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    若者よ騙されるな!参院選公約比較「ワカモノのミカタ」政党を探せ

    高橋亮平(中央大学特任准教授、NPO法人Rights代表理事) 参院選の選挙公約が揃い始めた。「18歳選挙権」実現以降、多くのマスコミはこの投票率の問題や18・19歳の投票行動、またそれによる選挙結果の変化に注目した。 「18歳選挙権」による初の選挙とのなる参院選を目前に控え、18・19歳を中心に若者の動向が注目される選挙ではあるが、注目すべきは若年投票率ではない。こうした取材を受けるために話してきたことがある。2007年から世代間格差の問題を指摘し、様々な政策提言を行ってきた。※参照:「世代間格差ってなんだ」(PHP新書)https://www.amazon.co.jp//dp/4569790216 2015年には若者の声を政党公約に反映することを目的に「日本若者協議会」を立ち上げ、自民・民進・公明・おおさかの各党と政策協議を続けてきた。 すでに各党からも我々の提言を受けて政策に反映したとの発信もあるが、今回の参議院議員選挙は、18歳選挙権による初めての国政選挙ということもあり、各政党とも公約についても若者に対して、一定の意識をした公約になってきている。 いよいよ明日、日本で初めての「18歳選挙選挙」とも言える参議院議員選挙が公示となる。今回は、こうしたタイミングで、自民・民進・公明・おおさか・共産といった政党の参議院選挙公約について、『ワカモノのミカタ政党はどこだ!』と各政党参議院選挙公約若者度評価を作成して紹介したいと思う。画像はイメージです すでに6月15日に先述の日本若者協議会とワカモノ・マニフェストの共催で、『参議院選挙直前!18歳選挙権サミット~ワカモノのミカタ政党はどこだ!~』を行った。各党代表の国会議員から各党の公約について紹介してもらった上で、各分野の有識者たちを交え、若者目線で各党公約から「ワカモノのミカタ政党」を考えた。この様子はニコニコ動画で生中継も行ったので動画を見てもらうこともできる( http://live.nicovideo.jp/watch/lv265909518 )。 また、本日6月21日は、代表理事を務めるNPO法人Rightsと松下政経塾が協力し、お笑い芸人であり東大院生でもある、たかまつななさんや、日本一の選挙プランナーとして政治業界では知らない人のいない三浦博史さんなどをゲストに、『「若者×政治」フォーラム ~参院選前夜!18歳選挙権は激戦区を制するのか~』( https://www.facebook.com/events/1649178368739943/ )を行う。 是非、こうした場も、新たなに選挙権を持つ18・19歳はもちろん、30代くらいまでの若者、さらにはその上の世代の皆様にも今回の選挙を考える、また、今回の選挙での投票先を考える参考にしてもらえればと思う。※データは日本若者協議会とワカモノ・マニフェストに各党が回答したものと公約から作成http://blog.livedoor.jp/ryohey7654/160621コラム/160621イベントチラシ.jpg公約でこぞって被選挙権年齢引き下げ公約でこぞって被選挙権年齢引き下げ そんな中でも参議院選挙における選挙公約で象徴的なのが、自民始め主要政党が公約でこぞって「被選挙権年齢引き下げ」を掲げたことだ。被選挙権年齢引き下げについては、これまでも『自民党が安倍総理への提言にまで載せている二の矢『被選挙権年齢』引き下げの実現性』などでも紹介してきた。この「被選挙権年齢引き下げ」について2011年以降、国会で発言した件数を調べたところ、最も多かったのが、18歳選挙権実現の中心であった船田元 議員(自民)と、そしてなぜか国会議員でもない高橋亮平 参考人の6回だった。いかに国会の中でこれまで議論されてこなかったテーマであるかがここからも分かるはずだ。少なくとも主要政党でこの被選挙権年齢引き下げを公約で掲げるような政党は1つもなかった。それが今年に入って一変した。 こうしたプロセスについては、『若者が与党を動かした!~自民党、参院選公約に「被選挙権年齢引き下げ」盛り込みへ』、『若者たち自身が動かした!「若者担当相」「被選挙権」等が公明党参院選重点政策に!』なども見てもらえればと思う。 本気で若者の声を聞こうとしているのはどこか? まず注目したいのが、「若者の政治参加」の項目だ。とくに先述の被選挙権年齢引き下げに関しては自民・民進・公明・おおさか・共産のすべてが明記した。・自民:「被選挙権年齢の引き下げについて検討します」・民進:「選挙に立候補できる年齢を一律5歳引き下げる。(衆議院は20歳から、参議院は25歳から)」・公明:「被選挙権年齢の引き下げをめざす」・おおさか:「18歳以上に被選挙権付与」・共産「被選挙権年齢のすみやかな引き下げ」 今回の参議院選挙の公約の特徴は、この被選挙権年齢引き下げに限らず、多くの政策で、各党の政策の差がほとんどなくなってきている。ということにある。 細かい部分での公約表記の違いの見分け方についても紹介しておくと、引き下げの想定年齢を「18歳」としている政党と、「20歳」からとしている政党があること、参議院や知事などの年齢規定と分ける必要があるのか、などが一つの論点になる。こうした設定にも各党の特徴や背景も透けて見えるのが面白い。ただ、こうした年齢規定の「好き嫌い」だけで選ぶのは短絡的で、それ以前に、引き下げを断言している政党と、「めざす」「検討」としている政党があることも注目してもらいたい。当事者たちがどういう思いで公約の文面にしたかは別にして、うがった見方にもなるが、「めざす」という表記は結果がどうであれ「めざせば」、公約達成になるし、「被選挙権年齢の引き下げについて検討します」は、そもそも「引き下げるべき」とすら言っておらず、「引き下げるべきか、引き下げるべきでないか」を「検討」さえすれば公約達成ということになる。 こうしたいわゆる「てにおは」などによって七光りにした文面を官僚が作る文面に例えて「霞が関文学」などと言ったりするが、まさに「永田町文学」を読み解く力が、若者たちにも求められることになる。こうした視点で、このほかの政策も見ていってもらうと面白くなるのではないだろうか。若者の政治参加分野の公約については、もう一つ新しい提示が、選挙に限らない若者の直接参画の促進を明示した政党が出てきたことだ。・公明:「若者政策を担当する大臣・部局」・「審議会等への若者の登用」・「「若者議会」の開催を推進 」公明しか提示していないということはあるが、若者の参画現場を選挙だけだと位置づけるのではなく、行政など政策形成の現場や、地方自治体においても必要だと位置づける政策が主要政党の公約に明示されたことには大きな価値がある。この他については、各政党によって違いが見える。自民党と共産党が供託金の緩和について、おおさかと自民がネット投票に関してなどが明記されたほか、18歳選挙権の実現によって関心も高まっている政治教育について明記しているのは民進党だけ、また高校しえの政治活動の禁止に触れたのは共産党だけだった。・自民:「選挙における供託金のあり方やインターネット活用の可能性等についても検討します」・民進:「主権者教育を高校だけではなく、小・中学校から積極的に行う」・「学校現場での「模擬選挙」等の実施について支援する」・おおさか:「スマホ投票(ネット投票)」・共産:「供託金を大幅に引き下げ」・「高校生の政治活動の禁止・制限に反対し、主権者としての自由を守る」 こうした政党の特徴についても見てもらえればと思う。http://blog.livedoor.jp/ryohey7654/160621コラム/スライド1.jpg 若者が働きやすいのはどんな環境だろう? 労働雇用分野についても各党が掲げる公約は、違いがなくなってきた。その象徴が「同一労働同一賃金」だろう。自民・民進・公明・おおさか・共産ともに同一労働同一賃金に関して明記。最低賃金の引き上げや、ブラック企業対策についても自民・民進・公明・共産が明記した。こうした表記では、違いを読み解くのは難しいかもしれないので、大きな違いだけ触れておくことにしたい。 「同一労働同一賃金」と明記しているものの考え方だが、自民・民進・公明・共産の4党については、基本的に非正規社員を正規社員にすることを目指しているが、おおさかだけは非正規については非正規のままで賃金や労働条件を正規並みに引き上げ、雇用や働き方を多様化しようとしている。画像はイメージです 細かいところでは、最低賃金の引き上げについても金額については全ての政党が1,000円と額は同じものの、全国どこでも1,000円以上を想定している政党と、全国加重平均としている政党があったり、ここでも「めざす」と表記している政党もある。各党の考え方の違いがより明確なのはその他の部分で、新しい産業やイノベーションなどの促進に触れる政党、テレワークなど働き方の多様化をめざす政党、労働環境改善に向けた環境整備をめざす政党があった。・自民:「待遇を確保しつつ、失業を経ない形で、成熟分野から成長分野への円滑な労働移動を進めます」「柔軟に仕事ができるテレワークの推進も含め、働き手が時間や場所に制約されない効率的で多様な働き方を実現します」「日本人だけでは労働力が不足し社会に深刻な悪影響が生じる分野について、外国人労働者が適切に働ける制度を整備します」・民進:「若者の雇用増にもつながるイノベーション・新規企業への支援。農業者戸別所得補償制度の法制化、中小企業への支援の拡大、NPO税制拡大」・公明:「仕事と子育て・介護の両立支援」「短時間勤務やテレワークの推進」「女性起業家支援を強化」・おおさか:「ストックオプション行使による利益はキャピタルゲイン扱いに」・共産「パワハラ行為を行った企業には、労基署などが助言、指導、勧告をおこない、勧告に従わない企業名を公表 」http://blog.livedoor.jp/ryohey7654/160621コラム/スライド2将来まで考えるとどの政党の主張が成り立つのか 今回の参議院議員選挙公約の最も象徴的な政策の一つが、この分野だと思う。2007年から「世代間格差」という言葉をつくり、この問題を指摘し続けてきた。 今年2月には、この視点から『若者政策競争で自民党がここまで踏み込むと、「18歳選挙選挙」でも自民圧勝の可能性が出る』( http://blog.livedoor.jp/ryohey7654/archives/52051377.html )というコラムも書いたが、結論から言うと、この分野は、ここで紹介した自民党も含め、各党ともに、この参議院選挙公約から大きく後退することになったと言える。 象徴的なのが消費増税についてである。自民党が消費増税を延期したことは、すでに多くの人が知っていることかと思うが、民進党・公明党についても消費増税を延期することとした。もともとおおさか維新の会と共産は消費税増税そのものについて反対。日本から消費増税を訴える政党がなくなった。・自民:「消費税については全額、社会保障の財源とし、国民に還元します。経済再生と財政健全化を両立するため、2019年10月に消費税率を10%へ引き上げます」「消費税率引上げに伴う低所得者への配慮として、2019年10月に消費税の軽減税率制度を導入します。軽減税率制度を混乱なく円滑に導入できるよう、事業者への対応を含め、 万全の準備を進めていきます」「軽減税率制度の導入に当たっては、財政健全化目標を堅持するとともに、「社会保障と税の一体改革」の原点に立って安定的な恒久財源を確保します」・民進:「消費税再引き上げは2年延期」・公明:「消費税率10%への引上げ延期 」「軽減税率制度の実施 」・共産:「消費税10%は、先送りでなくきっぱり断念し、富裕層や大企業への優遇税制を、あらため、「能力に応じた負担」の原則をつらぬく税制改革をすすめる」増税は延期する一方で、社会保障については、おおさか維新の会が唯一縮小することをを除いて、すべての政党が拡充を主張しています。・自民:「その間、赤字国債に頼ることなく安定財源を確保して可能な限り社会保障の充実を行います」「「自助」・「自立」を第一に、「共助」と「公助」を組み合わせ、税や社会保険料を負担する国民の立場に立って、持続可能な社会保障制度を構築するとともに、弱い立場の方には、援助の手が差し伸べられるよう社会保障を充実します」・民進:「年金・医療・介護の充実と子育て支援は、消費税引き上げを待たずに予定通り2017年4月から実施すること、行財政改革の断行、給付付き税額控除の実施が条件」「若者に不公平にならない、持続可能な年金制度等を構築する。来年4月から低年金者の年金かさ上げ、保険料支払い期間を短縮する」「医療・介護・保育・障害福祉等の自己負担を軽減する総合合算制度を創設する(自己負担の合計額に上限をもうける)」・公明:「社会保障の充実は赤字国債に頼らず可能な限り実現」「保育・介護従事者の賃金引き上げやキャリアアップ支援」「無年金者対策の推進」「低所得の年金受給者への支援強化」「被用者年金の適用拡大等」「低所得高齢者の介護保険料軽減」・おおさか「社会保険の保険料・給付適正化 公的年金の支給開始年齢を段階的に引き上げ」「公的年金の積立方式への移行」「医療費の自己負担割合を年齢でなく所得で区別」「医療費抑制等のため、診療情報の登録推進」「低所得者対策として、給付付き税額控除の導入」・共産:「社会保障削減を中止し、税金の使い方を変え、拡充へと転換する」「年金削減をストップし、年金の底上げ、最低保障年金制度をめざす」「医療費の窓口負担、国民健康保険料(税)の軽減などをすすめる」「特養ホームなど介護施設の増設、介護保険・利用料の負担減免」「介護報酬の引き上げで、介護・福祉労働者の賃上げや労働条件の改善をはかる」「障がい者・児の福祉・医療の「応益負担」を撤廃、無料化をすすめる 生活保護の切り捨てをやめさせる」「雇用保険の拡充、失業者への生活援助、再就職支援の強化」税と社会保障分野に関しては、「もらえるのともらえないのどっちがいい」ということだけでなく、「成り立つ構造なのか」ということ、さらには「世代間格差」の視点から考えてもらえればと思う。http://blog.livedoor.jp/ryohey7654/160621コラム/スライド3.jpg「どの政党が自分に一番お金をくれるか」でいいのか以前から課題としては変わっていないにも関わらず、「保育園落ちた日本死ね!」で一気にこの国の課題として認定されてしまった待機児童問題。この問題についても自民・民進・公明・おおさか・共産の全政党が公約に掲げた。・自民:「待機児童の解消を目指し、平成29年度末までの整備目標に10万人分上積みし、50万人分の保育の受け皿の整備を着実に進めます」「保育士の人材確保対策・処遇改善を行い、保育の質を確保します。保育士が将来への展望を持って働けるよう総合的な対策を行います」・民進:「保育士の月給を5万円引き上げる(保育園を増やし、質も拡大し、待機児童を解消する)」・公明:「待機児童解消へ新たな受け皿を拡大」「保育士が働きやすい環境整備」・おおさか:「保育所設置基準を地方で決められるようにする     保育サポーター導入、保育ママ拡大」「地価等に応じた、地代・家賃の運営費補助」「私立保育園と無認可保育施設の保育士の処遇を大幅改善」・共産:「30万人分(約3000カ所)の認可保育所を緊急に増設する」「保育士の賃上げ、配置基準の見直しで労働条件を改善する 学童保育の待機児を解消し、指導員の処遇を改善する」子育て分野、教育分野ともに、今回の参議院選挙公約を見るとその多くが子どもの貧困対策も含むが経済支援がほとんどであることが特徴とも言える。教育分野においても、調べた全政党の政策の半分が経済支援だった。まず全頭そろって掲げたのが大学生への奨学金に関する政策だった。特徴的な政策としては、おおさか維新の「幼児教育から高等教育まで、憲法で無償化」などがあった。・自民:「幼児教育の振興と無償化、高校生等奨学給付金の充実、大学生等への給付型奨学金制度の創設等、教育費負担の軽減や原則無料の学習支援の充実に取り組み、教育の機会均等を実現します」・民進「返済のいらない給付型奨学金を創設する」「奨学金の利子をなくすことをめざす」「現在、奨学金を返済している人への支援をおこなう(所得に応じて無理なく返済できる制度)」「保育園・幼稚園から大学等まで段階的に教育の無償化を進め、給食費等の家計の負担をへらす」・公明:「奨学金や授業料減免を拡充」「給付型奨学金を創設」「無利子奨学金の残存適格者を解消」「無利子奨学金は低所得世帯の学力基準を撤廃」「新所得連動返還型奨学金を既卒者へ適用」「高校生等奨学給付金の拡充」「家計が厳しい小・中学生の就学支援を強化」「家計が急変した児童生徒への補助制度創設」・おおさか:「幼児教育から高等教育まで、憲法で無償化」「教育予算の対GDP比を他の先進国並みに」・共産:「国立大学への国の交付金を毎年1%程度(約160億円)ずつ増やし、現在、年53万円の授業料を、10年後には26万円にまで引き上げる」「国の私学助成に学費値下げの緊急枠をつくり、毎年900億円程度の国費を投入することで、平均で86万円の私大授業料を、10年後には半分の額まで引き下げる」「公立大学にも、10年で授業料を半額にするための助成を実施する」「月額3万円の給付制奨学金を、現行の奨学金受給者の半分にあたる70万人の規模で創設」「すべての有利子奨学金を無利子にする」「既卒者の奨学金返済の減免制度をつくり、生活困窮の人に救済措置を講ずる」 政治の役割は、「税の再配分」と言ったりもする。その意味では、再配分がメインになることもまた政治という気がするが、一方で、「選挙になると各党がお金を配る」ということであれば、それもどうかと思う。世代間格差は、単年度における分配の格差ももちろんあるが、それだけではない、将来負担の問題もある。「どの政党が自分に一番お金をくれるか」「恩恵を受けるか」で選ぶことも一つがだ、一方で、こうしたことも含め、政党選択プロセスで考えてもらえればと思う。http://blog.livedoor.jp/ryohey7654/160621コラム/スライド4.jpghttp://blog.livedoor.jp/ryohey7654/160621コラム/スライド5.jpg いよいよ明日6月22日、「18歳選挙選挙」とも言える参議院議員選挙が公示となる。若年投票率の向上ばかりに注目が集まるが、個人的には、とくに若い人については、一人ひとりの「投票の質」の向上を意識して、この選挙に挑んでもらえればと思う。 この歴史的な選挙で、是非、我々世代ではできなかった社会への一石を投じてもらいたいと思う。その中で、こうしたコラムが、一つの参考になってくれれば嬉しい。(世の中を変えるブログ! 2016年6月21日分を転載)

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    18歳選挙権施行に備え高校で模擬投票実施するのは無意味

     7月と噂されている参議院選挙では、18歳選挙権が初めて行使される選挙となる。18歳でも選挙についてよくわかるようにと、メディアや高校で様々な啓発・教育が行なわれているが、評論家の呉智英氏は無意味なものが多いと、その空疎さを指摘している。以下、呉氏が解説する。* * * 改正公選法が6月から施行され、18歳選挙権が実現する。新聞には啓発記事が掲載され、高校では模擬投票も行なわれている。しかし、これが啓発、教育だろうか。 朝日新聞は、昨年末以来、AKB48のメンバー3人を起用し、憲法学者・木村草太、ジャーナリスト・津田大介を交互に講師として、政治の仕組を学ぶと称する企画を随時連載している。AKBを使うのは、ソフトに、ポップに、ということらしいが、本質を外していたら何の意味もない。 2月12日付は「国政選挙、AKB総選挙とどう違う?」。問われるまでもなく、誰でも分かる。AKB総選挙で選ばれるのは、舞台でセンター位置に立つ権利者である。国政選挙で選ばれるのは立法権者(国会議員)であり、その中から行政権の長(総理大臣)が選ばれる。要するに統治権力の執行者を選ぶのである。AKBのセンターなんて何の権力執行もできない。国政選挙とは全然違う。AKBの「選抜総選挙」で、会場に登場したメンバー=6月18日、新潟市 だが、共通点もある。AKBの実質的な統治権力者はプロダクションである。センター権者を気に入らなければ潰してしまえばいいし、AKBを解散させることさえできる。国政の場合も同じで、選挙なんて無関係に統治権力を代えてしまうことができる。クーデタ、革命、そして侵略(被侵略)である。憲法学や政治学で言う「憲法制定権力」の交代である。 一見難しそうなこの言葉も、AKBというシステムを譬えにすれば、非常によく分かるだろう。そして、ここが憲法論の要なのである。 共通点はまだある。AKB総選挙も国政選挙も、しょせん人気投票だし、金がものを言う、ということである。国民なんてその程度のものだし、民意なんてその程度のものであり、そうであれば、今我々が当然のことだと思っている普通選挙制度(1925年成立)も疑ってみる必要がある。だって、日本の軍国主義化、アジア侵略、治安維持法とその強化(最高刑に死刑を含める)は、全部普通選挙以後のことではないか。 朝日新聞の啓発記事以上にくだらないのが各地の高校で行なわれている模擬投票である。 避難訓練や救急訓練ならやる意味もあろう。しかし、投票に訓練なんて必要か。用紙に名前を書いて投票箱に入れるだけではないか。衆参同日選挙の場合でも、投票用紙の色は違うし、投票箱も違う。しかも、説明板も置いてあるし係員も配置されている。それでなお模擬投票をするのは、投票ゴッコという遊びでしかない。 投票ゴッコでもよい。慣れや動機づけにはなる、という人もいる。困ったものだ。 現在、高校で医大志望者がふえている。そのための小中学生向けの塾もある。そこでお医者さんゴッコが奨励されるだろうか。医大入試の面接で動機を聞かれ、子供の頃からお医者さんゴッコが好きでしたと答えたら合格するだろうか。そんな奴は真先にはねられる。 政治教育ゴッコも投票ゴッコも政治理解には何の役にも立たない。●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。関連記事■ 衆参ダブル選挙 18歳選挙権拡大が混乱の大きな火種に■ AKB前田の13万9892票は静岡市長、さいたま市長を超えた■ 衆参ダブル選挙 NHKで長時間政見放送流れることに■ 「マイナス1票」投票権の創設で日本の政治が劇的に変わるか■ 総選挙で新人議員184名誕生 氏名標作成業者は徹夜で名入れ

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    安倍総理はなぜ「解散」を躊躇したのか

    「衆院解散が頭の中をよぎったことは否定しない」。1日の記者会見で消費増税再延期を正式表明した安倍晋三首相は、衆参同日選を見送った経緯について初めて言及した。首相はなぜ「伝家の宝刀」を抜かなかったのか。ぎりぎりまで「解散風」に揺れた政局の舞台裏と総理の真意を読み解く。

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    「もう一度勝負する」首相任期延長の近道を選ばなかった総理の覚悟

    内では麻生太郎財務相、谷垣禎一幹事長、稲田朋美政調会長らが再延期に反対し、「どうしても延期するなら総選挙に問うべきだ」と7月の衆参ダブル選挙を主張したが、首相は拒否して参院選だけを選んだ。その理由について菅義偉官房長官は「衆院選をやれば30~40議席減る」との見通しを示していた。首相はいたずらに減らして政権を弱くすべきではないとの判断を優先したのだろう。 財務省は予定通りの10%への引き上げに固執し、自民党内幹部を洗脳していたが、首相の頭は財務省不信で固まっている。15年間もデフレを続けた財務省のいうことを聞けば、さらにデフレが続くだけだと首相は信じている。アベノミクスの成功のために財政投資を続けてアベノミクスに息を吹き込もうと考えているようだ。15年間の不況を一時的にせよ崩したことで、首相は財務省より、自分の認識、首相周辺の学者、経産省のいい分を信じているようだ。 もともとアベノミクス自体が財務相と相談してできたものではない。安倍氏は自身の選択を信じているということだろう。 ダブル選挙には首相の任期延長の妥算もあったはずだ。ここで勝っておくのが最良の任期延長の理由になったはずだが、その妥算は一応、捨てて、今年末か来年中にもう一度勝負する機会を見出そうというのかどうか。 5月26、27両日に行われたG7の伊勢志摩首脳サミットは首相の外交手腕を見事に見せた場面だった。安倍首相が政権に就いた直前の日本の相場は(1)倒産一歩手前の債務超過(2)日米関係は最悪(3)欧州からもASEANからも関心を持たれず、まさに“日本売り”の状態だった。それを見事にはね返して、いまや世界の主役を演じているかの如くだ。日米関係では石を積み上げるように努力 ここまで来る安倍首相の課題は(1)オバマ大統領にいかに日本を認識させるか(2)中・韓の“歴史認識”改善にどう対処するか(3)外交空間の拡大―の3点だった。安倍氏が政権をとったのちの訪米ではオバマ大統領との会談はわずか1時間半。晩さん会もなしという冷遇だった。これは民主党時代に日米関係が損なわれたうえ、安倍政権を“右寄り”と見られたことによる。その判断の根拠の一つは中・韓相手に無用の喧嘩を売っているという“誤解”もあった。 中・韓の歴史認識改善は、今では世界の誤解がほとんど解けているが、首相が「条件つきなら会わない」と最初に突っ張ったのが勝因だろう。この“土下座外交”の終わりを告げられた朴槿恵大統領は米欧主要国に告げ口外交を始めた。中・韓問題にケリをつけるために「70年談話」が発せられたが、これは河野談話のような密約とは全く違う。村山談話、河野談話も含めて謝罪し、その事実を米国が証人として聞いた、ということだろう。原爆ドームの前で安倍晋三首相(左)と握手するオバマ米大統領=5月27日、広島市中区の平和記念公園 日米関係では丹念に石を積み上げるような努力をしている。13年2月22日に安倍首相はCSIS(米戦略問題研究所)で「日本は帰ってきました(Japan is Back)」と宣言したが、これは「日米同盟に息を吹き込むよ」という意思表示に他ならない。国内では同盟の基礎固めとして「特定秘密保護法」(13年12月成立)、国家安全保障局を設置(14年1月)した。これらは歴代、自民党政権でもできなかったことだ。この実績を示すことによって米国の“安倍を見る目”は様変わりした。 日米関係の仕上げは安倍首相の15年4月29日の米議会上下両院合同会議におけるスピーチだろう。ここで安倍首相は日米関係を「希望の同盟」と名付けた。演説中何回もスタンディングオベーションが起こり万雷の拍手で終わった。 安倍首相は日米関係をゆるぎないものとしたあと、伊勢志摩サミットに臨んだ。代表として「中国」を議題にし、南シナ海の岩礁への基地構築などを「国際法の遵守」という観点から切り込んで、G7の理解を得た。これまで日本はサミットを主催したことは何度もあるが、議題を仕切るような見識をみせたことは一度もない。 オバマ大統領の広島訪問には日本国民の実に98%が支持した。加害者、被害者の立場を捨て、将来に向かって核廃絶を目指そうというオバマ氏のスピーチは日米国民の心を打った。 伊勢志摩サミットで首脳らが世界経済のリスクに関連して指摘されたのは中国である。過剰設備、不動産を抱えた中国の中央、地方政府の借金は史上空前の規模で膨張し続けている。このバブルが崩壊すればリーマン・ショック級のダメージがあると安倍首相はサミットで意見を開陳した。この見方を甘く見ない方がいい。

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    聞けば聞くほど分からない!アベノミクス参院選で本当によかったのか

    強調しつつ、経済の「リスク」を語り、「アベノミクスの加速か、それとも後戻りするのか、これが来る参議院選挙の最大の争点です」と明言した(なお正しくは参議院議員選挙)。参院本会議を終え退席する議員=6月1日午前、国会(斎藤良雄撮影) さらに「中国経済のかげりが見える」「成長の減速が懸念される」「リーマンショックの経験に学ばなければならない」等々の理由を挙げた上で「消費増税を延期すべきと判断した」と表明した。 総理は「延期」と言ったが、正しくは「再延期」である。総理自身、先の解散総選挙に際し「再び延期することはない。皆さんにはっきりと断言する」「必ずやその経済状況をつくり出すことができる」と明言した。にもかかわらず、前言を翻した。総理は「公約違反との批判は真摯に受け止めている」「参院選を通して国民の信を問いたい」と語ったが、それ以上の具体的な説明はなかった。 勝敗ラインについては「改選議席の過半数」という「高い目標」を掲げ、「厳しい選挙戦となる」と、与党への支持を訴えた。最初から最後まで、憲法改正への言及は一言もなかった。拍子抜けと感じたのは私ひとりだろうか。正直、私はガッカリした。 先の解散は「アベノミクス解散」と呼ばれた。私は当時から解散の法的妥当性について憲法上の疑義を表明してきた(拙著『護憲派メディアの何が気持ち悪いのか』PHP新書)。その論点は蒸し返さないが、先の解散を踏まえていえば、今回は「アベノミクス参院選」とでもなろう。本当にこれでよかったのだろうか。護憲派メディアと野党の不思議護憲派メディアと野党の不思議 当初は、「会期末の6月1日に衆議院解散があり、7月には衆参のダブル選挙になる」との見方が強かった。「週刊文春」が舛添要一都知事の金銭スキャンダルを報じたこともあり、「都知事選とのトリプル選挙になる」とも囁かれていた。 それが結局、「サプライズがないのがサプライズ」とでもいうべき結果となった。1日の会見で総理は「解散がよぎった」と漏らしたが、ついに解散は行われなかった。 伊勢志摩サミットも、懸念されたテロなどの事件や事故もなく、無事に終わり、日本で開催されたサミットとしては一人も逮捕者も出さない史上初めての快挙となった。 サミットの成果については様々な評価があり得よう。海洋安全保障について言えば、案の定「中国」という国名を挙げて指弾できなかった点など不満も残るが、厳しい非難に値するような失点はなかったと言ってよい。記者会見で、消費税増税の再延期を正式表明する安倍首相=6月1日午後、首相官邸 マスコミ世論はサミットそのものより、オバマ米大統領の広島訪問や安倍総理が会見で示唆した消費増税再延期に注目した。いずれも好意的に受け止められたと評してよかろう。私自身は「核のフットボール(発射コード)」が広島に持ち込まれた事実や、法律で明記されている税率や期日を内閣が変更しようとすることに異論を唱えてきた。 だが大半のマスコミ世論は、〝核の発射ボタン〟の持ち込みを黙認しながら、「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則を唱え、オバマ大統領に「謝罪せよ」「被爆者と面会しろ」と迫った。いわゆる安保法制を「解釈改憲」「立憲主義に反する」「憲法違反」とまで合唱した護憲派メディアが、なぜ、法律を内閣が変更することに批判しないのか。なぜ「選挙公約と民主主義を踏みにじる暴挙」などと批判しないのか、不思議である。 さらに不思議なのが野党である。民進党の岡田克也代表は5月31日の衆議院本会議で「民進党・無所属クラブ、日本共産党、生活の党と山本太郎となかまたち、社会民主党・市民連合を代表し」、平和安全法制の整備を「立憲主義と平和主義への重大な挑戦」と非難した(安倍内閣不信任決議案趣旨弁明)。そうした非難が当たらないことは前掲拙著で詳論した。一点だけ挙げれば、岡田代表は「憲法違反であることは明らかです。憲法違反の法律は、いくら時間が経っても憲法違反です。我々は、安全保障法制を白紙化することを柱とする議員立法を今国会に提出しました」(同前)と訴えたが、「憲法違反」なら、平和安全法制はすべて無効であり(憲法98条)、改めて立法する必要などない。「最大の争点」たるべき憲法改正「最大の争点」たるべき憲法改正 問題は参院選の争点である。総理が「参院選を通して国民の信を問いたい」と挙げたのは、消費増税再延期の是非である。公約の重大性や財政規律、国際社会の信任など、再延期を非とすべき理由に事欠かない。記者会見を終え引き揚げる安倍晋三首相=6月1日午後、首相官邸(納冨康撮影) だが、最大野党の民進党はじめ野党は(政府与党とは異なる論拠とはいえ)消費増税の再延期を訴えている。つまり与党も野党も延期に賛成している。ゆえに、これが最大の争点と言われても、われわれ有権者は戸惑う。 来月の参院選では、選挙権が得られる年齢が、18歳に引き下げられる。これにより、18歳と19歳の約240万人が新たに有権者となる。また、駅構内や総合商業施設などに「共通投票所」が設置され、投票の利便性も高まる。自治体の判断により、期日前投票の投票時間も最大2時間拡大される。 国民に対し、正面から堂々と憲法改正を訴える絶好の機会だったのではないだろうか。 岡田代表は《安倍総理の目指す憲法改正とは何か。「本丸」は9条です》とも訴えた、この指摘に限り、私は同意する。まさに「本丸」たる9条の改正こそ、安倍政権にとって最大の使命であろう。 先の「アベノミクス解散」総選挙では、集団的自衛権に関する憲法解釈の一部変更を含む「平和安全法制」の整備を正面から掲げた選挙にはならなかった。そのことが、事後いわゆる安保法制の整備にネガティブな影響を与えたと考える。私は、野党が賛成する消費増税再延期などではなく、本来、「最大の争点」たるべき憲法改正を掲げた国政選挙となることを願ってきたが、今回も、その願いは叶わなかった。  先の総選挙同様、今度の参院選でも与党は勝つに違いない。だが、勝てば官軍という政治姿勢はけっして美しくない。もとより結果も大事だが、結果に至るプロセスの適正さも重要である。蛇足ながら、そう考えるのが正統的な保守思想でもある。

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    「争点つぶし」をやり遂げた安倍首相が陥った憲法改正というジレンマ

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 安倍首相による解散総選挙が先送りされた。同時選挙に踏み切って両方とも勝利するだけの確信が持てなかったからなのか、参議院選挙単独でやっても圧勝する自信を得たからなのか、どうなのだろう。成功してきた「争点つぶし」 安倍首相にとって現在、衆参の両院で3分の2を占め、改憲を発議できるようにすることが、他のあれこれに優先する判断基準となっていることは間違いない。すでに3分の2を占める衆議院を解散するというリスクを冒してまで、同時選挙に踏み切ることを選択肢に加えていたのは、まさにそういう思惑があったからだ。 その安倍首相にとって、これまでの選挙戦略は、かなりの程度、思惑通りに進んできたと思われる。いわゆる争点つぶしである。 昨年夏の戦後70周年談話、年末の日韓慰安婦合意では、左派的な人々にさえもある程度のウィングを伸ばすことに成功した。右派の一部は反発したが、これらの人も選挙で投票するとなると自民党しかないことは安倍首相には織り込み済みだろうし、サミットで各国首脳を伊勢神宮に招くことによって、その右派にも飴を与えた格好だ。伊勢神宮を訪問し、参道を歩く安倍首相(右から3人目)らG7各国首脳=5月26日午前、三重県伊勢市(代表撮影) 「保育園落ちた、日本死ね!」をめぐって対応を誤り、一時期、追い詰められる事態が生まれたが、ただちに保育士の給与を引き上げるという対策を表明した。これが抜本策ではないという批判はあるが、野党との違いは引き上げの額の違いだけで、方向性は変わらないという印象をつくりあげることに成功している。残業代をゼロにする法案をめぐっては、四野党が共同で労働基準法改正案を提出し、争点化されるのかと思ったが、国会の議論は選挙後の秋に先延ばしされた。 これらに加え、おまけのようにアメリカからもたらされたのが、オバマ大統領の広島訪問だった。そして極めつけが消費税増税の再延期。これをめぐっても野党の批判はあるが、選挙の争点にはなりづらいだろう。一つに絞られた争点一つに絞られた争点 こうして、安倍政権の支持率は高止まりしている。アップしていると言ったほうがいい。同時選挙をやっても十分に勝利できると思わせるほどである。 しかし、逆説的だが、その成功が安倍首相の心のなかに、言い知れぬ不安をもたらしているのではないだろうか。なぜかというと、これだけ争点をつぶしてしまって、では選挙で何が争点となるのか、安倍首相は何を争点としたいのかという問題が生まれているからである。 結論から言うと、これだけ争点がなくなってしまえば、残る争点は一つに絞られることにならざるをえない。憲法改正である。 憲法改正だけは、いまの安倍首相の政治姿勢のもとで、争点つぶしができない問題である。この争点をつぶしてしまったら安倍政権ではなくなってしまう。一方の野党であるが、民進党はこの間、安倍首相に「改正案を出さないのは無責任」と責められ続けたが、岡田代表は「安倍政権のもとでの改憲には反対」という対応を堅持している。共産、社民、生活は護憲である。この状況下で、選挙で憲法改正が焦点になってしまえば、改憲をめざす与党か護憲の野党かという対立軸での争いとなることは明確である。記者会見で消費税増税の再延期を正式表明する安倍首相を映す街頭テレビ=1日夕、東京・有楽町 この対立軸が何を生み出すのか見通せない。与野党ともに見通せない。そこに、高支持率を誇りながら解散にまでは踏み切れないという、安倍首相の判断があるのではないだろうか。憲法改正に反対する世論の高まり 今年の憲法記念日を前にした各種の世論調査を見ると、改憲(とりわけ9条改憲)が争点となった場合、改憲派には望ましくない傾向が見られる。いくつか紹介しよう。 たとえば読売新聞(3月16日)。参院選で投票先を決める際、憲法への考え方を判断材料にすると答えた人が67%もあり、「しない」の31%を大きく上回っている。しかも、憲法を「改正しない方がよい」が50%で、「改正する方がよい」の49%をわずかに上回った。昨年は「する方がよい」が51%、「しない方がよい」は46%だったので、逆転した格好である。 次にNHKが4月15日から実施した全国電話世論調査の結果。憲法を「改正する必要があると思う」が27%、「改正する必要はないと思う」が31%、「どちらともいえない」が38%だったという。NHKは2007年から今年で5回同じ質問をしているそうだが、「改正する必要はないと思う」の割合が一番高かったのが、今年の調査だった。 最後に9条について毎日新聞(5月3日)。「改正すべきだと思わない」とする人が52%で、「改正すべきだと思う」とした27%を圧倒している。参院選で憲法改正に賛成する勢力が参院の3分の2を上回ることを期待するかどうかについては、「期待しない」が47%で「期待する」の34%を上回った。 参議院選挙で憲法9条改正が争点になれば、盤石に見える安倍政権の屋台骨が揺らぎかねない。それがいまの世論の現状である。自民党執行部はそれを避けるために腐心している。しかし、それに替わる都合のいい争点が見つかっていないというのが、安倍政権を取り巻く状況だろう。安全保障問題での野合を突けるか安全保障問題での野合を突けるか 憲法改正問題で野党を分断できないとなれば、自民党にできるのは、9条とも直接に関わる安全保障問題で野党を突いていくことしかない。野合批判を強めることである。先の衆院北海道5区の補選でも、与党が攻めたのは、「日米安保は廃棄、自衛隊も解消するのが共産党だ。安全保障の考え方がまったく異なる政党の野合だ」という点であった。 野合批判は、民進党には不安を与えている。北海道5区補選も、自衛隊の駐屯地を多く抱える千歳、恵庭などが選挙区であったこともあり、陣営の一部からは、「共産党には駐屯地の前で宣伝してほしくない」との声もあがっていた。共産党は、その懸念を受けて自衛官出身の共産党市議会議員(茨城県土浦市)を連れてきて、自衛隊のすべての官舎の前で、迷彩柄の服を着て「新安保法制を廃止して自衛官の命を守る」と訴えた。この元自衛官は、「自衛隊と共産党は思想が同じだ」と考えている人で、それなりの効果もあったことと思う。結果として、千歳、恵庭では与党票が野党票を上回ったが、圧倒したというほどではなかった。集会で野党統一候補の池田真紀氏(中央)と一緒に気勢を上げる奥田愛基さん(左)と鳥越俊太郎さん=4月10日午後、北海道千歳市 ただし、安全保障問題をめぐる野合批判は、野党共闘にとって乗り越えるべき大きなハードルではあり続けている。本当に選挙に勝とうとすれば、労働基準法改正や保育士の給与引き上げなどの分野での政策共闘にとどまらず、安全保障問題での共闘をどうするのかを真剣に探究することが不可欠になっている。 共産党の志位委員長は、国民連合政府の構想を打ち出した直後、日本に対する侵略があった場合、自衛隊を出動させるし、日米安保条約第5条の発動も当然だという立場を表明した。野合批判が出るとすればこの分野であることを自覚し、いち早く手を打ったというところだろう。その結果、野党間では、ずっと将来のこと(共産党が安保廃棄、自衛隊解消を政策として掲げる将来の段階)は別にして、当面の現在は、安全保障政策も一致できる可能性があるということなのである。与野党ともに見通せない野党協議の行方 ところが、いま報道されている限りでは、野党協議のなかで安全保障面の政策の一致をめざす議論がされているわけではないようだ。これまで、あまりに開きが大きかったため、志位氏の提案が他の野党には真剣なものと受けとめられていないのかもしれない。また、与党からの野合批判に対する「赤旗」などの反論を見ても、侵略されたら自衛隊を出動させるという新しい論点は強調されず、「自衛隊を解消するのはまだ先のことだ」という、これまでの支持者をおもんばかった対応が目につく。当面の問題での政策転換とはいえ、共産党にとっても支持者を納得させることは簡単ではない。 解散総選挙に打って出て、憲法改正問題が最大の争点となることを想定した場合でも、野合批判で野党を分断できれば与党の勝利が見えてくる。しかし、安全保障政策で野党が一致するのかしないのか、そこが与党にも野党にも見通せていない。大きな不安が残る。これが、非常に上手に選挙戦略を遂行してきたのに、最後の賭けができなかった安倍首相の心の内なのではないだろうか。

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    地方の事情も知らない司法に決められる「1票の格差」という欺瞞

    門田隆将(作家) 昨日、共同通信の配信で、この夏の第24回参議院議員選挙に「293人」が立候補の名乗りを上げていることが明らかになった。各地方紙がこれを一斉に大きく報じたことで、参院選への空気が一挙に高まった感がある。 野党は勝敗の鍵を握る32の改選1人区のうち、すでに「21選挙区」で統一候補擁立に事実上、合意しているのだそうだ。勝敗の行方は、まさに「与野党一騎打ち」の選挙区での成績次第なのである。 今回の参院選は、公職選挙法の改正によって、史上初めて「18歳以上」が有権者となる。また、「1票の格差」を是正するため、「鳥取と島根」、そして「徳島と高知」が「合区」となった。つまり、2県で「1議席」しか選ばれないのである。 熊本地震の影響もあり、衆参同日選挙の可能性がほぼ消えた今、この2点が参院選の注目点となる。私は、後者の「1票の格差」問題に大いなる疑問を持つ一人だ。 私自身が、代表的な過疎県である「高知県」の出身であることも関係しているだろう。高知県は、簡単に言えば、四国の南側(太平洋側)を占め、7100平方キロメートルもの面積がある。しかし、過疎で人口は減り続け、今は「72万8000人」しか県民がいない。川崎市の人口のおよそ半分だ。 「1票の格差」を唱える弁護士たちや、これに憲法違反のお墨付きを与えた最高裁をはじめ、司法の人間は、果たして真の意味で「1票の価値」を考えているのだろうか、と思う。衆院選の「一票の格差」訴訟の上告審判決のため、最高裁に向かう原告側の升永英俊弁護士(手前右から3人目)ら=2015年11月25日午後 拙著『裁判官が日本を滅ぼす』でも指摘させてもらったが、司法の人間(特に裁判官)は、事案を判決文に組み込む「要件事実」だけで判断する。そのための訓練を徹底的に受けているのだ。そこで排されるのは、「事情」である。 「1票の格差」の司法判断を例にすれば、機械的に人口と議席の配分で選挙区ごとの「1票の格差」を割り出し、これを「違法」「違憲」と訴える“原告”がいれば、「要件事実」は整っている。そのまま機械的に「違法」「違憲」と判断すればいいだけである。 そこには、本来の政治が持っている役割や、切り捨てられる地方の問題、さらには都市部出身の議員たちだけで決められていく政治が何をもたらすか、それが本当に民主主義と言えるのか、というような「事情」は一切、考慮されない。民主主義の基本を本当にわかっているのか 私は民主主義国家で、ある程度の「1票の格差」があるのは当然だと思っている。東京に住む人間と、地方に住む人間が数字的な「1票の価値」にこだわるなら、それは「地方を切り捨てる」しかないからだ。 有無を言わせぬ「少子化」によって、今後、日本の人口はますます都市部に集中していく。過疎県は、人口がさらに減少し、不便な地方に住む人はどんどん少なくなっていく。そこから選出される国会議員もいなくなっていくのである。 すでに過疎県は「合区」にされ、今後、過疎化が進めば、2県だけでなく3県、4県で「1議席」という事態も遠からず来るだろう。都会出身ばかりの国会議員によって国政が論じられ、ますます人口の都市部集中と過疎化が進んでいくというわけだ。 高校野球だって、そのうち、東京や大阪、神奈川など人口の多いところから何校も出場して、地方は「2県に1校」、「3県に1校」などという時代が到来するかもしれない。「地方の時代」などと、うわべでは言いながら、実際には、完全に地方が「切り捨てられる」のである。 ちなみにアメリカの上院では、「各州2名ずつの選出」と定められており、人口が3700万人もいる「カリフォルニア州」と、わずか「56万人」のワイオミング州では、1票の格差は、実に「66倍」もある。 だが、アメリカでは、「これほどの1票の格差は許されない」として、ワイオミング州と隣の州を「合区にして是正せよ」などという声は起こらない。 日本では、わずか「2・13倍」で、‟違憲状態”なのだそうだ。弁護士たちが意気揚々と「1票の格差」を訴える原告団として裁判所に入っていくニュースをよく目にするが、私は、「この人たちは、民主主義の基本というものを本当にわかっているのだろうか」と疑問に思う。 取材や講演で、全国に出張する私は、地方で「1票の格差」についての司法判断に対して、反発の声をよく聞く。先月も北海道で、「私たちがこんなに過酷で広大な北海道に住んでいるから、北海道は日本の領土なんだ。もし、いなかったら、とっくに外国の領土になってるよ」と怒る人がいた。 地方のことを「理解」も、「想像」もできない司法の人間たちの判断によって、どんどん「地方が切り捨てられていく」のは、本当に情けないかぎりである。 「1票の格差」訴訟と、その最高裁判断への「ノー」を国民が突きつける時は、すでに到来しているように思う。政治家こそ、声を上げるべきだろう。地方出身の国会議員たちは一体、何をしているのだろうか。 果てしなくつづく都会への住民移動と、それを追いかけて「1票の格差」を是正していこうとする司法判断に敢然と反対を唱え、‟地方切り捨て”にストップをかけようとする政党が出てくれば、是非、そんな党を支持したいものだ。(「門田隆将オフィシャルサイト」より2016年4月29日分を転載)

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    衆参同日選 「政治記事の確度高い」読売の見送り報道で沈静化

     衆参の同日選挙に強い意欲を持っていた安倍晋三・首相はオバマ大統領、キャメロン英首相との首脳会談のためにサミット会場の伊勢志摩に向かう前、山口那津男・公明党代表、谷垣禎一・自民党幹事長と相次いで会談した。 同日選に強く反対している公明党の山口代表は、「『同日選という向きもあるが』と問うと、総理は『解散のかの字も考えていない』と述べた」と会談の具体的なやりとりを明かして「解散なし」を強調した。 読売新聞は会談の内容をもとに1面トップで「同日選見送りの公算」(5月25日付朝刊)の見出しを掲げ、同日夕刊1面でも、「参院選集中 首相が指示」との見出しでこう報じた。〈谷垣氏によると、首相は参院選の個別選挙区の対応を具体的に指示したという。首相は現時点では衆院解散を考えておらず、参院選に注力する構えを示したものだ〉渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長=2015年3月23日(撮影・大橋純人) 首相に近いとされる産経、読売、NHK3社のうち、とくに読売はベテランの政治家や秘書、政治部記者たちから「政治記事の確度が高い」と見られており、前回の解散もスクープしている。その読売だけはそれまで「首相は解散を諦めていない」と書いていたが、ついに同日選見送りを報じたことで、永田町では解散ムードは沈静化しつつある。 それでも、自民党内には安倍首相はまだ最終的な判断をしていないという疑心暗鬼が根強くある。関連記事■ 衆参同日選は来年7月10日か 1月4日国会召集で一気に真実味■ オバマ氏広島訪問決定で安倍首相は解散チャンス再来と見た■ 衆参同日選挙 安倍首相決断に大きな影響与えたのは大阪W選挙■ 与党内で安倍首相と公明党が衆参ダブル選挙めぐり神経戦■ 衆院解散風の威力強大 病床の甘利明氏を立ち上がらせ

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    衆参同日選で野党統一なら自民20~40減との情勢分析

     年明けから幾度となく7月の衆参同日選挙が取りざたされてきたが、強い意欲を持ち続けてきたのは安倍晋三・首相その人である。 国民の選挙で選ばれた衆院議員475人全員を一存でクビにする解散権は総理大臣の権力の源泉といっていい。474人の議員が束になっても、総理1人が決断すれば止められない。「総理たるもの、いつ何時も常に解散が念頭にある」 30年前に衆参同日選を行なった中曽根康弘・元首相がかつて本誌に語った言葉だ。総理大臣は勝利のチャンスがあれば解散の誘惑に駆られ、現に安倍首相は前回(2014年12月)、与野党の誰も予想しなかったタイミングで解散を打って勝利し、政権の求心力を高めた。 今回は表向き「解散のかの字も考えていない」といいながら、昨年末から同日選を想定して国会日程を組み、選挙準備を進めてきたことは政界では周知の事実だ。 その決意を止めるために、首相のもとに選対から重要な資料が提出された。自民党はゴールデンウイーク後に官邸の指示で衆参同日選を行なった場合の衆院295小選挙区(前回から定数5減)と参院選選挙区の情勢について内々に世論調査(5月14~15日)を実施した。その調査の生数字と情勢分析結果だった。 例えば今回から定数1増(改選3議席)となり、自民党と民進党が候補者を2人ずつ擁立する参院北海道選挙区の場合、1位は自民の長谷川岳氏が約25%、2位は民進の鉢呂吉雄氏が約18%、当選圏内の3位には民進の徳永えり氏が約14%で滑り込んでおり、自民新人の柿木克弘氏は共産党の森つねと氏と横一線の約11%で4位争いをしている──という数字だと党内に伝わっている。 勝敗の分け目となる32県の参院1人区は、共産党が候補者を取り下げて民進、共産、社民、生活の野党4党が候補者を一本化し、選挙協力態勢を組んだことから激戦となっている。岩手、宮城、秋田、山形、福島、新潟、長野、山梨、滋賀、三重、奈良、岡山、大分、沖縄の14選挙区が大接戦。「最大10選挙区で落とす可能性があると分析されている」(自民党幹部) とくに沖縄では島尻安伊子・沖縄担当相が大きくリードされ、福島でも岩城光英・法相が苦戦しており、参院議員の現職閣僚2人が落選の危機だ。 参院選以上に安倍首相の解散判断に影響があるとされるのが衆院選の調査だ。ただし、衆院は参院選と違って民進党と共産党の候補者一本化は何も決まっていない。そのため選挙区の情勢分析は大きく加工されている。自民党選対幹部は、「衆院でも各選挙区で民進、共産の野党候補が一本化され、共産票が全部民進党候補に加算されるという最悪のケースで検討している」と明かす。結果は、自民党は「20~40議席減」の可能性があると報告された。 前回総選挙の得票で計算しても、民進と共産の得票を合わせると馳浩・文部科学相が苦戦、副大臣は11人が逆転や接戦となる。 安倍首相にとっては“衝撃のデータ”ではなかったか。前出の自民党幹部が語る。「菅官房長官が調査結果をもとに、『衆院では自公でせっかく3分の2以上の議席を持っているのに、ダブル選挙で衆院の議席を大きく減らせば元も子もない。リスクが大きすぎる。参院選だけに集中すれば十分に挽回できます』と総理に解散見送りを強く進言した」 首相説得の格好の材料になったことがわかる。関連記事■ 民進党と共産党の選挙協力で衆参W選に自民党の勝算立たず■ 衆参ダブル選挙 18歳選挙権拡大が混乱の大きな火種に■ 衆院落選議員 参院へ鞍替え図るのは借金苦から逃れる側面も■ 衆参同日選めぐる安倍VSオール衆院議員の攻防展開■ 総選挙 票が取れなくても自民圧勝の反民主主義的な結果予想

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    政治が混乱して当事者能力を欠くのは「指導者」にビジョンがないから

    ちろう(ブロガ―・投資家) 題名は勇ましいですが、内容は雑記です。すいません。 週が明けると、そこは選挙モードになっていました。何しろ、広島でオバマ大統領の感動的な振る舞いを見て、あれだけの外交的な勝利ポイントを達成した安倍政権ですので、一時的か恒久的かは分かりませんが速報の内閣支持率が55%に達し、一部通信社での自民党支持率も44%という空前の支持率になってバブル到来であります。野党もさすがにあの歴史的な外交劇を正面から否定するわけにもいかず、勝ち筋の見える争点も設定できない状態ですのでかなりしんどいよなあ… と思うわけです。 一方で、先般の舛添要一都知事の件は、愛人隠し子問題から公私混同政治資金にいたるまで揉めに揉めて、問題勃発から二週間経ってもなお「舛添都知事は辞めるべき77%」とか残念な状態ですのでどうにもならないのでしょう。バッシングにどこまで耐えられるのか、都知事任期一杯務め上げて1億円を目指して針のむしろでもしがみつくのかなあと思っていたところ、今日になって辞任への動きが本格化しているという話が来ました。本当に辞めるのかは分かりませんけど、いろいろな醜聞が舛添さんを襲ってなお、誰も彼を守ろうとしないのが驚きです。 もしも舛添さんへの嫌疑が本当であったとしても、では石原慎太郎さんが都知事時代はどうだったのか、政治資金について身奇麗でない政治家はほかにいないのかという話になりますとお通夜のような状態になるはずです。それを指摘しないメディアがどうだという批判もあるんでしょうが、それ以上に舛添さんをみんな嫌いだったってことなのかも知れず。参院予算委員会で顔を寄せ合って話す(左から)菅義偉官房長官、 安倍晋三首相、麻生太郎副総理兼財務相=1月19日、国会  一方野党は… というと言葉をいくら尽くしても足りないぐらいの状況ですけど、実際のところ、指導者の毛並みという点では日本の政治家はそれなりに素晴らしい人も多いんです。議論もできるし、政策に関する理解がある人も多く、勉強熱心な人ほどしっかりと考えて行動している。ただ、今回の話でも出てくるのですが、与野党の間で争点がない、だから選挙戦は野党が不利だ、みたいなことを野党幹部が平然と言ってしまうわけです。いや、それをビジョンとして掲げてこなかったから、いざ選挙戦になったときに国民に刺さる活動ができていないだけなんだよ、という話だと思うのですが、その辺は誰もアドバイスしないんでしょうか。 異論はたくさんあるでしょうが、数字を見る限りでは、安倍首相は国民からの高い支持を得ています。今回のオバマ大統領の広島訪問で、教科書に載りかねないレベルの偉業を達成した宰相になったよというのは、明らかな事実です。一方で、原発の問題や、親学、安保法制まで、もう少し国民と向き合って方針を策定しないととんでもない未来が日本社会に降りかかりかねないんじゃないの、という話が山積しているのもまた事実です。私が最近勉強している社会保障方面でも、安部政権なりに、自民党なりに頑張っているところはあるのでしょうが、消費税の増税の見送り(増税自体の是非はともかく)がもしも国の歳入に欠陥を呼ぶならば、社会保障費用は減額せざるを得ないのがいまのポジションなんですけど、なぜか増税見送りのところだけが議論されておるわけです。日本の国民は全員うすうす分かっている自民党代議士会であいさつする安倍首相 =6月1日、国会 日本はこれから貧しくなっていく途上にあるとしても、最低でも次の世代、若い人たちにツケを回さないようにするためには何をしなければならないのかを考えるのが政治だよね、という話だと私は思います。いずれ厳しい状態に陥るようになるかもしれない日本の財政を、どうしましょうか、教育は、治安は、安全保障はといったところを、総花的ではない具体的な議論として優先順位を決め、未来を見定めてビジョンを分かりやすく策定して、国民に提示しないことには政治にならんのだと。 ただ、実際に起きていることは、目の前の宿題に取り組むのに精一杯で、そもそも学校を出てどうするのか考えていない苦学生のような事例です。昔は成績優秀だったけど、いまはちょい微妙な感じで、でも真面目で。  たぶん、日本の国民は全員うすうす分かってることなんですよ、このままでは駄目なのだろう、大変なことになる、ってことは。でも、誰かを犠牲にすることはむつかしいってなると、建前は全部用意しておいて、突かれてもコンプライアンス的に言い逃れができるように、サービス残業してでもうまく回そうとする。しかし、実際にはもう日本にはそんなに金もないし、国民が年金くれ、教育無償化しろ、残業代払え、公務員の生活を守れと言いまくっても全部を満たすことなどとっくにできない社会になってきてます。 つまりは、”右肩下がり”の状況に適応するビジョンを作り上げ、それに見合った政治をすることが求められているのに、国民は”右肩上がり”の経済、社会体制であることを政治に求め続けるから、メリハリを効かせることができず、死ぬべき自治体や法人にも公費を突っ込んで、生きてる人も地域も一緒に共倒れしかねない社会に進んでいくわけです。 もう高度成長なんて絶対に来ないんですよ。来ない理由は「現役世代がだらしなかった」のではなく、子供が減って、移民も入れないから経済成長などしないんです。デフレになるの、当たり前じゃないですか、人の数が減るんだから。需要が減るんですよ。空き家が増えて、資産価値ゼロになった郊外の戸建てに、35年ローン組んで借金返済してきた日本人が一杯いるんですよ。数千万で買った家が、老朽化して無価値になる社会が、人口減って経済成長するはずがないじゃないですか。ゼロ%だって御の字ですよ。毎年、社会に富を生み出す生産人口が毎年2%ぐらいずつ減っていくんですから。 背伸びに背伸びを続けているから、公債費も44兆円毎年出て行ってます。これ全部、借金の返済と利払いですよ。「花見酒経済」なんていいますが、背負ってる酒樽から酒が無くなってしらふに戻ったら何も残らないのがいまの日本経済になってしまう可能性すらある。そして、社会保障費の国庫負担もおおよそ40兆円です。7割が年寄り関連の予算ですね。綺麗に年寄り養育費が、国債発行で充当され、見事に次世代にツケ回されているのが日本の経済の実態とするならば、これはもう回らないでしょう。 本来ならば、参院選は憲法改正云々もありますけど、消費税上げたり増税して社会保障費を確保しようとするのか、増税見送って景気対策やる代わりに社会保障費ガーンと削って夜警国家モードに入るのかの二択の選挙です。だって、カネがないんだもの。誰だよ埋蔵金とかいって騙して結局無くて時間無駄にさせた奴。 状況は結構待ったなしのはずなんですが、実際の政治はというと愛人問題やら野党共闘やらですったもんだして、時間ばかりが浪費されています。まあ、そういう人を選んだ有権者の責任ですから、どうしようもないんですが。ちょっとでも何か考えて、自衛していく以外ないのかなあと思う毎日です、はい。 (やまもと いちろうオフィシャルブログ 2016年5月30日分を転載)

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    アベノミクスは半分しか成功していないことがバレてしまったぞ

    はかなり高い確率でW選になる」と声を挙げ始められていた今年の1月の最初の段階で 【長谷川豊】衆・参W選挙はないんじゃないかと……(教えてgoo) というコラムを発表しまして、4つの理由をもとに「ダブル選はないと思う」と書かせていただきました。あくまであの当時の自分の取材の結果なのですが、そもそも「論理的」に考えればリスクが大きすぎる、と書かせていただきました。 政治の取材をかなりさせていただきましたが、政治って、所詮は人間です。あ~だこ~だと理屈をゴネる記者は多いのですが、私の感覚では「選挙に通っただけの普通の人たち」が織りなす人間劇でしかないというのが正直なところなので、正確に予想できたことは私の一つの自信になりました。 はい。そうですね。 消費税増税は見送り。 衆議院の解散も見送り。です。今年の7月10日に参議院選挙。さて、大きな意味を持つ選挙です。どのような結果になるか…。 結論から言うと、民進は当然、大きく議席を減らします。自民は上積みできますし、公明も少しだけ上積みでしょうか…。おおさか維新は今の議席が少なすぎるので躍進。共産は現状維持。会見に必要な3分の2の議席は…微妙ですね…。本当にギリギリのラインのはずです。 さて、です。 しかし、これは実は、安倍政権にとってけっこう危険な状態と言えて、何かといますと「民進をはじめとする野党が弱すぎただけ」の勝利となる言えます。今の状態の安倍政権はけっこう危険です。と、言いますのも、今回の選挙… 理屈だけ言えば、非は安倍さんの方にあると言わざるを得ません。 そうです。2014年の解散の時にあれだけ「なにがあっても消費税は上げる」と豪語していたのですから、本来は解散して国民の信を問うべきであったことは当然のことなのです。また、どうして消費税が上がらないか、という点に関していえば、アベノミクスの失敗だ、という野党の追及は一定の説得力を持ってしまいます。 私も何度も指摘していることですが、アベノミクスは前半は絶対にうまくいっています。これは皆さん、疑わないで大丈夫です。事実、GDPもかなり上がっているでしょ?それに伴って税収はどれだけ上がっています?順調そのものでしょ? アベノミクスは方向性は間違っていないんです。最初の段階では。でも、続く場所が悪い。 これも何度も指摘していることですが、安倍政権の最大の欠点は2つだけしかなくて、一つは少子化対策。馬鹿の一つ覚えの「保育園を増やしましょう~」政策。私のコラムで何度も指摘している通り、保育園ごときで少子化は改善できません。これは19年も前に世界で行われた調査で明らかになっています。日本ではバカフェミニストたちが握りつぶした情報ですが、保育園を増やしてもイクメンを増やしても 働く女性へのゴマすり しかなりません。少子化は改善できません。結果は出てるでしょ?早く気づけよ、厚労省のアホども。 そして、もう一つが「地方創生対策」です。あまりに稚拙。幼稚園のお遊戯状態。何にも結果が出ていません。 国の経済を改善するための根本的処置って、実はこの2つをかなりドラスティックに改革しなければ出来ないようになっているんです。説明すると長すぎて面倒くさいけれど、とにかく、アベノミクスって、人間の体で言えば、 相当に病に侵されている人間にまず、モルヒネまでは打ちましたよ、と。 で、何とか動けるようにまでしましたけれど、アーダコーダと言い訳しながら「手術に踏み切れない根性なし」状態なのです。 なので時間が経てば経つほどバレてくるんです。「今のままじゃあ経済って回復しないんじゃね?」って。 以前のコラムで指摘した通りで、日本の経済は20年は最低でも回復しません。絶対です。それをちゃんと踏まえた対策を打たなきゃいけないんですけれど、その為には「日本人は間違えたんだ」「失敗したんだ」 とちゃんと厳しく指摘しなきゃいけないんです。「俺たちはバカだったんだ」と。 そして、その上で、老人にばかり垂れ流しになっているお金を奪い取って若者の「子育て世代」に注入しなければいけない。お年寄りはみんなゲロ吐きますが、無視してやらなきゃいけない。東京にばかり流れている金も物も全部奪い取って地方に流さないといけない。東京に土地もってる人は泣き叫びますが、それも断行しなきゃいけない。そうしないと日本って回復しないようになっています。 さて、安倍政権の経済政策が中途半端で止まっていることは完全にバレました。岡田さん以下がダラシナサ過ぎるので今回の参院選は救われるでしょうが…次は持つかな…?応援している人間としては、なかなか心配の尽きない2016年後半と言えそうです。

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    安倍首相をガチで落選させようとする人々

    最近、「落選運動」という言葉をよく耳にします。安保法制の成立に賛成した議員を落選させようという動きです。安保反対デモで注目を浴びた学生団体SEALDsの呼び掛けで広がっているようですが、「なんだかなぁ…」って感じです。せっかくですし、私たちも一度真剣にこの問題を考えてみませんか?

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    選挙が終わったら解散する」無責任野郎から国を守るために

    うになった。これについて志位委員長は「戦争法廃止の国民連合政府を作る。大義で一致する全ての野党が国政選挙で協力する」という。岡田代表はいっとき「志位さんは信頼しているので、いい結論に至るのではないか」と言っていた。しかし、党内からは松本剛明元外相が共闘路線に反発して10月26日に離党を表明した。 岡田氏は「国民連合政府」は党内事情からムリ。共産党が一方的に候補者を下ろして民主党を応援してくれれば「ありがたい」といった思惑ではないか、10月27日に行われた宮城県議選では共産が4から8に倍増、民主が2議席減少して5になった。勢いがあるのは共産党の方で民主党の縮み指向がはっきりした。これでは「ありがたい」話が転がってくるわけがない。 岡田氏は「戦争法案成立」の一点なら野党共闘ができるのではないか、と信じているようだが、そういう考え方は「革命家」の発想だ。潰したあとにどういう政府を作るかを見せずに選挙ができるのか。国民は安定指向だから「現政府がまし」と判断するだろう。民・共一体となったとたんに民主から保守派が抜け出すだろう。宮城県議選のケースは改革派はすでに民主党に見切りをつけて、共産党に乗り換えたということではないか。左翼の衣を着るのがインテリなのか 民主党が野党第2党に落ちたことは民主党が構造的問題を解決しなければ再起、再興は困難だということを物語る。岡田氏は保守派と左派を結んで党を大きくしようという腹だ。この左右を結ぶ方式は民主党誕生の時から同じだ。しかし政権をとったとたんにその矛盾が露呈した。旧社会党勢力が中国の方を向いてしまったため、日米関係は最悪となった。国民が同じ体質の党を再び選ぶわけがないだろう。 旧社会党は衆院で最大時、166議席を占めたが、現在2議席。これはすでに旧社会党、社民党の思想は死んだことを意味する。その死んだ思想を秘めて民主党にもぐり込んだ連中と手を切らねば党勢は衰退するばかりだ。連合は産業別に12人の立候補者を決めた。これはまさに利益代表者そのもので、こういう人物には議員の資格がない。連合選出の議員を入れた会議に出席したことがあるが、利益代弁者そのものだ。 共産党と民主党を結ぶ方式として壊し屋の小沢一郎氏は「オリーブの木」方式を提唱している。オリーブの木に登録した野党各党は当選したら連立内閣を目指す。政策は過半数をとった時点で協議するというもの。1993年に共産党を加えて政権をとったが「共産党」の中身がまるで違う。ベルリンの壁が壊された頃からイタリアの共産党は政権をとるために大変身する。 まず党名を「左翼民主党」と変え、さらに共産党を象徴する仕組みだった民主集中制を廃止し、多数決で政策を決めることにした。党首も議員の選挙によって決まる。要するに普通の政党に変身したのである。日本共産党は未だに民主集中制を守っているが、こういう党は集団とか結社と呼ばれるもので、「政党」ではない。まして国政を動かす権利などないと知るべきだ。新安保法に反対派は「戦争法」だとか「徴兵制」になると大騒ぎした。 しかし国際情勢は集団的自衛権が行使できないと危ういところまできている。中国には南シナ海の岩礁を埋め立て基礎を作ろうとしている。「尖閣諸島は中国の固有の領土」だと宣言している。ここをとりに来たら日本は反撃しなければならない。その際、中国は日本の後ろに米国がいることを常に意識せねばならない。米軍は尖閣までは手助けしてくれないだろうが、中国を牽制することはできる。すでに中国は太平洋の半分を寄こせと米国にいっており、軍備を着々と整えている。国会周辺で開かれた集会で安保法案反対を 訴える坂本龍一氏=8月30日 坂本龍一氏は「9条の精神がここまで根付いていることを皆さんが示してくれ、勇気付けられた」とシールズを賛嘆しているが、シールズのおかげで日本の安全が保たれているとでもいうのか。 作家の森村誠一も「戦争がはじまったら最初に若い人達が殺される。安倍は再び戦争ができる国にしようとしている」と語っている。 作家や芸能人にはこの手の左翼がゴロゴロいる。左翼の衣を着るのがインテリだと思っているらしい。 日本の平和は憲法9条のおかげで保たれているわけではない。田中美知太郎先生は、それなら憲法に「台風は来ないでくれ」と書いておいたらどうかといっている。「自衛隊のリスクが高くなる」とか「徴兵制が始まる」というのもひたすら不安を煽る手口だ。自衛隊員はもともとリスクの高いのを承知で入隊してきた人達だ。リスクが高ければ退却することも自由だ。今どきの戦争は若い人同士が肉弾戦をやるやり方ではない。いわゆるサイバー戦争でベテランが必要なのだ。イスラエルではそれに備えた徴兵制をやっているそうだが電子隊志望には3年(通常2年)やってくれといわれるそうだ。 パフォーマンスの演説で国論を迷わせてもらっては困る。 安保法が無くなったら、日本の安全はどうなるのか。「選挙が終わったら解散する」という無責任野郎から国を守るには、このタチの悪い霧を吹き飛ばし、視界明瞭にすることだ。

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    選挙プランナーが読み解く 日本にネット落選運動は根づくのか

    三浦博史(選挙プランナー) ご承知のように、米国の大統領選挙では、短期間で数億円規模の資金を調達(ファンドレイジング)したり、数十万人ものサポーターを集めたり、さらには動画やSNS等を駆使し支持拡大や集会の動員を図るなど、ネットの特性をフルに活かしている。 わが国の「ネット選挙」は、平成25年4月の「インターネット選挙運動解禁に係る公職選挙法の一部を改正する法律」の成立により、同年7月に行われた参議院議員通常選挙から解禁・導入となったわけだが、法案成立直前に行われた「衆議院政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」に、私は与党側参考人として出席し、“選挙後進国”の現状を打破すべく、「ネット選挙解禁」の必要性を訴えた。 しかし、あれから2年半が経過したものの、選挙の何が変わったのか、特に先の安保関連法の際に話題にのぼった「落選運動」について触れてみたい。 わが国のネット上での「落選運動」の“はしり的かつ典型的事例”としては、平成25年7月の参議院議員通常選挙での2つの事例がある。 その一つは、定数5議席を有力6候補で争った東京選挙区だ。ここでは民主党広報委員長でネット選挙解禁の功労者の一人でもあった民主党公認の鈴木寛候補(現職)と、「反原発」を標榜する無所属の山本太郎候補(新人)による熾烈なネット上での争いが注目を浴びた。参院選東京選挙区に出馬、街頭で支持を訴える無所属・山本太郎候補=2013年7月15日、東京・秋葉原(撮影・山内倫貴) 山本候補が狙ったターゲットは、自民党公認の丸川珠代候補や武見敬三候補ではなく、野党の経済産業省出身で東日本大震災時に政権与党の文部科学副大臣だった鈴木候補だった。 序盤の選挙情勢は、定数5の内、自民党公認の丸川、武見両候補、公明党代表の山口那津男候補、そして、参院選の前月(6月)に行われた東京都議会議員選挙で議席を倍増させ、勢いのある共産党の吉良佳子候補の4人が当選圏内で、残る1議席を民主党の鈴木候補と無所属の山本候補の争いと見られていた。 原発事故をめぐる当時の政府の対応のまずさを街頭の聴衆に訴え続けていた山本候補は、鈴木候補への攻撃に集中する。「文部科学省はSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)のデータを福島の住民に見せず、その後も福島の子どもたちに20mSv/年までの被曝を強いた。(当時)副大臣だった鈴木氏は重大な責任を負っている」と、鈴木候補を名指しで「この方を僕は引きずり下ろしたいんです」と熱弁を振るい、この演説がネット上で拡散した。 これに対し、鈴木陣営も即座に反応し、緊急メッセージとして「どうしても言いたいことがあります。放射能について、誤った理解に基づいて、過度に不安をあおる人がいます」と反論を試みたものの、反論としてのインパクトに欠けていたことは否めず、それから両陣営による批判合戦が始まった。7月14日には鈴木候補が街頭演説中に女性に殴られ、額打撲で全治1週間のけがを負うという事件も発生。通常なら同情票を集められそうなものだが、翌15日の鈴木候補の声明に、名指しはしないものの山本候補を念頭に批判していると解釈される文言があったため、今度は「暴力事件を利用して他陣営を批判した」と、鈴木批判の火に油を注ぐ結果となった。 結果は山本太郎候補が66万6684票を獲得し4位当選、鈴木寛候補は55万2714票で次点(落選)となった。「ネガティブ・キャンペーン」動画配信のインパクト もう一つは、定数2議席を5人の候補者で争った宮城選挙区。 序盤の情勢は、自民党現職の愛知治郎候補は知名度に加え、支持基盤も強くトップ当選が確実視され、民主党現職で党副代表の岡崎トミ子候補も、これまで2議席を自民と民主で分けあってきたこともあり、2位当選は間違いないものと思われていた。この2候補に、みんなの党から出馬した元NHKアナウンサーで新人の和田政宗候補が挑んだ。 その和田候補がターゲットにしたのが、“2位当選確実”とみられていた岡崎候補だ。和田候補は選挙期間中、毎晩インターネットで生放送を行ったり、ブログやツイッターを駆使するなど、和田陣営のネット戦術は実に巧みで、特に岡崎候補の過去の言動に対する「ネガティブ・キャンペーン」の動画配信はインパクトの強いものだった。 それは岡崎候補が2003年の訪韓時に、ソウルの日本大使館前で行われた元従軍慰安婦支持団体主催の反日デモに参加したときの画像を動画に組み込んだものだ。「あなたは知っていますか?」「反日デモに参加した宮城の政治家がいることを」「参院選 宮城選挙区 民主党 岡崎トミ子氏(69)」「あなたの一票を託せますか?」といった内容だ。 この動画の効果は絶大で、これを見たネットユーザーは激しく反応し、“保守系ユーザーの支援”も相まって岡崎批判が大きく拡がった。しかし、この攻撃に対する岡崎陣営の反論らしい反論はほとんど見られなかった。 結果は和田政宗候補が22万207票で2位当選を果たし、岡崎候補は21万5105票と、わずか5102票差で落選した。各市町村別の開票結果を見ると、さらに面白いことがわかる。得票数で和田候補が岡崎候補を上回った地区は仙台市とその周辺部のみで、他はすべて岡崎候補の方が上回っていたのだ。即ち、和田陣営の都市部を重視したネット戦術による勝利といっても過言ではないだろう。 このように、事実に基づいた相手候補批判を行ったところが、従前の「怪文書」攻撃とは大きく異なる。「怪文書」の多くは差出人不詳で、記載されている内容もその大半が事実無根。山本候補、和田候補の陣営が行った「ネガティブ・キャンペーン」は、捏造ではなく、事実に基づいたものだけに、またたく間に拡散したともいえる。 ここで注目すべきは「ネガティブ・キャンペーン」の本質とは何かということだ。 米国の著名な選挙コンサルタントであるトニー・シュワルツ氏に私がお会いした際、「日本にはネガティブ・キャンペーンは馴染まないというが、米国のネガティブ・キャンペーンは怪文書と異なり、すべて事実に基づいたパンチであり、それが選挙戦を面白くする。もし、そのパンチが事実と異なるのであれば、相手候補は正々堂々と、事実に基づいて反論すればいい。しかし、反論できず、あるいは説明不足なら、そのパンチはその候補者の致命傷となっていくのだ」と教えられた。 このように、「落選運動」も事実に基づいたものでなければならない。もし、その内容が事実と異なれば、その発信者は「名誉毀損」や「選挙の自由妨害罪」等で訴えられることになるかもしれない。 「落選運動」は(誰かを当選させる)選挙運動とは異なるため、公職選挙法上の定義規定はなく、未成年者であっても自由に参加できる。 米国の選挙戦でのネット上の「ネガティブ・キャンペーン」は日常的に行われており、有権者もそれには“慣れっこ”になっている。しかし、わが国ではそうした土壌とは異なるため、特定の政党や候補者に的を絞った「落選運動」を行う場合には、より公平・公正な視点・手法による配慮も必要だろう。 選挙を面白くすることは非常に大切だ。しかし、あまりにも意図的なものとなった場合、有権者のさらなる政治不信に繋がる可能性もある。 同時に、ある選挙区で落選させたい人がいれば、当選させたい人もいるはずで、過度の「落選運動」によって、バンドワゴン効果を生み出し、思惑とは反対に攻撃された候補者に同情が集まったり、攻撃を仕掛けたと見なされた(当選してほしい)候補者が有権者の反発を買い、落選に繋がることも想定しておいた方が良いだろう。 「落選運動」に対する一番の対応策は、“落選運動には落選運動”。即ち、“守りより攻め”にあるのかもしれない。 しかし、個人的にはネガティブ・キャンペーン(落選運動)合戦は選挙の本流から大きく逸脱する気がしてならない。

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    落選運動では政治への関心が低い人を巻き込めない

    原田謙介(NPO法人・YouthCreate代表) 来年夏の参議院選挙から、ほぼ間違いなく選挙権年齢が18歳以上に引き下げられます。 私はこの変化を「18歳選挙権“時代”」の到来だと発信しています。選挙権年齢が70年ぶりに変わるということ、それ自体がもちろん大きな変化です。しかし、私は法律的な変化にとどまらず、「若者と政治」あるいは「若者と社会」の関係が大きく変わり、新たな時代に突入したのだと言えるぐらいの動きを作っていく必要があると感じています。そのような理由から「18歳選挙権“時代”」という言葉を使っています。 参議院選挙までまだ半年以上ありますが、各政党・立候補予定者はもちろんのこと、政治に関わる人は選挙に向けた動きを色々と始めています。本稿では、政治への関心が高い人ができる、政治への関心が低い人を巻き込む政治的主張の方法について考えてみたいと思います。 流行語大賞にも選ばれた「SEALDs」。安全保障関連法案への反対を訴えて学生が集い、国会前の集会をはじめとした様々な動きを行い注目を浴びたことは皆さんの記憶に新しいと思います。彼らの想いと反対に安全保障関連法案は賛成多数で成立しましたが、彼らは他の団体など共に、参議院選挙に向けて「落選運動」を始めているようです。落選運動とは、簡単に言えば、自分たちの主義主張とは合わない議員の当選を阻むための行為の総称です。つまり、SEALDsは安全保障関連法案に賛成の立場をとった参議院議員で、来夏改選を迎える人が選挙で当選しないことを目標としているといえます。ですから法案への賛否や、実際の目標を達成するための効力などではなく、冒頭にも書いた“政治への関心が低い人を巻き込む”という視点からみれば落選運動の効果は薄いと考えます。 最大の理由は、一般の人からすれば選挙という決定の機会は遠い先のことだということです。ゴールを選挙の結果に絞り、今から運動を展開することは実感がわきません。安保法案の審議中、国会前の集会に多くの注目が集まったのは、今まさに行われている決定のプロセスに影響を与えるという行動であったからです。しかし、決定のプロセスである選挙の開始は半年以上も先のことであるにも関わらず、すでに選挙を意識しなければならないということはかなり難しいことです。加えて、「安保関連法案はダメな法案で、その法案に賛同した議員を当選させない」という確立した主張以外の考えが入る隙間がないことも、人の巻き込みを更に難しくしています。 つまり「安保関連法案への反対」と「議員を落選させること」、この2つに同意することが運動への参加の要件となるわけです。法案に関心はあったが、結局自分自身の考え方を決めきれずもやもやしていた人や、そもそも安保関連法案の議論を自分事として捉えていなかった人は、これまでの国会前での集会の際に求められていた「安保関連法案への反対」に加え、「議員を落選させること」という大きな決定をしなければなりません。以上のようにかなり先の決定のプロセスに関して、すでに終わった決定のプロセスに基づいた一つの主張を持たなければ参加できないという運動への参加の難しさがあるのです。半年先の選挙に多くの有権者を惹きつける方法 ここからは安保関連法案の話ではなく一般的な考え方を書きます。何らかの主張があるグループが、半年以上先の決定のプロセスである選挙に関して、どうすれば多くの有権者の関心を惹きつけることができるのでしょうか。それは選挙がまだ遠いまさに今、新たな決定のプロセスを作りだせば良いのです。具体的に言えば、選挙の際に候補者や政党が打ち出す政策に影響を与えるという新たなプロセスです。今から有権者として主張をしていくことにより、政策の作成過程に影響を与えることができる可能性を感じてもらうのです。一言で言えば、「○○分野のマニフェストへ有権者の意思を入れよう」運動と言えるでしょうか。グループとしては政治家や政党との対話の機会を積極的に持ち、彼らの政策に対して少しずつの変化を促していくということです。衆院選の街頭演説を聞く有権者ら=2014年12月7日、東京・中野(宮崎瑞穂撮影) また、主張を他の有権者に知ってもらうためのイベントなどを開いて、疑問点に関して主催側との対話が行える機会を作ってもいいかもしれません。主張に賛同していない人でも集える場を作ることで運動の広がりを作る必要があります。「議員を落とす」という議員を向いた運動ではなく、「自分たちの考えを有権者に広める」という有権者の方向へ力を入れた運動になります。 強い主張までは持たなくても、何らかの分野に問題意識や関心を持っている人は多くいます。そのような人に、主催側の気持ちをしっかりと伝え、対話等を通じ、主張に共感してもらう。さらに、その主張により、今まさに行われている決定のプロセスに影響を与えていく。そんな巻き込み方はいかがでしょうか? 最後に、繰り返しになりますが、本稿は落選運動自体を否定しているものではなく、“政治への関心が低い人を巻き込む”という点においての効果は少ないと述べているものであることを改めて述べておきます。

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    来年の参院選で与野党逆転が可能だというこれだけの理由

    での協力も視野に入れながら、引き続き協議することが合意されています。 この協議を成功させ、参院選での選挙協力を具体化させることが必要です。それは戦争法を廃止させるだけでなく、安倍政権の暴走をストップさせ、満身創痍に陥った日本を救う唯一の道なのですから……。 しかし、このような協力が具体化したとしても、果たして参院選で与野党逆転を実現させることが可能でしょうか。その可能性は十分あると、私は思っています。 もちろん、選挙協力の内容や選挙をめぐる情勢がどうなるかは分かりません。今から予断を持たせることも、楽観論を振りまくことも避ける必要があります。 とはいえ、全く可能性がないというのでは頑張る気持ちも出てこないでしょう。条件が整えば大きな成果を上げることができるというのであれば、その条件を整えるために力を尽くそうという気にもなろうというものです。 来年の参院選については、すでに7月30日付のブログ「来年の参院選が楽しみだ」http://igajin.blog.so-net.ne.jp/2015-07-30で書いたことがあります。 そこでは、「第1に、選挙区の定数が変わり……、結果的には自民党にとって不利に、他の政党にとっては有利な形で選挙区の再編がなされ」たこと、「第2に、選挙権が拡大され、18歳以上とな」ったこと、「第3に、国民の政治的覚醒が格段に高ま」ったこと、「第4に、政党支持構造の地殻変動が始まり、政党支持率にも変化が生じ」たこと、「第5に、この間の『戦争法案』反対運動の中で野党間の連携が強まり……、このような経験を生かして、参院選の1人区などでの選挙協力の可能性が出てき」たことなどを指摘し、「これらの変化は、来年の参院選で与党に不利に、野党に有利に働くにちがいありません。安倍政権の暴走を阻止し、政権打倒にまで追い込んでいく運動が、とりもなおさず参院選に向けての準備になっている、それも野党勝利に向けての準備に、という関係が強まっているのではないでしょうか」と指摘しました。 「というわけで、来年の参院選が楽しみです」というのが、この時の私の結論でした。 基本的に、今もこれを修正する必要はありません。ただし、内閣支持率は下がり続けていますが、「政党支持構造」については「地殻変動」というほどの大きな変化が生まれているとは言えないでしょう。 しかし、最後の「野党間の連携」については、大きな進展がありました。「戦争法廃止の国民連合政府」樹立という共産党の提唱をきっかけに具体的な協議が始まったからです。会談に臨む民主党の岡田克也代表(右)と共産党の志位和夫委員長=9月25日午後、国会内(酒巻俊介撮影) 「この点では、沖縄での衆院選小選挙区の経験に学ぶことが必要でしょう。この間の運動によって培われた経験や信頼関係を、ぜひ来年の参院選での取り組みに活かしていただきたいものです」と、先のブログに書いた私の希望はかなえられる可能性が出てきました。ぜひ、これを実現していただきたいものです。 今日の東京新聞は、来年の参院選について「野党協力なら8区で逆転」と報じています。これは、昨年末の衆院選での得票を元にした1人区についての予測です。 2人以上の複数区を含めれば、もっと自民党の議席が減る可能性があります。比例代表でも自民党は議席を減らすでしょう。 というのは、今回改選を迎える参院選は2010年に実施されたものだからです。この時は、選挙直前の菅首相による消費税10%引き上げ発言によって民主党が大敗し、逆に自民党が大勝しました。 次の参院選をめぐる政治情勢は、これとは全く異なるにちがいありません。それは民主党など野党に有利で、自民党に不利なものとなる可能性が大きいと言えるでしょう。「アベノミクス第2ステージ」は「自爆路線」だ すでに、戦争法廃止をめざして次の選挙で賛成議員の落選運動が呼びかけられており、もし、明文改憲が争点とされればこのような運動の勢いはさらに増すでしょう。安倍政権打倒をめざした倒閣運動の一環として参院選が位置付けられているということも大きな意味があります。 さらに、参院選前の通常国会では消費税の10%への再増税が問題となり、軽減税率をめぐって自民・公明の選挙協力がギクシャクする可能性が出てきています。間もなく再開されるTPP参加をめぐる閣僚協議が決着すれば、関連法案が審議されるのも来年の通常国会になります。 そのうえ、日本経済をめぐる情勢も混とんとしてきました。安倍首相は自民党総裁への再選に当たって「アベノミクス第2ステージ」を宣言しましたが、これはほとんど「自爆路線」のようなものです。 600兆円のGDPを目標とする経済成長などは実現不可能で、株価は乱高下しながら下がり続けており、アメリカの利上げも今年中には確実と見られています。アベノミクスを支えてきた円安・株高は終わりつつあり、ほとんど指標は「元の木阿弥」になっています。 このような中で、内閣支持率はさらに低下する可能性があります。内閣改造で一時的には多少上がるかもしれませんが、それを持続させるだけの材料は見当たりません。 参院での現在の与野党差は28議席です。ということは、15議席が入れ替われば与野党の勢力関係は逆転し、野党優勢の「ねじれ現象」を生むことができるというわけです。 先に紹介したように、野党が協力すれば1人区で8議席入れ替わる可能性があり、都市型の複数区でも与野党の議席が数議席入れ替われば10議席ほどの入れ替えは可能です。これに加えて、比例代表での議席が与党から野党に5議席入れ替われば「ネジレ」が生ずることになります。 ただし、これだけでは、次世代、元気会、新党改革など戦争法案に賛成した「隠れ与党」がいますので、戦争法を廃止することはできません。しかし、その執行を停止させることができるようになります。 衆参両院の「ネジレ」が生じるほどに自民党が議席を減らせば、安倍首相の責任問題が生ずるでしょう。参院での法案が通りにくくなれば安倍首相は窮地に立ち、早晩、辞任せざるを得なくなります。 そのような可能性が高くなれば、衆参同時選挙に打って出るかもしれません。そうなれば、戦争法廃止の暫定政府樹立を目指して一気に政権交代を実現するチャンスが訪れることになります。衆院選が無くても、安倍政権を追い詰めて3割以下にまで内閣支持率を低下させれば、安倍首相を辞任に追い込むことができます。 そうならない場合でも、参院選での敗北によって「ネジレ」が生じ、その差が大きなものであれば、いずれ解散・総選挙に追い込まれるでしょう。つまり、野党協力の進展次第では、安倍政権は長く持っても来年7月の参院選までということになります。 これは、「夢物語」かもしれません。しかし、今後の運動の発展や野党の連携と協力、政治情勢いかんでは十分に実現可能な「夢」です。 来年の参院選に向けて、この「夢」を現実のものとするために大いに力を尽くしたいものです。その選挙の結果、参院で与野党逆転が可能だというこれだけの理由があるのですから……。(ブログ『五十嵐仁の転成仁語』2015年9月27日分を転載)

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    「戦争法案」可決 落選運動を粘り強く続けよう

    く、この反対行動をしてきた人たちが「落選運動」を提唱していることに非常に共感するものです。次の参議院選挙、そして衆議院選挙もこの「落選運動」を粘り強く続けていきましょう。 そして、この反対運動が示した効果は非常に大きなものがあったと思います。安倍氏が憲法「改正」も憲法の改正条項の「改正」も断念しましたが、もし、そのようなことを行おうとすれば、これまで以上の反対運動が国民の中からわき起こるだろうことを示してくれました。 何よりも若い人たちが立ちが上がりました。政治に無関心と言われた若い人たちですが、自分のことと考え、立ち上がったことは安倍自民党にとっては全くもって想定外だったことでしょう。日本国民の良識の結集があれば憲法の改悪はできない、それを支配層に見せつけたことです。2012年2月、南スーダンの首都ジュバで、国連平和維持活動(PKO)のために派遣された陸上自衛隊の先遣隊(早坂洋祐撮影) さらには国民の反対が強いということは自衛官にも拒否の意思を強く持ってもらいたいことです。 海外への派兵は、建前は志願制です。命令でもって戦地に動員するということは行われない建前です。しかし、実際は無言の圧力の強制が行われます。拒否者には陰湿なイジメがあるかもしれません。そのような自衛隊で良いのか、私たちにも問われます。既に政府内では、南スーダンでの駆け付け警護が「内定」しています。北海道の北部方面隊から派兵されるのではないかと言われています。「南スーダンでの「駆け付け警護」という戦闘行為へ 自衛隊が武力行使の時代」 既に隊員には無言の圧力が加えられていることでしょう。このような事実上の強制は自衛官を確実に精神的に追い詰めます。 この法案に賛成した人たちは、それでいいんだということなのでしょうが(だから徴兵制はいらないんだというわけです)、この法案に反対した私たちまで、それでいいというわけにはいきません。まさに反対運動に掲げた「わたしたちは闘わない」という言葉に象徴されるとおり、決して自衛官を送り出してはなりませんし、その支援こそすべきです。 現実に問題なのは、実際に戦死者が出た場合です。安倍自民党にとって戦死者を出すことは当然の前提であり、必ずやかいくぐらなければならない壁です。これで1人でも戦死者を出したことによって国民の批判が高まり、事実上、出兵ができない状況になることは絶対に回避されなければならないことなのです。 そのため、戦死者の死の批判を政府に向かないよう、ウヨクマスコミを動員して戦死者が「英雄」であるという演出をすることです。しかも必ずや遺族が悲しみの中にあるのに批判とは何事だという誹謗中傷がネット界では飛び交います。マスコミがそれを利用する構図です。 絶対にこのような妄動に乗せられてはいけません。戦死者を出さない、ではなく、出兵させない、英雄扱いしない、あくまで自民党政権の犠牲者であり、国民は一切、拒否していることを今後も示さなければなりません。 この戦争法廃止のためにがんばりましょう!(『弁護士 猪野 亨のブログ』より2015年9月20日分を転載)

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    SEALDsの合言葉「落選させよう」は公選法に違反しないのか?

    が「賛成した議員を落選させよう」と発した呼びかけが、静かな波紋を広げている。来年2016年夏に参議院選挙が予定されているが、選挙運動には公職選挙法で様々な規制がかけられており、「まだ選挙が始まってもいない段階で、選挙に向けた動きをするのは違法ではないか」との声もある。シールズの合言葉「落選させよう」は、公選法に違反しないのだろうか。【写真】SEALDsの奥田愛基さん会見「デモのつながりは選挙にも影響を与える」「落選のみ」が目的なら選挙運動ではない これまで過去の選挙では、選挙が始まる前の選挙運動、いわゆる「事前運動」を行って、当局から摘発された事例が数多くある。シールズの「落選させよう」は、これに当たるのではないか? との念がよぎる。国会前で行なわれた安保法案に反対するデモでは「法案賛成議員は落選させよう」というプラカードも掲げられていた そもそも選挙運動とは何か。総務省サイトによると、選挙運動とは、「特定の選挙に特定の候補者を当選させる目的で投票を勧める行為」と定義づけられている。 公職選挙法では、この選挙運動は「選挙の公示・告示日から選挙期日の前日までしかすることができない」としている。この選挙期間より前に選挙運動を行うことは「事前運動」として禁じられており、1年以下の禁錮または30万円以下の罰金。選挙権および被選挙権が停止される。 では、落選運動は、この「選挙運動」に含まれるのだろうか? 落選運動の定義を探ると、ネット選挙が解禁された2013年、「インターネット選挙運動等に関する各党協議会」がまとめた改正公選法のガイドラインで、以下のようにはっきりと示されていた。「何ら当選目的がなく、単に特定候補者の落選のみを図る行為である場合には、選挙運動には当たらないと解されている」 つまり、落選運動は選挙運動ではない。だから公選法による時期の制限を受けない。よって、今すぐできる、ということになる。ネット上の「落選運動」の効果は?未成年は落選運動を行っても“問題なし” 念のため、総務省自治行政局選挙課に確認すると、「落選運動は、特定の候補を当選させる意図が含まれる選挙運動と認められない限り、事前運動の縛りはない」と明言。さらに、選挙権のない未成年について、公選法では選挙運動を禁じているものの、落選運動について未成年を規制する法令は何もないため、落選運動に未成年が取り組んでも「問題にならない」と話した。 もちろん、「落選のみが目的」というところがポイント。仮に、誰かを落選させて、誰かを当選させる、という意図が認められると、「政治活動」とみなされ、公選法の事前運動禁止などの規定に触れることになるので注意が必要だ。 さらに、2013年の公選法改正により、選挙期間中には、ウェブサイトなどに選挙運動や落選運動に使用する文書図画を掲載する際は、運営者に連絡が取れる電子メールアドレスなどを表示することが義務づけられた。選挙期間中に落選運動をやるなら、一方的に情報発信をするのではなく、指摘や反論などを受ける態勢を整えておきましょう、ということだろう。ただ、この表示義務は、選挙期間中のみ。選挙期間ではない時期なら、この規制を受けることはない。 だから、ネットを使って今すぐ、例え未成年であっても、「特定の候補者の落選」を目指した情報発信を自由に進めていくことができる。もちろん、根拠のない誹謗中傷などは論外だが、落選運動は選挙運動と比べ、はるかに自由に展開できる印象を受ける。ネット上の「落選運動」の効果は? 果たして、この落選運動は、実効性を伴う活動として広まっていくのだろうか。 実はつい最近、自民公明の推薦候補を巡り、「落選運動」とみられるネット活動が展開された事例がある。その候補は選挙で敗れた。今年1月に行われた佐賀県知事選だ。 同県の元武雄市長である樋渡啓祐さんは、TSUTAYAとコラボした市図書館リニューアルを行うなど、8年超にわたる市政運営で全国的な注目を集め、知名度は抜群だった。一方で、その独創的な手法や言動に反発する人も少なくなく、ネット上でも樋渡さんに反発するサイトが立ち上がった。 樋渡さんは官邸と自民党本部の主導で自公推薦を受けて出馬。ところが、地元の一部保守勢力がこれに反発し、投票日から1か月を切った段階で、無名だった元総務省過疎対策室長・山口祥義さんを擁立。フタを開けると、樋渡さんは4万票近い差をつけられ、山口さんに敗れた。ただもちろん、落選運動が選挙結果にどれほど影響を与えたかを判断するのは難しい。 来年の参院選でも、現職以外の候補がまだ決まっていない選挙区も少なくない。しかし一方で、ネット上では安保法案に賛成した議員のリストが出回っている。参院選の結果はどうなるだろうか。(記者・メディアコンサルタント/坂本宗之祐)

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    安保デモ参加者 安倍氏落選狙い10万人の山口4区移住提言

    ている。 そうはいっても、安保法案の責任者として名前があがっている有力政治家の多くは固い地盤を誇り、選挙に強い議員たちだ。山口県下関市の長府商店街を視察に訪れた安倍首相=2014年8月13日午後 衆院山口4区の安倍首相の場合、昨年12月の総選挙で約10万票を獲得し、次点の共産党候補(約1万7000票)に6倍近い8万票以上の差をつけて楽々当選している。山口1区の高村氏も次点の維新の党候補に8万票以上の差で当選した。「落選運動」といっても、この2人のように解釈改憲の象徴ともいえる議員たちを追い詰めるくらいの選挙戦にならなければ政治を変えることは難しいはずだ。 果たして反対派に“安倍首相落選”への成算はあるのだろうか。選挙・政治制度論が専門の湯浅墾道(はるみち)・情報セキュリティ大学院大学教授は「可能性はある」と、米国の州議会選挙などの落選運動で使われているボート・スワッピング(投票交換)の手法をあげる。 「東京都民が安倍首相を落選させたい場合、ネットで山口4区の人に“安倍首相に入れないで”と依頼し、それに応じた山口4区の人は東京で誰に投票しないでほしいと依頼して投票行動を交換する。落選運動は主にネットで広がるため、効果は大都市の選挙区であるほど大きく出る傾向がある」 これならば、“長年、自民党支持者だったが、安倍首相には反対、でも自民党以外に投票するのも気がすすまない”というジレンマを抱えている有権者も動きやすくなる。 とりわけ参院選であれば、選挙区と全国比例の候補者の投票を交換するといった多様な交換条件が考えられる。かなり有効だろう。ただし、衆院選の場合、ガチガチの「安倍支持者」が多い首相の選挙区で8万票もの大差を覆すほどの有権者が票の交換に応じるかは疑問がある。 安保法案反対派の中から「究極の秘策」として浮上しているのは、もっとストレートなやり方だ。「8月30日に全国300か所以上で行なわれた安保反対デモに参加した人は1日で数十万人にのぼった。デモ参加者を中心に“絶対に安倍さんを落選させたい”という人に呼びかけて山口4区に移ってもらう。10万人規模の有権者が住民票を移せば、現職総理を落選させることも可能だ」(デモ参加者) 現実にはハードルが高いが、もしそんな規模の有権者が行動すれば、どんなに選挙に強い政治家でも心胆を寒からしめることができるはずだ。関連記事■ 落選運動 制約少ないが選挙期間中はSNSで実名の使用が必要■ 政党乱立選挙 7~8割もの投票が「死に票」になる恐れあり■ 落選運動 選挙活動ではないため今すぐ始められると東大教授■ 尖閣上陸問題 2004年自民党政権時も今回同様弱腰対応の過去■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」

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    朝日と毎日の論調が地方選挙をダメにする

    の佐藤孝弘さんが初当選したことは、政権運営にとっては小さくない勝利なわけですが、そもそも論として地方選挙で毎度のごとく思うのは、その地元と関連性の薄い国政マターがメインな争点であるかのようになってしまう違和感です。山形市長選で当選を決め、遠藤五輪相(左)と抱き合って喜ぶ佐藤孝弘氏=9月13日夜、山形市 まあ、選挙というのは血みどろの戦なので、野党陣営が何が何でも勝つための方策として、安保法制を掲げるのはそんなものかと思いますが、そういう当事者間の刺し合いで過熱するからこそ、メディアというものは中立性を発揮して、そういう永田町文脈からは一歩引いて、その地域の有権者が直面する課題を深く考えてもらい、投票率が上がっていくようにするのが本分ではないかと思います。 しかし、たとえば今回の市長選を取り上げた毎日新聞の記事はこんな調子です。山形市長選:まるで地方版「安保対決」の様相(15年9月6日) 6日に告示された山形市長選。参院で審議が進む安全保障関連法案の与野党対立がそのまま持ち込まれ、選挙戦は、さながら「安保対決」の様相だ。 遠藤利明・五輪担当相(衆院山形1区)の地元でもあり、野党側は「安倍政権を追い込める選挙」と結束。1966年以来続く革新・非自民陣営からの市政奪還を目指す自民は、法案賛成を前面に出さず争点化を避けたい考えだが、防戦に追われている。 そして朝日もこんな感じ。安保、市長選争点に 山形、与野党の対立軸(15年9月10日) 国会での審議が大詰めを迎える安全保障関連法案が、山形市長選で主要争点のひとつになっている。国会での与野党対決の構図を映した無所属新顔の2人を軸にした戦い。野党が推す候補が「選挙結果は法案の行方を左右する。山形から反対の民意を示そう」と訴えれば、対立候補の陣営は「地方選と外交・安保は関係ない」と主張する。投開票は13日だ。 両紙とも、さすがに地元の山形版は、市政担当記者が書いた定番の市政の課題連載は一応やっているわけですが、後者の朝日の記事は第二社会面(東京本社管内)に掲載されていて、本社の息がかかってくると、永田町文脈が介入してくるわけですよ。朝日も毎日も野党に“加担”している 沖縄の県知事選のように、県政の争点がイコール基地問題のようになっている場合は例外的に国政とリンクした報道になるのはやむを得ないでしょう。しかし中国が攻めてくるわけでもない山形市で安保法制を“主要争点”扱いとしようとすること自体、朝日も毎日もメディアの中立性を踏み越えて、安倍政権を倒したくてたまらない本音を微妙ににじませつつ、安保法制を争点化したい野党に実質的に“加担”しているわけです。 日本新聞協会が綱領で「報道は正確かつ公正でなければならない」と示す建前論の影で、朝日新聞は昨年の第三者委員会の調査で「角度をつける報道」をやっていたのが暴露されたわけですが、永田町文脈を安易に持ち込む全国紙の地方選挙報道が、不毛な対立を招いたり、政策論議の空洞化につながっていたりするんじゃないでしょうかね。むしろ国政マターを安易に持ち込もうとする中央政党を戒めるような論調をすべきじゃないでしょうかね。別に争点化を避けたかった自民党の肩を持つつもりも全くないけど、政治関連の仕事をしていると、つくづくそう思います。 とりあえず、山形市長選に勝って「安倍政権の打倒へ弾み」なーんてFacebookでシェアしようと思っていたSEALDsクラスタの皆さん、空振りに終わってご愁傷様でした。逆に自民党の皆さんも調子に乗らないことですね。「安保法制が支持された」なんて言わないで粛々と国政と地方のことは切り分けて仕事していただきたいと思います。ではでは。(「新田哲史のWrite Like Talking」より2015年9月14日分を転載)

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    橋下市長の敗因は「シルバーデモクラシー」ではない

    の動かしようのない数字から分かる事は、橋下氏の敗北はシルバーデモクラシーが原因ではないという事だ。 選挙結果として、年代別、男女別の出口調査がテレビで報じられていた。20代から70代以上まで6つの年代と男女に分けられた賛否の割合だ。この調査で反対が50%を上回っているのは50代の女性と70代以上の男女のみだ。それ以外は50代男性も、そして60代の男女まで賛成が50%を上回っている。 これだけを見れば70代以上が全てを決めてしまっているシルバーデモクラシーじゃないかという事になるが、数字の上では40代とそれ以上の年代の人口割合はほぼ半々だ。50代男性と60代まで賛成派の味方についたのに、なぜ負けたのかといえば投票率という事になる。 40代までとそれ以上の人口比がほぼ半々なのであれば、賛成派が負けた原因はワカモノの低い投票率以外に無い。人口比で負けたのならばシルバーデモクラシーという指摘は正しいが、投票率で負けたのなら、それは単に民意が反映されたと考えるべきだ。投票に行かない人は「どんな結果が出ても従います」という意見表明をしている事になるからだ。 つまり高齢者の意見が反映されている事は間違いないがその原因はシルバーデモクラシーでは無いという事だ。※全体の投票率は66.83%と報じられている。自分が確認した限り記事を書いている時点では年代別の投票率を報じたメディアが見当たらなかったが、おそらく本日中には公開されるだろう。投票に行って自分の意見を表明する事は悪い事ではない このようなシルバーデモクラシーの誤解は国政選挙でもあり、以前以下のように書いた。 選挙は投票率が下がるほど組織票がモノを言う。単純な話だが選挙に興味の無いワカモノはこれを知らない。高齢者は投票率が高いので、ある意味で組織票に近いものがある。そして当然の事だが選挙に行く事はなんら悪い事ではないし、自分が支持する政策を実現する人・政党に投票するのも当然だ。それに呼応してリピート率・利用頻度の高い「顧客」向けの政策を打ち出すのも政治家としては当たり前だ。災害より老後を怖がる日本人 ~20代と60代の利害は一致する~ シェアーズカフェのブログより 2012/12/07 反対派が自分の意見を投票する事も、高齢者がワカモノより投票に行くことも、何ら問題のある行動ではない。これを否定するのであれば選挙や住民投票の仕組み自体を否定する事になり、住民投票で賛否を問うと決断した橋下氏を否定する事にすらなりかねない。橋下氏自身も民意に選ばれなかったことをはっきりと認めている。 大阪都構想による二重行政の解消が高齢者にとってマイナスになるとは到底思えないが、今回の結果を受けて大阪は終わった、という意見を多数見かけた。将来大阪が地盤沈下する事になっても、全ては住民にとって自己責任としか言いようが無い。もっと言えば自業自得だ。敗因は女性票か? 先ほど書いた男女別の投票率を見ると、男性の賛成票の多さに比べて女性の賛成票は随分少ない。例えば20代から40代男性の賛成票の割合は60%後半から70%超と強い支持を見せている。同年代の女性はいずれも50%半ばと半数は超えているものの、男性と比べて10ポイントから15ポイントも低い。 橋下氏が女性票に弱いというイメージはあまりなかったが、強権的な手法が嫌われたのだろうか。過去には女性関連の問題で週刊誌に報じられたものや、慰安婦に関する発言などがある。いずれも数年前の話題で今さら掘り返すようなものではないが、僅差での敗北を考えると影響している可能性はあるかもしれない。 今回の住民投票はあくまで都構想の賛否ではあったが、現実には橋下氏の信任投票でもあったように思う。とはいえ、実際にはワカモノの投票率がもう少し高ければほとんど関係の無い小さな影響だと言わざるを得ない。やはり敗因はワカモノの投票率の低さという事になる。橋下氏にすがる記者たちという異様な光景 昨夜11時から始まった記者会見は2時間にわたって続けられた。 橋下氏は会見当初からすっきりとした笑顔を見せていた。最後まで戦い切った満足感、あきらめ、お前ら今後どうなっても俺はもう知らないぞという突き放し……これらがないまぜになったような表情に見えた。「本当に引退するんですか?」「負けたとはいえ半数近くの支持があったんですよ?」「これだけの支持者と維新の会を放り出してやめてしまうんですか?」「例えば10年後の復帰も本当に無いんですか?」 まるで突然引退を表明した芸能人かアイドルに対するような、何とも不思議な質問が新聞社やテレビ局から何度も繰り返された。橋下氏は、僕は奴隷じゃない、職業選択の自由がありますので、と今後について政治家への未練が一切無いことを表明した。 過去の2万%府知事選挙への出馬は無いという発言についても、当時すでに撮影したテレビ番組がお蔵入りになってしまうので嘘をつかざるを得なかった、今はそういう事情は全くない、と取り付くしまも見せなかった。これまで政治家として散々タダでテレビに出て来たけど今後はそうはいかない、と冗談とも本気ともつかないような発言もあった。 しつこく繰り返された本当に辞めるんですか?という質問は、無料で使える「面白いコンテンツ」としての政治家・橋下徹氏が消えてしまう事への未練だったのだろうか。自分にはマスコミとケンカをしながらも、現状打破のために戦う政治家に目の前であっさりと引退を表明されてしまい、辞めないでほしいとすがっている人達にしか見えなかった。それはまるでこれまで批判してきたことに対する懺悔のようだった(市と府を混乱に陥れた責任を取って辞めるんですか?といったようなキツイ質問が多数ぶつけられるかと思いきや、そういった質問は全くと言って良いほど無かった)。足による投票 今回の投票結果は決してシルバーデモクラシーではなく住民全体の意思によるものだ。本人も認めるように賛否が別れる、そして一部からは大いに嫌われているものの稀有な政治家を住民の意思で葬った事になる。 今回の住民投票が将来の大阪に、そして日本にどのような影響を与えるのか。反対派として手を組んだ自民・公明・民主・共産は野合と批判されているが、二重行政の解消は大阪都でなくとも出来ると説明している。 今後は足による投票、つまり大阪の地盤沈下に伴って移住もありうるだろう。停滞した地方から都市部に働きに出るワカモノが珍しくないように、大阪以外の都市に引っ越すという選択肢だ。以下の記事も参考にされたい。■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43503648.html■「残業代ゼロ法案」は正しい。http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43530974.html■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/43721475.html■「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/41886861.html■お金を払ってFPに相談……でも本当に信頼できる? ~同業者の目から見た「ファイナンシャルプランナーの選び方、使い方」~http://blog.livedoor.jp/sharescafe/archives/42814111.html 東京都と大阪都、2つのエンジンで国が回っていく将来を期待していた人も居ると思うが、これが完全に消えてしまうのか、それとも橋下氏が去り、江田氏が代表を辞任した後の維新の党が新しい政策を掲げていくのか、今後も注目したい。なかじま・よしふみ ファイナンシャルプランナー、シェアーズカフェ・オンライン編集長。1979年生まれ。2011年開業、翌年に開設した「シェアーズカフェのブログ」はFPとしてアクセス数日本一を誇る。現在は日経DUAL、アゴラ、ハフィントンポスト等で執筆中。その他新聞雑誌など多数の媒体で情報発信を行う。対面では住宅購入のアドバイスを得意とする。生命保険の販売や住宅ローンの仲介等を一切行わず、FP本来のスタイルで営業中。現在は各種士業や大学教授など、多数の専門家が書き手として参加するウェブメディアを編集長として運営。シェアーズ・カフェ:http://sharescafe.com/関連記事■ 大阪都構想 影響が大きい「政治論としての」敗北■ 政権批判なら何でもいいのか トンチンカンな左派マスコミ■ 高齢者の地方移住 安い生活費と医療がカギ

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    老人の老人による老人のための政治

    大阪都構想に関する住民投票の結果からにわかに巻き起こった「シルバーデモクラシー」論争。将来に責任を持つ有権者層の意見を政治に反映できないと言われて久しいが、高齢者の発言力が強すぎるのか、それとも若者があまりに政治に無関心すぎるだけなのか。

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    民主主義を通じた問題解決は「臭いものに蓋」では進まない

    だ。特に、他世代よりも人数の多い団塊世代が高齢化する中でこの傾向が顕著になっている。 第二に、日本の選挙制度では一票の格差が温存され、高齢化が一段と進んでいる農村票の価値が高く設定されていることである。 人口構成については、誰かに責任がある問題ではないが、選挙の度に問題となる一票の格差問題は人為的に作り出された民主主義の欠陥である。しかも、最高裁さえも投票価値を1倍に近づけていこうという発想はなく、衆議院では2倍以内、参議院では概ね4~5倍以内が目指されているに過ぎない。参議院が地域代表としての特性を持つというのは百歩譲ってそうかもしれないが、衆議院についてはかような欠陥を正当化できるようには思えない。 第三に、高齢者の投票率が高いということが指摘される場合もある。この点は各世代の行動様式の問題であり、過剰代表の原因であるのはそうとしても、以上に挙げた構造上の点と同じ次元で捉えるべきかどうかは微妙なところだろう。 では、シルバーデモクラシーが、問題である所以は何かというと、民主主義における負担と給付の関係が崩れ、不公正が生じてしまうということに尽きる。 近代民主主義の根幹には、「代表なくして課税なし」という言葉に代表されるように、負担と給付を均衡させる発想がある。絶対王政下ならばいざ知らず、このバランスが崩れると、「割を食う」集団が現れ、民主主義を長期的安定的に持続させることができないからだ。 ことがそれほど単純でないのは、ここに福祉国家の理念が重なってくるからである。福祉国家という制度は、負担と給付をバランスさせるという発想を、「能力に応じて負担し、必要に応じて給付する」という発想で修正したものである。そして、近代化の過程では高齢者は弱者であることが多かったため、現行の福祉制度は高齢者を弱者として制度設計が行われている。 結果として起こってきたのが国民の負担能力を超えた福祉の膨張であり、強者としての高齢者による既得権保護の欲求である。実際、日本でも何十年も社会保障改革が叫ばれているが、現役世代の負担増は進んでも、高齢世代の給付減は少しずつしか進んでこなかった。 シルバーデモクラシーの問題が根深いのは、民主主義の中で解決することが極めて難しいということである。多数決原理を原則とする限り、上記の負担と給付のアンバランスを克服することが困難だからだ。この困難さは、他国においても日本においても繰り返し証明されている。  民主主義を通じて解決が難しいからこそ、民主主義の外側に解決策を求める声も大きくなる。高齢者の過剰代表性の補正を目的とした、一票の重みの調整や世代別の投票制度などである。個人的には、殆どリアリティーのないこれらの提案には懐疑的である。むしろ、問題の本質から国民の目を背けさせ、社会の階層、年代でのセクト化を助長するものとして害があるとさえ思っている。民主主義の欠陥は、民主主義を通じた修正を尽くしてから検討されるべきと考えるからだ。そして、民主主義を通じた解決の前提は、問題の所在を明確にすることである。 例えば、世代間不均衡の代表例である年金の負担と給付の格差については、年金は損得で考えるべきでなく世代間の助け合いである、という誤魔化しがまかり通ってきたことは問題である。これでは、民主主義を通じた解決は望むべくもない。結果として、年金の信頼感がガタガタとなり、負担する人の割合が極端に低下するというマイナスのスパイラルが生じている。 住民投票を通じた大阪都構想の否決は、シルバーデモクラシーの問題を先鋭化させた。民主主義を通じた問題解決は、「臭いものに蓋」では進まない。その意味で、一連の経緯を通じて、シルバーデモクラシーの問題が晒され風が当てられたことはいいことだったかもしれない。フラストレーションが高まっている方々にとっても、そう考えることで多少は救いとならないであろうか。もちろん、問題の所在が明らかになった後には、問題の解決に向けて汗をかくリーダーが必要であるのだが。関連記事■ 大阪都構想 影響が大きい「政治論としての」敗北■ 政権批判なら何でもいいのか トンチンカンな左派マスコミ■ 高齢者の地方移住 安い生活費と医療がカギ

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    民主主義の“当たり前”を変えられないことがシルバーデモクラシーだ

    いくことが求められている。 もちろん、現状を打破するための取り組みは色々と進んでいる。インターネット選挙運動の解禁や大学内への期日前投票所設置等がわかりやすい事例だ。さらに、選挙権年齢に達していない子どもを持つ親が、子どもに代わって投票に行くことができる制度(子どもが二人いれば、親が3票投じることができる)などの大胆な変化も本格的に検討が必要だ。 少子高齢社会においてであっても、若者を政治のほうに振り向かせ、主体的にアクションをとるためには何ができるのか。ひきつづき考えたい。「シルバーデモクラシーだよね」、で諦めるのは早すぎる。まだまだやれることはある。関連記事■ 大阪都構想 影響が大きい「政治論としての」敗北■ 政権批判なら何でもいいのか トンチンカンな左派マスコミ■ 高齢者の地方移住 安い生活費と医療がカギ

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    なぜ「泡沫候補」は選挙に出るのか

    自身の裸体を選挙ポスターに掲げた人もいれば、元グラビアアイドルや大物歌手の元カレといったユニークな経歴の人たちが、今回の統一地方選に立候補し、地方自治の在り方とは違った意味で注目されている。当選する見込みがほとんどないのに、なぜ彼らは選挙に出るのか。

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    映画「立候補」監督が問う 泡沫候補とは何か?

    藤岡利充(映画監督)羽柴誠三秀吉の死去 2015年4月11日。日本全国の選挙に何度も立候補し続けた羽柴誠三秀吉(本名:三上誠三)氏が65歳で亡くなった。羽柴氏は青森県五所川市金木町出身。青函トンネルの土をダンプで運ぶことをきっかけに財を築いた。自宅は日本の城を模したもの。甲冑を身につけ、ヘリコプターを飛ばすなどの派手な選挙パフォーマンスは、目立ちたがり屋で金持ちの道楽立候補、選挙の時だけ現れては消える水の泡、泡沫(ほうまつ)候補として揶揄する人もいた。一方で、人から何を言われようとも我が道を行き、自由奔放に生きていると賞賛する人もいた。本人はどう考えていたのか?2000年の大阪府知事選に鎧兜姿で出陣する羽柴誠三秀吉氏 2012年6月。まだ闘病中だった羽柴氏に、私はインタビューした。「今後、羽柴氏を手本にして立候補する人たちも現れてくるのではないか?」 すると、意外な答えが本人から返ってきた。「まず、私を手本にして欲しくないナ。戦って、戦って、最後の結末で勝てたなら、いくら負けても、何度でも戦っていけ!と言うけどもヨ。まだ私は最後の戦いに勝利して、(政治の世界に)歯車を噛ませていませんから。だから、私を手本にはして欲しくないナ。」 泡沫候補と呼ばれた彼は、負ける前提の戦いではなく、勝利を信じ選挙戦を戦い、社会の歯車となることを目指していた。羽柴氏のカメラを見つめる目は優しく、言葉は力強かった。羽柴氏が亡くなったことを大変残念に思う。 供託金 日本の選挙には、供託金制度というものがある。例えば、大きな首長や国政の選挙では立候補するのに300万円が必要となる。もしも、一定の得票率に達しない場合は300万円が没収される。海外の民主国家では供託金制度自体がないところも多く、立候補をお金によって制限することにも議論がある。しかしそれ以前に、この供託金制度自体を知らないという人も多い。日本人の多くは、立候補という政治参加の手段を存在しないものとしている。政治参加の手段1「家の中でグチる」2「家の外でガナる」3「投票する」4「立候補する」5「革命を起こす」 今の政治に対して満足している人は3の「投票」で良いだろう。しかし、現在の政治に対して不満があり、支持する政党や政治家がいない場合、どうしたら良いだろうか? 棄権や無記名投票は、政治に対して何ら法的効力を持たない(憲法改正では有効かもしれないが)。1も2も法的な力はほとんどない。5番目の「革命」は違法だ。 泡沫候補と呼ばれる人たちは、政治に対して不満があり、投票先が見当たらなくて、4番目の「立候補」という合法的な政治参加の手段に気づいてしまった人たちなのだ。 あなたはまだ、負けてすらいない。 とはいえ、いきなり選挙に立候補しても、落選必至である。出るからには勝ちたい。地盤(組織力)、看板(知名度)、鞄(資金力)。もしも既成政党にも各種団体にも頼らず、自力で当選したいと考えたなら…。 鞄は借りることが出来る。でも看板は借りることができない。看板は、芸能人やスポーツ選手など限られた人だけしか持てない。しかし、選挙での勝利を目指し、その手段として知名度(看板)を上げようとすると、こう言われる。 「目立ちたいだけでしょ。」 彼らは目立つことが目的ではない。あくまで、それは手段。インターネット、学校、職場。認められたい、勝利したい思う場所は人それぞれ違う。この言葉を投げかけた人は、自分自身が何か新しい大きなことに立候補しようとするとき、自分に返ってくる。 「目立ちたいだけでしょ。」 負ケルトワカッテ、ナゼ戦ウ? 私は泡沫と呼ばれる立候補者たちを取材した映画「立候補」で、上記のコピーをつけた。この言葉は立候補しない人たちから、泡沫候補たちへの問いかけを意味している。大阪出直し市長選の告示日、戎橋上で遊説するマック赤坂氏 私は負ける戦いを仕掛けることがおかしいとは思わない。なぜなら、私自身が、生まれてから死ぬまで負ける戦いをしているからだ。お金を貯める。体を鍛える。映画を作る。そんなことしなくても三途の川は必ず渡れる。患者を治療して、その患者の最期を看取る医者のことを誰もおかしいとは言わない。 老病死。いつかは負ける人生という戦いの中で、かりそめの泡のような勝利を目指してもがくことは美しい。例え、その戦いで敗北しても、今度は子供たちが勝利を目指して戦いを続けてくれるだろう。 映画の中では最終的にカットしたが、私は上記コピーの問いかけに答えを3つ用意していた。  1.死に場所を求めている。2.いつかは勝てると思っている。3.思いは誰かに伝わるから。 2013年1月、泡沫候補として有名なスマイル党総裁マック赤坂氏はこの問いかけにこう答えた。 「うん。それは基本的に2だよ。勝つための立候補であって、その上で結果的に3も達成します。当選に向けて逆算すれば良いんでしょ?俺の選挙戦は今まで投票へ行かない若者にアピールしていた。次は投票へ行く人たちにアピールすれば良いんだろ?もうレオタードは封印だよ!」 レオタード封印と宣言したインタビューから約半年後の2013年7月。参院選に立候補したマック氏は、衣装をレオタードから、ガンジーの衣装に変えた。勝利を目指す手段は人によってさまざまだ。 私は映画で勝利を目指し戦い続ける。あなたは、どんな泡沫候補ですか?ふじおか・としみち 映画監督、ディレクター。1976年生まれ、山口県出身・在住。立命大卒。ワードアンドセンテンス合同会社所属。映画作品に「フジヤマにミサイル」(2005年)、「映画「立候補」」(2013年)。著書に「泡沫候補」(ポプラ社)。現在、新作映画に向けて準備中。関連記事■ 上西小百合さん、議員辞職を拒否ですか 責任は維新の会にある■ 橋下徹が本当に冷たい人とは思わない■ やっぱり若者はダメだ…広がる失望を払拭できるか

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    選挙に強い泡沫候補”はすべて計算ずくのことである

    外山恒一(政治活動家、「我々団」総統)少しもフザケてなどいない 私が(普通の意味で)選挙に出たのは05年から08年にかけての計4回だけで、したがって直近のものでもすでに7年前のことになる。一番よく知られているであろう東京都知事選への出馬は07年4月である(他の3回は05年11月の鹿児島県霧島市議選、件の都知事選を前半戦とした07年統一地方選の後半戦・熊本市議選、08年4月の鹿児島市議選)。 都知事選の政見放送で私は、選挙での社会変革の可能性を全否定し、はっきりそうは云わなかったがおそらくはきっと何か物騒な手段での「政府転覆」を呼びかけて、一躍“著名な泡沫候補”の仲間入りをしたわけだが、“泡沫候補”呼ばわりされること自体に特に異議はない。 もっともマスコミも含め世間一般のその線引きは非常に恣意的ではある。とくに奇矯な印象でもない無名の地味なオッサンたちも泡沫候補扱いされるから、キャラで峻別されているわけでもあるまい。絶対に当選するはずがないのになぜか立候補してる人、をそう呼ぶのであれば、07年以来の都知事選を例にとれば、石原・猪瀬・舛添氏の当選は投開票を待つまでもなく明らかだったのだから、浅野史郎、黒川紀章、そのまんま東、ワタミ、宇都宮健児、松沢成文、細川護熙、タモちゃん(田母神俊雄)ら各氏、みんな泡沫候補ではないか。 ただ多少不服なのは、どうも世間では“笑える”イコール“フザケている”という等式が常識的であるらしいことだ。むろん“笑わせる”ことと“笑われる”こととは全然違う、ということでもある。私は明確に意図して“笑わせた”のだし、私以外にも(私にはミジンも面白いとは思えないが)わざと“笑わせて”いるらしい著名泡沫候補もいる。だがそれとはまったく違う水準で、さらに不服なのである。私は“笑わせた”が、少しも“フザケて”などいない(もう一人の著名泡沫候補は明らかにフザケている)。件の政見放送で語った内容は、すべて私が心の底から本気で思っていることばかりであり、そうでないフレーズは一つとしてない。東京都知事選に落選し、熊本市議会議員に立候補した外山恒一氏=2007年4月17日、熊本市内 私は他の(少なくとも主観的にはマジメなタイプの)著名な泡沫候補たちと違って、その主張の内容に(婉曲に云って)独創的なところはまったくない。世界史の教科書にだって太字で載ってる左右のメジャーな反体制思想であるアナキズムとファシズムとが私の信条(正確には“アナキズム経由のファシズム”)であり、“選挙否定・議会制民主主義否定”はそれらに共通する主張でしかない(ムソリーニもヒトラーも議会進出はしたが、彼らがそれら“民主的”システムをハナっからバカにし、状況次第で平然と踏みにじったことを否定する者はあるまい)。勢力的には極少な過激思想の表現にいきなり触れた無学な人民が唖然とするのは仕方がないが、一流大学の学生や出身者どころか教授レベルにさえそれらと大差ない反応が多いことには、むしろこちらが唖然とさせられた。 私はただ自らが拠って立つアナキズム&ファシズム(無学なインテリたちはこの併記にも唖然とするようだが、先入観を捨ててそれらの成立史を辿ってみれば、両者はほぼ表裏一体の思想である)の選挙観を、例えば社会派ミュージシャンがいくら渾身の歌詞とはいえ、それをただ棒読みすることはなく必ずリズムを整えメロディをつけアレンジを施すように、できるだけ多くの人を最後まで飽きさせず画面に釘づけさせられるよう、レトリックと“役作り”の面を工夫して伝えたにすぎない。 選挙に出た目的も私の場合ははっきりしている。私は選挙を中心的手段としない、直接行動的な闘争の延長線上に革命を展望しており、中期的には60年代末のようなラディカルな学生運動が、かつてのそれとは違い左派の枠内で模索されるのではなく右派的な志向を持つものとして再興することがその唯一の突破口であると考えているが、そのさらに前段階としてはまず誰かが現代に公然とラディカリズムの旗を掲げて登場しなければならない。それが私の05年から08年にかけての一連の立候補だったというだけである。 要するにラディカリズム復興のための核となる“最初期の同志”を求めての立候補だったわけだが、その目的は充分には果たせず、各地から私が本拠としている九州へと移住し合流した、志ある感心な若者は数名しか出現せずに終わった。その理由は、日本のジャーナリズム・アカデミズムあるいは前衛美術シーンなども含めて、私の予想をはるかに下回る水準で停滞しており、“マジメなラディカリズムの論客・活動家”として各種メディアに進出するという、都知事選後に想定していた“二の矢”を放てなかったことにあると考えている。政治活動を選挙便乗路線に政治活動を選挙便乗路線に したがって08年の鹿児島市議選を最後に、存在アピールとしての(当落を度外視、というより落選前提の)立候補路線は断念し、やはり政治的関心が通常より高まる機会ではあるので度々“選挙”には便乗しつつも、以後は別の方向を模索している。 08年にはアメリカ大統領選に“勝手に立候補”を表明する演説動画を自作して公開し(これまたわざと“笑わせる”工夫を随所に施してあるが、内容的には極めてオーソドックスな“反グローバリズム”である)、11年の都知事選でも正規の政見放送の放映時間に合わせて“自主製作の政見放送”動画を公開した(こちらはそんなに“笑わせる”ことは追求していない“マジメな”演説である)。 “3・11”以降は、もともと駆け出しの活動家だった88年の第1次反原発ブーム以来、反原発の主張を撤回したことはないし(03年に獄中でアナキズム→ファシズムの転向を果たした際に“原発にも核武装にも反対”の立場から“原発反対・核武装賛成”の立場に移行した程度である)、原発問題に絡めて各種選挙に“便乗”してきた。12年暮れの衆院選では、九州各地の原発推進派と思われる立候補者たちの選挙カーを、「原発問題を争点に!」と大書した街宣車で、ショパンの葬送行進曲を浴びせながら1候補につき1日ずつ追い回しつつ、「今、目の前を走っている何々サンは原発推進派です!」と沿道をご通行中の有権者の皆様に云いふらす“原発推進派懲罰遠征”を敢行し、13年夏の参院選では、たまたま他の用事で北陸から東北・北海道にかけての長旅の最中で、その合間に片手間で、今度は「こんな国もう滅ぼそう原発で」と看板を書き換えて、忌野清志郎のイヤミったらしく能天気な曲調の「原発賛成音頭」を爆音で鳴らしながら、北日本各地の繁華街で「原発を標的として狙う私たちテロリストは、原発を続けてくれる自民党を支持します!」と表明して回る(この時は“選挙カー追い回し”はしなかった)“自民党ほめご…いや大絶賛キャンペーン”を展開した。ほぼ同じことを14年の都知事選でも、原発推進派のタモちゃんと、とくに当選確実だったやはり原発推進派の舛添サンを標的におこなった。無責任な期待に応える気は一切ない これら一連の行動によって、遅まきながら私を“マジメな政治活動家”として認知してくれる人が多少は増えてきたのはよいのだが(選挙のたびに確実に支持者を増やし、一部では“選挙に強い泡沫候補”とまで云われた)、もちろん私は反原発派であると同時に反選挙派であり、原発がらみの選挙介入も、そんなことで選挙結果を左右できるとは考えていなかったし、むしろ逆に、いつまでも選挙に幻想を抱いて、フツーに立候補したり、立候補をした人をマジメに応援したりしている愚かな反原発派の諸君に、“選挙以外の直接行動路線”を身を以て提示するための行動だった。そこらへんがどうも誤解されて、単にちょっと奇抜な手法でのマジメな選挙介入だと思われてしまったフシがあるので、先日の統一地方選では、反原発の主張はいったん一切引っ込めて、選挙の無意味さを告発し、投票ボイコットを呼びかける“ニセ選挙カー”を、福岡市議選をはじめ、九州各地の選挙戦エリアに走らせた。 考えてみれば07年の都知事選以来、本拠の福岡ではそれほど派手な活動はしておらず(先述の“懲罰遠征”の舞台の一部としたぐらいか)、少数の同志たちと地味な“学習会”など組織していた程度なので、そもそもずーっと福岡にいるのに、今回の“ニセ選挙運動”で「なぜ外山恒一が福岡に?」という反応が多いのを見て反省した。今後は選挙と無関係にも、日常的に福岡での街宣活動に力を入れて、いよいよ“党建設”を最優先課題とするつもりである。 かくのごとくに私の行動はすべて、あくまで将来の革命政権樹立を念頭に、現在がそのどれくらい手前の状況であるかを勘案して展開されているので、「また選挙に出てくださいよ」などという単なる面白がりの無学な自称“ファン”どもの無責任な期待に応える気は一切ないのである。中期的には、我が革命党がいよいよ数百数千の規模に拡大したら、同志たちの一部をまずは地方議会に順次送り込むための本気の選挙戦を考えてはいるが、その場合も私自身が出馬することはないだろう。革命を目指す党において、公職の議員などはせいぜい中堅幹部が担当する役割にすぎないからである。私を本当に支持してくれたり、支持はしないまでもマジメな考察の対象としてはくれている人々は、選挙なんぞという、我々過激少数派にとっては徹頭徹尾どーでもいい“多数派のお祭り”の場に公式に登場せずとも、今でも引き続き私の一挙手一投足に注目しており、「外山恒一って今どうしてるんだwww」とかツイートしたりしないので、これでいいのである。関連記事■ 上西小百合さん、議員辞職を拒否ですか 責任は維新の会にある■ 「スネ夫」的生き方を是とした橋下徹の少年時代■ 記者へのお礼に果物贈る議員秘書 「腐るから」と返品回避する

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    有名候補者、“唯一神”又吉イエス代表の素顔に迫る

     2大政党の時代。地盤もカバンも看板もなく国政選挙に出馬し“独自の戦い”を繰り広げる候補者たちがいる。新聞やテレビなどでは半ば存在しないものとして扱われている彼らの中で、ネット上で「唯一神」と呼ばれ伝説的な存在となっているのが、「世界経済共同体党」の又吉イエス代表(65)だ。「対立候補は腹を切って死ぬべきだ」「唯一神又吉イエスが地獄の火の中に投げ込む」などの過激なスローガンで知られ、実際の得票数をはるかに上回る独特のプレゼンスを示す又吉代表の素顔に迫った。唯一神が扇風機を… JR高田馬場駅周辺の繁華街から少し離れた新宿区下落合の住宅街。又吉代表が代表を務める世界経済共同体党の事務所は、針灸院やもんじゃ焼き屋などが入居する雑居ビルの4階にあった。 暗く狭い階段を上る。「地獄の火の中に投げ込まれるようなことになったらどうしよう」と緊張しながらドアをノックすると、又吉代表の妻、正子さん(62)が出迎えてくれた。 12畳ほどの部屋の真ん中にある簡素な応接テーブルに案内されると、唯一神が自ら扇風機をかついで向きを変え、「冷房の効きが悪くて申し訳ありません。風は来ますか」と気遣ってくれた。とりあえず火あぶりは避けられそうだと一安心した。 最も話題を集めている選挙ポスターの過激な文言の意図について質問したところ、「腹を切って死ぬべきだ、というのは責任追及であり、日本の責任感の精神なんです。神の当選を邪魔しているのだからその罪万死に値する、という意味でもある」という。公職にある者は命をかけて臨み、失政を猛省すべしということだと、私は理解することにした。 「参院選のときは(選挙区が東京全域であり多くの立候補者がいるため)首相を名指ししているんですよ」。切腹の指名相手は、衆院選と参院選でちゃんと使い分けがあるようだ。雑貨屋の5人兄弟の末っ子 「私が再臨した沖縄県宜野湾(ぎのわん)市の大山というところがあるんですが、そこの海はとっても…最高です。もちろん私の創造の手によるものです。ほかのところの海ももちろんいいんですが、(宜野湾の海は)とってもいい…」 又吉代表は昭和17年、沖縄本島中南部の宜野湾市(当時は宜野湾村)の雑貨店に、5人兄弟の末っ子として生まれた。戸籍名は又吉光雄。中央大学商学部に進学し、東京の商社や設計事務所で働いた後、沖縄に戻った。 家の近くの海で泳いだり潮干狩りをしたり…。子供のころの故郷の美しい海での楽しい思い出を語る又吉代表は、政治の話をしているときの激しさとは全く違う、本当に幸せそうな表情を浮かべた。 沖縄に戻った又吉代表は自動車販売店勤務、学習塾経営などを経た後、牧師となって教会を開いた。主に精神障害の患者に対し、心のケアを行った。当時は心の病に対する偏見が強く、世間の無理解に苦労を重ねたという。 そんな中、故郷の海岸を埋め立て地とする計画が持ち上がり、反対運動を起こしたのが政治にかかわるきっかけだった。沖縄県庁で「再臨宣言」 「絶対に許さない」。故郷の海を愛する又吉代表にとって、まったく受け入れがたい計画だった。しかし運動もむなしく、埋め立ては進んでいく。その抗議行動の最中、沖縄県庁で又吉代表は自らをイエス・キリストだとする「再臨宣言」を行った。 「これは(神としての)予定の行動です。これからは政治を直接私がみる時代だ、時期がきたな、と」。又吉光雄から、唯一神又吉イエスへと変わった瞬間だった。 以後、平成9年の宜野湾市長選を手始めに、沖縄県知事選、名護市長選などに相次いで立候補。いずれも落選した。 そして14年、2度目の県知事選立候補の際に掲げた「沖縄県民が唯一神又吉イエスを次期沖縄県知事にしないというなら、本世界経済共同体本部は東京に持って行く。それは沖縄県民の子や孫・ひ孫達、更に末代までの沖縄県の恥になるが、それでもいいのか」との公約に従って、15年の衆院選には東京1区から出馬した。 「腹を切って死ぬべきだ」のスローガンなどにより、ネットを中心として一気に“全国区”に。この選挙以降は、ずっと東京を活動拠点としている。又吉代表、選挙の資金源は…資金源は軍用地地代 法定得票数に達しなかった候補は供託金を没収される。その額は衆院選挙区立候補の場合300万円。軽い金額ではない。 「300万円をドブに捨てているのではないか、その金で困っている人を助けられるのではないかとご批判もありました。しかしそれでもやらないといけないのが私なんですね」「私が唯一神の世界経済共同体を作らない限り、一人ひとりの困っている皆さんを助けられないんですよ」 寄付も最も多いときで200万円ほどであるため、足りない分や実際の選挙活動費は、年400万円ほどある宜野湾市の普天間基地内に所有する軍用地の地代収入から拠出しているという。 1~2年に1度のペースで出馬しているため、冗費は許されない。一張羅のグレーのスーツも、2年前の参院選の際に近所のスーパー「ライフ」で買った約1万円のものだ。 「私はライフ育ちなんですよ。ライフで身を包んでます」。室内を見回しても電化製品の型は古く、本棚にいたっては3段のカラーボックスを2つ並べただけ。唯一神の生活は、実に質素だった。「2ちゃんねらーの功績大」参院選、JR新大久保駅前で演説する又吉光雄氏=2013年7月7日、東京都新宿区 沖縄時代はほとんど夫婦2人だけで行っていた選挙活動だが、現在はボランティアによって支えられている。 人数は19年の参院選の場合、50~60人ほど。ネット上で初めてブレークした15年衆院選では、巨大ネット掲示板「2ちゃんねる」を通じ、個人同士で連絡を取り合った若者約90人が手伝いに訪れたという。 「2ちゃんねらーのみなさんが連れ立って、たくさん来ていただいたようです」 当初は学生が多かった支持者層だが、6年がたった今では「外に出ましても声をかけてくださる皆さんが…あれ、世界経済共同体党もちょっと歳とってきたな、年期が入ってきたなと。皆さん、30歳ぐらいになってきてますよ」。 そんな子や孫ほどに歳の離れた世代のボランティアや支持者たちに囲まれてあれこれ語らうのが、選挙期間中の何よりの楽しみ。 彼らにパソコンの使い方を習ったり、公式サイトを作ってもらったりしたことを、好々爺の表情で語る。「唯一神又吉イエスにとって、2ちゃんねらーの皆さんの功績は大きいです。とっても大きいです」。「本当に恩師です」 「すごく優しくてとてもきめ細かい先生でした。子供心にも、大丈夫かな、と思ったほどに」。学習塾経営時代の又吉代表の教え子だった那覇市の映画館「桜坂劇場」番組責任者の真喜屋力(まきやつとむ)さん(42)は、当時の印象をこう話した。 「目がまっすぐな人でした。今はやせて目だけギョロッとした感じなんですが、昔はもっとぽっちゃりしていた」 小中学生を対象に、全教科を又吉代表がみる小さな個人塾。月謝は4000円程度で、当時としても格安だった。教え方は徹底した教科書中心主義で、問題を理解するまでやる。「熱心に、意味を考えるよう教えてくれました。車での送り迎えもあった」という。 「本当に恩師です。おかげさまで、立派に…かどうかはともかく、社会人としてやっています。今でも感謝しています」。真喜屋さんはいつか又吉代表に会ってそう伝えたいという。(磨井慎吾) 関連記事■ 上西小百合さん、議員辞職を拒否ですか 責任は維新の会にある■ 「タカ」も「ハト」も不毛だ■ 沖縄県紙の市長選「介入」報道は許されるのか

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    本気で当選目指した羽柴秀吉氏 家では別の顔を持つ父だった

    有名な「泡沫候補」が死去した。自分を生まれ変わりと信じていた「羽柴秀吉」の名で東京都知事選など多くの選挙に出馬した三上誠三氏が4月11日、肝硬変のため65歳で亡くなった。 甲冑姿のド派手な選挙ポスターや大阪城を模した自宅などが話題となり、「泡沫候補」の中でも名の知れた存在となった。選挙にのめり込むようになったきっかけを次男の大和氏が話す。 「父は20代の頃、青函トンネルの土砂運搬工事の仕事を、談合破りをして取ってきたことがあったそうです。そのせいで青森の業者からは締め出しをくらい、隣の秋田県まで資材を取りに行かなければならなかった。そんな経験をしたことで、政治の力で公共事業をめぐる悪しき風習を何とかしたいと思ったようです」4月11日に亡くなった「羽柴秀吉」こと三上誠三氏 1976年に地元・青森県金木町(現・五所川原市)での立候補を皮切りに、2011年の夕張市長選まで「計17回立候補してすべて落選」(大和氏)。2005年、五所川原市長選に立候補した際に支援した民主党青森県連副代表の今博氏が振り返る。 「どうやったら有権者に思いが伝わるかという情熱を持っていて、金色の名刺を配るなどして印象に残るアピールをしていました。長靴に会社の作業着姿で演説するなど庶民的な面もあって、人なつっこい笑顔が印象に残っています」 ところが、意外にも家庭では全く別の顔を持った父親だったと大和氏はいう。「家族の前では口答え無用の『鬼』でした。怒鳴るわ手が出るわで誰も逆らえません。子供の頃は私の友達ですら『お前の親父がいるなら家に遊びに行かない』というぐらい恐れられていた。晩年、病気で立っているのがやっとの状態でも、柱にしがみつきながら怒鳴り散らしていたくらいです。 仕事人間で朝は早く夜は遅いため、食卓を共にした記憶もありません。しかし選挙は遊び半分でやっていたわけではなく、本気で当選しようと情熱を注いでいました。病気が発覚した後も『もう一度選挙に出たい』と漏らしていたほどです。タバコや酒、ギャンブルはやらなかったので、選挙が生きがいだったのではないでしょうか」 2007年の夕張市長選では当選者と342票差まで詰め寄った三上氏だったが、それでも当選は叶わなかった。有権者からの支持は集まらなかったが、国民的関心を集めたことは間違いない。関連記事■ 元美魔女衆院選候補 落選後は「子供と常に一緒に過ごしてる」■ マスコミが報じない参院選・ネット選挙の真相に迫った1冊■ 当選無効騒動の「美しすぎる市議」立川明日香がセミヌードに■ 鈴木宗男氏の選挙カー 箱乗り姿勢保つ手すり付きの特別仕様■ 藤川優里八戸市議と因縁の元女子アナ候補(39)が笑顔で手振る

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    次世代の党はなぜ一人負けだったのか

    ヨシザワ タカフミ(東京都) 今回の選挙ほど風が吹かなかった選挙はないと考える。自民党の小泉進次郎氏が当選後のインタビューで述べた言葉は、「熱狂なき選挙であり、熱狂なき圧勝だった」。自民、公明両党の圧勝で幕を閉じた第47回衆院選である。私自身も一人の有権者として、本当に今回の選挙に大義はあったのかと思わせるような選挙であった。 自民・公明両党で、326議席になったことに対しては多少予想していたけれども、実際目にすると愕然となった。理由としては、野党の存在価値のなさである。今回の選挙が不意打ちであることは野党に大きなダメージをあたえたと考えることが出来る。また、野党共闘も出来なかったと考える。民主も目標の100議席には到底及ばなかった(73議席)。また、維新の党もおひざ元の大坂でたったの5議席しかとることが出来なかった。生活・社民はともに低迷し2議席であった。唯一の野党の勝利は共産の8議席から21議席に増えたことにあろう。共産党は小選挙区で1996年以来の議席を獲得し、大幅に議席を増やした。つまり、共産党の議席が増えたのは「反安倍」を掲げていたことに対して、共鳴した国民が投票したのであろう。 しかし、最初に述べたように今回の選挙結果から分かることは、野党の存在価値のなさである。そのなかでも、一人負けといっても、特にダメージが大きかったのは「次世代の党」であろう。 次世代の党の議席数は19議席から2議席に大幅に減少したのである。 まず、当選したのは小選挙区で、元来地盤のある平沼(岡山)・園田(熊本)の2名にとどまった。 「自民党の右に確固たる軸を作る」をスローガンに戦った次世代の党は、なぜ支持されなかったのか。敗北原因として、自民党寄りの政策を掲げたことと知名度の低さ・保守層の離反により議席を失うことになったと考えることが出来る。実際には今の自民党がいるのにわざわざ「次世代の党」に投票する必要があるのかといった意見であろう。さらに、次世代の党が結党して4か月弱しかたっていないという知名度の低さと、ネット保守の離反にあるだろう。実際に、次世代の党は、アベノミクスに賛成し、憲法改正を訴え、自民党寄りの政策を掲げ、保守を意識するPR「タブーブタのうた」を制作し、保守層の票を狙ったのである。しかし、蓋を上げればたったの2議席であり、マイナス17議席である。 これは、「次世代の党一人負け」といっても過言ではないのである。 つまり、国民の目線としては次世代の党の政策において自民との差異がよくわからなかったことと、知名度の低さが主な敗北原因であろう。ここで、実際に次世代の党の綱領・政策骨子に注目してみる。次世代の党の綱領・政策骨子国政も地方も参政権は国民固有の権利であることを明記、移民の国籍取得要件等の厳格化自立、新保守、次世代の理念の下で自主憲法制定正しい歴史観点、愛国心を育む教育憲法に自衛権や家族尊重に関する規定を新設集団的自衛権に関する憲法解釈の適正化と安全保障基本法の整備直間比率の見直し、法人実効税率の大幅引き下げ医療費自己負担割合の一律化世界最先端の原子力技術を維持公正と秩序を維持する規範・道徳教育 2014年11月25日、次世代の党は、衆議院選挙の公約を発表し、自民党の安倍晋三が掲げる経済政策「アベノミクス」の基本的な方向性は容認するが、2014年10月に決定した日本銀行の追加の金融緩和を白紙撤回させ、過度の円安を是正するとする。 このように、極めて自民党寄りの政策であり、極めてアベノミクスに友好的であることがわかる。やはり、次世代の党は野党として十分な役割を果たせなかったのであろう。また、国民の政治離れにより政治無関心層が増えたことは、一定の支持層がいない次世代の党にとっては大きく不利な戦いであったと改めて考えることが出来る。このように、今回の選挙において次世代の党が一人負けした事実は大いに注目しなければならない。自民・公明圧勝選挙は別名、次世代一人負け選挙といってもいいかもしれない。  

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    自民党よ「一強多弱」でも 驕るなかれ

    自民党の「熱狂なき圧勝」で終わったアベノミクス選挙だが、「一強多弱」となった勢力図の中で、共産党の躍進に注目が集まった。自民、民主の二大保守政党アレルギーの受け皿となったとの分析もある。数の論理では圧倒的優位に立つも、驕るなかれ自民党。

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    有権者に見えにくい深い闇中の危機を突破せよ

    してそれを盛り込んだ新年度予算の年度内成立まではすんなり行くでしょう。しかし2015年4月の統一地方選挙のあとに取り組むことになるだろう安全保障法制の根本改正、集団的自衛権の法制化は簡単ではない。 なぜなら総選挙でマスメディアは自公が大勝と報じているけれども、その中身は自民党は現有勢力を減らし、公明党は増えているのです。第三次安倍政権の内部で、公明党の影響力は増大します。2014年7月に集団的自衛権の行使容認を閣議決定した時も、公明党の北側副代表によって実際は強すぎる縛りが掛けられました。「日本国民への明白な危険」が実証されない限り、自衛権の一部を発動できないことになりました。 わたしは閣議決定の翌月に訪米し、アメリカの外交官や軍人と議論したとき「かえって日本はみずからの自衛権に制約を強めた」と指摘され、「アメリカの国益のための集団的自衛権ではない。日本の国益とアジアの自由と民主主義と平和のための集団的自衛権だ」と反論しましたが、アメリカ側の指摘そのものは客観的に事実です。自衛権は本来、国際法によって個別も集団も認められています。閣議決定は、これまでは一種のグレーゾーンでもあったところに明確な制約を作ってしまった。公明党は、法制化でさらにこの制約を実効的にしようとするでしょう。安倍総理は、再登板の真の目的である改憲と拉致被害者の救出のためにも、これに抵抗し、法制化では国際法に沿ったものにしてほしい。 今こそ、「もはや命も要らぬ、もちろん金も要らぬ、名誉も要らぬ」という幕末の志士の生き方を貫く総理になっていただきたい。それだけが、有権者には見えにくい深い闇のなかの危機を突破できる道です。

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    日本共産党への警戒を緩めるな

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 日本で14日、総選挙の投開票が行われ、大方の予想通り、安倍晋三首相が率いる自民党が議席291、公明党と合わせて与党326議席と3分の2以上の議席を獲得して圧勝した。総選挙の結果を受け、第3次安倍政権がスタートする。 安倍首相の早期議会解散、総選挙の実施は大きな賭けだったが、成功したわけだ。アルプスの小国オーストリアでも14日夜、日本の総選挙結果を報道し、安倍首相の笑顔を映し出していた。オーストリア通信は「弱い野党勢力が与党自民党の大勝利の主因」と分析する記事を発信していた。 民主党は議席を微増させたが、自民党を脅かすには余りにも貧弱だった。維新も前回ほどの勢いがなかった。同党は分裂後、党の態勢立て直しができないまま、選挙戦に突入してしまった。橋下徹共同代表が指摘していたように、準備不足は明らかだった。 総選挙結果で驚いたのは共産党の躍進だ。8議席から21議席と大きく議席を伸ばした。同党の躍進について、「共産党は国民の政府批判票の受け皿となった」という。肝心の民主党が伸び悩み、代表の海江田万里氏は落選。維新は党分裂後の混乱が続いた一方、共産党は他の野党陣営のゴタゴタに助けられた感じだ。 自民党への批判票が共産党へ流れたことに戸惑いを感じる。民主党はその政治信条では自民党と余り変わらないが、共産党は共産主義というイデオロギーに基づく世界観を有した政党だ。イデオロギー色は少なくなったが、同党が共産主義思想を破棄したとは聞かない。 日本の有権者は共産主義の実態を理解しているのだろうか、と懸念する。冷戦時代、東西両欧州の架け橋的な位置にあったオーストリアは共産主義諸国の実態を間近に目撃してきた。連日、旧ソ連・東欧共産政権から人々が命がけで逃げてきた。オーストリアは冷戦時代、200万人の政治難民を収容した。だから、大多数の国民は共産主義が間違った思想であり、国民を幸福にしないことを教えられなくても知っている。 オーストリアにも共産党は政党として存在するが、国民議会で戦後、議席を獲得したことがない。国民は共産党を信頼しないからだ。一方、日本はどうだろうか。共産党が政権への批判の受け皿になった、ということは何を意味するのだろうか。繰り返すが、共産党の歴史観、世界観、人間観が人間を幸せにしないことは実証済みだ。 多分、日本の有権者の中には、共産党イデオロギーを支持はしないが、与党批判の声として票を投じた国民が多くいたのだろう。冷戦を身近に体験してきた当方は日本の共産党が正式にその思想から決別するまで警戒を解くべきではないと考えている。(ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より)

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    自民党が勝ったわけではない 「普通の感覚」の勝利だ 

    古谷経衡(著述家)総選挙の結果を振り返る 総選挙が終わった。自民党が2議席減、公明党が4議席増で自公政権全体で2議席増と、当初「微減」も囁かれた自公政権にとっては現有議席を積み増す「大勝利」となった。一方、投票率は過去最低を更新した。  今回の選挙をどうみるべきか。それは「安倍政権を積極的に全肯定はしないが、強く否定はしない。でもあんまり過激なのは駄目だよ。とりあえず2年じゃ分からないから、もうしばらくやってみては」という事に尽きる。 要するに日本人は、微温的に「現実路線を選んだ」という事だ。 第二次安倍政権が発足してから未だ2年。アベノミクスの光と影、等と言われることが多いが、経済政策は安定的で統一的な政策が長く続いてこそ、遅効的にその効果が確認できるというもの。2年で経過時点ではそもそも判定のしようがない、というのが正直なところだ。 だから、私は今次の総選挙に「大義がない」とよく言われたことについては概ね同意だった。どう考えても争点が希薄だった。だって「たった2年で何を判断しろというのか」というのが、率直な感想だったからだ。 それでも政権与党が衆議院を解散し、国民に信を問うた。国民の側としては、「いまだ判断材料が足りず、よって黒とも白とも判断できないから、とりあえず継続してみたら」という、消極的だが微温的な現政権への信任という回答が返ってきた。「2年という時間で或る政権の良し悪しを判断するのは無理」というのは、至極現実的で常識的な判断だと思う。平成期、ほぼ1年毎に政権が変わってきた、これまでのあり方が明らかに異常だった。 政権への判断基準は、明らかに「政策」ではなく「失言」とか「イメージ」だった。或いは、世論と関係のない党内力学といった「政局」の結果だった。誠に不健康な政治情勢が続いた。常識のレンジ(間隔)の範囲内で ここに来てようやく有権者は、現実の皮膚感覚に見合った「普通の感覚」で、腰を据えて政治を見るようになってきた。今回の総選挙を一言で締めくくるとすれば、それは日本人が常識的に併せ持つ「普通の感覚」の勝利だといえる。「自民党より右」を標榜して選挙戦を戦った次世代の党が、壊滅的状況となり、野党の中で「一人負け」をしたことも、この「普通の感覚の勝利」を大きく証明することだと思う。 公明党をぶっ潰せ、とか外国人(在日朝鮮人など)の生活保護受給批判、などの主張は、政治的にニュートラルな多くの日本人にとっては「過激」と映った。一部のネット空有では「スタンダード」な言説であっても、市井の日本人にとってそれは普通ではない。 これだけネット社会が拡大し、細分化した「島宇宙」にようになっているネット空間の中の、とりわけ保守的な言説を選択して選挙戦で主張した(ように見える)次世代の党のやり方は、多くの日本人の「普通の感覚」からは乖離していた。 さらには、次世代の党の主張の中には、例えば生活保護に関してそもそも事実と異なる主張も散見された。有権者は冷静に、そのあたりの誠実さの有無を見抜いていたのだろう。全く賢く、常識的で、「普通の感覚」が有権者をして投票所に向かわせたと断言するよりほか無い。穏健な「保守」政権の継続を 安倍内閣の政策には、良い部分もあるが、と同時に様々な問題もある。しかし、だからっと言って、100点ではないから、を理由に使い捨てライターの如く、次から次へと首の挿げ替えを行っていては、「安定的で一貫性のある政策」を実行することは出来ない。だからとりあえず、「経過観察」を続けよう―。 この常識的な理屈が、有権者の中に共有されていた「普通の感覚」なのだ。有権者は、極端なものや過激を嫌い、常識的で微温的で穏健な「保守」を支持した。このことは、間違いのない議席となって今次選挙で証明されたのである。 どんどん、世の中の全てのサイクルが短くなっている。映画もアニメも短いものが好まれるようになった。短期間で結果を出すことが殊更強調されるようになった。 一日の長さは太古の昔から変わっていないのに、我々はより短いもの、より短い期間での判断を求めるようになっている気がする。物事がどんどん短くなり、人々は長いものや長いことに我慢ができなくなり、せっかちになっている。このような風潮は、確実に政治や政治家に、短期間での結果を求めがちな風潮に繋がっていると思う。 今次の選挙は、このような風潮に歯止めがかかった、と言える。腰を落ち着けて物事を判断しようという、当たり前の事に有権者は漸く気がついたのかもしれない。 これから発足するであろう、第三次安倍政権には、こういった「普通の感覚」を背に、極端でも過激でもない、常識的で微温的で穏健な「保守」政権として進んでもらいたいと思う。 今次選挙は、自公政権が勝ったのではない。日本人の中にある、「普通の感覚」が勝利したのだ。

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    祖父を意識した解散、祖父をまねなかった集団的自衛権

    だった」と悔やんだものがある。首相在任中、日米安全保障条約の改定承認を国会で審議する前に衆院解散・総選挙をやりたかったのに、やれなかったことだ。 昭和57年に岸から取材した「岸信介証言録」(原彬久編。毎日新聞社)によると、岸はこう述懐している。 《国民に現行の安保条約と新条約の違いを示して、いかに新条約が立派なものであり、また日本にとっていかに利益であるかということを総選挙によってナニしたかったんです。(略)総選挙になれば絶対勝つという確信をもっていました》 《選挙に勝利して議会に臨んだら、議会がいくら騒いだって、国民が新条約を支持しているではないかということになるんです。いろいろ騒いでいる連中は、国民の騒ぎじゃなしに、ある一部のつくられた騒ぎだということがいかにも明確になるんです》 《あのとき解散をやっておけば、あんな騒動はなかったと思うんですよ》 「あんな騒動」とは、「安保闘争」を指す。 新条約は、日米共同防衛を義務付け、昭和26年に調印された日米安保条約よりも日米関係を対等に近づける内容になった。 岸は、昭和35年1月に「首席全権」として訪米、新条約に調印した。その直後に衆院解散を断行しようとした。ところが、自民党の選挙を仕切る側近の川島正次郎幹事長の反対にあい、断念に追い込まれた。 《「解散」の線で党内をまとめることは、到底できないということでした。選挙にあたって党内が不統一では勝ち目がないといって、川島君はどうしても解散に賛成しなかったんです》 新条約承認への国会審議は、社会党が廃案に追い込もうと激しい抵抗をみせ、難航した。岸は、アイゼンハワー米大統領が来日する6月19日までに新条約を承認したかった。そこで、衆院の優越規定を踏まえ、同日には自然承認を迎えられるよう5月19日(実際は20日未明)に衆院の採決を強行した。 警察官を議場に入れての採決という事態に、安保闘争の火はさらに大きくなった。6月15日、反安保のデモ隊は国会内に乱入、参加していた女子学生が警官隊との衝突の中で死亡する事件が起きた。岸は、警護が困難だとしてアイゼンハワー訪日の中止を決断、新条約の自然承認を受けて退陣を表明した。 《安保条約のような問題に対応するときは、事前に解散して国民に信を問うほうがいいんですよ》 もし、衆院解散を強行していれば激しい安保闘争は起きなかったし、政権がまだ続けられた-。岸の「大きな失敗」をもちろん、孫の安倍晋三首相も意識していたはずだ。 安倍首相は、今回の衆院選を、みずから「アベノミクス解散(選挙)」と銘打った。来年10月に予定していた消費税率10%への引き上げを平成29年4月まで延期すると決断。「税制に重大な変更を行った以上、国民に信を問わなければいけない」と訴え、第2次政権の2年弱の経済運営の実績とともに争点に掲げた。 もっとも、勝てると思って解散を断行した。しかし、首相の政治信条からすると、重要な政策は経済よりも集団的自衛権を含む安全保障であるし、究極の目標は憲法改正のはずだろう。しかも、来年の最大の政治課題は、何と言っても集団的自衛権の行使を容認するための安全保障法制の整備だ。来年の統一地方選が終わる同年5月から、安保関連法案の審議が国会で始まる。  首相は3日、民放番組で行われた党首討論で、司会者から「集団的自衛権でも信を問うべきだ」と突っ込まれると、こう反論した。 「いま、まさに信を問うているではないか。まさにこうやって(各党党首と)議論している。これを踏まえて投票していただきたい」 さらに、こうも。 「来年、(安保関連)法案を出す前に解散・総選挙というわけにはいかない」 ただ、衆院選の遊説で、安保法制に触れない会場が半分以上はあったという。それだけ、首相は安保政策を目立たなくさせていたと言わざるを得ない。 野党は、今回の衆院選で安倍政権を突けるような政策課題を見いだせず、当初は「解散に大義がない」と批判するしかできなかった。途中からは「アベノミクスは失敗」を繰り返した。この2年間、株価は上がり、経済指標も多くは上昇したのにだ。景気回復の実感はないと思う有権者は多くいようとも、政権奪取の意欲がない野党と比べると、さすがに「野党よりはまだ自民党」というトレンドになってしまうだろう。 安保政策になると、主要野党の「政権公約」は目を覆う。 民主党は、集団的自衛権の行使を憲法解釈変更で容認するとした閣議決定の撤回を掲げた。しかし、集団的自衛権の行使に賛成かどうかに触れていない。反対の官公労出身らがいれば、賛成の保守系もいて、まじめに議論すると党の解体に突き進みかねないからだ。 維新の会は「現行憲法下で可能な『自衛権』行使のあり方を具体化」するという。党として集団的自衛権をどこまで認めるのか決めたわけではない。 結局、日本をどうやって守るかという根本的な考えを論じることができず、反対派は「自衛隊がどんどん海外に行く」「日本は戦争に巻き込まれる」というような発言しかできなくなる。 報道機関の世論調査を見ると、集団的自衛権の行使容認を支持する回答数は必ずしも多くはない。そうであっても、集団的自衛権を訴えた場合、野党のまずしい発言を聞く限り、自民党の議席を大幅に減らすことになっただろうか。 祖父を尊敬する安倍首相は、祖父がいう「大きな失敗だった」を教訓に、衆院選で安保論議を堂々とやってもよかったのではないか。(政治部次長 今堀守通)

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    安倍首相は「中興の祖」となるか 

    櫻田淳(東洋学園大学教授) この度の選挙は、実質上、安倍晋三内閣への「信任」を問う性格のものであった。自民、公明両党の獲得議席数が合わせて衆議院総議席の3分の2を超えた選挙結果は、たとえ投票率が低かった事実を考慮したとしても、その「信任」の明白さを内外に示すものとなろう。何を行うかが問われる もっとも選挙の結果には、民主党の復調、共産党の躍進、維新の党の現状維持という点を考慮しても、野党各党の「自壊」や「無力」という趣が濃厚に漂っている。事実、『時事通信』配信記事によれば、枝野幸男民主党幹事長は、既に選挙公示前の時点で「次の選挙のときには政権の選択肢として認めていただけるような議席を獲得したい」と述べ、暗に「政権奪回」を諦めていた。 また、『しんぶん赤旗』の記事によれば、橋下徹大阪市長(維新の党共同代表)は、投票日前日の時点で、「もう維新の党、はっきり言って負けます」と発言した。 世の人々が政治家を評価する際の指標は、実は、政治家が訴える「政策の中身」というよりも、政治家が伝える「誠実」「信頼」「熱意」といった徳目である。こうした徳目において、野党各党が自民、公明両党を上回っていたとは判じ難い。その意味では、この度の選挙は、「初めから結果が見えていた選挙」であったといえよう。 安倍首相が実質上、2018年までの任期を手にしたとは既に語られているけれども、実際は、安倍首相の執政の下で「東京2020」の催事を迎える光景も視野に入ってきたかもしれない。それならば、18年、あるいは20年までに、何が行われるかが問われなければなるまい。 選挙後、もし、「アベノミクス」と総称される一連の経済政策が成功して、日本の「活力」が戻ることになれば、そして「積極的平和主義」の文脈で説かれた日本の信条が多くの国々に広く受けいれられ、日本の安全保障に係る態勢が盤石になれば、この度の選挙は、「戦後日本の『中興』に途を開いた選挙」として後世、語られるかもしれない。「経済」業績の裏に長期執政 選挙期間中、「アベノミクス」の果実が、なかなか社会や地方の隅々まで行き渡らない、という批判が示された。けれども、そもそも過去20年近く続いた経済停滞が、この2年だけの努力によって克服できると信じるのは、率直に楽観的に過ぎよう。 振り返れば、吉田茂、コンラート・アデナウアー、シャルル・ド・ゴール、ロナルド・レーガンのように、戦後国際政治史に名を刻んだ各国保守政治指導者の業績の筆頭として語られるのは、それぞれの祖国における「経済の再生」であったけれども、その業績の裏付けになったのは、5年から十数年に及ぶ長期の執政であった。 民主主義体制とは、本質的に「待つこと」を厭(いと)う政治体制であるけれども、その「待つこと」の要を説くのも、政治家の役割なのである。 加えて、この度の選挙の結果は、憲法改正への機運を高めるであろうし、安倍首相もまた、それを手掛けたいと願っているであろう。 しかし、安全保障に係る態勢を盤石にする観点から大事なのは、集団的自衛権を織り込んだ上で日米同盟の「深化」を進める法制整備を急ぐことであり、それを基軸にして、豪印両国やASEAN(東南アジア諸国連合)を加えた「アジア・太平洋版NATO(北大西洋条約機構)」とも呼ぶべき枠組みの構築に踏み込むことである。国際安全保障構想への視点 在日米軍基地に係る沖縄の過剰な負担もまた、こうした「アジア・太平洋版NATO」の枠組みを構築できてこそ、確実な軽減に道を開くことができる。この枠組みの下でならば、対中牽制(けんせい)をにらんだ「前線拠点」としての役割や負担は、沖縄だけではなく、フィリピンやベトナムのような国々も引き受けることになるであろう。沖縄が直面する課題もまた、こうした国際安全保障構想への視点が欠ければ、対応できないものなのではないか。 故に、憲法改正それ自体は、日本の安全保障環境を劇的に変える「政策対応」の根拠というよりは、戦後日本の「中興」が成ったことを寿(ことほ)ぐ意味合いで行われる一種の「儀式」の類いになりつつある。 そうであるとすれば、安倍首相は、憲法改正という「儀式」の挙行を後継内閣に譲るぐらいの心積もりで、現下の諸々の政策を断行することに専念するのがよろしかろう。戦後日本の「中興」が依然として道半ばであることを思えば、憲法改正という一大政治事業に精力を費やしている暇はないのではないか。 選挙は終わった。安倍首相は戦後日本の「中興の祖」になることができるのか。「アベノミクス」うんぬんよりも、そうしたことに注目するのが有意義であろう。 もっとも選挙の結果には、民主党の復調、共産党の躍進、維新の党の現状維持という点を考慮しても、野党各党の「自壊」や「無力」という趣が濃厚に漂っている。事実、『時事通信』配信記事によれば、枝野幸男民主党幹事長は、既に選挙公示前の時点で「次の選挙のときには政権の選択肢として認めていただけるような議席を獲得したい」と述べ、暗に「政権奪回」を諦めていた。 また、『しんぶん赤旗』の記事によれば、橋下徹大阪市長(維新の党共同代表)は、投票日前日の時点で、「もう維新の党、はっきり言って負けます」と発言した。 世の人々が政治家を評価する際の指標は、実は、政治家が訴える「政策の中身」というよりも、政治家が伝える「誠実」「信頼」「熱意」といった徳目である。こうした徳目において、野党各党が自民、公明両党を上回っていたとは判じ難い。その意味では、この度の選挙は、「初めから結果が見えていた選挙」であったといえよう。 安倍首相が実質上、2018年までの任期を手にしたとは既に語られているけれども、実際は、安倍首相の執政の下で「東京2020」の催事を迎える光景も視野に入ってきたかもしれない。それならば、18年、あるいは20年までに、何が行われるかが問われなければなるまい。 選挙後、もし、「アベノミクス」と総称される一連の経済政策が成功して、日本の「活力」が戻ることになれば、そして「積極的平和主義」の文脈で説かれた日本の信条が多くの国々に広く受けいれられ、日本の安全保障に係る態勢が盤石になれば、この度の選挙は、「戦後日本の『中興』に途を開いた選挙」として後世、語られるかもしれない。「経済」業績の裏に長期執政 選挙期間中、「アベノミクス」の果実が、なかなか社会や地方の隅々まで行き渡らない、という批判が示された。けれども、そもそも過去20年近く続いた経済停滞が、この2年だけの努力によって克服できると信じるのは、率直に楽観的に過ぎよう。 振り返れば、吉田茂、コンラート・アデナウアー、シャルル・ド・ゴール、ロナルド・レーガンのように、戦後国際政治史に名を刻んだ各国保守政治指導者の業績の筆頭として語られるのは、それぞれの祖国における「経済の再生」であったけれども、その業績の裏付けになったのは、5年から十数年に及ぶ長期の執政であった。 民主主義体制とは、本質的に「待つこと」を厭(いと)う政治体制であるけれども、その「待つこと」の要を説くのも、政治家の役割なのである。 加えて、この度の選挙の結果は、憲法改正への機運を高めるであろうし、安倍首相もまた、それを手掛けたいと願っているであろう。 しかし、安全保障に係る態勢を盤石にする観点から大事なのは、集団的自衛権を織り込んだ上で日米同盟の「深化」を進める法制整備を急ぐことであり、それを基軸にして、豪印両国やASEAN(東南アジア諸国連合)を加えた「アジア・太平洋版NATO(北大西洋条約機構)」とも呼ぶべき枠組みの構築に踏み込むことである。国際安全保障構想への視点 在日米軍基地に係る沖縄の過剰な負担もまた、こうした「アジア・太平洋版NATO」の枠組みを構築できてこそ、確実な軽減に道を開くことができる。この枠組みの下でならば、対中牽制(けんせい)をにらんだ「前線拠点」としての役割や負担は、沖縄だけではなく、フィリピンやベトナムのような国々も引き受けることになるであろう。沖縄が直面する課題もまた、こうした国際安全保障構想への視点が欠ければ、対応できないものなのではないか。 故に、憲法改正それ自体は、日本の安全保障環境を劇的に変える「政策対応」の根拠というよりは、戦後日本の「中興」が成ったことを寿(ことほ)ぐ意味合いで行われる一種の「儀式」の類いになりつつある。 そうであるとすれば、安倍首相は、憲法改正という「儀式」の挙行を後継内閣に譲るぐらいの心積もりで、現下の諸々の政策を断行することに専念するのがよろしかろう。戦後日本の「中興」が依然として道半ばであることを思えば、憲法改正という一大政治事業に精力を費やしている暇はないのではないか。 選挙は終わった。安倍首相は戦後日本の「中興の祖」になることができるのか。「アベノミクス」うんぬんよりも、そうしたことに注目するのが有意義であろう。

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    首相は財務官僚を成敗したほうがいい

    で下げた財務官僚の誰が責任を取ったのか。政治家の安倍氏が新機軸で財政を立て直そうという。失敗すれば、選挙によって責任を取らされるのは安倍氏の側だ。 財政はもちろん、国のあらゆる政策について財務省が下知(げじ)をしている。 戦時中は軍部、内務省が内閣を握っていたが、いま内閣を完全に握っているのは財務省である。にもかかわらず、責任を背負っているのは政治家である。これは終わったはずの官僚内閣制の姿ではないか。 財務官僚の根回しの凄さは、政権中枢を担った人なら誰でも知っている。財務省の意のままにならなかったからといって、税制調査会長が女性問題をバラされて失脚したのは公然の秘密。政治家などは国税庁に政治資金を握られているから、反抗できないといわれている。国税庁と年金徴収を合併させて「歳入庁」をつくるのが最善の形だと思うのだが、何十年も前から叫ばれながら、国会の場に上ったことがない。財務省が独占的に国税を握って、政界を操縦したいからだ。 説得力も抜群にうまい。菅直人氏は鳩山由紀夫首相のときの財務相で5カ月務めた。そのあと首相になるのだが、菅氏のあとを継いだ野田佳彦氏は「菅首相が増税論を熱心に説くのを聞いて驚いた。人が変わったようだった」という。その野田氏もわずか3カ月で強烈な増税信者になり、首相になって「三党合意を世に問おうじゃないですか」というほどの財務省信者になってしまう。 この財務省攻勢に対して、安倍氏は2014年6月、木下康司次官を退任させ、新財務次官に香川俊介氏(主計局長)、主計局長に田中一穂氏(主税局長)の人事を決めた。木下、香川、田中の3人はいずれも54年組の同期。これはまったく異例の人事である。同期が2人続けば、3人目の主税局長は国税庁長官か退任というのがこれまでの常識だ。しかし安倍氏は、かつて第一次安倍内閣時代に秘書官を務めた田中氏が安倍氏の「法人税減税論」に理解を示していることから、どうしても田中氏を主計局長、次官と歩ませたい。かといって、上にいる次官、主計局長の2人を飛ばせば田中氏が省内で浮いてしまう。そこで3人を順番に昇級させる手を打った。 こういう人事ができたのは、人事に先立つ5月「内閣人事局」を創設して各省の審議官以上600人の人事を内閣官房が評価できるシステムを創ったからだ。これによって内閣が省をまたいだ人事や降格もできるようにしたからである。派閥連立内閣だった自民党 財務官僚が与党の幹部を籠絡し、与党をほとんど“支配”できたのは、中選挙区制度が70年間も続いたからだ。中選挙区制度というのは一つの選挙区で3~5人が選ばれる。当然、同一政党から複数の立候補者が出るから、党内に最大五つの派閥ができるはずだ。自民党は総裁をこの五つの派閥からたらい回しで選んだ。このため、派閥単位の合従連衡が起こる。一方、親分は数がものをいうから子分たちを年功序列で遇し、時期が来たら閣僚に押し込む。盆暮れの資金も多いほど子分が増える。 こうなると官僚は重要政策を通そうとすると、親分か代貸しクラスの幹部を説得し、派閥をまとめてもらう。幹部には担当の係を付け、係が業界に頼んで政治献金をさせる。政・官・業の癒着はこういう持ちつ持たれつの関係で生まれた。 たとえば、旧宮沢派に親中派が多いという特色がある。官房長官を務めた加藤紘一氏、河野談話を出した河野洋平氏がいる。新人議員はこの親中派閥に楯突くような人は入ってこない。派閥によって色が違うから、自民党はつねに派閥連立内閣だった。政策は派閥ごとに出すため、官僚に付け込まれやすい。 安倍首相は7回当選で、初回は中選挙区制だったが、2回以降は小選挙区制に変わった。初回とそれ以後の金の掛かりようはケタが違ったという。政治資金は政党助成金によって党が配分するから、派閥の力は弱まった。ちなみに、2012年総選挙は自民党当選者294人のうち119人が当選1回。当然、派閥色も薄まる。 『読売新聞』の調査では町村派92人、額賀派52人、岸田派44人、麻生派37人、二階派29人、石原派15人、大島派13人で合計282人。現有議席が衆参で408人だから派閥に入っていない人が120人程度いることになる。 総裁の任期は3年で、20人の推薦人がいれば、誰でも立候補できる。最近はほかの派閥に属していても、自分の好みの人物の推薦人になる傾向がある。これを「新人類」と呼ぶとすると、昔ながらの派閥的発想しかできない人がいる。これを「守旧派」と名付ける。派閥をいっさい考慮しないで一本釣りで閣僚を決めるようになったのは、小泉純一郎内閣が最初だ。ところが、守旧派はこういうやり方が納得できない。 財務省は税制改正に当たって民主党の菅直人氏、野田佳彦氏を口説き落とし、当時、野党だった自民党の谷垣禎一総裁に「増税を主張するのは責任ある野党のあり方」といわしめた。 今回、8%へ引き上げたことについて、安倍氏は「2020年のオリンピックが決まって、つい脇が甘くなってしまった」と後悔している。まして景気が下向いているときに10%への二段上げなど、とんでもないというのが安倍氏の心境だった。 8月5日、麻生財務相は官邸に財務省の香川事務次官、田中一穂主計局長、佐藤慎一主税局長を引き連れて、首相に直談判に来た。要は「消費税の二段引き上げをやらないと日本の財政再建について、国際的信用を失う」との言い分である。しかし安倍首相は景気が鈍化している実感を語り、麻生氏らの申し入れを強く拒んだ。優先順位の第一は景気を持ち上げること この間、財務省は自民党の“守旧派”への説得を進めた。谷垣禎一幹事長、二階俊博総務会長、野田毅税制調査会長、伊吹文明衆議院議長ら。閣内では麻生太郎副総理をはじめ主要閣僚も含まれていた。いずれも党の重鎮であって反旗を翻されると党の結束が揺らぐ。 一方、安倍外交に対する不満も潜在化しそうだった。安倍氏はかねてから、日本の対中外交に不満だった。 これまでの日本外交は、とくに中国に対して“土下座外交”というべきものだった。中国は一歩譲れば、次は二歩譲ることを強要する。日中会談をしたいと思えば、(1)靖国参拝をやめる、(2)尖閣諸島は中国のものといえ――といった条件を付けてくる。靖国神社は戦後30年にわたって歴代首相が参拝している。ところが、中曽根康弘首相時代、“公式参拝”をめぐって国内がもめると、中国はすかさず「参拝するな」と押し込んできた。次は明白に日本領土である沖縄県・尖閣諸島の自国への帰属を主張し、「領土問題が存在することを認めろ」という。さらに、「沖縄も中国に帰属していた」などというたわけたことまで言い出している。 中国に対しては、607年、聖徳太子が「対等外交」を申し入れ、明治になっても福沢諭吉が「脱亜論」を書いている。歴史的にみて中国は「敬して遠ざける」のが最適の付き合い方なのである。 安倍首相は「地球儀を俯瞰する外交」を掲げ、2年足らずで50カ国以上を歴訪した。安倍氏の外交戦略の第一は、中国に軍事的に負けないように日米安保体制を強化すること。第二は東南アジア諸国連合(ASEAN)と連携し、中国の膨張を防ぐこと。第三が豪州、さらにはインドとの準軍事同盟を築くことである。 中国とは戦略的互恵関係を構築し、積極的平和主義を貫く。安倍氏はいま、戦後日本が失った精神的なものを取り返す途上にある。 「河野談話」のように検証してみると実態がないのに、強制連行を認めてしまったものもある。『朝日新聞』が吉田清治氏の証言はウソだと認めて取り消したが、この32年間に日本はいつの間にか20万人を性奴隷にした汚名を着せられている。いずれも戦後外交の大失敗だが、失敗した原因は土下座精神だ。 その真相の矯正を忘れ、日中友好がいいことだと短絡する守旧派が党内に多数存在する。 首相がダブル引き上げを拒否すれば、引き上げ派の守旧派と親中派が動き出す可能性がある。過去の政変は各派の思惑が重なって重層化して勢いを増す。税法を変えるとか、新法を制定することもできるが、法の内容をめぐる議論をすると党内が真っ二つになる可能性がある。 2015年9月の総裁選をめざして党内が蠢いてくる可能性もある。思惑が交差する官界、政界の動きを見ながら、安倍首相は「民意に問うのがいちばん」と考えたのだろう。そのきっかけになったのは、味方の一人と考えていた黒田日銀総裁が9月15日に語った次の言葉だったに違いない。 「増税して予想以上に景気が落ち込めば、その時点で財政・金融的な措置で対応が可能だが、仮に先送りによって政府の財政再建に向けた決意、方針に疑念をもたれて、国債価格が大きく下がったりすると、財政・金融で対応することが困難になる」 これは財務省の言い分を正直に語ったものだが、同じセリフで橋本龍太郎首相は消費税を引き上げ、平成10年の参院選で惨敗し、政権を去ることになった。あとを襲った小渕政権も含め、10年間にわたって税収は減り続けたのである。肝心なことは税収を増やすことであって、安倍政権では税収は3兆5000億円ほど増えた。第一優先順位は景気を持ち上げることであって、増税をして財源をつくり出すことではない。 小泉純一郎首相は一枚看板の郵政改革法案が参議院で否決されたとき、「どうしても民意に問うてみたい」と衆院の解散に打って出て大勝した。反対する議員の選挙区には“刺客”を立てて落選させることまであえてした。 今回でいえば、最たる守旧派は野田毅税制調査会長だろう。安倍氏の思惑とは関係なく、「税の再引き上げは既定路線、当然2015年の10月から10%にする。安倍さんが何といおうと、私は動かない」と断じた。さながら古い自民党時代の派閥の親分か調査会、部会の長の言い草だ。こういう手合いに公認を与えると党の一体化を損う。 財務省のメンツは丸つぶれだが、麻生財務相が辛うじて出した救いの手は「10%への増税は3年後の2017年4月から始める。その際、経済情勢をみて決めるというような弾力条項は付けない」というもの。経済はつねに変わるもので、こういうのを石頭というのではないか。首相は財務官僚を成敗したほうがいい。屋山太郎(政治評論家)1932年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒。時事通信社に入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップ、ジュネーブ特派員、編集委員兼解説委員を歴任。81年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。87年に退社。2001年に正論大賞を受賞。最近刊に『それでも日本を救うのは安倍政権しかない』(PHP研究所)がある。

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    「小4なりすまし」擁護論も登場、炎上続く

    なりすましたことについては、「『面白い』と皆さんに受け止められ、より多くの方を巻き込んだ形で、今回の選挙の意義を語り合うことができるのではないかと思った」と説明した。 これを受けて、「民主くん」は24日、サイトの紹介ツイートを削除したうえで、紹介したことについて「ご迷惑をおかけしました」と謝罪。一方、安倍首相は25日、フェイスブックで「選挙目当ての組織的な印象操作ではないでしょうが」としながら、「批判されにくい子供になりすます最も卑劣な行為だ」と憤った。安倍首相も怒り心頭 だが、事態は収束しなかった。脳科学者の茂木健一郎氏はツイッターで、「反省、謝罪して、前に行ってほしい。日本にはこのような若者が必要」と擁護。米アップルの共同設立者の一人、スティーブ・ジョブズ氏も若い頃はいろいろやらかしたとして、「『やらかす』性行と、イノベーションを起こす能力には正の相関がある」と持ち上げた。 これに対し、「確かに、行動力は認めるよ」と賛同の声もあったが、「意図的に小学生のフリをしたのが悪質」「日本をこれから背負う20代の意見として発表すればよかった」などと批判の声が一層強まった。 また、青木氏が受験生の個性を重視して選考するAO入試で大学に合格していたことから、AO入試への批判にも発展。さらに、青木氏を指導したAO推薦入試専門塾の代表が突然、謝罪文を発表して「青木氏を利用した売名行為だ」と攻撃されるなど、混迷は続いている。

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    正義を騙る詐欺師…サヨク勢力に気を許すな

     総選挙を控え、まーたサヨク勢力による悪質な世論誘導捏造工作が発覚した。 その騒ぎは11月22日に、小学4年生を自称するあるツイッターアカウントの発言から拡大した。「こんなサイトを作りました。協力して欲しいです!」と民主党やサヨク著名人などに彼が呼びかけし宣伝しまくった「どうして解散するんですか?」と題されたそのホームページは、到底小学4年生が独力で作れるようなものではなく、ネットの人々からはすぐに、「小学生を偽装したプロサヨクの犯行では?」との疑念の声が湧き上がった。 ホームページの内容自体も「息を吐くように嘘をつく」と揶揄されるサヨク勢力の典型的症例そのままであった。そのホームページの支持者数が逐次増えていきあたかも「意識の高い小4が提起した解散への疑問にこんなに数多くの人々が賛成しています!」と見せかけていたが、実はその数字自体が支持者数でもなんでもなく、「小4」が恣意的に表示させていた何の根拠もないデタラメなものであった。 しかしこの有権者を舐め腐ったサヨク勢力による捏造工作は、ネットの人々による調査・検証であっけなくその正体を暴かれることになる。なんと、民主党や朝日新聞などとかねてより深いつながりのあった慶應大学生青木大和による犯行であったのだ。 そもそも当初から、ネットではこの捏造事件が民主党や朝日新聞等サヨク勢力による「仕込み」であることが疑われていた。何しろ、この捏造サイトが作られてからのサヨク勢力の反応が早すぎるのである。 例えば11月22日に自称小4の青木が民主党公式ツイッターアカウントに「こんなサイトを作りました。協力して欲しいです!」と営業活動をしかけた何と20分後には、民主党は公式ツイッターで「天才少年現る!とてもいい。皆さんもぜひ!」と全世界に向け宣伝を行っているのだ。それだけでは飽き足らず、蓮舫参議院議員も「素朴な疑問がよくわかる」と紹介している。その上、そのあからさまな「仕込み」がネットで話題になる前日21日には、かねてより「反日マスゴミ」として定評のある講談社の「現代ビジネス」がホームページで、「『#どうして解散するんですか?』Twitter上で政府・メディア関係者ほか100万人に届けられた疑問の声」と題し、この捏造サイトを早々と紹介しているのである。しかもその内容たるや、「20日の夕方にローンチされてから、1日も経たないうちにその数字は約100万件を超えた」などと、青木の捏造工作を何の検証もなく垂れ流したと言われても仕方がないものであり、世論を反安倍自民に誘導操作する犯罪に加担したのだ。 犯人の青木についてはこれ以外にも、民主党のイベントに主要メンバーとして参加していたとか、理事を務める団体に菅直人元総理の息子が名を連ねているとか、現代ビジネス同様に宣伝に加担した朝日新聞記者と懇意で朝日新聞の記事に取り上げられた事もある等、数多くの真っ黒な証拠が続々と判明している。しかし青木自身のその後の対応は反省とか謝罪という言葉とは無縁の居直りと言わざるを得ない呆れた態度に終始している。青木の発言を引用してみよう。寄せられた声の中には、僕たちへの誹謗中傷、暴言、愚痴など、#どうして解散するんですか?への問いではない声もありました。でも僕は、これだけの方が目にしてくださった今回の問い「#どうして解散するんですか?」を、いま一度日本について考え直す機会に出来ないだろうかと思っています。どうして解散するんですか? 盗っ人猛々しいにも程がある。あたかも自分が「誹謗中傷」される被害者であると思い込んでいるばかりか、自分が捏造サイトを作らなければ愚民どもが「考え」無かったとでも言いたげな傲慢さが見え見えである。 犯人の青木ばかりではない。サヨクやリベラル勢力は「犯行は民主党やサヨク陣営による組織的なものではなく、青木個人に全責任がある」とトカゲの尻尾切りした後、彼の犯罪を擁護することに未だ汲々としている。例えばジャーナリストの津田大介は「青木大和は少なくとも実名で謝罪した。デマを拡散させるまとめサイトとかより明らかにマシ」と、この明白な悪意を持った犯罪を相対化し、その罪の軽減に加担している。 ところで、サヨク勢力によるネットを悪用したこうした捏造工作は、別に今回に限ったものではない。この総選挙だけでも他にもいくつもの工作の存在が疑われているし、国政・地方選挙のたび毎回必ずと言って良いほどこの手の邪悪な工作が行われている。 そうした工作の証拠が白日の下に晒された例の一つが、2003年の石原慎太郎東京都知事再選妨害工作事件である。 都知事選の直前、インターネット上で、「プレ東京都知事選挙」なるホームページが開設された。表向きは、来るべき都知事選を予想する「ネット投票」を装ってはいるが、その実体は、明らかに石原都知事再選の妨害工作であった。何しろ候補者に、立候補さえしていない元べ平連活動屋で作家の小田実なんてものまでノミネートされていたのだから、お里が知れるというものだ。 このホームページは当初、在日朝鮮人のメーリングリストや反日活動家、プロ市民の掲示板などでのみ宣伝された。ホームページに「投票結果は11日夜に最終集計し、マスコミ各社に流します」と書かれていたことからもわかるように、反石原グループだけで投票をして、都合の良い結果を出し、マスコミに流すつもりだったのである。実際、当初は、本選挙では石原に惨敗した樋口恵子がトップであった。 ところが、この企みはネット投票開始直後に漏れ、2ちゃんねるなどのインターネット掲示板で宣伝された結果、反石原活動家以外にも多くの一般市民が投票し、樋口をたちまち引き離し、石原がトップに踊りでた。「プレ東京都知事選挙」の主催者は慌て、石原票のカウントを停止したり、石原の得票数を0に差し戻したり、ここでも捏造に躍起となっていたが、結局対応しきれず、ホームページは投票日前に閉鎖された。 一部では、閉鎖の原因は、公職選挙法に触れていたためとも囁かれているが、実はこの「プレ東京都知事選挙」を主宰していたのは、佐高信(評論家)、辛淑玉(人材育成コンサルタント)などの、名だたる反日活動家の面々である。 サヨク連中は選民主義の差別主義者である。自分たちが理想とする正義の実現のためなら、嘘だろうが捏造だろうが何をやっても構わないと思っているし、それがバレても謝罪するどころか居直るばかりだ。しかも一般庶民を舐めきって、幼稚な工作でもバレないに決まっているとタカをくくっている。民主党の海江田代表は最近、「赤穂義士が討ち入りした12月14日が投票日だ。私たちも義士になり、討ち入りを果たさないといけない!」などと、思い上がりも甚だしい笑止な発言を行ったそうだが、我々国民は、正義を騙る詐欺師でしかないサヨク勢力に気を許してはならない。

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    「小4なりすまし」とは結局なんだったのか

    自民党圧勝で幕を閉じた衆院選だが、公示前に気になるニュースがあった。大学生が「小学4年生の中村君」になりすましてサイトを立ち上げ、「どうして解散するんですか?」などと政治的な主張を発信し、各方面に波紋を広げたあの〝事件〟である。

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    社会の分断を深めない政治を

     新政権に求めることは、まず「社会を分断する」ものであってはならない、ということだ。この十数年、日本社会はふたつの意味で分断されてきたと思う。ひとつは経済的分断、もうひとつは認識上の分断だ。 経済的分断とは経済格差のことだ。日本の経済格差が深刻な背景には、1)長期のデフレ不況、2)低所得者層への再分配政策の失敗を代表的にあげることができる。 長期のデフレ不況は、2400万人にも上るといわれる低所得者層を生み出し、また高い失業率とブラック企業に代表される厳しい雇用環境に多くの国民を追いやった。また低所得者層の状況は、政府が介入することでかえって悪化している。例えば消費税は社会保障の充実を目標にしていると宣伝されることが多いだろう。だが現状では低所得者層からより多くのお金を搾り取ってしまっている。 認識上の分断も深刻だ。代表的例をふたつあげれば、対抗的ナショナリズムの勃興と「逃げ切り世代」の価値観の浸透だ。 例えば、在日外国人への敵意や反発は深刻である。対抗的ナショナリズムに魅かれるものと反発を感じるものとの認識(イデオロギー)上の対立は、しばしばヘイトスピーチをめぐる問題としても顕在化している。もちろん国外をみれば、韓国・中国など近隣諸国への敵意(対抗)の意識はきわめて強くなっている。 「逃げ切り世代」とはエコノミストの安達誠司氏の言葉だ。逃げ切り世代は年金や医療などで現役世代から所得移転を受けている高齢層である。逃げ切り世代の根源的な発想はリスク回避的なものだ。わかりやすくいえば「経済はもう成長しない」や「清貧の思想」に代表される思考パターンである。特に経済が成長して、若い世代がリスクを取ることが容易な環境になれば、自分たちの既得権が侵されるのではないかと懸念している心性(マインド)だ。社会の高齢化もあるだろうが、他方で長期の経済低迷が「逃げ切り世代」のリスク回避的価値観を浸透しやすくしているだろう。 新政権に最低限望むことは、上記の経済的分断と認識上の分断をこれ以上、政府がわざわざ介入することで悪化させないことだ。そして最善には、これらの分断を修復することが望ましい。 経済的分断については、まずデフレ不況脱却が最優先される。8%に引き上げた消費増税の悪影響は深刻である。いま現在、各種の経済統計をみると雇用状況は改善しているように見えるが、雇用を推しはかる指標は実体経済に遅れたものになる。このまま状況を放置していれば、早晩、雇用環境は悪化していくだろう。それを食い止めるためには、早急に財政政策と金融政策の両輪を積極的に活用する必要がある。財政政策であれば、所得の低い層を中心に総額10兆円規模の所得給付を行うことが望ましい。さらに日本銀行の追加緩和も必要だ。 政府と日本銀行が共同声明を行い、いまの目標である「名目成長率3%、実質成長率2%」を引き上げて「名目成長率4%、実質成長率2%」にすることは、これからの持続的な経済成長の安定化のためにも重要だと考える。 認識上の対立はどうだろうか? 「逃げ切り世代」の価値観の浸透については、その発生理由の多くが経済低迷をうけてのものだった。経済がダイナミズムを回復すれば、「逃げ切り世代」の価値観と対抗できる若い世代の価値観が社会で注目される可能性も増える。それがなんなのかいまはわからない。いや、わからないからこそいいではないか。 問題は、対抗的ナショナリズムだろう。今年の6月、報道によれば日中韓三カ国の関係改善を求める経済学者たちの提言を、安倍晋三首相は受取を拒否したという。この提言は経済学者の河合正弘、浜田宏一氏らが中心になったものである。この提言には、三カ国が軍事的衝突に陥った場合の経済的損失が試算されている。結論はアジア経済圏の成長の終焉という深刻なものである。もちろん経済的損失だけではない。失われるかもしれない人命こそ重要だ。 安倍首相の外交術は巧みであるという評価もある(高橋洋一『バカな外交論』(あさ出版)参照)一方で、近隣諸国とのより一層の対立を懸念し、または集団的自衛権を認めることで米国の軍事的従属化がすすむことを懸念する声も大きい。 安全保障の問題に関連して社会の認識(イデオロギー)上の対立が過激化してしまえば、それは社会の分断を加速化してしまうだろう。経済的な安定化は、対抗的ナショナリズムをある程度鎮めることができるかもしれない。だが他方で、高度成長時代においてもしばしば安全保障の問題については、過激な社会対立が随所で見られたことを忘れてはならない。 安倍首相の長期的な目標は憲法改正だろう。今回の衆院選の大勝によって、今後この長期的目標がより具体的に政治的メニューにあがってくることは不可避である。このとき社会の分断が加速化しないこと、それを政権に期待するだけではなく、むしろわれわれ国民がしっかりと判断していかなければならない。

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    どうするニッポンの針路 新政権に問う

    事実上の安倍政権への信任投票となった第47回衆院選は、自民党が絶対安定多数を維持、圧勝した。「一強多弱」の構図はより強まり、安倍晋三首相の政権運営はこれまで以上に日本の針路を左右する。ニッポンはどこへ向かうのか。新政権に問う。

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    野党であるために何ができるのか?

    の自民党と公明党の獲得議席は3分の2に迫る勢いということで、圧勝であることは間違いありません。 その選挙結果を見据えて何を論ずるべきかといえば、私は間違いなく野党再編をどのように行い、民意の取りこぼしを少なくするか、これに尽きます。争点のない解散であったと評したところで、その選挙で実際に勝ったのは与党であり、勝たせたのは日本国民、有権者であって、国民の意志です。この時点で評価されたのは安倍政権であることを真摯に受け止め、与党は自信を持って国民のためになるであろう政策の実現と推進を、野党は敗因を見つめて必要な再編を行って国民の請託を受けられるような体制作りに邁進しなければなりません。 勝った与党はさておき、勝負にならなかった野党にこそ日本の未来を見出さなければなりません。というのも、与党支持率は選挙戦を通じて40%台中盤を推移していたものが、選挙戦が白熱していくにあたって徐々に低下。投票日前日の調査では、確定値において34%から37%まで低下していきました。選挙戦を見ながら、有権者、とりわけ無党派層が自民党の主張や選挙展開を見て「自分が支持する内容ではない」と違和感を感じたことに他なりません。 その低下した分を、民主や維新、次世代、共産などが上積みしたかというとほとんどそうはならず、推定ではありますがそのような人たちは「有力な候補者がいないので選挙にいかない」という選択をしている可能性が高くなっています。それが、今回の選挙での低投票率に繋がっており、国民は自民党への批判票の受け皿としてさえ、いまの野党を評価していないことの表れではないかと思うわけです。 野党の再編のために必要なものはなんでしょうか。今回の選挙直前には、維新の会の低迷と次世代の党への分裂、さらにはみんなの党のお家騒動からの空中分解と、強い与党の結束とは裏腹にどうしようもない野党の実態をさらしたままの選挙戦になりました。 この背景ははっきりしていて、ひとつは資金力の裏づけ、もうひとつが思想的なバックグラウンドが散漫なことです。勝っている政党や勢いのある政党であれば、政党に属していることそのものが資金も集票も見込める磐石な仕組みの歯車になることが議員の参画の動機になるのですが、資金源は将来曖昧であり、思想的にも寄せ集めの議員ばかりでは、どうしても政党としての結束力に欠けるだけでなく、保身のために、党ではなく自分の知名度を確保するための活動に精を出さざるを得ません。有権者の党への評価が低ければ比例で復活することもできない以上、自分の名前を投票用紙に書いてもらわなければ議席を失ってしまうからです。 だからこそ、いまの野党に必要なことは思想的な裏づけのしっかり取れた、反自民の批判票を受け入れられるだけの統制の取れた党組織を次の選挙までにつくり、国民の期待に応えることです。「それができないから困っているのだ」と野党の本部の方は頭を悩ませておられるのでしょうが、国民・有権者が争点として上位に挙げているものを思い出してください。一位こそ「経済政策・雇用」ですが、次いで「年金・社会保障」「少子化対策」「エネルギー政策」「安全保障・日米中関係」となっています。野党は一番得意でない経済政策や雇用を争点に持ってきて惨敗しましたが、実は社会保障や子どもへの補助、安全で安心できるエネルギー政策といったところは野党が本来得意とするものではなかったでしょうか。財源問題とあわせ、次の時代の日本をどう考えるかを打ち出すことが、いま野党に求められていることだと断言できます。 小選挙区制の恐ろしさは、わずかな支持率の違いを大きな獲得議席数に反映させるダイナミックな変革が起きやすいことにあります。もしも四年後かそれより前に選挙があるとき、少しでも自民以上の信任を野党が獲得できたならあっという間に政権奪還ができてしまいます。それまでの間に責任と能力の備わった野党であるために何ができるのか、いまじっくりと考えて再スタートを切って欲しいと、一人の日本人として願ってやみません。

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    もはや出来ない言い訳は通らない

     選挙結果が出た。自公与党の圧勝である。だが、そこに「歴史的」と形容するような高揚感はない。本気で政権に挑戦しない野党のていたらくを前に、与党の勝利はわかりきっていたというのはあるだろう。05年の郵政選挙では、構造改革路線という一つの方向に進んでいくという高揚感があった。09年の政権交代選挙でも、12年の自民党の政権復帰の選挙でも何かが変わるという不安と期待が背中合わせとなった感覚があった。今回は、それがない。 野党や一部のメディアが言うように解散に「大義がなかった」と言いたいのではない。国民の信任を通じて得られた政治的エネルギーをどのように使うのかが、気がかりなのである。 日本という国は岐路に立っている。すべての国民に明らかでないだけで、危機と言ってもいいレベルである。先延ばしにした増税を発動できるところまで経済を成長させることも、中期的に財政を持続可能なところまでもっと行くことも、けしてハードルは低くない。そのためには、国民に痛みを強いる社会保障改革も、与党や霞が関の権力基盤を掘りくずす規制改革も必要である。信を問う大義は十分すぎるほどあったわけだ。問題は、与党がアベノミクスの信任という以外、これからは苦い薬も飲まなければいけないことを示さなかったことである。そんな与党を追いこめなかった野党の力不足も罪深い。 ともあれ、国民は安倍総理と自公政権に圧倒的多数を託した。アベノミクスも、第三の矢も、もはや結果を出せない言い訳はなくなった。いまこそ、仕事をするときである。政権与党にあっては、適齢期だというだけで実力のない方を大臣にするなどもってのほかである。日本がデフレに苦しんだ15年間の一番の変化はグローバル化であろう。改革のスピード感もグローバルな基準で判断される世界だ。小回りの効くシンガポールや、民主主義の制約に縛られない中国と比較される中で結果を出さないといけない。与党が得た2/3に迫る議席は、このスピード感に使っていただきたい。 議席を増やした野党第一党の民主党には、安倍政権との対決姿勢を出すために政権の改革アジェンダに反対し、「やさしい」主張を展開する誘因があるだろう。短期的には、国民の人気も高まるかもしれない。が、それはかつての社会党が歩んだ万年野党への道であり、日本の将来のためにぜひ思いとどまっていただきたい。他の野党と手を結びながら、あるいは維新が築きあげた地方分権のエネルギーも取り込みながら、正々堂々と与党と経済改革を競ってほしい。それが、日本の政治に健全な緊張感を取り戻す唯一の道であり、野党が社会にとって前向きな変化を起こす存在となれるかの分かれ目である。

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    政治的にはタフでも医療崩壊の危機に立ち向かえ

    的に対決した。 民主党政権と比較して、安倍総理の政権運営は安定している。多くの国民が、今回の解散・総選挙に賛成していないのに、与党を支持しているのも頷ける。 ただ、安倍政権の医療に対する基本的な姿勢は、我々は認識しなければならない。 私個人としては、安倍政権のやり方に反対ではない。社会保障費を圧縮しなければ、いつの日か、我が国は破産する。医療費と雖も、青天井で増やせる筈がない。医療費の抑制は必要だ。 しかしながら、医療費を抑制するだけでは、医療システムは破綻してしまう。高齢化が進むわが国では医療需要は急増する。我が国の医療は政府による価格統制が徹底しており、診療報酬を引き下げ続ければ、やがて医療機関の経営は立ちゆかなくなる。 医療崩壊を防ぐには、医療システムに循環する資金を増やさねばならない。税金・保険料で補えないのであれば、民間の資金を活用出来るようにしなければならない。 そのための具体策が、混合診療の解禁である。 我が国では、健康保険で支払う治療はすべて厚労省が一律に価格を決めている。混合診療が禁止されているため、例外はない。このことが、我が国の医療の進歩を阻害し、医療産業の発展を妨げている。 先日、13年間、凍結させた卵子を用いて出産した癌患者のニュースが報じられた。このように、我が国の不妊治療は世界最高水準だ。それは不妊治療が自費診療で、医療機関が独自に価格を設定できるからだ。患者満足度を上げれば、価格に転嫁できる。収益を増大すれば、最新機器を購入し、専門スタッフが雇用できる。一方で、不妊治療の専門医も増え、医療機関間に競争が生じ、サービス内容・料金は多様化した。これは患者にとっても福音だ。 厚労省は、完全自費診療には関与せず、混合診療は厳禁というのは二枚舌だ。厚労省が、このような態度をとるのは、医療行為の医学的妥当性よりも、医療費の支払いに関心があるからだろう。医療費の伸びを抑制するとともに、医療行為の価格の決定権限を握ることで、大きな権限を持てることは官僚にとって好都合だ。ところが、こんなことを続けていると、我が国の医療は崩壊してしまう。 我が国の医療システムが生き残る、つまり国民皆保険を堅持するには、混合診療規制の緩和が必須だ。 ただ、この問題に安倍政権が真摯に取り組んできたとは言いがたい。安倍政権は「岩盤規制改革」の象徴として、混合診療の解禁を唱っているが、先月、厚労省が発表した案では、混合診療が実施できるのは原則として百程度の大病院に限定されるらしい。これでは、多くの国民が規制緩和の恩恵に預かることが出来ず、見事な骨抜きである。 我が国の医療は、混合診療禁止という規制のもと、様々な既得権を生んできた。公定価格の元、一切の値下げ競争に曝されることはなく、開業医から製薬企業まで大きな利益を上げてきた。厚労官僚たちも絶大な権限を持ち、医療業界誌は、診療報酬改訂情報を垂れ流すだけで、売り上げを確保している。混合診療規制を緩和しようとすれば、彼らからの抵抗を受ける。混合診療規制の緩和は、政治的にはタフな仕事だ。さて、安倍政権は、どこまでやるだろうか。総選挙後の動きに注目したい。

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    それでも、若者の政治参加って必要ですか?

    。若い人たちが政治から離れてしまうと全体として代議制民主主義そのものの根底が覆りかねない。この前の総選挙も50%代でしたよね。これが下回ってしまうと、つまり国民の半分も参加しない選挙によって唯一の立法機関である国会の議席数が決まってしまうことになる。すると議会制民主主義の根幹そのものが揺らぎかねないと思います。だから若い人に政治に参加してくださいと言ってもなかなか難しいとは思いますけど(笑)日本のなかで政治教育をする仕組みを山本:「教育なき民主主義は無意味である」と言いましたけど、ということは教育ありきの民主主義ということですよね。その点はどうですか。いまは教育はされた上で民主主義が成り立っているとお考えですか?斎木:僕はほぼないと思っています。僕らみたいに政治学科に在籍していれば別ですけど半強制的に政治の勉強をする環境はないわけです。義務教育を見渡してもなかなかありませんし、高校教育をみてもどうしても政治的中立性が重視されて、政治教育はされていません。むしろ先生が政治の話題をすることはタブーですよ。山本:どうしてもイデオロギーの話が日本では起こりやすいからですか?斎木:そうですね。そういう部分もあると思います。ただ正直に言って「日本だから」といったわけではないですよ。先生によってイデオロギーはあると思います。例えば、イデオロギーのある教育を受けた結果、みんながそのイデオロギーに染まるかと言えばそうでもないでしょうし、ある意味そのイデオロギーを利用して中立性を説く工夫はできるわけですよね。だからそのためのガイドラインをつくっていって、同時に日本のなかで政治教育をする仕組みをつくっていくことが大切だと思います。つまりイデオロギー教育になってしまうリスクよりも、政治教育をしないことのリスクが大きいのに、イデオロギーというリスクに気を取られているというのが現状です。山本:なるほど。まあ、イデオロギーに気を取られないという発想自体もまたイデオロギーですけどね〜(笑)お話を聞くと、結局(政治の)教育がないということじゃないですか。ではどういった教育を展開していくべきだと考えていますか?斎木:まったくないとは言い切れませんがほぼないと思います。山本:それこそ、アメリカでは政治教育は徹底しているという話があるじゃないですか。模擬投票や模擬選挙がアメリカにはあるとのことでしたけど、日本でもそれらを導入すべきなんですか?斎木:僕は、模擬投票は素晴らしい教育のコンテンツだと思います。やっぱり政治教育をするならば模擬投票が一番だと思います。実際の選挙をみていくことは、教育を受ける側にとっては一番おもしろいと思います。正解のある話ではないので、各党の政策をみたときに「あ、自分はこれがいいな」と思うところからスタートすることは日本でも取り入れていったらいいでしょうし、模擬投票ならば先生のイデオロギーも入りにくいと思います。やはり中立的に、そこには色んな仕組みが必要でしょうけど、模擬選挙を通して体感型の政治教育をしていけばいいのではないでしょうか。民主主義の究極的目標は弱者救済山本:そのお話には、斎木さんがよく言う市民的公共性が前提にあるんですか?斎木:その先に、市民的公共に対する視野が僕のなかではあります。模擬選挙をやったり政治教育をする人たちの全てが市民的公共を最終的に目指しているわけではないでしょうけど、私は市民的公共の意識は強くあります。山本:ちなみに、市民的公共について一度整理をしたいです。私はあまり詳しい分野ではありませんので(笑)市民的公共というのは、教養ある市民が議論することで世論を形成して、その世論が行政を監査する、といった認識で大丈夫ですか?斎木:そうですね。つまり、公共の担い手となる市民一人ひとりが討議に参加していく。その教養ある市民がね。だからこそ、教育なき民主主義は無意味であるわけですよね。教養ある市民が討議に参加して、監査したり、いまならNPOやNGOを立ち上げることによって公共の担い手になることも可能になってきていると思います。山本:その、つまり政府が動くだけではなくて市民自体が積極的に参加をして社会を形成していくっていうこと?斎木:そういうことだと思います。山本:要するに政府の手が行き届かないところで市民が活動していく必要があるっていう認識だと思うんですけど、そのなかで必要になってくるのが教養だったりするわけですよね。だから教育で補っていかなければいけないはずでありながら、現状ではカバーしきれてないように私は思いますが、その点はいかがですか。斎木:政治教育は先ほど言った通り日本では盛んにおこなわれていないですね。やっぱり僕が思うのは、政治や公共とは、社会の構成員みんなに関わるものだと思う。ルールを決めたりね。それから、僕は政治、とりわけ民主主義の究極的目標は弱者救済だと思っています。強い人は市場の原理で政治が介入しなくていいわけですよ。民主主義の究極的目標はロック・ルソー以来の自然権という根本的な理念だと思います。僕は別に西洋かぶれじゃなくて、日本にしても古くから神道や仏教がありますけど、仏教の法然の言葉を借りれば「みんなが幸せになるために生まれてきた」、つまり幸せを追求するために生まれてきた、というのは日本でも普遍的な考え方でした。これは日本の伝統であると思うと同時に、西洋においても同じだったんですよ、昔から。つまり結局何が言いたいかというと人間が生まれながらにして生命・自由・財産をもっている、幸福を追求する権利があるということ。そして今の日本国憲法の根本的価値は第13条の幸福追求権ですよね。そこで重要なのが、幸せではない人たちを救済することによって、みんなが幸せになるという目的の達成ができます。幸せでない人たちに、公共によってアプローチをしていくことが大切です。山本:ただ、その公共を考えた時に、最初に戻りますけど「教養ある市民による良質な議論」、これによってマイノリティの排除という議論もありますよね。結局教養ない市民は排除されるわけですから。斎木:教養ある市民の定義が難しいですけど、民主主義の究極的な目標を理解していることが大前提だと思います。日本国憲法は日本の根幹であり、その根本的価値と言われるのが13条。それを考えると、民主主義の討議のなかでは一番の大前提ですから、やはり「教養ある」にはここが含まれているでしょう。そうすると、教養ある人たちが教養ない人たちを排除する、っていうのはその大原則に反してますよね。山本:ちなみに衆愚政治についてどう思いますか?斎木:私たちは、この(13条の)大前提を理解できていなかったり学ぶ機会がありません。だって、「日本国憲法の根本的価値と言われる条文は?」というのは、(学校教育では)あまり扱わないですよね。結局、その意味や成立背景を学ばないわけですよ。この教育がないために、衆愚政治に陥ったり、集合愚に陥ったり、インターネットの炎上もそうかもしれませんけど(笑)私はやはり、そのところをしっかり教育によって補完する必要性は必ずあると思っています。今一度の『学問のすゝめ』山本みずき特別編集長山本:私たちは慶應義塾大学で学んでいる立場ですけど、今日も『学問のすゝめ』を改めて読み返していてね…(斎木さんに遮られる)斎木:福澤諭吉先生ね!結局、福澤諭吉先生の時代は近代がはじまったとき。近代とはロック・ルソーの考えがまさに日本にはいってきた時代です。そのときに、福沢諭吉が説いたのが『学問のすゝめ』ですよ。「一身独立して一国独立す」、これは独立不羈の考え方ですけれども、やっぱり一人ひとりが学問してこそ国家が独立する。当時は国家の独立が至上命題だったと思いますが、今はやはり(日本は)独立国家として成り立っているわけですよね。細かい点はおいて、独立国家として危ぶまれることは喫緊ではない。では、何がいま大切かと言うと、成熟した民主主義ですね。これから社会の在り方をどうすべきか考える時に、まさに今、福澤諭吉の言葉が再び意味をもってくると思います。誰がエリートだとか、一部の人間だけが決めるのではなく、できるだけ多くの人々が参画して社会の在り方を決めていく必要があります。当時は独立のために学問だったと思いますが、これからは社会の在り方を、民主主義をどう成熟させていくかを考えるための、今一度の『学問のすゝめ』ですよね。山本:そうそう、それでね、市民的公共っぽい記述が『学問のすゝめ』にあったので是非紹介したいんですけど。第四篇では「国民の気風が国を作る」という項目がありましたね。そこにはこう書かれています。「狭い意味での『政治』をなすのは政府だけれども、世間のあれこれの事業の中には、政府が関係しないものも多い。一国全体を整備し、充実させていくのは、国民と政府とが両立して、はじめて成功することである。われわれは国民としての責任を尽くし、政府は政府としての責任を尽くしてお互いに強力しあい、日本全体の独立しなくてはならない」と。まさに斎木さんの提起した内容そのもだと思いました(笑)福澤諭吉先生も論じていたんですね。斎木:いやいや!福澤諭吉先生が論じられたことを私が勝手に解釈しているので、僕が論じているどうこうではありませんけど(笑)福澤諭吉先生は、だからこそ日本の貨幣の肖像に二度も選出されるわけですね。二度、選出されるのは福澤先生だけですよ。やっぱり慶應義塾大学の誇りでもありますけど、日本人としても誇りです。山本:私も同じ思いであります(笑)最後に、いままさに総選挙があっているわけですけど、選挙に対して若い世代である斎木さんから一言お願いします。斎木:とにかく、参加して欲しいです。とにかく一票を投じて欲しいし、少しでもいいから考えて欲しいです。情報を収集しやすいのはインターネットの良い部分ですし、調べればすぐに政党のマニフェストも見られるわけです。あとは政党マッチングを試すこともできますし、それも含めて色んな情報収集をインターネットや本、街頭演説を少し聞いてたりして自分のなかで何となくでいいから参加してほしい。たしかに自分の思想と照らし合わせたり、真面目に選挙に取り組む人もいますけど、30代40代以降の人でも何となくで参画している人もいます。それに何と言っても!初体験なわけですから(笑)参加してみることが大事で、どれが正解かではなく、自分なりの答えでいいわけだから気負いせずに参加してみてほしい。僕自身が偉そうにお話してしまいましたが、それこそ僕はまだ学んでいる立場です。皆さんからも多くのことを学んでいきたいですし、私も自分なりの確信があって投票できているわけではありません。そういう意味でも是非皆さんには参加して欲しいと思います。山本:実は私はまだ19歳なんですよね(苦笑)しかも今回選挙には参加できないし、(投票の)初体験すらまだっていうところなんですよ。そのなかで、選挙権をもっている人たちが、自分たちがもっている権利を行使しないっていうのが勿体無くて仕方がない。もうね、 選挙に参加できる方々が羨ましい限りですよ。だから、今回せっかく機会があるわけですから、一国民としてこの国をどうしていくか考える上でも選挙権をお持ちの方々には行使していただきたいと思います。斎木:そうですね。若い人が投票にいかないと、どうしてもシルバーデモクラシーになっちゃいますから。山本:是非、選挙には参加を!斎木:とくに若い人は!僕も含めて。笑 今回色んな話がでましたけど、私はまだまだ未熟者であり、学んでいる途中なので、暖かく見守っていただきたいなと思っています(笑)自分自身も正すべきは正して、反省すべきは反省していくつもりです。今回は山本さんとお話できて、後輩とは思えないほどしっかりされているので学びも多かったですし、今後も学び続けていきたい思いです。山本:いえいえ。斎木さんとは今年の夏に一緒に講演して以来、何かと関わりがあるんですが、来年の4月にも愛知で一緒に講演する予定があったりと、今後もそういう機会が増えてくると思いますので、どうか皆様、応援のほどよろしくお願い致します。斎木:ほんとうに期待の後輩です(笑)山本:いやいや、ほんとうに期待の先輩です(笑)というわけで今日はありがとうございました!

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    若者は政治に何を望んでいるのか

    「若者と政治」。私たちの世代の政治観は、他の世代の方々にまで届いていない気がする―。そんな疑問を抱くのは、iRONNA特別編集長の山本みずき。今の若者は政治に何を望んでいるのか。投開票を明日に控えた衆院選を前に、改めて「若者と政治」というテーマを考えたい。

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    デフレ世代からみる解散決意の違和感

    者と政治をつなぐ」をコンセプトに活動中。18日夜に安倍さんが解散を正式に発表。正直まさかの、師走の総選挙へと。「若者と政治をつなぐ」活動を続けている自分としては、なにかを仕掛けなければならない。若者が選挙を、民主主義を、そして日本を作っていく状況へと進めたい!とは思うものの、正直まだ気乗りがしていない心境です。なぜ、解散総選挙を行わなければならないのか、腑に落ちていない。昨日の安倍さんの解散表明会見で少しでも、腑に落ちる理由があればと思っていました。結果としてよくわかってないのですが・・・わかってないとか言ってる場合じゃなくて、自分から主体的に争点や解散の意義は見い出していかないとだめだなと考えていますが。”デフレあたりまえ”世代としてさて、今回の選挙の意義に直接というわけではないのですが、1986年生まれ、28歳の若者として、今回の選挙をどう見るべきかについて、非常に気になる発言を安倍さんが会見でされました。15年間苦しんできたデフレから、脱却するそのチャンスを、皆さん、ようやく掴んだんです。このチャンスを手放すわけにはいかない。あの暗い、混迷した時代に、再び戻る訳にはいきません。 自由民主党のホームページ物心ついてからほとんどが、安倍さんから見ると”暗い、混迷した時代”だったんだ・・・俺としてはそうは思わない。そして、同世代の多くもそうは思わないだろう。「バブルやら好景気を知らない世代としては、産まれてきてから今までの社会状況は当たり前。」よく感じるし、同世代でもたまにこのような話は出る。だから、「あの時代が良かった」「ずっと不景気で育ってきて大変だね」って上の世代の方にいわれても、正直何のことやらわからない。だから、いまが暗黒時代とは思っていない。なので、安倍さんの決意は全くしっくりこないわけです・・・満足している若者この傾向は、各調査でも明確だ。厚労省が25年春に行った調査では、15歳~39歳の若者の6割以上が現在の生活に満足していると回答。若者の意識に関する調査より内閣府が今年5月に行った調査でも20代の現在の生活に対する満足度は他の度の世代よりも高く、実に80ポイント近くである。国民生活に関する世論調査若者世代と安倍さん世代・政治家の意識のギャップを埋められるかなので、安倍さんが一世一代の決意で、”暗い、混迷した”時代を抜けるために、消費税の再増税も見送り、今回の解散をしたという説明は、腑に落ちないのである。そして、腑に落ちないまま、つまりは若者世代と解散の意義・選挙の争点のギャップが残ったまま、選挙に突入すると若者には響かない選挙になるのだろうなと、危機感を感じている。若者と安倍さんの感覚のどっちが正しいという議論ではない。俺らも安倍さんもともに正しいし、ともに相手からすると腑に落ちないんだろうな。ただ、その相手の気持ちの根本の差を前提に、そしてその差をうめていくための、議論を進めていく必要があると思う。若者も将来の日本に不安をおぼえている先述の「若者の意識に関する調査」にはこういう質問項目もある。「日本の未来は明るいか」この質問に肯定的に答えた人はわずかに19.2%。当然なのだが、若者が現状に満足していようが、日本の未来を何とも思っていないわけではない。少子高齢化・人口減少社会への懸念は大いにある。その懸念を打破するため、日本の未来のために待ったなしであった、消費増税が延期されたことをどう若者が捉えるのか。「消費再増税」とりやめの選挙であるということが、どれほどの若者に響くのか。

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    「若者の政治離れ」のウソ

    く言われる。つまり25歳の投票率は25%前後、という意味だ。実際、2014年2月に行われた東京都知事選挙では、「20-24歳」の投票率はわずかに25.7%、「25-29」では28.38%に過ぎなかった。 第23回参議院通常選挙(2013)では、「20-24歳」の投票率は31.18%、「25-29歳」では35.41%と、軒並み60%を超えてくる50代以上の中・高年とくらべて、明らかに低いのが実態だ。 このことを踏まえて、「若者の政治離れ」とか、「若者の政治意識の希薄化」が叫ばれて久しい。まずこの前提が本当なのかどうか、疑ってみよう。 次のグラフは、公益財団法人「明るい選挙推進委員会」が公開している、年代別の「衆議院議員総選挙年代別投票率の推移」(http://www.akaruisenkyo.or.jp/070various/071syugi/693/)である。  これをみても分かるように、若者(特に20代)の投票率は、過去(1960年代)とくらべて、長期的に明らかに低下しているのが分かる。しかし注意しなければならないのは、全年齢における投票率は、過去から現在まで、ゆっくりと長期低下(特に平成期)している、という事実だ。 つまり、「投票しないこと」を「政治離れ」と定義するなら、「日本人全体の政治離れが進む中、特に若者についてはその度合いが大きい」という風に解釈するべきだ。ところが一方で次のような統計もある。日米英仏韓の主要5カ国の青年(18-24歳)のそれぞれ各1000人を対象に実施した国際的な意識調査である「世界青年意識調査」の最新統計(第8回・内閣府)によると、政治に「非常に関心がある」は日本=11.7%で、米国=16.4%に次いで高い数値であり、政治に「まあ関心がある」と合わせると日本=57.9%で、主要5カ国の中で最高であった(最低は英国の32.2%)。 このように、日本の若者は「政治には比較的強い興味を持っている」が、しかし「実際の投票行動には繋がっていない」という実態が浮かび上がるのである。 ここからは、「若者の政治離れ」ではなく、むしろ「若者の投票行動離れ」という現実が判明する。どうも、若者が政治に関心がないから投票所に行かない、のではなく「政治に関心はあるが、投票所には行かない」というのが正解に近いだろう。この原因は、まったく制度的な原因に求められると、私は考えている。 つまり、選挙システムそのものが、若者の要求に答えていないのではないか、という疑問が浮かぶ。例えば地方から上京して、一人暮しをしている大学生が投票行為に及ぶ場合、住民票の所在地に投票権利を有するため、一人暮しをしている(生活実態のある)現住所では投票ができず、住民票上の自治体の選挙管理委員会に「遠隔地投票」の手続きを申請しなければならない。 この手続は至極煩雑で、自治体によっても異なるが郵送によって申請しなければならない場合が多い。実際、私もこの制度を利用して遠隔地に投票したことがあるが、選挙管理委員自身も不慣れな場合も多く、書類をたらい回しにされ、危うく投票そのものの意欲が無くなりそうになった。 私が大学生だった時代、周囲の友人・知人の中で「政治には関心があるが投票所には行かない」という人間の、ほとんどすべての理由がこの「遠隔地投票」である。わざわざ元住所の住民票を請求したり、地域の選挙管理委員会に申請用紙を請求したりするのは、よほど奇特な人物ではない限り行わない。この硬直したいわば「住民票主義」のようなシステムを正し、生活実態の存在する自治体で投票行動が可能になるように、法改正するだけで、若者の投票率は随分と変わってくるだろう。 更には、硬直化した投票日や投票時間の問題がある。普通、投票日は日曜日の朝から夜の8時までであるが、それは「週末が休日であることが前提の、模範的な勤労者(サラリーマン)」のライフスタイルを中心とした考え方である。 これだけ非正規雇用が拡大し、若者の多くが親からの仕送り額の減少などに悩み、アルバイトなどを兼任している現在、若者のライフスタイルは多岐に及んでいることから、投票曜日と時間は拡大されて然るべきだ。 投票日数を二日間などに拡大し、24時間に近い形で開放すれば、これも若者だけではなく、全年齢において投票率は格段に向上するだろう。あるいは投票日を祝日にすることなど、法で別途定めるようにしても良い。 投票所の多くは市役所や小・中学校に設置されているが、地の利の不便な場合もある。可処分所得の減少で格差の犠牲になりがちな若年層は、必然自家用車の保有率が少なく、投票所への来所はかえって困難な場合もある。小・中学校の多くは、駅から遠い住宅地の中にあるからだ。 よって、既存の公的施設を転用した臨時投票所の増設や、空港や駅などJRや私鉄、航空会社と連携した投票所開設も有効ではないか。各所に電子認証端末を設置し、住民基本台帳カードによる本人確認が普及すれば、やはり投票率は劇的に改善されるだろう。 現代人のライフスタイルの多様化は、明らかに現行の投票制度から齟齬をきたしている。通販サイトで注文した商品がその日に届くことが当たり前になりつつある中で、投票システムだけは何十年も前の、ハガキ持参と鉛筆書きという、旧態依然としたものに留まっている。これだけ実態と制度が乖離しているのに、それが投票率に作用しないと考えるほうがおかしいと思う。「週末が休日であることが前提の、模範的な勤労者(サラリーマン)」という、日本人の生活や働き方のスタイルは、過去のものになりつつある。その証拠に、「期日前投票」の利用者総数は、選挙の毎に拡大の一途をたどる傾向がある。「日曜日に、決められた場所に、決められた時間に行くことができる人間」は、この世界の中でどんどんと減っている。 その変化に、システムは全く対応していない。「模範的な勤労者」が存在することを前提とした日本のシステムの弊害は、選挙制度にとどまるものではない。年金や健康保険など「模範的な勤労者」が強固に存在した時代に想定された制度の多くに、歪や問題が指摘されているのは周知のとおりである。 住基カード1枚を持って、ふらりと東京駅で投票してから、道後で温泉に浸かりながら選挙速報を観る。そのような時代が到来した時、「若者の政治離れ」というフレーズは消えてなくなっていることだろう。

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    沈黙の原発 詭弁と無策が国を滅ぼす

    特にかすんでいるのが原発政策である。世論の反対が多いテーマだけに各党とも歯切れが悪い。争点化を避ける選挙戦にあえて直言します。原発なくして日本の未来はありません。