに感じた魅力は、まさに小林が言う組織のしがらみに縛られない「個の連帯」だったのだと思う。 あまり自己憐憫的なことは書きたくないのだが、団塊ジュニアは社会に出る時に、就職氷河期という大きな挫折を味わっている。年功序列・終身雇用といった会社のイメージが大きく変わり、大企業の倒産やリストラの報道が出始めたのも95年以降だ。そんなこともあってか、自分たちの世代は、社会はもちろん会社組織に対しても、根本的な不信感があり、できるだけ政治的なことには関わらずに生きていきたいと思っていたし、突出した個を見につければ、組織のしがらみから自由でいられると思っていた。 だからこそ、SMAPが体現していた「突出した個人主義を貫く5人が作り出す自由な仲間意識」はとても魅力的だった。 スガシカオが作詞提供して、SMAP初のミリオンセラーとなった「夜空ノムコウ」は、平成不況の真っただ中で社会に放り込まれた若者たちの不安な心境が凄くよく現れている時代を反映した曲だ。個人的にも想い入れが強く、当時の不安な気持ちを思い出すので、あまり聞き返すことのない曲だが、ここで歌われていた夜空の向こう側に待っていた明日が、現在の解散をめぐるグダグダの状況だったと思うと、40代になって、もう一度「挫折」したようなやりきれない気持ちになる。 だから、SMAP解散の報道を受けて、スガシカオが、この歌を封印すると言った気持ちは、とてもよくわかる。思えば、古いものと新しいものを知っているからこそ、双方をつなげることで社会的な役割を果たせると思っていたのが、筆者たち団塊ジュニアの強みだった。しかし、気が付けばテレビは高齢者向けのノスタルジーや、「日本凄い」というナショナリズムの物語ばかりを売り者にしている。一方で、若者はテレビに見切りをつけて、ネットでYouTuberの動画を見ているという分裂した状況となっている。この分裂がより進むことで、もしかしたら狭間にいる団塊ジュニアの居場所はどちらにもなくなってしまうのではないかという危機意識と孤独感が筆者にはある。 現在、団塊ジュニアの多くは40代前後となりつつあるが、自分のことを振り返っても、おそらく、自分たちの世代は、分離していく日本の旧世代と新世代のどちらかに着くべきかという選択を迫られているのではないかと思う。そして、SMAPは結果的に、テレビという旧メディアの伝統を継承する立場を選択した。それはテレビといっしょに年をとっていく最後の皇帝(ラストエンペラー)となり、テレビの終わりを看取ることと同義である。インターネットに財宝は眠っているのか? 「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」 これに対しては、自分の中ではビジョンが明確だ。おそらく先に書いたことと、真逆のルートを彼らは辿っていただろう。 仮に彼らが独立していたとしたら、おそらく一時的に、テレビや映画からは干されて、表舞台から姿を消すことになるだろう。楽曲やドラマ、映画といった過去の作品にまつわる権利も、おそらく事務所が持っているだろうから、塩漬けにされてしまうかもしれない。しかし、それでも、彼らの築きあげてきたブランドと、影響力があれば充分やっていけるはずだ。画像はイメージです 何より今はインターネットがある。テレビ朝日が出資しているAbemaTVは厳しいかもしれないが、ニコニコ動画やLINE LIVE等に進出して、成果を上げていけば、芸能界も、その存在を無視することはできなくなっていくだろう。 ファンに直接課金するメルマガを発行することもできる。YouTubeに自分たちのチャンネルを持ってもいい。資金力があるのであれば、自分たちの事務所で独自に映像作品を作るというのもありかもしれない。何せ、主演俳優は5人もそろっているのだ。 有名無名問わず、彼らといっしょに仕事をしたいという映像作家や放送作家も、たくさんいるだろう。かつてのSMAPは、無名だが才能あるクリエイターとコラボすることで、ブランドイメージを高めてきた。今の保守化しているテレビの周辺にいる顔なじみの作家とルーティンで仕事をするくらいだったら、無名だが才能のあるインディペンデントのクリエイターたちと組んだ方が何倍も面白いものを生み出せるのではないだろうか。 あるいは、一気に海外市場を目指すというのはどうだろうか。NetflixやAmazonビデオのような有料動画配信サイトで、SMAP主演のドラマを海外の資本で作るということだって、難しくはなかったはずだ。 今となっては夢物語を語っているようで、書けば書くほど、そうならなかった現実を実感してむなしくなるが、前例は全くないわけではない。 例えば、事務所のゴタゴタでテレビの仕事を失った小林幸子はニコニコ動画を中心としたオタク界隈に進出することで、ネットを見ている若者層からの支持を獲得し2015年には紅白歌合戦に返り咲いている。 最近、事務所を独立したのん(能年玲奈)も、テレビの仕事は当面厳しいかもしれないが、独立してすぐに劇場アニメ『この世界の片隅に』の主演声優のオファーが来ている。彼女を応援したいという俳優やマスコミ関係者が多く、ネット上には彼女を応援する声は多数ある。SMAPメンバーはネットの世界に飛び込むのか? もちろん、インターネットにもダメなところはたくさんある。記事のパクリは多く、不確定な情報も垂れ流されるし、すぐに炎上する。映像制作能力に関してもテレビや映画に較べればまだまだ稚拙である。何より資本力において大きな差がある。しかし、これらの問題は数年前に較べれは少しずつだが改善されつつある。一方でテレビは、NHKを除く民放のテレビ局は制作能力がどんどん低下しており、若い才能を輩出することが難しくなってきている。 このことを考えると5年後、10年後にはコンテンツ制作能力の差はかなり縮まってくることだろう。その時に小林幸子のようにテレビに返り咲くこともできるはずだ。インターネットとテレビの人材はもっと循環していいし、一部ではそうなりつつある。だからこそ、今回の騒動の時代錯誤感が際立って見える面もあるのかもしれない。画像はイメージです 例えばSMAPのメンバーがTwitterのアカウントを持っていて、自由に発言できる環境があれば、今回の騒動は全然違ったものになっていただろう。ジャニーズ事務所は他のタレントと較べるとネットに対する規制が厳しい。現在はだいぶ改善されつつあるが、今も雑誌の表紙がネットに掲載される時は、タレントの姿が白く切り抜かれている。 00年代のネット黎明期は、まだ権利関係の整備が不十分だったので、所属タレントの権利を守るうえで多少は仕方ない面もあったと思う。しかし、YouTubeやニコニコ動画が登場したことで映像配信の面でテレビに拮抗するメディアにインターネットが変化して以降は、Netflixのような有料動画配信サイトも現れている。特に、ニコニコ動画やLINE動画などのネットの生配信が増えている現在では、その規制は足かせとなっている。 逆に言うと、SMAPが事務所を独立したことによって、テレビの仕事がなくなったとしても、元々、ジャニーズ事務所の力が及ばないネットだったら、いくらでも仕事ができただろうし、逆にSMAPがネットに進出することで、テレビとネットの力関係を大きく変える業界再編の兆しにもなったかもしれない。 言うなれば、インターネットは『ONE PEACE』における、グランドライン(偉大なる航路)みたいなものだ。 現在、一年単位でテレビとネットをめぐる力関係は大きく変動している。沈みゆく黄昏の帝国(TV)の最後の皇帝(ラストエンペラー)として老いていくのか、ワンピース(ひとつなぎの財宝)を求めて、インターネットという新しい世界に飛び込むのか。 90年代のSMAPなら、迷わず後者を選んだだろう。 SMAPは今年いっぱいで解散となるが、各メンバーは、そのままジャニーズ事務所に残るという。しかし、信頼関係が悪化し、現在、まともなマネジメントが出来ていない状態を考えると、今の事務所に残り続けることに一体どれだけの意味があるのだろうか。その意味で、SMAPのメンバーがそれぞれ一人になった後も、古いテレビの世界にとどまるのか。それもと新しいネットの世界に飛び込むのか? という葛藤は、彼ら一人一人の心を締め付けることだろう。 彼らの葛藤は、私たち70年代生まれの世代が抱えこんでいる悩み、そのものである。

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    SMAPが日本の「国民的グループ」であった理由

    でゲストに率先して自らコメディーやパロディーを演じたりすることはなかった。そんなさまざまなテレビ界、芸能界の常識を覆してきた『SMAP×SMAP』は、日本のテレビ番組で最も潤沢な制作費が注ぎ込まれてきた番組であり、日本においてアイドルという存在の意味と可能性を広げることとなった先駆的な番組でもあった。「国民的グループ」の役割を自覚「国民的グループ」の役割を自覚 この番組では、2011年3月に東日本大震災が起こって以来、5年以上たった現在に至るまで毎回、番組の最後にメンバー5人がフォーマルなスーツに身を包んで一列に立ち、視聴者に復興支援を呼び掛けている(現在は、今年4月に起こった熊本地震の被災者への義援金への呼び掛けも加えられている)。大きな災害が起こった後にタレントやミュージシャンがチャリティー活動をすること自体は珍しいことではないが、それをここまで継続的に、毎週、視聴者に向けて行っている例は他にない。 その復興支援への呼びかけのパートは、最初にジャニーズ事務所独立騒動の報道があった今年1月以降も、その都度撮り直されている。彼らはただ日本人の多くから「国民的グループ」と呼ばれていただけではない。その役割を自認して、その立場でその時に何をすることができるかを常に考えてきたグループだった。あるいは、そうした役割があったからこそ、それぞれがソロ活動で人気役者として、また人気バラエティータレントとして活躍するようになって10数年がたっているにもかかわらず、SMAPの一員であり続けてきたという側面もあったのだろう。そのことを考えると、年内解散が報道されて、グループとしての音楽番組への出演やCMの契約が途絶えてしまった現在も『SMAP×SMAP』だけが続いている理由は、テレビ局との契約問題だけではないことが分かる。彼らは最後まで、少なくともその役割だけは果たし続けようとしている。若手ミュージシャンの夢も担う もちろん、SMAPが結成から28年もの期間、グループとして活動し続けてきた理由は、「国民的グループ」としての責務を果たすためだけではない。何よりも彼らはエンターテイナーであり、ステージ上で歌い、踊ることには、言葉にすることができない根源的な快楽と喜びがあっただろうし、そんな彼らの歌い、踊る姿は多くの人々を魅了し続けてきた。 近年、ビヨンセやリアーナ、カニエ・ウェストやジャスティン・ビーバーといったアメリカやカナダのトップスターたちは、インディペンデントで活動している若手ミュージシャンを自らの作品に積極的に起用し、世界中にその才能を知らしめるようになっている。SMAPは、楽曲制作や『SMAP×SMAP』での共演ステージにおいて、日本国内でそれと同じような役割を90年代後半からずっと果たしてきた。今年8月に解散報道があった時も、多くのミュージシャンから「いつかSMAPに楽曲を提供するのが夢だったのに」「SMAPと共演するのが夢だったのに」とその解散を惜しむ声が上がっていた。SMAPは、そんなメインストリームとアンダーグラウンドカルチャーのクロスオーバーを夢見ることができる場所であり続けてきた。解散の危機は何度もあった解散の危機は何度もあった 海外では「ボーイバンド」などと呼ばれる活動形態であるSMAPの5人のメンバーも、今年で最年長の中居正広と木村拓哉が44歳、最年少の香取慎吾も39歳。図らずもメンバー全員が40代になる直前に、グループとしての活動を終えることとなった。途中からは役者やテレビ番組MCとしてソロでの活動の比率も多かったとはいえ、自立した5人の大人の男が30年近くずっと一緒に活動していれば、その過程では当然のようにメンバー間に不和が生まれる時期もあっただろうし、オリジナルメンバーの森且行の脱退(1996年)を筆頭に、これまでも解散の危機に何度か直面したことをメンバー自身がふと漏らすこともあった。何事も永遠に続くものはない。(極めてチケットの入手が困難だった)彼らのライブツアーに足を運んできた熱心なファンも、主にテレビを通して彼らの活動を追ってきたライトなファンも、「SMAPのいる日常」があまりにも当たり前のこととなっていて、これまで「SMAPが解散する」という可能性に思いを巡らすことがなさすぎたという面もあるだろう。50歳になっても60歳になってもSMAPであり続けてほしいという願うファンの気持ちは、メンバーの精神的負担と肉体的負担を客観的に考えれば、ある種の残酷さと隣り合わせでもあった。画像はイメージです功績にふさわしいエンディングを しかし、彼らを育ててきた担当マネージャー(当時)の独立問題に端を発すると報道されている今年に入ってからの解散騒動と、8月14日に発表された「グループとしての解散」という結論は、はた目からは事務所による「強制終了」のようにも見えた。日本のエンターテインメント界においてあまりにも特別な存在であったこの「国民的グループ」の終わり方として、それはふさわしくないものだという気持ちが拭えない。いつか彼らが「解散」することがあったとしても、今回発表されたメンバーの書面やラジオ番組でのコメントには、「このタイミング、このやり方ではしたくなかった」という気持ちがにじみ出ていたし、ファンの間には、メディアを通して一方的な情報が流される解散報道に対して疑心暗鬼が渦巻いている。 SMAPが正式に解散する今年の大みそかまで、残りあとわずか。事務所やメンバー間の意思の疎通において、どこかでボタンの掛け違いがあった(おそらくは一箇所のボタンではなく複数箇所のボタンにおいて)としか思えない今回の解散騒動だが、せめて最後だけは、メンバー全員が自分たちの歴史と功績にプライドを持って、彼らが一貫して体現し続けてきたポジティブな感情をファンと共有できる機会が訪れてほしいと、今は願うばかりだ。日本のエンターテインメント界において彼らが成し遂げてきた功績を踏まえれば、彼らには笑顔で送り出される資格があるし、そうでなくてはいけないと思う。(2016年9月6日記)うの・これまさ 1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」などの編集部を経て、現在はウェブマガジン「リアルサウンド映画部」主筆。主な著書は『1998年の宇多田ヒカル』『くるりのこと』(共に新潮社、2016年)。

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    SMAP「キムタク抜き」で中国進出か 元マネの再就職で憶測

    「独立」が失敗し、ジャニーズ事務所を退社。それが今回の解散劇の原因になったと言われている。 退社後に芸能界を離れたI氏が現在、中国系企業Aで社のPR業務に関わっていることが様々な憶測を呼んでいる。A社は免税店などを経営し、中国人観光客相手のビジネスで急成長を遂げたことで知られる。A社関係者が言う。「IさんはA社の社長夫婦と仲が良く、以前から中国人観光客に向けたプロモーション活動に協力していた縁もあり、仕事を共にするようになったようです。 実はA社では昨年春、新規事業を立ち上げる際に香取慎吾君をイメージキャラクターに起用するというプランが持ち上がりました。当時ジャニーズ事務所にいたIさんの尽力によるもので、実現しませんでしたが、会社の幹部は“Iさんに頼めば、ノーギャラでいけます”と言っていたようです」 A社はI氏との業務関係を「事実ではない」と否定するが、この関係者はこう続ける。「A社には“社長直轄の特別業務”があるんです。会社に大きな利益をもたらす人たちのプロジェクトで、Iさんもそれを担うと聞いています。 SMAPは中国や台湾でも人気です。解散後、事務所も辞めるようなことになれば、Iさんのコネクションで“中国で新生SMAP再始動”なんてことがあるかもしれない。さすがに独立騒動で事務所側に付いたキムタク(木村拓哉)は無理だと思いますが、香取君ら他の4人は今もIさんに恩義を感じていますから」 SMAPまで“爆買い”されてしまうのか。関連記事■ 高畑裕太容疑者の異常性欲は短大時代から、坂上忍も呆然■ 木村拓哉だけの「特例結婚」でメンバーたちは諦めの境地■ ひとりラーメンのベッキー 連絡とるのはハリセン近藤など数人■ 華原朋美 7歳年下実業家とプールのある店で誕生日デート■ いるだけで視線集める木村拓哉 光GENJIから厳しく叱られた

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    アイドルを虚構から現実の存在にしたSMAPの革命

    タトークなどをして、“現実”を持ちこみました。つまりアイドルを虚構から現実の存在にしたことで、彼らは芸能界に革命を起こした」(戸部田さん) SMAPの逆説的なスター性を指摘するのは、『SMAPは終わらない』の著者で批評家の矢野利裕さんだ。 「歌がうまくないのも、踊りがイマイチなのも、途中からどんどんネタにしていきましたよね。“隠して守る”ではなく〝さらけ出す”。テレビの中で縦横無尽に自由に振る舞うSMAPは、ありそうにないファンタジーを舞台の上で見せつける存在ではなく、テレビを通し身近に感じられる存在。スター性を手放したがゆえに、逆にスター性を獲得し、国民的なスターへとなっていきました」言葉にならない声を代弁したSMAP 1995年はSMAPにとって躍進の1年となった。1994年にリリースした『がんばりましょう』から『俺たちに明日はある』まで、6曲連続でオリコン初登場1位を記録した。その背景には、この1995年という1年に、阪神・淡路大震災やオウム真理教による度重なる事件など、悲劇が重なったことも無関係ではないだろう。 『ジャニヲタ 女のケモノ道』の著者で女芸人の松本美香(46才)は兵庫出身。1995年1月17日早朝、とてつもない衝撃とともに目を覚まし、無我夢中で外に飛び出しなんとか身の安全を確保したという。「倒壊した家屋と瓦礫の山を眺めながら“まるで映画のセットみたいやなぁ”と、どこか絵空事だったのが、徐々に現実を理解していくと、それまでに味わったことのない絶望感で胸が押し潰されそうになったことを覚えています。 そんな中、Mステを通常通り生放送すると知った時はめちゃくちゃ驚きました。“こんな大変な時なのに放送していいの?”“不謹慎って言われない?”って。確かSMAPは新曲を披露する予定だったはずなんですが、急遽被災者へのメッセージと曲目変更して『がんばりましょう』を歌ってくれたんですよね。もうね、それを見て子供みたいにワンワン大泣きしましたわ。張りつめてた糸がプツンと切れたんでしょうね。ちゃんと歌を聴きたいのに、ちゃんと彼らの姿を見たいのに、涙が邪魔で。自分の嗚咽がうるさくて歌が聴こえんと(笑い)。 でも、別に悲しくて泣いたわけではなくむしろ嬉しかったんですよね。いつものようにMステがあって、いつものようにSMAPがカッコ良くパフォーマンスしてくれることに。“あぁ大丈夫だ!”って確信できたんです。生きててよかったと思えたし、ひとりじゃないんだって。兵庫県民の自分にとっては本当にありがたかったなぁ。 あの時にもう一度前を向いて歩いていく勇気をもらえたこと、励ましてもらえたこと、メッセージとともにこの曲を歌ってくれたSMAPには一生足を向けて寝られません。 2011年には東日本で、そして今年は熊本…。きっとあの頃の自分のように、SMAPから元気と勇気と希望をもらった人がたくさんいたんじゃないかと思うんです。きっとSMAPって、永遠にそういう存在なんだと思います」 1996年5月、メンバー森且行(42才)が、オートレーサーに転身するために脱退。突然の別れに涙があふれたが、残った5人は仲間の夢を全力で後押しした。1996年7月、5人のSMAPとして初めてリリースしたのは『青いイナズマ』だった。オリコンランキングは初登場堂々の1位をGetした。そしてSMAPにとって初めてのミリオンセラーとなったのは『夜空ノムコウ』(1998年)だ。 「なんか、いい曲だよね」。かつてそんな会話をした記憶が、あなたにもあるのではないか? 前出の矢野さんが言う。 「バブル崩壊後の失われた10年に社会に出た若者たち、ロスト・ジェネレーションのBGMでした。フリーター、ニート、ひきこもり、派遣労働者、就職難民などが急増し、格差社会も出現しました。そうした時代、社会の気分を映し出したのがこの曲ですが、SMAPが国民的アイドルとして、そういったみんなの言葉にならない声を代弁していた。“あれからぼくたちは何かを信じてこれたかな”って」関連記事■ 950曲掲載 ジャケットだけでも楽しいアイドルディスクガイド■ クリス松村が独自視点で綴ったアイドル論 特典商法に警鐘も■ 朝井リョウの新刊は現代のアイドル事情を鮮明に描いた長編作■ SMAPファン デビューCD3枚買ったのがバレ親に怒られた■ 94cmJカップアイドル こぼれちゃった“下乳ショット”5連発

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    石田純一のドタバタ劇はニッポンの選挙の縮図そのものだ!

    ばいいと言わんばかりの人数合わせともいえるタレントに白羽の矢が立つことになった。人気のあるタレントや芸能人を立てれば、少なくともファンは投票してくれるだろうとの思惑も働いていたようである。政治経験も関心もない芸能人が立候補するようになり、政党が公認するようになったのである。名前を覚えてもらうという努力が必要ないということは、その期間の短さもあり、圧倒的なアドバンテージになる。政党の人数合わせからすれば、逆に政治に強い関心がないほうがいいのかもしれない。でも、その思惑は有権者を軽んじていることにならないだろうか。志をもって準備するタレント候補はいないのか 芸能人だからといって立候補を制限することなどはできないし、すべてのタレント候補が政治家たる資質がないというわけではない。たとえば西川きよしさんは、漫才師という、ある意味では政治とは必ずしも近くない人であったが、当選後は国会を休まず、どのベテラン政治家よりも真摯に政治活動を行っていたことは広く知られている。ご本人の性格もあるのであろうが、もはやタレント候補という範疇で話す人はいないとも聞いている。こうしてみると、芸能人だから悪いというわけではなさそうだ。 一方で、青島幸男氏は95年の東京都知事選挙で政党色を一切拒否して当選した。同時期に行われた大阪府知事選で当選した横山ノック氏とともに、政党の推した候補者を破ったことから、「無党派の反乱」とも呼ばれた。都知事選で青島氏は、選挙運動を拒否し、自宅で都政の勉強をするという戦略を採った。ご長男からの「やる気がないと思われるよ」という発言からポスターだけは印刷したとも言われているが、すべてを貼り終わることがなかったにもかかわらず当選した。もっとも青島氏は、1968年の参院選全国区から出馬したタレント候補そのものであった。すでに74年の参院選で選挙運動を一切しない戦略を採っていたので、都知事選が初めてではないし、参院議員としての経験もあったので、もはやタレントではなく政治家として評価されていたといってもよいかもしれないが、それでもこうした戦略を可能としたのは、テレビタレントとしての抜群の知名度であるといってよいだろう。ただ選挙運動を拒否する姿勢は、候補者として適切ではないし、立候補してから都政の勉強をすることも支持はできない。1995年4月、東京都知事選挙に当選し家族と喜ぶ青島幸男氏(中央) 国政に目を転じても、選挙期間中の質問にまともに答えられなかったり、政策論争ができずに、これから勉強しますという当選者もいた。歳費、いわゆる文書交通費、立法事務費を合わせれば税込み収入に換算すれば5千万円を超えるであろう金額をもらいながら、当選してから勉強をするというのでは一般の学生が浮かばれない。大学では、経済的な事情で学業を断念する学生が増えているように感じる。奨学金の返済に苦悩している若い人たちがいることを思うと認めるわけにはいかない。 そもそも後出しが有利であるとか、選挙運動を行わないことを可能とするのは、著名人であることが前提になっているからである。都知事選挙では、後出しが有利という言葉がまかり通ること自体が、著名人の当選が続いていることを示唆しているにすぎないのである。それをさも選挙の傾向のように扱うことにも疑問を感じる。今回のような突然の辞任からの選挙では、多少事情を汲んでもよいが、それでも志とそれなりの準備を持った候補者が政策で争う選挙をすることが民主主義にとって必要なことであると思われる。 もちろん、このことを一番に考えなくてはいけないのは有権者である。政治家としてふさわしいか否よりも、イメージの良さや、ファンだったなどの理由で投票しているとすれば、こうした税金の無駄使いともいえる支出も甘んじて受けなければならない。確かに、どの候補に入れたらいいのかわからないから知っている名前に投票することはあるだろう。しかしタレントとしての技量と、政治家のそれとは自ずと違うはずである。百歩譲って、初めに投票するのは仕方がないとしても、その候補者が政治家となって何をしたのかを観察していなくてはいけない。四六時中とは言わないが、気が付いた時にはチェックすることは必要だろう。その政治家が政治家としてまともに働いているのであれば、次回も投票するし、そうでない場合は、次は「著名人だから」だけではなく、そこに新たな基準を足して選ぶべきではないだろうか。政党、有権者、候補者ともに考えなくてはならない。

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    石田純一が構想した「奇跡の東京」って結局何だったんだろう?

    こにきて、都知事選の出馬騒動。結局数日間で挫けてしまったのだが、個人的には波紋を呼んだと思っている。芸能界とテレビ界では誰も口にしない「現政権に対する違和感」を口にしたのだから。参院選と都知事選をごっちゃにするな、という意見もあるが、石田が「野党統一候補であれば」という条件付き出馬を宣言し、野党共闘で改憲阻止という願いがクローズアップされるはずだった。バブル世代の根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのか ところが、である。石田が出馬する意向あり、というニュースは、7月6日の「直撃LIVEグッディ!」(フジ)を皮切りに瞬く間に広まったのだが、彼の本当の思いはテレビでほぼ伝えられなかったような気がする。残念ながら「バブル紳士が文字通り泡沫候補」という印象しか伝えられなかったのだ、テレビでは。7月11日の出馬断念の会見も、各局の夕方の番組では冒頭の数分程度しか放映せず。あっという間に永六輔の訃報へとスイッチ。あるいは嫁への配慮といった話のみを抽出し、録画映像を流しただけだった。都知事選の出馬について記者に質問を受ける石田純一氏=7月7日、羽田空港 「みんなのニュース」(フジ)だけが会見の様子を比較的長く映したのだが、なぜか途中で首相のコメントが流されるという不自然なスイッチング。生中継でもないのに、なぜ中断してまであれを流したのかしら? その後は、会見前の石田に密着した映像を流していたのだが、結局軽薄な印象しか残らない構図に。「すごい東京、奇跡の東京と呼べるような考えがあったんです」と車中で熱く語る石田。そのふわふわした言葉は、都民に響かずじまい。 このとき、私自身は宇都宮健児(3度目の正直)に投票しようと既に心を決めていたので、石田に目もくれなかったのは事実だ。しかし、その後、宇都宮氏が断腸の思いで出馬を取り下げたので、かなり困り果てておる。まっとうな感覚の人がいなくなっちゃった、というのが本音。 石田純一は結局何をもたらしたのか。もしかしたら、バブル世代の「俺たちなら何かできる!」という根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのかもしれない。今、バブル世代が胸に秘めたくすぶり感と正義感のようなものが、地方創生とかなんとか言って、地方行政にこぞって向かっているような気もしている。石田のように、命と生活を重んじる方向へ進むのであればよいのだが、そうでない強大な力もあるようで不穏だ。すこぶる不安だ。 もうひとつは、野党の足並みの揃わなさや脆弱性を曝け出したとも言える。奇しくも石田が民進党について、名言を吐いたのは聞き逃すまじ。「グッディ!」の安藤優子キャスターから電話取材を受けたとき、「民進党は横に長い党」と発言。現政権に対する違和感だけでなく、民進党内の不協和音についてもしれっと暴露しちゃったというわけだ。 さて、今後の石田純一はどうなるのだろう。彼が構想していたと思われる「すごい東京、奇跡の東京」とは結局何だったのかはわからずじまいだが、人として決して間違ってはいなかった情熱が、違う形で開花することを願う。でもテレビ界からは干されちゃうんだよね? 政権批判を口にする厄介なタレントという烙印をおされて。逆に、石田を積極的に起用する気骨あるテレビ局があるならば、ぜひ注目したい。個人的には、ドラマで再びあのゆるふわな姿を観たいのだが。

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    「政治を語れるタレント」になり損ねた石田純一の大誤算

    った途端、「ホントは、別にいいんじゃないの?って思うけどねえ」と笑いながら真逆の本音を漏らしていた。芸能活動の一環だった出馬騒動 つまり、テレビタレントは自分の見せ方だけを気にしている種族なのである。セルフプロデュースにやたら長けているから、三原じゅん子が急に眼鏡をかけたり、今井絵理子が歌手時代にはなかった白スーツを着たり、突然の装いチェンジもお手のもの。だからしっかり当選できるのだ。出馬会見を終え、茂木敏充選挙対策委員長(左)に手話をレクチャーする今井絵理子氏(中央)=2月9日、自民党本部(福島範和撮影) 芸能記者から見れば、石田純一はとても取材しやすい「イイ人」で知られるが、今回の茶番は「自分がどう見られたいか」だけを気にしてやったことで、「政治を語れる私」のPRをしたかったのだと思う。バラエティ番組などで“素足に靴”がトレードマークとなっている彼だが、実は局の出入りにそんな恰好をせずジャージ姿で現れる。それでも、セルフプロデュースのおかげで「石田といえば素足」が浸透している。出馬会見も本人が「後押し」と言っていた市民団体の主催かと思いきや、所属事務所の仕切りだった。要するに芸能活動の一環だったということ。最近は仕事減だったためか、これでまた時の人となることはできた。 よく「政治の質が低下した」といわれるが、タレントにとって政界は非常に利用しやすい世界だ。特にスタジオで話をしたりイメージを売るだけで、大金が転がり込む割の良い職であるテレビタレントは、テレビに映っているときだけ自分を素敵に見せる業が、まさに選挙時に耳触りの良い話をする候補者とベクトルが同じだ。だから、タレントにとっては「本業で落ち目になっても再就職先として大逆転できる」という認識しかないはずだ。 テレビキャスターは馬鹿のひとつ覚えのように「選挙に行きましょう」と言うが、その本音だって「政治の本質に無関心な層が投票すれば波乱が起きてメディアが盛り上がる」ことを期待したもの。その劇場型の恩恵をもっとも受けたのが小泉純一郎元首相で、その次男もいまテレビがタレント人気を煽っている最中である。 しかし、舛添要一・前都知事に憤った人たちは思い出してほしい。その舛添氏もテレビでゴミを出す姿を見せて視聴者の好感度ばかり上げて当選してきたことを。政財界の人脈に乏しかった人だから、なおそこに特化したのだろうが、これからの選挙もテレビから伝わるイメージの良さだけで判断していたら、同じことの繰り返しだ。もっとも、選挙なんて「税金で食べていきたい幸運な人選びにしかなっていない」と思う政治不信な筆者の目には、いま手を挙げている面々も寄生虫のようにしか見えないのだが、そのぐらい怪訝な目で見た方が、むしろ失望感は少ないと思うのだ。

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    石田純一の出馬騒ぎは結局何だったのか

    4年後の五輪ホスト都市の「顔」を決める東京都知事選の投開票が目前に迫った。選挙戦は事実上の三つどもえとなり、都民の選択に注目が集まる。話題に事欠くことがなかった選挙戦でしたが、そういえば俳優の石田純一の出馬騒ぎも小ネタの一つになりましたね。あの人は結局、何がしたかったんでしょうか?

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    石田純一氏が都知事選の出馬を取り止めてもテレビに出演できない理由

    で主要三候補を全員合わせたより何倍も長く石田氏の出馬とその取りやめは長時間にわたって報じられていた(芸能コーナーの扱いではあったが)。これはとても圧力のあった候補の扱いとは言えない。石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由 ではCMは別にして、すでに出馬しないと決めた石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由はどこにあるのか。これは番組の性質上と説明されているが、単純に信頼を失ったからというだけの話ではないのか。 今後も再度約束を破って選挙の応援に行けば、特定の候補に肩入れするタレントを番組に出演させていることになってしまう。テレビ局側からすれば、極めて神経を使わざるを得ない選挙期間中に、予測不能な行動をとるタレントを出演させて余計なリスクを取りたくない、ということになるのだろう。 これは政治問題と考えるからややこしくなるだけで、三菱自動車やマクドナルドなどトラブルのあった企業の商品をあえて買いたいか、と身近な「取引と信頼関係」の話に置き換えればなんら難しい話では無い。 石田氏を支持する人からすればフザケンナと怒りを感じるだろうが、当事者であるテレビ番組のスタッフや関係者からすれば、今後の対応を考えたり代役を立てるなど膨大な手間が発生した上に圧力に屈していると批判まで受けるのなら、とてもやってられないということになるだろう。 石田氏の所属事務所は、今回の騒動を受けて「今後一切、政治に関する発言はできなくなりました」とマスコミに説明しているが(【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない スポーツ報知 2016/07/15)、取引先に与えた迷惑を考えれば当然ということになってしまうだろう。石田氏が受けた二回目の厳重注意 石田氏は過去にも学生団体SEALDSの集会で「戦争は文化ではない」と発言したことにより、CM出演をするスポンサー企業から厳重注意を受けたという。 当初はこの集会参加によりCM契約を打ち切られ、テレビ出演もキャンセルがいくつもあったと石田氏本人の発言として報じられたが、実際にはそのような事実は無く、それどころかテレビ出演も増えたという。その上で所属事務所は以下のように説明している。「CMは6社と契約しており、『今後は気を付けて下さい』と関係各社から言われました。安保法案には反対や賛成があり、企業の顔として、そういうお客さまの気持ちも汲んで下さいということです。事務所からも、同様なことを本人に伝えました」~中略~「言論の自由ですから、後は本人次第になります。今後のことについては答えていませんでしたが、気を付けて目立つことはしないように考えると思っています」石田純一、番組やCMの降板なかった 安保反対スピーチの影響は出たのか : J-CASTニュース 2015/10/9 これが昨年秋のことだ。石田氏のような著名なタレントが出演するCMであれば、それなりの規模の企業、つまり多数・多彩な顧客を相手にする企業のCMだろう。そこでタレントに政治色が出てしまえば、企業の顔としての役目を果たせなくなると「企業側」が考えるのも当然だ。事務所の出したコメントはごく自然なものだ。 それから1年もたたず、しかも政治的な発言ではなくまさか突然の出馬という形で約束が破られるとは事務所側は想像もしなかっただろう。このような対応を取られてしまえば一切の政治的な発言や活動はもうやめてくれと指示を出すのも仕方がないとしか言いようが無い。損失は事務所に発生する損失は事務所に発生する CMの出演契約は石田氏個人と企業の間で交わされるわけではない。出馬宣言で発生したと言われる数千万円の損失も一次的には契約の主体である事務所が負担することになるだろう。今後も同じようなことがあれば事務所としても莫大な損失の負担に耐えられるものでは無い。 さらに付け加えればこの事務所はタレントを管理できない、という印象を企業や広告代理店に与えてしまえば事務所全体の問題に発展しかねない。政治的な言動を辞めるか事務所辞めるかどっちかにしてくれ、といった話合いが持たれていたとしてもなんら不思議なことでは無い。 発言の自由を奪うなんておかしいという意見もあるだろう。確かにクライアントや事務所に石田氏の発言の自由を奪う権利は無いが、事務所や企業が何の責任も無く損失を受けなければいけない理由も無い。安保関連法廃止を求める集会に参加した石田純一氏(中央)=2015年12月6日、東京都千代田区 結局今回の騒動は石田氏が今後もタレントとして活動するのなら、取引先に損害を与えるようなことをするべきではないという契約の話、つまり政治の話ではなくビジネス上の取引に関する話に過ぎない。※政治的活動がなぜ企業に損害を与えるのかという疑問は上記の通り選挙報道の公平性というしばりがあるから、ということになる。このようなしばり・ルールが正しいかのか、そして現状でも運用方法が適切かについては議論の余地はあろう。この点は前回の記事の追記で書いた通り脳科学者の茂木健一郎氏とも同意に至った箇所だ。ビジネスが軽んじられる空気 今回の石田氏の出馬騒動では、政治の素人がバカな事をやっているといった批判がある一方、支持者からは政治活動を事務所やCMスポンサーが邪魔することはおかしいといった批判があり、ビジネスや契約の観点から企業を擁護する見解はほとんど見られなかった。 政治活動が経済活動より下という事はありえない。どちらかが優先されてどちらかが犠牲になることは許されるものではなく、車の両輪として考えるべきだ。石田氏を支持・擁護している人も、自身の勤務先で同じことが起こり、その結果自分の給料やボーナスが減らされてしまえば勘弁してくれと腹も立つだろう。 余計なお世話になるが石田氏個人について言えば、政治活動も重要だろうけど、他でもないぜひあなたに出て欲しい、会社の顔になって欲しいとCM出演を依頼してくれた企業だって同じくらい重要ではないですか?ということになる。誰にも迷惑をかけない形で出馬するのであれば、あとは政治の話だ。石田氏にはビジネス上の課題を全てクリアにしたうえで政治活動をして貰えればと思う。(シェアーズカフェのブログ 2016年7月21日分を転載)関連記事■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?