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    ムガベ大統領と日銀、どっちの通貨政策が信用できる?

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ジンバブエのロバート・ムガベ大統領が、軍のクーデターによって退陣を迫られている。現段階では辞任を拒否しているようで、事態は混とんとしたままだ。ジンバブエといえば、経済学的には人類史上でもまれなハイパーインフレ(物価の異常な高騰)をもたらした国として有名である。また最近では、日本がアフリカ外交のひとつの拠点にしようと画策していた点でも注目されていた。 このジンバブエの経済の現状は、ハイパーインフレを防ぐための米ドルを中心とした複数外貨制を採用した結果、落ち着きを取り戻し、一時期は高めのプラス成長であった。だが、近年は低成長とデフレ経済に悩み、失業率が累増していた。つまり、社会的な不満がかなり蓄積されていたことが、今回のクーデターの背景にあったのかもしれない。ちなみにジンバブエ経済は、ギリシャ経済と似ている。自国独自の通貨を持たず、そのため金融政策は封じられている。他方で巨額の対外債務を抱え、また官僚や軍などの政府組織のリストラにも手がつけられない。金融・財政そして成長戦略ともに思うように動けないから、両国は似ているのである。テレビ演説するジンバブエのムガベ大統領=2017年11月19日、ハラレ(AP=共同) ジンバブエが過去に経験したハイパーインフレには、顕著な特徴が存在する。それは各国の中央銀行のマネーの供給量と物価の上昇レベルが「連動していない」ことだ。つまり、中央銀行が貨幣を刷る量をはるかに上回ってインフレ率が進んでいく。貨幣の量と物価の関係性が切断されている、とも表現できる。それだけ自国通貨への信頼が毀損(きそん)されてしまったのだ。 このハイパーインフレの状況は「貨幣の増加レベル+通貨の信認の低下=物価の急上昇」という公式で理解するとわかりやすい。左辺の第2項「通貨の信認の低下」がとりわけ重要だ。この「通貨の信認の低下」というものは、「そもそも貨幣とは何か」という問題に直結しているからだ。 貨幣とは何か、という基本的な問題に、最近の経済学者は「貨幣は貨幣として使われるから貨幣である」という「貨幣の自己循環論的定義」を与えている。つまり、貨幣として人々が使うがゆえに貨幣であるのだ。まるで禅問答のようだが、これがいまの経済学が貨幣を解明する上で与えた最先端の解である。代表的には、経済学者のコチャラコータ元米連邦準備制度理事会(FRB)理事や国際基督教大学の岩井克人客員教授がそのような主張である。インフレ5千億%でも使い続けた国民 貨幣が貨幣であることを保証するのは、人々がその紙や金属片を「貨幣」だと信認するときだけである。それだといかにも頼りなげであるが、存外にこの信認は強固である。例えば、ジンバブエでは5千億%のインフレになっても国民はまだこのジンバブエドルを使い続けた。物々交換や他国の通貨を闇で使うことはあったが、自国通貨を完全に放棄することはなかった。そのため、私も知人から譲ってもらったのだが、100兆ジンバブエドル紙幣まで登場していた。どんなに信用が下落しても、通貨の信用はゼロにはなりきれないのだ。(左から)10億、10兆、100兆ジンバブエドル(iStock) ただし、信認をほとんど失うことは可能で、それがジンバブエのハイパーインフレの背景だったろう。この経済危機を乗り越えて、ムガベ政権の安定性は高まったかにみえたが、前述した経済運営などの失敗が背景にあり、ムガベ大統領のほうが今度は信認を失ってしまったようだ。 さらにジンバブエの教訓は日本にも参考になる。「通貨の信認」は要するに政府や中央銀行の政策スタンスがかかわってくる。ハイパーインフレが、貨幣の発行量と連動していない、むしろ信認のキーになる政策スタンスが重要である。日本では長くデフレが問題視されてきた。デフレを脱出するためには、日本銀行がデフレ脱却に強いコミットメントを発揮する必要がある。しばしば、日銀のマネタリーベース、ざっくりいうと日銀がコントロール可能なマネーの残高や、マネーストック(通貨供給量)の残高などをみて、金融政策の評価をする人たちが多い。これらは完全に誤りではないにしても、いままで述べてきた話でいえば妥当な見解ではない。 先の式を書き換えると「貨幣の増加レベル+日銀の政策への信認=デフレからの脱却」という公式になる。貨幣の増加レベルには、マネタリーベースの増加レベルと考えていい。ただしそこが論点ではない。なぜなら、90年代からマネタリーベースを増加させても、デフレから脱却は難しかったからだ。 ところが、2012年終わりから13年を通じて、日銀が強くコミットしたインフレ目標の導入と大規模なマネタリーベースの拡大(水準でも変化率でも大幅増加)が極めて有効に働いた。消費者物価指数(CPI)では民主党政権末期のデフレ域から、総合でみて2%に迫る勢いで上昇し、また生鮮食料品やエネルギーを除くコアコアCPIでも0・7%まで上昇した。おそらく翌年の消費増税などの障害がなければインフレ目標に到達していた可能性が大きい。日銀「政策への信認」は強い? だが、いまの日銀にこの「日銀の政策への信認」が強いかといえば、筆者は正直かなり疑問を抱いている。以前の論説で書いたように、日銀には一段の金融緩和が必要である。だが、それに対して日銀の現在の執行部は慎重すぎる姿勢だ。これではデフレ脱却へのコミットについて疑義も生じかねない。 ちなみに、このような私と同じ疑義を抱いているのは、デフレ脱却を重視している人たちだけだ。他の「疑義」を日銀に抱いている人たちの多くは、単にいまの金融緩和を妨害して、できるだけ早く「出口戦略」(金融緩和の終わり)を目指したい人ばかりだ。そこは同じ日銀の政策への批判でも明瞭にわけてほしいものだ。 いずれにせよ、いまのままでの政策スタンスを継続していればよほど運のよい事態が生じないかぎり、早期のインフレ目標の達成は困難である。再びデフレ経済に戻ってしまう可能性は、ジンバブエ経済と同様に通貨への信認次第になる。もちろんデフレとハイパーインフレは真逆の現象だが、通貨への信認という点では共通する。このデフレ脱却への強い信認を得るための最も安上がりの方法は、日銀の正副総裁の交代であろう。筆者からみると、現在の黒田東彦総裁の続投は「最悪中の最善」でしかない。リフレ派の岩田規久男副総裁は交代するだろうから、副総裁もリフレ的な考えの人を入れないと市場からはリフレ的政策の交代とみなされるだろう。2017年11月18日、ジンバブエ・ハラレで「ムガベは去れ」とのポスターを掲げ、大統領退陣を求める集会に詰め掛けた人たち(中野智明氏撮影・共同) 黒田総裁に代わる人材や、リフレ的な副総裁はどれだけ在野に残っているだろうか。ブルームバーグの取材に本田悦朗駐スイス大使は、現執行部の退任とインフレ目標への強い再コミットを求めている。そして自身が総裁に任命されれば「命を懸ける」と言ったという。取材記事なのでどこまで本当かわからない。ただ本田氏の従来の発言からは矛盾はしない。本田氏以外に、在野にいるリフレ派で日銀の中で孤独を恐れず信念を貫ける人材はどれだけいるだろうか。その人数はおそらく6、7人ほどでしかない。ある意味で恐ろしいほどの人材難である。だが、それが日本の現実である。 ジンバブエでは大統領が辞任しなさそうで混乱が懸念される。日銀の正副総裁人事も、政治的に混乱することなく、デフレ脱却=リフレの本筋を貫き通してもらいたい。

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    「異次元金融緩和は成功した」数字が語るアベノミクスの5年間

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 第2次安倍晋三内閣が発足したのは2011年12月26日。既に第3次安倍内閣の第3次改造(17年8月3日)になっているが、この間の政策全体が「アベノミクス」と呼ばれた。 アベノミクスの3本の矢は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」であった。このうち、金融政策は13年から安倍総理によって任命された黒田東彦日本銀行総裁によって実施された。 「異次元金融緩和」と呼ばれた積極的な金融緩和によって円ドルレートは大きく円安に動き、日経平均株価も急速に上昇した。 【年間平均レート】2012年:1ドル79・79円、2013年:1ドル97・60円、2014年:105・94円、2015年:121・04円【終値】2012年12月:1万395円、2013年12月:1万6291円、2014年12月:1万7451円、2015年12月:1万9034円 経済成長率もリーマン・ショックによるマイナス成長(2008年マイナス1・09%、2009年マイナス5・42%、2011年マイナス0・12%)から1~2%のプラス成長に転じた。大胆な金融政策は明らかに成功し、日本経済は息を吹き返したのである。後場開始から高値を更新した日経平均株価 =10月11日、東京都中央区(春名中撮影) 2014年は5%から8%の消費税増税によって成長率は0.34%に鈍化したが、2015年には1・20%に戻し、その後も1~2%の成長が続いた。成熟段階に既に達している日本経済にとって1%前後の成長率は「巡航速度」といえるだろう。日本経済は1956~73年の高度成長期(年平均成長率9・1%)、1974~90年の安定成長期(年平均成長率4・2%)を経て、1990年から成熟期に入ったのである。(1991~2016年の年平均成長率1・00%) 経済成長率の低下に伴って、インフレ率もまた次第に低下した。高度成長期の年平均インフレ率は2桁に達することにあり、1970年代でも年平均9%、1980年代でも2・4%に達していた。90年代に成長率が鈍化し、日本経済が成熟期に入るとインフレ率も低下し、90年代は年平均1・21%、2000年代はデフレ状況になり年平均マイナス0・53%。2010年代に入ってデフレ状況は脱したものの、2010~16年の年平均インフレ率は0・27%と極めて低いものであった。日本は明らかに低成長、低インフレの局面に入ったのである。総裁人事のベストシナリオ この状況は日本だけの現象ではない。先進国は軒並み低成長、低インフレの局面に入っている。先進国の中では成長率が高いアメリカでも、2010~16年の年平均成長率は2・09%、年平均インフレ率は1・62%だった。同じく2010~16年のイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの年平均成長率はそれぞれ1・96%、1・97%、1・13%、0・42%だった。 一方、インフレ率はイギリスが年平均2・18%、ドイツが1・23%、フランスが1・18%、イタリアが1・36%で、各国とも経済成長率は1~2%、インフレ率も1~2%に収斂(しゅうれん)しつつある。 こうした中で日本銀行は2%のインフレ・ターゲットを維持しているが、世界的な低成長、低インフレ時代に日本で2%のインフレ率を達成するのは極めて難しいだろう。「1%成長、1%インフレ率」が日本経済の巡航速度であり、それで大きな問題はないのではないだろうか。「2%ターゲット」を今すぐ引き下ろす必要はないだろうが、次第に1%に目標を下げることが妥当なのではないかと思われる。 アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を終了し、引き締めに転じ、欧州中央銀行(ECB)も金融緩和の出口を探り出している。こうした状況の中、いつ日本銀行が出口を模索するのかが、次第にマーケットの関心事になってきている。日本銀行は今のところ、大規模金融緩和を維持するとしているが、そろそろ黒田東彦総裁も出口戦略を考え始めているのかもしれない。前述したように大規模金融緩和は成功し、日本経済はリーマン・ショック前の状況に戻っている。いつまでも緩和を継続する必要は次第になくなってきている。日経平均もこの4年間大きく上昇し、既に2万円の大台を突破した。当面インフレの懸念はないものの、FRB・ECBと同様、日本銀行も次第に舵(かじ)を穏やかな引き締めに切ってくるのではないだろうか。インタビューに答える日銀の雨宮正佳氏=2012年12月、大阪市北区(柿平博文撮影) 日本銀行の黒田東彦総裁の任期は2018年4月に切れる。このところ、日銀総裁は1期5年で交代している。総裁はこれまで財務省OBと日銀プロパーが交互に務めるケースが多く、これまでの慣例からいけば、次の総裁は日銀出身者から選ばれることになるだろう。現在、日銀出身の副総裁は中曽宏氏だが、中曽氏がそのまま総裁になる可能性はそれほど高くないと思う。むしろ、「日銀のエース」と言われる雨宮正佳理事が昇格する可能性もあるが、理事からそのまま総裁ポストに就くのは現実的に難しい。 総裁ポストをめぐっては、さまざまなシナリオが考えられるとはいえ、来年4月の任期満了後に黒田氏が再任され、雨宮氏を副総裁に指名した後、短期間で雨宮氏に交代するという筋書きが有力だろう。時として総裁人事が国会承認でもめるということがあったが、このシナリオに抵抗があるとは思えないし、「黒田―雨宮」のバトンタッチがスムーズに進む可能性は十分にある。黒田総裁は財務省の国際派。財務官を務め、アジア開発銀行の総裁も経験している。以前は財務省出身の総裁は事務次官経験者で、どちらかというと国内派(23代森永貞一郎、25代澄田智、27代松下康雄)だったが、金融の世界でも国際化が進む中、国際派の起用は適切だと言えよう。

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    アベノミクスの限界「3本目の矢」は放たれない

    加谷珪一(経済評論家) 解散総選挙は、希望の党と立憲民主党の誕生によって状況が流動化してきた。希望か立憲民主が多数の議席を獲得した場合には経済政策が大きく変わる可能性がある一方、自民党が勝利しても、今回の解散は失敗と見なされる可能性があり、そうなった場合にはポスト安倍が強く意識されることになる。いずれにせよ5年間続いてきたアベノミクスは今回の総選挙をきっかけに何らかの方向転換を余儀なくされる可能性が高い。本稿ではアベノミクスの成果について、あらためて検証していきたい。 アベノミクスは説明するまでもなく第二次安倍政権が掲げた経済政策のことだが、その内容は徐々に変化しており、現在では明確な定義が難しくなっている。 当初のアベノミクスは「3本の矢」というキーワードに象徴されるように、3つの柱からなる政策であった。1本目の矢は「大胆な金融政策」で、これは日銀の量的緩和策のことを指している。2本目は「機動的な財政政策」で、主に大規模な公共事業である。そして3本目が「成長戦略」である。   量的緩和策は、日銀が積極的に国債を購入することで、市場にマネーを大量供給し、世の中にインフレ期待(物価が上昇すると皆が考えること)を発生させるという金融政策である。期待インフレ率が高くなると、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が低下するので、企業が資金を借りやすくなる。これによって設備投資が伸び、経済成長が実現するというメカニズムである。日銀本店=東京都中央区(早坂洋祐撮影) 日本は不景気が長期化し、デフレと低金利の状態が続いていた。名目上の金利は、これ以上引き下げることができないので、逆に物価を上げて、実質的な金利を下げようというのが量的緩和策の狙いであった。 しかし、物価が上がる見通しがついただけでは、経済を持続的に成長させることはできない。本当の意味での成長を実現するには、日本経済の体質を根本的に変える必要があると考えられており、それを実現する手段が成長戦略であった。 成長戦略の内容は、時間の経過とともに変わっていくのだが、少なくともアベノミクスが提唱された当初は、いわゆる構造改革のことを指していた。だが、構造改革を実施すると、一部の人は転職を余儀なくされたり、もらえていた補助金を失ってしまうなど、痛みを伴うことになる。また、構造改革が一定の成果を上げるまでには、それなりの時間が必要である。その間のショックを緩和するための措置として掲げられていたのが2本目の財政出動であった。  整理するとアベノミクスは、金融政策でデフレからの脱却を試み、財政出動で当面の景気を維持し、その間に痛みを伴う構造改革を実施するという流れだったことになる。 だが、アベノミクスは、当初描いていたような形には進展しなかった。構造改革に対する世論の反発が強く、安倍首相はやがてこの言葉を使わなくなり、構造改革の司令塔であった規制改革会議も有名無実化された。その後、成長戦略は何度か追加されたが、多くが予算措置を伴うものであり、3本目の矢は、実質的に2本目の矢に収れんしたとみてよい。つまり、アベノミクスは、量的緩和策と財政出動を組み合わせた2本立ての経済政策にシフトしたのである。 1本目の矢については、当初はうまく機能するかに見えた。量的緩和策がスタートした時点では、消費者物価指数(「生鮮食品を除く総合(コア指数)」)は前年同月比マイナスだったが、すぐにプラスに転じ、消費税が8%に増税された2014年5月にはプラス1・4%(消費税の影響除く)まで上昇した。2%という物価目標の達成はもうすぐかと思われたが、ここを境に物価は失速を開始し、2015年2月には0%まで低下。2016年に入るとマイナスが目立つようになってしまった。量的緩和策の限界 日銀は2016年1月にマイナス金利政策を導入し、同年9月にはイールドカーブ・コントロールという聞き慣れない手法の導入に踏み切っている。この手法は、購入額をコミットするという従来の考え方をあらため、購入額ではなく金利水準に軸足を置くというものだが、市場はこの措置について物価目標からの事実上の撤退と認識した。 結果として、消費者はデフレマインドを強めることになり、物価が上がるとイメージする人はほとんどいなくなってしまった。スーパー大手のイオンは、2度にわたって商品の値下げを敢行したほか、家具大手のイケアも大幅な値下げに踏み切っている。埼玉県越谷市にあるイオンの店舗 もっともアベノミクスがスタートして以後の実質GDP(国内総生産)成長率は、2013年度がプラス2・6%、2014年度がマイナス0・5%、2015年度がプラス1・3%、2016年度がプラス1・3%と微妙な状況が続く。直近の四半期については世界経済の回復もあって、1~3月期が年率換算でプラス1・2%、4~6月期が年率換算でプラス2・5%となっており、まずまずの結果だった。 かなりスローペースではあるものの、日本経済は回復しつつあると評価することもできるが、一方で、安倍政権が掲げていた名目3%、実質2%の成長目標という点からすると、現時点ではほど遠い状況にある。 ただ、量的緩和策については、国債の総量という上限があり、無制限に継続できるわけではない。市場では量的緩和策はそろそろ限界との見方が支配的であり、少なくとも緩和策の拡大という選択肢はなくなりつつある。消費増税については自民と希望で方針が異なっているが、アベノミクスの主軸であった量的緩和策が限界に近づいている以上、希望が獲得する議席数にかかわらず、何らかの形でアベノミクスが軌道修正される可能性は高いだろう。

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    前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない

    小野展克(名古屋外国語大学教授) 10月22日投開票の第48回衆院選で、安倍政権は国民に信を問う。日銀の異次元緩和はアベノミクスの心臓部ともいえる経済政策の中軸であるだけに、その成否が問われることになるだろう。来春には、異次元緩和を導入した日銀総裁の黒田東彦が5年の任期を迎える。異次元緩和の功罪をあらためて検証したい。 民進党代表の前原誠司は9月28日に開かれた両院議員総会で、希望の党との合流を提案した。これで民進党は事実上の解党となった。「自分勝手に政治をゆがめる安倍政権を退場に追い込む」 前原は、希望への合流の目的を安倍政権打破と位置付けた。そして、その際に前原が安倍政権の失政として最初に取り上げたのが、異次元緩和だった。 「日銀に大量に国債を買わせて無理矢理に金利を下げて、円安にして株価が上がったかもしれない。しかし所得は上がっていない。実質賃金は下がり続け、企業の利益は増えたけれども国民の生活は困窮している」 「日銀にETF(上場投資信託)を買わせて、みせかけで株価を上げて、アベノミクスはうまくいっているということを引きずっているだけだ」 前原はアベノミクスに反対する姿勢を鮮明に示し、「反異次元緩和宣言」に踏み込んだ。小池百合子率いる希望の党は公約で「ユリノミクス」を掲げ、「金融緩和や財政出動に過度に依存せず、民間の活力を引き出す」と訴える。前原のように異次元緩和にはっきりとノーを突き付けたわけではないが、異次元緩和の出口に早期に向かわせる公約とも読める。希望の党公認候補の応援演説に駆けつけた民進党の前原誠司代表=2017年10月14日、群馬県伊勢崎市(吉原実撮影) ただ、小池はロイター通信のインタビューに対して、日銀が国債を買い過ぎていると指摘したものの、「大きく方向性を変える必要はない」とし、次期総裁の資質についても「今の延長の部分はあろうかと思う。あまり急激に変えるということは、株式市場にも影響を与えるのではないか」と話し、黒田日銀の異次元緩和の基本的な枠組みは支持する考えを示した。 黒田の任期は来春に迫っている。日銀法では、総裁は衆参両院の同意を得て内閣が任命すると定められており、事実上、人事権を握るのは時の首相だ。自民単独で過半数を占め、安倍政権が安定的な基盤を維持すれば、黒田の続投か、コロンビア大教授の伊藤隆敏ら、異次元緩和の理論的なバックボーンであるリフレ派から総裁が起用される可能性が高くなるだろう。 しかし、安倍が首相の座から降りることになれば、次期総裁の行方は途端に混とんとする。実は、日銀が大胆な金融緩和に踏み出せた背景には、安倍の経済ブレーンにスイス大使の本田悦朗や嘉悦大教授の高橋洋一らリフレ派がそろっていたことに加えて、第2次安倍政権の誕生と日銀総裁交代のタイミングが合致していたことがある。「敗北宣言」黒田の思惑 日銀の金融政策は、日銀法で政府からの独立性が守られている。たとえ首相であっても、5年間の任期の途中で、総裁の首をすげ替えるわけにはいかない。 つまり次期衆院選の結果は、日銀総裁人事を通じて、金融政策の行方に決定的な影響を与える可能性があるのだ。市場では、安倍退陣となれば「円高、株安」に向かうとの観測も出始めている。   異次元緩和の目標は、物価が持続的に下落するデフレを解消することにある。裏を返せば、デフレは、持続的に円という通貨の価値が向上していることを意味する。円に対する過剰な信任を破壊し、モノやサービスへの欲望を取り戻すことが、その狙いだ。そのために、日銀が国債を大量に買い込み、円の供給を爆発的に増やすことで円の価値を破壊することが、異次元緩和の要諦といえるだろう。 黒田は2013年春に、デフレ脱却の旗印として2年で2%の物価目標を達成することを示した。しかし、物価目標の達成時期は繰り返し先送りされ、今年7月の「展望レポート」では「19年度ごろ」とされている。デフレ脱却の見通しは不透明なままなのだ。 「賃金の上昇が価格の上昇に転嫁されるのを控えるような行動がとられている面もあります」 黒田は物価が上昇しない理由について、9月21日の金融政策決定会合後の記者会見でこう指摘した。G20財務相・中央銀行総裁会議の開幕を前に、取材に応じる日銀の黒田東彦総裁=2017年10月12日、ワシントン(共同) その背景について、日銀は1年前に公表した「総括的な検証」で「適合的な予想形成」という分析を示した。過去のデフレに引きずられて企業や消費者が行動するため、異次元金融緩和を実施しても人々の物価観を転換できなかったという説明だ。1年後の今も、根強いデフレマインドから抜け出せていないのだ。 黒田は総括的な検証と合わせて昨年9月、異次元金融緩和とマイナス金利10年物国債の利回りをゼロ近辺に誘導する長期金利の目標を導入した。伝統的な金融政策では、中央銀行が操作するのは短期金利で、長期金利は操作できないと考えられていただけに、異例の政策といえる。 この政策の枠組みでは、日銀の国債購入は政府の国債発行の増減と表裏一体となり、金融政策は事実上、政府の財政政策に従属する形になった。 なぜなら長期金利の行方を左右する最大のファクターは、政府が発行する「10年物国債」の量だからだ。政府が財政再建を進めて、国債の発行量を絞れば、長期金利は下落傾向を示し、財政の拡大を進めれば、長期金利は上昇傾向を描く。結局、長期金利をゼロ近辺に誘導するという目標は、政府の国債発行の動きに連動するしかなくなるのだ。 黒田は、国債購入のげたを政府に預けてしまったのだ。市場では、これを「黒田の敗北宣言」と受け止め、この段階で、異次元緩和は事実上の終止符を打ち、出口に向かって舵を切り始めたと受け止められている。解散を後押しした異次元緩和 欧州も「出口戦略」へと進んでいる。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年のリーマンショック後に導入した量的緩和政策を終結、10月から拡大した保有資産の縮小に向かう。米欧の金融政策が引き締めに向かっていることで、日銀は現状維持していても、為替相場は円安に向きやすい。これは、日本経済にとって追い風だ。 ただ、世界的な経済ショックに見舞われたとき、日銀には、もう多くの手段は残されていない。金融機関の収益を圧迫し猛反発を浴びたマイナス金利を深掘りするのは難しいだろう。市場の価格形成をゆがめていると批判の強いETFの買い増しも採用できないと考えられる。  そうするとデフレ脱却に失敗した異次元緩和は、前原が指摘するように「国民を困窮させた」だけの失政だったのだろうか。 民主党政権時代の2011年から2012年、為替相場は1ドル=70円台後半を軸に推移、歴史的な円高になっていた。日経平均株価(225種)も2012年には9000円の大台を割り込む場面もあり、低迷が続いていた。 こうした円高の流れを変えたのが、異次元緩和であった面は否定できない。異次元緩和はデフレ脱却が目的だが、対ドルとの関係でいえば、円の供給量が増えれば円安に向かう効果は当初から期待されていた。 グルーバル企業の海外子会社において、円安は円換算の利益を押し上げる。この効果は大きく、日経平均株価も、円安を好感して上昇トレンドを描いた。最近では1ドル=110円前後が定着、日経平均株価も2万円の大台を回復している。 総務省が9月29日に発表した8月の完全失業率(季節調整値)は、前月と同じ2・8%となり、バブル期並みの高水準となった。団塊の世代の大量退職による循環的な人手不足の効果もあるものの、円安による企業収益の好転も企業の採用意欲にプラスの影響を与えたと考えられる。   株価の好転と雇用の増大は、安倍政権の支持率を支えていると言えるだろう。森友学園、加計学園問題をめぐる対応の不手際で、支持率を大きく下げた安倍政権だが、解散総選挙に踏み切る力を与えたのは、異次元緩和の効果も大きかったと考えられる。街頭演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2017年10月15日、北海道 9月21日の金融政策決定会合で、新任審議委員の片岡剛士が「効果が不十分だ」と、むしろ緩和強化の必要性を訴え、大規模な金融緩和策の維持に反対した。一方で、審議委員を退任した木内登英はマスコミのインタビューに「金融緩和の副作用は膨らんでいる」「2%の目標を断念して柔軟化すべき」と主張、日銀のOBの中にも、異次元緩和の効果を疑問視する声もある。 果たして、国民は異次元緩和に、どのように審判を下すのか、注目される。(文中敬称略)

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    「戦時放送を流す安倍政権も怖い」北朝鮮危機で注目した謎のつぶやき

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)北朝鮮がミサイルを発射したことを伝えるJアラートの画面=8月29日午前6時24分、東京都港区 北朝鮮がミサイルを発射し、全国瞬時警報システム(Jアラート)を通じて「国民保護に関する情報」が流されたときに、私はちょうど文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の本番中だった。番組開始して2、3分後には、スタジオの中にスタッフの方が緊張した顔で入ってこられ、メーンパーソナリティーの寺島尚正アナウンサーに、Jアラートの本文が記された用紙が手渡された。われわれはそれから1時間近く、北朝鮮のミサイルについての警報と、また政府の対応、そしてこれからの経済・社会に対する影響について放送させていただいた。 ミサイル発射による避難を呼びかける政府の警報が流れる中、それを伝える側として現場にいたことは、実に緊張した時間であった。もちろん避難を呼びかけられた地域にお住まいだった方々の不安はそれどころではなかったと思う。また日本や世界の多くの人たちが、この日本の上空を通過するミサイル発射の「無法」に心を痛めたことであろう。 私は、寺島さんやスタッフの誠実で、また緊張感のある仕事に感銘を受けるとともに、ジャーナリズムと災害警報、しかも天災ではなく他国によるミサイル発射という人災との関係にも深く思うところがあった。 Jアラートでは、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県という極めて広範囲に対して、ミサイル発射に関しての避難勧告が出された。内容も「頑丈な建物や地下に避難してください」というものであった。ラジオでもコメントしたのだが、おそらく「頑丈な建物」や「地下」などが周囲になく、どうしていいのかわからなかった方々も多かったろう。 政府では事前にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで、ミサイルが墜落してくる場合の避難の仕方として、頑丈な建物や地下がない場合で、屋外にいるときは物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守ること、さらに屋内では窓から離れるか窓のない部屋に移動するように説明していた。しかし、その広報活動は必ずしも周知徹底されていたわけではなく、また今回のJアラートでも避難の仕方について、少なくとも窓から離れるなどの付加的な指示を明記すべきであったと思う。あえて注目したい金子勝氏のツイート 不幸中の幸いで、ミサイルによる国民への直接の被害は発生しなかった。今後は、ミサイル発射に対しての避難のあり方について、国民的な議論を行う必要があるだろう。もちろん北朝鮮に対する抗議を強めること、そして国際社会と連携して北朝鮮にこれ以上の暴挙を行わないように、さまざまな手段を講じる必要がある。個人的には、危機を過剰にあおることがないことを、政府や政治家だけではなく、言論に責任をもつ識者やマスコミにも賢慮を求めたい。危機や恐怖をあおることで、議論があさっての方向にいってしまえば、むしろ北朝鮮の狙いのひとつである、日本国内の世論分断や混乱とも合致してしまう不幸な展開になる。 もちろん多様な意見があるのは当然である。ただ同じ経済学者であることで、あえて注目したいのだが、慶応大経済学部の金子勝教授による以下の意見には賛同しかねる。テレビは「国民保護に関する情報」と称して北海道から関東甲信越まで「頑丈な建物に避難せよ」と、まるで戦時中の「空襲警報」を一斉に流す。北朝鮮も怖いが、「戦時放送」を流す安倍政権も怖い。出典:金子勝教授の公式ツイッター 「空襲警報」や「戦時放送」というのは、金子教授の独特レトリックでもあり、また彼の現状認識を反映しているのかもしれない。その表現については特に賛成も反対もない。だが、なんで警報を流す「安倍政権が怖い」のだろうか。 警報には余計な価値判断は一切含まれていない事実のみを伝えるものだ。問題があるとしたら、先ほど指摘したように、避難の対処法など説明が不足していたことを挙げることができる。私見では、正体不明の「恐怖」をつぶやくよりも、Jアラートが問題をはらむものならば具体的な批判を展開すべきではないだろうか。ただ、金子教授のつぶやきは現在も多くの議論を招いていて、その意味では多様な意見をぶつけあう場になっている貢献はあるかもしれない。市場が記憶する「北朝鮮リスク」 経済学の観点から、番組でも言及したのは「北朝鮮リスク」を反映した株式市場や為替レートなどへの影響である。実は、ミサイル発射の当日は、民間団体「放送法遵守を求める視聴者の会」を新たな体制で立ち上げた初日でもあった。この会の目的や活動については、リンク先を見ていただきたい。その会合で、作家の百田尚樹氏や評論家の上念司氏、米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏、ジャーナリストの福島香織氏らと、今後の北朝鮮問題やミサイル発射に伴う影響についても話す機会があった。私は経済学の観点から、「北朝鮮リスク」が、当面は株価に不安定な影響を与え、また為替レートも円高に振れるのではないかと意見を述べた(注)。 ここでは特に為替レートの動向についてのみ簡単にコメントをしておきたい。ミサイル発射を受けて、日経平均株価は下げ、また為替レートは円高に振れた。市場関係者はしばしば「リスクオフ」(リスク回避)をすると円や円資産(日本国債など)を購入するためだという。しかし、そもそも北朝鮮のリスクは、今回日本が最も大きくなるではないか、と誰でも思うことだろう。実際にこのリスクオフ仮説は、いささか根拠に乏しい。日経平均を示す株価ボード。北朝鮮のミサイル発射を受け、約4カ月ぶりの安値を付けた=8月29日、東京都中央区(松本健吾撮影) ひとつのあり得る仮説としては、日本の政策当局が過去、甚大な災害にあたって事実上の金融引き締め、そして増税にシフトした経験をもとにマーケットが判断しているからだ、というものがある。もちろん現在の日本銀行は、量的・質的金融緩和を継続中である。だが、直近では、東日本大震災に際して、民主党政権は野党であった自民党とともに、被災の状況もまだわからない中で、増税の相談を真っ先にしたことがあった。そして当時の日銀には、金融緩和姿勢をとる気配はなく、そのため急激に円高・デフレが進行したのである。実はこの事実上の金融引き締めスタンスは、阪神・淡路大震災のときにも観測される出来事であった。このような記憶が、日本の市場取引者の中で共有されている可能性はあるだろう。 ただ、現在の日銀の金融政策のスタンスは緩和姿勢を維持している。また、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策のスタンスは利上げを伺うなど「引き締め」スタンスである。そのため一時的には、円高ドル安に振れても、次第にミサイル発射前の為替レートの水準(円安トレンドの維持)に戻る可能性が大きいだろう。もっとも北朝鮮リスクが深刻化していけば、この日銀の金融緩和姿勢で基本的に決まる中長期の為替レート理論は、見直しを迫られることにはなる。 現状の日本経済は、ようやく長い停滞の時期を抜けつつある。今回の北朝鮮リスクの顕在化は、日本の経済復興にとっても無視できない障害となるだろう。その意味でも、過剰な不安を抱くことなく、冷静で具体的な議論をしていかなくてはいけない。(注)議論の詳細は上記HPで購入できるオーディオブックを参照にしていただきたい。

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    広がるビットコイン、仮想通貨の未来

    「ビットコイン」と呼ばれる仮想通貨をご存じだろうか。ネット上に流通するデジタル通貨で、中央銀行が発行する通貨ではないという。なんとなく怪しげだが、こうした通貨概念は世界で広がり始め、国内でも一部量販店で使用できるようになっている。とはいえ、いまだ現金決済が主流の日本、この先仮想通貨は広がっていくのか。

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    「仮想通貨は危ない」という人も知って損はないビットコインの潜在力

    加谷珪一(経済評論家) これまで、怪しげな存在とみなされることが多かったビットコインの普及が急速に進んでいる。一方、ビットコインが8月1日に分裂してしまうのではないかという騒動も発生しており、ビットコイン保有者は気を揉んでいる。 ビットコインに代表される仮想通貨については、賛否両論があるが、社会の仕組みを変える大きな破壊力を持っているのは確かだ。当面、仮想通貨を保有する気はないという人であっても、その仕組みについて理解しておいて損はない。 ビットコインはインターネット上に流通する仮想通貨である。既存通貨のように発行元になる国家や中央銀行が存在していないという点が最大の特徴となっている。 仮想通貨に関して、いわゆる電子マネーと混同している人が多いが、仮想通貨と電子マネーとは根本的に異なる存在である。電子マネーはあくまで既存通貨がベースであり、これを電子的に置き換えたものに過ぎないが、ビットコインはそれ自体が通貨であり、単独で価値を持っている。  国家が一元的に管理していなければ通貨とは呼べないと考える人も少なくないが、これは幻想に過ぎない。多くの人がその価値を認めれば政府が関与しなくても通貨は成立するのだ。 この話は、近代日本の歴史を振り返ればよく分かる。日本史の教科書を読むと、明治政府は日清戦争の勝利で得た賠償金を元に金本位制を開始したと書いてあるが、厳密に言うとこの記述は正しくない。清は日本に金の支払いができず、当時の覇権国である英国に対して外債を発行。金の価値に相当するポンドを借り入れ、それを日本に支払っている。つまり日本が受け取ったのは金ではなくポンド紙幣である。 ポンドは英国が保有する金を裏付けとして発行されたものだが、金そのものではない。しかし、当時のポンドは現在の米ドルと同様、グローバルに見てもっとも信用度の高い通貨だった。日本政府はこれを金とみなし、ポンドを担保に日本円を発行したのである。現代に当てはめれば、日本政府はたくさんドル紙幣を持っているので、それを担保に日本円を発行したことと同じになる。慌てて方針変更した日本政府 つまり、多くの人が、その通貨に裏付けがあると認識すれば、政府の信用がなくても、その通貨は流通させることができる。日本の通貨制度は、自国政府に対する信用ではなく、ポンド紙幣に対する信用でスタートしたわけだが、だからといって日本の通貨制度は否定されるべきものだろうか。筆者はそうは思わない。結果としてポンドをベースにした通貨制度は発展を遂げ、現在の日本を形作った経緯はあえて説明するまでもないだろう。 ビットコインは、電子的に管理されるという点では目新しいが、通貨としての基本的な概念は金本位制に近い。コインの発行総量については構造的な上限が決められており、一定量以上の発行は不可能な仕組みになっている。新しくコインを生み出すには、ビットコインの取引を管理するシステムに対してコンピュータの計算能力という「労働力」を提供しなければならず、この作業によって新しい価値が生み出される。 金本位制の考え方に、経済学でいうところの投下労働価値説をうまくミックスさせた仕組みであり、通貨として非常によくデザインされている。 こうした特徴を背景に、国家が集中管理しない通貨としてビットコインは全世界に普及した。すべてがネット上で管理されるので運営コストが極めて安く、安価な手数料で世界中とこにでも送金できるという利便性も利用者の増大に拍車をかけた。 これまでビットコインは、少額の海外送金や投機目的、あるいは経済危機が発生した国からの逃避手段としての保有が多かったが、最近では一般的な決済通貨としての利用も増えている。全世界で利用者が増えてくれば、各国通貨の為替レートを気にすることなく決済できる。旅行などで複数の国を移動している人にとってはなおさらである。多くの出国者で混雑する成田空港 日本政府は、ビットコインはいかがわしい存在としてこれを全否定してしまい、モノとして扱うことをいち早く決定してしまった。しかし、各国がビットコインを通貨として法整備する方向に進んだことから、日本政府も慌てて方針を変更。今年の4月に改正資金決済法が施行され、金融庁の監督の下、ビットコインは準通貨として利用できるようになった。法改正をきっかけに量販店のビックカメラが一部店舗においてビットコイン支払いに対応するなど、事業者も動き始めている。 もちろん、政府が一元管理しないというビットコインにはデメリットも多い。その典型例が、現在、ネットで話題となっているビットコインの「8月1日危機」である。通貨制度の隙間を埋めるビットコイン 現在のビットコインの仕様では、1日に数十万件の取引しか成立させることができない。普及が急速に進んだことから、この仕様では決済処理がパンクすることはほぼ確実な情勢となっている。こうした事態に対応するためには、ビットコインの仕様を変更する必要があるが、ここで問題となるのが、誰がそれを決めるのかという点である。政府が管理する通貨なら、最終的に政府が決断し、うまくいかなかった時の責任も政府が負えばよい。だがビットコインにはそのような仕組みは存在していない。 ビットコイン取引所など、ビットコインの運営に関わる人たちの間で議論が行われ、多数決に近い形で仕様変更が決定された。だが一部の関係者がこれに納得せず、ビットコインが分裂するリスクが出てきたというのが今回の騒動の発端である。仕様変更の期日が8月1日なので、「8月1日危機」などと呼ばれている。 最終的には、ビットコインの処理能力が向上し、現在のビットコインはそのまま継続して使えるという、妥当な形で騒動は終結すると思われるが、集中管理者が存在していないだけに何が起こるのかはまったく予測がつかない。 こうした不透明要素の存在が、決済通貨としての普及を妨げる要因になるのは確かである。だが一方で、政府という政治的な存在に左右されず、通貨というものを民主的に運営するためのコストと見なすこともできる。主要通貨の紙幣。(左から)米ドル、英ポンド、中国の人民元、日本円、ユーロ(共同) これまで多くの国家が恣意的に通貨を発行してハイパーインフレを起こしてきた歴史を考えると、どちらが信用できる通貨制度なのかを断定することはなかなか難しいことである。 わたしたちが理解しておくべきなのは、現代のテクノロジーを使えば、従来は国家レベルでなければ運営できなかった通貨制度もネット上でいとも簡単に構築できてしまうという現実である。 ビットコインのような仮想通貨が、政府による通貨制度を超越するとは筆者は考えないが、各国の通貨制度の隙間を埋める存在として、普及が進むことは間違いない。ポートフォリオの一部として仮想通貨を組み入れる人は確実に増えてくるはずだ。 

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    デジタル通貨が生む「宝の山」 データ産業革命が社会を変える

    小黒一正(法政大経済学部教授) 思想や技術革新は世界を動かす。第4次産業革命の成否を最初に握るのは「データ」であり、情報通信技術(ICT)革命の次は「データ産業革命」という認識が、世界トップ層の中でひそかに浸透しつつある。この本丸は金融、中でも仮想通貨やデジタル通貨であり、米経済誌フォーブスでは「どこかの中央銀行が5年以内にデジタル通貨を実現するだろう」という予測も登場している。 というのは、データ産業革命の行き着く先に見えているのは、次のような世界であるからである。まず、一番上に人工知能(AI)という「脳」があり、その下にはハイテク機器にモノのインターネット(IoT)などが組み込まれ、そこが人間でいうと神経細胞のようになる。当然、この神経細胞には、インターネットで張り巡らされた既存の情報ネットワークやそこから生成されるさまざまな情報なども含まれ、これらの情報(ビッグデータ)は特定の場所にプールされる。 ただ、ビッグデータも頭脳がなければ意味がなく、人間が目指す目的を設定・制御しつつ、人工知能が解析しながら深層学習(ディープラーニング)で価値を見いだしていく。この意味で、ビッグデータは人工知能が進化するために必要不可欠な「食糧」に相当し、経済学的には「資産」でもあり、さまざまなデータを融合することで莫大(ばくだい)な価値を創造できる。 すなわち、データ産業革命の本丸は「金融」、中でも、ネットワークで結んだ複数のコンピューターが取引を記録するブロックチェーン技術を活用した仮想通貨といっても過言ではなく、ITを使った金融サービス、フィンテックはその一部でしかない。理由は単純で、われわれが経済活動で何か取引を行ったときに必ず動くものは「マネー」であり、仮想通貨が経済取引の裏側で生成するビッグデータは「スーパー・ビッグデータ」であるからである。 このような状況の中、スウェーデンの中央銀行、リクスバンク副総裁のスキングスレー氏がeクローナと呼ばれるデジタル通貨の発行に向けて本格的な検討を開始することを講演で明らかにした。 また、英国の中央銀行、イングランド銀行(BOE)も、デジタル通貨に関する興味深い論文を公表した。この論文では、米国経済をモデルに分析を行っており、対国内総生産(GDP)比で30%のデジタル通貨を導入すると、金融取引のコストなどが抑制でき、定常状態のGDPが3%押し上げられる可能性などを明らかにしている。GDPで500兆円の規模を有する日本でいえば、15兆円の経済効果に相当する。 さらに最近では、インド準備銀行(中央銀行、RBI)が実証実験を行った後、デジタル・ルピーの発行を推奨する報告書を発表した。インドのプラサド電子・情報技術相も「電子決済や電子行政を含む同国の「デジタル経済の規模が3-4年で倍増し1兆ドル(約110兆円)に達する」との見方」(日本経済新聞2017年7月5日朝刊)を示している。中国もデジタル通貨の発行を検討しているとの噂もある。データこそが「資産」になる スウェーデンやインドがデジタル通貨の発行を急ぐ背景にはさまざまな戦略が存在するはずだが、デジタル通貨を利用した取引が生成するビッグデータは、さまざまな可能性を秘めていることを考えると納得がいく。 例えば、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が1カ所のクラウド(インターネット上のサーバー)に収集することができれば、マネーの動きが詳細に把握でき、成長産業の「芽」を分析・予測できよう。また、家計消費や企業投資の動きも把握でき、いま日本で問題になっているGDP統計の問題解決にも利用できることが期待できる。 もしデータ・プラットホームを構築し、個人情報が特定不可能な形式に加工した上で、誰でも利用できる形で公開すれば、さまざまなビジネスに利用できよう。 ところで、中央銀行が発行する現代の紙幣は、偽造防止技術(ホログラム)や特殊な紙・印章を含めて最高水準のテクノロジーを利用したものだが、紙であるために「誰が何を買ったか」「誰が紙幣を保有しているか」といった情報は、紙幣を発行した者から切り離されているという視点も重要である。すなわち、現代の紙幣は、民主的・分権的でプライバシー保護に役立っており、消費者は安心して買い物ができる。 中央銀行が仮想通貨を発行するとき、最も注意する必要があるのはこの視点である。つまり、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が1カ所のクラウドに収集する場合、仮想通貨を受け取った側のデータは蓄積するが、家計・企業といった簡単な属性区分を除き、仮想通貨を渡した側のデータは基本的に蓄積してはならない。 なお、サービス産業の生産性を高める観点から、北欧諸国では「キャッシュレス経済」が進展しつつあるが、中央銀行による仮想通貨の発行はその動きを加速するはずだ。 しかも、中国では政府主導でビッグデータの取引市場の整備が始まっている(例:貴州省貴陽に設立されたビッグデータ取引所)。データの生成量は人口規模や経済規模に依存するため、中国やインドなど人口で日本を上回る国々の情報をどこまで日本の市場で活用できるかも、これから考えていかなければならない。ICT革命が急速に進んだのと同様に、データ産業革命も急速に進むことが予想され、いまこそ日本の戦略が問われている。 いずれにせよ、いま世界では「データ=アセット(資産)」になる時代が近づいている。ICT革命では「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの米大手4社)に日本企業は敗北したが、データ産業革命はこれからが本番だ。成長戦略の一環として、日本版デジタル通貨である「J-coin」(仮称)の発行を含め、日銀・財務省を中心に日本もデータ産業革命の推進を本気で検討してはどうか。

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    「8月1日問題」でビットコインは消滅してしまうのか?

    志波和幸(国際通貨研究所 主任研究員)  仮想通貨の利用者保護と取引業者の監視強化を目的とした「改正資金決済法(いわゆる「仮想通貨法」)」が4月1日に施行され、ビックカメラなどの小売店でビットコインでの決済が可能になったという報道を受け、3月末に1ビットコイン当たり約13万円で取引されていた相場が5月下旬には34万円台に急騰した。仮想通貨「ビットコイン」の支払いで使用されるスマートフォンの画面=4月7日、東京都千代田区のビックカメラ有楽町店(川口良介撮影) しかし、6月中旬以降、ビットコインの相場に急ブレーキがかかっている。7月16日には一時20万円まで下落した。回復したとはいえ、現在その価格は25万円前後と5月下旬のピーク時点から約25%を下回る水準で推移している(7月19日現在)。その主な理由として「8月1日問題」が挙げられる。 「8月1日問題」とは、ビットコイン記録方式の規格変更の是非をめぐり関係者の利害が対立し、一部のシステム利用者が8月1日から新規格の導入を一方的に宣言したことに端を発するものである。 ここで、あらためてビットコインについて簡潔に説明したい。2009年初めに運用を開始したシステムでは、下記の作業が繰り返される。①世界中のビットコインの取引データを、およそ10分ごとに「ブロック(データの塊)」にまとめる。②次に、世界中に分散しているサーバーが、「ブロック」に格納した取引データに誤りがないことを確認し合う。そして、すべてのサーバーがその確認を終了した時点で、送金作業が実行される。③最後に、その「ブロック」をその10分前に生成された「ブロック」とつなげる。つなげる作業を行うのは「マイナー」と呼ばれる業者で、最も早く「ブロック」同士をつなげたマイナー業者には一定額の報酬が与えられる。 なお、このシステムを運用するに当たり、1つのブロックに格納することができる取引データ量の上限値は1MB(メガバイト)と定められている。少なくとも昨年までは10分ごとの取引データをブロックに格納することができていた。しかし、昨今のビットコインの認知度の高まりとともにその取引件数が急増したため、2017年4月頃から10分間の取引データ量が1MBを超過する状態が発生した。そのため、取引相手の指定した口座(「アドレス」と呼ぶ)にビットコインの送金指示をしたにもかかわらず、その取引データがブロックに収まらず、次の10分後のブロックに格納する取引データ候補に繰り延べられ、さらにそのブロックも1MBの容量上限を超過すると、次の10分後のブロックに格納する取引データ候補に繰り延べられる。その結果、相手方の指定アドレスに着金するのが遅れてしまうという事態に至った。取引容量のパンクを解決するには この問題を解決するに当たり、各ビットコイン取引業者は、過去10分間の取引データを遅延なくブロックに収めるために、ビットコインの送金者に対し高額な手数料を要求して、取引件数を意図的に減らそうと試みた。その結果、報道によると6月初旬にはその手数料が1取引当たり550円程度まで上昇したとのことである。 その間に、イーサリアムやリップルなどの他の仮想通貨が台頭し始めたことで、ビットコインの取引件数が自然に減少した。それに伴い7月19日時点のビットコイン取引手数料は10円程度に低下している。しかし、この解決方法は一時的かつ暫定的なものに過ぎない。今後ビットコインの人気が再燃して取引件数が増加すれば、ブロックの容量を恒常的に逼迫(ひっぱく)することになり、送金手数料が上昇する可能性がある。 この「ブロックの容量問題(「スケーラビリティ問題」とも呼ばれる)」は既に2014年頃から提起されていた。今まで、取引業者などのシステム利用者とマイナー業者などが協議し、ブロック容量の拡張などさまざまな対策が提案されたが、その運用システムのプログラム改良の同意・実行には至らなかった。 その理由として、ビットコインの運用システムのルールの1つである「システム改良時にはマイナー業者の95%以上の賛同を得なければならないこと」が障壁となっていたといわれている。 仮にブロックの容量を2倍に拡張したとすると、マイナー業者はマイニング作業による報酬を受け取る機会が半減するため、プログラムの改良に消極的であった。 しかし、前述の通りブロック容量の逼迫(ひっぱく)が恒常化すると、ビットコインは既存の金融機関を介した送金作業と比べ手数料が安価であるという最大の利便性を失い、さらにそれが今後のビットコインの価値低下を招きかねないという懸念が高まった。そのため、3月に一部のシステム利用者が「マイナー業者の賛否に関わらず、8月1日からプログラムを改良する」と一方的に宣言した(この宣言は「UASF-BIP148」と呼ばれる)。 言い換えると、8月1日からは「すべての取引データを特殊プログラムで圧縮し(「segwit」と呼ばれる)、ブロックに格納可能な取引データ量を増加させることで容量問題を根本的に解決する」と宣言したのである。もう1つの解決法と衝突 これに対し、一部マイナー業者はその対抗策として6月に「ビットコイン運用ネットワークのなかで『既存取引データを格納する旧ブロック』と『特殊プログラム(segwit)で圧縮したデータを格納した新ブロック』とを併存させる。つまり、1つのネットワークのなかに2種類の性質が異なるビットコインを流通させる」案を提唱した(この提案は「UAHF」と呼ばれる)。 これら2案の発表後、有識者がビットコインの取引データが新旧ブロックのいずれかまたは両方に同時に記録されることにより運用システムに支障が生じるおそれがあること、そして保有しているビットコインが8月1日以降に消滅するおそれがあること、などを指摘した。これを受けて、一部のビットコイン保有者が大量に売却したことが引き金となり、6月中旬に価格が急落したのである。 では、果たして「8月1日問題」は解決するのであろうか?上記2つの案(「UASF-BIP148」と「UAHF」)が提案された6月中旬以降のビットコインの価格は、前述の通り一時1ビットコイン当たり20万円に下落したものの、その後は25万円前後で推移している。これは、ビットコイン保有者の多数は「7月31日までには利用者とマイナー業者間でシステム改善に関し何らかの妥協点を見いだす」と楽観的な見方をしているためと思われる。 しかしながら、8月1日まで残り2週間を切るなか、いまだ問題解決方法が明らかになっていないため、噂や思惑でビットコインの価格が急変動する場合があろう。かつ、多くのマイナー業者が「UAHF」案を支持した場合、その価格が急落するおそれがある。 このような状況下、7月18日に本邦の日本仮想通貨事業者協会(JCBA)に加盟する仮想通貨取引業者13社は、顧客資産の保全を優先するべく、ビットコインの受け入れや引き出しの受付を8月1日から一時停止すると発表した。 ビットコインは日本円や米ドルなどの既存の法定通貨と異なり、政府や中央銀行などの管理主体が存在しないという利便性から「仮想通貨の代表格」として支持され、取引・流通してきた。しかし、今回のように何らかのシステム的な問題が発生した場合に、合意形成が困難であるという脆弱(ぜいじゃく)さも露呈した。 7月19日現在、仮想通貨は確認できるものだけでも約800種類存在する。大多数の仮想通貨は、ビットコインをより高度化したものや異なる運用システムの構成および運用方法が用いられている。しかし、この「8月1日問題」の解決可否は、ビットコインのみならずその他の仮想通貨が今後世の中に浸透するのか、あるいはその市場が収縮するのか、真価が問われるものとなろう。

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    電子決済の普及で中国人が「道徳的」に?

    塚越健司 (拓殖大学非常勤講師)  前回はコンピュータと人間の脳を接続することで新たな展望を図る、Facebookをはじめとした様々な試みを取り上げた。そこでは、病気などの対処として期待が持てる一方、SF小説が描いてきた未来のコミュニケーションにおける盲点について考察した。我々は不完全であるが故に向上心を持つ存在なのだろう。 技術は我々の生活に大きな影響を与えるが、今回は中国で生じている興味深い事例について検討したい。それは驚くべき現象であり、疑問を抱く点も多い一方、単純に否定できない複雑な問題を我々に提示している。 日本人は現金払いが他国に比べて多いと言われている。カードと言えばクレジットではなく各企業が発行するポイントカードであり、それらが財布の幅を広げている。ところが中国では現金を利用する機会が近年急激に減っており、代わりにスマホを利用した決済手段が使われている。 利用方法は簡単だ。まずスマホに決済アプリをインストールし銀行口座などと紐付け、そこからアプリに指定した金額をチャージする。日本は電子決済に専用の読み取り装置が必要であり、装置の費用を店舗が負担することもあるが、中国ではQRコードをかざすだけで決済画面が表示され、そこで支払いを済ませることが可能だ。店舗はQRコードを印刷したシールひとつ用意するだけで電子決済が可能となるばかりか、通常クレジットカードや電子決済時に支払われる手数料もかからないか、あったとしても極く小額ということもあり、急激に中国で拡大している。 電子決済普及の背景には、現金の強盗や現金詐欺等を回避するほか、決済時に履歴が残ることから汚職が減少するともみられている。実際電子決済化が進むインドでは、政府が高額紙幣の使用を禁止し、電子決済を国民に普及させるための政策が進んでいるが、それらの目的は紙幣による汚職の防止が理由のひとつだ。 中国における電子決済の拡大スピードは著しく、屋台や神社の賽銭箱にもQRコード、つまり電子決済が用いられており、現金を扱う機会が急激に減少しているという。中国における電子決済のシェアは2つの大企業が競争しているが、ひとつはネット通販最大手のアリババグループが運営する「アリペイ(Alipay)」。もう1つは中国のLINEともいわれる「ウィーチャット(We chat)」で有名な企業「テンセント」が運営する「ウィーチャット・ペイ(WeChat Pay)」。どちらも多くのユーザーを獲得しているが、国連の報告では、両者のアプリ等を利用した2016年の中国における電子決済額は3兆ドルに達しているという。個人情報の開示によって信用を得る人々 電子決済(モバイルペイメント)はビットコインに代表される仮想通貨と並んで今後の市場経済において重要な意味を持つが、本稿は経済的側面ではなく、決済情報から生じる諸問題を考えたい。 電子決済は小売りだけでなく、納税や年金、公共料金からローンの支払い、あるいは金銭の貸し借りまであらゆる決済を可能にすることから、現金を持ち歩かない人も多いという。だが実のところこの電子決済、企業が様々な情報からユーザーの信用度を格付けし、点数化と高得点者を優遇する点に特徴がある。 例えばアリペイには、アリババグループ傘下の信用調査機関「芝麻信用」が深く関わっている。芝麻信用は独自の基準でユーザーを査定し、信用度を350〜950点で評価。ポイントの高いユーザーには低利融資や保証金を不要としたり、ビザがとりやすくなったり、病院の支払いを診療後にできたり(長蛇の列に並ぶことがなくなったり)と、様々に優遇処置が施される(ウィーチャット・ペイを運営するテンセントにも、同様の信用情報システムが存在する)。 芝麻信用は決済情報だけでなく、信用度を5つの観点(身分、支払い能力、信用情報、交友関係、消費の特徴)から検討し、ユーザーに公表する。学歴や資産状況等の公開は任意だが、違反がなく社会的身分の高い人々は自己情報を多く登録し、高得点を叩き出している。 交友関係も調査されるこの信用度だが、ユーザーに示されるのは自身の点数のみであり、点数評価の詳細な基準は公開されていない。故に中国のインターネット上ではどうすれば点数が高くなるかが議論されており、募金をしたり友人の買い物の肩代わりをするとポイントがあがると言われている。要するに、「良い人」であれば点数が高く、優遇されるというわけだ。 上海在住のコンサルタント・アドバイザーの田中信彦氏はこうした点を述べた上で、信用度システムによって高得点を目指す人々が多くなり、「品行方正な中国人が増える」との指摘を行っている。もちろんこの指摘は単純に賞賛されるものではない、複雑な問題を抱えている。 高得点者もいれば、当然低得点者もいる。まずもって問題は後者の人々の扱いだ。高得点者が優遇されるだけなら不満も少ないが、低得点者が「冷遇」されるようであれば、事態は深刻さを帯びる。 すでに「芝麻信用」が持つ信用情報は、民間企業によって利用されはじめている。例えば北京市にあるレンタルマンション企業は芝麻信用と提携しているが、そこでは高得点者には予約や料金の優遇を行う一方、低得点者には最悪の場合予約を断る可能性があるという。同様に、就職や出会い系アプリなども信用情報をもとに優遇と冷遇がなされており、中国社会では少なくとも表向きには「品行方正」でなければ社会生活に大きな支障をきたすようになりはじめている。 さらに政府が民間企業の信用情報を利用するに至り、問題は決定的となる。中国政府は独自に国民の情報を取得・分析しているが、前述の田中氏によれば、政府保有の情報にもとづき、問題行為のあった人々には列車や航空機などチケット購入禁止措置が取られたという(中国では高速鉄道や航空機には身分証の提示が必要)。 そして貴州省では政府と「芝麻信用」が利用協定を結び、優遇と冷遇処置に取り組むと述べている。今後は政府データと民間の信用情報がますますタッグを組んで行くだろう。もちろんこれらは中国の治安維持のためのツールとして機能する一方で、人々は信用を得なければ相対的に損をすることから、人々はより道徳的な行動を「利益」の観点から行うことになる。 付言すれば、中国は2017年4月から国内で就労する外国人を点数化し、3つのランクに分けて優遇と冷遇を行う新制度を導入している。すでに信用や点数化は、日本人が中国で労働する際にも重要な問題となっている。本稿はこうした問題を前提として、この信用度システムについてさらに考察を深めていきたい。「意志の自由」をどのように行使するか 中国の信用度システムは、まずもって日本や欧米諸国のプライバシー観からは看過できない論点を多く含んでいる(プライバシー権についての詳細は本稿では割愛する)。日本やアメリカにも個人の信用度をチェックする機関は存在するが、それらは基本的に金融取引情報から査定されるに留まる。中国は社会生活全般に関わる行動から個人が評価されるが、日本や欧米諸国では許さない事例であろう。故に今回の問題は独自のプライバシー観を持った中国に特化したものとも言えるかもしれない。とはいえ、電子情報を利用した制度設計(アーキテクチャ)が、我々の自発的な意志に干渉するという問題設定自体はこの連載でも多く述べてきたことであり、中国を越えて一定の普遍性を持ち得る。どういうことか。 中国ではみてきたように、電子決済と信用システムを利用しなければ、利用しないというだけで他者との相対的な比較において損をすることになってしまう。これは日本におけるポイントカードの利用者と非利用者の間の相対的損と根本的に同じ構造だが、その影響力は人々の道徳や人権にまで介入しているという意味において、より重大な問題となる。いずれにせよユーザーはデファクト・スタンダード(事実上の基準)となった信用システムを、好むと好むと好まざるにかかわらず利用しなければならない。その意味で一種の強制的なシステム設計であるという批判は妥当だ。 しかし、だからといって中国の人々が強制的に電子決済&信用システムを強要されているかといえば、そうでもない。ユーザーが電子決済や信用システムを利用するかどうかは、使わなければ損をするとはいえ、基本的に個人の自発性、つまり自由意志にもとづいている。利用に関して個人に裁量権が残されており、その点において自己の道徳や倫理が介在する隙が存在しているとも解釈できる。それはどういう意味を持つのだろうか。 米憲法学者のキャス・サンスティーン(1954年〜)は、アーキテクチャ=制度設計によって人々が一定の行動を促されること自体を、必ずしも否定的に捉えない。むしろ人は多くの選択肢の前では適切な選択を行えないという行動経済学的知見を取り入れ、個人の選択肢にあらかじめフィルタリングを施すことで、適切な自己決定を行えるようなアーキテクチャを構想すべきと主張し、これを「リバタリアン・パターナリズム(穏やかな介入主義)」と呼んでいる。 我々の社会にはすでに多くのアーキテクチャが存在しており、実際それらの技術的・制度的な設計によって我々は道徳的な存在になっている。運転手がシートベルトを締めない限り異音を発し続ける自動車システムは、我々を道徳的な存在にするための有益な設計であり、個人の道徳的振る舞いをサポートしている。 一方、中国の信用情報システムが道徳的な振る舞いをサポートするかといえば、そこに問題が山積みである点は上述の通りだ。制度設計を行使する政府・企業の影響力は圧倒的なものであり、ある種の強制的な道徳の押し付けが、中国の信用システムには読み取れる。 とはいえ、便利な技術を人々が簡単に手放すかといえばそうとも言えず、批判してもこのシステムがなくなるとは思えない。ここで重要なのは、技術を単に否定するのではなく、どうすればよりよい技術と我々の関係が構築できるかを考えるべきだろう。注目すべき点は、アーキテクチャが個人の自発性=行動の自由を担保しているという点だ。 信用システムによって中国の人々が品行方正になるかもしれないが、それは表向きであって、いわば信用システムの前に面従腹背しているとも言えるだろう。そして行動に対する意志の自由が確保されているという点において、過度な信用システムの悪用などが生じれば、中国の人々にはボイコット等を行う余地が残されているとも解釈できる。 アーキテクチャの興味深い点は、完全監視をベースにした人々の服従を目的にしているのではない、ということだ。人々の自発的な行動により反対の声が上がるのであれば、政府や企業はより適切なアーキテクチャを構想するだろう。技術はその意味において、批判対象であると同時に適切に利用する重要なツールでもあるのだ。 情報社会化が社会に及ぼす影響力はとてつもない。批判も重要であるが、より詳細な点に踏み込み、利用できるものとそうでないものを見極めていく姿勢が必要であるように思われる。つかごし・けんじ 拓殖大学非常勤講師。1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中

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    金融とITの融合「フィンテック」が起こす変化と4つの原理

     金融とITを組み合わせた「フィンテック」は、株式市場でも大きなテーマとして注目を集めている新技術だ。はたしてこの技術はどういう原理で成り立っており、どのような変化をもたらすのか、経営コンサルタントの大前研一氏が解説する。* * * 金融とIT(情報技術)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」の普及を促進するための改正銀行法と、ビットコインなどの仮想通貨を規制する改正資金決済法が成立し、金融機関側でも三菱東京UFJ銀行が独自の仮想通貨を開発中と報じられるなど、フィンテックを駆使した新たな金融サービスが身近なものになりつつある。「フィンテック」はファイナンスとテクノロジーを合わせた造語だが、単に金融分野にITを活用する、という話ではない。その本質は、送金、投資、決済、融資、預金、経理・会計といった従来のファイナンスのあらゆる領域をテクノロジーが再定義し、これまで金融機関がやっていたことを金融機関ではない企業が奪っていく、ということだ。 これは既存の金融機関にとっては実に恐ろしい話である。すでにアメリカでフィンテックは巨大な産業になって「金融業界におけるウーバー」とも形容されており、たとえば銀行の株式時価総額で世界1位の米ウェルズ・ファーゴのジョン・スタンフ会長兼CEOは「新しいフィンテック企業から学ぶべきものは多い。積極的に協業していく」と述べている。 具体的にはどのような変化が起きているのか? もう少しわかりやすく説明しよう。たとえば、ビットコインに代表される仮想通貨の基盤技術である「ブロックチェーン」は、すべてのトランザクション(取引)を、それに関係するすべてのコンピューターが記録することで人間の指紋のように複製や偽造ができなくなり、特定の権威なしにトランザクションの正当性を保証するという仕組みである。 実は、通貨というものはすべて新しい技術とセットだった。石を通貨にしていた時代は丸くする技術が難しかったし、金貨や銀貨や銅貨を同じ大きさと重さと形で大量に作る技術も為政者(中央政府)以外にはなかなか持ち得なかった。それが“信用”を生んできたのである。その後、紙幣になってからは偽札防止技術が進化し、その価値を国家などが保証することで決済のための交換媒体となった。本人が信用を持ち歩けるようになる そして今度の仮想通貨は、ブロックチェーンという新技術によって信頼できる(紙幣よりも便利な)通貨の交換・決済ができるようになった、ということだ。 簡単な例を挙げると、今はクレジットカードを使うと3~4%の手数料を取られる。これは、まずクレジットカード利用者の中に支払い不能になる人がいるため、その回収コストや不良債権になった時のコストが発生するからだ。さらに、店舗の端末からNTTデータのCAFISなどのカード決済サービスと全銀システム(全国銀行データ通信システム)を経由した個人口座へのアクセスにも高い手数料が必要になる。 しかし、ブロックチェーンでトランザクションの証明ができて複製や偽造が不可能な仮想通貨なら、CAFISや全銀システムのようなものを通る必要がなく、スマートフォン(スマホ)やPCからのわずかなパケット料金だけで済むので、決済コストが著しく安くなる上、第三者ではなく個人個人が自分で自分の信用を証明できる。 私が考えるフィンテックの「四つの原理」は次の通りだ。(1)価値があるものは何でも貨幣と置き換えて考えられる。(2)価値は時間の関数である。(3)スマホセントリックのエコシステム(スマホ中心の生態系)を使えば、ほぼ瞬時に全世界のどことでも誰とでも取引することができる。(4)以上三つの原理を実行するために必要な“信用”を(サイバー空間で)提供するものが、国家や金融機関に取って代わる。 要するに、ユビキタス社会では国家や金融機関に頼ることなく「本人が信用を持ち歩けるようになる」わけで、これは画期的なことである。関連記事■ 大前研一氏「フィンテック革命で日本経済は何倍にも膨らむ」■ 金融分野でフィンテック企業が勃興 銀行は淘汰されるか■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「日韓スワップ」■ 『SAPIO』人気連載・業田良家4コマ「日韓通貨スワップ」■ 為替相場は「通貨マフィア」が水面下で裏交渉している説

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    ポケモンGOでCIAが誘導実験? そんな陰謀論も存在

     テレビでは、お笑い芸人の“Mr.都市伝説”関暁夫らが陰謀論を披露するバラエティ番組『やりすぎ都市伝説』(テレビ東京系)が人気を集め、ネットでは陰謀論や不思議科学などを扱うオカルトニュースサイト『TOCANA』が月間4500万PVを稼いでいる。『TOCANA』編集長の角由紀子氏は最近の陰謀論の傾向について、「電子空間の関心が高い」と話す。「SNSやスマホに搭載された最新テクノロジーは、人間を監視し、情報を集めて奴隷化するために作られたという陰謀論です。米国の国家安全保障局(NSA)の元局員で、米政府による情報収集活動を暴露したエドワード・スノーデン氏が、『サイバー空間上のやりとりはすべて監視されている』と警告したことで信憑性を増しました」(角氏) 当局による監視・情報収集はSNSに限らない。昨年、全世界で5億ダウンロードを記録した「ポケモンGO」にもある陰謀が隠されているとの説がある。「ポケモンGOは人間を誘導するために作られたという陰謀論です。『あそこにポケモンがいるぞ』との情報が流れると、ユーザーはこぞってその地に集結します。実は人々は、知らず知らずのうちに誘導実験に参加させられていて、そのデータは有事のシミュレーションや監視のために使われているというものです。 その根拠となるのが、ポケモンGOを開発した会社がもともとGoogle傘下にあったことで、Googleの情報はCIA(米中央情報局)に提供されていると信じている人々の間では、ポケモンGOで収集した情報もすべてCIAに送られていると思われているということです」(同前) 陰謀論者の間で現在、新潮流とされるのが「電子マネー」に関わる近未来像だ。「最も注目されるのが、仮想通貨ビットコインを開発したサトシ・ナカモト氏が考案した『ブロックチェーン』というテクノロジーです。簡単に言うと、電子マネーの動きを監視して、取引を透明化できるシステム。こうした技術が主流になれば、資金の移動がすべてコンピューター上で管理されることになり、現在流通している紙幣が紙くずになる可能性がある。そのため、既存の富裕層支配に革命を起こすために考案されたという説があります」(同前) 興味深いことに、全く逆の視点の陰謀論も存在する。「既存の富裕層はブロックチェーンの普及を阻止しようと動いているとされ、実際、2013年にビットコインの勢いが止まった背景には、“何者かの力”が働いたとも囁かれました」(同前)関連記事■ ポケモンGO 高橋名人が得する「カーブボール」の投げ方指南■ ポケGO 捕獲率を上げる「アイテム虎の巻」とは■ ポケモンGO挑戦男 「ミニスカ」「キョニュウ」をゲット■ 東京都内「レアポケモンを捕まえるならここ!」リスト■ 中川翔子「水族館デートあきらめない」と肉食っぷり披露?

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    「国債亡国論」に騙されてはいけない

    著者 Don Giovanni  蝸牛庵居士と墨堤居士は、ともに東京の下町に住む知合いである。二人は永い付合いであり、いわば親友である。時々暇をみては(実はいつも暇なのだが)お茶を飲みながら雑談を交わしている。筆者のDon Giovanniがそれを傍で聴いていて文章にまとめてみたというわけである。なお、蝸牛庵(かぎゅうあん)は幸田露伴の旧宅、墨堤(ぼくてい)は言うまでもなく向島の隅田川堤のことである。二人の老人はこの墨堤の近くに住まっている。雑談 その1 蝸牛庵居士(以下K) やあしばらくですな。お元気ですか。 墨堤居士(以下B) やあやあ、なんとかやっていますよ。ただご近所のみなさんはすっかり歳を取ってしまい、だんだん元気がなくなってきていて心配です。世間全体でも老齢化が進んでいるようで、この国の将来がどうなっていくのか心配ですよ。 K そうですなあ。われわれが若い頃は、世間は活気に満ちていてみな忙しそうに飛び回っていたが、今はすっかり様変わりしたように見える。景気もはっきりしないので、みなさんじっと耐えて我慢をしているようだ。私は永く当地でささやかな料理屋をやっているが、商売はさっぱりだよ。墨堤さんは学生時代に経済の勉強をされてきたというし、また大きな会社の経営者としての経験もあるので、このデフレがどうなっていくのか解説していただけませんか。 B 1980年代のバブルがはじけて日本経済は今までの記録にない長期にわたる低迷を続けている。国全体の所得を表すGDPは1997年をピークとしてそれ以降一度もその水準を上回っていない。いわゆる「失われた20年」という長期のデフレーション(物価の継続的な下落と不況)が続いている。 2012年末の自民党政権の復活によって新しい経済政策が実行に移された。アベノミクスである。当初は為替、株価の回復が見られ政策は成功に向かっていくと期待されたが、ここへきて政策の中核をなすリフレ策の効果の限界が確かになってきている。このままではデフレからの脱出は絶望的であり、強力な財政政策の出動が必要との見方が有力である。期待される財政出動の額は最低でも年15~20兆円規模であり、かつそれを数年続ける必要があると見られている。 しかし7月末に発表された経済対策案によると、いわゆる真水による追加の財政支出(主として公共事業)は2~3兆円規模に留まりまったく不足である。これでは個人消費の回復や企業の設備投資意欲の復活などは到底望めない。 K 本当に大胆な財政支出が必要ということならば、もっと思い切ってやったらどうなのかな。それができない訳でもあるのかな。「国債亡国論」の嘘 B 根本的には財政支出に限界があるとされていることが問題だ。国債発行残高が1,000兆円を超えており、財務省を中心にして、これ以上財政赤字を続けるわけにはいかない、いわゆるプライマリーバランス(PB)ゼロを早急に達成しなければならないとの声が根強くある。これを「財政均衡主義」と言っている。また以下では国債の増加を制約すべしとの主張を「国債亡国論」と言うこととしたい。 しかし、国債残高の累増によって、わが国全体あるいはわが国の財政が破綻することはありえないということが今やはっきりしている。ここがポイントである。この辺のことは、現時点では遺憾ながらまだ多数意見とは言えないが、次第に認知されつつある。具体的には以下の方々の著述を見れば分かる。また他にもそういう考えの論者はおられると思う。蝸牛庵さんも一度勉強してみてはいかがかな。 三橋貴明氏、藤井聡氏、青木泰樹氏、島倉原氏、小野誠司氏、青山繁晴氏、田村秀男氏、中野剛志氏、菊池英博氏、高橋洋一氏、R.Koo氏などである(順不同)。 K 安倍総理や官邸はこうした事態を理解しているのだろうか。理解しているのならば、強引にでも旧来の考えを捨てて積極的な財政政策に踏み込んでいったらどうなのか。安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相=12月20日、首相官邸 B 最近の安倍総理や副総理の麻生財務大臣は理解しているようにも見える。 2016年6月に出版された藤井聡京都大学教授による「国民所得を80万円増やす経済政策」が具体的な提言を示している。藤井教授は内閣官房参与であり、また本書に対して安倍総理は「日本経済再生に必要な、具体的かつ実践的な提案だ」と述べている(本書の帯を参照)。しかし永年にわたって流布された「国債亡国論」の嘘を蹴散らしていくのは容易なことではない。「嘘も100回言えば本当になる」と言うが、今ではほとんどすべての人々が「国債亡国論」は真実であると信じている。 財務省だけではなく、政治家、日本銀行・経済界の指導者層、経済学者、評論家・エコノミスト、マスコミには「国債亡国論」が根強くはびこっている。またほとんどの国民は国債の累積がいずれ国を滅ぼすと信じている。すなわち事態はそう簡単に動くとは考えられない。 K 財務省が「財政均衡主義」や「国債亡国論」の中心にあるようだが、どのような背景・理由によるのだろうか。 B 財務省はもともと国(中央政府)のお金の管理をするのが使命の役所だから、始めからお金に関して保守的な考えを持っていることが当然でそれが伝統になっている。まあ自然の成り行きである。財政均衡主義と言われる考え方である。 K しかし時代・環境が変わったわけだから、そういう考え方を変えさせるわけにはいかないのだろうか。エリートにとって借金は辛い話 B かねて知り合いの某記者から聞いている話をしよう。彼は長い間官界の担当をしていてその実情に詳しい。以下に述べるように、蝸牛庵さんの期待するようにはいかない事情・経緯がある。 財務省の伝統としてその幹部はほとんど東大法学部出身の優等生で構成されている。在学中に司法試験合格、外交官試験合格、国家公務員試験合格(かつ順位一桁以内)といったキャリアが尊ばれている世界である。彼らは小学生の頃から優等生であり、いつも周囲から羨望と尊敬を集めてきた経験に満ちている。その結果強烈なエリート意識と権力意識を持っており、自分たちこそが財務省の仕事を通じて国を動かしていくのが当然だという野望と信念を持っている。そして阿呆な話だが、世の中はそれを認めている。財務省=東京・霞が関 財務省の仕事の中心は財政資金の配分(予算案の作成)と財政資金の収集(税金の徴収)である。そしてこのことこそが財務省の権限の源泉である。そして国債残高が累増していくことは、そうした仕事にとって決して好ましい状態とは言えないであろう。安月給に甘んじて徹夜でがんばってお国のために働いているのに、学校時代にさっぱり成績の良くなかった国会議員の連中が騒いだのでこんなに国債が増えてしまった。この巨額の国債を返済することは可能なのだろうか。多分無理であろう。困ったことだ、と彼らは思っている。 言うまでもなく国債とは国(正しくは中央政府)の借金である。そして借金をするには人様に頭を下げねばならないであろう。しかも借金が多ければ多いほど自由に使える資金量は自ずと制約されざるをえない。つまりはエリートたちにとって借金はとてつもなく辛い話なのである。 財政資金の配分に与りたい国会議員を始め、他の省庁や全国の都道府県の役所の連中、あるいは民間企業の連中を、床の間に座って悠々と指導したいと思っていたのに、この様はなんたることかということなのであろう。 財務省幹部が財政均衡主義から離れられない深層にはこうした事情があるのである。わが国民1億2千万人の福祉・幸福・安全のためには財政均衡主義では対応できなくなってきている現実がある。そして今や財務省幹部は、そのことを分かっていないわけではないと思われる。そう、彼らは優秀で頭は決して悪くはないのであって、この程度のことは頭では十分に理解しているはずなのである(なかにはあまり頭脳明晰ではないボンクラが若干はいるかもしれないが、それはきわめて少数であろう)。しかしだからと言って彼らが財政均衡主義を放棄することはありえない。財政均衡主義の放棄は彼ら自身がよって立つ基盤の崩壊と同義だからである。彼らにとっては、国民の福祉・幸福・安全などということは、二の次のテーマである。どこまでいっても財政は健全で均衡していなければならないのである。積極的な成長政策転換は? ノブレス・オブリージェ(noblesseoblige)という言葉はこの国の第1級のエリートである財務省幹部のためにあったのではないだろうか。しかし彼らの言動を見ると誠に遺憾ながらこうした期待をするのは無駄なことだと諦めざるをえない。もちろん少数ながら国債亡国論が間違っていることを理解してこうした大勢に抵抗したいと考える人もあるだろう。それを信じる。しかし多勢に無勢であり抵抗を続ければ組織からはじき出されるか、左遷されるかが落ちである。どんな組織においても内部からの変革を実現するのはとんでもなく困難なことなのだ。 財務省は財政均衡主義の重要性をあらゆるルートを通じて、国会議員、他の主要官庁、日本銀行・経済界の指導者層、経済学者、評論家・エコノミスト、マスコミに浸透させてきた。また新聞・テレビ・雑誌などのマスメディアを通じて国民一般に国債亡国論を吹き込んできた。 浸透のメカニズムはこうである。財務省は国会議員に対しては予算編成時などの機会を捉えて「ご説明」と称して繰り返し財政危機について説得をしていく。国債亡国論はある意味で直感的に分かったような気がするテーマである。家計などに比較して説明されると本当らしく見えてしまうのである。とくに民主党の議員は上手に財務省の手に乗らされてしまった。民主党政権時代の鳩山、菅、野田の3氏はすっかり取り込まれてしまい、消費税増税の先鋒に立ったのはそんなに昔のことではない。情けない話である。 他の主要官庁に対しては予算上で絶対的な権限を行使する。日本銀行に対しては日本銀行法および総裁人事(現在の総裁は財務省出身である)などを通じて影響力を行使してきた。 また経済界は多額の受注を財政資金に依存している。税制についても財務省との関連が深い。またかつての石坂泰三氏のように国全体の将来を真剣に論ずる人材が現在の経済界にはなかなか見当たらない。それどころか財界の枢要な地位にある人物が自分の会社・属する業界の利害に敏感な行動を取った例が少なくない。話にならない。 一方、学者やエコノミスト、マスコミのなかには国債亡国論が間違っていることを認識している人たちがここへきて増えつつあるようだ。しかし、それでもまだ依然として少数派である。本来、学者やエコノミスト、マスコミは言論統制・圧力に対して抵抗すべき最後の砦である。しかし総体として見ると財務省からの圧力に対して彼らが十分に対抗しているとは到底言えない。その証拠は数々ある。また彼らが自らフェイバー(favor)を財務省に求めることもある。ひとつだけ例を挙げれば、新聞購読料金が消費税の軽減税率の対象になることは既定路線になっているようである。ギブアンドテイクの関係が成立していると言わざるをえない。このように大変残念な状況にある。 K 墨堤さんの言うとおりとすると困ったことだなあ。なんとかならないものだろうか。 B 遺憾ながらなんともなりそうもない。事態は悲観的である。財政政策が根本的に変更されることは当面期待できそうもない。したがってわが国はいつになっても20年も続いているこのデフレから脱出できないことになる。過去20年間において、わが国経済が年々若干でも成長を遂げていれば、わが国のGDPは累計で1000兆円程度は実績よりも大きかったはずだとの試算がある。当らずとも遠からずであろう。大変な金額である。そして今わが国の現状をつぶさに点検してみると、防災、防衛、インフラの整備、科学技術の振興、福祉・医療、教育などの重要な分野において優れた人材と巨額の資金が強く求められていることが明らかである。その資金の源泉になる経済成長を促す積極的な成長政策への転換の可能性はない。すなわち事態は大変悲観的である。強烈な焦りを感ずる。なんとかならないのであろうか。 K 私も本当に焦りを感じる。安倍内閣が希望の光雑談その2 K やあ墨堤さん、先日はいろいろとありがとう。でも暗い話でしたね。 B そうでした。蝸牛庵さん、なにかいいお知恵はありませんか。未来投資会議で挨拶する安倍晋三首相(右)=12月19日、首相官邸 K そう言われてもなんだが、私なりに考えてみたよ。一つは安倍内閣が希望の光ではないか。安倍さんは財務省の考えや行動をよく理解しているようなので、やすやすと財務省の手に乗ってしまうことはないのでは、と期待したい。でも総理大臣は忙しすぎてこのことばかりに時間を振り分ける余裕がないのが心配だ。ただ与党内には、力もあり見識のある議員も少なからずいるのでそういう人たちのバックアップや独自の活動を期待したいところだ。 それからやはり良識がありかつ度胸のあるエコノミストや学者の活躍を期待したいところだ。なにかと圧力がかかると思うが、今こそそういう方々ががんばってマスコミを動かし、そして世論を動かしていくべき大切な時だと思うよ。あえて言うと東大など体制派の学者や民間大手の研究機関所属のエコノミストには期待できない。むしろこういう人たちは圧力の一端を担ぐ懸念がある。 墨堤さんの話の要点の一つは、現在の支配階級が強固な連帯を形成している点にある。すなわち、官・政・財・学・言論・マスコミなどの各界がそれぞれ役割は異なるが、お互いに弱点を押さえ合い、場合によっては弱点を補い合い、最終的には個々の、そして結局は全体の利益を擁護する構造になっているということだ。大きな利益擁護のための共同体になっている。そして政策やシステムの変革が共同体の利益と矛盾する場合がある。 たとえば「財政均衡主義」や「国債亡国論」を放棄して積極財政を進めようとの正論は、この共同体の利益にとって好ましくないと考えられている。そしてこの共同体の構造はきわめて強固であり内部からの力では到底打ち壊すことはできない。しかしこの体制・構造を打破しなければ新しいパラダイムを築くことは絶望的に困難だ。本格的なデフレ対策の実行を妨げ、邪魔をしているのは、ひとり財務省だけではなく、上に述べた利益共同体でもあるのだ。 近世以降のわが国の歴史を見ると、このような時代遅れの体制が国の変革・発展の壁になっていたことが過去2回指摘できる。その一つは明治維新直前の幕藩体制であり、他の一つは大東亜戦争末期の政・官・財・軍の非常時体制である。いずれの体制も明治維新と敗戦によって完璧に打破され指導層がすっかり入れ替えられ、そして新しい時代への歩みが始まった。 現今のわが国が置かれている状況を見ると、新しい時代を迎えるためには同様の大変革が必要ではないかと思うが、どうかな。 B なるほど、蝸牛庵さんの言われるとおりかもしれない。今思いついたのだが、明治維新(1868年)から大東亜戦争の敗戦(1945年)までが77年、敗戦から今年(2016年)までが71年とほぼ同じ期間になる。かりに敗戦から77年は2022年ということだ。77年という時間はこの国の歴史にとって区切りの一単位、つまり竹の節から節のような期間を表しているのではなかろうか。いよいよ指導層の総入れ替えのタイミングかもしれない。 明治維新の直前も大東亜戦争の敗戦の直前もこの国は袋小路に迷い入って、にっちもさっちもいかない苦境に喘いでいた。今回の「失われた20年」もそういう時期の前段階の到来として受け止めるのが正しいのかもしれない。2022年に拘るわけではないが、2022年までのこれからの6年は一層きびしい最終の受難の時期に当たるのかもしれないな。本当の苦境はこれからなのだ。私どもはそれに気づいていないということなのだろうか。今は平成の爛熟期なのか K 同感だ。私は、次の二つの事象がそのきっかけになるのではと、心配している。一つは地震などの天災の発生だ。とくに首都圏での大地震の発生が心配だ。関東大震災も東京に大きな被害をもたらしたが、今回は首都圏の人口が激増していることに加え、コンピュータ社会になっているので情報網の破壊が社会の致命傷に繋がる。完全な復興には相当長い時間(多分数十年)が必要となる。そして指導層が全面交代し、新しい時代が始まる。破壊と再生である。北京の人民大会堂で、孫文の生誕150周年の式典で講演する習近平国家主席=11月11日 他の一つは中国との戦争の勃発だ。みなさん、そんなことはないと思っているだろうが、10年単位で考えると尖閣列島の占拠は言うに及ばずもっと広範囲な争いが発生する懸念が十分にある。いつまでという時間を区切らなければ、紛争発生の確率は100%だ。なぜなら中国は、アメリカの衰退を見ていよいよ太平洋の覇権獲得に乗り出すからである。第二次太平洋戦争が始まる。アメリカは日本を助けてくれない。安保条約は無効化する。なぜならもうアメリカには他国を助ける余力が残されていないからである。助けたくても助けられないのである。ドルは暴落して紙くずになる。世界経済はほとんど破滅するだろう。逆説的に言うならば、わが国は安保条約の相手をアメリカから中国に変えて置かなければならなかったのである。でもそうもいかないであろう。この場合も指導層が全面交代し、新しい時代が始まる。やはり破壊と再生である。 B テレビの番組をたまには見るが、この国はなんと平和でのんびりした国かと感心している。文化文政期は江戸文化の爛熟期だったと言われる。そんな格好のいい話でもなかろうが、今は平成の爛熟期なのだろうか。今のわが国は戦争だ天災だといった耳にしたくないことは棚に上げて、遊びまくっているように見える。激動の変革期を前にして本当にこんなことでいいのかと心配でならない。 世の中のほとんどの人は戦争や大地震などは当面起こらないと思って毎日を過ごしている。過去においても大多数の人は阪神・淡路の大震災や東北の大震災・福島の原発事故などといったことは起こらないし、起こっても軽微に留まるだろうと思っていた。そのように思っていたのは事実だ。しかし実際に災害は発生した。 地震が発生する確率なるものを学者はいろいろと発表している。でも本当は過去の数字を解説している程度の話だ。所詮今の地震学のレベルでは予測など不可能というのが正しいらしい。でもそれにすがるしかないので、そういう予測を前提にして考えざるをえない。一方戦争が発生する確率など分かるはずがない。これも過去の戦争の歴史などをもとにして適当に考えてみるよりない。 大胆な推定であるが、これから10年~15年くらいの期間に首都圏大地震あるいは中国との戦争のどちらかが発生する確率を50%くらいに見ておいてもいいのではないかということになった。少なくともnegligibleな数字にはならないようである。場合によってはこうした恐ろしい事象が同時に、あるいはきわめて近い時期に起こることだってありうる。 K 10~15年の間に50%の確率でそうした大惨事が起きるとすると、事前の対策には相当の時間と莫大な資金が必要となるだろう。やや楽観的に見て、発生確率が50%まではいかないとしても、墨堤さんの言われるようにネグリジブルな数字にはならないだろうから、われわれはとんでもなく恐ろしいことが起こることを予めしっかりと覚悟し、準備しておかねばならないわけだ。日本人の特質論 B 秋の臨時国会で防災と防衛の予算を10兆円でも20兆円でも追加してすぐにその準備に着手すべきだ。それがまた同時に不況対策になる。「失われた20年」からの脱出につながる。そして急速に景気が回復する。必ずみんながハッピーになる。その結果税収も増えていずれ国債の発行も不要になる。このように申すと、人は私が適当なことを言っていると思うかもしれない。そんなことはない。以上のことは先日名前を挙げさせてもらったエコノミスト諸氏が口を揃えて主張されていることばかりなのである。 K 話をちょっと戻したい。幸いにして大震災や中国との紛争が起こらなかった場合のことだが、その場合には指導層の全面交代は起こりそうもないので経済・財政政策の転換は期待できないということになるのだろうか。 B そうだなあ。震災や戦争が起きないのは本当に喜ばしいが、その場合にはやはり積極政策への転換はきわめてむずかしいと思う。妙案のある人がいたら聞いてみたい。 私の判断の背景には、わが日本人の特質論といったものがあり、その特質が「国債亡国論」の跋扈を許している大きな要因と考えている。その特質の第一は、ごく普通の日本人に共通して見られる根拠なき官僚・官学に対する尊崇・尊敬である。とくに財務省と東京大学はその代表格である。わが日本人の大半はこの両者に対してはいわば盲目的に尊崇の態度を取ってきた。明治期あるいはもっと以前から日本人は官僚(あるいは武士階級)に対して尊敬の態度を示してきた。明治期以降もそういう伝統が延々と今日まで続いている。そうすることが無難だし場合によっては安全であり、また時によっては利得すらもたらしたからであろう。人々は東大教授や財務省幹部の言うことに対してまったく無批判に正しいものだとして受け入れてきたのである。一方東大や財務省の幹部は世間のそういう無批判な支持がほとんど根拠のないものだということを十分に知りつつ、その支持や尊崇を受け止め、利用してきたのである。ガリ勉に明け暮れ、東大から財務省に入ることがどうして尊敬の対象たりうるのか、理解に苦しむ。馬鹿馬鹿しい話ではなかろうか。 その特質の第二は、わが日本人は近隣の人や何かで関連のある人の言うことに安易に同調する傾向がある。これを「和の精神」の表れと言えば聞こえがいいが、はっきり言うと主体性に乏しいということだ。自分の頭で考えることを疎かにする。「国債亡国論」がこれほど流布されたのは好個の例ではないかと思う。新聞が「大変だ、大変だ」とどんどん書く、テレビはこぞって「後世に莫大な借金が付け回される」と騒ぐのでそうかなあと思ってしまう。加えて親しい友人も近隣のおじさんたちも大変だと言う。やっぱりそうなのだと今度は確信するわけだ。偉そうな言い方で気が引けるが、自業自得ということになる。これがわが日本人の器量であり、限界だということになる。遺憾ながらわが国もこの辺で店仕舞いをする運命にあるのかと諦めたくなる。悔しいな。 K いやあ、そんなことを言わないでもらいたいな。諦めずに打開策を考えてみたいな。次回までの宿題として置こうではではないか。 B それもそうだね。では、また。

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    「銀行の時代」は終わった ドイツ発金融危機に日本は耐えられるか

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授)  米国司法省が住宅担保ローンに絡む不正販売をめぐってドイツ銀行に対して140億米ドルの支払いを求めたことがきっかけになってドイツ銀行の経営危機説が市場を揺さぶっている。 ドイツ銀行の負債総額は260兆円に達するといわれている。2008年に破綻したリーマン・ブラザーズの4倍に近い額だ。もしドイツ銀行が破綻すればリーマン・ショックの再来ではすまない規模のショックが世界経済を襲うと噂されている。 ちなみにリーマン・ショックを受け、2008年アメリカの経済成長率はマイナス0.29%に下落し、2009年にはマイナス2.78%まで下がっている。全世界が影響を受け、日本も2008年にはマイナス1.04%、2009年にはマイナス5.53%まで落ち込んでいる。ヨーロッパも同様で、ドイツは2008年0.81%、2009年マイナス5.57%、フランスも2008年0.20%、2009年マイナス2.94%まで成長率を落している。フランクフルトにあるドイツ銀行本社ビル もしドイツ銀行が破綻すれば2008~09年を上回る大不況が世界経済にやってくると懸念されているのだ。ドイツのメルケル首相は「(ドイツ銀行を)救済しない」と言明しており、ドイツ銀行の株価はこの1年下落し続けている。2015年10月30ユーロだったのが1年で半分以下に、2016年10月には13ユーロ前後まで落ち込んでいる。大幅下落と小幅反発を繰り返しながらの下落で典型的な下落トレンドが続いていており、1桁ユーロの株価がつく可能性もあるといわれている。 ドイツ銀行の株価の下落は世界的な銀行株の下落をもたらしており、日本でも三菱UFJフィナンシャル・グループの株価は2015年10月の800円前後から、ここ1年で500円前後まで下落、みずほフィナンシャルグループの株価も1年前の250円前後から170円前後にまで下がってきている。 経済成長率もドイツは2015年1.45%、2016年も1.45%と予測されている。フランスは2015年1.14%、2016年1.14%、イタリアは2015年0.76%、2016年0.95%と大陸ヨーロッパ諸国は1%前後の成長率だ。アメリカ・イギリスは2%を超えるなど、今のところ順調に推移しているが、アメリカ・イギリスにも次第に翳りが出始めている。「リーマン・ショック前の状況に戻ることは容易ではない」 ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授は2013年末から先進国の長期停滞(Secular Stagnation)を論じ始めているが、リーマン・ショック後の先進国の景気回復は弱いもので「リーマン・ショック前の状況に戻ることは容易ではない」と論じている。先進国が過剰な設備・貯蓄・労働力を抱えており、これらを十分活用するような投資機関が不足しているとの判断が根底にあるようだ。 たしかに、先進国の成長率は1980年代・1990年代に比べると大きく低下している。先進国の中では成長率の高いアメリカでもここ10年(2007~2016年)の平均成長率は1.38%と1980年代の3.14%、1990年代の3.24%から大きく下げてきている。ちなみに、日本は2007~2016年は0.39%、1980年代は4.41%、1990年代は1.47%だった。 多くの先進国では高度成長期・安定成長期が終焉し、成熟期に入ってきたのだ。しかし、1人当たりのGDPは高く、ほとんどが4万~5万米ドルのレベルに達している。「豊かなゼロ成長の時代」とでもいえるのだろう。成長率の低下という点では長期停滞かもしれないが、他方では成熟段階に入ったということもできるのだ。当然、インフレ率も低下し、低成長・低インフレの状況が一般的になっている。メガバンクの看板=2012年9月13日、東京都 こうした豊かなゼロ成長の時代は銀行にとっても必ずしも望ましものではない。多くの企業はかなりの手元流動性を抱え、多額の銀行融資を必要とするような企業は次第に減ってきているのだ。日本でも高度成長期は銀行の時代だった。多くの企業は大きな設備投資需要を抱え、銀行から多額の融資を受け、業容を大きく拡大していった。それぞれの企業がメインバンクを持ち、銀行ごとの系列が形成された時代でもあったのである。 高度成長時代、日本の都市銀行は第一・三井・富士・三菱・協和・日本勧業・三和・住友・大和・東海・北海道拓殖・神戸・東京と13行あった。そしてそれぞれが系列の企業を有していた。トヨタ自動車でさえ、三井銀行をメインとした三井グループ企業とされたのである。 高度成長・安定成長の終焉とともに銀行の時代も次第に終焉を迎える。1997~98年には北海道拓殖銀行・日本長期信用銀行・日本債権信用銀行が破綻、金融危機が訪れることになる。都市銀行が破綻するなど、高度成長期・安定成長期には考えられないことだった。そして都銀13行体制は1990年代後半には崩れ、2000年代には三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3大メガバンクとりそな銀行/埼玉りそな銀行、そして新生銀行の5行体制に入った。 ある意味で銀行の時代は終わったのだといえるのだろう。銀行が企業グループを支配するということはなくなったし、トヨタ自動車・パナソニック等の企業の力が相対的に強くなっていったのだった。ドイツ銀行ショックも、日本だけではなく、ヨーロッパでも銀行の時代が終わったことを象徴しているのではないか。 ドイツ銀行の破綻はある程度は世界的な混乱をもたらすかもしれないが、リーマン・ショックを上回る大きな危機になることはないと思われる。それは一つの時代の終わり、「銀行の時代」の終焉を示す事件だといえよう。当面、日本では円高・株安が進むだろうが、世界的大不況ということにはならないだろう。

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    ドイツ銀行危機、日本株大暴落のXデー

    米司法省から住宅担保ローン(MBS)に絡む不正転売で巨額の制裁金を求められたドイツ銀行が破綻危機に瀕している。ドイツのメルケル首相は支援しない方針を打ち出しているだけに懸念は拡大の一途のたどる。ドイツ発金融危機の日本への影響は必至とみられ、「日本株大暴落のXデー」もいよいよ現実味を帯び始めた。

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    「リーマン・ショックの亡霊」ドイツ銀危機におびえる日本の株式市場

    近藤駿介(評論家、コラムニスト) 奇しくも8年前の2008年に世界を震撼させたリーマン・ショックが発生した9月15日、米国司法省がドイツ銀行に対して、過去の住宅ローン担保証券(MBS)の販売を巡って140億ドル(約1兆4000億円)という巨額の和解金支払いを要求していることが明らかになった。 過去のMBS販売を巡っては17の金融機関が訴えられており、すでにJPモルガンや(130億ドル)、米シティ(70億ドル)、バンク・オブ・アメリカ(166.5億ドル)など複数の米国大手金融機関が多額の和解金を支払ってきている。 したがって、ドイツ銀行に和解金支払い要求があることは周知のことでもあり、ドイツ銀行の順番が回ってきたということに過ぎないともいえる。 それでも市場に大きな影響を及ぼしたのは、司法省の要求した和解金が140億ドルと、ドイツ銀行が和解金のために引当てた60億ドルを大きく上回る規模で、2016年2月にも債券利払い懸念に見舞われた現在のドイツ銀行にはとても支払える額ではなかったからだ。 ドイツ銀行の支払い能力に対する疑念が高まったことでドイツ銀行の破綻懸念も高まり、株価は大きく下落することになった。しかし、株価の下落幅を事の重大さを測る基準にするのは危険なことだ。今回ドイツ銀行の株価が大きく下落した背景には、ドイツ銀行が発行していたCoCo債(Contingent Convertible Bonds:偶発転換社債)の存在があったからだ。 CoCo債は、発行体である金融機関の自己資本比率が予め定められた水準を下回るなど経営に問題が起きた際に、発行体の意思で元本の一部または全部を削減したり強制的に株式に転換したりすることができる条件の付いた特殊な債券である。 ドイツ銀行は46億ユーロ(約5240億円)のCoCo債を発行しており、仮にドイツ銀行が経営危機に陥った場合、このCoCo債は強制的に株式に転換される可能性がある。経営危機に直面した発行体の株価は通常大きく下落するので、CoCo債が株式に転換される事態になれば、安い株価で大量の株式が発行され株式の希薄化を招くことになる。こうした希薄化を嫌がる投資家は株式の売却に走り、株価下落を加速させることになる。 米司法省がドイツ銀行に多額の和解金を要求したことが明らかになった9月中旬からのドイツ銀行株急落の背景には、ドイツ銀行に対する経営不安に加え、CoCo債を発行していたことによるテクニカル的要因が加わっていたことを忘れてはいけない。リーマン・ショックの再来はあるのか ドイツ銀行の株価が昨年末の半分の水準にまで下落したことで、一部からはリーマン・ショックの再来を懸念する声が強まってきている。 確かに、ドイツ銀行はドイツGDPの約55%に相当する総資産2兆671億ドルを誇る世界8位の銀行(「2016年版世界のベストバンク50」)である。2008年に破綻したリーマン・ブラザーズの総資産が6910億ドルであったから、その4倍近い総資産を持つドイツ銀行が万が一経営破綻に追い込まれるようなことがあれば、リーマン・ショックを上回る金融危機を招くことは想像に難くない。 しかし、今回のドイツ銀行の経営危機がリーマン・ショックのような金融ショックに繋がる可能性は決して高くない。それは、今回の危機があくまで個別銀行の危機であり、金融システム危機によるものではなく、現時点で封じ込めが可能だからだ。 リーマン・ショックはサブプライムローンなど証券化商品に組み込まれた資産価格の下落の影響で、銀行が、提供していたシニアローン(融資)が棄損するという「バランスシート危機」に直面したことで短期間連鎖的に世界的に広がっていった金融危機であった。このように業界全体が「バランスシート危機」に陥った場合、その危機を食い止めるのは極めて難しい。 これに対して、ドイツ銀行の破綻懸念の原因は140億ドルという巨額な和解金を支払うだけの備えと収益力がないという、ドイツ銀行自身の問題だ。したがって、ドイツ銀行が抱える問題さえ封じ込めてしまえば、リーマン・ショックのような世界的金融危機は防ぐことが出来る。 ドイツ銀行の経営不安が高まる中、一部の大手ヘッジファンドがドイツ銀行から資金を引き揚げた(プライムブローカー契約の解除)というニュースがドイツ銀行の信用不安を一層掻き立てることになった。 こうした動きはヘッジファンド業界におけるドイツ銀行のステイタスの凋落を示すものではあるし、資金確保が急務のドイツ銀行にとって痛手であることは確かである。 しかし、金融システムに打撃を与える出来事ではない。ドイツ銀行とのプライムブローカー契約を解除したヘッジファンドは、JPモルガンやゴールドマン・サックス等と新たな契約を結ぶことで業務を続けることは可能だからだ。ドイツ銀行に代わるブローカーは存在するのだ。 これがリーマン・ショックのような金融危機の場合は、ドイツ銀行とのプライムブローカー契約を破棄しても、すぐに新たに契約先を決められるとは限らない。危機がドイツ銀行1行の問題でなく、銀行全体の問題であるから、どこと契約しても同じリスクを負うことになるからだ。 新しいプライムブローカーが決まらなければ、ヘッジファンドの運用の滞りを招き、それが金融全体の滞りを招くことになる。ドイツ銀行に代わる受け皿がある状況か否か、この点がリーマン・ショックのような金融危機と今回のドイツ銀行の経営危機の根本的な違いである。「ドイツ銀行ショック」に日本株は巻き込まれるのか 実際に、9月末には米司法省とドイツ銀行の間で、和解金を140億ドルから54億ドルに減額する交渉が合意間近であることが報じられ、金融市場の混乱も一旦収まる気配を見せている。 新たに示された54億ドルという和解案は、ドイツ銀行がこの問題のために積み立てた60億ドルの引当金の範囲内である。もし、この額で折り合うことが出来れば、ドイツ銀行は新たな資金を調達せずにこれまで通り存続することが出来ることになる。 リーマン・ショックのような金融危機の恐ろしいところは、いつ、どのような形で問題が収束するのか想像がつかないことである。これに対して今回のドイツ銀行の経営危機では問題解決の糸口は初めから見えている。和解金が140億ドルなら問題だが、54億ドルなら問題にならないことが明らかな中で金融危機が起こることはない。しかも、その和解金の額を決定するのは米司法省なのだから。 つまり、リーマン・ショックが「金融危機」であったのに対して、今回のドイツ銀行の経営危機は「政治危機」の色合いが強いということだ。 政治的配慮で解決できる問題を、世界の金融システムを壊すリスクを冒してまでドイツ銀行に140億ドルを出させようとするほど、米国の政策当局は愚かではないはずだ。仮に今回の和解金問題でドイツ銀行が破綻に追い込まれるようなことがあれば、それは政治的失敗でしかない。 日本の株式市場がドイツ銀行の経営危機による金融ショックに巻き込まれることを懸念する声もあるが、そうした不安は杞憂である。ドイツ銀行の経営不安が解決するわけではないが、この問題は政治的な配慮で収束に向かうと考えておいてよさそうだ。 リーマン・ショック前に行ったMBSの不正販売がリーマン・ショックを招き、リーマン・ショックが発生したその日に明らかになった多額の和解金請求によって経営危機が叫ばれ、リーマン・ショック後に欧州を中心に広がった「金融機関破綻の際に株主だけでなく債権者にも損失負担をさせる」という理念に基づいて発行していたCoCo債が株価を大幅に押し下げる要因になったというのは何とも皮肉である。 こうした現実から言えることは、今でも世界は「リーマン・ショックという十字架」を背負い続けているということである。

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    欧州金融機関の不良債権問題 やがて欧米金融は日本の軍門に降る

    長谷川慶太郎(国際エコノミスト)(『「世界大波乱」でも日本の優位は続く』より) 欧州はデフレが続いており、経済状態が悪い。担保である不動産価格の下落が続くと、金融機関は不良債権を抱える。すでに各国の銀行が不良債権処理を迫られている状態であり、そうした金融機関の不良債権が今後、欧州の最大の問題となる。 一時期はギリシア問題が欧州最大の問題とされていたが、欧州先進国の銀行問題はギリシア問題よりはるかに大きい。ギリシア問題自体がなくなるわけではないが、相対的に小さくなっていく。 ギリシア国民は賢くなっていて、「ユーロ」離脱を求めなくなった。「ユーロ」から離脱したら、その瞬間にギリシア経済は崩壊することを理解し、どんなに負担が重くても「ユーロ」(EU)に残留しなければならないと思っている。ギリシアの昔の通貨「ドラクマ」では、誰も原油を売ってくれない。「ユーロ」から追い出されないためには、財政赤字を削減する努力を続けるしかない。 ギリシア問題は、欧州にとって大きな問題ではなくなってきて、銀行問題のほうがはるかに大きな危機となりつつある。 イギリスのEU離脱でイギリスの銀行が一行でも潰れたら、どうなるか。そのときに、フランスとドイツが無事でいられるのか。 イギリスの銀行が破綻したら、フランス、ドイツは無傷でいられるはずがない。フランスとドイツの銀行も大打撃を受ける。ドイチェ・バンクは、すでに経営が厳しい状態にあるなかで、イギリス発の金融危機が起これば深刻な問題だ。 ドイツは製造業の強い国だが、銀行が潰れて資金供給が停まれば、製造業も打撃を受ける。メルケル首相はエアバス機を中国に売りたくて足繁く中国に通っているが、資金がなければつくれない。 現在の世界経済の中で、長期資金に余裕があるのは日本だけだ。それは、10年物の長期国債の利回りを比べてみればわかる。 欧米各国の利回りと比べると、日本の利回りは圧倒的に低い。10年物の国債には中央銀行は直接介入しないから、需給バランスで価格が決まっている。利回りの低さは、長期資金に余裕があることを意味している。 アメリカにもヨーロッパにも、資金の余裕はない。そのため、欧米の超一流企業が日本の資金を当てにしている。金融面でも日本の地位が向上しているわけである。 窮地に陥った欧州に対して、唯一、資金の出し手となれるのは、不良債権処理を済ませている日本だけだ。 最後の長期資金の出し手として、日本しか頼るところがないことを世界の首脳はわかっている。 少し前の話になるが、モルガン・スタンレーはリーマン・ショック後に経営危機に陥り、三菱UFJ証券が救済したおかげで復活することができた。日本では三菱UFJモルガン・スタンレー証券として活動している。 野村證券はリーマン・ブラザーズから支援を求められて欧州部門を買ったが、こちらはうまくいかなかった。リーマン・ブラザーズのリストラが十分に終わらないうちに買収したので、野村がリストラをしなければいけなくなった。野村傘下に入ってから、かなりのリストラが行われている。 日本の金融機関が買収して経営再建を成功させられるかどうかはともかくとして、欧米の金融機関が日本に支援を求めてくる兆しはすでに出ている。 今後は、それがいっそう強まる。ヨーロッパのトップクラスの大銀行が「日本の同業者の系列に入れてください」とお願いしてくる可能性が十分にありうる。 場合によっては、もっと大きな救済の依頼が来るかもしれない。 長期資金に余裕があり、世界の金融を支えることのできる力が残っているのは、日本しかない。逆に言うと、日本は国際的に非常に有利な立場にあるということである。 安倍首相の言った「リーマン・ショック前夜」の認識は正しいものであり、世界はその備えをしておかなければならない。もし危機が起こってしまったとしたら、世界を支えることができるのは日本だけである。はせがわ・けいたろう 国際エコノミスト。1927年、京都府生まれ。大阪大学工学部卒業。新聞記者、証券アナリストを経て、1963年から評論活動を始める。以後、その優れた先見力と分析力で、つねに第一線ジャーナリストの地位を保つ。1983 年、『世界が日本を見倣う日』(東洋経済新報社)で第3回石橋湛山賞受賞。著書に、『日&米堅調 EU&中国消滅─世界はこう動く国際篇(共著)』『マイナス金利の標的─世界はこう動く国内篇(共著)』(以上、徳間書店)、米中激突で中国は敗退する(共著)』(東洋経済新報社)、『今世紀は日本が世界を牽引する』(悟空出版)、『日本経済は盤石である』(PHP研究所)など多数。関連記事■ 安倍発言「リーマン・ショック前夜の状況」は本当である■ イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭■ あれから2か月、英国のEU離脱は本当に「愚か」だったのか?

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    世界的株安は回避できるか ドイツ銀行が破綻危機から脱せない理由

    加谷珪一(経済評論家) ドイツ銀行の経営破たん懸念がにわかに高まっている。同行の株価は一時10ユーロを割り、利上げ観測後退で楽観ムードとなっていた米国の株式市場にも冷や水を浴びせた。一部からは、欧州危機が再来するとの声も聞かれるが、よく見ると事情はもう少し複雑だ。ドイツ銀行の経営は確かに厳しい状況だが、これが欧州全体の危機に結びつく可能性は今のところ低い。むしろ一連の破たん懸念は、政治的色彩を帯びている。株価が大幅に下落した米ニューヨーク証券取引所のトレーダー(ロイター) ドイツ銀行の経営が苦しくなっていることは、かなり以前から知られていた。2015年7月時点で30ユーロを突破していた同行の株価は急速に値を下げ、今年の4月には15ユーロを切った。直近ではさらに株価が下がり、一時は10ユーロを切る水準まで売り込まれている。欧州ではイタリアの銀行の不良債権問題が取り沙汰されており、特に多額の不良債権を抱えているモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ(モンテ・パスキ)は危機的な状況と言われる。  EU(欧州連合)の銀行監督機関であるEBA(欧州銀行監督機構)は7月29日、欧州主要51行の健全性を点検するストレステストの結果を公表している。それによるとモンテ・パスキは、2018年にかけて欧州域内の景気が一時マイナス成長に陥るという事態が発生した場合、同行の中核的自己資本比率が、マイナス2.44%になるという厳しい結果となっている。同行は50億ユーロ(約5700億円)の増資を含む再建策を発表しているが、不良債権処理と増資がスムーズに進むのかは何とも言えない状況だ。 これに対してドイツ銀行は、同じ条件において7.8%の自己資本比率を維持している。こうしたシミュレーションは条件設定で大きく結果が変わる可能性があるが、モンテ・パスキのような銀行と比較した場合、ドイツ銀行は過大な不良債権によって、すぐに存続が危ぶまれるというほどの状況ではない。さらに言えばドイツ経済は成長が鈍化しているものの、まずまずの状況が続いている。2015年の実質GDP(国内総生産)成長率は1.5%、2016年についても1.6%が見込まれている。失業率も過去最低水準だ。 ではなぜドイツ銀行の経営破たんが懸念される事態になっているのだろうか。それは、マイナス金利の導入によって銀行の利ざやが急激に減少し、利益を確保することが難しくなっているからである。銀行は預金など低金利の手段で資金を集め、比較的に金利の高い商品に投資したり、資金を融資することで収益を得ている。マイナス金利が導入されてしまうと、この利ざや限りなく小さくなってしまうため、融資業務に依存する銀行の経営は厳しくなる。低金利で利益が上げられないドイツ銀行 ドイツ銀行の2016年4~6月期の決算における利子収入は67億2100万ユーロであり、支払った利子の額は30億2900万ユーロだった。結果として同行は36億9200万ユーロの利ざやを得ている。しかし、1年前の2015年4~6月期における利子収入は69億3600万ユーロと今より多く、逆に支払った利子の金額は28億1500万ドルと少ない。利ざやの額は41億2100万ユーロと今年より1割も大きかった。 ドイツ銀行は利ざやの収入に加えて、投資銀行業務など各種の手数料収入がある。この金額は利ざやとほぼ同額だが、こちらも景気の鈍化によって減収傾向が鮮明となっている。利ざやに加えて手数料収入も減ったことで、同行はなかなか利益を上げられなくなっている。つまりドイツ銀行の問題は、不良債権ではなく経営問題ということになる。ちなみにモンテ・パスキは利ざやの収入が6割と高めで、低金利による収益悪化の影響を受けやすい。不良債権の比率が高く、収益性も弱い同行は真っ先に危機が表面化したわけだ。 ドイツ銀行は行員が極めて高額なボーナスを得ていることで知られており、大規模なコスト削減を実施できれば、自力で経営を再建することは不可能ではないと思われる。だが、ここには政治的な思惑が絡んでおり、そうはいかない可能性も出てきている。 今回、ドイツ銀行の株価が急落したのは、従来から取り沙汰されている経営危機に加え、米司法省がモーゲージ担保証券(MBS)の不正販売問題で同行に制裁金を求めたことと深く関係している。米司法省は、同行に対して140億ドル(約1兆4300億円)に上る巨額の和解金を提示しており、減額交渉は難航しているといわれる。 これは同行の経常収益(一般企業の売上高)の約4割にあたる数字であり、これを支払ってしまうと、同社が保有するキャッシュの1割を失う。経営破たんするほどの水準ではないが、同社の経営にとって大きなマイナス要因であることは間違いない。ドイツ銀行危機は経済問題ではなく政治問題 ドイツはこれまでスペインやギリシャなど債務問題が顕在化した国々に対して厳しい姿勢で臨んできた。その手前、仮にドイツ銀行の経営が不安定な状況になっても、安易に政府が支援することは難しい。独誌が「メルケル首相に支援の意思はない」と報じたことから、さらに不安が高まった格好だ。ドイツのメルケル首相(ロイター=共同) もっとも有力な解決策はドイツ第2位のコメルツ銀行と合併することだが、ドイツ銀行と同様、コメルツ銀行も低金利による利ざや縮小にあえいでおり、9月29日には、何と1万人の人員削減と配当支払い停止を表明している。日本であれば、弱者連合での合併も許容されるかもしれないが、グローバル競争を是とするドイツ社会ではおそらく通用しないだろう。 そこで急浮上してくるのが、米銀による買収である。これはあくまで筆者の憶測であり、確実な情報を得た話ではないが、JPモルガン・チェースやシティといった米銀にとってドイツ銀行が持つ顧客基盤は魅力的である。重要なのは米銀にとって魅力的なのは投資銀行部門であって、リテール部門ではないという点だ。 今回の経営危機でドイツ銀行は支店網を大幅に縮小する必要に迫られている。リテール部門ではなく収益性の高い投資銀行部門が欲しい米銀にとってはまさに渡りに船である。司法省の不正販売に対する制裁は、ドイツ銀行に対するものが特別に厳しいともいわれる。一種の政治的なシナリオが背景にあるのだとすると、一連の騒動に対する見方は大きく変わってくる。ドイツ銀行問題がどう推移するのかは、欧州危機の再来といった経済問題としてではなく、むしろ政治問題として注視していく必要があるかもしれない。

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    岐路に立つドイツ 世界経済を揺るがす8つの衝撃

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) この10年のメルケル首相をトップにしたドイツの存在感は素晴らしかった。メルケル首相は、2005年11月22日に首相に就任してから「ドイツのお母さん」と称され、高い支持率を誇ってきた。ドイツ経済も好調で、EUを牽引する役割を担った。ちょうどこの時期は日本が混乱し続ける時期であった。経済は低迷を続け、1年ごとに首相が交代し、国の方向が定まらない状態であった。メルケル・ドイツはヨーロッパの盟主として、アメリカに対抗できる国際的な影響力をもってきた。 そのドイツに異変がみられる。1.中国との関係 メルケル・ドイツは中国との蜜月関係を持ち、それがお互いに大きな利益をもたらしてきた。10年余りの就任期間でメルケル首相が中国を訪問したのは実に9回だ。ドイツと中国との距離を考えると異常な回数だ。ちなみにメルケル首相の日本訪問はわずかに3回だ。しかもそのうち2回は洞爺湖サミットと伊勢志摩サミットのサミット参加で、残りの1回はエルマウ・サミットに向けた事前調整のためというから、サミット絡みだけといっていい。メルケル首相の親中のスタンスは明らかだ。 ドイツと中国の貿易は拡大し、ドイツ経済の成長の柱となった。中国は生産拠点としても、大市場としても魅力のある国であった。経済の発展が素晴らしい時には様々な不平等的な問題も隠されてきた。ドイツと中国は密接なパートナーとして活動し、中国はEU、つまりヨーロッパへの参入権を得た形になった。しかし、中国経済の成長が鈍ると、問題が噴出してきた。中国との貿易が停滞しながらも、ドイツ企業は撤退しようにも撤退できにくい状況に置かれる。しかし、中国の企業はドイツの優良企業を買収していく。中国家電大手の美的集団は、ドイツの産業用ロボット大手クーカを買収した。中国との貿易は好調な時には問題が隠されるが、不調になると問題が噴出してきた。中国との貿易拡大で成長してきたメルケル・ドイツは方向転換を迫られている。2.ロシアとの関係 これも重要なポイントだ。EU諸国はプーチン・ロシアにはやや距離をおいた付き合いをするが、メルケル首相は、親露政策を打ち出してきた。特にロシアの油田・ガス田にはドイツ企業は多額の投資を行い、原油や天然ガスを買ってきた。原油価格が高騰する時期と重なり、ロシアにもドイツにも多大な収益をもたらした。アメリカの敵といえるロシアと中国と連携を強め、ヨーロッパをまとめるという戦略をとったのだ。そしてそれがことごとく経済的にもあたった。しかし、これも原油価格が急落すると状況が一変する。そしてその時期がロシアがウクライナと問題を起こす時期と重なる。ロシアとの関係も見直さざるを得なくなる。「将来的な労働力」難民への寛容政策が崩れた3.増え続ける難民・移民問題 ドイツにとって難民の受け入れは、ドイツの将来的な労働力という位置づけもあった。メルケル首相の人道的な思想もあるが、それだけでは難民の受け入れはできない。ドイツの好調な経済を反映して、ドイツの失業率は低く抑えられてきた。基本的に労働力不足の状態であり、難民や移民が増えることに大きな反対はなかった。安い労働力の確保という要素もあり、国際的な評価が高まることなどから、ドイツ国内でも難民・移民の受け入れはかなり好意的なものであった。 しかし、最近、難民・移民に対する国民感情が悪化した。イギリスはこれを嫌ってEU離脱の国民投票で離脱を決めた。フランス、スペイン、デンマーク、スウェーデン、イタリアなどでも反難民・移民の流れができつつある。ドイツもかなり激しくなってきた。テロなどが起きたこと、異文化・異宗教に対する苛立ちなどもその要因だ。また経済の不安がでてくると、これ以上の労働力はいらない、という判断もある。メルケル・ドイツの難民・移民への寛容政策が批判を浴びている。4.為替レート安定のユーロ戦略 一般的には経済が好調であれば通貨が強くなり、輸出が鈍るようになる。まさに為替においても「神の手」があるはずなのだが、ドイツだけでなくヨーロッパ全体での通貨となると、ドイツの経済が好調でもユーロ高は抑えられる。この構造は輸出国ドイツにとって好都合であった。EU、ユーロ維持をすることは、ギリシャ経済破綻危機などでドイツが財政的に支えても構わないくらいの利益をもたらす。この構造が強いドイツと安定したEUを作ってきたのだが、ドイツが諸々の案件で追い込まれると、EUの仕組み自体が見直されなければならなくなる。すでにイギリスが去ろうとしている。ギリシャ危機もまだ終わったわけではない。ドイツが支えることができなければ、EUのシステムが見直されなければならない。ドイツの発展の前提の一つが壊れる可能性がある。5.VWの排ガス不正問題の後始末 VW社の不正ソフト事件が明るみに出てから約1年が過ぎた。最近はあまりニュースにならないが、問題が解決したわけではない。これから巨額の制裁金などが科せられると予想される。またVW社の自動車売り上げも厳しい。ドイツ国内やヨーロッパでは落ちていないので、格好は保っているが、アメリカ、南米、ロシアではかなり落ち込んでいる。中国の売り上げはまだ大きいが、これは中国市場の冷え込みもあり、依存することができない。つまり中国での展開がつまづき始めれば、相当に厳しい状況に置かれそうなのだ。VW社はドイツの優良企業であっただけに、今後の展開によってはドイツ経済の足を引っ張りかねない。ドイツ銀行の低迷がドイツ経済を長期に苦しめる6.ドイツ銀行ショック さらにドイツの経済を揺らす問題が持ち上がっている。ドイツ銀行がアメリカでの住宅担保ローンに絡む不正販売から、アメリカ司法省が同行に対し140億ドル(約1兆4000億円)の支払いを求めるというニュースだ。制裁金が1兆4000億円となると半端ではない。金融機関の不安定化は、経済全体に悪影響を与える。本当にどれだけの制裁になるのかはわからないが、この可能性がある中で、決着が長引けば、株式市場への悪影響とともに、ドイツ銀行からの資金の流出が起こりうる。すでにヘッジファンドの客が逃げ始めているといわれる。ドイツ銀行の低迷は長期にわたってドイツ経済を苦しめることになるかも知れない。7.メルケル首相の支持低下 こうした諸々の状況は政治を混乱させつつある。高かったメルケル首相の支持率もかなり落ちている。来年の首相選への出馬はまだ不明だが、おそらくないのではないか。再出馬しても当選する可能性は低くなっている。経済も社会も政治も安定しているといわれたドイツだが、すべてに状況は不安定化している。メルケル首相の後の展望もわからない。8.アメリカのドイツ潰し ドイツ銀行問題などではアメリカがドイツを潰しにかかっているという見方もある。中国、ロシアと親密な関係になり、アメリカに対抗できるヨーロッパの盟主としてのドイツは、アメリカにとっては望ましい存在ではなかった。米ソ冷戦時代は、ドイツは日本とともにアメリカの従順な手下であったが、ドイツはアメリカに楯突くことができる国になりつつあった。それは、中国潰し、ロシア潰しにもつながり、アメリカのヨーロッパへの影響力を高めることになる。逆の視点からみれば、メルケル首相はアメリカが一目置くだけの世界的な影響力を持ったとも言える。トランプ大統領の誕生ともなれば、状況はさらに不透明になる。ドイツ銀行への制裁がトランプ大統領のもとで行われたらどうなるか。恐れている関係者は少なくない。 今、ABCDショックとも言われる。Aはアメリカ(America)で、アメリカのドイツ潰しやトランプ大統領誕生のリスク、BはイギリスのEU離脱で(Brexit)、Cはチャイナリスク(China Risk)で、Dはドイツ銀行(Deutsche Bank)である。 好調だったドイツが一気に苦境に置かれつつある。これはヨーロッパ経済、ひいては世界経済に与える影響は大きい。次の首相が誰になるかも興味深い。

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    株価は景気の先行指標だが、景気は改善しそうな理由

    塚崎公義(久留米大学商学部教授) 株価が軟調に推移していて、16日の東京市場も大幅な下落となりました。「株価も下がっているし、景気は悪いんだろう」などと心配している人も多いかもしれません。株価は景気の先行指標と言われていますが、景気は悪くなるのでしょうか?今回は、景気と株価の関係について考えてみましょう。株価は内閣府の景気先行指数の計算に使われている 景気先行指数を発表している内閣府は、指数を計算する際に、株価の動きも利用しています。ということは、内閣府も「株価が動くと、その後から景気が動く場合が多い」と認めているのでしょう。それは、筆者も認めるところです。 株式市場の投資家が、景気が悪化すると予想し、その予想が当たったとします。投資家たちは直ちに株を売るので直ちに株価が下がりますが、景気が悪化するのはその後ですから、株価の動きが景気に先行した事になります。つまり、投資家たちの景気予想が5割以上の確率で当たるならば、株価は景気の先行指標となり得る、というわけです。世界的な株安を受け、前週末比895円15銭安となった日経平均株価終値を示す電光掲示板=5月24日、東京都中央区(小野淳一撮影) 日銀が金融を思い切って引き締めたとします。金利は高騰し、株式市場に廻る資金も減りますから、株価は直ちに下落します。一方で、景気は日銀が金融を引き締めてからしばらくして悪化しますから、この場合にも株価は景気の先行指標となり得ます。 米国でリーマン・ショックのような事件が起きたとき、日本の株価もただちに暴落しますが、日本の景気が悪化するのは米国向けの輸出が激減してからですから、しばらく後になります。この場合にも、株価は景気の先行指標となり得ます。株価が景気を動かすわけではない しかし、ここで重要なことは、株価が景気を動かしているわけではない、ということです。せいぜい、大量の株を持っている富裕層が贅沢を控えるようになるとか、株価の下落を見て「景気が悪くなりそうだ」と考えた庶民が少しだけ倹約する、といった程度でしょう。日本は家計の株式保有が少ないので、株価が下がっても実損を被る人は多くないはずで、景気への影響も小さいはずです。 株価が景気より先に動く場合でも、因果関係として景気が原因であったり(投資家が景気を予想)、他に原因があったり(日銀の引き締めやリーマン・ショックなど)するのです。 もしも株価が景気を動かしているのであれば、景気を予想する時には株価をしっかり見ておく必要があるのですが、景気予測の専門家の中で、株価に注目している人は決して多くないと思われます。景気の専門家は景気悪化を予想せず景気の専門家は景気悪化を予想せず 景気の専門家たちの見方を知るための手段としては、内閣府の月例経済報告、日銀の展望レポート、ESPフォーキャスト調査を見るのが手っ取り早い方法ですが、いずれを見ても、景気は緩やかな回復・拡大を続けるだろうと言っています。つまり、景気の専門家たちは、「株価が下がっているが、景気は悪化しないだろう」と考えているわけです。 投資家が景気の悪化を予測して株を売っているとも思われませんが、仮にそうだとしても、株式市場の投資家が景気予測の専門家よりも景気の予測に秀でているとも思われません。もしもそうなら、景気予測の専門家は大量失職しているはずですから。ドイツ銀行本社ビル=フランクフルト(ロイター) 日銀が金融を引き締めているわけではありませんし、リーマン・ショック並みのショックが来ているわけでもありませんから、「株価を下落させた要因がタイムラグを経て景気を悪化させる」という事もなさそうです。したがって、ここでは景気は拡大を続けると信じておきましょう。 では、なぜ株価は下落しているのでしょうか?筆者は株価のことは全く詳しくないので、よくわかりませんが、特に説得的な説明は聞こえて来ていないようです。 年初来の世界同時株安も、不思議な現象でした。「ドイツ銀行が破産する」という噂などで世界の株価が下がったのですが、当のドイツ銀行では取付け騒ぎが起きたわけでも無いようです。 昨今の日本株は、欧州の株式以上に冴えない動きとなっています。ドイツはともかく、英国のEU離脱で欧州経済が大打撃を被るといった理由で株価が下がっているのだとすれば、欧州株の方が日本株よりも大きく下落するはずですが、そうでもありません。 もしかすると、日本株の投資家たちが、噂や思惑などで「騒ぎ過ぎている」だけなのかも知れません。まあ、筆者は株価のことはわかりませんから、株価のことは市場参加者に御任せして、株価に惑わされずに淡々と景気予測に励むことと致します。その際に、スタート台となるのは、「景気予測の専門家たちは、景気の緩やかな回復・拡大を予想している」ということです。専門家達の見解に異論を唱える特段の材料があれば別ですが、そうでない以上は、「景気は緩やかな拡大を続ける」と考えておくべきでしょう。【参考記事】■経済情報の捉え方(塚崎公義)http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12149245775.html■景気を語る人々(塚崎公義)http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12158101067.html■大学教授が教える、本当に役に立つ就活テクニック(塚崎公義)http://sharescafe.net/48796600-20160609.html■就活の手を抜くと、過去の自分を恨んで生きる事になる(塚崎公義)http://sharescafe.net/48827988-20160614.html■就活は企業との相性だから、落ちる以上に受けるべし(塚崎公義)http://sharescafe.net/48827663-20160613.html

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    ドイツ銀危機、本当に間が悪かったマイナス金利導入

    小笠原誠治(経済コラムニスト) 欧米市場の流れを受け、そして、円高、原油安もあり、本日は株価が下がるだろうと思っていましたが…こんなに下がるとは。 この流れだと、日経平均は再びNYダウを下回るかもしれませんね。 それから、本日、長期金利が一時0%に達したとされています。 10年物国債を購入しても、利回りはゼロですか。 いずれにしても何故こんなにも株価が下がるのかと言えば… 本日、銀行株が大きく値を下げているようで、それは欧州の流れを受けたものではないかと見られるのです。 特に、ドイツ銀行の株価が急落しているようで…8日には10%ほど下落し、年初からの下落率は40%近くになっているようなのです。フランクフルトにあるドイツ銀行の本部(AP) では、何故ドイツ銀行の株価が下がるかと言えば… 多数の訴訟案件を抱えており、損害賠償が多額に及ぶ恐れがあることや、原油価格の低下のためにエネルギー産業向けの融資が不良債権化する恐れがあること、さらには、ECBのマイナス金利政策のために、利ザヤが稼ぎにくくなっていることなどが理由だとされています。 で、その結果、資金繰りがタイトになる恐れがあり、ドイツ銀行が発行している偶発転換社債(CoCo債)の利払いが来年以降難しくなるのではないかという観測が強くなっているのです。 因みに、何故CoCoと言うかと言えば…カレー屋とは関係なく、Contingent Convertible Bondsの略なのだとか。 さらに参考までに言っておくと、CoCoは、発行者の自己資本比率が一定の水準を切ると、自動的に株式に転換されてしまうのだとか。つまり、お金はもう返ってこないのです。怖いですね。 ということで、CoCo債の価格も昨年の12月には93程度あったものが、昨日は75程度まで落ちているというのです。 信じられますか? ドイツ銀行と言えば…誤解のないように言っておきますが、ドイツ銀行はドイツの中央銀行ではありません。しかし、ドイツを代表する、否、世界的な大銀行と言っていいでしょう。 そのドイツ銀行の債券がデフォルトの可能性に晒されているなんていう訳ですから、これはただ事ではありません。 ただ、フォルクスワーゲンがあのような不祥事を起こす昨今ですから、今や何が起きてもおかしくはないのでしょう。 ところで、上に述べたドイツ銀行を含む欧州の銀行にとってマイナス金利政策が重荷になっているという話ですが…何故そのようなことが起きているかと言えば…預金金利については、預金者の反発を恐れ、マイナスにすることが困難である一方、貸出金利が下がっているので利ザヤの確保が難しくなっているというのです。 でも、それが本当だとすれば、日本の銀行の株価が下がるのも頷けるところです。 ついでに言えば、欧州ではマイナス金利政策のなか、銀行は利益確保のために貸出金利をむしろ上げる動きがでてきているとも。 日本のマイナス金利導入は、本当に魔の悪いときに行ったと思います。(2016年02月09日「小笠原誠治の経済ニュースゼミ」より転載)

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    マイナス金利だからこそ円高・株安は今のレベルで留まってる

     日本銀行がマイナス金利を導入したことで、2月9日、長期金利が初のマイナスをつけた。翌10日には日経平均が1万6000円を割り込み、11日にドル円相場は海外市場で110円台にまで上昇した。 新聞各紙は〈日経平均918円安〉〈預金金利下げ加速も〉と見出しを立て、〈マイナス金利政策の副作用への不安が高まっている〉(朝日新聞)と先行きへの不安を煽った。国会では民主党の細野豪志氏が「マイナス金利によってこれだけの株安、円高だ」と日銀を非難した。 あたかも「マイナス金利が株安を招いた」との印象を受けるが、「円高、株安に振れているのは、マイナス金利とは無関係」と断じるのは、第一生命経済研究所・主席エコノミストの永濱利廣氏である。「ドイツ銀行の2015年の最終赤字が過去最大の68億ユーロ(約8800億円)に拡大して信用不安を招いたのに加え、米国の景気減速懸念、中国経済の先行き不透明感、さらに原油安への懸念が広がった。円が買われ、株が下がったのはこれらの要因によるもので、決してマイナス金利が原因ではない」 それどころか、マイナス金利にしていなければ、より深刻な事態に陥っていた可能性が高いという。「他の国はもともと金利が高いため、リスクを回避しなければならない状況になると、日本以上に金利の下げ幅が大きくなる。日本の金利も下がっているけれども、それ以上にアメリカやヨーロッパの金利が下がったから円高になった。仮にマイナス金利でなかったらもっと円高、株安が進んでいた」(永濱氏) マイナス金利だからこそ、円高・株安は今のレベルで留まっているのである──そんな見立てである。関連記事■ マイナス金利政策の落とし穴 欧州で珍事続発■ 日銀のマイナス金利導入 円安誘導し物価上昇で国民に負担も■ 規模が大きい日本のマイナス金利 世界へのインパクト大■ マイナス金利でメガバンク株価急落 貸し渋る銀行の自業自得■ マイナス金利導入 不動産市場はバブルを迎えるか

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    年金運用最大のピンチ! 国民を騙したGPIFの「罪」

    小幡績(慶應義塾大学ビジネススクール准教授) 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が10兆円以上の損失を出したことが話題になっている。しかし、10兆円の損失自体は問題ではない。問題はその経緯に加え、国民とGPIFの間の信頼関係が存在しないことにある。 GPIFは2014年10月末にポートフォリオ(資産の構成割合)の変更を行い、これまでの日本国債60%、日本株12%、外国株12%、外国債券11%、その他5%という配分から、日本国債35%、日本株25%、外国株25%、外国債券15%へと大きく変更した。この変更は異例ずくめで、半年前の4月末に運用委員会の委員が1名を除いて全員交代したこと、ポートフォリオの変更は5年に一度の最大の運用委員会の審議事項であったにも関わらず、年度末まで検討せずに10月末という異例のタイミングで発表し、新規の運用委員の任命から半年という短期間で行われたこと、そして、株式への配分を倍増させ、リスクを大幅に増やした革命的な内容変更であったことであった。東京証券取引所 なぜ、GPIFの運用方針は突然変わったのだろうか。 背景は不明だが、ポートフォリオの決め方ではっきり変わったことが一つあった。それは「リスク最小化」から「リターン優先」に変わったことだ。従来は全額日本国債で運用した場合と同じリスク水準の下でリターンの最大化を目指すというものだった。だから、株式を混ぜることによってリターンが上がっても、分散投資によりリスクは最小のまま維持されてきた。ところがポートフォリオ変更に伴い、厚生労働省が年金制度としてGPIFに要請する目標利回り達成を優先し、それが達成されないことを「下方確率」と呼び、新たにリスクと定義したのである。 ポイントは二つある。第一に、リスクを取ってリターンを取りに行く方針に180度転換したこと。第二に、年金制度の現行制度維持を最優先し、調整は運用の利回りで行うことを明確にしたことである。だから、年金制度が要請する利回りを達成できないことをリスクと呼び、これを回避することを最優先したのである。「年金のオーナー」国民を騙したGPIF しかし、これは公的年金の運用を決定的に歪めた。 第一に、年金のオーナーである国民が必然的に誤解することになった。ハイリスク・ハイリターンの運用に切り替わったのに、国民は以前と同様にリスクの低い運用をしていると思っていたからである。なぜなら、政府とGPIFは、新しい「リスク」を用いて、新しいポートフォリオは以前の構成よりもリスクが低くなった、さらに全額日本国債で運用するよりもリスクは低くなると説明したからである。もちろん、実際は構成見直しで株式を倍増したのだから、通常のリスク、資産価値の変動も倍増した。当時の説明資料においても、17% の確率で10兆円以上の損失が出ることは示されていた。だから、10兆円の今回の損失はGPIFにとっては、よくあることが起きただけなのである。しかし、国民は10兆円の損失に驚いた。にもかかわらず、GPIFは驚く国民に対し、10兆円の損失はたいしたことではない、心配することは意味がないと国民を諭すような記者会見を行った。国民のGPIFへの不信は決定的に深まった。 第二に、より本質的に国民を騙したことにある。なぜなら、年金制度は国民のものであり、意思決定権は国民にある。運用に関して、ハイリスク・ハイリターンかローリスク・ローリターンを取るかは国民が選択すべきで、実際にこれまでは国民の意向を政府とGPIFが勘案し、最小限のリスクでやってきたのである。この国民の意向は変わっていないのに、政府が180度方針を変えてハイリスク運用に踏み切り、それはローリスクだと国民をミスリードしただけでなく、他に選択肢がないように国民に思わせたのである。これが致命的な年金運用不信を国民にもたらした。 なぜなら、国民にはローリスク・ローリターン運用という選択肢が存在するからである。年金制度からの要請で利回りが名目賃金上昇率+1.7%とされており、名目賃金上昇率は2.8%と想定されているから、運用利回り目標は4.5%となる。現在、世界は低金利下が進行しており、これは一時的なものではなく、長期的な構造変化であることは、世界の金融関係者や運用関係者のコンセンサスである。したがってこの中で4.5%の目標を掲げ、130兆円もの資金を運用するとなれば、極めてハイリターンにならざるを得ない。それならば目標をあきらめて、財源を増税などで確保するか給付を削減するといった、年金制度自体の調整の選択肢も当然あるのである。これは制度と運用を一体で議論しなくてはいけない。ただ、政治的に制度変更は無理なので、すべての歪みを運用で処理しようとしたのである。制度のほうでは運用利回りを想定してこれで安心と言い、運用側には制度の維持のために4.5%で、ということになる。何より制度維持が優先されたのである。 これまでの年金運用では、全額国債で運用するのと同じリスク、つまり「最小限のリスク」だから、運用することに国民も反対する理由はなかった。しかし2014年10月に大きく変更されてしまったのである。国民は、制度を変更するかハイリスクで運用するかの選択に迫られたのであるから、本来であれば国民にきちんと提示され、国民が議論して決定しなければ、前には進めないはずだった。 それにも関わらず、政府とGPIFは国民をまったく無視し、自分たちの都合で運用変更を行った。ポートフォリオの変更に気づかなかった国民やメディアも悪いが、気づかなければいいというものではない。実際、今回の損失だけみれば何ら騒ぎ立てる必要のないものだ。それにも関わらず、愚かにもハイリスク運用に転換していたことを気づいていなかった国民とメディアは大騒ぎになった。ここから信頼を取り戻すことは不可能である。騙されたと思った人から信頼されることはない。運用の専門家が指摘するGPIFへの二つの疑問 さらに、運用の専門家としてもGPIFの運用に対する大きな疑義が二つある。 一つ目は、日本株への配分が25%と異常に高いことだ。株式への50%配分はハイリスク運用としてはあり得る。ただし、その半分を自国株に投資する年金はないし、どのような運用者も行わない。分散投資が基本だから、世界株式市場における日本株式のウェイト8%に比例して投資するのが妥当で、4%が妥当なベースラインとなる。いくらなんでも25%はあり得ない。実際、カナダやノルウェーといった世界で最も評判の良い公的年金運用機関は自国株式への投資を禁じられている。自国市場が小さいこともあるが、余計な憶測や問題が生じることもあるからだ。 二つ目は、ポートフォリオを変更したことによる影響の分析はできないと否定していることだ。今回2015年度全体で5.3兆円の損失、2016年4-6月期で5.2兆円の損失で合わせて10.5兆円になる。また2016年1-3月だけでも4.9兆円損失なので、2016年上半期でも10兆円の損失だ。しかし何よりも、2014年10月以降、つまりポートフォリオ変更後のパフォーマンスは、トータルでマイナス、1.1兆円の損失に落ち込んだ、ということだ。これはポートフォリオを変えていなければ明らかにプラスであったから(日本国債は大幅に値上がりしている)ので、短期的には変更が裏目に出た。記者会見するGPIFの高橋則広理事長=7月29日、東京都港区 この分析は運用者として当然すべきであり、変更しなければどうだったのかを示す必要がある。しかし、GPIFは官僚的な理由でそれを拒み、ただ、「長期的に見れば、むしろやりやすくなった」というような答弁を理事長がしている。これでは国民が信頼しようがない。この説明をしないのは、運用者としてあり得ない。分析をした上で、短期的には裏目だが、長期的にはむしろよい、という理由を分析で示す必要がある。それを一切せずに、単に短期のことで騒ぐな、という説明は運用者としてあり得ない。 現在、GPIFと国民の信頼関係は大幅に低下している。GPIFに運用を任せられるのは、国民の信頼があってこそで、GPIFのガバナンスとは国民の信頼を得ることがすべてであるから、このままでは、運用の継続が危ぶまれる可能性すらある。そして、その危機にGPIFが気づいていないこと、それがGPIF最大の危機なのである。

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    「相場師」と化したGPIF、年金が仕手戦で吹っ飛ぶ最悪シナリオ

    山田順(ジャーナリスト) まず言っておきたいが、私はすでに年金受給者である。だから、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が5兆円もの運用損失を出したと聞いて、いい加減にしてほしいと思った。 大方のメディアもこの問題に関しては批判的で、「国民のおカネをなんだと思っているのか」「ポートフォリオを見直すべきではないのか」式の報道が多く見られた。 このような声を受けて、野党・民進党は「年金損失『5兆円』追及チーム」をつくり、厚生労働省やGPIFの担当者を追及した。 しかし、損失を出したことだけが、それほど大きな問題なのだろうか? おカネを運用(投資)すれば、場合によっては損失が出るのは当たり前である。その反対に、運用益を出し続けることもある。 とすれば、GPIFは投資が下手なだけだ。つまり、本当の問題は、GPIFがなぜ、こんな下手な運用しかできないのかということだ。 今回問題視されたのは、8月26日に、GPIFが年金運用実績を公表したからである。それによると、2016年4~6月期の運用実績は5兆2342億円の赤字で、赤字は2期連続である。 その原因をGPIFは、「英国のEU離脱決定などで加速した円高・株安が響いたから」と説明した。実際、今年6月の日経平均株価は1万6000円ほどで、1年前の2015年6月に2万円あったところから、ざっと4000円も下落している。これでは、運用損失が出るのは当然だ。  しかし、運用損失を出した本当の原因はそうではない。GPIFが、資産を株式に偏った運用をしてきたことにある。 2014年10月、GPIFは運用比率を見直し、資産構成に占める株式の比率を24%から50%(このうち日本株は12%から25%)へ、なんと2倍に増やした。これまでになかったポートフォリオの大幅な変更である。 このポートフォリオの変更は、当初はうまくいった。なにしろGPIFは、約140兆円の資金を持つ巨大投資家だから、株を買い進めれば株価は間違いなく上がる。それに、アベノミクスの掛け声とともに、日銀も異次元緩和の一環として上場投資信託(ETF)買いを増やしたのだから、日本の株価は上がって当然だ。 実際、GPIFなどの公的資金と日銀は「5頭のクジラ」と呼ばれることになった。こうして日本の株式市場は、クジラが「仕手戦」をやっているようなことになってしまった。GPIFは投資家というより「相場師」になったのだ。この仕手戦により、GPIFの2013年度以降3年間の累積収益は、いっとき約37.8兆円に上ったという。中国を笑えない日本の「官製市場」化 日本の株式市場のメインプレーヤーは外国人投資家だが、巨大クジラが買ってくれるのだから、彼らは安心して株を売買できた。しかし、仕手戦というのはやがて崩れる。その兆候が今回の5兆円マイナスだろう。  この仕手戦の弊害は、運用損失だけではない。日本の株式市場をほほフリーズさせてしまった。クジラの「爆買い」によって、日本の株式市場は「官製市場」になってしまったのだ。日本経済新聞の8月29日付記事は、次のように書いていた。 《「公的マネー」による日本株保有が急拡大している。日本経済新聞社が試算したところ、公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀を合わせた公的マネーが、東証1部上場企業の4社に1社の実質的な筆頭株主となっていることが分かった。株価を下支えする効果は大きい半面、業績など経営状況に応じて企業を選別する市場機能が低下する懸念がある。》 要するに、GPIFなどの公的資金が株を買ったおかげで、多くの日本企業が「国有企業」になってしまったということだ。こうなると、市場に自由がなくなり、企業業績と株価が連動しなくなる。 中国は国営企業の天国だが、その状況を日本は笑えない。企業価値に基づいて株を買うまともな投資家は、バカを見るだけになる。 このように、年金資金が株の仕手戦に使われていいのだろうか? GPIFなどの公的資金のポートフォリオの変更は、政治によって恣意的に行われたと見るのが常識だ。つまり、仕手筋は日本政府である。なぜか、政府は株価が上がれば景気がよくなると信じ込み、公的資金を市場につぎ込むことを選択してしまった。 もちろん、GPIFは独立行政法人といっても、実際の資産運用はブラックロックなどの民間の資産運用会社に委託している。そうして長期的な視点で資産運用を任せることになっている。 しかし、本当にそうしているのだろうか? 今年4月1日にGPIFの理事長は交代している。それまでの三谷隆博理事長はじつは昨年3月末までが任期だったが、国の意向で暫定的に続投してきた。なり手がいなかったからだ。そしてやっと、後任に農林中金出身でJA三井リースの社長だった高橋則広氏が就任した。この人選は、明らかに「官邸主導」だろう。 また、現在のCIOである水野弘道氏も、官邸の意向で選ばれている。なぜ、国民の虎の子の年金資産を預かるトップが、そのときどきの政権の意向で決められるのだろうか? 教訓が全く活かされない年金の無駄遣い 株価が下がって損失が出るのがわかっているのであれば、民間の投資家なら早々とリスク回避する。ロスカットに走る。しかし、GPIFはこれができない。長期投資が基本のうえ、そんなことをすれば、資金量が巨額だから株価は一気に暴落してしまう。 民間の投資家ならできるポートフォリオの随時組み替えも、公的資金はなかなかできない。それより、長期投資という以上、株のようなリスク資産に偏った運用などしないだろう。やっても完全なパッシブ運用だけだ。そんな制約のあるGPIFが、株価吊り上げの仕手戦をやっていいわけがない。  とはいえ、いまや日本には資産を安定運用できる金融商品がなくなってしまった。もっとも安全とされる国債が、異次元緩和のやり過ぎでマイナス金利である。これは、日本経済が長期にわたって成長しないというシグナルだから、投資するわけにはいかない。そればかりか、これ以上、日銀が緩和を続ければ、国債が暴落する可能性がある。 となれば、ここは投資先を日本から海外に大きくシフトし、ポートフォリオの多くを海外資産にしてしまうべきだろう。そんなに株が好きなら、日本株はやめて世界株のインデックス投資にしたほうが確実だ。(とはいえ、いまさら日本株は売れないだろうが…) さらに言えば、このフィンテックの時代、なぜ、人間が恣意的に投資をしなければならないのだろうか? すでに、欧米の大銀行もヘッジファンドも、投資を人工知能(AI)にやらせるようになってきている。こちらのほうが、確実に実績を上げるからだ。 AIは進化し、ファンドマネジャーなど必要のない時代になっている。AIが資産運用をやってくれれば、GPIFの職員の給料も民間委託の手数料もいらなくなるから、運用実績はもっと上がるだろう。  というわけで、最後に言いたいのは、GPIFが持つ公的資金は、異常な金融政策を続ける日本政府を支えるためにあるのではないということだ。株価を上げて景気をよく見せかけ、政権維持をはかる政府が、勝手に使っていいわけがない。 かつて、前身の年金福祉事業団はグリーンピアという、とんでもない年金の無駄遣いをやった。その教訓から運用業務に特化したGPIFが生まれた。しかし、やっていることの本質はいまも変わらない。 GPIFがこのまま仕手戦を続けたら、本当に仕手崩れがやってくる。そのときは、海外投資家の売り浴びせにあい、私たちの年金資金は吹っ飛んでしまうだろう。

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    年金運用5兆円損失のウソ、ホント

    私たちの年金は本当に大丈夫なのか? こんな不安にかられた人も多いだろう。公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が2期連続の赤字となり、5兆円もの損失を出したというのである。当のGPIF側は「年金支給に支障はない」と抗弁するが、どこまで信用していいのやら…。

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    日本の年金運用はココが危ない! 株高頼みのツケは必ずやって来る

    小笠原誠治(経済コラムニスト)はじめに 先日、GPIFの2016年4~6月期の運用成績が発表されたが、結果は5兆2342億円の赤字であった。既に明らかになっていた2015年度の運用成績も5兆3098億円の赤字であったので、安倍政権下でGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が国内債券の運用比率を減らし株式運用比率を倍増したことが正しかったのかという声が出ている。 ただ、その一方で、それまでに得た利益の方が大きいとか、損失が発生したからといってすぐに株式運用比率を引き下げるべきだというのはおかしな議論だという指摘もある。 しかし、そもそも公的年金の運用成績がどうであるかがそれほど大きな問題になり得るのだろうか?株価下落で公的年金の運用損が発生した 確かに、高齢者に支給される年金の財源が上手な運用の結果少しでも増えることは一見望ましいようにも見える。 しかし、忘れてはいけないことは、この公的年金積立金は国から独立して存在している訳ではないということである。つまり、実際に支給される年金の大部分は若者が納める年金保険料から充てられているが、二番目に多いのは国庫負担分、つまり税金であるからだ。積立金の取り崩し分は、年金として支給される財源のごく一部でしかない。従って、ある時期、運用で多額の損失を発生させても、足りない分は税金で補てんされるしかないし、逆にある時期、多額の運用益を計上することができたとしても、その一方で、政府の一般会計には1千兆円を超える借金が積み上がっているのだから喜ぶことはできないのだ。 要するに、政府にはいろいろな財布があって、それぞれの財布にお金が潤沢にあることが望ましいが、重要なことは全体でどのような収支になっているかなのである。 多くの国民、そしてマスコミはそのことについて気が付いているのであろうか? 問題は他にもある。 そもそも、国が一般の市場参加者とは全く異なる地位と情報を保有した上で、言わば財テクに走ることに問題はないのだろうか? というのも、GPIFの投資対象となる企業は政府の許認可の対象になっているようなものも多く、そうなると癒着やインサイダー取引が起こりやすくなるからだ。それに余りにも巨額な資金を有するGPIFが株式市場に参入することで市場の価格形成機能が阻害されてしまう恐れもある。 さらには、年金積立金の株式運用で大損を発生させたような場合に、GPIFが世論に押されてやむを得ず株式の売却に動かざるを得なくなることが考えられるが、そうなるとさらなる株価の下落を招くという問題もある。なぜ株式運用比率は引き上げられたのか?なぜ株式運用比率は引き上げられたのか? 安倍政権は、民主党から政権を奪還して以降、公的年金の運用を国債から株式にシフトさせてきたが、2014年10月、運用ポートフォリオの見直しを行った。即ち、それまで60%とされていた国債などの国内債の運用比率を35%に引き下げる一方で、国内株式のそれを12%から25%に引き上げると同時に、外国株式のそれも12%から25%へ引き上げたのである。 では、何故株式運用比率を高くしたかと言えば、一つには、国内金利が異常に低い状況になり、主に国債などで運用するだけでは期待される運用益を計上することができなくなったこと、そして、もう一つには、株式運用比率を引き上げることで、株価の上昇が期待されたからである。 しかし、国内金利が何故異常に低下したかと言えば、アベノミクスがスタートして以降、インフレターゲットが正式に採用され、金融緩和が一段と進められたからなのだ。 というよりも、日銀が大量に市場から国債を買い上げることにより金利を大きく低下させて国債の魅力をなくし、そうしたことによって行き場をなくした資金を株式投資に向かわせようとしたと見ることもできる。 つまり、安倍政権は金利をさらに低下させることによって株式投資の魅力を増し、そして、公的資金の運用を相対的に魅力が増した株式投資へシフトさせることによりさらに株価の上昇を目指したと言えるのである。 しかし、そうした人為的な政策でいつまでも株価の上昇が続く筈はない。何故かと言えば、一つには、さらなる株価の上昇をもたらすためには継続的に株式運用比率を上げていく必要があるが、いつまでもそうすることは不可能であるからだ。極端な話、株式の運用比率を100%にまで引き上げた後は、それ以上上げようがないし、また、積立金の額を大きく増やすことも不可能であるからだ。というよりも、積立金は毎年5兆円ほど取り崩されているのである。 従って、株価の運用比率が限度いっぱいになるとその後は株価を上昇させる要因にはなり得ず、他の外的要因による株価の変動をただ受け入れるしかなくなるのである。そもそもGPIFはなぜ公的年金積立金の運用を行うのか?そもそもGPIFはなぜ公的年金積立金の運用を行うのか? ところで、そもそも何故GPIFは、130兆円とか140兆円と言われるほどの巨額な年金積立金を有していて、それを運用する必要があるのであろうか? そう質問されると、多くの方は、公的年金の受給資格者が受け取る年金は、公的年金の積立金を取り崩して支払われるからと考えるのではないだろうか? しかし、それは不正解とまでは言わないものの正解とは言えない。何故ならば、支給される年金の大部分は若者たちが負担する保険料から支払われ、その次に国庫負担(税金)が来て、年金積立金の取り崩し分は全体のごく一部に過ぎないからだ。衆院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=2016年2月5日、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) 要するに、今の日本の公的年金システムは純粋の積立方式ではなく、実態は賦課方式に近いものなのだ。 だとすれば、本来積立金を保有しておく必要が必ずしもある訳ではなく、また、積立金の運用も必ずしも必要ではない。 では、何故いつまでもそのような巨額な積立金が維持され運用が続けられているかと言えば、その積立金がもたらす果実に官民の関係者が群がるからだと言える。 要するに、巨額な積立金の運用を行うためには、それなりの組織が必要となるが、それは天下り先確保にやっきとなる官側にとって好都合であるだけでなく、民間も積立金の運用ビジネスに伴って巨額の手数料を稼ぐことができるからである。 しかし、考えてみれば、公的年金を支給するために国が、一方でその財源の一部を負担しながら、他方で積立金を運用しているというのでは、国は借金をしながら、そのお金で国債や株式に投資しているのと等しいと考えられる。お金に余裕があって株式投資をするのであればまだ分かるが、借金をしてまで国が株式投資をする必要があるのだろうか? そうしたことから考えるならば、年金積立金を保有する余力があるならばその分国債の償還に充てればいいという議論も成り立つ。GPIFが株式投資を行うことに伴う弊害国(GPIF)が株式投資を行うことに伴う弊害 国が株式投資を行うのであれば、少しでも利益を多く出し、少しでも損失を抑えようとするのは理に適っている。 しかし、国と投資対象となる企業とは複雑な関係にあるものも多いのだ。例えば、国が民間銀行の株式を保有しようとした場合、国側が有する様々な情報が利用される恐れは絶対にないと言えるのか?  それに、投資対象の企業の経営が危うくなり株価が下がり始めると、いつも以上にそうした企業を支援するインセンティブが高くなってしまうであろうが、そうしたことは日本経済の健全な発展にとって望ましいことなのだろうか? 或いはまた、国が主要株主になることによって、天下りの受け入れが半ば当然になってしまう恐れもあろう。 それに、GPIFはクジラとも呼ばれるほどの大きな存在なので、市場における株価形成に思わぬ影響を与えることも懸念される。 そうしたこと以外に、そもそも役人に財テクをさせてお金儲けをさせることが適切なことなのかという疑問も生じる。損失が発生した場合の責任の取りようがないからである。GPIFの株式運用に伴う3つのリスクGPIFの株式運用に伴う3つのリスク(1) 株式運用比率の引き下げによる株価低下リスク 今のところ、安倍政権とその支持者たちは、野党がどのように批判しようともGPIFの株式運用比率を元の水準にまで下げることには同意しないであろうし、株価の動向に一喜一憂するよりも現在の株式運用比率を維持する方がマシであることは容易に想像される。 ただ、安倍政権がそのように強気の姿勢でいられるのは、今のところは株価下落に伴うGPIFの損失額がそれほど大きなものではなく、国民も過敏な反応は見せていないからなのだ。 しかし、これが仮に再び日経平均が1万円を切り、これまでに得た利益が全てふっとぶような事態になったらどうであろうか? そのようなことが起こった場合、政府は冷静な対応を取れるのであろうか? つまり、そのような非常事態に陥った場合でも、GPIFはそれまでどおり株式運用比率を高めたままでいられると言えるのか? しかし、政治家は本当に世論には弱いもの。 恐らく、政治家のなかから「何故そんなに株価が下がるなかでいつまでもGPIFが株式投資を続けるのか」というような批判が出るのは必至であろう。しかし、仮にそうしてGPIFが株式を売りに出せば、株価はさらに下がるという悪循環に陥ってしまうのである。(2) 年金積立金減少に伴う株価下落リスク 既に見たように、株式の運用比率を引き下げないとしても、積立金の総額が減少するならばGPIFの株式運用額は減少するので、それが株価を下落させる要因になり得る。 見方によってはとてつもない額とも言える140兆円ほどの年金積立金であっても、仮に毎年5兆円ほど取り崩していくと、あと30年間で使い果たしてしまう。 つまり、GPIFが株式運用比率を高めることよって株価上昇を狙ったとしても、その効果は長くは続かず、むしろ長期的にみれば下押し圧力をかけることになるのだ。(3) インフレが起きた場合の株式運用比率低下に伴うリスク GPIFが株式運用比率を高めたのは、金利が異常に低くなった状況下で運用益を少しでも確保したいという思いからであるが、仮に今後2%のインフレ目標が達成されるような状況になった場合、日銀は金融緩和策を転換することが余儀なくされるであろうが、そうなるとGPIFとしても今度は金利上昇を前提としてポートフォリオの構築を考え直さざるを得なくなる。つまり、再び国債での運用利率を高めると同時に株式運用比率を引き下げることとなろうが、インフレの発生が景気回復に伴うものであれば問題はないが、そうでなく景気が回復しないなかで単にインフレが発生した場合には、株価の上昇がないなかにおいて株式運用比率を引き下げることになり、そうなるとそれによって株価を下げてしまうことが懸念される。 最後に 要するに、GPIFが株式運用にシフトすればするほど、後々起きることが予想される株式運用の巻き戻しの影響が懸念されるのだ。株価が上昇する局面では、GPIFが株式運用の比率を高めることによってさらに株価を上昇させるので、好循環がスタートしたかに見えるものの、逆に何らかの理由によって株価が下落し続けるなかでGPIFが損失を回避するために株式を売却すれば、さらに株価を下落させる恐れがあり、だからといって株価の下落に対して手をこまねいていれば、みすみす損失を被ってしまう。 つまり、GPIFが今のように株式の運用比率を高めてしまったということは、将来起きると思われる問題がより深刻なものになることを意味しているのだが、その際、如何にして対応するか政府やGPIFにその心構えができているのだろうか? とてもそうとは思えない。 仮に将来、株価が急落した際、政治家が世論に押されてGPIFに株式の売却を迫るようなことになれば、まずい事態になってしまうことが容易に想像される。

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    「短期損失は大丈夫」なんてウソ! 公的年金が危うい本当の理由

    加谷珪一(経済評論家) 公的年金の運用実績が悪化している。株式投資は長期運用が原則なので、短期的な収益に一喜一憂すべきではないとの見方が一般的だが、年金運用という特殊性を考えると必ずしもそうとは言えない部分がある。公的年金は国民にとって最後の砦となる資産であり、その運用手法についてはもっとオープンな議論があってよいはずだ。 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は8月26日、2016年4~6月期の運用実績が5兆2342億円の赤字になったと発表した。この四半期で日経平均株価が約7.0%下落したことに加え、為替市場では10円ほど円高が進んだ。株式中心の運用に切り替えた現在のポートフォリオや基本的な運用方針を考えれば、今回の損失はほぼ想定の範囲内ということになるだろう。 GPIFは2015年度通期の運用実績についても公表しているが、こちらも5兆3098億円の赤字となった。この四半期と同様、通期の収益についても、日本株と米国株の動きがストレートに反映された結果といってよい。GPIFの高橋則広理事長は、今回の結果を受けて「長期的な観点から運用を行っており、短期的に市場価格が上下しても年金受給に支障を与えることはない」とのコメントを出している。株価が大幅に下落した米ニューヨーク証券取引所のトレーダー(ゲッティ=共同) 長期的な視点で評価すべきという話は間違いではないが、年金運用という特殊事情を考えた場合、短期で損失が出ても大丈夫とは一概に言い切れない面がある。なぜそうなるのかについては、GPIFが株式中心のリスク運用に転換した理由や、GPIFが運用を行う期間というものを考えれば、よりはっきりしてくるだろう。 日本の公的年金は赤字が続いており、現役世代から徴収する年金保険料では、受給者に支払う年金の6割しかカバーできていない。残りは税金よる補填やGPIFの運用益で埋め合わせているが、高齢化の進展で年金財政はさらに厳しくなると予想されている。毎年収益を上げなければ原資を捻出できない 社会保障費をこれ以上増やすことは困難であり、年金制度を維持するためには、給付額の削減は避けて通れない状況である。だが政治的に給付の大幅削減は決断しにくいのが現実であり、結果的にGPIFの運用収益を増やす以外に選択肢がなくなっている。債券での安全運用が基本だったGPIFのポートフォリオを、株式中心のリスク運用に切り替えた本当の理由はここにある。 そうなってくると、収益は長期的な視点で考えればよいというわけにはいかなくなる。年金財政の赤字は、毎年発生しているものであり、GPIFは毎年確実に収益を上げなければ、受給者に支払う原資を捻出できないからである。 先ほど説明したように、2015年度通期における運用実績は5兆3098億の赤字だったので、本来であれば受給者に支払うお金はないはずである。だが2015年度も2750億円がGPIFから年金特別会計に支払われ、受給者への支払いに消えた。もし株価の下落が何年も続く状況となった場合には、受給者への支払いをやめるか、積立金を取り崩してでも支払いを続けるのかの二者択一を迫られることになるだろう。 これに加えて、年金の運用期間についても考慮する必要がある。理論上、収益というものは運用する期間を特定しなければ数値を確定することはできない。つまり、いつからいつまでと時期を切らないと収益の計算はできないのである。 GPIFでは一連の損失について、2001年の市場運用開始以降、累積で45兆円の収益があるので問題はないとの見解を示している。だが2001年を基準とすることに明確が根拠があるわけではなく、収益の数字はどの時点を基準にするのかで大きく変わってくる。例えばGPIFは2014年10月にポートフォリオの見直しを行ったが、この時期を基準にすると、株式シフト後の累積収益は赤字となってしまう。つまり、たくさん儲けようと思って株式へのシフトを強化した途端、損を出してしまったという状況だ。 日本株はバブル崩壊以後、多少の上昇はあっても基本的に20年間株価が下がり続けてきた。将来にわたって株価が上がり続けるという保証はなく、どこかのタイミングで株価が長期の下落に転じる可能性はゼロではない。そこを基準にすれば、損失額は毎年、膨らむばかりとなってしまうだろう。リスクをとるなら国民的コンセンサスを わたしたちは、どうしても、今というタイミングを基準に物事を考えてしまう。しかし、公的年金というのは、将来生まれてくる国民も含めて、半永久的に運用を続けるものである。株価がピークの時に年金保険料の払い込み始める将来の国民のことも考えなければフェアな運用とはいえないだろう。現時点を基準に、長期で儲かっていればよいという話はあまり意味をなさないことがお分かりいただけるはずだ。日経平均株価を示すモニター=東京・東新橋 では、公的年金の運用における収益はどのように考えるのが適切なのだろうか。GPIFが、年金財政の赤字をカバーするため高いリスクを取って運用しているという現状や、年金は半永久的に運用する必要があるといった事情を総合的に考えると、やはり単年度の収益が重要ということになるだろう。 諸外国の公的年金は日本とは異なり、債券中心の安全運用を行っているところが多い(民間の年金には様々なパターンがある)。その理由は、債券であれば、金額は小さいながらも相場の上下に関係なく、毎年一定金額のインカムゲイン(利子収入など)を獲得できるからである。 マイナス金利が続く今の経済状態では、債券のみの運用では利益がでないことは明白である。筆者は、運用資金の一部を株式にシフトすることそのものについては否定しない。だが、公的年金としてどこまでリスクを取るべきなのかという点については国民的なコンセンサスが必要なはずであり、一連のポートフォリオの変更はやはり拙速だったと言わざるを得ない。 GPIFはすでに多くの企業で大株主となってしまっており、安易に株式を売ることはできない状態にある。現実的に、GPIFのポートフォリオを元に戻すことはかなり難しいだろう。どのようなポートフォリオが望ましいのか、株価の動向をにらみながら長期的に議論していくしか残された道はない。

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    上場企業の国営化が進む? GPIFが事実上の筆頭株主になった例も

    (THE PAGEより転載) 公的年金が積極的に株式投資を行った結果、多くの企業で政府が実質的な大株主になっています。政府が企業を所有するということになると、企業経営上、様々な問題を引き起こす可能性があります。公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は今年7月、2015年3月末時点において保有する全銘柄と株数を公表しました。これまでGPIFは株式投資の総額しか公開しておらず、どの企業の株をどれだけ買っているのかまでは分かりませんでした。しかし今回、株数まで公表したことで具体的な持ち株のシェアが明らかになったわけです。GPIFの看板 GPIFがもっとも多くの金額を投資していたのはトヨタ自動車でしたが、トヨタについては1億8200万株を取得していました。2015年3月末時点におけるトヨタの発行済株式数は約34億1800万株ですから、政府はGPIFを通じてトヨタの株を5.3%所有している計算になります。 当時のトヨタの筆頭株主は日本トラスティ・サービス信託銀行で、持ち株比率は10.28%、第2位はトヨタグループの豊田自動織機で持ち株比率は6.57%です。その次の株主は4.7%所有していますからGPIFは第3位となります。 ただし、筆頭の日本トラスティ・サービス信託銀行はGPIFの株式資産を管理している会社ですから、同社の持ち分10.28%にはGPIFの持ち分5.3%が含まれている可能性があります。したがって場合によってはGPIFが第2位の大株主となっているとも考えられるでしょう。  トヨタに次いで金額が大きかった三菱UFJフィナンシャル・グループは、持ち株比率が7.7%、3番目の三井住友フィナンシャルグループについては、7.8%所有しています。両社とも計算上はGPIFが筆頭株主となっている可能性が高いと思われます。 実際に政府が銀行の経営に介入するのかどうかは別にして、理屈の上ではメガバンクに対してかなりの影響力を保持していると考えてよいでしょう。GPIFはあらゆる銘柄にまんべんなく投資していますから、上場している大手企業の多くが、実質的に政府所有となっている状況です。 政府が企業の大株主になっていることについては、様々な面で弊害があります。理屈上は、政府は都合がいいように企業をコントロールできるということになってしまいます。 一方、政府が一切経営に口を挟まない場合、企業の経営者は逆にやりたい放題ができてしまいます。会社の経営を監視する役割を持つ大株主が経営に対して注文を付けないことが分かっているからです。監視の目がなくなった経営者が放漫経営に走ったり、私的な利益を追求してしまう可能性は否定できません。 しかしながら、日本は公的年金が積極的に株式を購入する方針に転換しており、すでにGPIFはここまでの大株主になっています。今さらこの状態を解消することは困難でしょう。GPIFが持っている株を大量に売れば、それこそ日本の株式市場は大崩壊してしまいます。投資家としては、政府が株式を保有しているというリスクを常に考えながら投資をしていくよりほかなさそうです。(The Capital Tribune Japan)

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    ポートフォリオ・リバランスの意味

    久保田博幸(金融アナリスト) 日銀による大胆な金融緩和の波及経路のひとつにポートフォリオ・リバランスというものがある。日銀が安全資産とされる国債を大量に買い占め、国債の利回りを徹底的に引き下げることにより、資金運用を行っている投資家に対し、貸し出しや国債以外の金融資産に資金を振り向けさせようとするものである。 20日の日経新聞の記事によると、ゆうちょ銀行が今後5年程度で国内外の不動産や未公開企業などの代替投資、いわゆるオルタナティブ投資に最大6兆円振り向けるそうである。東京・霞が関の日本郵政本社 アベノミクスには日銀の異次元緩和だけでなく、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の資産構成の見直しなども加わっていた。安全資産としての国債運用主体とするのではなく、国債よりも安全性は低いものの収益性は高いとされる資産、たとえば株式や外債などに資金を振り向けさせようとしたものである。株価対策の一環でもあったようである。 日銀はマイナス金利政策にまで追い込まれたことで、国債の利回りはすでに残存15年あたりまでもがマイナスとなってしまっている。これでは年金運用もゆうちょの運用も国債ではできない状態にある。結果とすればGPIFの動きは先を読んでいたとの見方もできるかもしれないが、リスクを大きく抱えたことに変わりはない。アベノミクスと騒ぎ立てられ、GPIFの資産構成の見直も影響し、円安・株高が進んでいた際にはリスクよりもリターンが意識されよう。しかし、それが逆回転となるとリスクが顕在化する。 年金などの運用はある程度の損失は覚悟の上で、資産を大きく増やすことが本来の目的ではないはずである。少なくとも元金は維持させることは大きな前提条件となるのではなかろうか。 資産の運用先を分散させればリスクも分散させられるというのも一概には言えない。現実的には資産の配分方法によってはリスクを高めるようなことにもなりかねない。金融商品も多種多様となってはいるが、巨額の資金を運用するとなればやはりマーケットは限られることも確かである。 オルタナティブ投資を含めて運用の多様化については、ある程度の必要性は認めるものの、年金にしろゆうちょ銀行にしろ、ヘッジファンドなどの運用とはまったく異なるものであろう。たとえばヘッジファンドへの投資資金については大きな儲けを期待する反面、元本が半分以下となっても文句は言えない。それに資金を投ずる者はその運用リスクを当然理解して資金を出していると思われるためである。 ところが年金にしろ、郵便貯金にしろ資金を払い込んだ人たちには、大きなリスクを負っての運用は本来望んではいないはずである。少なくとも元金が目減りするようなことは考えてはいないのではなかろうか。だからこそ、これまでは年金もゆうちょ銀行も国債を主体とした運用をしてきた。現在の国債利回りでは運用できないということも確かではあるが、だからといって資金の出し手に、どの程度までリスクを享受できるのかといったことは問われていないのではなかろうか。 金融リテラシーの向上が図られていない以上、年金などの資金の出し手である国民にこのようなことを説明し理解してもらうことは難しいとの理由もあるかもしれない。金融リテラシーとはそもそも何であるのか。私が金融リテラシーをどの程度理解しているのかはわからない。しかし、長いこと金融市場の世界で生きてきて経験だけは積んでいる。そこで一定額の収益を継続してあげることの難しさはしみじみと感じている。資産の運用は機械的にできるものではなく、本来はかなり職人芸に近いものである。金融の世界でも腕の良い職人は確かに存在する。しかし、それがほんの一握りでしかないことも知っている。 安全資産の国債利回りがこのような状況になっているのは、資金の行き先が封じられてしまっているためともいえる。安定した資産運用のためには、日銀の意地元緩和はそろそろ終了してもらい、国債利回りを正常な水準に戻した上で、多少なりのリスク資産への投資も考慮すべきなのではないかと思う。(2016年06月21日 久保田博幸「牛さん熊さんブログ」より転載)

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    掛け金引き上げの公的年金 現実は金融的に実質破たん

     近藤駿介(評論家、コラムニスト) 「公的年金の積立金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が1日発表した2015年10~12月期の運用成績は、4兆7302億円の黒字だった。期間収益率は3.56%で15年7~9月期(マイナス5.59%)から改善。国内外の株式相場が反発したことが寄与し、2四半期ぶりにプラスとなった」(2日付日本経済新聞 「公的年金 運用益4.7兆円」) GPIFが運用する公的年金の2015年10~12月期の運用状況が明らかになった。2015年7~9月期に7.9兆円の損失を出したが、10~12月期にその約6割を取り戻した格好。しかし、喜んでばかりはいられない。2016年初からの世界的株価の下落傾向を受け、「現時点で運用収益がマイナス基調」(1日付日経電子版)となっているからだ。 実際に、発表された2015年末時点での運用資産額(139兆8249億円)を基に、ポートフォリオが維持されている等の仮定をおいて試算すると、2016年2月末時点での運用資産額は131.5兆円前後と、2015年末から約8.3兆円減少している可能性が高い。 運用収益が約7.9兆円の赤字だった2015年7~9月期の運用資産額の減少幅は約6兆円であった。このことと比較しても、年明け以降約8.3兆円運用資産額が減っているとしたら、赤字は2015年7~9月期の7.9兆円を遥かに上回る規模になる可能性が高い。 また、2015年3月末時点の運用資産額は約137.5兆円であるから、2015年度を通しても運用資産は6兆円程減少していると推察される。さらに、2015年6月末の141.1兆円と比較すると10兆円少なく、2014年9月末の130.9兆円とほぼ同規模まで資産が減って来ているということである。 こうした公的年金の運用状況は大いに問題ではあるが、その問題は赤字だ、黒字だという運用状況だけではない。「GPIFの三石博之審議役は1日の記者会見で『短期で見れば収益のブレは大きくなるが、年金財政上、必要な額を下回るリスクは小さい』と強調した」(同日本経済新聞) GPIFは公的年金の運用状況について「年金財政上、必要な額を下回るリスクは小さい」としている。そして同じような認識は安倍総理も国会答弁で示している。一般的に、確定給付型企業年金などは5年ごとの財政検証によって、将来年金受給者に支払う必要のある金額を推計し、実際に持っている年金資産が十分かどうかの判定を行っている。実質的には破綻企業の延命策と同じ そして保有する年金資産が将来の給付額に対して不足する場合は、年金債務として会計上処理して行くことになる。多くの大企業はこうした年金債務に伴う会計的負担に耐えられずに確定給付型年金から確定拠出型など、企業の負担が少ない年金制度に移行して来ている。 ところが、公的年金の運用に関して「年金財政上、必要な額」は示されていない。おそらくそれは、公的年金は、現役世代からの保険料収入がそのまま年金給付に回るという「賦課方式」を採用しているために、将来の負債は存在しないという考え方に基づいたものである。 つまり、「年金財政上、必要な額」というのが不明であるが故に、今回発表された139兆8249億円という金額が、将来の年金給付に必要な額と比較して十分なものであるのかチェックしようがないという状況になっている。 もし、将来年金給付に必要な金額が600兆円とか700兆円だとしたら、140兆円弱という運用資産額では心もとないことは論を俟たない。当然、「4兆7302億円の黒字」など焼け石に水であるし、仮に運用資産額を8.4兆円減らしていたとしたら大問題ということになる。 年明け以降金融市場が不安定な展開を見せたことで、国会でも何回かGPIFの資産運用問題が取り上げられている。しかし、将来年金給付に必要な金額が明らかにされていないなかでは、「赤字だ、黒字だ」といいあっても意味がないし、現在の基本ポートフォリオの是非を論じることも出来ない。言い換えれば、将来年金給付に必要な金額がない中で作られた基本ポートフォリオは、何の意味もないものだともいえる。東京外国為替市場では円が上昇し、一時1ドル=103円台となった=6月16日 総理もGPIFも「年金財政上、必要な額を下回るリスクは小さい」としているが、実際に公的年金に関しては、「掛け金引上げ」「給付額減額」「給付年齢引上げ」という措置がとられている。こうした措置は、金融的に言えば、実質破綻企業の延命策である「資金の早期回収」「支払額の減額」「支払期限の先延ばし」と同じである。 このように考えると、「公的年金は金融的には実質的に破綻している」可能性が高いといえる。もし、総理やGPIFのいう通り「年金財政上、必要な額を下回るリスクは小さい」のであれば、「掛け金引き上げ」「給付額減額」」「給付年齢引上げ」というような措置をとる必要はないはずである。 換言すれば、こうした措置をとっているということは、総理やGPIFのいうことが正しくはないことの証明でもある。円安・株高の流れが止まり、金融市場が不安定になって来たことで、GPIFの運用に対する注目も高まって来ている。しかし、GPIFが抱える問題は、「黒字だ」「赤字だ」というものだけではなく、もっと本質的なところになる。株価や為替の動きに一喜一憂するのではなく、これを契機にGPIFが抱える本質的な問題に焦点があてられていくことを期待して止まない。(「近藤駿介 In My Opinion」より 2016年3月2日分を転載)

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    年金運用の巨額損失 バクチ的投資を進める安倍自民の責任

     猪野亨(弁護士)  年金積立基金の2016年4~6月期の運用実績が5兆2342億円の赤字だそうです。とてもひどい数字です。リスクの高い投資先の割合を増やした結果がこれです。2015年度(2015年4月~2016年3月)は5兆3098億円の赤字でした。合計すると、何と10兆5434億円です。 英国のEU離脱という国民投票の結果が影響を与えたとかいう分析など全く意味がありません。年金基金の運用ですから、結果だけが求められます。ハイリスクなものに投資する以上、結果が出て当然であって、失敗したらその損失を補填する責任があるというべきものです。自分のカネではなく国民共有の資産ですから、どのような事情があろうとも責任は免れないのです。「年金基金の投資・運用は年金を破綻させるだけ」 さて、安倍氏らは、この赤字をどうやって埋めるのですか。2016年年度の6月までの運用実績については、自民党政府は、参議院選挙の7月10日前には発表せず、姑息な選挙対策をしていました。累積10兆円もの赤字を出していたと知れたら、それこそ選挙結果がどうなっていたのかということです。年金のようなものは、本来は、現役世代が高齢世代を支えるものであって、その支える水準はどう考えても現役世代の生産力に規定されます。 その生産力も子どもであったり、障がい者であったりと生産労働に従事しない層のためにも振り向けなければなりませんから、高齢者だけを優遇というわけにもいかないことは当然のことです。「高齢者に対する3万円のバラ巻き補正予算が成立 若者は選挙に行かないし、と馬鹿にされたままでいいのか」 いくら財源が足りないからといって株式投資のようなハイリスクの運用が許されるはずもなく、安倍自民党のやったことは、犯罪的です。10兆円の穴埋めをしようとすれば、これまで以上に株式投資やらさらにハイリスクの投資ということにならざるを得ません。ギャンブル依存症の最悪の例が安倍自民党政権ということになります。どうりで安倍政権がカジノ構想に前のめりになるわけです。10兆円の穴埋めは安倍政権が責任負うべき しかし、本来は個々の国民の生活の基盤を守るのが国家の役割です。本来、生産力自体は、IT化や科学技術の進展によって格段に上がっていますので、現代社会において、いかに少子化が進もうと高齢者、子どもたち、障がい者などを支えられないはずがありません。財源が足りないというのは、余計なところに予算を使っているか、国民自体の生産力が劣化してきたのかということになります。衆院予算委員会で答弁する安倍晋三首相 そのどちらも原因なのでしょう。未だに防衛予算だけでは聖域どころか増額となっています。リニア建設や北海道新幹線建設などで莫大な公共事業費を計上しています。リニア建設などJR東海が自前で行われるはずだったものが多額の予算の計上です。しかもその動機がアベノミクスの破綻を隠すために、さらに公共事業にじゃぶじゃぶと税金を垂れ流すことにあるのですから、その動機においても許しがたいものがあります。 国民自体の生産力も、引き籠もり、スマホ中毒と生産力の低下を象徴するような事象が表れています。大学全入時代という言葉に象徴されるように基礎学力の低下も著しく、あまり良い方向ではありません。自民党の教育行政の完全な失敗です。義務教育のためにはお金を使わないのですから。「飲酒、携帯しながらの運転が危険運転ではない? スマホ中毒を社会問題として考えよう」「自民党が35人学級実現を拒否 カネはやっぱり公共事業へ」 自民党安倍政権のままでは、さらに損失を取り戻すためにバクチ的な投資に走ることは間違いなしです。これ以上のバクチをさせてはいけません。 そして、10兆円の穴埋めは安倍自民党が責任を負うべきです。(猪野亨公式ブログ 2016年8月28日分を転載)

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    チラつく利権 GPIFは「廃止」が正解だ!

    高橋洋一(嘉悦大学教授) 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の2015年度の運用で5兆円超の損失が生じたと報じられ、参院選でも野党が追及している。ただ、その内容は、昨年度損失が出たという点だけしか指摘できておらず、骨太のロジックがないため、まったく迫力不足だ。 5兆円の損失が出たと政権を批判しても、「これまでの累積利益が40兆円以上ある」と一蹴される。返す刀で「民主党政権時代はどうだったのか、ほとんど稼いでいないではないか」と逆襲されてしまう。 そして運用成績の公表を参院選後にずらしたというのも、過去の公表日にはばらつきがあるので、決定的とはいえない。結局のところ、公的年金の運用対象として株が必要かという本質論について検討しなければ、GPIFへのまともな批判はできない。 公的年金の運用について、海外の事例から考えてみよう。そもそも一般国民に対する公的年金を運用している国はあまり多くない。年金積立金が多い国の中で、カナダ、スウェーデンが株式投資比率の高い国、日本、米国はそうでない国とされる。英国、フランス、ドイツはそもそも積立金がほぼないとされている。 GPIFを擁護する人は、前述した国のほか、市場運用を行っている国として、ノルウェー政府年金基金、オランダ公務員総合年金基金、アイルランド国民年金積立基金があるとしている。 アイルランド国民年金積立基金はあまり規模が大きくないが、ノルウェー政府年金基金とオランダ公務員総合年金基金はそれぞれ30数兆円とそれなりの規模だ。もっとも、ノルウェーは石油収入があり、そのために市場運用しているし、オランダは公務員の年金であり、一般国民の年金ではない。 GPIFを擁護する民間金融機関からは、カリフォルニア州職員退職年金基金(カルパース)等の例が出されるが、それらは、国ではなく州であり、しかも州民ではなく、州公務員の年金だ。 結論をいえば、市場運用ほど国が行う事業として不適切なものはない。サラリーマンの公的年金を運用するGPIFは、この常識に反している。 年金のバランスシート(貸借対照表)をみると、厚生年金の資産は負債の1割程度にすぎず、ほぼ賦課方式だ。なぜ100兆円以上の積立金を持つのか、先進国での年金財政運営(年金数理の観点)からは説明できない。積立金を持ち、不必要な運用リスクを抱えても、給付額に大差ないからだ。そもそも運用は年金財政に必要ない。 その観点からみると、積立金は年金運営の流動性を確保するために10兆円程度あれば十分だ。GPIFにこだわるのは、金融機関を含めて、年金資産の運用に関わる利権と考えざるをえない。 もし積立金を持つとしても、全額非市場性国債の物価連動債で運用すれば、年金数理上は十分だ。この程度の話なら、担当者1人でできるので、GPIFは廃止するのが正しい。

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    安倍政権の年金運用は「中長期で見ても大失敗中」である

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)馬鹿丸出しの国会議員の質問と安倍首相の「ゴマカシ答弁」、年金破綻へまっしぐら まずは、下記の山井和則・民主党議員と安倍首相の答弁について読んでみてほしいと思います。 これは簡単に言うと、年金運用基金について、山井氏は「最近4日間で株が下がった分どうしてくれるのか?」と聞いたことに対して、安倍首相は「短期ではなく長期で考えることが大事であり、中長期では利益が出ている」と答弁しているわけです。まずは発言の引用を掲載して、その後二人の発言がどれだけ的外れなものかを解説していきます。 〇山井和則氏 「ペラペラペラペラと聞いていないことを話し続けて、同じ話を何回もして、時間稼ぎをして、総理大臣としてもうちょっと落ち着いてください。」  「7月から9月のときに14パーセント下がって、約8兆円年金の運用損が出ております。その約半分がこの4日間で下がったわけですから。これ、質問通告もしておりますが、ということは約4兆円くらいの年金がこの4日間で運用損になっているという可能性があるということですか。」衆議院本会議 〇安倍晋三氏 「短期的な結果でありまして、株式市場はその国の経済の実態を表している場合もありますし、ただいまの下落については中国市場の先行き、あるいは中東の状況、サウジとイランの状況等もあります。」 「しかしながらですね、こういうことを申し上げたくはないんですが、民主党政権下であった平成21年9月ですね。」 「平成21年9月までの累積収益額は、事実だから申し上げておきたいと思います。累積収益額は4.1兆円だったはずでありますが、それ以降の累積収益は、今回のマイナスを含めても33兆円プラスになっているということであります。」 「ここを押さえておくことが大切であろうと、こう思います。また、自主運用開始以降の平成13年度から平成27年度、2.4四半期までの収益額の累積は約45.5兆円となっているわけであります。」運用方針変更後の成果で判断すべき 「お尋ねの2015年の2.4四半期の収益額は過去のいずれの収益額の中でもマイナスが大きいことは事実ではありますが、年金積立金の運用は、長期的な観点から、安定、安全かつ効率的な運用を行っていくことが、重要だと考えているわけであります。」 「短期的なことについて、いちいちこういう話をしても、これは意味のないことでありますから。正確に、年金というものはどのように運用していくかということについて、ご説明させていただいたところでございます。」安倍政権の年金運用方法は「安倍政権での運用方針変更後の成果」で判断すべき まず、山井氏の4日間で運用益を判断するという発想は完全におかしな発想であり、資産運用は中長期的なパフォーマンスで考えることが妥当です。したがって、この点については安倍首相の方針は正しいということになります。  しかし、真の問題は安倍首相の株式の運用方針は「中長期的に見て間違っている」ということです。 安倍政権は2014年10月に国内外の株式運用割合を50%まで増やすことを明言し、GPIFは2014年12月に年金運用基金の運用方針を見直して、それまでの債券中心の運用から株式での運用へ割合を大きくシフトさせています。 安倍政権による運用方針を問題にする場合、この株式割合を高めた方針の評価を問うということが問題になるわけです。 山井議員は「そもそも自分が何を質問しているかを理解していない」というトンデモない人物であり、なおかつ「安倍首相は滅茶苦茶な質問に対して適当に回答した」ということになります。安倍政権の年金運用基金の方針変更後1年間のパフォーマンスはマイナスである 2009年での運用利益、は33兆円として安倍首相は誇っていますが、その大半は上記の方針変更が行われる前の債券中心の運用がなされていた時代に生み出されたものです。 平成13年からの累積収益額は、平成21年度11兆6893億円、平成26年度第3四半期までで47兆9093億円ということになります。2009年度から2014年12月までの主に債券を中心に運用した利益であり、その総額が約36兆2000億円となっています。能力ある国会議員が必要 前述の安倍政権方針変更後の累積利益額は平成26年度累積額50兆7338億円、平成27年度第1四半期53兆3826億円となり、ここまでは株式運用益が出ていたことになります。 しかし、平成27年度第2四半期で45兆4927億円にまで減少したことで、安倍政権による運用方針切り替え後に2015年1月~9月まで約2兆4000億円の損害を出していることになります。年金運用基金の運用状況(平成27年第2四半期まで) そして、現在の急激な株価下落の状況に鑑み、第3四半期・第4四半期を含めたパフォーマンスはより下がることが考えられます。つまり、平成20年度以来のマイナス運用の年度ということになるはずです。安倍首相に真剣な答弁を引き出す「能力がある」国会議員が必要 以上のように、安倍政権の年金運用のパフォーマンスは、直近1年間のパフォーマンスで判断することが適切であり、国会議員は2009年からの運用利益の累積利益額でごまかされてしまうようでは困ります。まして、最近4日間の話しかできないということではお話になりません。 上記に書いた程度の情報は、全てGPIFのHP上に記載されているため、民主党は安倍政権に対してしっかりとした質問ができる質問者を予算委員会の質問者として立てるべきです。野党4党の党首会談に臨む民進党の岡田代表ら また、質問に先立って、過去の運用基準で運用した場合とのパフォーマンスの比較などのデータを揃えておくべきでしょう。国民が何のために政党助成金や立法事務費を支払っているのか猛省を促したいと思います。 野党の支持率が低い理由は、国会議員の質が低下したことで、安倍政権が回答に詰まるような鋭い質問ができる国会議員がいなくなり、国会で政治的な争点を創り出すことが出来ていないからです。 本件は国会議員の資質が向上することで、日本国民の資産が適切に運用されるようになる、最も端的な事例として反面教師としての適切な事例としての質問及び答弁の教科書のような事例となりました。(2016年01月13日 ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より転載)

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    貯金がすべて「紙クズ」になる日に備えるには?

    藤巻健史(経済アナリスト/参院議員)(THE21より2016年8月6日分を転載) 「自分の資産を日本円だけで持っている人は、近い将来、大損するどころか、日々の生活すらままならなくなる」――そんなショッキングな指摘をするのは、参議院議員であり、経済評論家の藤巻健史氏だ。一体どういうことなのか。また、私たちはそのようなリスクにどう備えておけば良いのだろうか。発言の真意と、生活苦に陥らないための対処策をうかがった。今後10年の間に日銀が倒産する!? 今後10年、世界経済や日本経済に誰も予想していなかったことが起きる可能性は非常に高いと、藤巻氏は予言する。 「過去10年間は、世界経済や日本経済に誰も想像していなかったことが起こり続けた10年間でした。ギリシャ危機や英国のEU離脱で、EUやユーロが崩壊する兆しが見えたのは、その代表的な例。日本が史上初のマイナス金利政策を取ったことも、10年前は誰も予想していなかったでしょう。私はEUが誕生したときから『いつかEUやユーロは崩壊する』と言い続けてきたし、日本の財政を立て直すためには『一刻も早くマイナス金利政策をすべきだ』と言い続けてきましたが、変人扱いされていましたからね(笑)。しかし、変人扱いされた私が予測したことが現実になり続けている。今後も、常識では考えられないようなことが、いくつも起きるでしょう」 この先10年間で、具体的に何が起こるのか。藤巻氏はズバリ「日本銀行の倒産」を予言する。「『日銀は民間の銀行ではない。倒産するはずがないじゃないか』と普通の人は思うでしょうが、私は本気でそう思っています。なぜなら、日銀は引いてはいけない引き金を引いてしまったからです」。その引き金とは、アベノミクスで実施された「異次元の量的緩和」だ。「国が発行する国債を日銀が買い取ることで、市中のお金をジャブジャブと増やす……。この政策によって、株価は上がり、景気は上向いたように見えますが、それはあくまで短期的な視点で見た話に過ぎません。長期的に考えれば、異次元の量的緩和は、三途の川を渡るような行為です」 ハイパーインフレはすぐそこに来ている なぜ藤巻氏は、異次元の量的緩和をそれほどまでに危険だと考えるのか。それは、量的緩和政策には「出口がない」からだ。 「日銀の黒田総裁は、消費者物価指数が2%になったら量的緩和をやめると言っていますが、実際には2%になってもやめられないでしょう。量的緩和をやめる、つまり日銀が国債を買い上げるのをやめたら、国債は大暴落するからです。昨年度、日本国債は約152兆円が発行されましたが、そのうちの約110兆円は日銀が買い上げています。これだけの買い手がいなくなると、代わりの買い手などいませんから、国債は暴落を免れません。すると、国はそんな高い金利では入札できないのでお金が足りなくなり、財政は破綻してしまいます」日本円の一部をドルに替え、お金を逃がしておけ! 財政破綻を防ぐには、消費者物価指数が2%になろうが、10%になろうが、量的緩和政策を続けるしかないという。 「しかし、お金を秩序なく刷りまくっていたら、円の価値が下がり、インフレが止まらなくなります。そして円に対する信用は失われ、さらに円の信用が失われるような事件が起きれば、年率数万%も物価が上がるハイパーインフレへと転落していってしまうでしょう。すると、事態を収拾するために『第二日銀』が誕生し、新しい第二日銀券を発行して、紙くずと化した従来の日銀券と交換することが始まります。元の日銀は実質的に倒産に追い込まれるわけです」 にわかに信じがたい話だが、このような事態は実際にドイツで起きたことがあるそうだ。 「中央銀行であるドイツ帝国銀行が、第二次大戦前に、ヒトラーに指示されて、異次元の量的緩和をしたことがあります。その時、むちゃくちゃにお金をばらまいた末、倒産してしまったのです。日本だって、起こらない保証はありません」。以上の話は、決して遠い将来の話ではないと藤巻氏。「下手すれば、2020年の東京五輪前に量的緩和政策が崩壊し、ハイパーインフレに突入する可能性もあります。もはや待ったなしの状況なのです」日本円の一部をドルに替え、お金を逃がしておけ! ハイパーインフレが起きれば、日本円は紙くずと化す。「英国のEU離脱後、円高ドル安に動いたことから、『日本円は避難通貨』などと言われていますが、冗談じゃありません。ハイパーインフレのリスクがある『危険通貨』と言うほうが正しいでしょう。Xデーが来たとき、日本円しか持っていなければ、パン一つすら買えなくなります」 そんな状態から身を守るためには、今のうちに、資産の一部を外貨に替えておいたほうがいい、と藤巻氏は勧める。「ハイパーインフレのときに外貨があれば、それを換金して暮らしていけます。超円安になれば、輸出産業が復活しますから、それまでの数年間をしのげれば心配ありません」外貨の中でも、最もお勧めできるのは、米ドルだ。「ポンドもいずれ上がるでしょうから悪くはありませんが、なんだかんだいっても、最も経済が強い国はアメリカです。外貨に替えるのはあくまで保険のためですから、強い国の通貨を選ぶに越したことはありません」ドルを買う手段はいろいろあるが、藤巻氏は、単純なドル預金か、ドル建てMMFが無難だと話す。 「ドル建てMMFのメリットは、短期の米国債などの公社債や格付けの高い社債で運用されているので、とにかく安全性が高いこと。1年未満の短期債券で運用されているので、金利が上がったとしても、値動きに影響がありません。大して増えませんが、手数料が安く、貯金代わりに持っておくと良いでしょう」どんな時代になっても負けない自分をつくれ! 一方、株で儲けを狙うのはやめたほうがいいという。「ダウ平均は史上最高値を更新し続けているので、気になるとは思いますが、その勢いがいつ止まるかわかりません。FRBが利上げを凍結しているのを見ても、今が株価のピークである可能性は十分にあり得ます。日本の財政が破綻すれば、アメリカ株にも少なからず影響が出ますからね。また、長期国債も、金利が上がれば、ドルベースでは損をします。今は守りの時期。下手に攻めると、やけどしますよ」どんな時代になっても負けない自分を作れ! ハイパーインフレが起きれば、日本国内でお金を稼げなくなる。その時に備えて、海外で稼げるよう、自分に投資をすることも重要だ。 「円ではなく、ドルを稼げるようになれば、円安になるほど、非常に得をする。1ドル=100円のときに年間4万ドルを稼いでも年収400万円ですが、インフレで1ドル=1,000円になったら、給料据え置きでも、年収4,000万円になります。インフレが起きれば、2年働くだけで、日本で家が買えますよ(笑)。そのためには、英語ができない人は、英語を勉強すること。状況が許すなら、海外のビジネススクールに留学するのも良いでしょう。私の経験上、授業内容はそこまで得るものはありませんが、外国人コンプレックスが払拭できます。お子さんがいる方は、海外で学ばせることを検討しても良いと思います」 また、経済情勢の変化を読むために、経済や財政の勉強をしておくことも大切だという。 「重要なのは、日経平均株価の1日の値動きのような短期的なことに目を向けるのではなく、長期的に物事を見ることです。すると、マスコミなどのミスリードに惑わされることなく、本当の状況を見極められるようになります」 たとえば、世界各国の名目GDP(国内総生産)の伸びを20年前と現在で比較すると、アメリカが2.3倍、イギリスが2.4倍、中国が11.1倍になっているのに対し、日本はほとんど横ばいで、前年比マイナスの年も。さらに、過去30年間で比較すると、アメリカ、イギリスが4倍以上、中国に至っては75倍にも伸びているが、日本は1.5倍しか伸びていない。 「このデータだけでも、ここ30年間の日本の国力低下がいかに深刻かがわかるでしょう。経済や社会の動きを読み取るには、まず、日本の財政がどれだけ危険かを学ぶことをお勧めします。そうすれば、楽観論など持てなくなり、ますます勉強に身が入るはずです。《取材・構成:杉山直隆》関連記事■ 藤巻健史 私が「今はドルを買え」という理由<新刊発刊記念>■ デフレ時代のマインドのままではお金を増やすことはできない■ 好景気の今こそ、「自分のお金と生活」を守る対策を!

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    「老後破産」にならない最強のマネー術

    最近、「老後破産」という言葉をよく耳にする。ある調査によると、年金生活をする高齢世帯の7割がそのリスクに晒されているという。超高齢化が進む日本にあって、公的年金だけで生活することに多くの人が不安を抱いているに違いない。いかに老後破産を回避するか。「最強のマネー術」から学んでみよう。

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    住宅ローン金利が当面上がらない理由

     [マイナス金利時代を生き抜く処方箋]塩澤 崇 住宅ローン債務者は全国で1200万人いますが、マイナス金利の影響で約半数の600万人が借り換えで100万円以上お得になると言われています。住宅ローン債務者は一度見直しをされてみてはいいのかも知れません。 でも、借り換えるのであればどの金利がいいのでしょう?ネットで見かける情報は「固定金利が下がっているので、金利上昇リスクがない固定金利がお得」というものです。でも、それって本当なのでしょうか?そもそも、金利は今後上がるのでしょうか?iStock「金利上昇=即、住宅ローンの金利上昇」のウソ 銀行は住宅ローンを貸し出す際、ユーザーに貸し出す金利(適用金利)を下記の計算ではじき出します。 適用金利=基準金利-引き下げ幅 基準金利はここ20年ほど多くの銀行が2.475%を維持しています。でも、住宅ローンの適用金利が下がっているのは……そう、引き下げ幅を拡大しているからです。引き下げ幅はディスカウントだと思ってください。この引き下げ幅は融資時に確定し、完済まで維持されます。 通常の感覚であれば、基準金利を引き下げて対応するように思えますが、なぜ銀行はそうしないのでしょうか? 基準金利の変更は銀行全体の収益に大きな影響を与えるからです。基準金利を下げると過去に借りた人の適用金利も下がりますし、基準金利を使用する法人向け融資も適用金利が下がります。そうならないように引き下げ幅をちょこちょこいじって、この20年間、金利低下局面に銀行は対応してきたのです。 じゃぁ、金利上昇時はどうなるかって? まさにこの逆が起こります。引き下げ幅を徐々に縮小し、ゼロになるタイミングで基準金利が上がり始めます。変動金利を借りている人の月返済額が上がり始めるのは、実はそうなってからなのです。金利上昇するとすぐに返済額が上がるというイメージが強いですが、必ずしもそうではないということをご認識下さい。量的緩和の幕引きにはまだまだ時間がかかる量的緩和の幕引きにはまだまだ時間がかかる 金融市場で金利上昇し始めたとしても、住宅ローンの適用金利引き上げまでに相応のタイムラグがあるということがわかりましたが、最初の引き金となる金融市場での金利上昇はいつ頃なのでしょうか? まず、参考となるのが米国の事例です。米国では2008年から400兆円規模の量的緩和を実施し、緩和縮小の2年後に利上げを実施しました。一方、日本も400兆円規模で量的緩和を実施しています。もし仮に明日から緩和を縮小して利上げに向かうとしても、アメリカの事例から類推すれば利上げまで2年はかかるはず。 なお、執筆の現時点では量的緩和は続行とのことですので、止めるどころかまだまだ緩和し続けるスタンスです。また、自民党の安倍総裁・日銀の黒田総裁の任期はあと2年ほどあります。次の政権下で緩和を止めて利上げに向かうストーリーを想定すれば、利上げまで最短でも5年程度かかる可能性があると言えます。リスクヘッジばかりに囚われていると無駄なコストを払い続ける羽目に 適用金利上昇までタイムラグがあること、量的緩和の幕引きに時間がかかること、これらを踏まえると相当な期間、低金利が維持されると想定されます。だとしたら、変動金利よりも高い金利を払わされる固定金利を選ぶ意味合いは正直無くなってしまいます。 金利上昇リスクを回避することは非常に重要です。私自身もこれを全否定するつもりはありません。ただ一方で、そのリスクヘッジには必ずコストが発生します。コストを払ってでもヘッジすべきリスクが本当にあるのか、その点をよくよく考えて頂いた上で最適な金利タイプを選んで頂きたいと思います。しおざわ・たかし 株式会社MFS 取締役COO。東京大学大学院情報理工学系研究科修了後、2006年にモルガン・スタンレー証券株式会社にて住宅ローン証券化ビジネスに参画。2009年にはボストン・コンサルティング・グループにて国内外の金融機関に対する戦略コンサルティングに従事。2015年よりMFS取締役COOに就任。住宅ローンとウィンドサーフィンをこよなく愛する男。

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    国も企業も個人も今はドルを買え!

    藤巻健史(経済アナリスト/参議院議員)(THE21より2015年10月18日分を転載) 景気回復は「当たり前」。問題はその後だ。「アベノミクスで、再び景気が上向きつつある」。今年に入り、そんな声が周囲から聞かれるようになった。「異次元」と称された大胆な量的緩和が行なわれ、輸出産業をはじめとした一部の大企業の収益は大幅に回復し、一時は8000円台まで下落した株価は1万9000円を突破した(2015年5月当時)。「この調子でいけば、本当に日本経済は復活するのではないか」という期待を寄せる人も少なくないだろう。 しかし、その期待をそぐようで申し訳ないが、私は、今の日本経済に対して、いっさい、楽観的な見通しを持つことができない。量的緩和をすれば、一時的に株価が上昇したり、円安で輸出産業の売上げが伸びたりするのは当たり前の話だからだ。政策の良し悪しは短期的には判断できない。出口、つまり量的緩和を終えた時点で、初めてトータルに評価することができる。 そして、そのような視点から考えたとき、アベノミクスの量的緩和は、後々、間違いだったと断罪される可能性が極めて高い。このままいけば、ハイパーインフレが起きて、円が大暴落する──。私は、いまだかつてないほどの危機感を覚えている。年収500万円の世帯が年400万円の借金を!? なぜ私はそれほどまでに危惧しているのか。順を追って説明していこう。まず、現在の日本経済の状況だが、国の実力ともいうべき名目GDP(国内総生産)は、2014年度は、ピーク時の1997年と比べるとマイナス7%(自国通貨ベース)。それほど落ちていないと思うかもしれないが、その間、多くの国々のGDPは数倍になっている。中国やインド、アメリカはもちろんのこと、イギリスも20年間で2・4倍に伸びている。先進国では、日本だけが世界から取り残されている状況だ。 安倍首相は、株価が一時の低迷期から50%上がったことを自慢気に話しているが、これは息子の小学校のテストが8点から12点になって「50%も上がった!」と自慢しているようなものだ。平均点が80点の中、12点で喜んでいたら世話がない。GDPの伸び悩みもさることながら、それに輪をかけて危機的状況にあるのが、日本の財政状況だ。2013年度の日本の公的債務残高は、1030兆円。金額で見ても、GDP比で見ても、世界最悪の状態だ。インフレが起これば確かに借金は目減りするが ここまで借金を積み上げた理由は、財政赤字が20年以上も続いているからだ。2014年度の当初予算を見ても、税収+税外収入が55兆円だったのに対し、歳出は96兆円に上った。歳出に占める割合としては社会保障関係費が最も多く全体の32%、約30兆円に達している。普通の国は、年金など社会保障を充実させれば、税金をその分高くするのが当たり前だ。日本は世界に冠たる国民皆保険というサービスがあるのだから、税金が高くてしかるべきである。 ところが実際には、歳出の半分しか税金を取っていないわけだ。この税収の不足分を補うために行なわれてきたのが、国債の発行である。2014年度は、国債などの公債金収入が40兆円以上に達している。これだけの額を国債でまかない続けた結果、借金は1000兆円というとんでもない水準までふくらんでしまったわけだ。この異常さも、身近な例でたとえるとわかりやすい。今の日本は、550万円の収入しかない家が、毎年400万円を超える借金をして、年960万円を使い続けている状態だ。その結果、現在では1億円を超える借金を抱えることになった。これが日本の現実なのだ。 インフレが起これば確かに借金は目減りするが いずれにしても、ここまで借金が積み上がってしまっては普通の方法では返済不可能だ。個人なら、とっくに自己破産している。財政破綻を免れるための方法は、次の二つしかない。 一つは、大増税をして、かつ歳出も大幅に下げることだ。医療や年金など、必要と思われる社会保障も全部下げる。社会保障を下げたくないというなら、税金を大幅に上げなければならない。多くのエコノミストは消費税を20数%に引き上げることが必要だと述べているが、私に言わせれば、20%台なんて実に甘い見積もりである。現在の歳出をそのまま変えないとしたら、消費税は40%台にしてようやくトントンになる水準だ。 もう一つの方法は「インフレ」を起こすことだ。市中のお金を増やす「量的緩和」をすることで、意図的に通貨の価値を下げ、インフレを起こす。通貨の価値が下がれば、借金は目減りする。たとえば、通貨の価値が半分になれば、かつての100円が50円の価値しか持たなくなる。逆に言えば100万円の借金が50万円になる、というわけだ。大増税も社会保障の切り下げも、国民の了解は得にくい。「マネタイゼーション」で日本はジンバブエ化を⁉ だから、安倍政権は後者を選んだわけだ。インフレターゲットを年率2%に設定し、2013年4月と2014年10月の2回にわたって、大規模な量的緩和、いわゆる「黒田バズーカ」を行なった。その結果、通貨の価値は下がり、一気に円安ドル高が進むことになった。 ここまでの借金を作った元凶は、バラマキを続けてきた自民党政権だから、安倍政権だけに罪を負いかぶせるのはフェアではない。しかし、財政破綻を免れるために、大規模な量的緩和を行なったことは、私は間違いだと断言できる。その理由が、冒頭で述べたように、「出口」が見当たらないことだ。「マネタイゼーション」で日本はジンバブエ化を!? 量的緩和を未来永劫続けることはできない。いつかはやめるという「出口」を考える必要がある。理想は、適度なインフレで借金をなくしたうえで、国民に負担をかけないかたちで収束を図る必要がある。だが、現実にはそう簡単に「着地」できるとは思えず、「ハイパーインフレ」が起こり、国を大混乱に陥らせる可能性が高い。なぜ私がそう考えるかというと、今、政府が行なっている量的緩和は「マネタイゼーション」そのものだからだ。 マネタイゼーションとは「現金化」という意味で、この場合、国の発行した国債を中央銀行(日本の場合は日本銀行)が通貨を増発して引き受けることである。平成27年度の国債発行額は153兆円の見込みだが、そのうち、日銀は110兆円強を購入する予定だ。日本政府は入札で民間銀行に国債を売り、日銀は民間銀行から国債を買い取るというかたちを取っているので、一見、直接引き受けているように見えないが、実質的には直接引き受けと言っていい。 日銀の黒田総裁は否定しているが、発行された国債の70%を買うというのは、どう考えても、マネタイゼーション以外の何者でもない。先日、外国人の知人と話したのだが、彼などは「フルサイズのマネタイゼーションだ」と述べていた。そもそも引き受けは、財政法第五条で禁止されている違法行為だ。政府の思いどおりにお金を刷れる「打ち出の小槌」になってしまうからだ。買いたいものがあればお金を刷ればいいとなると、政府にとってこれほど便利なものはない。 事実、財政赤字に苦しむ現在の日本にとっては、国債費の償還などのお金が払えなくなって倒産する「資金繰り倒産」を防ぐうえで非常に効果的な方法となっている。今回の量的緩和は、景気浮揚策というより、財政赤字に苦しむ日本の資金繰り倒産を防ぐことが本当の目的というのが私の見立てだ。量的緩和が続くかぎり、日銀は、未来永劫に国債を買って、政府にお金を貸し続けなければならないことになる。そうなれば、紙幣価値はどんどん下がっていき、しまいに紙くずと化す……。ジンバブエをはじめとした、フルサイズのマネタイゼーションをした国で、過去にハイパーインフレを起こさなかった国は、一つもない。だから、私は先行きを危惧しているのである。 あなたは、ブレーキのないバスに乗り込んでいる もちろん、ハイパーインフレが起きる前にブレーキをかけられれば、うまく出口から抜け出せるだろう。しかし、30年間金融の実務の世界にいて、一橋大学で13年間、早稲田の大学院で6年間教え、それなりにこの世界に精通しているつもりの私でも、どのようにブレーキをかけるつもりなのか、皆目見当がつかない。頭のいい政府や日銀の方はさぞすばらしいアイデアを持っているのだろうと、私は国会の場で、日銀の黒田総裁に「出口があるのか」「ブレーキがあるのか」とさんざん質問してきたが、回答は「時期尚早」というのみだった。ハイパーインフレが起きると、どのようなことが起こるのか さすがにまったく考えていないわけではないだろう。おそらく、日本政府が考える出口戦略は、アメリカが行なう予定の利上げと同じ方法だと推測される。中央銀行の当座預金の利上げをすることで、利上げを誘導していく方法だ。私たちは自分のお金を銀行に預けているが、それと同様に、民間銀行もまた、中央銀行(日本なら日銀)の当座預金にお金を預けている。銀行間のお金の移動などは、日銀の口座を利用して行なっているのだ。藤巻健史氏 そこにつける金利を上げれば、市中の金利はそれ以上に高くなる。その金利を1%に上げたと仮定しよう。民間銀行はそこに預ければ1%の金利をもらえるのだから、それ以下の金利で融資をしたり他行に貸すことはない。この方法を取れば市中の金利は1%以上となるはずだ。しかし、残念なことに、日本において、このシナリオは絵に描いた餅である。日銀が当座預金の金利を上げることは、実際には極めて難しい。 先日、参議院財政金融委員会で質問したところ、日銀が運用している資産の利回りは昨年の9月末で0・481%ということだ。アメリカのFRB(連邦準備理事会)は、アメリカ国債やMBS(モーゲージ担保証券)など、利回りがかなり高い金融商品で運用しているので、当座預金の金利を上げるのはわけもないことだ。一方、今の日銀が低い運用利回りのままで、当座預金の金利を上げたら、運用収入が支払い金利を下回り、損の垂れ流しになってしまう。その結果、債務超過の可能性さえある。もしそのリスクを市場が感じ取れば、その段階で円・国債・株式も大暴落して日本経済はThe Endだ。 つまり、お金をばらまくことによってインフレが加速したとしても利上げというブレーキは存在しない。たとえるなら、異次元の量的緩和は、フットブレーキもハンドブレーキもないオンボロバスを時速200キロで走らせているようなもので、第2弾の量的緩和は、そのバスのアクセルを踏み込んで、時速250キロに上げたようなものだ。みなさんは、そんなハイパーインフレ行きのバスに乗り込んでいるのである。 では、本当にハイパーインフレが起きると、どのようなことが起こるのか。そして我々はどうしたらいいのか? 続きは藤巻氏の新刊『国も企業も個人も今はドルを買え!』(PHPビジネス新書)にて!《取材・構成:杉山直隆》関連記事■ 日本企業の「未来」は、少しの想像力で読み解ける■ 世の中に出回る「数字」のウラを読み解け!■ 孫正義はなぜ「未来」を予測できるのか?

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    EUショックで見えてきた! 初心者でも本当に安全な「投資手法」

    高橋成壽(寿FPコンサルティング代表)「イギリスのEU離脱」のニュースはまたたく間に世界を駆け廻り、市場に大きな影響を与えた。リーマンショック、ギリシャ危機など、ことあるごとに暴落を繰り返す金融市場。初心者が「投資は怖い」と二の足を踏むのも無理はないだろう。だが、ファイナンシャルプランナーの高橋氏は、「今のような時こそ、投資について真剣に考えるべき」と主張する。EUショックのあと、市場はどう動いたのか。そしてだからこそ見えてきた「本当に安全な投資法」とは?「有事の金」「避難先としての円」が浮き彫りに イギリスがEUを離脱するという国民投票の結果が衝撃をもって世界を駆け巡り、世界中の金融市場が大きく動揺しています。日本の株式市場も下落し、外国為替市場は円高に動きました。6月24日の日経平均株価は16,300円台から15,000円を割り、約8%の値下がり。これは暴落と言ってもよいでしょう。外国為替相場も1ポンド160円から133円へと17%の円高、1ユーロ121円から109円へと9.9%の円高、1ドル106円から99円へと6.6%の円高となりました。 土日で少し落ち着いたのか、6月27日の月曜日には日経平均株価は上昇し、外国為替相場も対ユーロ・対ドルに対してはやや値が戻りました。それでも、いまだ先が読めない不透明な状態であることに変わりはありません。 激動の欧米市場に比べれば、アジア地域は比較的落ち着いているようです。また、今回のEUショックで金の価格は上昇に転じました。1オンス1,256ドルから1,336ドルへ6.6%の上昇です。 これらの状況から、「有事の金」と呼ばれる動きが改めて確認されたと同時に、日本円が資金の避難先として人気を集めていることもわかります。円の経済圏で暮らす私たちには何も変わっていないように見えますが、世界のマーケットはまさに、嵐の真っ只中なのです。有事に強い投資先、弱い投資先とは?有事に強い投資先、弱い投資先とは? そんな中、投資初心者は「投資ってやっぱり怖い」と思われているのではないかと思います。しかし、実はEUショックがあったからこそ見えてきたことも多々あります。そこで今回、ファイナンシャルプランナーとして多くの人から投資の相談を受けてきた立場を踏まえながら、「EUショックを経た今、初心者が選ぶべき投資手法は何か」を考えていきたいと思います。 投資の基本は「何に投資するか」「いつ投資するか」「どの仕組みで投資するか」の3つ。まずは「何に投資するか」です。 今回のEUショック直後の動きから、短期的なショックに弱い投資先と、逆にショックに強い投資先が改めて浮かび上がってきました。ショックに短期的に弱い投資先・外国為替相場・外国株式相場・国内株式相場ショックに短期的に強い投資先・金・日本国債・預貯金 ただ、ここでいう「強い」の意味は、利益が出るというよりは「マイナスになりにくい」といった消極的な意味合いであることをご理解ください。マイナスになりにくいということと、長期的なリターンの大きさは、基本的にトレードオフの関係です。表にすると以下のようになります。 金利を得られる外国為替と成長が見込める外国株式は、リターンは大きくても、今回のような市場の激変時に最も大きな影響を受けます。一方、金は有事の際の安全性と換金性に優れていますが、それ自体から金利などの収益を得ることはできません。 そう考えると、EUショックで下落したとはいえ、将来的にはリターンが見込める外国為替・外国株式と、安全性に優れた金をバランスよく持つ、というのが、最も安心と言えるでしょう。アベノミクスは行き詰りつつある 投資の方法には、「一括投資」「時間分散投資」の2つがあります。一括投資とは手持ちのお金をすべて一度につぎ込む方法。一方、時間分散投資は、1カ月ごとなど定期的に一定額の投資を継続するというものです。これはどちらが優れているというより、その時の「タイミング」、つまり「いつ投資するか」によって変わってきます。 株式相場が右肩上がりだとわかっている時期は、「一括投資」が断然有利。たとえば、民主党政権から自民党政権に替わる直前から始まった、いわゆるアベノミクス相場。日経平均株価は8,000円台から瞬く間に10,000円を突破し、気が付けば20,000円を突破しました。安倍政権発足時に「これから相場は右肩上がりになるに違いない」と潮目を捉えて一括投資した人が、最も大きなリターンを得られたのです。 ただ、そんなアベノミクス相場も2015年の夏ごろから基調が変化し、2015年末から2016年の年明けを境に徐々に下落。今回のEUショックで一段と下落し、2015年の12月頭に20,000円近かった日経平均株価は7カ月で実に5,000円、25%値下がりしたことになります。マイナス金利の導入の効果もむなしく、現実は厳しいと改めて認識させられます。先行き不透明なときほど効果を発揮する投資法とは?先行き不透明なときほど効果を発揮する投資法とは? このような不透明な時代にこそ効果を発揮するのが、「時間分散投資」です。たとえば、〇〇ドル(円)と決めた金額だけ、毎月一定のタイミングで投資を行なう「ドルコスト平均法」という手法があります。投資する金額が一定のため、購入時点の価格が高いと少なめの購入、価格が安いと多めの購入となります。 ポイントは、相場が下がれば下がるほど、たくさん買えることです。そしてその価格が反転して上昇すれば、その分大きな投資結果が得られるわけです。 投資信託を例に考えてみましょう。少々極端な例ですが、毎月1万円ずつの時間分散投資で、1口1万円の投資信託商品を購入するとします。毎月1口ずつの購入で、12ヶ月後には12口の保有になります。この価格が2万円に上昇した場合、投資元本は12口×2万円=24万円にまで増えます。12万円のプラスです。 一方、価格が1口1,000円まで値下がりしたとすると、1ヶ月1万円で毎月10口購入できます。12か月で120口の保有です。ここで再び価格が1万円に戻ったとすると、120口×1万円で120万円。価格が2万円に上昇すると、120口×2万円で240万円となります。実に100万円以上の大きなプラスとなるのです。 つまり、時間分散投資を実行している人にとって、相場の下落時こそが買い時と言えるのです。たくさん仕入れても在庫にはなりませんので、置き場所にも困りません。生モノでもありませんので、腐る心配もありません。安値で仕入れて、高値で売るという商売の基本を意識するのであれば、ドルコスト平均法が安心です。私が「時間分散投資」を勧める理由 もちろん、このようにいつも都合よく購入できるわけではありませんし、結局、将来値上がりしないままというリスクもあります。また、いつ買えばいいかと迷う必要がないかわりに、ベストなタイミングを狙うこともできないため、相場を当てて一発大儲けしたいタイプの方には不評です。 ですが、日々仕事や家事に追われている方は、いつも相場とにらめっこし続けるわけにはいかないはず。また、毎月いくらと決めているので、それ以上の損失が出ることもありません。タイミングを気にせず、不況時にこそ力を発揮するドルコスト平均法による時間分散投資は、投資初心者にこそお薦めなのです。 以上を踏まえると、「外国為替、外国株式、金など長期的に値上がりしそうな資産に時間分散投資をするのが、最もショックに強い投資方法」と言えるでしょう。知識があれば、投資リスクは減らせる さて、ここまでの話をまとめましょう。・投資が恐いと感じる人は投資する必要はありませんが、今が決して投資に不適切な時期というわけではありません。・一括投資を避け、毎月一定金額を投資する積立投資に切り替えましょう。・投資対象としては、外国為替か外国株式が良いでしょう。・金投資にも一部資金を回しましょう。・通貨としては、しばらくは円が最強かもしれません。・長期的に値上がり期待のある投資先の場合、価格下落を気にせずに積立投資を続けましょう。 この先、外国株式相場や外国為替相場がどのように動くかは誰にもわかりませんが、知識があるだけで、投資リスクを減らすことはできるのです。たかはし・なるひさ 寿FPコンサルティング代表取締役。日本FP協会認定CFP。慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、投資商品の営業、外資系生保の営業を経て、ファイナンシャル・プランナー会社を設立。女性のお金に関する悩みを解消するサービスとして、家計管理講座「マネーレッスン」を開講中。関連記事■ 加入率たった3割?熊本地震を機に「地震保険」の見直しを■ なぜ「家計管理」を習う女性が増えているのか?■ 将来が不安な人のための「不動産投資」入門

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    サラリーマンこそ向いている? 将来が不安な人のための「不動産投資」入門

    午堂登紀雄(エデュビジョン代表取締役)自宅以外の不動産を購入し、家賃や売却益などから利益を得ることを目的とする「不動産投資」。最近、その不動産投資がブームとなっている。現役世代のサラリーマンの中には、「忙しいから」「マンションを買えるほどの現金がないから」と、なかなか手を出せない人も多いだろう。しかし、そんな人にこそ、不動産投資はお勧めだという。個人投資家としても多くの物件を所有する午堂登紀雄氏に、失敗しない投資のコツをうかがった。今から始めるべき3つの理由 今、注目を集めている不動産投資ですが、私はかねてより「サラリーマンこそ、不動産投資に向いている」とお伝えしています。 主な理由は3つあります。 1つ目は、サラリーマンは銀行でローンを組みやすいこと。投資にはローンが不可欠ですが、「毎月給料が入る」というだけで、銀行は信用してお金を貸してくれるのです。 2つ目は、副業禁止規定に違反しないこと。なので、副業禁止の会社に勤めていても、あまり大規模でなければ誰でも可能です。 そして3つ目は、老後対策にもなりうること。定年退職後の収入は基本的に年金のみ。しかも将来は、その年金すら当てにならないかもしれません。家賃として毎月少しずつでも収入があると安心だし、生活設計も立てやすいはずです。 しかも現役のうちにローンを完済すれば、老後の家賃収入はすべて自分の手元に残ります。物件も自分の資産になるので、値段は下がったとしても、売却すればやはりキャッシュを得られます。 さらに言うと、団体信用生命保険に加入すれば生命保険代わりにもなるし、節税手段としても活用できます。 銀行からの融資で家賃収入という不労所得が得られるうえに、資産形成ができる。1回の投資で2度3度とおいしい思いができるのが、不動産投資なのです。 それでも「本当にこれから不動産投資を始めても大丈夫なのか」と迷う人は多いようです。 よく質問されるのが、「これから日本は人口が減少して、賃貸住宅の需要も低下するのでは?」ということ。確かに「空き家が増えている」という話はよく耳にしますが、この問題が発生しているのは主に地方です。むしろ都市部は人口が増加しています。 それに人口が減っているとはいえ、たとえば首都圏は3500万人が暮らす世界有数の人口集積地です。また、東京都は都心や臨海地域を「アジアヘッドクォーター特区」に定めるなど、積極的に外国企業の誘致を行なっています。ビジネス拠点、生活拠点としての東京の魅力は、今後もますます高まるはずです。マイナス金利導入で銀行も個人融資に積極的マイナス金利導入で銀行も個人融資に積極的 つまり、今後も人口が増える、もしくは減らないであろうと予想されるエリアを選べば、一定の賃貸需要はあるということです。もちろん景気の変動はあるでしょう。しかし、「不況だから住居は不要です」という人はいないはず。 都市部ならどんな物件でも大丈夫ということではありませんが、「借り手に選ばれる物件」を選ぶことで、空室のリスクは最小限に抑えられます。 賃貸の需要を決める大きな要素は、「場所」と「家賃」です。「駅近」「人気のエリア」などの条件を備え、適正な賃料を設定すれば、少なくとも長期に渡って空室が続くリスクは小さいでしょう。 もし不安な点があるなら、どう備えるかを考えればいい。賃貸仲介会社に広告費を多めに払う、礼金をゼロにする、初月度はフリーレントにするなど……リスクを想定し、それを乗り越える手段をあらかじめ用意しておけばいいのです。 さらに、今年2月から導入されたマイナス金利が不動産投資に与える影響も見逃せません。 マイナス金利にかぎらず、金融緩和が不動産投資に与える影響は、プラスとマイナスの両面が考えられます。 プラス面としては、ローンがさらに組みやすくなることと、低金利でお金が借りられること。とくにマイナス金利政策は、銀行が企業や個人へ積極的に融資するよう促す狙いがあります。しかし現在は、大きな資金調達ニーズがある企業はあまり多くありません。よって、個人への住宅ローンや不動産投資ローンが、銀行にとって手堅い融資先となるのです。 ローンの金利が下がることも大きなメリットです。私も最近、所有する3つの物件でローンを借り換えましたが、支払う金利分をトータルで1000万円以上減らすことができました。 半面、マイナス面もあります。不動産の需要が増えて価格が上昇し、物件の利回りが低下することです。実際にアベノミクス以来、都心では地価が上昇しています。ただし、マンションやアパートなどの投資用物件については、価格の上昇は鈍化傾向にあります。自分が「始めたい」と思ったときが始め時自分が「始めたい」と思ったときが始め時「2020年の東京オリンピックまでは不動産価格が上がり、その後は価格が下がる」と言う人もいます。しかし、未来のことは誰にもわかりません。「価格が下がるのを待って、オリンピック後に不動産投資を始めよう」と考えても、待てば必ず下がる保証はどこにもない。もし価格が下がらなければ、結局その間、チャンスを逃し続けただけということになってしまいます。 私個人としては、東京オリンピックの前後で、とくに優良立地の物件価格はそれほど大きく変動しないと予測しています。「中国人富裕層が高層マンションを買い、東京オリンピック直前に高値で売り抜けるのではないか」と言う人もいますが、それが不動産全体の価格にどれだけ影響するかは不透明です。 賃料水準も同様に、多少の影響があったとしても、たとえば自分の持っている家賃6万円のアパートの賃料が、いきなり半額の3万円に下がるといったことはあり得ないでしょう。 結論を言えば、自分が「始めたい」と思ったときが始め時。不動産投資は、最初が一番手間と労力がかかるので、モチベーションが高いときでないと諦めてしまいかねません。物件を見に行ったり、収支シミュレーションをしたり、融資の申し込みをしたり、契約引き渡しをしたりといった作業は、それなりに面倒だからです。かかる時間は、年間わずか60分程度 その代わり、いったん仕組みさえ作ってしまえば、あとはほとんど何もする必要がありません。優秀な管理会社さえ見つければ、入居者を見つけるのも、日頃のクレーム対応も、すべてやってくれます。 私自身、不動産投資に費やす時間は、1年に60分程度。株などと違い、毎日数字を追う必要もないので時間的な拘束もない。だからこそ、普段の仕事が忙しいビジネスパーソンには、不動産投資が有力な運用対象となり得るのです。午堂登紀雄氏 さらに、株やFXなど他の投資に比べ、金融知識や才能は必要ありません。むしろ生活者としてごく普通の感覚を持ち、入居者と同じ目線で「駅から徒歩15分だと、毎日の通勤がちょっときついな」などと物件の良し悪しを判断できるサラリーマンのほうが有利なくらいです。 このように、サラリーマンに向いていて、多くのメリットをもたらす不動産投資。「ゆとり」と「安心」を手に入れる方法として、検討してみる価値は高いと思います。≪取材・構成:塚田有香≫ごどう・ときお エデュビジョン代表。1971 年、岡山県生まれ。米国公認会計士。中央大学経済学部卒業後、会計事務所などを経て、戦略系経営コンサルティングファームのアーサー・D・リトルで経営コンサルタントとして活躍。そのかたわら、貯金70 万円から不動産投資を始める。2006 年、不動産投資コンサルティングを手がける㈱プレミアム・インベストメント&パートナーズを設立。現在、㈱エデュビジョン代表。経営者兼個人投資家としての活動の他、出版や講演も多数行なう。著書に、『ほったらかし不動産投資で月50 万円稼ぐ!』(ダイヤモンド社)など多数。関連記事■ 人気エコノミストが教える「マイナス金利」■ これから10年、伸びる業界・沈む業界■ 【不動産投資】大人の男こそ大きな夢を叶えるべき

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    東京のマンション価格高騰はバブルなのか?

     [前向きに読み解く経済の裏側]塚崎公義 (久留米大学商学部教授) 東京都心のマンション価格が高騰しています。一部ではバブル期よりも高い値がついた物件もあるようです。これはバブルなのでしょうか? 今回は、バブルというものについて考えてみましょう。バブルには二種類ある バブルというと、「欲の皮が突っ張った愚か者が馬鹿げた投機熱に踊らされている」というイメージがありますね。たしかに、バブルの歴史には、チューリップの球根が現在の貨幣価値で何千万円もした、といった記載がありますから、そういうイメージが持たれるのでしょう。しかし、最近ではそうしたバブルは見かけません。「誰もが値段が高すぎる事を知りながら、明日は今日よりさらに高くなると期待して買っている」というバブルは、経済学では「合理的バブル」と呼ばれているようですが、仮に発生したとしても、早い段階で政府がバブル潰しをするからです。iStock じつは、バブルには2種類あって、最近のバブルは誰もバブルだと気付かない間に膨らむバブルなのです。「今がバブルなのか否かは、バブルが弾けるまでわからない」と言われるゆえんです。たとえば日本のバブルは、「日本経済は世界一になったのだから、株や土地が高いのは当然だ」という事で、人々はバブルだと思わずに取引をしていたのです。 今から思えば、バブルだったわけですが、当時は日本経済を動かしている賢い人々の中にも、「急いで買わないと自宅が持てなくなる」と言って自宅を買った人が大勢いました。バブルであると解っていたら、バブルが弾けてから買えば良いのですから、自宅を買うはずはありません。つまり、当時は賢い人々にもバブルだとはわからなかったのです。筆者はこうしたバブルを「惚れ込み型バブル」と呼んでいます。今の都心不動産はバブルの匂い今の都心不動産はバブルの匂い さて、では現在の東京都心の住宅価格高騰はバブルでしょうか? それはわかりません。ただ、筆者は独自にバブルの判定基準を設けています。それは、以下の4条件が揃った時は、バブルの匂いが強いので近づかない、という方針です。結果としてバブルでなかった場合には儲けのチャンスを逃すことになりますが、それは仕方ない、と割り切って考えることにしています。その4条件とは、①値段が高すぎると心配する人を説得するような「理論」が説かれます。日本のバブル当時は「日本経済は世界一で、21世紀は日本の時代だから、当然だ」といった感じでした。ITバブル期の米国も、「インターネットは米国経済のインフレなき成長を可能にする夢の技術だから」といった感じでした。今の東京では、「アジアの主要都市より安いので、海外の金持ちが買いにくる」といった所でしょうか。②金融が緩和されている。日本のバブル期は、プラザ合意後の円高による輸入物価低下のおかげでインフレが防がれていて、景気が絶好調であったにもかかわらず、日銀が金融の引き締めをしませんでした。ITバブル期の米国も、インターネットのおかげか否かわかりませんが、とにかく物価が安定していたので、金融は緩和されていました。昨今の日本も、バブル的な現象は都心のごく一部で見られるだけで、景気全体はパッとしないため、金融は超緩和状態です。③今まで投資と縁遠かった人が、急に参入してくる。バブル当時は、井戸端会議で「隣の奥さんが株で儲けた」という話を聞き、自分も株を買い始めた、といった主婦が大勢いました。ITバブル期の米国も、同様でした。今回は対象が都心の不動産ですから、サラリーマンの主婦が井戸端会議で、という事は無いでしょうが、今までと投資家層が大きく変化しているのか否かは見極めておきたいポイントです。④当事者とそれ以外で温度差が大きい。バブル期の日本では、日本人が全員で浮かれていましたが、海外では「日本は大丈夫か」と懸念する人も多かったと聞きます。ITバブル期の米国についても同様でした。当時筆者は日本で経済予測を担当していましたが、米国出張から帰国した人が次々と「熱病」に伝染し、「米国経済は素晴らしい。米国の株高は本物だ」と言い始めたため、筆者たちは「米国に出張しない方が米国のことが良くわかる」と陰口を叩いていたものです。現在の東京では、一部の人々は盛り上がっているようですが、それ以外の人々は冷めていて、結構な温度差が感じられるかも知れません。 こうした事を総合的に考えると、筆者個人としては「バブルの匂いが強いので近づかない」という判断に傾いています。もっとも、もともと先立つものが不足していて、近づけない、という事情もありますが(笑)。バブルを止める役割は銀行に期待バブルを止める役割は銀行に期待 「惚れ込み型バブル」は、文字通り当事者が惚れ込んでいてバブルだという認識が無いのですから、当事者が止めることは期待できません。政府にも、期待はできないでしょう。バブルの時は人々がみなハッピーですから、政府がバブルを止めようと思ったら、「今がバブルである事を証明して、早いうちに潰さないと将来の被害が甚大になることを示す」必要がありますが、そもそも政府がバブルか否かを正しく判断できないわけですから、それは無理な相談です。 そうした中で、筆者はバブルを止める役割を銀行に期待しています。バブルか否かは不明だとして、仮に「バブルではないから不動産価格は5割上がる、という確率が9割ある。今がバブルで、不動産価格が5割下がる、という確率が1割ある」と人々が考えていたとします。不動産を買うことは、期待値から考えてプラスですから、合理的な行動でしょう。ペーパーカンパニーを作って銀行から借金をして不動産を買うことは、さらに合理的でしょう。値上がりすれば大もうけ、値下がりしてもペーパーカンパニーが破産して出資額を損するだけですから、期待値は大幅なプラスです。 しかし、銀行にとってはそうではありません。「9割の確率で不動産価格が上がるが、銀行の儲けは金利分だけ。1割の確率で不動産価格が下がると、銀行は貸出金の元本を損する」というわけです。 つまり、バブルが疑われる時の不動産融資は、「勝てば借り手の得、負ければ銀行の損」という賭けなのです。つまり、バブルと確信しなくても、バブルかもしれないと思っただけで、銀行はこの手の融資を控えるべきなのです。 前回のバブルの時は、銀行がこうした冷徹な期待値計算をせず、大けがをしました。今回は、銀行が過去の失敗に学んで賢くなっている事を期待しましょう。

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    GDPを見て、今の生活がバブル期より豊かな事に気づく

     [前向きに読み解く経済の裏側]黄金時代(7)塚崎公義 (久留米大学商学部教授) バブル期というと、華やかな時代で、皆が贅沢をしていた印象が強いと思いますが、今の実質GDP(物価上昇率調整後のGDP、数量ベースのGDP)は、なんとバブル期(日経平均が4万円近かった当時)の1.3倍もあるのです。GDPは国内総生産ですから、当時の1.3倍のモノ(本稿では財およびサービスを指すものとします)が生産され、その6割弱が消費されているのです。私達の生活レベルは、バブル期以上なのです。実感と違うかもしれませんが、事実は事実としてしっかり認識しましょう。実質GDPとは、国内で作られたモノの量の統計経済初心者向け解説 GDP統計は、国内で作られたモノを合計した統計です。各社に売値から仕入れ値を差し引いた付加価値(自分で作り出したモノの金額)を聞いて合計して作ります。部品会社が30万円の部品を作り、組み立て加工メーカーがそれを仕入れて100万円の自動車を作り、自動車販売会社がそれを仕入れて120万円で顧客に売ったとします。部品会社は30万円、組み立て加工メーカーは70万円、販売会社は20万円の付加価値ですから、合計したGDPは120万円になります。iStock GDP統計の作り方は他にもあります。消費者などに「何円の自動車を買いましたか?」と聞いて合計するのです。作られた自動車と買われた自動車は基本的に同じ金額ですから、両者の結果は同じになるはずです。輸出された自動車については税関で統計を見せてもらう、等の追加作業は当然必要ですが。 GDP統計は、様々な使われ方をしますが、景気との関係では「実質GDPの成長率(=経済成長率)」が論じられます。GDPが2倍になるということは、日本中で作られたモノの量が2倍になるということですから、雇われる人の数も2倍になるでしょう。そうなれば、失業者が減って景気は良くなります。 しかし、GDPが2倍になった理由が「インフレで自動車の価格が2倍になったから」というのでは、生産量が増えるわけではないので、雇用も増えず、失業も減らず、景気も良くなりません。そこで、GDPの増加率から物価上昇率を差し引いた値が経済成長率(厳密には実質経済成長率)として注目されるわけです。 今ひとつ、生活水準を考える上でもGDPは重要です。作られたモノは原則として使われますから(売れそうだから作るので)、多くのモノが作られる国は豊かな国だ、と考えて良いでしょう。そこで、各国との比較や、過去との比較が重要になるわけです。今回は、過去(バブル期)と比較してみましょう。ゼロ成長だと、貧しくなるわけではないが不況ゼロ成長だと、貧しくなるわけではないが不況経済初心者向け解説 経済成長率がゼロだと、国内で生産されるモノが増えも減りもしないので、国民の生活水準は一定です。しかし、景気は悪く、失業者は増えます。それは、技術が進歩するからです。新しい設備が導入されると、今までよりも少ない人数で同じ量が生産できるので、企業が雇う人の数が減ります。バブル期に流行したディスコ。「ジュリアナ東京」は象徴的存在だった=平成4年 そうなると、失業者が増えます。失業者が増えると、労働力が余っているから労働力の値段(賃金)が上がりません。人々の賃金が上がらないと、物価も上がりません。世の中には「不況だ」「デフレだ」という声が充満し、「日本経済はダメだ」というイメージを多くの人が持つようになります。しかし、繰り返しますが、人々の生活レベルが落ちているわけでは無いのです。バブル期の実質GDPは405兆円、今は529兆円 バブルが崩壊してから20年以上経過していますが、その間で「マイナス成長」だった年は数えるほどしかなく、基本的にはプラス成長が続いていました。その結果、最近の実質GDPはバブルがピークであった頃の1.3倍にもなっているのです。平均すれば、毎年1%程度の経済成長をしているのです。 生活実感としては、「日本人は貧しくなった」と感じている人が多いと思いますが、そうでは無いのです。では、その格差はどうして生じているのでしょうか? 一つには、諸外国との比較があります。諸外国の経済が発展し、特に中国経済の目覚ましい発展や中国人旅行客の「爆買い」などを見ていると、日本が「相対的に」貧しくなった事を痛感させられ、それが「絶対的にも」貧しくなったとの錯覚を招いているのでしょう。バブル期より今の方が生活が豊かインターネットと携帯電話が無かった時代より今の方が生活が豊か しかし、圧倒的に重要なことは、昔の生活の不便さを忘れてしまった(若い人はそもそも知らない)ことでしょう。バブル期には、インターネットは普及していませんでした。若い人は、「インターネットの無い生活」を想像してみて下さい。調べごとをするために図書館へ行ったり、飲み会の日程調整で全員に電話をして都合を聞いたり、大変だったのです。 携帯電話もありませんでしたから、待ち合わせに遅刻すると、相手に連絡をとることができずに、様々なトラブルが起きたりしましたし、「彼女の家に電話をしたら父親が受話器をとったので困惑した」男の子も多かったはずです。 じつは、当時も携帯電話は存在していたのですが、「マスコミ関係者が事故現場に持っていくために何キロもある電話機を担いで行った」というもので、値段も非常に高かったはずです。買おうと思わなかったので、値段は調べませんでしたが(笑)。 当時は、インターネットや携帯電話を知らなかったので、無くても不便だとは思いませんでしたし、当時の方が美味しいものは食べていたと思いますし、将来の夢を語ることも容易でしたが、今から当時の生活に戻れと言われたら、筆者は非常に困惑するでしょう。 ゲームについても、ファミコンのスーパーマリオが登場して大騒ぎになっていた時代に戻りたいとは思いません。カメラで写真を撮ったら、フィルムを現像に出して戻ってくるのを待つなんて、嫌です。 新製品が登場した時の実質GDPの計算は複雑ですが、「新製品が出来て生活が便利になった分は実質GDPが増える」ように計算がなされていると考えて良いでしょう。GDPが当時より大きいという事は、「美味しい物は食べていないけれど、それを上回るハッピーな生活をしている」という事なのです。 そうです。「バブル期なんかに戻りたくない」と思うほど、素晴らしい生活を我々は享受しているのです。日々の生活で豊かだと感じることは少なくなりましたが、実は我々の生活は豊かなのだ、ということは、しっかりと認識しながら暮らしたいものです。

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    信長はなぜ戦い続けることができたのか

    戦国期、弱兵で知られた織田軍を率いて天下布武を目指した信長。それでも強敵を次々と打ち破れたのは他家を圧倒する経済力があったからに他ならない。戦国のマネー革命とも言われる信長の経済政策。そこには現代に通じるヒントがたくさんある。

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    寺社ファシズムと戦った信長、日本経済に必要な「自由化」の荒療治

    上念司(経済評論家) 経済を発展させるためには、「人々が自由に商売する環境」が必要だ。なぜなら、多くの人が自由な発想で商売することでたくさんのアイデアが生まれるからだ。生まれたアイデアは市場競争によって淘汰される。生き残ったアイデアが正解だ。 これからどのような産業が発展するのか、最初から答えを知る者はだれもいない。その答えは、競争による淘汰によってしか得ることができない。厳しいようだがそれが経済の掟である。要するに、一番儲かるアイデアを考えた奴が勝ちということである。 しかし、その勝ちは永遠ではない。なぜなら、ひとたびそのやり方が儲かるとわかったら、多くの人がその産業に参入してくるからだ。例えば、東京ラーメン戦争において一昔前には勝ち組だった「なんでんかんでん」が2015年にフランチャイズも含めてすべて閉店したのがいい例だろう。 では、時の権力者は経済を発展させるために何をすべきだろうか? このような自然淘汰のみが経済を発展させるのであれば、それが効率よく繰り返し行われる社会を作るしかない。多くの人がリスクを取って独自のアイデアで起業できる社会。そういう社会のインフラが整備されてこそ、経済は発展する。そのためには、取引に制限があってはいけないし、商売で得た利益はリスクを取った人に還元されなければならない。これらをまとめて「経済のインフラ」と呼ぶことにしよう。簡単にまとめると、次の3つのポイントに集約される。① 物流の自由② 決済手段の確保③ 商取引のルール整備画像はイメージです 関所を超えるたびに税金を取られたり、物々交換で貨幣が使えなかったり、起業するのに特定の身分である必要があったり、商品が輸送中に頻繁に強奪されたり、売買代金の踏み倒しが頻繁に発生したりする国では経済は発展しない。はっきり言って効率が悪すぎる。中世以前の日本はまさにそういう時代だった。 なぜなら、中世以前において、これら「経済のインフラ」を担っていたのは時の政権ではなかったからだ。室町時代末期の戦国時代の混乱で、全国を統一的に管理する「政府」がなくなってしまい、その機能は代替したのは地方の軍閥や寺社勢力である。よって、中世以前において商業を営んでいたのは専業化した商人ではない。寺社勢力を殲滅することでファシズム化を防いだ信長 諸侯が乱立して暴力がモノを言う時代において、商人が契約を結びそれを履行させるためには「力」を必要とした。「力」とは、時に軍事力であり、時に宗教的な権威などである。だから、商業にたずさわるものは、同時に武士であったり、宗教者であったりしたのだ。 たとえば瀬戸内海の水軍(海賊衆)と呼ばれた人々は、同時に流通商人でもあったし、各地を遍歴した宗教者(修験者や御師など)も同時に流通商人だった。特に、宗教者はその宗教的権威によって、戦国大名たちの支配地域を超えるような全国的な通商活動を行っていた。全国の物流拠点は寺社勢力によって牛耳られており、刀鍛冶を囲い込んだり、要塞のような寺院を建築したりして、文字通り有力な軍閥としてのさばっていたのだ。その中でも、比叡山延暦寺や石山本願寺はその経済力によって強大な力を持ち、武家政権のいうことを聞かないばかりか、ことあるごとに対立していた。比叡山延暦寺 信長の功績は、これら寺社勢力に対して、徹底的な打撃を加えたことだ。比叡山の焼き討ちに始まり、各地の一向一揆勢力に対する掃討戦を経て、最終的に石山本願寺を完全殲滅してしまった。憲政史家の倉山満氏によれば、世界には「軍国主義によって正気を保たないとファシズムになってしまう国」がたくさんあるそうだ。ファシズムとは国家の上に宗教や思想がある体制のことだ。今の支那は国家の上に党があるが、あれこそファシズムである。そういう意味ではイスラム原理主義国家も国家の上に宗教を戴いている点では分類上ファシズム体制ということになる。 戦国時代の日本も寺社勢力を放置すれば、ファシズムになっていた可能性があった。しかし、信長は寺社勢力を殲滅することで日本のファシズムを防いだ。もちろん、その手法は「軍国主義によって正気を保つ」という荒療治だったが。 これを経済的な側面からみると、それまで全国的な商業の庇護者がいないことをいいことに商業の利権を独占していた寺社勢力を殲滅し、経済のインフラを政権側に取り戻したということになる。だからこそ、比叡山焼き討ち、石山本願寺殲滅という事件は、宗教から商業が分離独立していくうえで、極めて象徴的な出来事であった。言ってみればこれは経済における「政教分離」だったともいえるのだ。現代に信長がいたら焼き討ちされる人たち ポイントは、信長が経済のインフラを寺社勢力から奪い取った点にある。それを寺社勢力が握り続ける限り、自らの勢力拡大に利用するだけである。もっと自由に多くの人々に商売をさせて、経済を発展させる必要があると信長は感じていたのだ。南蛮屏風(川村記念美術館蔵) なぜなら、南蛮船から世界情勢の情報を得ていた信長は、これらに対抗していくために今の日本のままではダメだと思ったのだ。後に、豊臣秀吉の唐入り(朝鮮征伐)に引き継がれる「国際感覚」を持っていた信長は、単なる国内の権力闘争よりももっとスケールの大きい視点を持っていたに違いない。そして、信長は経済の本質を見抜いていた。だからこそ、経済の「自由化」を荒っぽい方法で推し進めたのだ。 翻って現代に視点を移してみよう。経済の活力を奪っている各種の規制がある。その中には本当に必要なものもあるだろう。しかし、租税特別措置に代表される特定の業界を優遇する制度に正当な根拠があるだろうか? 消費税の増税は延期されたが、軽減税率の対象品目になぜ新聞が入らなければならないのか? 「農畜産業振興機構」によるバター輸入業務の独占は本当に必要なのか? 待機児童がこれだけいるのになぜ保育園の供給が間に合わないのか? こういったことを一つ一つ点検していくと、それらに共通するあることに気付く。それは規制によって不労所得を得ている人がいるという事実だ。そして、不思議なことにこういった人々は消費税の増税を推進している。それが日本経済に破壊的な打撃をもたらすことが明らかであるのに…。 日本を取り巻く国際情勢は戦国時代よりも厳しい。日本から経済力が失われたら独立を保つことすら覚束ない。きっと信長がいたらこういう人々は焼き討ちされることだろう。

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    グローバル人材に「日本史」は必要なのか?

    若松千枝加(留学ジャーナリスト)日本史の知識なんかなくたって海外での仕事は困らない 日本人は、母国についての知識が乏しいとよく言われる。歴史を知らず、政治を語れず、文化を理解していない日本人を海外へ出しては恥ずかしいという論調である。本稿では、文化や政治にまで話が及ぶと広くなりすぎるので、ニュースとなっている「日本史」に焦点をあてて論議したい。 結論から言えば、日本史の知識はグローバル人材にとってプラスではあるが、知らなくても困らないというのが現実だろう。日本発グローバル人材のなかには海外で暮らした経験が長く日本でほとんど教育を受けていない人も多いし、日本語能力に難ある人だって少なくないが、彼らが日本史を知らなくて困ったことなどないはずだ。画像はイメージです その意味で、この日本史必須化論には、違和感を感じてはいる。なぜグローバル人材に日本史知識が必要なのかがあいまいなのだ。政府の方針として教育にまで落とし込むからには、日本史が苦手かつ苦痛で仕方がない一部の高校生にも必須科目として習得を強いる以上は「必要」と断じる根拠を示すべきだろう。 私は「必要」だとは思っていない。だが、日本史を学ぶ「意義」はあると言いたい。これから仕事人としてデビューし、望む・望まないに関わらず海外と交流を持つことになる若い人たちにとって、日本史という教養がプラスになるということを知ってもらいたい。私自身は、日本史選択で大学を受験し、山川出版社の教科書を隅から隅まで暗記したクチである上、少し前の言葉で言うなら「レキジョ」の類に入る日本史好きである。だからというわけではないが、これからの日本史授業が、若い世代にとって得になるようなものに変身してほしいのだ。歴史とは「知識」というより「教養」だ 日本史を知らなくたってなんとかなる、と先述したが、知っていることで国際間のコミュニケーションが豊かになることがある。一度、海外クライアントとの会食で「あなたが思う“武士道”とは何か」といきなり聞かれ、どぎまぎしながら葉隠についての講釈をたれた。当該クライアントは葉隠のスピリットをとても美しいと称し、西欧騎士との違いについて興奮して語った。 むろん、このとき私が武士道について語れなかったとしても、仕事に差しさわりはなかった。会話が盛り上がらなかったとしても、契約解除だとか交渉不成立などの事態にはならなかった。しかし、私はこの経験から、外国人から日本についての話題を持ちかけられたとき、楽しく知的に応じられるキャリアパーソンでいたい、と思うようになった。ビジネスとは、ときに会食や接待が伴う場合があるから、そんな機会に「あの日本人はインテリジェントだ」と一目置いてもらいたいし、金勘定以上のビジネスパートナーにもなりたい。さらには、目の前のビジネスが終わった後も「私には日本に教養深くすばらしい友人がいる」と言ってもらいたい、そんな感じの欲求だ。 ちなみに、このときの質問主は別段日本びいきというわけではなく、幅広い見識を持つバース大学出身の英国紳士である。“ブシドウ”についてのドキュメンタリーをテレビで見て大いに興味を持ったそうだ。彼が母国・英国の歴史に明るいかどうかは不明である。高校での日本史、必須化よりその中身を見直しては高校での日本史、必須化よりその中身を見直しては 個人的には、日本がよりよきダイバーシティ社会を目指すために、高校教育は必須科目を減らして多様な選択科目を増やしたほうが良いと思っている。日本史が必要だ(好きだ)と思う高校生にとっては積極的にどんどん学べる機会を提供すべきだが、国策として日本史に興味を持つ人を増やしたいなら、高校以前の義務教育課程で取り組みを強化すべきだろう。 むしろ高校では、必須化による日本史授業の「数」を増やすより、選択科目としてその「質」に着目したほうが良い。日本史は、知れば知るほど面白く、人生に、仕事に深みを持たせてくれるものだ。その面白みを教えることこそ、義務教育を終えた高校教育に課せられた使命だ。 そもそも、日本の歴史は長く、深い。どこまで知らなければならないかというのは難題だ。例えば、アジアや中東とビジネスをするにあたって、宗教と連動した政治史・文化史を知ることは意義がある。また、中国や韓国との歴史認識をめぐる論議が外交や経済に及ぼす影響を考えれば、古代にさかのぼったアジア史を理解する必要がある。こうなってくると世界史の教養も無視できない。日本史と世界史の連動も、日本史授業の「質」に求められてくるのかもしれない。 また、縄文時代から始まって近現代まで時系列に授業が行われていると、多くの高校で近現代に突入できないという問題もある。第二次大戦前から戦後史、そして現代に至る過程の理解は現代グローバルビジネスを担う人にとって極めて重要と思われるが、タイムリミットに迫られ、駆け足で終わってしまうという現状がある。 一方で、経営者のなかには、戦国武将の生きざまを自身の理念としている人が多いことにも着目したい。人心掌握術、少数突破戦略、リーダーシップ論など、戦国武将の誰かをメンターとする人が多いのは偶然ではなかろう。だが、「武将の○○に夢中になったきっかけは高校の日本史の授業でした」という経営者はあまりいないのではないだろうか。 先述した宗教観についても触れたい。宗教観というのは国際的素養として持っておくと良いものだ。えてして日本人は、宗教が生活に根差している国の人たちと交流するにあたって、宗教観に対するデリケートさに欠けている。口に出してはいけないもの、配慮しなければならないもの、そのようなエチケット感は、一字一句教わるものではない。宗教を日常で感じることの少ない私たち日本人にとっては、ここの肌感覚が備わっていないのだろう。恐らく、歴史的教養をつけていく過程で、理屈としての宗教観を育てていくしかないだろう。 以上のような授業の「質」に対する要求は、公立高校ではムリがあるかもしれない。だが、私立高校においてはぜひ「もっと日本を知ろう」という関心の糸口になりうる日本史授業をしてもらいたい。ユニークで、先生の創意工夫が詰まった授業だ。高校で日本史のすべてを網羅することはできない。しかし、高校時代のある1時間がきっかけで大経営者が生まれたり、外交手腕に長けた政治家が生まれるかもしれない。そんな希望を持てる日本史授業の出現を心から期待している。(シェアーズカフェ・オンライン 2014年1月7日分を転載)《参考記事》 ■中学・高校の英語教師に期待するレベルはどこ?~グローバル教育の加熱に悩む英語の先生たち 若松千枝加 ■日本人留学生が、世界で歓迎され始めた理由 若松千枝加 ■大学入試での「人物評価」で日本人の劣化が進む 岡田ひろみ■じじばばのすねをかじって将来を担う大人になれ OECD国際成人力調査(PIAAC:ピアック)を受けて 藤尾智之 ■勉強だけではないアメリカの入試選考基準 - 岡田ひろみ

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    「銭の力で戦いに勝ち抜く」信長がもたらした戦国マネー革命

    小和田哲男(静岡大学名誉教授) 織田家の家紋は木瓜(もっこう)であるが、戦場で使う信長の旗印は「永楽通宝」だった。「銭の力で戦いに勝ち抜く」という信長の決意のあらわれでもあった。 信長が銭の力を意識したのは父信秀の影響が大きかったといわれている。信秀は、尾張守護斯波(しば)氏の二人いた守護代のうち、清須織田氏の三奉行の一人にすぎなかったが、居城勝幡(しょばた)城の近く、木曾川舟運で栄えていた津島湊を押さえ、そこから得た財力で、やがて尾張中原(ちゅうげん)に打って出て、尾張一国をほぼ手中にしていった。 そのあとを受けた信長は、さらに商品流通経済の振興に力を入れ、経済政策に積極的に取りくんでいる。楽市楽座政策がその一つとしてよく知られているが、これ自体は信長のオリジナルではなく、すでに南近江の戦国大名六角氏がはじめており、信長以前にも何人かの戦国大名が取りくんでいる。 信長独自の新しい施策として注目されるのは、関所の撤廃と道路政策ではないかと思われる。関所というと、江戸時代の関所のイメージ、すなわち、「入り鉄砲に出女(でおんな)」などといわれるように、監視のための関所を思い浮かべるが、信長が撤廃した関所というのは別なものであった。 信長のころまで、荘園がまだ残っていた。荘園領主が、自分の荘園の中を通る道に関所を設け、通行人から関銭(せきせん)、つまり通行税を取っていたのである。それが荘園領主の収入源となっていたわけであるが、商人たちには負担だった。商人も、自分が損するわけにはいかないので、関銭分を商品価格に上乗せする。値段が高くなれば売れないわけで、物流は停滞する形だった。 信長は、その様子をみて、商品流通を活発にするのと、荘園領主の力を削ぐため、関所の撤廃にふみきったわけである。そしてもう一つ注目されるのが道路政策、インフラ整備である。「防御より物流」を取った信長の深慮 戦国時代なので、戦国大名は、いつ敵が攻めてくるかわからないということもあり、道は狭く、曲がりくねったままで、川には橋を架けていなかった。防御を優先していたからである。信長は、何と、この3つを3つとも逆にいっているのである。まず、道を広げている。しかも、ただ広げただけでなく、道の重要度に応じ、変化をつけているのである。信長は、道を本街道・脇街道・在所道の3つにランクづけし、本街道を3間(約6メートル)、脇街道を2間(約4メートル)、在所道を1間(約2メートル)と決め、道幅を広げ、しかも、主要街道には松と柳を植えさせている。これについては信長のいい分が史料的に残っていて、「夏の暑い盛りでも商人たちの往来ができるようにした」とのことで、文字通り、並木道ができたのである。 道をまっすぐに造り直したことも画期的で、信長はいまでいうバイパスまで造っている。これも、物流を盛んにしたいという思いからきたもので、川に橋を架けたのも同じ理由である。 では、物流を盛んにすることで、信長にはいかなるメリットがあったのだろうか。これが、冒頭述べた「銭の力で戦いに勝ち抜く」という信長の決意と結びついてくる。 それまでの戦国大名は、百姓からの年貢を財政基盤としていた。信長は、百姓からの年貢だけでなく、台頭してきた商人たちから運上金あるいは冥加金のような形で献金させることで財源を確保していったのである。この財源があったから、金で兵を雇う兵農分離が進んだという側面もあった。 ただ、年貢の場合だと、五公五民とか、四公六民などといって、ある程度、年貢率がわかっているが、具体的にどのような形で信長が商人たちから銭貨を徴収していたかはわかっていない。信長ではないが、越後の上杉謙信の場合、直江津・柏崎などの領内の主要な湊に出入りする船に「船道前(ふなどうまえ)」という通行税を課し、その収入が今のお金で年間60億円に達していたというので、信長も、津島湊や熱田湊の商人たちから徴収していたことは考えられる。 なお、信長が永禄11年(1568)、足利義昭を擁して上洛したとき、堺に2万貫の矢銭(軍事費)を出すよう求めている。はじめ、能登屋などの豪商を中心とする会合衆(えごうしゅう)が信長に反抗し、拒否する姿勢をみせたが、結局、その要求に応じている。1貫=10万円で換算しているので、20億円を拠出したことになる。 ちなみに、翌12年、信長は、将軍足利義昭から「副将軍に任命しよう」といわれたとき、それを辞退し、「その代わり、堺と近江の大津および草津に信長の代官を置かせてほしい」と申し出ている。代官を置くということは直轄地を意味するわけで、港湾都市からのあがりが他の都市より群を抜いていたことになる。天正3年(1575)の長篠・設楽原の戦いで鉄砲3000挺を用意できたのも、こうした経済力がバックにあったからである。

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    信長に何を学ぶか 光秀の子孫が恩讐を超えて解明した真実

    明智憲三郎(作家、歴史研究家) 戦国武将は日々死と直面していました。いつ、自分が敗者の悲惨な立場に立つかわからない。勝ち抜かなければ一族滅亡だ。だから、勝ち抜くためには何をすればよいかを考え、必死に生き残ろうとしたのです。そして、歴史に学び、生存合理に徹するための「知識・論理」を身につけていきました。織田信長はこうして自己の「信長脳」を形成していきました。明智光秀像 その中身には孫呉の兵法や良平の謀略、そして韓非子的なものが詰まっていたことが確認されました。信長脳を駆使して生き残りを図った結果が尾張統一、上洛、中日本統一、天下統一の戦いへと拡大していきました。その結果、さらに中国大陸まで戦いを広げねばならなかった。これが織田信長だったのです。その信長に何を学んだらよいのでしょうか。 信長だけでなく戦国武将は日本の歴史に学び、中国の兵法書や歴史書を通じて中国の歴史にも学んでいました。その知識は諸子百家の思想・兵法から中国史にも広がる実に深遠であり膨大なものです。そのほんの一端を本書で垣間見ていただきましたが、それは微々たるものであって針の穴から天を覗いたようなものに過ぎません。それに比べると現代人の戦国武将や戦国史についての知識は実に浅薄であり貧弱であると感じます。加えて、戦国時代とつながっているという意識も希薄です。戦国史とはテレビ画面に映し出される娯楽としての英雄譚に過ぎないものになっているのではないでしょうか。これでは戦国の歴史に学ぶことはできません。 「歴史に学ぶ」とはその当時の人々の立場に立って考えることから始まるとも言われますが、知識の上でも意識の上でも当時の人々は遠い存在でしかありません。自分の先祖の一人でも欠けていたら、今の自分がこの世に存在していなかったという事実を考えてみたら、あの厳しい時代を生き抜いて命を自分までつないでくれた先祖たちのことをもっと近しいものに感じられるのではないでしょうか。 本当は戦国時代はとても近い過去であり、現代とつながっているのです。大江健三郎氏が『万延元年のフットボール』の中で子供時代の記憶を書いています。自分が反抗すると祖母が「チョウソカベが森からやってくる!」と言って威嚇したそうです。戦国時代に土佐から侵略してきた長曽我部軍の恐怖が伊予の人々の記憶として語り継がれてきているのです。同じように蒲生氏郷の侵攻を受けた北伊勢では子供を叱るときに「ガモジが来るぞ!」と言うそうです。 「鼠壁を忘る壁鼠を忘れず(壁をかじったネズミはその壁を忘れるが、かじられた壁はそのネズミを忘れない)」という諺があります。歴史の被害者側はその歴史をいつまでも記憶しているものなのです。ですから、彼らは歴史に学ぶでしょう。逆に加害者側はすっかり歴史を忘れてしまって歴史に学ばないことになるのでしょう。信長と秀吉の失敗を教訓にした家康 天下統一を目指した信長、そしてその後を追って天下統一を果たした秀吉。二人は天下統一後の自己の政権の維持策を唐入りに求めて失敗しました。二人の失敗に学んだ家康は国内で土地を回す仕組みである改易(大名の取り潰し)や参勤交代などの制度によって政権の安定・継続を実現しました。拡大から安定へと天下人の理念の転換が行われたのです。 家康は漢の高祖(劉邦)を手本にしたのでしょう。二人には共通点があります。政権をとると高祖は韓信らの有力武将を粛清し、家康は豊臣家を滅亡させました。極めて韓非子的な処置です。一方、統治の思想としては儒家を採用しました。果てしなく利益を追求する韓非子的思想を否定して、仁・義・礼・智・信を善としたのです。これによって、国内の軍事エネルギーを文化エネルギーへと転換し、漢も徳川幕府も平和な世を継続維持し、文化高揚の時代を築いたのです。 日本は二百六十年にわたる平和な江戸時代を覆した明治維新以降、秀吉の失敗に学ばずに天下の枠を東アジア圏へと拡大し、東アジア圏における戦国を再現してしまいました。安定から拡大へと再転換が起きたのです。家康によって廃絶されていた秀吉を祀る豊国神社は明治政府によって再建され、国家の英雄として秀吉が侵略戦争を鼓舞する象徴として担ぎ出されました。それによって歴史学もゆがめられました。残念ながらゆがめられた歴史学は未だに正されていないようです。そのことを三鬼清一郎氏は『豊臣政権の法と朝鮮出兵』の中で次のように書いています。 このような(秀吉の朝鮮出兵が「国威の発揚」として高い評価が与えられた)兆候は明治末年から現れている。日露戦争の最中に刊行された『弘安文禄征戦偉績』は、その前年に東京帝国大学史料編纂掛が行った展示会をもとにしたもので、戦地の部隊や傷病兵を収容する病院に寄贈し、また国内の学校で修身や歴史の講話に役立てる目的をもっていた。秀吉の朝鮮出兵は、国民あげての戦意高揚に利用されていったのである。このような流れの先陣をきったのが官学アカデミズム史学であることは、記憶にとどめておくべきあろう。(中略)朝鮮出兵で活躍する塙団右衛門を描いた史料 敗戦後の歴史学(仮に現代史学と呼ぶが)は、これの全面否定から出発した筈であるが、戦前期の「負の遺産」についての断片的な批判にとどまっているのが現状であろう。それをトータルに批判する視点を確立することが、新たな段階にすすむための前提になるように思われる。 秀吉が『惟任退治記』で作った本能寺の変神話が未だに清算されていないのも「負の遺産」の影響なのでしょうか。『惟任退治記』の校注本を五十年前に出版した研究者も現代語訳を昨年出版した研究者も、この本が神話のもとになっている事実にはまったく触れていません。この書を読めば怨恨説も野望説も秀吉が本能寺の変のわずか四ヵ月後にこの書によって世の中に知らしめたことがわかるはずにもかかわらずです。最後は滅びた歴史に学ぶべき さて、戦国時代は生存合理性が支配しましたが、現代は経済合理性が支配しています。経済合理性を追求した果てがハゲタカと呼ばれるアメリカ企業に象徴される新自由主義でしょう。経済的に勝ち抜く力のある者だけが勝ち残るという徹底した市場主義は正に『韓非子』です。「累進課税はがんばる人のやる気をなくす」という新自由主義者の主張は「富裕な者から徴収して貧しい者に与えるのは、努力・倹約した者から奪って奢侈・怠惰な者に与えることになる」という『韓非子』の言葉と見事に合致しています。 人間も生物である以上、生き残らねばならず、そのためには強者となって勝ち残ることが求められるのは確かです。しかし、その法則は原始的な生物と何ら変わることがありません。何らかの規制がなければ止めどなく欲望が拡大していくことになります。 この規制となるものが倫理であり、宗教であり、儒家の「仁・義・礼・智・信」などでしょう。経済利益を追求する企業活動にもコンプライアンス(法令順守)や経営理念が規制をかけています。「韓非子的なもの」に徹した信長が勝ち残りながらも、しかし最後は滅びた歴史に学ぶ必要がないでしょうか。生き残るために韓非子的な才覚は必要でしょうが、長続きする平和な世を作るためには韓非子的なものをよく理解した上で、別の考え方が必要だと思わざるを得ません。それは自己の利益を最上位に掲げる韓非子とは正反対に他者の利益を最上位に掲げる仏教の利他の精神なのかもしれません。そうであれば我々日本人には昔から馴染みの深いものでしょう。 戦国時代は中国では紀元前のもの、日本では四百年前のものですが、世界の規模でみれば現代は各地で戦争が行われている戦国時代ともいえます。平和な社会の論理の通じない苛酷・残虐な時代なのです。現代人は信長の残虐行為を異常なことと感じますが、その異常なことが今現在の世界で起きています。世界は歴史に学んでいないようです。 昨今の世界情勢を見るにつけ、歴史の真実を知って「歴史に学ぶ」ことの大切さをあらためて強く思わざるを得ません。あけち・けんざぶろう 1947年生まれ。72年慶応義塾大学大学院工学研究科修士課程修了後、大手電機メーカーに入社。一貫して情報システム分野で活躍する。長年の情報畑の経験を活かした「歴史捜査」を展開し、本能寺の変の真相を科学的・論理的に解明。精力的に執筆、講演活動を行ない、2013年出版の『本能寺の変 431年目の真実』(文芸社文庫)は30万部を超えるベストセラーとなっている。日本歴史学会会員。情報システム学会会員。明智一族伝承の会事務局。一般社団法人織田木瓜紋会理事。関連記事■ 連載(1)プロローグ 信長脳を歴史捜査せよ!■ 連載(2)なぜ信長は大うつけを演じたか■ 年末年始 連載(5)「本能寺の変」神話の正体 

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    信長はなぜ本拠を次々移したのか? 「転都」は経済再生の切り札になる

    中里幸聖(大和総研金融調査部主任研究員)  織田信長のキャッチフレーズとも言える「天下布武」の途上で行った様々な施策は、日本経済再生のヒントに満ちている。楽市楽座の推進や関所撤廃などは有名であり、1990年代には旧経済企画庁が「楽市楽座研究会」を立ち上げ、当時の規制緩和に関する議論を展開している。楽市楽座については美濃の斎藤道三に見習ったという説もあるように、信長の個々の実績は必ずしも彼独自のものばかりではない。しかし、それらを総合的に実施したことが天下統一に信長が最初に近づけた要素であり、豊臣秀吉も徳川家康もそうした要素を引き継いでいる。織田信長像=滋賀県のJR安土駅前 そもそも、「天下布武」は武力を持って天下を統一するという意味で捉えられがちだが、当時は武力による争いを収めて平和な世の中を構築するという意味で捉えられていたと考えられる。明智憲三郎『織田信長 四三三年目の真実』(幻冬舎、2015年)によると「武とは戈を止めて用いないという字」であり、「禁暴・戢兵・保大・定功・安民・和衆・豊財(武力行使を禁じ、武器をしまい、大国を保全し、君主の功業を固め、人民の生活を安定させ、大衆を仲良くさせ、経済を繁栄させること)という七徳を備えるべき」という楚の荘王の「七徳の武」という逸話が戦国武将に認識されていたという。この説に従うならば、人民の生活安定や経済繁栄という意味が「天下布武」というキャッチフレーズそのものに含まれており、信長の天下統一事業は経済政策を包含していたと言えよう。 信長が足利義昭を奉じて上洛した際、義昭から副将軍の地位を打診されたが断り、国際的貿易拠点である堺を望んだことに象徴されるように、信長は商業貿易拠点を押さえることを志向していた。そもそも尾張時代に東海地方の商業貿易拠点の津島を押さえていたことが、信長の経済力の基礎の一つとなっている。また、伊勢、若狭、越前などの攻略も商業貿易拠点を押さえることが目的の一つであったと考えられる。これらの拠点を琵琶湖を核としてネットワーク化すると日本海側と太平洋側を結ぶ一大交易網が現出することとなる。堺も含めれば、瀬戸内海にも通ずる。拠点の移動が意味するもの 琵琶湖については、晩年の信長の拠点となる安土城、長浜城(初代城主は豊臣秀吉)、坂本城(同、明智光秀)、大溝城(同、津田信澄。信長の甥)が琵琶湖湖畔にダイヤモンド状に配置されており、これらの城間のネットワークが軍事的に天下布武に貢献している。さらに、琵琶湖の城間ネットワークが中核となり、前述の一大交易網が治安的にも安定化することで、経済的にも天下布武に貢献したと言えよう。 こうした商業拠点、貿易拠点を重視し、それらをネットワーク化することは、人口減少下でも社会経済活力の持続性を高めることが課題である現代日本にも示唆を与える。国土交通省「国土のグランドデザイン2050」(平成26 年7 月)の基本コンセプトである「コンパクト+ネットワーク」は、拠点となる都市に行政、商業、住居などの様々な機能をコンパクトに集約したコンパクトシティの構築と、それらをネットワーク化するという国土構造を目指すものである(ネットワークの物理的な基盤は新幹線網と高速道路網が想定されている)。上手く活用すれば日本経済の活力を取り戻す基盤となると考えられる。信長が中日本地域に琵琶湖を中心に築いたネットワークを全国規模にしたものと見れば、安土桃山時代の繁栄を再現することも期待できるとは言い過ぎだろうか。岡山城の三重六階の天守閣は織田信長の安土城を模して作られたと伝わる=岡山市北区 琵琶湖を核とするネットワークは船運が中心であるが、信長は道路の整備にも力を入れ、陸上交通のネットワーク強化も図っている。関所の廃止はもちろんのこと、領内の道路を幅3間~3間2尺(≒5.4~6m)で整備し、並木を植えるなどさせている。こうした道路の整備は、軍の移動速度向上にも役立つが、物流の効率化などにより、商工業の発展にも貢献するものである。 日本経済再生という観点では、信長が拠点を次々に変えていることも注目される。那古野、清洲、小牧山、岐阜、安土と拠点を変え、安土の次は後に秀吉が城を構えた大坂に拠点を移していただろうと考えられている。拠点の移動は軍事的要請によるものでもあるが、今でいう公共投資の効果も発揮することになる。拠点を移すたびに築城や城改築、城下町の整備が行われ、前述の道路整備と相俟って、常に土木・建築業の活躍の場が存在することになる。 腕に覚えのある職人は信長の城下町に集まってきたと言われる。現在の我が国は災害復興やオリンピックなどの需要により建設業で人手不足となっているが、公共投資削減などにより長く続いた建設不況の影響で、未だに建設業界は正社員雇用に積極的になりきれてないと言われるのと比較すれば、恒常的に一定規模の建設需要が見込める状態を生み出すことは重要であろう。ただし、意義のある建設需要であることが肝要で、不必要な投資をするのは本末転倒である。信長の場合も、天下布武に貢献しないような無駄な投資をする余裕はなかったはずである。現代日本の場合、既存インフラの維持更新投資が本格化するのは東京オリンピック・パラリンピック開催の2020年頃からと見込まれ、またインフラの取捨選択を含めた再配置も必要となろう。つまり、意義のある需要は見込めるが、その資金をどうするかが問題である。国際展開 インドも視野 信長の時代に話を戻すと、安土では、安土城の天守閣などを提灯で飾り、新道や入り江の船に松明を持たせた部下を配置するといった盂蘭盆会が開催され、今でいうライトアップのイベントを実施している。その他、信長自身がファッション好き(当時の表現では傾奇者?)であったこともあり、信長が拠点を構える城下町には祭り的なイベントや流行好きの若者や絵師や織物商などの今でいえばクリエイターなどが集まり、情報発信機能も担っていたと推測される。こうした情報発信機能は文化的な面はもちろん、経済的な機会創出にもつながるものであろう。 拠点移転の効果は、一箇所に機能が集中し過ぎないという意味でも意義がある。現在の我が国は首都東京に一極集中し過ぎている弊害が様々な面に表れているが、首都移転、さらには「転都」の実施は、こうした弊害を軽減できる一方策となり得る。なお、「転都」とは、現在の東京よりはコンパクトな首都機能を備えた都市を、各地域ブロックに建設し、それぞれを地域の政治、経済、文化の中心とし、情報発信機能を持たせ、首都はこれらの諸都市を定期的に移動するようにさせることである。 ついでながら、信長が本能寺の変に倒れず、天下統一を実現した暁には、海洋で結ばれた拠点を中心とした国際展開を志向していたのではないかと推測される。そのために、キリスト教宣教師などに、外洋を航海する船の構造などについて質問していたと言われる。それまでの信長の行動などから想定される展開としては、まずは琉球を押さえ、東南アジアの海洋に面した主要港湾に拠点を置き、さらにインドを目指したと思われる。その際、国内での楽市楽座の推進や関所撤廃などの各種経済政策を適用し、市場のルールを守る限りにおいて、あらゆる人種・民族に平等に商業・交易の自由を認め、経済の活性化を図ったと想像される。 なお、今回は商業やインフラに重点を置いて記述したが、信長は農業や工業の振興にも力を入れていることを付け加えておく。例えば、堺や国友などの鉄砲の大量生産拠点を保護したことなどは工業振興の一端と言えよう。また、インフラ整備の背景には工業の発展が推測される。兵農分離の実施は、農民が安心して農業に取り組むことを促進する側面もあり、信長が領内の農民を大事にしていたという逸話も多くある。また、信長が軍事行動を起こす場合は、決して収奪はせず、必要な兵糧を通常より高値で買い集めたという。 まだまだ記述しきれてはいないが、今の日本経済を再生するヒントをつかもうという観点で、信長の天下布武を見直してみるのも歴史に学ぶ効用であろう。

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    「権威」のシンボルに名品茶器を活用した織田信長

    正木利和(産経新聞文化部編集委員) 先日、キタの百貨店で、デンマークの名門陶磁器メーカー、ロイヤルコペンハーゲンの皿の絵付けを体験した。筆に顔料をひたし、焼き付ける前に描き込むのが絵付けである。「またひとつ、ガラクタを増やすだけだなあ」と思いながら、童心に帰って2本の筆を操り、なんとか青い染料で植物の柄を描き上げた。 個人的な話で恐縮だが、ロイヤルコペンハーゲンときくと、反射的に思いだす人物がいる。歌人、若山牧水(1885~1928年)。正しくは、彼を、というより、彼の和歌を、というべきだろう。 白鳥は 哀(かな)しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ かつて、同社製のコーヒーカップを2客、持っていた。バルセロナ五輪の取材からの帰り、「シーガル」というシリーズのものを買ったのだ。それは、牧水の和歌のように、海の「あを」が映った青空のなかを「しらとり」(かもめ)が舞うきれいな絵柄だった。そのうちの1客は、阪神大震災で砕け散ってしまったが、もう1客はいまも澄んだブルーをたたえている。ロイヤルコペンハーゲンの青は、とにかく美しい。そして、なぜか懐かしい。フローラダニカの絵付けをするペインター 1775年、国王クリスチャン7世とジュリアン・マリー王太后の庇護(ひご)のもと、王室御用達の製陶所としてスタートを切ると、ロイヤルコペンハーゲンの磁器は欧州の王侯貴族の間で人気を博すようになった。特にロシアのエカテリーナ2世への贈り物として、デンマークの植物をさまざまな食器に丹念に描き込んだ「フローラダニカ」は、同国の「国宝」として知られている。加えて青の絵付けで洋風菊やシュロの葉などを描いた「ブルーフルーテッドシリーズ」も、定番としての人気を集めているのだ。 今回の絵付け体験は、同社が5月1日に開窯240周年を迎えるのを記念して、「フローラダニカ」「ブルーフルーテッドシリーズ」の絵付け師(ペインター)をそれぞれ本国から招いて実演したり、名品の展示を行ったりしたイベントの一貫だった。 実は、そのイベントのなかで、絵付けよりも興味をそそられたものがあった。旧ロイヤルコペンハーゲン美術館館長で、ヒストリアンのスティーン・ノットルマンさん(67)が語る同社にまつわる歴史の話である。 「18世紀、海運国家だったデンマークは中国に船団をおくり、陶磁器など中国の品を大量に仕入れては、他国に売るという貿易で大もうけしました。中国との取引は潤うものであるという感覚は、このあたりから始まったのでしょう。ところが、自分たちが作れるものなら、その方がいいんじゃないか、という考えがでてくる。輸送コストがカットできるからです。そこで、デンマークは国家的なプロジェクトとして磁器の製作に取り組むようになるのです」名品茶器は「一国一城」にも相当するほうび こんな風に、デンマーク王室が磁器の作製を手がけるようになった背景からは、当時の中国(清国)が国際経済や製陶技術に及ぼした影響をうかがうことができる。 実は、いま中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)に、デンマークをはじめ英仏独といった欧州諸国が15カ国も参加申請していることを不思議に感じていたのだが、なるほど欧州諸国には中国を魅力的な商売相手としてみる遺伝子がそのころから組み込まれているのだと思えば、妙に納得がいく。 「富裕層は豪華なものを好みます。とりわけ、お金以上に王室から贈られる陶磁器の方を喜んだ。それが権威あるものだからです。金で買えない価値が当時の陶磁器にあったということです」 「茶器」と「権威」といえば、日本では安土桃山時代。戦国の覇者、織田信長は今井宗及らから名品茶道具を献上されたのを契機に、全国の名だたる茶道具をあさったといわれる。いわゆる「名物狩り」だ。集めた名品茶器は「一国一城」にも相当するほうびとして、家臣に与えられた。権力をほしいままにした信長は「権威」のシンボルとして茶器を扱いはじめたのだった。千利休(堺市博物館提供) 次の権力者、秀吉もまた信長を引き継ぐ。彼の部下たちが朝鮮半島から陶工を連れ帰ってきたことで、それまで半島に発注していた陶磁器を自分たちの手で作りはじめるようになった。こちらは、輸送費のコストカットである。 こんな風に「陶磁器」を軸に歴史をながめてみると、今度は日本の16世紀末とデンマークの18世紀後半が重なり合う。 アンデルセン童話に負けず劣らず、デンマークが生んだロイヤルコペンハーゲンの磁器は、この国でも愛され続けている。絵付けをし、作品を見てみてわかったことは、彼らもまた日本の陶磁器、たとえば伊万里の職人などと同様、発色の鮮やかな青で「自然の意匠」を描き出そうとした、ということだ。われわれが、ロイヤルコペンハーゲンの青に懐かしさを覚える理由は、きっとそこにあるのではないか。 そういえば、へたな絵が描かれた皿は、海を渡ってデンマークで焼かれたあと、再び日本にもどってくる。自分の筆が描いた色は「空の青」になっているか、「海のあを」になっているか。少し楽しみに待っている。

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    深刻なデフレから脱却させた「暴れん坊将軍」の貨幣流通策

    久保田博幸(金融アナリスト) 六代将軍となった徳川家宣は、新井白石からの建議を受け綱吉時代の財政金融政策を見直し、事態の立て直しを図りった。これが「正徳の治」である。金銀貨の質を徳川家康が作らせた慶長と同様なものに戻し、これによって小判貨幣量を減少させるために金銀貨の品位・量目の引き上げを行った。 1714年に金貨の品位を慶長金貨(84~87%)にまで引き上げる改鋳が行われ、元禄・宝永小判二両に相当する品位84%の正徳小判を発行した。しかし、正徳小判の品位は慶長小判に劣るとの風評が立ち、翌年にはさらに品位を若干高める改鋳を行い、後期の慶長小判と同品位の享保小判(品位87%)を発行したのである。小判50枚が包まれている「金包」 新井白石は長崎貿易についても統制令を出して貿易総額を規制し、また、銅の輸出にも歯止めをかけようとした。加えてこれまでの必需品としての輸入商品であった綿布、生糸、砂糖などの国産化を推進した。 元禄文化に象徴される華美・贅沢な風潮を改め、幕府も徹底的な倹約に努めた。しかし、幕府による財政支出の減少や武士層の消費が大きく減退し、現在で言うところの公共投資と個人消費が減少した。さらに金銀貨の流通量の減少傾向が強まり、物価は大きく下落し、日本経済は再び深刻なデフレ経済に陥ったのである。特に幕藩体制を支えていた米価の下落は農民や武士の生活に深刻な影響を及ぼした。経済の安定のためには物価をコントロールする必要性があるものの、その難しさというものも荻原重秀と新井白石の政策の影響から伺えよう。 宗家紀州徳川家から八代将軍に就任した徳川吉宗は、新井白石を解任するなど人事の一新を図る。そして享保の改革を通じて、危機的状況にあった幕府財政の建て直しのため、倹約による財政緊縮を重視しデフレ政策を実施した。これにより物価はさらに下落し、特に米の価格下落が激しくなる。このため、吉宗は米価対策を打ち出したものの、商人による米の買い上げなどの政策も功を奏さず、その結果、インフレ策として金銀貨の改鋳による通貨供給量の拡大を計ることとなった。 ただし、改鋳に当たってこれまでのように出目といわれる改鋳による差益獲得の狙いはせず、新貨幣の流通を主眼に置いた。すなわち、元文小判の金の含有量は享保小判に比べて半分程度に引き下げられたが、新旧貨幣の交換に際しては旧小判1両=新小判1.65両というかたちで増歩交換を行った。しかも新古金銀は1対1の等価通用としたことで、この結果新金貨に交換したほうが有利となり、新金貨との交換が急速に進み、貨幣流通量は改鋳前との比較において 約40%増大した。貨幣供給量の増加により物価は大きく上昇し、深刻なデフレ経済から脱却し適度のインフレ効果を生み出したのである。

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    信長、家康、秀吉、謙信、信玄 計り知れぬ英傑の財産

     平安から明治に至るまでの政治や経済など様々な分野で活躍した歴史上の偉人たち。彼らの年収を当時の税収や給与などから現在の価値に換算し、高い順にランキングを作成した。 作成にあたり、『日本人の給与明細 古典で読み解く物価事情』(角川ソフィア文庫)の著者である山口博・富山大学名誉教授、そして歴史研究家で文教大学付属高等学校教諭の河合敦氏の協力を仰いだ。岐阜市制120周年を記念し平成21年に建てられた黄金の織田信長像=岐阜市 堂々の1位は織田信長だ。1568年に足利義昭を擁して上洛した時点での直轄領は尾張と美濃のみで、石高は約110万石だった。しかし室町幕府を滅ぼした後は破竹の勢いで領地を広げ、直轄領の石高を約700万石にまで拡大したことが1位となった要因だ。 今回、ランキングをつけた年収のうち、信長ら大名のものは石高に特別な計算を行なって算出した。「大名は総石高のうち半分を農民に与え、もう半分を税として徴収したとして計算(五公五民)。そのうち3分の2を臣下に与えるので、大名の年収は総石高の6分の1となる。信長でいえば、年収は117万石になります」(山口氏) ランキングに戻る。2位は徳川家康。1600年、東軍の総大将として関ヶ原の戦いで勝利し、江戸幕府を開いた。「当時の全国総石高は1851万石ですが、その中には大名の所領や家臣へ与える知行地(※注)も含まれます。徳川幕府の財政基盤は400万石の直轄領(天領)でした。そのため家康自身の年収は67万石となります」(山口氏)【※注/下級武士が手柄をたてると褒美として与えられた領地】 3位は豊臣秀吉。全国の大名を臣従させ、初の天下統一を成し遂げたが、直轄領はそれほど多くなく、222万石。自身の年収となると37万石である。 彼らの年収を現在の金額に換算すると、信長は1750億円、家康は1000億円、秀吉は555億円(米1石=1000合=150kgで、当時の米の価値から15万円と換算)。三英傑と呼ばれるだけあって、ケタ外れの数字だ。だがこれだけではなく、実は石高には現われない莫大な副収入もあったという。前出の山口氏はこう話す。「秀吉は直轄領の石高だけでいえば信長や家康に比べて低い。しかし金山や銀山からの収入が莫大でした。下越地方の越後金山を掌握していたことで、当時全国の金の産出量の3割を手中におさめていたといわれています」 家康も同様だ。家康が没した後、駿府城内の金蔵にはおよそ200万両(約2000億円/※注)が蓄えられていたとの文献が残されている。英傑の財産は計り知れない。【※注/江戸初期の1両は現在の10万円として計算】 4位、5位は川中島の決戦で相見えた上杉謙信(24万石=335億円)と武田信玄(22万石=362億円)だ。やはり広い領地を支配した戦国武将が年収も高い。信玄はそれ以外にも甲州金で知られる黒川金山の収入があった。謙信のほうは、その当時まだ佐渡金山が発見されていなかった。関連記事■ 偉人の年収ランキング 1位信長1750億円 坂本龍馬60万円■ 武田に攻められた徳川家康 信長脅して援軍出させた■ 古舘伊知郎、加藤浩次、羽鳥慎一 帯番組MCは安定生活可能■ 理想のリーダーに徳川家康、大石内蔵助、島津義弘らが挙がる■ ゆるキャラさみっと 最高得票数は120万4255票で最低は8票