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    三浦瑠麗が読み解く トランプが狂わせる安倍総理のゲリラ解散

    民党役員会に臨む安倍晋三首相(中央)ら=1月5日、東京・永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影) 前回の総選挙ではアベノミクスは道半ばですと言って闘いました。自民党からすれば幸いにして、国民からすれば不幸なことに、現在の野党は体系的な経済政策を語る能力も意思もありません。したがって、国民の最大関心である経済政策について、自民党だけが経済政策を語り、国民も権力の負託を継続する意思を下したわけです。 今また、解散したとして、どんな大義名分で戦うのでしょうか。まだまだ「道半ば」ですが、それでも「この道しかない」と訴えるのでしょうか。野党には相変わらず、対案がありませんから、与党は勝つには勝つでしょう。ただし、現在の2/3水準の勝利ではなくて、過半数プラスアルファの水準となるでしょう。議席を大幅に減らして勝利宣言というわけにもいかないでしょうから、解散には踏み切れなかったということでしょう。 とはいえ、安倍政権が解散に踏み切れない理由、勢いを失っている、より本質的な理由について考えることは無駄ではありません。安倍政権は、来年の党総裁任期延長を睨み、戦後空前の長期政権になろうとしています。安倍政権への理解が、即ち、21世紀前半の日本政治を理解することとなりつつある。本日は、外交政策を中心に見ていきたいと思います。積みあがる外交成果 安倍政権の強みの大きな要素は外交でしょう。短命政権がコロコロ変わっていた時代を経験し、国民は安定した強い政権を望んでいました。安倍政権は、その期待に応え、外交成果を積み上げています。慰安婦問題に関する日韓合意、米大統領の広島訪問と総理の真珠湾訪問を通じた日米和解の演出、日ロ首脳会談に至る一連の動きなどです。 それらの成果が実を伴うものなのか、単に演出が優れているだけなのかは意見が分かれるところでしょうが、少なくとも、安倍政権には意味のある外交を行おうという意思が感じられる。そして、安倍総理以外の他のリーダーが総理の座にあったとして、安倍政権よりも良い結果がでるようにも思えない。 私は、国際社会の構造の問題として、そもそも、日本一国の意思で成果が出る部分というのは限られているのではないかと思っているからです。慰安婦問題も日米和解も全て構造次第韓国・釜山の日本総領事館前に設置された慰安婦像の前でパフォーマンスする市民=1月4日(聯合=共同) 日韓の長年の懸案事項であった慰安婦問題を解決する気運が高まったのは、日韓双方の同盟国である米国が強く促したからです。中国や北朝鮮と対峙する上で、日米韓という枠組みで臨みたい米国からすれば、日韓のゴタゴタは邪魔でしかないわけです。日韓双方の内政上は、慰安婦問題に関して歩み寄る気運はほとんどなかったけれど、米国の後押しが双方の政権の背中を押したわけです。もちろん、最後は双方の政権がぎりぎりの交渉を行って意義のある合意をまとめたわけですが。 今、釜山の日本領事館前に慰安婦像が設置されたことで、日韓合意が壊れようとしていますが、ここでも構造の問題に着目すべきです。韓国がどうして約束を守れないのか。韓国の政権は何故かくも脆弱であり、何故この時期に瓦解したのか。 韓国の大統領選を控え、勢いに乗る左派革新系の候補達は、日韓合意に反対しています。同時に、米韓で合意したTHAAD(高高度防衛ミサイル)に反対し、再び中国への傾斜を強めようとしている。米オバマ政権からトランプ政権への交代期に、日韓合意を後押しした構造が弱まり、別の構造が勢いを得ているのです。 日米の和解の演出が行われたのにも、構造的な要因があります。中国の到底平和的とは言えない台頭と、北朝鮮の核保有が既成事実化した現在にあって、日米同盟を強化することは重要である。他方で、金融危機とイラク戦争の失敗以後の米国は民主・共和両党の主流派はともに内向きになっている。結果、実のある日米同盟強化策は採用されず、演出に頼るようになる。オバマ政権も安倍政権も、演出が巧みな政権なので利害が一致する。そんなところでしょうか。 反発の大きかった安保法制を通したのは、実のあるものであり、自民党の保守として責任感と矜持が働いたのでしょう。その点は、歴史的に評価されるべきことと思っています。日本に厳しくなりつつある構造 日ロ首脳会談が、事前の期待値に比して意味のある成果を生まなかったのは、ロシア側に日本と妥協する意味がもはやないからです。ウクライナをめぐって欧米と対立し、経済制裁の対象となっているロシアは、本来は行き詰っています。 経済の高度化が叫ばれて久しいにも関わらず、エネルギー一本足打法の経済構造は変わらない。オリガルヒが特権を享受する疑似資本主義社会には腐敗が蔓延しています。ソ連時代からの兵器体系を維持し、プーチン大統領という有能なリーダーを戴いているせいで存在感を高めているだけです。その存在感さえ、米国の消極姿勢の反映という方が正しいわけです。 プーチン大統領は、自国の閉塞感をよく理解していますから、対日外交を一つの局面打開のツールにしようと思ったのでしょう。島の問題で、本当に妥協する気があったようには思えないけれど、少なくとも、妥協可能性を示唆することで日本側も動くと読んだ。安倍政権も、その構造を理解した上で敢えて乗った。ただ、結果から言えば、トランプ政権誕生を通じて、日ロ接近を支えた構造自体は吹っ飛んでいます。日本に厳しくなりつつある構造 初めの問いに戻りましょう。なぜ、安倍政権が1月解散を行わなかったか。安倍政権が勢いを生み出せない理由は、国際政治上の構造が日本にとって不利になりつつあるからです。オバマ政権期を通じて腰が引けていた米国は、トランプ政権を迎えて開き直って内向きになっています。経済交渉の文脈でも、安全保障上も日米同盟が盤石で、万能ということではなくなりつつあります。 その中で、安倍政権はどんな手を打つのか。構造が大きく変わろうとしているタイミングは、大胆な発想と行動力を持っていれば、好機にもなるものです。目下のところ、安倍総理を脅かす存在が見えない以上、政権の安定が日本の国益になる。解散云々と言っている場合ではないということでしょうか。

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    「酉年解散」安倍総理の本心やいかに

    酉年は激動、政変の年になるという。「12年前、あの劇的な郵政解散があった。その12年前は自民党が野党になり、55年体制が崩壊した歴史的な年だった」。年頭記者会見で「酉年解散」の故事を並べた首相の真意とは何だったのか。1月解散が見送られた今も憶測を呼ぶ安倍総理の本心やいかに。

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    安倍首相が「1月解散」を見送った5つの理由

    川上和久(国際医療福祉大学教授) 第47回衆議院議員選挙が行われたのは、2014年(平成26年)12月14日。衆議院の任期は4年だが、解散があるため、これまでの衆議院の任期の平均は、約2年半にしかなっていない。だから、「衆議院の任期が2年を過ぎたら常在戦場、解散はいつでもあると思え」と永田町では言われている。今回の任期が満了するのは2018年(平成30年)12月だから、すでに2年を過ぎているが、今年の1月末現在、衆議院は解散されていない。 昨年は、「安倍首相が解散総選挙に踏み切るのではないか」との憶測がしきりに喧伝された。夏に行われた参議院議員選挙とダブルではないか、との憶測もあったが、熊本大地震等で「ダブル選挙どころではない」との声が上がり、ダブル選挙は見送り。10月に入ると、二階俊博自民党幹事長が記者会見で、「選挙の風が吹いているか吹いてないかと言われれば、もう吹き始めている。これだけだんだん風が吹いてくると、今、準備に取りかからない人がいれば論外だ」と述べ、特に当選回数が少ない代議士に対して、選挙の準備を急ぐべきだとハッパをかけた。 この時期は、ロシアのプーチン大統領の来日を控え、「北方領土返還交渉に進展があるのではないか」との期待が高まって、12月の日露首脳会談の成果を掲げて「北方領土解散」に踏み切るのではないか、などとも言われた。 しかし、一説には日本のメディア報道で疑心暗鬼になったともいわれているが、プーチン大統領はその後態度を硬化させ、北方領土返還交渉どころか、むしろ、対露経済協力の「食い逃げ」批判などが高まる結果となり、日露首脳会談の成果を掲げての解散総選挙のタイミングも逸した。ロシアのプーチン大統領(左)を出迎える安倍首相=平成28年12月、山口県長門市(代表撮影) 衆議院の任期満了まであと2年を切った段階で、近々の解散総選挙はあるのだろうか。いくつかの国内事情から、解散総選挙は遠のきつつある、というのが私の見立てだ。外交安全保障や経済情勢の急激な変化などの外的要因は措くとして、ドメスティックな事情に絞ると、いくつか理由がある。 第一は、2014年の衆院選で自公が獲得した議席を維持できる見通しが必ずしも立たないこと。自民党は、選挙前の295議席から、追加公認の1名を合わせて291議席と4議席減らしたが、選挙前の31議席から35議席へと議席を4つ増やした公明党と合わせれば、326議席。無所属や保守系政党を入れなくとも、衆議院での議席の占有率は68.6%と3分の2を上回っている。 憲法改正への道筋は容易ではないものの、改憲勢力が3分の2を下回れば、どういう形でやるにせよ、安倍政権下での憲法改正の可能性がなくなってしまう。憲法改正の発議の可能性を残すためにも、リスクを負わない、ということがありえる。解散時期を延ばせると見た安倍政権 第二は、政策を実行するための一つのメルクメールである内閣支持率が、未だに50%を超えているということだ。たとえば、時事通信が1月6~9日に実施した世論調査では、安倍内閣の支持率は前月比2%増の51.2%。2カ月ぶりに5割に戻り、政権発足後4年以上経っているのに、50%台という高い支持率をキープしている。不支持率は3%減の26.5%だった。茂木敏充政調会長(右)と談笑する安倍晋三首相=平成28年11月 同じ調査で、憲法改正について「優先的に取り組む政治課題ではない」が49.5%、「優先的に取り組む」は36.5%で、慎重な扱いを求める声が依然として多いのが懸念材料ではあるが、高い内閣支持率を背景に、「解散総選挙に打って出る」よりも、「政策をできる限り実行する」ことで、評価を安定させるほうが得策、との計算が働く可能性のほうが高い。 第三は、政党支持率も「一強」の名を欲しいままにしているということだ。同じ調査で、政党支持率は自民党が前月比2.7ポイント減の23.6%。民進党は増減なしの4.4%。公明党3.4%、共産党1.6%、日本維新の会1.5%。小選挙区でほとんど公認候補擁立作業を終えている自公に比して、野党系はまだ候補者の擁立作業も終わっていないところも多く、競合する選挙区の調整もまだ終わっていない。 しかし、民進党の支持母体である連合から、「共産党との共闘はあり得ない」との声が漏れていることに象徴されるように、野党共闘の足並みは乱れがちだ。この不協和音は、政策の違いもあり、簡単に解消するものではない。 「安倍一強打倒」で大同団結して、野党支持者が野党統一候補にすべて投票するかというと、解散を引き伸ばしたから態勢が整う、というものでもあるまい。解散の時期を延ばしても、この状況はさほど変わらない、と安倍政権は踏んでいるのではないか。 第四は、2019年10月に消費税率の10%への増税を控えていることだ。経済状況の劇的な変化もないうちに、「消費税率10%のさらなる延期」を謳うのは、いかにもポピュリズムの誹りを免れまい。 経済状況の変化を見ながら、どうしても10%への増税をさらに延期しなければならないかどうかのタイミングを計り、特段の問題がなければ10%への増税を前提として、2019年秋に解散、というシナリオもありだろう。法律に基づいて、粛々と増税を行う、というのであれば、民主党時代に「税と社会保障の一体改革」を主導してきた責任上、最大野党の民進党も争点化しづらいだろう。 第五は、2015年の国勢調査に基づいて行われる、小選挙区の区割り調整だ。衆院の定数は2016年5月、改正公職選挙法の成立で465と10議席減ることになり、選挙区の定数は青森、岩手、三重、奈良、熊本、鹿児島の六県で1つずつ減る。小選挙区は289議席、比例は180議席から176議席になる。カギになるのはやはり「改憲」 問題は、新しい区割りだが、政府の衆院選挙区画定審議会が5月27日までに決定し、改正公選法が国会で成立し、1か月程度の周知期間を経て施行されることになる。それまでの間に解散・総選挙を行えば、最高裁が「違憲状態」と判断したままで解散・総選挙を行うことになり、司法の判断を無視した、ともいわれかねない。 その間、他の選挙区の区割りの変更も行われるので、新しい選挙区で各議員らが票を掘り起こしていくのに、新しい選挙制度のもとで行えるからすぐに、というわけにもいくまい。 では、安倍政権は、解散を先送りして、何を目指していくことになるか。それはズバリ、現在の世論が必ずしも前向きではない「改憲」だ。現在、改憲に向けての議論は百家争鳴、停滞気味だ。日本維新の会が主導している「高等教育までの無償化」が改憲項目案として浮上したかと思えば、自民党内では、「緊急事態条項」や「環境権などの新しい人権規定」などに賛成論が多い。 今のところ、憲法審査会での審議の中で、改憲項目の絞込みには至っていない。この状況では、この衆議院の任期中、つまり、いわゆる「改憲勢力」が3分の2を占めている間に衆参で改憲を発議することは、各党の思惑が交錯して、困難をともなうのではないか、というのが大方の見方だ。衆院本会議の代表質問で答弁する安倍首相=2017年1月24日 しかし、それでは、「改憲勢力」が3分の2を占めている間に、手をこまねいて何もしないでいいのか。落としどころはないのか。発議のカギは、自民党、公明党、日本維新の会等の「最小公倍数」ではなく、「最大公約数」を探す、ということだろう。それは、「自衛隊を合憲ときちんと位置づける」の一点ではないかと私は考える。 戦後、憲法の中で、条文上、自衛隊は違憲であるという学説も根強い。しかし、「自衛隊を合憲の存在として位置づける」という一点に関しては、一部左翼を除いては、民進党でもむしろ賛成のほうが多いのではないか。 安倍政権は、百家争鳴の憲法改正論議の中で、解散・総選挙を先送りしてでも、自衛隊を合憲の存在としてしっかりと位置づけた政権として歴史に名を残してほしい。

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    安倍総理よ、今こそナショナリズムに舵を切れ

    り頼れない事態が続くのだ。小池都知事にストッパー 国内政局的には、年内あるいは年明けと見られていた総選挙を先送りし、都議選を挟んだ秋以降に実施することが確実となった。年始末総選挙の先送りは、昨年秋ごろ稲田朋美防衛大臣や城内実衆院議員らと会談した時に、消極的な意見を伝えていたとされ、ある程度予測されてはいた。沖縄や東北などの地方では、まだまだ民進党などのリベラル勢力が強く、安易な総選挙突入は議席を減らすだけと見られていたからである。小池百合子東京都知事 しかし、解散総選挙は時期を延ばせば延ばすほど、自民党に有利になって勝利が確定するというわけではない。とりわけ「小池新党」が徐々に姿を現している東京都では、安倍総理のいる自民党に対し「和戦両様」の構えで臨む小池百合子都知事に、ストッパーをかけておかなければならなくなるだろう。 他のテーマでも、例えば天皇陛下の譲位をめぐる問題では、安倍総理が特別法の制定を目指しているのに対し、民進党や社民党、共産党などはこぞってそれに反対し、「皇室典範の改正」に狙いを絞っている。 民進党の細野豪志衆院議員は、衆議院予算委員会で「天皇陛下に人権はあるのか?」などというリベラルな質問に終始していたが、現在は自民党や維新の党が特例法の方向で議論を行い、リベラル政党が「女性・女系天皇検討」も視野に入れた「皇室典範の改正」にひた走るというおかしな構図になっている。  ちなみに、現在の皇室典範を全面的に改正するためには、もう一度戦後皇室制度のあり方を根本的に議論しなければならないと私自身は考えているが、日本の歴史や伝統を遠ざけた安易な議論を行う野党は、いつまでたっても国際的な時流に乗り遅れるだけだろう。影響力を失うリベラル 憲法改正についても、世界がどんな趨勢になっても憲法改正にはあくまで反対をする「リベラル派」と、改正に現実的になっていく「現実保守主義者」とでは、今後日本人の将来に大きな「格差」が生まれてくる。 現在の世界と日本の政治・経済情勢は、旧来型の「保守勢力」だけでなく、トランプ大統領を支持する「経済保守」、あるいは国益を守ろうとする「ナショナル・リベラリスト」と呼ばれる勢力が伸張し、従来の「平等・人権」を正義論として訴えていた「リベラル派」の勢力は、どんどん縮小しているのだ。 今後、安倍政権をめぐる問題が起きるとすれば、この「トランプ新時代」に通用する保守主義者や現実主義者をどう生かし、思想的にトランプ大統領を受け入れられる「保守・現実主義者」と、従来の思想を変えられずついていけなくなる「リベラル主義者」の「思想格差」の問題だと思われるのである。 つまり、国家の価値観を大事にしてきたナショナリストや「ナショナル・リベラリスト」を含めた現実保守派が、過去の「世界市民的」な価値観を大事にしてきた古いリベラル勢力を大きく塗り替えようとしているのだ。 オセロゲームで言うと、オセロ盤がこれまで黒色で占められていた石が、どんどん白色に変わっていく姿を思い浮かべれば良い。従来は、移民や難民に対しては「寛容」、日本の歴史や伝統には常に否定的で、「人権」や「平等」を訴えるだけの「リベラル勢力」は、今後ますます影響力を失っていくはずなのだ。 トランプ大統領の強引なやり方には、今後対立する層との批判や摩擦が生じるだろうし、国際情勢や世の中についていけないリベラル勢力とのギャップが生まれることは確実だ。しかし、その両者の勝敗が明らかになった時に日本国内で政官界や経済界、マスコミ界が「トランプ批判」だけに明け暮れていれば、自分の足下の現実に気付けないリベラル一辺倒できた者たちは、気づいた時には「思想的弱者」になっているかもしれない。  第二次政権誕生以来、安倍総理はリベラルなオバマ大統領と合わせながら、リベラルな政策を次々に取り入れ、うまくバランスを取ってきた。安倍総理は、日本と世界の思想の潮流の見極めを大事にしてきたからこそ、これまでの地位を築いてきたのだ。 しかし、その安倍総理自身が今後「ナショナリズムという本来の保守」に舵を切る機会があるとすれば、世界情勢が「リベラルの衰退」という状況になったと見極めた時である。その時こそ、総理は勝負をかけた解散総選挙に踏み切るに違いない。

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    安倍首相が吹かす解散風に踊り、慌て、飛ばされる与野党議員

    。こちらの“主役”は安倍3選を可能にする総裁任期延長で功績を挙げた額賀派の茂木敏充・政調会長だ。 総選挙後には衆院議長が交代するのが慣例。次の議長候補だった谷垣禎一・前幹事長が病床にあることから、代わって額賀派会長の額賀福志郎氏が有力候補に挙がっている。 ここで解散になれば茂木氏にはチャンスだ。「額賀氏が議長になれば離党しなければならないから派閥の跡目問題が起きる。役職経験からも有力なのは茂木さんで、派閥領袖になれば石破、岸田と並ぶポスト安倍の有力候補に浮上できる。慎重な人だから表立って言わないが、選対委員長時代から早期解散準備をしていた」(自民党選対幹部) 一方、衆院選となれば交代が確実視される現衆院議長の大島理森氏は解散反対のようだ。国会ではこれから皇室会議のメンバーでもある衆参の正副議長による天皇の生前退位をめぐる協議が始まる。まさに「歴史的事業」を前に、議長の座を失いたくないはずだ。 安倍政権中枢の解散慎重派は菅義偉・官房長官。昨年の参院選前にも、衆参同日選を考えていた安倍首相を「せっかく衆院の3分の2の議席があるのだから、議席を減らすリスクのある解散はすべきでない」と思いとどまらせたとされる。「いま解散なら政敵の二階幹事長が選挙を仕切ることになる。菅さんの本音は、いずれ解散しなければならないなら、次の内閣改造で幹事長となり、自分の手で総選挙を仕切りたいと考えている」(菅氏側近) こう見ると、永田町で解散風が止まらないのは、解散時期が党利党略ではなく私利私欲に深く結びついているからだとわかる。蓮舫と野田は風を逆利用 解散を煽っているのは自民党だけでない。公明党の山口那津男代表は党本部の仕事始めで「常在戦場で臨まなければならない」と檄を飛ばすなど、解散待望の姿勢だ。 今年夏には公明党・創価学会が力を入れる東京都議選が控えている。小池百合子・都知事率いる「小池新党」のファクターによって大きく左右されるため、選挙戦術上、総選挙と都議選の日程が近づき過ぎないようにしたい事情がある。さらに大きいのは、来年1月2日に池田大作・創価学会名誉会長が90歳の誕生日を迎え、祝賀行事が計画されているとみられることだ。「選挙が年末まで延びて、万が一、池田名誉会長の生誕祭直前に公明党が議席を減らす事態になれば、執行部の責任が問われる。だから早めに選挙をやってほしいわけです」(古参会員)2016年10月、民進党全国幹事会に出席する蓮舫代表。右隣は野田佳彦幹事長=東京都千代田区(撮影・春名中) 野党の民進党でも、蓮舫・代表は昨年暮れから「1月解散になる」と言い、野田佳彦・幹事長も「通常国会の早い段階の解散」に言及し、解散風を吹かせている。だが、事情は安倍首相とは正反対。民進党の反主流派議員が皮肉たっぷりに明かす。「蓮舫も野田も今や党内の求心力は全くない。彼らが解散、解散と騒ぐのは、反執行部派への“批判すれば公認しないし、選挙費用も面倒見ないぞ”という脅し。選挙に負けたら即、蓮舫下ろしが始まるから、本当は解散が恐いはずだ」 こちらも自分たちのことしか頭にない。湯淺墾道・情報セキュリティ大学院大学教授(政治制度論)が国民無視の解散狂騒曲をぶった切る。「衆院解散は本来、行政府と議会が国政の重要課題で対立し、抜き差しならない状況に陥ったときに行なわれる。そのために憲法では、議会に内閣不信任案という刀を与え、行政府の長の総理に国民の信を問うための解散権を与えている。しかし、現在の国会にそんな重要な政策対立など起きていない。一体、何のための解散で、国民に何を問うのか。新聞もその点を論じるべきでしょう」 何のために解散するのか。その答えは安倍首相も、右往左往する面々も、誰も口にしない。関連記事■ 石破茂氏 解散決定時に国会内で使用制限の携帯メールしてた■ 衆院解散風の威力強大 病床の甘利明氏を立ち上がらせる■ 安倍首相 集団的自衛権の是非問う解散総選挙を仕掛ける説も■ 衆参ダブル選挙 18歳選挙権拡大が混乱の大きな火種に■ 民進党と共産党の選挙協力で衆参W選に自民党の勝算立たず

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    衆議院解散時期にも影響する小池新党の行方

    ところではない。国政にも進出する小池新党 あくまでも東京都内での対立構造に留めておきたいのだ。都議会選挙では「小池新党」が立候補者を擁立するものの、国政においては、自民党員の顔として振る舞うというシナリオだ。私はこれが最も可能性があると考えてきたが、7人の侍の件で、小池知事は都議会自民党と真っ向対立の構造を選択した。こうなるとローカルパーティとしてのみ留まるのは難しいかもしれない。シナリオB 国政にも進出する小池新党 現在の勢いであれば、小池新党を設立して、一気に国政にも進出することは可能だ。東京都議会の問題は全国ニュースとなり、小池新党に共感を持つ人は少なくない。日本維新の会との連携である一定の議席を獲得することも見込める。とはいっても、衆議院の小選挙区制のもとでは議席の獲得は限定的となる。現実的なのは日本維新の会の共同代表に松井一郎氏と一緒に就任して、東京都知事と大阪府知事が率いる政党とする構想だ。大きな第三極となりうるもので可能性は否定できない。新生維新の会は日本の政界の台風の目になり可能性がある。自民党の票も民進党の票も食うだろう。記者会見する小池百合子都知事=1月27日、都庁 可能性が最も高いのは小池新党としてローカルパーティで始めて、途中で国政では維新の会と合併するというものだ。この可能性とスピードは、安倍政権の小池知事への姿勢とともに、解散総選挙の時期などが密接に絡む。安倍政権は、小池新党が国政政党を目指したり、日本維新の会と連携を進める前に、解散総選挙をしてしまうという可能性が高くなった。都議会選挙での対立は仕方ないとしても、国政選挙に小池フィーバーが入り込まないようにするには、できるだけ早く解散をして、準備が整わないようにするのが一番だ。二階幹事長は年内解散はない、と明言しているが、まだこの線は残っている。年末年始で新たな動きが出る前に、打って出るというものだ。年末解散がなくても年始解散は避けられないと予想している。 小池新党の動きは都議選をにらんでもう少しゆっくりしたものになると予想していたが、事態は急変しつつある。まだ小池知事はルビコン川を渡っていない。渡るかどうか、決断を迫られている。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年12月12日分を転載)

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    安倍自民に陰り? 解散に二の足を踏ませた衆院補選

    室伏謙一(政策コンサルタント) 10月23日、衆議院小選挙区東京10区と福岡6区の補欠選挙が行われ、いずれも自民党系候補が当選した。多くの報道では自民党の2勝、国会審議や解散総選挙に弾みがついたとされ、巷では対する野党連合の敗北が過剰に喧伝されているようである。しかし、今回の二つの補欠選挙、その構図は与野党対決ではなく、与党内対決であった。 まず、東京10区、小池都知事と小池都政を支持する自民党都議・区議グループとそれを後押しする官邸、これに対峙する自民党都連という構図。若狭陣営、都知事選の時の小池選対がそのまま若狭選対に代わったと、記者会見で選対関係者が表現していたように、事実上小池選対であり、なぜそれで機能できたのかと言えば、選挙における対立の構図が実質的に同じだったから、ということであろう。衆院東京10区の補欠選挙で当選を決め、笑顔で花束を掲げる若狭勝氏(中央)。左は東京都の小池百合子知事=2016年10月23日、東京都豊島区 事実、若狭候補は選挙戦中主張していたのは安心安全や公正さという抽象的な主張以外は東京や都政のことがほとんどであり、野党が主張していたような年金、アベノミクス、TPPなどは出てこなかったと言っていい。もっと言えば主張する必要はなかったし、しない方がよかったといったところだろう。22日朝に掲載した拙稿にも記載したとおり、若狭氏の役割は小池都政を強力に進めていくための国における連携役(これはご自身で語っていた話)であり、当選の記者会見に同席していた小池都知事も、今回の選挙結果を「東京大改革を進めよ」との有権者の意思だと語っている。 要するに、東京10区の補選では、若狭陣営、もとい小池陣営は野党候補など最初から眼中になかったということだろう(ここを見誤ってはいけない)。では、野党連合は相手にもされない戦いに不毛な努力をしていたのかと言えば、必ずしもそうとも言えないようである。 今回の補選、投票率は34.85%で、若狭氏の得票数は75,755票、対する鈴木候補の得票数は47,141票、得票率にして若狭氏は60.3%、鈴木候補は37.5%。これを前回の衆院選(投票率53.56%)と比べてみると、当選した小池氏の得票数は93,610票、旧民主党の江端候補の得票数は44,123票、得票率にして小池氏50.7%、江端候補23.9%。前回の衆院選は野党候補が乱立していたところ、得票率で見ると今回よりも低い。 ちなみに共闘のため候補者を降ろした共産党、前回の衆院選での得票率は15.4%。単純な比較はできないものの、前回の民主、共産両党の得票率を足し合わせると、今回の得票率に近くなる。つまり野党共闘が効いたと考えることができるわけであり、過去数回の選挙で、比例復活となった民主党への政権交替選挙も含めて小池氏がその強さを誇ってきた選挙区における、連日利権と闘う小池知事の姿が報道される中での戦いとしては、意外と善戦であったと言えるのではないだろうか(取材で訪れた民進党の街宣での蓮舫代表の空回りの演説に辟易し、シラけて聞いていた筆者から見ても、である)。機能し始めた「野党共闘」 次に福岡6区、こちらは元大川市長で故鳩山邦夫氏のご子息の鳩山二郎氏と自民党福岡県連が推す蔵内謙氏という、いずれも自民党系の候補による一騎打ちという構図。各候補の後ろには、鳩山氏には菅氏、蔵内氏には麻生氏がいて、その代理戦争とも言われている(先の参院選の神奈川選挙区における三原じゅん子氏と中西健治氏の戦いと同じ構図)。 民進党については、前回の選挙の際には旧民主党として候補者を立てられなかった。その結果、対抗馬が共産党候補のみというほぼ無風状態で、故鳩山邦夫氏が得票率72%、得票数116,413票で圧勝している。そもそも自民党から民主党に政権交替した平成21年の第45回衆院選でも、民主党の古賀一成氏は故鳩山邦夫氏に勝てず比例復活という状況。つまり福岡6区は鳩山王国ということ。 ちなみに、民進党が旧民主党として候補者を立てた前々回、第46回衆院選での得票数は47,643票、得票率にして22.6%。新生民進党として久々に候補者を立てた今回の選挙ではどうだったかと言えば、鳩山二郎氏の106,531票、得票率62.24%に対して、民進党の新井候補は40,020票、得票率23.38%。第46回選挙の投票率が58.66%であったのに対し、今回は45.46%と大幅に低かったことを考えると、こちらも意外と善戦だったと言っていいのではないか。なお、鳩山二郎氏の真の対抗馬である蔵内謙候補は得票数22,253票、得票率は13%と、民進党候補にも及ばなかった。当選確実になり、支援者と握手を交わす鳩山二郎氏=2016年10月、福岡県久留米市 さて、そうなると気になるのは国会審議以上に解散総選挙の有無。年末説やら年明け冒頭解散説やらあるが、結論から言えばいずれも可能性はなくなった、と言っていいのではないか。その理由としては、まず今回の二つの補選で野党共闘が十分機能していることが、前述のとおり明らかになったことがある。 次に、これら2選挙区以外の選挙区、例えば東北地方等で反安倍、反アベノミクスの勢いが強まっていることがある。これは先の参院選の結果からも分かる。反アベノミクスと野党共闘、この二つが結びつけば、自民党が惨敗する可能性も否定できない。一方そうした地域のテコ入れには、ある程度の時間がかかる。そうなると軽々に解散総選挙などできようがない。 朝日新聞の報道によれば、自民党の二階幹事長は記者団との質疑において、「謙虚に、勝ったときほど謙虚にやっていかなきゃいけない。(東京10区と福岡6区の衆院2補選という)この二つ選挙に勝ったからと言ってですね、日本国中で自民党が支持されているかどうかということは、これからも慎重に我々は検討して対応すべきであって。いま言われたような(衆院解散・総選挙への影響という)問題については、まったく考えておりません。この事態を受けて、ね」と話されたという。さすがのご達観、というべきだろう。(室伏謙一「政治・政策を考えるヒント!」より2016年10月24日分を転載)

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    「解散」で皆が慌てるのを総理は楽しんでいるのでは?と側近

    」そうハッパをかけ、夕方の時事通信社主催の新年互礼会では一転、こんな挨拶をした。「酉年であれば必ず総選挙というわけではない。今年は全く考えていないということははっきりと申し上げておきたい」自民党本部の新年仕事始めであいさつする安倍晋三首相=1月5日(斎藤良雄撮影) 衆院の解散権は総理大臣だけに与えられた強権で、いつ、解散を打つかについて「首相は嘘をついてもいい」というのが昔からの政界の不文律だ。だから“やる”と言おうが“やらない”と言おうが、眉に唾付けて聞いておいた方がいい。 ところが、この発言をめぐって報道は迷走し、憶測が乱れ飛んだ。 その夜の正副官房長官会議で安倍首相が「今年はない」発言を訂正し、出席者の1人が記者団に「『今月』と『今年』を間違えたようだ」と説明すると、翌日の新聞各紙は〈首相に近い人物が解散がない時期を「1月のみ」に限定したことで、かえって年内解散の臆測が広がりそうだ〉(日経)などと書きたてた。 風向きは、また変わる。6日に官邸を訪れた荒井広幸・元参院議員らに安倍首相は、「今月ないと言えば、かえって来月はあるのかということになる。だから、今年はないと言った。解散は全く考えていない」と間違いではなかったと説明。8日の『日曜討論』(NHK)で「予算案の早期成立に全力を尽くす。その間、解散の『か』の字もおそらく頭には浮かばないだろう」と発言すると、各紙は〈解散 秋以降を示唆〉と報じた。 それでも、有力紙の幹部は「安倍さんの死んだふり解散だ。自民党執行部筋から1月20日の通常国会冒頭解散の情報が入った」と選挙報道の準備を進め、自民党参院議員もこう語る。「仕事始めからの総理の一連の発言で、“こりゃ、解散はあるな”と思った。おちゃらかしているのが怪しい。あれだけ外交好きの総理が2月に外遊日程を入れていないし、慰安婦合意で韓国から大使を一時帰国させるなど強硬姿勢を取っているのも選挙をにらんだ保守層へのアピール。ズバリ投票日は2月19日の大安だ」 だが、ある安倍側近は笑いながら話す。「年始の総理は確信犯的にどうとでも取れる言い方を繰り返している。議員も新聞記者も口先一つで右往左往する様子を楽しんでいるとしか思えない」 解散の「か」の字を言っただけで、これだけ周囲が踊ってくれるのだから、安倍首相は呵々大笑に違いない。関連記事■ 石破茂氏 解散決定時に国会内で使用制限の携帯メールしてた■ 衆参同日選 「政治記事の確度高い」読売の見送り報道で沈静化■ 安部首相ウェブマガジンから44本の記事を厳選・再録した本■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ【1/2】「集団的自衛権」■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」

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    「支持政党なし」って本当にありですか?

    注目されたが、一方で「紛らわしい」「詐欺まがい」との批判も相次いだ。彼らの活動は政治不信のはけ口か、選挙制度への冒とくか。解散風が吹き始めた今こそ、この問題を真剣に考えたい。

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    「支持政党なし」はどこへ行く 共鳴が示す日本の政党政治は終わった

    「革新自由連合」が、比例代表制が導入された1983年の参院選に向け、「無党派市民連合」を結成したが、選挙では約51万票の獲得にとどまり、議席獲得には至らなかった。名簿順位をめぐる路線対立があったものの、「無党派」という名前を冠して無党派層を掬い取ろうという戦略は失敗に終わったのである。 一方で、マーケットや政策を絞った「ミニ政党」のほうが、議席を獲得する健闘を見せた。サラリーマンにターゲットを絞ったサラリーマン新党は約200万票で2議席、福祉政策の福祉党は約158万票で1議席、それに比例代表ではなかったが、東京選挙区で税金党の野末陳平氏が当選した。しかし、こういったミニ政党も、無党派層の継続的な支持を得るには至らなかった。新自由クラブも1986年、自民党が大勝した第38回衆院選で6議席と振るわず、解党を余儀なくされた。 新自由クラブやミニ政党の躍進に代表されるように、既存政党の政策に不満を持つ無党派層の存在は無視できない比率に達していたが、それがさらに比率を高めたのが、1993年の細川連立政権成立後の政界再編だった。自民党と共産党以外は、政党名も含めて離合集散が続くこととなり、無党派層の比率がさらに高くなった。 時事通信社は、政党支持について継続して世論調査を行っている。この調査結果によれば、「あなたは、どの政党を支持しますか」という質問に対して、「なし」「わからない」と回答した「無党派層」は、細川連立内閣の前後で大きく変化している。 海部・宮沢両内閣期(1989.8-1993.8)には平均して48.8%であった。それに対して、橋本内閣から小泉内閣(1996.1-2004.8)までの平均は61.6%であり、このめまぐるしい政界再編の時期に、無党派層が急増したことが分かる。(http://www.crs.or.jp/backno/old/No564/5641.htm 前田幸男 「時事世論調査に見る政党支持率の推移(1989-2004)」 参照)無党派層が起こす4つの投票パターン無党派層が起こす4つの投票パターン 無党派層が増加したとはいっても、選挙時には、有権者が政党の選択をすることになる。したがって、選挙時になると、無党派層の比率は下がる傾向にある。東京都知事選の候補者の街頭演説を聞く人たち=7月24日午後、東京都内 無党派層の選挙時の選択は、 第一に、その時の争点に反応して、政権政党に投票するパターン。2005年の第44回衆院選では、「郵政民営化」「官から民へ」のスローガンのもと、小泉純一郎首相が衆議院を解散して民意を問うた。結果として、投票率は比例代表で2003年衆院選の59.81%から67.46%へと上昇し、無党派層が自民党に多く投票し、自民党は296議席を得た。 たとえば、読売新聞社が行った出口調査では、無党派層は、全体の19%、無党派層が比例選で投票した政党は、自民党32%、民主党38%。民主党の方がリードしているが、同社の2003年の衆院選での出口調査では自民党21%、民主党56%だったので、自民党が11%上昇、民主党が18%下落。これが、自民党圧勝の大きな要因となったと見られる。 第二は、政権政党への批判票を無党派層が担うパターン。2009年の第45回衆院選では、政権政党だった自民党への不満が、民主党への期待に転化され、「政権交代」の大きな民意の中で、比例代表の投票率は69.27%。第44回の67.46%からさらに上昇し、無党派層が大量に民主党に投票して、民主党が308議席を得た。 同じ読売新聞社の出口調査では、無党派層は、全体の21%を占めていたが、無党派層が比例選で投票した政党は、民主党52%、自民党16%で、36%もの差がついた。第44回と比較して無党派層が民主党に投票した割合が14%上昇したのに対し、自民党は16%下落した。 第三は、新自由クラブ旋風のときと同じように、新しくできた政党に期待して投票するパターン。2009年に結党された「みんなの党」は、自民党や民主党の既存政党とは異なる「第三極」として注目を集め、2013年の第23回参院選では比例代表で470万票以上を得票し、4議席を得、選挙区と合わせて8議席を獲得した。 読売新聞社の出口調査では、無党派層19%のうち、比例選でみんなの党は23%の自民党に次いで、15%を得ている。維新の会(15%)、共産(12%)、民主(11%)を上回る支持を得たことが、躍進の一つの要因となった。 第四は、投票に行かず、棄権するパターンだ。政権支持、政権批判、新しい政党への期待共にインセンティブが働かないときは、真っ先に無党派層の棄権、投票率の低下という結果になる。「支持政党なし」はどこに行く?「支持政党なし」はどこに行く? 「支持政党なし」という政治団体は、無党派層に、第五の選択肢を提供しようとしているのだろうか? 2016年の第24回参院選で比例代表の得票は64万7071票。全国の無党派層の1%程度の得票ということになろうか。新しくできた政党の政策に期待する無党派層の投票行動の第三のパターンには、政策を掲げているわけではないので該当しない。 また、第四のパターン「棄権」よりは、こういう意思表示をする方がいい、という意見もある。 しかし、既存政党にせよ新しい政党にせよ、政党の機能は、政策を掲げ、それを実現していくことにある。「支持政党なし」は、政党としての政策は持たないとしている。インターネットなどを通して、有権者の意見を基にして、議決権を行使する、というのは、直接民主制に近い主張であり、代表制民主主義の意義を損なうという批判もある。 これまでの、無党派層をつかもうとして七転八倒し、離合集散を繰り返してきた政党の歴史を見ると、このような直接民主主義的な主張への共鳴が広がる展開が将来あるとするならば、既存の政党政治が危険水域にまでなっている、という状況が想定されよう。 また、ネット時代にあって、SNS等を通じて、さまざまな課題について「投票」が行われている。直接民主制的に、ネットでの投票結果をもって政策に反映させるという手法が、若い世代に受け入れられる可能性も否定できまい。 「支持政党なし」が一定の支持を集めることをもって、既存政党は自戒の念を強くしなければなるまい。

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    供託金3千万円ドブに捨てても勝算あり 「支持政党なし」あくなき野望

    なコメントが多かったんですけど、最近は「そういのもアリか」みたいな論調に変わってきてますよ。 いつも選挙を見ていると、各政党がだまし合いをやっているだけじゃないですか。選挙になるとあれこれ公約を言いますが、できもしないこと言って国民をだましているだけなんです。 まして、小さな政党はあれこれやりますって言ったところで実現できるわけない。ならば国会に提出される法案をインターネットで賛否を聞いて直接民主主義の橋渡しをしてやろうというのが私たちなんです。 「支持政党なし」の役割をもう少し具体的に説明すると、そもそも政策を持たないので、国会に提出された法案などについてネットで賛否を確認します。例えば賛成7割、反対3割であれば、所属議員が10人いた場合、このうち7人が賛成、3人が反対に回るということなんです。 ということは「支持政党なし」の議員の質は問われない。政策を持たないので学歴もいらないし、とにかく法案の採否に影響を持てればそれでいいわけですから。 とにかく国をああしたい、こうしたいと仲間内で語るのは簡単ですが、実際やるとなると選挙に出て、議席を取っていかないといけない。私が主張しているのは飲み屋でグチをいうのとはちがうんです。突拍子もない手法であっても、支持政党のない人たちの思いをすくいとる受け皿になることはまちがいないですから。「支持政党なし」が議席増やせば与党はヤバい 本来、独自の政策があったら他の党に入れませんよ。党に入るということは、ただ政治家になりたいという目的だけの人は入れるけど、日本をこうしたいという思いがあったらそれはもう他の党には入れないはずです。 「支持政党なし」でやりましょうとどこかの党に言っても無駄だろうし。政策を一切捨てましょうよっていってもやってくれないでしょうし。だからもう自分でやるしかないんです。 でもこの世の中、支持政党ない人多いんですよ。本当に支持政党がない人は選挙にいかない。世論調査なんかで支持政党ないって多いですけど、そういう人たちにもこういう選択肢があるといことがわかれば選挙に行ってくれるかなと。実際、10代や20代の人の支持が高かったみたいなんですよ。佐野秀光氏 参院選では選挙区8人、比例2人で計10人立候補しました。選挙活動は基本的に私を含めて立候補している10人だけです。ポスターは立候補者に有名人がいないので顔写真なんて入れません。見た人もいると思いますけど「支持政党なし」を強調した文字だけのものです。 全国で8万枚、東京だけで5万枚貼りました。これが結構大変で途中で音を上げるやつもいましたね。街頭演説もかなりやったけど、手ごたえというより、街頭演説なんて所詮自分の満足感だけですから。 今はまだ議席獲得に至っていませんけど、この手法が広がって「支持政党なし」にもっと票があつまって議席が増えていったら、法案の採否にかなり影響力を持てるので与党はヤバいと思うはずです。  同じ党の議員でも賛成と反対に分かれないといけないので「支持政党なし」は大きな政党になってはいけないし、政権を取ってもいけない。だから、都知事選などの首長選挙には立候補しないんです。政策もないのに万一当選したら迷惑をかけますからね。まあ、万一にも当選するとは思いませんが(笑)。 かつてはしっかりとした政策を持った党でやり始めたんです。2012年の衆院選で出馬したときは「安楽死党」でした。やはり人間がだれしも不安になるのが自身の死ですからね。死について選択肢を持てるのは安心感につながるじゃないですか。だれもどこの党も大々的には言いませんが、安楽死の選択肢がないのは重大です。それより前の2009年の衆院選では「新党本質」という党名で、そのときから安楽死は政策にいれていましたね。既存政党から出馬しようとは思わない 安楽死に象徴されるようにどこの党もやらないような政策をやろうと思っていましたけど、やはり小さな党ではどうしようもない。だから直接民主主義を実現できるような「支持政党なし」に行きついたんです。 私が政治家を志したのは、何も最近になってからではありません。小学生のころから考えていました。父は普通の会社勤めで、母は幼稚園の先生で、特に親の影響はないですよ。学校の先生も関係なく、世の中動かしているのは政治家なんだと自然に小学生のころから思っていたからです。 強いて言えば、親にテレビに向かって文句言えっていわれたことはありました。でも小学生のころから、わからないなりに新聞を切り抜いて批判を書いていたんです。例えば「東北新幹線が開通」という記事があったら「おれは東北には行かないから」とか、そういうどうでもいいけど、何かしら一言新聞記事の内容に自分なりの批判を書いていました。今でもニュースを見ているとずっとそれについての話しを何時間でも続けられますよ。佐野秀光氏 新聞記事の切り抜きに批判をつけるだけではなかったですね。新しい内閣が発足すると組閣の顔ぶれというのが新聞に掲載されますが、その記事を切り取って部屋に貼っていました。もうマニアみたいな感じで、全部の閣僚を覚えました。だれが外務大臣で、だれが財務大臣でみたいに。物心ついた最初の首相は中曽根康弘さんでしたね。 大学生の時に自民党の学生部に入ったんですよ。だからといって自民党の支持者でもなんでもないんです。理由は選挙のノウハウを得るためです。自民党から出ると、自民党の言うことを聞かないといけなくなるし、政治家を志していたとはいえ、どこかの政党から出馬しようなんて考えたこともありません。 そもそも私は保守でも革新でもありません。自民党の学生部にいてもだれかを目指そうとかいう政治家もいません。まあ、強いて言うなら田中角栄ですか。自民党の人ではありましたが、無名で学歴もなくてあれだけ影響力を持っていましたから。 政治家になる近道としては芸能人とかスポーツ選手とかで有名人が選挙に出てというパターンが多いですけど、私は自分でどうやったら多くの人が支持してくれる自分オリジナルの党をつくれるかしか考えていません。 わかったのはお金がかかるということです。選挙に出るには自分で金をつくるか、だれかに出してもらうしかない。でもだれかにお金を出してもらうと、その人の言うことを聞かないといけない。だったら自分でお金を稼ぐしかないと思い、大学に入ってすぐに塾経営を始めたんです。  ある程度の資金が貯まると、今の仕事につながるんですけど、登記簿謄本取得代行サービスを始めました。当時は、不動産登記簿や法人の登記簿を入手するには各地の法務局に直接行く必要がありましたが、どこからでもファックスやネット注文で迅速に入手できるサービスを思いつきました。 全国各地に登記簿謄本を取りに行くアルバイトを配置して、注文から1時間以内にファクスするシステムで、これが結構ニーズは高くて。ただその後はインターネットで登記情報が入手できる時代になったんで、今度は登記情報をデータベース化して、法務局より安く提供することにしたんです。仕事も選挙も「日本初」のことしかやりたくない 今は法務局で定価で取得すれば一通につき335円かかりますが、当社のデータベースにある登記情報なら280円です。新規に登記情報を取る場合でも334円と法務局よりも若干安くしています。登記情報は一度取れば何度も使えますからね。登記情報が必要な業種によってはかなり多数にのぼるだけに、コスト削減にもつながるわけです。現在1日5万件の利用があります。また名前から登記情報が探せるサービスも当社しかない大きな特徴です。佐野秀光氏 登記簿は結構頻繁に内容が変わりますけど、これも「登記見張り番」というサービスで顧客に知らせることもやっています。いずれの事業も日本でうちしかやっていません。私は基本的に何をやるにしても「日本初」でないとやりません。先ほど渡した名刺もよく見てください。名刺なのに広げるとハガキになっているでしょう。これも日本初。わが社の社訓は「日本初への挑戦」なんです。 ですから「支持政党なし」という政治団体も日本初です。政策なし、イデオロギーなし、といういまだかつてないもの。日本初の党で直接民主主義を実現したい。参院選では供託金だけで計3600万円かかりました。もちろん戻ってきません。 お金はかかりますが、「支持政党なし」の政治活動はこれからもっと盛り上げていきます。今のところ有名人が協力してくれるという話はありませんし。今まで通り地道にやっていくしかないのが現状です。とにかく支持政党がないことを訴えたい人たちの思いを結集させて、それを政治に反映させていきたいですね。(聞き手 iRONNA編集部、津田大資) さの・ひでみつ 1970年9月生まれ。東京都大田区出身。日大在学中の89年に家庭教師派遣会社を設立し、実業家として複数の会社を経営。2009年に政治団体「新党本質」を立ち上げ、その後「安楽死党」に名称変更した。13年に「支持政党なし」を発足させ、14年の衆院選比例北海道ブロックで10万票以上を獲得。16年7月の参院選の比例代表では得票数が約64万票にのぼった。

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    政治団体とは思わずに投票? 「支持政党なし」間違い票は否定

    (THE PAGEより転載) 10日に投開票された参議院選挙では、ある政治団体が議席を獲得するのではないかと注目を集めていた。その名前は「支持政党なし」。選挙区や比例区に10人を擁立し、比例代表では60万票以上の得票があったが、結果は議席ゼロ。代表の佐野秀光氏は11日未明に東京都大田区の事務所で会見し、「支持政党がないという人の心の声が届けられた」と手応えを語った。一方で政治団体名とは思わないで投票する「間違い」票については「今回の参院選ではほぼない」と否定。支持政党がない人の思いのぶつけ先をつくれば投票率が上がるのではないかと語った。政治団体とは思わずに投票? 政治団体「支持政党なし」が国政選挙に出たのは今回が初めてではない。代表の佐野氏は、2009年の衆院選の比例代表北海道ブロックに「新党本質」という政治団体として立候補したが、1万票にも満たず落選。しかしその後、「支持政党なし」として出た2014年の衆院選の比例代表北海道ブロックでは、約10万票を獲得した。こうしたことから、今回の参議院選では、初の議席を獲得するのではないかという観測もあった。 同団体は、比例区に佐野代表ら2人、東京選挙区に4人、北海道、神奈川、大阪、熊本に1人ずつ公認候補を立てていた。しかし、選挙区は全滅、比例区も60万票以上を得たものの、議席を得ることはできなかった。 メディアの世論調査などでは「支持政党なし」が4割を超えることもある。しかし、これは政治団体の「支持政党なし」ではない。そのため、同団体の得票は、支持されて得たものではなく、間違って書かれたものが含まれるのではないかという指摘がある。 しかし佐野代表は、今回の参院選の得票については、その見方を否定する。「衆院選では支持政党がなく入れるところがないから、『支持なし(同団体の略称)』と書いた人もいると思うが、今回の参院選の投票では、明らかに政党名、略称、その隣に候補者名が書いてあるので、『間違い』はほぼないと思う。積極的に支持政党のない方が書いてくれた票だと思っている」。投票に行ったけど裏切られた思いも?投票に行ったけど裏切られた思いも? なぜこんなまぎらわしい名前をつけたのか。実際、佐野代表も「まぎらわしい名前ゆえに誤解されているところがある」と認める。佐野代表はこう説明する。「支持政党のない人たちが大変多いにもかかわらず、今まで(そうした人の)心の声が届かなかったのが一番問題だと思ってつくった」。 今回の投票率は前回を上回ったものの、52.61%と過去4番目の低さとなった。「世の中の半分くらいが選挙に行かない。(その背景には)いままで投票に行ってきたけど裏切られてきた、という思いがあると思う」と政治不信を持ち出し、「支持する政党がないという人たちの『ぶつけ先』をこうして作れば、次回は投票率が上がるとまでは言えないが、いままで行かなかった人が行ってくれるのではないか」と期待する。「今回(支持なしに)入れてくれた人は、次回も投票に行ってくれると思う。その票数が数字として出る。それだけでも満足してもらえるのではないか」「政策一切なし」方針の意図は? 同団体は「政策一切なし」を掲げている。「法案の採決にネットやスマホで参加できる」として、国会に提出されるすべての法案について、インターネットなどを通じて、賛成か反対か意思決定に参加してもらうシステムの導入するという構想だ。その際、同団体のサイト上で、その法案について、賛成と反対の立場で分かりやすく解説し、理解を深めた上で「議決」してもらうのだという。そして、その結果、賛成が6割、反対が4割であれば、その比率に応じて、国会の採決の場で、所属議員がそれぞれ賛成票と反対票を投じるとしている。 政策が一切ないというのは、政党としては無責任のようにも見える。そうした批判に対しては、「1議席取れるかどうかわからないところが、政策を打ち出した時点で、それこそ嘘つきの始まりだと思っている。できないような政策を言うなら、その時点で有権者を裏切っていることになる」と述べ、「無責任に政策なしと言っているわけではない」と強調した。 議席獲得こそならなかったが、「支持政党がないという人たちの心の声を届けられた。意義はあった」と語る佐野代表。「支持政党なし」としての活動は、次の衆院選を視野に、今後も継続していくという。

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    政治にしがらみはいらない、野党共闘は「支持なし」戦法に学べ!

    神田敏晶(ITジャーナリスト) 7月の参議院選挙では「支持政党なし」に注目していた。まずは、「支持政党なし」というユニークな政党名だ。思わず、記名式ではなく、チェックシート形式の投票用紙であれば、チェックしてしまいそうになるだろう。一部でその政党名を批判する人も少なくなかったが、この政党名は声なき声を反映した政党名だと感じた。しかし、候補者の名前を調べてもWikipediaで掲載されているのは代表者の佐野秀光氏だけだ(https://ja.wikipedia.org/wiki/佐野秀光)。ユニークな泡沫くささも感じるが、参議選の戦い方でどういう結果になるのかをウォッチしてみた。 結果として参議院選挙では「支持政党なし」から議員は誕生しなかった。しかし、候補者を擁立した政党の中では12政党中9位の得票数を得ていた。つまり10位「新党改革」11位「国民怒りの声」12位「幸福実現党」よりは『支持政党あり』だったのだ。これは、「泡沫政党」とはいえない集票だったと思う。ただ、「支持する政党」なしと、勘違いして投票した人がどれくらいいたかは現在の選挙システムではわからない。比例代表獲得数ランキング1位 自民党 20,114,788票(得票率35.9%)2位 民進党 11,750,965票(得票率21.0%)3位 公明党  7,572,960票(得票率13.5%)4位 共産党  6,016,195票(得票率10.7%)5位 お維新  5,153,584票(得票率 9.2%)6位   社民党   1,536,238票(得票率2.7%)7位   生活の党  1,067,300票(得票率1.9%)8位 日本のこころ 734,024票(得票率1.3%)9位 支持政党なし 647,071票(得票率1.2%)10位 新党改革     580,653票(得票率1.0%)11位 国民怒りの声 466,706票(得票率0.8%)12位 幸福実現党  366,815票(得票率0.7%) 政党としては、候補者を擁立した12党中の第9位だった。代表の佐野秀光氏の得票数は31,334票で63.5%を占めた。もしも、公明党の比例代表(最下位は18,571票で当選)であったら、確実に国会議員として当選していただろう。この数字をどうみるかだが、政党交付金の交付対象となる政党が2%の得票率なので、11位の「国民怒りの声」(得票率0.8%)と連携していたりすると、得票率2パーセントとなり、年間2億円近くの政党交付金の配布を受ける可能性が数字の上では成立することになる。ネット時代における民主政治の正しいスキーム 選挙に通るまでは、バラ色の政策マニフェストをいろいろ掲げるが、当選した後は、「党議拘束」とやらを持ち出し、選挙戦での公約以外のことをやってしまう議員も多い。これも政治家のプロセスが「選挙」でしかないから仕方のないことだ。しかし、「支持政党なし」は「政策もなし」というユニークな政党なのだ。国会議員は、国民の使者として議決権を行使するだけに徹するという直接民主主義の政党である。(神田敏晶撮影) だから党員は基本的に、ネットやスマホで全法案の賛否を投票することが可能だ。このスキームはネット時代における民主政治の正しい姿だと思う。すなわち国会議員は、国民の賛否の声を届ける本来の意味での「代議士」であるのだ。だいたい、ネットのなかった頃には個別の法案の賛否に参加することは不可能だったし、法案を解説してもらい、リスクとベネフィットを踏まえた上で、国民が政治参加できるプロセスをプラットフォーム化しようとしている政党はいなかった。政治引退した、日本を元気にする会の松田公太・前参議院議員(タリーズコーヒー創業者)も同様のアイデアだっただけに、連携できればよかったと思う。代表の佐野氏がもっと政治の筋に近い人だったらユニークな連携ができたのかもしれない。また、今回の「支持政党なし」の候補者たちは、みずから供託金を用意し、自分の政策を持たず、国民の使者として使える人をネットで公募して選ばれている。これもユニークだろう。 東京選挙区の方は参議院選挙の時に「支持政党なし」の4連のポスターが貼られているのを不思議に思ったのではないだろうか? なぜ、東京選挙区に候補者の顔も名前も掲載されていない政党のポスターが貼られていたのか。民進党の有田芳生議員は、「選挙管理委員会に機敏に対応すべし」とツイートしていた。これは、「支持政党なし」の4候補で支持政党なしをアピールする手法だったからだ。もちろん、公職選挙法上では、写真も候補者の名前も明記しろとの文言はないからだ。「選挙区は『支持政党なし』検索 公認候補者へ」という、候補者名を知らしめる文言があれば良いという。 では、あの抽選方式の選挙ナンバーをどうやってクリアしたのか…。 それはまさにコロンブスの卵の発想だった。そう、抽選には参加せず、余った番号に割り振られただけだったのだ。しかし、それは朝8時30分からはじまる、あのおそろしく荘厳な雰囲気の抽選会場でやってのけたというから痛快だ。4人で揃って「せーの」で、抽選会が終わりドアが閉まる瞬間に入ったという。実際に公示日は朝に抽選を行うが、届け出自体はその日の17時まで受付を行っているから全く問題もない。 筆者はITを専門としたジャーナリストであり、2007年の参議院選挙ではネット選挙解禁をテーマに国政に出馬した経験がある。今回の「支持政党なし」のチャレンジの結果はゼロであったが、記録としては、確実にパフォーマンスに応じた集票ができたと感じている。2016年東京都知事選挙の時の野党が自公潰しを狙って連携した「鳥越選挙」を想い出して欲しい。民主党が旧みんなの党派閥、維新派閥と連携した「民進党」として再スタート。勝ち目のある候補者を決めあぐねていたあげく、誰がかついだのか、タレントの石田純一氏まで出馬を匂わすなどのパフォーマンス。有力野党が戦う前から軒並み自然消滅していく体たらくぶりだ。 むしろ、「支持政党なし」のアイデアとパフォーマンスは、魅力なき野党にとっては魅力的な戦術だと思う。政治にしがらみがないからこそできる発想だからだ。しかし、政治はしがらみだらけの中で育まれている、未だに任侠の世界だ。むしろ佐野氏は、各野党の参謀として、そして現在の政治プラットフォームのASP(アプリケーションサービスプロバイダ)事業者として、新たな野党づくりをIT選挙の面でサポートしてほしいくらいだ。そして、狙いは参議院ではなく、代議士と呼ばれる衆議院だ。衆議院の法案賛否に国民が参加できる直接選挙を支持する野党が連携しやすいと思うからだ。現在の野党は分裂、吸収、合併が多すぎて、支持しにくい。だからこそ「支持政党なし」ではなく「野党支持」という政党で『鳥越方式』でまとまるしか能がなかったのだ。自民の推薦もなかった自民の小池百合子都知事の人気が上がれば上がるほど、野党も与党も忘れてしまいたい選挙となった。「当選」する為には、なんでもしでかす政党にとって「支持政党なし」はあまりにも、いさぎ良すぎた。

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    「愚かな若者は選挙に行くな」という森達也氏の奇妙な論理

    の若者は愚かで、自民党の危険さを見抜けない。だから、自民党の危険さを見抜いているような賢い人間だけが選挙に行ってほしいというわけだ。 自民党に投票する若者は馬鹿だから、選挙に行くな、という主張を繰り返しているに過ぎない。 何度読み返してみても、とんでもない主張だ。 そもそも同調圧力がないというアメリカではトランプという極端な候補が支持を集めており、世界がその動向を危うんでいる。そんなにアメリカの若者が優秀なら、どうして、彼を支持する人々が多いのだろう。 そして、この意見が傲慢に過ぎるのは、若者を一くくりにして「同調圧力に弱い」、「政治を知らない」と決めつけているからだ。本当に若者は、同調圧力に弱いから自民党を支持しているのだろうか?頭が悪いから、自民党を支持しているのだろうか?森氏のいうように、護憲の立場から、自民党に投票するというちぐはぐな行動をする若者ばかりなのだろうか? 「互いに連立政権を組むことは出来ない」といいあっている野党同士が反・与党のスローガンだけで政治を語っていることに対する不審感を持つ若者だっているだろう。 意見の異なる相手に向かって「お前は人間じゃない。叩き斬ってやる!」などと獅子吼する政治学者に支援される野党に嫌悪感を抱く若者もいるだろう。 私は選挙権を18歳に引き下げることには反対した一人だ。だが、選挙権が与えられた以上、選挙権を行使すべきだと考えている。仮に森氏のような主張を真に受けて、「自分は若すぎて判断が出来ない」などと考えて、投票所に足を運ばなければ、全く政治に興味関心がない世代という烙印を押されることになってしまう。それは避けた方がいい。 現代民主主義の長所でもあり、短所でもある特徴は、知性の有無によって投票者を差別しない点にあるといってよいだろう。賢い人の判断だけが必要だというならば、制限選挙を実施するしかないが、そうした制限選挙を求める人は少ないはずだ。 政治のプロである政治家を学歴、所得に関係なく一般の国民が選出する。それが現代の民主主義なのだ。もちろん、完璧なシステムではない。だから、時に誤る。しかし、誤ることを恐れて政治に無関心であればよいということではない。 出来るだけ、冷静に判断し、自分自身の一票を投じればいい。サッカーや野球は独裁国家でも楽しめるかもしれないが、公正な選挙というイベントは民主主義国家でのみ成立するイベントだ。 自分たちと同じ意見をいう若者を「賢い若者」、自分たちと異なる意見をいう若者を「愚かな若者」、選挙に行く資格すらない若者とみなすような傲慢な老人の説教に耳を傾けるべきではない。(2016年07月09日「岩田温の備忘録」より転載)

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    次の選挙で「自民党大敗」を裏付ける2つのデータ

    選過半数〉(読売)〈改憲勢力 3分の2超す〉(毎日) 新聞・テレビは一斉に参院選での自公圧勝を報じ、選挙戦はそのまま第2ラウンドの東京都知事選に突入した。 議席数だけを見れば、自民党は27年ぶりに参院での単独過半数を回復(追加入党含む)し、改憲支持4政党の勢力は衆参で3分の2を超えた。 しかし、安倍首相は喜んではいなかった。テレビカメラの前で勝利宣言したときは笑顔だったが、側近たちだけになると別の顔を見せた。「勝ってなんかいないからな」 そう吐き捨てるように語ったという。 そのうえで、安倍首相は参院選が終わると早めの夏季休暇に入った。都知事選の第一声で自公推薦候補の増田寛也・元総務相の応援に立つこともなく、休養先では選挙戦の憂さを晴らすようにゴルフに興じた。 理由がある。 参院選のデータを詳細に分析すると、2012年の政権復帰以来、国政選挙で「常勝」を重ねてきた安倍自民党の勢いに陰りが出てきたばかりか、次の総選挙で「自民党大敗」の兆候がはっきり見えてきたからだ。当選確実となった候補者にバラをつける自民党総裁の安倍晋三首相=7月10日、東京・永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影)■データ(1)安倍応援は「勝率1割以下」 まず、選挙に強いといわれた安倍首相の「神通力」が消滅した。 自民党選対幹部が語る。「安倍首相が今回応援に入った11の重点選挙区の結果は1勝10敗、勝率が1割を切った。総理が入るのは大接戦や苦戦している選挙区とはいえ、2012年の総選挙の時は87%の勝率を誇り、前回総選挙(2014年)でも総理の応援した選挙区は38勝38敗の勝率5割だった。この有権者の動向は内閣支持率の数字だけでは決してわからない選挙特有のものだ。“俺が入れば負けない”と思っていた総理は相当ショックだったようだ」 ちなみに安倍首相は今回、事前の情勢調査で負け濃厚だった沖縄には応援に入らなかった。皮肉なことに、安倍側近の世耕弘成・官房副長官夫人で民進党の林久美子・前参院議員を落選させた(滋賀選挙区)のが唯一の勝利だったのである。■データ(2)「東北の乱」の悪夢再来 参院選で事実上の与野党一騎打ちとなった1人区で自民党は21勝11敗と予想外の苦戦を強いられた。その中でも1勝5敗と負けが込んだのが東北6県だ。 東北は安倍首相と自民党にとってまさに“鬼門”だ。公明党の基礎票は多くないが、農業地帯で保守地盤が強く、過去、自民党は自力で勝ってきた地域だった。 ところが、第1次安倍政権当時の2007年参院選で自民党は東北の1人区で全敗(当時は宮城は2人区)して与野党のねじれが生まれ、2年後の総選挙で民主党への政権交代の引き金となった。政界変動の前触れが起きる地域なのである。 安倍首相は前回参院選では東北で失っていた自民党の議席を回復し、リベンジを果たした。今回も東北を重点選挙区として首相自ら複数回応援に入って徹底的にテコ入れした。それにもかかわらず、再び「東北の乱」が起きた。「勝った」と喜べる状況ではないのである。関連記事■ 衆参ダブル選挙 18歳選挙権拡大が混乱の大きな火種に■ 7月参院選 自民尋常なる上げ潮で野党が消える日になるか■ 自民党参議院改選議員 来夏の選挙心配で安保特別委に尻込み■ 次期総選挙 無党派票が自民党批判に動き野党の乱立も解消か■ 公明党議員 選挙が遠いからと自民の公明への配慮不要は失礼

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    「支持政党なし」は制度の隙をついた選挙妨害ではないか

    猪野亨(弁護士) 衆議院選挙の比例区が話題になっています。「支持政党なし」という名称の「政党」です。それが何と10万票も獲得したというのです。道内の各政党の得票数 何とすごい票数です。しかし、誰もが思うところですが、このような政党に10万人もの支持が集まるはずがありません。このような政党名など聞いたことがないし、10万人もの有権者が引っ掛かったということです。ところが「衆院選で政党「支持政党なし」が10万票ーーなぜ「政策は一切なし」だったのか?」(弁護士ドットコム)では、この投票行動をこのように分析しています。そして、動画のなかでも、「支持政党なしは、政策は一切ございません」と強調。既成政党に投票すると、その政策の一部に反対だったとしても、一括して賛成したことになってしまうとして、「個別の法案ごとにみなさんの意思表示をしたくありませんか」と呼びかけている。 今回の衆院選の比例・北海道ブロックで「支持政党なし」が10万票以上を獲得したのは、このような佐野代表の主張に共感した人が多かったからなのかもしれない。 そんなはずがないでしょう。だいたい政党名だとは思いませんよ。それに事前にこの「支持政党なし」のホームページをどの程度の有権者が見ているというのでしょうか。 本当に悪質としか言いようがありませんし、これでは制度の隙を突いただけのただの選挙妨害でしょう。多くの有権者の善意を利用した、いや踏みにじった行為は批判されて当然だろうし、これ自体、制度の欠陥なのですから、早期に対策・是正が必要です。 本来、支持政党なしの有権者が示す方法は白票ということになります。この問題を考えるのであれば、やはり国民審査についても考えなければなりません。国民審査は言わずと知れた最高裁判事について、罷免を可とする場合には「×」を付け、それが過半数を超えると罷免されるという制度です。白紙は信任です。あくまで罷免を可とする場合にのみ「×」を付けます。裁判官の国民審査は「支持政党なし」と同じ手口 さて問題は、投票用紙です。これは投票所に行くと当然のように交付されます。交付されてそのまま投票箱に入れれば、信任なのです。この国民審査の投票用紙は受け取らないことができます。要は棄権です。棄権ができないという制度はあり得ないのです。 しかし、衆議院議員選挙に投票した者は、必ず国民審査の投票をしなければならないことになるような運用がなされているのです。受け取って下さいと必ず渡されるのですが、それは事実上の投票の強要にも等しいのです。 何故、これが問題になるのかといえば、白票が信任になるからです。衆議院議員候補者に対する投票の場合には白票は、どの候補者の票にもなりませんから、実質的には棄権です。事実上、投票を強要するような現行のやり方を前提にするならば、信任の場合には「○」を記載させなければ整合性は取れません。 もともと制度が罷免を可とする場合には「×」としたのは、憲法の規定の仕方がそのようになっているからです。憲法第79条第3項 前項(国民審査)の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。 この方法自体、批判の対象になっていることは周知の事実ですが、仮にこの制度を前提とする場合であれば、有権者に投票用紙を受け取らない自由を保障することが不可欠です。実際に多くの国民は、国民審査の投票用紙を受け取らなくて良いということを知りません。そのような誤解につけこんで信任を多くするようなやり方が全うであるはずもありませんが、これは「支持政党なし」の手口と同じ次元のものです。 有権者の誤解に基づき投票させるというものです。どちらも同レベルの問題なのですから、「支持政党なし」の是正だけでなく、国民審査の投票用紙の受け取りが自由であることを用紙を交付する際に説明するよう是正されなければなりません。(公式ブログ 2014年12月16日分を転載)

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    都議会のドンだけじゃない! 地方議員は利権を貪る「自治の癌」だった

    也元総務相の三つどもえの中で、知名度に劣る増田氏がまず脱落する可能性が高いと筆者には見えた東京都知事選挙だった。 しかし、鳥越氏は心身ともに正常に選挙戦を戦える状態とは言いがたく、しかも7月20日発売の『週刊文春』で13年前の淫行疑惑が報道され、報道に対する対応のまずさもあって停滞した。 そのおかげで、増田氏が二番手として浮上したが、7月27日にまたも週刊文春がきつい砲撃を浴びせた。 それは、東京都の「影の知事」といわれ、小池氏の立候補を防ぐために、手を上げる機会がないように計らったといわれる自民党都連幹事長である内田茂都議への総力取材に基づく大攻撃だった。猪瀬直樹元東京都知事 また知事選の公示直前には、猪瀬直樹元知事が内田氏批判を展開した。猪瀬氏は副知事時代に仕事ができないように担当部局のない無任所とされたり、選挙ポスターを張るのを都連に拒否されたことから、急に特別な助力が必要になったために、それが徳洲会事件につながったと考え、内田氏に煮え湯を飲まされたという思いから、都政のガンだと感じたようだ。 いまの東京の状況については、すでによく報道されているところだし、この特集のほかの記事でも扱われているだろうから、ここで私は日本の地方自治の病巣としての議会の問題を取り上げ、その中で東京の特殊性も論じたい。 日本の地方自治は、首長の独裁と、議員のドブ板的案件や利権への関心特化が著しいため、機能不全に陥っている。これは、日本国憲法でアメリカの制度を中途半端に取り入れたがゆえである。 同じ地方自治でも、欧州の地方自治は議院内閣制的な仕組みになっている。各政党が首長(議長)候補を明示して選挙戦を戦う。そして、数人の議員が副議長(副知事・副市長)という肩書きで、いわば大臣となる。 事務方のトップは官僚が事務局長という形で補佐し、実務的な問題には行政の中立性確保の観点から、首長や副議長は介入を禁じられている。 一方、アメリカでは地方自治体でも三権分立が徹底されているし、二大政党の予備選挙もあるので、タレント候補的な人は出にくい。また、そもそも州などの幹部は政治任用だから議員との垣根は低い。首長と議会のいびつな関係 それでは、日本ではどうかといえば、首長は直接選挙で選ばれるが予備選挙がないので、選挙直前の後出しジャンケン的な立候補も可能だし、政策論争もほとんどない。また選出後でも、政治と行政の線引きははっきりしないし、首長への不信任は滅多に成立せず、首長選挙の次点落選者は議会に議席を持てないから、いわば野党党首不在の状態に陥る。 そのため首長選挙では圧倒的に現職有利となり、知事選挙では現職候補者の当選率が90パーセントを超えている。都議会で答弁する舛添要一東京都知事=6月8日、東京都新宿区 一方、議会は政策形成にはほとんど関われず、議員もいくら当選回数を重ねても国における閣僚になることはできない。強いていえば、県会議員や市会議員がまれに副知事や副市長(助役)になることがあるだけだ。 有名なケースとしては、自民党の京都府会議員だった野中広務元官房長官が、革新系の蜷川虎三知事勇退後の選挙で当選した林田悠紀夫氏のもとで、蜷川府政で総務部長を務めた自治官僚の荒巻禎一氏とともに副知事に就任し、二人で大掃除と継続性の維持を分担したことがあったことだ。その後、野中氏が知事になるかと思われたが、たまたま、前尾繁三郎元衆院議長の死で地盤が空いたので、野中氏は代議士となって中央政界に転じた。 しかし、これは全くの例外であって、たいがいの議員は政策形成ではなく、ドブ板的な案件や公共工事のような利権追求に走る傾向があるし、派閥を形成して、庁内の人事に口出すことも多くなる。 また、議会は首長を辞めさせることも、再選を阻むこともできない代わりに、予算の承認を拒否したり、副知事・副市長をはじめとする人事承認権を行使できるので、最悪の場合、首長がナンバー2空席のまま任期を過ごさなければならなくなったり、予算も定型的なものしかできないことも多い。 私は憲法を改正するなら、地方自治体においても議院内閣制をとるべきだと思うし、一方、個別の行政案件への議員の関与は厳しく禁止するべきだ。改憲なくとも地方自治の改革は可能だ 舛添要一前都知事が「政治とカネ」の問題で激しい批判を浴びたことで、東京都議会における内田茂という人物がクローズアップされ、あたかも全国的にみても特異な現象のように言われているが、この種の人物は茨城県の山口武平氏や広島県の檜山敏宏氏などいろいろいるのである。画像はイメージです その意味で本当に必要なのは、多選で権力が集中しやすい首長と、ドブ板や利権ばかりに関心が集中する議会と両方に根本的なメスを入れる必要があるのだ。 内田氏にいじめられて自殺したと言われる樺山元都議の未亡人まで涙の応援演説をした末の小池知事の誕生で、いよいよ、内田都連と正面対決かもしれない。といっても、折り合いをつけてうまくやることもありえるし、内田氏の引責辞任によって軟着陸するのかもしれない。いずれにせよ、都政が停滞してしまっても困るが、かといって、小池知事に過度に妥協的になってもらっても都民の願いに背く。  できることなら、安倍首相はじめ政府与党の幹部が、少し古すぎる自民党の体質や、地方制度の改革に取り組んでくれても良いと思う。たとえば、憲法改正をしなくてもかなりの改革は可能なのである。現在の憲法にはこう書いてある。第92条 地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。第93条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。2 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。 つまり、これに反しない限りは法改正の問題なのである。たとえば、知事や副知事や教育委員と、県議を兼ねることが可能だし、県議を大臣のように担当の決まった副知事にしても良い。副知事を10人に増やすことだってできる。知事選の次点者を県議会議員にしたり、県議と国会議員の兼職や、知事辞任時の代理をあらかじめ決めることも可能になるのである。

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    私は「都議会のドン」内田茂の裏の顔をここまで知っている!

    で自民党候補が大量に落選したことで大きく変わってしまった。この都議選は民主党への政権交代が実現した総選挙の1カ月前に行われたため、都議選でも自民党に対して逆風が吹き荒れ、気骨ある議員の多くが落選してしまった。増田寛也氏の選挙事務所を出る自民党都連幹事長の内田茂氏(中央)=7月31日、東京都千代田区(古厩正樹撮影) しかしその間も現主流派の議員たちは当選し、現首脳部とされる議員たちも、落選したにもかかわらず自民党都連や都議会自民党の役員にとどまったのである。実はこの役員留任が自民党都連の中で大きく問題視され、当時の国会議員たちが排除しようと試みた。だが、彼らもまた政権交代選挙で大半が落選したため、都連所属の国会議員の数も少なくなっていた。 当時の石原慎太郎知事も加わり、石原伸晃都連会長以下、都連の国会議員は落選した内田氏を都連幹事長から外そうとしていた。しかし、都議会議員の数が圧倒的に多く、多勢に無勢であった国会議員と石原知事は都議会議員の抵抗になすすべがなかった。加えて東京都連の幹事長職は、東京都内の各級選挙の公認権を持ち、業界団体に対しての影響力も強いため、小選挙区選出の国会議員は最後まで抵抗しきれなかったのである。そのときの抵抗も内田氏本人が前面に出るのではなく、側近で現議長の川井しげお氏が数少ない国会議員の前で机をバンバン叩いて威嚇していたという。私も会派の控え室で「内田先生じゃないとカネ作れないじゃないか!」と凄んでいるのを聞いたことがある。 その結果、当時内田氏を下ろそうとしていた石原都連会長と平沢勝栄都連総務会長は、もはや逆らえないとあきらめて、今や内田氏のいいなりになってしまった。今回の都知事選でも、一度内田氏に弓を引いた人間が内田氏の歓心を買うために、小池百合子元防衛相を必要以上に攻撃したことも容易に想像がつく。「ポイント稼ぎ」のような異常ないじめ方 また、2011年7月1日に自民党所属都議会議員の樺山卓司氏が自殺した後、都議会上層部のご機嫌取りかウケを狙ったのかわからないが、若手の議員たちがこぞって樺山氏の自殺を揶揄するような発言をしていた。さらにベテラン議員たちもまた酒の肴のように冒瀆を通り越した言葉を発していたのである。若手からベテランまで、まるで「ポイント稼ぎ」としか思えないような異常ないじめ方だった。 樺山氏が自殺した時も多くの国会議員に相談したが、誰一人として声を上げてくれる人はいなかった。みんな厄介ごとのように、樺山氏の問題を封印したのである。この自浄能力のない自民党都連が現状のままなら、都民にとっては不利益しか与えないだろう。 東京都議会は首都東京を牽引する議会だから、開かれた議論闊達な場だとお思いの有権者も多くいただろうが、実態はそのようになっていない。都議会を一言で言えば、ムラ社会であり、ムラ議会なのである。議論など一切行われず、とりわけ都議会自民党の所属議員は上層部の決定に追随するだけである。たとえ賛否が分かれる案件も一糸乱れることなく賛成するのは、このような体質によるものだ。本来であれば、政策も自民党内で様々な議論があり、意見集約を経た結果、賛成か反対か判断するはずだが、そのようなプロセスもない。このものを言わせない体質が大きな問題であり、都民からの不信感を呼んでいる。東京都議会総務委員会集中審議で追求される舛添要一東京都知事=2016年6月13日、東京都庁(撮影・春名中) その一端が現れたのが、舛添要一前知事の公私混同問題に対する対応だ。世論やメディアが早期の辞職を求めていたにもかかわらず、都議会自民党だけが舛添氏をかばおうとしていたのである。特に顕著だったのが、都議会総務委員会の一問一答形式の集中審議で、自民党議員はあらかじめ用意された原稿を読み上げるだけで、厳しい追及を行わなかった。その後の審議でも他の会派が辞職を迫ったのに対し、手心を加えた質問に終始した。この対応が世論の反発を受けて、参院選に影響があってはならないと自民党本部の意向により、舛添氏は辞職を選ぶに至った。自民党都議団の意向は自民党本部や首相官邸が持つ危機感を共有できていなかったのである。それは極端なムラ議会のために、世論に対して無神経であり、都議団内で批判も許されず、自由な議論ができてないことに起因するものだ。小池新知事による「東京大改革」が進められる 今、都政の様々な面に対して、都民や国民が不信の目を向けている。都の職員も、東京都政推進のため生活向上のために日夜全力で働いている。にもかかわらず、都議会自民党がこのようなレベルだから彼らの足を引っ張っている。だから「東京大改革」を進めなければならないのである。 また都議会議員たちが都民、国民にとって何をしているのか、おそらく見えづらいだろうからこの点を明らかにしていく必要がある。本来、地方議員の仕事は条例を制定することである。しかし、条例を作ることのできる議員はほぼいない。ほとんどが役所側から出てきた条例案を追認するだけの存在でしかないのだ。また議会の質問も、自民党に関して言えば役所の職員が作っているのだ。だから原稿を棒読みするのもそのせいである。もっと言えば、漢字を読み間違える議員もいるから、職員がルビをつけるぐらいなのだ。では、都議会自民党の議員は何をしているのかというと、地域の冠婚葬祭を回り、業界団体の予算要項を聞く。これがメインの仕事になっているのである。本来ならば、地域をくまなく回り、様々な諸課題を条例化するのが仕事のはずなのに、選挙対策ばかりしているのが現状だ。これも改めなければならない。 この数代の知事は議会のコントロール下にあったと言えよう。まずはこれを改革する必要がある。そのためには情報公開を徹底しなければならない。情報公開を徹底し、政策決定のプロセスを透明化し、都民、国民の目にさらさなければならない。今まで東京都議会および東京都政が都民、国民の注目を浴びてこなかったのはマスコミの関心が低かったためでもある。したがって、新知事はマスコミに対して積極的に発信している必要があるだろう。政策決定のプロセスを透明化し、疑惑を持たれる案件を積極的にメディアに発信していくことによって、都民に対しての情報公開が進展するのだ。むろん東京都の情報公開制度の仕組みを変えていく必要もあるだろう。これにより都民、国民にとって都政が身近なものになるはずである。身近なものになれば、都民、国民の間で都政に対する様々な議論が沸き起こり、関心も深まる。そこで都政に対しての新たな意見や要望が増えてくるのではないだろうか。また、不透明な案件に対しての情報提供も増えてくるだろう。これから小池百合子新知事による「東京大改革」が進められることになるのである。(聞き手 iRONNA編集部・松田穣)のだ・かずさ 教育評論家。昭和48年生まれ、東京都出身。早稲田大学教育学部卒業後、会社員、国会議員秘書を経て、東京都東村山市議、都議会議員などを歴任した。

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    都知事選と大統領選でわかった 日米左派の「大人と子どもの差」

    共に手を振るクリントン前国務長官(AP) さらに、サンダースは「二人の間に意見の相違があるために予備選挙を戦ってきたが、それが民主主義というものだ」という言葉を続けて、「そのおかげで両陣営は歩み寄りができ、民主党の歴史で最も進歩的な公約をまとめることができた」と民主主義を讃えました。 サンダース支持者が会場からブーイングすると、サンダースはそれらの人々を手で制し、返礼としてクリントン氏はサンダースの存在に謝辞を述べ、彼が掲げた政策を取り入れていく決意を語りました。【米大統領選2016】 サンダース氏、クリントン氏支持を正式表明野党に引きずり降ろされた宇都宮氏 一方、日本では公示日直前から野党側の候補者として内定していたと見られる宇都宮健児氏に代わって鳥越俊太郎氏を擁立する動きが活発になりました。 宇都宮氏は7月12日にメディアに対して「(鳥越氏は)大変知名度のある方だとは思うが、(野党の対応に)違和感を持っている。候補者のことをなんだと思っているのか」。野党が鳥越氏を担いだ経緯についても「不透明だ。どういう議論がされているのか伝わってこない」(産経ニュースから引用)と怒りをぶちまけています。 その上で、宇都宮氏は鳥越氏と面談し、「都政のことはこれから」という鳥越氏に自らの政策集を渡し、その実現を託しました。会談終了後、宇都宮氏は「掲げた政策を実現するためには選挙で勝つ必要がある。その前提となるのは政策であって、なんでも勝てばいいという立場ではない」と囲み取材で語っています。 しかし、テレビで追及されてようやく言及した築地市場の移転反対の可能性を含めて宇都宮市の政策が十分に反映されたとは言えない状況です。 宇都宮健児氏のTwitterは7月13日の撤退表明以来沈黙していましたが、7月20日現在イベント紹介の案内の配信が再開されましたが、東京都知事選挙については一切触れられていません。政治的意思決定プロセスの成熟度に差政治的意思決定プロセスの成熟度に差 筆者は公開討論会の様子などを見ていた限りでは、宇都宮健児氏の政策は非常に練りこまれたものであり、弁護士としての現場の匂いがする地に足の着いたものだったと感じています。 東証一部上場会社(鳥越製粉)創業家でエリートジャーナリストの鳥越氏と弁護士として貧困と戦ってきた宇都宮氏はちょうどヒラリーとサンダースを模したような存在です。日米において両者の対応が正反対のものになったことは両国の民主主義の成熟度の差を表す典型的な出来事と言えるでしょう。 今回、野党側は知名度ばかりを気にして、石田純一氏、古賀茂明氏、宇都宮健児氏らに声をかけては取り換えるという極めてご都合主義の対応を繰り返してきました。 このような無様な状況になった理由は明白です。それは党幹部支配によって党員の声が完全に無視されているからです。つまり、民進党をはじめとした国政政党は党員・サポーターを抱えているにも関わらず、彼らの声を全く無視して一部の議員だけで集まって物事を決める閉鎖的な党体質を抱えているのです。 与党側でも多くの東京都民の有権者が「増田って誰?」というところからスタートし、そのまま選挙戦に突入するという極めて都民を馬鹿にした対応がなされています。予算規模13兆円の都庁のリーダーを決める選挙戦を通じて、日本の民主主義の未熟さが露呈したことが今回の東京都知事選挙の最大の成果と言えるでしょう。政策論争や過去の実績を問われる候補者選定プロセスを 舛添氏の辞任は参議院議員選挙直前ではありましたが、それは東京都民がいい加減なプロセスで東京都知事を選ばされる理由にはなりません。参議院議員選挙が忙しいなんて言い訳は東京都民には全く関係ありません。 国政は国政、都政は都政であって、今回の酷い擁立劇は東京都議会の各政党会派の怠慢だと言えるでしょう。国政選挙があるから東京都知事選挙が蔑ろになるなら、国会があれば東京都議会も要らないということで良いのでしょうか。 少なくとも今後は東京都知事選挙については任期終了の半年程度前から各政党が候補者選考プロセスを東京都民に公開する形で実施していくことが必要です。今回の東京都知事選挙を反省材料とし、日本にも当たり前の民主主義のプロセスが定着していくことが望まれます。 とりあえず、日米で民主主義の成熟度が「大人と子どもの差」がある状況はみっともないので、日本の政治家には早急に是正してほしいと思います。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年7月20日分を転載)

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    もう「消去法」しかないのか? 都知事選の顔触れにがっかり

    山本一郎(ブロガ―・投資家) 東京都知事選挙が告示され、21人もの立候補者がたった一つの椅子を争う戦いが始まりました。東京都知事は日本でも最大の選挙であり、一人を選ぶのに有権者1,120万人あまりが審判を下すという大変な規模で行われるものですから、政治家として相応に優れた人物が立候補しなければならない「はず」です。都庁(新宿区) 実際には元岩手県知事、元総務大臣や日本創成会議、東京電力社外取締役などを歴任された増田寛也さん、東京10区の衆議院議員の小池百合子女史、著名ジャーナリストの鳥越俊太郎さんを軸に争うという点で、経歴だけ見るならば山口敏夫さんを含め閣僚経験者3名、有名なジャーナリストに元日弁連会長という、日本を代表する人物が立候補してきた「はず」です。過去二回、東京都知事選に出馬した元日弁連会長の宇都宮健児さんは最後の最後に降りてしまいました。いろいろ苦渋の決断もあったのではないかと思案するところではありますが…。 しかしながら、官房長官の菅さんがこの選挙戦に関して興味深い注釈をつけています。菅義偉官房長官「スローガンではなく具体的な政策を」http://www.sankei.com/politics/news/160714/plt1607140023-n1.html また、行政学者の新潟大学の田村秀教授も、大都市東京の未来を考えるのに「軽い」論考や政策を打ち上げ花火のようにやるだけでは良くない、というお話もかなりされています。「都政はワイドショーではない」 新潟大の田村秀教授http://www.sankei.com/politics/news/160713/plt1607130080-n1.html 経歴や肩書きは立派なはずなのに、出馬した候補者の顔ぶれを並べてみるだけでがっかりする感じが否めないのは、東京都をこちらの方向に向かわせる政治をするという主義主張の部分と、現実の政策としてどこに着眼し何を実現していくのかという青写真が見えないところはあるでしょう。 政策通で実務家として担がれた増田寛也さんも、東京一極集中を強く批判してきたわけで、過去の主張や政策についての一貫性を求められるでしょうし、小池百合子女史も都知事には解散権がないのに不信任案が可決される前提で都議会解散を公約に掲げて不興を買っており、鳥越俊太郎さんにいたっては具体的な公約を問われても「無い」という状態です。これでは、東京都の都民としての利益を考えて有力候補の誰かに投票しようと思っても選択肢が無い、ということになりかねません。結局、いままでさんざん増田寛也さんを批判してきた私でさえ、いざ投票するとなると消去法で増田さんぐらいしか見当たらないのではないか、と思ってしまうぐらいの状態です。増田寛也「ほとばしる無能」を都知事候補に担ぐ石原伸晃&自民都連(訂正とお詫びあり)http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20160704-00059615/ 突き詰めれば、政治家としての主義主張を考えたとき、その政治家が有権者に対して何をもって信を問おうとしているのかという哲学や政治思想の問題が横たわっているように感じます。つまり、この人は何を実現しようと思っていて、何を価値に考えていて、そこから導き出される政策は何か、ということが分からなければ、有権者個人個人の政治信条やこの社会をどういう方向に持っていけばより良くなるのかというコンパスと六分儀がうまく働かないのではないか、と思うわけです。国政での政党間対立を、そのまま都知事選に持ち込むのは問題 例えば「新宿区に韓国学校を建てる」ことの是非において、有権者目線でいうならば、待機児童が多く保育園の建設が求められているので、韓国との関係や経緯を考えても韓国学校よりも保育園を先に建設するべきと考える人もあるでしょう。しかし、その有権者目線と同じところから「日本人のために韓国学校を白紙にして保育園を建てます」というだけでは、単に目先の有権者やメディアでの議論に引っ張られるだけの都知事候補に見えてしまいます。公開討論会に臨む増田寛也氏。後ろは小池百合子氏 =7月12日、東京都港区・赤坂区民ホール そこで、東京の未来像を考えたときに、東京には韓国の方だけでなく多くの外国人も暮らすダイバーシティを許容していく社会作りをしていくつもりなので、都市計画として韓国学校やマイノリティの人たちが安心して学べる場所もまた日本人向けの保育園と同様に重要だ、と付け加えられるならば、東京の未来について考えた上で、韓国学校をどう扱おうとしているのかなということが理解できるようになります。 また、一口に少子高齢化と戦うといっても、どこに着眼点を持つのかは非常に重要な観点です。財布はひとつであり、黒字である都政といっても今後は猛烈な高齢化が進む状況ですので、これを都市計画や都市経営のうえで予算配分をどうするのかの優先順位を見せてもらえなければ、本来の意味で少子高齢化対策にはなり得ません。 言い換えるならば、少子化対策と高齢化対策はセットで語られがちですけど、ここにだって少子化対策を進めたければ高齢化対策予算を削らなければならないというジレンマは必ずあります。さらには、高齢化している地域と保育園が不足している地域では東京都が行うべき政策のスタンスが大きく異なります。東京の23ある特別区の中でも細分化されていますし、特別区と市町村部でも利害は異なることになります。それに対して、候補者がどのような「目配せ」をするのかは、やはり短い選挙戦の中で理解できるようなヒントが出てきてくれないと困る、ということです。 公明党の山口那津男代表が、非常に興味深いことを発言していました。国政での政党間対立を、そのまま都知事選に持ち込むのは問題なんじゃないのということで、野党統一候補として野合の結果出馬に至った鳥越俊太郎さんに対して熱い「DIS」をお話されています。もちろん、そのとおりだと思います。公明・山口那津男代表「参院選の対決構図、望ましくない」 統一候補擁立の野党側を批判http://www.sankei.com/politics/news/160714/plt1607140028-n1.html そのうえで、増田寛也さんも結局は国政の与党として協力関係の深い自民党と公明党が支援しているように見えるのもポイントです。どうしても、国家レベルでの政党間の党利党略が前面に立って、本来であれば都民のための暮らしをどう都知事が良くしようとしているのかを把握するはずの選挙戦が見えづらくなってしまうわけであります。 やはり、問題山積であり今後は五輪だ高齢化だ老朽化したインフラ対策だとやるべきことが多発している東京の中で、都民の未来にとって意味のある議論を各候補者にして欲しいと強く願います。有り体にいえば、東京を「高福祉高負担」にするのか「低福祉低負担」でやりたいのか、また生活者目線で給与水準のボトムをアップする方向か、それとも意欲のある人に多くのリソースを分けていく政策にしたいのか。候補者各員の政治哲学や思想がしっかりと見える選挙戦をやって欲しいと思います。

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    失敗しない都知事の選び方

    政治資金の公私混同を批判され、辞任した舛添要一氏の後任を決める東京都知事選が告示された。「政治とカネ」をめぐり2代続けて知事が任期途中で辞職し、都政の信頼回復が大きな焦点となる。4年後の五輪ホスト都市の顔にふさわしい人物をどう選べばいいのか。失敗しない都知事の選び方を考える。

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    都知事選びに失敗しないたったひとつの方法はこれだ!

    らいはあるかもしれない選び方”を提示してみたい。「無責任」な1票でも有権者が負うべき責任 民主主義の選挙においては、時代の状況によって、政治家の評価基準はくるくる変わる。経済や社会が安定しているときと不安定なときでは、有権者が求めるリーダー像は違う。そこに、利害、支持政党、政策の実現性、政治家としての実績、メディアの情報、候補者の人柄や印象などが加わると、もうどうしていいかわからなくなる。都知事選候補者の演説を聞く人々=7月14日午前、東京都新宿区 しかし、ただ一つ言えることは、有権者はどのような評価基準で選んでもかまわないということだ。「いい人そうだから」という印象だけで選んでもかまわない。「無責任」と言われようと、「愚民政治」だと有識者からバカにされようと、1票は1票である。  ただし、よく「政治家が悪い」と言う方がいるが、どう選んでもかまわない以上、こういう批判は許されない。批判する権利があるにしても、結果的に悪い政治家を選んだ場合、その責任は私たち有権者が負わなければならない。 それでもなお、有権者は自由だ。誰にも投票行動を規制されることはない。「バカなやり方」を続けてきた理由「バカなやり方」を続けてきた理由 そこで今回の選び方だが、私はここ十数年、どんな選挙でも、たった一つのやり方(評価基準)でしか、投票してこなかった。まずはこの際、政党、政策、公約、実績、人柄などどうでもいいと思い切る。そうしてすべてのファクターを捨ててみる。そうすると、残るのは年齢だけになる。 つまり、もっとも若い候補者に1票を入れるのだ。 なぜ、こんなことをしてきたのかというと、日本は若返らなければ絶対に変わらないと思ってきたからだ。このまま、私のような世代が、自分と同世代の候補者や年上世代の候補者に投票していたらどうなるだろうか? すでに日本は超高齢社会である。富も地位も政治権力もみな高齢者に集中している。これがもっと進んでいくだけだ。 「そんなバカなやり方があるか」と、私の周囲の人間たちは怒る。「自分の職業をバカにしているだろう」と言われたこともある。しかし、私の周囲にはこう本音をもらす人間が多い。「日本がどうなろうが、年金をもらって悠々自適。逃げ切れるだろう」  多くの高齢者は年金をもらって生きているので、生きている世界が変化するのを嫌う。現状維持が最善の選択だ。日本が変化してはいけない。まして、劇的に変化したら、自分たちの居場所がなくなり、生存も脅かされる。だから、自分が生きている間は、すべてに対して現状維持で、世の中が大きく変わるのは困る。そうして、日本は素晴らしい国だという“ファンタジー”のなかで死んでいきたいと願っている。政府債務が1000兆円を超えているこの国で、こんな考え方でいいのだろうか?「シルバーシティ・トーキョー」という現実 それでは、今回の候補者を年齢順に並べてみよう。鳥越俊太郎(76)ジャーナリスト今尾貞夫(75)医師山口敏夫(75)元労相マック赤坂(67)セラピスト増田寛也(64)元総務相関口安弘(64)政治団体代表小池百合子(63)元防衛相岸本雅吉(63)歯科医師宮崎正弘(61)日本大学教授中川暢三(60)元兵庫県加西市市長内藤久遠(59)元陸上自衛官山中雅明(52)政治団体代表望月義彦(51)ソフトウエア開発会社社長武井直子(51)元学習塾講師立花孝志(48)元船橋市議会議員上杉隆(48)ジャーナリスト桜井誠(44)元在特会会長谷山雄二朗(43)国際映像配信会社社長後藤輝樹(33)自営業高橋尚吾(32)元派遣社員七海ひろこ(31)幸福実現党広報本部長 主要候補者のなかで最長年齢は鳥越俊太郎氏の76歳。増田寛也氏、小池百合子氏にしても60歳をとうに超えている。この方たちは、4年後の東京五輪のときは、それぞれみな4歳年をとり、誰が都知事になろうと、いわゆる「高齢者」として開会式に出席することになる。メディアも本当は都民のことを考えていない 私の知人のアメリカ人が、こんなことを言ったことがあった。「たしかに東京は素晴らしい都市だ。しかし、一つだけ残念なことがある。街を歩いていると、圧倒的にお年寄りが多いことだ。とくにタクシードライバーはみな老人なので、不安になる。 みな親切でチップもないから、その点はいい。しかし、あまりに高齢なドライバーだと、事故が起こったらどうしようと思うことがある。世界の大都市で、高齢ドライバーがこんなに多い都市はないと思う」 現在、都内の65歳以上の高齢者は約300万人。高齢化率は22.9%で、都民のおよそ4.4人に1人が高齢者である。この高齢化のスピードは今後ますます加速し、2020年には25%に近づく。少子化も加速している。東京の出生率は1.17(平成27年)と日本の都道府県のなかでも最低である。 東京五輪は、世界中からいろんな人々がやってくる。そうした人々が目にするのは、街を歩いているのが高齢者ばかりという「シルバーシティ・トーキョー」の現実だ。 さらに、競技会場に行けば、観客席を埋めているのはほとんどが高齢者。五輪のチケット代は高いから、結局、余裕のある高齢者ばかりが手に入れることになるだろう。そうすると、競技をしているのは世界中のヤングアスリートたちで、それを見ているのは高齢者ばかりという“異様”な光景が全世界に発信される。メディアも本当は都民のことを考えていない 「誠心誠意で尽くす」「身を切る覚悟」とみなさん言っているが、政策的にはあまり変わらない。なぜなら、東京が直面している問題は同じだからだ。(一部画像を処理しています) これは、東京ばかりではなく日本全体の問題だが、「少子高齢化」という社会になった以上、これに適応し、さらに次世代が希望を持てるように社会構造を変革しなければならない。 五輪を成功させることも重要な課題だが、「待機児童」「介護難民」などという問題は待ったなしだろう。 このような観点に立てば、保守分裂、野党統一候補などいう「政争」から、選挙戦を占う(=票読み)報道ばかりしているメディアは、じつは本当は都民のことを考えていないのではないかと思う。 これから高齢化がもっとも進むのは地方より大都市圏である。首都圏では2035年までに65歳以上の人口は75%も増え、人口の32%を占めるようになるという。そうなると、現役世代の負担はさらに増す。 現在の20代の一人あたりの税・社会保障の負担は65歳以上より1億円近く多いが、この差はさらに広がるだろう。そして、いまは財政的に安定していても、東京ですら財政危機に直面することになる。 もう、老人は静かに去っていく。これ以上、社会に負担をかけてはいけない。それが最善の選択だと、現在63歳になった私ですら思うが、どうだろうか。

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    知られざる素顔をメッタ斬り! 都知事選、有力3候補の「泣きどころ」

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 東京都知事選挙は実質的に、小池百合子元防衛相、増田寛也元総務相、鳥越俊太郎氏の争いになった。宇都宮健児・元日本弁護士連合会会長は、立候補予定者として名乗りを上げて以降、テレビなどにさんざん露出し勝手なことを言っていたくせに、立候補を取りやめるとは都民をバカにするにもほどがある。電波ジャックで公開詐欺をしたようなものだ。弁護士だからいろいろ弁解はあるのだろうが、悪徳弁護士なみの法匪だ。主張は相容れないが筋の通った人だと思っていただけに見損なった。 また、驚いたことに、連合東京が鳥越氏を支持せず中立にまわることになった。政策が示されず検討しようがないという。前回は細川護煕元首相を民主党が推薦したが、反原発を明確にしたために、連合東京は舛添要一前東京都知事と政策協定を結んで支持に回った。今回はどの候補者も支援しないというが、実質的には、小池氏の行革路線に反発して増田氏の当選を期待するニュアンスがあるのかもしれない。それなら連合は国政選挙でも共産党を含めた野党連合にNOを突きつけるべきだった。立候補した(右から)鳥越、増田、小池氏 なぜ鳥越氏が野党4党の統一候補なのか? それは、4党野合連合+プロ市民+連合東京の中で、どこかがどうしても嫌だという候補ではないというだけだ。その上、自分たちにとってあまり厳しくなく、いい加減な主張をしているからだ。連合東京が鳥越氏を支持しなかったのも、鳥越氏だから中立にとどまったのであって、古賀茂明氏あたりなら増田氏を支持していただろう。 鳥越氏は76歳と、これまで千葉県の加納知事、岐阜県の武藤知事と並び就任時の最高齢で、唯一のセールスポイントか。出生率において東京は1.1で全国平均1.4を下回り最低だが、「全国平均より上」との認識を示していた。これでは、都知事候補どころかジャーナリストとしても現役続行は無理な耄碌ぶりとしか言いようがない。当選すればリオ五輪の閉会式をはじめ、世界を飛び回らねばならないのにどうするつもりか。 また「戦後70年、時代の流れが変わってきたと感じた。国全体が流れを変え始めている。舵を切っているということに、少し私が流れを元に戻すという力になれば」というのでは、都政にほとんど関心がないことが分かる。 鳥越氏はかつて、「そう簡単には戦争はできないものなのだ。そうした事から、中国の脅威といっても重大なものとは思っていない。ただ可能性として、中国が軍事力でやってくることはあるかもしれない。その場合は、日本の自衛隊が専守防衛の原則に従って行動し、侵略に対しては日本国民が立ち上がる。米国に助けてもらう必要はない」と語った。つまり中国の脅威は重大でないが、いざとなれば、自衛隊を先頭に日本人が立ち上がって戦えば撃退できるらしい。鳥越氏は徴兵でもするつもりなのだろうか?増田氏と小池氏は都知事として適任か 一方、増田氏は真っ当な候補である。ただし、彼に関するマスコミ報道はいい加減だ。超エリート官僚というが、大学を二浪で入って留年し、人気官庁ではない建設省に入省したのだから、ピカピカのエリートではない。父親が参議院議員だったが、選挙に弱く苦労したはずだ。岩手県での生活経験はなかっものの、小沢一郎氏から自民党候補に対する対抗馬として担がれ、おんぶにだっこの選挙戦で当選したが、お目付役の政務秘書などをつけられ苦労した。 知事としては手堅かったし前向きな姿勢も見せたが、小沢氏の呪縛と岩手県が当時持っていた厳しい条件のもとでは、大きな成果が出たわけでなく、また、四選は小沢氏の妨害でできなかった。 そういう意味では、守旧派と言われる自民党都連にまたおんぶにだっこで出馬するわけだから、かつての小沢氏との関係と同様に悩むことになるだろう。ただし、都連のいいなりになったままではなく、それなりの抵抗はするのではないか。 増田氏の難点をあげると、ひとつはこれまで地方振興の旗手と言ってきたことと利益相反になることだ。多くの地方の人を失望させた罪は大きい。 もうひとつは、東京五輪をまえにしてホスト役として世界をかけめぐり、多くの来客を迎えねばならないときに、語学を含めた国際コミュニケーション能力に長けているとは思えないことだ。舛添氏に比べてあまりに大きな落差があることだ。 ただし、鈴木俊一氏のあと、青島幸男、石原慎太郎、猪瀬直樹、舛添要一と非官僚知事が四人も続いたあとだけに、このあたりで一度官僚出身の知事をはさむことは組織のたるみを糺す意味があるかもしれない。 小池氏は、私が当初から適任者の一人と考えていた。それは、防衛相や環境相としてすぐれた行政手腕を発揮してきたし、抜群の国際コミュニケーション能力があり、女性初の都知事という付加価値もあるからだ。 彼女がこれまでついてきた親分というと、細川氏と小沢氏、それに小泉純一郎元首相だが、自らを彼らの参謀として演出し、また、彼らからリーダーシップをいいとこ取りで学んでいる。また、橋下徹前大阪市長についても、大いに参考にしているようだ。 欠点は格好良くものごとをやることへの反発だろう。また、各政党を渡り歩いていることを揶揄する向きもあるが、彼女自身の立ち位置にぶれがあったわけでなく、親分たちが右に言ったり左に行ったりしているのから距離を置いたというだけだ。 橋下氏ほど極端なことはしないだろうが、既存の利権構造とは厳しくけんかしながら改革を迫っていくのではないかと思うし、だからこそ連合にとっては嫌な知事になるかもしれない。 また、親韓派といわれる増田氏や鳥越氏と違って、韓国には厳しそうだ。新宿区の韓国学校問題の白紙撤回は明言しているし、ソウルの景福宮の衛兵の衣装そっくりなおもてなし隊のユニフォームも変更するというのは、結構なことだ。別にそれを嫌韓というべきでない。歪んだ判断の是正に過ぎない。また、親台湾派ということでも知られている。 それにしても、自民党も小池氏にさっさと乗って、全国の激戦区に応援で送り込んだら、参議院選挙で3~5議席ほど積み増しできたと思う。惜しいことをしたものだ。

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    いよいよ東京都民の「見識」が問われる

    門田隆将(ノンフィクション作家) 私は、溜息ばかり吐(つ)いている。一連の都知事選候補者騒動を目の当たりにして、である。タレントの石田純一氏(62)が突然出てきたり、小池百合子氏(63)が「都議会の冒頭解散」という“あり得ない公約”をブチ上げたり、都知事選が‟劇場型”であることは承知しつつも、「おいおい、大丈夫か」という思いが強い。 それでも、最後の最後に、鳥越俊太郎氏(76)が野党統一候補として出てきたことへの驚きに比べれば、まだまだ大したことではなかっただろう。鳥越俊太郎氏の名前を聞いて、いったい「都政をどう考えているのか」「都民も舐められたものだ」と思ったのである。 鳥越氏の7月12日の記者会見での発言を聞いて、私は自分の耳を疑い、「ああ、やっぱり」と思った。舛添問題の発端となった例の都立市ヶ谷商業跡地の韓国人学校増設問題に対する質問に、彼は「具体的に知りません」と答えたのである。東京都知事選に出馬する意向を表明した鳥越俊太郎氏=12日午後、東京都千代田区 当ブログでも何度も書いてきたように、市ヶ谷商業跡地の韓国人学校増設問題とは、待機児童、待機老人問題に悩む東京都の喫緊(きっきん)の課題として浮かび上がったものだ。しかし、鳥越氏は、その問題を知らない。 「(知事の)任にあたることになったら、東京都民に納得いただける策を打ち出したいと思います。今の段階では、そういう立場にないですから詳しいことは言えません。すみません」 鳥越氏は会見でそう言ったのである。そして、彼の口から出たのは、憲法改正問題や安全保障法案の問題で、ひたすら安倍政権批判だった。数日で「消えた」タレントの石田純一氏が、都政とは関係のない「国政レベルの話に終始した」のと、まったく同じだったのだ。  さらに鳥越氏は、「中国、韓国、アジア各国の首都と首都サミットのようなものを開いて、若者の文化交流、音楽の交流を首都レベルでお互いに続けていく。そうすることで、国では難しいけど、自治体同士で地に足が着いた交流ができるかもしれない。そういうことは、ちらっと考えています」と語った。 私は、「あーあ」と思った。舛添氏がおこなった、まさに“都市外交”とやらの弊害が都民から反発を食らったまさに韓国人学校増設問題だったのに、鳥越氏は、それを知らないばかりか、さらに国を飛び越えた“都市外交”を押し進めようというのである。 頼むからそんなことに都民の税金を使わないでくれ、是非、都内の老人施設をまわり、都心の高齢者がどんな環境で人生の「最期」を迎え、どう過ごしているか、見て欲しい。私は、心からそう叫びたくなった。  ‟二元外交”をおこなえば、相手に誤ったメッセージが伝わってしまう危険性があり、舛添氏がそこから躓(つまづ)いたことも知らないまま、あなたは「野党統一候補」という御輿(みこし)に乗って出てきたんですか。私は、そう思って、暗澹たる思いになった。まともな都政論争を聴きたい 前回のブログでも書いたように、「2代」つづけて自公が押し立てた都知事がスキャンダル塗(まみ)れで任期途中で辞任した。猪瀬、舛添という2人の都知事の不祥事に、最も反省しなければならないのは、二人を選んだ東京都民である。しかし、それを押し立てた自公が、性懲りもなく、東京都民の税金を4000億円も地方に割り振った元岩手県知事の増田寛也氏(64)を担いだのである。定例会見で渋い表情を見せた舛添要一・前東京都知事=都庁 前回のブログで、「自公に鉄槌を!」と私は書かせてもらったが、本当に反省のかけらもない、どうしようもない組織だと思う。全国でダントツの数を誇る待機児童8000人、そして日本で最も悲惨な最期を迎えている大都会東京の待機老人たち――いったい、今すぐ手を差し伸べなければならない彼らを差しおいて、都民の税金はどこへ消えているんだろうか。 まともな都政論争を聴きたい、と心から思う。今日おこなわれた日本記者クラブでの四者の討論会を聞いていても、鳥越氏の話を聞いて、「なぜ都知事なのか」「せめて都政というものを少しは勉強してくれ」と思わない人はいただろうか。 私は『リーダーの本義』というビジネス書を出したばかりだが、「あなたには、“リーダーの本義”というものがわかっていますか」と問うてみたい衝動に駆られた。 野党統一候補でいけば勝てる、というネームバリュー重視の選択だったのだろうが、いかにも都民は「舐められた」ものである。いい加減、都民も「見識」を示さなければ、さまざまな意味で、次世代へ禍根を残すだろう。

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    小池氏vs増田氏が火花! 都知事選会見で分かった2つのこと

    停滞し、混乱が継続してしまうのではないか?」 これに対し、小池氏はこう答えた。 「これまでの都知事の選挙において、議会との関係がクローズアップされたことはない。(議会解散と申し上げたことで)冒頭大変ショックになったかもしれないが、議会から不信任頂いて、と申し上げた。私も都連の一員になってから重要な会議に呼ばれないとか、様々な決定が後で知らされたりした。私は、会長代理だったが、いろいろな会議に招かれないこともあった。(意思決定の)プロセスが明確でない。(議会と)喧嘩してどうする、と言われるが、猪瀬、舛添、と起きた事はまた十分に起きうる。むしろ繰り返されるのではないか。議会の中には、声上げないけど同じ感覚持っている議員もいる。」 巷では、仮想敵を作ることで劇場型選挙を行おうとしているとの批判も聞こえてくるが、もし、首長=都知事が、議会の一部の勢力のいいなりになり、言うことを聞かなければしっぺ返しを食うような、そんな都政などあってはならないだろう。不透明な意思決定プロセスがあるのであれば、徹底的に正すべきだし、ましていわんや、そこに利権の巣窟などがあるとしたら、それを一掃すべき、というのが都民の偽らざる気持ちだろう。一方で、小池氏は8日のJapan In-depthとのインタビューで自らを「リアリスト」と称し、必ずしも議会と対決して都政を停滞させるようなことはしないとの考えを明らかにしている。 一方小池氏は増田氏に対し、「(前回の都知事選では)都連は舛添さんが世論調査で支持率があるということで推薦することになった。党を除名された人を持ってきた。今回私は真っ先に手を挙げ、党を除名されていない現役議員です。でも、党の推薦は増田さんになった。どうして私でなかったと考えられるのでしょうか?」と不満をぶつけた。 これに対し増田氏は、「党側の事情は十分承知しているわけではない。口幅ったいが、市区長さんたちとの対話通じて、都政を円滑にやっていこうと思っている。自民党の中の問題は十分承知していない。冒頭解散とかおっしゃるが、(都議会のいろんな党の)議員の職を奪うことになる。小池さんの手法は、私から見たら少し劇場型といったら、お叱り受けるかもしれないがそういうことをやられるように感じる。」とかわした。小池氏に解散権はないのだから、議員の職を奪う云々は的外れだが、党の事情は分からない、と逃げに終始した。 そして、野党の統一候補鳥越氏だが、宇都宮氏は、野党系候補として出馬を本当にするのかどうか聞かれ、「野党4党の政策協定があるのかどうか不透明。私は政策論争が中心にあると思っている。それが明確でないので現段階で出馬の意思は変わりません。」と明言、鳥越氏の政策がはっきりしないことを批判した。これに対し鳥越氏は、「誰でも最初はわからない。昨日から今日にかけて政策作りました。言ってるつもり。宇都宮さんは聞いていないと仰るかもしれないが。文章にまとめてないだけ。心配していただかなくても結構です。」と語気を強めた。 その鳥越氏、冒頭掲げた政策フリップは「がん検診100%」。自らをガンサバイバーと称し、最終的に検診率を100%に引き上げたい、と強調した。しかし、財政、オリンピック、災害など、都の重要課題への対応を問われると抽象的な回答ばかり。政策論争が深まらないなら宇都宮氏は立候補を取り下げないと言っているので、このままだと野党票が割れるのは必至、野党4党の選対はさぞかし頭が痛いだろうと思っていたら、会見後ほどなく夜8時前に宇都宮氏は立候補取りやめを表明。メディアを前にして鳥越氏の準備不足をあからさまに批判しておきながら、あっさり降板されては、宇都宮氏の支援者もどっちらけではないか。野党の足並みの悪さここに極まれり、だ。 その当の鳥越氏、最後に一言、と司会者に言われて引用したのが、室町時代の小歌集「閑吟集」の一句。「『何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え』、何もしないでくすんで生きていてどうするんだい、人生なんて夢のようにあっという間だよ。だから今やりたいことを、狂うほどにやれよ、という意味。まさに今この心境。(私の人生)残り10年残っているかどうかだと思う。がんもやりましたしね。そんなに長生きできると思っていませんが、もし生命があるなら、残りの限りをつくし、ただ狂ったかのように、精魂込めて全身全霊かけて都知事をやりたい、やらしてください!」と声を張り上げた。その心意気やよし、と言いたいところだが、一抹の不安を感じた都民は私だけではないだろう。  一方の小池氏は、都知事としての資格を問われこう答えた。「たまには女性にしたらいいんじゃないのと思ってます。(会場笑)今山積している課題は男目線のものが多い。目線を変えることで潜在力花開くこともあるんです。環境大臣、防衛大臣やって、クールビズ、発想変えて社会変わった。都民と一緒にやりましょうというムーブメント起こせるのがリーダー。一つ一つの課題は現場にあります。耳傾けながら優先順位を決めて都民と実行していく。」 自民党都連は、党が推薦していない候補者を応援した場合、「除名などの処分対象になる」との文書を所属国会議員や地方議員に配布している。議員本人だけでなく親族による応援も禁じているが、これに反発する自民党議員もいる。与党も分裂選挙だが、自民公明の推薦を受ける増田候補が盤石なのか、無手勝流の小池候補が無党派票を取り込むのか、現時点で予測不能だ。 その他にも様々な候補者が乱立、星雲状態の都知事選だが、一つだけ言えることがある。都民がやるべきこと、それは一人一人の候補者の政策をしっかりと見極めること、それに尽きる。決して人気投票に終わらしてはならないし、参院選から続く選挙疲れで投票を棄権したりしてはならない。さすれば、組織票を持つ一部の候補者だけが有利になる。自分の暮らしを本当によくしてくれるのは誰なのか、考える時間はまだ、十分ある。

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    都知事選の公開討論会で絶妙だった司会者の「嘘発見装置」

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)若者に対して宣戦布告か? 7月12日に実施された東京都知事選挙の公開討論会(青年会議所主催)を拝見させて頂きました。基本的には司会側の中立的な対応と各候補者の防御力が高く、面白発言がほとんど無い平々凡々した内容でした。 その中で一際異彩を放っていたのは(冒頭で暴れたマック赤坂氏を除いて)、司会者である原田謙介さんからの「ある質問」に対する立候補予定者らの回答でした。 若者政治参加を呼びかける原田謙介さんが発した「各立候補予定者の方は若者の視点・意見を政治・行政の中に取り入れるためにどのようなことをお考えでしょうか」という質問に対し、増田・宇都宮・小池の3氏で比較すると増田寛也「若い人に1票の力を信じてほしい」「若い人が意思表示したことは今までの政治は応えきれず無視してきた」「選挙以前の段階で平場で若い世代の考えを事前に議論して政策に生かす道筋を作りたい」宇都宮健児「選挙権年齢が下がったが被選挙権の年齢が高い」「選挙権年齢を引き下げれば若者が意見を反映できる」「供託金が高すぎる。私は日本の供託金は憲法違反であるという訴訟を提起した」小池百合子「18歳に選挙権が引き下げられたことで若者には声をあげてほしい」「学校教育で教え方、特に偏向教育についてはチェックする」参考:東京都知事選挙2016 公開討論会というものでした。増田・宇都宮・小池の3氏ともに非常に当たり前の話をされているように見えますし、一般論としては十分に成立する内容です。公開討論会に臨む(左から)増田寛也氏、山口敏夫氏、宇都宮健児氏、中川暢三氏、小池百合子氏=7月12日、東京都港区(納冨康撮影) しかし、筆者は原田謙介氏が用意した上記の質問は非常に知的な質問だと感じました。 なぜなら、この質問は「各候補者の若者に対する政治姿勢と質問に対する回答との間に整合性があるのか」ということを見極める「嘘発見装置」のような問いだからです。 たとえば、宇都宮氏の回答は、東京都知事の仕事とは直接関係はありませんが、政策提言と自らのアクションについて具体性が伴った話であったと思います。また、小池氏は過去に大学入試センター試験に関する記述などについて国会で質問しており、質問への回答と国会議員としての行動との間で整合性があると言えます。 しかし、上記の2人と比べて、増田氏の回答はどうでしょうか?「それを貴方が言いますか(笑)」と会場中の方々が心の中で突っ込んだのではないでしょうか。「高齢者組織票の権化」が「若い世代の1票の力」を説く不誠実さ「高齢者組織票の権化」が「若い世代の1票の力」を説く不誠実さ 今回の東京都知事選挙において、増田寛也氏の推薦決定・立候補プロセスの中に「若い世代と徹底的に議論した跡」はまったく見られません。今回の青年会議所の公開討論会が「まさか」徹底的な議論の場であると言うつもりでもないでしょう。 報道されている通りであれば、増田寛也氏は東京都知事選挙にあたって「区長会・市長会・町村長会と面談し」「都議会自民党の推薦を受けて」「公明党に推薦願を出した」だけです。 「選挙以前の段階で自らが平場で若い人と徹底的に議論する」というプロセスは一体どこにあったのでしょうか?誰でも分かるバレバレの嘘を堂々と会場で述べていることへの罪悪感は無いのでしょうか? また、「若者に1票の力を信じてほしい」と言いながら、上記のプロセスから「誰よりも若者の1票の力を信用していない」ことは明らかです。主に「高齢者組織票の権化」である増田寛也氏が「若い世代の1票の力」を力説する様は滑稽であるだけでなく、この国の政治家の誠実さについて深い絶望を感じざるを得ません。「東京都知事選挙」で若者は怒りを表現するべきだ そもそも高齢者組織票の集団である都議会自民党がいい加減な候補者選定を行ったことが原因で、若者を含めた東京都内の有権者は自分の時間を使って何度も東京都都知事選挙に投票させられているわけです。 4年間の任期も務められないオジサンたちを半強制的に選ばされ続けてきた若い世代のことをチラッとでも考えたことがあるのでしょうか。都議会自民党は大人として責任を感じる神経があるなら、本来であれば今回の東京都知事選挙に候補者を推薦することは控えるべきでした。 その上、高齢者組織票の代表者である人物が「行動が全く伴わない言葉」を若者に堂々と投げかけるということは「宣戦布告」という理解で良いのでしょうか?そろそろ若い世代は高齢者組織票の暴挙に対して「若い世代の1票の力」を本気で示す必要があると思います。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年7月13日分を転載)

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    「後出しジャンケン」「分裂選挙」都知事選の歴史を振り返る

    早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語THE PAGEより転載 舛添要一都知事の辞任を受けての東京都知事選挙(7月14日告示、31日投開票)は現職が立候補しないので新人同士の戦いとなります。すでに自民党の小池百合子元防衛相が立候補を表明しました(告示8日前)。事前に自民党の東京都支部連合会(都連)へ何のあいさつもなかった上に立候補の記者会見で都連への敵意をむき出しにしています。都連は元総務相の増田寛也氏(前岩手県知事)に出馬要請し、参院選投開票日の10日に出馬宣言。保守分裂が確実となりました。 対する都議会野党はジャーナリストの鳥越俊太郎氏を統一候補にすると決め、12日(告示2日前)に発表しました。前回知事選では次点ながら約98万票を獲得し、今回も立候補を表明していた弁護士の宇都宮健児氏は、告示直前の13日夜になって出馬を撤回。野党候補の一本化がギリギリの段階で成立しました。 いずれにせよ小池氏の「後出し」ならぬ「先出し」で各陣営は大混乱。これまで最も短かった猪瀬直樹氏の「告示8日前」を大きく塗り替える「2日前」となってしまいました。周到な計算をした上での「後出し」ではないだけに今回ばかりは必ずしも有利とはいえなさそうです。【図表】予算13兆円、職員16万人……東京都知事の権力と影響力「後出しジャンケン」元祖は青島幸男氏 「先手必勝」という言葉があるように、本来「戦」とは早く名乗りを上げて準備万端整えた方が有利なはず。ところが東京都知事選で新顔が激突した過去4回をみると、最後に出馬表明した候補が勝利しています。次第に「後出しジャンケンが強い」という神話めいたジンクスとなり、今回の都知事選でも告示間際まで各陣営がかたずをのんで他陣営の様子をうかがっていました。 「後出しジャンケン」の元祖は、1995年知事選で勝った青島幸男氏です。当時、官僚トップの内閣官房副長官(事務)を長く務め、主要政党相乗りで推薦・支持した石原信雄氏が最有力とみられていました。元出雲市の「アイデア市長」で知られていた岩國哲人氏も手を挙げていました。 それを見越した青島氏は、告示13日前に突如「無党派」を旗印に立候補します。タレント、俳優、直木賞受賞作家、参議院議員など才気煥発で知名度は抜群。特に参院議員時代から実施していた「選挙活動をしない」という戦法も功を奏したようです。衆院選で応援に駆け付けた青島幸男=1983年12月、新潟県三条市民センター ただ青島氏の当選は一般にはなじみの薄い石原氏が内閣官房副長官としての仕事が残っていて彼もまた告示16日前に立候補表明せざるを得なかったという、ラッキーな一面もありました。 青島都政が1期で終わった99年の知事選は石原慎太郎氏が告示の15日前に立候補を表明して勝利しました。 石原氏は芥川賞作家で、俳優の故石原裕次郎さんの兄。自民党衆院議員を長く勤めて大臣も歴任しています。ただ1995年の衆院本会議で勤続25年表彰を受けた際の謝辞で、議員辞職を表明しました。所属する自民党を含めて「すべての政党」は「最も利己的で卑しい保身」に走っていると痛罵し、記者会見でも「何もしない政党には、とてもいる気がしない」と話していました。したがって出馬は驚きを持って受け止められ、既成政党批判の受け皿にもなって勝利を収めています。 その石原知事が4期目の途中で辞めたために2012年に都知事選が行われました。石原知事は猪瀬直樹副知事を後継に指名しており、自民・公明と石原氏が代表を務める日本維新の会から支持・支援を受けました。政権末期で勢いがなく衆院総選挙と重なった民主党は、独自候補を立てる余力がなく告示日8日前に立候補を表明した猪瀬氏が圧勝しました。 猪瀬氏は作家で小泉純一郎政権下の2002年「道路関係四公団民営化推進委員会委員」となり旺盛な取材力とマスコミへの露出で知名度も高い候補でした。 猪瀬知事が「政治とカネ」問題で辞職して行われた14年の都知事選は「原発ゼロ」が話題となりました。前年から共産党と社民党などが推薦する宇都宮健児氏に加えて、細川護煕元首相が小泉元首相の全面支援を受けて「原発ゼロ」を訴えます。 舛添要一氏が出馬表明したのは細川氏と同日(告示7日前)なので明白な「後出しジャンケン」ではありません。結果は「原発ゼロ」票が宇都宮氏と細川氏に二分され自公の支援を受けた舛添氏が快勝します。 舛添氏は国際政治学者。討論番組からバラエティーまで幅広いテレビでの活躍があり参議院議員にもなり厚生労働大臣も務めました。2009年の産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査で「今、日本の首相に一番ふさわしい政治家は」という質問への回答でトップになったことも。ただ自民党が同年の総選挙で民主党に大敗した翌年に自民党を離党し、除名処分となっています。「保守分裂」は1991年と1999年の過去2回 今回の選挙の特長に「保守分裂」が上げられます。過去2回ありました。 1度目は自民・公明・民社の推薦を受け安定した都政を運営した鈴木俊一都知事の4選目で1991年。自民党本部がNHKの元ニュースキャスターの磯村尚徳氏を推薦して「鈴木降ろし」にかかったのに自民党都連などが敢然と反旗を翻して支援し、保守分裂選挙に突入しました。結果は鈴木氏勝利。小沢一郎自民党幹事長が辞任する事態にまで発展しました。 2度目は99年です。新人同士の争いとなり自民党本部と公明党が国際連合や外務省での経験豊富な明石康氏を推薦しました。自民党出身者はこの時点柿沢弘治氏が出馬表明をしていて都連の一部が支援、さらに舛添要一氏にも分散して保守大分裂の様相に加えて、野党民主党も鳩山邦夫候補を推してきました。様子をうかがっていたこれまた保守系の石原慎太郎氏が「後出しジャンケン」で制覇したのは先ほど述べた通りです。 このようにみていくと単に「後出しジャンケン」だから強いというよりも候補者の知名度が抜群で、かつ文化人らしさが「首都の顔」として受けがいいと分かります。 青島、石原、猪瀬の各氏はいずれも作家出身で、青島氏と石原氏は国会議員の、猪瀬氏には副知事の経験がありました。舛添氏も前述のようにテレビ番組で幅広く顔が売れてた上に国会議員や大臣も務めています。 今回の都知事選候補もニュースキャスター出身の小池氏は「知名度と文化人らしさ」を持っています。増田氏は経歴こそ「元知事・元総務大臣」ですがメディアの露出も多いので満たしているともいえましょう。野党4党幹部らと団結する鳥越俊太郎氏(中央)。左から社民党・又市征治幹事長、民進党・枝野幸男幹事長、鳥越氏、共産党・小池晃書記局長、生活の党・川島智太郎事務総長=7月12日、衆議院第二議員会館 鳥越氏は毎日新聞記者出身。テレビ朝日『ザ・スクープ』のメーンキャスターや同局の『スーパーモーニング』などの出演で幅広い知名度があります。 反対に、当選が有望視されていた95年の石原信雄氏や99年の明石康氏は行政官畑での経歴は立派でも一般的な知名度がそれほどなく、巨大な有権者と浮動票を抱えて1人を選ぶ選挙としては、国内最多の有権者を抱える都知事選では厳しい結果となったという分析もできます。 3期務めた美濃部亮吉知事の場合、当時の「保守か革新か」の構図で革新側から登場した人物でした。イデオロギー(主義主張)的な争いであったのが第一としても、美濃部氏はテレビ番組に出演して知名度が高かったという要因も見逃せません。次の鈴木俊一知事は内務官僚出身で、自治事務次官を務めた他の道府県知事によくある「内務・自治官僚」出身でした。ただ彼が初当選する際の争点は財政再建だったので、行政官出身の方が安心できるという側面があったようです。 知名度と文化人らしさを求める有権者の背景には、東京都に「これが争点だ」というほどの問題がないというのもありそうです。 自治体独自の収入(税収など)を運営に必要な経費(出ていくカネ)で割った数値を財政力指数といいます。ちょうど「1」が出と入りがピタリ一致する状態で、近づくほど余裕があり、遠ざかるほど厳しい。1を割り込んだ分は地方交付税で賄います。この税は国税の一定割合を運営が厳しい自治体ほど手厚く配分するのが原則です。単年度で約15兆円ほど。使い方は限定されません。この地方交付税を受け取っていない唯一の都道府県が東京都。「不交付団体」と呼ばれています。大企業の本社が密集し、地価が高く、人口も多いためカナダの国家予算に匹敵する財政規模を誇っています。言いなりにならない「一言居士」 都議会では戦後、自公が多数派です。多くの道府県では多数派と一体となって政治を行う知事が多いなか、歴代の知事はハイハイと操られるような者ではない「一言居士」が目立ちます。 多数派と異なった出身である美濃部、青島氏はもちろん、他の多数派と折り合っている風な知事も決して都議会の言いなりにはなりません。 自民党本部推薦の候補を破って初当選した石原慎太郎氏は「国政でできないことを都政でやる」と独自カラーを前面に押し出して3選まで自民党の推薦も受けずに勝ち切りました。その後継となった猪瀬直樹氏も副知事時代から参議院議員宿舎建設反対、東京電力改革、東京メトロと都営地下鉄の一元化など次々とぶち上げ、選挙でもやはり自民党の推薦はもらわず勝ちました。2013年の都議会議員選挙では「都議会のドン」内田茂都議(千代田区)の対立候補へ「私も応援しています」とのメッセージと顔写真を寄せてポスターに掲載されました。舛添要一氏も元々自民党を除名された過去があり、議会でも海外主張の多さや新国立競技場への対応などで自民党とぶつかっていました。 一番上手く運営していた鈴木俊一氏でさえ、前述のように4選目では自民党本部を敵に回して戦った過去があります。 こうした観点で今回の候補者を探っていくと、小池氏は自民党都連にケンカをふっかけての立候補で、公約に掲げた「都議会冒頭解散」は「冒頭に不信決議してみろ」と同じ意味なので、「一言居士」どころか初めから全面戦争です。増田氏も大臣時代に「地方法人特別税等に関する暫定措置法」をまとめて都議会から「東京都から税を召し上げる」と激しい反発を買いました。「極点社会」への言及など東京都の拡大に反対してきた年来の主張を知事として政策化すれば議会との激突は必至です。鳥越氏は都議会与党を最初から敵に回すので緊張する上、これまでの言動から考えて一転していいなりになるとも思えません。 つまり議会がコントロールできない「一言居士」の資格(?)は図らずも皆持ち合わせています。ばんどう・たろう 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】

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    バカ騒ぎの都知事候補選び 「泡沫候補」を決めつけるメディアの愚

     神田敏晶(ITジャーナリスト) 参議院選挙が終わり、都内1.4万ヶ所での選挙ポスター板が変わる。たった1人の都知事を選ぶために、また50億円(4850万ドル)かけた選挙が始まる。東京都内では、参議院選挙のポスター板を撤去して、東京都知事選挙のポスター板となった。使いまわしできなかったのだろうか? 2016年7月12日火曜日、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が、参議院選挙の国政の結果を受け、急遽、都政の都知事選挙に出馬するという。出馬の決意は、昨日決めたそうだ。まず、参院選の選挙結果の改憲が多数という理由で出馬という時点で視点が都民の為となっていない。日本記者クラブで握手を交わす(左から)宇都宮健児氏、小池百合子氏、鳥越俊太郎氏、増田寛也氏=13日 野党統一推薦予定の古賀茂明さんと協議するつもりが、急遽、今日になって鳥越さんと協議となった、宇都宮候補。民進党は、古賀さんよりも、鳥越さんのほうが勝てる候補と見込んでの、急遽戦略の変更だった。なんとドライな判断なんだ。古賀さんも積極的に鳥越さんを支援するとのオトナな対応をおこなった。 民進党は、宇都宮氏が、「小池百合子化」することを懸念しながらも宇都宮候補への辞退要請。しかし、3度にもわたり、都知事選挙で戦い。98万票を獲得してきた次点候補としての実績のある宇都宮氏。おいそれとは引き下がれないのだ。しかも2日後には公示日だ。とんだドタバタ劇に巻き込まれる。 できるものならば、すんなりと宇都宮さんに辞退をのんでほしいと思うが、じっくりと準備を進めてきている宇都宮さんも、昨日突然、決めたばかりの候補といきなり交代という訳にもいかない。そう、選挙は支援してくれる組織もあり、母体もあるので、候補者といえども一存で決められない。 もしも、筆者が野党統一の幹部ならば、宇都宮さんにもメリットのある辞退方法を提示するしかないと思う。それは、鳥越さんを補佐する副知事として、鳥越さんと一緒に選挙を戦ってもらえないかという要請なのではないだろうか?それであれば、宇都宮さんの政策としての立場や組織は報われる。宇都宮さんのメンツも一応は保てる。候補者を正しく伝えないテレビ しかし、たったの一日でそんな即席で都知事コンビを作られても東京都民は困る。党が推薦するということは、全責任を持って推薦してもらわないと困るのだ。とりあえず勝てないとことには、はじまらないと考えているとしか思えない。 現在の党の判断は、勝てる候補なら誰でも擁立したいというのが本音だろう。しかし、この根本的な発想がとてもおかしい。都知事にふさわしい候補を勝てせてこそ、党の擁立し、推薦する候補でなければならないのだ。誰が為の政党なのだろうか? 都民の為に動いているとはとても思えない。今いちど、自党の政策は都民の為のものになっているかを自問自答していただきたい。 TBSのNスタでは、さっそく都知事注目の4人がスタジオ生出演と題した対談をおこなった。鳥越候補も含まれている。この対談の中で、宇都宮候補は、告示日までに出馬の意向を仲間と相談すると発言した。この時点で、報道されるべき候補者といえるのかどうかが怪しくなっている。 テレビで、注目や主要とかのラベルづけで告示日前から、他の候補と差をつけるのはかなりの問題があると考えている。泡沫候補を決めるのはメディアではなく有権者だと思う。都政について政策を自由に語ってもらい、有権者がその発言から判断すればよいのだ。都知事選の公開討論会で、騒ぎ始めた客席のマック赤坂氏=12日、東京都港区 メディア側で、討論会を開くのであれば、供託金300万円(2万9100ドル)を支払い、選挙管理委員会から許可をえた候補者はきわめて平等に公平に扱うべきだ。それでないと、メディアそのものが、一部の候補者の利益供与に繋がる電波の寄付行為で、公職選挙法違反ではないだろうか? そもそも、選挙報道は、有権者が候補者を決めるための情報提供であり、メディアはできるかぎりすべての候補者の情報を正しく伝える義務がある。視聴率を稼げるワイドショーではなく、選挙としての報道は、バラエティと一線を画すべきだ。そして、都知事を決めるのも政党ではない。政党の推薦された候補だけを本当に選んで、都政は本当に改善されるのだろうか? 本当に都知事になってもらいたい人かどうかを、推薦やメディアに左右することなく自分の意思で選んでいただきたいと思う。(「KandaNewsNetwork」より 2016年7月12日分を転載)

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    米大統領より大きいと言われる都知事の権限 休みは自由

     「年収で2900万円。6月末に支払われる予定のボーナスは381万3992円です。ただし給与の返上は選挙区内では禁じられる“寄付”にあたるとされ、都知事が望んでも条例を改正しないかぎりは返上もできません。また4年の任期をまっとうすると支払われる退職金は約3600万円です」(石川さん)石原慎太郎氏 騒動の発端は、毎週金曜日、午後2時の会見後に退庁し、別荘のある神奈川・湯河原へ、公用車で通っていたことが報じられたことだった。そういえば石原氏も、作家活動があったことなどから、週に2、3日しか登庁していなかったなどと批判されていたが…。 「選挙を通じて選ばれた都知事は、“特別職”と呼ばれる特殊な公務員です。国の政治家や財界人と公式・非公式に面会したり、都内各地の行事へ出席する仕事も多い。このため一般職の公務員が勤務時間や有給休暇に内規による定めがあるのに対し、特別職にはありません」(石川さん) その日、その日のスケジュールによって登庁・退庁。残業時間など労働基準法なども適用されないため、年間の休日日数なども決まっていない。つまり自分の心ひとつで自由に休むことができる権限を持っているわけだ。 「盆暮れ正月も、知事自らの判断で休暇を取ります。プライベートで海外旅行に行くことも不可能ではないでしょうが、危機管理上、任地を離れることは批判を招くこともあります」(石川さん)関連記事■ 都知事は戦後わずか6人 都知事の権力や仕事を分析した本■ 猪瀬直樹氏が苦労を共にした夫婦の歴史や5000万円問題語る本■ 猪瀬知事 壇蜜に一緒に飲みたい願望告げるも軽くかわされる■ 都知事選脱原発争点化を批判の読売 東京都の尖閣購入は高評価■ 小泉純一郎氏 11月の福島県知事選に進次郎担ぎ出すプランも

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    5年間で都知事選の支出は170億円 あらためて一票を投じる意味

    日に向けて、立候補表明が相次ぐ「東京都知事選」。今回も舛添要一前知事が、わずか1年半で辞任し、急きょ選挙経費として約48億円の補正予算が組まれることになりました。これは1年半前に行われた前選挙の補正予算より、約1億円少ない見積もりとなっています(ちなみに2016年の一般会計は7兆110億円)。 都知事選は2011(平成23)年からわずか5年間で4回も実施されることになり、既に過去3回の選挙戦にかかった費用は計126億円を超えました。東京都選挙管理委員会も「参院選と選挙準備期間が重なったことで、少しでも抑えられるところを工夫したい」と、やりくりに頭を悩ませています。有権者一人当たり446円の負担2011年からの都知事選にかかった経費と今回の選挙予算 都は7月1日、同31日に投開票される都知事選と都議補選(4区・4人)の経費として、一般会計補正予算49億7800万円を、地方自治法に基き、副知事が専決処分した、と発表しました。このうち都知事選は、47億9600万円の予算をみています。有権者数は1115万人と見込まれ、有権者一人当たりに換算した知事選負担額はおよそ446円になります。 この予算額は、前回2014(同26)年の際に組まれた補正予算49億900万円より、約1億1300万円少なくなっています。都選管は「より現実ベースの数字に近づけた」と説明。例えば、前回は候補者数を25人と見込んでいましたが、今回は過去最高だった前選挙の立候補者数と同じ16人としました。 また、参院選すぐ後ということで、区市町村の集計結果速報まとめに使うパソコンリース代など、選挙のための環境設定にかかる費用が少し抑えられることも、前選挙より控えめに予算をたてた理由になっている、といいます。ただ「選挙経費の半数以上は、区市町村への委託費。自治体によって必要な経費は異なり、計上される額がどのようになるか、赤字にならないよう試算しなければならない」と説明します。前回選挙は46億円支出  では、過去の都知事選で、実際にかかった費用はどのくらいだったのでしょうか。 5年前の2011年4月まで都知事選は、統一地方選に併せて実施されてきました。その際、42億1360万4000円かかりました。しかし、石原慎太郎元都知事が第46回衆議院選挙出馬のために辞任します。翌2012年12月に初めて、任期満了を待たず、都知事選が実施されました。このときの費用は38億4636万8000円。「国の衆院選と同時に執行できたことで、費用が抑えられたところがあった」(都選管)ためです。画像はイメージです この選挙で当選したのは、猪瀬直樹元知事でした。猪瀬元都知事は、医療法人徳洲会からの金銭受領問題で、わずか1年余りで辞任。このため行われた昨年2月の前回知事選では、今回同様、予定外の選挙で費用がかさむことから、49億900万円の補正予算が組まれ、実際には46億1393万5000円かかりました。 過去3回の選挙で、126億7390万7000円を費やした東京都知事選。前回の選挙は、前年度の一般会計繰越金が充てられましたが、今回選挙の予算は、都財務局によると決算調整が終了していない時期のため、都の財政調整基金(前年度末残高6215億円)から繰り入れることになるそうです。 今回実際に使用される額が、前選挙並みの45億円前後と想定しても、この5年間で、都民は知事選だけに170億円を超す税金を費やしたことになります。これは、都の芸術文化振興基金88億円(本年度末見込み残高)の2倍近くになり、あらためて一票を投じることの意味を考えることになりそうです。

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    小池百合子氏がゴルフコンペや事務所経費問題に猛反論

    ており、国から補助金や給付金を受けた企業の献金を禁じた政治資金規正法や、国の事業を受注した企業からの選挙のための寄付を禁じた公選法などに抵触するのではないかという問題。■金券ショップに多額の支払い 2012年の総選挙前に金券ショップに「郵送代」として約57万円を支払っている。「何を買ったのか。もし、商品券などを選挙で配っていれば違反」(都連関係者)という。■「花代」問題 2014年には「花代」として1年間に約97万円を支出。これも、選挙区内の後援者の葬儀などに花輪を送っていれば公選法に抵触する可能性がある。「政治資金の公私混同は一切ない」と小池氏 渦中の小池氏にぶつけた。「政治資金の公私混同は一切ありません。収支報告書の記載の中に私の目が行きとどかないミスや記載漏れがあるかもしれないが、ご指摘いただけばキチンと改めます。しかし、ためにする批判、悪意に満ちたネガティブキャンペーンには負けません」 そう猛然と反論した。個別の問題についてはかわって小池事務所の会計責任者が答えた。まず金券ショップ、花代、事務所家賃、電通献金の説明はこうだ。「金券ショップで購入したのは切手で、大量に買いすぎたために翌年や翌々年はほとんど切手代はかからなかった。領収証も『切手代』となっている。金券を配ったなんて論外です。花代は同僚の先生方への大臣就任祝いや以前の選挙区だった兵庫の後援者の葬儀への献花などで、現在の選挙区内には出していない。 家賃は小池が会見で説明したとおり、『空き室だから家賃を下げるので借りてくれ』と言われて借りた通常の取引。電通の献金は選挙の寄付ではないし、補助金企業ではないから法的には問題ないと考えている。いずれも疑惑といわれるのは心外で、牽強付会すぎるでしょう」 政治資金パーティはどうなのか。「経費がかかりすぎているのは事実で、他の議員に較べるとパーティ下手ということになるのでしょうが、出席者をおもてなしすぎだと批判されるとは思いませんでした。ただ、Ysフォーラムの事業はその他の事業として報告すべきものですが、収支が他の費目と一緒になっていました。その点を改めて、すでに政治資金収支報告書の修正を致しました」 こうした小池氏側の反論に対しても、自民党内の「小池阻止」の動きは止まらない。「こちらには組織力がある。利権だの解散だの、あんな言い方でケンカを売られた以上、小池を絶対勝たせるわけにはいかない」。都議団幹部は青筋を立てている。7月31日の投開票日まで、さらなる爆弾が飛び交いそうだ。関連記事■ 原口一博、江田憲司、前原誠司らにも収支報告書のトラブル■ 川崎二郎元厚労相に脱法パーティー券疑惑 週刊ポストが報道■ 小渕優子氏 パーティでQUOカード配布は公選法違反の可能性■ 西川農水相 「親族企業から物品購入」の政治資金私物化疑惑■ 小沢一郎夫人名義の複数の家屋に政治団体から賃料収入あった

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    「帰ってきた連合赤軍」SEALDsはサヨクの足を引っ張る疫病神

    彼らは今回の参院選においても当然、自民党への対決姿勢を鮮明にしている。しかしこれまでこの過激派組織が選挙で応援してきたサヨク政治家・政党はことごとく敗北を喫してきたわけであり、その無能さはむしろサヨクの足を引っ張る「疫病神」とさえ言える。 ヒトラーの弁舌の才は、エンターテイナーとしての才でもある。大衆は、ユダヤ人に対する罵詈雑言を「楽しむ」ために彼が演説を行う集会に足を運んだ。ナチス政権下の1936年に開催されたベルリンオリンピックは、あからさまな政治利用のエンターテイメントとして緻密に計画され、ヒトラーの威信を高めた。「帰ってきたヒトラー」でも、現代に蘇った元独裁者その才能を遺憾なく発揮し大衆の心を鷲掴みにする。 一方のSEALDsも、ヒトラーの猿真似をすることには日々余念がない。「無党派の若者のデモ」を偽装しつつその実共産党や各種組合のご老人や外国製力がのぼりや旗を掲げて行進する。ナチスの暴力組織突撃隊と見紛う「しばき隊」は書店に押しかけ「焚書」を強要するだけでなく、最近もまた連合赤軍の再来のようなリンチ事件を起こしている。そんな凶暴な連中とさえともに酒を酌み交わし、「安倍は人間じゃねえ!たたっ斬る!」と公言して来たのがSEALDsだ。無能さを暴露したフジロック出演問題 それで大衆の支持を得られているのであれば、それも良かろう。しかし前述の通り、SEALDsが応援する陣営が選挙勝利した試しはない。そんなSEALDsが、またもやヒトラーの足元にも及ばぬその無能さを暴露してしまったのがこのフジロック出演問題だ。フジロック「SEALDs奥田愛基」出演 「政治持ち込むな」vs「そもそも政治フェス」の批判合戦http://www.j-cast.com/2016/06/20270164.html?p=all 毎年恒例の音楽イベント「FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)」にSEALDsの奥田愛基氏が出演することが発覚し、批判が集まっている。 いやいや、批判が集まろうがなんだろうが、SEALDsをはじめサヨク勢力に対する大衆の支持がより集まるのであれば出演もよかろう。しかし各界からの反応を見ても、常識で考えても、到底そうは思えない。むしろこれまで通り、大衆の支持をより失う「疫病神」エンディングになりそうだ。 まず、サヨク連中による「言い訳」が稚拙すぎ、その卑劣さや欺瞞性が大衆の反感を買うことにしかなっていないように見える。彼らの言い訳で多いのが、「音楽に政治を持ち込んで何が悪い!」というものだ。例えば、コラムニストの小田嶋隆はツイッターでこう主張している。安全保障関連法の施行が迫る中、国会前で抗議活動をするSEALDsメンバーら=3月28日 「音楽に政治を持ち込むな」と主張している人たちは、あらゆる人間の営為(恋愛、友情、祈り、嘆き、感謝、生活、歓喜、憎悪、怒り、皮肉、政治、旅などなど)を包摂する芸術である音楽から、特定の要素だけを排除できると考えている点でアタマがおかしいと思うんだが。 「アタマがおかしい」のは小田嶋なのか批判者なのかは置いておくとしても、そもそも批判者の多くは、「音楽に政治を持ち込むな」などと言っているわけではない。オウム真理教が名前を隠してヨガセミナーを催し信者を増やしてきた詐欺的手法そのまんまに、ただの音楽の祭典を装いつつ、国会前で殺人宣言をして憚らない、ミュージシャンでも何でもないサヨク組織を招いて信者を獲得しようとすることが批判されているのである。大体、ヒトラーナチスの演説や集会と比べて、フジロックにSEALDsが出たら「楽しい」などと思ってくれる者がどれだけいるのであろうか。 いや、百歩譲って、それで大衆の支持を得られ、参院選で勝利できるのであればそれもよかろう。しかし現状を見る限り、SEALDsの出演に賛成し声援を送っているのは、小田嶋をはじめとして、旧来からSEALDsのサポーターのような連中ばかりで、「新規」に支持を表明する者など一向に現れない。また小田嶋の「アタマがおかしい」というサヨク連中に典型的な異論を見下す物言いに感動して新たに支持者が増えるとも思えない。少なくともヒトラーは、心の中や著書において大衆を蔑視することはあっても、それをサヨクほどあからさまに公言することはなかった。 そうやって大衆を「芸術をわからぬ連中」と見下し「反知性主義」だのとレッテルを貼るだけで悦に入るような思い上がった連中だからこそ大衆の反感を買いいつまでも負け続けるわけであるが、アメリカのトランプ旋風のようなことが日本で起きたとしても、ヒトラーの猿真似さえまともにやれぬ無能なサヨクどもがそれに気付くことは永遠にあるまい。 彼ら無能なサヨクどもが早いとこ自省し、与党に対抗できるまともな野党勢力を結成することを切に望むが、残念ながらその可能性は、ヒトラーが現代にタイムスリップする確率よりも低そうだ。

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    SEALDsの熱狂がイマイチだった理由

    「打倒安倍政権」を旗印に結成された学生団体「SEALDs(シールズ)」の熱狂とは何だったのか。野党共闘に一定の影響力を示し、政治の舞台で存在感を発揮したことは間違いない。ただ、参院選は自民党の圧勝に終わり、シールズは解散する。彼らの活動が「限界」に終わった理由を読み解く。

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    運動するほど浮いてしまう「エリートな若者」SEALDsの限界

    バーの奥田愛基氏(中央)ら=2015年9月15日、東京都千代田区(中村昌史撮影) たとえ18歳以上に選挙権が与えられても、一学年120万人×2学年の240万人に過ぎず、団塊世代一学年よりも少ないという有様だ。若者は「弱者」というよりは「少数派」なのだ。シールズがいくら大きな声で主張しても、学年人口では団塊世代の半分に過ぎない。 だからこそ、「いちご白書」のような学生闘争も、若者の間では共感を呼ぶかもしれないが、社会的には影響力が低いものになる。言い換えると、「シールズ的熱狂」は、若者の間では内輪ウケし、基本リベラルが多いメディアには大きく取り上げられるかもしれないが、それはマニアックな熱狂にしかならない。いちご白書は「白書」にはならず、単なる「世代内アンケート」にとどまる、これが今の「若者の声」のあり方だ。「意識高い系」「意識高い系」 次に「意識高い系」。反安保運動を象徴するシールズに対する微妙な感情は、「意識高い系」という皮肉な言葉が集約している。 シールズは、従来の市民運動とは異なり、そのブランディング手法やファッション戦術等、これまでのコテコテな日本の市民運動とは明らかに一線を画していた。その「画し方」は、ある意味爽快なほどこれまでとは異なっていたのだが、その表象に伴う独特な印象は、ルサンチマン(怨恨)とも言っていい、歪んだ感情を伴うことになった。段ボールのInstagramのフレームで若者の投票を呼びかけ、ポーズする奥田愛基さん(右) それは「ぼっちゃん嬢ちゃんのあそび」とか、「偏差値二流大学のあがき」とか、ネットなどで読んでみて気持ちいいものではなかったが、シールズに対する独特な憧れと反発はあったように思える。その歪んだ精神が、シールズを「意識高い系」として位置づけてしまう動きにつながっていったと思う。 では、意識高い系の人とはどういった存在なのか。以下のような人々と、シールズ的「エリート」は若干重なる。 まず意識高い系は「無邪気」である。無邪気に、「困った人々」や「弱い人々」を支えたがる。でも、困った人や弱い人は、実は彼らが思うほど困ってもいないし、弱くもない。いや、客観的には貧困や児童虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)等で困ってはいるが、意識高い系の人々が思うほど直線的に困ってはいない。 そのお困り感を何かに転移しているし、誰かのせいにしている。とても複雑で非常に人間的な葛藤があるのだが、その複雑さは意識高い系の人々には、残念ながらうまく伝わらない。 また、意識高い系の人々は、実は社会問題そのものをあまり知らなかったりする。たとえば、貧困問題や児童虐待の問題の奥深くに存在する、「人間ならではのどうしようもない問題」について、それほど考察を深めていなかったりもする。だが、「闇」をリアルに知らないに越したことはないので、闇を知っている人たちはそんなにうるさいことは言わない。その代わりに、「意識高い系」という皮肉な言葉を使う。 また、「闇」をリアルに知らなくても、あまりにストレートな社会貢献系の「善」の言説に対して違和感を覚える人々は、これらストレートで無邪気な社会貢献の言葉たちに対して斜に構え、独特な位置づけをする。それが「意識高い系」という言葉につながったのだと思う。ミドルクラスの若者ミドルクラスの若者  僕は、主として有名私立大学生で構成されたシールズのみなさんに代表される政治的な若者の動きには、社会分析という点から常に関心がある。若者としても関心あるし、それが有名私立大学という、ミドルクラス(中流階層)以上でないとなかなか入学しにくい大学の出身という点でも関心がある。 ただ基本的には、若者の声が現在の政治に反映されることを歓迎する。シールズを中心として、若者たちは盛り上がっている。記者会見する「SEALDs」の奥田愛基さん(左)ら=2016年8月16日、東京・永田町の衆院第2議員会館(斎藤良雄撮影) ここでシールズの若者たちが補強する文化的武器は、アートであり音楽だろう。アートのことは僕はよくわからないが、端から見てもそれなりにかっこいい。 渋谷は数万人の若者の群衆で埋め尽くされ、フジロック・フェスティバルも苗場の山の中に何万人もの若者を集める。 このように「顕在化」できる、オモテに現れることのできる若者は、シールズのようなミドルクラスの若者か、年に1回のフジロックを楽しみにしてバイトに励む下流階層の若者のいずれかだろう。シールズの「限界」シールズの「限界」 つまり、シールズの若者は自らが意図せずに、いつの間にか「エリート」になってしまった。むろん、シールズとしては大衆運動として自らのムーブメントを拡大したいが、その運動を推進すればするほど、その「エリート」性が浮かび上がり、他の世代や他の経済階層からも浮いてしまう。 それを打破するためには、多様な音楽やアートなどの「文化資本」を導入し、下流階層の若者も熱狂の中に巻き込んでいくことが必要だと思う。シールズが運動で活用したラップ調の主張も、典型的な文化資本の導入だったといえる。言うなれば、シールズの若者は有名私大に属する「ミドルクラス」であり、それをアートや音楽といった文化資本で活動を支えていたのである。 だが、わが国には彼らよりも「下流」の階層の方が多いという現実もある。非正規雇用の割合は全労働者の4割を超えており、その多くは若者である。こうした下流階層の若者の多くは生活に困窮し、知識や習慣、趣味に至るまで「貧困」になるから、とかく政治や選挙といったものを「別世界」だと捉えがちである。 だからといって、恵まれた出身階層を批判しているのではない。下流階層にいる若者にとって、シールズの活動は、一部の若者による政治主張の閉じ込めに過ぎず、活動自体が空虚なモノに映ったのかもしれない。 結果として、シールズの熱狂は、下流階層の若者に響かなかった。ここにシールズの「限界」があったのだと僕は思う。

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    SEALDsに群がるトンチンカンな人々

    もあったわけです。まあアレはご本人は政治的なものでないとおっしゃられて火消しされてましたけれどもね。選挙への参加を呼び掛ける曲を録音中の佐藤タイジさん(右から2人目)、奥田愛基さん(同3人目)ら=6月、東京都渋谷区SEALDsに群がるトンチンカンな人達 さて、おそらく、これが反原発だったり反差別の団体だったら、まあまたいつものアレだよね・・・的に特に指摘されることはなかっただろうと思います。 問題はそのアクター(?)がSEALDsという、安保法制反対で名をあげてメディアに持ち上げられた学生グループだったからというのが大きいのでないのかと思わざるをえないわけです。 ひとつは、ホントにロックは政治抜きで語れると思っていた歌詞抜きでふんふん鼻歌していた「オーディエンス」の方もいらっしゃるでしょう。まあこの人達はとりあえずいいとしましょう。よくないですけど。 さらにもうひとつは、やはり嫉妬めいたものがあるんじゃないですかね。または彼らの政治的な主張に嫌悪する人。 自分も昨年の椎名林檎に関しては、まあ気分はよろしくはないクチなわけです。だから、まだこれは気持ちはわかる。しかし、それならば行かなきゃいいだけじゃねーの?としか言いようがない。それでも嫌だったら、おまえらの主張には賛同できないとブーイングでもしに行けばよい。そのほうがよっぽどロック的じゃないですかね。 このSEALDsというのは、まあなんというか、こういう嫉妬やら生理的な嫌悪みたいなものを一心に集めていて、これがなんともはやある意味壮観なわけです。 そのSEALDsの奥田愛基という人が出した自伝を読んだわけですけど、やっぱりそういう話はあるわけで、呑み屋か何かで隣り合わせたおっさんが、あのSEALDsとかいう連中の言っていることはうんたらかんたらと説教めいた絡まれ方されたらしいんですよ。で、その張本人ですと告げたらびっくりして逃げていった・・・みたいな話とか。 ようは、おっさんども、なんか言ってやりたくて仕方ないわけです。そうして、この団体のまわりには、本当に多数の連中があーでもないこーでもないとやっている。そして、それがまた的を得た話ならともかく、もうどうにもこうにも適当な話が多いわけですよ。SEALDsは戦後民主主義信奉の優等生 SEALDsがおすすめする「選書」とかあるわけですが、ちょうど先ほども、それが「新左翼的」とか「ポストモダン」だとか言って批判している人がいたりして、思わずtwitterで突っ込んでしまったわけです。うーん、「新左翼」「ポストモダン」・・・。それでSEALDs批判・・・。 いや、この選書には竹内好とか新左翼の一部に強い影響を与えた人の本とかありますし、著者が元新左翼というだけなら何人かいるわけです。けど、もう明らかに新左翼とは対極にある選書のラインナップなわけですよ。というか、一番上に『丸山眞男セレクション』がある時点でいわば「新左翼おことわり」と宣言しているようなもんなんですよ(笑) かつても触れましたが、SEALDsの公式見解をつらつらと読んだりすると、もうこれ以上ないくらいに戦後民主主義信奉の優等生すぎるくらいの優等生で、そういう意味では「保守」といえるくらいなわけですよ。 ところが新左翼というのは、その戦後民主主義なんかクソくらえ!というのが基本の「キ」なんです。丸山眞男は新左翼の学生にさんざん小馬鹿にされ、研究室を蹂躙されて、その学生に「こんなことはナチスでもやらなかった」と言って、またこのブルジョアインテリのおっさん邪魔くせ、とやられていたぐらいです。そんな話は以前書いたのでそちらをどうぞ。安全保障関連法施行を前に会見する奥田愛基さん(右から2人目)らSEALDsのメンバー=3月28日、国会   また「ポストモダン」というのもなんだかなーと言う話で、確かにデリダ研究者の東浩樹がはいっていたり、フーコーの研究者が入っていたりしますから、まあ見当はずれにしても、ほんのちょっとは当たっているかもしれません。しかしそれにしても・・・。 そもそもこの「ポストモダン」という言葉も日本独自な使い方です。それとほぼ同義に近い使われ方をする「構造主義者」は、1968年のフランスの学生運動(以上のものでしたが)の中で、「構造はデモにこない」などと揶揄され、その反動ともいえなくはないですが、いわゆる日本でもてはやされた「ポストモダン」のヒーローたちは、そのデリダにしてもフーコーにしても「政治転回」していっているわけです。つまり、日本で言うところの「ポストモダン」が価値相対主義とか「軽やかに逃走する」人たちを指しているのと、全く違う方向にいったわけですよね。 かつてポストモダンの日本におけるローカルヒーローであった浅田彰は、ガタリというホンモノのヒーローがやってきた時に、山谷の労働者支援などをやっていた左翼系の人達を「愚鈍な左翼」と呼んで嘲笑していたのをガタリにたしなめられたというちょっとばかり有名なエピソードがあります。確かに彼らは「愚鈍」かもしれないが、なんもやってないアンタよりはまだマシでしょ、という極めてまともな正論でした。いまや、その浅田彰もそのフォロワーだった坂本龍一なども、いまでは「愚鈍な左翼」路線なのは、各種デモやら政治的発言をしているところをみればわかるでしょう。 まあ、面倒くさい話はともかく、様々な色合いがあるかもしれませんが、おおよそ日本で流通している「ポストモダン」という用語は、日本独自な用法で、ほとんど何かを指し示す術語としては体をなしていないということだけお分かりになればよいかと。 話を戻すと、ようするにSEALDsの推薦図書リストから、そういう「新左翼」とか「ポストモダン」というのはほとんど感じられないわけで、むしろやっぱり優等生的な戦後民主主義ですね。これにそういう表現を使うところで、なんともはやなわけです。 こうして、相手はガキだと思って、ひとこと言ってやんべっかーというような人が群がっていて、トンチンカンな言いがかりをつけているわけです。ロックに政治を持ち込むな、とか。 まあ、これがネットの炎上レベルの話ならば、ともかくとして、最近は『SEALDsの真実』などという本も出ている。これもまたなんというか的外れな論考で、その理由はただひとつ、ネットの情報をつなぎあわせてコラージュした本だからなわけですね。 ネットにある興味本位やウソも混在した情報をつなぎあわせると、なんだかよくわからないモンスターがつくられることがあります。これすなわち陰謀論です。著者の田中宏和さんのブログは、自分は2000年代初頭によく読まさせていただきました。海外のしっかりとしたソースを分析していく手腕がそこにはありましたが、やはり国内のネット情報がソースだとどうにもならないですね。たぶん、この人はこの著作で全くといっていいほど関係者に取材はしてないでしょう。これが『分析と解剖』ということですからなんともはや。これでは、自分の子供ほど年の違うSEALDsの学生さん相手に、40も過ぎた男がヨタ情報で陰謀論書いているといわれてしまいますよ。あの学生さんたち、そこまでの存在じゃないですよ(笑) さらに、千葉麗子さんが書いた『さよならパヨク』という本もありました。これは本の半分以上が単なるゴシップ本なわけで、そういうのが好きでたまらない人にはいいのでしょうが、それ以上の価値がありません。ただ、まあこれは田中さんの記事と同じく、なんでそんなことを書くのか、その心情だけは理解できるので、全面的に批判するつもりにはなれないんですが。 その中で、今の官邸前で反原発運動をしている「反原連」が日本共産党に乗っ取られている、という説を流していらっしゃるようですが、まあぶっちゃけ、日本共産党の関係者の方々が多数いらっしゃるのは間違いないですよ。でも、それとは相対的に自立して行動しているのもこれまた間違いがない。 あのですね、そもそも日本共産党って、3.11まで明確な「反原発」ではなかったわけですよ。遡ると、60年代までは原発推進の立場だったわけですよ。彼らはマルキストですから、テクノロジーの進歩は全面肯定する立場が本来ですから。共産主義とは電化のことである・・・みたい名言(迷言?)をレーニンは言っていたくらいです。そして60年代以降も、即時全面禁止という立場ではなかったわけですね。 もちろん徐々に方針を変えてきたというのは確かですが、それは既存の非政治的な勢力の盛り上がりに足並みをそろえて、むしろそちらについていこうというところが正しい見方かと思います。まあとはいうものの、日本共産党の天敵である、新左翼を排除したり、まだ原水禁と微妙な距離があったり、などというところで、べったりというところまではいかなくとも、相当に影響力があるというのはそれはそれで間違いないでしょう。ただ、チバレイさんが言うように「乗っ取られている」というのはどうかなー。で、SEALDsもその流れにある、と。まあ、これは見当違いでしょう。 まあ、こんなわけで、フジロックの話しかり、SEALDs選書の話しかり、『SEALDsの真実』しかりで、まあなんというか、壮大なモンスター像が出来上がってしまっているわけですよね。いや、あの学生さんたち、そこまでの存在じゃないですよ(笑)流行語大賞で「SEALDs」がトップテン入り。表彰を受けるSEALDsのメンバー 手前は挨拶をする奥田愛基さん=2015年12月1日、東京都千代田区の帝国ホテル闘わない「闘い」は学生運動の失敗が招いた こうして知ったかぶりと陰謀論と親父の説教ぐせ(特にいわゆる往年の活動家界隈)の人達を、SEALDsはものすごい勢いで吸引していっているバキューム状態なわけです。もうね、カオスですよ、カオス。 そんなわけで、別にステマするわけでもないですが、そういう人達にオススメ・・・というか、たぶんそういう人たちにこそ読んでもらいたいという意味もあって出したと思われる奥田愛基自伝『変える』は面白かったわけです。 この本、「自伝」とは書いてないんですが、そういう本です。北九州の牧師の家で生まれ育った奥田が、その牧師の家らしいというべきか、様々な生活困窮者を受け入れてきた話。中学校の頃のイジメ体験。そこから島根の高校を選び、その学校の文化の薫陶を受ける。そして、仲間との出会いからSEALDsの創設へ。 一応書いておきますが、自分はSEALDsの政治的な主張には賛同できません。けれど、まあ二十歳かそこらの若いヤツがここまで大きなムーブメントをつくって、しかもやっていることもたいそうなオトナなところを感服しているわけです。 あなたたち、おい、おっさん。20歳かそこらの時、なにしてました?ファミコンやったりパチンコやってたり、クラブで呑んだくれてたり、ダイヤルQ2や出会い系サイトやっていたり、少年ジャンプ読んでいたり、しょうもないサークル入ってスキー行ったり、テニスしたり・・・そんな感じじゃなかったですかね。はい、自分もそんなひとりです。そうするとやっぱり彼らは立派だな、と。 僕らの若いころ、そして今でも脈々と続いているのは政治回避です。外山恒一は、その著書『青いムーブメント』の中で、新左翼運動の失敗により、「政治的な闘いに関わらないという闘い」がいわゆる日本のいわゆる「サブカル」ではないかと喝破しました。80年代は闘わないという闘いを積極的に理念にあげる時代だったということです。それは今も脈々と、「ロックに政治を持ち込むな」風な流れとして残っています。新左翼のみなさん、あなた若いのが政治を回避しているとか偉そうに説教している場合じゃないですよ。あなたたちの荒唐無稽な「世界革命」や、数百人の死者を出した内ゲバが、その原因なんですよ。 仮にそれが学生運動の時代に比較して、ぬるいものだったとしても、それはあなたたちを乗り越えようとした結果そうなったわけです。もうちょっと、なんというかケチつけるだけではなく、温かい目で見ることもできるんじゃないですかねえ。 さて、興味をもって、この政治的主張ではなく、リーダー格のひとりの「自伝」を読んだわけですが、そしてなんともいえない読後感を抱いたのでありました。3.11後のセカイ系3.11後のセカイ系 ひとつ思ったのは、この人は、まあちょっと前に流行った言葉でいうと、一種の「セカイ系」なわけですね。少なくともこの自伝ではそういう物語をつくろうとしている。  セカイ系というのは、自分の内的な世界の閉塞感を、物語だか現実だかわからないセカイに照らし合わせていこうとしている人たちのことですね。自分の理解ですが。だから、世界の出来事と自分の内的な世界が奇妙に一致してしまっている。本当はそんなことはないんです。世界はあなたと全く関係ない理屈で動いている外部なわけです。彼らは自分が苦しんでいる閉塞感から逃れんがために、世界の滅亡を希求する。または絶対的な変化を求める。それが宇宙戦争でもいいし、天変地異でもいいわけです。もちろんそんなキミのセカイのために、世界が滅亡されても関係ないオレには迷惑きわまりないわけで、そういう意味でセカイ系、ホント迷惑な連中だよな、と思っていました。だって彼らの世界の滅亡はたったひとりの自分のセカイの「革命」のためのものですから。 ところが、3.11っていうのは、実際に世界の滅亡みたいなカタストロフィが起きてしまったわけです。ローカルではありますが、確実に起きた。そうすると、セカイ系の人達は何を考えるか。 奥田自伝の中で、映画『ヒミズ』の公開にあたって、監督である園子温が語ったという言葉が引用されています。全体的に僕はこの映画に、今までの映画、僕の作り続けてきた映画とは明らかに変わっていかざるを得なかったという状況があったというこ とです。僕は非常に、人間って言うのはこんなもんだよという絶望的な姿を丸裸にするような映画を撮り続けてはいたんですけども、それだけではもうやってい けないなというのが3.11以降の自分の映画のあり方で、それをやっぱり「ヒミズ」 は自分の中の映画史、映画を作り続けてきた中で非常に転向したというか変わらざるをえなかったということです。それは1ついうと絶望していられない、へん な言い方で言うと希望に僕は負けたんです、絶望に勝ったというよりは希望に負けて希望を持たざるをえなくなった。だから簡単に言っちゃって、「愛なんてくだらねえよ」って言ってたやつがすごい人を好きになって、愛に白旗を揚げた、愛に敗北。そういう意味ではもう絶望とかはいってられなくなったなと。それは 絶望に打ち勝ったというよりは希望に負けたという。希望を持たざるをえなくなったなという。これからはただ単純に絶望感だけではやっていけないっていう、 そういうテーマです。それは誰かを励ましているわけでも、だれかをけなしているわけでもなく、そういう今、非日常を生きていく決意を新たにこの映画で刻ん でいこうという、それがテーマですから。 園子温は、その昔、「東京ガガガ」というパフォーマンス集団をやってきた人ですし、そのパフォーマンスも映画も、自分の情けなくもみじめで悲惨な境遇を、どうやって現実世界に解放していくか、ということばかりを追求してきたような人です。その手段として荒唐無稽な露悪趣味を選んだ。ところが、3.11で、そのぶつけていくべきセカイがいわば崩壊してしまった。そのときに、何をしなければならないか。これは自分が望んでいた世界の滅亡の後なのではないか。だとしたら、そこで自分は初めて何かを成し遂げることができるのではないか、と。ここで露悪趣味は終わりにせざるをえないのですね。これが彼が「敗北」と言っているものです。「転向」と言い換えてもいいでしょう。 もちろん、奥田愛基という人は、生まれ育った家庭環境からして、一種のリベラルのディシプリンをもった人だったわけです。で、それがさらに島根の山奥の自由学校みたいなところで花開く。だから、純粋なセカイ系とはちょっと違うわけです。彼には世界が視えていた。そういう違いはあるわけですが、まあ3.11後に、ノンポリだった人達や既存の政党政治枠にはめられていた人がストリートに出て何かをまじめにやりだしたというところは傾向としてあるのではないかと思うわけです。それを彼はひとつ体現しているのではないか、と。 このマジメさは、先行するアナーキズムに彩られた高円寺系のアウトノミアの人たちや、全く違った革命のための物語、すなわち唯物史観をもった人たちとも別のもので、もう優等生以上に優等生的な立ち居振る舞いや、出来損ないのスクラップの組み合わせでもいいから何かを建設するというような前向きな意志を感じさせるところではないかと思うわけです。 こういうセカイ系の物語として自伝が書かれているから、生臭いことは一切書いてませんが、それなりに面白いので、よかったらどうぞ。 そんなわけで、最後にとってつけたような「分析」があって、おまえもSEALDsに誘引されている蛾みたいなもんで、単になんか言ってやりたいだけじゃねーかもと言われればそれまでですね(笑) 自分はもう少し、この鼻っ柱が強いセカイ系の連中が織りなす3.11後の物語みたいなものを見ていこうかと思っています。私はガタリと同じく、例え愚鈍であっても何かを構築しようという人たちが趣味的に好きですので、まあそういうことになります。(清義明のブログ「Football is the weapon of the future」 2016年6月21日分を転載)

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    だからSEALDsは嫌われた! 失敗に終わった左派のイメージ戦略

    渋井哲也(フリーライター)「選挙に行こう」「選挙に行こう」 7月9日午後7時59分、新宿駅東南口前の広場。選挙運動が終わりを迎えようとしていた。SEALDsの奥田愛基さんは、民進党の小川敏夫候補の応援演説を繰り広げた。ただ、遅刻したために残り40秒しかない中、ラップ調で呼びかけた。天気のせいもあって多くは集まらなかったが、小川候補は、1人増員された東京選挙区の6議席目でなんとか滑り込みで当選した。 ところで、SEALDsのメンバーは昨年夏、国会前などの安保法案反対集会で一人ひとりが、「僕」「私」を主語にして思いを発していた。若者が声を上げる運動はこれまでもたくさんあった。私が大学生の頃も、湾岸戦争や小選挙区制に反対するデモなどに参加した記憶がある。かつての運動は主導的なリーダーがおり、演説では「私たち」「我々」との主語を使っていた。その意味で、SEALDsのスピーチは新鮮だった。民進党結党大会で登壇してあいさつした「SEALDs」の奥田愛基氏=3月27日、東京都内のホテル(鈴木健児撮影) ただ、私が最も興味があったのは、SEALDs自体よりも、促されるかのように国会前に集まってくる人たちだった。若者だけでなく、中高年や高齢者もたくさん集まった。彼ら彼女らはどんな思いで、国会前に集まるのだろうか。もちろん「安保関連法に反対するママの会」の動きもあったが、SEALDsにも刺激を受けていたことは間違いない。そんな人たちの声を聞いて歩いた時期があった。 親子で参加する人たちや車いすでやってきた人もいた。思いはそれぞれ。法案に反対する女性が、もともと賛成派だったが議論する中で反対派となった友人と、一緒に国会前にきていた人がいた。また、原発事故以降、国の方針に懐疑的になり、脱原発運動や特定秘密保護法、そして安保法制に反対をしに来た女性もいた。その女性は団体が好きじゃなく、いつも一人で行動をしていた。SEALDsが、これまで黙っていた人たちの一部を突き動かしたとも言える。「安倍はやめろ!」で遠ざかった人たち SEALDsはゆるやかなネットワークだ。活動としてはSNSを利用したものが多いが、メンバーの何人かにによると、大学内で話をすることが難しいと言っていた。これが全体の傾向だとしたら、どう評価すべきだろうか。よく言えば、個人が情報を読み取り、自立的な行動を取った結果だ。一方で、身近な場所で安保などの政治の話ができていないとも言える。市民運動は身近な人にどう訴えるが課題だが、こうした点はSEALDsも克服できていない。 ただ、違和感を抱くことがあった。メディアも野党も、SEALDsが若者の動きの「代表」であるかのように取り上げたことだ。昨年の「ユーキャン新語・流行語大賞」は「SEALDs」を年間大賞のひとつに選んだ。カルチャー雑誌「Quick Japan」は奥田さんを表紙にした。民進党の結党大会で奥田さんは来賓であいさつするほどだった。若者による運動はほかにもあったのかもしれないが、目立たなかった。下の世代のT-nsSOWL(ティーンズソウル)は取り上げられたことはあったものの、安保法制や立憲主義以外で、若者が声をあげる政治的なネットワークが広がったとは言えない。2月に行われた、高校生グループ「T-nsSOWL」が主催した安全保障関連法に反対するデモ こうした点は奥田さんも自覚的だ。15歳で起業し、女子中高生のマーケティング集団を運営する大学生の椎木里佳さんとの対談(「SEALDsの“功罪”と若者の政治参加を考える」『News Picks』7月9日付)で、「きっと、日本の若者の政治参加が少ないからSEALDs=若者という見方をされてしまうんだと思います」と述べている。 実は、国会前の集会で「安倍はやめろ!」とコールし始めたとき、私は、この動きはこれ以上の広い層に広がらないのでは?と思った。たしかに、安保法案反対派や非自民勢力の一部を結集することはできた。とてもわかりやすいキャッチコピーだった。しかし、一強多弱で、かつ安倍内閣支持層が4割を超える中、保守層を遠ざけた印象を持った。私の知人で保守的な人間は国会前に行かなくなった。それはSEALDsのせいではない。むしろ、利用した非自民勢力=野党共闘勢力の責任は大きいのではないか。若者に響かなかった「若者代表」SEALDs 今回の参院選でも、そのムードは引きずったのではないか。読売新聞の終盤情勢調査では、10代の過半数、20代の半数近くが与党支持だった。もちろん、SEALDsなどでつくる「市民連合」が接着剤となって野党統一候補が実現し、善戦した選挙区もある。32ある「1人区」では、野党共闘は11勝21敗。負け越しだが、福島県と沖縄県では現職大臣を落選させた。奥田さんが「一定の効果があった」と言ったのは事実だ。しかし、蓋を開けてみれば、「自民 比例2000万票超え 19人当選 01年『小泉旋風』に次ぐ」(朝日新聞7月11日夕刊)結果となった。 メディアでは、若者の投票が期待されていた。私も週刊誌でそうした記事を書いた。参院選では初めて「18歳以上」が投票する国政選挙になる。若者が声をあげて、閉塞感のある国政を変えることができると思っても不思議ではない。たしかに、参院選では、初めて投票する「18、19歳」の投票率は45.45%で関心が高かった。とくに18歳は51.17%だ。全体の投票率が54.70%で、戦後4番目の低水準だった中では、高かったのではないか。しかし、NHKの出口調査では、10代の42%は自民党に投票した。SEALDsの呼びかけは、全体としては影響を与えなかったということか。 メディアは過剰に注目しすぎた。たとえば、毎日新聞WEB版は選挙前の6月20日付で、SEALDs解散を伝える奥田さんのインタビューを掲載した。開票後、朝日新聞のWEB版は「民進の小川氏当選 SEALDsも支援、東京2議席守る」として、SEALDsを見出しに使った。東京新聞は7月12日の社説で「奥田愛基さんを中心とする学生グループSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)は、野党共闘を実現させた事実上の立役者だった」と特筆した。このように、メディアはSEALDsを特別視していたのは明白だ。 特定の団体を取り上げ過ぎれば、むしろ言論の多様性が失われる。SEALDs内にも多様な意見があるはずだし、他の言論が取り上げられないのであれば、若者の政治的イメージが画一化される。そうなれば、「民主主義ってなんだ?」と叫びたくなるのは若者世代の方だ。自民圧勝の背景には、そうしたイメージへの反発(嫉妬も含む)もあったと思うのは考えすぎだろうか。しかし、どんな立場であっても、若者が動き、様々な世代との連動をこれから期待したい。

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    実態なき支持層が産み出した「選挙フェス」という都市伝説

    大学 准教授・博士(学術)/メディア学者)メディアゴンより転載 7月10日に投開票された参院選・東京選挙区の話題の一つは「選挙フェス」と銘打った選挙運動を展開した三宅洋平氏だろう。 「毎回数千人、万人単位の若者が『選挙フェス』に詰めかけ、これまでにない盛り上がりをみせている」とか「街頭演説のYoutube動画の再生数が数十万回」云々といったことで注目を集めた。三宅洋平氏 山本太郎参議院議員との二人三脚とも言える選挙活動を展開したことによる話題性もあり、「圧倒的な盛り上がりを見せている『選挙フェス』や三宅洋平候補のことを既存メディアは報道しない」とか「ネットやSNSなどで若者層を中心に急激に支持が広がり、既に当選圏内にいる」などの情報が、選挙戦終盤では既存メディアからも出てくるようになった。 これまで選挙に関心を持たなかった(けど、三宅氏の演説を聞いて危機感を持ったという前提の)若者達の草の根的な運動によって、当選圏へと入る急激な支持拡大をしていると言われた一方で、それを正当に評価しようとせず、報道しない既存メディアへの批判も、ネットを中心に話題となった。 ミュージシャンということで、芸能人や著名人を応援に多用しているという「ゲタ」はあるにせよ、「泡沫候補扱いだけど、本当は当選圏にいるダークホース」ということで、関心をもった人は少なくないはずだ。 しかし、結果は、三宅氏はダークホースとして当落を争う激戦をすることもなく、普通に落選。三宅氏と彼の率いた「選挙フェス」による急激な支持拡大という情報が、単なる「都市伝説」だったことを露呈する結果となった。都市伝説だった「三宅洋平ダークホース説」 東京選挙区での開票状況を観察しても、一時的にであれ、三宅氏が当選圏内に入ることはなかった。開票速報では、常に9位前後が定位置で、当落戦上の争い(6位争奪戦)との得票差は広がることはあっても縮まるようなことはなかった印象だ。 当落ボーダーである6位争奪戦は、小川敏夫氏(民進党・当選)、田中康夫氏(維新・落選)によって繰り広げられていたが、8位には横粂勝仁氏(無所属)が常駐していた。そして三宅氏は基本的に「横粂と8位を争うことのない9位」というポジションであった。 むしろ、三宅氏よりもはるかに小さい組織と規模で、三宅氏とは比べものにならないほどの泡沫扱いで選挙戦を戦った横粂勝仁氏の方が5万票も多い得票(約30万票)を得ている。もちろん「フェス」などしていない。 それでも横粂勝仁氏は一度だけとはいえ、衆議院議員の当選を経験している(民主党の比例復活当選)という点においては、多少の有利性はあったかもしれない。選挙の方法も、政策の作り方も、三宅氏よりは熟知しているだろう。 しかし、国会議員を落選してからは弁護士として、「あの人は今」のレベルで、ごくまれにメディアに登場する程度であり、それほど大きなアドバンテージを持っているわけではない。それは、元衆議院議員で財務副大臣や安全保障委員長まで務めた小林興起氏が、扱いも得票も完全に泡沫だったことからも明らかだ。【参考】<おっさん若者?>椎木里佳氏の古すぎる感性は「現代の若者」の縮図 いづれにせよ、選挙期間中、ネットを中心にさんざん目にした「三宅洋平ダークホース説」とは、単なる「都市伝説」でしかなかったことは事実だろう。 このように開票結果を振り返ってみると、あれほど騒いでいた「選挙フェス」とはなんだったのか? 三宅洋平氏と「選挙フェス」にまつわる都市伝説がなぜ生まれてしまったのか? なぜ、「当選圏に入った(けど、報道されない)」などという都市伝説が選挙期間を通じて急速に広まったいったか? 疑問は尽きない。さすがに三宅陣営の宣伝戦略の成果、というだけでは説明もつかないように思う。早朝まで続いた国会前の抗議集会で笑顔を浮かべる若者たち。マイクを持つシールズ中心メンバーの奥田愛基さん しかしながら現段階で分かることは、フェス感覚で「気軽に政治」に参加することが、若者の政治参加を促す方法の一つとして評価される一方で、フェス感覚で盛り上がることを自己目的化しただけの「パリピ(パーティーピープル:派手なイベントやフェスが好きな若者層)」たちの多くが、実態なき支持層にしかなりえなかった、という現実だ。これは、真剣に政治活動として三宅氏の選挙を担った支持者たちの現状把握能力をも狂わせたはずだ。 もちろん、フェス感覚を利用した政治参加という手法だけでなく、フェス感覚を前面に押し出すことで、若者の支持を取り込もうとする(そして政治化させる)SEALDsなどに代表される「フェス標榜政治活動」についても、今後、細かい検証や研究が必要だろう。また、それを利用しようとする政党の動きにも注視すべきかもしれない。 いわゆる「大人の社会」は、思想の是非はさておき、若いエネルギーや若い活動を、どこかしらで支援しよう、支持しよう、応援しよう・・・という心情や土壌を少なからず持っている。そして、その状況を狡猾に利用しようとする「プロ若者」の存在が状況を分かりづらくしている事実もあるだろう。 今回の参院選で多くの有権者が目にした「選挙フェス」という都市伝説。現在進行形の若者層の価値観だけでなく、メディアやネット社会のあり方なども含め、この問題を考える切り口は多い。今後の若者層の政治参加や政治意識の実態を考える上で、非常に有用な参考資料になったように思う。

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    SEALDsは本当の政治的なマイノリティーではない

    表のような顔をしていますが、正直言って相当に違和感を持っています。それは三宅洋平さんのキャンペーン「選挙フェス」にも同じものを感じるわけです。彼らの活動を否定するわけではないのですが、学生時代から「感じてきたこと」を本日は述べたいなと思います。 それは「あなたたちは言うほど少数派ではないし、俺たちの方がよほど少数派で居場所ないんですが」ということ。彼らは自分らしく十分生きているし、それなりに通用するカルチャーの中で生きてますよね、と。 筆者はロックフェスにも行かないような地味な人間ですが、そういうものがセンス良いというような風潮に押しつぶされた感じを持ってきた一人です。SEALDsみたいなチャラい学生がいる一方、地道に大学で勉強したり、起業したりする人間もいます。社会人も一緒でそういうノリのカルチャーの中にいない人もいるのです。だから、彼らが政治にそういう若者文化のメインストリームの音楽を持ち込んできても、戦略としては理解できるものの、彼らとは心の壁というか距離を感じてしまいます。居場所なき「真面目に勉強する少数派」 筆者は現在の政治シーンでは政治や社会について真面目に勉強する少数派の居場所はないよなーと感じています。政党は単なるレッテル貼りを繰り返すばかり、運動系は単純化された政策とイメージを垂れ流すだけ、社会啓発的な取り組みは「選挙に行こう」「政策を比較しよう」という低レベルなものばかり。つまり、政治や政策の初心者や素人向けのものばかりが幅を利かせています。候補者の演説を聞く有権者ら=6月25日 若くても勉強している人々は恥ずかしくて、音楽フェス的なノリの政治イベントには参加できないし、大日本帝国を妄信しているような老人のイベントにも参加できないのです。そして、既存の大政党の歯の浮くようなポリティカルコレクトネスにはウンザリしています。人間関係上たまたま地元の餅つきなどに参加しているかもしれませんが、その場ではあいさつに来た政治家と密度の濃い政策議論を交わすこともないでしょうし、その機会は現状では永遠に訪れないと思います。 大学でマトモに政策の勉強をした人々、自分で事業を起こした起業家の人々などの政治的な居場所はこの国の中にはほとんどないと実感を込めて言えます。「弱者のために云々」は別に良いのですが、その枠にも入れない政治的少数派・弱者として、真面目に勉強した人や実社会で活躍している人が存在しています。 既存の大政党だけでなく、チャラい兄ちゃん・姉ちゃんやヒッピーみたいな人々でも吸収しきれない人々はどうするべきでしょうか。ポスター掲示板の前で感じた政治の劣化 参議院東京選挙区の顔ぶれを見ていても、積極的に投票しようと思えるメンツが一人もいない、わけです。「何でこんなにイデオロギー的に偏っているのか?」と素朴に感じざるを得ないし、その他にも訳が分からないキャッチフレーズの人達が並んでいます。もう少しだけでも中道的で理性的であることが確認できそうな人はいないものでしょうか。これが政治の劣化ってやつなのかと悲しい気持ちになりました。このような政治を育ててきてしまったことについて、ポスター掲示板の前で一有権者として責任を感じざるを得ませんでした。 今回の立候補者の顔ぶれを見て「このままでは日本が危うい」と思う人が増えると良いなと思っています。この有様まで政治を劣化させてきたのは私たち自身であり、政治が理性を取り戻すようにしたいものです。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年6月23日分を転載)

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    共産党との決裂も覚悟せよ! 民進党に欠かせない新しい「共闘」相手

    まらず、自衛隊を日本の平和と国民の命の対立物であるかのように考える人々である。そういう現状が、参議院選挙最中の藤野政策委員長の「人殺し予算」という許しがたい発言を生み出したりするわけだ。共産党は藤野氏を事実上更迭し、「国民の命を守る自衛隊」という立場を打ちだすなどしているが、内部での議論は開始されたばかりの状態である。 したがって、民進党と共産党が安全保障政策を議論するとして、その行方がスムーズなものでないことは確かだろう。決裂も覚悟した激しい議論が必要だ。支持を訴える(左から)社民党の又市幹事長、共産党の志位委員長、民進党の岡田代表=7月6日、長野市 しかし、日本の新しい防衛政策は、自民党に対抗して政権を狙う気を抱く(はずの)民進党と、これまで自民党の防衛政策を徹底的に批判してきた共産党と、その両党の葛藤のなかでだけ生まれる可能性がある。それができなければ、民進党は自民党と変わらない政党として、存在意義そのものが問われることになるだろう。

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    民共共闘で民進党は消滅する!

    克也代表、社民党の又市征治幹事長=6月29日、松山市(松本学撮影) 志位氏は民進党の岡田克也代表に、選挙に向けて「国民連合政府」をつくって共闘すると申し入れた。岡田氏も当初は乗り気を見せたが、党に持ち帰ると強い反発を受けた。その最たる批判が、前原誠司元代表の「シロアリとは組めない」という激烈な言葉だった。 シロアリは建物の土台を食う。共産党と組むといずれ共産党に乗っ取られるという恐怖感は、旧民主党はもちろん、旧社会党ももっていたはずの共通の恐怖感だ。このため、共産党は選挙戦のほとんどすべてを独自で戦ってきた。 当選の見込みのない選挙区でも「共産党」の候補者を立てるから、1回の選挙で合計1億円の供託金を没収されるのが常だった。参院の1選挙区で2万~9万票を出し、その票を集めて比例で3から5議席を得るというのが共産党の戦略だった。 岡田代表が志位委員長の国民連合政府構想を断ると、志位氏があらためて打った手は「新安保法廃止」の1点だけの合意でいい、というものだった。連立政府をつくって「新安保法」を廃止してから、のちに政策を協議するなどという政府ができるわけがない。共産党がいうほど「新安保法」が悪いのか、という反発も民進党内から出てくるだろう。 共産党の投げかけた影響を見て、志位氏は「野党統一候補を黙って推す」という“無償援助”方式を打ち出した。仮に統一候補方式が成功すると、3年前の選挙で自民党が29勝した選挙区のうち、宮城県では42万票対51万票になって逆転する。栃木県でも37万票対40万票。山梨県でも14万票対23万票になる。山形、新潟、長野、三重も逆転の様相になる。たしかに足し算では逆転だが、「共産党が加わるならオレは反対側に入れる」という票も相当に出るだろう。このため共産党はいっさい表に顔を出さない、といっている。実際に前面に出て運動するのは共産党が操る学生団体シールズなど。この芝居はうまくいくのか。 自社対立の時代、共産党は社会党にしがみついていた。社会党が自民党の側に歩み寄るのを防ぐために、事あるごとに政策共闘を唱えた。時に共産党の了承なしに事を運べば、社会党が堕落したように見えたものだ。 その社会党は村山富市委員長時代に「社民党」と改名したが、衆院議員は最盛期の144議席から2議席に落ちた。今回、参院の改選は2人だが、ゼロに落ちる可能性がある。社会党は共産党に密着して左派を吸収された感がある。右派は自民党に叩き潰されて党は潰滅、残党は民主党に吸収された。政治がうまくいかない元凶は連立政権だ政治がうまくいかない元凶は連立政権だ平成28年度補正予算が成立し、挨拶回りで公明党の山口那津男代表(右)と握手する安倍晋三首相=5月17日(斎藤良雄撮影) いま起こっている政界の様相は、かつての自社対立が自公対民共と形を変えて再現されているようだ。本質は自公対民共の新型55年体制の再現と見てよい。 自民党は今回の参院選で3年前の51に6議席上積みして57議席を取れば、非改選組と合わせて122議席になる。自民にとっては参院で過半数を握ることになり、政策の心棒を公明に振り回されなくて済むようになる。 新安保法では、集団的自衛権の権利があるだけでなく「行使」もできるとした。自衛権に「独自」と「集団」があるのは国際常識。集団的自衛権があれば行使できるのは当然だ。国連憲章にも書いてある。アジアの現状を見れば1年前と現在では様変わりで、よくぞ新安保法を成立させておいたものだと思う。ところが1年前、与党の公明党は新安保法に徹底して背を向けた。防衛や財政、税制について、30議席の政党が300議席の大与党の鼻づらを引き回したのでは、国民が大政党を選んだ意味がない。自民党の悲願は「自民党はどうしてもやりたいことは単独でもできる」力を得ることだ。公明と組んでいるからといって憲法改正が前進するわけではないから、自民単独政権で十分だ。 公明党と連立しているばかりに、新安保関連法に含まれた集団的自衛権行使の三要件などはまったく不可解。不必要な制限を加えすぎた。 イタリアの政治は戦後一貫して連立政権を続けた結果、無責任政治に堕し、救い難い様相になっている。時に連立の組み合わせさえ決定できず、大統領が議員でもない30代の学者に内閣を丸投げしている始末だ。私は1960年代にローマに駐在して以来、イタリア政治をフォローしているが、政治がうまくいかない元凶は連立政権だと断言していい。失政に責任を取る政党がないのが問題なのである。 イタリアで冷戦終了まで政権を担当してきたのはキリスト教民主党、社会党、民社党、共和党などで、議席の51%を押さえていた。これは共産党を閣外に締め出すためで、共和党は3%程度の議席しかないのに「入閣の条件」として「共和党の首相を出すこと」と言い出し、結局、共和党首相が実現したことがある。3%の議席しかない党が言い出せることは高が知れているし、失敗しても閣内から共和党を追い出すわけにはいかない。51%のワクが壊れてしまうからだ。 われわれは自公政権を普通の現象として見ているが、連立にはつねに欠点、弱点があることを見逃さないほうがいい。 自公に対立して民進・共産の軸が浮上してきた。小選挙区制度は二大政党制を指向する制度だが、日本では約4割の議席に比例制が導入されたため、小政党が残ることになった。比例制を残したのは公明、共産をいきなりゼロにするわけにはいかないという政治配慮が働いたからだ。日本の小選挙区比例代表並立制も時に連立政権を余儀なくされるが、失敗作というつもりはまったくない。与野党の緩衝材としての機能を発揮することがあるからだ。 日本社会党がこの新選挙制度導入とともに消滅したのは、常時、社共共闘を続けてシロアリに食われてしまったからだというほかない。 60年代末、ローマで「社会主義インターナショナル」の大会があり、日本からは社会党と民社党が招聘された。大会が終わったあと議長(オーストリア人)が記者席に来て「日本人記者か」と念を押し、「日本では社会党が共産党と共闘しているそうだが、本当か」と尋ねる。「本当だ」と答えたところ「本国に帰って、社会党に共産党と組むことは社会主義インターの原則に反する。除名することになる、と伝えてくれ」というのだ。 前原氏のシロアリ論はまさに、国際常識だった。民進党はそのシロアリと結んで、旧社会党の轍を踏もうとしているように思える。社会主義インターが「共産党との共闘を禁じていた」真意を当時の日本人は知らなかった。各国の共産党は、ソ連(現ロシア)から国際共産主義(コミンテルン)の綱領とカネをもらってスタートした暗い歴史がある。“結社”から“政党”に変身したイタリア共産党“結社”から“政党”に変身したイタリア共産党 日本では、徳田球一氏がソ連から綱領とカネをもらってコミンテルン日本支部を設立した。要するにソ連の共産党の「日本支部」だったわけだ。のちに議長となる野坂参三氏は、ソ連に同志を密告したことが判明して日本共産党を除名された。共産党としてはソ連との関係がバレたから除名せざるをえなかったのだろう。 イタリアでは共産党はソ連から、民社党はアメリカからカネが注ぎ込まれているといわれていた。社会主義インターが共産党排除を鮮明にしていたのは、欧州では共産党はソ連のヒモ付きという常識が定着していたからだ。 イタリア政界の連立体制は50年ごろから冷戦が終わるまで続いた。この間、イタリア共産党は30~33%の議席を維持した。連立政権の目的は、第二党に躍進した共産党を絶対に政権に入れないとの一点にあった。イタリア共産党はソ連とは別の「独自の道」を強調したが、歴代代表はロシアに行って夏季休暇を過ごしていた。“ソ連との仲”を疑われるのは当然だった。 ところが89年にベルリンの壁が壊され、91年には米ソ冷戦が終結する。こういう事態を迎えると、共産党排除の連立を続ける意味がなくなる。連立政党は政権を共有しているあいだにラジオ局の分配から公社、公団の利権を分け合うことまでやりたい放題。腐敗は極に達していた。日本なら、金権腐敗の田中角栄政権が40年も続いた状況だった。ちなみに冷戦後、政界再編が行なわれるが、戦後を背負った光栄ある「キリスト教民主党」は雲散霧消してしまう。 イタリア共産党は冷戦の終焉を予感して、ベルリンの壁が壊されるころ「共産党」の看板を変えて「左翼民主党」と名を変える。これは共産党と名乗っているかぎりはソ連との暗い過去を清算できないからだ。何十年もお預けにされた政権に就きたい、と党全体が熱望したのだろう。党名変更とともに共産党の“原理”ともいわれた党首独裁もやめ、党首を党員投票で選ぶ革命的変革を行なった。続いて民主集中制という党独自の独裁方式をやめた。さらに政策は党員の多数決で決めることになった。一言でいうと“結社”から“政党”に変身したのである。 この点、日本共産党は政党を名乗っているが実態は「古い共産党」そのものだ。宮本顕治時代、日本共産党が“開かれた党”になるというので、立川公会堂の大会に取材に行ったことがある。あらゆる議案に対する賛否は最右端に座った代議員が署名簿を左端の席まで回して採決する。むき出しで回すのだから、「反対」と書いたら誰が書いたかひと目でわかる。これを民主集中制というが、世間の常識では“強要”とか“独裁”というのではないか。 イタリア共産党は共産党の原理を捨てて、結社から政党に踏み出し、天下を獲った。志位委員長が党名を変えない理由志位委員長が党名を変えない理由 イタリアは、それまで上下両院とも選挙は比例代表制で行なわれていた。この結果、小党でも議席を取るから政党数は50を超えていた。冷戦が終わってイタリアがすぐ着手したのが選挙制度の改正である。共産党に天下を獲られても困ることはない。政権の交代こそが政治を活性化させるという共通認識で、1993年に日本もイタリアも選挙制度改革に乗り出した。 両国が採ったのが小選挙区比例代表並立制。同じ時期に私は選挙制度審議会に参画していて、イタリアから視察団が来たというので話をしたのだが、相手の認識や制度が日本で検討中のものとまったく同じだったのには驚いた。腐敗を脱するには政権交代が不可欠。そのためには二大政党を指向する小選挙区制度がベスト。双方がまったく同じ考えだった。 イタリアでは94年、新制度による総選挙が行なわれ、シルヴィオ・ベルルスコーニ氏率いる右派が政権を獲ったが、汚職で1年で潰れ、ランベルト・ディーニ氏率いる非政治家内閣が引き継ぎ、96年には早くも2回目の選挙をすることになった。これに備えて左翼民主党(旧共産党)が考案したのが「オリーブの木」方式である。 これは左派系の8政党が集まって「オリーブの木」を結成、勝った場合は政権に参加するというものだ。96年選挙では戦術が見事に実を結んで「オリーブの木」が政権を獲った。第一党である左翼民主党書記長のマッシモ・ダレマは「旧共産党系」が前面に立たないほうが支持されると見て、経済学者で旧キリスト教民主党系のロマーノ・プローディ氏を首相に担いだ。政権が2年たったところで首相はダレマに代わる。旧共産党系は代人を立てて政権を獲り、その直後に素手で政権を握った格好だった。 ところが左翼民主党と名乗ると旧共産党系の人脈が薄まって、民主集中制時代のような統制が取れなくなる。経歴や系統不明の人物が集合してきて左翼民主党は完全に変質してしまう。そこで左翼民主党は98年、解散し名称を「左翼民主主義者」と変えた。旧共産党が党名を変更して誕生した左翼民主党は7年間で命脈が尽き、かつての共産党とは似ても似つかぬ左派集団になる。イタリアのケースではっきりしたのは、共産党が民主集中制の原理を外すと、いずれはタダの政党になってしまうことだ。 イタリアの政界事情について、日本共産党内にも専門家がいる。志位委員長は、政権を獲るつもりなら党名を「変えたらどうか」としばしばいわれてきた。志位氏がつねに「変えない」と答えてきたのは、変えればいずれ“赤の他人”に党を乗っ取られるとわかっているからなのだろう。 こういう裏事情を知ってか知らずか、小沢一郎氏は全野党を糾合しようとしてオリーブの木方式を提唱している。目下のところ民進、共産、社民、生活の四党の集結までこぎ着けたが、民進党は小沢氏の主導を拒否している。民主党時代、230議席の政党を60議席台に落とした主犯が野党再編の主役に戻ることはありえないだろう。いまの民進党では永久に連合に隷属するいまの民進党では永久に連合に隷属する 共産党は3年前、2013年の参院選で、比例で515万票(得票率9・7%)を集め、選挙区3、比例5の8議席を獲得した。今回、志位委員長が掲げた目標は「比例代表850万票、得票率15%以上」というものだ。共産党が躍進しつつあることは間違いないが、この党はどの党をかじって太りつつあるのか。 すでに減ってしまったのは社民党で、参院2、衆院2議席まで落ちた。党内に宿命のような左右対立を抱えて自滅していったようなものだ。今回も吉田忠智党首が民進党との合併を提唱して、党内からも民進党からも拒絶された。あえて自滅の道を選択しているかのごとくである。共産党が新たな同志を増やそうとすれば、民進党の左派に狙いをつけるしかない。 じつは民進党の弱点は、民主党時代から党内に左右対立を抱えていることだった。対立の主軸は「安保問題」で、最左翼は「平和は憲法9条があるだけで守れる」という信者たち。右派は自民党保守派と変わらない。前原誠司元代表、細野豪志元政調会長、長島昭久元防衛副大臣らは基本的に「新安保法」に賛成だったのではないか。 党内に旧社民党系がいるかぎり、対立の種は消えるはずがなく、党の一体感は保たれない。旧社会党系が少数とはいえ党内に隠然たる勢力を保っていられるのは、彼らが連合から支持されているからだ。 かつて前原代表は党の三原則の一つとして「連合から若干の距離を置く」と宣言して、大反発を招いた。以来、民主党内では連合批判はタブー視されている。連合は選挙のたびに紐付き候補を立て、今回は12人。こういう業界代表が党内に存在するのは日本政界の特質だ。イタリアにも産業別組合があるが、支持政党はそれぞれ別だ。いまの姿では民進党は永久に連合に隷属することになる。 共産党も“共産党系組合”を抱えているが、組合に党が振り回されることはない。 参院選の共産党の戦術は、選挙区は香川県と複数区、あとは比例区で稼ぐというもの。目標どおりに850万票を取れば、3年前の選挙区3、比例5の8議席は獲得するだろう。最近の地方選挙でも、共産党は宮城県議選では議席を4から8に倍増させた。全労連系のメーデーであいさつする共産党の志位和夫委員長=5月1日、東京都渋谷区の代々木公園(酒井充撮影) それにしても選挙区で候補者を全部降ろす、という戦術は民進党に麻薬のように効いてくるだろう。これまでは負けるとわかっても、存在感を示すために立候補させるというのが共産党の基本だった。今回は選挙区を全部降ろすというのである。その戦術転換の動機は何なのか。それは政界再編の大きな流れを見ているからではないのか。 民進党が政権政党並みに大きくなり、かつての民主党政権並みになると、かじることが困難になる。民進党は選挙区に2万~9万人の隠れ共産党員の票があると思うと、共産党と喧嘩したり、ことさら対立しなくなるのではないか。自民党議員が3万人の創価学会票に支えられているのと同じだ。 他党や組合の支持は、個人票が少ない候補者ほど影響を与える。 かつて民主党は連合の力を恐れて盾つかない結果、連合に牛耳られることになった。自民党と公明党はまったく思想の違う政党で、とくに国防問題をめぐる対立は絶えない。公明党の反論は、その路線では「婦人部がもたない」というのが常だ。婦人部は公明路線を左右するほど大きな勢力をもっているが、国防を考えるにあたって議論の中心は「恐ろしい」とか「周辺国はどう思うか」といった思惑でしかない。 自民党のなかにも公明党と付き合って「防衛は大丈夫か」という声が多いが、公明批判はタブーなのである。 民共連立路線は、共産党の側に損をする部分は何もない。自公政権の支持率はそこそこ高いから、残りを民共で分け取りするかたちになるはずだ。通常、政党が合併するとロケットのような発射熱を発するものだが、民進党は珍しく冷めている。橋下徹と民進党保守派の合体論橋下徹と民進党保守派の合体論 民進党が再起して政権を獲るにふさわしい政党になるきっかけは次の参院選だろう。自民党の議席が伸びて、民共の側がどのような配分になるかが、将来判断のポイントだ。共産党が議席を増やすか、得票数が目標の850万票に達すれば、志位戦術は大成功となる。 この場合、民進党は現有議席を守った程度では大敗。55年体制を清算する決心で党を変革しなければ、社民党、民主党の轍を踏むだろう。連合こそ社会党、社民党を食い潰し、民主党をかじってきた元凶だと見定めるべきだ。 民共共闘のキャッチフレーズは「新安保法の廃止」だが、共産党の自衛隊観は「自衛隊は違憲だが自衛戦争はする」という。こんないい加減な政党があるか。自衛隊と憲法について悩んだことはまったくないのだ。一方の民進党は民主党時代から安保政策に悩み抜き、党内で大喧嘩もやってきた。こういう場合、悩みがなく、教養のない側が強い。社会主義インターが民社党はOKだが、社会党はダメと峻拒してきた理由も、共産党と結ぶ社会党は共産陣営に属すると分類、断定してきたからだ。 岡田代表は民共共存を続けても共産は政権党にはなれず、いずれは共産は民進の肥やしになると思っているのだろう。これに対して保守派は、共産と縁を切ったほうがまとまりのよい政党になり、いずれ政権を展望することになると一段、先を見ているようだ。民進党の岡田克也代表 国民の政治常識のなかから共産党無害論は出てこない。国際共産主義の歴史があり、社会の基本である自衛隊の格付けが不明だからだ。憲法改正時、全き非武装論を説く吉田茂首相に対して野坂参三氏(共産党議長)は「国防軍のない国家などありえない」と食い下がった。これが政治の常識であって、現実には自衛隊をもつに至った。共産党は「違憲の自衛隊」と片付けて、一方で新安保関連法廃止で野党を結集しようという。オリーブの木並みに政権を獲得し、新安保法を廃止したあと、さて「われわれは何をやるのか」と相談するのは、さながら“革命”の手法だ。オリーブの木に参画した政党は皆、それぞれの政策を掲げ、新政権は共通の政策から実行に着手した。 共産党に担がれた民進党が政権党に成長するとはとうてい考えられない。かといって、この民共路線で民進党が衆参両院の選挙区で共産党から229万の票をもらうのが常習となれば、当選第一主義に陥るだろう。かつての社共共闘はいつの間にか共産党のみが生き残った。 民共共闘が定着すれば民進党の消滅ということになるのは必至だ。当初、岡田代表は疑うことなく共産党の支持申し入れを喜んでいた。党内の反発に驚いていた風情だが、岡田氏には共産党恐怖症がないようだ。 一般国民は55年体制時代の社共対立がどうなったか、民共体制が55年体制の再来だと悟っているだろう。かといって自民党がさらに太る余地はない。自民党ではない保守党、違った保守党を待望するだろう。橋下徹氏(前大阪市長)が起こした「維新」がブームとなったのは、維新を新しい保守と見たからだ。この待望論はまったく消滅していない。安倍晋三氏の総裁任期が終わるころには、橋下待望論が噴き出してくるのではないか。そのときは民進党の保守派との合体論が飛び出してくるはずだ。 ややま・たろう 1932年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップ、ジュネーブ特派員、解説委員兼編集委員を歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社。2001年に正論大賞を受賞。最新刊に『それでも日本を救うのは安倍政権しかない』(PHP研究所)がある。関連記事■ 「お金をもらって喜ばない奴はいないんだよ」田中角栄の増長と妄想■ 財務省を「成敗」した安倍総理■ 今増税すると、アベノミクスが否定されてしまう

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    共産党に食われる民進党

    」の構図がハッキリしていた今回の参院選。争点はアベノミクスや安全保障関連法、憲法改正などだが、野党は選挙戦を通じて攻めあぐねていた。批判だけで対案がなければ、浮動票も流れない。果たして、野党共闘は吉と出たか、凶と出たか。

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    左派政党に値しない民進党と共産党 雇用政策を軽視した「ド素人」

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 参院選は野党共闘、とりわけ民進党と共産党の共闘で「安保法廃止」を掲げて選挙戦を進めている。ただし、共闘できるのは安保法廃止までで、廃止後については意見が分かれている。 共産党は、自衛隊違憲、日米安保破棄という立場だ。さすがに民進党はこの非現実・丸腰路線にのれない。例えば、2015年と2016年の通常国会で、民主党は、有事でも平時でもないグレーゾーン事態に対処するため領域警備法案を国会に提出している。衆院本会議で内閣不信任決議案が否決された=31日午後、国会(斎藤良雄撮影) これに対して共産党は、「領海警備法案は、“グレーゾーン事態”における自衛隊の役割・権限拡大をめざすもので、安倍政権が集団的自衛権行使容認の『閣議決定』で確認した方向と同じ」として、対決どころか政権すり寄りだと民主党を批判した。 今や、日本の領海には、中国の軍艦も侵入するようになっている。民主党の領海警護法案は個別的自衛権で対応できるとしてきたが、もはやその前提が崩れており、集団的自衛権による安保法が必要である。 ところが、民進党と共産党の共闘では、目の前の領海警備についても見解に相違があり、民主党の領海警護法案ですら実行できなくなるというわけだ。これでは、中国軍艦の領海侵入を易々と認めてしまうだろう。 共産党の志位和夫委員長は、中国軍艦の領海侵入に対して抗議するというが、国際社会で「口の抗議」だけでは意味がなく、その背後に実力行使できることが必要である。共産党が自衛隊を違憲とする以上、最低限の自衛力の行使すら危うい。しかも、日米安保破棄という立場であれば、アメリカとの共同防衛もないので、中国としてはいくら口だけの抗議を受けても何とも思わないはずだ。 安全保障については、共産党の自衛隊違憲、日米安保破棄という非常識と民進党の中にある常識との乖離があるために、民進党と共産党の共闘では安保法廃止以後まともに機能しない。アベノミクスの方が国際常識に近い経済政策 経済政策ではどうだろうか。実はこの分野で、民進党と共産党の違いは意外とない。とはいっても、民進党も共産党も国際常識からかけ離れた経済政策である。この点、安倍政権のアベノミクスのほうが、国際常識に近い。 特に、金看板とすべき雇用政策において、民進党と共産党は同じように金融政策を否定するというひどい間違いを犯している。アベノミクスの第一の矢である金融政策について否定するあまり、雇用政策まで否定していることに、両党とも気がつかないのは滑稽である。 まず、金融政策について、民進党や共産党は雇用政策の基本であることを理解していない。金融政策を活用しない政党が先進国に存在するだろうか。世界標準から見れば、まともな金融政策を行わない民進党や共産党は明らかに雇用無視であり、左派政党に値しない。 金融政策はマクロ政策の基本であり、それを駆使して雇用を確保する。その上に、適切な財政政策でGDPを増加させる。最後に、各種のミクロ政策をのせて、成長を達成する。世界の左派政党は、そうしたマクロ経済を良好にした上で、成長の分配面に重点を置き、格差を縮小させることを目的とする。 民進党や共産党の場合、いの一番の金融政策がないため、最終的な格差是正も、雇用の確保がなされない状態での話でしかない。 金融政策は本来雇用政策なので、欧州では社民党や共産党のような左派政党が言い出すものだ。アメリカでも労働経済学の大家であるイエレンがFRB議長になって、雇用重視を実践している。民進党も共産党も、こうした海外の左派政党をもっと勉強すべきである。FRBのイエレン議長(AP) かつて、民進党の枝野幸男幹事長はテレビ番組で、金利を上げた(金融引き締め)ほうが経済成長すると言っていた。同じ番組に出演していた筆者は間違った政策をテレビで公言するのは左派政党としてまずいと、とっさに思ったので、テレビで間違いを言うのはやめたほうがいいと枝野氏に苦言を呈したものだ。ところが、枝野氏は改めるどころか、今でも同じ発言を繰り返している。これでは、民主党政権時代に、雇用が伸びなかったことは当然である。一方、安倍政権になって金融緩和したので、雇用は民主党時代と比較にならないほど改善した。展望なき民進党と共産党の共闘 こうした話をすると、民進党や共産党から、かならず雇用者数は伸びたが賃金が伸びていないという。これを聞くと、筆者はやっぱりわかっていない、この人たちに政権運営は無理と思ってしまう。 経済政策として何より重要なのは、雇用者数の上昇、失業率の低下である。失業率は低ければ低いほどよく、ゼロが理想であるが、実際にはゼロにならない。どうしても、雇用のミスマッチなどで、これ以上下げることができないという失業率が存在する。これを構造失業率という。失業率をこれ以上下がらない構造失業率まで低下させると、今度は賃金が上がってくる。この順番が重要で、構造失業率まで低下させないと失業を解消できないのだ。金融緩和を否定した民主党政権時代は、実際の失業率は構造失業率よりはるかに高かった。安倍政権では、現在失業率が3.2%と構造失業率と思われる2.7%の一歩手前まで低下しており、アベノミクスのさらなる推進が経済政策として正しい。 失業率が下がれば、自殺率や犯罪率が低下することが知られている。さらに、生活保護の受給率も下がる。話題のブラック企業も求人が大変になって、自ずと淘汰されるだろう。いずれにしても、雇用者数、失業率は最も重要な経済指標の一つだ。握手する岡田克也代表(右)と共産党の志位和夫委員長(左)=3月29日、国会 過去のデータからみれば、失業率を1%低下させることができると、自殺者を3000人程度少なくできる。実際に安倍政権になってから、自殺者は予想通り減少している。これは、民進党や共産党の経済政策ではなしえなかったことである。 民進党と共産党の共闘は、安全保障でも経済でも安保法廃止後の展望がない。安全保障分野では、両者の意見は違うので、何もできないという状態になる。その隙に、中国が日本領海に進出し、日本の国益が損なわれるだろう。 経済分野で、両党は意見が一致しており、世界の左派政党の標準である金融政策を否定する。その結果、雇用が確保できずに失業率も上昇し、結果として自殺率や強盗の発生率が上昇するだろう。さらに、ブラック企業が再び跋扈するようになるだろう。自らの経済政策により左派政党の金看板である雇用の破壊につながるのは、なんとも皮肉な将来である。

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    「野党統一候補」戦術 前回衆院選なら自民党は53議席減

    感を覚えているのだ。共産党は今回の参院選で戦略の大転換を行なった。「国民連合政府」構想を打ち出して全選挙区に候補を立てる従来のやり方を捨て、32の1人区で候補者を降ろし、民進党候補を中心に「野党統一候補」に一本化したことだ。 いかに組織力があっても、参院の1人区で共産党候補が当選する可能性はほとんどない。そのため、自民党にとって全選挙区に独自候補を立てて反自民党票を分裂させてくれるこれまでの共産党は強敵ではなく、敵の敵、すなわち“自民党の補完勢力”の役割を果たしていたから、怖れる存在というよりありがたい存在だった。 しかし、この方針転換によって共産党は野党連合の強力な選挙マシンとなり、初めて自民党の現実的な脅威として立ち塞がった。衝撃的なデータがある。自民党が291議席と大勝した前回総選挙(2014年)でも共産党はほとんどの小選挙区に独自候補を擁立し、当選したのは沖縄1区だけだった。だが、得票は大阪3区で約6万4000票を得たのをはじめ、都市部の小選挙区では軒並み3万票以上を獲得、全国で704万票(小選挙区)を得ている。閉会した参院本会議=6月1日 本誌は前回総選挙のデータをもとに、参院選のように共産党が候補者を降ろして民進党候補(旧民主党と旧維新の党)の候補に票を一本化していた場合、議席がどう違ったかをシミュレーションした。結果は、54選挙区で与野党の得票が逆転、自民党は53議席減の238議席と過半数を割り込んだ(公明党は1議席減)。その他に、自民党と民進党候補の得票差が5000票未満で風次第で自民が負けかねない接戦区が17もある。 「創価学会800万票」ともいわれる公明党・創価学会との“最強タッグ”を組んで大勝した自民党が、不人気で支持率が低い民進党に共産票が乗っただけで敗北していたという数字である。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は民共合作で共産党が候補者を降ろしたことが、逆に共産党の支持を伸ばしていると指摘する。 「今や庶民・弱者の政党といえるのは共産党くらい。また、共産党は党員の高齢化が言われていたが、インターネットにチャレンジして若年層にも支持を広げている。そして他流試合、他の野党と選挙協力をするなど現実政党に脱皮をはかった。この3つが支持を伸ばしている理由でしょう」 参院選の野党統一候補の応援で東北の選挙区に入っている共産党の運動員も、「これまでは共産党のチラシをなかなか受け取ってもらえなかったが、今回は共産党のノボリを立ててビラを配っているのに、いつもと違って有権者がみんな受け取ってくれる」と手応えを感じている。 安倍首相は自民党政権を脅かす真の敵が「最強の選挙マシン」の共産党だとわかっているから、共産党批判で民主党を離反させ、なんとか「民共合作」を崩そうとしているのだ。関連記事■ 民進党と共産党の選挙協力で衆参W選に自民党の勝算立たず■ 大健闘の共産党 参院選比例代表目標上回る900万票も■ 次期総選挙 無党派票が自民党批判に動き野党の乱立も解消か■ 共産党変身の仕掛け人? 小沢一郎氏が野党共闘のキーマンに■ 自民党に疑問抱く有権者 他の野党なら共産党に投票の心境も

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    政策違う自公連立与党 民進党の野党連合を批判する資格なし!

    室伏謙一(政策コンサルタント) 今回の選挙、与党である自公と「安倍政権打倒」を掲げる民進、共産、社民、生活の4党による野党連合との闘いという側面がある。野党連合側は、アベノミクスの失敗、憲法改正の意図を隠していること、平和安全法制を中心に与党を攻撃している。これに対して、与党側は野党連合を民進党と共産党による連携に単純化した上で、民進党と共産党の政策が違うということを指摘して、「気をつけよう、甘い言葉と民進党」といったキャッチコピーを繰り返す等して、野党連合を攻撃している。野党党首会談に臨む民進党の岡田克也代表(中央)ら=5月30日 しかし、民進党や共産党は「安倍政権打倒」や平和安全法制廃止、経済政策の見直しという協力できる部分で統一戦線を張っているのであって、全ての政策を共通化しているわけではない。共通化できるのであれば一つの党にまとまればいいという話であるが、それができないから別々の党として協力しているのであるから、両党の政策の違いを指摘して攻撃するというのは的外れ極まりない。 こうした協力形態は欧州諸国では当たり前であり、共産党が名称を変えて連立政権に参加した事例すらある。そもそも与党も自民党と公明党による連立政権。両党も政策の違いがあるからこそ別々の党として連立しているわけであるが、それについてはどう説明するのだろうか?まさにブーメランである。(日本ではどうも二大政党が理想という根拠なき考え方が一人歩きしているために、連立政権というのが理解されにくいのかもしれない。そういえば、自民、社会、さきがけによる連立政権の際に、「野合」だとの批判が聞かれたが、そうした現象に象徴されよう。) これに関連して、与党側は、野党連合が議席を伸ばしたとして、自公政権に替わって政権を担えるのか?という批判も繰り返し行っている。その点だけを取れば、まだ機が熟していないという答えになるが、そもそも今回は参議院議員選挙であり、政権交替を直接的にかけた選挙ではない。衆議院では自民・公明の与党が3分の2を占めており、参議院の半数改選で野党連合が大勝したとして、この状態でどうやって政権交替をするというのだろう?ご自分のことを「立法府の長」と言って憚らなかった安倍総理は、当然その程度のことはご存知だと思うが・・・国民が懸念する憲法改正は明確な争点 さて、今回の選挙でアベノミクスを前に進めるか、後に戻るかの選挙であるかのように与党側は主張してきている。(この言い方、物事を単純化するのが大好きな西の方の方々がどこかの選挙で使ったものにそっくりである。確かその時は、こうした主張に対して、自民党はノーを突きつけて闘っていたような気がするが・・・) 消費税率の引上げも先延ばしにしたし、その是非も含めてという点ではいいのかもしれないが、今回の選挙の結果、自公で参議院の3分の2を獲得した場合に対する懸念が多いことは各新聞等の世論調査で明らかになっている。3分の2を獲得した場合の懸念、それはとりもなおさず憲法改正の発議が可能になることについての懸念である。 野党連合はそうした国民の懸念を受けて、憲法改正について考え方如何を選挙戦において与党側に問うているのであるが、与党側は「それは争点ではない」と逃げている。公明党の山口代表は、ある街頭演説で「無理矢理争点」と形容していたが、無理矢理に争点にしているわけではなく、有権者の懸念事項、関心事項だから争点にしているのであって、誰も関心がないことを「無理矢理」争点にしているわけではない。 また、与党側は「議論が深まっていない」と言う。それはそのとおりである。しかし、議論が深まっていないということと、憲法改正に対する態度や考え方を争点にして有権者に判断してもらうというのは、別の話である。否、深まっていないから国民に考えてもらおうというのが、改憲勢力であっても当然であると思うが、それすらさせないというのは、憲法改正について考えさせずに、自分達に都合がいいものを国民の手の届かないところで作って、押し付けようという考えなのではないかと非難されても仕方あるまい。 経済政策については、これが争点であることについては与野党双方で異論はないようだ。ただし、それについてのアプローチが全く異なる。与党側はアベノミクスが成功し上手くいっていることを前提にそれを進めようという主張をする。一方、野党側はアベノミクスの失敗を指摘し、これをやめるべきと主張する。  与党側は雇用が改善したことを数値データで挙げ、野党側は成長の鈍化や国民の実感を数値データで挙げる。どちらも数値データという明確な根拠を持ってきての議論だが、双方とも別々の事項についてのデータを持ってきている。要するに双方とも自分達の主張に都合がいいものを持ってきているということなのだろうが、何を持ってこようとも本年1−3月期のGDP統計は、前年同期比で見ればほとんどの項目でマイナスである。問われているのは安全保障観 また、昨日8日に発表された厚生労働省の毎月勤労統計調査では、前年同月比の現金給与総額は0.2%の減少している。7月1日に発表された総務省の家計調査の5月分の速報値でも、消費支出は前月比、前年同月比とも減少している。その他、まだまだ統計データはあるが、こうしたものを見ただけでもアベノミクスの失敗は明らかである。したがって、アベノミクスを進めるなどというのは失敗に失敗という屋上屋を重ねるというのと同じであり、これにどう対処するのかが争点のはずである。日経平均株価を示すモニター=東京・東新橋 これについて与党側はアベノミクスは上手くいっていると根拠の乏しい「そうだろう」を繰り返すだけで、具体的な対処方法の案を何ら示していない。一方の野党側は民進党や共産党はそれぞれ案を示している。(ここではいちいち書かないので、選挙ビラ等で確認して欲しい。)与党が大好きな「対案」を示していないのはどちらなのか、火を見るより明らかであろう。 野党連合、元々は平和安全法制、野党側の言う所の戦争法制の廃止を目指す共闘から始まったもの。したがってこの点は重要な争点であるということができる。与党側は日本の平和と安全を守るためには、平和安全法制は絶対必要であり、それがあるから日米同盟が完全なものとなるといったご託宣を述べている。 この偏屈なユートピアンなある種の楽観主義がいかに誤ったものであるかについては、以前、拙稿「安保法制施行を受けて日本の安全保障について改めて考えてみるー政府法制では茹でガエルになります」で述べたとおりであるので、ここでは詳細には書かないが、国防・安全保障という争点に関して問われているのは、根本的な安全保障観である。  その点で、与党(といってもしっかりとした認識をお持ちの議員諸氏はもちろんおられるが)も誤りがあるが、野党側にもおかしな点がある。正しい認識を持っている候補は誰なのか、少なくとも正しい方向に向かうことを考えて主張しているのは誰なのか、よく見極める必要があろう。((公式ブログ「政治・政策を考えるヒント!」より2016年7月9日分を転載))

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    高須院長が参院選占う「野党は共産党に吸収された方がマシ」

    うことは、民進党よりも自民党のほうが先手を打っていたってことだよ。「誰でもいいから名前が売れてる人を選挙に出せ!」ってことだから。だってさあ、安倍さんは、民進党の松野(頼久)さんの娘(松野未佳さん)に出馬要請したんでしょ? しかもリップサービスじゃなくて、結構本気だったっていうんだからスゴイよね。安倍さんは攻めてる。7月の参院選も与党圧勝で、民進党は議席を減らすんじゃないかな。──民進党と共産党との選挙協力についてはどう思いますか?高須:どの程度になるかわからないけど、イマイチだろうね。それだったら、民進党と共産党が合流しちゃって、名前も「共産党」で貫き通したほうがマシだと思う。共産党だったら固定票もあるし、政策も一貫しているからね。 今の民進党が支持されないのは「反自民」っていうスタンスだからなんだと思う。「自民党に入れたくないから、仕方なしに民進党に入れよう」っていう票ばっかりなんだから、絶対に勝てない。それならわかりやすく「共産党」にしちゃったほうがマシなんじゃないかな? 消極的な「反自民票」よりも、積極的な「共産支持票」みたいな。「自民 vs 共産」の構図であれば、共産党に入れようという国民も意外と多いかもよ。 やっぱりねえ、民進党は自民党の落ちこぼれみたいな感じになってるからダメなんだよ。自民党の2軍というか。チャンスがあれば自民党に返り咲きたいと思ってる民進党の議員も少なくないと思う。それじゃあ支持されないよ。だったら、共産党が野党を吸収して、「自民 vs 共産」で一騎打ちしたほうがいい勝負になると思うね。──結局、衆参ダブル選挙の可能性は、ほぼなくなりましね。高須:僕個人としては、衆参ダブル選挙に踏み切っちゃってよかったと思うけどね。だって、消費増税の延期は、前回の衆院選の公約とは異なることなんだから。そこは筋が通っていると思う。議席を失うリスクもあるけど、むしろダブル選挙のほうが、自民党にとってはメリットがあったと思うよ。そっちのほうが、議席が増えただろうね。* * * 7月の参院選について、自民圧勝・民進惨敗と予想した高須院長。2020年の東京五輪まで続けたいという安倍首相だが、その基盤はどんどん固くなってきそうだ。【プロフィール】高須克弥(たかすかつや):1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)など。

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    シルバー民主主義は「現実」にあった 求められる第4世代への視線 

     青年局次長学生部長)/聞き手 山本みずき課題は政治家が選ばれるプロセス山本 今回の参院選から18歳選挙権が導入されますが、そもそも若者は政治の中でどんなことに関心があるのでしょうか。たとえば政治や選挙といっている人は、とにかく関心についてだけ主張しますけど、具体的な政策について何か論じている印象が私の周りにいないんですよ。安全保障と社会保障とかに関心があって、こういう社会になってほしいという。若者の関心度が高い政策は何だと思いますか。小林 やはり一つは社会保障でしょう。いきなり年金っていう人はいないと思いますが、なんとなく将来に不安がある。将来の不安をどうやったら取り除けるかが、一番の関心ではないかと若手の政治家で議論しています。たとえば奨学金もそうですし、子育、年金も。結局は人口減少が一番対策打たないといけない政策なんです。自民党として危機感を持っているのは、なんとなく日本がよくなる気がしないから。私自身も将来年金がどうなるかわからない不安に加え、結婚して子供3人育てられるのかっていう漠然とした不安はサラリーマン時代からずっと思っていた。そこをとっぱらわないと、いきなり結婚して子供を産むということになりませんよね。(瀧誠四郎撮影)山本 だからこそ若い人の多くがシルバーデモクラシーに対して不満を抱いているという声もよく聞きます。そもそも現状はシルバーデモクラシーなのか、それはいけないことなのか、打開するために若者を政治に参加させるのか、どうでしょう。小林 現実にシルバーデモクラシーは起こっていたと思います。だからサービス過剰でそれを抑えさせてくれということになって、今時点の瞬間をみるとなくなりつつあるんです。一方で、シルバーデモクラシーの是非については、やはり政治家が選ばれるプロセスをみると現実に起こり得る問題です。若者がたくさん参加すると、逆に若者の要望ばかり重視する可能性もあります。じゃあ若者がどうするべきかといえば、自分たちが政治に参加しないと、高齢者ばかりに目が向いてしまうということを実感することでしょうね。山本 参院選で自民党は若者のための具体的な政策を用意していますか。小林 もちろん、奨学金や子育てに加えて、もう一つは参政権、被選挙権も引き下げを検討しようじゃないかと。学生さんとの意見交換の中で出てきたテーマなんです。山本 きっとこの記事を読んでいる人もどのように政治に関わったらいいかわからない人もいると思うんです。自民党は若者が出した意見を党の中ですぐに反映してくれるので、意見が言いやすいというか、けっこう自民党は動いてくれますよね。小林 それが自民党のいいところだと思っていて、意思決定のやり方が明確になっているからです。まず適切にアプローチすれば検討が始まるし、その根回しをしっかりやっていけば説得することもできる。それが自民党のいいところなんです。デジタル世代の声も取り入れたい山本 その上で、18選挙権がスタートしたその意義についてどう思いますか。小林 まちがいなく言えるのはより幅広い意見を取り入れたいという政治のメッセージです。それが何歳までいけるかと考えたとき世界的にみて18歳だよねと。多様化してきているし、時代が早く変わっていくから。いまの日本は4世代が共存している。戦後復興の人、高度経済成長の人いわゆるバブル世代、それから私たちのような高度経済成長を知らない世代、それから最初からスマホを使っているデジタルメディア世代。この4世代が生きているので、上の3世代の意見だけではもうやっていけないねと。デジタル世代の人の思いも受け止めたいというのが目的ですね。山本 やはり、今まではその辺の声があまり届いていなかったのでしょうか。(瀧誠四郎撮影)小林 そうですね。いまでも自民党は一期生が120人ぐらい、だいぶ若返っていますけど、その辺の意見は入ってない。山本 18歳選挙権になったことでより若い世代、いわゆる4世代目の声は届くようになりましたか。小林 届きやすくなりましたよ。党内でも会議で若い人はどう考えているんだろうねっていう話が必ず上がってくるようになったんです。それに対して私たちが意見を言うと入りやすくなった。山本 逆に主体的に若い人から声が届くことはありますか。小林 それこそ山本さんも声をいっぱいかけられていると思いますが、いろんな若い団体が政治家にアプローチしようと動き始めてくれています。山本 小林さんは自民党の中でも若い世代にアプローチするイメージがありますが、自民党として何か取り組みは。小林 昨年、牧原秀樹さんが青年局長になったときに18歳選挙権に向けて何をやるか議論しまして、リアルユースプロジェクトを始めたんですね。これはなるべく学生でも社会人でもいいから若い人たちと議員が直接会う機会を作るという取り組みなんです。大学でも高校でも行くし、居酒屋さんでも行く。山本 実際にどうやれば参加してもらえますか。小林 青年局に連絡をもらえればいいですが、こっちからも大学や団体とかに手紙を出したりしています。居酒屋でやりませんかと呼びかけたり。京都の自民党学生部はけっこう居酒屋でやってますよ。もう全国で20回以上そういうイベントをやっています。山本 動画を使ったPRもやってますよね。小林 議員の思いや国会情勢などを動画で見せるカフェスタですね。こういう取り組みはもっとやっていかないといけない。若い人への配信方法を考えてやったのは、インフォグラフィックスといって見えやすいようにグラフにするなど、スマホユーザーが一目でわかるような見せ方をしているんです。山本 逆に若者はどのように政治に関わるべきなのでしょうか。私が思うのは、政治に関わるといってもただ単に投票に行けばいいのではなくて、それなりに教養や見識も必要だし、知識も必要だと。そうでなければ民主主義においては悪い結果にもなる可能性もあるじゃないですか。ならば、私たち若者は政治に関わるときに何に注意すべきなんでしょうか。小林 まず、その若いがゆえにスマホは使うので、だれか一人でもいいので、ツイッターとかフェイスブックでもインスタグラムでフォローしておくのがいいです。フォローして、その人が言っていることを軸にいろんなことを考える。すべてを信じる必要はないと思いますが、その人が取り上げているニュースや事柄を冷静にとらえて、この人はこう言っているけど、どうなんだろって広げていけばいいではないかと思いますね。子供は一つの情報に触れると、偏って洗脳されてしまうという人いますが、どんどんみんな冷静になっているので大丈夫でしょう。18歳選挙権をブームで終わらせたくない18歳選挙権をブームで終わらせたくない山本 それはそうだと思いますね。若い世代はイデオロギーに左右される人ってすごい少なくなっている気がします。上の世代の人が左右の闘争をしてきたからだと思いますけど、むしろ右左の闘争を敬遠するような雰囲気があるような気がします。小林 少なくとも私はすごく冷静。上の世代の人に比べるとね。たとえば、性的少数者のLGBTの問題はイデオロギー的にけっこうはじきたいと思っている保守の人は多いですから。でもわれわれからすると、それは当たり前じゃないかという感覚。その時点で感覚が違っています。山本 これから選挙に行こうとしている18歳、19歳に伝えたいことはありますか。小林 いろんな政治家や大人からまだ18歳は早いのではないかと話もありましたが、私はより若い人の方が新しい感覚を持っていて、より情報に触れていると思っていて、私たちは信じています。そういう思いもあって18、19歳は240万人で有権者の2%ぐらいだと言われますが、この世代の声も聞きたい。だから、みなさんがメッセージや手紙を出すと思って選挙に行ってほしい。白票ならもっとがんばれってことでしょうし、どこか別の党の一票ならその政党がんばれってことだと思うので、思いを表現してもらえればと思いますね。だれか政治家をベンチマークしてツイッターやフェイスブックをフォローしてあとは追いかけていくことが重要だと思います。私はこの18歳選挙権をブームで終わらせたくない。そういう意味で全国に学生担当を置いたので、ぜひ身近な政治家にアプローチしてほしい。(瀧誠四郎撮影)山本 選挙のたびに出す政策が自民党は多いですが、その中でこれが柱だという政策は何でしょうか。争点はアベノミクスですけど、自民が描く社会ビジョンと一致するようなものは。小林 一億総活躍なんでしょう。なぜかというと、人口減少時代をどうやって明るくしていくのかが重要だから。これは出生率を上げる一番の方法だと思っていて、何が暗いかというと人が減って働き手がいなくなる、社会の支え手がいなくなることが根本にあるんです。でも、一方で寿命はすごく伸びて、ほぼ人生100年時代が訪れたと言ってもいい。だから、支えられる側が、実は支える側なんですよという自覚をもって社会に参画はしているけども、もっとやってもらう政策が将来を明るくしてくれると思っています。山本 その一億総活躍の中で具体的なものは何がありますか。小林 女性が働きやすくするということで、一番のテーマは働き方改革ですね。私もサラリーマン時代に終電まで働いていたのですが、そうすると、彼女もできないし、飲み会もできない。それが結婚になるとますます大変になる。結局、日本の長時間労働が少子化を招いている。そこの長時間労働を効率的にできるか、別に会社にいなくていいし、週2でも正社員でいい。非正規と正規の区分けすら時代に合わない中で、こういう時代に合ったものにしていかないといけない。山本 そうですね。雇用の問題は女性の社会進出という面では私も女性ですから、すでに働いている先輩から聞いてみると、以前に比べて改善されたと言っていますが、それでも働きにくいようです。子供を生んでいる人は、子供をどこにあずけたらいいのか悩んでいますし、この点は自分がその立場になるまでには解決していてほしいなと思います。小林 そう思いますね。事業内保育所もどんどん企業につくってくださいと呼びかけています。駅の中でもいいですし、なんかそういうかたちで国だけがやるものでもないし、社会全体が子育てしながら働くことが当たり前にできる状態にしていかないといけない。山本 ところで、ほかの党と比べて自民党の強みと、弱みは何でしょうか。小林 強みは、意思決定する仕組みがきちんとある点で、どんなにもめても決めるときはきっちり決める。その後は決まったらそれでやる。もう一つ、意外と進化する政党なんですよ。新しいものは早く取り入れようとする。守るべきものはきちんと守って、新たに入れないといけない観点などはどんどん入れています。インターネット放送を始めたのも野党時代の自民党です。候補者選定はオープンにするべき候補者選定はオープンにするべき山本 逆に弱みはどうでしょう。小林 自民党は組織があることが強みなんですよね。全国にあってそこに青年部、学生部も今回つくって全国に窓口がありますから。でも組織がある分、候補者選定について、いかにオープンにするかということでしょうか。山本 自民党はこの前インターネット公募も始めましたよね。小林 そうです。それもその一環です。一度支部長が決まると、その選挙に勝っても負けてもやるというとか、入れ替わりができない。なぜこの人なのっていうケースが地域によってはあります。じゃあ、それをすぐに入れ替えれるかというとできない。与党としてそれは考えないとけないでしょうね。山本 最近自民党の若手は公募の方が多いようですね。小林 増えましたね。自民党も意識しているようで、候補者の選考過程をオープンにして納得してもらって代表を選ぼうとしている。これは野党時代の経験も踏まえているようですね。山本 小林さんはまだ問題を起こしていませんが(笑)、公募の議員にスキャンダルなどがあると、選考の仕方が悪いという話もありますよね。実際どうですか、厳しい審査しているようですが。(瀧誠四郎撮影)小林 さすがに身辺調査はどこの党もやっていません。企業だってやっていませんから。そういう意味で何を調査するかってことですけど、一つは論文と面接なので面接の数を増やすということでしょうか。それ以上どうするか悩ましいところがあります。一方で公募でない人も問題を起こしていて(笑)。公募だからというわけでもないかもしれません。山本 何かやらかしてしまうのは、それだけ大きな魅力を持っていることの裏返しでしょうね。小林 さあ、それはどうでしょうね。うらやましいですけど(笑)。今政治に入ってくる人はどこかネジが飛んでいるというか。自分が日本国民の意識を変えれば日本が変わるってずっと思っていて、だから携帯電話会社を選んだんですよ。携帯電話はずっとみんなが肌身離さず持っているから、そこにメッセージを届ける仕事をやっていくと人の気持ちを変えられるのじゃないかと思いました。山本 たしかに結構変わりますよね。小林 そうですよ。ハンバーガー店のクーポンが来たら食べたくなるでしょう。これが政治のメッセージなら意識が変わるかもしれないと思って携帯電話会を選びましたけど、政治の世界の方が早くできるのではないかと。だから政治の世界を選んだんですよ。山本 そういう議員さんは他にもいますか。小林 それぞれのモチベーションはあるんだと思いますね。みんな結構できるはずだと思い込んでいる。自信なのか妄想なのか、思い込みですかね。山本 野党に望むことはありますか。小林 どんどん適切な指摘をしてほしいですね。ただ、今やっている野党の戦いはもったいないと感じています。もっとちゃんと指摘すれば突っ込めるとこあるのに。なぜ言わないのと思うところはあります。本来は教育の部分などは指摘すべきでしょう。そもそも大学が多すぎるんですよ。そこは自民党として言いづらいところなですよ。なぜ奨学金を出さないのとか、大学にみんな行き過ぎるとか、ほかにもいっぱいあります。山本 野党から指摘されたら実現できますか。小林 できるでしょう。すぐに来年からとはいきませんが、この先10年間で、この基準以下の大学にはもう助成しませんとかやれば。そうすれば社会で活躍できる人材を生み出せる大学が残るでしょうね。学生への期待や教育のルールが間違っている山本 ところで、自民党青年局学生部長の小林さんはどんな大学生だったか教えてください。小林 高校では野球部だったこともあって、大学生になってようやく髪が伸ばせるようになったんです。だからうれしくて髪を伸ばして金髪にしてピアス開けていました。大学でも野球部だったんですけどね。山本 大学野球部の髪型などの規則はゆるかったんですね。小林 そうですね。野球をやりながら冬は福島でスノーボードのインストラクターもやって。本当に大学生らしい大学生でしたよ。(瀧誠四郎撮影)山本 学生時代はあまり政治との関わりがなかったように感じますが、当時から政治に興味はありましたか。小林 地元が宮沢喜一元総理の選挙区で、家族が応援していたので、なんとなく政治家に会うことが多かったという点があります。山本 では、政治家になろうと思ったきっかけは。小林 根本には政治が身近だったことがありますけど、大学の時にインターンシップで選挙を手伝ったんですよ。それで、政治家の生き方は現実にあり得るなと思ったんです。それと、決定的な理由が2つ。就職したNTTドコモで法人営業をやっていたとき、お客さんに説明する際に、国のルールでこれ以上やっちゃいけないとか、これはルールで縛られているからできないとか、すごくもったいないと思うことが多かった。もっと世界に展開すれば、面白いことができるのにという思いを何度もしたんです。もう一つは人事の採用担当になって学生さんと話していたとき、98%ぐらいの学生はとりあえず会社に入りたいと言うんです。会社って本当は生き方を選ぶ一つであって、独立してもいいし、職人という道もあるし、フリーターでもいいはずなんです。でもなんとなく会社に行きたいという考え方を植え付けている日本の教育って本当に大丈夫かって感じたんです。山本 そこに問題意識を持ったわけですね。小林 そうです。レベルの高い大学入った学生でも会社で活躍できなかったりするんです。高レベルの大学の学生は期待をかけられて、多くがそれに応えることができますが、社会に出たら活躍できませんとなる原因は、期待のかけ方がそもそも間違っているから。最初は学生の努力が足りないのかなって、いろいろ考えたんですけど、学生への期待とか教育のルールが間違っているんじゃないかと感じたんです。目指しているのは「キャリア教育基本法」山本 それは受験のための学校教育という点でしょうか。小林 そう、基本的に中学、高校から大学行きなさいって教えられるでしょ。山本 そういう進路を選ぶ生徒が褒められますよね。小林 美容師とか、パティシエとか大工になりたいとか思いたくても、そういう職業に触れる機会すらない。そしてそういう職業に行くことは道をはずれることだという雰囲気があるじゃないですか。山本 その経験を踏まえて何か実際に取り組んでいることは。(瀧誠四郎撮影)小林 議員になってすぐに仲間といっしょにキャリア教育基本法を議員立法として目指しました。小中学校の子供たちに、社会人とふれあう機会をつくっていくんです。学校をオープンして、いろんな社会人と触れ合っていく。やっぱり人は触れ合いの中で志や夢が生まれてくるものですから。その機会をつくろうじゃないかという法律なんですけど、これは議員立法ですから、まだ審議にはかけられていませんが。山本 自民党の中で受験教育の仕組みを変えるような方向性はないのでしょうか。小林 実は2020年までに大きく変わっていくんです。一番大きいのはセンター試験の形式が変わって複数回になっていきます。もう一つは記述式を入れていくことになります。人工知能が大学受験すると300ぐらいの大学に合格してしまうといわれている時代になっていて、やはり暗記するのが人間の能力として伸ばすところではないというのが共通認識ですね。山本 私は海外渡航経験が多い方ですが、外国の友人から、日本人は考える力がないと言われるんですよ。日本では大学受験のときに日本史も世界史も英語もすべて記憶、知識の詰め込みばかりじゃないすか。でも例えばフィンランドの友人は高校ではもう、大学と同じ論述式のものを定期試験で課せられるんです。その設問に対してどのように考えて、その問題を解決するためにどうすればいいかまで考えさせられるそうです。知識の詰め込みは物事を考えるよりも簡単なことなのでそれは中学までに終わらせておくべきだと。日本も早くそういう方向に進んでほしいなって思ってたんですけど、こういう方針を自民党が打ち出してくれたらうれしいです。小林 ちょっと時間かかりましたけど、その分急がなきゃいけない。一方で、中学までの日本の教育はすばらしいと思っていて。ルールも守れるし、しっかりと計算もできる。山本 政治家として社会をこうしたいという思いをうかがいましたが、どうして自民党を選んだのですか。小林 民間企業にいるときは当然ですが、最終的には結果を出していかないといけない。これと同じで要は世の中を動かせるかと考えたときに、自民党を動かさないといけないという思いがあったんです。自民党は長く与党にいたというのが一つ、もう一つは基本的に人間に可能性を感じているので、人間が自主的に前向きに動くことをいかに応援していくか、そこが重要だと思っていて、自民党が掲げる自主自立という考え方が一番フィットするなと思ったからです。山本 小林さんは政治家として今後何を目指していきますか。小林 当面はテクノロジーを最も理解している政治家になろうと思います。山本 それって珍しいなと思いますね。自民党は安全保障の色が濃いし、それに強い議員さんも多いですから。小林さんからはあまりその分野の言及がないですよね。小林 なぜかというと、日本は課題がいっぱいあるじゃないですか。それを解決するには日本が持つテクノロジー技術を社会に実装していって、より国をスマートすれば可能になるんです。結局、安全保障もテクノロジーの世界で、サイバーとか宇宙ですから。そこを理解せずして世界情勢は語れないですよ。こばやし・ふみあき 自民党青年局次長学生部長。1983年、広島県生まれ。上智大理工学部卒業後の2007年、NTTドコモに入社。2012年の衆院選に広島7区から出馬して初当選し現在2期目。現在、ネットメディア局次長、情報通信戦略調査会事務局次長なども務めている。

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    政治は「嫌老社会」を阻止できるか

    「嫌老社会」。作家、五木寛之は近い将来、超高齢化が進む日本で若者が老人を嫌う社会がやって来ると予言した。むろん背景にあるのは「世代間格差」である。「若肉老食」と揶揄される日本社会の先には何が待っているのか。政治はこの不毛な世代間対立に終止符を打てるのか。

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    18歳は「特別」じゃない! 老いゆくニッポンに世代対立は危険である

    員、党特命副幹事長)/聞き手 山本みずき政治を語るようになるには時間がかかる山本 今年6月から18歳選挙権が適用され、約240万人の有権者が新たに増えました。実際、どのような意義があったとお考えですか?馬淵 これまでは二十歳から投票できたけど投票率は極めて低い。そう考えるとそれほど大きな変化が訪れるとは思えない。今回、18歳、19歳の方はある意味注目されているので選挙に足を運んでくれるでしょう。だけど5年、10年という過程の中で18歳、19歳、20代になる人たちがちゃんと投票するのかっていうのは、僕はすごく慎重に見ている。だって2年しか変わんないんだから。(瀧誠四郎撮影) なぜ二十歳の人たちは20%台しか投票に行かないのか。18歳になったから何か特別なことが起きるわけでも何でもない。結局それは政治リテラシー、いわゆる政治教育というのが為されていないから。自分でどうしていいか分からないし、投じた1票も社会に貢献出来ているか実感が持てない。投票行動に目覚めるのはやはり社会的な課題が自分に押し寄せてきたとき。生活の課題が政治に直結するということに実感をもって、やっと参画してくれる。高齢者がなぜ投票率が高いかというとその蓄積だから。医療も介護も年金も全部自分の身の回り360度政治にかかわっていると実感できるからです。  じゃあ何をしなきゃいけないのかというと生まれた時から皆さんは政治にかかわっているんですよという政治リテラシーをしっかり教育しなきゃ駄目。それがないのに、申し訳ないけれども18歳以上になったから投票って、それは単に「パーティー・ピープル」集めただけの話。そういう政治の取り組みというのは僕は根本的に間違っていると思っているので、期待はしていますけどもそこはそう簡単じゃないと思っています。山本 18歳とか19歳でまわりの友達に政治に感心があるっていう子がいたとしたら、むしろ何か健全じゃないイメージがあります。馬淵 そういう運動してる子は僕らが学生の時にもいたわけ。ほんと1%、もっと少なかったかもしれないけど、いた。でもそういう人たちはサイレント・マジョリティーの声を代弁していないから。みんな黙って冷ややかに見ているし、それこそレジャーランド化してたっていわれるぐらいの大学時代だったからね。世の中、学生時代はほんとに勉強してる人もいたかもしれないけど、あとはモラトリアム期間として楽しんでただけよね。社会に出て、やっと厳しさが分かって、40代になったぐらいにようやく自分で政治のことを一言二言語るようになる。これだけ時間かかるっていうことをちゃんと真摯にとらまえて、じゃ若い時にそういう社会的な課題に目を向けられる何か萌芽となるようなものを、われわれが提示しているかってことだよね。二項対立において物事を考えようとするのは危険若者と高齢者の二項対立で考えるのは危険山本 最近若い18歳から20代の選挙関心を高め投票行動をうながすために若者の政治団体でもそういう活動している人がいるんですけど、彼らが口をそろえて言うのがシルバー・デモクラシーの打破なんですよ。シルバー・デモクラシーはよくないから若者が投票に行かなければいけない。それって政治への関わり方として私はおかしいと思うんですが。馬淵 高齢者も若者もって二層化するような話じゃなくて、政治はすべての人が対象だからね。確かに声が大きいっていうのはあるかもしれないけれど、若い方々も必ず高齢になっていくわけで、自分たちだけ疎外されているわけではないからね。高齢者に手厚くされすぎてて余りにも困難な状況が生まれすぎているのであれば声を上げてもらえればいいけれど、僕はその二項対立において物事を考えようとするっていうのはすごく危険を感じますよ。(瀧誠四郎撮影) 僕は議員として13年、浪人時代を入れると18年ほど政治活動をしてきて、学生さんをずっとインターンで受け入れているけど、彼らと政治の話なんかほとんどしない。むしろ礼儀作法から就職、結婚、恋愛、アルバイト、世の中で生きていくとはどういうことかってことをずっと伝える。だからうちのインターンの子たちはいろんなときに相談に来る。馬淵澄夫というおじさんはお父さんにみたいに心配してくれるけど父親だといいにくいことも、結婚のことも恋愛のことも相談乗ってくれる。第2のホストファミリーじゃないけれど人に向き合うってことを政治家がやっていれば興味を持ってくれる。山本 なかなかそこまで真剣に一人ひとりの個人的な悩みにまで向き合って接してくれるような存在がいない。馬淵 街のよろず屋なんだから、政治家はね。馬淵澄夫事務所を立ち上げた時、もちろん浪人中でバッジもないので日ごろの悩み相談ぐらいの気持ちでやってたら、何とうちにくる相談で一番多かったのが離婚と借金の申し入れ(笑)。まあまあしょうがない。それでもね、ちゃんと向き合ってあげると解決が出てくるし、ときには高齢者虐待防止法につながる事案に直接触れ合うことが出来た。年老いた80のおばあさんに55の息子が暴力を振るった事案で、配偶者あるいは子供という形の当時のDV、虐待防止法の中に当てはまらないということでなかなか手を出せない状況が続いていた。それをどうにかして社会として食い止めなきゃいけないっていうことで立法化への提案の起点になった。与党が触れられたくないのは安保と憲法与党が触れられたくないのは安保と憲法山本 民進党の結党大会でシールズ代表の奥田愛基くんがスピーチしました。馬淵 少なくとも去年の安保法制のときシールズの皆さんがある意味、若者から政治運動を起こすという大きなムーブメントを作られたのは事実なので、それとわれわれ民進党がやろうとしていることっていうのは同じ方向性なんだってところで共感をもってもらえたんじゃないかなあ。(瀧誠四郎撮影)山本 とても話題になったと思うんですけど、若者といっても意見はたくさんあるので、どちらかというと私の回りでいうとシールズに対して冷ややかな目で見ている人の方が圧倒的に多いです。馬淵 うちは不易塾と称して塾生を受け入れてるんだけど圧倒的に多いよね。「あんなところ私は行かない」と。「そんな時間があったらバイトしなきゃいけない」「勉強しなきゃいけない」ぐらいの感覚の人が多い。だけど、そうじゃないっていう子たちもああやって運動しているし、先程いったように僕らが学生のときにもいたある一定の層だとは思うね。山本 今回の参院選でも政策がとても多い。そこで目玉になる政策は何か、お聞かせいただけますか。馬淵 目玉政策と選挙争点というのはずれがあるのね。選挙争点というのは通常、与党が設定でき、勝てる土俵をつくるわけで、負ける土俵の争点をつくる阿呆はいないから。なのでマニフェストの難しさというのは政策を幅広く置いておく。選挙というのは単純に政策を並べて比較するっていう場じゃない、生きものなんですよ。流れの中で党首の発言、あるいはどこかの候補者の失言、これによって世の中の空気ががらっと変わる。いわゆる潮目というのは動く、生ものなんです。この感覚を持たないやつは選挙に負ける。 安倍さんは今回、争点はアベノミクスだと言った。だけどこの1年半、景気対策、雇用対策を含めて成果があるっていっても誰一人実感がないよね。一番メーンでやったのは何かって問われたら、皆さん頭に浮かぶのは安保法制でしょう。結局、経済と言いながら経済を置き去りにしてきた結果、消費税だって先送りせざるを得なかった。こういう状況を考えると彼らがつくった土俵は触れられたくないところが幾つかある。それは安保と憲法、国民の過半数以上がいまだに「コレ大丈夫か」っていう不安を感じている。そこに争点を持っていきたくないというのが見え隠れする。 僕は感度分析っていうのをずっとやってるんだけど、ちょっと前まで上位にあったのは「政治とカネ」。舛添都知事がやめてそれが沈静化すると、その裏返しで高くなったのが「年金」。年金はやっぱりみんな不安なんだ。高齢者だけじゃない、若者だって払ってるんだからね。「第2の消えた年金」糺せるのは民進党だけ「第2の消えた年金」ただせるのは民進党だけ山本 常に不安をあおられてるような気分です。若者が損してるみたいな。馬淵 年金、子育て支援にフォーカスを絞ると、経済政策が何一つ功を奏していないわけだからこちらに土俵をあるいはリングをこしらえて年金で戦うっていうのが今回の選挙の重要争点になるんじゃないかと僕は思っている。 安倍政権は年金の積立金140兆円を、国内国外合わせて最大67%、3分の2も株式投資できるようにした。世界中でこんな国ないからね。あの投資大国のアメリカでさえ100%国内運用です。結果、何が起きたかというと去年たった3カ月で8兆円の損失、イギリスのEU離脱で1日で1200円株価が下落して1兆円の損失。それも国民の誰も頼んでいない株の運用で株価をつり上げてアベノミクスが失敗だといわれないためで、このまま放置していいのかってことを、やはりキチッと言わないといけない。(瀧誠四郎撮影) 年金問題というのはまさに第2の消えた年金になる。これをただすことができるのは民進党しかないから。民進党が駄目だって反対してきたわけだから。安定した運用、株価つり上げのため年金を毀損させるような制度を変えなきゃいけないんだと、ちゃんと言えば新しいリングでの戦いになる。山本 野党共闘のあと、どういう社会を実現したいのかというのが見えてきません。民進党はどのようなビジョンを抱いているのか。馬淵 野党共闘は何のためにやったか。今回の選挙は政権選択じゃなく安倍政権の中間評価なの。○か☓かの評価をしてもらうときに☓をつけるところがいくつもあったら結果○が勝っちゃうから中間評価をはっきりさせるために、全国32の1人区はすべて野党共闘が実現できた。民進党という立場でいえば、ずーっと言い続けているけれども支え合う社会。個の自立ということに重きを置いて、国富という成長の果実を再び投資に振り向けるのが自民党。一方、社会保障や年金、子育て、医療、介護に振り向けるのが民進党。低成長時代にはそれが必要じゃないかということを訴えている。 明確に立ち位置と理念が違うが、自民党政治も決して否定はしない。高度経済成長時代に右肩上がりで伸びていくときには確かに再投資が必要だった。それはインフラ整備、社会の仕組みづくりに使われ、事実日本は豊かになった。でも低成長時代、場合によってはマイナス成長になるかもしれない今必要なのは、安心と安全の仕組みづくりで、だから再分配政策が必要。ともに成長は求めるが、自民党との大きな違いです。 今回はあくまでも政権選択ではなくて中間評価として野党統一の枠組みをつくった。次の総選挙、この時にはちゃんと示さなきゃいけないね。共産党と一緒になるのでなければ共産党と共に政権運営をするということは言えないですから。中途半端な協力はないし、一方、本当に共産党と連立政権なんか組めるのかという極めて厳しい現実を見つめなければならないと思う。参議院選挙が終わればまた、いろんな景色が見えてくる。その時また野党がどうなるのかというのを考えていくことになると思います。今やるべきは消費税5%への引き下げ、これ一本今やるべきは消費税5%への引き下げ、これ一本山本 馬淵さん個人の掲げている消費減税5%について。馬淵 過去においては消費税創設時、あるいは5%引き上げ時、必ず増税に対する見合いの減税がセットとして行われてきた。だから景気へのインパクトを抑えられたのだが、今回日本は史上初めての純増税を行った。これは当然ながら景気が上向きじゃなければものすごい影響を与え、事実、消費支出は下がり続けている。安倍政権はこれから大型の補正予算を組むって言ってるけど、中身は公共事業のバラ売りだからね。(瀧誠四郎撮影) 公共事業にいま何が起きてるかというと、僕らの時いろいろ怒られながら5兆円まで削って半減したのを10兆円まで膨らませた結果、いまは余ってるんです。東日本大震災の復興需要、オリンピック需要など建設業はインフラ投資が山ほどあるから、結局、公共事業を積んでも消化できず、3兆円を国庫に戻すような状況が起きている。この3兆円も相変わらず無駄なことをいっぱいやって基金に積み立てたりしてるので、これも税金の無駄遣い。いまそれを監視する仕組みが自民党には全くないので、これを徹底すれば消費税の増税分3%の税収分について十分に確保できる。  本来は景気がよくなったら上げればいい。景気が悪くなるのに上げてきたということが失敗。それは民主党がやったんじゃないかといわれるがそれは違う。われわれは附則の18条で景気条項をつけ、景気が悪化するような状況では消費税は上げないという仕組みをつくっている。本来いま何が必要かと問われれば消費税を下げるべきだ。これはぼくの個人的な意見なんでね。僕がもし代表だったら民進党の経済政策は消費税5%引き下げ、これ一本だよね。民進党は経済政策がないっていわれてるよね。それは中途半端だからだよ。まあ、おれ代表じゃないから、代表選に弱いから(笑)。人は「理念」で動くと実感した人は「理念」で動くと実感した山本 この記事を読む学生の方は政治にもちろん興味があって、中には政治家になりたいと思っている方もいるかと思います。馬淵さん自身はどのような学生生活を送っていたのですか。馬淵 僕は横浜国立大学工学部の土木学科出身で、田中角栄さんに憧れ、いずれは「土建屋になって政治家になりたい」という夢があったんですけど、当時は政治家なんて雲の上の人で、秘書に会うことすらままならない。だから自分なりのストーリーを描いて、社会人になってどういう商売をしたらいいのか、どんなふうにビジネス展開したらいいのか、友達とお酒をくみ交わして話していました。山本 政治家になりたいっていう学生は学生時代から政治活動に参加している人が多いですが、何をきっかけに政治家になられたんですか。(瀧誠四郎撮影)馬淵 大学を出て最初はゼネコンの三井建設に5年勤めました。土木技術部の研究職で、実験をやって論文を書いたり、もう完全に学術の世界に入って「こんなことやってたら商売のいろはも何も知らないまま終わってしまう」と思い、上司に「現場に出してほしい」と言ったんだけど出してもらえず、5年過ぎたとこで、予定通り会社を辞めたんです。辞めてさあ、どうしようか。就職活動も含め考えなあかんというときに、商売を始めるんだったら大阪だということで結婚したての女房と二人で大阪に行きました。 今じゃもう死語だけど、大阪で雇ってもらった不動産会社では丁稚奉公で最初草刈りで次は運転手。バブル華やかなりし時で小さな不動産屋さんに勤めたつもりが大資産家の末弟の会社で、大変な資産を持ったオーナーが株式投資をしていた。運転手をしながら耳学問でいろんなことを学んで「すごいな、こんなお金動かしてんだ。このオーナーに食らいつかなきゃだめだ」って(笑)。やがてこいつ、ちょっと面白いなって思われるような幾つかのことが起きて、オーナーから「じゃ、ちょっとお前やってみろ」って仕事をさせてもらえるようになった。オーナーがやっていた株式投資はやがて事業買収、企業買収に転換していき、買収した会社に送り込まれてはいろんなPL(損益計算書)、BS(貸借対照表)を見て企業がどういう体質でなぜダメになったのか、自ら経営を学ぶなか、やがて上場会社を傘下に収めるチャンスが来た。 敵対的買収にあっている企業をホワイトナイト、第三者割当増資で助けるという場面に遭遇し、それら一切を任されたのが29歳でした。それに勝って僕はその上場会社に送り込まれ、32歳と8カ月で当時史上最年少の非同族の役員になった。会社経営者として、世界中のさまざまな経済を触れながらの感覚だったのでそれは面白かった。夢に見てた会社経営、ビジネスの世界だった。 だけど自分の中でいうと、企業を率いるっていうことはとても大切だけど、結局、人はお金では動かない。何で動くのかというと、きれい事ではなく「理念」だった。人は理念で動くというのを企業経営を通じて実感したとき、自分の生きる道はここではなく政治の世界だという思いがより強く募った。それで帰国して「準備はまだ不十分だけど、もう、踏ん切りつけて、選挙出よう」というふうに気持ちを切り替え、39歳で選挙に出た。やっとたどりついたなーみたいなところだったです。長かった。民進党はオレがオレが人が多いから民進党はオレがオレがの人が多いから山本 当時どうして民主党を選んだんですか。馬淵 既存の政党には実は全く興味がなかった。そうはいっても政治の世界なので与党でなければ意味がないというのもあり、自民党という政党に対していろいろ見てたんだけれども、ものすごくがっかりすることが幾つかあって「いや、この政党ダメだなあ」と。既得権の中にどっぷり浸かって、ニューカマーの台頭なんか押しのけるような古い古いしきたりの中で、それってサラリーマンが長く平社員からスタートして上がっていくのとそんなに変わらないじゃないかと。自分は中小零細のオヤジだったわけだから、むしろ新しいところでやるほうがいいのかなと思ってたとき、たまたま出会ったのが民主党だった。最初は民主党も「駄目じゃん、こんなとこ」って思ってたんだけど、当時の枝野さんや前原さん、野田さん、出会った若手の政治家たちが結構、衝撃的だった。 自民党の政治家からもいっぱいアプローチを受けていたので、「どうやったら(選挙に)勝てるんですか?」と聞くと、「後援会を引き継ぐんだから、それなりのお金も用意しなきゃいけない」とかいうのが暗に出てくるわけです。「ああ、やっぱりそういう世界なんだ」と思って半ば幻滅していたときに、民主党の政治家たちは「そんなものあるわけないじゃないですか」と。「選挙やるためにどれだけのお金用意するんだ」っていうと「選挙資金は党からもらうんです」と言うんです。「そんなんでできるわけないだろ」っていう話をしたら「僕たちはこうやって勝ってきた。マイク一本で訴えて勝ってきた」。それ聞いたとき頭をがーんと殴られた感じになってね。なんか幕末の志士のようなね、清々しさがそこにあった。(瀧誠四郎撮影)山本 それは今も変わりませんか。馬淵 いやー微妙だな(笑)。既存政党になってしまったからなあ。だけど当時それぐらい清心なイメージだった。「だからこの人たちとやってみたいな。ああ、こういう人たちが集まる政党って面白いなあ」と思って「じゃあ、民主党でやろう」と。それが民主党との出会いですよね。山本 民進党には、優秀で理念もあって信念の強い政治家の方が多いと思うんですが、メディアにあまり出てきません。鳩山(由紀夫)さんは最近もいろいろ話題になっていますが。馬淵 鳩山さんの行動でいろんな方からご叱責を受けるけれども、今は党籍もたずの一般の方なわけでその人の言論を封じることなんてできないじゃないですか。まあ政党という歴史の歩みの中でみると総理を経験された方がそれはどうかなと思うことは幾つかありますよ。個人的にはね。そういう発言はあえてしなくてもいいんじゃないかなとか思うけれども、これも繰り返しになるけど言論の自由だからね。 確かに民主党というのは優秀な人が集まってるといわれるけども組織論ができていない。それは残念ながら一般社会の組織の中での経験を積んだ人が少ないんだよね。組織全体でいうと裏方のような仕事というのはものすごくたくさんある。むしろそっちが8割くらい。ところが民進党に来ている人たちというのは圧倒的にオレがオレがの人が多いから。そりゃそうだよ、自分の顔写真貼って平気な人たちだよ、おかしいでしょ、普通に考えたら。みんなテレビに映る予算委員会に出たい、何とか討論に出たいわけ。僕はもう今そういう興味ないけど、組織の中で裏方はすごく大事。だけど民進党は裏方に徹する人がすごく少ないもんだから組織としてのまとまりが欠けちゃう。山本 最後に若い方々へメッセージをいただけるとありがたいです。馬淵 ぜひ若い皆さん方には自分の一生を通じて政治は関わるんだということを直接政治家と話をして感じ取ってもらいたいんです。どんなふうに世の中を変えようと思ってるのかということを率直にぶつけてください。おざなりに返事するような人ははっきり言って投票しなくていいですから、懇切丁寧に一つひとつ寄り添って答えてくれる、そういう政治家を私は選ぶと決めてもらえれば、それがまさに政治リテラシーを吸収し消化していく第一歩になります。お祭り騒ぎの選挙ではなく、一生かかわるんだというスタートが今回の選挙だと思って取り組んでもらえればというふうに思います。まぶち・すみお 1960年奈良県出身。横浜国立大学工学部土木学科卒業。三井建設社員を経て、ゼネラル取締役就任。2003年、衆院選奈良1区にて初当選。2014年5期目当選。国土交通大臣、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)、衆議院災害対策特別委員長などを歴任。民進党特命副幹事長を務める。

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    若者に集中する「矛盾」、政治に無関心でも無関係ではいられない

    若い世代目線の政策を掲げていますか?藤野 私たちは94年前に政党をつくったのですが、その時から18歳選挙権を掲げ、若者が政治の主人公だということを訴え続けてきました。若い方々が日本の民主主義にどういうインパクトを与えてくれるか、期待しているところです。今の若者の動きにはむしろいろいろ教わっているというか、教えられることが多い。若者向けの『JCPmagazine』というパンフレットを出して奨学金・最低賃金・平和と民主主義など若者に向けた前向きな提案もしています。(瀧誠四郎撮影)山本 パンフでまず目についたのが「最低賃金1500円」。これ、実現していただけると、若者には本当にありがたいですね。この前、大分に行ってきたんですが、温泉にあったアルバイトの求人に書かれていたのが時給640円だったんです。衝撃を受けました。それに「安保法=戦争法の廃止」。共産党は安保法制に最も強く反対していた政党で、戦争法ってことでいろいろ訴えていらしたんですが、多くの人が疑問に思っているのが、安保法制がなぜ戦争法って名前になるのかというところです。藤野 安保法制は、今まで自民党政権ができないと言っていた集団的自衛権、これを行使できるとするわけです。個別的自衛権は憲法上認められていると私たちも思っていますし、自民党政権もそう言ってきたわけですけど、今回は集団的自衛権にかかわる。「北朝鮮や中国が攻めてきたらどうするんだ」という声もあるが、そういう時の対応としては個別的自衛権でやればいいわけで、今の法律、憲法でもできる。ただ集団的自衛権は全然違っていて、日本は何も攻撃されてないのに、アメリカなどと一緒になって第三国を攻撃すると、攻撃された第三国は日本にもその矛先を向けるわけで、日本の自衛とか防衛とは関係なく、まさにアメリカと一緒に戦争に加担していく。だから私たちは戦争法と言っている。山本 関係のない戦争に巻き込まれてしまう、それによって無駄な血が流れるのは悲しいことなんですけど、一方で日本のことだけを考えるのか、あるいは国際社会のことを考えて日本以外の国のために武力をもって貢献するのか。藤野 私たちはやっぱり外交が大事だと思ってます。2001年、アメリカで9.11のテロが起きてイラク戦争、アフガン戦争、ずーとやってきましたけど、テロはもうなくなるどころか世界中に拡散している。今の世界はどんな問題もかなり複雑だし単純じゃない。武力を前面に出してやると、私はむしろ解決が遠くなると思うんです。ややこしい問題だからこそ外交をして知恵を出し合って、というところに向かわないと、問題はさらに悪化していく。ましてやテロとか紛争を力で抑えこもうとすると、激化して悪循環に陥っていく。それはこの十数年間の世界が示している。日本は九条を持っている国ですから、九条を活かすことこそ考えるべきです。北東アジアは確かに大変で、いろいろあります。だからといって外交をせずに軍事対応ばかり強化していくと、抑止力以上に紛争に巻き込まれて、悪化させる危険の方が大きくなると思いますね。若者たちっていうのは矛盾が集中している若者たちっていうのは矛盾が集中している山本 シルバーデモクラシーってそもそもいいことなのか悪いことなのか、その点がまず議論されるべきだと私は思ったんですが、多くの政治家は自分たちが選挙に受かるため、より投票人口の多い年配の世代の方々にメリットのある政策ばかりを掲げている。(瀧誠四郎撮影)藤野 日本の場合は年代によって政策が変わっているというより、たとえば国民全体よりも企業の方が、国民全体よりもアメリカの意向が優遇されている。先日沖縄に行ってきたんですけど、まさに県民が、参院選でも知事選でも県議選でもあらゆる選挙で、もうこれ以上沖縄に基地をつくらないでくれって言ってるのに、アメリカ優先でつくってますよね。そうした歪みが現れてきているのかなあというのが私たちの考え方で、もちろん個々の政策で見れば、とりわけ若者たちっていうのは矛盾が集中していると思ってます。 よく財界の人なんかは、年金とか介護にお金を使いすぎてて、若者向け予算が少ないとか言われるんですけれども、社会保障全体でみれば全体として日本はGDP全体に占める社会保障の支出というのは低いんです。一人当あたり給付でOECD34カ国のうち17位ですから、あのアメリカよりも少ない。GDPの対比でみればもっと社会保障の恩恵を受けてしかるべきなのにそれがないというのが問題です。山本 社会保障の問題では、まず財源確保できないことには充実できないところで、消費増税がまた延期されました。藤野 私たちも増税路線なんですよ。ただ消費税はもう2回も増税延期して消費税に頼るやり方っていうのは決別すべき。このあいだ、中小企業同友会の幹部がおっしゃっていたのは「中小企業はだいたい利益の20%ぐらい税金を納めている。けど大企業は平均で言えば12%、連結やってるような巨大企業は6%ぐらいしか利益対比で言えば税金を払っていない。これをせめて中小企業並みに大企業が10%ぐらい払えば6兆円ぐらい出てくる」と。私たちも同じことを考えていた。いま憲法が蹂躙されているいま憲法が蹂躙されている山本 どうして大企業は12%にとどまっているんでしょうか。藤野 大企業しか使えないような研究開発減税とか連結納税制度、海外の子会社の利益をもってきた場合は非課税といった中小企業が使えないような優遇税制があって、利益は上げてるんだけど税金は収めなくていい。あのトヨタでさえ2012年までの5年間、法人税がゼロだったときがありました。もちろんリーマンショックとか東日本大震災がありましたけれど、それにしても日本は余りにも優遇されすぎている。(瀧誠四郎撮影)山本 共産党が掲げている政策の中で最も重視されている政策を三つ挙げてください。藤野 一つは戦争法、それはもう大問題ですね。もう一つは三つのチェンジってアベノミクスに変わる対案として私たちが言っている税金の集め方と使い方、働き方を変えること。三つめはやっぱり憲法。若者にとっても憲法が変わるってことは大問題ですし、これまで2回の国政選挙をみると、安倍総理は経済、経済って選挙中はやるんですけど、選挙が終わったら戦争法とやりましたから、今回も必ずそうなりますよ。山本 憲法の中でもとりわけ重視されているのはどの点なんですか?藤野 私たちはいま憲法が蹂躙されているという認識なんですね。権力者はどんなに権力があっても、暴走させてはダメだと。例えば9条でどこまでできるのか、人権はどこまで制約できるのか、憲法に書いてある。安倍総理はこの憲法をまさに一内閣の解釈で変えてしまった。これは解釈改憲による憲法の蹂躙で、まずはこの非常事態を正すことが大事。これはもう主権者である国民が選挙という場で審判を下すしかない。今回の選挙はそういう選挙だと。共産党アレルギー?ありますよね共産党アレルギー?ありますよね山本 藤野さんはどうして共産党に入られたんですか?藤野 もともと両親が共産党員で信頼感はあったんですけど、共産党は負け続けてたんで「何でこんなことやるのかな」って正直思っていた時期もありました。京大時代もずっとそういう活動はしないと思っていて、体育会のサッカー部に入ったんです。けど湾岸戦争が起きて、当時初めて自衛隊が海外に出るというので大問題になり、学内で勉強会みたいなものに呼ばれて行くようになった。そこで鋭いこと言ってるのは共産党の人なんですよね。資料もいろいろ持ってくるし「ああ大したもんやな」というのがあって、もともと信頼感もありますから合わせて一本ということで、二十歳で入党しました。(瀧誠四郎撮影)山本 共産党は自民党や民進党と比べると議席数が少ない。原因は何だと思いますか。藤野 やっぱりアレルギーはありますよね。共産党アレルギー。山本 それはご自身でも感じますか。藤野 感じますね。福岡は麻生(太郎副総理兼財務大臣)さんの地元だし、昔から感じていました。でも歴史的な経緯もありますし、そういうのがどんどんなくなってきたというのが実感で、今はそれこそ若い人がどんどんフランクに物を言ってくれる。やっぱり人間の付き合いだし、私たちも共産党内部だけで今までやってきたようなことを、もっとオープンにしてやっていけば必ず理解は広がっていくと思います。山本 共産党に対するアレルギーってどこから生まれてるんでしょうか。藤野 戦前のイメージじゃないですかね。共産党が戦争反対の旗を政党としては唯一降ろさなかった。当時の政府は目の敵にするわけですよね。あれは赤だ、国賊だというので大宣伝もやってきたというのもある。もうひとつ戦後で言えばソ連、中国のイメージ。名前は同じだけど全然違うんですよ、ソ連や中国と一番喧嘩してきたのが日本共産党。でかい国ですから他国の共産党に言うこと聞かせようと干渉してくる。私たちは自主独立の立場を持って干渉をはねのける。そしたらまた向こうがいろいろやってくる。山本 根底に流れる思想は。藤野 そこはもうロシアは変わってますし、中国は社会主義を目指すと自分たちでは言ってますよね。人権の問題とか他国への力の行使で現状変更しようとするやり方だとか、あんなもの私たちは社会主義に値しないと思ってますから、つい先日も中国大使館に申し入れしましたけれども、そういう点ではずっと厳しくやってきました。政治に無関心でもいいけど無関係ではいられない政治に無関心でもいいけど無関係ではいられない山本 共産党というのは中国、かつてのソ連でもその思想を広めるのに力を注いでいたと思います。藤野 一党独裁でもないですし政治信条を押し付けるわけでもない。むしろそういうのを駄目だと言って戦前も戦ってきたし、戦前で言えば天皇が絶対というイデオロギーですよね。それがダメだということで戦ってきた。(瀧誠四郎撮影)山本 共産党とシールズの関係性が騒がれました。藤野 全然近くないですよ。彼らは彼らの思いで活動してわれわれの背中を押す。共産党だけではなく野党頑張れ、彼らは党に勝ってほしいわけではなくて安保法制を廃止してほしい。だから野党はまとまるしかないじゃないかと。共産党はそれはそれで歓迎するというスタンスですよ。山本 政治にどのように参画したらいいのか若い人たちにアドバイスを。藤野 「政治家は言葉がむつかしい」。つい先日選挙権サミットというのに出て、何人からも言われたんです。ましてや共産党というのは堅苦しい、同じようなことしか言わないイメージがある。それに比べ若者たちは自分の言葉でしゃべるし、本気なんですよね。 「政治には無関心でもいいけど無関係ではいられない」と言います。どんな問題でも実は自分の問題だと。TPPかもしれないし原発かもしれない、必ずこれは自分の問題だって思えることがある。それを「お前そうなのか、おれはこうだ」と話し合える場所があるかどうか。どんどん声を上げて政治や社会にかかわって突き上げてほしい。 ふじの・やすふみ 1970年福岡県生まれ。京都大学法学部卒業。穀田恵二と吉井英勝、両衆議院議員の秘書を務める。2003年、党中央委員会の政策委員に就任。2014年、衆院選比例北陸信越ブロックで初当選。日本共産党中央委員会原発エネルギー問題対策委員会事務局長などを務める。

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    参院選直前、17歳からみた主権者教育のあり方

    岡部凜太郎(高校2年生男子)今夏の参院選から18歳投票が可能に  昨年6月、公職選挙法が改正され、18歳から選挙権が認められるようになった。これによって今夏の参議院議員選挙より、18歳からの投票が可能となる。新たに有権者の枠が拡大したのは、敗戦直後の昭和20年以来であり、歴史的な出来事といえるだろう。 しかし、残念ながら、新しく有権者となる十代の若者の政治的な問題への関心は、高くないのが現状である。 本論の筆者である私は現在、17歳の高校2年生である。幼いころより政治や社会問題について関心を抱き、自分なりの意見をもって生きてきた。中学に入ってからは、学生団体が主催する政治、社会問題についてのイベントにもたびたび参加している。そういったイベントでは、政治や社会問題について、強い関心と深い知識をもった学生が参加しており、驚いてしまう。しかし、そうした若者はむしろ少数派であろう。十代の圧倒的大多数は、政治について無関心である。模擬投票を体験する県立日野高の3年生=6月15日午後、滋賀県日野町 現在、政府が主権者教育を推進している背景にも、私が抱いている危機感と同じものが存在する。そもそも、主権者教育とは「主権者として社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を社会の構成員の一員として主体的に担う力を発達段階に応じて、 身に付けさせるもの」(『総務省主権者教育の検討に関する検討チーム中間まとめ概要』より)を指し、従来の公民教育とは違う「思考力」を身に付けさせる教育である。 具体的には政治的な問題について他者と議論したり、政治的な問題についての模擬投票を行なうことなどが、カリキュラムに取り入れられている。 ただ現状では、実施に際して学校により主権者教育への温度差が存在し、教育現場と中央省庁との認識のズレなども指摘されている。 私の学校では主権者教育に向けて総務省制作の副教材が配布されたが、授業日数などの関係もあり、学年集会で公職選挙法について大まかな解説をしただけであった。 おそらく、日本のほとんどの高校で今年行なわれている主権者教育は私が経験したのと同程度のものだろう。そんな主権者教育に、私は漠然とした違和感を感じてしまう。それは、先ほど挙げた主権者教育の実施に際しての具体的な方法に関する違和感ではない。私は、どうしても主権者教育の根幹に関わる「思想」そのものに疑問を感じてしまうのだ。日本型デモクラシーの起源 日本型デモクラシーの起源  主権者教育の実施にあたって、総務省はイギリスのシティズンシップ教育を模範とした。 シティズンシップ教育とは、「市民」としての自覚を促す政治教育の一種である。イギリスでは初等教育の段階から実施されており、そういった他国には例を見ない独自性に総務省は目を付け、イギリスの例を参考にしたのだろう。 このシティズンシップ教育は、市民の育成を主眼としたものである。ここにおける市民とは、合理的な利益判断ができ、政治行動などにも積極的に参加する能動的な市民のことを指す。 私も能動的な市民の存在は政治、デモクラシーにおいて重要な存在だ、という考えに異論はない。しかし、それだけでは不十分に思える。 政治というもの、具体的にいえば、社会問題の解決や共同体の意思統一などを行なう際、必要とされるのは何も自身の利益を守る行動や権利意識だけではない。他者との協調や妥協などといったことも、デモクラシーにおいては必要不可欠である。 仮に近代欧米におけるデモクラシーを「討議型のデモクラシー」と定義すれば、日本におけるデモクラシーの起源とは、徹底した「熟議」によるものといえるのではないだろうか。 民俗学者の宮本常一は、自著のなかで対馬における寄合のエピソードを紹介している。 宮本は調査のため、対馬西海岸の仁田村伊奈を訪れ、そこで古文書を拝借したい、と区長に申し出た。すると区長は、その古文書は重要な文書であるから、寄合で審議しなければならないと言い、古文書の貸し出しの是非をめぐり、村人と寄合を1日にわたり、開いた。その寄合では、20人余りの村人が、古文書の件やそれ以外の地域でのさまざまな課題について、村人の皆が納得するまで、老人の知恵や村の伝統なども考慮しながら、徹底的に熟議したという。「村でとりきめをおこなう場合には、みんなの納得のいくまで何日でもはなしあう。はじめには一同があつまって区長からの話をきくと、それぞれの地域組でいろいろに話しあって区長のところへその結論をもっていく。もし折り合いがつかねばまた自分のグループへもどってはなしあう。(中略)気の長い話だが、とにかく無理はしなかった。みんなが納得のいくまではなしあった。だから結論が出ると、それはキチンと守らねばならなかった」(宮本常一『忘れられた日本人』) そして、この徹底した熟議による寄合は、なにも対馬特有のものではなく、全国的に、少なくとも西日本一帯には存在したと宮本は指摘している。 この宮本の例をもって、日本は古くからデモクラシー国家であるとするのは早計だろう。しかし、少なくとも日本には日本なりのデモクラシーのあり方があったことは、否定し難い事実ではないだろうか。 村落での寄合の例を出さなくとも、戦後日本の政治史をみれば、55年体制下でのいわゆる派閥政治や職能団体と密接に関連した政治の意思決定プロセスなどは、欧米とは異なる日本型のデモクラシーがあったことを、如実に示している。 そのように考えた場合、現在進められている主権者教育には、熟議や協調などの日本的なデモクラシーの要素が軽視されているように私にはみえる。 バブル崩壊後、先ほど挙げた派閥政治や職能団体と密接に関連した政治などは、厳しく批判されてきた。そして、そういった思潮は脱派閥、脱官僚を訴える小泉政権、さらに民主党政権を誕生させた。しかし、そういった思潮は、日本の戦後政治のあり方を全否定しようとする短絡的なものであり、実際、民主党政権における「改革」の多くは失敗あるいは頓挫し、現在でも、政治不信という形で少なからず影響を残している。 われわれはたんに欧米から輸入するのではない、日本の国柄に合った新たな主権者教育、政治教育のあり方を創造していく必要があるだろう。   さらにいえば、十代の若者を立派な「主権者」にするには、その前にまず立派な「日本人」であるべきだ。 政治上の諸問題や社会問題について考える際、われわれは当然、その問題が起きている〈場所〉を知らなければならない。たとえば、日本人は、遠いアフリカのアンゴラ共和国で起きている経済問題や保健問題などの課題について解決策を考え、現地の人びとに提示することは困難である。それは当然、日本人がアンゴラという国についてよく知らない、という理由に起因する。画像はイメージです それと同じように日本という国家について何も知らずに日本の社会問題や課題について何かを論じることは、不可能である。 主権者教育が日本という国家の問題を適切かつ真面目に考え、論じることのできる「主権者」を育成するのならば、それは必然的に日本という問題の発生場所を、深く教えなければならない。そして、日本を深く知るということは、日本の伝統、文化、歴史、地理を知ることであり、何より日本の国語を学ぶということである。 現在、欧米ではグローバル化が進展し、それと並行して格差の拡大や難民の流入などさまざまな問題が指摘されている。そういったなかで欧米では「ナショナルなもの」への再評価が行なわれている。国民の同胞意識やナショナルな言語、文化、そしてそれらへの愛着(愛国心)が、じつはデモクラシーにおいては不可欠ではないか、という主張が盛んに唱えられているのである。 たとえば、議会を運営する際、国民の同胞意識、国民同士の信頼感が醸成されていなければ、そもそも、共通の問題意識に基づく政治的議論をすることは不可能である。自身の利害には無関係な貧困層の撲滅や格差是正などの問題の解決を図ろうとしても、同胞が苦しんでいるから助けたいという意識がなければ成り立たない。 現在でも、日本ではナショナリズム、愛国心はデモクラシーと敵対するものだ、という思潮が強いが、これはネーション(集合体としての国民)という枠組みがもつ意義について深く理解できていない言説だろう。 そして、そのデモクラシーに不可欠な同胞意識、連帯意識は各自がもつ「共通の特徴」に由来する。具体的には同じ宗教や人種などが連帯意識を生むが、何より共通の言語というものがなければ、同胞意識は成立しえない。 ヨーロッパのベルギーにはフラマン語圏、ワロン語圏、ドイツ語圏という3つの言語を話す地域が存在する。ベルギーは建国以来、異なる言語を話す国民同士がいかに連帯するべきか、という問題に苦心してきた。ベルギーが連邦制を採用している理由は、言語圏住民間の対立が激しく、中央集権制では国家の統一が困難であったからである。 しかし、ベルギーは連邦制を採用した新憲法を制定した1993年以後も、政治的混乱がたびたび発生している。2010年の総選挙の際は、言語圏間の対立が激化し、540日以上にわたり、組閣が実施されないという異常事態が発生した。このベルギーの事例は、統一的な国語を有さない国家を運営することがいかに困難であるかを示している。 今後、日本においてもデモクラシーを維持していくためには、じつは国語である日本語の伝統の保守こそがもっとも大切なことなのである。 そのために、先ほども述べたように、国語教育に力を入れ、深い教養を兼ね備えた「良き日本人」を育成する必要があるだろう。 しかし、主権者教育とその議論をめぐってはそういった論点がほとんど挙げられていない。このことはきわめて不可解である。年長者の責任とは 年長者の責任とは  本稿では主権者教育を実施するにあたり、私なりに以下のような問題点を指摘した。・イギリス発のシティズンシップ教育を直輸入したため、日本におけるデモクラシーの特徴である熟議という点がカリキュラム内で軽視されている点。・主権者教育の最終的な目的である、健全なデモクラシーの運営のためには、日本の歴史、伝統、文化、国語とそれらへの愛着が不可欠であるにもかかわらず、そういった視点が欠けているという点。 まず前者については、日本型の主権者教育、政治教育のあり方について、今後も政府、民間の大学、研究機関が検討し続けること。その際には、選挙や社会運動における市民の役割や権利だけでなく、政治とは何か、日本におけるデモクラシーとは何か、という広い視野で日本に合った主権者教育、政治教育を模索することが必要だろう。そうして徐々に主権者教育のあり方を日本に合ったものにしていくべきである。 後者については、主権者教育の枠組みに国語教育や歴史教育なども入れる。とくに国語教育においては日本の伝統的な古典文学や思想哲学などについて、深く教えていくべきである。 主権者教育とその議論全体を俯瞰した場合、外国流の教育方法を直輸入し、強引に日本の教育に当てはめているように私は感じる。冒頭で述べたように主権者教育は、まだまだ手探り段階であるし、それは当然なのかもしれない。とはいえ、現在の議論のまま、主権者教育が実施されていけば、日本のデモクラシーの健全な運営を促すどころか、むしろ暗い影を落とすことになりかねない。主権者たる日本国民の育成にはつながらないと思うからだ。「青春の特権といえば、一言を以てすれば無知の特権であろう」という言葉は三島由紀夫のものであるが、若者は基本的に無知で、無鉄砲な存在である。そういった時期が許容されるのは十代の青春期のみであるから、三島は特権という言葉を用いたのだろうが、この無知は時として、自身や他者を傷つけることになる。 そのようなときに、叱る、あるいは諭し、そして、失敗を許す道徳的立場にあるのが年長者であり、その行為の総体が教育であるはずだ。 しかし、主権者教育、もっといえば昨今の教育論議には、どこか機械的でそういったあるべき年長者の視点が抜けているように感じてしまう。 教育とは、たんに海外から思想や方法を直輸入すれば良いわけではない。教育とは、年長者が年少者へ過去から蓄積されてきた叡智を代々継承していくものであるはずだ。 そして「熟議」という日本型のデモクラシーの叡智を継承していくことこそが、わが国の主権者教育のあるべき姿ではないだろうか。主権者教育について議論する各役所あるいは現場の教員には、そのことについて深く考えていただきたい。(参考文献:施光恒『英語化は愚民化』集英社新書)関連記事■ 高村正彦×島田晴香(AKB48) やっぱり、選挙にいきましょう!■ 【都知事選】もう少し選挙らしい選挙がしたい■ 目先の選挙目当てにバラマキ政策を行なう愚