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    知られざる素顔をメッタ斬り! 都知事選、有力3候補の「泣きどころ」

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 東京都知事選挙は実質的に、小池百合子元防衛相、増田寛也元総務相、鳥越俊太郎氏の争いになった。宇都宮健児・元日本弁護士連合会会長は、立候補予定者として名乗りを上げて以降、テレビなどにさんざん露出し勝手なことを言っていたくせに、立候補を取りやめるとは都民をバカにするにもほどがある。電波ジャックで公開詐欺をしたようなものだ。弁護士だからいろいろ弁解はあるのだろうが、悪徳弁護士なみの法匪だ。主張は相容れないが筋の通った人だと思っていただけに見損なった。 また、驚いたことに、連合東京が鳥越氏を支持せず中立にまわることになった。政策が示されず検討しようがないという。前回は細川護煕元首相を民主党が推薦したが、反原発を明確にしたために、連合東京は舛添要一前東京都知事と政策協定を結んで支持に回った。今回はどの候補者も支援しないというが、実質的には、小池氏の行革路線に反発して増田氏の当選を期待するニュアンスがあるのかもしれない。それなら連合は国政選挙でも共産党を含めた野党連合にNOを突きつけるべきだった。立候補した(右から)鳥越、増田、小池氏 なぜ鳥越氏が野党4党の統一候補なのか? それは、4党野合連合+プロ市民+連合東京の中で、どこかがどうしても嫌だという候補ではないというだけだ。その上、自分たちにとってあまり厳しくなく、いい加減な主張をしているからだ。連合東京が鳥越氏を支持しなかったのも、鳥越氏だから中立にとどまったのであって、古賀茂明氏あたりなら増田氏を支持していただろう。 鳥越氏は76歳と、これまで千葉県の加納知事、岐阜県の武藤知事と並び就任時の最高齢で、唯一のセールスポイントか。出生率において東京は1.1で全国平均1.4を下回り最低だが、「全国平均より上」との認識を示していた。これでは、都知事候補どころかジャーナリストとしても現役続行は無理な耄碌ぶりとしか言いようがない。当選すればリオ五輪の閉会式をはじめ、世界を飛び回らねばならないのにどうするつもりか。 また「戦後70年、時代の流れが変わってきたと感じた。国全体が流れを変え始めている。舵を切っているということに、少し私が流れを元に戻すという力になれば」というのでは、都政にほとんど関心がないことが分かる。 鳥越氏はかつて、「そう簡単には戦争はできないものなのだ。そうした事から、中国の脅威といっても重大なものとは思っていない。ただ可能性として、中国が軍事力でやってくることはあるかもしれない。その場合は、日本の自衛隊が専守防衛の原則に従って行動し、侵略に対しては日本国民が立ち上がる。米国に助けてもらう必要はない」と語った。つまり中国の脅威は重大でないが、いざとなれば、自衛隊を先頭に日本人が立ち上がって戦えば撃退できるらしい。鳥越氏は徴兵でもするつもりなのだろうか?増田氏と小池氏は都知事として適任か 一方、増田氏は真っ当な候補である。ただし、彼に関するマスコミ報道はいい加減だ。超エリート官僚というが、大学を二浪で入って留年し、人気官庁ではない建設省に入省したのだから、ピカピカのエリートではない。父親が参議院議員だったが、選挙に弱く苦労したはずだ。岩手県での生活経験はなかっものの、小沢一郎氏から自民党候補に対する対抗馬として担がれ、おんぶにだっこの選挙戦で当選したが、お目付役の政務秘書などをつけられ苦労した。 知事としては手堅かったし前向きな姿勢も見せたが、小沢氏の呪縛と岩手県が当時持っていた厳しい条件のもとでは、大きな成果が出たわけでなく、また、四選は小沢氏の妨害でできなかった。 そういう意味では、守旧派と言われる自民党都連にまたおんぶにだっこで出馬するわけだから、かつての小沢氏との関係と同様に悩むことになるだろう。ただし、都連のいいなりになったままではなく、それなりの抵抗はするのではないか。 増田氏の難点をあげると、ひとつはこれまで地方振興の旗手と言ってきたことと利益相反になることだ。多くの地方の人を失望させた罪は大きい。 もうひとつは、東京五輪をまえにしてホスト役として世界をかけめぐり、多くの来客を迎えねばならないときに、語学を含めた国際コミュニケーション能力に長けているとは思えないことだ。舛添氏に比べてあまりに大きな落差があることだ。 ただし、鈴木俊一氏のあと、青島幸男、石原慎太郎、猪瀬直樹、舛添要一と非官僚知事が四人も続いたあとだけに、このあたりで一度官僚出身の知事をはさむことは組織のたるみを糺す意味があるかもしれない。 小池氏は、私が当初から適任者の一人と考えていた。それは、防衛相や環境相としてすぐれた行政手腕を発揮してきたし、抜群の国際コミュニケーション能力があり、女性初の都知事という付加価値もあるからだ。 彼女がこれまでついてきた親分というと、細川氏と小沢氏、それに小泉純一郎元首相だが、自らを彼らの参謀として演出し、また、彼らからリーダーシップをいいとこ取りで学んでいる。また、橋下徹前大阪市長についても、大いに参考にしているようだ。 欠点は格好良くものごとをやることへの反発だろう。また、各政党を渡り歩いていることを揶揄する向きもあるが、彼女自身の立ち位置にぶれがあったわけでなく、親分たちが右に言ったり左に行ったりしているのから距離を置いたというだけだ。 橋下氏ほど極端なことはしないだろうが、既存の利権構造とは厳しくけんかしながら改革を迫っていくのではないかと思うし、だからこそ連合にとっては嫌な知事になるかもしれない。 また、親韓派といわれる増田氏や鳥越氏と違って、韓国には厳しそうだ。新宿区の韓国学校問題の白紙撤回は明言しているし、ソウルの景福宮の衛兵の衣装そっくりなおもてなし隊のユニフォームも変更するというのは、結構なことだ。別にそれを嫌韓というべきでない。歪んだ判断の是正に過ぎない。また、親台湾派ということでも知られている。 それにしても、自民党も小池氏にさっさと乗って、全国の激戦区に応援で送り込んだら、参議院選挙で3~5議席ほど積み増しできたと思う。惜しいことをしたものだ。

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    いよいよ東京都民の「見識」が問われる

    門田隆将(ノンフィクション作家) 私は、溜息ばかり吐(つ)いている。一連の都知事選候補者騒動を目の当たりにして、である。タレントの石田純一氏(62)が突然出てきたり、小池百合子氏(63)が「都議会の冒頭解散」という“あり得ない公約”をブチ上げたり、都知事選が‟劇場型”であることは承知しつつも、「おいおい、大丈夫か」という思いが強い。 それでも、最後の最後に、鳥越俊太郎氏(76)が野党統一候補として出てきたことへの驚きに比べれば、まだまだ大したことではなかっただろう。鳥越俊太郎氏の名前を聞いて、いったい「都政をどう考えているのか」「都民も舐められたものだ」と思ったのである。 鳥越氏の7月12日の記者会見での発言を聞いて、私は自分の耳を疑い、「ああ、やっぱり」と思った。舛添問題の発端となった例の都立市ヶ谷商業跡地の韓国人学校増設問題に対する質問に、彼は「具体的に知りません」と答えたのである。東京都知事選に出馬する意向を表明した鳥越俊太郎氏=12日午後、東京都千代田区 当ブログでも何度も書いてきたように、市ヶ谷商業跡地の韓国人学校増設問題とは、待機児童、待機老人問題に悩む東京都の喫緊(きっきん)の課題として浮かび上がったものだ。しかし、鳥越氏は、その問題を知らない。 「(知事の)任にあたることになったら、東京都民に納得いただける策を打ち出したいと思います。今の段階では、そういう立場にないですから詳しいことは言えません。すみません」 鳥越氏は会見でそう言ったのである。そして、彼の口から出たのは、憲法改正問題や安全保障法案の問題で、ひたすら安倍政権批判だった。数日で「消えた」タレントの石田純一氏が、都政とは関係のない「国政レベルの話に終始した」のと、まったく同じだったのだ。  さらに鳥越氏は、「中国、韓国、アジア各国の首都と首都サミットのようなものを開いて、若者の文化交流、音楽の交流を首都レベルでお互いに続けていく。そうすることで、国では難しいけど、自治体同士で地に足が着いた交流ができるかもしれない。そういうことは、ちらっと考えています」と語った。 私は、「あーあ」と思った。舛添氏がおこなった、まさに“都市外交”とやらの弊害が都民から反発を食らったまさに韓国人学校増設問題だったのに、鳥越氏は、それを知らないばかりか、さらに国を飛び越えた“都市外交”を押し進めようというのである。 頼むからそんなことに都民の税金を使わないでくれ、是非、都内の老人施設をまわり、都心の高齢者がどんな環境で人生の「最期」を迎え、どう過ごしているか、見て欲しい。私は、心からそう叫びたくなった。  ‟二元外交”をおこなえば、相手に誤ったメッセージが伝わってしまう危険性があり、舛添氏がそこから躓(つまづ)いたことも知らないまま、あなたは「野党統一候補」という御輿(みこし)に乗って出てきたんですか。私は、そう思って、暗澹たる思いになった。まともな都政論争を聴きたい 前回のブログでも書いたように、「2代」つづけて自公が押し立てた都知事がスキャンダル塗(まみ)れで任期途中で辞任した。猪瀬、舛添という2人の都知事の不祥事に、最も反省しなければならないのは、二人を選んだ東京都民である。しかし、それを押し立てた自公が、性懲りもなく、東京都民の税金を4000億円も地方に割り振った元岩手県知事の増田寛也氏(64)を担いだのである。定例会見で渋い表情を見せた舛添要一・前東京都知事=都庁 前回のブログで、「自公に鉄槌を!」と私は書かせてもらったが、本当に反省のかけらもない、どうしようもない組織だと思う。全国でダントツの数を誇る待機児童8000人、そして日本で最も悲惨な最期を迎えている大都会東京の待機老人たち――いったい、今すぐ手を差し伸べなければならない彼らを差しおいて、都民の税金はどこへ消えているんだろうか。 まともな都政論争を聴きたい、と心から思う。今日おこなわれた日本記者クラブでの四者の討論会を聞いていても、鳥越氏の話を聞いて、「なぜ都知事なのか」「せめて都政というものを少しは勉強してくれ」と思わない人はいただろうか。 私は『リーダーの本義』というビジネス書を出したばかりだが、「あなたには、“リーダーの本義”というものがわかっていますか」と問うてみたい衝動に駆られた。 野党統一候補でいけば勝てる、というネームバリュー重視の選択だったのだろうが、いかにも都民は「舐められた」ものである。いい加減、都民も「見識」を示さなければ、さまざまな意味で、次世代へ禍根を残すだろう。

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    小池氏vs増田氏が火花! 都知事選会見で分かった2つのこと

    停滞し、混乱が継続してしまうのではないか?」 これに対し、小池氏はこう答えた。 「これまでの都知事の選挙において、議会との関係がクローズアップされたことはない。(議会解散と申し上げたことで)冒頭大変ショックになったかもしれないが、議会から不信任頂いて、と申し上げた。私も都連の一員になってから重要な会議に呼ばれないとか、様々な決定が後で知らされたりした。私は、会長代理だったが、いろいろな会議に招かれないこともあった。(意思決定の)プロセスが明確でない。(議会と)喧嘩してどうする、と言われるが、猪瀬、舛添、と起きた事はまた十分に起きうる。むしろ繰り返されるのではないか。議会の中には、声上げないけど同じ感覚持っている議員もいる。」 巷では、仮想敵を作ることで劇場型選挙を行おうとしているとの批判も聞こえてくるが、もし、首長=都知事が、議会の一部の勢力のいいなりになり、言うことを聞かなければしっぺ返しを食うような、そんな都政などあってはならないだろう。不透明な意思決定プロセスがあるのであれば、徹底的に正すべきだし、ましていわんや、そこに利権の巣窟などがあるとしたら、それを一掃すべき、というのが都民の偽らざる気持ちだろう。一方で、小池氏は8日のJapan In-depthとのインタビューで自らを「リアリスト」と称し、必ずしも議会と対決して都政を停滞させるようなことはしないとの考えを明らかにしている。 一方小池氏は増田氏に対し、「(前回の都知事選では)都連は舛添さんが世論調査で支持率があるということで推薦することになった。党を除名された人を持ってきた。今回私は真っ先に手を挙げ、党を除名されていない現役議員です。でも、党の推薦は増田さんになった。どうして私でなかったと考えられるのでしょうか?」と不満をぶつけた。 これに対し増田氏は、「党側の事情は十分承知しているわけではない。口幅ったいが、市区長さんたちとの対話通じて、都政を円滑にやっていこうと思っている。自民党の中の問題は十分承知していない。冒頭解散とかおっしゃるが、(都議会のいろんな党の)議員の職を奪うことになる。小池さんの手法は、私から見たら少し劇場型といったら、お叱り受けるかもしれないがそういうことをやられるように感じる。」とかわした。小池氏に解散権はないのだから、議員の職を奪う云々は的外れだが、党の事情は分からない、と逃げに終始した。 そして、野党の統一候補鳥越氏だが、宇都宮氏は、野党系候補として出馬を本当にするのかどうか聞かれ、「野党4党の政策協定があるのかどうか不透明。私は政策論争が中心にあると思っている。それが明確でないので現段階で出馬の意思は変わりません。」と明言、鳥越氏の政策がはっきりしないことを批判した。これに対し鳥越氏は、「誰でも最初はわからない。昨日から今日にかけて政策作りました。言ってるつもり。宇都宮さんは聞いていないと仰るかもしれないが。文章にまとめてないだけ。心配していただかなくても結構です。」と語気を強めた。 その鳥越氏、冒頭掲げた政策フリップは「がん検診100%」。自らをガンサバイバーと称し、最終的に検診率を100%に引き上げたい、と強調した。しかし、財政、オリンピック、災害など、都の重要課題への対応を問われると抽象的な回答ばかり。政策論争が深まらないなら宇都宮氏は立候補を取り下げないと言っているので、このままだと野党票が割れるのは必至、野党4党の選対はさぞかし頭が痛いだろうと思っていたら、会見後ほどなく夜8時前に宇都宮氏は立候補取りやめを表明。メディアを前にして鳥越氏の準備不足をあからさまに批判しておきながら、あっさり降板されては、宇都宮氏の支援者もどっちらけではないか。野党の足並みの悪さここに極まれり、だ。 その当の鳥越氏、最後に一言、と司会者に言われて引用したのが、室町時代の小歌集「閑吟集」の一句。「『何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え』、何もしないでくすんで生きていてどうするんだい、人生なんて夢のようにあっという間だよ。だから今やりたいことを、狂うほどにやれよ、という意味。まさに今この心境。(私の人生)残り10年残っているかどうかだと思う。がんもやりましたしね。そんなに長生きできると思っていませんが、もし生命があるなら、残りの限りをつくし、ただ狂ったかのように、精魂込めて全身全霊かけて都知事をやりたい、やらしてください!」と声を張り上げた。その心意気やよし、と言いたいところだが、一抹の不安を感じた都民は私だけではないだろう。  一方の小池氏は、都知事としての資格を問われこう答えた。「たまには女性にしたらいいんじゃないのと思ってます。(会場笑)今山積している課題は男目線のものが多い。目線を変えることで潜在力花開くこともあるんです。環境大臣、防衛大臣やって、クールビズ、発想変えて社会変わった。都民と一緒にやりましょうというムーブメント起こせるのがリーダー。一つ一つの課題は現場にあります。耳傾けながら優先順位を決めて都民と実行していく。」 自民党都連は、党が推薦していない候補者を応援した場合、「除名などの処分対象になる」との文書を所属国会議員や地方議員に配布している。議員本人だけでなく親族による応援も禁じているが、これに反発する自民党議員もいる。与党も分裂選挙だが、自民公明の推薦を受ける増田候補が盤石なのか、無手勝流の小池候補が無党派票を取り込むのか、現時点で予測不能だ。 その他にも様々な候補者が乱立、星雲状態の都知事選だが、一つだけ言えることがある。都民がやるべきこと、それは一人一人の候補者の政策をしっかりと見極めること、それに尽きる。決して人気投票に終わらしてはならないし、参院選から続く選挙疲れで投票を棄権したりしてはならない。さすれば、組織票を持つ一部の候補者だけが有利になる。自分の暮らしを本当によくしてくれるのは誰なのか、考える時間はまだ、十分ある。

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    都知事選の公開討論会で絶妙だった司会者の「嘘発見装置」

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)若者に対して宣戦布告か? 7月12日に実施された東京都知事選挙の公開討論会(青年会議所主催)を拝見させて頂きました。基本的には司会側の中立的な対応と各候補者の防御力が高く、面白発言がほとんど無い平々凡々した内容でした。 その中で一際異彩を放っていたのは(冒頭で暴れたマック赤坂氏を除いて)、司会者である原田謙介さんからの「ある質問」に対する立候補予定者らの回答でした。 若者政治参加を呼びかける原田謙介さんが発した「各立候補予定者の方は若者の視点・意見を政治・行政の中に取り入れるためにどのようなことをお考えでしょうか」という質問に対し、増田・宇都宮・小池の3氏で比較すると増田寛也「若い人に1票の力を信じてほしい」「若い人が意思表示したことは今までの政治は応えきれず無視してきた」「選挙以前の段階で平場で若い世代の考えを事前に議論して政策に生かす道筋を作りたい」宇都宮健児「選挙権年齢が下がったが被選挙権の年齢が高い」「選挙権年齢を引き下げれば若者が意見を反映できる」「供託金が高すぎる。私は日本の供託金は憲法違反であるという訴訟を提起した」小池百合子「18歳に選挙権が引き下げられたことで若者には声をあげてほしい」「学校教育で教え方、特に偏向教育についてはチェックする」参考:東京都知事選挙2016 公開討論会というものでした。増田・宇都宮・小池の3氏ともに非常に当たり前の話をされているように見えますし、一般論としては十分に成立する内容です。公開討論会に臨む(左から)増田寛也氏、山口敏夫氏、宇都宮健児氏、中川暢三氏、小池百合子氏=7月12日、東京都港区(納冨康撮影) しかし、筆者は原田謙介氏が用意した上記の質問は非常に知的な質問だと感じました。 なぜなら、この質問は「各候補者の若者に対する政治姿勢と質問に対する回答との間に整合性があるのか」ということを見極める「嘘発見装置」のような問いだからです。 たとえば、宇都宮氏の回答は、東京都知事の仕事とは直接関係はありませんが、政策提言と自らのアクションについて具体性が伴った話であったと思います。また、小池氏は過去に大学入試センター試験に関する記述などについて国会で質問しており、質問への回答と国会議員としての行動との間で整合性があると言えます。 しかし、上記の2人と比べて、増田氏の回答はどうでしょうか?「それを貴方が言いますか(笑)」と会場中の方々が心の中で突っ込んだのではないでしょうか。「高齢者組織票の権化」が「若い世代の1票の力」を説く不誠実さ「高齢者組織票の権化」が「若い世代の1票の力」を説く不誠実さ 今回の東京都知事選挙において、増田寛也氏の推薦決定・立候補プロセスの中に「若い世代と徹底的に議論した跡」はまったく見られません。今回の青年会議所の公開討論会が「まさか」徹底的な議論の場であると言うつもりでもないでしょう。 報道されている通りであれば、増田寛也氏は東京都知事選挙にあたって「区長会・市長会・町村長会と面談し」「都議会自民党の推薦を受けて」「公明党に推薦願を出した」だけです。 「選挙以前の段階で自らが平場で若い人と徹底的に議論する」というプロセスは一体どこにあったのでしょうか?誰でも分かるバレバレの嘘を堂々と会場で述べていることへの罪悪感は無いのでしょうか? また、「若者に1票の力を信じてほしい」と言いながら、上記のプロセスから「誰よりも若者の1票の力を信用していない」ことは明らかです。主に「高齢者組織票の権化」である増田寛也氏が「若い世代の1票の力」を力説する様は滑稽であるだけでなく、この国の政治家の誠実さについて深い絶望を感じざるを得ません。「東京都知事選挙」で若者は怒りを表現するべきだ そもそも高齢者組織票の集団である都議会自民党がいい加減な候補者選定を行ったことが原因で、若者を含めた東京都内の有権者は自分の時間を使って何度も東京都都知事選挙に投票させられているわけです。 4年間の任期も務められないオジサンたちを半強制的に選ばされ続けてきた若い世代のことをチラッとでも考えたことがあるのでしょうか。都議会自民党は大人として責任を感じる神経があるなら、本来であれば今回の東京都知事選挙に候補者を推薦することは控えるべきでした。 その上、高齢者組織票の代表者である人物が「行動が全く伴わない言葉」を若者に堂々と投げかけるということは「宣戦布告」という理解で良いのでしょうか?そろそろ若い世代は高齢者組織票の暴挙に対して「若い世代の1票の力」を本気で示す必要があると思います。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年7月13日分を転載)

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    「後出しジャンケン」「分裂選挙」都知事選の歴史を振り返る

    早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語THE PAGEより転載 舛添要一都知事の辞任を受けての東京都知事選挙(7月14日告示、31日投開票)は現職が立候補しないので新人同士の戦いとなります。すでに自民党の小池百合子元防衛相が立候補を表明しました(告示8日前)。事前に自民党の東京都支部連合会(都連)へ何のあいさつもなかった上に立候補の記者会見で都連への敵意をむき出しにしています。都連は元総務相の増田寛也氏(前岩手県知事)に出馬要請し、参院選投開票日の10日に出馬宣言。保守分裂が確実となりました。 対する都議会野党はジャーナリストの鳥越俊太郎氏を統一候補にすると決め、12日(告示2日前)に発表しました。前回知事選では次点ながら約98万票を獲得し、今回も立候補を表明していた弁護士の宇都宮健児氏は、告示直前の13日夜になって出馬を撤回。野党候補の一本化がギリギリの段階で成立しました。 いずれにせよ小池氏の「後出し」ならぬ「先出し」で各陣営は大混乱。これまで最も短かった猪瀬直樹氏の「告示8日前」を大きく塗り替える「2日前」となってしまいました。周到な計算をした上での「後出し」ではないだけに今回ばかりは必ずしも有利とはいえなさそうです。【図表】予算13兆円、職員16万人……東京都知事の権力と影響力「後出しジャンケン」元祖は青島幸男氏 「先手必勝」という言葉があるように、本来「戦」とは早く名乗りを上げて準備万端整えた方が有利なはず。ところが東京都知事選で新顔が激突した過去4回をみると、最後に出馬表明した候補が勝利しています。次第に「後出しジャンケンが強い」という神話めいたジンクスとなり、今回の都知事選でも告示間際まで各陣営がかたずをのんで他陣営の様子をうかがっていました。 「後出しジャンケン」の元祖は、1995年知事選で勝った青島幸男氏です。当時、官僚トップの内閣官房副長官(事務)を長く務め、主要政党相乗りで推薦・支持した石原信雄氏が最有力とみられていました。元出雲市の「アイデア市長」で知られていた岩國哲人氏も手を挙げていました。 それを見越した青島氏は、告示13日前に突如「無党派」を旗印に立候補します。タレント、俳優、直木賞受賞作家、参議院議員など才気煥発で知名度は抜群。特に参院議員時代から実施していた「選挙活動をしない」という戦法も功を奏したようです。衆院選で応援に駆け付けた青島幸男=1983年12月、新潟県三条市民センター ただ青島氏の当選は一般にはなじみの薄い石原氏が内閣官房副長官としての仕事が残っていて彼もまた告示16日前に立候補表明せざるを得なかったという、ラッキーな一面もありました。 青島都政が1期で終わった99年の知事選は石原慎太郎氏が告示の15日前に立候補を表明して勝利しました。 石原氏は芥川賞作家で、俳優の故石原裕次郎さんの兄。自民党衆院議員を長く勤めて大臣も歴任しています。ただ1995年の衆院本会議で勤続25年表彰を受けた際の謝辞で、議員辞職を表明しました。所属する自民党を含めて「すべての政党」は「最も利己的で卑しい保身」に走っていると痛罵し、記者会見でも「何もしない政党には、とてもいる気がしない」と話していました。したがって出馬は驚きを持って受け止められ、既成政党批判の受け皿にもなって勝利を収めています。 その石原知事が4期目の途中で辞めたために2012年に都知事選が行われました。石原知事は猪瀬直樹副知事を後継に指名しており、自民・公明と石原氏が代表を務める日本維新の会から支持・支援を受けました。政権末期で勢いがなく衆院総選挙と重なった民主党は、独自候補を立てる余力がなく告示日8日前に立候補を表明した猪瀬氏が圧勝しました。 猪瀬氏は作家で小泉純一郎政権下の2002年「道路関係四公団民営化推進委員会委員」となり旺盛な取材力とマスコミへの露出で知名度も高い候補でした。 猪瀬知事が「政治とカネ」問題で辞職して行われた14年の都知事選は「原発ゼロ」が話題となりました。前年から共産党と社民党などが推薦する宇都宮健児氏に加えて、細川護煕元首相が小泉元首相の全面支援を受けて「原発ゼロ」を訴えます。 舛添要一氏が出馬表明したのは細川氏と同日(告示7日前)なので明白な「後出しジャンケン」ではありません。結果は「原発ゼロ」票が宇都宮氏と細川氏に二分され自公の支援を受けた舛添氏が快勝します。 舛添氏は国際政治学者。討論番組からバラエティーまで幅広いテレビでの活躍があり参議院議員にもなり厚生労働大臣も務めました。2009年の産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査で「今、日本の首相に一番ふさわしい政治家は」という質問への回答でトップになったことも。ただ自民党が同年の総選挙で民主党に大敗した翌年に自民党を離党し、除名処分となっています。「保守分裂」は1991年と1999年の過去2回 今回の選挙の特長に「保守分裂」が上げられます。過去2回ありました。 1度目は自民・公明・民社の推薦を受け安定した都政を運営した鈴木俊一都知事の4選目で1991年。自民党本部がNHKの元ニュースキャスターの磯村尚徳氏を推薦して「鈴木降ろし」にかかったのに自民党都連などが敢然と反旗を翻して支援し、保守分裂選挙に突入しました。結果は鈴木氏勝利。小沢一郎自民党幹事長が辞任する事態にまで発展しました。 2度目は99年です。新人同士の争いとなり自民党本部と公明党が国際連合や外務省での経験豊富な明石康氏を推薦しました。自民党出身者はこの時点柿沢弘治氏が出馬表明をしていて都連の一部が支援、さらに舛添要一氏にも分散して保守大分裂の様相に加えて、野党民主党も鳩山邦夫候補を推してきました。様子をうかがっていたこれまた保守系の石原慎太郎氏が「後出しジャンケン」で制覇したのは先ほど述べた通りです。 このようにみていくと単に「後出しジャンケン」だから強いというよりも候補者の知名度が抜群で、かつ文化人らしさが「首都の顔」として受けがいいと分かります。 青島、石原、猪瀬の各氏はいずれも作家出身で、青島氏と石原氏は国会議員の、猪瀬氏には副知事の経験がありました。舛添氏も前述のようにテレビ番組で幅広く顔が売れてた上に国会議員や大臣も務めています。 今回の都知事選候補もニュースキャスター出身の小池氏は「知名度と文化人らしさ」を持っています。増田氏は経歴こそ「元知事・元総務大臣」ですがメディアの露出も多いので満たしているともいえましょう。野党4党幹部らと団結する鳥越俊太郎氏(中央)。左から社民党・又市征治幹事長、民進党・枝野幸男幹事長、鳥越氏、共産党・小池晃書記局長、生活の党・川島智太郎事務総長=7月12日、衆議院第二議員会館 鳥越氏は毎日新聞記者出身。テレビ朝日『ザ・スクープ』のメーンキャスターや同局の『スーパーモーニング』などの出演で幅広い知名度があります。 反対に、当選が有望視されていた95年の石原信雄氏や99年の明石康氏は行政官畑での経歴は立派でも一般的な知名度がそれほどなく、巨大な有権者と浮動票を抱えて1人を選ぶ選挙としては、国内最多の有権者を抱える都知事選では厳しい結果となったという分析もできます。 3期務めた美濃部亮吉知事の場合、当時の「保守か革新か」の構図で革新側から登場した人物でした。イデオロギー(主義主張)的な争いであったのが第一としても、美濃部氏はテレビ番組に出演して知名度が高かったという要因も見逃せません。次の鈴木俊一知事は内務官僚出身で、自治事務次官を務めた他の道府県知事によくある「内務・自治官僚」出身でした。ただ彼が初当選する際の争点は財政再建だったので、行政官出身の方が安心できるという側面があったようです。 知名度と文化人らしさを求める有権者の背景には、東京都に「これが争点だ」というほどの問題がないというのもありそうです。 自治体独自の収入(税収など)を運営に必要な経費(出ていくカネ)で割った数値を財政力指数といいます。ちょうど「1」が出と入りがピタリ一致する状態で、近づくほど余裕があり、遠ざかるほど厳しい。1を割り込んだ分は地方交付税で賄います。この税は国税の一定割合を運営が厳しい自治体ほど手厚く配分するのが原則です。単年度で約15兆円ほど。使い方は限定されません。この地方交付税を受け取っていない唯一の都道府県が東京都。「不交付団体」と呼ばれています。大企業の本社が密集し、地価が高く、人口も多いためカナダの国家予算に匹敵する財政規模を誇っています。言いなりにならない「一言居士」 都議会では戦後、自公が多数派です。多くの道府県では多数派と一体となって政治を行う知事が多いなか、歴代の知事はハイハイと操られるような者ではない「一言居士」が目立ちます。 多数派と異なった出身である美濃部、青島氏はもちろん、他の多数派と折り合っている風な知事も決して都議会の言いなりにはなりません。 自民党本部推薦の候補を破って初当選した石原慎太郎氏は「国政でできないことを都政でやる」と独自カラーを前面に押し出して3選まで自民党の推薦も受けずに勝ち切りました。その後継となった猪瀬直樹氏も副知事時代から参議院議員宿舎建設反対、東京電力改革、東京メトロと都営地下鉄の一元化など次々とぶち上げ、選挙でもやはり自民党の推薦はもらわず勝ちました。2013年の都議会議員選挙では「都議会のドン」内田茂都議(千代田区)の対立候補へ「私も応援しています」とのメッセージと顔写真を寄せてポスターに掲載されました。舛添要一氏も元々自民党を除名された過去があり、議会でも海外主張の多さや新国立競技場への対応などで自民党とぶつかっていました。 一番上手く運営していた鈴木俊一氏でさえ、前述のように4選目では自民党本部を敵に回して戦った過去があります。 こうした観点で今回の候補者を探っていくと、小池氏は自民党都連にケンカをふっかけての立候補で、公約に掲げた「都議会冒頭解散」は「冒頭に不信決議してみろ」と同じ意味なので、「一言居士」どころか初めから全面戦争です。増田氏も大臣時代に「地方法人特別税等に関する暫定措置法」をまとめて都議会から「東京都から税を召し上げる」と激しい反発を買いました。「極点社会」への言及など東京都の拡大に反対してきた年来の主張を知事として政策化すれば議会との激突は必至です。鳥越氏は都議会与党を最初から敵に回すので緊張する上、これまでの言動から考えて一転していいなりになるとも思えません。 つまり議会がコントロールできない「一言居士」の資格(?)は図らずも皆持ち合わせています。ばんどう・たろう 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】

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    バカ騒ぎの都知事候補選び 「泡沫候補」を決めつけるメディアの愚

     神田敏晶(ITジャーナリスト) 参議院選挙が終わり、都内1.4万ヶ所での選挙ポスター板が変わる。たった1人の都知事を選ぶために、また50億円(4850万ドル)かけた選挙が始まる。東京都内では、参議院選挙のポスター板を撤去して、東京都知事選挙のポスター板となった。使いまわしできなかったのだろうか? 2016年7月12日火曜日、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏が、参議院選挙の国政の結果を受け、急遽、都政の都知事選挙に出馬するという。出馬の決意は、昨日決めたそうだ。まず、参院選の選挙結果の改憲が多数という理由で出馬という時点で視点が都民の為となっていない。日本記者クラブで握手を交わす(左から)宇都宮健児氏、小池百合子氏、鳥越俊太郎氏、増田寛也氏=13日 野党統一推薦予定の古賀茂明さんと協議するつもりが、急遽、今日になって鳥越さんと協議となった、宇都宮候補。民進党は、古賀さんよりも、鳥越さんのほうが勝てる候補と見込んでの、急遽戦略の変更だった。なんとドライな判断なんだ。古賀さんも積極的に鳥越さんを支援するとのオトナな対応をおこなった。 民進党は、宇都宮氏が、「小池百合子化」することを懸念しながらも宇都宮候補への辞退要請。しかし、3度にもわたり、都知事選挙で戦い。98万票を獲得してきた次点候補としての実績のある宇都宮氏。おいそれとは引き下がれないのだ。しかも2日後には公示日だ。とんだドタバタ劇に巻き込まれる。 できるものならば、すんなりと宇都宮さんに辞退をのんでほしいと思うが、じっくりと準備を進めてきている宇都宮さんも、昨日突然、決めたばかりの候補といきなり交代という訳にもいかない。そう、選挙は支援してくれる組織もあり、母体もあるので、候補者といえども一存で決められない。 もしも、筆者が野党統一の幹部ならば、宇都宮さんにもメリットのある辞退方法を提示するしかないと思う。それは、鳥越さんを補佐する副知事として、鳥越さんと一緒に選挙を戦ってもらえないかという要請なのではないだろうか?それであれば、宇都宮さんの政策としての立場や組織は報われる。宇都宮さんのメンツも一応は保てる。候補者を正しく伝えないテレビ しかし、たったの一日でそんな即席で都知事コンビを作られても東京都民は困る。党が推薦するということは、全責任を持って推薦してもらわないと困るのだ。とりあえず勝てないとことには、はじまらないと考えているとしか思えない。 現在の党の判断は、勝てる候補なら誰でも擁立したいというのが本音だろう。しかし、この根本的な発想がとてもおかしい。都知事にふさわしい候補を勝てせてこそ、党の擁立し、推薦する候補でなければならないのだ。誰が為の政党なのだろうか? 都民の為に動いているとはとても思えない。今いちど、自党の政策は都民の為のものになっているかを自問自答していただきたい。 TBSのNスタでは、さっそく都知事注目の4人がスタジオ生出演と題した対談をおこなった。鳥越候補も含まれている。この対談の中で、宇都宮候補は、告示日までに出馬の意向を仲間と相談すると発言した。この時点で、報道されるべき候補者といえるのかどうかが怪しくなっている。 テレビで、注目や主要とかのラベルづけで告示日前から、他の候補と差をつけるのはかなりの問題があると考えている。泡沫候補を決めるのはメディアではなく有権者だと思う。都政について政策を自由に語ってもらい、有権者がその発言から判断すればよいのだ。都知事選の公開討論会で、騒ぎ始めた客席のマック赤坂氏=12日、東京都港区 メディア側で、討論会を開くのであれば、供託金300万円(2万9100ドル)を支払い、選挙管理委員会から許可をえた候補者はきわめて平等に公平に扱うべきだ。それでないと、メディアそのものが、一部の候補者の利益供与に繋がる電波の寄付行為で、公職選挙法違反ではないだろうか? そもそも、選挙報道は、有権者が候補者を決めるための情報提供であり、メディアはできるかぎりすべての候補者の情報を正しく伝える義務がある。視聴率を稼げるワイドショーではなく、選挙としての報道は、バラエティと一線を画すべきだ。そして、都知事を決めるのも政党ではない。政党の推薦された候補だけを本当に選んで、都政は本当に改善されるのだろうか? 本当に都知事になってもらいたい人かどうかを、推薦やメディアに左右することなく自分の意思で選んでいただきたいと思う。(「KandaNewsNetwork」より 2016年7月12日分を転載)

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    米大統領より大きいと言われる都知事の権限 休みは自由

     「年収で2900万円。6月末に支払われる予定のボーナスは381万3992円です。ただし給与の返上は選挙区内では禁じられる“寄付”にあたるとされ、都知事が望んでも条例を改正しないかぎりは返上もできません。また4年の任期をまっとうすると支払われる退職金は約3600万円です」(石川さん)石原慎太郎氏 騒動の発端は、毎週金曜日、午後2時の会見後に退庁し、別荘のある神奈川・湯河原へ、公用車で通っていたことが報じられたことだった。そういえば石原氏も、作家活動があったことなどから、週に2、3日しか登庁していなかったなどと批判されていたが…。 「選挙を通じて選ばれた都知事は、“特別職”と呼ばれる特殊な公務員です。国の政治家や財界人と公式・非公式に面会したり、都内各地の行事へ出席する仕事も多い。このため一般職の公務員が勤務時間や有給休暇に内規による定めがあるのに対し、特別職にはありません」(石川さん) その日、その日のスケジュールによって登庁・退庁。残業時間など労働基準法なども適用されないため、年間の休日日数なども決まっていない。つまり自分の心ひとつで自由に休むことができる権限を持っているわけだ。 「盆暮れ正月も、知事自らの判断で休暇を取ります。プライベートで海外旅行に行くことも不可能ではないでしょうが、危機管理上、任地を離れることは批判を招くこともあります」(石川さん)関連記事■ 都知事は戦後わずか6人 都知事の権力や仕事を分析した本■ 猪瀬直樹氏が苦労を共にした夫婦の歴史や5000万円問題語る本■ 猪瀬知事 壇蜜に一緒に飲みたい願望告げるも軽くかわされる■ 都知事選脱原発争点化を批判の読売 東京都の尖閣購入は高評価■ 小泉純一郎氏 11月の福島県知事選に進次郎担ぎ出すプランも

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    5年間で都知事選の支出は170億円 あらためて一票を投じる意味

    日に向けて、立候補表明が相次ぐ「東京都知事選」。今回も舛添要一前知事が、わずか1年半で辞任し、急きょ選挙経費として約48億円の補正予算が組まれることになりました。これは1年半前に行われた前選挙の補正予算より、約1億円少ない見積もりとなっています(ちなみに2016年の一般会計は7兆110億円)。 都知事選は2011(平成23)年からわずか5年間で4回も実施されることになり、既に過去3回の選挙戦にかかった費用は計126億円を超えました。東京都選挙管理委員会も「参院選と選挙準備期間が重なったことで、少しでも抑えられるところを工夫したい」と、やりくりに頭を悩ませています。有権者一人当たり446円の負担2011年からの都知事選にかかった経費と今回の選挙予算 都は7月1日、同31日に投開票される都知事選と都議補選(4区・4人)の経費として、一般会計補正予算49億7800万円を、地方自治法に基き、副知事が専決処分した、と発表しました。このうち都知事選は、47億9600万円の予算をみています。有権者数は1115万人と見込まれ、有権者一人当たりに換算した知事選負担額はおよそ446円になります。 この予算額は、前回2014(同26)年の際に組まれた補正予算49億900万円より、約1億1300万円少なくなっています。都選管は「より現実ベースの数字に近づけた」と説明。例えば、前回は候補者数を25人と見込んでいましたが、今回は過去最高だった前選挙の立候補者数と同じ16人としました。 また、参院選すぐ後ということで、区市町村の集計結果速報まとめに使うパソコンリース代など、選挙のための環境設定にかかる費用が少し抑えられることも、前選挙より控えめに予算をたてた理由になっている、といいます。ただ「選挙経費の半数以上は、区市町村への委託費。自治体によって必要な経費は異なり、計上される額がどのようになるか、赤字にならないよう試算しなければならない」と説明します。前回選挙は46億円支出  では、過去の都知事選で、実際にかかった費用はどのくらいだったのでしょうか。 5年前の2011年4月まで都知事選は、統一地方選に併せて実施されてきました。その際、42億1360万4000円かかりました。しかし、石原慎太郎元都知事が第46回衆議院選挙出馬のために辞任します。翌2012年12月に初めて、任期満了を待たず、都知事選が実施されました。このときの費用は38億4636万8000円。「国の衆院選と同時に執行できたことで、費用が抑えられたところがあった」(都選管)ためです。画像はイメージです この選挙で当選したのは、猪瀬直樹元知事でした。猪瀬元都知事は、医療法人徳洲会からの金銭受領問題で、わずか1年余りで辞任。このため行われた昨年2月の前回知事選では、今回同様、予定外の選挙で費用がかさむことから、49億900万円の補正予算が組まれ、実際には46億1393万5000円かかりました。 過去3回の選挙で、126億7390万7000円を費やした東京都知事選。前回の選挙は、前年度の一般会計繰越金が充てられましたが、今回選挙の予算は、都財務局によると決算調整が終了していない時期のため、都の財政調整基金(前年度末残高6215億円)から繰り入れることになるそうです。 今回実際に使用される額が、前選挙並みの45億円前後と想定しても、この5年間で、都民は知事選だけに170億円を超す税金を費やしたことになります。これは、都の芸術文化振興基金88億円(本年度末見込み残高)の2倍近くになり、あらためて一票を投じることの意味を考えることになりそうです。

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    小池百合子氏がゴルフコンペや事務所経費問題に猛反論

    ており、国から補助金や給付金を受けた企業の献金を禁じた政治資金規正法や、国の事業を受注した企業からの選挙のための寄付を禁じた公選法などに抵触するのではないかという問題。■金券ショップに多額の支払い 2012年の総選挙前に金券ショップに「郵送代」として約57万円を支払っている。「何を買ったのか。もし、商品券などを選挙で配っていれば違反」(都連関係者)という。■「花代」問題 2014年には「花代」として1年間に約97万円を支出。これも、選挙区内の後援者の葬儀などに花輪を送っていれば公選法に抵触する可能性がある。「政治資金の公私混同は一切ない」と小池氏 渦中の小池氏にぶつけた。「政治資金の公私混同は一切ありません。収支報告書の記載の中に私の目が行きとどかないミスや記載漏れがあるかもしれないが、ご指摘いただけばキチンと改めます。しかし、ためにする批判、悪意に満ちたネガティブキャンペーンには負けません」 そう猛然と反論した。個別の問題についてはかわって小池事務所の会計責任者が答えた。まず金券ショップ、花代、事務所家賃、電通献金の説明はこうだ。「金券ショップで購入したのは切手で、大量に買いすぎたために翌年や翌々年はほとんど切手代はかからなかった。領収証も『切手代』となっている。金券を配ったなんて論外です。花代は同僚の先生方への大臣就任祝いや以前の選挙区だった兵庫の後援者の葬儀への献花などで、現在の選挙区内には出していない。 家賃は小池が会見で説明したとおり、『空き室だから家賃を下げるので借りてくれ』と言われて借りた通常の取引。電通の献金は選挙の寄付ではないし、補助金企業ではないから法的には問題ないと考えている。いずれも疑惑といわれるのは心外で、牽強付会すぎるでしょう」 政治資金パーティはどうなのか。「経費がかかりすぎているのは事実で、他の議員に較べるとパーティ下手ということになるのでしょうが、出席者をおもてなしすぎだと批判されるとは思いませんでした。ただ、Ysフォーラムの事業はその他の事業として報告すべきものですが、収支が他の費目と一緒になっていました。その点を改めて、すでに政治資金収支報告書の修正を致しました」 こうした小池氏側の反論に対しても、自民党内の「小池阻止」の動きは止まらない。「こちらには組織力がある。利権だの解散だの、あんな言い方でケンカを売られた以上、小池を絶対勝たせるわけにはいかない」。都議団幹部は青筋を立てている。7月31日の投開票日まで、さらなる爆弾が飛び交いそうだ。関連記事■ 原口一博、江田憲司、前原誠司らにも収支報告書のトラブル■ 川崎二郎元厚労相に脱法パーティー券疑惑 週刊ポストが報道■ 小渕優子氏 パーティでQUOカード配布は公選法違反の可能性■ 西川農水相 「親族企業から物品購入」の政治資金私物化疑惑■ 小沢一郎夫人名義の複数の家屋に政治団体から賃料収入あった

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    運動するほど浮いてしまう「エリートな若者」SEALDsの限界

    バーの奥田愛基氏(中央)ら=2015年9月15日、東京都千代田区(中村昌史撮影) たとえ18歳以上に選挙権が与えられても、一学年120万人×2学年の240万人に過ぎず、団塊世代一学年よりも少ないという有様だ。若者は「弱者」というよりは「少数派」なのだ。シールズがいくら大きな声で主張しても、学年人口では団塊世代の半分に過ぎない。 だからこそ、「いちご白書」のような学生闘争も、若者の間では共感を呼ぶかもしれないが、社会的には影響力が低いものになる。言い換えると、「シールズ的熱狂」は、若者の間では内輪ウケし、基本リベラルが多いメディアには大きく取り上げられるかもしれないが、それはマニアックな熱狂にしかならない。いちご白書は「白書」にはならず、単なる「世代内アンケート」にとどまる、これが今の「若者の声」のあり方だ。「意識高い系」「意識高い系」 次に「意識高い系」。反安保運動を象徴するシールズに対する微妙な感情は、「意識高い系」という皮肉な言葉が集約している。 シールズは、従来の市民運動とは異なり、そのブランディング手法やファッション戦術等、これまでのコテコテな日本の市民運動とは明らかに一線を画していた。その「画し方」は、ある意味爽快なほどこれまでとは異なっていたのだが、その表象に伴う独特な印象は、ルサンチマン(怨恨)とも言っていい、歪んだ感情を伴うことになった。段ボールのInstagramのフレームで若者の投票を呼びかけ、ポーズする奥田愛基さん(右) それは「ぼっちゃん嬢ちゃんのあそび」とか、「偏差値二流大学のあがき」とか、ネットなどで読んでみて気持ちいいものではなかったが、シールズに対する独特な憧れと反発はあったように思える。その歪んだ精神が、シールズを「意識高い系」として位置づけてしまう動きにつながっていったと思う。 では、意識高い系の人とはどういった存在なのか。以下のような人々と、シールズ的「エリート」は若干重なる。 まず意識高い系は「無邪気」である。無邪気に、「困った人々」や「弱い人々」を支えたがる。でも、困った人や弱い人は、実は彼らが思うほど困ってもいないし、弱くもない。いや、客観的には貧困や児童虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)等で困ってはいるが、意識高い系の人々が思うほど直線的に困ってはいない。 そのお困り感を何かに転移しているし、誰かのせいにしている。とても複雑で非常に人間的な葛藤があるのだが、その複雑さは意識高い系の人々には、残念ながらうまく伝わらない。 また、意識高い系の人々は、実は社会問題そのものをあまり知らなかったりする。たとえば、貧困問題や児童虐待の問題の奥深くに存在する、「人間ならではのどうしようもない問題」について、それほど考察を深めていなかったりもする。だが、「闇」をリアルに知らないに越したことはないので、闇を知っている人たちはそんなにうるさいことは言わない。その代わりに、「意識高い系」という皮肉な言葉を使う。 また、「闇」をリアルに知らなくても、あまりにストレートな社会貢献系の「善」の言説に対して違和感を覚える人々は、これらストレートで無邪気な社会貢献の言葉たちに対して斜に構え、独特な位置づけをする。それが「意識高い系」という言葉につながったのだと思う。ミドルクラスの若者ミドルクラスの若者  僕は、主として有名私立大学生で構成されたシールズのみなさんに代表される政治的な若者の動きには、社会分析という点から常に関心がある。若者としても関心あるし、それが有名私立大学という、ミドルクラス(中流階層)以上でないとなかなか入学しにくい大学の出身という点でも関心がある。 ただ基本的には、若者の声が現在の政治に反映されることを歓迎する。シールズを中心として、若者たちは盛り上がっている。記者会見する「SEALDs」の奥田愛基さん(左)ら=2016年8月16日、東京・永田町の衆院第2議員会館(斎藤良雄撮影) ここでシールズの若者たちが補強する文化的武器は、アートであり音楽だろう。アートのことは僕はよくわからないが、端から見てもそれなりにかっこいい。 渋谷は数万人の若者の群衆で埋め尽くされ、フジロック・フェスティバルも苗場の山の中に何万人もの若者を集める。 このように「顕在化」できる、オモテに現れることのできる若者は、シールズのようなミドルクラスの若者か、年に1回のフジロックを楽しみにしてバイトに励む下流階層の若者のいずれかだろう。シールズの「限界」シールズの「限界」 つまり、シールズの若者は自らが意図せずに、いつの間にか「エリート」になってしまった。むろん、シールズとしては大衆運動として自らのムーブメントを拡大したいが、その運動を推進すればするほど、その「エリート」性が浮かび上がり、他の世代や他の経済階層からも浮いてしまう。 それを打破するためには、多様な音楽やアートなどの「文化資本」を導入し、下流階層の若者も熱狂の中に巻き込んでいくことが必要だと思う。シールズが運動で活用したラップ調の主張も、典型的な文化資本の導入だったといえる。言うなれば、シールズの若者は有名私大に属する「ミドルクラス」であり、それをアートや音楽といった文化資本で活動を支えていたのである。 だが、わが国には彼らよりも「下流」の階層の方が多いという現実もある。非正規雇用の割合は全労働者の4割を超えており、その多くは若者である。こうした下流階層の若者の多くは生活に困窮し、知識や習慣、趣味に至るまで「貧困」になるから、とかく政治や選挙といったものを「別世界」だと捉えがちである。 だからといって、恵まれた出身階層を批判しているのではない。下流階層にいる若者にとって、シールズの活動は、一部の若者による政治主張の閉じ込めに過ぎず、活動自体が空虚なモノに映ったのかもしれない。 結果として、シールズの熱狂は、下流階層の若者に響かなかった。ここにシールズの「限界」があったのだと僕は思う。

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    SEALDsの熱狂がイマイチだった理由

    「打倒安倍政権」を旗印に結成された学生団体「SEALDs(シールズ)」の熱狂とは何だったのか。野党共闘に一定の影響力を示し、政治の舞台で存在感を発揮したことは間違いない。ただ、参院選は自民党の圧勝に終わり、シールズは解散する。彼らの活動が「限界」に終わった理由を読み解く。

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    「帰ってきた連合赤軍」SEALDsはサヨクの足を引っ張る疫病神

    彼らは今回の参院選においても当然、自民党への対決姿勢を鮮明にしている。しかしこれまでこの過激派組織が選挙で応援してきたサヨク政治家・政党はことごとく敗北を喫してきたわけであり、その無能さはむしろサヨクの足を引っ張る「疫病神」とさえ言える。 ヒトラーの弁舌の才は、エンターテイナーとしての才でもある。大衆は、ユダヤ人に対する罵詈雑言を「楽しむ」ために彼が演説を行う集会に足を運んだ。ナチス政権下の1936年に開催されたベルリンオリンピックは、あからさまな政治利用のエンターテイメントとして緻密に計画され、ヒトラーの威信を高めた。「帰ってきたヒトラー」でも、現代に蘇った元独裁者その才能を遺憾なく発揮し大衆の心を鷲掴みにする。 一方のSEALDsも、ヒトラーの猿真似をすることには日々余念がない。「無党派の若者のデモ」を偽装しつつその実共産党や各種組合のご老人や外国製力がのぼりや旗を掲げて行進する。ナチスの暴力組織突撃隊と見紛う「しばき隊」は書店に押しかけ「焚書」を強要するだけでなく、最近もまた連合赤軍の再来のようなリンチ事件を起こしている。そんな凶暴な連中とさえともに酒を酌み交わし、「安倍は人間じゃねえ!たたっ斬る!」と公言して来たのがSEALDsだ。無能さを暴露したフジロック出演問題 それで大衆の支持を得られているのであれば、それも良かろう。しかし前述の通り、SEALDsが応援する陣営が選挙勝利した試しはない。そんなSEALDsが、またもやヒトラーの足元にも及ばぬその無能さを暴露してしまったのがこのフジロック出演問題だ。フジロック「SEALDs奥田愛基」出演 「政治持ち込むな」vs「そもそも政治フェス」の批判合戦http://www.j-cast.com/2016/06/20270164.html?p=all 毎年恒例の音楽イベント「FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)」にSEALDsの奥田愛基氏が出演することが発覚し、批判が集まっている。 いやいや、批判が集まろうがなんだろうが、SEALDsをはじめサヨク勢力に対する大衆の支持がより集まるのであれば出演もよかろう。しかし各界からの反応を見ても、常識で考えても、到底そうは思えない。むしろこれまで通り、大衆の支持をより失う「疫病神」エンディングになりそうだ。 まず、サヨク連中による「言い訳」が稚拙すぎ、その卑劣さや欺瞞性が大衆の反感を買うことにしかなっていないように見える。彼らの言い訳で多いのが、「音楽に政治を持ち込んで何が悪い!」というものだ。例えば、コラムニストの小田嶋隆はツイッターでこう主張している。安全保障関連法の施行が迫る中、国会前で抗議活動をするSEALDsメンバーら=3月28日 「音楽に政治を持ち込むな」と主張している人たちは、あらゆる人間の営為(恋愛、友情、祈り、嘆き、感謝、生活、歓喜、憎悪、怒り、皮肉、政治、旅などなど)を包摂する芸術である音楽から、特定の要素だけを排除できると考えている点でアタマがおかしいと思うんだが。 「アタマがおかしい」のは小田嶋なのか批判者なのかは置いておくとしても、そもそも批判者の多くは、「音楽に政治を持ち込むな」などと言っているわけではない。オウム真理教が名前を隠してヨガセミナーを催し信者を増やしてきた詐欺的手法そのまんまに、ただの音楽の祭典を装いつつ、国会前で殺人宣言をして憚らない、ミュージシャンでも何でもないサヨク組織を招いて信者を獲得しようとすることが批判されているのである。大体、ヒトラーナチスの演説や集会と比べて、フジロックにSEALDsが出たら「楽しい」などと思ってくれる者がどれだけいるのであろうか。 いや、百歩譲って、それで大衆の支持を得られ、参院選で勝利できるのであればそれもよかろう。しかし現状を見る限り、SEALDsの出演に賛成し声援を送っているのは、小田嶋をはじめとして、旧来からSEALDsのサポーターのような連中ばかりで、「新規」に支持を表明する者など一向に現れない。また小田嶋の「アタマがおかしい」というサヨク連中に典型的な異論を見下す物言いに感動して新たに支持者が増えるとも思えない。少なくともヒトラーは、心の中や著書において大衆を蔑視することはあっても、それをサヨクほどあからさまに公言することはなかった。 そうやって大衆を「芸術をわからぬ連中」と見下し「反知性主義」だのとレッテルを貼るだけで悦に入るような思い上がった連中だからこそ大衆の反感を買いいつまでも負け続けるわけであるが、アメリカのトランプ旋風のようなことが日本で起きたとしても、ヒトラーの猿真似さえまともにやれぬ無能なサヨクどもがそれに気付くことは永遠にあるまい。 彼ら無能なサヨクどもが早いとこ自省し、与党に対抗できるまともな野党勢力を結成することを切に望むが、残念ながらその可能性は、ヒトラーが現代にタイムスリップする確率よりも低そうだ。

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    実態なき支持層が産み出した「選挙フェス」という都市伝説

    大学 准教授・博士(学術)/メディア学者)メディアゴンより転載 7月10日に投開票された参院選・東京選挙区の話題の一つは「選挙フェス」と銘打った選挙運動を展開した三宅洋平氏だろう。 「毎回数千人、万人単位の若者が『選挙フェス』に詰めかけ、これまでにない盛り上がりをみせている」とか「街頭演説のYoutube動画の再生数が数十万回」云々といったことで注目を集めた。三宅洋平氏 山本太郎参議院議員との二人三脚とも言える選挙活動を展開したことによる話題性もあり、「圧倒的な盛り上がりを見せている『選挙フェス』や三宅洋平候補のことを既存メディアは報道しない」とか「ネットやSNSなどで若者層を中心に急激に支持が広がり、既に当選圏内にいる」などの情報が、選挙戦終盤では既存メディアからも出てくるようになった。 これまで選挙に関心を持たなかった(けど、三宅氏の演説を聞いて危機感を持ったという前提の)若者達の草の根的な運動によって、当選圏へと入る急激な支持拡大をしていると言われた一方で、それを正当に評価しようとせず、報道しない既存メディアへの批判も、ネットを中心に話題となった。 ミュージシャンということで、芸能人や著名人を応援に多用しているという「ゲタ」はあるにせよ、「泡沫候補扱いだけど、本当は当選圏にいるダークホース」ということで、関心をもった人は少なくないはずだ。 しかし、結果は、三宅氏はダークホースとして当落を争う激戦をすることもなく、普通に落選。三宅氏と彼の率いた「選挙フェス」による急激な支持拡大という情報が、単なる「都市伝説」だったことを露呈する結果となった。都市伝説だった「三宅洋平ダークホース説」 東京選挙区での開票状況を観察しても、一時的にであれ、三宅氏が当選圏内に入ることはなかった。開票速報では、常に9位前後が定位置で、当落戦上の争い(6位争奪戦)との得票差は広がることはあっても縮まるようなことはなかった印象だ。 当落ボーダーである6位争奪戦は、小川敏夫氏(民進党・当選)、田中康夫氏(維新・落選)によって繰り広げられていたが、8位には横粂勝仁氏(無所属)が常駐していた。そして三宅氏は基本的に「横粂と8位を争うことのない9位」というポジションであった。 むしろ、三宅氏よりもはるかに小さい組織と規模で、三宅氏とは比べものにならないほどの泡沫扱いで選挙戦を戦った横粂勝仁氏の方が5万票も多い得票(約30万票)を得ている。もちろん「フェス」などしていない。 それでも横粂勝仁氏は一度だけとはいえ、衆議院議員の当選を経験している(民主党の比例復活当選)という点においては、多少の有利性はあったかもしれない。選挙の方法も、政策の作り方も、三宅氏よりは熟知しているだろう。 しかし、国会議員を落選してからは弁護士として、「あの人は今」のレベルで、ごくまれにメディアに登場する程度であり、それほど大きなアドバンテージを持っているわけではない。それは、元衆議院議員で財務副大臣や安全保障委員長まで務めた小林興起氏が、扱いも得票も完全に泡沫だったことからも明らかだ。【参考】<おっさん若者?>椎木里佳氏の古すぎる感性は「現代の若者」の縮図 いづれにせよ、選挙期間中、ネットを中心にさんざん目にした「三宅洋平ダークホース説」とは、単なる「都市伝説」でしかなかったことは事実だろう。 このように開票結果を振り返ってみると、あれほど騒いでいた「選挙フェス」とはなんだったのか? 三宅洋平氏と「選挙フェス」にまつわる都市伝説がなぜ生まれてしまったのか? なぜ、「当選圏に入った(けど、報道されない)」などという都市伝説が選挙期間を通じて急速に広まったいったか? 疑問は尽きない。さすがに三宅陣営の宣伝戦略の成果、というだけでは説明もつかないように思う。早朝まで続いた国会前の抗議集会で笑顔を浮かべる若者たち。マイクを持つシールズ中心メンバーの奥田愛基さん しかしながら現段階で分かることは、フェス感覚で「気軽に政治」に参加することが、若者の政治参加を促す方法の一つとして評価される一方で、フェス感覚で盛り上がることを自己目的化しただけの「パリピ(パーティーピープル:派手なイベントやフェスが好きな若者層)」たちの多くが、実態なき支持層にしかなりえなかった、という現実だ。これは、真剣に政治活動として三宅氏の選挙を担った支持者たちの現状把握能力をも狂わせたはずだ。 もちろん、フェス感覚を利用した政治参加という手法だけでなく、フェス感覚を前面に押し出すことで、若者の支持を取り込もうとする(そして政治化させる)SEALDsなどに代表される「フェス標榜政治活動」についても、今後、細かい検証や研究が必要だろう。また、それを利用しようとする政党の動きにも注視すべきかもしれない。 いわゆる「大人の社会」は、思想の是非はさておき、若いエネルギーや若い活動を、どこかしらで支援しよう、支持しよう、応援しよう・・・という心情や土壌を少なからず持っている。そして、その状況を狡猾に利用しようとする「プロ若者」の存在が状況を分かりづらくしている事実もあるだろう。 今回の参院選で多くの有権者が目にした「選挙フェス」という都市伝説。現在進行形の若者層の価値観だけでなく、メディアやネット社会のあり方なども含め、この問題を考える切り口は多い。今後の若者層の政治参加や政治意識の実態を考える上で、非常に有用な参考資料になったように思う。

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    SEALDsは本当の政治的なマイノリティーではない

    表のような顔をしていますが、正直言って相当に違和感を持っています。それは三宅洋平さんのキャンペーン「選挙フェス」にも同じものを感じるわけです。彼らの活動を否定するわけではないのですが、学生時代から「感じてきたこと」を本日は述べたいなと思います。 それは「あなたたちは言うほど少数派ではないし、俺たちの方がよほど少数派で居場所ないんですが」ということ。彼らは自分らしく十分生きているし、それなりに通用するカルチャーの中で生きてますよね、と。 筆者はロックフェスにも行かないような地味な人間ですが、そういうものがセンス良いというような風潮に押しつぶされた感じを持ってきた一人です。SEALDsみたいなチャラい学生がいる一方、地道に大学で勉強したり、起業したりする人間もいます。社会人も一緒でそういうノリのカルチャーの中にいない人もいるのです。だから、彼らが政治にそういう若者文化のメインストリームの音楽を持ち込んできても、戦略としては理解できるものの、彼らとは心の壁というか距離を感じてしまいます。居場所なき「真面目に勉強する少数派」 筆者は現在の政治シーンでは政治や社会について真面目に勉強する少数派の居場所はないよなーと感じています。政党は単なるレッテル貼りを繰り返すばかり、運動系は単純化された政策とイメージを垂れ流すだけ、社会啓発的な取り組みは「選挙に行こう」「政策を比較しよう」という低レベルなものばかり。つまり、政治や政策の初心者や素人向けのものばかりが幅を利かせています。候補者の演説を聞く有権者ら=6月25日 若くても勉強している人々は恥ずかしくて、音楽フェス的なノリの政治イベントには参加できないし、大日本帝国を妄信しているような老人のイベントにも参加できないのです。そして、既存の大政党の歯の浮くようなポリティカルコレクトネスにはウンザリしています。人間関係上たまたま地元の餅つきなどに参加しているかもしれませんが、その場ではあいさつに来た政治家と密度の濃い政策議論を交わすこともないでしょうし、その機会は現状では永遠に訪れないと思います。 大学でマトモに政策の勉強をした人々、自分で事業を起こした起業家の人々などの政治的な居場所はこの国の中にはほとんどないと実感を込めて言えます。「弱者のために云々」は別に良いのですが、その枠にも入れない政治的少数派・弱者として、真面目に勉強した人や実社会で活躍している人が存在しています。 既存の大政党だけでなく、チャラい兄ちゃん・姉ちゃんやヒッピーみたいな人々でも吸収しきれない人々はどうするべきでしょうか。ポスター掲示板の前で感じた政治の劣化 参議院東京選挙区の顔ぶれを見ていても、積極的に投票しようと思えるメンツが一人もいない、わけです。「何でこんなにイデオロギー的に偏っているのか?」と素朴に感じざるを得ないし、その他にも訳が分からないキャッチフレーズの人達が並んでいます。もう少しだけでも中道的で理性的であることが確認できそうな人はいないものでしょうか。これが政治の劣化ってやつなのかと悲しい気持ちになりました。このような政治を育ててきてしまったことについて、ポスター掲示板の前で一有権者として責任を感じざるを得ませんでした。 今回の立候補者の顔ぶれを見て「このままでは日本が危うい」と思う人が増えると良いなと思っています。この有様まで政治を劣化させてきたのは私たち自身であり、政治が理性を取り戻すようにしたいものです。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年6月23日分を転載)

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    だからSEALDsは嫌われた! 失敗に終わった左派のイメージ戦略

    渋井哲也(フリーライター)「選挙に行こう」「選挙に行こう」 7月9日午後7時59分、新宿駅東南口前の広場。選挙運動が終わりを迎えようとしていた。SEALDsの奥田愛基さんは、民進党の小川敏夫候補の応援演説を繰り広げた。ただ、遅刻したために残り40秒しかない中、ラップ調で呼びかけた。天気のせいもあって多くは集まらなかったが、小川候補は、1人増員された東京選挙区の6議席目でなんとか滑り込みで当選した。 ところで、SEALDsのメンバーは昨年夏、国会前などの安保法案反対集会で一人ひとりが、「僕」「私」を主語にして思いを発していた。若者が声を上げる運動はこれまでもたくさんあった。私が大学生の頃も、湾岸戦争や小選挙区制に反対するデモなどに参加した記憶がある。かつての運動は主導的なリーダーがおり、演説では「私たち」「我々」との主語を使っていた。その意味で、SEALDsのスピーチは新鮮だった。民進党結党大会で登壇してあいさつした「SEALDs」の奥田愛基氏=3月27日、東京都内のホテル(鈴木健児撮影) ただ、私が最も興味があったのは、SEALDs自体よりも、促されるかのように国会前に集まってくる人たちだった。若者だけでなく、中高年や高齢者もたくさん集まった。彼ら彼女らはどんな思いで、国会前に集まるのだろうか。もちろん「安保関連法に反対するママの会」の動きもあったが、SEALDsにも刺激を受けていたことは間違いない。そんな人たちの声を聞いて歩いた時期があった。 親子で参加する人たちや車いすでやってきた人もいた。思いはそれぞれ。法案に反対する女性が、もともと賛成派だったが議論する中で反対派となった友人と、一緒に国会前にきていた人がいた。また、原発事故以降、国の方針に懐疑的になり、脱原発運動や特定秘密保護法、そして安保法制に反対をしに来た女性もいた。その女性は団体が好きじゃなく、いつも一人で行動をしていた。SEALDsが、これまで黙っていた人たちの一部を突き動かしたとも言える。「安倍はやめろ!」で遠ざかった人たち SEALDsはゆるやかなネットワークだ。活動としてはSNSを利用したものが多いが、メンバーの何人かにによると、大学内で話をすることが難しいと言っていた。これが全体の傾向だとしたら、どう評価すべきだろうか。よく言えば、個人が情報を読み取り、自立的な行動を取った結果だ。一方で、身近な場所で安保などの政治の話ができていないとも言える。市民運動は身近な人にどう訴えるが課題だが、こうした点はSEALDsも克服できていない。 ただ、違和感を抱くことがあった。メディアも野党も、SEALDsが若者の動きの「代表」であるかのように取り上げたことだ。昨年の「ユーキャン新語・流行語大賞」は「SEALDs」を年間大賞のひとつに選んだ。カルチャー雑誌「Quick Japan」は奥田さんを表紙にした。民進党の結党大会で奥田さんは来賓であいさつするほどだった。若者による運動はほかにもあったのかもしれないが、目立たなかった。下の世代のT-nsSOWL(ティーンズソウル)は取り上げられたことはあったものの、安保法制や立憲主義以外で、若者が声をあげる政治的なネットワークが広がったとは言えない。2月に行われた、高校生グループ「T-nsSOWL」が主催した安全保障関連法に反対するデモ こうした点は奥田さんも自覚的だ。15歳で起業し、女子中高生のマーケティング集団を運営する大学生の椎木里佳さんとの対談(「SEALDsの“功罪”と若者の政治参加を考える」『News Picks』7月9日付)で、「きっと、日本の若者の政治参加が少ないからSEALDs=若者という見方をされてしまうんだと思います」と述べている。 実は、国会前の集会で「安倍はやめろ!」とコールし始めたとき、私は、この動きはこれ以上の広い層に広がらないのでは?と思った。たしかに、安保法案反対派や非自民勢力の一部を結集することはできた。とてもわかりやすいキャッチコピーだった。しかし、一強多弱で、かつ安倍内閣支持層が4割を超える中、保守層を遠ざけた印象を持った。私の知人で保守的な人間は国会前に行かなくなった。それはSEALDsのせいではない。むしろ、利用した非自民勢力=野党共闘勢力の責任は大きいのではないか。若者に響かなかった「若者代表」SEALDs 今回の参院選でも、そのムードは引きずったのではないか。読売新聞の終盤情勢調査では、10代の過半数、20代の半数近くが与党支持だった。もちろん、SEALDsなどでつくる「市民連合」が接着剤となって野党統一候補が実現し、善戦した選挙区もある。32ある「1人区」では、野党共闘は11勝21敗。負け越しだが、福島県と沖縄県では現職大臣を落選させた。奥田さんが「一定の効果があった」と言ったのは事実だ。しかし、蓋を開けてみれば、「自民 比例2000万票超え 19人当選 01年『小泉旋風』に次ぐ」(朝日新聞7月11日夕刊)結果となった。 メディアでは、若者の投票が期待されていた。私も週刊誌でそうした記事を書いた。参院選では初めて「18歳以上」が投票する国政選挙になる。若者が声をあげて、閉塞感のある国政を変えることができると思っても不思議ではない。たしかに、参院選では、初めて投票する「18、19歳」の投票率は45.45%で関心が高かった。とくに18歳は51.17%だ。全体の投票率が54.70%で、戦後4番目の低水準だった中では、高かったのではないか。しかし、NHKの出口調査では、10代の42%は自民党に投票した。SEALDsの呼びかけは、全体としては影響を与えなかったということか。 メディアは過剰に注目しすぎた。たとえば、毎日新聞WEB版は選挙前の6月20日付で、SEALDs解散を伝える奥田さんのインタビューを掲載した。開票後、朝日新聞のWEB版は「民進の小川氏当選 SEALDsも支援、東京2議席守る」として、SEALDsを見出しに使った。東京新聞は7月12日の社説で「奥田愛基さんを中心とする学生グループSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動、シールズ)は、野党共闘を実現させた事実上の立役者だった」と特筆した。このように、メディアはSEALDsを特別視していたのは明白だ。 特定の団体を取り上げ過ぎれば、むしろ言論の多様性が失われる。SEALDs内にも多様な意見があるはずだし、他の言論が取り上げられないのであれば、若者の政治的イメージが画一化される。そうなれば、「民主主義ってなんだ?」と叫びたくなるのは若者世代の方だ。自民圧勝の背景には、そうしたイメージへの反発(嫉妬も含む)もあったと思うのは考えすぎだろうか。しかし、どんな立場であっても、若者が動き、様々な世代との連動をこれから期待したい。

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    SEALDsに群がるトンチンカンな人々

    もあったわけです。まあアレはご本人は政治的なものでないとおっしゃられて火消しされてましたけれどもね。選挙への参加を呼び掛ける曲を録音中の佐藤タイジさん(右から2人目)、奥田愛基さん(同3人目)ら=6月、東京都渋谷区SEALDsに群がるトンチンカンな人達 さて、おそらく、これが反原発だったり反差別の団体だったら、まあまたいつものアレだよね・・・的に特に指摘されることはなかっただろうと思います。 問題はそのアクター(?)がSEALDsという、安保法制反対で名をあげてメディアに持ち上げられた学生グループだったからというのが大きいのでないのかと思わざるをえないわけです。 ひとつは、ホントにロックは政治抜きで語れると思っていた歌詞抜きでふんふん鼻歌していた「オーディエンス」の方もいらっしゃるでしょう。まあこの人達はとりあえずいいとしましょう。よくないですけど。 さらにもうひとつは、やはり嫉妬めいたものがあるんじゃないですかね。または彼らの政治的な主張に嫌悪する人。 自分も昨年の椎名林檎に関しては、まあ気分はよろしくはないクチなわけです。だから、まだこれは気持ちはわかる。しかし、それならば行かなきゃいいだけじゃねーの?としか言いようがない。それでも嫌だったら、おまえらの主張には賛同できないとブーイングでもしに行けばよい。そのほうがよっぽどロック的じゃないですかね。 このSEALDsというのは、まあなんというか、こういう嫉妬やら生理的な嫌悪みたいなものを一心に集めていて、これがなんともはやある意味壮観なわけです。 そのSEALDsの奥田愛基という人が出した自伝を読んだわけですけど、やっぱりそういう話はあるわけで、呑み屋か何かで隣り合わせたおっさんが、あのSEALDsとかいう連中の言っていることはうんたらかんたらと説教めいた絡まれ方されたらしいんですよ。で、その張本人ですと告げたらびっくりして逃げていった・・・みたいな話とか。 ようは、おっさんども、なんか言ってやりたくて仕方ないわけです。そうして、この団体のまわりには、本当に多数の連中があーでもないこーでもないとやっている。そして、それがまた的を得た話ならともかく、もうどうにもこうにも適当な話が多いわけですよ。SEALDsは戦後民主主義信奉の優等生 SEALDsがおすすめする「選書」とかあるわけですが、ちょうど先ほども、それが「新左翼的」とか「ポストモダン」だとか言って批判している人がいたりして、思わずtwitterで突っ込んでしまったわけです。うーん、「新左翼」「ポストモダン」・・・。それでSEALDs批判・・・。 いや、この選書には竹内好とか新左翼の一部に強い影響を与えた人の本とかありますし、著者が元新左翼というだけなら何人かいるわけです。けど、もう明らかに新左翼とは対極にある選書のラインナップなわけですよ。というか、一番上に『丸山眞男セレクション』がある時点でいわば「新左翼おことわり」と宣言しているようなもんなんですよ(笑) かつても触れましたが、SEALDsの公式見解をつらつらと読んだりすると、もうこれ以上ないくらいに戦後民主主義信奉の優等生すぎるくらいの優等生で、そういう意味では「保守」といえるくらいなわけですよ。 ところが新左翼というのは、その戦後民主主義なんかクソくらえ!というのが基本の「キ」なんです。丸山眞男は新左翼の学生にさんざん小馬鹿にされ、研究室を蹂躙されて、その学生に「こんなことはナチスでもやらなかった」と言って、またこのブルジョアインテリのおっさん邪魔くせ、とやられていたぐらいです。そんな話は以前書いたのでそちらをどうぞ。安全保障関連法施行を前に会見する奥田愛基さん(右から2人目)らSEALDsのメンバー=3月28日、国会   また「ポストモダン」というのもなんだかなーと言う話で、確かにデリダ研究者の東浩樹がはいっていたり、フーコーの研究者が入っていたりしますから、まあ見当はずれにしても、ほんのちょっとは当たっているかもしれません。しかしそれにしても・・・。 そもそもこの「ポストモダン」という言葉も日本独自な使い方です。それとほぼ同義に近い使われ方をする「構造主義者」は、1968年のフランスの学生運動(以上のものでしたが)の中で、「構造はデモにこない」などと揶揄され、その反動ともいえなくはないですが、いわゆる日本でもてはやされた「ポストモダン」のヒーローたちは、そのデリダにしてもフーコーにしても「政治転回」していっているわけです。つまり、日本で言うところの「ポストモダン」が価値相対主義とか「軽やかに逃走する」人たちを指しているのと、全く違う方向にいったわけですよね。 かつてポストモダンの日本におけるローカルヒーローであった浅田彰は、ガタリというホンモノのヒーローがやってきた時に、山谷の労働者支援などをやっていた左翼系の人達を「愚鈍な左翼」と呼んで嘲笑していたのをガタリにたしなめられたというちょっとばかり有名なエピソードがあります。確かに彼らは「愚鈍」かもしれないが、なんもやってないアンタよりはまだマシでしょ、という極めてまともな正論でした。いまや、その浅田彰もそのフォロワーだった坂本龍一なども、いまでは「愚鈍な左翼」路線なのは、各種デモやら政治的発言をしているところをみればわかるでしょう。 まあ、面倒くさい話はともかく、様々な色合いがあるかもしれませんが、おおよそ日本で流通している「ポストモダン」という用語は、日本独自な用法で、ほとんど何かを指し示す術語としては体をなしていないということだけお分かりになればよいかと。 話を戻すと、ようするにSEALDsの推薦図書リストから、そういう「新左翼」とか「ポストモダン」というのはほとんど感じられないわけで、むしろやっぱり優等生的な戦後民主主義ですね。これにそういう表現を使うところで、なんともはやなわけです。 こうして、相手はガキだと思って、ひとこと言ってやんべっかーというような人が群がっていて、トンチンカンな言いがかりをつけているわけです。ロックに政治を持ち込むな、とか。 まあ、これがネットの炎上レベルの話ならば、ともかくとして、最近は『SEALDsの真実』などという本も出ている。これもまたなんというか的外れな論考で、その理由はただひとつ、ネットの情報をつなぎあわせてコラージュした本だからなわけですね。 ネットにある興味本位やウソも混在した情報をつなぎあわせると、なんだかよくわからないモンスターがつくられることがあります。これすなわち陰謀論です。著者の田中宏和さんのブログは、自分は2000年代初頭によく読まさせていただきました。海外のしっかりとしたソースを分析していく手腕がそこにはありましたが、やはり国内のネット情報がソースだとどうにもならないですね。たぶん、この人はこの著作で全くといっていいほど関係者に取材はしてないでしょう。これが『分析と解剖』ということですからなんともはや。これでは、自分の子供ほど年の違うSEALDsの学生さん相手に、40も過ぎた男がヨタ情報で陰謀論書いているといわれてしまいますよ。あの学生さんたち、そこまでの存在じゃないですよ(笑) さらに、千葉麗子さんが書いた『さよならパヨク』という本もありました。これは本の半分以上が単なるゴシップ本なわけで、そういうのが好きでたまらない人にはいいのでしょうが、それ以上の価値がありません。ただ、まあこれは田中さんの記事と同じく、なんでそんなことを書くのか、その心情だけは理解できるので、全面的に批判するつもりにはなれないんですが。 その中で、今の官邸前で反原発運動をしている「反原連」が日本共産党に乗っ取られている、という説を流していらっしゃるようですが、まあぶっちゃけ、日本共産党の関係者の方々が多数いらっしゃるのは間違いないですよ。でも、それとは相対的に自立して行動しているのもこれまた間違いがない。 あのですね、そもそも日本共産党って、3.11まで明確な「反原発」ではなかったわけですよ。遡ると、60年代までは原発推進の立場だったわけですよ。彼らはマルキストですから、テクノロジーの進歩は全面肯定する立場が本来ですから。共産主義とは電化のことである・・・みたい名言(迷言?)をレーニンは言っていたくらいです。そして60年代以降も、即時全面禁止という立場ではなかったわけですね。 もちろん徐々に方針を変えてきたというのは確かですが、それは既存の非政治的な勢力の盛り上がりに足並みをそろえて、むしろそちらについていこうというところが正しい見方かと思います。まあとはいうものの、日本共産党の天敵である、新左翼を排除したり、まだ原水禁と微妙な距離があったり、などというところで、べったりというところまではいかなくとも、相当に影響力があるというのはそれはそれで間違いないでしょう。ただ、チバレイさんが言うように「乗っ取られている」というのはどうかなー。で、SEALDsもその流れにある、と。まあ、これは見当違いでしょう。 まあ、こんなわけで、フジロックの話しかり、SEALDs選書の話しかり、『SEALDsの真実』しかりで、まあなんというか、壮大なモンスター像が出来上がってしまっているわけですよね。いや、あの学生さんたち、そこまでの存在じゃないですよ(笑)流行語大賞で「SEALDs」がトップテン入り。表彰を受けるSEALDsのメンバー 手前は挨拶をする奥田愛基さん=2015年12月1日、東京都千代田区の帝国ホテル闘わない「闘い」は学生運動の失敗が招いた こうして知ったかぶりと陰謀論と親父の説教ぐせ(特にいわゆる往年の活動家界隈)の人達を、SEALDsはものすごい勢いで吸引していっているバキューム状態なわけです。もうね、カオスですよ、カオス。 そんなわけで、別にステマするわけでもないですが、そういう人達にオススメ・・・というか、たぶんそういう人たちにこそ読んでもらいたいという意味もあって出したと思われる奥田愛基自伝『変える』は面白かったわけです。 この本、「自伝」とは書いてないんですが、そういう本です。北九州の牧師の家で生まれ育った奥田が、その牧師の家らしいというべきか、様々な生活困窮者を受け入れてきた話。中学校の頃のイジメ体験。そこから島根の高校を選び、その学校の文化の薫陶を受ける。そして、仲間との出会いからSEALDsの創設へ。 一応書いておきますが、自分はSEALDsの政治的な主張には賛同できません。けれど、まあ二十歳かそこらの若いヤツがここまで大きなムーブメントをつくって、しかもやっていることもたいそうなオトナなところを感服しているわけです。 あなたたち、おい、おっさん。20歳かそこらの時、なにしてました?ファミコンやったりパチンコやってたり、クラブで呑んだくれてたり、ダイヤルQ2や出会い系サイトやっていたり、少年ジャンプ読んでいたり、しょうもないサークル入ってスキー行ったり、テニスしたり・・・そんな感じじゃなかったですかね。はい、自分もそんなひとりです。そうするとやっぱり彼らは立派だな、と。 僕らの若いころ、そして今でも脈々と続いているのは政治回避です。外山恒一は、その著書『青いムーブメント』の中で、新左翼運動の失敗により、「政治的な闘いに関わらないという闘い」がいわゆる日本のいわゆる「サブカル」ではないかと喝破しました。80年代は闘わないという闘いを積極的に理念にあげる時代だったということです。それは今も脈々と、「ロックに政治を持ち込むな」風な流れとして残っています。新左翼のみなさん、あなた若いのが政治を回避しているとか偉そうに説教している場合じゃないですよ。あなたたちの荒唐無稽な「世界革命」や、数百人の死者を出した内ゲバが、その原因なんですよ。 仮にそれが学生運動の時代に比較して、ぬるいものだったとしても、それはあなたたちを乗り越えようとした結果そうなったわけです。もうちょっと、なんというかケチつけるだけではなく、温かい目で見ることもできるんじゃないですかねえ。 さて、興味をもって、この政治的主張ではなく、リーダー格のひとりの「自伝」を読んだわけですが、そしてなんともいえない読後感を抱いたのでありました。3.11後のセカイ系3.11後のセカイ系 ひとつ思ったのは、この人は、まあちょっと前に流行った言葉でいうと、一種の「セカイ系」なわけですね。少なくともこの自伝ではそういう物語をつくろうとしている。  セカイ系というのは、自分の内的な世界の閉塞感を、物語だか現実だかわからないセカイに照らし合わせていこうとしている人たちのことですね。自分の理解ですが。だから、世界の出来事と自分の内的な世界が奇妙に一致してしまっている。本当はそんなことはないんです。世界はあなたと全く関係ない理屈で動いている外部なわけです。彼らは自分が苦しんでいる閉塞感から逃れんがために、世界の滅亡を希求する。または絶対的な変化を求める。それが宇宙戦争でもいいし、天変地異でもいいわけです。もちろんそんなキミのセカイのために、世界が滅亡されても関係ないオレには迷惑きわまりないわけで、そういう意味でセカイ系、ホント迷惑な連中だよな、と思っていました。だって彼らの世界の滅亡はたったひとりの自分のセカイの「革命」のためのものですから。 ところが、3.11っていうのは、実際に世界の滅亡みたいなカタストロフィが起きてしまったわけです。ローカルではありますが、確実に起きた。そうすると、セカイ系の人達は何を考えるか。 奥田自伝の中で、映画『ヒミズ』の公開にあたって、監督である園子温が語ったという言葉が引用されています。全体的に僕はこの映画に、今までの映画、僕の作り続けてきた映画とは明らかに変わっていかざるを得なかったという状況があったというこ とです。僕は非常に、人間って言うのはこんなもんだよという絶望的な姿を丸裸にするような映画を撮り続けてはいたんですけども、それだけではもうやってい けないなというのが3.11以降の自分の映画のあり方で、それをやっぱり「ヒミズ」 は自分の中の映画史、映画を作り続けてきた中で非常に転向したというか変わらざるをえなかったということです。それは1ついうと絶望していられない、へん な言い方で言うと希望に僕は負けたんです、絶望に勝ったというよりは希望に負けて希望を持たざるをえなくなった。だから簡単に言っちゃって、「愛なんてくだらねえよ」って言ってたやつがすごい人を好きになって、愛に白旗を揚げた、愛に敗北。そういう意味ではもう絶望とかはいってられなくなったなと。それは 絶望に打ち勝ったというよりは希望に負けたという。希望を持たざるをえなくなったなという。これからはただ単純に絶望感だけではやっていけないっていう、 そういうテーマです。それは誰かを励ましているわけでも、だれかをけなしているわけでもなく、そういう今、非日常を生きていく決意を新たにこの映画で刻ん でいこうという、それがテーマですから。 園子温は、その昔、「東京ガガガ」というパフォーマンス集団をやってきた人ですし、そのパフォーマンスも映画も、自分の情けなくもみじめで悲惨な境遇を、どうやって現実世界に解放していくか、ということばかりを追求してきたような人です。その手段として荒唐無稽な露悪趣味を選んだ。ところが、3.11で、そのぶつけていくべきセカイがいわば崩壊してしまった。そのときに、何をしなければならないか。これは自分が望んでいた世界の滅亡の後なのではないか。だとしたら、そこで自分は初めて何かを成し遂げることができるのではないか、と。ここで露悪趣味は終わりにせざるをえないのですね。これが彼が「敗北」と言っているものです。「転向」と言い換えてもいいでしょう。 もちろん、奥田愛基という人は、生まれ育った家庭環境からして、一種のリベラルのディシプリンをもった人だったわけです。で、それがさらに島根の山奥の自由学校みたいなところで花開く。だから、純粋なセカイ系とはちょっと違うわけです。彼には世界が視えていた。そういう違いはあるわけですが、まあ3.11後に、ノンポリだった人達や既存の政党政治枠にはめられていた人がストリートに出て何かをまじめにやりだしたというところは傾向としてあるのではないかと思うわけです。それを彼はひとつ体現しているのではないか、と。 このマジメさは、先行するアナーキズムに彩られた高円寺系のアウトノミアの人たちや、全く違った革命のための物語、すなわち唯物史観をもった人たちとも別のもので、もう優等生以上に優等生的な立ち居振る舞いや、出来損ないのスクラップの組み合わせでもいいから何かを建設するというような前向きな意志を感じさせるところではないかと思うわけです。 こういうセカイ系の物語として自伝が書かれているから、生臭いことは一切書いてませんが、それなりに面白いので、よかったらどうぞ。 そんなわけで、最後にとってつけたような「分析」があって、おまえもSEALDsに誘引されている蛾みたいなもんで、単になんか言ってやりたいだけじゃねーかもと言われればそれまでですね(笑) 自分はもう少し、この鼻っ柱が強いセカイ系の連中が織りなす3.11後の物語みたいなものを見ていこうかと思っています。私はガタリと同じく、例え愚鈍であっても何かを構築しようという人たちが趣味的に好きですので、まあそういうことになります。(清義明のブログ「Football is the weapon of the future」 2016年6月21日分を転載)

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    共産党に食われる民進党

    」の構図がハッキリしていた今回の参院選。争点はアベノミクスや安全保障関連法、憲法改正などだが、野党は選挙戦を通じて攻めあぐねていた。批判だけで対案がなければ、浮動票も流れない。果たして、野党共闘は吉と出たか、凶と出たか。

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    民共共闘で民進党は消滅する!

    克也代表、社民党の又市征治幹事長=6月29日、松山市(松本学撮影) 志位氏は民進党の岡田克也代表に、選挙に向けて「国民連合政府」をつくって共闘すると申し入れた。岡田氏も当初は乗り気を見せたが、党に持ち帰ると強い反発を受けた。その最たる批判が、前原誠司元代表の「シロアリとは組めない」という激烈な言葉だった。 シロアリは建物の土台を食う。共産党と組むといずれ共産党に乗っ取られるという恐怖感は、旧民主党はもちろん、旧社会党ももっていたはずの共通の恐怖感だ。このため、共産党は選挙戦のほとんどすべてを独自で戦ってきた。 当選の見込みのない選挙区でも「共産党」の候補者を立てるから、1回の選挙で合計1億円の供託金を没収されるのが常だった。参院の1選挙区で2万~9万票を出し、その票を集めて比例で3から5議席を得るというのが共産党の戦略だった。 岡田代表が志位委員長の国民連合政府構想を断ると、志位氏があらためて打った手は「新安保法廃止」の1点だけの合意でいい、というものだった。連立政府をつくって「新安保法」を廃止してから、のちに政策を協議するなどという政府ができるわけがない。共産党がいうほど「新安保法」が悪いのか、という反発も民進党内から出てくるだろう。 共産党の投げかけた影響を見て、志位氏は「野党統一候補を黙って推す」という“無償援助”方式を打ち出した。仮に統一候補方式が成功すると、3年前の選挙で自民党が29勝した選挙区のうち、宮城県では42万票対51万票になって逆転する。栃木県でも37万票対40万票。山梨県でも14万票対23万票になる。山形、新潟、長野、三重も逆転の様相になる。たしかに足し算では逆転だが、「共産党が加わるならオレは反対側に入れる」という票も相当に出るだろう。このため共産党はいっさい表に顔を出さない、といっている。実際に前面に出て運動するのは共産党が操る学生団体シールズなど。この芝居はうまくいくのか。 自社対立の時代、共産党は社会党にしがみついていた。社会党が自民党の側に歩み寄るのを防ぐために、事あるごとに政策共闘を唱えた。時に共産党の了承なしに事を運べば、社会党が堕落したように見えたものだ。 その社会党は村山富市委員長時代に「社民党」と改名したが、衆院議員は最盛期の144議席から2議席に落ちた。今回、参院の改選は2人だが、ゼロに落ちる可能性がある。社会党は共産党に密着して左派を吸収された感がある。右派は自民党に叩き潰されて党は潰滅、残党は民主党に吸収された。政治がうまくいかない元凶は連立政権だ政治がうまくいかない元凶は連立政権だ平成28年度補正予算が成立し、挨拶回りで公明党の山口那津男代表(右)と握手する安倍晋三首相=5月17日(斎藤良雄撮影) いま起こっている政界の様相は、かつての自社対立が自公対民共と形を変えて再現されているようだ。本質は自公対民共の新型55年体制の再現と見てよい。 自民党は今回の参院選で3年前の51に6議席上積みして57議席を取れば、非改選組と合わせて122議席になる。自民にとっては参院で過半数を握ることになり、政策の心棒を公明に振り回されなくて済むようになる。 新安保法では、集団的自衛権の権利があるだけでなく「行使」もできるとした。自衛権に「独自」と「集団」があるのは国際常識。集団的自衛権があれば行使できるのは当然だ。国連憲章にも書いてある。アジアの現状を見れば1年前と現在では様変わりで、よくぞ新安保法を成立させておいたものだと思う。ところが1年前、与党の公明党は新安保法に徹底して背を向けた。防衛や財政、税制について、30議席の政党が300議席の大与党の鼻づらを引き回したのでは、国民が大政党を選んだ意味がない。自民党の悲願は「自民党はどうしてもやりたいことは単独でもできる」力を得ることだ。公明と組んでいるからといって憲法改正が前進するわけではないから、自民単独政権で十分だ。 公明党と連立しているばかりに、新安保関連法に含まれた集団的自衛権行使の三要件などはまったく不可解。不必要な制限を加えすぎた。 イタリアの政治は戦後一貫して連立政権を続けた結果、無責任政治に堕し、救い難い様相になっている。時に連立の組み合わせさえ決定できず、大統領が議員でもない30代の学者に内閣を丸投げしている始末だ。私は1960年代にローマに駐在して以来、イタリア政治をフォローしているが、政治がうまくいかない元凶は連立政権だと断言していい。失政に責任を取る政党がないのが問題なのである。 イタリアで冷戦終了まで政権を担当してきたのはキリスト教民主党、社会党、民社党、共和党などで、議席の51%を押さえていた。これは共産党を閣外に締め出すためで、共和党は3%程度の議席しかないのに「入閣の条件」として「共和党の首相を出すこと」と言い出し、結局、共和党首相が実現したことがある。3%の議席しかない党が言い出せることは高が知れているし、失敗しても閣内から共和党を追い出すわけにはいかない。51%のワクが壊れてしまうからだ。 われわれは自公政権を普通の現象として見ているが、連立にはつねに欠点、弱点があることを見逃さないほうがいい。 自公に対立して民進・共産の軸が浮上してきた。小選挙区制度は二大政党制を指向する制度だが、日本では約4割の議席に比例制が導入されたため、小政党が残ることになった。比例制を残したのは公明、共産をいきなりゼロにするわけにはいかないという政治配慮が働いたからだ。日本の小選挙区比例代表並立制も時に連立政権を余儀なくされるが、失敗作というつもりはまったくない。与野党の緩衝材としての機能を発揮することがあるからだ。 日本社会党がこの新選挙制度導入とともに消滅したのは、常時、社共共闘を続けてシロアリに食われてしまったからだというほかない。 60年代末、ローマで「社会主義インターナショナル」の大会があり、日本からは社会党と民社党が招聘された。大会が終わったあと議長(オーストリア人)が記者席に来て「日本人記者か」と念を押し、「日本では社会党が共産党と共闘しているそうだが、本当か」と尋ねる。「本当だ」と答えたところ「本国に帰って、社会党に共産党と組むことは社会主義インターの原則に反する。除名することになる、と伝えてくれ」というのだ。 前原氏のシロアリ論はまさに、国際常識だった。民進党はそのシロアリと結んで、旧社会党の轍を踏もうとしているように思える。社会主義インターが「共産党との共闘を禁じていた」真意を当時の日本人は知らなかった。各国の共産党は、ソ連(現ロシア)から国際共産主義(コミンテルン)の綱領とカネをもらってスタートした暗い歴史がある。“結社”から“政党”に変身したイタリア共産党“結社”から“政党”に変身したイタリア共産党 日本では、徳田球一氏がソ連から綱領とカネをもらってコミンテルン日本支部を設立した。要するにソ連の共産党の「日本支部」だったわけだ。のちに議長となる野坂参三氏は、ソ連に同志を密告したことが判明して日本共産党を除名された。共産党としてはソ連との関係がバレたから除名せざるをえなかったのだろう。 イタリアでは共産党はソ連から、民社党はアメリカからカネが注ぎ込まれているといわれていた。社会主義インターが共産党排除を鮮明にしていたのは、欧州では共産党はソ連のヒモ付きという常識が定着していたからだ。 イタリア政界の連立体制は50年ごろから冷戦が終わるまで続いた。この間、イタリア共産党は30~33%の議席を維持した。連立政権の目的は、第二党に躍進した共産党を絶対に政権に入れないとの一点にあった。イタリア共産党はソ連とは別の「独自の道」を強調したが、歴代代表はロシアに行って夏季休暇を過ごしていた。“ソ連との仲”を疑われるのは当然だった。 ところが89年にベルリンの壁が壊され、91年には米ソ冷戦が終結する。こういう事態を迎えると、共産党排除の連立を続ける意味がなくなる。連立政党は政権を共有しているあいだにラジオ局の分配から公社、公団の利権を分け合うことまでやりたい放題。腐敗は極に達していた。日本なら、金権腐敗の田中角栄政権が40年も続いた状況だった。ちなみに冷戦後、政界再編が行なわれるが、戦後を背負った光栄ある「キリスト教民主党」は雲散霧消してしまう。 イタリア共産党は冷戦の終焉を予感して、ベルリンの壁が壊されるころ「共産党」の看板を変えて「左翼民主党」と名を変える。これは共産党と名乗っているかぎりはソ連との暗い過去を清算できないからだ。何十年もお預けにされた政権に就きたい、と党全体が熱望したのだろう。党名変更とともに共産党の“原理”ともいわれた党首独裁もやめ、党首を党員投票で選ぶ革命的変革を行なった。続いて民主集中制という党独自の独裁方式をやめた。さらに政策は党員の多数決で決めることになった。一言でいうと“結社”から“政党”に変身したのである。 この点、日本共産党は政党を名乗っているが実態は「古い共産党」そのものだ。宮本顕治時代、日本共産党が“開かれた党”になるというので、立川公会堂の大会に取材に行ったことがある。あらゆる議案に対する賛否は最右端に座った代議員が署名簿を左端の席まで回して採決する。むき出しで回すのだから、「反対」と書いたら誰が書いたかひと目でわかる。これを民主集中制というが、世間の常識では“強要”とか“独裁”というのではないか。 イタリア共産党は共産党の原理を捨てて、結社から政党に踏み出し、天下を獲った。志位委員長が党名を変えない理由志位委員長が党名を変えない理由 イタリアは、それまで上下両院とも選挙は比例代表制で行なわれていた。この結果、小党でも議席を取るから政党数は50を超えていた。冷戦が終わってイタリアがすぐ着手したのが選挙制度の改正である。共産党に天下を獲られても困ることはない。政権の交代こそが政治を活性化させるという共通認識で、1993年に日本もイタリアも選挙制度改革に乗り出した。 両国が採ったのが小選挙区比例代表並立制。同じ時期に私は選挙制度審議会に参画していて、イタリアから視察団が来たというので話をしたのだが、相手の認識や制度が日本で検討中のものとまったく同じだったのには驚いた。腐敗を脱するには政権交代が不可欠。そのためには二大政党を指向する小選挙区制度がベスト。双方がまったく同じ考えだった。 イタリアでは94年、新制度による総選挙が行なわれ、シルヴィオ・ベルルスコーニ氏率いる右派が政権を獲ったが、汚職で1年で潰れ、ランベルト・ディーニ氏率いる非政治家内閣が引き継ぎ、96年には早くも2回目の選挙をすることになった。これに備えて左翼民主党(旧共産党)が考案したのが「オリーブの木」方式である。 これは左派系の8政党が集まって「オリーブの木」を結成、勝った場合は政権に参加するというものだ。96年選挙では戦術が見事に実を結んで「オリーブの木」が政権を獲った。第一党である左翼民主党書記長のマッシモ・ダレマは「旧共産党系」が前面に立たないほうが支持されると見て、経済学者で旧キリスト教民主党系のロマーノ・プローディ氏を首相に担いだ。政権が2年たったところで首相はダレマに代わる。旧共産党系は代人を立てて政権を獲り、その直後に素手で政権を握った格好だった。 ところが左翼民主党と名乗ると旧共産党系の人脈が薄まって、民主集中制時代のような統制が取れなくなる。経歴や系統不明の人物が集合してきて左翼民主党は完全に変質してしまう。そこで左翼民主党は98年、解散し名称を「左翼民主主義者」と変えた。旧共産党が党名を変更して誕生した左翼民主党は7年間で命脈が尽き、かつての共産党とは似ても似つかぬ左派集団になる。イタリアのケースではっきりしたのは、共産党が民主集中制の原理を外すと、いずれはタダの政党になってしまうことだ。 イタリアの政界事情について、日本共産党内にも専門家がいる。志位委員長は、政権を獲るつもりなら党名を「変えたらどうか」としばしばいわれてきた。志位氏がつねに「変えない」と答えてきたのは、変えればいずれ“赤の他人”に党を乗っ取られるとわかっているからなのだろう。 こういう裏事情を知ってか知らずか、小沢一郎氏は全野党を糾合しようとしてオリーブの木方式を提唱している。目下のところ民進、共産、社民、生活の四党の集結までこぎ着けたが、民進党は小沢氏の主導を拒否している。民主党時代、230議席の政党を60議席台に落とした主犯が野党再編の主役に戻ることはありえないだろう。いまの民進党では永久に連合に隷属するいまの民進党では永久に連合に隷属する 共産党は3年前、2013年の参院選で、比例で515万票(得票率9・7%)を集め、選挙区3、比例5の8議席を獲得した。今回、志位委員長が掲げた目標は「比例代表850万票、得票率15%以上」というものだ。共産党が躍進しつつあることは間違いないが、この党はどの党をかじって太りつつあるのか。 すでに減ってしまったのは社民党で、参院2、衆院2議席まで落ちた。党内に宿命のような左右対立を抱えて自滅していったようなものだ。今回も吉田忠智党首が民進党との合併を提唱して、党内からも民進党からも拒絶された。あえて自滅の道を選択しているかのごとくである。共産党が新たな同志を増やそうとすれば、民進党の左派に狙いをつけるしかない。 じつは民進党の弱点は、民主党時代から党内に左右対立を抱えていることだった。対立の主軸は「安保問題」で、最左翼は「平和は憲法9条があるだけで守れる」という信者たち。右派は自民党保守派と変わらない。前原誠司元代表、細野豪志元政調会長、長島昭久元防衛副大臣らは基本的に「新安保法」に賛成だったのではないか。 党内に旧社民党系がいるかぎり、対立の種は消えるはずがなく、党の一体感は保たれない。旧社会党系が少数とはいえ党内に隠然たる勢力を保っていられるのは、彼らが連合から支持されているからだ。 かつて前原代表は党の三原則の一つとして「連合から若干の距離を置く」と宣言して、大反発を招いた。以来、民主党内では連合批判はタブー視されている。連合は選挙のたびに紐付き候補を立て、今回は12人。こういう業界代表が党内に存在するのは日本政界の特質だ。イタリアにも産業別組合があるが、支持政党はそれぞれ別だ。いまの姿では民進党は永久に連合に隷属することになる。 共産党も“共産党系組合”を抱えているが、組合に党が振り回されることはない。 参院選の共産党の戦術は、選挙区は香川県と複数区、あとは比例区で稼ぐというもの。目標どおりに850万票を取れば、3年前の選挙区3、比例5の8議席は獲得するだろう。最近の地方選挙でも、共産党は宮城県議選では議席を4から8に倍増させた。全労連系のメーデーであいさつする共産党の志位和夫委員長=5月1日、東京都渋谷区の代々木公園(酒井充撮影) それにしても選挙区で候補者を全部降ろす、という戦術は民進党に麻薬のように効いてくるだろう。これまでは負けるとわかっても、存在感を示すために立候補させるというのが共産党の基本だった。今回は選挙区を全部降ろすというのである。その戦術転換の動機は何なのか。それは政界再編の大きな流れを見ているからではないのか。 民進党が政権政党並みに大きくなり、かつての民主党政権並みになると、かじることが困難になる。民進党は選挙区に2万~9万人の隠れ共産党員の票があると思うと、共産党と喧嘩したり、ことさら対立しなくなるのではないか。自民党議員が3万人の創価学会票に支えられているのと同じだ。 他党や組合の支持は、個人票が少ない候補者ほど影響を与える。 かつて民主党は連合の力を恐れて盾つかない結果、連合に牛耳られることになった。自民党と公明党はまったく思想の違う政党で、とくに国防問題をめぐる対立は絶えない。公明党の反論は、その路線では「婦人部がもたない」というのが常だ。婦人部は公明路線を左右するほど大きな勢力をもっているが、国防を考えるにあたって議論の中心は「恐ろしい」とか「周辺国はどう思うか」といった思惑でしかない。 自民党のなかにも公明党と付き合って「防衛は大丈夫か」という声が多いが、公明批判はタブーなのである。 民共連立路線は、共産党の側に損をする部分は何もない。自公政権の支持率はそこそこ高いから、残りを民共で分け取りするかたちになるはずだ。通常、政党が合併するとロケットのような発射熱を発するものだが、民進党は珍しく冷めている。橋下徹と民進党保守派の合体論橋下徹と民進党保守派の合体論 民進党が再起して政権を獲るにふさわしい政党になるきっかけは次の参院選だろう。自民党の議席が伸びて、民共の側がどのような配分になるかが、将来判断のポイントだ。共産党が議席を増やすか、得票数が目標の850万票に達すれば、志位戦術は大成功となる。 この場合、民進党は現有議席を守った程度では大敗。55年体制を清算する決心で党を変革しなければ、社民党、民主党の轍を踏むだろう。連合こそ社会党、社民党を食い潰し、民主党をかじってきた元凶だと見定めるべきだ。 民共共闘のキャッチフレーズは「新安保法の廃止」だが、共産党の自衛隊観は「自衛隊は違憲だが自衛戦争はする」という。こんないい加減な政党があるか。自衛隊と憲法について悩んだことはまったくないのだ。一方の民進党は民主党時代から安保政策に悩み抜き、党内で大喧嘩もやってきた。こういう場合、悩みがなく、教養のない側が強い。社会主義インターが民社党はOKだが、社会党はダメと峻拒してきた理由も、共産党と結ぶ社会党は共産陣営に属すると分類、断定してきたからだ。 岡田代表は民共共存を続けても共産は政権党にはなれず、いずれは共産は民進の肥やしになると思っているのだろう。これに対して保守派は、共産と縁を切ったほうがまとまりのよい政党になり、いずれ政権を展望することになると一段、先を見ているようだ。民進党の岡田克也代表 国民の政治常識のなかから共産党無害論は出てこない。国際共産主義の歴史があり、社会の基本である自衛隊の格付けが不明だからだ。憲法改正時、全き非武装論を説く吉田茂首相に対して野坂参三氏(共産党議長)は「国防軍のない国家などありえない」と食い下がった。これが政治の常識であって、現実には自衛隊をもつに至った。共産党は「違憲の自衛隊」と片付けて、一方で新安保関連法廃止で野党を結集しようという。オリーブの木並みに政権を獲得し、新安保法を廃止したあと、さて「われわれは何をやるのか」と相談するのは、さながら“革命”の手法だ。オリーブの木に参画した政党は皆、それぞれの政策を掲げ、新政権は共通の政策から実行に着手した。 共産党に担がれた民進党が政権党に成長するとはとうてい考えられない。かといって、この民共路線で民進党が衆参両院の選挙区で共産党から229万の票をもらうのが常習となれば、当選第一主義に陥るだろう。かつての社共共闘はいつの間にか共産党のみが生き残った。 民共共闘が定着すれば民進党の消滅ということになるのは必至だ。当初、岡田代表は疑うことなく共産党の支持申し入れを喜んでいた。党内の反発に驚いていた風情だが、岡田氏には共産党恐怖症がないようだ。 一般国民は55年体制時代の社共対立がどうなったか、民共体制が55年体制の再来だと悟っているだろう。かといって自民党がさらに太る余地はない。自民党ではない保守党、違った保守党を待望するだろう。橋下徹氏(前大阪市長)が起こした「維新」がブームとなったのは、維新を新しい保守と見たからだ。この待望論はまったく消滅していない。安倍晋三氏の総裁任期が終わるころには、橋下待望論が噴き出してくるのではないか。そのときは民進党の保守派との合体論が飛び出してくるはずだ。 ややま・たろう 1932年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップ、ジュネーブ特派員、解説委員兼編集委員を歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社。2001年に正論大賞を受賞。最新刊に『それでも日本を救うのは安倍政権しかない』(PHP研究所)がある。関連記事■ 「お金をもらって喜ばない奴はいないんだよ」田中角栄の増長と妄想■ 財務省を「成敗」した安倍総理■ 今増税すると、アベノミクスが否定されてしまう

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    共産党との決裂も覚悟せよ! 民進党に欠かせない新しい「共闘」相手

    まらず、自衛隊を日本の平和と国民の命の対立物であるかのように考える人々である。そういう現状が、参議院選挙最中の藤野政策委員長の「人殺し予算」という許しがたい発言を生み出したりするわけだ。共産党は藤野氏を事実上更迭し、「国民の命を守る自衛隊」という立場を打ちだすなどしているが、内部での議論は開始されたばかりの状態である。 したがって、民進党と共産党が安全保障政策を議論するとして、その行方がスムーズなものでないことは確かだろう。決裂も覚悟した激しい議論が必要だ。支持を訴える(左から)社民党の又市幹事長、共産党の志位委員長、民進党の岡田代表=7月6日、長野市 しかし、日本の新しい防衛政策は、自民党に対抗して政権を狙う気を抱く(はずの)民進党と、これまで自民党の防衛政策を徹底的に批判してきた共産党と、その両党の葛藤のなかでだけ生まれる可能性がある。それができなければ、民進党は自民党と変わらない政党として、存在意義そのものが問われることになるだろう。

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    「野党統一候補」戦術 前回衆院選なら自民党は53議席減

    感を覚えているのだ。共産党は今回の参院選で戦略の大転換を行なった。「国民連合政府」構想を打ち出して全選挙区に候補を立てる従来のやり方を捨て、32の1人区で候補者を降ろし、民進党候補を中心に「野党統一候補」に一本化したことだ。 いかに組織力があっても、参院の1人区で共産党候補が当選する可能性はほとんどない。そのため、自民党にとって全選挙区に独自候補を立てて反自民党票を分裂させてくれるこれまでの共産党は強敵ではなく、敵の敵、すなわち“自民党の補完勢力”の役割を果たしていたから、怖れる存在というよりありがたい存在だった。 しかし、この方針転換によって共産党は野党連合の強力な選挙マシンとなり、初めて自民党の現実的な脅威として立ち塞がった。衝撃的なデータがある。自民党が291議席と大勝した前回総選挙(2014年)でも共産党はほとんどの小選挙区に独自候補を擁立し、当選したのは沖縄1区だけだった。だが、得票は大阪3区で約6万4000票を得たのをはじめ、都市部の小選挙区では軒並み3万票以上を獲得、全国で704万票(小選挙区)を得ている。閉会した参院本会議=6月1日 本誌は前回総選挙のデータをもとに、参院選のように共産党が候補者を降ろして民進党候補(旧民主党と旧維新の党)の候補に票を一本化していた場合、議席がどう違ったかをシミュレーションした。結果は、54選挙区で与野党の得票が逆転、自民党は53議席減の238議席と過半数を割り込んだ(公明党は1議席減)。その他に、自民党と民進党候補の得票差が5000票未満で風次第で自民が負けかねない接戦区が17もある。 「創価学会800万票」ともいわれる公明党・創価学会との“最強タッグ”を組んで大勝した自民党が、不人気で支持率が低い民進党に共産票が乗っただけで敗北していたという数字である。政治ジャーナリストの角谷浩一氏は民共合作で共産党が候補者を降ろしたことが、逆に共産党の支持を伸ばしていると指摘する。 「今や庶民・弱者の政党といえるのは共産党くらい。また、共産党は党員の高齢化が言われていたが、インターネットにチャレンジして若年層にも支持を広げている。そして他流試合、他の野党と選挙協力をするなど現実政党に脱皮をはかった。この3つが支持を伸ばしている理由でしょう」 参院選の野党統一候補の応援で東北の選挙区に入っている共産党の運動員も、「これまでは共産党のチラシをなかなか受け取ってもらえなかったが、今回は共産党のノボリを立ててビラを配っているのに、いつもと違って有権者がみんな受け取ってくれる」と手応えを感じている。 安倍首相は自民党政権を脅かす真の敵が「最強の選挙マシン」の共産党だとわかっているから、共産党批判で民主党を離反させ、なんとか「民共合作」を崩そうとしているのだ。関連記事■ 民進党と共産党の選挙協力で衆参W選に自民党の勝算立たず■ 大健闘の共産党 参院選比例代表目標上回る900万票も■ 次期総選挙 無党派票が自民党批判に動き野党の乱立も解消か■ 共産党変身の仕掛け人? 小沢一郎氏が野党共闘のキーマンに■ 自民党に疑問抱く有権者 他の野党なら共産党に投票の心境も

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    左派政党に値しない民進党と共産党 雇用政策を軽視した「ド素人」

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 参院選は野党共闘、とりわけ民進党と共産党の共闘で「安保法廃止」を掲げて選挙戦を進めている。ただし、共闘できるのは安保法廃止までで、廃止後については意見が分かれている。 共産党は、自衛隊違憲、日米安保破棄という立場だ。さすがに民進党はこの非現実・丸腰路線にのれない。例えば、2015年と2016年の通常国会で、民主党は、有事でも平時でもないグレーゾーン事態に対処するため領域警備法案を国会に提出している。衆院本会議で内閣不信任決議案が否決された=31日午後、国会(斎藤良雄撮影) これに対して共産党は、「領海警備法案は、“グレーゾーン事態”における自衛隊の役割・権限拡大をめざすもので、安倍政権が集団的自衛権行使容認の『閣議決定』で確認した方向と同じ」として、対決どころか政権すり寄りだと民主党を批判した。 今や、日本の領海には、中国の軍艦も侵入するようになっている。民主党の領海警護法案は個別的自衛権で対応できるとしてきたが、もはやその前提が崩れており、集団的自衛権による安保法が必要である。 ところが、民進党と共産党の共闘では、目の前の領海警備についても見解に相違があり、民主党の領海警護法案ですら実行できなくなるというわけだ。これでは、中国軍艦の領海侵入を易々と認めてしまうだろう。 共産党の志位和夫委員長は、中国軍艦の領海侵入に対して抗議するというが、国際社会で「口の抗議」だけでは意味がなく、その背後に実力行使できることが必要である。共産党が自衛隊を違憲とする以上、最低限の自衛力の行使すら危うい。しかも、日米安保破棄という立場であれば、アメリカとの共同防衛もないので、中国としてはいくら口だけの抗議を受けても何とも思わないはずだ。 安全保障については、共産党の自衛隊違憲、日米安保破棄という非常識と民進党の中にある常識との乖離があるために、民進党と共産党の共闘では安保法廃止以後まともに機能しない。アベノミクスの方が国際常識に近い経済政策 経済政策ではどうだろうか。実はこの分野で、民進党と共産党の違いは意外とない。とはいっても、民進党も共産党も国際常識からかけ離れた経済政策である。この点、安倍政権のアベノミクスのほうが、国際常識に近い。 特に、金看板とすべき雇用政策において、民進党と共産党は同じように金融政策を否定するというひどい間違いを犯している。アベノミクスの第一の矢である金融政策について否定するあまり、雇用政策まで否定していることに、両党とも気がつかないのは滑稽である。 まず、金融政策について、民進党や共産党は雇用政策の基本であることを理解していない。金融政策を活用しない政党が先進国に存在するだろうか。世界標準から見れば、まともな金融政策を行わない民進党や共産党は明らかに雇用無視であり、左派政党に値しない。 金融政策はマクロ政策の基本であり、それを駆使して雇用を確保する。その上に、適切な財政政策でGDPを増加させる。最後に、各種のミクロ政策をのせて、成長を達成する。世界の左派政党は、そうしたマクロ経済を良好にした上で、成長の分配面に重点を置き、格差を縮小させることを目的とする。 民進党や共産党の場合、いの一番の金融政策がないため、最終的な格差是正も、雇用の確保がなされない状態での話でしかない。 金融政策は本来雇用政策なので、欧州では社民党や共産党のような左派政党が言い出すものだ。アメリカでも労働経済学の大家であるイエレンがFRB議長になって、雇用重視を実践している。民進党も共産党も、こうした海外の左派政党をもっと勉強すべきである。FRBのイエレン議長(AP) かつて、民進党の枝野幸男幹事長はテレビ番組で、金利を上げた(金融引き締め)ほうが経済成長すると言っていた。同じ番組に出演していた筆者は間違った政策をテレビで公言するのは左派政党としてまずいと、とっさに思ったので、テレビで間違いを言うのはやめたほうがいいと枝野氏に苦言を呈したものだ。ところが、枝野氏は改めるどころか、今でも同じ発言を繰り返している。これでは、民主党政権時代に、雇用が伸びなかったことは当然である。一方、安倍政権になって金融緩和したので、雇用は民主党時代と比較にならないほど改善した。展望なき民進党と共産党の共闘 こうした話をすると、民進党や共産党から、かならず雇用者数は伸びたが賃金が伸びていないという。これを聞くと、筆者はやっぱりわかっていない、この人たちに政権運営は無理と思ってしまう。 経済政策として何より重要なのは、雇用者数の上昇、失業率の低下である。失業率は低ければ低いほどよく、ゼロが理想であるが、実際にはゼロにならない。どうしても、雇用のミスマッチなどで、これ以上下げることができないという失業率が存在する。これを構造失業率という。失業率をこれ以上下がらない構造失業率まで低下させると、今度は賃金が上がってくる。この順番が重要で、構造失業率まで低下させないと失業を解消できないのだ。金融緩和を否定した民主党政権時代は、実際の失業率は構造失業率よりはるかに高かった。安倍政権では、現在失業率が3.2%と構造失業率と思われる2.7%の一歩手前まで低下しており、アベノミクスのさらなる推進が経済政策として正しい。 失業率が下がれば、自殺率や犯罪率が低下することが知られている。さらに、生活保護の受給率も下がる。話題のブラック企業も求人が大変になって、自ずと淘汰されるだろう。いずれにしても、雇用者数、失業率は最も重要な経済指標の一つだ。握手する岡田克也代表(右)と共産党の志位和夫委員長(左)=3月29日、国会 過去のデータからみれば、失業率を1%低下させることができると、自殺者を3000人程度少なくできる。実際に安倍政権になってから、自殺者は予想通り減少している。これは、民進党や共産党の経済政策ではなしえなかったことである。 民進党と共産党の共闘は、安全保障でも経済でも安保法廃止後の展望がない。安全保障分野では、両者の意見は違うので、何もできないという状態になる。その隙に、中国が日本領海に進出し、日本の国益が損なわれるだろう。 経済分野で、両党は意見が一致しており、世界の左派政党の標準である金融政策を否定する。その結果、雇用が確保できずに失業率も上昇し、結果として自殺率や強盗の発生率が上昇するだろう。さらに、ブラック企業が再び跋扈するようになるだろう。自らの経済政策により左派政党の金看板である雇用の破壊につながるのは、なんとも皮肉な将来である。

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    政策違う自公連立与党 民進党の野党連合を批判する資格なし!

    室伏謙一(政策コンサルタント) 今回の選挙、与党である自公と「安倍政権打倒」を掲げる民進、共産、社民、生活の4党による野党連合との闘いという側面がある。野党連合側は、アベノミクスの失敗、憲法改正の意図を隠していること、平和安全法制を中心に与党を攻撃している。これに対して、与党側は野党連合を民進党と共産党による連携に単純化した上で、民進党と共産党の政策が違うということを指摘して、「気をつけよう、甘い言葉と民進党」といったキャッチコピーを繰り返す等して、野党連合を攻撃している。野党党首会談に臨む民進党の岡田克也代表(中央)ら=5月30日 しかし、民進党や共産党は「安倍政権打倒」や平和安全法制廃止、経済政策の見直しという協力できる部分で統一戦線を張っているのであって、全ての政策を共通化しているわけではない。共通化できるのであれば一つの党にまとまればいいという話であるが、それができないから別々の党として協力しているのであるから、両党の政策の違いを指摘して攻撃するというのは的外れ極まりない。 こうした協力形態は欧州諸国では当たり前であり、共産党が名称を変えて連立政権に参加した事例すらある。そもそも与党も自民党と公明党による連立政権。両党も政策の違いがあるからこそ別々の党として連立しているわけであるが、それについてはどう説明するのだろうか?まさにブーメランである。(日本ではどうも二大政党が理想という根拠なき考え方が一人歩きしているために、連立政権というのが理解されにくいのかもしれない。そういえば、自民、社会、さきがけによる連立政権の際に、「野合」だとの批判が聞かれたが、そうした現象に象徴されよう。) これに関連して、与党側は、野党連合が議席を伸ばしたとして、自公政権に替わって政権を担えるのか?という批判も繰り返し行っている。その点だけを取れば、まだ機が熟していないという答えになるが、そもそも今回は参議院議員選挙であり、政権交替を直接的にかけた選挙ではない。衆議院では自民・公明の与党が3分の2を占めており、参議院の半数改選で野党連合が大勝したとして、この状態でどうやって政権交替をするというのだろう?ご自分のことを「立法府の長」と言って憚らなかった安倍総理は、当然その程度のことはご存知だと思うが・・・国民が懸念する憲法改正は明確な争点 さて、今回の選挙でアベノミクスを前に進めるか、後に戻るかの選挙であるかのように与党側は主張してきている。(この言い方、物事を単純化するのが大好きな西の方の方々がどこかの選挙で使ったものにそっくりである。確かその時は、こうした主張に対して、自民党はノーを突きつけて闘っていたような気がするが・・・) 消費税率の引上げも先延ばしにしたし、その是非も含めてという点ではいいのかもしれないが、今回の選挙の結果、自公で参議院の3分の2を獲得した場合に対する懸念が多いことは各新聞等の世論調査で明らかになっている。3分の2を獲得した場合の懸念、それはとりもなおさず憲法改正の発議が可能になることについての懸念である。 野党連合はそうした国民の懸念を受けて、憲法改正について考え方如何を選挙戦において与党側に問うているのであるが、与党側は「それは争点ではない」と逃げている。公明党の山口代表は、ある街頭演説で「無理矢理争点」と形容していたが、無理矢理に争点にしているわけではなく、有権者の懸念事項、関心事項だから争点にしているのであって、誰も関心がないことを「無理矢理」争点にしているわけではない。 また、与党側は「議論が深まっていない」と言う。それはそのとおりである。しかし、議論が深まっていないということと、憲法改正に対する態度や考え方を争点にして有権者に判断してもらうというのは、別の話である。否、深まっていないから国民に考えてもらおうというのが、改憲勢力であっても当然であると思うが、それすらさせないというのは、憲法改正について考えさせずに、自分達に都合がいいものを国民の手の届かないところで作って、押し付けようという考えなのではないかと非難されても仕方あるまい。 経済政策については、これが争点であることについては与野党双方で異論はないようだ。ただし、それについてのアプローチが全く異なる。与党側はアベノミクスが成功し上手くいっていることを前提にそれを進めようという主張をする。一方、野党側はアベノミクスの失敗を指摘し、これをやめるべきと主張する。  与党側は雇用が改善したことを数値データで挙げ、野党側は成長の鈍化や国民の実感を数値データで挙げる。どちらも数値データという明確な根拠を持ってきての議論だが、双方とも別々の事項についてのデータを持ってきている。要するに双方とも自分達の主張に都合がいいものを持ってきているということなのだろうが、何を持ってこようとも本年1−3月期のGDP統計は、前年同期比で見ればほとんどの項目でマイナスである。問われているのは安全保障観 また、昨日8日に発表された厚生労働省の毎月勤労統計調査では、前年同月比の現金給与総額は0.2%の減少している。7月1日に発表された総務省の家計調査の5月分の速報値でも、消費支出は前月比、前年同月比とも減少している。その他、まだまだ統計データはあるが、こうしたものを見ただけでもアベノミクスの失敗は明らかである。したがって、アベノミクスを進めるなどというのは失敗に失敗という屋上屋を重ねるというのと同じであり、これにどう対処するのかが争点のはずである。日経平均株価を示すモニター=東京・東新橋 これについて与党側はアベノミクスは上手くいっていると根拠の乏しい「そうだろう」を繰り返すだけで、具体的な対処方法の案を何ら示していない。一方の野党側は民進党や共産党はそれぞれ案を示している。(ここではいちいち書かないので、選挙ビラ等で確認して欲しい。)与党が大好きな「対案」を示していないのはどちらなのか、火を見るより明らかであろう。 野党連合、元々は平和安全法制、野党側の言う所の戦争法制の廃止を目指す共闘から始まったもの。したがってこの点は重要な争点であるということができる。与党側は日本の平和と安全を守るためには、平和安全法制は絶対必要であり、それがあるから日米同盟が完全なものとなるといったご託宣を述べている。 この偏屈なユートピアンなある種の楽観主義がいかに誤ったものであるかについては、以前、拙稿「安保法制施行を受けて日本の安全保障について改めて考えてみるー政府法制では茹でガエルになります」で述べたとおりであるので、ここでは詳細には書かないが、国防・安全保障という争点に関して問われているのは、根本的な安全保障観である。  その点で、与党(といってもしっかりとした認識をお持ちの議員諸氏はもちろんおられるが)も誤りがあるが、野党側にもおかしな点がある。正しい認識を持っている候補は誰なのか、少なくとも正しい方向に向かうことを考えて主張しているのは誰なのか、よく見極める必要があろう。((公式ブログ「政治・政策を考えるヒント!」より2016年7月9日分を転載))

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    高須院長が参院選占う「野党は共産党に吸収された方がマシ」

    うことは、民進党よりも自民党のほうが先手を打っていたってことだよ。「誰でもいいから名前が売れてる人を選挙に出せ!」ってことだから。だってさあ、安倍さんは、民進党の松野(頼久)さんの娘(松野未佳さん)に出馬要請したんでしょ? しかもリップサービスじゃなくて、結構本気だったっていうんだからスゴイよね。安倍さんは攻めてる。7月の参院選も与党圧勝で、民進党は議席を減らすんじゃないかな。──民進党と共産党との選挙協力についてはどう思いますか?高須:どの程度になるかわからないけど、イマイチだろうね。それだったら、民進党と共産党が合流しちゃって、名前も「共産党」で貫き通したほうがマシだと思う。共産党だったら固定票もあるし、政策も一貫しているからね。 今の民進党が支持されないのは「反自民」っていうスタンスだからなんだと思う。「自民党に入れたくないから、仕方なしに民進党に入れよう」っていう票ばっかりなんだから、絶対に勝てない。それならわかりやすく「共産党」にしちゃったほうがマシなんじゃないかな? 消極的な「反自民票」よりも、積極的な「共産支持票」みたいな。「自民 vs 共産」の構図であれば、共産党に入れようという国民も意外と多いかもよ。 やっぱりねえ、民進党は自民党の落ちこぼれみたいな感じになってるからダメなんだよ。自民党の2軍というか。チャンスがあれば自民党に返り咲きたいと思ってる民進党の議員も少なくないと思う。それじゃあ支持されないよ。だったら、共産党が野党を吸収して、「自民 vs 共産」で一騎打ちしたほうがいい勝負になると思うね。──結局、衆参ダブル選挙の可能性は、ほぼなくなりましね。高須:僕個人としては、衆参ダブル選挙に踏み切っちゃってよかったと思うけどね。だって、消費増税の延期は、前回の衆院選の公約とは異なることなんだから。そこは筋が通っていると思う。議席を失うリスクもあるけど、むしろダブル選挙のほうが、自民党にとってはメリットがあったと思うよ。そっちのほうが、議席が増えただろうね。* * * 7月の参院選について、自民圧勝・民進惨敗と予想した高須院長。2020年の東京五輪まで続けたいという安倍首相だが、その基盤はどんどん固くなってきそうだ。【プロフィール】高須克弥(たかすかつや):1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)など。

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    シルバー民主主義は「現実」にあった 求められる第4世代への視線 

     青年局次長学生部長)/聞き手 山本みずき課題は政治家が選ばれるプロセス山本 今回の参院選から18歳選挙権が導入されますが、そもそも若者は政治の中でどんなことに関心があるのでしょうか。たとえば政治や選挙といっている人は、とにかく関心についてだけ主張しますけど、具体的な政策について何か論じている印象が私の周りにいないんですよ。安全保障と社会保障とかに関心があって、こういう社会になってほしいという。若者の関心度が高い政策は何だと思いますか。小林 やはり一つは社会保障でしょう。いきなり年金っていう人はいないと思いますが、なんとなく将来に不安がある。将来の不安をどうやったら取り除けるかが、一番の関心ではないかと若手の政治家で議論しています。たとえば奨学金もそうですし、子育、年金も。結局は人口減少が一番対策打たないといけない政策なんです。自民党として危機感を持っているのは、なんとなく日本がよくなる気がしないから。私自身も将来年金がどうなるかわからない不安に加え、結婚して子供3人育てられるのかっていう漠然とした不安はサラリーマン時代からずっと思っていた。そこをとっぱらわないと、いきなり結婚して子供を産むということになりませんよね。(瀧誠四郎撮影)山本 だからこそ若い人の多くがシルバーデモクラシーに対して不満を抱いているという声もよく聞きます。そもそも現状はシルバーデモクラシーなのか、それはいけないことなのか、打開するために若者を政治に参加させるのか、どうでしょう。小林 現実にシルバーデモクラシーは起こっていたと思います。だからサービス過剰でそれを抑えさせてくれということになって、今時点の瞬間をみるとなくなりつつあるんです。一方で、シルバーデモクラシーの是非については、やはり政治家が選ばれるプロセスをみると現実に起こり得る問題です。若者がたくさん参加すると、逆に若者の要望ばかり重視する可能性もあります。じゃあ若者がどうするべきかといえば、自分たちが政治に参加しないと、高齢者ばかりに目が向いてしまうということを実感することでしょうね。山本 参院選で自民党は若者のための具体的な政策を用意していますか。小林 もちろん、奨学金や子育てに加えて、もう一つは参政権、被選挙権も引き下げを検討しようじゃないかと。学生さんとの意見交換の中で出てきたテーマなんです。山本 きっとこの記事を読んでいる人もどのように政治に関わったらいいかわからない人もいると思うんです。自民党は若者が出した意見を党の中ですぐに反映してくれるので、意見が言いやすいというか、けっこう自民党は動いてくれますよね。小林 それが自民党のいいところだと思っていて、意思決定のやり方が明確になっているからです。まず適切にアプローチすれば検討が始まるし、その根回しをしっかりやっていけば説得することもできる。それが自民党のいいところなんです。デジタル世代の声も取り入れたい山本 その上で、18選挙権がスタートしたその意義についてどう思いますか。小林 まちがいなく言えるのはより幅広い意見を取り入れたいという政治のメッセージです。それが何歳までいけるかと考えたとき世界的にみて18歳だよねと。多様化してきているし、時代が早く変わっていくから。いまの日本は4世代が共存している。戦後復興の人、高度経済成長の人いわゆるバブル世代、それから私たちのような高度経済成長を知らない世代、それから最初からスマホを使っているデジタルメディア世代。この4世代が生きているので、上の3世代の意見だけではもうやっていけないねと。デジタル世代の人の思いも受け止めたいというのが目的ですね。山本 やはり、今まではその辺の声があまり届いていなかったのでしょうか。(瀧誠四郎撮影)小林 そうですね。いまでも自民党は一期生が120人ぐらい、だいぶ若返っていますけど、その辺の意見は入ってない。山本 18歳選挙権になったことでより若い世代、いわゆる4世代目の声は届くようになりましたか。小林 届きやすくなりましたよ。党内でも会議で若い人はどう考えているんだろうねっていう話が必ず上がってくるようになったんです。それに対して私たちが意見を言うと入りやすくなった。山本 逆に主体的に若い人から声が届くことはありますか。小林 それこそ山本さんも声をいっぱいかけられていると思いますが、いろんな若い団体が政治家にアプローチしようと動き始めてくれています。山本 小林さんは自民党の中でも若い世代にアプローチするイメージがありますが、自民党として何か取り組みは。小林 昨年、牧原秀樹さんが青年局長になったときに18歳選挙権に向けて何をやるか議論しまして、リアルユースプロジェクトを始めたんですね。これはなるべく学生でも社会人でもいいから若い人たちと議員が直接会う機会を作るという取り組みなんです。大学でも高校でも行くし、居酒屋さんでも行く。山本 実際にどうやれば参加してもらえますか。小林 青年局に連絡をもらえればいいですが、こっちからも大学や団体とかに手紙を出したりしています。居酒屋でやりませんかと呼びかけたり。京都の自民党学生部はけっこう居酒屋でやってますよ。もう全国で20回以上そういうイベントをやっています。山本 動画を使ったPRもやってますよね。小林 議員の思いや国会情勢などを動画で見せるカフェスタですね。こういう取り組みはもっとやっていかないといけない。若い人への配信方法を考えてやったのは、インフォグラフィックスといって見えやすいようにグラフにするなど、スマホユーザーが一目でわかるような見せ方をしているんです。山本 逆に若者はどのように政治に関わるべきなのでしょうか。私が思うのは、政治に関わるといってもただ単に投票に行けばいいのではなくて、それなりに教養や見識も必要だし、知識も必要だと。そうでなければ民主主義においては悪い結果にもなる可能性もあるじゃないですか。ならば、私たち若者は政治に関わるときに何に注意すべきなんでしょうか。小林 まず、その若いがゆえにスマホは使うので、だれか一人でもいいので、ツイッターとかフェイスブックでもインスタグラムでフォローしておくのがいいです。フォローして、その人が言っていることを軸にいろんなことを考える。すべてを信じる必要はないと思いますが、その人が取り上げているニュースや事柄を冷静にとらえて、この人はこう言っているけど、どうなんだろって広げていけばいいではないかと思いますね。子供は一つの情報に触れると、偏って洗脳されてしまうという人いますが、どんどんみんな冷静になっているので大丈夫でしょう。18歳選挙権をブームで終わらせたくない18歳選挙権をブームで終わらせたくない山本 それはそうだと思いますね。若い世代はイデオロギーに左右される人ってすごい少なくなっている気がします。上の世代の人が左右の闘争をしてきたからだと思いますけど、むしろ右左の闘争を敬遠するような雰囲気があるような気がします。小林 少なくとも私はすごく冷静。上の世代の人に比べるとね。たとえば、性的少数者のLGBTの問題はイデオロギー的にけっこうはじきたいと思っている保守の人は多いですから。でもわれわれからすると、それは当たり前じゃないかという感覚。その時点で感覚が違っています。山本 これから選挙に行こうとしている18歳、19歳に伝えたいことはありますか。小林 いろんな政治家や大人からまだ18歳は早いのではないかと話もありましたが、私はより若い人の方が新しい感覚を持っていて、より情報に触れていると思っていて、私たちは信じています。そういう思いもあって18、19歳は240万人で有権者の2%ぐらいだと言われますが、この世代の声も聞きたい。だから、みなさんがメッセージや手紙を出すと思って選挙に行ってほしい。白票ならもっとがんばれってことでしょうし、どこか別の党の一票ならその政党がんばれってことだと思うので、思いを表現してもらえればと思いますね。だれか政治家をベンチマークしてツイッターやフェイスブックをフォローしてあとは追いかけていくことが重要だと思います。私はこの18歳選挙権をブームで終わらせたくない。そういう意味で全国に学生担当を置いたので、ぜひ身近な政治家にアプローチしてほしい。(瀧誠四郎撮影)山本 選挙のたびに出す政策が自民党は多いですが、その中でこれが柱だという政策は何でしょうか。争点はアベノミクスですけど、自民が描く社会ビジョンと一致するようなものは。小林 一億総活躍なんでしょう。なぜかというと、人口減少時代をどうやって明るくしていくのかが重要だから。これは出生率を上げる一番の方法だと思っていて、何が暗いかというと人が減って働き手がいなくなる、社会の支え手がいなくなることが根本にあるんです。でも、一方で寿命はすごく伸びて、ほぼ人生100年時代が訪れたと言ってもいい。だから、支えられる側が、実は支える側なんですよという自覚をもって社会に参画はしているけども、もっとやってもらう政策が将来を明るくしてくれると思っています。山本 その一億総活躍の中で具体的なものは何がありますか。小林 女性が働きやすくするということで、一番のテーマは働き方改革ですね。私もサラリーマン時代に終電まで働いていたのですが、そうすると、彼女もできないし、飲み会もできない。それが結婚になるとますます大変になる。結局、日本の長時間労働が少子化を招いている。そこの長時間労働を効率的にできるか、別に会社にいなくていいし、週2でも正社員でいい。非正規と正規の区分けすら時代に合わない中で、こういう時代に合ったものにしていかないといけない。山本 そうですね。雇用の問題は女性の社会進出という面では私も女性ですから、すでに働いている先輩から聞いてみると、以前に比べて改善されたと言っていますが、それでも働きにくいようです。子供を生んでいる人は、子供をどこにあずけたらいいのか悩んでいますし、この点は自分がその立場になるまでには解決していてほしいなと思います。小林 そう思いますね。事業内保育所もどんどん企業につくってくださいと呼びかけています。駅の中でもいいですし、なんかそういうかたちで国だけがやるものでもないし、社会全体が子育てしながら働くことが当たり前にできる状態にしていかないといけない。山本 ところで、ほかの党と比べて自民党の強みと、弱みは何でしょうか。小林 強みは、意思決定する仕組みがきちんとある点で、どんなにもめても決めるときはきっちり決める。その後は決まったらそれでやる。もう一つ、意外と進化する政党なんですよ。新しいものは早く取り入れようとする。守るべきものはきちんと守って、新たに入れないといけない観点などはどんどん入れています。インターネット放送を始めたのも野党時代の自民党です。候補者選定はオープンにするべき候補者選定はオープンにするべき山本 逆に弱みはどうでしょう。小林 自民党は組織があることが強みなんですよね。全国にあってそこに青年部、学生部も今回つくって全国に窓口がありますから。でも組織がある分、候補者選定について、いかにオープンにするかということでしょうか。山本 自民党はこの前インターネット公募も始めましたよね。小林 そうです。それもその一環です。一度支部長が決まると、その選挙に勝っても負けてもやるというとか、入れ替わりができない。なぜこの人なのっていうケースが地域によってはあります。じゃあ、それをすぐに入れ替えれるかというとできない。与党としてそれは考えないとけないでしょうね。山本 最近自民党の若手は公募の方が多いようですね。小林 増えましたね。自民党も意識しているようで、候補者の選考過程をオープンにして納得してもらって代表を選ぼうとしている。これは野党時代の経験も踏まえているようですね。山本 小林さんはまだ問題を起こしていませんが(笑)、公募の議員にスキャンダルなどがあると、選考の仕方が悪いという話もありますよね。実際どうですか、厳しい審査しているようですが。(瀧誠四郎撮影)小林 さすがに身辺調査はどこの党もやっていません。企業だってやっていませんから。そういう意味で何を調査するかってことですけど、一つは論文と面接なので面接の数を増やすということでしょうか。それ以上どうするか悩ましいところがあります。一方で公募でない人も問題を起こしていて(笑)。公募だからというわけでもないかもしれません。山本 何かやらかしてしまうのは、それだけ大きな魅力を持っていることの裏返しでしょうね。小林 さあ、それはどうでしょうね。うらやましいですけど(笑)。今政治に入ってくる人はどこかネジが飛んでいるというか。自分が日本国民の意識を変えれば日本が変わるってずっと思っていて、だから携帯電話会社を選んだんですよ。携帯電話はずっとみんなが肌身離さず持っているから、そこにメッセージを届ける仕事をやっていくと人の気持ちを変えられるのじゃないかと思いました。山本 たしかに結構変わりますよね。小林 そうですよ。ハンバーガー店のクーポンが来たら食べたくなるでしょう。これが政治のメッセージなら意識が変わるかもしれないと思って携帯電話会を選びましたけど、政治の世界の方が早くできるのではないかと。だから政治の世界を選んだんですよ。山本 そういう議員さんは他にもいますか。小林 それぞれのモチベーションはあるんだと思いますね。みんな結構できるはずだと思い込んでいる。自信なのか妄想なのか、思い込みですかね。山本 野党に望むことはありますか。小林 どんどん適切な指摘をしてほしいですね。ただ、今やっている野党の戦いはもったいないと感じています。もっとちゃんと指摘すれば突っ込めるとこあるのに。なぜ言わないのと思うところはあります。本来は教育の部分などは指摘すべきでしょう。そもそも大学が多すぎるんですよ。そこは自民党として言いづらいところなですよ。なぜ奨学金を出さないのとか、大学にみんな行き過ぎるとか、ほかにもいっぱいあります。山本 野党から指摘されたら実現できますか。小林 できるでしょう。すぐに来年からとはいきませんが、この先10年間で、この基準以下の大学にはもう助成しませんとかやれば。そうすれば社会で活躍できる人材を生み出せる大学が残るでしょうね。学生への期待や教育のルールが間違っている山本 ところで、自民党青年局学生部長の小林さんはどんな大学生だったか教えてください。小林 高校では野球部だったこともあって、大学生になってようやく髪が伸ばせるようになったんです。だからうれしくて髪を伸ばして金髪にしてピアス開けていました。大学でも野球部だったんですけどね。山本 大学野球部の髪型などの規則はゆるかったんですね。小林 そうですね。野球をやりながら冬は福島でスノーボードのインストラクターもやって。本当に大学生らしい大学生でしたよ。(瀧誠四郎撮影)山本 学生時代はあまり政治との関わりがなかったように感じますが、当時から政治に興味はありましたか。小林 地元が宮沢喜一元総理の選挙区で、家族が応援していたので、なんとなく政治家に会うことが多かったという点があります。山本 では、政治家になろうと思ったきっかけは。小林 根本には政治が身近だったことがありますけど、大学の時にインターンシップで選挙を手伝ったんですよ。それで、政治家の生き方は現実にあり得るなと思ったんです。それと、決定的な理由が2つ。就職したNTTドコモで法人営業をやっていたとき、お客さんに説明する際に、国のルールでこれ以上やっちゃいけないとか、これはルールで縛られているからできないとか、すごくもったいないと思うことが多かった。もっと世界に展開すれば、面白いことができるのにという思いを何度もしたんです。もう一つは人事の採用担当になって学生さんと話していたとき、98%ぐらいの学生はとりあえず会社に入りたいと言うんです。会社って本当は生き方を選ぶ一つであって、独立してもいいし、職人という道もあるし、フリーターでもいいはずなんです。でもなんとなく会社に行きたいという考え方を植え付けている日本の教育って本当に大丈夫かって感じたんです。山本 そこに問題意識を持ったわけですね。小林 そうです。レベルの高い大学入った学生でも会社で活躍できなかったりするんです。高レベルの大学の学生は期待をかけられて、多くがそれに応えることができますが、社会に出たら活躍できませんとなる原因は、期待のかけ方がそもそも間違っているから。最初は学生の努力が足りないのかなって、いろいろ考えたんですけど、学生への期待とか教育のルールが間違っているんじゃないかと感じたんです。目指しているのは「キャリア教育基本法」山本 それは受験のための学校教育という点でしょうか。小林 そう、基本的に中学、高校から大学行きなさいって教えられるでしょ。山本 そういう進路を選ぶ生徒が褒められますよね。小林 美容師とか、パティシエとか大工になりたいとか思いたくても、そういう職業に触れる機会すらない。そしてそういう職業に行くことは道をはずれることだという雰囲気があるじゃないですか。山本 その経験を踏まえて何か実際に取り組んでいることは。(瀧誠四郎撮影)小林 議員になってすぐに仲間といっしょにキャリア教育基本法を議員立法として目指しました。小中学校の子供たちに、社会人とふれあう機会をつくっていくんです。学校をオープンして、いろんな社会人と触れ合っていく。やっぱり人は触れ合いの中で志や夢が生まれてくるものですから。その機会をつくろうじゃないかという法律なんですけど、これは議員立法ですから、まだ審議にはかけられていませんが。山本 自民党の中で受験教育の仕組みを変えるような方向性はないのでしょうか。小林 実は2020年までに大きく変わっていくんです。一番大きいのはセンター試験の形式が変わって複数回になっていきます。もう一つは記述式を入れていくことになります。人工知能が大学受験すると300ぐらいの大学に合格してしまうといわれている時代になっていて、やはり暗記するのが人間の能力として伸ばすところではないというのが共通認識ですね。山本 私は海外渡航経験が多い方ですが、外国の友人から、日本人は考える力がないと言われるんですよ。日本では大学受験のときに日本史も世界史も英語もすべて記憶、知識の詰め込みばかりじゃないすか。でも例えばフィンランドの友人は高校ではもう、大学と同じ論述式のものを定期試験で課せられるんです。その設問に対してどのように考えて、その問題を解決するためにどうすればいいかまで考えさせられるそうです。知識の詰め込みは物事を考えるよりも簡単なことなのでそれは中学までに終わらせておくべきだと。日本も早くそういう方向に進んでほしいなって思ってたんですけど、こういう方針を自民党が打ち出してくれたらうれしいです。小林 ちょっと時間かかりましたけど、その分急がなきゃいけない。一方で、中学までの日本の教育はすばらしいと思っていて。ルールも守れるし、しっかりと計算もできる。山本 政治家として社会をこうしたいという思いをうかがいましたが、どうして自民党を選んだのですか。小林 民間企業にいるときは当然ですが、最終的には結果を出していかないといけない。これと同じで要は世の中を動かせるかと考えたときに、自民党を動かさないといけないという思いがあったんです。自民党は長く与党にいたというのが一つ、もう一つは基本的に人間に可能性を感じているので、人間が自主的に前向きに動くことをいかに応援していくか、そこが重要だと思っていて、自民党が掲げる自主自立という考え方が一番フィットするなと思ったからです。山本 小林さんは政治家として今後何を目指していきますか。小林 当面はテクノロジーを最も理解している政治家になろうと思います。山本 それって珍しいなと思いますね。自民党は安全保障の色が濃いし、それに強い議員さんも多いですから。小林さんからはあまりその分野の言及がないですよね。小林 なぜかというと、日本は課題がいっぱいあるじゃないですか。それを解決するには日本が持つテクノロジー技術を社会に実装していって、より国をスマートすれば可能になるんです。結局、安全保障もテクノロジーの世界で、サイバーとか宇宙ですから。そこを理解せずして世界情勢は語れないですよ。こばやし・ふみあき 自民党青年局次長学生部長。1983年、広島県生まれ。上智大理工学部卒業後の2007年、NTTドコモに入社。2012年の衆院選に広島7区から出馬して初当選し現在2期目。現在、ネットメディア局次長、情報通信戦略調査会事務局次長なども務めている。

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    政治は「嫌老社会」を阻止できるか

    「嫌老社会」。作家、五木寛之は近い将来、超高齢化が進む日本で若者が老人を嫌う社会がやって来ると予言した。むろん背景にあるのは「世代間格差」である。「若肉老食」と揶揄される日本社会の先には何が待っているのか。政治はこの不毛な世代間対立に終止符を打てるのか。

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    18歳は「特別」じゃない! 老いゆくニッポンに世代対立は危険である

    員、党特命副幹事長)/聞き手 山本みずき政治を語るようになるには時間がかかる山本 今年6月から18歳選挙権が適用され、約240万人の有権者が新たに増えました。実際、どのような意義があったとお考えですか?馬淵 これまでは二十歳から投票できたけど投票率は極めて低い。そう考えるとそれほど大きな変化が訪れるとは思えない。今回、18歳、19歳の方はある意味注目されているので選挙に足を運んでくれるでしょう。だけど5年、10年という過程の中で18歳、19歳、20代になる人たちがちゃんと投票するのかっていうのは、僕はすごく慎重に見ている。だって2年しか変わんないんだから。(瀧誠四郎撮影) なぜ二十歳の人たちは20%台しか投票に行かないのか。18歳になったから何か特別なことが起きるわけでも何でもない。結局それは政治リテラシー、いわゆる政治教育というのが為されていないから。自分でどうしていいか分からないし、投じた1票も社会に貢献出来ているか実感が持てない。投票行動に目覚めるのはやはり社会的な課題が自分に押し寄せてきたとき。生活の課題が政治に直結するということに実感をもって、やっと参画してくれる。高齢者がなぜ投票率が高いかというとその蓄積だから。医療も介護も年金も全部自分の身の回り360度政治にかかわっていると実感できるからです。  じゃあ何をしなきゃいけないのかというと生まれた時から皆さんは政治にかかわっているんですよという政治リテラシーをしっかり教育しなきゃ駄目。それがないのに、申し訳ないけれども18歳以上になったから投票って、それは単に「パーティー・ピープル」集めただけの話。そういう政治の取り組みというのは僕は根本的に間違っていると思っているので、期待はしていますけどもそこはそう簡単じゃないと思っています。山本 18歳とか19歳でまわりの友達に政治に感心があるっていう子がいたとしたら、むしろ何か健全じゃないイメージがあります。馬淵 そういう運動してる子は僕らが学生の時にもいたわけ。ほんと1%、もっと少なかったかもしれないけど、いた。でもそういう人たちはサイレント・マジョリティーの声を代弁していないから。みんな黙って冷ややかに見ているし、それこそレジャーランド化してたっていわれるぐらいの大学時代だったからね。世の中、学生時代はほんとに勉強してる人もいたかもしれないけど、あとはモラトリアム期間として楽しんでただけよね。社会に出て、やっと厳しさが分かって、40代になったぐらいにようやく自分で政治のことを一言二言語るようになる。これだけ時間かかるっていうことをちゃんと真摯にとらまえて、じゃ若い時にそういう社会的な課題に目を向けられる何か萌芽となるようなものを、われわれが提示しているかってことだよね。二項対立において物事を考えようとするのは危険若者と高齢者の二項対立で考えるのは危険山本 最近若い18歳から20代の選挙関心を高め投票行動をうながすために若者の政治団体でもそういう活動している人がいるんですけど、彼らが口をそろえて言うのがシルバー・デモクラシーの打破なんですよ。シルバー・デモクラシーはよくないから若者が投票に行かなければいけない。それって政治への関わり方として私はおかしいと思うんですが。馬淵 高齢者も若者もって二層化するような話じゃなくて、政治はすべての人が対象だからね。確かに声が大きいっていうのはあるかもしれないけれど、若い方々も必ず高齢になっていくわけで、自分たちだけ疎外されているわけではないからね。高齢者に手厚くされすぎてて余りにも困難な状況が生まれすぎているのであれば声を上げてもらえればいいけれど、僕はその二項対立において物事を考えようとするっていうのはすごく危険を感じますよ。(瀧誠四郎撮影) 僕は議員として13年、浪人時代を入れると18年ほど政治活動をしてきて、学生さんをずっとインターンで受け入れているけど、彼らと政治の話なんかほとんどしない。むしろ礼儀作法から就職、結婚、恋愛、アルバイト、世の中で生きていくとはどういうことかってことをずっと伝える。だからうちのインターンの子たちはいろんなときに相談に来る。馬淵澄夫というおじさんはお父さんにみたいに心配してくれるけど父親だといいにくいことも、結婚のことも恋愛のことも相談乗ってくれる。第2のホストファミリーじゃないけれど人に向き合うってことを政治家がやっていれば興味を持ってくれる。山本 なかなかそこまで真剣に一人ひとりの個人的な悩みにまで向き合って接してくれるような存在がいない。馬淵 街のよろず屋なんだから、政治家はね。馬淵澄夫事務所を立ち上げた時、もちろん浪人中でバッジもないので日ごろの悩み相談ぐらいの気持ちでやってたら、何とうちにくる相談で一番多かったのが離婚と借金の申し入れ(笑)。まあまあしょうがない。それでもね、ちゃんと向き合ってあげると解決が出てくるし、ときには高齢者虐待防止法につながる事案に直接触れ合うことが出来た。年老いた80のおばあさんに55の息子が暴力を振るった事案で、配偶者あるいは子供という形の当時のDV、虐待防止法の中に当てはまらないということでなかなか手を出せない状況が続いていた。それをどうにかして社会として食い止めなきゃいけないっていうことで立法化への提案の起点になった。与党が触れられたくないのは安保と憲法与党が触れられたくないのは安保と憲法山本 民進党の結党大会でシールズ代表の奥田愛基くんがスピーチしました。馬淵 少なくとも去年の安保法制のときシールズの皆さんがある意味、若者から政治運動を起こすという大きなムーブメントを作られたのは事実なので、それとわれわれ民進党がやろうとしていることっていうのは同じ方向性なんだってところで共感をもってもらえたんじゃないかなあ。(瀧誠四郎撮影)山本 とても話題になったと思うんですけど、若者といっても意見はたくさんあるので、どちらかというと私の回りでいうとシールズに対して冷ややかな目で見ている人の方が圧倒的に多いです。馬淵 うちは不易塾と称して塾生を受け入れてるんだけど圧倒的に多いよね。「あんなところ私は行かない」と。「そんな時間があったらバイトしなきゃいけない」「勉強しなきゃいけない」ぐらいの感覚の人が多い。だけど、そうじゃないっていう子たちもああやって運動しているし、先程いったように僕らが学生のときにもいたある一定の層だとは思うね。山本 今回の参院選でも政策がとても多い。そこで目玉になる政策は何か、お聞かせいただけますか。馬淵 目玉政策と選挙争点というのはずれがあるのね。選挙争点というのは通常、与党が設定でき、勝てる土俵をつくるわけで、負ける土俵の争点をつくる阿呆はいないから。なのでマニフェストの難しさというのは政策を幅広く置いておく。選挙というのは単純に政策を並べて比較するっていう場じゃない、生きものなんですよ。流れの中で党首の発言、あるいはどこかの候補者の失言、これによって世の中の空気ががらっと変わる。いわゆる潮目というのは動く、生ものなんです。この感覚を持たないやつは選挙に負ける。 安倍さんは今回、争点はアベノミクスだと言った。だけどこの1年半、景気対策、雇用対策を含めて成果があるっていっても誰一人実感がないよね。一番メーンでやったのは何かって問われたら、皆さん頭に浮かぶのは安保法制でしょう。結局、経済と言いながら経済を置き去りにしてきた結果、消費税だって先送りせざるを得なかった。こういう状況を考えると彼らがつくった土俵は触れられたくないところが幾つかある。それは安保と憲法、国民の過半数以上がいまだに「コレ大丈夫か」っていう不安を感じている。そこに争点を持っていきたくないというのが見え隠れする。 僕は感度分析っていうのをずっとやってるんだけど、ちょっと前まで上位にあったのは「政治とカネ」。舛添都知事がやめてそれが沈静化すると、その裏返しで高くなったのが「年金」。年金はやっぱりみんな不安なんだ。高齢者だけじゃない、若者だって払ってるんだからね。「第2の消えた年金」糺せるのは民進党だけ「第2の消えた年金」ただせるのは民進党だけ山本 常に不安をあおられてるような気分です。若者が損してるみたいな。馬淵 年金、子育て支援にフォーカスを絞ると、経済政策が何一つ功を奏していないわけだからこちらに土俵をあるいはリングをこしらえて年金で戦うっていうのが今回の選挙の重要争点になるんじゃないかと僕は思っている。 安倍政権は年金の積立金140兆円を、国内国外合わせて最大67%、3分の2も株式投資できるようにした。世界中でこんな国ないからね。あの投資大国のアメリカでさえ100%国内運用です。結果、何が起きたかというと去年たった3カ月で8兆円の損失、イギリスのEU離脱で1日で1200円株価が下落して1兆円の損失。それも国民の誰も頼んでいない株の運用で株価をつり上げてアベノミクスが失敗だといわれないためで、このまま放置していいのかってことを、やはりキチッと言わないといけない。(瀧誠四郎撮影) 年金問題というのはまさに第2の消えた年金になる。これをただすことができるのは民進党しかないから。民進党が駄目だって反対してきたわけだから。安定した運用、株価つり上げのため年金を毀損させるような制度を変えなきゃいけないんだと、ちゃんと言えば新しいリングでの戦いになる。山本 野党共闘のあと、どういう社会を実現したいのかというのが見えてきません。民進党はどのようなビジョンを抱いているのか。馬淵 野党共闘は何のためにやったか。今回の選挙は政権選択じゃなく安倍政権の中間評価なの。○か☓かの評価をしてもらうときに☓をつけるところがいくつもあったら結果○が勝っちゃうから中間評価をはっきりさせるために、全国32の1人区はすべて野党共闘が実現できた。民進党という立場でいえば、ずーっと言い続けているけれども支え合う社会。個の自立ということに重きを置いて、国富という成長の果実を再び投資に振り向けるのが自民党。一方、社会保障や年金、子育て、医療、介護に振り向けるのが民進党。低成長時代にはそれが必要じゃないかということを訴えている。 明確に立ち位置と理念が違うが、自民党政治も決して否定はしない。高度経済成長時代に右肩上がりで伸びていくときには確かに再投資が必要だった。それはインフラ整備、社会の仕組みづくりに使われ、事実日本は豊かになった。でも低成長時代、場合によってはマイナス成長になるかもしれない今必要なのは、安心と安全の仕組みづくりで、だから再分配政策が必要。ともに成長は求めるが、自民党との大きな違いです。 今回はあくまでも政権選択ではなくて中間評価として野党統一の枠組みをつくった。次の総選挙、この時にはちゃんと示さなきゃいけないね。共産党と一緒になるのでなければ共産党と共に政権運営をするということは言えないですから。中途半端な協力はないし、一方、本当に共産党と連立政権なんか組めるのかという極めて厳しい現実を見つめなければならないと思う。参議院選挙が終わればまた、いろんな景色が見えてくる。その時また野党がどうなるのかというのを考えていくことになると思います。今やるべきは消費税5%への引き下げ、これ一本今やるべきは消費税5%への引き下げ、これ一本山本 馬淵さん個人の掲げている消費減税5%について。馬淵 過去においては消費税創設時、あるいは5%引き上げ時、必ず増税に対する見合いの減税がセットとして行われてきた。だから景気へのインパクトを抑えられたのだが、今回日本は史上初めての純増税を行った。これは当然ながら景気が上向きじゃなければものすごい影響を与え、事実、消費支出は下がり続けている。安倍政権はこれから大型の補正予算を組むって言ってるけど、中身は公共事業のバラ売りだからね。(瀧誠四郎撮影) 公共事業にいま何が起きてるかというと、僕らの時いろいろ怒られながら5兆円まで削って半減したのを10兆円まで膨らませた結果、いまは余ってるんです。東日本大震災の復興需要、オリンピック需要など建設業はインフラ投資が山ほどあるから、結局、公共事業を積んでも消化できず、3兆円を国庫に戻すような状況が起きている。この3兆円も相変わらず無駄なことをいっぱいやって基金に積み立てたりしてるので、これも税金の無駄遣い。いまそれを監視する仕組みが自民党には全くないので、これを徹底すれば消費税の増税分3%の税収分について十分に確保できる。  本来は景気がよくなったら上げればいい。景気が悪くなるのに上げてきたということが失敗。それは民主党がやったんじゃないかといわれるがそれは違う。われわれは附則の18条で景気条項をつけ、景気が悪化するような状況では消費税は上げないという仕組みをつくっている。本来いま何が必要かと問われれば消費税を下げるべきだ。これはぼくの個人的な意見なんでね。僕がもし代表だったら民進党の経済政策は消費税5%引き下げ、これ一本だよね。民進党は経済政策がないっていわれてるよね。それは中途半端だからだよ。まあ、おれ代表じゃないから、代表選に弱いから(笑)。人は「理念」で動くと実感した人は「理念」で動くと実感した山本 この記事を読む学生の方は政治にもちろん興味があって、中には政治家になりたいと思っている方もいるかと思います。馬淵さん自身はどのような学生生活を送っていたのですか。馬淵 僕は横浜国立大学工学部の土木学科出身で、田中角栄さんに憧れ、いずれは「土建屋になって政治家になりたい」という夢があったんですけど、当時は政治家なんて雲の上の人で、秘書に会うことすらままならない。だから自分なりのストーリーを描いて、社会人になってどういう商売をしたらいいのか、どんなふうにビジネス展開したらいいのか、友達とお酒をくみ交わして話していました。山本 政治家になりたいっていう学生は学生時代から政治活動に参加している人が多いですが、何をきっかけに政治家になられたんですか。(瀧誠四郎撮影)馬淵 大学を出て最初はゼネコンの三井建設に5年勤めました。土木技術部の研究職で、実験をやって論文を書いたり、もう完全に学術の世界に入って「こんなことやってたら商売のいろはも何も知らないまま終わってしまう」と思い、上司に「現場に出してほしい」と言ったんだけど出してもらえず、5年過ぎたとこで、予定通り会社を辞めたんです。辞めてさあ、どうしようか。就職活動も含め考えなあかんというときに、商売を始めるんだったら大阪だということで結婚したての女房と二人で大阪に行きました。 今じゃもう死語だけど、大阪で雇ってもらった不動産会社では丁稚奉公で最初草刈りで次は運転手。バブル華やかなりし時で小さな不動産屋さんに勤めたつもりが大資産家の末弟の会社で、大変な資産を持ったオーナーが株式投資をしていた。運転手をしながら耳学問でいろんなことを学んで「すごいな、こんなお金動かしてんだ。このオーナーに食らいつかなきゃだめだ」って(笑)。やがてこいつ、ちょっと面白いなって思われるような幾つかのことが起きて、オーナーから「じゃ、ちょっとお前やってみろ」って仕事をさせてもらえるようになった。オーナーがやっていた株式投資はやがて事業買収、企業買収に転換していき、買収した会社に送り込まれてはいろんなPL(損益計算書)、BS(貸借対照表)を見て企業がどういう体質でなぜダメになったのか、自ら経営を学ぶなか、やがて上場会社を傘下に収めるチャンスが来た。 敵対的買収にあっている企業をホワイトナイト、第三者割当増資で助けるという場面に遭遇し、それら一切を任されたのが29歳でした。それに勝って僕はその上場会社に送り込まれ、32歳と8カ月で当時史上最年少の非同族の役員になった。会社経営者として、世界中のさまざまな経済を触れながらの感覚だったのでそれは面白かった。夢に見てた会社経営、ビジネスの世界だった。 だけど自分の中でいうと、企業を率いるっていうことはとても大切だけど、結局、人はお金では動かない。何で動くのかというと、きれい事ではなく「理念」だった。人は理念で動くというのを企業経営を通じて実感したとき、自分の生きる道はここではなく政治の世界だという思いがより強く募った。それで帰国して「準備はまだ不十分だけど、もう、踏ん切りつけて、選挙出よう」というふうに気持ちを切り替え、39歳で選挙に出た。やっとたどりついたなーみたいなところだったです。長かった。民進党はオレがオレが人が多いから民進党はオレがオレがの人が多いから山本 当時どうして民主党を選んだんですか。馬淵 既存の政党には実は全く興味がなかった。そうはいっても政治の世界なので与党でなければ意味がないというのもあり、自民党という政党に対していろいろ見てたんだけれども、ものすごくがっかりすることが幾つかあって「いや、この政党ダメだなあ」と。既得権の中にどっぷり浸かって、ニューカマーの台頭なんか押しのけるような古い古いしきたりの中で、それってサラリーマンが長く平社員からスタートして上がっていくのとそんなに変わらないじゃないかと。自分は中小零細のオヤジだったわけだから、むしろ新しいところでやるほうがいいのかなと思ってたとき、たまたま出会ったのが民主党だった。最初は民主党も「駄目じゃん、こんなとこ」って思ってたんだけど、当時の枝野さんや前原さん、野田さん、出会った若手の政治家たちが結構、衝撃的だった。 自民党の政治家からもいっぱいアプローチを受けていたので、「どうやったら(選挙に)勝てるんですか?」と聞くと、「後援会を引き継ぐんだから、それなりのお金も用意しなきゃいけない」とかいうのが暗に出てくるわけです。「ああ、やっぱりそういう世界なんだ」と思って半ば幻滅していたときに、民主党の政治家たちは「そんなものあるわけないじゃないですか」と。「選挙やるためにどれだけのお金用意するんだ」っていうと「選挙資金は党からもらうんです」と言うんです。「そんなんでできるわけないだろ」っていう話をしたら「僕たちはこうやって勝ってきた。マイク一本で訴えて勝ってきた」。それ聞いたとき頭をがーんと殴られた感じになってね。なんか幕末の志士のようなね、清々しさがそこにあった。(瀧誠四郎撮影)山本 それは今も変わりませんか。馬淵 いやー微妙だな(笑)。既存政党になってしまったからなあ。だけど当時それぐらい清心なイメージだった。「だからこの人たちとやってみたいな。ああ、こういう人たちが集まる政党って面白いなあ」と思って「じゃあ、民主党でやろう」と。それが民主党との出会いですよね。山本 民進党には、優秀で理念もあって信念の強い政治家の方が多いと思うんですが、メディアにあまり出てきません。鳩山(由紀夫)さんは最近もいろいろ話題になっていますが。馬淵 鳩山さんの行動でいろんな方からご叱責を受けるけれども、今は党籍もたずの一般の方なわけでその人の言論を封じることなんてできないじゃないですか。まあ政党という歴史の歩みの中でみると総理を経験された方がそれはどうかなと思うことは幾つかありますよ。個人的にはね。そういう発言はあえてしなくてもいいんじゃないかなとか思うけれども、これも繰り返しになるけど言論の自由だからね。 確かに民主党というのは優秀な人が集まってるといわれるけども組織論ができていない。それは残念ながら一般社会の組織の中での経験を積んだ人が少ないんだよね。組織全体でいうと裏方のような仕事というのはものすごくたくさんある。むしろそっちが8割くらい。ところが民進党に来ている人たちというのは圧倒的にオレがオレがの人が多いから。そりゃそうだよ、自分の顔写真貼って平気な人たちだよ、おかしいでしょ、普通に考えたら。みんなテレビに映る予算委員会に出たい、何とか討論に出たいわけ。僕はもう今そういう興味ないけど、組織の中で裏方はすごく大事。だけど民進党は裏方に徹する人がすごく少ないもんだから組織としてのまとまりが欠けちゃう。山本 最後に若い方々へメッセージをいただけるとありがたいです。馬淵 ぜひ若い皆さん方には自分の一生を通じて政治は関わるんだということを直接政治家と話をして感じ取ってもらいたいんです。どんなふうに世の中を変えようと思ってるのかということを率直にぶつけてください。おざなりに返事するような人ははっきり言って投票しなくていいですから、懇切丁寧に一つひとつ寄り添って答えてくれる、そういう政治家を私は選ぶと決めてもらえれば、それがまさに政治リテラシーを吸収し消化していく第一歩になります。お祭り騒ぎの選挙ではなく、一生かかわるんだというスタートが今回の選挙だと思って取り組んでもらえればというふうに思います。まぶち・すみお 1960年奈良県出身。横浜国立大学工学部土木学科卒業。三井建設社員を経て、ゼネラル取締役就任。2003年、衆院選奈良1区にて初当選。2014年5期目当選。国土交通大臣、内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)、衆議院災害対策特別委員長などを歴任。民進党特命副幹事長を務める。

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    参院選直前、17歳からみた主権者教育のあり方

    岡部凜太郎(高校2年生男子)今夏の参院選から18歳投票が可能に  昨年6月、公職選挙法が改正され、18歳から選挙権が認められるようになった。これによって今夏の参議院議員選挙より、18歳からの投票が可能となる。新たに有権者の枠が拡大したのは、敗戦直後の昭和20年以来であり、歴史的な出来事といえるだろう。 しかし、残念ながら、新しく有権者となる十代の若者の政治的な問題への関心は、高くないのが現状である。 本論の筆者である私は現在、17歳の高校2年生である。幼いころより政治や社会問題について関心を抱き、自分なりの意見をもって生きてきた。中学に入ってからは、学生団体が主催する政治、社会問題についてのイベントにもたびたび参加している。そういったイベントでは、政治や社会問題について、強い関心と深い知識をもった学生が参加しており、驚いてしまう。しかし、そうした若者はむしろ少数派であろう。十代の圧倒的大多数は、政治について無関心である。模擬投票を体験する県立日野高の3年生=6月15日午後、滋賀県日野町 現在、政府が主権者教育を推進している背景にも、私が抱いている危機感と同じものが存在する。そもそも、主権者教育とは「主権者として社会の中で自立し、他者と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を社会の構成員の一員として主体的に担う力を発達段階に応じて、 身に付けさせるもの」(『総務省主権者教育の検討に関する検討チーム中間まとめ概要』より)を指し、従来の公民教育とは違う「思考力」を身に付けさせる教育である。 具体的には政治的な問題について他者と議論したり、政治的な問題についての模擬投票を行なうことなどが、カリキュラムに取り入れられている。 ただ現状では、実施に際して学校により主権者教育への温度差が存在し、教育現場と中央省庁との認識のズレなども指摘されている。 私の学校では主権者教育に向けて総務省制作の副教材が配布されたが、授業日数などの関係もあり、学年集会で公職選挙法について大まかな解説をしただけであった。 おそらく、日本のほとんどの高校で今年行なわれている主権者教育は私が経験したのと同程度のものだろう。そんな主権者教育に、私は漠然とした違和感を感じてしまう。それは、先ほど挙げた主権者教育の実施に際しての具体的な方法に関する違和感ではない。私は、どうしても主権者教育の根幹に関わる「思想」そのものに疑問を感じてしまうのだ。日本型デモクラシーの起源 日本型デモクラシーの起源  主権者教育の実施にあたって、総務省はイギリスのシティズンシップ教育を模範とした。 シティズンシップ教育とは、「市民」としての自覚を促す政治教育の一種である。イギリスでは初等教育の段階から実施されており、そういった他国には例を見ない独自性に総務省は目を付け、イギリスの例を参考にしたのだろう。 このシティズンシップ教育は、市民の育成を主眼としたものである。ここにおける市民とは、合理的な利益判断ができ、政治行動などにも積極的に参加する能動的な市民のことを指す。 私も能動的な市民の存在は政治、デモクラシーにおいて重要な存在だ、という考えに異論はない。しかし、それだけでは不十分に思える。 政治というもの、具体的にいえば、社会問題の解決や共同体の意思統一などを行なう際、必要とされるのは何も自身の利益を守る行動や権利意識だけではない。他者との協調や妥協などといったことも、デモクラシーにおいては必要不可欠である。 仮に近代欧米におけるデモクラシーを「討議型のデモクラシー」と定義すれば、日本におけるデモクラシーの起源とは、徹底した「熟議」によるものといえるのではないだろうか。 民俗学者の宮本常一は、自著のなかで対馬における寄合のエピソードを紹介している。 宮本は調査のため、対馬西海岸の仁田村伊奈を訪れ、そこで古文書を拝借したい、と区長に申し出た。すると区長は、その古文書は重要な文書であるから、寄合で審議しなければならないと言い、古文書の貸し出しの是非をめぐり、村人と寄合を1日にわたり、開いた。その寄合では、20人余りの村人が、古文書の件やそれ以外の地域でのさまざまな課題について、村人の皆が納得するまで、老人の知恵や村の伝統なども考慮しながら、徹底的に熟議したという。「村でとりきめをおこなう場合には、みんなの納得のいくまで何日でもはなしあう。はじめには一同があつまって区長からの話をきくと、それぞれの地域組でいろいろに話しあって区長のところへその結論をもっていく。もし折り合いがつかねばまた自分のグループへもどってはなしあう。(中略)気の長い話だが、とにかく無理はしなかった。みんなが納得のいくまではなしあった。だから結論が出ると、それはキチンと守らねばならなかった」(宮本常一『忘れられた日本人』) そして、この徹底した熟議による寄合は、なにも対馬特有のものではなく、全国的に、少なくとも西日本一帯には存在したと宮本は指摘している。 この宮本の例をもって、日本は古くからデモクラシー国家であるとするのは早計だろう。しかし、少なくとも日本には日本なりのデモクラシーのあり方があったことは、否定し難い事実ではないだろうか。 村落での寄合の例を出さなくとも、戦後日本の政治史をみれば、55年体制下でのいわゆる派閥政治や職能団体と密接に関連した政治の意思決定プロセスなどは、欧米とは異なる日本型のデモクラシーがあったことを、如実に示している。 そのように考えた場合、現在進められている主権者教育には、熟議や協調などの日本的なデモクラシーの要素が軽視されているように私にはみえる。 バブル崩壊後、先ほど挙げた派閥政治や職能団体と密接に関連した政治などは、厳しく批判されてきた。そして、そういった思潮は脱派閥、脱官僚を訴える小泉政権、さらに民主党政権を誕生させた。しかし、そういった思潮は、日本の戦後政治のあり方を全否定しようとする短絡的なものであり、実際、民主党政権における「改革」の多くは失敗あるいは頓挫し、現在でも、政治不信という形で少なからず影響を残している。 われわれはたんに欧米から輸入するのではない、日本の国柄に合った新たな主権者教育、政治教育のあり方を創造していく必要があるだろう。   さらにいえば、十代の若者を立派な「主権者」にするには、その前にまず立派な「日本人」であるべきだ。 政治上の諸問題や社会問題について考える際、われわれは当然、その問題が起きている〈場所〉を知らなければならない。たとえば、日本人は、遠いアフリカのアンゴラ共和国で起きている経済問題や保健問題などの課題について解決策を考え、現地の人びとに提示することは困難である。それは当然、日本人がアンゴラという国についてよく知らない、という理由に起因する。画像はイメージです それと同じように日本という国家について何も知らずに日本の社会問題や課題について何かを論じることは、不可能である。 主権者教育が日本という国家の問題を適切かつ真面目に考え、論じることのできる「主権者」を育成するのならば、それは必然的に日本という問題の発生場所を、深く教えなければならない。そして、日本を深く知るということは、日本の伝統、文化、歴史、地理を知ることであり、何より日本の国語を学ぶということである。 現在、欧米ではグローバル化が進展し、それと並行して格差の拡大や難民の流入などさまざまな問題が指摘されている。そういったなかで欧米では「ナショナルなもの」への再評価が行なわれている。国民の同胞意識やナショナルな言語、文化、そしてそれらへの愛着(愛国心)が、じつはデモクラシーにおいては不可欠ではないか、という主張が盛んに唱えられているのである。 たとえば、議会を運営する際、国民の同胞意識、国民同士の信頼感が醸成されていなければ、そもそも、共通の問題意識に基づく政治的議論をすることは不可能である。自身の利害には無関係な貧困層の撲滅や格差是正などの問題の解決を図ろうとしても、同胞が苦しんでいるから助けたいという意識がなければ成り立たない。 現在でも、日本ではナショナリズム、愛国心はデモクラシーと敵対するものだ、という思潮が強いが、これはネーション(集合体としての国民)という枠組みがもつ意義について深く理解できていない言説だろう。 そして、そのデモクラシーに不可欠な同胞意識、連帯意識は各自がもつ「共通の特徴」に由来する。具体的には同じ宗教や人種などが連帯意識を生むが、何より共通の言語というものがなければ、同胞意識は成立しえない。 ヨーロッパのベルギーにはフラマン語圏、ワロン語圏、ドイツ語圏という3つの言語を話す地域が存在する。ベルギーは建国以来、異なる言語を話す国民同士がいかに連帯するべきか、という問題に苦心してきた。ベルギーが連邦制を採用している理由は、言語圏住民間の対立が激しく、中央集権制では国家の統一が困難であったからである。 しかし、ベルギーは連邦制を採用した新憲法を制定した1993年以後も、政治的混乱がたびたび発生している。2010年の総選挙の際は、言語圏間の対立が激化し、540日以上にわたり、組閣が実施されないという異常事態が発生した。このベルギーの事例は、統一的な国語を有さない国家を運営することがいかに困難であるかを示している。 今後、日本においてもデモクラシーを維持していくためには、じつは国語である日本語の伝統の保守こそがもっとも大切なことなのである。 そのために、先ほども述べたように、国語教育に力を入れ、深い教養を兼ね備えた「良き日本人」を育成する必要があるだろう。 しかし、主権者教育とその議論をめぐってはそういった論点がほとんど挙げられていない。このことはきわめて不可解である。年長者の責任とは 年長者の責任とは  本稿では主権者教育を実施するにあたり、私なりに以下のような問題点を指摘した。・イギリス発のシティズンシップ教育を直輸入したため、日本におけるデモクラシーの特徴である熟議という点がカリキュラム内で軽視されている点。・主権者教育の最終的な目的である、健全なデモクラシーの運営のためには、日本の歴史、伝統、文化、国語とそれらへの愛着が不可欠であるにもかかわらず、そういった視点が欠けているという点。 まず前者については、日本型の主権者教育、政治教育のあり方について、今後も政府、民間の大学、研究機関が検討し続けること。その際には、選挙や社会運動における市民の役割や権利だけでなく、政治とは何か、日本におけるデモクラシーとは何か、という広い視野で日本に合った主権者教育、政治教育を模索することが必要だろう。そうして徐々に主権者教育のあり方を日本に合ったものにしていくべきである。 後者については、主権者教育の枠組みに国語教育や歴史教育なども入れる。とくに国語教育においては日本の伝統的な古典文学や思想哲学などについて、深く教えていくべきである。 主権者教育とその議論全体を俯瞰した場合、外国流の教育方法を直輸入し、強引に日本の教育に当てはめているように私は感じる。冒頭で述べたように主権者教育は、まだまだ手探り段階であるし、それは当然なのかもしれない。とはいえ、現在の議論のまま、主権者教育が実施されていけば、日本のデモクラシーの健全な運営を促すどころか、むしろ暗い影を落とすことになりかねない。主権者たる日本国民の育成にはつながらないと思うからだ。「青春の特権といえば、一言を以てすれば無知の特権であろう」という言葉は三島由紀夫のものであるが、若者は基本的に無知で、無鉄砲な存在である。そういった時期が許容されるのは十代の青春期のみであるから、三島は特権という言葉を用いたのだろうが、この無知は時として、自身や他者を傷つけることになる。 そのようなときに、叱る、あるいは諭し、そして、失敗を許す道徳的立場にあるのが年長者であり、その行為の総体が教育であるはずだ。 しかし、主権者教育、もっといえば昨今の教育論議には、どこか機械的でそういったあるべき年長者の視点が抜けているように感じてしまう。 教育とは、たんに海外から思想や方法を直輸入すれば良いわけではない。教育とは、年長者が年少者へ過去から蓄積されてきた叡智を代々継承していくものであるはずだ。 そして「熟議」という日本型のデモクラシーの叡智を継承していくことこそが、わが国の主権者教育のあるべき姿ではないだろうか。主権者教育について議論する各役所あるいは現場の教員には、そのことについて深く考えていただきたい。(参考文献:施光恒『英語化は愚民化』集英社新書)関連記事■ 高村正彦×島田晴香(AKB48) やっぱり、選挙にいきましょう!■ 【都知事選】もう少し選挙らしい選挙がしたい■ 目先の選挙目当てにバラマキ政策を行なう愚

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    団塊世代の何割かが18~20才のことを思って投票すればいいのに

    ルだった。と思ったら、ブラジルは投票しなければペナルティー(罰金等)が課されるそうだ。 僕が若い時は選挙には行かなかった。恥ずかしながら初めて行ったのは30才手前だったかな。と自省していたら、有名ブロガーさんたちも20代後半に初めて選挙にいった人もいて、僕だけではなかったと安心した。 というより、そもそも、若者とは「権力」や「制度」や「システム」に反対する、あるいはめんどくさがる、あるいは自分とは関係ないと思うものであり、これらの一連の態度(反対、めんどくさい、関係ない)こそが「若者」の定義だ。 時代よっては、「反対」が強調されることもあり(70年前後)、「めんどくさい」が前面に出て来ることもあり(80年代)、「関係ないし」が目立ったりする(ゼロ年代かな)。 国が変わっても若者の投票率がだいたい低いのは、この「若者」自体の特性がまず関係している。僕も、めんどくさかった+権力システムが嫌いだった。 これに加えて、当欄のメインテーマでもある、階層社会化という点がある。非正規雇用4割、相対的貧困率16%という日本社会では、アンダークラス(下流階層)が4割程度だと言われており(ピケティほか)、これを大きな背景として、児童虐待やDV等の問題がアンダークラスの家庭の中で日々起こっているのは誰もが知っている。 ただし、階層化が固定すると、どうやら「他の階層」のあり方が人々は目に入らなくなるようだ。たとえば、今回の選挙でも注目されるSEALDs界隈の人々を追っていると、自分たちの「ことば」は、すべての若者に対して届いていると本当に思っているように僕には感じられる。 それを受け入れるかどうかは別として、自分たちの戦争反対ということば、それを願う思い、それを支える思想は、それに賛成するか反対するかはさておき、語ればとりあえずは「届く」と思っているフシがある。が、当欄でも触れたが(若者は、選挙にもフジロックにも行かない)、アンダークラスの若者の中には、SEALDsの若者がつかう「ことば」がそもそもわからなかったりする。たとえば「選挙」という漢字が読めなかったりする(障がいからではなく、学習の積み重ねのなさから)。もちろん、SEALDsが作成する英語のチラシは読めない。 SEALDsの人々の視界には、もしかすると、このような「選挙」を読めない若者がそもそも入っていないのではないだろうか。それは別に悪いことではなく、階層社会が確定すると、なぜか別階層のリアルな姿が遠くなり、自分たちの階層内でひきこもっていくようだ。 これは古市憲寿氏の『絶望の国の幸福な若者たち』にも出てきた、「仲間内のスモールサークルで、そこそこの幸福を楽しむ」という現象と重なる。階層社会の若者たちは、自分たちの階層内で、自分たちが共有する価値をもとに、自分たちに通用することばを用いて、団結したり遊んだり喧嘩したり恋をする。そこが「世界」のすべてだと受け入れ、やがてその「外」に対する想像性が薄くなっていく。団塊世代が最大の「援軍」になれ団塊世代が最大の「援軍」になれ ましてや、少ない。今回選挙権を与えられた18才と19才の学年はそれぞれ約120万人程度であり、20才の人々も含めたとしても、360万人しかいない。この40%が仮に投票に行ったとしても、144万人にしかならない。 このように、若者は、◯そもそも「選挙」のようなシステムと距離を置く生き物、◯階層社会内でのアンダークラス若者の一部は、選挙権を自分とは「別世界」だと捉える、◯そもそも若者は数が少ない、 といういわばハンデを抱えている。選挙が嫌いで、自分とはそれは関係なく、そもそも数自体が少ない。つまりは、「若者」にそんなに期待しても、それは「酷」だと僕は思うのだ。 それよりも、だ。たとえば、同じく3学年合わせると800万人もいて、18~20才若者よりも2.2倍も多い「団塊の世代」(現在67~69才)の何割かでも、今の子どもや若者のことを思って、つまりは次の時代の日本社会のあり方を思って、子ども若者に有利になるような政策に対して1票を投じてくれないだろうか。 高齢者になると保守的になり、保身になることは僕も十分理解しており、全体的にはそれでも仕方ないかな、とは思う。が、たとえば団塊世代はたった3学年で800万人もいるのだ。このうちの5人に1人、おおよそ150万人が どの政党ということではなく、高齢者に有利な社会保障政策ではない、子ども若者に有利な社会保障政策や教育政策に対して、「しゃーないな」的気分でもいいから、1票入れてみてはいかが、でしょうか。 学生運動は敗北したものの、団塊世代の「最後の社会改革運動」として、次世代のための社会づくりを「投票」によってフォローしていけば、数の少ない若者たち自身に投票をお願いするよりも、意外と現実的ではないだろうか。(Yahoo!個人 2016年7月9日分を転載)

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    若者に集中する「矛盾」、政治に無関心でも無関係ではいられない

    若い世代目線の政策を掲げていますか?藤野 私たちは94年前に政党をつくったのですが、その時から18歳選挙権を掲げ、若者が政治の主人公だということを訴え続けてきました。若い方々が日本の民主主義にどういうインパクトを与えてくれるか、期待しているところです。今の若者の動きにはむしろいろいろ教わっているというか、教えられることが多い。若者向けの『JCPmagazine』というパンフレットを出して奨学金・最低賃金・平和と民主主義など若者に向けた前向きな提案もしています。(瀧誠四郎撮影)山本 パンフでまず目についたのが「最低賃金1500円」。これ、実現していただけると、若者には本当にありがたいですね。この前、大分に行ってきたんですが、温泉にあったアルバイトの求人に書かれていたのが時給640円だったんです。衝撃を受けました。それに「安保法=戦争法の廃止」。共産党は安保法制に最も強く反対していた政党で、戦争法ってことでいろいろ訴えていらしたんですが、多くの人が疑問に思っているのが、安保法制がなぜ戦争法って名前になるのかというところです。藤野 安保法制は、今まで自民党政権ができないと言っていた集団的自衛権、これを行使できるとするわけです。個別的自衛権は憲法上認められていると私たちも思っていますし、自民党政権もそう言ってきたわけですけど、今回は集団的自衛権にかかわる。「北朝鮮や中国が攻めてきたらどうするんだ」という声もあるが、そういう時の対応としては個別的自衛権でやればいいわけで、今の法律、憲法でもできる。ただ集団的自衛権は全然違っていて、日本は何も攻撃されてないのに、アメリカなどと一緒になって第三国を攻撃すると、攻撃された第三国は日本にもその矛先を向けるわけで、日本の自衛とか防衛とは関係なく、まさにアメリカと一緒に戦争に加担していく。だから私たちは戦争法と言っている。山本 関係のない戦争に巻き込まれてしまう、それによって無駄な血が流れるのは悲しいことなんですけど、一方で日本のことだけを考えるのか、あるいは国際社会のことを考えて日本以外の国のために武力をもって貢献するのか。藤野 私たちはやっぱり外交が大事だと思ってます。2001年、アメリカで9.11のテロが起きてイラク戦争、アフガン戦争、ずーとやってきましたけど、テロはもうなくなるどころか世界中に拡散している。今の世界はどんな問題もかなり複雑だし単純じゃない。武力を前面に出してやると、私はむしろ解決が遠くなると思うんです。ややこしい問題だからこそ外交をして知恵を出し合って、というところに向かわないと、問題はさらに悪化していく。ましてやテロとか紛争を力で抑えこもうとすると、激化して悪循環に陥っていく。それはこの十数年間の世界が示している。日本は九条を持っている国ですから、九条を活かすことこそ考えるべきです。北東アジアは確かに大変で、いろいろあります。だからといって外交をせずに軍事対応ばかり強化していくと、抑止力以上に紛争に巻き込まれて、悪化させる危険の方が大きくなると思いますね。若者たちっていうのは矛盾が集中している若者たちっていうのは矛盾が集中している山本 シルバーデモクラシーってそもそもいいことなのか悪いことなのか、その点がまず議論されるべきだと私は思ったんですが、多くの政治家は自分たちが選挙に受かるため、より投票人口の多い年配の世代の方々にメリットのある政策ばかりを掲げている。(瀧誠四郎撮影)藤野 日本の場合は年代によって政策が変わっているというより、たとえば国民全体よりも企業の方が、国民全体よりもアメリカの意向が優遇されている。先日沖縄に行ってきたんですけど、まさに県民が、参院選でも知事選でも県議選でもあらゆる選挙で、もうこれ以上沖縄に基地をつくらないでくれって言ってるのに、アメリカ優先でつくってますよね。そうした歪みが現れてきているのかなあというのが私たちの考え方で、もちろん個々の政策で見れば、とりわけ若者たちっていうのは矛盾が集中していると思ってます。 よく財界の人なんかは、年金とか介護にお金を使いすぎてて、若者向け予算が少ないとか言われるんですけれども、社会保障全体でみれば全体として日本はGDP全体に占める社会保障の支出というのは低いんです。一人当あたり給付でOECD34カ国のうち17位ですから、あのアメリカよりも少ない。GDPの対比でみればもっと社会保障の恩恵を受けてしかるべきなのにそれがないというのが問題です。山本 社会保障の問題では、まず財源確保できないことには充実できないところで、消費増税がまた延期されました。藤野 私たちも増税路線なんですよ。ただ消費税はもう2回も増税延期して消費税に頼るやり方っていうのは決別すべき。このあいだ、中小企業同友会の幹部がおっしゃっていたのは「中小企業はだいたい利益の20%ぐらい税金を納めている。けど大企業は平均で言えば12%、連結やってるような巨大企業は6%ぐらいしか利益対比で言えば税金を払っていない。これをせめて中小企業並みに大企業が10%ぐらい払えば6兆円ぐらい出てくる」と。私たちも同じことを考えていた。いま憲法が蹂躙されているいま憲法が蹂躙されている山本 どうして大企業は12%にとどまっているんでしょうか。藤野 大企業しか使えないような研究開発減税とか連結納税制度、海外の子会社の利益をもってきた場合は非課税といった中小企業が使えないような優遇税制があって、利益は上げてるんだけど税金は収めなくていい。あのトヨタでさえ2012年までの5年間、法人税がゼロだったときがありました。もちろんリーマンショックとか東日本大震災がありましたけれど、それにしても日本は余りにも優遇されすぎている。(瀧誠四郎撮影)山本 共産党が掲げている政策の中で最も重視されている政策を三つ挙げてください。藤野 一つは戦争法、それはもう大問題ですね。もう一つは三つのチェンジってアベノミクスに変わる対案として私たちが言っている税金の集め方と使い方、働き方を変えること。三つめはやっぱり憲法。若者にとっても憲法が変わるってことは大問題ですし、これまで2回の国政選挙をみると、安倍総理は経済、経済って選挙中はやるんですけど、選挙が終わったら戦争法とやりましたから、今回も必ずそうなりますよ。山本 憲法の中でもとりわけ重視されているのはどの点なんですか?藤野 私たちはいま憲法が蹂躙されているという認識なんですね。権力者はどんなに権力があっても、暴走させてはダメだと。例えば9条でどこまでできるのか、人権はどこまで制約できるのか、憲法に書いてある。安倍総理はこの憲法をまさに一内閣の解釈で変えてしまった。これは解釈改憲による憲法の蹂躙で、まずはこの非常事態を正すことが大事。これはもう主権者である国民が選挙という場で審判を下すしかない。今回の選挙はそういう選挙だと。共産党アレルギー?ありますよね共産党アレルギー?ありますよね山本 藤野さんはどうして共産党に入られたんですか?藤野 もともと両親が共産党員で信頼感はあったんですけど、共産党は負け続けてたんで「何でこんなことやるのかな」って正直思っていた時期もありました。京大時代もずっとそういう活動はしないと思っていて、体育会のサッカー部に入ったんです。けど湾岸戦争が起きて、当時初めて自衛隊が海外に出るというので大問題になり、学内で勉強会みたいなものに呼ばれて行くようになった。そこで鋭いこと言ってるのは共産党の人なんですよね。資料もいろいろ持ってくるし「ああ大したもんやな」というのがあって、もともと信頼感もありますから合わせて一本ということで、二十歳で入党しました。(瀧誠四郎撮影)山本 共産党は自民党や民進党と比べると議席数が少ない。原因は何だと思いますか。藤野 やっぱりアレルギーはありますよね。共産党アレルギー。山本 それはご自身でも感じますか。藤野 感じますね。福岡は麻生(太郎副総理兼財務大臣)さんの地元だし、昔から感じていました。でも歴史的な経緯もありますし、そういうのがどんどんなくなってきたというのが実感で、今はそれこそ若い人がどんどんフランクに物を言ってくれる。やっぱり人間の付き合いだし、私たちも共産党内部だけで今までやってきたようなことを、もっとオープンにしてやっていけば必ず理解は広がっていくと思います。山本 共産党に対するアレルギーってどこから生まれてるんでしょうか。藤野 戦前のイメージじゃないですかね。共産党が戦争反対の旗を政党としては唯一降ろさなかった。当時の政府は目の敵にするわけですよね。あれは赤だ、国賊だというので大宣伝もやってきたというのもある。もうひとつ戦後で言えばソ連、中国のイメージ。名前は同じだけど全然違うんですよ、ソ連や中国と一番喧嘩してきたのが日本共産党。でかい国ですから他国の共産党に言うこと聞かせようと干渉してくる。私たちは自主独立の立場を持って干渉をはねのける。そしたらまた向こうがいろいろやってくる。山本 根底に流れる思想は。藤野 そこはもうロシアは変わってますし、中国は社会主義を目指すと自分たちでは言ってますよね。人権の問題とか他国への力の行使で現状変更しようとするやり方だとか、あんなもの私たちは社会主義に値しないと思ってますから、つい先日も中国大使館に申し入れしましたけれども、そういう点ではずっと厳しくやってきました。政治に無関心でもいいけど無関係ではいられない政治に無関心でもいいけど無関係ではいられない山本 共産党というのは中国、かつてのソ連でもその思想を広めるのに力を注いでいたと思います。藤野 一党独裁でもないですし政治信条を押し付けるわけでもない。むしろそういうのを駄目だと言って戦前も戦ってきたし、戦前で言えば天皇が絶対というイデオロギーですよね。それがダメだということで戦ってきた。(瀧誠四郎撮影)山本 共産党とシールズの関係性が騒がれました。藤野 全然近くないですよ。彼らは彼らの思いで活動してわれわれの背中を押す。共産党だけではなく野党頑張れ、彼らは党に勝ってほしいわけではなくて安保法制を廃止してほしい。だから野党はまとまるしかないじゃないかと。共産党はそれはそれで歓迎するというスタンスですよ。山本 政治にどのように参画したらいいのか若い人たちにアドバイスを。藤野 「政治家は言葉がむつかしい」。つい先日選挙権サミットというのに出て、何人からも言われたんです。ましてや共産党というのは堅苦しい、同じようなことしか言わないイメージがある。それに比べ若者たちは自分の言葉でしゃべるし、本気なんですよね。 「政治には無関心でもいいけど無関係ではいられない」と言います。どんな問題でも実は自分の問題だと。TPPかもしれないし原発かもしれない、必ずこれは自分の問題だって思えることがある。それを「お前そうなのか、おれはこうだ」と話し合える場所があるかどうか。どんどん声を上げて政治や社会にかかわって突き上げてほしい。 ふじの・やすふみ 1970年福岡県生まれ。京都大学法学部卒業。穀田恵二と吉井英勝、両衆議院議員の秘書を務める。2003年、党中央委員会の政策委員に就任。2014年、衆院選比例北陸信越ブロックで初当選。日本共産党中央委員会原発エネルギー問題対策委員会事務局長などを務める。

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    政治参加の正しい方法って何ですか?

    を焼かれちゃったというのは、ご自身の活動と関連していますか。それとも単なる放火ですか。男性1 大統領選挙で国が荒れてしまいまして、すぐ帰れるからと言われて首都に避難していたら、暴動になって家を焼かれて帰れなくなってしまい、そのまま国外強制撤去になりました。國分 じゃあ、ご自身の活動が妨害を受けたわけじゃないんですね。なんで僕がそれを聞いたかというと、哲学者のジジェクっていう人が、確かこんな事例を紹介しているんです。「反政府主義者が最初にぶっ殺したのは、中立を主張する海外団体だった」、と。ちょっと正確に覚えてなくてすみません。 僕は中立を主張するということは、ある種最も嫌われるというか、最もよくないと思っているんです。政治的主張っていうのは絶対に偏りがあるものだと思うんですね。 今回の住民投票運動では、主張をはっきり打ち出すことを、多少薄めた気持ちではあるんですけれども、ただ、「やっぱり僕は反対派なんだ」と思っています。その上で、「でも、賛成派の意見はもちろん聞きます」という態度でやりました。「中立なんですよ」という態度で出てくるものが、実は最もタチが悪いし、最も危険であるし、最もメジャーなものに利用されると思います。僕自身、中立を装う人をいちばん信用しないですね。上野 100%賛成ですね。彼の質問には答えてないけど(会場、笑)。國分 答えてないですか?(笑)。上野 今の方の質問に答えると、正しい政治参加の仕方というものはありません。さまざまな政治参加の仕方があって、そのなかに、楽しい政治参加の仕方と、楽しくない政治参加の仕方があります。だとしたら、さまざまな政治参加のなかで、ご自分が楽しいと思われる政治参加の仕方を選ばれるのがいちばんいいんじゃないでしょうか。國分 まったくそのとおりですね。「楽しい」というのをね。 あと、もし哲学を勉強なさっているんだったら、僕の人生相談の本(『哲学の先生と人生の話をしよう』朝日新聞出版)のなかで、犬儒派の哲学者を紹介していますから、そのことをちょっと考えてみるといいかもしません。彼らは社会規範を蔑視して自然のままに生きることを是としていたんですが、プラトンなんかからは「お前らは犬みたいな生活をして引きこもっているだけで、社会に対して何の役にも立たない」とバカにされたんです。プラトンはメジャーになることを目指し、そしてメジャーになった。 僕は犬儒派って大好きで、特にディオゲネスが好きなんですが、でも、あれでよかったのかなとは考えます。プラトンがとったメジャー路線か、それともマイナー路線か、どっちを行くのがいいのかとかを考えてみることは、哲学の問題としては面白いかもしれないと思います。上野 感想ですが、「正しい」というボキャブラリーが出てくるところが、哲学に洗脳された効果ですね(会場、笑)。でも、いいと思います。國分 哲学、そんなことないですよ(笑)。傍観者をやめ、当事者に「なる」傍観者をやめ、当事者に「なる」男性2 國分さんのツイッターで、今日(2013年12月4日)こんな発言がありました。「こういうことをしているとどうなるか。政治秩序を最終審級において支えている、あの力がどこからか出てくる可能性がある。普段は『仕方なくルールを守る』という形でそれが出現することが妨げられているのに、それが守れなくなるわけだから。本当に恐ろしい」。 今まさに秘密保護法案が採決されそうになっていて、上野先生がお嫌いな議会制民主主義さえもう守られないという状況になっている。そこで國分さんのおっしゃる、「政治審級を支えるあの力」というのは何なのかお聞きしたいと思います。またそれがどういうかたちで現れてくるかをお聞かせ願えたらと思います。國分 それは簡単で、暴力のことです。政治秩序を支えているのは、最終的には暴力ですから、今までは守られていた秩序の決まり事や建前が守られなくなると、暴力が出てくる可能性がある。一般に、政権についている与党にも、もちろん、これ以上やるとマズイだろうというリミットがいろいろあるわけですよね。そういうものを見極めながら、政権運営していくわけです。ところが、今の政府は、素知らぬ顔をしていれば、どんなことをやっても数の力で押し通せるっていう感じになってきている。 たとえば、昨年夏の参院選は一票の格差があるから違憲だったという判決が、各地の地裁で出ているわけですよね。そうしたら、ごく常識的な判断から言えば、その参院に重要法案の決定をさせるっていうことはやっぱりおかしい。裁判の最終結論が出るまで、置いておくとかとすべき。 あるいは、「反対する世論がここまで盛り上がっているんだったら、その言い分をちょっと聞いておかないと、次に何かヤバいことが起こるかもしれないから、今国会での成立はあきらめよう」とか、昔の自民党のおじいさんだったらそう判断したと思うんですよ。だけど今はそういうことを教える派閥の教育機能なんかも失われている。 今日はまだ秘密保護法案を採決してないですよね。もし今日採決するなんていうことがあったら、ちょっと何が起こるかわからない。反対派の一部が暴徒化すると、権力がその機に乗じて暴力を使ってきますから、そうするとまた反対派の暴力はエスカレートする。僕はこれをいま非常に恐れています。上野 おっしゃるとおりですね。民主主義を含めて政治というのは、非常に危ういバランスの上にかろうじて暴力を抑えているところがある。コントロールできなくなるのは、民衆の側よりもむしろ権力の側の暴力です。秘密保護法案というのは、知らないで犯してしまった罪でいつ牢屋にぶち込まれるかわからないという法律だから、この国が収容所列島になりかねない。暴力の問題は、政治の背後にいつでも不気味に控えているので、民主主義と暴力の問題を考えることは非常に重要です。國分 秩序って、ほんとに簡単に壊れるんですよ。僕はパリでデモ隊が暴徒化するのを何度も見ました。アパートから外を見下ろすと、下に止まってる車を高校生が平気でボコボコにしたりしてるんですよ。 フランスはそういうことに慣れているけれども、日本は慣れてないから、そういうことが1回起こると、どう広がっていくかわからないですよね。それが怖い。上野 秩序は簡単に壊れるとおっしゃいますが、私はもっと恐ろしいことを考えます。秩序自体が暴力で維持されているという事実があります。國分 もちろんそうです。だから、みんながなんとなく建前を維持することで、暴力の発動を回避しているわけですけど、ここまで建前を無視するようなことを政治の側、統治している側がやり続けると、ちょっと恐ろしいなと思います。上野 暗くて深い結論になってしまった。どうすればいいでしょう(会場、笑)。まあ、こういう風雲急を告げる切迫した事態に私たちがいる、と自覚していただくということでいいんじゃないですか。國分 はい、そうですね。上野 皆さん方に当事者になってもらわなくちゃ。傍観者でいてもらっちゃ困るよね、っていう結論でいいのよね?國分 はい。僕は聖書のなかの「善きサマリア人のたとえ」というエピソードが好きなんです。あの話ではイエスが最後に、「サマリア人の隣人となった者は誰か?」と聞くんですよ。「誰がサマリア人の隣人であるか」と聞くんじゃなくて、「誰がなったか」と聞く。当事者というのは、やっぱり「である」ものじゃなくて、「なる」ものだと思います。 今日はありがとうございました。(構成 長山清子)うえの・ちづこ 1948年、富山県生まれ。東京大学名誉教授。立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘教授。認定NPO法人WAN(ウィメンズアクションネットワーク)理事長。東京大学大学院教授を2011年に退職。日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア。近年は介護とケアへの研究領域を拡大。著書に『スカートの下の劇場』(河出文庫)、『家父長制と資本制』『生き延びるための思想』(岩波書店)、『おひとりさまの老後』(法研)、『女ぎらい』(紀伊國屋書店)、『ケアの社会学』(太田出版)、『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)、『快楽上等!』(湯山玲子氏との共著、幻冬舎)など多数。新刊に対談集『ニッポンが変わる、女が変える』(中央公論社)、共著『毒婦たち』(河出書房新社)。こくぶん・こういちろう 1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。高崎経済大学経済学部准教授。専攻は哲学。主な著書に『スピノザの哲学』(みすず書房)、『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波書店)、『哲学の先生と人生の話をしよう』(朝日新聞出版社)など。『来るべき民主主義』(幻冬舎新書)は、地元・小平市の住民運動への参加をとおして、現代の民主主義を新たな視点で捉えなおした話題作。関連記事■ 「民主主義イコール多数決」ではない■ 直接民主主義VS.間接民主主義の二項対立発想ではダメ■ 民主主義についてよく語られる時代は民主主義危機の時代

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    初めて選挙に行く君へ伝えたいこと 世界で一番やさしい選挙教室

    おときた駿(東京都議会議員) いよいよ今週末、7月10日(日)に迫った参院選。「18歳選挙権」初の国政選挙となることもあって、若者へ投票を呼びかける動きがあちこちで起こり、若者の政治参加を期待するムードが高まっている。しかし、当の若者たちは選挙権を手にしてやや戸惑っている様子が伺える。「選挙って、どうやって行けばいいかわからないし、なんだか面倒くさそう」と思って彼らの多くが棄権してしまえば、10代、20代の投票率が期待されているほど伸びず、「シルバーデモクラシー」と言われる状況が変わらないどころか、加速することも懸念される。 そこで立ち上がったのが、『ギャル男でもわかる政治の話』(ディスカヴァー・トゥエンティワン刊)で、「たとえ」を駆使したかつてない明快さで政治の基本を解説し、若い世代を中心に反響を呼んでいるブロガー議員のおときた駿氏。「なんで選挙に行かなきゃいけないの?」「選挙で2枚投票用紙が渡されるって知ってる?」「どうやって投票先を決めたらいいの?」という3つのテーマを掲げ、当事者である18歳〜20歳の4人の若者たちから質問を受けつつ、極力若者の立場に立って選挙の基本を解説することを試みた。 若者代表として参加したのは、人気コラムニストの妹尾ユウカさん(@yuka_seno)、モデル・俳優の三上龍馬さん(@510rm2525)、現役大学生の森崚茉さん(@oasis18b)、同じく現役大学生の小木純之介さん(@junu_uzzz)の4人。イベント前には「そもそも、なんで選挙に行かなきゃいけないのかわからない」と話していた彼らは、日頃から抱いていた疑問をおときた氏にぶつけつつ、講義を非常に熱心に聴き入っていた。  以下では、会場からの質問を交えつつ展開されたおときた氏の講義の様子を、会場の熱気そのままにお伝えする。(文/ディスカヴァー編集部、写真/saru) おときた駿(以下、おときた):こんにちは。『ギャル男でもわかる政治の話』の著者で、東京都議会議員のおときた駿と申します。今日は、壇上にいる4人の若者たちと一緒に、若い世代の視点で選挙について考えていけたらと思っています。 おときた駿氏第一部「なんで選挙に行かなきゃいけないの?」おときた:まずは壇上の4人に聞いてみましょう。なんで選挙に行かなきゃいけないんでしょうか。 小木純之介(以下、小木):僕ら若い世代が選挙に行くことで、お年寄りばかりじゃなくて僕ら若い世代の意見も政治に反映させていく必要があるっていうことを、政治家にわからせるためです。 森崚茉(以下、森):ひとことで、国のため。 三上龍馬(以下、三上):行かなきゃいけない感じがするから。 妹尾ユウカ(以下、妹尾):私は、なんとなくの義務感から、です。 おときた:ありがとうございます。小木くんだけやけに気合が入っているのは、彼は政治学科の学生だからです(笑)。  この「なんで選挙に行かなきゃいけないの?」という問いに対する僕の一番シンプルな答えは、「行かないと損するから」です。これは数字で見ても明らかで、日本のGDPは約500兆円なんだけど、そのうち、どのぐらいが若者や子供のために使われているでしょうか? 妹尾:20兆円とか? おときた:惜しいな。正解はGDPの1%、500兆円あるうちの5兆円しか、子供と若者に使われていないというのが日本の現状です。これは諸外国と比べると圧倒的に低い。ヨーロッパだと最低でもGDPの2〜3%。多いところは4%、20兆円以上使われていたりします。 こういうことが起きるのは、若者の投票率が低いからです。若い世代、例えば20代の投票率って、何%か知ってますか? 森:8%ぐらい? おときた:なんでそんなに低いんだ(笑)。さすがにそんなに低くないです、正解は33%ぐらい。つまり、3人に1人しか行かないということ。逆に、一番投票率が高い世代は60代で、だいたい70%ぐらいが行っている。およそ2倍の差があるってわけだ。この状況で予算がどう使われるかと言ったら、さっき説明した通り。若者は圧倒的に損をしているんです。 なんで投票率が低いと損をするのか? そのことを説明するために、少したとえ話をしてみたいと思います。 政治家は「みんなの代表者」ではない!政治家は「みんなの代表者」ではない!おときた:政治家は僕らの代表者だって、学校で習ったと思う。これを僕は『ドラゴンボール』にたとえて、「政治家は孫悟空みたいな人」と言っています。どういうことかというと、僕たちはか弱い人間だから悪い奴らと戦えないんだけど、悟空はすごく強いからフリーザとか魔人ブウとかセルとかと戦ってくれる。で、悟空は並みいる強敵たちを倒すためにある必殺技を使う、と。人々から少しずつエネルギーをわけてもらって大きなエネルギーの玉を作り、相手にぶつけて殺す…… 三上:あ、わかった。元気玉ですか? おときた:そう! 政治家は「オラに力を分けてくれ!」と言って有権者からエネルギーを集め、その力を駆使して政治を行う悟空だってわけだ。で、悟空は誰のために戦うのかというのが問題でね。『ドラゴンボール』の世界では西の都と東の都という2つの街があるんだけど、敵を倒すために悟空はどちらかの方向に向かって元気玉を撃たなきゃいけない。当然、撃った先にある都は壊滅する。このとき、西の都の人たちは悟空に一切元気を分けてくれなかったとします。そして、東の都の人はすごいエネルギーをくれたとする。そうしたら、悟空はどっちに向けて元気玉をぶっ放すでしょうか? 妹尾:西、ですよね? おときた:その通り。教科書では「政治家はみんなの代表者です」って習ったと思うけど、これは嘘。政治家というのは、みんなの代表者ではなくて、選挙で投票に行く人の代表です。選挙で投票に行く人の利害のために政治を行うのが政治家だから、当然、投票に行かなければ自分たちの利害は守られない。つまり、損をするってわけだ。さっきも言ったように、これまでは若い人たちが選挙に行かないせいで、彼らは損をしてきた。若い世代のためにはお金が使われず、保育所や待機児童、奨学金といった問題が全然解決していない。海外に行ったら返済不要の奨学金なんていっぱいあるんだけど、いまの日本の大学生はものすごく苦労して返さなきゃいけないよね。 だから選挙に行くことによって、「こっちにもっと予算をくれ」「予算をくれないと君たちは次の選挙で当選しないぞ」と脅しをかけることが必要です。だから選挙に行かなきゃいけないというのが、一番単純な理屈なんです。 妹尾:でも若者としては、先にお金をくれると言われたら選挙行くんだけどな、という気持ちです。ニワトリが先かタマゴが先かって感じですけど、図々しいですかね……? おときた:いや、その通りだと思います。しかし残念なことに、政治家というのは別に、選挙に来てくれなくてもいいんです。なぜなら、高齢者がもうたくさん来ているから。いま元気玉を集めている政治家は、その状態で当選して政治家になっているわけだから、逆に若者が新規参入してくるとパワーバランスが変わってしまう。彼らにとっては、若者の投票率が低いまま、高齢者の票だけで勝ってるほうが幸せなんです。妹尾:でも、おじいちゃんおばあちゃんも、もっと年齢が上がってくると変わってきますよね? おときた:実際、60代は投票率が70%もあるんだけど、70代からどんどん下がっていきます。もう足腰が立たなくなってくるから。そういう意味では若い人たちも発掘していかないといけないのは確かだけど、若い人たちがいますぐ行くというよりは、歳をとってそういう価値観になってから選挙に来てくれたほうが、政治家たちは安泰なんだよね。そういういまの世の中を変えるためには、やっぱりこの循環をどこかで断ち切る必要がある。いますぐ若い人たちが選挙に行って、高齢者たちだけで勝ってのうのうとしている政治家たちを変えていかなければいけないと思います。 小木:ちょっと話が変わるんですが、18歳で選挙権を持った人が投票しようとするとき、たくさんいる政党とか立候補者とかから選ぶのって大変だと思うんですね。そういうときって、どういうところから政党の情報とか立候補者の情報を得ればいいんでしょうか。 おときた:やっぱり、インターネットってすごく便利なのでおすすめです。ただ玉石混淆だから、誰か信頼できるオピニオンリーダーを一人フォローするというのがいいと思います。その人が共有・拡散している政治の情報にアクセスして、そこから広げていく。そうすることで、自分にある程度近くて、ちゃんとした情報を得ることができます。 政治を本気で若者向けにする方法とは?政治を本気で若者向けにする方法とは?三上:若い人向けのマニフェストを公表してくるところって増えているんですか。 おときた:これまではあまり若者向けのマニフェストって各政党から出てこなかったんですけど、今回の参院選では増えています。それは見てみて僕もびっくりしました。18歳選挙権の1回目だからということで、意図的に増やしてきているんだろうと思います。でも、これを本気にさせるかどうかは、君たち若者が行くかどうかにかかっている。今回の選挙で、思ったより若い人が投票に行かなかったという結果になると、また次の選挙からは元通りになって、若者向けの政策は端っこに書かれるようになると思います。 質問者:政治家が、投票してくれた人のためだけに政治をやるんじゃなくって、全員、どの世代にとってもいいことがある政策をしっかり掲げていればいいなと思うんですが、そういう政治家はいないのでしょうか。 おときた:はっきり言うと、いません。なぜいないのかというと、それが合理的な選択になるから。選挙という弱肉強食の世界では、合理的な生き物が生き残るようになっているんです。「僕らはみんなの代表なのであって、若者も高齢者も同じ国民なんだから若者にもちゃんとお金あげなきゃね」とか言っている人は、次の選挙で淘汰されていなくなります。その結果、自分に投票してくれる人のために政治活動する政治家ばかりが残って、それがどんどん再生産されているというのが、いまの状況なわけです。  これを打破するには、そうやって気づいた政治家をなんとかして生き残らせるよう、若い有権者が応援してあげること。それがなければ、なかなかこの弱肉強食の世界に変化は起きません。 若い人たちが選挙に行かない理由はシンプルで、いまの若い人たちは政治と接点がないからなんですが、であれば若い人と政治の接点を増やすことが一つのソリューションになると僕は思います。 例えば、結婚して子どもができたりすると、途端に区役所に行って政治にめちゃくちゃ関わるちようになるんだけど、それは保育所に入れなかったり高い税金を払わなきゃいけなかったりすることに、そこで初めて気づくからです。実際、その辺りの30代、40代からだんだん投票率が上がり始める。 同じように、10代や20代でも、例えば奨学金の問題なんかは実際に苦しんでいる人が多いから、それをきっかけに政治に関心を持ってもらうことはできるはず。実際、政治家たちは奨学金の問題をマニフェストに取り入れて、若者に支援してもらおうとしているからね。 あとは、若者政策に取り組む政治家をとにかく増やすこと。「人が3人集まれば政治家が来る」という法則があるんだけど、若者向けのイベントにそういう政治家を呼んで、その政治家に対する若者の支持を増やしていく。そういうイベントを小さくたくさんやって、それをネットで広げていく。そういうスモールビジネスみたいなやり方が、この問題の一つの解決方法なんだろうなと思います。 質問者:若者向けのマニフェストというのは、本当に実行されるんでしょうか。実行されるとしたら、いつ実行されるんですか? おときた:いい質問です。政府は毎年、予算というのを組んでいるんですが、この国って突然予算をつけたりします。例えば今回の選挙前に、低所得の年金生活者、要は高齢者に3万円を配ります、ということをいきなり安倍さんが言い始めた。それでいきなり何千億というお金を使ったわけです。だから、本気になればすぐにもできるということ。 よく「政治家は人の話を聞かない」って言いますが、それは一番大きな誤解です。僕は政治家になって3年経ちますが、自分の認識を一番大きく覆されたなと思うのは、政治家が人の話をめちゃくちゃ聞くということです。ただし、票になるとわかった場合に限る。 票になるとわかるというのは、要はビーチフラッグみたいなことです。「ピッ」て笛が鳴ってフラッグが立ったら、政治家たちはわーっと我先に走り寄って、フラッグを取ろうとする。それで誰よりも早く「実現しました〜!」って言いたい。だから、フラッグが立ってからはめちゃくちゃ早いんです。 したがって、どこまで旗を立てられるかというのが重要です。旗というのは投票率の高さもそうですが、「保育園落ちた日本死ね」というブログがバズったように、社会的なムーブメントを起こすというのも一つの手。ネットで話題になって、ガチの普通の人たちまで国会前にデモに来るようになると、政治家たちは結構焦るんです。本当にこれは票になるムーブメント来てるな、やらなかったら票を落とすな、と思う。そうなると、そこからは早いですね。第二部「2枚の投票用紙が渡されるって知ってる?」第二部「2枚の投票用紙が渡されるって知ってる?」おときた:選挙に行くべき理由がだいたい理解できたら、次は選挙に行った時にどうするか、という話をします。今回の参院選の場合、投票所に行くと2枚の投票用紙を渡されることになります。これ、なんで2枚渡されるのか、わかりますか? 妹尾:小選挙区と比例区があるから? おときた:おっ、いいですね。政治学科の小木くん、その違いを説明すると? 小木:比例代表は全国を一区として政党または人に投票する形式なのに対して、小選挙区は選挙区ごとで人に投票する形式です。 妹尾:比例区って、個人に投票しても政党に投票してもいいんです? おときた:参院選ではそうだね。ただし、衆院選の比例代表は政党だけです。これは後ほど解説するとして、まずはなぜ小選挙区制と比例代表制の2つの制度があって、なぜ日本はこの2つでやっているのかということを説明しましょうか。 まず、政党って何か、わかりますか?  三上:チームみたいなこと? おときた:そう、おおむね正解です。野球のチームみたいな感じで、同じ思想の持ち主がなんとかその思想を実現させようと思って頑張っているのが政党です。日本にはいろんな政党があるんだけど、比例代表ではこの政党に投票していくわけです。 一方、小選挙区は人に投票します。例えば、A・B・C・Dの4つの政党の人が立候補したとしようか。投票の結果、A党が40%、B党が20%。C党、D党も20%の票を集めたとすると、小選挙区で当選するのは誰でしょう? 妹尾:A党? おときた:そう。すると、大体どこの選挙区でも似たような結果が出て、A党が過半数の議席を獲得するわけです。つまりA党が意思決定権を持つことになるけど、A党の支持率は40%、つまり過半数の支持を得ていないんだよね。A党は40%の人からしか「お前に任せる」とは言われていないのに、全体の意思決定ができてしまって、60%の意思は無視されてしまうという、おかしな状況が発生してしまいます。それで、「これって本当に民主主義として正しいの?」「少数派の意見ってどうなっちゃうの?」という疑問が噴出した結果、編み出されのが比例代表制度なんですね。比例というと、何かと何かが比例するって言いますよね。これ、何と何が比例しているかわかりますか。小木くん。 小木:票数と、代表する人の人数? おときた:そう。票数というのは、つまり? 小木:……意見の大きさ? おときた:そう。比例代表制では、票数と民意が比例するわけです。だから全部比例代表制で選挙をすると、もし議席数が10席で、A党、B党、C党、D党の支持率が40%、20%、20%、20%なら、各党4人、2人、2人、2人が国会議員になるわけです。国会でちゃんと少数者の20%の意思がしっかり比例して反映される。これが比例代表のとてもいいところです。でも、これにも欠点があります。例えば比例代表制で4人、2人、2人、2人という結果が出て、小さいけど国会を開くとします。議題が安保法案とかいろいろあって、わーっと議論が起きたときに、じゃあ多数決で決めましょうとなったら、これ、決まるでしょうか。 妹尾:A党が勝つ? おときた:いや、過半数を取っていないので、A党だけでは勝てないね。B・C・D党が反対で、A党だけ賛成だったら、負けるときもある。比例代表制だけだと、意思決定が非常に怪しくなったり、時間がかかりすぎたりするわけです。これが小選挙区でやれば、ほとんど10人中8人がA党になるわけなので、とにかく意思決定がスムーズ。A党が賛成って言ったら、他の党の意見は全部無視して決まってしまうわけです。一方で比例代表は少数派の意見も重視するから、バラけてしまってなかなか結論が出せない。これが比例代表の欠点です。だから、メリットとデメリット、一長一短があるのが小選挙区と比例代表なんですね。 小選挙区はアメリカとかイギリスで採用されていて、比例代表はヨーロッパが中心。で、日本はこれを見ていて思ったわけです。どっちも欠点あるな、なんかこの欠点を解消する方法ないのかな、と。そういうとき、日本人ってどうする? 妹尾:……どっちも? おときた:そう、そういうことなんです。折衷案。日本はハイブリッドなんです。両方のいいとこ取りをしようということで、小選挙区比例代表並立制になった。そうすると、4党のパワーバランスが40%、30%、20%、10%だとして、小選挙区は50議席、比例代表は20議席を決めるとする。小選挙区だと、30人、20人、0人、0人。比例代表の20人は支持率に比例して8人、6人、4人、2人。ということで、この支持率が低い20%とか10%とかしか票が取れない人たちも、4人と2人の代表者を国会に送り出せますよね。プラス、この最大与党、一番でかいA党は30人+8人で38人いるので、70人中の過半数をとっている。少数者の意見も聞き入れつつ、意思決定もちゃんとできる。そういうハイブリッドができるのが、日本の小選挙区比例代表並立制というしくみなんです。 2枚の投票用紙を最大限活用する方法2枚の投票用紙を最大限活用する方法おときた:この制度というのはすごく面白くて、小選挙区ではA党に入れるけど、比例代表ではB党に入れる、ということもできる。小選挙区では1人しか受からないから、どんなに頑張ってB党に入れても、いわゆる死票になっちゃう可能性が高い。だから、あえて受かりそうな人に入れるか、接戦のときにどっちかに入れて、勝たせようとするか。比例代表というのは、小さい政党に入れると効果が高いです。小選挙区では勝ちそうにないけど、どうしても○○党が好きで彼らに頑張って欲しいというのだったら、比例代表で入れれば1議席とか2議席とか取れるかもしれません。こういう投票行動を戦略的投票といいますが、たった1票でも戦略をもって投票することで、うまく自分の思いを託す代表者を国会に送り込むことができるわけです。 質問者:比例で1枠とったとしても、そんなに影響力がないような気がしてしまうんですが、実際はどうなんでしょうか? おときた:1人でも、参議院では結構力を持っています。たしかに総理大臣と議論するような時間はもらえないですが、議員はいつでも質問主意書っていう紙で官僚組織に質問できるんです。そうすると、官僚は質問主意書に大臣の誰かの印鑑付きで答えなきゃいけない。それを出しまくることで、世論の力を借りて政治を動かしていくことができるんです。 福島みずほさんとか山本太郎さんとかは、それでめちゃくちゃ活動している人たちです。官僚組織にとってはそういう人が1人でもいるとものすごく大変なので「嫌がらせ」という言い方もありますが、それをちゃんとネットで公開して、「こんなとんでもない回答が返ってきた」とバンバンやって議論を焚きつければ、それで世論に影響を与えることができる。それは全然一人でもできます。なのでそういう意味では、比例代表は結構いい制度だと思います。第三部「どうやって投票先を決めたらいいの?」おときた:じゃあ最後、投票先をどうやって決めたらいいのか、についてお話していきます。まず基本的な考え方としては、今の社会に不満があるかないかで投票先を判断します。選挙というのは何年か一度にありますが、それは政治に対して正しいか正しくないかをジャッジメントする機会なんですね。この3年間、ないし4年間は良かったのか悪かったのかを考える。良くなかった、いまの社会が嫌だというなら、野党に投票すればいいんです。 余談ですけど、僕が政治家になろうと思ったのは、僕があまりにも女性にモテないからです。こんなにモテないのは社会がおかしいんじゃないかと。この社会を抜本的に変えるためには政治を変えなきゃいけないと。そう思って政治家になろうとしたのが僕です。女性たち、ドン引きしないでください(笑)。 妹尾:(モテない原因は)髪型だと思います。 おときた:すみません。小泉進次郎を意識したんです(笑)。まあそれは余談ですけど、そういう風に不満があれば野党に入れる。いまは不満もないし、ということであれば、いまの政権を担っている与党に入れればいいと。これが基本的な投票行動です。ここまではわかりやすいですよね。 でも、どうしても、そんなこと言ってもよくわからん、野党といってもいっぱいあってどれがいいかよくわからないし、でもなんか行かなきゃいけないから誰かに入れたいってときは、こう稽えてください。まず、男性の政治家か女性の政治家かで言えば、女性に入れてください。そして、若い政治家か高齢の政治家で言うなら、若い人に入れてください。 妹尾:じゃあ、若い女が最高なんですね!? おときた:その通りです(笑)。なぜなら、いまの日本の議会って女性の議員が極めて少ないんですよ。国会で11%ぐらいしかいない。もうオッサン社会なんです。オッサンの論理で物事が決まってしまっていて、子育て支援とか、オッサンが理解しにくい問題はなかなか変わらないわけです。となればやっぱり、マイノリティの意見を取り入れたほうが状況は変わりやすくなる。  若い人というのも同じで、いま国会の平均年齢ってだいたい53歳とかなんですね。でも日本人の平均年齢って40代だから、圧倒的に年寄りが多い。そんな中で20代、30代の議員がもっと増えないと、教育にお金を使おうとか、子育てにお金を使おうとかやっぱり思わないわけです。そういう常識を変えていくには、新しい人材のほうが、変化を起こしてくれる可能性が比較的高い。  だから、確率論で言えば、若い女性の政治家が一番変化を起こしてくれるポテンシャルを持っている政治家だということになります。 「マニフェストに書いてることって語尾が濁されている」妹尾:それはわかるんですけど、マニフェストももうちょっとどうにかならないかなと私は思っていて。マニフェストに書いてることってすごく語尾が濁されてるじゃないですか。「〜しようと思います」とか「検討します」とか。それが言い切り型じゃないのって、どこかずるいなって感じがするんですけど、あれはなんで言い切らないんですか。やれなかったとしても、「ごめんなさい」で済むじゃないですか。 画像はイメージですおときた:「ごめんなさい」で済まないからだろうね(笑)。要は保険をかけているわけですよね。できなかった時に、「いや、検討するとは言いましたけども、やるとは言ってない」みたいな。 妹尾:そっちのほうが意地汚いな。 おときた:うん。マニフェストってよく読んでも真面目な人ほど損するのは、結局いいことしか書いてないんですよね。あれもやります、これも実現しますって書いてあるから、結局この政党は何をしてくれるのかわからない。だからポイントとして見てほしいのは、マニフェストの最初に何を持ってきているかということ。内容は大して変わらないから、一番上に持ってきている政策が何かで、この政党が一番何を重視しているかがなんとなくわかるわけです。安倍さんなら経済を持ってきているし、共産党だったら安保法案廃止、憲法改正反対を持ってきている。向こう3年間で何を強調してやろうとしているかっていうのは、この順番にすごく表れるんです。だから、それを投票の参考にするのはありだと思います。 あと、僕はぜひ若い人たちに仕掛けてほしいと思っているのは、自分の選挙区の候補者にTwitterとかFacebookで質問をぶつけてみるということ。政治家たちはみんなTwitterとかFacebookをやらなきゃいけないというのはわかっているから結構アカウントを持っているので、そこに「18歳で初めて選挙に行きます。これはどうなんですか。一番丁寧な答えを返してくれた人に比例で投票します」とか言って質問を投げてみる。すると、それにちゃんと丁寧な答えを返してくれるのか、あるいは無視するのかで、本当にネット選挙とか若者向けの政策を真面目にやろうとしているのかがわかると思います。 質問者:選挙に出られる年齢って、確か衆議院が25歳以上で、参議院が30歳以上とかだった気がするんですけど、それだといざ若い人に入れようと思っても、私から見たらおじさんおばさんたちしかいないから、正直誰に入れたらいいかわからないです。若い人が選挙に出られるように変わらないんでしょうか。 おときた:今回18歳選挙権を受けて、実はほとんどの政党がマニフェストで「被選挙権の年齢を引き下げます」というふうに書いています。でもそれをどこまで本気でやろうとしているのかというのは、さっきの妹尾さんの質問じゃないけど、政党によっては「検討する」とか「やります」だったり違いがあるから、そこは見てみると結構面白いですね。 ただ、そのときよく注意してほしいのは、被選挙権の年齢が下がるだけじゃ意味が無いということです。実は、選挙に出る時のもう一つの条件に供託金というのがあって、国政選挙だと300万円もします。どこの世界に、18歳で300万円積める人がいるでしょうか。結局、世襲の2世かタレントしかいないわけです。これを下げないということは、彼らはポーズでやっているだけとしか思えない。 彼らは、若い人が出てきたらライバルになっちゃうから、それを恐れているんです。若い女性は特に票を集めやすいから、そういう人たちが入ってこれないように、参入障壁を高くしておこうとする。そこをしっかり僕らが「当然お金も下げてくれますよね?」「下げなんだったら入れないですよ?」とプレッシャーをかけていく必要があるんです。 妹尾:私はいま18歳なんですけど、それで最近18歳選挙権がらみのお話をいただくことが多いんですね。で、そうやって政治に触れる機会が増えると、少し興味関心が増えていっている気がするんですが、でもやっぱり普通の10代の人はこういう場所にはいないですよね。18歳選挙権を導入します、18・19歳の人は選挙に来てくださいって言う割には、そんなに私たち10代が政治に触れる機会ってないなというのを感じているんですが、その点についてはどう思いますか。 おときた:いい質問です。これはやっぱり、「票育」、つまり教育現場でちゃんと教育をしなきゃいけないということに尽きると思います。 いったいこの18歳選挙権の何がチャンスかというと、実は高校生が投票に行けるようになることなんです。大学で学生が一堂に会する機会ってなかなかないんだけど、高校だと毎朝ホームルームがあるよね。で、投票日は日曜日だから、月曜日の朝のホームルームで投票結果を受けて、学校の先生が「いやあ、昨日は選挙だったけど、君ら選挙行った?」とか「投票の結果こうなったけど、どう思った?」とか聞けるわけです。そうすると、高校生はいろいろ考えるようになるから、すごくいい機会になる。そういう票育、あるいは主権者教育をちゃんと今後やっていくかどうかが、ひとつの鍵になるかと思います。 あとは、18歳だと親と同居している人がまだ結構いる、というのも大きい。僕は以前、スイスに視察に行ったことがあるんですが、スイスでは16歳から投票に行ける州が増えているんです。なぜかというと、16歳はまだ実家にいることが多いから、投票日が日曜日とかだと「ほら起きなさいアンタ、投票行くわよ!」って言われて、親に連れていかれる。それでああだこうだ話しながら家庭内で教育が行われる。一回投票に行ってしまえば、その癖が17歳、18歳にも続くから、継続して行くようになる、ということです。実際、一度16歳で投票に行った人は、将来にわたって投票する癖がつくという研究があります。 政治的に真っ白な子どもたちに政治の話を吹き込んでいいのか質問者:外国の人と話すと、本当に自分の国のことをしっている外国人の人が多くて、例えば今回のアメリカ大統領選とかでも、Aという候補者にはこういうマニフェストがあるから私は入れない、とかそういう議論を熱心にやっていて驚くことがあるんですが、日本でそれが起きないのってやっぱり教育が原因なんでしょうか。 おときた:欧米で昔から当たり前に政治教育をやっていたかというと、そうじゃないんですね。ドイツとかでも教育者が10代みたいな政治的に真っ白な子どもたちに政治の話を吹き込んでいいのかっていうのはすごい国民的な議論がありました。でも最終的には、政治教育の三か条みたいなものを作って解決したんですね。「特定の思想を押し付けない」「反対の意見もちゃんと聴かせる」「最後は生徒自身の言葉で喋らせる」とか。そういう最低限のガイドラインを守ったうえで、教師は教育現場で政治の話をどんどんしましょう、ということを、国民的な議論を経て決めていったんです。だから日本も、そういう風に議論して、政治教育を前に進めなきゃいけないんじゃないかな、ということを僕は個人的には思っています。 小木:僕はいまアルバイトで塾の先生をやっているんですけど、子どもたちに社会を教えているときに、「安倍総理は憲法を変えるから悪いやつだ!」とか急に言ってきて、「え、そんなこと思ってるの?」とびっくりしたことがあります。「それはなんで?」って聞いたら、「テレビで放送されているから、そうに決まってるじゃん」みたいに言うんです。それってなんかすごい残念だなと思っていて。反対意見とか、もっといろんな意見があって、それを全部知ったなかでそうだっていうんだったらわかるんですけど、でもそうじゃない。学校教育だと決まったことしか教えてくれないから、テレビの偏っている放送を見ているとすぐ染まっちゃうんだと思います。これからもっと投票できる年齢が下がっていって、若い人も政治参加していかなきゃいけないっていうときに、どういう教育をすれば、若い子たちが正しい情報を得られるようになるんでしょうか。 おときた:それって日本の教育現場の根本のあり方の問題だと僕は思うんです。日本の教育では情報を与えるわけですよね。あれは悪いとか、どこどこを侵略しました、とか。でも、魚釣りで言えば、本当に大事なのって魚を与えることじゃなくって、釣り方を教えることなんです。世の中にはいろんな情報があって、こういう立場があって、それを取捨選択するやり方を教えるのが、本来の教育であるはずです。与えるべきは釣り竿であって、釣り竿の使い方を教えるのが本来の教育のやり方なんです。 知ることから始めよう。おときた:じゃあ、締めに登壇者のみなさんから感想をいただきましょうか。 妹尾:そもそも感じたのは、「なんで選挙に行かなきゃいけないの?」っていう疑問が生まれること自体、本来ちょっとおかしいことなのかな、ということです。それってたぶん、テレビが政治についてやっている内容がどれもあんまりいいものがないのが大きな理由なのかなと思います。やっぱり、今日みたいな機会で選挙とか政治についてお話を聞けば少しなりとも興味は出てくるものなので、やっぱりこういう機会は必要だなと思いました。 三上:選挙については本当になにもわからなかったんですけど、自分が勉強しないとなにもわからないんだなと。これからどんどん知っていくようにするのが大事かなって思いました。 森:自分も、選挙とか政治についてはそんなに知らなかったので、もちろん自分のまわりの同じ世代の若者の人たちでも絶対わからない人たちがいるんですよ。その人たちにもしっかり伝えて、まわりの人の考え方も変えていけたらいいなと思います。 小木:僕も一緒です。そこに事実としてあるのにそれを知らないって、すごくもったいないことだなって今日の話を聞いて思いました。あとは、このお話を聞く前はどうしても政治って遠いものだなと思っていたんですけど、今日のお話を聞いて、わりと親しみやすいんだなって思いました。まずは次の選挙に行ってみようと思いました。 おときた:ありがとうございます。いよいよ7月10日は、参議院議員選挙です。今日の僕の話を聞いて、選挙のことや日本のことを考えるきっかけにしていただき、ぜひ7月10日、行けない方は不在者投票でもいいです、ぜひ投票に行っていただいて、みなさんの意思を国に伝えて、政治を動かしていっていただければと思います。どうもありがとうございました。

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    17万票を超える10代票、大阪の若者が低投票率の流れ変えるか

    HE PAGEより転載) 10日投開票に向け、最終盤に突入した第24回参院選。大阪府の代表を選ぶ大阪選挙区(地方区時代を含む)の歴史をひもとくと、大阪は投票率で分が悪い。過去の参院選の大半で、全国平均を下回っている。とりわけ、若い有権者の動きが鈍い。祖父母世代のシニア有権者と比べると、投票率は半分にも満たないのだ。18歳、19歳の新有権者に注目が集まる中、10代有権者ブームが弾みとなって、20歳以上の若者たちも投票所を目指すだろうか。 10日投開票に向け、最終盤に突入した第24回参院選。大阪府の代表を選ぶ大阪選挙区(地方区時代を含む)の歴史をひもとくと、大阪は投票率で分が悪い。過去の参院選の大半で、全国平均を下回っている。とりわけ、若い有権者の動きが鈍い。祖父母世代のシニア有権者と比べると、投票率は半分にも満たないのだ。18歳、19歳の新有権者に注目が集まる中、10代有権者ブームが弾みとなって、20歳以上の若者たちも投票所を目指すだろうか。回顧 大阪参院選30年の激戦 選挙のたびに変わった当選陣営の顔ぶれ選挙事務所で調べてきた情報をもとに、各党の若者向け政策などについて発表する生徒ら=大阪市旭区の府立旭高校大阪参院選の投票率は全国平均より低調 第1回参院選が執行されたのは1947年(昭和22)。以来、3年ごとに通常選挙が行われてきた。23回の選挙の投票率を、大阪と全国平均で比較すると、23回のうち21回までは大阪が全国平均を下回っている。 全国平均を上回ったのは、第18回(98年・平成10)と第23回(2013年・平成25)の2回だけ。しかも、第18回59.53%(全国58.44%)、第23回52.72%(全国52.61%)と、全国平均を僅差でクリアしただけに過ぎない。 一方、全国平均を下回った際、大阪と全国平均の落差が大きい。第3回51.27%(全国63.18%)、第5回48.11%(全国58.75%)、第10回65.69%(73.20%)など、全国平均と比べて5ポイントも10ポイントも低い投票率が続出している。 80年(昭和55)の第12回選挙は、初めての衆参同日選挙となった。衆参連動の激しい選挙戦の結果、投票は全国平均で史上最高の74.54%を記録したが、大阪は70%におよばない67.38%に終わった。 過去23回で全国の投票率は70%台を4回記録しているが、大阪は1回だけ。しかも、今から66年も前に執行された50年(昭和25)の第2回選挙(71.58%)まで、さかのぼらなければならない。 半面、全国の投票率が史上最低の44.52%だった第17回をみると、大阪は40%台を割り込み、38.26%まで沈んだ。この38.26%を筆頭に、48.11%(第5回)、49.96%(第16回)が大阪投票率のワースト3だ。第18回から直近の第23回までは、6回連続で55%をはさんだ50%台で推移しており、投票率が上向く変化のきざしは見受けられない。20代の投票率は30%で70代は70%超え 低調な投票率が気になる大阪ではあるが、世代別の投票率をみると、世代間ギャップが歴然とあることが分かる。大阪市選挙管理委員会が3年前の第23回選挙で、年齢別投票行動の追跡調査を、市内有権者の約5%を対象に実施した。 大阪市内の投票率は、第22回の55.55%から52.83%と、2.72ポイント下回った。年齢別の投票率では、20歳以上24歳以下のもっとも若い年齢層が、もっとも低い29.07%だった。全体の投票率を大きく押し下げ、10人に3人程度しか投票していない。 25歳からは年齢が上がるに伴い、投票率も上昇。25歳から29歳までは31.89%で、20代平均は30.64%だった。30代は42.08%、40代は50.41%で、40代までは平均以下。50代が60.02%、60代は68.73%と、平均投票率を押し上げた。さらに70歳から74歳までが最高の73.41%を記録し、75歳から79歳も70.49%と続いた。 10人のうち3人しか投票に行かない20代とは一転して、70代は10人のうち7人以上が投票所へ赴いている。いわば孫世代と祖父母世代では、見事に対照的な投票行動を取っていたわけだ。この世代間ギャップは過去3回の選挙に共通している。 中高年世代の投票率をこれ以上押し上げるのは、たやすくないだろう。投票率上昇のカギを握るのは、若い世代に他ならない。大阪市住之江区の広報紙。1面で高校生が参院選での投票を呼びかけている =住之江区役所10代に刺激され20代も投票所を目指すか 今回の参院選大阪の有権者総数は731万7331人。このうち18歳、19歳の新有権者は17万2970人だ。730万票台の大票田といえども、改選4議席をめぐり、有力候補たちが最後の最後まで争う大激戦になれば、17万票を超える10代票は、当落に影響を与えるだけのパワーを十分秘めている。 参院議員の任期は6年で、衆院議員の4年と比べて長い。衆院と異なり、参院は任期半ばでの解散総選挙もない。参院は派手さこそないものの、長らく良識の府と呼ばれ、国のかたちをじっくり検討する重責と向き合う。これからの国づくりを討議する議員を選ぶ選挙に、次代を担う若者たちの声がしっかり反映されてしかるべきだろう。 若い世代に対する選挙啓発の一環として、高校生向けにオリジナル缶バッジを作成したり、大学構内で投票呼びかけキャンペーンなどが展開中だ。10代有権者ブームが弾みとなって、20代、30代の若手世代も一票を投じ、選挙史の流れを変えることができるか注目される。(文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)

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    18歳選挙権 自民、民進の若者向けアピールは迷走

     7月に実施される参院選から「18歳選挙権」が初めて認められる。新たに増える約240万人の有権者を引き込もうと、各党は若者へのアピールを強めるが、その方向性が、何やらおかしい。自民党が発表した、若年層に投票を呼び掛けるパンフレット 自民党は今年5月、若者に投票を促すパンフレット『国に届け』を公開した。人気少女マンガ『君に届け』(集英社刊)を彷彿とさせるそのパンフの冒頭には、「軽いノリじゃダメですか?」とのキャッチで始まる“若者啓蒙マンガ”が掲載されている。政治に疎い女子高生がイケメンで政治意識の高い男子と仲良くなるため、選挙の勉強をする物語だ。 しかし、女子高生が「さんいんナントカって私も行けるんだっけ!?」と尋ねるなど、「『女子高生は政治に無知で構わない』と言っているようなマンガ」(ジェンダー・漫画研究家の堀あきこ氏)と批判が集中。図らずも参院選公約にも掲げた女性活躍社会の看板の薄さを露呈してしまった。 各党は学生との交流にも積極的だが、やはりどこかズレている。安倍晋三・首相は6月10日、遊説先の奈良県で新有権者となる学生と昼食し、「選挙、(投票先は)誰か決めている?」と唐突に問いかけた。公示前で候補者名もわからず、戸惑う学生が「まだです」と答えると安倍首相は苦々しく笑うばかりだった。「仮面女子」と」共演し、楽曲を熱唱する民進党の枝野幸男幹事長=幕張メッセ さらに迷走するのが民進党だ。6月9日に生放送されたネット番組では、山尾志桜里政調会長がモデルらと「女性の社会進出」をテーマに「女子会」を開催。「しおりん」と呼ばれた山尾氏はかつて子役を務めたミュージカル「アニー」のポーズで写真撮影をキメた。 枝野幸男幹事長は4月29~30日に千葉市の幕張メッセで開かれた「ニコニコ超会議2016」で地下アイドルグループ『仮面女子』とコラボし、ステージ上で歌とダンスを披露した。汗だくでタオルを振り回し、「普段政治に関心のない人にも、あんな政治家いたなと思ってもらえたら」と“手応え”を口にしたが、2月に秘書が仮面女子のメンバーを幹事長室に“連れ込んだ”と公私混同が問題視されており、その言葉は軽く聞こえる。 数々の調査で「将来の総理候補」と評される民進党の玉木雄一郎・衆院議員はハフィントン・ポストの企画で行なわれた若者との対談で、「投票先を選ぶ時は、新しくスマートフォンを買う気持ちで」と発言。機種のカタログを見るように候補者の政策や経歴を調べようとの意図だが、スマホと選挙を同列に扱うセンスに違和感を覚えた若者は多い。関連記事たけし提言「選挙権をやるなら、18歳に少年法はいらねェよ」衆参ダブル選挙 18歳選挙権拡大が混乱の大きな火種に18才選挙権に異論「ろくでもない男を追っかける時期なのに…」日本だけ高い被選挙権年齢制限 米国では18歳市長登場の例も前回総選挙で約45%の投票者が60代以上 高齢者支持で当選圏

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    アベノミクスを「特効薬」のように煽った安倍政権とメディアの罪

    れる。 今回の参院選であるが、与党野党ともに印象論ばかりでろくな争点が見受けられない様に思う。本来、選挙で問うべきは、国家の未来像とその実現のための具体的な政策でなくてはならない。そのためにも、政府は積極的な経済に対する啓蒙活動を行うべきだと思う。国民に正しい知識を与え、判断の基軸を作ることこそが政府に求められている。そして、正しい知識を得れば、それが正しい判断とデフレからの脱却につながるのだと思う。

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    アベノミクスは「失敗」だったのか

    「アベノミクスの宴は終わった」。民進党の岡田克也代表が政権批判をしきりに繰り返している。確かに、ここ最近は円高が進んで株価も下がり、日本経済の先行きが怪しくなった感は否めないが、本当のところはどうなのか? まだ道半ばとはいえ、アベノミクスを一度評価してみる。

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    結局成功したのか アベノミクス景気は謎だらけ

    塚崎公義(久留米大学商学部教授)     アベノミクス開始から3年以上経過しましたが、景気は良いのか悪いのか、はっきりしない状態が続いています。それより何より、従来の常識からは説明が難しいような事が数多く起きています。どんな事が起きているのか、見てみましょう。金融緩和の偽薬効果で景気が回復 経済学者のなかには、「金融緩和をすれば世の中にお金が出回って、それがデフレを終わらせ、景気を回復させる」と考えていた人がいました。「リフレ派」と呼ばれる人々で、黒田日銀総裁もその1人です。しかし、実際には世の中にお金が出回ったわけではないので、彼等は間違っていたことになります。  一方で反対派は、「ゼロ金利の時に金融を緩和しても景気は回復しない」と主張していました。しかし、実際には金融緩和により株価やドルが値上がりし、それが景気を回復させたので、彼等も間違っていたわけです。 「金融が緩和されれば世の中に資金が出回ってドルや株が値上がりする」と考えた投資家がドルや株を買ったわけで、それが景気を回復させたのですが、これは「偽薬効果」とでも呼ぶべきものでしょう。 医者が患者に「良い薬だ」と言って小麦粉を飲ませると、「病は気から」なので治ってしまうことがある、というのと同じです。本来は金融緩和をしても世の中にお金が出回らないのだから、株やドルが高くなるわけでも景気がよくなるわけではないけれども、人々が株やドルが高くなると信じたことで、目指した成果の一部が実現したわけです。東京外国為替市場で円が上昇し、1ドル=104円台と高値をつけた =6月16日、東京都中央区円安でも輸出入数量は変化せず 1ドルが80円から120円に変化したのに、輸出入数量は、ほとんど変化しませんでした。円安になった当初は「企業が円高期に工場を海外に移転したから」という説明がなされていましたが、さすがに円安が始まって3年も経つと、この説明では不自然でしょう。円安なのですから、海外の工場で生産している数量を減らして国内工場の生産量を増やせば良いからです。 実際には、日本企業が「再び円高に戻るリスクがあるので、生産を国内に戻す決断が出来ない」といった要因が強いのかもしれません。そうだとすると、円安傾向が持続し、企業経営者が円高に戻る可能性は小さいと考え始めるまで、本格的な輸出の回復は見込めないのかも知れません。 もしかすると昨今の円高ドル安で日本企業が、再び円高に戻るかも知れないという恐怖心を思い出してしまい、ますます生産を国内に戻す動きが遅れることになったかも知れませんね。 人口が減少する日本ではなく、成長しそうな海外で生産する方が良いと考えている企業も多そうです。そうなると、生産の国内回帰は一層難しいかもしれませんね。 一方で輸入は、消費者が「国産品の方が安いから輸入品は買わない」と思えば減るので、輸出数量増よりも輸入数量減の方が先に生じるかも知れません。もっとも、日本企業が国内生産を高付加価値品だけに限定しているとすれば、輸入数量もあまり変化しないかもしれません。 たとえば日本企業が普段着は国内では生産せず、ドレスだけを国内で生産しているとしましょう。その場合、消費者が「円安だから中国製の普段着を買わずに同品質の日本製の普段着を買おう」と思っても、売っていないから、仕方なく値上がりした中国製の普段着を買い続けるのかも知れませんね。ゼロ成長なのに雇用も企業収益も好調ゼロ成長なのに雇用も企業収益も好調 アベノミクスで景気が回復したと言われていますが、成長率を見ると、過去3年間を平均してわずかな成長にとどまっており、「概ねゼロ成長」と言えるレベルです。 にもかかわらず、雇用情勢は絶好調で、有効求人倍率は高く、各種アンケートでも人手不足感が強くなっています。脱デフレで値下げ競争からサービス競争に移行している事が一因かもしれませんが、それだけでは到底説明し切れるものではありません。 企業収益も好調です。ゼロ成長で企業収益が好調となれば、労働者にしわ寄せが行っているのかと言えば、そんな事もありません。原油価格下落は一因でしょうが、それだけでは到底説明し切れるものではないでしょう。 筆者は、GDP統計に若干の疑問を感じていますが、仮にGDP統計が上方修正されたとしても、雇用と企業収益の絶好調を説明できるようなものにはならないでしょう。 おそらく、高齢化によって医療や介護といった労働集約的な仕事が増えていることが人手不足の一因なのでしょうが、それだけでは説明しきれないでしょう。今後とも、この違和感の解明は筆者の課題です。画像はイメージです結局アベノミクスは成功したのか 経済政策の目標が、「インフレも失業も無い世の中を作ること」だとすれば、今の日本経済ほど理想的な状況は考えられません。一方、多くの庶民は景気回復の実感が得られずに消費税率の引き上げ分だけ生活が苦しくなったと感じています。 結局、アベノミクスの恩恵が、株を持っている富裕層と失業を免れた最下層に集中していて、一部はワーキング・プア等の非正規労働者にも待遇改善という形で及んでいるものの、サラリーマン等の一般庶民には及んでいないため、景況感がバラバラになっているのでしょう。 しかし、兎にも角にもアベノミクスにより株とドルが値上がりし、株高で高級品が売れるようになり、円安で外国人観光客が増加した事、就業者が大幅に増えた事、などを考えると、アベノミクスが景気を回復させたと考えて良いでしょう。 景気の回復速度は充分ではありませんが、安倍政権発足前と比べれば、明らかに景気は改善しています。消費税率の引き上げ(これはアベノミクスと無関係)が無ければ、景気は更に良くなっていた筈ですから、アベノミクスの景気回復効果は決して小さくなかったと考える事も可能でしょう。 今後については、「景気は自分では方向を変えない」ので、引き続き緩やかな回復が続くと考えて良いでしょう。海外の景気が急激に悪化したりすれば別ですが、そうした可能性も高くはなさそうです。 筆者が期待しているのは、労働力不足によって企業が省力化投資を活発化させることです。バブル崩壊後の日本経済は、失業が問題でしたから、企業は安いコストでいくらでも労働力を集めることが出来、それによって省力化投資をせずに来ることが出来ました。 したがって、今の日本経済は「労働生産性の向上余地(少しだけ省力化投資をすれば労働者一人当たりの生産量が大きく増える余地)」が大きいのです。そこに企業が目をつけるはずだ、と考えているわけです。そうなれば、景気の回復が続き、少しずつ拡がりを持ったものになっていくと期待しているのです。【関連記事】■英国のEU離脱でも世界経済は大丈夫 (塚崎公義 大学教授)■アリとキリギリスで読み解く日本経済 (塚崎公義 大学教授)■経済情報の捉え方 (塚崎公義 大学教授)■株価は景気の先行指標だが、景気は改善しそうな理由 (塚崎公義 大学教授)■大学教授が教える、本当に役に立つ就活テクニック (塚崎公義 大学教授)

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    見くびられた日本経済の実力 アベノミクス「再起動」は今しかない!

    飯田泰之(明治大学政治経済学部准教授) 7月10日投開票の参議院選挙が間近に迫ってきた。2010年代の国政選挙の特徴は、有権者の経済問題(社会保障、雇用、景気)への関心の高さである。今回の参議院選挙も例外ではない。年代、地域を問わず、投票先を選択する際にもっとも注視する項目のトップ3には経済問題が並ぶ。これをうけて、各党の公約・主張においても経済問題への言及が目立つ。与党は3年半にわたるアベノミクスの成果と実績を訴え、野党は生活実感の悪化を非難するというのが基本的な展開である。 選挙の時期が固定されている参議院選挙には、現政権の政策を採点するという中間選挙的な役割があるのは確かだ。株価・為替・雇用・GDPが2012年以降どのように変化したか、直近の動向だけではなくやや長い、といっても5年程度の話だが、視点をもって各自検討されたい。その一方で、選挙によって決まるのは「過去の実績」ではなく「これからの政策」であることも忘れてはならない。安倍首相が強調するアベノミクスのエンジンをふかし、脱出速度を最大限に上げるために必要な政策は何か。民進党が指摘するふつうの人から豊かになる経済政策とは何か。ここでは、アベノミクスの今後(またはポスト・アベノミクス)のために必要な経済政策を考える基本について説明したい。 マクロの経済環境、例えば雇用や平均所得などは一国経済における需要(総需要)と供給能力の小さい方から決まる。誰も買わないものを作る企業はなく、みんなが欲しがるものでも作る能力がなければ供給はできないと考えれば当然のことだろう。需要と供給のいずれが経済の足かせになっているかによって、必要な経済政策は大きく異なる。結論に先回りすると、日本経済は未だ総需要不足、それも深刻な需要不足状態にあると考えられる。トヨタ自動車の元町工場=愛知県豊田市 2012年時点では、日本経済の需要不足状態は2年からせいぜい3年程度で解消されると考えられていた。人口減少社会に突入した日本において、労働者の供給には限りがあり、ある程度の需要改善があれば経済は「供給能力の天井」にぶつかる。需要が供給能力を上回るようになると、ディマンド・プル・インフレーションが発生する。さらに労働市場は本格的な人手不足に陥るため、賃金上昇率は高くなる。これが2012年当時想定されていたデフレからの脱却であり、そのために提示されたのがアベノミクス第一・第二の矢(大胆な金融政策・機動的な財政出動)である。そして、需要が供給を上回った後には供給能力の増強が経済成長の源泉となる。そのためには第三の矢(成長戦略)が必要となる。これがアベノミクス始動当初の政策パッケージである。日本経済の実力は事前の想定よりも高かった しかし、ここには大きな誤算があった。一国経済の供給能力とは、言い換えればその「経済の実力」と言い換えても良い。多くの専門家も官邸も、この日本経済の実力を過小評価していたきらいがある。金融政策によって極端な円高が是正され、雇用情勢が改善すると、これまで職に就くことをあきらめていた女性、高齢者が想定外の規模で労働市場に参入してきたのである。数年で頭打ちになると考えられていた雇用者数は2012年平均に比べ157万人(うち正社員37万人)の増加を経てなお増え続けている。「職に就くことをあきらめていた人」が働き出してみると、日本経済の供給能力、いわば日本経済の実力は事前の想定よりも高いということがわかってきた。 実力を過小評価していた――ということ自体は悪いニュースではない。その一方で、政策スケジュールは変更を迫られることになる。事前の想定よりも供給能力と需要の差が大きかったわけであるから、そのギャップを埋めるにはより長い期間とより強力な需要政策が必要とされることになる。 このように、今後のアベノミクスに必要とされる政策の姿が見えてくる。需要不足経済では、「需要を足してやる」ことで経済全体の成長を導くことが出来るからだ。そのために必要となるのが、アベノミクス第一の矢(金融政策)と第二の矢(財政政策)の再起動であり、両者の連動性を高めるための工夫である。 金融政策にはまだまだ出来ることが多い。なかでも重視すべきは、継続性への信頼を高める方法である。金融緩和がより長期にわたって継続されること、金融引締(量的緩和の縮小や利上げ)ははるかに先の話であることを市場に信用させなければならない。そのためには、政府が経済に関する明確な数値目標を設定し、その達成までは現在の金融緩和が強化されることはあっても縮小されることはないこと――それを政府・日銀が共同宣言として発表するべきだろう。目標としては、「(食料・エネルギーを除く指数で)2%のインフレが1年以上継続し、かつ名目GDPが600兆円を超えるまで」といったものや、雇用情勢とリンクさせたものが考えられる。大幅下落した日経平均株価の終値などを表示するボード さらに、政府の財政政策もこのような政府・日銀共同宣言と整合的なものに改めるべきであろう。2014年の消費増税、さらに2015年以降の公的支出の停滞をみても、第二の矢は継続性・一貫性を欠いている。自民党の公約集でも触れられている財政出動について、有効性の高い分野を見極めた上で、財政支出をためらわないことが求められる。 このような政策パッケージは与党の専売特許というわけではない。野党側にとっても合理的な方針となり得る。多くの論者が指摘するように、アベノミクスの政策パッケージは海外ではむしろリベラル政党に典型的な政策方針である。例えば、中道左派政権の首班であるカナダのトルドー首相は大胆な低金利のチャンスを逃さずに財政支出を拡大すべきだと主張している。民進党であれば金融緩和をさらに拡大し、低金利を生かした国債発行や財投債発行によって資金を調達し、自民党案よりも生活支援や低所得世帯対策に予算を優先的に配分することで消費の拡大を目指すといった提案も可能だろう(ちなみに英労働党はこのような方針を「人民のための量的緩和」と呼んでいる)。 アベノミクスの三年半によって、日本経済は大きな変化の時期を迎えている。改善されたことも多い。その一方で、まだまだ満足のいくパフォーマンスではないのも確かだろう。選挙戦も残り少なくなってきたが、次の一手の経済政策について、各党の活発な論戦を期待したい。

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    消費税5%に引き下げできる財源を内閣府資料は示唆していた

     安倍晋三・首相は6月1日の消費税再延期会見で、今年秋にも「大型景気対策」を打ち出す方針を表明した。だが、もっとシンプルな景気対策がある。「この際、税率5%に戻すのが正論です」と指摘するのは長谷川幸洋・東京新聞論説副主幹だ。というのも、2013年度からアベノミクス効果で日本の景気が良くなっていたにもかかわらず、突然失速したのは2014年の消費税8%への増税がきっかけだからだ。だからこそ5%に戻せば個人の所得は増え、株価上昇も間違いなく、日本経済は瞬く間に回復するだろう。にもかかわらずなぜ引き下げをしないのだろうか。 単純な疑問がある。公共事業の景気対策を組む財源があるなら、消費税率を下げられるのではないか。前出・長谷川氏の説明はわかりやすい。「消費減税をすれば社会保障の財源がなくなる、というのは官僚が与野党の政治家と結託して国民に減税をあきらめさせるための理屈です。国の一般会計の社会保障予算は32兆円、それに対して消費税収は17兆円。今も足りない分は別の税収等でまかなっている。消費税収が減っても、他の収入を回せば社会保障予算を削らないで済む。一時1ドル=100円台の円相場を示すモニター =7月6日午前、東京・東新橋の外為どっとコム しかも、政府・与党は経済対策の補正予算を検討しているが、特定の業界にカネを落とす公共事業などより、国民に広くメリットが行き渡る消費減税の方が景気刺激効果ははるかに高い。消費減税で景気が回復して所得税や法人税収が増えれば、社会保障の財源は十分まかなえます」 社会保障財源については、民進党は「赤字国債」の発行を主張し、「法人税減税をやめればいい」(経済アナリストの森永卓郎氏)といった意見もある。 実は、どちらも必要がない。内閣府が作成した興味深い資料がある。「アベノミクスの3年間の成果」という表題で、倒産件数、失業率、財政など安倍政権前と現在の経済指標を比較・分析した資料だ。今年1月の経済財政諮問会議に提出されたものである。この中に、ズバリの数字が書かれている。 国と地方の税収は、安倍内閣発足前の2012年度は78.8兆円だったが、2016年度は99.5兆円に大きく増えた。資料には、〈消費税率引き上げ分を除いても約13兆円の増収〉とある。 消費税率を8%から5%に戻すために必要な財源(税収減)は年間約8兆円であり、13兆円の税収の純増分をあてれば、他に増税しなくても、当面は5%に戻せることを物語っている。やればできるのである。 会期末会見で安倍首相は、「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と語った。その言葉どおりなら、「8%据え置き」ではなく「5%に戻す」が筋だろう。あとは安倍首相が政治的な面子を捨て、国民と日本経済のための決断を下せるかどうかなのだ。関連記事■ 消費税率を5%に下げない理由を首相ブレーンが解説■ 消費増税 安倍・海江田の「談合質疑」は国民をバカにしている■ 安倍首相 消費増税の一方で法人税減税は明確な企業優先政治■ 赤字国債発行停止には消費税率16%引き上げが必要と専門家■ 安倍政権の増税論は「少子化対策」の失敗を自ら予測している

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    安倍首相 野党呼びかけの党首討論に応じず上手に争点隠す

     7月10日に投開票される参議院選挙について、朝日、毎日、産経をはじめ新聞・テレビは全国の選挙情勢調査をもとに、〈改憲勢力 3分の2うかがう〉(毎日、産経)〈「改憲勢力」3分の2に迫る勢い〉(TBS) などとほとんど同じ見出しで「安倍自民圧勝」の見通しを報じている。安倍首相は党首討論に応じず 本誌が入手したある大手メディアの情勢調査のデータでは、自民党59(選挙区38、比例21)、公明党13(選挙区6、比例7)、おおさか維新5(選挙区2、比例3)と改憲支持の3党で77議席を獲得すると予測されていた。非改選組の改憲支持派(88議席)を合わせると165議席で参院の3分の2(162議席)を上回る。衆院では与党だけで3分の2以上の勢力を持っているから、参院選後、いよいよ憲法改正発議が現実味を帯びる。 ところが、有権者には選挙戦が盛り上がっている実感はまるでない。にもかかわらず、投票率が低ければ自民党が議席を上積みし、安倍首相は木に登る。「無党派層がそのまま寝てしまってくれればいい」 かつて森喜朗首相はそう発言して有権者の怒りを買い、総選挙(2000年)に敗北した。安倍首相はもっと上手い手を使った。メディアを眠らせたのだ。 まず、テレビの党首討論を減らした。首相は公示日前後に民放4局の党首討論に順番に出演した後、野党側が開催を要求しても一切受けない。民放キー局の報道スタッフが語る。「安倍政権はアベノミクスと連呼しているが、本音は憲法改正。前回の総選挙でもアベノミクスを争点にしながら、選挙後は安保法制を強行した。それと一緒で、一番の争点を隠そうとしている。政治部の記者はそれをわかっているが、ニュースでは言えない。政権からクレームが来るからだ。仮に、党首討論をやれば野党が憲法改正を議論するから報じることができるのだが、自民党は党首討論に応じない。 放送局の方も、どうせニュースやワイドショーで参院選を取り上げても数字(視聴率)が取れない。視聴率が取れないのに政権に睨まれるリスクをおかして党首討論をゴリ押しすることもないと考えている。視聴率が高かった舛添スキャンダルがなつかしい」 このままでは与党の望み通り、「過去最低の投票率で3分の2の大勝」ということになる。関連記事■ 民主党 TPP参加を選挙公約にすれば小選挙区議席40との予測■ 菅首相 党首討論に「×詰問 ○真摯に」などのカンペを持参■ 安倍首相 集団的自衛権の是非問う解散総選挙を仕掛ける説も■ 安倍首相 選挙棄権した1000万人超の大衆が動き出すこと恐れる■ 夏の参院選 愛知は河村たかし・名古屋市長の動向が鍵を握る

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    デフレと戦うアベノミクス 大東亜戦争との意外な類似点

    て外交が懸念されていたが、まったく逆になっている。  安倍首相は参院選を「アベノミクスへの信認を問う選挙」と位置づけている。むしろサミットを含めた外交の成果で政権の信任を受け、選挙後に経済政策を一新してほしいものである。 (日沖コンサルティング事務所『経営の視点』より転載)

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    18歳に政治参加を期待しても無駄である

    参院選が公示され、目玉トピックは18歳選挙権である。そもそも全有権者のわずか2%に過ぎない240万人の民意で何が変わるというのか。表題のように、タカをくくっているお年寄りも多いだろう。若者よ、もっとシルバー民主主義の現実に怒り、一票を投じて「老害」どもの鼻を明かせ!

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    見識なき若者の政治的関心だけで「良い社会」になるとは限らない

    山本みずき 18歳選挙権の関連法案成立を2週間後に控えた昨年、大学で朝日新聞社の出張講義があり、同社記者が「18歳選挙権から考えてみる」をテーマに講演した。大教室に集まった学生は約500人。18歳選挙権の意義について語った記者が講演の中で学生に賛否を問うと、賛成派がわずかに上回った。 同様の調査は、法政大学の現代メディア論の授業でも実施され、結果は18歳選挙権への賛成は半分にとどまる一方、反対は17.6%となり、賛成派が多数であることが明らかになった(朝日新聞による調査)。 では賛成派はなぜ賛成なのか、理由を聞いてみた。「18歳で働いている人がいても選挙権がないのはおかしい」、「シルバーデモクラシーが現状となっているため、選挙権年齢の引き下げは人数的に微増だが、打開のきっかけとなり得る」、そのほか「若者の政治的関心を高めることにつながるから」という意見もあった。 こうした意見は、政治に関心を高めるキャンペーンに取り組む若手政治活動家の間で、よく主張されている内容と同じだ。ただ、これらの主張を聞いて、私はいつも感じることがある。彼らの意見は、確かな知識やデータに裏付けされたものなのだろうか。感覚だけで公に言葉を発してはいないだろうか、と。 例えば「18歳で働いている人がいるから選挙権がないのはおかしい」との意見を考えてみる。これは18歳以下の人であっても働いているならば選挙権を与えるべきだという主張が成り立つ。「安保法制の反対を声高に叫ぶ人々が、デモに行く前に2時間程度でも外交の専門書を読んで街頭に立てば、より論理的な話ができたと思う」という発言をした人もいたが、最近は政治を知的に考える姿勢が蔑ろにされてはいないだろうかと思わざるを得ない。安全保障関連法に反対する高校生グループのデモ=2月21日、東京・渋谷 本稿では、冒頭に紹介した学生たちの意見を参考にしながら、より具体的に18歳選挙権の意義を考えてみたい。 まず、「18歳選挙権がシルバーデモクラシーを打開するきっかけとなり得る」との主張については、二つの側面がある。一つは人口の規模である。シルバーを65歳以上と定義したとき、総務省統計局の統計によると人口は3189万8千人であり(平成25年10月現在)、20代の人口は1307万4千人、30代は1668万3千人で、20代と30代を合計すると若い世代の人口は2975万7千人となる。 では、18歳選挙権が加わると、投票に参加できる人口は一体どのくらい増加するのだろうか。18歳と19歳の人口は247万人。このためシルバー層の人口3189万8千人に対して、若年層の人口は3222万7千人となり、18歳と19歳が加わることで、選挙権を持つ若年層はシルバー層を上回った(若年層を10代と20代に限定するならば、シルバーデモクラシーの打破は人口的には無理があるが)。従って第一条件である人口の問題は解決することになる。18歳選挙権は政治的関心を維持させる装置 しかし、もう一つの側面を見る必要があり、それは18歳選挙権によって、20代および30代の投票行動が変化するか否か、である。人口面ではクリアしても、実際に投票行動に変化がなければシルバーデモクラシーを打破することはできないからである。この効果は実際に結果を見てみなければわからない。来月7月10日の投開票を待つ必要があろう。 その上で、18歳選挙権がないことが、結果として20代以降の政治的関心を左右しているという分析を紹介したい。 これは慶応大教授の小林良彰氏が憲法審査会で述べたことである。小林氏は、若者の政治的関心が低い原因を、18歳を含む高校生の境遇三構造分析から導き出し、その最大の要因を「自分自身が政治に働きかけることができるかどうかという内的有効性感覚の欠如にある」とした。2015年6月に開かれた衆院憲法審査会 まず、18歳という年齢が重要なのはなぜか。それは多くの場合、年齢を重ねるにつれ、「政治経済」や「公民」の授業を通して現代日本の様々な課題を学び、「18歳」はそれについての関心が芽生える機会を得る時期である。 しかし、こうした機会を得ながらも、実際の選挙で投票する機会を得るのは早くても2年先、長い場合で4、5年先となっていた。「自分は何も関与することができない」という若者が、内的有効性感覚を持つことは難しい。 これはつまり、18歳にとっては投票行動を待たされている間に政治への関心が薄れていき、それが世代効果を通じて、その後の政治的関心にも影響しているとの分析である。この点で、18歳選挙権とは政治的関心を維持させる装置になり得ることが分かる。 筆者自身は今年21歳となり、すでに選挙権を有しているため、18歳選挙権を付与された世代の感覚を完全に理解することはできない。ただ、言えるのは、18歳選挙権によってシルバーデモクラシーが打破され、若者の政治的関心が高まっても、それ自体は評価に値しないということである。 結果として「良い社会」「良い政治」が実現されたときに初めて意義を感じるものであり、政治への関心を高めた結果が「悪い社会」「悪い政治」であれば日本に明るい未来はない。 民主主義とは、これら両方の可能性を秘めた政治形態であり、そこに落とし穴があるのではないかと強い危機感を抱く。だからこそ、知識や教養、見識を磨くための努力も同時に重視すべきではないかと切に思う。

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    「政治は悪さ加減の選択」18歳の投票が続かないと思う理由

    岩渕美克(日本大学法学部教授) 18歳選挙権は選挙権年齢のグローバル・スタンダードが18歳以上であることや、若者の低投票率や少子高齢化で、若者の意見が政治に反映されにくくなることを懸念して導入されましたが、18歳なら主権者として権利を行使することを与えてもいいレベルにあるので、私は基本的に賛成です。ただ、日本の多くの若者は高校3年生に初めて選挙を迎えることになります。学校制度上の問題と、未成年者の選挙運動を禁じた公職選挙法(第137条の2)がバッティングする恐れがありますから、教育現場も政治の側も対応をおろそかにすると、せっかくの選挙権が上手に機能しない可能性があります。 例えば、18歳選挙権の導入で高校生の主権者教育に注目が集まっていますが、むしろ、今年3月に高校を卒業したばかりの18歳や、7月までに19歳の誕生日を迎える若者への教育のほうが重要だったはずです。でも政治や選挙に関する副教材は高校生には配布されても、社会人や大学生、専門学校生などの若者がどこまで教育を受けられているか疑問が残ります。そんな政治の準備不足が、各種世論調査で「投票に行く」と答える新しい有権者が6割程度にとどまっている原因につながっているかもしれません。しかも実際にはそのうちの7~8割ぐらいしか投票に行かないでしょうから、決して関心が高いとはいえません。ただ20代の投票率は総選挙でも3割と低いものですが、20歳の投票率だけは記念投票の意味でそれほど低くなかったと思うので、新しい有権者も記念に投票所に足を運ぶのではないかとみています。でも記念だけではそのあとが続かないでしょうから、続けて投票に向かわせるように若者に訴えることが政治に求められることです。 今までも、20歳を迎えて選挙が始まれば、突然投票所の入場券が届かないと気付かなかったわけですから、その意味では主権者教育にスポットが当たるようになったのはいいことです。ただ国民主権ですから、人は生まれたときにすでに主権者です。主権を行使できるようになる年齢が20歳から18歳に引き下げられただけで、突然「選挙に行きなさい」と言われて本を読まされても、新しい有権者は政治を身近に感じないでしょう。 でも20代の30%という投票率が、30代、40代、50代になると10%ずつ上がっていくように、彼らが年を取ればちゃんと選挙に行くようになるんです。それは、社会の中で税、教育、社会福祉といった問題に触れて、政治を身近に感じるようになるからです。だから18歳から政治を身近に感じさせるには、中学1年生から時間を掛けて主権者教育を行う地道な努力が必要だと思います。各政党も色々な高校に行って選挙権に関する話をしていましたけど、言葉は悪いですが、やっつけ仕事にしか見えない。1回の訪問だけで政治に関心を持つことはありませんから、高校回りを今後も続けて、4、5年後になって長期的な効果を見極めるようにしなければいけません。2014年12月、こども職業模擬体験施設「キッザニア東京」(東京都江東区)で行われた「こども模擬選挙」(鈴木健児撮影) また、3年前にネット選挙運動が解禁されましたが、日本は選挙運動が制限されているし、不備な点だらけです。高3でも選挙権のある生徒とない生徒がいますし、LINEで高1の後輩から「誰に入れるんですか?」と聞かれた高3の先輩が「○○に入れる」と返信しただけで、未成年者の選挙運動に抵触する恐れが出てくるわけです。この程度のやり取りが自由に出来ないのはおかしいので、ネット選挙選挙運動に関して公選法改正が必要でしょう。若者の関心が高い意外な政策 さらに、18歳選挙権により若い有権者が増えて「シルバーデモクラシー」偏重の解消を期待する向きもありますが、実はいま政府が進めている政策で高齢者寄りのものはあまりないんです。社会保障制度の構築にしても世代間格差をなくす、数十年後の若者に対する政策ですから、「シルバーデモクラシー」ばかりではないと思います。一方で若者向けの政策となると、教育関連ばかりが挙げられますが、奨学金の給付制度なんて本当は30代、40代の親世代向けの制度ですから、若者のため政策と一概には言えません。 では若者にどういった政策で訴えればいいのかといえば、大学受験生や保護者が一番気にしていたのが就職に関することでしたので、雇用政策は重要視されると思います。また昔の選挙研究を見ていると、30代以上の有権者が景気に一番関心が強かったのに対し、20代だけ外交、防衛政策が上回っていたというデータがありました。生活や景気にまだ実感がない分、若者にとってより関心が高くなったと言えます。SEALDsが出てきたのもその裏付けかもしれませんし、安全保障政策には若者が投票所に足を運ぶための効果があると思います。 候補を選ぶ際に「政策を見て決めるのが正しい決め方だ」などと難しいことを言っている人もいますが、私には違和感を覚えます。もちろん国民の代表を選ぶわけですから、政策で選ぶことに反対するつもりはないです。でも政策で決めるといっても全ての政策に賛成することはあまりないですから、自分が重要視する政策に合う候補でも、カッコいい候補でも、いい大学を出ている候補でも個人的には全て正しい選択だと思います。むしろ選んだ代表者がその後政治活動を監視していくことのほうがはるかに重要です。東京都知事選で有名人だから間違いないと思って投票した人が、お金で失敗して辞めてしまったら、反省して知事を選ぶポイントを付け加えたり、変えたりして、次の投票に臨めばいいわけです。選挙は自分が投票しなくても誰かが当選してしまうんです。福沢諭吉も丸山眞男だって「政治は悪さ加減の選択である」と言っているじゃないですか。だからもし入れたい人がいなければ、投票したくない人を外して、一番マシな人を選べばいいんです。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)いわぶち・よしかづ 日本大学法学部教授、同大学院新聞学研究科教授。1958年、東京都出身。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。聖学院大学政治経済学部専任講師、日本大学法学部専任講師、助教授を経て現任。専門は政治コミュニケーション、世論など。現在日本選挙学会理事長を務める。

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    18歳選挙権で変わるべきは大人と社会全体だ

    原田謙介(NPO法人・YouthCreate代表)若者の参画が始まった いよいよ、選挙権年齢を18歳以上へと引き下げる公職選挙法の改正案が、2016年6月19日に施行された。18歳、19歳が投票できる18歳選挙権時代のスタートとなる。 自分は若者と政治をつなぐをミッションとしているものとして、この変化には思い入れが強いし、色々な仕掛けも変化に合わせて行ってきた。1年前に、国会で法律の改正が決まり、この1年間の実践や世の中の変化を通じて、改めて今の考えを簡単にまとめたい。 たとえば、10年後ぐらいから今年を振り返ったときに「2016年って選挙権年齢が下がった年だよね」なんて評価にはさせない。「選挙権年齢が下がったことをきっかけに、若者の参画が進みだした年だよね」。そのような評価につなげなければならない。 京都議定書の採択をきっかけに環境に対する動きが増えてきた。阪神大震災を契機にボランティアというものの認識が変わった。18歳選挙権をきっかけに、若者の力を社会で活かすことを考えたい。 以下は昨年6月に参議院にて参考人として招致され意見陳述をした際の動画です。変わるべきは大人PRする奈良県立橿原高校の生徒たち 「選挙権を得た10代の意識の変化が求められます」なんて偉そうなコメントをメディアなどでたまに見る。違う、変わるべきは10代じゃなくて大人。あるいは社会全体だ。 「なんか政治の話タブーみたいだから、家庭や学校で話しにくい」「政治については悪い話しか大人がしていない」「そもそも、お父さんお母さんが投票に行っていない」こんな話を、高校に授業にお邪魔する際によく耳にする。 若者は良くも悪くも社会全体の空気に敏感だ。まずは、大人自身が、“主権者の一人”である意識を改めて持つ必要がある。2014年の衆議院選挙で、40代前半までは投票率が50パーセント切っている現状も意識したい。学校現場の変化が起こりはじめた まず、高校での教育は大きく変わってきている。自分も執筆者の一人である、文科省・総務省両省による”高校生向け政治選挙に関する副読本”の全高校生への配布を皮切りに、様々な主権者教育に関する授業が行われている。 特に高校では、文部科学省の調査によると96.4%の高校で3年生向けに、なんらかの主権者教育を行うそうである。また、高校だけでなく小中高と積み重ねで進めることへの検討も進んできている。 さらには大学でも様々な動きがあり、自分も4月から岡山大学で、大学生向けの主権者教育授業の講師を行っている。これまで自分が受けてきたのとは違う教育を受けて社会に出てくる世代がいるということを、知っておきたい。選挙の仕組みを知ることにとどまらず、民主主義の一員として、主権者としての認識を持ってきている世代だ。家庭・地域の変化を作り出せるか家庭・地域の変化を作り出せるか 学校現場での教育の特徴は、中立的な指導の下に政治について同世代で政治について語っていくことだ。家庭・地域では、学校現場と違う以下の特徴を持った話の場になる。家庭では、親の考えなどを伝えながら、政治・選挙に関する話ができそうだ。 「お父さんとしては○○党のここがいいと思うだけど、どう思う??」「○○という政策に関して、親である立場としてはこう思うんだけど、どう思う?」。こんな会話をやってみてはいかがでしょうか? 学校の先生は自分自身の政治的な意見を言ってはいけないと日本では定められているので、こんな会話の切り出し方はできない。 また、地域での楽しさは多世代・多様な立場の人がいることだ。小学生・中学生、親世代、祖父母世代、様々な職業。いろんな人がいて、多様な意見に気づくきっかけになるだろう。 もちろん、「政治を話す会やるよ!」なんて言ってもなかなか人が集まるものではないと思うが、地域の何かのイベントや集まりの中で、政治とのつながりを視点として持ってその場にいるだけで全く見方は変わってくる。例えば、地域のスポーツクラブの集まりの際に、「スポーツ省について」「運動できる場や施設について」などなどが政治と関わっていることを意識してみる。町内会のイベントの際に、行政と町内化の繋がりを考えてみる。そんな視点をもって、声に出してみてはどうだろうか?政治は国政の話だけではない 参議院選挙という状況であることも加わり、どうしても「政治=国の話」となってしまいがちだが、自分の街に視点を向けてみても面白い。医療・年金・憲法・消費税などなど大事なことはわかるけど、どうも自分事として考えることができないということもあるだろう。 視点を、身近な自治体の政治に向けてみると印象が少し変わるかもしれない。「駅の周りの再開発をどうする!?」「統廃合で使わなくなる小学校の跡地をどう利用する!?」「街のPRのための企画をどうする!?」そんな話が見つかるだろう。もしかすると、そんな話は子供も大人も気軽に意見をいうことができるものかもしれない。 以上の視点を考えることのできる、発信やイベントを弊団体でも引き続き行っていきたい。

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    トリガーは18歳選挙権 動き始める「シルバー民主主義」からの脱却

    西野偉彦(松下政経塾政経研究所研究員) 2016年6月19日、改正公職選挙法が施行し、選挙権年齢が「20歳以上」から「18歳以上」に引き下がった。いわゆる「18歳選挙権」である。これにより、7月10日投開票の第24回参議院議員通常選挙では、国政選挙として初めて18歳選挙権が適用され、18・19歳の約240万人が投票に行くことができるようになった。  18歳選挙権にはどんな意義があるのか。例えば、若い世代の意見が政治により多く反映されることで、世代間格差の解消に向けたトリガー(引き金)となるという点が挙げられる。世代間格差については賛否両論があるが、生涯における社会保障費等の受益と負担の差が、高齢世代と将来世代では9000万円超に上るという推計もある。全国初の「18歳選挙権」が実施される見通しの滋賀県日野町で投票体験する高校生 その背景には、少子高齢化時代に突入し、高齢者より若者の人口に占める割合が低くなってきていることに加え、国政選挙の投票率を見ても、60代の投票率は20代に比べて約30ポイント以上も高いことから、高齢者の意見や要望が政治に反映されやすい「シルバーデモクラシー」が指摘されている18歳選挙権の適用によって、若者の意見をより政策に取り入れ、「世代による偏り」をできる限り抑える政治を行うことで、世代間格差の拡大にブレーキを掛けることが期待されている。 実際、今回の参院選では、各党の公約に若い世代を意識した政策が盛り込まれている。給付型奨学金の創設や出産・子育ての支援充実、被選挙権年齢の引き下げの検討等が目白押しだ。 また、各党は「ニコニコ超会議2016」等の若者が多く集まるイベントに出展したり、高校生や大学生を招いた意見交換会を催したりと、これまでの選挙以上に、若者の意見に耳を傾け、投票先に選んでもらおうとする姿勢が見られる。パフォーマンスと切り捨てることは簡単だが、各党が若者に向き合うことで「シルバーデモクラシー」から脱却し、世代間格差の解消への挑戦を始めたとも言える。 一方、18歳選挙権には課題もある。それは低投票率だ。2014年12月に実施された第47回衆議院議員総選挙で、20代の投票率は32.58%に留まり、約7割が棄権している (総務省HP「衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移」)。「明るい選挙推進協会」の調査 によると、20代が棄権する主な理由には、「選挙にあまり関心がなかったから」や「政党の政策や候補者の人物像などの違いがよくわからなかったから」等が挙げられているが、同様の理由で、選挙権を得た18・19歳が選挙に行かない可能性もある。 そもそも、18歳選挙権の適用で有権者となる約240万人は、全体の有権者数に占める割合で見ると約2%に過ぎない。18歳選挙権の導入により、前述のように政党が若い世代に向き合おうとしているにもかかわらず、10代の投票率も低い水準に留まってしまった場合、若者の意見が政治に反映されるチャンスを失ってしまうかもしれない。ドイツの取り組みがヒントになる もちろん、筆者は「何でもいいから投票に行こう」という考えには賛同しない。政党の政策や候補者の主張について十分に判断ができなかったり、自分なりの意見を持たないまま投票に行くことは、衆愚政治に繋がる危険性があるからだ。それでは、どうすれば18・19歳の新しい有権者は、自分なりの意見をもって投票に行けるようになるのか。 この課題を考えるヒントを提供してくれるのは、日本よりも早く18歳選挙権を導入し、若者の政治参加に長年取り組んできた欧米諸国である。例えば、ドイツでは、若者たちが国政選挙に際し、興味深い「選挙キャンペーン」を実施している。その一つが「立ち位置(STAND.)」という署名活動だ。 これは、国会議員の候補者に対して、「立ち位置」と書かれたポスターを見せ、若者に関する政策への賛同の是非を問うものである。仮に、候補者が「若者のために全力を尽くします」と書かれた宣言に署名し当選した場合、若者たちは「あなたは署名したが、実際に議会等で若者に関する政策の働きかけをしているのか」というモニタリングを行うという。 この他にも、選挙権を持たない18歳未満も含めて投票機会を与える「U18」という模擬選挙のキャンペーンも全土で実施されている。若者たち自らが選挙のための教材を作成し、争点を整理し、模擬政党を作って議論し、投票箱を作成し、模擬投票の結果を「選挙特番」としてオンラインで発表している (小串聡彦・小林庸平・西野偉彦・特定非営利活動法人Rights2015「ドイツの子ども・若者参画のいま」p.63-68)。ドイツ連邦若者協議会による「立ち位置(STAND)」&「U18 」選挙キャンペーンのポスター さらに面白いのは、この選挙キャンペーンの主体は大人ではないという点だ。これらは、若者たちが政治に対する自分たちの意見反映や利益向上に努めるために組織された「連邦若者協議会」が仕掛けている。この会は、600万人以上の会員を擁するドイツ最大の若者団体だ。ドイツでは、若者の声を政治に反映させるための「ロビイング」が様々なかたちで行われており、「連邦若者協議会」も大きな影響力を有しているという。 このようなドイツの取り組みからは、選挙に対する若者の姿勢が徹底して「ポジティブ」であることが見受けられる。そこには、「投票してもどうせ政治は変わらない」とか「どの政治家も一緒だろう」などのネガティブな印象はない。 政党や候補者の違いについて、選挙キャンペーンを通じて、自分たちで情報を収集し、どこに投票するべきなのかを熟慮し判断しようとしているのである。もちろん、歴史や文化、国民性等が異なるドイツの事例を日本にそのまま導入することは望ましくないだろう。ただ、「自分なりの意見をもって投票に行く」ことの一つのあり方として参考になるし、日本の若者たちならではの「ポジティブな政治との向き合い方」を模索するヒントにはなるのではないか。18・19歳を含めた若者たちには、各党や候補者が発信している政策や主張を比べつつ、街頭演説や討論会、ソーシャルメディア等を活用して、候補者の主張を聞いてみたり、質問を投げかけたりすることで、ポジティブに選挙に関わってほしい。ドイツの事例を模した「選挙キャンペーン」を試みても面白いかも知れない。 そして、自分なりの意見を持って投票所に足を運んでほしい。今回の参院選は、18歳選挙権のスタートラインであり、長い年月をかけて日本の民主主義社会を成熟させていく道程の新たな一歩にしていきたい。

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    「政治は悪さ加減の選択」18歳の投票が続かないと思う理由

    岩渕美克(日本大学法学部教授) 18歳選挙権は選挙権年齢のグローバル・スタンダードが18歳以上であることや、若者の低投票率や少子高齢化で、若者の意見が政治に反映されにくくなることを懸念して導入されましたが、18歳なら主権者として権利を行使することを与えてもいいレベルにあるので、私は基本的に賛成です。ただ、日本の多くの若者は高校3年生に初めて選挙を迎えることになります。学校制度上の問題と、未成年者の選挙運動を禁じた公職選挙法(第137条の2)がバッティングする恐れがありますから、教育現場も政治の側も対応をおろそかにすると、せっかくの選挙権が上手に機能しない可能性があります。 例えば、18歳選挙権の導入で高校生の主権者教育に注目が集まっていますが、むしろ、今年3月に高校を卒業したばかりの18歳や、7月までに19歳の誕生日を迎える若者への教育のほうが重要だったはずです。でも政治や選挙に関する副教材は高校生には配布されても、社会人や大学生、専門学校生などの若者がどこまで教育を受けられているか疑問が残ります。そんな政治の準備不足が、各種世論調査で「投票に行く」と答える新しい有権者が6割程度にとどまっている原因につながっているかもしれません。しかも実際にはそのうちの7~8割ぐらいしか投票に行かないでしょうから、決して関心が高いとはいえません。ただ20代の投票率は総選挙でも3割と低いものですが、20歳の投票率だけは記念投票の意味でそれほど低くなかったと思うので、新しい有権者も記念に投票所に足を運ぶのではないかとみています。でも記念だけではそのあとが続かないでしょうから、続けて投票に向かわせるように若者に訴えることが政治に求められることです。 今までも、20歳を迎えて選挙が始まれば、突然投票所の入場券が届かないと気付かなかったわけですから、その意味では主権者教育にスポットが当たるようになったのはいいことです。ただ国民主権ですから、人は生まれたときにすでに主権者です。主権を行使できるようになる年齢が20歳から18歳に引き下げられただけで、突然「選挙に行きなさい」と言われて本を読まされても、新しい有権者は政治を身近に感じないでしょう。 でも20代の30%という投票率が、30代、40代、50代になると10%ずつ上がっていくように、彼らが年を取ればちゃんと選挙に行くようになるんです。それは、社会の中で税、教育、社会福祉といった問題に触れて、政治を身近に感じるようになるからです。だから18歳から政治を身近に感じさせるには、中学1年生から時間を掛けて主権者教育を行う地道な努力が必要だと思います。各政党も色々な高校に行って選挙権に関する話をしていましたけど、言葉は悪いですが、やっつけ仕事にしか見えない。1回の訪問だけで政治に関心を持つことはありませんから、高校回りを今後も続けて、4、5年後になって長期的な効果を見極めるようにしなければいけません。2014年12月、こども職業模擬体験施設「キッザニア東京」(東京都江東区)で行われた「こども模擬選挙」(鈴木健児撮影) また、3年前にネット選挙運動が解禁されましたが、日本は選挙運動が制限されているし、不備な点だらけです。高3でも選挙権のある生徒とない生徒がいますし、LINEで高1の後輩から「誰に入れるんですか?」と聞かれた高3の先輩が「○○に入れる」と返信しただけで、未成年者の選挙運動に抵触する恐れが出てくるわけです。この程度のやり取りが自由に出来ないのはおかしいので、ネット選挙選挙運動に関して公選法改正が必要でしょう。若者の関心が高い意外な政策 さらに、18歳選挙権により若い有権者が増えて「シルバーデモクラシー」偏重の解消を期待する向きもありますが、実はいま政府が進めている政策で高齢者寄りのものはあまりないんです。社会保障制度の構築にしても世代間格差をなくす、数十年後の若者に対する政策ですから、「シルバーデモクラシー」ばかりではないと思います。一方で若者向けの政策となると、教育関連ばかりが挙げられますが、奨学金の給付制度なんて本当は30代、40代の親世代向けの制度ですから、若者のため政策と一概には言えません。 では若者にどういった政策で訴えればいいのかといえば、大学受験生や保護者が一番気にしていたのが就職に関することでしたので、雇用政策は重要視されると思います。また昔の選挙研究を見ていると、30代以上の有権者が景気に一番関心が強かったのに対し、20代だけ外交、防衛政策が上回っていたというデータがありました。生活や景気にまだ実感がない分、若者にとってより関心が高くなったと言えます。SEALDsが出てきたのもその裏付けかもしれませんし、安全保障政策には若者が投票所に足を運ぶための効果があると思います。 候補を選ぶ際に「政策を見て決めるのが正しい決め方だ」などと難しいことを言っている人もいますが、私には違和感を覚えます。もちろん国民の代表を選ぶわけですから、政策で選ぶことに反対するつもりはないです。でも政策で決めるといっても全ての政策に賛成することはあまりないですから、自分が重要視する政策に合う候補でも、カッコいい候補でも、いい大学を出ている候補でも個人的には全て正しい選択だと思います。むしろ選んだ代表者がその後政治活動を監視していくことのほうがはるかに重要です。東京都知事選で有名人だから間違いないと思って投票した人が、お金で失敗して辞めてしまったら、反省して知事を選ぶポイントを付け加えたり、変えたりして、次の投票に臨めばいいわけです。選挙は自分が投票しなくても誰かが当選してしまうんです。福沢諭吉も丸山眞男だって「政治は悪さ加減の選択である」と言っているじゃないですか。だからもし入れたい人がいなければ、投票したくない人を外して、一番マシな人を選べばいいんです。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)いわぶち・よしかづ 日本大学法学部教授、同大学院新聞学研究科教授。1958年、東京都出身。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。聖学院大学政治経済学部専任講師、日本大学法学部専任講師、助教授を経て現任。専門は政治コミュニケーション、世論など。現在日本選挙学会理事長を務める。

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    18歳選挙権を導入しても、今のままでは気休め程度の改善策に過ぎない

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) 7月10日に投開票が予定されている参議院選挙から選挙権年齢は「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げられる。選挙権年齢の引き下げは、1945年の終戦直後に「25歳以上」から現行の「20歳以上」となって以来、70年ぶりとなる。多くの他の国では18歳から投票権を持つというのが多い。191カ国の中で176ケの国や地域で18歳までに選挙権が認められている。OECDの中では、18歳までに国民に選挙権を与えていないのは日本と韓国だけであった。実に遅い対応と言える。 ちなみに16歳で選挙権を得られるのは、ブラジル、キューバ、ニカラグア、オーストラリア、東ティモール、キルギスである。17歳は、北朝鮮、インドネシア、スーダンである。 逆に21歳以上にならないと選挙権を得れない国もある。21歳以上は、オマーン、クウェート、パキスタン、レバノン、サモア、トンガ、フィジー、シンガポール、マレーシア、モルディブ、ガボン、コートジボワールである。アラブ首長国連邦は選挙権は25歳からとなっている。イスラム諸国が目に付く。 いずれにしても日本で今度の選挙から選挙権年齢が18歳に引き下げられるのは歓迎すべきことだ。18歳、19歳の有権者数は現在、240万人とされる。 この選挙権年齢の引き下げの意味について考えてみよう。 まず、若者の意見を政治に生かすことにプラスになることが挙げられる。少子化が進む中で、若者の数は減っていく。そして若者の投票率は非常に低くなった。60歳以上の高齢者の投票率と比較すると相当な差になる。選挙は勝たなければならない。そうなると、大票田を意識した政策アピールをするしかないのだ。高齢者の数が多く、投票率も高いとすると、その層をターゲットにした政策を展開するしかなくなる。候補者に聞くと、子育てが大切だ、教育が大切だ、若者が生き甲斐を感じる社会を作りたい、などを言う。しかし、政治家はそれを本気で取り組まないのだ。年金を大切にする、医療を充実する、高齢者福祉を充実する、などといった政策の方が票に結びつく。日本の教育や子育て環境が劣化してきたのには、若者の数の減少と投票率の低下が影響している。デパートで客層に応じた品揃えをするように、投票者層に応じた政策が展開されてきたといえる。240万人の若者の有権者数の増加は多少は、状況を緩和させる。ただ投票率は高くはならないだろうから、気休め程度の効果といえようか。候補者の訴えを聞く有権者ら=6月22日、大阪市 権利と義務は表裏一体の関係といわれる。これから若者への「義務」が重くなる。大きな財政赤字がある中で、景気が急に上向くとは考えられない。高齢者比率がますます増える中では、医療費や社会保障費の負担は増加していく。つまり若者世代は大きな負担をしていかなければならない。なのに、投票権もないというのでは、おかしいという議論になる。投票率が低いのは投票に行かなかったものの責任としよう。選挙権年齢を下げたことによって、国は「堂々と」若者に負担増を押し付けることができるのだ。 投票に行けるということで、政治意識が少しは高まるのではないかともいわれる。これも効果の一つではある。しかし、これまでに選挙権のある人の政治意識も低い。投票に行けるから政治を考えるようになるだろう、というのは0ではないにしても、大した効果が期待できるわけではない。 つまり、選挙権年齢が18歳に引き下げられるのは、当然のことで、歓迎すべきことだ。だが、それで状況はほとんど変わらないということだ。若者を含めた国民が本当に政治に参画できる仕組みを作ることが最も大切なことだ。選挙選挙というけれど、選挙で政治が変わると思っている人はあまりいない。私は選挙選挙の間が最も重要だと思っている。その間に、どれだけ社会づくり、地域づくりなど政治に実際に参画できる仕組みを作るか、が決定的に大切なのだ。 日本では政治家が政治をするものだと思われている。政治家はろくな政治をしない。政治は国民がするものだ。私は北欧に6年間住んでいたが、普通の人が国や自治体の政策に直接的に関わり、NGOが政策を動かす力を持っていたことに驚かされた。だから北欧では国政選挙の投票率は8~9割だ。政治を政治家任せにしていない。 来る参議院選挙。私は、最も重要なポイントは、国民とともに政治を作りたいという姿勢を持った政治家を選ぶことだ。国民が政治参画できる仕組みと政治文化を作ること。これが実行できれば、おのずと投票率は上がっていく。そうした新たな政治ができることを願っている。今の日本では、この単純なこともあまりに遠い夢となっている。(「児玉克哉のブログ『希望開発』」より2016年6月9日分を転載)

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    若者の投票は世の中を動かすのか? 北海道5区補選で見えたこと

    記事はヤフーニュースで書きました。 SEALDsは若者にウケず、野党共闘で投票率を下げた(北海道5区選挙結果速報値)(山本一郎) - Y!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20160426-00057084/ 本件は、今日23時05分から放送のフジテレビ系ネット放送ホウドウキョク『真夜中のニャーゴ』でも多少喋ります。小一時間ぐらいでしょうか。ホウドウキョク 『真夜中のニャーゴ』http://www.houdoukyoku.jp/pc/ この厚別区をサンプルにすると、結局若者の投票性向もよく見ると現状に概ね満足で、比較的与党志向が強いと言えます。比較的左翼に強い北海道の土地柄を抜きにしても、いままで町村信孝さんの地盤であった北海道5区は弔い選挙を掲げた和田さん有利なのは仕方なかったと思うんですけど、若い人の投票は、意外に周辺に意見を聞いていることがなんとなく見て取れます。 選挙、とりわけ候補者について情報を入手するルートはスマホから(67.2%)、家族から(65.2%)、 友達・同僚から(47.1%)と他の世代と比べてスマホ経由が増え、新聞を読む人の割合は4.2%、新聞を信頼する人も18歳19歳で61.2%、20代前半で64.4%と順調に下がっていっている状態です。期日前投票所で投票する女子大生 ただ、そのスマホで何を読んでいるのかというと、ヤフーニュースが圧倒的、LINEが二番手でこの二つをあわせて8割強、選挙があるので興味を持って記事を幾つか読んだと回答した人がスマホ読者の7割超ということで、一応は興味あるんだよということは分かります。世代別投票率の詳報はこの後ですが、厚別区に関して言えば4割台前半で健闘するのではないかと思います。もっと選挙行けよ、といいたいところですが、世の中そんなものです。 政治に対する関心を持つ若年層は概ね20%弱というのは80年代からそう変わりません。これも、世の中そんなものだと言えます。あんま議論してもしょうがないレベルの話です。まあ、高校出て働きに出て、いきなり投票所で画板持った調査員二人組に「ちょっといいですか」と声をかけられて「政治に関心ありますか?」と訊かれて「はい、政治に関心あります」とポジティブに答えられる若者が少ないのは仕方ないでしょう。 そうなると、毎回教育だリテラシーだという話になるんですが、おいちょっと待てよ、お前ら年齢重ねた連中だってたいした政治教育受けないまま新聞記者になったり組織で偉い人になってんだろと思います。世の中こうであるべきだ、と自分の中で固まるのは40代だったとしても、そこにいたる過程で若い人が自分なりの社会経験をつむ中で試行錯誤するのは許されることだと私は思うんですよね。 良くも悪くも、政治環境というのはこういうものだと感じます。その中で、いかにより良い社会を作り、努力していくかを考えていくのが一番なんでしょう。「関心持て」といってもそうはいかないのが世の中ならば、関心のある人がきちんと物事を考えて取り組んでいって良い社会にしていくしか方法がないのだと思います。 というわけで、次いこ次。 (やまもといちろうオフィシャルブログ 2016年4月26日分を転載)

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    若者に告ぐ! 参政権と国防義務は不可分一体だ

    義に使った、とか保育園の増設、とか平和の大切さ、とかある党は、途中からその訴えの時間に合わせて参議院選挙の候補者を入れて宣伝をさせた。  それらを聞いてから私は次のように話した。 高校生こそ、国家を語れ、身近なことを語るな。この会議は、高校生未来会議ではないか。君たち高校生が国家を語らずして、どうして国家の未来が開けようか。その国家とは、日本である。 三島由紀夫は、 命にかえて守るべきものそれは歴史と伝統の日本であると言った。君たちも、その日本の歴史と伝統を語ってほしい。その意味で、伊勢志摩サミットの意義は計り知れないことを知ってほしい。伊勢神宮内宮を訪問し、参道を歩く安倍首相(中央)ら各国首脳 =5月26日 何故なら、その地にある伊勢神宮は、日本の天皇家と歴史と伝統の根源にある天照大神を祀る神社であるからだ。伊勢志摩サミットは、世界に日本は神話と歴史が連続して現在に至っているとてつもない国であることを世界に発信したのだ。 現在の我が国を取り巻く内外の情勢は、まことに厳しい。よって、今こそ我々は古代ローマ以来の格言を思い起こさねばならない。それは、「平和を望むならば、戦いに備えよ」という格言である。最大の福祉とは国民の命を守ること 現在、外においては、中共の暴力的台頭が、南シナ海で我が国のエネルギー供給のシーレーンを奪おうとしている。我が国はエネルギーの供給を断たれれば国民生活が麻痺して国家が崩壊する。 そして、内においては、いわゆる日本は悪いことをした国だという自虐史観を子ども達に教え続け、日本共産党と民進などの野党が連合して我が国の安全保障法制を廃止しようとしている。 これは、「平和を望むならば、戦いに備えよ」という格言の逆の動きである。従って、この共産党主導の動きは、中共が軍事力を行使しやすくするものでありますます我が国に動乱を招き寄せる動きである。 現在のこの内外の情勢こそ、亡国の危機であることを理解されたい。この危機を克服して平和を維持するために、軍備を増強しなければならない。防衛省の中庭にパトリオットを配備する自衛隊員=2013年4月、東京都新宿区(ロイター) さて、18歳から参政権を行使できる。そこで言っておく。参政権と国防の義務は、不可分一体なのだ。参政権とは、国家の在り方の決定に参加する権利でありかつ公務である。従って、国家の在り方の決定に参加したものは、はい、それで終わりではなく、国家の危機において、国家を守る義務を負うのだ。このことを忘れてくれるな。     最後に、もう一つ、格言を申し上げる。これはローマではなく、私が阪神淡路大震災の直後に被災地を歩いて見て回ったときに確信したものだ。それは、「国防は最大の福祉」、大災害の時、また、他国の軍隊に攻められたとき、最大の福祉とは、国民の命を守ることではないか。そしてその時、国民の命を守ることができるのは国防力すなわち軍隊である。この時、国民の命を守ることができない国家は福祉国家ではない。 この話をしているとき、高校生達はシーンとして聞き入ってくれた。その高校生の姿によって、私は我が国の未来を信じる。 私が話し終えてから、共産党の議員が私の横に来て、安保法制廃止は共産党の主導ではないというようなことを話してきた。私はにやりとして、「あれはなあ、コミンテルンの伝統的な人民戦線戦略やろ」と答えた。 なお、未来会議に出席した高校生達が、各党の主張に対して、如何なる評価を下したのかは公表されなかった。但し、南木隆治先生が、会議を最後まで傍聴されていたのだが、その南木先生が私を見たときの表情から、私の主張が、高校生から最高の評価を得たと確信した。(西村眞悟公式ブログ 2016年6月7日分を掲載)

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    選挙権も18歳、供託金を世代設定すれば政治が変わる

    (東京都議会議員) 昨日も成人式に関連して若者の政治参加について取り上げたところですが、民主党が「被選挙年齢の引き下げ」にも言及したことが話題となっており、News Picksのコメント欄が非常に賑やかになっています。民主 「被選挙権年齢」も引き下げをhttps://newspicks.com/news/1337677/日本では選挙権は18歳からとなったものの、被選挙権でいうと衆議院議員:25歳参議院議員:30歳都道府県知事:30歳区市町村長:25歳各種地方議員:25歳となっています。なぜかと聞かれれば、公職選挙法でそのように定まっているからなのですが、ではこれって一体どうやって決まったのでしょうか? 歴史的に見ると衆議院選挙は明治22年に選挙権25歳・被選挙権30歳でスタートし、昭和20年(1945年)に婦人参政権が認められるとともに、選挙権20歳・被選挙権25歳という近代の形が完成しました。これを受けて戦後に成立した参議院選挙の方は、昭和22年に被選挙権を30歳としてスタートしています。 主な学説では参議院は「良識の府」であり、大衆の代表である衆議院よりも完成された人格が必要とされることから、衆議院よりも高い年齢設定が課された…とされているようです。参院本会議を終え退席する議員=6月1日 ちなみに都道府県知事が公選制となったのも戦後のことで、昭和22年が第一回と参議院選挙と同時期です。なので都道府県知事の被選挙権が30歳という設定なのは、この参議院の基準に引っ張られたと言えるでしょう。端的に言えば現状は大戦直後につくられた昭和の慣習を、70年近くも盲目的に引きずって使っているだけとも考えられます。 では海外スタンダードはどうなっているんだろう…と思ってインターネットを叩くと、非常にわかりやすくまとまっている記事がありました。日本の若者を「遅らせる」3つの年齢「投票権・成人・被選挙権」- 世界の潮流は?http://tatsumarutimes.com/archives/1575・被選挙権年齢21歳が世界的にみて最も多数派の年齢であり、59カ国(約30%)が制定・続いて25歳が57カ国(約29%))で、18歳に定めているのは45カ国(約23%)である・つまり、21歳の時点で被選挙権が得られる国は世界で108カ国(約55%)ということで、日本のように30歳まで出れない選挙が存在するのは、世界的に見れば少数派(20%以下)と言えそうです。なんでもかんでも世界に合わせれば良いわけではないのは当然ですが、世界最速のスピードで少子高齢化が進むわが国でこのような制度を保つことは、ますます若者たちを「置き去りにする」可能性が極めて高いと言えます。 民主党が単独で被選挙権年齢の引き上げを提唱してきたことは、本来であれば超党派で取り組む流れに逆らうスタンドプレイのようですが、とにかく18歳選挙権の勢いでこうした議論が加速するのは前向きな傾向だと思います。 加えて被選挙権を下げるにあたっては、国選選挙・首長選挙では最低300万が必要となる悪名高き「供託金」の引き下げも合わせて検討されるべきです。18歳や20代そこそこの若者に、300万円ものお金を用意するのは至難の技。こうした歪な参入障壁は、ますます職業政治家や世襲政治家を増やすことになります。 私が個人的に面白いと思っているのは、供託金に世代別で傾斜配分をかける方法で、10代:30万20代:50万30代:100万40代:150万50代:200万60代以上:300万として若年層に有利な形でハードルを下げていけば、国会議員の若返りを促進する一手になる気がします。 もちろん供託金を下げると「泡沫候補が増える」などのリスクもあるんですけど、現時点の設定でも完全に排除はできないわけで、NHKの政見放送とか取りやめにして全部ネット配信にすればコストもかからないし、愉快犯も減るんじゃないですかね。選挙制度というのは、国の政治を形作る根幹です。ここが変われば、一気に政治が変わっていきます。未曾有の少子高齢化に突入するわが国は、選挙制度のモデル・チェンジが必要不可欠です。(「おときた駿 公式ブログ」より2016年1月12日分を転載)